彼と彼女とbitter chocolate (bitter)
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一話

読みにくかったらすいません。


私は思う。

可愛い妹の存在を。

不器用で私の事が嫌いなくせして私の真似をする可愛い妹の存在を。

 

家の中から見える夕暮れ時は少し寂しくて、この寂しさが私は嫌いじゃなかった。実家に暮らしている私と違い可愛い妹は一人マンションに暮らしている。私の家は自慢ではないがお金持ちだ。それがいいと思ったのは最初だけだけど、それはあるからこその人間の醜い感情なのだろう。私はお金よりも自由が欲しかった。父親が県議会委員である私の家はお母さんにより自由を殆ど許されなかった。お母さんがそういう風に育ったから押し付ける形になってるのかもしれないけど自分の進む道も休みの予定も、私の日常は縛られていた。

 

だけど妹は自由だった。

 

少し速く産まれただけで自由を奪われた私と自由を与えられた妹。別に憎いわけじゃないよ。世界一可愛い私の妹だもん。

 

でもさ...少しくらいは私も自由が欲しいよ。

 

せめて...。

 

「陽乃。貴女のお見合いの相手が決まりました」

 

結婚する人くらいは自分で選びたいよ。

 

 

彼女の心は叫んでいる。壊れそうになるくらい。だが彼女はおくびにも弱さを見せない。それが雪ノ下家で育ち完璧を求めた彼女。雪ノ下陽乃なのだから。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

俺は思う。

可愛い妹の存在を。

俺と違ってハイスペックボッチで友達も多い。だが根は俺と同じで何処か捻くれている可愛い妹の存在を。

 

家の中から見える夕暮れ時の静けさは心地よく嫌な事を忘れさせてくれる。両親は共働きで中々家に帰って来ないが昔から口が酸っぱくなるほど言われた言葉があった。『お兄ちゃんなんだから小町の面倒を見てあげて』『お兄ちゃんなんだから小町と遊んでやれ』。それじゃあ俺は誰が...。

疑問を持つことすらおかしいと思い始めたのは10歳の誕生日の時だった。小町の誕生日には必ず帰ってくる両親が俺の誕生日には帰って来なくなった。

『お兄ちゃんだから』。この言葉が頭から離れなくなっていた。

 

妹は両親に愛されていた。

 

俺は?分からない。愛されていないとは言えないけど愛されていると言えない自分が嫌になっていた。少しずつ周りの景色の色が無くなっていく不思議な感覚に堕ちていく。

 

でも...少しくらい俺も我儘を言いたかった。

 

せめて...。

 

「小町誕生日おめでとう!」

 

もう一度だけ叶うのなら両親に祝われたい。

 

 

彼の心は叫んでいる。壊れそうになるくらい。だが彼はおくびにも弱さを見せない。それが『お兄ちゃん』であり、そうあろうとした比企谷八幡なのだから。

 

 

 

 

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春眠暁を覚えず。

偉い人も言いました。春の夜の心地の良い風は朝が来たことさえ忘れさせてしまう。それは必然であり、何者にも阻む事の出来ない実象である。即ち春の訪れと共に遅刻してしまった事は誰にも咎める事は出来ず、人間、自分に正直に生きるべきである。

 

「比企谷...何か言い残す言葉はあるか?」

 

「先生の担当は国語の筈ですが...」

 

「丁度一年前にも言った言葉だが若手の私に任されたんだ。はあ..君は一年前から何も変わっていないのかね?」

 

三年に進級した俺は、春の訪れと共に目覚ましを忘れ小町に起こしてもらえず盛大に遅刻した。そのせいで一時限目の数学の授業を丸々いなかったわけで、こうして反省文を書いてくるように言われたのである。まさか平塚先生に提出した作文を読まれると思わず素直に書きすぎてしまった結果。呼び出しである。人間そう簡単に変われる生き物ではないのだ。

 

「変わらない人間なんていない。うちの部長の言葉ですので変わったと思いますよ」

 

一瞬平塚先生の目が驚愕に見開かれるが、今度は意地の悪い笑みを浮かべている。

 

「そうか、そうだったな。確かに君達は変わったよ」

 

「...その言い方はズルくないですか?」

 

少し仕返しをしようとしたが逆にカウンターをくらってしまう。俺達の変化に一番気付いているのは平塚先生だ。何処まで知っているのか分からないがこの人には本当に勝てる気がしない。

 

「私は正直に感想を言ったつもりだよ。良い意味でな」

 

平塚先生の優しげな表情に一瞬心がざわつく。本当に何で結婚出来ないんだこの人...。

 

「比企谷。部活はしっかり出て行けよ?」

 

「分かってますよ」

 

 

夕暮れ時。昨日とは異なり扉の向こうには奉仕部の部員がいる。中から聞こえてくるのは由比ヶ浜の笑い声に静かに、だが楽しそうに話している雪ノ下。そんな二人と会話を楽しむ一色。そして今年から総武高校に入学した小町。静けさのない賑やかな部室は俺の求める物じゃないのかもしれない。でも、それでもここにいるのが心地良いと俺は思っている。

 

「ヒッキーやっときた」

 

「お兄ちゃん、いちどおこしたのに二度寝したの?小町的にポイント低いよ」

 

「せーんぱーい。遅いですよぉ〜」

 

「三年生になっても変わらないわね」

 

だが何故かこの光景が透明に見えてしまう。まるで未完成のレプリカを並べられている感覚に視線が部室の外に逃げていた。

 

 

 

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本日何度目になるか分からないため息こぼしながら左手首に付けている腕時計を見て、またため息をこぼす。

 

退屈で本日の予定を考えると憂鬱になってくる。勝手に決められた縁談の席。雪ノ下家にとって利益になる相手なのは間違いない。写真を見せられて思った事は退屈の一言。完成された外見に完成されたプロフィール。本当に退屈な相手だ。世間一般的に見ればイケメンなのだろう、その相手は会っていないが葉山隼人に似ている気がした。写真からでも雰囲気が漏れている。それが悪いとは言わない。皆から慕われるだろうしコネクションだって掴みやすいだろう。でも...だからこそつまらない。

 

ふと、アホ毛の少年の姿が頭を掠める。容姿は悪くないのに目が腐っているせいで台無しにしている。でも、あれ程純粋で優しくて歪な子は他にいない。私を初めて見た時から『私』として見てくれた。人の好意には、善意には裏があると常に思っておりビクビクしているのも可愛くて虐めたくなった。何より自分を犠牲にして他人を助けるなんて何処までも歪であり心の底から興味が出たのは雪乃ちゃん以来だった。縁談の時間は夜の7時からだ。まだ時間はある。

 

時間的に部活をしている時間だろうか。面倒くさそうにしながらも部室にいる比企谷君の顔が浮かび口角が緩む。先程までの嫌な気持ちは何処に行ったのか足取りも軽く総武校に向かう。

 

「比企谷君が縁談の相手なら良かったのにな...なんてね」

 

自分で言った言葉に少し驚きつつも、少しだけ寂しくなってしまった気持ちを入れ替えて空を見上げた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

きっとこんな人生に意味なんてない。

 

 

-----私は。

 

-----俺は。

 

見つかる事のない本物を探し続ける。

 

 

 

 

 



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