クズなフータロー君と恋に溺れる五つ子の日常 (やマッチ)
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第一幕 : 彼女達は『恋』の甘さを知る
第一話 : 五つ子の長女は、もう堕ちるところまで堕ちている。


原作再構成もの。
原作から変更点有り。

(例)
五つ子の転校時期:秋→春
夏祭りの日:9月末→8月中 などなど

あと、タイトルは五つ子の日常となってるけど、メインは一花さん。
これにはちゃんとした理由があって、僕が一花さんのことを大大大好きだからです。



 中野一花は、普段感じることのない温もりを隣に感じ、目を覚ました。意識が段々とはっきりしていくのとともに、体にけだるさが広がってゆくのがわかる。それらを無視して隣を見ると、そこに眠るのは一人の男。

 

 眠りに落ちる前に見た男が、まだ隣にいることに安堵し、そっと微笑むと、男の腕を枕にしっかりと密着する。

 

 彼の鼓動をもっと感じるために。自分の存在を彼に刻み込むかのように。

 

 ちらり、と彼の寝顔を見ると、寝息が聞こえてきた。どうやら深い眠りについているらしい。バイト続きで疲れが溜まっていたのだろうか、それとも──先程までの行為のせいだろうか。

 

 今までの人生経験から、自分の容姿が整っていることは理解していた。街を歩いている時にすれ違う男性が目を向けてくることはよくあることであり、声をかけられるのも日常茶飯事だ。

 

 学校で過ごしている時も、男子生徒たちの視線を感じた。一花のその綺麗な顔に見惚れる者、同年代である女子の平均以上に育った胸を凝視する者、スカートの下から覗くスラリとした脚に熱い視線をおくる者など、様々な視線が向けられている。

 

 一時期はそのどろりとした欲望の視線に耐えきれず、自分の容姿が嫌いになりかけたこともある。だが次第に、日常生活を過ごすうちにその嫌悪感も薄まっていった。厳密にいえば割りきったともいえる。有名税みたいなものだから仕方ない、そう思い諦めていた。

 

 でも今は、整った容姿に生まれたことに心の底から感謝している。そのおかげで彼に興味をもって、いや、彼に好きになってもらえたのだから。

 

 そんなことを考えながら男の胸に顔を乗せていると、男が小さく呻き声をあげ、寝返りを打ち、一花の上にのしかかってきた。それを一花は全身でしっかりと抱きとめる。

 

 特別筋肉質なわけではない、しかしながら、やはり女である自分とは違う、逞しい男の肉体。

 

「ん…………一花……?」

「あ、ゴメン、起こしちゃった?」

 

 ぼんやりとしながらも徐々に意識がはっきりとしていく男。その瞳には、まぎれもなく自分の姿が映しだされていた。

 

 他の姉妹ではなく、自分だけが──

 

 その事実は、一花の独占欲をこの上なく満足させた。

 

「あ、悪い、一花。重かったか?」

「ううん、大丈夫だよ……それよりも……おはよ、フータローくん」

「……ああ、おはよう一花」

 

 そう言って、男は一花の髪を優しく撫でつける。それだけでどんなことでも許してしまいそうになるので、もう自分は彼に──上杉風太郎という男に、どうしようもないほど夢中であった。

 

 

 

         〇

 

 

 

 彼と初めて会ったのは、転校して間もない桜舞う季節であった。様々な事情から、元々通っていたお嬢様校である黒薔薇女子高から転校することとなり、新たに通うことになった普通の高校。そこに通う同学年の上杉風太郎という男子生徒が、自分たち五つ子姉妹の家庭教師として雇われたことで全ては始まった。

 

 最初に、義父から家庭教師を雇ったと聞かされた時は、はっきり言ってめんどくさいと思った。勉強は得意ではなかったし、貴重な時間を勉強にとられるのもイヤだ。勿論、学生なのだから勉学が大事であることは頭では理解していたものの、キライなものはキライなのだから仕方ない。それに自分は花も恥じらう女子高生なのだ、努力しても一向によくならない勉強に時間を費やすよりも、もっと他にやりたいことはあった。

 

 そう思い、当時は少し憂鬱な状態で家庭教師を迎えたものだったのだが、今は義父に感謝している。おかげで彼と出会うことができたのだから。

 

 彼と出会ってから様々な出来事があった。ゴールデン・ウィークに偶然出会ったことによる遊園地デートや中間試験前のお泊まり勉強会、期末試験での赤点回避に夏休みのプールでのハプニング。彼と同じ時間を過ごす度に距離は縮まり、少しづつ彼の事を意識するようになった。

 

 そして決して忘れることができないあの夏の日。毎年恒例となっていた花火大会の日の夜、一花は生まれて初めてキスを交わした。

 

 あの夜、映画のオーディションに向かうため車を取りにいった社長を待ちながら、風太郎に自分の内心を打ち明けた。毎年約束していた花火を無視したことによる妹達への罪悪感と次第に近づく時間への緊張感から、体の震えが止まらず俯く。

 

 そんな時、隣にいた彼が自分の名前を呼んだ。それに反応し、顔をあげたのもつかの間、彼の顔が近づき唇が触れあう。

 

 初めは何が起こったのかわからず茫然としていたが、キスをされていると気付き、振りほどこうとした。だが、彼の手は腰に、もう一方の手は頭の後ろに回り、しっかりと抱き寄せられる。次第に抵抗する気持ちは薄れ、全身から力が抜ける。気がつけば自分も目を閉じ、両手も彼の背中に回っていた。

 

 永遠にも感じられるほどの時間(実際には数十秒程度だったが)が経ち、ゆっくりとお互いの唇が離れると同時に一花は閉じていた目を開ける。すると、目の前には彼の顔。その瞳には、顔を真っ赤にした、信じられないくらい色っぽい表情をした自分の姿が映っていた。

 

 何も言えないまま立ち尽くした一花を尻目に、風太郎は一花と目を合わせ、やや口元を歪めながら、少し挑発的に、だが優しく言葉を紡ぐ。

 

「緊張、とれただろ?」

 

 その瞬間、一花は完全に恋に落ちた。もうその時には既に、彼と少なからず同じ時間を共有し、好意を持っていたこともある。だからこそ突然キスされても受け入れたのだ(他の男性なら絶対にありえない、もしされたらビンタして即効で警察に通報している)。それに好きという気持ちだけではなく、彼の家庭事情を知ったことも大きかった。

 

 彼の家はとても貧しい。高校生である彼が家庭教師をしているのだから、お金が必要なのだとは思っていたが、まさか借金があるほどだとは思わなかった。今でこそ裕福な暮らしをしているが、少し前までは自分たちも貧乏暮らしだったのだ、気持ちはわかる。

 

 同情心のようなものもあった。でも何よりも彼の真っ直ぐな瞳に魅了された。貧乏にも負けず前を向いて歩いている彼に。聞けば、家庭教師だけでなく、ケーキ屋でもバイトしているという。妹であるらいはの為にお金が必要なのだと。せめて、女の子である妹には最低限のオシャレをさせてやりたいのだと。

 

 その話を聞き、彼の力になりたいと思った。彼は自分たちに勉強を教えてくれるのだから、自分も何か彼の為にするのは何ら不思議なことではない。家庭教師の対価として義父からお金を受け取ってはいるだろうが、それとこれとは別問題だ。自分個人は何も彼に恩返ししていない。だから自分が彼の為に何かをするのは当然のことなのだ、そう思った。

 

 もし、この時の一花の脳内理論を五つ子の次女が知ったならば「こ、恋の暴走列車だわ」と呟いたことであろう。 だが幸か不幸か、一花の内心を知るものはいなかった。

 

 その後、風太郎との時間は増えていく。放課後の図書館での勉強会は勿論、休みの日でも仕事の合間をぬって彼との時間を過ごした。勉強の息抜きと称して彼を誘い、ウィンドウショッピングや喫茶店に行ったりもした。

 

 一見すると恋人同士のデートのようなものであったが、付き合っているわけではなかった。あの夜、確かにキスは交わした、したがそれだけだ、はっきり付き合おうと言われたわけではない。それ以降も言われなかったし、自分から聞いたこともなかった。

 

──私達って……付き合ってるのかな?

 

 そう聞けば彼は何と応えるだろう。当たり前だろ、と応えてくれる気もした。だが否定されたら、いや、否定されるだけならまだいい。

 

「あれはお前を緊張からほぐす為にしただけだ、勘違いするな」

 

 もしもそんなことを言われたら、二度と立ち直れない自信があった。 彼がそんなこと言う筈がないと思いつつも、怖くて聞くことはできなかった。一方で、彼を想う気持ちは日に日に高まっていった。

 

 そんなある日、いつもどおりマンションまで送ってもらう帰り道。ふと前を見ると、右に左に揺れる自転車。乗っている男はどうやらスマホをいじりながら運転しているらしい。危ないなぁ、と思いつつ距離が近づく。

 

 と、すれ違う直前、やっと一花達の存在に気づいたのか男が顔を上げる。慌ててハンドルを切ったことでバランスを崩したのか、自転車ごと一花達の方に倒れてくる。突然のことに反応もできず、ぶつかると思い目をつむったその瞬間、体が抱き寄せられた。

 

 自転車と一緒に倒れた男が慌てて起きあがり、謝りながら去っていくのを、一花はどこか他人事のように見ていた。今脳内を占めるのは彼に抱きしめられている自分の姿。顔が赤くなっているのが自分でもわかる、心臓が激しく鼓動するのを止められない。

 

 抱きしめられたまま、ふと思う。今、彼はどんな表情をしているのだろうかと。彼の胸にうずめたままの顔を上げ、そおっと彼の顔を覗き見る。すると、彼もまた一花を見つめていた。

 

 抱き合ったままの体勢でお互いに見つめあう二人。もう言葉はいらなかった。初めての時とは逆に、今度は自分から彼に抱きつき、一花は人生で二度目のキスを交わした。

 

 その日以降、別れ際のキスは当たり前のものとなった。交わすたびにより深く、激しくなっていく口づけ。彼の手は一花の腰に、一花の手は彼の背中に回され、しっかりとお互いの体が密着した状態で舌を絡ませるキスは、立っていられなくなるくらい気持ちがよかった。

 

 あまりにも長くキスをしすぎて帰る時間が遅くなることもよくあった。せっかく作ったのに冷めちゃったじゃない、と二乃に文句を言われ、お腹の音が鳴るほど腹を空かせた一番下の妹に、本気で睨まれた時は冷や汗を流したものだ。なるべく控えようと思ったこともある。

 

 だが彼とするキスはあまりに甘美で、止めるどころか次第に行為は激しくなっていった。舌を激しく絡ませながら、風太郎の手は一花の胸を揉みしだき、お尻を撫でられる。少し痛みを感じる行為であっても、彼が自分を求めている証だと思うと、興奮は消えなかった。

 

 肉体的にも、精神的にも、とっくに彼を受けいれる準備はできていた。自分の全てを彼のものにしてもらいたかった。

 

 初めて彼と繋がったのは林間学校の夜。キャンプファイヤーに盛り上がる生徒たちをよそに、月明かりだけが照らすベッドの上で、一花は風太郎に女性として一生に一度の、一番大切なものを、処女を捧げ、そして──

 

 

 

──今の関係に至っている。

 

 

 

         〇

 

 

 

「そろそろ帰らないとな。時間遅くなっちまう」

 

 そう言って、風太郎がベッドから起き上がり、床に脱ぎ捨てたままの服を手に取るのをぼんやりと見つめる。ちらり、と時計をみると午後六時を回ったところであった。

 

(もうこんな時間なんだ……)

 

 今日は日曜日、久しぶりの彼と二人きりのデートの日。お昼を食べ、映画を見た後に、ホテルに入ってから三時間近くが経過していた。あと少ししたら、時間を告げる呼び出し音が鳴るころであろう。その前にするべきことがあった。

 

 一花はシーツを手にとり、裸のままの体を最低限隠しつつ、もう一方の手でバッグを開ける。手に取るのは今日の為に用意した、彼の為に買った贈り物。

 

「あの……フータローくん……これ、良かったら、もらって?」

 

 そう言いながら、一花はバッグから取り出したモノを風太郎に手渡す。それは外国の人気ブランドの長財布。派手さはないが、シックで落ちついた色合いのそれは、いつも前を向いて努力している彼にピッタリ似合うはずだ。

 

 一花から渡されたものを見て、風太郎が驚いた表情を浮かべた。

 

「これ……カルティエか? こんな高い物、貰えねぇよ」

「いいの、いいの。たまたま安く売ってたから買っただけだよ。ほら、新しい財布欲しがってたじゃない」

「……だけどな」

「それにいつも勉強教えてもらってるでしょう?日頃のお礼だよ、気にしないで」

 

 半分は本当で半分嘘。お礼の気持ちというのは本当だが、たまたま買ったというのは嘘だった。

 

 

 先週、二人で出かけた時に、たまたま入ったお店で目にしたもの。その時、彼が欲しそうにしていたのを覚えていた。

 

──財布か、今使ってるやつボロボロだし、そろそろ買わないとな。

──これ限定品か、いいな……って五万!? 無理だ、買えるわけないぜ。

──まぁ、まだ使えるし焦って買わなくていいか。

 

 名残惜しそうにしながら手に取った財布を元に戻す風太郎。その時はそのまま一緒にその場を後にしたが、もう既に一花の心は決まっていた。

 

 翌日、学校が終わると急いで昨日行ったお店に向かった。目的のモノがまだあったことに安堵しつつ、手にとり会計に向かう。払うお金は義父から渡されているカードではなく、仕事で得たお給料。彼の為に使うお金は、自分で稼いだお金でなくてはならないと決めていた。それは今回だけではなく、これまでのものも含めてだ。

 

 彼に会う度に、何か物を送るのは恒例のこととなっていた。家庭教師のお金が入ってくるようになったとはいえ、家計が苦しいことに変わりはない筈。何せ焼肉定食焼肉抜きなんてものを食べるくらいだ、満足に食事もとれていないだろう。初めて仕事のお給料を受け取った時、少しでも生活の足しにして欲しくて、いくらかを彼に渡そうとした。

 

 しかし彼は直接的な金銭のやり取りをきっぱりと拒否してきた。そんなものを貰うわけにはいかない、と。ならばと、一花は代わりとして自ら買ってきた物を渡すようになる。

 

 時には勉強を教えてもらっているお礼として、またある時には彼の妹であるらいはへのプレゼントと称して様々なものを彼に送った。その度に、彼は少し戸惑いながらも嬉しそうな笑顔を浮かべるのだ。

 

──ありがとな、一花。

 

 感謝の言葉ともに優しく髪を撫でられる。その時の幸福感は、何ものにも変えがたいものとして一花の心を満たしていた。

 

 

 新品の財布を渡され、困惑していた様子の風太郎であったが、いつものごとく何を言っても一花が折れないと思ったのか諦めたように息をついた。

 

「いつもありがとな、一花。さっそく使わせて貰うぜ」

「どういたしまして……それと、これも」

 

 続けて一花が取り出したのは、二枚のチケット。

 

「ん?これは……ランチ無料券? あの有名ホテルのか?」

「うん、来週の土曜日限定だけどね。事務所の社長から貰ったんだ。元々菊ちゃんと行く予定だったらしいんだけど、菊ちゃんが遊園地のほうがいいとかで、予定変更したんだって」

「なるほど。あのオッサンもなかなか娘思いな人だな」

「……それでね、フータローくん……あの……土曜日、一緒に「サンキュー、一花。ちょうど土曜日、らいはと出かける約束してたんだ。有り難く使わせてもらうぜ」行こ…………ぇ?」

「いやー喜ぶだろうな、らいは。あのホテルのレストラン、一回行ってみたいって言ってたからなぁ」

「…………そうなんだ」

 

 喜ぶ風太郎を尻目に落胆する一花。本当は風太郎と二人で行きたいと思っていたし、もう自分の中ではそのつもりの予定であった。

 

(残念だなぁ……せっかく二人で出かけられると思ってたのに。おいしいランチ食べて、映画でも見に行って、天気がよければお散歩でもして……そして、そのまま……って何考えてるの私!?)

 

 よからぬことを考えてしまったのか顔を真っ赤にし、両手で顔を隠すように俯く一花。そんな彼女の様子を知ってか知らずか、風太郎が一花の傍に近づき、優しく呼びかける。

 

「一花」

「ん?なに、フータローく、んんっ!?」

 

 名前を呼ばれ、顔を上げたのと同時に肩を抱かれ強引に唇が重ねられた。突然のことに驚くも、すぐに目を閉じ両手を彼の首に巻きつける。裸のまま体を密着させ、口内に入ってくる彼の舌を歓迎するようにこちらも舌を絡ませ、気持ちを通じ合わせる。

 

(キス……凄い……すごい、よ……)

 

 唇が唾液でベタベタになるほどに激しいキスを交わし、やがてどちらからともなく唇が離される。離れたお互いの口には透明の糸が繋がっていた。その淫靡な光景がまた一段と一花を興奮させる。

 

「一花」

「……ん」

「バイト代入ってからになるけど……このレストラン、二人で一緒に行こうか」

「…………うん」

「それと」

「?」

「シャワー、一緒に浴びよう」

「……うん、いいよ」

「からだ、洗ってくれるか?」

「……もちろん」

 

 もう一度軽くキスを交わし、二人はくっついたまま浴室へと入っていく。その後、シャワーを浴びながら、二人はもう一度求めあった。

 

 結局、二人がホテルを後にしたのは、予定より一時間も後になってからのこと。風太郎と腕を組み、体をあずけながら帰宅の途につく一花。その表情はこれ以上ないほど、幸福に満ちたものであった。

 

 

 なお、当然のごとく、ホテル代は延長料金も含めて一花が支払った。




個人的に一花さんが花嫁だと思ってる。もっと一花さんの人気が上がって欲しいな。


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第二話 : 五つ子の末っ子は、こちらが心配になるほどにチョロい。

五月回。


 その日の放課後、授業が終わると中野五月は一人、図書室に向かった。いつも利用している席に座り、ノートを広げ、早速今日教わった授業の内容を復習する。一つ一つ丁寧に、わからない箇所は調べつつ、それでもわからなければ、後で『彼』に教えてもらう為に付箋を貼って、少しずつ自分のペースで進んでいく。

 

(今日は静かですね……一花は仕事で、二乃はケーキ屋のバイト。三玖は日直で、四葉はバスケ部の助っ人………ということは……今日は彼と二人きり……ッッ!?)

 

 内心で考えたことに驚き、思わずブンブンと首を振る五月。突然の五月の奇怪な行動に、周囲にいた生徒がギョッとした様子で目を向ける。そんな周囲の視線を感じたのか、五月は恥ずかしそうに身を縮こませた。

 

(わ、私ったら何て事を考えて……べ、別に他意はないです……そう、二人きりで勉強するという意味で……だってあの人は、彼は教師で、私は生徒なんですから。そんなことあるはずないです。あっていいはずが……)

 

 脳裏に思い浮かべるのは、自分たち五つ子姉妹の家庭教師をしている男性のこと。自分たちと同じ年齢で、自分と同じクラスの同級生である──上杉風太郎という男の子のこと。

 

 

    ○

 

 彼と初めて出会ったのは、半年以上前、転校初日のこと。午前中に校舎を一通り見て回り、お昼にしようと学食を利用した。その時偶然にも同じ席に鉢合わせたことが始まりだった。

 

「あ、あの!私の方が先でした、隣の席が空いているので移ってください」

 

 普段の自分であれば、もっと穏やかな口調であっただろう。見知らぬ他人にいきなり喧嘩越しに、一方的に捲し立てるなどとても自分とは思えない。今思えば、人生でやり直したいことの一つだ。

 

 だがこの時は普通ではなかった。午前中、校舎を見て回ったせいで足が限界であったのに加え、おまけに、あくまでおまけとしてお腹が空いていた。だから普段よりも気が立っていた。故に仕方がなかった、不可抗力だったのだ。

 

もしもこの場に五つ子の四女がいれば、「五月、それじゃあ、飢えたライオンさんだよ……」と言い放っただろうが、生憎この場には五月しかいなかった。

 

 見知らぬ少女から発せられた突然の言葉に、目を丸くしていた男子生徒だったが、すぐに状況を理解したのか、苦笑を浮かべながら五月に向けて口を開く。

 

「ああ、悪かったな。席、どうぞ」

「え!あ、あの……あ、ありがとうございます」

 

 そう言ってイスを引き、五月に座るように促す。思わぬ男の行動に驚く五月であったが、足が限界であることを思い出し、お礼を言って大人しく席に腰かけた。それを見て男は隣の席に移り、腰をおろしながら五月をチラリと見やる。

 

「あんた見ない顔だな、転校生か?」

「え……あ、はい。今日から転校してくることになりました中野五月と言います」

「ご丁寧にどうも。俺は上杉風太郎、宜しくな」

 

 軽く頭を下げる男の子、上杉風太郎。それに対し、こちらこそと言いつつ五月も軽く頭を下げる。風太郎はそれに頷きながら続ける。

 

「あんたのその制服って……黒薔薇女子のやつだろ?」

「え、ええ、そうですけど……詳しいですね……」

 

 まさかそんな趣味が……と思わずジト目で彼を見やる五月。それに対し、風太郎は違う違うと手を振り否定する。

 

「いやいや他意はない。妹がいるんだが、そこの制服が可愛いって言ってたことがあってな。その時制服の写真を見せられたことがあるから覚えてたんだよ」

「あ、そうなんですか……」

 

 なるほど、と安心したように呟く五月に、風太郎は「誤解が解けたようでなにより」と笑う。

 

「まあ残念ながら、妹が着ることはないだろうがな」

「えっ……どうしてですか?」

「そんなの決まってるだろ、お金がないからさ」

「あ……」

「お嬢様が通う金持ち学校なんて、とてもじゃないが通わせてやる余裕、家にはないからな」

 

 と、少し悲しげな顔を浮かべながら、昼食を食べ始める。今気づいたが、彼が食べている昼食はとても質素なものであった。

 

 白いご飯にお味噌汁そしてお新香。

 

 食べ盛りの男の子が食べる昼食にしては余りに少なく、味気ないものだ。

 

それに比べて、と五月は自分の昼食を見る。

 

(うどんに、トッピングで海老天二個に加え、いか天、かしわ天、さつまいも天に、おまけでデザートのプリン……ううっ……何だか自分が情けなくなってきました)

 

 もしかしたら、自分は食べ過ぎなのかもしれないと思う五月。目の前に穴があったら、入りたいくらい恥ずかしい。

 

「あ、あの……よかったら私の分少し」

「けどまあ、貧乏だけど必死に生きてれば良いこともあるもんだな」

「え?それはどういうことですか?」

 

 彼が言っている意味が分からず、キョトンとした顔になる五月。風太郎はそんな五月を見やり、片手で頬杖をつき、少し口の端をつり上げる。

 

「そんなの決まってるだろう?」

「?」

「アンタみたいな可愛い子と知り合えたってことだよ」

「ッッッ!!??な、何を言って!!??」

 

 風太郎の言葉にこれ以上ないほど動揺する五月。中学から女子校に通っていたせいで、同い年の同じ年齢の男の子と話したことなんて小学生の時以来であったし、男の子に可愛いなんて言われたのは生まれて初めてであった。顔どころか耳まで真っ赤になっている。

 

「か、からかわないでください!」

「いや、本音だったんだが……まあいいか、じゃあな」

 

 そう言って風太郎は席を立った、いつの間にか食事を終えていたらしい。気がつけば知らぬ間に昼休みも半分が過ぎていた。五月は慌てて昼食を食べ始める。転校初日から遅刻するなんて許されない。

 

「あ、そうだ」

「は、はい?まだ何か」

 

 去ったと思った彼が立ち止まり、こちらを向いていた。風太郎は五月の目を見ながら、穏やかに微笑み、口を開く。

 

「同じクラス、なれたらいいな」

 

 今度こそ去っていく風太郎。その後ろ姿を見送りながら、無意識のうちにスカートの裾を握りしめ、自分も同じことを思った。

 

 

 彼と同じクラスになれたらいいな、と。

 

 

 その小さな願いが叶ったのは午後のこと。同じクラスにいたのは先程会った男の子。正直言って驚いた、まさか本当に同じクラスになるなんて。少しの喜びが五月の胸を満たす。

 

 さらにもっと驚くことになるのは翌日のこと。授業が終わり、今日から来る予定の家庭教師をむかえる為、家に帰ろうと席を立ったのも束の間、彼に声をかけられる。すると彼の口から出てきたのは驚きの言葉。なんと彼が自分達の家庭教師であるという。

 

 昨日偶然会った優しい男の子が、偶然同じクラスで、偶然自分(達)の家庭教師……!

 

 真面目で融通が利かないように見えるが、五月とて年頃の女の子、ドラマチックなシチュエーションに憧れていないといえば嘘になる。五月の胸はこれ以上ないほどに高鳴った。

 

 もしかしたらこれは運命なのかもしれない、そう思うほどであった。

 

 もしもこの時の五月の内心を当時の五つ子の長女が知ったならば「五月ちゃん……チョロすぎない?」と嘆いたことだろうが、生憎五月の内心を知るものはいなかった。そして後のことをいえば、長女はもっとチョロかった。

 

 それはさておき、家庭教師初日となる放課後、高鳴る胸を押さえ、彼と一緒にマンションへと向かう。家に着くとまずは五つ子である姉達とのご対面。

 

 同級生である彼が家庭教師であると知り安心する四葉と興味のなさそうな三玖に、いつもどおり眠そうにしている一花、人付き合いの上手な二乃がやたら不機嫌そうにしていたことは少し気にはなったが、彼が家庭教師である事に反対する者はいない。五月自身もこれから彼との家庭教師生活が始まるのだと思うと、苦手の勉強も少し楽しみになる気がした。

 

 だが、家庭教師を受けるようになり、彼の家庭事情を知った。家計に余裕がないとの言葉どおり、いやそれ以上に彼の家は貧しかった。数年前まで自分達も同じ境遇だったのだ、その辛さは痛いほどわかった。

 

 その夜、五月はベッドに寝転がりながら自己嫌悪に陥る。彼は家の為に真面目に必死に、自分達に勉強を教えようとしているのに、自分はなんて不純なことを考えていたのだろうか。そんな気持ちで彼に教えをこうなんて生徒失格である。

 

(そう、私は生徒、彼は教師。私達が頑張って成績を上げれば、それだけ彼の評価も上がりますし、それが一番彼の為にもなります)

 

 そう決意し、真摯に勉強に取り組んだ。そのおかげで、一学期の期末試験では見事赤点回避、二学期の中間試験試験では平均点近くを取るなど順調に成績は上がっている。義父の彼に対する評価も上がったことであろう。

 

 一方でその間、勉強以外でも彼と同じ時間を過ごしてきた。その度に彼の良いところも悪いところも見てきた。同じ時間を共有してきた彼と私達、彼は教師で私は生徒その関係性に変わりはない、あってはならない。

 

 しかしながら、あの時抱いたあの想い、あの時の胸の高鳴りは──半年たった今もまだ、心の奥底で静かに燻っている。

 

 

    ○

 

 

「彼と出会ってから、もう半年になるのですね……」

 

 五月は窓の外を見ながら、感慨深そうに呟く。そんなふうに過去の出来事を思い出していると、図書室の入り口がそっと開き、一人の男子生徒が入ってくるのがわかった。

 

 彼は入り口で立ちどまり、周囲を見渡す。すると、その視線が五月を捉えたのと同時に少し安心したように微笑んだのがわかった。それを見た五月の胸がドクンと脈打つ。

 

「う、上杉くん」

「悪い、五月。遅れた」

 

 やって来たのは同級生の男の子、自分達の家庭教師である上杉風太郎。先程まで彼のことを考えていたせいか、何やら後ろめたさを感じてしまう。そんな感情を悟られぬよう、五月は矢継ぎ早に喋りはじめる。

 

「遅かったですね、もう始めてますよ。今日の授業で分からないところ、教えてくれる約束でしたよね」

「ああ、そのことなんだがな……」

「?どうしたんですか?」

 

 ばつの悪そうな表情を浮かべる風太郎を見て、首をかしげる五月。

 

「さっきバイト先の店長から連絡があってな、今日シフトの人が急遽体調不良で店これなくなったんだと」

「え」

「そんで、代わりに入れる人が誰かいないか探してたらしいんだが、誰もいないんだとよ……俺以外」

「……それは仕方ないですよ。むしろ行くべきです」

「ああ、そうだな。俺が行かないと二乃一人になっちまうからな、さすがにそれはあいつが可哀想だ」

「……ええ、そうですね」

「約束してたのに悪いな」

「……いえ、仕方ありませんよ」

 

 謝る彼に対し、何でもないように振る舞う五月。だが心の中では、別の感情が渦巻いていた。

 

(仕方ない……ですよね。彼が行かないと皆が、二乃が困ってしまうんですから……仕方ないんです………………でも……でも、私のほうが先に……っぅぅ!!)

