もう1人の赤い彗星の失敗作 (嫉妬憤怒強欲)
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プロローグ 奇跡もまた人が起こす業

宇宙世紀シリーズのガンダムとマクロスシリ-ズのアニメを見て執筆してみました


 人類が増えすぎた人口を宇宙に移民させるようになってすでに百年。

地球の周りには数百基のスペースコロニーが浮かべられていた。

 

 人々はその円筒の内壁にあたる人工の大地に住み、そこを第2の故郷とした。

数億の宇宙移民たちはそこで暮らし、子を産み、そして――――死んでいった。

 

 

 第二次ネオ・ジオン戦争別称『シャアの反乱』の抗争から半年が経過したころのこと。

 ジオン公国残党の拠点だった小惑星基地アクシズを地球へ落とす作戦が失敗し、ネオ・ジオン軍の残党は廃墟同然の資源小惑星で朽ち果てようとしていた。

 二度にわたるネオ・ジオン戦争での敗北と、新生ネオ・ジオンの総帥にしてジオン・ズム・ダイクンの遺児であるシャア・アズナブルを失った事実により雑多な勢力の寄り合った所帯がバラけ始める。

いずれ彼らは衰退して烏合の衆に成り下がるだろう。

 そのことを危惧したジオン共和国外務大臣モナハン・バハロは、シャアの代わりとなる新しい指導者を作り上げることを計画した。

 

 モナハンは一年戦争時のジオン公国、および戦後の共和国首相を務めたダルシア・バハロの息子ではあるが、平和路線を志向したダルシアとは正反対の野心家で、共和国解体の阻止と地球孤立、ジオンの再興を狙ってネオ・ジオンと非公式に接触。ジオン共和国の右翼政治団体「風の会」に影で出資している。

 

 但し彼の行動はジオン共和国政府自体の方針ではなく、政府閣僚である事を利用して個人的に企てている違法行為に過ぎないため、計画は極秘裏に行われた。

 

 ネオ・ジオン再統合を為す、シャアの再来として造られた強化人間。その役割を全うする忠実な人形にはシャアの再来としての名に恥じぬ高いMS操縦技量とカリスマ性が要求され、大臣旗下の研究所で候補生たちに綿密な調整と実機を使った過酷な訓練が強いられた。

 

 

 

 

 そして宇宙世紀0093年9月4日に――――事故が起こる。

 

―――――サイコモニターから異常な数値を検知! なおも上昇!

―――――被験者との連絡取れず! 暴走状態にあると推定!

―――――ミッション中止! 繰り返す!! ミッション中止! ただちに機能を緊急停止させろ!

―――――駄目です! 緊急停止機能がまったく機能しておりません!

 

 

 地球から最も遠い宇宙都市サイド3【ジオン共和国】近傍のエキストラ・バンチ【ダーク・コロニー】にて候補生の1人が実験機を操縦している最中に突如機体が暴走。管制室からの声に応答せずに暗礁宙域を飛び回り始める。

 

 モナハンが求めたのは忠実な人形。情緒的に不安定で自制心を欠き、感情の赴くままに暴走するものは失敗作である。

 計画が外部に露呈することを危惧したモナハンの決断はとても冷徹なものだった。

 

 

 

―――――では直ちに実験機を破壊せよ。どうせアレの代わりがすぐに手に入る。無論乗っている失敗作もな。

 

 

 

 

 

 

 暗礁宙域――――岩や機械の残骸が漂う闇に包まれた虚空の空間を無数の光が飛び交う。

 

緑色の装甲に身を包み、口元がガスマスクの形をした1つ目の巨人――――アナハイム社製の最新機AMS-129『ギラ・ズール』――――を先頭にギラ・ズールよりも少し小柄な白無垢の一つ目の巨人―――ジオン共和国防衛隊量産機RMS-106CS『ハイザック・カスタム』―――――が4体、手に握っているライフルの形をした銃器から一点の方向に向けて黄色い閃光の雨を降り注がせる。

 その方向の先では一つ目の赤い人型の鉄の巨人が疾走していた。背中から発せられる青い炎の尾が長く伸び、一筋の光の軌跡を描いていく。

 常に直線的なものではなく、障害物となる大きな残骸と放たれた閃光の雨を掻い潜るようにジグザクとした変則的なその動きは、まるで水を得た魚の様でギラ・ズールの部隊はついていけていない。

 

―――――チッ! 逃がすか!

―――――速い。動きが全く追えないぞ。

―――――なんて性能だ。あれで試験機なのか……!? 

―――――あんな機動でパイロットがもつのかよ?

―――――アレス、正面にある馬鹿でかいデブリを砕いて足を止めろ!

―――――了解!

 

 一体のハイザック・カスタムが手に持っている巨大な筒で赤い巨人の進行先にある大きな残骸に向ける。

 

―――――喰らえ!

 

 筒から放たれた黄色い太いビームが宙に光芒の尾を残し残骸に直撃する。後から起こった爆発により、残骸はバラバラとなって砕け、無数の破片が赤い光に向かって降り注いだ。

 

 咄嗟に赤い巨人は右方向に弧を描くように軌道を変え、破片の直撃をぎりぎりの距離で避ける。そして赤い巨人は先ほどよりも速度を上げて、緑の巨人たちが向かってくる方向へとUターンして来た。

 

――――――良し戻ってきたぞ! 各機散開して集中砲火! 遠慮はいらん。使えない人形をハチの巣にしてやれ! 

――――――了解!

 

 四方八方から次々と発射される黄色い閃光。自らの命を刈り取ろうとするその光の軌道を読んでいるかのように赤い巨人は俊敏さで回避を繰り返し、ギラ・ズールたちの間を通過、一気に加速した。

 

―――――墜とせ! 墜とせ! 連邦の言う事を聞くしか能のない連中に計画の存在を絶対に悟られる前に始末しろ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♦♢

 

 

ここは……どこだ?

 

真っ暗で何も見えない。

 

いや、見えないんじゃない。無だ。

 

何もない闇。

 

暗く冷たい宇宙の深淵。

 

光に導かれてここに来たが、そこには光がなく時間すら流れを完全に止まっている。

 

想像が及ぶ限りの範囲にただただ虚空が広がっている。

 

底なしの闇が……ただ果てしなく続くばかりだ。

 

 

寒い。

 

先程まで身の内から感じていた熱が少しずつ奪われていく。

 

急激に冷えていく体温と消えることのない虚脱感が、己の死に近いものを確信させた。

 

 どれだけ足掻いてみても身体は酸素を求めて意味のない呼吸を繰り返すだけだ。

 

もう長い時間がたった気がする。気づいた時には無駄だという事を悟り闇に身を任せていた。

 

ここで終わりを迎えるのか。

 

遠くなっていく意識の中、走馬灯が脳裏を過ぎった時、そう思った。

 

父と母を奪ったこの歪んだ世界を少しでもマシなものに変えようと抗ってはみたが、世界そのものがそれをあざ笑うかのように思い描いたものとは全く逆の方向へと歩み始めた。

 

多くの、多すぎる人達が死んだ。

 

いくら希望を見出しても宇宙世紀を統べる無慈悲な神――――地球連邦の支配体制は変わらず、結局は同じ過ちが繰り返されていく。

 

 

なんかもう……疲れた。

 

 

このまま闇に溶けるのも悪くないのかもしれない。

 

そうして俺は重い瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

~~~♪~~~♪

 

 

なんだ?

何か聞こえてくる?

 

女の声?

 

これは……歌?

 

歌が聞こえる。

 

透き通った綺麗な歌声がこの完全なる虚無に強く響き、美しい旋律を奏でていく。

 

 

~~~♪~~~♪~~~♪

 

 

重い瞼を開くと機体が再び光り、同時に自身の内に再び熱が灯りだした。

 

この光、この熱、この歌……とても暖かく、心地良い。

 

何かに導かれるように、あるいは無意識だったのかもしれない。

 

その歌の発生源に向けて俺はペダルを大きく踏みこんでいた。

 

 

 

 

 

♢♦♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如、赤い巨人の背に取り付けられた六つのじょうご型の突起が外れた。赤い巨人の指示に従っているのか、それぞれの口径の大きい部分から青い炎が灯し赤い巨人の周囲を円を描くように飛び交い始める。

 

――――――おいおい嘘だろ!?

――――――まさか例の兵器を使う気か!?

――――――例の失敗作は使えなんじゃなかったのか!?

――――――各機とにかく一旦散開して距離を取れ!!あんなのを使われたらひとたまりもな―――な!?

 

 

 次の瞬間、赤い巨人の胸のあたりと突起から緑色の光が溢れ出す。その輝きは徐々に増していき、赤い巨人の周りの空間を包み込み始めていた。

 

――――――おい、あれ……

――――――ああ、あの時と同じ光だ。

 

 その光はサイコフレームから発する光。物理的エネルギーに転化し正体不明の力場を形成、莫大な質量を持つアクシズを弾き返す程の力を発揮した事例がある。その現象を解明できるものはおらず、開発側にも想定しきれない未知の特性で、制御がきかなくなる可能性が指摘されたことから地球連邦軍では研究開発が中止された曰く付きの代物。

 

 赤い巨人にも同じものが搭載されており、シャアを宇宙の彼方へ連れて行ったあの光と同様のものが発生している。

 

 今度は何が起こるのか分からずギラ・ズールたちは距離を取って警戒する。

 

 やがて赤い巨人を包んだ光の繭の中から虹のような、波打つ帯状の光が幾筋も溢れてきて空間の歪ませる。

 

まるで空間を切り取るように。

 

 そして空間に巨人が一体入れるほどの一定の大きさで拡大を止めたと思われた瞬間……

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤い巨人はその空間のゆがみの中に吸い込まれていき、この世界から文字通り姿を消した。

 

 

 

 

 

♢♦♢

 

 

 

 

『アイテールからアルファ小隊へ、アイテールへの着艦を許可する』

『了解。受け入れ感謝する。アルファリーダーより各機へ、デフォールドしたと思しき物体の周辺を警戒せよ』

『アルファ2、了解』

『アルファ3、了解』

『アルファ4、了解』

 

西暦2067年、ブリージンガル球状星団 惑星ラグナ

その近郊にて突如として謎の『デフォールド』反応を検知。

 

