みんな幸せになってほしいだけの短編集 (RoW)
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エセ不良と風紀委員

紗夜さんかわいい。


いや、かわいい。


花咲川学園では、一種の名物と呼ばれるものが存在する。

しかしそれは、学園内に誇るような、部活動や、学業面のものではない。

 

ーー風紀委員による服装、所持品チェックも、その一つである。

 

「貴方は何度言えば理解するんですか!髪の色を染めるのは校則違反だと言っているでしょう!」

 

登校時間の校門前。風紀委員により行われるその活動は、風紀が基本的に整っている花咲川に置いてはあまり意味のないものであるのだが、当然、例外というのも存在する。

 

「うっさいな、地毛だっつーの」

 

「貴方、先週は茶髪だったでしょう!同じ理由で先週私から逃げておいて、金髪に変えてくるとはいい度胸ですね!」

 

「ほら、アレだよ。スーパーサイヤ人ってヤツだ。俺も目醒めちゃったんだよ」

 

「何を訳のわからないことを言ってるんですか!」

 

ーーまたやってるよ、あの二人。いつもいつも懲りないね。花咲川名物、風紀委員と不良の揉め事。まぁ、風紀委員って言っても、氷川さんは、松村くん専属って感じだけどね。

 

「とりあえず、これは地毛。先週パチこいてたんだよ」

 

「言いましたね、言質はとりましたよ!それと、カバンの中を見せてください」

 

「……ほら」

 

「貴方のことですからどうせゲームや漫画本がーー、っつ!?」

 

「ぷっ、くくっ、何が入ってたよ?」

 

悪戯が成功した子供のような、それでいてあくどい笑みを浮かべながら、松村は氷川に問いかける。

 

それに対して氷川は顔を林檎のように真っ赤に染め上げて、プルプルと震えている。

 

「は、は、は」

 

「あ?」

 

「破廉恥なーー!!」

 

不良生徒、松村綾人のカバンに仕込まれていた所謂エロ本を、純情風紀委員氷川紗夜はその不良の顔面めがけて投げつけた。

 

「ってーな、何すんだ!」

 

「貴方こそ何を持ってきているんですか!」

 

「見りゃわかんだろ!エロ本だよ!」

 

「なぜそんなものを持ち込んでるのですか!喧嘩を売ってるんですか!いいですよ、買いますよ!」

 

「お、マジか。お前、そういう趣味?八百円な」

 

ニヤニヤしながら、松村は氷川に対しエロ本を押し付ける。

すると氷川は、周りに聞こえるくらいに、すーっと思い切り息を吸い込むとーー

 

いい加減にしなさい!

 

花咲川校門にて怒号が鳴り響いた。

本日も、花咲川は平和である。

 

 

 

 

 

「「すいませんでした」」

 

校門前でエロ本だなんだと騒ぎ立てた結果、仲良く二人は生徒指導室へと連行され、結果として二人は放課後までに反省文を原稿用紙三枚を書かされるという罰を課せられた。

 

「なんで私まで」

 

「大騒ぎしたのはオメーだろ」

 

「元はと言えば貴方が子供みたいな悪戯をするからでしょう。結局アレは没収されて、いい気味です」

 

「氷川の真っ赤な顔を見るためだけに買ったもんだからいーんだよ」

 

十八歳以下の少年が十八禁の本を買う理由としては大分おかしな理由である。しかし、この氷川紗夜という少女はポーカーフェイスを崩さないことで有名である。

いつも揉めている松村の前でも滅多に無表情を崩さない。

 

「貴方という人は」

 

呆れから、氷川はため息をつく。

教室にて二人はシャーペンを動かしながら互いに悪態をつく。

 

「……なぁ、氷川」

 

「なんですか」

 

「反省文にエロ本って書いてたら反省してる感じがしねぇよな」

 

「知りませんよそんなの」

 

「氷川がエロ本をどう表現したのかを聞いてんの」

 

松村が発したその言葉にはからかいの色が色濃く含まれている。

それはもう、朝に氷川をからかった時のように悪戯な笑みを浮かべている。

 

「例え隠語であったとしても私がそんな下品な単語を書くわけないでしょう!」

 

あからさまな揶揄い文句でも顔を赤く染めて抗議の声をあげる氷川をみて満足げに頷くと、どれ、と松村は氷川の書いている反省文を横から覗き込む。

すると、その文章は見事に松村の事を悪く言うものだった。

 

「……オイ」

 

「貴方が悪いのは事実でしょう。教員方もそれは分かっているのでしょうが、体裁というものがありますから。私はそれなりに甘く見てもらえるのです」

 

「お前が俺のことを目の敵にしなきゃこんなことにはなんなかっただろうが」

 

「貴方があからさまな不良行為を行うからでしょう!」

 

ついに二人は文句を言い合いながらも動かし続けていたペンを止め互いに向かい合ってガンを飛ばしている。

二人の視線の間ではバチバチと火花が散り、氷川の目は細められ、松村の目は鋭く光る。

 

「この髪は地毛だって言ってるだろ!お前がうるさいから茶にしてみたらそれもダメ、なんならいいんだボケェ!」

 

「なぜそこで黒にするという選択肢がないんですか馬鹿なんですか!」

 

「俺の成績がお前と毎回一二を争ってるのはご存知の通りだろーが!」

 

実はこの不良、勉学の面に関しては非常に優秀である。

素行は悪いが成績は良い。なんともアンバランスな不良なのだ。

 

「そうでしたね!不良にして学業優良とか何考えてるんですか!」

 

「先月の中間テスト、俺に負けた氷川の顔は傑作だったな」

 

「うるさいですよ!次は勝ちます!」

 

はぁはぁ、と反省文を書いていればありえないほど息切れする二人。

しかし、二人の目からは戦意が衰えた様子を見えない。

それどころか、目の奥でより熱くメラメラと炎が立ち上っているかのような眼光を互いに送りつけている。

 

「変態!」

 

「頑固者!」

 

「素行不良者!」

 

「頭でっかち!」

 

「社会不適合者!」

 

「むっつりスケベ!」

 

口を開けば小学生レベルの頭の悪い口論が勃発した。

他人が見ればこれが本当に学年一二を常に争っているものたちの口論かと耳を疑うだろう。

 

「「……このっ」」

 

今度は無言のどつきあいである。

互いに相手を傷つけるつもりはないのか、優しい猫パンチみたいなもので、肩をどつき、額を指で弾く。

しかし、それも次第にエスカレートを始める。

 

シュババババっ。

ぱし、ぱし、ぱしっ。

 

両手で高速の打撃戦を行う不良と風紀委員。

威力は優しいものの、互いの手はギャグ時空であるならば残像を遺すレベルの速度である。

 

「セクハラで訴えますよ!」

 

「先に手ぇ出してきたのはテメェだろうが!」

 

「貴方が私をむっつりスケベなどと事実無根な事を叫ぶからでしょう!」

 

止まらない低レベルな戦い。ああ言えばこう言う。手を出せば手を出し返す。

目をそらした方が負けと言わんばかりにガンを飛ばし合う。

そんな二人だけの戦場に第三の刺客が現れーー

 

「お前ら、反省文は……さては反省しとらんな」

 

教師の介入により、松村と氷川の低レベルな争いIn教室は終わりを迎えた。

そして戦いは次のラウンドへーー。

 

 

 

 

 

「チッ。氷川のせいで体育倉庫の整理とか。マジふざけんな」

 

「責任転嫁もほどほどにしなさい。百パーセント私は無関係でしょうに」

 

反省文を書き終えた二人は反省の色が見えないという事で体育倉庫の整理掃除という、どこかの恋愛漫画で見たことあるような展開へと縺れ込むことになった。

 

「体育倉庫という完全密室で二人きりだからといって手を出してきたら叫びますからね」

 

「そんな素振り一瞬でも俺が見せたかよ。自意識過剰なんじゃないですかぁ?それともやっぱりむっつりなんですかぁ?」

 

「は?貴方の人間性から鑑みて釘を刺しただけじゃないですか。そんなこと言われる筋合いはありませんよ」

 

当然のごとく口論を続ける二人、やはり反省はしていなかった。

しかしながら、ちゃんと教師から言いつけられた倉庫内の掃除と整理は順調に進んでいるというのだからタチが悪い。

 

「俺に手ぇ出して欲しいならもうワンカップ胸膨らましてから出直してこい」

 

「だれが手を出して欲しいなんて言いましたか!曲解もいい加減にしなさい!」

 

「俺の好みじゃねぇって言うのをわかりやすく言っただけだろうが!テメェの方が曲解してるわボケ!」

 

「文面通りに受け取っただけじゃないですか!言葉足らずなあなたが悪いのでしょう!」

 

ネット競技に用いるポールや器械体操用のマットといった大型なものは力が強い松村が。細かな備品はしっかりと整頓して氷川が。二人は口論しながらも図らずとも役割分担を行い整理を進めて行く。

しかし、そこに青春の色気は一ミリとして介在することはない。

 

 

 

ーーはずだったのだが、

 

「とりあえず氷川、お前には色気がない」

 

「む、聞き捨てなりません。これでも女として最低限の身だしなみは整えています」

 

手を出す、手を出さない、好みの体つきじゃないといった少しぶっ飛んだ話の内容から、氷川の色気の話題で盛り上がり始めたのである。

 

「アクセをつけねぇ、化粧もファンデーションだけ。その上お堅い性格に近付きづらいオーラと目つき。そんな奴に色気なんかあるかよ」

 

「なるほど。というか、よく見てますね」

 

「あぁ、俺に寄って来る女なんて氷川くらいのもんだしな。一度はそーいう事も考えた」

 

「私に魅力を感じないのでは?」

 

「まぁ、そうなんだがな。頭でっかちの融通きかねぇドアホも笑えば可愛いもんだろ」

 

松村としては、どんな女子であろうと「笑顔」と言う武器を手にした子はすべからく可愛い。そんなニュアンスで言ったつもりだったのだ。

しかしながらその言葉を受け取る側の氷川は果たしてそのニュアンスを間違いなく受け取ることができたか、といえばーー

 

「あ、ありがとうございます」

 

否であった。

 

笑顔が可愛いと褒められた氷川は松村に対しては決して見せない頰を赤く染め、投げかけられた言葉のむず痒さからハニカミながらもその口角は僅かながらつり上がっている。

 

「そういう貴方も、目つきと髪の色と邪悪な笑い方と素行の悪さを除けばーー」

 

「おい、除きすぎだろ。俺要素どこにも無くなってるわ!あと、これは地毛だ」

 

「……それ、本当なんですか?」

 

この二人が揉める度に話題に上がる松村の金髪問題。

氷川の注意によって金髪を茶髪にしてみたり、赤にしてみたりと断固として黒にはして来ない松村。

その理由は金色の髪が地毛であるにも関わらず否定を投げかけて来る氷川へのちょっとした反抗心だった。

 

「ほれ、確かめてみ」

 

ずい、と頭を差し出した松村。思えば、今まで口論ばかりでこうして穏やかな形で説得することが無かった二人。

喧嘩が原因とはいえ、こうして二人で話す機会が出来たことは二人からすれば僥倖だったのかもしれない。

 

「では、少し失礼します」

 

氷川は腫れ物を扱うように優しく松村のその金色の髪をかきあげた。 松村はその頭を撫でられているかのような手つきに身をよじらせる。

そうすること数秒。

氷川はかきあげたことによって乱れたその髪を撫でるようにして元に戻した。

 

 

「……すいません」

 

そして、金髪が地毛であることが純然たる事実であったこと、それを今まで疑い続けたことを謝罪した。

 

「わかりゃいいんだ」

 

許しの言葉を貰った氷川。しかしながらその顔は少し浮かない表情をしている。当人の言葉を信じず、一方的に悪だと決めつけていたことへの罪悪感がその表情からはありありと受け取ることができる。

 

「……あーあ。どうしてくれようかなー」

 

一度は分かればいいと、そう投げかけた松村だったが氷川の顔を見て今度は先ほどとは打って変わった風に言葉をつむぐ。

 

「……週一でいい、またこうして話する機会を作れ」

 

「え?」

 

「お前の好きなポテトでも食いながら話ができりゃそれでいい」

 

「べ、別にポテトが好きなわけでは……」

 

「ないのか?」

 

「ない、わけではないですけど」

 

いまいち松村の要求がつかめない氷川は頭に疑問符を浮かべる。

散々喧嘩した相手にわざわざ週一で話をする機会など作らなくてもいいだろうに、とは氷川の心境である。

 

「またありもしない罪に問われたらたまんねぇ、こうして対話するっていうのは人間に与えられた特権だしな」

 

「あなたがそれでいいなら私としては言うことはありませんが」

 

「言ったな、約束は守れよ」

 

「破りませんよ。週に一度は必ずあなたに会いに行きます」

 

「お、言うなぁ。プロポーズ?」

 

「ち、違います!」

 

二人はこのまま会話を弾ませ、帰りが遅い二人の様子を見にきた教師に揃って怒られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




感想、お気に入り登録、評価求めます。

また、ヒロイン、シチュエーションリクエストを受け付けます。←なお、書くとはいってない。


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エセ不良と風紀委員2

季節は七月中旬。高校生は期末テストを控えている時期だろう。だからだろうか、午後四時過ぎのハンバーガーのチェーン店の中にはちらほらと制服姿の少年少女の姿が見られる。

 

「期末テストに向けて勉強は進んでますか?」

 

「ぼちぼちってとこだな紗夜は?」

 

気が付けば松村は氷川のことを紗夜と呼ぶくらいには親しくなっていた。紗夜のほうはいまだに松村君呼びではあるが名前呼びになるのも時間の問題だと思われるくらい頻繁に空き時間があれば二人はこうして話をしている。

 

「今度こそはあなたの学年主席の座を明け渡してもらうとだけ言っておきましょうか」

 

「へぇ。近況報告兼勉強しにここ来たのにポテトをひたすらぱくついてるやつの言うことじゃないぞ」

 

「む、息抜きだって重要でしょう。私が努力を怠っているとお思いで?」

 

「んにゃ、お前に限ってそんなこたぁねぇよな。……賭けをしねえか?」

 

以前の一件以来、互いに距離を縮めた二人は放課後にこうして過ごすくらいには親密になっているのだ。それも以前の週三くらいの頻度で。

 

「賭け事はだめです」

 

「金銭が絡んだものじゃないから問題ないだろ。こういうことがあったほうがモチベーションも上がるだろ」

 

「まぁ、それなら。でも、賭けの内容はどうするので?」

 

そう来なくちゃ、と松村はにやりと笑みを浮かべた。

 

「夏休み中、俺に付き合え」

 

「へ?」

 

高校一年生の夏休み。バイトや課題はあってもそれなりには暇な松村は遊び相手を探していた。不良だと勘違いされている松村は友達などいない。会話をする相手もそれこそ紗夜くらいのものなのである。なので多少強引でも約束を取り付けたかったのである。しかし、超絶不器用な松村は普通に誘うということを知らない。それゆえに、このような形になってしまったのだろう。

 

「わ、わかりました」

 

一方の紗夜も友人はあまりいない。お堅い風紀委員というガワが周りをあまり寄せ付けないのである。男友達など松村一人のみなのだ。しかしそんなお堅い紗夜も一人の女子高生。青春というものを意識しているのは当然のことなのだ。ゆえに今回の夏休みの誘いにそういうことを意識してしてしまっても仕方のないことである。

 

「私が勝ったら夏休み、私に付き合ってもらいますよ」

 

「オーケー」

 

これはどちらが休暇中の予定の主導権を争う戦いであるーー!