 

 思わずスカートの裾を握りしめる五月。そんなどこか落胆した様子の五月がわかったのか、風太郎が声をかける。

 

「その代わり、お詫びと言っちゃなんだがな、ほれ」

 

 そう言って、ポケットから風太郎は紙のようなものを取り出し、五月に見せる。

 

「何ですかこれ……って、ランチ無料券じゃないですか! しかも、あの有名ホテルのレストランの!?」

「ああ、今週の土曜日限定だがな。()()()()()()()()から貰ってな。よかったら一緒に行かないか?」

「え、わ、私とですか!?」

 

 風太郎の言葉に信じられない表情を浮かべる五月。彼が、私を誘う?何故? もしかして、からかわれているのだろうか。

 

「な、何で私なのですか!? 他に誘うべき人がいるでしょう?……例えば、そう、家族と、らいはちゃんと行くべきです!!」

「らいはは今週の土曜日は用事がある。学校の行事とやらで夕方までお出かけだ」

「あ、そ、そうなんですか……」

「前から決まってたことだから仕方ないさ……だからこそってわけじゃないが、五月なら喜んでくれると思って誘ったんだが……迷惑だったか?」

「そ、そんなことありません!……あ、ありがとうございます、う、嬉しいです」

「そうか。それは良かった」

 

 五月の言葉に安堵したように微笑む風太郎。そんな風太郎の様子を見て、思わず五月の口元がほころぶ。彼が本気で誘ってくれたのがわかったのだ。真面目で色恋沙汰に興味ないようにしているが、五月とて年頃の女の子、男の子が自分を喜ばせる為の行動に嬉しく思わないはずがない。

 

「じゃあ土曜日、十一時くらいに、駅前で待ち合わせってことで」

「は、はい。わかりました」

「それと、この事はあいつらには内緒だぞ。バレたら何でお前だけって怒るだろうからな」

 

 肩を竦め、困ったもんだと呟く風太郎。言われるまでもなくそのつもりであった。こんなこと言えるわけがない。脳裏に浮かぶのは自分と同じ顔をした姉達の姿。中でも一番、自分の勘が正しければ、特に気をつけないといけない相手は──

 

「ああ、それともう一つ。当日だがな」

「はい?何か──」

「精一杯おめかししてきてくれよ? 何せ、せっかくのデートなんだからな」

「っ!?な、なにを!」

 

 冗談めかした口調でそう告げ、風太郎はバイトの時間だと言って去っていく。五月はスカートの裾を握りしめたまま、その後ろ姿が図書館の入り口から消えるのを最後まで見つめる。

 

(び、びっくりしました。あんなこと突然言うなんて……もう、上杉くんときたら、また私をからかって……)

 

「あ、あれ? 五月一人なの?フータローは?」

「あ、み、三玖」

 

 そこに現れたのは五つ子の三女である三玖。どうやら日直の仕事を終え急いで来たようだ、息が軽く乱れている。

 

「え、えっと……上杉くんならたった今帰りましたよ。何でも急にバイトが入ったとか」

「あ、そうなんだ……勉強教えてもらおうと思ったのに」

 

 せっかく日直の仕事終わらせてきたのに、と残念そうに呟く三玖。それを横目で見ながら、胸に手を当て、そっと息を吐き、呼吸を整える。

 

──まだ彼から言われた言葉が耳に残っている。胸のドキドキが止まらない。

 

 すると、どこか挙動不審な五月を不思議そうに三玖が見つめる。

 

「どうしたの五月、顔真っ赤だよ?」

「!? な、何でもありません!」

「そう?」

「え、ええ。さぁ、私達も帰りましょう。お腹がすきました」

「……五月の食いしんぼう」

 

 呆れたように呟く三玖に背を向け、歩きだす五月。チラリと窓ガラスを見ると、後ろにいる三玖と同じ顔立ちをした自分の顔が映っている。

 

(……よかった、いつもどおりです。全く、それもこれも全部上杉くんのせいです、突然変なこと言いだすから!)

 

 風太郎に心の中で文句を言いながら、三玖とともに帰宅の途につく五月。もしこの場に五つ子の次女がいれば、五月、何か良いことでもあったの? と、聞いたことであろう。

 

 

 家に帰る五月の足どりは、いつもより軽く、どこか楽しげなものであった。




原作でも風太郎と五月の初対面が上手くいってたら、絶対仲良くなってたと思う。二人は似た者同士だし。そして家庭教師も協力的で……でも二乃が余計に反抗的になるか。


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第三話 : 五つ子の長女は、今日も『愛』に生きている。

ちょい短め。
(闇)一花さん回。

あと、時系列的には二話より前の話になります。



 

──恋と愛の違いとは一体なんだろう?

 

 

 放課後の屋上で、フェンスに体をあずけながら中野一花はそんなことを考える。季節はもう十二月、少し肌寒く感じるとおり、冬の足音が聞こえ始めている。

 ふと、グラウンドに目を向けると、放課後がよほど待ちどおしかったのだろうか、大勢の生徒達が笑顔で部活の準備を始めていた。

 

 そんな彼らを見ながら思う。彼らが部活に向ける気持ち、それは『恋』なのだと。一方的で情熱的で、だけど熱しやすく冷めやすい。ふとしたことで、簡単に好きにも嫌いにもなる気持ち、それが恋というものなのだ。

 

 そう、目の前にいるこの男の子のように。

 

 一花は普段どおりの笑顔を浮かべ、グラウンドに向けていた方向とは反対側に振り返った。目の前には緊張した様子の男子生徒。

 

 同じクラスのたしか谷田部とかいう名前の男の子。サッカー部に所属しているらしく、短めに切りそえられた髪は少し茶髪に染められているが、不良というわけではなく、むしろ高校デビューした男の子がちょっと背伸びしたような印象をうける。背丈は170センチ後半くらいで、顔立ちも中々に整っているし、性格もいいとクラスの女子達が話していたのを耳にしたことがある。

 

 その彼に声をかけられたのがつい先ほどのこと。授業が終わり、仕事の予定が入っているため、帰ろうとしたところを彼に呼びとめられた。話したいことがあるから、と。

 

「それで話したいことって何かな、谷田部くん」

 

 手を後ろで組み、首を傾げて尋ねる一花。だが用件など、何となくわかっていた。高校生の男子が、女子を呼び出して話すことなど一つしかない。今までも、何度かあったシチュエーション。それに、彼の真っ赤になった顔を見れば誰でも一目瞭然だ。

 

 そんな一花の内心を知る由もなく、谷田部と言われた男は、緊張した様子で口を開いた。

 

「お、俺、中野さんのことが好きです! 俺と付き合ってください!!!」

 

 顔を真っ赤にしながらも、しっかりと一花の目を見て想いを伝える男の子。それだけで彼が真面目で、真っ直ぐな人であることがわかる。クラスの女子が話していたように、きっと性格もいいのだろう。彼と付き合う女の子は、ごく普通の高校生らしいカップルとして、楽しい青春をおくることになるのかもしれない。

 

 

でも、だからこそ、こう思うのだ。

 

 

──私である必要はない、と

 

 

「ありがとう、谷田部くんの気持ち嬉しいよ」

「え、じゃ、じゃあ」

「でも、ごめんね。私、今誰とも付き合う気ないから」

 

 そう言ってばっさりと言い放つ一花。男は一瞬期待した表情を浮かべたが、一転して絶望した顔となる。

 

「あ、そ、そうなんだ……あははは」

「うん、ごめんね」

「い、いえ!中野さんが謝る必要なんてありません、俺が勝手に告白しただけですから!!! あ、頭を上げて下さい!!!」

 

 頭を下げてまで謝る一花に慌てたのか、男は必死に両手を前に振りながら、顔を上げるよう一花に懇願する。

 

「そ、それに駄目なのは分かってたっていうか」

「? どういうこと?」

「あ、あの、中野さんは俺ら男子からしたら高嶺の花っていうか」

「……高嶺の花?」

「う、うん。美人だし、気が利くし、いつも笑顔で、誰とでも分け隔てなく喋るし」

「…………」

「完璧超人で、見てるだけで幸せになる存在っていうか、ハハハッ」

「……そうなんだ」

 

 照れながらも、憧れの存在である一花を称賛する男。それを一花は笑顔を浮かべて聞きながらも、内心は別のことを考えていた。

 

 この人は何を言ってるんだろう。一体誰のことを喋っているのだろうか。気が利く?いつも笑顔?完璧?誰のことだ、それは?

 

(この人……本当の私を知ったらどんな顔するのかな。実はめんどくさがり屋で、料理も得意じゃなくて、部屋が妹達に汚部屋って言われるくらい散らかってるなんて知ったら)

 

 目の前の男の声が次第に遠ざかっていく。深く思考が沈んでいくのと同時に、心の奥底から暗い何かが涌き出てくるのがわかる。

 

(失望するかな?こんな人だとは思わなかったって。怒るかな?騙されたって。全部ぶちまけちゃおっかな)

 

 結局、この人は本当の意味で私のことを好きではないのだ。自分の中で理想とする私を好きなだけ、ただそれだけ。だから簡単に言葉にできる。大して喋ったことがない相手に、よく知りもしない相手に簡単に言うことができる。

 

 

『好き』と。

 

 

「……れで林間学校の時も中野さんはてきぱきしてて……って、な、中野さん、どうかした?」

「うん?ううん、何でもないよ」

 

 黙ったままの一花に何かを感じたのか、男が声をかける。それに対し、何でもないと返しながら、この場を離れる為に言葉を続ける。

 

これ以上、この男と同じ場所に居たくなかった。

 

「谷田部くん、ごめん。私そろそろ……」

「え、あ、こちらこそごめん、時間とらせて!」

 

 それじゃあと言いながら、男は屋上から通じる出入口に向かって歩き始める。ドアノブに手をかけ、扉を開き、そのまま出ていこうとしたところで立ち止まる。一瞬躊躇したような表情を浮かべた後、意を決したように振り向き口を開く。

 

「あ、あの、中野さん!」

「ん?どうしたの?」

 

 まだ、何か用があるのだろうか。取り繕った笑顔を浮かべつつ、内心は早く出ていってくれないかなと思う一花。だがその後に男が続けた言葉は、予想外のものだった。

 

「俺、本当は告白するつもりなんて無かったんだ」

「……え?」

「中野さんは女神みたいな存在で、さっきも言ったとおり見てるだけで幸せだったっていうか」

「……それじゃあどうして?」

 

 どうして告白しようとしたのだろう。そんな一花の疑問が表情に出ていたのか、男子は照れながら続ける。

 

「なんか最近の中野さん、一段と綺麗っていうか可愛くなった気がして」

「……そう?」

「窓の外を見てる時とか、ふとした瞬間とかに凄く優しそうな顔してたり、以前までは見せなかった表情を見せるようになったっていうか」

「…………」

「それで思ったんだ。中野さんも誰かに恋してるんだなぁって」

「!!!」

 

 

イマ、コノヒトハナンテイッタ?

 

 

「そう考えたら居ても立ってもいられなくなったっていうか、告白しなきゃって思って」

「…………」

「あ、ご、ごめん、俺、変な事言ったりして! じゃ、じゃあ俺、今度こそ行くね!」

 

 そう言って、男は慌てたようにドアを開け去っていった。後に残されたのは、一人立ち尽くす少女。その少女の胸中では、様々な感情が渦巻いていた。

 

恋をしている? 私が? 

 

一体それは、何の冗談だろう。

 

 

「谷田部くん……きみ、間違ってるよ……そんなことあるわけない」

 

 

私が恋をしているなんて、そんなことありえない

 

 

 私が同級生達や先程告白してきた男子と同じ気持ちを『彼』に抱いているなんてある筈がない。

 

 

(だって私は彼の良いところだけじゃない、駄目なところも沢山知っている)

 

 

そう、『恋』とは一方的で独善的で刹那的なモノ

 

 

(顔も特別格好いいってわけじゃないし、髪型も最低限整えてはあるけど、流行りの髪型じゃないし、服も私が買ってあげた服以外、全然オシャレじゃないし)

 

 

 毎日、同級生達が話題に出すように、相手の良いところしか見ずに、簡単に好きだと言ってしまうようなモノ。

 

 

(気が利かなくて、意地悪で、無理矢理乙女のファーストキス奪ってきて、おまけに甲斐性もない)

 

 

 さっきの谷田部とかいう男の子のように、私のことを勝手に理想化して、上辺だけ見て、口にするような安っぽいモノ。

 

 

(でも私は彼の全てを知っている。上辺だけじゃない、良いところも悪いところも含めて私は全部知っている。知ったうえで彼が好きな、そんな私が、彼らと同じである筈がないよ)

 

 

 そう、私は決して恋なんてしていない。

 

 一方的で独善的で刹那的で、熱しやすく冷めやすい、同級生達が普段からよく言葉にするような、さっきの男子が私に言ったような、安っぽい『それ』とは違う。

 

 

同じである筈がない。

 

 

 

「だって、私は彼を『愛』しているんだから」

 

 

 そう言って、自分の言葉に満足したように微笑む一花の表情は、同年代の少女と比較にならないくらい美しく、妖艶で、しかしながら大多数の少女が浮かべるのと同じように、熱に浮かされたものであった。

 




次回は二乃回(別名:ほのぼの回)。

『五つ子の次女は、いつだって彼の背中を見つめている。』


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第四話 : 五つ子の次女は、いつだって彼の背中を見つめている。


五つ子の次女、二乃回。




 季節はもう十二月。本格的な冬の到来も近づき、外はすっかり暗くなっていた。平日の夕方ともなると、この周辺の通りのお店は、授業も終わり、暇を持て余した学生達や会社帰りの大人達でどこも一杯だ。

 

 そのお店もまたその中の一つ。外観はごく普通のケーキ屋、されど出されるケーキが絶品だと評判のお店『revival』。ついこの前公開された映画でも、このお店がワンシーンの舞台として使われ、そこで俳優達が食べていたケーキがとても美味しそうだと、密かに話題にもなった。ちなみに、最近バイトとして入った女子高生が、凄く可愛いくて、スタイルもいいと一部男性客の間で評判でもある。

 

 そんなこんなで今日も『revival』は、甘いもの好きの女子高生や多くの若者を中心に賑わっていた。つまりそれは、それだけ対応するスタッフが忙しくなるというわけで──

 

「上杉くん、これ、奥のお客様にお願い」

「わかりました」

「すいませーん。注文いいですかぁ?」

「はい、ただいま」

「店長、ケーキの生地はこれでいいですか?」

「どれ……これは……素晴らしい!これほどのものを作るなんて、君は天才だ!!」

「えーそんなことないですよ。店長が教えてくださったおかげですよー」

「いやいや、君の努力の賜物だ。本当に中野さんを雇ってよかったよ……あ、上杉くん、これあっちのお客様に」

「了解です」

 

 途絶えることのない来客と、ひっきりなしにとびかう注文であちらこちらへと大忙しの店内。

 

 そのなかで、中野二乃はスタッフの一員として働いていた。アルバイト店員として採用され、今日でもう三回目、初日は緊張からか普段でもしないミスをしてしまったが、ぼちぼち店の雰囲気にも慣れてきた頃合いである。

 

 だか今日は、予想もしていなかったトラブルが起こった。シフトとして入る予定のスタッフが急病で入れなくなってしまったのだ。そうなれば、店長の他には二乃ただ一人。いくら平日とはいえ、最近は先の映画の影響からか客足が普段より多く、スタッフが一人欠けた状態ではとても手が回らない。

 

 そこに現れたのが自分達の家庭教師でもある男、上杉風太郎である。すでにこのお店で働いて半年以上になる風太郎は、混雑する店内にもかかわらず、右に左へとせっせと働いていた。

 

(アイツ、忙しそう…………声をかける暇もないわね)

 

 急遽駆り出された風太郎。本来であれば、アルバイトがない日は学校の図書室で勉強会をしている筈だ。今日も確か、五月が勉強を教えてもらうと言っていた。それを急遽キャンセルしてきたわけであるから、二乃は少しの申し訳なさを感じていた。

 

(といっても、別に私が悪いわけじゃないし、お礼を言う必要なんかないんだけど……でも……それだけじゃない)

 

 そう、本当に伝えなくてはいけないのは、今日のお礼ではない。そしてこの半年間、家庭教師に対して反協力的だったことへのお詫びでもない。

 

それは、自分の中にある、この気持ち。

 

彼のことが『好き』だという、この気持ちを伝えなくてはならない。

 

 

 

    ○

 

 

 

 アイツと初めて出会った時、気に入らないヤツだと思った。ただでさえ家庭教師なんて面倒くさいと思っていたのに、それが同級生の男で、自分達の家にまでくるというのだ。自分達姉妹だけの大切な空間が、神聖な場所が汚される気がした。

 

 それに加え、何故か自分以外の姉妹がアイツに好意的だったことだ。社交的な四葉と一花はともかくとして、人見知りする三玖もいつの間にかアイツと仲良くなっていた。そして極めつけは五月だ。

 

 最初から妙に五月は協力的だった。姉妹の中でも、自分と意見が合うことの多い五月なら、自分と同じように反対すると思っていたので驚いた。そればかりか、自分が反対の言葉を出す度に、自分を非難するかのような目で見てくることもあった。

 

 五月だけではなく、三玖も、言葉にしないが一花も四葉もだ。まるで自分が、自分だけが一人ぼっちになった気がした。だからこそ、ますますアイツにキツく当たってしまった。

 

 だけどアイツはそんなことを気にした様子もなく、それどころか、参加しない自分の分まで毎回、勉強する為の資料を用意していた。

 

 ムカつくから破って捨ててやろうと思ったこともある。だがどうしてもできなかった。何故ならそれは、一人一人得意教科も苦手教科も違う五つ子の為に、それぞれ用意されたモノ。アイツが膨大な時間を費やし、手書きによって作成されたモノ。そんな風に粗末に扱っていいとは、さすがに思えなかった。

 

 悔しさから粗を探してやろうと真剣に取り組んだ。誤字がないか一言一句読み通し、問題を解く。皮肉にも、それによって成績は上昇し、赤点を回避するまでになった。悔しいがアイツの手腕は認めざるを得なかったし、真面目に、必死に私達の為に勉強を教える姿を見ていると嫌いとは正反対の感情を持つようにもなった。決してそんなこと口には出さなかったが。

 

 そして林間学校のあの日、いつの日かアイツの生徒手帳で見た写真の男の子がアイツだと判明する。キャンプファイヤーで一緒に踊ってくれるように誘った後だったので、死ぬほど恥ずかしかった。とはいえ、何となくそんな気もしていたので、それほど驚きはなかったが。

 

 アイツからは騙したような形になってすまない、と謝られたが、別にそれほど怒ってはいなかったし、むしろ私の方こそ謝らなくてはいけなかった。とはいえ素直に謝ることもできず、とりあえずアイツとは和解……のような形になり、普通に話すようにはなった。

 

 その後、勉強会にも参加するようになったが、それだけ。アイツとの関係は何も変わらぬまま、時だけが過ぎていく。

 

 その間にも姉妹達はどんどん変わっていった。一花は女優を目指しながら勉強も両立させ、三玖はあれほど苦手だった料理にも取り組み、五月は教師を目指すことを明かし、大学に進学する為毎日勉強している。四葉は……前よりも毎日楽しそうにしていることから、きっと四葉も何か変わったのだろう。

 

 自分以外の皆が変わっていく、前に進んでいく。自分も置いていかれたくなかった。前に進みたかった。だから、あれほどこだわっていた髪を切り、アルバイトも始めた(アイツと同じバイト先だったのはたまたまだ、他意はない)。けれど肝心の言葉は言えぬまま。

 

謝らなくてはいけなかった。

 

ごめんなさい、と。

 

 それができて、初めて自分は本当の意味で変わることができる、前に進める。

 

 チャンスは何度かあった。偶然、二人きりになった勉強会の時、アルバイトの帰り道、いや、もっといえばいつだって、機会はあるのだ。アイツの前にいって、ただ一言謝るだけ。それだけで全て終わる。アイツはそんなことを根に持つヤツじゃない。笑って許してくれる、それはわかっていた。

 

だが、自分の中にある、つまらないプライドが、素直になれない気持ちが邪魔をする。

 

そして、『ごめんなさい』と、その言葉が出せぬまま、今に至っている。

 

 

 

    ○

 

 

 

「店長、お先です」

「上杉くん、ご苦労様。今日はありがとう、助かったよ」

「いえ、お気になさらず。それじゃあ」

「うん、気をつけてね」

 

 二乃は、風太郎がそう言って店を出ていくのを見送る。すでに閉店の時間を迎え、店内には客は誰もいない。二乃もまた、帰り支度の準備をしなくてはならない。

 

「店長、お先失礼します」

「中野さん、お疲れ様。帰り道、気をつけてね」

「はい、ありがとうございます」

 

 店長に挨拶をし、女子更衣室でお店の作業服を脱ぐ。着替えながら、ふと外を見ると風で木々が揺れている。見ているだけでも寒そうな光景だ。そう思い、手にとった服を見る。今日は学校が終わり、そのまま直接きた為、あるのは制服のみ。

 

 そう言えば、遅くに来店した客達の中にはコートやマフラーを持っていた人達もいた。制服だけでは寒いかもしれない。とはいえ下にジャージを着込むわけにもいかない。何せ自分は華の女子高生。いくら防寒対策になるとはいえ外見的にそれはマズイ。それに今日は、今日だけは絶対に着るわけにはいかない。

 

何故ならば──

 

 

「よお、お疲れ。遅かったな」

「……待っててなんて、言ってないわよ」

 

 お店を出た二乃が目にしたのは、自分達の家庭教師、上杉風太郎。

 

 絶対にいる思った。初日の時も、この前も同じように終わるまで待っていた、いや、待っていてくれたから。嬉しくなる気持ちとは裏腹に、口から出たのは思っているのとは違う言葉。

 

 何故自分はこうなんだろう。素直にありがとうの一言でもいえばいいのに。それで全て上手くいく筈なのに、素直になれない。後一歩が踏み出せない。

 

「ああ、そうだな。俺が好きで待ってただけだ。さぁ、帰ろうぜ。マンションまで送るよ」

「……好きにすれば」

 

 そう言って二乃は歩き出す。すると、すぐ横に風太郎が並ぶ。肩が触れ合いそうなくらい近づく距離、それが二乃の胸をドキドキさせる。

 

「二乃、お前その格好で寒くないのか?」

「……平気よ」

 

 隣で歩く風太郎が二乃の格好を見て心配そうに尋ねる。確かに少し肌寒い。コートを持ってくるべきだったかもしれない。

 

「いや寒いだろ。ほら、これ着ろよ」

「な!? い、いいわよ、そんな事しなくて!!」

 

 二乃の言葉にもかまわず、風太郎が着ていたコートを脱ぎ、代わりに二乃の体に羽織わせる。手が肩に触れる感触と更に近くなった距離に顔が赤くなる。

 

「黙って着とけ。女の子なんだから体、温かくしてろ。それにお前が風邪でもひいたら俺が困る」

「え…………そ、それって」

「ああ、勉強、教えられなくなるからな。家庭教師代が減っちまうだろ?」

「っぅぅぅ!! ま、紛らわしい言い方しないでよ、バカ!!」

 

 そう言って背にかけられたコートを奪うように掴み、しっかりと着込む。途端に寒さが消えた。コート自体が持つ防寒性のおかげだろうか、それともそれまで着ていた彼の体温が──と、ふと気がついた。このコート、えらく高級品だ、と。

 

「アンタ、こんなコート持ってたんだ。これ、ブランドものよね、結構いい値段したでしょ?」

「……ああ、そうだったかな」

「そうだったって……何で自分が買ったモノ覚えてないのよ? 100円ショップで物買うのとはわけが違うわよ」

 

呆れたように言う二乃に、苦笑いをする風太郎。

 

「しかし金欠のアンタが、こんな高いコート、よく買えたわね~。一、二万どころじゃないわよ、これ」

「……まあ、俺だってたまには欲しいもん買ったりするさ。普段から我慢してるからな」

「普段からって……アンタ、また焼肉定食焼肉抜きなんてもん食べてるんじゃないでしょうね?」

 

 もっと栄養のあるもの食べなさいよ、と注意するも風太郎は肩を竦めるのみ。

 

「ちょっと今月、余裕がなくてな……来週にはバイト代入るから、それまでの辛抱だな」

「……それまではどうするのよ」

「まあ、何とかなるだろ。知ってるか? 昔の人は一日二食だったんだぜ。昼飯抜くくらいなんでもないさ」

 

 まあ、五月なら飢え死にしそうだけどな、と笑う風太郎。たが二乃はそんな言葉も耳に入らない。頭の中を占めるのただ一つ。お昼も満足に食べれないくらい困っているなら、それなら──

 

「……そんなに困ってるなら、私が」

 

お弁当、作ってきてあげよっか?

 

その言葉を二乃は呑み込む。

 

(わ、私、何てこと言おうとしてたのよ! 女の子が男の子にお弁当作ってくるなんて、そんなの付き合ってるカップルみたいじゃない!)

