ヨヨですけど、何か問題でも? (れいのやつ Lv40)
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おれたちの夢見た伝説
グッバイ


「あっははははは! 尊きこの私をお前たち如きがどうこう出来るとでも思っていて?」

 

 ──ある薄暗い牢の中に、非常に美しい容姿を持つ金髪翠眼の少女の高笑いが響き渡る。彼女の身体から発せられる隠しきれない王気は、彼女が王に連なる血筋の人物である事を雄弁に語っており、このような牢屋にいるにはまるで似つかわしくない。

 なぜ彼女のような高貴な人物がこんな牢の中にいるのか、そんな場所にいるのになぜ笑っていられるのか、それを理解するには少々時を遡らねばならない。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 ──オレルス。天空に数々の大陸(ラグーン)が浮かび、人々は広い空を夢見て生きる世界。そんな世界のある大陸に、牢屋に閉じ込められた美しい少女がいた。

 

 ──カーナ王女ヨヨ。世界の覇者、グランベロス帝国に滅ぼされた亡国、カーナ王家の姫君である。カーナ王家唯一の生き残りであり──神と呼ばれし竜、『神竜』と心を通わせられる人間、『ドラグナー』の資質を持つ者。彼女はその力ゆえに、未だに帝国に生存を許されていた。

 

 そんな囚われの王女の元に、一人の男が訪れる。──帝国皇帝サウザーが最も信頼を置く将軍、パルパレオスである。彼は囚われたヨヨを気にかけ、色々と世話を焼いていた。

 

「将軍、またいらして下さったのですね」

 

 牢屋を尋ねてきたパルパレオスに、ヨヨが微笑む。それは心の底からの美しい笑顔であった。

 

「ああ。元気そうでよかった、ヨヨ王女」

 

 パルパレオスがヨヨの身体を気遣う。彼女の身体に支障があれば、サウザーの野望に差し支える。ヨヨはそれに対して控えめな笑みで返答した。

 

「私は大丈夫です。それより、将軍に渡したい物があって」

「私に?」

「はい。……この、クッキーを」

 

 ヨヨが照れたようにパルパレオスに手渡したのは、彼女の言葉通り、袋詰めされたクッキーだった。

 

「王女が作ったのか?」

 

 ヨヨは帝国にとってサウザーの野望を果たす為に重要な人物であり、彼女の精神が病む事を防ぐために監視付きであるなら少しの自由行動が許されていた。それゆえ、厨房でクッキーを作る程度なら監視付きだが出来るだろう。

 

「はい。将軍に、食べて欲しくて」

「王女……」

 

 パルパレオスはヨヨの笑顔にやや罪悪感を覚えた。自分が彼女に優しく接しているのは彼女を利用するためだ。本来ならば憎悪をぶつけられて然るべきである自分が、あろうことか好意を向けられている。何より、それを喜んでいる自分がいる事を自覚して、酷い嫌悪感に襲われた。

 

「わかった。ありがたくいただくとしよう」

 

 しかし、どんな経緯があれど女性に手作りの菓子を渡されては食べなければ男ではない。パルパレオスは手渡されたクッキーを口に運んだ。

 

 

 

 ──そして、強烈な衝撃を受けた。

 

「ぐっ……!?」

 

 正真正銘ただのクッキー、それも味からして毒物のようなものは一切入っていないとわかるにもかかわらず、身体の芯まで蝕まれていくような異常な不快感がパルパレオスを襲った。まるで同じ帝国将軍グドルフのナイトメア99を食らったかのようだ。

 

「ほら、将軍。まだたくさんありますから食べて下さい」

 

 そんなパルパレオスの様子を無視して笑顔で残りのクッキーを押し付けて来るヨヨ王女に、パルパレオスは酷い危機感を覚えた。

 ──このままでは、死ぬ。

 

「ぐっ……い、いや、王女の気持ちは嬉しいがこれ以上は遠慮しておく」

「パルパレオス……そんな事言わないで、ね?」

 

 なんとかして逃れようと丁重に断りの言葉を述べるが、しかしヨヨは引き下がらない。パルパレオスの錯覚か、彼女の背後にドス黒いオーラが見えるような気がする。

 

「い、いや……ヨヨ王女、本当にこれ以上は「いいから食えやぁ!!」ぐほぉ!?」

 

 何としてでも拒否しようとするパルパレオスに、痺れを切らしたヨヨが普段のおしとやかな振る舞いからは考えられない言葉遣いで残り全てのクッキーをパルパレオスの口に強引に放り込む。そのクッキーのこの世のものとは思えぬ味は、百戦錬磨の帝国将軍パルパレオスの生命力を容赦なく奪い去っていった。彼の意識が遠退き、世界が白に染まっていく。

 

 

「グッバイ、パルパレオス!」

 

 ──パルパレオスが最期に見たのは、そう言って自身に向けて花の咲くような笑顔で別れを告げるヨヨ王女の姿であった。

 




【ヨヨの手作りクッキー】
ヨヨ様が心を込めて作った手作りクッキー。
ビュウ曰く「ドラゴン向けの味付け」らしいが……。

その正体は『しっぱいクッキー』。
戦闘時に使用するとクッキーとは思えない禍禍しいエフェクトで敵を即死させる。人間だけでなく竜や魔物も死ぬ。なんと入手直後のシナリオ(8章)のボスすら死んでしまう。
文字通り死ぬほどマズいクッキー。


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ヨヨ?いいえヨヨ様です

 ──帝国皇帝の右腕たる金髪の男は、私の策によって成す術なくその場に崩れ落ちた。

 

「ふっ、愚かなりサスァ・パルパレオス。敵国の王女に心を許した挙げ句に隙を見せるとは軍人の風上にも置けぬ男ね」

 

 私はクッキーを食べて倒れ伏した眼前の愚か者を見下してそう言った。さして親しい間柄でもない人間に差し出された物を無警戒に食べるなど軍人として無能の極みだ。そもそも、毎夜無許可でこの私の部屋に入って来る事自体が不敬である。この私の側に寄る事が許されるのは私の臣下の民だけだというのに。

 

 そもそも、私は帝国に崩壊させられた国の王女である。そんな女にクッキーを差し出されて怪しいと思わなかったのだろうか? こいつは私に優しくしていたし、私も愛嬌を振る舞いていたから私が惚れたとでも勘違いしたのかしら? 

 だとしたら中々におめでたい頭をしている。祖国を殲滅した国の将軍に惚れるような女がいるなら是非とも私が会ってみたいものだ。さぞや脳内お花畑のビッチに違いない。

 

「いや、これもひとえに私が美しすぎるせいかしら? ああ、美しさは罪だわ」

 

 よく考えてみればサウザーの右腕がそんなに無能なはずもない。きっとこの男は美しい私に差し出されたクッキーを食べずに突き返すのを躊躇ったのだろう。全く、自分の美少女ぶりが怖いわ。

 

 ……うん? お前は誰だって? この私にそんな問いを投げるとは蒙昧極まりないが、知らぬならば答えてあげましょう。

 

 私の名はヨヨ。全ての人間より尊く、全ての法より正しく、全ての神より偉大な存在。カーナ王女、ヨヨとは私のことよ! 

 

 こう答えると、大抵の人間は狂人でも見るような視線を向けるのだけどね。全く、()()()にいるあの子といい、どうして私の尊さがわからないのかしら。

 

 そんな私の転機は世界に覇を唱える新興国家グランベロス──偉大なるベロスなどと仰々しい名を冠した蛮族共の帝国に我が祖国カーナが敗れた事だ。あれから数年、私は捕虜として牢の中で過ごしていた。愛すべき我がカーナを壊滅させた挙げ句、この尊き我が身を薄汚い牢獄に押し込めるなど、全くとんでもない蛮族どもだ。まぁ、これも私の輝かしき生涯を彩る一ページであると考えればどうという事もないが。

 殺されるかもしれない不安は無いのかって? 何を言っているのかわからないわね。この私の素晴らしき生がこんなところで終わるわけがないでしょう? 

 

 さて、どうも帝国皇帝サウザーは私のドラグナーとしての力を欲しているらしい。

 

 『ドラグナー』。神と呼ばれし竜、『神竜』の心を知り、その強大な力を行使できる唯一の人間。そんな偉大な私の力を知れば、欲しいと思うのは当然であるけれどね? 

 帝国はよほど私を重要視しているらしく、牢に居続けることによる悪影響での精神崩壊を懸念してか、私は捕虜でありながら短時間ならば牢を出て自由行動が許されていた。無論、監視付きではあるけれどね。

 

 先ほどこの将軍に食べさせたクッキーはこの自由行動時に厨房を借りて作ったものだ。無論、監視付きなので毒など入っていない。

 

 ならばなぜこの男は昏倒したのかって? そうね、それはひとえにこの尊き私が手ずから作った料理がこの世のものたちの口に入れるにはあまりに過分であるからに他ならない。

 私の料理を口にした生物は、その幸福感から数秒で天国へと旅立ってしまうのよ。時折「単純に死ぬほど不味いだけではないか」などとのたまう不敬者がいるが、全く以て理解不能である。単に不味い料理を食べただけで死ぬわけがないでしょうに。

 

 まぁ、ベロスの蛮人共も私を利用するなら知っておくべきだったわ。カーナ騎士団には「王女を厨房へ入れるべからず」という鉄の掟があることをね。

 

 なぜそんな掟があるのかといえば単純だ。以前私が自分で作ったクッキーを食べたら昏倒したからだ。

 いや、アレは思い返してもかなり危険な出来事だったわね。リタンシブルが無かったら即死だった。

 

 その後、人の身にはあまりに危険すぎるそのクッキーをその場を離れたらマテライトがうっかり食べてしまい殉職しかけたりもした。懐かしい。そうそう、捨てたクッキーをサラマンダーが見つけてしまい、食べた結果さびしいドラゴンになってしまった事もあったわね。お父様のコレクションからくすねてきたスーパーウォッカをサラマンダーに飲ませてあげることで事なきを得たが。

 

 ……思考が大分逸れてしまった。ともかく、クッキーを食べて昏倒したこの男はサウザーが信頼を置く右腕である。幹部しか所持を許されていないマスターキーも持っていた。これを使ってここから逃げ出せば、晴れて私は自由の身だ。

 

 そして私は『彼』と添い遂げるのだ。我がカーナが誇る戦竜隊隊長、ビュウと! 

 そう、私が今回行動を起こしたのは、帝国内にビュウが率いる反乱軍が決起したという情報が広まってきていたからなのである。ビュウが生きているというなら一刻も速く彼の元に行かなければならない。

 私とビュウは幼馴染みだが、数年顔を合わせていないというのは痛い。ビュウはとにかく魅力的な男性だ。ゆえに彼を狙っている女性はカーナにも数多く存在した。きっと反乱軍にもそんな女性たちがいるに違いない。……一部の男にも狙われていそうだが。センダックとか。

 ともかく、ビュウ争奪戦に出遅れないうちにさっさと反乱軍と合流を果たさなければ。ビュウと添い遂げる事が私の最優先事項だ。

 

 何? カーナ再興はどうでもいいのかって? 笑わせないでちょうだい。再興も何も、そもそもカーナは滅びてなどいないわ。

 なぜなら、カーナとはすなわちカーナ王族たる私自身。そう、私が存在する場所こそがカーナなのだからね! 

 

「さぁ! 行きましょう……この空の果てまで!」

 

 そうして私は牢屋から脱出し、牢のある建物から飛び出すと──目の前に屈強なドラゴンが立ちはだかった。

 

「お前は……」

 

 私はその姿に見覚えがあった。それは、私が捕虜になった時に乗せられた、先ほどの将軍の騎竜──レンダーバッフェであった。

 




【パルパレオス】
グランベロス帝国八将軍の一人で、帝国皇帝サウザーの右腕。サウザーの親友であり、彼が唯一本心を語る人物。成り上がりの皇帝であるサウザーには完全な味方は彼だけであった。
原作ではカーナ陥落後、帝国の捕虜となったヨヨと両想いになり、サウザーの命令で反乱軍入りした後は正式に結ばれる。

しかし、あまりにも周囲の人の機敏が読めずに四六時中ヨヨといちゃついてばかりいたため反乱軍内に不和を招き、一気に軍内の空気が悪くなった。
戦乱終結後、主要人物のほぼ全てを失い無政府状態となったグランベロスに戻り、怒れる民衆の刃を自ら受け入れ死亡する。
マテライトは彼に「死んで取れる責任など何もない」と論したが、結局はその言葉は彼には届いていなかったようだ。
散々カーナ軍を掻き乱した挙げ句に全て放り投げたような死に様の為、人によってはヨヨ以上に嫌っている。

戦力としても正直微妙で、ビュウと同じクロスナイトであるが、ビュウに勝ってる能力がMPが1高いぐらいしかなく後は全て劣る。
元々クロスナイト自体複数いるメリットの薄いクラスなのもあり、プレイヤーからの感情も相まって二軍落ちしがち。
何気に敵、味方、NPCの全てを経験した男である。


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夢……みたいだな(ビュウ視点)

「大人になるって悲しいことなの」

 

【挿絵表示】

 

 ──あの教会の中で、美しい彼女はそう言って、幼馴染みとの過去の優しい思い出を捨て去り、見つけた人と新しい幸せを掴んだ。

 

「……ってざけんな〇すぞクソビッチがああああっ!!」

 

 ──あまりの理不尽極まる展開に思わず叫んだ俺の目に飛び込んで来たのは、まだ見慣れない自室の天井であった。

 

「……あ? なんだ夢か……」

 

 全く、嫌な夢だった。何が悲しくて自分が女に捨てられる夢を見ないとならないんだ。

 

 ん? 何だ、誰かいるのか? そうだな、なら自己紹介でもするか。

 

 ──俺の名はビュウ。対グランベロス帝国反乱軍の一員で、カーナ戦竜隊の隊長だ。

 まあ、戦竜隊はカーナが誇る伝統ある部隊だが、反乱軍っていうのはつい最近結成したばかりの急造軍だけどな。戦果も、

 

「オレ様がボスだー! 槍投げでボスになりました!」

 

 とかいう帝国兵を倒した。軍人にしては随分と間の抜けた……いや、うちの軍も大概だな……ま、まぁとにかくそのおかげで、ようやくこのヤングゴーゴー(センダック老師談)なカーナ旗艦──ファーレンハイトを奪還したところだ。帝国に大した打撃は与えられていない。まだまだこれからってところだ。

 

「しっかし、夢に出て来たあの女は誰だったんだ?」

 

 夢というには嫌に生々しいものだったが、腹立たしい事に俺を捨てやがったあの女は結局誰だったんだろうか。隣に居た男は確か帝国の将軍だったと思うが……。

 

 ん? あんた、あの女を知ってるのか? ……ヨヨ? バカっ! あんたが誰だか知らないが、あの方を呼び捨てにするんじゃない。カーナ騎士団一の腹黒女のミストでもあの方にだけは本心から逆らわないほど恐ろしいお方なんだぞ。あの方の名を呼ぶなら最低でも王女を付けろ。呼び捨てになんかして無礼打ちにされても俺は知らないからな。

 そもそも幼馴染みである俺だってあの方を呼び捨てにした事はないんだ。一応、ご本人からは「気安くヨヨと呼んでいいのよ」とのお言葉を頂いてはいるが、正直呼び捨てなんて怖くてできない。

 

 ……で、ヨヨ様がどうかしたのか? え? あれがヨヨ様? 夢に出て来たあの女が? 

 いやいや、馬鹿も休み休み言えよ。不敬罪で死刑になっても知らんぞ。

 

「……確かに、容姿はヨヨ様だったが……」

 

 いや、でもなぁ。あの女をヨヨ様と考えるにはやはり無理がある。

 なぜかって? だってヨヨ様はあんなに儚げなお方じゃないからな。というか、儚いだのか弱いだのはヨヨ様とは最も程遠い表現である。

 ヨヨ様はもっと苛烈な方だ。少なくともあんな言い訳がましい説教をする方ではない。むしろ、そういう人間はヨヨ様ご自身が一番嫌う人種だしな。

 

 でもヨヨ様とあの教会に行ったんだろうって? ああ、確かに行ったさ。あれはヨヨ様が10歳ぐらいの時だったか。朝起きたらいきなりヨヨ様が俺の部屋を尋ねてきて、

 

「ビュウ、何も言わずに私をサラマンダーに乗せなさい」

 

 と命令され、問答無用でヨヨ様と空の旅をすることになった。この時マテライトが必死に止めようとしていたのだが、ヨヨ様はガン無視だった。

 

「すごく速いわ! さすがサラマンダーね」

 

 と、俺と一緒にサラマンダーに乗ってご満悦だったヨヨ様に、最終的に連れて行かれたのがあの教会だ。

 

「ヨヨ様、ここは?」

「いいから入るわよ」

 

 と、その場に着くなり詳細を聞く間も無く二人で教会に入った。

 

「さて、ビュウ。今あなたと私はこうして二人で教会の中にいるわけだけれど」

「はい」

「この教会にはね、二人きりで訪れた男女は将来必ず結ばれるという伝説があるのよ」

「へえ、そんな伝説が……ってええええええ!?」

 

 と、教会に入ってから伝説を聞かせるという、とんでもないことをやらかしてくれた。……改めて考えても無茶苦茶なお方だ。

 

「というわけだから、ビュウが将来カーナ王になった時の為に帝王学を私が教えてあげるわ」

「俺がカーナ王になるのは確定事項なんですね……」

「当然でしょう、何を今さら」

 

 と王族の心得みたいな事を色々と教えてもらったりもした。懐かしいな。随分振り回されたものだ。

 もしヨヨ様を救出したら、また色々と俺を振り回してくれるに違いない。ま、それが結構楽しかったりするのだが。

 

 ……ただ、ヨヨ様のような美少女に好意を向けられるのは正直嬉しいが、あの方の夫に相応しいかというと俺には自信がない。いや、ならヨヨ様に相応しい男って誰だよと言われても思い付かないが。何しろ、

 

「お前たち、これがキャンベル王宮の間取りよ。よく記憶しておくのよ」

 

 と、どこからかスカウトしてきたらしい二人組のお抱え暗殺者に他のラグーンの王宮の間取りを記憶させたり、

 

「大いなるラグーン♪ 美しきこのそ〜ら〜♪ このオレルスのすべて〜♪ みんな私のものよ〜♪」

 

 と吟遊詩人に作らせたという自分のテーマだという曲に乗せてそんな野望を口ずさんでいたりと、色々とんでもない行動が多い。

 まあそんなとにかく型破りで規格外なお方だ。はっきり言って、野心ならサウザーより上なんじゃないだろうか。ぶっちゃけ既に暴君に両足ぐらい突っ込んでいる気がしてならない。

 

 そんなヨヨ様が、夢に出て来た、あの気弱で、受け身で、流されやすそうな、夢見がちな女? ないない。容姿だけなら確かに似てるが、人物像が真逆じゃないか。

 

「いい? この世のあらゆる法は、私の意思の前には無意味なのよ」

 

 とか平然と言い放つ方だぞ? それに弱音を吐く場面も想像できないし。むしろ追い詰められても高笑いを上げていそうだ。

 

 そもそも、敵国の将軍と恋仲になる事からして有り得ない。一度でも自身に敵対した人間は全て叩き潰すのがあの方の信条だ。もし恋仲になっていたとしたら、ハニートラップにかけて利用するだけ利用した後に始末するんだろうとヨヨ様を知る全員が思うだろう。あの方はそういう方だ。

 

 

 ま、そんなわけだ。わかったらあまりヨヨ様を侮辱するような言動は控えた方がいいぞ。

 

 しかし、俺たち反乱軍もファーレンハイトという拠点兼足を手に入れて、当面の目標はヨヨ様の救出であるが……。

 

「ヨヨ様のことだ、俺たちが助ける前に勝手に逃げ出しているかもな」

 

 ──そう冗談ぽく呟いた俺だったが、今まさにヨヨ様が夢に出て来たあの将軍を始末して、帝国から脱走している真っ最中であるなどとは、俺には知るよしもなく……

 

「ビュウ……部屋に入ってもよいか?」

「イヤです、来ないでください……ジジイ!」

 

 ──部屋に入ろうとしてくるセンダックに寒気を感じながらとりあえず、あしらって追い返す俺なのだった。




【ビュウ】
カーナ戦竜隊隊長で原作『バハムートラグーン』の主人公。
クロスナイトと呼ばれる双剣使いで、全体攻撃の必殺剣を得意とする。
わりと女性にモテるが、ドラゴン臭いのが欠点。
原作ヨヨとは共に思い出の教会に行くほど親密だったが、紆余曲折あってフラれる羽目に。それでもヨヨ曰く『依然大切な人』らしい。

台詞がないドラクエ系の無口主人公かと思いきや、シナリオ中の選択肢ではやたら自己主張が強く、「オレサマは忙しいのだ!」「これはドラゴン向きの味付けだね」「マテライト、お前がいけ!」「イヤです……やめて下さい……ジジイ!」「それよりそこどけ!」などと言い放つ意外と愉快な性格の持ち主。女の子の「彼の好きな物を聞いてきてくれ」という依頼に対しわざと嫌いな物を教えたり、部下の夢のアイテムを盗み出すなど外道な面も。
ただ、主人公とは言うがそれはプレイヤーが動かすキャラクターという意味での主人公でしかなく、シナリオ面において主人公の立場にいるのはむしろヨヨの方だったりする。


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ヨヨ様の華麗なる脱走作戦

「たかがドラゴンの分際で、この尊き私の行く道を遮るとは随分と大きく出たわね?」

 

 私は眼前の不届きな存在に大してそう声をかける。全く、万死に値する不敬である。対して、そいつは唸り声で答えを返した。

 

「グルルルル……」

 

 そう生意気にも私の道を妨げたドラゴン──レンダーバッフェが低く唸って私を威嚇する。さっきくたばった将軍……名前なんだったかしらあの金髪? そのドラゴンが私の前に立ちはだかるとは。全く、死んでからも面倒な男だわ。

 さっき名前を呼んでいただろって? ふっ、そんな昔のことは忘れたわ。私は過去を振り返らない女なのよ。そう、この尊き私に必要なのは輝かしい未来だけなのだから! 

 

「しかし、襲って来ないのね?」

 

 さっきからこのドラゴン、レンダーバッフェは唸り声で威嚇してくるばかりで、私に攻撃を仕掛ける素振りは全くない。まぁ、私はサウザーにとって死なれては困る人物のようだからね。どうやら、こいつも私が殺すと問題がある人物だと理解しているらしい。さすがに将軍格の愛竜だけあってかなり賢いと見える。

 

「だが残念。それぐらいじゃ私の歩みは止められないわ」

 

 並の女ならドラゴンに道を塞がれた時点で戦意喪失するのかもしれないが、あいにくこの偉大な私には全くの無意味である。むしろ、移動手段が向こうからやってきてくれたことに感謝しなければならない。ちょうどこのラグーンからの脱出手段が必要なところだったのだ。

 

「ちょうどいいわ。お前、私を乗せて飛びなさいな」

 

 私のその言葉に、レンダーバッフェは一瞬ポカンとした表情を見せた後、再び唸りを上げる。あら、人がこれほど誠意を見せて頼んでいるというのに、薄情なドラゴンね。

 

「もう一回だけ言うわ。『乗 せ て ?』」

 

 もう一度私が()()()を纏いながら心を込めて頼むと、突如レンダーバッフェが怯えたようにその巨体を竦ませた。

 

「ねえ? 乗せてくれるわよね?」

 

 そうして再びお願いすると、ようやく私の誠意が伝わったらしくレンダーバッフェは激しく首を上下させた。そうそう。最初からそうすればいいのよ。

 

「ふふふ、誠実な子は好きよ? 人間も竜もね」

 

 逆に不誠実な輩は嫌いだ。特に約束を破ったり人の信頼を裏切る奴は死ぬべきであるというのが私の持論だ。そういう輩は生きていても害悪にしかならない。

 

「さて、これで足も手に入れたことだし……」

 

 後は、このラグーンからおさらばして愛しのビュウのところへ向かうだけなのだけれど……。

 

「ねえ。お前、宝物庫的な場所とか知っているかしら?」

 

 将軍格のドラゴンであるこいつなら宝物庫の場所ぐらい知っていてもおかしくない。

 さすがの私といえど、このまま身ひとつで脱出するというのはいささか心許ないし、非常時に備えて、魔力回復用のマジックジンあたりは欲しいところである。もし宝物庫があるなら是非とも()()()()()いきたいところだ。

 

「知らないですって? 嘘ね。今、お前の気が乱れたわよ」

 

 知らないふりをするレンダーバッフェであるが、私の目は誤魔化せない。問い掛けた時、明らかに動揺していたのがバレバレである。つまりこいつは宝物庫がどこにあるか知っているというわけだ。

 

「ほら、知っているんならさっさと案内なさいな」

 

 ごねるレンダーバッフェを蹴り飛ばし、案内するよう促す。なんか若干涙目になっているように見えるが、どうせ敵のドラゴンなのだし多少雑に扱っても問題あるまい。

 

 レンダーバッフェを盾にしながらしばらく歩くと、この距離からでも存在感を主張する建造物が目に入ってくる。

 

「ん、あれがそうかしら?」

 

 レンダーバッフェが快く案内してくれた先にあったのは、いかにも頑丈そうな大扉で閉ざされた宝物庫らしき建物だった。

 

「さて、どうすべきかしらね?」

 

 見れば、魔法的な保護もかけられているようで、さすがに厳重そうだ。これだけの大扉となると破壊するにはやや骨が折れそうだ。まあ()()でやれば多分いけるとは思うが……。

 

「ん? 中で足音がするわね」

 

 どうやら中に誰かいるようだ。これは好都合である。出て来たところを襲撃させてもらおう。

 

「ふんふふ〜ん♪ オレ様は綺麗好き〜♪」

 

 と、大扉を開いて何やらご機嫌で鼻歌を歌うモヒカン男が宝物庫から現れた。背中には槍を背負って……いや、アレはモップに槍がついてるみたいね。あと手に持っているのは……雑巾かしら? なんかうちの騎士団員並にアクの強そうな奴ね。

 

「全く、みんな雑に色々放り込みやがって。もっと綺麗に整理整頓を心がけろってんだ」

 

 と、何やらぶつぶつと呟きながら大扉を閉めようとする、いかにも神経質そうなモヒカン男。今がチャンスね! 

 

 

「フレイムゲイズ!」

「うおおおおっ!?」

 

 隙だらけの男に向かい火炎魔法フレイムゲイズを唱えて不意打ちをかます。そしてすかさずレンダーバッフェに()()()して追撃させる。

 

「────!!」

 

 それに応えたレンダーバッフェが咆哮して口から火炎──ヘルファイアを吐き出す。それによってモヒカン男は成す術なく爆炎に包まれる──が。

 

「ゲホッ、ゴホッ! な、なんだなんだ!? いきなり襲撃してきたと思ったらヨヨ王女じゃねえか!? なんであんたが監視も無しに出歩いてやがる!?」

 

 ──そう悪態をついて、モヒカン男が大したダメージも無さそうに炎の中から再び姿を現した。あら、あれでその程度で済むだなんて、意外に実力者なのかしらこの男? こうなっては仕方がないわね。 

 

「この世で最も尊きこの私、ヨヨが手ずから相手をしてあげましょう」

 

 この尊き私の手によって葬られる事を光栄に思うがいいわ!




【レンダーバッフェ】
パルパレオスの愛竜。
原作ではパルパレオスが反乱軍入りした際にこいつも反乱軍入りする……わけではなく、教会イベント時にパルパレオスと別れて飛び去ってしまい、その後帝国との最終決戦で普通に敵として登場する。が、イベント時と敵ユニット時ではなぜかフィールドグラが異なる。
敵ユニットとしてはまあまあ強いものの、さして特徴のある敵ではなく基本的に成り行きで倒されるだけの存在。
「サラマンダーより、ずっとはやい!!」ことで有名だが、実は回想シーンでのスピードを見るとサラマンダーの方が速く飛んでいたりする。


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JOJO VS ペルソナ

「どうやって脱獄したのかは知らねえが、このペルソナ様の前に現れたからには即刻牢に戻ってもらうぜっ! ヒャッハー!」

 

 そう言ってモヒカン男──ペルソナはやたらと似合っている雄叫びを上げ、私を捕らえるべく槍を振るってくる。が、私とペルソナの間に巨大な影が割り込みその攻撃を遮った。──レンダーバッフェに私を()()()()のだ。

 

「なっ! テメェはパルパレオスの野郎のドラゴン! 王女に手懐けられやがったか!」

 

 そうそう、パルパレオスだわ。あの男の名前。しかし、あの男に対してこんな物言いをしているということは、このペルソナとかいうモヒカン男、まさか将軍クラスかしら? 道理で妙に頑丈なわけだ。

 

「ほら、ボケっとしてないで戦いなさい!」

「────!!」

 

 私が命令するとようやくレンダーバッフェが動き出し、口から氷の息吹──アイスブレスを吐き出す。

 

「んなもん当たるか!」

 

 が、あっさりと回避されてしまった。ちっ、つくづく使えないわね、この駄竜は。

 

「帝国を裏切るとは不届きなドラゴンだ! オレ様が掃除してやるぜェ! ヒャッハー!」

 

 ハイテンションに突き出された槍がレンダーバッフェに直撃し、その巨体がぐらつく。ちょっとちょっと、何やられてんのよ。お前に死なれると私の移動手段が無くなるでしょうが。

 

「ホワイドラッグ!」

 

 私はレンダーバッフェに回復魔法ホワイドラッグを唱えて体力を回復させてやる。白い光に包まれたレンダーバッフェは闘志を取り戻したように大きく翼を広げた。全く、サラマンダーと違って手間のかかるドラゴンだわ。まぁ下賤なベロスのドラゴンが我が素晴らしきカーナのドラゴンにかなわないのは仕方がないが。

 

「チッ! まずはヨヨ王女、あんたから倒さねーとならんようだな!」

 

 そう言うと、ペルソナの持つ槍に強い闘気が集中する。おっと、これは。

 

「スロウランサーッ!!」

 

 闘気を込めて気迫と共に放たれたペルソナの槍が凄まじい光を纏って私に向かって飛来する。私はそれを──

 

「ギャンッ!?」

 

 ──レンダーバッフェを盾にして対処した。当然、先ほどの通常攻撃で怯んでいたこいつがスロウランサーの一撃を耐えられるわけもなく、呆気なくその場に崩れ落ちる。まぁ、後でまた回復してやりましょう。

 

「おいおい、ヒデェな!? いくらでも回復できるからってナチュラルに味方を盾にするとか、あんたには慈悲ってもんがねェのか!?」

「失敬な。茲非ならあるわよ?」

「心がねえ!?」

 

 ペルソナは何か勘違いしているようだが、私は別に奴を盾にしたわけではない。この尊き私の身に危機が迫ったのならば誰かがその身代わりになるのがこの世の理というだけの事である。まぁ、それ以前にレンダーバッフェは私の味方ではなく下僕だが。

 

「フレイムゲイズ!」

「うおっとぉ!?」

 

 会話の流れをついてフレイムゲイズで攻撃してみるが、あえなくかわされる。さすがに将軍クラスだけあって真正面からでは食らってくれないらしい。

 

「こいつはどうだぁ!」

「おっと、危ない危ない」

 

 勢いよく突き出されたペルソナの槍を私は軽々とロッドで受け止める。

 

「そんな貧相な杖と華奢な細腕でオレ様の槍を止めやがっただと!? どんなトリックを使っていやがる!」

「そう驚く事ではないわよ? この尊き私が誰より優れているのは当然であるのだから」

 

 まぁ、実際のところはペルソナが言う通りトリックなのだが。何のことはない。先ほどフレイムゲイズをかわされた直後に密かに強化魔法ビンゴを自分にかけておいただけである。これによって今の私の身体能力は飛躍的に上昇しているから魔術師の私でもペルソナと打ち合えるというわけだ。全く、なんて素晴らしい私かしら。

 

「これはどう?」

「魔力波か!?」

 

 私はロッドからレーザー状の魔力波を放出して攻撃を試みるが、これも防がれる。さすがにやるわねぇ。

 

「気合いバリバリ!」

 

 ペルソナはそう叫んで鋭い動きで槍を突き出してくる。私はギリギリまで引き付けて最小限の動きで避ける。おっと、私の美しい金髪が槍の穂先に触れて少し切れてしまったわ。なんてことかしら、世界にとって多大な損失だわ。

 

(このまま長引くと不利ね)

 

 戦士であるペルソナと比べ、魔術師である私は魔力が切れるとほぼ機能停止する。早めに決着をつけるべきだろう。

 

(実戦で使うのは初めてだけど……仕方ないわね)

 

「はぁっ……!」

 

 私が念じると、強大な力の波動が光となって炎のように揺らめきながら私の身体を包み込む。

 

「なっ、なんだ!? なんか知らねえがこのヤバい威圧感は!?」

 

 私の様子を見てペルソナがあからさまに動揺する。まぁ、()()は明らかに人間の出せる気配ではないからね。

 

 

「さぁ、この尊き私に跪くのよ!」

「な、なめるなぁ!」

 

 ペルソナは動揺しながらも果敢に槍を突き出して攻撃を仕掛けてくるが──無駄だ。

 

「ふっ!」

「な、なぁ!?」

 

 ただ私が念じるだけで、ペルソナの攻撃は弾かれる。そして──そのまま力の波動を奴に向かって放つ。

 

「うおおおおぁ!?」

 

 波動をぶつけられたペルソナは成す術無くその力の奔流に呑まれ──その場に倒れ伏した。

 

「クーッ! 私の出番は終わりです!」

 

 それが奴の終焉であった……って、生涯最期の言葉がそれで良いのかしら? 

 




【ペルソナ】
グランベロス帝国八将軍の一人。
いかついモヒカンヘアーに似合わず極度の潔癖症で、趣味は掃除と雑巾がけ。
実はカーナ駐留軍の司令官らしいが、ゲーム中ではその設定は全く触れられない。

原作では帝国の秘密戦艦の司令官であり、帝国にスパイとして潜入したムニムニを追って来たことで反乱軍と戦闘になり、あえなく戦死。
毒沼だらけの秘密戦艦で「オレ様の艦は土足厳禁だ!」などとのたまう人。しかも潔癖症が災いしてかこんな艦にいる割に当人は毒に弱い。
なぜか断末魔だけ丁寧語だったりする。
帝国内での権力闘争には興味がなく、現皇帝サウザーのグランベロス派、八将軍の一人グドルフを中心とする旧ベロス派のどちらにも属していない。


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ヨヨ様と王錫

 生きてきて初の本格的な戦闘行為を終えて私は一息ついた。ふむ。クッキーで始末したあの男は例外として、本格的な殺人を行ったのはこれが初めてだが案外何も感じないものなのね。

 

「さらばペルソナ将軍。あなたの魂は私の栄光のロードの為の礎となるでしょう」

 

 私も後に語り継ぐとしよう。ペルソナの名はこの私が最初に実戦で葬った男として後世の歴史家の間では有名になるかもしれない。彼も自身がその栄誉を賜った事を冥府で喜んでいるであろう。

 

()()()も問題なく使えそうね」

 

 この力は最近使えるようになったものだ。以前は()()()にいる『彼』の力をうまく制御できていなかったからね。しかし捕虜になってからは時間が有り余っていたので、数年の時間をじっくりと費やして先日ようやく使いこなすことに成功した。今回私が脱出を決行したのはこの力が使えるようになったからというのも大きい。

 どうせならもっと早くから使いこなせていれば我がカーナもそう易々と陥落せずに済んだでしょうけれど……まぁ、過ぎたことを言っても仕方ない。

 だが、実戦でも問題なく使えそうで安心した。特に消耗が酷いわけでもないし、これなら大抵の相手は撃退できるだろう。事実、将軍らしきペルソナを倒せたのだから。

 

「おっと、忘れるところだったわ」

 

 私はペルソナのスロウランサーの一撃によって撃沈して以降放置していたレンダーバッフェにホワイドラッグをかけて回復させてやる。全く、頼りないドラゴンだ。まぁ、肉壁として役立ったことは評価してやるが。

 

「さて、宝物をいただきましょうか」

 

 なし崩しにペルソナと戦闘になってしまったが、元々はそれが目的だったのである。これだけ苦労させられたのだ、是非とも良い物をいただかなければ。

 

「よし、じゃあお前は入口を見張っておきなさい。私が中にいる間に誰か来たら撃退するのよ」

 

 レンダーバッフェにそう命令するが、何やら私に訴えかけてくる。ちなみに今さらだが戦竜隊の心得をマスターしている私は当然の如くドラゴンとの対話が可能だ。

 

 なになに? 貴族、ましてや王族ともあろう高貴な人物が、戦争中の敵国が相手とはいえ強奪などという下賎な行為に手を染めても良いのかって? 

 

「はっ、何を言うのかと思えば。ドラゴンのくせにずいぶんと人道に理解があるのね?」

 

 主人の影響かしら? あの男、クソ真面目そうだったしねぇ。しかし、あいにくと私にはその説得は意味を成さない。

 

「いい? 覚えておきなさい。私はこの世で最も尊き人間。本来、この世のものはすべて私のものなの。お前たちこそ、この私の所有物を許可なく使っている盗人にすぎないのよ?」

 

 そう。この世界の財はすべて私のものである。なぜなら、ドラグナーたるこの私はいずれはこの世界を統べる存在だからだ。ゆえに、この私の行為は強奪ではない。暴虐極まるベロスの蛮族共が奪っていった財を正しき主である私の元に取り戻す正当な行為である。

 

 何やらレンダーバッフェが茫然としている。ふっ、所詮は竜、この世の道理は理解できまい。まぁ知った事ではない。強制的に見張りに立たせて私は宝物庫へと入った。

 

「随分と整理されているわね」

 

 宝物庫内部には数々のアイテムが所狭しと置かれていた。しかもきっちりと分類ごとに分けられており、いっそ異常なほどだ。

 

「とりあえず、魔法薬の類いはあらかたいただいていくとしましょうか」

 

 これらはいくらあっても困ることはない。優先的に持っていくことにする。ドラッグにハイドラッグにロイヤルドラッグ、それからマジックジンにハイマジックジンも。あら、エリクサーまであるわ。

 

「剣も色々とあるわね。どれか持っていきましょう」

 

 ビュウへのお土産に一番良さそうな剣を持っていく事にする。愛しい男女の再会時の贈り物としては色気が無さすぎる気もするが、まあビュウは実用的な物を好むしいいだろう。あら、双剣があるじゃない。これがいいわ。

 そうだ、せっかくだから我が忠臣マテライトにも何か持っていってあげましょう。あ、この鎧とか良さそうね。金ぴかだし。おっと、金銭も必要ね。あとは魔法の草とかも持っていって……。

 

「こんなものかしら?」

 

 大多数はレンダーバッフェに押し付けるにしてもそう多くは持っていけない。ほどほどにして切り上げようとした時、異様な存在感を放つ杖と法衣が目に入った。

 

「これは……」

 

 私は思わずその二つを手に取る。杖が私に応えるように光り輝いた。

 

「この杖の銘……エンプレスカーナ?」

 

 カーナの名からして……この杖、うちの国宝ね! 陥落の時にカーナ城から持ち出したのね。こちらの法衣はロイヤルガウンというらしい。これも相当な魔力を秘めた衣だ。恐らくはどちらもお父様のもので、我がカーナの王が戦に向かう際の正装なのであろう。しかし、実に素晴らしい銘が刻まれている。

 

「カーナの女帝に王の外衣か……ふふ、この私の尊き身に相応しいじゃない!」

 

 私のために存在するようなその二つの武具を纏い、私は機嫌良く宝物庫を出た。

 

 ──すると、何やらレンダーバッフェが慌てていた。その隣には二匹のドラゴンがいた。二匹とも同種だ。確か、こいつらは帝国の汎用竜のブランドゥングとかいう連中ね。

 

「騒がしいわね。一体どうしたの?」

 

 聞くと、どうもこいつらはレンダーバッフェの舎弟みたいなドラゴンらしい。私が宝物庫を物色している間にやって来たようだ。二匹は大人しくその場にうずくまっている。いや、私に怯えてるようにも見えるわね。

 

「こいつらにも私の命令を聞くように言うから命だけは勘弁してやってくれって? そう言われてもね」

 

 どうもレンダーバッフェは随分こいつらを可愛がっているようだ。別に下僕の願いを聞いてやるのもやぶさかではないが、正直こいつらはあまり役立ちそうな感じがしない。それに汎用竜だし、帝国もこいつらの性質はよく知っているだろう。戦力としては正直いらない気がするが……。

 

「あ、そうだわ。戦力として弱いなら底上げすればいいじゃない。我ながら名案だわ!」

 

 私は先ほど手に入れた剣を使い、自分の髪の毛の先端を少し切る。そして──

 

「ほら、食べなさい!」

「────!?」

 

 ──強引にその髪の毛を二匹のブランドゥングに食べさせるのだった。




【エンプレスカーナ・ロイヤルガウン】
ヨヨの父親であるカーナ王の使っていた杖と法衣で、ドラグナー・ヨヨの最強装備。高い魔力と状態異常耐性を得られる。
原作では帝国打倒時にパルパレオスが渡してくれる。帝国がカーナ陥落時に持ち出した宝物で、これだけは売り払われずに残っていたらしい。

一品物かと思いきや、アイテムランクの高い敵を土属性で倒すといくらでも量産できたりする。実はセンダックも装備できる。
何気にFFRKにて暗闇の雲の武器として出演してたりする。


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ヨヨ様の???

「────!?」

 

 唐突な私の行動にレンダーバッフェも、いきなり髪の毛を強引に食べさせられたブランドゥングも戸惑いを隠せない様子だ。確かに今の私の行動は端から見ると意味不明だが……。

 ふふふ、すぐに面白いことになるわよ。

 

 ──すると、すぐに変化は現れた。ブランドゥングの身体がみるみるうちに変異していき、小さな球体のようになっていく。最終的に変化が収まった時、そこにいたのはボールにそのまま顔をつけて直に翼を生やしたような、ドラゴンと形容しても良いのかもわからない、まさしく『正体不明』と言うべき存在であった。

 

「────!?!?」

「うふふふふ、可愛くなったじゃない」

 

 変わり果てた弟分たちの姿にレンダーバッフェが騒ぎ立てるのを私は気分良く眺める。これは当然、私の髪の毛を食べたことにより引き起こされた現象だ。

 ──ドラグナーの力なのか、あるいは私個人の能力なのかは不明だが、どういうわけか私の髪の毛にはドラゴンを突然変異させる作用がある。これに気付いたのは、昔しつけきれていない戦竜隊のドラゴンが私の髪の毛をかじってきた時だ。あの時は驚いた。いかにも竜という姿をしたドラゴンが形容し難い謎の生物になってしまったのだから。

 それ以降、私はドラゴンと触れ合う際は髪の毛をかじられないように心掛けていた。実は私としてはこの謎生物もそんなに嫌いではないのだが、カーナ戦竜隊の皆には不評だったのだ。しかし、帝国のドラゴン相手なら遠慮することもないだろう。にしても、レンダーバッフェがいい加減うるさい。

 

「騒々しい、静かになさいな。たかが姿形が別物に変わっただけでしょうに」

 

 レンダーバッフェは姿の変貌しすぎた弟分たちに戸惑っているようだが、こうなった以上は潔く受け入れなさいな。

 確かにもはやブランドゥングとしての原形は全くないが、知ったことではない。だって、戻し方は知らないし。それに帝国ではどうだか知らないが、カーナ人の感覚からすれば昨日まで見慣れていたドラゴンが翌日は全く別物の姿になっていたなど日常茶飯事である。よくわからない謎生物になったからといって別に問題あるまいに。

 

 ──そんな事を考えていると、何やら向こうから複数の足音が近づいてきた。

 

「なっ!? ヨヨ王女がなぜここに!?」

「パルパレオス将軍の竜とよくわからない生物もいるぞ!」

「ペルソナ将軍は!? どうされたのだ!」

 

 私の姿を見てそんな事を口走っているのは、まぁ当然だがこのラグーンに駐留している帝国の兵士たちだ。ただ彼らはまだ状況が飲み込めていないようだ。

 

「ほら、お前がいつまでも騒ぎ立てているから連中に見つかってしまったじゃない?」

 

 後はさっさと脱出するだけだったのに、余計な時間を取らせるからこんな事になるのだ。そんな私の言葉にか、それとも帝国兵に見つかったことに対してか、レンダーバッフェが焦ったように身体を動かしているが……。

 

「見なさい。お前の弟分たちはやる気みたいよ?」

 

 驚き戸惑っているレンダーバッフェを差し置き、元ブランドゥング……言いにくいわね、下僕でいいか。私の下僕である謎生物の二匹は何故か異様にやる気を出している。そして、一匹がまだ状況を把握しきれていない帝国兵の集団に向かって突貫していく。

 

「────!?」

「なんだ、この珍妙な生物は? こんな奴を斬るなんてバターを切るよりも簡単だぜ」

 

 一見無謀にも見える謎生物たちの行動にレンダーバッフェが驚愕し、帝国兵はあからさまに見下しながら武器を構える。

 まぁ、確かにあいつはどう見てもまともに戦えそうではないからね。しかし──

 

「■■■■────!!」

 

 ──突如、謎生物たちの姿が揺らいだかと思うと、次の瞬間、紫色の身体をした翼を持つ巨人のような怪物へと変貌した。

 

「な、なんだぁ!?」

「へ、変身しやがった!」

「うわああああぁ!!」

 

 見るからに弱そうな生物が突然凄まじい威圧感を放つ怪物に変わった事に帝国兵たちがパニックを起こす。そして戦意が壊滅的になった集団は、紫の巨人が召喚した夥しい肉食蝿の大群によって跡形も無く食い尽くされた。おお、こわいこわい。

 

「────!?」

「うふふふふ、素晴らしいわ!」

 

 レンダーバッフェがもう何度目かわからない驚愕をあらわにするが、それよりも私は歓喜していた。

 ──そう、この謎生物には変身能力がある。それも、本来ならば相当な育成をせねば辿り着けない、聖と暗の力を使いこなす最上級ドラゴンに変身する力が。通常のドラゴンより感知能力が低くなるのか、接近戦でしかその能力を見せることはないのだが、それを差し引いても素晴らしい力だ。思いつきでやった行動だったが、予想以上の成果である。

 

「ふふふふ、よくやったわ。反乱軍の皆と合流した暁にはお前たちも戦竜隊に加えてあげる」

 

 いつの間にか元の謎生物に戻っていた下僕一号の頭を撫でてそう言ってやる。要するに見知ったドラゴンが謎生物になるから不評だったわけだし、最初からこういう存在として加入する分には戦竜隊の皆も文句は言うまい。珍妙な姿のドラゴンぐらいは見慣れているだろうし。

 

「さて、思いがけず戦力の試運転も済んだし……このラグーンともお別れね」

 

 ──私は荷物をレンダーバッフェに押し付け、更にその背に乗り飛び立つよう促す。もちろん下僕たちも一緒である。おっと、そうだ。

 

「旅立ちには祝砲が相応しいわよね?」

 

 私はレンダーバッフェの背の荷物の中から魔法草、雷の草を取り出す。そして──そのまま草に秘められた魔力を解き放った。

 

「あっはははは! グッバイ、低俗なるベロスの大地よ!」

 

 ──大地を引き裂くような轟音と共に降り注いだ雷によって無惨な瓦礫の山となった宝物庫を見下しながら、私は清々しい気分でこのラグーンに別れを告げるのであった。

 

 ──さぁ、行くわよ! このままずっと空の果てまでね!




【しょうたいふめい】
文字通り正体不明としか言いようがない謎の生物の姿をしたドラゴン。ゲームでは隠しパラメータである変異レベルを上げる事でのみ変化する形態で、変異レベルを上昇させられるアイテムは『おうじょの???』のみ。一回のプレイでは『おうじょの???』は最大で五つしか手に入らず、手に入れるヒントもない。

このドラゴンを連れているユニットは技や魔法も『???』系の謎の攻撃しかできなくなってしまう。ヨヨの場合、神竜召喚が使えなくなるため『おうじょの???』で生み出される割に当の王女とは相性が最悪だったりする。
しょうたいふめい自身は間接攻撃は一切使えないが、直接戦闘では各ドラゴンのレベル6形態に変身し、変身した形態の固有技を使ってくれる。そのため必然的に聖と暗攻撃しかできない。

なお、結局『おうじょの???』が何なのか、なぜこんなドラゴンに変異させる力があるのかは不明。一応この小説では髪の毛という設定となっている。


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ヨヨ様、出会う

「あっはははは! 私は帰ってきた! このオレルスの空に!」

 

 帝国から脱出し軟禁生活から解き放たれた私は機嫌良くそう叫んだ。あぁ、なんて素晴らしいのかしら! そう、私は自由よ!! 

 

「ふふふ、久々の空はやはり気持ちが良いわね」

 

 この風を切って前に進む感覚がとても素晴らしい。やはり空は良いものだ。

 一方、私を乗せているレンダーバッフェは機嫌良さげな私に安心している様子である。ちなみに謎生物こと下僕一号二号はあのまんじゅうみたいな姿から、胴長に直に足と翼を生やして、やたらと大きな頭をくっつけたようなこれまたなんとも言い難い姿になってついてきていた。どうもこれが飛行形態らしい。可愛いじゃない。

 

「ドラグナーのちから〜♪ このオレルスのそ〜ら〜♪ 愛しい彼のこころ〜♪ すべてを手に入れるぅ〜♪」

 

 昔、吟遊詩人に作らせた私のテーマ曲を脳内でかけながら、それに乗せて私の今の心境を歌として口ずさんでみる。このオレルスに響き渡れ、私の野望よ! 

 

「うーん、それにしても……」

 

 久しぶりの空の旅は文句なく素晴らしい。素晴らしいのだけれど……。

 

「サラマンダーより、ずっとおそい!!」

 

 私は思わず正直な感想を口にする。戦竜隊の一般ドラゴンと比べたらこいつも中々速くはあるけど、さすがにビュウの愛竜であるサラマンダーには劣るわね。あの子の速度に慣れている私からすると遅く感じてしまうわ。

 

「クェェ……」

 

 あっ、落ち込んだわコイツ。意外とナイーブな奴ね。まあそんなに気にすることないわよ。そこらのドラゴンと比べたら十分速いもの。サラマンダーはビュウの愛竜なんだし敵わなくて当然じゃない。

 

「ん? 何か聞こえるわね……」

 

 突如、私の耳にまた別の風切り音が聞こえてくる。後方からどんどん迫ってきているわね。

 

「あれは……ガーゴイルかしら?」

 

 振り向いて後ろを確認すると、石像のような冷たい印象のドラゴンが数体こちらに迫ってきている。どうやら追っ手らしい。

 

「大した相手ではないけど、空中戦はあまりしたくないわね」

 

 空中戦などして振り落とされてはたまったものではない。適当なラグーンに着陸して迎撃しましょうか。

 

「あそこがいいわ。降りなさい」

 

 ちょうど近場にあったラグーンにレンダーバッフェを着陸させる。そのまましばらく待つと、ガーゴイルたちが接近してくるが……。

 

「あら?」

 

 いつの間にか下僕二号がガーゴイルの群れに勝手に突っ込んでいっている。そして厳つい表情の鳥のようなドラゴンに変身すると、聖なる雷がまるで津波のようにガーゴイルたちに降り注ぎ、それを食らったガーゴイルたちはそのまま墜落してしまった。

 

「あらら」

 

 あまりの呆気なさにそんな言葉を呟いてしまった。まぁ、ガーゴイルは確か帝国が配備しているドラゴンとしては最下級の雑魚であるし、当然といえば当然の結果かもしれない。

 

「まぁ、何事もなく終わるのは良いことね」

 

 私はそう言って一息つく。ドラゴンといえどずっと飛び続けるのは不可能であるし、休憩にはちょうどよかったかもしれない。

 

「さて……」

 

 私は近場にある森の方に視線を向ける。さっきから、あの辺りから私の方を観察している人間がいるのよね。

 

「出て来なさい、そこの人間!」

 

 私がロッドを構えてそう言うと、森から二つの黒い影が飛び出してきた。私はその二人の姿を見て目を丸くする。

 

「お久しぶりです、ヨヨ王女。お元気そうで何より」

「やっぱり見つかるかぁ……自信なくすなぁ。いや、ヨヨ様が相手ならノーカンか?」

「サジンにゼロシンじゃない!」

 

 森から現れたのは、私の臣下であるサジンとゼロシンだった。この二人は殺しを生業とする腕利きのアサシンである。私がこの二人と知り合ったのは昔。

 

 ──カーナ王宮の私の部屋に、この二人が潜んでいたのだ。その時私は部屋に誰かがいる気配を察知し、こう声をかけた。

 

「そこの人たち、私と一緒にお茶しましょう!」

「「……はい?」」

 

 その結果、本当にお茶を飲みかわして『お友達』となり、二人を私の直属の部下として雇い、重用していた。

 

「お前たち、どうしてここに? 反乱軍と一緒ではないの?」

「いえ、お恥ずかしい話なのですが……」

 

 私が問うと、サジンはあまり言いたくなさそうな雰囲気を出しつつも口を開く。

 

「実はカーナが陥落してから、雇い主がおらず路頭に迷っていまして。反乱軍に入ろうかとも思ったんですが……」

「……ビュウさん以外、反乱軍の人たちは誰もオレらの事知らないんですよね」

「あぁ……確かに」

 

 確か、帝国で聞いた噂で「元カーナ戦竜隊隊長がドラゴンを探しにオレルスを飛び回っている」というのがあった。つまり、ドラゴン捜索中でビュウが不在だった反乱軍のメンバーは誰もこの二人の存在を知らない。暗殺者である二人は私が呼んだ時しか姿を見せなかったからだ。

 

「それで反乱軍に入れなかったわけね」

「はい……」

 

 確かに見るからに暗殺者な風貌では警戒されるだろうし、かといって私の部下だと言ってもそれを証明できない以上、信用されるか怪しい。知り合いであるビュウがいれば問題なかっただろうが、どうも彼がドラゴン探しを終えて戻ったのはかなり最近らしい。

 

「金もないので、森の動物を仕留めて食いつなぐ生活をしてまして」

「そこに私が来た、と」

「そうなります」

 

 つまりはただの偶然か……いや、これも私の王気によってもたらされた結果に違いない。王者たる私の運命力が路頭に迷っていたこの二人を私に引き合わせたのだ。ああ、自分の才能がこわい!

 

「なら、お前たち改めて私に雇われなさい。報酬はこれでどう?」

「おお、こんなに……! ありがとうございます、ヨヨ王女! これで野兎生活ともおさらばだ……!」

「母さん……雇い主のヨヨ様と再会できました。これでまた仕送りができます……」

 

 先ほど宝物庫から持ってきていたピローの入った袋をサジンとゼロシンに手渡す。中身は数えていないのでぶっちゃけいくら入っているかは知らないのだが、二人はかなり喜んでいた。

 

「それにしても……」

 

 サジンとゼロシンを雇い直した私は、改めてこのラグーンの景色を見回した。ビュウたち反乱軍の現在位置が私からは不明であるから、ひとまずレンダーバッフェには適当に人の住むラグーンを目指させていたのだが……。

 

「それで着いたのがここだとはね」

 

 妙な縁を感じた私はそう呟き、眼前の建物──教会を見上げるのであった。




【思い出の教会】
カーナの領土内のあるラグーンに存在する教会。二人きりでこの教会に入った男女は将来必ず結ばれるという言い伝えがある。
原作ヨヨは主人公ビュウとこの場所を訪れるも「まだ早いよね」と言い、「大人になっても気持ちが変わらなかったら一緒に来てくれる?」と約束した。

が、帝国にさらわれたヨヨは帝国将軍パルパレオスに惹かれ、一度だけ許可された飛行の際に共にレンダーバッフェに乗り「サラマンダーより、ずっとはやい!!」を炸裂させた後、パルパレオスと共に教会に入った。
その後、反乱軍に奪還されたヨヨは教会を守るシナリオの後、ビュウに「大人になるって悲しいことなの」を炸裂させ、パルパレオスと愛を誓い合ったのだった。

ちなみに教会を守るシナリオとはいうが敗北条件に教会の破壊は含まれておらず、それどころか敵の魔物たちに建物破壊効果を持つ雷属性の使い手は一人もいないため、プレイヤーか味方ドラゴンの攻撃でしか壊れることはない。
にもかかわらずなぜか壊れる事が多いらしい。いったい、なんなのかしらねえ。


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ヨヨ様と約束の地

「ふふふ、やはりこの教会は私を祝福しているに違いないわ」

 

 私は自信に満ちた声色でそう言った。この場所でサジン、ゼロシンという二人の我が臣下と再び出会えたのは私がこれから進む道筋への天よりの祝福に違いない。

 

「ここはヨヨ様にとって何か特別な場所なので?」

「ここはね、私とビュウが永久の誓いを交わした教会なのよ」

「おお……!」

 

 そう、ここは思い出の教会。カーナの恋人たちの聖地にして、私とビュウにとっての約束の地。あの時、ここで二人で未来を誓い合ったのだ。()()()()んじゃないのかって? そうとも言うわね。

 

「つまりビュウさんはゆくゆくはカーナ王になるというわけですか……ビュウさんなら王としても素晴らしい人物になりそうですね」

「国の実権はヨヨ様が握ってそうだけどな」

 

 まぁ、それに関しては否定できないわね。私、そういうの好きだし。

 

「でも、ビュウさんって結構女性に人気ありますよね。いや、ヨヨ様がお相手に選ぶぐらいですから当然ですが」

「反乱軍にも狙ってる女性はいそうだな。本人は気付いてなさそうだが」

「そう、それよ」

 

 さしあたっての私にとっての一番の懸念事項はそれである。すなわち、彼にアプローチしてくる女性陣への対応だ。私は当初、ビュウ争奪戦を勝ち抜くことを考えていたわけだが……。今はちょっと考えが変わってきている。

 

「思ったのよ。別に彼に迫ってくる女性陣と争う必要はないのではないかと」

「と、おっしゃいますと?」

「側室にしてしまえばいいんじゃないかって」

「ああ、なるほど……王になるわけですからね」

 

 そう。ビュウは私と結婚すればカーナ王になるのだから、彼に迫ってくる女性には側室になるという道がある。そうすれば争うまでもなく済むのではないか? 何より、ビュウの優秀な血をカーナに残すためにもなる。そう、彼ほどの人材、その血をできるだけ広めねば世界にとっての損失ではないか? 

