ありふれた職業で世界最強 魔王の兄は怪獣王 (夜叉竜)
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プロローグ

 すいません。話の構成を考えていく中でこのプロローグの彼女の場所に大きめに手を加えたので投稿し直させてください。
 こういった凡ミスが続き、本当に申し訳ありません。もしかしたら今後もこう言ったことが続くかもしれませんが、少しでも面白い作品を投稿できるように今後も精進いたしますのでどうかよろしくお願いします。

 2/4 一部改訂。
 
 


「んむ?」

 

 とある場所で彼女はパチリと目を開けると数度瞬きをしてんん?と首を傾げる。

 

 「なに?ここ。あれ?」

 

 彼女は何度か瞬きをすると再び首を傾げる。

 

 「あれ?私……って、なにこの声……変な感じがする……」

 

 彼女は何度も首を傾げて、硬直する。

 

 「と言うか、声だけじゃなくて…………明らかに体の感覚が変なんだけど……」

 

 自分は成長の過程で体を作り替えるが、少なくとも今感じているような体になることはない。なっていない。こんな感覚は初めての事だ。彼女は慌てて首を巡らして自分の体を確認する。二本の足に二本の腕、そして変な形の胴体……いや、この形は見覚えがある。

 彼女はしばしの間首をひねって記憶を探り、少しするとああ、と小さく声を上げる。

 

 「これ、あの時の小さい奴らと同じ体か……」

 

 彼女は納得、と言うように頷く。何度か見た記憶のある小さな存在。今の自分の体はそいつらと同じ体だ。

 だが、そこまで考えて彼女はん?と再び首を傾げる。

 

 「なんで私そんな体になってるの?」

 

 確か………自分は死んだ。うん、死んだのだ。それは間違いない。だがおかしい。自分は転生することができる。これまでに幾度となく死に、転生してきた。問題なのは以前とは似ても似つかない身体でとはいえ蘇った事だ。

 あの時、自分はその繰り返しを自ら終わらせた(・・・・・・)。あの時、子は産んだが、その子に記憶は継がせなかった。対応は継がせたが、自分と言う存在は継がせていない。自分は完全に死んだはずだ。なのになぜ………

 彼女は少しの間考え込んだが、

 

 「はあ、だめだ。考えても意味が分からないし、とりあえず置いておこう。生きていれば分かるかもしれないし」

 

 そう考えて思考を打ち切り、体を起こす。理由は分からない。だが、今自分は生きているのだ。ならば、それでいいだろう。そして生きているのならやることはただ一つ。生き続ける事だ。そこまで考えて、彼女は軽く目を見開く。

 

 「もしかして……彼も………」

 

 その可能性に思い当たり、彼女の顔に気色が浮かぶ。あの時、永遠の別れと思っていた彼がいるかもしれない。また会えるかもしれない。そう考えると居ても立っても居られない。自分がここにいるのなら、きっと彼もどこかにいるはずだ。だったら……彼を見つけよう。そして、また共に生きよう。

 彼女は起き上がるとそのまま立ち上がる。今すぐにでも探しに行きたいが……

 

 「とりあえず、まずは水と食料を探そう……ここ何もないなぁ……」

 

 そう言ってから彼女は慣れた調子で歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「むぐ………とりあえず腹は膨れてきたわね……」

 

 ぶちり、と音を立てて彼女は手元の獣の死体の肉を食いちぎるとそのまま丸呑みにして首を傾げる。獣の死体は死んだばかりなのか血が滴っており、口をつけるたびに彼女の口元を赤く汚していくのだが、彼女は一切気にしない。そのまま食べ進め、骨も残さず平らげると彼女は再び歩き出す。

 

 「さて……折角だし、あの連中にあってみたいわね……もしかしたら、この体の事も何か知ってるかもしれないし」

 

 そう呟きながら彼女は歩いていくが、不意にん?と首を傾げながら空を見上げる。

 一見何もない空だが、その空を何かが一直線に飛んでいくのが見える。んん?とさらに首を傾げて彼女はその正体を見極めようとする。が、何かはそのまま空の彼方に行ってしまった。

 

 「あれ何かしら………ふむ、行く当てもないし、行ってみるか……折角だし、走ってみよう。この体にも慣れないといけないし」

 

 そう言うと、彼女はどばんっ!と言う音と共に地面を抉り飛ばしてその場から走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 その場で行われてる戦闘は苛烈の一言につきる。一撃ごとに地面が吹き飛び、炎が荒れ狂う。

 そのさなかにいるのは4人。一人は金髪をポニーテルーにした少女、一人は黒い髪に眼鏡をした青年、一人は赤い髪の青年、そして最後に銀色の髪の少女。情勢を見るに前述の3人が銀髪の少女を相手に戦っているようだ。

 数的有利はこちらにある、だが、3人の表情は晴れない。それは銀髪の少女が3人相手に押しているからだろう。

 瞬間、空間が破裂するような轟音が轟き、銀髪の少女の頭部を衝撃波が襲う。だが、彼女は微動だにせず、じろりとそれを行った赤髪の青年を睨むと、背中の銀翼が羽ばたき、銀羽が青年を強襲、青年の姿が掻き消えるが、影響はあったようで、別の場所に現れた青年は体中から血を流す。

 

 「ナイズ!?」

 「構うな!致命傷は「おーー、いたいた」な、なに?」

 

 突如としてその場に割り込んできた鈴を転がすような声色ののんびりとした口調。その声にその場の全員が動きを止め、声が聞こえてきた方向に目を向け、言葉を失う。

 そこにいたのは……果てしなく美しく、果てしなく力強い美女だった。

 白色の短めの髪はまるで宝石で作られたかのように美しく月明かりを反射し、紺碧の海をそのまま閉じ込めたような青い瞳。小ぶりな鼻にふっくらとした唇。その全てが現実感がないほど完璧に整っている。目の前の銀髪の少女もまた人間離れした美貌の持ち主だが、彼女には及ばない。無理やりにでも欠点を上げるとすれば、それは口元が血でべっとりと汚れていることぐらいだろうか……そんなの関係なしに見惚れてしまうのだが。

 そして彼女は服を着ていなかった。そのおかげでメリハリの利いたプロポーションが露になっている。

 豊満な乳房を持ち、腰はキュッと引き絞られ、足はすらりと伸びている。もはや嫉妬も覚えないような完璧な体。だが、それだけではない。その体にはその美を損なわず、むしろ更に健康的な魅力を与えるほどの筋肉がついている。

 彼女の登場にその場の全員が動きを止めてしまう。特に黒の青年と赤い髪の青年は状況も忘れて目を奪われてしまっている。だが、彼女はそんなの気にせず……むしろ気付いてもおらず、好き勝手にしゃべる。

 

 「やっぱり……同じぐらいの大きさになってるのね。んん?あんた、なんであいつみたいな翼生やしてるの?そんなの見た事ないけど……あんただけ?あ、さっき空を飛んでたのってアンタだったのね。まあ、別にいいわ。それよりもさ、聞きたいことがあるんだけど……」

 「ちょ、ちょっと!そんなこと言ってないで早く逃げて!」

 

 金髪の少女の言葉に彼女はん?と首を傾げると同時に銀髪の少女の身体から銀の光があふれ出し、金髪の少女たちは顔を強張らせ、

 

 「「逃げろ!」」

 

 彼らは慌てて叫び、金髪の少女は彼女の元に向かおうとするが、その前に銀髪の少女から天空を覆うほどの炎の津波が放たれ、少女たちはそれを防ぐが、彼女は成すすべもなくその炎に飲み込まれる。

 その光景を青年たちは愕然とした表情で見つめるが、次の瞬間、憤怒の表情を浮かべる。

 

 「お前………!「他人の心配をする暇があると?」な……っ!?」

 

 黒い青年のすぐそばに銀髪の少女が現れ、その手の大剣の切っ先を向け、引き絞るように構えて突きを「なになに?急に炎が上がったけどなにこれ?」

 その言葉にその場の全員が驚愕に目を見開いて勢いよく首を動かす。

 次の瞬間、炎の津波が消え、そこには彼女がきょとんとした表情で首を傾げていた。尋常ではない熱量、それこそ、人間一人ぐらい骨も残さず焼き尽くせるような炎に生身でさらされたにもかかわらず彼女にはやけどを負った様子はない。それどころか髪の毛一本縮れてもいない。せいぜい口元の血が蒸発したぐらいだ。

 その光景を見て銀髪の少女は驚愕に目を見開き、次の瞬間、少女は彼女の背後に回り込む。そしてその手の大剣を彼女の首に向けてすさまじい勢いで振るい、それと同時に彼女は大剣の軌道に左腕を差し込み、

 

 ゴギャンっ!と言う音と共に大剣が真っ二つに圧し折れる。

 銀髪の少女はそれこそあり得ないものを見るように目を見開き、彼女たちもまた目を見開いている。彼女には何も変わりはない。その細椀には傷一つついていない。

 そこでようやく彼女はゆっくりと視線を銀髪の少女に向け、

 

 「もしかしてだけど、さっきの炎は貴女?と言う事は………敵か」

 

 そう呟いた瞬間、空間が悲鳴を上げ、その場の全てに尋常ではない圧が襲い掛かり、青年たちの顔から一気に血の気が引き、その場に崩れ落ちる。足に力が入らず、呼吸が止まる。冷汗は流れない。流すことを体が拒む。まるで天そのものが落ちてきたかのような絶大なプレッシャー。それは彼女が放った殺気だ。それを至近距離で浴びた銀髪の少女の顔が盛大に引きつる。それは紛れもなく恐怖の感情。何も感じないはずの彼女の心を死の恐怖が一気に埋め尽くす。

 それに気づいた様子もなく彼女は右手を掲げる。瞬間、右手がその形を変える。

 そこに生まれたのは巨大な鎌だった。と言っても、それは人間が慣れ親しんだ刃物の鎌とは言えない。その表面は生物の甲殻特有の生々しさがあり、刃物の鋭さもなく、代わりに棘が生えている。強いてそれが何かと表現しようとしたら……一部の昆虫が持つ鎌足だろうか。

 

 「悪いけど……さすがにここまで攻撃されて情けをかけるつもりはないから」

 

 彼女はそれを銀髪の少女目掛けて振り下ろす。反射的に少女は双大剣を盾にするように掲げ、その身を銀翼で包むる。

 だが、鎌が大剣を捉えると何の抵抗もなくあっさりと砕け散り、銀翼を引き裂く。そして驚愕に染まった顔の少女に襲い掛かり、その体を何の抵抗もなく捻りつぶし、そのまま地面に叩きつけられる。

 瞬間、轟音と共に地面が爆砕し、盛大に衝撃波がまき散らされる。

 その衝撃波から身を守る様に青年たちは身を伏せて顔を庇い、衝撃波をこらえる。

 そして衝撃波が収まって、3人は恐る恐る顔を上げて息をのむ。

 彼女が鎌を振り下ろした場所は地面ごと吹き飛ばされていた。銀髪の少女がどうなったかは飛び散った肉片と血を見れば一目瞭然だ。

 そして彼女は今しがた人を殺したとは思えぬほど淡々と鎌を持ち上げるとそれを3人に向け、

 

 「それで………貴方達は………敵?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月曜日、それは一週間の家で最も憂鬱な始まりの日。気っと多くの人が前日までの天国を想い、これからの5日、もしくは6日にため息を吐くだろう。それは南雲ハジメも同様で、思わずため息が漏れる。

 

 「む?どうした、ハジメ」

 

 そのため息に反応して隣に居た少年が視線を送り、首を傾げる。ハジメに似た容姿をしているが、短くそろえたハジメの髪よりもはるかに長く、臀部どころか膝裏まで伸ばし、首の後ろで青白い布で無造作にくくった黒髪。大人しく、弱気ながら穏やかそうな雰囲気のハジメの容姿と違い、猛禽類を思わせる鋭い目つきにどこか威風堂々たる佇まいを感じる容姿。標準より少し低めの身長に標準的な体系のハジメと違い、長身にがっしりとした体形。

 何もかもがハジメと対を成すかのような存在の双子の兄を見てハジメは何でもない、と軽く手を振る。

 

 「そうか……なら構わんが……」

 

 少し古めかしい口調で双子の兄、南雲神羅は頬を掻きながら引き下がる。

 ここで一つ言うと南雲兄弟は双子と言いながら全く似ていない。2卵生双生児だとしても似ていなさすぎだ。初見で二人が双子の兄弟であると見極めることができる者はほぼいないだろう。

 そして性格もだいぶ違う。ハジメが基本的に優しくも波風立てずに穏やかに過ごそうとする、根っからのオタクで趣味を人生の中心に置いている。

 対し神羅は優しいのだがそれは家族や友人に対してのみ。冷徹は部分があり、思った事は容赦なく告げ、相手が自分や家族を害してきた場合は容赦なく排除する。ハジメと違って創作物に対する興味は薄いなど、本当に双子なのかと疑いたくなるぐらい二人は違う。

 そんな二人がいつものように始業のチャイムが鳴るギリギリに教室に入ると同時に教室中の男子生徒の大半がこちらを睨んでくる。一部の女子生徒も似たような感じだ。その大半は神羅に向けられているが、一部はハジメにも向けられている。だが、そんな中をハジメは努めて真っ直ぐに歩いていき、神羅はそんなの知ったことではないと言わんばかりに涼しい顔で歩いていく。

 と、視界の片隅で一人の女子生徒が軽く片手を上げてくる。ハジメはすぐにそれに気づいて軽く片手を上げて答えるが、神羅はちらりと視線を向けるだけで歩いていき、女子生徒ははあ、と疲れたようにため息を吐き、ハジメは小さく苦笑を浮かべて頭を下げる。

 それに気づいた一部の男子生徒は神羅に殺気と言いたくなるような眼光を向けてくるが、神羅はそれにすら気付かずにそのまま自分の席に着く。すると彼らは今度はハジメを睨みつけるが、それは神羅に比べると比較的弱い。それは八つ当たりだからと言うのもあるが、それと同時にもしも彼に対してやりすぎればどうなるか、彼らは身をもって知っているからだ。

 そんな二人に歩み寄ってくる少女が一人。

 

 「おはよう、神羅君、ハジメ君。今日もギリギリだね。もっと早く来ようよ」

 「あ、おはよう、白崎さん」

 「む、おはよう、白崎。そうは言うがハジメを置いて行ったら遅刻しかねんし、母の分の飯も作ってやらなくてはいけないからな……」

 

 ちなみにだが南雲家の家事は神羅が請け負う事が多い。父はゲームクリエイター、そして母親は漫画家、更にハジメはオタクでよく二人の仕事場でバイトをするし、夜更かしもする。そうすると必然的にそういう事に興味なく、時間がある神羅が請け負うようになってきていた。

 閑話休題。二人と……特に神羅と会話して嬉しそうにしている少女の名は白崎香織。学校では二大女神と言われるほど男女問わず絶大な人気を誇る美少女だ。腰まで届くつややかな黒髪、少し垂れ気味の大きな瞳は優し気であり、すっと通った鼻梁に小ぶりの鼻、そして薄い桜色の唇が完璧な配置で並んでいる。更に言えば彼女は非常に面倒見がよく、責任感も強いため、学年を問わずよく頼られる。それを嫌な顔一つせずに真摯に受け止めるのだ。人気も出るだろう。

 そんな彼女は南雲兄弟によく構う。徹夜のせいで居眠りの多いハジメ、居眠りは少ないがこれまでに起こしてきた喧嘩事、更に授業中ボケっとすることが多い神羅は不真面目な生徒と思われており、従来の面倒見のよさから香織が気にかけていると思われている。

 これで二人の態度が改善したりすれば許容できるかもしれないが二人はそんな気配はない。

 更に言えばイケメンかと問われれば、ハジメはともかく神羅は威圧感はあるが整っていると言えるが、その性格と尾ひれがつきまくった喧嘩事のせいで最悪の印象を持たれている。そんな学校を代表する不良の神羅、平凡な男子高校生でオタクのハジメ、そんな二人が香織と仲良くできる事が男子生徒は我慢ができない。女子生徒は香織に面倒をかけていること、改善しようとしないことに不快さを感じているのだ。

 

 「あ、お母さん、締め切りでも近いの?」

 「そんなの関係なしに母は朝が弱いのだがな」

 

 神羅が香織と仲良さそうに話していると、凄まじい眼光が神羅に飛ばされる。さらされていないハジメがわずかにびくりと体を震わせるが、ハジメは何も言わずに小さく呆れたようなため息を吐き、神羅は気にしない。そもそも気付いてすらいない。

 ちらりと二人に視線を向ければ、普通に会話する神羅はともかく、嬉しそうにしている香織の表情を見れば、彼女が兄にどんな感情を抱いているかハジメでももしかして?ぐらいには察しが付く。それもこの殺気の要因なのだろうが……

 とまあ、そんな風に二人をハジメが眺めていると、

 

 「ハジメ君、神羅君、おはよう。毎日大変ね」

 「香織、また二人の世話を焼いているのか、全く、本当に香織は優しいな」

 「全くだぜ。そんなやる気のない奴らに何を言っても無駄だと思うけどな」

 

 その3人に話しかけてくる者たちが来る。

 ポニーテールの少女は八重樫 雫。香織の幼馴染で親友であり、2大女神の一角を担う少女だ。この学校で数少ない神羅の友人と言える人物だ。

 いささか臭いセリフを吐いたのは天之河 光輝。いかにも勇者っぽい名前で容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能の完璧超人であり、神羅がある意味で意識している物だ。

 最後の投げやり気味な発言をした物は坂上龍太郎。脳筋を体現したような人物で、神羅は文字通りアリと認識している。

 

 「うむ、おはよう、八重樫」

 「おはよう、八重樫さん、天之河くん、坂上くん……」

 

 ハジメは3人に挨拶するのだが、神羅は雫にのみ挨拶をする。その事に光輝は目くじらを立てて神羅を睨みつける。

 

 「おい神羅、なぜ雫にだけ挨拶をして俺や龍太郎は無視する」

 「ふむ?我は挨拶をされたから挨拶をしたのだ。挨拶をしてこない奴に挨拶をするわけがないだろう?」

 

 神羅は何を言っているんだ?と言うように首を傾げ、光輝は神羅を睨みつける。龍太郎も不服そうに睨んでくるが、彼には見向きもしない。

 南雲神羅の最たる特徴として挙げられるのが人間に対する認識だ。彼の中で人間とは2つに分けられる。一つは家族、仲間、友人、と言った者たちと自分、もう一つその4つに対し危害を加える敵。それ以外の存在を神羅は基本的に人間として認識しない。よくて音を出す障害物、もしくは足元をはい回るアリだろう。それが彼の人間への意識だ。もっとも、そのあたりの意識の切り替えは割と自在で、ちゃんと切り替えればこの教室の生徒たちを人間として意識する。ちょうど……そう。人間が向けようとすれば足元のアリにちゃんと意識を向けられるように。もちろん、相手が何らかの形で直接接触してきたらきちんと対応する。その尺度も神羅次第なのだが。

 それに、神羅とて最初の方は彼らを人間と認識し、対応していた。だが、香織と仲良くしているうちに彼らの対応が険を帯び始め、それからしばらくして神羅は彼らを認識しなくなった。

 今回は後者の光輝に反応し、龍太郎に関してはアリがいる程度の認識だ。だから反応しない。

 神羅と光輝の間に険悪な空気が流れだす(光輝が一方的に神羅を睨んでいるだけで、神羅は気にしたふうもないが)と雫ははあ、とため息を吐き、

 

 「二人ともこんなところでやめなさい。ハジメ君が困ってるわよ」

 「む、そうか。すまんな、ハジメ」

 

 雫の言葉に神羅はハジメの様子を確認し、困ったような笑みを浮かべていることに気づくとあっさりと引き下がる。

 

 「待て神羅。話はまだ……」

 「光輝もほら、もうすぐ授業が始まるから……香織も、龍太郎も行くわよ」

 

 そう言って雫は3人を二人から離していく。

 それを見ながら神羅は初めに目を向け、

 

 「悪かったな、ハジメ」

 「あはは……大丈夫だよ、気にしてないから」

 

 ハジメはそう言いながら神羅を見つめる。いささか認識に問題があるし、怖いところもある兄だが、それでもハジメにとっては自慢の兄だ。だから気にしない。まあ、あの人間への価値観は何とかしてほしいとは思うが……

 ハジメはふう、と息を吐きながら机に突っ伏すと静かに眠り始める。神羅はやれやれと息を吐きながらも頬杖を突きながら黒板を眺める。別にノートを取らなくても黒板を眺め、教科書を見ているだけで事足りる。

 その神羅を見て、ひとりの女子生徒ははあ、とあきれたようにため息を吐く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時が過ぎて昼休み。授業中眠っていたハジメがのろのろと起き上がり、少し前に起きていた神羅がハジメのそばにやってくる。その手には弁当箱が下げられている。

 

 「ハジメ、飯に行くぞ」

 「うん、分かった」

 

 ハジメも心得たもので、カバンから神羅印の弁当を取り出し、移動しようとする。

 だが、そこに香織が弁当をもって近寄ってくる。

 む?と神羅が首を傾げると、

 

 「ねえ、二人とも、もしよかったらお弁当一緒にどうかな?」

 

 再び教室内に不穏な空気が流れだしたが、神羅は気にしない。気にも留めない。

 ハジメはまた呆れるしかない。そもそもそうやって何か文句があるならはっきりと言えばいいのではと思う。だが神羅が怖いからこうやって睨みつけるだけ。神羅の庇護があるハジメにも同様。もっとも、そんなのなくても今のハジメは同じ事を思っただろうが。

 

 「ふむ、我としては構わんが……ハジメ、お前はどうする?」

 「あ、いや、僕は別に……」

 

 ここは自分は引っ込んで、二人きっりでの食事の場を設けようとハジメが身を引こうとしたところで、空気を読まない男が乱入してくる。

 

 「香織、こっちで一緒に食べよう。神羅とハジメはまだ寝たりないみたいだし、せっかくの香織のおいしい手料理を寝ぼけたまま食べるなんて俺が許さないよ?」

 

 さわやかに笑いながら気障なセリフを光輝が吐くが、

 

 「え?なんで光輝君の許しがいるの?」

 「ふむ、その通りだな。白崎がどこで、誰と食事をとろうがそれは彼女の自由だ。お前に決める権利なんてなかろう」

 

 素で聞き返し、神羅が真っ向から返し、光輝の表情がひきつる。雫がぶふっ、と噴き出している。更にそれに乗じて神羅への視線の圧力が強まる。ついでにそばにいるハジメへの圧力も強まる。

 ハジメが今度こそ隠し切れないほどに呆れたように深いため息を吐いた瞬間、

 

 「……グルゥゥゥ」

 

 ふいに神羅から獣の唸り声のようなものが漏れ出し、神羅の気配がこれまでのとは全く違う物になる。全身に敵意を滲ませ、それは教室の面子がこれまで放ってきた圧なんて比べ物にならないほどの重圧に変わり、その場の全員が一瞬で怯えたように体を震わせる。ハジメが何事かと目を見開いた瞬間、

 

 光輝の足元に白銀に輝く円環と幾何学模様が現れたのだ。

 

 その異常事態にすぐに生徒たちも気がついた。全員が金縛りにあったように輝く紋様、魔法陣を注視する。

 その魔法陣は輝きを増して教室全体を満たすほどの大きさになった。そこに来てようやく硬直が解けた生徒たちが悲鳴を上げると同時に神羅が動く。そばにいたハジメと香織を素早くわきに抱え上げ、更に素早く雫の元に向かい、制服の襟を咥えると愛子先生の元に跳躍。「皆、教室ってええっ!?」と愛子先生が悲鳴を上げる中一瞬でたどり着き、彼女も抱え上げようとするが、それと魔法陣が爆発したように輝いたのは同時だった。

 数秒か、数分か、光によって真っ白に塗りつぶされた教室に色が戻るころ、そこにはすでに誰もいなかった。蹴倒された椅子に食べかけの弁当、散乱する箸にペットボトル、教室の備品はそのままにそこにいた人間だけが姿を消していた。

 この事件は白昼の校内で起きた集団神隠しとして大いに世間をにぎわせることになる。




 手を加えた場所は今後の話で詳しく書くので今は……ね

 では、最新話は今週中には投稿いたしますので。


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第1話 異世界召喚

 今日、映画を見てきました………ああ、最高だった……人間のドラマはそこまでくどくなく、物語を彩っていた。怪獣の戦闘はマジで迫力満点、更に音楽の使い方がマジでやばい。絶妙すぎて鳥肌がヤバい……あれはゴジラファンならば見るべき作品です!ちなみに俺は明日、今度は字幕で見に行きます。

 そしてエンドロール後のあの映像……あれはいったい何を示すのだろうか……

 ただ、映画を見た後なので結構今後の展開に手を加えるのでこちらの更新は遅めになるでしょう。

 ではどうぞ!


 眩い光の中、神羅はハジメと香織と雫を下ろしながらも彼らの前に立ち、何かあったらすぐに動けるように構える。が、特に何も起きず、やがて光が晴れていき、周囲の状況を確認できるようになった。その時点で神羅は周囲への認識を変えておく。

 まず目に飛び込んできたのは巨大な壁画だ。縦横10メートルはありそうなその壁画には後光を背負い、長い金髪をなびかせてうっすらと微笑む中世的な顔立ちの人物が描かれていた。背景には草原や湖、山々が描かれ、それらを包み込むようにその人物は両手を広げている。美しい壁画だ。素晴らしい壁画だ。だがどうでもいい。あんなのただの壁の模様。汚れと大差ない。

 神羅はすぐに壁画から興味を無くしてすぐに後ろに視線を向ける。そこにハジメ、香織、雫、畑山先生がいることを確認して神羅はふう、と小さく息を吐いてから周囲に視線を向ける。どうやらあの教室にいた人間全員がここにいるようだ。教室内の動く障害物と数が一致する。それを確認してから神羅は周囲に目を配る。

 どうやらここは巨大な広間にいるようだ。光沢を放つ白い石造りの建築物は同じ材質の模様がある柱に支えられ、ドームのようになっている。神羅達がいるのはその最奥の台座のようになっている場所だ。

 そして神羅は視線を下に向ける。そこに台座を囲むように30人ほどの人間達が跪いていた。彼らは一様に白い法衣のようなものを着ており、錫杖のようなものを置いている。

 神羅が警戒心をあらわに見ていると、そのうちの一人、法衣を着た者たちの中でも特に豪奢な服を纏い、高さ30センチぐらいありそうな烏帽子をかぶった70代ぐらいの老人が進み出てきた。もっとも、老人と言うには覇気が強すぎる。

 

 「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎いたしますぞ。私は聖教協会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、よろしくお願いいたしますぞ」

 

 そう言ってイシュタルと名乗った老人は好々爺然とした微笑みを見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 その後、神羅達はこんな場所では落ち着くこともできないだろうといくつもの長テーブルと椅子が置かれた別の広間へと誘われる。本当なら混乱しているところなのだが、現実の認識が追い付いていないのとカリスマカンストの光輝がみなを落ち着かせたおかげで大した混乱もなかった。愛子先生が涙目だったが。

 案内された生徒たちは次々と席に着席していくが、神羅は席にはつかずそのままハジメの後ろで立ったまま油断ならぬ目でイシュタルを射抜く。ここがどんな場所であろうと状況が分からない以上、動きが制限される状態になる必要はない。ちなみに席順は光輝たちと先生が上座、ハジメは後ろだ。

 そして神羅以外の全員が席に着席したところで絶妙なタイミングでカートを押しながらメイドたちが入ってきて、生徒たちに飲み物を配っていく。ちなみに全員美少女、および美女であり、男子生徒たちは思わずと言うようにメイドたちをガン見し、女子生徒の目が汚物を見るような目になる。神羅はそんなことはなく、じろりとした目を彼女たちに視線を向け、すぐさま興味を無くしたようにイシュタルに視線を戻す。

 そしてメイドたちが去って行くと、イシュタルが口を開く。

 

 「では、皆様方さぞ混乱していることでしょう。事情を一から説明する故、まずは私の話を最後まで聞いてくだされ」

 

 そう言ってイシュタルが話し始めたのだが、その内容は何ともテンプレで、ファンタジーで、身勝手極まりない内容だった。

 ここはトータスと言う異世界であり、ここには人間族、亜人族、魔人族の三つの種族が存在している。人間族は北一帯、魔人族は南一帯、亜人族は東の樹海の中で生きているらしい。

 このうち、人間族と魔人族は何百年も戦争を続けている。魔人族は数では人間族に負けているが、個人の資質では勝っている。それによってある種の拮抗状態が保たれていたのだが、最近ある異常事態が多発しているらしい。それは魔人族が魔物を使役しているという事だ。

 魔物とは野生動物が魔力を取り入れ変質した異形の事らしい。この世界の人間でも魔物の事は詳しくは分かっていないようだが、それぞれ固有魔法と言う魔法が使える害獣と言う認識らしい。

 で、これまで本能のままに動く魔物を魔人族が大量に使役できるようになったことで人間族の数というアドバンテージが崩れ、人間族は滅びの危機を迎えているらしい。

 

 「あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っているのです」

 

 神託で伝えられた受け売りですが、とイシュタルは言葉を切り、神羅は小さく不審そうに目を細める。

 

 「あなた方にはぜひその力を発揮し、エヒト様のご意思の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救っていただきたい」

 

 イシュタルはどこか恍惚とした表情でそう言う。恐らく神託を聞いた時の事でも思い出しているのだろう。イシュタルによれば人間族の9割以上が創世神エヒトを崇める聖教協会の信徒らしく、神託を聞いたものは例外なく教会の高位につくことができるらしい。

 ハジメが神の意志を疑わず、嬉々として従うであろうこの世界のいびつさに危機感を覚えていると、突然立ち上がり、猛然と抗議する人が現れた。愛子先生だ。

 

 「ふざけないで下さい! 結局この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! きっとご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることは唯の誘拐ですよ!」

 

 ぷりぷりと怒る愛子先生。彼女は25歳の先生なのだが小柄な体とボブカットの髪に童顔。これらのせいでどうしたって生徒であっても庇護欲が掻き立てられ、ほんわかしてしまう。今回も多くの生徒が「ああ、また愛ちゃんが頑張ってるなぁ……」とほんわかし、それを見た神羅が呆れたように息を吐く。だが、その空気もイシュタルの次の言葉に凍り付く。

 

 「お気持ちはお察しします、ですが……現状あなた方の帰還は不可能です」

 

 場に静寂が満ち、神羅以外の誰もが何を言われたのか分からないという表情を浮かべる。

 

 「ふ、不可能って……どういう事ですが!?喚べたのなら帰せるでしょう!?」

 「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意志次第ということですな」

 「そ、そんな……」

 

 愛子戦線が脱力したようにストンと椅子に腰を落とす。そして周囲も口々に騒ぎ始めた。

 

 「うそだろ?帰れないってなんだよ!」

 「いやよ!なんでもいいから帰してよ!」

 「戦争なんて冗談じゃねぇ!ふざけんなよ!」

 「なんで、なんで、なんで……」

 

 パニックになる生徒たちを後目に神羅はハジメに近づく。

 

 「ハジメ。この状況、お前から見てどう思う?我はいまいちな……」

 「そう言うわりにはすごい落ち着いてるね……」

 

 だが、こういった状況でも冷静沈着な兄の存在のおかげでハジメもまた冷静でいられた。

 

 「最悪………ではないよ。最悪なのは召喚者を奴隷として扱うパターンだから……」

 「なるほど……確かに妙な事をされた形跡もない。自由に動ける。今のところは大丈夫か……」

 

 神羅は剣呑に目を細めながらイシュタルを睨みつける。そのイシュタルは騒ぐ生徒たちを侮蔑の目で見ている。大方神に選ばれておいてなぜ喜べないのかとでも思ってるのだろう。

 

 「とりあえず、畑山教師に返事を保留にするように言って、答えを先延ばしにしよう。その隙に情報を集めるぞ」

 「う、うん……それからどうするか考えようか」

 

 小さく頷いて神羅が口を開こうとした瞬間、バンっ、とテーブルを叩きながら光輝が立ち上がる。その音に思わずと言うように生徒たちは光輝に視線を向ける。

 

 「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放って置くなんて俺にはできない!それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん? どうですか?」

 「そうですな。エヒト様も救世主様の願いを無碍にはしますまい」

 「俺たちに大きな力があるんですよね?ここに来てから妙に力がみなぎっている感じがします」

 「ええ、そうです。ざっとこの世界のものと比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょう」

 「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように俺が世界も皆も救って見せる!」

 

 ギュッと握り拳を作りそう宣言する光輝。無駄に歯がキラリと光る。それを見て神羅は視線を鋭くする。

 同時に、彼のカリスマは遺憾なく効果を発揮した。絶望の表情だった生徒達が活気と冷静さを取り戻し始めたのだ。光輝を見る目はキラキラと輝いており、まさに希望を見つけたという表情だ。女子生徒の半数以上は熱っぽい視線を送っている。

 

 「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな……俺も、戦うぜ!」

 「龍太郎……」

 「今のところ、それしかないのよね……気に食わないけど……私も戦うわ」

 「雫……」

 「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」

 「香織……」

 

 いつものメンバーが光輝に賛同する。あとは当然の流れと言うようにクラスメイト達が賛同していき、愛子先生がオロオロとだめですよ~、と涙目で訴えるが光輝の「黙れ………」

 

 瞬間、その場に尋常ではない圧がかかる。まるで猛獣と同じ檻に放り込まれたような本能的な恐怖にその場の全員の顔が青ざめ、一斉に口を紡ぐ。

 そしてゆっくりと先ほど言葉を放った人物……神羅に視線を向ける。神羅は腕を組んだ状態で壁に背中を預けて立っていた。神羅はゆっくりと顔を上げ、眼前の生徒たちを睨みつける。

 

 「さっきから聞いていれば………お前らはいったい何をトチ狂ったこと言っているんだ?それがどういう意味を持つのか分かっているのか?」

 

 本音を言えば神羅にとってここにいる生徒たちの大半はどうでもいい。どこで死のうが、どんな目に遭おうが、行方不明になろうが知ったことではない。だが、このままではハジメに香織、雫に愛子先生に危険が及ぶだろう。だから仕方ないとはいえ、口出しをするしかない。

 

 「なんだ……彼らを助けることに不満があるのか」

 「不満があるも何もこれはこいつらの問題だ。ならばそれを解決するのはこいつら。それがどんな結末を迎えようとそれはこいつらの責任だ。我らとは関係ない」

 「知ったことじゃないって……ここの人たちを見捨てるつもりかお前は!?」

 

 光輝が噛み付いてくるが、神羅は顔色を変えずに視線を向けて口を開く。

 

 「見捨てるも何もそれが道理だろうに……さて、話を最初に戻すが、お前らは自分たちが何を言われたのか、一体どういう決断をしたのか分かっているのか?お前らは今こう言われたのだ。戦争に赴き、魔人族と言う人間を皆殺しにしろと。そしてお前らはそれに同意したのだ」

 

 その言葉に生徒達は一斉に息をのみ、顔を青ざめさせる。それを見て、神羅はさっき自分で戦争は嫌とか言ってた奴がいたよな、と心底呆れ果てたようにため息を吐く。

 

 「自分が行おうとしていることを自覚していないのか……どこまで愚かなんだ……自分たちが何をしようとしているのか、どうするべきなのかの判断もつかずに言われるがままに動くほど浅ましい物はない……そもそもの話だが、お前らに何ができる。ほんの数分前まで殺し合いどころか魚をさばいたこともないようなガキどもが魔物であろうと殺しができるわけがない」

 「だけど俺たちは力を持っている。ならば彼らを救うためにその力を使うべきだろう」

 「力を持っている?では幼稚園児に本物の銃を持たせれば、その者は一流の殺し屋になれるのか?そんなわけがなかろう。その力に振り回され、自分が死ぬか、今そばにいるものを殺すかのどちらかだ」

 「そ、そんなことはしない!」

 「しないではない。そうなると言っているのだ。気構えだけでどうにかなると思うか?平和な世界でただただ無為に平和をむさぼるしかしていない奴らに人を殺せるか?殺す覚悟を持てるか?殺される覚悟を持てるか?何の覚悟もないものが力を持ったところで、今以上の惨事を呼び起こすだけだ」

 

 神羅はもう言いたいことは言ったと言わんばかりに視線を外す。

 神羅の発した言葉で周囲の生徒たちの空気は一気に冷め切った。この隙に、とハジメがすかさず愛子先生の元に行こうとして……

 

 「皆大丈夫だ。そんな事になったりしない。俺たちなら必ずできる!」

 

 光輝がそう言った瞬間、生徒たちは再び熱を取り戻したように顔色が戻っていく。

 影響力高すぎだよ!?とハジメが内心で悲鳴を上げ、神羅は忌々しげに舌打ちをする。

 結局、その後光輝に散々たきつけられ、神羅が言ったことも忘れたのか戦争参加は決定事項となってしまった。




 感想、評価、どんどんお願いします。

 感想において映画のネタバレはやめてください。映画に関してはメッセージとかでお願いします。


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第2話 方針

 投稿します。ではどうぞ!


 戦争に参加することが決まった後、神羅達は聖教協会本山である神山の麓にあるハイリヒ王国の王城に移動することになった。

 神羅達は聖教協会の建物から外に出る。外は高山のようで雲海が広がっている。そのまま歩いていき、円形の柵に囲まれた白い台座にみんな乗る。そこには魔法陣が描かれている。

 

 「彼の者へと至る道、信仰と共に開かれん、天道」

 

 そうイシュタルが唱えた瞬間、魔法陣が輝きだし、滑らかに台座が動き出し、そのまま地上に向かって斜めに下っていく。初めて見る魔法に生徒たちははしゃいでいるが、神羅は険しい表情で周囲を睨みつける。その様はまるで周囲の情報をほんの少しでも手に入れようとしているように見える。

 雲海を抜けると眼下に山肌からせり出すように建築された巨大な城と放射状に広がる城下町が見える。恐らくあれがハイリヒ王国の王都だろう。

 ハジメはそれを見てすばらしい演出だと皮肉っぽく笑う。雲海を抜けて天より降りたる神の使徒と言う構図そのままである。

 この世界は神の意志を中心に回っている。それはいずれ、悲劇をもたらす気しかしない。政治と宗教が密接に結びついていた戦前の日本のように。

 ハジメは言いしれる不安を抱き、思わず兄に視線を向ける。神羅は険しい表情で眼下の王都を睨みつけていた。

 そしてたどり着いた王宮でハジメたちを出迎えたのはこのハイリヒ王国の国王、エリヒド・S・B・ハイリヒ、王妃のルルリアナ、第一王子のランデル王子、王女のリリアーナだった。

 ここで問題なのは国王であるエリヒドが玉座に座らず、立って待っていたことだ。そしてイシュタルが隣に進むと国王はその手を恭しく取り、軽く触れない程度のキスをする。それだけでこの国の力関係がどうなっているのか見当がつく。

 その後、晩餐会が開かれたのだが、その際ランデル王子が香織に積極的に話しかけてきて、隣の神羅をにらみつけたりしていた。更に王宮ではハジメたちの衣食住が保証され、訓練における教官たちの紹介もされた。

 そして今、ハジメは各自に一室与えられた部屋の中でベッドにダイブしていた。最初は天涯付きベッドに愕然としたのだが、怒涛の一日に張り詰めいたのが解けたのもあってうつらうつらとし始めていた。だが、そうは問屋が卸さなかった。

 コンコンとドアがノックされ、その音にハジメの意識は急浮上する。

 

 「はい?誰ですか?」

 「我だ、ハジメ。今大丈夫か?」

 「兄さん?う、うん。大丈夫だよ」

 

 ハジメが慌ててベッドから降りてドアを開ける。そこには案の定神羅が立っていた。

 

 「どうしたの?兄さん」

 「いや、今後の事について話を詰めておくべきと思ってな。畑山教師に相談する際にも情報は整理しておくべきだ」

 「そっか……うん、そうだね」

 

 神羅の言葉にハジメは小さく頷くと神羅を部屋の中に招き入れる。

 神羅はそのまま部屋の中のソファに遠慮なくどっかりと座り込み、ハジメもその向かいにおっかなびっくり腰を下ろす。高級そうなソファに及び腰になっているようだ。

 

 「それで………兄さん。今回の話、どう思う?」

 「怪しさしかない。色々な面が不自然だ」

 「具体的には?」

 「我らを勇者とその仲間として呼んだ。その時点で神と言う存在が怪しい」

 「え?それってどういう「コンコン」え?ほ、他にも?」

 

 ふいに再びドアがノックされ、ハジメが不思議そうに首を傾げ、思わず神羅に視線を向けると、神羅も首を傾げる。心当たりがないみたいだ。

 ハジメは首を傾げながら立ち上がって声をかける。

 

 「あ、あの?どなたですか?」

 「ハジメ君?白崎です。神羅君……いるよね?」

 「八重樫だけど……今いいかしら?」

 「うぇ!?し、白崎さんに八重樫さん!?ど、どうしたの?」

 「えっと……神羅君とちょっと話がしたくて部屋に行ったらここに行くのが見えたから……」

 「私は香織の付き添いよ。私個人で話をしたかったのもあるけど」

 

 ハジメは思わず神羅に視線を向ける。神羅は小さく頷き、ハジメはドアを開ける。

 そこにはやはり香織と雫の二人がいた。

 学校が誇る2大女神の訪問に思わずハジメが緊張を滲ませるが、

 

 「ちょうどいい。お前らも来てくれ。お前らなら大丈夫そうだからな」

 

 だが神羅はたいして気にしたふうもなく声をかけ、二人は小さく首を傾げながら部屋の中に入る。ハジメは小さくため息を吐いてそのまま戻っていき、神羅の対面に座る。香織と雫はベッドに腰掛ける。

 

 「それで、兄さん。さっき僕たちを召喚したから神が信用ならないって言ってたけど、どういう事?」

 「え?」

 「本当にどういう事?神羅君」

 

 ハジメの言葉に香織と雫が驚いたように目を見開く中、神羅は小さく頷く。

 

 「うむ。先ほどの老いぼれの言葉を思い出せ。我らの世界はこの世界よりも上位であり、我らはこの世界の人間より数倍から数十倍の力を持っていると」

 「う、うん。そうだけど……」

 「ならばなぜ我らのような学生を引っ張り出した?きちんと訓練をし実戦も経験したであろう軍人を招き入れればそれだけで事足りるのではないか?」

 

 神羅の言葉にハジメたちはあ、と小さく声を漏らした。

 言われてみればその通りだ。何の訓練もへったくれもしていない学生の自分達より、ちゃんと戦闘訓練をこなし、実戦も経験したであろう現役の軍人のほうが何倍も頼りになる。強さの質そのものがこちらより上であるならば生徒である必要もない。

 だが、こういった状況に対する知識では図抜けたハジメは口を開く。

 

 「えっと……僕たちの中の誰かが勇者としての資質を持ってたからじゃないかな?こういうのって誰でもいいってわけではないと思うし……」

 「ふむ、なるほど………だが、軍人を呼ばない理由にはなるまい。我らを呼んだあと軍人を呼べばいい」

 「それは……」

 

 その言葉にハジメは口を紡ぐ。確かにその通りだ。別にほかの人間を呼んではいけないという訳ではないだろう。ならば自分たちが必要な人材だとしても、他にもちゃんとした軍人を連れてきてもいい。いや、世界を救うつもりならそう言った人材は絶対必要だ。

 

 「まあ、何か理由があるのかもしれん。一度の転移で運べる人数に限りがあるとか、連続で使用できないとかあるのかもしれん。だが、それにしたってアイツらは我らが、世界を救う存在と何の疑いもなく思っている。ただの学生が……いや、戦ったことのない子供が、だ。他の援軍の可能性は考慮してない。つまりそう言った話を神から聞いていないという事だ。ここを見ると、エヒトに人間を守ろうという気概が感じられん」

 

 神羅の言葉にハジメたちは思わずうなる。今回の召喚のこの世界に対する意味に疑問を抱かざるをえない。どうして神は世界に自分達だけを呼んだのだろうか。他にも有用、いや、必要な人材はいただろうに。異世界から勇者を呼ばなくてはいけないぐらいに切羽詰まっているのに、どうして打てる手をすべて打たないのか。

 

 「もう一つは神の肩書だ」

 「肩書?」

 「そうだ。我らを呼んだのは創世神、エヒト。創世神と言うからにはこの世界を作った神だ。つまり、今争っている魔人族もまたそのエヒトが作ったという事だ。分かりやすく言うとすれば……なぜ自分の子供たちが争っているのにそれを仲裁しようともせず、むしろさらに激化させるような事をしているのだ?」

 

 その言葉にハジメたちは一斉に息をのむ。

 そうだ。よく考えればその通りだ。これが世界を作ったのが別の神で人間族の神が別にいるのであれば神羅もそこまで気にしなかった。だが、この世界を作った創世神だというなれば魔人族もそのエヒトが生み出したもの。確かにこれは戦争なのだが、神の視点で見れば、それは自分が生み出した子供同士で争っているという大雑把に言えば喧嘩と言う事に他ならない。

 

 「神は争いに干渉しないという言い訳は使えん。すでに我らを呼んだのだからな。もちろん、魔人族は別の神が生み出した存在と言う可能性とてあるから断言はできないがな………なんにしても、今はあまりにも情報が少なすぎる。くそっ、何の情報もないのに勝手に戦争参加を決めおって……」

 「あれ?確か神羅君は……」

 「我は情報が足りない中で帰るためにはどこに向かって歩けばいいのか、どのぐらいのペースで歩けばいいのかすら分からないままの状態で好き勝手に走り出し、自分たちが言われた事の意味、結果を考えもせずにあっさりと話に乗った能無しを咎めているだけだ。魔人族は人間と争っているらしいが、その理由は?その切っ掛けは?お前らは相手の事すら知らないのに戦争に参加する、つまり相手を傷つけ、命を奪うと決めた。これはもはや本質的には通り魔と変わらん」

 

 その言葉に香織と雫は思わず視線を俯ける。言われればそうかもしれない。突然呼び出され、何も分からないまま、相手の事を知らないまま相手を殺す選択をした。ああ、確かに。これではまるで通り魔だ。

 

 「まあ、改めてそのことを自覚したのならそれでいいだろう。今はこれからどうするのかを考えるべきだ」

 「どうするって……やっぱり、光輝に相談して、答えを先延ばしにしてもらう?その間に「それなんだけど……」なに?ハジメ君」

 「えっと……僕の意見としては、下手に突っつかないで、このまましばらくは訓練と並行して情報収集したほうがいいと思う」

 「どうして?ハジメ君」

 

 神羅も続きを促すように小さく頷く。

 

 「うん。兄さんには言ったけど、最悪の可能性として、奴隷にさせられるってのがあるけど、もう一つ最悪の状況があるんだ」

 「それは?」

 「このまま、身一つで国から放り出されることだよ」

 

 ハジメの言葉に香織と雫は息をのみ、神羅は目を細める。

 

 「理由は?」

 「うん。僕たちは神の使徒、人間族を救う勇者として召喚された。だからこそ、この国の人たちはこんなに優遇してくれてる。だけど、もしも僕たちがこの世界の事なんて知ったことじゃない。そんなのどうでもいいから帰せ、って意見で一致して、それを押し通してたら……あの人たち……少なくとも教会の人たち、もしくは神エヒトにとって僕たちは神の使徒ではなくなる。そうなると教会には僕たちを保護する理由が無くなる。今の待遇が悪化するならまだいい。だけど最悪、この国から追い出される。そうなったらアウト。この大陸の9割が教会の信者なら、下手したら僕たちは誰からの助けも得られずこの大陸で野垂れ死ぬ」

 「野垂れ死ぬって……大げさじゃないかな?ハジメ君。ちゃんと助けを求めれば……」

 「確かに助けてくれる人はいるかもしれない。でも、今よりも格段に状況が悪くなることは確実だよ」

 

 ハジメの言葉に香織は恐怖を滲ませ、神羅は神妙な表情を浮かべる。

 

 「だとすると、あの場での我の発言は不用心だったか……すまん」

 

 そう言いながら神羅がその場で頭を下げると雫は小さく首を横に振る。

 

 「……いいえ。神羅君の言ったことは間違いではないわ。それはこの状況だとしても、自分で考えなくちゃいけないことだから」

 「……ほかの者達にも何か言っておくか?」

 「それはそれでマズイわ。もしも神羅君があの発言に関して撤回するようなことを言ったら、それこそ神羅君が言ったようなことが現実に起こるかもしれない。今はみんな戦争に参加するつもりだけど、だからこそ、神羅君が差した釘は抜くわけにはいかないわ。みんなには悪いけど、情報が集まるまではこのことは伏せておきましょう。教会の人たちに不信感を与えるわけにもいかないし」

 「……そうか」

 「じゃあ……どうする?」

 「………そうだな。当面は訓練と情報収集に集中するべきだな。戦争に参加するかどうかは別として、この世界がどういう場所か、どこに何があるか、危険の度合いなども調べ、希望を言えば神に頼らない帰還方法を探す。そして戦闘技術はあるべきだ。最悪国を追い出されても、自衛ができるならまだどうにかなる」

 「そうだね……」

 「現状、それが最善手ね………」

 「よし、ならば我は今から畑山教師の下に行ってこの事を伝えてくる。現状は詳しいことが分かるまでは下手な動きはしないようにしよう」

 「「「分かった(わ)」」」

 

 3人が頷くと神羅も小さく頷き、それから立ち上がると、そのままハジメの部屋から出ていく。

 

 「全く……面倒なことになったものだ……」

 

 そう呟きながら神羅は歩き出す。

 異世界。そいうものがあることは自分は百も承知だった。自分もそうだから。だが、まさかこうして生きている内にまた味わう事になるとは思わなかった。しかも、今度は自分だけでなく、家族であるハジメや友人である白崎に八重樫、恩師の畑山教師まで。

 この世界の生物が自分とどの程度までやれるか分からない。今の自分はあの時に比べて弱体化している。もしも奴と同格がいたら………

 

 「いいや。相手が何であろうと関係ない。あの時と何ら変わらん。俺の邪魔する者は何人であろうと残らず潰すだけだ」

 

 そう呟いて神羅は低いうなり声を漏らしながら廊下の奥に消えていった。



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第3話 ステータスプレート

 連投しますね。


 翌日から早速訓練と座学が始まった。

 訓練施設に集められた生徒たち(愛子先生も一緒)に手のひら大の銀色のプレートが配られた。不思議そうに配られたプレートを眺める生徒たちに騎士団長、メルド・ロギンスが説明を始める。

 騎士団長が訓練につきっきりでいいのかとハジメは思ったが対外対内の双方において勇者様一行を半端者に預けるわけにはいかないのだろう。

 もっとも、メルド団長本人も「面倒な雑事を副団長に押し付ける理由ができて助かった!」と豪快に笑っていたので大丈夫なのだろう。副団長は大丈夫ではないだろうが。

 

 「よし、全員に配り終わったな?このプレートはステータスプレートと呼ばれている。文字通り自分の客観的なステータスを数値化してくれるものだ。もっとも信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だから失くすなよ?」

 

 非常に気楽なしゃべり方をするメルド団長。彼は豪放磊落な性格のようで、「これから戦友になるのにいつまでも他人行儀に話せるか!」と他の騎士団員たちにも普通に接するように忠告するぐらいだ。ハジメたちもそのほうが気楽なので助かったが。

 

 「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。そこに一緒に渡した針で指に傷をつけて魔法陣に血を垂らしてくれ。それで所有者が登録される。ステータスオープンと言えば表に自分のステータスが表示されるはずだ。ああ、原理とか聞くなよ?そんなもの知らないからな。神代のアーティファクトの類だ」

 「アーティファクト?」

 

 初めて聞いた単語に光輝が質問する。

 

 「アーティファクトっていうのは現代じゃ再現できない強力な能力を持った魔法の道具の事だ。まだ神やその眷属たちが地上にいた神代に作られたと言われている。そのステータスプレートもその一つでな、昔からこの世界に普及している唯一のアーティファクトだ。普通はアーティファクトは国宝になるんだが、これは一般市民にも流通している。量産できるし、便利だからな」

 

 説明に生徒たちはなるほどと頷きながら魔法陣に血を垂らしていく。ハジメも同様に垂らしていく。すると、ハジメのステータスプレートが一瞬淡く輝き、全体が空色に変化して、生徒たちは瞠目する。

 メルド団長曰く魔力とは人それぞれで違う色をしており、ステータスプレートの色はその色をになるらしい。

 

 (僕の魔力は水色……いや、空色なのかな?他は……)

 

 確認した限り、光輝は純白、龍太郎は深緑色、香織は白菫、雫は瑠璃色。そして神羅は……

 

 (あれは……何色だ?)

 

 神羅のステータスプレートはハジメの色に似た水色なのだが、全体的にぼんやりとして、少し濃いめに見える。

 その色はハジメの知識にはないがもしも知識ある者が名をつけるなら……チェレンコフ色だろうか。

 その色をなじみ深そうに神羅は見つめ、内容に視線を落とす。

 

 南雲神羅 ---------歳 男 レベルーーーーーーーー

 

 天職 ■■■ 

 

 筋力:--

 

 体力:--

 

 耐性:--

 

 敏捷:--

 

 魔力:--

 

 魔耐:--

 

 技能:言語理解

 

 表示すると言っておきながらほとんど何も分からない。それともこれが普通なのだろうか。視線を動かせばほかの面子もまじまじとステータスに注目している。

 メルド団長からステータスの説明がなされる。

 

 「全員見られたか? 説明するぞ? まず、最初に〝レベル〟があるだろう? それは各ステータスの上昇と共に上がる。上限は100でそれがその人間の限界を示す。つまりレベルとは、その人間が到達できる領域の現在値を示しているというわけだ。レベル100ということは、自分の潜在能力を全て発揮した極致ということだからな。そんな奴はそうそういない」

 

 どうやらゲームのようにレベルが上がるからステータスが上がるわけではないらしいとハジメは思う。

 

 「ステータスは日々の鍛錬で当然上昇するし、魔法や魔法具で上昇させることもできる。また、魔力の高い者は自然と他のステータスも高くなる。詳しいことはわかっていないが、魔力が身体のスペックを無意識に補助しているのではないかと考えられている。それと、後でお前等用に装備を選んでもらうから楽しみにしておけ。なにせ救国の勇者御一行だからな。国の宝物庫大解放だぞ!」

 

 メルド団長の言葉から推測するに、魔物を倒しただけでステータスが一気に上昇すると言う事はないらしい。

 

 「次に〝天職〟ってのがあるだろう? それは言うなれば〝才能〟だ。末尾にある〝技能〟と連動していて、その天職の領分においては無類の才能を発揮する。天職持ちは少ない。戦闘系天職と非戦系天職に分類されるんだが、戦闘系は千人に一人、ものによっちゃあ万人に一人の割合だ。非戦系も少ないと言えば少ないが……百人に一人はいるな。十人に一人という珍しくないものも結構ある。生産職は持っている奴が多いな」

 

 神羅は自分の天職と技能のところに視線を向け首を傾げる。これだと自分には天職はなく、何かの才能もないと言う事になるが……

 そこまで考えて神羅はまあ、いいかと思考を切り替える。才能がないからと言ってそれで弱いと言う事はない。弱いのは死んだ物の事を言い、生き残った物が強いのだ。才能がないなら他の物を使って補えばいいだけだ。それに、表示されているのが全てではない。自分の身体の事は自分がよく分かっている。だからこそわかる。この身には生まれた時から人間の身には不相応な力が宿っているのを。どうしてステータスプレートに表示されないのか疑問だがまあ気にすることもないだろう。。

 一方ハジメも自分のステータスに視線を落とす。

 

 南雲ハジメ 17歳 男 レベル:1

 

 天職:錬成師

 

 筋力:10

 

 体力:10

 

 耐性:10

 

 敏捷:10

 

 魔力:10

 

 魔耐:10

 

 技能:錬成・言語理解

 

 どうやらハジメは錬成というものに才能があるようだ。その事実にハジメは思わず口の端が緩んでしまう。兄から言われたことを忘れたわけではないが、それでも自分に才能があると言われれば嬉しいものだ。

 が、メルド団長の次の言葉を聞いて真顔になる。

 

 「後は……各ステータスは見たままだ。大体レベル1の平均は10くらいだな。まぁ、お前達ならその数倍から数十倍は高いだろうがな! 全く羨ましい限りだ! あ、ステータスプレートの内容は報告してくれ。訓練内容の参考にしなきゃならんからな」

 

 この世界のレベル1のステータスの平均は10とのこと。その言葉通りならハジメは完全に平均値だ。

 

 (あれ~~どう見ても平均値だよね………まあ、やっぱり最初はこんな感じでしょ。だって今まで戦ったことなんてないんだから……ほかのみんなは?)

 

 ハジメは若干ショックを受けながら周囲に視線を巡らせるが、ハジメのようにショックを受けた人間はいない。

 メルド団長の元にさっそく光輝が報告に行くが、そのステータスは……

 

 天之河光輝 17歳 男 レベル:1

 

 天職:勇者

 

 筋力:100

 

 体力:100

 

 耐性:100

 

 敏捷:100

 

 魔力:100

 

 魔耐:100

 

 技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

 

 チートの権化だった……異様なほどに。

 

 (な、何あのチートの権化と言ってもいいステータスは……あ、あれが勇者なの……?)

 

 ある種異様な表示にハジメが戦慄の表情を浮かべるが、光輝とメルドはそんなの気にしたふうもない。ちなみにメルド団長のレベルは62.ステータスは平均300前後。この世界でもトップクラスの強さだ。しかし光輝はレベル1の時点で3分の一に迫っている。

 そんな感じでハジメが戦慄の表情を浮かべていると、

 

 「ハジメ。お前のステータスはどうだった?」

 

 神羅がプレートをひらひらとさせながら歩いてくる。

 

 「あ、うん、こんな感じだったけど兄さんはどうだった?」

 

 少なくとも自分よりは上だろうとハジメは思う。神羅は自分よりも身体能力は高いし、喧嘩だって強い。

 神羅はハジメのステータスプレートを覗き込み、

 

 「ほう、表示されている数値は俺よりも上だな」

 

 その言葉にハジメはえ?と目を丸くして慌てて神羅のステータスプレートを覗き込み、

 

 「えぇ!?なんで!?」

 

 思わず大声を上げてしまい、メルド団長にステータスプレートを見せていた生徒たちは一斉に何事か言わんばかりに顔を向ける。

 

 「ど、どうした?なにか妙なものがあったのか?」

 「あ、いや、えっと………」

 

 しどろもどろになるハジメを後目に神羅はハジメを連れてメルドの前に立つと自分たちのステータスプレートを見せる。

 メルド団長はうん?と首を傾げてハジメのステータスプレートと神羅のステータスプレートを叩いたり、光にかざしてみたりする。それから困惑した表情のハジメと気にしたそぶりもない様子の神羅に返し、

 

 「ああ、その、なんだ……まず錬成師というのはまあ、言ってみれば鍛冶職の事だ。鍛冶するときに便利だとか……」

 「つまり……ハジメは後方支援職と言う事か」

 「ま、まあそうなるな……しかし神羅は……これはどういう事だ?天職がないのはいるが、ステータスもレベルも表示されないとは………これではどう鍛えればいいのか……」

 

 ハジメはますます困惑した表情を浮かべる。兄は少なくとも自分よりも戦えるはずだ。なのにどうして……

 するとそこにハジメたちを目の敵にしている男子たちでその筆頭である檜山大介がにやにやとしながら声を張り上げる。

 

 「おいおい南雲。もしかしてお前非戦系か?鍛冶職でどうやって戦うんだよ?それに兄のほうは天職すらねえじゃん。そんなんで戦えるわけ?ステータスはどうなってんだよ」

 

 檜山がうざい感じでハジメと肩を組む。周りの生徒たちは止めることもなく、特に男子はにやにやと嗤っている。それを取り巻きの3人もはやし立て、それに対して香織と雫、そして一部の女子生徒が不快そうに眉をひそめている。

 香織に惚れているくせになぜそれに気づかないのか。ハジメは呆れたようにため息を吐きながらステータスプレートを見せ、神羅はもまたステータスプレートを差し出す。

 二人のステータスプレートを見て檜山は爆笑し、他の連中も内容を見て爆笑なり嘲笑なりをしていく。

 

 「ぶっははははっ~何だこれ!完全に一般人じゃねえか!」

 「むしろ平均が10なんだから場合によっちゃその辺の子供より弱いかもな!」

 「と言うかこいつ見ろよ!天職どころかステータスもないじゃねえか!ハジメよりも弱いんじゃねえか!?こいつらすぐ死ぬんじゃねえの!?」

 

 次々と笑い出す生徒に香織が憤然と動き出すが、神羅は軽く目を細めるとその場を蹴る。瞬間、神羅の体は複数の生徒を飛び越えるとそのまま神羅とハジメのステータスプレートを持つ斎藤良樹、近藤礼一の元にたどり着く。

 神羅はそのまま二人の手からステータスプレートを取り返すと先ほどと同様に地を蹴って生徒たちを飛び越えて戻ってくる。その光景を生徒たちは茫然と眺めていた。メルドも同様だ。何せ複数の人間を、軽々と飛び越えたのだ。凄まじい跳躍力だ

 神羅はそんな視線など知ったことかと言うようにハジメにステータスプレートを返すと、

 

 「まあ、数字を信じたいなら信じろ。それがお前らの能力に直結していると思うならばな」

 

 そう言うと神羅はもう興味はないと言わんばかりに視線を外す。




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第4話 訓練

 投稿します。

 プロローグの彼女の体型のところ、変更しました。よく見たら大きかったから。

 ではどうぞ!


 神羅達が異世界トータスに召喚されてから2週間が経過した。

 この2週間何をしていたかと言えば、ひたすらに訓練と座学をしていた。と言っても、ハジメは非戦闘職である。他のメンバーと一緒に訓練したところでその意味はほとんどない。むしろ伸ばすなら練成だろう。また、神羅も天職はおろかステータスも分からないせいでメルド団長も言っていたがどういう風に鍛えれば良いのか分からなかった。

 そこで神羅達は初日に自分たちなりに今後の方針を考えてメルド団長に伝えていた。

 

 「メルド団長。僕は戦う力がないみたいなので後方支援に徹する……やっぱり練成技術を磨いたほうがいいと思うんです。なのでできれば、練成を教えてくれる人を手配してくれませんか?あと、知識面も強化したいのですが……」

 「我はまあ……一応荒事を切り抜けた経験はあるでな。未知数でもハジメを守るためにも戦い方は元の世界のやり方で、訓練は体つくりを中心にしたほうがいいと思うが……」

 

 そう言ったところ、メルド団長は

 

 「偉い、偉いぞハジメ!戦う力がなくとも自分にできる事を見つけようとする姿勢は素晴らしい……よし!任せておけ!神羅もそれで行くとするか。まあ、さっきの様子を見る限り、大丈夫だと思うがな」

 

 と言う感じでえらく張り切り、その手配のおかげでハジメの訓練は基本的な体つくりとナイフ訓練になっている。そのせいかハジメの訓練時間は他の生徒の半分近い時間になった。そして座学に関しても訓練が半分になったことで余った時間に予習復習をして、教師役の人に渡すことで免除になった。

 そうしてできた時間を使ってハジメは国お抱えの練成師の下練成技術を学び、更に王城近くの図書館で情報収集、神羅と共に訓練をしている。

 対し神羅は、我流の喧嘩術を鍛えている。内容は体づくりが8割と残り2割はボロ鎧をかぶせてあるかかしをひたすらに攻撃し続けると言うものだ。

 その神羅は今、自室で先日ハジメがまとめた資料に目を通している。

 

 「しかし見れば見るほど……この世界は神様神様と言っておきながら都合よく利用している気しかしないな」

 

 神羅がそう言いながら見ているのはこの世界の亜人に関することだ。

 亜人族は被差別種族であり、基本的に大陸東側に南北に渡って広がるハルツィナ樹海の深部に引き篭っている。なぜ、差別されているのかというと彼等が一切魔力を持っていないからだ。

 神代において、エヒトを始めとする神々は神代魔法にてこの世界を創ったと言い伝えられている。そして、現在使用されている魔法は、その劣化版のようなものと認識されている。それ故、魔法は神からのギフトであるという価値観が強いのだ。もちろん、聖教教会がそう教えているのだが。

 そのような事情から魔力を一切持たず魔法が使えない種族である亜人族は神から見放された悪しき種族と考えられているのである。

 じゃあ、魔物はどうなるんだよ? ということだが、魔物はあくまで自然災害的なものとして認識されており、神の恩恵を受けるものとは考えられていない。唯の害獣らしい。

 魔人族は神羅の予想通りエヒトとは別の神を信仰しているらしい………なんで一緒に世界を作ったのに争う事になっているのか……いや、人間もそうだからある意味違和感もないが。なお亜人族への認識は魔人族も変わらないらしい。

 だが、人間族は亜人族の中の一つ、海人族は保護しているらしい。その理由は北大陸に出回っている魚介類の8割が彼らから供給されているからだ。もうこれを見ると完全に神様を体のいい言い訳に利用しているようにしか見えない。

 魔人族は、全員が高い魔法適性を持っており、人間族より遥かに短い詠唱と小さな魔法陣で強力な魔法を繰り出すらしい。数は少ないが、南大陸中央にある魔人の王国ガーランドでは、子供まで相当強力な攻撃魔法を放てるようで、ある意味、国民総戦士の国と言えるかもしれない。

 魔法適正とは分かりやすく言うと特定の魔法をどれほど使いやすくなるするかと言う意味だ。この世界の魔法は体内の魔力を詠唱により魔法陣に注ぎ込み、魔法陣に組み込まれた式通りの魔法が発動するというプロセスを経る。魔力を直接操作することは出来ず、どのような効果の魔法を使うかによって正しく魔法陣を構築しなければならない。

 そして、詠唱の長さに比例して流し込める魔力は多くなり、魔力量に比例して威力や効果も上がっていく。また、効果の複雑さや規模に比例して魔法陣に書き込む式も多くなる為それは必然的に魔法陣自体も大きくなるという事に繋がってしまうのだ。

 例えば、火球を直進で放つだけでも、一般に直径十センチほどの魔法陣が必要になってしまう。基本は、属性・威力・射程・範囲・魔力吸収(体内から魔力を吸い取る)の式が必要で、後は誘導性や持続時間等付加要素が付く度に式を加えていき魔法陣が大きくなるということだ。

 しかし、この原則にも例外がある。それが適性だ。

 適性とは、言ってみれば体質によりどれくらい式を省略できるかという問題である。例えば、火属性の適性があれば、式に属性を書き込む必要はなく、その分式を小さくできると言った具合だ。この省略はイメージによって補完される為、式を書き込む必要がない代わりに、詠唱時に火をイメージすることで魔法に火属性が付加されるのである。

 ちなみにだがその魔法適正は神羅とハジメには全くなかった。二人の場合、全く適性がないことから、基本五式に加え速度や弾道・拡散率・収束率等事細かに式を書かなければならず、そのため、火球一発放つのに直径二メートル近い魔法陣を必要としてしまい、実戦では全く使える代物ではなかったのだ。

 そんな二人のステータスはこんな感じだ。

 

 南雲神羅 ---------歳 男 レベルーーーーーーーー

 

 天職 ■■■ 

 

 筋力:--

 

 体力:--

 

 耐性:--

 

 敏捷:--

 

 魔力:--

 

 魔耐:--

 

 技能:言語理解

 

 

 南雲ハジメ 17歳 男 レベル:1

 

 天職:錬成師

 

 筋力:15

 

 体力:15

 

 耐性:15

 

 敏捷:15

 

 魔力:19

 

 魔耐:19

 

 技能:錬成[+鉱物鑑定]・言語理解

 

 この2週間でハジメの練成には派生技能が追加されていた。ほぼ毎日様々な鉱石に触れ、その鉱石を錬成ししていたら覚えた。鑑定系の魔法は攻撃よりも多く式を書き込まなければならないが、この技能があれば簡単な詠唱と魔法陣であらゆる鉱物を解析できるらしい。これは上位の練成師が持っている技能のようで、目覚めた時は筆頭練成師からは酷く驚かれて、流石は使徒様と言われてしまった。

 順調に育っているハジメに反して神羅は一切変化がない。ステータスもレベルも何ら変動していないのだ。

 だが神羅は全くと言っていいほど気にしたそぶりがない。ハジメが明らかにおかしいと言っても神羅は軽く手を振るだけで変わらず己の体を鍛えている。それに意味がない事など神羅は知っているが、やっていないと色々面倒だ。

 神羅はそんなどうでもいい事を思い出しながら地名の欄に目を通していく。どうやらこの世界は航海技術は微妙な所のようで、他に大陸があるのは把握しているが、交流はほとんど……否、全くと言っていいほど行われていないらしい。そんな大陸にハイリヒ王国はある。そのほかの国にはヘルシャー帝国と言うのがある。それはこのハイリヒ王国が神を中心に回っているとすれば、こちらは力を中心に回っている。傭兵団が作り上げた新興の国で、実力至上主義を掲げているようだ。その帝国はハイリヒ王国とは間に中立商業都市フューレンを挟んでいる。ハイリヒ王国の西側にはグリューエン大砂漠う砂漠があり、その中には輸送の中継点であるアンカジ公国が存在している。そして砂漠内にはグリューエン大火山と言う七大迷宮の一つがある。

 七大迷宮とはこの世界有数の危険地帯の事を言う。グリューエン大砂漠との間にあるオルクス大迷宮、亜人達が住むハルツィナ樹海がこれに当てはまる。七大と言っておきながら3つなのは残り4つはあると言うのは信じられているが、詳しい場所が不明な所だ。一応大陸を南北に分断するライセン大峡谷、南大陸のシュネー雪原の奥地の氷雪洞窟がそうではないかと言われている。

 そこまで目を通して神羅はふう、と息を吐くとそれを机の引き出しの中にしまい、首を鳴らしながら部屋を出ていく。訓練の時間だ。ハジメも向っているだろう。距離から考えて自分が早く着くだろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 訓練場にたどり着くと神羅はそのまま鎧をかぶったかかしを担ぎながら歩いていき、適当なところに設置してやろうとすると、

 

 「……南雲?」

 

 名前を呼ばれて振り返ればそこには一人の女子生徒がいた。茶髪のセミロングに気が強めの印象を与える目つきの少女だ。その手には幾本かの投げナイフが見える。

 

 「お前は………………確か園部とか言ったか?」

 「その様子だと名前は覚えたみたいね。今まで名前を呼んだことなんてないのに……ええ、そうよ。園部優香よ」

 

 神羅が思い出すように頭を掻きながらそう呟くと、優香は呆れたように息を吐きながらその通りだと言うように頷く。

 

 「何か用か」

 「用かじゃないわよ。こんなところで何を……訓練か……ハジメ君は?」

 「調べものをしてきてるはずだ。もう来るだろうて」

 

 神羅の言葉にふ~~ん、と優香は小さく頷く。

 元々学校で特に親しい人間がいない神羅だが、優香は少し違っていた。別段親しいわけでもない。だが、別段嫌われているわけでもない。簡単な挨拶と会話を交わすぐらいの中だ。だが、クラスメートの中でそうするのは香織と雫を除けば彼女ぐらいだ。

 それで会話は終わり、神羅はそのままかかしを好き勝手に殴り始める。素手で金属製の鎧を平然と殴り、蹴り飛ばす。

 その様子を優香はじっと見ていた。正直に言って、彼を見ていると彼を無能と呼ぶ者達の正気を疑ってしまう。だっていくらステータスが高かろうと金属製の鎧を素手で殴ろうと思わないし、殴ったら絶対に手を痛める。にも拘らず神羅は平然と殴り続け、蹴り続ける。ステータスもレベルも、天職も表示されていないのに、手を痛めている様子もない。更に言えば、王都外での魔物との実践訓練。騎士団の手によって弱った魔物と戦うこの訓練で、神羅は素手で魔物を殴り殺したのだ。ハジメでさえナイフを使って倒したのに。正直に言えば、かなり異常なのだが……他のみんなは……香織や雫はその異様さに気がついているが……初日の事や、いくら訓練しても変動しないステータスなどで見下しているようだが。

 優香はしばらくその様を見ていたが、ふう、と小さく息を吐き、

 

 「できる限り訓練には参加したほうがいいわよ。あんただけじゃなくて、ハジメ君にも迷惑かかるんだから」

 

 そう言って優香は去って行く。

 神羅はちらりと視線を向けるが、すぐに興味を失うとそのままかかしを殴りを続けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから少し、ひたすらかかしを殴り続けた神羅だが、いつもならもうハジメが合流しててもいいころ合いなのにいまだに来ないことに疑問を感じ、中断してハジメを探すために歩き出す。

 訓練場では生徒たちが集まって訓練をしていたのだが、神羅に気がつくとなぜか全員が一斉に目を逸らす。

 その事に神羅は一瞬首を傾げるが、次の瞬間、小さく目を細める。どこからか何か殴るような音が聞こえてきたのだ。

 確証などない。だが、不思議と神羅の足はその音がする方角に向かって動いていた。

 そうして少し歩き、人目につかない場所にたどり着いた瞬間、

 

 「………貴様ら、何をしている?」

 

 まるでその声そのものが極寒の冷気を纏っているかのように冷え切った声を神羅は漏らした。

 

 「あん?なんだ。誰かと思えば無能の一人じゃん」

 

 そう言うのは……何と言ったか。だがどうでもいい事だと一瞬で神羅の思考は別の事に移る。

 視界に入っているのは傷つき、うずくまるハジメとそのハジメに対し足やら手やらを振り上げ、見下したような笑みを浮かべるゴミが4つ。

 

 「何をって……決まってんだろ?雑魚のこいつのために訓練してやってんだよ」

 「そうそう。そしたらこいつ想像以上に弱くてさ。ま、しょうがないよな。俺らと違って無能だしな!」

 「そもそもこいつ地球にいた時から生意気だったよな」

 「そうそう。自分は弱いくせに守られて調子に乗ってよ。お前も正直うざかっただろ?」

 

 ぎゃはははと嗤うゴミ共は、自分たちが優位に立っていると信じて疑わない者たちは気づかない。神羅の目に明確な怒りで染まっていることに。その気配が抜身の刃……否、肉食獣の顎のごとき凶悪なものになっていることに。

 

 「そうか……お前らの訓練とはそうやって無意味に相手を痛めつける事を言うのか……ならば、我もその訓練に参加しよう」

 

 その言葉にゴミ4つはえ?と目を丸くするが、次の瞬間、にやにやとした笑みを浮かべる。

 

 「お前も無能だったよな。何せ天職どころかステータスもないもんなぁ」

 「下手したらこいつ以上の無能じゃねえの?」

 「そうだなぁ。そんなお前にも優しい俺たちが稽古をつけてあげないとな」

 

 そう言ってゴミ4つは笑いながら神羅の元に向かってくる。そこには構えも警戒も何もない。

 ハジメが顔を上げて神羅を見つめる。その目は僕は大丈夫だから、と言っている。だが、神羅はそれを無視する。なぜならこれは誰かのためではない、自分自身の怒りなのだ。これを振るうのに神羅は躊躇はしない。だが……

 

 「………一応言っておこう」

 「あん?」

 「殺したら今後面倒なことになる。ゆえに…………手加減はしてやる」

 

 その言葉にゴミたちは一瞬ポカンとするが、瞬時に怒りが宿り、

 

 「何見下してんだてめぇ!」

 

 そう言ってゴミのうち一つが剣の鞘を振り下ろしてくる。それを神羅は無造作に素手でつかみ上げる。

 あっさりと受け止められたことにゴミは驚いたように目を見開くが、その隙に神羅は鞘を奪い去るとそれを持ち直して勢いよく突き出し、ゴミのみぞおちに直撃させる。

 ごぇっ!?と言う声と共にゴミの体がくの字に折れ、下がった頭を神羅が蹴り上げる。

 ゴミはきれいにのけ反るとそのまま地面に叩きつけられ、伸びてしまう。

 その光景にほかのゴミたちは唖然とするが、

 

 「てめぇ、やりやがっ!?」

 

 ゴミの一つが叫ぶがそれを無視して神羅は距離を詰め、首を掴み上げ、そのまま持ち上げる。

 ゴミが振りほどこうと必死になって手足をばたつかせるが、神羅の腕はびくともせず、逆にギリギリと締め上げられてうめき声を漏らすしかできない。

 

 「ここに風撃を望む、風球!」

 

 と、ゴミの一つが魔法を放つ。神羅目掛けて風の塊が放たれるが、神羅はそれに向かって手に持っていたゴミを投げつける。

 魔法は見事ゴミに直撃、ゴミは悲鳴を上げて吹き飛ばされる。

 その光景に動きを止めているゴミとの距離を詰め、神羅は容赦なく手刀を喉元に叩きこむ。

 潰れたような声を上げるゴミの髪を掴むと、そのまま力任せに投げ飛ばす。ぶちぶちと髪が千切れる音がするが気にしない。

 そして最後のゴミに視線を向けると、ゴミは腰を抜かしてへたり込みながら悲鳴を上げていた。

 

 「ひ、ひぃぃぃ!な、なんなんだお前!?な、なんで、そんな………!」

 

 その言葉に答えず、神羅はゴミの頭部を掴み上げ、つるし上げると、そのまま勢いよく地面に後頭部から叩きつける。

 その一撃で最後のゴミの意識は刈り取られる。

 神羅はゴミから手を放すとすでに神羅の意識からゴミの認識は完全に消え、そのままハジメの元に歩いていく。

 

 「大丈夫か?ハジメ」

 「う、うん……」

 「すまない……我がもっと早く来ていれば……」

 「いや、兄さんは悪くないよ……」

 

 神羅は小さく目を伏せるとハジメに肩を貸そうとして、

 

 「何やって……なにこれ!?」

 

 後ろから声が聞こえてきて、振り返れば香織と雫、龍太郎に光輝がやってきていた。

 

 「ちょうどよかった。白崎、ハジメを見てやってくれ」

 「神羅君。どういう……ハジメ君、怪我をしたの!?」

 

 香織がすぐさま近寄ってきて、ハジメを診始める。すると、ひどいというように顔をしかめる。

 

 「……それで、何があったの?神羅君」

 

 雫が周囲を見渡しながら神羅に問いかける。

 

 「そいつらがハジメを特訓と称してリンチしていた。そして奴らは我にも同じ事をしようとして、返り討ちにあった、だ」

 

 神羅の言葉に雫はなるほど、と小さく頷く。一見すると神羅が周囲の連中を一方的に伸したように見えるが、ハジメが香織が治癒魔法を使うほどの傷を負っている事が裏付けとなっている。

 だが、そこに空気の読めない男が一人入ってくる。光輝だ。

 

 「ふざけるな。こんな一方的に痛めつけておいて、そんな言い訳が通用すると思うのか。第一それが本当だとして、それは本当にリンチだったのか?ハジメは訓練も真面目にせず、図書館に入り浸っているそうじゃないか。もしかしたら檜山たちもそれを見かねてどうにかしようとしたのかもしれないんじゃないのか?」

 

 光輝の思考パターンは、「基本的に人間はそう悪いことはしない。そう見える何かをしたのなら相応の理由があるはず。もしかしたら相手の方に原因があるのかもしれない!」という過程を経るのである。特に今回は檜山たちがハジメにリンチをしている場面を見ておらず、神羅が檜山たちを伸している現場に駆け付け、証言もその神羅だけであるがゆえに、そう判断したのだろう。

 だが、そんな雑音は神羅にはもう届かない。所詮は雑音。だが、この雑音はこのまま放置していれば面倒なことになる。そして、雑音がどういう音か判別することができれば、対策はできる。

 

 「そうか……なるほどなるほど。つまりお前はあれか。非戦闘職であり、後方支援職である練成師に前線に出ろと言っているのか……では、お前のほうから畑山教師も今後はお前たちと同じ訓練に参加するように言っておいてくれ」

 「なっ!?なんでそこで畑山先生が出てくる!」

 「……何を言っている?畑山教師はハジメと同じ非戦闘職だ。ハジメにそうするように言うならば畑山教師も例外ではあるまい?」

 

 ちなみに愛子先生の天職は作農師。確かにハジメと同じ非戦闘職なのだが、その希少性はハジメの比ではなく、更に言えば無数の農地開拓のためと言ってもいい技能持ち。下手したらこの世界の食料事情を一人で変えてしまいかねない存在だ。

 結果、愛子先生は最近は各地の農地開拓のために各地を奔走してもらう予定のようだ。まあ、神羅の方からそれに並行して各地の情報をその目で確認してもらうよう頼んだのだが……

 

 「そ、それは……でも、先生には別の任務が……」

 「それだったらハジメも役割としては後方で我々の装備の整備が言い渡されるであろうな。戦闘訓練はもしもの時のための自己防衛のためだ。そもそも、ハジメは王宮の練成師の下で学び、派生技能と言う結果を出しているはずだ。それでもさぼっていると?」

 

 神羅の言葉に光輝は息を詰まらせ、だが、それでもと反論しようとするが、もうその言葉は雑音ですらない。神羅は無視してそのままハジメと香織の元に向かい、

 

 「ハジメ、体は大丈夫か?」

 「あ、うん。白崎さんのおかげでもう大丈夫だよ」

 「そうか……助かった。礼を言う、白崎」

 「う、ううん。別にこれぐらい……私は治癒師だから」

 

 神羅が礼を言うと、香織は頬を赤くして首を振る。

 神羅は小さく頷くと、そのまま訓練場に向かって歩いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「明日から、実戦訓練の一環として【オルクス大迷宮】へ遠征に行く。必要なものはこちらで用意してあるが、今までの王都外での魔物との実戦訓練とは一線を画すと思ってくれ!まぁ、要するに気合入れろってことだ!今日はゆっくり休めよ!では、解散!」

 

 訓練が終わった後、メルド団長に告げられた言葉に神羅はすっと目を細める。




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第5話 語らい

 投稿します。

 正直に言いますと彼女の立ち位置をどうするか凄い悩んだ。だって本当は一緒に戦う相棒系で行こうと思って、ヒロインはありふれからのみにしようと思ってた。だけどまさかあんなにヒロインムーブをかましてくるなんて……

 悩んだ結果、こうなりました。

 ではどうぞ!


 オルクス大迷宮

 

 それは、全百階層からなると言われている大迷宮である。七大迷宮の一つで、階層が深くなるにつれ強力な魔物が出現する。

 にもかかわらず、この迷宮は冒険者や傭兵、新兵の訓練に非常に人気があるのは、階層により魔物の強さを測りやすいため、新兵の訓練などに使われていると言う事と、出現する魔物が地上の魔物に比べ遥かに良質の魔石を体内に抱えているためだ。

 魔石とは、魔物を魔物たらしめる力の核をいう。強力な魔物ほど良質で大きな核を備えており、この魔石は魔法陣を作成する際の原料となる。魔法陣はただ描くだけでも発動するが、魔石を粉末にし、刻み込むなり染料として使うなりした場合と比較すると、その効果は三分の一程度にまで減退する。

 要するに魔石を使うほうが魔力の通りがよく、効率的と言う事だ。その他にも、日常生活用の魔法具などには魔石が原動力として使われる。魔石は軍関係だけでなく、日常生活にも必要な大変需要の高い品なのである。

 ちなみに良質な魔石を持つ魔物ほど強力な固有魔法を使う。固有魔法とは魔力はあっても詠唱や魔法陣を使えないため多彩な魔法を使えない魔物が使う唯一の魔法である。一種類しか使えない代わりに詠唱も魔法陣もなしに放つことができる、魔物が油断ならない最大の理由だ。

 ハジメたちはメルド団長率いる騎士団員数名と共にオルクス大迷宮へ挑戦する冒険者たちのための宿場宿、ホルアドに到着していた。

 非戦闘職のハジメが戦闘訓練に参加するのはどうなのかと神羅がメルド団長に問うたのだが、どうやら上層部から生徒は全員参加するように言われているらしい。だったらハジメと同じ非戦闘職の愛子先生も連れていくべきではと言ったのだが、愛子先生はすでに王都の外に別任務で出ているらしい。まあ、メルド団長は「安心しろ!お前の弟は必ず俺が守ってやる!」と熱く語っていたのだが。

 ハジメたちは一旦ホルアドの宿屋で一泊し、明日から迷宮に挑むことになるらしい。

 ハジメは久しぶりに見た普通の部屋のベッドにダイブし、同室の神羅はそのまま部屋の中の椅子に腰を下ろすと、そのまま二人はしばらくの間迷宮内でどう立ち回るのか互いに意見を出して話し合い、内容を詰めていく。

 そしてある程度煮詰まってきたところで神羅が話を変えるように口を開く。

 

 「確か、明日の迷宮は20階層までだったか?」

 「うん、そうだよ」

 「普通、こういうのは一階層とか10階層ぐらいの話だと思うのだがなぁ」

 

 神羅が呆れたように言うと、ハジメは小さく苦笑を浮かべる。何でもその20階層は迷宮に潜る冒険者が一流かどうかを見極めるターニングポイントになっているようだ。それほどに魔物が強いのだろうか……

 

 「まあ、そうだよね。でも、兄さんはまだいいよ。僕なんて本当に足手まといだと思うし……」

 「まあ、戦闘はさっき話し合ったフォーメーションで何とかなるだろう。今日は早く寝て明日に備えるぞ」

 

 ハジメは小さく頷いてさっさとベッドに向かうが、そこで不意に扉がノックされる。

 深夜に近い時間になんだ?と二人が首を傾げていると、

 

 「神羅君にハジメ君、起きてる?白崎です。ちょっと、いいかな?」

 

 なんかこのシュチエーション前にもあったなぁと考えながらハジメは神羅に視線を向ける。神羅は小さく頷き、ハジメはそれを見てから扉の鍵を開ける。

 すると、そこには純白のネグリジュにカーディガンを羽織っただけの香織がいた。

 

 「……なんでやねん」

 「え?」

 

 ある意味衝撃的な光景に思わず関西弁で突っ込みを入れてしまうハジメ。よく聞こえなかったのか香織はキョトンとしている。

 

 「おい、ハジメ。白崎は何の用なのだ?」

 「え、あ、そ、そうだ。どうしたの?白崎さん。何か連絡事項?」

 「ううん。その……少し、神羅君と話したくて……迷惑だったかな?」

 

 ハジメはちらりと神羅のほうに視線を向ける。神羅は特に問題ないようで、小さく頷く。

 

 「それじゃあ、どうぞ……」

 「うん」

 

 香織は頷いて部屋の中に入るが、その際にふわりと香織の髪からいい匂いがして、ドキリとする。それと同時に思春期男子の思考が加速する。どうして白崎さんはこんな夜中に神羅を訪ねた?無自覚だろうが好意を寄せる男の子の部屋に。しかもどうしてそんな薄着なの?

 そして加速の果てにある結論に至ったハジメは顔を赤くしながら目を見開く。まさか、まさかまさかまさかまさか………そう言う事ですか?

 ハジメがあわあわと目をぐるぐると回す中香織はそのまま神羅の前のテーブルセットに座る。神羅はいまだ動こうとしないハジメを不思議そうに見ながらも紅茶の準備を始める。

 そんな刻一刻と変化していく状況の中、ハジメはどうするか、どうするべきかと煮立った頭で考えて考えて考えて、ついにたどり着いた結論は、

 

 「あ、あの、二人とも………僕、ちょ、ちょっと外に出て空気を吸ってきたいんだけど……と言うか吸ってきます!」

 

 そう、これはちょっと頭を冷やして冷静にどうするか考えるために必要な事なのだ。断じてここにいることに居心地が悪くなったからとかここに自分の居場所はないと判断したからではない!

 

 「ハジメ?」

 「ハジメ君?」

 

 キョトンとした二人の言葉を無視してハジメはそのまま勢いよく部屋を出て行ってしまう。

 

 「えっと………どうしたの?ハジメ君」

 「さあ………まあ、少ししたら戻ってくるだろう」

 

 神羅が作った紅茶(モドキ)を香織の前に差し出す。

 香織はありがとうと言うと、嬉しそうにそれを手に取って口にする。

 

 「それで、話と言うのは?」

 

 神羅が切り出すと、香織は思いつめた表情を浮かべる。

 

 「明日の迷宮なんだけど……神羅君には町で待っていてほしいの。教官たちやクラスのみんなは私が必ず説得する。だから、お願い!」

 

 興奮したように身を乗り出してくる香織に神羅はうん?と首を傾げる。

 

 「それは……どういう事だ?我が足手まとい……と言いたいのか?」

 「う、ううん。違う。そうじゃないの………あのね、何だか、すごく嫌な予感がするの。さっき少し眠ったんだけど……夢を見て……神羅君がいたんだけど、そのそばに何かいたの。黒くて、大きくて、すごく強そうな……怪物が。その怪物が歩き出したら神羅君も一緒に歩き出して、声をかけても神羅君は振り返らないでそのまま歩いていちゃって……最後には……金色の光の中に消えちゃったの………」

 

 香織の言葉に神羅は小さく眉を寄せる。怪物、金色の光、全てに心当たりがある。怪物は……恐らくだがかつての己。そしてそのかつての己が向かった金色の光は………思い当たるのはただ一つ、奴。

 所詮は夢だ。だが、それと同時になぜ彼女が己の前世に関わるような夢を見たのだろうか。

 そこは疑問に思うが、考えたところで答えが出ることもない。

 

 「そうは言うが、迷宮は今後のために調査しておきたい場所だ。そうなると今回の件は都合がいい。参加しない手はない」

 「でも……」

 「それに、この訓練にはハジメにお前たちも参加する。弟と友を放って我だけ安全圏にいるなど無理な話だ」

 

 その言葉に香織は目を丸くするが、少しすると小さく微笑む。

 

 「優しいね、神羅君は」

 「そんなのではない。我は我のやりたいようにやっているだけだ」

 「………うん、そうだね。そうかもしれないね………ねえ、神羅君。私と神羅君が初めて会ったのっていつだと思う?」

 「んん?そんなのは高校に入ってからであろう?」

 

 神羅が何を言っているんだと言うように首を傾げていると、香織はくすくすと笑う。

 

 「ううん。私が一方的に知ってるだけだけど……初めて会ったのは中学2年の時。覚えてるかな?あの、おばあさんと小さな男の子が不良に絡まれていた時なんだ」

 

 そこまで言われても神羅は心当たりがないのかんん?とさらに首をひねっていく。

 その様子にやっぱりか、と苦笑を浮かべながら口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 中学2年のある日。

 男の子が不良連中にぶつかり、その際に持っていたたこ焼きをべっとりとつけてしまったのだ。キレた不良連中の剣幕に男の子は泣いてしまい、おばあさんは怯えて縮こまってしまう。

 そして不良連中がおばあさんにクリーニング代を請求し、おばあさんがお札を数枚取り出した際不良たちは更に恫喝し、最終的に財布を取り上げようとしたときに男の子が不良の前に立ちふさがったのだ。泣きながらも、子供ながらにそれはダメな事だと分かったのだろう。

 それにキレた不良が男の子に手を上げようとした瞬間、その間に神羅が割って入ったのだ。

 だが、それはお世辞にも助けに入った感じではない。だって見た感じ何か考えこんでいるようだったからだ。

 突然の介入に不良たちは当然神羅に罵声を浴びせてきた。最初神羅は無視してその場を去ろうとしたが、不良の一人が肩を掴んだことでようやく状況に気づいたのか周囲に視線を向ける。そして不良の一人が神羅に向けて手を上げ、神羅がそれに気づいた次の瞬間、その場一帯を尋常ではない圧が襲い、不良たちは一斉に顔を青ざめさせた。まるで天が落ちてきたと錯覚するような異常な圧。

 そして神羅が失せろと言った瞬間、不良たちは財布を放り出して逃げ出してしまった。

 そこまではまあ、比較的普通の、ありふれたヒーローのような光景だろう。だが、その先は違っていた。

 おばあさんに男の子、この様子を遠巻きに見ていた人たち、そして香織、その場の全員が神羅に恐怖の感情を向けていたのだ。それも仕方ないだろう。神羅が放ったそれはもはや人のそれではない。怪物。そう呼んでもおかしくない異様な圧。現に香織だって当時は恐怖に後ずさってしまった。

 だが、香織はその視線にさらされている神羅の姿を見て目を見開く。神羅はそんな恐怖の視線の中で神羅は真っ直ぐに立っていた。そこには人を助けた事を誇る様子はない。恐怖の視線を向けられることへの戸惑いも、怒りもない。

 その姿から香織は目をそらすことができなかった。あれほどの圧を放ったのだ。未だ彼への恐怖は薄れていない。だが、その姿にはそれを差し引いても引き寄せられる何かがあった。まるで……そう、例えるなら、王者の覇気とでもいうべき気配。

 香織が神羅から目を逸らせずにいると、その神羅は不良たちが落としていった財布を拾い上げ、目の前の怯えているおばあさんに視線を向ける。そして数度両者の間で視線を動かし、更に男の子が財布に視線を向けているのに気づくと、ようやく財布がおばあさんのものと気付いたのかそれを返そうとする。

 すると男の子はおばあさんの前に立つ。まるで守る様に。体を恐怖で振るわせながらも。

 それを神羅は無言で見ていたが、不意に懐かしいものを見るような目をし、

 

 「返すぞ、小僧」

 

 そう言って財布を男の子に投げ渡し、それだけを言うと神羅は去って行ってしまった。その背中はとても大きくて、そして堂々としていた。そんな神羅の背に……香織は魅せられた。

 

 

 

 

 

 

 

 「本当なら優しいとか、強いとか、そう言う風に思うんだろうけど………神羅君にはそう言った雰囲気はなかった。だけど、そんなの気にならないぐらい大きな何かを感じたの。それが私にはすごく眩しくて……だけどすごくかっこいいと思ったんだ。だからもっと神羅君を知りたくて、近づきたくて話しかけていたんだ」

 「……そんな大層なものではない。さっきも言ったが、我は我のやりたいようにやっているだけだ」

 「うん、高校に入ってから見てきてそう思った。神羅君は神羅君らしくあるために生きてるんだろうなって。だからいつだって迷いがないんだなって……でも、なんだかあの金色の光は……すごく怖かった。綺麗なんだけど……恐ろしくて……そんな光に向かっていく神羅君の事が本当に不安になって……」

 「………そんな気にすることではあるまい。夢は夢だ」

 「でも………」

 

 それでもなお不安そうにする香織を前に神羅はううむ、とうなりながら頭を掻く。こういうのはどうにも苦手だ。何せ自分には無縁のものだったから。

 それから少しして、神羅は小さく息を吐きながら口を開く。

 

 「そこまで不安なら共にいればいい」

 「え?」

 「不安なら共にいればいいと言ったのだ。我がいなくなるのが怖いならば、共にいろ。そしていなくなりそうになったら掴めばいい。それならば問題ないだろう」

 

 その言葉に香織はぽかんとするが少しすると嬉しそうに顔を綻ばせ、

 

 「うん!」

 

 そのまましばしの間二人は雑談し、香織は部屋に帰って行った。

 神羅は小さく息を吐きながら椅子に腰かけ、ふう、と息を吐く。そして思考は香織の夢に移る。

 どうして彼女は前世の自分、そして奴に関する夢を見たのか。もしかして彼女は自分と同じで前世の何者かの生まれ変わりなのだろうか。だが、彼女からはそれを匂わせる発言はない。

 だが、もしも、もしもそうなのだとしたら………

 

 「………お前だったら……な……」

 

 少し寂しそうに呟く神羅の脳裏に浮かぶの何度も記憶を繋ぎ、出会い、共に生き、共に戦い、そして再会を約束して死を見届けてきた彼女の美しき姿。そして彼女の歌。人間になり、それなりに様々な音楽と歌に触れてきたが、どれも彼女の歌には及ばない。終ぞ今生の地球では彼女の気配を感じることがなかったが、彼女は今どこにいるのだろうか……元気でいるのだろうか……できるなら、また彼女の歌を聞きたい……

 脳裏に蘇った彼女の歌にしばし耳を傾けていると、

 

 「あ、あの、兄さん?」

 

 ハジメがおずおずとした様子で扉を開けてそこから顔を出す。神羅は顔を上げる。

 

 「ハジメか」

 「えっと……白崎さんとの話は………」

 

 ハジメはそのままじろじろと神羅の服や部屋の様子を見ていたが、

 

 「お、終わったんだね………特に何もなかったのかな……」

 「そうだが………どうした?なんだか顔が赤いぞ?」

 「え!?い、いや!?べ、別に何でもないよ!?さ、さあ!明日も早いし、早く寝よっか!」

 

 そう言うとハジメはそのままベッドにダイブして布団にくるまってしまう。

 その様子に神羅は疑問符を浮かべるが、小さく息を吐くとそれもそうかと考えて自分のベッドに横になる。

 それから少しして、神羅からは寝息が聞こえてきたのだが、ハジメが寝付けたのはそれから少し経った後だった。




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第6話 オルクス大迷宮

 今日、3回目のゴジラ行ってきました。本当に最高ですね……これが来年にもあるんだろ?いいじゃないか……でも大丈夫なのか不安になる。今作がマジで良すぎるからなぁ……

 ではどうぞ!


