超時空要塞マクロス ガールズ&ヴァルキリー (ノザ鬼)
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始まり

 

 その年…。

 

 地球人類は初めて異星人と接触した。

 

 そして、異星人ゼントラーディという名の巨人の軍隊と宇宙戦争に突入し、地球は滅亡の危機に瀕した。

 

 

 戦争終結。

 

 

 新統合政府が樹立され、地球人類と異星人ゼントラーディは共存の道を歩み始める。

 

 その後、地球統合政府は種の存続を主眼に置き、人類移住計画を立案。

 そして、多くの超長距離移民船団が銀河の中心へと向かい旅だって行った。

 

 

 この物語は宇宙を旅する船団の一つ、『BW(Big−Wash)船団』で、起きた小さな奇跡から始まる。

 

 

 

 現在。

 

 宇宙に散らばる各マクロス船団は、数々の試練を乗り越え平穏を迎えていた。

 

 それは、人類にとって喜ばしい事であった。

 

 しかし…。

 

 その為に、戦闘機であるヴァルキリー乗りのになるパイロット候補生が激減した。

 

 この事を危惧した統合参謀本部は、各船団に通達を出した。

 

 それは…。

 

 各船団の高等学校に、

『ヴァルキリー部』

を設立するというものだった。

 

 

 ここ船団の巨大な居住艦にあるBW学園も多分に漏れず設立されたヴァルキリー部。

 

 ちなみに、その居住艦であるBW(Big-Wash)は、全長は約八千メートルをも超える全船団の随一の超巨大なサイズであった。

 しかし、そこに住む者にはあまり知られていなかった。いや、どうでもよかったのだ。

 

 

 

 ある事情から、この船団に引っ越して来た少女。名を[アマノ カケル(天野 飛翔)]と言う。

 

 彼女は引っ込み思案で、中々クラスに馴染めずにいた。

 

 

 転校から一週間。

 

 放課後。

 

 突如、現れた生徒会長を始めとする執行部の人達。

 不思議な事に、全員女生徒だった。

 

 そして、生徒会長と名乗る女生徒が、

「アマノさん。この学園ではクラブ活動は必須です。」

 告げた。

 

 驚くカケルを尻目に、

「クラブ選択の希望が出されなかったので、生徒会でクラブを決定しました。」

 

「そ、そんな…。」

 語尾が小さくなったのは、カケル本人が忘れていたからである。

 

「ついてらっしゃい。」

 生徒会長の発する殺気…。いや、気迫に逆らえず

「はぃ…。」

 従うカケル。

 

 

 学園の喧騒を抜け、たどり着いたのは、忘れ去られた場所。

 

 そこは、森を抜けた先。

 

 学園の一角。他に来る生徒の姿は無い静かな場所。

 

「ここが今日から貴女の部室です。」

 指差された先は…。

 

「倉庫?」

 それは、巨大な二枚の扉に見合う大きさの建物。

 

「いえ。」

 短く否定。

「格納庫です。」

 

「格納庫…。」

 全体に目をやりながら繰り返す。(でも、格納庫が部室って…。)

 疑問。

 

 

「中へ。」

 促(うなが)され、大扉に付けられた人間用の小さな入口から入る。

 

 

 臭。

 

 扉が開けられた時から、微かに臭っていた。

 それが、扉を潜ると鼻を刺す。

 

「カビ臭い…。」

 その場の皆を代表する形でカケルの口が臭の正体を言った。

 

 

「こっちです。」

 生徒会長は、奥へと進み他の生徒も続く。

 

「あっ。はぃ。」

 遅れカケルも追う。

 

 

 不意に足を止め、

「これです。」

 生徒会長が示したのは、埃の山。

 正確には、埃避けのシートが掛けられた小型のバス程ほもの。それに埃が積っていた。

 

 

 躊躇(ためら)い。

 

 シートの端を掴んだ生徒会長、

「お約束で、シートをバサリとやろうかと思いましたが…。」

 間を取り、

「埃塗れになりそなので…。」

 そっと捲った。

 

 驚き。

 

「こ、これは!?」

 見開かれた目が、そこに見たものの異質さをものが立っていた。

「飛行機?」

 

 捲ったシートを慎重にずらし、

「いえ…。」

 中の物を見え易く、

「ヴァルキリーです。」

 説明した。

 

 マクロス船団に乗る者…。

 

 いや…。人類ならしらない者は居ない程の、その名前が意味する物。

 

「ヴァルキリー…。」

 無意識に繰り返したカケル。

 

「旧式ですが、直せば十分使えるはずです。」

 その言葉の意味が判らず呆けるカケル。

 

 生徒会長が、

「アマノさん。」

 声を、

「聞いてますか?」

 掛けた。

 

「あっ。」

 なんとか、

「はい。」

 我をとりもどす。

 

 カケルの目を凝視し、

「統合参謀本部からの通達で、各高等学校に【ヴァルキリー部】の設立が義務化されまさた。」

 説明を、

「我が学園も多分に漏れず…。」

 続け、

「設立となり…。」

 カケルの両肩に両手を乗せ、

「部員一号として、あなたが選ばれました。」

 『グッ!』と力が込められた。

 

「えっ!」

 驚きに、続き、

「私…。」

 両肩に乗せられた手に込められた力が増し、

「…。」

 抗議と反論を抑え込んだ。

「はぃ……。」

 返事の語尾は小さくなり空気に溶ける。

 それ程、有無を言わせない力があった。

 

「でも…。」

 俯いたまま、

「私、一人じゃぁ…。」

 せめてもの抗議。

 

「それ…。」

 生徒会長の返事を食う。

 

「なんだよ。」

 迷惑そうに、

「こんな所に呼び出してよ。」

 

 自然と視線が声の主へ向いたカケル。

 

「あら。遅かったですね。」

 嫌味ともとれる生徒会長の相手を見ないままの返答。

 

「いえ、時間通りですわ。」

 ロングヘアの黒髪が目立つ女性が答えた。その上、黒縁の眼鏡を掛けている。

 

(この組み合わせは、セットなのだろうか?)

 カケルの素朴な疑問。

 二人組の事か、それとも黒髪のロングの黒縁の眼鏡の事か…。

 

「そうだぜ。」

 もう一人が、生徒会長の返事を食った方の声の主のようだ。

「時間通りだ。」

 両手を頭の後ろで組んだ女性が、不満そうであった。

 

「そうですか。」

 悪びれもせず、

「このお二人と、三人で『ヴァルキリー部』ですよ。アマノさん。」

 

「えっ!?」

 黒髪の女生徒。

 

「はっ!?」

 こっちはショートカットに癖っ毛の明るい茶髪の女生徒。

 

「聞いておりませんが…。」

 丁寧な口調は、黒髪の女生徒の特徴。

 

「そんなの聞いてねえよ…。」

 粗野な口調は、茶髪の女生徒の特徴。

 

「こちらは、転校生の【アマノ カケル】さん。」

 抗議を聞かず紹介した。

 

「アマノさん…。」

 差し出した右手は、ショートカットの茶髪の女生徒へ向けられ、

「こちらは【ダイチ リクノ(大地 陸乃】さん。」

 

 続き、向けられた右手は、ロングヘアの黒髪の女生徒へ向けられ、

「こちらは【ミヅキ ヒョウカ(水月 氷花】さん。」

 

「は…ぁ…。」

 声と言うよりは、どう答えて良いか判らず、ただカケルの喉から出た音。

 

 新たに登場した二人は、値踏みする視線をカケルに絡み付けた。

 

「ってか、なんて俺がヴァルキリー部なんだよ。」

 リクノが、思い出したかのように生徒会長に噛み付いた。

 

「そうですね…。」

 考えていると言った台詞だが、目の奥は愉しそうに、

「色々と、詮索しないから…。」

 右の人差し指で、顎を触りながら、

「それでどうでしょう?」

 目と口が笑い、

「リクノさん。」

 ゆっくりと名前を呼んだ。

 

「ちぃ。」

 吐き捨て、

「わあったよ。」

 返事にした。

 

「そうそう。ヒョウカさんは、お祖父様に聞いてますわよ…。」

 語尾はゆっくりと、

「ねえ。」

 時間をかけた。

 

「はぁ…。」

 ため息を返事とし、

「ここに行くようにとは言われましたが…」

 諦めの表情を、

「こう言う事でしたか…。」

 浮かべた。

 

「三人で仲良く…。」

 時間をかけ三人に視線を送り、

「ヴァルキリー部をお願いしますね。」

 笑う生徒会長。

 

 お願いされた三人は、固まった。

 

「では、ごきげんよう。」

 そう言い残すが早いか、入って来た扉へ向かう。

 その後ろを他の生徒会のメンバーが続く。

 

 それが、まるで何かの行列だと思ったカケル。

 

 

 扉の真下、

「あっ…。」

 潜る直前。

 