 

「ヨヨ様はそれでよろしいので?」

「多少の独占欲はあるけれどね。だけども私は彼の一番でいられれば良いわ」

 

 そもそもが王族である私の恋愛観は、世間一般の女性たちと比べるとかなり冷めている。私としては、彼が私以外に妻を持っても、私とビュウのあまあまハニーな生活が約束されるならそれで良いのだ。

 まぁ、私はそれでいいとしても、実際に側室になった女性が出た場合、自由の無い生活に幻滅するかもしれないが……その程度は我慢してもらわねば話にならない。まぁ、私は私のやりたいようにやるのだが。

 

「ちなみに、私の中での側室候補筆頭はフレデリカよ」

「あぁ、確かに彼女はビュウさんと仲良しですね」

「そうなのか。オレには彼女はヤク中のイメージしかない……」

 

 そう。私の知る限り、ビュウの友人の私以外の女性でビュウと一番親密なのがフレデリカだ。私の脳内メモにそう書かれている。ちなみにゼロシンの感想もこれはこれで正しく、彼女はカーナでも有名な超がつくほどの病弱娘で、しょっちゅうぶっ倒れてはドラッグや万能薬をがぶ飲みしている。正直、側室という地位になるには健康状態に不安がある人物だったりする。人間としてはとても良い娘ではあるのだが。

 

(せっかくだし、あの薬はフレデリカにあげようかしら?)

 

 今レンダーバッフェに持たせている積荷に入っている、ドラッグ、ハイドラッグ、ロイヤルドラッグの薬詰め合わせは、合流後は彼女にプレゼントしても良いかもしれない。共にビュウを愛する女として、親密になっておいて損はないはず。

 

「全く、私ってばなんて器の大きい女なのかしら!」

 

 ──私がそう言い終えた瞬間であった。

 突如雷鳴が轟いたかと思うと、私たちの周囲に大きな衝撃が走った。

 

「……は?」

 

 地を引き裂くような稲妻によって辺りに砂埃が舞い上がる。

 

「なっ!? 敵襲か! ちっ、呑気に構えすぎたか!」

「ヨヨ様、御身にお気をつけ下さい!」

 

 サジンとゼロシンが突然の攻撃に警戒を示し、二人は私を間に挟む位置に移動し辺りを見回す。

 と、いつの間に接近してきていたのか、私たちの近くに数騎のガーゴイルがいた。レンダーバッフェたちが威嚇するように唸り声を上げるのを無視し、ガーゴイルから次々と影が降りてくる。

 

「ハッハー! やっぱり不意打ちでぶっ放すのはサンダーゲイルに限るぜえ!」

「魔力は温存しろ。その口も閉じとけ」

「イカれ魔術師め。口だけは達者なトーシロばかりよく集めたもんだぜ」

 

 なぜか高笑いする妙にテンションの高い魔術師を別の兵士たちが窘める。しかし私の耳にはその会話はほとんど入ってきていなかった。

 

「帝国の追っ手か……雷使いのユーベルブリッツだな、先の魔法は奴らの仕業か」

「大した相手ではないな。あの程度ならオレたち二人だけでも……ヨヨ様?」

 

 ゼロシンが動かない私に気付いて声をかけてくるが、未だに私は眼前に広がる光景から受けたショックゆえに上手く思考が回らない。

 

「わ……わ……私とビュウが永遠の愛を誓い合った教会があぁぁぁぁ!?」

 

 ──私の目に映るのは、先の雷によって、まるで何者かの怨念をぶつけるかの如く粉微塵に破壊された教会の姿だった……。



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ヨヨ様のあばれる!

「ヨヨ様の思い出の教会が……なんてことだ!」

「ヨヨ様……お気を確かに!」

 

 俯く私に、サジンとゼロシンが励ましの言葉をかける。──カーナの恋人たちの聖地であり、私とビュウの約束の地でもある教会は見るも無惨な瓦礫の山と化していた。

 

「ヨヨ様、落ち着かれるまで後方にお下がり下さい。やつらは「ふ、ふふふふふふふ……」よ、ヨヨさま?」

 

 サジンが私を気遣うように下がるよう進言してくるが、私はそれに思わず低い笑いが漏れる。二人はどうも私が精神的ダメージで動かないと思っていたようだが、この私の尊き精神はそんなに脆弱ではない。

 

「お、おい。もしかしてここにいるとヤバくないか?」

 

 ゼロシンが危険を察知し、サジンに声をかける。それもそのはず、今、私の身体は非人間的な光を帯び始めているからだ。

 

「ふ、ふふふふ……褒めてあげるわベロスの蛮族ども……お前たち、この私を苛立たせる事に関しては天才的よ……」

 

 カーナへの襲撃といい、今回の教会の破壊といい、尽く私の怒りを煽ってくれるじゃないの。

 

「全く……揃いも揃って……塵芥のクズどもがぁっ!!」

「「「うぎゃあああああああぁ!?」」」

 

 私が怒りのままに放った力の奔流に、帝国兵たちもガーゴイルもまとめて呑み込まれる。そして奴らは肉体の一片も残さずこの世から消滅した。

 

「ちいっ! しまったわ!」

 

 感情が高ぶっていて判断を誤ってしまった。神聖な教会を破壊した罪は死より恐ろしい責め苦を与えて償わせるべきだったわ!!

 

「す、すごいな……あれがヨヨ様の力か」

「あれ? これオレらいらなくね?」

 

 サジンとゼロシンが私の力を見て何やら感想を述べているが、私はそれどころではない。奴らめ、私とビュウの誓いの場所を破壊してくれやがって! 

 

「おいっ! 今すぐ教会を修復なさいっ!」

 

 私は()()()()()()()に向かって命令する。人前で堂々と話すのは何気に始めてだが構わない。しかし、それに対しての返答は私にとって望ましいものではなかった。

 

「あ? なんですって? 『その願いは自分の力を超えているから無理』?」

 

 つ、使えないっ!! それでも神なの!? 

 

「きぃーっ! あんた仮にも神なんでしょうに!! 時間ぐらい操れないでどうすんのよ!? 神ってのは全知全能じゃないの!?」

 

 なに? 『神の如き力を持つ竜という意味の呼び名であって、実際に神の力を行使できるわけではない』? ちっ、屁理屈をっ!! ……まぁ、確かに()()()()()()()()()()()()()()()が神なはずは無いか……。

 

「はっ! それならもういいわ! こんな教会の伝説なんて所詮は迷信よ!」

 

 ここで『彼』に八つ当たりしても仕方ない。考えてみれば、いくら誓いの場所とはいえ失われた物に対して固執するなど愚行の極みだ。

 たかが建造物の一つや二つ、今さら粉微塵になったところで私とビュウの輝かしい未来には一片の曇りもない! そう、この胸に抱いた強き想いさえあれば!! 

 

「もうこんな場所はどうでもいいわ! サジン、ゼロシン! すぐに発つわよ!」

「「はっ!」」

 

 瓦礫と化した思い出の教会など、私にとってもはやどうでもいい存在。うにうじ以下の価値しかない。

 そうと決まればこんな場所に長居するのは時間の無駄だ。私は飛行形態の下僕一号二号を呼び、サジンとゼロシンを乗らせる。

 

「うわ、なんだこのドラゴン?」

「子供の落書きみたいだな」

 

 二人は異様な姿のドラゴンに戸惑っていたが、それでも特に抵抗はなくその背に乗った。私もレンダーバッフェを呼び付け、ひらりと飛び乗る。

 

「いくわよ! さっさとビュウたちと合流するんだから!」

 

 ふふふ、待っていなさい下賎なベロス人ども! 愛しのビュウと再会した暁には、即刻叩き潰してあげるわ! 

 

 

   ◇   ◇   ◇

 

 

「二人とも、本当にこっちにビュウたち反乱軍がいるの? こっちはキャンベル・ラグーンよ?」

 

 あれから既に数日が経っている。私はふとサジンとゼロシンにそう尋ねる。あの時、飛行してすぐ彼らにキャンベル方面に向かうよう言われたのだ。

 

「はい。数日前、反乱軍がキャンベルに向かったとの噂を耳にしていましたので。既に発っていないならまだキャンベルにいるはずです」

「まぁ、あなたたちがそう言うならそれでいいけれど」

 

 しかし、今の反乱軍がキャンベル方面に何の用があるのだろうか? 気になるが、まぁそれも合流してみればわかることだ。

 

「ヨヨ様、お待ち下さい!」

「止まりなさい!」

 

 突如サジンが待つように進言してきたのに従い、私がレンダーバッフェに飛行停止を命ずると、それに従いその場に滞空した状態となった。二人もドラゴンを滞空させ停止している。

 

「どうしたの?」

「あれをご覧下さい」

 

 突然止まった理由をサジンに尋ねると、彼は指で近場のラグーンを指し示す。私が目を凝らすと、カタパルトのような物体が見えた。

 

「あれは……帝国軍が運用している砲台ね!」

 

 私はそれで止まった理由を理解する。ドラゴンに乗ったままあれに砲撃されれば撃墜の危険が大きい。しかし、ふと疑問が湧く。

 

「ここはまだキャンベルではないわよね? どうして帝国軍がいるのかしら?」

「それがどうやら、補給基地のようですね」

「だな。あれが食糧庫で……向こうが火薬庫か」

 

 なるほど。確かに小さな倉庫らしきものが建ち並んでいる。あの中に兵糧やら弾薬やらが詰まっているのだろう。

 

「しかし、火薬庫ね……うふふふふ」

「よ、ヨヨさま?」「やばそう」

 

 妖しく笑う私にサジンとゼロシンが若干引いているが、私は気にせずに、彼らに砲台の射程を尋ねて、その射程範囲外にレンダーバッフェを着陸させる。

 

「ヨヨ様、何をするおつもりで?」

「ふふふふ……火薬庫と来たらやる事は決まってるでしょう」

「ま、まさか……」

 

 そのまさかだ。私は杖を構え、魔力を高めてゆく。

 

 ──吹き飛べ、愚民どもっ!! 

 

『フ レ イ ム ゲ イ ズ !』

 

 完成した私の魔法によって、火薬庫の中心に大きな火炎が立ち上る。──そして、凄まじい大爆発が起きた。

 

「うわあああああっ!?」

「なんだこれは!? 何が起こっている!?」

「メディック! メディーーーーック!」

 

 突如訪れた大惨事に帝国兵たちが大パニックを起こす。ああ、なんて気持ちが良いのかしら! 素晴らしいわ! 

 

「やりやがったよこの人ぉ!?」

 

 私の行動にゼロシンが思わずと言った様子で叫ぶが、しかし私の気分は最高潮だ。

 

「あははははは! 逃げ惑え! 泣き叫べ! 死の炎に怯えろ!」

 

 私は混乱の極地に追い込まれている帝国の兵士らを眺めながら両手を広げて高笑いする。賎しいベロスの蛮人どもがいい気味だわ。あぁ、なんて清々しい気分なのかしら。教会の破壊により燻っていた怒りが洗い流されていくようだわ! 

 

「誰かいるぞ! 襲撃者だ! やつらの仕業に違いない!」

「おや、見つかってしまったわね」

「そりゃこれだけはしゃいでたら見つかりますって」

 

 確かにちょっとはしゃぎすぎたようだ。反省反省。

 

「しかし、ただの補給基地にしてはやけに大きいわね?」

「確かに。少々過剰な気がしますね」

「キャンベルの駐留軍への供給だけならここまでの補給基地は必要なさそうですが……」

 

 これは何やらきな臭いわね。ビュウたち反乱軍がこのキャンベル・ラグーンに向かったのと関係あるのかしら? 

 

「砲兵隊、撃て! 射程外でも構わん!」

「了解……ば、バカな! カタパルトが不調だと!?」

 

 帝国兵たちが何やら騒いでいると、未だに炎上する基地の奥から筋肉隆々の大男が現れた。

 

「オレ様の基地で一体なんの騒ぎだ!?」

「ぞ、ゾンベルド将軍!」

 

 あら、ちょうど何か知ってそうな奴じゃないの。これは聞き出すしかないわね!




【サジン&ゼロシン】
依頼人から金を貰って活動するフリーのアサシン。
黒装束に身を包み忍術を使うがあくまでアサシンである。サツバツ!

原作では中盤にダフィラの街中に隠れており、潜伏している所を話しかけると雇うことができる。当然だがスルーすると仲間にならない。
加入時期が遅い為に全く使わないプレイヤーもいるものの、実力は高く忍術による各種属性攻撃はもちろん、フィールドでは周囲の敵、直接戦闘では敵全体を一瞬で即死させる『居合切り』が猛威を振るう。さすがアサシンである。ちなみに回復も得意としており、『チャクラ』で周囲のキャラのHPと状態異常を纏めて回復させられる。

ファーレンハイト内においてはいつも潜伏しており、ビュウ以外に彼らに気付いた人物がいる様子は無い。下手をするとビュウ以外は誰も彼らの存在を知らないと思われる。

サジンは静かで見つからない場所を好み仕事の話ばかりする典型的なアサシンらしいアサシンだが、相方のゼロシンの方はというと、母親に仕送りしながら、笑顔の練習をして友達を作ろうとしているという健気な人物。しかしずっと潜伏していたため、結局原作終了時まで彼に友達ができる事は無かった……。

彼らを雇う際には普通に雇うかオプションで暗殺依頼をするか選べるのだが、この暗殺依頼の選択肢が敵側が一人も入っていないというとんでもないもの。
その暗殺対象はというと『ファーレンハイトのクルー』『マテライト』そして『ヨヨ』である。
シナリオ的に結局マテライトとヨヨの暗殺は未遂で終わるのだが、仮にもカーナの騎士団長とカーナの王女の暗殺を依頼するビュウのとんでもぶりが光る。なお、2回目以降のプレイをしている場合は暗殺依頼の対象はほとんどヨヨになるようだ。ですよねー。
ちなみにクルーの暗殺依頼は本当に成功し、シナリオが進む度に彼らの墓が艦内に増えていく。

なお、クルーの暗殺、マテライトとヨヨの暗殺未遂をやるのは全てサジンである。ゼロシン仕事しろ。


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何が始まるんです?

「なんで王女がこんなところにいやがる!? パルパレオスの野郎、逃げられやがったな!」

 

 ゾンベルドと呼ばれた、筋肉隆々の将軍が私を見てそう悪態をついた。なんかパルパレオスって同僚から罵倒ばっかりされてるわね。

 

「サジン、ゼロシン。あの男を捕らえるわよ」

「「はっ!」」

 

 私はこの基地についての情報を聞き出すべく、ゾンベルドを捕縛する事を二人に伝える。

 

「ああー斬りたい! 斬りたい!」

 

 と、ゾンベルドの側についていた兵が何やら喚いて刀を振り上げ突っ込んでくる。ふっ、お前如き下賎の者がこの尊き私の身に触れられるとでも……。

 

「大根が斬りたいいいい!」

「誰が大根かぁっ!?」

 

 不敬極まりないことをのたまう兵士に私が力の波動をぶつけると、その身体は跡形も無く消し飛ぶ。全く、この尊き私を言うに事欠いて大根呼ばわりするとは、万死に値するわ! 

 

「「■■■■────!!」」

 

 私が憤っている間に下僕一号二号が同時に敵陣に突撃し、全く同じ姿の竜騎士のような姿に変身する。その二体が同時に剣を振るうと、ゾンベルドを除いた敵陣のほぼ全ての兵士の身体が真っ二つになった。

 

「んなぁっ……!? お、オレ様の軍が……」

「ひ、ひえー!」

 

 一瞬で自身の軍が壊滅したことにゾンベルドが愕然とした声を漏らす。なぜかレギオンが一人だけ残っているが、まぁいいか。

 

「サジン、ゼロシン! やっておしまい!」

「「アラホラサッサ!」」

 

 私は二人にゾンベルドの無力化を命ずる。

 

「覚悟っ!」

「ちいっ!」

 

 サジンとゼロシンが左右から同時にゾンベルドに仕掛ける。しかしさすがに将軍格らしく、巧みな身体捌きでこの攻撃に対応している。

 

「おらぁっ!!」

「おっと!」

 

 ゾンベルドが振るった金棒をサジンたちが素早く回避すると、叩きつけられた金棒の威力で地面が大きく刔られた。

 その光景にサジンは冷や汗を流し、ゼロシンが口笛を吹く。すると余裕を取り戻したのかゾンベルドが笑みを浮かべた。

 

「怖いかクソッタレ! 当然だぜ、グランベロス将軍のオレに勝てるもんか」

「あら、それなら私はドラグナーよ?」

 

 「試してみる?」と私はゾンベルドに向かい手招きして挑発してみる。すると奴はあからさまに苛立ちを見せる。

 

「てめえ……! がっ!?」

「ふっ、隙だらけだ」

「単細胞は扱いやすくて助かるな」

 

 激昂したゾンベルドが私に突撃しようとした瞬間、密かに背後に回っていたサジンとゼロシンの同時攻撃が炸裂した。私は王であり二人は暗殺者である。正道を重んじる騎士ではないのだ。

 こうして私はゾンベルドの捕縛に成功したのであった。

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

「このオレ様がこんな無様を晒すとは……」

「うふふふ、いい姿よ? ゾンベルド将軍」

 

 私は拘束されたゾンベルドから情報を聞き出すべく、考えを巡らせる。ちなみにサジンとゼロシンの二人には一応、警戒の為にこのラグーンの様子を見て回ってもらっている。

 

「ぞ、ゾンベルド将軍、俺たちどうなるんですか? も、もしかして拷問?」

「その通り、拷問よ♪」

 

 ゾンベルドのついでに拘束された不幸なレギオンに、私はニッコリ笑ってこれから待つ事態を告げてあげた。ふふふふ、この私がカーナ王家に伝わる拷問術を見せてあげるわ! 

 

「ああっ! やだー! 痛いのやだー!」

 

 そう叫ぶと、どこにそんな身体能力を隠していたのか、レギオンが縛られたままジャンプで器用に逃げようとする。しかし、そんなレギオンに私の放った魔力波が無情に突き刺さり、そのまま彼はあえなく死亡した。情報持ってなさそうだしねぇ。

 

「さて、ゾンベルド将軍。話さないとあなたもああなるわよ?」

「ちっ……」

 

 私の脅しにゾンベルドはあからさまに舌打ちする。まぁ、将軍格がこの程度にビビりはしないわよね。

 

「素直に話してくれれば()()()()()()()()()()()()()()()解放してあげるのだけれどね?」

 

 私はそう約束してみせるが、ゾンベルドはだんまりだ。さすがにそんなに簡単に口は割らないわよね。

 

「キャンベル・ラグーンの駐留軍への供給を担うだけにしては、この基地はいささか規模が大きすぎる気がするのよね。何かご存知かしら、ゾンベルド将軍?」

「さぁてね。オレは皇帝陛下に信頼されてないもんで……」

 

 あぁ、そういえば囚われている時に聞いた噂では、皇帝サウザーはパルパレオスぐらいしか信頼できる臣下がいないと聞いたわね。しかし、いくら信頼されてないとはいえ補給基地なんて重要拠点を任せられた人材が何も知らないってことはないでしょ? 絶対に基地の目的は知らされているはず。

 

「見上げた忠誠心だけどねゾンベルド将軍? 事ここにおいて忠義心なんて何の役にも立ちはしないわよ? ここで物を言うのはオレルスの重力なんだからね!」

「んなっ……!?」

 

 私はレンダーバッフェにゾンベルドを両足で掴ませ、ラグーンの端の空中に移動させる。ここから落とされればどうなるかは火を見るより明らかだ。

 

「う、ぐううう……」

「念の為言っておくけど、そいつは私のドラゴンじゃないからね。いつまで私の命令を聞いているかわからないわよ?」

 

 まぁ、実際はほとんど私に絶対服従なのであるが、しかしゾンベルドにはそんな事はわからないはず。すると案の定、ゾンベルドが口を開き始めた。

 

「わ、わかった! 話せばいいんだろ!! キャンベルの森には神竜がいるんだ! その神竜に会うのに魔物だらけのあの森を突破する為には、兵士たちに多くの物資の補給が必要なんだよ!」

「ほう、そういうことなのね」

 

 なるほど、単なる駐留軍ではなく、今現在も魔物と戦闘しているから多くの補給物資が必要だったわけだ。でも、わざわざ神竜と会ってどうするのかしら? 

 

「神竜のところへ行って、その後はどうするの?」

「そこまでは知らねえ! 本当だ! ただ、皇帝があの森に来てるはずだ」

「なんですって?」

 

 ここで皇帝サウザーが出て来るの? これはちょっと予想外の展開ね。

 

「サウザーがあの森にいるわけ?」

「ああ。ヨヨ王女、あんたの力が無くても自分が伝説の男になれる事を証明するとか言ってたぜ」

 

 ふむ。つまり、サウザーは私のドラグナーの力が無くとも自分なら神竜を目覚めさせられると考えているわけか。なんて自意識過剰な男なのかしら。この私のような謙虚さを身に付けるべきね。

 

「いい情報だったわ。話してくれてありがとう、ゾンベルド将軍」

「お、おう。それで……そろそろ解放してくれませんかね、ヨヨ王女様?」

 

 ゾンベルドは不安げにそう私に語りかけてくる。そう心配せずとも良いわ、私は約束を違えた事はない女なのよ? 

 

「わかったわ」

「うあああああああああああああぁぁ!?」

 

 ──そして私は約束通り、ゾンベルド将軍をこの世のしがらみから解放してあげるのであった。

 

 

   ◇  ◇  ◇

 

 

「二人とも、戻ったわよ」

「おお、ヨヨ様」

 

 一段落した私はサジンとゼロシンの二人と合流する。二人曰く特にこのラグーンに見るべきものはなかったらしい。あくまで規模が大きいだけで、単なる補給基地の域は出ていないようだ。

 

「あいつはどうしたので?」

「放してやったわ」

 

 ゾンベルドについて尋ねられたので正直にそう返した。きっと今頃は彼も向こうでペルソナと元気にやっているであろう。

 

「さて、それでは行きましょうか。面白い情報も得られたしね」

 

 私はそう言いレンダーバッフェの背にひらりと飛び乗る。いざ、キャンベルの森へ! 

 

「……あら?」

 

 なぜかさっきまで元気に飛び回っていたレンダーバッフェが微動だにしない。

 ……いや、なんで飛ばないわけ? 

 

「ヨヨ様……コイツ、何やら怯えているようですが?」

「あ?」

 

 確かに、よく見ると身体が小刻みに震えているわね。……もしかして、さっきの会話を聞いてサウザーと戦うことになりそうだからビビってるわけ? な、情けない! 

 

「動きなさいこのポンコツが! 動けってのよ!」

 

 痺れを切らした私が全力の蹴りを食らわしてやると、レンダーバッフェは慌ててラグーンを飛び立つ。ふっ、やはり駄竜のしつけはこの手に限るわね。

 

「うふふふ……待っていなさいサウザー」

 

 ──この尊き私に対する数々の罪、その命を以て贖ってもらうわ! オーッホッホッホッホッゲホッ、ゴホッ!?




【ゾンベルド】
グランベロス帝国八将軍の一人で筋肉モリモリ、マッチョマンの変態だ。
キャンベル駐留軍の総司令官であり、原作では初めて交戦する帝国将軍。序盤、ヨヨ奪還前も後も反乱軍の前に度々立ちはだかる男。
単なる脳筋ではなく、伏兵を潜ませて挟み撃ちにした後に橋を落として退路を断つなど策士な面も持つ。

帝国内の派閥では八将軍最強の男であるグドルフを筆頭とする旧ベロス派に属しており、成り上がりのサウザー皇帝をあまり快く思っていない将軍の一人である。


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番外:もしもヨヨ様がパルパレオスとの飛行イベントを起こしていたら

唐突な番外編
UA30000突破記念


「サウザー皇帝から飛行の許しが下りました」

 

 ──雲海にラグーンが浮かぶ世界、オレルス。その世界の覇者、グランベロス帝国皇帝サウザーが最も信頼を置く将軍、パルパレオスは、薄暗い牢屋の中で美しい金髪の少女にそう話し掛けた。

 

 ──カーナ王女ヨヨ。グランベロス帝国に滅ぼされた亡国、カーナ王家の姫君。

 

「さぁ、ヨヨ王女……行きましょう。私のドラゴンが外で待っています」

 

 神と呼ばれし竜、『神竜』と心を通わせられる人間、カーナ王家に伝わる『ドラグナー』の資質を持つ彼女は、その力ゆえに、未だに帝国に生存を許されている。皇帝サウザーの野望──神竜の伝説に挑むこと──を果たす為にはヨヨの力が必要であり、彼女が監禁生活で心身を病む事は避けなければならなかった。

 

 今回の飛行は、そういった理由からサウザーが許可したものだった。……パルパレオスがヨヨを気にかけ、少なからず好意を抱いているのも許可した理由のひとつであるようだが。

 

「一度だけなのね……夜が訪れるまでの数時間……」

 

 監禁生活の中で少しだけ与えられた偽りの自由に、ヨヨは憂いを帯びた様子でその美しい顔を歪めた。パルパレオスはそれに無言を貫くしかなかった。

 

「……本当にどこへでも飛んでくださるの?」

 

 パルパレオスの胸板に身体を預けながら、ヨヨが上目遣いでそう問い掛ける。どこか行きたい場所があるのだろうか。彼女の仕種にドキリとしながら、パルパレオスはできるだけ動揺を悟られないよう冷静に返答した。

 

「お望みのところへ……」

 

 

   ◇   ◇   ◇

 

 

 自身が滅ぼした国の王女を後ろに乗せ、愛竜レンダーバッフェで空を翔ける。他者から見ればまるで逃避行のように映るであろう状況に、パルパレオスは不可思議な気分であった。

 

「カーナの戦竜と比べては劣るかもしれません」

「…………」

 

 そう言っても王女は無言のまま。しかし、甘えるように彼の首に両腕を絡めてくる。そのまま抱きしめるようにヨヨの腕に力が篭るのがわかった。

 

「ヨヨ王女……」

 

 そんなに力を入れなくても、と言おうとしたパルパレオスであったが、それは叶わなかった。なぜなら──

 

「おらぁ!!」

「ぐふっ!!?」

 

 ──ヨヨがそのままパルパレオスの首を締め上げたからであった。

 

「……ぐ……かは……!?」

 

 突然のヨヨの暴挙にパルパレオスは抵抗を試みるが、ヨヨは少女とは思えない腕力で彼を締め上げている。それもそのはず、実は彼女はこの飛行の前に強化魔法ビンゴを自身に使用しており、身体能力を上昇させていたのだ。今の彼女の腕力は屈強なパルパレオスをも上回っていた。

 

 パルパレオスの抵抗空しく、ヨヨは完全に殺す気でより一層彼を締め上げる。

 

「おらっ! 逝け! 逝ってしまえ!!」

 

 普段の淑やかさなど一切見られない乱暴なヨヨの言葉を聞きながら、パルパレオスはついに意識を飛ばしかける。

 そしてその隙を見逃さず、ヨヨがパルパレオスの身体を持ち上げて──そのまま投げ捨てる。

 

「うわあああああっ!?」

 

 ──こうして、帝国将軍パルパレオスは戦場に散る事もできず雲海の露と消えるのであった。それを見ながら、ヨヨは心底嬉しそうな笑顔で手を振り、落下してゆくパルパレオスに言葉をかけた。

 

「グッバイ、パルパレオス!」

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

「あっはははは! 馬鹿め! この私に飛行を許したのがお前たちの最大の過ちよ!!」

 

 パルパレオスを雲海へと投げ落とし、私は久々に心の底から笑った。私を単なる王室育ちのお姫様と侮ったわね。竜の背の上、それも周囲に何もない空中という無防備な場所でこの私に背を見せるなどと、殺してくれと言っているようなものよ。

 まぁ、下賎なベロス人如きが尊きこの私と空を翔ける栄誉を賜ったのだ。冥府への手土産には過分な褒章でしょう。

 

「おい。お前、まさか私に逆らうなどと考えていないわね?」

 

 私は今その背に乗っているドラゴン──レンダーバッフェに語りかける。こいつの主人はたった今、この私に投げ落されたばかりだ。もし反抗でもされると面倒である。

 サラマンダーよりずっとおそい駄竜だが、今現在、私の移動手段はこいつだけであるし。

 

「────!?」

 

 するとレンダーバッフェは慌てて私に服従の意を示してきた。どうやら逆らったらマズいと本能的にわかるらしい。ふふふ、賢い子は好きよ? 

 

「そう。うふふふ、これで私は自由! このオレルスの空は私の物よ!」

 

 ふふふ、実に清々しい気分だ。この美しい大空によって牢獄生活で燻っていた負の感情が洗われていくようだわ。

 

「愛しい人も〜♪ 素晴らしき世界も〜♪ 運命さえも〜♪ この手の中に〜♪」

 

 ──カーナ陥落以来、私は随分と我慢を重ねてきたが、それも今日まで! 忌々しい帝国から解放され、私は自由になることができる! 

 

「あら、ここは」

 

 上機嫌の私の前に、神聖な雰囲気の建物──思い出の教会が目に入った。

 飛行の行き先を聞かれ思い浮かんだのがこの場所だったのだが、どうやらあの男は私に言われるがまま律儀にここを目指していたようだ。私はレンダーバッフェに降りるよう命じ、教会の側まで歩み寄る。

 

「懐かしい。愛しいビュウとの思い出の場所……ああ、彼は今どうしているかしら」

 

 二人きりで訪れた男女は将来必ず結ばれるという言い伝えを宿した、カーナの恋人たちの聖地。数年前、この教会でビュウと誓いを交わしたあの日は、今でも鮮明に思い出せる。

 

「待っていてビュウ。私は必ずあなたの元へ行くわ」

 

 ふふふ、この約束の地に誓いましょう。愛しいビュウの心を手に入れることを! ついでに帝国を叩き潰し、オレルスの全てを私の物にすることを! 

 

「……ん?」

 

 そう誓った私であったが、何やら突如として天候が悪化してきているのを察知した。空が黒雲に覆われたかと思えば、凄まじい雷鳴が轟き──

 

「……は?」

 

 ──轟音と共に黒雲から地に降り注いだ落雷が、まるで何者かの意思が働いたかの如く狙いすましたかのように思い出の教会へと直撃し、哀れ教会は粉微塵に崩壊するのだった。

 

 ──わ、私とビュウの約束の地があああぁ!?




サウザー『急募:王女が気弱な世界線』


実はこれ没1話でして、話の流れに見覚えがあるだろうのはそのせいです。
でもどうせなら序盤から最強ヨヨ様にしてしまえと宝物庫襲撃でエンプレスカーナを手に入れる事に。ついでにいつの間にかアサシン組が仲間になってペルソナとゾンベルドが退場してました。


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覇王


「辛気臭いところじゃな」

 

 険しい表情の老将──カーナ王国騎士団長マテライトがそう呟く。俺たち反乱軍は今、キャンベルの森の奥深くに来ていた。マテライトの言う通り、薄暗く、魔物が跋扈するこの森はかなり不気味な場所だ。少なくとも積極的に訪れるような場所ではないな。

 

「こんなところにサウザーがいるのかねえ?」

「私の仕入れた情報ではそのはずだけどね〜?」

 

 熟年の僧侶──プリーストであるゾラの呟きに対し、のんびりした口調でそう言ったのは同じくプリーストのディアナだ。何かとアクが強い人間が揃っている反乱軍では地味な存在だが、正直、反乱軍一謎な人物は彼女だと思っている。今の発言とかな。

 『私が仕入れた』って一体どっからだ。いつもファーレンハイトの女部屋から出て来ないのにどうやってサウザーの動向を掴んだんだか……。おっと。

 

「フレイムヒット!」

 

 俺は双剣を交差させ、必殺剣を放つ。一面に炎が広がり、木々の奥に潜んでいた植物の魔物──トリフィドを焼き尽くした。

 

「おお〜、ビュウつよーい!」

「あんまりはしゃいじゃダメよ、メロディア」

「はーい」

 

 少女というよりは幼女というべき容姿の黒魔術師──ウィザードのメロディアがはしゃぐのを軽装歩兵──ライトアーマーのルキアが窘めた。メロディアが呑気な返事をし周囲から笑いが漏れる。と、苦笑して立ち止まっていた重装歩兵──ヘビーアーマーのバルクレイに、後ろを歩いていたウィザードのアナスタシアがぶつかり、「あたっ」と可愛らしい呟きが漏れる。

 

「ちょっとバルクレイ! あんたがのろのろしてるからぶつかったじゃない!」

「なんだと!? そっちが前を見ていなかったんだろう!」

「なにおーっ!?」

 

 そのまま二人は言い争いを始めてしまった。それを見て蒸れる鎧が悩みなヘビーアーマーのグンソーがボリボリと体を掻きながらやれやれと首を振る。ウチの軍はどうにも緊張感がないな……気を張りすぎるよりはマシか?

 

「「フレイムダスト!!」」

「フレイムゲイズ……ウフフフフ……ウフ」

「キュアアァ!」

 

 フルンゼとレーヴェのランサーコンビの炎の槍とエカテリーナらウィザードたちの火炎魔法、そしてサラマンダーのヘルファイアでトリフィド共を焼き払いつつ森を進んでいくと、やがて周囲の様子が変わる。

 

「む、奴が見えたでアリマス!」

 

 だみ声のヘビーアーマー、タイチョーのその言葉に一気に皆の雰囲気が引き締まった。森の最奥に目を向けると、確かに見える。

 愛剣を手に佇む銀髪の皇帝と──鮮やかな緑色の鱗に覆われた巨大な竜の化石が。

 

「居おったなサウザー! ……しかし、あの馬鹿でかい竜はなんじゃ?」

「あ、そうか!」

 

 マテライトの疑問に答えたのは反乱軍の知恵袋こと老師センダックだ。

 

「この森の気配、どこかで感じた事があると思ってた。これ、カーナのバハムート神殿と同じ。神竜の気配!」

 

 センダックはバハムート神殿で祭事を執り行う司祭──ワーロックだ。そんな彼の感覚は確かだろう。とすると、あれは神竜か?

 

「なるほど……ヨヨ様はカーナ王家に伝わる神竜と対話する力を持っている。あの日、サウザーがヨヨ様を連れて行ったのは神竜と話すためだったのですね」

 

 サウザーの考えを理解し納得したように頷くナイトのトゥルースだが、「ならよぉ」と横から声がかかる。

 

「肝心のヨヨ様はどこにいんだよ?」

「い、いないよね……もぐもぐ」

 

 確かに同じくナイトの二人──ラッシュとビッケバッケが言うように、サウザーの近くにヨヨ様の姿は見当たらない。ヨヨ様がいなければ神竜と話す事はできないはずだが……どういう事だ?

 

「ええい、ここでウダウダしていても仕方なかろう! わからん事は奴から聞き出せばいいんじゃ!」

「マ、マテライト殿ー!? 待つでアリマース!」

 

 そう言うとマテライトは側のタイチョーが止める間もなく一人でサウザーの方に走っていってしまった。おいおい……だが、彼の言う事は一理ある。わからなければわかる奴から聞き出せばいい。どの道サウザーはここで仕留める予定だったしな。

 

「サウザー! こんな森にのこのこと現れよったな! よくもヨヨ様を浚いよって!」

 

 俺たちが追いつくと、マテライトがサウザーに啖呵を切っていた。それを聞いてか、サウザーは神竜から振り返り俺たちを見据える。

 

「無礼な……私をまるで誘拐犯のように言うのは止めていただきたい。ヨヨ王女は私が神竜の力を手に入れる為に大切なお方。丁重にお迎えしたに過ぎぬ」

「そう言う割には、ヨヨ様はいないようだが?」

 

 俺がそう言うと、サウザーは困ったようにわざとらしく肩を竦めた。

 

「あの方ならば、既に私の手を離れて久しいさ」

「何じゃと? どういう意味じゃ?」

「どうも何もそのままだ。数日前に帝国から脱走されてしまってな」

 

 マジかよオイ。ヨヨ様ならやりかねないとは思っていたが本当に一人で逃げ出したのかあの人……。

 

「その際王女がどういう手を使ったのかは知らないが、我が友パルパレオスは今や昏睡状態だ。更には宝物庫から宝物を奪った挙げ句に、粉々に破壊していったそうだ」

 

 やりたい放題だなオイ。さすがというかなんというか。それを聞き、マテライトが大笑いする。

 

「がはははは! 所詮、貴様如きがヨヨ様をどうこうするなど無理な話だったんじゃ!」

「そのようだな。単なる王室育ちのお姫様だと思っていたのだが……いやはや恐れ入った」

 

 やれやれ、といった風にサウザーは首を振る。

 

「ゆえに、私一人で神竜に会いに来たのだが……どうやら神竜は気難しいらしくてな。私では不満らしい」

 

 まぁ、今までカーナ王家の人間以外が神竜と話をしたという記録はないからな。この男ならあるいは出来るのかとも思ったが……。

 

「して、諸君らは私に何用かな?」

「決まっているじゃろう! 貴様の首じゃ!」

 

 マテライトがそう叫ぶとサウザーは笑みを浮かべる。

 

「ほぉ、それは勇ましい事だ。よかろう、この私の首、掻き切ってみせるがいい!」

「行くぞ!」

 

 俺が皆に号令をかけると同時にマテライトがその破壊の力をサウザーに叩きつける。

 

「インスパイア! ……ぬっ!?」

「フッ……ぬるいな」

 

 しかし、サウザーはその雷撃を食らっても平然としていた。マテライトのインスパイアは城壁も破壊する技だというのに……なんて奴だ。

 

「フレイムヒット!」

「む……これは、クロスナイトの技か」

 

 俺は必殺剣を放つが、奴は涼しい顔のまま後退し──そのまま火の粉すら浴びる事も無く炎が収まる。

 

「ただ歩くだけで必殺剣の範囲から逃れただと!?」

「フッ、確かに素晴らしい剣だが……その技の影響範囲はよく知っていてな」

 

 ……まずいな、力の差がありすぎるか? 皇帝が一人で帝国外に出るなど滅多にない機会だ。陥落時のように将軍たちもいない今なら仕留められると思っていたが、見誤ったか!

 

「私もそろそろ反撃させてもらおうか」

「……っ! 皆、散れ!」

 

 皆が俺の言葉に従い各人が技や詠唱の体勢から強引に散開する。そしてサウザーの剣、カイゼルブレイドに凄まじい闘気が集中し──解放される。

 

「ラグナレック!!」

 

 ──瞬間、天地が裂ける。

 

「うわああああっ!?」

「きゃああああぁ!?」

「皆っ!」「若造どもっ!」

 

 蒼い闘気が走り、衝撃波を受けた皆が吹き飛ばされる。最もサウザーの近くにいたはずの俺と咄嗟に防御したマテライトは何とか踏み止まっていた。

 

「モニョ〜!(やばいぜやばいぜ!)」

「マニョ〜!(死の足音が聞こえるぜ!)」

「あわわわわ! 何かないか何かないか……!?」

 

 偶然にも衝撃波から逃れていた小悪魔──プチデビたちが焦るように跳ね回り、プリーストのフレデリカが自前の薬袋から万能薬やらリタンシブルやらをぶちまけている。……意外と余裕そうだなお前ら。

 

「何という力じゃ……伊達に世界の覇者となったわけではないということか!」

 

 確かにマテライトの言う通りだ。俺たちはオレルスの支配者サウザーを甘く見ていたらしい。しかし、当のサウザーは顎に手を当てて「ふむ」と呟く。

 

「並の軍なら今の一撃で終わりなのだが……まさか女子供一人仕留められんとはな。なるほど、私に挑んでくるだけの事はあるらしい」

 

 確かに奴の言う通り、皆は先のラグナレックで吹き飛ばされてボロボロだが、死者は出ていない。仲間内で最も体力に不安のあるメロディアでさえ杖を使ってなんとか立っていられている。それを見てサウザーが再びカイゼルブレイドを構える。

 

「諸君らが力をつければ、未来の私にとって脅威足りえるだろう。ここで一掃させてもらうとしよう」

「──それは認められないわね」

「──何?」

 

 殲滅宣言をしたサウザーに対し、透き通るような美しい声がその動作を遮った。この声は……! すると、まばゆい光が辺りを包み込み、視界が白に染まる。

 

「い、今のは何!? 皆の傷が治ったわ!」

 

 驚きの声を上げたルキアの言葉通り、光が収まったかと思えばサウザーの攻撃で負傷していたはずの皆の傷は、まるで初めから無かったかのように綺麗さっぱり消えていた。

 

「これは……!?」

 

 あのサウザーですら、目の前で起きた現象に驚愕して目を見開いている。すると、再び透き通るような声が響いた。

 

「ずいぶんと面白い見世物をやっているわねサウザー皇帝。──不愉快だわ」

 

 そう言って屈強なドラゴンから優雅に飛び降りてきたのは、俺たちが探し求めていたお方。

 

「おお……! なんと凛々しいお姿……!」

 

 マテライトが歓喜に震えている。俺も、サウザーを前にしていなければ手を叩いて喜びたい気分だ。

 

「これはこれは。まさか貴女の方から再び私の前に現れて下さるとは」

「ふっ、感謝なさいな。お前の命運に、この尊き私が手ずから終止符を打とうというのだからね?」

 

 皮肉げに笑ったサウザーに堂々とそう返したのは、金髪翠眼の美しく、隠しきれぬ王気を纏った女性。

 

「皆、カーナ亡き後、その義務も無いというのに私を救出する為によく動いてくれたようね。──大義である」

「ヨヨ様……!!」

 

 ──俺たちは、遂に仕えるべき主君と再会したのだった。




【サウザー】
グランベロス帝国皇帝で、傭兵国家だった旧ベロスを自らの武力により纏め上げ帝国を建国し、オレルスの全ラグーンを統一した覇王。神竜の伝説に挑むためカーナを滅ぼした張本人。
設定上はドラグナーのヨヨを除くと恐らく人類最強であるが、原作ではシナリオ中盤のボスである。

最序盤で神竜ヴァリトラの眠るキャンベルの森にて反乱軍の主要メンバーと4対1で戦うが、所謂負けイベントであり、こちらが2桁ダメージ与えるのが精一杯なところにサウザーの方は軽く4桁ダメージを叩き出す。オレルスの覇者の圧倒的な力を見せつけてくれる。
……が、このゲームは『強くてニューゲーム』が可能であり、その場合もサウザーは無敵で絶対に倒せないのだが、こちらがゲームクリア時の能力を引き継いでいるのに対してサウザーはシナリオ中盤で戦う時の能力そのままなので、中々サウザーがこちらにダメージを与えられずに戦闘が終わらないという場合も多く、むしろプレイヤーがサウザーを応援する羽目になったりする。


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皇帝 VS 女帝

 ゾンベルドの情報を元にキャンベルの森に来て、サウザーとビュウたちを同時に見つけたと思ったらいきなり反乱軍壊滅の危機だったわ。危ない危ない。とりあえず()()()()()で皆治ったようだ。

 

「ヨヨ様……このマテライト、年甲斐もなく感動しておりますぞ」

「ヨヨ様、俺はこの日を待ち望んでおりました」

 

 ビュウとマテライト──私が最も信頼を置く二人の騎士の言葉に、私は笑みで以て返す。

 

「ビュウ、マテライト。あなたたちがどれほど苦汁を舐め、泥を啜る日々を過ごしてきたのか、私には到底察せられない」

 

 帝国で囚われの身であったといえど、一人だけ安寧に過ごしていた私には彼らの今までの歩みは想像できるものではない。ただ一つ言えるのは、彼らの行動の意味は今この時のためにあったということだ。

 

「今、私はここに来た。我が祖国、カーナ亡き後も私に忠義を捧げんとする皆の想いが私をここに導いたのよ」

「もったいなきお言葉です(じゃ)」

 

 二人がそう私に返答するも、その目は油断なくサウザーを見据えたままだ。私がサウザーに向かい振り返ると、奴から声がかかる。

 

「感動の再会といったところですかな、ヨヨ王女」

 

 ここが劇場ならば拍手でもしそうな調子でサウザーが言った。私が背中を見せたというのにわざわざ会話が終わるまで待っているとは律儀な男だ。まぁ、斬りかかってきたら即座に波動をぶつけてやるところだったのだが。

 

「余裕ね、サウザー皇帝? あなたが求めた力がその身に向けられようとしているというのに」

「何、私も神竜を操るというカーナ王家の力には興味があるのでな。しかし、そちらが貴女の本来の姿か。ずいぶんと猫を被っていたようだ」

 

 それはまぁ、この私とて周囲に味方のいない状況でこの性格を表に出すほど無謀ではない。

 

「貴女のおかげで我が友パルパレオスは今も生死の境をさまよっている」

 

 あら、くたばっていなかったのねあの男。あの時は脱出を優先したが……きっちりトドメを刺しておくべきだったかしら? 

 

「うふふふ、必死で私の機嫌を取るあなたたちを見ているのは愉快だったわ!」

「それはそれは──あまり私を舐めないでいただきたい」

 

 サウザーのカイゼルブレイドに凄まじい闘気が集中する。なるほど、皆がやられたのはこれね。

 

「「ヨヨ様っ!」」

 

 ビュウとマテライトが私を庇うべく私の前に出ようとする。私の臣下として当然の行動だが──今においてはまずい。

 

「──お前たち!」

「「すいませんね、お二方」」

「なっ、お前らは!?」「なんじゃ!?」

 

 上空で待機していたサジンとゼロシンに合図を送って二人を足止めさせる。今、私の前に出られると困るのだ。

 

「ラグナレック!」

「ふっ……!」

 

 サウザーが闘気を解放すると同時に、私は今までで最大の力の波動を解き放つ。サウザーの奥義と私の波動が激突し──

 

「あら?」「何っ!?」

 

 ──完全に相殺した。

 

「私の技を打ち消しただと……!」

 

 自身の技が消滅した事にサウザーが驚愕しているが、むしろ驚いているのは私の方だ。この力を単身で相殺できる人間がいるとは思っていなかった。さすがは世界の支配者たる覇王と言うべきかしら。

 

 そうして戦闘中にもかかわらず呆けていた私たちだが、その機を見逃さなかった者がいた。ビュウである。

 

「はあっ!!」

「っ!? ちいっ!」

 

 ビュウが跳躍し、上空から双剣を振り下ろすのをサウザーは自らの剣で迎撃。明らかに上空からの一撃の方が有利なはずのその打ち合いはしかし、ビュウの方が押し返される結果に終わる。本当に規格外ね、この男。

 

「ふんっ!」

「なっ!?」

 

 着地に合わせて振るわれたサウザーのカイゼルブレイドを受け止めたビュウだったが、その双剣が衝撃に耐え切れず折れる。それを見て、サウザーが凶悪に笑う。しかし、だ。

 

「ビュウ! 私からのプレゼントよ!」

「ヨヨ様!?」

 

 私はレンダーバッフェを呼び寄せ、その背に積んでいた双剣をビュウに向けて投げる。その剣は吸い込まれるように彼の手に収まった。

 

「こいつは……シャルンホルスト! グナイゼナウと並ぶ最強の双剣!」

「なっ……!」

 

 双剣シャルンホルストを携えたビュウが再びサウザーに斬りかかる。サウザーは迎撃するが、武器の差が埋まったおかげか、先のように押し返される事なくビュウの剣撃が続く。

 

「くっ……ならば今一度!」

「無駄よ!!」

 

 ビュウの攻撃にあえて弾かれて大きく後退したサウザーが再びラグナレックを放つが、私は素早く前に出せると波動で迎撃する。すると先ほどの再現のように、互いの攻撃が共に消滅した。

 

「それがカーナ王家の……神竜の力か。この私の技を二度までも打ち消すとは……」

「そちらこそ、この力を単身で相殺しきるとはね。誇って良いのよ?」

 

 お互いに最大の技が打ち消し合うという戦況だが、私は微笑む余裕があり、サウザーは忌々しげだ。それもそのはず、サウザーと異なり、私には仲間がいるのだから。常にラグナレックを警戒して相殺しなければならない為に私自身は大きく動けないが……。

 

「見えるかしら? 私の身を覆う白い光が」

「……ああ」

「これはね、私の敵を滅ぼす死の光。怒り、憎悪、悲しみ……私の冥い感情が、この身に宿る存在の感情と共鳴して輝く負の具現化」

 

 祖国を滅ぼされた私の抱く負の感情。その憎悪に呑まれて自身を見失うほど私は弱くない。むしろ()()()()()()と共鳴し、より私の力になる。()()()()()()()()この身を焦がすような冥い感情とは、私が幼い頃からずっと付き合ってきたのだから。ゆえに、私は微笑んでいられるのだ。

 

「神竜ヴァリトラよ……なぜ目覚めぬ? なにゆえ王女を選ぶ? オレルスの覇王たる私の何が不足だ?」

 

 私の言葉に何を思ったのか、サウザーは語りかけるようにそう呟く。ああ、あの緑のドラゴンがキャンベルの神竜だったのね。道理でただならぬ気配を発しているわけだ。

 しかし、神竜がなぜ私を選ぶか、サウザーの何が不足か? そんなの決まっているじゃない。

 

「うふふふ、サウザー皇帝。あなたの力はまさしく人間の臨界に到達していると言うに相応しい。しかし、あなたと私には致命的な違いがある」

「……何?」

 

 そう。サウザーがどれほどの力を持っていようとも決して手に入れられぬものが、サウザーが神竜を目覚めさせられない理由だ。

 

「血よ! この私の身に流れるカーナ王家の尊き血だけが、神竜を操る力を得られる!」

 

 オレルスの歴史上、カーナ王家の人間以外が神竜を操ったという記録はない。生を受けてからは決して覆せぬ血こそが、私とサウザーとの明暗を分けるものだ。

 

「だから諦めなさいなサウザー皇帝。神竜の力の強大さは私が証明してあげる。あなた如き下賎の者は、尊きこの私を地べたから見上げていればいいわ」

「この私が、下賎だと?」

「事実でしょう? 成り上がりの皇帝さん?」

 

 ベロスというラグーンは元々、作物も育たず動物も僅かにしか生息していない不毛の土地だ。国家ごと傭兵として食い詰めていくしかなかった戦争屋どもの集まりである。

 自らの力でその頂点に立ち、一代で帝国と呼ばれるまで権勢を築き上げ、『偉大なるベロス』──グランベロスを創り上げた男がこの皇帝サウザーである。

 

「サウザー皇帝。あなたは力によって底辺から頂点にまで上り詰めた王。しかし、私は天に選ばれし生まれついての王! この世に生を受けた時から、私には世界の頂点に立つ権利があるのよ!」

 

 これは決して傲慢ではない。純然たる事実に過ぎない。そしていずれこのオレルスの全ては私の物となるのである。

 

『その通りだ……娘よ……カーナ王の娘ヨヨ……神竜の心を知る者よ……』

「あ?」

 

 いきなり頭の中に声が聞こえたと思ったらいつの間にか()()()()()()が一つ増えている。この状況からして、恐らくは神竜ヴァリトラだろうが……何許可も無く私の中に入ってきてるわけ? 

 

『ドラグナーとなる者よ……我ら神竜の心をあつ「うっさいわ!!」がはぁ!?』

 

 何やらべらべらと語りかけてくる神竜ヴァリトラに対してこちらから精神攻撃して黙らせる。全く、勝手に入ってきた分際で人の頭の中でウダウダとやかましいのよ! 大体、私は今サウザーと話しているのだ。化石は化石らしく掘り起こされるまで埋もれていなさい。

 

「傲慢極まりない言葉だな……神竜とはそれほどの存在だというのか?」

「あら、だからこそあなたも求めたのではないのかしら? なんだったら──体感させてあげましょうか?」

「──何?」

 

 私のその言葉に、皇帝サウザーは怪訝な表情で私を睨みつけるのだった。




【光の波動】
原作でヨヨが神竜と関わる度に発光し身に纏っている光の波動。
触れるだけで周囲の人間を吹き飛ばす攻撃力を見せたり、瀕死の仲間を一瞬で完全回復させたりと凄まじい力だが、原作ヨヨ自身の意思では制御できないらしく、完全にイベントでしか使用されない。


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目覚めの時

「神竜の力、教えてあげても良いけど?」

 

 私はサウザーにそう語りかけるが、奴は怪訝な表情でこちらを睨んだままだ。

 

「ヨヨ様!?」

 

 私の言葉にビュウが驚いている。まあいきなりこんな事を言えば当然か。さらにマテライトも私に向かって叫ぶ。

 

「ヨヨ様!? なりませんぞ! サウザーなんぞに……」

「あら、マテライト。この尊き私が、他者に膝を折るわけがないでしょう?」

 

 私は髪をかき上げ、マテライトにそう言葉を返す。別にマテライトが思っているように、下手に出るためにそうするわけではない。

 ただ、このサウザーという男は何かを諦めるような人間ではない。なぜわかるかって? 私がそうだからよ。

 

 それに、ここでサウザーを倒すのも正直なところ難しい。最大戦力である私は相殺以外に動けないし、ビュウも武器の差が埋まったとはいえまだサウザーに致命傷は与えられていない。後方の皆も参戦してこのまま戦い続けるならばともかく、本気で危うくなればさすがにサウザーも撤退するだろう。私たちにとってそれはあまりよろしくない。だから、だ。

 

「これはそう、ちょっとした戯れよ」

 

 ただし、単なる戯れではない。これは言うなれば、王の器を試す命を賭けたゲームだ。

 

「……どういうおつもりかな?」

「何、単純な話よ。あなたに現実を理解してもらうにはそれが一番早いかと思ってね」

 

 自分ならば手に入れられると考えるのは、要するにその力をよく知らないからだ。ならば、サウザーが求める神竜の力、ここで見せてやるのも一興ではないか。

 

「ほう。それで、私に神竜の力を見せて下さると?」

「力だけではないわ。神竜の感情──その心も知る事ができるでしょう」

 

 私のドラグナーとしての力の方向性を操れば、おそらくは可能だ。可能だが……。

 

「当然、命の保障は無しよ? あなたにその想いを受け止められるだけの器が無ければ、あなたの命の炎はここで消えることになるでしょう」

 

 そう。神竜の抱く強い想いは、ドラグナーの力を持たない常人にとっては危険すぎるものだ。並の人間ならば即座に死に至るほどに。

 

「ふっ……世界の覇者たるこの私が、想いの一つや二つ受け止める事ができないとでも?」

 

 その言葉には限りない王気が込められていた。一代で帝国を築き上げた覇王の矜持。自身はここで終わる存在ではないという確信と、絶対なる自信が。

 

「──よく言ったわ」

 

 そこまで言うのなら、味わってもらおう。サウザーに神竜の力を御する事ができるかどうか、自らの命を以て試してもらおうではないか。

 

 私は我が身に宿る存在を呼び起こすべく、これまでで最も強く魔力を高める。

 

「ふふふふ、光栄に思いなさいサウザー皇帝。あなたはオレルスの歴史上、ドラグナー以外で初めて神竜の心を知った男となるのよ?」

「それは素晴らしいことだ。私こそが伝説になるに相応しい」

「あらあら、大した自信だこと」

 

 実際、このサウザーならばそうなる可能性は十分にあると思っている。ドラグナーの力を持たない人間が神竜の感情をその身に宿してなお生きていられるとすれば、それはこのオレルスの覇王たる皇帝サウザーしかいないであろう。それほどの力をこの男は有しているのだから。

 

(まぁ、まともな神竜なら、の話だけど)

 

 私が今から呼び起こす存在はまともな神竜とは少々言い難い。もっとも、私が呼べるのは『彼』と先ほど私に入ってきたヴァリトラの二体だけだが。

 別に、神竜の力と心を知るだけならヴァリトラでもいいのだが、それだと私が面白くない。何よりあんな()()ではサウザーにも失礼だろうからね。

 

 だから、私が呼ぶのは『彼』だ。このオレルスに存在している神竜の中でもとびきりの大物である。私ですらその力は完全に把握しているわけではない。

 サウザーとて、その身で受け止めきれるかは怪しいが……。まぁ、やってみればわかることだ。敵であるこの男がどうなろうと私の知ったことではないのだから。

 

「こ、これは……!?」

「森が……違う、大気が揺れている!?」

 

 あれほど覇気に満ちていたサウザーが思わず驚愕の声を上げ、その異変にビュウも周囲を見回す。私がただ魔力を高めるだけで森はざわめき、大地が揺らぐ。しかし、これは私の力ではない。

 これは──そう。私の中にいる『彼』のもの。その気配に、大気が、世界が怯えている証。

 

(さぁ、起きて?)

