時ヲ刻ム瞳 (ラスティ猫)
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第一話:始まり

 

 良く晴れた青空の下、緑豊かな見晴らしの良い丘の上に一人の青年と子供が立っていた。

 青年は腰を落とし、自らの腰ほどの背丈の子供と目線をそろえた体勢をそろえる。そして、その中性的な顔立ちに優し気な表情を浮かべて口を開く。

 

「ナギの目にはね、魔法が宿っているんだよ」

 

 ナギと呼ばれた少年は不思議そうな顔を浮かべている。

 

「魔法……?」

「そう、魔法の力だよ。父さんと同じなんだ」

 

 すると、男の瞳に変化が訪れる。

 

「あっ、父さんの目緑色になった。どうやったの」

 

 そう言ってナギは父親の目を見る。その瞳は淡い翡翠色であり、宝石のような輝きを放っている。

 

「ナギもそのうちできるようになるよ」

「そうなの? だったら嬉しいな」

「嬉しいのかい?」

 

 そう言って父親はナギに尋ねる。

 

「うん。だって、綺麗だもん」

 

 その言葉に父親は目を丸くした後心底嬉しそうにほほ笑んだ。

 

「ありがとう。父さんもナギの緑色の目を早く見たいな」

「うん! もし緑色になったら父さんに一番に見せに行くね」

 

 ナギの元気な声を聞いた父親の顔にはどこか悲しそうな雰囲気が感じられる。

 

「それは嬉しいな。ただねナギ、一つだけ父さんと約束してくれるかい?」

「約束?」

「そう、約束。――緑色の目はね、絶対に誰にもみせちゃ駄目だよ」

 

 父親との約束。ナギはその意味がわからいときょとんとしている。

 

「父さんは僕に見せてるよね?」

「それはナギが特別だからだよ。父さんの目もいつもは黒いだろう?」

「……確かに、でもどうして? 綺麗なんだから皆に見てもらえばいいのに」

 

 ナギは父親に疑問を投げかける。

 父親は真剣な顔つきでナギの目をしっかりと見て答える。

 

「それはね、危ないからなんだ」

「危ないの?」

「そう。この目を誰かに見せると悪い人たちがいっぱいくるんだ」

「悪い人たち?」

「うん。凄く悪くて怖い人たちさ」

「どうして悪い人たちがくるの?」

 

 ナギは首を傾げている。 

 

「ナギももっと長く遊んでたいって思ったことあるよね」

「うん。友達と遊んでる時とか」

「この目はね、それを叶えてくれるんだ」

「本当!?」

 

 ナギは父親からの話に目を輝かせている。

 

「うん、本当だよ。だけど、そう思うのは悪い人たちも同じなんだ」

「長く遊びたいの?」

「……ちょっと違うけど、大体そうかな。ナギは賢いね」

「……むむむ」

 

 子ども扱いをされたのが気に入らないのかナギは不満げにそっぽを向く。

 その様子を見て父親はクスリと笑う。

 

「大丈夫。ナギならすぐにわかるよ」

「……そうかな?」

「うん。ナギは父さんと一緒で頭がいいからね」

「父さんと一緒はうれしいな」

 

 その言葉にナギはすっかり機嫌を直し笑顔になる。

 

「それで、約束は守ってくれるかな?」

「わかった。約束する」

「ありがとう。いい子だね」

 

 父親はナギの頭をゆっくりと撫でる。

 撫でられたナギは気持ちよさそうに目を細めているが、不意に口を開いた。

 

「……もし、約束を破っちゃたらどうなるの?」

「それはね、悪い人たちがきちゃうんだ」

「そして?」

「その人たちがナギを連れて行っちゃうよ」

 

 ナギは表情の見えない影が自分に迫ってくる光景を想像し、恐怖に駆られる。そしていてもたってもいられずに父親の胸に抱き着く。

 

「ごめんごめん。怖がらせちゃったか。でも大丈夫だよ、ナギが約束を守ってくれれば悪い人たちは絶対に来ないから」

「本当?」

「本当だよ」

 

 ナギは父親の言葉を聞いて、安堵したのか、ゆっくりと胸元から離れ目にうっすら浮かんでいた涙を拭う。

 

「さてと、そろそろ帰ろうか。お母さんも家で待ってるしね」

「うん!」

 

 ナギと父親はゆっくりと歩き始めた。

 

 

 * * *

 

 

 ――ジリリリリリ

 

 けたたましく鳴り響く目覚まし時計の音で少年は目を覚ます。

 彼は音のする方を向いて時刻を確認し、安堵した様子でゆっくりと起き上がる。

 

(懐かしい夢を見たな)

 

 そう思いながら彼はテキパキと身支度を整えていく。

 

 彼の名前は『ときねナギ』。

 木の葉隠れの里のアカデミーに通う忍者見習いだ。 

 

 綺麗な緑色をした髪は短めに切り揃えられており、黒色をした大きい瞳からは愛嬌が感じられる。しかし、その表情は対照的に大人びた印象が感じられ、どこか不自然な印象を受ける。

 

 彼は身支度を整えると、静かな家を後にし、家の前にある小道をゆっくりと歩き始める。

 

 

 

 暫く歩いた後に、ナギは視界の端に一人の少女を捉える。その年齢はナギと同じぐらいに見える。短めの黒い髪を頭の横で一つに結んでおり、歩くたびに左右に揺れている。

 少女の方もナギに気付いたようで二人の目が合うが、少女は直ぐに視線を逸らした。

 その様子を見て、ナギは苦笑を浮かべながら声をかける。

 

「おはよう、コハク」

 

 その言葉に少女は大袈裟に驚いてみせる。

 

「わ、びっくりした。いきなり声をかけないでよね、ナギ」

「いや、絶対気付いてただろ。目が合ったし」

「いやね、朝から変な妄想はやめてちょうだい」

 