その原因を調査する為、星間複合企業体『ケイオス』に所属するアルファ小隊は反応が確認された場所に偵察に向かったがそこには奇妙な光景が広がっていた。

 

 動きを止め宇宙空間を漂う一機の謎の機動兵器。『可変戦闘機』のバトロイド形態、ゼントラーディーが使用する『クァドラン』『グラージ』『リガード』とも違うより人型に近い。

 機体の基本配色は赤で、全高約20メートルはあるその体躯は細身かつ直線的。背部上段左右には黒いコンテナのようなものが付いているが形が大きく歪み原型を留めていない。頭部は単眼型でその上から一本の角が聳え立ち、鎧武者の兜を想起させる。

 だが機体の所々に傷があり、両腕は肘から先が、脚部の方は右足はあっても左足は膝より下が完全になくなっておりとても痛々しい状態であった。

 

 

 

『それにしてもなんなんだ、この機体は?』

『どう見てもヴァルキリーじゃないな。新統合軍の新型か?』

『にしても不気味すぎだろ。隊長はどう思います?』

『分からん。俺もこんなのは見たことがない』

 

 データベースに該当する機体が無いか照合するも該当する機体は無し。

未知の機体に対し、破壊も考慮されたが、本部より可能なら捕獲と命令が下され、正体不明の機体は寄越してもらったケイオスデルタ小隊所有の空中母艦〈アイテール〉に慎重に運びこまれる。

 

着陸したアルファ小隊が甲板の誘導灯に従い例の機体を格納庫のデストロイド専用ハンガーの壁に背中をあずける形で納める。

 

ビー!ビー!

 

アラームを鳴らしながらエアロックが作動し、格納庫内に空気が満たされる。

続いて人工重力発生装置が作動し、暫くすると奥の大きなハッチが開き、ケイオスの中でも優れた技術者とツナギを着た整備士たちがぞろぞろと出てきた。

 

「これがアルファ隊が発見した正体不明機か」

「見たことのない機体だな」

「ああ、それにデカい」

「派手な色だな」

「きゃわわ~」

「回収部隊とアルファ小隊の話だと中に生体反応があるみたいだぞ」

「え? じゃあ誰かがあの中にいるってことか?」

 

 技術者たちは機体の解析と生体反応があった付近のコックピットを開けるのに奮闘している間、整備士たちは機体を一目見ようと人だかりができる。

 

「やはりデータベースに該当する機体はありませんね」

「……そうか。新統合軍やS.M.Sが運用している機体じゃないってことは一体何処から来たんだろうな?」

「さあ。乗っているパイロットを出さない限りは何もわかりません」

「そうだな」

 

 物珍しそうに彼らがざわついている中、赤毛であご髭を蓄えており、前髪に一部メッシュを入れてるような屈強な男――――――ケイオスのデルタ小隊に所属する隊長のアラド・メルダースと、タッチパネルを片手に持つ猛禽類のような鋭い目つきにモヒカンのような髪型の身長が一番高い男――――――同じくデルタ小隊の副隊長を務めるデルタ2のメッサー・イーレフェルトが進捗状況を見ながら静かに会話する。

 

「それにしてもウチの天才ハッカーが苦戦するなんて相当強いプロテクトがかけられてるみたいだな」

 

アラドがコックピットと思われる場所を見やる。そこには必死に機体のプロテクトを解こうとタブレットのキーボードにプログラムを打ち込む緑色の髪にボーイッシュの可愛らしい容姿をした少女―――――レイナ・プラウナーがいた。もう何度試したか判らないが一向に作業が進む様子は伺えない。

 

「このプログラムでも駄目。ならこれで…」

 

 自分が知りうる最後の手法を試みる。プログラムを構築し、エンターキーを押した次の瞬間、今まで何の反応も示さなかった機体のコックピットが、数時間に及ぶ作業の末に漸く開かれようとしていた。

 

「ハッチ開きます」

 

 その言葉を受け、コックピットの周辺に待機していた保安要員は不測の事態に対処できるように警戒を怠らず、機体を登って銃を構える。

 

 

ガコン

 

 

 正体不明機の胸部が開き、中のハッチがスライドする。

 

「…っ!?」

 

 慎重に覗き込むと何処の軍かもわからない赤と白を基調とした見たことのないパイロットスーツを身を包んだ青年が意識を失った状態で操縦席と思われるシートにもたれかかっている姿が目に入る。

 

「メディック!! ストレッチャーを!! 急げ!!」

「は、はい!」

 

 コックピットから青年を慎重に降ろし、ストレッチャーに乗せる。

 

「いいか。そっとだぞ!」

 

 ヘルメットを外し露わになったその顔は明らかに10代後半から20代前半ほどの青年だった。すらりとした長身で痩せ肉だが骨太。顔立ちは整っているが、額には一筋の小さな切り傷がついており、耳元まで伸びている髪も色素が抜け落ちかけたような灰色でボサボサの状態だ。

 

「こいつがこの機体を動かしていたってのか?」

「どう見ても地球人のようですが状況的に考えてそのようですね」

「まだ若いな……」

 

 アラドの指示によって医療班は直ぐに少年を医務室に搬送し、保安要員がそばを固めながらついていく。残った者は引き続き機体の解析を行っており、レイナも解析のために開いたコックピットの中に入った。

アラドは、青年が運ばれる様子を見届けた後はメッサーとともにコックピットに向かいレイナの邪魔にならないように外から中を一通り見回す。

 

「内部は思ってたよりも広いな」

「そうですね。それにこれは……」

「ああ…」

 

 内壁は丸みを帯びた球状になっており、水平・垂直360度でモニターのような板が張り巡らされている。その中心にある操縦席は左右の肘掛の部分に2本の操縦桿、下にフットペダル、前にコンソール付きのウィンドウが一体となって固定され、コックピットの後部あたりから伸びたアームで浮かせられた状態になっていた。

 

 機体の外観といいコックピットの構造といい、今までのVFシリ-ズとはまったく異質な発想により作られているのが明白である。

 

「レイナ、機体の解析はまだか?」

「さっきのよりもプロテクトが複雑。しばらく時間がかかるかも」

「そうか、とりあえず機体の解析はよろしく頼む。メッサー行くぞ」

「パイロットのところにですか?」

「ああ。いろいろと聞きたいことがあるからな」

「了解しました」

 

アラドとメッサーはその場をレイナとメカニック陣に任せると青年がいる医務室へと向かうのであった。

 

 

 

 




機体プロフィール(もはやオリジナル機体)

機体名称:バルギルR
型式番号:AMS-123XR 
頭頂高:20.9m
本体重量:35.3t

 新生ネオ・ジオンでシャア・アズナブル総帥が搭乗していたニュータイプ&強化人間専用MS『サザビー』のプロトタイプ機の改修型。
 サイコ・フレームの強度・追従性の運用からベース機体の性能向上と軽量化に成功している。
 赤く塗られた派手な機体色に反して、捕捉することすら叶わない機動を見せる本機は、否が応でもその搭乗者を『シャア・アズナブルの再来』と想起せざるを得ない。


経緯:

 開発当初はほかの実験機を上回る運動性能を発揮する一方で、サイコミュ・システムの性能はサイコ・フレーム搭載機であるヤクト・ドーガに劣っており、安定性を欠いた失敗作として倉庫行きが決まっていたが、同型機がティターンズ残党の『G-ドアーズ』の頭部とサイコミュユニットを組み込んで改修された『ムーンガンダム』として活躍したこととシャアの再来の開発計画が始まったことから専用機としての再設計が決まる。

 その過程でアナハイム・エレクトロニクス社から横流ししてもらった新しい部品やサイコ・フレームの搭載、とある火力重視の機体のコア・ユニットとしての役割を担う設計思想の流用から、機動力や運動性、ヤクト・ドーガに負けない程のサイコミュ機能のバランスがとれた謂わゆるバリエーション機として生まれ変わったが、現在のネオ・ジオンには胸部コックピット周辺と機体各部に使用しているサイコ・フレームを製造する設備がなく、バルギルの予備部品もほとんど残っていないことから追加生産も損傷箇所の完全修復もできないワン・アンド・オンリーな機体となっている。
 そのため、この機体がサイコ・フレームの暴走で姿を消した後は開発データの一部をアナハイムに流し、ある計画の一部の『スタイン01』を開発してもらうことになる。




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プロローグ2 対面

 

 正体不明の機体のコックピットから運び出された青年の診断結果は高G負荷によるブラックアウト。命に別状はなく、すぐに意識が覚醒するだろうということで担当医務官から短い時間ならと聴取を許可される。

 ブリッジに立ち寄ってすぐその報せを聞いたアラドとメッサーは青年がいる医務室の方へ向かって歩を進めていた。

 

「アラド隊長! 此方にいらしたんですね」

 

 そこへタブレット型の電子端末を片手に持つショートの赤髪をした女性――――ワルキューレのリーダーだけでなく、デルタ小隊のマネージメントを務めるカナメ・バッカニアがやってきた。

 

「カナメさん? どうかしましたか?」

「先程例の彼のDNA鑑定と機体の装甲材質の分析が終わったとのことです」

「意外と早く結果が出たな。何処の星系のものか分かったんですか?」

「こちらがその報告書になります。驚きますよ」

「…?」

 

カナメから手渡された端末を見る。

 

「なっ…!?」

「隊長?」

「メッサー、見てみろ」

「?……!? これは……」

 

そこには以下の事が表示されていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

パイロットのDNA鑑定結果:ホモサピエンス、地球人、ドイツ系とアメリカ系のハーフ、男性

 

 

 

装甲の構成元素:チタン、アルミニウム、希土類金属など

該当する星系:300光年先の太陽系惑星、地球圏

 

 高い耐食・耐熱性を持ち、鋼鉄と同等の強度をもちつつも、はるかに軽量。防御力は実弾式ガンポッドによる攻撃を跳ね返せる程。

 

尚、装甲に付着していた正体不明の粒子を検出、現在解析中。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「……従来の実弾式ガンポッドって確か口径30から55ミリで、多銃身のガトリング砲でしたよね?」

「ああ、それをエネルギー転換装甲なしで跳ね返せるってとんでもないな」

「地球のもので構成されているようですが新統合軍が開発したといった話は聞いたことがありませんね」

「だがパイロットは地球人だ………ますます謎になってきたぞ」

「ですね」

 