 

 私は自身の心の最も奥深く、深淵とも呼ぶべき場所に眠る『彼』に目覚めを促す。ここ最近、『彼』を目覚めさせたのは思い出の教会が破壊されたあの時だけ。しかもあれは現世に呼び出すわけではなく単に会話の為に一時的に起こしただけだ。『彼』はその後すぐに眠ってしまったし。

 

 いつしか私の内に在る事が当然となっていた『彼』。私がもっと幼い頃は、『彼』の想いに耐えられずよく倒れたものだ。まぁ、私にかかればどうという事はなかったが。

 私が十数年生きてきて、最近ようやく制御できるようになったその力。気難し屋な『彼』は、私が完全にその力を制して以降はずっと眠っている。本格的に目覚めさせるのは、私の生涯でこれが初めて。

 

 

(あぁ、身を焦がすようなこの激情)

 

『彼』の感情の全てが伝わってくる。

 

 世界への怒り。

 

 生命への憎しみ。

 

 そして──理解されぬ事への悲しみ。

 

 そう、今こそ天地を揺るがすその憎悪を解き放つ時。

 

『さぁ、目覚めなさい──』

 

刮目せよ、全てを滅ぼすその威光を!

 

『──アレキサンダー!!』

 

そして、憎悪の化身が降臨する。



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化身

 ──私は全てを手に入れたはずだった。グランベロス帝国皇帝。オレルスの支配者。その無限の空の全てを我が物としたはずだった。

 だが、私は私の野望がまだ終わっていない事を知った。

 

 ──神竜の伝説。神竜の心を知る者は、新たなる時代の扉を開くというその伝説。その伝説を紡ぐ者は私こそ相応しい。そう考えた私は、カーナ王国を滅ぼし、その王女を手中に収めた。伝説に挑む為に。

 

 だが、王女は私の手を離れ、帝国を離れた。ゆえに私は王女の力を借りる事なく伝説に挑んだ。神竜ヴァリトラ。彼の竜を目覚めさせる為に。だが、いかに私が呼びかけても神竜は答えなかった。

 

 ──しかし、私は今、他者の助力を得て神竜の心を知ろうとしていた。一度は私の手を離れたはずの、私が滅ぼした国の王女その人によって。

 

 神竜が如何に強大でも、私には打ち勝つ事ができる。私にはそれだけの自負が、強さがあるはずだった。だが──

 

『目覚めなさい──アレキサンダー!!』

 

 

 ──王女がそう声高に叫んだ時『それ』は現れた。

 

 ──神竜ヴァリトラなどちっぽけに見えてしまうほど巨大な、四つ首を持つ異形の竜。その竜は瞳に燃えるような憎悪を宿して私を見据えていた。

 

 ──次の瞬間、私は大地に倒れていた。彼の竜──アレキサンダーが何かしたわけではない。いや、そもそもアレキサンダーは未だ実体すら現れておらず、幻のように朧げだった。私が倒れたのは、アレキサンダーの想い──それを受け止められなかったからだ。

 

 ──焼け付くような怒り、世界への憎しみ。そして恐らくは──悲しみ。このオレルスのラグーンを何度滅ぼしても尽きぬであろうその激情を、私は受け止める事ができなかった。

 

(ヨヨ王女よ──貴女はずっとこれを背負っていたのか? こんなものを身に宿しながら、それでもなお笑っていられるのか?)

 

 ──私にはそれは遥かな高みに思えた。あれほど強く抱いていたはずの野望は既に掻き消えていた。──そう、私は負けたのだ。神竜の伝説にでも、オレルスの無限の空にでもない。

 

 ──単なる駒としか見ていなかったはずの、自らが滅ぼした国の王女に。

 

(これも……因果か……)

 

 ──パルパレオス……俺たちの夢見た伝説は……とても……俺たちの手に負えるものではなかったようだ……。

 

『あなたには何もない!! 新たなる時代をもたらす者……それはあなたではない!!』

 

 ──薄れゆく意識の中、そう言った女の声が私の心に届いたような気がした。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 私がアレキサンダーを目覚めさせ、呼び出すと直後にサウザーは倒れた。

 

「あら、呆気ない」

 

 アレキサンダーはまだ実体すら現れていないのだが……まぁ、アレキサンダーの想いもサウザーに伝えてやったからね。恐らくはその想いに耐えられなかったのだろう。

 

(でも、まだ息があるか)

 

 あの激情を受ければ常人ならそれこそ即死しているだろうに、サウザーは倒れながらもまだ微かに息をしていた。さすがは覇王というべきかしら。え、私? この尊き私には何の揺らぎもないわよ。昔ならともかくね。

 

 私がそんな事を考えていると、アレキサンダーの実体化が終わり、彼の4つの口に光が集まり──って。

 

「ちょっと、アレキサンダー? あなた、何をしようとしてるわけ?」

 

 私が咎めるとアレキサンダーはビクッと怯えるようにその巨体を竦ませてから思念を返してくる。

 

「『ヴァリトラの亡骸を消し飛ばしてやろうと思った』? やめなさい。このキャンベル・ラグーンも吹き飛ぶでしょうが」

 

 私が彼を迂闊に呼べない理由がこれである。安易に実体化して暴れられるとラグーンの一つぐらい砕けかねないのだ。

 別にあんな神竜の死体が消し飛ぼうがどうでもいいが、キャンベルが無くなるのは少々困る。緑溢れるキャンベルの自然から採れる果実はとても美味しいのだ。

 

「全く、久しぶりに目覚めたからってはしゃぎすぎよ。うにらせちゃうわよ?」

 

 私がそう息を吐くとアレキサンダーは『それは勘弁してくれ』と思念を返してくるとその場から消え──私の身の内に戻っていった。

 

「…………あっ!?」

「うん?」

 

 一連の出来事を呆然と見守っていた反乱軍の皆であるが、ビュウが突然叫んだ。どうしたのかしら? 

 

「ヨヨ様! ドラゴンが!」

 

 ビュウの言葉に彼が示す方へと目を向けると、ここまで私が乗ってきたドラゴン──レンダーバッフェがこちらに猛スピードで突っ込んできていた。背にあった荷物はいつの間にか下ろされている。

 

「「ヨヨ様!!」」

 

 突進してくるレンダーバッフェから私を庇うべく、ビュウとマテライトが私の側に移動し、更に他の反乱軍の皆も臨戦態勢を取る。

 それに構わずレンダーバッフェは私たちの方へ接近し──私の真上を素通りした。

 

「なっ!」

 

 迎撃の為に剣を構えていたビュウが驚愕の声を上げる。私がレンダーバッフェの方に目を向けると、奴は倒れ伏すサウザーを両脚で掴み上げ、そのまま飛び去って行った。

 

「しまった! サウザーが」

「構わないわ。見逃してやりなさい」

 

 今さらサウザーを帝国に連れ帰ったところで大したことはできやしない。私も体感しているが、神竜の想いによるダメージは通常の手段で治療できるものではないからだ。回復するには自分自身で打ち勝つしかない。

 それよりも、私はむしろレンダーバッフェがこんな行動を取った事に感心していた。私の力にすっかり心折れているヘタレ竜だと思っていたのだが、まだあんな事をするだけの度胸があったとは。その褒美に、サウザーを帝国に連れ帰るぐらいは見逃してあげましょう。

 

「それよりも、皆、久しぶりね」

「はい。改めて、お久しぶりでございます、ヨヨ様」

「このマテライト、一日千秋の想いでこの日を待っておりましたぞ」

「わ、わしも!」

 

 私の挨拶にビュウ、マテライト、センダックの三人が言葉を返した。ふむ、やはり反乱軍の中心はこの三人のようね。他の皆も、笑顔で私に頷きを返していた。

 

「と、ところで姫。あのでっかい神竜は何ですか? わし、あんな神竜知らない」

 

 相変わらずのやたら子供っぽい口調でそう聞いてきたのは老師センダックだ。

 

「そうねえ……彼を一言で言うなら……迷子?」

「迷子ですか?」

「彼、はぐれ神竜なのよ」

 

 彼はバハムート神殿の壁画にも描かれていない、無名の神竜だ。恐らく、その存在を知っていたのは私だけである。

 

「昔、いきなり私の中に入ってきたから、そのまま私の身体に住ませてあげたのよ」

「え、じゃあずっと昔から姫の中に?」

「ええ。バハムートなんぞ駄竜より頼りになるわよ?」

 

 と、私のあけすけな物言いにビュウが苦笑する。

 

「仮にもカーナの守護神竜が駄竜ですか?」

「滅亡の瀬戸際にも呼びかけに答えないような守護神竜なんぞ駄竜でいいと思わない?」

「まぁ……そうですね」

 

 私の言葉にビュウは控え目に、マテライトは大きく頷いている。やはり皆カーナを見捨てたような形のバハムートには思うところがあるらしい。センダックはおろおろしているが……まぁ、彼の立場では迂闊な事は言えまい。

 

 皆はカーナに仕えているのであって、バハムートは単なるシンボルだ。いざという時に力を貸さない守護神竜なんぞ信仰心も薄れるというものだ。

 私があと数年早くアレキサンダーを制御できるようになっていればよかったのだが、まぁ過ぎた事は仕方ない。

 

「アレキサンダーはヨヨ様の友人という事でよろしいのですかな?」

「友人? うーん、ちょっと違うわね」

 

 私とアレキサンダーの関係は友人で済ませられるほど簡単ではない気がするわ。あえて言葉にするなら……。

 

「半身、かしら」

「半身?」

「ええ」

 

 そう、彼は私の一部のようなもの。その憎悪もその悲しみも、私がその全てを引き受け、また私の怒りは彼を通じて私の力に変わる。そんな関係だ。

 

「ふわぁ……」

「お疲れですか?」

「アレキサンダーを呼んだから、ちょっとね」

 

 彼を召喚するのはさすがの私といえどかなりの魔力を用する。おかげで今すごく眠い。皆の前で、はばからず欠伸をしてしまうくらいには。

 

「ではお休みになられてはいかがですかな? 我らがカーナ旗艦ファーレンハイトまでご案内しますぞ!」

「そうさせてもらうわ」

 

 ここはマテライトの提案に従い休ませてもらおう。さすがに色々あって疲れたわ。

 

「私が目覚めたら皆を集めておいて頂戴。見た事のない顔もいるし改めて紹介してもらいたいわ」

「かしこまりました。ヨヨ様はくれぐれもご自愛下さい」

 

 ビュウの言葉を背にし、私はふと身に宿るアレキサンダーに意識を向ける。彼は私の心の最も奥深くにいる。だから、無許可で私の中に入ってきたヴァリトラとは恐らく会う事はない。彼はまた眠っているようだ。

 

 実際のところ、私は彼のことをそう詳しくは知らない。どこから来たのかも、かつてどんな存在だったのかも。私が知っているのは、彼が未だ消えぬ憎悪に身を焦がしているということだけ。

 

(アレキサンダー、あなたは安らぎを得られている?)

 

 ──憎悪は消えずとも、私がそれを引き受ける事が少しでも安らぎになってくれればいい。私はそう思うのだった。



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焼き殺しておきます

「「ランランランサー! ヤリヤリ!」」

 

 ヨヨ様をファーレンハイトの自室に送り届けた俺が皆の所に戻ると、フルンゼとレーヴェがいつものように阿吽の呼吸で槍を振るっていた。それを見てゾラがやや呆れ顔で呟く。

 

「姫様がお休みだってのに騒がしい子たちだねえ……」

「まぁ、ヨヨ様は騒がしいのは嫌いではないから、いいんじゃないか?」

 

 安眠妨害したならともかく、部屋内までは聞こえてないだろうし問題ないと思う。

 

「彼ったら、振り回すのよ……ブルンブルンって。ああ、身体に悪いわ……」

 

 と、槍を振る二人を見てフレデリカがそう呟いているが……何か違う意味に聞こえるから、それ。

 

「き、緊張したでアリマス! すごい覇気だったでアリマス!」

「がははは! タイチョーにもヨヨ様の偉大さがわかったか!」

 

 ふと横に目をやると、そうタイチョーが息を吐いていた。まぁ、ヨヨ様と初めて対面したら緊張するのは仕方ない。あの美貌に加えてあの性格だからな。

 

「なんだかイメージと大分違ったわ。私はお姫様ってもっとこう……儚げな感じの方を想像してたんだけど」

「ヨヨ様かっこいい!」

 

 ルキアが感想を漏らし、メロディアが楽しそうにはしゃぐ。まぁ、世間一般に語られるような『お姫様』を想像してたら面食らうだろう。ヨヨ様はそういうのとは最も程遠い方だからな。外見だけなら深窓の令嬢だが、常に不敵な笑みを浮かべているし……。

 

 儚げでか弱いヨヨ様なんてのがいたなら見てみたい──

 

『大人になるって悲しいことなの』

 

 ──俺の頭にあの忌まわしい夢の光景が過ぎった。

 

(やっぱりヨヨ様は今のヨヨ様が一番だな、うん)

 

 ただ今回は状況が状況だったからいつもより覇気が増していたが、普段はもう少し気さくな方だ。いや、気さくと言っても天から見下ろすような感じの振る舞いなのは変わらないが。時々、「私に対してそれは不敬よ?」という王族ジョークが飛んできたりする。場合によってはジョークでなくなるのはご愛嬌だ。

 

「凄く苛烈な方なのね、ヨヨ様って。なんというか……サウザーが世界征服してなかったらヨヨ様が乗り出してそうだわ」

 

 それは正直なところ否定できない。というか間違いなくやると思う。何しろ座右の銘が『この世は私の為にある』な御方だし。

 

「モニョ〜!(オラオラ!)」

「マニョ〜!(けりけり!)」

「わわわ……!」

 

 と、そんな話をしていたら何やらセンダックがプチデビたちにいじめられている。老人虐待だぞお前ら。幼児並の威力しか出てないけど。

 

「こらっ! 二人とも!」

 

 と、いじめられるセンダックを見かねたのかフレデリカがプチデビ二人を一喝する。

 

「いいですか? 暴力を振るって良いのは、魔物(バケモノ)どもと異教徒(ヨヨ様の敵)どもだけです」

 

 ……いやいやいや、その説得の仕方は僧侶としてどうなんだ? むしろ僧侶だからか? まぁ悪魔に道徳を解くよりはマシなのか?

 

 まぁそれはさておき、これまでのいきさつを聞くべく二人の暗殺者に話しを聞く事にする。

 

「まず皆には紹介しておかないとな。この二人はサジンとゼロシン。ヨヨ様のお抱えのアサシンだ」

「「以後、お見知りおきを」」

 

 二人の暗殺者は全く同時に頭を下げる。この二人はカーナの人間でも俺以外は初対面のはずだ。まぁ、王家の人間が雇っている暗殺者の存在なんて公にしていいもんでもないだろうしな。彼らを見てマテライトが顎に手を置いて呟いた。

 

「ふむ、ヨヨ様はこんな者たちも従えておったんじゃのう。わしも知らんかったわい」

「そっか〜、ヨヨ様には影のように動く臣下がいるって聞いたことあるわ。この二人のことだったのね〜」

「お、おう。たぶんな」

 

 ディアナがマテライトに続いてそう語るが、そんな噂がカーナ国内で流れてた覚えはないし、騎士団長のマテライトが知らないことをなぜディアナが知っているのか謎だが、とりあえず触れないでおく。

 

「まず、俺たちはカーナ陥落以降路頭に迷っていた」

「反乱軍に入る事も考えたが……ビュウさん、あんたが世界を飛び回ってたんで無理だった」

 

 ……そりゃ悪かった。しかしな、俺もカーナ陥落時に散り散りになったドラゴン達を呼び戻すのには苦労したんだよ。

 

「それでサバイバル生活をする事数年。ほぼ偶然だがヨヨ様と再会した」

「あの時のヨヨ様はまさしく救いの神だったぜ!」

 

 どうもヨヨ様に再び雇ってもらえたのが相当嬉しかったらしい。

 

「いくらで雇われたんだ?」

「10万ピロー、ポンとくれたぜ」

 

 そりゃまた随分な大金だな、この二人を雇うだけにしては過剰なような……いやまて、なんで囚われの身のヨヨ様が金を持ってるんだ?

 

「その金はどこから?」

「ああ、帝国の宝物庫を襲撃して強奪したらしい」

 

 強奪って。さすがというかなんというか。とゼロシンが「ほら、そこのがそうだ」と例のドラゴンが背負っていた荷物を指さす。

 なるほどな。となるともしかして、中身見ないで金貨袋ごと渡したんじゃ? ありうる。ヨヨ様はあれで変なところ適当だからなぁ……。と、マテライトがふと思い出したように呟く。

 

「そういえば、ヨヨ様が持っていた杖……あれはカーナ王の物じゃなかったかの?」

「そうそう! あれ、エンプレスカーナ! それにローブもカーナの王衣のロイヤルガウンだよ」

「ああ、あれも宝物庫にあったらしい」

 

 なるほど、カーナ陥落時に持ち去られていたんだな。それでヨヨ様が今回取り返してきたと。正当な持ち主の元に戻ったわけだ。

 

「そうそう、さっき逃げたドラゴンは牢から脱出した時に服従させたらしい」

「あと脱出時と宝物庫襲撃時に将軍を倒したと言ってたな。確かペルソナと……レオパレス?」

「パルパレオスだな」

 

 サウザーが言っていた通りだな。しかしヨヨ様、そんな脱出のついでみたいな感覚で将軍を倒されると俺たちの立場が無いんですが……。

 

「で、脱出したヨヨ様と俺たちが出会ったのがカーナの思い出の教会付近なんだが……」

「どうかしたか?」

 

 急に言葉に詰まったゼロシンがやや言いにくそうに口を開く。

 

「実はグランベロスの追っ手に思い出の教会を破壊されてしまって……」

「教会を!?」

「むむむ、グランベロスめ、なんという事を!」

 

 俺がヨヨ様に将来を()()()()()あの教会が……そうか。名前の通り俺にとっては思い出の場所だったんだけどな。

 

「そうか。ヨヨ様もさぞや悲し……みはしないよな?」

「おう。直後はショックで固まっておられたが、すぐに復活してグランベロス兵を消し飛ばしてたぞ」

「ですよねー」

 

 だろうと思った。ヨヨ様がその程度で悲しみに沈むとか想像できないし、あの方は過去にはこだわらない主義だ。

 

「で、俺たちは反乱軍がキャンベル・ラグーンに来ているという情報を得ていたのでご案内した」

「途中で帝国の補給庫を見つけたのでついでに焼き打ちし、そこにいたゾンベルド将軍も撃破した」

 

 おい、またついでで将軍が倒されてるんだが。ヨヨ様、ちょっと暴れすぎじゃないですかね……?

 

「あとはあんたたちの知る通りだ」

「なるほどな、だいたいわかった。えーと、まとめると……」

 

 将軍二人を倒して宝物庫を襲撃して脱出、補給庫を潰してまた将軍を始末、そしてサウザーを神竜アレキサンダーの力により昏倒させ……ってオイ。

 

「ヨヨ様一人の御力で帝国が半壊してる件について」

 

 おかしいな、ヨヨ様ってこの間まで囚われの身だったんだよな? なんだこの冗談みたいな戦果は。

 確か帝国将軍は八人だったはずだが、既に半数近くがヨヨ様の手で撃破され、更にトップの皇帝サウザーも神竜の力によって今や生死の境に立たされている。さすがヨヨ様、やりたい放題だ。というか俺たちとの合流がもっと遅れてたら一人で帝国壊滅させてたんじゃないか……?

 

「がはははは! 帝国め、奴らはヨヨ様を浚った事を後悔しておるじゃろ!」

 

 マテライトが笑い飛ばす通り、そもそもヨヨ様を浚っていなければ恐らくこんな事になっていない。なんというか、祖国を滅ぼした相手ながらちょっと同情してしまうほどだ。まぁ、ヨヨ様を捕らえなかったら捕らえなかったで、あの方のことだ。カーナ陥落直後に反乱軍を纏め上げて帝国を叩き潰す準備を始めていただろう事は容易に想像できるが。こうなるとあのカーナ陥落の場でヨヨ様を生かしたのが帝国のそもそもの過ちだな。

 

「で、この妙なドラゴンは?」

 

 俺はさっきから気になっていた、人面のある饅頭に直に翼を生やしたような謎のドラゴン二匹について尋ねる。

 

「元は帝国の汎用竜だそうだ。脱出時に下僕にしたとか」

 

 帝国の汎用竜っていうとブランドゥングか……なんでこんな姿に……そういや昔ヨヨ様の髪をかじったドラゴンがこんなんになってた気がするな。もしかしてそれか? 確かカーナ戦竜隊にとっても正体不明の存在だったな。

 

「そういや名前は?」

「下僕一号二号」

「ええ……」

 

 ヨヨ様らしいといえばらしいがさすがにあんまりである。

 

「仮名らしいから変えても怒らないと思うぞ」

 

 と、言われてもいまいちピンとくる名前が浮かばない。

 

「ブランとドゥングでいいか」

「適当だな……」

 

 確かに種族名を分割しただけで適当だが少なくとも下僕一号二号よりはマシなはずだ。何よりそのままだと人前で名前を呼びにくいしな。

 

「しかし、なんだ。こいつらを見た時は随分と形容し難いドラゴンがいたもんだと驚いたんだが……」

 

 サジンはそこで言葉を区切るとサラマンダーたちを見回してから言う。

 

「戦竜隊のドラゴンも十分珍妙だな」

「ほっとけ!!」

 

 珍妙で悪いか。育成の過程で偶然こうなったんだ。ああ、今のサラマンダーたちの姿は確かに万人のイメージするドラゴンとは掛け離れているだろうよ。

 

 まずサラマンダーの現形態がホワイトウォリア。これの外見だが、厳ついヤギだ。あの草を食べるヤギである。無論、ドラゴンなので翼がありちゃんと飛べる。

 次にモルテン。今はホワイトモルテンだが、これがドラゴンというかデブの悪魔と言った感じだ。正直な話、竜には見えない。

 続いてアイスドラゴン。こいつがアスピドケドン。その外見は「顎のしゃくれた人面に直に翼を生やしました」と言った感じのもの。ぶっちゃけ正体不明と大して変わらない。

 そしてサンダーホーク。こいつはデボアハーンというんだが……外見はなんというか……蟹? 言葉では説明しにくいがそんな感じだ。

 

 ……改めて並べると妙な形態ばっか引き当てすぎだろ俺。今現在まともなドラゴン的外見なのはツインヘッドぐらいしかいないぞ。……おかげでブランたちも違和感なく溶け込めそうだからいいか。まぁ一つ言っておくとしたらだ。

 

「空が飛べて知能が高くてブレスを吐く生き物は全部ドラゴンだ、いいね?」

「アッハイ」

 

 サジンも納得してくれたようだな!

 

「さて、ヨヨ様がお戻りになった今、ワシら反乱軍の活動も益々忙しくなるのう!」

「まぁ、どんなことがあろうと俺たちはヨヨ様についていくだけさ」

 

 カーナ騎士団の掟にもある。『ヨヨ様のお言葉は全てに優先する』ってな?

 

「ヨヨ様、どのような夢を見ておられるのかのう?」

「ヨヨ様の見る夢だ、きっとオレルスの覇権を取った夢とかじゃないか?」

「おお、そいつはいい!」

 

 そう言って俺とマテライトは笑い合うのだった。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

「……んー、これは夢かしら」

 

 私は辺りを見回してそう呟く。先ほど私はファーレンハイトの自室で就寝したはずだから、確実に夢ね。

 

「……あら、ここって」

 

 ここは、帝国に囚われてた時に私がいた牢じゃないかしら? 私がそう確認していると牢の扉が開く。

 

「ヨヨ王女……」

 

 ──そして部屋に入ってきたのは、あの帝国皇帝サウザーの右腕、パルパレオス将軍であった。それを確認した瞬間、私は素早く接近し──

 

『娘よ、こんな物がお前ののぞ「なんでお前が出てくんのよ!!」がはぁ!?』

 

 ──即座に部屋に入ってきた奴の鳩尾に全力の蹴りを入れ、壁側まで吹っ飛ばす。

 

『う……うぐ……』

「私の神聖な夢という聖域にお前如きが入って来るとはいい度胸ね。丁度いい、夢の空間というのは気に食わないが、死んでいなかったらしいから私が改めて葬ってあげるわ」

 

 私はそう言うと再び奴に接近する。

 

『ま、待て! ドラグナーとなるべきむす「うっさいわ!!」めぇ゛っ!?』

 

 何やら喚こうとしている奴を無視し、右ストレートでぶっ飛ばす。まっすぐ行ってぶっ飛ばす。

 

「これで終わりよ!!」

『待て!? 待ってくれえ!?』

 

 私はトドメを刺すべく魔力を高める。何やら喚いているが無視だ。なんか姿がぼやけて緑の竜が見えているような気がするが関係ない。

 

「あの世で私に詫び続けろパルパレオスゥ────!!」

『ぎゃあああああ!?』

 

 ──私の怒りの業火によって、私の夢に侵入してきた無礼者は塵一つ残さず焼き尽くされるのであった。




「うぐっ……熱っ……ぐああああ!?」
「将軍!? しっかりして下さい将軍っ!?」
「メディック! メディーーーーック!」


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ヴァリトラ「絶対ヨヨなんかに負けたりしない!」

 ヨヨ様奪還というかご帰還から翌日。確実に士気は高まっている俺たち反乱軍は、まぁ、いつも通りに過ごしていた。辺りを見回せば、

 

「モニョ〜!(おどるぜおどるぜ!)」

「マニョ〜!(近づくと危ないぜ!)」

「わーい♪」

 

 ひたすら踊り狂う悪魔と幼い魔術師に。

 

「ああ……ク、クスリ……クスリは……」

 

 危ない目付きで大量の薬を漁る僧侶に。

 

「ちょっとバルクレイ。もっと速く移動してよ!」

「そりゃ私だってそうしたいさ。でもこの鎧が重くてな……」

「そんなのろのろしてたら戦場では私みたいな魔術師のいい的よ!」

「なんだと? そっちこそ私たち騎士が盾にならんと防御もろくにできないじゃないか!」

「なんですって!? べ、別にあんたに守って欲しいなんて頼んでないわよ!」

 

 大声で言い争う重騎士と魔術師。

 

 ……うん、本当にいつも通りに過ごしていた。で、俺こと戦竜隊長ビュウが何をしているかと言えば。

 

「好きなもの?」

「おう。ちょっと皆の人となりを聞いててな」

 

 ファーレンハイトの操縦士であるホーネットから好きな物を聞き出そうとしていた。

 

「そうだな、甘いワインなんか好きだな。ちなみに嫌いなものはうにうじだ」

「それが好きな奴はあんまりいないと思うぞ」

 

 聞いてもいないのになぜか嫌いな物まで教えてくれたが、とりあえず礼を言って移動する。

 

「……というわけらしいぞ、エカテリーナ」

「あ、ありがとうございますビュウさん……!」

 

 そう。ホーネットの好みを知りたかったのは俺でなくエカテリーナだ。彼女、反乱軍結成前からカーナに仕えるウィザードで割と古参なのだが、奥手で男性に免疫がなく、隊長として普段から会話している俺ぐらいとしか男とまともに話せない。

 

「ああ、甘いワインに心を込めてあの方に送りましょう……」

 

 エカテリーナはそう呟きながら女部屋に戻っていった。あんな美少女に惚れられるとはホーネットも隅に置けないな。……愛が重そうだけど、彼女。と、さっきから踊っていたプチデビたちとメロディアが俺に近寄ってきた。

 

「モニョ〜!(おうビュウ! ヨヨ様ってな人間にしちゃ素晴らしい女だな!)」

「マニョ〜!(俺様に言わせれば特上だな! 今風に言うとウルトラレアだぜ!)」

「ヨヨ様、プチデビにも大人気だね!」

「そうか。ヨヨ様を気に入ってくれて何よりだが……」

 

 主君が気に入られるのは嬉しいのだが……仮にも死神であるプチデビが人を褒めるってのは何か妙な気が……。

 

「なぁ、二人とも。それはヨヨ様が人間として素晴らしいお方だってことでいいんだよな? 悪魔的な意味じゃないよな?」

 

 俺はそうプチデビたちに問うが……おい、なんで目を逸らす。答えはどうした。まさかマジでヨヨ様は悪魔的な意味で素晴らしい人物なのか!? 確かに誰がどう見ても暴君の類になるであろう御方だけども!!

 

「モニョ〜!(そうだ、急用を思い出したぜ!)」

「マニョ〜!(プチデビ二人はクールに去るぜ!)」

「にげろー!」

「おい待て!?」

 

 答えは!? 答えはどうなんだ! おーい!?

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 私の夢に踏み込んできた不届き者を焼き尽くした後、気付くと私の周りの様子が大分変わっていた。ふむ、見覚えの無い空間だ。

 

「……また夢かしら」

『娘よ……夢は終わりだ』

 

 んん? 何やら声が聞こえる。しかし、この尊き私を娘呼ばわりとはね。すると、上空に緑鱗を纏った巨大な竜が姿を現す。

 

『私は……神竜ヴァリトラ』

「ほう、お前がね」

 

 アレキサンダーと比べると凄まじく劣るが、まぁ強力なオーラは感じられるわね。……なんでか焼け焦げているけど。

 

『娘よ、お前が? お前が伝説の、神竜の心を知る者』

「私は伝説なんぞ知らないわよ?」

 

 ヴァリトラが問い掛けて来るが、私は本当に伝説なんぞ知らない。帝国の蛮人どもも散々聞き出そうとしてきたが、私が伝説を教わる前にお父様はあの襲撃で亡くなられたのだ。

 

『伝説を知らぬ娘……ならばお前は何者』

「この私にそのような問いを投げるなど蒙昧極まりないわね。私はカーナ王女ヨヨ。唯一絶対なるこの世で最も尊き人間よ」

『カーナ王女ヨヨ……神竜と語る娘よ。我ら神竜の心を集めるがよい』

 

 神竜の心を集める、ね。まぁ、神竜の力は私にとっても有用だからわざわざ言われずともそうするつもりなのだが。

 

『相応しき者なら我らは力を与えよう。そしてお前は、ドラグナーとなり世界を手に入れる』

「そう。それで?」

『え?』

 

 私が聞き返すとヴァリトラから間の抜けた返答が来た。ちょっと、まさかそれだけなのこいつ?

 

「お前、私がいずれ世界を手に入れるだなどと、()()()()()()ことを言うためだけに現れたのではないでしょうね?」

『いや、その……』

 

 どうやら本当にそれだけらしい。はぁ、仰々しく現れるから何なのかと思えば全く以てくだらない。それに、そもそもからして気に入らないのだ。

 

「お前、誰の許しを得て天に仰ぎ見るべきこの尊き私を見下ろしているのかしら?」

『……は?』

「頭が高いわ、不敬者」

 

 私は状況を理解していないヴァリトラに魔力波を操作してぶつけ、地面に叩き落とす。

 

『がはぁ!?』

「神竜であるお前が唯一絶対の主であるドラグナーたるこの私に取り込まれるという栄誉を賜ったのよ? 地に伏し、服従の意を示すのが道理でしょう?」

 

 そもそも神竜はこの私の力が無ければせいぜい怒りの念を発するしかできない存在だ。であれば、自ら進んで私の下僕となるのが道理であろうに。

 

『ふ、ふざけるなよ、小娘が……! ドラグナーとはいえこの神竜ヴァリトラが脆弱な人間如きに服従するか!!』

「ほう? どうやら自分の立場がわかっていないようね?」

 

 

   ◇   ◇   ◇

 

 

『わ……私、神竜ヴァリトラはこの世で最も偉大な存在であるヨヨ様の忠実なる下僕です……』

「ふふふふ、ようやくお前にもこの世の理が理解できたようね」

 

 ――こうして神竜ヴァリトラは当然の如く私の下僕となったのであった。オーッホッホッホッホッゲホッ、ゴホッ!?




ヴァリトラ「やっぱりヨヨ様には勝てなかったよ……」


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ヨヨ様と臣下たち

顔合わせ回


「ん、んー。朝か……」

 

 ヴァリトラと()()していたらいつの間にやら現実に戻ってきていたようだ。自室の窓から入り込む朝日が眩しい。帝国から皆の元に戻って最初の目覚めである。なんと素晴らしいことだろうか。

 

「ああ、姫様! お目覚めかい?」

「あら、ゾラじゃない。ええ、実に清々しい気分よ」

 

 目覚めた私を出迎えてくれたのはゾラだった。彼女はキャンベル出身のプリーストで私やマテライトとは昔からの知人だ。性格としては、ぐちゃぐちゃした事が大嫌いな筋の通った人で、俗世的に言うと肝っ玉母さんといった感じの女性である。なるほど、彼女も反乱軍に参加していたのね。

 

「みんな! 姫様のお目覚めだよ!」

 

 ゾラがよく通る大声を発しながら艦内に私の目覚めを知らせて回る。少しすると、皆の足音が聞こえてきた。大勢なのでかなりの音量である。私もベッドから下りて皆を待つ。

 

「ヨヨ様、おはようございます。ご機嫌麗しいようで何より」

「おはよう、ビュウ。今日も素敵よ?」

 

 真っ先に入って来たのは私の最も信頼する騎士にして愛しのビュウだ。「ありがとうございます」と私に頭を下げるその動作も素敵。相変わらずややドラゴン臭いが、その匂いも愛おしく感じるわ。うふふ。

 

 と、ビュウに続いて続々と部屋に入ってくる。次に入ってきたのは、ビュウにいつもくっついている三人組。

 

「ヨヨ様、おはよう! そしておかえり!」

「ヨヨ様、ご無事で何よりと言うべきか、私たちが逆に助けられてしまい面目ありませんと謝罪すべきか……」

「おはようラッシュ。トゥルース、そう気に病む事はないわよ?」

 

 私に挨拶してきたのがラッシュ。やや猪突猛進な熱血漢だ。トゥルースは冷静でいつも考え込んでいる。ただ今も私に謝罪してきたように、やや考えすぎるきらいがある。まぁ正反対の二人である。で、その二人の後ろにいるのが。

 

「ビッケバッケ、あなたも元気そうね」

「う、うん! 太っちゃったけど」

 

 そうビッケバッケが言った直後「お前は食いすぎなんだよ」とラッシュに小突かれる。彼はなんというかのんびり屋の純朴男子だ。ただこう見えて結構物事を考えていたりする。

 

「ヨヨ様ー!! お目覚めをお待ちしておりましたぞ!」

 

 大声を発しながらドカドカと部屋に入って来たのは、私がビュウと同等の信頼を置く騎士。乙女座O型のマテライトである。

 

「意外に遅かったわね、マテライト。あなたのことだから真っ先に飛び込んで来ると思っていたのだけど」

 

 彼は私が生まれる前からカーナに仕えているが、その性格はまぁ一言で言うとこの私、ヨヨ至上主義者だ。絶対に一番最初に現れると思っていたのだが。

 

「まぁ、今日ぐらいは若造どもに先を譲ってやろうと思いましてな!」

 

 そうガハハハと笑うマテライトであったが、即座にビュウから突っ込みが入る。

 

「『待たんかビュウ! ワシが一番乗りするんじゃ!』とか言ってたのは誰だっけ?」

「ば、ばらすでないわい!」

 

 ああ、単純に先を越されただけだったのね。しかしそれを譲ったと言い張るとは相変わらず意地っ張りだこと。とか言っている内にまた誰か来たわ。

 

「ひ、姫……ご機嫌麗しゅう……」

「あらセンダック。すごく震えているけど大丈夫かしら?」

「み、みんなにつられて急ぎすぎて……」

 

 マテライトたちのペースに追いつくために走ってきたらしい。ブルブルジジイと化しているセンダックであった。確かあなた一応この艦の艦長でしょうに。しっかりしてほしいわ。あとさりげなくビュウに近寄んなジジイ。シメるわよ。

 

「「ランランランサー! ヤリヤリ!」」

 

 と、部屋の外からフルンゼとレーヴェの声が聞こえてきた。いつものあれをやっているらしい。まぁ私の部屋で槍を振り回すわけにもいかないわよね。

 

「失礼するでアリマス!」

 

 と、聞き覚えの無いだみ声で喋りながら髭面の騎士と、その男に続いて男女が入ってきた。あら、新顔ね?

 

「ヨヨ様! 初めましてでアリマス! 自分は元マハール騎士団のタイチョーでアリマス!」

「同じく、グンソーであります」

 

 なんというか変わった名前ね……しかしそれより重要なことがある。

 

「マハール騎士団……そう、反乱軍に参加していたのね?」

「はいでアリマス! 自分もヨヨ様やマテライト殿と共に帝国を倒すのでアリマス!」

 

 今は帝国の占領下にあるマハールは、カーナと同じく最後まで帝国と戦ったラグーンである。カーナと並んで反乱軍には並々ならぬ想いをかけているであろう。

 

「ヨヨ様はお美しいでアリマスな!」

「あら、ありがとう」

 

 タイチョーがそう私を褒めるが、まぁこの尊き私が美しい女なのは当然の理である。

 

(でも、あなたの目が言っているわよ? 自分はもっと美しい人を知っていると)

 

 ふっ……この尊き私といえど、人の心の中の思い出には勝てないわね。そう、あの教会が失われても私とビュウの思い出が永遠であるように。

 

 私は、彼らと共に入ってきたもう一人の金髪の女性に目を向ける。

 

「私はマハール出身のライトアーマー、ルキアです。以後お見知りおきを」

 

 ふむ、ルキアね。どうやら彼女はマハール騎士団所属ではなかったらしい。

 

「しかし、ライトアーマーとはね」

 

 ライトアーマーは通常はさほど強力な兵種ではないが、我がカーナにおいては重宝されていた。というのも、ドラゴンの加護を受けたライトアーマーは所属部隊の行軍速度を飛躍的に上げる能力を持つのである。

 ただ、どういうわけか女性にしか適性が無いのでそもそもの人数が少ない貴重な兵種なのだ。しかし、ライトアーマーといえば……。

 

「ミスト。ミストはどうしたの?」

「それがヨヨ様……ミストはあの陥落の日に消息を絶っております」

 

 なんと。ミストは今代のカーナ唯一のライトアーマーとして前線で活躍していたのだが……そうだったのね。

 

「まぁ、あのミストのことだからどこかで生き延びているでしょう」

「確かに。あのミストですからね。殺してもくたばるとは思えません」

 

 私の言葉にビュウも頷く。何しろミストはカーナ騎士団一の腹黒である。そう簡単に死にはしまい。

 

 とかなんとか言っていたら今度は団体で来たわね。十人近くの男女が部屋に入ってきた。それを見てビュウが「これで主要メンバーは全員ですかね」と呟いた。なるほど。あと残っているのはクルーや商人たちぐらいらしい。

 

 サジンとゼロシンが見当たらないが、まぁあの二人のことだからまたどこかに潜んでいるのだろう。しかし確かゼロシンは友達が少ないのを嘆いていたはずだが、潜伏ばかりしてるから友達ができないんじゃないかしら?

 

「ヨヨ様、お初にお目にかかります。お、俺はこの艦の操縦士を勤めているホーネットと申します」

「そう。今後も良い航海をお願いね」

「は、はい」

 

 ホーネットと名乗った操縦士は若干緊張気味に私に返答した。まぁ、この尊き私を前に緊張するのは仕方ないが、しかしそんな彼に対して後方から冥い念が飛んでくる。

 

「な、なんだ!? 今、異様な寒気が……」

 

 どうやらホーネットも感じ取れたようだ。しかしそんな彼を気にする事もなく一組の男女が私に駆け寄ってきた。

 

「お久しぶりです、ヨヨ様! 私、アナスタシアです! あ、のろのろヘビーアーマーのバルクレイもいますよ!」

「ヨヨ様、このバルクレイ再会を心待ちにしておりました」

 

 ベレー帽の似合うやや背の低い茶髪の魔術師と、青い鎧を着込んだ体格の良い重騎士がそう私に挨拶する。

 

「あなたたちも変わりないようで何よりよ。アナスタシア、バルクレイ。また私の下で良い働きを見せて頂戴」

 

 この二人は元々カーナに仕えている身であり私も良く知っている。性格も職業もまるで接点の無さそうな二人なのだが、馬が合うのかよく二人一緒に行動している。そして言い争いが始まるのである。

 

「勿体ないお言葉であります。……しかし、のろのろは余計だ! このちんちくりんのアナスタシアめ!」

「な、なんですって!? ノロマのバルクレイのくせにー!!」

 

 ほら、早速始まったわ。先のアナスタシアの台詞にバルクレイが文句を付けると、二人はそのままの勢いで言い争いを始めた。相変わらずねぇ。懐かしいわ、うふふ。

 

「あ、あわわ……ヨヨ様の御前なのに……」

「ふふふ、構わないわ。あなたも元気そうね、エカテリーナ」

「は、はい……お久しぶりですヨヨ様」

 

 二人の言い争いに慌てていたのはアナスタシアと同じ魔術師のエカテリーナだ。彼女も二人と同じく昔から私に仕えるカーナの軍人だが、おどおどして引っ込み思案な性格でありアナスタシアとは正反対だ。

 ただ彼女、内に秘めたものは凄まじそうだ。何しろ先ほどホーネットに冥い念を飛ばして寒気を感じさせたのが彼女なのである。ホーネットも罪な男ねえ。

 

 次に私に近寄ってきたのは道化師のような外見をした謎の生物。

 

「モニョー!(アンタがヨヨ様だな! 確かに悪魔的にも様付けしたくなる人だぜ!)」

「マニョー!(オレ達プチデビが仕えるに相応しいぜ!)」

 

 なるほど、この子たちがあのプチデビルか。彼らが踊れば戦場は時に炎に包まれ、大地は割れるという正真正銘の悪魔であり死神である。しかし人外である彼らも礼儀というものは弁えているようだ。

 

「ヨヨー!(悪魔といえど、この私の尊さは理解できるようね。よろしく、死神さんたち)」

 

 私がプチデビ語でそう返すと、目を輝かせた幼い少女が歩み寄ってきた。

 

「すっごーい! ヨヨ様はプチデビの言葉がわかる人なんだね!」

「ふふふ、王女としての嗜みよ」

「私、ゴドランドのメロディア! ヨヨ様、よろしくお願いしまーす!」

 

 なるほど、いやに幼いと思ったらゴドランドの出身なのね。あそこは魔法都市の異名の通り、6歳から魔法を習う魔法先進国だ。彼女もこの幼さでウィザードとしては一流のようだ。色んな意味で将来有望そうね。

 

「ヨヨ様はプチデビ語もイケる方なのね〜。新情報だわ、脳内メモに書き留めなきゃ!」

「相変わらずね、ディアナ」

「はろー、ヨヨ様♪」

 

 軽いノリで私に挨拶する彼女はプリーストであるディアナ。当然ながら昔から私に仕えるカーナの軍人だ。この態度も私が許しているからこそである。

 彼女は私の臣下の中では地味であまり目立たない人物だが、僧侶にも関わらず情報屋まがいの事をやっているので、情報集めにどこでも溶け込めるように意図的にそうしているんじゃないかと一部で噂されていたりする謎の風格の持ち主である。

 

 そして、私は残る最後の一人に目を向ける。彼女もディアナと同じく私に昔から仕えるカーナのプリーストなのだが……。

 

「げほごほごほ! よ、ヨヨ様……お久し……げっほっごっほ!」

「大丈夫? フレデリカ」

 

 そう、彼女こそがこの私をしてビュウの側室候補として一目置いている人物、フレデリカである。そして彼女、軍人なのだがいつも寝込んでいるほど身体が弱い。今も部屋に入ってきた時からこの調子でずっと咳込んでいた。

 

「げほげほっ! ごほ……よ、ヨヨ様、少々お待ち下さい……」

 

 フレデリカはそう言うと、懐から明らかに人体に悪そうな色のクスリを取り出し、一気に飲み干す。そして、飲み終えると効果音でも聞こえて来そうな勢いで背筋を伸ばして私に向き直った。

 

「ヨヨ様ぁ! 改めてお久しぶりでございますぅ! ご機嫌麗しゅう!」

「お、おう」

 

 あれだけ咳込んでいた状態から一瞬で立ち直るとは。おかげでちょっと妙な返答をしてしまった。

 

「このフレデリカ、今まさに天にも昇る気分ですー!」

 

 それはあれよね? 主君である私と再会できて天にも昇る気分なのよね? さっきのクスリの作用じゃないわよね?

 

「私は命を救う僧侶ではありますが、ヨヨ様のためならば戦場では悪魔にもなりましょう!」

「そ、そう。それは頼もしいわね」

 

 頼もしいが、フレデリカってもう少し大人しい印象だったのだけど……こんな娘だったの?

 

「そしてオレルスの全てをヨヨ様に捧げるのです! そう、それこそが大宇宙の意思なのですぅー!」

 

 そんな事を言いながら病人らしからぬ俊足を発揮し、フレデリカは颯爽と部屋を後にした。……色々と大丈夫かしら、あの娘。そんな事を思いながらふとビュウに目を向けると。

 

「ビュウー! ヨヨ様って素敵だねー!」

「お、おう。メロディア、今日はテンション高いな」

 

 ──メロディアが無邪気にビュウに抱き着いていた。

 

「ひいっ!?」

 

 ──思わず神竜の波動を纏ってセンダックをガクブルジジイにしてしまう私。ええい、うろたえるんじゃないわ私よ。カーナ王族はうろたえないッ!

 ふぅ。思わずちょっと冥い念が漏れてしまった。エカテリーナの事を言えないわね。

 

 しかし、メロディアとビュウでは年齢が離れすぎている。今すぐどうこうなることはないはずだ。

 

(いや待て。私たち貴族の感覚からすれば年齢一桁で婚約やら結婚やらは珍しくないわ)

 

 むむ……そう考えると油断できない。あの娘も側室候補に加えておくべきかしら。

 

 幼い頃は私も彼女のように無邪気に人前でビュウに抱き着いたりしていたが、ああいうのは子供の特権である。幼いからできることだ。

 しかし人は皆、大人になるものだ。そう、あの幼いメロディアもいずれは。そして無邪気だった過去を懐かしむのだろう。

 

「ビュウ……大人になるって悲しいことなの」

「突然どうされました!? というかやめて下さい!? そのセリフは俺に効く!!」

 

 失ったもの(ロリ属性)を嘆いてそう言ったらビュウに精神ダメージを与えてしまったわ。なぜ。

 そんな私とビュウのやり取りを見てメロディアが「んー?」と首を傾げていた。うーん、かわいい。やはりかわいいは正義。これはこの世の真理だわ。メロディア、侮りがたし。




【フレデリカ】
カーナ陥落前からカーナに仕えているプリーストであり、ビュウやヨヨとは反乱軍結成以前からの仲間。病弱でいつもベッドで寝込んでいる。

イベントすらないサブキャラであり単なる仲間の一人なのだが、原作ヨヨにフラれたビュウに「戦いが終わったら一緒に薬屋を始めませんか?」とプロポーズまがいの言葉をかけてくれる事から『バハラグの真のヒロイン』としてかなりの人気を誇る。
某掲示板の「RPG最萌トーナメント」では公式イラストや立ち絵すら無いのを逆手に取り有志が様々なフレデリカを描き『フレデリカ百態』として支援した結果、ロマサガ3のモニカなど人気キャラを破り準優勝にまで上りつめたという猛者。

……なのだが、そこはバハラグのキャラである。彼女もどこかまともではない。
彼女、ガチのヤク中であり、倒れたり震えが止まらなくなったりするとすぐにクスリに走る。常に軍事物資並の量の回復薬を持ち歩き常用しているヤバい一面の持ち主。
上記のプロポーズ(?)も「大丈夫です。売り物には手を出しません……」というオチがついたりする。


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伝説を求めて

「ホーネット、キャンべル・ラグーンの周囲を旋回してくれる?」

「了解」

 

 皆との顔合わせを終えた私はひとまず解散を伝え、操縦士ホーネットにはキャンベル周辺の巡回を命ずる。

 

「さて、これからはこの私が旗標として反乱軍の総司令官を務めようと思うのだけど」

「まぁ、当然ですね」

「亡きカーナ王に代わりヨヨ様が我らを率いる……時代の流れを感じるのう」

 

 私の宣言にビュウとマテライトがうんうんと頷く。まぁ、総司令官と言っても戦場では基本的にこの二人に指揮してもらうだろう。

 

 今我々は帝国と戦争をしているわけだが、極端な話をすれば、この戦争に勝つだけなら簡単なのだ。私がアレキサンダーを呼んで帝国をラグーンごと消し飛ばしてしまえばそれで終わりである。ただしこれだと当然ながら帝国国内の無辜の民まで一人残らず絶滅する事となり、私ことヨヨは世紀の虐殺王女として歴史に名を残すことは間違いないであろう。

 別に私としてはそれでも構わないが、そうなると私を危険視した他国らが対カーナ連合軍でも結成して私の討伐に乗り出すという展開になる可能性がある。そうなってはさすがの私でもお手上げだ。まさかカーナ以外の国を全て消し飛ばすわけにもいくまい。日々の生活必需品をカーナ内だけでまかなうなど到底不可能に近いし、何よりそこまですると臣下の誰かに後ろから刺されても文句が言えなくなるであろう。それはいただけない。

 

 そんなわけで、地道に……と言うのも何だが、普通に戦闘するにはやはり反乱軍の皆を頼りにする事になるであろう。

 

「で、キャンベルなのだけど……叔母様なら伝説を知っているはずなのよね」

「おお、キャンベル女王! カーナ王の妹君ですな」

 

 そう、キャンベル女王はお父様の妹、つまり私の叔母だ。現カーナ王族では私を除くと唯一の生き残りである。

 

「神竜の伝説ですか」

「サウザーは結局私に話さなかったからね。こうなれば叔母様より聞き出す他ないわ」

 

 別に帝国と戦うのには知らなくとも支障はないが、しかし知らないという事自体が気に食わない。ここは是が非でも叔母様から聞き出したいところである。

 

「というわけで、マテライトはラグーンの様子を見ていて頂戴」

「ふふふ、お任せ下さい」

 

 マテライトは張り切りながら監視の任に向かった。これで部屋には愛しのビュウと二人きりである。うふふ。

 

「ヨヨ様、何かありますでしょうか」

 

 ビュウがそう問い掛けてくる。私としては『ハグして』とか言いたいところなのだが、皆が戦争ムードなのに私一人だけイチャついてるわけにもいくまい。一兵士ならともかく、君主がそれでは軍の士気にも関わる。

 

 まぁ常識的に考えて、そんな脳内お花畑な君主などいるわけがないし、仮にいたとしたらその国は長くないであろう。

 

「そうだわ。ビッケバッケが栽培してるキノコがあったわね」

「はい。あれで商売をやるとか」

 

 聞くところによると、ヴァリトラがいたあの森に生えていたのを取ってきたらしい。ちょっと興味がある。

 

「ビュウ、持ってない?」

「ビッケから買った奴がありますが……」

「私に頂戴な」

「はぁ」

 

 ビュウからキノコ三種を受け取り、小規模な火炎魔法で焼いて食べてみる。うん、中々イケるじゃない。

 

「ところで、ヨヨ様は戦場へは「出るけど?」ですよねー」

 

 当然である。臣下だけに戦わせて一人安全な後方で待機というのは私の性に合わない。無論、ビュウたちが守りやすいように前には出すぎないようにするが、私も普通に戦うつもりである。

 というか最大戦力は恐らく私なのだし、何より君主も戦場に出た方が軍の士気も上がるでしょう。王族が戦場に出るなど非常識ですって? そんな常識などドラゴンにでも食わせてしまいなさい。

 

「……美味いんですか? そのキノコ」

「クセの強い味わいだけど私的には中々イケるわよ? この、身体を蝕むような毒々しさがいいアクセントになっているわ」

「めっちゃ毒物じゃないですか!?」

 

 まあそうなんだけどね。ビュウは「ビッケの奴ちゃんと管理できんのか!?」などと心配げである。あの子はああ見えてしっかりしてるし大丈夫だと思うけどねえ。

 

「でもこのキノコ、私の見立てではそれぞれ雷、毒、回復の魔力を秘めているわよ。ドラゴンの餌には最適なんじゃないかしら」

「む……それは良いかもしれませんね」

 

 ビュウは「これでモルテン以外にもリフレッシュが……」などと呟いている。相変わらず、ドラゴンのことになると楽しそうね。

 

「どう? ビュウも一口」

「いや、いりませんよ!? 下手したら死にますって」

 

 餌だけでなく一度食べるのも奨めてみたが、あえなく断られてしまった。美味しいのに。

 

「ビュウは毒はダメなの?」

「普通の人間は毒はダメですって!」

 

 そうかしら? 私は結構良いと思うのよ。王宮にいた頃は毒入り紅茶とか良く飲んでいたけど、美味しかったし。

 

 とかなんとか言っている間に、キャンベル本土についたようだ。皆が慌ただしく動いている気配を察知する。

 

「行きましょうか、ヨヨ様」

「ええ」

 

 ビュウにエスコートしてもらいつつ、ドラゴンたちが待つ艦外へと向かう。そこでは皆が出撃準備をしつつドラゴンに乗り込んでいた。センダックがさりげなくサラマンダーの側にいるが……まぁいい。

 

「キャンべル解放の暁にはヨヨ様の右腕たるこのワシは英雄扱いじゃ。これで計画も上手くいくに違いないわい」

「空から見るキャンベルもいいもんだね。あの子は元気にしてるかねえ……」

 

 ふむ、何やらマテライトもゾラも色々あるようだ。

 

「おお、ビュウ! そちらがヨヨ様か!」

 

 と、白髭を蓄えた老人が私たちに気付き近寄ってきた。ふむ、見ない顔ね。

 

「先ほどは挨拶に向かえずすみませんですじゃ。わしは戦竜たちの世話を任されている者です。ドラゴンおやじとでも呼んで下され」

 

 ふむ、なるほど。普段は彼がドラゴンたちを管理しているようだ。しかし『ドラゴンおやじ』とはあからさまに偽名である。この尊き私に対して偽名を名乗るなど本来なら不敬であるが……。

 

(どうも、気配が人間と違うわね?)

 

 この老人、好々爺といった感じだが人間ではない雰囲気を纏っている。これはどちらかというと……そう、ドラゴンに近い。

 

(なるほど、()()()()というわけね)

 

 どうやら反乱軍には中々面白い人材がいるようだ。私が納得していると、ビュウは私に目配せして許可を取るとドラゴンたちに餌やりしに行った。ふむ、餌か。

 

「お前たちもいる?」

「────♪♪」

 

 私が話しかけたのは下僕一号二号改めブランとドゥングである。どうやら餌が欲しいようなので、この私の尊い髪を少し切ってまた与えてやる。

 

「ヨヨ様、終わり……変化ですか?」

「ええ」

 

 戻ってきたビュウと一緒に光に包まれた二匹を見つめていると、やがて変化が終わる。

 

「二段重ねですね……」

「そうね。かわいいわ」

 

 そこには正体不明の人面が二つ重なった更なる謎生物の姿があった。ビュウは「かわいいですか……?」と首を傾げているが、私は肉団子みたいでかわいいと思う。

 

「ま、まぁいいか。行きましょう、ヨヨ様」

「そうね、そろそろ出ましょう」

 

 私とビュウはサラマンダーとセンダックの所へと歩いて行き──

 

「どけ、ジジイ」

 

 ──ビュウがセンダックを突き飛ばして私の手を引いてサラマンダーに乗せた。

 

「そ、そんな……」

 

 愕然としているセンダックはマテライトたちが乗るサンダーホークに回収された。ふっ、残念だったわねセンダック。ビュウは私とランデブーしたいそうよ。

 

「こうして二人でサラマンダーに乗るのも久しぶりですね」

「そうね。やはり素敵だわ」

 

 うん、やはりサラマンダーの背の上は最高の特等席である。レンダーバッフェよりずっとはやい! 