 振り返り、

「何か、ありましたら生徒会室まで。」

 笑顔の生徒会長。

 



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嵐の後は

 

 

 嵐が去った後。

 

 そんな例えが、ぴったりの状況。

 

 そこに残された三人。

 

 

 静寂…。

 

 

「あの…。」

 カケルが。

 

「あのよ…。」

 リクノが。

 

「あのですね…。」

 ヒョウカが。

 

 ほぼ、同時に。

 

 そして、再び訪れた静寂。

 

 

「ははは…。」

 耐えられなくなるカケル。

 

「ぶっ!」

 耐えられなくなるリクノ。

 

「ふふふ…。」

 耐えられなくなるヒョウカ。

 

 小さく始まった笑いは、次第に大きくなる…。

 

 

 一頻(ひとしき)り。

 

 笑い声が広い格納庫を満たした。

 

 

 次の静寂を待ち、

「どうしましょうか?」

 ヒョウカが二人に切り出す。

 

「どうって…。」

 リクノがカケルとヒョウカの顔を交互に見ながら、

「どうよ。」

 

「どうします?」

 二人を交互にみながら、カケルも問いかけた。

 

 

「そうですね…。」

 今度は辺りを見回しながら、

「掃除しますか?」

 ヒョウカが提案した。

 

「確かに…。」

 カケルも辺りを見回し、

「このままじゃ…。」

 

「そうだな…。」

 リクノも賛同した。

 

「それじゃあ…。」

 含みのある言い方、

「体操服ありますか?」

 ヒョウカが二人に聞いた。

 

「ロッカー行けば…。」

 リクノは気付き。

 

「私も…。」

 カケルも。

 

「では、着替えてきますか…。」

 ヒョウカの言葉が合図となり、三人は格納庫から着替えに向かった。

 

 

 

 再集合。

 

 着替えを終え、格納庫へと戻った三人。

 

 

「どこからか、やります?」

 格納庫の埃を確認したカケル。

 

「そうだな…。」

 リクノも見回し確認する。

 

「そろそろだと思うのですが…。」

 ヒョウカは、しきりに格納庫の扉を気にしていた。

 

 

 音。

 

 それも人工的な…。

 

 より正確にはエンジン音。

 

 それも車もの。

(実際は電気自動車なので、エンジン音ではなく安全の為に付けられた音。)

 

 それが、格納庫の前に止まった。

 

 

 エンジンが止められ、しばしの静寂の後。

 

『ギッ。ギギィィィィィ!』

 長い間使われていなかったという主張をしながら、大扉がゆっくりと開かれていく。

 

 二枚の大扉の間から生まれた光の中に、立つ人影が、

「掃除道具持ってきました。」

 告げた。

 

 その言葉に驚く、カケルとリクノ。

 

「着替えに行く前に、頼んでおきました。」

 ヒョウカの仕業であった。

 

 その事に、更に驚いた二人。

 

「掃除道具を取りに行きましょう。」

 ヒョウカに促され、無言で頷く二人。

 

 

 小型オープンカーのトラックの荷台に乗せられた掃除道具。

 

 一瞥(いちべつ)。

「短い時間で、ここ迄そろえてくれるとは…。」

 感心し、

「生徒会長も中々やりますね。」

 褒めるヒョウカ。

 

 だが、二人はヒョウカの手際にただ驚くばかり。

 

「これを…。」

 ヒョウカが荷台から取り、二人に差し出す。

 

「布…。」

 疑問がそのまま口に出たカケル。

「ですか?」

 

「布には違いないですが…。」

 布を広げ、

「【割烹着(かっぽうぎ)】です。」

 着る方向をカケルに向け、

「手を通してください。」

 笑顔で催促した。

 

「は、はぃ…。」

 着る物だとは判ったが、【割烹着】の意味は判らず、言われるままに手を通す。

 

「では、後ろを向いて。」

 次の指示を出したヒョウカ。

 

 今度も言われるままにヒョウカに背を向けたカケル。

 

「これを結んで…。」

 ヒョウカが背中で『ゴソゴソ』とする感覚のみが伝わる。

 

 不意に背中の感覚が消え、

「後は…。」

 また、荷台から布を取り出し、

「これを頭に被って…。」

 今度は頭に『ゴソゴソ』の感覚。

 

 また感覚が消え、

「出来上がり。」

 ヒョウカが終わりを告げた。

 

「これは?」

 カケルの疑問だが、リクノも頷き乗っかる。

 

「古式の掃除スタイルです。」

 ヒョウカの回答。

「割烹着に、三角巾です。」

 

 説明されたが、その意味は判らない二人。

 

 その二人の表情を確かめるように、

「掃除で汚れても良い格好です。」

 解り易い解説にしたヒョウカ。

 

「なるほど…。」

 納得のカケル。

 

「そういう事か…。」

 理解したリクノ。

 

「では、リクノさんもどうぞ。」

 ヒョウカが渡す。

 

「判った。」

 早速、袖を通し、

「後ろ、止めてくれ。」

 カケルにお願いした。

 

「私は…。」

 着慣れているのが判る程に、袖を通し、後ろを自分で結った表情。

 

 後ろを止め終えたリクノに、

「これを…。」

 三角巾を渡すヒョウカ。

 

 その後、自分の三角巾を頭に結ったヒョウカ。

 

「多分…。」

 新たな布を二人に渡し、

「これも必要かと…。」

 自分用にした布で口と鼻を覆うマスクにしたヒョウカ。

 

「あっ。なるほど…。」

 納得しカケルも真似をする。

 

「確かにな…。」

 リクノも納得しマスクにする。

 

 

 身支度を終えた三人。

 

 互いを一瞥(いちべつ)し、無言で頷く。

 

 そして、荷台の掃除道具を手にした。

 

「先ずは、換気から…。」

 ヒョウカのくぐもった合図で、格納庫大掃除大作戦が開始された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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掃除

 

 

 無意味。

 

 そんな言葉がカケルの脳裏に浮かんだ。

 

 格納庫に積もった埃が舞い、マスクの隙間から喉を刺激する。

 

「ケホ。」

 咳。

「ケホ。」

 もう一度。

「いつから使ってないのよ。」

 格納庫に文句を言ったカケル。

 

 

「掃除してるのか…。」

 リクノも、

「埃を立たせているのか…。」

 文句を、

「わかりゃしない。」

 格納庫に言った。

 

 

「お二人の言い分も判りますが…。」

 ヒョウカの手際は、

「このように、そっと…。」

 埃を立たせていなかった。

「やれば、大丈夫ですよ。」

 

 

「なるほど…。」

 感心するカケル。

 

「雑にやるなって事か…。」

 多少、不満げなリクノ。

 

 

 黙々と行われる掃除。

 

 

 静寂。

 

 それは、掃除する音だけが格納庫を満たしていた。

 

 

「ん?」

 それだけで、疑問だと判る短い言葉。

「何だろう?」

 格納庫の隅に紙に包まれた板状の物を見付けたカケル。

 

「何だ?」

 掃除に飽きていたのが、一目瞭然のリクノは直ぐにカケルの元へ。

 

「何ですか?」

 カケルの疑問の言葉に惹かれ寄って来たヒョウカ。

 

「ここに、あったんですけど…。」

 格納庫の隅に隠す様に置かれていた物を引っ張り出すカケル。

 

「板?」

 リクノが、

「それも大きい。」

 形状を言った。

 

「何でしょうね。」

 ヒョウカも興味津々。

 

 カケルも興味津々で、

「開けてみますか?」

 二人に効いた。

 

 その板は紙で包まれた上に、紐で縛ってあった。

 

「そうだな…。」

 リクノが賛同し、

「気になるものは確かめろだ。」

 

「ここにあったということは…。」

 ヒョウカの、

「備品では?」

 推理。

 

「そうですね…。」

 結び目に手をかけ、

「開けますね。」

 解くカケル。

 

 

 解かれた紐。

 

 次に、包んであった紙を開ける。

 

 

「木の板…。」

 カケルが見たままを口にした。

 

「何だ、これ?」

 リクノも理解不能と。

 

「…。」

 顎に右手を当て、考える仕草のヒョウカは無言。

 

 そして、沈黙の間から、

「もしかしたら…。」

 その言葉にカケルとリクノは同時に、発したヒョウカの顔を見た。

「裏返しみてください。」

 

 指示を理解する間の、

「わ…。」

 一瞬の間。

 そして、

「判りました。」

 言葉と同時に板を裏返すカケル。

 

「あっ!」

 驚くカケル。

 

「これは…。」

 驚くリクノ。

 

「やはり…。」

 自分の推理が当たった事に声を上げたヒョウカ。

 

「ひ、飛行機…。」

 板に書かれた文字を読み上げるカケル。

 

「…道部。」

 途中からリクノが引き継いだ。

 

「飛行機道部」

 ヒョウカが通し読んだ。

 

 

 理解を超え起きた沈黙。

 

 