 

 思いついた考えに顔が真っ赤になる二乃。風太郎はそんな二乃をチラリと見るも、何も言うことなく黙って歩き続ける。二乃もまた、黙りこんだまま歩くのみ。二人の間に会話はない、だが不思議と居心地が悪い気はしなかった。

 

(……このまま、ずっとこの時間が続けばいいのに)

 

 そう思う二乃。だが、バイト先からマンションまではそう離れてはいない。つまり、少し歩けば着くわけで──

 

「着いたな……」

「……そうね」

 

(もう……着いちゃったんだ)

 

「じゃあな、二乃。おやすみ」

「あ……」

 

 そう言って、背を向け歩き出す風太郎。いつもと同じように何も言えないまま去っていく。いつもと同じように──とそこで気づいた。風太郎のコートを着たままだということに。それに気づいた瞬間、口を開いていた。まるで、きっかけができたのを待っていたかのように、あっさりと。

 

「待って!」

「ん? どうしたんだ、二乃?」

「こ、コート忘れてるわよ」

「あ、忘れてたわ。サンキュ」

 

 風太郎が苦笑いをしながら二乃に近づいてくる。コートを渡そうとする二乃と受け取ろうとする風太郎の手が触れた。風太郎の手は、驚くほど冷たかった。自分にコートを貸してくれたのだから当然だ。それでも文句一つ言わず寒空の下、マンションまで送ってくれた。自分のために。

 

 その事実に気づいた瞬間、もう躊躇いはなかった。胸に秘めていた想いが洪水のように止めどなく溢れ出る。

 

「今までごめんなさい」

 

「今まで何度も酷いこと言ったりしたし、皆の勉強の邪魔もしたこともある」

 

「でもアンタは何も言い返してこなかった。それどろかいつも私の分まで用意してくれて……」

 

「私、アンタに甘えてたんだと思う。でもこのままじゃ嫌なの。ちゃんとケジメつけなきゃ駄目」

 

 二乃は伏せたままの顔を上げ、体を震わせながらも風太郎の目を見つめる。視線を外さないように、もう逃げないように、しっかりと。

 

「私のこと叩いてもいいし、何かして欲しいことあるなら、命令してもいいから」

「いや、二乃。俺は本当に気にしてないから、そんなことしなくても……」

「お願い、何か言って! このままじゃ、私の気がすまないの!!」

 

 必死に訴えかける二乃を見て、風太郎は少し困ったように考え込んでいたが、何か思いついたのか「じゃあ」と言いながら顔を近づける。

 

「一つ、言うこと聞いてもらおうか」

「……いいわよ。何でも言って。何でもするから」

 

 口から出た言葉は本当だ。本当に何でもするつもりだった。風太郎が望むことなら何でも。だが風太郎の口から出た言葉は予想外の言葉で。

 

「名前で呼んでほしい」

「……え?」

「俺達知り合ってもう半年以上経つんだ、なのに今だに上杉とかアンタって呼ばれるのは、ちょっと、な」

「……そんなことでいいの?」

 

 思ってもいなかった言葉に驚く二乃。本当にそんなことでいいのかと目で問いかけるが、風太郎は頷くのみ。

 

「ああ、俺は二乃に、名前で呼んで欲しい」

「……わ、わかったわ…………ふ、フータロー」

 

 望みどおり初めて名前で呼ぶ二乃。その顔は照れのせいか、真っ赤に染まっている。しかし、言われた筈の風太郎は、いまいち納得がいかなかったのか、腕組みをしながらウーンと唸る。

 

「皆といる時はそれでいいけどな……でもそれだと三玖と被るだろ。できれば、二人きりの時は別の呼び方にしてほしいな」

「え、じゃ、じゃあ何て呼べば……」

「あだ名とかでもいいからさ。二乃だけの呼び方で呼んでほしい」

 

 そう言って期待したような顔で二乃を見る風太郎。一方、言われた二乃は困ったように考え込むも中々思いつかない。

 

(上……杉……フータ……フー…助は何か違うし……フ、フー……フー……君…………)

 

悩んだ末に、二乃が口にしたのは

 

「ふ、フー君……とか……どう…かし、ら」

「……ふ、ふはははははは」

「な、何よ! やっぱり笑うんじゃない!!」

 

やっぱり呼ぶんじゃなかった、と後悔する二乃。我ながら、結構いい呼び名じゃないかと思ったのがちょっと恥ずかしい。

 

「悪い、悪い。予想以上に可愛らしい呼び名がきたから驚いたんだよ……ふふくくくくく…………フー君か、うん、いいな、気に入った」

「う、嘘! 絶対面白がってるでしょ!!」

「いやいや、そんなことないさ。本当に気に入ったんだよ……それに、せっかく二乃がつけてくれたんだもんな、うん。これからはそれで呼んでくれよ?」

「……ふん、気が向いたら、ね」

 

 照れ隠しにそっぽを向く二乃。そんな二乃の様子を見て、風太郎は満足したように微笑む。

 

「じゃあな、二乃、おやすみ。それと、風邪引くから早く中入れよ」

 

 風太郎はそう言って背を向け、今度こそ去って行く。その背中を二乃は静かに見つめる。

 

(……やっぱり私はアイツの事が好きだ。でもアイツは、これっぽっちも私の事を恋愛対象として意識していない……当然よね、出会ってからキツい態度を取り続けてきたんだもの、そんな私が自分のことを好きだなんて思う筈がない)

 

 風太郎の後ろ姿が、その背中が次第に遠ざかる。少しづつ小さくなっていく。

 

(でもそれなら、少しづつ意識させてやろう。焦る必要はない。だってアイツは家庭教師で、同じお店で働いて、同じ時間を共有している、チャンスはいくらでもある)

 

 風太郎が曲がり角を曲がった。これで完全に、姿は見えなくなった。ここからはもう見えない、見える筈がない。

 

(そして今より距離が縮まったら、その時は、いつか伝えよう。私はアンタの事が好きなんだって。三玖よりも、誰よりも好きなんだって)

 

 それでも二乃は見つめている。その後ろ姿が、まだ見えているかのように、ずっと、ずっと、その背中を見つめている。

 

(だから、その時は)

 

 

「覚悟しててね、フー君」

 

 

自分の口から出た言葉に思わず赤面する二乃。

 

 

 この時、二乃は間違いなく『恋』をしていた。同級生の女の子達がするような恋を。好きな人のことしか目が入らなくなるような、情熱的な、一方的な恋を。

 

 

だからこそ、彼女は気づかない。周囲の変化に。

 

一番近くにいる筈の姉妹の、『彼女』の変化に。

 

 

『恋』をしているからこそ──気づかない。

 




次回、一VS二、回。

一花さんと二乃が、密室でバチバチやるお話し。

『五つ子の長女と次女は、誰もいないところで静かに火花を散らしている。』



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第五話 : 五つ子の長女と次女は、誰もいないところで静かに火花を散らしている。

アニメ9話見た。
一花さんの浴衣姿、最高でしたね。


 すっかり日も暮れ、辺りに夜の帳が下りるなか、中野一花は車の後部座席のドアを開け、外に降り立った。途端に冷たい空気にさらされ、その寒さに一瞬顔をしかめるが、すぐに笑顔をつくるとドアを閉じ、運転席に顔を向ける。すると窓が開き、いつも通り家まで送迎をしてくれた事務所の社長が顔を覗かせた。

 

「一花ちゃん、今日はお疲れ様。今日も最高だったよ。このままいけばスターになる日は近いね」

「アハハ、大げさですよ社長。私なんかまだまだです」

「いやいや、今日の演技は完璧だったよ。それを証拠に皆、褒めてたじゃないか、私も感心したよ……おっと、これ以上寒空の下に引き留めてたら、未来のスターが風邪引いちゃうな。じゃあお休み、しっかり休んでね」

「はい、ありがとうございます。社長もお気をつけて」

 

 そう言って、一花は社長が車を発進するのを見送る。そして車が視界から見えなくなったのを確認すると、マンションに入る為、踵を返した。

 

(う~ん、さすがに疲れたなぁ……だけど無事に撮影終わってよかった)

 

 今回の役は、主人公の男性に片想いする女子生徒役。残念ながら主役クラスではないが、そこそこ出番もセリフもある役であり、一花としても次に繋げる為、一段と気合いをいれてやらねばと思い、何度も練習をして臨んだ。

 

 そんな甲斐があったのか撮影は上手くいった。相手の俳優役には本当に告白されたみたいだと言って驚かれ、監督には恋する乙女そのものだったと絶賛された。

 

「あんなに褒められるなんて思わなかったなぁ……恋する乙女だなんて……フフフ……私の演技力も上手くなってきたのかも」

 

 思わずニヤける一花。次はもっと大きな役がもらえるかもしれない。そうなればもっとお給料も増えるだろうし、以前から考えていた計画にもまた一歩近づく。

 

(もう少し余裕ができたら、どこかのアパートに部屋を借りて一人暮らしをしよう。そうすればもっとフータローくんと二人きりの時間が過ごせるもんね)

 

 彼との関係は誰にも話していない。

 

 もし義父が知ったらなんと言うだろうか。何も言わないような気もする、だがもしも「家庭教師としてあるまじきことだ」なんて怒り、彼を辞めさせたりしたら大変なことになってしまう。

 

 例え彼が家庭教師を辞めたとしても、会えなくなるわけではない。だが彼と一緒にいる時間は確実に減るだろう。給料の割には拘束時間が短い家庭教師とは違い、新しく始めるバイトは確実に今より時給が安くなる、そうなれば今と同じくらい稼ぐ為には、それなりに時間がとられてしまう。

 

 休日もほとんど会えなくなるかもしれない。通学路もクラスも違う彼との接点など放課後の勉強会ぐらいしかない。それすらも無くなってしまうと考えたら……そんなリスクも犯せるわけがなかった。それに、

 

(私とフータローくんだけの秘密っていうのも、何か悪くないし♪)

 

 自分の心の中だけに秘めている計画を思い浮かべながら、マンションへと入る一花。無意識の内に鼻唄を歌ってしまうほどに、その表情は楽しげなものであった。

 

(アパート借りたらどうしよっかなぁ……気をつけないとすぐ部屋が汚部屋になっちゃうだろうし、食事はスーパーとかでお惣菜とか売ってるからそれほど心配はないけど……)

 

 暗証番号を入力し、マンションのエントランスのドアを開ける。すると外の冷たさとは正反対の空気が流れ込んでくる。今の一花の気持ちを表すような、暖かな空気。

 

(けどやっぱり、たまには私の手料理でフータローくんに喜んでもらいたいし……今度二乃に教えてもらおっかなぁ……ってあれは……!?)

 

 目の前にいたのは、自分と同じ高校の制服を身に纏い、エレベーターを待つ一人の少女。自分と同じ顔、同じ背丈の五つ子の妹。それは──

 

 

 

    ○

 

 

 

「二乃」

「!? キャァァァッッ!!!……って、な、何だ、一花か。もう、驚かさないでよ」

「ごめんごめん、つい、ね、アハハハ」

 

 中野二乃は突然後ろから肩を掴まれ、耳もとに声をかけられた驚きで悲鳴を上げた。すぐに振り返り、相手を睨み付けるも、そこにいたのは自分と同じ五つ子であり、唯一自分が姉と呼ぶ少女、中野一花。変質者でなかったことに安心し、驚かせた相手に抗議するも、一花は両手を合わせ軽く謝るのみ。

 

 全く、と腕を組み一花を睨む。すると一花が自分とは違い、私服であることに気づいた。そういえば、今日は映画の撮影だとかで学校を休むと言っていた。今、仕事から帰ってきたのだろうか。

 

「一花は今仕事帰りなの?」

「うん、そうだよ。二乃もバイト帰りなんでしょ?」

「まあね。ちょっと前に終わって、今帰ってきたとこよ」

 

 色々あって疲れたわ、と思わず声が出る。そんな疲れた様子の二乃を見て、一花が労うように声をかける。

 

「遅くまでご苦労様。帰り寒かったでしょ?」

「……あー……そんなに寒くなかったわよ」

「へー凄いね、二乃。私、社長に車で送ってもらったんだけど、車から降りた瞬間、すごく寒く感じたよー」

 

 二乃って寒がりじゃなかったっけ?と首を傾げる一花に対し、二乃は誤魔化すように笑う。言える筈がない、フータローにコートを貸してもらったから、いや違う、アイツと一緒にいたから寒さなんて感じなかったなんて。

 

 チン、とエレベーターの到着を告げる音がして扉が開く。先に乗り込む一花を見て後から二乃も続いた。押すのは最上階であるボタン。自分達だけが利用する階。

 

「それで一花、仕事はどうだったの?」

「うん、ばっちりだったよ。色んな人に褒められたし、我ながら上手く言ったと思う」

「へー良かったじゃない。上映されたらまた見に行かなくちゃ……また途中で死ぬ役じゃあないでしょうね?」

「あははは、違うよー。今回のは恋愛モノだからそんなことにはならないよ」

 

 詳しいことは言えないけどね、と言う一花を見ながら二乃は考える。恋愛モノ……それなら楽しみだ。また五月と行ってもいいかもしれない。いやそれよりも、フータローと一緒に行くというのはどうだろうか。

 

(二人で映画を見に出かける……しかもそれが恋愛モノなんて、凄くデートっぽいかも!)

 

 思いついた考えに、思わず口元がニヤけてしまう。そんな二乃に気づいた様子もなく、今度は一花が二乃に聞いてくる。

 

「二乃はバイトどうだったの?もう慣れた?」

「ええ、余裕よ。私が作ったケーキ、店長にも褒められたし……まあ、今日はちょっと色々あって大変だったんだけど」

「? 何があったの?」

「あー……今日シフト入る予定の人が一人、急遽来られなくなっちゃって、ね」

「え!? それって、二乃一人になっちゃったってこと? 」

 

 大丈夫だったの、と心配そうにする一花。それに対し二乃は平気よと返し、躊躇いつつも、少し弾んだ口調で続ける。

 

「それに、アイツが代わりにきたから」

「……?……アイツって………!…もしかして、フータローくんが代わりに来たの!?」

「ええ、そうよ。何でもアイツしか代わりに入れる人いなかったらしくて……まあ、今日の様子なら私一人で何とかなったけどね」

 

 店長ももっと私を信頼して欲しいわ、と肩を竦める二乃。だが、そう言った二乃の顔は喜びに満ちたものだった。そう、目の前にいる一花の目から見てもわかるほどに。

 

「……もしかして二乃、フータローくんに送ってもらったの?」

「え!? ま、まあね。私はいいって言ったんだけど、アイツがどうしてもって言うから仕方なくね」

「…………そうなんだ」

 

 一花の声が低くなり、二乃を見る眼差しが鋭くなる。だが二乃は気づかない。嬉しそうな顔で、声で、風太郎と一緒に帰ってきた時のことを話す。

 

「それでね、アイツ、コート持ってたんだけど、そのコートがえらく高級品でね。まあ、中々似合ってたわ。アイツにしてはいいセンスしてるわよね」

「…………当然だよ」

「え、何か言った?」

「……ううん、何でもない。それで?」

「そう? まあ、高級品だけあって防寒性も流石よね。おかげで寒い思いしないですんだし」

「……?……!!?……着たの?二乃が、あのコートを!?」

「アイツが無理矢理着させてきたのよ。私は別に寒くないって言ってるのにさ…………アイツも意外と紳士的よね」

 

 はっきりと覚えている、あの時の暖かさを。風太郎の手が肩に触れた感触を。その時のことを思い出す二乃の姿は、正に恋する乙女そのもので。

 

だから気づかない。

 

一花の手が強く握りしめられたことを。

 

二乃を見る目が変わったことを。

 

その眼差しは、間違っても姉妹を、妹を見るような目ではない。

 

それはまるで──

 

「それでね、アイツったら「ねぇ、二乃」私に……って、何よ一花」

「二乃のバイト先ってそんなに忙しいの?」

「……え? な、なによいきなり」

 

 突然の一花の言葉に戸惑う二乃。それを無視して一花は続ける。

 

「だってほら、今日みたいにいきなりフータローくんが呼び出されるなんてこと、よくあるのかなって」

「……まあ、今日は平日だったし、スタッフの数も少なくしてただけで、普段は十分足りてるわよ」

 

 

「そっか。じゃあ、フータローくんが辞めても平気だね」

 

 

 チン、と音が鳴る。エレベーターが着いたようだ。そこは、このマンションの最上階。そう、自分達が住まう階、自分達だけが住まう部屋。

 

 だからこそ、ここには誰もこない。今、この場には二人っきり。

 

 二乃は一瞬、何を言われたのかわからず呆然としていたが、やがて我に返ると一花に詰め寄る。

 

「な、何言ってるのよ! 確かに十分って言ったけど、それでアイツが辞めても平気なんてことには」

「でもまた今日みたいなことあるかもしれないんだよね?それって、私達にとってもフータローくんにとってもあんまり良いことじゃないんじゃないかな?」

「…………え?」 

「だってほら、今日みたいに家庭教師がない日ならいいけど。でももし家庭教師当日にそんなことがあったら、勉強教えてもらうことできなくなっちゃうよ?」

「そ、それは」

「そんな事が続いたらどうなると思う?私達の成績も下がっちゃうかもしれないし、そうなったらお義父さん、今度こそフータローくんを家庭教師、辞めさせちゃうかもしれないよ?」

 

 そうなったら困るでしょ?と、一花はまるで大人が聞き分けのない子供を諭すかのような口調で話す。対して、二乃も何か反論しようと口を開く。だが、

 

「で、でもアイツが辞めたら、そ、その……」

「ん?何?何か困るの?」

「え、えっと、あの……そ、そうよ、アイツ自身が困るじゃない!だってアイツ、お金が必要だからバイトしてるわけだし、バイト辞めたりなんてしたらお金に困っちゃうじゃない!!」

「うん、そうだね。私もそう思う」

 

 二乃の言葉にあっさりと同意する一花。二乃はその予想外の反応に面食らうも、ならばと続ける。

 

「だったら──」

「だからね、私、考えたんだ」

「……何をよ?」

 

「お義父さんにお願いしてみようと思って。フータローくんのお給料、どうかもっと上げてください、って」

 

「…………え?」

 

「そうしたら全て解決じゃない?フータローくんはケーキ屋のバイト辞めることができて、私達に勉強教えることに集中できるし、お給料も変わらず貰える。私達も教えてもらう時間が増えたら、もっと成績も上がる。そうしたら、お義父さんのフータローくんに対する評価ももっともっと上がる。ね? お得なことだらけでしょ?」

 

 そう言ってニッコリと微笑む一花。その表情は、小さな子供が良いことを思い付いたといわんばかりの無邪気なもので、だからこそ二乃は言い返すことができなかった。二乃自身納得もしていた。その方がフータローにとってもいいことである、と。頭では分かっていた、だが気持ちまでは──納得できる筈がない。

 

 とっくにエレベーターは着いている。だが二人は動かない。一花は表面上は静かに、穏やかな表情で二乃を見つめ、二乃もまたしっかりと一花の顔を、目を合わせ対峙する。

 

 そんな静寂に包まれた空間の時間を動かしたのは、一人の少女の声。

 

「あーっ!二人とも、やっと帰ってきた!!」

「……四葉」

「っ!」

 

 玄関のドアが開き、顔を覗かせるのは五つ子の四女、中野四葉。四葉は少し怒った様子で二人に近寄ってくる。

 

「二人とも遅いよー。もうすぐ着くって連絡してきたのに、全然帰ってこないから心配したよー」

「アハハ、ゴメンね四葉。たまたま二乃とマンションの玄関で鉢合わせたから、お喋りしちゃった………………ね、二乃」

「…………ええ、そうね。ごめんなさい、四葉」

「もー二人ともしょうがないんだから。それに謝る相手が違うよ。私じゃなくて、五月に謝ったほうがいいよ。お腹グーグー鳴らして、すっごい気が立ってるんだから」

 

 まるで飢えたライオンさんだよ、と溜息をつく四葉。そんな四葉を見て一花が格好を崩す。二乃もまた息を吐く。水を飲みたいと思った、喉が渇いてしょうがない。

 

「二人とも早く早く! ご飯なくなっちゃうよー」

 

 四葉が手招きをして二乃達を促す。それに応じるように一花がようやくエレベーターの外に出る。そして二乃の方を振り返った。

 

「ほら、行こう、二乃。これ以上待たせたら、五月ちゃんにお夕飯、全部食べられちゃう」

「……そうね」

 

 目の前にいるのは同じ五つ子の姉妹。いつだって私達は一緒にいた。年齢を重ねても、それぞれ髪型が変わっても本質は変わっていなかった。

 

「それと…………さっきの話はまた今度、ね」

「……ええ」

 

 だけど、今、初めて心から思う。目の前にいる姉のことがわからない、と。自分と、自分達と同じようで、何かが違ってしまったのではないかと、そんな事を思った。

 

「……ねぇ、一花」

「ん、? 何、二乃」

「……さっきの話、本当にそれだけなのよね」

「? 当たり前だよ、他に何があるの?」

 

 

私達の中で、何かが変わった音が聞こえた気がした。

 




次回は、三玖回(オアシス回)。

三玖がとにかく頑張るお話し。

『五つ子の三女は、クールな外見とは裏腹に頑張り屋さんな女の子である。』


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第六話 : 五つ子の三女は、クールな外見とは裏腹に頑張り屋さんな女の子である。


三玖ちゃんが色々と頑張るお話し。



 

──ピピピピピピ

 

 中野三玖は、聞き慣れた機械の音によって、目を覚ました。音の発生源である目覚まし時計のアラーム音を止め、起き上がる。時刻を見ると朝の五時半、昨日の夜セットしたとおりの時間であることにまずは一安心。

 

 部活をしていて朝練がある者ならともかく、普通の高校生が起きるには早い時間である。事実として自分以外の姉妹はまだ夢の中にいるだろう。普段なら自分もまだ眠っている時間。

 

 だが、今日は絶対に起きなくてはならない。どうしてもやることが、いや、やらなければならないことがあるのだから。

 

 三玖は着ていたナイトウェアを脱ぎ捨て、学校の制服に身を包む。部屋を出て洗面所に向かい、顔と歯を洗ったら、いよいよ作業開始だ。

 

 まずはご飯を炊く為にお米を磨ぐ。水の冷たさに震えつつも、テレビの料理番組で見たとおり、しっかりと一番美味しくなる方法で実行する。磨いたお米を炊飯器にセットすると続けて冷蔵庫から卵を取り出す。作るのは、お弁当には定番ともいえる卵焼き。

 

 雑誌に書いてあったのだ、男の子のお弁当に入っていると嬉しいランキング一位は卵焼きなのだと。ちなみに二位はタコさんウィンナーだったので、勿論それも用意してある。

 

 その記事を読んだ時、これだと思った。普段は大人びた余裕さを漂わせているが、たまに子供っぽさを見せる『彼』にはピッタリのおかず。

 

(フータロー、喜ぶかな……? 喜んでくれたらいいな)

 

 頬を染め、お弁当を作る相手のことを思い浮かべながら、割った卵をかき混ぜていると、後ろから声がかかる。

 

「おはよー三玖、早いねー」

「あ、四葉。おはよう」

 

 大きなあくびをしながら現れたのは五つ子の四女、四葉。眠そうな顔をしながら、近づいてくる四葉を見て少し不思議に思った。確かに四葉は姉妹の中では起きる時間は早いほうではあるが、こんなに早く起きていただろうか。

 

 そこで気づいた。四葉が制服ではなくジャージ姿だということに。ということは──

 

「四葉……今日、朝練なの?」

「うん、陸上部の朝練があるんだ。もうすぐ大会だから頑張らないと」

「そっか……頑張るね」

 

 確か江場とかいう先輩に誘われて、陸上部に助っ人に入ったと言っていた。いくら運動神経がいい四葉とはいえ、バスケ部も手伝っているのだから感心する他ない。少なくとも自分には絶対無理だ。

 

「三玖こそ、すっごい早起きだね…………もしかして、お弁当作ってるの?」

「……うん」

「……上杉さんに?」

「…………うん」

 

 照れながら頷く三玖を見て、そっかと微笑む四葉。三玖を見つめる眼差しが妙に照れ臭くて、思わず卵をかき混ぜる手が速くなる。寒い筈なのに温かく感じるのはどうしてだろう。

 

「上杉さん、きっと喜ぶよ」

「……上手くできればいいんだけど」

「大丈夫だよ。三玖が毎日、料理の勉強してたの、私、知ってるもん……ほんと、頑張ってたよね」

「……うん」

 

 四葉には、料理の本を買って相談したり、試食してもらったりした。最初は五月にも試食してもらっていたのだが、何故か途中からいなくなるようになってしまったのだ。食い意地の張った五月にしては珍しい、何故だろうか。

 

「上杉さんに渡したら、一緒に食べなきゃ駄目だよ? それで絶対感想を聞くの」

「……うん、わかってる」

 

 朝のうちにお弁当を渡してお昼、屋上で一緒に食べる約束を取り付ける。シミュレーションはバッチリだ。

 

「あっ、そうだ! せっかく三玖が頑張ってお弁当作ったんだから、上杉さんからはお礼もらうってのはどうかな?」

「お礼? 何を?」

 

 これは私が勝手に作ったこと、それなのにフータローに恩着せがましくするなんて、と考えていると四葉の口から出たのは予想外の言葉。

 

「お礼にキスしてもらうのはどう? ホッペにチューとかさ」

「よ、四葉!」

「しししし。じょーだんだよ。それじゃあ、私、行ってきまーす!」

 

 慌てる三玖を横目に四葉はイタズラっぽく笑うと颯爽と出かけていく。三玖は顔を赤くしたまましばらく立ち尽くしていたが、我に返ると再びお弁当の作成に取りかかった。

 

(お礼……確かにそうだけど、ちょっと違うよ。フータローからお礼をもらうんじゃない。私からフータローへのお礼なんだから)

 

 そう、お弁当を作っているのは感謝の気持ちを伝えるため。何の取り柄もないと思っていた自分に自信をつけてくれた、フータローへの恩返しであると同時に、これは彼に好きになってもらえる自分になる為の第一歩なのだから。

 

 

 

   ○

 

 

 

 自分は五つ子の三女、ちょうど真ん中の子として生まれた。子供の頃はみんな同じだった。髪型も好き嫌いも、何をするにも一緒。

 

 いつからだろう。五人の中で違いが生まれ始めたのは。最初に四葉が髪型を変えた時だったかもしれないし、あるいはもうすでにみんな違い始めていたのかもしれない。

 

 それも当然、五つ子とはいえ違う人間なのだ。得意、不得意はそれぞれ違う。

 

 だが他の姉妹はどんどん変わっていった。一花、二乃、四葉、五月。みんな得意なものがある。でも自分にはそれがない。四葉とは違い運動神経はよくないし、二乃のように料理も上手く作れない。一花のようにモテたりしないし、五月のように可愛げもない。自分だけが何もない。

 

──私は五人の中で一番落ちこぼれ

 

 そう思っていた。

 

 フータローと出会うまでは。

 

 フータローは言ったのだ、他の四人ができるならお前にもできる、と。お前だけの得意なものはきっとあると。

 

 だからこそ挑戦しようと思った。苦手な勉強でも赤点を回避することができたのだ。だったら他の苦手なことでも上手くできるようになるかもしれない。

 

 お弁当を作っているのもその一つ。あれほど苦手だった料理を克服するのと同時に好きな人に喜んでもらう為のもの。

 

そして、もしこのお弁当をフータローが喜んでくれたら、美味しいって言ってくれたら、その時は──

 

 

 

 

   ○

 

 

 

 

「はい、どうぞフータロー」

「サンキュー三玖、……今さらだが、本当にもらってもいいのか」

「うん、いいよ。フータローに食べてもらう為に作ってきたんだから」

 

 昼休みの屋上に三玖はいた。持ってきたシートを引き、そこに座る。隣にいるのは勿論、自分達の家庭教師、上杉風太郎。事前の計画どおり、朝、ホームルームが始まる前にフータローと接触し、見事約束を取り付けることに成功した。疾きこと風の如しとは正にこのことだ。

 

「そうか、助かるぜ。今財布の中身がピンチだったからな。昼食どうしようかと思ってたところだ」

「……また焼肉定食焼肉抜きなんて食べてるの?……そんなに懐事情厳しいなら私、お金貸すよ?」

 

 貯金ならあるから、と呟く三玖。本当だった、一花や二乃とは違い、服やオシャレにはあまりお金をかけないので、毎月のお小遣いは溜まっていくばかり。どうせ使わないし、フータローの為になるのなら。

 

「いやいや大丈夫だ。来週にはバイト代入るから、問題ないさ」

「そう?……もし本当に困ったら、遠慮なく言ってね?」

 

 いつでも貸すから、と自然と上目遣いになる三玖に風太郎は苦笑いしつつ、話題を代えるように弁当箱の包みをほどく。

 

「どれどれ……おっ!卵焼きにウィンナーにハンバーグ……いいな、好きなもんだらけだぜ」

「そう……よかった」

 

 風太郎の言葉に安心する三玖。三玖が作ってきたお弁当の中身は実に男の子が好きそうなもの。卵焼きにウィンナー、コロッケ、バンバーグに唐揚げと、肉がメインのおかずばかり。野菜など、アスパラガスのベーコン巻きくらいのもの。

 

 二乃なら、栄養バランスを考えた完璧な物を作るかもしれない。でも自分にはこれが精一杯だ。それに、逆にフータローにはこっちのほうがいいとも思った。五月が言っていたのだ、「彼には肉が足りません、肉をもっと取るべきです!」と。食にうるさい五月が言うなら間違いない筈だ。

 

「へー美味しそうだな、まずはコロッケ、と………うん、旨いな」

「!! ほ、本当に、フータロー!?」

「ああ、本当だ。このコロッケ、冷凍食品じゃなくて手作りだろ? すげー美味しい」

「そ、そっか……」

 

 やった、と思わず声が出る。そのコロッケは一番練習した料理。何度も姉妹(主に四葉)に食べてもらって、完成した一番の自信作だ。初めて上手くできたときは嬉しくて思わずガッツポーズしたくらいだ。そういえば、四葉も「やった……やっと終わった、これで体重が……」と、涙を流しながら嬉しがっていた。よっぽど美味しかったのだろうか?