 翌朝、まだ日が昇って間もないころ、神羅達はオルクス大迷宮の正面入り口がある広間に集まっていた。

 誰もが少しばかりの緊張と未知への好奇心を表情に浮かべる中、神羅は久方ぶりに感じる戦いの気配に本能がうずくのを感じ、ぶるりと体を震わせる。だが、視線の先のオルクス大迷宮の入り口を見て少し興がそがれる。

 と言うのも迷宮の入り口は博物館の入場ゲートのようなしっかりした入り口であり、どこぞの役所のような受付口まであったのだ。制服を着た受付嬢が迷宮への出入りをチェックしている。更に入り口付近には露店が所狭しと並んでおり、まるでお祭り騒ぎだ。まあ、地球でも人間達は標高ウン千メートルの山に登ったり地球の極点に観光に行ったりするしどっちも大して変わらない。

 神羅が迷宮の入り口一点を見つめている中ハジメたちはお上りさん丸出しでキョロキョロしながらメルド団長の後をカルガモのヒナのようについて行く。

 迷宮の中は外のにぎやかさとは無縁だった。横幅5メートル以上ある通路は明かりもないのにうすぼんやりと発光しており、たいまつや明かりの魔法具がなくてもある程度視認が可能だ。緑鉱石と言う特殊な鉱物が多数埋まっているらしい。

 一行は隊列を組みながらゾロゾロと進む。しばらく何事もなく進んでいると、高さ7,8メートルぐらいのドーム状の広間に出る。

 と、その時、物珍し気に辺りを見渡している一行の前に壁の隙間と言う隙間から灰色のムキムキマッチョな2足歩行のネズミが湧き出てくる。

 

 「よし、光輝たちが前に出ろ。他は下がれ!交代で前に出てもらうから、準備しておけ!あれはラットマンと言う魔物だ。すばしっこいが、大した敵じゃない。冷静に行け!」

 

 その言葉通り、ラットマンたちが結構な速度で飛び掛かってくる。正面に立つ雫の頬がひきつっている。気持ち悪いようだ。

 間合いに入ったラットマンを光輝、雫、龍太郎の三人で迎撃し、その間に、香織と特に親しい女子二人、メガネっ娘の中村恵里とロリ元気っ子の谷口鈴が詠唱を開始。魔法を発動する準備に入る。クラスメイト達が何度も行ったフォーメーションだ。

 光輝は純白に輝くバスタードソードを視認(神羅は結構見えている)の難しい速度で振るってまとめて切り裂く。

 彼の持つ剣はハイリヒ王国が管理するアーティファクトの一つで聖剣と言う名前だ。光属性の性質が付与されており、光源に入る敵を弱体化させると同時に自身の身体能力を自動で強化してくれるという。

 龍太郎は、空手部らしく天職が〝拳士〟であることから籠手と脛当てを付けている。これもアーティファクトで衝撃波を出すことができ、また決して壊れないのだという。龍太郎はどっしりと構え、見事な拳撃と脚撃で敵を後ろに通さない。無手でありながら、その姿は盾役の重戦士のようだ。

 雫は、サムライガールらしく〝剣士〟の天職持ちで刀とシャムシールの中間のような剣を抜刀術の要領で抜き放ち、一瞬で敵を切り裂いていく。その動きは洗練されていて、騎士団員をして感嘆させるほどである。だが、魔物を切り裂いた瞬間の雫の姿を見て神羅は小さく目を細める。

 そうしていると後衛3人の詠唱が響き渡る。

 

 「「「暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、灰となりて大地へ帰れ、螺炎」」」

 

 同時に発動した螺旋状に渦巻く炎がラットマン達を吸い上げるように巻き込み燃やし尽くしていく。「キィイイッ」という断末魔の悲鳴を上げながらパラパラと降り注ぐ灰へと変わり果て絶命する。どうやら一階層の魔物では召喚組に対して力不足のようだ。

 

 「ああ~、うん、よくやったぞ!次はお前等にもやってもらうからな、気を緩めるなよ!」

 

 生徒の優秀さに苦笑いしながら気を抜かないよう注意するメルド団長。しかし、初めての迷宮の魔物討伐にテンションが上がるのは止められない。頬が緩む生徒達に「しょうがねぇな」とメルド団長は肩を竦めた。

 

 「それとな……今回は訓練だからいいが、魔石の回収も念頭に置いておけよ。明らかにオーバーキルだからな?」

 

 メルド団長の言葉に香織達後衛組は、やりすぎを自覚したのか思わず頬を赤らめてしまう。

 その様を見ていたハジメは小さくため息をつく。

 

 「皆チートすぎだよ……これ、本当に僕必要ないんじゃ……」

 「もともと拠点での後方支援が役割の天職なのだ。あまり気にしても仕方あるまい」

 

 そう言うと、神羅の番になったようで彼が前に出る。アーティファクトを持たない彼だが、今、彼の手の中には武骨な岩の槍が握られている。ハジメが練成で作ったものだ。これが前日二人で意見を交換し合って決めた組み合わせ。基本2人で組み、戦闘を神羅が務め、それ以外のサポートをハジメが務めるというものだ。もちろん、ハジメも自衛ぐらいはするが。

 前衛組と交代するように前に出るのだが、

 

 「……おい、八重樫」

 「?なに、神羅君」

 

 すれ違いざまに雫に声をかける。

 

 「お前、大丈夫か?」

 「……え?なんの事?問題ないけど………」

 

 ふいに紡がれた言葉に一瞬言葉に詰まるが雫は何でもないように問い返す。その雫に神羅はちらりと視線を向け、

 

 「………いざと言うとき動けないなんてのはやめろ。足手まといは勘弁だ」

 

 それだけを言って神羅は前に出る。そこにラットマンが飛び掛かってくるが、神羅は手にした槍を構え、勢いよく投擲する。

 それはびゅごっ!と言う音を立てながら一直線にラットマンに襲い掛かり、その体をあっさりと貫通、更に後ろにいた別のラットマンも串刺しにする。

 その光景に生徒たちが目を見開く中、手ぶらになった神羅にラットマンが飛び掛かるが、神羅はその頭を掴み上げ、そのまま両顎に手をかけると力任せに顎を引き裂き絶命させる。

 その凄惨な光景に生徒たちがひっ、と声を漏らすが、神羅は呆れた様子で頭部の残骸を放り捨てる。命を奪う。先ほどまであいつらがやっていたことだ。何の変りもない事だろうに。

 そう考えながら神羅は残ったラットマンたちに視線を向ける。残ったラットマンたちはそのまま神羅に襲い掛かるが、

 

 「兄さん!」

 

 後ろからハジメが声を上げると、神羅はあっさりと踵を返し後ろに下がってしまう。当然ラットマンはその後を追いかける。

 

 「そこ!」

 

 ハジメが叫ぶと神羅はそのタイミングでジャンプしてそのままハジメの隣に立ち、準備されていた槍を手に取ると、一匹のラットマン目掛けて投げつける。

 それは容赦なくラットマンを串刺しにするが、生き残ったラットマンがそのままハジメに襲い掛かろうとするが、一歩踏み出した瞬間、その足元が陥没する。ハジメが練成で穴をあけ、更に薄い床で蓋をしていたのだ。その穴によってバランスを崩したラットマンが転倒してしまう。その隙にハジメが剣を刺して絶命させる。

 

 「ふむ、存外うまくいったな」

 「そうだね。兄さんが引き寄せてくれたおかげだけど」

 

 ハジメがあんな高度なトラップを作れたのは神羅が魔物の注意を引き寄せていたからだ。

 

 「この調子でいくぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのまま特に問題もなく交代をしながら戦闘を繰り返し、一行は目的地の20階層にたどり着いた。

 迷宮の各階層は数キロ四方に及び、未知の階層では全てを探索しマッピングするのに数十人規模で半月から一ヶ月はかかるというのが普通だ。

 現在、四十七階層までは確実なマッピングがなされているので迷うことはない。

 だが、それを抜きにしても普通なら迷宮内のトラップなどに注意を払う必要があり、ここまでスムーズに降りることはできない。神羅達がそれをできているのは、騎士団員たちが罠を見破るフェアスコープと言う魔道具と己の経験を駆使して罠を見破っているからだ。

 それにしても、と神羅は思う。この迷宮の魔物は恐ろしく弱い。こんな連中に勝って一流を名乗れるとは……イシュタルの言葉を借りるならば、この世界は自分の前世と比べるとかなり下位の世界のようだ。

 二十階層の一番奥の部屋はまるで鍾乳洞のようにツララ状の壁が飛び出していたり、溶けたりしたような複雑な地形をしていた。この先を進むと二十一階層への階段があるようだ。そこに行けば今日の訓練は終わりだ。まあ、そこからはまた地道に帰らなければならないのだが。神代の時代には転移魔法なんて便利なものがあったようだが今は存在しない。

 一行が少し弛緩した空気の中歩いていくと、戦闘を歩いていた光輝達やメルド団長が立ち止まる。瞬間、神羅が静かにハジメに槍を作るように指示する。

 

 「擬態しているぞ! 周りをよ~く注意しておけ!」

 

 メルド団長の忠告が飛んだ直後、前方でせり出していた壁が突如変色しながら起き上がった。壁と同化していた体は、今は褐色となり、二本足で立ち上がる。そして胸を叩きドラミングを始めた。どうやら擬態能力を持ったゴリラの魔物のようだ。

 

 「ロックマウントだ! 二本の腕に注意しろ! 豪腕だぞ!」

 

 飛びかかってきたロックマウントの豪腕を龍太郎が拳で弾き返す。光輝と雫が取り囲もうとするが、無数の鍾乳石のせいで足場が悪く思うように囲むことができていない。

 龍太郎を抜けないと感じたロックマウントが後ろに下がって大きく息を吸い込むと、

 

 「グガガガァァァァアアアアーーーー!!」

 

 部屋全体を振動させるような強烈な咆哮が放たれる。

 

 「ぐっ!?」

 「うわっ!?」

 「きゃあ!?」

 

 その咆哮を喰らった光輝、龍太郎、雫の体が硬直してしまう。ロックマウントの固有魔法、威圧の咆哮。魔力を載せた咆哮で相手を麻痺させるものだ。

 3人が硬直した瞬間、ロックマウントは突撃はせずにそのまま横に跳び、傍らにあった岩を持ち上げ香織達後衛組に向かって投げつけた。それはそのまま前衛の頭上を越えて岩が後衛の香織たちに迫る。

 香織達が、準備していた魔法で迎撃せんと魔法陣が施された杖を向けるが、次の瞬間、硬直する。

 投げられた岩もロックマウントだったのだ。空中で見事な一回転を決めると両腕をいっぱいに広げて香織達へと迫る。さながらル○ンダイブだ。「か・お・り・ちゃ~ん!」という声が聞こえてきそうである。しかも、妙に目が血走って鼻息が荒い。香織に恵理に鈴が一斉にヒィ!と声を上げて魔法を中断させてしまう。

 

 「こらこら、戦闘中に何やってる!」

 

 慌ててメルド団長がダイブ中のロックマウントを切り捨て、香織達は、「す、すいません!」と謝るものの相当気持ち悪かったらしく、まだ、顔が青褪めていた。そんな様子を見てキレる若者が一人。正義感と思い込みの塊、我らが勇者、天之河光輝である。

 

 「貴様……よくも香織達を……許さない!」

 

 どうやら気持ち悪さで青褪めているのを死の恐怖を感じたせいだと勘違いしたらしい。彼女達を怯えさせるなんて!と、なんとも微妙な点で怒りをあらわにする光輝。それに呼応してか彼の聖剣が輝き出す。

 

 「万翔羽ばたき、天へと至れ――天翔閃!」

 「あっ、こら、馬鹿者!」

 

 メルド団長の声を無視して、光輝は大上段に振りかぶった聖剣を一気に振り下ろした。

 その瞬間、詠唱により強烈な光を纏っていた聖剣から、その光自体が斬撃となって放たれた。曲線を描く極太の斬撃が僅かな抵抗も許さずロックマウントを縦に両断し、更に奥の壁に直撃、破壊し尽くしてようやく霧散する。

 ふぅ~、と息を吐いてイケメンスマイルで香織たちのほうに向きなおるのだが、メルド団長の拳骨が炸裂した。

 

 「へぶぅ!?」

 「この馬鹿者が!気持ちはわかるがな、こんな狭いところで使う技じゃないだろうが! 崩落でもしたらどうすんだ!」

 

 光輝は叱られ、香織たちは苦笑をしながら慰めていると、不意に香織が破壊された壁のほうに視線を向ける。

 

 「あれ、何かな?キラキラしてる……」

 

 香織の視線を追って全員が視線を向ければ、そこには青白く発光する鉱物が花咲くように壁から生えていた。

 香織を含め女子達は夢見るように、その美しい姿にうっとりした表情になった。

 

 「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな」

 

 神羅が首を傾げながらハジメに目を向けると、ハジメも説明を始める。ハジメは王宮での鍛錬の際にあれに触れたこともあったのだ。

 グランツ鉱石とは言ってしまえば宝石の原石で、特別な効果はないが、その煌びやかな輝きが貴族層にもう受けがよく、また求婚の際に選ばれる鉱石のトップ3に入るもののようだ。

 

 「あんな石ころがなぁ………」

 「あはは、兄さんはその手のものにはてんで興味がないからね……」

 

 凄くどうでもよさそうにグランツ鉱石を眺める神羅にハジメは苦笑を浮かべ、頬を赤くしながら神羅に視線を向ける香織を見てため息を吐く。彼女の恋路は前途多難だ。

 

 「だったら俺たちで回収しようぜ!」

 

 すると唐突に檜山がグランツ鉱石の元に向かっていき、壁を登っていく。

 

 「待て!勝手な事をするな!まだ安全確認も済んでいないんだぞ!」

 

 メルド団長が慌てて檜山を止めようとするが、彼はそれを無視して鉱石に手を伸ばす。

 メルド団長が止めようと檜山を追いかけるが同時に騎士団員の一人がフェアスコープで鉱石の辺りを確認して一気に青褪めた。

 

 「団長! トラップです!」

 「ッ!?」

 

 しかし、メルド団長も、騎士団員の警告も一歩遅かった。檜山が鉱石に触れた瞬間、鉱石を中心に魔法陣が広がり、瞬く間に部屋全体に広がり輝きを増す。

 

 「くっ、撤退だ!早くこの部屋から出ろ!」

 「ッ!ハジメ、掴まれ!」

 「う、うん!」

 

 メルド団長が叫び、神羅がはぐれないようにハジメの手を掴んで入り口に向かって走ろうとするが、一足遅かった。部屋に光が満ち、その場の全員を飲み込んだ後、一瞬の浮遊感が襲った次の瞬間、床に叩きつけられる。神羅はそのまま着地していたが。

 彼らが転移した場所は巨大な石造りの橋の上だった。長さはざっと百メートルはありそうだ。天井までの高さは二十メートルはあるだろう。橋の下は川などなく、全く何も見えない奈落が口を開けていた。橋の横幅は十メートルくらいありそうだが、手すりどころか縁石すらなく、足を滑らせれば掴むものもなく奈落に真っ逆さまだ。ハジメ達はその巨大な橋の中間にいた。橋の両サイドにはそれぞれ、奥へと続く通路と上階への階段が見える。

 

 「お前たち、すぐに立ち上がってあの階段の場所まで行け!急げ!」

 

 メルドの号令に生徒たちは慌てふためきながら動き出す。

 だが、そうはさせないと言わんばかりに階段側の橋の入口に現れた魔法陣から大量の魔物が出現した。更に、通路側にも一つの魔法陣が現れ、そちらからは一体の巨大な魔物が現れる。

 その魔物を見た瞬間、メルド団長は茫然と言った様子で口を開いた。

 

 「まさか……ベヒモス……なのか……」

 

 目の前の巨大な魔物を見て神羅は小さく舌打ちをする。これは……全力で行く必要がありそうだ。




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第7話 最悪の結末

 投稿します。今回、ゴジラを知っている方からしたら不満を覚えるでしょう。

 我慢してください。もう少ししたら暴れるから。

 ではどうぞ!


 橋の両サイドに現れた赤黒い光を放つ魔法陣。通路側の魔法陣は十メートル近くあるが、階段側の魔法陣は一メートル位の大きさだ。だがその分その数が桁外れだ。

 小さな無数の魔法陣からは、人型の骨の体に剣を携えた魔物〝トラウムソルジャー〟が溢れるように出現した。空洞の眼窩からは魔法陣と同じ赤黒い光が煌々と輝いている。その数は、既に百体近くに上っており、尚増え続けている。

 しかし、数百体のガイコツ戦士より、反対の通路側の方がヤバイとハジメは感じていた。

 十メートル級の魔法陣から出現したのは体長十メートル級の四足で頭部に兜のような物を取り付けた魔物。もっとも近い既存の生物に例えるならトリケラトプスだろうか。ただし、瞳は赤黒い光を放ち、鋭い牙を打ち鳴らしながら、頭部の兜から生えた角から炎を放っているのだが……

 メルド団長がべヒモスと名前を呟いた魔物は大きく息を吸い、

 

 グルルァァァァァァァァァァ!!

 「っ!?」

 

 凄まじい咆哮を上げるが、その咆哮でメルド団長は正気に戻り、矢継ぎ早に指示を出す。

 

 「アラン! 生徒達を率いてトラウムソルジャーを突破しろ! カイル、イヴァン、ベイル! 全力で障壁を張れ! ヤツを食い止めるぞ! 光輝、お前達は早く階段へ向かえ!」

 「待って下さい、メルドさん! 俺達もやります! あの恐竜みたいなヤツが一番ヤバイでしょう! 俺達も……」

 「馬鹿野郎! あれが本当にベヒモスなら今のお前達では無理だ! ヤツは六十五階層の魔物。かつて、最強と言わしめた冒険者をして歯が立たなかった化け物だ! さっさと行け! 俺はお前達を死なせるわけにはいかないんだ!」

 

 メルド団長の鬼気迫る表情に光輝は一瞬怯むも、「見捨ててなど行けない!」と踏み止まる。

 メルド団長が再び声を出そうとするが、そこをベヒモスは見逃さない。咆哮を上げながら猛然と突進を開始する。このままでは間違いなく生徒たちを蹂躙する。

 そうはさせないと騎士団たちは動く。

 

 「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず 聖絶!!」」」

 

 四方二メートル、最高級の紙に描かれた魔法陣と四節の詠唱、さらに三人同時発動。たった一回、一分間しか発動しないが、何物にも破らせない絶対の守りが顕現する。純白に輝く半球状の障壁が展開され、そこにベヒモスの巨体が激突する。

 凄まじい衝撃波が発生し、ベヒモスの足元が砕け散り、石造りの端が激しく揺れる。その揺れと衝撃波に生徒たちは悲鳴を上げて転倒する。

 そんな中、神羅は舌打ちをしながら周囲を見渡し、状況を確認する。

 

 (ベヒモス……あいつと比べるとずいぶんと弱そうだが……今の身体では脅威だな……撤退するべきか……前はまだ持つな。ならば後ろの連中を排除して退路を確保するのが先決か)

 

 そう決めると神羅は尻もちをついているハジメのほうを向き、

 

 「ハジメ、退路を確保する。骨共は我が相手をする。お前は援護をしてくれ」

 「え!?う、うん!」

 「よし、行くぞ!」

 

 そう言うと神羅はそのまま階段側に向かって走っていく。

 ハジメもすぐさまバチン!と頬を叩いて気合を入れなおすとその後を追いかける。

 一方階段側は完全に混戦の様子を見せていた。トラウムソルジャーは38階層に出現する今までの魔物とは一線を越える力を持つ。前方に立つ骸骨の魔物と背後から迫ろうとするベヒモスの気配に生徒たちはパニックになり、隊列もくそもなく階段に向かってがむしゃらに向かっている。騎士団員のアランが何とかパニックを抑えようとするが、それに耳を傾ける者はいない。

 と、優香が誰かに突き飛ばされて転倒する。慌てて顔を上げるが、その眼前でトラウムソルジャーが剣を振りかぶっていた。

 

 「あ」

 

 死ぬ。そう思った瞬間、後方から飛んできた武骨な槍がトラウムソルジャーを貫き、吹き飛ばす。更にその後ろのトラウムソルジャーを何体もまとめてぶち抜く。

 さらに地面が隆起して数体のトラウムソルジャーを巻き込んで橋の端へと向かって波打つように移動していき、奈落へと落とすことに成功する。

 優香が振り返ると拳を握る神羅にそのそばで地面に手をついて荒い息を吐いているハジメがいた。

 ハジメが魔力回復薬をのんでいる最中に神羅は優香に視線を向けると、首根っこを掴んで乱暴に立ち上がらせる。

 

 「いつまで呆けているつもりだ。さっさと動け。動かぬ者が生き残れるほど世界は甘くないぞ」

 

 それだけを言うと神羅は別のトラウムソルジャーを蹴り飛ばし、奪った剣を投げつけてさらに別の個体を粉砕する。

 

 「っ……分かってる!」

 

 そう言いながら優香は手の中のナイフを投げつけて神羅の後ろのトラウムソルジャーを倒す。

 その様子を見ながらハジメは周囲に視線を向ける。

 誰も彼もがパニックになりながら滅茶苦茶に武器や魔法を振り回している。このままでは、いずれ死者が出る可能性が高い。更に魔法陣から続々と増援が送られてきている。

 

 「なんとかしないと……必要なのは……強力なリーダー……道を切り開く火力……天之河くん!兄さん!天之河君を呼んでくる!それまで何とかこらえて!」

 「分かった!」

 

 ハジメは踵を返してべヒモスと相対している光輝達の元に向かって走っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベヒモスは何度も聖絶を破ろうと何度も突進を繰り出す。

 障壁に体当たりするたびに衝撃波が放たれ、石造りの橋が悲鳴を上げる。障壁自体にもひびが入り、メルド団長も障壁の展開に加わっているが、破られるのは時間の問題だ。

 

 「くそ! もうもたんぞ! 光輝、早く撤退しろ! お前達も早く行け!」

 「嫌です! メルドさん達を置いていくわけには行きません! 絶対、皆で生き残るんです!」

 「くっ、こんな時にわがままを……」

 

 メルド団長は苦虫を噛み潰したような表情になる。

 こういった限定的な空間内ではベヒモスの巨体の突進を回避する術はほぼない。障壁で突進の受け止め、その威力を使って後ろに跳ぶようにして撤退するのが現実的だ。

 だが、そんな真似、たった2週間の素人にできるわけがない。騎士団たちのような熟練の戦士だからこそできる事だ。

 その辺をメルド団長は言い聞かせているのだが、光輝は〝置いていく〟ということがどうしても納得できないらしい。また、自分ならベヒモスをどうにかできると思っているのか目の輝きが明らかに攻撃色を放っている。明らかに自分の力を過信している。自信を持ってもらおうとほめて伸ばしたのが仇になったようだ。

 

 「光輝! メルドさんの言う通りにして撤退しましょう!」

 

 雫は状況がわかっているようで光輝を諌めようと腕を掴むが、

 

 「へっ、光輝の無茶は今に始まったことじゃねぇだろ? 付き合うぜ、光輝!」

 「龍太郎……ありがとな」

 

 しかし、龍太郎の方は賛成のようで、その結果光輝は更にやる気を見せる。それに雫は舌打ちする。

 

 「状況に酔ってんじゃないわよ! この馬鹿ども!」

 「雫ちゃん……」

 

 苛立つ雫を見て香織が心配そうな視線を向ける。

 そこにハジメが勢い良く飛び込んでくる。

 

 「天之河君!」

 「な、は、ハジメ!?」

 「ハジメ君!?」

 

 驚く一同にハジメは必死の形相でまくし立てる。

 

 「早く撤退を!皆のところに!君がいないと!早く!」

 「いきなりなんだ? それより、なんでこんな所にいるんだ! ここは君がいていい場所じゃない! ここは俺達に任せて南雲は……」

「そんなこと言っている場合かっ!」

 

 ハジメは乱暴な口調で光輝の胸倉をつかみながら怒鳴る。いつも苦笑いしながら物事を流す大人しいイメージとのギャップに思わず硬直する光輝。

 

 「あれが見えないの!? みんなパニックになってる! リーダーがいないからだ!兄さんが何とか戦線を保たせてるけど長くはもたないんだよ!」

 

 ハジメが指さした方向ではトラウムソルジャーに囲まれ右往左往しているクラスメイト達がいた。効率的な戦いなどできず、敵の増援を突破できていない。最前線で神羅がトラウムソルジャーを次々と粉砕しているおかげでどうにかなっているが、神羅には大多数をなぎ倒すほどの火力は現時点(・・・)ではない。次々とトラウムソルジャーを破壊していくが、それを上回る勢いで増援が来ているのだ。

 

 「一撃で切り抜ける力が必要なんだ! 皆の恐怖を吹き飛ばす力が!それが出来るのはリーダーの天之河くんだけでしょ! 前ばかり見てないで後ろもちゃんと見て!」

 

 呆然と、混乱に陥り怒号と悲鳴を上げるクラスメイトを見る光輝は、ぶんぶんと頭を振るとハジメに頷いた。

 

 「ああ、わかった。直ぐに行く! メルド団長! すいませ――」

 「下がれぇーー!」

 

 光輝がメルド団長の方を振り返った瞬間、その団長の悲鳴と同時に、遂に障壁が砕け散った。

 暴風のように荒れ狂う衝撃波がハジメ達を襲う。咄嗟に、ハジメが前に出て錬成により石壁を作り出すがあっさり砕かれ吹き飛ばされる。多少は威力を殺せたようだが……

 その轟音は神羅の耳にも届き、振り返れば、障壁が砕け、ベヒモスが咆哮で舞い上がる埃を吹き飛ばしていた。

 その光景を見て神羅は小さく舌打ちをして前に視線を向ける。いまだトラウムソルジャーを突破できていない。こうなっては……仕方ない。本当は突破のために使いたかったが、そうは言っていられない。

 

 「面倒をかける事になるが……園部。ここは任せる」

 「ここは任せるって……どこに行くつもりよ!?」

 「……あのデカブツは俺が相手をする」

 

 そう言った後、神羅は腰を静かに落とし、次の瞬間、ドパンっ!と言う音と共に石橋を揺らしてクラスメイトの人垣を飛び越える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神羅が結界が破られたことに気づいたころ、結界破壊の衝撃を受けた団長と騎士三人は倒れ伏してうめき声を上げていた。衝撃波をまともに喰らって身動きが取れないようだ。光輝達も倒れていたがすぐに起き上がる。メルド団長達の背後にいたことと、ハジメの石壁が功を奏したようだ。

 

 「ぐっ……龍太郎、雫、時間を稼げるか?」

 

 光輝が問いかけると、苦しそうではあるが確かな足取りで前へ出る二人。

 

 「やるしかねぇだろ!」

 「……なんとかしてみるわ!」

 

 そして二人が前に出ようとした瞬間、その前に神羅が飛び込み、ベヒモスの眼前に着地し、

 

 「ぬんっ!」

 

 その頭部に拳を撃ち込む。瞬間、

 

 グルルァァァァァァァァァァ!?

 

 空気が炸裂するような轟音と共にベヒモスの巨体が吹き飛ばされる。その光景にハジメたちは一斉に目を見開く。

 石橋に叩きつけられたベヒモスを後目に神羅は油断なくベヒモスを睨みつける。よく見ればベヒモスの鎧に罅が入っている。

 その光景からいち早く復帰したのは衝撃から立ち直ったメルド団長だった。

 

 「し、神羅……お前……その力はいったい……」

 「に、兄さん!?今のなに!?」

 「す、すごい……神羅君……そんなに強かったの!?」

 

 復帰したハジメと香織が慌てて神羅の元に向かって走っていくが、神羅が小さうめき声を上げながら右腕に視線を向けるのを見てそれに釣られるように視線を右腕に向けて目を見開く。

 神羅の右腕は皮膚は引き裂け、内部の筋肉も断裂。圧し折れた骨が飛び出し、血まみれになっていた。

 

 「に、兄さん!?」

 「神羅君!?どうしたのその腕!?」

 「当然だ……この体のキャパシティを遥かに超える規模の力を使ったのだ。こうなるのはむしろ当然の事だ」

 

 この程度で壊れるとは脆い体だ、と忌々しげに呟きながら神羅は足元に視線を向ける。

 それにつられて足を見れば、ズボンの裾からは血が流れていた。先ほどのここまで来るための跳躍。それでも片足がいかれているのだ。

 

 「そ、そんな……」

 「ぼさっとするな!早く退路を切り開け!奴を抑えられるのはあと左腕の一回だけだぞ!」

 

 その言葉にハジメと香織は顔を悲痛そうに歪める。

 

 「だ、だったら私が治して……」

 「そんな時間はない!起き上がるぞ!」

 

 そう言いながら神羅は左拳を握り、構えるが、即座に腕と足を襲う痛みで顔をしかめる。その様子を見て香織は泣き出しそうな表情になる。

 

 「で、でもっ……!」

 

 香織がそれでもなお食い下がろうとするが、ベヒモスが起き上がろうとするのを見た雫が香織の腕をつかむ。

 

 「香織、行きましょう!このままじゃ彼の邪魔になるわ!」

 「で、でも!」

 「でももないわ!このままじゃ全滅よ!それじゃあ彼が血を流した意味がないわ!」

 「っ……!」

 「白崎さん!早く戻って!」

 

 いまだ迷っている香織にハジメが声をかける。

 

 「は、ハジメ君!?」

 「兄さんは僕が連れて戻る!担ぎ上げてでも絶対に!だから行って!」

 

 ハジメの言葉に神羅はぎょっとしたように振り返る。

 

 「お前何を言って……!?」

 「言っておくけど逃げないよ。もし兄さんの両足がダメになったら誰が兄さんを担いで逃げるのさ!」

 

 その言葉に神羅はぎりっ、と歯を食いしばると、ベヒモスが起き上がり、こちらを睨みつけるのを見て舌打ちをする。もう時間がない。

 

 「間違っても俺の前に出るなよ……!行け!」

 

 神羅の言葉に雫はぎりっ、と歯を食いしばると静かに頷く。

 

 「待ってて、二人とも。必ず戻ってくるわ!」

 「ま、待って雫ちゃん!」

 「坊主ども、絶対に無茶はするなよ!必ず助けてやる!行くぞ、光輝!」

 「え、あ、ああ……」

 

 雫は香織を無理やりに引っ張っていき、復帰したメルド団長は騎士団員達と茫然とした様子の光輝を連れて撤退する。

 残った神羅はハジメと共にベヒモスを睨みつける。ベヒモスはその頭部の兜を赤熱化させると、それを掲げると猛然と突撃を開始する。

 神羅はそれを迎撃するために左拳を握る。赤熱がどれほどの熱量を放つかは不明だが、それでもやらなければならない。

 猛然と距離を詰めてくる圧倒的巨体にハジメは今すぐに逃げ出したい気持ちに駆られる。だが、その前に立つ神羅の背には微塵も怯えがない。その背中のおかげかどうにか踏みとどまれる。だが、それと同時に情けなく感じる。自分はいつも、兄の背中を見上げてるだけだ。

 そして神羅が迎撃しようと地を蹴ろうとした瞬間、ベヒモスが勢いよく跳躍する。

 予想外の行動にハジメと神羅は驚いて顔を上げると、跳躍したベヒモスが赤熱した頭部を下に重力に従って隕石のように落下してくる。

 

 「マズイ!」

 

 神羅は慌ててハジメを抱えると後ろに下がる。そのままベヒモスは誰もいないところに着弾。周囲に衝撃波が放たれるが、二人はどうにかその範囲外に逃げられた。だが、神羅は着地の衝撃で傷ついた足を襲う激痛にバランスを崩し、そのままハジメと共に転倒し、うめき声を上げる。

 

 「兄さん!」

 

 ハジメが叫ぶも、神羅はすぐさま立ち上がってベヒモスに視線を向ける。

 ベヒモスはめり込んだ頭部を引き抜こうと踏ん張っている最中だ。

 それを見た瞬間、ハジメの頭にある考えが浮かぶ。だがそれはあまりにも危険で、無茶な考えだ。だが、成功すれば、退路確保までの時間を稼げるかもしれない。

 ハジメはすぐに神羅にその考えを告げる。それを聞いた神羅は大きく目を見開き、

 

 「バカを言うな!あまりにも危険すぎる!」

 「でもこれぐらいしかない!」

 「しかし……!」

 「僕を信じて、兄さん!絶対に死なない!全員で帰るためにも僕を信じて!」

 

 ハジメはまっすぐに神羅の目を睨みつける。その姿に神羅の目に一人の男の姿が重なる。あの時、あそこでこちらを見据え、触れてきた一人の初老の男。それと同時にベヒモスが頭部を引き抜いて神羅を睨みつける。それに気づいた神羅はくそっ、と舌打ちをすると、

 

 「間違ってもバカなことはするなよ……!」

 「分かってる!」

 

 ベヒモスは再び兜を赤熱化させると、そのまま猛進、跳躍する。神羅はその落下予測地点を見極めると、素早くその場から退避する。着地なんてできないがそれでもかまわない。

 空中で軌道を変えるなんてできるわけもなく、ベヒモスはそのまま誰もいない空間に着弾、その頭部がめり込む。そこにハジメが飛び込む。赤熱の影響がハジメの体を襲い、肌や肉が焼けるがそれを無視して地面に手をついて、叫ぶ。

 

 「練成!」

 

 瞬間、ベヒモスの頭部がめり込むことでひび割れていた石橋が修復され、それに伴ってベヒモスの動きが止まる。ベヒモスは脱出しようとさらに激しく頭部を動かし、石を破壊するが、ハジメが片っ端から直していく。

 ベヒモスがさらに力を籠めようと踏ん張った瞬間、立ち上がった神羅が飛び込み、

 

 「もう少し寝ていろ!」

 

 固く握られた左拳がベヒモスの頭部に叩きこまれる。轟音と共に神羅の左腕がつぶれ、血が飛び散り、骨が皮膚を突き破るが、その甲斐はあった。衝撃によって石橋に無数の罅が走るがハジメの練成によって修復され、成すすべなくその一撃を喰らったベヒモスは鎧を破壊されて血を流し、脳震盪でも起こしたのかうめき声を上げながらふらついている。

 それでもどうにか引き抜こうとしているから気は抜けないがだいぶマシになった。

 神羅がちらりと視線を後ろに向けると後ろの退路は開けており、すでに全員が撤退したようだ。神羅はそれを確認しながら少しでも傷を治そうと回復薬を取り出そうとするが、今の腕でそんなことができるわけもなく、まともに瓶を掴むことができない。

 それを横目に確認したハジメは顔をしかめると目の前のベヒモスに視線を向ける。まだふらついた様子を見せている。今しかチャンスはない。

 

 「行こう、兄さん!」

 「っ、うむ!」

 

 ハジメは練成でベヒモスを拘束すると神羅に肩を貸して同時に駆け出す。神羅のほうが背が高く、よたよたとしたものだがそれでも二人は撤退していく。10秒ほど経過したころ、ついにベヒモスが拘束を吹き飛ばして立ち上がる。激しく頭を振って意識をはっきりとさせると己を好き放題してくれた怨敵、神羅とハジメを捉える。怒りの咆哮を上げて二人を追いかけようと四肢に力を籠める。だが、その瞬間、ベヒモスに向かってあらゆる属性の魔法が殺到する。

 流星群のように降り注ぐ魔法がベヒモスを打ち据える。ダメージはないが足止めにはなっている。

 いける!と確信してハジメは力を込めなおして神羅を支え、出来る限り急いで進む。次第に距離が開いていき、20mほど開いたところで、

 

 「ハジメ、最後の距離は跳ぶぞ!」

 「っ、分かった!」

 

 ハジメは神羅の背におぶさる様に掴まり、神羅が無事の左足に力を込めた瞬間、

 空をかける数多の魔法の中の一つの火球がわずかに軌道を曲げて、そのまま神羅とハジメ目掛けて襲い掛かってくる。明らかに二人を狙って誘導されたものだ。

 

 (なんで!?)

 「くそっ!」

 

 神羅はとっさに前に飛び出して回避するが、中途半端に力込めたせいか左足からボキっ!と言う音が響く。

 神羅がしまっ!と顔をしかめた瞬間、赤熱化したベヒモスが跳躍し、襲い掛かる。

 神羅は折れた足にさらに無理やりに力を籠めると、前方に身体を投げ出し、一撃を回避するが、凄まじい衝撃が石橋を襲う。その一撃で石橋全体に罅が走り、メキメキと悲鳴を上げ、崩壊を起こす。

 

 グゥアァァァァァァ!?

 

 ベヒモスは悲鳴を上げながら石橋をひっかくが、その箇所すら崩落し、そのまま奈落の底へと落ちていく。

 そして崩落は神羅達がいる場所にも及び、神羅がどうにか移動しようとするが、両足を痛めて倒れた状態では到底間に合わない。

 せめてハジメだけでも、と神羅が壊れた両腕に力を籠めようとした瞬間、

 

 「練成!!」

 

 ハジメが背中越しに石橋に手をついて己の全魔力を込めた練成を行う。最後の最後で使われた練成は鮮やかな空色の光と共に石橋の崩落を強制的に防ぐ。

 もちろん、安心はできない。石橋はいまだ不安定だが……時間は稼げた。ハジメは神羅の背中から飛び降りると腕をつかみ上げて肩に回し、もうろうとする意識を唇をかみ切るほどに噛んで保ちながら神羅を引きずって撤退していく。少し進んだところで、石橋の崩壊が再開するが……これならば間に合う。そうハジメが確信した瞬間、再びハジメたち目掛けて火球が飛んでくる。

 その事にハジメと神羅が目を見開くと同時に火球が炸裂、その衝撃によって二人は吹き飛ばされる。

 神羅が対岸のクラスメイト達の方へ視線を向けると、香織が飛び出そうとして雫や光輝に羽交い締めにされているのが見えた。他のクラスメイトは青褪めたり、目や口元を手で覆ったりしている。メルド達騎士団の面々も悔しそうな表情で二人を見ていた。そしてついに二人の足場が崩壊し、二人はそのまま奈落の底に向かって落ちて行ってしまう。




 この作品のテーマソングを考えたら、エンディングはPrayで固定されてしまっています……

 名前に関してはある程度知っている、人間の声から判別したという風にしました。

 感想、評価、どんどんお願いします。


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第8話 奈落の底

 そう言えばキンモスでゴジラが王となり、他の怪獣たちはそれを認めた。あの場にいなかった怪獣たちも認めたようですが、だとすると次回のコングはどうしてゴジラと……まだ詳しくは分からないけど、本当にどう言うストーリーになるんだろうか。

 ではどうぞ!

 1/1 追記



 響き渡り消えてゆくベヒモスの断末魔。ガラガラと轟音を立てながら崩れ落ちてゆく石橋。

 

 そして……

 

 瓦礫と共に奈落へと吸い込まれるように消えてゆく神羅とハジメ。

 その光景を、まるでスローモーションのように緩やかになった時間の中で、ただ見ていることしかできない香織はどこか遠くで聞こえていた悲鳴が、実は自分のものだと気がついた瞬間、急速に戻ってきた正常な感覚に顔を顰めた。

 

「離して! 神羅くんの所に行かないと!約束したのに!いなくなる前に掴むって!離してぇ!」

 

 飛び出そうとする香織を雫と光輝が必死に羽交い締めにする。香織は、細い体のどこにそんな力があるのかと疑問に思うほど尋常ではない力で引き剥がそうとする。

 

 「香織っ、ダメよ! 香織!」

 

 雫は香織の気持ちが分かっていた。だからこそ、かけるべき言葉が見つからない。ただ必死に名前を呼ぶことしかできない。

 

「香織!君まで死ぬ気か!南雲達はもう無理だ!落ち着くんだ!このままじゃ、体が壊れてしまう!」

 

 それは光輝なりに精一杯香織(・・)を気遣った言葉。しかし、今この場で錯乱する香織には言うべきでない言葉だった。

 

 「無理って何!?二人は死んでない! 行かないと!」

 

 しかしその現実を受け止められる心の余裕は、今の香織にはない。言ってしまえば反発して、更に無理を重ねるだけだ。龍太郎や周りの生徒もどうすればいいか分からず、オロオロとするばかりだ。

 その香織を何とかしようとメルド団長が歩み寄ろうとした瞬間、

 

 「……して」

 

 ふいに響いた声に全員が顔を向ける。そこにいたのは優香だ。優香は茫然とした様子でヒヒヒと笑みを浮かべている檜山を見つめながら口を開く。その様子に全員が檜山に視線を向け、それに気づいた檜山から笑みが消え、分かりやすくうろたえる。

 

 「な、なんだよ……な、何を……」

 「なんで……二人に魔法を放ったのよ……」

 

 ビシリッ

 

 その言葉にその場の全員が息をのみ、騒然となる。檜山は一瞬で顔を青を通り越して白くさせると優香に食って掛かる。

 

 「な、何変な事言ってんだ!俺が魔法を?ちげぇよ!でたらめなこと言うな!」

 「でたらめじゃないわよ!私見たのよ!最後のあんたの魔法が二人目掛けて軌道を曲げるのを!」

 

 優香も激しく反論する。助けてくれて、自分たちのために両腕を使いつぶしてくれた少年。そんな彼を放るほど優香は彼を嫌っていない。だからいざと言う時手を伸ばせるように前にいた優香は見たのだ。火球が突如として軌道を曲げて二人に襲い掛かった時、慌ててそれを辿ればその先にいたのは檜山だった。

 

 「それとアンタ、何で火の魔法を使ったのよ!あんたの適正は風の魔法でしょう!?なんでここでそんな事を……!」

 「そ、そんなのどうでもいいだろうが!いい加減にしろよてめぇ!」

 

 更に言えば、どうしてこのタイミングでこいつは火球を使ったのか。なぜ適性のある風を使わなかったのか。どう考えても不自然極まりない。

 

 ビキビキ

 

 一方生徒や騎士団の者たちはいまだ騒然となっている。それはそうだろう。クラスメイトの一人がクラスメイトを二人殺したのだ。生徒たちは混乱の極みのようでめちゃくちゃに言葉が飛び交う。その様子に、そして優香の言葉に光輝と雫も呆然としたようだ。

 

 だからこそ気付かなかった。抑えていた香織が微動だにしなくなった事に。

 香織は奈落に手を伸ばした状態で固まっていた。振り乱した髪のせいで表情はうかがい知れない。

 彼が落ちた。居なくなってしまった。どうして?弟さんが必死に助けようとしていた。守ろうとしていた。マモレルはずだった。間に合うハズダッタ。デモだめダッタ。ドうシテ?ダレかが落とシた。誰が?だれが?ダレが?ダレガ?

 そして香織の首はゆっくりとした動作で首を動かして視界に納めたのはいまだ優香に激しく反論している檜山。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オ      マ      エ      カ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少しすると、復帰した光輝が口論に割って入る。

 

 「ま、待ってくれ園部さん。檜山が彼らを攻撃したなんてありえない。だって俺たちは仲間だ。仲間を殺すなんてあり得ないじゃないか。南雲たちが死んだのがショックなのはわかるがあれは不幸な事故だ。仕方がなかったんだ」

 

 その言葉に優香はなっ、と息を詰まらせる。

 

 「で、でも私確かに見たのよ!?あれは絶対に誤爆じゃない!明らかに意図的に……」

 「動転しているのは分かるが今はそんな事よりも脱出を優先しないと……」

 「そんな事って……仲間が、クラスメート二人死んだことをそんな事って……」

 

 優香が信じられないと言うように目を見開いた時、ゆらりと雫の拘束を脱して香織が動く。

 だらりと力なく腕がたれ、その手に握られた杖が地面をガリガリと鳴らす。ふらふらとまるで酔っぱらっているかのような足取りで檜山に近づく。

 それに気づいた光輝と雫が訝し気に首を傾げていると、

 

 「……まえが……」

 「え?な、なんだよ、白崎……」

 

 檜山が聞いた瞬間、香織ががばりと顔を上げる。その顔は涙でくしゃくしゃになりながらもその目が憤怒と憎悪でどす黒く染まり、鬼を彷彿とさせる。

 香織はそのまま杖の石突の部分を檜山の顔に向け、

 

 「お前がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 喉が裂けんばかり絶叫を上げながら香織は石突で檜山を刺し貫こうとする。

 その光景に生徒たちは驚愕し、悲鳴を上げ、檜山は顔を恐怖で引きつらせて動けず、そのまま貫かれると思われた瞬間、

 キンッ、と言う音と共に香織の杖が弾き飛ばされる。そしてメルドはそのまま素早く香織の後ろに回り込み、首に手刀を落とす。一瞬痙攣すると香織はそのまま意識を落としてしまう。その身はメルドは優しく受け止める。それを見た光輝は目を見開き、思わずと言うようにメルド団長を睨むが、

 

 「……お前たち!ぼさっとするな!早く撤退するぞ!これ以上犠牲を出すわけにはいかん!」

 

 メルド団長の一喝に口を紡ぎ、その隙に雫がメルド団長から香織を受け取る。

 

 「すいません……」

 「いや、いい………」

 

 力なく呟きながらメルド団長は雫に香織を手渡し、離れていくが、優香のそばによると、

 

 「後で詳しく話を聞かせてくれ」

 「っ!は、はい!」

 

 その言葉に優香は小さく、だがはっきりと頷く。

 そして雫は香織を抱えなおしながら憮然とした表情の光輝に告げる。

 

 「私達が止められなかったから団長が止めてくれたのよ。わかるでしょ?今は時間がないの。香織の叫びが皆の心にもダメージを与えてしまった。そして何より香織が完全に壊れる前に止める必要があった」

 

 もしもメルド団長が止めていなかったら香織の心の箍は完全に破壊されていただろう。それを止めることを自分たちはできなかった。今、香織の心はギリギリのところで均衡を保っている状態なのだ

 

 「ほら、あんたが道を切り開くのよ。全員が脱出するまで。……南雲君も言っていたでしょう?」

 

 雫の言葉に、光輝は頷いた。

 

 「そうだな、早く出よう」

 

 目の前でクラスメイトが二人も死に、更にそれをやったのがクラスメイトの一人であるという証言が出て、クラスメイト達は混乱の極みにあった。めちゃくちゃに言葉が交わされ、戦闘どころではない。いまだ健在のトラウムソルジャーの相手をしているのは優香を含めた少数だ。

 そのクラスメイト達に光輝が声を張り上げる。

 

 「皆! 今は、生き残ることだけ考えるんだ! 撤退するぞ!」

 

 その言葉に、クラスメイト達はようやく動き出すが、その動きは緩慢だ。

 光輝は必死に声を張り上げ、メルド団長や騎士団員達も生徒達を鼓舞する。

 その甲斐あってから全員が階段への脱出を果たし、そのまま迷宮からの脱出を果たした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冷たい微風が頬を撫で、頬に当たる硬い感触と腹を襲う鈍い痛みに「ぐうっ」と呻き声を上げて神羅は目を覚ました。

 

 「っ……ここは……?」

 

 目を覚ました神羅はどうやら壁にもたれかかった態勢で意識を失っていたようだ。神羅は緩慢な動きで頭を振り、意識をはっきりさせようとするが、どうにもはっきりしない。

 

 「俺は確か……橋からハジメと共に撤退しようと……それで橋が……」

 

 そこまで考えて神羅はハッ!と顔を上げる。

 

 「そうだ、ハジメ……」

 

 そこまで言った瞬間、神羅の口から大量の血が吐き出される。

 

 「なっ………」

 

 その様子に神羅は目を見開き、更に腹を襲う痛みに顔を向け、思わずくそっ、と顔をしかめる。

 神羅の腹からはとがった岩の先端が飛び出していた。その周囲は赤黒く染まり、神羅が座り込んでいる真下には血だまりが出来上がっていた。

 神羅は知らないことだが、神羅は落下途中の崖の壁に穴から鉄砲水の如く水が噴き出していた水に吹き飛ばされながら次第に壁際に押しやられ、最終的に壁からせり出ていた横穴から流されたのだが、その際にハジメとはぐれ、神羅はそのまま勢いのまま飛び出して壁に激突、更にせり出していた岩の棘に直撃してしまったのだ。

 神羅はどうにか腹の棘を抜こうと腕を動かそうとするが帰ってくるのは鈍い痛みで腕は緩慢にしか動かない。その痛みにそう言えば両腕両足がつぶれているんだったと神羅は忌々しげに舌打ちをする。

 普通なら即死、生きていたとしても絶望するところだが、神羅は絶望なぞしていなかった。必死に体を動かし、腹の棘を抜こうとする。当然身じろぎするたび神羅の体をすさまじい激痛が襲うのだが、神羅は知ったことではないと言うようにさらに激しく体を揺する。そのたび岩が傷口を、内臓をずたずたにし、全身を激痛が襲うが、神羅はうめき声を上げ、時には咆哮にも似た声を上げながらもほとんど機能しない両手両足を使って地面を引っ掻いていく。すると、少しずつだが彼の身体が岩から抜け始める。 

 そして痛みに耐えながらもがき続けて数分、ズボッと言う音と共に神羅の体が岩から引き抜かれ、その反動で神羅は地面に投げ出され、その痛みに小さくうめき声を漏らす。そして傷口から一気に血が流れだす。

 

 「っ………早く……動かなければ……」

 

 このままでは自分はもうじき眠る(・・)。そうすれば自分の体は作り替えられ、この脆い体とはおさらばでき、以前の強靭な体と絶大な力を得ることができる。だが、その間は自分は眠り続けてしまう。そうなったらハジメを探すことはできない。眠りがどれほどになるかは不明だが、少なくとも近くにいなければハジメは終わりだ。

 だから神羅はずたずたの手足を動かして移動しようとするが、突如として全身から力が抜け始め、猛烈な眠気が襲う。

 

 「っ……不味い………早くしなければ……」

 

 急いで神羅は移動しようとするが、全身の脱力感はさらに強くなり眠気も強烈でもう意識を保つのも難しい。

 

 「くそ……ハジメ……無事……で……」

 

 そこまで言って神羅の意識は眠りに落ちるように闇に包まれる。

 

 「……さん……?」

 

 その寸前、最後に聞こえてきたのは聞き馴染んだ声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………兄………さん………?」

 

 呆然とした様子でハジメは地に倒れ伏す神羅を見ていた。それはまるで目の前の現実を認めることをハジメの全てが拒否しているかのようだった。

 神羅とはぐれ、意識を失っていたハジメは意識を取り戻した後、休憩もそこそこに川に浸かって冷え切った体のまま神羅を探し始めた。ここがどこで、地上に戻るにしても兄を放っておけない。何とか兄の両腕両足を治療しなければ……その思いでハジメは動き出した。

 だが、ハジメが出会ったのは一匹の兎だった。真っ白い毛の後ろ脚が異様に発達し、全身に赤黒い線が走った兎。その兎が二本の尾をもつ狼の群れを蹴りで薙ぎ倒したのを見て、ハジメはすぐに撤退したのだが気づかれ、兎の蹴りを受けて左腕を折られた。そこまではまだ良かったのかもしれない。

 兎がハジメにとどめを刺そうとしたところでその蹴り兎ですら怯えてしまうほどの魔物……爪熊が現れたのだ。

 その爪熊が蹴り兎を殺し、咀嚼を始めた瞬間、ハジメの耳に人間の物らしきうめき声が聞こえてきたのだ。その瞬間、ハジメは弾かれたようにその声が聞こえてくる方向に向かって走り出した。

 ここで聞こえてくる人間の声。心当たりは一つしかなかった。兄だ。兄はまだ無事だ。急いで合流して逃げなければ。

 爪熊がこちらに気づくかもと言う懸念も忘れてハジメは全力で走った。走って走って走って走って走って見つけたのは………血だまりに沈む兄だった。

 兄はピクリとも動かない。わずかな呼吸音すら聞こえない。

 

 「兄さん……何寝てるの?ここは危ないからさ……早く逃げないと……だからさ……起きてよ……」

 

 ハジメはよろよろと現実感のない、まるで夢でも見ているかのように神羅に声をかけながら歩いていく。だが、神羅は何の反応も示さない。ただ、体の下の血だまりが広がっていくだけだ。

 ハジメがふらふらとしながら更に神羅に近づこうとした瞬間、グルル、と後ろからうなり声が聞こえ、本能が凄まじい大音量で警鐘を鳴らす。

 だが、ハジメが何かをする前にゴウッと風がうなる音が聞こえると同時に強烈な衝撃がハジメの左側面を襲った。そして、そのまま壁に叩きつけられる。

 

 「がはっ!」

 

 叩きつけられた衝撃で肺の空気が抜け、壁をズルズルと滑り崩れ落ちるハジメだが、すぐに衝撃でふらつく視界で爪熊の方を見ると、爪熊は何かを咀嚼していた。

  ハジメは理解できない事態に混乱しながら、何故かスッと軽くなった左腕を見た。正確には左腕のあった場所を……

 

 「あ、あれ?」

 

 ハジメは顔を引き攣らせながら、何度も腕があった場所を手で触れようとする。脳が、心が、現実を理解することを拒んでいるのだろう。

 しかし、腕を襲うすさまじい激痛がハジメを現実に引き戻す。

 

 「あ、あ、あがぁぁぁあああーーー!!!」

 

 ハジメの絶叫が迷宮内に木霊した。ハジメの左腕は肘から先がスッパリと切断されていたのだ。爪熊が放った風の刃で。

 ハジメの腕を喰い終わった爪熊は顔を涙と鼻水とよだれでべたべたにして痛みにもがくハジメに視線を向けるが、次の瞬間には外す。

 痛みで意識が定まらない中、ハジメは思わず爪熊の視線を追い、凍り付く。

 爪熊が見ているのは動かない神羅だ。そのまま爪熊は神羅の元に歩いていく。恐らく、動き回る小さな獲物よりも、動かない、大きな獲物のほうがいいと判断したのだろう。

 そして爪熊が神羅に手を伸ばす。神羅を喰おうとしている。兄を。自分と血を分けた家族が喰われようとしている。

 そう理解した瞬間、ハジメの頭の中で何かが音を立てて切れ、全身を何かが満たし、一時的に痛みを封じ込めた。それは何だろうか。怒りか、守ろうとする意志か、失いたくないという決意か、はたまたその全てか。だが、その瞬間、それはハジメの体を突き動かした。

 

 「ああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 

 ハジメは残った右手でナイフを抜くと喉がつぶれるような絶叫を上げながら爪熊に向かって突貫する。

 爪熊はこの階層において最強だ。何者も彼にはかなわず、逃げるしかなかった。だからこそ、ついさっきまで餌だったものが自分に突撃してくることに驚き、体が固まる。それは決定的な隙だった。その隙にハジメはそのまま爪の頭部に突進してナイフを構え、体ごとぶつかる。だが、ハジメ程度の身体がぶつかったところで爪熊は揺らぐ事はない。

 

 「グルァァァァァァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 だが、ハジメのナイフは別だ。ナイフは爪熊の右目に突き刺さっていたのだ。

 今まで感じた事のない激痛に視界が突如として半分奪われた衝撃に爪熊は絶叫を上げ、血をまき散らしながら暴れまわり、ハジメと神羅を吹き飛ばす。

 ハジメは再び壁にたたきつけられ、呻くが、即座に周囲を見渡し、神羅を見つけると慌てて駆け寄る。

 

 「兄さん!兄さん!兄さん!」

 

 ハジメは必死に神羅の体揺すって起こそうとするが、神羅は以前ピクリともしない。

 ハジメは更に呼びかけようとするが、殺気を感じて視線を向ければ、爪熊がこちらを凄絶な殺気を籠めた左目で睨みつけていた。右目にはナイフが刺さり、血が流れている。

 

 「グァァァァァァァァァァァ!!」

 

 直後、爪熊が咆哮を上げながら襲い掛かる。風の刃を使わないのは頭に血が上っているからか、それとも嬲り殺すためか。

 

 「つぅ!練成!」

 

 ハジメはすぐに動く。残った左腕の一部を使って神羅の腕を挟み込むと右手を後ろに当てて練成を行い、穴を作ると、そこに潜り込み、神羅も引っ張り込む。

 それと同時に爪熊が穴に激突、怒りの咆哮と共に穴に手を伸ばし、二人を捕えようとする。

 

 「練成!練成!練成!練成!」

 

 ハジメは爪熊から少しでも逃れようと練成を連続で使い、神羅を引きずりながら必死になって奥に進んでいく。左腕の事もすでに頭からは抜けており、今は兄と共にここから逃げる。それに突き動かされていた。

 どれぐらい進んだかハジメにはもう分からない。だが、いまだ遠くからは壁を引っ掻く音が聞こえるから止まるわけにはいかない。出血多量で意識を失いそうなるがそれでも必死に進もうとする。しかし、

 

 「練成……練成……練成……れん……せぇ……」

 

 その間に魔力が尽きたようで、もう壁は練成されない。そのままハジメはずるりと倒れ伏すが、必死に首を動かして神羅を見やる。

 以前神羅はピクリともしない。それどころか、こうして触ってみて分かる。分かってしまった。神羅の全身が冷たくなっていると。

 

 「にい………さん………」

 

 ハジメはそう呟くと同時に意識を闇の中に落とす。その寸前、ハジメは頬に水滴を感じていた。

 




 ここで一つ。彼女の出番なんですが……かなり終盤になってしまいます。だってプロットの時点で終盤で、早めに出そうとしてもそうしたらパワーバランスが崩れるし……

 ただちょくちょく懐かしむ描写は挟もうと思います。

 感想、評価、どんどんお願いします。


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第9話 再誕

 今回でついに、王が……と言っても暴れるのはまだ先ですが。あと、ここで溜め書きは終了です。ここからは更新は遅くなります。

 あと、プロローグに少し手を加えました。

 ではどうぞ!


 

 頬に水滴が当たり、口に流れ込む感触にハジメは意識を取り戻す。

 

 (あれ……?僕……生きて……)

 

 疑問に思いながら目を覚まして体を起こそうとして、低い天井に頭をぶつけて呻きながらうずくまる。

 そして反射的にハジメは天井を練成で広げようと手を伸ばすが、左腕はひじから先が無い。それを見てハジメは息をのむが、少しすると左腕を幻肢痛が襲い、思わず切断面を抑えるが、そこは盛り上がった肉で塞がっている。

 

 「ど、どうして……」

 

 ハジメが疑問に思っていると、再び水滴が頬や口元に当たり、それを飲み込むと体に活力が戻ってくる。

 

 「まさか……これの……そうだ、兄さん!」

 

 ハジメは慌てて右手で周囲を探ると、すぐに手は誰かの体に触れる。どうやら何とか持ってくることはできたようだ。

 ハジメはすぐさま神羅の体を揺する。

 

 「兄さん!しっかりして!目を開けて!声を出して!」

 

 ハジメはそう言いながら揺するが、神羅は何も声を発しない。それどころか呼吸音も聞こえない。

 ハジメは顔を青くしながら必死に神羅を揺すり、体に触れていく。四肢はあの見るも無残なありさまだった。では胴体はと手を触れてすぐに手が穴に落ち、そこでにちゃりとした感触を覚える。

 その感触にハジメの目が絶望に染まる。よく見なくてもその感触だけで分かる。兄の腹に穴が開いているのだ。致命傷クラスの。

 その事実にハジメは過呼吸気味となり、目の焦点が合わなくなってくる。世界が音を立てて崩壊を起こす音が聞こえてくる。だが、そこでまた水滴が頬に当たる。

 その感触でハジメははっとし、焦点が定まる。

 

 「そうだ……この水……!」

 

 恐らくだが自分の傷はこの水のおかげで治ったと思われる。だとしたら、兄もこの水で助かるのではなかろうか。

 ハジメは急いで水滴がたれるところに手を差し出して水滴を受け止める。幾らか受け止めたところですかさず神羅の口元に持って行って飲ませようとするが、神羅の口は堅く閉ざされている。ハジメは左ひじを使って口をこじ開けて飲ませようとするが、水がこぼれてしまう。

 

 「ダメだ……もっと必要………水源を探してみよう」

 

 ハジメは幻肢痛に耐えながら右手を水滴が流れる方へ突き出し錬成を行う。そのままどんどん練成して奥に進んでいく。普通なら魔力が尽きてしまうが、この水は魔力も回復するようで、それで回復しながら進んでいく。

 流れる水の量が増えてきて、さらに奥に進んでいけば、ついに水源にたどり着く。

 

 「これ……は……」

 

 そこにはバスケットボールぐらいの大きさの青白く発光する鉱石が存在していた。

 その鉱石は、周りの石壁に同化するように埋まっており下方へ向けて水滴を滴らせている。神秘的で美しい石だ。アクアマリンの青をもっと濃くして発光させた感じが一番しっくりくる表現だろう。

 ハジメは一瞬、幻肢痛も兄の事も忘れて見蕩れてしまった。だが、すぐに思い出すと鉱石の周りの石壁を練成で取り除き、最後には右手でもって石壁から引き剥がす。

 ハジメは手の中の鉱石をしげしげと眺めた後、そのまま直接口をつけて水をすする。

 すると、体の内に感じていた鈍痛や靄がかかったようだった頭がクリアになり倦怠感も治まっていく。

 やはりこれがハジメの回復の原因だったようだ。これならば神羅を助けられるかもしれない。ハジメの目に僅かながら希望が宿る。

 なお、まだハジメは知らない事だが、実はこの石、神結晶と呼ばれる伝説の鉱物だったりする。

 神結晶は、大地に流れる魔力が、千年という長い時をかけて偶然できた魔力溜りに蓄積、その魔力そのものが結晶化したものだ。確認されている限りでは三十センチから四十センチ位の大きさで、結晶化した後、更に数百年もの時間をかけて魔力を蓄積し、蓄積した魔力が飽和状態になると、液体となって溢れ出す。

 その液体は神水と呼ばれ、これを飲んだ者はどんな怪我も病も治るという。欠損部位を再生するような力はないが、飲み続ける限り寿命が尽きないと言われており、不死の霊薬とも言われている。

 ちなみにだがハジメが見つけた神結晶。これは自然にできたものではなく、とある黒い練成師が自作して、それをある少女が奈落に落としてしまったものである可能性が高い。

 ハジメは外套で神結晶を包んで神水を漏らさないようにすると急いで神羅の元に戻る。

 戻ってきたとき、神羅は変わらずその場に横たわっていた。ハジメはくぼみを作ってそこに神結晶を置くと外套を脱ぎ、神羅の口元に持っていくとそのまま外套を絞ってしみ込んだ神水を絞り出し、神羅の口に垂らしていく。

 

 「兄さん!しっかりして!これで助かるから!絶対に助けるから!」

 

 ハジメはそう言いながら神水を飲ませようとするが、神羅は微動だにしない。

 

 「兄さん……起きてよ……僕を……一人にしないでよ……」

 

 必死に神水を絞っていくが、仮に神羅の口の中に入っても飲み込むことはなく、傷も癒えない。意識を取り戻さない。絶望の淵に立ち、心が折れそうなのを必死に保ちながら絞るが、ついに外套から神水が出てこなくなる。

 

 「兄さん……兄さん……兄さん……」

 

 ハジメの手から外套が落ち、その手で神羅の首元に触れるが、そこからは何も返ってこない。ただ冷たい肉の感触しかしない。

 それがとどめだった。今まで必死に目を背け、わずかな希望に縋り続けてきたがもう限界だった。もう目をそらすことはできない。

 神羅は……自分の血を分けた双子の兄は………死んだのだ。

 

 「兄……さん……」

 

 ハジメはその場で崩れ落ち、光を失った目で項垂れる。ハジメの心は完全に折れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 南雲ハジメにとって、南雲神羅はどういう兄かと問われたら、彼はよどみなく憧れだと断言する。

 双子として生まれながら、二人は双子と呼ぶのに抵抗があるほど似ていない。それは幼少期からだった。

 小学校に上がる前には神羅の背はハジメを追い越した。ハジメが比較的家で過ごす日が多いのに対し神羅は外に出ることが多かった。もっとも、その神羅も友達と遊ぶというのは多くなく、散歩や一人で過ごすことが多かった。

 だが、時々、ハジメが神羅と共に外で遊ぶときはいつも神羅はハジメを気にかけていた。ハジメはその神羅の後ろをカルガモのヒナのようについて回っていた。

 そして、何かあった時、神羅はいつもハジメを守ってきた。それは小学校に上がってからも、中学校に上がってからも。いじめっ子や怖い犬。そう言った恐ろしい物に対し、神羅は常に一歩も引かなかった。一歩も引かず、後ろに隠れる弟を守り続けた。その背中は、ハジメにとってはまさにテレビの中のヒーローその物だった。

 その背中にハジメは憧れ、魅せられ、羨望した。もちろん、全てではない。神羅の人間への認識や割と容赦がないところは直したほうがいいと思っているのだが、それでも憧れのほうが強い。

 それと同時に心のどこかで情けないと思っていた。いつも兄の背中に隠れてばかりだったから。あの時、檜山たちもリンチしながら言われた。それでも、一緒にいないときはそれなりに立ち向かえたのだが、兄がいたらいつも隠れてしまっていた。それがハジメには兄の足を引っ張っているようでたまらなく悔しい事だった。

 だからこの世界に来た時、ハジメは異世界や先への恐怖を抱きながらも心の片隅で喜んでいた。兄を助ける事ができるのだと。

 だが、その時は………永遠に来なくなった。

 

 

 

 

 

 ハジメは、今、手足を縮めて胎児のように丸まって神羅の横にいた。

 ハジメの心が折れた日から四日が経っていた。

 その間、ハジメはほとんど動かず、神結晶を置いたくぼみに溜まった神水のみを口にして生きながらえていた。

 しかし、神水は服用している服用者を生かし続けるが、それで腹が膨れるわけではない。死なないだけでハジメは壮絶な飢餓感と幻肢痛による地獄を味わっていた。

 

 (どうして僕がこんな目に?)

 

 ここ数日それしか考え付かない。

 その間何度も何度も、意識を失うように眠りについては、飢餓感と痛みに目を覚まし、そのたびに現実から逃げるように神羅の体を揺さぶり、神水を飲ませ、脈と呼吸を見る。そして死を幾度も叩きつけられ、苦痛から逃れる為に再び神水を飲んで、また苦痛に苦しみ、現実をぶつけられる。

 それを何度も繰り返していくうちにいつしか、ハジメは神水を飲むのを止めていた。無意識の内に、苦痛を終わらせ、兄に会いに行く方法を実践したのだ。

 

 (こんな苦痛がずっと続くなら……いっそ……そうすれば……兄さんに会えるし……)

 

 そう内心呟きながら意識を闇へと落とす。

 それから更に三日が経った。

 一度は落ち着いた飢餓感だったが、再び今度は更に激しくなって襲い来る。幻肢痛は治まらず、ハジメの心を削っていく。

 

 (まだ……死なないのか……あぁ、早く、早く……死にたくない……)

 

 死を望みながら無意識に生に縋る。矛盾した考えが交互に過る。ハジメは既に、正常な思考が出来なくなっていた。うわごとのように神羅の名前を口にするようになった。

 それから更に三日が過ぎる。その間ハジメは本当に神水を口にしていない。既に前に飲んだ神水の効力はなくなり、このままでは二日と保たずに死ぬだろう。食料どころか水も摂っていないのだ。

 しかし八日目、そこからハジメの精神に変化が現れ始めていた。

 幾度も幾度も幾度も幾度も死と生を交互に願いながら、地獄に耐えていたハジメの心に、ふつふつと暗く澱んだものが湧き上がってきたのだ。

 

 (なぜ僕が苦しまなきゃならない……僕が何をした……)

 (兄さんが死んだ……なんで死んだ……)

 (なぜこんな目に遭ってる……なにが原因だ……何が兄さんを殺した……)

 

 そんなどす黒い思考が滲みだし、ハジメの心を侵食していく。ハジメの心がどす黒く染まっていく。

 ああ、そうだ。誰が兄さんを殺した。誰のせいで自分はこんな目に遭っている。分かっている。クラスメイトの誰かだ。誰がそうした。許さない。絶対に許さない。兄はいつも自分を押し殺すようなことはしなかった。常に自分の心に従っていた。ならば………

 だが、脳裏に焼き付いた背がその浸食を阻む。確かに兄は怒るときは怒り、容赦なかった。でも、優先するのはいつもハジメの身だった。

 自分は兄ではない。だが、自分はそんな兄の背に憧れた。だからハジメは自分に問う。

 

 (僕は……‥俺は………)

 

 9日目。ハジメは自分はどうしたいのか、どうすればいいのか、何をすればいいのか強く自分に問う。

 

 (俺は何を望んでる?)

 (俺は生を、兄貴と一緒に帰ることを望んでいる。兄貴の仇を取ることを望んでいる)

 (それを成すにはどうすればいい?)

 (俺は……俺は……)

 

 

 

 そして10日目。

 

 ハジメはじっと静かに横たわる神羅の体を眺めていた。その目には悲壮も、諦めもない。

 そしておもむろに手を伸ばすと神羅の髪を束ねる青白い布を片手で苦労しながら外す。

 

 「悪いな、兄貴……一緒に帰りたいけど、流石に死体と一緒じゃ帰ることなんてできそうにない。だから……せめてこれを形見として持っていくことにする」

 

 ハジメは青白い布を口と右手を使って左ひじに固く、きつく巻き付けて縛り付ける。

 そして手をついて練成を行うと神羅の周囲の地面を穴に練成する。

 穴の中に横たわる神羅を見つめ、ハジメは一回瞑目すると、

 

 「さようなら……兄貴……」

 

 そう呟いて練成で地面を元の形に戻し、神羅を埋める。

 完全に埋まったことを確認すると、ハジメは随分と溜まった神水を口に含んで活力を取り戻す。

 そしてハジメは顔を上げる。その目に宿るのは奈落の底の闇と絶望、苦痛と本能、そしてそれらの中であっても色あせなかった憧憬の気持ちが鍛え上げた強靭な意志。

 

 「俺は帰る……兄貴と一緒に……そして兄貴の敵を討つ。誰だろうと必ず見つけ出す……それを邪魔するならなんだろうと、誰であろうと……殺す」

 

 その意志と共にハジメは横穴から這い出ていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奈落の底の一角。もうそこから人の気配が消えて随分と経つ。すでにハジメはその階層を後にしていた。神羅を埋葬した穴もすでに練成で完全に塞がれている。

 その穴があった個所。穴も何もないその壁から何かが聞こえてくる。まるで何かを削り落とすようなガリガリと言う音。

 そしてその音がやんだ瞬間、奈落そのものを揺るがすような轟音と共に壁が吹き飛ばされる。壁の一角ではない。壁そのものがだ。それによってできた穴の奥で揺らめく影が見える。その影はブルりと体を震わせると静かに視線を動かし、

 

 「グルアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」

 

 奈落そのものを揺るがさんばかりの咆哮を上げる。その瞬間、その階層の魔物……否、奈落に住まう全ての魔物が一斉に怯え、一匹残らず錯乱したように暴れ回る。

 

 

 

 

 

 

 

 王の目覚めである。

 




 と、言うわけでハジメ君は原作とは少し違います。そうですね……同時刻の原作ハジメよりも丸く、以前の優しさがそれなりに残っています。神羅に少し近いかな。代わりに心の頑強さは現時点では劣っていますね。

 感想、評価、どんどんお願いします。


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幕話 もう一つの再誕

 すいません。迷宮のところ、あまりにもあっさりとしていたように感じたので幾らか加筆して投稿し直します。

 1/1 追記


 時間は少し遡る。

 ハイリヒ王国王宮内、召喚者達に与えられた部屋の一室で、八重樫雫は、暗く沈んだ表情で未だに眠る親友を見つめていた。

 あの日、迷宮で死闘と喪失を味わった日から既に五日が過ぎている。

 あの後、宿場町ホルアドで一泊し、早朝には高速馬車に乗って一行は王国へと戻った。とても、迷宮内で実戦訓練を続行できる雰囲気ではなかったし、勇者の同胞が2人も死に、さらにそれを実行したのが同胞であるという証言まで出たのだ。国王にも教会にも報告は必要だし、詳しく調べる必要があった。

 それに、厳しくはあるが、これから先の困難を思えば。致命的な障害が発生する前に、こんなところで折れてしまっては困るのだ。故に勇者一行のケアが必要だという判断もあった。

 雫は、王国に帰って来てからのことを思い出し、香織に早く目覚めて欲しいと思いながらも、同時に眠ったままで良かったとも思っていた。

 帰還を果たしハジメと神羅の死亡が伝えられた時、王国側の人間は誰も彼もが愕然としたものの、それが無能のハジメと力量が不明の神羅だと知ると安堵の吐息を漏らしたのだ。

 国王やイシュタルですら同じだった。強力な力を持った勇者一行が迷宮で死ぬこと等あってはならないこと。迷宮から生還できない者が魔人族に勝てるのかと不安が広がっては困るのだ。神の使徒たる勇者一行は無敵でなければならないのだから。神羅がベヒモスとやり合えるだけの力を持っていたと言っても、それで腕がつぶれてしまっては意味がないと。

 だが、国王やイシュタルはまだ分別のある方だっただろう。中には悪し様にハジメを罵る者もおり、死人に鞭打つ行為に雫は憤激に駆られたが、その前に正義感の強い光輝が怒り、勇者に王国や教会に悪印象を持たれるのはまずいと言う判断で二人を罵った者達は処分を受けたが。

 だが、それが原因で光輝は無能にも心を砕く優しい勇者であると噂が広まり、結局、光輝の株が上がっただけで、二人が勇者の手を煩わせただけの無能であるという評価は覆らなかった。

 

 「あなたが知ったら……怒るでしょうね……」

 

 あの日から一度も目を覚ましていない香織の手を取り、呟く雫。

 医者の診断では、体に異常はなく、おそらく精神的ショックから心を守るため防衛措置として深い眠りについているのだろうということだった。故に、時が経てば自然と目を覚ますと。

 雫が香織の手を握ると、その手がピクリと振るえる。

 

 「!香織、聞こえる!?」

 

 雫が呼びかけると香織の瞼が震えゆっくりと目を開けていく。

 

 「香織!」

 「……雫ちゃん……?」

 

 涙目で雫が香織の顔を覗き込むと、香織はボーッとした様子で名を呟く。

 

 「ええ、そうよ。私よ。香織、体はどう? 違和感はない?」

 「……うん。平気だよ。ちょっと怠いけど……寝てたからだろうし……」

 「そうね、もう五日も眠っていたのだもの……怠くもなるわ」

 

 そうやって体を起こそうとする香織を補助し苦笑いしながら、どれくらい眠っていたのかを伝える雫。香織はそれに反応する。

 

 「五日? そんなに……どうして……私、確か迷宮に行って……それで……」

 

 徐々に焦点が合わなくなっていく目を見て、マズイと感じた雫が咄嗟に話を逸らそうとする。しかし、香織が記憶を取り戻す方が早かった。

 

 「それで……あ…………………………神羅君たちは?」

 「ッ……それは」

 

 苦しげな表情でどう伝えるべきか悩む雫。だが、香織はその様子を見て小さく目を伏せると、

 

 「そう………夢じゃない………本当の事なんだね………二人とも………」

 

 小さく呟くその姿はいっそ落ち着いていると言っていいだろう。だが、その目を見れば、奥に危険な色が、声色の節々に震えがあるのが分かる。それが彼女が必死に激情を抑えようとしている証であるのは明白だ。そうしなければ、目の前の親友に当たってしまいそうだから。

 

 「………ねえ、誰なの」

 「え?」

 「結局………二人を落としたのは……どこの誰なの……?やっぱり、檜山君だったの?」

 

 静かに、だが問い詰めるように香織は雫に聞く。その目は誤魔化しは許さないと言うように細められて雫を見据えている。

 今までに見たこともない親友の表情に雫は息を詰まらせる。彼女の知る香織はこんな表情をするような子ではない。やはり、許せないのだろう。想い人と友人を殺した者を。だとしたら………伝えるべきではない。

 

 「そ、それがね、まだはっきりとは「雫ちゃん……答えて……」っ……」

 

 誤魔化そうとした雫だが、香織は聞きたいのはそれじゃないと言わんばかりに遮る。

 その目を見て分かってしまった。どうあがいても香織に誤魔化しは通用しないと。仕方なく雫は口を開く。

 

 「……ええ、そうよ。本人が認めたわ……」

 「………そっか…………それじゃあ、当然罰は受けたんだよね?仲間を二人も死なせたんだから……」

 

 香織の言葉に幾分か落ち着きが戻ってきたが……

 

 「……それなんだけど……」

 「?なに?」

 「………光輝が許しちゃって……そのまま………」

 「………………………ハ?」

 

 香織の声から、温度が完全に消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メルド団長があの時の経緯を明らかにしようと優香から詳しく話を聞き、やはり檜山が犯人である可能性が高い。その線でメルド団長が調べようとしたところで、檜山が光輝やほかの生徒の前で土下座したのだ。

 彼曰くあの状況を招いて悪かった。二人への魔法の件は少しでも威力を求めた。もしかしたら慌てていて、使い慣れない魔法だったから制御を誤ったのかもしれないと。

 だが、優香はそうは思わなかった。ああもピンポイントに二人の前に移動するとは思えない。そう言おうとした瞬間に、光輝が檜山を許すと言ったのだ。

 やってしまった罪は消えないが償う事はできる。死んでしまった二人のためにも一緒に戦おうと。そうすれば二人も許してくれると。その言葉に優香は信じられないという表情をするが、更に周りの生徒たちもその意見に反対はしなかった。檜山は言った。制御を誤ったかもしれないと。そして優香が見たのは最後の一撃のみだ。つまり、最初の誤射は自分達ではと言う懸念が生まれ、口を挟めなかったのだ。そして王国、協会側も勇者である光輝がそう言うならと檜山に特に何の処分も下さなかった。勇者の仲間に仲間を殺した奴がいることを公にしないという思惑もあるだろう。その一連を見て、優香は愕然としていた。

 

 「……………ナニソレ?ドウ言う事?ナンでそうなるの……?」

 

 香織が表情が抜け落ちた能面のような顔で、まるでヘドロのような色合いの瞳をして、口から抑揚がない、温度もない言葉を紡ぎながら雫に問いかける。

 

 「………香織、落ち着いて聞いて……」

 

 このままではまずいと雫が香織を落ち着かせようと手を伸ばした瞬間、彼女はその手を掴み上げ、ぎしりと握りしめる。

 

 「っ……香織……」

 「ねえ………なんでアナタは……ナにも言わナカったノ……?」

 

 そう問いかける。名前で呼ばない。まるで他人に問いかけるような口調に雫は小さく目を見開き、悟ってしまう。ギリギリで均衡を保っていた香織の心の天秤を完全に狂わせたと。

 その事実に雫の心は引き裂かれるような激痛を感じ、今すぐに恥も外聞もなく泣きわめき、謝りたい衝動に駆られるが、雫はこらえ、口を開く。これ以上行けば間違いなく香織は壊れる。それだけは絶対に防ぐ。そのために。

 

 「………神羅君に頼まれたから……後は頼むって……」 

 「神羅君……?」

 

 その言葉に香織の目に僅かに光が戻る。もちろん嘘だ。神羅はそんな事、自分には言っていない。それに彼の性格から考えてそんな事を頼むとも考えられない。だが、香織を落ち着かせるには、戻すにはこれしかないのだ。そのためならば、いくらでも話を捏造すると雫は覚悟を決めて口を開く。

 

 「ええ……初日にハジメ君が言ってたでしょ。自分たちは教会に保護されている。それが無くなれば身一つで放り出される。もしもあの時頑なに反対したら……最悪追い出されてしまう……そうなったらみんな……彼に後の事を頼まれた以上、私はああするしかなかったの……ごめんなさい……香織」

 「…………」

 

 雫の言葉に香織はしばし動きを止めると、そっか、と呟いて雫の腕から手を放す。その目は先ほどよりもはっきりとした光が宿っている。香織とて分かっていると思う。神羅が雫にそんなこと頼んでいないことぐらいは。だが、神羅の名前によって幾分か冷静さは取り戻したのだろう。

 

 「ごめんね、雫ちゃん……痛かったよね……」

 「ううん、大丈夫。気にしないで」

 

 香織の怒りも分かる。二人を殺したことに対し何のお咎めも無しで、そして自分はそれを止めることをしなかった。怒りを向けられて当然だと思う。

 そんな中、香織は静かに息を吐きながら瞑目し、ゆっくりと目を開けると、

 

 「………私は諦めない」

 「え?」

 「二人は……神羅君たちはまだ生きてる。まだあそこできっと戦ってる……私はそう信じてる。この目で確かめるまで絶対に諦めない」

 「香織……それは……」

 

 普通に考えればあり得ない。特に神羅に至っては両手足が潰れているのだ。そんな状態で奈落に落ちて、仮にハジメが無傷だったとしても、生きていられるとはとても思えない。だが、香織の目はまるで確信があるかのような光をたたえている。

 

 「だから助けに行く。今よりもずっとずっと強くなって、必ず二人を助けに行く……たとえ何があろうと何が立ちふさがろうと………なぎ倒す………!」

 

 そう言う香織の顔を見て、雫は息をのむ。その目は先ほどに比べれば光を放っていたが、それは決意なんてぬるいものではなかった。それは邪魔する物全てを己の手で粉砕し、目的へと突き進むという不退転の覚悟とでも言うべきか。

 その目を見て雫は悲し気に小さく目を伏せる。壊れるのは防げた。だが……察した。もう以前の香織は存在していないのだと。

 そんな親友に自分ができる事は……

 

 「……分かったわ。だったら私も付き合うわ。香織に何かあったら意味がないしね」

 「……ありがとう、雫ちゃん」

 

 これ以上親友が傷つかないよう、守り抜くこと。そう、雫は思った。

 

 「それじゃあさ………さっそくだけど、お願いを聞いてくれるかな?」

 「なに?何でも言って、香織」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その階層は完全な闇に包まれていた。光源がなければ一寸先も見えない完全な暗闇。

 だが、その暗闇の中を彼はすいすいと進んでいた。全く光源の類など持っていないにもかかわらず、彼は闇の中の全てが見えていると言わんばかりに壁に激突することもなく通路を進んでいく。

 と、その彼が歩く先で何かがキラリと光る。それに気づいた彼は首を傾げるも、次の瞬間にはそちらに向かって走っていく。

 だが、少しして彼は落胆したように歩みを緩める。その先にいたのは2mほどの金色の瞳を持った灰色のトカゲ。彼が探している存在ではなかった。

 と、その時、その瞳が光を帯びる。その光を浴びた彼はだが次の瞬間、ん?と首を傾げる。今何かされたのだろうと言うように。

 トカゲがあれ?と言わんばかりに声を上げるが、彼は気にしない。気にせずトカゲとの距離を地面を抉り砕きながら一瞬で詰め、頭を掴み上げるとそのまま軽く握りつぶす。

 まるで豆腐か何かのように何の抵抗もなくトカゲの頭は握りつぶされ、そのまま絶命する。ビクン、ビクン!と体が数度痙攣するが、それもすぐに収まる。

 彼は死体を眺め、そのまま食らいつく。その顎はトカゲの骨も容赦なくかみ砕き、口元を血で汚しながら肉を喰らっていく。

 そのまま2mの巨体を一片の肉片も残さずに平らげると彼はげっぷを漏らしながら口元の血を拭い、再び歩みを再開する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼が次に探索しているのは地面のそこかしこにタールのようなものがある泥沼のような場所だった。普通は足を取られるだろうが彼は気にも留めずに何の抵抗もなく歩いている。周囲を見渡しながら歩いていると、

 鋭い歯が無数に並んだ巨大な顎門を開いて、サメのような魔物がタールの中から飛び出してきた。それに気づいた彼は無造作に片手を突き出す。

 次の瞬間、腕は魔物の口の中に飲み込まれ、サメは腕を噛み千切ろうとする。

 が、サメがどれほど食らいつこうと、腕を食いちぎろうとしてもその牙は腕に突き刺さらない。

 サメが困惑したように何度も何度も顎門を閉じようとするが、何も変わらない。

 彼は小さく眉を顰めると腕をサメをぶら下げたまま勢いよく振るう。

 瞬間、凄まじい豪風と共に周囲のタールが根こそぎ吹き飛ばされる。腕に食らいついていたサメはそれを至近距離で浴びた結果、ぐちゃぐちゃの肉塊となって吹き飛ぶ。

 それを横目に彼は再び歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼が歩いているのは階層全体が薄い毒霧で覆われた階層だが、彼は苦しそうな気配もなく悠々と歩いている。途中でかい虹色カエルが毒を吐き出し、もろに浴びてしまったが、彼は何の痛痒も感じずにそのままカエルを瞬殺し、捕食した。

 そのまま歩いていると、前方に新しい敵が現れる。それは巨大な蛾だった。彼は少しその姿を見つめると、ふん、と小さく鼻を鳴らし、地面を吹き飛ばしながら距離を詰め、蹴りを繰り出す。蛾は一瞬で爆散する。それを確認した彼は死骸には目もくれずに即座に歩き始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 密林のように鬱蒼とした場所を彼は歩いている。その彼に向かって巨大な百足がその体を分離させて一斉に襲い掛かるが、彼はその全ての攻撃を避けようともせずに真っ向から迎撃していく。拳が、蹴りが、尾が百足を吹き飛ばし、爆散させていく。

 樹のような魔物もいたが、彼の()の一撃で真っ二つに砕け散っていた。

 次々と襲い掛かる魔物を歯牙にもかけずに彼は進んでいく。

 

 

 

 

 

 再会の時は近い……




 一応こちらは残しておきます。
 
 え~~、彼女の件、終盤に出ると言う言葉に多くの方が難色を示されました……いや、パワーバランスだけでもないんですよ。
 これはあくまでもゴジラとありふれのクロスですから、ハジメたちにも見せ場を作らないといけないんです。そうじゃないとクロスさせた意味がありませんから。でも、突然すごい力を手に入れて互角は論外です。怪獣の強大さが一気に薄れますし、人間の強さを表すこともできない。なので、少しずつ、段階を踏んでいこうと思っているんです。だから……………彼の件もあるし……

 彼女を弱体化させればと言う意見もありましたが、自分は拒否です。自分の中であの二匹は一方が守ってあげるとかではなく、対等に守り守られが一番輝くと思っています。そのためにも弱体化はさせません。

 ただ……あそこをいじれば早めに彼女を出すことができるとは思います。そうですね……早めて中盤ぐらいが限界かと………これ以上はマジで早くならない。これが限界です。ご勘弁を。



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第10話 再会

 今回、ついにハジメと神羅が再会します。

 ではどうぞ!


 ハジメがこの奈落を降りてどれほど経っただろうか。今、彼は77階層にて装備や消耗品の点検をしていた。ここに来るまでに、ハジメを取り巻くありとあらゆる環境は変化していた。

 まず一番目立つのはその身体だろう。身長は以前よりも伸び、神羅に迫るほどになっている。体つきもがっしりとしており、以前よりも筋肉質だ。また、髪は以前の黒髪から白髪になっており、目の色も赤くなっている。

 これは、第一階層で魔物を倒し、飢えからその肉を食べてしまったのが原因だ。魔物の肉は猛毒。喰らえば人間の体を内側から侵食し、破壊させてしまう。だが、その時にハジメは神水を服用した。

 それによって破壊しては再生され、破壊しては再生されをひたすら繰り返した。だが、それによって彼は変わった。

 ステータスは大きく上昇し、魔物の固有魔法を己の物にした。更に自分よりも強い魔物と言う制限があるが、肉を喰えばステータスが上昇し、固有魔法を得ることができるようになった。

 今のハジメのステータスはすでに勇者光輝のそれを凌いでいる。

 次に変化を上げるならハジメのメイン武器であるリボルバー型のレールガン、ドンナーだ。これはハジメが奈落の一階層で作って以来ずっと彼の相棒として活躍してきた武器だ。他にも様々な武器を作ってきて、それらを駆使してここまで来た。

 だが一番大きな変化は、

 ハジメがドンナーを眺めながら何やら物思いにふけっていると、

 

 「……ハジメ。どうかした?」

 

 隣から聞こえてきた心配そうな声にハジメははっとして首を向ける。そこには一人の少女がいた。

 年は12歳ぐらい。最高級のビスクドールのような美貌に長い金髪、赤い瞳、そして年に似合わぬ妖艶さを持ったこの場には不釣り合いな少女。

 彼女の名前はユエ。この奈落の50階層にあった封印部屋に封印されていた吸血鬼の少女だ。

 彼女は300年前に滅んだ吸血鬼族の女王で、自動再生と言う魔力がある限り再生し続ける能力、更に魔法陣や詠唱無しで全属性の魔法を放てるという規格外の能力を持っているが、叔父にその能力を疎まれてあそこに封印された。それをハジメが封印を解き、以来一緒に行動をしている。ちなみに名前は以前のを捨ててハジメにつけてもらった。

 ハジメは未だ引きずってるのか、と苦笑しながら口を開く。

 

 「いや、俺もだいぶ……自分で言うのもなんだが強くなったと思ってな。そうしたら……失わずに済んだのかなって」

 「それって……お兄さんの事?」

 

 初めて会ったときにお互いの事情は話していた。ハジメがここに落ちた経緯、そしてその時に兄を失ったことも。

 ユエの問いにハジメはああ、と頷いて左腕に巻いた布に触れる。

 

 「どうしようもなかったって割り切ったはずなんだが……どうにもな」

 

 我ながら女々しいとハジメが自嘲気味に笑うと、ユエがフルフルと首を横に振る。そんな事はないと言うように。

 ユエがハジメに神羅の事を聞いた時、ハジメは兄とのことを色々話していた。そしてその時の表情だけでユエには分かっていた。ハジメにとって兄がどれほど大きく、大切な存在だったのか。それを失ったのだ。感傷的になるのも仕方ないと思う。

 そんなユエの様子にハジメはありがとな、と頭を撫でてやる。ユエは嬉しそうに目を細める。

 

 「よし、もう大丈夫だ。先に進むぞ、ユエ」

 「……ん」

 

 点検を終え、準備を整えたハジメとユエは壁の穴から出て、迷宮の通路を歩き、

 

 ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!

 

 背後から尋常ではない轟音が轟く。

 突如として響いた轟音にハジメとユエは驚愕しながらも即座に振り返り、戦闘態勢を取るが、その光景を見て唖然とした。

 目の前には大量の土煙が立ち上っており、周囲の状況は目視ではうかがい知れない。ハジメの技能、気配感知は範囲外のせいか煙の中に何がどれぐらいいるのか分からない。そして、天井には巨大な大穴が口を開けている。

 

 (まさか………天井をぶち破ってきたのか!?)

 

 それ以外に考えられず、ハジメは戦慄の表情を浮かべる。確かに外に出るときに周囲には何もいない事を確認している。そしてこれ程の崩落が何の前触れもなく起こるとは考えられない。と、なれば考えられるのは上の階層にいた何かが床をぶち破って階下のこの階層に侵入してきたことだ。

 そんなことができる魔物がいたのか、とハジメは考えるがすぐにあることを思い出す。

 それは50階層に到達する前の事。突如として奈落全体を震わせるような凄まじい咆哮が轟いたのだ。突然の事にハジメが警戒をしていると、魔物たちが一斉に暴れだしたのだ。それこそ、その階層全ての魔物が恐慌状態に陥り、めちゃくちゃに暴れ、逃げ回り始めた。ハジメなど目もくれず、手当たり次第に走り回り、壁にぶつかり、何かから逃げ出そうとしていた。その時、ハジメは即座に身を護るために攻撃したが、魔物たちはハジメなど眼中にないと言わんばかりに動き回ったので、攻撃をやめてやり過ごしたのだが。ちなみにこの時、上層のオルクス大迷宮でも同じことが起こっており、冒険者にそれなりの犠牲者が出ている。

 ちなみに咆哮はユエにも届いていたようで、かなり不安に駆られたようだ。

 とにもかくにも、もしも階層をぶち破るような存在がいるなら、それはあの咆哮の主以外考えられない。

 つまり、これまで戦ってきた魔物よりもはるかに強大な存在であると言う事だ。現に気配感知の範囲外にも拘らずに煙から感じるのはハジメが戦った魔物の中で最強であるサソリモドキよりも強大な気配。

 ハジメがドンナーを突き付けながら煙を睨みつけていると、

 

 「……大丈夫、私たち、負けない」

 

 ユエが決然とした表情でハジメの左腕を掴む。ユエの言葉にはハジメは、

 

 「そうだな」

 

 そう言って不敵な笑みを浮かべて煙を睨みつけ、

 

 「ハジメ?」

 

 煙の奥から聞こえてきた声で一転、敵の強大さなぞ頭から吹っ飛んで愕然とした表情を浮かべる。意味もなくドンナーを持つ右手が震え、歯の根がガチガチとなる。ユエもまた聞こえてきたのが人間の声であると言う事に驚いているが、ハジメよりはましだ。

 そして2人の目の前で土煙の中から彼は現れる。

 ハジメよりもがっしりとした体に高身長。どこかハジメに似た顔立ちだが今のハジメよりも鋭く、威風堂々とした雰囲気を持つせいか年上に見える。黒髪は膝裏に届くほど長く、身に着けている衣服はボロボロだ。彼は煙から出てハジメを見ると少し訝し気な表情を浮かべるが、すぐに何かに気づいたような表情を浮かべる。

 

 「ハジメ………ハジメだな……?」

 「……兄……貴………?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユエはハジメのつぶやきに対しえ?と驚愕の声と共に彼を見上げる。ハジメは目を見開いた状態で目の前の青年と言ってもいい容姿の少年を見ている。

 兄貴。ハジメは確かにそう言っていた。つまり、彼こそがハジメの兄と言う事だ。だが、彼は死に、ほかならぬハジメの手で埋葬されたと聞いたが……

 

 「ハジメ……無事……とは言えぬか……だが、生きていたのだな………」

 

 目の前の少年は本当にうれしそうに顔を綻ばせながらハジメに話しかけるが、彼はまるで微動だにしていない。

 

 「そっちの娘は……誰だ?こんなところにほかにも人間がいたのか?」

 

 彼は続けて話しかけるが、ハジメは変わらず動かない……否、動いている。その右手がまるで抑えきれぬ何かをこらえるように震えている。

 

 「……ハジメ?大丈夫か?」

 

 彼が……神羅がハジメに歩み寄ろうと足を踏み出した瞬間、

 

 ドパンッ!

 

 乾いた炸裂音が響いた瞬間、ハジメの右手のドンナーから赤い閃光が放たれ、それが神羅の頭部を直撃、彼の体は大きく吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

 ユエが驚愕に目を見開いてハジメを見上げてびくりと体を震わせる。

 ハジメはその目を憤怒に染めていた。顔は歪み切り、目の前で吹っ飛んだ神羅を睨みつける。ギリギリと歯を食いしばり、ドンナーを握っている右手は銃身を握りつぶそうとするように力が籠っており、白くなってしまっており、体が震えてしまっている。

 

 「は、ハジメ……?あれは……」

 「……くそったれだな……大迷宮……どうやったか知らないが兄貴の姿を模すことができる魔物を寄こすとはな……」

 「模すって………あれって……」

 「ユエ。兄貴は死んだんだ。間違いなく、寸分の疑いを抱く余地もなく、死んだんだ。神水をいくら飲ませても、回復なんて一切しなかった。死んだんだ。死んでたんだ。死体は俺が埋葬した。間違っても魔物なんぞに食われないように、嬲られないように、きちんと、埋葬したんだ。兄貴がここにいるわけがない。いるはずがない。あれは魔物だ。魔物なんだ。兄貴を模して、俺を殺すためによこした存在だ………ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな!てめぇは楽に殺さねぇ。俺の手でズタズタに引き裂いて、バラバラにしてやる!てめぇの肉なんぞ一片たりとも口にしない。完全に焼き払ってやる!」

 

 これまでに見たこともないほどに怒り狂い、捲し立てるハジメを見てユエは小さく、そう、とだけ声を漏らす。

 ハジメは言葉通りにしようと歩き出すが、

 

 「なるほど。そう言う事か………」

 

 聞こえてきた声に足を止め、ユエもすぐに警戒しながら目を向ける。

 二人の前で神羅はむくりと体を起こす。その頭部は健在だ。爆ぜてもいない。傷もない。それどころか赤くすらなっていない。

 

 「こいつ……」

 

 ハジメが憎々し気に睨むが、神羅は納得がいったと言うように立ち上がる。

 

 「そうか……どうやら相当苦労したようだし、つらい目に遭わせてしまったようだな……すまなかったな、ハジメ。守ってやれなくて」

 「黙れ」

 

 どす黒い声色で再びドンナーから赤い閃光……レールガンが放たれる。

 が、それは神羅の額に当たるとガオンっ!と言う音と共に弾かれる。しかも神羅の体は微動だにしていない。

 

 「あのサソリ並みか……!」

 「………聞く耳持たず……か……仕方あるまい。好きにしろ」

 

 その言葉にハジメとユエは訝し気に眉を寄せる。その二人に対し神羅は続ける。

 

 「好きにしろと言ったのだ。お前の気が済むまで攻撃しろ。そこの娘も参加して構わん。我は反撃しない。避けもしない。お前の怒り、悲しみ、絶望、全てを兄として受け止めよう」

 「てめぇが兄貴を語るなぁ!ユエ、手を出すなよ!」

 

 そう叫び再びドンナーからレールガンが放たれるが、結果は弾かれるだけだ。ハジメは舌打ちをするとポーチからお手製手榴弾を投げつける。

 足元に転がってきたそれを神羅はん?と首を傾げながら目を向ける。瞬間、轟音と共に爆ぜ、神羅を爆炎が飲み込む。

 

 「おまけだ!」

 

 そう言ってハジメは再びポーチから手榴弾を投げつける。再び爆ぜたそれは今度は中から激しく燃え盛る黒い泥を降り注がせる。

 これは焼夷手榴弾で、摂氏3千度の炎をまき散らす。それが爆炎が上がった個所に降り注ぐ。

 これならば少しは効くはず、とハジメは睨んでいたが、煙が晴れた瞬間に、流石に顔を引きつらせ、ユエも息をのむ。

 そこには変わらずに神羅が立っていた。炎は容赦なく彼の体に降り注ぎ、燃やしているのだが、神羅の体には火傷はなく、それどころか髪の毛も縮れている様子がない。身に着けていた服は燃え尽きてしまっているが、それだけだ。それを証明するように神羅は熱がるそぶりも見せない。

 

 「あのサソリでもそれなりに効いたのにこれか……化け物め」

 「化け物か………その呼称は正確ではない」

 「ああ?じゃあ魔物か?」

 「いいや。我を呼ぶとするならば……怪獣だな」

 

 怪獣?とユエが首を傾げる中ハジメはギリっと歯を食いしばる。

 

 「ああ、そうかい!」

 

 ハジメはドンナーを連射、一斉にレールガンが神羅の体の各所に直撃するが、やはり弾かれ、体は微動だにしない。

 ハジメは即座に懐からクイックローダーを取り出してドンナーに弾丸を装填。再び連射するが、それも弾かれる。ハジメはその場から飛び出すと周囲を文字通り跳び回り、神羅に次々と銃撃を浴びせ、更に手榴弾を次々と投げつけ、爆発と炎が襲うが神羅は変わらず微動だにせずハジメを見つめる。

 

 (くそ!こいつ異常すぎるぞ!まるでダメージを負っていない!)

 

 ここまでやって一切ダメージも手応えもない。その事実にハジメの焦っていた。だが、それだけだったらここまでハジメは焦らない。じっくりと攻めて攻略法を見つけようとする。では何がハジメを焦らせているのかと言うと……

 

 (その目をやめろ!それは兄貴の目だ!なんで魔物のお前がその目をする!なんでここまで攻撃されてそんな目を向け続ける!)

 

 神羅は変わらずハジメを見続けていた。真っ直ぐに、逸らさずに、労わる様に優し気に、そして申し訳なさそうに。

 あり得ない。そもそももしもこいつがハジメの動揺を誘い、その隙に殺すための存在なら、最初の攻撃の時に目論見は外れている。いくら攻撃が利かないとはいえ、ここまで攻撃されて何もしないなんてのはおかしすぎる。

 もしかして本当に……そんな考えが浮かんだ瞬間、ハジメはその考えを振り払う。

 

 (いいや、違う。あり得ない。あり得ない!兄貴は死んだ!死んだんだ!だってあの暗闇で、何十回も確認した!生き返ってほしいと願い続けて、何度もその願いを踏みにじられた!ようやく……ようやく割り切ったんだ!それに仮に生きていたとしても兄貴はこんなに強くねぇ!だから違う!違う!絶対に違う!)