 あくまで主張を変えないと言った彼女の態度に、ナギは苦笑する。

 毎日の同じようなやり取りをしているためナギはもう慣れていた。

 いちいち訂正しててはきりがないとナギは早々に話題を変える。 

 

「ところで、今日はアカデミーの卒業試験の日だな」

「ええ、そうね」

 

 コハクは特に興味がないとばかりに切り捨てる。

 

「随分と余裕だな」

「当たり前でしょう。あんなの、落ちる奴の気が知れないわよ」

「その言葉、落ちた奴の前で絶対に言うなよ」

「わかってるわよ」

 

 どうだか。コハクなら言いかねない。

 

 ナギは言われるまでもないという態度の彼女に疑いの目を向ける。

 

「何よ? むかつく顔して」

「別に。わかってるならいい」

 

 言葉とは裏腹に未だに疑惑の視線を送ってくるナギを見て、コハクはどこか不満そうにする。

 それに気づいたのかナギはその視線を前方に向けると、一人の少年が歩いていることに気付く。

 

 整った顔つきに刺々しい雰囲気。

 どこかもろさを感じさせるその背中にはうちはの家紋が描かれていた。

 

「あれは、うちはサスケか」

「……うちは」

 

 うちは。その言葉を耳にした途端、隣を歩くコハクからは敵意が溢れだす。

 それは周りを歩く子供が思わず避けてしまうほどだった。

 

 そんなコハクの様子を見て、ナギは彼女の肩を優しく叩く。

 彼女はハッとし、先ほどまでの敵意を抑えると、ナギの手をはじいた。

 

「ありがと。でも大丈夫だから」

 

 そうは見えないのだが。

 ナギはそう思いつつも口には出さない。

 

 ある事情で、コハクはうちは一族に敵意を抱いている。

 彼女はその名前を聞くだけで怒りに似た表情を浮かべるのだ。

 

 以前、それが原因でサスケと殴り合いが始まったことがあった。幸い、早い段階で教師による仲裁が入ったためどちらも大事には至らなかったが。あのまま続いていたら二人とも大怪我をしていただろう。

 

 コハクは静かになると早足でナギを置いて前へ行ってしまう。

 恐らくはナギに顔を見られたくないのだろう。

 

 前を歩くコハクの髪の色を見て、どこかサスケのそれと似ているとナギは思った。

 

 

 

 卒業試験をナギとコハクは難なく合格できた。

 ナギはコハクの心配などは毛頭していなかったが、無事に受かって何よりだと安堵する。

 

 しかし、彼はある試験に落ちたある少年のことを気にかけていた。

 

 うずまきナルト。四代目火影の息子にしてその身に九尾を宿し、里の人間から避けられている少年。いつも悪戯ばかりしていてイルカ先生をはじめとする教師陣を困らせている存在だ。両親は既に故人であり、天涯孤独の身の上である。

 

 ナギはナルトとは大して接点はなく、あまり話したこともないが、どこか彼のことが気になっていた。その感情は同情というよりも好奇心に近いものだった。彼は火影になるという夢をよく語る少年だが、ナギは彼が本当にその夢を叶えるのではないかとなぜか思えるのだった。

 

 そんな彼の思考を遮るように足音が聞こえてくる。

 そちらを振り向くと、コハクがこちらに近づいてくるのが見える。

 

「コハク、無事二人とも合格したな」

「だから言ったでしょ。落ちる奴の気がしれないって」

 

 その言葉に一人の少年が反応する。

 黄色い髪に青色の瞳の少年、ナルトだ。

 彼は俯いたかと思うと走って教室から出ていった。

 

 コハクはそれを呆れたように横目に見る。

 

「なにあれ。馬鹿じゃないの。ただ自分が力不足だっただけじゃない」

「そういうことは言うもんじゃない」

「ナギ、あんたあれの味方するの」

 

 ナギの言葉にコハクは不満そうに口をとがらせる。

 彼はその様子を見てため息を吐く。

 

「そういうわけじゃない。ただ、コハクだって人の見えないところで努力してるだろ」

「? ええ。それがどうしたのよ」

「ナルトだってお前の見えないところで努力しているかもしれない」

 

 その言葉にコハクは目を見開く。

 そして真剣な表情のナギを見て、小さく呟く。

 

「……そうね、今のは私が悪かったわよ。これでいい?」

「やけに素直だな」

「さすがに今のは私に非があるわ。朝に釘差されてたのにね。……ただね、一つだけ言わせてもらうわ]

「何?」

「――努力しても結果がでなきゃ意味ないのよ」

 

 言い終えると、コハクは少しばつが悪そうに顔を背ける。

 そして、純粋な疑問をナギに投げかける。

 

「それにしても、随分とあれのこと気にかけるのね」

「どうしてだろうな。自分でもよくわからないが、何か気になるんだ」

「変なの。それよりも、下忍選抜試験のこと考えたほうがいいんじゃないの」

「ああ、そうだな。人の心配してて自分が落ちたら笑い種だな」

「ええ、そうよ」

 

 下忍選抜試験の合格率は約三分の一だ。

 担当上忍にもよるが決して優しい試験ではないのだろう。

 まあ、忍になることは命を懸けるということだから当たり前か。

 

 ナギはそう考えながらもどこか先ほど走っていった少年のことが頭から離れない。

 そんなナギの状態に気付いていたか、コハクはナギの額をコツンと拳骨で軽く叩く。

 

「ほら、また別のこと考えてる。ナギが落ちるとは思えないけどその状態だと怖いわ」

「なんだ、心配してくれてるのか?」

「なっ」

 

 ナギの言葉にコハクは照れたように俯く。

 しかし、直ぐにほんのり紅潮した顔を上げナギの方を真っ直ぐ見る。

 

「そ、そうよ。ナギは私のライバルなんだから落ちたら許さないわよ」

 