 

 

 

 

 

(紗夜の水着めっちゃ楽しみ)

 

テストも終わって、世の中の高校生は夏休みを謳歌している時期。松村と紗夜も賭けの結果に基づいて今話題のプールへと遊びに来ていた。現在は松村が更衣室出口のところで紗夜を待っているところだ。

 

(それにしてもまさか引き分けとはなぁ)

 

期末テストの勝負の結果二人は同じ点数で同率学年一位に輝いた。その結果。休みの予定は交互に入れるという形の妥協案で落ち着いた。本日は松村の提案でプールに赴いている。

 

「お、お待たせしました」

 

顔を赤く染めながら紗夜は更衣室から出てきた。

紗夜の髪の色と同じ水色のビキニ。腰にはパレオストールを巻いている比較的シンプルなものである。

髪は普段とは違いアップにしていて動きやすさを重視していることがわかる。

紗夜にしては非常に露出度の高い水着なのだが紗夜のシミ一つ見られない白くきめ細かい肌ならば羞恥心は別として、さらして誇るべき体である。

 

「……き、きれいだぞ?」

 

少し口をもごつかせ、言葉を咀嚼して出てきた言葉はとてもシンプルな言葉だった。それは水着姿にかけられた言葉か、紗夜のきれいな肌にかけられた言葉かどうかは定かではなかったが、どちらにしても紗夜が顔を赤らめるには十分な言葉であった。

 

「あ、ありがとうございます。それで、私なりに今日の計画を立てて来たのですが」

 

紗夜は矢継ぎ早に本日の予定を口にする。スライダー系は混むことが予測されるので最初は流れるプールなどで遊んだ後少し早めの昼食をとる。その後みんなが昼食をとるタイミングでスライダーへ向かうというものだった。

 

「なんつーか、楽しみにしててくれたか?」

 

たまたまこのプールの無料入場券を手に入れたのでここに誘ったという単純な動機だったのだが紗夜がここまでガチだと、楽しみにしててくれたように見える。自分とプールに遊びに来ることが楽しみだったのであれば男としては非常に嬉しいことである。

 

「べ、別にそういうわではありません。そう、非効率的な行動が好きではないので計画を立てただけです!」

 

「楽しむための計画ってことだろ?」

 

「じ、時間は有限です。行きますよ!」

 

 

 

「松村君は泳ぎが得意なんですね」

「そうでもないんだけど、苦手ではない」

 

 

 

「お前どんだけ負けず嫌いだよ。ただのなんちゃってビーチバレーだろ」

「う、うるさいです」

 

 

 

「ここでもポテトか」

「別にいいでしょう!」

 

 

 

「彼氏さんは彼女さんのおなかあたりに腕を回してください。彼女さんは彼氏さんのほうに体を倒してくださいね」

(こいつ体細すぎだろ)

(ほんとは不良じゃないのに体はがっしりしてるのよね)

「ではいってらっしゃーい」

 

ここのウォータースライダーは非常に激しいことで有名である。

 

「うおおおおぉぉ!?」

「----っつ!?」

 

「どさくさに紛れて胸を触ったでしょう」

「ごめんなさいわざとじゃないんです」

「次は気を付けてくださいね。ではもう一度行きましょう」

「楽しんでくれてるようで何より」

 

 

 

「今日はありがとな」

「次は私の都合に付き合ってもらいますから気にしないでください。それに、楽しかったです」

 

 

 

 

 

「スタジオって初めて来た」

 

「私としてはあなたがピアノを弾けるのが意外でした」

 

先日のプールから数日、紗夜の提案により音楽スタジオに来ていた。本来ならば予定していなかったらしいのだがメッセージアプリ上の会話で松村がピアノを弾けることが発覚したことにより企画されたのだ。

 

「中学のコンクールで優秀賞どまりだったけどな」

 

「十分です」

 

先日のプールの時とは異なり紗夜の雰囲気がピリピリしたものになっていることを松村は感じ取っていた。

紗夜は今日お遊びで松村を誘っていない。

 

「で、なに弾くの?一応渡された楽譜は練習してきたぞ」

 

「まずは、これから行きましょう」

 

ギターとキーボードだけのボーカルすらいない即席バンド。しかしながら二人のレベルは非常に高いものである。

松村の前奏から紗夜の正確無比なギターが奏でられる。

 

二人はかつて、校門で頻繁にもめ事を起こしていたくらいかみ合わない。近頃はそのようなすれ違いがないように情動にまかせて行動することを控えていた。まずは会話から入って互いを理解するように心がけている。

しかし、音楽についてはそういうものではない。この二人はバンドを組んでいるわけではない。ゆえに音楽性などかみ合うはずもない。

 

最初はなだらかに演奏をしていた二人だったが、松村の曲調をかえた。

テンポはそのままに鍵盤を激しく叩き音をかき鳴らす。急な音の変化にぎょっとして自慢の精密さを欠いてしまう。しかし松村はそんなことを気にする様子もなく我の強い演奏をやめない。

 

「……く、このっ」

 

しかし、氷川紗夜という女はその程度で負けを認めるような弱いギタリストではない。自らの精密なプレイをかなぐり捨てて、校門前で大声を張り上げていたように力強くギターを鳴らす。多少の音ブレやミスタッチなど全く気にも留めない紗夜の紗夜らしからぬ演奏。松村に食らいつくように熱く激しく。

 

やがて曲が終わる。余韻を部屋全体に響かせ楽しんだ後紗夜は弦とピックから手を放すとすぐさま松村に詰め寄った。

 

「なんですかあの演奏!楽譜通りになんてこれっぽっちもなってないじゃないですか!」

 

「でも楽しかったろ?」

 

「……否定はしません」

 

「あんなピリピリした空気でブレなんてない機械が出すみてぇな音じゃつまらない。俺らだからできる音出したほうが楽しいだろ。こんな殴り合いの喧嘩みたいな演奏誰にもできたもんじゃねぇ。俺らだけの音だ、ワクワクするだろ。それに、自分の音、気にしてたんだろ?」

 

度重なる雑談により二人は互いのことをそれなりに深く知っている。その中で紗夜がギターをしていることや、妹に対して抱えているコンプレックスについても松村は知った。

 

「覚えてたんですか。一度軽く話した程度なのに」

 

「あんときだけ異様に真剣な顔してたからな印象に残るよ」

 

「ありがとうございます。おかけで何かつかめた気がします。でも、ミスタッチが多いですねお互いに」

 

「俺はブランクあったし、紗夜はスタイルが今までと違うんだからしょうがねえだろ」

 

「ええ、ですから完璧になるまで付き合っていただきますよ」

 

「え」

 

この後二人はめちゃくちゃ練習した。

 

 

 

 

 

シャカシャカとイヤホンから音楽を聴きながら松村いや、()()は紗夜を待っていた。腕時計を度々眺め待ち合わせの時間はまだかとそわそわしながらベンチに腰掛けている。

綾人が待っている場所から少し離れたところからは祭囃子が聞こえてくる。

つまり、綾人は紗夜と夏祭りへ行く約束をしていたのである。

しかも、紗夜からの誘いで、である。

 

夏休みも終盤に差し掛かった本日までに二人は幾度となく外出をしてきた。主に綾人は娯楽施設へ誘い、紗夜はギター、課題消化のため喫茶店とまじめなものである。そんな紗夜が初めて娯楽系のものに誘ってきたのだから少しそわそわしているのである。

「待たせてしまったかしら」

 

「んにゃ、今来たとこ……」

 

綾人はデートの定型句を口にしかけたところで、言葉を詰まらせた。

紗夜は青を基調とした色に控えめながら花柄をあしらった落ち着いた浴衣を着ていたのである。控えめに言って美しすぎるのである。また、普段よりも多少ではあるが化粧に気合を入れているようにも見える。

 

「ど、どうかしら。母に着て行けと言われたから着てみたの」

 

「めっちゃきれい」

 

「そ、そう。ありがとう」

 

二人の関係はこの夏休みを通してより深まった。基本的には誰に対しても敬語で苗字呼びの紗夜が松村のことを綾人と呼び捨てタメ口でしゃべるようになっているのである。

 

「花火まで時間あるから適当にぶらぶらするでいいか?」

 

「ええ、大丈夫よ」

 

花火を華とするこの夏祭りは花火の豪華さバラエティーに富んでいる。また、屋台の数も非常に多い。つまりこの祭りは規模が大きく、日本でもトップに数えられるほどの有名な祭りなのだ。

そこまでの祭りであるがゆえに人の数も尋常ではない。一度はぐれてしまえば再開は困難であるだろう。

 

だから綾人は紗夜の手に自らの手も伸ばした。

 

「……ぁ」

 

「その、はぐれないように、な。嫌か?」

 

「嫌、じゃないわ」

 

「そうか」

 

互いに顔をほんのりと赤く染め、うつむいたり、互いの顔をちらちら見て目が合ってはそらすということを繰り返している。一応言及しておくと二人は付き合っていない。

 

「なにか覗きたい店はあるか?」

 

「別にないわね。目について魅かれたものから適当に回りましょう」

 

 

 

「……ポテト」

「おっちゃん、じゃがバタ二つ」

「おいおい、あの綾坊が彼女連れとは。サービスしてやろうじゃねぇか」

 

㋳の人がやっている屋台、綾人が昔から祭りでよくしてもらってるコワモテのおっちゃんからサービスされた。ちなみに綾人が不良認定されたのは学校での素行の悪さ(ボイコット)に加えて、この手の人と仲が良いからである。

 

 

 

「射的、弓道部の経験が生きるといいけど」

「じゃ、勝負な」

「なんでそんな勝負したがるのよ…」

 

結果、クマのぬいぐるみを獲得した綾人の勝利となった。なお、ぬいぐるみは紗夜に進呈された。

 

 

 

「値段的に見てもバカらしいことはわかってるのだけど、一度食べて見たかったのよね」

「祭りのわたあめは還元率一番低そうだよなぁ」

 

巨大なわたあめを紗夜は購入した。可愛らしく小さな口で少しずつちぎって食べるも、ギブアップして綾人に押し付けた。間接キスが気になって紗夜の顔は少し赤くなった。

 

 

 

赤青黄色と鮮やかで大きな花が夜空へと轟音を響かせながら咲き誇る。その花は暗い夜空を明るく照らし、人々を魅了する。

綾人の案内で人が少なく、花火がより楽しめるスポットへと移動した二人は手を繋ぎながら黙って夜空を見上げていた。

 

「……なぁ、紗夜」

 

少しばかり真剣な声音で綾人は紗夜へ語りかけた。花火に絶賛夢中な紗夜は意識の大半を花火にやったまま反応する。

 

「なにかしら」

 

「好きだ。付き合ってくれ」

 

「ええいいわ、よ……ぇ」

 

突然にど直球に。愛の告白が紗夜へと襲いかかった。あまりに突然のことで、紗夜は目を丸くする。

 

「おし、じゃあ、これからは恋人同士っつーことでヨロシク」

 

「ちょ、ま、待って」

 

「ん?やっぱなしとかやめろよ」

 

「あの、本当に言ってるの?」

 

紗夜の頭はまだ状況への理解が追いついていないようだった。

顔を三度真っ赤に染め上げて視線は泳ぎまくり、ソワソワと落ち着かない様子である。

 

「ったりめーだ。紗夜が好きだ。何度でも言ってやる」

 

「わ、私でいいの?」

 

紗夜は自分に自信が持てない人間であった。

すぐそばに天才的な妹がおり、比較され続けることにより、自分は当たった存在であると心の何処かで思ってしまっている。

その思いを払拭するために日々並々ならぬ努力は積んできているが、それでも自身というものは中々に付きづらい。

 

「お前がいいんだよ。散々揉めて、話し合っていいヤツだって分かって、可愛いとこが見えてきて、好きになった。だからテストで勝負も持ちかけた。休み中もお前と会う口実が欲しかったからな」

 

「で、でも私は、よく見ないでひた走って、迷惑かけてっ、最初の時だって!半分は八つ当たり気味にあなたに突っかかってっ!」

 

綾人と同じように紗夜もまた、綾人の事を理解した。素行と口は悪いところがあるが、いい人であることも知っているし、頭も良ければ目つきの悪さに目を瞑ればイケメンで。何より、なにをやらせてもそつなくこなす。まるで、紗夜の妹のように。