 

 

 

 

♢♦♢

 

 

 アイテールに付属する医務室の一室。

部屋に一つしかないベッドの上で正体不明機に乗っていた青年はゆっくりと目を開いた。

 内装は白く、医療機器のような機材が隅に設置されている清潔とした部屋だ。

白い天井に付いている照明の眩しい光が薄く開けられた赤い瞳を刺激する。

 

「(ここは……俺はいったいどうなったんだ?)」

 

 視線を下に向ければパイロットスーツは脱がされ、水色の病衣を纏っている自身の身体と清潔な白いシーツが視界に飛び込む。

 彼は混乱する思考の中で自分はどこかしら病院のような施設に収容されていると何となく状況が理解出来た。

 

「(だがたしかあの時……駄目だ思い出せない。それにこの感覚……なにか違う)」

 

 最後の記憶を思い出そうとするが長い間眠っていたのか彼の意識はすぐにはまだはっきりとしない。

 

「あら、気が付いたのね」

 

しばらくはぼんやりとしたまま視線を揺らしていると横から声をかけられた。

 

「ここは母艦アイテールの医務室。あなた、あの赤い機体の中で気を失っていたのよ」

「――――」

 

振り向いた青年が目を見開き、金縛りにあったかのように動けなくなる。

かけられた言葉の内容が原因ではない。

 

その言葉をかけてきた相手、菫色の髪を膝の裏に届きそうなほど伸ばし、ミステリアスな雰囲気を漂わせた美女が赤い瞳で此方を見詰めながら魅力的な笑みを浮かべていたからだ。

一瞬女神を想起させる彼女に青年は不覚にも見惚れてしまう。

 

「ドクターの話だと大きな怪我とかなかったから安心していいわ。けどかなり弱っていたからしばらくは安静にしていなさい」

「あっ……うう……」

「大丈夫。ここは安全よ」

「―――――あ」

 

青年がなにか返答しようとして酷い喉の乾きに声を奪われる。辛うじて漏れ出したのは声とはいえない唸りだった。

 

それが届くより早く医務室の扉が開かれる。

 

「あれ?美雲さん?珍しいな」

 

扉から入ってきた三人の男女――――アラドとメッサー、カナメは医務室にいる美女―――ワルキューレのエースボーカルである美雲を見て目を丸くする。

 

「心配しなくても彼は危険じゃないわ。ただ他の人とは少し違うだけ」

「は?」

「何でもないわ」

 

―――――今度ゆっくり話しましょ

周りの反応を気にせずに美雲は青年にそう言い残して医務室から出て行った。

美雲が医務室から退室すると、その場に居た三人が物珍しい光景を見たかのようにその背中を見送る。

 

「珍しいこともあるんですね」

「みたいだな……っと目が覚めたか?」

 

青年が目覚めたことに気づいたアラドが最初に声をかける。それに青年がなにか言おうとするが、喉からは掠れた音が漏れ出ただけだった。

 

それに気付いたアラドは医務官に許可をもらい、医務室に常備されているウォータークーラーの水を紙コップに入れてから青年に含ませる。

 

喉を潤し一息ついた青年は、未だに少し掠れの残る声で問いかけた。

 

「……すみません、あの……」

「おっと、俺はケイオスラグナ支部第3飛行団所属、Δ小隊隊長のアラド・メルダース少佐だ。お前さんは?」

「(黙っているより、何かしら話したほうが良いな…)失礼しました。自分はジオン共和国軍所属のアインハルト・シュヴァルツ少尉であります。………確認ですがケイオスとはなんなのです? ロンド・ベルやエコーズに次ぐ新しい所属部隊でしょうか? それにラグナとは?」

「ジオン共和国、ロンド・ベル、エコーズ…?初めて聞くな。メッサー、お前は?」

「自分も聞いたことがありません」

「私もです」

「?貴方がたは地球連邦軍の所属ではないのですか?」

「地球連邦軍?新統合軍ではなく、か?」

「新統合軍……?聞いたことがありません」

「ならゼントラーディは?」

「ゼントラーディ…? なんですかそれは?」

 

「「「…」」」

 

どういうことだ……? なぜこうも認識が食い違う。

 

「あーすまないがお互いの情報を共有しないか? これじゃあ全然話が進まないんだが」

「…了解しました」

 

 彼がどういった事情、経緯でこの惑星ラグナ近郊にフォールドしてきたのか。そしてこの世界における歴史と戦争などの一般的な情報を交換していく。

 

 

 詳しく聞いてみると青年の過ごしてきた歴史はアラドたち人類が歩んできた道とは全く違うというとんでもない話であった。

 

 アインハルトがいたところの歴史によると、西暦2045年に西暦から宇宙世紀へと改暦した時代、増えすぎた人口による食料危機などの問題に対する解決策として国家の枠組みを超えて作られた政府、地球連邦が “サイド”と呼ばれる宇宙都市群(セツルメント)を建設、人々を移住させる大規模な宇宙移民政策で宇宙に生活圏を拡大していき、これにより人口増加による問題は確かに無くなったが、地球連邦政府関係者や資産家など連邦政府に強いコネをもった一部の有力者が自分達以外の身分の低い民間人ばかりを宇宙に送り、自分達は環境の安定している安全な地球に残るという情勢が長く続いた。そして宇宙へ半ば無理矢理移住させられた移民スペースノイドと地球側との間に軋轢が生まれて半世紀が過ぎたころ、スペースノイドの自治権を獲得するため、地球から最も離れたスペースコロニー・サイド3が『ジオン公国』を称して地球連邦政府に独立戦争を挑んだ。この戦争において人型機動兵器・モビルスーツが初めて実戦投入され、戦争初頭において人類はその人口の半数を失ったこの戦争は、最終的にジオン公国を支配したザビ家一党が滅亡したことにより、新たに成立したジオン共和国臨時政府と地球連邦政府が終戦協定を結ぶ形で終結したが平和が訪れることなかった。

 

 敗戦したジオン軍の一部は更に遠方の小惑星帯に逃げ延びたり地上や宇宙に残された残党による『デラーズ紛争』

 

 ジオン残党討伐を目的と称しジオンのようなものを生み出す温床として宇宙に住むスペースノイドにも弾圧を強行する過激な地球至上主義者による連邦の軍閥「ティターンズ」と彼らの専横に抵抗するために結成された反地球連邦組織「エゥーゴ」との軍事衝突である『グリプス戦役』

 

 そして、ジオン公国残党と今までの大戦による宇宙移民の数の多いコロニーの反乱分子によって新たに再興された組織ネオ・ジオンによる二度の『ネオ・ジオン抗争』

 

 この約10年以上で起こった多くの戦いで腐敗した連邦は大きく疲弊したが、スペースノイドとアースノイドとの溝、世界の枠組みが大きく変化することはなかったとのことである。

 

 また、彼は両親をサイド1の『30バンチ事件』でティターンズに毒ガスで殺され、その後逃げるように安全圏であるジオン共和国に亡命し、グリプス戦役以降の全ての戦争を見届けたということ。そして自分は今後の連邦の対策として極秘裏に開発された試験モビルスーツ『バルギル』にテストパイロットとして搭乗していた以降の記憶が曖昧であり、どうしてここにいるのか分からないということを伝えた。

 

「すまない。ちょっと情報を整理させてくれ」

「……………俺も少し情報を整理したい」

「私も整理する時間を……」 

 

 あまりにもスケールが大きく、地球に住む人類が滅ぶ手前まで進んだという壮大な内容に思考の整理が追い付かず、アラドたちは頭が今にもパンクしそうだった。

 

 それはアインハルトも同様であった。

 

 アラドたちの歴史はというと、まだ西暦の時代、西暦1999年に地球に落下してきた地球外生命体の宇宙船、後に『SDF-1 マクロス』と呼称される『ASS-1』から来るべき異星人との邂逅に向けて地球規模の防衛体制確立も急がねばならないということで国連主導下で地球上全ての国家・体制を解体し、惑星統一政体『地球統合政府』が樹立。そして西暦2009年に『ゼントラーディ』と呼ばれる異星人とのファーストコンタクトからの人類史上初の『星間大戦』が勃発。

だが一人の歌姫の登場によって戦争は終結。滅亡の危機に陥った人類とゼントラーディ側は和解し、共存の道を歩む。

そして人類種の存続の為に住めなくなった地球を去り、銀河系の各方面へと旅立っていった。

 ちなみに地球から遠く離れたブリージンガル球状星団のひとつである此処惑星ラグナはその新天地の一つであるとのこと。

 

「(……むしろこっちのほうがスケールが大きすぎる)」

 

 時系列が違う上に異星人の侵略といったSF染みた話を普通の人間は到底信じられないだろうが先程から感じる違和感が”そういう事”なのだとアインハルトは納得していた。

 

 

 どうやらアインハルトと例の機体は時間処か次元を、つまり平行世界を飛び越えこの世界に漂流してしまったらしい。

 並行世界というのは簡単に言うと可能性の世界だ。有り得たかもしれない、こうなっていたかもしれない。そういった可能性が枝分かれし出来上がったのが並行世界だ。

 歴史認識については、西暦2000年以前についてはほ同じで、そこからは違った歴史の歩みを見せている。この世界は異星人によって今の科学文明を築いたが、アインハルトがいた世界では地球人のみの力で発展させた。

ここまでの違いは並行世界というよりも異世界と呼ぶべきかもしれない。

 

「(簡単に言えば、ここは俺のいた世界とは違う、ジオンも連邦も存在しない異世界ってことか)」

 

 普通は到底信じられるものではない話だが、例の機体の存在がそれを物理的に証明しているためアラドたちもその話にとにかく納得するのであった。

 

「……それで、自分はこれからどうなるのでしょうか?」

「そうだな……取り敢えずお前さんの身柄を機体共々ウチで預かることになるな。すまないが解析はやらせてもらうぞ」

「……了解しました」

「じゃあ手続きがあるから、また後で来るよ」

 

 まだ安静にしていろと言い残し、アラド達は医務室から出る。

 

 三人の背中を見送ったアインハルトは先程まで込めていた力を緩め、溜息をつきながら再びベッドへと身を沈める。

 