 ナギの予想に反して彼女は素直に認める。予想外の行動にに今度は思わずナギのほうが照れ臭くなってしまった。

 

「わ、わかった。今は自分の方に集中する。……それにしても、班割りはどうなるんだろうな」

「確かに、気になるわね。弱い奴と一緒はごめんね」

 

 コハクがそう思うのは当然だろう。忍にとって味方の実力は直接生死に関わってくる。

 背中を安心して預けられる人間を望むのは当然だろう。

 

「いずれにしても、明日に決まるさ」

「そうね」

 

 

 

 そして迎えた班割りの日、教室にナルトの姿を見つける。 そのいつもの悪ガキのような笑みを見てどこか安心する。

 ナギは、ナルトが昨夜また問題を起こしたものの、無事卒業したということを耳にしていた。

 

 そんなナギに気付き隣に座るコハクは肘で彼を小突く。

 その表情は昨日の会話を忘れたのかとでも言いたげだ。

 ナギは視線を前に立つイルカ先生の方に戻す。

 

 次々に班が発表されていく。

 

「……次、第六班! ときねナギ、あさひコハク、ゆめのシンリ」

 

 思わず二人は顔を見合わせる。

 彼らは、見知った顔が同じ班であることに思わず安堵する。

 

「改めてよろしくな、コハク」

「こっちこそ、足は引っ張るんじゃないわよ、ナギ」

 

 そして二人は同時に疑問を浮かべ、小さな声で話し出す。

 

「シンリってどういう奴なんだ」

「私だって知らないわよ。あいつ、誰とも話さないじゃない」

 

 ふと遠くからの視線を感じて二人はそちらを向く。

 視線の先には一人の少年が静かにこちらを見ていた。

 

 ゆめのシンリだ。

 珍しい白髪に眼鏡。手には分厚い本を持っている。そして、その無感情な表情からは、子供らしさが一切感じられず、どこか不思議な雰囲気が感じられる。

 

 確かに、彼には近寄りづらいだろうな。

 だが、あの表情の下で何を考えているのか。

 ナギはゆめのシンリに対して純粋な好奇心を抱いていた。

 

 そんな思考をよそに、イルカ先生が続ける。

 

「続いて、第七班。うずまきナルト、はるのサクラ、うちはサスケ」

 

 その言葉に各々が一喜一憂する。

 

 ナルトとサスケか、中々面白い組み合わせなのではないかとナギは感心する。 冷え切ったサスケにもあの純粋な悪戯少年ならいい影響を与えてくれるかもしれない。

 これから彼らに訪れるであろう波乱にナギは思いを馳せる。

 そんな彼をコハクは半分諦めたような目で見ている。

 

「はあ、他人のことより自分のこと考えろって何回言ったらわかるんだか」

「わかってるって」

 

 そう軽くあしらっているナギの様子にコハクはもう何も言わなかった。

 

 

 

 班割りが終わり、ナギ、コハク、そしてシンリの三人は近くの高台に集まっていた。

 その目的は、同じ班の仲間として活動していくにあたって、お互いのことを知るためだ。

 

 ナギがおもむろに口を開く。

 

「じゃあ、まず俺から自己紹介をしよう。俺はときねナギ。好きな言葉は努力。将来は立派な忍びになりたいと思ってる。一応、雷遁と風遁の簡単なものなら使える。これからよろしく」

 

 特に何の反応も返ってこないことにナギは苦笑しつつ、コハクにもするように促す。

 

「私はあさひコハク。好きなものは……直ぐには思いつかないわね。嫌いなものは、うちは一族。最強の忍びを目指すわ。火影なんか目指すのもいいかもしれないわね。私の足だけは引っ張らないでくれればよろしくしてあげるわ」

 

 コハクは高飛車に言い捨てる。

 その物言いにナギは思わずシンリの顔色を窺ってしまう。

 いつも接していて慣れている自分ならまだしも、彼は気分を害したのではないか、と。

 

 しかし、シンリの表情はまったく動かない。

 その様子にナギは薄ら寒いものを感じる。

 コハクも少し怪訝そうな顔で彼の方を見ている。

 

「次、あんたの番だから」

 

 コハクがそう促すも彼は口を開く気配はない。

 その様子がコハクには気に入らなかったようで彼女は露骨に不快そうに言う。

 

「はあ。黙ってないで何か言ったらどうなの? 何をすればいいかぐらい流れでわかるでしょ?」

 

 依然、シンリは口を閉ざしている。

 

「この――」

 

 思わずコハクが手を出そうとしたその時、ついに彼は口を開いた。

 

「――キミたちは人生の意味ってなんだと思う?」

 

 彼の口から出てきた場違いな言葉に思わず二人は耳を疑う。

 そんな二人の様子を気にせずに彼は続ける。

 

「ボクは人生に意味なんてないのだと思ってる」

 

 そしてまた口を閉ざす。

 

 こちらの答えを待っているのだろう。

 ナギはそう思った。

 しかし、ナギは中々答えを出せないでいる。

 

 一方でコハクはすぐさま反応した。

 

「人生の意味? そんなのどうだっていいわ。意味とか目的とかそんなもの、あったってなくたって関係ない。どうせ私たちは生きたいようにしか生きられないんだから」

 

 シンリは静かにコハクを見つめ、次いでナギに視線を向ける。

 ナギは少し戸惑いながらも言葉を紡ぐ。

 

「そうだな。考えたことがなかったからはっきりとしたことは言えない。ただ、俺が思うにそれは生きていく中で見つけていくものなんじゃないかと思う。高々十年しか生きてない俺たちが今の時点で考えても結論は出ないんじゃないか?」

 

 場に静寂が訪れる。

 そして、

 

 ――シンリはニヤリと妖しく笑う。

 

「合格だよ。キミたちはやっぱり面白い」

 