 

「ほ、他はどう? 食べてみて!」

「急かすな、急かすな。どれ……うん、このウィンナーも旨いな……唐揚げもジューシで旨い……ハンバーグも……うん、絶品だな」

「!!!」

 

 フータローが美味しいと言ってくれた!

 ついに自分はやったのだ。あれほど苦手だった料理を克服し、フータローに、好きな人に美味しいと言ってもらえるほどになった。これほど嬉しいことが他にあるだろうか。自分の努力は無駄ではなかった。

 

 大きな達成感と幸福感に浸る三玖。だが、

 

「ん、んぐぅぅ!! しょ、しょっぱ!?」

「え!? な、何、どうしたの、フータロー!?」

 

 それまでお弁当を美味しそうに食べていたフータローが、突然咳き込み、声を上げる。フータローが食べていたのは──

 

「……卵焼き?……そんなに甘かっ……!? な、何これ!? しょ、しょっぱい……」

 

 口の中に広がったのは、予想していた甘さではなく、想定外のしょっぱさ。何故、と疑問が頭の中を駆け巡る。卵焼きは甘いのが定番だと雑誌に書いてあった。だから、砂糖を入れて甘くしたのだ。それなのに辛くなる筈は──

 

「……あっ!!」

 

 脳裏に思い浮かぶのは朝の一コマ。卵焼きは四葉と話をしていたせいか無意識の内に作っていた。卵をかき混ぜる時に、砂糖を入れたつもりが間違えて隣に置いてあった塩を入れたのだとしたら──

 

「そ、そんな……わ、私……」

「い、いや、気にするほどじゃないぞ、三玖。全然食べられるから。うん、う、旨いぞ」

 

 フータローはそう言って三玖を慰める。だが三玖はそんな声が聞こえないほど呆然としていた。何故、それで頭の中が一杯だった。

 

「……ごめんね、フータロー。せっかく食べてくれたのに……変な物作っちゃって」

「……そんなことないさ」

「練習では上手くいったんだよ?……それなのに、肝心な時に失敗しちゃうなんて……今までのこと、全部無駄になっちゃった」

「……三玖」

「やっぱり私、才能ないのかな……」

 

 思わず膝を抱え、顔を伏せる。悔しさと情けなさで瞼に涙が溜まっているのがわかった。でも絶対にそんな顔見せたくはない。料理を失敗して泣くような、情けない女だってフータローに思われたら──

 

 と、その時、突然、左手が温かさに包まれる。顔を上げるといつの間にか風太郎が近づき、三玖の手を握っていた。

 

「三玖、聞いてくれ」

「……フータロー」

 

 顔をくしゃくしゃにした三玖を見ながら、風太郎は優しく語りかける。

 

「俺だって、最初から頭がよかったわけじゃない。むしろ子供の時はヤンチャしててな、テストの点も相等悪かったんだぜ。それこそ四葉レベルにな」

「……そうなの?」

 

 初めて聞いた、そんな話。テストでオール100点取るくらいだ、てっきりフータローは子供の時から頭がよかったのかと思っていた。

 

「たがな、ある時、このままじゃ駄目だと思った。何にも知らない男なんて、頼りがいのない男だと気づかされてな。それで勉強し始めたんだ」

「……凄いね」

「大事なのは諦めないことだ。毎日挑戦して、失敗して、それでも挑戦して……とにかく頑張る、それが最善の道なんだよ」

「…………」

「失敗しない奴なんてこの世にいない。俺だって失敗してるんだ。お前だけじゃないさ」

「…………うん」

 

 自然と胸が熱くなる。失敗した情けなさはどこえやら、好きな人に励まされた嬉しさでどうしようもないほど胸が高鳴った。

 

 

 やっぱり私はフータローのことが──

 

 

 と、そこで、フータローがスマホを見て声を上げる。どうやらメールが届いたらしい。

 

「あ、わりぃ、三玖。俺、今日日直だったんだ。五月の奴が呼んでるから、そろそろ行くわ」

「あ、うん……わかった……ありがとね、色々と」

「ああ、じゃあな」

 

 そう言ってフータローは立ちあがり、去っていく。その背を見つめながら、三玖は強く拳を握る。

 

 今度はもっと頑張ろう。今度こそ失敗しないように、フータローに美味しいって喜んでもらえる為に、もっともっと──

 

 と、そんなことを考えていると、去りかけたフータローが立ち止まり、振り向いた。

 

「あ、そうだ、三玖」

「ん、何、フータロー」

「また、弁当、作ってきてくれるか?」

「…………うん!」

 

 三玖の返事を聞き、フータローは満足したように微笑むと、屋上から去っていった。それを三玖は笑顔で見送る。胸中を占めるのは、一つの決意。

 

 

(勉強も料理も他にも色々したいことはある。今までの自分がしてこなかったこと、苦手だといって避けてきたことにも挑戦しよう)

 

(色々なことを知ってもっと成長したい。フータローに教えてもらうだけではなく、いつかフータローを支えれるような頼りがいのある女の子に、一人前の女の子になりたい)

 

 そしてその時こそ、フータローに言うんだ、この気持ちを。伝えるんだ、この想いを。

 

 

 だからその時まで、

 

 

「私、頑張るから。ちゃんと私のこと見ててね、フータロー」

 




次回は、五月回。
二話で約束したとおり、偶然手に入れた(?)無料券でランチを食べにいくお話し。

『五つ子の末っ子は、思ったとおり、花より団子な女の子である。』


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第七話 : 五つ子の末っ子は、思ったとおり、花より団子な女の子である。


原作最新話凄いことになってきた……
そんな中、ギフトカード貢いで喜んでる一花さん、やっぱ最高ですわ。



 駅前の広場は休日ともなると、多くの人で溢れかえっている。家族連れの人々や仲の良い友人グループ、そして、手を繋いだ幸せそうなカップル達。

 

 中野五月はそんな人達を見ながら、少し緊張した様子で立っていた。チラリと腕時計を見ると、時刻は十時四十分。約束した待ち合わせの時刻まで後二十分。

 

 五月は鞄から手鏡を取り出すと、身嗜みを再度確認する。ちなみに、少し前にも同じ行動をしていたのだが、五月自身は気付いていなかった。

 

(特におかしなとこはないですよね……服も……うん、問題ないです)

 

 今日の服は、襟ぐりが広めのシフォンブラウスに膝下までのフレアスカート。ブラウスの腕部分にはスリットが入っているので露出しているように見えるが、中にはインナーを着ているため下着が見えることはない。清楚感を漂わせつつも、大人の雰囲気を合わせもつ服装。

 

 二乃の部屋にあった雑誌に書いてあったのだ(こっそり読んだ)。今年の流行りであり、男の子受けする服装だと。

 

 この季節にしては少し薄着ではあったが、天気予報によると、幸いにも今日は気温が上がり暖かくなるそうなので問題はない。コートを着てきても良かったのだが、そこは乙女の複雑な心事情がある。せっかく『彼』と二人きりで出かけるのだから、最初に会う時は可愛い格好でいたいという乙女事情が。

 

 そんなことを考えていると、前から待ち人がやってくるのが見えた。待っていた相手は勿論、自分達の家庭教師である男の子、上杉風太郎。

 

 そう、今日は待ちに待った土曜日。先日、彼に誘われたとおり、ランチを食べに行く日なのだ。

 

「よう、五月。悪い、遅れたか?」

「い、いえ、そんなことありませんよ。たまたま私が、早く着いちゃっただけですから」

 

 五月の言葉にそうか、と言って微笑む風太郎だが、その視線は五月を見つめたままだ。彼の視線が上下に揺れているのが分かり、思わず手を握りしめた。

 

「な、何ですか? どこかおかしいですか?」

「まさか、逆だよ。その服、すげぇ似合ってるな。清楚っぽい感じが五月にピッタリだ」

「っ!! あ、ありがとうございます」

 

 彼の言葉に思わず下を向いてしまう。顔が真っ赤になっているのがわかった。同時に口もとがニヤけていることも。彼に褒められたことが嬉しくてしょうがない。心から思う、今日の為にこの服を買ってよかった、と。

 

 とはいえ、いつまでもそうしてるわけにもいかず、必死に顔を元に戻し、顔を上げる。すると目につくのは、いつもの家庭教師をする時の服装とは違う彼の姿。

 

 トップスは白のボタンダウンシャツの上にミラノリブニットを重ねてあり、シンプルで清潔感のある装い。ボトムスは黒のスキニーパンツに無地のソックスとレザースニーカー。最後にライトグレーのチェスターコートを羽織り、上品さのある仕立てとなっている。

 

 よく見れば、髪もワックスで整えられ、普段は目にかかるくらいの前髪も上にあげられており、爽やかさが強調されていた。

 

 五月はそんな風太郎の姿をぼおっとした様子で見つめる。

 

(今日の上杉くん……何だか凄いおしゃれです……大人っぽくて……す、素敵です)

 

「ん? どうした五月」

「え!? い、いえ……あ、あの……う、上杉くんもよく似合ってます………………格好いいです

「ん? 何だって? 最後聞こえなかったが、何か言ったか?」

「い、いえ、何でもありません」

 

 最後にぽつりとこぼした言葉が聞かれなかったことに、ほっとしたような、残念のような気持ちになる五月。

 

「そうか? まあ、いいや。さ、行こうか。お昼、楽しみだな」

「はい! あのレストランのランチ、すっごく美味しいらしいですよ」

「五月が言うなら間違いないな。楽しみだ」

 

 風太郎がそう言って歩きだすと、五月もすぐにその隣に並ぶ。肩を並べ、歩きながら思った。

 

 

今日は楽しい、いい一日になりそうだ、と。

 

 

 

    ○

 

 

 

「見てください、上杉くん! 今日のランチ、とっても美味しそうですよ!!」

「ああ、美味しそうだな。でも五月にとっては少し残念だったんじゃないか?」

「え? どういうことですか?」

「いや、どうせならビュッフェ形式の方がよかったんじゃないかと思ってな。ほら、好きなだけ食べられるだろ」

「!! も、もう、上杉くん!」

「ハハハ、悪い悪い、冗談だよ」

 

 五月の怒った様子に両手を挙げて降参するポーズをとる風太郎。それを見て、五月の顔にも自然と笑みがこぼれる。

 

 二人は予定どおり、有名ホテルの中にあるレストランで席についていた。周囲をみると、流石に人気のレストランらしく、多くの人で席が埋まっている。家族連れの親子達や友人同士で来たグループに恋人達。皆、楽しそうに、幸せそうにそれぞれの時間を過ごしている。

 

 それは自分もまた同じこと。お昼を食べにきただけなのに凄く楽しい。この時間をもっと大切にしたい、そう思った。

 

 

「じゃあ、ランチ、二つでいいな?」

「はい。問題ありません」

 

 五月の返事に風太郎は頷き、近くにいた店員にランチを頼んだ。五月は、白と黒のコントラストが美しい制服に身を包んだ店員を見て、そういえば、と口を開く。

 

 

「二乃のアルバイト先での様子はいかがですか? 上手くやってますか?」

「ああ、優秀だよ、二乃は。料理上手なだけあって、もう慣れたもんだ。この前も二乃が作ったケーキ、店長に褒められてたぜ」

 

 このままいけば俺がクビになる日も近いかもな、とおどける風太郎に少し笑いを返しながらも、頭の中では別のことを考える。

 

(二乃……どうしてアルバイトを始めたんでしょう。お金に困って……というわけではありませんし……それに、彼と同じところだなんて……偶然……ですよね)

 

 二乃に聞いた時は、将来の為だと言っていた。子供の頃は自分のお店を出すのが夢だったし、菓子作りも好きだから、将来その道に進む可能性もあるから、と。

 

 一応納得はした。理屈は通ってはいる。だが本当にそれだけだろうか。あれほど彼を嫌っていた二乃がわざわざ同じアルバイト先にするだろうかと。ケーキ屋なら他にもあった筈だ。

 

 それに様子がおかしいのは二乃だけではない。

 

 

「あの……三玖のことなんですけど」

「ん、三玖がどうした?」

「ええと……ついこの前、三玖が言ってたんです。私もアルバイト始めてみようかな、と」

「……初耳だな」

 

 そう。三玖までもアルバイトを始めると言い出したのだ。数日前、リビングでバイト募集のチラシを見て、どこにしようかと選んでいたのを覚えている。

 

 五月はそれを驚きの表情で見ていた。ちなみに、四葉は楽しそうに三玖と一緒になってチラシを見ていたが、一花は何故か複雑そうな表情で、二乃も少し不機嫌そうに眺めていた。あれは一体どういうことだろうか。

 

 と、そんな風に考え込む五月を尻目に風太郎はあっさりとした様子で続ける。

 

「でも、別に問題ないんじゃないか? 本人がやりたいって言ってるんだから、本人の意思を尊重すべきだろ」

「で、でも私達はまだ高校生ですよ? それに、本来は勉強に一番力を入れなくてはならない筈です。それなのに……」

「まあ、そうだけどな。とはいえ、皆、赤点回避できるくらいの学力はついただろ? このままいけば問題なく進級できるし、卒業も無事にできる筈だ」

「そ、そうですけど。油断してたら、何時又、赤点を取ってしまうとも限りません!……そうなったら」

 

──貴方の足を引っ張ってしまう

 

 その言葉を五月は飲み込んだ。言える筈もない、風太郎に迷惑をかけたくない、などと。そんな五月を見て、風太郎は怪訝な表情でたずねる。

 

「……俺は家でのあいつらの様子を知らないが、そんなに忙しそうなのか? 勉強ができないくらい追い詰められてるのか?」

「……いえ、そういうわけでは」

 

 むしろ逆だった。一花も二乃も、仕事と勉強の両立で時間がない筈だ。それなのに二人は忙しそうにしながらも、以前よりも楽しそうに、生き生きとしているように見えた。まるで確固たる目標を持って、その為に生きているかのように。

 

自分は勉強だけで精一杯だというのに。

 

「それで? 五月は何を悩んでるんだ?」

「わ、私も、何かアルバイトを始めたほうがいいのかと思いまして」

「……五月は大学に進学するつもりなんだろ? なら、お前が優先すべきは勉強の筈だ。いくら赤点回避して平均点近くとれるようになったからといって、まだまだ目標の大学には厳しいぞ。バイトをしてる暇なんかないだろ」

「……ええ、そうですよね。でも……」

 

 自分だけ、何か取り残されてる気がするのは考えすぎであろうか。確かに、自分は教師になると決めた、その為に大学進学を目指す。だから勉強一本に集中するのは当たり前のことだ。

 

 だが、姉達を見ていると、そんな決意も揺らいでしまう。自分は勉強しかしていない、だが仕事と勉強を両立させている姉達とそれほど学力に差はない。そのことに焦りを覚えていた。

 

──このままでいいのだろうか、と。

 

 顔を伏せ、黙りこんでしまう五月。風太郎はそんな五月をしばらくじっと見ていたが、やがて一つ息を吐き、口を開く。

 

「五月、お前には感謝してるんだ」

「……え?」

 

 思ってもいないかった言葉に思わず顔をあげる。彼は真剣な表情で、されど穏やかに五月を見つめていた。その眼差しに胸がドクン、と脈打ち始める。

 

「家庭教師を始めた時、お前が最初に協力してくれたからこそ、他の皆も俺の言うことを聞いてくれた。俺の家庭教師生活が上手くいっているのは五月、お前のおかげだ」

「……そんなこと……私は、ただ……」

 

 最初は不純な動機だった、その後ろめたさに顔を背けてしまいそうになる。だが、風太郎はそれを許さない。五月の目をじっと見つめたまま、言葉を紡ぐ。

 

「初日はさすがに驚いたぜ、どれくらいの学力か確かめるつもりだったのに、まさか五人合計で百点だなんてな。」

「ううぅ……あ、あの時は、その……」

 

 当時を思いだし、呆れた様子の風太郎に五月は羞恥と情けなさで顔が赤くなった。だが一転して風太郎は笑顔になると、穏やかに、優しく、五月に語りかける。

 

「でもお前達は文句を言いつつも、俺の言うことに従ってくれた。一つ一つ課題をクリアして、着実に成長していった」

「…………」

「最初の中間試験は赤点回避できなかったが、予想以上の点数だったよ。特に五月、お前は赤点回避までいきなり残り1教科だったんだからな」

「……いえ」

「あれで、確信したんだ。次の期末試験で絶対赤点回避できるって。お前がそう俺に、自信をつけさせてくれたんだ」

「……そんなこと、私なんか」

「それとも、やっぱり俺の言うことは信じられないか?」

「そ、そんなことありません! 上杉くんの言うことはいつも正しいです!! 貴方のおかげで私は赤点を回避することができましたし、それに、自分の進む道も決めることができました……感謝しても、しきれないくらいです」

「それはよかった。だったら、これからも信じてくれ。俺はお前を信じてる。お前は五つ子の中で一番真面目で一番頑張り屋さんだ。必ず大学に合格できる」

「……上杉くん」

 

 胸が、体全体が熱くなる。先ほどとは違う感情で顔が赤くなるのがわかった。

 

やっぱり私は、彼のことが──

 

 

「おっ、料理がきたみたいだぞ」

「え、あ、本当ですね。美味しそうです」

 

 ちょうどその時、先程の店員が料理を運んでくるのが見えた。テーブルの上に並べられた料理の数々に、彼が嬉しそうな顔をする。五月の口からも小さな感嘆の声が溢れ出た。見るからに美味しそうな料理だ。

 

「さ、食べようぜ。せっかく無料で食べられるんだ。しっかりと味わって食べないとな」

「もう、上杉くんたら……」

 

 おどろける風太郎に五月も自然と笑顔になる。もう五月の心に先程までの悩みはなかった。

 

 

 楽しい食事が始まった。

 

 

 

   ○

 

 

 

「評判どおり、美味しかったな」

「はい、とっても! これなら五月チェック、星5を上げてもいいですね」

「……まだ食レポブログやってたのかよ、M・A・Yさん?」

「い、いえ! もう、やってません。これは癖みたいなもんで……」

 

 食事が終わり、二人は食後の歓談に興じていた。時に風太郎が冗談を言い、五月がそれに怒る。逆もまたしかり。共通しているのは、二人とも笑顔だということ。

 

 だが、そんな楽しい時間も必ず終わりはやってくる。

 

「さて、一服したし、そろそろ行くか」

「あ……そうですね」

 

 もうこの幸せな時間も終わりなのか、そう思い、気持ちが沈んでしまう五月。そんな五月に気づいた様子もなく、風太郎は会計を済ます為、レストランの入口に向かって歩き始める。五月もその後を追う。

 

 入口の近くにある会計処にくると、風太郎が財布を取り出し、知り合いから貰ったという無料券を店員に渡し会計を済ませる。それを五月は二歩後ろに立ち眺めていたが、ふと気がついた。

 

「あれ? 上杉くん、財布変えたんですか?」

「…………ああ、まあな」

 

 風太郎がポケットから取り出した財布を見て驚く五月。前に彼が使っていたボロボロの財布と比べて、明らかに高そうな財布。

 

「それってカルティエの限定品じゃないですか? 高かったでしょう?」

「…………詳しいな」

「ええ、二乃が持ってた雑誌に乗ってたのです。今、注目の一品だ、って」

「……そうなのか」

 

 五月は少し不思議に思う。彼が持っている財布は結構な値段がするモノだ。普段から節約している彼が買うにしては似つかわしくない品物である。

 

 そういえば、と、あらためて風太郎の姿を見る。今日、彼が着ている服も決して安くないものばかりだ。コートも靴も、まるで下ろし立てのようにピカピカに輝いている。

 

 それに彼が着ている服、どこかで──

 

 

「あっ! 思い出しました!!」

「ん? 何がだ?」

「上杉くんが着ているその服です。どこかで見たことあるなあと思ったら、前に一花と一緒に買い物に行った時に、一花が上杉くんに似合いそうだと言ってた服です」

「…………へー、凄い偶然だな」

「靴もそうです。一花が絶対似合うって言ってたモノでした」

「…………」

「!! も、もしかして、上杉くん!?」

「…………何だよ」

 

 五月の言葉に少し気まずそうな顔をする風太郎。その表情を見て確信する。間違いない、やっぱりそうなのだ。

 

 自分が思ったとおり、彼は──

 

 

「この日の為に、用意してくれたんですか!?」

「…………は?」

「やっぱり、そうなんですね!? 今日の為にわざわざ新品の服を買うなんて…………う、嬉しいです、上杉くん」

「…………」

「でもこれからは、そんなことしなくていいですからね? 上杉くんがお金に困ってるの知ってますから、無理しなくても。そ、それに私は別に上杉くんがどんな服でも」

「……五月」

「はい? 何ですか?」

「俺が言うのもなんだが、少しお前が心配になってきたぜ」

「え? どういうことですか?」

 

 キョトンした顔で風太郎を見る五月。それに対し風太郎は何でもないと手を振る。

 

「それより、近くに美味しいと評判のクレープ屋があるんだ。食後のデザートにでもどうだ?」

「クレープ! いいですね、ぜひ行きましょう!!」

 

 先程のやり取りもどこへやら、楽しみです、と笑顔を浮かべ歩き始める五月とその後ろで苦笑いをしながら五月の後を追う風太郎。

 

 

まだまだ、楽しい一日は続く。

 

 





予定よりも文字数増えたので分割します。
次回も五月とのデートの続き。


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第八話 : と思いきや、彼女にも団子より花なところもあった。


デートの続き。
五月がドキドキするお話。


 

『ずっと誤魔化していたんだ、自分の気持ちを』

 

『でも、もうそんな必要はない。今ならハッキリと言える、君が好きだって』

『私もそうよ、貴方を愛してる』

 

 

(えっ……ああっ…………き、キスしました……)

 

 五月が見つめる視線の先で、一組の男女が抱き合い、口づけを交わしていた。その光景に思わず息を飲む。たとえそれが、お芝居であったとしても、だ。

 

 そう、二人は映画館にやって来ていた。クレープを食べながら風太郎が言ったのだ、せっかくだから映画でも見に行かないか、と。

 

 もっと彼と一緒にいたかった五月にしてみれば、その誘いは渡りに舟であった。二つ返事を返し、映画館に向かう二人。到着すると、上映している映画を選ぶ。

 

 以前予告で見た『生命の起原~知られざる神秘~』という映画にも惹かれたが、今日は彼と二人で来ているのだから、やはり見るのは恋愛映画にしたかったので『恋のサマーバケーション』という、いかにも二乃が好きそうな映画をチョイス。そして今、物語は佳境を迎えている。

 

 画面の中でキスを交わす俳優達を見ながら、五月は思う。自分もいつか、あんな風に恋人と抱きあう日がくるのだろうか、と。今は勉強をして、大学に合格することしか頭にないが、いつかは自分もキスを交わす時が、そして、もしも願いが叶うのなら、その相手は隣にいる──

 

と、その時、五月の右手が温かさに包まれる。いきなりのことに驚き、下を見ると自分の右手に彼の左手が重ねられていた。

 

(!? う、上杉くん!!?) 

 

 突然のことに驚く五月。ドキドキする胸を押さえ、横目で彼を見るも、風太郎はそんな五月の様子にも気づかず、じっと前を見ていた。

 

(ぐ、偶然ですよね? 偶然、手が重なって、それで……映画を見ているから、気づかないだけで……意味なんて……)

 

 そう思い、平静を保とうとするが、胸の高鳴りは収まらない。前のスクリーンでは、いよいよ物語が終盤を迎えていたが、そんなことすら目に入らないほど、五月の意識は自らの右手に、そしてそれを握る彼の手の感触に向いていた。

 

 五月はしばらくの間、目をぐるぐるとさせていたが、やがて、背もたれに体を預け、息を吐く。

 

(………このまま、ずっとこの時間が続けばいいのに)

 

 そんな思いが頭の中を駆け巡る。そして、そっと重ねられた手に力を込め、彼の手を握り返す。一瞬の間の後、彼の手にも、心なしか力が入った気がした。

 

 

 映画が終わるその時まで、ついに、二人の手が離れることはなかった。

 

 

 

   ○

 

 

 

「映画、面白かったな。俺、あんまり恋愛映画は見ないんだが、今日見たやつは面白かった。らいはにも薦めてみるか」

「ええ、きっとらいはちゃんも喜びますよ。今度、二人で見てきたらどうです?」

「それは勘弁だな。同じ映画を二回もだなんて……金の無駄だ」

「ふふふ、そうでしょうか」

 

 二人は映画が終わった後、散歩がてら近くの公園にやって来ていた。公園の中では、休日ともあって、多くの親子連れで賑わっている。

 

 五月はベンチに腰掛けながら、その光景を見ていたが、ふと、思い出した。子供の時は五つ子である自分達も、よく一緒に遊んだものだと。昔は一花が自由気ままに振る舞い、自分達を翻弄していたことを思いだす。四葉なんか、よく食べ物やオモチャを取られ泣いていた。

 

 自分も一花に食べ物を取られた時があったが、その後の記憶はない。気づいた時には、何故か一花が震えて泣いていたことだけは覚えている。そういえば、その後、一花が食べ物を取ることはなくなったが、あれは一花も大人になったということだろうか。

 

 そんなことを思い出していると、隣に座っていた風太郎が立ちあがり、微笑みながら五月の方に向き直る。

 

「五月、今日はありがとな。おかげで楽しかったぜ」

「そんな、お礼を言うなら私のほうです。お昼、無料でいただいてしまって……ありがとうございます」

「貰い物だから気にすんな。それも今日限定だったから、逃せばただの紙きれになるところだったんだ。付き合ってくれて、助かったよ」

「いえ、そんな……」

 

 お礼の言葉を繰返す風太郎に恐縮した様子の五月。だが、五月の頭の中を占めるのはそんなことではない。

 

 思い返すのは、先程の握られた手の感触。あれはどういう意味があったんだろうか。

 

 映画が終わった後、何事もなかったのかのように離れた手。ここに来るまで、何も彼は言わなかった。だか、気づいてない筈はない。偶然だろうか、ただの悪ふざけだろうか。それとも──期待していいのだろうか。

 

 彼も自分と同じ気持ちなのだと。私が彼を好きなように、彼もまた自分のことを──

 

 と、その時、風太郎が口を開く。

 

 先程までとは違う表情で、悲しそうに、寂しそうに、言葉を紡ぐ。

 

「……五月とこうして二人で出かけるのも、そんなに多くはないだろうからな」

「……え?……ど、どういうこと……ですか?」

 

 風太郎の口から出た思いがけない言葉に戸惑う五月。

 

(私と出かけるのが多くないって……どうしてですか? 私は、貴方が望むならいつだって…………もしかして、やっぱり私となんか一緒にいたくないということで──)

 

「年が明けて、四月になれば俺達は三年生だ。お前は受験勉強で、今よりももっと忙しくなるじゃないか」

「あ……そういうことですか」

 

 なんだ、と安心する五月。それなら大丈夫だ、受験勉強は始まるが休息する時間も必要だ。それに受験生になるのは自分だけではないのだから。

 

「問題ありませんよ。確かに、今以上に勉強する必要はありますから忙しくなりますけど、たまには息抜きは必要です。それに受験勉強するのは上杉くんも同じでしょう?」

 

 

「いや、俺は大学には進学しない」

 

 

だが、彼の口から放たれたのは予想もしていなかった言葉で。

 

少しの間、呆然としていた五月だったが、我に返ると慌てて風太郎に詰め寄る。

 

「ど、どうしてですか!? 貴方ほど頭がいい人が、大学に行かないなんて……も、もしかしてお金ですか!? でもそれなら、奨学金という制度が」

「ああ、そうだな。奨学金を使えば大学資金は何とかなるだろうな。生活費はバイトして稼げばいいし」

「だ、だったらどうして」

「…………俺の大学資金は何とかなるんだ…………俺のは、な」

「え…………あ!」

 

 末っ子である五月だからこそわかった。彼が心配しているのは、妹であるらいはちゃんのことなのだと。

 

「らいはにはこれから中学、高校、大学と進むための学費が必要だ。勿論、俺が大学を卒業してから働いて稼ぐこともできるが……世の中何が起こるかわからん。確実にらいはの学費を稼ぐためには、高校卒業と同時に働くのが一番だ」

 

 大学に進学すれば四年間は勉強することになる。バイトに明け暮れようにも、奨学金制度を利用するのであれば、尚更のこと成績を落とすわけにはいかない。

 

「ただ、俺がそんなことを思ってると知ったら、あいつは自分で何とかするとか言って、働いてお金を稼ごうとするだろうからな」

 

 小学生であるのに、しっかりとした彼の妹、らいは。お兄ちゃん思いの彼女は、兄一人に負担を押し付けることを由としないであろう。

 

末っ子の自分が、姉達に対してそう思っているように。

 

「たが、あいつは体がそんなに強くない。季節の変わり目にはいっつも熱を出すし、なまじ真面目でがんばり屋だから手を抜くこともできん……五月、お前みたいに、な」

 

 彼がいつか言っていた。彼らの母親も体が弱く、病気で亡くなったのだと。自分達の母と同じように。

 

「らいはは今までも充分頑張ってきた。毎日家族の食事を作って、家計簿までつけて欲しいものまで我慢して……だから、せめてこれからは、普通の女の子のような生活をさせてやりたいんだ」

 

 それに大学なんて働いてからでもいけるしな、と風太郎は締めくくる。さっぱりとした口調で、だけど、どこか諦めのようなものが浮かんでいたのは気のせいだろうか。

 

 その表情を見て、五月は強く拳を握り締める。こんなこと間違っている、と強く思った。

 

 自分のようなバカで要領の悪い者でも、お金があれば大学に進学できる一方で、彼は自分なんかより、よっぽど頭がいいにも係わらず、お金がないという理由で大学に行くことができない。そんなことがあっていいのだろうか。

 

 五月がそう考えているのとは対照的に、風太郎は、もう話すことはない、といった風にこの場から立ち去ろうと歩き始める。

 

 それを見た五月の中で、何かが蠢いた。彼をこの場から離さないように、自分に繋ぎとめるかのように、咄嗟に口を開く。

 

「待ってください!」

 

 五月の口から出た静止の言葉に、立ち止まる風太郎。五月の方を振り返り、何か言おうとする。だがその前に、五月は動いていた。

 

「お金なら、私が何とかします!」

「…………なに?」

 

 怪訝な表情をする風太郎。たが、すぐにいつもの余裕ある表情に戻ると、皮肉げに口を開く。

 

「何だよ、同情してんのか? 俺が可哀想だから憐れんで──」

「違います!そうではありません!!」

 

 そう、間違ってもこれは同情なんかではない。憐れみでもない。そんな安っぽい感情である筈がない。

 

「あげるのではありません、貸すと言っているのです」

「…………貸す?」

「ええ、そうです。私がお金を貸します。大学に入って一緒にアルバイトしてお金を稼いでもいいですし、いざとなれば、父にお願いすることもできます。それでお金の心配は何とかなる筈です…………でも、貸す以上はいつか返して下さい……そう、貴方が大学を卒業して、社会人になってから」

「…………五月」

 

五月の言葉を聞いて、しばらく黙ったままの風太郎であったが、やがて重い口を開いた。

 

「……何故だ、五月?何故お前がそんなことをする?…………俺の為に、そこまでお前がする理由なんてないだろ?」

「…………それは」

 

ずっと思ってきた、私たちは一体どういう関係なんだろうと。

 

単なる同級生?