「これって…。」

 カケルが誰に言うわけでもなく口にした。

 

「ああ…。」

 リクノも理解が追い付く。

 

「ここが、格納庫でヴァルキリーがある理由ですね…。」

 ヒョウカの説明に納得した二人。

 

「元々、ここは飛行機道部だったんですね…。」

 カケルに賛同し、頷く二人。

 

 

 格納庫の中を、ゆっくりと首を巡らせるカケル。

 

 

 映る。

 

 熱気。

 

 居るはずの無い当時の部員が、カケルの視線の先で躍動し始めた。

 熱く語る声を上げながら、その思いで、この場の温度も上げる。

 

 その姿に見惚れるカケルの存在は、向こうからは見えていない。

 

 

「おい!」

 肩を揺すり、

「どうした?」

 語りかけるリクノ。

 

「大丈夫…。」

 覗き込む、その顔は、

「ですか?」

 心配の表情を浮かべるヒョウカ。

 

「あっ…。」

 二人の声が、

「はい。」

 カケルをこちらの世界へと戻した。

 

「長い間、ぼーっとしてたから…。」

 安心で胸をなでおろす。その言葉がぴったりのリクノ。

 

 リクノの言葉に、

「私…。」

 驚き、

「そんなに、長い間…。」

 

 答えたのは、

「そうですよ…。」

 ヒョウカ。

 

(私が見てたのは…。)

 思うが口には出せず、

「ごめんなさい。」

 謝りこの場を納めた。

 

「何も無ければ…。」

 リクノは、カケルを一瞥。

 

「では、続きを…。」

 ヒョウカは二人を促した。

 

「はい。」

 必要以上に元気に答えたカケル。

 

「はぁ…。」

 肩を落とし、

「やるか…。」

 諦めたリクノ。

 

 

 

 その日は、艦内で決められ夕刻の時間まで格納庫の掃除を続けた三人。

 

 疲れ、

「今日は…。」

 埃塗れ、

「終わりかな…。」

 カケル。

 

「だな…。」

 リクノも疲れ、埃塗れ。

 

「そうですね。」

 ヒョウカは疲れ、埃が付いた程度。

 

 二人が塗れになり、一人は着くほどに格納庫内は綺麗になり、埃が移動した様に思えた。

 

 

 

「では…。」

 ヒョウカが、あの板を持ち出し大扉の前へと移動する。

「部室には、看板が無いと雰囲気出ませんからね。」

 

 掛けれた【飛行機道部】の看板により、今この格納庫が部室となった。

 

「なんか、本当に部室みたいだな…。」

 リクノの冗談にも思える感想。

 

「本当…。」

 カケルも同じ思いのようだ。

 

「本当ですね…。」

 ヒョウカも乗り、

「ふふふ…。」

 笑った。

 

 それが、きっかけとなり三人は笑った。

 

 

 暫時。

 

 

 誰からともなく、終えた笑い。

 

 待っていたかのように、

「今日は帰りましょうか。」

 ヒョウカが促す。

 

「はーい。」

 疲れなど無いような元気なカケル。

 

「んじゃ。お疲れ。」

 途端に元気になるリクノ。

 

「では。また、明日。」

 ヒョウカは変わらず。

 

 

 三人は家路へと。

 

 

 

 



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チェック

 

 

 後日。

 

 正確には、格納庫内の掃除が一段落した時。

 

 放課後。

 

 格納庫。

 

 いえ。

 

 改め、部室にて。

 

 

「今日は…。」

 ヒョウカが切り出す。

 

「って、これ何とかしないとだろう。」

 耳の横を通す様に後ろ手に親指で指すリクノ。

 

「ヴァルキリーですか?」

 カケルの質問。

 

「そっ…。」

 腕組みし、

「飛べるようにしないとだろ…。」

 遠回しに面倒だと言うリクノ。

 

「えっ!?」

 驚くのは、

「直せるんですか?」

 カケル。

 

「そりゃあ…。」

 軽く首を巡らせヴァルキリーを一瞥、

「使えない部品を交換すれば…。」

 意外と簡単に言ったリクノ。

 

「理論上はそうですが…。」

 ヒョウカの言う事も最もである。

 

「もしかして…。」

 今度はリクノが二人に視線を向け、

「修理の経験は無い?」

 聞いた。

 

「そんな事したことない…。」

 カケルの首を左右に振る速度は速かった。

 

「残念ながら…。」

 ヒョウカは、目を瞑りお手上げのポーズ。

 

「やっぱりか…。」

 解っていたかのように、

「俺はメカニック担当か…。」

 リクノの言葉は諦めに聞こえた。

 

「できるんですか!?」

 カケルの驚き。

 

「そのようですわね。」

 ヒョウカは予想していたように。

 

「ま、まあな…。」

 カケルの問に答え難そうなリクノ。

 

「凄ーい。」

 羨望の眼差しを向け、

「どこで覚えたんですか?」

 興味津々で聞くカケル。

 

「えっと…。」

 何故か困るリクノ。

 

「まあまあ…。」

 割り込み、

「そんな事はどうでもいいではありませんか。」

 助け舟を出したヒョウカ。

 

 

 しばし、沈黙。

 

 

「では。」

 やはり仕切るのは、

「リクノさんを中心に修理作業を進めましょう。」

 ヒョウカ。

 

「判りました。」

 カケルが同意。

 

「解ったぜ。」

 リクノも賛同。

 

「これを。」

 そう言えば、今日は大き目な手提げ袋を持って来ていたヒョウカ。

 中から取り出し、

「サイズは合うと思うのですが。」

 二人に渡した。

 

「これは?」

 カケルの質問。

 

 ひと目で、

「作業服…。」

 リクノは、

「それもツナギじゃないか…。」

 

 そう、ヒョウカが用意していたのは、作業用のツナギ服。

 

「帽子もありますよ。」

 用意万端のヒョウカであった。

 

「ヒョウカさん…。」

 名前を呼ぶカケルは、

「凄い…。」

 驚くばかりであった。

 

「流石…。」

 リクノも驚くが、

「まあ。先日の手際から考えれば当然かもだな。」

 ある程度の予想はあったようだ。

 

「後は…。」

 今度は鞄から、

「これで…。」

 タブレット端末を取り出し、

「資料集めておきました。」

 笑顔のヒョウカ。

 

「んじゃ、着替えるか…。」

 制服の上着に手をかけるリクノ。

 

 驚く、

「えっ!?」

 カケル。

 

「リクノさん。」

 右手を上げ制し、

「外から見える場所での着替えは…。」

 格納庫内を見回し、窓をたしかめたヒョウカ。

 

「俺は、構わないんだけど…。」

 自分を見下すリクノ。

 

「だ、駄目ですよ!」

 カケルが手を伸ばし、

「ほら。」

 リクノの肩を掴み、

「あれですよ。」

 止め、

「あれ。」

 繰り返した。

 

「あれか?」

 リクノも乗り、

「そうだな。」

 賛同し、

「あれだよな。」

 答えた。

 

「そこにロッカールームありましたから…。」

 格納庫の一角に視線を送り、

「そこを使いましょう。」

 促したヒョウカ。

 

「はーい。」

 カケルが賛同。

 

「しゃあねえな。」

 リクノも同意。

 

 

 向かった三人の先頭のカケルが、ロッカールームの扉を開いた。

 

 

 

 そして…。

 

 

 

 

 着替え…。

 

 

 

 

 終えた三人。

 

 

 

 一番に出てきたのはカケル。その後をリクノ、ヒョウカの順番で続く。

 

 そして、三人は、ヴァルキリーの元へ。

 

 

「工具は…。」

 棚に目をやり、

「一通りあるな…。」

 確認し、

「まあ。部活で使ってたみたいだから、あって当然か…。」

 手に取るリクノ。

 

「そうですね。」

 ヒョウカは、タブレット端末を用意。

 

「私は、何したら良いですか?」

 カケルは二人を交互に見ながら聞く。

 

「俺の助手を頼むよ。」

 リクノの右手を上げ軽く振りサインを出した。

 

「判りました。」

 カケルも右手でサインを返した。

 

「じゃやるぞ。」

 リクノが機体のチェックが始まった。

 

 

 

 

 チェック中。

 

 チェック中…。

 

 チェック中……。

 

 

 そして、お約束。 

 

「そっち押さえててくれ。」

 リクノの指示。

 

「はい。」

 カケルが押さえる。

 

「いくぞ。」

 リクノがボルトを緩め、

「あっ。」

 思い出し、

「中身が、噴き出すかもだから注意な。」

 

「先に…。」

 カケルの声が、

「言ってくださいよぉ…。」

 濡れていた。

 

 顔を上げたリクノの視線の先には、噴き出した液体で顔が黒くなったカケル。

 

「わりぃ。」

 謝り、

「わりぃ。」

 笑うリクノ。

 

「カケルさん。」

 タオルを渡す、

「大丈夫ですか?」

 ヒョウカも笑っていた。

 