 

 ハジメがクイックローダーを取り出そうと懐に手を伸ばすがその手は何も掴まない。はっとして確認してみれば、そこには何もない。弾丸を撃ち尽くしたのだ。おまけに手榴弾もなくなっている。

 ハジメが歯を食いしばる中、傍らのユエが声をかける。

 

 「ハジメ……ここは逃げよう……あれが魔物だとしたらはっきり言って異常。私の魔法もどれほど効くか分からない。このままじゃ……」

 「いいや……こいつはここで殺す……必ず殺す……!絶対に生かしておかねぇ……!」

 

 だが、ハジメはもはや正常な判断ができないのかユエの言葉を無視して切り札を取り出す。

 それは1.5mほどの大きさのライフル銃。

 ハジメの切り札である電磁加速式対物ライフル、シュラーゲン。その威力はドンナーの数倍はある。

 ハジメはわきに挟んで構え、シュラーゲンがハジメの持つ技能、纏雷によって赤い雷をスパークさせる。

 それを見ても神羅は何も行動を起こさない。ただ真っ直ぐにハジメを見据えるのみだ。

 

 「これで……消えろぉぉぉぉォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!」

 

 叫びながら引き金を引いた瞬間、

 ドガンッ!と大砲でも放ったような炸裂音と共にフルメタルジャケットの赤い弾丸が解き放たれ、神羅の頭部に突き刺さり、神羅を吹き飛ばす。

 その光景にハジメがようやく、と思った瞬間、神羅は空中で体制を整えて地面に着地すると両手足の指で勢いを殺し、ゆっくりと立ち上がって顔を上げる。

 その額は着弾個所が赤くなっていたが、それだけだった。

 

 「……冗談………だろ………」

 

 思わずそんな声がこぼれる。これが効かないとなるとハジメにはもはや手立てがない。ユエの魔法も本人が言ってたがどれほど効果を望めるか……だが、諦めるつもりはなかった。こうなったら固有魔法で攻めるとハジメが構えた瞬間、神羅がふむ、と額に手を当てて着弾個所を撫で、小さく唸る。

 

 「見事な一撃だ。以前の我なら無傷とはいかなかったな……まさかここまでとは………」

 

 そう言うと神羅は静かに歩き出し、ハジメの元に向かう。ハジメは動かない。確実に一撃を叩きこむためにひきつけるつもりなのだ。そんなハジメの前にユエが守る様に立ちふさがる。その様子を見て、一回足を止めて神羅は小さく目を細める。そして歩みを再開する。

 

 「ハジメ……その髪、その腕……相当につらい事ばかりだったのだろう。本当にすまなかった。守ってやれなくて。傍にいてやれなくて……」

 「やめろ……」

 「だが、それと同時に兄として誇らしくも思う。お前がここまで強くなるとは思ってもみなかった……頑張ったな、ハジメ」

 「やめろ……!」

 

 神羅が言葉を紡ぐたびにハジメは何かを振り払うように頭を振るう。

 

 「それに良き出会いもあったようだ……娘よ。お前が何者か知らんが、ハジメを守ろうとしているだけでお前が今までハジメと共に戦ってきたことが分かる……兄として礼を言う。弟を守ってくれてありがとう」

 

 その言葉にユエは目を見開きながら息をのむ。そのままじっと神羅の目を見つめる。神羅もまたユエの目を見つめる。そのまま二人は少し見つめ合っていたが、不意にユエはすっとハジメの前から退く。

 神羅は軽く頭を下げるとそのままハジメの前に立つ。ハジメはキッ!と神羅を睨みつけるが、神羅は不快感を感じた様子もなく手を伸ばす。

 ハジメが触れた瞬間に最大出力の纏雷を喰らわせると魔力を練った瞬間、神羅の手はハジメの頭をポン、と撫でる。

 その瞬間、ハジメの全身に電流が走り、練り上げた魔力が霧散する。

 

 「ただいま、ハジメ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ハジメの全身が、本能が、心が、魂が理解した。兄だ。目の前の存在は間違いなく、あの時失ったと思った人。もう二度と会えないはずの人。この世にたった一人しかいない、血を分けた自分の兄なのだと。

 そう理解した瞬間、

 

 「っ………うっ………なんだよ………生きてたのかよ………だったら……もっと……もっと早く合流しろよ……」

 「すまなかったな……」

 

 神羅はただただハジメの頭を撫で続ける。ハジメはその手を振りほどこうとせず、俯きながら撫でられるままだ。その頬にはあの時、暗闇の中で摩耗しきり、枯れ果てたはずの雫が静かに流れていた。




 今回ハジメにはスピードローダを使わせましたが、ぶっちゃけ原作では宝物庫入手するまでどうやって装填してたんだ。スピードローダを使ってたのか、それとも一発一発手作業なのか……とりあえず家はこうなりましたが。それとも俺が知らない、気づいていないだけでちゃんと描写されているのか……

 感想、評価、どんどんお願いします。

 次回、語らいですね。


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第11話 前世

 今回、独自解釈のゴジラの過去が出てきます。ご容赦ください。

 あとありふれのアニメ、少し遅れましたが見ました………………うん。

 とりあえずどうぞ!


 ひとしきり経過し、ようやくハジメが落ち着いたころ、3人は一回ハジメが作った横穴を拠点に装備の点検、補充、そして情報交換を行う事にした。今は拠点の中で3人顔を突き合わせて座っている。ちなみに神羅の服は見事に焼き尽くされたのだが、適当な魔物の皮をはいで身にまとっている。

 

 「それじゃあ……改めて確認するけどよ……生きてたんだな、兄貴」

 「まあな」

 「でも、どうして……どうやって……あの時、確かに兄貴の心臓は止まっていた。神水をいくら飲ませても傷は治ったりしなかったんだぞ?」

 「神水?なんだそれは」

 

 神羅が問うとハジメはポーチから試験管型の容器を取り出し、ふたを取って中を見せる。そこには液体が入っている。

 

 「これだよ。欠損部位を再生させることはできないがそれ以外だったら瀕死の重傷だろうと治す品物だ」

 「ほう……こんなものがあるのか……よく見つけたな」

 「まあ、運よくな」

 

 神羅はまじまじと神水を見つめる。

 

 「ふむ……なかなかの魔力を感じる………恐らくだが再構築の際にエネルギーとして消費されたのだろう」

 「再構築………?」

 「ああ、その事も説明したいのだが……その前に、この娘は誰だ?敵ではないと言うのは分かっているが……」

 

 そう言いながら神羅がユエに視線を向けると、ユエはすぐさまピン、と背筋を伸ばしながら自己紹介をする。

 

 「……私はユエ。この奈落に封印されていた吸血鬼。ハジメに助けてもらった」

 「ほう、そうなのか……封印………あれか?確か50階層ぐらいのところに人工物らしき扉があったが、そこか?」

 「ん」

 「そうか……どうやらお前も色々あったようだな……我は南雲神羅。ハジメの兄だ。ハジメが世話になったようだな」

 

 神羅が手を差し出すとユエも素直にその手を握る。

 

 「……ううん。私のほうが助けられた。これからよろしく、お義兄さん」

 

 その言葉にハジメは盛大にぶっ!と噴き出し、神羅はん?と首を傾げる。

 

 「お義兄さん?」

 「んっ!ハジメのお兄さんだから、将来的には私のお義兄さん。これは決定事項」

 「お、おいユエ!お前何をいきなり……」

 

 ハジメが思わず叫ぶが、神羅はくっくっくっと楽しそうな笑みを浮かべる。

 

 「なるほどなるほど。そう言う事か……ハジメ。お前もなかなかやるではないか」

 「いや……まあ……ていうか、兄貴にだけは言われたくないな………」

 

 ハジメの言葉に神羅がん?と首を傾げるが、ハジメはごまかすようにぱんっ!と右手で太ももを叩く。

 

 「とにかく!今俺たちが知りたいのは兄貴がどうして生きているのかだ。何か秘密があるのか?なんか……特殊な技能にでも目覚めたのか?」

 

 ハジメの問いに神羅はああ、と思い出したように皮の内側からステータスプレートを取り出す。どうやらいつの間にか回収していたようだ。

 ハジメとユエは神羅が差し出したステータスプレートを覗き込む。

 

 南雲神羅 --ーーーー---歳 男 レベルーーーーーーーーーー

 

 天職 怪獣王

 

 筋力:--------------

 

 体力:--------------

 

 耐性:--------------

 

 敏捷:------

 

 魔力:--------------

 

 魔耐:--------------

 

 技能:巨神「+巨神化」「+部分巨神化」魔力操作・魔壊・超直感・魔力炉心・適応進化・言語理解

 

 「………………なにこれ?」

 

 思わずユエが呆然と言った様子で呟いた。ユエにはステータスと言うのはよく分からないが、何だか異様なのだ。と言うか神と言う文字があるのだが、え、神様なのか?いや、技能だから違うか……いや技能が神ってどういう事?

 ユエはハジメに聞こうと目を向けるが、そのハジメもハジメで神羅のステータスを見て呆然としていた。

 表示されていない数値があるのだが、何というか、その部分の桁が明らかにおかしい。これ、もしも数字が表示されたらとんでもない数値が叩きだされるのでは……いや、だからこそ桁だけで数値は表示されていないのか。ステータスプレートでは表示しきれなかった、と言う事かもしれない

 次に天職が変わっている怪獣王。そう、王である。それも怪獣。地球の特撮映画とかに出てくるあの怪獣。その王と来た。他にもなんか明らかにヤバそうな技能が追加されている。

 ハジメ自身ここまで来るまでに数多くの魔物を喰らい、ステータスが強化されてきたが、それが霞んでしまう。

 

 「あ、兄貴………これは……?」

 

 ハジメが恐る恐る尋ねると、神羅はふうむ、とうなりながら頭を掻き、口を開く。

 

 「何といえばいいか……我の本来の力……とでもいうべきか」

 「本来の力って………どう言う事だよ?」

 「ふむ………ハジメよ。お前は転生を信じるか?」

 「は?いきなり何を言って……いや、待ってくれ。そこでいきなりそんな言葉が出るってことは………まさかとは思うが、兄貴は転生したことがある……と言うか、転生者なのか?」

 

 ハジメの問いに神羅が小さく頷くと、ハジメとユエは驚いたように目を見開く。転生。それは異世界転移と並ぶぐらいファンタジーな要素。死んだ魂が別の存在に生まれ変わる事。ハジメもユエも、違いはあれど知識として知っている。だが、まさか実の兄がその転生者だったとは……

 

 「我も最初は驚いた。まさか我が転生を自分で体験することになるとは思わなかったでな」

 

 神羅の言葉に二人はそれはそうだろうと頷く。

 

 「……とりあえず、兄貴が転生者だって言うのは分かった」

 「………自分で言うのもなんだが、信じるのか?」

 

 割とあっさりと信じたハジメに神羅が訝し気に問いかけると、ハジメはポリポリと後頭部を掻き、

 

 「別に今更だろ、転生なんて。現に異世界転移なんてものに巻き込まれてるし、それにあの死んでいた兄貴がこうして目の前にいるんだ。転生って言われたほうがむしろ納得できる」

 「……嘘を吐く人がどういう目をしているのか知っている。貴方はそんな目をしていないし、ハジメも信じているなら、私も信じる」

 

 二人の言葉に神羅は小さく息を吐き、そうか、と呟く。

 

 「で、どうしていきなりその力を?最初の時はそれなりに強かったけど、そこまでじゃなかったよな?ベヒモス殴って腕壊してたし」

 「ふむ………その事を語ろうとすると、前世の事も交える必要があるが、構わんか?」

 「ああ、いいぜ」

 「……ん」

 「そうか。では、少し長くなるが話そう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 異世界があるように、地球も一つではない。世界が複数あれば、それに伴って地球と呼ばれるものも複数存在する。彼が生まれたのもそのうちの一つだ。

 その地球はハジメたちがいた地球よりもはるかに強大な力を持った世界だろう。なにせ、ハジメの世界では空想の産物である怪獣が突然変異ではない生物として無数に闊歩する所だったのだから。

 だが、環境が変わり、怪獣たちが生活しにくくなると彼らは地中に逃げ込み、そこから星の力の余剰を喰らいながら生きていた。

 それがどれほど続いただろうか。幾匹かの怪獣たちが再び地上に進出するようになった頃、怪獣の一種、ゴジラと言う種の中から一匹のゴジラが生まれた。

 ゴジラは元々世界においては上位に位置する種族であった。だが、彼は文字通り桁外れの力を持っていた。

 群を抜いた耐久力に戦闘能力。更に他の個体を超える適応能力。そして強靭なまでの意思。彼は数多の戦いを潜り抜け、傷つき、倒れながらもそのたびにさらに強くなっていき、いつしか、彼はその世界の王となっていた。

 そしてその頃には既に存在していた人間達は、当時は分からなかったが、彼らを神として崇め、祀る様になっていた。

 そして彼は女王と呼べる者と出会い、静かに過ごしていた。

 だが、それがどれほど続いたか分からぬころ、空……いや、宇宙から一匹の怪獣が来襲した。奴は世界を破壊し、自分好みに作り替えようとした。その環境ではおそらく人間は生きられない。最悪、怪獣たちも含めた世界の生物全てが奴を除いて死に絶えるかもしれない。

 そうはさせないと王は戦った。己の縄張りを守るために。奴の側についた怪獣もいたが、女王の助力もあって奴をどうにか氷の中に封じ込めることに成功した。だが、王もかなりのダメージを負っており、とどめを刺すことはできなかった。だから王は眠ることを選んだ。再び奴が目覚めた時に備え、力を蓄える道を。その頃には戦いの余波で壊滅的なダメージを負った地球も再生しきるだろう。犠牲になった命を糧に。

 眠ってからどれほど経っただろうか。ある日、王の住処に謎の来訪者が現れた。見たこともない存在。それによって王は目覚め、再び活動を再開した。

 世界はやはり、再生していたが、怪獣たちはいなかった。また眠ったのだろう。代わりに人間達が繁栄し、やりたい放題していた。だが、王には関係ない。その再生した世界には人間たち以上に危険な存在がいる。まずはそいつを排除する。それが王が目覚めた後の最初の仕事だった。

 その仕事を終えた後も変わった環境によって目覚めた数多の怪獣と戦った。彼は王だが、決して統治しているわけではない。ただやりすぎないように目を光らせ、やりすぎた個体を排除する。それだけだ。いずれは人間もその対象になるかもしれない。

 そんな時、彼は感じた。奴が目覚めようとしている事を。

 王は即座に奴の元に向かい、目覚めたやつと戦った。だが、奴は以前よりも強くなっており、今の王でも苦戦した。それでも幾度となく戦ったが、人間の介入により無視できないダメージを負って心臓が停止し、奴を取り逃がした。

 だが、王は生きていた。彼は傷を癒すために眠ったが、女王の言葉、そして皮肉だが人間の手によって復活し、再び奴と戦い、女王の犠牲のもとに奴を打ち倒し、本当の意味で再び彼は王となった。

 その後も様々な戦いを経験し、長い時を生き王として君臨し続けた。だが、桁外れの力を持つが王も生物。いずれその命は尽きる。そしてその時が来て、王は死んだのだが………

 

 

 

 

 「だと言うのに、気がついたらこのように人間として生まれていたのだ。全く予想外にもほどがある」

 

 神羅はやれやれと言った様子で首を横に振っていたが、ハジメもユエもあんぐりと顎が外れているように口を開けていた。

 何というか……壮絶だった。この奈落の魔物がただの虫けらに思えるような怪獣が普通の生物として練り歩く世界。と言うか別の地球で王として君臨していた?しかも魔力なしの状態で戦艦の砲撃でほとんどダメージを負わなかったらしい。そりゃ、魔力を得た今、レールガン程度、ただの豆鉄砲だろう。更に話を総合すれば兄はおそらく、千年……いや万年……それどころか下手したら億年も生きていたと思われる。いくら適応、進化できるとはいえ尋常ではない長生きだ。ユエなんて「私より遥かに年上……ご先祖様レベル……ご先祖様がお義兄さん?」と軽く混乱している。と言うか、砲撃喰らって無傷の兄を一時的とはいえ殺す兵器を作る世界って……地球は地球でも自分たちのところとは明らかに格が違うとハジメは思った。そっちから召喚してれば魔人族なんてまさに鎧袖一触ではないだろうか……

 だが、だとするとおかしい。神羅の前世がそんなに強大で、その力を今使えるのならどうして最初から使えなかったのか……

 

 「それはそうだろう。人間の体でそんな力を使えると思うか?」

 

 神羅の言葉にハジメたちは少し考えて、いや、と言うように首を横に振る。

 

 「つまりだ。以前の我の体は人間だった。故にその力を満足に振る事は出来なかった。だが、仮死状態になることによって我の体は以前の力を使えるように一から作り替えたのだ」

 「仮死状態……そう言う事だったのか……」

 

 ハジメは納得したように頷く。以前にも同じようにして復活したらしいし、そういうものなのだろう。

 そこで、ハジメは小さく疑問を覚えたように首を傾げる。

 

 「なあ、兄貴。兄貴は前世でどうして死んだんだ?やっぱり、寿命とかか?」

 

 ユエも同様に頷いていた。前世の兄貴はそれこそ世界を作り替える存在を倒し、全世界の怪獣の王となった。それにふさわしい能力も備えている。その後の戦いでも負けなしで、何千年と生きたらしい。なのになぜ死んだのか。やはり寿命とかなのか。

 

 「ああ、簡単に言えば………代替わりと言うやつだ」

 

 その言葉に二人が首を傾げたので神羅は説明する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 偽りの王を倒してどれほど経過しただろう。いくら彼が進化できると言っても細胞に限界はある。彼が衰えを感じ始めたころ、生き残っていた同種の中から幼き自分と同じぐらいの力を持つゴジラが生まれた。そしてその個体はある程度成長すると彼に挑んできた。その時は返り討ちにしたが、その者は幾度も幾度も挑み、敗れ、だがそのたびに逃げて、強くなり、再び挑んでくる。

 そのうちに彼は察した。潮時なのだろう。自分は長く生き、この世界に君臨し続けた。そろそろ、役割を交代するときなのだろうと。かつて、自分が認めた存在はその座を辞退したが、こいつは違う。自分こそが王だと言う、傲慢だが、奴とは違う真っ直ぐな気概を持っている。ならば………

 彼は潔くそれを受け入れた。それは諦めたから、ではない。満足したからだ。もう十分すぎるほどに生きた。悔いはないから。だが、半端者に己の縄張りをあっさりと明け渡すつもりはない。神羅は幾度も幾度もその者と戦い続けた。

 そしてついに、その者は神羅を打ち倒した。その頃にはその者はこの世界の王を継ぐにふさわしい力と風格を身に着けていた。そして、神羅は老いと戦いのダメージによってもう長くはなかった。

 だが、神羅は満足していた。これでいい。後継者は十二分に強くなった。彼になら縄張りを任せられる。敗者は潔く去り、誰にも知られず、静かに眠ればいい。そう思っていた。

 だが、神羅が人知れないところで眠りにつこうとしたところで予想外の事が起きた。女王が自分に寄り添い、共に眠る道を選んだことだ。女王は魔法など使わず自らの能力で転生できる存在だった。女王はなんとその能力は使わずに新たな命のみを生み出した。それはつまり、これまでの自分を完全に殺し、新たな女王を生み出したと言う事だ。

 なぜ、と彼が問いかけると、彼女はこすりつけながら答えた。

 

 「たとえ何があろうと、貴方よりも強い存在が現れようと、貴方が王の座を譲り渡そうと、私の王は貴方だけ……だからよ。私はずっと……ずっと……貴方と共にいるわ……」

 

 そう言われては何も言えない。彼は彼女と共に静かに眠りについた。新たな王が、新たな女王と自分たちのようなとは言わないが、良き関係になれることを祈って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そう言う事で俺は死を選んだが、もう一度言うがこうして人間に転生した。あいつがいなかったのは……心残りだがな」

 

 そう神羅は寂しそうに言う。その横顔をハジメは静かに見つめていた。

 

 「……兄貴はさ、死ぬとき、怖くなかったのか?」

 

 自分は怖かった。兄が死んだと思っていたのもあるが、死ぬのが怖くて怖くて仕方なかった。きっと自分は何があっても死にたくないとこれからももがき続けるだろう。だからこそ、死を受け入れた神羅の思いが分からなかった。

 

 「………我は自分の生に満足していた。あいつを残していくことは心残りだったが、あの若造にならば託せたしな。死を恐れるのは悪い事じゃない。だが時には、己の命よりも大事なものもあると言う事だ。少なくとも、あの時の我には恐れも、後悔もなかった……」

 

 神羅の言葉にハジメはその言葉をかみしめるように目を閉じ、そうか、と小さく呟く。

 対しユエは何やら気になることがある様にそわそわしていた。神羅がン?と首を傾げながら視線を向けると、ユエは我慢できないと言うように聞く。

 

 「……神羅。さっきから言ってる、女王って……もしかして、神羅……ううん。ゴジラの番の事?」

 

 その言葉にハジメはあ、と小さく声を漏らす。そう言えばそうだ。神羅の過去の話によく出てくる女王。普通に考えれば彼の番だ。しかも、間違いなく今も少なからず彼女の事を神羅は想っている。だって彼女の話をするとき、神羅の表情はハジメも見たことがないほど柔らかく、そして寂しく、切なげだから。

 

 「……いいや。番ではないよ。そもそもあいつは、我とは全く違う怪獣だからな」

 「違う?それってもしかして………種族が違うって事か?」

 「ああ、分かりやすく言えば、我は爬虫類で、あいつは昆虫だからな」

 

 ハジメもユエも驚いたように目を見開く。まるで種族が違う存在。普通ならあり得ない。だが、神羅の言葉、そしてその中の彼女の言葉から考えて、互いに想い合っていたことは間違いないと思う。まさに種族を超えた愛。

 

 「……素敵」

 

 ユエはほう、と感嘆の息と共に呟いていた。

 

 「………とりあえず、これが我の事だ。理解できたか?」

 「ああ……やっぱすげぇな、兄貴は」

 「何を言っている……我はそれだけの力を持っていただけだ。だが、お前は少しずつ痛みと共に強くなっていった……お前のほうがすごい……」

 

 神羅の言葉にハジメは少し嬉しそうに笑みを浮かべ、

 

 「そうだ、兄貴。これ、返さないとな」

 

 そう言ってハジメは左腕に巻き付けていた青白い布をほどき、神羅に手渡す。

 それを受け取った神羅はすぐにそれで長い黒髪を首元で一つに括る。

 

 「ふむ、今まで何となくこうしていたが…..この髪型が我には性に会うようだ」

 

 その言葉にハジメとユエは小さく笑みを浮かべる。




 感想、評価、どんどんお願いします。


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幕話 悪夢を縛る者

 今回は勇者側の話です。香織に変化が……

 ではどうぞ!


 「しかし実の兄が転生者か……父さんと母さんはテンションが吹っ切れるかもなぁ……」

 「ああ、確かにそうかもな……」

 

 神羅は納得がいったように頷く。確かに、あのオタクが仕事と言ってもいい両親ならば本物の転生者が息子と聞けば向こう数日はハイテンションで暴れまわる事だろう。

 遠い目をしているハジメと神羅をユエが不思議そうに見ていたが、ユエは他にも気になることがあるので質問をする。

 

 「ねえ、神羅。貴方の女王は怪獣の状態で転生ができるって言ってたけど………それって何か、魔法を使ってたの?」

 

 ユエは魔法の天才と言っていいほどの能力を持っている。そのためか、女王の転生に興味を持ったようだ。確かに、普通に考えて転生なんて神の所業、魔法を使ったとしか思えない。

 だが、神羅は首を横に振る。

 

 「いいや、魔法は使っていなかった。あいつは純粋な……分かりやすく言えば、物理能力のみで、転生していた」

 

 その言葉にハジメもユエも今度こそ驚愕する。魔法を使わずに転生。何とすさまじい。まさに神の御業と言っていいかもしれない。

 

 「そのためか、我とあいつの生きる時間は違っていてな。あいつは何度も何度も死に、転生したが、そのたびに我らは互いに互いを見つけ、再会し続けてきた」

 

 その言葉にユエは顔をキラキラと輝かせながら聞き入る。普段妖艶な雰囲気を纏っているのに、今はまるで少女漫画を読んで心をときめかせている少女のようだ。

 

 「死すら二人を別つことはできない……すごい……すごく素敵。憧れる。」

 

 何度別れようと、何度離れ離れになろうと、そのたびに必ず出会い、共に生きる。なるほど、確かにそれは一見すれば美談だ。だが……

 

 「死すら……か………確かに、我とあいつは何度死に別れようと、何度でも出会ってきた………だが………何度経験しようと………あいつの死に馴れることはなかった……何度も死を見届けても、また会えると分かっていても……悲しみは薄れなかった」

 

 その言葉にユエははっきりとわかるほどに顔を強張らせ、ハジメも息をのむ。神羅は見たことがないほどに寂しそうで、哀しそうな表情をしている。

 その通りだ。何度も何度も転生し、出会ってきたと言う事は、彼は何度も何度も彼女の死を見てきたと言う事だ。大切な人の死に様を。普通に老衰での死ならばまだマシかもしれない。でも、奴の時のように目の前で殺されていたら……その時の悲しみは、無力感は、どれ程の物だろう……

 

 「奴と死に別れるとき、我らはいつも約束した。また会おうと。だがあの時、共に眠れるならと、我らは約束をしなかった……もしかしたら、それが原因かもしれんな……あいつが転生していないのは」

 「……兄貴……」

 「ハジメ、ユエ嬢よ」

 

 同声をかけたらいいか分からず二人で困惑していると、神羅は静かに二人に話しかける。その声色に二人は思わず背筋を正す。

 

 「もしもお前たちが互いを特別に想っているのなら……守り抜け。互いを。己を。残された者は……寂しいのだから」

 

 その言葉に二人は同時に息をのむが、すぐに深く頷く。

 それを見て、神羅は目を細めながら頷く。

 

 「さて、我の話は終わりでいいだろう。とりあえずこれからどうするか、それを話そう」

 

 その言葉に二人はすぐに頷くが、ハジメは思わずと言うように視線を天井に向ける。

 

 (しっかし……これはとてつもなく厳しい道のりになりそうだぞ……悪いな、白崎………俺には応援しかできねぇ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オルクスの奥地にてハジメとユエと神羅が出会ったころ。

 

 光輝達勇者一行は、再びオルクス大迷宮にやって来ていた。但し、訪れているのは光輝達勇者パーティーと、小悪党組、それに永山重吾という大柄な柔道部の男子生徒が率いる男女五人のパーティーだけだった。

 理由は単純。話題には出さなくとも、ハジメと神羅の死が、多くの生徒達の心に大きな傷跡を残したのだ。〝戦いの果ての死〟というものを強く実感させられてしまい、まともに戦闘などできなくなったのだ。一種のトラウマというやつである。

 当然、聖教教会関係者はいい顔をしなかった。実戦を繰り返し、時が経てばまた戦えるだろうと、毎日のようにやんわり復帰を促してくる。

 しかし、それに猛然と抗議した者がいた。愛子先生だ。

 彼女は当時遠征には参加していなかった。作農師として農地開拓の任務に就く傍ら、神羅から頼まれていた情報収集を行っていたからだ。

 だが、帰ってきて届いたのはその神羅と弟のハジメ二人の死亡。そのショックに彼女は寝込んでしまった。

 だが、だからこそ彼女は戦えなくなった生徒をこれ以上戦場に送り出すことなど断じて許せなかった。

 愛子は自らの職業の激レア性を発揮して抗議し、結果、彼女との関係悪化を避けたい教会側は、抗議を受け入れた。結果、訓練に参加しているのは希望者だけになった。そして本当ならばこの大迷宮での訓練、もっと早くに再開する予定だったのだが、そうもいかなかった。

 数日前、突如として迷宮内で魔物たちがまるで恐慌状態になったかのように大暴れを始めたのだ。当時光輝達は迷宮にいなかったが、原因不明なうえに犠牲者が出ているため、原因が分かるまで、訓練が延期となった。だが、結局原因は分からず、いつまでも訓練を先延ばしにはできないので、数日前に訓練再開の運びとなった。

 そして今日で迷宮攻略六日目。

 現在の階層は六十層だ。確認されている最高到達階数まで後五層である。

 しかし、光輝達は現在、立ち往生していた。正確には先へ行けないのではなく、何時かの悪夢を思い出して思わず立ち止まってしまったのだ。

 そう、彼等の目の前には何時かのものとは異なるが同じような断崖絶壁が広がっていたのである。次の階層へ行くには崖にかかった岩の橋を進まなければならない。それ自体は問題ないが、やはり思い出してしまうのだろう。特に、香織は、奈落へと続いているかのような崖下の闇をジッと見つめたまま動かなかった。

 

 「香織………」

 

 雫が心配そうに呼びかけると、彼女は小さく息を吐きながら振り返る。

 

 「大丈夫だよ、雫ちゃん」

 「そう……無理しないでね? 私に遠慮することなんてないんだから」

 「……うん」

 

 そう言うと香織は再び奈落に視線を向ける。その動きにつられてざんばらなショートの髪がわずかに揺れる。それを見て、雫は目を伏せる。まるで後悔に押しつぶされないようにしているかの如く。

 その髪は雫が切った物だ。香織が目覚めたあの日、彼女が頼んできたことは一つ。自分を殺してほしいというものだった。一瞬呆然としたが、香織が自棄になったと思ってどういうことか激しく問いただしたら香織は静かに答えた。

 今ここにいる香織は殺す。二人が落ちていくのを成すすべなく見ていた無力で、無意味な自分を殺す。その手伝いをしてほしいと。それは彼女なりの決意なのだろう。もう二度と失わないための。

 そう言われて、ようやく雫は落ち着き、渋々ながらも頷いたがその後が大変だった。何と香織は雫からナイフを借り、自分の顔に自分で傷をつけようとしたのだ。雫は慌てて止めて、こう言うのは髪を切るべきではと言ったのだが、香織はほっとけば勝手に生えてくるものを切っても意味がないと淡々と返した。

 女の命ともいえる髪をどうでもよさそうに扱う香織に雫もさすがに激怒したのだが、彼女は変わらなかった。妥協するつもりはない、したくないのだろう。

 だが、顔を傷つけさせるのだけはさせてはならない。雫が必死に説得した結果、どうにか髪で納得してもらった。ただし、セットはせず、適当に切り裂いてという条件付きだったが。そして己でやろうとする香織を説き伏せて雫が切ることにした。今の香織に刃物を持たせればどうなるか分からないからだ。

 そしてこの香織の断髪は生徒たちに大きな衝撃を与えた。特に光輝はどうしたのかと狼狽しながら詰め寄ったが、香織はぞっとするほどの無表情で関係ないと言い、その後は何も言わず、訓練をただひたすらに、だが狂気的なまでにこなしていった。その間、香織は誰から話しかけられても一部を除いてまともに答えることはなかった。

 そんな香織がじっと奈落の底を見つめているのだが、その様を見て空気の読めないことに定評のある勇者、光輝。彼には香織が二人の死を思い出し嘆いているように映った。クラスメイトの死に、優しい香織は今も苦しんでいるのだと結論づけた。

 

 「香織……君の優しいところ俺は好きだ。でも、クラスメイトの死に、何時までも囚われていちゃいけない!前へ進むんだ。きっと、二人もそれを望んでる」

 「ちょっと、光輝……」

「雫は黙っていてくれ! 例え厳しくても、幼馴染である俺が言わないといけないんだ。……香織、大丈夫だ。俺が傍にいる。俺は死んだりしない。もう誰も死なせはしない。香織を悲しませたりしないと約束するよ」

 「……黙ってよ……天ノ河君……」

 

 だが、香織はぞっとするほど低い声を発するとなおも語り掛けてくる光輝から視線を切り、声も遮断する。そうしなければ苛立ちで手が出てしまいそうだから。その様子に光輝がさらに声をかけようとするが、雫が必死になって光輝を香織から引き剥がす。

 心の天秤が狂った香織の中で、二人を殺した檜山を無条件で許した光輝はもはや幼馴染でも何でもない。どこまでも憎たらしい存在に成り下がっていた。本当ならば今すぐにでもその口を永遠に利けないようにしたい。この不快な音を消し去りたいと思っている。だが、ここにいる連中の中で、この男が一番使える存在なのだ。二人を探すならばこいつは絶対に必要となる。だから我慢している。檜山もそうだ本当なら今すぐに殺したいのだが、今は二人を探すのが最優先だ。そのためには使える駒は一つでも多いほうがいい。だから必死に殺意を押し殺して同行させている。だが、それでも極力視界に入れようとはしない。下手に入れれば殺意が抑えられないかもしれないからだ。

 そうやって香織が自分を抑えていると、

 

 「香織ちゃん、私、応援しているから、出来ることがあったら言ってね」

 「そうだよ~、鈴は何時でもカオリンの味方だからね!」

 

 光輝との会話を傍で聞いていて、会話に参加したのは中村恵里と谷口鈴だ。

 二人共、高校に入ってからではあるが香織達の親友と言っていい程仲の良い関係で、光輝率いる勇者パーティーにも加わっている実力者だ。

  中村恵里はメガネを掛け、ナチュラルボブにした黒髪の美人である。性格は温和で大人しく基本的に一歩引いて全体を見ているような子だ。

 谷口鈴は、身長142センチのちみっ子である。もっとも、その小さな体の何処に隠しているのかと思うほど無尽蔵の元気で溢れており、常に楽しげでチョロリンと垂れたおさげと共にぴょんぴょんと跳ねている。その姿は微笑ましく、クラスのマスコット的な存在だ。

 

 「うん、恵里ちゃん、鈴ちゃん、ありがとう」

 

 高校でできた親友に香織も小さく笑みを浮かべる。

 

 「うぅ~、カオリンは健気だねぇ~、ハジメ君に神羅君め! 鈴のカオリンをこんなに悲しませて! 生きてなかったら鈴が殺っちゃうんだからね!」

「す、鈴? 生きてなかったら、その、こ、殺せないと思うよ?」

「細かいことはいいの! そうだ、死んでたらエリリンの降霊術でカオリンに侍せちゃえばいいんだよ!」

 「っ………!」

「す、鈴、デリカシーないよ! 香織ちゃんは、二人は生きてるって信じてるんだから! それに、私、降霊術は……」

 「大丈夫………大丈夫だから………恵理ちゃん……」

 

 何時も通りの光景を見せる姦しい二人に、引きつったような表情を見せながら呟く香織。しかし、雫は見ていた。香織がその手に持っている白杖を手が白くなるほど強く握りしめていることに。

 香織にとって恵理と鈴は今現在、香織にとって雫以外に認めている数少ない友人だ。だが、どうやら先ほどの鈴の発言は香織の逆鱗を撫でたようだ。だが、彼女も冗談で言ったのだろうと分かっているのでギリギリこらえた。ここで手を出したって、余計な手間にしかならない。今は時間が惜しいのだ。

 

 「……行こう。いつまでもここで道草を食ってる暇はないし」

 

 香織は自分の中の激情を抑えるためにそう言う。その言葉がきっかけではないだろうが、勇者パーティは次の階層に移動する。

 そのまま一行は特に問題もなく、遂に歴代最高到達階層である六十五層にたどり着いた。

 

 「気を引き締めろ! ここのマップは不完全だ。何が起こるかわからんからな!」

 

 付き添いのメルド団長の声が響く。光輝達は表情を引き締め未知の領域に足を踏み入れた。

 しばらく進んでいると、大きな広間に出たが、それと同時に何となく嫌な予感が一同を襲う。

 その予感は的中した。広間に侵入すると同時に、部屋の中央に魔法陣が浮かび上がったのだ。赤黒い脈動する直径十メートル程の魔法陣。それは、とても見覚えのある魔法陣だった。

 

 「ま、まさか……アイツなのか!?」

 

 光輝が額に冷や汗を浮かべながら叫ぶ。他のメンバーの表情にも緊張の色がはっきりと浮かんでいた。

 

 「マジかよ、アイツは死んだんじゃなかったのかよ!」

 

 龍太郎も驚愕をあらわにして叫ぶ。それに応えたのは、険しい表情をしながらも冷静な声音のメルド団長だ。

 

 「迷宮の魔物の発生原因は解明されていない。一度倒した魔物と何度も遭遇することも普通にある。気を引き締めろ! 退路の確保を忘れるな!」

 

 いざと言う時、確実に逃げられるように、まず退路の確保を優先する指示を出すメルド団長。それに部下が即座に従う。だが、光輝がそれに不満そうに言葉を返した。

 

 「メルドさん。俺達はもうあの時の俺達じゃありません。何倍も強くなったんだ! もう負けはしない! 必ず勝ってみせます!」

 「へっ、その通りだぜ。何時までも負けっぱなしは性に合わねぇ。ここらでリベンジマッチだ!」

 

 龍太郎も不敵な笑みを浮かべて呼応する。メルド団長はやれやれと肩を竦める。確かに今の光輝達の実力なら大丈夫だろうと、同じく不敵な笑みを浮かべた。だが、そんなを知ったこと無いというように香織は魔力を練り上げる。魔法陣が出現した時からすでに準備を始めていたのだ。自身最大の攻撃魔法を使うために。とっとと自分の邪魔をする障害を排除するために。

 そして魔法陣が輝き、ベヒモスが、かつての悪夢が出現する。

 

 「グゥガァァァァァァァ!」

 

 咆哮を上げ、地を踏み鳴らしながらベヒモスは光輝達を殺意を籠めながら睨みつける。全員に緊張が走ると同時に、香織は詠唱する。

 

 「冥府の底よりはい出し死の鎖よ、怨敵の爪を縛り、牙を拒絶し、その身を縛り、苦痛と絶望と共に冥府の底に引き摺り墜とし、命を殺し、心を(ころ)し、魂を(ころ)し、永遠の闇の中に引きずり込め 獄絶鎖」

 

 瞬間、ベヒモスを取り囲むように魔法陣が出現し、そこから魔力でできた鎖が無数に現れる。くすんだ菫色のそれは次の瞬間、一斉にベヒモスに殺到する。

 鎖はそのままベヒモスの体に巻き付かず、切っ先を体の中に沈める。だが、ベヒモスの体には傷一つない。そして鎖はそのまま体内で蠢くと、次々とベヒモスの内臓、骨格、間接部に次々と透過しながら強固に巻き付いていく。

 

 「ガァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 内臓を縛られる激痛にベヒモスが絶叫を上げながら振りほどこうとするが、その体は碌に動かない。関節を抑えられてはどれほど強大な力を持っていてもろくに動くことは叶わない。

 香織オリジナル攻撃魔法、獄絶鎖。魔力の鎖で相手を縛り上げるという、基本は縛煌鎖と同じ魔法なのだが、香織の技能、複合魔法によって縛光刃を組み合わせることで、対象の体を透過、内臓、骨を直接縛れるようになり、拘束力を大幅に強化した魔法だ。その拘束力は見ての通り、ベヒモスすら完全に封じ込める。

 だが、縛光刃も縛光鎖も光属性の補助魔法。相手を拘束することはできるが、直接的な殺傷することはできない。

 突如として発動した魔法でベヒモスが完全に押さえつけられたことに呆然としていた勇者一行だったが、すぐに気を取り直し、

 

 「すごいじゃないか、香織!後は俺たちに任せて……」

 「命よ、絶たれろ」

 

 そう言って香織が手にした杖を軽く振るい、最後の魔法を発動する。

 瞬間、ゴギャリ、と言う音と共にベヒモスの体がビグンッ!と激しく痙攣した直後、口や耳、鼻から大量の血を流れだし、そのまま崩れ落ちる。

 光輝達がなんだ、と思っていると鎖が消えていくのだが、そこには本来あるはずのない鎖が刺さった跡があり、そこから大量の血が流れ落ちる。

 香織の獄絶鎖にはもう一つ、ある魔法が組み込まれている。それは天絶。光のシールドを展開するというものだ。これによって、鎖その物に天絶が発生し、鎖で敵の攻撃を防げるようになる。一見すると余計な手間と思われるだろうが、天絶は魔法攻撃だけでなく、物理攻撃も防ぐ。つまり対象に物理的に干渉する事ができると言う事だ。もしもそれが体の内部や骨にがんじがらめに巻き付きついた状態の鎖に発動したらどうなるか。

 結果は見ての通り。対象の内部を骨ごとぐちゃぐちゃに破壊しつくす絶対殺傷の攻撃となる。

 目の前でたった一人でベヒモスを、かつての悪夢を倒した香織に全員が驚愕の表情を浮かべていると、魔力が大きく消費した香織は一度大きく息を吐き出し、そのまま歩き出す。

 

 「か、香織……」

 

 雫が思わず声をかけると、香織はくるりと振り返り、

 

 「何ぼさっとしてるの。高々魔物一匹倒しただけでしょ。今までと同じ事をやっただけなんだからさっさと先に進もう」

 

 その言葉で雫は理解した。香織にとってベヒモスはかつての悪夢でも何でもない。今まで倒してきた魔物と同じだと。乗り越えるべき悪夢ですらないのだと。

 香織はいつまでも動かない面子に苛立ったように顔をしかめると、そのまま視線を広間の先にある通路に向ける。その思いはその先にいるであろう想い人に向けられている。

 




 と、言う事で香織さん断髪しました。更に言えば、この話の香織には技能に複合魔法があります。

 オリジナル魔法

 獄絶鎖
 
 縛煌鎖と縛光刃、天絶の複合魔法。魔力の鎖で相手を縛り上げるが、縛光刃の特性を組み込むことで対象の体を透過し、内臓、骨を直接縛れるようになり、拘束力が増している。更にその状態で天絶を使用した場合、鎖に物理干渉が発動。縛った状態で発動させることで対象の内部を破壊する。また、純粋に防御にも使えるため、敵の攻撃を防ぐように張り巡らせて防御陣を構築するなんて芸当も可能。ただし、最後の天絶の発生には集中が必要なためラグが発生する。更に消費魔力も大きく、発動にも手間がかかるため即時発動は不可能。

 ちなみにこの攻撃、神羅がまともに喰らえばダメージを負います。その前に引きちぎるでしょうが。

 ちなみに改造はまだ途中です。他にも改造する人は大勢いますので。

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第12話 獣級試練

 修正が終わったので投稿し直します。ていうか、よく考えたらヤバいだろ、と気付かなかったのか、俺。修正十分できたよな……

 昨日、2回目を見に行きましたが、やはり素晴らしかった。今まで、自分はDVDはレンタルで済ませてきたが、今回は買おうかなぁ。


 ハジメとユエが神羅と合流してから二人の迷宮攻略は劇的に楽になった。

 何せありとあらゆる魔物の攻撃が神羅には通用しない。どれほど魔物が噛み付こうが爪を叩きつけようが焼こうが何をしようが神羅にはダメージは入らなかった。それでいて神羅の攻撃は一撃必殺。殴ったり蹴ったりするだけで魔物はもれなく肉塊になる。ここまでの道中、ハジメとユエの二人だけでも無双だったのに神羅はそれすら超える。何といえばいいのか分からないが、とにかく一方的過ぎた。

 更に言えば技能もかなり規格外だ。巨神は言わずもがな、前世の力を使えるというもので、部分巨神化は字の通り神羅の一部が前世のゴジラの姿になるもの。見せてもらったところ、右手が黒い鱗と表皮でかたどられた四つ指の異形の腕に変わった。巨神化もそのままで完全に前世の姿に戻るとのことだが、流石にそれは無理なので見せてもらっていない。魔力炉心はどうやら神羅の心臓が魔力を無尽蔵に生み出す炉心として機能しているらしい。ユエが羨ましがっていた。まあ、そうだろう。つまり神羅は無尽蔵に魔力を生み出せると言う事なのだから。

 だが、それよりも凶悪なのが魔壊だった。これは何と魔力その物を破壊する技能らしい。つまり、神羅は最上級魔法だろうとなんだろうと問答無用で無力化すると言う事だ。まさに魔法を使うもの……否、魔力を使うものにとって天敵である。

 ほかにも優れた直感である超直感、様々な環境に時間をかけて適応する適応進化等々、もはやチートと言う言葉すら陳腐に思える能力に優れた戦闘能力。なるほど、勝てないわけである。

 

 そして、道中の戦闘があまりにも一方的過ぎて途中から二人で神羅には後ろで控えてもらう事にした。楽ができる事にハジメもユエも異論はないが、いくらなんでもこれでは寄生すぎて情けなさすぎる。なので、神羅にはもしもの時のための備えとなってもらうことにする。

 そんなこんなで3人で迷宮攻略に勤しんでいた。そして遂に、次の階層でハジメと神羅が最初にいた階層から百階層目になるところまで来ていた。その一歩手前の階層で、ハジメは装備の確認と補充にあたっていた。ユエは作業するハジメを飽きもせずに見つめており、神羅は外で警戒にあたっている。ここ最近の3人の準備中の光景だ。

 そしてそう言ったとき、神羅が見張りで外にいるときはユエは必ずと言っていいほどハジメに密着している。横になる時も腕に抱きついて眠るし、(神羅はユエに気を使ってかハジメの反対側で横になる)、座っていれば背中から抱きつく。吸血させるときは正面から抱き合う形になるが、終わった後も中々離れようとせず、ハジメの胸元に顔をグリグリと擦りつけて、満足げな表情でくつろぐのだ。

 では神羅との仲が悪いかと言われるとそうでもない。神羅が休憩しているときはよく彼と話をしている。内容はほとんどハジメの事なのだが、神羅の今生や前世の事も話題に上がる。肉体的接触はないが、それでも仲は良好といっていいだろう。ちなみにその時はハジメの理性の休憩タイムでもあるので本当に助かっている。

 ハジメが入念に弾や装備を補充していると、

 

 「ハジメ……いつもより慎重……」

 「うん?ああ、次で百階層だからな。もしかしたら何かあるかもしれないと思ってな。兄貴がいるとはいえ、準備しておくに越したことはねえ」

 

 確かに神羅は現時点で全くの無傷だ。だが、神羅は自分が無敵ではないと言う事を知っている。ここは自分がゴジラであった時の地球よりも格下の世界かもしれないが、もしかしたら、自分でも苦戦する何かがいてもおかしくはないとは神羅の弁だ。

 ハジメとて、神羅がいるからと言って油断はしない。油断なんてものは神羅と合流するまでの迷宮攻略ですり切れた。だからこそ入念に準備する。

 

 「よし、これでいい。兄貴、行こう」

 「ん?そうか。次で地上に戻る手掛かりが見つかればいいが……」

 

 神羅のつぶやきに二人で同意しながら階下に続く階段を進んでいく。

 その階層は、無数の強大な柱に支えられた広大な空間だった。柱の一本一本が直径五メートルはあり、一つ一つに見事な彫刻が彫られている。柱の並びは規則正しく一定間隔で並んでいる。天井までは五十メートル以上はありそうだ。地面も荒れたところはなく綺麗なもので、どこか荘厳さを感じさせる空間だった。だが、その空間に入った瞬間、神羅は背筋がぴりつくような感覚を覚え、眉を顰める。

 そんな神羅に気づかずにハジメ達が、しばしその光景に見惚れつつ足を踏み入れる。すると、全ての柱が淡く輝き始めた。ハッと我を取り戻し警戒する3人。柱はハジメ達を起点に奥の方へ順次輝いていく。

 3人はしばらく警戒していたが特に何も起こらないので先へ進むことにした。ハジメが感知系の技能をフル活用しながら歩みを進める。四百メートルも進んだ頃、前方に巨大な扉を見つけた。全長十メートルはある巨大な両開きの扉が有り、これまた美しい彫刻が彫られている。特に、七角形の頂点に描かれた何らかの文様が印象的だ。

 

 「……これはまた凄いな。もしかして……」

 「……反逆者の住処?」

 「ここが我らの目的地か……」

 

 反逆者とは神代の時代に神に逆らい世界を滅ぼそうとした者たちの事。ユエはこの迷宮は反逆者の一人が作った物と聞いた事があるらしい。3人はその住処に地上に戻る手掛かりがあると考えている。

 そんな中、神羅は明らかに険しい表情で門を睨みつける。

 

 「兄貴、どうした?」

 「………なんであろうな、この空間……妙にぴりつくと言うか……なんと言うべきか……」

 

 神羅は難し気な表情で門を睨む。合流してから兄のこんな顔は見たことがない。兄が警戒するほどの敵がいると言う事なのだろうか……

 だが、ハジメは小さく笑みを浮かべる。

 

 「上等だよ。何が来ようと薙ぎ払ってやる……!」

 「……ん!」

 

 その言葉にユエも同じように頷く。その様子に神羅は小さく息を吐くと、

 

 「……くれぐれも油断するなよ」

 

 その言葉と共に3人は歩き出す。

 その瞬間、扉と神羅達の間に巨大な魔法陣が現れた。赤黒い光を放ち、脈打つようにドクンドクンと音を響かせる。

 ハジメと神羅は、その魔法陣に見覚えがあった。あの日、二人が奈落へと落ちた日に見た自分達を窮地に追い込んだトラップと同じものだ。だが、ベヒモスの魔法陣が直径十メートル位だったのに対して、眼前の魔法陣は三倍の大きさがある上に構築された式もより複雑で精密なものとなっている。

 

 「おいおい、なんだこの大きさは? マジでラスボスかよ」

 「……大丈夫……私達、負けない……」

 「………なんだ?この違和感……」

 

 ハジメが顔を引きつらせるも、ユエは決然とした表情でハジメの裾を握る。対し、神羅は険しい表情を浮かべながら魔法陣を睨む。妙だ。ここに来てから感じる無視できない感覚。だが、その出所が分からない。少なくとも、目の前のこいつではない。

 魔法陣はより一層輝くと遂に弾けるように光を放った。咄嗟に腕をかざし目を潰されないようにするハジメとユエ。光が収まった時、そこに現れたのは体長三十メートル、4足歩行に六つの頭と長い首、鋭い牙と赤黒い眼の化け物。例えるなら、神話の怪物ヒュドラだった。

 

  「「「「「「クルゥァァアアン!!」」」」」」

 

 不思議な音色の絶叫をあげながら六対の眼光がハジメ達を射貫く。その瞬間、常人ならそれだけで心臓を止めてしまうかもしれない壮絶な殺気がハジメ達に叩きつけられるが、三人は決して臆さない。

 赤い紋様が刻まれた頭部が口を開くと、火炎放射を放つ。それはもはや炎の壁と言うにふさわしい質量だ。だが、ハジメとユエが飛びのいて回避したのに対し、神羅はそのまま真っ向から炎の壁に突っ込み、そのまま飲み込まれる。

 だが、ハジメもユエも気にしない。神羅なら大丈夫だからと信じているから。ハジメは即座にドンナーを抜いてレールガンを放つ。それは赤頭を吹き飛ばし、まず一つとハジメがガッツポーズをとっていると、白頭が咆哮を上げる。すると、吹き飛んだ赤頭が見る見るうちに再生し、復活する。それと同時に神羅が炎の壁を突き破って飛び出す。

 

 「兄貴!白が回復役だ!」

 

 ハジメの言葉に神羅はすぐに頷いて白頭に向かって跳ぶ。そうはさせないと緑頭が神羅に攻撃しようとするが、ユエが氷弾で吹き飛ばす。

 白頭がすぐに再生させようとするが、その前に神羅が飛び出し、拳を振りかぶる。その間に黄頭が割り込み、頭を一瞬で肥大化させ、淡く黄色に輝く。

 だが、神羅はお構いなしに拳を叩きつける。もしかしたら、黄頭は盾役だったのかもしれないが、それはもう誰にも分からない。神羅の拳は容赦なく黄頭を吹き飛ばし、そのまま後ろの白頭に襲い掛かり、回し蹴りで引きちぎってしまったのだから。

 その事実に残った頭は茫然としたが、その隙にハジメは焼夷手榴弾を取り出し、放り投げ、神羅はヒュドラの背中を踏み砕き、地面に叩きつけながら離脱する。

 

 「嵐帝」

 

 神羅が離脱した直後、焼夷手榴弾が爆発し、摂氏3000度の炎がヒュドラを襲い、更にそこに巨大な竜巻を発生させる風魔法を放つ。瞬間、その場に現れたのは巨大な炎の竜巻。呑み込んだすべてを焼き尽くす様な業火の嵐にさらされ、残った頭部が絶叫を上げ、胴体ごと消し炭になっていく。

 その光景を神羅は油断なく見ていたが、ふいにん?と首を傾げながら柱を見やる。その柱は変わらずに光っているのだが、なぜかその色が金色になっているのだ。よく見れば奥の方の柱が漏れなく金色になっており、更に現在進行形でこちらに向かって柱が金色に光っていく。それもなかなかの速さだ。このままだと一分もしないうちに門の前の柱も金色に光輝くだろう。

 何だあれはと神羅が睨んでいると、炎の竜巻が消失する。そこに残っていたのは全身のほとんどが焼け爛れたヒュドラだった。頭部は全て焼き尽くされてどれがどの頭か判別がつかなくなっている。

 

 「………やったか……?」

 「……ん、恐らく………」

 

 ハジメとユエが恐る恐ると言うように呟く。神羅もまた油断なく睨みつけていたが、ヒュドラはピクリとも動かない。やったのだ。そう判断すると同時にユエは満足げに息を吐き、ハジメもユエにサムズアップをしてユエの元に歩き出した瞬間、

 

 「ハジメ!」

 

 ユエが叫び、ハジメが思わずと言うようにユエの視線を追うと、音もなく七つ目の頭が胴体部分からせり上がり、そのまま口を開き、二人を飲み込むように極光を放ち……

 

 「させんよ」

 

 その前に神羅が割り込むと極光に拳を叩きつける。それだけで極光は明後日の方向に吹き飛ばされ、壁を粉砕する。

 その光景にヒュドラが驚いたように叫んだ瞬間、神羅が眼前に飛び出し、銀頭にかかと落としを叩きこむ。

 轟音と共に銀頭は爆散。ヒュドラの巨体がぐらりと今度こそ傾ぎ、地響きと共に崩れ落ちる。

 神羅が着地すると同時にハジメとユエはようやく状況を把握し、慌てて神羅に走り寄る。

 

 「兄貴!大丈夫だったか!?」

 「うむ、大丈夫だ」

 「……ごめんなさい。油断したばっかりに……」

 

 ユエがしょぼんとした様子で謝り、ハジメもバツが悪そうに頭を掻いている。

 

 「気にするな。だが、今度は気をつけろ。確実に息の根を止めるまで油断するな」

 

 神羅の言葉に二人は小さく頷き、周囲を見渡す。

 

 「とりあえず、今度こそ倒したけど……何も起きないな?」

 「……ん。扉が開く気配もない」

 

 ハジメとユエが首を傾げていると、

 

 「そう言えば、柱の光の方はどうだ?何やら色が変わっていたのだが……」

 

 神羅の言葉に二人がえ?と首を傾げて柱を見やった瞬間、全ての柱が一斉に金色に光輝く。

 その光景に三人が一斉に警戒すると、

 

 『規定時間内の試練の突破を確認…………獣級試練、開始………』

 

 そんな機械的なアナウンスと同時に空間の中央付近に再び魔法陣が出現する。

 3人はすぐに振り返って構えるが、ハジメとユエはあんぐりと口を開ける。

 なぜなら魔法陣の大きさは先ほどのヒュドラよりもでかく、五〇メートルはある。しかもそこに書かれている構築式はもはや何と書いてあるか分からないほどに複雑で精緻であり、ユエですら意味が分からない。

 

 「な、なんだこれ……さっきのはラスボスじゃないってか……!?」

 「こいつは…………」

 

 ハジメとユエが驚愕している中、神羅は息を呑んだ様子で目を見開いていた。なぜなら魔法陣からある気配を感じ取ったから。それは隣に居るのが当たり前だったのに、今は居ない気配。そして、ずっと、地球で自分が探し続けてきた気配。

 

 「………!」

 

 そして魔法陣が光り輝いた瞬間、ずん、と鈍い音と共に光の中から現れたのは巨大な前足。そして光が収まったそこにいたのは巨大に過ぎるヒュドラだった。基本的な姿は先ほどのヒュドラと変わらないが、大きさはさらに巨大になっており、五〇メートル以上はある。黒い鱗で覆われた体だが、所々から青い光が漏れ出ており、頭部は七つ全てが露出している。

 そして周囲に全てを粉砕するかのごとき圧が放たれる。それを受けた瞬間、ハジメとユエは理解した。してしまった。自分たちがいかに身の程知らずだったかを。

 今まで自分たちは何が来ようと負けない。薙ぎ払って進む。自分たちならどんな困難も乗り越えられると思っていた。だが、目の前のこれを見た瞬間、理解した。自分たちはこの奈落と言う水たまりの中で調子に乗っていただけ。その水たまりの外で生きている本当の化け物を、捕食者を知らなかっただけの虫けらだと。

 これまで経験してきた絶望すら超える圧に二人は完全に呑まれていた。

 そんな二人に対し、神羅は静かに目を細め、呟く。

 

 「そうか………道理で見つからぬはずだ……お前は、ずっとここにいたのだな………」

 「「「「「「「ルゥオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」」」」」」」

 

 空間全体を揺るがすような凄まじい咆哮を上げ、ヒュドラ……否、ギガヒュドラは三人を睨みつける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トータスの大陸のどこかの洞窟。頭上から光が差し込むその広間の中央にそれは有った。

 青い巨大な球形のそれは卵のようだ。表面には無数の枝のようなものが纏わりついている。

 その卵の下の魔法陣がほのかに光った瞬間、卵もほのかに青く光る……




 他の修正が終わった話も順次投稿していきます。今日中には済ませたいですね……

 それで、最近厄介な衝動が……コングを映画のコングにしようかなっって考えが……
 
 だって、あのゴジラとコングを見ていたらさぁ……滾るんですよ。間違いなく今考えている物よりも色々と書けるし、他のキャラも動かしやすくなったし……まさかあそこまで考えさせられる関係だったとは……どうすっぺ。

 追記 改訂したものは消してあり、予約投稿されます。5時には投稿は終わりますので。


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第13話 王の背中

 第2弾、投稿しますね。現状は後一話だけだが、コングをどうするかでまた変わってきますね……いっそ一からプロットを組みなおして作品そのものを投稿し直すのも手かもしれん……


 咆哮を上げたギガヒュドラがぎろりと視線を3人に向けると、赤頭が口を開ける。

 来る、と思うのだが、ハジメとユエは文字通り蛇に睨まれた蛙のように動けない。動けたのは神羅だけだった。

 神羅は即座に二人を抱えるとその場から跳躍する。それと同時に赤頭の口から爆炎が吐き出され、神羅達がいた場所を薙ぎ払う。神羅が着地すると同時に炎が収まるが、着弾個所はマグマのように融解していた。

 それを見て神羅は舌打ちをし、それと同時にハジメとユエが再起動する。

 

 「ぼさっとするな!早く動け!」

 「え、あ、お、おう!」

 「う、うん!」

 

 その言葉に二人ははっとすると小さく頷くが、そこ目掛けて青頭と緑頭が首を向け、同時に爆風と極寒の冷気を放つ。

 それらは混ざり合うと刃を伴ったブリザードとなり、3人を凍り付かせ、バラバラに砕かんと襲い掛かるが、3人は即座に後ろに跳んで氷嵐を回避し、

 

 「舐めるなぁ!」

 

 ハジメは即座にドンナーを向け、発砲する。赤い閃光が容赦なくギガヒュドラの赤頭を直撃する。だが、

 

 「ちっ!」

 

 痛痒はほとんど与えられていない。せいぜい鱗を数枚砕いた程度だ。赤頭はブルりと震えるとハジメに目を向け、爆炎を吐き出そうとする。

 

 「砲皇!」

 

 だが、そこにユエが螺旋を描く真空刃を伴った竜巻を口の中に撃ち込む。口の中に飛び込んだ竜巻が容赦なく口内を蹂躙するが、風の刃は口の中を傷つけるだけだ。だが、吐き出されようとしていた爆炎が魔法によって暴発、轟音と共に赤頭が吹き飛ばされる。

 

 「兄貴!白頭を!」

 「分かっている!」

 

 だが、白頭が無事な以上、油断はできない。神羅は青頭と緑頭の攻撃の中を突っ切り、白頭を破壊しようとする。それがどこまで有効か分からないが、頭数は減らさなければならない。

 そして神羅が白頭目掛けて跳び上がった瞬間、ギガヒュドラは予想外の行動に出る。その場で巨体を反転させるとその勢いを乗せて尾を振り回してきたのだ。

 

 「っ!」

 

 神羅がうなりを上げて襲い掛かる尾に向き合った次の瞬間、轟音と共に尾が直撃、神羅を勢いよく吹き飛ばす。

 

 「兄貴!」

 「神羅!」

 

 吹き飛ばされた神羅はそのまま壁に激突、壁が砕け、瓦礫に埋もれてしまう。更に黄頭が咆哮を上げると、崩壊した壁がさらに轟音と共に剥がれ、無数の瓦礫が浮かび上がる。それらはそのまま神羅が埋もれた個所に凄まじい勢いで次々と襲い掛かり、着弾していく。更に青頭が冷気を放出。瓦礫を一瞬で氷漬けにしてしまう。

 

 「それ以上はさせるか!」

 「凍雨!」

 

 ハジメがドンナーを連射。更にユエも針のような形状の氷の雨を放つ。連続でレールガンが直撃し、氷の雨も直撃するが、ほとんどダメージはない。だが、注意は引いたのか黄色頭がユエに、白頭がハジメにぐるりと向けられる。そして白頭はそのまま口を開ける。

 予想外の行動にハジメが目を丸くした瞬間、白頭の口から無数の光弾が放たれる。

 ハジメは即座に縮地を使って空中に逃れるが、光弾が着弾すると、まるでクラスター爆弾のように破裂し、周囲を吹き飛ばす。

 

 「白は回復じゃないのか……!?」

 

 ハジメは空力で空中を駆け回りながら緑の風のブレスを回避し、黒頭の噛み付きを回避してそう考える。もしもそうならば先ほどよりも大分楽になる。そう思ったら今度は銀頭が口を開け、それと同時にその喉元が黄色と銀色の光を帯びる。その瞬間、ハジメの本能が尋常ではない警鐘を鳴らし、ハジメは即座にその場から飛びのく。

 瞬間、その口から尋常ではない威力の極光が吐き出される。かろうじて回避したハジメだったが、極光はそのまま天井に直撃すると轟音と共に抉り砕き、その瓦礫がハジメに襲い掛かる。更に銀頭はそのままブレスを放ちながら首を巡らして薙ぎ払ってくる。

 

 「くそっ!」

 

 ハジメは空力で必死に死の嵐を回避する。そのハジメ目掛けて白頭が再び光弾を放とうとするが、

 

 「させない!緋槍!」

 

 ユエが石の礫を回避しながら炎の槍を放って白頭の注意を逸らす。白頭がユエに視線を向けるが、不意にその視線を逸らす。何?とユエが訝しみながら目を向けて言葉を失う。赤頭の残骸。その首が未だに生きているように蠢いており

 そして、首が力を籠めるように震えた瞬間、断面から見る見るうちに骨や筋肉が伸びていき、頭部を形成、更に鱗も生えそろっていき、最終的には赤頭が復活し、咆哮を上げる。白頭どころかほかの頭が何かした気配はない。

 

 「自動回復!?」

 

 その事実にユエが思わず悲鳴じみた声を上げる。先ほどのヒュドラとは比べ物にならない攻撃能力、ハジメのドンナーでもほとんどダメージが入らない防御力に加え回復魔法も使わずに頭部を再生させる回復力を持っていると言うのか。でたらめもいいところだ。

 その赤頭がユエを憤怒を籠めながら睨みつける。どうやら自分を吹き飛ばしたのが誰か覚えているようだ。

 赤頭が口を開け、ユエがとっさに聖絶を展開しようとした瞬間、黒頭がユエを睨みつけ、その目を黒く光らせる。

 

 「あ……」

 

 瞬間、ユエの意識が途切れる。途切れたと言ってもほんの数秒。だが、それは致命的だった

 ユエが意識を取り戻したと同時に赤頭の口から爆炎が吐き出される。防御は……間に合わない。喰らう。そう思った瞬間、ユエと炎の間に影が割り込む。

 それはハジメだ。どうにか極光と雷光を回避した彼は赤頭がユエを狙っていることに気づいた瞬間、即座に飛び出したのだ。

 立ちふさがったハジメはリロードを終えたドンナーを全弾発射。レールガンは爆炎を突き破り、威力を減少させるが構わず襲い掛かり、二人を飲み込む。

 

 「あああああああああっ!?」

 「があああああああああああっ!?」

 

 二つの絶叫が轟く中炎が晴れる。地面は融解していなかったが、地面に倒れたハジメもユエもひどい有様だ。ユエはハジメが盾になったおかげか比較的軽傷と言えるが、それでも全身に大火傷を負っている。ハジメはもっとひどい。地面にはシュラーゲンの残骸が転がっている。恐らく、とっさに取り出して盾にしたのだろう。そして防御技能の金剛を使ったおかげで命は繋ぎとめた。だが、指、肩、脇腹がユエ以上に焼き爛れ、一部骨が露出している。顔も右半分が焼けて右目も潰れている。

 

 「ぐっ……つう……」

 「は、ハジメ………」

 

 ユエが必死にハジメの元に痛みをこらえながら這い寄っていく。傷は自動再生のおかげで回復していくが、ハジメはそうではない。意識はあるが危険な状態だ。ユエは急いでハジメに神水を飲ませようとする。

 だが、その前に黒頭が二人を丸呑みにしようと大口を開けて襲い掛かる。

 ユエは大きく目を見開くが、ぎりっ、と奥歯を噛みながらもハジメだけは守ると言わんばかりに前に出る。それを見たハジメがさせないとドンナーで黒頭を攻撃しようとした瞬間、

 轟音と共に氷漬けの瓦礫が吹き飛び、そこから巨大な瓦礫が凄まじい速度で放たれる。恐らくだが音速を超えていただろうそれはボバッ!と言う音と共に白い空気の膜を発生させながら黒頭を直撃、そのまま爆散させる。

 突然の事態にギガヒュドラは悲鳴を上げるが、即座に瓦礫が飛んできた方向に目を向ける。ユエとハジメも思わずそちらに目を向けた瞬間、

 階層全体が沈んだ。

 そう錯覚するほどの人知を超えたプレッシャーを感じ、二人の呼吸が止まる。それはまるでわずかな呼吸音ですらその相手の意識を向けるのではないか。そんな恐怖を感じた体の防衛本能だった。

 

 ズンッ………

 

 まるで階層全体が揺れたような地響きが響く。しかもそれは規則的に、まるで何かが歩いているかのように連続して起こる。

 地響きを伴いながら煙を突き破る様にして神羅が姿を現した。だが、その姿は大きく変わっていた。

 まず、両腕は以前見せてもらったゴジラの両腕となっている。鉄すら容易に切り裂けそうな爪を携えた4本指の手に黒い鱗と皮膚に覆われた異形の腕。更に背中からは巨大な樹木の葉のような形の大小様々な背びれが生えそろっている。そして黒く長い尾が生え、地面を強く叩いている。

 

 「………なるほど。どうやら、本気で行かねばならないようだな。ならば……たとえあいつの系統だとしても、容赦はできんな」

 

 低く唸りながら神羅がそう告げた瞬間、全てが圧壊した。そう錯覚するほどのプレッシャーが階層全体を呑み込む。それは大瀑布の如き……いいや。これに比べれば大瀑布などただの小さな滝だ。これは……これは……そう。大地その物が牙を剥いた。そうとしか思えないほどの重圧が襲い、ユエとハジメの体が、本能が、魂が理解した。あれはダメだ。あれにはどう足掻こうが絶対に勝てない。文字通り次元が違う。あれに比べればギガヒュドラなど、小動物も同然だ。だが、それと同時に感じるのは体が勝手に跪き、彼を崇めてしまいそうになる絶対的な覇気。この人ならば何者にも負けない、この人に一生ついて行こうと無条件に思ってしまう王者の圧。

 神羅のプレッシャーにギガヒュドラの体は怯えるように震えるが、次の瞬間、

 

 「「「「「「ルゥゥゥゥゥアァァァァァァァァァン!!」」」」」」

 

 6つの頭部が咆哮を上げながらギガヒュドラは地響きと共に神羅目掛けて突進を繰り出す。だが、その目には敵意以外の何かがある。それは……なんと表現すればいいのだろうか。もしも無理やりにでもそれに名前を付けるならば……待ちわびていた、だろうか。そんな感情が宿っている。

 50mを超える巨体はそれだけで一撃で城一つ吹き飛ばせる文字通りの破城槌。それが凄まじい勢いで突っ込んでくる。だが、神羅は微動だにせず、腰を落とす。

 そしてついに巨体が神羅に激突した瞬間、轟音と共に周囲に衝撃波が放たれ、ユエとハジメはそのまま吹き飛ばされる。

 ユエは地面に叩きつけられるが、慌てて顔を起こし、目を見開く。

 神羅はギガヒュドラの突進を真っ向から受け止めていた。胴体をその両腕でつかみ、踏ん張った足は大地を捉え、床を粉砕していたがその威力を完全に押しとどめていた。

 だが、ギガヒュドラは驚きの声もそこそこに黄色頭が咆哮を上げて砕けた床材を神羅に射出、次々と激突するが、その体は微動だにしない。

 すると、神羅はそのまま力を込めて上体を起こす。すると、あろうことかギガヒュドラの巨体が持ち上がる。

 ギガヒュドラが困惑の咆哮を上げて逃れようとするが、その前に神羅は体を勢いよく捻ってそのまま巨体を投げ飛ばす。

 投げ飛ばされたギガヒュドラはそのまま轟音と共に地面に叩きつけられる。

 ギガヒュドラは悲鳴を上げながらも青頭と銀頭が極光と雷光、そして冷気を同時に放つ。

 だが、神羅はそれに真っ向から突っ込む。神羅の体はあっさりと飲み込まれるが、神羅は何事もなかったかのようにブレスを突き破る。

 

 「その程度で我を止められるわけがないだろう」

 

 そう言いながら神羅はそのままギガヒュドラ目掛けて跳躍。そこから急降下し、白頭を床を爆散させながら踏み潰す。

 ギガヒュドラは即座に前足を叩きつけてくるが、神羅はそれを片手で受け止め、つかみ上げるとそのまま引きちぎる。

 すると、再生途中の黒頭が半分の顔を向け、その目を光らせる。神羅はその光を真っ向から見てしまうが……

 

 「そんなものは効かん!」

 

 そのまま黒頭の根本に蹴りをぶち込み、首その物を引きちぎる。

 その光景をハジメとユエは茫然とした様子で見ていた。圧倒的。そうとしか言えない。神羅はギガヒュドラを圧倒していた。奴の攻撃はほとんど通じず、代わりに神羅の攻撃は奴の鱗を突破している。

 

 「……すごい……」

 「ああ………」

 

 ユエの呟きにハジメも同意する。今までの自分の強さとか、そんなものが全てちゃっちに見える。自分がいかに小さく、弱い生き物か見せつけられたような気分だ。

 が、ギガヒュドラもさるもの。銀頭がぎろりと目を赤黒く光らせた瞬間、ギガヒュドラの破損部位から一瞬で新しい頭と腕が生える。先ほどとは比べ物にならない再生能力だ。

 神羅が唸り声を上げると同時にギガヒュドラは自分の体が巻き込まれるのも構わず極光と雷撃、更に爆炎と爆風を放つ。

 着弾と同時に階層を揺るがすような轟音が轟き、神羅が吹き飛ばされる。だが、神羅は即座に体勢を整えて着地する。その体には、やはり目立ったダメージはない。神羅は即座にギガヒュドラに向かって走り出す。

 

 「……ハジメ……神水……」

 「あ、ああ……」

 

 あまりの戦闘に呆然としていたが、ハジメは今重傷だ。ユエはハジメに神水を飲ませる。するとハジメの体は見る見るうちに癒えていく。だが、

 

 「くそ……右目はダメか……」

 

 どうやら右目は完全に消失したようで、治らなかった。ハジメは何とか立ち上がろうとするが、ふらつき、ユエがその体を支える。

 

 「ハジメ、無理しないほうがいい。ここは神羅に任せよう……」

 「っ………」

 

 ユエの言葉にハジメは悔し気に唇を噛むが、反論できない。あの戦闘はあまりにも苛烈だ。とてもじゃないが今の自分では割って入れない。それに神羅はギガヒュドラを圧倒している。ならばここは彼に任せるべきだ。自分よりも強い兄に……いつものように………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それでいいのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この奈落に落ちて、兄が死んだと割り切ってから、ずっと強く生きようとハジメは思っていた。もう自分を守ってくれる兄はいない。だが、その兄が心配しないように強く生きようと。ユエと出会ってからは自分が兄にしてもらったように守っていこうとも思っていた。だが、兄は生きていた。それも更に、次元違いの強さを取り戻して。それからはまた守ってもらったが……俺はそれでいいのか?

 兄が戻ったらまたいつも通りか?あの時、暗闇の中で、絶望の中で強く生きると決めたのに、戻ってきたから言ってまた兄に全てを押し付けるのか?あの巨大な背中をまた見続けるだけなのか?

 いいやいいや、いいや!断じて否だ!兄がさらに強くなろうが関係ない。背中を見続けるだけなど論外だ!追い抜くことなどできないかもしれない。だがそれでも、その背中に追いつかんと走ることはできる!その背中を守らんと戦えるはずだ!

 ハジメがガバリと顔を上げると同時に、

 

 「「「「「「「ルゥオォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」」」」」」」

 「オオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 ギガヒュドラが凄まじい咆哮を上げ、更に神羅が咆哮を上げる。その声にユエも、ハジメの本能も恐怖を覚える。

 怖い……ああ、怖い。怖すぎる!怖いに決まっている!だがそれでも、ここで立ち止まるな!恐怖しても……前に進め!

 ハジメは立ち上がると同時にドンナーに弾を装填する。

 

 「……ハジメ……?」

 「ユエ………俺は兄貴を援護する」

 

 その言葉にユエは目を見開く。

 

 「でも……危険すぎる……ここは神羅に……」

 「ああ、そうだな。兄貴に任せればそれで済むだろう……でもな。それじゃあダメなんだ。ガキの頃からいっつも俺は兄貴にいろんなものを押し付けてきた。兄貴はそれを苦も無く引き受けてきた……悔しいと思っても、俺はそうし続けてきた。今押し付けたら俺は兄貴の弟を……怪獣王の弟として失格だ。そんな資格、最初っからないとしても、俺は怪獣王の弟として、逃げるわけにはいかないんだ………!」

 

 そう言いながらハジメはギガヒュドラを睨みつける。その姿に、ユエは王の背中を見た。たとえどんな困難があろうと逃げず、立ち向かい続ける王の背中。

 ユエは茫然とその背中を見て、そしてふと自問する。

 逃げる。ああ、それは間違いではないだろう。神羅とて咎めないだろう。あんな相手に恐怖しないほうがおかしい。

 だが………それでいいのか?今目の前で愛しい人が大切な人のために戦おうとしている。なのに自分は逃げるのか?逃がすのか?彼の覚悟を踏みにじるのか?いいや違う。共に戦うのだ。共に戦い、そして勝ち、全員で生き残るのだ。

 そのために戦え。立ち上がれ。かの女王のように。共に生きるために!

 ユエは心に宿った火に押されるようにハジメの隣に立つ。

 

 「………分かった。だったら私もやる。一緒に戦う」

 「ユエ……」

 「でもどうするの?あいつは無策で勝てる相手じゃない」

 

 確かに。神羅だから戦えているが、はっきり言ってギガヒュドラは桁外れの力を持つ。そいつを圧倒する神羅。その戦いに何の作戦も無しに挑むなど自殺行為だ。

 

 「それなんだが………ちょっと試したいことがある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギガヒュドラが力を籠め、勢いよく体当たりを繰り出してくるが、神羅はそれを真っ向から受け止める。轟音が轟き、衝撃波が吹き荒れるが神羅は微動だにしない。ギガヒュドラは青頭を伸ばして冷気を放出しようとするが、その前に神羅は体を回転させ、その勢いを乗せて尾を叩きつける。鈍い音と共にギガヒュドラが吹き飛ばされるが、地面に叩きつけられながらも起き上がり、冷気を放つ。

 神羅はすぐにそれを回避する。冷気はどうにも動きが鈍くなりがちだ。

 

 (しかし……これはいささか厄介だな……)

 

 攻撃力、防御力、スピード、全て彼女には及ばない。だが、回復力だけは大したものだ。これでは時間がかかる。

 完全開放は論外だ。そんなことしたらこの階層を完全に破壊しつくし、ハジメたちも巻き込む。せめて熱線を撃てればいいが……チャージの隙を中々見せてくれない。当然と言えば当然かもしれないが……

 神羅が考えた瞬間、緑頭が刃の爆風を放つ。神羅は真っ向から突っ込み、緑頭の眼前に飛び出すと蹴りつぶす。だが、すぐに再生しようとする。

 その瞬間、神羅の視界の隅に黒い球体が見える。次の瞬間、それを赤い閃光が貫き、爆発。中から紅蓮の炎がまき散らされ、緑頭の断面に降り注ぎ、焼く。ギガヒュドラは雄たけびを上げ、神羅は後ろに下がりながら顔を上げる。

 ギガヒュドラはブルりと体を震わせ、炎を振りほどく。その身体には火傷らしいものはほとんどない。だが、鱗に覆われていない緑頭の断面は別だ。剥き出しの肉は明らかに焼け爛れており、しかも再生しようと蠢いているがそれは遅々として進まず、明らかにその再生力は低下している。

 神羅が視線を動かせば、ドンナーを構えたハジメと魔力を練っているユエがいた。ハジメは神羅に顔を向け、

 

 「兄貴、どんどん潰せ!俺たちが傷を焼いて再生を遅らせる!」

 

 それがハジメの考え。うまくいくか分からなかったが、成功した。

 ギガヒュドラは再生の時なにかしらの魔法を使った形跡はない。つまり、それは自前の回復力と言う事だ。それで頭部を再生するのだから異常すぎる。まるで地球の神話のヒュドラだ。だが、だからこそもしかしたらと思った。神話のヒュドラは傷口を焼きつぶされてその再生を封じられた。ならばこいつにもある程度は効くのではと思ったのだが、その予想は当たっていた。鱗は耐えられるようだが、鱗ほど固くはないのか肉は焼くことができ、そして傷口を焼けば再生を大きく遅らせることができる。魔法を使わない再生が仇となったようだ。

 神羅は即座に飛び込む。白頭が光弾を放つが神羅は当然のようにそれを突っ切る。だが、抜けた先で黒頭が待ってましたと言わんばかりに大口を開けて迫ってくる。

 だが、その黒頭にレールガンが直撃、鱗が砕け、僅かに揺れる程度だが、それで十分。神羅は黒頭の下あごを掴むとそのまま体を捻り、力任せに頭を引きちぎる。更にその勢いで尾を繰り出し、赤頭に叩きつけ、圧し折る。

 

 「蒼天」

 

 それと共にユエの言葉が響く。現れたのは巨大な蒼い火球。それがギガヒュドラに襲い掛かる。その中神羅は巻き込まれるのも構わず赤頭に襲いかかり、粉砕する。

 すぐに再生しようとするが、その前に蒼天が直撃、周囲を青い閃光が包み込む。青白い炎が広がる中にあって神羅は平然とし、青頭を引きちぎり、その断面を蒼い炎が容赦なく焼く。ギガヒュドラは絶叫を上げて傷が焼かれる痛みに身をよじり、炎を消そうと極光と雷撃、光弾と石を乱射する。

 その隙に後ろに跳んで距離を取った神羅がチャンスと判断した瞬間、神羅の背中の背びれが青白い輝きを帯び、それに連動するように彼の両眼も青白く光り出す。それと同時に神羅の口元が変化。黒い皮膚に鋭い牙を備えた異形の顎。

 その光景をハジメとユエは思わず手を止めてみていた。それは恐ろしき力強く、恐ろしいほどに恐怖をあおり、そして幻想的だったからだ。

 それに気づいたギガヒュドラの銀頭の首元が激しく光りだす。更に他の首も同様に魔力をため込み、激しく輝きを帯びていく。

 そして神羅が何かする前に、ギガヒュドラの全ての口から極太の極光が放たれる。それは尋常ではない威力だ。その余波だけで床を砕き散らし、当たれば間違いなく対象をこの世から一変の細胞も残さずに消滅させる死の嵐。

 

 「兄貴!」

 「神羅!」

 

 思わずハジメとユエが叫ぶが、神羅はそれを前にしても怯えず、大きく息を吸い込む。胸部が大きく盛り上がり、神羅が口を開けた瞬間、その喉奥から青白い熱線が放たれる。

 それは森羅万象を焼き払う神の炎。かの存在をもってしても無傷では済まなかった王の一撃。それを紛い者が防げる道理はない。

 極光と雷撃は熱線と激突すると一方的に焼き払われ、そのまま熱線はギガヒュドラを直撃し、その身を呑み込む。

 

 「「「グルゥァァァァァァァァァッァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!??」」」

 

 残った三つの頭部が絶叫を上げる。それは誰が聞いてもはっきりとわかる断末魔の叫び。青白い炎は再生も許さずにその身を余さず飲み込み、焼き尽くしていく。

 そして神羅が熱線を吐くのをやめると同時に青白い炎も鎮火。そこにはもはや何も残っていない。射線上の地面は溶解し、ギガヒュドラがいた場所は完全にマグマになっている。ギガヒュドラの残骸は何一つ残っていない。

 その光景をハジメとユエはただただ呆然と見ていた。あまりにもその一撃は壮絶で、苛烈だった。最上級魔法など話にならない。まさに王の一撃。

 

 「オオォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 ギガヒュドラが消滅したのを確認した神羅は勝鬨の咆哮を上げる。その姿に二人は目を奪われる。それはまさにすべての頂点に立つ王の雄姿だ。そしてあまりにも遠く、あまりにも巨大すぎる。そんな背に追いすがろうなど、それこそ不敬ではないのか?

 

 「………追いかけがいがあるな……」

 

 だが、ハジメの口元に浮かぶのは不敵な笑み。それは絶対に追いすがり、共に立ち、共に戦うと言う決意が籠った笑み。

 その笑みにユエはん、と小さく頷くのであった。

 




 ギガヒュドラ

 ある存在の手によって極限まで強化されたヒュドラ。その力は神獣に匹敵し、特に圧は怪獣に届くほどに強化されている。


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幕話 帝国と勇者達

 今回、ある意味最後が全部持っていくかも……

 ではどうぞ!


 時間は少し戻る。

 神羅達がギガヒュドラとの死闘を制した頃、勇者一行は、一時迷宮攻略を中断しハイリヒ王国に戻っていた。

 道順のわかっている今までの階層と異なり、完全な探索攻略であることから、その攻略速度は一気に落ちたこと、また、魔物の強さも一筋縄では行かなくなって来た為、メンバーの疲労が激しいことから一度中断して休養を取るべきという結論に至ったのだが、それ以外にも理由はある。ヘルシャー帝国から勇者一行に会いに使者が来ると言う事で、迎えが来たのだ。

 元々、エヒト神による〝神託〟がなされてから光輝達が召喚されるまでほとんど間がなかったため、同盟国である帝国に知らせが行く前に勇者召喚が行われてしまい、召喚直後の顔合わせができなかった。

 もっとも、仮に勇者召喚の知らせがあっても帝国は動かなかったと考えられる。なぜなら、帝国は三百年前にとある名を馳せた傭兵が建国した国であり、完全実力主義の国だったからだ。

 帝国にも聖教協会の教会は有り、国民は信徒なのだが、信仰心は低い。弱肉強食の掟の中生きてきた彼らからすれば、突然現れ、人間族を率いる勇者と言われても納得はできないだろう。

 そんな訳で、教会を前に、神の使徒に対してあからさまな態度は取らないだろうが、召喚直後、帝国の上層部、特に皇帝陛下が興味を持っていなかったことからも内心どう思われるか想像に難くない。

 しかし、今回のオルクス大迷宮攻略で、歴史上の最高記録である六十五層が突破されたという事実をもって帝国側も光輝達に興味を持つに至った。帝国側から是非会ってみたいという知らせが来たので、王国側も聖教教会も、いい時期だと了承したのである。

 そんな話を帰りの馬車の中でツラツラと教えられながら、光輝達は王宮に到着した。

 馬車が王宮に入り、全員が降車すると王宮の方から一人の少年が駆けて来るのが見えた。十歳位の金髪碧眼の美少年である。光輝と似た雰囲気を持つが、ずっとやんちゃそうだ。その正体はハイリヒ王国王子ランデル・S・B・ハイリヒである。

 ランデル殿下は、思わず犬耳とブンブンと振られた尻尾を幻視してしまいそうな雰囲気で駆け寄ってくると大声で叫んだ。

 

 「香織! よく帰った! 待ちわびたぞ!」

 

 そのランデル殿下に視線を向けた香織は小さく鼻を鳴らした後に愛想笑いを浮かべ、

 

 「お久しぶりです、ランデル殿下」

 

 そう言うとランデル殿下は顔を真っ赤にするが、それでも精一杯男らしい表情を作って香織にアプローチをかける。これらから見て分かる通り、ランデル殿下は香織に気があり、召喚の翌日から猛アプローチをかけていた。当初は弟のように見ていた香織だったが、最近ではちょろちょろと纏わりつくネズミのような存在になっていた。本当は無視したいが、王族相手にそれは不味すぎる。なのでこうして最低限失礼の無い様にするだけだった。

 

 「ああ、本当に久しぶりだな。お前が迷宮に行ってる間は生きた心地がしなかったぞ。怪我はしてないか? 余がもっと強ければお前にこんなことさせないのに……」

 「お気づかい下さりありがとうございます。ですが、これは自分で望んでやっていることですので」

 「いや、香織に戦いは似合わない。そ、その、ほら、もっとこう安全な仕事もあるだろう?」

 「安全な………仕事ですか?」

 

 戦えと呼び出した分際で何を、と香織は苛立つが、どうにかそれを呑み込み、問い返す。

 

 「う、うむ。例えば、侍女とかどうだ? その、今なら余の専属にしてやってもいいぞ」

 「いえ、すみません。私は治癒師ですから……」

 「な、なら医療院に入ればいい。迷宮なんて危険な場所や前線なんて行く必要ないだろう?」

 「いえ、前線でなければすぐに癒せませんので」

 

 みしりと杖が軋む。あの時、少しでも彼の傷を癒せていたなら……そう思い、香織の心の中が荒れる。そこへ空気を読まない厄介な善意の塊、勇者光輝がにこやかに参戦する。

 

 「ランデル殿下、香織は俺の大切な幼馴染です。俺がいる限り、絶対に守り抜きますよ」

 

 光輝としては、年下の少年を安心させるつもりで善意全開に言ったのだが、この場においては不適切な発言だった。恋するランデル殿下にはこう意訳される。

 

 「俺の女に手ぇ出してんじゃねぇよ。俺がいる限り香織は誰にも渡さねぇ! 絶対にな!」

 

 親しげに寄り添う勇者と治癒師。実に様になる絵である。その実態が全くの別物だとしても彼は気づかない。ランデル殿下は悔しげに表情を歪めると、不倶戴天の敵を見るようにキッと光輝を睨んだ。

 

 「香織を危険な場所に行かせることに何とも思っていないお前が何を言う! 絶対に負けぬぞ! 香織は余といる方がいいに決まっているのだからな!」

 「………あ?」

 

 ランデル殿下の言葉に香織の中の何かが振り切れかける。こいつは何を言っている?何を勝手に私の居場所を決めている?何様のつもりだ貴様は………!

 香織が内心殺意をたぎらせ、杖を強く握った瞬間、涼やかだが、少し厳しさを含んだ声が響いた。

 

 「ランデル。いい加減にしなさい。香織が困っているでしょう? 光輝さんにもご迷惑ですよ」

 「あ、姉上!? ……し、しかし」

 「しかしではありません。皆さんお疲れなのに、こんな場所に引き止めて……相手のことを考えていないのは誰ですか?」

 「うっ……で、ですが……」

 「ランデル?」

 「よ、用事を思い出しました! 失礼します!」

 

 ランデル殿下は自分の非を認めたくなかったのか、いきなり踵を返し駆けていってしまう。その背を見送りながら、王女リリアーナは溜息を吐く。

 

 「香織、光輝さん、弟が失礼しました。代わってお詫び致しますわ」

 

 リリアーナはそう言って頭を下げた。美しいストレートの金髪がさらりと流れる。

 

 「ううん。気にしてないよリリィ。むしろありがとう。あのままだと手が出ちゃいそうだったから……」

 

 香織の言葉にリリアーナは小さく頬を引くつかせる。本当に彼女は変わってしまった、と

 リリアーナ姫は、現在十四歳の才媛だ。その容姿も非常に優れていて、国民にも大変人気のある金髪碧眼の美少女である。性格は真面目で温和、しかし、硬すぎるということもない。TPOをわきまえつつも使用人達とも気さくに接する人当たりの良さを持っている。

 光輝達にも、王女としての立場だけでなく個人としても心を砕いてくれている。彼等が関係ない自分達の世界の問題に巻き込んでしまったと罪悪感もあるようだ。 

 そんな彼女はクラスメイト達と仲が良かったが、中でも香織と雫とは特に仲がいい。だからこそ、香織の変貌に心を痛めているのだが。

 

 「それよりも……改めて、お帰りなさいませ、皆様。無事のご帰還、心から嬉しく思いますわ」

 

 リリアーナはそう言うと、ふわりと微笑んだ。

 その笑顔にクラスメイトの大半はぼーと見惚れているのだが、

 

 「ありがとう、リリィ。君の笑顔で疲れも吹っ飛んだよ。俺も、また君に会えて嬉しいよ」

 

 さらりとキザなセリフを爽やかな笑顔で言う光輝。彼に下心はない。ただ生きて友人に会えたことがうれしいだけだ。自分の容姿や言動の及ぼす効果に病的なレベルで鈍感なのが致命的だが。

 その後、照れたリリアーナに促され、光輝達が迷宮での疲れを癒すことになった。

 なお、居残り組にベヒモスの討伐を伝え歓声が上がり、これにより戦線復帰するメンバーが増えたり、愛子先生が一部で〝豊穣の女神〟と呼ばれ始めていることが話題になり彼女を身悶えさせたりと色々あったが光輝達はゆっくり迷宮攻略で疲弊した体を癒した。もっとも、そんなの関係ないと言わんばかりに香織は己を鍛えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  それから三日、遂に帝国の使者が訪れた。

 

 現在、光輝達、迷宮攻略に赴いたメンバーと王国の重鎮達、そしてイシュタル率いる司祭数人が謁見の間に勢ぞろいし、レッドカーペットの中央に帝国の使者が五人ほど立ったままエリヒド陛下と向かい合っていた。

 

 「使者殿、よく参られた。勇者方の至上の武勇、存分に確かめられるがよかろう」

 「陛下、この度は急な訪問の願い、聞き入れて下さり誠に感謝いたします。して、どなたが勇者様なのでしょ う?」

 「うむ、まずは紹介させて頂こうか。光輝殿、前へ出てくれるか?」

 「はい」

 

 陛下に促され前にでる光輝。ベヒモスを倒した香織ではなく彼が出るのは彼が勇者、召喚者の中心だからだ。

 光輝を筆頭に、次々と迷宮攻略のメンバーが紹介された。

 

 「ほぅ、貴方が勇者様ですか。随分とお若いですな。失礼ですが、本当に六十五層を突破したので? 確か、あそこにはベヒモスという化物が出ると記憶しておりますが……」

 

 使者は、光輝を観察するように見やると、イシュタルの手前露骨な態度は取らないものの、若干、疑わしそうな眼差しを向けた。使者の護衛の一人は、値踏みするように上から下までジロジロと眺めている。

 その視線に光輝は言葉に詰まる。何せあの戦闘で光輝は何もしていない。香織一人で倒したのだ。だが、後衛職である香織が一人でベヒモスを倒したなど、どう説明すればいいか。そして香織自身それを名乗り出るつもりはない。めんどくさい事になるだろうから。こういうのは他人に押し付けるに限る。

 光輝が頭を悩ませていると、使者の一人が提案をする。

 

 「いえ、お話は結構。それよりも手っ取り早い方法があります。私の護衛一人と模擬戦でもしてもらえませんか? それで、勇者殿の実力も一目瞭然でしょう」

 「えっと、俺は構いませんが……」

 

 この提案に国王とイシュタルも同意し、勇者対帝国使者の護衛という模擬戦の開催が決定したのだった。

 で、その結果だが……見事に敗北した。

 相手は高すぎず低すぎない身長、特徴という特徴がなく、人ごみに紛れたらすぐ見失ってしまいそうな平凡な顔をした一見すると全く強そうに見えない平凡な男だったのだが、光輝は見事に手も足も出ずにやられていた。

 それを見て、香織はすぐさま興味を失い、その場を後にしようとするが、その背中を護衛の男は興味深げに見つめていた。それに気づいた香織は軽く振り返って男を睨みつける。自分に関わるなと言うように。その目に護衛はやれやれと言うように肩をすくめる。

 それ以上何もしてこないと判断すると、香織はそのまま去って行く。

 その後、雫から聞いた話では護衛の男はヘルシャー帝国現皇帝ガハルド・D・ヘルシャーだったらしく、一応彼らは勇者を認めたようだが、至極どうでもいい。

 その日の夜、香織が城の中を歩いていると、

 

 「よう、お嬢ちゃん」

 

 そのガハルド皇帝と出会い、声をかけられる。四十代位の野性味溢れる男だ。短く切り上げた銀髪に狼を連想させる鋭い碧眼、スマートでありながらその体は極限まで引き絞られたかのように筋肉がミッシリと詰まっているのが服越しでもわかる。

 だが、香織は特に興味を示さず、ちらりと視線を向けると軽く頭を下げ、そのままどこかに歩いていく。

 それを見て、ガハルドは気分を害するどころか面白そうに笑う。

 

 「知らないとはいえ、皇帝相手に大した態度だ」

 「へえ、そうでしたか。知らなかったことですので、申し訳ありません。それに………彼に比べてずいぶんと圧が弱いと思ったので」

 「彼……?まさか勇者の事か?」

 

 香織の言葉にガハルドが問い返した瞬間、香織の体から怒りが噴き出し、ガハルドを睨みつける。

 

 「天ノ河君………?ふざけないでください。あいつと彼を同列に扱わないで。彼って言うのは、南雲神羅君の事です」

 「誰だそれ?」

 「あいつよりもずっと強くて……貴方よりもずっと大きい人……」

 

 こうして対峙してみて分かる。あの時、香織が感じた圧に比べれば、この人のなんて軽すぎる。強者の圧はある。だが、彼のように引き寄せられる何かがない。その程度だ。

 

 「ほう、大きい人ねぇ………一体何処のどいつの事だ?」

 

 ガハルドが興味を惹かれたように問いかけると、

 

 「今はいません。だけど、必ず弟のハジメ君と一緒に戻ってきますので、その時に」

 

 では、と香織は頭を下げてその場を去って行く。その背を見て、ガハルドは女は恐ろしいな、と人ごとのように考えていた。

 その翌日、帝国に帰国するという皇帝陛下一行を光輝達は見送った。用事はもう済んだ以上留まる理由もないということだ。本当にフットワークの軽い皇帝である。

 だが、早朝訓練をしていた雫を見て気に入った皇帝が愛人にどうだと割かし本気で誘ったというハプニングがあった。雫は丁寧に断り、皇帝陛下も「まぁ、焦らんさ」と不敵に笑いながら引き下がったので特に大事になったわけではなかったが、その時、光輝を見て鼻で笑ったことで光輝はこの男とは絶対に馬が合わないと感じ、しばらく不機嫌だった。

 雫の溜息が増えたことは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 周囲に阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。

 悲鳴と怒声が響き渡り、周囲の建物は全て倒壊し、炎に包まれている。

 その中を人々が逃げ回っているが、そこに巨大な影が巨体に似合わない速度で襲い掛かり、食らいつき、飲み込んでいく。そんな光景がそこかしこで繰り広げられている。

 少しして、小さな村の全てを喰いつくしたそいつらはそのまま各々別々の方向に向かって歩いていく。ある者は食い足りぬため他の餌を探しに。ある者は新たな縄張りを探しに。

 だが、一匹だけ村の残骸の中に残ると、

 

 キュァァァァァァァァァァァァァァァ!