 その言葉に再びコハクとナギは虚を突かれたように呆ける。

 しかし、その言葉の意味を理解して、コハクがムッとして言う。

 

「あんた、私たちを試したの?」

「まあ、そうなるかな」

「意地が悪い奴だな」

 

 二人に責められるシンリは少し困った様に笑う。

 

「そんなに怒らないでよ。ちょっとした悪ふざけなんだから」

「どうだか、案外、あれが本性かもしれないわよ」

 

 その言葉にシンリは一瞬見開く。

 

「やっぱり、キミたちは子供らしくないね。面白いからいいんだけど」

「人生の意味とか聞いてきたお前がそれを言うのか」

 

 少し呆れた様子でナギが言う。

 

「いやいや、キミたちが答えてくれるって思ったからあんなことを言ったんだよ。予想通り面白い回答もくれたしね」

「……私としては普通に自己紹介してほしかったんだけど」

 

 コハクが疲れたように言う。

 

「ああ、そういえばまだだったね。ボクはゆめのシンリ。どういう人間かはもう大体わかってくれたかと思うけど、好きなものはさっきみたいな類の問答。嫌いなものは無回答かな。忍を志した理由としては色んな経験ができそうだからかな。これからよろしくね」

「ああ、よろしく」

 

 三人全員の自己紹介が終わる。

 コハクはふと何かを思い出したように疑問を浮かべる。

 

「そういえば、担当上忍ってどういう奴なのかしらね」

「くさめタタラ、だっけか」

「面白い人だといいけどね」

 

 そこに黒い髪の青年が近づいてくる。

 木の葉の額当てをしていることから忍であるようだ。

 顔には狐の仮面をつけており、その表情は窺えない。しかし、その足取りや体格、わずかに見える皮膚の感じからすると、まだ若いことがわかる。

 

「……もしかして、あれが担当なのかしら? 頼りない奴ね」

「いや、さすがにあれは若すぎないか」

「ああ見えてもしかしたら凄い忍なのかもよ? 年を誤魔化す忍術だってあるかもしれないしね」

 

 三人が思い思いに話していると、視界から先ほどの青年が消える。

 彼らが驚きながらその人物を探していると、後ろから声をかけられる。、

 

「――君たち、好き勝手言い過ぎだぞ。確かに僕は若造だけど、これでもれっきとした上忍なんだぞ」

 

 その声に三人は驚いて声の主の方を向く。

 

 全然見えなかった。これが上忍なのか。

 

 ナギは戦慄しながら隣にいる二人に視線を向ける。

 コハクとシンリも同じことを思っているのか、顔に驚愕を浮かべて声の主を見ている。

 

「僕が君たちの班の担当上忍、くさめタタラだぞ。タタラ先生でいいぞ。これからよろしくだぞ」

 

 その突然の自己紹介を受けて、コハクは――

 

「……そのむかつく喋り方をどうにかしてほしいわね」

 

 不快そうな表情でそう言い放った。

 

 タタラはその言葉を予測していなかったのか、一瞬呆けた後、ハハハと大きな声で笑い始める。

 

「お前、面白い奴だぞ。でも、これは僕の個性だから変えてあげないぞ」

 

 コハクは何か言いたげにタタラを見ているが、言っても無駄だと悟ったのか黙っている。

 

「それで、タタラ先生は自己紹介のためにここにきたのか?」

 

 ナギの問いにタタラは首を振る。

 

「いんや、それだけじゃないぞ。僕がここに来たのは、明日、早速テストを受けてもらうからだぞ」

「テスト?」

「そうだぞ、内容は秘密だぞ。場所と時間、そして持ち物はこれに書いてあるぞ」

 

 そう言ってタタラは三人に紙を渡す。

 それを見てコハクが顔をしかめる。

 

「げ、ちょっと早すぎない? しかも、無駄に遠いし」

「それにこの持ち物、野宿でもするのかな」

「本当、何をするんだろうな」

 

「――それじゃあ僕はこれで失礼するぞ」

 

 彼らの疑問を無視してタタラはいきなり去って行った。

 凄い速さで姿を消した彼を三人は目で追うのを諦め、同時にため息を吐いた。

 

「嵐のようなやつだったわね」

「あれが担当とか少し不安だな」

「そう? ボクは面白いと思うけどね」

 

 楽しそうに言うシンリを二人は呆れたように見ている。

 

 こいつと同じ班で大丈夫なのだろうか。

 

 そう思う二人の心はこのとき一致していただろう。

 

 

 

 

 




19/3/5 タタラの外見描写 狐の仮面を追加しました。


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第二話:下忍選抜試験

 

 

 

 班分けの次の日、ナギたちは担当上忍くさめタタラに指定されたとおりに里の外れにある森に集まっていた。

 時間はまだ十分ほどまえである。まだ周囲は薄暗く、森の中は夜のようである。

 

 三人は知らされていないテストの内容に疑問を浮かべながらタタラを待つ。

 退屈に耐えきれず、コハクが口を開く。

 

「あー、もう! あいつ来るの遅くない? 十分前行動ぐらい常識でしょう」

「そうはいってもな。俺たちが早く着き過ぎただけだろ」

「そうだね。三十分前に来て君たちがいたときは僕も驚いたよ」

「コハクはこう見えて意外と時間守るんだよ」

「まるで私が時間に無頓着に見えるとでも言ってるみたいね」

「そんなことはない」

 

 睨むコハクからナギは焦った様に顔を背ける。

 しかし、何かに気付いたのかその顔が唐突に真剣味を帯びる。

 

「どうしたんだい、ナギ」

「何かくるぞ」

 

 ナギの言葉で三人は周囲を警戒し始める。

 しかし、二人は気づかないのか首を傾げる。

 

「何も感じないけど」

「いや、三時の方向から確かに何かが来てる」

「タタラとかいう奴じゃないの?」

「わからない。だが様子が少し変だ――もうそこまできてる! 気を付けろ!」

 