 

「あなたのような素敵な人はっ、私みたいな勝手に何かに囚われて葛藤して暴走する私なんかよりも「わかった、もう黙れ」んむっ!?」

 

自らを誹謗する言葉が止まらなかった紗夜の口を綾人は自分の口を持って黙らせた。

初めてのキスはなんとも乱暴で強引だった。

 

「お前が好きだ。お前にそばに居て欲しい。キスもしちまったが、文句ねぇよな?だって俺らは恋人同士なんだから」

 

「っつ……ぅ。至らぬ身ではありますがよろしくお願いします」

 

一筋、紗夜の目からは涙が流れる。

 

「紗夜が自信がないのは知ってる。自分に自信が持てるようにするために人一倍努力してるのも知ってる。そんな奴を、努力してるやつを悪くいうもんじゃねぇよ」

 

「あなたは、本当に強引ね。慰め方も、その、きっ、キスも」

 

「じゃあ、今度は丁寧に」

 

再び口づけを交わす。今度は綾人からの一方的なものではなく、紗夜からも口を近づけた。

 

「我ながらめんどくさい女だと思うけど、よろしく頼むわ」

 

「は、上等だよ。お前が胸張って自分いい女っ!って言えるようになるまで支えた倒したるわ」

 

「支えるのが倒すのかどっちなのよ」

 

そんなとりとめもない話をしながら、二人が繋いでいた手はより深く絡まり合っている。

 

「そ、そういえば私からはいってなかったわね」

 

「んぁー?」

 

「好きよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




感想、評価、お気に入り登録待ってます。
また、ヒロイン、シチュエーションなどボソッと言ってくれれば書くかもです。


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仮面系男子と幼馴染ギャル

ちょっと短め


朝七時という、学生が起きてくるような時間帯。一軒家にて、テンプレな光景が繰り広げられていた。

 

「理央、起きなー」

 

しかし、テンプレとすこし異なるのは、理央と呼ばれた少年を揺り起こしているのが理央の母親ではなく、制服を着た少女である、ということだ。

 

「んん、あと五分」

 

「だーめ、もうご飯できてるから」

 

「……ん」

 

「おはよう理央」

 

「……りさぁ」

 

理央はリサと呼んだ少女に体を補佐されながら起こす。別段、理央は体が悪いわけではない。ただ理央がリサに甘えているのに加え、リサが甘やかしているのである。

 

「はい、タオルで顔拭いてシャキッとしなー」

 

「ふいて」

 

「ほら、制服出しといたよ。一人で着れる?」

 

「……むり」

 

「もー、ほらバンザーイして。スボン脱がすからお尻浮かせて」

 

「んゆ」

 

「はい、下降りるよ。朝ごはん作ったから」

 

介護士と被介護者か!と言わんばかりの甘やかしっぷり。しかしながら、リサの甘やかしはこれだけにとどまらない。

 

「食べかす付いてるよ、ほら、顔かして」

 

「んぐ」

 

「お弁当鞄に入れといたよ。忘れ物ない?」

 

当然ながらこのお弁当もリサ手作りである。

この今井リサという少女、見た目のギャルっぽさとは裏腹に圧倒的な女子力を誇り、一部界隈では良妻とまで言われるほどである。

 

「よし、ネクタイもおっけー。カッコいいよ☆理央」

 

さて、ここまで介護されまくりの梶谷理央は一体どんなダメ人間なのかというとーー

 

 

 

「教師陣からお小言はたくさん貰ったろうから、俺からは少しで済まそう。自由を楽しめ!こんな自由な校風で、大人たちに守られてる時期なんてもう先にないんだから!ーー羽丘学園生徒会会長、梶谷理央」

 

外ではカリスマ性にあふれ、勉学の面で言えば模試でトップテンから溢れたことがない。スポーツも万能でとにかくなんでもそつなく平均以上にこなす。内弁慶ならぬ外弁慶である。

しかし、そんな天才的な少年唯一の弱点がアレである。

 

むしろ弱点、というよりもアレが素の姿なのである。

 

「理央は学校だとすごいしっかりしてるのになー」

 

「家でしっかりしてないというよりはリサと二人の時ばっか腑抜けてるんだよ」

 

「なーんでアタシと二人だと気をぬくの?」

 

「んー、わからん。リサになら弱いとか見せてもいいて感じがなんとなくするからか?」

 

「んー、複雑な気分だなぁ」

 

リサは人に尽くすタイプであるが故に日々人のお世話をしている。献身的に周りの空気話読み、困ってる人には手を差し伸べる。その上ギャル系ファッションリーダー的側面や、圧倒的コミュニケーション能力を誇るのだ。

 

所謂外面だけ完璧な理央ではあるが、その外面を外せる時がリサと二人の時というだけ。

だがそれがリサとしては不満なのである。

 

「アタシにだってかっこいいとこ見せてよ」

 

何気なくボソリと呟かれたその一言は決して含みのある言葉ではなく、ただリサの本心だったのだろう。それも、本来ならば口にするつもりのなかった言葉。こんな歯の浮くようなセリフを学校の昼休みに教室で呟いて仕舞えば、ゴシップ好きにはたまらない。

 

やれ、「また夫婦がイチャイチャしてるぞ!」「リオリサコンビにはみんな注目するよねー」だの「彼女が甘えたがってるぞ!」「リサちーかわいい!」やらクラスメイトからは言われたい放題である。

 

リサは恥ずかしさから顔を赤くして俯いてしまったが、リオリサコンビのリオの方は動揺する様子もない。

それどころかーー

 

「リサは甘えたいのか?」

 

理央はリサに顔を近づける。それはもうキスできるくらいの距離に。

こんな天然系の少女漫画の男キャラみたいなセリフを吐くのだから現場は騒然とする。

「またリオが天然かましてリサねえ困らせてるぞ」「天然イケメンな会長に迫られるなんてリサちゃんうらやましいな」

 

「なっ!?ちょ、ちょっと理央」

 

「どした?」

 

「こんなとこでそういう話は、恥ずかしいよ」

 

「今週の土曜バイトのシフトなかったろ?デートしようリサ」

 

「恥ずかしいっていったよね!?」

 

「なんで?俺は別に恥ずかしくないよ。リサは俺とデートするのが嫌なの?」

 

「嫌じゃない、ケド」

 

リサは迫りくる理央に顔を真っ赤に染めながら、別に理央が嫌なわけじゃない、と弁明する。乙女な一面を持つリサが想い人である理央に迫られてうれしくないわけがないのだが、羞恥心というものは誰にだってあるものだろう。

 

「梶谷ー、ちょっと職員室来て」

 

「……はい」

 

そんな少女漫画のワンシーンのようなことを繰り広げていると、教師から呼び出しがかかった。

デート計画を邪魔された理央は顔を少ししかめると席を立つ瞬間にリサの耳元に口を寄せると「また後で」とつぶやいた。

案の定リサの顔はいまだに赤い。もはや頭がオーバーヒート寸前である。

 

さらに理央は追い打ちをかけるように、教室を出る間際、リサにふっと優しくしかしイケメンに微笑みかけた。

 

この一連の行動にクラスの女子はキャーキャーと盛り上がる。

男子たちは死ねイケメンと妬みを漏らす。

 

「ねえリサ、理央くんって家だとどうなの?家隣同士なんでしょ?」

 

「……意外とだらしないよ」

 

リサは理央の名誉を守るためにオブラートに包んでそう話した。

 

 

 

 

 

学校が終わり二人は一緒に帰宅する。二人は幼馴染で家も隣同士である。

加えて梶谷家は両親共働きで朝早くに出勤し夜遅くまで帰ってこないというありがちな設定である。

ゆえに理央は家に荷物を置くと、たいていはリサの家に突撃するのだ。さらに夕飯までごちいそうになるという始末。理央の食事は今井家なくして成り立たないといっていい。だって朝昼晩全部リサやその母に作ってもらっているから。

 

「リサー、耳掃除して」

 

「オッケー」

 

帰るや否やリサに甘える理央。この男、帰宅後は朝ほどダメ人間ではないが、学校ほどしっかりしているわけでもない。

 

「デート、リサどこ行きたい?あ、そこいい」

 

「うーん、夏物の服を見に行きたいかなー」

 

「りょーかい」

 

「ん、反対向いて」

 

この二人流れるように膝枕に移行、そのままデートの計画を立て始めた。

理央はダメ人間であることは間違いないが、リサはその理央の世話をすることを嫌っていないどころか、喜んで世話をしている節がある。普段から甘え、甘やかしを延々と十数年続けてきているのだ。

 

しかし、本日の理央は一味違う。

 

「はい、おしまい。あんま汚れてなかったよ」

 

「ありがとリサ」

 

「どーいたしまして☆」

 

「今度はリサが寝て」

 

央は体を起こすと自分の膝をポンポンと叩いてアピールをした。

 

「ええっ!?い、いや大丈夫!アタシは昨日やったから」

 

嘘である。自分の汚れているところを想い人に見せたくないという乙女心である。

 

「そう?じゃあ何かしてほしいことある?」

 

「ど、どうしたの急にそんなこと言いだして」

 

普段はリサが理央に何かしているばかりで、逆はほとんどない。

だから、急にリサのために理央が何かをしようとしていることが珍しく、リサは動揺しているのだ。

 

「リサ、甘えたいんだろ?」

 

「……あーなるほど」

 

そんな話もしていたなとリサは数時間前の学校での会話を思い起こした。

 

「とくにないから理央はなにもしなくてーー「リサは抱きしめられるのが好きよ理央君」ちょ、ママ!?」

 

「わかった」

 

リサの母が現れ、助言してくれたことを理央はすぐさま行動に移す。

理央は立ち上がるとソファに座ったままのリサを正面から抱きしめた。右手はリサの背中に回し、左手は頭を撫でる。

 

「り、りお」

 

「ん、いやか?」

 

「ううん、このままがいい」

 

「や、ちょっとこの体勢きつい」

 

「え、あ、ごめん!」

 

「だから、こうする」

 

理央はリサを股の間に挟むように座らせ、後ろから抱え込むように抱きしめた。所謂あすなろ抱きである。

 

「リサいい匂い」

 

「ちょっ、やめてよ!今日体育あったしっ!」

 

「リサ、髪サラサラ」

 

「まぁ、手入れは欠かしてないからねー」

 

「リサ、体細いのに柔らかい」

 

「あの、照れるんだけど」

 

外でも中でも関係なく、この二人はイチャコライチャコラし始めるのだ。

気がつけばリサの母もどこかへいってしまっている。

 

「リサ、いつもありがとう」

 

「それは言わない約束でしょ。アタシだって、理央に助けられてるところ、あるんだから。友希那とのこととか」

 

「リサ」

 

「んー?」

 

「大好き」

 

「……アタシも」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




感想、評価、お気に入り登録待ってます。
また、推しキャラ、シチュエーション教えてくれれば書くかもです。

あと、毎日投稿はもうすでにいっぱいいっぱいなので期待しないでください


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引っ込み思案ズの二重奏

そろそろ一旦Roselia切り上げてほかのバンド行ってみようかな
ゆきなと、あこはそのうちやります。

あと、感想は返信こそしないもののしっかり読ませていただいてます。だからもっとください


まるで自然の産物かのようにピアノの旋律が自然と朝の清々しい空気に溶け込んで生徒の少ない校舎の中に響く。その音色は優しく爽やかで雲ひとつない青空を思わせる綺麗な音色だ。空もその旋律に誘われてか綺麗な空色をこれでもかと主張する。

 

花咲川合唱祭というイベントのために、生徒たちは練習を積む。

団結して一つの音楽を作り上げると言う面では体育祭以上にクラス全体の団結力が試されると言っても過言ではない。

そして、そんなイベントには朝練というものはつきもの。そして、その朝練のため、異様に早く来てしまう人もまたいる。

 

今この音色を奏でているのは朝練に早くきすぎた馬鹿真面目な内気な女生徒、白金燐子だった。

普段から自己主張という言葉は縁遠く、会話することも苦手とする燐子だが、特技とするピアノでの自己表現は苦手ではなかった。

一つ一つの鍵盤を燐子はその自らの白く細い折れてしまいそうな指で流れるように叩いていく。目を閉じ、ピアノが奏でるその音に全ての神経を傾けている。

 

だから、燐子がピアノを弾き始めた時には誰もいなかった教室に人が増えていても気がつかなかった。

 

やがて、曲が終わる。

ふぅ、と一息ついてピアノの片付けを始めようとしたそのとき、ぱちぱちぱち、と控えめな拍手が燐子とその演奏に送られた。

 

燐子の肩がびくっと驚きで震えた。恐る恐ると言った風に燐子か振り向いたその先には同じクラスの男子が手を叩いていた。

 

「ご、ごめんなさい」

 

なぜか反射的に燐子は謝っていた。

その謝罪に困惑する男子ーー田村空もなぜか「こ、こちらこそごめんなさい」と謝罪の言葉を口にしていた。

何を隠そうこの田村空もコミュ障である。

 

「あ、あの、綺麗な、音色でした」

 

「へ?あ、ありがとうございます」

 

先程あれほど表現力豊かにピアノを弾いていた燐子はどこへ行ったのか、口からは陳腐な言葉しか出てこない。

一方で空の方も口をモゴモゴさせて何かを伝えようとしてるが踏ん切りがつかない様子。

 

会話が苦手な二人が二人きりで対面しても会話など弾まないのは当然である。モゴモゴさせる空、何か言わなきゃとは思うものの何を話せば、とあたふたする燐子。

 

「ぴっ」

 

覚悟を決めて口を開いた空だったが、盛大に声が裏返っている。しかし、そんなことになど頭が回らないほどに緊張している空にとっては関係のない事だった。

 

「ピアノ、一緒に弾きませんか?」

 

だんだんと声を小さくしながらも、最後まで言い切った空。

顔を赤く染め苦手な会話をしてまで空は燐子の音に惹かれたのだ。

 

「は、はい。私でよければ」

 

ぱあっと空の顔はわかりやすく喜びを表現する。

ぺこりと燐子に頭を下げると、音楽室の生徒机のイスをピアノの前に置いて腰掛ける。それを見た燐子も再びピアノ椅子へ腰掛ける。

 

空は先ほどの燐子の演奏を聴いていたが、燐子は空のピアノの実力を知らない。だから今度は燐子が「何を弾きますか?」と問いかけようとした瞬間、

 

 

 

ーー音が弾けた

 

 

眼が覚めるような、力強く、先ほどのコミュ障の空はどこへ行ったのかと言うような音を奏でるため激しく鍵盤を叩く。この激しい音に燐子は面食らって指が動かない。そしてこの一瞬で空もまた燐子に劣らぬピアニストであることを理解した。

ハッとして自分が曲になるタイミングを探し始めたのは前奏が丁度終わった時だった。

 

 

 

ーーどうしたの?