 

ただの教師と生徒?

 

 いいや違う。それだけである筈がない。私達はこの半年間、色々なことを乗り越えてきた、経験してきた。そんな私達が、そんな安っぽい関係なわけがない。ある筈がない。

 

 

「それは、私達が『パートナー』だからです」

「…………パートナー?」

 

 五月の口から出た言葉が思いもしなかったのか、問い返す風太郎。

 それは五月も同じだった。自分の口から出た言葉に驚き、しかしすぐに納得のいった表情になった。

 

 ああ、そうだ。やっと納得できた、私達の関係に。同じ時間を共有し、時に支え、支えられ、お互いに助け合う。

 

それが私達の関係、それが『パートナー』なのだ、と。

 

「今回は私が貴方を助けます。貴方にお金を貸します、だから、いつか返して下さい……そして今度は、私が困った時は、貴方が私を助けて下さい」

「…………五月」

 

 五月の言葉に驚いた表情をしていた風太郎は、頭に手を当て、そっと溜息をつく。

 

「……本当、お前の言動にはいつも驚かされるぜ……バカの行動は、予測しづらいのが難点だな」

「な!? バ、バカとは何ですか、バカとは!!」

 

 そう言って、頭痛がするかのように頭に手をやり、少しうつむいていた風太郎であったが、やがて顔を上げ五月に向き直る。

 

「…………俺の為に、そこまでしようとしてくれてありがとな。大学に進学すること、真面目に考えるよ。それと、お金のことなら今は取り敢えずは大丈夫だ」

「……ほんとですか?無理してませんか?」

「ああ。一応、当てはないことはないんだ…………でも、もし駄目だった時、俺が困った時は、その時は……俺のこと、助けてくれるか?」

 

 

彼の口から出た問いは、問題は、とっても簡単なもの。

 

だが、五つ子の中でも自分にしか解けない問題だと、胸を張って言える。

 

そう、私だけが本当の彼を知っている。

 

私だけが彼と同じ場所に立っている。

 

五つ子の中で、姉妹の中で、私だけが──

 

 

「勿論です! だって私達は……」

 

 

 

「「パートナーだから!!」」

 

 

 そう言って、お互いに笑い会う二人。風太郎の差し出された手に、今度は五月の方から手を重ねた。数時間振りに、二人の手が触れあう。

 

 五月は不思議に思う。外にいる筈なのに、映画館の時よりも温かく感じるのは何故なのだろうか、と。

 

 

 結局、握り合ったその手は、公園で遊んでいた子供達が二人の周りに集まり、我に返った五月が顔を真っ赤にして離すまで繋がれていた。

 

 

 

 

    ○

 

 

 

 

(ううぅ……は、恥ずかしいです……私ったら何てことを……穴があったら入りたいくらいです)

 

 日も暮れ始め、薄暗くなりつつある道を五月は歩いていた。あの後、彼は学校の行事から帰ってくるという妹を迎えに行く為、五月と別れた。

 

 彼はマンションまで送ろうか、と言ってくれたのだが、五月が固辞した。早く彼に、らいはちゃんを迎えに行って欲しかったし、それに頭を冷やす時間も欲しかった。

 

 思い返すのは、先程まで彼と繋いでいた手の感触。既に手が離れ、かなりの時間が経過しているが、五月の手にはまだしっかりと、彼と手を繋いだ温かさが残っていた。それが五月の胸を熱くさせる。

 

 この気持ちを大事にしたい。そう考えながら、歩いていると、自分の住むマンションが見えた。

 

 あっという間の一日だった、と思いマンションの中に入ろうとする。

 

 そんな時、突然聞き慣れた声が自分の名前を呼んだ。

 

「あーっ! 五月だー!!」

「あれ?五月ちゃん?」

「!?……四葉!……と……一花?」

 

 反対側から歩いてきたのは五つ子の長女、一花と四女、四葉。一花は五月に向かって片手で手を振り、四葉は五月の姿を認識した途端に走り寄ってくる。

 

「いーつき!どーん!!」

「わわっ!や、やめてくださいよ、四葉!!」

「へへへ♪」

 

 四葉が走ってきた勢いそのままに五月に抱きつく。そんな四葉をなんとか踏ん張り受け止める五月。一花はそれを微笑ましそうに見ながら、二人に近づいてくる。

 

「二人とも出かけていたのですか?」

「うん、そうだよー。二人で買い物に行ってたんだ。ねー、一花?」

「うん。四葉に誘われてね」

「……珍しいですね。休日に一花と四葉が二人で出かけるなんて」

 

 五つ子の中では一番起きるのが遅く、休日はゴロゴロしている一花とアウトドア派の四葉が一緒に出かけるなんて、どうしたことだろうと思う五月。

 

 そんな五月の考えていることがわかったのか、一花が苦笑いしながら四葉を指差す。

 

「四葉に無理矢理連れてかれたの。買い物行こーって」

「だって、服買いたかったんだもん。一花ならセンスいい服選んでくれるかなーって。それに私が連れ出さなかったら、ずっと寝てたでしょ」

「そ、そんなことないよ!私だって、今日は久しぶりの休日だから、ウィンドウショッピングとかしよっかなぁ、って思ってたんだよ。ほら、駅の近くに新しいお店できたじゃない?」

 

 そこに行こうと思ってたんだ、と一花が言った。その言葉に五月は思わず息を飲む。

 

 駅の近く?

 

 つまり今日、二人は自分達と同じ場所に──

 

 五月は声が震えないように、慎重に口を開く。

 

「……じゃあ、二人は駅の近くにいたんですか?」

「ううん。それがね、四葉がどうしてもショッピングセンターに行きたいって言うから、そっちに行ったの」

「えへへへー。ごめんねー、一花。今日はそっちに行きたかったの。だって、私の行きつけのお店がそっちにあったんだもん」

 

 一花に謝りながらも、四葉は頬を膨らませ、プイッっとソッポを向いた。そんな四葉の仕草を見て、一花が、子供なんだから、と苦笑いをする。五月もまた同じように微笑みながらも、そっと胸を撫で下ろした。

 

 ショッピングセンターなら駅とは反対側。自分達とは会うことはない。四葉の気まぐれに感謝しなくては。

 そんなことを思っていると、一花がふと、今、気づいたような表情を浮かべる。

 

「そういえば、五月ちゃんは今日一人でどこ行ってたの? 私が起きた時にはもういなかったけど」

「え、あ、あの……私は……その」

 

 突然の一花の問いに五月は慌てる。言えるわけがない。彼に誘われて、ランチを食べに行ったなどと。しかもその後は映画を見て、公園まで散歩してたなんて、客観的にみてデート以外の何ものでもない。

 

 どうやって誤魔化そうかとあたふたする五月を見て、一花が訝しげな表情になった。不味い、とにかく何か言わなくては、と五月が口を開こうとした瞬間、

 

「あー!わかった!!」「よ、四葉?」

 

 五月の腕に抱きついたままの四葉が声を上げた。突然のことに驚く一花と五月。そんな二人に構わず、四葉は何か納得した表情で、五月に向かって口を開く。

 

「五月、また食レポ巡りしてたんでしょ!」

「…………え」

「あー、なるほどね。それなら、一人で出かけるわけだ」

「ちょ、ちょっと待って下さい! 私は別に」

「もー駄目だよ、五月。いくら勉強で煮詰まってるからって、ストレス解消の為に食べ歩くなんて」

「そうだよ五月ちゃん。ちゃんとしないと。食レポブログは控えるように、フータローくんから言われたでしょ」

 

 彼に迷惑かけちゃ駄目だよ、と一花は頬を膨らませて怒ったような表情をする。五月はそれを否定しようとして──やめた。

 この上なく不名誉なことだが、二人が納得するならそれでいい。……いい筈だ……多分。

 

 内心の思いに葛藤している五月を尻目に、一花がマンションの中に入ろうと二人を促した。先に歩き出す一花とその後を追う四葉と五月。

 

 と、そこで、五月の腕に抱きついたままの四葉が、五月の顔を見上げ、問いかける。

 

「ねえ、五月」

「何ですか、四葉」

 

 

「────今日、楽しかった?」

 

 

「……え」

 

 予想外の言葉に、思わず四葉を見た五月は息を飲む。その時見た四葉の表情は、いつも彼女が浮かべる陽気な表情とは違う、どこか大人びた、真剣な表情で。

 

 こんな四葉の表情は見たことがなかった。いや、違う。一度だけ見たことがある。そう、あれは確か、半年前の──

 

 と、その時、四葉の表情が笑顔に変わる。いつものように、皆を元気にするような、向日葵のような笑顔に。

 

「あれ?食べ歩きしてたんでしょ?楽しくなかったの?」

「あ、え、ええ、そうです。楽しかったですよ」

「そっか。それならいいんだ。ししし」

 

 そう言って笑う四葉の表情は、いつものとおり子供っぽさを残したもので。ほっと息を吐く五月。

 

 良かった、いつもの四葉だ。きっと、自分に後ろめたい事があるから、変な風に考えてしまうのだ。四葉に限って、そんなこと──

 

「もー何してるの、二人とも。寒くなってきたから、早く中、入るよ?」

「今いくよー……ほら、五月、行こ?」

「え、ええ」

 

 一花の二人を呼ぶ声に、四葉が返事をし、五月の手を引いてマンションの中へと入っていく。

 

 

四葉に手を引かれながら五月は思い出す。

 

彼に握られた手の感触を。

 

握り合った手の温かさを。

 

 今はまだ、教師と生徒。それでいい。でも、いつか、そう、大学に合格して、この関係を卒業したら、その時は──

 

「この気持ちを……伝えてもいいですよね」

「ん? 何か言った、五月?」

「いいえ。何でもありませんよ、四葉」

 

 時刻はもう夕方、夕食の時間。部屋に戻れば、二乃が美味しい料理を作って、待っていることだろう。いつもの自分なら、お腹が空いてソワソワしている時間だ。

 

たが今の自分は、不思議と胸が一杯で、食欲は湧かなかった。

 





次回は、一花さん回。
一花さんが愛を実感するお話。

『五つ子の長女は、今日もそこに『愛』があることを確認する。』


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第九話 : 五つ子の長女は、今日もそこに『愛』があることを確認する。


長女回。
一花さんが『愛』を実感するお話。



 中野一花の朝は遅い。学校がある時は、時間ギリギリまで寝ているコトもザラであったし、休日も予定がない時は、可能な限り惰眠を貪っていた。当然のことながら姉妹の中では一番遅く起きる為、朝食を作る妹からは、もっと早く起きろと文句を言われるくらいだ。

 

 たが、最近はそんな日常に変化が訪れつつあった。理由は二つある。一つ目は女優の仕事を始めたこと。役者の稽古には、少なからず体力勝負な所がある為、今では時間の空いている時などは、ジョギングをするのが日課となっている。

 

 そして二つ目の理由。どちらかというと、こちらの理由のほうが大きい。

 一花が惰眠を貪るのを止めた理由、それは──

 

 

「……できた!」

「私もできたよ。はい、どうぞ」

「わー!おいしそう!」

「は、早く食べましょう、お腹がすきました!」

「……五月、ちょっと落ち着きなさい」

 

 テーブルの上に並ぶのは、色とりどりの料理の数々。数種類の具が入ったおにぎりに焼き魚、卵焼き、お味噌汁といった和食が並ぶ一方で、サンドイッチに焼きベーコン、オニオンスープ、野菜サラダのような洋食も用意されていた(ちなみに和食は三玖が、洋食は一花が担当した)。

 

 朝食にしてはちょっと多いぐらいだが、常人の三倍は食べる妹がいるので問題ないだろう。五人はそれぞれ好きな料理を取り、食事を楽しんでいたが、五月がふと、一花の方を見て首を傾げる。

 

「それにしても、一花がこんなに朝早く起きて、朝ご飯作るなんてどういう風の吹き回しですか? 」

「確かに。いつもは、時間ギリギリまで寝てるのにね」

「ふふふ。私もたまには、ね。それに最近、三玖が料理してるのを見てたから触発されたのかも」

「……でも、味はまだまだね。三玖と同じくらいだわ」

「……二乃、うるさい」

 

 二乃の軽口に、頬を膨らませて言い返す三玖。と、それも束の間、三玖は顔を一花の方に向け、真意を確かめるように口を開く。

 

「……一花。料理、本格的に練習するつもりなの?」

「うーん、そうだね。しばらくは、朝ご飯を作るの続けてもいいかもね」

「……とか言って、三日坊主にならなきゃいいですけど。一花は飽きっぽいですから」

「心外だなー。私だって、やるときはやるんだよ。お姉ちゃんとしては、食事を妹達にばっか頼りきりってわけにはいかないでしょ?」

 

 それに、と一花は続ける。

 

「私も、いずれは誰かの奥さんになるんだし? 料理くらいは、できるようになっておいた方がいいかなって」

 

 そう言った瞬間、左斜めに座る二乃がチラリ、と視線を向けてくるのがわかった。たが、一花はそれに反応することなく食事を続ける。

 

「……一花が奥さんって、ちょっと想像できない」

「そうそう。一花が料理作っても、辛い料理ばっか作りそう。塩辛みたいな」

「塩辛の良さがわからないなんて、四葉もまだまだだね~。まあ、ピーマンが嫌いなお子様だから仕方ないか」

「た、食べられるよ!…………ちょっとだったら」

「四葉、好き嫌いはいけませんよ? 食べ物は残さず全部食べなくては」

「……梅干嫌いな癖に」

「なっ!? き、嫌いではありませんよ……苦手なだけです」

「同じじゃん。三玖、明日の朝ご飯は、梅干し入りのおにぎりでお願い」

「うん、わかった」

「そ、そんな……」

 

 三玖の返事に、心底絶望した表情になる五月を見て、皆が笑う。五つ子だからこそのやり取り。子供の時から変わらない関係。

 

 だからこそ、少し寂しい気持ちになる。こんなありふれた日常も、いずれは無くなる時がくるのだと思うと。自分がマンションを出て、アパートで一人暮らしをするようになれば、この光景も日常では無くなるのだ。それが少し寂しい。

 

 でも大丈夫。私達の関係が変わるわけではない。五つ子であることに変わりはない、それは不変である。

 

 それにいつかは、バラバラになる時はくるのだ。誰かが一歩踏み出す時は、必ずくる。ならば、最初にそれをするのは、長女である自分の役目であろう。

 

 それに、と横目で妹達を見渡す。軽口を叩き合う二乃と三玖に、勢いよく食べたせいでむせる五月と慌てて水を差し出す四葉。みんな可愛い、大切な妹達。

 

たがそれは、自分が引く理由には、譲る理由にはならない。

 

そう、自分には、例え相手が妹達であろうとも、絶対に譲れないものがあるのだから。

 

 

 

 

    ○

 

 

 

 

「どう、フータローくん? 美味しい?」

「ああ、旨いな、これ。気に入ったよ」

「本当!?良かった、嬉しいな」

 

 学校の屋上で、一花は地面にハンカチを引き、足を崩して座っていた。時刻は昼休み、隣には愛する人、上杉風太郎。

 二人の周りには、数種類の袋が並んでいる。一花がよく利用する某コーヒー専門店で、販売しているパンやサンドイッチの数々。普通の高校生が購入するには、やや手が出しにくい値段ではあったが、一花からすれば問題ない品物。

 

 本音をいえば、手作りの料理を披露したかったが、二乃に言われたとおり、味がまだまだだったので断念した。

 

 

 二人は、お昼を食べ終わった後、肩を並べ、たわいもないお喋りに興じていたが、ふと、一花がそっと風太郎に寄りかかり、彼の肩に頭をのせる。すると、すぐに一花の肩に手が回され、抱き寄せられた。

 

 その態勢のまま、二人はじっと動かない。二人の間に会話はない。だが、それがたまらなく心地いい。

 

 例え会話はなくても、私達は通じ合っている。付き合いたてのカップルのように、『好き』という言葉をいちいち口にしなければ、愛を確かめられないのとは違う。

 

 言葉にしなくても、いや、言葉にしないからこそ、『それ』が本物だと実感できる。安っぽい『それ』とは違う、本物の愛。それは確かにここにある。

 

 一花は体を風太郎に預けたまま、彼の手に触れる。するとすぐに、彼が手を握り、指を絡め合わせてくる。俗にいう、恋人繋ぎと呼ばれるもの。これも『愛』である証の一つ。

 

 いつだったか、雑誌で読んだことがある。キスは、例え好きではない人とでもすることができると。それはキスが性欲の延長線上にある行為だからだ。だからそこに『愛』はない。

 

 たが、手を繋ぐ行為は違う。性欲ではないからこそ、好きでもない人以外にはしないだろう。だからこそ、手を繋ぐことは、その人の気持ちが最大限表われる行為なのだ。そこには、確かに『愛』がある。

 

 しばらくの間、その態勢のまま、幸せを噛みしめていた一花だったが、ふと何か思いだしのか、風太郎の顔を見上げ、口を開く。

 

「あ、そうだ、フータローくん」

「ん、何だ、一花」

「あのね、もうすぐ……クリスマスでしょ?」

「……ああ、そういえばそうだな。もうそんな季節か」

 

 季節はもう十二月に入り、本格的な冬の到来を告げている。そろそろ屋上でお昼を食べるのも、厳しくなってきたかもしれない。たが、本題はそんなことではない。

 

「……それでね、その……クリスマス当日だけど……フータローくんのお家って、毎年家族だけで、お祝いとかしてるんだよね?」

「……ああ」

「あ、やっぱり。まあ、私達の家もそうなんだけどね、アハハハ………………それで、さ……当日は無理でも、ね、あの……前日は、イヴの日は」

「一花」

「え、な、何!?」

 

 一花の言葉を遮る風太郎。それに酷く狼狽える一花。途端に不安な考えが頭をよぎる。もしかして、もう予定が──

 

 だが風太郎は、いつものように、笑顔で、穏やかな口調で、一花に語りかける。

 

「前日のイヴの日、一緒に過ごそうか」

「ほ、ほんとに! いいの!!?」

「ああ、勿論。俺も一花と過ごしたいと思ってたんだ」

「っ! わ、私も、絶対フータローくんと過ごしたいって思ってた!!」

 

そう言って、勢いよく風太郎に抱きつく一花。

 

(嬉しい!彼も同じことを考えていてくれたなんて。やっぱり私達の気持ちは通じてる。『愛』し合ってる)

 

「でもその前に期末試験があること忘れるなよ?赤点とったら追試で出かけられなくなるぞ」

「大丈夫だよ、任せて。ちゃんと勉強してるから。絶対に、フータローくんには迷惑かけたりしないよ」

「それは頼もしい。まあ、一花の心配はしてないけどな。五つ子の中で、一花が一番要領がいい。一番頼りになるよ」

「も、もう。そんなこと言って……」

 

 風太郎の直接的な賞賛に照れる一花。真っ赤になった顔を隠す為、彼の胸に顔を寄せる。と、直後、一花の耳に機械が振動する音が聞こえた。自分のスマホを確認するが特に何もない、となれば彼のだろう。メールでも来たのだろうか。

 

 一花は風太郎の胸に抱きついたまま、彼がズボンのポケットからスマホを取り出し、画面を操作するのをぼんやりと見ていた。すると、彼が眉をひそめたのがわかった。彼がそんな顔をするなんて珍しい、何かあったのだろうか?

 

「フータローくん、どうしたの?何かあった?」

「……いや、何でもない。それより一花、ちょっと話しておきたいことがあるんだが」

「ん……なに、フータローくん」

 

 風太郎が少し躊躇いがちに切りだしたことを不思議に思う一花。すると、彼の口から出てきたのは予想外の言葉。

 

「俺、大学に進学しようと思うんだ」

「……大学?…………うん、いいよ!大賛成!というか、むしろフータロー君が行かない方がおかしいよ。学年トップのフータローくんが進学しなかったら、うちの学校で進学する人なんかいないよ」

 

笑顔で応援の言葉をかける一花。

 

たがその直後、風太郎の口から出た言葉は、一花の思考を停止させるには十分なものだった。

 

「だからさ、その為にもう一つ、バイト増やそうと思ってるんだ」

「…………え?」

「大学に行くなら、結構な進学費用が必要になるだろ?奨学金があるとはいえ、全額賄えるとは限らないし」

「…………」

「だからその為に、今からバイトして金を貯めて「駄目!」……一花?」

 

 風太郎は、自分の言葉を突然遮った一花に怪訝な顔を向ける。たが一花は、そんなことを気にしている余裕はなかった。

 

バイトを増やす?

 

つまりそれは、今よりもっと彼との時間が無くなるということで──

 

そんなこと、許せるわけがない。

 

「そんなの絶対駄目!これ以上バイト増やしたりしたら、フータローくん倒れちゃうよ!?……体、壊しちゃうよ」

「いや、そんなことは」

「今だって、成績維持しながら、二つもバイト掛け持ちしてるんだよ?……それなのにもう一つ増やすなんて……休む時間、無くなっちゃうよ」

「………仕方ないだろ、うちには金がないんだ………やるしかない」

「そんな……」

 

 大学費用となると、纏まったお金が必要だ。義父に頼んで毎月の家庭教師代が少し増えたところで、どれほどの足しになるか。

 

 とはいえ、義父に彼の大学費用を出してなどとはいえない。なんだかんだで、義父が私達姉妹を大切に思っていることは感じている。そんなことを言ったら、彼に対してお金を払う代わりに、二度と私達に近づかないよう迫るに違いない。

 

(どうしよう、このままじゃあ、フータローくんと一緒にいられなくなっちゃう。そんなのイヤ!絶対に阻止しないと……でも、どうやって…………あ!)

 

それに思い当たった瞬間、一花は言葉を発していた。彼をこの場から離さないように、自分に繋ぎとめるかのように、咄嗟に口を開く。

 

そう、奇しくも数日前、末っ子の妹が彼に対して同じことをしたように。

 

「あのね、フータローくん。私、マンションを出て、アパートで一人暮らししようと思ってたんだ。その為の貯金も結構貯めてたの」

「……何だって?」

 

 心底驚いた表情をする風太郎。彼にそんな顔をさせてしまったことに、多大な申し訳なさと──少しの喜びを感じる。

 

「でも、やっぱり止める。本当はちょっと躊躇ってたんだ。ズボラな私が一人で暮らしていけるのかなって」

「…………」

「だからね、そのお金を使って? 困ってるなら、好きな時に、好きなだけ使っていいから」

「……一花」

 

 自分の言葉に彼が戸惑っているのがわかる。彼は優しい人だから、きっと自分に頼るのを由としないのだろう。ならば、その罪悪感を少しでも薄めるのが自分の役目。それが一番、彼の為になる。彼の役に立てる。

 

「遠慮しなくていいよ……多分、バチが当たったんだと思う。もっとフータローくんと一緒にいられたらいいなって思って……そんな不純な動機で一人暮らしをしようなんて思っちゃって」

「…………」

「だけど、もういい。今のままで十分。側にいてくれるだけでいいから。それだけで私、頑張れるから」

 

 一花はひたすら言葉を紡ぐ。自分の想いを、彼に届ける為に。自分の『それ』を彼に示すかのように。

 

 しばらく黙ったまま、微動だにしていなかった風太郎だが、やがて大きく息を吐くと、一花に向き直る。

 

「……一花には迷惑かけてばかりだな」

「迷惑なんかじゃないよ。私が好きでやってるんだから。それに……いつか返してくれればいい」

 

 そう言って一花は、風太郎の首筋に顔をうずめた。途端に感じる彼の臭い。女である自分とは違う、男の、自分だけが知っている彼の臭い。

 

 少しの間の後に、頭が優しく撫でられる。いつもならば、それで満足していた行為。確かに、そこに『それ』を感じていた筈の行為。

 

たがこの時は、それだけでは満足できなかった。

 

だから一花は、その先を求めた。

 

求めてしまった。

 

 

「……フータローくん、好き。大好き。愛してる」

「ああ、俺もだ」

「ダメ。ちゃんと言って?フータローくんの言葉で聞かせて欲しい」

「…………好きだ、一花。『愛してる』」

「……知ってる」

 

 

愛する人の言葉を聞き、幸福の海に沈む一花。

 

もはやその頭には、つい先程まで、言葉にしない関係こそが本物の愛だと思っていた自分の姿など、どこにもなかった。

 




次回は、二乃回。
二乃が色々と策を巡らせるお話。

『五つ子の次女は、いつだって直球勝負な女の子である。』


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第十話 : 五つ子の次女は、いつだって直球勝負な女の子である。


五等分の花嫁に出会ってから、水曜日がくるのが待ち遠しくて仕方ない。以前は水曜日なんて、週の真ん中で一番憂鬱だったのに…………どうか、もうちょっとだけ(三年くらい)続いて欲しいなと思うこの頃。



 中野二乃の朝は早い。このマンションに五人で住むようになってから、食事係はいつも二乃が担ってきた。最初は日ごとの分担制だったのだが、他の姉妹が揃いも揃って、料理のイロハのイも知らないポンコツだったので、仕方なく自分がやることにしたのだ。

 

 とはいえ、嫌々していたわけではない。子供の時の夢は、お店を出すことだったくらい料理をするのは好きであったし、自分の作った料理を姉妹達が美味しいと言って食べてくれるのは、中々に心が弾むものであった。

 

だからこそ、驚いた。その日、朝起きた二乃の目に飛び込んできたのは、自分以外の姉妹が台所に立つ姿。それも二人。それは──

 

 

「この卵焼き、美味しい!とっても甘くて、ほっぺがとろけそうだよ、三玖」

「……ありがと、四葉」

「一花が作ったサンドイッチも中々ですね。ですが、まだまだ、食材本来の味を引き出せてはいません。五月チェック、星5への道のりは険しいですよ?」

「…………五月ちゃん、やっぱり食レポブログ続けてたんだね」

「い、いえ!これは癖みたいなもので……」

「……嘘つきなさい。こっそりブログ更新してるの、知ってるわよ」

「二、二乃!それは言わない約束では!?」

 

 あたふたする五月に対して、姉妹達が呆れ果てた目を向ける。そんな中、二乃は一人、思いを馳せる。

 

(……まさか三玖だけじゃなくて、一花まで料理をするようになるなんて…………五つ子ながら考えることは同じね)

 

 朝起きて台所に行った時、三玖と一緒に食事を作っている一花を見て驚いた。いつもは、ぐーたら寝ている癖に、自分よりも早く起きて朝ご飯を作っていたのだから。

 

 同時に確信した。絶対にこれはフータローの為だ、と。彼の為にお弁当でも作って、アピールをしようという一花の作戦であると。二乃の脳裏に浮かぶのは、フータローと一緒にお弁当を食べる、お昼の光景。

 

『どう、フータローくん、美味しい?』

『ああ、美味しいよ』

『ほんと?嬉しい!』

『こんな料理を毎日食べられる奴が羨ましいよ。そいつは世界一の幸せ者に間違いないな』

『も、もう、そんなこと言って!…………フータローくんが望むなら、私、いつでも──』

 

(とか言っちゃって、そのまま毎日作るようになって、フー君の胃袋を掴んじゃって、『もう二乃が作る料理以外、胃が受け付けないんだ。責任取ってくれ』なんて言われるようになっちゃって、『し、仕方ないわね…………これからは私が責任持って、フー君の為に毎日お味噌汁作ってあげるわ』なんて言うことに………………キャーッ!!)