「(……どうやら俺はまだ死ねないようだ。だが……)」

 

異世界という未開の地でこれからどうするか、どう生きていけばいいのか、神妙な表情を浮かべながら大いに悩むのであった。

 

「(それにしても暖かい大人に会うのはいつぶりだろうか)」

 

 

 

♢♦♢

 

 

 医務室を出てカナメはそのまま艦長に報告へ、アラドとメッサーは機体の解析状況を確認する為に格納庫へと足を進める。

 

「メッサー、どう思う?」

「嘘をついているようには見えませんでした。おそらく大体は本当でしょう。ですが彼はまだなにかを隠しているように感じられました」

「あっちの世界では辛いことがあったようだからな。そう簡単に初対面の相手をすぐには信用できないんだろう。まあ、そこはおいおい考えればいいさ」

 

 格納庫に辿り着き、半壊の機体の前に向かう。

その一角では今、多くの技術者と整備班が集まり機体の解析を行っている。

彼らの中心に鎮座している機体は全体構造をより詳しく調べるためか、先程とは違い装甲と背中のコンテナ、そして機体の胸部分にあった球形のコックピットブロックが外されていた。

 

「どうなってるんだこのジェネレーターは……」

「通信機器にノイズが?」

「こりゃ一度部品をばらさないといけませんよ」

「なるほど、これで関節の可動範囲を広げているのか」

 

 技術者と整備班たちがまるで玩具を与えられた子供のような表情で作業に従事しているのを後目に、ロープで床に固定されたコックピットブロックの中で解析を行っている戦術音楽ユニット『ワルキューレ』の二人―――――コックピットハッチを開いたレイナ・プラウナーとワルキューレメカニック担当のピンク色の髪をツインテールに束ねた豊満な少女、マキナ・中島―――――に話しかける。

 

「マキナ、レイナ。機体の解析は終わったか?」

「うーん。フレームの構造はバトロイドタイプに近いけど見たことのない機構がいっぱいあるんだよね。完全に把握するには”博士”に手伝ってもらわないと難しいかな」

「そうか……レイナの方は?」

「こっちはまだ開けていないデータがいっぱいあるけど機体のスペックデータと操縦ログは見ることができた」

「本当か?」

「これがその映像」

 

 そう言ってレイナが端末を操作するとコックピット内のウィンドウに機体のスペックデータが、球形モニタにデブリと幾つかの筒状の巨大建造物が漂う宇宙空間を飛び回る映像が投影された。

 

 しかし機体の速度と方向転換が素早いせいかモニタの映像が早送りされ、映っているモノを目で追うのがやっとである。

 

「……こんな複雑な機動をバトロイド形態でやっていたってのか?」

「データによるとこの機体の宇宙空間での速度は通常の3倍。これで規定の範囲内とかもはやチート」

「3倍だって!?」

「ですが普通バトロイドの状態でこんな機動をしたらパイロットに相当な負荷がかかる筈です…」

「それに関しては操縦席のシートを浮かせた形にすることで、パイロットにかかる衝撃を和らげているみたい。ただそれでも限度があるはずだけどね」

「それとどんなOSなのか調べようとしてもエラーが出てはじき出された」

 

 レイナがウィンドウを操作するとモニターにひたすら赤文字で『ERROR』が何重にアラートと共に表示される。

 

「機密保持の為に精密に組まれたプロテクトなのか」

「恐らくそうでしょうね」

「その後はずっと戦闘中。かなりガードが硬い」

 

 ふとレイナの方を見ると、余程悔しいのか機嫌が悪いです、といった顔つきで唸っていた。

 

「だ、だがまあこの機体が有視界性や反応速度、動作精度がVFシリーズより上なのは確かだな……とにかく解析を続けてくれ」

 

 一通り聞いた後、データをもっと見たいのかコックピットにいるメッサーを置いてアラドは出る。

 

「やれやれ、こいつはとんでもないお宝を拾っちまったかもな(それにあの機体をあそこまで操る程の腕を持っているとはな……ぜひあいつをうちにスカウトしたいもんだ)」

 

異質な赤い巨人――――バルギル。

異世界からきたこの機体の技術の解析と隠されたデータの解明が完了すれば恐らくこれからの世界の常識を塗り替えてしまうだろう。

その存在に否応無く重大な予感を抱かされる。

 

「……こりゃあ、嵐がやってくるかもな」

 

 アラドはそうポツリと呟いた後、彼が此方で過ごせる手続きを済ませる為にこの場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

♢♦♢

 

 

 

 

眼鏡をかけた若い男が歩いている。

一目見ただけで美男子だといえる彫刻のように整った顔立ちに物腰柔らかで知的さを感じさせるその男はひどく美しい。服装も華麗ではあるが華美過ぎず、かと言って質素というわけでもない衣服の上に豪奢な文様の描かれた白いマントを纏っている。

 

 男が歩いている場所、それは彼のいでたちからはまったく似つかわしくない、雑然とした様子の場所だった。

 

 鳥のように逆関節の脚を生やした戦闘機――――バルキリーを製造・整備するための工房である。両側の壁沿いには今まさに整備中の機体が並び、整備士とおぼしき者たちが忙しく走り回っている。

 

 彼らは男の姿を見たとたん、慌てて作業の手を止めて道を開ける。

 しばらく歩みを進めた男は、工房の最も奥まった場所へとたどり着いた。

 

 

 そこには指先から肘のあたりまでしかない二本の機械の腕がクレーンで固定されていた。人型と同じ形状をしているがバルキリーのよりも少し大きい。表面を赤い装甲で覆っており、手首のあたりに襟や袖のようなエングレービング風の装飾が施されている。大きさや形からして明らかにこれまでの道すがらにあったバルキリーのものとは別のものであることが見て取れた。

 

「それでこれが一体何なのか分かったのか?」 

 

 男は宙に浮かされている二本の腕の真下にいた浅黒い肌に髭を蓄え、頭にターバンを巻いた中東系の壮年の男に問いかけた。

 

「ええ、照合システムにかけましたところ、やはりこの二本の腕は統合軍やゼントラーディの兵器と一致しませんでした。財団の情報網をもってしてもです」

「つまり何もわかっていないという事ではないのか?」

「いいえ、この腕を解析はまだ途中ですがかなり面白い発見をしましたて……」

「ほう?」

 

 そう言って中東系の男はメガネの男に情報端末を渡して得意げに解説を始める。

 

「この腕の中に格納されていた円筒形のものはプラズマ化している熱エネルギーを直接放出かつ一方の端より10数mほどの円錐状フィールドを発振することでビームの刀身を形成することが可能なようです。他にも骨格をフレームによって構成し装甲を取り外せるようにすることで整備性と運動性を高めているようです。いやいやどれも素晴らしい技術です。その中でも最も興味を引かれたのはこの金属粒子レベルのコンピュータ・チップを鋳込んだ――――」

「もういい。私は機械についてはあまり詳しくはないが大体分かった。それで、それらは騎士団のに生かせるものか?」

「ええ、勿論でございます。これらにより我が財団が統合軍に負けないほどの力を持つことをお約束いたします」

「そうか……これは貴公に任せる。例の遺跡の解析の方を怠らないようにしてくれよ」

 

 深く礼をしながら返答する中東系の男をその場に残し、眼鏡の男はその場を去る。

 

 その姿が視界から消えるや否や、中東系の男の後ろで二本の腕の装甲の下から禍々しい紫色の燐光が微かに溢れていた。

 

 



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これから

 この世界に転移してから一日が立つ。

 まだ過度な運動は駄目だが歩き回るくらいなら大丈夫ということで医務官から退院の許可が出て、その直後に医務室の固定電話経由でアラド少佐から迎えを寄越すからちょっと艦長室まで来てほしいと連絡が来た。

 

 内容はやはり俺とバルギルに関しての今後の方針についてで艦長が直々に伝えるとのことだ。

 

 昨日からそれについて考えていたが、今後の身の振り方についての答えがまだ出ていなかった。

 

 どうやってこの世界に来たのか分からない以上恐らくもう戻れないだろう。いや……もう俺はあの世界に戻るつもりはないだろう。ならこれからどう生きればいいんだ?

 

「あら。大分回復したようね」

 

思考に更けていると自動ドアが開く音と共に聞き覚えのある声がする。

 

振り向いてみればそこには昨日医務室で目が覚めた時最初にいた美女が紙袋を片手に入ってきていた。

 

「昨日ぶりね」

「君は、昨日の……」

「そういえば自己紹介がまだだったわね。私は美雲・ギンヌメール。戦術音楽ユニットワルキューレのエースボーカルをやっているわ」

 

戦術音楽ユニット?ワルキューレ?ハンマ・ハンマの前身機と同じ名前だな。

 

聞き慣れない単語が出てきて思わず首を傾げたが自分も名乗らなければ失礼だと思い自己紹介しておく。

 

「あの、自分は……」

「無理して敬語を使わなくていいわよ」

「……俺はアインハルト・シュヴァルツ。呼びにくかったらアインで構わない。美雲s「さんもいらないわ」…み、美雲」

「よろしい♪ これからよろしくねアイン。これ、貴方の着替えよ。着替えたら声を掛けてね。その後艦長室まで案内するわ」

「え?あ、ああ……ありがとう」

 

美雲は服の入った紙袋を丸椅子の上に置き、そのまま医務室から出ていってしまう。

 

どうやらアラド少佐が言っていた迎えは彼女らしい。

 

……なんだろうな。昨日会った三人とはなにか違う

 

 彼女から感じるのはなんというか疑心や警戒が混ざったものではなく純粋な好奇心や興味に近い。

 それに昨日会った赤い髪の女性よりも大きいなにかを感じる。

 

 色々疑問に思うがとにかく待たせるのも悪いため、水色の病衣を脱ぎ、紙袋の中にある白と黒のツートーンカラーに赤のラインが入ったジャケットと深いグレーのズボンの制服に袖を通す。

 

 これがここでの軍服なのだろうか、前の世界で着ていたのよりも生地が良く、窮屈さも感じない。

 

「すまない。待たせた」

 

 医務室から出て廊下で待っていた彼女に一応謝罪の言葉を入れるが、当の彼女は特に不機嫌な様子も見せず「別に気にしなくていいわ。よく似合ってるわよ」と返す。

 