 

少し音量の落ちた音色は未だに乗ってこない燐子へとメッセージを投げかけた。

 

(これ、私たちの歌う課題曲だ)

 

空が弾いていたのは音楽祭での一年生の課題曲。それを伴奏者でもない空が弾いていた。力強く、なだらかに。

 

(でも、アレンジされてる?)

 

楽譜を暗記しているわけでもない空は一度聞いただけの曲のメロディを自らの音で表現していた。

 

(なら、私ならこうかな)

 

優しく、空の力強い曲調を飾るように、支えるように燐子は音を奏で始めた。主旋律を食うことない絶妙なタッチで力強い曲調を力強いだけじゃない作曲者の意図したメッセージを二人で作り上げていく。

 

ーーいいね、ならこれは?

 

サビへ入ったとき、空はテンポを変えた。

明るく、軽やかに。空の指も燐子のように流れるように軽々と次々に鍵盤を叩く。ピアノを弾くことを楽しみ、作曲者の意図を表現する、空もまた一人のピアニストなのだ。

 

ーーまだいけますよね?

 

その転調に合わせて燐子も音を変え、挑戦的に空の音へ自分の音をぶつけた。内気な二人が自分の音をバチバチにぶつけ合いそれでいて一つの曲として完成させている。燐子の音が主張を強くすれば空は一度引き主旋律を燐子に譲り、自分はサポートに徹する。それに伴い曲の音程自体がガラリと変わるが二人は気に留めない。自分たちが弾きたいように、楽しいように、曲の意味を解釈して弾いていくだけだ。

 

互いにあまり喋ったことのない二人は今この曲の中でコミュニケーションを交わしていた。どんな音が得意で苦手で、二重奏なんてやったことないから拙くて、それでもピアニストとしての維持は曲を成り立たないものにすることを許さなくて。そんな演奏から互いの性格なんかも二人はうっすらと理解する。

 

やがて、曲の終盤。曲の終わりに向けて曲は一層盛り上がっていく。

二人の気づかぬうちに音楽室の中にはクラスメイト、曲を聞きつけた教師陣がかなりの数駆けつけており、曲が終わってしまう事を悔やんでいる。

 

だが、二人の舞台は終わらない。一曲目の余韻から今度はなだらかに燐子が二曲目の、クラスの自由曲へと入った。空もそれに戸惑うことなく乗っかっていく。

 

ーー朝の演奏会はまだ終わらない。

 

 

 

「「ふぅ」」

 

二人が鍵盤から指を離したその瞬間、ぱちぱちぱちと最初に空が燐子に送った拍手とは比べるまでもないほどの盛大な拍手が音楽室で巻き起こった。その拍手に二人してびくっ、と体を跳ね上げる。

 

「凄かった、感動した!」「音楽祭はもらったな」「燐子ちゃんカッコいい!」「田村ってピアノ弾けたんだな」「アレンジバージョンの方が好きだな」

 

様々な好意的感想が二人に投げかけられた二人は互いに顔を見合わせると、顔を赤くしながらも笑顔でぺこりと礼をした。

 

 

 

 

 

空は燐子とともにピアノを弾くことに、燐子レベルのピアニストだからこそできる事に喜びを覚えた。

燐子も一人で弾くピアノよりも誰かとともに弾くピアノに楽しさを感じた。

そんな二人は朝練が始まるまでの短い間ではあるが共にピアノを弾く仲になった。「おはよう」と告げるや否や二人はピアノの前に腰かけ、どちらからともなくピアノを弾く。

 

毎回似たような曲ばかり弾いているからと、互いの知ってる曲をシェアして弾くために昼休みに一緒にご飯を食べながら語り合ったりもした。

 

「田村君は…ピアノを弾く時、人が変わるよね」

 

「そ、それは白金さんにも言えると、思うけど」

 

「…わ、私が変わるのは田村くんと弾く時だけ、だから」

 

「そっ、それを言ったら僕だって」

 

クラスでそんな話をしながら弁当を食べる。そんなカップルまがいのことをしていれば噂も立つ。「あの二人メッチャ可愛いんだけど」「初々しいよね」「燐子ちゃんが敬語使ってないとこ初めて見るんだけど」「知ってるか、あれで付き合ってないんだぜ?」「この前CDショップで二人を見たよ」などなどである。

 

「あの、たまにはクラッシック以外にも弾いて見ない?」

 

「僕、あんま他の曲聞かないからわかんないんだけど。ご、ごめんね」

 

「あの、えと、ゲームミュージックなら家にあるから、今度どうかな?」

 

「新しく、開拓するのも一つの楽しみだよね。うん、今度聞かせてよ」

 

多少吃りながらも、二人はコミュ障設定はどこへ言ったと言わんばかりに二人は饒舌に話を進める。

 

「あの、じゃあ、き、今日とかどう、かな?」

 

顔を赤く染めながら燐子はそう話を切り出した。空としては特に用事はなく断る理由はなかったので「いいよ」と軽く返事をした。

 

「じゃあ、わっ、私の家、来てくださいっ」

 

顔を真っ赤にして勇気を振り絞った様子で燐子はそう口にした。

 

「へっ」

 

突然、燐子の家に行くことになった空。

あまりに自然にそういうことになったからか、口からは素っ頓狂な声が漏れた、

 

顔を赤くする燐子。口をパクパクと開閉を繰り返す空。可愛らしく控えめに二人は今の状況に反応を示していた。しかし、その場に居合わせたクラスメイトたちが

 

『ええぇぇぇぇ!!??』

 

空の気持ちを代弁するかのように驚きを示した。

 

 

 

 

 

綺麗でそこそこに大きな一軒家。もしや白金さんはお嬢様!?などと勝手に空は脳内で暴走を始める。

 

「えと、いらっしゃい」

 

「お、お邪魔します」

 

誰かを家に招くことも珍しい燐子、誰かの家に行くことが珍しい空にとって異性を家に招く、家に招待されるなどということは緊張するなんてレベルのものではなかった。

 

手土産は?服装は?髪整えてないよ!?と一度家に帰って戦闘準備をしたかった空に対し、燐子は「そんなの大丈夫だからっ」と学校からそのまま白金家へと招待した。

 

「えと、ご家族の方は?」

 

「今日はいない、かな?」

 

ずがしゃぁぁん。空の心に雷が落ちた。空の心の空模様は大荒れ、嵐である。

 

「え、ええ、と、とりあえずどうすればよろしくて、です?」

 

口調は安定することを知らず、目線は常にキョロキョロと動き、鼻はぴくぴくと小刻みに揺れる。

 

「わ、私の部屋に、案内するね?」

 

「へっ?」

 

 

 

いい匂い、近い、心臓の音うるさい。

もはやいろんな感情が混在しており片耳から聞こえる音楽などほとんど入ってきていない。

 

(二人で一つのイヤホン使う意味なくないかな!?近い!いい匂い!肩とか触れちゃうよ!)

 

燐子の部屋に案内された空。早々に当初の目的であるゲームミュージックを聞いているのだが、なぜかイヤホン共有状態で聞いているのである。スマホから音楽を流しているのだからイヤホンなしで聞いてもいいものであるのに、わざわざ体が近くなってしまうイヤホン共有。空のない内心は大荒れである。一方の燐子というと自然な流れでイヤホンの片方を空に渡しミュージックを聞いているのだがその途中互いの肩が触れ合ったことによて今の状態を理解、耳と顔を真っ赤にして音楽を聴いている。

 

二人で音楽を聴いているのに二人とも音楽が耳に入っていないという謎の状態である。

 

「あ、あの」 

 

「ひゃいっ」

 

気まずすぎる状態に耐えかねた空が話を切り出す。

 

「ちっ、近くないかな?」

 

「…ご、ごめんね。嫌、だった、よね」

 

「いやじゃない!…けど、その、離れてくれると助かります」

 

純情ボーイである空としては今の状態がうれしいものであるが喜んで受け入れられるほどのメンタルは持ち合わせていなかった。

 

「あの、この曲、NFOの挿入歌だよね」

 

気まずい空気を少しでも和ませるために、イヤホンから流れる曲へと話題を向けた。

NFOとは今話題のオンラインのネトゲである。あまりゲームに強くない空ですら挿入歌を知っているほどにはゲームも曲も有名である。

 

「知ってるの!?」

 

そんなNFOにドはまりしている燐子は、数少ない友人である空がNFOのことを知っているという事実に目を輝かせ、ただでさえ二人の距離が近いというのに、さらに体を空のほうへと寄せた。

燐子は他の一般的な女性と比べてある部分が非常に大きく、体を近づけるとその柔らかな双丘が空へと触れてしまう。しかしながら興奮のあまり燐子は事態に気が付いていない。

 

「ひゃっ、ちょ、ちょっとだけ」

 

空も男の子。視線が燐子の顔と、自分の肩に触れている胸とを行ったり来たりしている。

 

「や、やったことはある?」

 

「な、ないかな」

 

「…わ、私と一緒に、やってくれない、かな?」

 

燐子は友人が非常に少なくNFOを共にプレイするフレンドは一人しかいない。それも二つも年下の女子中学生である。

そんななか同級生の友人がNFOのことを知っているとなればテンションも上がるというものである。できることなら一緒にプレイしたいと思うのもごく自然な流れである。より身を乗り出して空に胸を押し付けてしまっていたとしても自然な流れなのである。

 

「ああああ、わわわ、わかったからあああああ」

 

「あ、ありがとう」

 

 

 

こうして二人の仲はより近づいていくこととなる。

 

 

 

 

 

 

 




引っ込み思案ズは2を執筆中だけど、投稿は違う子を攻略しながら書くかも。
感想、評価、お気に入り登録、推しキャラ、シチュエーション募集中であります!


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弱気なおにいさんと笑顔のヒーロー

ハッピー!ラッキー!スマイル!イェーイ!





『さて、そろそろお別れの時間だね。最後はみんなでこの歌をみんなで歌おう!』

 

せかいはひーとつにーなるー!

 

昼下がりにテレビをつけると、毎日『おにいさんといっしょ!』という番組が平日は毎日放送されている。

この番組の顔である歌のお兄さんこと、だいきちお兄さんをセンターに小さな子供達が手を繋いで笑顔で歌っている。

 

この番組は国営放送の幼児用教育番組で、長年一定の視聴率を保持し続けている番組である。

 

「こんなにたくさんの人を笑顔にするなんてさすが大吉ねっ!」

 

「うん、ようやく夢が叶ったんだ。もっと頑張るよ。こころのバンドの曲、提供してくれてありがとう」

 

歌が終わると同時に、スマホに映していた番組を切り上げた。

 

この番組の締めの曲は代々お兄さんの変更とともに変わってきた。今代のだいきちお兄さんはアマチュアバンドから曲を提供してもらったのだ。

その提供してしてくれたバンドのリーダーこそ、大吉と今共にいる弦巻こころなのだ。

 

「ふふっ、大吉は昔から人を笑顔にしたいって言ってたものね!」

 

この二人は年が少々離れてはいるが幼馴染という関係である。

こころはまだ高校生、大吉はこのようなテレビに出れる年齢、ちなみに、年齢は事務所が非公開にしている。

 

「うん、こころのおかげだよ」

 

「違うわ、大吉が自分でがんばったからよ!」

 

「……僕はこれからもっと多くの子供を笑顔にして行けるように頑張るよ」

 

ーーこころ様、そろそろご夕食のお時間です。

 

こころのサポートを影からする黒服さんから、夕食の時間であることが告げられた。

それは昔から、二人がお別れの時間であることを告げる言葉であった。

 

いつも笑顔であるこころと大吉を少しだけ曇らせてしまう言葉でもあった。

 

「もうこんな時間か。じゃあまたね、こころ。また今度ね」

 

「もう帰ってしまうの?夜ご飯も食べていかない?明日はお休みじゃない!」

 

「えっと、それは僕からはなんとも」

 

「じゃあ今日は久々のお泊りね!夜中までお話ししましょう!」

 

 

 

浦添大吉という男が子供を笑顔にすることを夢見たのは、弦巻こころという一人の少女がきっかけである。

 

『どうして暗い顔をしているの?笑っていたほうがずっとずーっと楽しいのに!』

 

そんな小さな少女の何気ない言葉に当時嫌なことが連鎖していて落ち込んでいた大吉を救った。

 

そんなことから二人の関係は始まったのだ。

小さな少女と大人しいお兄さんという凸凹な二人だったが、とても仲が良く、

 

 

 

「かゆいところはない?」

「ええ!大吉は頭を洗うのが上手ね」

幼馴染同士に稀にある、一緒にお風呂に入るなんてことをよくしていた。ちなみに弦巻家のお風呂はもはや高級ホテル並みのものであった。

「こころ、もっとそっち空いてるよ?」

「一緒にお風呂に入ってるんだもの。もっと近づきましょうよ」

ロリこころに裸で抱きつかれた思い出は未だに大吉の記憶に鮮明に残っている。

 