 

 しかしキャンベル本土は目の前なので、空の旅はすぐに終わってしまった。残念。

 

「ここに降りましょう」

 

 キャンベル・ラグーン本土の端へと降りる。……が、いきなり一人の帝国兵に見つかった。

 

「きさまら、はんらんぐんだな!」

 

 帝国兵──レギオンがこちらに向かってくるが、ビュウに一刀のもとに切り伏せられてあっさり葬られる。さすがにこの程度の雑兵は相手にならない。

 

「見つかったかしら?」

「いえ、こいつが偶然ここにいただけのようです。キャンベル駐留軍本隊には察知されていません」

「それは吉報。さて諸君、戦争よ。青きキャンベルを下賎なベロスの蛮族どもの手から解放するのよ」

 

 私の言葉に反乱軍の皆が一斉に頷いた。

 

「イエス・ユア・ハイネス!」

「我が神のお望みとあらば」

 

 加えて二人のプリーストが私に返答する。ディアナはノリノリで最敬礼し、まだ例のクスリを飲んだテンションのままのフレデリカは狂信者みたいな事を言っている。まぁこの世で最も尊き私が神の如き存在なのは当然の事なので良しとしよう。

 

「キャンベル駐留軍の総司令官だったゾンベルド将軍はヨヨ様が倒しているし〜、新しい指揮官が配置された情報も無いから、大した兵はいないんじゃないかな〜」

 

 ふむ、ディアナの情報なら信用できるだろう。油断さえしなければ問題なく勝てそうだ。

 

「ヨヨ様、作戦はどうします?」

「作戦? そうねえ……」

 

 うちの軍は全体的に自己主張が強く個性的な戦いをする面々ばかりだから、正直細かい作戦とか立ててもかえって皆の持ち味を殺すだけな気がするのだが……そうね。

 

「『雄々しく、勇ましく、華麗に進軍』よ!」

「それ作戦なんですか!?」

 

 ビュウには不評なようだが、マテライトは気に入ったようで、「そいつはわかりやすいですな!」と頷いてタイチョーらを率いて真っ先に突撃していったのだった。




【センダック】
カーナ王国の老師で、カーナ一の知識人。ヨヨと同じく神竜を祭る司祭であるワーロックである。
カーナ旗艦ファーレンハイトの艦長であり、艦内の風紀を纏めクルーの給料などを決めている。
職業柄、ヨヨほどではないが神竜の想いを感じ取れるらしい。味方キャラ唯一の男性魔術師であり、ヨヨに次ぐ魔力を誇る実力者である。

……こう書くとファンタジーによくいる老賢者のようだが、そんな彼の性格はというと『ビュウLoveの乙女ジジイ』。本気でビュウに好意を寄せており、事あるごとにビュウに言い寄る。
原作ヨヨが心弱き娘なら、センダックは心弱きジジイであり、かなりのネガティブ思考。原作序盤の臆病な頃のヨヨとかなり性格が似ている。

というか言動までほぼ一緒であり、サラマンダーに一緒に乗って「もっと強くつかまってもよい?」、手作りのクッキーを差し入れするなどビュウへのアプローチの仕方もヨヨと全く同じ。
ビュウの選択肢は「イヤです……やめて下さい……ジジイ!」「いらないよ……ジジイ!」など辛辣なものが多いが、当の本人はどこ吹く風でひたすらアタックし「ビュウのおしり……まろやか……」などとのたまう。

センダックは最後までビュウ一筋なので『原作ヨヨがビュウに一途だった場合の予想図』がセンダックであると言っても過言ではない。
問題は、センダックは幼馴染みの可愛い王女様ではなく枯れたジジイだということである。どうしてこうなった。

ファーレンハイト艦長かつカーナの司祭という重鎮であるにも関わらず、ビュウを含めてやたらと軍内での扱いがぞんざい。
ビュウとサラマンダーに乗ろうとしたら定員オーバーを理由に断られる(直後に来るヨヨは即座に乗せられる)、帝国にスパイを送り込む際に「死んでもいい人物」として候補に上がる、存命なのに遺書を勝手に読み上げられビュウが艦長代理になる、病気で倒れるも「くたばったらくたばったで名誉の戦死」と無理矢理戦場に連れ出される、パルパレオスと結ばれ幸せになったヨヨに神竜の怒りを押し付けられるなど散々な扱いをされている。ジジイの明日はどっちだ。


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キャンベル解放

「行くぞ! カーナにマテライトありと思い知るがよいわ!」

「行くでアリマス! キャンベル解放でアリマーース!」

 

 マテライトとタイチョーが大声を張り上げて敵陣に突撃していく。私はそれを眺めながら頷いた。

 

「こういうのはまどろっこしい作戦なんぞ考えるより正面突破が一番よ」

「まぁ、それは確かに」

 

 そうでしょう。敵に将もおらず、こちらは相手を蹴散らせるだけの十分な戦力があるのだから真っ向から押し潰すのが最適だ。重装備のマテライトが先頭なのも彼らが一番白兵戦向きだからだ。本人が意図しているかどうかはともかく。厄介なのは、カタパルトの存在だが……。

 

「むっ、反乱軍か! 砲兵、砲撃せよ!」

「「そうはいかんな」」

「な、何……ぎゃあああ!」

 

 こちらに砲撃を放とうとしていた砲兵部隊が一瞬で焼き尽くされる。火遁──サジンとゼロシンのアサシンコンビの術である。

 

「やりますね、あいつら」

「まぁ、暗殺者だからね」

 

 元々、音も無く忍び寄って標的を仕留めるのが仕事なのだ。気付かれない内に敵陣に潜り込む程度はやってもらわねば。

 

「総員集結せよ!」

 

 敵陣の指揮官らしき兵が号令をかけて密集陣形を取る。ふむ、こちらの突撃を受け止める気かしら。ああも密集されると魔法で一層するのがセオリーだが……。

 

「姫、ビュウ、わしに任せて!」

 

 珍しく威勢の良いセンダックがその魔力を高める。すると、見覚えのある巨大な緑鱗の竜が戦場に現れた。

 

「な、何──ぐああああっ!」

 

 緑竜──ヴァリトラが翼を広げて咆哮すると、白い衝撃波が敵陣へと放たれ、密集していた帝国兵たちを纏めて吹き飛ばした。

 

「センダック、今のは神竜か?」

「うん! わし、神竜が召喚できるようになったんだ。姫の近くにいると自分が神竜になったような気分になって、力がみなぎって……」

 

 ああ、そういえばセンダックはワーロック……神竜を崇める司祭だ。私の中の神竜の力の一部が流れてセンダックに行っているのかもしれないわね。

 

(だめ……わし、浮かれてる……借り物の力で強くなってこんなに浮かれジジイ……)

 

 何やらセンダックが勝手に盛り上がって勝手に沈んでいるが、私はそれよりヴァリトラについて考えていた。

 

「中々適度な威力じゃない。アレキサンダーは破壊規模が巨大すぎるから、気軽に呼べる神竜が欲しかったのよね」

「神竜は爆弾か何かですか?」

 

 ビュウが呆れたようにそう言うが、実際のところ我が半身であるアレキサンダー以外の神竜など私にとってその程度の認識しかない。戦場で敵を蹴散らす為の兵器である。

 

「出番だぞ、チビウィザード」

「わかってるわよ! このまま一気に突破するわよ!」

「ウフフフ……ウフ……」

「どっかーん♪」

 

 アナスタシア率いるウィザード部隊が魔法を唱え、ヴァリトラにより壊滅状態だった敵陣に更なる追撃を加える。そこにサラマンダーらドラゴンも便乗し、炎や氷や雷が敵陣で踊り狂う。もはややりたい放題である。

 

「モニョー!(踊るアホウに見るアホウ!)」

「マニョー!(同じアホなら踊らにゃ損損!)」

 

 踊り狂うと言ったら彼らもだ。小さな死神ことプチデビ二人が踊ると、その異名に反して優しい光が味方を癒し──

 

「ってちょっと。敵陣にも癒しの光が降り注いでいるんだけど?」

「あいつらの踊りはそういうもんですから……」

 

 そうなの? ビュウがそう言うなら仕方ないわね。でも、そのせいで瀕死だった敵兵が何人か立ち上がってきてるんだけど?

 

「な、なんだ? 回復した?」

「何でもいい! 奴らに反撃するチャンスだ!」

「よ、よし! 反乱軍の犬めっ! くたばれぇっ!」

 

 ほら、早速反撃してきたわよ。槍兵──ランツェリッター部隊が槍を構えると一斉にこちらに向けて投擲する。標的は──ディアナのプリースト部隊だ。

 

「やば……」

「死ね! 僧侶ども!」

「ふっ……」

 

 殺意をみなぎらせる奴らの投降槍の前にひとつの影が立ち塞がった。フレデリカである。彼女は小さく笑みを漏らしてディアナを庇う位置に立つと、自身の杖を構え──

 

「はっ! ふっ! やぁっ!」

 

 ──素早く杖が振るわれると投擲された全ての槍は呆気なく叩き折られていた。

 

「な、ななな……」

「半人前の技では私は倒せません……」

 

 驚愕するランツェリッターたちにフレデリカがそう静かに言葉を投げた。いや、飛来してきた槍を苦も無くロッドで叩き折るって全体的にどういう身体能力してんのよ。

 

「あの娘ってあんなだったかしら?」

「まぁ、フレデリカですから……」

 

 そうなの? ビュウがそう言うなら仕方ないわね。と、ディアナが何やら懐から草を取り出した。

 

「よくもやってくれたわね〜、えいっ」

「な……うぎゃあああ!」

 

 ディアナが軽い感じでその草をランツェリッター部隊に投げ入れると、一瞬で奴らは炎に包まれた。ああ、炎の草か。

 

「今が勝機よ! 続いて!」

「「ランランランサー!」」

 

 敵陣が破られたのを見計らい、ルキアがライトアーマーの神速で以て一気に駆け抜け、ランサー二人がそれに続く。私たち後続が追い縋る頃には、彼女らの手によって敵軍の本隊はほぼ壊滅していた。

 

「俺も少しは働かないといけませんね」

 

 ビュウがそう言って双剣を構える。しかし働いていないのは私も同じである。まぁ総司令官が暇なのは良い事ではあるのだが。

 しかし最後まで何もしないというのも何なので、私は強化魔法ビンゴをビュウにプレゼントし、彼の身体能力を上昇させる。

 

「ありがとうございます、ヨヨ様。お前たち、行くぞ!」

「「「おう!」」」

 

 ビュウが舎弟三人を率いて敵陣に突撃する。狙うは、刀を構えた司令官らしき男。

 

「おのれ反乱軍! 大根切り!」

「甘いっ!」

 

 大上段から振り下ろされた刀をビュウは巧みに双剣で反らし、反撃に一撃を加える。

 

「がっ……」

「今だ! 合わせろよ!」

「急かさないで下さいよ!」

「よ、よし!」

 

 ビュウの斬撃により敵が怯んだ隙を見逃さず、ラッシュたちが剣を構える。

 

「「「フレイムパルス!!」」」

「がはっ……キャンベルが……落ちるとは……」

 

 ラッシュたちの剣波が決まると、キャンベル駐留軍の司令官であろう男はその場に崩れ落ちた。

 

「──我々の勝利よ!」

 

 私の言葉に、皆は一斉に勝鬨を上げるのだった。

 

 

   ◇   ◇   ◇

 

 

 さて、これで晴れてキャンベルは下賎なベロスの支配下から解放されたわけであるが。

 

「カーナ騎士団長にしてカーナ再興軍総司令官ヨヨ様が腹心! パレスアーマー・マテライトがキャンベル解放をここに宣言する!」

 

 マテライトがそう高らかに声を上げる。いつの間にか反乱軍からカーナ再興軍に変わっているわね……まぁいいか。

 

「キャンベル国民よ! 今からキャンベルはお前たちのものじゃ!」

 

 マテライトが更に言葉を続けるが……全く反応が無いわね。民家の扉どころか窓が開く気配もない。

 

「どうしたのじゃキャンベル国民よ!」

 

 マテライトが民家の扉を叩くが、やはり反応が無い。さすがに全部留守って事はないと思うのだけど。

 

「マテライト殿、こういう時は女王様にご挨拶でアリマス」

「おお、そうじゃな!」

 

 タイチョーに促されてマテライトは王宮へと向かっていった。まぁ、それが無難かしら。

 

「私たちも行くわよ」

「はっ」

 

 ビュウに声をかけ、私もマテライトの後を追って王宮へ向かう。中へと入ると、いきなり一匹の犬がやかましく吠えかけてきた。

 

 私が無言のまま睨みつけると、犬はすぐさま尻尾を巻いて逃げ出した。ふん、犬畜生が。

 

「相変わらず犬が嫌いなのですね」

「あら、違うわビュウ。私はただ媚びて生きるだけの輩が嫌いなのよ」

 

 飼い犬はそんなのばかりだから他人には犬嫌いに見えるというだけだ。

 

 そんなやり取りをしていると私たちに気付いた王宮の中のキャンベル国民たちが声を上げた。

 

「帝国を追い払うなんて余計な事をしてくれたね!」

「キャンベルは解放なんぞ望んじゃいなかったのに……これからどうなるんだ?」

 

 なるほどね。どうやら、私たちはこの国にとっては余計な事をしたようだ。



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家畜か人か

 さて、帝国のキャンベル駐留軍を倒し、キャンベルを解放した私たちであるが、現在キャンベル国民から総スカンを食らっている。理由は至極簡単。キャンベルは()()()()()()()の支配下で満足していたからだ。

 

「帝国だかなんだか知らないが、ただ首がすげ変わるだけじゃないか。平和な生活ができればそれで良かったのに……」

 

 とまぁ、そういう事らしい。トップが女王だろうがサウザーだろうが、彼ら国民には関わりの無い事であり、平和ならそれで良かった。そこをいきなり私たちがやって来て帝国を蹴散らしてしまったので彼らは報復を恐れているという状況である。全く、天下のキャンベルも堕ちたものだ。

 

「これは少々予想外でしたね……自治すら認められていない状況下に満足していたとは……」

 

 ビュウが複雑な表情でそう言うが、まぁ民衆など大抵はこんなものだ。反乱軍の皆のような気概のある人間などそういるものではない。

 

「被害者でいる方が楽なのよ。支配されるのは弱者の特権だからね」

 

 その弱者を管理するのが我々王族である。そしてその支配下で庇護されていながら、今の日々に不満を漏らし勝手な事ばかり口にするのが大衆というものだ。彼らは今は私たちに不平を言っているが、帝国に支配されていた時は女王やサウザーに対して不平を言っていたのだろうと容易に想像がつく。

 

 何の事はない。要するに、彼らは不安なのだ。そしてその不安を無意識に支配者への不満へとすり替え、それを口に出して自身を慰めているだけなのである。

 

「まぁ、どうでもいいわ。それより叔母様は何処?」

「女王は地下牢にいるそうです。サウザーへ抵抗の意思が無い事を示し、キャンベルを守る為に」

「そう」

 

 なんて傑作なのかしら。女王ともあろうものが()()()()()()()()だなんて! 

 

「ビュウは城下でも見て回っているといいわ。あまり愉快な話にはならないだろうからね」

「はっ、では失礼します」

 

 一度()()()()()()()私にそう返答するビュウ。彼を見送り、地下牢へと降りるとマテライトの怒鳴り声が聞こえてきた。

 

「亡きカーナ王の妹君といえども許せませんぞ!」

「マテライト……変わっていませんね」

 

 叔母様のものであろうよく通る声がこちらまで届いたが、マテライトは憤懣やるかたない様子である。

 

「おう! 女王のように変わり果てるぐらいならワシはドラゴンの餌にでもなった方が幸せじゃ!」

 

(全くだわ。自分の心を殺して変わり果てるならば、それは死ぬのと同じよ)

 

 私がマテライトに内心同意していると、横の牢屋から私に声がかかった。

 

「おーい、ヨヨ様! 帝国に逆らった俺たちは歓迎するぜ!」

「キャンベル国民を見損なわないでくれ! 情けない奴らばかりじゃないぜ!」

「ほう」

 

 声のかかった牢を見ると数人の男女がいた。彼らは帝国の支配に反発して投獄されたようだ。どうやら気概のある人間もいるらしい。

 まぁ、彼らがこんな扱いを受けている事自体、帝国の下での平和とやらが歪みな事の証明でもあるのだが。

 

 さておき、私は通路に佇むマテライトに声をかける。

 

「随分な怒りようね、マテライト」

「おお、ヨヨ様! こんな話を聞かされては怒らずにはいられませんぞ!」

 

 怒り覚めやらぬ様子のマテライトを側のタイチョーが宥めすかす。

 

「マテライト殿。ここは例の計画を実行するでアリマス」

「おお、そうじゃな! こんな国はさっさと出て行きたいがあの計画をやらずには帰れん! ヨヨ様、失礼しますぞ!」

 

 そう言うと二人は足早に去っていった。計画ってなにかしら? 

 

 まぁいい。私は叔母様のいる牢へと向かう。牢の前には凛々しい表情の二人の女性がいた。

 

「カーナ王国王女、ヨヨ様ですね?」

「そうよ。あなたたちは?」

 

 私が問うと、二人は同時に私に礼をする。

 

「私はプリーストのジョイ。女王様の側近を務めさせていただいております」

「同じく、ウィザードのネルボです。どうぞ、ヨヨ様。女王がお待ちです」

 

 二人に促されて薄暗い牢へと足を踏み入れると、そこには紫色の衣装に身を包んだ女性がいた。キャンベル女王──亡き我が父の妹であり、私の叔母である。

 

「久しぶりね、叔母様。随分とご立派な決断をなされたようですわ」

「ヨヨ……相変わらずですね」

 

 私がからかうように拍手をすると、叔母様は疲れた表情で溜息を吐く。

 

「ヨヨ……あなたはまた戦争を始めるつもりですか?」

「そうだけど?」

 

 叔母様の今さらな問いに私が平然とそう返すと、彼女は表情を一辺させ激昂する。

 

「あなたという人は……! サウザーがオレルスを統一して戦争は終わったのですよ!? 彼らに服従していれば私たちの安寧は保証されていたのです!」

「へえ? それでカーナ滅亡の引き金を引いた張本人である叔母様は、のうのうと帝国の庇護下で平和を享受するわけね」

 

 私がそう言うと、叔母様は目を見開いた。その瞳には深い絶望が宿っている。

 

「どう……して……」

「どうしても何も、サウザーに伝説を教えられるとしたら叔母様しかいないでしょう。そして神竜の伝説を知ったサウザーは、その伝説に挑む為にカーナに攻め入り私を捕らえた」

 

 私はそこまで言うと、わざと大袈裟に肩を竦めてみせる。

 

「知りませんでしたわ。叔母様がそんなに私のことが嫌いだったなんて!」

「違いますっ!!」

 

 私の言葉を受けた彼女はこれまでで一番の大声で叫んだ。私に訴えるかのように。

 

「私は……私はただキャンベルを……」

「守りたかった。そうでしょう? 自分の統治している国と比べれば、かつての故郷なんて天秤に乗せるまでもないものね」

 

 自分の生まれ育った故郷とはいえ、所詮は過去住んでいただけの国と、自身が王として治める国なら、後者を優先するのが王族だ。たとえそれで故郷が滅びようが、王としては当然の選択である。

 

「私は別にそれについてとやかく言う気はありませんわ。ただ私にも教えて下さらない?」

「……実のところ、神竜の伝説とは具体的な神話があるわけではありません。ただ、短い文章が伝えられているだけで」

「それは?」

 

 私が促すと、彼女は重々しく口を開く。

 

「神竜の心を知る者、新たなる時代の扉を開く」

 

 ほう。新たなる時代の扉か……良い響きね。

 

「そして……心弱き者、天空より災いを招く。これが神竜の伝説です」

「なるほど。つまり、私は新たなる時代の扉を開く人間なわけね。ふふふ、この私に相応しいわ!」

 

 私が高らかにそう言うと、叔母様は信じられないようなものを見たように私に目を向ける。

 

「あなたは……恐ろしくないのですか? その身体に伝説を背負うことが」

「何を恐れるというのかしら。この私が伝説なんぞに潰されるとでも?」

 

 たかが伝説程度、背負えずして何が王か。しかし、彼女は儚げに言葉を零した。

 

「ヨヨ……あなたは強いですね」

「叔母様が弱くなったのよ。その全てを諦めた瞳、気に入らないわ。昔の叔母様はもっと魅力的だった」

 

 私がそう返すと叔母様は弱々しい表情で俯いた。

 

「私もできるならあなたのように強く在りたかった。しかし私は知ってしまったのです。自分の弱さを……」

 

 そう暗く沈む叔母様。全く、これではまるで私が虐めているみたいじゃない。

 

「それでサウザーの軍門に下ったと。でもね叔母様。私たちが来なくてもどの道キャンベルの支配体形も近々変わっていたと思うわよ? 何せサウザーが倒れたからね」

「サウザーが……!? それは、ヨヨ、あなたが……?」

「ええ。私の偉大な力によって」

 

 私は髪をかきあげてそう答える。正確にはアレキサンダーの力であるが、まぁそこまで話す必要はないであろう。

 

「私が無抵抗を示した為に、キャンベルの民は強さを失ってしまいました。私が諦めたから……」

 

 叔母様は失意に沈んだ顔でそう力無い言葉を漏らす。確かに、キャンベルの民が支配を良しとするようになったのは叔母様のせいかもね。ただ、民に犠牲を出さない最適な方法であったのは事実だとは思う。まぁ、私は願い下げだが。

 

 しかし、どうせ帝国に下るなら、ここで後ろの側近二人に命じて私の首を掻き切り帝国への手土産にするぐらいの気概を見せて下されば面白かったのだけれど……この様では無理そうね。私は()()()()()()()()()()そんな事を考える。

 

「私は……どうすれば良かったのでしょうか?」

「さぁ?」

 

 かつての叔母様がどうするべきだったのかなど私が知るわけがない。ただひとつ言えるとすれば、今のキャンベルは帝国にとって家畜同然の存在だということだ。

 

「知っているかしら? 叔母様。『家畜に神はいない』。彼らは食われる為に神に生み出された生き物だからね」

 

 ゆえに、家畜に祈る神はいないのだ。なんと哀れな存在であろうか。カーナ? カーナには私という尊き存在にして祈るべき対象がいるから問題ない。

 

「まぁ、帝国に反旗を翻すか、このまま家畜のように帝国の気まぐれに怯えながら生きていくか、お好きにして下さいな。選ぶのは叔母様よ」

「ヨヨ……」

 

 叔母様は縋るような目を私に向けてくるが、キャンベルの王は私ではない。この心弱き女王なのだ。

 

「ではね。キャンベルの女王よ」

 

 既に興味を失った私は彼女に別れを告げ、地下牢を後にするのだった。




【キャンベル女王】
本名不明。亡きカーナ王の妹であり、ヨヨの叔母に当たる人物。
サウザーによるグランベロス帝国のオレルス統一戦争時、無抵抗を示し早々に帝国の軍門に下った。

キャンベルを守る為にサウザーに神竜の伝説を教えた張本人。これにより世界を制覇しても自身の野望が終わっていない事を知ったサウザーはヨヨを捕らえ、神竜の伝説に挑む事となる。
カーナ滅亡、ヨヨの運命、そして『バハムートラグーン』という物語が始まる引き金を引いた人物である。

感想から追記
もしキャンベル女王がやらかさずサウザーがカーナに侵攻しない=ヨヨがドラグナーに覚醒しなかった場合どうなるか?

まず、ドラグナー無しではそもそもオレルス側からアルタイルへの扉を開く手段が無い。いつ、どこからオレルスに侵攻してくるかわからない魔物たちを随時撃退するという受動的手段しか取れない。
帝国あたりがうまく魔物たちを押し返し、扉が開いた機を見計らってアルタイルに行ったとして、今度は帰還手段が無い。地獄への片道切符。

そして何より某神竜王に対抗する手段が無い。
まず倒せるかどうか不明だが、倒せたとしてもヨヨが未覚醒では原作の打倒法が使えないので復活、そのまま何度復活するかわからない神竜王と終わりの見えない戦いに突入する。
神竜王「我の残機は百八まであるぞ」

オレルスの全人類の総力を挙げても勝てるかどうか怪しい。


結論:キャンベル女王はオレルスの救世主だったんだよ!!


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金と天下は回り物

 私が王宮から出ると、あれほど閑散としていたのが嘘のように城下は多くの人で賑わっていた。ふむ、民家に篭っていた住民たちが出て来たのね。

 

「ありがたいのう。これで元のキャンベルに戻るんじゃのう」

 

 静かに周囲の様子を眺めていた老婆がそんな事を嬉しそうに呟いた。どうやら、キャンベル国民も皆が皆、解放を迷惑に思っているわけではないらしい。

 

 と、何やら髭面の男性と話し込んでいたビュウが私の姿を見つけて駆け寄ってきた。

 

「ヨヨ様! 女王との話しは済ませられたのですか?」

「ええ。伝説も聞き出せたわよ。ところでそちらは?」

 

 ビュウと会話していた髭の男性が私に頭を下げる。

 

「どうも、ヨヨ王女様! 私は商人をやらせてもらっている者です」

「彼は人呼んで戦場を駆ける商人。その名の通り、買い手がいればどんな危険な戦場にも現れる逞しい男です。反乱軍も度々助けられました」

 

 ほほう。それはまた豪気な人物だこと。戦場を駆ける商人と呼ばれた男は人当たりの良い表情で笑った。

 

「いやあ、ビュウさんたち反乱軍はお得意様ですから。この度は、キャンベルを解放して下さってありがとうございました」

 

 どうやら彼も解放は肯定派のようだ。すると彼は懐からワインを取り出しビュウに差し出した。

 

「この甘いワインはサービスです。私の感謝の気持ちとして受け取って下さい」

「そうか……ありがたくいただいておくよ」

 

 ビュウがワインを受け取ると、彼は私にも酒を差し出してくる。

 

「ヨヨ王女様におかれましてはこちらをお納め下さい。スーパーウォッカです」

「あら、気が利くわね」

 

 スーパーウォッカといったら王室にも献上される最高級の酒だ。さすがに自分の売り込み方をよくわかっている。彼は笑って商品らしき荷物を背負う。

 

「私は次のお客の元に行かなければなりません。ビュウさん、ヨヨ王女様、お元気で!」

「ああ。またどこかで会ったら世話になるよ」

 

 ビュウに見送られて、彼は颯爽と去って行った。中々気の良い人物だったわね。

 

「やはり人に感謝されるのは嬉しいですね」

「そうね」

 

 さて、ビュウ以外の皆は何をしているのかしら。

 

「ビッケの奴がさっきこの家に入って行きましたが……」

 

 ビュウがそう言った通り、民家にはビッケバッケと、家主らしき薄ら笑いを浮かべる老人がいた。ビッケバッケはビュウに興奮気味に話しかける。

 

「ビュウのアニキ! このお爺さんにお金を預けたら将来1000倍にして返してくれるんだって!」

「うさんくさっ!?」

 

 ビッケバッケの言葉にビュウが思わずといった様子で率直な感想を漏らした。まぁ、あからさまに胡散臭いわよね。

 

「イヒヒ、イヒ……ワヒを信じるんじゃ。イヒヒ」

 

 うむ。この老人の言動といい、1000倍という異様な倍率の高さといい、怪しさ大爆発である。これに金を預けようとするのはそれこそビッケバッケぐらいしかいまい。

 

「どうしようかなアニキ? 預けた方がいい?」

「う、うーん……ここまであからさまだとかえって信用できる気もするが……」

「そうね。倍率が高いし、少しだけでも預けておく価値はあるわね」

 

 騙されたら騙されたで教訓になるし、本当であるならこれほどの儲け話は無い。

 

「まぁ、失っても困らない程度に預けてみてもいいんじゃないか?」

「そうだね! 預けてみるよ! 本当だといいな〜」

 

 ビュウの後押しもありビッケバッケは金を預ける事に決めたようだ。ワクワクしながら老人に金を渡した。

 

「ふむ、面白そうね。というわけでご老人、私のも預かって下さいな」

「ちょ、ヨヨ様もですか……そんな気はしてましたが」

 

 さすがビュウ、我が未来の夫。私の性格をよくわかっている。というわけで金貨の入った袋ごと老人に預ける。

 

「お二人の大事なお金、確かにお預かりしましたぞ。イヒヒ、イヒ」

「お、おう……ところでヨヨ様、もしかして預けた金って帝国の宝物庫から持ってきたやつですか」

「ええ。どうせ元々私の金じゃないしね」

 

 例によって中身は確認していない。なのでいくら入っているのか私は知らない。増えたら儲け物である。そんなこんなで私たちは老人の家を後にする。

 

「ここは宿屋かしら」

「そうですね。中々立派な宿です」

 

 ビュウが褒めたように中々良い雰囲気の宿屋だ。これなら貴族も満足するであろう。と、そう宿を眺めていた私たちに男の子から声がかかる。

 

「褒めてくれてありがとう! ここはあのサウザー皇帝も泊まった宿屋だよ!」

 

 どうやら、この子は宿屋の息子のようだ。こうして客引きをしているらしい。すると、男の子はビュウが軍人だと気付く。

 

「その格好、お兄さんたち、もしかして噂の解放軍?」

「ああ。俺はカーナ戦竜隊長のビュウ。そしてこの御方がヨヨ様だ」

 

 ビュウのその言葉を聞いて、男の子は目を輝かせる。

 

「ヨヨ様って、カーナの王女様!? すごい! 広告を書き換えなきゃ!」

 

 男の子はそう言うと宿の壁に貼ってあるポスターに一文を書き加えた。

 

『グランベロスのサウザー皇帝とカーナのヨヨ王女も褒め讃えた宿屋』

 

 うむ、嘘は言っていない。私は褒めただけであり、泊まっていないという事が書かれていないだけである。そのポスターを見てビュウが苦笑した。

 

「商魂逞しいですね」

「そうね。キャンベルの気風なのかもね」

 

 あの戦場を駆ける商人といい、この子といい、中々強かな住民たちである。叔母様が思っているほどキャンベルの民は強さを失っていないかもね。

 そんな事を思っていたらふと思い出した。

 

「そういえば、マテライトはどうしているかしら」

 

 確か、何やら計画があるとかタイチョーと話していたはずだ。

 

「マテライトなら、確か防具屋の方に行ったのを見ましたが」

「そう。行ってみましょう」

 

 マテライトの計画とやらには私も興味がある。街の入口近くにある防具屋に向かう。

 道に露店を眺めつつ歩く。こうして見ると色々な店があるものだ。キャンベルの特産である果実を売る店、キャンベル観光旅行店、怪しいクスリを売る店──

 

「今、露店に見覚えのある顔が見えたような気がするのだけど……」

「他人の空似です。そうに違いありません」

「そ、そう?」

 

 我が軍の一員によく似た風貌の女店主が「そこのお方。クスリに興味はありませんか?」などと声かけしていたのが見えた気がしたのだが……まぁいいか。

 

 さておき、たどり着いた防具屋では店主らしき老婆が困惑していた。

 

「鎧の男たちが部屋を貸せとドカドカと……わたしゃグランベロスが仕返しに来たのかと思いましたよ」

 

 どうやらここにいるのは間違いなさそうだ。苦笑しているビュウを連れて奥の部屋に入ると、マテライトとタイチョー、それから肩身が狭そうなバルクレイがカウンターに座っていた。

 

「……何してんだ? あんたら」

「おお、ビュウ! ビュウも協力するでアリマス!」

 

 タイチョーがそう言ってビュウに斧と鎧を見せる。それぞれ値札が付けられていた。

 

『マテじるし斧 2060ピロー マテじるし鎧 3090ピロー』

 

「キャンベル解放の英雄! このマテライトのサイン入り武器防具じゃ!」

「お、おう……そうか」

 

 ビュウは何とも言えない様子で頷き、何人かいる客からは「ちょっと高いな……」「なんだかセンス悪いって感じ」などと言葉が聞こえてくる。どうもあまり評判はよろしくなさそうである。

 しかし、鎧をチェックしていたビュウは驚いたように声を上げた。

 

「これだけ軽くてここまで頑丈な鎧とは凄いな。マクシミリアンなんかより遥かに高性能だぞ」

「このパレスアーマー・マテライトのお墨付きの鎧じゃぞ? そのぐらい当然じゃ!」

 

 どうやら実用性はかなり高いようだ。さすがマテライトね。それに、名声を使っての資金集めは良いアイデアだわ。

 

「マテライト、私も協力してあげるわ」

「おお、ヨヨ様! それはありがたい」

「といっても、どうされるのです?」

 

 こうする。私はビュウから剣を借りて自身の髪をほんの少しだけ切り、それらを一本ずつ小分けにする。そして紙に商品名を書き加える。

 

『王女の??? 60000ピロー』

 

 これでよし。私は満足して値札を眺める。

 

「高っ!?」

 

 価格を見たバルクレイが驚愕する。ふっ、わかっていないわね。

 

「下々の民が畏れ多くも尊きこの私の髪を手にしようというのよ? むしろ安すぎるぐらいだわ」

「いやいや、全く! ヨヨ様のおっしゃる通りじゃぞバルクレイ! のうビュウ!」

「そ、そうだな」

 

 ほら、二人もそう言っているわ。さすが我が騎士たち、よくわかっているわね。私がそう頷いていると店内の客の一人が声をかけてきた。

 

「あのー、そちらはカーナ王女のヨヨ様ですよね? カーナ戦竜隊長のビュウさんっていますか?」

「ビュウは俺だが、何か?」

「おお、あなたが! いやー、やはり格好いいなぁ」

 

 ほう。ビュウの格好良さがわかるとは中々見る目があるわね。

 

「ビュウさん、キャンベル戦竜隊ってご存知です?」

「キャンベル戦竜隊? すまんが知らな……待てよ。そういえばドラゴンおやじに言われたな……キャンベルにもう一人の戦竜隊長がいるって」

 

 ほう。あの老人がそんな事を言っていたのね。

 

「そのキャンベル戦竜隊はどこにいるの?」

「パブの二階に隊長がいるはずです」

「キャンベル戦竜隊長か……」

 

 ひとまず会ってみようじゃない。そのキャンベル戦竜隊長とやらにね。




【マテライト】
カーナ王国騎士団長。職業は専用クラスのパレスアーマー(宮廷騎士)。
ヨヨが生まれる前からカーナに仕えており、ずっと彼女の面倒を見てきた。
カーナ軍の指揮官を自称しているが、どちらかというと艦内での会話を仕切る場合が多い。戦場での指揮はほとんどビュウ任せであり、上官のはずの彼自身もビュウの指揮に従っている。

既に老将と言ってもいい年齢だが、戦闘能力はカーナ軍随一で、キャラとしてのステータスはHP、攻撃、防御と戦士として重要なステータスは全てトップを誇る。さすがは騎士団長と言うべきか。技が雷属性の攻撃『インスパイア』しか無いのが難点だが、これも威力自体は最終戦まで通用するほど高い。

性格の方はというと典型的な口うるさい老人で、部下に威張りちらしたり、ビュウやタイチョーに一方的に命令する横暴な振る舞いが目立つ。
ただしマテライト自身も自分がそういう人間である事を自覚しており、あえて横暴に振る舞い嫌われる事で部下の自立心を促そうとしている節がある。

凄まじいまでのヨヨ至上主義者で、ヨヨが生まれて初めて喋った言葉『まて』は自分の事だと主張している。
基本的にヨヨのやる事は常に全肯定……だったが、原作ヨヨが祖国の仇であるはずのパルパレオスと恋仲になると一転、パルパレオスにべったりで周囲を気にも留めないヨヨの行動に愚痴をこぼしたり、「最近のヨヨ様の考えはわからん」と発言するなど段々とヨヨに否定的な考えになっていく様子が見られる。

カーナ再興の資金集めのため、自身を英雄と称して自分のサイン入りの『マテじるし装備』なるものを売り出すという一面も。
この装備のうち『マテじるし鎧』は最終盤まで通用するほどの高性能ぶりで、そんなものが序盤で買えてしまうため、これ以下の性能で特殊効果の無い鎧はあえなく全てがドラゴンの餌とされる運命となるのであった。


怪しいクスリ屋
『自家製ドラッグ 100ピロー
 博士の異常なドラッグ 1000ピロー
 シェフの気まぐれドラッグ 10000ピロー
 昆虫採集セットの青いクスリ 2ピロー
 昆虫採集セットの赤いクスリ 2ピロー
 昆虫採集セットのクスリ(混ぜた) 10ピロー』

クスリ屋「きっと素晴らしい世界の扉を開けますよ!」


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吾輩は竜である

 吾輩は竜である。名前はまだ無い。どこで生まれたかとんと見当がつかぬ。

 

 何でもこのオレルスとは異なる空気の世界でワンワン泣いていたのだけは記憶している。吾輩はここで始めて人間というものを見た。このキャンベルなる大陸で、少し落ちついて今の主人の姿を見たのがいわゆる人間というものの見始めであろう。この時妙なものだと思った感じが今でも残っている。

 第一鱗をもって装飾されるべきはずの身体がつるつるしてまるで酒瓶だ。加えて身体のどこにも翼が生えておらず、とてもこの見渡す限りの雲海を飛べるようには見えない。その後、竜にもだいぶ逢ったがこんな片輪には一度も出会わした事がない。ほとんどの人間は雲海には出ず生涯を生まれ落ちた大陸で過ごすのだということはこの頃ようやく知った。

 

 吾輩の主人は頻繁に吾輩を連れて出掛ける。キャンベル戦竜隊なる組織を創りたいのだそうだ。日々、キャンベルを警戒し、掃除して廻っている。歩哨から帰ると終日酒場に這入ったぎりほとんど出て来る事がない。吾輩は時々忍び足に彼の様子を覗いて見るが、彼はよく昼寝をしている事がある。布団に潜り涎を垂らしている。キャンベル戦竜隊の完成は遠そうである。

 そんなある日、吾輩と主人が住むこのキャンベルに大きな異変が訪れた。サウザーなる皇帝によってキャンベルは帝国の軍門に下ったのである。

 

 主人は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の皇帝を除かなければならぬと決意した。主人には政治がわからぬ。主人は、キャンベルの平民である。槍を振るい、箒を掃いて暮らして来た。 けれども、邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。

 

 しかし悲しいかな、この出来の悪い主人は帝国にとって歯牙にかけるまでも無かったのか、今日までは一度も帝国の人間に主人の槍が突き立てられる事は無かった。

 

 そんなある日の事である。いつものように酒場で主人が昼寝をしていたと思えば、いつの間にかこのキャンベルの地はカーナ再興軍なる組織の活躍により帝国の支配下から解き放たれていた。

 それでも民草に言わせれば自由になる事そのものが迷惑なようで、なんとかかんとか不平を漏らしている。しかし吾輩は彼等が帝国の支配にも文句を言っていたのを知っている。人間は我儘だと断言せざるを得なかった。

 

 外の騒々しい音を聞きながら天井際から呆と昼寝をする主人を眺めていると、唐突に凛々しい雰囲気を纏った男女が部屋を訪れてきた。彼等は部屋を見渡した後、吾輩を見て少し驚いたようだった。そして来訪者にも気付かず未だに眠りこけている主人を見つけ、呆れたように嘆息した。

 

「う〜ん、あと5分……」

 

 そんな暢気な寝言をのたまう主人に痺れを切らしたのか、男の方が主人の頬を思い切り平手で打った。その暴挙に主人はたちまち布団から飛び出した。

 

「だ、誰だ!? 母ちゃんみたいな起こし方で!」

 

 そう叫んだ主人は自身を叩き起こした人物を見ると、驚きをあらわにし目をまん丸に見開いた。

 

「あ、あんたは! カーナ戦竜隊隊長、ビュウ!? ヨヨ王女まで!?」

 

 主人が驚くのも当然であった。カーナ軍の首領であり、大いなる野望を持つ王女と、その忠実なる騎士。二人とも我が主人とは比べものにならぬ英傑であった。しかし、主人はそんな歴戦の猛者である二人よりもなお、恐れている人物がいるようだった。

 

「……ってことは、母ちゃんも!?」

 

 噂をすれば影とはよく言ったもので、主人の声を聞き付けてか一人の妙齢の女性がやってきた。

 

「あんた、こんなところにいたのかい」

「ひっ!」

 

 この女性が主人の母君であろう。吾輩は主人によく彼女についての愚痴を聞かされていた。曰く、よく叩かれるだの、すぐ怒鳴られるだの、他愛もない話しばかりであったが。しかし普段の主人を見ていると親の教育方針としては仕方ないように思えてならぬ。

 

「姫様、ビュウ。この子は私の息子でね。訳あってこの国に置いてきたのさ」

「ゾラの息子だったのか。訳ってのは?」

「それはね……ほら、自分で説明しな!」

「は、はい!」

 

 母君にどやされた主人は緊張気味に説明を始めた。

 

「ぼ、僕はキャンベルにもカーナに負けないぐらいの戦竜隊を作ろうと思いました」

「それで? キャンベル戦竜隊は?」

「僕とドラゴン一匹……」

 

 それを聞いて母君は呆れが隠せない様子だった。さもありなん。戦竜隊を名乗ってはおるが、その内実は吾輩と主人のみの部隊というのもおこがましいものであった。帝国にまるで相手にされぬのもむべなるかな。

 

「変わったドラゴンだね。ちょっと呼んでみてごらん」

「こ、『来い』!」

 

 主人の命令に反して、吾輩は反対側の天井際へと向かう。主人の反応が面白く、吾輩はわざと主人の命令と反対の事を行って主人をからかう日々が続いていたのだが、その癖が出た。

 

「あんた、ドラゴンにも舐められてんのかい……情けないねえ。ビュウ、手本を見せてやりな」

「おう。じゃあ……『待て』!」

 

 カーナ戦竜隊長の口から発せられたこの状況において全く意味の無い命令に、主人と母君がこけた。

 

「待たせてどうすんだい!?」

「いや、ボケとしてやっておくべきかと……」

「まぁ。ビュウったら、お茶目ね」

 

 王女が楽しそうにそう呟いたように、カーナ戦竜隊長は思ったより愉快な人物であるようだ。改めて彼から『来い』の命令が出たので、吾輩は素直に彼の前にあるテーブルへ向かう。

 

「す、すごい! ドラゴンが言う事を聞くなんて」

 

 主人は感激しているが、吾輩は日常ならともかく戦場ならば主人の言う事も聞くつもりなのであるが、黙っている事にした。

 

「姫様、ビュウ。この子とドラゴンをうちの艦に乗せてやってくれないかい?」

「ドラゴンだけ」

「そんなこと言わないで!」

 

 戦竜隊長のあんまりな物言いに主人が縋るが、明らかに冗談めいた言い方だったのには気付いていないようであった。

 

「ジョークだ、ジョーク。歓迎するよ。戦力は多い方が良いしな」

「あ、ありがとうございます!」

「この子は見習いで良いからね。ファーレンハイトのしきたりはきっちり教えておくよ」

 

 すると、ふと王女が気付いたように言った。

 

「あなた、名は?」

「え?」

「名前よ、な・ま・え。まさかこの私を前に名乗らないつもりではないでしょう?」

 

 王女の言葉には覇気が篭っている。しかし、そういえば吾輩も主人の名を知らぬ事に気付いた。

 

「ぼ、僕の名前はオレルスです!」

「おお」「ほう」

 

 主人の名乗りに戦竜隊長と王女が感心したような声を上げる。オレルス。それはこの世界と同じ名前であった。

 

「この世界のように大きな子に育って欲しいと思ってつけたんだよ。この子には荷が重かったかもしれないけどね」

「だ、大丈夫さ母ちゃん! 僕はいつか自分の名前を胸を張って言えるようになるんだ!」

 

 母君に対して主人はそう決意を込めて語った。そんな場面を見つめていると、更に二人の女性が部屋を訪れた。

 

「ああ、良かった。こちらにおられましたか」

「先ほどぶりです、ヨヨ様。はじめまして、ビュウさん。ゾラさんもお元気そうで」

「ジョイにネルボじゃない。どうしたの? 叔母様についていなくていいのかしら」

 

 王女が二人の来訪者にそう尋ねる。それに彼女等は強い輝きを込めた瞳で返答した。

 

「女王様は反乱軍の力になれと私たちに仰せられました」

「ゆえに、ただ今より私たちはヨヨ様の指揮下に入ります」

「ほう」

 

 彼女等の言葉に、王女は面白そうに口を開く。

 

「良いのかしら? キャンベル女王の側近であるあなたたちが反乱軍に入るという事は、キャンベルが帝国に反旗を翻すと同義よ?」

「それが女王様のお望みですから」

「そう。叔母様はその道を選んだのね」

 

 王女は感心したようにそう頷いた。どうやら人の世界というものは吾輩には想像もつかぬ複雑さであるらしい。

 そんな事を吾輩が思っていると、ふと主人の母君が言った。

 

「そういえば、この子はなんて名前なんだい?」

 

 母君が主人にそう吾輩の名前を尋ねるが、主人は吾輩に名前をつけていない。それについて特に不満を抱いたことはない。キャンベル戦竜隊に竜は吾輩一匹であるので、名前が無い事による不自由も起きてはいなかった。しかし、その問いに主人が手を叩く。

 

「そうか! ドラゴンには名前をつけてやらなきゃいけなかったのか!」

「おいおい」

 

 どうやら主人は特に必要無いから吾輩に名付けを行っていなかったのでは無く、単に名付けという行為をする事にまで思考が及んでいなかっただけであったようだ。

 もしや、主人は世間で言うところの天然という人種なのでは? 吾輩は訝しんだ。

 

「仕方のない子だねえ……ビュウ、このドラゴンに名前をつけてあげとくれ」

「わかった。うん、そうだな……」

 

 そして今日から吾輩はムニムニとなった。ありがたいありがたい。




【ムニムニ】
原作で仲間になるドラゴンの一体。その中でも特にインパクトの強い外見の持ち主であり、その姿は『球根のような身体に一つ目と翼を生やした』とでも言うべきもの。万人がイメージするドラゴンの概念をぶち壊しにした存在。
その進化パターンもかなり独特であり、一つ目から目が増えたり、かと思えば本体まで増殖して小さいムニムニがくっついたりする。
更に最終形態近くになるといきなり飛竜らしい真っ当な竜と化し、その背中に騎士を乗せた『オーディン』『黒竜騎士』という姿になり、『斬鉄剣』『暗黒剣』を振るい始める。しかしどちらもボス敵には効かないのが難点。
背中に乗っている騎士は一体誰なのかは不明。ムニムニの一部なのだろうか。

シナリオ中では良くスパイ活動を任されており、単身で危険地帯に潜入していて不在な事も。
ちなみに鳴き声は『ワン』である。


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エンプレスカーナ

「本日は皆に話しておかねばならない事があるわ。神竜の伝説の事よ」

 

 キャンベル解放から一日明け、ファーレンハイトへと帰還した私は反乱軍の皆を集め──新参のオレルスやジョイたちも含めて──伝説について話をする。

 

「カーナ王家に伝わるというその伝説はただ短い文が伝えられているだけだった」

 

 カーナに伝わる神竜の伝説。神話と言うのも首を傾げるような、迷信とも呼ぶべき短文。だが、彼の皇帝サウザーをも動かした力ある言葉。

 

「『神竜の心を知る者、新たなる時代の扉を開く』。そして『心弱き者、天空より災いを招く』」

 

 この『心弱き者、天空より災いを招く』であるが……そのような戯言は論ずるに値しない。重要なのは前者の文。『神竜の心を知る者、新たなる時代の扉を開く』。

 

「神竜の心を知る者とは、即ちカーナ王女でありドラグナーたるこの私の事よ」

「「「「「おお……」」」」」

 

 我がカーナ王家の歴史において、神竜と対話できた者は数多くいるが、その神竜の力を御する事ができる者は今まで初代カーナ王以外に現れていなかった……そう、この私が生まれるまでは。

 

「そう。新たなる時代の扉は、この私、そしてこの私に付き従う皆によって開かれるのよ!」

「「「「「おお!!」」」」」

 

 そうだ。新たなる時代の扉は我らによって開かれる。この私と、私の臣下たる皆こそが時代に選ばれし者たちなのである。

 

「そこで、私は皆に問う。国とは何か? 王とは何なのか?」

「「「「「…………」」」」」

 

 誰もその問いには答えない。否、答えられないのであろう。

 

「土地と城があれば国かしら? 王座に座る者が王なのかしら? 否。断じて否よ!」

 

 そうだ。そのようなものがあっても王にはなれない。王が王足り得るのに必要なものは土地でも、城でも、王座でもない。

 

「国とは民であり、王の下に集う人々のことよ。そして王とは民の中心に立ち、民を導く者の名よ! 土地も、城も、王座すら必要ない!」

 

 王は民の為にあり、民は王の為にある。王は民を導き、民は王に身命を捧げる。ただそれだけでいい。

 

 ──そして今、ここには私の民がいる。ならば、ここは国。ならば、私は王!

 

「カーナ騎士団長マテライト!」

「ここにおりますじゃ!」

 

 ──私が生まれる前からカーナを支えた老兵が。

 

「センダック老師!」

「わ、わしがんばる」

 

 ──カーナ一の知識人たる老人が。

 

「カーナ戦竜隊長ビュウ!」

「ここに」

 

 ──私が最も信頼する騎士が。

 

「ラッシュ! トゥルース! ビッケバッケ!」

「おう!」「はっ!」「は、はい……もぐもぐ」

 

 ──スラムから栄光を目指して騎士となった三人組が。

 

「バルクレイ! アナスタシア!」

「ははっ!」「はーい!」

 

 ──実直な騎士とせっかちな魔術師が。

 

「ディアナ! フレデリカ!」

「は〜いっ!」「はいっ……ごほごほっ!」

 

 ──強い信仰を抱く僧侶たちが。

 

「フルンゼ! レーヴェ!」

「「ランランランサー!!」」

 

 ──阿吽の呼吸を見せる二人の槍使いが。

 

「ホーネット! エカテリーナ!」

「おうよっ!」「はい……ウフフフフ」

 

 ──我が艦の航空士と彼を慕う魔術師が。

 

「サジン! ゼロシン!」

「「お任せあれ」」

 

 ──私に仕える二つの影が。

 

「ゾラ! オレルス!」

「ほら、シャキッとしな!」「は、はい!」

 

 ──キャンベルの頼もしき母と夢を背負った息子が。

 

「タイチョー! グンソー! ルキア!」

「ははっ……でアリマス!」「はっ!(ボリボリ)」「はいっ!」

 

 ──マハールの精鋭たる騎士たちが。

 

「メロディア! モニョ! マニョ!」

「はぁ〜いっ!」「モニョ〜!(地獄の果てでも!)」「マニョ〜!(お供しますぜ!)」

 

 ──ゴドランドの幼き魔術師と小さな死神が。

 

「ジョイ! ネルボ!」

「新参者ですが……」「お力になれるのなら!」

 

 ──キャンベルの女王の側近であった二人が。

 

「ドラゴンおやじ! 商人さんたち! クルーの皆!」

「ほほっ」「「「あいよ!」」」」「「「「「へいっ!」」」」」

 

 ──日頃影から私たちを支える人々が。

 

「サラマンダー! アイスドラゴン! モルテン! サンダーホーク! ツインヘッド! ムニムニ! ブラン! ドゥング!」

「「「「「「「「────!!」」」」」」」」

 

 ──我ら人類の隣人たる戦竜が。

 

「──私の下には皆がいる!」

 

 これだけの者が集うこの場所が国でないはずはない。民と呼べぬはずがない!

 

「このファーレンハイトに集いし皆こそが、私にとってのカーナの民に他ならない! ゆえに私は、今この時を以て我がカーナ王国の再興を宣言する!」

「「「「「おお!!」」」」」

 

 そう。土地など、ラグーンなど必要ない。この私と、私の臣下たる皆がいる場所こそがカーナなのだから。

 

「我らは所詮は敗残兵である。大義も無く、ただ帝国への怨念に身を焦がす復讐者に過ぎない」

「「「「「…………」」」」」

 

 今のオレルスの支配者は帝国であり、それに抗う私たちは所詮は一介の反逆者でしかない。だが、それがどうした!

 

「しかし、皆と共にあれば、必ず新たなる時代を輝かしい物にできるであろうと私は信仰している!!」

 

 王たる私と我が民の力があれば、新たなる時代は素晴らしき時代となる。否、素晴らしき時代とする!

 

「そう、天空より災いが訪れようと問題ない。この私と、私の臣下たる皆の力を以て打ち払うのみ!!」

 

 私はロイヤルガウンを翻し、杖──エンプレスカーナを掲げる。

 

「このエンプレスカーナに誓いましょう! 皆と共に新たなる時代の扉を開くことを!!」

「「「「「おお!!」」」」」

 

 ──神竜の伝説、私たちは必ずそれを見届けねばならない。

 ──その続きは、我らが綴るのだから。

 

「今より私は、故カーナ王国王女ではない! 新生カーナ王国、女王ヨヨである!!」

 

 ──今この時、カーナは蘇るのだ。灰の中から幾度でも飛び立つ不死鳥(フェニックス)のように。

 

『新生カーナ王国、万歳!!』

『ヨヨ女王、万歳!!』

 

 私の宣言に熱狂する皆の想いを背負って、私は女王として最初の命令を下す。

 

「さぁ、新生カーナ王国の始動よ!! ホーネット!」

「おう!! 任せて下さいヨヨ様!! お前ら、ヘマすんなよ!」

「「「「「アイアイサー!」」」」」

 

 私の命を受け、ファーレンハイトの操縦を預かるホーネットとクルーたちが素早く動き出す。

 

(そう、今日は運命の日──我がカーナの新たなる時代の始まりの日!)

 

『新生カーナ王国旗艦ファーレンハイト──発進!!』



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追憶
孤独なる王


 ──彼は生まれた時から孤独だった。彼はオレルスとは異なる世界に生まれた。神の如き竜、神竜としてその世界──アルタイルに生を受けた。

 だが、彼の側には誰も近付かなかった。アルタイルの主な住民である竜人たちも、同胞である神竜ですらも。強大な力を持つ神竜の中でも特に彼は、他の神竜たちが小さく見えてしまうほどの凄まじい力をその身に秘めていたから。

 ゆえに、彼は恐れられ、怯えられ、疎まれた。彼はそれを仕方なく受け入れていた。

 

 やがて、ヴァリトラを始めとする彼以外の神竜たちはオレルスに渡り、オレルスの人間に力を貸すようになった。オレルスの人間たちは神竜の力を借り、互いに争い、殺し合った。

 神竜たちはそれを見て笑った。自分たちの力を使い、血を流しながらも、その神の如き力に怯える人間たちを見て楽しんでいた。

 

 自分だけはオレルスに渡らず、その光景を見ていた彼は、自分の中にある感情が芽生えるのを感じた。それは──憎悪だった。

 

 ──なぜ? なぜお前たちは自分の力で傷付く者を見て笑える? 

 ──自分は誰も傷付けまいとして皆から離れたのに。

 

 ──なぜ? なぜお前たちはそれほど恐れられるのを楽しんでいる? 

 ──自分は恐れられたせいで孤独になったのに。

 

 なぜ、なぜ、なぜ、何故──! 

 ──気が付いた時には、彼はアルタイルとオレルスとを通じる扉を閉じていた。彼の強大な力を以てすれば造作もないことだった。

 

 扉を閉じた時、彼以外の神竜は全てオレルスに渡っていた。唯一アルタイルに残る神竜は彼だけだった。ゆえに、彼はアルタイルの王──神竜王と名乗った。

 

 世界の王となれば、皆は自分に目を向けてくれる。彼はそう思った。それは正しかったが、その目は彼の望んだものではなかった。

 ──竜人たちが自分に向ける目には、以前よりも更に強い恐怖が宿っていたから。

 

 ──そうして彼は憎悪の化身となった。神竜の憑代──死した神竜の肉体たる竜人たちを神殿に集め、将来自身の肉体となる者たちだけを神殿に幽閉し、老いた者と幼い者以外の残る竜人は全て心無き魔物に変えた。いつかヴァリトラたちが帰還しても復活できぬように。

 

 

   ◇   ◇   ◇

 

 

 ──それから幾百年が過ぎたある日、彼は閉じたはずのアルタイルとオレルスを通じる扉が開いた事に気が付いた。

 ──神竜たちが帰還しようとしている。そう考えた彼は魔物をオレルスに送り込んだ。オレルスを破壊するために。もはや彼の憎悪は生きとし生ける全ての存在に向けられていた。

 

 しかし彼の意に反して、神竜たちはアルタイルに帰還を果たし、彼の前に現れた。唯一オレルスの人間の味方をした神竜──バハムートと、バハムートが人間と神竜の心を閉じてから、神竜と心を通わせて唯一自分を失わない人間──ドラグナーの娘の身に宿って。

 

 彼は憎悪のまま、ドラグナーとその身体に宿る神竜たち、ドラグナーに付き従う者たちに戦いを挑み──敗れた。

 

 ──彼は現実が理解できなかった。彼はその力を恐れられ、疎まれた。彼はそれだけの力を持っていた。オレルスとアルタイルを通じる扉を開く事すら容易い神竜の王。その自分が、敗れる? 