「二人共。」

 煽りながら、

「酷ーい。」

 笑いだしたカケル。

 

 

 

 



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その意味

 

 

 機体チェックは進む。

 

「にしてもよ…。」

 リクノが、

「何で、古いヴァルキリーなんだ。」

 疑問を、

「最新型にすればよ、修理なんて面倒な事しなくてすむのによ。」

 いえ、愚痴を言った。

 

「私も、その事については疑問に思いましたので。」

 ヒョウカが賛同し、

「問い合わせしてみました。」

 

 カケルとリクノの顔は、

『もう、ヒョウカが何しても驚かない。』

 決意していた。

 

「なんでも…。」

 ため、

「初代マクロス艦の時の【フロンティアスピリット】を思い出せ。」

 表情が、

「だそうです。」

 呆れ、

「なので、他の船団のヴァルキリー部の機体も同時期のものだとか…。」

 目を瞑り、首を左右に振った。

 

「あれか…。」

 その言葉に何かを、

「部活に最新型の機体は勿体無い。」

 腕組み、

「そういう事だな。」

 呆れたリクノ。

 

「えっ。」

 驚き、

「そうなんですか…。」

 語尾が小さくなるカケル。

 

「そこまでは…。」

 考え、

「最近は訓練用に初期ヴァルキリーを使うようですし…。」

 右の人差し指で顎を突き、首を長くして傾げるヒョウカ。

 

「?」

 今一つ理解出来ないといった表情で、

「何で訓練に初期のヴァルキリー使うんですか?」

 聞いたカケル。

 

「うーん…。」

 言葉を選び、

「最新型は【賢い】からかな。」

 答えたヒョウカ。

 

「【賢い】か…。」

 繰り返し、

「ぴったりの言葉だ。」

 頷きながらリクノ。

 

「【賢い】ですか…。」

 またも理解不能といった表情のカケル。

 

「パイロットの判断と技量で行われていた部分をヴァルキリーが肩代わりする…。」

 考え、

「割合が多くなってる…。」

 間を取り、

「かな?」

 答えとしたヒョウカ。

 

「良い答えだと思うよ。」

 褒め、

「純粋にパイロットの腕だけじゃなくなってるって事だ。」

 同意したリクノ。

 

「えーっ。」

 驚き、

「それって、なんだか狡(ずる)いです。」

 戸惑いに似た表情のカケル。

 

「でも…。」

 ヒョウカは真剣な表情で、

「限界に近付き…。」

 間を取り、

「そこを超えた時…。」

 口調が重くなり、

「さらなる高みへと行けるのは最新型の【賢い】サポートがあればかもでも。」

 

 ヒョウカの台詞に、

「なんだか、」

 感じ、

「リアリティーある台詞ですね…。」

 固唾を飲むカケル。

 

「そうだなぁ…。」

 考え、

「確かに、【賢い】サポートがあればパイロットに余裕が出来るか…。」

 意見したリクノ。

 

「それは、ヴァルキリーに限った事ではないですよ。」

 笑顔を、

「私達が普段使いしている車だってそうですし…。」

 カケルに向けるヒョウカ。

 

「あっ…。」

 納得の声を上げたカケル。

 

「そう考えると…。」

 間を取り、

「初期のヴァルキリーで訓練でパイロット技量の底上げは悪くないって事か…。」

 考え、

「統合参謀本部も考えてるか…。」

 自らの考えを否定したリクノ。

 

「さあ…。」

 更に否定し、

「案外。部活に最新型は勿体無いかもですよ。」

 笑うヒョウカ。

 

「だな。」

 笑うリクノ。

 

「えっと…。」

 二人の顔を交互に、

「どっちなんですか?」

 見て反応に困るカケル。

 

 それが、ヒョウカとリクノを更に笑わせた。

 

 

 一段落。

 

「続けましょう。」

 ヒョウカの促しに二人が頷く。

 

 

 

 人工的な日は沈む。

 

 帰る時間も近付いた頃。

 

「終わりましょうか。」

 ヒョウカが二人に。

 

「ほい。」

 軽くリクノ。

 

「はーい。」

 明るくカケル。

 

 二人は道具を片付け、タブレットに向かうヒョウカの元へ。

 

 その真剣な表情に、

「何か?」

 思わずカケルが、

「ありました?」

 声にした。

 

「先程、気が付いたのですが…。」

 ヒョウカはタブレットから視線は離さず、

「このヴァルキリーに付けられた番号を見付けたので。」

 電子音が知らせる、

「検索してみました。」

 結果を。

 

「へー。」

 リクノも興味津々で、

「誰が使ってた機体かもだな。」

 乗ってきた。

 

「えっと…。」

 表示された文字を目で追い、

「パイロット『ITIJOU HIKARU』で登録されてますね。」

 読み上げたヒョウカ。

 

「その名前…。」

 記憶の検索に入るリクノ、

「聞いた事ある様な…。」

 続け、

「無い様な…。」

 思い出そうとする。

 

「私も…。」

 カケルも脳内検索で、

「聞いた事が、ある様な…。」

 眉間にシワが、

「無い様な…。」

 寄る。

 

 

 二人が思い出そうと頑張っている横で、タブレットを操作するヒョウカ。

 

 そこに映し出された結果を、目で読み、

「初代マクロス艦で活躍したパイロット…。」

 内容を要約し、

「ゼントラーディ軍との最終戦争を終結に導いた歌姫と噂になった人物…。」

 口にしたヒョウカ。

 

「それだ!」

 思い出すリクノ。

 

「あっ!」

 思い出したカケル。

 

「そんな人が使っていた機体が…。」

 ヴァルキリーに目をやり、

「何故、ここに…。」

 疑問を口にしたヒョウカ。

 

「そうですね…。」

 同じくヴァルキリーに目をやり、

「何かあるのでしょうか?」

 疑問を口にしたカケル。

 

「それに…。」

 続け、

「パイロットが【ヒカル】と…。」

 視線を移し、

「【カケル】だなんて、名前まで似ている…。」

 じっと見つめるヒョウカ。

 

「いやー。」

 軽く、

「考え過ぎだろう。」

 口に、

「偶然。偶然。」

 出したリクノ。

 

「この世の中には必然はあっても、偶然は無い…。」

 重い口調の、

「って説もありますよ。」

 ヒョウカ。

 

 その言葉に、何か作為的なものを感じずにはいられなくなるカケルとリクノ。

 

 そして、沈黙が訪れる。

 

 

 それを、

「考え過ぎですね。」

 ヒョウカの一言が打ち破った。

 

「ハハハ。」

 乾いた笑いで流すカケル。

 

「そ、そうだな…。」

 取り敢えずの同意で流したリクノ。

 

「帰りましょうか。」

 流れそのものを変えたヒョウカ。

 



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搬入

 数日後。

 

 そろそろ、機体チェックが終わりを迎える。

 

 

「ところで。」

 切り出しはヒョウカ。

 

「なんですか?」

 無意識に構えるカケル。

 

「何だ?」

 気軽なリクノ。

 

「お二人はヴァルキリーの操縦は出来ます?」

 ヒョウカの根本的な質問。

 

「えっ!」

 驚きで答え、

「出来ませんよ。」

 両手と首の振りで否定したカケル。

 

「えっと…。」

 答えでは無く、

「知識では知っている…。」

 頭を掻くリクノ。

 

「お二人共に[出来無い]で良いですね。」

 纏めたヒョウカ。

 

 無言で頷く二人。

 

 ふと、

「ヒョウカさんは?」

 カケルが疑問を口にした。

 

「一通りは…。」

 答え、

「【ジッセン】は未経験ですが…。」

 付け加えたヒョウカ。

 

「【ジッセン】って…。」

 リクノが引っかかった。

 

「戦う方の【実戦】です。」

 さらりと答えたヒョウカ。

 

「ま、この平和な時代に戦闘は…。」

 引く付く表情のリクノ。

 

 うんうんと大きく頭(かぶり)を振るカケル。

 

 

 

 偶然。

 

 劇的。

 

 人為的。

 

 そんなタイミング。

 

 聞こえるのは音。

 

 感じるのは振動。

 

「来ましたね。」

 その正体を知っているヒョウカ。

 

「何ですか?」

 リクノを見るカケル。

 

「何だろうな。」

 カケルを見返すリクノ。

 

 二人がヒョウカへと視線を移すと…。

 

『スタスタ』

 そんな音を出しながら、大扉へ向かっていたヒョウカ。

 

 

 期待外れ。

 

 大扉は思いの外、静かに開く。掃除の後に手入れされていた。

 

「中へ。」

 声と共に右手で合図を送り、呼び入れるヒョウカ。

 

 

 音と振動を伴い入って来たのはトレーラー。それも大型。

 だが、格納庫なのでいとも簡単に中まで入って来た。

 

「取り敢えず、その辺りで止まってください。」

 ヒョウカの指示は運転手へ。

 