「それじゃあついてきて」

「ああ、わかった」

 

 それから目的地に着くまでの短い時間、廊下の通路を肩を並べて歩きながら気になっていたことを問うてみた。

 

「……そういえばどうして俺が他とは違うと分かった?」

「何の話かしら?」

「ほら、昨日俺が目を覚ましてすぐ」

「ああ、あれね。そうね……根拠は無かったけど、しいて言うなら女の勘……いいえ、上手く口では説明できないけどそう感じたの」

 

 感じた……か。ニュータイプみたいなことを言うな。

 ……まさかな。

 

「……まあいいか。それじゃあさっき言ってた”戦術音楽ユニット”と”ワルキューレ”というのはなんなんだ?」

「そういえば異世界人だから知らないのは当然ね。ワルキューレは、星間複合企業体ケイオスの情報・芸能部門に所属する戦術音楽ユニットで、銀河系各地で猛威を振るう謎の奇病ヴァールシンドロームを歌の力で鎮静化するために結成されたのよ」

「ヴァール……一体どんな病気なんだ?」

「症状を簡単にまとめると感染者が凶暴化して衝動のままに破壊を尽くす暴徒となるわ。感染者の中には軍人もいるから機動兵器を使われて街が戦場になるケースが多いわね」

 

 何だその病気、一昔前のゾンビゲーム並に怖すぎるぞ。

 

「…って、そんな病気を歌で抑制が可能なのか?」

「ええ、詳しいことは言えないけど歌声を聞かせることでヴァール発症者を正気に戻すことができるのだけど生の声じゃないと効果が薄いから、護衛役のΔ小隊と共同で戦場に赴いてライブを行っているわ」

「戦場という命懸けの舞台で生身で歌う覚悟を持ったアイドルユニット……だから戦術音楽ユニットか。知名度はどれくらいなんだ?」

「銀河ネットワークチャートに常時ランクイン。貴方も私達のファンになる?」

「……まだ歌を聞いてないぞ」

 

 

 話を聞けば聞くほど俺の中の常識が崩れていく。

 昨日この世界についての話で、歌姫が巨人族との戦争を終わらせたというのには正直半信半疑だったがどうやら事実のようだ。

 ヴァールと歌の力、そして巨人族……なにか関係があるのか?

 

「……ん?」

 

 ふと窓の外に目をやると船の外観に視線が止まった。

 

「……人型?」

 

 俺がいる戦艦がざっとドゴスギア級以上の大きさはある上に人型の形態をしている。

その両腕はフライトデッキとなっており、デッキ上に旧世代の戦闘機が何機か上がっていた。

 

「貴方が乗っていたアイテールは元々マクロス・エリシオンの左腕部で個別の宇宙空母として分離・単独行動が可能なの。いざという時はこのマクロス・エリシオンが巡航形態に変形するわ」

「……は?」

 

 てっきり戦艦が基地か何処かに停泊していると思っていたがまさかより大きな戦艦とドッキングしていたとは……しかもこの大きさで変形!?

 

 美雲からの衝撃的な事実に思わず動揺してしまう。

 

「ウフフッ、驚くのはまだ早いわよ。景色の方も見てみて」

「……?」

 

 言われた通り窓の外の風景に目をやると眼下に広がる景色に圧倒された。

 どこまでも青く澄みきった空、豊かな自然、透き通るほどに綺麗な青く輝く海が広がっている。映像でしか見たことのない宇宙世紀の地球とは比べ物にならないほど美しい景色に

声が僅かに震えてしまった。

 

「驚いた?私たちケイオスが支部としている海洋惑星ラグナよ」

「……これは、凄いな」

「ウフフッ」

 

 俺の反応が面白かったのか隣で見ていた美雲は微笑み、左手で薬指と中指を交差させ、Wの文字を作る。

 

「Welcome to ラグナ。貴方を歓迎するわ」

 

 

 

 

 そうしてしばらく歩いているとあっという間に『艦長室』と書かれた扉の前にたどり着く。

 

案内を終えた美雲は「また後でお話しましょ」と言い残し何処かへ立ち去って行った。

 

一人残った俺は部屋をノックすると、「入れ」と声が響く。扉を開け中に入るとそこには昨日会ったアラド少佐と赤い髪の女性、そして艦長と思しき男性がいた。

だがその男性は2メートルはゆうに越える巨漢で緑色の肌をしている。

服の上からでも分かるほど隆起した筋肉と、それ以上に凄まじい威圧感を放っている雰囲気に、一瞬警戒心を抱いてしまった。

 

昨日アラド少佐が言っていたゼントラーディという巨人族か。

 

「よく来てくれた。私はアーネスト・ジョンソン。マクロス・エリシオンの艦長だ」

「……あ、失礼しました。自分はジオン共和国軍所属アインハルト・シュヴァルツ少尉であります」

 

どうやら此処の巨大ロボット兼艦の艦長を務めてるようだ。

なるべく失礼のないように敬礼する。

 

「話はアラドから聞いている。我々がいる此処とは違う別次元の世界での長年にわたる地球人同士の戦争、その戦争で主力として活躍した人型機動兵器……未だかつてない事例だが我々がまだこの宇宙の全てを把握できていないのを鑑みると捨て置くことはできん。よって君の身柄は我々が保護しよう。下手に君とあの機体を新統合軍に引き渡してしまえばモルモットとして扱われる可能性もあるしな」

「誠にありがとうございます」

 

 モルモットか……どの世界でも人をモノのように扱う連中はいるものだな。できればあんまり関わりたくない。

 そうなると艦長の提案はこちらとしてはとても有り難い話だが単純な好意……という感じではなさそうだ。

 

棚から牡丹餅、濡れ手に粟というがここは民間企業、只より怖いものはない。

 

俺がいた世界ではこういった話には必ず裏があった。だが判断材料が少ない。

一応この提案を拒否しない方がいいだろう。一歩間違えて不況を買えば本当にモルモット行きになる可能性がある。

 

……人となりを把握するまでなるべく力のことは隠したほうがいいかもしれない。

 

「身元証明用のIDはまだ用意できていないが、エリシオン艦内に君の部屋を用意した。こちらの手配が済むまでの暫くの間は其処を利用してくれ」

「はっ、了解しました」

「それからある程度のこの世界の基本的な情報と一般常識が知りたいだろうから、機密指定されていない情報をまとめた端末を用意しておいた」

「はい、空いた時間にでもいいから閲覧しておいてね。一般常識がない状態だと街とか出歩けないから」

「ありがとうございます。えっと……」

「そういえば自己紹介がまだでしたね。戦術音楽ユニット『ワルキューレ』のリーダー兼デルタ小隊のマネージャーをしていますカナメ・バッカニアといいます。よろしくね」

「此方こそよろしくお願いします」

 

脇に控えていたカナメという赤い髪の女性よりタブレット型の情報端末を渡される。

 

「取り合えず話はここまでだ。今日は部屋でゆっくりしたまえ」

「はっ、お心遣いありがとうございます……道中自身の機体を確認してもよろしいでしょうか?」

「ああ、構わんよ。格納庫には見せて困るようなものは無かった筈だからな」

「それじゃあカナメさん、すみませんが彼を案内してやってくれ」

「分かりました。こちらへどうぞ」

「ありがとうございます」

 

 最後に「では、失礼いたします」と言って艦長たちに敬礼をし、俺とカナメさんはブリッジを後にするのであった。

 

 

 

 

 

♢♦♢

 

 

 

カナメの案内の元、バルギルが保管されている格納庫に辿り着いた。

 

 格納庫の内部は、10m級の可変型機動兵器『バルキリー』の製造・整備を行う施設だけあって、面積、高さ共に広大な空間が広がっている。

 床の備え付けられている整備台に固定された戦闘機形態の複数のバルキリーの周りで、作業を行っている大勢の整備士の声や、作業用の機械の音が響き渡る。

アイン達は慌しく作業に勤しむ彼らの邪魔をしないように作業の行われていない道へと進むことになる。

 

「……あれがバルキリー、現代科学をはるかにしのぐプロトカルチャーの技術を導入して開発された可変戦闘機か」

 

 モビルスーツより一回り小さいな。

 

 アインがいた世界でジオン公国がまだ「ジオン自治共和国」だった頃、地球連邦に対する独立戦争の開戦準備のひとつとして、次世代型新兵器の開発が極秘で進められていた。

コロニー国家でしかないジオンが質、量、兵力ともに強大な力を持つ地球連邦軍に対し優位に立つためにしても既存の戦術では勝てる筈がない。

そこで一つの秘策として生まれたのが、人間が搭乗してコントロールし、重力下や目視での遠近感が掴みにくい宇宙空間での戦闘に対応でき、宇宙戦闘用の艦船や誘導兵器を凌駕する人型機動兵器=モビルスーツだった。

 

 動力源にはトレノフ・Y・ミノフスキー博士が発見した「ミノフスキー粒子」の技術の採用により、大幅な小型化を実現したミノフスキー・イヨネスコ型熱核反応炉が使用されており、小型ながらも最も高いエネルギーを得る事ができ、加えて放射能も極めて少なく抑えることが可能である。冷却問題を除けば稼働時間限界はないと言ってよい。

 また、流体パルスシステムを応用したスムーズな駆動と能動的質量移動による自動姿勢制御が実現し、その結果、宇宙空間での自在な高い機動性を獲得。

 ルウム戦役で戦艦対戦艦の超長距離砲撃戦や突撃挺・戦闘機による一撃離脱戦法という、従来の艦隊決戦のみを想定していた地球連邦軍の意表をつく形で、敵艦に直接攻撃を加え撃破するという戦闘を行い、有効な迎撃手段を持たない地球連邦軍に対して圧倒的優位に立つこととなった。

 

 しかし連邦もモビルスーツを本格的に開発し戦局が一変、連邦の白い悪魔RX-78の活躍によりジオン公国が敗北した。その後の宇宙世紀0080年代後半からは地球連邦軍内部におけるエゥーゴとティターンズの主導権争い、アクシズの帰還など、地球圏は一年戦争時に匹敵する混沌とした状況下にあり、当時は一年戦争以降積極的に進められていた公国系と連邦系の技術融合の成果が結実した時期でもあり、モビルスーツ開発の激動期を迎える。