 

 即座に彼は神殿に幽閉していた竜人の身体を用いて復活した。その身を元の自分より強大な、四つ首を持つ歪みな竜と化して。そして再びドラグナーに戦いを挑んだ。

 だが──結果は同じだった。あらゆる神竜の力を模倣しても、天空の裁きを彼らに降らせても、彼らは諦めず立ち上がり──再び彼を屠った。

 

 ──なぜ? なぜ勝てない? 肉体を失ってなお続く思考でそう疑問を抱き続けていた時、ドラグナーの娘が高らかに叫んだ。

 

『オレルスの仲間たち、皆さんも……力を、私に力を! 強さをください!』

 

 その声を聞き三人の人間が集まり、娘は残るもう一人の側に寄り話し掛ける。

 

『ビュウ……あなたも、お願い……私、ビュウには嫌われてる……私がいることで、ビュウを嫌な気分にさせてしまう……それは分かってるの。でも……ビュウ、貴方はやっぱり私の大切な人なの。貴方がいなければ今の私はいなかった。私に大切なこと……教えてくれた。空を越えて伝わる気持ち……本当にあること。今だけでもいいの……私に……強さを! あの頃のように!』

 

 ビュウと呼ばれた男は無言で娘の側へと歩いていく。それを見た娘が嬉しそうに男に寄り添った。

 

『ありがとう……ビュウ。ねえ……もっと強く、つかまってもいい?』

『…………』

『もう、つかまっちゃった……』

 

 そうはにかんだドラグナーの娘は、決意を秘めた表情でこちらに向き直る。

 

『神竜の王アレキサンダーよ! 私の中に入ってきなさい!』

 

 ──肉体となる竜人が生き残っている限り自分は何度でも復活する。それを阻止する為、自身の心の内に取り込もうというのか。

 

『あなたなんか恐くない。私には皆がついているから、皆が強さをくれるから!』

 

 ──うらやましい。自分には誰もいない。支えてくれる誰かはいない。

 

『アレキサンダー!! 来なさい!』

 

 ──その呼びかけに誘われるがまま、彼はドラグナーの娘の心に入った。そして、バハムートたちはドラグナーの心から出て行き、竜人の身体を使って復活したが、彼──アレキサンダーを受け入れる竜人はもはや生き残っていなかった。

 

『心配しないで……私、大丈夫みたい。うん、大丈夫よ!』

 

 だが、その身を案じる周囲の者たちに、ドラグナーの娘は気丈に笑った。

 

『私は昔のような弱いお姫様じゃないもの! 私はカーナの女王! それにドラグナーなんだから! アレキサンダーを心の中に入れておくくらいなんともないの』

 

 ──まぶしい。支えてくれる誰かがいれば、人とはここまで強く存れるのか。

 

 そうして彼はドラグナーの娘の心に宿り、初めて自分の居場所を得た。怒りが冷めず、憎しみは消えずとも、彼はそれに安らぎを感じていた。

 

 ──しかし、その安らぎは唐突に失われた。

 

『ごめんなさい……アレキサンダー……やはり私は心弱き娘のままだった……』

 

 彼を受け入れたドラグナーの娘は、そう弱々しい声で彼に謝罪した。故郷に帰った彼女の想い人が、怒れる民の振るう凶刃に倒れてこの世を去ったのだ。

 それを知ったドラグナーの娘は身を引き裂かれるような悲しみに襲われた。もはや、彼の存在をその内に留めておけるだけの強い心は保てなくなっていた。

 

『私が……もっと強かったら……決して自分を失わない強さがあったら良かったのに……』

 

 ごめんね、とドラグナーの娘は再び彼に謝罪した。未だ消えぬ彼の憎悪に蝕まれ、もはや彼女の命は風前の灯だった。

 

『全てを笑い飛ばせるぐらいの強さが私にあったら……きっとあなたを救ってあげられたのに……』

 

 ドラグナーの娘は心底悔やんでいた。彼の憎悪を受け止められなかったことを。自分が最期まで心弱き娘であったことを。

 

『みんな……カーナをお願い……ビュウ……オレルスを……見守っ……て……』

 

 ──そうして、思い出の中の男へと世界を託してドラグナーの娘の命は消えた。彼の憎悪を受け止めきれずに。

 

 ──脆い。やはり命とは誰かと支え合わなければ生きられないのか。

 彼はそう思った。だが、ドラグナーの娘が死んだ今、彼にはその誰かはいない。彼にあるのは、決して尽きることのない憎悪だけ。

 

 ──みんな消し飛ばしてしまおうか。

 肉体を失い、精神のみの存在となっても尚、彼はこのカーナを砕けるだけの力を維持していた。だが、自分を初めて受け入れてくれた存在が守った国を消してしまいたくはなかった。

 

 ──だから、彼は違う世界へ行った。オレルスであってオレルスではない世界。

 

 ──極めて近く、限りなく遠い世界へ。




【アレキサンダー】
原作『バハムートラグーン』のラスボス。
オレルスと異なるもう一つの世界、アルタイルの神竜王。過去にヴァリトラたちがオレルスに行った時に二つの世界の扉を閉じ彼らを追放した(ヴァリトラたちはそれを知らない)
ラスボスとしてはぶっちゃけポっと出で、ゲーム終盤、アルタイルに行ってから初めて名前が出る。

反乱軍改めオレルス救世軍となったビュウたちに倒されるが、神竜はアルタイルの住人の竜人の身体を用いる事で何度でも復活できる。
それを阻止すべくヨヨが自身の心の中にアレキサンダーを受け入れ、彼女は未来永劫アレキサンダーの憎悪を抱えたまま生きていく事になったのだが……。原作では結局ヨヨはパルパレオスの死を知らずに、寒気を感じたところで終わっている。

ラスボスとしては前座形態はさほど強くない。最終章では四つの首がそれぞれ個別にHPを持ち、使用技も分担されている。回復専門、状態異常専門、ブレス専門、本体の内訳である。
本体は他の首を全て倒すまでダメージが通らない。MPは無限で、前衛ユニットも一撃で葬る超威力の単体攻撃『天空の裁き』と、ヴァリトラを始めとした各神竜の力を模倣して『召喚』してくる。神竜召喚は攻撃範囲が広く、大抵のユニットは二発食らえば落ちるなど強力。

隠し召喚でもあり、『つよくてニューゲーム』を行うと召喚で使用できる。もちろん威力・範囲・属性(暗黒)の全てにおいて最強の存在であり、周回プレイはこれだけで最終章まで進めるほど。なおアレキサンダー本人がこの攻撃を使ってくる事はない。
ちなみに負けイベントのサウザー戦でセンダックに使わせると『神竜王アレキサンダーの攻撃を平然と受け止めていたのにヨヨのヴァリトラ召喚であっさり倒れるサウザー』という妙な状況が発生する。

【ヨヨ】
カーナ王家の王女で、ビュウの幼馴染み。金髪翠眼の美少女。
プチデビたち曰く『人間にしてはまあまあの女』『中の上』らしいが何の評価なのかは不明。
神竜の力をその身に宿す事が出来る伝説の『ドラグナー』。
神竜伝説に挑もうとするグランベロス帝国皇帝サウザーによってカーナ滅亡と同時に連れ去られ、反乱軍に救出されるまでの数年間、獄中生活を余儀なくされた。
獄中生活の最中、グランベロス帝国将軍パルパレオスとお互いに親交を深めていき心の拠り所にしていたが、サウザーにヴァリトラを目覚めさせようとキャンベルに連れ出された所を反乱軍によって助け出され、そのまま反乱軍の旗標となり、帝国の支配から各ラグーンを解放する戦いを続けながら各地に眠る神竜を目覚めさせ、着実にドラグナーとしての実力をつけていった。

我の強い神竜達が彼女の中で傍若無人な振る舞いを続けた結果、『心弱き娘』である彼女は心身の不調を抱え寝込んでしまう事もあったが、サウザーの「お前の大切な人を助けてやれ」という命により反乱軍に参加すべくやって来たパルパレオスと再会し、共に祖国カーナをグランベロス帝国から解放する事に成功。
これにより、正式にカーナ王国の女王となり、反乱軍改めオレルス救世軍の指導者的となり、グランベロス帝国を打倒。
自国の守護神竜たるバハムートにも認められ、真にドラグナーとして覚醒。
人間と神竜の橋渡しができる唯一の人間として、世界の命運を握る存在となったのであった。

……とまあストーリー的にはヒロインどころかほぼ主人公な彼女こそ、言わずと知れた『バハムートラグーン』のヒロインにして、『スクウェア三大悪女』の筆頭。
今後どんなヒロインが現れても彼女の座だけは揺るがないと言われるほど。というかスクウェア三大悪女という括り自体彼女の為に作られたようなもの。
「バハムートラグーンは知らないがヨヨは知っている」という人までいるのだから凄いものである。
ドラゴンとビュウ以外で唯一名前変更可能。でも好きな女の子の名前をつけるならドラゴンの方にしましょう。

ビュウとは共に訪れた男女は将来結ばれるという言い伝えがある『思い出の教会』に誘うほど親密だったが、帝国に捉えられると親切にしてくれたパルパレオスに心変わり(ストックホルム症候群だろうか)

軟禁中の自由時間にパルパレオスと共に思い出の教会に行きビュウを過去の男にしてしまう
『サラマンダーより、ずっとはやい!!』

なのに救出された直後はビュウに対して「怖いの……手を握って……」だの「クッキー作ってきたの」だの思わせぶりな態度を取る

が、敵将のパルパレオスと合流すると「おねがいビュウ……私の大切な人なの……」と言い、ビュウを振ったあげく上から目線で説教
『わかるかしら?』『大人になるって悲しいことなの』

仲間になったパルパレオスと艦内で人目も気にせずイチャイチャし、軍の風紀を乱す

かつては神竜の怨念で苦しんでいたのだが、克服したはずなのにまだ苦しそうな声が部屋から聞こえてくる
部屋に入るとやたら急いで奥から走ってくるパルパレオスとベッドに寝ているヨヨ
『いったい、なんなのかしらねえ』

基本的にパルパレオスを最優先し、彼の様子次第では超重要な話を人づてにする、マテライトの呼びかけにも答えないなど周囲を蔑ろにする、今後の方針を決める会議を放り出して打ち切る

……などなど、とにかくあんまりな行動ばかり。そして最後が『あの頃のように!』である。

カーナ滅亡及びカーナ再興をどう思っていたのかは不明。
神竜たちからの『心弱き娘』の呼び名の通り「夢から覚めたくなかった。ずっと夢の中にいたかった」「何も聞きたくない。楽しかったあの頃に帰りたい」など嫌な事から逃避しようとする言動が多く、悪いのは自分よりも周囲の環境のせいと思い込みたがる傾向がある。
全体的に、気弱で臆病かつ状況に流されやすい割には妙に自己主張が強く、自分を中心に物事を進めたがるような振る舞いが目立つ。どうも前提として自分は守られ他人より優先される人間だという意識があるように見える。

当然、周囲がそんなヨヨに対して何も思わないわけがなく、パルパレオス加入以降は明らかに軍の士気が低下。慕っていたラッシュにも失望されるわ、側近のマテライトにまで「最近のヨヨ様の考えはわからない」と言われるわ、生真面目なトゥルースは「ヨヨ様は信じていいかわからないから何も考えない!」と思考放棄するわ、場合によってはビュウがサジンたちにヨヨの暗殺を依頼するわ……。
バハラグに詳しくない人には作中では聖女の如く崇められているように誤解されがちだが、実際にはごらんの有様であり、彼女が作中でも嫌われキャラとして描かれているのは明白。現在のネット評価も制作側の意図通りなのは間違いない。

しかし周囲がそんな状態でもヨヨ自身は気にも留めない……というか純粋に気付いていないようだ。どうも彼女は他者から向けられる好意が不変のものだと信じている節が見られる。確実に皆の心が自分から離れているのに全く気付かずに平然としている。ドラグナーとしては周囲がどう言おうがイチャついて精神を安定させていた方が合理的なのも性質の悪いところである。
アレキサンダーを受け入れ、パルパレオスの死に寒気を感じた後の彼女及びカーナがどうなったのかは不明。ただカーナ軍の内情を知らないカーナ国民、強いてはオレルス住人にとっては間違いなく救世主として映るであろう。
ちなみに劇中一度もパルパレオスを『愛している』とは言っておらず、本当に彼を愛していたのかも不明である。

何気にメシマズ属性の持ち主。文字通り死ぬほどマズいクッキーを作り出し、実際に戦闘中に敵に投げて即死させる事が可能。人間だけでなく竜や魔物も死ぬのだから相当である。
メシマズヒロインは数いれども本当に相手を殺すのに料理を活用されるというのも珍しいのではないだろうか。

そんな彼女だが、作中で伝説の存在とされているドラグナーの設定に相応しく、単純なユニットとしては凄まじく強い。
味方キャラ中最高のMPと魔力を誇り、センダックの完全上位互換。更にバハラグ唯一のクラスチェンジ持ちであり、ドラグナーになるとHPと防御もアサシンやライトアーマーなど一部の前衛クラスをも上回りかなり打たれ強くなる。
そしてワーロック時代の装いが王女の割にはかなり地味なのもあって、ドラグナー昇格後のキャラグラフィックは凛々しく格好良い。

フィールドでは広範囲高威力のMAP兵器たる召喚を使い敵を一層、それだけでなく近接戦闘でも召喚が高威力の全体攻撃として猛威を振るう。
物理・魔法問わず近接戦闘でのダメージを1.5倍にする最強の支援魔法「ビンゴ」も使用可能で、自分で自分を強化して近接戦闘で召喚すると凄まじい攻撃力を発揮する。おまけにホワイドラッグでの回復もこなす。
上記は全て同業者であるセンダックもこなせるとはいえ、ぶっちゃけMPさえ切れなければ大抵の戦況は彼女一人いればなんとかなるレベルの強さである。さすがドラグナー。

良くも悪くも、彼女こそが『バハムートラグーン』というゲームの知名度を引き上げ、歴史に名を残すゲームにした事は間違いない。彼女が普通のヒロインだったならば、バハラグは少し目新しいシステムなだけの普通に面白いゲームとして、さほど語られる事もなくゲーム界の波に呑まれていったであろう。
あとテーマ曲は凄く良い。テーマ曲は凄く良い。


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憎悪の行く先

 ──想い人を失い心折れたドラグナーの娘が死に、居場所を失った彼は別の世界に移動した。オレルスでありオレルスでない、異なる可能性の世界。しかし、その世界がどのような可能性を歩むのか彼には興味はなかった。もはや彼には未来はないから。

 

 彼が行き着いた場所はカーナ。彼は知らなかったが──それは在りし日の、まだ王も生きていた頃、滅亡の時を迎える以前のカーナだった。

 そこで彼は一人の娘──恐らくは成長すれば彼の知る娘と同じ容姿になるであろう、まだ齢一桁だろう幼いドラグナーの娘の身に入り込んだ。

 

「姫様!?」

「姫様がお倒れになられた!!」

 

 彼が入り込んだことで娘が昏倒し、周囲の従者が慌てて娘を自室に運び医者を呼ぶように言う。しかし未来の成長したドラグナーでも耐えられずに死んだ彼の憎悪を、まだ幼いこの娘が受け止めきれるとは到底思えなかった。

 

 ──このまま永遠に眠ってしまおう。

 

 このまま娘が死ねば、彼をその身に宿している事は誰にも知られぬまま、その遺体は埋葬されるだろう。そうして、娘の遺体を棺に自分も眠ってしまおう。彼はそう考えた。

 

『──おい、お前』

 

 ドラグナーの娘は気の毒だが……そう思い、彼はまだ自分にそんな感情が残っていた事に驚いた。

 

『──ちょっとお前。聞こえていないの?』

 

 そして彼はようやくその声に気付き、声のする方に目を向けた。

 

『聞こえているじゃない。いきなり私の中に入ってきた挙げ句、私を無視するとはとんでもない不敬者ね』

 

 彼に向けていかにも不機嫌そうに眉を吊り上げてそうのたまったのは、今まさに彼が入り込んでいるドラグナーの娘当人であった。彼は驚き、娘になぜここにいるか問うた。

 

『なぜも何も、ここは私の心の中よ? ならば私がいるのは当然でしょうに』

 

 それよりも、と娘は腰に両手を当て彼に言葉を投げる。

 

『お前、神竜よね? 勝手に人の心の中に入ってくるような存在はそれぐらいしかいないもの』

 

 それを彼は肯定した。実際には彼は更に一段上の神竜王であったが、そこまで言うつもりはなかった。

 

『お前、なんでいきなり私の中に入ってきたの? かと思えば、人の心の中で何やらメソメソとやっているし』

 

 彼は自分がはぐれであり、居場所が無く彷徨っていた事、そこで娘に宿った事を答えた。

 

『あのねえ。そのおかげで私は今、死にかけているのよ?』

 

 死にかけているという割には全く危機感を持っていなさそうに娘が言い、更に彼に言葉を投げかける。

 

『そもそも何ではぐれになったわけ? 元から居場所がなかったわけじゃないでしょう?』

 

 彼は自分が現世に強い憎悪を抱いている事、その憎悪は決して消えないであろう事、その憎悪に耐えられず前の宿主は死んだ事を話した。最も重要な事実──自分が異なる可能性の未来から来たという事は伏せて。

 

 娘はそれを聞くと、呆れたようにこう言った。

 

『お前……哀れね』

 

 彼は面食らった。彼を哀れと称した存在は今までいなかったから。ただ、不思議と怒りは湧かなかった。

 

『お前ほど哀れな存在は初めて見るわ。勿論、私はお前の苦悩は知らないし、憎悪のままに生きるのも結構なこと。好きにすればいいと思うわよ? 憎しみは、心ある限り永遠に続く感情なのだというからね』

 

 ただ、と娘は続けた。

 

『それ、疲れるでしょう?』

 

 それは簡素な言葉だったが、彼の心境を的確に表した一言であった。

 

『憎悪のままに全てを傷つけ、何かを失い、いつかそんな事にも気付かなくなって。明日どころか今日も見えていない』

 

 確かにそうだ。もはや彼の目には憎しみしか映らない。

 

『でも、お前が本当に見えていないのは自分のこと。お前、欲望はある? 自分がどうやって生きたいか、自分は何が欲しいのか考えた事はある?』

 

 そう言われて彼は答えを──返せなかった。彼の生には憎悪しかなかったから。その様子を見て、娘は再び呆れたように息をつく。

 

『お前、弱いわね』

 

 それはこの日、彼が一番驚いた言葉だった。強大な力を持つ彼は弱いなどと言われた事は初めてだった。彼は娘に問うた。

 

 ──自分は弱いのか? 

 

『弱いわよ。何も見えず、生きる目的もわからずにいる存在を、弱いと言わずして何と言うの?』

 

 そして娘は言う。「何より、欲望が足りないわ」と。

 

『欲望は生の原動力よ。あれが欲しい、ああなりたい、こう在りたい。その想いこそが生物を未来へと前進させる』

 

 欲望こそが命を繁栄させる。そう語ると、娘は天を見上げて両手を広げる。

 

『私の欲望! それは頂点であること! このオレルスの頂点に上り詰めて、世界の王になって、皆を傅かせて、愛する人と一緒にあまあまハニーな日常を過ごすのよ!』

 

 自分が死ぬなど微塵も思っていないようなその娘の姿を不思議に思って彼は尋ねた。今まさに死の淵に立たされているのに、どうしてそう笑っていられるのかと。

 返答は、とてもシンプルなものだった。

 

『──だって、笑っている方が楽しいでしょう?』

 

 ある意味で、それは真理であった。どんな時も笑っていられるなら、生きるというのはどれだけ楽しくなるだろうか。

 

『それにね。私には今の状況に不安など一切ないのよ。だって私は自分を信じているもの。この尊き私の夢が叶わずに終わるわけがないわ!』

 

 一体どこからそのような自信が来るのであろうか。まるで世界は自分を中心に回っていると言わんばかりである。彼は感心すべきか呆れるべきかわからなかった。

 そんな彼に対し、娘から思わぬ提案が投げかけられる。

 

『ねえ。お前、目的がないのでしょう? なら──私のものにならない?』

 

 あからさまな勧誘。彼を恐れ、遠ざける存在は数多く出会ってきたが、自ら彼を求めてきた存在は初めてであった。娘とよく似た存在──前の宿主も、状況的に彼を受け入れざるを得なかっただけだ。つまりこれは、彼が初めて誰かに必要とされた瞬間だった。

 

『その強大な力、素晴らしいものだわ。この私の守護神竜となるに相応しい』

 

 まぁお前はその力を嫌っているようだけど、と付け加えた娘は、そうは言いつつも断られるとは思っていない様子である。彼はふと思った事を尋ねた。

 

 ──バハムートはいいのか? 

 

『この尊き私の呼びかけに答えないような駄竜なんぞどうでもいいわ。それよりも、どう? 私のものになってくれる?』

 

 あっさり自国の守護竜を切り捨てた娘に対し、しかし彼は未だに答えを返せずにいた。そこに娘が畳み掛ける。

 

『何も恐れる必要などないのよ? ただ頷いてくれればいい。お前に居場所が無いなら、私がその居場所になってあげる。お前の憎悪が消えないなら、その憎悪は私が受け止めてあげるわ』

 

 ──その言葉には王気が込められていた。この娘なら、その言葉を違えない。彼はそう感じた。そして、彼は頷いた。

 

『契約成立ね。まぁ、お前の力を制御するのにはこの尊き私といえど少なくない年月が要りそうだけれど、仕方ないわね。今は雌伏の時よ』

 

 そう言って今にも高笑いでもしそうな娘だったが、ふと気付いたように両手を合わせた。

 

『あぁ、私とした事が、一番大切な事を聞き忘れていたわ。──お前の名は?』

 

 そう聞かれ、彼は答えた。かつて神竜王と呼ばれた、憎悪の化身たる自身の名を。

 

『──アレキサンダー、か。良い名ね』

 

 彼の名を聞いて、そう言ったのは娘が初めてであった。そして、彼も娘に名を聞いた。聞かずとも知っていたが、娘自身の口から聞きたかった。

 

『私? この私に名を尋ねるなど蒙昧極まりないわね。まぁ、知らぬならば答えてあげましょう』

 

 ──そうして、まだ十にすら満たない生まれついての王は、誇り高き自身の名を高らかに叫んだ。

 

『私の名はヨヨ。全ての人間より尊く、全ての法より正しく、全ての神より偉大な存在。カーナ王女、ヨヨとは私のことよ!』




【ヨヨ様】
我らがヨヨ様。
好きな物はビュウと自分と権力。
嫌いな物は帝国と犬と約束を破る輩。

神竜の波動を自分の意思で完全にコントロールできるので原作より戦闘能力が高い。
原作通り容姿は金髪翠眼で非常に美しい。多分APP18以上。しかし常に他者を見下すような微笑みを絶やさない。

原作ヨヨの悪い部分が改善……されずに、

他人にあまり感謝や謝罪をしない→この尊き私が頭を下げるに足る存在などいない

他人より優先されるのを当然と思っている→私はこの世で最も尊いのだから他者より優先されるのは当然である

他人が自分に仕えるのを当たり前のように振る舞う→民が尊きこの私に身命を捧げるのはこの世の摂理である

周囲を気に留めない→尊きこの私が有象無象に配慮する必要などない

上から目線→下々の者たちは尊きこの私を地べたから見上げていれば良い

自己正当化が激しい→この私が世界の法であり私は常に正しい

罪悪感が全く見られない→私が法なのだから私が罪を負う事はありえない

自己陶酔が酷い→尊きこの私は誰よりも美しく素晴らしい

常に自分を中心に物事を考えている→この世の全ては尊きこの私を飾り立てる為に存在している


……と全体的に超悪化した挙げ句に天元突破を果たした、悪女を超越した何か。

自我が揺らぐという事が全くないので、祖国を滅ぼされて監禁されようがショックを受ける事もなければビュウから浮気する事もない。
『尊きこの私が揺らぐわけがない』という理由で神竜の怒りすら平然と跳ね返す。貴女なんなんです?

自身の絶対性を信じて疑わず、世界の全てよりも自分一人の方が価値があるという思考に疑問すら抱かない。ぶっちゃけ完全に暴君。
とにかく自己評価が凄まじく思い込みも激しいが、その思い込みを実力で現実の物にしてしまうトンデモ人間。

どんなバグがあってヨヨ様がこういう人になったのかはわしにも分からん……。


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超・番外編
番外編:バハラグを序章で終わらせてみた


明けましておめでとうございます!
お正月特別編の番外編です。
『ヨヨ様がグランベロスのカーナ侵攻時に既にアレキサンダーを制御できていたら』というお話です。


 ──オレルス。天空に数々の大陸(ラグーン)が浮かび、人々は広い空を夢見て生きる世界。そんな世界のある大陸は、今まさに滅亡の危機に直面していた。

 

 ──世界の覇者、グランベロス帝国。皇帝サウザー率いる彼の帝国は、神と呼ばれし竜『神竜』と心を通わせられる人間、『ドラグナー』の力を秘めているというカーナ王家の力を我が物にせんがため、全軍を以てカーナ王城に攻め込んでいた。

 

「ほら、しっかりなさい坊やたち! 帝国は休む暇なんて与えてくれないわよ!」

 

 カーナ騎士団の女騎士、ミストが新兵たちに激を飛ばす。彼女の言葉通り、帝国の大軍はすでにカーナ王城の城門前まで迫っていた。

 

「なあ、ミストさん……俺たちあの軍勢を相手に生きていられるのか?」

 

 不安げな顔の新兵──ラッシュがミストに思わず問いかけるが、ミストは何の憂いも感じさせない笑顔で返答した。

 

「当然でしょう。だって、死ぬのは帝国の連中だけですもの」

 

 その言葉に、新兵たちは唖然とする。何しろ、帝国とカーナの戦力差は歴然。奇跡でも起きない限りは勝ち目などあるとは思えなかったからだ。

 

「随分と面白いジョークだな、お嬢さん」

 

 ──そう言って現れたのは、長い銀髪を後ろ手に束ね、大剣を携えた長身の男。彼こそ世界最強の帝国軍を率い覇によって帝国の頂点に登り詰めた男、皇帝サウザーである。

 

「あら? ジョークなんかじゃないわよ。私は本気で言っているんだから」

「私と将軍たちを前にしてもかね?」

 

 サウザーの背後には、サウザーの友にして右腕であるパルパレオスを筆頭に、4人の男女が控えていた。いずれも一騎当千の強さを誇る猛者たちであり、この者たちこそが帝国将軍である。本来は八将軍なのだが、成り上がりの皇帝であるサウザーは将軍の半数に良く思われておらず、残りの四人はこの場にいなかった。

 そんな彼らを前にしても、ミストには恐怖心というものが全くなかった。なぜならば……。

「えぇ。だってあなたたちが束になっても私たちには勝てないもの」

「ほう……これは驚いた。貴様のような小娘が我ら全員を相手に勝てると言うのか?」

 

 その問いに笑みを浮かべたまま、しかしミストは首を振った。

 

「私じゃないわ。でも、私たちには女神が着いているのよ」

「女神だと?」

 

 怪しげな単語に眉をひそめるパルパレオスだったが、それを見たミストは不思議そうに首を傾げる。

 

「あら、あなたたちだって、『それ』を求めてカーナに来たんでしょう?」

 

 『それ』という言葉を聞いた瞬間、その場にいた帝国軍全員が顔を強張らせた。

 

「……ふっ、確かにその通りだ。だが、女神とは一体誰のことを指しているのだね?」

「決まってるじゃない。我らカーナの女神は、あの御方以外にいないでしょ?」

 

 そう言ってミストが指さしたのは──天から舞い降りて来る、燃えるように赤い身体を持つ戦竜であった。赤き竜──サラマンダーがミストの側に降りると、その背から、二人の男女が地上に降り立った。一人はカーナの戦竜を率いる戦竜隊隊長、双剣の騎士ビュウ。そしてもう一人──カーナ王国の姫君、ヨヨ王女である。

 

「よく無事だったな、ミスト。ヒヨっ子連中で編成された部隊じゃ心配してたんだが……」

「それが、帝国の皇帝陛下は随分とお喋り好きみたいでね。おかげで私たちはこうして助かったわけだけど……ねぇ?」

 

 ニヤリと笑うミストに、ビュウも同じく笑い返す。

 

「それで、ヨヨ様がこちらに来られたという事は……」

「ええ。別動隊を率いていた将軍どもは、すべて始末してきたわ」

「何だと!?」「馬鹿な! たった二人で四将軍をか!?」

 

 驚愕するサウザーたちだったが、それも無理はない話である。帝国最強と謳われる八将軍の内の半数の四将軍を、たかが二人だけで相手するなど普通では考えられない事だからだ。しかし、ビュウは首を振った。

 

「そいつはちょっと違うな。俺はヨヨ様の側に控えていただけだし、何より、俺一人では到底敵わなかっただろう」

「なら……まさか、王女一人で?」

 

 未だに驚愕から抜け出せないサウザーに、ヨヨは心底おかしそうに語りかける。

 

「何をそんなに驚くことがあるの? あなただってそういう人智を超えた力を求めていたのでしょう? この私の『ドラグナー』の力を」

「…………」

 

 沈黙してヨヨを見据えるサウザーに、ヨヨはクスッと小さく笑って続けた。

 

「ふふふ、さすがに想定外だったかしら? なら、さっさと帝国に引き返しなさい。今なら命だけは助けてあげるわよ?」

 

 不敵に微笑むヨヨを前にしても、サウザーの表情に変化はなかった。ただ一言、彼はこう言っただけである。「面白い」と……。

 

「ならば、試させて貰おうか! その力が本当に我らグランベロス帝国を滅ぼし得るかどうか!」

「いいでしょう。でも、後悔しないでよね?」

 

 ヨヨはそう言うと、自分が負けるなどとは微塵も考えていない態度で腰に携えた錫杖を気だるげに構えた。一方のサウザーは、そんな彼女を値踏みするように見つめると、ゆっくりと剣を構えた。

 

「行くぞ、パルパレオス!!」

 

サウザーの掛け声と共に、彼の隣にいたパルパレオスが大剣を振り上げながら突進してくる。それを見たヨヨは、面倒くさそうに溜息を吐いた。

 

「はぁ、結局そうなるのね? まあ、どうせやるつもりだったから別に良いけど……」

 

 呆れた様子で呟くと、ヨヨは右手に持った錫杖に魔力を流し込む。そして、大きく掲げた。

 

「目覚めなさい、我が半身──『アレキサンダー』」

 

 すると次の瞬間、空が暗くなる。いや、空が暗くなったのではない。あまりに巨大な何かが出現したせいで、太陽が遮られてしまったのだ。

 

「な、なんだあれは!?」

 

 突然現れた黒い影に、サウザーたちは慌てて空を見上げた。そこにいたのは燃えるような憎悪を瞳に宿した、四つ首を持つ異形の竜。それがおぼろげに現世へと降臨しようとしていた。

 

「あ、アレキサンダー? カーナの守護神竜はバハムートではなかったのか!?」

 

 驚愕の声を上げるパルパレオスだったが、それを聞いたヨヨが面倒そうに答えた。

 

「あの駄竜、この尊き私の呼び掛けにすら応じないのよ。だから、私の身に宿る半身『アレキサンダー』を呼び出すことにしただけよ」

「貴様の身にだと!?」

「ええ。彼、ずっと昔から私の中にいるのよ。普段は眠っているみたいだけど、こうして私が呼びかければ応えてくれるわ」

「馬鹿な……! そのような神竜が……」

 

 ありえないと言いかけたが、目の前で起きている事実を否定する事は出来なかった。ヨヨの言葉が本当なら、彼女が宿した竜はカーナの守護竜ではなく、彼女の内に潜んでいた未知の神竜ということになる。

 

(何ということだ。これがカーナの王女の力だというのか?)

 

 その圧倒的な力の前に、サウザーは言葉を失う。そんなサウザーを見て、ヨヨが首を傾げる。

 

「それよりも、いいの? ご自慢の軍勢、もう壊滅状態のようだけど?」「何……!?」

 

 言われてサウザーは振り返る。見れば、いつの間にか帝国軍はそのほとんどの人間が地に倒れ付していた。しかし、どこからも攻撃を受けた形跡がない。

 

「な、何だこれは!?」

「この子……『アレキサンダー』は常に燃えるような憎悪で身を焦がしていてね。彼の宿す憎悪をあなたの部下たちにも流し込んであげたわ」

 

 その憎悪により、サウザーが率いてきた兵士たちは将軍も含めて一人残らず全滅してしまった。ちなみにヨヨは普通にアレキサンダーのブレスで消し飛ばすこともできたのだが、わざわざこのような方法をとったのは背後にカーナ王城があるからだ。アレキサンダーのブレスは破壊規模が大き過ぎて、下手をすれば余波だけで城を全壊させかねないのである。

 

「最後はあなたね、サウザー皇帝。世界を何度焼き尽くしても足りない憎悪、しかと体感するといいわ」

 

 そう言ってヨヨは不敵に笑う。一方、サウザーは動揺を押し隠して剣を構える。

 

「まさか、これほどとは……。だが、私はグランベロス帝国の皇帝だ。たとえ相手が神であろうと、ここで退くわけには行かぬ!」

 

 サウザーは己を鼓舞するように叫び、ヨヨに向かって駆け出した。一方のヨヨは錫杖を掲げただけ。しかし、それで十分だった。一瞬にしてサウザーの身体が動きを止めたのだ。彼はアレキサンダーの憎悪の感情に精神を焼かれ、意識を保てずに地に倒れ付した。

 

「人類最強の男でも、彼の憎悪には耐えられなかったのね」

 

 ヨヨは倒れている帝国軍を見渡した。息があるのはサウザーだけで、他は全て死んでいる。それを確認して大きく頷いた。

 

「実に素晴らしいわ。あんな駄竜より我がカーナの守護神竜に相応しいじゃない」

「ふむ、ではどうするつもりだ?」

「あら、お父様。いらっしゃったので?」

 

 ヨヨは急に声を掛けられたことに驚きもせず、後ろを振り向いた。そこには彼女の父親であるカーナ王が立っていた。ビュウとミスト以下、臣下たちが慌てて膝を着く。

 

「ああ。少し様子を見に来ただけだが、随分と派手にやったものだな」

「ええ、とても楽しかったですわ。でも、まだ終わりではありません。これからもっと楽しいことが起こるのですから」

「ほう、それは?」

「世界を私のものにするんです。ベロスの蛮人どもができなかったことを、この私が成し遂げるのです」

 

 ヨヨはうっとりとした表情で語った。それを聞いてカーナ王は苦笑した。

 

「なるほど、お前らしいな。だが、あまりやり過ぎるなよ? いくら神竜の力があろうと、お前は一人の人間なのだ」

「分かっておりますわ、お父様」

 

 ヨヨはそう言うと、ビュウたちを伴ってゆっくりと王城へと歩き出す。その後ろ姿を見送った後、カーナ王が呟いた。

 

「……隠居するか」




バハムートラグーン、完!!


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Fate/jojo

※お使いのパソコンは正常です。あなたが開いた小説は間違っておりません。


 ────聖杯戦争。

 それは七体のサーヴァントとそれを使役する七人のマスターで行われる、命を賭けたゲーム。万能の願望器『聖杯』を求めて行われる殺し合い。

 

 今、その戦争に参加する権利を得んと、御三家が一、間桐家の魔術師、間桐雁夜が無数の蟲が蠢く間桐邸の地下室『蟲蔵』でサーヴァントを呼び出そうとしていた。

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

閉じよ(満たせ)閉じよ(満たせ)閉じよ(満たせ)閉じよ(満たせ)閉じよ(満たせ) 。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

「────Anfang(セット)

 

「────告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

 

「されど汝は、その眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者──」

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ──!」

 

 魔法陣が輝き、その光が収まると、そこには人間では在らざる気配を纏った存在がいた。

 

「成功……か?」

 

 雁夜は床に這いつくばりながら、己の召喚したサーヴァントを見上げる。そこには高貴な法衣を身に纏い、豪奢な杖を携えた、金髪翠眼のこの世のものとは思えない美貌の女が佇んでいた。

 

「カッカッカ……ひとまずは成功したようじゃの、雁夜」

 

 薄気味悪い笑みを浮かべた間桐家の当主、間桐臓硯が雁夜に笑いかける。彼は人間の肉体を捨て、蟲によって優に500年は生き永らえている人あらざる化物だ。

 ふと、不意にサーヴァントの女が眉をひそめる。

 

「────臭い。……何かしら、ここは。尊き王を招くに相応しい場所ではないわよ」

「なっ……!?」

 

 サーヴァントが口を開いた事で雁夜は驚愕した。彼は『バーサーカー』を召喚したはずだからだ。魔術の鍛練を1年しか積んでいない半端者の魔術師である彼が聖杯を勝ち取るには『狂化』によるステータス増幅で実力を補う為にバーサーカーの召喚はほぼ必須だった。

 しかし、狂化により理性を失っているバーサーカーが発言するというのは本来有り得ない。つまりは、彼女はバーサーカーではないのだろう。

 

「お前たちね? この尊き私をこのような場所に呼び出した下賤の者は」

 

 あからさまに人を見下した尊大な態度で言い放つサーヴァントに、雁夜は頭を抱えたくなった。どう見ても従順とは程遠い扱いづらそうなサーヴァントだ。しかし、そのサーヴァントを見た臓硯は喜色の声を上げた。

 

「クカカカカ!! 雁夜、お主、とんでもない当たりを引きよったな!?」

 

 雁夜は体内に『刻印蟲』と呼ばれる蟲を寄生させている。『刻印蟲』とは、宿主の血肉を喰らう代わりに、魔力を産み出すという特性を持った蟲である。

 その蟲を通じて、臓硯には眼前のサーヴァントのステータスが見えていた。

 

 ──彼女の持つ規格外の魔力と、一国すら滅ぼせるであろう力を秘めた宝具が。

 

 此度の聖杯戦争は見送るつもりだった臓硯であるが、これほどの逸材を引き当てたなら話は別だ。もはや雁夜での戯れなどしている場合ではない。マスター権を雁夜からかすめ取るべく口を開いた。

 

「カカカ……その素晴らしい力、さぞかし高名な英霊とお見受けしますぞ」

「ふむ。お前は?」

「儂は間桐臓硯。そこで這いつくばっておる間桐雁夜の父じゃて」

 

 臓硯の言葉に女は雁夜へ目をやってから、臓硯に視線を戻して首を傾げた。

 

「私に魔力を送っているのはそこの雁夜とやらのようだけど? お前は私とは関わりないでしょう?」

「いやいや、雁夜は見ての通り魔術師としては欠陥品の未熟者。お主ほどのサーヴァントを御せるとは思えませんでの」

「お前ならば御せる、と?」

 

 我が意を得たり、と臓硯は頷く。雁夜は話の展開に顔を青ざめさせていた。

 

「そこな半端者では聖杯戦争は到底勝ち抜けまいて。その点、儂ならば主の力を存分に発揮してみせるが?」

「──なるほど。確かにそのようね。だが」

 

 サーヴァントはそこで言葉を切ると、腕を振るう。

 

「尊きこの私を下賤の価値観で測るなど、許されざる行為よ? ──去ね、蟲が」

 

 ──刹那、絶対的な『死』を感じさせる輝きが蔵に広がった。そして、数百年を生きた魔人『間桐臓硯』はこの世から消えた。

 

「………………え?」

 

 その時、雁夜は何が起こったのか理解できなかった。

 

 ──死んだのか? あの臓硯が?

 

 正直、実感がない。数百年も生きていたあの妖怪は、英霊であろうと殺しきるのは難しい存在だったはずだ。それが、このサーヴァントが何か力を使っただけで臓硯は文字通り消滅してしまった。吸血鬼にも匹敵するであろう魔人の、あまりにも呆気ない最期。

 

 状況に理解が及ばないでいた雁夜だったが、その思考はそう長く保たなかった。

 

「ぐッ!! がはっ!!??」

「うん?」

 

 唐突に胸を押さえた雁夜にサーヴァントの女が疑問の声を上げるが、雁夜は凄まじい激痛にそれどころではない。体内の刻印蟲が急ピッチで魔力を製造しているのだ。しばらくして、雁夜の口からどす黒い血が溢れ。──間桐雁夜はそのまま意識を手放した。

 

「は? あの蟲、欠陥品とは言っていたが……まさかこの程度で魔力を枯渇したとでも言うの?」

 

 サーヴァントの女は今にも死にかけている魔術師を見て呆れていた。半端者の欠陥品とは聞いたが、まさか一回力を放っただけで昏倒するとは。確かに自身の力はサーヴァントとしてはかなり燃費が悪いが、だからといってこれだけで死にかけるとは予想外だった。

 

「……これならあの蟲を生かしておくべきだったかしらね?」

 

 人間のふりをした蟲が尊き我が身に話しかけるという不敬に思わず消し飛ばしてしまったが、自身を呼び出した魔術師がここまでの欠陥品だというなら、あの蟲を魔力供給機として使うべきだったか。

 ──彼女の中には真っ当にサーヴァントとしてマスターに従うという選択肢は始めから存在しないようである。

 

「別に聖杯なんぞ私はいらないが……」

 

 別に雁夜が死のうがどうでもいいし、元々聖杯にかける願いなど持ち合わせてもいない身であるからこのまま消えてもかまわないのだが……いささか面白くないのは事実。

 

「せっかく()()()()に来れたのだもの。どうせならば楽しみたいものね」

「おじいさま?」

「うん?」

 

 ふと声の方に目をやると、昏い瞳をたたえた少女が生気のない顔で蔵を覗き込んでいた。この瞳には見覚えがある。生前よく見た、あらゆる全てに絶望し、生を諦めた者の瞳だ。

 

(この年でそんな目をするとは、いったいどんな経験をしてきたのだか)

 

「おねえさん、だれですか? おじいさまと雁夜おじさんは?」

「雁夜おじさんとやらならそこでくたばっているわ。おじいさまというと……あぁ、アレなら消してしまったわ」

「…………え?」

 

 その言葉を聞くと少女は呆然とした後、ぺたぺたと自分の体を手で触っていた。何やら「……痛くない」と信じられないように呟いている。大方あの蟲が少女に何かしていたのだろう。

 

「私はね、あらゆる人間より尊き存在。あなたにもわかるように言えば王よ」

「おうさま?」

「そう。あの蟲は私に不敬を働いた──つまりやってはいけない事をしたので消したのよ」

「そうなんだ」

 

 見知った人間(?)が死んだというのに、少女の感想はそれだけだった。が、ふいに「あっ」と言葉を漏らす。

 

「私、雁夜おじさんもおじいさまもいないと何もできないです」

「あら」

 

 なるほど、あの蟲はこの少女を従順な道具として教育していたのだろう。普通の子供と違い、この少女は自ら何かをするという事ができないのだ。

 

「ふむ。あなた、魔術の心得はある?」

「……勉強の途中だったけど、少しならできます」

「ならば話は早いわね」

 

 見たところ、この少女の魔力量は凄まじく多い。このまま成長すれば、生前の彼女にも匹敵するだろう逸材だ。こんな存在を逃す手はない。

 

「あなた、私と契約なさい」

「けいやく? ……サーヴァントの?」

「そう。私は今、自身を現界させる魔力が足りず非常に困っている。その点、あなたほどの魔力の持ち主ならば、私の存在を維持するに申し分ない」

「でも、私、何もできないです」

 

 少女はそう言って俯く。が、その程度は何も問題ではない。というよりも、むしろ何もできない方が好都合なのだ。

 何しろ自分は魔術師如きに従う気は一切ないのだから。いや、魔術師でなくとも他人の下に着く事自体が有り得ない。その点、幼い少女であり、自我が薄く、一方で魔力は非常に多い彼女は極めて都合の良い存在だった。

 

「気にしなくていいわ。むしろ、何もする必要はないのよ? ただ私への魔力の供給さえできれば、あなたは普通に生活しているだけでいい」

「……普通に?」

「そう。普通に暮らし、普通に勉強し、普通に遊ぶ。それだけでいい」

 

 少女はぱちぱちと目を瞬かせる。まぁ、今までこんな環境で暮らしていたのだから突然普通でいいと言われても戸惑うだろう。

 

「先も言ったが、私は生前、王として国を治めていてね。理由あってこの世界には私の国は存在しないが……もしも、私と契約するのなら、あなたを私の民として庇護しましょう」

「……一緒にいてくれますか?」

「私はサーヴァントである故、ずっとというわけにはいかないが……聖杯戦争の間ならば共に居ると約束しましょう」

 

 少女はそれを聞くとこくりと頷いた。

 

「わかりました。私と、契約してください」

「ふふ、契約成立ね。あなた、名は?」

 

 そう問われると、少女は小さく自身の名を口にした。

 

「……さくら。まとうさくらです」

「桜……良い名ね」

 

 さて、名を聞いたのならば、自身も名乗らねばなるまい。

 

「私はヨヨ……カーナ王ヨヨ。かつて、此処とは異なる世界にて、大空の全てを手にした王である」




というわけでエイプリルフール企画
『ヨヨ様を第四次聖杯戦争にぶち込んでみた』でした。

続き? ビュウがドラゴンのエサにしちゃいました。


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Fate/jojo 2

今年もこの日がきたということで。


 ────聖杯戦争。

 それは七体のサーヴァントとそれを使役する七人のマスターで行われる、命を賭けたゲーム。万能の願望器『聖杯』を求めて行われる殺し合い。

 そして今宵、とある倉庫街で二人の騎士が相対していた。不可視の剣を携えた少女と、二槍を操る美貌の騎士の対決。

 

「ふむ。あれが現世に蘇った英霊様ね」

 

 そして――その戦いを安全圏から高みの見物を決め込む少女が一人。召喚されて早々、御三家が一角、間桐家を事実上滅ぼしたサーヴァント、カーナ王ヨヨである。

 彼女は自身のサーヴァントとしてのスキル『女帝特権』を用いて、本来持ち得ない『道具作成』の能力により創り出した遠見の水晶玉によってこの戦いを見物していた。

 

「なるほどなるほど。セイバーもランサーも、どうやら一流の英雄と見える。これだけの英傑がたかだか一杯の盃を求めて殺し合っているというのだから傑作よね」

 

 くつくつと笑いながら、彼女は呟いた。元々イレギュラーで喚び出された彼女は、聖杯戦争の勝者となる為ではなく、あくまで娯楽として参加しているだけだ。

 彼女にとってこの聖杯戦争は、単なる愉快なショーであった。

 

「そんなに面白いんですか? ヨヨさま」

 

 傍らに立つ幼い少女が問うた。彼女は間桐桜。間桐家にて次代を産み落とす為の母体としてしか見られていなかった哀れな少女であり――ヨヨによって突如その地獄から救い上げられた存在である。同時にヨヨのマスターでもあった。

 ……最も、ヨヨ自身は単に自身に対する不敬と見なして臓硯を殺しただけであり、桜を救ったつもりなどさらさらなかったのだが。その上、マスターとしても単に自我が薄い桜であるのが自分が好き勝手するのに都合が良かっただけである。

 だがそれでも桜にとっては、自分を助けてくれた恩人であり、敬愛すべき王様であることに変わりはないのだ。

 

「だって考えてごらんなさい桜。英雄と呼ばれるような連中が、たかだか魔術師の駒に甘んじた挙げ句、聖杯などというおもちゃを取り合っているのよ? これほど滑稽な見世物は私も初めてよ!」

 

 そう言ってヨヨは心底楽しそうな笑みを浮かべる。桜には彼女の言っていることの半分も理解できなかったが、彼女はとても楽しいらしいということだけは分かった。

 

「聖杯をもらったら、『お願い』が叶うんですよね」

「ええ。だけどね桜、本来、願いとは自分の力で実現すべきものなのよ?」

 

 ヨヨが聖杯に興味を持たないのはそういう理由だった。仮に万能の願望器を手に入れたところで、自分の力で叶えていない望みなど意味がない。

 桜もなんとなく納得したのか、遠見の水晶で戦っている二騎のサーヴァントを見て首をかしげた。

 

「じゃあなんで、あの人たちは自分の力じゃなくて聖杯にお願いしようなんて思ったんでしょう?」

「簡単よ。あの英雄様たちはね、どうしたら自分の願いが叶うのかわからないの」

「自分のお願いなのに?」

「ええ、自分の願いだからこそ、その方法がわからなかったのよ。だって彼らはただの人間なのだから」

 

 いかなる英雄も、結局は一人の人間に過ぎない。人間に過ぎないからこそ、自身にすら実現方法がわからない願いを抱いてしまうのだ。

 

「さて桜。自分すらわからない願いを叶えてもらうにはどうしたらいいかしら?」

「……神様にお願いする?」

「正解よ。人間が叶えられない願いであっても、神ならば聞き届けてくれるかもしれない」

「その神様が、聖杯なんですね」

「そう。まぁ聖杯(神様)が聞き届ける『願い』が、彼らの思っているものと同じかは知らないが」

「?」

 

 ヨヨの言葉の意味がよく分からず、桜は不思議そうな顔をしたが、それ以上は教えてくれなかった。突如、戦場に大きな変化があったためである。と言っても、決着がついたわけではなく……。

 

『AAAAALaLaLaLaei!!』『ひぃぃぃッ!!?』

 

 ――空を翔ける戦車(チャリオット)に乗った大男が、マスター共々戦場に乱入してきたのであった。

 

「おやおや。ずいぶんと豪快な奴がいたものね」

 

 乱入者の姿を見て、ヨヨはくすりと笑う。一方の桜は突然の事態に目を丸くしていた。

 

『双方、剣を収めよ! 王の御前である!』

 

 そう叫んで戦車の上でふんぞり返ったのは、筋骨隆々の偉丈夫――ライダーのサーヴァントである。

 

『我が名は征服王イスカンダル! 此度の聖杯戦争においてはライダーのクラスを得て現界した』

 

 ライダーは堂々と名乗りを上げると、倉庫街全体に響き渡るほどの声で叫んだ。いきなり正体をばらす暴挙に、傍らのマスターが騒ぎ出す。

 

『何を考えてやがりますかこの馬鹿はあぁあああっ!?』

『はっはっは。よいではないか。こういうのはインパクトが大事だと言うであろう?』

『そういう問題じゃないでしょうがこのトンチキが!』

 

 マスターの少年は頭を抱えながら怒鳴り散らすが、当の本人はどこ吹く風である。その上「ちょっと黙っとれ坊主」とデコピン一発で沈黙させられてしまった。明らかに手綱を握れていない。

 

『うぬらとは聖杯を求めて相争う巡り合わせだが、まずは問うておくことがある。うぬら、ひとつ我が軍門に降り、聖杯を余に譲る気はないか? さすれば余は貴様らを朋友として遇し、世界を征する快悦を共に分かち合う所存でおる!』

「……馬鹿なんですか、この人?」

「あっはっは!」

 

 非常識極まりないライダーの言動に呆れたように呟く桜だったが、ヨヨは楽しげである。こういう馬鹿は行動が読めないので彼女の好みだった。

 一方、突然の申し出を受けた他陣営の反応と言えば……。

 

『その提案には承服しかねる。俺が此度の現界にてこの槍に賭けて忠誠を誓うのは我が主ただ一人。断じて貴様ではないぞ、ライダー』

『そもそも、そんな戯言を述べたてる為に私とランサーの決闘を邪魔だてしたのか? だとしたら騎士として許しがたい侮辱だ! 加えて言うなら、私も一人の王。ブリテンを預かる身として貴殿に下るなどという選択は無い!』

 

 当然のように総スカンを喰らう。特にセイバーなどは怒り心頭のようであり、明らかな殺気を放ち始めていた。だがそんな険悪な雰囲気の中、ライダーは食い下がる。

 

『……待遇は応相談だが?』

『『くどい!!』』

『うーむ交渉決裂かぁ……残念だのう』

 

 本気で落ち込むライダー。全く相手にされない状況に再び彼のマスターが叫ぶ。

 

『らいだあああぁ! ど~すんだよお!? 征服とか何とか言いながら、結局総スカンじゃないかよ! お前本気でセイバーとランサーを手下に出来ると思ってたのか?』

『いや坊主、ものは試しと言うではないか』

『ものは試しで正体ばらすなよおおぉっ!?』

 

 頭を抱えるライダーのマスターに、さしものランサーやセイバーもやや同情的な視線を向けた。並大抵の魔術師ではこのライダーは制御できないだろう。

 

『無駄に情報渡しただけじゃないかよ!  せっかくこっちがうまく立ち回れば有利に進められると思ったのに、何やってんだオマエは!?』

『そう怒るでない。だいたい余はそういう小賢しい真似は苦手なのだ。それにな坊主、何も我等だけが情報を渡したわけでも無いぞ』『え?』

『先ほど、あの金髪の娘が名乗ったのを聞いておったであろう? 【ブリテンの王】とな』『あ……!』

 

 ようやくライダーの意図を理解してか、マスターは声を上げた。

 

『あの子、アーサー王なのか!?』

『驚きよな? あの騎士王がこんな小娘だったというんだからなぁ』

『……ならば小娘の剣、その身で味わってみるか征服王?』

 

 怒りのセイバーがライダーを睨む。しかしそこへまた別の声が響いた。

 

『……そうか、よりによって君か、ウェイバー・ベルベット君』

『―――ッ!?』

 

 不意にかけられた言葉にライダーのマスター――ウェイバーは硬直する。

 

『私から聖遺物を盗んで何を血迷ったのかと思えば、まさか君が自ら聖杯戦争に参加するとは。私に論文を否定されてちっぽけなプライドがそんなに傷ついたのかね? いや、それはそれで結構なことだ。君のような凡俗には相応しい』

『―――ッ!!  ケイネス、先生……』

『まぁ、せっかく聖杯戦争で会ったのだ、私が特別に課外授業をしてあげようではないか。魔術師同士が殺し合うという本当の意味を……光栄に思い給え』

『ひ――ッ!』

『おいおい坊主、シャキッとせんか。それでも余のマスターか?』

 

 完全に怯えきっているウェイバーを叱咤すると、ライダーはランサーへと――否、彼のマスターであるケイネスへと向きなおる。

 

『ランサーのマスターよ! 察するに貴様はこの坊主に変わって余のマスターになるつもりだったらしいなぁ。だとしたら、片腹痛いわ!』

『なに?』

『余のマスターたる魔術師は、余とともに戦場をはせる勇者でなければならぬ。貴様のような姿も見せない臆病者など、余のマスターは勤まらんわい!』

『なんだと……!?』

 

 ライダーの挑発にケイネスは激昂するが、ライダーは無視してさらに大声を張り上げる。

 

『おうこら、まだおるだろうが! 闇に紛れて覗き見している連中は!』

「む……」

 

 ライダーの言に、機嫌良さげだったヨヨの雰囲気が変わる。眉をわずかに動かし、水晶越しにライダーを見つめた。

 

『聖杯に招かれし英霊は、今ここに集うがいい! 余の呼びかけに応じず、尚も顔を見せぬ恥知らずは、この征服王イスカンダルの侮蔑を免れぬものと知れ!』

「たかだか征服王風情が大きく出たわね……」

 

 そう言うと、ヨヨは瞬時に間桐家から姿を消した。桜は察する。彼女は「おうさま」であるから、こういった見え透いた挑発であっても、無視するのは彼女の王としての誇りに関わるのだ。一人残された桜は、ぼんやりと遠見の水晶を見続けるのだった。

 




エイプリルフール中に続きをもう一話、昼ごろ投稿予定です。


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Fate/jojo 3

 まずライダーの挑発に乗って現れたのは、街灯の上に立つ黄金のサーヴァント――先日アサシンを葬ったアーチャーであった。

 

「この我を差し置いて王を称する不埒者が、一夜のうちに二匹も湧くとはな」

「そう絡まれてもなぁ。イスカンダルたる余は、世に名を残す征服王に他ならぬのだが?」

「たわけ。真の王たる英雄は天上天下に我一人。他は有象無象の雑種に過ぎん」

 

 傲岸不遜、唯我独尊を地で行くような台詞だった。その言葉が真実かどうかはともかくとして、並々ならぬ自信と実力を備えていることは疑いない。

 

「そこまで言うなら、名乗りを上げたらどうだ? 貴様も王であるというなら己の威名を憚りはしまい?」

「問いを投げるか……雑種風情が、王たる我に向けて? 我が拝謁の栄に浴して尚、この面貌を見知らぬと言うなら、その無知は万死に値するぞ」

 

(いやいや理不尽すぎるだろ!)