 そのトレーラーの荷台には大きな箱が三つ積まれていた。

 

 

「これ、なんですか?」

 最もな質問のカケル。

 

「これは…。」

 正体が、

「シミュレーターだ。」

 解ったリクノ。

 

「流石。リクノさん。」

 褒め、

「その通りです。」

 笑顔を見せたヒョウカ。

 

「シミュレーターって…。」

 今一つ、

「なんです?」

 理解出来ないカケル。

 

「うーんとだな…。」

 考え、

「ヴァルキリーのテレビゲーム…。」

 悩み、

「かな?」

 答えにしたリクノ。

 

「テレビゲームは、ちょっと乱暴かもですが…。」

 軽い否定、

「大曲(おおまか)には間違ってはないですね。」

 賛同したヒョウカ。

 

「テレビゲーム…。」

 トレーラーに積まれたシミュレーターを見上げるカケル。

 

「テレビゲームって言っても実際のヴァルキリーのコックピット使ってるから…。」

 説明し、

「実機と変わらない。」

 解説するリクノ。

 

 

 格納庫に雪崩込んで来た、

「何処に設置しますか?」

 同じデザインの作業ツナギを着た一団の先頭が聞いた。

 

 指さしながながら、

「そちらの隅にお願いします。」

 場所は決めてヒョウカ。

 

 その指示で設置作業が始まった。

 

 

「こっちは、機体のチェック終わらせよう。」

 リクノが二人を促す。

 

 その指示でチェック作業が始まった。

 

 

 夕刻。

 

「設置と動作確認終わりました。」

 最初に声を掛けてきた作業ツナギの男性が、

「終了確認お願いします。」

 タブレット端末を差し出した。

 

 内容を目で読み、

「はい。」

 確認し、

「問題ないです。」

 サインしたヒョウカ。

 

「では、これで。」

 確認を終えた作業ツナギの男性が一礼すると、残りの作業ツナギ達が一斉に続いた。

 

 

「明日からは、シミュレーター使えますね。」

 ヒョウカが二人に微笑む。

 

「まっ、交換部品来るまではヴァルキリー直せないしな…。」

 ヴァルキリーを一瞥するリクノ。

 

「私、出来ますかね?」

 不安混じりのカケル。

 

「大丈夫です。」

 返事と共に笑顔で、

「出来る様にします。」

 返したヒョウカ。

 

『ゾクリ』

 返されたヒョウカの笑顔に対するカケルの体の反応。

 それは、恐怖以外の何物でも無かった。



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シミュレーター

 

 

 翌日。

 

 部室にて。

 

 

「飛ばしてみてください。」

 リクノへ指示を出すヒョウカ。

 

「解った。」

 気怠そうに答え、勝手知ったるとばかりにシミュレーターの扉を開くリクノ。

 

 コックピット内部を一瞥し、

「飛ばすのは初めてなんだよな…。」

 ボヤき、シートへ腰を降ろすリクノ。

 

 

「では…。」

 それは、切り替えの言葉。

「カケルさん、こちらも始めましょう。」

 

「は、はい。」

 やはり背中に走る感覚は、

『ゾクリ』

 それは恐怖の感覚。

 

「中へ。」

 シミュレーターの扉を開くヒョウカがカケルを促す。

 

 覗き込み、

「広い様な…。」

 更に見回し、

「狭い様な…。」

 率直な感想のカケル。

 

「基本的な事から…。」

 ヒョウカの言葉にやはり身構えるカケル。

「先ずは…。」

 コックピットにヒョウカが顔を突っ込み、反対側からカケルが同じく顔を突っ込む。

 

 そして、コックピット内の各名称の説明。

 

 

「えっと…。」

 ヒョウカの説明に、

「これが…。」

 戸惑うカケル。

 

「どれも初めて聞く単語でしょうから…。」

 説明よりも、

「ゆっくり…。」

 諭すに近い、

「そんな誘致(ゆうちょう)な事は言いません!」

 なんてことはなく、

「覚える!」

 俗に言うスパルタな、

「それ一択です!」

 ヒョウカ。

 

 悲鳴、

「ひぇぇぇぇぇ!」

 カケルの喉が絞り出した音。

 

 

 ヒョウカの拷問…。

 

 いえ、ヒョウカの説明は続く…。

 

 

 脳が煮える。

 

 思考回路がショートする。

 

 そんな体験が、自分に降りかかるとは夢にも思わぬカケル。

「あ……。」

 完全に活動停止した、

「……う。」

 思考回路。

 

 そして、ここでもお約束は起きる。

『ポン!』

 それは本人にしか聞こえない爆発音。

 カケルの頭が煙を上げた。

 

「カケルさん。」

 かけられた言葉にに気付かず、

「しばし、お待ちを。」

 シミュレーター制御用のタブレット端末に手を伸ばし、

「リクノさん。」

 通信スイッチを押し、

「飛ばすのは問題ないようですね。」

 更に操作し、

「課題を出します。」

 返事を待たず、

「指定された輪を潜って下さい。」

 最後に通信を切ったヒョウカ。

 

 

 手足は操縦に、

「飛ばせるのと、操縦できるのは…。」

 口は愚痴に、

「違うってぇの。」

 忙しくなったリクノ。

 

 

「あっ。」

 リクノの愚痴を聞いていたかのように、

「ガウォークは無しですよ。」

 追加の指示を出すヒョウカ。

 

「わ、判ったよ。」

 今度は返事を返せたリクノの表情は焦ったと雄弁に語っていた。

 

 

「カケルさん。」

 今だ放心中のカケルへヒョウカが、

「続きを…。」

 声をかけた。

 

 機械仕掛けの如き動きでぎこちなくカケルの頭がヒョウカに向く。

 

「ひっ!?」

 ぎりぎり声にならない声を上げ驚くカケル。

 その瞳に映るのはヒョウカの笑顔。

 だが、それが悪魔の笑みに以外の何者でもないとカケルが本能的に感じていた。

 

 

「どうかなさいましたか?」

 心配するヒョウカ。

 

「イエ…、ナンデモナイデス。」

 カケルは棒読みの返事。

 

 

 再開。

 

 また、カケルの脳の温度が急上昇。

 このカーブはヴァルキリーでも難しいだろう。

 

 

 警告音。

 

 脳内のセーフティ回路が危険を報せるアラームをけたたましく鳴らす。

 

 もう限界…。

 

 カケルの心の叫び。

 

 

 救済。

 

 ヒョウカが発した、

「最後に…。」

 救いの言葉。

 

 カケルの脳は、

「は!」

 考える事を、

「はい!」

 再開した。

 

「その三つ並んだスイッチ。」

 ヒョウカの言葉に視線を送るカケル。

 

「これは…。」

 知っていた、

「変形の…。」

 口に出たカケル。

 

「そうです。」

 ヒョウカの向けた笑顔は穏やかに、

「飛行機とヴァルキリーの決定的な違い。」

 声は嬉しそうに、

「変形です。」

 目はカケルを見詰めた。

 

「今は、Fですね。」

 下がっているスイッチの文字を読むカケル。

 

「暫くは、Fの飛行機形態をやります。」

 そして、間を取ったヒョウカ。

 

 何故か、その間に言い知れぬものを感じ、背筋に冷たいものが流れるカケル。

 

「後は、別カリキュラムでみっちりと。」

 男性が見れば、[可愛い]とか[萌える]とかの表現されるヒョウカの笑顔。

 だが、カケルには悪魔に…、いえランクはもう少し上の魔王に見えた…。

 

「解りました…。」

 諦めと絶望の入り交じる表情がカケルの顔に張り付いていた。

 

 

 

 



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初めての

「早速。」

 それは開始の合図。

「飛ばしてみましょう。」

 ヒョウカのその言葉に前置きも飛んだ。

 

「ぇ…!」

 驚いたが何とか、次の言葉を飲み込み、

「はい。」

 返事する事ができたカケル。

 

「席へ。」

 ヒョウカに促され座るカケル。

 

「先ずは、起動手順を…。」

 ヒョウカの伸びる指先が、

「これをオンにして…。」

 スイッチを手順通りに、

「次に、このスイッチを…。」

 押していく。

 

 

 光。

 

 それはコックピットのパネルに順番に点っていくヴァルキリーの息吹。

 

 ただのシミュレーターだが、確実にヴァルキリーに命が目覚めたと解る。

 

「手と足を…。」

 光に心を奪われていたカケルを促すヒョウカ。

 

「はい。」

 返事の後に、

『ゴクリ。』

 固唾を飲み込むカケル。

 

 ゆっくり。

 

 いえ、恐る恐る…。

 

 手を伸ばすカケル。

 

 そっと指先が触れる。

 

 そのまま、握り込む操縦桿。

 

 

 しっくり。

 

 そこが、両手と両足の定位置だと思える程に落ち着いたカケル。

 

 