 

 ここは己の縄張りだと言うように咆哮を上げる。




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第14話 王と女王

 今回で改訂は一応最後ですね。コング本当にどうしよう……少し、本気で考えます。どっちが面白くなるか。映画の方が面白くなりそうだったらまた改訂作業です……


 咆哮を上げ終えた神羅はふう、と息を吐くとハジメとユエの元に向かっていく。

 

 「二人とも、大丈夫だったか?」

 「ん、大丈夫」

 「俺も一応……右目をやられたけどな」

 

 ハジメの言葉に神羅は小さくうめき声を上げ、申し訳なそうに頭を下げる。

 

 「すまない、ハジメ……」

 「気にすんなって、兄貴。兄貴がいなきゃそもそもあれで死んでた。感謝はしても、恨んだりしない」

 「だが……」

 「気にしすぎだって。俺なら大丈夫。この程度、なんてことないからよ」

 

 そう言ってハジメは神羅の肩をポンポンと叩く。その様子に神羅は小さくそうか、と呟き、顔を上げる。

 その瞬間、広間の奥の扉がゆっくりと音を立てて開いていく。

 新手かと3人が即座に構え、警戒する。だが、いくら待ってもその扉から何かが出てくる気配はない。

 

 「……先に行けと言う事か?」

 「そう……かもな」

 「この先が反逆者の住処……?」

 

 3人はちらりと顔を見合わせると、小さく頷いて、扉に向かい、くぐる。

 まず、目に入ったのは太陽だ。もちろんここは地下迷宮であり本物のはずがない。頭上には円錐状の物体が天井高く浮いており、その底面に煌々と輝く球体が浮いていたのである。僅かに温かみを感じる上、蛍光灯のような無機質さを感じないため、思わず太陽と称したのである。

 

 「こいつは……人工太陽と言うやつか?」

 「マジかよ……もしそうだったらすごいぞ……」

 「神に逆らった、と言うのはあながち間違いではなさそうだ」

 「……水の音がする」

 

 ユエの言葉に耳をすませば、耳に心地良い水の音がする。扉の奥のこの部屋はちょっとした球場くらいの大きさがあるのだが、その部屋の奥の壁は一面が滝になっていた。天井近くの壁から大量の水が流れ落ち、川に合流して奥の洞窟へと流れ込んでいく。よく見れば魚も泳いでいるようだ。もしかすると地上の川から魚も一緒に流れ込んでいるのかもしれない。

 川から少し離れたところには大きな畑もあるようだが、当然何も植えられていない。そしてなんと家畜小屋もある。動物の気配はしないのだが、水、魚、肉、野菜と素があれば、ここだけでなんでも自炊できそうだ。緑も豊かで、あちこちに様々な種類の樹が生えている。

 

 「住処であることに間違いはなさそうだな……」

 「そうだな……何かあるとすれば、あの家だよな」

 「ん……」

 

 3人の視線の先にあるのは3階建ての白い清潔感のある建物だ。3人は慎重に油断なく建物に近づき、扉から中に入っていく。

 扉の先のエントランスには、温かみのある光球が天井から突き出す台座の先端に灯っている。

 取り敢えず一階から見て回る。暖炉や柔らかな絨毯、ソファのあるリビングらしき場所、台所、トイレを発見した。どれも長年放置されていたような気配はない。人の気配は感じないのだが、室内の管理維持はなされているのか埃が積もった形跡はない。

 さらに奥に行くと、そこには大きな円状の穴があり、その淵にはライオンっぽい動物の彫刻が口を開いた状態で鎮座している。彫刻の隣には魔法陣が刻まれている。試しに魔力を注いでみると、ライオンモドキの口から勢いよく温水が飛び出した。

 

 「まんま風呂か……何か月ぶりの風呂だ」

 「流石に痒くなってきたからなぁ……」

 

 神羅とハジメの二人が顔を綻ばせるのを見てユエが一言。

 

 「……ハジメ、一緒に入る……?」

 「……たまには兄弟水入らずで過ごさせて?」

 「すまんな、ユエ。あとで一緒に入れるようにしよう」

 

 ちょっ!?とハジメが目を見開く中、ユエの中で神羅の株が激増していた。

 二階には書斎や工房らしき部屋を発見したが、どちらも封印がされているらしく開けることはできなかった。

 そして三階。三階には一部屋しかなかった。扉を開けると、そこには直径七、八メートルの精緻で繊細な魔法陣が部屋の中央の床に刻まれていた。

 そして、その魔法陣の向こう側、豪奢な椅子に座った人影である。人影は骸だった。既に白骨化しており黒に金の刺繍が施された見事なローブを羽織っている。

 

 「こいつが反逆者か………」

 「……こいつなんでこんなところでくたばったんだ?普通寝室とかそう言う所じゃないか?」

 「……怪しい。どうする?」

 

 苦しんだ様子もなく座ったまま果てたその姿は、まるで誰かを待っているようだ。

 

 「……調べるしかあるまい。我が先に行く。ハジメとユエは待機だ」

 「分かった。気をつけろよ」

 

 神羅はそう言うと、魔法陣へ向けて踏み出し、魔法陣の中央に足を踏み込んだ瞬間、カッと純白の光が爆ぜ、部屋を真っ白に染め上げる。

 まぶしさに神羅は目を細めるが、直後、何かが頭の中に侵入し、まるで走馬灯のように奈落に落ちてからの事、そして、前世の光景が走馬灯のように駆け巡る。

 やがて光が収まり、目を開けた神羅達の目の前には、黒衣の青年が立っていた。よく見ればその青年は骸と同じローブを羽織っている。

 

 「試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスカー・オルクス。この迷宮を創った者だ。反逆者と言えばわかるかな?」

 

 やはり反逆者だったようだ。それもこの迷宮の創設者。だからこそここで果てたのだろうか……

 

 「ああ、質問は許して欲しい。これはただの記録映像のようなものでね、生憎君の質問には答えられない。だが、この場所にたどり着いた者に世界の真実を知る者として、我々が何のために戦ったのか……メッセージを残したくてね。このような形を取らせてもらった。そしてこのメッセージが流れると言うのなら、君たちは獣級試練をクリアしたと言う事。それはすなわち………いるんだろう。こことは違う世界を統べた、怪獣の王が」

 

 その言葉にハジメとユエは目を見開く。それはまるで、オスカー・オルクスは神羅の事を……いや、より正確に言えばゴジラの事を知っているような口ぶり。

 

 「この迷宮の獣級試練は解放条件の厳しさもさることだが、攻略難易度は人間と言う存在のみではほぼ突破不可能と言っていい。突破できるのは彼の王……もしくは怪獣の力が不可欠と言う難易度だ」

 「どう言う事だ?なんで兄貴……いや、ゴジラの事を……」

 「王ならばきっとあの魔物を見て、いろいろと察したかもしれない。だが、まず、安心してほしい。あの魔物は彼女の魔力を大量に分け与えられて生まれた存在。彼女の血肉は使っていない」

 

 その言葉に、神羅は小さくほっと息をつく。彼女なら自分の血肉を分けるぐらいやりかねないと思ったが魔力だけだったようだ……

 

 「もしかしたら、今の君は待ちわびているかもしれないが、その前に教えなければならない。我々に何があったのか……この世界に何が起きているのかを」

 

 そして語られたのは狂った神とその子孫達の戦いの物語。

 神代の少し後の時代、世界は争いで満たされていた。人間と魔人、様々な亜人達が絶えず戦争を続けていた。争う理由は様々だ。領土拡大、種族的価値観、支配欲、他にも色々あるが、その一番は〝神敵〟だから。今よりずっと種族も国も細かく分かれていた時代、それぞれの種族、国がそれぞれに神を祀っていた。その神からの神託で人々は争い続けていたのだ。

 だが、そんな何百年と続く争いに終止符を討たんとする者達が現れた。それが当時、解放者と呼ばれた集団である。

 彼らには共通する繋がりがあった。それは全員が神代から続く神々の直系の子孫であったということだ。そのためか解放者のリーダーは、ある時偶然にも神々の真意を知ってしまった。神々は、人々を駒に遊戯のつもりで戦争を促していたのだ。解放者のリーダーは、神々が裏で人々を巧みに操り戦争へと駆り立てていることに耐えられなくなり志を同じくするものを集めたのだ。

 だが、それと時を同じくして、世界各地に並みの魔物よりも強大な力を持った獣が出現し、各地で猛威を振るった。彼らとも戦うその中で、彼らは彼女に出会った。その獣に匹敵する力を持つ者に出会い、共に戦う道を選んだ。

 その言葉に神羅は大きく目を見開く。その脳裏に浮かぶのはただ一匹の姿のみ。

 まさか、と神羅が呟いた瞬間、まるでその通りと言うようにオスカーは口を開く。

 

 「ここから先の事は彼女から直接聞いてくれ」

 

 そう言った瞬間、再び魔法陣が輝き、オスカーの映像の前に光が集まっていき、一つの姿が現れていく。

 ハジメたちと同年代ぐらいの人間の姿と言う事は分かる。そして光が弾けたとき、そこにいたのは一人の少女。ユエと同じぐらいの背丈で、灰色の短髪にかわいらしい顔立ち。一見普通の少女のような姿だが、年齢と釣り合わない厚みとでも言うのだろうか。そう言うのを感じる。

 その姿を見た瞬間、神羅の全身に電流が走る。見た目は人間。そう、人間だ。しかもここにはおらず、見ているのは映像のみ。だが、分かる。間違えるはずがない。間違えようがない。

 そして少女がゆっくりと目を開いて、青い瞳で周囲を見渡し、神羅を見つけた瞬間、心からのものとはっきりわかるほどの嬉しそうな笑みを浮かべ、

 

 「……姿かたちは全く違う。でも、間違えるはずがない……」

 「……それは()とて同じだ……」

 

 神羅はそっと少女の映像の元に歩いていき、すっと身をかがめて目線を合わせると、見たこともないほどに穏やかで、嬉しそうな笑みを浮かべ、

 

 「……ようやく会えたわね、ゴジラ……」

 「ああ……モスラ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人の言葉にハジメとユエは目を見開く。モスラ。神羅が前世から想い続けている相手。目の前の少女が彼女が人間に転生した姿だと言うのか……と、いうか、これは記録映像のはずでは?なんで普通に受け答えしているのだろうか……

 

 「お前は……映像ではないのだな」

 「ええ。私は今もちゃんと生きている。ただこことは違う場所で眠っていてね。その場所に魔法陣が設置されていて、それを使って私の思念を映像としてここに映し出しているのよ」

 

 つまりモスラはこことは違うどこかに今も生きていると言う事に他ならない。それはつまり……

 

 「お前……こっちの世界に転生していたのか……?」

 「え?どう言う事?貴方もここにいるんだから貴方もこの世界で生まれたんじゃないの?」

 

 モスラが首を傾げる中、神羅は自分は前世とは違う地球に生まれ、そこから神によってほかの者達と共にここに召喚されたことを説明する。すると、モスラは忌々し気に顔を歪め、舌打ちをする。

 

 「あの野郎……またそんな事をしてたのね……なるほど。あの魔力はそう言う事だったのか……」

 「どうやらお前は気づいていたようだな」

 「ええ。でかい魔力反応を感じて、エヒトが大きく動き出したと思った私は万全の状態で事にあたれるように転生したのよ。その時は結構年食ってたから」

 「転生は相変わらずのようだな」

 「まあね。そのおかげで今はこの姿よ。まだ卵の状態だから仕方ないけどね。本当はもっと大人で、綺麗な姿なのよ?」

 「ほう、そうなのか……お前がどんな姿であろうと、俺にとってはお前だが……まあ、その姿も見てみたいな」

 「ふふ、見惚れても知らないわよ」

 

 二人は今まで会えなかった時間を埋めるように互いに笑みを浮かべながら語らっていく。その様をハジメもユエも口を挟まずに見ていた。

 神羅でさえ自分たちの事を忘れているかのように取り留めのない、雑談を交わしているが、不思議とそれを見ていても早くしろと急かす気は起きない。二人とも本当にうれしそうだったから。互いの声が、交わされる言葉の一字一句全てが、大切なものであるかのように耳を立てているその姿は、いっそ微笑ましいとすら思える。

 そのまま久しぶりの逢瀬を眺めていると、ひと段落したのかモスラがひょっこりと神羅の後ろに目をやって、

 

 「で?そっちの男の子がゴジラの弟?」

 「え?あ、ああ。俺が南雲ハジメだ」

 「私はユエ」

 「ふ~~ん……双子っていうわりには似てないわね」

 「根っこが違うからかもしれん……だがそれでも、俺の血を分けた家族だ」

 

 神羅はそう言ってハジメの元に向かうと、わしゃわしゃと頭を撫でる。ハジメは恥ずかしそうにそっぽを向き、ユエとモスラは微笑まし気にその様子を見ている。

 

 「さて……」

 

 その瞬間、神羅の纏う雰囲気が研ぎ澄まされた刃のように一変し、ハジメたちは一斉に気を引き締め、モスラもまたふんわりとした雰囲気を霧散させる。

 

 「教えてくれ、モスラ。過去に一体何があった?」

 「ええ、話すわ……」

 

 そしてモスラは語らいだす。

 そもそもモスラは転生した直後に神の使徒と呼ばれるエヒトの先兵と戦っていた解放者たちと合流、使徒を秒殺し、その後解放者に参加した。理由は守護者として、エヒトを野放しにはできなかったからだ。そしてこの世界に迷い込んだのだろう怪獣や様々な組織と戦い、解放者の組織が大きくなっていったある時、彼らは神域と呼ばれる神々がいると言われている場所を突き止めた。そして彼らはそこに解放者のメンバーでも先祖返りと言われる強力な力を持った7人とモスラを中心に、神々に戦いを挑んだ。

 そこで予想外の事が起きた。なんと神エヒトがモスラの体を乗っ取ろうとしたのだ。どうやらエヒトは肉体を失っており、肉体を欲していたようだ。

 マジか、とハジメが顔をゆがめた瞬間、ズンッ……と世界が沈んだ。呼吸が止まり、魂が屈服し、体が即座に、勝手に跪く。顔を上げられない。上げてはならない。ハジメと隣で同じようになっているユエが体を震わせている中、神羅は尋常ではない怒りを内包した声を出す。

 

 「……本当か?」

 

 その様子を嬉しそうに、だが少し呆れた表情で見ていたモスラは落ち着かせるように声を出す。

 

 「落ち着いて。見ての通り、目論見は失敗したのよ。私の体を奪おうとしたのに指先一つ満足に動かせなくて、逆に私の力で吹き飛ばしてやったわ。神が聞いてあきれるわよね」

 

 モスラが笑いながら言うと神羅はそうか、と殺気を引っ込め、ハジメたちは大きく息を吐き、大量の冷や汗を流す。それに気づいた神羅は申し訳なさそうにハジメとユエに手を貸す。

 

 「すまん、二人とも。つい……」

 「いや、仕方ねえよ。俺だってユエに同じことされたら……そいつを絶対に許さないからな」

 

 そう言いながらハジメも殺気を放ち、それを見てユエがうっとりと目を細める。

 それを見て、モスラは肩をすくめ、続ける。

 

 「そして返り討ちにあったエヒトはある手段を使った。言ってしまえば、怪獣を召喚しようとしたのよ。貴方達を召喚したように、切羽詰まっていたのかでたらめにね」

 

 それは悪あがきと言っていい行動だ。だが……

 

 「その魔法によって……奴が呼び出された」

 

 その言葉に神羅は目を細め、ハジメたちもまたある姿を思い浮かべる。話にしか聞いていない、神羅の宿敵。黄金の三つ首の竜。

 

 「そこからは形勢逆転。解放者のほとんどが奴に殺された。私も頑張ったんだけど、ほとんど何も……生き残ったみんなの力を借りて、どうにか真ん中の首をちぎることはできたけど、それが限界だった。奴がちぎられた痛みで怯んでいる隙に、何とか私たちは生き残ったみんなと共に神域から撤退したわ。そのあと、私たちは何とか組織を立て直そうとしたんだけど、そこで追い打ち。エヒトは人間達を巧みに操って、私たちを世界に破滅をもたらそうとする神敵であると認識させて人間達に相手をさせたの。彼らを相手に戦う事はできないから、数少ない私たちは次々と討たれていって、最後に残ったのは私を含めて8人だけだった。そして、私以外の7人はバラバラに大陸の果てに迷宮を創り潜伏し、試練を用意し、それを突破した強者に自分達の力を譲ることにした。いつの日か神の遊戯を終わらせる者が現れることを願って。そして私は、待つことにした。奴はその後姿を見ていないけど、奴がいる限りたとえ攻略者が現れても、神を討つことはできないと判断して、私が生まれたのならばきっといつかあなたもここに生まれると信じて、その時を待つことにした。念のためにこのオルクスにもう一つの判断材料を用意したけどね。そして、あなた以外の人間に関しても最低限怪獣と戦えるだけの力を持つ者を選ぶ必要があった。それが、規定時間内に最後の試練を突破したら挑める……獣級試練」

 「なるほど……あの試練にはそう言う意味が……」

 「はっきり言うけど、獣級試練に挑めないようじゃ、怪獣に殺されるのがオチよ。私たちはこの世界とはまさしく格が違うからなすすべがない。冷酷だけど、切り捨てるしかなかった」

 

 その言葉に神羅も同意なのか小さく頷き、ハジメとユエは悔しそうに顔をしかめる。事実だからだ。神羅とは隔絶した差があり、

 

 「……奴はまだこの世界にいると思うか?」

 「いるわ。エヒトがあんなおもちゃを手放すわけがない。でも、流石になんらかの方法で封印してると思うわ。あいつでどうにかなる存在じゃないし」

 「そうか………奴がいるか……」

 

 そう呟く神羅の纏う気配が荒々しくなっていく。それを見て、モスラは口を開く。

 

 「ゴジラ。貴方はこの世界の存在じゃない。私もそうだけど、私はこの世界で生まれた。だから神を許せなかった。異物であるあいつも。だけど、貴方はこの世界で生まれたわけじゃない。この世界に対する義理は持ち合わせてはいない。だから、無理に戦おうとしなくていいわよ。なんだったら、何とか私の方でケリをつけて、貴方は弟と一緒に地球に帰っても……」

 「……見くびるな、モスラよ。確かに俺には関係ないかもしれん。正直に言って、この世界がどうなろうと俺には関係ない。だが、だからと言って奴を野放しにするつもりはないし、神自体も気に食わん。それだけで俺が戦う理由としては十分だ………神も、奴も、全て俺が焼き尽くす……!」

 

 神羅は荒々しく鼻を鳴らし、それを見てモスラは少しうれしそうに微笑む。

 神羅は息を吐いて落ち着くと、ハジメとユエの方に振り返り、

 

 「で、二人はどうする?」

 「「え?」」

 「だから、二人はどうするのだ?我は奴らを殺そうとは思うが、無理に付き合う必要はないぞ」

 

 それはきっと、彼の優しさだ。ここから先、神羅は怪獣との戦いに身を投じるだろう。それは想像を絶するほど苛烈だ。故に二人の身を案じてそう言っているのだ。

 

 「……私の居場所はハジメのところ……他は知らない。ハジメが決めて」

 

 どうやらユエはこの世界がどうなろうと関係ないようだ。ハジメはしばらく顎に手を当てて考え込み、

 

 「……俺もこの世界がどうなろうが知ったことじゃない。故郷に帰る方法を探して、帰るだけだ……でも、モスラ……さん。ちょっと聞きたいんだが」

 「なに?ああ、後、呼び捨てでいいわよ」

 「それじゃあ……エヒトは盤上で予想外の動きをした駒を放置するか?」

 「いいえ。どんな手を使ってでも排除するか、弄んでから叩き潰そうとするわ」

 「なるほど………となると、たとえ帰還方法を見つけて、帰ったとしても戻される可能性が高いか……だったら、俺も兄貴に付き合ったほうがよさそうだ」

 

 ハジメは頭を掻きながらそう言い、神羅は目を細める。

 

 「いいのか?」

 「ああ。そのほうが帰れる可能性が高そうだ。連れ戻される可能性があるなら神をぶっ殺したほうが確実だし、この世界にいる間も兄貴と一緒にいるほうが生き残れそうだしな」

 

 勿論、寄生はしない。必ず兄の背中に追いつく、その努力も怠らない。だが、死んでしまっては元も子もない。

 

 「そう……なら、全ての大迷宮を攻略して、神代魔法をすべて集めなさい。そうすれば、概念魔法って言うのが手に入る。詳細は省くけど、それなら世界を超えることもできるわ」

 「概念魔法……それがあれば帰れるんだな…………分かった」

 

 モスラの言葉に手掛かりが見つかったことに小さく笑みを浮かべながらハジメは大きく頷き、モスラは小さく息を吐く。

 

 「それじゃあ………ねえ、ゴジラ」

 「ん?」

 

 ふいにモスラの表情に影が差すと、彼女は申し訳なさそうに顔を歪め、視線を逸らす。だが、すぐに意を決するように大きく息を吐いてゴジラと向き直る。その目には申し訳なさ、罪悪感、悲しみ、恐れ、様々な感情が入り乱れ、涙はたまっていないが、今にも泣きだしそうに見える。

 

 「………ごめんなさい。人間をけしかけられた時、私は人間達を殺してでも神を殺すべきだった。貴方だったらその判断ができた。貴方がいなかったのなら、女王である私がするべきだった………でも、出来なかった……やらなきゃいけないことを……私はできず、いつ来るともしれない貴方に押し付けてしまった……本当にごめん「モスラ……」っ……」

 

 ゴジラの言葉に彼女は軽く息を呑む。彼は優しげに目を細めていた。

 

 「それは違う。お前は俺じゃない。なら、俺がいないからと言って、俺がやって来たことを無理にやる必要はない。確かにそうすれば何かが、この世界は少しはいいほうへ向かったかもしれない。だが、そうしたら、俺はお前に再会できなかった。それに、押し付けられたとも思っていない。俺は俺がやらねばならないことをやって来ただけだ。それを誰であろうと押し付ける気はない。だからもう自分を責めるのはやめろ」

 

 前世で、自分は人間を大勢殺したことがある。その時、きっと願えば事態が事態だけに、彼女は手伝ってくれただろう。だがそんな事はできなかった。彼女の優しさに付け入る真似はしたくないし、恐らくあれは自分の不始末。だから自分でケリをつけると決めた。結局あいつに助けられたが。

 

 「………それは、王としての命令?」

 「お前への命令など論外だが、それでやめるのなら、そう言う事にしよう」

 「……ずるいわよ。そんなこと言われたら、なんにしてもやめるしかないじゃない……」

 

 その答えにモスラは申し訳なさそうに、しかしそれと同じくらい嬉しそうな苦笑を浮かべる。それと同時にその姿が薄くなっていく。

 

 「それじゃあ、みんな、頑張ってね。貴方達の未来が、自由な意思の下にあらんことを」

 

 そう言い終えるとモスラの姿は消えてしまう。

 それと同時にオスカーの姿が現れ、穏やかに微笑む。

 

 「君が何者で何の目的でここにたどり着いたのかはわからない。君に神殺しを強要するつもりもない。ただ、知っておいて欲しかった。我々が何のために立ち上がったのか……君に私の力を授ける。どのように使うも君の自由だ。だが、願わくば悪しき心を満たすためには振るわないで欲しい。話は以上だ。聞いてくれてありがとう。君のこれからが自由な意志の下にあらんことを」

 

 そう締めくくり、オスカーの姿は消えた。脳裏に何かが侵入してくる。痛みはないが気持ち悪く、神羅は軽く体を震わせ息を吐く。

 

 「生成魔法……ハジメと相性がよさそうだ」

 「俺と?どういう魔法なんだ?」

 「魔法を鉱物に付与し、アーティファクトを作れるようだ。俺には無理だが……二人とも覚えるべきだろう。帰るためにも……今後のためにもな」

 

 神羅の言葉に二人は頷くと、ハジメ、ユエの順番に魔法陣の中に入る。二人とも魔法陣で記憶を探られ、オスカーの話を聞き(モスラは出てこなかった)、生成魔法を習得していく。

 

 「なるほどな……俺はだいぶ使えそうだ。ユエは?」

 「……私も、無理かも……」

 

 ハジメはそうか、と頷いてちらりとオスカーの骸に目をやる。

 

 「一応、オスカーを埋めてやるか」

 「うむ、そうだな」

 「……ん」

 

 オスカーの墓は畑の片隅に埋め、墓石を立ててやった。あと、せっかくだから鉱物で花を作ってやった。

 

 「よし、それじゃあ、どうする?地上への脱出方法はここにあるだろうが……」

 「……いや、俺たちの目的を考えると、すぐに出たりしないで、ここで準備を出来るだけ整えたほうがいいと俺は思う。兄貴にばかり戦わせるわけにはいかないしな」

 「ふむ、それもそうだな。急いては事を仕損じる。俺は構わんぞ」

 「……ハジメと一緒なら何処でもいいし、私もそうしたほうがいいと思う」

 

 結果、3人はここを拠点に装備の充実と鍛錬に集中する。

 それから2ヵ月が経過する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そう言えば、兄貴一人称変わってたな」

 「ああ、前世では俺だったんだ。今生では新しい生だし、気分転換もかねて変えていた。まあ、さっきは懐かしくて使ったが、今後は我でいく」




 


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幕話 紛れ込みし亡者

 これ、題名だけで何が出てくるかみんな分かっちゃうような……仕方ないとあきらめよう。

 ではどうぞ!


 ガタゴトと馬車が揺れる音を聞きながら香織は窓から外を眺めている。その様子を雫と鈴と恵理は心配そうに見ていた。

 

 「かおりん、大丈夫?」

 「……うん、大丈夫」

 「香織。焦る気持ちは分かるけど、放っておくわけにはいかないでしょう?」

 「……分かってるよ」

 

 そう言って香織ははあ、とため息を吐く。帝国の使者との面会から2ヵ月。今、香織たち勇者一行はオルクス大迷宮には向かわず、ハイリヒ王国の片隅にある村に向かっている。

 事の起こりは一か月ほど前の事。辺境のとある村が魔物に襲撃されたのか壊滅していたという報告が冒険者ギルドに上げられた。報告主である商人が襲撃を直接見たわけではないが、無残に破壊された建物に飛び散った血などから魔物に襲われたと思ったらしい。当初は冒険者ギルドから冒険者たちが討伐に向かったのだが最初のメンバーは全滅したのか連絡がこず、ギルドは全滅と言う判断を下した。それを受け、今度はハイリヒ王国の王都を拠点にする金ランク、つまり冒険者最高峰の者が依頼を受け、パーティーで向かったのだが、これもまた音沙汰がなく、壊滅したと判断された。二度にわたる失敗から、教会が動き、中隊規模の騎士達を派遣したのだが、何とこれも壊滅したのか何の音沙汰もない。

 これらを受け、王国上層部、及び教会は魔物を魔人族が使役する魔物であると断定し、光輝達に討伐を依頼し、彼らは現場に向かっているのだ。

 

 「それにしても、未知の魔物か……ちょっと怖いね……」

 「大丈夫だってえりりん!どんな魔物が来たって鈴たちなら勝てるって!」

 「……でも魔人族が使役してるなら、魔人族とも戦わないといけないわ……」

 

 雫は小さくそう呟き、自分の手に視線を落とす。そう、今までのオルクスでの戦闘はあくまでも戦闘訓練。もしかしたらこれが彼らの初の実戦になるかもしれないのだ。自然と体が強張る。

 その様子を香織は静かに見つめ、

 

 「……雫ちゃん、大丈夫?」

 「っ、ええ……大丈夫よ、香織。とにかく、早く終わらせて迷宮に戻って、神羅君たちを探しましょう」

 「……うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「これは………」

 「ひどいな………」

 

 光輝達は目の前の光景を見てある者は怒りを抱いたのか拳を震わせ、ある者は口元を手で覆っている。

 彼らは道中の村に立ち寄って情報を集めようとしていたのだが、それは叶わなかった。村は壊滅していたのだ。建物はすべてどこかを破壊され、火の手が上がっていたようだが、今はもう鎮火しており、炭化した材木が散らばっている。人の気配はおろか生物の気配もまるでなく、不気味な気配が周囲を満たす。

 

 「まさかここもやられていたとは………」

 

 メルド団長が悔しげに顔を歪ませ、奥歯を噛み締める。

 

 「許せない……罪もない人たちを……魔人族め……!」

 

 光輝は拳を怒りで振るわせる。他の生徒たちは事の凄惨さに顔を青くしており、雫ですら表情を強張らせ、剣を握る力が強まる。

 

 「ひとまず生存者を探そう。お前ら、村を隅々まで捜索しろ!」

 

 メルドの指示に騎士たちがすぐさま村の捜索に散らばる。

 すると、暗殺者の天職を持つ遠藤浩介がメルドに話しかける。

 

 「あの、メルド団長。俺も行ったほうが……」

 「うおぉ!?なんだ!?……って、浩介か……いや、お前らはここに待機していてくれ」

 

 メルドの反応に浩介は泣き出しそうな表情になる。この男、恐ろしく気配が薄く、よく周りの者達から忘れられていた。ちなみにだが神羅は意外にも浩介によく気がついていた。障害物関係は意外にも気づくものだ。

 それから少しすると、

 

 「メルド団長!」

 「おお、どうだ。生存者はいたのか?」

 

 一人の騎士が息を切らせながら駆け寄ってくる。

 

 「いいえ……生存者は見つかりませんでした……代わりに、見てもらいたいものが………」

 

 そう言う騎士の案内に従い、光輝達は村の中を歩いていく。

 

 「これです……」

 「これは……」

 

 少し歩いて案内された場所にあったのはぬかるんだ地面。そしてそこに刻まれた巨大な足跡だ。それは3本指で光輝達と同じぐらいはありそうなものだった。

 

 「何だこの巨大な足跡は……ベヒモスと同じぐらいはあるぞ……」

 「こんな巨大な魔物がいるなんて聞いた事がありません……」

 

 メルドたちが顔をしかめながら足跡をなぞる。まさかとは思うが魔人族は新種の魔物を支配下に置いたのだろうか……

 

 「大丈夫ですよ、メルドさん。俺たちはベヒモスを倒したんだ。例えベヒモスクラスが来ても、俺たちは負けません」

 「おう、そうだぜ。何が来ようと、俺たちは負けねぇ」

 

 光輝と龍太郎が自信満々な様子で告げる。確かに、彼らはオルクス大迷宮攻略中、三度ベヒモスと遭遇。今度は香織にはサポートに徹してもらい、他のメンバーの力でもってこれを討伐した。確かに、彼らにはそれだけの実力があると言えるだろう。だが相手は未知の魔物。警戒するに越したことはない。

 メルドがこれからどうするか少し考えていると、

 

 「だ、団長!こちらに来てください!」

 

 別の探索に出ていた騎士が慌てた様子で駆け寄ってくる。

 

 「どうした!?」

 「そ、それが………と、とにかく来てください。後……光輝達は……置いて行ってください……」

 「何?どう言う事だ?」

 「………あまりにも………見せられたものでは……」

 

 そう言う騎士の顔は蒼白と言っていい色になっている。

 それを見たメルドはいぶかしげな表情になるがすぐに頷くと、

 

 「俺は少し見てくる。みんなはここで待機していてくれ」

 「そんな。メルド団長、俺も行きますよ。何かあったら……」

 

 光輝がついて行くと言い出すが、メルドは一人で大丈夫だと言い聞かせ、そのまま騎士の先導に従って歩いていき、村のはずれの農作業が行われていたらしき場所にたどり着く。

 

 「これです……」

 「これは………!?」

 

 その光景を見て、メルドは言葉を失ってしまった。それはあまりにもおぞましい光景だった。

 骨、骨、骨、骨骨骨骨骨骨骨骨。大量の骨が一か所に山のように廃棄されているのだ。しかも一部の骨はまだ肉がついているのか大量のハエが飛び回っている。その中には動物の物から明らかに人の頭蓋骨のものまである。

 メルドは即座に理解した。ここは廃棄場だ。この村を襲った魔物がここで食べられないものを捨てたのだろうが、何よりも恐ろしいのはその量だ。この村は比較的小規模の村なのだが、明らかに村の人員を超える量の骨がある。しかも中には鎧のようなものまで転がっている。恐らく、依頼を受けた冒険者や派遣された騎士たちの物。

 やはり魔物はここにいる。そう考えてメルドはハエを手で払い、はっとした。

 おかしい。もしも仮にこれが魔人族の襲撃だとしたら、なぜ奴らはこの辺境の村に何日もいついているのだ?そんな事をするぐらいなら他の村や町に魔物をぶつけるほうがいい。だが、この村に来た者達は皆ここに骸をさらしている。それはつまり、彼らを襲った存在はここを縄張りにし、居着いていると言う事だ。魔人族の魔物ならそんなことしないし、魔人族にもする意味がない。

 まさか、魔人族ではないのか?とそんな可能性が脳裏をよぎる。何かが……それこそ本当に魔人族関係なく新種の魔物が現れ、この廃村を縄張りにしたのか?

 そう考え、メルドは小さく舌打ちをする。金ランクの冒険者のパーティーを、騎士団を返り討ちにし、食らってしまう新種の魔物。いくら光輝達がベヒモスを倒したとはいえ、何が起こるか分からない。急いで合流して備えなければ。

 

 「急いで戻るぞ!」

 「っ……は、はい!」

 

 メルド団長の言葉に騎士は頷き、すぐさまその場から移動する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バギリっ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メルドたちが戻ってきたとき、生徒たちはみな嬉しそうな表情を浮かべる。それなりに戦闘を重ねてきたとはいえ、やはりこの村の状況は辛いものがあるのだろう。

 

 「メルドさん、何があったんですか?」

 「ああ……魔物の痕跡を見つけた。それもまだ新しい。恐らくだが、魔物はまだこの近くにいる」

 

 その言葉に生徒たちと騎士たちに緊張が走る。

 

 「敵は未だ未知数だ。お前たちなら大丈夫だと思うが、決して油断するな!気を引き締めろ!」

 

 メルドが声を張り上げ、光輝達が頷いた瞬間、

 

 クルルルルルルゥゥゥ………

 

 どこからともなく唸り声のようなものが聞こえてくる。

 

 「っ!総員戦闘態勢!前衛は前に!後衛は魔法の準備を!メルドさんたちは後衛の背後を!」

 

 光輝の指示に全員が即座にフォーメーションを組み、周囲を警戒する。

 

 「畜生!この村に潜んでいたのか!?」

 「だがどこに!?捜索しても痕跡は……」

 「気にしても仕方ない!今は周囲を警戒しろ!」

 

 その場の全員が周囲を見渡す。ほんのわずかでも違和感があれば気付けるようにするが、少ししても何の変化もない。

 

 「な、なんだ……?なにも出てこないぞ?」

 

 子悪党組の近藤が思わず拍子抜けしたように呟き、他の生徒たちも訝し気に首を傾げ始める。

 が、次の瞬間、

 

 「あ!」

 

 不意に遠藤が大きく声を上げる。

 

 「どうした!?」

 「今建物と建物の間を何かが……!すごくでかいぞ!」

 

 その言葉に全員が一気に警戒心を引き上げて残骸を睨むが、そこには動く気配がない。

 

 「……何も動かないが……」

 「いや本当にいたんだよ重吾!確かに何かが動いたんだ!」

 

 そうは言うが、やはり何かが動く気配がない。

 気のせいだったのかと言う雰囲気が流れた瞬間、

 

 「な、なんだ!?何かいたぞ!」

 

 今度は騎士の一人が何かを見たのか声を上げ、全員が一斉に警戒する。だが、その方向を見ていても魔物が現れる気配はおろか動く気配もない。

 思わず全員が疑問を覚え、それにつられるように肩の力が抜けた瞬間、

 

 シャァァァァァァァァ……

 

 今度は唸り声が上がり、全員が再び気を引き締める。

 

 「くそ!いったいどこにいる!?こそこそと隠れて、卑怯者め!姿を見せろ!」

 

 姿を見せない敵に光輝は苛立ったのか叫びながら周囲を睨みつける。

 

 「落ち着きなさい光輝!焦ったら相手の思うつぼよ!」

 

 雫が落ち着かせようとするが、本当は雫もかなり緊張を強いられていた。気配を隠しているのにまるでこちらの気が緩んだ瞬間を狙ったかのように気配が漏れ、強制的に気を引き締められる。これでは要らぬ心労がたまるばかりだ。

 

 「………恵理ちゃん。魔法で残骸を吹き飛ばして」

 「え?」

 

 そんな中、香織が呟いた言葉に全員が気を張りながら耳を傾ける。

 

 「このままじゃ埒が明かない。相手が残骸に隠れているならそれを吹き飛ばせばいい」

 「……確かにそうだな。お前ら、やるぞ!」

 

 メルドの掛け声に応じ、後衛組が魔法の詠唱を始めるがその瞬間、轟音と共に一つの家屋が吹き飛ばされる。

 突然の事態に全員が驚愕に動きを止める中、バラバラと落ちる残骸を突っ切って巨大な影が猛然と光輝達に迫る。

 ガバリと大口を開け、それが彼らを丸呑みにしようとした瞬間、

 

 「ここは聖域なりて神敵を通さず、聖絶!!」

 

 念のために準備をしていた守りの要である結界師の鈴が光のドームを張り、次の瞬間、轟音と共に巨体が激突、衝撃波が放たれ、巨体を弾き飛ばす。

 だが、敵は即座に体勢を整えて着地すると唸り声を上げながら光輝達を睨みつける。ここでようやく全員が敵の姿を視認することができた。

 そこにいたのはあまりにも異質で異様な魔物だった。

 その巨体はベヒモスとほぼ同じ身長と体高と言っていいが全体的にトカゲのような細身の体に長い尾のせいでベヒモスに比べるとかなり華奢に見える。。頭部は丸みを帯びているが前に向かって細長く伸びており、全体的に白っぽく、側面に黒い穴がついており、まるで頭蓋骨そのもののように見える。その体を支えているのは一対の巨大な腕だけで、後ろ脚のようなものはない。

 

 「なんだこいつは……こんなもの見たことがないぞ……」

 「何だろうと関係ない。村の人たちの仇を取ってやる!」

 

 光輝が聖剣を突き付けると、異界から紛れ込んだ髑髏の亡者、スカルクローラーは甲高い咆哮を上げる。




 ここで軽く知らない人のためにスカルクローラーの生態を。

 スカルクローラー

 髑髏島と言う孤島に生息している爬虫類型の生物。基本的に地下で生息しているが、えさを求めて地上に現れる。新陳代謝が高く、大量の餌がないと体を維持できない。ゆえに狂暴かつ残虐、だがそれと同時に非常に狡猾な側面も持つ。髑髏島の主ともいえるある巨神とは長年にわたって生存競争を繰り広げていた。

 このスカルクローラー、隠密性もマジでやばい。煙で視界が効かなかったとはいえ、人間達の真後ろを取ることもできるので。残骸の後ろには限界まで身を低くし、伏せることで隠れていました。

 感想、評価、どんどんお願いします。


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幕話 髑髏の亡者

 はい、スカルクローラー戦です。皆さんが期待していた展開とは違うかもしれませんが、ご容赦ください。

 ではどうぞ!


 最初に動き出したのはやはりと言うか義憤に燃える勇者、光輝だった。

 

 「万翔羽ばたき 天へと至れ 天翔閃!」

 

 聖剣を振り上げて光の斬撃を放つが、スカルクローラーは軽快な動きでその一撃を回避するとそのまま咆哮を上げながら突進する。

 即座に前衛組は散開するが、後衛組はその場で魔法の準備を始める。スカルクローラーは後衛組に標的を定め、容赦なく襲い掛かるが、

 

 「させないよ!ここは聖域なりて、神敵を通さず、聖絶!」

 

 鈴が再び聖絶を展開。巨体が轟音と共に激突するが、今度は弾き飛ばされず、スカルクローラーは狂ったように両腕を叩きつけ、大口を開けて聖絶に食らいつき、破ろうとする。そして、右腕を思いっきり叩きつけた瞬間、聖絶に罅が走り、鈴は思わず息をのむ。。あれから2ヵ月。鈴の能力は大きく上昇しており、聖絶の強度も上がっている。にも拘わらずスカルクローラーは聖絶を破ろうとしている。

 そのまま罅を攻撃しようとするスカルクローラーだが、その隙を彼らは見逃さない。

 

 「喰らいやがれ!」

 

 龍太郎が懐に潜り込み、渾身の力を込めてアッパーカットを繰り出す。それはスカルクローラーの顎を捉えるが、巨体は一瞬揺れるだけだった。

 龍太郎が目を見開くと同時に、スカルクローラーはぎょろりと側面についた小さな眼で睨みつけると龍太郎を喰らおうと頭を向け、口を開ける。

 目の前にずらりと牙が並び、蛇のような舌が蠢く大口が開き、そこから鼻が曲がりそうな腐臭が漂い、それは否応なく龍太郎に死を連想させ、体が強張り、顔が引きつる。

 だが、

 

 「抑する光の聖痕、虚ろより来りて災禍を封じよ、縛光刃!」

 

 その眼前に光の十字架が放たれ、スカルクローラーは思わず回避するように顔を逸らす。その隙に反対側から雫が飛び込むと抜刀の一閃をスカルクローラーの前足に繰り出し、切り裂く。

 スカルクローラーはうめき声を上げて身を僅かに捩ると龍太郎から視線を外して雫を睨みつけると腕を勢いよく振るう。雫は慌ててしゃがみ込むことでその一撃を回避して急いで距離を取る。

 追撃しようとスカルクローラーが動こうとした瞬間、その後ろから近藤と檜山が襲い掛かるが、スカルクローラーはそれに気づくと軽く尾を振るう。二人は慌てて動きを止めるが、鞭のようにしなる尾に引っ掛けられ、吹っ飛ばされる。それを見た香織は忌々しげに顔を歪めるが、

 

 「周天」

 

 ほとんど無詠唱と言う速さでオートリジェネの回復魔法を二人にかける。一応まだ死なれては困るが、あれならこの程度大丈夫だろう。

 その隙に距離を取った雫は苦々しい表情を浮かべる。なぜなら雫の一撃は確かにスカルクローラーの前足に傷をつけた。だが、そこからは血は流れていない。恐らく、皮膚を浅く切っただけだなのだ。前足の切断は無理でも傷つけようと思っていたのだが、想像以上の強度だ。

 スカルクローラーは唸り声を上げながら周囲を睥睨すると再び雫に目を向け、両腕で勢いよく地面を抉りながら飛び掛かる。

 巨体に反してかなり素早いと言わざる終えないが、雫は即座に横に跳んで回避する。だが、着地と同時にスカルクローラーは即座に反転すると勢いよく尾を振り下ろす。

 その光景にぎょっと目を見開いた雫は着地の事など考えず再び跳ぶ。瞬間、勢いよく地面に尾が叩きつけられ、轟音と共に抉られ、その衝撃で雫は吹き飛ばされる。

 スカルクローラーは追撃しようと再び両腕に力を籠めるが、

 

 「雫から離れろ!刃の如き意志よ、光に宿りて敵を切り裂け。光刃!」

 

 そこに光輝が聖剣に光の刃を纏わせながら飛び込み、聖剣を振るい、胴体を切り裂く。雫の一撃より深いそれは傷口から血を流させる。だが、それでもずっと浅く、かすり傷のようなものだろう。

 だが、攻撃を受けたスカルクローラーは咆哮と共に標的を光輝に変更。腕を伸ばして光輝を捉えようとするが、胴体の真下でまともに確認もできないせいか狙いは雑。光輝はあっさりと回避し、距離を取る。その隙に香織は雫に回復魔法を放つ。

 スカルクローラーは吠えながら光輝に向き直ると大きく口を開ける。

 また突進か、と光輝が身構えた瞬間、口内の舌がまるでカメレオンのように勢い良く伸ばされる。

 予想外の行動に光輝は目を見開き、慌てて体を捻る。ギリギリで回避自体はできたが、舌はそのまま彼の手の聖剣に巻き付くとそのまま勢いよく光輝ごと引き寄せる。

 

 「しまっ!?」

 

 そのまま丸呑みにされると思われた時、

 

 「光輝!」

 「させん!」

 「あぶねぇ!」

 

 光輝の足を永山重吾、浩介、メルドの三人がつかみ、引き寄せまいと踏ん張る。

 一瞬止まるも、スカルクローラーは構わず4人まとめて飲み込もうとするが、

 

 「光輝君を放せ!ここに燃激を望む!火球!」

 

 恵理が詠唱を切り替えて放った火球が口内を直撃。痛みと衝撃でスカルクローラーは悲鳴を上げて頭を激しく振るい、それによって振り回された舌で4人は明後日の方向に投げ飛ばされ、残骸に突っ込む。

 舌を回収してバチン!と勢いよく顎を閉じたスカルクローラーは後衛組に向き直ると怒りで双眸を滾らせながら勢いよく突進し、薙ぎ払おうとするが、

 

 「無駄だよ!聖絶!」

 

 三度鈴が聖絶を展開、スカルクローラーは再び激突する。と、その瞬間、スカルクローラーは唸り声を上げるとそのまま追撃せずあっさりと身をひるがえす。それによって背後から繰り出された雫の攻撃は空を切る。

 

 「っ!こいつ……!」

 

 雫が歯噛みしたと同時にスカルクローラーは雫を睨みつけるが、その背後から光の斬撃が放たれ、スカルクローラーを直撃、轟音が起こると同時に巨体がたたらを踏む。

 スカルクローラーが振り返れば、瓦礫から光輝が立ち上がって聖剣を振るっていた。遠藤たちも無事なようだ。

 甲高い咆哮を上げて襲い掛かろうとした瞬間、

 

 「「「「炎天!」」」」

 

 途中で中断した恵理以外の術者が炎系上級魔法を放つ。スカルクローラーの上に作られた直径6mの火球がそのままスカルクローラーに落下、爆炎がその身を呑み込む。

 スカルクローラーは絶叫を上げて身をよじるが、それで振り払われることなんてなく、そのままスカルクローラーは炎に飲み込まれていく。その様子を見て全員が勝利を確信した。これはベヒモスすら焼き尽くした威力を持つ。あいてが何であれ、これに耐えられるはずがない。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、スカルクローラーは爆炎を突き破る様に飛び出し、再び後衛組に襲い掛かる。

 

 「うそっ!?」

 

 その光景にほとんど全員が目を見開き、動きが止まる。その隙にもう目の前まで巨体は迫っていた。回避も防御も間に合わない。騎士たちがせめて盾になろうと前に出た瞬間、

 

 「聖絶!」

 

 凛とした声と共に光のドームが発生し、スカルクローラーの突進を防ぐ。だが、巨体が激突すると同時にドーム全体に罅が走る。

 その様にほぼ無詠唱と言うべき早さで聖絶を展開した香織は忌々しげに顔を歪めると、

 

 「鈴ちゃん!呆けてないでもう一度展開して!」

 「う、うん!ここは聖域なりて 神敵を通さず、聖絶!」

 

 香織が張った聖絶の内側に鈴の聖絶が展開されると同時にスカルクローラーは香織の聖絶を粉砕し、鈴の聖絶を殴りつけるが、鈴の聖絶は見事に耐え抜く。

 と、スカルクローラーはその小さな目で鈴を睨みつけるとすぐさま身をひるがえし、体制を整えた光輝達を睨みつける。その身には無数の火傷が刻まれているが、それでも動くのに支障はないのか苛立たし気に尾を地面に打ち据える。その隙に鈴は聖絶を解除。大きく息を吐きながら魔力回復薬を服用する。流石に魔力が厳しくなってきたのだ。

 

 「これ以上好きにはさせない!みんな、いくぞ!」

 

 その号令と共に前衛がスカルクローラーに殺到する。

 その光景を見ながら香織は頭を巡らせる。

 相手は想像以上に強大な相手だ。ベヒモスすら焼き尽くした一撃を受けながら火傷で済ませている。しかもその動きにはほとんどダメージを感じさせない。他のみんなは魔法の準備に入っているが、それも効くかどうか怪しい。あれ(・・)を試したいが、まだ練習ですら成功していないためリスキーすぎる。となると、獄絶鎖しかない。そう判断した香織は即座に準備に入る。

 一方、前衛組は先ほどまでとは大きく状況が変わっていた。光輝が聖剣で切りかかるが、スカルクローラーは即座に跳んでその一撃を回避する。そこを狙って龍太郎が衝撃波を飛ばし、直撃するが巨体は何事もなかったように身を捻って尾を薙ぎ払う。龍太郎は即座に回避するが、尾の先端が引っ掛かり、そのまま吹っ飛ばされる。追撃はさせまいと入れ替わる様に雫が切りかかるが、スカルクローラーは龍太郎には目もくれずそのまま器用に跳んで回避する。更に他のメンバーも攻め込むが、スカルクローラーは回避しながら適度に攻撃していく。

 その一連の動きを見て、雫は疑問を感じたように顔をしかめる。先ほどまでと明らかに動きが違う。さっきまでは明らかにこちらを殺そうとしていたのに急にその気配が無くなった。明らかに回避に主体を置き、過剰に攻めてきていない。いきなりどうしたと言うのだ……

 雫が首を傾げていると、

 

 「下がって!」

 

 後衛から合図がかけられ、光輝達が動きを止めるためにスカルクローラーに一撃を叩きこみ、そのタイミングで後衛組が魔法を放とうとした瞬間、スカルクローラーはぎょろりと後衛組を睨みつける。そしてスカルクローラーは前衛組を無視して一気に後衛組に向かって突進する。

 後衛組は目を見開きながらも慌てて魔法を発動させる。火球と風の刃を伴った竜巻、石の槍に氷柱が襲い掛かるが、スカルクローラーは魔法が降り注ぐのもお構いなしに突進し、魔法が直撃するが、その巨体は一瞬で魔法を突き破り、後衛組に肉薄する。その身は明らかに傷ついているが、被害は想像以上に少ない。

 鈴が慌てて聖絶を張ろうとするが、もう目の前まで来ている。とてもじゃないが展開は間に合わない。今度こそ蹂躙される。そう思った瞬間、

 

 「獄絶鎖!」

 

 香織の声と共に魔法陣から無数の鎖が放たれ、それがスカルクローラーの体に侵入、次々と内臓、筋肉、関節、骨に透過しながら絡みつき、強固に絡みつく。

 強制的に動きを止められ、バランスを崩したスカルクローラーは激しく転倒、轟音と共に地面がめくり上げられ、後衛の生徒たちはそれに巻き込まれて吹き飛ばされる。

 

 「っ……!」

 

 吹き飛ばされ、地面に叩きつけられながらも香織は即座に体勢を立て直して立ち上がる。

 目の前ではスカルクローラーが咆哮を上げながら獄絶鎖を破ろうともがいているが、流石の奴も内部を直接縛られては思うように動けていない。

 だが、スカルクローラーが全身に力を籠めると想像以上の力による負荷で鎖が軋みを上げ始める。

 香織は即座に魔力を籠めて鎖の強度を底上げするが、スカルクローラーは力づくで破ろうと更に全身に力を籠め、再び鎖がミシミシと悲鳴を上げる。

 最後の天絶を発動させようにも鎖の維持に力を注いでしまい、うまくできない。両者とも互いを上回ろうと完全な力比べになっているが、当然と言うべきか、力ではスカルクローラーのが上だった。香織はすでに大量の脂汗を掻き、額に青筋が浮かぶほどに力を籠めるが、拮抗を破ることができない。それどころかスカルクローラーのほうが勝り始め、鎖が悲鳴を上げている。

 そうしていると、ついに数本の鎖が音を立てて砕けちり、その光景に思わず香織が息をのんだ瞬間、

 

 「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 雫が勢いよく突進し、スカルクローラーの目に剣を突き刺す。

 瞬間、スカルクローラーの口から絶叫が響き渡り、一瞬力が弱まり、拮抗が破れる。

 

 「!命よ、絶たれろ!」

 

 その隙を見逃さず、香織は最後の一節を叫ぶ。

 瞬間、ゴギャリ!と言う音と共にスカルクローラーの全身が一瞬痙攣すると、そのまま動かなくなる。

 荒い息を吐きながら香織が獄絶鎖を解除すると全身から血が流れていく。

 

 「………なんとか………なった………」

 「香織、大丈夫!?」

 

 雫が慌てて駆け寄ってくるのを見て、香織は軽く片手を振って答える。

 吹き飛ばされた後衛たちも何とか立ち上がり、死体を見てほっと胸をなでおろす。

 そこに前衛組が合流してくる。

 

 「皆大丈夫か!?」

 

 メルドが真っ先に全員の無事を確認する。全員酷く疲弊しきり、傷を負っているが、どうやら幸運にも犠牲者はいなかったようだ。

 

 「手こずったけど、倒せてよかった……あとは魔人族だけだ。どこにいる!魔人族め!お前の使役している魔物は俺たちが倒した。諦めて投降しろ!」

 

 光輝がそう声を張り上げるが、村からは何の返事も聞こえてこない。その事に周囲のみんなが首を傾げると、

 

 「光輝……もしかしたらだが……こいつは魔人族は関係ないかもしれん」

 「なん……!どういうことですか!?」

 

 光輝が思わずメルドに問い詰めると、

 

 「村の中に魔人族の痕跡はなかったし、ここに残る理由もない。恐らく、こいつは野生の、新種の魔物だ」

 

 そんな、と光輝達が戸惑う中、永山はじっとスカルクローラーの死体を見つめる。

 最後のあの突進。偶然とは思えなかった。奴は間違いなく、後衛が魔法を放つタイミングで突進していた。

 それはどうしてか?少し考えるが、すぐに分かった。その最中は聖絶が張れないからだ。奴は聖絶の特性を把握して聖絶を張れず、多少傷ついても確実に襲い掛かれるタイミングを計っていたのだ。自分にダメージを与える後衛を確実に排除するために。そうとしか考えられないタイミングだった。だが、もしもそうだとすると恐るべき知能だ。

 そうしていると、騎士たちがスカルクローラーの体から魔石を取り出す作業を始める。

 だが、少しすると騎士たちは困惑の表情を浮かべ、その体をより丹念に調べ始め、そして信じられないと言った表情を浮かべる。

 

 「お前たち、どうした?」

 

 メルドが問いかけると、騎士の一人が振り返り、衝撃の事実を告げる。

 

 「団長……魔石が………どこにも見当たりません……!」

 「な、なんだと!?そんなバカな!?」

 

 まさかの報告に全員が驚愕に目を見開く。魔石がない。それはつまり、目の前のこいつは魔物ではないと言う事だ。

 

 「ありえん!こんな巨体の生物が……砕けただけじゃないのか?」

 「いいえ!魔石の欠片もありませんでした!間違いなく、こいつには魔石がありません!こいつは………魔物ではありません!」

 「嘘だろ………魔物以外にもこんな化け物がいるのか………?」

 

 重吾が愕然とした様子で呟き、生徒や騎士たちがそろって顔を引きつらせる。魔物ではない、つまり固有魔法を持っていないのに、自分たちをここまで追い詰めた怪物……

 

 「皆、大丈夫だ!そんな怪物も俺たちは倒した!俺たちなら何が来てもきっと勝てる!」

 

 そんなみんなを鼓舞するように光輝が言うが、それでも簡単に衝撃は抜けきらず、彼らは顔を見合わせる。

 そんな中、香織は静かに息を吐く。

 相手が何であれ、この程度ではまだ足りない。まだだ。もっと、もっと、もっと強くならなければ……

 香織は決意を新たにするように強く拳を握る。




 感想、評価、どんどんお願いします。

 ここで犠牲者を出すのは………何というか、どう頑張っても、目の前で人が丸呑みに食い殺されるの見たらあの子らのほとんどが心折れて、魔人族戦が問題になってくると思ったのでこうなりました。

 あと、これは私的なお願いですが、感想、メッセージにURLを張るのをやめてください。以前の経験から非常に強い不安感や不信感を覚えてしまいますので。何か情報があるときはこういうのがあると教えてくれるだけでお願いします。


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第15話 旅立ち

 今回で一巻はおしまいです。次回からは2巻です。今回は原作とほとんど変わらないかもしれないですね。

 ではどうぞ!


 「……ハジメ、気持ちいい?」

 「ん~、気持ちいいぞ~」

 「……ふふ。じゃあ、こっちは?」

 「あ~、それもいいな~」

 「……ん。もっと気持ちよくしてあげる……」

 

 ハジメたちがオスカー・オルクスの隠れ家を拠点に準備を始めて2か月。今、ユエはハジメのマッサージ中である。何故、マッサージしているかというと、それはハジメの左腕が原因だ。ハジメの左腕には黒鉄の光沢を放つ義手が付けられている。

 この義手はアーティファクトであり、魔力の直接操作で本物の腕と同じように動かすことができる。擬似的な神経機構が備わっており、魔力を通すことで触った感触もきちんと脳に伝わる様に出来ている。また、銀色の線が幾本も走っており、所々に魔法陣や何らかの文様が刻まれている。

 実際、多数のギミックが仕込まれており、工房の宝物庫にあったオスカー作の義手にハジメのオリジナル要素を加えて作り出したものだ。生成魔法により創り出した特殊な鉱石を山ほど使っており、世に出れば間違いなく国宝級のアーティファクトになるであろう逸品である。もっとも、魔力の直接操作ができないと全く動かせないので文字通り宝の持ち腐れになりそうだが……

 この二ヶ月で3人の実力や装備は以前とは比べ物にならないほど充実している。例えばハジメのステータスは現在こうなっている。

 

 南雲ハジメ 17歳 男 レベル:ーーー

 天職:錬成師

 筋力:10950

 体力:13190

 耐性:10670

 敏捷:13450

 魔力:14780

 魔耐:14780

 技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成][+圧縮錬成]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚][+瞬光]・風爪・夜目・遠見・気配感知[+特定感知]・魔力感知[+特定感知]・熱源感知[+特定感知]・気配遮断[+幻踏]・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・恐慌耐性・全属性耐性・先読・金剛・豪腕・威圧・念話・追跡・高速魔力回復・魔力変換[+体力][+治癒力]・限界突破・生成魔法・言語理解

 

 レベルは100を成長限度とするその人物の現在の成長度合いを示す。しかし、魔物の肉を喰いすぎて体が変質し過ぎたのか、ある時期からステータスは上がれどレベルは変動しなくなり、遂には非表示になってしまった。もっとも、神羅に比べれば彼の足下に及んでいないだろう。だって桁がたったの三つだから

 ちなみに、勇者である天之河光輝の限界は全ステータス1500といったところである。限界突破の技能で更に三倍に上昇させることができるが、それでも約三倍の開きがある。しかも、ハジメも魔力の直接操作や技能で現在のステータスの三倍から五倍の上昇を図ることが可能であるから、如何にチートな存在になってしまったかが分かるだろう。

 ……神羅?彼は文字通り次元違いの領域にいる。

 

 新装備についても少し紹介しておこう。

 まず、ハジメは〝宝物庫〟という便利道具を手に入れた

 これはオスカーが保管していた指輪型アーティファクトで、指輪に取り付けられている一センチ程の紅い宝石の中に創られた空間に物を保管して置けるというものだ。要は、勇者の道具袋みたいなものである。空間の大きさは、正確には分からないが相当なものだと推測している。あらゆる装備や道具、素材を片っ端から詰め込んでも、まだまだ余裕がありそうだからだ。そして、この指輪に刻まれた魔法陣に魔力を流し込むだけで物の出し入れが可能だ。半径一メートル以内なら任意の場所に出すことができる。

 物凄く便利なアーティファクトなのだが、ハジメにとっては特に、武装の一つとして非常に役に立っている。というのも、任意の場所に任意の物を転送してくれるという点から、ハジメはリロードに使えないかと思案したのだ。結果としては半分成功といったところだ。流石に、直接弾丸を弾倉に転送するほど精密な操作は出来ず、弾丸の向きを揃えて一定範囲に規則的に転送するので限界だった。もっと転送の扱いに習熟すれば、あるいは出来るようになるかもしれないが。

 なので、ハジメは、空中に転送した弾丸を己の技術によって弾倉に装填出来るように鍛錬することにした。要は、空中リロードを行おうとしたのだ。ドンナーはスイングアウト式(シリンダーが左に外れるタイプ)のリボルバーである。当然、中折式のリボルバーに比べてシリンダーの露出は少なくなるので、空中リロードは神業的な技術が必要だ。最初は、中折式に改造しようかとも思ったのだが、試しに改造したところ大幅に強度が下がってしまったため断念した。そこでハジメはシリンダー部分を上部に飛び出させるように改造した。更に魔力の直接操作のギミックで排出も同時に行えるようにした。あとはガンスピンの要領で空中に転送した弾丸を装填できればいいのだが……

 結論から言うと一ヶ月間の猛特訓で見事、ハジメは空中リロードを会得した。天歩の最終派生技能、瞬光、を使って知覚能力を引き上げ、時間の進みが遅くなった世界で空中リロードが可能になったのである。なお、瞬光は、体への負担が大きいので長時間使用は出来ないが、リロードに瞬間的に使用する分には問題なかった。

 

 次に、ハジメは魔力駆動二輪と四輪を製造した。

 

 これは文字通り、魔力を動力とする二輪と四輪である。二輪の方はアメリカンタイプとオフロードタイプの二種類あり、オフロードは神羅の要望でそう言うデザインになった。どうやら兄はそう言うデザインが好きらしい。

 四輪は軍用車両のハマータイプを意識してデザインした。車輪には弾力性抜群のタールザメの革を用い、各パーツはタウル鉱石を基礎に、工房に保管されていたアザンチウム鉱石というこの世界最高硬度の鉱石で表面をコーティングしてある。おそらくドンナーの最大出力でも貫けないだろう耐久性だ。ちなみに神羅は鉱石を握りつぶしていたので間違っても強く叩いたりしないように注意してもらわなければならない。エンジンのような複雑な構造のものは一切なく、ハジメと神羅の魔力か神結晶の欠片に蓄えられた魔力を直接操作して駆動する。速度は魔力量に比例する。

 更に、魔力駆動車は魔力を注いで練成が発動するようになっており、これで地面を整地することで、ほとんどの悪路を走破することもできる。また、どこぞのスパイのように武装が満載されている。ハジメも男の子。ミリタリーにはつい熱が入ってしまうのだ。まあ、適度に神羅がハジメをこちらに引き戻していたので夢中になりすぎたと言う事はなかったが。

 

 魔眼石というものも開発した。

 ハジメはギガヒュドラとの戦いで右目を失ってしまい、それを気にしたユエと神羅が考案し、創られたのが魔眼石だ。

 生成魔法でも、流石に通常の眼球を創る事はできなかったのだが、生成魔法を使い、神結晶に、魔力感知、先読を付与することで通常とは異なる特殊な視界を得ることができる魔眼を創ることに成功した。

 これに義手に使われていた擬似神経の仕組みを取り込むことで、魔眼が捉えた映像を脳に送ることができるようになった。魔眼では、通常の視界を得ることはできない。その代わりに、魔力の流れや強弱、属性を色で認識できるようになった上、発動した魔法の核が見えるようにもなった。

 魔法の核とは、魔法の発動を維持・操作するためのもの……のようだ。発動した後の魔法の操作は魔法陣の式によるということは知っていたが、では、その式は遠隔の魔法とどうやってリンクしているのかは考えたこともなかった。実際、ハジメ達が利用した書物や教官の教えに、その辺りの話しは一切出てきていない。おそらく、新発見なのではないだろうか。魔法のエキスパートたるユエも知らなかったことから、その可能性が高い。

 この魔眼によってハジメは、相手がどんな魔法を、どれくらいの威力で放つかを事前に知ることができる上、発動されても核を撃ち抜くことで魔法を破壊することができるようになった。ただし、核を狙い撃つのは針の穴を通すような精密射撃が必要ではあるが。神羅の魔懐に比べたら使い勝手は悪いが、強力な手札だ。

 ちなみに、この魔眼、神結晶を使用しているだけあって常に薄ぼんやりとではあるが青白い光を放っているので、ハジメの右目は常に光るのである。こればっかりはどうしようもなかったので、仕方なく、ハジメは薄い黒布を使った眼帯を着けている。

 白髪、義手、眼帯、ハジメは完全に厨二キャラとなった。鏡で自分の姿を見たハジメが絶望して膝から崩れ落ち四つん這い状態になった挙句、神羅に中学校の時に創作したキャラみたいだなと言われた結果、丸二日ハジメは意識を失っていた。それ以降、ハジメの前ではその手の話題には触れないことが二人の暗黙の掟となった。

 

 新兵器についてはギガヒュドラの炎で破壊された対物ライフル、シュラーゲンも復活。アザンチム鉱石を使い強度を増し、バレルの長さも持ち運びの心配がなくなったので三メートルに改良した。〝遠見〟の固有魔法を付加させた鉱石を生成し創作したスコープも取り付けられ、最大射程は十キロメートルとなっている。

 また、とある階層でラプトル系の魔物の大群に追われた際、ハジメは手数の足りなさに苦戦したことを思い出し、電磁加速式機関砲:メツェライを開発した。口径三十ミリ、回転式六砲身で毎分一万二千発という化物だ。銃身の素材には生成魔法で創作した冷却効果のある鉱石を使っているが、それでも連続で五分しか使用できない。再度使うには十分の冷却期間が必要になる。

 さらに、面制圧とハジメの純粋な趣味からロケット&ミサイルランチャー:オルカンも開発した。長方形の砲身を持ち、後方に十二連式回転弾倉が付いており連射可能。ロケット弾にも様々な種類がある。

 なお、これらの兵器の試射には神羅が実験台になってくれたのだが………どれも彼に傷一つつける事叶わなかった。

 あと、ドンナーの対となるリボルバー式電磁加速銃:シュラークも開発された。ハジメに義手ができたことで両手が使えるようになったからである。ハジメの基本戦術はドンナー・シュラークの二丁の電磁加速銃によるガン=カタに落ち着いた。典型的な後衛であるユエとの連携を考慮して接近戦が効率的と考えたからだ。最強たる神羅は接近戦は当然ながら人間になってからは投擲で遠距離もこなせるのでその時その時で変えていくスタイルだ。

 他にも様々な装備・道具を開発し、更にオスカーの工房の中にあった数々のアーティファクトも回収してある。どれもこれも能力の多様、利便性においてはハジメのよりも強力な代物ばかりだ。なにせ中には魔力操作がなくても使える強力無比なのがあるのだから。

 しかし、装備の充実に反して、神水だけは神結晶が蓄えた魔力を枯渇させたため、試験管型保管容器十五本分でラストになってしまった。枯渇した神結晶に再び魔力を込めてみたのだが、神水は抽出できなかった。やはり長い年月をかけて濃縮でもしないといけないのかもしれない。

 では神羅の莫大な魔力ならばどうかと試しにやってもらったのだが、意外なことに不可能だった。いくら魔力を籠めても神結晶から神水は得られなかったのだ。それどころか試しにやってみた神結晶の欠片が最終的には崩壊してしまった。これはユエの見解だが、恐らく、神羅の魔懐が原因だろうとのことだ。どうやら魔懐は魔力その物にも少し宿っているようで、一定量の魔力がたまると自動的に発動するようだ。結果魔力の塊である神結晶は崩壊してしまった。まあ、かなりの量溜めないと発動しないようなので普通にアーティファクトを使う分には問題ないようだが…

 と、このようにもう使い道が無くなってしまった神結晶だが、捨てるには勿体無い。いくら予備があると言ってもだ。

 そう、予備だ。ハジメたちはオスカーの宝物庫からもう一つ、ハジメが手に入れた物より一回り小さいが、神結晶を手に入れていた。異空間に放り込まれていたからか魔力はたまっていなかったが。手記を見るに、どうやらオスカー・オルクス、あろうことか神結晶を手作りしたらしい。これを知った時、ユエが壊れたように笑みを浮かべて戻すのに少し苦労した。

 まあ、とにかく、神結晶を捨てたくないハジメは、神結晶の膨大な魔力を内包するという特性を利用し、一部を錬成でネックレスやイヤリング、指輪などのアクセサリーに加工した。そして、それをユエに贈ったのだ。ユエは強力な魔法を行使できるが、最上級魔法等は魔力消費が激しく、一発で魔力枯渇に追い込まれる。しかし、電池のように外部に魔力をストックしておけば、最上級魔法でも連発出来るし、魔力枯渇で動けなくなるということもなくなる。

 そう思って、ユエに魔晶石シリーズと名付けたアクセサリー一式を贈ったのだが、そのときのユエの反応は……

 

 「……プロポーズ?」

 「なんでやねん」

 

 ユエのぶっ飛んだ第一声に思わず関西弁で突っ込むハジメ。

 

 「ふむ、こっちでもプロポーズには指輪を使うのか」

 「ん。神羅もモスラにどう?」

 「ふうむ、あいつはああいうのは好かないだろうが……」

 「あの、二人とも……無視しないでくださいます?」

 

 ちなみにだがユエにもそれ以外の新装備がある。一つは黒盾。それはオスカー製の品物なのだが、凄まじい機能を持っていた。それ自体の強度もさるものだが、この一対の盾、表面に何やら空間に干渉するタイプの魔法が施されているようで、片方の盾で受けた攻撃を対となる盾から放逐すると言うある意味最強の防御能力を持っていた。しかもこの盾、感応石と言う遠隔操作が可能となる鉱石によって手に持たずに自在に動かせる。さらに、一本のナイフが鞘に納めた状態で服の内側に装備している。これもオスカー製のアーティファクトだが、これも凄まじい。何せ神羅の皮膚に傷をつけたのだ。と言っても、紙の端っこでかすった程度の血すら出ない傷だが。この事実にハジメとユエは奇声を上げながらダバダバと走り回ったのは彼らにとって抹消したい過去だ。まあ、二撃目からは通らなくなったのだが。

 どうやらこのナイフ、何らかの魔法が込められているようで、凄まじい切れ味を誇る。だってアザンチウム製のブロックを真っ二つにしたのだから。

 後衛であり、神羅とハジメがいるユエには過剰ともいえる装備だが、怪獣と言う存在との遭遇が危惧されるならば、最低限度の自衛ができなければ話にならない。ナイフはまあ、振り回すぐらいしかできないが、黒盾は今では自在に動かすことができるようになっていた。

 なお、神結晶は一部、大きな塊のままで保管してある。これはとあるものを作るために用意しているのだ。まだまだハジメの腕ではとっかかりすらつかめないが、それでも、妥協する気はハジメにはなかった。

 

 「お前ら、準備はできたか?」

 

 二人がマッサージをしていると、神羅が部屋の中を覗き込む。

 

 「ああ、兄貴。そうだな……うん、もう大丈夫だと思う」

 「……ん。分かった」

 

 神羅には目立った装備はないのだが、それでもサポート用に宝物庫に閃光手榴弾、音響手榴弾、他にも様々な道具を所持している。

 ちなみに3人の服装だが、ハジメは黒に赤のラインが入ったコートと下に同じように黒と赤で構成されたズボン、コートの下には白いシャツにカッターシャツ、首元に黒のスカーフをネクタイのように巻いている。左袖は肩口あたりに吸着性のある魔物の皮が使われており、着脱可能になっている。ユエは前面にフリルのあしらわれた純白のドレスシャツにフリル付きの黒色ミニスカート。その上から純白に青のラインが入ったロングコートを羽織っている。足元はショートブーツにニーソだ。神羅は一転、下は黒の袴に荒縄風の帯に黒い靴。上は黒い和服のような服に青い雷光のような模様が入った黒い羽織を着ており、和装となっている。なんとなく、ハジメが神羅にはそれが似合いそうと言ってユエが頑張って制作したのだ。

 これらの服もオスカー謹製のアザンチウムの金属糸で編まれた服に魔物の素材を合わせ、防具としても通用する。更に神羅の服は神羅の魔力によっていずれは神羅の能力をもってしても破れないようになると言う。もう何が来ても驚かない自信がハジメとユエにはあった。

 神羅は起き上がった二人を見て、満足げに頷く。

 

 「うむ。真面目にやってたようで何よりだ」

 「真面目って……兄貴、俺たちだって……」

 「少し前まで目を離せば交わっていたくせに何を言っている」

 

 神羅が呆れたように言うとハジメは言葉に詰まり、ユエはほんのりと頬を染めて体をもじもじとさせる。

 実はこの二人、この隠れ家での生活中に一線を超えたのだ。まあ、それ自体は別にいい。神羅自身、ハジメに恋人ができるのはうれしい事だし、ユエなら任せられると思うし、そう言う仲の二人が求めあうのは自然な事だ。だが、一つ問題があるとすれば、文字通り所かまわず交わるようになったことだろう。

 他人の情事を見て欲情するようなことはないが、流石に頻度が頻度だと思い、控えるように釘を刺したから最近はまあ、マシになったのだが……

 

 「さて、それでは………そろそろ行くか」

 

 その言葉に二人は頷く。ついに、3人は地上へと出るのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3階にある魔法陣を起動させながらハジメは神羅とユエに声をかける。

 

 「ユエ、兄貴。俺の武器や俺達の力は、地上では異端だ。聖教教会や各国が黙っているということはないだろう」

 「……ん」

 「危機的状況にもかかわらず、ぜいたくな連中だ」 

 「兵器類やアーティファクトを要求されたり、戦争参加を強制される可能性も極めて大きい」

 「ん……」

 「どうせ使えないくせに……浅ましい連中だ……そいつらならまだいい。だが、この世界には怪獣たちがいるのは明らかだ。奴もな……言っておくが、我とて無敵ではないぞ?神とやらも、どれ程かは不明だ。万が一があるやもしれん………我についてくれば、お前たち人間にとって、命など有って無いような旅になる……最後の確認だ。本当についてくるのか?」

 「何度も言わせんな、兄貴」

 「……ん」

 

 神羅の顔を見上げて二人は頷く。

 

 「たとえ何が来ようと、俺たちは兄貴と一緒に戦う。俺たちが兄貴の背中を守れば何者にも負けねぇよ」

 「………そうか。では、行くとするか」

 

 そして転移の魔法陣が光り輝き、3人を包み込んでいく………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ズゥン……と大地を揺らすような音を立てながら彼は眼下の景色を眺めていた。遥か彼方まで続く樹海。中には数十メートルを超える樹木の密集地があるが、彼には及ばない。

 数ヵ月前、突如として感じた謎の気配を警戒し、彼は住んでいた場所からわざわざ海を渡り、ここに来た。ここには王がいない。ならば自分がやるしかないと彼はここまで来た。しかし、たどり着いた時にはもう気配も感じず、しかし警戒を続けていた。

 だが、少し前、彼はわずかにだが感じたのだ。自分が認めた王の気配を。彼もここにいる。ならばあれは彼の?いいや違う。あれは彼の力ではない。ならば一体……

 彼は荒々しく鼻息を漏らし、唸り声を上げると、激しくその両手で胸元を叩き、

 

 ヴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!

 

 木々を激しく揺らし、大地を揺さぶる咆哮を轟かせる。

 分からない。だがこれだけは言える。もしもふざけた真似をする奴がいるのならば………自分が容赦なく殲滅する。そう彼は決意する。




 ユエのナイフはありふれ零のメルジーネ海賊団の副船長、クリスの固有魔法、一閃が付与されたオリジナルアーティファクトです。

 感想、評価、どんどんお願いします。


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第16話 ライセン大峡谷

 今回から2巻です。よろしくお願いします。

 そして遅れてすいません。モンハンのほか、コードヴェインもやってて……更に言えば、R18にも手を出していまして……

 とりあえず、どうぞ!


 魔法陣の光に満たされ、何も見えなくとも空気が変わったことをハジメは実感した。奈落の底の澱んだ空気とは明らかに異なる、どこか新鮮さを感じる空気にハジメの頬が緩む。

 やがて光が収まり目を開けたハジメの視界に写ったものは……

 岩に囲まれた洞窟だった。

 

 「なんでやねん」

 

 魔法陣の向こうは地上だと無条件に信じていたハジメは、代わり映えしない光景に思わず半眼になってツッコミを入れてしまった。正直、めちゃくちゃガッカリだった。

 

 そんなハジメの服の裾をクイクイと引っ張るユエ。何だ? と顔を向けてくるハジメにユエは自分の推測を話す。

 

 「秘密の通路……隠すのが普通」

 「剥き出しなどそれこそあり得んな」

 

 神羅もその通りと言うように頷く。どうやら浮かれていたのは自分だけだったようだ。ハジメは気を取り直すように咳払いをすると先走った自分を誤魔化すように宝物庫から緑鉱石を使ったライトを取り出す。

 そんなハジメをみてユエはクスリと笑い、神羅はしょうがないなぁと言うように口元を緩める。

 

 「ん?あれは……」

 

 ハジメが岸壁をライトで照らしていると、その一角に綺麗な縦線が刻まれている。更にハジメの目線ぐらいのところに手のひら大の七角形が描かれており、頂点の一角にオスカー・オルクスの紋章が刻まれている。

 ハジメはその壁に歩み寄り、宝物庫から攻略の証の指輪を取り出してかざしてみる。すると鈍い音と共に壁が左右に開き、通路が現れる。

 3人は一度顔を見合わせると一度頷き、通路に踏み出す。

 途中、幾つか封印が施された扉やトラップがあったが、オルクスの指輪が反応して尽く勝手に解除されていった。三人は、一応警戒していたのだが、拍子抜けするほど何事もなく洞窟内を進み、遂に光を見つけた。光の柔らかさからわかる。人工物ではない、自然の光。ハジメはこの数ヶ月、ユエに至っては三百年間、求めてやまなかった光。神羅は言ってはなんだが、特に何も感じず、眩しそうに目を細める。

 ハジメとユエは、それを見つけた瞬間、思わず立ち止まりお互いに顔を見合わせた。それから互いにニッと笑みを浮かべ、同時に求めた光に向かって駆け出した。神羅はその後をゆっくりと追っていく。

 近づくにつれ徐々に大きくなる光。外から風も吹き込んでくる。奈落のような澱んだ空気ではない。ずっと清涼で新鮮な風だ。ハジメは、空気が旨いという感覚を、この時ほど実感したことはなかった。

 そして、ハジメとユエは同時に光に飛び込み……待望の地上へ出た。

 地上の人間にとって、そこは地獄にして処刑場だ。断崖の下はほとんど魔法が使えず、にもかかわらず多数の強力にして凶悪な魔物が生息する。深さの平均は一・二キロメートル、幅は九百メートルから最大八キロメートル、西のグリューエン大砂漠から東のハルツィナ樹海まで大陸を南北に分断するその大地の傷跡を、人々はこう呼ぶ。

 ライセン大峡谷と。

 ハジメ達は、そのライセン大峡谷の谷底にある洞窟の入口にいた。地の底とはいえ頭上の太陽は燦々と暖かな光を降り注ぎ、大地の匂いが混じった風が鼻腔をくすぐる。

 たとえどんな場所だろうと、確かにそこは地上だった。呆然と頭上の太陽を仰ぎ見ていたハジメとユエの表情が次第に笑みを作る。無表情がデフォルトのユエでさえ誰が見てもわかるほど頬がほころんでいる。

 

 「……戻って来たんだな……」

 「……んっ」

 

 二人は、ようやく実感が湧いたのか、太陽から視線を逸らすとお互い見つめ合い、そして思いっきり抱きしめ合った。

 

 「よっしゃぁああーー!! 戻ってきたぞ、この野郎ぉおー!」

 「んっーー!!」

 

 小柄なユエを抱きしめたまま、ハジメはくるくると廻る。しばらくの間、人々が地獄と呼ぶ場所には似つかわしくない笑い声が響き渡っていた。途中、地面の出っ張りに躓き転到するも、そんな失敗でさえ無性に可笑しく、二人してケラケラ、クスクスと笑い合う。

 

 「ふうむ……ずいぶんと巨大な峡谷だ………恐らく、ここはライセン大峡谷であろうな……確か近くに帝国があったはずだが……」

 

 対し神羅は至って冷静に自分たちが今どこにいるのか判断し、頭の中に地図を思い浮かべてどうするか考える。

 

 「そう言えば近くに大迷宮があると言われるハルツィナ樹海があったな……ん?」

 

 不意に神羅は訝しげに顔をしかめて空を仰ぎ見る。そこには変わらず青い空があるが神羅は低く唸りながら睨み付ける。

 だが、少しするとふん、と軽く鼻を鳴らして視線を切る。

 

「……これが奴か……どこにいるかまるで見当がつかんし……今は放るしかないか……さて、二人とも。そろそろ立て。客だぞ」

 

 そう言いながら神羅が周りを見渡せば、無数の魔物に3人は取り囲まれていた。

 

 「はぁ、全く無粋な奴らだ。もう少し余韻に浸らせてくれたっていいだろうよ」

 

 ハジメはため息と共に立ちあがり、ドンナーとシュラークを抜き、

 

 「そう言えばここって魔法は使えないんだっけか?」

 「そう言えばそうだったな。ユエよ、大丈夫か?」

 「……分解される。でも問題ない。力ずくで行ける」

 

 ライセン大峡谷で魔法が使えない理由は魔法に込められた魔力が分解、散らされるからだ。神羅の魔懐に似ているが、それ程即効性はなく、その劣化系と言ったところだ。

 しかし、ユエは瞬時には分解しきれないほどの大威力を以て魔法を放って殲滅すると言うのだ。

 

 「力ずくって……効率は?」

 「……ん……十倍くらい」

 「あ~、それなら俺が「必要ない」兄貴?」

 

 神羅は前に立つと軽く息を吐き、軽く殺気を解放する。

 それだけでこの峡谷が揺らぎ、ハジメとユエは軽く息を呑む。対し魔物たちは先ほどまでの威勢はどこへやら。一気に怯えたように体を震わせると、そのまま蜘蛛の子を散らすように逃げ去って行く。

 すべての魔物が逃げ去ったのを確認して神羅はふう、と小さく息を吐いて殺気を引っ込める。

 

 「よし、こんなところだろう」

 「別にそんなことしなくても俺が……」

 「未熟者。殺気を放つだけで回避できるならそれでいいだろう。時間も取られんし、物資も節約できる。そう言う所をちゃんと考えろ。敵対したら全部倒せばいい、なんてのはただの思考停止であるし、敵意ですらない。ただの恐れだ。己を律しろ。特にこれからは人間とも戦う事になるだろう。その時、倒すべき敵をちゃんと見極められないようでは話にならん。」

 「……うす……」

 

 神羅にたしなめられ、ハジメは小さく呻きながら頷く。

 神羅の言葉は間違っていない。ハジメの迷宮でのスタンスは敵は全て殺すだった。もちろん、だれかれ構わず殺す殺人者になるつもりはないが、それでもこういう些細な積み重ねで、どこかでタガが外れるかもしれない。そんな余裕があるか不安だが、それでも気を付けたほうがいいだろう。

 ハジメはふう、と小さく息を吐いて気を取り直すと、峡谷の絶壁を見上げる。

 

 「さて、この絶壁、登ろうと思えば登れるだろうが……どうする? ライセン大峡谷と言えば、七大迷宮があると考えられている場所だ。せっかくだし、樹海側に向けて探索でもしながら進むか?」

 「……なぜ、樹海側?」

 「いや、峡谷抜けて、いきなり砂漠横断とか嫌だろ? 樹海側なら、町にも近そうだし。」

 「……確かに」

 「ふむ………」

 

 神羅はしばし考えるように顎に手を添えていたが、不意に何かに気づいたように目を見開き、視線を樹海側の道から覗く空に向ける。

 そこには変わらず青空があるが、神羅が見ているのは()ではない。その空の下から感じた一つの気配。自分が認めた、奴とは違うライバルの気配。

 

 (……そうか………あいつもここにいるのか………なら、顔見せ位はしておくか)

 「我も異論はない。それでいこう」

 

 よし、とハジメは宝物庫から魔力駆動二輪、シュタイフを、神羅も自分の分のシュタイフを取り出す。

 ハジメがシュタイフに颯爽とまたがると、ユエがその後ろに横乗りしてハジメの腰にしがみつき、神羅も己のシュタイフにまたがる。シュタイフの速度調整は魔力量次第である。まぁ、ただでさえ、ライセン大峡谷では魔力効率が最悪に悪いので、あまり長時間は使えないだろう。最悪神羅の奴に相乗りさせてもらうつもりだ。

 ライセン大峡谷は基本的に東西に真っ直ぐ伸びた断崖だ。そのため脇道などはほとんどなく道なりに進めば迷うことなく樹海に到着する。神羅たちは迷う心配が無いので、迷宮への入口らしき場所がないか注意しつつ、軽快に魔力駆動二輪を走らせていく。車体底部の錬成機構が谷底の悪路を整地しながら進むので実に快適だ。

 その道中、魔物たちが襲おうとするのだが、神羅の威嚇で一匹残らず逃げ出してしまう。

 しばらく魔力駆動二輪を走らせていると、それほど遠くない場所で魔物の咆哮が聞こえてきた。中々の威圧である。少なくとも神羅の圧で逃げ出していた魔物よりも上だろう。

 魔力駆動二輪を走らせ突き出した崖を回り込むと、その向こう側に大型の魔物が現れた。双頭のティラノサウルスのような魔物だ。

 だが、真に注目すべきは双頭ティラノではなく、その足元をぴょんぴょんと跳ね回りながら半泣きで逃げ惑うウサミミを生やした少女だろう。

 ハジメと神羅は魔力駆動二輪を止めて胡乱な眼差しで今にも喰われそうなウサミミ少女を見やる。

 

 「……何だあれ?」

 「……兎人族?」

 「なんでこんなとこに? 兎人族って谷底が住処なのか?」

 「……聞いたことない」

 「仮にそうだとしてもこの峡谷を住処にすることはないのではないか?魔物の住処だぞ」

 「じゃあ、あれか? 犯罪者として落とされたとか? 処刑の方法としてあったよな?」

 「ああ、なるほど。それならば納得だ」

 「……悪ウサギ?」

 「その可能性が高そうだな……」

 

 3人は呑気に会話している。どうやら助ける事にあまり乗り気ではないようだ。ハジメとて流石に無差別に見捨てるつもりはないが、流石に場所が場所であるし、犯罪者の可能性が高い。そうなると助けた結果裏切られる、と言う可能性があり、二の足を踏んでしまう。

 

 「どうする?兄貴」

 「別にあいつ程度でどうこうなったりせんが……」

 

 どうするか二人が相談していると、相手のうさ耳少女のほうが気付いたようだ。

 四つん這いになりながらほうほうのていで逃げ出し、その格好のままハジメ達を凝視している。

 そして、双頭ティラノが爪を振い隠れた岩ごと吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がると、その勢いを殺さず猛然と逃げ出した……ハジメ達の方へ。

 それなりの距離があるのだが、ウサミミ少女の必死の叫びが峡谷に木霊しハジメ達に届く。

 

 「みづけだぁ!やっとみづけましたよぉ~~!だずげでぐだざ~い! ひっーー、死んじゃう! 死んじゃうよぉ! だずけてぇ~、おねがいじますぅ~!」

 「あ~~~、どうする?マジで」

 「どうすると言われてもなぁ……」

 

 仮に助けたとしても一緒に連れて行けないし、そうなった場合ここでどうなるか分からない以上、見捨ててもあまり変わらないだろうが……

 さてどうしようと神羅が呻いた瞬間、

 渓谷の地面の一角が吹き飛び、何かが飛び出してそのまま双頭ティラノに襲い掛かる。ティラノに負けないぐらいの巨体が横合いから激突し、ティラノは悲鳴を上げながらそのまま倒れ込む。うさ耳少女はその衝撃で吹き飛ばされた。

 

 「な、なんだ!?」

 

 ハジメたちが目を見開く中、神羅は突然の乱入者を睨む。

 それは巨大な蜘蛛だ。それ以外に言いようがない存在だ。特に特別な特徴もない全長5、6mほどの巨体の蜘蛛。それが双頭ティラノに覆いかぶさっている。

 

 「な、なんですかこれ~~~!?なんでここにバンブースパイダーがいるんですか~~!?」

 

 うさ耳少女は巨大蜘蛛の事を知っているのか叫びながら慌てて下がってくる。

 ティラノと蜘蛛は激しく格闘をしているが、蜘蛛が長い手足でティラノを押さえつけると、口から長い針を出すとそれを双頭ティラノに突き刺す。すると、ティラノは悲鳴を上げて体をさらに激しくばたつかせるが、巨大蜘蛛は肢でその体を抑え込む。ハジメたちが警戒しながらその様を見ていると、次第にティラノの動きが緩慢になってくる。そして最終的には弱弱しい声と共に完全に動かなくなる。

 

 「う、嘘……ダイヘドアが……」

 

 うさ耳少女が呆然とした様子で呟いていると、巨大蜘蛛は口から大量の糸を放ってダイヘドアの死体を雁字搦めにすると、死体を引きずりながら自分が出てきた穴の中に戻っていく。

 そして死体が完全に穴の中に引きずり込まれると、周囲を耳が痛くなるほどの静寂が包む。

 ハジメもユエは周囲を油断なく警戒しており、うさ耳少女は茫然とその様子を見ていた。神羅は何かを思い出そうとするように頭を掻いて、

 

 「思い出した。恐らくあいつだ」

 

 神羅の言葉にハジメたちはん?と一斉に顔を向ける。

 

 「だとすると少し厄介だな……ハジメ、ユエ。早めにここを離れるぞ」

 「兄貴……さっきの奴のこと知ってるのか?」

 「ああ、蜘蛛の方をな。あいつは怪獣の赤子だ」

 「……へ?あの……今おかしなこと言いませんでした?赤子?あの巨大な蜘蛛がまさか………赤ちゃんなんてことは……」

 「その通りだ。我の記憶の通りならあいつはまだ赤ちゃんと言っていいだろう」

 

 その言葉に全員が言葉を詰まらせる。あの大きさでまだ赤ん坊。では大人はどれほどの大きさになるのか……

 

 「さすがは怪獣……ていう所か……?」

 「……まだ生き残ってたみたい」

 「負ける気はないが面倒だし余計な労力だ。さっさと移動するぞ。今は捕らえたばかりの獲物に夢中だろうしな」

 

 その言葉にハジメたちは頷き、すぐにシュタイフで移動しようとするが、

 

 「ちょ、ちょっと待ってください!逃がしませんよ!」

 

 うさ耳少女がガバリとハジメの腰にしがみついてくる。思わずユエがジト目となる。ハジメもめんどくさそうにうめき声を上げ、

 

 「何だよお前。お前も魔物がいなくなったんだからさっさと行けよ。早くしないと蜘蛛の餌になるぞ」

 「そ、そこは事情とか聞くものじゃないですか!?なんでこんなところにいるんだとか!」

 「……犯罪者だから?」

 「違いますよ!」

 

 ハジメとユエとうさ耳少女が言い合いをしているのを見て、神羅は顔をしかめながら頭を掻く。

 

 「何をしている。早くいくぞ。下手したら他の個体に見つかりかねないし、最悪親と遭遇することになるぞ」

 「それは分かってるけど……ええい、このままいくぞ!」

 「……ん!」

 

 ユエがうさ耳少女を振りほどこうと蹴るのだが、決して離さないと言わんばかりにしがみついている。ハジメがシュタイフを起動させて走り出すのだが、うさ耳少女は決して腕を離さず、そのまま渓谷を駆け抜けていく。ずりずりと引き摺られても決して離さない。

 早速面倒ごとか、と神羅ははぁ、と小さくため息をついてシュタイフを走らせてその後を追う。




 今回出てきた怪獣の説明。

 クモンガ
 
 ペルム紀に生息していた大型節足動物。成虫で80mほどあり、幼体で5mほど。口から糸を吐き、更には毒針も放てる。この糸の強度はかなりのもので成体の糸はゴジラでも力ずくで振りほどくのは苦労する。だが、火に弱く、あっさりと焼き切ることができる。

 感想、評価、どんどんお願いします。


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第17話 シア・ハウリア

 すいません。書き忘れていたところがあったので、追加して投稿し直します。


 襲撃地点からハジメたちがシュタイフを走らせること少し、

 

 「ちょっと待て!お前しつこすぎるぞ!?」

 「……全然引き剥がせない……!」

 「死んでも放しませんよ~~!」

 

 ハジメの腰にはいまだにうさ耳少女がへばりついていた。もうすでにそれなりの距離をシュタイフで引き摺られているのに全く力は緩んでおらず、ユエが自分ができる全力の身体強化で引き剥がそうとするのにも全くびくともしない。

 その光景を後ろから見ていた神羅は小さく唸り声を上げると、

 

 「ハジメ、ユエ、止まれ。少しそいつから話を聞こう」

 

 その言葉にハジメたちはえ!?と驚いたように急停止して振り返る。うさ耳少女はしがみつくのに必死で気がついていない。

 

 「ほ、本気か?兄貴。まだこいつが何を目論んでるか……」

 「まあ、それはそうだが、仮に我らを貶めようとしていると考えると、ここまでしつこく食い下がるとは思えん。性根が腐っているなら途中で諦めているであろう。死んだら割に合わないしな」

 「……それは……まあ……」

 「あとはまあ……数百メートル以上高速で引き摺られているにもかかわらずミンチにすらなっていない所も少し気になる」

 

 それは確かに。普通ここまで引きずられたら人体などミンチよりもひどい事になっていてもおかしくない。なのにうさ耳少女は五体満足。擦り傷はできているみたいだが、それでも軽傷だ。どう考えても普通ではない。

 

 「もちろん、奴が妙な真似をしたらその瞬間に殺す。今はどんな情報でも欲しいところだしな」

 

 神羅の言葉にハジメとユエはむむむ、と小さく唸り声を上げながらうさ耳少女を睨む、少女はようやく停止していることに気づいたのかあれ?と首を傾げて周囲を見ている。

 少しして、ハジメは小さくため息を吐き、

 

 「分かった。兄貴の言う事も尤もだ。こいつから何か聞きだすとするか」

 「よし、では言い出しっぺの我が……」

 「いや、ここは俺が。まず俺が脅す。その後に兄貴が優しく声をかける。これのほうがいいんじゃないか?」

 「……下げてあげる。交渉では有効な手段」

 「……お前がそれでいいなら構わんが……」

 

 神羅が頷いたのを見て、ハジメはうさ耳少女に目を向ける。

 

 「おいコラお前。あんまりにもしつこいから一応話を聞いてやる」

 「え、え!?本当ですか!?ありがとうございます!あの、私、兎人族ハウリアのシア・ハウリアと言います!私の仲間を助けてほしいのです!」

 

 見事なまでに面倒ごとだった。ハジメは一回空を仰ぎ見、ユエはじとー、とした視線を向け、神羅もむう、とうなり声を上げながら目頭をもみほぐしている。

 

 「あ、あれ?なんでそこでそんな反応なんですか?普通こんな美少女がそう言ったらどういう事だい?って聞くものじゃないんですか?」

 「いや、自分で美少女言ってんじゃねえよ、残念ウサギ。だって明らかに面倒ごとじゃねえか……」

 「まあ、一応聞くと言ってしまった手前、話自体は聞こう……どうするかは決めかねるが。言っておくが、もしも嘘だったりしたら容赦なくお前の仲間も殺すから騙そうなどと考えるなよ」

 (兄貴。あんたまで脅す側に回ってどうすんだよ......まあうまくいきそうだから良いけどさ)

 

 その言葉にシアはそんな~~、と泣きそうな表情を浮かべるが、それでもわずかな可能性に賭けると決めたのか頬を叩いて気合を入れ、話し始める。

 

 シア達、ハウリアと名乗る兎人族達はハルツィナ樹海深部の亜人国家、フェアべルゲンの片隅で数百人規模の集落を作りひっそりと暮らしていた。兎人族は、聴覚や隠密行動に優れているものの、他の亜人族に比べればスペックは低いらしく、突出したものがないので亜人族の中でも格下と見られる傾向が強いらしい。性格は総じて温厚で争いを嫌い、一つの集落全体を家族として扱う仲間同士の絆が深い種族である。だが、総じて容姿に優れているせいで帝国などに捕まり奴隷にされたときは愛玩用として人気の商品となってしまう。

 そんな兎人族の一つ、ハウリア族に、ある日異常な女の子が生まれた。それがシアだ。兎人族は基本的に濃紺の髪をしているのだが、その子の髪は青みがかった白髪だったのだ。しかも、亜人族には無いはずの魔力まで有しており、直接魔力を操るすべと、とある固有魔法まで使えたのだ。

 当然、一族は大いに困惑した。兎人族として、いや、亜人族として有り得ない子が生まれたのだ。魔物と同様の力を持っているなど、普通なら迫害の対象となるだろう。しかし、彼女が生まれたのは亜人族一、家族の情が深い種族である兎人族。百数十人全員を一つの家族と称する種族なのだ。ハウリア族はシアを見捨てるという選択肢を持たなかった。

 しかし、フェアベルゲンにシアの存在がばれれば間違いなく処刑される。魔物とはそれだけ忌み嫌われており、不倶戴天の敵なのだ。過去にわざと魔物を逃がした人物が追放処分を受けたという記録もある。また、魔法を振りかざして自分達亜人族を迫害する人間族や魔人族に対してもいい感情など持っていない。樹海に侵入した魔力を持つ他種族は、総じて即殺が暗黙の了解となっているほどだ。

 故に、ハウリア族はシアを隠し、十六年もの間ひっそりと育ててきた。だが、先日とうとう彼女の存在がばれてしまった。その為、ハウリア族はフェアベルゲンに捕まる前に一族ごと樹海を出たのだ。

 行く宛もない彼等は、一先ず北の山脈地帯を目指すことにした。山の幸があれば生きていけるかもしれないと考えたからだ。未開地ではあるが、帝国や奴隷商に捕まり奴隷に堕とされてしまうよりはマシだ。

 しかし、彼等の試みは、その帝国により潰えた。樹海を出て直ぐに運悪く帝国兵に見つかってしまったのだ。巡回中だったのか訓練だったのかは分からないが、一個中隊規模と出くわしたハウリア族は南に逃げるしかなかった。

 女子供を逃がすため男達が追っ手の妨害を試みるが、元々温厚で平和的な兎人族と魔法を使える訓練された帝国兵では比べるまでもない歴然とした戦力差があり、気がつけば半数以上が捕らわれてしまった。

 全滅を避けるために必死に逃げ続け、ライセン大峡谷にたどり着いた彼等は、苦肉の策として峡谷へと逃げ込んだ。流石に、魔法の使えない峡谷にまで帝国兵も追って来ないだろうし、ほとぼりが冷めていなくなるのを待とうとしたのである。魔物に襲われるのと帝国兵がいなくなるのとどちらが早いかという賭けだった。

 しかし、予測に反して帝国兵は一向に撤退しようとはしなかった。小隊が峡谷の出入り口である階段状に加工された崖の入口に陣取り、兎人族が魔物に襲われ出てくるのを待つことにしたのだ。

 そうこうしている内に、案の定、魔物が襲来した。もう無理だと帝国に投降しようとしたが、峡谷から逃がすものかと魔物が回り込み、ハウリア族は峡谷の奥へと逃げるしかなかった。そうやって、追い立てられるように峡谷を逃げ惑い……

 

 「……気がつけば、六十人はいた家族も、今は四十人程しかいません。このままでは全滅です。どうか助けて下さい!」

 

 最初の残念な感じとは打って変わって悲痛な表情で懇願するシア。その姿を3人は見ていた。どうやら彼女の頑強さは無意識に魔力で身体強化をしていたのが原因だろう。

 

 「………どうする?兄貴」

 「ふぅむ………同情はするが………助けるとなると最悪何十人と言う人間を引きつれることになる。それはあまりにも現実的ではないぞ?」

 

 ハジメと神羅が渋い表情で助けるか否かで議論を始める。それを見たシアはえ、と口を半開きにしてすぐさま抗議の声を上げる。

 

 「ちょ、ちょ、ちょっと!なんでそんな渋い表情するんですか!?なんで助ける事を悩むんですか!?今の流れはどう考えても『何て可哀想なんだ! 安心しろ!! 俺達が何とかしてやる!』とか言って爽やかに微笑むところですよ! 流石の私もコロっといっちゃうところですよ! 何、いきなり美少女との出会いをフイにしているのですか……はっ!ま、まさか……お二人はそう言う関係なんですか!?だから先から私の事をずさんに扱って二人っきりで話してぎゃふん!?」

 

 シアが神羅とハジメの関係をそう言う事だと解釈しようとした瞬間、ハジメが容赦なく顔面をぶん殴る。シアは見事なまでのトリプルスピンを決めながら吹き飛び、べしゃり!と地面に叩きつけられる。

 

 「誰がホモだ誰が……ただ俺はこの世で一番信頼できる兄と相談しているだけだ。間違ってもそんな事ある訳がねえだろうが!」

 「……女と言うのはどうしてこうもすぐさまそっちの方向に考えるのだろうか……理解できん……」

 

 神羅が呆れたようにため息を吐く中、隣のユエはさ、さぁ……とどもりながら気まずそうに視線を下に向ける。

 実はユエも以前二人はそうだったのでは?と考えたことがあったのだ。オルクスで、神羅と合流する前の事、ユエはそれはもうハジメにべったりとくっつきまくっていた。それはもう、ハジメの方から手を出してもらうべく。だと言うのにハジメはそんな事はなかった。それに加えてハジメはよく神羅の事を話していたからもしかして兄弟でそう言う関係だったのかと考えたことがあったのだ。もちろん、外に漏らさず胸の中に留めてあるが。今後も墓まで持っていく所存である。

 

 「言っておくが……お前の誘いに乗らないのは、俺にはすでに心に決めた女性がいるからだ。浮気なんてするか」

 「ちなみにだが我にもここにはいないがそう言う存在はいる」

 

 その言葉にシアはよろよろと立ち上がりながらユエを見て、「うっ」と僅かに怯む。ちなみに、シアの容姿だが、客観的に見ればユエに負けず劣らず美人である。少し青みがかったロングストレートの白髪に、蒼穹の瞳。眉やまつ毛まで白く、肌の白さとも相まって黙っていれば神秘的な容姿とも言えるだろう。手足もスラリと長く、ウサミミやウサ尻尾がふりふりと揺れる様は何とも愛らしい。

 そして……大変な巨乳の持ち主だ。それこそ、男なら思わず見てしまうほどに。だが、二人は問題なかった。神羅は元怪獣だし、ハジメはユエがいる事と、本人の残念っぷりのせいで見事に相殺されていた。

 

 「まあ、こいつの容姿は別にどうでもいいとして、それよりもどうするか……」

 「ちょ、ちょっと!?容姿がどうでもいいって割と酷いこと言ってますよ!?一体何なんですか本当に!?」

 

 シアが抗議の声を上げるが、神羅とハジメは無視してどうするか唸り声を上げて考え込む。正直に言えば、二人とも何とかしてやりたいとは思っている。嘘を言ってるようには思えないし、二人とも家族や大切を失う悲しみを知っているから。だが、そうした場合、さっきも神羅が言っていたが、戦えない人間を何十人も連れて動くことになるし、最悪帝国とやり合う羽目になる。今後の事を考えるとリスクがでかすぎるし、助けてもこちらのリターンがほとんどない。