 それにより純粋な人の技術の発展だけで一年戦争で活躍したモノコック構造、いわゆる外骨格構造を採用したタイプの第1世代から自重の全てを内部のフレームで支える分稼動範囲を狭めていた装甲のかさばりを無くしかつより複雑な動きを可能にするムーバブルフレーム構造を採用した第2世代、ムーバブルフレームに可変機構を加えた第3世代へとモビルスーツは恐竜的進化を遂げていった。

 

 それに対し、バルキリーという機動兵器は異星人の技術を利用して開発された。一体どれほどの性能なのかアインはとても気になっていた。

 

「それにしても旧世代の戦闘機の形状で宇宙戦が可能なのには驚いた」

「アインハルト君の世界では戦闘機を見るのは初めて?」

「アインで構いません。こういうのは歴史本でしか見たことありませんし、宇宙用の戦闘機は一年戦争以降に地球連邦とネオ・ジオンで様々な可変型のモビルスーツが開発されてからはもう過去の産物になってますね」

「そっちでも変形する機体があるの?」

「ええ。といってもバルキリーほど小柄ではありませんし、生産コストの高騰や機体構造が複雑になったことによる整備性の低下などの問題で可変型モビルスーツは主力機には成り得ませんでしたが……」

「へえ、こっちとは配備状況が違うのね」

 

 しばらく歩みを進め、格納庫の最も奥まった場所――デストロイド専用ハンガーに鎮座しているバルギルの元へとたどり着いた。

昨日から機体の周りに群がって解析を行っていた技術士や整備士は休憩に入っているのか誰もいない。

 

「……」

「だ、大丈夫?」

 

アインは自分が乗ってきた半壊の機体を見上げたまま彫像のように固まってしまう。解析のためとはいえ外装も外され、殆ど内骨格が剝き出しになっている愛機の様子にさすがの彼も俄かには声が出なかった。しばらくはそのまま呆然としていたが、やがて我に返ると傍にあるコックピットブロックに向かう。

 

「ちょっと点検してもよろしいでしょうか?」

「え?え、ええ」

 

 カナメに断りを入れてから内部のリニアシートに座り、ウィンドウを操作してシステムチェックを行う。何度かプロテクトを解除をしようとした痕跡があったがこの程度なら問題ないと判断する。

 

データを一通り確認し終えたアインは深いため息を吐く。

 

「(……この世界に転移しようとしたせいなのか機体に外見以上の負荷が掛かって腕と脚が吹き飛んだようだ。コックピットブロックとジェネレーターは厚い装甲に覆われていたおかげで無傷ですんだが他の部分は修理する必要があるな)」

 

だがこの世界にはモビルスーツの技術は存在せず、バルギルの予備部品もない。この世界でも元の世界と同様に追加生産も損傷箇所の完全修復もできないワン・アンド・オンリーな機体となっていた。

そうなるとケイオスに元の世界の技術を一部提供する必要がある。

 

「(いや、機体のこともそうだがこれからどうするべきか……だよな)」

 

昨日から答えのでない自問自答を暫く繰り返してもやはり今回も出なかった。

 

「(……どの道しばらくここに厄介になるのは変わらないか)」

 

思考を切り上げたアインはあんまり案内人であるカナメを待たせるのも悪いと思い、すぐにデータに再びプロテクトをかけてからコックピットブロックから出る。

 

もう用事がすんだことをカナメに伝えて格納庫を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

「今日からしばらくこの部屋がアイン君の部屋になります。生活に必要なものは一通りそろっているはずだけど、もし何かあったら遠慮なく言ってね」

「了解しました」

「それと、無理して固くなる必要はないわよ」

「……無理してるように見えますか?」

「ええ、とっても」

「……分かりました」

「うん、よろしい」

 

 格納庫から出た後用意された部屋に到着する。中を確認するとそこは小さいながらも8畳程の一人で過ごすには十分なスペースがある士官相当な部屋で、ベッドやデスクにバスルームまで完備されていた。

 

「さて、ここまでで何か質問はある?」

「いえ、特にありません。ありがとうございます」

「礼には及ばないわ」

 

 一通りの説明を受け、カナメが「それじゃあ、何か用がある場合はそこの内線を使えば誰か来ます。まだ案内していない食堂には夕食時間に行きましょう。呼びに来ますので」と言ってそのまま別れた後、アインはさっそく渡された端末を操作しながら情報収集に入った。

 

 

「(……銀河で最初の知的生命体とされる先史文明『プロトカルチャー』

その文明の遺産であり、現代科学をはるかにしのぐ異星人の超先進科学技術『オーバーテクノロジー・オブ・マクロス』

そしてそれにより遠い場所へのワープ移動を可能にする超時空航行技術『フォールド航法』

西暦2000年から2008年までそれらの技術と地球に落下した『SDF-1 マクロス』を巡って起こった『統合戦争』

西暦2009年のマクロス主砲の誤射を口火に始まった『第一次星間大戦』

西暦2045年のマクロス7船団とプロトカルチャーを全滅の危機に追いやった怪物プロトデビルンとの戦い『バロータ戦役』

西暦2059年のマクロス・フロンティア船団と異星生命体バジュラとの衝突とマクロス・ギャラクシー船団の反乱が起こった『バジュラ戦役』

……やはり俺のいた世界とはだいぶ違うな)」

 

 この世界はシャア・アズナブル大佐の『人類を地球という揺り籠から巣立たせる』という目標がある意味達成した世界だと言っていい。

その上人間同士の戦いは終わり異星人とも和解して共存している。

 

 十年以上も争いの絶えなかったあの世界で生きていた自分から見たら正直羨ましいと心のどこかで感じている。また、いざその世界に転移してしまった後、元の世界での戦う理由を失った自分は今度は何を糧にして生きていけばいいのかアインは悩んでいた。

 

「……はあ」

 

 マクロス・エリシオンや人間が突然我を失い凶暴化する謎の奇病ヴァールシンドロームとそれに対抗できるワルキューレに関する情報に目を通そうとしたがモヤモヤしたままでは頭に入らないため、シャワーを浴びて気分をスッキリさせることにする。

 

着ていた制服をハンガーにかけてから浴室に入り、最初に熱めのお湯で汗を洗い流す。湯船というものに浸かってみたかったがそれだと時間が無くなるためシャワーだけにした。

 

そうしてそろそろ出ようかと思っていると、部屋の方に誰かが入ってきた気配を感じ取る。

 

 カナメがもう迎えに来たのだろうかと思いアインはバスタオルで髪と身体を拭き、替えの服に着替えて洗面所から出る。

 

「……え?」

 

 

「ノックしても返事が無かったから勝手に上がらせてもらったわ」

 

しかしそこにたのはカナメではなくマクロス・エリシオンの司令室までアインを案内した美雲だった。

ベッドに腰かけ、艶然と微笑みながらアインを見据えている。

 

「なんでいる?」

「あなたとお話したかったの」

「話?」

「ええ、貴方がいた世界のことをいろいろ聞きたかったの。だって気になるじゃない?私達がいるのとは違う歴史の歩みを見せた世界で、しかも70年は超えているなんて」

「……」

 

 感じからして情報収集の類じゃないということはただの個人的な興味のようだ。

異世界から来た人間に興味を持たない方が無理がある。

 

「……まあ、少しくらいなら」

 

 ちょうどアインも情報端末で調べられなかった気になることを機密に触れない程度に知りたかったため、この話に乗っておくことにした。

 

「――――そう、それじゃあ、貴方の世界では私たちが使っているような重力制御システムはないのね?」

「ああ、だからコロニーそのものを回転することで居住ブロックに遠心力による擬似重力を発生させている」

「けど重力の感じ具合が此処とは違うんじゃないの?」

「……ああ、宇宙育ちの俺には惑星の重力は少しきつい。まるで全身に重りを巻き付けているみたいだ」

「ふふっ、ここにいればそのうち慣れるわよ」

 

 楽しそうに美雲はクスクスと笑う。その笑い方には大人の女性のような雰囲気ではなく子供のような無邪気さがあり、一瞬アインの心臓が小さく跳ね上がった。

 

コンコン

 

「アイン君、入っても大丈夫かしら?」

 

その時、ノックが数度室内に響き、扉越しからカナメの声が聞こえてくる。

 

「いいわよ」

「……っておい、君が答えてどうする?」

「?その声は美雲?」

 

扉が開き、カナメが部屋に入ってくる。

 

「どうして美雲がここにいるの?」

「私達の仲間になるかもしれない人と親睦を図りにお互いの世界のことを少し話してたわ。異文化交流ならぬ異世界交流ってところかしら?」

 

 昼間の案内役と言い、普段なら歌うことにしか興味がなくあまり関わらない美雲に一体どんな心境の変化があったというのだろうかとカナメは珍しがる。

 

「ふーん……」

「…何よ?」

「別に~ただ珍しいと思っただけよ」

「……そう、ところでカナメはアインになにか用?」

「あっ、そうだった。アイン君、食堂が開く時間になったから案内するわね」

「お願いします」

「あら、なら私もご一緒するわ」

「ホントに珍しい」

「……たまにはそんなこともあるだけよ」

 

 カナメの含みのある言い方と微かに慌てている美雲が先に部屋を出る。

 残されたアインは「なんなんだ……」とこの状況を上手く理解できずにいたが、僅かに乾いた髪を軽く掻き、「まあいいか」と考えるのをやめてすぐに二人の後を追いかけるのであった。

 

 

 



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思惑

イメージOP『宇宙の詩/TVアニメ版機動戦士ガンダムTHE ORIGIN』
イメージED『Everlasting/機動戦士ガンダムUC』


 時刻はアインがカナメと共に艦長室から退室してしばらく経過し夕方を過ぎようとしている頃、エリシオンの艦長室の扉を叩く者がいた。

 中から応じる声がかかり、ラフな格好の上に白衣を着こんだ一人の女性が室内へと入ってゆく。室内には艦長であるアーネスト・ジョンソンとΔ小隊の隊員であるアラド、メッサーがおり、その来客を迎えた。

 

「それで、”博士”から見て例の機体はどうだ?」

「ええ、この天才『美』少女である私から見ても予想以上のシロモノだったわアラド。まさか地球人の技術だけであそこまで追いついているなんて」

 