「閉めますね。」

 ヒョウカが言葉の通りにシミュレーターの扉を閉めた。

 

 

 一瞬の暗転からキャノピーに映し出される風景。

 

「地上からの発進です。」

 ヒョウカの声はスピーカーから。

 

「はい…。」

 見える風景は、記憶には無いずなのにどこか懐かしさを感じるカケル。

 

「場所は地球だそうです。」

 ヒョウカの言葉に、

「私達は、記録の中でしか見たことは無いですね…。」

 納得のいくカケル。

 

「それでも、なんだか懐かしいと思うんですね…。」

 感じたままを口にするカケル。

 

「それは…。」

 ヒョウカのその言葉は、

「私達の遺伝子に刻まれた記憶かもしれませんね。」

 同じ気持ちだったのかもしれないと思うカケル。

 

 

 暫時。

 

「では…。」

 ヒョウカのその言葉は、これから始まる特訓の始まりだったと後にカケルが語る。

「滑走路から始めましょうか。」

 

 キャノピーに映る景色が切り替わり、地平線へ向かう一本の長い道が眼前に伸びる。

 

 簡単に、

「離陸してください。」

 言うヒョウカ。

 

「え!?」

 その一文字が、

「えっと…。」

 混乱を現すカケル。

 

「スロットルレバーを…。」

 ヒョウカの言葉に、無意識に左手を見るカケル。

 そこに握られているのは、指示されたスロットルレバー。

 

『グィ!』

 操作音と共にエンジンの出力を現すゲージが上がる。

 

 

 微進。

 

 ゆっくりとキャノピーの風景が後ろへ流れ始めた。

 

「わっ…。」

 ぎりぎり声になった、

「動いてる。」

 カケルの感動。

 

 ヒョウカが放つ、

「離陸速度まで加速!」

 語尾は強く命令系。

 

 カケルが出した、

「ひゃい!」

 返事でなく悲鳴。

 

『グィ!』

 スロットルレバーが大きく引かれ、一気に風景を後ろに流した。

 

 

 当然、

「速度が達したら操縦桿を引く!」

 次の指示を強く出すヒョウカ。

 

「えっいやっ!」

 更に怪しくなる返事のカケル。

 

『ふわり』

 風景が告げる効果音。

 

 画面カットでは、タイヤが地面から離れるシーンである。

 

 合成の空へ舞い上がるヴァルキリーと共にカケルの心も舞い上がる…。

 ただし、一瞬だけ。

 

 何故か?

 

 それは…。

 

「舞い上がるのはヴァルキリーだけ!」

 ヒョウカの一言が、カケルを現実に引き戻していた。

 

 

 

 ここからは、ヒョウカの指示の下に、カケルがヴァルキリーを飛ばした。

 

 

 あっという間。

 

 これを実感したカケル。

 

 告げられた、

「今日は、終わりにしましょう。」

 ヒョウカの言葉で。

 

 カケルの、

「はい。」

 返事に含まれたものは、名残惜しさ。

 

 その言葉に含まれたものを、

「明日もみっちり飛びますからね。」

 感じるヒョウカ。

 

「あっ…。」

 驚き、

「解りました。」

 ヒョウカなら不思議ではないと思い出すカケル。

 

「リクノさんも終わりましょう。」

 こちらにも指示を出すヒョウカ。

 

「おう。」

 待っていたとばかりの返事は、嬉しそうなリクノ。

 

 

 そして、帰宅を告げる鐘が鳴る。

 

 その日の学園生活は終わりだと。

 

 



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専用

 

 

 ヒョウカの言葉通り、翌日から続くシミュレーターの特訓。

 

 カケルとリクノは、ヘトヘトになる程にヒョウカにしごかれる。

 

 しかし、カケルは辛さよりも懐かしさを感じていた。

 

 

 そんな、ある日。

 

 傍らに置かれた金属の箱へ、

「今日からは…。」

 視線を落としながら二人に、

「これを…。」

 指示を出すヒョウカ。

 

 二人の視線も自然と金属の箱へと注がれる。

 ちなみに、金属の箱は我々が知る旅行等で使う大きめのスーツケース程のサイズ。それが、三つ。

 

「これは?」

 カケルのもっともな質問。

 

「…。」

 リクノは、それが何なのか薄々判っているのか無言。

 

 金属の箱の一つに手を伸ばし、

「これは…。」

 開けると、

「パイロットスーツとヘルメットです。」

 見せるヒョウカ。

 

「あっ。」

 短く理解したカケル。

 

「やっぱり…。」

 リクノに関しては答え合わせだった。

 

「ジャージでヴァルキリーに乗るわけにはいかないでしょう。」

 ヒョウカの冗談。

 

「あっ。」

 また短く理解し、視線を下げ今の自分の服装を見るカケル。

 

「サイズは以前申告して貰ったものに合わせてあります。」

 ヒョウカの観察する鋭い視線がカケルに刺さる。

 

「そ、それなら、大丈夫です!」

 危うく見栄を張るところだったと心の中で冷や汗が流れるカケル。

 

「では…。」

 ヒョウカに促され、ロッカールームへと金属の箱を連れ向かう。

 

 

 

 着替え。

 

 見ると着るとでは大違い。

 

 それがカケルの第一印象。

 

 何だか、着難い。

 

 それが、感想。

 

 

 着替え終え、やはり気になり姿見の前へ。

 

「あっ!?」

 驚き、

「これって…。」

 気が付くカケル。

 

「はい。」

 笑顔で答えたヒョウカ。

 

 ヒョウカの笑顔の意味を、

「制服のデザインと同じ…。」

 理解したカケル。

 

 そうパイロットスーツに施された色合いが、学園の制服に合わせてあった。

 全身を白ベースに、スカーフとスカートが薄い緑にデザインされていた。

 

 左右に体を振り、

「これ…。」

 角度を変え、

「可愛い…。」

 率直な感想のカケル。

 

「確かに…。」

 そう言った事には無頓着だと思っていたリクノも賛同した。

 

「そう言っていただけるとサプライズにした甲斐がありました。」

 満面の笑みでヒョウカは嬉しそう。

 

 暫く、姿見の前で角度を変えポーズをとる二人。

 

 

「そろそろ、行きますよ。」

 ヒョウカがシミュレーターへ促した。

 

「はい。」

 短くカケル。

 

「はーい。」

 伸ばし面倒くさそうなリクノ。

 

 

 三人はロッカールームを出てシミュレーターへ向かう。

 

 

 

 違和感。

 

 パイロットスーツを着る時に感じたものとは違う感覚に目線を落とし足元を見つめるカケル。

 

 そんな表情を浮かべるカケルに、

「どうかしましたか?」

 問うヒョウカ。

 

 顔を上げ、

「何だか、歩き難いなって…。」

 ヒョウカに向き答えるカケル。

 

「なるほど。」

 表情に納得し、

「歩くようには作られてませんから。」

 口角を上げ笑顔で答えるヒョウカ。

 

「えっ?」

 答えに驚くカケル。

 

「パイロットスーツは…。」

 ヒョウカは考え、

「ヴァルキリーのシートに座って操縦する体勢が一番楽に作られてます。」

 

「そういう事か…。」

 側で同じように歩き難そうにしていたリクノも納得していた。

 

「へー。」

 短い言葉で、驚きと納得をしたカケル。

 

 

 

 しっくり。

 

 先程のヒョウカの言葉通りだった。

 

 シートに座るとパイロットスーツで引っ張られていた箇所が楽になった。

 

「本当だ。」

 主語を飛ばし、思わず声に出したカケル。

 

 

 



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部長

 

 

 シミュレーターでの訓練が続く。

 

 

 そして、ある日。

 

 

 入品。

 

 リストアップしていた部品が届き始める。

 

 シミュレーターと平行して、行われるヴァルキリーの修理。

 

 

 伸びをしながら、

「やっぱ、操縦よりも、ヴァルキリーを直している方が俺は向いてるな。」

 首を左右に『コキコキ』するリクノ。

 

「ハハハ。」

 軽い笑いで答えたカケル。

 

「あら。」

 口調は軽く、

「駄目ですよ、リクノさん。」

 目線は鋭く、

「三人でチームですから。」

 突っ込んだヒョウカ。

 

「わーてるよ。」

 今度は指を『ポキポキ』と、

「言ってみただけだよ。」

 工具を取るリクノ。

 

「そうでしたか。」

 笑顔を向けたヒョウカ。

 

 その笑顔が怖いと感じ、口元が引きつるカケル。

 

 空いていた左手を握り締め、

「今日は切の良いところまでは直すぞ。」

 気合いを入れるリクノ。

 

「ぉーっ。」

 小さく握った右手を上げ賛同するカケル。

 

 握り拳を、

「頑張りましょう。」

 小さく体の前で振るヒョウカ。

 

 

 本格的な修理の始まりである。

 

 

 シミュレーターでの訓練と修理の日々。

 