 ハジメたちとて、目的があるとはいえ、誰でも彼でも見捨てるつもりはない。出来る限り手助けはしてやりたいと思っている。だが、これは無報酬でやる範囲を逸脱している。何らかの報酬があればいいのだが、シアがこのありさまである以上、あまり期待できない。

 と、不意にユエがハジメの袖を引っ張る。

 

 「ん?どうした、ユエ」

 「……連れて行こう」

 

 その言葉にシアは怒りを一瞬で引っ込め、本当ですか!?と言うように目を輝かせる。

 

 「ほう、ユエがそう言うとは……何か理由があるのか?」

 「……樹海の案内にちょうどいい」

 

 その言葉にハジメはあ~~、と声を上げる。確か、樹海は亜人族以外では必ず迷うと言われていたはずだ。そうなると亜人である兎人族の案内があれば心強い。

 

 「確かにそうかもしれんが……我でも樹海の中では迷わないのではないか?」

 「確かにそうかもしれないけど、地理は知らない。だとしたら純粋に迷うかもしれない」

 

 その言葉に神羅は確かに、と眉間を掻く。元怪獣である神羅には独自の感覚がある。そのおかげで今の状態でもそれなりに周囲の状況を把握し、動くことができる。

 だが、知らない場所に行くのは無理だし、下手に開放して奴らを刺激するのもうまくはない。

 

 「……まあ確かにな。そのほうが得か……そうするか。おい、残念ウサギ。話はまとまった。お前らを助ける。その報酬は樹海での案内だ。ただし、そこから先は無理だ。北の山脈へはお前たちだけで行ってもらう事になる。これでいいな?」

 「あ、ありがとうございます!十分です!うぅ~、よがっだよぉ~、ほんどによがったよぉ~」

 

 ぐしぐしと嬉し泣きするシア。

 

 「あ、あの、宜しくお願いします! そ、それで貴方達のことは何と呼べば……」

 「ん? そう言えば名乗ってなかったか……俺はハジメ。南雲ハジメだ」

 「……ユエ」

 「我は南雲神羅。ハジメの兄だ」

 「ハジメさんとユエちゃんと神羅さんですね」

 「……さんを付けろ。残念ウサギ」

 「ふぇ!?」




 原作との相違として、フェアベルゲン内部に亜人族の集落のほとんどが点在しているため、フェアベルゲンの領土はどれ程かは不明ですが、原作よりも広くなっています。


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第18話 樹海に居座る者

 と、言うわけで考えた結果、やっぱり映画の個体にしたほうがおもしろくなりそうと言う事で変えました。旅立ちの方も少し変えてあります。

 と、言う訳で、今後はゴジラVSコングのネタバレにもご注意ください。基本的な流れは変わっていないので、ネタバレが嫌な人は見なくても問題はありません。


 「そ、それじゃあ、3人も魔力を直接操れたり、固有魔法が使えると……」

 「ああ、そうなるな」

 「……ん」

 「うむ」

 

 ユエが年上と知ってシアが土下座した後、早速ハジメたちはハウリア族を救うために移動を開始した。ちなみにシアはハジメのシュタイフの後ろに乗っていた。ユエはハジメの前に乗っている。

 普通は神羅のところに乗せるべきなのだろうが、あいにくと神羅のシュタイフはオフロードバイク型。しかも一人乗りを想定したモデルだった。流石にそれでは乗せられないので、仕方なくハジメのシュタイフに3人乗りをしている。乗り方はハジメの前にユエ、後ろにシアとなっている。

 今度神羅のシュタイフも二人乗り用に改造しようと決めながら移動する中、シアが3人の事を聞いてきたのでハジメは、道中、魔力駆動二輪の事やなぜそう言ったものが扱えるのかなどを話した。と言っても神羅の前世、そして力の本質に関してはまだ話すことはできないが。

 ちなみにシアの固有魔法は未来視。この選択をしたらどうなるか?と言う仮定の未来を見ることができるものだ。その未来が絶対という訳ではないが、シアは神羅達の方角に逃げたら神羅達が自分と家族を守る未来が見えたからこちらに来たようだ。また、自動で発動する場合もあり、これは直接・間接を問わず、シアにとって危険と思える状況が急迫している場合に発動するようだ。なぜ追放の時に見えなかったのかは、友人の恋路を覗き見るのに使って、しばらく使えなかったかららしい。残念である。

 しばらく呆然としていたシアだったが、突然、何かを堪える様にハジメの肩に顔を埋めた。そして、何故か泣きべそをかき始めた。

 

 「ちょ、おいおい……いきなり泣きべそかいてどうした?今の話しに泣くところあったか?」

 「いえ、すいません……ただ、一人じゃなかったんだなっと思ったら……何だか嬉しくなってしまって……」

 「「「……」」」

 

 どうやらずっと、この世界で自分があまりに特異な存在である事に孤独を感じていたようだ。家族だと言って十六年もの間危険を背負ってくれた一族、シアのために故郷である樹海までも捨てて共にいてくれる家族、きっと多くの愛情を感じていたはずだ。それでも、いや、だからこそ、他とは異なる自分に余計孤独を感じていたのかもしれない。

 その言葉に、ユエは何となく境遇を重ねてしまう。ユエもまた、この世界において異質な力を持っており、ハジメたちと出会うまで同胞と呼べる者はいなかった。更に言えばユエにはシアのように愛してくれる家族がいなかった。シアの境遇はまあ、恵まれているだろう。

 そして、神羅もまた、似たようなものだった。前世で神羅は強大な力を持っていた。だが、それ故に同族達と共に過ごすことはできず、彼女と会うまで、一匹だった。それに寂しさを感じたことはないが、それでも彼女と出会ってからは寂しさを感じ取っていた。それと似たものをシアも感じていたのだろう。

 神羅がちらりと隣に目をやると、ハジメがユエの寂しさに気づいたのだろう。今は一人ではないと言うようにユエの頭をポンポンと撫でている。ユエは全身の力を抜いてハジメに甘えるように身を預ける。

 

 「あの~、私のこと忘れてませんか?ここは『大変だったね。もう一人じゃないよ。傍にいてあげるから』とか言って慰めるところでは?私、コロっと堕ちゃいますよ?チョロインですよ?なのに、せっかくのチャンスをスルーして、何でいきなり二人の世界を作っているんですか!寂しいです!私も仲間に入れて下さい!」

 「無駄だ、シア・ハウリアよ。こいつらは時に我の事も忘れるときがあるからな」

 「そ、そうなんですか……神羅さんも大変ですね………」

 

 神羅の言葉にシアは顔を引きつらせて苦笑する。その目を見て、神羅は小さく目を細める。

 と、しばらく進んだところで、遠くで魔物の咆哮が幾重にも重なって聞こえた。

 

 「ハジメさん!もう直ぐ皆がいる場所です!あの魔物の声……ち、近いです!父様達がいる場所に近いです!」

 「どうやらそうみたいだな。兄貴、飛ばすぞ!」

 「おう!」

 

 瞬間、ハジメと神羅はシュタイフを加速させる事数分、ドリフトしながら大岩を迂回した先には、今まさに襲われようとしている数十人の兎人族達がいた。

 彼らは岩陰に隠れているのだが、そのうさ耳だけが隠しきれず、ちょこんと出ている。

 その彼らを襲っているのは奈落の底でも滅多に見なかった飛行型の魔物だ。姿は俗に言うワイバーンというやつが一番近いだろう。体長は三~五メートル程で、鋭い爪と牙、モーニングスターのように先端が膨らみ刺がついている長い尻尾を持っている。

 

 「ハ、ハイベリア……」

 

 肩越しにシアの震える声が聞こえた。ハイベリアは全部で6匹で、獲物を品定めするように上空を旋回している。

 

 「兄貴!今まで通り殺気で追い払えるか!?」

 「微妙だな。奴らは獲物を前にして興奮している。下手に脅せば逆に暴れかねん。仕留めるぞ!」

 「あいよ!」

 

 ハジメがドンナーを構えると同時に一匹のハイベリアがその尻尾でハウリア族が隠れている岩を破壊し、何人かをいぶり出す。そのまま襲い掛かろうとするが、ドパンッ!と言う発砲音と共にドンナーからレールガンが放たれ、ハイベリアの眉間を貫き、頭部を爆散させて這い出たハウリア族の脇に墜落する。

 更に神羅はシュタイフから飛び降りると、地面を踏みしめてから轟音と共に跳躍。一匹のハイベリアの尾を掴むとそのまま勢いよく振り回し、別のハイベリアに叩きつける。ぐしゃりと言う音と共に2頭のハイベリアは肉塊に成り果て、地面に叩きつけられる。

 

 「な、なにが……」

 

 突然の事にハウリア族の面々が呆然としていると、乗り手を失ったシュタイフがそのまま彼らの前を駆け抜けてから倒れ込む。

 思わずそれを視線で追ってからシュタイフが来た方角に目を向けると、

 

 「みんな~、助けを呼んできましたよぉ~!」

 「「「「「「「「「「シア!?」」」」」」」」」」

 

 似たような見慣れない乗り物に乗っている3人組。しかもそのうち一人は家族の少女である。ハウリア族はそろって目を丸くして驚いている。そのど真ん中に神羅はずん、と着地する。

 

 「とっとと隠れろ!」

 

 いきなり現れた神羅にハウリア族は目を丸くするが、怒声にびくりと体を震わせると慌てて岩陰に隠れる。

 その神羅に向かってハイベリアが襲い掛かってくるが、一匹に赤い閃光が襲い掛かり、翼を引きちぎり、地面に叩きつけられる。神羅はすぐにその頭部を踏み潰すと、近くに転がっている拳大の岩の欠片を拾い上げて上空の2頭に向かって投げつける。

 無造作に投げられたそれはしかし音速を容易く超える。ハイベリアの体を貫き、粉砕、絶命させ、地に落とす。

 そのまま周囲を見渡して敵がいないことを確認すると同時にハジメたちが合流する。

 

 「悪い、兄貴。仕留めそこなった」

 

 ハジメが言っているのは翼を引きちぎった個体の事だろう。

 

 「いや、別に構わんが……お前らしくないな。どうした?」

 「ああ……ちょっとな……」

 

 ハジメが憎々し気に後ろのシアを睨みつける。そのシアは頭を抱えて痛い、痛いよ~と呻いていた。それだけで分かった。どうやら何らかの手段でシアがハジメの邪魔をしてしまったのだろう。それで制裁を喰らったのだ。この程度……と神羅が呆れていると、危険が無くなったことを察したのかハウリア族がぞろぞろと出てくる。

 

 「シア! 無事だったのか!」

 「父様!」

 

 真っ先に声をかけてきたのは、濃紺の短髪にウサミミを生やした初老の男性だった。どうやらシアの父親のようだ。

 

 「ハジメ。我は周囲を警戒しておく。奴の親が来るかもしれんからな。話は任せる」

 「了解」

 

 神羅が移動すると同時に、シアの父親がハジメの元に歩いてくる。

 

 「ハジメ殿で宜しいか? 私は、カム。シアの父にしてハウリアの族長をしております。この度はシアのみならず我が一族の窮地をお助け頂き、何とお礼を言えばいいか。しかも、脱出まで助力くださるとか……父として、族長として深く感謝致します」

 

 そう言って、カムと名乗ったハウリア族の族長は深々と頭を下げた。後ろには同じように頭を下げるハウリア族一同がいる。

 実はシアがお姫様的ポジションだったことにハジメは内心驚きながらも口を開く。

 

 「気にすんな。樹海の案内が引き換えだし、ギブアンドテイクってやつだ。しかし、随分とあっさりと俺たちを信用するんだな?亜人は人間にはいい感情なんて持ってないだろうに……」

 「シアが信頼する相手です。ならば我らも信頼しなくてどうします。我らは家族なのですから……」

 

 その言葉にハジメは呆れ半分、感心半分だった。一人の少女のために一族ごと追放を故郷を出ていくのだから情が深いと思っていたが、警戒するべき人間相手にこれは人が良すぎるぐらいだ。

 

 「ふむ、話合いは問題なさそうだな」

 

 どうやら今後の話し合いは問題なさそうだと判断し、神羅が近づいてくる。

 

 「おお、貴方が神羅殿ですな。この度は助けていただきありがとうございます」

 「そう言う約束だ。それとは別に、お前に聞きたいことがある」

 「聞きたい事……ですか。何ですかな?」

 

 カムが首を傾げていると、神羅は目を細めながら問う。

 

 「お前たちの住んでいたハルツィナ樹海に………山のような巨体を誇る猿がいるだろう?」

 

 その言葉にハジメたちはえ?と首を傾げるが、カムも同様に小さく首を傾げる。

 

 「え、ええっと……まあ、はい。確かに最近……数か月ほど前に樹海に恐ろしく巨大な猿の魔物が住み着きましたが……」

 「兄貴……それって……」

 「ふむ、どうやら間違いないようだ………樹海の方角から気配を感じたからな」

 

 その言葉にハジメたちは目を見開き、シアたちは何のことか分からず、首を傾げている。巨大な魔物。それは恐らく、いや、間違いなく怪獣の事だ。それも猿型。それは確か神羅の話ではゴジラ種と長きにわたり戦い続けていた存在ではないか。

 

 「それってつまり……樹海には神羅と同格の存在がいるって言う事?」

 「まあ、そう言う事だ」

 「それって……大丈夫なのか?もしも襲ってきたらはっきり言って、俺達じゃまだ手も足も出ないぞ。勝てるのは兄貴だけ「ああ、それなら問題ないかと」どう言う事だ?」

 

 カムの言葉にハジメが問うと、

 

 「確かに最初の時は我々も非常に怯えたのですが、彼は特に我らに危害を加えようとせず、ただ樹海の中で静かに過ごしていました。近づいても特に何もせず、それどころかフェアベルゲンの領域には近寄ったりもしませんでした。まるでそこが何かの安住の地であると知っているかのように。ですが、樹海を荒らすものには容赦はせず、排除します。ですから最終的には彼には干渉せず、放っておこうという方針で落ち着きました。ですから、樹海を不用意に荒らさなければ襲ってはきません。まあ、あとは踏まれないように気を付けるだけですな」

 「……ただの偶然じゃ?」

 「いえ。何でも聞いた話では一人の有翼族の者が彼の前を飛び回ってみたようですが、はたき落そうともせず、むしろ手を差し出してきて……思い切って手の上に着地してみたら興味深そうに見つめてきて、有翼族が飛び立った後、何やら身振り手振りをしていたようですが、最終的には何もせずにそのまま帰してあげたとか……」

 

 その話にハジメたちは思わずうなり声を上げる。まるで人間のような仕草をしている。だがそうなると、そいつは樹海を破壊したりしなければたとえ近くにいたとしても襲ってはこないのだろうか。

 神羅は軽く鼻を鳴らして腕を組み、

 

 「まあ、奴は人間と馴れ合っていたようだし、人間の亜種であるお前らに興味を持ったとしてもおかしくはないだろう」

 

 その言葉にハジメはん?と違和感を覚える。なんだか、今の神羅の言葉、若干棘があったような……

 

 「とにかく、それならば大人しくしていれば問題はない。一々相手をするのもばからしいし。ハジメたちもそれでいいな?」

 「まあ……それで回避できるなら問題はないけど……」

 「……ん」

 「それじゃあ、話がまとまったならば、出発するとしよう」



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第19話 超えてはならない一線

 投稿いたしますね。

 ところで、この作品、もうちょいでお気に入りが1000超えそうなんですが……何気に自分の作品の中で最速だと思う。と言っても、行ったのは以前連載していたデートだけなんですが……でも、2000超えてたあれもこんなに早くなかったしなぁ……

 ではどうぞ!


 ウサミミ四十二人をぞろぞろ引き連れて峡谷を行く。

 当然、数多の魔物が絶好の獲物だと襲おうとするのだが、神羅が放つ圧に怯えてしまい、それが叶うはずがない。様子をうかがうようにこちらを覗き込んでくるのだが、神羅が睨めばすぐさま引っ込んでしまう。

 そんな感じで平和に大峡谷を歩いていくと、視線の先に立派な階段が見えてくる。壁を切り出して作った階段のようで、その先の岸壁から樹海が見える。かなり高い木も生えているようで、よく見える。

 

 「帝国兵はまだいるでしょか?」

 「ん?どうだろうな。もう全滅したと諦めて帰ってる可能性も高いが……」

 「そ、その、もし、まだ帝国兵がいたら……ハジメさん達は……どうするのですか?」

 「?どうするって何が?」

 

 ハジメと神羅が首を傾げながら問いかけると、意を決したように尋ねる。

 

 「今まで倒した魔物と違って、相手は帝国兵……人間族です。ハジメさん達と同じ。……敵対できますか?」

 「残念ウサギ、お前、未来が見えていたんじゃないのか?」

 「はい、見ました。帝国兵と相対するお二人を……」

 「ふむ。では……何が疑問なのだ?」

 「疑問というより確認です。帝国兵から私達を守るということは、人間族と敵対することと言っても過言じゃありません。同族と敵対しても本当にいいのかと……」

 

 その言葉に神羅は軽く肩をすくめ、ハジメはあっさりと口にする。

 

 「それがどうかしたのか?」

 「えっ?」

 「だから、人間族と敵対することが何か問題なのかって言ってるんだ」

 「そ、それは、だって同族じゃないですか……」

 「そう言うお前らも同族に追い出されているであろう?それに、同族同士であろうと、戦争関係なしに殺し合いをしているしなぁ。気にするだけ無意味だろうよ」

 「それは、まぁ、そうかもしれませんが……」

 「大体、根本が間違っている」

 「根本?」

 

 さらに首を捻るシア。周りの兎人族も疑問顔だ。

 

 「いいか? 俺は、お前等が樹海探索に便利だから雇った。んで、それまで死なれちゃ困るから守っているだけ。まあ、ついてないな、とは思っているが、それだけだ。それをどうにかして、故郷に帰してやろうとか、まして、今後ずっと守ってやるなんてのは不可能だ。俺たちには俺たちの目的があるからな。分かるだろう?」

 「うっ、はい……それは……」

 「だが、樹海案内の仕事が終わるまでは守る。それが交わした契約だからだ。それを邪魔するヤツは魔物だろうが人間族だろうが関係ない。ぶっ潰す。それだけのことだ」

 「そもそも、我は家族や友以外の人間に対する同族意識は薄い。赤の他人を殺そうが死のうが気にはしない」

 「な、なるほど……」

 

 そう言いながら一行は階段にたどり着き、登っていく。そして階段を登りきり、ライセン大峡谷を抜けた先にいたのは、

 

 「おいおい、マジかよ。生き残ってやがったのか。隊長の命令だから仕方なく残ってただけなんだがなぁ~こりゃあ、いい土産ができそうだ」

 

 三十人の帝国兵がたむろしていた。周りには大型の馬車数台と、野営跡が残っている。全員がカーキ色の軍服らしき衣服を纏っており、剣や槍、盾を携えており、ハジメ達を見るなり驚いた表情を見せた。

 だが、それも一瞬のこと。直ぐに喜色を浮かべ、品定めでもするように兎人族を見渡した。

 

 「小隊長! 白髪の兎人もいますよ! 隊長が欲しがってましたよね?」

 「おお、ますますツイテルな。年寄りは別にいいが、あれは絶対殺すなよ?」

 「小隊長ぉ~、女も結構いますし、ちょっとくらい味見してもいいっすよねぇ? こちとら、何もないとこで三日も待たされたんだ。役得の一つや二つ大目に見てくださいよぉ~」

 「ったく。全部はやめとけ。二、三人なら好きにしろ」

 「ひゃっほ~、流石、小隊長! 話がわかる!」

 

 帝国兵は、兎人族達を完全に獲物としてしか見ていないのか戦闘態勢をとる事もなく、下卑た笑みを浮かべ舐めるような視線を兎人族の女性達に向けている。兎人族は、その視線にただ怯えて震えるばかりだ。

 帝国兵達が好き勝手に騒いでいると、兎人族にニヤついた笑みを浮かべていた小隊長と呼ばれた男が、ようやくハジメと神羅の存在に気がついた。

 

 「あぁ? お前等誰だ? 兎人族……じゃあねぇよな?」

 「ああ、俺たちは人間だ」

 「はぁ~? なんで人間が兎人族と一緒にいるんだ? しかも峡谷から。あぁ、もしかして奴隷商か? 情報掴んで追っかけたとか? そいつぁまた商売魂がたくましいねぇ。まぁ、いいや。そいつら皆、国で引き取るから置いていけ」

 

 まるで自分に従うのが当たり前、と言うような言い草にハジメたちは軽く呆れながら口を開く。

 

 「断る」

 「……今、何て言った?」

 「断ると言ったんだ」

 「彼らの身は我らが保証している。悪いが彼らの事は諦めて国に帰ってもらいたい」

 

 二人の言葉に小隊長の表情が消え、周りの兵士たちが剣呑な雰囲気を放つ。が、ハジメの後ろからユエが顔を出すと、その美しさに一瞬呆けるが、次の瞬間には下碑た笑みを浮かべる。

 

 「あぁ~なるほど、よぉ~くわかった。てめぇらが唯の世間知らず糞ガキだってことがな。ちょいと世の中の厳しさってヤツを教えてやる。くっくっく、そっちの嬢ちゃんえらい別嬪じゃねぇか。てめぇらの四肢を切り落とした後、目の前で犯して、奴隷商に売っぱらってやるよ」

 

 その言葉にハジメは眉をピクリと動かし、ユエは無表情でありながら誰でも分かるほど嫌悪感を丸出しにし、神羅は小さく唸り声を上げる。

 

 「………なるほど。帝国兵云々関係なしにクズか………」

 「だな……」

 「あぁ!? まだ状況が理解できてねぇのか! てめぇらは、震えながら許しをこッ!?」

 

 ドパンッ!と言うと共に小隊長の頭が吹き飛ぶ。その体はそのまま後ろに倒れ込む。

 何が起きたのかも分からず、呆然と倒れた小隊長を見る兵士達に神羅が追い打ちを掛ける。

 前に出て勢いよく拳を横薙ぎに振るう。それだけですさまじい衝撃波が放たれ、兵士を10人まとめて潰す。

 突然隊長と仲間がやられたにもかかわらず他の兵士たちはすぐさま武器を二人に向ける。人格はくそだが、そこは帝国兵士。大した練度だ。ただし、対峙しているのは王と化け物。

 前衛が飛び出し、後衛が詠唱を始めるが、その後衛にハジメの早撃ちが襲い掛かり、前衛は神羅に切りかかるが、剣を叩きつけた瞬間、その剣のほうがバキンと音を立てて圧し折れる。

 それを兵士は何とも間抜けな顔で見ていたが、次の瞬間、神羅の回し蹴りが直撃する。それだけで兵士の身体は爆散し、そのまま降りぬかれた足は隣の兵士同じように爆散させる、そのままついでに3人ほど爆散させる。だがその肉片や血は風圧で吹き飛ばされ、神羅にはかかりもしない。

 

 「やっぱり、人間相手だったら纏雷はいらないな。通常弾と炸薬だけで十分だ」

 「銃ならば当然だと思うがな」

 

 ハジメがドンナーで肩を叩き、神羅が首を回していると、ひぃ!と言う声が聞こえる。顔を向ければそこには生き残りの兵士がしりもちをついていた。

 二人が歩み寄っていくと、兵士はを恐怖で歪ませ、股間を湿らせてしまう。

 

 「た、頼む! 殺さないでくれ! な、何でもするから! 頼む!」

 「……他の兎人族がどうなったか教えてもらおうか。結構な数が居たはずなんだが……全部、帝国に移送済みか?」

 

 もしも近くにいるならば助けに行くこともできる。流石に帝国移送済みではそうもいかないが。

 

 「……は、話せば殺さないか?」

 「質問に質問で返すな。とっとと答えろ」

 「ひ、ひぃ!……多分、全部移送済みだと思う。人数は絞ったから……」

 

 人数を絞った。それは、つまり老人など売れそうにない兎人族は殺したということだろう。兵士の言葉に、悲痛な表情を浮かべるハウリア族。それにちらりと視線を向けた後、ハジメは兵士に殺意を向ける。

 

 「待て! 待ってくれ! 他にも何でも話すから! 帝国のでも何でも! だから!」

 「そう言った奴に、お前は慈悲を与えたか?」

 

 それだけ言うと、ハジメはドンナーを発砲、兵士を射殺する。

 ハジメは静かにドンナーをホルスターに納める中、神羅はふん、と軽く鼻を鳴らす。

 

 「あ、あのさっきの人は見逃してあげても良かったのでは……」

 

 

 後ろから聞こえてきたシアの声に神羅が首を傾げながら振り返ると、ハウリア族たちが恐怖を滲ませながらこちらを見ていた。

 

 「何を言っている。仮に奴を逃がしたとすると、お前たちが一番不利益を被るぞ。お前たちが樹海から逃げ出したと言う情報が帝国に漏れれば、必然ルートも絞り込まれ、逃亡先に追っ手を差し向けられてもおかしくないぞ」

 

 その言葉にハウリア族は一斉にう、とうめき声を上げ、その状況が容易く想像できたのか顔を俯かせる。

 

 「……そもそも、守られているだけのあなた達がそんな目をハジメ達に向けるのはお門違い」

 

 そこにユエが追撃と言わんばかりに怒りを宿しながら彼らを睨みつける。

 

 「お二方、申し訳ない。別に、貴方に含むところがあるわけではないのだ。ただ、こういう争いに我らは慣れておらんのでな……少々、驚いただけなのだ」

 「すいません、ハジメさん、神羅さん」

 「いや、我は別に気にしてないが……って、ハジメ?さっきからどうした?黙って」

 

 神羅がハジメに目を向けると、彼は自分の手をじっと見つめていた。

 

 「あ、いや……初めての人殺し……特に何も感じなかったなぁっと思ってな。我ながら、随分と変わっちまったと思って……」

 

 今回、ハジメはいくつか確認したいことがあった。一つは自分の装備の破壊力。人に対し、レールガンなどオーバーキルもいいところだ。それこそ、後方にまで甚大な破壊をもたらすだろう。そんなもの市街地などで放ったら建物を破壊してしまうし、最悪無関係な人間まで殺めてしまう。それはもはや狂人だ。そんなものになるつもりは一切ない。なので銃の威力が適切か実地で計る必要があったのである。

 そしてもう一つは自分が殺人に躊躇いを覚えないかどうかだ。すっかり変わってしまったハジメだが、人殺しの経験はない。神羅に銃をぶっ放したが、それは魔物だと思っていたから。本当に人を人と認識して殺しをためらうかどうか、今後のためにも知る必要があった。結果は殺す前も殺した後も何も感じなかっただ。

 感傷にひたるハジメを神羅はじっと見つめていたが、

 

 「……本当か?」

 「え?」

 「本当に何も感じなかったのか?奴らに殺意を覚えたきっかけも?」

 「あ、ああ……本当に………あ、いや。最初の男がユエを犯して奴隷商に売るって言ったとき、ふざけんな、とは思ったけど………」

 「ならばそれでいい」

 

 その言葉にハジメはえ?と首を傾げて神羅の顔を見る。その目はこちらの内心を見透かしているようだ。

 

 「何も感じていなかったわけではないであろう。そうしてちゃんと、怒りを感じていた。それはお前が本当にユエを大切に思っている証拠だ。我もモスラを殺された時は奴を怒りのままに嬲り殺しにしたものだ」

 「そ、そうなのか……」

 「お前にとっては、兵士共の命より、ハウリア族とユエの命のほうが重かったからお前はハウリアを守るため、ユエを守るために奴らを殺した。そうするだけの理由があったと言う事だ。これは我の持論だが、外道とは無関係な人間を殺す者、そして何の理由も、意味もなく命を奪い、命を奪う事に愉悦を感じるものだ。そんなもの、獣にも劣る畜生よ………だからハジメ。命を奪うな、殺しをするなとは言わん。だが、畜生にだけはなるな。決して超えてはならない一線だけは絶対に超えるな。己を血に汚してでも守りたいものがあることを、決して忘れるな………いいな?」

 「…………おう」

 

 ハジメが神妙な表情で小さく頷くと、神羅はよし、と言うように頭をくしゃくしゃと撫でる。ハジメは照れたように顔を赤くするが、振り払おうとはせず、ただ撫でられるがままだ。

 その光景をちょっと後ろでユエ達はじ~~、と見ていたが、不意にシアがユエに近づき、

 

 「あの……ユエさん。もしかしてですが、ハジメさんって……ブラコンでしょうか?」

 「………………多分そうかも」




 感想、評価、どんどんお願いします。


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第20話 ハルツィナ樹海

 アイスボーンで出てきたジーヴァの成体がドラゴンズドグマのドラゴンかなって思った。

 ではどうぞ!


 ハルツィナ樹海を目指し、ハジメたちの一行は平原を進んでいた。

 大型の馬車二台にそれなりのハウリア族が乗っているのだが、神羅が一人で、まるで枯れ草を引っ張っているかのように軽々と引き、その周りを数十頭の馬とハジメたちが歩いていく。

 当初は一人の人間がこれだけの物を一人で引いて動かせることにハウリア族は大層驚愕していた。

 そうやって歩いていくと、遠方にハルツィナ樹海が見えてくる。かなり巨大な木々も生えているようで、凸凹と緑の凹凸が目立つ。

 そのタイミングで不意にシアが口を開く。

 

 「あの、あの! ハジメさんとユエさんと神羅さんのこと、教えてくれませんか?」

 「? 俺達のことは話したろ?」

 「いえ、能力とかそういうことではなくて、なぜ、奈落? という場所にいたのかとか、旅の目的って何なのかとか、今まで何をしていたのかとか、みなさん自身のことが知りたいです。」

 「……聞いてどうするの?」

 「どうするというわけではなく、ただ知りたいだけです。……私、この体質のせいで家族には沢山迷惑をかけました。小さい時はそれがすごく嫌で……もちろん、皆はそんな事ないって言ってくれましたし、今は、自分を嫌ってはいませんが……それでも、やっぱり、この世界のはみだし者のような気がして……だから、私、嬉しかったのです。皆さんに出会って、私みたいな存在は他にもいるのだと知って、一人じゃないって思えて……勝手ながら、そ、その、な、仲間みたいに思えて……だから、その、もっと皆さんのことを知りたいといいますか…………」

 「ふうむ……我は別にいいが、ハジメ。どうする?」

 「う~~ん……まあ、暇つぶしにはいいけど……」

 「……神羅の過去はどうする?」

 

 ユエが小声で聞いてくると、神羅は小さく唸り、

 

 「……話さなくていいだろう。これっきりであろうし、奴本人は我の過去は気にしないだろうしな」

 

 神羅の言葉にハジメは小さく頷くと、これまでの経緯を、前世の事はうまく隠しながら話していく。

 

 「うぇ、ぐすっ……ひどい、ひどすぎまずぅ~、ハジメさんもユエさん神羅さんもがわいぞうですぅ~。そ、それと比べたら、私はなんでめぐまれて……うぅ~、自分がなざけないですぅ~」

 

 号泣しながら「私は、甘ちゃんですぅ」とか「もう、弱音は吐かないですぅ」とシアは呟いている。そして、さり気なく、ハジメの外套で顔を拭いている。

 そして少しすると決然とした表情で顔をあげると、

 

 「ハジメさん!ユエさん!神羅さん!私、決めました!皆様の旅に着いていきます! これからは、このシア・ハウリアが陰に日向に皆さんを助けて差し上げます! 遠慮なんて必要ありませんよ。私達はたった四人の仲間。共に苦難を乗り越え、望みを果たしましょう!」

 

 勝手に盛り上がっているシアに、ハジメとユエが実に冷めた視線を送り、神羅ははあ、と小さくため息を吐く。

 

 「お前が欲しているのは自分を守ってくれる存在ではないのか?」

 「!?」

 

 神羅の言葉にシアは肩を震わせる。

 

 「恐らくだが、お前はこの一件の片がついたら一人で旅に出るつもりだったのだろう。だが、それだとほかの者たちがついてくる可能性が高い。というかついてくるだろう。だが、強者である我らと一緒に行くと知れば、説得できるかもしれない………と言ったところか?」

 「……あの、それは、それだけでは……」

 

 シアは図星を付かれたのかしどろもどろになる。

 確かに神羅が言っていた面もある。だが、シアが同族ともいえる3人に強い仲間意識を持っていたのも確かだ。

 

 「別にそこは俺は気にしない。だがな、俺たちの旅の目的は七代大迷宮で、奈落クラスの連中が相手だ。更にはそいつらすら虫けらのような本当の化け物、怪獣も相手にするんだ。はっきり言って、仲間たちの元を離れるよりもかなり危険だ。やめといたほうがいいぞ」

 

 ユエもまたその通りと言うように頷いている。その様にシアは落ち込んだように黙りこくってしまう。

 やれやれと神羅は首を横に振りながら視線を前にして、ん?と首を傾げる。

 

 「ハジメ。樹海の入り口に人影が見えるぞ」

 

 神羅の言葉にハジメはえ?と首を傾げながら視線を前にしてすぐに目を細める。確かに、見えてきた樹海の入り口付近に複数の人影が見える。その言葉にハウリア族はまさか帝国兵が待ち伏せていたのかと怯えた表情を浮かべるが、

 

 「なあ、兄貴。俺の見間違いか?あいつらの頭の上にうさ耳が見えるんだが……」

 「ああ、俺にも見える。まさかとは思うが……あいつら、ハウリア族か?」

 

 その言葉にシアたちはえ?と目を丸くすると、慌てて樹海入り口に視線を向ける。そこの人影達は確かに頭から特徴的なうさ耳を生やしている。

 

 「ま、まさかあれって!?」

 

 シアの言葉がきっかけでカムは失礼します!と言ってから走り出す。それを見て、他の面子もすぐにその後を追いかける。

 

 「お前たち!」

 「え?あ、ああ……ああ……!族長………!」

 

 その言葉に兎人族たちは一瞬怯えるように体を震わせるが、すぐに駆け寄ってくる相手が族長であると知ると、堰切ったように涙を流していく。

 

 「お前たち……まさか……無事だったのか!?」

 

 ここにいる面子はみな峡谷にたどり着く前に帝国兵に捕まったか、はぐれた者達だったのだ。

 

 「……ええ……何とか……我々だけが生き延びて……」

 「どう言う事だ?こいつらはハウリア族でいいのか?」

 

 そこに神羅達が現れると、ハウリア族は驚愕すると同時に目に見えて怯える。その様子を見て、カムは仕方ない、というように息を吐く。

 

 「みな、怖がる理由も分かる。だが、彼らは敵ではない。訳あって我々を樹海の案内に雇った人たちだ。奴隷という存在に興味がない人たちだ。我々も危ないところを助けてもらったのだ」

 

 その言葉に生き残りたちは困惑した表情を浮かべる。

 

 「それよりもお前達。一体どうして……どうやって帝国兵から逃げ出したのだ?他の者たちは?」

 

 すると、生き残ったハウリア族は悔しそうに顔を俯かせ、涙を流すが、それは先ほどのうれし涙ではなく、恐怖や後悔と言った負の涙だ。

 

 「……れた……」

 「なに?」

 「ほかのみんなは………全員……食われました……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼らの話を統合するとこうだ。

 帝国兵に捕まった彼らはそのまま馬車に捕らえられ、帝国に連れていかれるところだった。偶然の発見だったからか、枷などはされなかったが、檻に入れらていたこともあるが、見せしめに何人か殺されたことによる恐怖で逃げ出すことも叶わず、ハウリア族は絶望していた。

 だが、それをも超える絶望が待っていた。

 そんな彼らを巨大な魔物が襲撃したのだ。2本の腕で体を支える頭蓋骨のような頭をした魔物。

 帝国兵はすぐに撃退しようとしたのだが、まるで木っ端のように次々と殺され、食われていった。

 そんな中、偶然にも魔物の攻撃によって彼らが乗せられていた檻が破壊され、彼らは脱出のチャンスを得た。だが、魔物への恐怖で最初は動けなかった。だが、目の前で帝国兵が喰われたのを見て、皮肉にも捕食への恐怖で体が動き、次々と脱出を図ることができた。

 だが、半分ほど脱出したところで、魔物が帝国兵を全滅させ、対象をハウリア族に移したのだ。

 当然、脱出できた者達は逃げられない者たちを助けようとしたが、魔物は檻の中にいたハウリア族に興味を示した。だから檻の中の者達は脱出できた者だけでも逃がそうと魔物を引き寄せた。

 その思いに気づいた脱出できた者達は泣く泣くその場から撤退したのだ。普通なら魔物が追ってきそうなものだが、満腹になったのか追ってはこず、彼らは一応逃げ延びることができた。それでも彼らにはこれからどうすれば良いのか全くわからなかった。それで、一応樹海に戻ってきていたという訳らしい。

 

 「……そうか………お前たちも辛かったな……よく生き延びてくれた……」

 

 カムやシアたちが生き残りたちに声をかけている中、ハジメは神羅に問いかける。

 

 「なあ、兄貴。襲撃してきた奴って………」

 「まだ分からん。だが、どうやらこの世界に土着した怪獣たちの活動が活発になっていることは間違いなさそうだ……白崎と八重樫たちは大丈夫だろうか………」

 「……」

 

 ハジメとしては今更クラスメイト達の事は割とどうでもいい。だが、自分たちを落とした犯人や、友人と言っていい香織と雫に関しては気にかかる。犯人は相応の報いを味合わせてやるが、二人に関しては無事でいてほしい。

 

 「どこかのタイミングで二人には顔を出すか?」

 「そうしたほうがいいかもしれんな……」

 

 二人でそう話し合っていると、カムが戻ってくる。

 

 「お二人とも、足止めをさせてしまい申し訳ない。それで……他の皆も一緒に連れて行きたいのですがよろしいでしょうか?」

 「問題ねえよ。死んだと思ってた奴が生きてた時の嬉しさは分かるからな……そいつらは大丈夫なのか?一応、簡単な飯ぐらいは出してやれるが……」

 「よろしいのですか?」

 「流石にこの状況じゃな……」

 「それでは……お言葉に甘えて……」

 

 結果、その場で急遽休憩をとることになり、一時間ほど経ってから改めて出発と相成った。

 

 「それでは、ハジメ殿、ユエ殿、神羅殿。中に入ったら決して我らから離れないで下さい。皆様を中心にして進みますが、万一はぐれると厄介ですからな。それと、行き先は森の深部、大樹の下で宜しいのですな?」

 「ああ、聞いた限りじゃあ、そこが本当の迷宮と関係してそうだからな」

 

 最初は樹海そのものが迷宮であると神羅達は考えていたが、そうなると亜人達が住める場所とは思えない。そこで他にも入り口があるのではと考えてカムに話を聞いたところ、樹海の最深部に大樹ウーア・アルトと呼ばれる巨大な樹が生えているらしい。そこが怪しいと踏んでそこに向かう事にしたのだ。

 

 「皆様、できる限り気配は消してもらえますかな。大樹は、神聖な場所とされておりますから、あまり近づくものはおりませんが、特別禁止されているわけでもないので、フェアベルゲンや、他の集落の者達と遭遇してしまうかもしれません。我々は、お尋ね者なので見つかると厄介です。それに、魔物に見つかったら非常に厄介です」

 「ああ、承知している。みんな、ある程度の隠密行動はできるから大丈夫だ……それで兄貴。怪獣は?」

 「………かなり奥の方に気配を感じる」

 「ええ。あいつらは北に隣接している山脈に巣を構えておりまして……定期的に樹海の中を偵察しております。近くにいるときに過剰に樹海を破壊したら敵と認識されますし、いなくても大規模な破壊が起きればすぐに向かってきますので、ご注意を」

 「分かった。それで、気配のほうはっと……」

 

 ハジメが気配遮断を使い、ユエと神羅も気配を薄くする。

 

 「ッ!? これは、また……ハジメ殿、できればユエ殿達くらいにしてもらえますかな?」

 「ん? ……こんなもんか?」

 「はい、結構です。さっきのレベルで気配を殺されては、我々でも見失いかねませんからな」

 

 兎人族はスペック自体は亜人族の中でも最弱だが、その代わりに索敵や隠密行動が得意な種族だ。そんな彼らでもハジメのそれは気付かないものだったのだ。

 

 「まあ、兄貴には通用しないだろうがな」

 「そ、そうなのですか……では、いきましょうか」

 

 そしてカムの号令の下、彼らは樹海の中に踏み込んでいく。

 樹海の中に道のようなものはなく、しかも周囲を深い霧で覆われているのだが、カムは現在位置も方角も把握してるように歩いていく。どうやら亜人達はこの樹海の霧の中でも現在地や方角が分かるらしい。

 しばらく進んでいくと、不意に神羅が唸り声をあげ、カムたちが警戒し、ハジメから渡されたナイフを構える。当然ハジメとユエも気付いている。というか、盛大に足音を立てながら何かがこちらに向かってきている。

 ハジメは左腕を水平に振るう。微かにパシュと言う音が連続してなる。

 瞬間、

 

 「「「グルルァァァァァァァァ!」」」

 

 痛みと怒りで咆哮を上げながら霧の中から何かが次々と飛び出してくる。それは2m近い鬣を持ったラプトルのような魔物で、数は総勢4匹。そのうちいくつかは頭に鋭い針が刺さっている。ハジメの義手に内蔵されているニードルガンで、先ほど放ったのだが、どうやらこの程度では死なないらしい。

 

 「風刃」

 

 ユエがすぐさま風の刃を放って何匹かを真っ二つに切り裂く。神羅も無造作にラプトルの首を鷲掴みにすると、そのままごきりと首を圧し折る。そして残った一匹をハジメが風爪で首を切り落とす。

 

 「意外にでかかったなぁ……」

 

 ハジメがニードルガンで仕留められなかったをみて不服そうに顔をしかめていると、

 

 「こいつらは………みんな!急いで移動するぞ!」

 

 カムの言葉に襲撃で動けなかったハウリア族ははっとすると、慌てて神羅達の手を掴んで動き出す。

 

 「お、おいなんだよいきなり!あいつら殺したのは不味かったのか?」

 「ええっと……不味いと言いますか……そうでもないと言いますか……」

 

 ハジメの手を掴んでいたシアが首を傾げながらも説明する。

 

 「あいつらは基本群れで行動するので他にも仲間がいることは間違いありません。ですが、あいつらは平時でも共食いするぐらい狂暴な連中なんです。先ほど倒した奴らの血ですぐに他の仲間が駆けつけるでしょうが、そこに私たちがいなければ、奴らは仲間の死体を喰う事を優先するでしょう。ですから、早めに移動したほうが襲われないんです」

 「……そうなんだ……」

 

 そのままある程度走ったところで人数を確認し、再び一行は樹海の奥に向かっていく。その間、ちょくちょく魔物に襲われたが、神羅達が問題なく対処していく。

 そして樹海に入って数時間が過ぎた頃、今までよりも無数の気配に囲まれ、ハジメ達は歩みを止める。数も殺気も、連携の練度も、今までの魔物とは比べ物にならない。カム達は忙しなくウサミミを動かし索敵をしている。

 そして、何かを掴んだのか苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、シアに至っては、その顔を青ざめさせている。

 

 「お前達……何故人間といる! 種族と族名を名乗れ!」

 

 そして樹海の霧の中から現れたのは虎模様の耳と尻尾を付けた、筋骨隆々の亜人の戦士の一軍だった。

 




 今回出てきた生物の解説。なお、今回のはアメリカのキングコングの漫画に出てきた生物で、ネットで集めた情報を元にしているのでご容赦を。

 デス・ジャッカル。

 髑髏島に住まう肉食生物。恐竜のように見えるが実は哺乳類。食欲旺盛であると同時に共食いをするほどに獰猛でもある。

 感想、評価、どんどんお願いします。


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第21話 フェアベルゲン

 更新しますね。

 もうすぐコミケですね……今年はどうなるかなぁ……

 ではどうぞ!


 「あ、あの私達は……」

 

 カムが何とか亜人の戦士たちを誤魔化そうと弁明を試みるが、その前に隊長格と思しき虎の亜人の視線がシアを捉え、その眼が大きく見開かれる。

 

 「白い髪の兎人族…だと? ……貴様ら……報告のあったハウリア族か……亜人族の面汚し共め!長年、同胞を騙し続け、忌み子を匿うだけでなく、今度は人間族を招き入れるとは!反逆罪だ!もはや弁明など聞く必要もない!全員この場で処刑する! 総員かッ!?」

 

 隊長格が攻撃命令を下そうとした瞬間、ハジメがドンナーを引き抜いて纏雷を使わずに発砲。弾丸はそのまま隊長格の頬をかすめ、背後の樹にめり込む。

 頬の擦過傷によってそれが攻撃というのは分かるが、その原理の一切が不明で理解不能な一撃に隊長含め全員が硬直していると、ハジメが威圧を放ちながら口を開く。

 

 「今の攻撃は俺が放つ中でも最弱の一撃だ。だが、それでも人間一人十分に殺せる。しかも俺はそれを刹那の間に数十発放てる。周囲を囲んでいる奴らの位置も把握している。お前らはすでに俺のキルゾーンにいる」

 「なっ……詠唱が……」

 「全く……いきなり発砲する必要もあるまい。まあ、レールガンで無いだけマシか……ああ、我の左後ろにいる3人よ。そのまま何もしなければこちらも何もしない。だが何かするなら……こちらも相応の対応をするぞ」

 

 神羅が腕を組みながらさりげなく告げる。その言葉に霧の中から動揺する気配が伝わる。その言葉だけでハジメの言葉が嘘ではなく、神羅達がハジメと同格と言う事を知らしめる。

 

 「もしもこいつらを殺るというのなら容赦はしない。約束が果たされるまで、こいつらの命は俺達が保障しているからな……ただの一人も生かしはしない……」

 

 そう言うとハジメは威圧感と共にすさまじい殺気を放つ。その圧に隊長は大量の冷や汗を流す。本当なら今すぐにでも逃げ出したいのだろうが、必死にそれを押さえつける。

 そんな中、ハジメはだが、と前置きと共に殺気を少し緩める。

 

 「兄貴も言っていたが何もしないのならこちらも何もしない。巨大魔物の注意をひきつけたくないしな。この場を引くのなら追いもしないし、なにもしない。これから出会う亜人にも危害は加えないと約束する。さあ、どうする?」

 「……その前に、一つ聞きたい。何が目的だ?」

 

 少しすると、隊長格がかすれた声でそう問いかける。だが、その声にはこちらの返答次第では、不退転の覚悟で戦うと言う決意が込められている。

 

 「樹海の深部、大樹の下へ行きたい」

 「大樹の下へ……だと? 何のために?」

 「そこに、本当の大迷宮への入口があるかもしれないからだ。俺達は七大迷宮の攻略を目指して旅をしている。ハウリアは案内のために雇ったんだ」

 「本当の迷宮?何を言っている?七大迷宮とは、この樹海そのものだ。一度踏み込んだが最後、亜人以外には決して進むことも帰る事も叶わない天然の迷宮だ」

 「いや、それはおかしい」

 「なんだと?」

 「大迷宮は解放者の者達が残した試練だ。亜人族は深部に行けるらしいがそれでは亜人族が挑戦者の時、試練にならん。そもそもたかだが道に迷う程度の事を試練にするなどまずあり得ん。だから、樹海自体が大迷宮というのは辻褄が合わん」

 

 しかも大迷宮は対怪獣も想定している。あいつは途中から合流したから迷宮とは一切関係ない。そうなるとこの樹海程度では試練にすらなりもしないのだ。

 隊長は困惑を隠せなかったが、すこしすると、

 

 「……お前達が、国や同胞に危害を加えないというなら、大樹の下へ行くくらいは構わないと、俺は判断する。部下の命を無意味に散らすわけには行かないからな」

 

 その言葉に、周囲の亜人達が動揺する気配が広がった。樹海の中で、侵入して来た人間族を見逃すということが異例だからだろう。

 神羅達の言葉には聞き覚えのない事ばかりであり、戯言と切り捨てるのは容易だが、今この場で圧倒的に優位な神羅達にこちらを騙す理由はない。つまり、彼らには本当に大樹が目的で、フェアベルゲンには危害は加えないのだろう。ならばさっさと目的を果たして帰ってもらうほうがいいと判断したのだ。

 

 「だが、一警備隊長の私ごときが独断で下していい判断ではない。本国に指示を仰ぐ。お前達の話も、長老方なら知っている方もがおられるかもしれない。お前に、本当に含むところがないというのなら、伝令を見逃し、私達とこの場で待機しろ」

 「………ふむ、それが妥当だろうな」

 「そうだな。いいぞ。曲解せずに伝えろよ」

 「無論だ。ザム! 聞こえていたな! 長老方に余さず伝えろ!」

 「了解!」

 

 隊長の言葉と共に霧の中の気配の一つが遠ざかっていく。それと共にハジメはドンナーをホルスターにしまい、殺気を霧散させる。それと同時に亜人達はほっと息を吐く。今のうちに攻めようとはする者は意外にもいなかった。神羅がいるからだろう。

 そのまま待つこと数時間。霧の奥からは、数人の新たな亜人達が現れた。特に目を引くのは彼等の中央にいる初老の男。美しい金髪に深い知性を備える碧眼、容姿は人間にそっくりだが、耳は尖っている。その身は細く、吹けば飛んで行きそうな軽さを感じさせるが、威厳に満ちた容貌をしている。年のせいで幾分シワが刻まれているものの、逆にそれがアクセントとなって美しさを引き上げていた。長老と呼ばれるにふさわしい威厳をしている。

 

 「ふむ、お前さんが問題の人間族かね? 名は何という?」

 「我は南雲神羅」

 「南雲ハジメ。あんたは?」

 

 ハジメの言葉遣いに、周囲の亜人が長老に何て態度を! と憤りを見せる。それを、片手で制すると、森人族の男性も名乗り返した。

 

 「私は、アルフレリック・ハイピスト。フェアベルゲンの長老の座を一つ預からせてもらっている。さて、お前さんの要求は聞いているのだが……その前に聞かせてもらいたい。解放者とは何処で知った?」

 「オルクス大迷宮の奈落の底、解放者の一人、オスカー・オルクスの隠れ家だ。そこでモスラっていう解放者の一人にも出会った」

 

 その言葉にアルフレリックは軽く目を見開くが、すぐにそれを打ち消す。やはり、長老は事情を知っているとみて間違いないだろう。

 

 「ふむ、奈落の底か……聞いた事がない。証明できるか?」

 「それならばこれでどうだ?」

 

 神羅がそう言うと懐からオルクスの指輪を取り出し、それをアルフレリックに渡す。アルフレリックは、その指輪に刻まれた紋章を見て目を見開くと、気持ちを落ち付かせるようにゆっくり息を吐く。

 

 「なるほど……確かに、お前さん達はオスカー・オルクスの隠れ家にたどり着いたようだ。他にも色々気になるところはあるが……よかろう。取り敢えずフェアベルゲンに来るがいい。私の名で滞在を許そう。ああ、もちろんハウリアも一緒にな」

 

 アルフレリックの言葉に、周囲の亜人族達だけでなく、ハウリアも驚愕の表情を浮かべた。虎の亜人を筆頭に、猛烈に抗議の声があがる。

 

「彼等は、客人として扱わねばならん。その資格を持っているのでな。それが、長老の座に就いた者にのみ伝えられる掟の一つなのだ」

 「ちょっと待て。何勝手に俺達の予定を決めてるんだ? 俺は大樹に用があるのであって、フェアベルゲンに用事もない。歓迎されてないみたいだし、問題ないなら、このまま大樹に向かわせてもらいたい」

 「いや、お前さん。それは無理だ」

 「なんだと?」

 

 どう言う事だ?とハジメが首を傾げると、アルフレリックは困惑したように口を開く。

 

 「大樹の周囲は特に霧が濃くてな、亜人族でも方角を見失う。一定周期で、霧が弱まるから、大樹の下へ行くにはその時でなければならん。次に行けるようになるのは十日後だ。……亜人族なら誰でも知っているはずだが……」

 

 その言葉にハジメたちはぽかん、とした後、ハウリア族に一斉に視線を向ける。

 

「あっ」

 

 カムがまさに、今思い出したという表情をしていた。ハジメの額に青筋が浮かぶ。

 

 「カム?」

 「あっ、いや、その何といいますか……ほら、色々ありましたから、つい忘れていたといいますか……私も小さい時に行ったことがあるだけで、周期のことは意識してなかったといいますか……」

 「……まあ、いいであろう。仮に思い出していたとしても、結局早くたどり着けるわけでもなし。ならば多少でもその時間を情報収集に使えるようになったと考えよう」

 「……まあ、確かにいろいろ情報は欲しいしな……今回は見逃してやる」

 「あ、ありがとうございます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 濃霧の中を部隊長のギルの先導で進む。隊列は神羅とハジメとユエ、ハウリア族、そしてアルフレリックを中心に周囲を亜人達で固めて既に一時間ほど歩いている。どうやら、先のザムと呼ばれていた伝令は相当な駿足だったようだ。

 そこからさらに数時間、突如、霧が晴れた場所に出た。晴れたといっても全ての霧が無くなったのではなく、一本真っ直ぐな道が出来ているだけで、まるで霧のトンネルのような場所だ。よく見れば、道の端に誘導灯のように青い光を放つ拳大の結晶が地面に半分埋められている。

 ハジメが、青い結晶に興味を向けていることに気が付いたのかアルフレリックが解説してくれた。

 

 「あれは、フェアドレン水晶というものだ。あれの周囲には、何故か霧や魔物が寄り付かない。フェアベルゲンも、この水晶で囲んでいる。まぁ、魔物の方は比較的という程度だが」

「なるほど。そりゃあ、四六時中霧の中じゃあ気も滅入るだろうしな。住んでる場所くらい霧は晴らしたいよな]

 

 そうこうしている内に、眼前に巨大な樹や木材を加工した防壁と入り口である巨大な門が見えてきた。飾り気のない武骨な10mはあろうかという門に40mはあろうかという城壁と言うにふさわしい重厚さの防壁は並みの魔法では破ることは不可能だろう。

 その防壁の下部には木を加工した巨大な武骨な槍が無数に並べられている。しかもそのほとんどが先端をどす黒く変色させている。

 

 「こいつはまた……随分と物々しいな……」

 「ここは国境のようなものだ。魔物の中にはフェアベルゲンに侵攻しかねない存在もいる。これぐらいの備えは当然だ。フェアベルゲンはこのさらに奥にある」

 

 なお、アルフレリックは言わなかったが、フェアベルゲンに入りきれない亜人達の村もこの防壁内の敷地に点在している。

 ギルが門番に合図を送ると重そうな音を立てながら門が開いていく。周囲の樹の上から、ハジメ達に視線が突き刺さっているのがわかる。人間が招かれているという事実に動揺を隠せないようだ。アルフレリックがいなければ、ギルがいても一悶着あったかもしれない。

 門の向こうには今までとさほど変わらない樹海の景色が広がっている。再びギルの先導の下歩いていく。

 そのまま歩いていくことしばらく、目の前に再び門が見えてくる。今度は太い樹と樹が絡み合って作られたアーチに木製の十メートルはある両開きの扉が鎮座していた。

 再びギルが合図を送るとこれまた門が開いていく。そして先ほどよりも強烈な殺気が向けられる。ここからがフェアベルゲン本国なのだろう。

 門をくぐると、そこは別世界だった。直径数十メートル級の巨大な樹が乱立しており、その樹の中に住居があるようで、ランプの明かりが樹の幹に空いた窓と思しき場所から溢れている。人が優に数十人で渡れるであろう極太の樹の枝が空中で絡み合い回廊を形成している。樹の蔓と重なり、滑車を利用したエレベーターのような物や樹と樹の間を縫う様に設置された木製の巨大な空中水路まであるようだ。樹の高さはどれも二十階くらいありそうである。

 神羅がほう、と感心したように顎に手を添えながら頷き、ハジメとユエがポカンと口を開け、その美しい街並みに見蕩れていると、ゴホンッとアルフレッドが咳払いをして、ハジメ達を正気に戻す。

 

 「ふふ、どうやら我らの故郷、フェアベルゲンを気に入ってくれたようだな」

 

 アルフレリックの表情が嬉しげに緩んでいる。周囲の亜人達やハウリア族の者達も、どこか得意げな表情だ。ハジメは、そんな彼等の様子を見つつ、素直に称賛した。

 

 「ああ、こんな綺麗な街を見たのは初めてだ」

 「ん……綺麗」

 「自然と見事に共存している……大したものだ……」

 

 掛け値なしのストレートな称賛に、亜人達は少し驚いた様子を見せる。だが、やはり故郷を褒められたのが嬉しいのか、皆、ふんっとそっぽを向きながらもケモミミや尻尾を勢いよくふりふりしている。

 神羅達は、フェアベルゲンの住人からの好奇と忌避、あるいは困惑と憎悪といった様々な視線を受けながら、アルフレリックが用意した場所に向かった。




 感想、評価、どんどんお願いします。

 後お知らせが。ありふれ零最新刊が出たことで、またどこかの話に手を加えるかもしれないので、その時はご了承ください。


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第22話 魔王の矜持、王の指摘

 新年、あけましておめでとうございます。今年度も夜叉竜をよろしくお願いします。

 コミケ、総評としましては……満足とはいけませんでした。買い逃した物もあるし……

 とにかく、新年一発目の更新、どうぞ!


 「……なるほど。試練に神代魔法、それに神の盤上……そして怪獣……か……」

 

 現在、神羅達は、アルフレリックと向かい合って話をしていた。内容は、3人がオスカー・オルクスに聞いた解放者のことや神代魔法のこと、この世界に怪獣と言う規格外の存在が多数存在している事、ここに生息している大型魔物もその怪獣であること、神羅とハジメが異世界の人間であり七大迷宮を攻略すれば故郷へ帰るための手段、概念魔法が手に入るという事だ。

 アルフレリックは、この世界の神の話を聞いても顔色を変えたりはしなかった。ハジメが尋ねると、「この世界は亜人族に優しくはない、今更だ」という答えが返ってきた。神が狂っていようがいまいが、亜人族の現状は変わらないということらしい。聖教教会の権威もないこの場所では神への信仰心もなく、あるとすれば自然への感謝の念だという。まあ、自分たちを蔑む教会が崇める神を信仰するとか変態としか思えない。

 神羅達の話を聞いたアルフレリックは、フェアベルゲンの長老の座に就いた者に伝えられる掟を話した。この樹海の地に七大迷宮を示す紋章を持つ者が現れたらそれがどのような者であれ敵対しないこと、そして、その者を気に入ったのなら望む場所に連れて行くことという何とも抽象的な口伝だった。

 ハルツィナ樹海の大迷宮の創始者リューティリス・ハルツィナが、自分が解放者という存在である事(解放者が何者かは伝えなかった。モスラが怪獣と言う事も伝えていなかったようだ。今回もあえて伝えていないが)と、仲間の名前と共に伝えたものなのだという。

 フェアベルゲンという国ができる前からこの地に住んでいた一族が延々と伝えてきた物で、最初の敵対せずというのは、大迷宮の試練を越えた者の実力が途轍もないことを知っているからこその忠告だ。特にモスラの事を知っていた場合、何があっても絶対に敵対はするなと伝えられていた。その者は獣級試練を攻略したかゴジラ本人の可能性が高い。その場合、亜人では奇跡が起きても勝てないからだ。

 そして、オルクスの指輪の紋章にアルフレリックが反応したのは、大樹の根元に七つの紋章が刻まれた石碑があり、その内の一つと同じだったからだそうだ。

 

 「それで、俺達は資格を持っているというわけか……」

 

 こうして本国に招き入れられたが、ハジメとアルフレリックが、今後のために話を詰めようとしたその時、何やら階下が騒がしくなった。ハジメ達のいる場所は、最上階にあたり、階下にはシア達ハウリア族が待機しているが、どうやら、彼女達に何かあったようだ。ハジメとアルフレリックは顔を見合わせ、同時に立ち上がったて、階下に向かう。

 神羅達が階下で見たのは大柄な熊の亜人族や虎の亜人族、狐の亜人族、背中から羽を生やした亜人族、小さく毛むくじゃらのドワーフらしき亜人族が剣呑な眼差しで、ハウリア族を睨みつけている光景だ。部屋の隅で縮こまり、カムが必死にシアを庇っている。シアもカムも頬が腫れている事から既に殴られた後のようだ。

 神羅達に気がつくと彼等は一斉に鋭い視線を送った。熊の亜人が剣呑さを声に乗せて発言する。

 

 「アルフレリック……貴様、どういうつもりだ。なぜ人間を招き入れた? こいつら兎人族もだ。忌み子にこの地を踏ませるなど……返答によっては、長老会議にて貴様に処分を下すことになるぞ」

 

 必死に激情を抑えているのだろう。拳を握りわなわなと震えている。熊の亜人だけでなく他の亜人達もアルフレリックを睨んでいる。

 

 「なに、口伝に従ったまでだ。お前達も各種族の長老の座にあるのだ。事情は理解できるはずだが?」

 「何が口伝だ! そんなもの眉唾物ではないか! フェアベルゲン建国以来一度も実行されたことなどないではないか!」

 「だから、今回が最初になるのだろう。それだけのことだ。お前達も長老なら口伝には従え。それが掟だ。我ら長老の座にあるものが掟を軽視してどうする」

 「なら、こんな人間族の小僧共が資格者だとでも言うのか! 敵対してはならない強者だと!」

 「そうだ。特に長髪の男はモスラの事を知っている。この中でもずば抜けた力の持ち主だろう」

 「……ならば、今、この場で試してやろう!」

 

 いきり立った熊の亜人が突如、神羅に向かって突進した。あまりに突然のことで周囲は反応できず、アルフレリックも、まさかいきなり襲いかかるとは思っていなかったのか、驚愕に目を見開いている。

 そして、一瞬で間合いを詰め、身長二メートル半はある脂肪と筋肉の塊の様な男の豪腕が、神羅に向かって振り下ろされた。

 亜人の中でも、熊人族は特に耐久力と腕力に優れた種族だ。その豪腕は、一撃で野太い樹をへし折る程で、種族代表ともなれば他と一線を画す破壊力を持っている。シア達ハウリア族とハジメとユエ以外の亜人達は、皆一様に、肉塊となった神羅を幻視した。

 次の瞬間、轟音と共に剛腕が叩きつけられ、それと同時にボギャリ!という何かが潰れたか折れたかしたような音が響く。

 それを亜人達は神羅が潰された音だと疑わなかった。

 

 「が……がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」

 

 だが、激痛に絶叫を上げたのは熊の亜人の方だ。彼は殴った腕を抑えながら後ずさる。何事かと亜人達は見やって、驚愕に目を見開く。

 熊の亜人の腕は筋肉が断裂し、骨が皮膚を突き破り、血まみれの見るも無残な状態に変わり果てていた。殴られた神羅はというと、のんきに欠伸を漏らしている。まるで殴られたことに気づいていないように。だが、視線を熊の亜人に向け、

 

 「ふむ、そちらの言い分も分かる故こちらは構わんが……さっきの一撃が始まりならば……今度はこちらだ」

 

 そう言うと神羅は軽く殺気を籠めながら熊の亜人を睨みつける。それだけでその場を人知を超えた圧が襲い、亜人達は一斉に息を呑み、がくがくと体を震わせる。

 

 「か……ひゅ……」

 

 それを一人、まともに向けられた熊の亜人は泡を吹き、白目をむきながらその場に崩れ落ちる。

 

 「兄貴……ちょいとやりすぎだろ」

 「……ん?まだ何もしてないが……ビビらせようとしただけだぞ……」

 「その殺気だけで十分すぎたんだよ。まあ、先に手を出したのはあっちだけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、アルフレリックによってその場はとりなされ当代の長老衆である虎人族のゼル、翼人族のマオ、狐人族のルア、土人族のグゼ、そして森人族のアルフレリックが、ハジメと向かい合って座っていた。ハジメと神羅の傍らにはユエとカム、シアが座り、その後ろにハウリア族が固まって座っている。

 

 「で? あんた達は俺等をどうしたいんだ? 俺達は大樹の下へ行きたいだけで、邪魔しなければこちらも干渉しないんだが亜人族としての意思を統一してくれないと、いざって時、何処までやっていいかわからないのはあんた達も避けたいだろう?俺も勘弁だ。まあ、流石に子供や一般人には絶対手は出さないが……」

 「こちらの仲間を再起不能にしておいて、第一声がそれか……それで友好的になれるとでも?」

 「何言ってんだ?こっちは何もしてない。そっちが勝手に口伝を破って、勝手に攻撃して、勝手に自爆しただけだろう?殺気に関しても、当然の対処だろ」

 

 ちなみに熊の亜人のジンは腕は何とか回復薬で治ったのだが、精神はそうとも行かず、かなり深いトラウマを刻まれ、戦士として復帰するのは不可能となっていた。

 

 「き、貴様! ジンはな! ジンは、いつも国のことを思って!」

 「国のため……か……」

 

 神羅はちらりとシアに視線を向け、小さく首を傾げる。

 

 「国のため……そのためなら掟に逆らってもいいってか?掟掟言うわりにずいぶんと安い掟だな……」

 

 グゼが立ち上がりかけるが、それをアルフレリックが諫める。

 

 「グゼ、気持ちはわかるが、そのくらいにしておけ。ハジメの言い分は正論だ」

 「確かに、この少年たちは、紋章の一つを所持しているし、その実力も大迷宮を突破したと言うだけのことはあるね。僕は、彼を口伝の資格者と認めるよ」

 

 そうルアは言い、糸のように細めた目でハジメと神羅を見た後、他の長老はどうするのかと周囲を見渡す。

 その視線を受けて、マオ、ゼルも相当思うところはあるようだが、同意を示した。代表して、アルフレリックが神羅とハジメに伝える

 

 「南雲ハジメ、南雲神羅。我らフェアベルゲンの長老衆は、お前さん達を口伝の資格者として認める。故に、お前さん達と敵対はしないというのが総意だ……可能な限り、末端の者にも手を出さないように伝える。……しかし……」

 「絶対じゃない……か?」

 「ああ。知っての通り、亜人族は人間族をよく思っていない。正直、憎んでいるとも言える。血気盛んな者達は、長老会議の通達を無視する可能性を否定できない。特に、今回再起不能にされたジンの種族、熊人族の怒りは抑えきれない可能性が高い。アイツは人望があったからな……」

 「ふむ……それで?」

 「お前さん達を襲った者達を殺さないで欲しい。お前達ならば可能であろう?」

 「それは……断言できんな。先の奴は精神面でも弱かっただけの事。だが、人間の中にはあの程度の殺気では動じず、攻撃してくる輩もいる。そうなった時、どうなるかは保証しかねる。流石に命がかかった場で弟たちに手加減しろなどと言えんし、我も力が強い。約束なんぞできん」

 

 人間というのは脆い。さっきもただビビらせようとしただけの殺気でジンは心を砕かれた。こうなってくると加減が相当難しくなる。ハジメたちはまだマシだが、神羅はかなり厳しい。

 

 「ならば、我々は、大樹の下への案内を拒否させてもらう。口伝にも気に入らない相手を案内する必要はないとあるからな」

 

 そう言ったのはゼルだ。その言葉にハジメと神羅は怪訝な顔をする。元々案内はハウリア族に任せているのだ。なのに何で自分達が案内をするような言い草を……

 

 「ハウリア族に案内してもらえるとは思わないことだ。そいつらは罪人。フェアベルゲンの掟に基づいて裁きを与える。何があって同道していたのか知らんが、ここでお別れだ。忌まわしき魔物の性質を持つ子とそれを匿った罪。フェアベルゲンを危険に晒したも同然なのだ。既に長老会議で処刑処分が下っている」

 

 ゼルの言葉に、シアは泣きそうな表情で震え、カム達は一様に諦めたような表情を浮かべる。

 

 「長老様方! どうか、どうか一族だけはご寛恕を! どうか!」

 「シア! 止めなさい! 皆、覚悟は出来ている。お前には何の落ち度もないのだ。そんな家族を見捨ててまで生きたいとは思わない。ハウリア族の皆で何度も何度も話し合って決めたことなのだ。お前が気に病む必要はない」

 「でも、父様!」

 「既に決定したことだ。ハウリア族は全員処刑する。フェアベルゲンを謀らなければ忌み子の追放だけで済んだかもしれんのにな」

 

 その言葉ついにシアは泣き出してしまい、それをカム達は優しく慰めた。

 

 「そういうわけだ。これで、貴様等が大樹に行く方法は途絶えたわけだが? どうする? 運良くたどり着く可能性に賭けてみるか?」

 

 神羅は小さな唸り声をあげながらゼルを、長老達を見渡し、どこか呆れたようなうなりを発して口を開こうとするが、その前にハジメが口を開く。

 

 「お前アホか?」

 「な、なんだと!?」

 「そもそもの話、俺たちはお前らに案内を頼むつもりはない。俺はこいつらと約束した。助けてやる代わりに、大樹までの案内をしろと。俺は約束を守った。今度はこいつらに約束を守ってもらう。それを邪魔するってんなら……相手してやるよ」

 

 そう言ってハジメはシアの頭に手を乗せ、シアは目を丸くしてハジメを見上げる。そのハジメをアルフレリックが睨む。

 

 「本気かね?」

 「ああ、本気だ。いいよな?兄貴」

 「事後承諾だが……もとより異論はない」

 「フェアベルゲンから案内を出すと言っても?さらに言えば、そんな事をすれば巨大魔物がお前さんを敵とみなす可能性もあるぞ?」

 「そうかもな……だがそれでも、これだけは絶対に譲れないんだよ。俺は約束は必ず守る。それが、俺の……王の弟として、貫く流儀だ」

 

 それがあの時、神羅に外道になるなと言われた時、ハジメが己の心に定めた流儀だ。この王にとっては恥じない弟であるために。最愛の恋人のために。何よりも自分のために。

 その言葉にシアは大きく目を見開き、神羅は嬉しそうに目を細めると、

 

 「そうだな。それに、それを抜きにしても、お前たちに案内は任せられん」

 「どう言う事だ……」

 「だってそうであろう?我らは樹海の中では迷う。そしてお前らは迷わない。つまり、案内するふりをして魔物の群れに誘導させられ、そいつらの相手をしているうちに案内人が逃げ出したら、面倒な事になる」

 

 その言葉にハジメたちはあ、と声を漏らす。確かにそうだ。案内を出すと言われたが、その案内人が信用できるかは別だ。そんな事になると、まあ、いずれは脱出できるだろうが、かなりの時間を浪費することは間違いない。その点から考えても、対等な取引に応じたハウリアのほうが信用できる。

 だが、そんな懸念もすぐに払拭される。

 

 「そうなったらここに戻って、それを指示したもの含めて()()話をする羽目になる。そんな手間は勘弁だ」

 「……何を言っている?そうなったらお前たちが戻ってこれるわけがない」

 

 長老含めて全員が怪訝な表情を浮かべると、

 

 「いや、それがな。ここに来るまでにはっきりしたが……我にここの霧は通用しない。我はこの中でも自分がどこから来たのか、どれ程進んだのか正確に把握できる。流石に行ったことのない場所には行けないがな」

 

 その言葉に全員が驚愕に目を見開く。

 

 「で、でたらめを言うな!人間のお前がこの樹海の霧で迷わないはずが……!」

 「そうなのだが……もともと我は人間ではないしな……」

 

 そう言うと神羅はずるりと長い尾を生やし、それを見た亜人達は再び驚愕する。

 

 「神……羅……さん……」

 「あなたは……一体……」

 「少なくとも亜人族ではない。だが、人間とも言い難いが……まあ、そこは別にいい。それよりも折角だ。先ほどからどうにも引っかかることがあってな。その事を問わせてもらおう」

 「引っかかる事……?」

 「ああ……なぜおまえらはシア・ハウリアを忌み子として扱う」

 「何かと思えば……そいつは魔力を持っているからだ。それも魔物と同じ力をだ」

 「ああ、そういえばそうだった………人間や魔人族に対し、絶対有利を取れ、魔物と互角以上にやり合える力を持ってるんだったな」

 

 神羅の言い回しに長老たちはアルフレリックとルア以外何?と首を傾げる。

 だが、次の瞬間、ユエがあ、と声を上げる。

 

 「私と同じ……このフェアベルゲンにはシア以上に強力な戦士はいない……」

 

 その言葉に長老方は一斉に目を見開き、神羅はその通り、というように頷く。

 

 「そうだ。人間や魔人族は魔力操作を持たぬからどうしたって初動に遅れが生じる。だがシアはその隙をついて攻め込める。更に言えば未来視もうまく使えば国への襲撃をかなり防げるのではないか?」

 「な、な……」

 

 その言葉に長老たちは絶句したように声を震わせる。

 

 「魔法の適正はどうなのかは分からんが、少なくとも肉体強化に関しては中々のものであろう。戦士として、かなりの戦力となる。更に言えば、シアの血を継いだ子孫が魔力を受け継ぐ可能性が十分にある。それこそ、魔力を持たない亜人同士から魔力を持つ子が生まれるよりもな。そうなるとだ。どれ程先かは流石に分からんが、将来的には亜人族全体が魔力を持てるようになる可能性は0ではない」

 

 長老たちは二の句を告げられないと言うように目を見開きながら体を震わせ、ハジメたちも驚いたようにシアを見つめる。この少女は文字通り国を変えるかもしれない可能性を秘めているのだ。

 

 「もちろん、そううまく事は運ばないであろう。だが、国の事を考えるのであれば、シアはリスクを背負ってでも招き入れる価値がある……いいや、招き入れてしかるべきだ。まあ、流石にシアの母親が人間族か魔人族ならば分からんでもないが……そこはどうなのだ?カム」

 「い、いいえ……妻は間違いなく、ハウリア族……兎人族ですが……」

 「ふむ、ならば……なぜおまえらは国にとって有益なシアを追放する。どう考えても掟を破ってでも手元に置いておくほうがメリットがでかいと思うのだが……」

 「そ、それはそう言う掟だからだ!魔物は殺すと言う……」

 「つい今しがたその掟をあっさりと破って不意打ちした分際で何を言う。今更掟と言ったところで、何の重みもない」

 「と、兎人族だぞ!?臆病で戦えない最弱種族が戦いに……」

 「こいつは家族のために単独ライセン大峡谷を駆け抜ける胆力の持ち主だ。家族のためならば踏ん張って戦うだろうよ……ついでに言わせてもらうと、同胞を想っていると言う割には随分と兎人族を見下しているようだな……まさかとは思うが、役に立たぬからどうなってもいいと思っているのではあるまいな」

 「な、ち、ちが……」

 「そこまでにしてくれぬか、神羅殿。確かに、ハウリア族の一件は我々の考え不足だったかもしれん」

 

 アルフレリックが神羅をなだめるように口を開くと、神羅はふん、と鼻を鳴らす。

 

 「よく言う。お前とその狐目はその可能性に気づいていたであろうよ。他の連中と比べても、お前等は頭が回りそうだしな」

 

 神羅の言葉にアルフレリックとルアは小さく目を伏せる。その様子にほかの長老たちは目を見開きながらも睨みつける。

 

 「そうだな……だが、我らがそう言えば、我らの一族も追放されていたかもしれぬ……」

 

 その言葉にほかの長老たちは目を見開きながらも睨みつける。

 

 「保身……だが、この間抜け共のかじ取り要員が必要か……八重樫と似て苦労しているようだな」

 

 アルフレリックはふう、と息を吐き、

 

 「ここはハウリア族はお前さん達の奴隷ということにする。フェアベルゲンの掟では、樹海の外に出て帰ってこなかった者、奴隷として捕まったことが確定した者は、死んだものとして扱う。樹海の深い霧の中なら我らにも勝機はあるが、外では魔法を扱う者に勝機はほぼない。故に、無闇に後を追って被害が拡大せぬように死亡と見なして後追いを禁じているのだ。……既に死亡と見なしたものを処刑はできまい」

 

 普通なら反対意見一つでも出そうなものだが、長老たちは何も言わなかった。神羅の言葉を否定できなかったからだろう。

 

 「反対はないのか?ならばハウリア族は忌み子シア・ハウリアを筆頭に、資格者、南雲神羅、南雲ハジメの奴隷とする。そして、資格者南雲ハジメ、南雲神羅には、敵対はしないが、フェアベルゲンや周辺の集落への立ち入りを禁ずる。以降、南雲一行に手を出した場合は全て自己責任とする……以上だ。何かあるか?」

 「我はそれで構わん」

 「ああ、俺もな」

 「……そうか。ならば、早々に立ち去ってくれるか。ようやく現れた口伝の資格者を歓迎できないのは心苦しいが……」

 「気にしないでくれ。元々相当無茶言ってる自覚はあったからな。むしろ理性的な判断をしてくれて有り難いくらいだよ」

 「まあ、これに懲りたら少しは合理的に考える思考も用意する事だな。自分が何を守りたいのか分からぬのでは……上に立つ資格などない」

 

 ハジメと神羅は立ち上がるとユエとシアたちを促す。ユエはすぐに立ち上がるが、シア達ハウリア族は、未だ現実を認識しきれていないのか呆然としたまま立ち上がる気配がない。

 

 「おい、何時まで呆けているんだ? さっさと行くぞ」

 

 「あ、あの、私達……死ななくていいんですか?」

 「?さっきの話を聞いてなかったのか?」

 「い、いえ、聞いてはいましたが……その、何だかトントン拍子で窮地を脱してしまったので実感が湧かないといいますか……信じられない状況といいますか……」

 

 周りのハウリア族も同様なのか困惑したような表情だが、ユエが語り掛ける。

 

 「……素直に喜べばいい」

 「ユエさん?」

 「……貴方たちはハジメに、神羅に救われた。それが事実。受け入れて喜べばいい」

 

 ユエの言葉にシアはハジメに目を向ける。ハジメは小さく肩をすくめ、

 

 「それが約束だからな」

 

 その言葉にシアは肩を震わせる。

 未来と言うのは千差万別だ。未来視で未来を見ることができるが、見えたがゆえにその未来を逃すと言うことだってある。だからこそシアは必死に、全力で神羅達に協力を取り付けようとした。峡谷を走り抜けたのだってほとんどがむしゃらだった。神羅が言うほど肝は据わっていない。

 結構すんなり協力を取り付けた後も不安は付きまとった。約束だって、普通に破られると思った。しかも今回はいくら3人が強くても国が相手だ。最悪あの巨大魔物と戦う事にもなりかねない。

 それでもなお、二人は……ハジメは約束を守ってくれた。国を相手に、一歩も引かず、最悪の可能性にすら、立ち向かって。

 その事実にシアの心臓は大きく高鳴り、全身を凄まじい衝動が襲う。今すぐにでも動き出したくなる衝動に襲われ、シアはそれに逆らう事もなく、

 

 「ハジメさ~ん! ありがどうございまずぅ~!」

 「どわっ!? いきなり何だ!?」

 「むっ……」

 

 全力で抱きつき、ぐりぐりと顔をハジメの肩に押し付ける。その顔は泣きべそをかいているが、安堵に緩んでいる。ユエが不機嫌そうに唸るが、特に何もせず、ハジメの手を取る。そんなユエの頭を神羅は軽くなでてやる。

 その様子を見て、ハウリア族もようやく命拾いしたことを実感したのか、隣同士で喜びを分かち合っている。

 それを長老たちは憎々し気睨みつけていたが、神羅は軽く尾を振るう。まるで余計なことはするなよ?と言わんばかりに強めに床に打ち付けられ、床が砕けた。




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第23話 王の叱責

 投稿します。最近では珍しく一万文字超えました。

 ではどうぞ!


 「さて、お前等には戦闘訓練を受けてもらおうと思う」

 

 フェアベルゲンを追い出されたハジメと神羅達が、一先ず大樹からそれなりに離れた場所に拠点を作って一息ついた時の、ハジメの第一声がこれだった。拠点といっても、ハジメがさり気なく回収していたフェアドレン水晶を使って結界を張っただけのものだ。その中で切り株などに腰掛けながら、ウサミミ達はポカンとした表情を浮かべた。

 

 「え、えっと……ハジメさん。戦闘訓練というのは……」

 

 困惑する一族を代表してシアが尋ねる。

 

 「そのままの意味だ。どうせ、これから十日間は大樹へはたどり着けないんだろ? ならその間の時間をつかって、亜人族最弱のお前等をこの樹海でも生き残れる戦士に育て上げようと思ってな」

 「な、なぜ、そのようなことを……」

 「何でも何も、我らがお前たちを守るのは大樹に向かうまでだ。そこから先はどうなるにせよ、今のままではいつも通り逃げ回るだけ。だが、そのための隠れ家であるフェアベルゲンまでも失った。このままではお前たちは我らがいなくなった後、全滅は必定だ」

 

 まったくもってその通りだ。ハウリア族はみな一様に俯く。

 

 「お前等に逃げ場はない。隠れ家も庇護もない。だが、魔物も人も容赦なく弱いお前達を狙ってくる。このままではどちらにしろ全滅は必定だ……それでいいのか? 弱さを理由に淘汰されることを許容するか? 幸運にも拾った命を無駄に散らすか? どうなんだ?」

 

 誰も言葉を発さず、重苦しい空気が周囲を満たすが、誰かがポツリと呟く。

 

 「そんなものいいわけがない」

 

 誰かが漏らした言葉に触発されたようにハウリア族が顔を上げ始める。シアは既に決然とした表情だ。

 

 「そうだ。それでいい。なら、どうするか。答えは簡単だ。強くなればいい。襲い来るあらゆる敵を打ち破り、自らの手で生存の権利を獲得すればいい」

 「……ですが、私達は兎人族です。虎人族や熊人族のような強靭な肉体も翼人族や土人族のように特殊な技能も持っていません……とても、そのような……」

 

 その言葉にふむ、と神羅は顎を撫で、

 

 「そんな事はあるまい」

 「え?」

 「お前たちの隠密技能、そして索敵能力、全てが立派な武器だ。だからこそお前ら兎人族は避難場所があったとはいえ、今までこの樹海の中で生き残れた。今まではそれで十分だったが、今後は更にそれを尖らせる必要があると言うだけだ。出来ないことはないであろうよ」

 

 少なくとも魔物相手には普通に戦えるようになると神羅は睨んでいる。それだけでもだいぶ変わるだろう。

 

 「今回の鍛錬は我は他に用があってハジメに一任することになるが……どうする?このまま今までのように仲間を犠牲に生き残るか?それとも仲間を守るために足掻くか?選ぶのはお前達だ」

 「やります。私に戦い方を教えてください! もう、弱いままは嫌です!」

 

 真っ先に声を上げたのはシアだった。それを見て、神羅はほう、と感心したように目を細める。元々の彼女の、兎人族の本質を考えるとそう言うのは避ける傾向にあるはずだ。だが、彼女はその本質に逆らってでも強くなると決めた。神羅はそこに彼女の姿を見た。本当は命を奪うのを嫌う性質なのに、それでも守るために勇敢に戦っていた彼女を。

 シアは化けるであろうな…………だけど何だろう……えらく彼女に似た色をしているような気がするが……まさか……

 その様子をハウリア族は唖然と見ていたが、次第にその表情を決然としたものに変え、老若男女問わず立ち上がっていく。

 

 「ハジメ殿……宜しく頼みます」

 「ふむ……覚悟は決まったか。ではハジメ、ユエ。ここは任せる」

 「ん」

 「ああ、任せてくれ……言っておくが、あくまでもお前たちが自分の意志で強くならないといけないからな?俺がするのはその手伝いだけだ。折れたやつに構う余裕もないし、時間もない……文字通り死に物狂いでついて来いよ?かつての俺がそうしたようにな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 樹海の中の一角に大河と呼ぶべき川があるのだが、その川岸に神羅は腰を下ろした状態でふうむ、と顎をさすっていた。

 

 「やはり、共存はできているか……」

 

 ハウリアの鍛錬が始まって早9日が経っていた。その間、神羅はこの樹海の中を歩き回っていた。その理由は部分的とはいえ世界の生物に関して自分なりに調べるためだ。

 この世界と自分の前世の世界は子供と大人……いいや、アリと象と言っていいレベルで違う。そしてその世界の生物は怪獣も含めて異物。この世界に存在するはずがないいわば外来種。そして強力すぎる外来種が現れ、好き放題に生きれば、その場所の環境は激変してしまう。そして、環境が変わればそこの生物たちも変わる。そして、この樹海には今、奴がいる。奴にその気がなくても、そこにいるだけで環境を大きく変えてしまいかねない。そこが気になり、神羅は調べていたのだ。

 その結果、本業ではないのでそこまで詳しくは分からないが、それでもここ最近で環境が劇的に変わった感じはなかった。どうやら、環境に与える影響は最小限にとどまっているようだ。

 

 「流石にこれ以上は分からんが………まあ、この世界と怪獣たちが共存できていると分かっただけでも収穫か」

 

 世界には自浄作用がある。突出しすぎれば、その存在は排除される。怪獣たちや生物達が排除されず、今もこの世界で生き残っているのであれば、それは世界が彼らを受け入れたと言う事だろう。

 そろそろ戻るか、と神羅は腰を持ち上げ、軽く周囲を見渡した後、拠点に向かって歩き出す。

 相変わらず樹海の中は霧深く、あっという間に来た道どころか自分がどこにいるのかどうかさえ分からなくなってしまうだろう。だが、そんな中にあっても神羅は全く動きに迷いがなく、すいすいと樹海の中を進んでいく。

 それからある程度進んだところで、神羅は不意に立ち止まり、周囲を見渡す。

 周囲に気配がする。それも多数。魔物か?いや、これは………何かが何かを追いかけている。では何が?少し集中して探り、

 

 「……なるほど。ハジメはうまくやったようだな」

 

 神羅が小さく頷いた瞬間、霧の中から魔物が飛び出してくるが、それと同時に複数の影が飛び出し、魔物を仕留めていく。

 

 「ふん、手こずらせおって……っと、神羅殿じゃないですか」

 「うむ、久しいな、カム」

 

 魔物を仕留めたのはハウリア族のカムだ。更に周囲には他のハウリア族もいる。

 

 「どうやら無事戦えるようになったようだな」

 「ええ、これも全てボスのおかげですよ」

 「ボス……もしやハジメの事か?」

 「ええ。ボスのおかげで我々は新しく生まれ変われたんです。もう弱いままの私たちではありませんよ。なあ、みんな」

 

 その問いにハウリア族はみなにやりと笑いながら頷く。

 その言葉に神羅はそうか、と小さく頷く。この様子ならば問題ないだろう。先ほどの隠形も中々のものだったし、きちんと長所を生かして戦えている。

 

 「しかし、何でこの魔物を追ってここまで来た?こいつを倒して来いとハジメが言ったのか?」

 

 ここから拠点までまだそれなりの距離がある。ハジメの気配は拠点付近にある。大方ハジメが出したお題なのだろうが、こいつは拠点付近にそれなりにいたはずだ。ここまで追ってくる必要もないだろうに……

 

 「ええ、そうなんですよ。まあ、規定数は殺ったんですがね、他の連中が生意気にも殺意を向けてきてたんで、皆殺しにしてやろうと思いまして」

 「……ん?」

 

 カムの言葉に神羅は小さく眉を寄せる。それを皮切りにハウリアたちが次々と不敵な笑みと共に口を開く。

 

 「そうなんですよ。こいつら魔物の分際で生意気な奴らでした」

 「きっちり落とし前はつけましたが。一体たりとも逃してませんよ?」

 「ウザイ奴らだったけど……いい声で鳴いたわね、ふふ」

 「見せしめに晒しとけばよかったか……」

 「まぁ、バラバラに刻んでやったんだ、それで良しとしとこうぜ?」

 

 どこか高揚とした様子でハウリア族は口にしているが、故に気づかない。徐々に神羅の表情が消えて行ってることに。

 

 「今なら帝国兵だろうとなんだろうと返り討ちですよ。ふふ、奴らを嬲り殺しにできるかもしれない……その時が楽しみだ……」

 「……ほう、そうかそうか。中々強くなったようじゃないか……では、今まで訓練を押し付けてた詫びだ。我の方でもお前たちに訓練をつけよう。ハウリア族全員を連れてこい」

 「おお、そうですか。ですが、我々も強くなった。気を抜かないほうがいいですよ」

 「ああ、安心しろ………手を抜くつもりは微塵もない」

 

 神羅は無機質な目でハウリア族を睨みつけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして突発的に始まった神羅によるハウリア族への訓練はハジメからの許可も取って、無事執り行われた。内容は実にシンプル、シアを除くハウリア族全員対、神羅の模擬戦だ。最初、ハウリア族は困惑した。何せハウリア族は総勢70人近くいる。しかもその全員がハジメの訓練のおかげで暗殺者としての能力を開花させている。いくら神羅が強くても少しは食い下がれるはず………そう思っていたのだが、

 

 

 

 模擬戦開始から数分後。

 

 「この程度か」

 

 神羅は胡坐をかいて頬杖をついていた。その眼下にはハウリア族が全員倒れていた。その全員が状況が理解できなかった。

 いったい何をされた?いいや、分かっている。模擬戦が始まった瞬間、神羅はあっという間にハウリア族の位置を割り出し、次々と叩きのめしていった。彼らがどれほど気配を薄くしようと、溶け込ませようと神羅は彼らを逃しはしなかった。気がつけばものの数分でハウリア族は全滅していた。

 

 「この程度でよくもまああんなでかい口が利けたな」

 「は、はは……申し訳ない……どうやら少々思い上がってたようだ……以後気を付けます……」

 

 カムがよろよろと立ち上がりながら苦笑を浮かべる。どうやら自分たちは知らず知らずのうちに調子に乗っていた。きっと神羅はその事を教えるためにこのような事をしたのだろうとハウリア族は思っていた。

 

 「だがまあ、こちらもそれなりに本気で取り組んだがな」

 「そうですか」

 「ああ………てっきり帝国兵が紛れ込んだのかと思ったのでな。いぶり出しもかねて、手を抜こうとは微塵も思わなかった」

 

 その言葉にカムたちはえ、と小さく声を漏らし、神羅はそんな彼らを侮蔑の表情と共に見下ろしながら告げる。

 

 「先ほどまでのお前たちの面………お前達の家族を奴隷にし、殺した帝国兵と全く同じ表情をしていたぞ」

 

 その言葉に彼らは冷水を浴びせかけられたような衝撃を覚え、ハウリア族は愕然とした表情を浮かべる。

 

 「まさか自分たちの大切な家族を奪った奴らに対抗するためにそいつらと同類にまで堕ちるとはいやはや、中々見上げた根性ではないか」

 「い、いや……それは……」

 「何と言おうと、お前らが殺しに愉悦を覚えていたのは間違いないであろう?」

 

 ハウリア族はみな一斉に顔を俯けてしまう。そこには、ちょっと前までの不敵な笑みや、自信は全く存在していなかった。

 それを見ていた神羅だが、小さくため息を吐くと、

 

 「まあ、一切訓練に関わっていなかった我が偉そうに言えた義理ではないと言うのは分かってる。だがな、そもそもの話、お前たちはなぜ訓練を受けようと思った。なぜ、本来の自分たちの性分を捻じ曲げてでも強くなろうとした」

 「「「「………」」」」

 「守るためのはずだ。目の前で家族が殺され、食われ、捕らわれていくのをただ黙ってみているではなく、見捨てて逃げるのではなく、助けるために、守るために強くなろうと決めたのではないのか?お前たちにとっての大切な家族というのは、自分の感情一つで見失う程度の存在なのか?」

 「それは………」

 「どうなのだ!はっきり答えろ!」

 「ち、違う!私たちにとって家族はかけがえのない存在だ!我々はもう二度と、家族を失いたくない!もうあんな思いはごめんだ!」

 

 カムが叫ぶと、他のハウリア族もそうだと声を上げる。それを聞いた神羅はふん、と鼻を鳴らし、

 

 「ならば、その思いを忘れるな。失った悲しみを、奪った者への怒りを忘れるな。悲しみを駆けつける力に変え、怒りを刃に込め、守るために振るえ。己が背負った悲劇を糧に守るために立ち上がれ。間違っても、己の敵を見失うな」

 

 神羅の言葉は信じられないほどの重みと共にハウリア族の心に伸し掛かった。それ故に彼らはそれを真摯に聞いていた。真っ直ぐにその目は神羅を見据え、彼の発す言葉の一つも聞き逃さないと言うようにうさ耳は立っている。

 

 「だが、それでも守れない時はあるだろう。それでも決して己を見失うな。己を見失い、衝動のままに殺し、愉悦を感じた時、お前たちはただのケダモノに成り下がる。お前たちは戦士だ。守るために己を変えようともがける気高い魂を持つ。それを己の手で汚すな!」

 

 ハウリア族は息を呑みながら顔を上げる。そこにいたのは王。その目は絶対者としての圧を放ち、その場にすぐさまひれ伏したくなるようだ。だが、それと同時に確かな優しさを持っている。それは倒れている相手に差し伸べる優しさだけではない。道間違えた時には厳しく叱責し、それで倒れても安易に助けず、自ら立ち上がり、歩き出すのを黙って待つ厳しき優しさ。だが、それ故にその存在はあまりに大きかった。それはまるで、時に絶対的な力を以てすべてを破壊し、時に生物に厳しい試練を与えるが、生物全てを受け入れ、強く育む大地その物。

 ハウリア族の心にはすでに殺しへの愉悦も、芽生え掛けていた狂気も、全て無くなっていた。彼らはその場で片膝をついて首を垂れる。

 

 「……申し訳ございませんでした、神羅殿……我らが……未熟でした……」

 「さっきも言ったが、これ以上大きなことは言えん。だが、気づいたなら、それでいいだろう。とりあえず今は休め。痛みが引いたらハジメと合流しろ」

 

 そう言うと神羅は木の上から飛び降りて歩き出す。

 

 「神羅殿は?」

 「ほかに叱らなければならない奴がいるでな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神羅は霧深い樹海の中を真っ直ぐに歩いていく。つかつかと早足に。

 そうして歩いて行くと、次第に霧が晴れていく。拠点に戻ってきたのだ。少し周囲を見渡し、すぐさま目的の人物を見つけると、神羅はすぐに歩いていく。

 その目的の人物であるハジメは神羅に気づいたのか顔を向ける。

 

 「お、兄貴。ハウリア族と模擬戦するって言ってたけど、もう終わった「ゴッ!」っ!?」

 

 神羅はハジメのすぐ前までくるとその頭を思いっきり殴りつける。突然の事にハジメはなすすべなくその一撃を貰い、あまりの痛みに頭を押さえてその場に崩れ落ち、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、とうめき声を上げながら悶える。それを見て、神羅は小さく鼻を鳴らす。

 

 「~~~っぅぅぅぅ!いきなり何するんだよ!」

 「何をするではない!お前はハウリアたちに何をした!」

 「何って……あまりにも情けなさすぎるから、元の世界のハー〇マン式訓練を……」

 「ああ、あれか……いや、それはまだいい。お前、ハウリアたちの訓練を見ていたのならば、奴らが殺しに愉悦を感じてきたことに気づいたはずだ。なぜ放っておいた!」

 「あ、あれは……あれぐらいしないとだめだと思ったのと、まあ、これぐらいは大丈夫というか……むしろちょうどいいぐらいかなって……」

 

 ハジメの言葉に神羅ははあ、と深いため息を吐き、

 

 「この愚か者!あいつらに教えるのは守る術と覚悟のはずだ!もしもあのまま放っておいたら、あいつらは何の比喩でもなく無差別に殺し、哂う快楽殺人集団になっていたのかもしれんのだぞ!?」

 「それは……」

 「殺しに快楽を感じる外道になるなと言ったが、そんな外道を育てるのはさらなる外道だ!たとえ故意であろうとなかろうと、その予感を感じ取っておきながらそのまま放置など論外だ!」

 

 神羅の言葉にハジメは小さくうめき声を上げながら顔を俯ける。

 

 「お前に全部放り投げてた分際で、偉そうなことを言える立場ではないと言うのは分かっている……だがな。それでも我は言うぞハジメ。外道にだけはなるな。エヒトのようにだけはなるな。そうなった時、そこにいるのはお前ではない。お前の皮をかぶった別の何かだ……例え帰れたとしても、父と母に、胸を張ってただいまと言えなくて、意味があるのか?」

 「………ごめん、兄貴」

 

 小さく呟かれた謝罪に神羅は小さく息を漏らして気をつけろ、と声をかけると、不意に、ん?と首を傾げる。

 

 「……ハジメ。少し出る」

 「出るって……?」

 「ユエから呼ばれたのだ。何かあったのかもしれん」

 

 まさかシアまでああなったのではないだろうな、と呟きながら神羅は拠点から出ていく。

 その背を見送った後、ハジメははあ、と小さくため息を吐くと、自分の頬を自分の右手で殴る。鈍い痛みが襲い、口の中を切ったのか血の味がするが、それも戒めだ。

 

 「全く……情けないな……俺は……」

 

 先程の神羅の叱責は何も間違っていない。今回の件は完全に自分に責任がある。それこそ、兄が止めなかったら本当に自分は外道に墜ちていたかもしれない。感謝はしても、恨むことなど絶対にない。全ては己の未熟さが招いた事だ。引き受けといて、外道に墜ちるなと言われといてこのざまだ。情けなさすぎる。

 ハジメが拳を握りしめていると、そこにハウリア族が続々と合流してくる。

 

 「お前等……兄貴に絞られたか」

 「ええ、まあ……ボスもですか?」

 「ああ……久しぶりに兄貴に本気で怒られた……」

 

 ハジメはどこか感慨深げにつぶやいた後、ぱちんと頬を叩いて顔をあげ、

 

 「よし、やるか!」

 

 決意を新たにし、ハウリア族のほうに歩いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神羅が向かったのは樹海の外のユエとシアの訓練場所だ。二人の訓練は森に大規模な破壊をもたらし、彼らを引き付ける可能性があったため、樹海の外で訓練をすることになったのだ。

 樹海の霧を抜け、平原に出た神羅はほう、と小さく声を漏らす。その平原は見るも無残な状態だった。

 地面には隕石でも直撃したかのようなクレーターがいくつもできて、さらにそこかしこの地面が凍り付き、炎で焼かれたように焦げ、鋭利な何かで切り裂かれたような跡も刻まれている。相当激しい戦いが繰り広げられたようだ。

 

 「あ、神羅さ~~ん」

 

 その場所をしばし眺めていると、巨大な大槌を持ったシアが重さを感じさせない様子でピョンピョンと跳ねながら手を振っている。そのそばにはユエもいる。神羅はすぐさまそちらに向かって歩いていく。

 その途中で神羅はシアの様子を見る………一応表面上は問題ないように見えるが……

 

 「相当激しくやっていたようだな」

 「そうなんですよ!ユエさん酷いんですよ!容赦なくバンバン魔法を撃ち込んできて、何度殺されると思った事か!」

 「そんな攻撃にさらされてこうして五体満足な時点で普通以上だと思うがな……さて、それでユエ。我に何の用だ?」

 「……ん。最近シアが少し調子に乗っている。だから今のうちにその鼻をへし折っておこうと……シア、神羅と模擬戦を」

 「ふむ、我は構わんが……一応聞くが、シアはいったいどういった戦法を?」

 「……魔法の適正はないと言っていい。でも、身体強化に特化している。最大値でハジメの半分以上。鍛錬次第ではもっと伸びる近接特化」

 

 なるほど、と神羅が頷いている中、シアは少し体を緊張させていた。神羅の強さは端的にだが見ている。自分と同じ接近戦、しかも肉弾戦が主体だ。おまけにユエの話ではハジメをも超えていると言う。いったいどれほどの……

 そう身構えていると、神羅はその場から歩き出してシアと向き合うように振り返る。

 

 「それでは始めるとしよう……初手は譲る。お前の本気の一撃を繰り出してこい」

 「っ……はい!」

 

 神羅の言葉にシアは頷くとその手の大槌を握りなおして構える。対して神羅はだらりと両手を下げて構えなんて一切取っていない。

 それでもシアは油断しない。深く呼吸して力を練り上げ、それをため込んでいき、そして幾たびも繰り返し、限界まで溜め込まれたそれを、

 

 「りゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 雄たけびと共に解放、地面を爆散させながらシアの体が大きく跳躍すると、そこから大槌の重量を以て急降下、その勢いを余さず乗せて大槌を叩きつけんとする。それはもはや隕石その物。直撃すれば、万物を粉砕するであろう必殺の一撃。そしてシアにとってもこの数日の中でも会心の一撃だった。

 だが、神羅は動かない。ただそれを見つめるだけだ。それが眼前に迫っても動こうとはせず、流石にシアがまずいのではと思ったときには遅かった。

 次の瞬間、大槌が直撃、大気を爆ぜさせる爆音が轟き、衝撃で地面がクレーターのように陥没、周囲に無数の破片が飛び散る。圧殺、ミンチ。その光景を見てしまえば、神羅の末路はそれ以外に考えられなかった……彼が化け物ならば。

 

 「ふむ……あの熊よりはずっと強力な一撃だ。大したものだ」

 

 その声に、その光景にシアは体を震えを止めることができなかった。

 神羅は右手で感心したように顎をさすり、大槌の一撃を左手の人差し指だけで受け止めていたのだ。いや、普通の腕ではない。黒い鱗に皮膚、四本指に鋭い爪の異形の腕。だが、それでもどう見ても突き指すらしていない。嘘だろう?冗談だろう?そんな事あり得ない。あり得るわけがない。自分の一撃を、指一本で受け止めるなんて!