 

「……二乃、何ニヤニヤしてるの?」

「!な、何でもないわ!!」

「……その割には、だらしない顔してましたが」

「二乃、涎垂れてるよ」

「え、う、嘘」

 

 慌てて口もとをティッシュで拭う二乃。いけない、いけない。途中から自分に置き換わってしまっていた。

 

 そんな二乃を姉妹達は変な者を見る目で見ていたが、その中で一花がチラリと二乃を見てきた。それに気づかない振りをして、二乃は食事を続ける。

 

(まあ、いいわ。一花の料理の腕前はまだまだ……味勝負なら私の方に分がある…………見たところ今日はお弁当、作ってなかったみたいだし……それなら、私の方が先に渡して、フー君の胃袋を掴めばいい…………文句はないわよね?)

 

 

 

──なぜなら、恋は早い者勝ちなのだから

 

 

 

 

   ○

 

 

 

(フー君、どこにいるのかしら?お弁当の好み、聞きたいのに)

 

 昼休みの校舎を二乃は歩いていた。友人達とお昼を食べた後、飲み物を買ってくるといい、一人別行動をとった二乃。だが本当は、フータローに会いに行く為であり、会って、明日作る予定のお弁当の好みを聞きたいからであった。

 

 たが、肝心のフータローが見つからない。お昼休みに入り、フータローのクラスに行ったが、フータローはいなかった。食堂で食べているのだろうかと食堂に向かうもその姿はない。

 

 五月に声をかけようとも思ったが、食事中だったので邪魔するのも悪いと思い、そのまま後にした……決して食事中の五月に声をかけるのが怖かったからではない。

 

(フー君はお昼用意してないだろうから、絶対捕まえられると思ったんだけど)

 

 クラスにはいない。食堂にもいない。こんなに長い間トイレ、というわけではないだろうし、他に行くべき場所といえば……後は屋上くらいだろうか。

 

 そう思い、屋上へと続く階段を昇り始める。と、そこで、二乃の背に聞きなれた声がかかる。

 

「あれ、二乃? 何してるの、こんなとこで」

「……四葉?」

 

自分を呼ぶ声に振り向くと、そこにいたのは五つ子の四女、四葉。四葉は不思議そうな顔をしながら、二乃に向かって駆け寄ってくる。

 

「どうしたの、二乃。この先屋上だよ?何か用があるの?」

「別に用があるってわけじゃ……って、四葉こそ何してるのよ」

「私?私は散歩だよ。もうすぐ駅伝の大会があるからねー。少しでも運動しとかないと」

「……そう、頑張るわね」

 

 昼休みまで練習してるなんて、流石としかいいようがない。五つ子ながら、大した妹である。感心する二乃。とはいえ、今は四葉と立ち話をしている時ではない。話はまた今度ね、と切り上げようとする。が、

 

「そうだ、聞いてよ二乃。さっき、上杉さんにも一緒に運動しようって言ったんだけどね、俺はいいって断られちゃった」

「!? ふ、フー君に会ったの?」

「うん、会ったよ…………って、ふーくん?」

「え、あ、ま、間違えたわ……って、そんなことはどうでもよくて!アイツにどこで会ったの!?」

 

 勢いよく四葉に詰め寄る。そんな二乃の勢いに圧倒されたのか、四葉は目を白黒させながら、声を絞り出す。

 

「え、えっと……な、中庭かな」

「中庭ね!? わかったわ、ありがとう!」

「え!? ま、待って、二乃!」

「何よ、四葉。私、急いでるんだけど」

 

 駆け出そうとした二乃の手を掴んだ四葉に対し、二乃は急いでると文句を言うが、四葉はそれに構わず、逆に二乃に尋ねてくる。

 

「二乃。もしかして、上杉さん探してるの?」

「……ま、まあね。ちょっと、聞きたいことがあるから」

「……そっか。じゃあ、私も一緒に探してあげる!一人より、二人のほうが見つけやすいよ!!」

「え!?い、いいわよ、私一人で」

「いいから、いいから。ほら、上杉さんを探しに、レッツ、ゴー!」

「ちょ、ちょっと、四葉!?」

 

 四葉はそう言って、二乃の腕に抱きつく。二乃は四葉を離そうとするが、力では四葉にかなうはずがない。仕方なく離すのを諦め、四葉と一緒に歩き始めた。

 

(まあ、いいか。フー君を見つけたら、四葉には席を外してもらえばいいんだし。それに二人の方が見つけ易いし、ね)

 

そのまま二人は、中庭に向けて移動する。

 

 

だが、結局のところ、昼の間にフータローを見つけることはできなかった。

 

 

 

    ○

 

 

 

 

「今日は寒いな、もう本格的に冬だな」

「……ええ、そうね」

 

 すっかり日が暮れた夜の道を、二乃は風太郎と一緒に歩いていた。アルバイトが終わり、いつものとおり、マンションまで送ってもらう帰り道。この時間は、二乃が唯一、風太郎と二人きりになれる時間。故に自然と歩く速度も遅くなる。この時間をもっと伸ばす為に、少しでも一緒にいる為に。

 

「……そういえば、フー君。今日のお昼ってどこでお昼食べてたの?全然、姿、見かけなかったんだけど」

「…………どうしたんだ、急に」

 

 二乃の言葉に怪訝な表情をする風太郎。たが、聞きたいのはこっちのほうだ。

 

「別に。昼、ちょっと用があって、フー君のこと探してたんだけど、全然見当たらなかったから。クラスにも食堂にもいなかったでしょ? それに四葉が、中庭でフー君に会ったって言ってたから、一緒に探しにも行ったのよ? 結局、見つけられなかったけど」

「…………だからか」

「え、フー君?どうかしたの?」

 

 二乃の言葉を聞いて、風太郎は苦虫を噛み潰したような表情をする。だがすぐに顔を戻すと、二乃に微笑みかけた。

 

「いや、何でもない。昼は職員室にいたな。授業でわからないとこがあったからな、先生に聞きに行ってた」

「お昼にまで勉強してたの?呆れたわ、どこまで勉強熱心なのよ?」

「まあな、勉強は俺のアイデンティティの一つだからな」

「何よ、それ」

 

 風太郎の返事を聞き呆れたように笑う二乃。風太郎もまたおどけるように笑う。二人はそのまま、たわいもないお喋りをしながら歩いていたが、やがてマンションに辿り着いた。

 

 二乃は焦る。せっかくの二人きりなのに、このままでは、何もないまま終わってしまう。兎に角、何か話題を出さなくては。

 

「ね、ねぇ」

「ん、何だ、二乃」

「……もうすぐクリスマスよね」

「ああ、そうだな。もう今年も終わりか……二乃達と出会ってから、もう半年以上経ったんだもんな」

 

 あっという間だったな、と感慨深そうに呟く風太郎。二乃もまた、この半年間に思いを馳せる。色々な事があった。好きな人ができた。

 

そう思った途端に、どこからか次々と気持ちが溢れ出てくる。もう、あれこれ考えている余裕はない。出たとこ勝負するしかない!

 

「……フー君は…………く、クリスマスプレゼントって……何が欲しい?」

 

(言っちゃった!とうとう言っちゃった!いくら何でも直球すぎるでしょ、私。もっとさりげなく聞きなさいよ!?)

 

自分の口から出た言葉に目をぐるぐるさせ、顔を真っ赤にする二乃。一方風太郎は、そんな二乃の様子に気づいた様子もなく、少し寂しそうに口を開く。

 

「プレゼント、ね。考えたこともなかったな……毎年、らいはとケーキ食べるだけだったし」

「……そう」

 

 フータローの家は貧しい。以前までの私達と同じくらいお金に困っているのだろう。だったら、尚更今年は豪華なプレゼントを用意しなければ。

 

 クリスマスの日、部屋に飾り付けをして、沢山の料理を作って。勿論、妹のらいはちゃんも呼んで、一緒に楽しい時間を過ごす。完璧な計画。

 

(ほんとは、二人で過ごせるのが一番だけど、それは恋人同士になってからでもいいわ。兎に角、今はアピールをすること。料理は私の一番の長所なんだから)

 

 そう意気込む二乃。だが風太郎は、そんな二乃の考えに冷や水を浴びせるかのごとく、色気のない話を切り出す。

 

「クリスマスもいいが、その前に試験があること忘れてないだろうな?」

「ええ、勿論よ。ちゃんと勉強してるから安心して」

 

 当たり前だ。赤点なんかを取ったら、フータローの家庭教師生活がなくなってしまうかもしれないのだ。手を抜くわけがない。

 

風太郎は二乃の返事を聞き、それは頼もしいと安堵する。

 

「全員無事に試験に合格すること。家庭教師の立場からすれば、それが何より欲しいクリスマスプレゼントだな」

「……そ」

 

 分かってはいた。フー君が望んでいるのは私達が試験に合格して、無事に進級を果たすこと。それが何よりのフー君へのプレゼント。

 

 でも、それだけでは満足できないのだ。それでは、ただの家庭教師に対する生徒のプレゼントでしかない。或いは、三玖や五月ならばその為に全力で取り組むのかもしれない。

 

 だが、二乃が求めるのは、望むのはそんなことではない。恋する乙女としては、もっと色気のある物を贈りたいのだ。

 

 そんな二乃の複雑な内心を知る由もなく、風太郎は楽しそうに、五つ子の中で誰が一番いい点を取るか予想している。

 

「まあ今回も一番は五月だろうな。大学を目指してるだけあって、凄く勉強してるしな」

「…………ええ、そうね」

「いや、三玖の可能性もあるか。歴史は相変わらず断トツだし、他が良ければ一番になれる」

「……………」

「待てよ、一花かもしれないな。一花はやればできる子だし、本気になりさいすれば、十分可能性はある」

「…………ッ」

「いやいや、待てよ。大穴で四葉ってことも「アンタねぇ!わざと言ってんでしょ!?」……に、二乃?」

 

 突然の二乃の叫びに仰け反る風太郎。たが、二乃はそんなことを気にしている暇はない。

 

「何で私の名前が出てこないのよ!?私には無理だっていうわけ!?」

「そんなことないぞ、うん。二乃にも期待してる」

「嘘ばっかり!じゃあ何で、私の名前が出てこなかったのよ!?一番可能性低いって思ってるんでしょ!!」

「いや、ほら、二乃はさ。料理当番もしてて、バイトもしてるだろ?それに加えて勉強もとなると……ちょっと時間がなくて厳しいんじゃないかと……」

「ッぅぅぅぅ!!!」

 

(やっぱり思ってるんじゃない!それに何て言った? バイトもしてるから? 時間がない? それは一花も同じ条件の筈。なのに私には無理でも、一花にはできるっていうの? 一花にできて、私にはできないって? 冗談じゃない!)

 

そんなこと断じて認められる筈がない。

 

(私達は五つ子なのよ。一花にできて、私にできない筈はないわ。なのに、フー君は私には無理だっていう………………いいわよ、だったら、思い知らせてやるわ)

 

二乃は目に力を入れ、拳を握り、風太郎に力強く宣言する。

 

「アンタ、さっき私達が試験に合格することが、一番嬉しいクリスマスプレゼントだとか言ったわよね…………冗談じゃないわ、そんなもので、私が満足するわけないでしょう!?」

「……に、二乃?」

「私が!もっといいクリスマスプレゼント、用意してやるわよ!!」

「…………どういう意味だ?」

 

何を言っているのか、さっぱりわからないといった顔をする風太郎。それを見た二乃の目に炎が宿る。

 

わからない? だったら分からせてやる。

 

 

私の想いを。

 

 

「だ、か、ら!!」

 

 

私の意地を、覚悟を。

 

 

「私が、一番取ってやるって言ってんの!!!」

「…………は?」

 

思いがけない二乃の言葉に、目を丸くする風太郎。その反応は、ただ単に驚いているだけなのか、それとも──私が一番になれる筈がないと思っているのか。

 

「いや、待て、二乃。落ち着け、冷静に」

「ほんと、ムカつくわ。アンタって私のこと侮ってるでしょ?……全然見てないでしょ?………………私はフー君のこと、いつも見てるっていうのに」

「……二乃」

 

もう止められない。後戻りできない。

 

「いい!?今度の試験で、私は姉妹の中で、絶対に一番になるわ!三玖にも、四葉にも、五月にも、そして……一花にだって、絶対に負けない!」

 

でも構わない。保険なんていらない。

 

そう、欲しいのはただ一つだけ。

 

「その代わり約束して。私が一番になったら、私の言うこと何でも一つ聞くって」

「……何だって?」

 

それだけは──譲れない。

 

「私が一番になったら、フー君は私の言うこと何でも一つ聞く。その代わり、私が一番になれなかったら、フー君の言うこと何でも一つ聞いてあげるわ」

「…………それがプレゼントの代わりだと?」

「ええ、そうよ。不満かしら?」

 

不敵な表情を浮かべながら、風太郎を見つめる二乃。だが、内心は正反対だった。

 

(ど、どうしよう……勢いで言っちゃった……何でも言うこと聞くなんて…………私、何て事言ってるのよ!?)

 

自分の言った意味をようやく認識したのか、段々と顔が赤くなる二乃。仮に自分が一番を取れなくて、何でも言うことを聞かなければならないとしたら──

 

(も、もしも、フー君が『何でも言うこと聞くんだろ?』って言って、私を無理矢理、押し倒してきたら………………あら?それも悪くないのかしら?)

 

どっちに転んでも意外と悪くないかも、と思い直す二乃。一方の風太郎は、しばらくの間、唖然とした表情で二乃を見ていたが、やがて息を大きく一つ吐き、二乃に笑いかける。

 

「じゃあ、俺が勝ったら、二乃には、冬休み用の特別課題をプレゼントしてやるからな。覚悟しとけよ」

「ふふ、その計画は考えるだけ無駄よ。だって、私は絶対一番になるから」

「それは頼もしい。家庭教師としてはそうなることを祈ってるぜ」

 

「じゃあな、お休み」と言ってフータローは去っていく。二乃はいつものとおり、その背中を見つめながら決意を込める。

 

 

結局、最後は色気のない会話になってしまった。他の恋する乙女達は、もっと色々な恋の駆け引きを駆使して、意中の男の子を射止めるのだろう。

 

だが、自分にはこれしかできない。

 

でも、これが自分なのだ。

 

駆け引きなんていらない。

 

これでいい。

 

 

何故ならば──

 

 

「恋する乙女は、いつだって一直線なんだから!」

 

 

そう言って、二乃は、去っていく彼の背中を見ながら不敵に微笑んだ。

 

 





次回は、期末試験前の勉強会のお話。
試験が目前にせまり、マンションのリビングでテスト勉強をするフータローと五つ子達。
そこで三玖と五月は、『彼女』の真実に気付く。

『五つ子の三女と五女は、『彼女』の想いに気づき始める。』


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第十一話 : 五つ子の三女と五女は、『彼女』の想いに気づき始める。


原作がこの物語よりドロドロギスギスしてきてワロタ。これは負けてられないな。



 中野五月は、リビングのテーブルで間近に迫った期末試験対策の課題に取り組んでいた。教科は社会、五月にとっては一番苦手な歴史の問題である。

 

(鎌倉幕府が開かれた年は、『イイクニつくろう鎌倉幕府』ですから、1192年……ではありませんね。それは源頼朝が征夷大将軍に任命された年でした。幕府が開かれたのは、1185年です)

 

 歴史というのは不思議なものだ。この問題のように子供の時に教わったことでも、時が経つにつれ、それは間違いであったと分かったりすることがある。

 

 だからこそ興味深いのであろうが、覚える身としては中々に難儀なものだ。特に自分のように要領が悪くて、頭の固い人間からして見れば、以前当たり前に教わったことが、ある日急に間違いだと言われ、正しくはこっちだと教えられても、簡単には納得し難いのが現実である。

 

 とはいえ、教職を目指す以上は避けて通る訳にもいかない。生徒に間違ったことを教えるわけにはいかないのだから。

 

 五月は問題を解きながら、チラリと前を見る。そこにいるのは、自分達の家庭教師、上杉風太郎。彼はテーブルの中心に座り、それぞれ質問をしてくる五つ子達の相手をしていた。

 

「フータロー、ここわからないんだけど」

「ああ、ここはな、解の公式を使うんだ。X=2a分の-b……」

「上杉さん!ここの英文はどう訳すんですか、さっぱりわかりません!!」

「ああ、ここのwhoは、誰って意味じゃなくて、関係代名詞のwhoなんだ」

「……なるほど、ふーですか」

「わかってくれたか、四葉。嬉しいよ」

「ふー、ふー、ふー…………あれ?……そういえば、前に二乃が、上杉さんのこと、ふーく「四葉!ここの現代文わからないんだけど教えてくれるかしら!?」…に、二乃、何で私に」

「前のテスト、アンタの予想がドンピシャだったからよ。さぁ、早く!早く教えなさい!!」

「ちょ、ちょっと待って二乃。く、首がぁぁあわあわ」

「……何やってるの、二人とも」

「……ほっとけ、三玖。この問題だがな……」

 

 いつもの日常、いつもどおりの光景。そんな他の姉達が彼を中心に騒ぐなか、一人、静かに喧騒を守る者がいた。五月はその人物をチラリと見る。

 

 隣の騒ぎにも目もくれず、黙々と彼が作ってきた課題を解いているのは、五つ子の長女、中野一花。五月はその姿にしばし見惚れた。

 

 足を崩しながらも、背筋をきちんと伸ばした姿の何と美しいことか。役者としての心構えなのかわからないが、以前までぐーたら寝転んでいた姿とは別人である。

 

 元々姉妹の中で一番モテるタイプではあった。子供の時から、持ち前の明るさと元気のよさで皆の中心であったし、成長するにつれ控えめになった現在でも、よく男の子に告白されているらしい。

 

 とはいえ、自分達は五つ子、同じ顔なのだ。一花がモテるなら、自分だって……とは二乃の弁だが、五月も少なからず同じ気持ちではあった。夏祭りの時なんか、一花だけ食べ物にサービスされて、いたく腹を立てた記憶がある。

 

 だが今の一花を見ていると、とても同じであるとは思えなかった。

 

 問題に集中しているのか、少し伏し目がちになった目元は長い睫毛がよく映える。それだけではない。答えがわかったのだろうか、少し口元がほころぶ姿……やや前のめりになったことで髪が邪魔になったのか、髪を耳にかける仕草……同じ女であり、妹である自分の目から見ても、ぞっとするほど色気のあるものだった。

 

 いつから一花は、こんな姿を見せるようになったのだろうか。少なくとも半年前までは、転校してくる前までは、自分達と同じであった筈だ。或いは、一花も恋をしているのだろうか。雑誌に書いてあった、女の子は恋をすると、何倍も可愛いくなると。だとするならば、相手は誰だろう。学校の同級生?先輩?仕事で知り合った俳優? 

 

それとも、もしかして──

 

と、そこで五月の見つめる視線に気づいたのか、一花が顔をこちらに向け、首を傾げる。

 

「ん?五月ちゃん、どうかした?」

「い、いえ!何でもありません」

「そう?」

「ええ………勉強の調子はいかがですか、一花」

「うーん、まあまあかな。まあ、赤点は回避できると思うよ。五月ちゃんは?」

「全力を尽くしていますが……やはり社会は少し苦手ですね」

「とか言って……私より点数いい癖に」

「い、いえ。そんなこと……」

 

 一花のからかう言葉にする恐縮する五月。一花はそんな五月を微笑ましそうに見ていたが、ふと顔を前に向けた。その視線の先には、わいわい騒ぐ姉達とそれを仲裁する彼の姿。彼はいつもどおり、余裕のある笑みを携え、次々に質問してくる姉達の相手をしていた。

 

 だが、その穏やかな顔に、いつもとは違い疲れの色が見えるのは気のせいではないだろう。無理もない、と五月は先程まで取り組んでいた課題を手に取る。

 

「……彼も大変ですね。今日も私達の為に、一人ずつ違う課題を作ってきて下さって……しかも全部手書きなんですから。それに加えて、昨日もケーキ屋のバイトをしていたらしいですよ」

「……フータロー君は働きすぎなんだよ。もっと楽をしていいのに」

 

 五月の声に反応したのだろうか、一花がぼんやりと彼らを見つめながら、呟く。その言葉には、彼に対する労りとそして──少しの非難が込められていたように聞こえた。

 

 一花がそんなことを言うなんて、と五月は少し動揺しながらも、風太郎を弁護するかのように続ける。

 

「でも、彼も自分の道を歩む為に頑張っています。彼と私達、お互いに頑張って、一緒に前へ進んでいけば「違うよ」……え、一花?」

 

 突然言葉を遮られた五月は、一花の方へ振り返る。するとそこには、妹である五月ですら、見たことがない表情をした一花がいた。

 

「フータロー君はもう十分頑張ってきたんだから、これ以上頑張る必要なんてないんだよ。今までフータロー君は、たった一人で頑張ってきた……一人で色々なものを背負ってきたの。五月ちゃんだって知ってるでしょ、彼の家庭事情は」

「え、ええ」

「……彼は期待されればされるほど、頑張る人だから。休むこともせず、真っ直ぐ歩き続けちゃう…………だからね、そんな彼を支える人が必要なの。彼が肩の力を抜いて、ううん、違う。彼が楽をして生きていけるようにする人が……」

「い、一花……?」

 

 一花はそう言って、じっと彼らを、いや、彼を見つめていた。五月は何か言葉を発しようとして──できなかった。彼を見つめる一花の横顔は、あまりにも美しく、神聖で、何者も立ち入ることを許さない雰囲気を纏っていた。

 

五月はゴクリ、と喉を鳴らす。

 

もしかして、一花は彼のことが──

 

と、そこで一花が五月の方に向き直り、肩を竦め、おどけた表情をする。

 

「なんて、ね。私達はしっかり勉強するだけだよ。それが一番フータロー君の為になるんだもん」

「……え、ええ、そうですね」

 

 一花はそう言って、再び問題を解き始めた。五月もまた、ペンを握り、問題に取り組む。

 

手を動かしながら、五月は思った。

 

 

やはり一花は、自分とは、自分達とは何かが違う、と。

 

 

 

 

    ○

 

 

 

 

「……できた」

 

 中野三玖は、そう呟いてペンを置いた。課題を全て終わらせた達成感と疲労から、思わずソファーにもたれかかる。

 

「あー疲れたぁ。もー駄目、頭パンクしちゃいそうです」

「よく頑張ったな、四葉。よし、そろそろ休憩するか」

「やったー!上杉さん、大好きです!!」

「……四葉、離れなさい」

 

 風太郎の休憩を告げる声に、皆が歓喜の声を上げる。課題に取り組み始めてから、もう一時間が過ぎていた。さすがに集中力が切れそうだ。

 

「私、飲み物取ってくるね。五月ちゃん、手伝ってくれる?」

「……ええ、わかりました」

 

 そう言って一花と五月が飲み物を取りにいく。しまった、出遅れた。せっかく、フータローに飲み物を持っていくチャンスだったのに。

 

「これだけ勉強したんですから、点数アップ間違いないですよ!ね、上杉さん?」

「……そうであって欲しいね、いや、本当に」

「……大丈夫だよ、フータロー。私、今回自信あるから」

「おっ、頼もしいな三玖。期待してるぜ」

「う、うん」

 

 フータローの期待する瞳に思わず顔が熱くなる。そうだ、今回は何としても、姉妹の中で一番に成らなくては。前回は合計点で五月に負けてしまった。だからこそリベンジをする為に、歴史以外も頑張って勉強しているのだから。

 

「今回の試験も一番は五月かな?凄い成績伸びてるもんね」

「……まあ、順当にいけばそうだろうな」

「ですよね。五月、大学に進学する為に凄い頑張ってますから。今回も五月が一番に「いいえ、今回一番を取るのは私よ」……え、二乃?」

 

 二乃の言葉に驚く四葉。三玖も驚いた。二乃がそんなこと言うなんて。

 

「ちょうどいい機会だから宣言しておくわ。今回の試験で、私が一番いい点数を取るのから…………ね、フータロー?」

 

 二乃はそう宣言し、フータローの顔を見ながらウィンクするように片目を瞑る。それを見た三玖の心がざわつく。

 

……やっぱり二乃もそうなんだ。私と一緒で二乃もフータローのことを。

 

だったら──負けられない!

 

「……私だって負けないよ。私が一番になるから」

「……三玖」

 

 二乃は一瞬虚をつかれたような表情をしていたが、すぐに、上等じゃないと呟き、三玖に向けて不敵な笑みを浮かべる。三玖もまた負けじと二乃に向き直る。絶対に負けられない。

 

「はーい、お待たせ。飲み物だよー……はい、フータローくん」

「サンキュ、一花」

 

ちょうどその時、一花が手にお盆を乗せ、飲み物を運んできた。ピリピリしかけた空気を見計らったような、完璧なタイミング。おかけで空気が和らぐ。

 

「随分盛り上がっていたようですけど、何の話をしていたのですか?」

 

 続けて五月もお盆を手に持ち、首を傾げながら現れる。お盆の上には飲み物と……お菓子の数々。もうすぐお昼だというのに、我慢できなくなったようだ。五月らしい……と思っている暇はない。一番になる上で最大のライバルはこの末っ子の妹。ならば負けるわけにはいかない!