 

 

「お祭りって素敵ね!こんなたくさんの人が笑顔なんですもの」

「……すごいのはこころと弦巻なんだけどね」

こころがお祭りに行きたいなんて言い出したのだが、直近に祭りの予定はなかった。ので、弦巻の力をもって、今までい存在しなかった大きな祭りをわずか数日で企画、実行したのである。

「こころはみんなを笑顔にできてすごいね。僕にはできないや」

「どうして?大吉はちゃんと私を笑顔にしているじゃない!」

 

 

 

「大吉は教えるのも上手ね」

「まぁ、中学生の内容くらいならね」

こころが中学生に上がってからも二人の関係は途絶えることはなかった。

「大吉は将来どうするの?」

「僕は音大に行こうと思ってるよ」

この時に大吉は歌のお兄さんを志した。笑顔が素敵な人のそばにいればその人を笑顔にできるような仕事に就きたくなるのもうなづける

「素敵!歌で人を笑顔にするのね」

「うん、こころのおかげで夢を見つけることができた。ありがとう」

「ふふっ、謙虚なのね。でも大吉が自分で見つけたのよ」

 

 

 

「どうしたの?」

「オーディション前に、こころに力をもらいたかったんだ」

大吉の原動力はいつもこころだった。大吉は基本的に自信が持てない人である。でも、こころがいるなら、こころがそばにいてくれたら行動できる。

「うーん、そうね」

「こころに頼るのはこれで最後にするよ」

「ハッピー!ラッキー!スマイル!イェーイ!」

脈絡のあまり感じられないこころの叫び。しかし大吉のようないつもこころと一緒にいる人にとっては日常茶飯事であるし、こころの言わんとしていることがわかってしまう。

「ありがとうこころ」

「どういたしまして!」

 

音大在学生ながらうたのおにいさんが誕生し、社会現象になるまでの人気を博すのは少し後の話。

 

 

 

そして話は戻って現在。

過去をあまり振り返らないこころと夕飯を食べながら昔話を楽しんだ後、少々問題が発生した。

 

「一緒にお風呂に入りましょう!」

 

こころの発言にはいつもみんな驚かされる。黒服さんも驚いているのが大吉の視界の端に映った。

先ほどの昔話にあったように大吉とこころはいっしょにお風呂に入ったことがある。

しかし、現在こころは高校生、大吉も大学生。加えて国営放送の教育番組の顔である。

高校生の女子と一緒にお風呂に入ったことが知れればスキャンダルまちがいなしである。

さらに、二人の体は年相応に成長している。

 

「えと、こころ?」

 

「どうしたの?」

 

「水着とかは?」

 

「お風呂に入るのに水着がいるの?」

 

やろうとしていることはとんでもないのにこういうときだけ正論で返してくるこころに大吉は一生勝てる気はしなかった。

 

「恥ずかしくないの?」

 

「ほかの男の人なら恥ずかしいかもしれないけれど、大吉だもの!裸を見られたってかまわないわ!それに、前も一緒に裸でお風呂に入ってたじゃない!」

 

「……その、恋仲でもない年頃の男女が裸で対面するのはどうかと思うよ」

 

「わかったわ!」

 

「じゃあ水着をーー」

 

「恋仲になればいいのね!」

 

「そっちかー」

 

こころに長年振り回され続けた大吉でもさすがに驚きを隠せなかった。

一緒にお風呂入るためだけに恋仲になるというのだから。

 

「今日から私たちは恋人同士よ!」

 

「いやいや、待とうよこころ」

 

「どうしたの?まだなにかあるの?」

 

「あのね、恋人同士っていうのはーー」

 

「私と恋人は嫌かしら?」

 

「嫌じゃないよ」

 

動揺していたとしても大吉は決してこころを悲しませるようなことをしたりしない。

だが同時に幸せになってほしいとも思うから、大吉はこころ言葉にこたえることができない。

 

「でもね、好き同士、一生この人とって覚悟くらいないと恋人はだめだと思うんだ」

 

相手がこころでさえなければもっと気軽に恋愛関係を築けたのだろう。しかし弦巻こころと恋仲になるということがどれだけ重いことかを大吉は理解しているし、こころが良しとしてもこころの両親が良しとしないだろう。

 

「私は大吉とずーっと一緒がいいわ!大吉と一緒だと私も笑顔になれるもの!それに、昔に結婚の約束までしたじゃない!」

 

「あー、覚えてたんだ」

 

「もちろんよ!お父様にもずーっと大吉と結婚するって言ってきてたのよ。この前、十六歳になったから正式にお父様から許可をもらったわ!」

 

もはや大吉に逃げ場などない状態だった。こころにここまで言わせておいて幸せにしない、泣かせてしまうようなことがあれば殺されてしまうだろう。

 

「わ、分かったよ。じゃあ一緒にお風呂入ろうか」

 

「ええ!そのあとは一緒に寝るまでベッドでお話ししましょう!」

 

当然一つのベッドで寝るんだろうなぁと、今のうちから大吉は覚悟を決めておいた。

しかし、直近の敵はお風呂であるーー!

 

 

 

成長したこころの体に苦しめられながらもなんとか乗り切った大吉。寝る準備を済ませ、こころと二人でこころの巨大なベッドに腰かけて話をしていた。

 

「ねえ、こころ」

 

「なぁに?」

 

「本当に僕と結婚するの?僕でいいの?年上なのに、いつもこころに頼ってばかりの僕で」

 

「変なことを聞くのね。大吉じゃないとだめなのよ。大吉じゃないとハッピーになれないもの」

 

「こころはいつもかっこよくてかわいくて、まぶしくて。僕のヒーローだよ」

 

その言葉を聞いて一段と笑顔を輝かせたこころは、こてん、と頭を大吉の肩にもたれかけた。

おずおずと、大吉もこころの肩を抱きよせた。

 

「ふふっ、どきどきする」

 

「僕もドキドキする」

 

どちらからともなく顔を近づけキスをした。

数秒ののちに顔を離す。

お互いに顔は赤かったけれど、太陽のようにまぶしい笑顔だった。

 

 

 

「今度、ハロハピもおにいさんといっしょに出ようと思うの」

「え」

「私たちもみんなを笑顔にしたいの」

 

数日後、四人の女子高生と熊がおにいさんといっしょに出演、大反響だったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




感想、評価、お気に入り登録願いします、モチベアップにつながるので!
押しキャラ、書いてほしいシチュエーションを教えてくれれば書くかもです。


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有能先輩とマイペース後輩

や、やっぱりアフターグロウ強いな。唐突なアンケートにもかかわらず得票率高けぇ。
というわけでモカちゃんです。


「凉さーんほんとにいいんですか~?」

 

「まあ、シフト変わってくれたお礼の一部だし、パンくらいならいくらでもいいよ」

 

「では、お言葉に甘えて~」

 

山吹ベーカリーというパン屋にて一組の男女がデートよろしく連れ添っていた。

 

「モカちゃんのパンへの愛をなめたらだめですよー」

 

「わかってるよ、モカがよく食べることは僕の中では有名だからね」

 

この青葉モカという少女は非常によく食べることで有名である。それなのに全く太らないということでも有名である。

 

「そー言えばあのバイトの鬼の凉さんがどーして休んだんですかー?」

 

「頼まれて柔道の大会に出てたんだ」

 

「……この前はサッカーの大会に出てましたよね~」

 

この霧島凉という男は近所では非常に有名なスーパーマンである。バイトは掛け持ち当たり前、高校においては生徒会副会長を務めながらも、運動部からは助っ人として大会に呼ばれることも多い。町の商店街にもボランティア活動的なこともしており、人気が非常に高い。

世の中の超人が裸足で逃げ出すほどの完璧超人なのである。

 

「うん、サッカーの方は準優勝だったけど、柔道の方はしっかり優勝してきたよ」

 

「サッカーの方も、得点王?とかで表彰されてましたねー。そのうち分身とかして仕事を同時にこなすなんてことも……」

 

「あはは、さすがに僕でも忍者じゃないんだから無理だよ」

 

「ちぇー、あたしの仕事を代わりにやってくれると思ったんだけどな~」

 

会話しながらも次々にお盆にパンをのせていくモカ。すでに十個どころではなく山のように積み重なっている。にもかかわらずまだ買おうとしている。

 

「チョココロネは外せないんですよ~」

 

「へー、じゃあ僕の分ものせといて」

 

「はーい」

 

山吹ベーカリーに居座ること十数分、山のように積まれたパンがレジにだされた。

 

「これで」

 

財布から取り出されたのは大量の山吹ベーカリーの割引券。

凉が大食いで有名なモカに好きなだけ買っていいといったのはこれがあったからである。

 

「むむむ、モカちゃんにも負けないパン愛!」

 

「ふっふっふ、僕の体の半分はパンでできているといっても過言ではないよ」

 

「あたしだって」

 

「あはは、凉さんもモカも常連ですからねー」とは山吹ベーカリー看板娘の談である。

 

「次はどこにつれてってもらおうかな~。シフト変わったお礼がデートだなんて凉さんは幸せ者ですな~」

 

「ん、そうだね。モカみたいな美少女後輩とデートできて僕はうれしいよ」

 

「あたしも先輩とデートできてうれしいですよ」

 

二人は特に交際関係にあるというわけではない。しかしながら、二人はお互いに恥ずかしがる様子もなく淡々とそんなセリフを吐く。

 

「あの、お店の中でイチャイチャしないでくれませんか?」

 

二人は恥ずかしくなくとも、見ている看板娘側は顔を赤くしていた。

 

 

 

 

 

時は遡って数時間前。

 

青葉モカは非常に特殊な女子である。花の女子高生ともあろうお方がオシャレに気を配らず、私服はパーカー一択。

加えて体型を全く気にせず山のようなパンを毎日食べまくっている。加えて、食事量に反して運動はあまりせず、睡眠を好むこのマイペース女子は所謂宝の持ち腐れというやつなのである。

 

故に、霧島凉は非常にモカのことを気にかける。

「磨けば絶対光るのにもったいない!」

この男、前述した通りになんでもできる天才なのだが、その中には美容やファッションに関するものまで知識を搭載している。

 

つまり、凉のリードでデートをするということは、ショッピングに重きを置くということである。

 

「別にあたしはパーカーでいいんですけどー」

 

「バカ、せっかくかわいいんだからおしゃれしなきゃもったいないだろ」

 

モカは自称する通りに美少女であるのだがいかんせん自分に無頓着なのである。

今でこそ普通にかわいい子レベルであるものの、おしゃれや化粧を覚えようものならば超絶美少女モカちゃんの誕生は間違いない。

 

「どんな感じのがいい?」

 

「ん~、思わず凉さんが見とれちゃうようなので~」

 

凉をからかうようにモカはにやけながらそう言った。しかし、この二人にとってからかい合いなどに異常茶飯事であるの。

 

「可愛すぎてお持ち帰りしたいくらいにしてあげるよ」

 

「きゃー、凉さんのけだもの~」

 

「棒読み!ちなみに今日はほんとにお持ち帰りするからね」

 

「へ?」

 

しれっとすごいことを言われたモカであるが、まぁ気にはしなかった。

モカは人を知ることが得意であるがゆえに、気にはしない。凉という男がどんな人間かを理解しているから。

 

「はい、ちょっとこれ着てみて」

 

「えー、こんなにー」

 

「今日のモカは僕の着せ替え人形だよ」

 

大量の服を渡されたモカは少しげんなりしながらも、しぶしぶ試着室へと入っていった。

 

「のぞいてもいいですよー」

 

にやりとからかうモカ。着せ替え人形にされることへの少々の抵抗であることは間違いなかった。

 

「じゃーん」

 

ジーンズにパンがプリントされたTシャツというモカの謎ファッションの上から一枚、編地がざっくりとした薄ピンクのカーディガンを羽織っただけのモカが。モカらしいゆったりとしたシルエットだがーー

 

「脱げ」

 

「凉さんのへんたーい」

 

「その!パンの!Tシャツ!」

 

せっかくオシャレをしようとしているのにモカのマイペースな色が強く残っている。

というかそんなTシャツどこに売っているというのか。

 

「凉さんがそこにいるのに下着姿になるのって緊張するんですよー」

 

「大丈夫、絶対覗かない。僕は見たかったら素直に言う男だ!」

 

「ふくざつー」

 

再びモカは試着室へと消えていった。

 

「まぁ、できることなら見たいけどな」

 

ぼそりとつぶやいたその一言は試着室の中のモカに聞こえたかは定かではないが、普段表情をあまり崩さないモカの頬が少しだけ赤くなっていたのは店内の暖房が原因かはたまた別の理由か。

 

「モカちゃんは自分がこわい」

 

自信満々に出てきたモカは紺色のニットに黒のロングスカート、ベージュのトレンチコートと普段のモカならば絶対に着ない服装である。

ニットの襟は深く、白い鎖骨が妙な色気を醸し出している。ロングスカートは清楚な雰囲気をもたせ、トレンチコートは流行りに乗っている感じがする。

 

「おぉ、かわいい」

 

「でしょ~」

 

「首元から胸元にワンポイント何かあってもいい気がするけど、とりあえず買いかな」

 

「おごってくれるんですか~?」

 

「うんいいよ」

 

「……冗談だったんですけど」

 

 

 

 

 

戻って現在。

一通りショッピングした後は、喫茶店で一休み。

モカの服装は先ほどの服装である。胸元にはきらりとネックレスが輝いていた。

 

「ネックレスまで買ってくれるなんて、感謝感謝~」

 

「またシフト変わってね」

 

「もち~。あ、つぐーちゅうもーん」

 

現在二人がいる喫茶店はモカの幼馴染の家が経営している喫茶店である。

 

「はーい、あれ、モカちゃんその恰好」

 

「へへー、デート~。買ってもらったんだ~」

 