 

 殺気を纏ったアーチャーの言い分にウェイバーは内心で盛大に突っ込みを入れた。自身のサーヴァントであるライダーも大概横暴だと思っていたが、あの黄金のサーヴァントはそういうレベルを超越している。あれこそまさに暴君と呼ぶに相応しい存在だろう。

 

『無礼にも尊きこの私を呼びつけておいて、よもや他の些末事に意識を向けるとは、不敬が過ぎるわよ? 下賤ども』

 

 不意に響いた美しい声に、その場の全員が一斉に視線を向けた。そこには息を呑むほどの美貌を持った魔術師風の少女が佇んでいた。見慣れない新手のサーヴァントに、全員が警戒を露にする。

 

「新しいサーヴァントか……! あの風貌からすると、キャスターか?」

「この私をお前たち下賤の価値感で測るのでないわ。尊きこの身が、聖杯ごときが用意した枠組みに収まるなど有り得ぬことよ」

「ほぉう? ではお主は何者だと申すのだ?」

「知れたこと。もしも王たるこの私を、不敬にもサーヴァントという器に収めようというのならば、いかなる世界に置いても、私に相応しい器はただひとつしか有り得ない」

 

 少女の言葉に一同は眉をひそめる。だがそれすらも愉快とばかりに、彼女は高らかに宣言した。

 

「『ドラグナー』。神竜王たる私に相応しきは、遍く竜の支配者たるその称号のみ!」

「竜の支配者だって……!? そんなバカな!」

 

 彼女の名乗りを聞いて、ウェイバーが驚愕の声を上げる。この場にいるアーサー王のように、自身が竜としての属性を得た英雄は数いるが、竜を使役する人間など、神代の時代ですら存在するか怪しい。しかし彼女の名乗りを聞いたライダーは、何やら嬉しげな笑みを浮かべていた。

 

「ふむ、竜属性の王はそこの騎士王とかが有名だが、竜を使役する王となると聞いたことがないのう。坊主、心当たりはないか?」

「僕も知らない……というかライダー! オマエなんでそんなに落ち着いてるんだよ! わかってるのか? あのドラグナーってヤツの言うことが本当なら、単騎で他のサーヴァント全員に匹敵するかもしれないんだぞ!」

 

 竜種は幻想種の頂点にして、単体でサーヴァントに匹敵しかねない最強の幻想種だ。それを使役する王となると、いかに優れた英霊であろうと単独で打倒するのは困難を極めるだろう。

 

「なんだわからんのか坊主。いいか? あやつの言葉を信じるなら、ドラグナーは竜の支配者たる神竜王。つまりだな」

「つまり?」

「あやつが我が臣下となれば、竜もついてきてお買い得ということだ!」

「アホかオマエはああああっ!!」

 

 実に能天気なことを言い出したライダーに対して、ウェイバーは全力で突っ込んだ。確かにそれが実現すれば間違いなく強力な戦力になるが、これまでの短い会話でもわかるほど、あの女はアーチャーに匹敵する傍若無人かつ傲岸不遜な性格をしている。どう考えても他人に服従するような存在ではない。

 

「尊きこの私の前でつまらない問答を繰り返すでないわ。本来ならば、この私を前にして尚、私の名を知らぬというそれ自体が万死に値する蒙昧であるのよ?」

「どっかで聞いたフレーズだなオイ!?」

 

 ドラグナーの理不尽極まりない言い分は、先ほど名を問いかけた時に一方的に激昂しライダーを裁こうとしたアーチャーそっくりであった。どうやらこの二人は似通った性質を持っているらしい。

 

「つーかなんで七騎のサーヴァントのうち四騎も王様が来てるんだよ!  しかもとんでもないレベルの暴君ばっかりだし! 王様のサーヴァントってのはああいうのしかいないのか!?」

「待っていただきたい魔術師(メイガス)! 私を彼らと同列に扱われては甚だ心外です!」

 

 自分が名君だったと言えるかは自信が無いが、断じて暴君ではないと自負しているアーサー王ことアルトリア・ペンドラゴンはウェイバーの感想に抗議の声を上げた。

 

「まぁそうカリカリするな騎士王。それよりもだな」

「なんだライダー、何か気になることがあるのか?」

「うむ。アーチャーよ」

「何だ、雑種」

「さっきから気になっとったんだが、お主、なぜドラグナーには突っかからんのだ?」

 

 そういえば、と周囲も同意を示す。アーチャーは先ほど「自分以外に王などいない」と豪語し、イスカンダルやアルトリアすら有象無象と見下していたが、ドラグナーに対しては特に言及していない。

 

「ふん、決まっていよう。確かに我は世界に唯一君臨する真の王であるが――我が存在しない歴史においてまで、王を名乗るは道理が通らぬ故な。あくまで我は、我が存在するこの世界における王だ」

「……そいつはどういう意味だ?」

 

 アーチャーの言葉に誰もが疑問符を浮かべるが、ドラグナーはその言葉に感心したように楽しげな笑みを浮かべた。

 

「ほう。真の王などと大言を吐くだけの事はあるわね。そこまで見通しているとは、さすがと言うべきかしら?」

「貴様こそ、人の身で竜どもの王を名乗るだけはあるようではないか。その身の内に、何を巣食わせている?」

 

 二人の会話の意味がわからず、一同が困惑する中、割り込んだのはやはりライダーであった。

 

「おいおい、お主らだけで納得しとらんで余らにも説明せい。お主らが言っているのは何の話だ?」

「王の会話に割り込んだ挙げ句、許可も無く問いを投げるとは不敬極まりないわね。まぁ、特別に答えてあげましょう」

 

 尊大な態度で、ドラグナーが語り始める。

 

「と言っても、全てあの男の言う通りよ。私の辿った歴史にお前たちは存在しない。そしてお前たちが辿るべき歴史にも、私は存在し得ないのだからね」

「それは、一体……」「……まさか!?」

 

 ドラグナーの言葉を受けて、反応したのはセイバーのマスターとしてこの場にいるアイリスフィールであった。始まりの御三家、アインツベルンのホムンクルスである彼女にとって、ドラグナーの発言はその可能性に思い至らせるには十分すぎた。

 

「気付いたかしら? そう、私は並行世界の英霊。故に、この私とお前たちの歴史は決して交わる事はない」

『有り得ない!!』

 

 ドラグナーの言葉に思わず叫んだのは、アーチャーの視点を通じてこの場を見ていたマスター、遠坂時臣である。それもそのはず、彼の属する始まりの御三家、遠坂家は第二魔法「並行世界の運営」の術者であるキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグを太祖とする一族だ。

 彼が知る限り、如何に聖杯戦争といえど、並行世界からの英霊召喚は前例がない。しかもアーチャー――ギルガメッシュの言葉通りならばドラグナーのいた世界はそもそもの人類史の成り立ちからして異なる事になる。そこまで行くともはや完全な異世界だ。

 

「ふーむ、成る程なぁ。そもそもこの世界の人間ではなかったわけか。こりゃあ一本取られたわい!」

「笑ってる場合か、ライダー! 並行世界なんて魔法の領域なんだぞ!? そんなの、いくら聖杯戦争とはいえただの人間がどうやって呼び出したっていうんだ!」

「落ち着け坊主。余には魔法だの魔術だのといった知識はないが、むしろ合点がいったぞ。この場の誰もドラグナーのことを知らんかっただろう?」

「え? あ、ああ」

「もしも竜を使役する王なんぞとんでもない輩がこの世界に居たなら、必ず歴史に――少なくとも伝承や神話には間違いなく名を残しておるはずだ。しかし余も坊主も騎士王も、ドラグナーのことなぞ微塵も聞いたことがない。つまり、あやつは真に異世界のサーヴァントということだ」

「…………」

 

 ウェイバーは絶句した。確かに、ライダーの言うとおりである。最強の幻想種である竜種を統べる王などというとんでもない人物が存在していたなら、この場の誰も知らない無名な英霊であるなどということがあるわけがない。なのに彼女の存在が全く知られていないのは、そもそもが異なる世界の住人であるからなのだ。

 

「いやあ、余もいろんな連中に会ってきたが、異世界から来た王なんてのは初めて見たぞ! これはいい、実に面白い! どうだ、今度酒でも酌み交わさんか!?」

「ふむ。悪くないわね。元より娯楽として召喚に応じた身。異世界の人間と杯を交わすのも一興」

「おお! 話がわかるではないか!」

「だがその前に――無礼者への裁きを下す方が先決よ」

「む?」

 

 ドラグナーが目をやったのは、先ほどから黙って話を聞いていたランサーであった。その視線に込められた怒りを感じ取ったのか、彼は慌てて弁明を始める。

 

「待て、俺は何も貴女に不敬など働いてはいない!」

「下賤が何を言うか。先ほどから煩わしい魅了の魔術がお前から届いているのが不快極まりない。効く効かないの問題ではなく、尊きこの私に魅了の術を行使する、それ自体が万死に値する大罪よ」

「なっ…………!?」

 

 ランサーとドラグナーのやり取りに、先ほど自分もランサーに魅了の術を向けられたアイリスフィールは思わず「あちゃー」と言わんばかりに額に手を当てた。ランサー曰く、彼の魅了の術は持って生まれた呪いのようなものであり、それについてランサーは「俺の出生か、もしくは女に生まれた自分を恨んでくれ」などとのたまったのだ。

 セイバーとアイリスフィールはあまり気にしなかったが、ドラグナーのような暴君が自身に魅了の術などという代物を行使されれば、こうなるのは自明の理であった。たとえランサーが意図して行使したわけでは無く、ドラグナーに全く効果が無くても、である。

 

「もはやお前は私の前に存在する事自体が大罪。――失せなさい、狗が」

『避けよランサー!!』

 

 ドラグナーが杖を掲げると同時、ランサーのマスター、ケイネスが令呪を以ってランサーに命じる。令呪の補助を得てランサーが飛び退いた瞬間、先ほどまでランサーの居た大地にあらゆる物質を焼き尽くさんばかりの業火が立ち上った。もしケイネスの判断が一瞬でも遅れていたらランサーもあの炎に焼かれ、骨すら残らなかったであろう。

 

「……あれは凄まじいですね。私でも無事でいられるかどうか……」

「え? た、確かにすごい威力っていうのは一目でわかるけど……で、でもセイバー、貴女には対魔力があるでしょう?」

「確かに私はほとんどの大魔術ですら無力化できる最高位の対魔力を保持していますが……彼女の魔術にどれほど効力があるかはわかりません。何しろ……彼女は異界の英霊ですからね」

「あ……!」

 

 そう、三騎士の保有スキルである対魔力は、あくまでこの世界の魔術基盤に由来するものだ。しかし異世界となれば、根本の魔術基盤からして異なるであろう。つまり、ドラグナーの魔術に対してはそもそもスキル自体が機能しない可能性が高かった。

 

「下賤が、事もあろうに私の炎を拒絶するとはね。お前ごとき塵芥が、尊きこの私の手によって死すという誉れを得ようと言うのよ? 歓喜して受け入れるが道理でしょう?」

 

 つまりは「私がわざわざ殺してやるんだから喜んで死ね」と言っているに等しいドラグナーの言葉に、さすがのライダーも頭を掻いて唸った。

 

「うーむ、余は余より態度のでかい王などおらんだろうと昨日までは思っていたんだが、まさか今日で二人も会うとはなぁ。いやはや、これだから人生とは面白きものよ!」

「感心してる場合かライダー! あいつ竜の支配者って言ってたのに、竜がいなくてもめちゃくちゃ強いじゃないかよ!」

「まぁ、確かになぁ。しかも騎士王によると対魔力も当てにできんらしい。いやはや、どうしたもんかのぅ」

 

 周囲が未知のサーヴァントであるドラグナーの力を見極めようとする中、突如脱落の危機を迎えているランサーのマスター、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは、盛大に焦っていた。

 

(こんな場面で脱落など冗談ではないぞ……!)

 

 そもそもからして、ランサー――ディルムッド・オディナという英霊は気に入らなかったのだ。特に、ランサーが持って生まれた女性を魅了してしまう呪い、『愛の黒子』。それによって許嫁であるソラウがランサーに惹かれてしまった事から気に入らなかったというのに、よもやその呪いのせいで異世界の女王の不興を買い、脱落の危機に陥るなど笑い話にもならない。

 

「主よ! 宝具の使用をお命じ下さい!」

『……令呪による撤退ではなく、か?』

「はい! 必ずやドラグナーを討ち取り、我が槍に懸けて勝利を捧げます! どうか御許可を!」

 

 必死の形相のランサーに、ケイネスは思わず眉をひそめた。正直な話、宝具を使おうが使うまいが、ドラグナーにランサーが勝てるビジョンが見えなかったからだ。ランサーの宝具である破魔の紅薔薇が持つ魔術の消滅効果は、あくまで魔術的防御やエンチャントなどの類に対して効果を発揮するもので、既に完了した魔術を打ち消すことは不可能。つまり破魔の紅薔薇ではあの炎の魔術には対抗できない。

 ましてや、ウェイバーが言うようにドラグナーはまだ真価であろう竜種の使役能力を見せていない。もしもドラグナーが本気でランサーを殺しにかかれば、この場のサーヴァントで最も格が劣るランサー程度が対抗できるとはケイネスには思えなかった。

 

(だが、撤退しようにもそれには令呪を使わねばならんだろう。しかし私は既に先ほどのドラグナーの魔術を回避する為に令呪の一画を使用している。ここでさらに撤退に使用すれば令呪は残り一画。その状態で生き延びたところで、この後の聖杯戦争を勝ち抜けるとは思えん)

 

『ランサーよ、お前にドラグナーの討伐を命じる。宝具を使用してドラグナーを討ち取り、その首級を持って帰還せよ』

「はっ!!」

 

 ケイネスが選んだのは、ランサーの言を受け入れることだった。ランサーが歓喜するのを感じ取れたが、ケイネスはランサーの実力を信頼してこう命じたわけではない。

 逆である。どういう選択をしたところで、ランサーがこの先の戦いを勝ち抜けるとは到底思えなかったからだ。どうせこの場を凌いでも結局は敗退する可能性が高いなら、この場でドラグナーを討ち取れる可能性に賭けてランサーを死地に向かわせても問題あるまい。

 

(まぁ、九割九分は死ぬであろうが、万一、残りの一分を引けばドラグナーの首を持ち帰ってくるやもしれん。仮にランサーが死んで敗退したところで、私はランサーの言を聞き入れてやっただけだ。判断を誤ったのはランサーであり、私ではない。私はランサーが勝てるというから信頼して任せてやった――そういう事にしておくとしよう)

 

 内心でそう結論付けたケイネスは、すでにランサーの死をほとんど確信していた。もはや聖杯戦争の脱落は確定的だが、元より単なる箔付けの為に参加したようなものだ。

 結果を残せなかったのは口惜しいが、仕方あるまい。ランサーが消えればソラウにかかった魅了の術も解けるだろう。そうすればソラウの心はまた自分に戻ってくるに違いない。ならばまぁ構わんだろう。

 

『ランサーよ、存分に戦うが良い』

「――ありがたき幸せ! このディルムッド・オディナ、全身全霊を以って戦いましょう!」

 

 ケイネスがそんなことを考えているなど露知らず、ランサーは嬉々としてドラグナーに挑みかかっていった。ドラグナーはランサーの槍の一撃を杖によって受け止めると、不敵な笑みを浮かべた。

 

「この私に挑むなど、身の程を知らぬ愚か者ね。お前がマスターに進言すべきは、私の打倒ではなく鼠の如く逃げ帰ることだったというのに」

「黙れ! 俺が貴様に挑むのは、我が主の名誉を守る為だ! 我が主は誇り高き魔術師! たとえ相手が異界の英霊であろうとも、この場を逃げ、主の恥となるなど断じて許されぬ!」

「ほう。この世界では自己陶酔の為に主に不利益をもたらすのを忠義と言うの? さすがは異世界ね」

「貴様、我が騎士道を侮辱するか!」

 

 激昂したランサーが、ドラグナーに更なる攻撃を仕掛けようとした瞬間、ドラグナーから絶対的な『死』を感じさせる白い輝きが放たれた。そして、ランサーのサーヴァント、ディルムッド・オディナはこの世から消滅した。

 

「……え?」

 

 突然の出来事に呆然とするウェイバーに対し、ドラグナーは不敵に微笑んだ。

 

「騎士道を口にしながら主を見ず、忠義そのものに仕える愚者が。尊きこの私の手によって消えるなど、お前には過分すぎる最期よ? 光栄に思うことね」

 

 既に消滅したランサーに向けて、ドラグナーが冷たく言い放つ。あまりに呆気なくランサーが消滅したことに、ウェイバーは動揺を隠せなかった。

 

(あいつ何したんだ!? あんな一瞬でランサーを倒したのか!? 宝具? それとも魔術か!? )

 

 そこでふと、ウェイバーはまだドラグナーのステータスを見ていなかったことを思い出した。これまでの流れに圧倒されてしまい、すっかり忘れていたのだ。慌ててドラグナーのステータスを確認しようと、彼女にその目を向け――瞬間、『死』を体感した。

 

「ぐ――――が、ああああっ!?」

「お、おい!? どうした坊主!?」

 

 突如苦しみ出したウェイバーに、ライダーが声をかける。しかし、今のウェイバーにそれに答える余裕はなかった。

 

(な、ん……だ、こ、れ……!?)

 

 今まで感じたことのないほどの強烈な悪寒が、ウェイバーの精神を蝕んでいた。それはまるで、自分の魂そのものが凍りついてしまうかのような恐怖。そして――憎悪。

 

――憎い。憎い。憎い。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!!

 

「やめろ――来るな――来るなああぁぁぁぁっ!!」

「坊主……! しっかりしろ、坊主!!」

 

 尋常ならざる様子のウェイバーに、さしものライダーもただ事ではないと察する。ドラグナーは突如として狂乱し始めたウェイバーに首を傾げたが、ふと思い至ったように笑みを浮かべた。

 

「ああ、私を『視た』のね。尊きこの私に拝謁の栄誉を授かって、より深く私の威光を知りたいと思うのは当然の道理であるけれど――命が惜しくば、私を『視る』などということはしない方が賢明よ?」

「……な、なん、だと……!」

「坊主! 大丈夫なのか!?」

 

 ウェイバーは息も絶え絶えになりながら、必死の形相で自身の身を案ずるライダーにしがみついた。今だけは、この傍迷惑なサーヴァントが心底頼もしく思えた。

 

「……ら、い、だー、あいつは、ヤバい。あんな、モノを、飼って、る、なんて、まともな……存在じゃ、ないぞ」

「……どういうことだ? 一体、何を見たというんだ坊主」

「ふふふ。どうだったかしら? 世界を焼き尽くすほどの憎悪は?」

 

 愉悦に満ちた表情で、ドラグナーが問いかけてくる。ドラグナーの言葉に、ウェイバーは再び戦慄を覚え、ライダーが驚愕する。

 

「世界を焼き尽くす憎悪だと? 坊主、ドラグナーがそれほど世界を憎んどるというのか? 余には奴が復讐者(アヴェンジャー)の類いには見えんぞ」

「違う、そんな、レベルじゃない……。アレは、もっと、根源的な、憎しみ……」

「何だ、気付いていなかったのか、雑種? 我はてっきり、貴様は自殺志願者かと思ったぞ」

「なんだって!? アーチャー、お前知ってやがったのか!?」

 

 突然会話に割り込んで来たアーチャーに、ウェイバーは抗議の声を上げた。しかしアーチャーは意に介さず、不敵に笑う。

 

「当然であろう。我を誰だと思っている。我の眼にかかれば一目で看破できるわ。その女が、自身の内に憎悪そのものに等しき存在を巣食わせている事などな」

「な――」

「ふふふふふ。『彼』は我が半身。私の中に住まう、我が盟友にして憎悪の化身。あらゆる冥い感情を糧として、私の力と変えてくれる我が力の根源」

 

 ドラグナーの言葉に、アーチャー以外の全員が唖然とした。その言葉が正しいならば、彼女は自分の身の内に『憎悪』という概念そのものを住まわせていると同義だ。いかに英霊といえどもそれは最早、人間という枠を完全に逸脱している。

 

「ウェイバーとやら、お前は幸運であるわよ? 我が半身が抱く憎悪は、私のいた世界に由来するもの。何の謂れも無きこの世界では、『彼』の憎悪も随分と弱まっているのだからね」

「な――」

 

 ウェイバーは絶句した。彼が先ほど『視た』憎悪ですらそのまま発狂死してしまいそうなほどおぞましいものだったのだ。もしそれが本来のものであったなら――自分は今、間違いなくこの世にはいなかっただろう。

 

「……あんたは、なんなんだ。あんなモノを飼っていながら、どうして平然と微笑みを浮かべていられるんだ」

 

 ウェイバーがそう問うと、ドラグナーは無知な愚民を嘲笑うかのように口角を持ち上げた。

 

「尊きこの私に何者か問うとは、全く以て蒙昧極まりない不敬であるが――ここは異世界。なればこそ、許そうではないの。特別に答えてあげましょう」

 

 そしてドラグナーは、高らかに名乗りを上げる。

 

「私の名はヨヨ。遍く大陸(ラグーン)を統べ、遍く竜を従えし王。全ての人間より尊く、全ての法より正しく、全ての神より偉大なる王。カーナ王、ヨヨとは私のことよ!」




【class】ドラグナー
【真名】ヨヨ
【属性】混沌・善
【ステータス】筋力D 耐久A 敏捷D 魔力EX 幸運A(E) 宝具EX

騎乗:EX
 乗り物を乗りこなす能力。本来は騎乗スキルでは乗りこなせないはずの竜種に例外的に騎乗可能。
 ドラグナーはむしろ竜に乗る事こそを当然としており、逆に他の獣や乗り物には騎乗できない。

カリスマ:A+
 大軍団を指揮・統率する才能。ここまでくると人望ではなく、魔力、呪いの類いである。

黄金律(体):A
 生まれながらにして、女神の如き完璧な肉体を有する。どれだけ贅を尽くしてもその美貌は損なわれる事はない。

忘却補正:A
 人は多くを忘れる生き物だが、復讐者は決して忘れない。厳密には彼女はこのスキルを保有しておらず、このスキルの由来には別の存在が関わっている。

女帝特権:EX
 本来所有していないスキルも短期間だけ獲得できる。最も尊き人間であるこの私が万能であるのは当然でしょう?
 獲得可能スキルは実に多彩。Aランク以上ともなると肉体面の負荷すら獲得できるのだが、なぜか料理系統のスキルは一切獲得できない。
 皇帝特権と同一のスキルだが、『名前が気に食わない』ので当人の自己申告によりスキル名が変更されている。

魅惑の美声:C-
 天性の美声。王権による力の行使の宣言であり、言葉一つで王権の敵対者への魔力ダメージを導く。
 本来は異性に対する魅了の魔術的効果もあるが、ドラグナーの場合、王としての自負が強すぎるせいか魅了の効果は失われている。

天意の加護:A
 幸運値を強制的にAランクにする。加護とは言うものの、ドラグナーは誰の恩恵も得てはいない。あるのは、天意こそは我に在る──否、自身の行いこそが天意であると信ずる心から生まれる、自己の肉体・精神の絶対性のみである。

悪女伝説:EX
 知名度補正が大幅に増幅するが、特定の対象から異常な敵対心を抱かれる。
 また、特定の状況下で意思とは無関係に特定の台詞を口走ってしまう。
 なお、このスキルは外せない。

憎悪の炎:EX
 とある存在が抱く消えない憎悪。
 あらゆる精神干渉を完全に無効化し、任意の対象に絶大な負の精神ダメージを与える。
 また、所有者の内面に外部から何らかの干渉があった場合、自動的に精神ダメージによるカウンターを行う。ただし所有者とパスが繋がれている対象には反応しない。

【宝具】
憎悪に燃ゆ我が半身よ(アレキサンダー)

 マトリクス不足により、詳細不明。

私が王たるに王座は不要ず(エンプレス・カーナ)

 マトリクス不足により、詳細不明。


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奇跡の大陸マハール
カーナ軍ドタバタ訓練日誌・前


 ──新生カーナ王国旗艦ファーレンハイト、その兵士訓練施設にて、異様な光景が広がっていた。

 所々に倒れ伏す死屍累累といった様子の人間たちと、誇らしげにポーズを取るプリーストの少女、そしてボロボロの訓練場であった。

 一体なぜこんな事になっているのか、時はしばし遡る。

 

 

   ◇   ◇   ◇

 

 

「やはり皆の能力を把握しておきたいわね」

 

 始まりは女王ヨヨのその一言であった。カーナ軍のメンバーの具体的な実力を知りたいという彼女の発言を受け、訓練場にて女王見学の下、軍の主要メンバー同士で手合わせを行う流れとなった。

 そして、最初は一対一で試合を行っていたのだが、それを特設の椅子に座って見ていたヨヨは一言。

 

「まどろっこしいわね。どうせ実戦でタイマンなんてほとんどないんだし、この場にいる全員で同時に戦って頂戴」

「ええ!?」

 

 元々派手好きかつ、退屈が嫌いな性格のヨヨである。地味な試合に早々に飽きて、全員同時参加の実戦訓練を命令。カーナにおいてヨヨの意向に逆らうという選択肢はない。かくして第一回カーナ軍バトルロワイヤルが開始される事となった。なお、ヨヨの思い付きで始まったので特にルールは決められていない。

 

 とりあえず、皆が皆、思い思いの配置につきバトルロワイヤル開始。

 

「フレイムヒット!!」

「アイスダスト!!」

「サンダーゲイル!!」

 

 試合開始と同時に、遠距離攻撃手段のあるビュウ、ランサー勢、ウィザード勢が一斉に技を放つ。それらが向かう先は──全て同じ方向であった。

 

「へ? きゃああああっ!?」

 

 炎、氷、雷の三属性の攻撃に襲われ乙女のような悲鳴を上げたのは、しかし色気とは掛け離れた老人。センダックである。

 ヨヨが不参加のこの戦いにおいて、神竜召喚という唯一無二の破壊兵器を持つ彼が集中攻撃を受けるのは自明の理であった。

 

 そんな身内、しかも老人にも一切の容赦と躊躇のないカーナ軍からの同時攻撃に老魔導師センダックが耐えられるわけもなく、あえなく撃沈。

 それを見たカーナ女王から一言。

 

「誰か、汚いから片付けておいて」

 

 それを聞いてか、今回の戦いには不参加である戦竜サラマンダーが、ボロ雑巾と化したセンダックを割と雑に引きずって訓練場から退場させた。

 

 そんな哀れな老人に一瞥すらくれる事もなく、各人はそれぞれ戦闘に移行。そして乱戦となると基本的に自力の低い者から脱落していくのは当然の流れであり。

 

「はあっ!」

「「うわあああ!?」」

 

 カーナ軍では下から数えた方が早い実力のフルンゼとレーヴェがビュウの一撃により呆気なく吹き飛び。

 

「フレイムタワー!!」

「フレイムゲイズ!」

「ひいい……!」

 

 ゾラの息子がルキアとエカテリーナの挟撃を受ける。母ゾラの支援もあり多少は粘るが、あえなく敗れ親子揃って脱落。息子は母に慰められていた。

 

 そして同時攻撃をしたものの特に協力していたわけではない二人の戦いは、

 

「…………やる?」

「…………降参でーす」

 

 ルキアがエカテリーナに得物を突き付けた事で速攻で決着した。

 

「ふむ。まあ順当な流れかしらね」

 

 ヨヨも予想通りといえば予想通りな展開を笑みを浮かべながら眺める。そんなヨヨの様子を見て側に控えているディアナは「剣闘士を殺し合わせて楽しんでる悪の女王みたいね」など口に出せば不敬罪は免れないであろう感想を抱いていた。

 なおディアナだが、プリーストゆえの攻撃力の低さと、今のところ誰かのサポートに回る気配もないところから周囲にスルーされていた。そしてその横では同じプリーストのフレデリカが、

 

「いけるはず。だって私には……クスリがあるから……」

 

 と危ない事を呟きながら何やら赤と青の怪しいクスリを混ぜていた。

 

 そんな中、戦況は変化し続けていた。

 

「ぬう……捉えきれんでアリマス!」

「掴まらなければ!」

 

 エカテリーナを倒したルキアは重騎士であるタイチョーを持ち前の機動力で翻弄していた。

 

「ぬんっ!」

「おっと!」

 

 マテライトの戦斧の一撃をビュウが双剣で以て受け流し、そのまま間合いが開く。

 

「アイスブース!」

「アイスマジック!」

「ぬおおおおっ!?」

 

 そしてバルクレイとアナスタシアが氷技の連携攻撃によってグンソーを撃破。「やった!」とはしゃぐアナスタシアだったが、そこに思わぬ襲撃者が現れる。

 

「モニョ〜!(天よ叫べ!)」

「マニョ〜!(地よ唸れ!)」

「魔力よ躍れ〜っ!」

 

 プチデビ二匹とメロディアが周囲の様子などお構いなしに踊りながら突撃。そして──彼らを中心に大爆発が起きる。

 

「ぬおっ!?」

「なっ!?」

 

 思わぬ大規模攻撃に危険を察知したビュウとマテライトが機敏に後退し、ルキアとタイチョーも驚きに目を見開く。そんな彼らの代わりに爆発の標的となったのは──バルクレイとアナスタシアであった。

 

「え!? きゃああああっ!!」

「うおおおお!?」

 

 嵐のような大爆発──バグデムに飲み込まれてバルクレイとアナスタシアが絶叫する。爆発が治まるとさほど傷を負っていないアナスタシアと彼女を庇い所々焦げたバルクレイの姿があった。

 

「あんた、頼んでもいないのに私の盾に……ってちょっと!? 大丈夫!?」

「このぐらい大した事はない」

「そんなボロボロの格好で何言ってんのよ! 私たち、棄権します!」

 

 その場の勢いのままアナスタシアが棄権を宣言。「お、おい。何を勝手に」と抗議しようとするバルクレイだったが「いいから手当てするわよ!」とアナスタシアに引きずられて退場していった。それを見てディアナが「お熱いわね〜」と呟く。ヨヨも同意するように頷くと、続けて先の大爆発に関して感想をもらす。

 

「あんな大技があったとはね。さすがは死神たるプチデビルの力と言うべきかしら」

「ハマった時のプチデビの強さは凄まじいですからね〜」

 

 関心したようなヨヨの呟きにすっかり観客気分のディアナが追従する。

 

「モニョ〜!(フハハハハ、怖かろう!)」

「マニョ〜!(プチデビ帝国の威光に脅えるがいい!)」

「逃げまどえ愚民ども〜!」

 

 調子に乗った悪魔と幼女がはしゃいで飛び回り更に踊り狂う。そして今度は彼らから無の波動が放たれ、今まで戦闘に加わらず機を伺っていた面々に襲い掛かる。

 

「きゃっ……!」

「ネルボ、気をつけて! ホワイドラッグ!」

 

 キャンベルの二人はネルボが直撃を食らうも、ジョイが素早く回復魔法でリカバーする。

 

「うおっ!? 危ねえ!」

「ラッシュ、落ち着いて射程範囲外に退きましょう」

「あわわ……」

 

 そしてナイト三人組はどうにか逃げて無の波動を回避した。

 

「モニョ……(無様だな、人間よ……)」

「マニョ……(我らを前に臆するか……)」

「ふふふ〜怖いだろ〜!」

「て、てめえら……」

 

 完全に見下されている事に青筋を立てるラッシュと嘲笑する小悪魔たち。

 ……が、ここで優位な状況を維持できないのがプチデビがプチデビたる所以である。

 

「モニョ?(ん?)」

 

 ふとモニョが何気なく横に目をやると、先ほど自分たちが放った無の波動が軌道を変え、再び攻撃力を取り戻して襲い掛かった。()()()()()()()()()

 

「モ、モニョ〜!?(ば、馬鹿なーっ!?)」

「マ、マニョ〜!?(な、なんだとぉー!?)」

「ぴぎゃ〜っ!?」

 

 自分が放った攻撃によって吹っ飛ばされるプチデビたちとメロディア。そう、先ほど彼らが放った攻撃はその名も『みんなダメージ』。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()無差別攻撃である。

 

「今です!!」

「何かわからんが食らえ!」

「そ、それっ!」

 

 当然そんな隙を周りが見逃してくれる訳もなく、剣を構えるナイト三人。

 

「「「フレイムパルス!!」」」

「モニョ〜!?」「マニョ〜!?」「うにゃー!?」

 

 容赦ないナイト渾身の剣波により大ダメージを受ける小悪魔たち。モニョとメロディアはそのまま目を回してダウンするが、プチデビの片方、マニョはしぶとく立ち上がる。

 

「マニョ〜!(おのれ、このままでは済まさんぞ!)」

 

 力を振り絞りデビルダンスを舞い反撃を試みるマニョ。その踊りが齎した効果は──

 

「あ、元気になった気がします」

「マニョ〜!(ぬぁぜだぁ〜っ!)」

 

 ()()()()()()()()()()()()()。……『敵だけ回復』であった。

 

「サンダーゲイル!!」

「マ、マニョ〜!(プチデビ帝国に栄光あれ〜!)」

 

 万策尽き果てたマニョはネルボの放った雷撃によって倒され、プチデビ帝国の野望は潰えるのであった。




【プチデビル】
主にゴドランドに生息している悪魔。
人間の幼児ぐらいの体格で道化師のような格好をしている。
小さくとも死神であり、大抵のラグーンでは死の象徴として忌避されている存在で、カーナ軍内においても親しくしているのは同郷のメロディアのみ。
原作ヨヨは彼ら曰く『中の上』らしいが、何の評価なのかは不明。

普段の行動や言動は悪魔というより悪ガキそのもので、仲間うちで蹴りを入れて下剋上したり、ドラゴンに勝手にキノコを食べさせてうにうににしようとしたり、アイテム屋を占拠したら出られなくなったりなどやりたい放題。雷が苦手らしく、雷雲を抜ける時はかなりビビっていた。

人間並に知能は高いが普通のプチデビは自分の名前と同じ言葉しか喋れないため、人間と意思疎通しにくい。ただし某熊本弁よろしく、プレイヤーには何を言っているのかわかる。

「真の平和……それは永遠の幻……」
「それは危険さ……そうなれば俺たち悪魔は生きられない」
「だが希望を持つのは悪くないな……それが人間って奴なんだろう?」
「愛すべき人間たちよ……悪魔が滅びぬようにお前たちもな」

と悟った事を話す一面もある。

戦闘キャラとしては、人間ではないので武器や防具は一切装備できないが、HPはヘビーアーマー並に高く、防御力も全クラス最高。悪魔らしく人間より頑強な肉体を持っているようだ。ただし装備で耐性を得られない関係上、状態異常攻撃にかなり弱い。
そして近接戦闘時は一切の命令を受け付けない。悪魔は人間の命令になぞ従わないのである。

彼らの唯一の攻撃手段である『おどり』は近接戦闘、フィールド共に効果が完全ランダム。要するに常時パルプンテしか使えないというあまりにもピーキーすぎる性能の持ち主。
一応、パートナーとしているドラゴンによって効果の選出候補が決められており、魔力MAX、うにうに、しょうたいふめい(ベヒーモス)だと強力な効果が見込める。しょうたいふめい(ベヒーモス)と組ませる事をよく薦められるが、しょうたいふめいはレベルを上げにくい上に、実はうにうにとおどりのラインナップが大して変わらない。

完全に運任せな分、ハマった時の爆発力は凄まじく、大技が出れば軽く9999のカンストダメージを叩き出す。また『MPダメージ』という攻撃で相手のMPを0にして技を封じ込める事も。さすがにラスボスには無効だが。
『みんなぜんかい』というフィールド全域に作用する敵味方のHPMPを完全回復するとんでもない効果が発動する場合もある。回復魔法なのでアンデッドには強力な攻撃手段とも化す。

一方、役に立たない場合はとことん役立たずであり、しょっちゅう『しっぱい』して画面に空しく『スカ』の文字が飛び交うのは序の口。
『みんなダメージ』で敵味方全員に被害を与えたり、挙げ句の果てには『てきだけかいふく』を連発してせっかく与えたダメージを無に還す。

生きるか死ぬか、本人にすら予測不能の困った死神。それがプチデビというヤツらである。


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カーナ軍ドタバタ訓練日誌・後

「あっはっは! 面白いわねあの子たち。戦力としては少々博打が過ぎるが、道化としては一流よ」

 

 プチデビたちのはちゃめちゃな戦いぶりに観戦していた女王ヨヨが面白げに笑い声を上げる。何が起こるかわからない悪魔の踊りは見ていて面白い。それだけでなく、先ほどアナスタシア&バルクレイ組を倒した時の大爆発のような、あの攻撃力も素晴らしい。

 が、生きるか死ぬかの戦場において完全に運任せな上に味方に被害を齎したり敵に利を与える可能性があるのは、戦力として計算するにはあまりに酔狂すぎると言わざるを得ない。

 

「でもヨヨ様なら使いますよね?」

「あら、よくわかっているじゃない」

 

 が、そこは唯我独尊なカーナ女王ヨヨである。酔狂で生きているような彼女の臣下としてはプチデビたちはうってつけであった。何、要は何が起きても問題ない状況で運用すれば良いのだ。

 

 ヨヨがそんな事を考えている内に戦況も再び動こうとしていた。

 

「フレイムヒット!!」

「ぬっ……やるのう」

 

 ビュウが炎の必殺剣を放ちマテライトを追い詰める。マテライトはビュウの攻撃に舌を巻きつつも後退しようとするが──

 

「アハハハハ! 私も混ぜて下さぁーーい!」

「「なっ!?」」

 

 高笑いしながら二人の戦いに乱入してきたのは……明らかに正気ではないフレデリカであった。

 

「一暴れさせてもらいますうううフウゥー!」

 

 テンション高く叫びながら杖に魔力を込めるフレデリカ。その普段とのあまりの変わりように、観戦していた女王ヨヨは思わずフレデリカを目を丸くして見つめる。一方のディアナは「あちゃー」と言いながら頭に手を当てていた。

 

「フレデリカってば、またハイになってるわ」

「……なにあれ? 以前、キャンベル解放の時もあんな感じになっていたけど……」

「ああ……ヨヨ様は見るのは初めてでしたよね」

 

 戸惑うヨヨにディアナが解説する。曰く、キャンベルの時のあれはフレデリカにしては大人しい方だったらしい。

 

「フレデリカはクスリを飲みすぎると時々ああなるんです。あの状態のフレデリカは身体能力が異常に高いうえ、痛覚やら恐怖心やら倫理感やら、いろいろとぶっ飛んでるみたいで派手に暴れ回るんです」

 

 一応、敵味方の区別はついているし命令を聞く程度には理性は残っているので特に問題になった事はないらしい。

 

「派手に暴れるって言ってもあの子プリーストよね? 敵陣で暴れ回れるほど強いの?」

 

 そういえばキャンベル解放時の戦いでは投擲槍を杖で叩き折ったりしていたな、とヨヨは思い出す。

 

「フレデリカがああなったら並大抵の戦力じゃ止められないですよ。ビュウとマテライトの二人でもどうにかできるかどうか」

「そう。ふふふ、これは面白くなってきたわね」

 

 そんな話題の主、フレデリカはというと、今まさに攻撃態勢に入っていた。

 

「えびぞり大回転分身アターック!!」

 

 フレデリカがグルグルと身体を回転させながら魔力を集中させた杖をフルスイングで地面に叩きつけると、魔力が解放され大爆発を引き起こす。

 

「うおっ!?」

「ぬおおおお!?」

 

 ビュウは素早く飛びのき回避するが、マテライトは対処が間に合わず爆風によって大きく吹き飛ばされ──

 

「ぐはっ!?」

「ぬわーっ!? でアリマス……ガクッ」

 

 吹き飛んだ先のタイチョーと衝突し、二人揃って気絶。マテライトはともかくタイチョーは完全にとばっちりであった。

 

「アイスマジック!」

「アハハ、涼しいですね!」

「嘘っ!?」

 

 フレデリカを脅威と見たネルボが氷魔法を放つが、フレデリカは全く意に解さず、そのままネルボに対して突撃。

 

「見るがいい、神の威光を! ジーザス・フラァァァッシュ!!」

「きゃああああ!?」

「ネ、ネルボーっ!?」

 

 ジーザス・フラッシュ(単なる威力を高めただけの魔力波)を放つフレデリカの前に為す術なく沈むネルボ。続いてフレデリカはその相方のジョイに杖を突き付ける。

 

「次はあなたです、2Pカラー女!」

「何の話ですか!?」

 

 理不尽な罵倒を繰り出したフレデリカの特に理由の無い暴力がジョイを襲う! 

 

「跪け、神の光に! ゴッド・ストリィィィィム!!」

「さっきと同じ技じゃないですかああぁっ!?」

 

 技名が変わっただけでやっている事は全く同じという適当極まりない攻撃を受け、ジョイも無念の敗退。

 

「フレイムパルス!!」

 

 と、攻撃直後の隙を狙ってか、ラッシュがフレデリカに対して剣波を放つ。それを察知したフレデリカは、

 

「間合いが遠いわ!」

 

 そう言い放つと普段の病弱さなど一切感じさせない華麗な動きでバック宙をしつつ回避。更に着地と同時に杖を構えてそのままラッシュたちに向かって前転。

 

「地獄のメリー・ゴーラウンド!!」

「「「うわああああっ!?」」」

 

 前転の勢いのまま地面に叩きつけられた杖から先ほどと同じように魔力が爆発を起こし、ラッシュと彼に巻き込まれた相棒二人、ナイト三人組もあえなく撃沈。大暴れするフレデリカに、ヨヨが手を叩いて称賛する。

 

「無茶苦茶ね、あの子。いいじゃない、さすが私が見込んだだけあるわね」

 

 と、そんなカーナ女王は天井付近に動く気配を察知する。サジンとゼロシン、ここまで潜伏し戦闘に参加していなかったアサシンたちである。

 

「「イヤーッ!」」

 

 二人は掛け声を上げて天井からフレデリカ目掛けて襲い掛かるが、フレデリカが素早く察知し回避した事により狙いが逸れてフレデリカの背後に着地。

 

「私の背後に、立つんじゃねえ!!」

「「グワーッ!」」

 

 そしてフレデリカの一撃により哀れアサシンコンビはしめやかに爆発四散。ザンネンな結果に終わってしまった。

 

「か、勝てる気がしない……」

 

 何気にここまで生き残っていたルキアだが、鬼神の如き戦いを見せるフレデリカに全く勝てるビジョンが浮かばなかった。

 

「ええーいっ!」

「むむっ!」

 

 一か八か剣を構え突貫してきたルキアの攻撃をフレデリカは容易く反応し杖で受け止める。

 

「優しい剣ですね!」

「力負けしてる!?」

 

 余裕の微笑みを見せるフレデリカと焦りを浮かべるルキア。僧侶と騎士の鍔ぜり合いで僧侶の杖が騎士の剣を押し返す異様な光景が展開され、そのままルキアの剣が弾かれる。

 

「きゃあっ!」

 

 剣を弾かれ体勢を崩したルキアは素早く立て直すが、目の前にいたはずのフレデリカの姿がない。

 

「っ!? どこにっ」

「あははっ、うえですよっ!」

「しまっ……きゃあああ!!」

 

 頭上からの攻撃を察知するが時既に遅く、フレデリカの攻撃を受けルキアも倒れた。

 

「おいおい、マジか?」

 

 残るビュウが思わず呟いた。勝手に周りが脱落してくれるならそれに越した事はないと途中から傍観者に徹していたがまずかったかもしれない。

 誰かと協力してフレデリカを倒すべきだったか。しかし今さら遅い。こうなれば一人でフレデリカをどうにかするしかない。

 

「アハハハハ! さぁ、受け止めて下さいビュウさーん!」

「上等だフレデリカ! プリーストの一人ぐらい受け止められない俺じゃない!」

 

 正直、フレデリカがもはやプリーストとかそういう区分に収まるのかどうか怪しいが、しかしいくらトリップ状態のフレデリカが規格外に強いといっても、ここで負けては戦竜隊長の沽券に関わるとビュウは奮起した。

 

「フレイムヒット!!」

「バァァァニングゥ! ラァァァヴ!!」

 

 ビュウとフレデリカ、それぞれが技を放ち激突しようとする瞬間──

 

「スリーピン」

「あ」「え」

 

 ──突如発動された睡眠魔法によりビュウとフレデリカは仲良く眠りに落ちた。

 

「へへ、やーりぃ!」

 

 ガッツポーズを決めたのはスリーピンを放った少女──そう、今の今までヨヨと共に観戦していたディアナである。完全に存在を忘れられていたのを利用した完璧な奇襲であった。

 

「ディアナ……狙ってたわね?」

「ふふ、私が勝てるとしたらここしかないので〜」

 

 フレデリカのようなデタラメな戦闘能力の無い真っ当なプリーストである彼女にはこのバトルロワイヤルでの勝ち筋はほとんどない。唯一のチャンスが自分が最後の数人まで生き残って睡眠魔法を成功させた場合であった。

 元々、影が薄い事を利用して情報屋紛いの事をやっているディアナである。よって彼女は最初からヨヨの側に控えて戦場の中心から離れて傍観者に徹し、最後の最後に奇襲を行ったのだ。完全な作戦勝ちであった。

 

「強かだこと。でも好きよ、そういうの」

「えへへ、ありがとうございます」

 

 元々ヨヨの思いつきだけで始まったこの試合、別に勝とうが負けようが特に問題はない。しかしやるからには勝ちを目指すのは当然。そして今立っているのはディアナだけであった。

 

「強者とは強き者の事ではない。戦場で最後まで生き残った者の事よ。ディアナ、あなたは紛れもなくカーナ一の強者だわ。このヨヨの名において認めましょう」

「やったぁ〜!!」

 

 ──こうして、プリースト・ディアナはカーナ最強の称号を得て、彼女には優勝賞品として甘いワイン一年分とスーパーウォッカ詰め合わせ、そしてヨヨ女王特製手作りクッキーが贈られたのだった。



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マハールへ

「さて、戦力確認も終わった事だし、そろそろ次の目的地を決めなければね」

 

 戦力確認というよりはほとんどヨヨが楽しむ為の余興であったが、それはさておき。ファーレンハイトにて、新生カーナ軍として初の目的地を決める為の話し合いが行われていた。

 

「私としてはどこから攻めても良いのだけど」

「ヨヨ様、ひとつよろしいでしょうか」

 

 挙手して発言の許可を求めたのはキャンベル組のジョイである。ヨヨはそのまま発言を促す。

 

「我が女王様からの言伝を預かっております」

「叔母様から?」

「はい。神竜を探すならば水の国マハールへ、と」

 

 どうやら、神竜の伝説に挑むヨヨの為にとキャンベル女王の気遣いらしい。あるいは罪滅ぼしのつもりかもしれない。全く、律儀なことだ。

 しかし、マハールか。

 

「ビュウ、確かマハールは帝国によって基地化されていたわね?」

「はい。各国への中継基地として帝国に利用されているようですね」

 

 マハールはオレルスのラグーンでは中層に位置し、水や食料も豊富な大陸だ。中継基地としては最高の条件であった。つまりは、軍事的に重要な拠点であるという事だ。

 

「マハールを落とせば、帝国は中継基地を失う事となります」

「帝国から見たマハールの価値は他のラグーンの数倍、と」

 

 神竜を探す意味でも、戦略的にも、次の目的地としてはお誂え向きという事だ。

 

「決まりね。我がカーナ軍の最初の目的地は水の国マハールよ!」

「「はっ!」」

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

「異常なし」

「異常なし! でアリマス!」

 

 ビュウとタイチョーの言葉が暗いファーレンハイト内部に響く。二人は異常を察知する為の空の見張りを行っていた。寝ずの番だが、これも軍人の仕事の一つだ。

 

「もう少しでマハールだな。どんな戦いになるやら」

 

 ビュウの呟きを聞きながら、タイチョーは物思いに耽る。自分は戻ってきた。マハールの民は元気にしているだろうか。あの男の暴虐に苦しめられてはいないだろうか。

 

(未だに忘れる事ができんでアリマス……忌々しいあの日の事……)

 

 マハールから逃れた日の事を。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

「レスタット! 覚悟ッ!!」

「おやおや、威勢がいいですね」

 

 マハール騎士がレイピアを構えた貴族風の男──グランベロス将軍レスタットに斬りかかる。レスタットはそれを余裕の笑みで受け流し、レイピアを騎士に向かって振るう。騎士は身を避わすが、レイピアが腕を掠める。すると途端に騎士は崩れ落ちた。

 

「ぐっ……! 毒、か……!?」

「ヒヒヒヒ、真面目な騎士様は簡単に引っ掛かってくれて助かりますよ」

「む、無念……」

 

 毒で息絶えるマハール騎士を見ながらレスタットは笑う。

 

「この私にかかれば、マハール騎士団などカス以下の以下だ!」

 

 耳障りな高笑いをしながらレスタットはマハール宮殿へと進撃する。

 

「どうしました? 出て来なさいマハール騎士団隊長、タイチョーよ! 出て来ないならこのままマハールは私が頂いてしまいますよ!」

 

 レスタットが呼びかけたそのマハール騎士団は、今や宮殿内部に少数の騎士が残るのみであった。

 

「隊長! もはやマハール陥落は時間の問題であります!」

「我々がなんとかせねばマハールは壊滅であります!」

「うむ……」

 

 進退窮まった状況下においてタイチョーは決断を下す。

 

「自分がレスタットに一騎打ちを挑むでアリマス!」

 

 もはや戦力のほとんどを失ったマハールがこの戦争に勝つにはこの帝国のマハール侵攻の司令官であるレスタットを討ち取る他ない。

 

「そんな! それでは隊長が死にに行くようなものであります!」

「自分達が露払いをしますから隊長はその隙にレスタットを」

「黙るでアリマス! 誰に指示をしているでアリマスか!?」

 

 タイチョーの身を案じての部下の進言にもタイチョーは耳を貸さない。

 

「自分にとって大切な物はこのマハール、マハールに住む人々! それを守る為なら、この命少しも惜しくないでアリマス!」

「しかし……」

 

 タイチョーの決意を聞いても部下の顔色は優れない。もしもタイチョーがここで討ち死にすれば本当にマハールは終わりだ。

 

「皆さんの言う通りだと思うわ、あなた」

 

 突如、宮殿の奥から姿を現してタイチョーにそう声をかけたのは美しい女性。タイチョーの妻のセリーヌであった。

 

「セリーヌ! お前まで何を言うでアリマスか! 自分が命に替えてもマハールを守らねば、一体誰が守るでアリマスか!」

 

 そう言う自身の夫に対して、しかしセリーヌは首を振って否定する。

 

「あなたの実力では無理と言ってるのよ……」

 

 あろう事か実の妻の口から放たれたタイチョーへの暴言に場がざわめく。

 

「セリーヌ殿! なんて事をおっしゃるのですか!」

「し、失礼極まりないでアリマス! このマハールに自分より強い騎士がいるとでも言うでアリマスか!」

 

 タイチョーの腹心であるグンソーもあまりの暴言に口を挟み、当人であるタイチョーは激昂する。しかしセリーヌは本気でそう思っていた。

 

 勿論、セリーヌも純粋な切り合いならレスタット如きにタイチョーが負けるとは思っていない。しかしレスタットは帝国将軍の中でも勝つ為なら手段を選ばない男。

 まず一騎打ちに応じるとは思えなかったし、よしんば応じたとしても間違いなく途中で部下をけしかけて一対多数の戦いにしてくるだろう。

 要は、レスタットとの一騎打ちしか勝つ手段が無くなった時点でマハールは詰んでいるのだ。セリーヌは冷静にそれを察していた。

 

「自分はマハール一の戦士でアリマス! その誇りを捨てるぐらいならば命を捨てるでアリマス!」

 

 そう言い放つとタイチョーはそのまま宮殿を出ようとするが、それは叶わなかった。

 

「スリーピン!」

「な……!」

 

 タイチョーは妻セリーヌによって眠りに落とされる。セリーヌは夫に謝罪した。

 

「あなた……ごめんなさい。この戦争……マハールはきっと負けてしまうわ」

 

 だが、マハールが帝国の手に落ちても、生きていればいつか取り戻す機会は来る。だから彼女は夫に生て欲しかった。たとえその誇りを踏みにじる事となっても。

 

「いつの日か……帝国は滅びる日が来ると思う」

 

 力による支配を進める帝国はいつか、別の力によって滅びるだろう。だからその日まで生き延びて欲しい。

 

「グンソー……この人をお願いします」

「……はっ!」

 

 グンソーはその願いを聞き、敬礼して彼女を送り出した。

 

「行くわよ! みんな!」

「「「はっ!」」」

 

 そうしてレスタット率いる帝国軍との最後の戦いに赴いたセリーヌだったが、もはや結果は見えていた。タイチョーを欠いたマハール軍にこの侵攻を跳ね返す力はない。

 

「フレイムゲイズ!」

 

 自身も一流の魔術師であるセリーヌの火炎魔法が帝国兵を焼き尽くす。しかし司令官のレスタットは涼しい顔で魔法を受け流した。

 

「ヒヒヒヒ! なかなかの腕ですが、これだけでは私は倒せませんよ。お返ししてあげなさい!」

 

 レスタットの命令に応じ、部下の魔術師部隊が一斉にフレイムゲイズを唱える。数の力を以て放たれたその火炎はセリーヌの魔法の数倍の規模となってマハール軍を襲った。

 

「ぐわあああああっ!?」

「みんな……!」

 

 成す術なく消し炭にされてしまった味方に狼狽するセリーヌ。そんなセリーヌを見てレスタットは嫌味に笑う。

 

「ヒヒヒヒ! セリーヌ嬢、タイチョーはどうしました? あなたの夫はどこへ行ったんです?」

「くっ……!」

 

 悔しげに唇を噛むセリーヌを見てレスタットが哄笑する。

 

「おやおや、さてはタイチョーめ、死ぬのが怖くて逃げましたか! マハール一の戦士がとんだ役立たずですね!」

「違うわ! あの人はそんな人じゃない!」

「ヒヒヒヒ! あの男はそんな男なんだよ!」

 

 そこでレスタットは高笑いを止め、閃いたとばかりに手を叩く。

 

「そうだ、セリーヌ嬢。あなたはお美しい。私のコレクションに加えてあげましょう!」

「なんですって!?」

「ウヒョヒョヒョ!」

 

 レスタットが笑うと三角形の魔法陣がセリーヌに襲い掛かる。

 

「きゃああああ……!」

 

 悲鳴が収まると、そこにあるのは物言わぬ石像と化したセリーヌだけだった。

 

「ヒヒヒヒ! 石像と化しても美しいですね。まぁセリーヌ嬢、タイチョーが役立たずというのは取り消してあげましょう」

 

 そこで言葉を切ると、レスタットは再び高らかに笑う。

 

「なぜなら、あなたの夫は! 役立たず以下、だからだー!」

 

 ──この日、マハールは陥落した。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

(自分は守れなかったでアリマス……)

 

 騎士の誇りも、マハールの民も、そして……最愛の妻も。

 

「悲しいでアリマーーーーース!!」

「うおおっ!?」

 

 突然のタイチョーの絶叫に、同じく見張りをしていたビュウが驚いて階段から滑り落ちる。

 

「す、すまんでアリマス」

「いや、いいんだが……」

 

 タイチョーとしては故郷のマハールが近づき色々と思う事があるのだろうとビュウは察している。

 

「ビュウは守るべき人はいるでアリマスか?」

「それは、いるさ」

「守るべき人がいるという事は、この世で一番幸せな事でアリマスよ」

 

 タイチョーは遠くを見つめながらそう語る。彼は守るべき人を守れなかった男だ。

 

「守るべき人を失ったら……それはこの世で一番悲しい事でアリマス……」

「そうだな……そう、だな……?」

 

 神妙な様子のタイチョーに頷くビュウだが、何やら妙に歯切れが悪い。

 

「どうかしたでアリマスか?」

「いや……人生の先輩としての忠告ありがたく思う」

 

 ただ、とビュウは語る。

 

「俺の守るべき人たちは……正直、守る必要があるかどうか疑問なぐらいパワフルな御人ばかりなんで……」

「た、確かに……でアリマス……」

 

 ──法衣を翻して高笑いするカーナ女王や、先日大暴れしたプリーストの少女を思い浮かべて、ビュウの言葉に頷くしかないタイチョーであった。




【タイチョー】
元マハール王国近衛騎士団長。ヘビーアーマー。グランベロス帝国によるマハール侵攻の折、妻のセリーヌと部下のグンソーの手によってマハールを逃れ、反乱軍へと参加した。

タイチョーという名前と地位の割に「〜でアリマス」と一兵卒のような口調で喋る。帝国の侵略戦争の被害者として重い過去を持つが、普段はそう見えないほど明るく振る舞う。
反乱軍においては大体はマテライトの腰巾着のようなポジションであり、マテライトの不器用な性格を察しているが、横暴なマテライトに理不尽な目にあわされる事も多く「いつか泣かせてやるでアリマス!」と言ったりも。

帝国との戦争で様々な物を失ってしまい、腑抜けた事を自覚している。しかし「今まで斬り捨ててきた帝国の兵たちもきっと守りたい物の為に戦っている」など深みのある言動も見られる。恐らく反乱軍では一番『大人』な人物。
場面によってコミカルからシリアスまでこなせる守備範囲の広い男。


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出でよ、神竜……?

 新生カーナ軍となった私たちは、今ようやくマハールの側まで辿り着いていた。

 

「ふむ、あれがマハールか。中々に美しいじゃない」

 

 豊富な水に満たされたラグーンは、遠目からでもその美しさがわかるわね。

 

「マハールは大陸の9割が水で満ちた国だとか。雨はほとんど降らないそうですが歴史上、水が尽きたという記録はないそうです。故に奇跡の大陸と呼ばれているとか」

「ほう」

 

 決して尽きない水の大陸か。なるほど、補給の為の軍事拠点にはうってつけね。ただそれは私たちにも言える事でもある。

 

「早く上陸するでアリマース!」

 

 タイチョーがいてもたってもいられないという様子でサンダーホークに乗り込む。かなりの気迫が伺えるわね。

 

「タイチョー、なんだか気合い入ってる……?」

「無理もなかろう。タイチョーはマハールの騎士団長だった男じゃ。そして帝国に故郷を奪われた男」

 

 マテライトが神妙な様子でそう語る。立場の似ているタイチョーに自分を重ねているのね。

 

「何、タイチョーだけに限った事ではないわ。この私とてカーナの亡霊なのだから」

 

 そもそも我が軍は帝国が戦争で殺しきれなかった死に損ないどもの集まりである。私たちカーナ人などその筆頭だ。

 

「確かに。帝国の連中から見れば、俺たちは亡霊みたいなものですか」

「ふふふ。ならば亡霊らしく、帝国の生者たちを死へと誘ってやるだけよ」

 

 故郷を滅ぼされた者たちの怨念、存分に味わってもらおうではないの。

 と、横から私に対して声がかかる。

 

「ヨヨ様、ビュウ隊長。作戦を考えたのですが聞いてくれますか?」

「トゥルースか」

 

 ビュウの部下三人組の頭脳派、トゥルースから何やら提案があるようだ。

 

「ふむ、言ってごらんなさい」

「ありがとうございます。ではこちらを御覧下さい」

 

 そう言ってトゥルースが広げたのはマハールの地図だ。ふむ、噂通り水ばかりね。

 

「我々が上陸するであろう場所がここ。帝国はその真正面に陣を引いてこちらを迎撃する態勢なのがわかりました」

「ふむ。それで?」

「はい。帝国が陣を引いている上流に、今は既に使われていない大水門があるようなのです」

「ほう。それは……なかなか面白い事ができそうじゃない」

「はい」

 

 つまりトゥルースの作戦とは、大水門の下流に敵軍をおびき寄せ、機を見計らって水門を開き一気に敵を蹴散らしてしまおうというものだ。

 

「いいじゃない。ただ、ちょっと派手さに欠けるわね」

「そうですか? 十分派手なように思いますが……」

「甘いわねビュウ。ベロスの蛮人どもへの罰としてはこの程度では温いわ」

「はぁ」

 

 この世で最も尊きこの私に敵対した以上、その罪は命で贖うのが道理である。しかしそれには単なる水責め程度では少々不足ね。

 

「というわけで、トゥルース。その作戦にもう一押し加えて頂戴」

「とおっしゃいますと?」

「つまりね……」

 

 私はトゥルースと、ビュウにも考えを話す。

 

「それは……中々にえげつない……」

「素晴らしい作戦ですね! さすがヨヨ様!」

 

 ビュウはちょっと引き気味だがトゥルースは絶賛してきた。この子、腹黒軍師の才能があるんじゃないかしら。

 

「さて、作戦も決まったことだし、そろそろ上陸しましょうか」

「その前にヨヨ様。ちょっとお時間をよろしいですか?」

「なぁに、ビュウ?」

 

 ちょっとと言わなくても、ビュウにならいくらでも時間をあげるのに。

 

「ヨヨ様の守護神竜のアレキサンダーですが……センダックでも喚べるのですか?」

 

 あら、それは考えてなかったわね。彼が私以外に使役されるかというとまず無理だが……。

 

「別に宿してもいないヴァリトラを喚べるぐらいだし、いけるのかしら? どうなのセンダック?」

「ひ、姫様……正直やってみないとわからない」

 

 まぁそれもそうか。そもそもセンダックが神竜召喚できる理由自体よくわからないのだし。

 

「ただ……もしアレキサンダーを喚べてもわしじゃ制御できないと思う」

 

 彼は相当なじゃじゃ馬だからねえ。まぁ、それについては問題ない。

 

「その心配はいらないわよ。彼、私の言う事は聞くから」

 

 もし暴走しかけても、キャンベルの時のように私が止まれと言えば止まる。彼、意外と物分かりがいいのよ?