 

「五月、アンタ最近太ったんじゃない?ダイエットした方がいいわよ」

「……そうだよ、五月。控えた方がいいよ。そのお菓子、預かるから」

「え、ええ?そ、そんな私、太ってなんか……あ、ああ……ひ、酷いです」

 

 楽しみにしていたお菓子を没収され、絶望した表情になる五月。そんな五月を見ながら二乃と三玖は目を合わせ、互いに首肯く。これで五月はお腹が空いて集中力を欠き、勉強に集中できなくなる筈。

 

五月には悪いが仕方ない。可愛い妹であろうが、時に戦わなくてはならない時もある。

 

陶晴賢を破った毛利元就も言っていた。

 

『謀多きは勝ち、少なきは負ける』と。

 

戦いはもう既に始まっているのだ。

 

 

 沈みこむ五月を無視して、三玖と二乃は互いにアイコンタクトを交わす。一番手強い相手は押えた、後の敵は目の前の相手のみ。正々堂々(?)と一騎討ちだ。

 

 二人が無言でバチバチとやり合うなか、風太郎達はお菓子を摘まみながら、たわいもないお喋りに興じていたが、ふと、四葉が風太郎に向けて尋ねる。

 

「そういえば、もうすぐクリスマスですね……上杉さんは、お家でパーティとかするんですか?」

「……まあ、些細なもんだけどな。少し飾り付けして、ケーキ買ってきて、らいはが作る料理食べるくらいだ」

「……なるほど。らいはちゃんのお料理、いいですね。私も食べてみたいです」

 

 フータローと四葉の会話を聞きながら、三玖はハッとする。そうだ、試験があるせいで忘れていた。もうすぐクリスマス、フータローにプレゼントを用意しなくては!

 

 と、そこで、三玖の内心を知ってか知らずか、四葉が突然フータローに向けて口を開く。

 

「そうだ、上杉さん。今回の試験で、一番いい点数取った人は、上杉さんからクリスマスプレゼントを貰えるというのはいかがですか!?」

 

「「「え」」」

「………え」

「……何?」

 

突然の四葉の提案に、驚くフータローと姉妹達。

 

(……フータローからクリスマスプレゼントを貰える?……………欲しい!)

 

 好きな人からクリスマスプレゼントを貰えるなんて、これほど嬉しいことはない。顔を綻せ喜ぶ三玖。勿論、喜んでいるのは三玖だけではない。二乃もまた、頷きながら嬉しそうな顔をする。

 

「いいわね、それ。四葉、いいこと言うじゃない」

「ししし、でしょう?決まりですね、上杉さん!」

「……まあ、いいけどな。ちなみに俺は何をすればいいんだ?あんまり高い物は用意できないぞ?」

「平気よ、別に物買えって言うわけじゃないわ」

「……でしたら、何をさせるつもりなんですか、二乃?」

 

 五月が首を傾げて二乃に問いただす。それに対して二乃は一つ頷き…………何故か頬を染める。

 

「頑張ったご褒美として……………ほ、ホッペにチューとかどうかしら?」

「「「な!?」」」

 

「そんなの駄目だよ!」

 

「…………一花?」

 

 突然、大きな声を出し立ち上がったのは、五つ子の長女である一花。一花の顔を見た三玖は息をのんだ。その時一花が浮かべていた表情は、五つ子である三玖ですら見たことがないほど、険しい表情をしていた。

 

「……二乃、そういうの良くないと思うな。勝手にフータローくんのこと、景品にするなんて。」

「……ちょっとした冗談じゃない、そんなに怒ることないでしょ…………それとも、一花は何か思うところがあるのかしら?」

「……何か、って何?」

「それを聞いてるんだけど?」

「…………」

「…………」

「…………それに、合計点勝負なんて不公平だよ」

「どこがよ?」

「……だってほら、私、最近お仕事が忙しくて、中々勉強できなかったし……」

「それは私も同じよ。私だって、アルバイトしてるわ。それに加えて、料理当番もしてるんだから」

「……そう、だけど……」

「ふ、二人とも落ち着いてください。どうしたんですか?」

「そ、そうだよ。喧嘩はよくないよ。皆、仲良くしなきゃ駄目だよ」

 

 言い争う一花と二乃を見て、五月と四葉が慌てて仲裁に入る。三玖はそんな二人を見て、目を見開いた。

 

もしかして、二乃だけじゃなく一花も──

 

と、その時、困惑した表情を浮かべていた風太郎が、一つ大きな息を吐き、口を開く。

 

「わかった、じゃあこうしよう。国数英理社の五科目で、それぞれ一番になった教科が多い奴が優勝ってことで。これなら、それぞれ得意教科があるんだから公平だろ?前回も皆、一番だったんだし…………勿論、全員一つずつトップなら、全員にプレゼント用意してやるよ」

 

 ただし、赤点を一つでも取ったら権利なしだからな、とフータローは付け加える。

 

 フータローの言うとおり、私達はそれぞれ得意教科が違う。私は社会、一花は数学、二乃は英語、四葉は国語、五月は理科。確かにそれならば──公平だ。

 

「私は合計でもいいけど……まあ、別にいいわよ」

「はい!楽しみです!!」

「……うん、それならいいよ」

「私は参加するなんて言ってないのですが…………まあ、仕方ないですね。でも、私は仮にも教師を目指している身。負けませんよ」

「…………わかった」

 

 フータローの妥協案に同意する五つ子達。そっけなくしながらも、不敵な表情を浮かべる二乃。笑顔で元気よく返事をする四葉。静かに、穏やかに笑う一花。渋々返事をしながらも、自信満々に笑みを浮かべる五月。

 

 返事はバラバラながらも、その顔には皆一様に笑みが浮かんでいた。勝つのは自分だ、という自信にあふれた表情が。

 

三玖もまた、拳を強く握り決意する。

 

自分の成長を示す為にも、フータローのプレゼントをゲットする為にも負けられない、特に一花と二乃には絶対に!

 

普段のクールさはどこへやら、三玖はメラメラと闘志を燃やす。

 

 

だからこそ、気づかなかった。

 

三玖の側にいる『彼女』が、微笑みながらも一瞬、表情を消したことを。

 

その内心に秘めた想いを。

 

 

 

側にいたにもかかわらず──見過ごしてしまった。

 





次回は期末試験回。
果たして勝つのは誰なのか。

『五つ子の姉妹達は、それぞれの想いを胸に試験に臨む。』

後三話ぐらいでとりあえず一区切り、第一部完結です。


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第十二話 : 五つ子の姉妹達は、それぞれの想いを胸に試験に臨む。


アニメがいきなり作画レベル上がってて笑った。最初からそれでやってくれれば……一花さんの夏祭りシーンだけ円盤で修正してくれないかな。



 

 普段は騒がしい校内もその日は静けさに包まれていた。そう、今日は期末試験の日。教室で席に座る生徒達は一心不乱に手を動かし、その様子を監督官である教師が見守っている。

 

 そんな中、中野一花は真剣な表情で目の前の問題を解いていた。一時間目は英語の時間。一花にとっては、決して得意とはいえない科目。

 

(絶対に負けられない。そもそもこんな勝負、する方がおかしいんだよ。皆、フータローくんのこと、何にも分かってないんだから)

 

 半年前であれば、さっぱり分からず既に諦めていた問題、もう寝ていた時間。でも今は理解できる、解くことができる。全部、彼に教えられたから。それこそが彼と育んできた絆の証である。

 

(彼は忙しいんだから、迷惑かけちゃ駄目なの。だから私が勝って、フータローくんの負担を少しでも軽くしてあげなきゃ…………それに、フータローくんの期待に応える為にも、ね)

 

一花が思いだすのは、数日前に交わした彼とのやり取り。

 

 

『一花、あまり無理しなくていいからな。普通にしてれば赤点は回避できるんだ。お前はただでさえ、仕事で忙しいんだから、これ以上睡眠時間削って勉強する必要なんか……』

『大丈夫だよ、フータローくん。私、やればできる子なんだから。流石に全教科トップは無理だけど、二、三教科に絞って勉強すれば十分狙えるよ』

『…………一花』

『それに負けたくないの………特に二乃には絶対に』

『…………一花、これ使ってくれ』

『え、何、これ?』

『英語のテスト対策をまとめた資料だ。これで勉強すれば、英語はかなりの点を取れる筈だ』

『ふ、フータローくん!…………これ、私の為に用意してくれたの?…………もしかして、今日疲れた表情してるのって、これを夜遅くまで作ってたから!?』

『皆には内緒だぞ?……一花だけの特別なものだ』

『う、うん!嬉しい、私、絶対に負けないから!』

『ああ、期待してるよ、一花』

 

 

(フータローくんがわざわざ、私の為だけに用意してくれたんだもん。絶対に無駄にはさせないよ……………そう、私は彼の『特別』なんだから)

 

一花はすらすらと問題を解く。やっぱりフータローくんは凄い。フータローくんからもらった資料で、テスト問題がほぼカバーできている。これなら、英語が得意な二乃にも勝てる。

 

(私が得意な数学とフータローくんが用意してくれた資料のおかげで英語のトップは狙える。二科目でもいけるだろうけど、万が一を考えて、過半数とるのがベストだね。なら、狙い目は一番トップの難易度低そうな四葉が得意な国語……これで三科目トップだから、私の勝ちだよ)

 

勝利を確信する一花。と、そこでふと気づいた。私が勝った場合、プレゼントはどうなるのだろう、と。

 

(……そういえば私がトップだったら、どうなるんだろう…………フータローくんからのプレゼントなんて………………も、もしかして、指輪とか!?)

 

思い付いた考えに、問題を解く手が止まる。

 

(も、もう、駄目だよフータローくん。私達、まだ学生だし、未成年だし。それにまだ私、フータローくんを養えるくらいお金稼いでないんだから、まだ早いよ………………あ、でもとりあえず婚約したことにして、隠しておけばいいのかな?………………フフフ)

 

 試験後の幸せな未来予想図を想像し、ニヤける一花。だから気がつかなかった。監督官である英語の教師が、突然ニヤけだした一花を怪訝な様子で見ていたことを。

 

 

 

 

    ○

 

 

 

 

 中野二乃は真剣な表情で目の前の問題を解いていた。二時間目は社会。二乃にとっては、決して得意とはいえない科目。たが、今回は違う。

 

二乃が思いだすのは、数日前に交わした彼とのやり取り。

 

 

『二乃、これ使ってくれ』

『え、これって……』

『社会のテスト対策をまとめた資料だ。これで勉強すれば、社会はかなりの点数を取れる筈だ』

『ふ、フー君……もしかして、これ、私の為にわざわざ用意してくれたの? だからそんなに眠たそうな表情しているの?』

『社会は三玖の得意教科だ、前回は八十点近くとってる。それを超えるのは正直厳しいが、お前は頑張ればできる子だ。五つ子の中で一番意思が強いのは二乃、お前だ。お前なら三玖に勝てる……それに、二乃はアルバイト仲間だからな。特別、頑張って欲しい気持ちはある』

『う、うん、わかったわ!……ありがとう、私、絶対に一番取るから!!』

『ああ、期待してるよ、二乃』

 

 

(ふふふ、私だけだなんて、『特別』だなんて……フー君ったら!……もしかしてフー君、もう私のこと好きなんじゃないかしら?……でなきゃ、わざわざあんな資料作らないわよね?)

 

 二乃はすらすらと問題を解く。やっぱりフー君は凄い。フー君からもらった資料で、テスト問題がほぼカバーできている。これなら、社会が得意な三玖にも勝てる。

 

(私が得意な英語とフーくんが用意してくれた資料のおかげで社会のトップは狙える。二科目でもいけるでしょうけど、万が一を考えて、過半数とるのがベストね。なら、狙い目は一番トップの難易度低そうな四葉が得意な国語……これで三科目トップだから、私の勝ちよ)

 

勝利を確信する二乃。と、そこでふと気づいた。私が勝った場合、プレゼントはどうなるのだろう、と。

 

(……そういえば私がトップだったら、フー君、プレゼント何くれるのかしら……………も、もしかして、ホントにキスとか!?)

 

思い付いた考えに、二乃の問題を解く手が止まる。

 

(も、もう、駄目よフー君。私達、まだ付き合ってないんだし…………あ、でも、もうすぐクリスマスイヴだから、その日にデートして告白して付き合えばいいんじゃないかしら………………フフフ)

 

 試験後の幸せな未来予想図を想像し、ニヤける二乃。だから気がつかなかった。監督官である社会の教師が、突然ニヤけだした二乃を怪訝な様子で見ていたことを。

 

 

 

 

    ○

 

 

 

 

 中野三玖は真剣な表情で目の前の問題を解いていた。三時間目は数学。三玖にとっては、決して得意とはいえない科目。たが、今回は違う。

 

三玖が思いだすのは、数日前に交わした彼とのやり取り。

 

 

『三玖、これを使ってくれ』

『フータロー、何、これ?』

『数学のテスト対策をまとめた資料だ。これで勉強すれば、数学はかなりの点を取れる筈だ』

『ふ、フータロー!?…………これ、私の為に用意してくれたの?…………もしかして、今日疲れた表情してるのって、これを夜遅くまで作ってたから!?』

『皆には内緒だぞ?…………まあ、三玖はお弁当作ってもらったからな。お礼というか、三玖だけの特別なものだ』

『う、うん、ありがとう! 私、絶対に負けないから!』

『ああ、期待してるよ、三玖』

 

 

(フータローがわざわざ、私の為だけに用意してくれた特別なものだから……絶対に無駄にはさせない)

 

 三玖はすらすらと問題を解く。やっぱりフータローは凄い。フータローからもらった資料で、テスト問題がほぼカバーできている。これなら、数学が得意な一花にも勝てる。

 

(私が得意な社会とフータローが用意してくれた資料のおかげで数学のトップは狙える。二科目でもいけると思うけど、万が一を考えて、過半数とるのがベスト。なら、狙い目は一番トップの難易度低そうな四葉が得意な国語……これで三科目トップだから、私の勝ち)

 

 勝利を確信し、思わず顔が綻ぶ三玖。だから気がつかなかった。監督官である数学の教師が、突然笑顔で問題を解きだした三玖を怪訝な様子で見ていたことを。

 

 

 

    ○

 

 

 

 中野五月は目を白黒させながら、目の前の問題を解いていた。四時間目は理科。五月にとっては、一番得意といえる科目。だが今回は違う。

 

五月が思い返すのは、朝のやり取り。

 

 今日に限って時計のアラームが何故か鳴らなかったのだ。そのせいで時間ギリギリに起き、慌てて身支度を整え、朝食を食べようとしたものの、テーブルには何も食べ物はなかった。

 

愕然とした様子の五月に、二乃が声をかける。

 

『朝から勉強していて朝食を作り忘れたから、食べたかったら、各自コンビニで何か買って食べなさい』と。

 

 慌ててコンビニに向かおうとするも、既に時間的にそんな余裕はなくなっていた。そして何も食べないまま、今に至っている。

 

(この時間さえ乗りきれば、お昼休みです。そうすれば、何とかなります…け…ど………………も、もう限界です………………お、お腹が空きましたぁ~)

 

 あまりの空腹感に顔がひきつる五月。だから気がつかなかった。監督官である理科の教師が、突然変な顔で問題を解きだした五月を怪訝な様子で見ていたことを。

 

 

 

    ○

 

 

 

 中野四葉は真剣な表情で目の前の問題を解いていた。五時間目は国語。四葉にとって、一番得意な科目。

 

(うーん、この問題難しいなぁ…………全然分からないよ…………よし、迷った時は、四番目を選ぶ、と)

 

 四葉は問題から四番目の選択肢を選び、回答用紙に記入する。その後の問題も全て同じ。分かる問題は間違いがないか丁寧に見直し、分からない問題は、迷った場合は、四番目。それが彼女のやり方、彼女の生き方である。

 

 監督官である国語教師は教室を見渡す。誰もが皆、真剣な表情で問題を解いている。静寂につつまれたクラス、空間。何もおかしなところはない。

 

今日もこのクラスは平穏、平和である。

 

 

 

 

    ○

 

 

 

 テストが終わって数日後の放課後、姉妹達は風太郎と二乃のバイト先であるケーキ屋『revival』に集まっていた。

 

 それぞれが手に持つのは、今日返ってきたテスト用紙。結果が書かれたその紙を持ちながら、彼女達は自信満々な笑みを浮かべる。誰も負けたとは考えていない、そんな表情。

 

「じゃあ、せーので出そっか」

「いいわよ」

「……わかった」

「はい!」

「わかりました」

「…………何か、当事者である俺の存在が忘れられてる気がするな 」

 

意気込む五つ子達を尻目に、風太郎は一つ溜息を吐く。

 

 

「「「「「せーの!」」」」」

 

 

 彼女達は一斉にテスト用紙を取り出した。その瞬間、様々な点数が書かれた紙が、テーブルを埋め尽くす。

 

 

「っ!?」

「嘘!?」

「……え」

「あ」

「そ、そんな」

「……へぇ」

 

 

 その光景を見て、彼女達は一様に驚きの声を上げた。隣で見ていた風太郎もまた驚く。予想もしなかった光景。予想もしなかった勝者。

 

 

勝負の結果は──

 





~試験後の職員室~

英語教師「いやー、私のクラスの中野が、急にニヤニヤしながら問題を解き始めたから驚きましたよ」
社会教師「そういえば、私のクラスの中野もニヤニヤしてたな」
数学教師「私のクラスもです。急に笑顔になってました」
理科教師「私のクラスの中野は、顔ひきつってましたよ」

英語・社会・数学・理科教師「ま、まさか……五つ子のテレパシー能力!!??」

国語「うちのクラスは平和だなー」


冗談です。ごめんなさい。


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第十三話 : 五つ子の長女は、聖なる日に一つの誓いをたてる。


今週でアニメ最終話か……二期ありますよーに。


 

「ここだよ、フータローくん」

「へー、お洒落なとこだな。流石は一花、いいお店知ってるな」

「へへへ、共演した人に教えて貰ったんだ、隠れ家的なとこだって。勿論、味も保証するよ」

 

 そう言って、中野一花は彼の腕を引きそのお店を指差す。地元ではなく、一花達が住んでいる街から電車で県を跨ぎ三駅離れたところにある洋風料理店。以前仕事で一緒になった人に、とても美味しいお店があると教えて貰ったのだ。

 

 中に入ると、早速、店員が一花達の案内に現れる。案内されながら、店内を見渡すと、中は多くの人で賑わっていた。そして、そのほとんどが若いカップル達。

 

 

それもそれその筈、今日はクリスマスイヴ。

 

 

そう、恋人達が愛を語り合う日なのだから。

 

 

 

   ○

 

 

 

「ふー、美味しかったな」

「うん、美味しかったね。五月ちゃん風に言うと、星五ってとこかな」

「五月チェックは厳しいからな。星四ってとこじゃないか?」

「ふふふ、そうかも。五月ちゃんは味に五月蠅いからねー」

 

 評判どおり、料理はとても美味しかった。味といい、見た目といい文句のつけようがない。教えてくれた共演者に感謝しなくては。

 

「皆の様子はどうだ?五月はまだ落ち込んでるのか?」

「そんなことないよ。流石に結果が分かった直後は落ち込んでたけど、お夕飯の時はもう元通りだったし。普段どおり、ご飯おかわりしてたもん」

「なら安心だな。しっかり食べてるなら問題ない。食べる量が変わらない限り、あいつは大丈夫だ」

「フータローくん、ひどーい。五月ちゃんのこと何だと思ってるの?」

「何って、そりゃあ、伝説の食レポブロガーだろ」

「……五月ちゃんに言いつけちゃおうかなー。フータローくんがそんな風に思ってたよーって」

「……勘弁してくれ」

 

 ここにはいない末っ子の冗談で盛り上がる二人。二人は他の姉妹達のことや、一花の仕事の話、風太郎のバイトでの話をしていたが、自然と話題は、この前あった期末試験の結果について移り始めた。

 

「それにしても驚いたな」

「……そうだね」

「まさか、四葉が勝つなんてな」

「……うん、驚いた」

 

 そう、試験の勝者はまさかの四葉であった。誰もが予想しなかった人物。結果が分かった瞬間、一花のみならず、二乃も三玖も愕然とした様子を見せていた。五月など、得意教科の理科で四葉に負けたショックから、ご飯が喉に通りませんと言っていたほどだ。その後しっかりと食べてはいたが。

 

(私は英語が一番だったけど、得意教科の数学で三玖に負けた……二乃は社会が、三玖は数学がそれぞれ一番。五月ちゃんは、合計点数では一番だったけど、個別では一番はなし…………結局、四葉が国語と理科の二科目で一番)

 

 まさか得意教科の数学で三玖に負けるとは思わなかった。自分もかなり勉強したと思ったが、三玖の頑張りに負けたということだろうか。とはいえ、三玖もあれほど得意にしていた社会で、二乃に負けて凄く悔しがってはいたが。

 

(それにしても、四葉の頑張りには驚いちゃった。理科で五月ちゃんに勝ったこともそうだけど、国語の点が前回より、もの凄く伸びてたもんね…………よっぽど勉強したのかな)

 

 四葉の国語の点数は八十点近くを取っていた。前回より、三十点近く伸びた計算だ。正直、国語なら六十点近く取れれば勝てると思っていたので、全くの計算違いであった。

 

 駅伝の大会もあった筈なのに四葉がここまで頑張るなんて、一体どれだけの勉強をしたのだろうか。二乃や三玖は目に隈ができるくらい勉強をしていたみたいだが、四葉にはそんな様子は見られなかった。よっぽど効率のいい方法で勉強したのだろうか。

 

 とはいえ、トップだった国語と理科以外は赤点ギリギリだったことから、単に山が当たったのだろう。いずれにせよ、自分達に運がなかった、それに尽きる。

 

「まあ、勝ったご褒美が、皆でクリスマスパーティーをしたいっていうのは四葉らしいけどな」

「ほんとだね。四葉もフータローくんに物をねだれば良かったのに。指輪とかネックレスとか」

「おいおい、勘弁してくれ。そんな高価な物買えねえよ」

「ふふふ、冗談だよ」

 

 勝者である四葉が願ったのは、クリスマスにマンションでホームパーティーをすることであった。勿論、姉妹のみならず、風太郎と彼の妹であるらいはちゃんもだ。

 

「フータローくん、クリスマスの日大丈夫なの?お家でお祝いとかしなくて」

「ああ、大丈夫だ。親父が仕事で帰ってこれないらしいからな。らいはと二人きりで寂しいと思ってたところだ。四葉の誘いを聞いて、らいはも喜んでたよ」

「……そっか。それなら良かった」

 

 勝負に負けたことは悔しいが、明日も彼に会えるのだと思うと、それも気にはならない。クリスマスパーティーをしたいと言った四葉に感謝しなくては。

 

「明日もよろしくね、フータローくん」

「おいおい、まだ今日は終わってないんだぜ。気が早いぞ。まずは、今日という一日を目一杯楽しもう……せっかく二人きりなんだからな」

「……うん、そうだね」

 

 風太郎の言葉に少し照れた様子を見せながら一花は思う。今日と明日は、間違いなく人生で一番幸せなクリスマスになる、と。

 

 

 

   ○

 

 

 

 

「……綺麗だね」

「……ああ」

 

 二人の目の前では、夕陽が水平線に沈もうとしている。ランチを終えた後、映画を見に行った一花達。映画が終わった後は、近くのショッピングセンターでお互いの服を選び合いなどし、楽しいひとときを過ごした。その後は喫茶店で感想を語りながらひと休み。そして喫茶店を出た後は、散歩がてらに海沿いの歩道を歩き、二人は今、ベンチに腰かけていた。

 

 辺りには人気は少なく、居るのは一花達と同じくカップルのみ。だからこそ堂々と彼にくっつくことができる。一花はそっと風太郎に寄り添い体を押し付ける。すると、すぐに彼が一花の肩に手を回し、抱きよせられた。

 

 そのまま、二人は静かに太陽が海に沈むのを見つめていた。時折、彼の手が一花の髪を優しく撫でる。

 

 一花は彼に髪を撫でられるのが、たまらなく好きであった。彼の大きな手が自分の髪に触れる度に、自分の全てが彼に支配されたように感じ、どうしようもなく背筋が震える。

 

 

「……一花、髪、伸びたな。伸ばしてるのか?」

「んー、そういうわけじゃないけど、ね。切りに行ってないだけ。それにほら、冬は寒いから長い方がいいかなーって」

「なんだそれ、めんどくさがりにもほどがあるぞ」

「ふふふ、じょーだんだよ、冗談」

 

 

 本当は嘘だった。一花は最近、髪を伸ばすようになっていた。それには理由がある。ふと思ったのだ。

 

 もしかしたら、彼は、フータローくんは髪が長い方が好きなのかもしれない、と。

 

 いつだったか、彼が言っていたことがあった。行為が終わった後のベッドの中で、彼に寄り添い合いながら寝ていた時に、彼が髪を撫でながら言ったのだ。

 

 

『……一花って、いつから髪を短くしたんだ?』

『え、どうしたの、急に?』

『いや、昔は皆、髪型同じだったと聞いたからさ。いつから、違うようになったのかと思って』

『んー、五年前までは皆同じだったんだけどねー。いつからだろ、忘れちゃった。四葉が最初に変えたのは覚えてるんだけどね』

『……そうか』

『? それがどうかしたの?』

『いや、何でもない』

『そう?』

 

 

 それ以降、彼がその話をすることはなかった。だが、ふとした時に、彼が懐かしそうに、愛しそうにしている雰囲気を感じた。

 

 自分の髪を触りながら、見ながらも、視線は遠く、ここではないどこかを見つめているように感じたのだ。

 

 それはただ単に彼の好みの問題なのか、それとも──初恋の女の影響なのか。

 

 いつか雑誌で読んだことがあった。男の子は初恋の女の子を引きずるのだと。男は最初の人に、女は最後の人になりたがる。故に、彼が愛しそうに髪を撫でるのは、初恋の影響で髪の長い女の子が好きなのだと思うようになった。

 

 彼に直接聞いたことはない。聞く必要もなかった。もし聞いたとしても、きっと彼は一花の望みどおりの答えを返すだろう。

 

『そんなことはない』と。『今の一花が一番だ』と。誰よりも優しい彼なら、必ずそう言うと確信していた。だからこそ、一花は髪を伸ばそうと決意した。少しでも、彼の好みに近づく為に、今以上に彼に好きになって貰う為に。それで安心できる筈であった。だが、

 

 

「……あの、フータローくん」

「ん、どうした一花?」

 

 少し躊躇った様子の一花を見て風太郎が首を傾げる。一花はそんな彼を伺いながら一つ喉をならし、

 

「……私達の関係、皆に話ちゃ駄目かな?」

「…………何だって?」

 

 一花の言葉に驚いたような顔をする風太郎。それも当然であろう。そもそも私達の関係を内緒にしようと言ったのは自分のほうだ。彼に迷惑をかけたくなかったからそう言った、内緒でも構わなかったからだ。

 

 それが一転して、皆に話したいなんて言うなんて、彼でなくてもどうかしたのか問うに違いない。

 

「どうしてだ? 今バレたら、家庭教師を続けられなくなる可能性だってあるんだぞ。そうなったらマズいだろ?」

「…………」

「……一花?」

「…………二乃と三玖のこと、気付いてる?」

「……ああ、好意を持ってくれてるみたいだな」

「…………うん、そうみたい」

「……もしかして、それが理由か?」

「…………」

 

 そうだと言えば、彼はどんな反応をするだろうか。二乃や三玖のことをどう思っているのか、自分と比べてどうかと、そう聞けば、彼は何と答えるのだろう。

 

「二乃と三玖とは何にもない。二人とは一緒に出かけたこともないんだ、何かあるわけないだろ? 何だったら、二人に聞いてみてもいいぞ」

「……そういうわけじゃなくて」

「だったら、どうしてだ?」

「…………」

「……そんなに不安か? 俺のこと信じられないか?」

「ち、違うよ! そんなことない、フータローくんを疑ったことなんて一度もないよ!」

「なら何故だ? 一花は何が不安なんだ?」

「…………」

 

 彼の問いに答えることはできなかった。何故なら、自分でもわからなかったからだ。彼は自分を愛してくれている。それは分かる。

 

 だが、二乃や三玖が彼に好意を寄せる姿を見て、焦りを覚えているのは確かだ。

 

 他の女の子ならこうはならなかった。同級生の女の子がいくら彼を好きになろうが、何一つ不安になることはない。彼のことを知らない彼女達が近づこうが、彼を本当に理解できているのは自分だという安心感があった。

 

 でも、二乃達は別だ。自分と同じ顔の妹達。髪型も、好きな食べ物も、趣味も違えど、本質的には同じだと心の奥底では思っている。

 

 だからこそ、いつか二乃達なら自分のように彼のことを理解してしまう可能性はある。その時、二乃や三玖が自分の代わりになってしまうのではないか? そんな不安が一花の頭をよぎっていた。

 

 彼が自分に飽きた時、捨てられたらと思うと震えが止まらなかった。だから、確かな絆が欲しかった。彼と離れることのない、確かな絆が、永遠の鎖が。

 

 風太郎は黙ったまま俯く一花をしばらく見つめていたが、一つ大きく息を吐くと、一花に顔を上げるように促す。

 

「一花、これ受け取ってくれ」

「え……これって」

「一応クリスマスプレゼントだ。まあ、安もんだけどな」

 

 そう言って、風太郎はジャケットのポケットから小箱取り出し、一花に手渡す。それを受け取った一花が中身を開けると、そこにはピンクのブレスレットが輝きを放っていた。

 

「……綺麗」

「まあ、定番といえば定番だけどな。一花に似合いそうだなと思ったんだが」

「……うん、ありがとう。嬉しい、凄く嬉しいよ」

「それは良かった。ちなみに、俺がプレゼントを上げるのは一花だけだ…………これで少しは安心してくれたか?」

「……うん、勿論!」

 

 一花の言葉を聞き、風太郎は安心したように微笑む。そんな彼の顔を見ながら、彼から送られたブレスレットを見ながら、少しだけ思った。

 

 ブレスレットではなくて、腕輪ではなくて、首輪の方がいいと言ったら、彼はどんな反応をするのだろうか、と。

 

(私が首輪をつけて欲しいなんて願ってること知ったら、流石のフータローくんも引くかな?……あの普段は余裕ある笑みが引きつっちゃうのかな?…………それはそれで少しだけ見てみたいかも)

 

 私ってこんなに重い女の子だったかな、と自嘲する一花。その顔に浮かんだ笑みを喜びと思ったのか、風太郎が一花に近づき、顔を寄せる。

 

「ずっと俺の隣にいてくれ、一花……いいな」

「……は、はい」

 

 風太郎の同意を促す強い言葉に、一花はうっとりとした表情で返事を返した。そしてそのまま、強引に唇が奪われる。一花は口内に入ってくる彼の舌に必死に応えながら、ぼんやりと思う。

 

 やっぱり、彼は私を必要としている。私を失うことに怯えている。自分の未来が無くなるから、閉ざされるから。私が彼に愛を与え続ける限り、私から離れていくことはない。それがたまらなく愛おしい。

 

 

(……フータローくんの未来は私が握っている。私は彼に全てを捧げた。だったら彼の全ては私の物。二乃にも、三玖にも絶対に渡さない…………もしも、奪われそうになったら、その時は────)

 

 彼が初恋の女の子を引きずっている?それがどうしたというのだ。どこの誰かは知らないが最初なんてくれてやる、その代わり、最後だけは絶対に誰にも渡さない。

 

 例え父達にバレたって構わない。それで、妹達との仲がこじれても、彼が家庭教師を解任されたとしても問題ない。私が彼を養えばいいのだ。彼には私がいる、私には彼がいる。

 

自分達はもう一蓮托生。一方だけでは切ることのできない、終わることのない、決して離れることのできない関係。

 

 

そう、人はそれを──『愛』と呼ぶのだから。

 

 

 





次で一応一区切りです。


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第十四話 : 彼は、夜空を見上げ『彼女』に問いかける。


原作最新話見ました。そして確信した。
ボート零奈=五月(四葉ちゃんとの共謀説)
京都零奈(最初)=四葉ちゃん
京都零奈(次の日)=一花さん
これでファイナルアンサーだ!