 すると、木の裏から影が飛び出す。

 影は一直線にコハクのもとへと向かっていく。その手にはクナイが握られている。

 

「な!」

 

 いきなりの接近に一瞬遅れてコハクも懐からクナイを取り出そうとするが間に合わない。男のクナイがコハクを襲う。

 来るであろう痛みにコハクは思わず目をつぶってしまう。

 しかし、いつまでも痛みは来なかった。不思議に思い彼女が目を開くと、少年の背中があった。

 

「大丈夫か、コハク」

 

 ナギは男の攻撃をクナイで受け止め、回し蹴りを繰り出す。

 男はそれを後ろへ飛んで避ける。

 

「ええ、ありがとナギ」

「無事でよかった。それにしても――お前は何者だ」

 

 その質問に男が答える気配はない。

 

「答えないか。当たり前と言ったら当たり前か」

「それにあの額当て。木の葉の忍びじゃないね。確か、霧隠れの紋章じゃないかな」

「どちらにしても、他里の忍だ。正直、俺たちだけじゃ荷が重いな」

 

 こちらの相談を待つ気はないようで、男がクナイを構える。

 

 この時間にこの場所。助けは期待できそうにないな。

 

 ナギは周囲を見回し客観的に状況を分析する。

 

「あと少しでタタラ先生が来るはずだ。それまで持ちこたえるぞ!」

「ええ!」

 

 コハクが手裏剣をいくつも男に投擲する。男はそれを難なく弾き、彼女のもとへ向かおうとする。そこへ、ナギがすぐさま近付き、手に持ったクナイで斬りかかる。しかし、男はナギのクナイを弾き飛ばすと、がら空きになった腹部へ蹴りを打ち込む。

 ナギの軽い体は勢いよく木の幹へと打ち付けられる。

 

「ナギ!?」

 

 男はすぐさま体勢を整え、次の狙いはコハクだとばかり彼女へ近づいていく。

 コハクはナギを気にしながらも冷静に男から距離を取っていく。

 しかし、男の方が速いためその距離は徐々に縮まりつつある。

 

「っち!」

 

 逃げきれないと判断したのか、コハクは身を翻して男に組みかかる。

 男はそれを軽くいなすと先ほどのナギと同様にコハクを蹴り飛ばす。

 吹き飛ばされる最中、コハクは煙になって消える。

 

「……分身だぞ」

 

 男は三人の姿を見失い、周囲を見回す。

 

 

 

「――あいつ、どうやって倒せばいいのよ」

 

 忌々しそうにコハクが吐き捨てる。

 

 三人は木の陰で小声で言葉を交わしている。

 

「まともにやったら敵いそうにないね。悔しいけど僕たちの手裏剣術も体術も全く意に介してないようだったし」

 

 シンリも少しお手上げとばかりに小さく両手を上げる。

 

「ナギ、何か思いつかない?」

 

 顎に手を当てて考え込んでいるナギが何かひらめいたように目を見開く。

 その様子を見てコハクは期待して声をかける。

 

「思いついたのね」

「作戦と呼べるものではないが」

「何? 言ってみてよ」

 

 シンリもナギの言葉を促す。

 

「コハク、お前火遁使えたよな」

「ええ、一応。でも、あいつに効くぐらいの規模っていうと結構時間がかかるわ。それに、あいつの速さなら簡単に避けられそうだし」

「大丈夫だ。考えがある。シンリはコハクが火遁を発動するまでの間、少し時間を稼いでくれるか?」

「わかった。だけど、どれぐらい稼げばいいのかな? あんまり長くは無理だよ」

「発動までには三十秒ぐらいね」

「三十秒か。長いね。でも、どうにかやってみるよ」

「わかった。この笛で合図を送るからそれでシンリはあいつを連れてきてくれ。そしたらコハクは火遁を」

 

 その指示に二人は黙って頷く。

 男が三人に気付いたのか、足音が徐々に近づいてくる。

 

「来たぞ」

 

 その合図で三人は散り散りに飛び出す。

 

 

 

 男が三人に気付き、そちらへ近づいていくと、突然三人の気配が分散する。

 二人と一人。

 

 男は二人の方を追おうとするが、脇から飛んできた手裏剣がそれを妨害する。

 

「キミの相手はボクだよ」

 

 そう言って一定の距離を取りながらシンリは手裏剣を投げる。

 男はそれらを撃ち落としながら、彼との距離をみるみる詰めていく。

 

「……これを三十秒はきついね」

 

 そう言った彼に男は切りかかる。しかし、彼のクナイはシンリの体をすり抜ける。

 

「痛いな。やめてよ」

 

 シンリは懐からクナイを取り出し男に切りかかる。

 男はそれを自分のクナイで防ぎ、距離を取って手裏剣をいくつも投げる。

 しかし、そのどれもが宙を切り、シンリの体を通り抜け、その先にある木に突き刺さった。

 

「無駄だよ」

 

 しかし、男は何かに気付いたのか。立ち止る。そしてシンリとは反対方向にある木の幹に手裏剣を飛ばす。

 すると、先ほどまでいたシンリが消え、その木の幹から現れた。

 

「……参ったね。もう気付かれたか」

 

 額に冷や汗をかきながらシンリは苦笑する。

 

 ――その時、森に笛の音が響く。

 

 シンリはその音を聞き、すぐさま、走り出す。

 男はシンリと一定の距離を取りながら追ってくる。

 恐らくは、シンリの先にいるであろう、二人の居場所も突き止めたいのだろう。

 三人まとめて倒しきるその自信が男にはあるのかもしれない。

 

 男の余裕を見せた態度に内心安堵しながらシンリは必死に走る。

 

 視線の先にはナギとコハクの姿が見える。

 二人もシンリの姿を確認できたのか、ナギが男に手裏剣を投げる。

 当然男には上手く当たらないが、シンリとの距離を広げるのに貢献する。

 