 

 「何を呆けている。それでは死ぬぞ」

 

 そう言うと神羅は右手で大槌を掴むと、そのまま軽くシアごと放り投げる。シアは慌てて空中で体制を整えるとそのまま着地するが、信じられないと言う表情で神羅を見つめていた。それはユエも同じで驚愕の表情を浮かべていた。その前で神羅は左腕を人間の腕に戻す。

 

 「たとえ敵が想定外の行動をしても動きを止めるな。過去にそれで我は追い詰められた」

 「お、追い詰められたって……どう言う事ですか?それに、さっきの腕……」

 「ユエの意図に気づいたのでな。全ての力を解放して迎え撃ったのだ」

 「それは助かったけど……予想以上だった……」

 

 ユエの目的は言ってしまえばこれだった。シアに怪獣と言う存在の強大さをしっかりと認識してもらう事。この樹海の怪獣は滅多事では襲ってこないかもしれないが、それでもこれぐらいという指標があったほうが強さを把握しやすく、生き残る手助けになるだろう。そうすれば、彼女も目的を諦めるかもしれないと言う魂胆もあるが。

 

 「そうか……シア。お前は十分すぎるほどの力を持っている。だがな、それ以上の存在がこの世界にいる。我のほかには……この樹海にいる巨大魔物だが、他にもいるだろう。まあ、魔物はちょっかいをかけなければ問題はないし、樹海も魔物の縄張り。そうそう近づいてはこないだろう。それに、他の魔物に対しては十二分に戦える。家族を護る分には問題はあるまい」

 

 神羅の言葉にシアは茫然と口を半開きにしていたが、

 

 「あ、いや……えっと………その……そ、そう言うわけにはいかないんです……」

 

 と、何か口ごもり始めた。その様子に神羅が首を傾げる。

 

 「どう言う事だ?」

 「あ、あの……私……神羅さん達の旅について行こうと……」

 「は?一体どう言う事だ?なぜそんな事を……」

 「そ、それは……」

 

 ここで再びシアは口ごもるが、女は度胸と言わんばかりに口を開く。

 

 「私がハジメさんのそばにいたいからです!あの人の事が好きなので!」

 

 その言葉に、神羅は軽く目を見開くが、ほう、と感心したように声を漏らす。

 

 「そうなのか……あいつも中々やるなぁ……しかしなぜ?」

 「え、えっとですね……窮地を何度も救われて、同じ体質で……長老方に啖呵切って私との約束を守ってくれたときは本当に嬉しかったですし……神羅さんもそうしてくれたんですが……私はハジメさんを好きになって……」

 「なるほど……何はともあれ、弟が好かれると言うのは我としても嬉しい。だが、ハジメはユエを好いているからなぁ……中々に厳しいと思うぞ?」

 「それなら大丈夫です!すでに根回しは済んでいますから!」

 

 その言葉に神羅は困惑気に首を傾げてユエに首を向けると、彼女は小さく息を吐き、口を開く。

 なんでも、シアとある約束をしていたという。この10日間の間に模擬戦でユエにかすり傷でも付けられたら、ユエはシアの同行を許可し、神羅とハジメの説得に協力するというものだ。

 

 「まあ、今のところ回避できているから問題ないけど……」

 

 ユエは小さく息を吐きながら神羅を見上げるが、その瞬間小さく息を呑む。神羅が明らかに苛立ったような表情をしているのだ。

 そして大きく息を吐くと、

 

 「……ユエ。説得には参加するな。というか、参加したら我自らお前を地面に埋めるぞ」

 「え!?」

 「ちょ、ちょっと待ってください!なんでいきなりそんなこと言ってるんですか!?」

 

 ユエが驚いたように目を見開き、シアが抗議の声を上げるが、

 

 「最初っから他人の説得を当てにするような輩に我が弟を任せると思うか?」

 

 その言葉にシアは小さくうめき声を漏らす。

 

 「これがまだ二度目とかならまあ、まだいい。すでに好いている奴がいるのに、という所にも目をつむろう。だが、告白する前から他人を当てにするなんざ軟弱にもほどがある。本気でハジメの事が好きなら、最初は己一人で勝負して見せろ……全く、怪獣の強さを知ってもついて行くと言ったときは大したものだと思ったのだがなぁ……というかユエもユエだ。なぜ勝手にそんな約束を……」

 「……女の意地というか……」

 「それでハジメや我に何の相談も無しに勝手に決めたのか?ハジメはお前の恋人だが、だからと言ってやっていい事と悪い事があると思うのだが?」

 「……はい、ごめんさない」

 

 ユエがしょぼんと肩をを落としている中、シアはう、うぅぅぅ、とうめき声を上げる。

 シアとて、最初はそうしたほうがいいのではと思った。特に神羅と言う堅物がいる以上、そのほうが心象的に好感触かもしれない。だが、それでも断られる確率のほうが大きかった。だからこそできる手はすべて打とうとした。それがこうなってしまった……神羅からの印象は間違いなく下がってしまっただろう。

 だが、それでもシアはへこたれるわけにはいかなかった。諦めたくなかった。パチンと両頬を叩くと、顔を上げて、

 

 「分かりました。でしたらユエさん。説得の件は無しでお願いします。でも、同行を認めると言うのは引き続きお願いします!」

 「………」

 「神羅さん、申し訳ありませんでした。確かに私、少々甘く物事を見ていたのかもしれません。ですが、この想いは、皆さんと一緒に来たいという思いは本気です!もう妥協なんてしません!ですから神羅さん。もしも私がユエさんに勝ったら、神羅さんも同行を許してください!ハジメさんは私一人で説得します!」

 

 そう宣言すると、神羅はシアをじっと見つめ、目を細めると、

 

 「……条件が一つある」

 「は、はい!なんでしょうか!?」

 「シアの訓練、我も参加しよう」

 「…………………………………え?」

 

 シアがぽかん、と口を半開きにする中で、ユエは静かに両手を合わせて合掌していた。




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第24話 ハウリアの変化

 今回はちょっと…………必死に頭をひねったんですが、これ以上が出てこなくて……申し訳ない。

 後、最近夜勤が復活したのでまた更新はかなり不定期になります。

 とりあえずどうぞ!


 ふー、ふー、と浅く、そして長く呼吸を繰り返しながらシアは手に持った戦槌を握りなおし、構える。その視線の先にはだらりと両手を下げた状態の神羅がいる。一見すると隙だらけ。だが、彼女は知っている。そもそも彼は防御すら必要としないと言う事を。

 シアは最後に大きく息を吐き出して呼吸を整え、腰を落とし、

 

 「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 地面を蹴る。それだけで蹴った地面が爆発し、その加速を以てシアは一瞬で神羅との距離を詰める。そしてその加速の勢いを余さず乗せて戦槌を横薙ぎに繰り出す。

 それに対し、神羅は無造作に手を差し出し、指を一本立てる。

 その指に戦槌が直撃、凄まじい衝撃波が弾け、神羅とシアの髪を激しくはためかせるが、神羅の指はその一撃を受け止めきっている。

 だが、それは想定内の事。シアはすぐさま戦槌から手を離す。支えを失った戦槌はそのまま地面に落ちるが、その隙にシアは神羅の懐に潜り込むと勢いよく鳩尾に向かって拳を繰り出す。一見女の細腕だが、その実態は化け物と呼ぶにふさわしい大岩を粉砕する威力を秘めている。

 それが人体の急所に直撃したのだが、神羅は涼しい顔で立っていた。まるで効いていない。だが、シアは焦りはしない。すぐさま体を回転させると回し蹴りを繰り出し、神羅のこめかみにかかとが直撃する。

 空気が破裂するような音が響くが、神羅は微動だにしない。そしてシアの動きが止まったところで神羅はシアの足に手を伸ばすが、彼女は即座に体勢を整え、戦槌を掴みながら後ろに下がる。

 ある程度下がったところでシアは戦槌を掬い上げるように振るい、大量の土砂を巻き上げる。神羅が小さく唸りながら目を細める。

 次の瞬間、土砂を突き破って戦槌が凄まじい速さで神羅目掛けて投擲されてくる。だが、神羅は特に気負った様子もなく、腕を振るう。それだけで戦槌はあっさりと弾き飛ばされてしまう。

 が、その戦槌の影からシアが飛び出してくる。投げると同時に戦槌の影に隠れるようにして走り出していたのだ。腕を振るったばかりの神羅はすぐには動けない。

 

 「どっっっっせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!」

 

 雄たけびを上げながらシアは軽く跳躍して、神羅の顔面に向かってドロップキックを繰り出す。

 大岩なんて軽く粉砕するような一撃が顔面に直撃するが、爆音が轟くだけで、神羅自身はびくともしない。そして今度こそシアの足を掴み上げると、勢いよく放り投げる。

 シアはすぐに体勢を整えると、そのまま油断なく神羅を見つめる。

 神羅はそのまましばらくシアを見つめていたが、ふう、と小さく息を吐くと、

 

 「まあ、これぐらいでいいだろう……これで最後の調整は終了だ」

 

 神羅はそう言いながら構えを解くと、シアも大きく息をつきながら構えを解く。

 

 「はい、ありがとうございます!」

 

 神羅に対し、大きく頭を下げながら感謝するシアをユエは面白くなさそうに見ていた。だが、文句など言えるはずもない。シアはすでに自分に勝利しているのだから。

 元々、シアはこの数日の訓練でユエから一本を取れそうになるほど成長していた。だが、それでもあと一歩届かないはずだった。だが、神羅が加わったことで、それが一気に逆転した。

 神羅の訓練は異次元の強さを持つ神羅と模擬戦をするとか言う無茶ぶりではない。神羅は何もせず、ひたすらこちらが攻撃を撃ち込み、時々投げるなどの反撃が飛ぶと言う一見すると簡単そうなものだが、ユエはそう言うやつには本気の一撃をお見舞いする気だ。

 何せ、一切の手ごたえがないのだ。どれほど強力な一撃を撃ち込もうと、奇襲をかけようと、一切、何のダメージも与えられない。防御もほぼしない、何か特別な能力すら使わない。文字通り肉体のみで受け止めきる。それが何よりも辛いのだ。こっちが必死に攻撃しても神羅は表情すら変えない。どれほど考えを巡らせ、工夫して攻撃しようと意味がない。それが延々続いてくると、肉体ではなく精神が文字通り削り取られていく。自分のやっていることに意味はあるのかとか、自分は何をしているのかとか、自分の行いが急激に虚しくなってきたりする。現に自分は初日の時に4時間ほどでそうなり、ハジメから死んだ魚のような目をしていると言われてしまった。もっとも、ハジメも似たような感じになっていたが。

 その点、シアはたった一日程度だったが、一切目から光を失わずに戦い続けたのだ。精神力という点においてはすでにユエを上回っているかもしれない。そして、ただひたすら相手に打撃を打ち込み続ける神羅との訓練はシアとの相性が良かった。

 実際、神羅との訓練後、シアの動きは劇的に改善され、結果として自分は思いっきり一撃を貰ってしまったのだから。

 

 「それじゃあそろそろ行くか」

 「ん」

 「はいです!」

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神羅達がハジメの元に戻ってきたとき、ハジメは近くの木にもたれて瞑想していた。

 3人の気配に気づいたハジメは目を開けて3人を視界に納める。

 

 「お、戻ってきたか……シアは大丈夫だったか?兄貴から訓練を受けていたって聞いたけど……」

 

 ハジメも同じ訓練を受けた経験がある。もれなく死んだ魚になっていた。

 

 「はい、大丈夫でしたよ!」

 「そうか……で、どうだったんだ?」

 「……神羅にはもう言ったけど、魔法の適正はハジメと同じぐらい。だけど身体強化に特化している。最大強化時でハジメの半分ぐらい。しかも鍛錬次第ではもっと上がる」

 「おお……マジかよ……」

 「……でも、神羅の足元にも及ばない」

 「それは……まあ、しょうがねえよ。比べる相手が悪すぎる」

 

 ユエの言葉にハジメが顔を引きつらせていると、シアがいそいそと立ち上がり、真剣な表情でハジメのもとへ歩み寄った。背筋を伸ばし、青みがかった白髪をなびかせ、ウサミミをピンッと立てる。緊張に体が震え、表情が強ばるが、不退転の意志を瞳に宿し、一歩一歩、前に進む。そして、訝しむハジメの眼前にやって来るとしっかり視線を合わせて想いを告げた。

 

 「ハジメさん。私をあなたの旅に連れて行って下さい。お願いします!」

 「……は?いやいやいや、いきなり何を言ってるんだ?なんでそんなことになった?カムたちはどうするんだ?まさか連れて行けなんて……」

 「いえ、違います。これは私だけの話です。父様達には修行が始まる前に話をしました。一族の迷惑になるからってだけじゃ認めないけど……その……」

 「その? なんだ?」

 

 何やら急にモジモジし始めるシア。指先をツンツンしながら頬を染めて上目遣いでハジメをチラチラと見る。あざとい。実にあざとい仕草だ。ハジメは首を傾げながらシアを見る。ユエがイラついたような表情を浮かべ、神羅は呆れたようにため息を吐く。

 

 「その……私自身が、付いて行きたいと本気で思っているなら構わないって……」

 「は?何でそんな……今なら一族の迷惑にもならないだろ?それだけの実力があれば大抵の敵はどうとでもなるだろうし。でも、俺達の旅はそれ以上の連中とやり合うんだぞ?」

 「で、ですからぁ、それは、そのぉ……」

 「……」

 

 訝し気にハジメが首を傾げていると、シアが女は度胸! と言わんばかりに声を張り上げた。思いの丈を乗せて。

 

 「ハジメさんの傍に居たいからですぅ! しゅきなのでぇ!」

 「……は?」

 

 言っちゃった、そして噛んじゃった! と、あわあわしているシアを前に、ハジメは鳩が豆鉄砲でも食ったようにポカンとしている。そしてようやく自分が告白されたことに気づくと、思わずと言った様子で問いかける。

 

 「いやいやいや、どう言う事だ?一体いつフラグなんて立った?俺……最初の方結構ひどい扱いしてたぞ?それなのになんでそうなるんだ?それだったらまだ兄貴に惚れたってほうが説得力……」

 「いやいやいや、神羅さんに好意を抱くなんて……ああ、いや、魅力的じゃないって意味じゃないですよ?むしろすごいかっこいいと思います。ですが何というか……そう言う感情を抱くことが恐れ多いと言いますか……」

 「ああ、まあ、分かると言えば分かるけど……だからってなんで俺に……状況に引っ張られていないか?」

 「状況が全く関係ないとは言いません。窮地を何度も救われて、同じ体質で……長老方に啖呵切って私との約束を守ってくれたときは本当に嬉しかったですし……その時のハジメさんは本当にかっこよかったですし……そこからは一気にです。一気に好きになってしまったんです。もうこの人以外考えられないぐらいに」

 「いや、でも……知ってるだろうが、俺にはすでにユエって言う恋人がいるんだぞ?」

 「知ってます。それでもです。それに、この世界では重婚が認められてるんですよ?だったら十分可能性があります」

 「は?いや本当に何言ってるんだ?俺たちの目的は地球に帰る事だ。俺の故郷じゃ一夫一妻だからどう頑張っても……」

 「でも、帰れるって事は、自由にこちらと地球を行き来できる可能性も高いですよね?だったらこっちで現地妻もありじゃないですか?」

 

 シアの言葉にハジメは目を見開き、唸る。どうやらシアはどうあってもハジメと共にいたいらしい。思わずハジメは神羅とユエに助けを求めるように目を向ける。

 だが、ユエは憎々しげな顔をしながらも何も言わず、神羅は腕を組んで顎をしゃくる。自分で答えを出せと言うように。恐らくだが、すでに二人ともシアの同行をある程度認めているのだろう。

 ハジメははあ、と小さくため息を吐くと、シアの目をしっかりと見据えて、一言一言確かめるように言葉を紡ぐ。

 

 「付いて来たって応えてはやれないぞ?」

 「知らないんですか? 未来は幾らでも変えられるんですよ?」

 「危険だらけの旅だ。化け物でもあっさりと死んじまうかもしれない」

 「だったら化け物を超えるだけです」

 「仮に俺の故郷にたどり着いても、今よりもずっと暮らしづらいかもしれないぞ?家族にももう会えないかもしれない」

 「父さまたちとはすでに話をつけています。それでも、です」

 「…………」

 「……ハジメさん、お願いします。私も連れて行ってください………」

 

 ハジメとシアは静かに見つめ合うが、その内、ハジメは深いため息を漏らしながら額に手を当てる。

 

 「あ~~~ったく……分かったよ。好きにしろ」

 

 その言葉にシアは歓声を上げ、ユエは不満げに顔をしかめ、神羅は苦笑と共にユエの頭を撫でながらシアを見つめる。

 

 (やはり………あいつに似ているな……ああいう所は……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ボス、お題の魔物を討伐してきました」

 

 そこに不意に声が割り込んできて、ついでにそれがひどく聞き覚えのある声だったのでシアはん?と首を傾げて顔を向けると、そこには案の定、カムがいた。他の家族も一緒だ。だが、その雰囲気が明らかに変わっていて、言葉を失う。

 

 「あ、あの……父さま?なんだか……雰囲気が……それにみんなも……」

 「ああ、ご苦労さん……既定の数よりも少し多いような……」

 

 ハジメの課した訓練卒業の課題は上位の魔物を一チーム一体狩ってくることだ。しかし、眼前の剥ぎ取られた魔物の部位は大体十体分ぐらいだろうか?

 

 「ええ。血の匂いに引き寄せられたのか他にも現れまして……襲い掛かってきたのを撃退した分ですね」

 「ある程度倒したら引いていきました。こちらの損害は無しです」

 「あの……ハジメさん?これは……?」

 「あ~~~まあ、この樹海で生き抜くためには今までの性格じゃちょっとな……それでちょいと性格矯正を……」

 「ちょいとで性格矯正ってなんですか!?しかもこんな短時間で!あなた父さまたちに何をしたんですか!?」

 「ふむ……一応大丈夫そうだな」

 

 そこに神羅が顎に手を当てながら歩いてくる。そしてその姿を見た瞬間、ハウリア族は一斉に耳をピン!と立てると一斉にその場に跪き。

 

 「「「「「王よ!お待ちしておりました!」」」」」

 

 突然の発言に神羅は思わず目を丸くし、ハジメたちもビクッ!と体を震わせる。

 

 「お、おう?いきなりなんだ?なぜ急に?」

 「以前はお見苦しいところを見せてしまい、申し訳ありませんでした!あなた様がいなければ、我々は外道に墜ちていました。それでは胸を張って家族を守ることもできなかった。ですが貴方がそれを止めてくれた。そして貴方が我々を導いてくださった。そして、あの全てをひれ伏させるあの圧、そして気高き魂。それを見て、我々は確信したのです。貴方こそ真の王だと!」

 

 神羅は何度か瞬きをした後、すっとハジメに目を向けるが、ハジメはブルブルと首を横に振る。自分は関係ないと言うように。シアはカムたちの変わりようにあうあうと言葉を失っていたが、それと同時に何か感じ入るところもあるのか表情を目まぐるしく変えて百面相を浮かべている。

 

 「さっきハジメの事をボスと呼んでいなかったか?」

 「ああ、あれは何と言いますか……名残ですかね……もちろん、ボスには感謝しておりますし、慕っております。ですが、わが身をささげるなら王を望みます」

 

 たった一回の邂逅でえらい祀り上げられてしまった……神羅は小さく困ったように唸る。隣でユエが流石神羅……と呟いている。

 

 「そうか……それで?我を王として、どうするつもりだ?」

 「はっ!出来得るならば、王の部下としていただきたく!」

 「いや、それってつまり……我らの旅についてくるつもりか?」

 

 その言葉にシアがえーーーー!?と抗議の声を上げる。声もあげたくなるだろう。必死に家族を説得して、一緒について行くために努力したのに、こうなったら努力が水の泡だ。

 

 「あ、いえ。我々は樹海に残ります。あっさりと故郷を捨てるような軟弱者、王は許さないでしょう?」

 「まあ、それはそうだが……」

 「自分たちが未だ力不足というのは承知しています。ですから今しばらくはここで力をつけます。そして、十分力をつけた時、あなたの部下として、戦わせていただきたく」

 

 カムの言葉に神羅はううむ、と小さく唸りながら頭を掻く。これはどうしたものだろうか……と悩んでいると、ハジメに視線を向け、うん、と頷き。

 

 「そういうのはまあ、別に構わんが、あいにくと我はそう言うのを取り仕切るのは苦手でな。だからこの数日間お前たちの面倒を見ていたハジメに指示を仰ぐようにしてくれ」

 

 その言葉にハジメははい!?と目を見開いて愕然とした表情を浮かべる。

 

 「それは……王がそうおっしゃるのであれば、異論はありません」

 

 待て待て待て待て待て!とハジメが慌てて抗議の声をあげる。

 

 「兄貴!いくらなんでもそれは……!」

 「そもそもの発端はお前のやりすぎだろうが。ちゃんと責任はとれ」

 「いや、そうだけどさ!だからってこれは幾らなんでも……!」

 「別にこいつらを指揮しろなんて言うわけではない。ただこうしろああしろと言うだけでいいだろう」

 「だけど………」

 

 ハジメがなおも声をあげようとした瞬間、霧の中からハウリア族の少年が現れて神羅を見ると、すぐにその前に来て、その場に跪く。

 

 「王よ!報告と上申したいことがあります! 発言の許可を!」

 「あ、いや……まあ、報告は聞こう。ただし、嘆願とかはハジメに頼む」

 「そうですか?では……課題の魔物を追跡中、完全武装した熊人族の集団を発見しました。場所は、大樹へのルート。おそらく我々に対する待ち伏せかと愚考します!」

 「これは……どう言う事だと思う?ハジメ」

 「え?あ、そうだな………恐らく、目的を目の前にして叩き潰そうって腹か。なかなかどうして、いい性格してる……で?」

 「はっ! 宜しければ、奴らの相手は我らハウリアにお任せ願えませんでしょうか!」

 「う~~ん、どうするカム?」

 

 話を振られたカムは決然とした表情で顔を上げる。

 

 「お任せ頂けるのなら是非。我らの力、奴らに何処まで通じるか……試してみたく思います」

 「そうか……なら……お前たちの力を、新生ハウリアの覚悟を存分に発揮し、連中に目にものを見せてやれ!」」

 

 その言葉にハウリア族ははっ!と一度首を垂れると、即座に散会していく。

 その様子を見送った後、ハジメははっ!とするが、もう遅い。

 

 「普通に指揮してる時点でもうお前がやったほうがいいのではないか?」

 「あ、いや、でも……」

 

 ハジメはぐぬぬぬ、とうなり声をあげるが、少しして、諦めたようにため息を吐く。

 

 「恨むからな……兄貴……」

 「悪いな。しばらくお前の好きなおかずを作る」

 

 子ども扱いすんな、とハジメはふん、と鼻を鳴らす。

 

 「……あの、神羅さん……」

 「言っておくが、あれでもだいぶマシだ。我が見た時は何というか……分かりやすく言えば奇声を上げながら殺しをするような集団一歩手前だったのだ」

 「え、えぇ………!?あ、あの……まさかそれ……ハジメさんの……?」

 

 神羅が頷くとシアはうあぁぁぁ、と頭を抱えてしまう。その肩をユエがポンポンと叩く。




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第25話 樹海の王

 今回で調整は全部終わり。ようやく新作にかかれるよ……

 今回、映画の内容に触れている場所があるので、ネタバレ有りと言っておきます。


 レギン・バントンは熊人族最大の一族であるバントン族の次期族長との噂も高い実力者だ。現長老の一人であるジン・バントンの右腕的な存在でもあり、ジンに心酔にも近い感情を抱いていた。

 もっとも、それは、レギンに限ったことではなくバントン族全体に言えることで、特に若者衆の間でジンは絶大な人気を誇っていた。その理由としては、ジンの豪放磊落な性格と深い愛国心、そして亜人族の中でも最高クラスの実力を持っていることが大きいだろう。

 だからこそ、その知らせを聞いたとき熊人族はタチの悪い冗談だと思った。自分達の心酔する長老が、一人の人間に為すすべもなく再起不能にされたなど有り得ないと。しかし、現実は容赦なく事実を突きつける。部屋の隅でガタガタと怯えるように震えているジンの姿に長老としての威厳なんてこれぽっちもなかった。

 レギンは、変わり果てたジンの姿に呆然とし、次いで煮えたぎるような怒りと憎しみを覚えた。腹の底から湧き上がるそれを堪える事もなく、現場にいた長老達に詰め寄り一切の事情を聞く。そして、全てを知ったレギンは、長老衆の忠告を無視して熊人族の全てに事実を伝え、報復へと乗り出した。

 長老衆や他の一族の説得もあり、全ての熊人族を駆り立てることはできなかったが、バントン族の若者を中心にジンを特に慕っていた者達が集まり、憎き人間を討とうと息巻いた。その数は五十人以上。仇の人間の目的が大樹であることを知ったレギン達は、もっとも効果的な報復として大樹へと至る寸前で襲撃する事にした。目的を眼前に果てるがいい! と。

 だが……

 

 「こ、これは……!?」

 

 レギンは目の前の光景を認められなかった。なぜなら亜人族の中でも底辺という評価を受けている兎人族が、最強種の一角に数えられる程戦闘に長けた自分達熊人族を蹂躙しているからだ。

 

 「ちくしょう! 何なんだよ! 誰だよ、お前等!!」

 「御託を並べる暇があるなら戦え。待ち伏せをしておいて」

 「こんなの兎人族じゃないだろっ!」

 「しっ!」

 

 従来の気配感知、聴覚を駆使して相手を補足し、隠形を用いて敵の死角を取って近距離ではナイフを用いてのヒット&アウェイ、ボウガンやスリングショットを使っての絶妙なタイミングでの遠距離攻撃に熊人族は一方的な防戦を強いられていた。もちろん、正面からの勝負では熊人族に軍配が上がるだろうが、だが、ハウリア族はそんなこそせず、ひたすら自分たちの有利な状況での戦闘を継続していく。次々と熊人族は倒れていくが、意外にも死者は少ない。もっとも、死者以外の者達は関節や腱をやられ、動けなくなっているため、熊人族が追いつめられるのに時間はかからなかった。

 

 「さて……何か弁明はあるか?レギン殿」

 「ぐぅ……」

 

 カムの言葉にレギンは悔し気に顔を歪める。その瞳には本来の理性が戻ってきていた。未だこちらに対する怒りは消えていないが、私怨に巻き込んでしまったまだ生きている部下の命を優先したようだ。

 

 「……俺はどうなってもいい。煮るなり焼くなり好きにしろ。だが、部下は俺が無理やり連れてきたのだ。見逃して欲しい」

 「なっ、レギン殿!?」

 「レギン殿! それはっ……」

 

 レギンの言葉に部下達が途端にざわつき始めた。レギンは自分の命と引き換えに部下達の存命を図ろうというのだろう。動揺する部下達にレギンが一喝した。

 

 「だまれっ! ……頭に血が登り目を曇らせた私の責任だ。兎人……いや、ハウリア族の長殿。勝手は重々承知。だが、どうか、この者達の命だけは助けて欲しい! この通りだ」

 

 武器を手放し跪いて頭を下げるレギン。その様子をカムは静かに見つめていたが、

 

 「………いいだろう。それと、お前の命もいらん。ただし、二度と我らを排除しようと考えるものが出ないように今回の件はしっかり、誇張なしにフェアベルゲンに伝えろ」

 「……いいのか?」

 

 レギンが呆然とした様子で呟くと、カムはナイフを収めつつ、鋭い視線でレギンを睨み、

 

 「我らはお前らとは違う……!」

 「っ……!」

 

 確かに、こいつらは敵であり、思う所が無いと言えば嘘になる。だが、自分たちの目的は樹海への道を邪魔する者の排除であり、殺しではない。私怨に囚われ、こいつらのようにだけはなりたくない。

 霧の中から神羅達が歩いてくる。

 

 「ふむ、どうやらまともになったようだな」

 「当ったり前だ。あの後にはハー〇マンはやってないし、こっちも注意してやったしな」

 

 ハジメは小さく肩をすくめて熊人族の元に歩いていくと、

 

 「さて、カムたちが見逃すっていうから俺たちも見逃していいんだが……流石に敵をただで見逃すことはできないな」

 「……どう言う事だ?」

 「長老衆にこう伝えろ。貸し一つだって」

 「っ!?そ、それは……!?」

 「どうすんだ?せっかく拾った命、無駄にするか?」

 

 貸し一つ。それは、レギン達の命を救うことの見返りに何時か借りを返せということだ。長老会議が長老の一人を失い、会議の決定を実質的に覆すという苦渋の選択をしてまで不干渉を結んだのに、伝言すれば長老衆は無条件でハジメ達の要請に応えなければならなくなる。

 客観的に見れば、ジンの場合も、レギンの場合も一方的に仕掛けておいて返り討ちにあっただけであり、その上、命は見逃してもらったということになるので、長老会議の威信にかけて無下にはできないだろう。無視してしまえば唯の無法者だ。

 

 「……わかった。我らは帰還を望む」

 

 レギンは悔し気に体を震わせながらそう声を絞り出す。

 

 「ならば早く帰れ。あいにく、こっちもそれほど暇ではないのでな」

 

 神羅はまるで猫を追い払うようにしっし、と手を振る。熊人族は反抗する気力もないのか悄然とした様子で霧の奥に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深い霧の中、神羅達一行は大樹に向かって歩みを進めていた。先頭をカムに任せ、これも訓練とハウリア達は周囲に散らばって索敵をしている。油断大敵を骨身に刻まれているので、全員、その表情は真剣そのものである。

 そうやって歩いていくこと、数時間後。一行は遂に大樹の下へたどり着いたのだが、その大樹を見たハジメの第一声は、

 

 「……なんだこりゃ」

 

 という驚き半分、疑問半分といった感じのものだった。ユエも、予想が外れたのか微妙な表情だ。神羅は険しい表情で大樹を見上げている。

 大樹は……見事に枯れていたのだ。

 大きさに関しては想像通り途轍もない。直径は目算では測りづらいほど大きいが直径五十メートルはあるのではないだろうか。明らかに周囲の木々とは異なる異様だ。だが、周りの木々が青々とした葉を盛大に広げているのにもかかわらず、大樹だけが物悲しい枯れ木となっているのである。

 

 「大樹は、フェアベルゲン建国前から枯れているそうです。しかし、朽ちることはない。枯れたまま変化なく、ずっとあるそうです。周囲の霧の性質と大樹の枯れながらも朽ちないという点からいつしか神聖視されるようになりました。まぁ、それだけなので、言ってみれば観光名所みたいなものですが……」

 

 カムの解説を聞きながら3人は大樹の根本に向かっていく。

 

 「これは……オルクスの扉の……」

 「……ん、同じ文様」

 

 そこには、七角形とその頂点の位置に七つの文様が刻まれた石板が建てられていた。

 

 「ここが大迷宮の入り口で間違いあるまい。となると、どこかに入り口があるはずだが……」

 

 ハジメたちが大樹の周囲をつぶさに観察し始める。と、

 

 「二人とも……これ……」

 「ん?何かあったか?」

 

 ユエが覗き込んでいるのは石板の裏側だった。そこには、表の七つの文様に対応する様に小さな窪みが開いていた。

 

 「これは……」

 

 ハジメが、オルクスの指輪を取り出し、表のオルクスの文様に対応している窪みに嵌めてみる。

 すると……石板が淡く輝きだした。

 何事かと、周囲を見張っていたハウリア族も集まってきた。しばらく、輝く石板を見ていると、次第に光が収まり、代わりに何やら文字が浮き出始める。そこにはこう書かれていた。

 

 〝四つの証〟

 〝再生の力〟

 〝紡がれた絆の道標〟

 〝全てを有する者に新たな試練の道は開かれるだろう〟

 

 「……どういう意味だ?」

 「四つの証というのは……恐らく、他の迷宮の証の事だろう?」

 「……再生の力と紡がれた絆の道標は?」

 「う~ん、紡がれた絆の道標は、あれじゃないですか? 亜人の案内人を得られるかどうか。亜人は基本的に樹海から出ませんし、ハジメさん達みたいに、亜人に樹海を案内して貰える事なんて例外中の例外ですし」

 「……なるほど。それっぽいな」

 「……あとは再生……私?」

 「違うのではないか?そうなると迷宮攻略に特定個人が必要という事になる。それはないであろう」

 

 確かに、とユエは頷く。

 

 「……ん~、枯れ木に……再生の力……最低四つの証……もしかして、四つの証、つまり七大迷宮の半分を攻略した上で、再生に関する神代魔法を手に入れて来いってことじゃないか?」

 「それが一番可能性が高いであろうな」

 「はぁ~、ちくしょう。今すぐ攻略は無理ってことか……」

 「……先にほかの迷宮に向かう」

 

 そう言うとハジメはちらりとシアに視線を向ける。別れを済ませるなら今のうちにしておけと言うように。シアもそれに気づき、頷くが、

 

 「……どうやらちょうど近くにいるようだな……」

 

 その前に神羅が小さく声を漏らすと、こきりと首を鳴らし、

 

 ズン、と周囲が軽く沈む。

 突然の事にハジメたちは軽く目を見開き、体を大きく震わせる。それが神羅がほんの僅かに力を開放したためと気付くが、すぐに声をかけることはできなかった。突然の事に理解が追い付かなかったからというのもあるが、その圧だけで委縮してしまったと言うのもある。そんな中、動き出したのはやはりと言うか、ハジメだった。

 

 「あ、兄貴……?急にどうしたんだ?もしかして、近くに何か……」

 

 と、神羅はすぐに圧を解除すると、振り返り、

 

 「いや、別に敵がいるとかそう言うのではない。ただ………ちょっと顔合わせぐらいはしておいたほうがいいと思ったのでな」

 

 その言葉にハジメたちが首を傾げた瞬間、大地が揺れる。更に続けて地響きが連続で発生し、ハジメでさえバランスを崩してしまう。それはまるで巨大な何かが猛スピードでこっちに向かってきているような感覚。

 

 「こ、これって……まさか!?」

 「お、王よ!何をしているんですか!?」

 

 カムが思わず叫んだ瞬間、森の木々がなぎ倒されるような音も響き渡る。

 そこまで来て、ハジメたちがまさか、と息を呑んだ瞬間、凄まじい地響きが轟き、ハジメ達は立っていられず倒れ込んでしまう。さらにそこに近場の木々が地面ごと捲り上げられ、彼らに大量の土砂と木の破片が降り注ぐ。

 

 「せ、聖絶!」

 

 倒れながらもユエがとっさに自分たちとハウリア族全員を障壁で囲む。そこに土砂と木が降り注ぐが、稀代の魔法使いであるユエの聖絶はその全てを防ぐ。

 

 「い、一体何が!?」

 

 ハジメが慌てて顔を上げ、そのまま固まる。ハジメの視線の先には奇妙な物体があった。木々の間から覗くそれは濃い栗色の毛に覆われた大木だ。流石に大樹よりは細いが、それでも直径十数メートルはあろうかという太さだ。だがおかしい。あんなもの、ほんの数秒前まで無かった筈だ。ハジメはその大木を確認しようと顔を上げて言葉を失った。ユエも同様に顔を上げて、呆然としていた。ハウリア族は茫然とはしていないが、大量の脂汗を流しながらこちらを見ており、神羅はふむ、と腕を組みながら見上げている。

 大木の先にあったのはそれよりも巨大な塊。栗色の毛に覆われながらも、それ越しではっきりと分かるほどに鍛え抜かれた腹筋と、それを支えるもう一本の大木を見て、ようやくハジメとユエは、それが大木ではなく、生物の足であることに気づく。さらに顔をあげるも、その全容を視界に納めることはできない。毛が薄い大胸筋に足に負けないぐらい太い両椀。そして鋭い犬歯を生やし、阿修羅のようにゆがめられた灰色の顔に栗色の毛に覆われた頭部。

 それが何なのか、ハジメは一応知っている。ゴリラだ。動物園などで見るゴリラ。そう、その容姿はまごう事なき、一切の捻りもなく、ゴリラだ。だが、そうだと認めることをハジメの脳は拒否していた。まず、両手の甲を地につけた俗にいうナックルウォーク姿勢ではなく、人間のように二本の足で直立姿勢で立っている。

 そして何よりもその大きさが規格外すぎる。身長はどれほどか分からないが、間違いなく100mはある。その巨体は直立姿勢と全身を包む筋肉も相まって凄まじい圧迫感を持つ。まるで巨大な山脈だ。しばし周囲を見渡していたゴリラだが、その視線をこちらに向けると、忌々し気に顔を歪めながらこちらを睨んでくる。それだけでハジメたちの呼吸は止まりかける。その歪められた顔も相まって、その圧だけで心臓を、いや、内臓全てを鷲掴みにされているように呼吸ができない。

 ハジメとシアやハウリア族は言葉を失い、身動きが取れなくなっているがそれだけで、それでもどうするか必死に頭を巡らせている。だが、どうすればいいのか、どうすれば勝てるのか考えようとしても、頭がまるで働こうとせず、逃げようと言う思考すらできない。ユエに至っては股から軽くアンモニア臭を漂わせ、顔を蒼白にしているが、何を思ったのかガチガチと震えながら両手を上げる。

 

 「ユエ。聖絶を解け」

 「は、はえ…………?」

 

 ふいに響いた声とその内容にユエは愕然とした表情で泣きながら神羅の方に顔を向ける。

 

 「おびき出した我が言うのもなんだが、聖絶が奴の神経を逆なでしている。防壁を解いて、自分たちは敵ではないと教えるのだ。そうしないと聖絶ごと押しつぶされるぞ」

 「だ……大丈夫なの……か……?」

 「ああ、大丈夫だ」

 

 ユエは再び顔を正面に向けると、何度かためらうように目を泳がせるが、一度大きく息を吐くと、意を決して聖絶を解除する。

 ハジメとユエとシア、そしてハウリア族が身構える中、神羅は静かに腕を解いてだらりと下げる。

 その様子をじっとゴリラは見つめていたが、しばらくすると大きく鼻から息を吐く。それだけで、ハジメ達のところに生暖かい強風が吹きつけてくる。

 そんな中、ゴリラはその視線を神羅に向け、小さく首を傾げ、訝し気に顔をしかめる。その視線を受けた神羅はゆっくりと、静かに解放(・・)する。

 その瞬間、ゴリラは驚いたように目を丸くし、それと同時に先ほどまで放たれていた圧が霧散する。

 唐突に圧から解放され、ハジメ達はブハァッ!と息を吐き、息を荒げ、その場に崩れ落ちる。

 

 「な、なんだ?急に……」

 

 ハジメ達が困惑していると、ゴリラはゆっくりとした動作で、まるで自分たちを潰さないよう気遣いながら腰を下ろす。

 そして視線をハジメ達に向ける。彼らはどうにか立ち上がり身構えるが、そこには先ほどの圧はない。

 ゴリラはそのまま両手を複雑に動かす。その動作にシアたち兎人族は困惑を強くする。ユエも戸惑いを強くし、不安げにハジメを見上げる。

 ハジメもまた訝しげにゴリラを見上げていたが、その一定の動作を見て、ある可能性に行きつき、驚愕の声を上げる。

 

 「ま、まさか………これって手話か!?」

 「手話?なにそれ?」

 「地球で耳が聞こえない人と話をするために使われる手の動きで会話をする手段だ」

 「え?そ、それってつまり………この魔物は、私たちと会話をしようとしているってことですかぁ!?」

 

 シアが驚愕の声を上げる。ハウリア族もぎょっ!と目を見開いている。これほどに巨大で異質の存在がそんな事をしようとするなんて、彼らの常識ではまずあり得なかった。

 それはハジメも同じだ。むしろハジメの方が衝撃は大きい。何せ手話を知っていると言う事は、こいつと対話をしようとした人間がいると言う事。そしてこいつはそれに応じたと言う事に他ならない。

 ゴリラは疑問を覚えたように首を傾げ、視線を神羅に向ける。それにつられてハジメたちが神羅に視線を向けると、神羅はゴリラを見上げ、口から軽く咆哮を上げ、さらに唸り声を漏らしていく。

 少ししてゴリラは小さく頷き、それから低く、連続で吠える。それに対し、神羅もまた低く連続で吠える。

 まるで会話をしているようなその様子をハジメたちが固唾を飲んで見つめていると、少ししてゴリラは納得したように頷き、彼らに背を向けようとするが、不意に神羅が軽く吠える。ゴリラが再び視線を神羅に向けると、彼は唸り声と共に再び吠え声をあげる。ゴリラは再びそれに答えるように自身も咆哮を漏らしていく。それを聞いた神羅は不機嫌そうに唸りながら顔を歪め、鋭く、しかし低く吠える。それを以て、ゴリラは今度こそこちらに背を向け、地響きを響かせながら歩いていく。

 それでもしばらくの間、ハジメ達は動けず、歩き去って行く方角を見つめ続ける。そして地響きすら感じ取れなくなったところで、ようやく彼らは大きく息を吐く。

 

 「行ったか………?」

 「え、ええ、そのようです……」

 「………あれが………怪獣………」

 「ええ………にしても、正直、まだ信じられません……あの魔物……いえ、怪獣が私たちと会話をしようとしていたなんて……」

 「大方、あっちの地球で覚えたのだろう。気配で分かったが、奴は我と戦った奴だ」

 「マジかよ………」

 

 ハジメは額の汗をぬぐいながら息を整える。恐らく神羅は今後のために自分たちを怪獣と対峙させたのだろうが、それにしたって急すぎる。少しは心構えをさせてほしかった。

 

 「まあ、それはそれとして……ユエよ。お前は大丈夫か?」

 「え……?」

 「見た感じ、お前が一番ダメージが大きいようだが……」

 

 神羅が言うとユエは一瞬目を見開くと頭をぶんぶんと振り、

 

 「大丈夫…………私は……ハジメと一緒に行く……!」

 

 ユエは、若干涙目になりながらもそう宣言する。

 それを見て、ハジメは目を丸くし、神羅は軽く息を吐き、

 

 「ま、あの軟弱者程度に躓いていては今後はやっていけん」

 

 その言葉にハジメたちはん?と首を傾げる。

 

 「軟弱者……って、もしかしてあの怪獣の事か?そういや、なんか二人?で話のような事を……」

 「軟弱者だ。力は正真正銘拮抗していて、俺は弱っていた。奴には戦意だってあった。俺を下し、自分が王になれるまたとない大チャンスだった。そのチャンスを自分から放棄するような奴だぞ?あまつさえ、突然湧いて出た余所者を認めようとしたんだぞ?軟弱者じゃなければなんだ」

 

 ハジメ達が困惑を強くしていると、神羅はふん、と鼻を鳴らし、

 

 「もうここでやることは終わった。行くぞ」

 

 そう言って歩き出す。だが、ハジメ達は歩き出せなかった。

 神羅の先ほどの言葉、一見すると見下しているように聞こえる。だが、その声には一切蔑みの響はなかった。詳細は分からなかったが、あったのは対等な者に向ける何かと、呆れと苛立ち。それらが入り混じっていた

 会話の内容も、何を感じていたのかもほとんど分からない。だが、これだけは分かる。神羅はあの怪獣を決して見下してはいない。むしろモスラのように対等な者として扱っている。それだけは確かだ。

 

 「何をしている。行くぞ」

 

 神羅が声を上げ、ようやくハジメたちは復帰し、慌てて彼を追いかける。

 それを見ながら神羅は怪獣ーキングコングが歩き去って行った方角を見据えると、

 

 「……何が知らぬ個体ならともかくお前ならばだ。なめてんのか、バカ野郎が………」




 この作品のゴジラとコングが互いにどういう感情を抱いているか、それはまた今度にでも。

 最近は暑い日が続いています。皆さんも体調管理は万全に。


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第26話 ブルックの町

 更新します。

 ではどうぞ!


 「え~~と、確か次の目的地はライセン大峡谷でしたっけ?」

 「ああ、そうだけど、シアに話したっけ……って、兄貴か」

 

 キングコングとの邂逅後、神羅達はハウリア族の見送りを受けながら樹海を後にし、魔力駆動二輪を駆使して平原を疾走していた。位置取りは、ユエ、ハジメ、シアの順番である。訓練中を利用して神羅の二輪を二人乗りに改造したのだが、シアが断固としてハジメと一緒に乗ると抗議したため、このような運びとなった。

 

 「一応、ライセンも七大迷宮があると言われているからな。シュネー雪原は魔人国の領土だから面倒な事になりそうだし、取り敢えず大火山を目指すのがベターなんだが、どうせ西大陸に行くなら東西に伸びるライセンを通りながら行けば、途中で迷宮が見つかるかもしれないだろ?」

 「つ、ついででライセン大峡谷を渡るのですか……」

 「と言っても、油断はするなよ。あの赤ん坊蜘蛛程度ならハジメ達でもなんとかなるが、親が出るとなると手も足も出ない。それに、いくら格下の魔物だとしても、油断していると、手痛いしっぺ返しを食らうかもしれんぞ」

 「ああ、分かってるよ」

 

 神羅が忠告すると、ハジメたちは小さく頷くが、その光景に神羅は少々難し気な表情を作る。一見すると神羅の忠告をちゃんと聞いているように見えるが、だが、それは恐らく、自分たち怪獣に対する忠告ぐらいだろう。同じ人間や原生の魔物に関しては慢心していると言っていいだろう。シアは今のところ大丈夫だが、今後どうなるか定かではない。勝ちが続けば、どこかに慢心は生まれる。そして、こればっかりは神羅ではどうしようもない。神羅も怪獣側だからどうしたって警戒しろと言ったってそれは怪獣に関する物だけと思われてしまう。

 神羅は知っている。この世に最強とは存在しない。どんな存在だって敗北する可能性を孕み、戦いでは全ての存在が薄氷の上。些細なことから命を落とす事なんてざらだ。だが、恐らく神羅ではその事を本当の意味で彼らに教えられない。

 

 (何事もなければいいが……)

 

 神羅の心配をよそに平原の道を進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 進んでいくことしばらく、視界の先に町が見えてきた。本当ならすぐにでもライセン大峡谷に行ってもいいのだが、その前に近くの町によることにしていたのだ。目的は食料と調味料系の補充だ。

 オルクスの隠れ家にいるとき、3人の食事を一手に引き受けていたのは神羅だ。元々神羅は南雲家の家事を引き受けていた。手が空いていたと言うのもあるが、元々料理に興味があったこともあって料理関係は神羅が受け持つことが多かった。そうして鍛えあげたその腕をいかんなく発揮し、限られた材料の中でうまい料理を作ってきたのだが、いい加減ちゃんとした材料が欲しいと思っていたところだった。

 

 (とりあえず、塩と砂糖は欲しいな。他にはできれば香辛料系……ここら辺は実際に見てみないと何とも言えんが……)

 「神羅さんは何を買うか決めているんですか?」

 

 騒ぎになるのは不味いと考えて二輪から降りて街に向かって歩いていく最中、神羅が頭の中で何を買うか考えていると、シアが袖を引っ張りながら問いかけてくる。

 

 「ああ、基本料理関係は我が引き受けてきたから我は食材などだな。器具はハジメが作った物やオスカーの物がある」 

 オルクス大迷宮攻略組はみな宝物庫を持っており、それぞれ己の私物のほか、ハジメはアーティファクトやその材料関係、ユエは自分用のアーティファクト、神羅はもっぱら食料関係を入れるようになっていた。

 そう言って神羅はシアに目を向ける。その首には黒く、しっかりとした作りで小さな水晶が目立たない位置に取り付けられている首輪が取り付けられている。

 人里にいる亜人族は基本的に奴隷として見られている。首輪は誰かの所有物であると言う証明だ。その首輪がないと言う事は誰のものでもないと言う事、そしてそれが愛玩用として人気の高い兎人族で、更にその中でも物珍しい白髪で、容姿もスタイルも抜群であるならば。間違いなく町に入って即座に目を付けられ、絶え間無い人攫いの嵐になるだろう。それを防ぐためにも首輪はつけなければならない。更に言えば、この首輪には念話石と特定石と言う、言ってしまえば、通信機とビーコンとしての機能も備えている。

 最初にこれをつけるときは説明を受けてもシアは納得しがたい感じだったが、ハジメとユエの説得もあって今では納得している。

 そうして歩いていくこと少し、町の門にたどり着き、そこで門番をしていると思わしき冒険者風の男に呼び止められる。

 

 「止まってくれ。ステータスプレートを。あと、町に来た目的は?」

 

 規定通りの質問なのだろう。どことなくやる気なさげである。ハジメは、門番の質問に答えながらステータスプレートを取り出した。

 

 「食料の補給がメインだ。旅の途中でな」

 

 ふ~んと気のない声で相槌を打ちながら門番の男がハジメのステータスプレートをチェックする。そしてそのまま問題なしとステータスプレートを返す。ハジメの異常なステータスもまた騒ぎの要因となるため、きちんと隠蔽してある。

 

 「それで、その3人は……」

 

 門番は神羅達に視線を向けるが、ユエとシアを見た瞬間、硬直した。みるみると顔を真っ赤に染め上げると、ボーと焦点の合わない目でユエとシアを交互に見ている。ユエは言わずもがな、精巧なビスクドールと見紛う程の美少女だ。そして、シアも喋らなければ神秘性溢れる美少女である。見惚れてしょうがないだろう。

 

 「道中で魔物の襲撃にあってな、こっちの2人はステータスプレートを無くしてしまってな。もう一人の兎人族は……分かるだろう?」

 

 神羅の場合、ステータスはまだ隠せるが、天職のところは隠すことができない。怪獣王なんてぶっ飛んだ職業、一体どうなるか見当もつかない。なので、最初からステータスプレートを持っていないユエとシアと共に失くしたことにするのが最善と考えたのだ。

 その言葉に門番はなるほど、と納得したように頷き、ハジメと神羅に羨望の眼差しを向ける。

 

 「それにしても随分な綺麗どころを手に入れたな。白髪の兎人族なんて相当レアなんじゃないか? あんたらって意外に金持ち?」

 

 ハジメは何も答えず肩をすくめ、神羅は何も言わず鼻息を漏らす。

 

 「まぁいい。通っていいぞ」

 「ああ、どうも。おっと、そうだ。素材の換金場所って何処にある?」

 「あん? それなら、中央の道を真っ直ぐ行けば冒険者ギルドがある。店に直接持ち込むなら、ギルドで場所を聞け。簡単な町の地図をくれるから」

 「おぉ、そいつは親切だな。ありがとよ」

 

 門番から情報を得て、神羅達は門の中に入っていく。門のところで確認したがこの町の名前はブルックというらしい。町中は、それなりに活気があった。かつて見たオルクス近郊の町ホルアドほどではないが露店も結構出ており、呼び込みの声や、白熱した値切り交渉の喧騒が聞こえてくる。こういう騒がしさは訳もなく気分を高揚させるものだ。ハジメとシアだけでなく、ユエも楽しげに目元を和らげている。一方神羅は早くも商品の質を見始めている。

 

 「兄貴。まずは冒険者ギルドで換金をしないと」

 「そうだな……ハジメ。一応言っておくが、出すのなら奈落の魔物以外のものにしておけよ?」

 「分かってるって……」

 

 神羅の言葉にハジメは若干肩を落としながら答え、4人はメインストリートを歩いていき、一本の大剣が描かれた看板を発見する。かつてホルアドの町でも見た冒険者ギルドの看板だ。規模は、ホルアドに比べて二回りほど小さい。

 ハジメは看板を確認すると重厚そうな扉を開き中に踏み込んだ。

 こういう冒険者と言うのは荒くれというイメージがあり、中は薄汚れた雰囲気だと思ったが、意外にも清潔だった。入口正面にカウンターがあり、左手は飲食店になっているようだ。何人かの冒険者らしい者達が食事を取ったり雑談したりしている。誰ひとり酒を注文していないことからすると、元々、酒は置いていないのかもしれない。酔っ払いたいなら酒場に行けということだろう。

 中の冒険者たちは神羅達に一度視線を向け、その後にユエとシアを見つけて、ぼーとする者や、見惚れる者、そして恋人に殴られる者が続出した。

 そんな視線の中歩いていき、カウンターにたどり着くとそこにいたのは……顔を浮かべたオバチャンがいた。恰幅がよく、横幅がユエ二人分はある。どうやら美人の受付というのは幻想のようだ。その事実にハジメがこっそり落胆していると、

 

 「両手に花を持っているのに、まだ足りなかったのかい? 残念だったね、美人の受付じゃなくて」

 

 おばちゃんがニコニコ笑いながら言ってくる。

 

 「あはははは、女の勘を舐めちゃいけないよ? 男の単純な中身なんて簡単にわかっちまうんだからね。まあ、そっちの兄ちゃんはそんなこと考えなかったようだけどね。そっちの兄ちゃん見習わないと、いつか愛想尽かされちまうよ?」

 「……肝に銘じておこう……」

 

 神羅がその通りだと言うように頷きながらチラリと食事処を見ると、冒険者達が「あ~あいつもオバチャンに説教されたか~」みたいな表情でハジメを見ている。どうやらおばちゃんのおかげで冒険者たちは大人しいようだ。

 

 「さて、じゃあ改めて、冒険者ギルド、ブルック支部にようこそ。ご用件は何かしら?」

 「ああ、素材の買取をお願いしたい」

 「素材の買取だね。じゃあ、まずステータスプレートを出してくれるかい?」

 「ん? 買取にステータスプレートの提示が必要なのか?」

 

 ハジメの疑問に「おや?」という表情をするオバチャン。

 

 「あんたら冒険者じゃなかったのかい? 確かに、買取にステータスプレートは不要だけどね、冒険者と確認できれば一割増で売れるんだよ」

 「そうだったのか」

 

 他にも冒険者になると色々な特典があるらしい。ギルドと提携している宿や店は一~二割程度は割り引きが利き、移動馬車を利用するときも高ランクなら無料で使えたりするようだ。

 

 「う~ん、そうか。ならせっかくだし登録しておくかな。悪いんだが、持ち合わせが全くないんだ。買取金額から差っ引くってことにしてくれないか? もちろん、最初の買取額はそのままでいい」

 「可愛い子二人もいるのに文無しなんて何やってんだい。ちゃんと上乗せしといてあげるから、不自由させんじゃないよ?」

 「すまぬな、手間をかけて」

 「若いのに細かい事なんて気にしてんじゃないよ。あんたはいいのかい?」

 「ああ、我は特に気にしないから、大丈夫だ」

 

 そう言うとおばちゃんはそうかい、とそれ以上言ってこなかった。ユエとシアも同様だ。

 ハジメがステータスプレートを差し出し、少ししておばちゃんが返すと、職欄の横に職業欄が出来ており、そこに冒険者と表記され、更にその横に青色の点が付いている。

 青色の点は、冒険者ランクで、上昇するにつれ赤、黄、紫、緑、白、黒、銀、金と変化する。

 ちなみに、この世界の貨幣、ルタだが、冒険者ランクと同じ青、赤、黄、紫、緑、白、黒、銀、金の種類があり、左から一、五、十、五十、百、五百、千、五千、一万ルタとなっている。

 つまり、青とはお前は一ルタ程度の価値しかねえよ。と言われているのを同じだ。これを考えた人間は性格がねじ曲がっているとしか思えない。

 

 「男なら頑張って黒を目指しなよ? お嬢さん達にカッコ悪ところ見せないようにね」

 「ああ、そうするよ。それで、買取はここでいいのか?」

 「構わないよ。あたしは査定資格も持ってるから見せてちょうだい」

 

 オバチャンは受付だけでなく買取品の査定もできるらしい。ハジメは、あらかじめ宝物庫から出してバックに入れ替えておいた樹海の魔物の毛皮や爪、牙、そして魔石を取り出す。カウンターに取り出されていく素材を見て、オバチャンが驚愕の表情をしながら素材を手に取る。

 

 「こ、これは……!とんでもないものを持ってきたね…………樹海の魔物の奴だね?」

 「うむ」

 「樹海の素材は良質なものが多いからね、売ってもらえるのは助かるよ……でも、いいのかい?中央ならもっと高く売れるよ?」

 「いや、中央に行くのも手間だし、さっきも言ったが路銀がない。ここで構わん」

 

 そうかい、とおばちゃんは全ての素材を査定し金額を提示した。買取額は四十八万七千ルタ。中々ではないだろうか。神羅は51枚の貨幣を受け取る。

 

 「ところで、門番の奴に、この町の簡易な地図を貰えると聞いたんだが……」

 「ああ、ちょっと待っといで……ほら、これだよ。おすすめの宿や店も書いてあるから参考にしなさいな」

 

 手渡された地図は、中々に精巧で有用な情報が簡潔に記載された素晴らしい出来だった。

 

 「おいおい、いいのか? こんな立派な地図を無料で。十分金が取れるレベルだと思うんだが……」

 「構わないよ、あたしが趣味で書いてるだけだからね。書士の天職を持ってるから、それくらい落書きみたいなもんだよ」

 「……なぜお前はこんなところで受付をやっているのだ?」

 「いい女には秘密が付きものさ。あんまり詮索するもんじゃないよ?」

 

 まあ、確かに。神羅から見て、こういう女性の方が下手に容姿だけの女よりも好みではある。

 

 「それじゃあ、いろいろありがとうな」

 「いいってことさ。それより、金はあるんだから、少しはいいところに泊りなよ。治安が悪いわけじゃあないけど、その二人ならそんなの関係なく暴走する男連中が出そうだからね」

 

 ハジメは苦笑しながら「そうするよ」と返事をし、神羅達と共に入口に向かって踵を返した。

 

 「ふむ、いろんな意味で面白そうな連中だね……」

 

 後には、そんなオバチャンの楽しげな呟きが残された。

 

 




 今作のハジメは現状原作並みの精神力を持っていますが、ぶっ飛んだ強さを持つ存在を知り、それの中でも最強格が仲間にいるためか怪獣関係には一切の慢心はありませんが、原作と比べて魔物や人間に対し、いささかの慢心を持っています。
 これが今後どうなるか………

 


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第27話 漢女、遭遇

 さて、次回よりいよいよライセン大迷宮ですが……ここから頑張って連投しようかなって思っています。正直に言って、一番書きたい場面が大迷宮にあるんですよね……

 ではどうぞ!


 神羅達がおばちゃん製の地図を片手にたどり着いたのはマサカの宿という宿だった。地図の紹介文によると料理が美味く防犯もしっかりしており、何より風呂に入れるという。少し割高になるのだが、そこは問題にはならない。

 4人が中に入ると、一回は食堂になっているようで、そこで食事をとっていた者達が一斉に神羅達に視線を向けてくる。その中をカウンターに向かって歩いていくと、15歳ぐらいの女の子が元気よく挨拶してくる。

 

 「いらっしゃいませー、ようこそ〝マサカの宿〟へ! 本日はお泊りですか? それともお食事だけですか?」

 「宿泊だ。このガイドブック見て来たんだが、記載されている通りでいいか?」

 「ああ、キャサリンさんの紹介ですね。はい、書いてある通りですよ。何泊のご予定ですか?」

 (……キャサリンって……)

 (名前ごときで狼狽えるな。ほれ、さっさとしろ)

 「ああ、一泊でいい。食事付きで、あと風呂も頼む」

 「はい。お風呂は十五分百ルタです。今のところ、この時間帯が空いてますが」

 「男女で分けるとしても………2時間は欲しいな」

 

 その言葉に女の子は驚いていたが、ハジメとしてはそこは譲れない。神羅も異存はないようだ。

 

 「それでお部屋はどうされますか?一応4人部屋も空いてますが……」

 「まあ、普通に2人部屋で……」

 「……ん。私とハジメで一部屋。神羅とシアで一部屋」

 

 その言葉に周囲が一気にざわつき、女の子が頬を赤らめる。それを見た神羅ははあ、と小さくため息を吐き、

 

 「いいや。男女別だ。我とハジメ。ユエとシアで分ける」

 「むぅ……なぜ……」

 「なぜって………どう考えてもそうしたほうが面倒が少ないからだ。シアがお前たちの部屋に突撃しかねん」

 

 もしも仮にだ。その通りの部屋割りにしたとしよう。そうすると、二人が防音も兼ねた部屋で二人きりになったら何をするのか分かり切っている。そしてシアもバカではないのだ。それに気づいていないわけではないだろう。現に今、シアが決意を新たに何かを言おうとしていた。それで騒ぎになったら宿に迷惑がかかる。それは避けたいところだ。

 

 「……問題ない。神羅がシアを抑えていてくれれば」

 「いや、別に我にはシアを抑える理由がないのだが……」

 「……あ~~、ユエ。今日は男女別に分かれよう」

 

 その言葉にユエが愕然とした表情を向けてくる。

 

 「……なんで?どうして?」

 「いや、兄貴の言う事ももっともだし、出来れば早めに迷宮に挑みたいしな。体力は温存したくて……」

 「……ハジメは、私の事が嫌い?」

 「いや、なんでそうなるんだよ……そんなわけないだろう?」

 「……だったら、今夜、私を愛して……」

 

 宿屋のど真ん中だと言うのに突如として二人きりの空間を作り出すハジメとユエ。その光景を見て食堂の客(独り身の野郎連中)は血涙を流し程に悔しがり、女の子は「こ、こんなところでいきなり……!はっ、まさかお風呂を二時間も使うのはそういうこと!? お互いの体で洗い合ったりするんだわ! それから……あ、あんなことやこんなことを……なんてアブノーマルなっ!」とトリップして、何ともカオスな空間となってきている。

 

 「………なんなんですかあの二人。何をナチュラルにこんな衆目でど真ん中で二人だけの世界に……」

 「何も言うな、シア。あの二人にはあとでしっかりお灸をすえておくから。ユエには念入りにな」

 

 さめざめと泣くシアの肩を神羅はポンポンと叩く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、二人を神羅の拳骨で引き戻し、半ば強制的に男女別の部屋に決めた後、4人はそれぞれ行動を起こす。

 ハジメは何やら作りたいものがあるとのことでそれの製作。神羅は食材の調達。シアは服を。ユエはシアに付き合うそうだ。

 一緒に外に出ることから神羅は道中店まで二人に付き合う事にした。

 で、3人はキャサリンの地図を頼りにとある冒険者向きの店に足を運んだ。ある程度の普段着もまとめて買えるという点が決め手だ。

 その店は、キャサリンがオススメするだけあって、品揃え豊富、品質良質、機能的で実用的、されど見た目も忘れずという期待を裏切らない良店だった。

 ただ、そこには……

 

 「あら~ん、いらっしゃい♡可愛い子達ねぇん。来てくれて、おねぇさん嬉しいぃわぁ~、た~ぷりサービスしちゃうわよぉ~ん♡」

 

 化け物がいた。身長二メートル強、全身に筋肉という天然の鎧を纏い、劇画かと思うほど濃ゆい顔、禿頭の天辺にはチョコンと一房の長い髪が生えており三つ編みに結われて先端をピンクのリボンで纏めている。更にその動きはくねくねと動き回り、そのたびにどう考えても露出過多な服装はぎしぎしと悲鳴を上げる。

 ユエとシアは硬直する。シアは既に意識が飛びかけていて、ユエはキングコングに通ずるが、それ以上の化け物の出現に覚悟を決めた目をしている。

 だが、そんな中でも全く動じない男が一人。

 

 「ああ、こっちの兎人族の少女に服を見繕ってくれ。デザインは彼女自身に聞くことで頼む」

 

 その堂々たる様にユエとシアは驚愕に目を見開いてばっ!と神羅に視線を向ける。

 

 「あら~~ん、恋人へのプレゼントかしらぁん?それなら任せてぇ~~ん。ピッタリなのを見繕うわ~~ん」

 「いや、彼女が好いているのは弟のほうだが……うむ、頼む。我は他に買い出しがあるから……ユエ、後は頼むぞ」

 

 そう言って神羅は店を後にしようとするが、その両腕をユエとシアが泣き出しそうな顔で同時に掴む。

 

 「む?なんだ?」

 「神羅さん……お願いです。買い物に付き合ってください……!後生です!」

 「いきなり何を言っている……服飾関係は二人だけだろう。それに女の買い物は長いと相場が決まっている。時間をかけていては手に入らない食材が出てくるかもしれんし……」

 「……そこを何とか……お願いだから……いくらでも荷物持ちするから………!」

 「まあ、確かに店長の外見は中々特徴的だが……ああいうのは個性のようなものだ。シアのうさ耳と同じものと考えれば問題あるまい」

 「ちょ!?撤回してください!違いますからね!?断じて違いますからね!?あれと私のうさ耳を同列に扱わないでください!」

 

 シアが思わず叫んだ瞬間、

 

 「だぁ~れの外見が、伝説級の魔物すら裸足で逃げ出す、見ただけで正気度がゼロを通り越してマイナスに突入するような化物だゴラァァアア!!」

 

 聞こえていたようで店長が咆哮を上げ、ユエはふるふると震え涙目になりながら後退り、シアは、へたり込み、少し下半身が冷たくなってしまった。だが神羅は全く動じない。

 

 「すまなかった。シアの代わりに謝罪する。詫びと言っては何だが、資金は多めに渡しておく。折角だからいい奴を見繕ってくれ」

 

 すると店長はすぐさま笑顔を取り戻し、

 

 「いいのよ~ん。気遣いのできる男じゃなぁ~~い♡。任せなさ~~い」

 

 そう言って店長はシアを抱えると店の奥に入って行ってしまう。その際のシアは食肉用に売られていく豚さんの目だったが、神羅は大げさだろう、と肩をすくめながら店を後にする。その背中にユエは戦慄したような視線を向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 町中の雑多を神羅は買った果物をかじりながら歩いていた。

 神羅が直々に目利きし、軽く口にしたりして厳選した食材や調味料の類が宝物庫の中にいっぱい入っている。更に、今回は調達できなかったが、欲しいと思った食材の情報もしっかり把握している。

 戦果は上々。一応ユエ達と合流しようと思って連絡したが、彼女たちの買い物も終わっており、戻るところだから宿屋で合流しよう、という話になったので神羅は宿屋に向かって歩いている。

 何だか道中でえらく町の一角が騒がしかったが………一応見に行ってみれば何やら一部の男たちが股間を抑えていたが、どうしたんだろうか。

 聞こうかとも考えたが別にいいかと自分の都合を優先し、宿屋に戻る。

 宿屋につくと、そこでシアとユエと合流する。

 

 「お、それが新しい衣服か」

 「あ、はい。そうなんですよ。どうですか?」

 

 そう言ってシアはくるりと体を一回転させる。シアの服は以前のハウリア族の物とほとんど露出度は同じだが、その上に長袖のコートを着て、下はスカートとスパッツになっている。

 

 「ふむ、いいのではないか?というか、最初が我でいいのか?そう言うのは好きな男に感想を求めるものと聞くが……」

 「あ~~~、そうかもしれませんが、神羅さんも仲間ですし、でしたら感想を求めるのは当然ですよ」

 

 その言葉に神羅は穏やかに目を細める。

 

 「そうか……では、ハジメの元に行くか。あっちももうある程度完成しただろう」

 「……ん」

 

 3人が部屋に戻ると、ハジメが首を軽く揉んでいた。

 

 「お、お疲れさん。何か、町中が騒がしそうだったが、何かあったか?」

 「ああ、何やら市街地の一角で大勢の男が股間を抑えていたのだが……何かあったのか?」

 「……問題ない」

 「あ~、うん、そうですね。問題ないですよ」

 

 二人の言葉に南雲兄弟は顔を見合わせる。間違いなく何かあったのだろう。だが……二人はスルーした。

 

 「必要なものは全部揃ったか?」

 「……ん、大丈夫」

 「こちらも問題ない。内容は限られるが洋食や和食を作れるようになった。あともう一つ、米に関する情報も手に入れたぞ」

 「え、マジで!?」

 

 その言葉にハジメは思いっきり食いつく。

 

 「ああ。ウルの町と言う所で作っているようだ。ただ、今はちょうど切らしているようでな。入荷は待たないといけないようだ」

 「そうか……でもま、あるって分かっただけでも十分だ」

 

 ハジメは嬉しそうに頷きながら手元の物をシアに差し出す。それは銀色の巨大な戦槌だった。

 

 「シア、こいつはお前用の新しい武器、ドリュッケンだ」

 「これが私の……って重っ!?」

 

 シアはそれを受取ろうとするが、あまりの重さにバランスを崩し、慌てて身体強化で支える。

 

 「今の俺にはこれくらいが限界だが、腕が上がれば随時改良していくつもりだ。怪獣との遭遇を考えると、用心しすぎてすぎることはないだろうしな。ユエと兄貴のしごきを受けたとはいえ、まだ十日。まだまだ、危なっかしいからな。言っておくが、仲間になった以上勝手に死んだらぶっ殺すからな?」

 「ハジメさん……大丈夫です。まだまだ、強くなって、どこまでも付いて行きますからね!」

 

 シアはドリュッケンを嬉しそうに胸に抱く。その様を見て神羅達は小さく苦笑を浮かべる。

 その日はそのまま宿屋に一泊する流れになった。その際、ハジメが風呂に入っていたらユエ達が突入しようと狙っていたので神羅が一緒に入ってそれを防ぎ、その様を宿屋の少女が覗いて顔を赤らめていた。

 そして寝る際にも二人そろって寝室に突入しようとしたので二人まとめてオスカー・オルクス謹製のアーティファクト、練鎖でぐるぐる巻きにして彼女達の部屋に放り込んでおいた。

 そして翌日の早朝、不機嫌そうなユエとシアをハジメに任せて神羅達は宿のチェックアウトを済まし、旅を再開させる。




 連鎖

 オスカー・オルクス作の鎖型アーティファクト。様々な用途に使える万能鎖。材料にアザンチウムが使われてるのでシアでも力づくでの突破は至難の業。


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第28話 突入!ライセン大迷宮

 早めに書き上げられました。投稿しますね。

 ではどうぞ!


 「一撃必殺ですぅ!」

 

 ズガンッ!!

 

 シアがドリュッケンを力の限り振るい、魔物を一撃で粉砕する。その死角から別の魔物が襲い掛かるが、神羅がシアのドリュッケンを握り、固定すると、シアはドリュッケンを支点に宙を舞い、回し蹴りで魔物を粉砕する。そのまま空中で身を捻って神羅の魔力駆動二輪に着地する。

 ブルックの町を出た4人はそのままライセン大峡谷にたどり着き、そのまま迷宮の入り口の捜索を行っているのだ。それももう二日目。すでにオルクス大迷宮の出口も通り過ぎている。

 その間、魔物が襲い掛かってくるのだが、その対応は戦闘経験を積ませるためにシアにほとんど任せていた。そしてシアが戦うときはそれなりの反動が襲うので、彼女はその間、それに耐えられる神羅の二輪に乗っていた。これもまあ、体幹の訓練にもなるので、シアもどこか不満げながらも素直に乗っていた。

 

 「はぁ~、ライセンの何処かにあるってだけじゃあ、やっぱ大雑把過ぎるよなぁ」

 「まあ、見つかれば儲けものと考えておけ。他の大迷宮で詳しい場所が分かるやもしれんしな」

 「……でも、魔物が鬱陶しい」

 「あはは……すいません。私が未熟なせいで……」

 「……自惚れない。そのために任せているから。」

 

 そんな風に愚痴をこぼしながら更に走り続ける事三日目。その日も収穫はなく、夜中に神羅達は野営の準備を始めていた。

 ユエとハジメが準備しているテントは生成魔法で生み出した暖房石と冷房石によって常に快適な温度を保ってくれ、冷房石を利用した冷蔵庫や冷凍庫も完備されている。さらに、金属製の骨組みには気配遮断が付加された気断石を組み込んであるので敵に見つかりにくいという優れ物だ。

 そして神羅とシアが使う調理器具は魔力を流して熱を発するフライパン、風爪を付与した包丁、スチームクリーナモドキなど、神羅とハジメの二人によって作られた品物ばかりだ。しかもちゃっかり神羅が使いやすい様に持ち手なども調整が施されている。

 その日の夕食は神羅謹製肉じゃがモドキだった。流石にこんにゃくは入っていないし、しょうゆも使っていないから肉じゃがとは呼べないかもしれない。だが、様々な調味料を吟味した神羅の手によって可能な限り肉じゃがに近い味わいの再現に成功していた。シアはその調理工程を熱心に見ていた。最近の調理風景は神羅がメインで料理を作り、それをシアがサポートしながら勉強している、といった具合だ。

 夕食を終えた4人はそのまま雑談をしながら過ごす。魔物はあまり寄ってこないし、寄ってきても神羅が殺気を少し出せばすぐさま逃げるので問題ない。

 そしてそろそろ就寝の時間という所で、シアがテントから出ていこうとする。

 ハジメが訝し気に首を傾げると、シアがすまし顔で言う。

 

 「ちょっとお花を摘みに」

 「ああ、なるほど。分かった。気をつけろよ」

 

 シアは軽く頭を下げてテントを出ていく。それからしばらくして、

 

 「ハ、ハジメさ~ん! ユエさ~ん!神羅さ~ん!大変ですぅ!こっちに来てくださぁ~い!」

 

 突然シアが大声で叫び、3人は顔を見合わせて即座に外に飛び出す。シアの声が聞こえた方向に向かっていけば、そこには、巨大な一枚岩が谷の壁面にもたれ掛かるように倒れており、壁面と一枚岩との間に隙間が空いている。シアは、その隙間の前で、ブンブンと腕を振っている。

 

 「こっち、こっちですぅ!見つけたんですよぉ!」

 「分かった分かった。とりあえず落ち着けって」

 「見つけたと言うが、何を見つけたのだ……」

 「うるさい……」

 

 はしゃぎながらハジメとユエの手を身体強化全開で引っ張るシアに3人は呆れを滲ませていると、シアはそのまま壁の隙間に3人を導いていく。隙間の中は壁側が窪んでおり、意外と広い。そしてシアが得意げに壁の一角を指さす。そこには……

 

 〝おいでませ! ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪〟

 

 と、長方形の看板にえらく丸っこい女の子っぽい文字でそう彫られていた。!や♪が妙に強調されている。

 

 「……何じゃこれ」

 「……なにこれ」

 「…………迷宮の入り口……なのだろうか………」

 

 ハジメとユエと神羅は茫然としながらもあり得ないものを見たと言う表情を浮かべている。

 

 「何って、入口ですよ!大迷宮の!おトイ……ゴホッン、お花を摘みに来たら偶然見つけちゃいまして。いや~、ホントにあったんですねぇ、ライセン大峡谷に大迷宮って」

 「……二人とも、これ、どう思う?本物だと思うか?」

 「まあ……恐ろしく気の抜けるふざけきった看板だが………」

 「……解放者のミレディの名前が彫られてるから……多分本物……」

 

 そう言われても、オルクスの事を考えると本当なのかどうしても疑ってしまう。

 

 「でも、入口らしい場所は見当たりませんね? 奥も行き止まりですし……」

 

 ハジメ達の心情など気づいていないようにシアが壁に近づこうとするが、それを神羅が頭を後ろから鷲掴みにして制する。

 

 「ふにゃが!?し、神羅さん!?」

 「愚か者。大迷宮ならば入り口であろうとどこに罠があるかもわからん。安易に触れようとするな」

 「あ、はい……」

 「とりあえず我が調べよう」

 

 そう言って神羅が前に出て、壁を調べ始める。確かに、神羅ならば半端な罠など全く意に介さないだろう。

 ペタペタと壁を壊さないように叩いていると、

 

 ガコンッ!

 

 「む?」

 

 突如として奥の壁が忍者屋敷の仕掛け扉のようにぐるりと回転。それに巻き込まれた神羅はそのまま壁の向こうに消えて行ってしまう。

 

 「「………」」

 

 奇しくも隠し扉を見つけたおかげでここが大迷宮であると言う可能性が一気に増した。一気に増したのだが……やはり看板が何というか……緊張感を著しく無くす。ハジメとユエは頬を引くつかせるが、シアは無邪気に喜んでいる。

 

 「やっぱりここが迷宮の入り口ですよ!さっそく私たちも行きましょう!」

 

 まあ、シアの言う事ももっともだし、いつまでも神羅を一人にするわけにもいかない。3人は隠し扉に手をかける。扉がぐるりと回転して迷宮の中にいざなう。

 その瞬間、ヒュヒュヒュ!という無数の風切り音が響いたかと思うと暗闇の中をハジメ達目掛けて何かが飛来した。

 

 「にゃっ!?」

 

 突然の事にシアは驚いたように声を出すが、ハジメ至って冷静にそれをドンナーですべて叩き落す。それは黒塗りの艶のない矢だった。それが20本襲い掛かってくるが、ハジメはそれを全て夜目で見切っていた。

 

 「いきなりだな……しかしシア、しっかりしろよ。この程度で驚いてたら身がもたないぞ」

 「あうぅ……すいません……」

 

 ハジメが呆れながら言うと、シアは申し訳なさそうに呟くが、次の瞬間、

 

 シャァァァァァァァァ……

 

 「へ?あ、いや、ちょ、ちょっと待……!?」

 

 へたり込んだシアの股間が盛大に濡れ始めたのだ。その理由は……お察しである。

 

 「そう言えば花を摘みに行っている途中だったな……まぁ、何だ。ドンマイだ……」

 「うわぁ~~ん!どうして先に済ませておかなかったのですかぁ、過去のわたじぃ~!!」

 

 女として絶対に見られたくない姿を、よりにもよって惚れた男の前で晒してしまったことに滂沱の涙を流すシア。流石に同じ女として不憫に思ったのかすぐに着替えを取り出して差し出す。

 素早く着替えたシアだが、即座に意識を切り替えて歩き出そうと顔を上げてぴたりと止まる。不審に思い、二人がシアの視線を追うと、3人がいる部屋のど真ん中に、石板が設置されており、また丸っこい文字でこう書かれていた。

 

 〝ビビった? ねぇ、ビビっちゃった? チビってたりして、ニヤニヤ〟

 〝それとも怪我した? もしかして誰か死んじゃった? ……ぶふっ〟

 

 それを見たハジメとユエの心情は一致した。すなわち、うぜぇ~~、である。

 シアは無言で石板に近づくと、ドリュッケンを取り出し、渾身の力で石板に叩きつけて粉々に粉砕する。更にその状態で何度も何度もドリュッケンを叩きつけていく。

 すると、砕けた石板の跡、地面の部分に何やら文字が彫ってあり、そこには……

 

〝ざんね~ん♪ この石板は一定時間経つと自動修復するよぉ~プークスクス!!〟

 

 「ムキィーー!!」

 

 シアがマジギレして更に激しくドリュッケンを振い始めた。部屋全体が小規模な地震が発生したかのように揺れ、途轍もない衝撃音が何度も響き渡る。

 その光景にハジメが呻いた瞬間、

 

 「む、シアはどうしたのだ?」

 

 後ろから声をかけられて振り返れば、そこにはきょとん、とした表情の神羅が立っていた。

 

 「あれ?兄貴。今までどこに……」

 「どこにって……ここに入ったら何かが飛んできたんだが、何のダメージもなく、他に何かあるのかと思ったら扉が回転してまた外に出てしまってな。その時お前たちがいなかったら一応警戒していたんだが、特に何もなかったので戻ってきたところだ」

 「……そっか」

 

 どうやら矢は神羅にかすり傷も与えられず、その場で待機していたらこちらが入ったのと入れ替えに外に出てしまっていたらしい。

 

 「……で、シアはどうしたのだ?それに、なんかさっきまで無かった妙なにおいが……」

 「……何でもない。きっと迷宮のトラップ。神羅は気にしないでいい」

 

 ひくひくと鼻を引くつかせる神羅にユエは慌ててそう言い、意識を逸らす。流石に彼にまで知らせる必要はないだろう。

 

 「まあ……そうだな……一応俺から言える事は……ミレディ・ライセンだけは解放者云々関係なく、人類の敵って事かな……」

 

 ハジメの言葉に神羅はん?と小さく首を傾げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光など届かない闇の奥深く。そこにその部屋はあった。真っ白な部屋で、一見すると無機質に見えるが、その中には明らかに誰かの私物が置かれており、誰かが住んでいることは間違いない。

 その部屋の一角で、一つの人影が迷宮に突入したハジメたちを壁に埋め込まれたアーティファクト越しに見ていた。

 いいや、それは人影と言えないだろう。何せそれの乳白色のローブから覗く手足は金属の光沢で構成されており、ニコちゃんマークの仮面を被っているからだ。

 

 「……そうか……本当に……あの子の言う通り………ついに……ついに来たんだ……挑戦者が……」

 

 その人影……ゴーレムから発せられたは若い女の声。彼女はどこか感慨深げに呟いていた。それはそうだ。ずっと、ずっと彼女は、彼女たちはその時を待ち続けていたのだ。長い時を気が遠くなるほど長い時を。

 だが、次の瞬間、彼女はそれこそニマニマと言う擬音がつきそうなぐらい楽しそうな声を漏らす。

 

 「いや~~、しかしいい反応してくれるね。これは頑張って仕掛けた甲斐があったってもんだよ♪」

 

 ニマニマと言う擬音が聞こえてきそうなぐらい楽しそうな声はむしろうざいとさえ言われそうだが、次の瞬間、その気配を消す。そして彼女は静かに視線を動かし、神羅を目にすると、一転、優し気な雰囲気を醸し出す。

 

 「そして彼が………………良かったね……モスモス……信じて待ち続けて良かったね……でも、彼が来たと言うのなら………私も準備をしないとダメかな………」

 

 そう呟くと、ゴーレムは部屋の一角に向かって歩いていき、そっと壁に触れる。すると、壁の一角が音もなく開き、ゴーレムがはその中に入っていく。

 そこは四方200mはありそうな広大な部屋だった。だが、その部屋の中には物は置かれておらず、代わりに床のほとんどを埋め尽くすほど巨大な魔法陣が描かれていた。

 直径にして100mは超えており、更に描かれた術式は複雑極まりない。恐らく、ユエでさえ見た瞬間理解を放棄するほどに緻密で、精密で、濃密な、およそ人間業とは思えないような魔法陣。その魔法陣の一角には青白い光をたたえる鉱石が設置されている。

 その魔法陣の真ん中にゴーレムは歩いていき、立ち止まると、

 

 「………始めよっか」

 

 その呟きと共に、魔法陣が凄まじい光を発し、部屋の全てが純白に染め上げられる。




 さてはて、ライセン大迷宮はどうなるのか……


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第29話 ウザくも危険な大迷宮

 今年は2020年……奇しくもセブンスドラゴン2020の年に入りましたね……セブンスドラゴンシリーズ、リメイクして出してくれないかな……これ、すごく大好きなんですよね……初代はあいにくやってないんですが、それ以降は全てやりました。もっかいやりたいなぁ……

 ではどうぞ!


 かくして、ついにライセン大迷宮の攻略に乗り出した神羅達だが、想像以上に厄介な場所だった。

 まず、峡谷以上の魔力分解能力により、まともに魔法が使えない。魔懐よりはマシなのだが、それでもユエにとってはかなり厳しい場所だ。上級は使えず、中級以下は使えても射程は5mもいけばマシと言う状況だ。

 魔晶石の魔力も考えて使わなければあっという間になくなってしまう。並みの魔法使いでは軒並み役立たずになってしまうだろう。

 ハジメも例にもれず、外部に魔力を使う固有魔法はほとんど使い物にはならず、かろうじて纏雷は使えるが、出力は大きく下がってしまい、レールガンも威力は半減してしまっている。

 代わりに体内で発動するタイプの身体強化は影響を受けない。よって、ここでは元々桁外れの身体能力を持つ神羅と身体強化特化のシアが重要となってくる。

 神羅は至って変わらずなのだが……

 

 「殺ルですよぉ……絶対、住処を見つけてめちゃくちゃに荒らして殺ルですよぉ」

 

 大槌ドリュッケンを担ぎ、据わった目で獲物を探すように周囲を見渡していた。明らかにキレていた。どうやら入り口での出来事がかなりカンに触ったようだ。

 その心情が理解できるだけにハジメもユエも何も言えなかったのだが、神羅は小さくため息を吐くと、シアの頭に軽くチョップを落とす。

 

 「ハキュン!?し、神羅さん!?いきなり何をするんですか!?」

 「何をするではない。いつまでも怒りに目を曇らせるな。ここは大迷宮。どこから何が飛んでくるかは分からん。そんな状態ではあっという間に命を落とすぞ。それでいいならこちらは構わんが」

 

 神羅の苦言にシアはうっ、と小さくうめき声を漏らし、少ししてしょんぼりとして、

 

 「すいません、神羅さん、ハジメさん、ユエさん……」

 「まあ、気持ちは分かるから何とも言えないけどな……」

 「……ん……」

 「全くあの程度で……もっとどっしりと構えろ。ああいうのは相手すればするほど思うつぼだぞ」

 

 そう言われてもここに至るまでに同じようなトラップや言葉があり、あれ等をそうやすやすと無視はできないと思う。やはり億単位で生きている奴は器自体が違うのだろうか……とハジメたちは顔を引きつらせながらここまでの経緯を思い返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 入口から少し進み、最初に出たのは広大な空間だった。階段や通路、奥へと続く入口が何の規則性もなくごちゃごちゃにつながり合っている。一階から伸びる階段が三階の通路に繋がっているかと思えば、その三階の通路は緩やかなスロープとなって一階の通路に繋がっていたり、二階から伸びる階段の先が、何もない唯の壁だったり、本当にめちゃくちゃだった。神羅はなんかこう言う絵画があったなぁ、と考えていた。

 

 「こりゃまた、随分と迷宮らしい場所に出たな」

 「……ん、迷いそう」

 「ふん、流石は腹の奥底まで腐ったヤツの迷宮ですぅ。このめちゃくちゃ具合がヤツの心を表しているんですよぉ!」

 「……気持ちは分かるから、そろそろ落ち着けよ」

 「とりあえず進もう。ハジメ、マーキングを頼むぞ。地図は我が」

 

 あいよ、とハジメは準備を始める。ここでいうマーキングとはハジメの追跡の固有魔法の事で、ハジメが触れた場所に魔力の痕跡を残すことで、その痕跡をたどれるというものだ。これは他のメンバーにも可視化すればわかるものだ。壁に直接効果を付与するので分解効果も及ばないようだ。

 ハジメは早速壁付近にマーキングして、そのまま進んでいく。目の前の壁自体が発光している長い通路を進んでいると、

 

 ガコンッ

 

 そんな音を響かせてハジメの足元の一部が沈む。その音にハジメたちがえ?と足元に視線を向けた瞬間、通路の先の壁から高速回転、振動している丸鋸が現れ、迫ってくる。

 

 「回避!」

 

 ハジメはそう叫びながらマトリックスのようにのけ反り、ユエとシアがしゃがんで回避する中、神羅はその場に立ったままだ。そのまま丸鋸は神羅の体に激突、ギャリギャリと耳障りな音を立てるが、服は切れず、薄皮一枚切れない。神羅はそのまま丸鋸に手をかけ、軽く力を籠める。それだけで丸鋸はバキンッ!という音と共に砕けちる。だが、まだ終わりではなかった。更に、そこに上方から無数の刃がギロチンのように振り下ろされてくる。

 ハジメ達はすぐさま回避するが、神羅はその場で上に向かって拳を薙ぎ払う。拳が刃に触れた瞬間、丸鋸のように砕け散っていく。

 

 「……どうやら完全な物理トラップみたいだな……魔眼石じゃ何も分からなかった……」

 

 今までの迷宮での罠は魔力を用いる物ばかりだった。それによって先入観を持って行動してしまった。

 

 「ふむ……厄介だな……まあ、見てから対処できるだけマシか……」

 「……神羅は対処する必要……ある?」

 「神羅さん……本当にとんでもないですぅ……」

 

 神羅を見上げながらシアは戦慄の表情を浮かべている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トラップに注意しながらハジメたちは進んでいく。神羅が最前列に立てばそれだけでほとんどの罠をある意味で無力化できるかもしれないが、それでは意味がない。なので神羅は最後尾に位置してもらい、後方からの罠を警戒してもらう事にした。

 一応魔物の類は出てきていない。この環境では魔物も十全に力を発揮できないからだろうか……

 

 「うぅ~、何だか嫌な予感がしますぅ。こう、私のウサミミにビンビンと来るんですよぉ」

 

 下り階段を下りていると、シアが不意にそう言い、それと同時にハジメたちは足を止める。

 ここの罠はハジメ達ではほとんど感知できない。だからこそ、彼らはどんなに些細な変化でも見逃さないように努めていた。

 

 「と、なるとこの先に何かあるのか……?とりあえず「ガコンッ」おい嘘だろ!?」

 「……動いてないのに!」

 

 直後、階段から段差が消え、スロープに変化。さらにそこからよく滑るタールのような液体があふれ出してくる。

 

 「ちっ、全員掴まれ!」

 

 神羅はそう言うと同時に変化して黒く、長い尾を生やし、自分はスロープに指を突き立てて体を固定する。ハジメ達は即座にその尾に掴まるが、

 

 「うきゃぁぁぁ!?」

 

 シアはそんな器用なことはできず、そのまま転倒して後頭部を強打。悶えている間に滑落していく。

 

 「だぁぁ、世話が焼ける!」

 

 ハジメは左腕の義手から錬鎖を飛ばしてシアの背中のドリュッケンに届かせ、そのまま巻き付け固定させる。

 シアの滑落が止まり、ドリュッケンの重さが加わり、義手から異音が響き、ハジメは落ちそうになるが、根性で耐える。

 どうにか滑落せずに済んだことで神羅達は息を吐く。

 

 「おい、シア。早く登って掴まれ!重いんだよ!」

 「ちょ、ハジメさん!いくら何でも女の子に重いっていうものじゃないと思うんですけど!?」

 「事実だろうが!ドリュッケンの重さも加わってんだぞ!」

 「そうですけども!」

 「……余裕そうだな」

 

 神羅のつぶやきにユエはう~~ん、と小さく唸る。

 その後、シアが錬鎖をたどって神羅の尾に掴まると、神羅はそのままゆっくりとスロープを下っていく。すると、

 

 「兄貴、道が途切れてるぞ」

 

 ハジメが指さした先は、確かに道が途切れている。神羅達は慎重に下っていき、ふちにたどり着くと、そっと顔を出して下を覗き込む。そしてすぐにハジメたちはその行いを後悔した。

 下には夥しい数のサソリが蠢いていたのだ。どれもこれも大きさは十センチほど。魔物と言うより普通のサソリに見える。だが逆にそれが嫌悪感を際立たせる。

 顔をしかめながら目を背けるように顔を上げて4人はぴたりと動きを止める。天井にはあの石板のように文字が彫られており、読みやすい様に光っている。

 

 〝彼等に致死性の毒はありません〟

 〝でも麻痺はします〟

 〝存分に可愛いこの子達との添い寝を堪能して下さい、プギャー!!〟

 

 ここに落ちた被害者は麻痺毒で動きが取れず、サソリに全身たかられた状態で必死に藁にもすがる思いで天井に手を伸ばすだろう。そしてこの言葉を目にするのだ。その時の心境はいかほどか……

 

 「これは確かに………かなり性格が悪いな……」

 

 神羅の言葉に全員が同意するように頷いていた。

 その後、下に横穴を見つけたので、折角だからとそちらを進むことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後も、進む通路、たどり着く部屋の尽くで罠が待ち受けていた。突如、全方位から飛来する毒矢、硫酸らしき、物を溶かす液体がたっぷり入った落とし穴、アリジゴクのように床が砂状化し、その中央にワーム型の魔物が待ち受ける部屋、そしてそれらに漏れなく付随するウザい文。最初はこれらに煽られ、ストレスがマッハだったハジメ達だった。やはり神羅並みの精神力が必要なのだろうか……

 そんな時、入った瞬間、天井が落ちてきた部屋に突入したのだが、ハジメ達は即座にその場にしゃがむも神羅はその場に立ったままだった。結果は目に見えていた。案の定その天井は神羅の頭に直撃すると同時に甲高い音と共に弾き返される。そのまま至って冷静に4人で部屋から出ると、目の前には、

 

 〝ぷぷー、焦ってやんの~、ダサ~い〟

 

 と、あったのだが……

 

 「残念でした~~~!神羅さんのおかげで何ともありませんよ~~~だ!どんな気持ちですか!?頑張って用意した罠をあっさり無力化された気分は!」

 

 シアがここぞとばかりに文字に向かって煽りかえしていた。ここまでさんざん煽られ続け、それに反応し続けていたのだ。そうでもしなければ精神衛生上よろしくなかったのだろうが……

 

 「……完全にミレディと同類ではないか……」

 

 だが、そんな事を言ったらそれこそ彼女がどうなるのか分からないので黙っておくことにした。

 そのまま時に文字に対して煽りかえしながら罠を乗り越えて進んでいくと、スロープ状の螺旋を描くように下っていく通路にたどり着く。

 いかにもな場所であるため警戒しながら4人は進んでいくのだが、やはりと言うべきかガコンッという音が響く。スイッチもくそもない。まるで見ながら任意で起動させているような感じにハジメたちは文句を言いたくなる。

 それでも即座に全員が警戒していると、ゴロゴロゴロゴロと明らかに何か重たいものが転がってくる音が響いてくる。

 4人がすぐさま振り返れば、カーブの奥から通路と同じ大きさの大岩が転がってきた。定番と言えば定番だ。

 だが、ユエとシアは逃げようとはせず、どうしよう、と顔を見合わせる。なぜならあの程度、神羅が片手で受け止める未来しか見えないからだ。

 だが、その神羅の前にハジメが立つ。

 

 「……ハジメ?」

 「ハジメさん?」

 

 二人の呼びかけに答えず、ハジメは腰を深く落として右手を前に突き出し、左腕を引き絞り、正拳のような構えを取る。そして義手からは甲高い音が鳴り響く。更に靴からスパイクを練成して体をしっかりと固定。

 

 「これぐらい………てめぇで何とかできないとなぁ!」

 

 そう吠えながらハジメは勢いよく左腕を繰り出し、大岩に叩きこむ。凄まじい轟音と共に大岩全体に罅が走り、大岩の勢いが大きく減衰する。

 

 「ラァア!!」

 

 そのまま勢いよく拳を振りぬき、大岩を逆に粉砕する。ひじのショットシェルを使った加速、技能の剛腕、さらに振動を与えて対象を粉砕する振動破砕、全部盛りの一撃を以て神羅のようにトラップを強引に突破したのだ。

 ふう、とハジメが満足げに息を吐いていると、

 

 「ふむ、やるな、ハジメ」

 「ありがと。まあ、兄貴だったら片手で軽く受け止めてたんだろうがな……」

 

 まだまだだ、とハジメが首を横に振っていると、はしゃいだ様子のユエとシアが駆け寄ってくる。

 

 「ハジメさ~ん!流石ですぅ!カッコイイですぅ!すっごくスッキリしましたぁ!」

 「……ん、すっきり」

 「まあ、これでここら辺は安全だろう……」

 

 神羅がそう呟いた瞬間、ふたたびゴロゴロと言う聞き覚えのある音が聞こえてくる。その音にハジメ達3人が固まり、ゆっくりと振り返れば、黒光りし、表面の穴から何やら液体を垂れ流しながら転がってくる巨大な鉄球だった。

 

 「……嘘ん……」

 「な、なんですか……あの液体……」

 「まあ、普通の液体ではないだろうな」

 

 そう言うと神羅はそのままハジメたちの前に立つ。ハジメ達は即座に神羅の後ろに少し離れて待機する。

 そして神羅はそっと右手を前に突き出す。そこに鉄球が激突するのだが、神羅の体はびくともしない。見事、右手一本でその鉄球を押しとどめた。

 が、

 

 「ぐぅ!?」

 

 その瞬間、神羅の手に焼けるような痛みが走り、神羅は即座に鉄球を持ち上げると勢いよく投擲、鉄球はそのまま壁に激突すると壁を粉砕しながら消えて行ってしまう。

 

 「兄貴どうした!?」

 「な、何が起こった!?」

 「何ですか何ですか何なんですか!?」

 

 神羅が苦し気にうめき声を上げると、その様子にハジメたちは慌てて駆け寄ろうとするが、

 

 「来るな!ユエ、風壁でお前たちを包め!」

 

 神羅の一喝にハジメたちは急ブレーキをかけて停止し、ユエは即座に風壁を発動させ、ハジメ、自分、シアを風の壁で包む。

 その間に神羅は右手を宝物庫から取り出した布で拭うと、周囲に目を向け、その場でしばらく待つ。

 そして少しすると、布を宝物庫にしまい、ハジメ達の方を向き、

 

 「急いでここを出るぞ。説明はここを出た後にする」

 「え、ええっと……お、おう」

 「……ん」

 「は、はい!」

 

 神羅の有無を言わさぬような言葉にハジメたちは戸惑いながらも頷くと、風壁を解いてすぐさま移動する。

 そのまま通路の先を進んでいき、明らかにヤバ気な液体で満たされたプールをこえてたどり着いた長方形型の部屋にたどり着いたところで、ようやく一息を吐き、神羅に視線を向ける。

 

 「それで兄貴……一体どうしたんだよ。あの液体は……」

 「これがその答えだ」

 

 そう言って神羅が見せた右手を見て、ハジメとユエは大きく息を呑み、シアはひっ、と声を漏らす。

 その右手は爛れていた。赤く膨れ、皮がめくれあがってしまっており、中の肉が一部見えてしまっている。

 

 「そ、それは……」

 「あの液体でやられた。床などが溶けていなかったところを見ると、恐らくあれは毒の類だったのだろう」

 「ちょ、ちょっと待てよ……兄貴にここまでのダメージを与える毒って……」

 「この世界の人間であれば、触れるだけで即死だな……毒耐性など、無い様なものだ。気化したものを吸っただけでもアウトだろう」

 「……だから風壁で防御を……」

 「そ、そんな毒があるんですか……?」

 「トータスにはないであろうな……恐らく、我の世界の物であろう」

 

 そう言いながら神羅は宝物庫から包帯を取り出し、右手に巻いていき、更に力を開放する。こうしておけば、しばらくすれば毒も中和され、傷も癒えるだろう。

 

 「さて、それでここは………」

 

 神羅が部屋の中に目を向ける。それにつられてハジメたちも視線を向ける。部屋の中には無数の騎士の像が立ち並んでいる。

 その奥には黄色の水晶が埋め込まれた祭壇のようなものがある。

 

 「いかにもな場所だな。ここがミレディの隠れ家か?」

 「そうなると……最後のガーディアンがいるはずだ。それに、獣級試練もな。恐らく……」

 

 神羅がそう言っていると、目の前の騎士象たちの目にあたる部分が光り輝き、ガシャガシャと音を立てながら動き出す。恐らくゴーレム騎士というものだろう。その数、およそ50体。

 

 「まあ、そうだよな……兄貴、下がっていてくれ」

 「いいのか?この程度、片手でもどうにかなるぞ」

 「そうかもしれないけど、流石に頼りっぱなしはな……」

 「……ん。ここは私たちに任せて」

 「……そうか。分かった。ならば任せよう」

 

 そう言うと神羅は後ろに下がる。

 

 「え、ええ……?神羅さん抜きでやるんですか……?」

 

 ハジメとユエがやる気なのに対し、シアは少々及び腰だ。まあ、本来は温厚な一族の彼女だ。いかに神羅に稽古をつけてもらい、それなりに戦闘を経験したとはいえ、まだまだ経験不足だし、心のどこかで神羅に頼っていたと言うのもあるだろう。

 

 「シア」

 「は、はいぃ! な、何でしょう、ハジメさん」

 

 緊張した様子のシアに、ハジメは優しく語り掛ける。

 

 「お前は強い。俺達が保証してやる。こんなゴーレム如きに負けはしないさ。だから、下手なこと考えず好きに暴れな。ヤバイ時は必ず助けてやる」

 「……ん、弟子の面倒は見る」

 「それに、本当に不味い時は我も参戦する。そう気負う必要はない」

 

 3人の言葉にシアは息を呑むと、小さく笑みを浮かべながら気合を入れなおすようにドリュッケンを取り出して構える。

 

 「はい、やってやりますよ!」

 

 それと同時に、ゴーレム騎士たちが一斉にハジメたちに向かって襲い掛かる。




 神羅にダメージを与えた毒は当然モンスターバース産ですが、オリジナルの毒物です。一応これの設定は活動報告に上げていますが、こっちにも出します。

 ベーレム
 
 ペルム紀に生息していたヒトデと同じ種類の生物。体内で強力な毒素を生み出し、それを獲物や外敵に吹き付ける。毒素は海水に溶け、海水中の微生物が分解することで効力を失う。現代の環境では数日かかるが、ペルム紀当時の微生物ならば数時間で分解されていた。厄介なのは分解されるまでの間、一帯の海水は毒素に侵され、耐性が無い生物は死に耐えてしまう死の海域となる事。だが、ペルム紀の海生生物はほとんどがある程度の耐性を持っており、最低限の耐性でも数日留まるか、原液をかけられなければ耐えられるため生態系にはさほど影響はなかった。また完全な耐性を持つ生物も少なくないためベーレム自体は被捕食者側である。酸性などはないが、皮膚に触れるだけでも危険なため、扱う場合、浸透性のない素材でなければならない。

 今回の毒はベーレムの毒を濃縮したものであるため、普通の物よりも毒性が格段に強いです。
 なお、ユエが触れた場合、自動再生が発動する前に即死します。


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第30話 ゴーレム戦

 ちょい短いですが、キリがいいので投稿します。

 ではどうぞ!