 若い外見で、ビー玉のように透き通ったブルーの瞳、ピンク色のショートで後ろ髪の一部を三つ編みにしたゼントラーディの女性。

 アラドから博士と呼ばれた彼女の名はアイシャ・ブランシェット特務少佐

 Δ小隊が搭乗する『VF-31 ジークフリード』の前身である高性能試作機『YF-30 クロノス』の開発主任にして『VF-31』の開発にも携わったことがある才女で、その前は民間軍事会社『SMS』の惑星『ウロボロス』にある『ウロボロス支社』の支部長を務めたことがある。現在はケイオス・ラグナ支部では化学主任を務めている。

 もう20代を迎えているというのに天才『美』少女を自称したりと残念な部分があるが、かなりの自信家でその自信に負けないほどの才能を持つ彼女をアーネストたちは高く買っていた。

 

「どれくらい凄いのか頼まれていた報告書に記載しておいたわ」

「ふむ、助かる…これは……」

 

アーネストの手元にアイシャから渡された情報端末が握られる。

それにはバルギル――異世界からパイロットごと転移してきた機体――のジェネレーターと装甲に付着していた正体不明の粒子(ミノフスキー粒子)の解析結果の内容をまとめた報告書が記載されていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 粒子の解析結果:

 地球圏の木星に存在するヘリウム3と重水素を融合することで生まれる副産物で静止質量がほとんどゼロ。

様々なパターンでシミュレーションしたところ、これらに負荷(圧縮)を掛けた場合、縮退と言う現象を起こし、これを融合させる過程で電気的に中性にして高熱源エネルギーに変化。ビーム兵器として運用した場合、磁場・電場の影響を受けないかつレーザー砲や荷電粒子砲よりも優れた特性を持ち、出力・収束率次第では核兵器並の威力を持つ可能性がある。

 

また、粒子を空間内で一定以上の濃度に達した場合は静電入力と特殊な斥力によって交互に整列して立方格子状の不可視のフィールドを形成し、それを通過するマイクロ波から超長波までの電磁波を最大で99%減衰させる性質がある。

 

 

 ジェネレーターの解析結果:

 生み出されるエネルギーの出力は3,240kW

 上記の粒子の後者の性質で炉内を電磁誘導する事によって圧縮し安定化させる事でプラズマを安定させている。

 これにより小型ながらもD+He3反応を効率よく行う環境を手に入れる事が可能で放射能を封じ込めていると断定。

 

 更に発生したエネルギーをパルス状圧力に変換し機体の間接駆動用のロータリー・シリンダーに極超亜音速で伝達される。これにより駆動は極めてスムーズになっている模様。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ホント恐れ入ったわ…どうやってジェネレーター一基だけで1000世帯以上の住宅を賄える程の電力を生み出せるのか不思議でしょうがなかったけど…まさかこの粒子の特性を利用していたなんて…」

「1000世帯以上も……!?」

「あの大きさで、ですか?」

「ええ、最初は私も信じられなくて何度も計算してみたけど同じ結果だったわ。内部構造は把握したから模倣はできるけど、粒子を生成には木星からヘリウム3を回収する必要があるわ」

「ビーム兵器として応用ができる粒子を利用した高出力かつ安定した核融合炉、そしてそれを動力源とした人型機動兵器、か」

 

 アーネストの手元には先ほどの報告とは別の情報端末があった。

 それにはマキナとレイナが解析したバルギルのスペックデータが記載されている。(どのようなOSで動いているのかまではプロテクトが強すぎて未だに解析が進んでいない)

 

 VFシリーズやデストロイドなどは爆発的にエネルギーを生み出す熱核融合炉を搭載しており、これは1999年に地球に墜落した異星人の戦艦マクロスを解析した技術からもたらされた。ゼントラーディなどのプロトカルチャーに由来する種族にも大出力動力機関として幅広く採用されているおり、人型巨大兵器の誕生は太古のプロトカルチャー文明の遺産の恩恵によるものと言っていい。

 だが宇宙世紀の世界では純粋な地球人の技術だけでVFシリーズのスペックに負けないほどの進化を遂げている。(唯一のVFが勝っているところと言えばバルギルは航空力学上、長時間での大気圏内の戦闘に向いていない点だけである)

 

 内骨格構造のフレーム(ムーバブルフレーム)といい実弾に高い耐性を持つ装甲(ガンダリウム合金製)といい、これらの技術を完成させた異世界の技術者たちが恐ろしくなってくる。

 

「単体での機体制動・追従性・機動性を極限にまで突き詰められた宇宙戦特化型の高性能機である、か。背中に付いていたコンテナがなんなのかは?」

「マキナの話だとなにかの装置に電力と燃料を補充するものみたいだけど部品の殆どが破損してて詳しいことは分からないみたいよ」

「ふむ……だがやはり規格外だな。そんな機体を使いこなす彼もやはり捨て置くことはできんな」

「艦長も同じ意見か」

「ああ、それにウチの歌姫たちの力で争いを止める瞬間を見せてやりたいしな」

 

 宇宙世紀の世界では人類が未だ外宇宙に進出せず、数億の人間の命が失われる程の戦争が十年も続いていた。その原因は地球に住むアースノイドと宇宙に住むスペースノイドとの確執が主で、アインはアースノイドの軍閥『ティターンズ』の行き過ぎた弾圧の犠牲者の1人だという話を聞いている。

 ケイオスでは過去にいろいろなものを抱えている者がいるが、アインのは内容が内容だけに悲し過ぎる。彼が宇宙世紀の世界の説明をしていた時の口ぶりからして両親を殺した、争うことしかできない世界に絶望しているのだろう。

 操縦技術に心惹かれたのもあるが、なによりこの世界では僅かでも希望があることを知ってほしいというのがアーネストとアラドの考えであった。

 荒療治なのは確かだが……………

 

「お二人がそう言うのであれば……………ですが勧誘するにしてもVFとでは規格と設計思想が全く異なっているので明らかに操縦がかみ合わないかと思います……それにデルタ小隊はただ戦うだけの部隊ではありません」

 

 メッサーの言い分は正しかった。デルタ小隊はワルキューレの護衛だけでなく、パフォーマーを務めなければならない。そういう意味ではバルギルが使えない以上VFでどれだけ動けるのか、デルタ小隊はアインのセンスを直接見極めなければならない。

 

「そうなると同じVF同士で試すしか方法がないな」

「はい。ですので艦長、VFの情報を彼に閲覧させる許可を」

「許可する。ただし、本人の意見は尊重するようにしろ」

「了解しました」

 

 許可を得たメッサーはVFを動かす為のデータを用意する為に艦長室を出る。

 

 

 

♢♦♢

 

 

 

 

 異世界転移三日目

 

pipipi! pipipi!

 

「んん……」

 

目覚ましのアラーム音が鳴り響き、五月蠅さに意識がゆっくりと覚醒する。

 

「…そういえばそうだった」

 

 目を開け、視界に見知らぬ天井が入ったところでここが異世界であることを思い出す。

 寝惚け眼で体をゆっくりと起こし、鳴り止まないアラームを止めた後未だにラグナの重力に慣れない身体を軽く解す。

 

 宇宙世紀の世界では地球の重力の1Gに対してコロニーにかかる擬似重力が約0.8Gであることから、殆どの生涯を宇宙コロニーで費やすスペースノイドが地球に来た時は、体にかかる重力がいつもより重いと感じる事が多い。そう言った違和感をアインも感じていた。

 

「そのうち慣れる……か」

 

 ふと昨日の美雲のセリフを思い出す。

 しばらくケイオスに身柄を預けられることになった以上、この惑星での暮らしにも慣れる必要がある。

 ちょうど昨晩の食事の際にカナメから艦長から預かったと言うアインの身元を証明するIDカードを手渡された。

 気分転換に外に出て街の方に行くのも悪くない。

 

「今後のことはそれから考えていけばいいか」

 

 備え付けの洗面台で顔を洗い、冷たい水で眠気を覚ましてからケイオスの制服に着替えていると、突然ドアがノックされた。

 

「おはようございます。そろそろ朝食の時間ですが、起きていらっしゃいますか?」

 

 扉越しから真面目そうな女性の声が聞こえ、誰だろうとアインはスライド式のドアのロックを解除する。ドアを開けるとサイドポニーに結った臙脂色の長髪と水色の瞳、尖った耳を特徴とする女性と古代日本のサムライがしていたチョンマゲのような髪型に首に片側3つ計6つのエラのようなものも付いている半魚人のような男性という明らかに地球人じゃない2人が立っていた。

 

「(女性の方はメルトランディ、男性はラグナ人だったか)えっと……」

「失礼しました。ケイオス第三戦闘航空団Δ小隊所属、ミラージュ・ファリーナ・ジーナス少尉です」

「同じくΔ小隊所属、チャック・マスタング。階級は少尉だ」

「自分はジオン共和国軍所属、アインハルト・シュヴァルツ少尉です。呼びにくい名前のためアインで構いません」

「そうか。なら、これからはアインって呼ばせてもらうよ。あと階級が同じだから別に敬語じゃなくても構わないぜ」

「……分かった。じゃあ改めてよろしく頼む」

「おう、よろしくな」

「よろしくお願いします」

 

 敬礼しながらの挨拶をしたのち、生真面目そうな耳のとがった女性――ミラージュ、ニカッと人懐っこい笑顔を見せる半魚人のような男――チャックと握手を交わした後、ラグナのことについて軽い質問をしながら食堂へと向かう。

 

「は? ラグナではクラゲを食べるのか?」

「ああ、ラグナのバレッタクラゲは地球のと違って食えるもんなんだ。町ではクラゲのスルメがお土産によく売られているし、他にもクラゲ饅とかクラゲの料理も色々あるんだぜ」

「食べれるクラゲ………いったいどんな味なんだ?」

「そいつは実際に食べてからのお楽しみだな。俺、艦の外で弟たちと料理店営んでいるから食べに来いよ」

「チャックの料理の美味しいですよ」

「……ふむ、そうだな。気が向いたら行くとしよう」

「おう、待ってるぜ!」

 