「へ、ででで、デート!?」

 

「コーヒーとこのケーキで」

 

「モカちゃんはいつものー」

 

つぐと呼ばれた看板娘が動揺しているのもほったらかしのまま二人は注文。

看板娘はあわてて注文を取った。

 

「はい、少々お待ちください!あ、モカちゃん、かわいいよ!」

 

しっかりとかわいいと感想を言ってから仕事に戻るあたりつぐという女の子の性格の良さが見える。

 

「どう、みんなからの反応は」

 

「これで凉さんとカップルっぽく見えますか~」

 

「何を気にしてるんだよ」

 

二人は付き合っているということはないが、一応デートをしているので、女の子的には男の子に釣り合う女の子になりたいというのは自然なことなのだろう。

 

「凉さんはイケメンだしー、おしゃれだしー、モカちゃん浮いちゃうなーって」

 

「パンのTシャツとか着てるならまだしも今ならベストカップルだよ」

 

「照れますな~」

 

実際、ショッピングモールで二人が歩いていた時はかなり多くの視線にさらされた。

それも、二人のルックスに加えて、ファッションによるブーストがかかっているからである。

ベストかは置いておいて、十分カップルに見えることだろう。

 

「そーいえば、モカちゃん本当にお持ち帰りされちゃうんですか~」

 

「うん。モカを大人の女にしてあげるよ」

 

「…………………………ちょっとまだ心の準備ができてないからまた今度で」

 

「ダメ」

 

「モカちゃんごーいんなのも嫌いじゃないですけど~」

 

「ならいいでしょ」

 

 

 

「んん~」

 

モカはそのまま凉の家へとお持ち帰りされ、現在目をつむりながら体をよじらせてる。

 

「うごくな、痛くはしないから」

 

「……凉さんはほんと何でもできますね」

 

凉はモカに対して、化粧を施している真っ最中であった。

 

「やっぱ大人っぽさをだすなら化粧だよね」

 

「……ちょっと期待したモカちゃんがばかでした」

 

「なんで?期待してていいよ。完璧な美人にしてあげるから」

 

少し不貞腐れているモカをほったらかしに、凉は化粧を続ける。

大人っぽさを出すために目元に力を入れるということはつまり、モカの顔を近距離で見つめ続けるということ。

 

「モカ、きれいな顔してるね」

 

「でしょ~」

 

ブラウンのアイシャドウは横幅を意識して。アイラインは目じりから自然に少し吊り上げるイメージで。

目元だけじゃなく顔全体にもシェーディング。頬に軽くチークを施してーー

 

「どうよ、美少女モカちゃんの完成だぞ!」

 

「おぉ~。すごい…」

 

「これならどんな男だろうとイチコロ間違いなし!モカはきれいな唇してるから口紅じゃなくてリップにしといた」

 

「ほんとにイチコロですか~?」

 

「もち!」

 

モカはグイっと前傾姿勢になるようにして凉と顔の位置を近づける。

今のモカはコートを脱いで少し胸元の開いたニットを着ている。

 

「胸元、みえるよモカ」

 

「イチコロですか~?」

 

「え、うん。このままキスに持ち込めばモカならどんな男も惚れさせーー」

 

「……ん」

 

「も、もか」

 

「惚れちゃいました~?」

 

小悪魔のような笑顔でモカは凉の顔を見上げた。

 

イケメン完璧超人にもかかわらず色恋沙汰がささやかれなかったほど女っ気のなかった凉だったが、今ので当然のことながらーー

 

 

 

 

 

ーーイチコロだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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猫カフェ店員と猫好き女子

あれ、アンケートロゼリアが逆転してる。
というわけで友希那回。

アンケートリセットするんで回答おなしゃす。


猫カフェとはカフェに猫とのふれあい要素を足した癒しのスポットである。

人間という生物は些細なことでストレスを感じる生物である。ゆえに人間は癒しを求める。

猫という愛くるしい生物に。それはたとえクールな人間であったとしても変わりはない。

 

「……にゃーちゃん」

 

つまり、孤高の歌姫とまで称される湊友希那がたとえ猫カフェに入り浸っていたとしても何ら不思議ではないのだ。意外ではあるけれど。

 

「……ご注文はお決まりでしょうか」

 

「この猫のラテアートのカフェラテを……狭間君?」

 

「湊さんが猫カフェってすごい意外でした」

 

湊友希那と狭間直人はいわゆるクラスメイトである。

席も隣同士であるし、お人よしな直人はぼっちを決め込みやすい友希那のお世話を何度もしてきた仲であり、友希那としても直人のことは嫌いではなかった。

 

「いや、ちがうわ」

 

「何も違わないと思うけど」

 

「その、とにかく違うのよ」

 

「何が違うの?」

 

「カフェに入ったらそこが偶然にゃー……猫カフェだっただけでっ」

 

「隠せてないよ湊さん。さっき、にゃーちゃんって言ってたの聞こえてたし」

 

「……くっ」

 

あの湊友希那がくっ殺状態で直人としては非常に新鮮だった。

友希那としては自分のイメージが崩れるのが嫌だったのだろうが、クールな女子のクールじゃない一面というのは非常に強力な武器なのである。

実際、直人はこれを見て友希那が意外にかわいらしく愉快だと知って絡みやすくなることだろう。

 

「それで、注文はラテアートで大丈夫?」

 

「ええ、大丈夫よ。このことは言いふらさないで頂戴。あなたならそんなことはしないとは思っているけれど」

 

「言わないし、湊さんが猫大好きなかわいい一面持ってるとか言いふらしてもみんな信じないでしょ」

 

それだけ言うと直人はバックヤードに戻っていった。

 

「よりによって狭間君にばれるなんて」

 

友希那にとって直人は学校内で数少ない気心知れる仲である。

そんな直人に恥ずかしい一面を知られてしまっては気まずいだろう。

 

(もちろん、彼はそんなことは気にしないだろうけれど)

 

友希那は気にするのだ。だって恥ずかしいから。

 

「……にゃーちゃん」

 

しかし、友希那には今それ以上の問題を抱えていた。

猫カフェなのに、猫と触れ合えていないのである。猫カフェの猫は非常に人懐っこい猫であることが多い。

現在友希那がいるここも非常に猫がなついてくるはずなのだ。

だって、友希那は人懐っこい猫がいる猫カフェを検索してここに来たのだから。

 

店内を徘徊していた猫に目を付けると驚かせないようにそーっと近づき、しゃがんで手を伸ばそうとしたところで逃げられる。そんなことを繰り返していたのだ。

そして何度も猫に逃げられたことで友希那はひどく傷ついた。内心涙目である。

 

無理やり捕まえて触るようなとはマナーとしてよくないし、友希那としてもやめておきたいところである。

 

「お持たせいたしました。カフェラテで……湊さん?」

 

直人がカフェラテをもって来た時にはすでに友希那はショックでへこんでいた。それはもうわかりやすいくらいに悲しい顔をしていた。

 

「お客様、お気に入りの子はどの子ですか?」

 

空気が読める直人店員は友希那に猫のリストを見せた。

友希那は無言で白毛の猫を指さすと、直人はかしこまりましたと一礼する。

 

「ゆき、おいで」

 

少し離れたところでその猫の名前を呼ぶと、白毛のゆきという猫が直人のもとへとちょこちょこと寄ってきた。

これには友希那も驚いて目を見開いた。

 

ゆきを優しく抱き上げた直人は友希那に微笑んだ。

 

「ゆき、あの人と遊んであげて」

 

「ほ、施しはうけないわ」

 

めっちゃ口をもごもごさせながら友希那は断った。

 

(最初に学校で話しかけたときもこんなこと言ってたなぁ)

 

しかし、ゆきは友希那の足元にすり寄った。

こんな猫の愛くるしい行動に、友希那は「とぅんく」と胸を高鳴らせた。

そしておずおずとゆきを抱き上げ腕で抱えると、頭を優しくなでた。

ゆきは気持ちよさそうにごろごろとのどをならす。

 

友希那は幸せを提供してくれた直人に感謝しようと直人に目をやると、直人は十数匹もの猫に囲まれていた。

友希那は嫉妬した。

そして、友希那の抱えていたゆきもぴょんっと腕の中から跳ぶと直人のほうへ向かっていった。

友希那は絶望した。

 

友希那は怒りを滾らせ友希那から猫を奪ったかの邪知暴虐の王へガツンとってやろうとツカツカと猫に囲まれている直人に詰めよった。

 

「狭間くーー」

 

「あ、湊さん、今からこの子達におやつあげるんだけど、手伝ったりーー」

「ぜひやらせてちょうだい」

 

即答だった。友希那はエサを前につられ速攻で屈してしまった。

 

「みんな、仲良くね」

 

わらわらと直人を中心によっていた猫たちが少し離れた。

先ほどもそうだったが、猫たちが直人の話を理解しているかのような現象である。

 

「……にゃー」

 

もう直人に猫好きがばれたからか開き直ったのか、にゃーにゃー遠慮なく言い始めた友希那。

 

「可愛い」

 

「そうでしょう。猫はかわいいの」

 

なぜかドヤ顔の友希那。かわいい。

 

「や、猫もだけど湊さんが」

 

「そ、そう」

 

顔を赤く染め、おやつをぱくついている猫の頭を撫でている。

友希那が猫におやつを食べさせるのを見届けた直人はバックに戻っていった。

 

(こんなことがあるからここのバイトはやめられない)

 

 

 

 

 

「お先に失礼します」

 

バイトを終えた直人は帰路につく。が、それはいつもの何もない帰り道とは違った。

猫カフェから少し離れた開けたところで友希那が待ち構えていたのである。

 

「狭間君、待っていたわ」

 

「え、どうしたの」

 

二人は特に約束をしていたわけではない。

友希那が勝手に待っていただけであるが、人がいい直人は待たせてごめんねと持っていた缶コーヒーを渡した。

 

「いえ、気にしないで。だからこれもいらないわ」

 

「ううん。気にする、女の子を待たせたんだし。まだ開けてないしもらって?あ、それともコーヒー苦手だったかな?アイスココアなら持ってるよ、こっちにする?」

 

「どうしてそんなにもってるのよ……ココアをもらえるかしら」

 

苦いものがダメな友希那はもちろんコーヒーも得意ではない。今日は直人にいつもとは違う一面を見られてばかりであるなと友希那は少し気を引き締めた。

 

「それで、どうしたの?連絡してくれればよかったのに」

 

「その、少し時間をもらえるかしら」

 

「うん、大丈夫だよ」

 

「その……なついてくれない野良猫が近くにいるのだけど」

 

「っぷふ」

 

「ど、どうして笑うのかしら!」

 

「いや、やっぱ湊さんかわいいなって思っただけだから」

 

なついてくれない猫がいて悔しくて猫に好かれやすいであろう直人を動員したのだからよっぽどの負けず嫌いなのだろうし、猫のことに必死になる友希那を直人は何よりかわいいと思った。

 

「この先の公園によく現れるの」

 

「湊さん猫好きだよね」

 

「ええ、好きよ」

 

猫のことであるとわかっているが友希那に面と向かって好きという言葉を言われて直人の心臓は鼓動を速めた。友希那は非常に美人であるし、このようにかわいい一面も持ち合わせているのだからそれもいたしかたなかった。

そしてかわいい子は往々にしてからかいたくなるものである。

 

「湊ゆきにゃ、だね」

 

「……ゆきにゃ」

 

(気に入った!?)

 

冗談で、半分怒られるのを覚悟していってみたらまさかの好感触で直人は驚いた。

 

「じゃああなたは、狭間にゃおとね」

 

「かわいい」

 

「でしょう」

 

再びのドヤ顔。ゆきにゃかわいい。

 

「あ、あの子よ」

 

「うんわかった。ゆきにゃさんは待ってて」

 

「ええ、まかせたわ、にゃおと」

 

猫がかかわると可愛いかつポンコツになる湊友希那。

きっと、我に返った時に後悔することだろう。

 

「おいで~ほら、おやつだよ~」

 

仕事上猫のおやつが職場にあり、家で猫を飼っている直人は持ち帰ることを許可されているのでバイト帰りには猫のおやつを持っているのだ。

 

とてとてと黒猫が直人にすりよってきた。

直人が手を差し出すとぺろぺろとなめるくらいには気を許しているようである。

 

「ゆきにゃさん」

 

「でかしたわ。……にゃー」

 

友希那は直人からおやつを受け取ると黒猫に食べさせる。

おとなしく気を許した黒猫はさんざん避けていた(友希那談)友希那の手を受け入れた。

 

「ふふっ。……にゃー」

 

「かわいい」

 

「でしょう」

 

そういった友希那はやはりドヤ顔だった。

 

 

 

 

 

「どうして猫のおやつなんて持っていたの?」

 

さんざん猫を愛でた帰り道。二人は今度こそ帰路についていた。

直人は今日で友希那のイメージがだいぶ崩壊した。

 

「ああ、うち猫飼ってるからバイト先がおすそ分けしてくれーーどうしたの?」

 

「にゃーちゃん」

 

「うち、くる?」

 

「ぜひ、お邪魔させてもらうわ」

 

「湊さん、ほんと猫好きだね」

 

「ええ、大好きよ。あと、友希那で構わないわ。私とあなたは同じにゃーちゃん同盟の仲間でしょう。これからも頼むわよにゃおと」

 

なんか変な同盟に加入させられた直人だったが、ここまでくればこの状態の友希那にもなれたものである。

 

「うん、よろしくね。ゆきにゃさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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猫カフェ店員と猫好き女子2

……難産
土日に悩み抜いて投稿休んだ挙句この低クオリティ。


アンケートRoseliaとアフグロの二強やなぁ。
あ、あと日刊ランキング15位だってね!読者様方、ありがとう!