 ゴーレム騎士たちは見た目にそぐわない機敏な動作でハジメたちに襲い掛かるが、先頭のゴーレム騎士をハジメのドンナーとシュラークが撃ち抜く。

 半減しているとはいえ、並みの破壊力ではない射撃は先頭のゴーレムを弾き飛ばす。だが、後続のゴーレムたちはそのゴーレムをよけながらハジメたちに襲い掛かる。

 だが、それを迎え撃つようにシアが最前列に立つとドリュッケンを腰だめに構え、

 

 「おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 雄たけびと共に横薙ぎに振るう。その一撃はゴーレム騎士を何体もまとめてひしゃげさせながら吹き飛ばす。さらにそこからショットシェルを激発させてその勢いを使ってもう一回転して更にもう一撃を叩きこみ、更にゴーレム騎士を吹き飛ばす。

 そこでシアは一度勢いを殺して攻撃の手を緩めるが、そこを待ってたようにゴーレム騎士が殺到してくる。

 だが、シアは最前列のゴーレム騎士の攻撃を回避するとその腹部をぶん殴る。

 およそ鎧を殴ったとは思えない轟音と共にゴーレム騎士の胴体がひしゃげ、後方に吹き飛び、後続のゴーレム騎士を巻き込んでいく。シアは即座に跳躍すると、上空からドリュッケンを振り下ろし、防御しようとしたゴーレム騎士をそのまま粉砕する。更にそのまま射撃を敢行、反動でドリュッケンを跳ね上げるとそのまま一回転して再びドリュッケンを横薙ぎに繰り出し、ゴーレムをまとめて吹き飛ばす。

 その戦果にシアは小さく笑みを浮かべる。戦えている。ちゃんとハジメやユエ、神羅と共にいけるのだと言う実感が生まれ、思わず気が緩んでしまう。

 その隙をゴーレム騎士は見逃さない。何と一体のゴーレム騎士の体がまるで砲弾のように勢いよく射出、シアに襲い掛かったのだ。

 

 「はいっ!?」

 

 その光景に度肝を抜かれたシアは慌てて体を投げ出して回避する。そこに別のゴーレム騎士が襲い掛かるが、横合いから飛んできた水流がゴーレム騎士を切り裂き、倒す。

 

 「……油断大敵」

 「す、すいません!」

 「……まあ、あれは私も予想外……っと!」

 

 そのユエ目掛けて投げつけられた剣が豪速で接近する。ユエはそれを回避すると手にした水筒内の水を用いた破断でゴーレム騎士を切り裂く。

 さらに別の場所からもゴーレム騎士が突っ込んでくるが、今度はそれをシアがドリュッケンで逆に撃ち返す。

 シアすぐさま別のゴーレムの頭上に回り込み、ドリュッケンを振り下ろすが、その前にひときわ巨大なゴーレムが回り込む。だが、シアはそんなの関係ないと言わんばかりにまとめて叩き潰そうとする。

 だが、ドリュッケンがゴーレム騎士に直撃した瞬間、凄まじい轟音と衝撃波がほとばしるが、ゴーレム騎士はその一撃を受け止めきる。

 

 「うそっ!?」

 

 シアは驚愕に目見開いてゴーレム騎士を見つめる。そのゴーレム騎士は巨体なだけではなかった。兜が鬼のような様相なのだが、それよりも目を引くのは背中の20本の腕だ。多腕はその腕をいくつかひしゃげさせながらも受け止めきっていたのだ。

 シアが驚いている間にその多腕はシアを思いっきり壁に向かって放り投げる。

 ユエがすかさず破断で多腕に攻撃を仕掛けるが、多腕はその多数の腕を使って防ぐとユエとの距離を詰め、多腕を振り回す。それだけで反則と言っていいほどの攻撃範囲を誇る。ユエは即座に回避するが、すぐさま別の腕がユエに振り下ろされる。

 

 「くっ!」

 

 ユエはとっさに宝物庫から黒盾を取り出すとその陰に隠れる。次の瞬間、腕が黒盾に直撃し、ユエごと吹き飛ばす。

 多腕は即座にユエに襲い掛かろうとするが、その後ろからゴーレム騎士の残骸が直撃し、バランスを崩す。

 

 「どっせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!」

 

 その背後からシアがドリュッケンを構えながら襲い掛かる。

 多腕は振り返ろうとするが、その足をハジメのレールガンが撃ち抜き、その場に崩れ落ちてしまう。その隙にシアは渾身の力を籠め、激発の反動も利用した一撃を叩きつける。今度は耐えることなどできず、轟音と共に多腕の体は叩き潰されてしまう。

 

 「ハジメさん、ありがとうございます!」

 

 シアはハジメに礼を言いながらも即座にユエの援護に向かう。

 

 「二人とも気をつけろ。このゴーレムども、核を持ってない。代わりに感応石で操っているみたいだ」

 「……つまり、この部屋もまだ通過点」

 「分かりました!」

 

 二人の返事を聞きながらハジメは自分を包囲しているゴーレム騎士の一団を睨みつける。

 一体のゴーレム騎士が大剣を振り下ろしてくるが、それをドンナーで受け流してシュラークで頭を吹き飛ばす。更にそのまま背後のゴーレム騎士を撃ち抜き、両サイドからの攻撃を回避すると即座に同時に撃ち抜く。

 すると、別のゴーレム騎士がその体を弾丸として勢いよく突っ込んでくるが、ハジメは即座にドンナーの銃撃でその体を吹き飛ばすが、

 

 「なに!?」

 

 その身体は失速などせず、そのまま勢いを保ちながらハジメ目掛けて襲い掛かる。ハジメは即座に回避するが、そこに別のゴーレム騎士が剣を投げつけてくる。ハジメはその剣を蹴りで迎撃するが、その真後ろに続くようにゴーレム騎士本体が弾丸となって襲い掛かる。

 ハジメは足一本で宙に飛び上がって回避するが、その着地際を狙ってゴーレム騎士が襲い掛かってくるが、ハジメは空中でドンナーとシュラークを発砲、頭部を撃ち抜く。

 その瞬間、崩れ落ちるはずのゴーレム騎士の体がバラバラになりながらハジメ目掛けて凄まじい勢いで跳び上がってくる。

 

 「っ!」

 

 ハジメはとっさに明後日の方向にドンナーとシュラークを最大の纏雷を纏わせて連射。レールガンの反動で強引に体制を変えて襲撃を回避する。

 そのまま地面にぶつかるがそのまま転がって態勢を整えると即座にリロードして構える。

 

 「ふう……なかなかやるじゃないか……」

 

 流石は大迷宮と言ったところか。全く油断ができない。だが、いくら核を持たないと言えど所詮はゴーレム。あのキングヒュドラに比べれば敵ではない。あの時の地獄に比べればこの程度、何の問題もない。

 だが、流石に面倒になってきた。まだまだいるゴーレム騎士を見てハジメは息を吐くと、宝物庫からオルカンを取り出して構える。

 

 「二人とも耳を塞げ!」

 「……ん!」

 「え!?なんですか!?」

 

 その瞬間、オルカンが火を噴き、6発のミサイルがゴーレム騎士の一軍に直撃し、凄まじい轟音と共にと爆炎と衝撃波がゴーレム騎士を飲み込み、吹き飛ばしていく。

 

 「……すごい火力」

 「うさ耳が~~~!私のうさ耳が~~~!」

 

 ユエがその破壊力に目を見開く中、シアはその優れた聴覚が仇になり、涙目で絶叫を上げている。

 だが、その戦果は上々だ。ゴーレム騎士はその数を大きく減らし、残りは十数体ぐらいしか残っていない。

 このまま一気に、とハジメが構えた瞬間、

 

 「ふうむ……流石にここらで動かないと攻略者として認識されないかもしれんな……」

 

 そう言いながら今までずっと通路で待機していた神羅が腕を解きながら歩いてくる。

 

 「兄貴?」

 「すまんが皆。残りは我に任せてもらう。流石にこのまま見てるだけと言う訳にはいかないであろうよ」

 「まあ……それはそうかもしれませんが……」

 

 シアが戸惑った声を上げる中、ゴーレム騎士は神羅に気がついたのか、一斉に視線を向けると、そのまま大挙して襲い掛かる。

 

 「……失せろ」

 

 そう呟くと神羅は右腕を真っ直ぐにひく。それを見たハジメたちは慌てて神羅の前から退避する。そしてゴーレム騎士の戦闘が剣を振り下ろした瞬間、神羅は拳を繰り出す。

 それだけ。たったそれだけ動作で、まず先頭のゴーレム騎士が爆散する。更にその余波は後方のゴーレム騎士の一団に襲い掛かると、残らずその存在を粉砕せしめる。更にそれだけで終わりではなく、衝撃はそのまま床を吹き飛ばしながら奥の扉に襲い掛かると、まるで紙屑のように扉を粉々にする。

 ふう、と神羅が拳を引きながら残心を取っている中、ハジメ達は引きつった笑みを浮かべていた。なにせたった拳一発でゴーレム騎士十数体を粉砕し、更に拳の延長線上の床を砕き、奥の扉も丸ごとぶち抜いたのだ。やはりと言うべきか、神羅だけで事が済んでしまった。後方に控えてもらっていて正解だった。

 

 「……もう本当、神羅さんだけでいいんじゃないでしょうか……」

 「……でも、そんなことしたら多分攻略者に認定されない。それこそ挑み損」

 「それだけは絶対に勘弁だな……特にこの迷宮は……」

 

 ハジメの言葉にユエとシアは同意するように頷いている。

 

 「よし、道は空いた。先に行くぞ」

 

 神羅の言葉に3人は頷くと、そのまま破壊された通路を進んでいく。

 その先にあったのは四角い部屋だった。特に何かあるわけでもなく、本当にがらんどうった感じだ。

 

 「これは……あれか?それっぽそうに見せておいて本当は何もありませんでしたってか?」

 「……あり得る……」

 「となると、最初の部屋まで戻らなければならないが……」

 

 すると次の瞬間、部屋自体がガタンと揺れ、横向きのGが襲い掛かる。突然の事態にハジメたちは目を見開く。

 

 「こいつは……部屋自体が移動しているのか!?」

 「恐らくな。不用意に動かんほうがいいだろう」

 「……ん」

 「は、はい!?」

 

 ユエは即座にハジメにしがみつき、ハジメもスパイクで体を固定。シアはゴロゴロと転がっていたので仕方なく神羅がつかんで回転を止める。

 部屋はそのまま何度か方向を変えながら移動していくが、しばらくすると急停止する。

 

 「止まったな……ここが終着か?」

 「そうだといいんだが……はてさて、何が出てくるのやら……」

 「……大丈夫。何が来ても私がハジメを守る。神羅とシアも」

 「神羅さん……」

 「そういうものなのだろう。へこたれていては話にならんぞ」

 

 そう言いながら神羅は扉に向かい、3人もそれに続く。

 扉をくぐった先には……

 

 「……何か見覚えないか?この部屋。」

 「……物凄くある。特にあの石板」

 

 扉の先の部屋は中央に石板が設えられていた。それを見た瞬間、4人の胸中に嫌な予感が駆け巡る。

 

 「最初の部屋に見えるのですが………」

 「そうだな……」

 

 4人がそろそろと石板の元に向かうと文字が浮かび上がる。

 

 〝ねぇ、今、どんな気持ち?〟

 〝苦労して進んだのに、行き着いた先がスタート地点と知った時って、どんな気持ち?〟

 〝ねぇ、ねぇ、どんな気持ち?どんな気持ちなの?ねぇ、ねぇ〟

 

 その文字にハジメたちは無表情になり、あろう事か神羅でさえ頬がひきつる。

 

 〝あっ、言い忘れてたけど、この迷宮は一定時間ごとに変化します〟

 〝いつでも、新鮮な気持ちで迷宮を楽しんでもらおうというミレディちゃんの心遣いです〟

 〝嬉しい?嬉しいよね?お礼なんていいよぉ!好きでやってるだけだからぁ!〟

 〝ちなみに、常に変化するのでマッピングは無駄です〟

 〝ひょっとして作ちゃった?苦労しちゃった?残念!プギャァー〟

 

 次の瞬間、ハジメ達は何かを堪えるような壊れた笑い声を発し、次の瞬間には迷宮全体を揺らすような絶叫を上げる。

 

 「…………あれだ。戻る手間が省けたと。そう考えれば得だ、うん……」

 

 一方神羅は自分に言い聞かせるようにそう呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その様子を彼女はしっかりと見ていた。

 

 「いや~~、本当に全部に悉く引っかかってくれるね~~~リアクションも最高だし、久しぶりだよ、こんなに楽しいのは!」

 

 そう言いながら彼女は楽しそうに体を揺らす。だが、次の瞬間、真面目そうな雰囲気で神羅を見つめる。

 

 「しかし彼は本当に規格外だね。まあ、あいつらの頂点だから当然かもしれないけどさ……本当ならこのまま直通でもよかったんだけど、そう言うわけにもいかないからね。一緒にいる仲間の力を見ておきたいし……私もなまってる身体をほぐさないといけないし……」

 

 そう呟いた瞬間、部屋の中にくぅ~~~という気の抜けた音が響く。

 

 「おっと、これはいけない。すぐに準備しないとね……あ~~~あ、お腹空いた」

 

 そう言うと彼女はお腹をさすりながら部屋から移動を始める。




 道中で出てきた多腕のゴーレムは零3巻ででてきた黒騎士・百手戦鬼のゲート無しバージョンです。


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第31話 神代の解放者

 さて、今回は書きたい場面でした。ではどうぞ!


 神羅達がライセン大迷宮に挑んでから一週間。迷宮内の一室で、神羅達は休憩をしていた。

 見張りとして起きているのは神羅で、その後ろでは壁にもたれる形でハジメとユエとシアが眠っている。

 この一週間でずいぶんと罠に絞られ、ミレディのウザい文字の数々に苛立ち、幾度もスタート地点に戻されてきた。その結果ハジメたちも神羅のように文字に対してあんまり過剰な反応を示さなくなった。もっとも、それは神羅のように受け流しているのではなく、もうどうでもいいや~!と投げやりになったようなものだが。

 前を見ていた神羅がちらりと後ろに目をやれば、ハジメを挟み込むようにユエとシアが腕を取って肩を枕に眠っている。

 一応危険な大迷宮にも拘わらず、随分と気を緩めていると、神羅は小さく苦笑を浮かべる。どうやってここまで気を緩められるのか……と呆れてしまう。

 もっとも、その理由は大体想像がつく。ハジメはまあ、自分を信頼してくれているのだろうが、ユエとシアはハジメと一緒というのが大きいだろう。やはり、愛する者と一緒というのはそれだけで安心するものだ。

 家族として、弟がそれほど想いを寄せられているというのは嬉しい物だ。だが、だからこそ……羨ましいとも思う。

 地球に生まれた時、彼女の気配がしなかった時、彼女はいないのかと思った。もちろん、その場合は彼女を諦めず、探し回っただろう。だが、もしもそうだった場合、自分は誰かと結ばれることはなく、彼女を探し回り続けながら息絶えただろう。元々怪獣である自分にはどうにも人間をそういう(・・・・・)対象としてみることは難しかった。

 そして今、この世界に彼女がいる。ずっと探していた彼女が。

 本音を言えば、今すぐにでも彼女を探しに行きたい。だが、奴がおり、そして強化されている可能性があるのならば、こちらもそれ相応の準備をしなければならない。自分が死ねばそれこそ奴を止めることができる者はいなくなる。ならば、奴が活動していない今のうちに神代魔法を集めきり、こちらも力をつけることを優先しなければならない。

 その判断に間違いはないと思うし、それで揺れるほど柔くはない。だが、それでも彼女たちを見ていると、羨ましいと感じてしまう。

 

 「……我ながら、なんとも女々しいものだ」

 

 苦笑しながらそう漏らし、彼女との思い出に思いを馳せていると、

 

 「ん~、ん?んぅ~!?んんーー!!んーー!!ぷはっ!はぁ、はぁ、な、何するんですか!寝込みを襲うにしても意味が違いますでしょう!」

 

 後ろからシアの声が聞こえ、なんだ?と振り返れば起きたハジメと彼に抗議するシアが見えた。

 

 「起きたか……しかし、なんだ。起き抜けぐらいもう少し穏やかにできんのか」

 「あ、兄貴……いや、しかしこいつがな……」

 「あ、神羅さん!ハジメさん酷いんですよ!寝ていたら急に鼻と口を塞いできたんですよ!」

 「それはまた……一体何をやられた?」

 「この色ボケウサギが俺を変態に仕立て上げたんだよ……」

 

 ハジメが冷めた目でシアを見ていると、ユエが一拍遅れて目を覚ましたのだが、ユエはそのまま寝ぼけ眼でハジメに甘え、身だしなみを整える。

 

 「うぅ……神羅さん、ユエさんの女子力がヤバいですぅ……」

 

 しょげているシアを見て神羅は小さく苦笑を浮かべる。

 

 「お前も家事能力でユエをこえているからあまり気にしすぎるのもよくないと思うがな……まあいい。準備を整えたら出発しよう」

 

 神羅の言葉にハジメたちはおう、と声を上げて迷宮攻略を再開する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 迷宮攻略を再開したと言うが、それはすぐさま新しい展開を見せる。

 部屋を出てすぐにあのゴーレム騎士の部屋にたどり着いたのだが、その奥の扉はすでに開いており、その先には通路が見える。更に言えば、部屋の中にはあれだけいたゴーレム騎士が一体たりとも存在していない。

 

 「これは……どう言う事だ?」

 「……何でゴーレムがいない?」

 「あれ~~?もしかしてですけど、この前の戦いでついに全部壊しちゃったんですかねぇ?」

 

 このゴーレム騎士の部屋はここまでに何度も訪れ、ゴーレム騎士と戦ってきた。最初は変幻自在のゴーレム騎士の攻撃に翻弄されていたハジメ達だったが、それももう過去の話。今ではどれほど予想外の動きをしようとハジメ達は問題なく対処できている。そうやってこの大迷宮でのうっ憤を晴らすがごとくゴーレム騎士を蹂躙し続けてきた結果かもしれない。

 

 「油断はするなよ。気を抜いたところで一気に現れるのかもしれん」

 

 神羅の言葉にハジメたちは頷くと、部屋の中に突入。そのまま進んでいくが、いくら進んでも何も変化は起きない。ゴーレムは襲ってこないし、罠が発動したという感じもない。本当に襲撃も何もない。そのまま通路にたどり着いてしまう。

 その事にハジメたちは首を傾げる。まさか本当に罠もゴーレムも破壊しつくしてしまったのだろうか……。

 それでも油断せずに通路を歩いていくと、ついに通路の終わりが見えてくる。通路の先は巨大な空間が広がっているようで、道は途切れており、十メートルほど先に正方形の足場が浮かんでいるのが見える。

 4人はそのまま通路の縁に立ち、空間に目を向ける。

 

 「こいつは……一体……」

 「あはは、常識って何でしょうね。全部浮いてますよ……」

 

 ハジメ達が入ったこの場所は超巨大な球状の空間だった。直径十キロはありそうな広大な空間で、そんな空間には、様々な形、大きさの鉱石で出来たブロックが浮遊してスィーと不規則に移動をしているのだ。完全に重力を無視した空間である。

 

 「いかにもな場所だが……ここが終着点って事か?」

 「……可能性は高い」

 

 ハジメ達はじッと周囲を睨みつけていたが、このままでは埒が明かないと目の前に来た足場に飛び乗り、改めて周囲を見渡す。

 そのまま足場が通路から離れた瞬間、

 

 「逃げてぇ!!」

 「「っ!?」」

 

 シアが発した警告にハジメとユエは素早く反応し、弾かれるように飛び退き、その先の足場に着地するが、神羅は動かず、顔を上げる。そこに赤熱する巨大な何かが落下するが、神羅は無言で片手を持ち上げる。

 次の瞬間、何かと神羅の腕が直撃し、凄まじい轟音と共に足場が崩壊し、神羅はそのまま落下し、最下層に叩きつけられる。

 普通に考えれば原形も破片も残さず消し飛んでいるだろうが、

 

 「いきなりとは……なかなかご挨拶ではないか」

 

 しっかりと両足で立ち、片手で何かを受け止めていた。そしてそのまま振りかぶると、勢いよく上空に向かって投げ返す。凄まじい勢いで天井に向かって飛んでいく何かだったが、叩きつけられる前にその勢いが唐突に消え、そのまま浮遊する。その前の足場にはハジメ達がいたはずだ。

 神羅は一回かがむと、ドゴォッ!という轟音と共に床を蹴り砕きながら跳び上がり、そのままハジメたちがいる場にたどり着き、着地する。

 

 「全員無事か?」

 「やっぱり無事だったか、兄貴……ああ、問題ない」

 「……大丈夫」

 「わ、私もです……しかし、本当にすごいですね、神羅さん……あれ、未来視が発動したから私が死ぬ威力だったんですけど……」

 

 神羅が問うと、ハジメ達は目の前の敵から目を離さずに答える。神羅はハジメ達の無事を確認すると何かに目を向ける。

 それは宙に浮く超巨大なゴーレム騎士だった。全身甲冑はそのままだが、全長が二十メートル弱はある。右手はヒートナックルとでも言うのか赤熱化しており、左手には鎖がジャラジャラと巻きついていて、フレイル型のモーニングスターを装備している。

 こいつがボスか……と眺めていると、

 

 『いや~~~、流石は怪獣王だね!あの一撃を片手で受け止めきるとは、お見事!』

 

 どこか興奮した様子で目の前の巨大ゴーレムが声を発する。

 

 「「「「「……は?」」」」」

 『それじゃあ改めて……はじめまして~、みんな大好きミレディ・ライセンちゃんだよぉ~』

 

 そんな軽い感じで挨拶をしてくるが、四人ともポカンと、口を半開きにしている。

 

 『あのねぇ~、挨拶したんだから何か返そうよ。最低限の礼儀だよ?全く、これだから最近の若者は……もっと常識的になりたまえよ』

 

 ゴーレムがやれやれと首を横に振っている。それに対しいち早く復帰した神羅が口を開く。

 

 「ああ、いや、すまん。予想外の事過ぎてな。しかし、ミレディ・ライセンは人間のはずだ。モスラから聞いている。もう死んでいるはずだが……もしやそれが概念魔法と言うやつか?」

 『おお、流石は王様。礼儀正しいね……それは違うよ。これは神代魔法だよ』

 「神代魔法?それはいったいどんな魔法だ?とっとと教えろよ。モスラは色々教えてくれたぞ」

 『おうおう、食いついてくるねぇ君……でももうちょい礼儀をさ……それはさておき、それはまだ教えられないね。知りたければ、私を倒す事だね。そうすればどんな神代魔法か分かるよ』

 「教えてくれねえのかよ……」

 『あはは、そりゃそうだよ。攻略前に情報をあげるわけないじゃん。まあ、モスモスのは例外だよ。ゴジラに出会えて、本当に嬉しかったんだと思うよ。暇あらば会いたいって言ってたからさ………』

 「……そうか………本当に随分と待たせてしまったな……」

 

 神羅が目を伏せながら呟き、その様子を見たミレディはほっとしたような雰囲気を漏らす。

 

 「さて、我の事は知っているようだが一応自己紹介をしておこう。確かに我はゴジラだ。今生での名前は南雲神羅だ。モスラが世話になったようだ」

 『いやいやそんな……むしろ私たちの方がいつも助けてもらっちゃってたよ。本当にいい子だね。』

 

 神羅は軽く頭を下げ、ミレディは折り目正しく頭を下げている。その様はご近所付き合いのようでなかなかにシュールだ。

 

 『さてさて、ゴジラ君にはいろいろと聞きたいことがあるけど、それは置いといて、まずは君たちかな」

 

 そう言ってミレディはハジメ達に顔を向ける。

 

 「俺達?」

 『そう。君たちはゴジラ君の仲間みたいだけど……どうしてここに?知っているみたいだけど、この世界には奴がいる。それもあのクソ神側にね。君たちの目的が元の世界に帰ると言うのもモスモスから聞いている。でも、このままあいつらと事を構えるとなると、何の比喩でもなく、命の保証はできない。こう言っちゃなんだけど、ゴジラ君に任せておいたほうが安全だと思わなかった?わざわざその危険を冒して、どうしたいのかな?』

 

 言い方は少々あれだが、その声色には嘘偽りは許さず、ふざけた様子もなく問いかける。彼女は知っている。怪獣と戦うと言うのがどういうことなのか。どれほど危険で、凄まじいのか。わざわざそれを避けるすべがあるのになぜその道を選んだか。ゴジラを都合よく利用しようとしているだけではないのか。そうやって得た神代魔法をどうするつもりなのか。もしもその通りなら決して許しはしない。そう言われているような気がした。

 初対面であるにもかかわらずここまで彼の事を考えているのは、仲間であるモスラの大切な人だからか、それとも彼女から様々な話を聞き、こうして出会い、その印象を確かなものとしたからか。

 とにもかくにも、自分が兄を利用しているだけと思われるのは不快極まりない。ハジメはミレディを睨みながら口を開く。

 

 「なんてことはない。ただ兄貴に全部押し付けたくないだけだ。いつまでも背中を見ているだけなんてのは絶対にごめんだ」

 『そのために命をかける?』

 「少なくとも、見ず知らずの世界に命を懸けるよりは全然かけられる」

 「……私も。私を裏切ったこの世界に愛着はない。私はハジメのために命を懸ける」

 「あ、え、えっと……私は……その……」

 

 シアはしどろもどろになりながら言葉を選ぶように指を動かすが、意を決すると、

 

 「わ、私もハジメさんと一緒にいたいので!」

 

 3人の言葉を聞きながらミレディはじっとしていたが、少しすると、そっか、と小さく呟く。

 

 『なるほどなるほど。乙女してるね~~。若い若い……よし、ならば戦争だ! 見事、この私を打ち破って、神代魔法を手にするがいい!』

 「いきなり過ぎないか……まあ、最初っからそのつもりだが……つまり、お前がこの迷宮の最後の試練って事でいいんだな?」

 『そうだよ~~。そしてもちろん、獣級試練も用意してあるよ。両方クリアできれば、豪華賞品をプレゼント!』

 「そうか……なら……とっとと落ちろ」

 

 そう言うと同時にハジメはオルカンを取り出して発射。ミサイルがミレディに殺到し、直撃。凄まじい轟音と共に爆炎と爆煙が立ち込める。

 

 「やりましたか!?」

 「……シア、それはフラグ」

 

 シアにユエがツッコミを入れた瞬間、その通りだと言わんばかりに煙の中から赤熱化した右手が煙を薙ぎ払いながら繰り出されてくるが、それを神羅が真っ向から受け止める。凄まじい衝撃が周囲を襲うが、ハジメ達はその衝撃をやり過ごし、即座に動く。

 シアがドリュッケンを神羅が受け止めている腕に勢い良く叩きつける。轟音と共に右手が粉砕される。

 そのシアを狙ってモーニングスターが勢いよく射出されるように放たれるが、それをハジメはドンナーの連射で弾き飛ばす。

 

 『やるね~~、でもその程度できて当然「ガシッ!」へ?』

 

 その音にミレディが目をやれば、弾かれたモーニングスターを神羅が受け止めていた。ハジメが神羅に向けて弾いていたのだ。神羅はそのままモーニングスターの鎖を引きちぎると大きく振りかぶる。

 

 『ヤバっ!?』

 

 そして勢いよく投擲されたそれをミレディは勢いよく横に移動して回避する。ボバッ!という音と共にモーニングスターはそのままいくつもの足場を破壊しながら吹っ飛んでいく。

 ミレディの両眼が光ると神羅のいる足場目掛けて上空から無数のブロックが降り注ぐ。

 それを見た神羅はすぐにその場から飛びのく。先ほどまで神羅がいた足場がブロックで吹き飛ばされる。神羅はそのまま別の足場に着地する。

 

 「兄貴!ミレディには核がある!心臓の位置だ!」

 『ちょ!?なんでわかったの!?』

 

 ミレディが驚愕の声を発する中、神羅は視線をミレディに向け、なるほど、と呟くと宝物庫からハジメ手製の投げ槍を取り出すと、振りかぶり、勢いよく投擲する。

 音速を超えた槍だがミレディは下に急激に移動することで回避する。なるほど、伊達に怪獣とやり合っていたと言うわけではなさそうだ。判断に迷いがない。

 

 『ひ~~、本当にヤバいね。ミレディちゃんドキドキが止まらないよ。はっ!まさかこれが恋!?』

 「……その余裕、すぐになくしてあげる」

 

 頭上から聞こえてきた声にミレディが顔をあげると、目に飛び込んできたのはオルカンを構えたユエ。ユエは魔法専門だが、いざというときに備えてハジメ製の武装をいくつも所持している。

 オルカンからいくつものミサイルが解き放たれる。ミレディはそれも回避しようとするが、

 

 「させねぇよ。いい加減ワンパターンだしな!」

 

 そこにハジメのレールガンの連射が直撃、その巨体を吹き飛ばすことはできなかったが、行動を遅らせることはできた。そこにミサイルが直撃し、その体を更に破壊する。だが、その身体はいまだ健在だ。

 

 『ぐぅぅぅぅ!なんのまだまだ!天才美少女のミレディちゃんはまだいける!』

 「自分で天才とか美少女とか……自意識過剰ですぅ」

 

 盛大なブーメランを呆れと共に呟きながら煙を引き裂いてミレディの前にドリュッケンを振りかぶったシアが飛び出し、激発の反動も利用した一撃を繰り出す。

 ミレディはとっさに左手で防御するが、左腕はそのままひしゃげてしてまう。

 

 『この程度……!』

 

 ミレディがそれでもなお動こうとした瞬間、シアが素早く離れ、それと入れ替わるかのように音速を超えた投槍が上部からミレディの左胸付近に直撃、空気が破裂するような音と共に槍が砕け、その代わりにミレディの胸部装甲を粉砕、その巨体を吹き飛ばし、地面に叩きつけ、放射状に破壊をもたらす。

 

 『あ、あっぶなぁ~~~!というか本気出してない投擲で複合式アザンチウムをぶち破りかけるって本当にぶっ飛びすぎでしょ!?』

 

 だがまだ、ミレディは健在だった。装甲の下のアザンチウムをベースに様々な鉱石との複合製の装甲に無数のひび割れができている。その強度と靭性はアザンチウムをも超えているのだが、それを突破されかけた。モスラも人型の時は十全に力を発揮できなかったから彼もきっと全力ですらない。それでこれだ。

 

 「本当だよな」

 

 その声にミレディがはっとして自身の胸部に目を向ければ、そこには対物ライフル、シュラーゲンを傷口に押し当てたハジメがいた。

 

 『い、いつの間っ!?』

 「こいつで決まりだ」

 

 シュラーゲンから赤いスパークを発しながらドゴガァ!という轟音と共に放たれた弾丸がミレディの胸部に直撃。内部深くまで亀裂が走っていた装甲にそれを耐えられる道理はない。弾丸は装甲をぶち破り、核に直撃、粉砕する。その衝撃で地面が更に破壊される。

 ハジメの目の前でミレディの目から光が消える。それを確認したハジメはふう、と息を吐きながらシュラーゲンを担ぎ上げる。そこに神羅達が合流してくる。

 

 「やった……と言う事でいいのか?」

 「恐らくな」

 「ふわぁ……なんか……予想以上に簡単に勝てちゃいましたが……」

 「……神羅もいたし、これは普通の試練だから。獣級試練はどうなるか分からないけど」

 

 ユエの言葉にハジメはそうだな、と頷く。確かに神羅がいたと言うのは本当に大きい。でも、オルクスの試練の時に比べれば自分たちの動きが格段に良くなったと言うのもあると思う。ユエもそこら辺は思ってるのか油断はしていなくとも、自分達なら大丈夫という自信がある。

 

 『いや~~~、全く大したもんだよ。まさかゴジラがいたとはいえこうも一方的にやられるとはね』

 

 その声に振り返れば、ミレディの目に光が灯るが、それは弱弱しく明滅している。

 

 「どうだ。俺たちの実力は分かっただろう?分かったらさっさと獣級試練を開始しろよ」

 「うぅ……初めてでいきなりそんな高難易度で大丈夫でしょうか……」

 

 シアが初めての獣級試練に不安を滲ませていると、ユエが口を開く。

 

 「……問題ない。シアは十分に戦えてた。だから安心して……私たちは最強」

 「ユエさん……はい!シア・ハウリア、何が来ても全力で行かせていただきます!」

 『せっかちだね~~~でも、そうだね。君たちの力も、そのほかにも色々と分かった。だから………

 

 

 

『「ここからは私も本気で行かせてもらうよ」』

 

 

 

 

 その最後の言葉に全員が違和感を覚えた。なぜなら、その声は二重に重なって聞こえたのだ。まるで、別々の場所から声が聞こえてきたように。そしてもう一つ、むしろこっちの方が大きな違和感だ。その声のうち一つは………明らかな肉声だった。

 そしてミレディの目から完全に光が消える。それから少しして、とっ、と背後から何かが降り立つような音が聞こえる。ハジメたちがその音に反応して振り返ると、

 

 

 

 

 そこには一人の少女が立っていた。

 

 年の頃は14か15歳ぐらい。フワフワの柔らかそうな金髪。もみあげは伸ばされ、カールを巻いている。その瞳はまるで蒼穹の空をそのまま写し込んだかのように鮮やかな碧眼。ニーソックスにに包まれた足は細く長く、両腕は華奢、身に着けているのはノースリーブのフリルがついたワンピースタイプの服に、その上から天女の羽衣のようなものを纏っている。

 あまりにもこの場に場違いなその少女にハジメたちが訝しげな表情を浮かべた瞬間、少女は目元に横ピースを添え、キラッとエフェクトが散りそうなウィンクをしながら笑顔で、告げる。

 

 「皆さっきぶり!美少女天才魔法使い、ミレディ・ライセンちゃんただいま参上だぜぃ!」




 という訳でミレディ・ライセン、出現です。どうしてこうなったのか、そしてどうなるのかは次回ですね。

 後、活動報告にアンケートがあります。答えていただけたら嬉しいです。答える場合は活動報告でお願いします。万が一ここに回答があっても統計はしません。


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第32話 ミレディ・ライセン

 今回、ミレディのマジバトル……やりすぎちゃった感が否めないが……
 ではどうぞ!


 目の前で見事なまでのポーズを決めている少女の名前にハジメたちは今度こそ驚愕に目を見開き、動きを止めてしまった。

 それはそうだ。ミレディ・ライセンは人間のはず。それも数百年前の。生きている事には驚いたが、それでも何らかの方法で魂の様なものをゴーレムに定着させているのだと思っていた。少なくとも、生身でいるなど絶対にありえない事のはずだ。だと言うのに、彼女は今、目の前にいる。ゴーレムなどでは絶対にありえない、生身の肉体を持って。

 しばし呆然とその姿を見ていると、ミレディがいやん、というように腰を振る。

 

 「あれれ~~?どうしちゃったの黙っちゃって。もしかしてミレディちゃんに見とれてた?ごめんね!恋人がいようとみんなを魅了しちゃう超絶美少女でごめんね!」

 

 そのウザい言葉に皮肉にもショックが抜け、ハジメ達はじろりとミレディを睨む……いや、ユエがハジメを視界の端で少し睨んでいた。

 

 「そんなわけあるか。俺達は少なくとも肉体を持っているわけがない存在が肉体を持っていることに驚いたわけだ……どうなってやがる……」

 「………なるほど、モスラか」

 

 そんな中、神羅は何かに気づいたようにそう呟く。

 

 「モスラって……どう言う事ですか?」

 「モスラは転生能力を有しているだろう?それは今生でも同じだ。恐らくだが、その転生能力を使ったのだろう」

 

 神羅の推測にミレディはお~~、と感心したように声を漏らす。

 

 「本当に流石だね、ゴジラ君。その通り。モスモスが有していた転生能力は、こっちに来て固有魔法に変化したんだ。その固有魔法を頑張って魔法陣に起こして、発動させるための魔力を用意しておいたんだよ。まあ、そのために神結晶を使うとは思わなかったけどね」

 

 あはは、と頭を掻くミレディの言葉にハジメたちは目を見開く。そりゃ、転生と言う大魔法だ。それ相応の魔力が必要だとは思うが、まさか神結晶が必要だとは……いや、オスカーは神結晶を自作していたが……

 

 「なるほどな……全く大したものだ。何も感じないゴーレムの身体で、よく生身の誘惑に耐えれたものだ……」

 

 何も感じない、それはまさしく地獄だ。人のぬくもり、肌の感触、空気の流れ、太陽の温かさ、土のにおい、食物の味、他にも様々な、生を実感させる物全てを奪われた状態で、それを取り戻す術を目の前にぶら下げられるなど、拷問そのものだ。それに耐え抜いたミレディの精神力はもはや人知を超えている。

 すると、ミレディはどこか気まずそうにあはは、と苦笑を浮かべ、

 

 「いや……そんな大したものじゃないよ……さて、まあ、お話は……これぐらいでいいでしょう」

 

 そう呟くと同時にミレディがパン、と柏手を打つ。その瞬間、空間内部の何かが変わった。ハジメ達が突然の事に目を見開き、警戒した瞬間、ミレディはその両手を開く。

 

 「さあ、始めようか、獣級試練を。対象はもちろん、この私、ミレディ・ライセン。君たちの今持てる全力をぶつけてほしい。そのためにこの空間内限定で魔力分解効果を無力化したんだから」

 「……はっ、そうかよ……そいつはずいぶんと舐められたもんだ……!」

 

 ハジメはすぐさまドンナーとシュラークを構え、纏雷を流す。確かに、魔力分解効果は働かず、いつもの出力で放てる。これなら十分に戦える。

 ユエも気付いたのか、黒盾を取り出し、シアもドリュッケンを構え、神羅はごきりと指を鳴らす。

 

 「ああ、そうだ、言い忘れてた。ゴジラ……いや、いい加減こっちで呼ぼう。神羅君。君は最初は参加しないでほしい」

 「ん?どう言う事だ?」

 「……怖気づいた?」

 「私はまず、人間である彼らの実力が見たいんだ。君の力無しの彼らの力を。だから最初は手を出さないでほしい……まあ、怖気づいたって言うのも間違ってはいないかな」

 

 その言葉に神羅はふむ、と顎を撫で、ちらりとハジメたちを見る。ハジメ達はどうする?とこちらを見つめている。そしてその視線の奥には自分への自信がちらついている。怪獣じゃないなら、自分達でも大丈夫と言うように。シアは若干不安そうだが、それでも自信はある。

 それを見た神羅は少し考えた後、

 

 「まあ、そう言う事ならばいいだろう。ただし、3人の命に危険が迫ったら、割り込ませてもらうぞ」

 「いいよ、それぐらいだったら」

 

 頷くと神羅はその場から離れ、手近な足場の上に腰掛ける。すぐにその足場が離れていく。

 

 「さて……それじゃあ、始めようか」

 「兄貴がいないからって、舐めるなよ」

 「……ん、私たちは最強。何が来ても負けない」

 「よし、私も覚悟を決めました!ドンと来いですぅ!」

 

 ハジメ達が戦意を滾らせているのをミレディは若いね~~、と微笑ましいものを見るように頷いている。

 

 「凄い自信だねぇ……うん、分かるよ。モスモスから聞いたけど、オー君の迷宮を突破したみたいだしね。あそこは他の6つの大迷宮を攻略したこと前提の難易度だからね……でもさ、一つ言わせてもらうよ。

 

 

 その程度で調子に乗るなよ未熟者共が」

 

 ミレディが低い声でそう呟いた瞬間、

 

 天井が音もなく消失し、空が現れた。

 

 そう錯覚するほど、空間の一部が蒼穹の輝きに包まれる。それがミレディが発した魔力だと気づいた瞬間、ハジメ達は言葉に詰まる。

 なぜなら、その魔力の量は、どう考えても、神羅を除けば、最も魔力量があるハジメのそれを超えていたからだ。

 

 「解放者が一人にして、処刑人一族ライセン家が一人、ミレディ・ライセン。参る」

 

 その瞬間、それは起こった。

 

 「雷炎槍・千輪」

 

 一瞬でミレディの背後から夥しい量の螺旋を描く雷と炎で構成された槍がハジメたち目掛けて豪雨のように降り注ぐ。

 動き出しが遅れたハジメ達だったが、次の瞬間即座に動く。ハジメはユエを抱えて即座にその場から飛びのき、シアも慌てて飛ぶ。ハジメははなから迎撃なんて頭になかった。隠れ家での訓練の時にユエが放った弾幕すら超える、まさしく魔法の壁ともいうべきそれをドンナーとシュラークで迎撃するなんて不可能だ。

 だが、ミレディは魔法を回避されても顔色一つ変えず動く。

 

 「緋槍・千輪」

 

 視線を向けもせず片手をハジメとユエの方向に向け、螺旋の炎の槍を無数に射出、シアの方には巨大なブロックを豪速で上空から落下させる。

 シアは大急ぎでその場から飛んでブロックを回避し、ハジメは宝物庫からオルカンを取り出し、一斉に発射、ミサイルが炎の槍に直撃して幾らかを吹き飛ばすが、それでもまだ弾幕は衰えない。が、

 

 「氾渦浪!」

 

 ユエが巨大な津波を生み出して炎の槍の一軍に叩きつけようとする。これで一気に迎撃できると思った瞬間、

 

 「懐劫」

 

 そうミレディが呟いた瞬間、超重力場が津波のみを一瞬で押しつぶし即座に霧散、炎の槍は影響を受けた様子もなくそのままハジメたちに襲い掛かる。

 

 「っ!聖絶!」

 

 ユエは即座に全力の聖絶を展開し、その直後に無数の炎の槍が次々と聖絶に直撃する。

 ミレディがダメ押しと言わんばかりにさらに魔法を放とうとした瞬間、

 

 「うりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 シアが雄たけびを上げながらドリュッケンを振りかぶり、更に激発、その反動を利用した渾身の一撃を繰り出す。相手が生身だとかそんな考えはない。シアの、兎人族として本能が察知したのだ。ここいるミレディは絶対的な強者であると。手を抜いた瞬間、自分が死んでしまうと。

 故に全力の一撃。だが、気づいているはずのミレディは振り向きもせず、代わりにミレディがまとう羽衣が戦槌を受け止めるようとするかのように動く。

 その程度!とシアはそのままドリュッケンを振りぬく。その一撃は見事にミレディの脇を捉えたが、

 

 「………嘘………」

 

 シアは愕然とした様子で呟いていた。なぜならそれは神羅が指一本で受け止めるよりもあり得ない光景だったからだ。なにせシアの必殺の一撃は、その羽衣でしっかりと受け止められていたからだ。たった一枚の、布切れで!

 護天羽衣。金属糸で編まれたオスカー謹製のそのアーティファクトはあらゆる魔法、衝撃を柔軟に受け止め、そのまま受け流してしまう。更に魔法による障壁を組み合わせれば、

 

 「威力は十分、気迫も見事。だけど圧倒的に………技が追い付いていない!」

 

 そんな未熟な一撃、受け止めることなど造作もない。ミレディはかざした左手から黒い重力球を発射。

 

 「ごっ……!?」

 

 呆然としていたシアは腹部にそれをまともに喰らい、体をくの字に曲げながら吹き飛ばされてしまう。身体強化がなければ今の一撃で戦闘不能になってもおかしくない一撃を叩きつけられたシアは激痛に動きを止め、激しくせき込む。

 だがミレディは容赦しない。

 

 「極大・天雷槍」

 

 天灼を3発纏めて圧縮、槍の形に変えた一撃がシアに襲い掛かる。シアは痛みをねじ伏せて急いでその場を退避するが、槍はそのまま地面に着弾し、周囲に強烈な雷撃を拡散、それに巻き込まれたシアはそのまま吹き飛ばされてしまう。

 ミレディはさらなる攻撃を繰り出そうとするが、素早くその場から退避する。瞬間、先ほどまでミレディがいた場所をレールガンが貫く。

 視線を向けると同時にさらに5条の閃光がミレディを貫かんと襲い掛かるが、ミレディの体が一瞬で上空に飛翔して回避してしまう。そのままミレディは自分の周囲に10を超える黒い衛星を生み出す。そこにさらに無数の赤い閃光と炎弾が襲い掛かるが、その全てが黒い守護衛星に飲み込まれ、ミレディには届かない。

 その光景を見てハジメは忌々し気に顔を歪める。そのそばではユエが息を切らせながら魔晶石を使って魔力を回復させていた。ミレディの緋槍の乱舞は想像以上の破壊力だった。幸いにもユエの聖絶を破られることはなかったが、その維持にかなりの魔力を消費してしまったようだ。

 ユエは悔し気にミレディを見上げると、再び無数の炎弾、更には氷の槍、風の刃を生み出し、ミレディ目掛けて一気に解き放つ。それはミレディに劣るが、凄まじい弾幕。これならば回避するにしろ、無力化するにしろ、幾らか隙ができる。ハジメならそこをつける。そう思っていた。

 が、次の瞬間、ミレディは防御も回避も無力化もせず、逆に衛星を従えた状態でそのまま弾幕に真正面から突っ込む。当然ながら無数の魔弾がミレディを襲うが、その全てが守護衛星によってのみ込まれ、無力されていき、結果としてミレディは無傷で弾幕を突破してハジメとユエの前に躍り出る。

 その事に二人は目を見開くが、ユエは即座に黒盾をハジメと己の前にかざすが、ミレディが軽く指を振るった瞬間、黒盾とユエの体が明後日の方向にぶっ飛んでいく。

 

 「おまけだよ」

 

 そう言うとミレディは守護衛星を一斉にユエの方に向かって射出する。

 

 「ユエ!くそ、舐めるなぁ!」

 

 ハジメはユエが吹っ飛んでいった方角に目を向けるが、すぐに頭を振ってミレディとの距離を詰める。ここまで戦闘から、ミレディは恐らくユエのような魔法戦特化型。だからこそ、ハジメは接近戦を選ぶ。ハジメは至近距離からミレディにドンナーを突き付け、ためらいなくレールガンを放つ。だが、ミレディの体が僅かに横にスライドし、回避される。即座にシュラークによる連続発砲がなされるが、それもミレディは最小の動きで回避、ハジメが蹴りを繰り出し、それに合わせて風爪を繰り出すが、その軌道すら見切っているかのようにミレディは涼しい顔でよけ、髪が数本宙を舞う。

 ハジメは更に連撃を繰り出す、レールガン、固有魔法、足技、格闘、義手のギミック、これまで培ったすべての技を全てつぎ込んだ猛攻。それは常人であれば成すすべなく蹂躙し、たとえどれほどの魔物に囲まれようと、その全てを駆逐し、突破できるだろう。

 だが、

 

 (くそっ!こいつ………!?)

 

 ミレディには傷一つつけられない。ミレディはその猛攻を全て紙一重で回避している。風爪は髪を数本切るだけで皮膚には届かない。纏雷もその範囲を見切っているかのように肌を焼かない。レールガンも狙っているはずなのだが、掠りもしない。時折混ぜる通常銃撃すら回避し、義手の機構を使った攻撃も分かっているかのように避けられる。しかもそれは体捌きだけでなされているわけではない。ミレディが重力を操り、自身を動かしてなしているのだ。その制御能力はもはや化け物と言う言葉すら生ぬるい。

 

 「ふうん……中々だね。でもまだまだ……未熟だね、新人君」

 

 そう言った瞬間、ハジメは屈辱に顔を歪め、即座にドンナーとシュラークをリロードしようとした瞬間、

 

 「そこ」

 

 瞬間、ドンナーとシュラークに凄まじい重力が一瞬だけ仕掛けられる。ガンスピンの最中で不安定な状態の二丁と空中の弾丸はその重力であっさりと地面に叩き落される。指が巻き込まれなかったのは幸いか。ハジメが目を見開いた瞬間、ミレディはその隙を見逃さず、その懐に潜り込む。当然ハジメは回避しようとするが、

 

 「っ!?」

 

 突如として利き足にほんの一瞬重力が加わって動かなくなり、回避が遅れる。

 その隙にミレディの拳がハジメの腹部にドっ!と鈍い音と共に突き刺さる。

 

 「が……はっ……!」

 

 それは彼女の華奢な腕から考えられないほどの破壊力を秘めており、ハジメは血を吐きながら打ち出された砲弾のように吹き飛んでいく。

 ミレディがふう、と髪をかき上げ、服の乱れを正した瞬間、

 

 「蒼天!」

 

 その頭上に蒼い灼熱の火球が生み出され、ミレディに襲い掛かるが、彼女が何も言わずに指を鳴らせば超重力場が蒼天を一瞬で飲み込み、消し去る。

 視線を向ければ、服はボロボロだが、無傷のユエがこちらを睨みつけていた。

 

 「もしかしてあれを凌ぎ切ったの?君、中々やるね……と思ったけど、違うか。何らかの、再生関係の固有魔法かな?吸血鬼ってそう言う魔法に目覚めやすいのかな?それとも……」

 「……御託は言い。これ以上、好きにはさせない!」

 

 そう言った瞬間、ユエの全身から黄金の魔力が立ち上る。それを見たミレディもなるほど、と声を漏らした瞬間、

 

 「緋槍、砲皇、凍雨、崩岩、雷蛇!」

 

 ユエの背後から炎の槍、風の塊、氷の針、岩の塊、蛇のように動く雷撃が無数に現れる。それはミレディの弾幕にも負けずとも劣らない魔弾の壁。

 それを見たミレディはへえ、と感心したように声を漏らす。そしてそれら全てがミレディに牙を剥き、蹂躙せんと襲い掛かる。

 が、ミレディも即座に動く。

 

 「緋槍、砲皇、凍雨、崩岩、雷蛇」

 

 同様に魔法を生み出し、それで魔弾を迎撃していく。空中で無数の魔法がぶつかり合い、相殺し、魔力と火花の華が咲き乱れる。

 そのまま両者は次々と魔法を撃ち合い続けるが、先に異変に気付いたのはミレディだった。

 僅かに彼女は顔をしかめる。ユエの魔法の構築速度、制度、威力がが上がっていき、ミレディの構築速度に迫り始めたのだ。

 ユエは自他ともに認める魔法の天才だ。そのユエはミレディの魔法を見て、その技を見て、分析し、理解し、盗み、最適化し、実行しているのだ。

 少しずつ己の魔法がミレディに迫り始めた事実にユエは内心笑みを浮かべる。魔力量では絶対的な差があるが、この分ならば、少なくともハジメとシアが態勢を立て直す時間は稼げる。そう思った瞬間、

 

 「凄いね、君。これほどの魔法の才能には私も会ったことがない。もしかしたら私を超える……千年、いいや、万年に一人の逸材かもしれない……」

 

 突然の誉め言葉にユエが訝しげな表情を浮かべた瞬間、

 

 「やっぱり若い才能、外からの刺激はいいね。それじゃあ……私ももう少し本気でいこうかな」

 

 そう言った瞬間、今度はミレディの魔法の構築速度と制度が加速し、込められる魔力の量も上がり、弾幕の密度と威力を上昇させる。

 

 「こ、ここに来てさらに上がるの!?」

 

 ユエも負けないと言うようにさらに魔法の構築速度を上げるが、ミレディのそれはユエをも超える勢いで上昇していき、ユエの弾幕を正面から押しのけていく。

 おかしい。成長速度では自分が勝っているはず。ならばこんなにも一方的に押し負けたりはしないはず。

 

 「私を超える速度で成長……いいや、違う。まさか、今までは本気じゃなかった!?」

 

 その事実にユエが気付いた瞬間、ついにミレディの弾幕がユエの弾幕を押し切り、ユエに魔法が殺到する。

 ユエがとっさに黒盾を構え、聖絶を展開、防御しようとした瞬間、

 

 「ユエさん!!!」

 

 そこに雷による蚯蚓腫れの様な火傷痕を負いながらも復帰したシアがドリュッケンを連続で激発させ、その勢いで飛び込み、更にその勢いを利用してドリュッケンを勢いよく薙ぎ払う。

 その一撃は大量の弾幕を一息に薙ぎ払い、更に連続でドリュッケンを繰り出して次々と魔法を薙ぎ払っていくが、ミレディはそれを超える勢いで大量の魔法を繰り出す。そしてついにドリュッケンの勢いが減衰、それによってシアの動きが遅れ、

 

 「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 無数の魔法が炸裂し、それに巻き込まれたシアは悲鳴と共に吹き飛ばされ、さらにその弾幕が聖絶を打ち破り、ユエに殺到、黒盾は受けた魔法を放出するが焼け石に水。炸裂した魔法によってユエは大きく吹き飛ばされていく。

 ミレディがふう、と魔法を撃ち終わり、手を下ろして息をつく。そして周囲を見渡そうとした瞬間、夥しい量赤い閃光がミレディに殺到する。

 ミレディは即座に巨大な重力球を生み出し、その全てを飲み込んでいく。

 それをメツェライを構えたハジメは忌々しげに顔をしかめるが、再びメツェライを解き放ち、夥しい量のレールガンを放つが、そのどれもが重力球に飲み込まれる。

 

 「本当に面白いアーティファクトだね。オー君が見たらはしゃぎそう……それじゃ、返すね」

 

 ミレディがそう呟いた瞬間、重力球から今まで飲み込んできた弾が尋常ではない量の弾幕としてハジメに向けて解き放たれる。

 

 「っ!」

 

 ハジメはメツェライをしまって瞬光を発動させる。爆発的に加速した知覚能力と反射能力を用いてハジメは弾幕の僅かな綻びに風爪をねじ込んでこじ開けながら回避していく。そして弾幕を切り抜けると同時にオルカンを取り出し、ミサイルを放つ。

 だが、それもミレディが手をかざせばすべて空中で静止し、逆にハジメ目掛けて撃ち返される。ミサイルの雨を掻い潜りながらハジメはミレディとの距離を詰める。ミレディが迎撃しようと雷を放った瞬間、ハジメは義手のショットシェルを発射。激発の反動で一気に加速、雷を紙一重で回避し、一気にミレディとの距離を詰める。

 ミレディが一瞬瞠目した隙に、今度こそ一撃を叩きこもうと剛腕を発動させた右腕を振りぬき、

 

 「崩陣」

 

 瞬間、ハジメの体が重力の楔から解き放たれ、そのまま上空に向かって吹っ飛んで行ってしまう。そのまま明後日の方向に吹き飛ばされ、ハジメは受け身も取れずに地面に叩きつけられる。

 そこまで来てミレディは足元に転がっているドンナーとシュラークを見やると、それを浮かばせ、そしてハジメの元に吹っ飛ばす。目の前に跳んできた相棒にハジメが目を見張り、顔を起こす。ユエとシアも、よろよろとよろめきながら起き上がり、ミレディを見やると、

 

 「もう終わりかな?挑戦者の諸君」

 

 そう言ってかかって来いと手招きをする。




 ちょいとした説明を。

 ミレディ・ライセン(生身)

 モスラの転生魔法を魔法陣として使い、肉体を取り戻した解放者のリーダー。怪獣と言う絶対的脅威に対し、原作以上に厳しく、モスラの手を借りながら己を鍛えあげ、更に迷宮内にいるときもただひたすらに己を鍛え続け、知識を蓄え、錬磨し続けてきた。その結果、人知を超えた魔力と処理能力を備えている。全ての魔法の威力、制度が凄まじく、重力魔法の秘奥にも今では自在にたどり着けるまでになっている。

 なお、どうしてミレディがそんな無茶ができたかはまた後程……ちょいとやりすぎたか?


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第33話 人間の意地

 いよいよ2巻も佳境です。

 ではどうぞ!


 口の中にたまった血を吐き出しながらハジメはドンナーとシュラークを手に取り、軽く構造を確認する。アザンチウムを使ったおかげか、動作に問題はなさそうだった。そうしている間にユエとシアが合流してくる。それを確認してから即座にリロードを終えながらハジメはミレディを睨みながら、内心で確信する。

 ミレディ・ライセンは強者だ。自分達よりも遥か上に君臨する。

 これまで、ハジメの中には自分たちは人としては最強(・・・・・・・)と言う自負があった。怪獣と言う別格の存在にはいまだ敵わないが、魔物であろうと人間であろうと自分達に敵う者はいない。例え神が立ちふさがろうと、自分達ならば勝てると、何の根拠も無しに思っていた。それだけの力も、それに見合う厳しい鍛錬もこなしてきたと思っていた。

 それら全てをミレディは完全に叩き折りにきた。築き上げた力を真正面からねじ伏せ、初めて見るであろう武器にすらあっという間に対処し、天才すら真っ向から踏み潰し、未熟者を容赦なく未熟と切り捨てる。

 これが解放者……神代にて神に抗い、怪獣とすらやり合った人間……!

 ハジメ達がミレディを睨みつける中、彼女は気にしたそぶりもなく口を開く。

 

 「うさ耳ちゃんは……いい線行ってると思うよ。身体強化かな?凄い出力だね。ラー君に匹敵するかも。気迫も見事。恋する乙女は強しだね~~。だけど、さっき言ったけど、あまりにも技術が追い付いてなさすぎ。私の見立てだと……戦い始めてまだ一か月も経ってないんじゃない?力を御しきれてないよ。無駄に力が流れていっちゃってる。でもセンスは十分だから、今後にこうご期待だね」

 

 ミレディの言葉にシアはあ、うぅ、とうめき声を漏らす。ミレディの見立ては的確だったからだ。確かに自分は身体強化の威力を持て余し気味かもしれないが……ここまではっきり言われると……

 

 「金髪ちゃんは、さっきも言ったけど、すごい魔法の才能だね。間違いなく、それはこの天才美少女魔法使いのミレディちゃんを超えてる。太鼓判を押すよ。君は誰にも到達できない領域に到達できる。だけど………それは常に知識を蓄え、論理を構築し、実行して、精査し続ければの話。君、かなり長い期間魔法を使ってなかったでしょ?もっと実力があるはずなのに、キレの悪さが目立ったよ。訓練は一日さぼると取り戻すのに結構時間かかるよ~~?」

 

 ミレディの言葉にユエは大きく目を見開く。確かにユエは300年間封印を施され、その間魔法を一切使っていない。だが、その後は迷宮での戦い、ハジメや神羅、シアとの訓練でかなりの魔法を使い、自分ではかなりカンが戻ったと思っていた。だが、ミレディから見れば未だ無駄があると言う事なのだろうか……

 

 「まあ、それだけじゃなく、魔法を既存の魔法でしか使っていないってのもダメだね。迷宮内じゃ工夫はしてたけど、まだまだ。魔法はもっと自由なものさ。折角君の周りにはいろんな経験を積んだ人がいるんだ。その人からいろんな事を聞いて、魔法以外の知識も蓄えるといいかもね。ま、そのためには魔法の基礎を盤石にしないと無理だけど……」

 

 そこまで言ってミレディはハジメに目を向ける。

 

 「最後に君、神羅君の弟さん。君は……うん、力も技術も、度胸も一番ある。だけど、まだまだ粗削り。君も戦い始めてそんなに時間経ってないでしょ?それに、どんなに殺意を放っても、根柢の人の好さが滲んでる。ああ、ここは問題ないよ。満点。むしろ消しちゃダメ。それは君にとって無くしてはならない大切な物だよ」

 「そんな事……言われなくても分かってる……!」

 「それはよかった。あと、そのアーティファクトもまだまだね。それ、威力や命中精度は大したものだけど、真っ直ぐしか飛ばない、殺傷力しかないってのは減点。これならそのアーティファクトの向き、アーティファクトを動かすための動きに目を光らせておけば避けるのは結構簡単。自分で逸らしてもいいしね。

 あと、一番致命的なのは6回使ったらもう一度使えるように攻撃の元となるものを補充しないといけない所だね。極力その隙を無くすように努力してるけど、それでも一瞬隙が生まれる。その隙があれば、さっきみたいに簡単に対処されちゃう。使い続けるならその動きをフォローする何かが必要だね」

 

 あっさりと銃の構造を理解し、そしてその欠点をつらつらと語るミレディにハジメは悔しさを隠せなかった。銃はまさにこの世界ではオーバーテクノロジーだ。恐らくだが、その構造を解析できるものはほぼいないと思う。だと言うのに、ミレディはあっさりとその欠点を見出した。構造の全てを理解しているとは思わないが、それでもその概要に関しては完全に把握していると言っていいだろう。

 その視線に気づいたのかミレディはふふん、と得意げに口元を緩める。

 

 「オー君は稀代の練成師だったからね。彼の作品を間近で見て、使っていたら自然とそう言う目は鍛えられるよ。私たちの生命線でもあったしね。君も大した練成の腕だけど、オー君には及ばない。君もまだまだ未熟だ。精進したまえ」

 

 ひらひらと告げられる言葉にハジメは顔をしかめる。反論なぞ出来なかった。今こうして自分たちは地に伏せている。未だにミレディにかすり傷の一つも負わせられていない。

 だが、それでも、まだ動く。まだ戦える。ハジメは大きく息を吐くと立ち上がり、ドンナーとシュラークを構える。それに合わせるかのようにユエとシアも立ち上がり、臨戦態勢を取る。

 その様を見て、ミレディはうん、と嬉しそうに微笑む。

 

 「みんな本当、良い魂の持ち主だね。真っ直ぐで、眩しくて………君たちならば、きっと大丈夫だね……」

 

 そこまで言ってミレディはパン、と手を叩く。

 

 「それじゃあ、これから最終試練を始めるよ」

 

 その言葉にハジメたちはぽかん、とした表情を浮かべる。

 

 「最終試練って……何……?」

 「そのまんまだよ。これから私が繰り出す攻撃を無事に防ぎきれたら試練は合格。私の神代魔法、重力魔法、そして獣級試練突破の特典もちゃんと渡す」

 「な……っ!?ふざけるな!何を勝手に勝ったつもりになってんだ!俺たちはまだ負けてねぇ!」

 

 ハジメが戦意を滾らせながら吠え、それに応じるようにユエとシアもミレディを睨みつけるが、

 

 「そう言うけど、私としては十分合格なんだよね。少なくとも強靭な意志を持ってるし、あのクズ野郎の一軍とも戦えるようになる素質はある。うん、十分すぎるよ。何の比喩でもなく」

 「舐めてんのか………!」

 「……舐めてないよ。舐めるわけがないじゃん」

 

 そう言ったミレディの目を見て、ハジメ達は言葉を失う。

 その目には様々な感情が宿っていた。自分たちの何かを受け継いでくれる者が現れ、希望をつなぐことができた事に対する喜び。自分たちの時間は無駄ではなかった、その事実に対する万感の思い。希望をつないだ者に全てを押し付けなければならない申し訳なさ。自分の無力さへの怒り。他にも様々な感情が入り混じり、だが自分達へ向けられるその目には確かな優しさがあった。

 

 「君たちは本当にすごいよ。君たちは確かにまだ未熟。でも、未熟な状態でここまで私と戦えるんだから本当にすごい。私たちが同じぐらいの時は、そこまではいけなかった。間違いなく、君たちは私達よりも強くなれる。でもね、奴らはそれを真っ向からねじ伏せる。どれほど強くても、どれ程強靭でも、それを真上から容赦なく蹂躙する。それが怪獣。そんな意志をふざけた手を使って踏みにじる。それがクソ神。君たちの意思は強靭だ。でもまだ足りない。だからこれが私がもたらす最後の試練。君たちを真っ向から踏みにじる特大の一撃をぶち込む。それを踏み越えてみな。結局、最後は真っ向からぶつかり合うしかないからね」

 「「「………」」」

 「さあ、見せててみな、君たちの全てを。人間の諦めの悪さを、人間の底力を、その意志を……!」

 

 ミレディが腕を広げながら言う。その様を見てハジメたちは何も言えない。ミレディはふざけてはいたし、自分達を舐めたような態度だったが、それでも戦闘では手を抜いてはいなかった。それは事実だ。ミレディはハジメ達と戦い、その実力を認めたうえで最後の試練と言った。ならばそれは舐めているのではない。胸を貸しているのだ。神と、怪獣と戦った先達者として。

 ハジメ達はじっとミレディを見つめる。本当は分かっている。今の自分達ではミレディには決して敵わない。それでも足掻けば勝てる、なんて願望を抱いて挑もうとした。神羅がいなくても、自分たちは最強だと。でもそれに意味はない。最強なんてちゃっちな称号に拘っても意味はない。示さなければならないのは純粋な力と見栄っ張りでもこだわりでもない、自分たちの意思その物。

 ハジメは悔し気に拳を握り、奥歯を噛み締めながらミレディを睨み、

 

 「……分かった。今回は潔く負けを認める。だが、次はこうはいかないぞ。必ず勝つ……!」

 

 ハジメの言葉に同意するようにユエとシアも頷いてミレディを睨みつける。その視線を、心地いいと言わんばかりにミレディは薄く微笑む。

 

 「うん、楽しみにしてるよ。それじゃあ……行くよ」

 

 そう言った瞬間、ミレディの全身から蒼穹の魔力が吹き上がり、周囲を染め上げる。その空から次々と生み出されるのは無数の惑星。

 それはまさに空が顕現したかのような光景だった。青く染められた空の中心にはその眩いばかりの輝きで自らを太陽と化したミレディ。そしてその周囲を数百はある天球が展開される。

 全員がその光景に言葉を無くし、特にユエは愕然とした表情を浮かべていた。それが何なのかユエには分かった。分かってしまった。それは最上級魔法、蒼天、天灼、神威、この三つをそれぞれ何発分も圧縮して生み出されたものであること。それ一つだけでもハジメを消し炭にできるであろう破壊の星々。もはやそれは人と言う領域を超越している……!

 

 「万天……」

 

 ミレディが片手をあげながら口を開いた瞬間、ハジメが吠える。

 

 「ユエ、シア!やるぞ!!」

 

 その言葉に二人ははっとするとすぐさま構える。

 

 「星墜とし」

 

 その瞬間、破壊の流星群が一気にハジメたち目掛けて降り注ぐ。

 ハジメが即座にドンナーとシュラークを乱射して魔法の核を撃ち抜き、破壊するが、その物量は圧倒的だ。破壊しても後続が次々と牙を剥く。ハジメ一人では抗いきれる量ではない。

 

 「蒼天!」

 

 ユエが即座に蒼い火球を連続で生み出し、魔弾にぶつけて相殺するが、

 

 「くっ……!」

 

 やはり一発一発の威力がけた違いすぎる。一発を相殺するのに何発も必要になる。絶対的に手が足りない。

 

 「舐めんなぁ!!」

 「どりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 

 ハジメがドンナーとシュラークを猛スピードで乱射、しかしその狙いは正確で、次々と魔弾を無力化し、シアが文字通りの剛腕で柄を伸ばしたドリュッケンを振るい、魔弾を撃墜し、退けようとする。

 それを見たミレディは目を細めると、指を持ち上げ、それを振り下ろす。

 すると、更に魔弾が生み出され、まさしく豪雨のように降り注ぐ。

 それはまさしくハジメたちの神業を真っ向から押しつぶす絶対的な物量攻撃。

 それを目の当たりにしてハジメは一瞬息を呑むが瞬時に視線を鋭くし、瞬光を発動、爆発的に上昇した知覚能力を総動員して死の豪雨を連射で迎撃していく。諦めない。諦めるわけにはいかない。決めたのだ。兄と共に戦うと。必ず両親の元に帰ると。それをこんなところで、躓いていられるわけがない!

 ユエとシアも同様だ。ユエは魔晶石シリーズの魔力を惜しみなく使って最上級魔法を連発し、魔弾を迎撃していく。あまりにも圧倒的。あまりにも違いすぎる差にもはや嫉妬すら覚えない。だが、それがどうした。その程度、ハジメと共にいるためならば、たかだが数千年分の差、踏み越えてやる!

 シアもドリュッケンを全力で振り回し、魔弾を弾き飛ばす。何度も何度も規格外の破壊力を持つ魔弾の衝撃に手が痺れてきた。ともすればドリュッケンを取りこぼしそうになる。だがそれでも、ここまで来たのだ。他の二人に比べればちゃっちなものかもしれないが、それでも譲れないのだ。諦めたくないのだ。ここが正念場、今踏ん張らなくて何時踏ん張る!

 そして次第に魔弾の豪雨の威力が衰えていき、いける、と思った瞬間、ハジメは気付いた。いいや、全員が気付いてしまった。

 ミレディの周囲から膨大な魔力が放出され、ミレディに集約していく。それはミレディから放たれているのではない。文字通りミレディの周囲から輝くほどの魔力が集まっているのだ。

 そしてその魔力はミレディに集約し、それは起きる。魔弾の弾幕がさらに過密となりハジメたちを飲み込まんとする。

 

 「こい……つ……!?」

 「ここ……で……さらに……!?」

 「冗談………ですよね……!?」

 

 絶望的な状況にハジメたちは目を見開くがそれでも手を止めはしない。その瞬間自分たちの死が確定するからだ。だが、このままでも間違いなく自分たちは呑み込まれる。

 いや、恐らくその前に神羅が割って入ってきてくれるだろう。だが、それはあまりにも情けなさすぎる。大見え切って、これぐらい乗り越えられないようでは、共に戦う事なんてできない。

 ハジメは瞬光で強化された思考能力で必死に打開策を模索する。

 

 (どうする!?このままちまちまやってたんじゃジリ貧だ!こいつをどうにかするには………必要なのは………一点突破……そうだ。あれを突破するには、怪獣(・・)に届かせるにはちまちまやってても意味がない!やるならこちらの最大、最高火力を相手にぶち込む事!それならあれが……いいや、全然足りない!間違いなく途中で潰される!どうする……どうする……………だったら、それを超える一撃をぶっぱなすだけだ!!)

 

 その結論に至った瞬間、ハジメはユエとシアに念話を飛ばす。

 

 (二人とも、少しだけお前達だけで迎撃してくれるか!?)

 (それって……何とかする方法があるって事?)

 (ああ!でも正直言って、それが成功するかどうかは分からない。下手したら中途半端な形で終わりかねない……だがそれでも、あれを突破するにはこれしかない!)

 (………了解です、ハジメさん!いくらだって時間を稼いでやりますとも!)

 (先に言われるとは……情けない。私も大丈夫。ハジメは自分の事だけに集中して!)

 (……ああ、任せろ!)

 

 瞬間、ハジメはドンナーとシュラークを仕舞い、代わりに宝物庫から取り出したのは全長二メートル半程の縦長の大筒だった。外部には幾つものゴツゴツした機械が取り付けられており、中には直径二十センチはある漆黒の杭が装填されている。下方は四本の頑丈そうなアームがつけられている。

 ハジメが迎撃から外れた結果、その弾幕はその脅威を増大させる。ユエとシアが賢明に迎撃しているが、明らかに押され始めている。

 押し切られるのは時間の問題だ。ハジメは即座に動く。練成で外側のアームを外し、さらに内部の機構に手を加える。これは圧縮錬成により、四トン分の質量を直径二十センチ長さ一・二メートルの杭に圧縮し、表面をアザンチウム鉱石でコーティングした世界最高重量かつ硬度の杭を大筒の上方に設置した大量の圧縮燃焼粉と電磁加速で射出する、いわゆるパイルバンカーなのだが、ハジメは杭を取り出すと外側のアームをも杭に圧縮練成で外付けし、更に重量を増大させる。

 即席の改造がを終えるとハジメは自分のもう一つの切り札、限界突破も使用。全ステータスが3倍に跳ね上がり、その巨大な砲身を片手で支えられるようになる。左腕を差し込んで固定、更に魔力を流し込み、砲身が赤いスパークを放ち、内部の杭が猛然と回転をし始める。だがまだだ。まだ足りない。

 

 (もっと……もっとだ……!俺の全てをここに………!)

 

 その魔力の大半を纏雷に注ぎ込み、莫大な雷撃を纏い、全てをパイルバンカーに、その杭に溜め込ませる。膨大な赤雷が集約し、パイルバンカー全体が赤く染まっていき周囲が熱せられたかのようにじりじりとしてくる。だが、

 

 (だめだ、足りない。全く持って足りない!この程度じゃ意味がない!もっと、もっと、もっと、もっと………限界の更に向こう側に……!!!)

 

 そうしている間にもユエとシアは星落としを迎撃していたが、

 

 (っ………魔力が………足りない………!)

 

 ユエは悔しげに歯噛みをする。そう、絶対的に魔力が足りない。いくらユエが現在進行形でミレディの魔法を見て、学び、その威力を、魔力消費量を最適化させ、その才能をいかんなく発揮していこうと、魔晶石があろうと、その魔力量には限りがある。対しミレディは外部から悠々と魔力を集め、魔法を繰り出している。絶対的なまでのアドバンテージの差にユエは奥歯を噛み締める。このままではそう遠くないうちにユエの魔力は完全に尽きる。そうなれば……

 

 (いいや!何を弱気になっている!ハジメは私を信じて託してくれた!それに答えられないでどうする!やりぬけ!自分の体を盾にしてでも!)

 

 ユエは一瞬弱気になったことを振り切るように首を振り、次々と蒼天を撃ち込み、魔弾を迎撃していく。だが、それでも現実は容赦なく牙を剥く。

 

 (ほじゅ……!?)

 

 魔力がつきかけ、魔晶石から魔力を補充しようとした瞬間、一瞬意識がブラックアウトする。

 魔力が付きかければ全身を全力疾走したかのような倦怠感が襲い、息も荒れる。その後に魔力を補充し、再び魔力枯渇寸前まで最上級魔法を連続で行使する。そんな無理をし続けたせいで、体が追い付かなくなったのだ。

 それは一瞬。数秒もせずに意識を取り戻すが、致命的だった。大量の魔弾が迫ってくる。極限まで加速された思考の中でユエは必死に試案する。どうする。どうすればいい。魔法を放つ?魔力がない。補充してから迎撃?間に合わない。回避する?ハジメとシアがやられる………!

 もちろん、そうなれば神羅が助けに来るだろう。そう考えた瞬間、ユエの心が囁く。もうそれでいいじゃないか。もう相手はこっちを認めたのだ。あとは神羅に任せればいい。ハジメも手を考えてくれているが、神羅に任せれば確実だ。神羅さえいれば……

 

 「ぬおどりゃぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 喉が潰れんばかりに雄たけびが轟き、ユエの甘えに割り込んだシアがドリュッケンを振りぬき、魔弾を吹き飛ばす。

 その光景を見た瞬間、ユエはぎりっ、と奥歯をかみ砕かんばかりに噛み締める。

 何をしている。何を寝ぼけた事を言っている!シアが、ハジメがまだ諦めていないのに、何で自分はあっさりと諦めている!こんな、こんな神羅と言う強大な存在に縋りついてばかりの弱っちい存在がミレディを超える?ふざけるな!食らいつけ、泣きつけ、味方ではなく敵に縋り付け!絶対に諦めるな!!

 ユエは魔力を補充するとその思考を更に研ぎ澄まし、魔法を徹底的に最適化させ、蒼天を流星のように連続で撃ち込み続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シアは雄たけびを上げながらドリュッケンを魔弾に真っ向から激突させる。だが、先ほどまでならば弾き返せたそれを今度は弾き返せず、一瞬押し返されかける。

 シアは奥歯を噛み締めて踏ん張る。その余波で地面がひび割れるがそのまま渾身の力でドリュッケンを振りぬき、今度こそ魔弾を弾き返す。それでも休んでいる暇はない。すぐさま新しい一群が襲い掛かる。

 あまりにも圧倒的な物量。本当ならミレディに一発ぶち込むために突貫でもしたいのだが、そんな暇はない。ユエの援護があってもそんな事は許されない。一瞬でも気を抜けばこちらが潰される。シアは更にドリュッケンを振るい、魔弾を迎撃するが、その振りは明らかに威力が下がっている。

 いかにシアがずば抜けた身体強化を持っていると言えども、もうすでに何十発もの圧縮最上級魔法を正面から弾き飛ばしているのだ。すでに限界を迎えていた。全身に鉛が纏わりついているかのように重く、両手はほとんど感覚が無くなってきている。息は荒いのに全く酸素を取り込めていない、意識までもうろうとし始めている。

 だが、血が出るほどに唇を噛んで意識を保たせ、感覚のない手に力を込めてドリュッケンを握りなおし、

 

 「だぁぁぁぁぁりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 雄たけびを上げながら魔弾を迎撃する。

 ユエは魔力が尽きたのか迎撃に参加しておらず、ハジメからの合図もまだだ。ならば自分がやるしかない。出来るかできないかではない。やらなければならないのだ!愛する人を、友人を守るために!

 シアが再びドリュッケンで魔弾を迎撃しようとした瞬間、手から激痛が走り、その痛みに一瞬力が緩む。その瞬間魔弾がドリュッケンに直撃し、逆にドリュッケンを弾き飛ばす。

 その光景にシアが目を見開いた瞬間、弾幕が牙を剥く。ハジメたちを灰燼に帰そうと文字通り豪雨となって襲い掛かる。その光景を見て、視界の端で神羅が動くのが見える。

 その瞬間、シアは血に濡れた手に更に力を籠めて柄を握りしめる。激痛が走ろうが関係ない。弾き飛ばされたドリュッケンの勢いを強引に殺し、急制動をかける。負荷がかかった両腕からみきみきと言う音が聞こえるが知ったことか!

 

 「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 雄たけびを上げながらドリュッケンを振りなおし、魔弾を弾き飛ばす。更に次弾が襲い掛かるのを迎撃せんとした瞬間、

 

 「蒼天!」

 

 背後から声が響き、青白い火球が連続で放たれ、魔弾を迎撃する。

 それによって僅かな隙が生まれ、その隙にシアは息を整え、再びドリュッケンを振るう。それを援護するように蒼天が放たれる。

 ひたすらに魔法と魔法、戦槌が激突する。まだか、まだか、まだか、まだか……

 瞬間、ユエとシアの背後から莫大な魔力が吹き上がる。

 

 「悪い、待たせたな……」

 

 その声に二人が振り返れば、ハジメがその身から膨大極まりない赤い雷光を纏いながらパイルバンカーを流星群に向けられて立っている。その魔力は先ほどまでの限界突破の時よりもさらに上であり、まるでミレディの蒼穹を飲み込まんとする深紅の輝きだ。

 限界突破、派生技能、覇潰。限界突破はステータスを3倍にはね上げるが、覇潰は5倍に膨れ上げる。その分反動もすさまじいが、今この時、目覚めたのは本当に僥倖だった。これならば………!

 ハジメは大きく息を吐きながらその身の魔力を制御する。すると、深紅の魔力と雷光が次第に収まりはじめ、それはゆっくりとパイルバンカーに集約されていく。限界突破の遥か向こうに手をかけたハジメの魔力の大半を注ぎ込んだ雷撃を宿したその砲身はもはや深紅に染まり切っており、バジバジと雷音を立て、しゅうしゅうと溶解するような音を立てる。仰し切れていない膨大な雷が周囲の空気を容赦なく熱する。

 そしてきっ、とハジメは流星群を睨みつけ、

 

 「喰らいやがれ」

 

 その声と共にユエとシアは退避し、ハジメは最後の引き金を引く。

 その瞬間、パイルバンカーの砲身は崩壊、その反動でハジメの身体は木っ端のように吹き飛ばされる。それから一拍遅れて空間を破砕するような轟音が轟き、それと共に放たれたのは莫大な雷撃を纏った一撃。深紅に染め上げられたそれはさながら天を貫く一撃。

 解放された一撃は周囲の空気をプラズマ化させながら突き進み、破壊の星々に突き刺さると、一方的にぶち破る。更に発射の余波の衝撃波と解放された雷撃はそのまま周囲の星に牙を剥き、容赦なく飲み込み、強引に引き裂いていく。

 そして、その時は訪れる。人間の一撃は破壊の流星群をぶち抜き、そのまま天井に到達。それは容赦なく天井を深々と貫き、瞬間、凄まじい轟音を轟かせ、赤い雷撃が蹂躙し、大規模な崩落を起こし、膨大な量の瓦礫が降り注ごうとするが、

 

 「させんよ」

 

 その声が響いた瞬間、瓦礫に向かって青白い熱線が放たれ、次々と瓦礫を吹き飛ばしていく。更に天井付近に巨大な黒い重力球が出現し、瓦礫を次々と飲み込んでいくが、流石に全ては無理なのか、残った瓦礫が周囲を襲い、凄まじい地響きが起こり、土煙が立ち込める。

 その土煙が次の瞬間、一瞬で吹き飛ばされる。そこにいたのは吹き飛んだハジメを後ろから受け止めた神羅だ。その周囲にはユエとシアもいる。いつの間に回収したようだ。

 

 「っ……兄貴………」

 

 ハジメはぜひゅぜひゅと苦し気に息を荒げながら激しく血を吐く。その身体は酷い有様だ。全身から血を流し、折れた骨が飛び出てしまっている。左腕の義手に至ってはほぼ全壊の状態であり、使い物にならないだろう。もしも覇潰を使っていなければ、反動で全身が粉々になっていたかもしれない。

 ユエとシアも酷い有様だ。ユエは傷こそないが、顔は病弱なほど白いどころではなく、土気色になっている。呼吸がうまくいってないのかこひゅー、こひゅー、と苦し気に息をしようと喘いでいる。シアの両手も血まみれになっており、全身に力が入らないのかその場に崩れ落ちており、ピクリとも動けないでいる。

 その3人を見やって神羅は小さく頷き、

 

 「よく頑張ったな、3人とも」

 

 そう言って神羅は3人の頭を撫で、視線をミレディに向ける。崩壊を回避したミレディもまたゼェハァ、と青白い顔で荒い息を吐いているが、その視線を受けると、満面の笑みで親指を立て、

 

 「見せてもらったよ、君たちの意地を。文句なしの合格だ」




 告知しておきます。次回、ほんのりゴジモス要素を入れますので。


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第34話 届けられた歌

 更新しますね。いつもに比べたら早くできたな……まあ、少し書いてたからってのもあるだろうけど……

 ところで、最近遅まきながらあつ森を買ったんですが……購入三日目でリュウグウノツカイを吊り上げたのってどうなんだろう……あとオニヤンマ捕まえた……後、生き物が大量に集まって、でも博物館がまだ開いてないからうちの前がすごい事になってます……生き物で埋め尽くされてます……

 とりあえず、どうぞ!