 暫くすると、少しだけ変化があった。

 

 ヒョウカのシミュレーター参加である。

 二人に課題を出し、自分も訓練を始めた。

 

 

 

 そして…。

 

 迎えた、その日。

 

 右人差し指で、

「終わった…。」

 拭った鼻先が黒くなる、何ともお約束なリクノ。

 

 右手の甲で、

「やったー。」

 拭った額が黒くなる、こちらもお約束のカケル。

 

 右手で、

「やりましたね。」

 作業帽子を取ると長い黒髪が流れ出すヒョウカ。彼女には、お約束の神様は訪れなかった。

 

 

 改めて、見上げる三人に古いヴァルキリーが輝いて見えた。

 

 

 ヴァルキリーを見詰めたまま、

「週末に…。」

 あまりにも呆気なく、

「テスト飛行の予定を入れておきます。」

 あっさりと言ったヒョウカ。

 

「あっ。」

 驚き、

「はぃ。」

 答えるまでに少しの間を要したカケル。

 

「おーっ。」

 こちらも驚き、

「早速か…。」

 だが、

「良いねえ。」

 喜んだリクノ。

 

 

 

 

 迎えたテスト飛行の日。

 

 部室の前に降ろされていた、小さな車。

 

「これは?」

 カケルの質問。

 

「牽引車。」

 答え、

「間違いなく、ヒョウカが手配した。」

 推測…。いえ、確信していたリクノ。

 

 二人に遅れ、

「届いてましたか。」

 現れたヒョウカ。

 

「やっぱり…。」

 驚かないカケル。

 

「やっぱか。」

 答えが合ったとリクノ。

 

「準備しましょう。」

 促し、

「カケルさん。パイロットスーツに着替えてください。」

 指示を出すヒョウカ。

 

 目を丸くし、

「私ですか…。」

 驚くカケル。

 

 笑顔で、

「はい。」

 首を軽く傾げ、

「初フライトは部長から…。」

 笑顔のヒョウカ。

 

 沈黙。

 

 静寂。

 

 そして…。

 

 カケルの、

「えぇぇぇぇぇ!」

 驚き、

「ぶ、部長って…。」

 

「何だ…。」

 割り込む、

「知らなかったのか?」

 リクノ。

 

 カケルが、

『ぷるぷるぷる。』

 音をだし、左右に高速で振った顔は残像を残す。

 

「まあ…。」

 心の中は悪い顔で、

「便宜上って事だろうから。」

 カケルの右肩に手を置く、

「気にするな。」

 リクノ。

 

「そうですわ。」

 表情は笑顔で、

「誰が部長かなんて、」

 カケルの左肩に手を置く、

「些末な事です。」

 ヒョウカ。

 

「え…。」

 困り顔で、

「そんなぁ…。」

 二人の顔を交互に見るカケル。

 

「よし。」

 牽引車に向かうリクノ。

 

「準備しましょう。」

 部室の大扉を開けるヒョウカ。

 

 残されたのは、

「そんなぁ…。」

 立ち尽くすカケル。

 

 

 

 ここは宇宙船。

 

 改めて、思い出す。

 

 牽引車でヴァルキリーを何処へ運ぶのかと思っていたカケル。

 

 その答えが、下だった時の驚き。

 

「あっ…。」

 驚くカケルを他所に、ヴァルキリーが床ごと下り始めた。

「し、下。」

 それだけは言えた。

 

 そう、ヴァルキリーを部室である格納庫からリフトで地下…。いえ、宇宙船の多層構造なら下層の通路へ移す。

 ちなみに、まだ牽引車では動かしていない。ヴァルキリーと繋いだだけ。

 

 三人の部員と一基のヴァルキリー、それに牽引車を乗せたリフトはゆっくりと下層に設けられた専用の通路へと移動する。

 

 ちなみに三人は牽引車にのっている。更に言うと、運転席にはリクノ、カケルとヒョウカは空いているところに適当に座っていた。

 

 

『ガコン!』

 お約束のリフトが止まる音を出す。

 

 

 通路に天井部分に設置されたランプが、手前から先へと順番にオレンジ色に点灯していく。

 

 

『ガコン!』

 字面(じづら)では同じ表記だが、実際の音は少し違う。

 

 平行移動。

 

 リフトがゆっくりと前進を始めた。

 

 

 オレンジの光がカケルの顔を走り去る。

 

 今だ驚くカケルは、

「こんな仕掛けが…。」

 通路の先を、

「あったなんて…。」

 見詰めるばかり。

 

 ヒョウカが解説を、

「この居住艦が作られた当時の物資搬入の通路です。」

 始め、

「多分。これがあったから部室が作られたかと…。」

 推測した。

 

 リクノが、

「そう言う事か…。」

 割り込む。

 

 続け、

「今は、殆ど使われてなかったようで…。」

 解説する、

「直ぐに許可が下りました。」

 ヒョウカ。

 

 納得するリクノ。

 

 通路のスケールに魅入るカケル。

 

 

 三人の下層通路移動の旅は、暫く続いた。

 

 



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初フライト

 

 

 減速。

 

 それが、目的地が近いと知らせた。

 

 

『ガコン!』

 リフトが止まる音は、毎回違うのだが字面は同じ。

 

『ウィーン』

 リフトが上に向かう音は、全く違う。

 

 見上げた三人は、四角く切り取られた光の先が目的地だと知った、

 

 

 光。

 

 潜った先。

 

 そこは白に塗り潰された場所。

 

 目を、

「眩しい。」

 瞑るカケル。

 

 固く、

「ひゃあ、眩しい。」

 閉じた目のリクノ。

 

 左手で、

「本当。」

 目を覆うヒョウカ。

 

 暫時。

 

 目が光量に慣れてきた三人。

 

 そこは開けた平らな場所に、真っ直ぐな道が伸びている。

 

 首を左右に振り、

「ここは…。」

 辺りを見回すカケル。

 

 タブレット端末を取り出し、

「飛行場です。」

 操作しながら説明するヒョウカ。

 

 目的地を探す様に、

「どっちだ?」

 ゆっくりの首を振るリクノ。

 

 タブレット端末の表示を、

「あっちですね。」

 確認し指差すヒョウカ。

 

 それを目で追い、

「よっしゃ。」

 牽引車をスタートさせるリクノ。

 

 牽引車に合わせ、ヴァルキリーがゆっくりと動き出す。

 

 辺りの風景に視線を送り、

「こんな所があったんだ。」

 疑問を口にしたカケル。

 

 その答えを探す様に、

「普段はライトプレーンが使っている滑走路だそうです。」

 タブレット端末の表示を読むヒョウカ。

 

 納得し、

「あっ。」

 思い出す、

「前の船団の中でも飛んでました。」

 カケル。

 

 その言葉に、

「戦いでは無く趣味で飛ばせる飛行機…。」

 目を閉じ、

「平和の証ですね。」

 そっと微笑むヒョウカ。

 

 その表情に深い思いを感じるカケルは頷く。

 そして、頬を撫でる風に、

(気持いい。)

 そっと耳を傾ける。

 

 

 停止。

 

 同時に、

「着いたぜ。」

 告げるリクノ。

 

 向き直り、

「カケルさんは乗る準備をしてください。」

 指示、

「リクノさんは…。」

 牽引車を外しに動いているのを確認し、

「言うまでも無いですね。」

 小さくヒョウカ。

 

 

 

 搭乗。

 

 簡易タラップを取り付け、

「緊張します。」

 登るカケル。

 

 見上げ、

「大丈夫ですよ。」

 声援を送る、

「シミュレーターの通りにやれば。」

 ヒョウカ。

 

 機体の下へ入り、

「そうそう。」

 チェックしながら、

「整備もバッチリだしな。」

 指差し確認するリクノ。

 

 

 同じ。

 

 コックピットに納まり、ヘルメットを被る。

 

 いつものシミュレーターと同じだった。

 

 

 儀式。

 

 ヴァルキリーを目覚めさせる最初のソレ。

 

「入れます。」

 スイッチを入れるカケル。

 

 パネルに光が点り準備は整った。

 

「機動。」

 同時に押されたスイッチは、眠っていたヴァルキリーを目覚めさせる。

 

 

 微振動。

 

 エンジンに火が入り、機体を微かに震わせる。

 

 

 操縦桿から伝わってくる感覚。

 

 それは…。

 

 懐旧。

 

 追憶。

 

 懐かしさ。

 

 脳裏に鮮やかに甦る。

 

 その感覚は次第に全身に広がる。

 

 そして、カケルの心を体という楔(くさび)から解き放つ。

 

『ふわり。』

 そんな音を出しながら心が抜け出した。

 

 

 見下ろす。

 

 そこには、ヒョウカとリクノ…、そして、コックピットに座る自分が見えた。

 

 

 開放。

 

 それは不思議な光景だった。

 

 しかし、抜け出した心は解き放たれた自由に歓喜し興味を失う。

 