   

「ジングルベェール、ジングルベェール、すずがぁ、なるぅ♪」

「今日わぁ、楽しい、ク・リ・ス・マ・ス♪」

 

「「イェーイ!」」

 

「四葉、らいはちゃん。あまり騒いではいけませんよ?せっかくの飾りつけがとれてしまいます」

「そんなことしてないもん。ね、らいはちゃん」

「うん、してないよ。ね、四葉お姉さん」

 

「「イェーイ!!」」

 

「え、ええ……ど、どうしましょう……?」

「はぁ……子供が二人いると大変だな」

「ふふふ、そんなこと言って。四葉に怒られちゃうよ、フータローくん」

 

 中野一花は隣に立つ彼──上杉風太郎の呆れたような呟きに、からかうように言葉を返した。一花の目の前では、妹である四女の四葉と彼の妹であるらいはちゃんが、クリスマスツリーの周りを歌いながら走り回っている。よっぽどクリスマスの飾り付けが楽しいようだ。そんな二人を、同じく妹である五女の五月がおろおろとしながら止めようとしている。

 

 ふと、台所を見ると、二乃と三玖の二人がてきぱきと動きながら料理を作っていた。二乃が主体となって指示を出し、三玖がその通りに動くという五つ子ならではのチームプレー。

 

 実は一花も料理を手伝おうと思ったのだが、二乃達から断られたのだ。二人曰く、昨日も仕事で一日出かけていたのだから、今日ぐらいゆっくり休めとのことであった。

 

 本当は、昨日は彼とクリスマスデートをしていたこともあり、何だか少し後ろめたい気持ちではあったが、まだ料理の腕も上がっていなかったので、お言葉に甘えて料理は妹達に任せ、彼らと一緒にクリスマスパーティーの飾り付けをしていたのであった。

 

「……何か変な気分だな」

「え、何が?」

 

 キャーキャーと楽しそうに騒ぐ四葉達を見ながら、彼がぽつりと漏らす。それを一花は不思議そうな顔で聞き返した。

 

「いや、いつもは親父とらいはと三人だったからな。こんなに大勢でクリスマスを祝うなんて初めてだ。それに、こんな本格的な飾り付けなんてしたことないし、さ」

「……そっか」

 

 リビングを見渡すと、壁のあちらこちらに色とりどりの飾り付けがされていた。そしてリビングの真ん中には、一際目立つクリスマスツリーがあった。四葉がどこからか借りてきたらしい。四葉曰く、「クリスマスにはこれが必要不可欠です」とのことだ。何とも四葉らしい。

 

「……上手くいえないけど、さ」

「……うん」

「何か、いいな……こういうの」

「……そうだね」

 

 チラリと彼を見ると、感慨深そうに四葉達を、いや、この光景を見ていた。二乃や三玖、四葉や五月に彼の妹のらいはちゃん。みんな楽しそうにクリスマスの準備をしていた。そこには確かに笑顔があった。幸せがあった。

 

 一花は思う。彼を譲るつもりは、渡すつもりはない。その決意に変わりはない。だが、一方でこうも思う。みんなと一緒に楽しく、幸せに過ごす日々。こういうのも悪くはない、と。

 

 

 

 

   ○

 

 

 

「はーい、お待ちどうさま。料理できたわよ」

「美味しそう!」

「すごーい、こんな豪華な料理初めて見ました」

「ほんとだね、さすが二乃。三玖も凄いね」

「……ほとんど二乃のおかげ。私は言われたとおりしただけだから」

「は、早く食べましょう。お腹が空きました!」

「……五月、落ち着け」

 

 中野二乃の目の前では、自分が作った料理を見て目を輝かせる姉妹達の姿があった。料理人にとっては、何とも嬉しいことである。その中の一人が目を輝かせるどころか、ギラギラさせているのは見なかったことにしよう。

 

「まだまだ、これで終わりじゃないわよ。ちょっと待ってなさい」

 

そう言って、台所へと向かう二乃。一度に運びきれなかった残りの料理がそこにはあった。皿を手に取り、運ぼうとする。が、

 

「二乃、手伝うよ。これ、運べばいいのか?」

「あ、フー君……うん、ありがと」

 

 二乃に声をかけたのは、自分の想い人である上杉風太郎。彼が自分を手伝いに来てくれたことに嬉しさが涌き出る一方で、彼とは顔を合わせずらいことも確かであった。その理由が──

 

「そう言えば、二乃。テスト勝負がどうとか言ってたな」

「え……あ、それは」

「合計で一番取れなかったら、何でも一つ言うこと聞くんだっけ?」

「っ!」

「さぁて、何を聞いてもらおうかなーっと」

「……何でもいいわよ。何でもするわよ」

 

 二乃は少し意地悪そうに言う彼を見ても、何も言い返すことはできなかった。何せ自分は負けたのだ。あれだけ彼に自信満々に、啖呵を切っておきながら、総合では五月に負け、姉妹達との勝負では四葉に負けた。情けないにも程がある。彼と合わす顔などなかった。

 

俯く二乃を見て、風太郎はじゃあと口を開く。

 

「年明けにでも、買い物付き合ってくれよ」

「……え?」

「服でも買おうと思ってな。せっかくだし、二乃に選んで欲しいかな」

 

 彼の口から出た予想外の言葉に驚く二乃。買い物に付き合う? 私が? そんなことでいいのだろうか?

 

「ど、どうして、私に?」

「二乃は五つ子の中で一番オシャレしてるじゃないか。だからその二乃に選んで欲しいんだよ。きっと二乃なら俺に似合う服を選んでくれると思ってな…………それじゃあ駄目か?」

「う、ううん、そんなことないわ!」

「そっか、よかった。楽しみにしてるよ」

「う、うん…………私も」

 

 照れながら返事を返す二乃を見て、風太郎は満足したように料理の皿を運んでいく。その背中に二乃も続く。リビングに現れた二乃達を待ち受けるのは、妹達の嬉しそうな声。

 

「うわぁ、すごーい。まだ料理あるんだぁ」

「ほんと、これも美味しそう」

「これは三玖が作ったのよ。自信作だって……ね、三玖?」

「う、うん」

「へー、そうなのか。それは楽しみだな」

「は、早く食べましょう。お腹が空きました!」

「……五月ちゃん、落ち着いて」

 

本当は、クリスマスはフー君と一緒に過ごしたいと思っていた。だからテスト勝負を持ちかけた。大好きな人と一緒にクリスマスを過ごす為に。

 

 だが、と二乃は思う。自分の作った料理を大切な姉妹達が、自分の大好きな人が美味しそうに食べてくれる。これ以上の幸せがあるだろうかと。みんなと一緒に楽しく、幸せに過ごす日々。こういうのも悪くはない、と。

 

 

 

   ○

 

 

 中野三玖は緊張した様子で目の前の光景を見ていた。心臓がドキドキと音を立てているのがわかる。もし失敗したらどうしよう、頭の中はそれで一杯であった。

 

「わー、すごーい!」

「ほんと、美味しそうだな」

「綺麗……これ、ほんとに三玖が作ったの?」

「ええ、そうよ。私も少しは手伝ったけど、ほとんど三玖が作ったわ……大したものね」

「は、早く食べましょう。お腹が空きました!」

「……五月、少し落ち着きなよ」

 

 目を輝かせる姉妹達の前にあるのは、クリスマス用の特製ケーキ。そう、三玖がこの日の為に用意したとっておきの一品である。

 

  元々ケーキ作りには挑戦していたが中々上手くできなかった。そこで二乃に教えてもらったりもして、ようやく食べられるレベルには上達した。加えてフータローのプレゼント賭けたテスト勝負が開始されたこともある。

 

 四葉から言われたのだ。勝負に勝ったら、フータローと一緒にクリスマスパーティーを開こう、と。その言葉を聞いてケーキ作りに一層の熱が入った。クリスマスまでに間に合うように、テスト勉強の合間もケーキ作りに時間を取ったりもした。

 

 もしかしたら、そのせいでテスト勝負に負けたのかもしれない。勝負が終わった後はひどく後悔したものだが、今、嬉しそうにしている姉妹達の顔を見ると間違ってなかったとも思えてくる。そして何よりも──

 

「じゃあ、頂こうか……三玖、いいか?」

「う、うん。どうぞ、フータロー」

 

 三玖はフータローがケーキを口に運ぶのを固唾を飲んで見守る。以前作ったお弁当は失敗した。だから今度こそ、その思いで再び挑戦したのだ。失敗は許されない。大丈夫、味は確認済みだ。二乃にも太鼓判を得ている、何の憂いもない筈だ。

 

「……うん、美味いな、これ」

「!! ほ、ほんとに、フータロー!?」

「ああ、メチャクチャ美味いぞ、な、らいは?」

「うん! すごく美味しいです、三玖さん!」

 

 フータローだけではなく彼の妹であるらいはちゃんもまた、三玖に賛辞を送る。そして姉妹達もまた。

 

「ほんとだ、美味しいよ、これ」

「うん、美味しい」

「ふむ、確かに美味ですね。ですが生地に少し違和感があります、卵とグラニュー糖の混ぜ具合いがまだまだ甘い気がします。改善の余地はありますね。まあ、これからの期待も込めて星4にしておきましょう」

「……五月、そのキャラ止めなさい」

 

 口々に感想を言い合う姉妹達。それぞれ言葉違えど、思いは共通のものであった。美味しい、と。

 

 それを聞いた三玖は思う。大切な姉妹達が、自分の好きな人が、自分の作った料理を美味しそうに食べてくれる。それが堪らなく嬉しい。先程とは別の意味で胸がドキドキするのを感じる。

 

 自分が料理を頑張ろうと思ったのはフータローの為だ。自分の背中を押してくれたフータローに喜んでもらう為に、自分の成長を見せる為に頑張ってきた。それに偽りはない。

 

 でも一方でこうも思う。大切な姉妹達と、そして好きな人と一緒に楽しく、幸せに過ごす日々。こういうのも悪くはない、と。

 

 

 

   ○

 

 

 

 

「これで全部かな」

「ええ、そうですね。手伝って頂いて、ありがとうございました」

「いや、お礼を言われる筋合いはないさ。むしろこちらが俺を言う立場だ。今日一日世話になりっぱなしだ……ありがとな」

「……いえ」

 

 中野五月は、隣に立つ彼──上杉風太郎と共に流し台に立っていた。食事が終わった後の後片付け。その役目を自分が買って出たのだ。何せ、二乃と三玖にはとても手の込んだ料理を作ってもらった。その二人に後片付けまでさせるのは女がすたるというものである。決して今日一日を振り返り、何だか自分だけ食べているだけに思えて居たたまれない気持ちになったからではない。

 

 リビングからは楽しそうな声が聞こえてきた。姉達と彼の妹であるらいはちゃんが騒ぐ声。どうやら四葉が部屋から持ってきた人生ゲームをやっているようだ。何とも四葉らしい。

 

「……五月」

「はい? 何ですか、上杉くん」

 

 楽しそうな声をぼーっと聞いていると、隣から自分の名を呼ぶ声がした。隣を見ると彼が心配そうな顔で自分を見ていた。

 

「テストのこと何だが……もう平気か?」

「……ええ、大丈夫ですよ。ご心配をおかけしました」

「そうか、ならいいんだ」

「…………」

 

 彼が安心したように息を吐く。どうやら相当心配をかけていたようだ。自分でもかなりショックを受けたと感じたのだから、周りにとってはそれ以上に心配されていたらしい。何せ食事が喉に通らないと思ったほどなのだから。いや、しっかりと食べはしたが。

 

「……私は少し自惚れていたのかもしれません。前回でも一番でしたし、姉達と違って私は大学を目指しているのですから負ける筈がない、と無意識の内に思っていたのでしょう。それがこの結果です」

「そんなことないさ。確かに勝負では負けたかもしれないが、合計点では勝ってただろ? あいつらが予想以上に頑張っただけだ」

「……だとしても情けないです。せっかく毎日のように、上杉くんに勉強教えていただいたのに……無駄にしてしまって」

 

五月は洗い終わったお皿を手に持ったまま俯く。彼に申し訳ない気持ちで胸が一杯だった。合わせる顔がない。

 

「……まあ、いい経験になったんじゃないか?」

「……え、どういうことですか?」

 

 彼の発した言葉の意味がわからず顔を上げる。すると彼はいたずらっぽい顔をして五月を見ていた。

 

「受験ともなれば周りの全てがライバルなんだ。みんな死物狂いで大学に合格する為に勉強してくる。それこそあいつら以上に、な」

「……そうですね」

「だったらお前も、負けないように今まで以上に頑張るだけさ。俺も今以上に頑張ってサポートするよ。だから五月も頑張れ。一緒に前に進んでいこう。何せ俺達は『パートナー』なんだからな」

「上杉くん…………ええ、そうですね…………これからも宜しくお願いしますね」

「ああ、こちらこそ宜しくな」

 

 風太郎は五月の返事に満足したように微笑む。それを見た五月もまた、ほっと安心したように息を吐いた。

 

 よかった、と思う、彼がいつもどおりの様子で。何せ彼はテスト前後、とても疲れた様子を見せていたのだ。まるで何日間も徹夜したように目に隈ができていた。それほど夜遅くまで勉強をしたのか、それともまさかバイトでも増やしたのだろうかとも思い彼に聞いてみたが、最近勉強をサボりがちだったので、取り戻すべくした結果らしい。何とも彼らしいことである。

 

「さて、洗い物も終わったし、俺達も遊ぼうぜ」

「ええ、そうですね」

 

風太郎の言葉に頷き返し、共にリビングへと向かう。するとすぐに様々な声が飛んでくる。

 

「二人ともやっと来た。遅いよー」

「お兄ちゃん、五月さん、早く早く!」

「フータローくん、ここどうぞ」

「フー君、ここ空いてるわよ」

「……フー君って何?」

 

 そこではみんながとても楽しそうに、幸せそうにしていた。姉達に、彼とらいはちゃん。みんな笑顔でいる。幸せそうにしている。それが五月の胸を熱くさせる。

 

 

願わくば、皆のこの笑顔が、幸せが、いつまでも続きますように。

 

五月は窓の外に浮かぶ月を見ながらそう祈った。

 

 

 

 

   ○

 

 

 

そこには確かにあった。

 

 

笑顔が、幸せが。

 

 

ここいる全ての者達の顔に、それが浮かんでいたのだ。

 

 

誰一人欠けることなく、みんなが笑顔で幸せに過ごす時間。過ごす日々。

 

 

それは確かにあった、この時にはまだ、ここに。

 

 

 

 

 

   ○

 

 

 

 

 

「さすがに冷えるな……時期も時期だし、時間も時間だから仕方ないが」

 

 

 上杉風太郎はベランダへと続くドアを開け、外に出た。途端に冷たい空気が彼の体を覆う。時刻はとっくに日付けを跨いでおり、そんな時間に外に出たら当然ではあるが。

 

 自分とは対照的に、今頃、彼女達は温かいベッドの中でぐっすり眠っていることであろう。そういえば、結局らいはは誰の部屋で眠ることになったのだろうか。彼女達がジャンケン勝負を始めて、二乃と五月が最後まで残ったことは覚えているのだが。まあどっちでもいいが。

 

 

 風太郎はベランダの手すりに手を当て、夜空を見上げる。そこには光があった。幾千万にも輝く星々の光が。その輝きを見ながら思う。

 

 人があの光を見る時の気持ち、それは『恋』なのだと。一方的で情熱的で刹那的で、相手の気持ちも分からずに勝手に思いを馳せ、名前まで付けてしまうその気持ちは、正しく恋そのものだと言っても過言ではない。

 

 例えばシリウス。あの地球上から見える最も明るい星は、その明るさにちなんで『焼き焦がすもの』『光輝くもの』という意味を持つ名を付けられた。

 

 もしそれをあの星が知ったらどう思うだろうか。喜ぶだろうか。誇りに思うだろうか。激怒するだろうか。悲しむだろうか。そんなこと分かるわけがない。

 

 そう、男が女を、女が男のことを真の意味で理解できないように、誰にもわからないのだ。彼あるいは彼女は自分ではないのだから、推測するしかない。だから興味を持つのだろう。だからこそ、その内心を知ってみたいと望むのだろう。

 

 

 風太郎は思う。五つ子の長女である一花のことを。半年前に出会った時、彼女は弱さを隠していた。普段はだらけながらも、要所要所で妹達を牽引するその姿に、長女としてのあるべき姿を感じた。

 

 一方で、彼女は誰よりも自由に、愛に餓えていた。長女であるが故に、遠慮をせざるをえない役割。個の強い妹達に配慮し、常に一歩引いたところで妹達を助けながらも、本当は自分の思いを、願いを叶えたいと思っていた。それは、彼女が役者の道を選んだことからも分かる。

 

 一花は、本質的には自由奔放な人となりなのだ。自分のしたい事をして、自由に生きる。それが彼女の生まれ持った性質、一花が最も輝ける瞬間。

 

 妹達を大事に思いながらも、本当は自分を一番に、自分だけを見て欲しいと願う歪んだ独占欲。それが彼女の心の奥底に溜まっていた。

 

 だからこそ、大事な人に自分が必要だと実感できた時、彼女はとても輝くことになった。自分が必要とされる事に彼女は喜びを、自分の存在価値を見いだしていた。彼女風に言えば『愛』に生きているといった方がいいか。

 

 とはいえ、まさかマンションを出て一人暮らしをしようなどと考えていたのは驚きではあったが。まあ、その思いも、自分に対する『愛』とやらに変わったのだから、結果的には問題はないだろう。

 

 『彼女』は言ったのだ。一花はとても幸せそうだと。今まで見た中で、一番生き生きとしている、と。実の妹がそう言うならばそうなのだろう。今のまま、愛を与え、与えられ続ける関係でいればいい。それが一花を一番笑顔にできる道なのだ。何も問題はない。

 

 

 一方で、次女である二乃は違う。出会った時から、自分が家庭教師をすることに唯一反対してきた彼女。そこに風太郎は彼女の姉妹に対する愛情を見た。同時に彼女が誰よりも寂しがりやであることも。

 

 攻撃的な性格も、自分を守る為の手段なのだ。内面は繊細で優しさに溢れている。風太郎にキツい態度をとった後に、少し気まずそうな表情を浮かべていたことから簡単に分かった。本質的には誰より優しい女の子なのである。

 

 だからこそ、彼女には慎重に接した。時には押し、時には引きながら、彼女の興味を失わせないようにした。結果、自分への興味が好意へと変わり、今、彼女は初めての恋に全ての情熱を燃やしている。輝いている。

 

 とはいえ、まさかあそこまで姉妹に対して遠慮をしないとは予想外ではあったが。

 

 『彼女』が言うことには、二乃はこうと決めたら一直線に向かうタイプらしい。いずれにせよ、あの直球勝負な女の子には下手な小細工は考えるだけ無駄であろう。今後も、扱いには気をつけなくてはなるまい。

 

 

 二乃とは反対なのが、三女の三玖だった。出会った時は口数の少ないミステリアスガールだと思ったが、以外にも表情豊かで驚いた。そして三玖は、五つ子の中で誰よりも劣等感を持っていた。

 

 自分に自信がない彼女。自分にできることは他の姉妹にもできると諦めたように言う彼女を見て、少し昔の自分に似ているとも思った。『彼女』と出会う前の自分に。

 

 だからこそ彼女には自信を与えた。努力することの大切さを。何かに向かって、一生懸命に励むことの偉大さを。結果、彼女は今、他の姉妹の誰よりも努力し、生き生きと楽しそうに、幸せそうにしている。

 

 『彼女』に聞くまでもなく、それは分かった。ならば今後も、あの頑張り屋さんな彼女の成長を促すだけだ。それでいい。何も問題はない。

 

 

 そしてある意味で、この半年間で最も成長したのは末っ子の五月であろう。将来を定め毎日努力をし、不器用ながらも真っ直ぐに歩くその姿は、とても好感の持てる姿であった。まるで五年前の自分だと思ったこともある。

 

 そういえば、いつだったか『彼女』が言っていた。自分と五月は似た者同士であると。なるほど、だからこれほど五月を応援したくなるのだろうか。彼女の行く道に光があることを願う。自分がそうであったように。

 

 

 風太郎は空を見上げる。マンションの最上階は下界とは切り離された空間。何者も邪魔をするものはいない。静寂に包まれたこの世界で聞こえるのは風太郎の息づかいのみ。

 

 だからこそ彼には分かった。聞こえていた。階段が軋む音が。誰かが二階から降りてくる足音が。半開きになったドアが開き、誰かがベランダへと出てきた。

 

 風太郎は振り向かなかった。何故なら分かっていたからだ。誰が来たかなど、彼には分かっていた。だから振り向く必要などなかった。

 

 『彼女』が隣に並び、同じように空を見上げた。二人の間に会話はない。今さら喋る必要などなかった。彼女の願いを自分は知っている、そして彼女もまた、自分の願いを知っている。故に喋ることなど何もない。

 

風太郎は思い出す。半年前のことを。『彼女』から依頼された言葉を。

 

あの日、『彼女』は自分の前に立ち、こう言ったのだ。

 

 

『お願いがあるんです』

 

『皆を笑顔に、幸せにして欲しいんです』

 

『私は、ずっと皆と一緒に笑顔でいたい。誰一人欠けることなく、ずっと笑顔で、幸せでいたいんです』

 

『私も協力します。だから……お願いします』

 

 

 そう言って頭を下げた『彼女』の協力を得ながら、自分は彼女達と縁を深めた。例えば、事前に彼女達の予定を教えてもらい、偶然を装ってデートをしたり。誰かと鉢合せないように、他の姉妹達を連れ出してもらったりした。結果として、『彼女』の願いは果たされたと言ってもいいだろう。

 

 今日の光景を思い出す。一花も二乃も三玖も五月も皆楽しそうに笑っていた。そこには笑顔があった。幸せがあった。確かにそこには『彼女』が望んだ光景が、明日が、未来があったのだ。何も不満はあるまい。

 

 だがそれとは別に、一つだけ、どうしても聞きたいことがあった。聞いておかなければ、いや、確認しておかなければならないことが。

 

 

 そう、『彼女』の言った『皆』とは、自分にとっては『彼女』のことも含まれているのだから。

 

 

「……一つだけ、聞きたい。いや確認したいんだ」

「……どうぞ」

 

 風太郎の問いに『彼女』は頷きながら促す。風太郎はそれを聞いて、ようやく彼女に向き直った。

 

 そこには予想したとおりの笑顔があった。普段どおりの、半年前の、五年前にも見た笑顔が。

 

 

 

「今、お前は────幸せか?」

 

 

 

 それを聞いた彼女は、一瞬キョトンとした表情を浮かべたが、すぐに笑顔に変わる。

 

そう、周りの人を笑顔にする、向日葵のような笑顔に。

 

 

「もちろんです。一花も二乃も三玖も五月も、皆、楽しそうに、幸せそうにしてます。だから私も、今、とっても幸せです!」

 

 

 

そう言って彼女は──中野四葉はそっと微笑んだ。

 





とりあえずこの話でひと区切り、第一部終わりって感じです。続きは原作の進み具合を見ながら書きたいなーと思ってます。

というのも、この物語の設定として、四葉ちゃん=京都零奈という設定で書いていたので、もし違ったらこの物語の根幹が崩れることに……いやそれならそれでいいんですけど。

続きを書くまでは、不定期になりますが番外編みたいなものを書きたいと思います。1話開始前に起こったこと、例えばGWに一花さんが偶然会ったフータローくんとデートするお話とか、試験前のお泊まりで一花さんがフータローくんにいてこまされるお話とか、夏休みのプールで一花さんがフータローにラッキースケベされるお話とか。まあ一花さんの可愛いお話を書いていくつもりです。この物語を書き始めたのもそれが目的ですし。

最後になりますが、皆様の多くの感想や評価には大変勇気づけられました。また、お読みいただき本当にありがとうございました。


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