 そしてシンリが二人の横にたどり着いたときに、ナギはコハクに目配せをする。

 コハクはそれを確認し軽く頷くと、素早く印を結ぶ。

 

「火遁・業火球の術!」

 

 大きな火球が形成され男へと向かっていく。

 男がそれを見て避けようとしたその時――

 

「風遁・烈風掌!」

 

 ナギが拍手するとともに突風が吹き荒れ、火遁はその風を飲み込み途端に勢いを増す。巨大な炎の嵐は轟音と共に男を容易に飲み込むと、周囲の木々を巻き込み焼け野原にした。

 

 嵐が止み、辺りに静けさが戻る。

 男の姿があった場所は黒いすすだけが残っていた。

 

 

 

 

「さすがに仕留めたわよね」

 

 肩で息をしながらでコハクが言う。

 

「まだ気は抜くなよ。いつ来てもいいように警戒しておけ」

 

 それを見て、ナギが釘を刺す。

 

「一旦戻ったほうがいいよね。これはテストどころじゃない事態だろうし」

 

 シンリの提案に二人は頷き。三人は里の中心部の方角へと向かっていく。

 

「それにしても、あのタタラとかいう奴は何してるのよ」

「次あったら文句の一つぐらい言ってやりたいな」

「ボクも、正直死ぬかと思ったよ」

 

 ――ザッ

 

 突然耳に入った足音に、三人は慌てて立ち止まる。

 そして音のする方を確認して凍り付く。

 

 先ほどの男が木の陰からゆっくりと姿を現す。

 

 ナギはいち早く状況を理解し、まだ混乱している二人の肩を叩き正気に戻すと、焦った様子で言い放つ。

 

「ここは俺が食い止めておく。二人は早く戻れ」

「馬鹿なこと言わないで。三人がかりでようやく相手にしたあいつと一人で戦えるわけないでしょ」

「それに、キミがやられたらどちらにしてもボクたちも終わりだ」

 

 最悪の状況に空気が張り詰めていく。

 三人が男の一挙一動も見逃すまいと目を凝らしていると。

 

 ボンッっと気の抜けたような音と共に男から煙が出る。

 それが晴れたところから出てきたのは――

 

「いやー、合格合格。君たち全員正式に木の葉の忍になったぞ」

 

 狐の仮面を付けた担当上忍くさめタタラだった。

 

 その呑気な声に思わず三人は呆然とする。

 そしてこの一連の出来事が目の前の人間仕業だと理解すると、沸々と怒りが湧いてくる。

 コハクは我慢できないと声を上げる。

 

「ふ、ふざけるんじゃないわよ。あれが試験ですって? 死ぬところだったわよ」

「大丈夫だぞ。君たちは生きているんだぞ」

「そんなこと知ってるわよ! 死んだらどうするんだってことよ!」

 

 捲し立てるコハクを見て、タタラは静かに言う。

 

「……そしたら、それまでの忍だったってことだぞ」

 

 その言葉に三人はぞっとした。

 冗談ではなく本心から言っていると思わせるだけの気迫がその言葉からは感じられた。

 

「なんてね。冗談だぞ。もちろん死ぬ前にはやめたぞ。君たちがどこまでできるのか気になっただけだぞ」

 

 散々振り回された三人は、もうタタラの言うことは信じまいと心に決める。

 

「それで、結局俺たちは合格なんだな」

「そうだぞ。あそこまでできて不合格なわけないぞ。ナギの最初の変わり身もそうだし、コハクの分身も然り。シンリの幻術も驚いたけど何よりも最後の連携は度肝を抜かしたぞ。こっちが死ぬかと思ったぞ」

 

 その言葉で、タタラがあの炎の嵐に無傷で対処したのだということを知り、上忍の実力にナギは内心感心していた。

 

「時間と場所は誰も助けが来れない条件に指定したかったのかな」

 

 シンリが自分の推測を口にする。

 

「その通りだぞ。実力をちゃんと知りたかったんだぞ」

「そんなこともうどうでもいいわ。それより、今日はもう帰っていいのかしら。くたくたなんだけど」

「いいぞ。任務は明日追って連絡するぞ」

 

 その言葉に三人は歩き始める。

 

「あ、そうだったぞ。ナギ、ちょっと待つんだぞ」

 

 いきなり声をかけてきたタタラにナギは怪訝そうな表情を浮かべる。

 そして、彼にだけ聞こえるように小さな声で言った。

 

「……君は、まだ何か隠してるみたいだぞ」

 

 ナギは少し目見開いて返答する。

 

「何のことかわからないな。俺が必死だったのは戦っていてわかったと思うが」

「そういうことにしておいてあげるぞ。それに、ナギが何を隠しているのか知る機会はこれからもあるんだぞ」

 

 その言葉を最後にタタラどこかへ消える。

 

「ナギ、あいつと何を話してたの?」

「大した話じゃない」

 

 話の内容に興味を持ったのか尋ねてくるコハクにナギはそれだけ返し、何も言わない。

 その様子を見てコハクも話の内容を追究しようともせず、他愛ない話をしながら再び歩き出す。

 

「それにしても、疲れたね」

「ええ、試験もそうだったけどあの狐野郎自体、人の神経を逆なでする天才ね」

 

 コハクが忌々しそうに毒づく。

 

「まあ、何にせよ、これで俺たちも一応忍になったわけだ」

「まだスタート地点に立ったばかりだけどね。これからでしょう」

「厳しい言葉だな」

 

 ナギは乾いた笑みを浮かべる。

 二人のやり取りを見て、シンリはフフフと楽しそうに笑う。

 それをコハクは気味が悪そうに見ている。

 

「何よ急に」

「いや、やっぱり君たちは面白いなと思って」

「面白いってどこがだ」

「そのやり取りもだけど、さっきの動きもそうだね。とにかく、面白いのさ」

「あんたのその感性はよくわからないわね」

 