あれから、直人と友希那は校外でちょくちょく会う仲になった。

といっても友希那が直人の働いている猫カフェに頻繁に訪れるからではあるのだが。

それでも、二人が仲良くなったことは瞬く間に校内に知れ渡った。

 

孤高の歌姫湊友希那が、あの人を寄せ付けなかった友希那が昼食を男子と共にしている。二人でカフェに入って行くのを見た、という噂が広まったのだ。

 

愛想が良くなくとも、美人で可愛くて声が綺麗な友希那は男女ともに一定の好意を寄せられていた。それが急に男子と親密になったとなれば噂も広まるのも仕方のないことではある。

 

「友希那さん、見て、猫のキャラ弁」

 

「……にゃー」

 

「ちょっと頑張って作って見たんだよね」

 

「流石ね、直人。ちょっと写真だけ撮らせてくれるかしら」

 

ばしゃしゃしゃしゃしゃ。まさかの連写である。

 

「そういえば、直人の家にはいつお邪魔させてもらえるのかしら」

 

教室がざわついた。

それはもうざわついた。教室内の人の耳が二人の会話に向いた。

 

「あ、それ本気で言ってた?」

 

「もちろんよ」

 

「うーん、学校帰りでいい?」

 

「いえ、休日にしましょう。その方が長い時間いられるでしょう?」

 

「あはは、友希那さん好きだね」

 

「ええ、好きよ。いつまでも触れていられるもの」

 

本人たちにとってはなんてことのない会話だったのだが、耳を傾けている生徒たちにとってはかなり意味深な会話である。

ーーあの湊さんが好きって言ったぞ!?あの二人付き合ってたの!?

 

話題の中心人物は自分たちのことを話題にされているなどとは知る由もなく、直人の家いつ行けばいいか、とか、猫におやつは持って行ったほうがいいかしら?とか、のんきに話していた。

 

 

 

 

 

こうして、土曜日、友希那は約束通り昼下がりから直人の家に訪れた。その際、直人の両親が、直人に春が!?とか外に出てるから親の目は気にしないでね!とか避妊はしっかりね、とかいったことによって二人は揃って顔を赤らめた。

 

「ごめんね友希那さん、うちの両親が変なこと言って」

 

「いえ、気にしてないわ……そんなことより」

 

「あぁ、うん。この時間ならチョモは僕の部屋かな」

 

二階へ上がってすぐの扉を開けると、茶の猫が直人に向かって飛び込んできた。

それを直人は柔らかく受け止め、そのまま抱きかかえた。

 

「チョモちゃんという名前なのかしら」

 

「うん、特に理由はなかった気がするけどね。んーと、適当なところに座って。はい、クッション」

 

さすがに女の子を自分のベッドに座らせることはできす、クッションを敷いて床に座ってもらうことにした。

 

 

「チョモ、降りて」

 

直人が声をかけるとすぐにチョモは直人の腕の中から跳びだした。

腕からは降りたがそのまま胡坐をかいている直人の足の中に納まった。

 

「前から思っていたのだけど、直人、猫と会話できるのかしら」

 

「いやいや、そんなすごいもんじゃないよ。猫に好かれる体質なだけ。あとちょっと猫に僕の気持ちが伝わりやすいのかな」

 

「うらやましいわ」

 

「あはは、この体質のおかげで猫カフェのバイトの時給も上がったんだよね」

 

「わかるわ、直人の猫統率力は非常に高いもの」

 

会話の最中もチョモは直人のそばを離れず、ごろごろとうなりながら頭を直人に擦り付けている。

 

「そっちに行っていいかしら。今チョモちゃんを離すのは忍びないわ」

 

チョモは今直人の足の中にいる。そのチョモを撫でるために友希那が直人との距離を埋めるということは、二人の肩が触れ合ってしまうほどの距離感になっていしまうということに他ならない。

両親在宅していない男の家の男の部屋でそんな距離感でいるということは女子としては一定以上の覚悟が求められる。果たして、友希那が覚悟をもって距離を詰めたのか、はたまた天然か。どちらにせよ直人の心臓にはよろしくはなかった。

 

「さらさらね」

 

「ブラッシングは嫌がらない子だからね。たのしくなっちゃって」

 

「とても直人になついているのね」

 

「そうだね、いつも僕の帰りを迎えてくれるくらいには」

 

「うらやましいわ」「僕だけじゃなくて、家族も迎えに行ってるから、仲のいい人は迎えに行くんじゃないかな」

 

「つまり、私もチョモちゃんと仲良くなればいいのね」

 

チョモに迎えられるほど仲を深めるということはつまりそれだけの回数直人に家に通うということを意味している。

 

「そんなに、僕の家に通う気?」

 

「だめかしら?」

 

「ダメじゃないけど、そんなにチョモのこと気に入ったの?」

 

「ええ、この毛並み、甘え方、スリムさ。完璧よ」

 

「猫に気に入られるって結構大変だよ?猫はツンデレだから甘えてくれるまで時間かかるし」

 

「私はあきらめないわよ」

 

そういった友希那の目には強い意志が宿っていた。

しかし、直人は別のことを危惧していた。

 

「友希那さん音楽の方は大丈夫なの?」

 

友希那が音楽に傾倒しているということは有名である。

そんな友希那が頻繁に直人の家に訪れるということはそれだけ歌の練習の時間が削られているということである。

直人は友希那と共に過ごす時間を非常に気に入っているが、友希那の邪魔になることは嫌なのだ。

 

友希那の足を引っ張るのが嫌なのだ。友希那がどれだけ音楽に懸けているかを知っている。

友希那と直人は猫の話ばかりしているわけではない。

聞き上手な直人は友希那から様々な情報を引き出している。その中には友希那にとって音楽がどれだけ重いものであるかも知っている。

 

「当然よ。私はこの程度では止まらないもの」

 

「そっか、安心した。友希那さんと離れなきゃいけなくなるかと思った」

 

「……どうして?」

 

「友希那さんの邪魔はしたくはないからね」

 

「あなたは邪魔なんかじゃないわ」

 

友希那が不器用な人間であることを知っているから、友希那のこの言葉が心からの言葉であることはよくわかった。

 

「ありがとう。友希那さん」

 

少ししんみりとした空気になってしまったため、その空気を換えようと、直人はチョモを友希那に預け、部屋を漁った。すると何かを手に再び座った。

 

「にゃおと、です」

 

直人が取り出したのは猫耳カチューシャ。自分の頭につけて自己紹介。

 

「かわいいわにゃおと」

 

「友希那さんもほら」

 

にゃおとは強引に友希那の頭に猫耳を取り付けた。

直人の部屋に新たに二匹の猫が爆誕した。

 

「似合ってるよ、ゆきにゃさん」

 

「ありがとう。あなたも似合ってるわよにゃおと」

 

 

 

 

 

「そろそろお暇させていいただくわ」

 

時刻は夕暮れごろ。本当に昼から夕方ごろまで猫やとりとめのない話で二人は非常に盛り上がった。

ここまで、とても楽しかった直人だが友希那に言っておきたいことがいくつかあった。

 

「友希那さん」

 

「なにかしら?」

 

「男の部屋に入るときはもっと慎重に、警戒心を持ったほうがいいですよ」

 

「……直人なら警戒なんてしないで大丈夫でしょう」

 

その直人を異性としてみていないような友希那の口ぶりに直人は少しむっとして口を開く。

 

「僕だって男なんだから、友希那さんを部屋で押し倒しちゃうかもでしょ!……その、時々友希那さん無防備で、下着とか見えてたし」

 

「直人にそんな勇気があるのなら構わないわ。……下着は気をつけるわ」

 

直人を信用しての言葉か甘く見ての言葉か。どちらにしても直人はよりムカッとした。

だから、少し脅かすくらいのつもりで友希那の腕をつかんで引いた。

想定外だったのは、友希那が無抵抗だったこと。

 

友希那は直人の腕の中に倒れこむようにとびこみ、勢いあまって二人は直人のベッドに倒れこんだ。

ちょうど、直人が友希那を押し倒すような体勢で。

 

「ほら、こうなるよ」

 

直人にはこんなことをするつもりなんて全くなかった。ただ、引くに引けなくなったのだ。

 

「いったでしょう直人。あなたにその気があるのなら構わないわ」

 

「……どういう意味?」

 

「そのままの意味よ。私は、あなたになら押し倒されても構わない。あなたといると、私はしがらみを忘れられる。なにも背負わない私でいられる。あなたになら全てをさらけ出しても構わない」

 

「……僕のことが好きってこと?」

 

「ええ、その認識で構わないわ」

 

「こんなことしたのに?」

 

「こんなことされても、よ。不快感なんてない。この気持ちのまま歌えたならどれだけの歌を歌えるのでしょうね」

 

「僕は君の足かせにはなりたくない。僕が君を好きで側に居たくても、君の邪魔になるなら僕はそれは嫌だよ」

 

直人が友希那と出会えて仲良くなることができたのは偶然で、きっと本来なら近づくことのない二人だったのだろう。だから、直人はここで立ち止まった。これ以上進んでしまえば、友希那の邪魔をしてしまうから。

 

「直人、好きよ。あなたが私のことを考えてくれているのは分かったわ。だから一定の距離を保ちたいのも。だけど、私はあなたに側にいて欲しい」

 

「……僕も好きだよ」

 

「直人、明日このスタジオに来て」

 

「……わかった」

 

「あなたが見てくれているならきっと最高以上のパフォーマンスができる。それで、判断して。あなたが、私の枷になっているかどうかを」

 

 

 

 

 

スタジオ主催のライブ。様々なアマチュアバンドが集まって客の前でパフォーマンスを行う。たったそれだけのなんともないありふれたライブであるはずなのに、すでに満員。

 

「湊友希那です。一曲目、行きます」

 

スタジオ全体が熱狂の渦に包まれた。

友希那のその歌声はすべての人を魅了した。

 

そして、人々は口にする。

ーー友希那、また歌うまくなった?

ーー感情の乗せ方が前とは段違いじゃない?

 

直人は友希那の前の姿を知らない。

でも、これは自分が友希那に関わったからこそ聞ける歌声であることはすぐにわかった。

 

これは、自分のために歌ってくれているのだと。

そして、直人にだけ向けられたはずのその歌で全ての人を魅了しているのだと理解した。

 

そして、直人の心は決まった。

 

 

 

 

 

「どうだったかしら」

 

「最高だったよ」

 

「じゃあ、もう一度言うわね。あなたが好きよ直人」

 

「僕も好きだよ、友希那さん」

 

「私のそばにいなさい」

 

「うん」

 

「……あと、これまで通りにゃーちゃんも」

 

「分かってるよ。ゆきにゃさん」

 

 

 

 

 

 

 

 




なんかシリアスになった。ごめん。

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青い楓と色付ける夕焼け

すまぬ、蘭ちゃん難しかったんや。




駅前の少し開けたところ、そこの一部に人が集中していた。

その中心にはギターを持った男が一人。夕日が街を赤く焼き尽くす時間帯、その男の声は熱く駅前に響いていた。

その声は感情的で、ギターの演奏は正確で激しい。

ソロで弾き語りをするにはまったくもって惜しい人材であることは確かである。

 

そんな男の演奏に聞き惚れる観衆の中に、髪に赤いメッシュを入れた少女が一人。

男の演奏に聞き惚れていた。

観衆が一人、また一人と時間に追われてか去って行く中でその少女だけはずっとその場に残り男の演奏を聴いていた。

 

ほどなくして、夕日が沈みきった。

それに合わせたように男の演奏は終わった。最後まで男の演奏を聴いていたのは数人の仕事帰りのサラリーマンと、メッシュを入れた少女だけだった。

 

「洲宮楓でした。ありがとうございました」

 

ぱちぱちぱちとまばらな拍手を受ける。

観客に一礼するとそそくさと後片付けをはじめた。

 

「なんでそんな技術があってソロでやってるの」

 

赤メッシュの少女美竹蘭は唐突に楓に話しかけた。

突然のことに楓は少し驚いた様子だったが、観客に話しかけられることには慣れているのか片付けをしながら蘭の質問に答える。

 

「俺は楓だ。青葉の楓だ」

 

「どういう意味?」

 

「……さぁね。また来て聞いてくれればわかってくるんじゃないか」

 

そういうと楓はギターケースを担いで去っていった。

 

「意味わかんない」

 

蘭には楓の言葉の意味を理解することはかなわなかったが、理解しようという気持ちが沸き上がっていた。

それと、楓の音に対する強いあこがれも。

 

 

 

 

 

それから蘭は楓が弾き語りをしているのを見かけるたびに足を止めた。

二人が言葉を交わすのは楓が帰り支度をしているわずかな時間だけだった。

 

「どうやって感情をのせてるのか教えて」

 

「知らん。俺に教えを乞うな。勝手に盗んでいく分には構わないから」

 

 

 

「ギターと歌声があたしは連動しない」

 

「お前の中にズレがあるんだろ」

 

 

 

「音に感情を込めるのは経験が大事だって聞いた。あんた、楓はどんな経験を?」

 

「羨望だよ。音楽からじゃねぇけどな」

 

 

 

「なんでスタジオを使わないの」

 

「カラオケで一人でやってるから」

 

 

 

 

二人の関係が少し変化し始めたのは二人が出会って二ヶ月ほどたったころだった。

 

「つぐみ、ちょっと場所貸して。……ぁ、あそこの人と相席でいいから。コーヒーいつもので」

 

蘭は作詞をするために幼馴染の家が経営している羽沢珈琲店に訪れた。

そこで、偶然にも楓と蘭は遭遇したのだ。

 

「おい、勝手に相席にすんな」

 

「別にいいでしょ。楽譜貸してくれない」

 

「は、なんで」

 

「楓と一緒に歌えばなんかわかるかと思って」

 

楓と同じくギターボーカルである蘭にとって楓は理想的な演奏者だった。

圧倒的な技術力と表現力、歌唱力を兼ね備えたギターボーカル。

 

楓ほどの能力があればスカウトされてもおかしくなく、いつまでも弾き語りでのさばっているのがおかしなくらいである。

 