 

「まぁ、もし喚べても私が喚んだ時ほどの威力はでないでしょうけど、むしろ良いかもしれないわね」

 

 アレキサンダーの攻撃は少々威力が強すぎるのだ。むしろ弱まってくれればちょうどよくなるかもしれない。

 

「面白そうだし、センダック、戦闘に入ったら一度彼を喚んでみなさい」

「わ、わかりました」

 

 さて、話も済んだ事だしマハールへ上陸よ!

 

 

   ◇   ◇   ◇

 

 

「来おったな、反乱軍ども!」

 

 上陸して早々、いきなり潜んでいた帝国軍に包囲される。まぁ、この程度は想定内だ。

 

「マテライトら重騎士は皆の盾になって。ドラゴンを前面に出して敵を受け止めるわよ」

「はっ!」

 

 包囲されたとはいえ、敵に一気にこちらを撃破できるだけの戦力はない。冷静に対応すれば問題ないわね。

 

「さっそく出番かもしれないわね」

「アレキサンダーですか?」

「ええ」

 

 どうせ試すのならばこういうものは早い方が良いだろう。親切に帝国も的を用意してくれたのだし。

 

「というわけで……センダック!」

「よ、よし……!」

 

 センダックが自らの魔力を高めると──瞬間、大気が揺れる。

 

「これは……!」

「私の時と同じね」

 

 キャンベルで私が彼を喚んだ時と同じだ。これは──いけるかしら?

 

『目覚めよ──アレキサンダー!!』

 

 センダックの叫びに応じ、現れたのは憎悪に身を焦がす四つ首の竜──

 

「ポンッ」

 

 ──ではなく、紫色の身体をした、まるで幼児が落書きで描いたかのような珍妙な姿をした小さな蛇? のようなものであった。

 

「えっ?」

「ええと……アレキサンダー?」

「じゃないわね。アレキチャンダよ」

 

 まさかこっちが出て来るなんてね。私以外が喚ぶとこういう事になるのか。

 

「何ですか、アレキチャンダって」

「ドラゴンの形態に『うにうに』というのがあるでしょう?」

「ええ。妙な姿の割にはやたらと強いけど失敗ばかりするあいつらですね」

 

 うにうにというのは妙な物ばかりドラゴンに食べさせると進化する形態だ。一説にはドラゴンがいじけている時になる形態らしい。

 変な姿の割には異様に強いのだが、攻撃が失敗する事も多い謎のドラゴンである。

 

「そのうにうにだけど、神竜にも影響するらしくてね」

「ってことは、アレキサンダーがうにった姿があれですか」

「ええ」

 

 謎なのは神竜にすら影響を与えるうにうにの存在であるが。いったい、なんなのかしらねえ。

 しかし、アレキチャンダはかわいいわね。

 

「何だぁ? 何が出て来るのかと思えば変な蛇が一匹かよ」

「串焼きにして食ってやろうぜ!」

 

 帝国兵たちがそう茶化していると、アレキチャンダは気に障ったのか、目をくわっと見開き──

 

『────!!』

「なっ……うわああああ!?」

「ぎにゃあああああ!!」

 

 ──暗黒の波動を放って帝国兵たちを闇に飲み込んだ。

 

「って、強いなオイ!?」

「さすが我が半身。滑稽な姿となっても尚その力は凄まじいわね」

 

 ビュウが驚いている横で私はうんうんと頷き、そう感想を述べる。さすが我が守護神竜、素晴らしい力だ。というか正直な話、予想通りに普段よりも威力が抑えられてむしろ使いやすくなっている。本来の姿よりこっちで喚びたいぐらいだ。本人が嫌がるのでやらないが。

 

「あら?」

 

 私がそんな事を思っていると、召喚したセンダックが何やらフラフラと足元がおぼつかなくなり……そのままバターンと倒れた。

 

「ろ、老師ぃー!?」

「メディック! メディーーーーック!!」

 

 いきなり倒れたセンダックに皆があわてふためく。というかディアナ、衛生兵はあなたでしょうに。

 

「どうしたセンダック?」

「うう……魔力が……精神力が……」

 

 どうやら、今の召喚でセンダックの魔力と精神力がほとんど持っていかれてしまったらしい。

 

「ドラグナーあらざるセンダックには、アレキサンダーの召喚は荷が重かったみたいね」

「ヴァリトラの時は大丈夫でしたが……アレキサンダーは無理ですか」

「仕方ないわ。人ひとりの身で受け止めるには彼の力は強大すぎるのよ」

 

 このオレルスすら滅ぼしかねない力だ。センダックがこうなるのも無理もあるまい。

 

「サラマンダー、センダックをファーレンハイトに運んでやれ」

「キュイ!」

 

 サラマンダーがセンダックを背に乗せて飛んでいく。いきなり戦力が離脱してしまったが、包囲していた帝国兵たちは全滅したしそこまで悪くはないか。

 

「モニョ〜!(センダック老師……お大事に!)」

「マニョ〜!(プチデビ一同から、スノードロップを送ります!)」

 

 プチデビたちがお見舞いの品を送るみたいね。良い子たちじゃない。花言葉? さてなんの事やら。

 

「しかし喚んだだけでああなるとは、やはり恐ろしい力ですね」

「ええ。そして一番恐ろしいのは……」

「はい?」

「そんなアレキサンダーを完全に制御できる私の才能だわ!」

「そ、そうですね……」

 

 全く、なんて尊い私かしら。あぁ、自分の素晴らしさがこわい!




【アレキチャンダ】

神竜アレキサンダーのもう一つの姿。
ドラゴンが『うにうに』状態の場合、そのドラゴンを連れているユニットの技や魔法が『うにうにヒット』やら『うにうにま』などの、威力は高いが結構な確率で失敗する無属性攻撃『うにうに技』しか使えなくなってしまう。
そしてその状態で神竜を召喚すると『ヴァリンチョ』やら『アレキチャンダ』やら子供の落書きみたいな神竜しか喚べない。

……が、失敗の可能性はあるものの威力自体は普通に召喚した時にも劣らず、範囲も同じなので普通に強かったりする。
『幼稚園児に描かせました』みたいなやつらが屈強な帝国兵や魔物を次々と消し飛ばしていく様は極めてシュール。


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ダムの水全部抜く大作戦

「さて、アクシデントはあったけど、行きましょうか」

 

 いきなりセンダックが戦線離脱してしまったが、作戦通りに行けば問題なかろう。この尊き私がセンダックの分までカバーすれば良い。というわけで、皆に強化魔法ビンゴをかけておく。

 

「おお、力がみなぎる!」

「ヨヨ様から直々に強化魔法をいただいたのだ。無様な戦いはできんぞ!」

「我が神に、勝利の栄光を!!」

 

 うむ。皆の士気も高まっているようだ。

 

「手筈通りに行くわよ。マテライトたちは下流の敵軍を引き付けておいて。私たちは水門を目指すわよ」

「はっ」

 

 なお支援役として、プリースト部隊は半々に分かれる。

 

「ひゃーっはー! 汝らの魂、ヨヨ様に捧げよぉー!!」

「ふ、フレデリカさーーん!?」

 

 ……約一名が早々に支援を放棄して敵陣に突撃していったが。ルキアが慌ててその後を追いかけ、彼女たちを先頭にマテライトたちも敵陣に進軍する。

 ……ライトアーマーのルキアがフレデリカに追い付けてないんだけど。どんな俊足してるのかしら、あの娘? 

 

「さて、私たちも行くわよ」

「はっ。御身に近付く輩はこのビュウが切り捨ててみせましょう」

 

 あら、頼もしいじゃないビュウったら。そんなあなたも素敵よ。

 

 

 ◇   ◇   ◇

 

 

「死ね! 反乱軍ども!」

 

 帝国の魔術師が火炎魔法を放つが、ビュウが双剣でそれを受け止める。

 

「何っ!?」

「残念だが、死ぬのはお前らだ」

 

 ビュウはクールにそう言い放つと、氷の剣撃──アイスヒットで反撃した。

 

「う、うわああああっ!」

「他愛もない。ヨヨ様のお手を煩わせるまでもないな」

 

 ふっ、やはりベロスの雑兵如きでは私のビュウの相手にはならないわね。

 

「それにしても、遠隔攻撃が専門の連中ばかりね」

 

 こちらの大水門に配置されている帝国兵は魔術師やカタパルトの担い手ばかりだ。

 

「こちらは高台ですからね。魔術師や砲兵で我が軍を狙い撃つつもりだったのでしょう」

「ではこちらに兵を割いたのは正解だったわけね」

 

 今回の作戦は性質上戦力を二分しなければならないという厄介な欠点があったが、結果的には敵の目論見を潰す事ができたようだ。さすがは私。素晴らしい人間には素晴らしい結果もついてくるのだわ。

 

「フレイムパルス! どけどけぇー!!」

「ぐわああああっ!」

 

 そうこう言っている間にまた一人帝国兵がラッシュの剣波で倒れる。が、その直後を狙ってか、近辺に潜んでいたらしい敵の槍兵からラッシュに槍が投擲される。

 

「うおっ!?」

「危ないよラッシュ!」

 

 槍が直撃する寸前にビッケバッケがラッシュを庇い、盾で槍を受け流す。その後に控えていたトゥルースが素早く投擲してきた槍兵を斬り捨てた。

 

「す、すまねえ二人とも」

「よかった~」

「ラッシュは前に出すぎなんですよ」

 

 ラッシュの無事にビッケバッケが安堵しトゥルースがやれやれと息を吐く。どうにも慣れた感じだし、いつもラッシュは突出しているのだろう。まぁ、何事もなくて何より。

 

「くそっ、反乱軍の犬どもめっ!」

 

 と、生き残りの砲兵がカタパルトを撃とうとするが、その背後にアサシン二人が忍び寄る。

 

「イヤーッ!」「グワーッ!?」

 

 哀れ下賤なベロスの兵は爆発四散。

 

「これで一掃できましたか」

「そうね。あとはタイミングを見計らって水門を開くだけよ」

 

 あとは向こうの皆次第である。上手くやってくれると良いのだが。

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

「ヒヒヒヒヒ! 現れたね反乱軍の諸君! どうぞ私のところまで来てみなさい!」

「ちいっ! 数ばかり揃えよって!」

 

 大量の兵士の遥か後方に陣取り挑発するレスタットに対し、マテライトが思わず悪態を吐く。そしてタイチョーが前に出てレスタットを睨む。

 

「レスタット! ここで会ったがでアリマス!」

「おやおや、誰かと思えば私が怖くて一人逃げ出した元マハール騎士団のタイチョー殿ではないですか。今度は逃げないのかね? ヒヒヒヒヒ!」

「その減らず口もここまででアリマス!」

 

 タイチョーの怒りも意に介さずレスタットは哄笑する。彼の余裕を保証するかの如く、衝突する前から戦況はカーナ軍の不利であった。単純に帝国軍はカーナ軍の三倍以上いたからである。

 

「食らえ!!」

「ちいいっ!」

 

 軽装の帝国兵の部隊から一斉にハンドボムが投擲され、たまらずタイチョーやマテライトらが足を止める。その隙に後衛に攻撃を仕掛けようとした帝国兵をグンソーや機動力の高いルキアが抑える。が、さすがに防ぎきれずに数人が後方へと抜ける。

 

「しまった……!」

「とったぁ!」

 

 帝国兵が目についた獲物、見るからに華奢な僧侶に斬りかかる……が、その剣は細い腕に握られた杖であっさりと受け止められた。

 

「なっ!?」

「さぁ、神に祈りなさい!」

 

 残念、そこはフレデリカ。カーナ軍に潜む特大の地雷であった。腕力だけで剣をあっさりと弾き返し、そのまま脳天目掛けて杖を振り降ろす。

 

「がっ……」

「まだまだ、ですね」

 

 帝国兵を殴り倒して昏倒させると素早く杖──ファイアロッドを掲げて火柱を巻き起こす。

 

「ここですか?」

「うぎゃあああっ……」

 

 自身に向かって来る多数の兵士に対して到達する順通りに的確に炎を浴びせかけると、さらに訓練でやったように杖に魔力を集中させて地面に叩きつける。

 

「神罰です! お別れです!」

「がはぁっ……!」

 

 魔力が解放されると帝国兵が冗談のように吹き飛び、気付くと彼女に向かってきた部隊は全滅していた。

 

「神のご加護があらんことを」

 

 一方的に蹂躙しておいて神のご加護も何もない気がするが、ともかく彼女の活躍で帝国兵の士気はガタガタであった。他の兵士たちも思わず後退り──突如、ラグーンに凄まじい音が響いた。

 

「な、なんだ!?」

「これは……!」

 

 帝国軍に動揺が走り、対してカーナ軍は士気を上げる。そう、マハールの水門が開かれたのだ。見れば、大量の水が戦場に向かって押し寄せており──その向かう先はラグーンの外の空中である。呑まれればまず命は無かった。

 

「こ、洪水だぁ~!!」

 

 人為的に引き起こされた水害に帝国軍がパニックを起こす。一方で、カーナ軍は音が聞こえた直後には既にドラゴンたちによって回収され全員が安全な上空へと避難していた。

 

「た、助けてくれー!」

「ちきしょう、奴ら高見の現物かよぉ!」

 

 逃げ惑う帝国軍に対し余裕のカーナ軍。しかし彼らの言うように高見の現物をしているほどカーナ軍は悠長ではない。

 

「さー! 派手にやるわよ!!」

「ウフフ……ウフ……」

「悲しいけど、これ戦争なのよね」

「やっちゃうぞ~!」

 

 張りきったウィザードたちが一斉に詠唱を始め、さらに戦士たちは懐から魔力草を取り出す。

 

「な、なんだ!? 奴ら何して……まさか!?」

 

 激流に呑まれながらもラグーンの外に押し流されまいと必死に踏ん張る帝国軍の兵士らは、ようやくカーナ軍の不穏な動きを察知するが、しかし彼らに為す術はない。

 ──そして、ウィザードたちが詠唱を終える。

 

『『『『サンダーゲイル!!』』』』

 

 一斉に唱えられた雷の魔法、そしてだめ押しに投げ込まれた魔力草──雷の草により凄まじい雷鳴が轟き、着弾する。そう、今まさに帝国軍が呑まれている水へと。

 ──どうなるかなど考えるまでもない。

 

「ぬわーーーーっ!!!」

「げぐぁ~っ!!」

「アンドルフおじさーーーーん!!」

「これが人間のやることかよおおおっ!?」

 

 感電し、痺れて自由の利かなくなった彼らの身体は大量の水に呑み込まれ、断末魔の叫びを上げ、哀れ雲海の露と消えるのであった。

 

「見ろ! ベロス人どもがゴミのようだ!」

「な、ななななな……」

 

 僧侶とは思えない発言をするディアナであったが、彼女の言う通りゴミ掃除の如く文字通り全滅した自身の軍に激しく動揺するレスタット。そこにすかさずドラゴンから飛び降りて切り込みをかける一人の男。タイチョーであった。

 

「レスタット覚悟!」

「こ、こしゃくな!」

 

 なんとかタイチョーの一撃を受け止めるレスタットであるが、元々体格で劣り、得物も戦斧を受けるにはあまりにも分が悪いレイピアでは明らかに劣勢であった。しかしその程度で討ち取られるほど帝国将軍は弱くない。

 

「これでもくらえ!」

「ヌッ!?」

 

 レスタットが腕を振るうと三角形の魔法陣が現れ、タイチョーと、彼に続いて攻撃をかけようとしていた後続のグンソーらに襲い掛かる。そしてかつてセリーヌがそうなったように彼らを石像へと変えようとしていた。

 

「クリーンアップ!」

 

 と、そこにフレデリカから、珍しくプリーストらしい浄化の白魔法が飛ぶ。恐ろしい石化の術といえど、あらゆる状態を正常にするこの魔法の前には形無しである。

 

「ヒッヒッヒ! このお返しはするよ!」

 

 しかし、レスタットにはこの一瞬の時間が稼げれば十分であった。即ち、戦略的撤退である。

 

「待つでアリマス! レスタット!」

「待てと言われて待つ者がいますか!」

 

 尤もな台詞を吐いてレスタットは逃亡。清々しいまでの引き際であった。クリーンアップの白魔法といえども瞬時に石化から戻す事はできず、まだ動けないタイチョーにはそれを忌々しげに見送るしかなかった。

 

「逃げ足の早い奴ねえ」

 

 あまりに華麗な撤退に、遅れて合流したヨヨがそう呟いて感心していた。

 

「申し訳ありませぬヨヨ様。逃げられました」

「まぁ、マハールの解放は果たせたのだから問題ないわ」

 

 この戦いの目的はレスタットを討つ事ではなく帝国駐留軍をマハールから追い払う事であり、作戦自体は大成功と言って良い。タイチョーには思うところはあるだろうがそれはまた別の問題であった。

 

「……今は素直にマハールの解放を喜ぶべきでアリマスな」

「その通りじゃ、タイチョー。今この時だけは憎しみを捨てて喜ぶのじゃ!」

 

 マテライトの言葉にタイチョーは頷く。

 

「この戦い、我々の勝利よ!」

 

 ──こうして、カーナ軍によってマハールは帝国より解放されたのであった。




【レスタット】

グランベロス帝国八将軍の一人。旧ベロス政権の軍閥に生まれたエリートであり、成り上がりのサウザー皇帝を快く思わない将軍の代表格。その為、旧ベロス派であるグドルフ派に属している。

マハール侵攻の総司令官であり、マハールを陥落させタイチョーの妻セリーヌを奪った人物。
戦闘では『ヒヒヒヒ』と『ウヒョヒョヒョ』と笑い声が技名となっており、前者は毒のレイピアによる突きさし、後者は三角形の魔方陣による石化攻撃。状態異常攻撃を使ってくる唯一の将軍で、特に『ウヒョヒョヒョ』はフィールドでは全体石化、直接戦闘では脅威の100%石化を誇る。しかしドラゴンには対抗手段が全くない。

初戦では水責めに巻き込まれないようにする為かなんと移動力0に設定されており、初期位置から全く動けない。その為状態異常無効のドラゴンたちに一方的に遠距離攻撃でボコボコにされたりする。何気にバハラグ唯一のボイス付きキャラである(笑い声のSEがあるだけだが)

タイチョーの因縁の相手であり、本人の性格的にも完全な悪役なのだが、世間のプレイヤーからのヘイトは味方であるはずのヨヨとパルパレオスを圧倒的に下回る。それがバハラグクオリティ。


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その名はドンファン

皆よ集え!ヨヨ様のご帰還である!(更新めちゃめちゃ遅れてすいません)


 レスタットを撤退させ帝国軍を追い払ったカーナ軍はマハール城下へと足を踏み入れた。

 

「ここが奇跡の都マハールか。確かに美しい所ね」

「マハールの水の透明度はオレルス一だと言われていますからね」

 

 ビュウの言う通り、眼下に流れる川は驚くほど清んでおり、魚どころか川底の石まではっきりと見えるほどだ。

 

「しかし、誰も出て来ないわね? マハールは抗戦派の国。キャンベルのように反感を買っているわけではないと思うのだけど」

「確かに全く住民の気配がありませんね」

 

 そうビュウとヨヨが言葉を交わしていると、騎士らしき風貌の茶髪の女性が姿を現した。

 

「レスタットが逃げて行ったと思ったら、またえらく団体さんが来たね」

「ジャンヌ!?」

 

 彼女の言葉に反射的に口を開いたのはマハール出身のライトアーマーであるルキアだった。名を呼ばれた女性──ジャンヌが彼女の方を見る。

 

「ん……ルキア!? 帰って来たのかい?」

「久し振りね、ジャンヌ。私は今カーナ軍にいるの。レスタットも私たちが追い払ったのよ」

「カーナ軍……そうか、カーナのヨヨ王女を旗印に起った……」

 

 そう言って辺りを見回したジャンヌはふと高貴な少女──ヨヨのところで目を留めた。そのままヨヨの元へと歩み寄り臣下の礼を取った。

 

「カーナのヨヨ王女とお見受けします。私は元マハール騎士団員のライトアーマージャンヌ。此度はレスタットを追い払っていただき感謝いたします」

「感謝を受け取りましょう。しかし貴女は私の臣下ではない。その礼は不要よ」

 

 ヨヨの言葉にジャンヌは礼を崩さないまま首を振った。

 

「いえ、必要でありましょう。これから私もヨヨ様の臣下となるのですから」

「え!? ジャンヌ、それじゃあ……」

「ああ、ルキア。私もカーナ軍に参加しようと思う」

 

 ジャンヌが凛とした表情でそうルキアに返答したのを見てヨヨは頷く。

 

「ならば良い。我が臣下となったからにはその力、存分に振るってもらいましょう。それから、私は王女でなく女王よ」

「はっ」

「ねえジャンヌ、帝国に反感を抱いている住人は貴女だけなの?」

「大半はレスタットの侵攻時に戦死、良くて消息不明でね……」

 

 ジャンヌのその言葉に肩を落としたのは当時のマハール近衛騎士団長であったタイチョーだった。

 

「すまんでアリマス……自分が不甲斐ないばかりに」

「タイチョー殿、そう気を落とさないで下さい。当時の戦力では誰が指揮しても変わらなかったでしょう」

「うむ……」

「しかしタイチョー殿もカーナ軍におられたのですね」

「行く当ても無くさまよっていたところをカーナ騎士団長のマテライト殿に拾われたんでアリマスよ。おかげで頭が上がらんでアリマス」

 

 そんなタイチョーだが密かにいつか横暴なマテライトを泣かせてやろうとか考えていたりする。それはさておき。

 

「ところで私と同じであの時に死に損なった男が一人いまして……」

「本当!? 誰なの!」

「誰っていうか……ルキア、あんたもよーく知っている奴だよ」

 

 何やら微妙な表情をするジャンヌにルキアはなんとなく察した。

 

「もしかして……」

「あいつだよ、あ・い・つ」

「……ドンファンね?」

「せいかーい!」

 

 茶化した感じに答えるジャンヌ。元々彼女としては堅苦しい空気は苦手でこちらの方が素である。

 

「まぁ彼の実力なら生き残っているのも納得できるけど」

「ドンファンでアリマスか。確かに彼が加わってくれれば頼もしいでアリマス」

「実力者なのかしら? そのドンファンとやらは」

 

 そのヨヨに対し答えを返したのはグンソーも含めたマハール組だ。

 

「その通りでアリマス! 彼ほど女癖の悪い男は知らんでアリマスが、彼ほど格好いい男も知らないでアリマス!」

「ドンファン殿の女癖の悪さは超一流ですが、槍の腕も超一流ですぞ(ボリボリ)」

「あいつの振るう槍の速度に敵う奴はマハールにいません。女に手を出す速さにも敵う奴はいませんけど」

「そうです! 彼の槍投げの正確さはマハール1です! 女癖の悪さもマハール1ですけど……ですけどっ!」

 

 実力への評価は高いが何やら余計なフレーズがくっついている上に、ルキアはやたらと不機嫌であった。それを聞いてマテライトが思い出したように手を叩く。

 

「そういえばまだカーナ王がご健在の頃にマハールに訪れた時に何度か見かけたのう。女癖は悪かったが、相当な腕の槍使いじゃった。女癖は悪かったが」

「私も知ってる! ドンファンほど槍の腕に優れ、女癖の悪い男はマハールにいないって!」

 

 マテライトに続いてディアナがそう言った。これらの評を聞いたヨヨの感想はというと。

 

「とりあえず女癖が悪い男なのはわかったわ」

「でしょうね」

 

 むしろ槍の腕よりそちらの方が強調されていたような気がする。と、そこに一人の男が現れた。

 

「レスタットがいなくなったってのは本当かい?」

「あっ、ドンファン!」

 

 そう、彼こそ件の人物──ドンファンである。レスタット撤退の噂を聞きつけやって来た彼がカーナ軍を見た反応はというと。

 

「──美しいレディ。貴女はもしやカーナ王国のヨヨ王女では?」

「惜しいわね。今は王女でなく女王を名乗っているわ」

「なんということだ。貴女のような美しく高貴な女性に導かれるとはカーナの民はオレルス一幸福な人物でしょう」

 

 ──いきなり初対面のヨヨを口説きにかかる噂通りの男であった。ビュウが呆れ顔をし、ジャンヌがまた始まったと肩を竦め、ルキアが顔に怒りマークを浮かべる。ちなみにヨヨとしてはこの程度の口説き文句は宮廷で聞き飽きているのでなんとも思っていなかった。

 

「ヨヨ女王。カーナ軍は帝国に対抗する兵を集めていると聞く。よければ自分も加えてもらえないだろうか」

「理由は?」

「美しい貴女の力になりたいから──かな?」

 

 そのままドンファンはヨヨの手を取ろうとし──

 

「はい、そこまで」

「──へ?」

 

 ──ビュウに剣を首に当てられる事で阻止された。

 

「……えーと、君は?」

「俺か? 俺はビュウ。カーナの戦竜隊隊長だ」

「それでビュウ殿、僕はなんで剣を突き付けられているのかな?」

 

 ドンファンが疑問に思うのも無理はない。いきなり初対面の女性の手に触れるのは嫌悪感を抱かれても仕方ない行動だが、相手が貴族の女性、それも王族である場合は少々話が異なるからだ。

 

「あんた、ヨヨ様の手に口付けしようとしただろ?」

「したが……それは忠誠を示す為で」

 

 そう。騎士が王族の女性の手を取り、その手に口付けするというのは「騎士としてその人物に忠誠を捧げる」という意味を持つ。いわば儀式的な意味合いの強い行為である。

 

「もしかしてカーナにはそういう文化が無いのかな?」

「いいや? あんたのやろうとした事はカーナでも広く知られた行為だ。少なくともこうやって剣を突き付けられるような行動ではないな」

「じゃあなんで僕はこうなっているんだい?」

「そりゃ相手がヨヨ様だったからだな」

「は?」

 

 間の抜けた声を出したドンファンに答えたのはヨヨその人であった。

 

「生憎だが、私に触れていい男は私の伴侶になる男だけだとカーナの法で決まっていてね。ああ、罰則は原則死罪よ」

「そんな殺生な!?」

 

 ちなみにその法を作ったのはヨヨであり、加えて言えば女王になってからのものなので作られたのは数日前である。ドンファン、なんとも間の悪い男であった。まぁ、ヨヨ自身この法を適用する気はあまりないジョークのようなものなのであるが。しかしそんな事などドンファンは知るよしもなく。

 

(純情硬派のドンファン始まって以来の危機だ! 人生最大のピ~ンチ!)

 

 などと心の中で悲鳴をあげていた。なお、ドンファンの人生最大のピンチは数日に一回のペースで訪れる。人生のハードルの低い男である。

 

「……えーと、ビュウ殿。僕はまだヨヨ女王の手には触れていなかったわけだし、要はアレアレアレ……厳重注意あたりでここはどうにか」

「もうバカ! このバカドンファン!」

「んっ、ル、ルキア!?」

 

 ドンファンがビュウに対して弁明を述べているところに痺れを切らしたルキアが怒鳴り込む。

 

「なんであなたはいつもそうなのよ! 美人とくればすぐ誰にでも声かけて! そんなだからこういう事になるのよ!」

「ルキア……君の気持ちは痛いほどわかっているつもりだ。だけど世界にはこのドンファンがいなければ泣いてしまう女性が大勢いる」

 

 怒るルキアをどう解釈したのか、ドンファンは唐突に語り始める。その姿は何やらスポットライトでも当たっているような錯覚を覚えるほど様になっていた。

 

「彼女たちに涙を流させない為に、このドンファンは数多の女性に声をかけなくてはならないのさ。それが僕の使命のつもりだ。君だけの男にはなれないが、僕はいつでも君を想っているよ……」

 

 格好良く語っているが要するにそれは君の事は好きだけどナンパはやめません宣言であった。そしてそんなものを聞かされたルキアの反応は。

 

「バカ! ドンファンのバカ! もう知らない!」

「あ〜れ〜!? ウッソー! なんでぇ〜!?」

 

 全力の平手打ちであった。仮にも騎士であるルキアの平手打ちを食らって盛大に吹っ飛ぶドンファン。どう贔屓目に見ても凄まじい槍の使い手である強者には見えない。

 

「まぁ、私ってば一組の男女の仲を狂わせてしまったのね。美しさって罪ね……」

「そ、そうですね」

 

 そしてこちらはこちらで自己陶酔ぶりではドンファンも足元にも及ばないカーナ女王であった。




【ドンファン】

マハール出身のランサー。人呼んで『純情硬派のドンファン』。
口癖は「要はアレアレアレ……」「つもりだ」「人生最大のピ~ンチ!」

女性と見れば誰であろうと口説きにかかる気障男。やたらとポエミーかつ回りくどい言い回しと何故かどこからともなく照らされるスポットライトが特徴。カーナ軍のマハール開放時に成り行きでカーナ軍入りする。何気にヨヨと並ぶ専用テーマの持ち主。

幼女や思い人のいる女性には手を出さない紳士かと思いきや人妻にはアプローチをかける守備範囲のよくわからない男。
ストーリー中のナンパは大抵の場合ルキアに咎められて終わるが、帝国にスパイとして送り込むと見事百人斬りを達成しその実力を伺わせてくれる。

ファーレンハイト内では女部屋に入ろうとしたところをジョイとネルボのキャンベルコンビに捕まり、罰として女性部屋のバーに監禁される。
その後、ウサギにされたり氷の草を食べさせられるなど屈辱的な扱いを受けるが、最終的に二人を骨抜きにして自分の虜にしてしまうという大逆転を遂げる。ただしジョイとネルボはお互いがお互いにドンファンと付き合っている事を知らないのでその後は修羅場待ったなしというオチがつくのであった。


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美しき水の国

 ドンファンとジャンヌがカーナ軍に参入してから数日。マハール城下の広場にてヨヨは優雅にグラスを傾けていた。

 

「これは素晴らしいわね」

 

 ヨヨはグラスに入った透き通った水を見つめる。王族であるヨヨは、単なる水ひとつ取っても最高級の物しか口にしたことがない。しかし、そんなヨヨからしてもマハールの水は格別に美味しく感じる物であった。

 

「さすがはオレルス一と言われるマハールの水ですな。儂も長いこと王宮勤めをしておりましたが、マハールより質が良い水は他に知りませぬからな」

 

 何しろ平和な時代に行われていた社交界では、他の国家がワインを出す中でマハールだけは水を出していたほどですからな、とはマテライトの弁だ。それを聞いてヨヨは大きく頷いた。

 

「水がこれほど美味しい物だとは知らなかったわ。常にこれが飲めるならワインなどいらないかもしれないわね」

 

 ワイン好きであり、王族として贅を尽くしてきたヨヨにここまで言わせるマハールの水の素晴らしさは驚愕に値しよう。しかし、とヨヨは不満げな表情で言う。

 

「しくじったわ。マハールの水がこれほどのものだと知っていれば、もう少し別の末路を与えてやったものを」

「剣を振るう間も無く洪水に呑まれるのは、十分屈辱的な末路だと思いますが」

 

 そう言うビュウにヨヨは尚も不満げに首を振った。

 

「この国の水に溺れるのは、ベロスの蛮人どもにはいささか恵まれすぎた最期よ」

 

 ヨヨは再び水を口に運ぶと苦笑しているビュウに尋ねた。

 

「レスタットの行方は掴めたの?」

「はっ。どうやら、カビカビ宮殿を占拠したようです」

 

 マハール城下は解放したものの、占領指揮官であったレスタットは未だに生存している。カーナ軍としてはここで討ち取りたい場面であった。

 

「カビカビ宮殿? ずいぶん珍妙な名前の宮殿ね」

「まぁ、マハール王宮のことなんですがね」

「は? 王宮にそんな名前が着いているの?」

「マハール王宮は内部まで豊富な水が流れており、カビ臭い匂いがするらしく、民の間で広まった名だそうです」

 

 名前の由来を聞いてヨヨは呆れ顔になった。

 

「マハールの民はよくもまぁそんな名を口にできたわね。王宮への侮辱ととらえられて不敬罪になってもおかしくないでしょうに」

「そこはまぁ、王室が寛容だったのでしょうね」

 

 カーナで同じようなことがあれば、まず間違いなく不敬罪である。少なくともヨヨはそうする。

 

「しかし、王宮に籠ったですって? 面倒ね。居城ごと消し飛ばしてやろうと思っていたのに」

 

 ヨヨに宿るアレキサンダーの力を使えば、どんな要塞に籠ろうが一瞬で消し飛ばすことができる。しかし王宮となるとそうもいかない。カーナ軍にはマハール人も多数参加しているというのに、まさか彼らの王宮を消滅させるわけにもいくまい。

 

「恐らくは、あちらもヨヨ様の御力を警戒しての行動でしょう。王宮内での戦闘となれば、宮殿を崩壊させかねないヨヨ様の神竜召喚は迂闊に使えなくなりますからね」

「全く、小賢しい頭だけは回る奴らね」

 

 やれやれ、とヨヨが肩を竦めていると、彼女らのところに焦った様子で駆け寄ってくる人影があった。

 

「陛下! ビュウ殿、マテライト殿!」

「グンソーよ、どうしたんじゃそんなに慌てて」

 

 血相を変えて走ってきたのは、カーナ軍所属でこのマハール出身者でもあるグンソーであった。彼は息を切らしながらも「こ、こちらを」とマテライトに手紙らしき物を手渡した。怪訝な様子でそれを受け取ったマテライトだったが、それを読み進めるうちに眉を潜めたかと思えばどんどんと表情を険しくしていき、最終的には深く溜め息を吐いた。その様子を見てヨヨが尋ねた。

 

「何事かしら?」

「一言で言うならば辞表、ですな」

 

 それだけでヨヨは大体の内容を察した。誰が書いたのかまで含めて。

 

「ふむ。書いたのはタイチョー。内容は独断でレスタットの下へ行く事への謝罪、上官であるマテライトに責を負わせない為のカーナ軍からの脱退、及びカーナ軍人ではない自身を助ける必要性の無意味さ、ぐらいかしら?」

「さすがはヨヨ様、そこまでお分かりになりますか」

「この場面で辞表となったらそのくらいしか無いでしょう」

 

 ヨヨからすれば、復讐に燃える人間が独断で行動する程度は想定の範囲内である。律儀に辞表を用意するあたりは生真面目なタイチョーらしいが。

 

(ふむ)

 

 ヨヨは少し考えてから、マテライトに手紙をこちらに渡すように促した。当然マテライトが拒否するわけもなく、ヨヨに手紙を渡し。

 

『フレイムゲイズ』

 

 ──ヨヨは炎魔法を発動させると、一瞬で手紙を跡形もなく燃やし尽くした。

 

「まぁ! 私としたことが、目障りな羽虫に向けて魔法を放ったら、()()()()大切な手紙まで燃やしてしまったわ! マテライト、あの手紙はどんな内容だったかしら?」

 

 わざとらしく芝居がかった素振りで尋ねてくる主君に、マテライトはニヤリと笑みを浮かべながら答えた。

 

「それがヨヨ様、儂も歳でしてなぁ。さっき確かに読んだはずなのですが、どうにもさっぱり内容を思い出せんのです」

「まぁ、それは困ったわね。こうなったら手紙を書いた本人から聞き出すしかないわね」

 

 いかにも困っているような表情でそう言いながら、ヨヨはビュウに目線をやった。

 

「ねえビュウ、あの手紙の差出人は誰だったかしら? どこにいるかわかる?」

「確か、タイチョー殿ではなかったですか? 今はマハール王宮にいらっしゃるはずですが」

「あぁ、そうだったわね! では、私たちもマハール王宮に向かいましょう!」

 

 ヨヨはそう言い終えると、作った笑みではなく、いつも浮かべている不敵な笑みに戻る。

 

「ビュウ、カーナ軍全軍に通達なさい」

「はっ」

 

 グラスに残っていた水を飲み干すと、カーナ女王は命令を下した

 

「総員、戦竜に騎乗せよ。ベロスの蛮人どもを美しき国(マハール)から消し去るわよ」



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復讐の炎を抱いて

 宮殿でありながら三つもの滝が流れ落ち、カビ臭い匂いが漂うマハール王宮。民にはカビカビ宮殿と比喩されるその王宮は今、たった一人の戦鬼によって豪奢な景観を血で染められていた。

 

「帝国の犬ども、道を開けるでアリマス!」

 

 重装鎧に身を包んだ男が戦斧を振るう度に、マハール王宮を占拠していた帝国兵たちが次々と倒れ伏していく。まさしく鬼のような気迫で宮殿を進んでいくのは、復讐に身を焦がす男、タイチョーである。

 彼は件の辞表を書き上げた後、自らの命すら顧みずマハール王宮へと突入すると、そのまま宮殿内を我が物顔で歩き回る帝国兵たちを次々と戦斧の錆びにしていた。彼の目的はただ一つ。憎き男、帝国将軍レスタットを自らの手で討ち取る事だ。

 

「邪魔を……するなでアリマス!」

 

 タイチョーの戦斧による力任せの一撃。ただそれだけの攻撃で武装した兵士たちの首や腕が容易く切断されていく光景を見て、さすがの帝国軍人も恐怖を覚えたのか、中には逃げ出す者まで現れていた。

 

(グランべロス兵! 一人として生かしておかぬでアリマス!!)

 

 このマハールがグランベロス帝国の侵攻によって攻め落とされた日、タイチョーは様々なものを失った。仕えるべき王、慕ってくれた部下、近衛騎士団長としての誇り、最愛の妻……。

 だからこそ、自分と同じく帝国により故郷を滅ぼされたカーナ王国騎士団長マテライトと出会い反乱軍へと身を投じた時、タイチョーはこの国を取り戻す為に再び戦斧を手に取り戦う事を誓ったのだ。そして今こそ、必ずやあのレスタットという外道を地獄へ叩き落としてくれる。タイチョーの心に宿るのはそれのみだった。

 

 しかし、そんなタイチョーの姿にただ怯えて道を開ける腑抜けばかりの帝国軍ではない。帝国兵がそんな雑兵ばかりであるならば、マハールは帝国の手に落ちてはいない。

 

「死ね……!」

 

 明確な殺意を言葉にしながら、忍び装束に身を包んだ帝国兵、マーダラーが手榴弾を投擲する。さらに手榴弾がタイチョーの足元に着弾すると同時、両手に短剣ジャマダハルを携えたレスタットの直属騎士であるゲリュンペル隊が一斉に炎、氷、雷の三魔術を放った。

 

「ぐぅ!?」

 

 タイチョーはたちまち爆煙に包まれ、同時に三方向から放たれた属性魔法攻撃に耐え切れずタイチョーは膝をつく。だが、それでもまだ死んではいない。それを確認してタイチョーに止めを刺さんとマーダラーの一人が素早くタイチョーに接近する。

 

(ま、まずいでアリマス……!)

 

 爆弾と魔術によるダメージで体の動きが鈍く、タイチョーが窮地を悟ったその時。

 

『────ホワイドラッグ!!』

 

 美しくも威厳に満ちた透き通る声によって紡がれた白き回復魔術による癒しの光が、タイチョーの体に降り注いだ。

 

「な……」

 

 突如として標的が傷を癒したことに、思わず目を丸くして呆気に取られるマーダラー。しかしそれは歴戦の騎士であるタイチョーを前にしてはあまりにも致命的な隙であった。次の瞬間、タイチョーは目にも止まらぬ速さで立ち上がると同時に、その手に握られた戦斧を思い切り振りかぶった。

 

「しまっ……!」「遅いでアリマス!!」

 

 マーダラーは咄嵯に回避行動に移るも間に合わず、タイチョー渾身の一閃がマーダラーを捉え、その体を両断した。

 

「おのれ……!」

 

 同胞を屠られたのを見たゲリュンペル隊が再びタイチョーに向けて魔術を放とうとした。しかし、それはかなわなかった。

 

『──アースヒット!!』

 

 どこからともなく放たれた大地の必殺剣が、ゲリュンペル隊に襲いかかったのだ。

 

「何だとぉっ!?」

 

 直撃を受けた者は吹き飛び、次々と地面に倒れ伏していく。そんな中、一人だけ範囲外に免れたマーダラーが先のように手榴弾を投げようと懐に手を入れ。

 

『──インスパイア!!』

 

 頭上から炸裂した雷轟に、その身を消し飛ばされた。城壁すら打ち崩すその一撃を放つ男は、タイチョーが知る限り、このオレルスでただ一人だけ。

 

「どうしたんじゃタイチョー。あの世に行くにはまだ早すぎるじゃろう?」

「マテライト殿……!」

 

 そう言って、ニッと笑みを浮かべるマテライトと、さらに二人の影。

 

「やれやれ、あんたも無茶をする。少しはこちらに話をしてくれてもいいんじゃないか?」

「全くよ。復讐の炎に身を焦がしているのは、何もあなただけではないのだからね」

「おお、ビュウ、ヨヨ様……!!」

 

 カーナ騎士団長マテライト、カーナ戦竜隊長ビュウ、そしてカーナ女王ヨヨ。カーナのトップスリーにして、カーナ最強の三人が、タイチョーの窮地を救いに現れたのだった。

 

   ◇   ◇   ◇

 

  彼らがタイチョーの窮地を救う少し前のこと。マハール王宮に突入したカーナ軍は、交戦した帝国軍のあまりの手応えの無さに拍子抜けしていた。

 

「はぁ? こいつら、本当に帝国兵か?」

 

 先陣を切って帝国軍と剣を交えていたラッシュが気の抜けたように呟いた。これまで帝国兵とは何度も戦ってきたが、ここまで弱く感じたのは初めてだ。ラッシュの呟きを聞いたトゥルースが冷静に帝国兵たちの様子を眺めてから頷く。

 

「おそらく、彼らはタイチョー殿の戦いぶりに怯えて逃げてきたのでしょう。恐慌状態でまともな実力を発揮できていないようです」

 

 実際、帝国兵たちは明らかに士気が低かった。ヨヨ率いるカーナ軍にまともな抵抗も出来ずに倒されていく。

 

「仮にも一度は世界を制した帝国軍がこの有様とはね。大方、このマハール王宮に我が物顔で居座っていただけでまともな戦闘もしていなかったのではないの?」

「確かに。マハール陥落以降、この兵士たちは戦闘の機会も無かったでしょうからね」

 

 呆れた様子で言うヨヨの言葉に、側に立つビュウが同意した。これでは神竜召喚どころかビュウやマテライトが出るまでも無さそうだ。

 

「とはいえ、レスタット直属の兵士らまでもこうだとは思えない。タイチョーが致命的な事態に陥る前にさっさと追い付きたいところだわ」

「ならば、ここの露払いは任せて頂けませんか?」

 

 そう言ってヨヨの前に名乗り出たのは、つい先日カーナ軍に参入した騎士。このマハール出身にして、マハール一の槍捌きとマハール一の女癖の悪さを持つ男。そう、自称純情硬派の男、ドンファンである。

 

「ふむ……まぁいいわ。お前の腕を示してみなさい」

「了解した! この純情硬派のド~ンファンにお任せあれ!」

 

 ヨヨの許可を得たドンファンは愛用の槍を構えると、意気揚々と帝国軍に向かって行くと、気障な動作で言葉を紡ぐ。

 

「高貴にして尊きレイディの勅命だ。君たちに恨みは……」

 

 無いが倒させてもらう、と言おうとしたドンファンだが、そもそもドンファンはマハールの騎士。恨みは無いどころか有りすぎるぐらいであった。

 

「え、えーと。ともかく邪魔だから大人しく倒されてくれたまえ!」

「「「「「ふざけんな!!」」」」」

「うおおおぉっ!?」

 

 当然のごとく怒り狂った帝国兵が一斉にドンファンに襲い掛かり、たちまち乱戦にもつれ込んだ。その様子を見て、ルキアが呆れたようにため息をつく。

 

「ドンファン……彼には緊張感というものが無いのかしら」

「あいつに一番そぐわない言葉だと思うよ、それ」

 

 ジャンヌがルキアの言葉に突っ込みを入れた。そんなこんなで帝国兵たちの怒りを煽ってわざわざ士気を上げてしまったドンファンだが、彼とてマハール一の槍騎士と呼ばれた男。すぐに劣勢を覆すと、逆に帝国兵を圧倒し始めた。

 

「ふっ!」

「があっ!?」「げぇっ!!」

 

 次々と兵士を倒していくその手際は見事なもので、瞬く間に周囲の帝国兵は片付けられていった。軟派な気障男の予想外の強さに、帝国兵たちはたじろいだ。

 

「なんだこいつは……!」

「ふっ。単純な君たちでも、彼我の実力差程度は理解できるようだね」

 

 余裕綽々といった態度のドンファン。しかし、それは彼の虚勢などではなく、紛れもない事実だった。その証拠に、先ほどからドンファンに攻撃を当てられた者はいない。彼はまさしく華麗と言うべき槍捌きで全ての攻撃をいなしていた。

 

「さて、いつまでも君たちに付き合っているわけにもいかない。そろそろ退場してもらおう──フレイムダスト!!」

 

 言うなり、ドンファンから繰り出される槍騎士の秘技。まるで豪雨のように降り注いだ炎の衝撃波を食らい、最終的に立っている者はドンファンだけになっていた。

 

「ふふん、他愛も無い。所詮は腑抜けの連中だったということかな?」

 

 そう言って、気障な動作で槍を回してみせるドンファン。その姿はまさしくマハール一の槍騎士と言うべき頼もしさであった……が。そんなドンファンの背後から、何やら怪しげな機械音が響き始めた。

 

「ん……? 何の音だねいったい」

 

 不審に思ったドンファンが振り返ると、彼の目に入ったのは怪しく眼を輝かせる悪魔を象った石像であった。

 

「……あっ」

 

 マハールの騎士であったドンファンは知っていた。その石像に侵入者を撃退する為の機能が備え付けられていることを。そして、マハール王宮が帝国軍のものになっている今、その石像も帝国軍仕様に改造されているに違いなく。つまり、今のドンファンは撃退される側なわけで。

 

「ちょ、まっ──」

『侵入者発見。排除開始』

 

 慌てて止めようとするドンファンだったが、時既に遅し。無機質な機械音声と同時に石像の口から放たれたのは、熱を帯びた怪光線。咄嵯に回避しようとしたドンファンだが、避けきれずに直撃し。

 

「あ~れ~!! ウッソー!! なんでぇ~!?」

「ド、ドンファ~~ン!?」

 

 そのまま爆発が巻き起こり、呆気なく吹き飛ばされるドンファン。絶叫するルキア。頭を抱えるジャンヌ。そんな様子を見てビュウが呟く。

 

「あの男、実力者なのかただのうつけなのかさっぱりわかりませんね」

「そうね。あのドンファンとやら、槍騎士より道化師の方が合っているのではないかしら?」

 

 ──自身の窮地を救われるまでにそんななんとも言えない一幕があったことなど、タイチョーは知る由も無いのであった。



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虹の見えた日

 目前まで進撃してきたカーナ軍によって、今まさに自身の直属の親衛隊を消し飛ばされたレスタットは、その悪賢くも狡猾な頭脳を以てしても、自身の圧倒的窮地を悟らざるを得なかった。

 

(お、おのれ……! タイチョー……負け犬の死に損ないめ……!)

 

 レスタットは帝国将軍としての地位にありながらも、武人としての力量はそう優れているわけではない。彼の真価は謀略を巡らせ、敵将を陥れることにある。そんな彼の率いる兵士らもまた、隠密や搦め手を主とする者たちが集まった部隊である。故に、カーナ戦竜隊のような正面からの斬り合いをこそ最も得意とする者たちとぶつかれば、不利な戦となるのは仕方がない。しかし、だからといってカーナ軍に僅かな損害すら与えられず、一方的に蹴散らされた挙げ句に早々に自身の居る玉座の間まで乗り込まれるなどというのはさすがに想定外であった。

 こんなことになった原因はただひとつ。レスタットへの復讐に燃えるタイチョーが、単騎で宮殿に乗り込んで来た上に、そのまま大半の兵を切り捨てて突破するなどということをやってのけたからだ。鬼神の如き戦いぶりを見せるタイチョーに、恐慌状態に陥ったレスタットの兵は為す術なく討ち取られていき、あまつさえ親衛隊を動員しタイチョーを討ち取れるかと思えば、タイチョーを追って乗り込んで来たカーナのトップスリーによりあっさりと救出され、逆に親衛隊が壊滅する有り様だ。

 

「さて……レスタット将軍。あなたが行ってきたことの因果が、今ここに廻ってきたようよ?」

「く、くそっ……!」

「レスタット! ここが年貢の納め時でアリマス!」

 

 タイチョーを先頭に、カーナ軍が一斉に武器を構えながら迫ってくる。しかし、この後に及んでもなお、レスタットは諦めていなかった。

 

(ヒヒヒヒ……バカめ!! そうやって集まっていれば、オレの石化の術の餌食になるだけだ!)

 

 レスタットの頭上に展開される三角形の魔法陣。それは触れたものを瞬時に石へと変える恐るべき魔術であり、かつての帝国とマハールの戦で猛威を振るい、タイチョーの妻セリーヌをも石像へと変えたレスタットの切り札であった。

 

(さぁ……死ねぇっ!!!)