 呆れたように見る二人を気にせずシンリは笑い続けた。

 その様子に二人はシンリがどういう人間なのか少しわかってきたような気がした。

 

 

 

 

 



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第三話:砂のサキュウ

 

「――ナギ! そっちに行ったわよ!」

 

 

 黒髪の少女は近くにいた緑色の髪をした少年に声をかける。

 少女の方から小さな影が草をかき分け走り去っていく。

 

 

「ああ、わかってる!」

 

 

 その影の先に少年は立ちはだかる。

 影は少年の姿を見つけ、咄嗟に方向を変えようとするがあえなく捕まった。

 

 

「全く。手間のかかる猫だったわ」

 

 

 影の正体、それは小さな子猫だった。

 子猫は最初少年の胸から逃げ出そうとしていたが、少しすると観念したのか大人しくなる。

 

 

「確かに、忍の任務とは思えないな」

 

 

 疲れたような様子の二人に、脇からもう一人の少年が近付いてきた。

 

 

「しょうがないよ。ボクらは下忍に成りたてなんだから」

 

 

 二人は彼を呆れたように見る。

 

 

「あんた、全然動かなかったわよね」

「少しは手伝ってほしかったんだが」

「いやいや、ボクが出るまでもなく二人が捕まえちゃったからね。なんにせよ、任務は達成したんだからいいじゃないか」

 

 

 もの言いたげな表情の二人に後ろから声がかかる。

 

 

「いやー、三人ともお疲れだぞ」

「三人ともじゃないわ、私とナギだけよ」

「ひどいなあ、ボクたちは三人で一つだろう?」

 

 

 心底嫌そうな顔をするコハクを見て、「冗談だよ」とあっけらかんとするシンリ。

 それを見て、仮面の中から笑い声が聞こえる。

 

 

「なによ?」

「いやいや、随分と打ち解けたようだと思っただけだぞ。聞いた話だとコハクは人づきあいが得意ではないと聞いていたんだぞ」

「誰よその失礼な情報教えたの」

「……まあ、それについては俺もどう意見だな」

「ナ、ナギ!?」

 

 

 裏切られた、そう言いたげな表情を浮かべるコハク。しかし、すぐにそれを取り繕うと、不遜に言い放つ。

 

 

「馬鹿言わないでよね。私が付き合うに値する奴がいないだけよ」

「何でこんなに偉そうなんだぞ……」

「先生、気にしたら負けですよ」

 

 

 ため息をつきながらタタラは話を切り出す。

 

 

「……そんなことより、お前らに次の任務だぞ」

「任務? また迷子探しなんかじゃないでしょうね」

「違うぞ、今度のは正真正銘本物の任務だぞ……というか任務に本物のも嘘もないんだぞ」

「いや、先生が自分で言ったんじゃないですか」

「そんなことより説明に入るぞ」

 

 

 タタラは一拍おいて続けた。

 

 

「――今回の任務は木ノ葉と同盟を組んでいる砂隠れの里の上役の護衛だぞ」

 

 

 

***

 

 

 

 

「――で、その上役って奴はどこなのかしら?」

「どうやら、まだ来てないみたいだぞ」

「嫌いだわ。偉いからって時間すら守れない奴は」

 

 

 そう不機嫌そうに呟くのは、コハクであった。

 いつもは彼女を諫めるナギであるが、今回ばかりは彼女に賛成だった。

 

 

「確かに、時間はしっかり守ってほしいな」

「まあ、いいじゃないか。どんな傲慢な人が来るのか、ボク、少し楽しみだよ」

「……お前ら、本人の前で絶対にそんなこと言っちゃだめなんだぞ?

 

 

 タタラがしっかりと窘める。

 

 ――が、少し遅かったようだ。

 

 

「……ふん、木の葉の里には精鋭をよこせと言っておいたはずだが。まさかこんな餓鬼どもが来るとはな」

 

 

 不満げに鼻を鳴らすのは、赤い髪をした少年。

 

 その偉そうな態度に、彼女が黙っているわけがなかった。

 

 

「は? アンタの方こそ、チビ餓鬼じゃないの」

 

 

 彼女の台詞通り、少年の身長は確かに低かった。

 見たところ彼の年齢は15、6といったところなのだろうが、齢13のナギたちと同程度の背の高さしかない。

 もっとも、それでも、同年代の中で低身長のコハクよりは頭一つ分大きくはあるのだが。

 

 少年はコハクの挑発に煽られこめかみに青筋を浮かべている。

 

 

「どうやら、木ノ葉の忍は最低限の礼儀すら知らんらしいな」

 

 

 ……完全に怒らせてしまっていた。

 

 それを見たタタラはまずいと思ったのか、急いで間を取り持とうとする。

 

 

「こ、こら、コハク! いきなり失礼なんだぞ! ……申し訳ないんだぞ、コハクは少し直情的なところがあるんだぞ」

「はっ、部下は馬鹿でも上官は少しは話が分かるようだな」

 

 

 深く頭を下げるタタラを見て、少年は少し怒りを収めたようだった。

 ちょうどいいタイミングだと思ったのか、ナギが口を開く。

 

 

「俺はときねナギという。今回は貴方の護衛を務めさせてもらう。よろしく頼む」

「ボクはゆめのシンリ、よろしく頼むよ」

 

 

 それを見て、少年は鼻を鳴らす。

 

 

「先ほどまで、悪口を言っていた相手によくもまあ平気で自己紹介ができたものだ」

 

 

 うっ、と痛いところを突かれたというように目を逸らすナギ。

 しかし、相手にも非はあるのだからという意識から、謝ろうとはしなかった。

 

 

「まあ、文句を言っていても話は進まんからな。こっちが遅れたこともまた事実ではある。私の名前はサキュウだ。頼りないが、お前たちに任せるとするか」

 