「あたしはバンドをやってる。ギターボーカル」

 

「だから?」

 

「誰かさんの言葉を借りるなら、羨望」

 

「は、意味わからない言葉使うやつがいたもんだな」

 

「あたしがあんたみたいな演奏ができれば……」

 

「できればなんだよ。お前はそんな自分のバンドをどうしたいんだよ」

 

羨望というとても自己中心的なそれに自分のバンド全体を巻き込もうとしている蘭に楓は少し腹を立てた。

 

「もっとレベルアップできると思った」

 

「ボーカル一人変わったところでバンドは崩れるだけだ」

 

「じゃあどうすればいいの」

 

「知らん。お前のバンドがどんなのかも知らん。俺はお前のコーチじゃない」

 

「じゃあ見に来て。ここのライブハウスで今度ライブするから」

 

美竹蘭という女は愚直な女だ。一度本気でやると決めたことはとことんやるし、妥協はしない。譲らない。

そんな蘭が見つけた理想的ギターボーカル。師事することが自分の成長につながると蘭は確信していた。

 

一方で楓は自分を必要としているバンドを探していた。

事務所からのお誘いは何度もあったが、そこに楓が求めている音楽はなかった。

楓の羨望を共に形にしてくれる仲間がいなかった。ゆえに楓は路上で奏で続けるのである。

 

「Afterglowっていうバンド。ガールズバンドの中では名前が売れてきたほうだとおもう」

 

「……夕焼け、ね」

 

「意外。もしかして頭いい?」

 

「なんでむしろバカだと思ってた。……ちょっと興味がわいた。いつやるんだ」

 

「来週の土曜。あたしの名前出せば入れるようにしとく。じゃあね」

 

いつも楓の前では仏頂面な蘭がふっと微笑むと、そそくさと会計を済ませて出て行った。

 

「ーーお前の名前、知らねぇぞバカ」

 

 

 

 

 

「Afterglowです。いつも通りやっていきます」

 

何とかして、会場に入ることができた楓。楓がスタジオに入った時にはもう一曲目が始まるところだった。

強引に誘われ入るのに苦労までしたのだから、気に入らないバンドだったらさっさと帰ろうという心づもりの楓。

ふとステージの蘭に目をやると目が合った気がした。

そしてその蘭の熱く滾った眼は雄弁に楓へと語りかける。

 

これが私たちの夕焼け(いつも通り)だとーー

 

蘭が言う通り、このAfterglowというバンドは発展途上あることがわかる。

だが、それでも光るものはあった。

自分たちの音を自分たちの持つ景色を、夕焼けをかすかながら表現している。

 

蘭が引っ張っているようで、ほかのメンバーが蘭の背中を押しているというバンド。

確かに蘭が成長することでこのバンドは次のステージに上ることができると楓は確信した。

 

「ま、ちょっとの間くらいなら一緒に歌ってやってもいいか」

 

楓からすればまだまだつたない蘭のギターと歌声。しかし磨けば光ることは間違いないし、実際楓は蘭のような人を探していた。

楓に崇高な目標などありはしない。あるのはたった一つの願望だけ。

ゆえにーー

 

「利用させてもらうぞ」

 

洲宮楓は傲慢な人間である。

 

 

 

 

「今日は二曲だけ。文句あるなら帰れ」

 

「大丈夫。あたしがリードでいいよね」

 

「……ま、どっちでもいいが、ふがいなきゃ奪うぞ」

 

「上等!」

 

いつもの駅前。楓と蘭は演奏前の軽いミーティングをするとすぐにギターを手に持つと、互いに目くばせ。

 

ーーいくよ!

 

ーー遅れるなよ

 

まだ夕暮れで、学生たちが帰宅をしようとしている駅前、熱く激しい音が弾けた。

実際はそこまでの音量でもないのに、大音量が駅前に響いているようにすら聞こえる。

電車が通過する音すらかき消して歩く人々の視線と耳を奪う。

 

一曲目は有名曲のカバー。

 

『今すぐ君に会いに行こう』

 

そんな曲の導入部が、この時間の少し冷たい風に乗って人々を捕まえる。

 

『頼りない翼でもきっと飛べるさ』

 

歌詞に合わせて、楓と蘭は空を見上げた。

二人の歌声はのびやかで、自由な蝶のようだった。

 

一曲目が終わるころには二人の周りに人だかりができていた。

すぐさま二曲目に入る二人。

 

二曲目はボカロ曲、しかし楓のテンションが上がったのか、序盤からリードギターを蘭から奪う。

蘭はギョッとしつつも曲を壊すわけにもいかず、リズムギターへ移行する。

しかし、蘭もただ一方的にやられるだけの女ではない。

ボーカルパートで蘭の表現力をこれでもかと発揮する。

 

『明日よ明日よもう来ないでよ!』

 

蘭の様々な経験から知った感情をワンフレーズに乗せて吐露すると観客も楓も感銘を受ける。

楓も蘭に負けじと演奏のグルーヴを上げる。

二人は子供の喧嘩のように自分が自分がと主張する。協調性も何もあったものじゃない。バンドというのもおこがましい。だが、二人が張り合えば張り合うほど、曲はさらに高みへと完成されていく。

 

気が付けば二人は同じメインボーカルを張っていた。

リードもメインもなく、自由に、歌いたいように歌う。

そんな自由な二人の演奏はとても相性が良く、人々を魅了する。

 

蘭は原キーで、楓は一つキーを下げて。

曲のラストを二人は叫ぶように、未来の自分たちにまで届くように歌う。

 

『今日の日をいつか思い出せ未来の僕ら』

 

夕焼けをバックにこの二人で歌ったことはきっと忘れられないものだ。

 

「最後までありがとうございました。洲宮楓と、助っ人Aでした」

 

駅前に、拍手の嵐が巻き起こった。

予想以上の拍手と大歓声に楓と蘭は顔を見合わせ「やってやった」と言わんばかりに口角を釣り上げた。

 

 

 

 

 

「楓の言ってること、分かった気がする」

 

「俺がなんか言ったか?」

 

路上ライブを終えて二人は打ち上げとしてファミレスで食事をしていた。

ギターをわきに置いてしゃべる二人の姿は仲のいいバンドカップルであることだろう。

 

「あんたが青葉の楓だって言ってたやつ」

 

「あぁ、それか」

 

そんな恥ずかしいことも言ったかなと、水を飲みながら照れ隠しに目線をそらす。

 

「今日は、真っ赤な楓になれたでしょ」

 

「……否定はしない」

 

楓は自分の演奏をより高みへと昇らせてくれる相棒を探していた。

未熟な青葉の楓を、真っ赤に染まった楓へと変えてくれる存在を。

 

それが楓の羨望。かつて、楓はパートナー同士が互いに高めあう場を目撃した。

楓の行動原理はそれがきっかけなのだ。自分も高めあい、影響しあう仲間が欲しいという。

しかし、非常に高いレベルのギターボーカルであった楓に影響を与える人など数少ない。

レベルの高さに加えて楓との相性の良さも関係するとなればより限られる。

 

だから、今日の蘭との演奏は楓にとっては有意義なものであった。

楓が、自らの未熟な青い音が蘭と演奏することで真っ赤な色づいた()になれたと自覚するくらいには。

 

「次はいつやるの」

 

「次もくんのか」

 

「当たり前でしょ。あたしだって今回の演奏は、まぁそれなりだったと思うから」

 

不器用で口下手で恥ずかしがりやな蘭から「それなり」という誉め言葉が出た時点で蘭にとっても楓との演奏はとても有意義なものだったのだろう。

 

「まぁ、悪くはないが」

 

「楓って素直じゃないでしょ」

 

「お前が言うな」

 

「……お前っていうのやめて」

 

「俺はそもそもお前の名前すら聞いてないんだが」

 

知ってはいるけどな、と口にしかけたところで楓は止めた。

今は余計なことを言わないほうが蘭に対して優位に動けると判断したからだ。

 

「……ぁ、ごめん。蘭、美竹蘭」

 

少しの間は自己紹介したかどうかを思い起こしていたのだろう。

もう一月ほどの付き合いであるのに、名前を教えていなかったという何とも間抜けな状態である。

 

「洲宮楓だ、まぁ、よろしく頼むわ」

 

 

 

 

 

そこから二人が仲良くなるのは早かった。もともとは楓が蘭をそっけなく扱っていたためなので、蘭を認めたその後は比較的話すようにもなったのである。

しかし蘭には自分のバンドがある。そのため路上ライブを行うことはあまりできなかった。

 

「そろそろ二人でライブ、したいよね」

 

「お前のバンドの進捗しだいだろ。近いんだろ、ライブ」

 

しかし、ライブはできずとも練習は可能である。

二人の音は非常に相性が良く、練習でもその圧倒的なまでの表現力を損なわない。

スタジオの部屋の外へと漏れ出す音だけで人々を魅了していることを二人は知らない。

だから、二人はライブがしたい。自分たちの現在地を知るためには、人からの評価を得ることが一番だと思うから。

 

あたしたち(Afterglow)の後に時間とってもらって二人でCircleでライブをするのは?アンコール枠をこっちに回すとか」

 

「結局、蘭の練習が足らないだろ。中途半端な演奏するくらいなら俺はやんないぞ」

 

「また一曲二曲とかでいいから。あたしが弾ける曲なら楓が練習してくれば、あいてる時間で合わせられるでしょ」

 

「……お前んとこのバンドのセトリと相談だな」

 

「候補としては、この辺がいいと思う」

 

 

 

 

 

ライブスタジオCircleで、ライブが行われていた。観客は超満員。

それもそのはず、RoseliaとAfterglowの合同ライブ。ガールズバンドの時代を牽引する二つの実力派バンドの合同ライブともなれば客足が伸びることも当然のことである。

 

「は、いいね!この熱気最高だよ」

 

「じゃあみんな、ちょっと行ってくる」

 

蘭はAfterglowのメンバーに一言いうと、楓とともにステージに立った。

 

「ちょっと今日は違う相棒ですけど、よろしくお願いします」

 

蘭がマイクで観客にあいさつを一言告げると、楓と蘭はアイコンタクトを交わす。

 

ーーいくよ!

 

ーーああ!

 

楓と蘭のギターでの前奏。相も変わらずパートなんて振り分けず自由に弾きたいように弾くだけの破天荒なもの。しかし二人の表現力は、表現される音はびっくりするほど重なる。だから、演奏は乱雑なものにはならず互いに互いの演奏を高めあう音となる。

 

『必ず僕らは出会うだろう』

 

きっとこの二人が出会ったことは偶然じゃない。

同じ表現を持った者同士である以上、互いが互いの音に魅かれるのは必然のことだったのだ。

 

これは、観客に向けた演奏などでは決してない。

たった二人のための二人の自己満足なライブ。

しかしそんな音に、表現に、熱い想いに観客は魅了される。

それは高い演奏技術を持ったRoseliaだろうと何だろうと関係なく。

 

そして、人一倍二人に魅了されたのは他でもないAfterglowのメンバーだった。

蘭の演奏が、歌声が、自分たちとの演奏の時とは異なるのだ。

そして羨望ーー蘭とともに自分たちもあのレベルまで、あの演奏を。

 

たった一曲だけの演奏。しかし、それに向けられて繰り出された拍手は三分間の間、鳴りやむことはなかった。

 

 

 

 

 

「Afterglowはいいのか」

 

ライブが終わった後、そそくさと帰宅をしようとした楓を蘭は引き留めた。

 

「すぐあと打ち上げ。楓はこないんでしょ。だからちょっと話そうと思って」

 

「今日はありがとな。おかげで、いい音を体験できた」

 

いつもぶきっちょで、口の悪い楓が素直に礼を言ったことに蘭は驚くが、実際それだけの演奏をすることができたのだから、それくらいのことがあっても不思議ではないのだろう。

 

「それはこっちのセリフ。Afterglowにとってもいい刺激になった」

 

「なぁ、蘭」

 

改まった顔で、楓は真剣に蘭に向き合った。

 

「なに」

 

「好きだ」

 

それは何の飾り気もない言葉にすれば三文字の言葉。

その三文字に一体どれだけの言葉を込めたのか蘭には及びもつかなかった。

 

「……ん、そう」

 

だから蘭にはそのとてつもない想いが込められた言葉に対するレスポンスを持ち合わせていなかった。

でも、想いは伝わった。それを証明するように蘭の顔は夕焼けのように真っ赤に染まっていた。

 

「お前の音に惚れた、お前の表現に惚れた、お前の物事に対する姿勢に、全部に惚れた」

 

だが、楓は蘭の反応を見て伝わらなかったと判断したのか続けざまに好意を込めた言葉をまくしたてる。

蘭は顔を俯かせて、プルプルと震え始める。

 

「蘭にずっとそばで俺を夕焼け色に染め上げてほしい」

 

「わ、わかったから、もういいよ」

 

とどまることをしらない楓の想いに羞恥心をくすぐられた蘭は耐えかねて、愛の言葉に待ったをかけた。

 

「その、あたしも、楓のこと……嫌いじゃないし、もう、楓といることは、あたしのいつも通りになってるから」

 

口下手で恥ずかしがりやな蘭が自分の持ちうる言葉のすべてを弄して楓の想いに答えようとする。

蘭が本気になってこたえようとするその姿を見て楓は頬を緩ませる。

 

「蘭、いいか」

 

楓は自分の右手を蘭の肩にのせ、顔を近づける。

 

「聞かなくていいよ、そんなこと」

 

一瞬の口づけ。

たった一瞬唇を合わせただけで二人の顔はとても真っ赤に染まっていた。

 

「ぷっ、まっかだよ」

 

「お前もな」

 

「楓を赤く染めるってこういうこと?いやらしい」

 

「バッ、ちがう!」

 

「どーだか」

 

 

 

二人の顔につられるように、空の色もきれいな夕焼けだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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