 

 レスタットが心の中で叫び、魔法陣がカーナ軍へと襲いかかり――

 

『キシャアアアア!!』「な……!?」

 

 ――彼らを庇うように飛来したサラマンダーの巨躯によって、その魔術は阻まれた。驚愕するレスタットに、ヨヨが首を傾げた。

 

「あら、ご存じない? 我がカーナが誇る戦竜たちは、肉体的、精神的、そして魔術的干渉によるあらゆる異常を受け付けないのよ」

「な、なんだとぉっ!?」

「あんたの石化の術は、先の野戦で一度見せてもらったからな。ドラゴンたちに盾になってもらえば、何も問題無いのさ」

「ば、馬鹿な……!!」

 

 そう、レスタットは先のカーナ軍との戦において、追い詰められた彼は窮地を脱する為にその石化の術を用いてタイチョーらを足止めしたのだ。その結果、撤退に成功してこの宮殿に逃げ込むことができたわけだが……。これは彼の最大の失策であった。あの場で石化の術を披露してしまったばかりに、こうして対策を取られ、もはや切り札として機能しなくなってしまったのだ。

 

「駄目よ? レスタット将軍。切り札というのなら、最後まで秘匿しないと。あなたはね、ジョーカーの切り時を誤ったのよ」

「…………クソがあああっ!!!!」

 

 激昂して突進するレスタット。その刹那、ヨヨの手にした杖より魔力波が放たれる。

 

「ぐあああっ!!」

 

 強烈な衝撃波を受けて吹き飛ばされるレスタット。そこへ、全てを終わらせるべくタイチョーの戦斧がその頭上に振り下ろされた。

 

「がはっ……!!」

「レスタット! 貴様は……ここで終わるんでアリマス!」

「終わりだと……馬鹿な……オレは……もっと……上に……行くの……だ……」

 

 レスタットは血を吐きながらも、そう言って手を虚空へと伸ばし……そのまま、事切れた。策謀で将軍まで登り詰め、尚も野心に取り憑かれた男の哀れな最期であった。タイチョーは、しばらくそんな怨敵の亡骸を見つめた後――雄々しく戦斧を掲げた。

 

「敵将、レスタットは討ち取った! マハールは我らカーナ軍が取り戻したでアリマス!!」

 

 タイチョーの言葉を受け、歓声を上げるカーナ軍兵士たち。今ここに、マハールは解放されたのだった。

 

 

◇   ◇   ◇

 

 

 レスタットを討ち取り、勝利に沸くカーナ軍であったが、タイチョーはその表情を曇らせていた。

 

「どうした、タイチョー?」

 

 そんな彼に、ビュウが問いかける。タイチョーは俯いたまま、静かに口を開いた。

 

「……いえ、これで終わったのかと、そう思うでアリマス。レスタットを討つのが自分の悲願ではありましたが、これで良かったのかどうか、わからなくなったでアリマス」

「タイチョー……それは……」

「わかっているでアリマス。自分の願いはマハールの解放。そのために、自分はこれまで戦い続けてきたのでアリマス。しかし、レスタットを討っても、奴に殺された皆は帰ってこない。ならば、レスタットを討ったことで、果たして本当に仇を取れたと言えるのだろうかと……思ってしまったのでアリマス」

「……復讐なんてそんなもんさ。死者の意思なんてわからない。だから自分がしたいだけの、ただの自己満だ。それでも、やらずにはいられない。それが人ってモンだろうよ」

「そうかもしれぬでアリマスな……」

 

 タイチョーはそう呟き、少しすると悩みを振り払うように頭を振った。

 

「いかんでアリマスな。目的を果たしたことで感傷的になっているかもしれんでアリマス。少し、外の風に当たらせてもらっていいでアリマスか?」

「ああ、構わないぜ。ゆっくり休めよ」

「かたじけないでアリマス」

 

 タイチョーはそう言うと、宮殿の外へ出ていった。ビュウは、その背中を見送りながら、小さく息をついた。

 

「あの人も、難儀な性格だよなぁ。ま、そこが良いところでもあるんですが」

「そうね。まぁ、今はそっとしておいてあげましょう。それよりも、さっさと宮殿内の把握を始めないと」

「罠とかもまだあるかもしれませんからね。例のガーゴイル像とか」

「えぇ、警戒しながら行きましょう」

 

 こうして、ヨヨとビュウは宮殿を見て回った。そして――

 

「ふぅん。ここは王の寝室かしら?」

「そのようですね……まぁ、レスタットの奴が自分好みに飾り付けてたみたいですが」

「見ればわかるわ」

 

 部屋の中央に置かれた天蓋付きのベッド。その周囲に、煌びやかな調度品の数々が置かれていた。おそらくはレスタットの趣味なのであろう。

 

「あの男、性格も悪かったけど趣味も悪かったようね」

「ははは、確かに。でも、こうして見ると良いセンスしてるやつもありますよ? ほら、この石像なんか、なかなかのものじゃないですか?」

「あら、本当ね……ん? この石像……」

「どうかされましたか、ヨヨ様?」

 

 

   ◇   ◇   ◇

 

 

 タイチョーは、宮殿の外にいた。そこは、虹の架かる橋……通称『レインボウ・ブリッジ』。ここで虹を見たものはどんな願いでも叶うと言うが、未だに虹を見たという者は誰一人現れていない。

 

「……セリーヌ、レスタットは倒したでアリマス。 これでおまえに、マハールの人々に自分は許してもらえるでアリマスか?」

 

 ……返事はない。当たり前だ。死んだ者に、言葉など届くはずもない。それでも、タイチョーは語りかけることをやめなかった。

 

「自分は……これからどうすればいいのかわからんでアリマス。自分に何ができるのか……何をすべきなのか……何も見えんでアリマスよ……」

「何を言ってるの、あなた。あなたは私との約束を守ってくれたでしょう?」

「……!?」

 

 不意にかけられた声に振り返ると、そこには……一人の女性が立っていた。タイチョーは、驚きを隠せなかった。

 

「……自分は、夢を見ているのでアリマスか?」

「違うわ。私はここにいる。あなたの目の前にいるの」

「どうして……ここに……まさか……セリーヌ……!?」

「あなた。あなたが約束を守ってくれたから、またこうして会うことができたの。やっぱり、あなたは私にとってオレルス一の騎士さまだわ」

「……!!」

 

 それは、間違いなくタイチョーの最愛の人、セリーヌであった。彼女は、嬉しそうに微笑みながら彼の手を握る。だが――

 

「いや、しかし、これは……自分の願望が見せた幻かもしれないでアリマス……そんな都合の良いことが起こるはずが……」

「そう思うのも無理はないけど、彼女は間違いなく本物よ、タイチョー?」

「ヨヨ様!?」

 

 未だに信じきれないタイチョーにそう声をかけたのはヨヨだった。セリーヌも彼女に気付くと慌てた様子で頭を下げる。

 

「よ、ヨヨ様! 先ほどは本当にありがとうございました! それに夫もお世話になったようで……」

「あー、楽にしてくれセリーヌ殿。人に戻ったばかりなのだし、ヨヨ様は寛大なお方だからそう無理に気を遣わなくとも良い」

 

 恐縮した様子のセリーヌに対し、ビュウがそう言う。しかしタイチョーは、いまだ戸惑いの色を浮かべていた。

 

「待って欲しいでアリマス。先ほどとはどういうことでアリマスか? それに人に戻ったというのは……」

「そう難しい話ではないわ、タイチョー。悪趣味な男が悪趣味なインテリアを飾っていただけのことよ」

「はぁ……?」

「レスタット。あの男の術、知っているでしょう?」

 

 当然知っている。ついさっきこの手で地獄へ送った相手なのだから。奴の術は、人間を生きたまま石へと変えるもので……

 

「なっ……! まさか……!」

「そのまさかよ。あの男はね、あなたの妻であるセリーヌ殿を、生きたまま石像に変えてこの宮殿にインテリアとして飾っていたのよ」

「なっ……なっ……なっ……!! なんということを……!!」

「ふふ、怒ってくれるのね。でも、もう大丈夫。私はこうして、元の姿に戻ることができたから」

「そ……そうなのでアリマスか?」

「ええ。ヨヨ様に助けてもらったの」

「ヨヨ様が……」

 

 タイチョーの視線を向けられたヨヨは笑って言う。

 

「普通なら、石化から時間が経ちすぎていて人間に戻すのは不可能だったでしょうけれど。私の持つ神竜の力はその程度のことはなんでもなかったみたいでね。無事に解呪できたわ」

「感謝の言葉もないのでアリマス。妻の命を救ってくれたこと、心より御礼申し上げるでアリマス」

「タイチョー。あなたはこの戦で最も効を挙げた臣下よ? ならばそれに報いるのが王というものでしょう」

「……ありがたき幸せでアリマス」

 

 深々と頭を下げたタイチョーに、ヨヨは満足げに笑った。セリーヌもつられて笑うと、空を見上げた。

 

「あなた、見て! 虹だわ! 虹が出ているわ!」

「おお、本当でアリマス。美しい虹でアリマス……これが見たものはどんな願いも叶うというレインボウ・ブリッジでアリマスか……しかし……困ったでアリマスな。自分の願いはもう叶ってしまったので、願うことがないでアリマス」

「あら、そうなの? それじゃあ、私が願ってしまおうかしら」

 

 ヨヨがそう言うと、タイチョーは大きく頷いた。

 

「この程度で恩は返しきれないでアリマスが、是非ヨヨ様が願っていただくと良いでアリマス」

 

 しかし、それを聞いたヨヨは肩を竦めて首を振る。

 

「残念だけど、私には叶えたい願いなんてないのよね」

「……はい?」

「なんでも叶うなんて伝説に願って目的を果たすなんて、嫌よ。私は私の力で全てを手に入れるんだもの」

 

 そう言って、高笑いを響かせるカーナ女王なのであった。




神竜パワーに状態異常治せる描写なんて原作に無いけどサウザーに壊滅させられたビュウたちが一瞬で完全回復するシーンがあるぐらいだし石化もなんとかなるやろ()


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死がふたりを分断つまで

好き。嫌い。好き。嫌い。好き。好き。好き、好き、好き……


 レスタットを討ち取り、マハールを解放したカーナ軍に救われたタイチョーの妻セリーヌであるが、ここで彼女の口から思わぬ事実が語られた。

 

「あなた、実は……」

「な、なんと! それは真でアリマスか!?」

 

 セリーヌの言葉に驚きの声を上げるタイチョーだが、その表情は喜びに満ち溢れていた。

 

「まぁ。セリーヌ殿のお腹にお子が?」

 

 ヨヨは思わぬ報告に目を丸くするが、それ以上に驚愕したのはマハール人であり、セリーヌがレスタットに挑んで行った顛末も知るグンソーであった。

 

「な、なんですと!? 奥方、まさか身重だったのですか!?」

「えぇ……実はそうなの。ただあの時は、夫に余計な心配をかけたくなくて黙っていたのだけれど……」

「セリーヌ、すまんでアリマス! 自分が不甲斐ないばかりにお前に我が子共々命を捨てさせるような真似を……!」

 

 この場で切腹しかねない勢いの夫に、セリーヌは慌てて制止する。

 

「やめてちょうだい、あなた。私は自分の意思でそうしたのよ?  それにヨヨ様のおかげで私も、そして生まれてくる子もこうして無事なんだから、もういいじゃない。ね?」

 

 そう言って微笑む妻の姿に、タイチョーは思わず涙ぐんだ。

 

「うぅ……自分は幸せ者でアリマス。こんなにも心優しい妻と子に巡り会えたことを神に感謝するでアリマス」

「ふふっ。私もよ、あなた。だからもう泣かないでちょうだい」

「ふむ。セリーヌ殿、お子は大丈夫なのかしら? 私の力で石化から回復したとはいえ、胎児にどのような影響があるのか分からないわ」

 

 ヨヨの問いにセリーヌは笑顔のまま答えた。

 

「ご安心くださいませ、ヨヨ様。おかげさまで母子共に健康そのものです。実は、ゾラさんには既に見てもらっておりますので」

「あぁ、問題なかったよ! この前まで石だったなんて嘘みたいに二人とも元気さ! 」

「そ、そうでアリマスか……。良かった……本当に良かった……」

 

 タイチョーの目尻にはまたも大粒の涙が浮かぶ。

 

「なんだいタイチョー、さっきから泣いてばかりだねぇ! あんたはこれから父親になるんだよ! しっかりおし!!」

 

 ゾラの叱咤激励を受け、タイチョーは目元を拭った。

 

「肝に命じるでアリマス!」

「ふむ。それにしても、子供ね……」

 

 ヨヨは暫し考えてから、指を鳴らして言った。

 

「よし。せっかくだから、我がカーナも子を成すとしようかしら?」

「は? な、何を言い出すんですかヨヨ様!?」

 

 突然のヨヨの発言にラッシュが顔を真っ赤に染めるが、ビュウは察したように頷く。

 

「戦竜たちの、ですね?」

「まぁビュウ。そこは「自分たちにはまだ早いですよ!」とか慌てる場面でしょう?」

 

 つまらなそうに言うヨヨに、ビュウは苦笑しながら答える。

 

「残念ながら私の知るヨヨ様は、この情勢下で色ボケなさるような方ではありませんので」

「逆に、こんな中で色事に耽る脳内お花畑な君主がいるなら見てみたいものだわ」

 

 ヨヨはそう言って肩をすくめた。

 

「まぁ、そういうことよ。サラマンダーたち、そろそろ季節でしょう? 早いところ解消しておかないと、私たちの命令を受け付けなくなってしまうわ」

 

 ヨヨの言葉に、ビュウは納得顔で答えた。

 

「確かに……しかし、誰と誰を番にします? やはりサラマンダーですか?」

「そうね。あとは相手だけど……みんな良い子たちだし、正直どの子でも悪くなさそうなのよね。いっそ、投票で決めましょうか」

「……みんな贔屓の戦竜がいるでしょうし、接戦になりそうですね」

 

 そういうことになり、各々がサラマンダーのお相手になって欲しい戦竜に投票していった結果……

 

「決まったわね。サラマンダーのお相手は……モルテンよ!」

「モルテンにはみんなリフレッシュで助けてもらってますからね。それが票を集めた要因でしょうか」

「順当といえば順当なところに収まったわね。そういうわけだから、ドラゴンおやじ殿、この二匹で交配する方向でお願いね」

「承知しましたぞ!」

 

 こうして、サラマンダーとモルテンの交配が決まり、戦竜たちの繁殖期は無事終わりを迎えたのであるが……。

 

「あら、もう産まれたの?」

「はい。先ほど出産を終えたそうです」

「先日決まってもう出産なんて、相変わらずの不思議生物ね」

「まぁ、食い物でコロコロ姿が変わる連中ですからねぇ」

 

 先日交配を終えたばかりのサラマンダーたちだが、早くも子供の誕生が報告された。

 

「それから、ドラゴンおやじとしてはサラマンダーの子供ということで、真っ先に俺を会わせてくれる予定だったらしいんですが……」

「何かあったの?」

「なんでも、なにやら父性を目覚めさせてしまったホーネットが先に顔合わせしてしまったそうで」

「ホーネットが? 意外ね」

 

 ファーレンハイトの操縦士であるホーネットは、あまり他人と関わらないタイプの堅物である。そんな彼がいきなり、ドラゴンの子供相手にお世話をしたくなるとは思いもしなかったのだ。

 

「そんなわけで、ドラゴンおやじからは「ビュウはパパじゃなくてママじゃな」なんて言われてしまいましたよ、ははは」

「ん、なんのこと?」

「ああ、ヨヨ様はご存知ありませんでしたか。ほら、ドラゴンって人間と共生関係にあるでしょう。なので、両親とは別に、最初に会った人間を人間として親に近しい相手だと思い込むんですよ」

 

 いわゆる、刷り込みというやつである。鳥などのそれと違い、ドラゴンの場合はしっかり本当の両親も認識できているのだが。

 

「なるほど……ということは、今のパパはホーネットというわけ?」

「えぇ。それで俺もこの後、産まれた子に会いに行く予定なんですが――」

「待ちなさい。それは不味いわ」

 

 ビュウの言葉を遮り、ヨヨは眉をひそめた。

 

「何故ですか?  別に誰がドラゴンの父母だろうと問題ないと思いますが……」

「普通はそうでしょうね。ただホーネットが関わってくるとなると話は別よ」

「どういうことです?」

 

 首を傾げるビュウに、ヨヨは言った。

 

「我が軍には、たとえドラゴンを通してだろうがホーネットと他人がそういう関係になるのが許容できない人間が一人いる」

「……あー」

 

 ビュウは心当たりがあったのか、引きつった笑みを浮かべた。

 

「ふふふ。安心なさいビュウ。要は「ホーネットと他人」の組み合わせがダメなのよ。つまり……」

「なるほど。それは良いお考えですね」

「でしょう? というわけで早速……」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 突如ヨヨに「ドラゴンたちの世話をするように」と命じられたエカテリーナは、非常に困惑しながらドラゴンたちの元へ向かっていた。

 

「な、なんで私なんだろう……」

 

 気弱で他人と関わるのが大の苦手なエカテリーナは、当然ながらドラゴンの世話などしたことがない。

 

「でも、ヨヨ様から直々に命令されたんだから、ちゃんとお仕事しないと……」

 

 カーナ軍において、ヨヨの命令は絶対である。ヨヨに命じられたなら神とも戦うのがカーナの掟だ。故に、今回のような明らかに向いていないのが明白なケースでも拒否することはできないのであった。

 

「そういえば、新しい子が産まれたんだっけ……」

 

 そんなことを思いながら、エカテリーナはドラゴンたちのいる甲板に出る扉を

開けた。そこで彼女が見たのは――

 

「ははは。そんなに舐められたらくすぐったいだろう、パピー」

「ピィーッ!」

(!!!???!?)

 

 ファーレンハイトの操縦士であり、彼女の憧れの人であるホーネットが、ドラゴンの子供にベロベロに舐められて全身ヨダレだらけにされている光景であった。

 

(な、なな、なんでホーネット様がここに!? )

 

 突然の出来事に頭が真っ白になっていたエカテリーナだったが、彼女に気づいたホーネットが笑顔で手を振ってきたのを見て我に帰った。

 

「よう、エカテリーナ。お前もドラゴンたちに会いに来たのか?」

「は、はひっ!? いえっ! 私はヨヨ様にお世話がかりを命じられまして……!」

「そうか。じゃあよろしく頼むぞ」

「は、はいぃ……!」

 

ホーネットはそう言うと、再びドラゴンの子供――パピーと戯れようとしたが、その前にパピーが素早い動きでエカテリーナにすり寄ってくると、ホーネットにしていたように彼女の身体をベロベロと舐め始めた。

 

「きゃあっ! く、くすぐったいです……!」

「あぁ、そうか! エカテリーナが二番目だったから、エカテリーナをママと思い込んでるのか」

「そ、そうなんですか!?」

「おう。ちなみにパパは俺だ。パピーからしたら、俺たちが夫婦に見えてるってことだな、はははは」

「ふ、ふふふふふ夫婦ぅ!?」

 

 顔を真っ赤にして慌てふためくエカテリーナ。憧れの人と唐突に結ばれた(?)ことに彼女の思考回路は一瞬でオーバーヒートした。

 

「きゅぅ~」

「おっ、おいどうしたエカテリーナ!? ってすごい熱だぞ!? メディック! メディーーック!!」




【エカテリーナ】

カーナ軍所属のウィザード。エルフ耳だが、人種は不明。
カーナ王国滅亡前からカーナに仕える古参で、非常に気弱かつ内向的な性格。
他人と関わるのが苦手で、親友のアナスタシア以外とはほとんど話さない。

……が、その正体は日夜ホーネットの後ろ姿を見つめて物思いに耽り、彼の飲んだワイングラスを手に怪しい笑みを浮かべるヤバめな性格。
当時はそんな概念はなかったため、誰が呼んだか『早すぎたヤンデレ』。

作中でホーネットの好きなものを聞いてくるが、この際に意地悪して嫌いなものを教えてしまうとそれが原因でホーネットにフラれてしまい、その原因であるビュウに激しい恨みを抱くようになる。
最も、普通に好きなものを教えた場合でも『告白が上手くいかなかったらみんなを巻き込んで船ごとドカンよ!』などと言っており、どちらにしろヤバいことになるのであった。


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ここにいるとおぼれます(3)

原作ヨヨは救出時点で18歳らしいですね。

つまりヨヨ様(18)


 ヨヨは気付けば見知らぬ空間に一人佇んでいた。

 

「はぁ……またか。神竜というのはどうしてこうワンパターンなのかしら」

 

 ヴァリトラといい、今回といい、神竜どもは夢という人の聖域に入り込んでくる不敬な輩ばかりである。ドラグナーたるヨヨの力がなければ、物言わぬ亡骸に過ぎない化石のくせに。しかし、そんなことはさておき。

 

「ふむ。ここは……水? 水の中かしら」

 

 ヨヨは水中にいるようだった。息苦しさはなく、不思議と心地よい感覚に包まれている。おそらくは、ここに神竜がいるのだろうが。

 

「水の都マハールの神竜は、やはり水の神竜ということね」

 

 その瞬間、意識が浮上するのを感じ――自分の居場所を伝えるだけだというのに随分と大げさなことだ、と目覚めて早々ため息を吐くヨヨであった。

 

「あら」

 

 ふとヨヨが部屋に目をやると――ドンファンがテーブルに突っ伏して爆睡していた。テーブルの上には空けられたボトルが十数本。

 

「ええと……? ああそうだ、昨日はドンファンが飲みに誘ってきたのだったわね」

 

 まぁ、要するにいつものナンパの一貫なのであろうが、戯れと思って付き合ってやったのだ。しかしながら、ヨヨはカーナ一の()()()()であり、水のようにワインを流し込み続ける様にドンファンは早々に潰れてしまい、ヨヨはそのまま放置して寝たのである。

 と、何やら慌てた様子で足音がこちらに近づいてきた。そして入ってきたのはルキアである。

 

「よよよよヨヨ様ぁっ!! こちらにあの馬鹿が……ッ!」

 

 言い終わる前にテーブルに顔を埋めて爆睡しているドンファンを見つけて、ルキアの顔がどんどん赤くなっていく。

 

「こ、こ、この馬鹿ドンファーーン!!」

「ぶべっ!?」

 

 次の瞬間には、ルキアの渾身の蹴り上げが炸裂し、ドンファンは壁まで吹っ飛ばされていた。

 

「げげっ!! ルキア、どうしてここに?」

「あんたがヨヨ様によからぬことをしないか見にきたのよ!! あんたって人はぁー!!」

「あ~れ~!? ウッソー! なんでぇ~!?」

 

 ドカドカと床を踏み鳴らしながら何処からか取り出した縄でドンファンを縛り上げると、そのままズルズルと引きずりながらルキアは去って行った。

 

「まぁルキアってば。男であれば、私の美貌に狂ってしまうのは詮無きことであるゆえ、そう怒ることでもないでしょうに。いや、もしや嫉妬かしら? あぁ、美しさって罪ね……」

 

 一組の男女の仲を引き裂いてしまった自分の魅力に酔い痴れるように頬に手を当てて呟くカーナ女王であった。

 

 

  ◇  ◇  ◇

 

 

 数時間後、ヨヨ率いるカーナ軍はマハールの外れの地へとやって来ていた。

 

「ここが神竜がいるという地底湖?」

「はっ。ヨヨ様のご覧になられた夢からしても、この地底湖が神竜リヴァイアサンの居る地で間違いないかと」

 

 ヨヨの見た夢を元に集めた情報からして、接触してきた神竜はリヴァイアサンで間違いない。その神竜がいると伝えられているのが、地元の民ですら近寄らないという地底湖だった。

 

「なるほど。確かにかつて神殿だったような名残があるわね」

 

 湖の上には、明らかに人工物であろう瓦礫や柱などの残骸が残っている。かつては神殿として利用されていた場所なのだろう。だが、今は見る影もなく荒れ果てている。

 

「魔物どもが寄って来ましたね」

 

 水辺からは、電撃を纏ったウナギのような魔物や、何やら歌を口ずさむ人魚のような水棲の魔物が姿を見せていた。

 

「かつての神殿が、今は魔物の巣窟か。堕ちたものね」

 

 廃墟となった神殿を住処としたのか、あるいは元々棲んでいたのか、それは定かではないが。魔物たちは、今や神殿を破壊して新たな巣を作ってしまったらしい。

 

「ところで……()()も魔物なの? ビュウ」

「……少なくとも、人間には見えませんね」

 

 ヨヨが示した先には――成人男性の数倍はあろう体躯の、人間に近しい姿をした存在がいた。

 

「ありゃあ巨人、か? まさかこの年まで来てそんなもんを見ることになるとは思わんかったわい」

 

 マテライトが唖然とした様子で口にする。神竜という最上級の神秘に馴染みのあるカーナ軍も、巨人を見たのは初めてのことだ。

 

「おいおい、巨人と戦うのか? 俺たち」

「さすがにまともに斬り合うのは避けたいですね……」

 

 ラッシュが冷や汗を流し、トゥルースが冷静に分析する。実際、あれとまともに近接戦闘をするのは得策ではない。

 

「う~んでも~、魔法の一、二発じゃ倒れてくれそうもないよ~?」

 

 メロディアの言う通り、巨人はおそらく常人とは比べものにならないほどの頑強な肉体を持っている。魔法による集中放火でも仕留めるのは容易ではないだろう。

 

「ふふふ、安心なさい皆。要はまともに戦わなければ良いのよ」

 

 ヨヨはニヤリと笑みを浮かべる。

 

「ヨヨ様、何か策がお有りですか?」

「ビュウ。周りをよーく見てご覧なさい。ちょうどおあつらえ向きじゃない?」

「……ああ、なるほど。そういうことですか」

 

 ヨヨの言葉に、ビュウは納得して頷く。

 

「う~んとぉ、何が何だかさっぱりだよぅ」

「すぐに分かるわよ。メロディア、あの巨人の手前の水辺にアイスマジック」

「なんかよくわからないけど、は~い!」

 

 ヨヨの指示に従い、メロディアは杖を振るって魔法を放つ。すると、氷結魔法により、水面が瞬く間に凍っていった。

 

「これで足場の完成よ。すると、巨人どもはどうすると思う?」

「えーと、あの氷を渡ってこっちにくる!」

「正解よメロディア。撫でてあげましょう」

「えへへ~♪」

 

 ヨヨに褒められて嬉しそうにするメロディア。そんなやり取りをしている間に、巨人は水辺の半ばまで歩みを進ませていた。

 

「ふふふ、自身の末路にも気付かない哀れなネズミね。フレイムゲイズ!!」

 

 次の瞬間、ヨヨの放った炎の渦が巨人を包み込んだ。しかし、巨人は平然としたままである。

 

「ヨヨ様、あんまり効いてないよ~?」

「メロディア。奴の足元を見てみなさい」

「あっ!」

 

 そう。ヨヨの放った火炎魔法の目的は巨人を倒すことではなく……。

 

「ほらほら、氷が溶けるわよ。その巨体で泳げるかしら!?」

「グオオオォッ!?」

 

 ヨヨの火炎魔法の熱気により、氷がみるみると溶けていく。そして氷を足場にしていた巨人は、そのまま水の底へと沈んでいった。

 

「あっははは! 自慢の巨体も、泳ぎの役には立たなかったようね。こんな場所に住み着いた自分の愚かさを呪いなさいな」

「……ヨヨ様が敵でなくてよかったわ、マジで」

「ええ、本当に」

 

 単純ながらもえげつない手法に、ラッシュとトゥルースはしみじみと呟くのであった。

 




【おぼれました】
文字通りユニットが溺れた場合に表示されるシステムメッセージ。

バハラグでは人間系の地上ユニットが水上を移動するには氷系の魔法で地形を変化させる必要がある。
しかし水上にいる際に足場にしている氷を溶かされると「ここにいるとおぼれます。(3)」などと表示され、カウント以内に足場を作るか地上に出ないと「おぼれました。」の無情なメッセージと共にユニットごと戦闘不能になる。

ボスユニットである帝国将軍であろうと問答無用で溺死する。


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神竜リヴァイアサン

私のヨヨ様の声のイメージはハルシュタイン閣下です。
ピンと来ない人は『無尽合体キサラギ スキルボイス』でググろう!


 ヨヨ率いるカーナ軍は、無人の野を進むかの如く進軍していた。時折、巨人が襲ってくるが、どれもこれも同じく水辺に誘き寄せる戦法で呆気なくその身を沈められていく。

 

「グオオオォッ!?」

「モニョ~!(面白いぐらいに簡単にひっかかりやがるぜ!)」

「マニョ~!(単細胞の脳無しデクの棒だな!)」

 

 調子に乗ったプチデビたちが悪魔らしい罵倒を飛ばしているが、彼らの言葉が理解できるのはヨヨとメロディアぐらいしかいないため、誰も咎めることはない。

 

「呆れるほど単純な連中ね。学習するという知能を持っていないのかしら」

「まぁ、あの体躯を以てすれば、大抵の相手は殴りつけるだけで狩れるでしょうからね。知識を得る必要もなかったのかもしれません」

「なんともまぁ、哀れな奴らだこと」

 

 せっかく人間と同じ体の作りをしているのだから、巨人たちにも文明を築き、一種族として発展していく余地はあったはずなのだが。知識を得られなかった人間というのはこうなるのか、とヨヨは多少面白げに本能のまま突進してくる巨人たちを観察していた。

 

「それよりもヨヨ様、そろそろ最深部のようですよ」

「あら本当。意外とあっさり到着してしまったわね」

「そうですね。まぁ……どうやらヌシがいるようですが」

 

 ビュウが目線をやった先には、厳かな雰囲気を漂わせた物々しい大扉と、その扉を守るように鎮座する巨大なイカのような魔物の姿が見えた。その姿を見て、ヨヨは首を傾げる。

 

「イカの魔物?海魔(クラーケン)として知られているのはタコの魔物じゃなかったかしら?」

「そのはずです。あまり見たことのない魔物ですね……」

 

 オレルスの海には水棲の魔物たちが棲息しており、中でも大型のタコの魔物は海魔(クラーケン)と呼ばれ、毎年多数の船が犠牲になる海の悪魔として恐れられている。しかし、イカの魔物に船を襲撃されたという話は全く聞いたことがないし、実際に目撃例も無かったはずだ。

 少し妙に思ったヨヨだが、まぁなんであっても倒すのは同じことか、と考えを打ち切ることにした。

 

「まぁ、さっさと排除して神竜と会うとしましょう。皆、お願いね。強化魔法(ビンゴ)!」

「はっ!」「お任せください!」

 

 ヨヨの命と彼女の強化魔法を受け、ビュウとマテライトを筆頭としたカーナ軍が前に進み出て、一斉に武器を構えた。それを見て、魔物の巨体がゆっくりと動き出す。

 

「…………!!」

 

 イカの魔物──スキュラは大きく触手を振り上げると、自身に迫ってくる人間を排除するべく鞭のように振るった。標的となったのは、機動力に優れ真っ先に接近していたルキアとジャンヌである。

 

「……っ、重い!」「ちいっ!」

 

 二人とも咄嗟に細剣で防いだものの、衝撃を殺しきれずに吹き飛ばされる。

 

「おおっと、大丈夫かい? 愛しのレイディたち」

「……あ、ありがとう……って誰が愛しのよ!」

「まーた始まった」

 

 吹き飛ばされたルキアたちの身体を支えたのは、やはりというかドンファンであった。礼を言いつつも、余計なセリフに文句をつけながら二人は立ち上がる。

 

「ルキア、わざわざ君やビュウたちが出るまでもないさ。あんなイカ如き、この純情硬派のドーンファンが一瞬で」「…………!!」

「…………ZZZZZ」

「ドンファン!? 格好つけておいて寝ないでよ!? ドンファーン!?」

 

 気障なポーズを決めて前に出ようとするも、スキュラにより放たれた睡眠魔法(スリーピン)によってそのポーズのまま眠ってしまったドンファンをルキアが必死に揺り起こしているが、残念ながら彼が起きる気配はなく、呆れたようにジャンヌが額に手を当てた。そんな一幕の間にもカーナ軍とスキュラの攻防は続く。

 

「はぁっ!!」

「食らえい! インスパイア!」

「…………!!」

 

 鋭いビュウの双剣と、城塞すら打ち崩すマテライトの戦斧がスキュラに直撃するも、多少身動ぎした後にすぐに二人を迎撃すべく触手を繰り出す。それを察知して即座に回避行動に移った二人は無傷のまま距離を取った。

 

「ちっ、呆れるほど硬いやつじゃな」

「ああ。少なくとも並の魔物じゃなさそうだ」

 

 小休憩を入れつつ分析する二人と入れ替わるように、ラッシュたちナイトが前に出ると、三人が一斉に剣を構えた。同時に、ウィザードたちも詠唱を始め、サラマンダーたち戦竜がブレスの体勢に入る。

 

「「「フレイムパルス!!」」」

「「「サンダーゲイル!!」」」

「「「キシャアアア!!」」」

「…………!!!?」

 

 炎を纏った剣波と天空から降り注ぐ雷撃、更にはドラゴンたちのブレスによる総攻撃を受け、スキュラの巨体が大きく揺らぐが、その眼光には鋭さを宿したままカーナ軍を睨んでいた。

 

「おいおい、マジかよ!?」

「これでも仕留めきれないとは……!」

 

 ラッシュとトゥルースが驚愕する中、スキュラが大きく身体を振るわせる。

 

「っ何か来るぞ! 全員下がれ!!」

 

 ビュウの声に反応し、全員で一斉に全力で後退すると、何処からか現れた水流が津波の如くカーナ軍を襲った。

 

「いかんでアリマス! 皆、自分たちの後ろに!」

「チビウィザード! 早く隠れろ!」「う、うん!」

 

 バルクレイのチビ呼びに文句を言う暇も無く、アナスタシアたち魔術師が重装部隊の背後に隠れ、他の皆もドラゴンの影に隠れた。そして、津波となった水流に押し流されないように、全員が懸命に耐える。やがて津波が終わると、スキュラはこれでも排除できないことに怒りを宿したようにカーナ軍を睨んでいた。慌ててプリーストたちが回復魔法(ホワイドラッグ)を飛ばす。

 

 この戦況に、さすがにヨヨも首を傾げざるを得なかった。

 

「我がカーナの精鋭たちの一斉攻撃で倒せないばかりか、大規模魔術並の津波の召喚? こんな魔物がオレルスに蔓延っていたなら人類など今頃駆逐されているはずよ。どう考えても単なる魔物ではないわね」

「そうですね……そもそも魔物にしては知能が高すぎます。明らかにこちらに対応して動いている」

 

 普通、本能のままに動く魔物がここまで戦術的な動きをするはずがない。単なる魔物ではないのは明らかだった。最も、ヨヨにとって眼前の敵の正体などさして興味はない。なんだろうと排除するのに変わりないのだ。さすがにあれだけの攻撃を受ければ結構なダメージが入っているはず。となれば、必要なのは決めの一手だ。

 

「喚ぶわよ。センダック、合わせなさい」

「は、はいっ、陛下」

 

 ヨヨの命に、緊張気味のセンダックが応える。瞬間、二人の魔力が高まる。

 

「偉大なる緑竜よ、我が前に力を示したまえ!」

「来なさい、我が下僕」

 

 センダックの祈りとヨヨの傲慢な言葉が響き渡ると、深緑の神竜が現れる。

 

『出でよ、ヴァリトラ!』

 

 召喚されたヴァリトラが咆哮すると、無色の衝撃波がスキュラを襲った。スキュラは驚愕に眼を見開くと、

 

「…………シンリュウ……!?」

 

 そう言い残すと、その巨体は地に沈み、ついに動かなくなった。

 

「皆、聞いた?」

「はい。『神竜』と、そう言っていたようです」

「ただの魔物ではないと思っていたが、神竜の眷属か何かだったようね」

 

 通りで手強いはずだし、見たことの無い魔物のはずである。

 

「まぁ、何にせよこれでようやく神竜とご対面というわけね」

「なんとも偉そうで物々しい扉ですな」

 

 マテライトの目線の先には大きな両開きの扉があり、ただならぬ雰囲気を漂わせていた。せっかちな彼はさっそく押し開けようとしてみるが、びくともしない。

 

「うぬぬぬ、どうなっとるんじゃ?」

「力押しなんてダメダメ。この扉は神竜の心の扉。資格あるものじゃないと開かないよ、きっと」

 

 センダックの言葉に、ヨヨが扉の前に進み出る。

 

「ドラグナーたる私が来てやったわよ? さっさと開きなさい」

 

 尊大な態度で命令するヨヨの言に従ったわけではないだろうが、巨大な扉は音を立てて開いていく。

 

「さ、行きましょうか」

 

 堂々と歩き出すヨヨの後に続き、マテライトたちが扉を通ろうとした瞬間、見えない力によってヨヨ以外の全員が押し返される。

 

「うおぉっ!?」「なっ、なんだ!?」

「……これは?」

 

 ヨヨが不快げに眉をひそめると、神竜リヴァイアサンが彼女に語りかけてくる。

 

『ドラグナーたる娘よ……我らの傷を癒す者よ……ここは我が領域……お前以外が踏み入ってはならぬ……』

 

 傷を癒す者? と聞き慣れない呼び名に首を傾げるヨヨだったが、リヴァイアサンのその言葉にますます不快げに顔をしかめた。

 

「ほう。私がお前たちの傷を癒す? 初めて聞く話ね」

『我らの悲しみ……怒り……お前にしか癒せぬ……資格あるものにしか……』

「ふぅん。しかし、人に頼み事をする態度ではないわよ? 駄竜が」

『ぐおっ!?』

 

 ヨヨの不遜な言葉と同時に、彼女に語りかけていたリヴァイアサンの気配が急速に小さくなる。精神波をリヴァイアサンに浴びせて黙らせたのだ。

 

「皆、入って良いわよ」

「は、はっ!」

 

 ヨヨの呼びかけに応じ、ビュウたちがヨヨの元へと向かう。先ほどは彼らを押し返したリヴァイアサンの力は、ヨヨによって打ち消されていた。

 

『馬鹿な……我が力が……』

「お前、何か勘違いをしているのではない? お前たち神竜は、ドラグナーたる私を器にしなければ言葉を伝える事すら叶わない化石の如き遺物。そのお前たちを、この尊き私がわざわざ直々に使役してやろうと言うのよ? 泣いて感謝を述べるが道理でしょう?」

『……!!』

 

 ヨヨのあまりの傲慢さに絶句するリヴァイアサンを、ヨヨは嘲笑する。

 

「悲しみだか怒りだか知らないが、そんなに癒して欲しいのなら我が軍の僧侶たちにでも頭を下げて頼むことね。最も、肉体すら無いお前たちは下げる頭も持っていないでしょうけど」

 

 絶句したままのリヴァイアサンを置き去りにして、あーっはっはっは! とカーナ女王の高笑いが盛大に響き渡るのだった。

 



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スパイ大作戦

 神竜リヴァイアサンを支配下に置き、ファーレンハイトへと帰還したヨヨ率いるカーナ軍だったが、ここにきて思わぬ情報が飛び込んできた。

 

「グランベロス帝国皇帝崩御ですって?」

「はっ。どうも急な病死との発表です」

「病死、ねぇ……」

 

 グランベロス帝国皇帝……つまりサウザーは、ヨヨと対峙したあの時にアレキサンダーの憎悪を受け止めきれず、意識不明のまま帝国へと帰還している。

 

「サウザーの奴め、あのままくたばりよったのか?」

「それなら非常に都合が良い展開なのだけどね」

 

 マテライトにそう言ったヨヨだったが、どうにも腑に落ちない。確かに、アレキサンダーの力は他の神竜など足元にも及ばないほど強大だ。故に、サウザーがあのまま目を覚ますこと無くこの世を去ったとしても、まぁ無理からぬことではあるのだが……。

 

(しかし、あの男がそう簡単にくたばるかしら?)

 

 世の中には天運というものに恵まれた人間がいる。他ならぬヨヨがそうであるし、オレルス全土の統一を成したサウザーもそうだ。そして、そういった人間は得てして生き長らえてしまうものなのである。あのカーナ滅亡の日、『ドラグナーだから』という理由で生かされたヨヨがそうだったように。

 

(本当に死んでくれたのならそれに越したことはないのだけど)

 

「情報不足ね。本当に死んだのか、意図して流されたデタラメな話なのか判断がつかない」

「いっそ帝国に潜入でもして調べられれば早いのですが」

「ふむ。悪くないわね」

 

 ドラゴンを用いて密かに帝都に潜入し調査を行うぐらいならば可能だろう。問題は人選であるが。

 

「やはりサジンとゼロシンが適任でしょうか?」

「そうね。彼らには当然行ってもらうけれど、あの二人はあくまで暗殺者。ターゲットの情報収集をするのとは毛色が違うわ。もう一人、情報収集に長けた人物に潜入してもらいたいところね」

 

 そう言って、ヨヨは部屋の隅にいる人物に視線を向けた。

 

「というわけで、お願いね、ディアナ」

「…………へ?」

 

 突然話を振られたディアナは、間抜けな声をあげてキョトンとした顔を浮かべるしかなかった。

 

「わ、私ですかぁ!?」

「情報収集を任せるとなったらあなたに決まっているでしょう」

「私、プリーストですよ!? そんなスパイみたいな事とかやったこと無いんですけどぉ!?」

 

 いきなり重大任務を振られて慌てるディアナに、ビュウが呆れたような目を向けた。

 

「今更何言ってるんだお前は? いつもどこからか知らないがやけに精度の高い情報を仕入れてるじゃないか」

「いや、あれは単なる噂を話してただけで……」

「噂だって立派な情報よ。それもただの噂じゃなくて信憑性のある確かな情報なら尚更ね」

 

 そもそも常日頃からどこで仕入れて来たのか不明な『噂話』を皆に流していた張本人であるディアナに白羽の矢が立ったのは当然の流れと言えよう。

 

「少なくとも、カーナ軍で誰が一番情報収集が得意か聞いて回ったら、9割がお前の名前を挙げると思うぞ。だから、諦めろ」

「そんなぁ~!?」

 

 こうして、半ば強引に潜入任務を命じられたディアナは、しぶしぶながらも帝国の情報収集へと乗り出すことになったのであった。

 

 

  ◆   ◆  ◆

 

 

「う~。まさか私がスパイ染みた真似をすることになるなんて。私はただ噂好きなだけの女なのに……」

「ワン!」

 

 ムニムニに乗ってグランベロス帝都へと潜入したディアナは、未だに愚痴りながらもとりあえず任務のために動いていた。まず必要なのは、帝都で聞き回っても怪しまれない格好である。地味で目立たないディアナが帝国人に顔を知られているとも思えないが、それでも一応念には念を入れておきたかった。

 

「ディアナさん、ご要望の帝国僧侶の衣装、調達して来たぞ」

「ありがと! 超助かるぅ~!!」

 

 共に潜入したサジンとゼロシンに頼んで入手してきてもらった帝国僧侶の衣装にさっそく袖を通す。二人のやり方を考えると、この衣装を入手するための犠牲者がいたことは想像に難くないが、どうせ戦争中の間柄なのだ。今更敵国の人間が一人死んだところで気にするようなことでもあるまい。

 

(よし、これで私は完全に帝国民!)

 

 そうして、完全に変装を終えたディアナ。帝国僧侶の衣装は表情が隠れるほど大きいフード付きであり、正体を隠すのにはうってつけだった。

 

「じゃ、情報収集は私やるから、二人は一般人に紛れて私の護衛をしてくれる? 怖いから」

「はいよ」

 

 そうしてサジンたちに自身の警護を任せたディアナは聞き込みを開始した。とりあえず適当に、誰でも良いのでそこらの市民を捕まえて話しかけていく。

 

「ねぇねぇ、そこの人! 知ってる!? 知ってる!?」

「なんだ急に……。何をだ?」

「皇帝陛下は、実は病死じゃないって話!」

「ああ、それか。聞いたことあるぜ。なんでも皇帝陛下は病を患っておられたわけではなくて、神竜の呪いにかかってたらしいな。亡くなられた今となっちゃどっちでも同じだが」

 

(お? この反応、サウザーが亡くなったのは本当なの? だとしたら……)

 

「私、陛下の葬儀には行けなかったんだ。残念だなぁ」

「そうか。ま、無理もないだろうな。反乱軍との戦争中だし、各地に配備されてた奴らは軒並み参列できなかったろうよ」

「あなたは葬儀に行ったの? 陛下の棺は見れた?」

「ああ。さすが皇帝だけあって、立派な棺だったぜ。そういや、今回の葬儀はちょっと変わってたな」

「へぇ、どんな風に?」

「普通は遺体は墓に埋めるだろ? でも今回は陛下の遺言だとかで、棺は空に還すことになってな。空に流しちまったんだ」

「へぇ~」

 

 まぁ、確かにオレルスの空を自身のものにする為にラグーン全土を手中にしたサウザーなら、「自分が死んだ時はオレルスの空に」という遺言を残していても違和感はないが……サウザーが倒れたのはヨヨに宿るアレキサンダーの力によるものだ。あれから目覚めていないのなら、遺言を残すことなどできないはず。一応、前もって用意されていたものという可能性もあるが……。

 

「陛下の遺言は誰が言い出したの?」

「グドルフ将軍だよ。あの方は元々旧ベロス時代からの宰相だからな。帝国将軍でも一番地位が高い。葬儀を主導したのも当然だろう」

 

(いや反サウザー派の筆頭じゃ~ん!)

 

 傭兵からの成り上がりの皇帝であるサウザーに忠臣と呼べる存在は親友であるパルパレオスしかおらず、帝国将軍すらもパルパレオス以外は中立か反サウザー派しかいない。新参でありながら武力だけで皇帝の地位に座ったサウザーを一番嫌っていたのが、貧しい旧ベロスの国力を上げ宰相に登り詰めた重臣であるグドルフである。その彼が言い出した『遺言』となると、どう考えてもきな臭い。

 というか、今思い出したが。

 

「パルパレオス将軍はどうされているの?」

「あん? 何だ知らないのか。パルパレオス将軍も陛下と同時期に亡くなられたよ。グドルフ将軍の計らいで、陛下と同時に葬儀も行われてお二人で空に流されたんだ」

「ふ~ん。そうかあ。そうなんだ~」

 

(はい陰謀確定ぇ~! 同時に二人とも消されたやつぅ~!)

 

 本当に死んだのか実は意識不明なだけで生きていたのかは知らないが、要はグドルフにとって邪魔な皇帝と将軍が両方とも意識が無いのをこれ幸いと、葬儀という体で始末してしまったのだ。元々親サウザー派など下級兵士ぐらいしかいないのだから、さぞやりやすかっただろう。

 

(とどめは刺したのかな? 意識不明のまま空に流しただけなら、案外どっかのラグーンに流れついたりして。いや、それはないか。どんな確率よ)

 

 ──もしも、この時のディアナの思考をヨヨが覗き見られたならこう言っただろう。

「覇者というものは、得てして常人では計り知れぬ天運を持ち合わせているものよ」と。




【ディアナ】

カーナ滅亡前からカーナに仕えているプリースト。
非常に噂好きで、話しかける度にカーナ軍の人間関係などの噂話を話してくれる。
口癖は「ねぇねぇ、知ってる!?知ってる!?」。

基本的には地味な立ち位置であまり目立たない人物だが、例の「ヨヨ様の部屋から夜な夜な苦しそうな声が聞こえてくるの」は彼女の発言である。


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皇帝と将軍と

「結局のところ、サウザーが死んだってのは事実でいいのかい?」

 

 ディアナの集めた情報を聞いたサジンが尋ねるが、ディアナはどうしたものか、と言ったように腕を組んで考え込む。

 

「う~ん、まぁ実際意識不明のまま棺に押し込まれて空に流されたとなればほとんど死んだようなものだけど……」

 

 要はいつ死んだかの時系列が前後するだけで、そうなれば死亡したというのは事実とも言えなくはないのだが、果たしてそんな報告をヨヨ様に上げていいものか。

 

「いや、やっぱり『意識不明のまま空葬されたが、実際に死んだかどうかは確認できなかった』と報告することにしましょう。そもそも私が判断していいことでもないし」

 

 はっきり言って意識不明のまま空に流された人間が生存する可能性などゼロに等しい。が、ゼロではないのである。もしここで『サウザーは死亡しました』と報告して、万に一つサウザーの生存が後に発覚するようなことになれば、自分はあのヨヨ様に虚偽報告を上げた事になってしまう。そんなことになれば、ヨヨ様からどんな仕置きを受けるか分かったものではない。

 

「それにしても、まさかパルパレオスまで消されてたなんてね。まぁ親サウザーなんてあの男しかいないんだし、纏めて消されるのは当然と言えば当然か」

「味方が親友だけとは、サウザーってそんなに人望が無かったのか? 敵国からはともかく、味方にはそう嫌われるような人間には見えなかったが」

「そうね。私もそれは正しいと思うんだけど……」

 

 故国を滅ぼされたカーナ人としての恨みを抜きにしてサウザーという人間を評価するなら、実際そこまで悪人というわけでもないし、事実、兵士や民からの人気は高かった。あまつさえ、一代でオレルスを統一するという偉業も成し遂げているのだ。皇帝としては名君と言ってもいい。

 

「ただ、それってあくまでも下々の人間からの評価なのよね。もっと上……将軍クラスになると、サウザーの評価は真逆なんだって」

「将軍たちから見ると、皇帝として不適格だったってことか?」

「そう。サウザーがなんで皇帝になれたかって言ったら、まぁ強いからなんだけど……はっきり言っちゃうと、それって皇帝としては不要な能力なのよね」

「まぁ、確かにそうだな」

 

 サウザーは辺境の貧国として傭兵を輩出する以外存続する術を持たなかったベロスの王権を力で奪い世界に覇を唱えてベロスを軍事国家として押し上げ、グランベロス……『偉大なるベロス』を建国し遂には世界の統一まで果たした。なるほど、確かに素晴らしい偉業だ。それはいい。

 

「世界に覇を唱えて、世界を統一して、全てのラグーンを手に入れた……じゃあ、その後は?」

 

 サウザーは戦争の天才であり、武力においては間違いなく人類最強の男だ。しかし、その武力が国家を『運営する』という点において何の役に立つというのか。

 

「もちろん、戦争に勝つだけなら最強である人間が頂点に君臨するのは、そりゃ正しいんだけど。でも、勝った後は違う」

「サウザーが世界を統一した後に必要なのは、平常に国家を運営できるだけの統治力ってことか」

「そう。もしも、グランベロスの将軍たちに『サウザーは王として必要か?』って質問をしたら、パルパレオス以外の意見は全員一致するでしょう。『否』ってね」

 

 サウザーは元々、ベロスという国で――いや、全人類で最強だっただけの傭兵だ。そんな、帝王学どころか政治の『せ』の字も知らない男に、皇帝として国の運営などできるはずがない。いかに『皇帝』と冠されたところでそれは王としての呼び名などではなく、圧倒的な武力とカリスマ性を用いて頂点に立っているだけの傭兵の頭領としての称号にすぎないのだ。

 

「そんな『統治』ができない皇帝に仕え続けるのを良しとしなかったのが、グドルフを筆頭とした将軍たちの意見なのよ」

「まぁ、そりゃ道理だな」

 

 彼ら将軍たちは元々旧ベロスの王家に仕えていた身で、サウザーがベロスを制圧した際に従えた存在。ベロスに忠誠を誓った身ではあるが、サウザーに忠誠を誓っているわけではないのだ。

 

「今回の偽装葬儀がやけに簡単に成功してるのもそのせいでしょうね。サウザーに王でいて欲しい人間なんて誰もいないんだもの」

「グドルフが主導して、葬儀の体を装ってサウザーの暗殺を謀っても誰も止めなかったわけか」

 

 グランベロス国民は頼もしく強い皇帝の回復を願っていたのかもしれないが、帝国将軍たちにとっては、統治ができぬサウザーを王として仰ぐのは耐え難かったのだろう。彼らにとって、最早サウザーの武力は不要なものだったのだ。

 

(まぁ……ヨヨ様と敵対している以上、サウザーという武力を自ら捨てるのは最悪手なんだけど。帝国がそれに気付く日はいつかしらね)

 

「さて……それじゃ目的は果たしたわけだし……置き土産をしてから帰りますか」

「置き土産?」

「えぇ、帝国将軍様にちょっとしたプレゼントをね」

 

 そう言って、ディアナが懐から取り出したのは……。

 

「じゃじゃーん! ヨヨ様特製手作りクッキー!!」

「「……は?」」

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 帝国将軍アーバインは、剣の道にしか興味のない武骨な男である。彼は根っからの軍人であり、国の為に戦い、そして死ぬことを自らの本分として疑っていなかった。そんなアーバインですら、サウザーという主君に対して忠誠心を抱いていたかと言えば、それは否である。

 アーバインから見てサウザーという男は自分と同系統の人間だったからだ。武を極め、敵を薙ぎ払うことしか知らない男。無論、武人としては敬意を払っている。しかし、政に疎いアーバインであっても、本来皇帝に求められる資質が『強さ』ではないことくらいは理解していた。

 

 とはいえ、軍人が私情で王に逆らうなど許されない。ならばせめて武人らしく一振りの剣としてサウザーに仕えようと考えたこともあった。しかしサウザーという皇帝ははっきり言ってしまえば仕えがいのない主君だったのだ。

 サウザーは、とにかく強すぎた。彼が戦場に出るだけで敵兵は逃げ出し、彼に挑もうとする者はいなくなった。帝国将軍たるアーバインが敵を切り伏せるまでもなく、サウザーが戦場に姿を現すだけで、敵の士気は挫かれてしまうのだ。これでは、自分がいる意味がない。

 

 だから、グドルフ将軍がサウザー皇帝の葬儀を行うと聞いた時、いくらか不審には思えど追及をしなかったのは、まぁ自分も人間としてある程度の負の感情を持っていたのだろうということだ。それを自覚して以降、より一層剣の道に打ち込み、自分はいずれ来る死の時まで、ただひたすらに鍛錬を続けていくのだと決意を新たにした。

 

 そんなアーバインの近頃の悩みは、妙に異性からアプローチを受けることだ。自分のような剣にしか興味の無い男よりも、そこらの青年の方がよほど女性を喜ばせることができると思うのだが、何故か自分を好いてくれる女性は後を絶たない。

 

(まぁ、男としては無論嬉しいが……)

 

 しかし、これまで剣にだけ生きてきたような自分が女性を幸せにできるとは思えない。だから、今までアプローチしてくる女性は全て丁重にお断りしてきた。が。

 

(またか)

 

 鍛練を終え、自室に戻ったアーバインの目に入ったのは、可愛らしい袋に詰められた菓子折りだった。開けて見ると、中身は焼き菓子が数枚。その横には、『アーバイン将軍に愛をこめて』と書かれた手紙が添えられている。

 

(差出人の名は……無いな)

 

 この手の贈り物は初めてではない。差出人の名前が無いというのはやや奇妙だが、アーバインが今までこの手のアプローチを悉く断ってきたのは帝国中に知れ渡っているのでせめて秘めた想いだけでも届けたいと思った女性がこっそり送ってきているだけで、最初から返事など期待していないのかもしれない。

 

(ふむ、せっかく頂いたものだし、食べるとしよう)

 

 想いに応えられないとはいえ、好意を込めて贈られて来た菓子を無下にするのは気が引けるし、それに腹も減っていた。アーバインは、焼き菓子をひとつ摘まみ上げ、口に放り込む。

 

 ――この時、アーバインはさして警戒していなかった。帝国将軍であるアーバインは毒への耐性も当然のように身につけているし、そもそも派閥に所属しておらず、誰が主君となっても変わらず仕えるつもりでいる彼を暗殺しようとする者がいるとも思えなかったのだ。だが。

 

「……ぐっ!?」

 

 それを口にした瞬間、突如としてアーバインの身体を凄まじい衝撃が襲った。毒ではなかった。言うなれば、それは――『この世のものとは思えない味』なだけ。

 

 如何な武人たるアーバインとてこれには耐えられず、そのまま昏倒してしまう。瞬間、外の廊下に潜んでいた二つの影がアーバインの命を刈り取りに動き――

 

「……………!!?」

「不味い。逃げるぞ」

「あと一息だったが、潮時か」

 

 ――異変を察知したのか、帝国将軍バーバレラがアーバインの部屋に駆け込んで来るのを見て、暗殺者たち――サジンとゼロシンは初めからその場にいなかったかのように姿を消すのであった。

 

 その後、バーバレラの献身的な介抱により、アーバインはなんとか意識を回復した。なお、件のクッキーは帝国の研究所に送られ徹底的に調査されたが、何をどう分析しても世間一般に流通しているものと何ら変わりはなく、異常は発見できなかったため、研究者たちは首を傾げたという。




【アーバイン】
グランベロス帝国八将軍の一人。
聖剣エクスカリバーを愛用し、ただひたすら剣の道に邁進する武人らしい武人。
基本的に自身を高めること以外まるで興味がなく、皇帝サウザーのグランベロス派、八将軍の一人グドルフを中心とする旧ベロス派のどちらにも属していない。

【バーバレラ】
グランベロス帝国八将軍の一人。
炎の鞭ヒートロッドを愛用し、ムチ打ちを趣味とする危ない性格の女性。
率いている部下も全員鞭使いの女性である。
好きな男のタイプは剣の修行に励む男……要するにアーバインである。
帝国内の派閥には関心が無い……というよりアーバイン以外にはまるで関心が無く、常に彼と一緒に行動しており、強いて言うならアーバイン派。
驚くほど無口な人物で、原作では会話している描写があるにも関わらず一言も台詞が無い。


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追憶
彼女の始まり


 ヨヨの生家であるカーナ王家は、世界で唯一神竜と対話する術を持つドラグナーの血を受け継ぐ一族である。彼女はそんな、オレルスでも特別な、選ばれし一族に生まれた。カーナ王族は男女を問わず王位を継ぐ権利を持ち、ヨヨはそんな王家の当代唯一の王女として育てられてきた。

 

 それゆえ、物心ついた時から彼女は上位者だった。齢二桁にもならぬ頃から、当たり前のように皆が自身に傅き、敬い、従うことを日常としていた。だから、ヨヨが自身を特別な人間だと考えるのは当然の流れであったし、我儘で尊大な性格になっていくのも無理からぬことだった。

 

「ねえ、私、あの子が騎士に欲しいわ!」

 

 ヨヨはとにかく、気に入ったものを自分の物にしたがった。後の彼女の忠臣であるビュウが戦竜隊へと抜擢されたのも、ヨヨが気に入ったからこそ彼女に近しい部隊へと配属されたのだ。

 

「私、あれが欲しい!」

 

 ヨヨが欲しいと望むものは、大抵はなんでも手に入った。彼女にはそれが当然だった。彼女はカーナの王女なのだから。そうなれば、ヨヨの中の欲望が際限なく膨らんでいくのも極めて当然のことであった。

 

「マテライト、私、あの土地が欲しい! あの綺麗なお花畑を私のものにしたい!」

 

 ある日のことだった。ヨヨは城下へと繰り出した際、目にした花畑に魅了された。彼女は当然のようにその花畑を欲した。しかし、その日はいつもとは違っていた。

 

「申し訳ありません、ヨヨ様。ヨヨ様といえど、あの土地は差し上げられぬのです」

 

 今までヨヨの欲しいものはなんでも彼女にくれたマテライトが、始めて否と答えたのがその言葉だった。

 

「どうして? 私は王女なのに」

 

 ヨヨには不思議でならなかった。自分は王女で、この国では両親の次に偉い人間だと知っていたから。その自分に手に入れられない物があるなど考えてもみなかったから。

 

「王といえど正当な理由なく民の土地を奪ってはならぬと、カーナの法で決められているのです。王であるからこそ法を厳守しなければなりません」

 

 マテライトは預かり知らぬ事だが、この問答こそがヨヨという人間の人格を完成させるきっかけであった。マテライトのその言葉を、幼いヨヨは自分なりに解釈した。

 即ち、法とは王よりも偉いものなのだと。

 

「そうなのね。じゃあ、私自身が法になる! そうすれば、あのお花畑は私のものね!」

「ははは、そうですな」

 

 それは幼い子供にありがちな飛躍した思考であり。現実の見えない子供の戯言でしかなく。普通ならば、ただそれで終わるはずの話だった。ヨヨという少女に、それを成せるだけの才が備わっていなかったのなら。

 

「そこの人たち、私と一緒にお茶しましょう!」

「「はい?」」

 

  ある日、ヨヨは自分の部屋に誰かがいる気配を感じて。幼さゆえの無知と蛮勇で、彼女はその気配――王女暗殺の依頼を受けた二人の刺客を、あろうことか茶の席へと誘った。

 刺客二人――サジンとゼロシンが困惑のまま誘いに乗ったのは、彼らは依頼をした馬鹿な貴族にはした金で雇われただけの身だったからであり、明日に食う物にも困る状況でもなければ、絶対に受けないような仕事だったからで。そんな馬鹿げた依頼を遂行して王家を敵に回すより、この妙な王女に気に入られた方がよっぽど良いと判断したからでもある。

 

「お金がないの? だったら、お友だちになってくれたら沢山あげる!」

 

 だから二人がヨヨのそんな誘いに乗るのは必然だった。そんな『お友だち』二人にヨヨが頼んだ最初の仕事は、例の花畑の所有権を持つ貴族の動向を調べてもらうことだった。

 

 その貴族は、あまり評判がよくなくて──だから、『偶然』その貴族の不正の証拠が出てきても不思議ではなくて。その貴族に後継ぎがおらず、領主不在となった土地を王族が買い上げ、やがて王女直轄領となるのも、別段不思議ではない事だった。

 

 そうして、自らの行動で以て欲しいものを手に入れるようになったヨヨは、ひどく簡単なことに気付いた。他人に与えてもらえないものは、自分で手に入れればいいのだと。

 そして、権力、財力、暴力……つまりは『力』を持つ人間こそが、欲しいものを手に入れられるのだということを。

 

(ドラグナー。私は、ドラグナーになりたい!)

 

 ヨヨは、自分がカーナの王女に生まれたのは、その為なのだと信じて疑わなかった。

 自分があらゆる全てを手に入れるため、この世界で最も強大な力を持ちうることができる人間に生まれたのだと。何の根拠も無く、何の疑問も無く、そうであるはずだと、そうであるべきだと、傲慢にもそう思っていた。

 

(ドラグナーになれば、私はバハムートの力を得られる!)

 

 カーナの守護神竜であるバハムートは、カーナの民が崇めて来たカーナの象徴で。そしてカーナ王家のドラグナーの力は、神竜と対話し心を通わせることだとという。しかし、ヨヨが望んだのは対話などではなかった。

 彼女の望みは、バハムートの力そのものを自身のものにすること。カーナの人々が神と崇める、バハムート自体をその身に取り込むこと。

 

(バハムートを宿すことができたら──私はカーナそのものになれる!)

 

 王よりも、そして法よりも尊い、『国』そのものになること。それはまさしく幼い彼女がかつて口にした理想そのもので。だが、バハムートは彼女の呼び掛けに答えず──それはヨヨにとって、とても面白くないことで。

 

(バハムートが──ううん、バハムートじゃなくてもいい。国の象徴となる強大な神竜が私の身に宿ったなら──私はカーナで最も尊い存在になれるのに!!)

 

 ──ならば。ある世界で神竜王が宿主を失った事も、彼が次元を渡って彼女の世界に迷い混んだ事も、彼が彼女の身の内に宿った事も。全ては必然だったに違いない。

 

(欲しい――神竜の力が欲しい)

 

 欲しいと思ったものは絶対に自分のものにする。

 

(みんなみんな欲しい――私はあらゆる全てが欲しい!)

 

 ――それこそが、カーナ王女ヨヨの起源なのだから。

 




AIちゃんに描いてもらったヨヨ様イメージ画


【挿絵表示】


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