 

 少年(サキュウ)が自己紹介を終えると、自然とそれぞれの視線は一人のもとへと向かう。

 その先にいるのは、当然、まだ自己紹介を終えていない彼女である。

 黙って注がれる視線に居心地が悪くなったのか、彼女は我慢しきれずに声を上げる。

 

 

「……ああ、もう!わかってるわよ! アタシはあさひコハク! これでいい!?」

 

 

 その叫び声が周囲に木霊していった。

 

 

 

 

 

 タタラの誘導で移動しながら、一行は任務について確認する。

 

 要約すれば、このような話らしい。

 砂隠れの里の上役であるサキュウは砂隠れの里の怪しい動きを察知し、三代目火影に対して協力を要請したらしい。しかし、この動きは風影を含めた他の11人の上役たちに対しても秘密であるようで、砂隠れの力を借りることができないらしい。それで、行きと帰りの護衛を木ノ葉の忍に依頼したらしい。今回ナギたち第六班に依頼されたのはその復路であった。

 復路と言っても、砂隠れの里までではなくその周辺までの護衛である。

 里までの護衛ではないのは、いくら同盟国であるとはいえ他里の忍が出入りすれば否応なしに注目の的となってしまうためだ。

 

 話を聞いたナギは疑問を呈する。

 

 

「サキュウさん、話を聞く限り、貴方が里へと戻るのは危険な気がするんだが」

「そうだな、お前の言う通りだよ、ナギ」

「それなら、どうして帰るのよ?」

 

 

 コハクの疑問に、サキュウは真剣な眼差しで答える。

 

 

「簡単な話だ。私には砂隠れの里を正しい方向へと導く責任があるからだ」

 

 

 それを聞いても、コハクは納得がいかなそうである。

 彼女には責任と命が上手く結びつかなかったのだろう。

 

 

「はあ、よくわからないけど、アンタチビの癖に難しいこと考えるのね」

「……相も変わらず失礼な餓鬼だな。私はこの年で30になる。貴様らよりもずっと年上だ」

 

 

 その発言に、タタラ以外の三人が驚愕の表情を浮かべる。

 語るまでもなく心中を想像できる彼らの反応に、サキュウは慣れているのかあまり動じていない。

 ただただ、深く溜息を吐いた。 

 

 

「……はあ、やはりそうは見えないのか」

 

 

 少し凹んでいるところを見ると、実は気にしているのかもしれない。

 

 

「ま、まあ、若く見えるというのはいいことなんじゃないのかな?」

「シンリ、といったか? 下手糞なフォローは必要ない」

「……申し訳ないんだぞ」

 

 

 依頼が始まってから謝ってばかりのタタラ、しばらくは彼は心労に苛まれそうだった。

 そんな彼に対し、サキュウは少し同情の目を向ける。

 自身も苦労の絶えない身の上であるため、共感できるところがあるのだろう。

 

 

 

 

 

 他愛のない話を続けながら進んでいく5人。

 あまりにも何も起こらないその状況に、集中力が散漫になっていく。

 

 

「しかし、何も来ないわね。護衛の任務っていうから結構期待していたんだけど。拍子抜けするわね」

「コハク、気を抜くな。静かに思えても、来るときは一瞬だ。少しの油断が大事になる」

「わかってるわよ、それぐらい」

 

 

 そういいつつも、やはり退屈そうなコハク。

 しかし、それは彼女だけではなかった。

 

 

「でも、ボクも正直退屈かな。でも、こうまで何もないっていうのも不思議なものだね。サキュウさん、余程上手く動いたみたいだね。里の人たちに気づかれていないんじゃないのかな?」

「いや、それはないな」

 

 

 シンリの予測を、サキュウはきっぱりと否定する。

 

 

「砂の忍がそこまで愚鈍でないことは私が一番よく知っている。ここまで動きがないのは何か作戦があってのことだろう。貴様ら、警戒を怠るなよ」

「わ、わかってるわよ!」

「――皆、少し待つんだぞ!」

 

 

 その時、先頭を走っているタタラが4人を制止し立ち止まる。

 

 

「……来たようだな」

「やっと、敵のお出ましってわけね。さあ、ナギ、シンリ、これがアタシたちの初陣よ!」

 

 

 神妙な面持ちをする4人と、一人テンションの上がっているコハク。

 素早く周囲を見回すナギ。

 

 

「1,2,3……7人か。俺たち、いつの間にか囲まれているようだな」

「いい勘をしてるんだぞ、ナギ。でも、もう一人いるぞ」

 

 

 そう言って、タタラが突然上空へ向かってクナイを投げた。

 見ると、クナイの先には一人の忍。

 その額当ては、予測通り砂隠れの忍の証である砂時計の紋章が彫られている。

 

 

「8人いたのか!?」

 

 

 驚くナギの声から間もなく、一斉に周囲の気配が動き出す。

 先ほどの忍にタタラのクナイが刺さったように思えたが、それはどうやら変わり身であったようだ。

 タタラは三人に呼び掛ける。

 

 

「人数はこちらが不利だぞ! 離れずに固まって戦え! サキュウさんは僕に任せるんだぞ!」

 

 

 その言葉を合図に三人は一瞬姿を消す。

 サキュウは表に出ている数人の砂の忍へ向かって声をかける。

 

 

「貴様ら、この私がサキュウと知っての狼藉か?」

 

 

 砂の忍のうちの一人がそれに答える。

 

 

「知っているさ……裏切り者のサキュウ。お前は砂には必要ない」

「裏切り者……か。やはり砂には改革が必要なようだな……長がすり替わっていることにも気づかぬ愚か者どもが!」

 

 

 それきり、話は途絶える。

 言葉は必要ない。

 生き残った者だけが正義となる。

 

 

 

 ――弱肉強食、それが忍の世界なのだから。

 

 

 

 

 

 



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