 喋りながら歩くこと数分後。

 食堂に入ると、既に数十人以上の職員が朝食を食べていた。

 エリシオンの食堂は基本、朝食、昼食はバイキング方式になっていて、お梵に皿を乗せて自分が食べれる量を盛っていける。他にもメニュー表から日替わり定食やカレー、うどんといった単品のものを注文することができる。

 

 座席は空いているところに自由に座れるため、できれば3人まとめて座れるところを探したかったアイン達は無駄なあがきかと思いつつ周囲を見回した。

 

 すると、端のほうから桃色の髪をツインテールにしている少女と小柄な緑髪の少女が声を掛けてきた。

 

「あ、ミラミラ!! こっちこっち」

「ここ空いている」

「おはようございます。マキナさん、レイナさん」

「おはよ~お~一つ目のパイロット君も一緒じゃないか~」

「……ジオン共和国軍所属、アインハルト・シュヴァルツ少尉です」

「ん?ジオン?」

「こことは違う別の世界の地球圏にある宇宙都市の中で唯一地球政府からの自治を認められた国家のことです」

 

――といってもあと6年で解体になるが。

 

「へー、あっ私はマキナ・中島。ワルキューレ所属でメカニック担当だよ。気軽にマキマキって呼んでね!」

「同じくワルキューレのレイナ・プラウラー。ハッキングはお手の物。あと年下だから敬語じゃなくてもいい」

「わかった……よろしく」

 

 マキナとレイナ、レイナはバルギルのコックピットハッチを開いた本人であり見たこともない異世界のOSに、マキナはメカニック担当としてバルギルにどのような技術が搭載されているのか興味津々だと聞いている。アインはバルギルに搭載されているあのフレームの存在を隠したままどうやってこの場を乗り切るか考えていた。

 

「アインは座っていてください。朝食は直ぐに持ってくるので。チャック、手伝ってください」

「あいよ」

「それじゃあ日替わり定食を頼む」

「分かりました。マキナさんとレイナさんは彼の相手をお願いします」

「はいは~い」

「任された」

 

 その間に軽く親睦を深めておいてくださいと、ミラージュとチャックは朝食が置いてあるカウンターの方へと向かい、アインは近くの空いている席に座る。その次の瞬間マキナとレイナの目がキラーンと光ったように見えたがきっと気のせいだ。

 

「ところでハルハル」

「なん……ん?」

 

ハルハル?

 

「もしかして俺の事か?」

 

聞きなれない呼び方にアインは聞き返す。

 

「うん!アインハルトだからハルハルだよ。そっちの方が可愛らしいでしょ?」

「……そんな理由でか」

「マキナはこういう娘だから気にしなくていい」

「いや、でもな」

 

 今まで一度も呼ばれたこともない変わった呼び方に少し驚いてしまっただけで特に不快感を感じなかったが公衆の面前で大声で「ハルハル~」と大声で叫ばれたらとても恥ずかしい。呼び方を変えることを要求したが、一度決めたら聞かないタイプのようで仕方なく、非常に仕方なく諦めることにした。

 

「で?さっきの続きだけど、ハルハルが乗って来たあの機体ってなんなの?」

「同じく気になる」

「バルギルのことを言ってるのか?」

 

マキナとレイナはこっくりと頷く。やはり二人の担当的に機体のことが気になって仕方がないのだろう。

 

「あれはモビルスーツといって俺がいた世界での有視界機動戦闘を想定した主力兵器で、俺のバルギルはフラッグシップ型の試作機だ」

「へえ、じゃああのスペック値は?」

「高すぎて並のパイロットにはまず乗りこなせない」

「宇宙軍再編を画策している連邦へのけん制のために苦肉の策として機動性などを極限にまで突き詰めて設計されているからだ」

「そうなんだ。それじゃあハルハルの機体の他にどんなのがあるの?」

「俺の知っている限りだとまず一番最初に造られた試作機のYMS-03『ヴァッフ』に近接戦に特化したMS-04『ブグ』、制式量産機で人類史上初の汎用人型兵器MS-05『ザクⅠ』、あとは――……」

 

 その後もジム、ネモ、ゲルググ、ドムといった連邦・ジオン系統の第1から第3世代までのモビルスーツ、更にはザクレロやビグザム、アプサラスといった拠点防衛・強襲などに特化した大型機動兵器モビルアーマーのことを説明するアイン。

 話せることには正直に話し、OSの詳しい部分や性能の秘密については極秘裏に開発が勧められていたことから詳しくは知らないと誤魔化す。助けてもらったことには感謝しているが、あれの特異性に関して簡単に情報開示するつもりはなかった。

もしあれに関する技術の情報開示をすればこの世界の誰かが宇宙世紀にいたロクでもない人間たちと同じことをするかもしれない。

 それだけはどうしても避けたい。

 

 朝食を取りに行ってくれていたミラージュとチャックが戻ってからも朝食を挟んで問いかけられたことに可能な限り答え、タイミングを見計らって逆に情報収集をする。

 

「そういえば情報端末に挙がっていたヴァールの被害について調べたが、『ワルキューレ』はあんな過酷な環境で歌うとなるとやはりその……」

「うん、確かに最初はきつかったかな。デビューしたばかりの頃は何度も出撃したけど私たちの歌が届かなかったんだ」

「ダメダメのボロボロだった」

「確か当時はΔ小隊も結成されていなくてアラド隊長しか護衛がいなかったな」

「私とチャックは大体一年くらい前にスカウトされたばかりですしね」

「あの時は全然結果をだせなくて何度も現実の厳しさに挫けそうになったな。あの頃が本当に懐かしいよ」

 

 ミラージュやチャックがΔ小隊に入る前、ワルキューレはまだ土台作りの途中で、メンバーは歌が効果を示せず解散の危機に瀕するがアイドル風衣装の採用やΔ小隊との連携作戦など試行錯誤を積み重ねた結果、次第に実績と知名度を高めていったようだ。ちなみにアイドル風衣装はマキナが発案したようでその理由は「戦闘服でステージなんて全然盛り上がないもん!」だった。

 

「それから銀河中にも少しずつワルキューレの名前が知れ渡ってこのままうまくいくかなと思ってたんだけど、それでも戦場でのライブは何時だって命懸けで、恐怖に押し潰されて引退したクレクレみたいな娘もいたんだよ」

「……無理もないな」

 

 別段驚くことではない。銃やナイフ1つさえ持たずに丸腰で戦場に身を置く恐怖、死と隣り合わせの状況ではまず常人は到底耐えられない。一歩間違えれば死んでかもしれないし、仮に生き延びれたとしてもその強い精神的ストレスが心のダメージとなって、時間がたってもなかなか抜け出せないものである。 それが軍人だと日常生活に馴染むことができなくなってしまうケースがある。

 

 昔似たような経験をしたアインは他人事とは思えずマキナに問いかける。

 

「そのクレクレという娘は今は大丈夫なのか?」

「うん、もう大分落ち着いたみたいで今はケイオス地球支部の広報担当で働いているんだって」

「よく応援のメールが送られてくる」

「そうか……意外と強い子だな」

「?どうしたのハルハル?」

「いや、なんでもない(強化手術に逃げた俺なんかよりもずっと強い)」

 

 

 

 

 同刻、ケイオスの地球支部の広報課のデスクで金髪の少女が勤務中にくしゃみをしたとかなんとか。

 

 

 

 

♢♦♢

 

 

 

 アインたちが食事を終えてしばらく経った頃。

 

 アーネストからアインのVFに関する情報閲覧許可を承認されたメッサーは必要な情報を簡潔に纏め、それを提出した後に格納庫でバルギルから取り出された映像を見ていた。

 

 ホログラフィックスクリーンに映し出されているその映像はコックピットウィンドウに保存されていた訓練用のシミュレーションシステムの記録映像で、レイナが朝食後に再びハッキングした時に偶然見つけたものである。

 

「……………」

 

 映像ではアインがシミュレーション上操縦しているのは『MS-06S ザクⅡ』というバルギルと同じく機体カラーが赤で、頭部に角飾りを設置している人型機動兵器である。

 加速性能はバルギルに劣っているが、それでも隅に映る緑色のザクよりも高い推力と機動性を有しており、高推力を駆使した一撃離脱の戦闘が目立つ。

 その操縦に一切の無駄がなく、敵艦からの砲撃を鮮やかに避けながら戦場を駆け巡る姿はまるで赤い彗星のようだ。

 

「(シミュレーションとはいえたった一機で何隻もの戦艦を相手にするとは……)」

「あっ、メッサ―君」

 

 後ろから優しい女性の声が掛かる。振り向けばワルキューレのリーダーであるカナメとエースである美雲が立っていた。

 

「二人はどうして此処に?」

「私は訓練機の用意をする為の司令書を整備班の人に渡すようにって艦長に言われて」

「なるほど。確かに模擬戦をするのならあの機体の取説も必要ですね。それで美雲さんのほうは?」

「私はレイナから面白い映像があるって聞いて直接見に来たわ。それが例の映像?」

「ええ」

「ずいぶん熱心に見てたわね……………彼をこちら側に引き込む気?」

 

 美雲はスクリーンから目をそらさずにメッサーに問いかける。

 

「この映像だけでも彼は相当量の技量を有しているのがわかります。向こうの世界での基準は分かりませんがおそらくエース級でしょう」

「彼そんなに凄いの?」

「何故これ程の動きが出来るのかは分かりませんが、少なくとも下手に訓練された者よりかは信用ができます」

「そう」

 

 その答えだけで十分だったのか。美雲は部屋から出て行った。

 

「…美雲、なんだか機嫌良さそうね。」

「そうなんですか?」

「ええ、彼が来てからね」

 

 アインが来てからと言うもの、ワルキューレのエースボーカルである美雲の機嫌がやけに良い。普段なら食堂に姿を見せたり、特定の誰かとは行動を共にしない彼女が彼と一緒に行動をしている場面が昨日から見られている。

 

「そういう意味では、アイン君の入隊はきっと良い変化をもたらすかもしれないわ」

 

 戦場で歌う以上はワルキューレ内の団結が必要であり、より深いものにできるのであれば彼の存在は必要不可欠なものになる。そういった点でも彼のΔ小隊への入隊は望むべきものなのだろう。

 

 

 それも踏まえて、格納庫にいないアラドは近いうちにアインに声をかけるつもりでいた。

 

 

 



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