 見上げる。

 

 そこは、自由な空で、不自由な空。

 

 宇宙船という有限の空である。

 

 でも、駆け出したい衝動に突き動かされる。

 

 

「…。」

 

「…さん。」

 

「カケルさん。」

 

 スピーカーから何度も時分を呼ぶ声に、

「はい。」

 解き放たれた心が体へ、

「ごめんなさい。」

 戻ったカケル。

 

 心配する、

「トラブルでは無いですね。」

 ヒョウカ。

 

「大丈夫。」

 今の出来事を思い出し、

「緊張してました。」

 無理矢理に自分を納得させたカケル。

 

「リラックスですよ。」

 声をかけ、リクノの送るサムズアップに頷き、

「離れます。」

 今度はオッケーサインを返すヒョウカ。

 

 そして、ヴァルキリーから離れるヒョウカとリクノ。

 

 手を振る二人を確認し、

「カケル。」

 操縦桿を握り直し、

「行きます!」

 スロットルレバーを押し込む。

 

 

 G。

 

 それも強烈なG。

 

 ヴァルキリーの加速の反動がカケルの全身に伸し掛かる。

 

 

 パネルの表示を目線で読み取り、

「離陸。」

 操縦桿を引いた。

 

『フワリ。』

 車輪が音を出し、機体を空中へと投げ出す。

 

 

 ヴァルキリーは、ヒョウカとリクノの歓喜の声を背に受け大空へと舞い立った。

 

 

 



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天駆ける翼

 

 

 同刻。

 

 同艦。

 

 宇宙港。

 

 ここは、他の船団とのフォールド航行による移動の拠点である。

 

 

 ロビー。

 

 そう呼ばれる人で混雑する場所。

 

 

 振動。

 

 呼び出しの合図。

 

 黒いスーツの男性の懐が震えると共に呼び出し音が鳴る。

 

 振動と音の出処である携帯端末を取り出す。それは我々の持つスマホのサイズである。

 

 そこに表示されていたのは、『Sound Only(音声通話)』の文字。

 

 タッチパネルを通話にスライドさせると、空いている左手で隣の少女に【待て】と指示を出す。

 

 

 待てと指示され、立ち尽くす少女は混雑するロビーの行き交う人を見ていた。

 そう、『いた』のである。

 

「…。」

 不意に天井を見上げた少女。

 

『キョロキョロ。』

 その行為が音を出した。

 

 見付けた登りのエスカレーターへ歩き出す。

 

 現在、男性は通話に夢中。

 

 

 エスカレーターが少女を運んだ先は、待合いのフロアー。

 

 そして、また…、

『キョロキョロ。』

 そんな音を出す行為。

 

 今度、見付けたのは【テラス】へ出る透明の扉。

 

 扉を潜り、建物の半外となるテラスへ出た少女。

 

 

 見上げる。

 

 そこは、艦内に作られた疑似の空。

 

 青く作られた空に、注がれる視線。

 

 開いた口は、

「飛んでる…。」

 小さく声にし、ゆっくりと目を閉じた少女。

 

 暫時。

 

 そして、開かれた目と口。

 

 目から放たれる視線は空に向けられた。

 

 喉を震わせ口から発せられ音は空へと投げられた。

 

 

 

 不意。

 

 ヴァルキリーを通し、

「歌?」

 ヘルメットを通じ感じるままを小さく口にしたカケル。

 

 聞き取れず、

「カケルさん。」

 聞き返す、

「何ですか?」

 ヒョウカ。

 

 双眼鏡で、

「どうした?」

 機体を追いながら、

「何かあったのか?」

 聞くリクノ。

 

 インカムに意識を集中させながら、

「何か言ったみたいなのですが…。」

 聞き取ろうとする、

「聞き取れなくて…。」

 ヒョウカ。

 

 

『フッフ…。』

 鼻が、

『フッフ…。』

 リズムを刻む。

 

 耳から…。

 

 いや…。

 

 ヴァルキリーを通し、パイロットスーツを通し、流れ込んで来る歌に合わせ全身が震えさせるカケル。

 

 それは、自分を拡げた。

 

 操縦桿を握る手が翼に、ペダルを踏む足がエンジンノズルに同化し、ヴァルキリーと一体となる感覚。

 

(私が飛んでる…。)

 『私は』では無く『私が』。

 

 そう、カケルが空を翔ける。

 

 

 

 違和感。

 

 双眼鏡を通しヴァルキリーを見ていた、

「あん?」

 リクノの上げた声が物語った。

 

 今度は、

「どうかしましたか?」

 ヒョウカが聞いた。

 

 リクノは、

「ヴァルキリーが…。」

 双眼鏡から目を離さず答えた。

 

 直ぐに側の双眼鏡を取り、覗き込むヒョウカ。

 

 

 

 帰郷。

 

 そう、ここは故郷。

 

 帰って来た自由な空へ。

 

 その感覚は高揚。

 

 気持ちの高ぶりが抑えられなくなるカケル。

 

 

 

 二人の双眼鏡が追うヴァルキリー。

 

「子供だな…。」

 見たままを口にするリクノ。

 

「はしゃいでる…。」

 思ったままを口にするヒョウカ。

 

 

 嬉しくて、上がる口角。

 

 ヘルメットの中の表情が見せたのは笑顔。

 

『グィ!』

 同時に行われた手足の共演。

 

 

 

 リクノの、

「おぉ…。」

 見開かれた目は驚き。

 

 ヒョウカの、

「あれは…。」

 開かれた口も驚き。

 

 

 

 自由。

 

 そんな言葉を体現するヴァルキリーの軌道。

 

 それが、二人を驚かせた。

 

 

 

 目はヴァルキリーから離さず、

「困難度の技だろ…。」

 同意を求めたリクノ。

 

 同じく、目はヴァルキリーに釘付けのまま、

「そうです…。」

 答えたヒョウカ。

 

 

 

『グィ!』

 また、行われた手足の共演はヴァルキリーを宙で踊らせる。

 

 

 

「ま、まただ…。」

 リクノの驚きは、驚愕へ。

 

「ほ、本当…。」

 ヒョウカの驚きと、驚愕へ。

 

 

 

 

 

 宇宙港。

 

 

 肺の空気は喉を鳴らせ、口から発せられたものを空へと響かせる。

 

 人は、それを歌と呼ぶ。

 

 

 黒い服の男が、

「居ない!?」

 連絡を終え焦る。

 

『キョロキョロ。』

 焦りが、男の出す音の速度を上げていた。

 

 思い出したかのように、手にしていた端末を操作し、

「こっちか…。」

 情報を読み取った。

 

 男は、エスカレーターを登り安堵し、テラスへと出る。

 

「こんな所に居たのか…。」

 後ろから掛けられた声に驚きもしない少女。

 

 少女はゆっくりと目を閉じ、余韻に浸る。同時に閉じられた口は歌を止めた。

 

 小さく、

「飛んでる…。」

 少女の開く目が遠くの空に注がれる。

 

 少女の視線を追い、

「私には見えないが…、」

 一瞬、空へ視線を送るが、

「行くぞ。」

 直ぐに少女へと向き直り、

「迎えが来ている。」

 促した男。

 

 無言で頷き、返答とした少女。

 

 歩き出す男を追いかけた。

 

 

 

 驚きを込め、

「あっ!」

 素っ頓狂な、

「わ、私…。」

 声を上げるカケル。

 

 慌て、

「どうしました?」

 インカムを通し、

「機体の不調ですか?」

 聞くヒョウカ。

 

 

 反応。

 

 直ぐ様、双眼鏡から目を離し、

「オールグリーンだ。」

 機体の状態をモニターしていた端末を読むリクノ。

 

 

 頬に当るヘルメットの、

「今のは…。」

 感触が戻り、

「何だったんだろう…。」

 現実に引き戻されるカケル。

 

 

 

 

 

 

 今日。

 

 この時。

 

 三人の少女の【飛行機道】が、始まった。

 

 

 格納庫の奥に眠っていた古いヴァルキリーが目覚め、大空へと誘われた少女達の青春の物語。

 

 

 

 

 そして…。

 

 個性豊かな他の船団のヴァルキリー部員達との空中戦。

 

 統合参謀本部がヴァルキリー部設立の裏で暗躍する。

 

 

 

 そう、これは始まりのなのだ。

 

 

 

 

 

『超時空要塞マクロス ガールズ&ヴァルキリー』

 

 ここに開幕。

 

 




 最後まで読んでいただきありがとうございました。


 思いっきりネタなストーリーな上に、毎度の事ながらの開幕だけです。

 書き上げて…。

 ここままで必要無かったかと、思いましまが…、手が滑ってしまうのも毎度の事で…。

 色々と突っ込みどころも満載になったかと(笑)


 まだ、ネタな他の小説が色々とあるので、書き出し作業中です。


 よろしければ、また読んでやってください。


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