 勝利した。そう分かった瞬間、ハジメの全身をすさまじい倦怠感が襲い、そのまま神羅に体を預けてしまう。

 

 「よく頑張ったな、ハジメ。神水を飲んでおけ」

 「ああ……動くうちに飲んでおかないとな」

 

 ハジメは宝物庫から神水を取りだすとそれを一気に煽る。見る見るうちに体の傷が治っていき、活力がみなぎってくる。それを感じ取ったハジメはすぐに覇潰を解除する。それでもかなりの疲労感だ。ハジメは大きく息を吐きながら神羅に視線を向ける。

 

 「もう大丈夫だ。戦うの厳しいけど、一人で動ける」

 「分かった。ユエとシアの様子を見てくる」

 

 神羅はハジメから離れ、ユエとシアの元に向かう。その間にハジメは左手の調子を確かめてみる。動かそうとするとギギギ、と異質な音が響き、まともに動かない。

 

 「これは……一から作り直さないとまずいかもな……」

 

 ハジメが参ったなぁ、と頭を掻いている中、神羅はユエとシアに話しかける。

 

 「二人とも大丈夫か?神水は飲めそうか?」

 「私は………何とか………うん………」

 

 ユエは息も絶え絶えの様子で答え、神水を飲もうとするが、その手はカタカタと震えてしまっている。どう考えてもまともに飲めるような状態ではない。

 

 「無理をするな。もう少し呼吸が落ち着いてからにしろ」

 「……そうする……今の状態じゃ、血もまともに飲めない………」

 「そうしろ。それでシアは………」

 

 神羅はシアに目を向ける。先ほどから何も返さないシアだが、呻くようにう、あ、と声が漏れる。身体は指一本まともに動かせないのか揺れるだけだ。

 

 「とりあえず、生きてるな。これでは神水も飲めんだろう。すまんがしばらくはそのままだな」

 「………は……の……め………ん……」

 「何と言ってるのか全然分からんのだが」

 

 そこにミレディがあはは、と笑いながら歩いてくる。

 

 「お疲れ様。本当、よくやったよ。みんな」

 

 そう言うと、ミレディは回復魔法を使用する。見る見るうちにシアの傷は癒えていき、体が少しずつ動くようになる。ユエも先ほどよりも顔色がよくなる。

 

 「回復も……使えるの……?」

 「まあね。まあ、闇はあんまり使えないんだけど」

 

 本当に魔法に関しては多彩だ。ユエはむう、と悔し気に顔をしかめる。

 

 「さて、神水を飲んで回復したなら、あとは我だけだな。ミレディ、我の試練はいつ始める?」

 

 神水を飲んでいる二人を後目に神羅が問いかけると、ミレディはう~~~ん、と申し訳なさそうに頭を掻き、

 

 「それなんだけど、神羅君……君の試練は後日にしていいかな?」

 

 その言葉に神羅は小さく首を傾げるが、ハジメ達はじろりとミレディを睨みつける。

 

 「どう言う事だ?まさか、本当に怖気づいて、兄貴との戦いは無しにしようってか?」

 「ちょ、違うよ。そんなんじゃないって!ただ、私もかなり消耗しちゃったからさ。このまま連戦しても、まともな勝負にならないよ。いや、怪獣相手じゃ全開でもまともに勝負にならないかもしれないけど……それでもやっぱり試練だしさ。全力でやりたいじゃん。だからさ……」

 「ふむ、なるほど……その意味では我としても、異論はない。あいつと共に戦った者。相対するならば全力でとは我も望むところだ」

 

 神羅は異論はないと言わんばかりに頷いている。その様子をハジメ達はえ~~、と言った表情で見つめ、胡散臭げにミレディを見る。

 

 「別に何日もかけないよ。二日ぐらいたてば私も完全に回復するから。その後に訪ねてきてくれればちゃんと相手をする。私は逃げも隠れもしないよ。なんだったら、攻略の証でショートカットを使ってもいいし」

 「……ハジメ。我は一向にかまわん。それに、その腕では直るまで出発はできまい?」

 

 その言葉にハジメはう、とうめき声を漏らして顔をしかめる。確かにこの左腕を修理しない事には出発は延期せざる終えない。その間の拠点はここから一日ほどしかかからないブルックの町だ。もちろん、その間ユエやシアの訓練につき合うだろうが、それでも神羅ならば余裕があるのは間違いない。ショートカットが許可されているならなおさらだ。

 ハジメは少し考えるように唸ると、

 

 「はあ、兄貴がいいって言うんならそれでいいさ……」

 「どうも。あ、でも、結局普通の試練はクリアしたからそっちの方のご褒美はあげるし、神代魔法もあげるけど、どうする?」

 「いや、お前との戦いの後で構わん」

 「そっか。それじゃあ、そろそろ移動しよっか。3人とも動ける?」

 「まあ、何とか」

 「……ん」

 「一応は……」

 「ちょっと厳しそうだね。それじゃあ……」

 

 ミレディが軽く指を鳴らせばハジメたちの体がふわりと浮き上がる。

 ハジメ達は突然の事態に驚くが、ミレディはそれを無視してそのまま自分も浮かび上がり、そのまま飛行していく。そして壁面が見えてくるとその一部が発光、そのままその部分の壁が消え、白い通路が現れる。そこに着地すると、ミレディはそのまま軽い足取りで歩いていく。

 本人はかなり消耗したと言っていたが、回復する必要があった自分たちと違い、未回復でまだ余裕がありそうだ。それだけでも地力にかなりの差があると認めざるを得ない。

 白い通路を通った先にあったのは中央の床に魔法陣が刻まれた白い部屋だ。壁の一角に扉が設えられている。

 

 「それじゃあ、神代魔法をあげるよ。そこの魔法陣に乗ってね。3人一緒でも問題ないよ」

 

 その言葉にハジメたちは魔法陣の中に立つ。今回は、試練をクリアしたことをミレディ本人が知っているので、オルクス大迷宮の時のような記憶を探るプロセスは無く、直接脳に神代魔法の知識や使用方法が刻まれていく。ハジメとユエは経験済みなので無反応だったが、シアは初めての経験にビクンッと体を跳ねさせた。

 

 「これは……やっぱり重力操作の魔法か」

 「そうだよ~ん。ミレディちゃんの魔法は重力魔法。上手く使ってね…って言いたいところだけど、君とうさ耳ちゃんは適性ないねぇ~もうびっくりするレベルでないね!」

 「やかましいわ。それくらい想定済みだ」

 「ま、そうは言ってもそれが全てって訳じゃない。どんな力も、使い方次第さ。金髪ちゃんは適性ばっちりだね。修練すれば十全に使いこなせるようになるよ」

 

 その言葉にハジメたちは小さく頷く。

 

 「それじゃあ、あとは攻略の証とご褒美ってやつだが……」

 「気が早いねぇ、全く……………まあ、いいけどさ。それじゃあ、もってけ泥棒!」

 

 そう言うとミレディはハジメ達から距離を取り、首から下げているペンダントを光らせる。すると、ハジメ達の前にドンっ!!と巨大な山が出現する。

 

 「こ、これは……!」

 「ほほう、こいつは………」

 

 ハジメはそれを目にして、驚愕の表情を浮かべる。なぜならそれは大量の鉱石だったからだ。その量たるや、まさしく小山程もある。

 

 「まずはいろんな鉱石。アザンチウムもあるし、神結晶だっていくつかあるよ。うまく使ってね」

 「あ、ああ……と言うか、こっちでも神結晶あるのか」

 「オー君が作り方見つけちゃったからね……」

 

 ミレディがアハハ、と引きつった声をあげる。彼女からしてもオスカーのそれは異常らしい。

 ハジメはとりあえず鉱石を次々と宝物庫に放り込んでいく。そしてそれを全て放り込むと、

 

 「それじゃあ、次はこっち!」

 

 そう言ってミレディが取り出したのは数々のアーティファクトだ。

 

 「これは全て解放者の仲間たちの固有魔法を付与した物や、みんなが使っていたアーティファクトだよ。もう君たちの物だから、好きにしていいよ。自分で使ってもよし。材料にしてもよしだよ」

 「え?固有魔法って……」

 「うん、そうだよ。解放者には大勢固有魔法、そして魔力操作を持っている人がいたんだ。当時は君の様な魔力持ちの亜人も結構いたよ………そう言えば、そこら辺は今どうなってるの?」

 「ああ、確か魔力操作は魔物だけが持つ能力で異端とされてたな……亜人達もそうしていたが……」

 

 ハジメの言葉にミレディはん?と首を傾げる。

 

 「亜人も?有力な力を持った仲間を排斥しているの?」

 「ああ。それでシアとその一族は樹海を追い出された。まあ、兄貴もそこら辺の事を指摘していたが……ん?ちょっと待て。つまりあれか?前は亜人達は魔力持ちを歓迎していたのか?」

 「そ、それじゃあ……で、でも、どうして今は………」

 

 そんな言葉も聞こえていないようにミレディは顎に手を当てて真面目な様子で考え込んでいる。そしてしばらくして、

 

 「………あいつら……小細工しやがって……」

 「小細工?」

 「ああ、うん……そうだね。亜人がそう言った現状なら、伝えといたほうがいいか」

 

 そう言って一つ頷き、ミレディは口を開く。

 

 「これから旅をする中で気を付けておいたほうがいい奴がいる。神の使徒を名乗る銀髪の女。そいつらは奴らの直属の僕。普通に馬鹿強いだけでなく、洗脳……みたいな能力も持っている。しかも私は見た事ないけど、他人に成りすます事ができるみたいなんだ」

 「は?どうしていきなりそんな事………」

 

 突然の情報にハジメが首を傾げていると、

 

 「……なるほど」

 

 ユエが納得したような声を漏らす。

 

 「つまりあなたはこう考えている。その使徒が亜人に成りすまして潜り込み、魔力持ちは危険だと洗脳した。その結果、亜人達は魔力持ちを排斥するようになった、と」

 「うん。可能性はあるよ」

 「……それじゃあ、みんなが……樹海を追い出されたのは……そいつらの………」

 

 シアが怒りを込めるように拳を握りしめるが、

 

 「落ち着いて、うさ耳ちゃん。君の怒りは分かる。でもそれに身を任せちゃだめだよ。それこそ連中の思うつぼだ」

 「……はいっ……」

 

 ミレディの言葉にシアは体を震わせ、しかし、少しすると小さく息を吐きながら頷く。

 

 「とりあえず、警戒はしておいて。君たちの中じゃ、神羅君は楽勝。弟君は互角。うさ耳ちゃんは劣勢。金髪ちゃんはかなり厳しいから。知り合いが急に変な事を言い始めたり、感情が抜け落ちたような様子を見せたら要注意ね」

 

 ミレディの忠告にハジメたちは小さく頷く。それを見たミレディはよしっ!と空気を切り替えるように軽く手を叩く。

 

 「さて、次は……と」

 

 そう言ってミレディが次に取り出したのは無数の書物だ。もっとも、それはかなりすり切れた様相をしている。中には一度ばらけたのをひもでまとめ直したものまである。

 

 「これは私がいた時代……魔人族との戦争の最前線にあり、一応、私の故郷でもあった魔法大国、グランダート帝国の魔法関係の書物、そしてここにいる間に私が書き記した魔法の資料。金髪ちゃんは一度これに目を通したほうがいいかもね。まずは何をおいても地盤だよ。そこがしっかりしてないと、どんな天才でもお城は築けない」

 「……いいの?これ、下手したら凄い資料なんじゃ……」

 

 何百年も前の資料と言うだけでもかなりの物だろうに、あのミレディが書きまとめた魔法の理論。それこそ世に出回れば国書扱いされてもおかしくない代物だ。

 

 「いいのいいの。腐らせるのももったいないし、それに、この程度じゃ、君と私との差は縮まらないよ。ごめんね、天才過ぎて!」

 「……言ってろ。すぐに追いついてやる……」

 

 ミレディがにやにやと笑いながら言うと、ユエはイラっとした表情を浮かべるが、すぐに不敵な笑みを浮かべて宣言する。

 

 「んで、次に弟君だけど、君にはこれだ!」

 

 そう言ってミレディはハジメの前に新しい書物を無数に出す。

 

 「これは私の時代の様々な魔法具の設計書、及び、製造技法の理論書だよ。これがあれば、君なら色んな魔法具を作れると思うよ。まあ、オー君には及ばないだろうけどね!」

 「一言余計だこの野郎……いやでも、ぶっちゃけ生成魔法なら何とかなるんじゃないか?」

 「それがなくてもできる物があるんだよ。しかも、どれもアーティファクトに負けない逸品だよ。そうだね、例えば………代表的なのはやっぱり、飛空船かな」

 「………なんですと?」

 

 その言葉にハジメはキュピン!と目を光らせる。

 

 「おい、飛空船ってあれか?空を飛ぶ船か?そうなのか?そうなんだな!?」

 「お、おお?凄い食いつきだね………まあ、その通りだけど………」

 

 捲し立てるハジメにミレディが若干引きながらも肯定すると、ハジメはよっしゃぁ!とガッツポーズを取る。

 

 「よし!これであれの開発のとっかかりがつかめた!しかもこの資料があれば……俺の想定以上の物が作れるかもしれねぇ!」

 

 無邪気に笑いながら言うハジメを神羅はやれやれ、と肩をすくめ、ユエは微笑ましいものを見るように優しい眼差しを向け、シアは軽く目を丸くしている。

 

 「うさ耳ちゃんには……申し訳ないけど、個人的に役立ちそうな本はないかな。でも、さっきのアーティファクトの中にいいものがあるからそれで我慢して」

 「は、はぁ……まあ、いいですけど……」

 

 そこで一区切りついたのかふう、と息を吐いてミレディは力を抜き、

 

 「最後に神羅君。君にこれを」

 

 そう言いながらミレディは神羅に何かを差し出してくる。

 

 「んん?これは……?」

 

 それは何といえばいいのだろうか。長いコードがついた手の平サイズの小さな長方形の板。その表面にはモニターの様な区切りがある。しかもそのコードはその先端が二つに分かれ、その先にはイヤホンのようなものがついている。と言うかどう見てもイヤホンだ。どっからどう見ても携帯音楽プレーヤーだ。

 

 「音楽プレーヤー?なんでこんなものがここに……?」

 「あれ?もしかして君たちのいた世界にも似たようなのあるの?」

 「ああ、そうだ。これで音楽を聴くことができるんだ」 

 「うわぁ、機能も同じなんだ……うん、これは音楽を記録して、自由に聴けるようにしたアーティファクトなんだ。オー君が作った物なんだよ。君のためにね」

 

 ミレディの言葉に神羅は困惑の表情を浮かべる。

 

 「なぜこの世界の人間が異世界の人間の我のために?」

 「正確に言うなら、ゴジラが人間として生まれて、ここに来た時のために……あの子の頼みで作ったんだ」

 

 あの子と言う言葉で、神羅の脳裏に彼女の姿が真っ先に思い浮かんだ。

 

 「モスラの?」

 「うん、そうだよ。これはモスモス……彼女から君への贈り物だよ」

 

 その言葉に神羅は思わずミレディの手の中のアーティファクトを凝視してしまう。

 

 「これには彼女の歌が記録されている。彼女が君のために歌った歌がいっぱい……もしも自分よりも先に私のところに来たらゴジラにこれを渡してって」

 

 そう言ってミレディはアーティファクトを差し出す。神羅はそれをそっと受け取り、指でなぞる。

 

 「魔力を流せば起動するから。流しすぎには注意してね……それから、もう必要ないかもしれないけど、彼女からの伝言、伝えるね」

 「ん?」

 

 ミレディは誰が見ても分かるほどに優しく、嬉しそうな笑顔と共に告げる。

 

 「私は貴方が来るって信じて待ってる。ずっとずっと、ずっっっっっと……待ってるからって」

 

 その言葉に神羅は息をのみ、手元のアーティファクトを見つめる。そして、優しく、しかし力強く握りしめる。

 

 「そうか………」

 

 神羅はアーティファクトのイヤホンを耳に嵌め、魔力を流してみる。すると、区切りに歌のタイトルが表れ、イヤホンから聞こえてくるのは幾度聞いても全く飽きない、そして今生にて何度も聞きたいと願っていた彼女の歌。人間としての歌声だが、その歌声は全く変わらない。

 

 「ああ………あの時と何ら変わらない……美しい歌声だ……」

 

 脳裏に浮かぶのはかつて共にあった時の光景。彼女は子供の時はどうにもいたずらが好きで、よく自分の尾の先に噛み付いていた。そして、成虫になった後は自分の肩に留まって歌うのを好んでいた。いつも自分の肩に留まって飽きもせず歌い、自分も飽きもせずそれを聞き続けた。時には何もせず共に微睡むこともあった。そんな当たり前の日々が蘇る。

 

 「もう少し……もう少しで……会えるな………」

 

 そう呟いて神羅はアーティファクトを優しく握りしめ、着物の内ポケットにしまう。だが、イヤホンは外さず、歌を聴き続ける。

 その様子をミレディも、ハジメ達も微笑ましそうに見つめていた。

 

 「よし、それじゃあこれで授与式は終わり!後は帰るだけだけど……聞きたいことはある?」

 「……それなら………貴女はどうやって、ゴーレムの状態で、特訓を重ねたの?」

 

 ユエの予測だが、ゴーレムに魂を定着させるのはただではないはずだ。その維持にも魔力を使うハズ。そんな状態で魔力を使うのは文字通り寿命を削るような所業だが……

 

 「そんなの単純だよ。転生の魔法陣、そしてゴーレムに魂を移す魔法陣を複数用意して、あとはゴーレムの状態で特訓。で、それで力が少なくなったら人間に転生して、力を回復させて、そしてまたゴーレムに、って言うのを何度も繰り返したんだ……食料は時々、外に出て調達する必要があったけど……」

 

 その言葉にハジメたちは今度こそ驚愕に目を見開く。神羅でさえ、大きく目を見開いている。その様子にミレディは軽く肩をすくめる。

 

 「だから言ったでしょ。大したことじゃないって……私は、何度も生身の肉体を経験してるんだから……」

 

 ああ、確かに。確かにそうかもしれない。だが、だからと言ってミレディの格が下がったかと言われればそんな事はない。彼女は文字通りこれまでの時間をひたすらに訓練につぎ込んだ。文字通り魂を削って自分を強くし続けた。それほどの覚悟、それ程の決意を抱いていた。生身とゴーレムの身体と言う想像もできないルーティーンに耐えうる魂を持っていた。いつか現れる攻略者と、王を待つために。

 これがミレディ・ライセン。解放者の、神に抗った者達のリーダー……

 

 「ちょ、ちょっと!そんな変な空気出さないでよ!これは私が望んだ事なんだし……ほ、ほら!ほかに何か聞きたいことはない!?」

 

 ミレディは頬を赤くしながら捲し立てるように問いかけると、神羅はふう、と小さく息を吐き、

 

 「それではオルクスとハルツィナとここ以外の大迷宮の場所を教えてくれ。場所は不明だし、モスラは教えてくれなかったのだ」

 

 本人がそう望んでいるのならば、これ以上むやみにほじくり返すのは無粋というものだろう。

 

 「あ、そうなんだ。全くモスモスったら……それじゃあ、教えるね」

 

 ミレディが語る迷宮の位置をしっかりと記憶し、神羅はうむ、と頷く。

 

 「では、あとはもう問題ない。帰還させてくれ」

 「ほいほいっと。ちょっと待ってね」

 

 ミレディが動く中、神羅はハジメ達に視線を向ける。彼らは未だに気まずげに視線を彷徨わせる。

 

 「いい加減にしろ。本人がもういいと言っているのだ。ならばこれ以上は無粋だ」

 「兄貴…………そうだな。これ以上はがらじゃねぇしな」

 

 ハジメは気を取り直すように頬を叩き、ユエとシアも気を取り直すように息を吐く。

 そうしていると、ハジメ達の前に透明なカプセルが頭上から静かに降りてくる。

 

 「脱出は地下水脈を使うんだ。だからこれに乗ってね。制御は……神羅君、お願いできる?」

 「うむ、任せろ」

 

 その言葉にハジメたちはえ?と首を傾げながら神羅を見る。

 

 「もともと我の縄張りは海だ。水の中の方が動ける。ちなみに呼吸もできるぞ。これでな」

 

 そう言って神羅が首元を撫でれば、そこに複数の魚の鰓のようなスリットが現れる。

 

 「そう言う事。まあ、神羅君が支えなくてもある程度は大丈夫だけどさ」

 「ああ、そう……まあ、そう言う事なら……頼むわ……」

 

 ハジメは困惑気味に頷き、カプセルに乗り込む。ユエとシアも軽く頭を下げながらカプセルに乗る。

 そしてカプセルがしまったのを確認して神羅はカプセルの傍に立つ。

 

 「お前はこれからどうするのだ?」

 「うん。私は変わらず、ここを拠点に身を潜めるよ。私が出たら、余計な手間かけちゃうだろうし。でも、その時が来たら……私も一緒に戦うよ」

 「そうか………よし、いつでもいいぞ」

 「うん、それじゃあ行くね」

 

 ミレディはふわりと浮かぶと天井から下がっている紐を掴み、

 

 「あ、そうだ。神羅君。最後に一つだけ」

 「ん?」

 「……あんまりモスモスを怒らないであげて」

 

 その言葉に神羅は小さく首を傾げ、問いかけようとするが、その前にミレディが紐を引く。

 すると、神羅達がいた場所に穴が開き、そのまま落ちていった。

 

 「……どうか君たちの未来が、自由な意志の元にあれることを、祈ってるよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下水脈の中を神羅はカプセルを支えながら泳いでいた。その泳ぎは力強く、そして繊細だ。現にカプセル内のハジメ達はほとんど揺れも感じず、快適な水中遊覧を楽しんでいた。

 

 「あ、魚です……」

 

 目の前を通り過ぎた魚を見て、シアは嬉しそうにうさ耳を動かす。ハジメとユエはまだ疲れが取れないのか息を吐きながら座り込んでいる。流石は身体能力特化と言ったところか。

 と、

 

 「ん!?」

 

 外を見ていたシアは驚愕に目を見開く。

 目があった。

 魚と。いや、魚ではあるが人間のそれもおっさんの顔の目と。つまる所シアと目があった魚は人面魚だったのだ。どこかふてぶてしさと無気力さを感じさせるそのおっさん顔の人面魚は、あの懐かしきシー〇ンを彷彿とさせた。

 驚愕に大きく目を見開くシア。そして視線を逸らすことができない。それからどれほど経ったか。不意にシアの頭に声が響く。

 

 (何見てんだよ)

 

 舌打ち付きだった。

 

 「ぶっほぉっ!?」

 

 我慢しきれずシアは噴き出し、人面魚はそのままいずこかへと泳ぎ去って行った。

 

 「どうした?シア」

 

 ハジメが問うとシアは慌ててハジメとユエの方に振り返り、

 

 「は、ハジメさん、ユエさん!あ、あれ、あれ、あれ!!」

 「あれって……どれ?」

 

 ユエが首を傾げ、シアが振り返ればすでに人面魚の姿は無し。

 シアは慌てて神羅の元に向かい、

 

 「神羅さん!神羅さんは見ましたよね!?あれ!」

 

 それをしっかりと聞き取った神羅だが、あれが何なのか分からず、首を傾げる。そのリアクションにシアはええ!?と声をあげる。

 その後、シアが人面魚を見たと言うが、それらしき姿もなく、ハジメ達はシアの疲れもまだ抜けきっていないのだろうと軽く流した。

 しばらく泳ぐと目の前に光が見え始める。神羅はそのまま静かに加速して光に向かって突き進む。

 そしてついに外に出る。大量の水が穴から飛び出し、巨大な水しぶきが上がるが、神羅にとってはへでもない。それからハジメたちを守り切り、カプセルを持ち上げながら水面から顔を出す。

 周囲を見渡せば、どうやらここは湖のようだ。どのあたりかは分からないが。

 神羅はざぶざぶとカプセルを押しながら湖から上がり、カプセルのふたを開けてハジメたちを出す。

 

 「だから、シアが見たのは幻覚だって。まだ疲れてんだよ」

 「……仮に人面魚が本当にいたとしても、流石にしゃべったって言うのはないと思う……」

 「いや本当なんです!本当にいたんですよ!喋りかけてきたんですよ!」

 

 シアがぶんぶんと手を振り回しながら叫ぶのを後目に神羅はここはどこだと首を巡らせる。と、

 

 「ん?」

 

 こちらを見て固まっているソーナと目が合った。更にその周囲には冒険者風の男3人、そしてなぜかクリスタベルがいた。

 どういう組み合わせだ?と首を傾げながら神羅は一応挨拶として軽く片手をあげる。それに対し、一応ソーナ達も軽く頭を下げる。

 その後、話を聞くとソーナは隣町の親戚に見舞いの品を届けに、クリスタベルさんは服の素材集めの為に、冒険者3人は任務を終えてブルックの町に帰るついでに二人の護衛を引き受け、今はその帰り道の休憩だったらしい。そのまま神羅達は折角だからと5人と一緒にブルックの町に戻る事にした。




 ここのモスラの歌は皆さんのお好きなように。ちなみに自分はKOMの日本語版主題歌、Prayですね。英語?深く気にするな。声は………よし、水樹奈々様で行こう。それに伴い、モスラの声優も水樹奈々様に決定しました。

 ちなみに、2巻はここで終了。ここからは幕間が2話ほど入る予定です。

 内容は、一つはクラスメイトsid。もう一つはゴジラとモスラの出会い、そしてユエさん、吹っ切れるを予定しています。


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幕間 再起する者

 今回は幕間、クラスメイトサイドのお話です。

 ではどうぞ!


 時間を少し巻き戻し、神羅達がライセン大迷宮に突入したのと同じころ。

 ハイリヒ王国の王宮の一角の召喚された生徒たちに与えられた部屋がある区画。その部屋の一室で、一人の女子生徒が机に向かって座り、うんうんとうなっていた。

 その机の上には山のように本が重ねられ、その本に埋もれるように彼女は頭を抱えている。その前には開かれた本と、幾度も書き直した後のあるメモ帳が広げられていた。

 

 「………やっぱり本じゃ、これ以上は無理か……」

 

 そう呟いて園部優花は座りながら思いっきり体を伸ばす。ぽきぽきと固まった体から音が鳴り、コリがほぐれる。

 そのままトントンと肩を叩くと、一息つこうと立ち上がり、部屋から出ていく。

 優花が向かったのは王宮の一角に備えられた生徒たちのための食堂兼サロンだ。生徒一人一人に従者が付けられ、生徒が欲すれば、すぐに彼らが飲み物でも食べ物でも用意してくれる至れり尽くせりの場所だ。

 

 (まあ、最近は従者さん達の視線もちょっと痛いんだけどね……)

 

 何せ今そのサロンを使っているのはあの迷宮の一件で心が折れ、戦えなくなった者達が大半だからだ。

 自分たちはこの世界を救うために喚ばれたのだ。それをせずに王宮に引きこもり、さらに一部の生徒たちは今も戦っているとなれば、面白くないと思われても仕方ない。と言っても、それだけという訳ではなく、中には素直にこちらに同情を向けてくれているものもいる。

 先生が動いてくれなかったら今頃自分たちはどうなってたか、優花は思わずため息を吐く。

 そんな中、優花は心が折れたとは違っていた。彼女の心は未だ折れていない。時折王都の外に出て魔物とも戦っているのがその証拠だ。あの時の、仲間殺しの衝撃で、皮肉にも彼女の心は仲間の死による衝撃を軽減していたのだ。

 ではなぜここにいるのか、と問われると………信用できないのだ。

 あの時、確かに優花は見た。檜山が神羅とハジメに魔法を放つのを。仲間殺しがいる時点でアウトなのに、リーダーである光輝は本人が罪を認めたのに何の罰も与えず許して仲間として連れている。もう優花の光輝に対する信頼はゼロだ。その中で次は我が身、と思うと一緒に戦う事はできず、結果として迷宮には同行していないのだ。

 だからといって何もしないなど、優花にはできなかった。いざと言うときのために自分を鍛えているだけでなく、迷宮に挑んでいるメンバーに檜山と光輝に対し注意するように言いつけもした。

 だが、今優花が力を入れているのは情報収集だ。思えば、自分たちはこの世界の地理、文化といった事を全くと言っていいほど知らない。これがどれほど役に立つか分からないが、それでも知ってるのと知らないのとでは大きく違うはずだ。だからこそ、優花は図書館から本を借りてきて情報を精査し、まとめ上げていた。

 この時、大きく役に立ったのが神羅とハジメが事前にまとめ上げていた情報だ。これのおかげで個人で調べるよりもずっと調べやすく、情報も分かりやすくまとめられたと言っていいだろう。

 しかし、それも限界が近い。いかに資料を読み漁ろうと、それはしょせん紙の上の知識だ。これ以上となるとやはり現地に行くしかない。特に優花はある伝承に強く興味をひかれていた。

 一応相談してみよう、と考えながら優花がサロンに入ると、

 

 「あれ?みんなどうしたの?」

 

 そこには居残り組のクラスメイト達がいたのだが、その中で、玉井淳史、相川昇、二村明人、菅原妙子、宮崎奈々が特に鬱屈した表情を見せている。

 困惑気味の表情を優花が浮かべていると、彼女に気づいたのか雫の付き人のニアが頭を下げながら

 

 「優花様……いえ、私の失言が原因でして……」

 「どう言う事?」

 「えっとね、優花っち。実は……」

 

 奈々が語るところによると、彼らがいつも通りこのサロンに集まり、迷宮攻略組の事を話し、特別だなんだと言っていると、ニアがポツリと「雫様とて女の子に変わりないでしょうに」、と漏らし、それに対し彼らが反応して、今のような事態になったらしい。

 優花は思わず目頭を指で押さえる。

 

 「……まったくもう……何やってるのよ……」

 

 優花の言葉に玉井達は気まずげに視線を逸らす。それを見て優花は小さくため息を漏らし、

 

 「ニアさんはみんなをバカにしたわけじゃなくて、八重樫さんも普通の女の子。強いだけじゃなく、弱いところもあるって言いたかったんでしょう?」

 「え、ええ……その通りです」

 

 その場に来ただけなのに、聞いただけで自分の言いたいことを言い当てた優花にニアは軽く目を丸くしている。

 

 「……でも、優花っち。雫っちってば超強いし、いつだって頼りになるし……正直弱っちい雫っちなんて想像できないんだけど……」

 「そうだよね……」

 「……でも、人間なんてそんなものよ。白崎さんだって比べ物にならないぐらい豹変したし………南雲たちもそうだったんだから、八重樫さんだってそうでしょ」

 

 その言葉に居残り組は目を点にする。なんでそこで彼らが出てくるのだろうか……

 

 「まあ、とりあえずその事は置いといて、ちょうどよかった、ニアさん。一つ頼みたいことがあるんだけど」

 「頼み?なんでございましょうか」

 「ウルの町に行きたいんだけど、護衛を頼んでもいいかしら?」

 「ウル……ですか?」

 

 優花の言葉にニアは首を傾げる。

 ウルの町はウルディア湖と言う巨大な湖のそばにある町で、この人間領において有数の食料生産地だ。広大な農地のほか、隣接する北の山脈地帯はその環境が地域によってバラバラだが豊富な食料が沢山実る。だが、それ以上に不可思議なところがある。それは植物の生育が他よりも早いのだ。通常であれば半年かかる収穫が、なぜかこの地域ではそれよりも一か月ほど早く収穫ができる。また、その実りは普通よりもうまく、栄養価も高いなど、まさに至れり尽くせりで、人類にとっては生命線と言っていい場所だ。

 

 「それでしたら、明日の朝、愛子様が視察と言う形で向かうと聞いておりますので、共に向かえばいいと思いますが……なぜ急に?」

 「ええ、ちょっと……神獣伝説について調べたくて」

 

 神獣伝説。それはこのトータスに伝わるエヒトに伝わる神話の中で、比較的マイナーなものだ。

 神代の時代。神エヒトは反逆者を討伐するために自分の力を分け与えた神獣達を遣わし、人類を守ったと伝えられている。

 反逆者を討伐した後、神獣達はエヒトの元には戻らず、地上に残り、世界各地で眠りについたとか。いつの日か、再び人類に危機が迫った時、守るために。

 確かにウルの町にはその神獣が眠っているという伝説がある。植物の生育が早いのも、神獣の加護と伝えられているほどだ。

 

 「やっぱり現地に行って色々調べたほうが分かることも多いかなって……でも、そっか……だったら、ついでにお願いっしちゃおっかな」

 

 うん、と頷いている優花を居残り組の全員がポカンと間抜け面をさらす。さて、それじゃあ行こうと優香が軽く伸びをして歩き出そうとすると、その背に淳史が慌てて声をかける。

 

 「お、おい園部。お前まさか……外に出るのか?」

 「当たり前でしょ。大丈夫よ。結構頻繁に外に出てるし、愛ちゃんの護衛の騎士だっているしさ」

 「で、でもお前……王都から離れることになるんだぞ?聞かなかったのかよ。外で天ノ河たちでさえ苦戦した怪物がいるって」

 「ああ、確かにいたわね……でも、だからって何もしないって理由にはならないわ。二人が死んで、怖いと思うのは普通の事よ。私だって、本当はまだ怖い……でも、それでも何かしたいのよ。それはみんなも本当は同じなんじゃない?」

 

 その問いに居残り組は何も言えなくなる。優花はそんな彼らに何も言わず、そのまま歩き出す。

 

 「ま、待てよ園部!本当に行く気か!?今度こそ、死ぬかもしれないんだぞ!ここは漫画の世界でも、映画の世界でもないんだ。ご都合主義なんて起こらないんだぞ!だから……だからあいつらは死んじまったんじゃねえか!無能のくせに、ちょっと力がある程度で調子に乗って……俺は、俺はあいつ等みたいな馬鹿にはなりたくない……園部も考え直せ……」

 「……でも、そんなバカ二人のおかげで私たちは助かった。そして……その恩人を殺した奴を許してしまった……」

 「それは……」

 「私たちはそれこそ、彼らに祟り殺されても文句は言えないかもね。でも、彼らが救ってくれた命、そして残してくれたものを無駄にはしたくない。それだけよ」

 

 そう言って優花はサロンから出ていく。

 頭の中で何を持っていくか考えながら廊下を歩いていると、後を追ってきたのか妙子と奈々が駆け寄ってくる。

 

 「ねえ、優花。本当に、愛ちゃん先生について行くの?今度こそ、本当に死んじゃうかもしれないんだよ?」

 「分かってるって。それでも、何かしないと」

 「……ねえ、もしかして優花って……二人の事……」

 「あはは、それはまず絶対にないわよ」

 

 妙子と奈々はきっぱりと否定した優花に顔を見合わせる。

 

 「ハジメ君はそういう対象じゃなかったし、南雲の方は……少し見てすぐに、あいつには好きな奴がいるって分かったし……」

 「え、それって……まさか……」

 「いいえ、違うわ。私も最初はそうかと思ったけど……違う。香織ちゃんに向ける目にそう言ったのはなかった。彼はいつも、ここにはいない、誰かの事を想ってる感じだった……なんていうか……遠距離恋愛系?ああいうのを見たらとてもとても…」

 「……じゃあ……どうして……」

 「……なんてことはない。ニアさんが言っていた面を私は見ていたって事よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 入学当初、神羅は中学時代に起こした喧嘩騒ぎの結果、不良と言うレッテルを張られ、周りは神羅を不快に思っていた。香織がよく神羅に構っていたのもあって、つまはじきにされていた。ハジメもオタクが関係あるかはさておき、巻き込まれる形でクラスメイトからはよく思われてなかった。

 最初は神羅も彼らに歩み寄ろうとしていたが、ほぼ全員が拒絶した。すると、神羅は少しして彼らを置物として認識するようになり、それがさらに皆の悪感情を加速させた。

 最初は優花もそうだった。二人を勝手に判断して、避けていた。

 しかし、しばらくして、優花は違和感を覚え始めた。神羅は不良と言われる割には周囲に危害を加えないし、ハジメも授業態度は褒められないが、言うほど酷いとは思えなかった。元々優花の実家が飲食店で、そこの手伝いでそれなりに人を見る目が養われたからか、そう思えた。

 そして決定的になったのはある時、帰ろうとしていたハジメを檜山たち小悪党組が人目のつかないところに連れていくのを偶然見てしまった。

 念のために様子を見に行けば、案の定と言うべきか、彼らはハジメに暴力をふるおうとした。

 止めるべきか否か、優花が迷っていると、そこに神羅が現れる。彼はいじめの現場を目にした瞬間、その表情を歪ませ、ハジメを守る様に割って入った。

 最初は小悪党も神羅の乱入に動揺していたが、神羅が手を出そうとしないとみるや、調子に乗って罵り、そして神羅を殴った。

 その瞬間神羅は彼らにやりかえした。それも全員、一発でのしてしまった。だが、それ以上の事はせず、小悪党組が撤退した後、神羅はハジメの無事を確認し、ハジメも神羅の事を案じ、その後は二人そろってその場を去って行った。

 その仲がいい、普通の兄弟としての姿を見て、優花はようやく、気づいたのだ。自分は、ちゃんとあの二人を見ていなかったと。

 それから少し調べてみれば、中学時代の神羅の喧嘩事は基本吹っ掛けられたものに対処していただけで、自分から仕掛けたことはなかった。ハジメも居眠りが多いがそれだけで成績は悪くなく、そして起きているときは勉強態度も悪くない。言ってしまえば、香織が構っても別に問題ない人柄なのだ。

 その事に気づいた優花は神羅とハジメに謝罪をしたのだが、ハジメは素直にそれを受け入れるも、神羅は完全に優花を見誤り、無視した。

 その時はさすがにむっとしたのだが、それでも自分にはそんな資格はない。無視を始めたのは自分の方なのにそれを急に掌返しで許してなんて虫のいい話だろう。

 ハジメからは根気強く話しかければ許してくれると言われたので、諦めずに話しかけ続けた結果、最近は反応を示すようになったのはよかった。その矢先にこのような事態になったのだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 優花の言葉に二人は何も言えずに口を閉じてしまう。

 

 「あの二人も普通のありふれた人だった。少し対応を変えてれば、普通に友人になれた人たちだった……そんな人たちが残してくれたものを無駄にしたくない。ただそれだけ」

 

 そう言って優花は歩き出す。

 その背中を見ていた妙子と奈々だったが、少しして互いに顔を見合わせて苦笑いを浮かべると、その後を追いかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、妙子と奈々も優花と一緒について行くと決め、3人は渋られながらも無事愛子への同行の許可をもらい、更にそれに淳史、昇、明人、そしてもう一人が加わり、彼らはウルの町に出発することとなった。




 次回で2巻は終わり、3巻に突入します。

 そして3巻なのだが……、みなさんが楽しみにしているであろうシーンの一つが出ます。
 
 そして彼女なんですが………詳しくは次回にでも。


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幕間 王と女王の出会い

 今回で幕間は最後。次回から3巻です。

 それで、今回はタイトル通り……です。オリジナルですが、そこはご容赦ください。


 「そう言えばなんですけど、一ついいですか?神羅さん」

 「ん?なんだ?」

 

 ライセン大迷宮から帰還してはや数日。ハジメ達はブルックの町の郊外で重力魔法、そのほかの鍛錬中にシアが思い出したように声を上げ、重力魔法の練習をしていた神羅が目を向ける。

 ちょうど昨日の事、神羅は供を買って出たユエと共にミレディの元に向かい、獣級試練に挑んだ。

 その当時の事をハジメとシアがユエに聞いたところ、あまりにも圧倒的で、そして一瞬の出来事だったらしい。

 勝負は一瞬。ミレディは周囲から膨大な魔力を集め、ハジメ達のように無数の魔弾を生み出したのではなく、その全てを凝縮、還元して一つの魔法を発動させた。

 それは最上級魔法すら超越した極限の魔法。その熱量は蒼天すら容易く焼き尽くし、その熱波だけでブロックを融解させる。神羅を以てして、もしも直撃したなら、無傷では済まないと言わしめた白き太陽。ミレディ・ライセンオリジナルの炎系最強魔法、白陽。

 それを見た時、ユエは言葉を失った。それは今のユエでは到底到達できない、天才と言う言葉が虚しく思えるほどの一撃。ああ、自分は本当に、何も知らなかった。小さな水たまりしか知らない分際で世界を知った気になった矮小な存在。

 そして白陽が神羅目掛けて放たれるが、神羅はその一撃を真っ向から迎え撃つ。変異し、自身の最大の攻撃、熱線を叩きこんだのだ。青白い熱線と白い太陽はそのまま真っ向からぶつかり合い、だがそれは拮抗すらしなかった。青白い熱線は白陽を粉砕し、そのまま天井に到達し、崩壊させてしまう。

 どうやら、神羅は全開で挑むために魔壊を発動させた熱線を使ったようだ。

 こうして目の当たりにして、ユエは魔壊の凄まじさを改めて痛感した。それはもはや魔法使い……いいや、魔力を使う者に対して特攻、等と言う生ぬるい物ではない。使われれば最後、あらゆる防御を破り、どれ程凄まじい力を持っていようと強制的に無力化させる絶対の矛に絶対の盾。この世界の強者はみな強大な魔力を持つ。それは逆に言えば、魔力が強さの要と言う事だ。要を強制的に無力化される。これほど恐ろしい物はない。肉体にも作用するのかどうかは不明だが、もしも作用したら………

 ミレディはあはは、反則過ぎでしょ、と乾いた笑みを浮かべていたが、その表情はどこか晴れやかだった。

 そして正式に試練の突破を認められた神羅はそのまま重力魔法、攻略の褒美を受け取り、そのまま帰還してきたのだ。

 話を戻し、シアは神羅を見つめながら口を開く。

 

 「神羅さんとモスラさんって、どう言う風に出会ったんですか?」

 

 その問いに神羅はん?と首を傾げる。

 

 「どう言う風に……と言うのは?」

 「いえ……ふと思ったんですが、神羅さんの前世のゴジラってモスラさんとは全く縁も所縁もない生物だったんですよね?」

 「まあ、そうだが……」

 「普通に考えたら……言い方は悪いですけど、互いに恋に落ちるわけないじゃないですか。全く共通点がない、姿形も種族すら違う存在同士ですから。それが恋に落ちたと言う事は、そうなるだけの何かがあったって事なのかなぁって思って……」

 「それは……「それは俺も気になってたなぁ」「……私も」お前たちもか……」

 

 シアの話題に食いついたのかアーティファクトを製造していたハジメとミレディから渡された魔術書を読んでいたユエが歩いてくる。

 

 「兄貴は一応、同種同士で子を成す存在だったんだろ?それが色々あったとはいえ、雌として惹かれたのが同種じゃなくて異種の存在であるモスラって言うのは……それに見合う何かがあったんじゃないかってユエとも話してたんだ」

 「……でも、神羅の大切な思い出だろうから、あまり積極的に聞こうとはしなかった……すごく興味はあったけど」

 

 それをシアは普通に飛び越えたのだが……恐るべきはシアの行動力か、それともデリカシーの無さか。

 

 「むう……なるほどな……まあ、伏せたい過去という訳でもない。話してほしいなら話すぞ?」

 

 その言葉にユエとシアは目を輝かせながらぜひ!と身を乗り出し、ハジメは苦笑しながら悪い、と手を合わせている。女子が恋バナが好きなのは異世界でも変わらないらしい。

 

 「まあ、と言っても面白いかどうかは分からんがな………」

 

 そう前置きして、神羅は目を細めながら語り始める。王と女王の始まりの話を………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 始まりはいつだったか。少なくとも、まだ自分が頂点に立てるほど強くなく、未熟な時だった。

 その日の夜中。ゴジラはゆっくりと新たな縄張りの中を見回っていた。主を下し、新たに収めた縄張りと言うのは得てして不安定だ。その場所を新たに自分の物にしようとする輩が外部から襲い掛かるだけならまだいい。中には不安定な隙にそこにしれっと居着き、繁殖をして自分の物にしてしまうやつもいる。今ならその程度見逃すが、当時はそう言ったことは認めることはできなかった。我ながら浅はかと言わざるを得ないが、そうしていた。

 今とは比べ物にならないぐらいの星空と大きな月を眺めながらゴジラは進んでいた。そのたびにその領域に住まう生物達は慌てて逃げ出していく。それが当たり前だった。誰も自分には近寄らない。近寄るのは自分を害する敵のみ。あまりにも強すぎたため、同族からも恐れられた。いつもゴジラは孤独に過ごしていた。それになにか感じることもなかったが。

 そんな時、不意に頭上の月明かりを何かが遮った。それに気づいたゴジラは唸りながら顔を上げる。空からの襲撃者と言うのは珍しくなかった。またそう言う輩だと思い、先制しようとしたのだ。

 だが、彼女の姿を目にした瞬間、そんな考えは吹き飛んだ。当時はまだよくわからなかったが、今なら言える。自分は彼女の美しさに見惚れたのだ。

 月下の下広げられた翅には複雑な模様が描かれ、それはほんのりと青白く輝いている。それは月明かりと相まってあまりにも幻想的だった。身体は翅に比べてかなり小さく、6本の足を持っていた。

 モスラは静かに羽ばたきながら空を自由に飛んでいた。翅が羽ばたくたびに光の粒子が舞い踊る。

 しばし見惚れていたゴジラだったが、すぐにハッとなると、威嚇の咆哮を上げる。相手が何であれ、恐らく敵だ。そう、敵なのだ。自分以外の全ては敵。それがゴジラの世界だった。だからこいつも……

 だが、咆哮でこちらに顔を向けたモスラはしばし彼を見つめていると、不意に歌を歌い始めた。最初はそれが威嚇だとゴジラは思ったが、すぐに敵意がない事に気づき、困惑した。美しく、優しい、慈愛に満ちた歌。それは朗々と夜空に響いていく。

 そして歌い終わった後、モスラは少しの間ゴジラを見つめていたが、そのまま踵を返すように空を飛んでいく。

 その背を、ゴジラはただ茫然と見つめ続けた。一体何だったのだあいつは。一体どうして……

 しばし考えたが、分からないとゴジラはその事を考えるのをやめ、再び巡回を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、それだけで終わりではなかった。モスラは夜ごとにゴジラの縄張りを訪れるようになったのだ。そのたびに歌を歌いながら空を飛んでいた。

 ゴジラは最初、それを訝しんでいたが、自分に害するつもりがないと分かると、そのまま放置するようになった。

 ……いいや、それだけではないだろう。以前の自分なら、きっと容赦なく攻撃して追い払ったりしただろう。だが、どういう訳か彼女にはそう言う事をする気が起きなかった。ただ漠然と、彼女が空を飛ぶのを、歌うのを見逃していた。

 そんな日々をただ漠然と、しかし、どこか悪い気も起きずに過ごしていた時だった。縄張りの中で静かに微睡んでいると、近くで羽ばたく音が聞こえてきた。

 ゆっくりと意識を浮上させて顔を上げれば、そこにはモスラが地面に降り立ってこちらを見つめていた。

 ゴジラが唸りながらモスラを睨みつけるも、モスラは怯える様子も、敵意を見せる様子もなくじっとこちらを見つめていた。

 ゴジラが本格的に訝しんでいると、モスラはゆっくりと近づいてきて、問いかける。

 

 「……ねえ、あなたは誰?」

 「……なに?」

 「あなたは誰って聞いてるの。あ、私は—――よ」

 「……なんでそんな事を聞く。俺の事を知って何の意味がある」

 「意味って………まあ、私が知りたかった、ぐらいしかないけど……」

 

 モスラは困ったように首を傾げながら言う。ゴジラは威嚇するように唸るが、モスラは依然こちらに近づいてくる。

 ゴジラは本格的に困惑した。どうしてこいつは自分を恐れない。どうしてこいつは自分に敵意を向けない。どうして自分の事を知ろうとする………

 ゴジラはしばし唸り声を上げていたが、ついに息を吐きながら口を開く。

 

 「俺は―――だ。これでいいか?」

 「そう……ここら辺は貴方の縄張りなの?」

 「そうだが……」

 「だったら、貴方にお願いがあるのよ。この中に卵を産ませてもらえないかしら」

 「………なに?」

 

 突然の頼みにゴジラは意味が分からなくなった。

 「私、もうすぐ卵を産まないといけないんだけど、今までの産卵場所の近くの主が変わって、不安定なのよ。だから卵を産めなくて……それで、この辺りで安全そうなあなたのところで卵を産ませてほしいなって……」

 「なんでそんな事……俺には何の得もないだろうが……」

 「まあ、そうなんだけど……貴方の邪魔はしないわ。それに、悪い事ばかりじゃないわよ。お礼と言ってはあれだけど、卵を産んでからは、貴方の暇つぶしの相手をしてあげるから」

 「それに何の意味があるんだ……!」

 「意味って………そうね………一人の寂しさがまぎれる……かしらね」

 

 その言葉にゴジラは本格的に苛立ち、至近距離でモスラに向かって咆哮を上げる。だが、モスラはひるむ様子も見せずにゴジラを見つめる。

 

 「寂しいって……俺が寂しがっているとでも言うのか……!」

 「……ええ。そう思うわ」

 「貴様………俺をコケにしているのか……!」

 「だって……貴方は……私と同じだと思うから」

 

 その言葉にゴジラは思わず動きを止める。その間にモスラは語る。自分はどういう経緯で生まれたかは分からない。だが、特異な能力を持っており、その結果か仲間や家族なんて全くいなかった。生まれた時から一人で過ごしていた。最初は寂しさはあまり感じなかった。でも、他の生物が家族や仲間と共に過ごしているのを見て、羨ましいと感じていた。でも、それは自分には手に入れられないものと、諦めていた。

 そんな時だ。あの夜、自分を見つけた。一目でわかった。自分と同じだと。普通の存在よりも強大な力を持ち、それ故に孤独に生きなければならない。そんな存在だと。

 勝手な仲間意識と言うのは分かっている。だがそれでも、そう思った。だから何度も自分の元を訪れた。ほんの少しでも寂しさを癒したくて、癒してあげたくて。

 でも次第にもっともっと、と望むようになり、そして今日、こうして話しかけてきたのだ。

 

 「身勝手って言うのはまあ、そうね。自覚してる。でも、貴方もそうだと思ったって言うのは本当」

 「何を勝手に……」

 「だって、本当に嫌なら、私を攻撃すればよかった。追い払えばよかった………そうでしょう?」

 

 その言葉にゴジラは何も言えなかった。そうだ。本当に邪魔だったのなら、とっとと追い払えばよかった。今まで通りに。でも、それはできなかった。しようともしなかった。なぜ?なぜそうしなかった?いつも通りの事をどうして……

 ゴジラは何も言えず押し黙った。モスラは何も言わず、急かす様子もなくただ黙ってゴジラを穏やかに見つめていた。

 その顔を見て、ゴジラはもうどうでもよくなった。考えた所で正解が見えてくるとは思えない。いつまでも無体な考えを巡らすだけ。無駄な労力を割くだけ。ならばもっと簡単に現状を考えよう。自分はこいつといて、いやな気分ではない。少なくとも追い払おうと考えない時点ならば……まあいいだろう。卵を守るのも、縄張りを巡るついでで事足りる。

 

 「………分かった。卵を守ればいいだけならば、引き受けてやろう」

 「……ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからはゴジラとモスラは共に過ごすようになった。モスラは基本ゴジラのそばを飛び、一緒に縄張りを巡回した。そしてその間、彼女は多くの事をゴジラに教えた。今のゴジラを形作る物の一部は彼女から与えられたと言っていい。時には共に戦ったりもした。まあ、彼女が勝手に自分の援護をしていただけだったのだが、それでも助かったことに変わりはない。

 そしてそんな日々は確かに、ゴジラにとって安らぎだった。彼女と同じ時を過ごし、自分は以前とは比べ物にならないぐらい穏やかになれたと思う。

 だが、そんな日々にも終わりはやってくる。彼女が卵を産み落として少し経った後、戦いの中で彼女が大きな傷を負ったのだ。

 どうにか相手を殺すことはできたが、彼女はもう自力では飛べないほどの傷を負った。ゴジラはそんなモスラを抱えながら帰還し、寝床に横たえる。

 モスラは小さく体を揺らしてゴジラに顔を向ける。

 

 「あはは……ごめん。失敗した……」

 「何をやってるんだ…………知っていたはずだ。あの程度、俺一人でどうとでもなったことは分かったはずだ」

 「ええ、そうね………でも、見過ごすなんて、出来なかった……」

 

 見る見るうちに弱っていくモスラを見て、ゴジラは感じた事のない感情に襲われ、彼女の体を鼻先で静かに押す。どうしようもないほどに心が乱れ、今までにないほどの恐怖に苛まれる。やめろ。やめろ。やめろ、やめろやめろやめろやめろ……!まだ死ぬな……まだ生きてくれ……!俺を置いて行かないでくれ……!

 治るよな、大丈夫だよな、と聞けなかった。ゴジラとて、モスラの傷がもう治らない、致命傷だと言うのは分かっているから。だと言うのに、感情はそれを認めようとしない。認めたくないと叫んでいる。

 ゴジラが今までにないほどに不安げに目を揺らしながらモスラの体を押していると、モスラはゆっくりと鎌を持ち上げてゴジラの鼻先を撫でる。

 

 「ありがとう……私のために不安を感じてくれて……でも、しょうがないのよ。命は必ずいつか終わりを迎える。その時が来ただけ……卵を産んだ後でよかった……」

 「……」

 

 ゴジラは安堵した様子のモスラを見て、若干のいら立ちを感じる。自分はこんなにも心乱れているのに、こいつはなんでこんなにも平然としている。こいつにとって、自分は卵を守ればいいだけの存在なのか……

 そう考えたところで、ゴジラは気付いた。鎌が次第に、撫でるだけにとどまらず、縋りつくように体に回されている事に。

 

 「お前……」

 「………嘘。本当は私だって、まだ死にたくない。離れたくない……もっと……もっとあなたと一緒にいたい……!」

 

 吐き出すように紡がれる言葉にゴジラは何も言わず、目を細める。そして、

 

 「………約束する」

 「え?」

 「お前の卵は俺の命に代えても必ず守りぬく。お前の血を……お前の子孫は俺が護り続ける。何があっても絶やさせはしない……」

 「………ありがとう……でも、ごめんね……面倒な事任せちゃって……」

 「大丈夫……俺はもう……大丈夫だ……だから………もう休め………」

 

 うん、またね……と小さく頷いた瞬間、モスラの鎌は力を失ったように垂れ下がり、そのまま目から光が消えてしまう。

 完全に息絶えたモスラをゴジラは静かに見つめるが、少しすると、彼女の体を持ち上げ、そのまま巣の外に運び出すと、自分は巣の奥に進んでいく。そこには彼女の卵が安置されている。

 ゴジラは卵を静かに見つめると、その場で大きく咆哮を上げる。悲しみを振り払うかのように。そして新たに決意を固めるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからゴジラは付きっ切りで卵を守るようになった。縄張りの巡回以外では常に卵の傍に居て、卵を守り続けた。どれほどで孵化するのか分からないが、構わない。何人たりとも卵には触れさせない。多分だが、この時、ゴジラは初めて何かを守ると言う事をしたのだろう。

 そしてようやく、その時が訪れる。いつも通り卵の傍で眠っていたら、ふいに卵が蠢きだしたのだ。

 それに気づいたゴジラは即座に起き上がり、卵を見守っていると、ついに孵化が始まる。

 卵を破り、身をよじりながら赤子は外に現れた。その身が完全に外にさらされるまで、ゴジラは心配そうに見守っていた。

 そしてようやくその身を全てさらけ出した時、ゴジラは安堵できた。正直に言って、かなり気が気じゃなかった。

 幼虫は周囲を見渡した後、ゴジラに視線を固定する。

 その時にゴジラはこの子に何と言えばいいか分からなかった。彼女の母親は死んでしまった。自分の力不足で。守り続けると約束したが、それを、母親を守り切れなかった自分と共にあることをこの子が許してくれるか……

 そんな事を考えていると、

 

 「久しぶり、―――。ようやく…………また会えたわね」

 「………………………は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「と、まあ、そんな感じで我と出会ってからの初めての転生は無事に終わったんだ……全く転生の事を黙っていやがって……生まれたばかりなのに名前を言い当てられた時は本当に驚いたぞ」

 

 神羅は当時の事を思い出しているのか若干苛立ったように憮然とした表情を浮かべているが、ふとハジメたちはと視線を向けると、ユエとシアは頬を赤くしてぽ~~~、としており、ハジメはなるほど、と小さく頷いていた。

 

 「なるほどな……そう言う事があったのか……やっぱりと言うべきか、最初の頃は仲良しじゃなかったんだな」

 「まあ、な。それが共に過ごしているうちに……口にするとちゃっちくなるが、大切な存在になっていった、と言うやつだ。お前やユエのようにな」

 

 そう言われて、ハジメはむう、と呻きながら恥ずかしさを隠すようにそっぽを向く。

 

 「凄く……素敵……こうやって改めて聞くと………本当に素敵なお話……」

 「ですねぇ……すっごくときめいてしまいました……」

 

 一方女子二人は頬を赤くして目を潤ませて余韻に浸っていた。

 

 「女子はどこであろうとそう言う話が好きなのだな」

 「恋バナが嫌いな女子はいませんよぉ~~特にこんな運命的な話はもう………」

 

 シアが運命、と口にした瞬間、神羅はどこか不服そうに口をへの字に曲げた。

 

 「……神羅、どうしたの?」

 

 それに気づいたユエが首を傾げると、神羅はポリポリと頭を掻き、

 

 「いや、何……個人的な事だが……我は我の人生に運命を使われるのが気に食わないだけだ」

 「え?どうしてですか?」

 「だってそうであろう?今までの自分の行動は決められていた?我の幸せも、不幸も、我よりも上の奴が与えた物?いいや違う。これまでの我の生は決して誰かに決められたものではない。我が自分で選んできたものだ。それがどんな結末になろうと、たとえそれで身を切られるほどの悲しみに襲われようと、苦痛を味わおうと、それは我の責任……」

 

 そこまで言って、神羅ははっきりと、胸を張って言う。

 

 「今まで生きてきた時間、その中で味わった幸福も、笑顔も、苦難も、悲しみも、全ての出会いも、別れも、それは全て、運命や神とか言う他人の物じゃない。全て俺が選んできた物。俺が生きてきた時間全てが誰でもない、俺自身が勝ち取ってきた、俺だけの物だ……!」

 

 その瞬間、ハジメ達はぞわりと肌が泡立つほどの圧を感じ、大きく息を呑む。

 そこまで言って神羅は一転して小さく苦笑を浮かべ、

 

 「まあ、そうは言うが、結局は運命とかそういうものを認めたくないと言う我が儘なのだがな。それと、誤解のないように言っておくが、我は自分の人生を運命の一言で片づけたくないだけで、他人の運命自体を否定するつもりはないからな……さて、そろそろ帰ろう。いい時間だしな」

 

 神羅がそう言うと、ハジメ達はお、おおと小さく同意する。神羅はそのままブルックの町に向かって歩いていく。

 だがハジメたちはすぐに動くことはできず、呆然とその後姿を見つめていた。

 

 「………すごかった……さっきの神羅………」

 「はい………何というか……今までで一番大きく見えたと言うか……」

 「………俺、どうして兄貴が地球の王になれたのか、分かったような気がする……」

 

 その言葉に、ユエとシアはすぐに同意する。

 それは力があるからとか、そう言う生まれだからとか、そんな小さな理由ではない。

 彼は自分の人生を本当に全力で、振り返らず、後悔せず、その全てを糧にして生きているのだ。普通なら忘れたくなるような、何かと理由をつけて正当化したくなるような過去も、彼はそのまま受け入れ、自分の物だと迷いなく断言する。だからこそその目は真っ直ぐに今を見据え、その足に迷いはない。その佇まいは全てを圧倒する王たりえる。異種族であろうと、彼を王と認める。

 これこそが………ゴジラ(地球の王)……

 

 「………はは、全く……何というか……胃が痛くなるな。あんな凄い人が兄弟とか………」

 「……ハジメ……」

 「と言っても、卑屈になる気も、腐る気すら起きないんだよな……凄過ぎるって言うか………本当とんでもないよな……もう少し踏ん張るとしますか……!」

 

 そう言ってハジメは頬を叩いて神羅の後を追いかける。その距離はさほど離れていないはずなのに、その背中はあまりにもでかすぎる。追いかけること自体不遜な気もする。でも、それでも、追いかけさせてもらう。追いつけないとしても、この命尽きるまで走り続けさせてもらおう。

 ユエとシアもその様を静かに見つめていたが、一回空を仰ぎ見ると、大きく息を吐く。

 

 「よし!あんなの見せられたら私もくじけていられません!一層精進しなければ!」

 

 シアは更に気合が入ったかのようにむふー、と鼻息を荒くして歩き出す。

 ユエはその姿を見て、元気だなぁ、と苦笑を浮かべた後、再び顔を上げ、

 

 「………運命じゃない………全部自分の物………か………」

 

 どこか哀愁漂う表情でそう呟くと、一回自分の手に視線を落とす。そして顔を上げれば、そこには遠ざかっていく三つの背中。その背中を見ていると、先ほどの話のせいもあってか、ある欲望が持ち上がる。

 

 「………もう少し、欲張りになってもいいのかな………?」

 

 そう自問するように漏らすが、少しすると、小さく苦笑を浮かべながら顔を上げ、ぱたぱたと3人を追いかけるように走り出す。




 さて、ここからユエにちょいとした変化が表れます。本当ならそこも入れたかったんですが、長くなるので。またどこかで出せればと。


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第35話 再びブルックから

 投稿します。ではどうぞ!


 「……よし、完全に直ったな」

 

 ブルックの町のマサカの宿の部屋の中で、ハジメは自分の左腕を動かしながら調子を確かめ、うん、と頷く。

 ライセン大迷宮から戻ってそれなりの月日が経過していた。その間、ハジメは左腕と銃器の修復、銃弾の補充、新しいアーティファクトの作成、そして設計書を読み込み、ユエとシアと神羅は重力魔法の修練にあたっていた。

 それで改めて判明したことなのだが、神羅の重力魔法への適正は文字通り桁外れだったらしい。ユエ、及びミレディ曰く、適性は自分たちをも上回っているとのこと。もしも極まれば、ミレディをも超えるかもしれないとのこと。もっとも、神羅自身はそう言った魔法関係の能力が低めなのでそこに至るのはいつになるのか……

 そんな事を考えていると、扉を開けて神羅とユエとシアが入ってくる。

 

 「おう、ハジメ。どうだ?調子は」

 「兄貴……ああ、もう大丈夫だ。左も直ったし、アーティファクトの補充、修繕も完了、体もだいぶ慣れた」

 「よし、それならば、そろそろ出発するとしよう」

 

 神羅の言葉にユエとシアも同意するように頷く。

 

 「それじゃあ、そうするか。早めに休んでおこうぜ」

 「よし、それではそう言うわけで、二人とも部屋に戻れ」

 

 神羅がそう言うと、シアはは~~い、と返事して部屋から出ていくが、ユエはじ~~~、と神羅を見つめる。

 

 「ん?なんだ、ユエ」

 「……神羅。最後ぐらい、ハジメと一緒に寝たい」

 

 ユエの頼みに神羅はううむ、と呻きながら頭を掻き始める。

 

 「あ~~~、それか……いやまあ、我も最後ぐらいはそうしてやりたいのはやまやまだが………」

 「ず、ずるいですよユエさん!それだったら私がハジメさんと一緒に寝ますぅ!」

 

 当然のごとく自らもと名乗り出たシアを指さしてため息を吐く神羅にユエはうっ、と呻く。

 

 「どうしてもこうなってしまうからなぁ……宿に迷惑をかけるわけにはいくまい?」

 「それは……そうだけど………でも、一回ぐらい………」

 「それにだな………下手したらソーナ嬢がこちらの動きを察して覗きに来る可能性もあるぞ」

 

 その言葉にユエはえぅ、と変な声を漏らす。

 この宿屋の看板娘、ソーナ・マサカだが、チェックインした際のやり取りから何か変な勘違いをした彼女は夜な夜な神羅とハジメの部屋を覗き見ようとしていた。別に見られて困るようなことはないので放置していたらすぐに収まったのだが、あの少女、なぜだが異様に覗き込むことに全力で、ステルス技能が高いのだ。

 初犯の時に軽く注意したら次は何故か壁に隠れ、それも注意すれば今度はベッドの裏に忍び込んできていた。

 ハジメは流石にやりすぎだときつめの仕置きをしようとしたが、神羅のこういう手合いは過剰に反応すれば余計助長する、無視が一番であると言う言葉の元放っておいたら、想像してたことが一切起きない事に萎えたのか覗きはすぐに鎮静化していた。

 覗かれるかもしれないと言う事にユエは考え込むが、ぶんぶんと頭を振ると、じっと神羅を見つめ、

 

 「………それでも、お願い……」

 「……なあ、兄貴。俺からも頼むよ。一日ぐらいはユエと一緒に寝たいんだが……」

 

 ハジメとユエの言葉に神羅はう~~~む、とうなりながら腕を組む。

 

 「神羅さ~~ん!いいじゃないですか!私も一緒でいいじゃないですか!」

 

 シアがわぁわぁと叫んでいると、ユエがはあ、と深いため息をつき、

 

 「シア。ミレディとの戦いで貴方は私を助けてくれた。貴方はすごい頑張ってる。ハジメと私、神羅のために……そんなあなたは嫌いじゃない」

 「え、え?な、なんですかユエさん急に褒め出して……」

 

 シアは顔を赤くしながら照れている。うさ耳もわっさわっさと動いている。

 

 「でもそれとこれとは別。ハジメの恋人は絶対に譲らない。今日は私とハジメの日。黙って神羅と一緒に寝て」

 「なんでですか!?今の流れは私の同衾にもOK出すところでは!?」

 「そんな流れはない」

 

 ユエとシアがぎゃあぎゃあと口論を始めると、神羅ははあ、と深くため息を吐き、

 

 「まあ、確かに……流石にずっと、と言うのはあれか。ミレディとの戦いでも頑張ってたしな……分かった。ただし、周りの迷惑にならないようにしろよ?」

 「……!ありがとう、神羅」

 「悪いな、兄貴。いやでも、助かったわ。正直に言って、そろそろ我慢の限界だったんだよ」

 「いや、俺の方も少々厳しくし過ぎたかもな。という訳でシア。お前は我と同じ部屋だ」

 「え~~~!!そんなぁ………私の立場はどうなるんですか!神羅さんはユエさんの味方なんですか!」

 「我慢しろ。そもそもこれはハジメの問題だ。ハジメがよしとしなければ意味があるまい」

 「それは………そうですけど……わ、わ!分かりました!行きます!行きますから!」

 

 神羅はシアの背中を押しやりながら部屋から出ていく。

 それを見送ったハジメとユエは顔を見合わせると、

 

 「それじゃあ……折角兄貴が整えてくれたし……とりあえずどうするか?」

 「……決まってる……」

 

 そう言ってユエは目を閉じて唇を突き出すように顔を上げる。

 いつになく積極的な様子にハジメは苦笑しながら唇を重ねる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おや、今日は4人一緒かい?」

 

 その次の日。ハジメ達がブルックの町の冒険者ギルドを訪れるとキャサリンが声をかけてくる。基本的にこのギルドを訪れるのは神羅とハジメ、ユエとシアの二人だったからだ。

 ちなみにギルド内部の冒険者たちはハジメ達に目を向けると挨拶したりユエ達に見惚れたりとしている。

 

 「ああ。明日にでも町を出るんで、あんたには色々世話になったし、一応挨拶をとな。ついでに、目的地関連で依頼があれば受けておこうと思ってな」

 

 彼女はハジメが生成魔法でアーティファクトを作る際に部屋を融通したりしてくれたのだ。

 

「そうかい。行っちまうのかい。そりゃあ、寂しくなるねぇ。あんた達が戻ってから賑やかで良かったんだけどねぇ~」

「いや、すでにかなり賑やかになる要因しかなかったのに今までは違ったのか?」

 「本当にな……どうなってんだよこの町は……宿屋はまだマシとして、服飾屋の漢女にユエとシアに踏まれたいとか言って町中で突然土下座してくる変態共にユエとシアをお姉さまとか連呼しながらストーキングする変態共に、何度も懲りずに決闘を申し込んでくる阿呆共といい……碌なヤツいねぇじゃねぇか」

 

 神羅は若干呆れた様子で呟くとハジメも同意するように頷いて疲れたように言う。

 

 「まぁまぁ、何だかんで活気があったのは事実さね」

 「これを活気と言い張るのは少し無理があると思うのだが………」

 「で、何処に行くんだい?」

 「あ、ああ。行先はフューレンだ」

 

 フューレンは中立商業都市で大迷宮の一つ、グリューエン大火山があるグリューエン大砂漠への中間点にある。神羅達はフューレンを経由してそのまま火山に挑み、そのまま海にある大迷宮、メルジーネ海底遺跡に向かう手はずだ。

 

 「う~ん、おや。ちょうどいいのがあるよ。商隊の護衛依頼だね。ちょうど空きが後一人分あるよ……どうだい? 受けるかい?」

 

 キャサリンにより差し出された依頼書を受け取りハジメは内容を確認する。中規模な商隊のようで、十五人程の護衛を求めているらしい。神羅とユエとシアは冒険者登録をしていないので、ハジメの分でちょうどだ。

 

 「連れを同伴するのはOKなのか?」

 「ああ、問題ないよ。あんまり大人数だと苦情も出るだろうけど、荷物持ちを個人で雇ったり、奴隷を連れている冒険者もいるからね。まして、神羅、ユエちゃん、シアちゃんも結構な実力者だ。一人分の料金でもう三人優秀な冒険者を雇えるようなもんだ。断る理由もないさね」

 「そうか、ん~、どうすっかな?俺としては断ることもないんだけど……たまにはのんびりしてもいいと思うし」

 

 ライセン大迷宮を攻略後はアーティファクトの開発、補充、重力魔法の鍛錬など、なんだかんだで忙しく、ゆっくりする暇はなかった。折角だし、こういう依頼でガス抜きをするのも悪くないかもしれない。

 

 「……急ぐ旅じゃない。いいと思う」

 「そうですねぇ~、たまには他の冒険者方と一緒というのもいいかもしれません。ベテラン冒険者のノウハウというのもあるかもしれませんよ?」

 「それが役立つかどうかはまあ別として、我も異論はない。急いては事を仕損じるともいうしな」

 「よし、それじゃあ受けるとするか」

 「あいよ。先方には伝えとくから、明日の朝一で正面門に行っとくれ」

 「うむ」

 

 ハジメが依頼書を受け取るのを確認すると後ろのユエとシアに目を向ける。

 

 「あんた達も体に気をつけて元気でおやりよ? この子に泣かされたら何時でも家においで。あたしがぶん殴ってやるからね」

 「……ん、お世話になった。ありがとう」

 「はい、キャサリンさん。良くしてくれて有難うございました!」

 「あんたも、こんないい子達泣かせんじゃないよ?」

 「ああ、そんなの分かってるよ……忠告ありがとう」

 「あんたも。前にそう言う相手はいるって言ってたけど、いい加減迎えに行きな。女を待たせるなんて男として最低だよ?」

 「………言い返すこともできんが……必ず迎えに行く、としか言えんなぁ」

 

 ポリポリと神羅が気まずそうに頭を掻いていると、キャサリンが一通の手紙を差し出し、ハジメは首を傾げながらもそれを受け取る。

 

 「これは?」

 「あんた達、色々厄介なもの抱えてそうだからね。町の連中が迷惑かけた詫びのようなものだよ。他の町でギルドと揉めた時は、その手紙をお偉いさんに見せな。少しは役に立つかもしれないからね」

 「……本当にお前は何者なのだ……?」

 「おっと、余計な詮索は無しだよ?いい女に秘密は付きものさ」

 「……分かった、そうすることにしよう」

 「素直でよろしい! 色々あるだろうけど、死なないようにね」

 

 キャサリンの愛嬌ある笑顔に見送られて神羅達はギルドを出ていく。

 その後、一応世話になったと言う事でハジメがいやがっていたがクリスタベルのところに向かい、最後と言う事で(彼女?)がハジメに襲い掛かろうとするがそれを神羅が鎮圧してそのまま一時間正座での説教コースになだれ込んだり、ソーナが昨日のやり取りを聞いていたのか再び覗きをしようとしたが母親に捕まってそのまま宿屋の外に亀甲縛りで放置されたりしたがまあ、おおむね平和に時が過ぎて翌日。

 ブルックの町の正面門にやって来たハジメ達を迎えたのは商隊のまとめ役と他の護衛依頼を受けた冒険者達だった。彼らはやって来たハジメ達を見て一斉にざわつく

 

 「お、おい、まさか残りの四人ってスマ・ラヴなのか!?」

 「マジかよ! 嬉しさと恐怖が一緒くたに襲ってくるんですけど!」

 

 ちなみにスマ・ラヴとはブルックの町でユエとシアを手に入れようと暴挙に出てユエが襲撃者の股間をスマッシュして強制漢女、では外堀をとハジメと神羅に決闘を吹っかけてハジメの手で秒殺。それらの功績でつけられた通り名、スマッシュ・ラヴァーズの略称だ。神羅?襲撃者に殺気を飛ばして気絶させていたのだが、ハジメとユエの所業の方が派手なので隠れがちだった。

 

 「君達が最後の護衛かね?」

 「ああ、これが依頼書だ」

 

 ハジメが懐から取り出した依頼書を見せるとそれを確認したまとめ役の男は納得したように頷く。

 

 「私の名はモットー・ユンケル。この商隊のリーダーをしている。君達のランクは未だ青だそうだが、キャサリンさんからは大変優秀な冒険者と聞いている。道中の護衛は期待させてもらうよ」

 「……時々思うのだがこの世界、実は頻繁に地球とつながっているのではないか?」

 

 思わずと言うように神羅がぼやくとハジメは小さく顔を引きつらせる。

 

 「……何と言うか、否定……しきれない………まあ期待は裏切らないと思うぞ?俺はハジメでこっちは兄貴の神羅。こっちはユエとシア」

 「それは頼もしいな……ところで、この兎人族……売るつもりはないかね? それなりの値段を付けさせてもらうが」

 

 モットーの視線が値踏みするようにシアを見る。その視線にシアは嫌そうに呻き、そそくさとハジメの背後に隠れる。

 

 「ほぉ、随分と懐かれていますな…中々、大事にされているようだ。ならば、私の方もそれなりに勉強させてもらいますが、いかがです?」

 「……なるほど。あんたは相当やり手の商人なんだろう。だったら分かってるはずだ。例え神が要求しようと手放しはしない。奪おうとするなら叩き潰す。そう言う事だ」

 「…………えぇ、それはもう。仕方ありませんな。ここは引き下がりましょう。ですが、その気になったときは是非、我がユンケル商会をご贔屓に願いますよ。それと、もう間も無く出発です。護衛の詳細は、そちらのリーダーとお願いします」

 「……それじゃあ、ハジメ。確認してきて。一応ハジメが受けた依頼だから」

 「ああ、分かった。それじゃあ行ってくるな」

 

 ユエに促され、ハジメは冒険者の方に向かう。その場に残った神羅の隣でシアがピコピコとうさ耳を動かしていた。その顔は嬉しさに緩んでいる。

 

 「どうした?」

 「あ、いえ。ただ嬉しいだけですよぉ~~」

 

 まあ、確かに。惚れた男から神にも渡さないと言われれば嬉しさもひとしおだろう。ハジメが確認に動いたからここにいるが、もしも残っていれば抱き着くぐらいはしただろう。

 しかしだ。神羅がちらりとユエに視線を向ければ、彼女はうん、と小さくうまくいったと言うように頷いている。シアの道のりは明らかに険しい。何せ最近、明らかにユエの独占欲が強まってきている。少し前まではシアがハジメにくっつこうとしても、過剰でない限り、見逃していた。だが、ここ最近はまたそう言うのを見逃さなくなってきた。一応、普段の対応からシアを嫌ってはいないようだが……

 モスラとの事を話してからそうなったが、それが彼女の何かを刺激してしまったらしい。

 小さくため息を吐きながら神羅は空を見上げる。




 神羅の適正が高い理由は、重力魔法の真髄が関係しています。重力魔法の真髄は星のエネルギーの制御。ゴジラの前世のエネルギーは地球のエネルギー……ね?


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第36話 冒険者らしい仕事

 更新できました。

 ではどうぞ!

 11/13 調整


 ブルックの町から中立商業都市フューレンまでは馬車で約六日の距離である。

 日の出前に出発し、日が沈む前に野営の準備に入る。それを繰り返すこと三日目。神羅達はフューレンまで三日のところまで来ていた。そしてその日も野営の準備に入ったのだが、そこには妙な光景が広がっていた。

 

 「……それで、後は塩胡椒で軽く味を調えれば完成だ」

 

 焚火を前にガチャガチャとフライパンを操りながら料理工程を口にしながら料理をする神羅。その周りではユエとシア、更に何人かの冒険者がその言葉に耳を傾けながら見様見真似と言った様子で同様にフライパンを振って料理に勤しんでいた。

 その手際は神羅に比べたらかなりつたないが、それでもよくあるメシマズにはならないであろう手際だ。

 事の発端は初日の事だ。冒険者達の食事関係は基本自腹であり、そして基本任務中は酷く簡易な食事で済ませてしまう。ある程度凝った食事を準備すると、それだけで荷物が増えて、いざという時邪魔になるからなのだ。

 だが、宝物庫を持つ神羅達には関係なく、初日に他の冒険者が干し肉やカンパンのような携帯食をもそもそ食べている横で、宝物庫から食器と材料を取り出し、料理を始めると、いい匂いを漂わせる料理に自然と視線が吸い寄せられ、ハジメ達が熱々の食事をハフハフしながら食べる頃には、全冒険者が涎を滝のように流しながら血走った目で凝視するという事態になった。当然おすそ分けはない。

 その視線に耐えかねたシアがお裾分けを提案したのだが、それに待ったをかけたのは神羅だった。

 神羅とて鬼ではない。もしも冒険者たちが何らかの理由で食料を紛失した、もしくは持ってくるのを忘れたとか、そう言う事情であれば食料を分け与えるのに異論はないが、そうでないなら話は別だ。食料を持っているのに集ろうとすれば、自分たちの食料だけが一方的に減る。自分たちでしっかりと食料を用意し、しかもそれを失っていないとなれば分け与える義理はない。自分たちの食べる分があるのに美味そうと言うだけで他人の食料を分けてもらおうなどと言うのはムシが良すぎる、と。

 そう言うとシアは何も言えなかった。何せド直球の正論だからだ。冒険者たちもその言葉に何も言い返せず、そのままお裾分けは無くなったのだが、それでも隣でうまい料理を食べていられるとどうしたって視線が釘付けになる。

 それが丸一日続いた。そうなってくると最初は無視していたハジメとユエも流石に落ち着かなくなってきて、しかし結局食料を分けるのもあれだしでハジメたちは悩んだ。

 その結果、ハジメ達が導き出した結果がこれだ。まず、ハジメが何の効果も付与されていない普通の調理器具一式を製作、それらと料理の材料を作る気概がある者達に配布、後は神羅が彼らの前で焚火を使ってわざわざ調理工程を口にしながら料理を行う。

 つまる所、器具、材料は貸してやる、調理工程も教える。あとは自分たちで作れ、と言う事だ。これが神羅が出した妥協点だった。

 これに冒険者連中は食いついた。出来たものをそのまま食べられないのは残念だが、うまい物は食える事に変わりないし、料理なんて簡単にできるだろうと言う考えもあっての事だ。

 もっとも、料理なんてほとんどやったことのない面子は初日は期待を裏切らずに焦げ付いた物を大量生産、しかもそれを神羅は捨てることは許さず、自分たちでしっかりと処理させた。

 もっともその甲斐あってか次の日からは冒険者たちは慢心を捨てて真剣に料理に打ち込んだので、まあ、良い方向に向かったとみていいだろう。以前から神羅の元で料理の練習をしているユエやシアにはいまだ及ばないが。

 

 「……ハジメ、どう?」

 

 ユエはおずおずとハジメに問いかける。ここ最近はユエの腕前も上がってきており、ハジメの分の料理はもっぱら彼女が担当するようになっていた。もっとも、新しい料理に挑む際は失敗して神羅が代わりに出すし、純粋にハジメが神羅の料理を欲するときもあるが。

 

 「ああ、うまいよ。どんどん腕が上がってるな、ユエ」

 「……ん。神羅に鍛えられてるから」

 

 ハジメの答えにユエはフンス、と胸を張って答える。その様子を見て慌てたのは当然ながらシアだった。

 

 「は、ハジメさん!私も!私もうまくできたんですよ!ささ、どうぞどうぞ!」

 「お、おいちょっと待て!まだ食べてる途中だろうが!いくら何でもそのまま追加は……!」

 

 ハジメとユエとシアがわぁわぁと騒いでいるが、その様子をほかの冒険者の男たちは「頼むから爆発して下さい!!」と言わんばかりに見ている。更にその様子を呆れたように神羅は見つめながら自分の分をぱくりと口に運ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから二日。残す道程があと一日に迫った頃、遂に襲撃者が現れた。

 最初にそれに気がついたのはシアだ。街道沿いの森の方へウサミミを向けピコピコと動かすと、のほほんとした表情を一気に引き締めて警告を発した。

 

 「敵襲です! 数は百以上! 森の中から来ます!」

 

 その警告を聞いて、冒険者達の間に一気に緊張が走る。

 

 「くそっ、百以上だと? 最近、襲われた話を聞かなかったのは勢力を溜め込んでいたからなのか?ったく、街道の異変くらい調査しとけよ!」

 

 護衛隊のリーダーであるガリティマは、そう悪態をつきながら苦い表情をする。相手は百以上、こちらで戦えるものは20人にも満たない。強さはともかく物量は完敗だ。これでは商隊に被害が出てしまうだろう。

 ガリティマが、いっそ隊の大部分を足止めにして商隊だけでも逃がそうかと考え始めた時、ハジメが声を上げる。

 

 「迷ってんなら、俺らが殺ろうか?」

 「えっ?」

 「だから、俺たちの方で相手する、って言ってるんだよ。どうする?」

 「い、いや、それは……えっと、出来るのか? このあたりに出現する魔物はそれほど強いわけではないが、数が……」

 「数なんて問題ない。すぐ終わらせる。ユエがな」

 

 ハジメがユエの肩を叩けば、彼女も小さく頷く。

 ガリティマはその提案に少し逡巡する。このままでは商隊を無傷で守り切るのは難しい。だが、ユエは稀代の魔法使いと聞いている。しかも彼女の仲間たちはみな、ユエならそれぐらいできるだろう、と言わんばかりに信じている様子。ならば、ユエの魔法で大部分を減らし、残りを自分たちで相手をする。それが一番堅実な作戦だと思われる。

 

 「わかった。初撃はユエちゃんに任せよう。仮に殲滅できなくても数を相当数減らしてくれるなら問題ない。我々の魔法で更に減らし、最後は直接叩けばいい。みな、わかったな!」

 「「「「了解!」」」」

 

 その号令を合図に冒険者たちは商隊の前に陣取る様に隊列を組む。その手際はさすがはベテラン冒険者と言ったところか。すでに全員が戦士の顔をしている。

 

 「では、頼むぞ、ユエ」

 「ん」

 

 神羅の言葉にユエは頷き、静かに詠唱を始める。事前に神羅から詠唱を考えておいたほうが後々の面倒を省けると言われていたので、事前に考えてある。

 

 「天より落ちよ、黒金の星。万物を呑み込み、弾けて潰し、食らいつくし、空を染め上げし衝撃を持って、わが敵を蹂躙しつくせ、雷渦」

 

 魔法名を唱えた直後、森から現れた魔物の群れの頭上目掛けて、空の暗雲から黒い星が生まれた。それはバチバチと雷光をほとばしらせながらゆっくりと降りていく。

 すると、魔物たちはまるで黒い星に吸い寄せられるように宙に浮き、そのまま星の周囲を衛星のように回り始める。まるで逃れようとするかのように魔物たちはバタバタと手足をばたつかせるが、抵抗もできず、空中に縛り付けられる。

 そして星から漏れる雷光が一際激しく距離となった瞬間、弾ける。

 瞬間、空気をつんざくような凄まじい轟音と共に周囲の魔物たちを押しつぶし、突如として放射状に広がった雷が視界を真っ白に染め上げる。その轟雷に飲み込まれた魔物たちは一匹も逃れることはできず、一切の慈悲なく、滅却されていく。その一撃ですべての魔物は消滅し、残ったのは広がった雷撃で広範囲が焼かれた大地だけだ。

 その様子を冒険者たちは茫然と見つめていた。

 

 「……ん、少しやりすぎた」

 「おいおい、あんな魔法、俺も知らないんだが……」

 「ユエさんのオリジナルでしょうが……私も初めて見ましたよ。ユエさんが開発してたのとは少し違うような……」

 「俺がギルドにこもっている間にそんなこと……」

 「む?ユエ、雷竜とやらはどうした?確か嬉々として開発しようとしていたが………」

 

 神羅の問いにユエは口をへの字に曲げる。

 

 「……諸事情により封印した。代わりに開発したのがあれ」

 

 最初、ユエはハジメから聞いた竜の話を聞き、それと重力魔法を組み合わせて、雷竜と言う魔法を開発した。うん、そこまではいい。そこまではよかったのだ。無事開発も成功した。

 だが、なぜかその雷竜、どう言うわけか三つ首になってしまうのだ。

 これにはユエも困惑した。おかしい。自分は一つ首になるように開発したハズ。なんで三つ首に?その後何度か修正しようとしたのだが、どうしても三つ首になってしまう。

 どう言う事だろう、とユエが首を傾げていたが、ある時、不意に気付いた。あれ?これ………神羅の宿敵じゃね?

 三つ首の竜、雷。神羅から聞いた特徴と合致する部分がすごく多い。

 そんな事を考えていると、様子を見に来た神羅が雷竜を見て呟いたのだ。おお、何だか奴を思い出させる魔法だな、と。

 そこに嫌味も何もなく、本当に純粋に、思わずぽろっとこぼれた感想だったのだろう。だからこそ、ユエは確信した。これは奴だ。どうしたって奴だ。自分の魔法は陣が必要ない代わりにイメージが重要だ。恐らく、神羅の話のイメージ、そして自分も常にそいつを警戒していたせいで、無意識のうちに組み込んでしまったのだろう。

 そう考えた瞬間、ユエは雷竜を使うのがすごく居心地悪くなった。将来の義兄の宿敵を模造とはいえ使う、と言うのはユエ個人として気分が悪かった。

 なので急遽新たな魔法を開発した。それが雷渦。

 雷槌と言う空に暗雲を創り極大の雷を降らせるという上級魔法と重力魔法の複合魔法である。雷槌の雷全てを重力球の内部に圧縮。そして重力球が放つ重力場で敵を重力球周辺に集め、そして集めきったらその全てを開放する。重力場は敵を押しつぶし、圧縮された雷は通常よりも遥かに威力と範囲を増して全てを蹂躙する。

 急ごしらえだったが、中々いい出来だったとユエは思う。

 そんな事を言っていると、いち早く正気に戻ったガリティマが盛大に溜息を吐きながらハジメ達のもとへやって来た。

 

 「はぁ、まずは礼を言う。ユエちゃんのおかげで被害ゼロで切り抜けることが出来た」

 「今は仕事仲間だ。飯はおごってやれてないし、道中のもほとんど任せてたんだ。これぐらいは……な?」

 

 実際、ここまでの道中、魔物が襲ってきたのだが、その対応は他の冒険者に任せていた。だからこそ、神羅もユエが殲滅することに何も言わなかったのだろう。

 

 「……ん、仕事しただけ」

 「はは、そうか……で、だ。さっきのは何だ?」

 「……オリジナル」

 「オ、オリジナル? 自分で創った魔法ってことか?上級魔法、いや、もしかしたら最上級を?」

 「……それは秘密」

 「ッ……それは、まぁ、そうだろうな。切り札のタネを簡単に明かす冒険者などいないしな……」

 

 どうやら切り札と思われてるらしい。ユエが目指しているのがこれが低級魔法レベルと聞いたらどうなるんだろうか………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それ以降、特に何事もなく、一行は遂に中立商業都市フューレンに到着した。今は6つある門の内の一つから伸びる検問の列に並んでいた。

 馬車の屋根でハジメはミレディからもらった理論書を読み込み、ユエも魔法書を読み込んでいるが、互いに背中をくっつけた体制となっている。シアも負けじとハジメに寄り添いながら頑張って魔法書を読んでいるのだが、頭から煙を吹いていた。神羅は音楽再生機で静かに歌を聴いていた。

 そこにオットーが話があるのか近づいてくる。

 

 「まったく豪胆ですな。周囲の目が気になりませんかな?」

 

 一見各々自由に過ごしているが、ハジメは二人の美少女を侍らせているように見える。

 流石大都市の玄関口。様々な人間が集まる場所では、ユエもシアも単純な好色の目だけでなく利益も絡んだ注目を受けているようだ。

 

 「まあ、気にはなるが、かといって引きこもってるわけにはいかないしな。うまくやっていくしかない」

 「フューレンに入れば更に問題が増えそうですな。やはり、彼女を売る気は……」

 「ふむ。その話はすでに終わったはずだが?」

 

 聞いていたのか神羅はちらりと視線を向ける。その視線を受け、モットーは降参と言うように両手を上げる。

 

 「要件はなんだ?」

 「売買交渉ですよ。売買交渉です。貴方方のもつアーティファクト。やはり譲ってはもらえませんか? 商会に来ていただければ、公証人立会の下、一生遊んで暮らせるだけの金額をお支払いしますよ。貴方方のアーティファクト、特に〝宝物庫〟は、商人にとっては喉から手が出るほど手に入れたいものですからな」

 

 喉から手が出るほどと言いながらもモットーの眼は笑っていない。むしろ殺してでもという表現の方がぴったりと当てはまりそうだ。商人にとって常に頭の痛い商品の安全確実で低コストの大量輸送という問題が一気に解決するのだ。欲しくもなるだろう。

 道中もハジメたちが宝物庫を使っているのを砂漠を何十日も彷徨い続け死ぬ寸前でオアシスを見つけた遭難者のような表情で見つめていた。あまりにもしつこく譲ってほしいと交渉を持ちかけられていたが、ハジメが軽く威嚇すると、すごすごと引き下がっていた。

 だが、最後の最後で欲が出たのだろう。

 

 「何度も言うが、譲るつもりはない。そもそも金なんていくら持っていても……な」

 

 実際、ハジメ達はいずれは地球に帰る。当然地球でトータスの貨幣は使えない。現状は必要だが、それでも一生分は間違いなく無駄になる。

 

 「しかし、そのアーティファクトは一個人が持つにはあまりに有用過ぎる。その価値を知った者は理性を効かせられないかもしれませんぞ? そうなれば、かなり面倒なことになるでしょなぁ……例えば、彼女達の身にっ!?」

 

 そこでハジメが殺気を込めながらモットーを睨みつける。更にピンポイントに彼だけを威圧している。更に、神羅でさえ、じろりとした視線でモットーを睨みつけて圧を放っており、モットーの顔から血の気が引いていく。

 

 「それは……つまりそう言う事か……だとしたら容赦はしないぞ……?」

 「ち、違います。どうか……私は、ぐっ……あなたが……あまり隠そうとしておられない……ので、そういうこともある……と」

 「………まあ、そうだな。でも、こればっかりはどうしようもないし、こっちで対応するか要らない世話だ」

 

 そこでハジメが殺気を打ち消すと、モットーは大きく息を吐く。

 

 「そもそもの話だが、仮にお前が宝物庫を手にしたとして、どっちにしろ割に合わんだろう」

 「はぁ、はぁ……どう言う意味でしょうか?」

 「確かに宝物庫を手にすれば、商品の大量輸送、安全に、最小限の人数で運べるため人件費も削れ、大きな利益となるだろう。だが、そうなれば当然他の同業者は怪しみ、調べ、そして宝物庫にたどり着く。そうなればお前のように手に入れようとするだろう。無力なお前をな。いかに実力者を雇おうと人間である以上、どう転がるか分からん。それこそ絶え間ない、寝る暇もないレベルの襲撃が来るだろうな……違うか?」

 「………なるほど……それを手に持てるのは貴方達レベルじゃないと危険しかないと言う事ですか……私も耄碌したものだ。欲に目がくらんで竜の尻を蹴り飛ばすとは……」

 

 ちなみに竜の尻を蹴り飛ばすとは、この世界の諺で、竜とは竜人族を指す。彼等はその全身を覆うウロコで鉄壁の防御力を誇るが、目や口内を除けば唯一尻穴の付近にウロコがなく弱点となっている。そこを攻撃されると烈火の如く怒り狂い、相手を叩き潰す。そこからちなんで、手を出さなければ無害な相手にわざわざ手を出して返り討ちに遭う愚か者という意味で伝わるようになったという。




 ついに始まりました魔王学院の不適合者のアニメ。一話はまあ、良いんじゃないかな、と思っております。

 でも、一つ気になるんですが………ファンユニオン、どうするんだろう………?いやマジで。


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第37話 フューレン、冒険者ギルドにて

 更新しますね。

 ではどうぞ!


 中立商業都市フューレン。大陸一の商業都市であり、あらゆる業種が、この都市で日々しのぎを削り合っており、夢を叶え成功を収める者もいれば、あっさり無一文となって悄然と出て行く者も多くいる。観光で訪れる者や取引に訪れる者など出入りの激しさでは大陸一と言えるだろう。

 ハジメ達はモットー率いる商隊と別れると冒険者ギルドを訪れて依頼達成の報告をした後、宿を取ろうとしたのだが何処にどんな店があるのかさっぱりなので、冒険者ギルドでガイドブックを貰おうとしたところ案内人の存在を教えられ、その一人であるリシーを雇い、ギルド内のカフェで軽食を取りながらフューレンの説明を受けていた。

 

 「そういうわけなので、一先ず宿をお取りになりたいのでしたら観光区へ行くことをオススメしますわ。中央区にも宿はありますが、やはり中央区で働く方々の仮眠場所という傾向が強いので、サービスは観光区のそれとは比べ物になりませんから」

 「なるほどな、なら素直に観光区の宿にしとくか。どこがオススメなんだ?」

 「お客様のご要望次第ですわ。様々な種類の宿が数多くございますから」

 「そりゃそうか。そうだな、飯が美味くて、あと風呂があれば文句はない。立地とかは考慮しなくていい……これぐらいか?」

 「ふむ、そうだな……一応、防犯面も見ておいてくれるとありがたいが……後は従業員の教育が行き届いている場所か……?」

 「ふむふむ、従業員の教育……え?」

 

 神羅の条件にリシーは目を点にし、ハジメがあーー、それも重要だな、と思い出したように声を上げる。

 

 「あの~~、従業員の教育と言うのは……?」

 「ああ。まあ、当たり前と言われればそうだが、普通に客に迷惑をかけないよう教育が徹底されているところ、及び客に迷惑をかけた場合、責任を果たす場所だな」

 「いや、それは宿泊業においては普通の事では………」

 「……我らも少し前までそう思ってた。少なくとも目に見える形で迷惑をかけてくるとは思っていなかったのだ……」

 

 神羅がため息交じりに呟くと、ハジメも同意するように頷き、ユエとシアはあはは、と小さく苦笑を浮かべている。それだけで彼らが実際にそんな目にあったと言う事が分かる。

 

 「まあ、とにかく。そういういざという時にきちんと対応してくれる、信頼できる場所を頼む」

 「そうですか……」

 

 リシーは納得したように頷き、続いてユエとシアの方に目を向け要望がないか聞く。

 

 「……特にこれと言っては」

 「大きいベッドがいいです『ベシッ』いたぁ!?いいじゃないですかユエさん!」

 「……撤回。神羅と同じで防犯がしっかりしているところ」

 

 シアが即座にぶー垂れるがユエはそれをさばいていく。その様子をハジメと神羅はやれやれと首を横に振る。

 そのままフューレンの事を更に詳しく聞いていると、ハジメ達は不意に強い視線を感じた。特に、シアとユエに対しては、今までで一番不躾で、ねっとりとした粘着質な視線が向けられている。視線など既に気にしないユエとシアだが、あまりに気持ち悪い視線に僅かに眉を顰める。

 神羅とハジメは一瞬目を合わせると同時に視線の先をたどる。そこにいたのはブタだった。体重が軽く百キロは超えていそうな肥えた体に、脂ぎった顔、豚鼻と頭部にベットリした金髪。身なりだけは良いようで、遠目にもわかるいい服を着ている。そのブタ男がユエとシアを欲望に濁った瞳で凝視していた。

 早速か、と神羅とハジメが顔をしかめると、そのブタ男は重そうな体をゆっさゆっさと揺すりながらハジメ達の方へ近寄ってくる。

 リシーも傲慢な態度でやって来るブタ男に営業スマイルも忘れて「げっ!」と何ともはしたない声を上げた。

 ブタ男は、ハジメ達のテーブルのすぐ傍までやって来ると、ニヤついた目でユエとシアをジロジロと見やり、シアの首輪を見て不快そうに目を細めた。そして、今まで一度も目を向けなかったハジメと神羅に、さも今気がついたような素振りを見せると、これまた随分と傲慢な態度で一方的な要求をしてくる。

 

 「お、おい、ガキ共。ひゃ、百万ルタやる。この兎を、わ、渡せ。それとそっちの金髪はわ、私の妾にしてやる。い、一緒に来い」

 

 そう言って豚がユエに手を伸ばしてくるが、その瞬間、ハジメから尋常ではない殺気が周囲に向かって放たれる。周囲のテーブルにいた者達は顔を青ざめさせて椅子からひっくり返り、後退りしながら必死にハジメから距離をとり始めた。

 ブタ男に至っては「ひぃ!?」と情けない悲鳴を上げると尻餅をつき、後退ることも出来ずにその場で股間を濡らし始めた。

 

 「3人とも、行こう」

 「そうだな……リシー嬢。続きは別の場所で」

 

 ハジメ達が立ち上がり、神羅が殺気を向けられず、状況が飲み込めていないリシーに声をかけてギルドから出ていこうとすると、目の前に大男が立ちふさがる。

 ブタ男とは違う意味で百キロはありそうな巨体である。全身筋肉の塊で腰に長剣を差している。

 

 「そ、そうだ、レガニド! そのクソガキを殺せ! わ、私を殺そうとしたのだ! 嬲り殺せぇ!」

 「坊ちゃん、流石に殺すのはヤバイですぜ。半殺し位にしときましょうや」

 「やれぇ! い、いいからやれぇ! お、女は、傷つけるな! 私のだぁ!」

 「了解ですぜ。報酬は弾んで下さいよ」

 「い、いくらでもやる! さっさとやれぇ!」

 

 吠える豚と報酬を聞いていやらしい笑みを浮かべるレガニドを見て、ハジメと神羅は小さくため息を吐く。

 

 「どうする?兄貴」

 「さっさと処理するに限る。ただし殺すな。面倒になる」

 「しないって……」

 「おう、坊主共。わりぃな。俺の金のためにちょっと半殺しになってくれや。なに、殺しはしねぇよ。まぁ、嬢ちゃん達の方は……諦めてくれ」

 

 神羅とハジメがため息を吐きながら動こうとした瞬間、

 

 「覆い絶て、真水」

 

 ユエの声が響くと同時にレガニドの頭部を水の球体が包み込む。

 突然の事態にレガニドは混乱し、ガボッ!と口から大量の気泡が漏れる。どうにかそれから脱しようと水球に手を伸ばすが、液体を掴むことなどできるわけがなく、水球を剥がせずにもがき苦しむ。

 その隙にシアが懐に潜り込むと、レガニドのがら空きの腹部に回し蹴りを叩きこむ。

 ゴシャァ!と言う異音と共にレガニドは勢いよく吹き飛びギルドの壁に背中から激突した。

 その一撃で頭部を覆っていた水球がはじけ飛ぶが、問題はなかった。シアの一撃でレガニドの意識は完全に刈り取られ、崩れ落ちる。

 突然の事態にギルド内は静寂に包まれる。誰も彼も身動きせず、ハジメも神羅も同じように動けなかった。

 

 「……二人とも、いきなりどうしたのだ?」

 

 とりあえずいち早く復帰した神羅がユエとシアに問いかける。

 

 「……新しい魔法の実験、及び私達が守られるだけじゃないと言う事を周知させる」

 「モスラさんの話を聞いてから、そうしたほうがいいとユエさんと話し合ってたんですよ」

 

 ちなみにさっきのは真水と言うユエが開発した非殺傷型の敵を無力化させる魔法だ。文字通り敵の顔を水球で覆い尽くし、敵を窒息させる。窒息させられなくても敵を酸欠で無力化させることもできる優れモノだ。もっとも、加減を間違えれば窒息死させてしまうので要練習であるが。

 

 「……あ~~~、そっか」

 

 ハジメはポリポリと頭を掻くとふう、と大きく息を吐いて豚男に視線を向ける。神羅も同じように視線を向ける。

 

 「ひぃ! く、来るなぁ! わ、私を誰だと思っている! プーム・ミンだぞ! ミン男爵家に逆らう気かぁ!」

 「……がなるな。愚者が……二度と我らの前に顔を出すな……!」

 

 そう言うと神羅は豚男の胸倉をつかみ上げて持ち上げると、殺気を開放して至近距離で睨みつける。

 

 「………ひゅっ」

 

 すると豚男は白目を向き、泡を吹きながら意識を失う。更に、金髪が一瞬で白髪に変貌する。

 

 「……む?やりすぎたか?」

 

 神羅はきょとん、と首を傾げる。少なくともトラウマを刻むぐらいで済ませるつもりだったのだが、まさか意識を失うほどとは……

 とりあえず豚男を放ると神羅はハジメ達の元に戻る。

 

 「さて、それじゃあ……これからどうするか……足で宿を探すか?」

 

 ハジメはリシーに目を向けるが、彼女は怯えたように「ひぃぃっ!」と悲鳴を上げる。流石にあの状態の彼女に自分たちの案内をさせると言うのは酷いと思う。

 

 「……それもいいかも。折角広い街だし、少しぶらつくのもよし」

 

 ユエは乗り気で、シアも頷いている。神羅も異論はないのかすでにリシーに話をつけに行っている。それじゃあそうしようとギルドから出ていこうとした瞬間、今更ながらギルドの職員がやって来た。

 

 「あの、申し訳ありませんが、あちらで事情聴取にご協力願います」

 

 そうハジメに告げた男性職員の他、三人の職員がハジメ達を囲むように近寄った。もっとも、全員腰が引けていたが。もう数人は、プームとレガニドの容態を見に行っている。

 

 「……やりすぎてしまったか?」

 「確か、冒険者同士のトラブルは双方の事情を聴く、って奴だよな……兄貴……ユエ、シア……」

 「……すまん」

 「……すっかり忘れてた」

 「す、すいません……」

 

 ハジメの非難じみた視線に神羅達はすぐに謝罪をする。

 

 「あ~~、一応説明すると、あのブタが俺の連れを奪おうとして、それを断ったら逆上して襲ってきたから返り討ちにしただけ。証人としてはそこの案内人とか、その辺の男連中がなるが……」

 

 一応見逃してくれないかと期待を込めてハジメが言うが、

 

 「それは分かっていますが、ギルド内で起こされた問題は、当事者双方の言い分を聞いて公正に判断することになっていますので……規則ですから冒険者なら従って頂かないと……」

 

 ですよね、とハジメははあ、とため息を吐くが、こうなっては仕方ない。

 正直に言えばかなり面倒だが、一応自分は規定に目を通して、納得した上で冒険者になった。ならば最低でもそれは守るべきだろう。無法者にはなりたくない。

 

 「あ~~、分かった。でも、一応こっちは被害者だからな?あっちと同じ対応なんてのは勘弁してくれよ?具体的にはそれなりにいい宿に頼むぞ」

 「それは……」

 

 ハジメの要求にギルド職員が思わず顔を引きつらせると、

 

 「何をしているのです? これは一体、何事ですか?」

 

 そちらを見てみれば、メガネを掛けた理知的な雰囲気を漂わせる細身の男性が厳しい目でハジメ達を見ていた。

 

 「ドット秘書長! いいところに! これはですね……」

 

 職員達がこれ幸いとドット秘書長と呼ばれた男のもとへ群がる。ドットは、職員達から話を聞き終わると、ハジメ達に鋭い視線を向けた。

 どうやら余計面倒な事が起こりそうである。



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第38話 支部長からの依頼

 今回はハジメファンの皆様からは違いすぎる、と言われるかもしれませんが、ご容赦を。

 ではどうぞ!


 ドット秘書長と呼ばれた男は、ひとしきり職員や周囲の冒険者から話を聞き終わると、片手の中指でクイッとメガネを押し上げると落ち着いた声音でハジメに話しかけた。

 

 「話は大体聞かせてもらいました。証人も大勢いる事ですし嘘はないのでしょうね。やり過ぎな気もしますが……まぁ、死んでいませんし許容範囲としましょう。取り敢えず、彼らが目を覚まし一応の話を聞くまでは、フューレンに滞在はしてもらうとして、身元証明と連絡先を伺っておきたいのですが……」

 「ああ、もちろん構わない。だが、連絡先は………まだ滞在先が決まってないんだよな……そっちで融通してくれるならお互いに手間が省けるんじゃないか?」

 

 そう言いながらハジメはステータスプレートを差し出す。

 

 「抜け目ないですね……ふむ、青ですか。向こうで伸びている彼は黒なんですがね……そちらの方達のステータスプレートはどうしました?」

 

 そう言いながらドットは神羅達に視線を向ける。

 

 「いや、こっちの3人はステータスプレートは紛失してな、再発行はまだしていない。ほら、高いだろ?」

 「しかし、身元は明確にしてもらわないと。記録をとっておき、君達が頻繁にギルド内で問題を起こすようなら、加害者・被害者のどちらかに関係なくブラックリストに載せることになりますからね。よければギルドで立て替えますが?」

 

 どうやらどうあってもステータスプレートは必要になってくるらしい。そうなると、いっそのこと、神羅は見せたほうがいいかもしれない。しかし、ユエとシアの場合、ステータスプレートを作成されれば、隠蔽前の技能欄の固有魔法が表示され、見られてしまう。それに今なら神代魔法もおまけされる。大騒ぎになることは間違いない。

 あまり騒ぎは起こしたくない。どうするべきか、とハジメが悩み、神羅に相談しようとすると、

 

 「……ハジメ、手紙」

 「? ああ。あの手紙か……」

 

 ユエの言葉に、ハジメはブルックの町でキャサリンから渡された手紙の事を思い出す。どういったものか分からないが、だめで元々。提出してみようとハジメは懐から手紙を取り出す。

 

 「身分証明の代わりになるかわからないが、知り合いのギルド職員に、困ったらギルドのお偉いさんに渡せと言われてたものがある」

 「?知り合いのギルド職員ですか?……拝見します」

 

 最初は訝し気な様子だったドットだったが、渡された手紙を開いて内容を流し読みする内にギョッとした表情を浮かべた。

 そして、ハジメ達の顔と手紙の間で視線を何度も彷徨わせながら手紙の内容をくり返し読み込む。やがて、ドットは手紙を折りたたむと丁寧に便箋に入れ直し、ハジメ達に視線を戻した。

 

 「この手紙が本当なら確かな身分証明になりますが……この手紙が差出人本人のものか私一人では少々判断が付きかねます。支部長に確認を取りますから少し別室で待っていてもらえますか? そうお時間は取らせません。十分、十五分くらいで済みます」

 

 マジで何者だキャサリン、とハジメたちが戦慄する。

 

 「まぁ、それくらいなら構わないが……」

 「職員に案内させます。では、後ほど」

 「む?終わったか?」

 

 そこに今まで顔を出さなかった神羅が現れる。

 

 「ああ、一応な。少し別室で話すことになったけど……何やってたんだ?」

 「ちゃんと対応してたようでな、リシーから宿の話を聞いておいた。あいつはもう去っているがよかったか?」

 「ああ、まあ、大丈夫だけど……いつの間に……」

 

 その言葉に神羅はただ肩をすくめ、ハジメもまあ、兄貴だしなぁ、等と軽く考え、ハジメ達は職員の案内に従って移動する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハジメ達が応接室に案内されてから十分後、扉がノックされる。ハジメの返事から一拍置いて扉が開かれ、現れたのは、金髪をオールバックにした鋭い目付きの三十代後半くらいの男性と先ほどのドットだった。

 

 「初めまして、冒険者ギルド、フューレン支部支部長イルワ・チャングだ。ハジメ君、神羅君、ユエ君、シア君……でいいかな?」

 

 握手を求めるイルワにハジメも握手を返しながら返事をする。

 

 「ああ、構わない。名前は、手紙に?」

 「その通りだ。先生からの手紙に書いてあったよ。随分と目をかけられている……というより注目されているようだね。将来有望、ただしトラブル体質なので、出来れば目をかけてやって欲しいという旨の内容だったよ」

 「将来有望なんて書かれてたのかよ……それにトラブル体質って……いやまあ、確かにトラブル続きだったが………いや、今はそこは置いとこう。それで、肝心の身分証明の方はどうなんだ? それで問題ないのか?」

 「ああ、先生が問題のある人物ではないと書いているからね。あの人の人を見る目は確かだ。わざわざ手紙を持たせるほどだし、この手紙を以て君達の身分証明とさせてもらうよ」

 「……あの女は本当に何者なのだ………」

 

 神羅でさえ思わず引きつった声を漏らすと、イルワが答える。

 

 「ん? 本人から聞いてないのかい? 彼女は、王都のギルド本部でギルドマスターの秘書長をしていたんだよ。その後、ギルド運営に関する教育係になってね。今、各町に派遣されている支部長の五、六割は先生の教え子なんだ。私もその一人で、彼女には頭が上がらなくてね。その美しさと人柄の良さから、当時は、僕らのマドンナ、あるいは憧れのお姉さんのような存在だった。その後、結婚してブルックの町のギルド支部に転勤したんだよ。子供を育てるにも田舎の方がいいって言ってね。彼女の結婚発表は青天の霹靂でね。荒れたよ。ギルドどころか、王都が」

 「只者じゃないとは思っていたが……思いっきり中枢の人間だったとはな。ていうか、そんなにモテたのに……今は……いや、止めておこう」

 「そうか?確かに見てくれは変わったかもしれんが、俺はああいうやつを本当のいい女と呼ぶのだと思うぞ?」

 「……そういうものかねぇ……まあ、それはいいか。身分証明に関してはもういいか?いいなら早く残りも済ませたいんだが……」

 

 ハジメがそう言うと、イルワは瞳の奥を光らせる。それを見てなんとなく嫌な予感がしてハジメは思わず神羅に視線を向ける。神羅はむう、とうめき声を漏らす。

 そんな彼らを後目にイルワはドットから一枚の依頼書をハジメ達の前に出させる。

 

 「実は、君達の腕を見込んで、一つ依頼を受けて欲しいと思っている」

 「………断るって言ったら?」

 「話を聞いてくれるなら今回の件は不問にするよ?」

 「つまり、話を聞かなければ正規の手続きを行う。聞いてくれるなら即座に開放か……言ってくれる」

 

 ハジメは唸り声をあげる。別に手続きに関してはそういうものだと納得しているからいいのだが、面倒、と思う所はある。それを合法的に回避できる、と言われると心の天秤は傾いてしまう。

 ハジメはううむ、唸りながらどうする?と神羅に視線を向ける。

 神羅もまたどうするべきか、と考え込むように顔をしかめている。

 そのまま少し二人で考え込み、

 

 「はぁ……分かったよ。一応話だけは聞いてやる。いいよな?」

 

 ハジメは話を聞くことを選択する。話を聞くだけで解放されるのだ。依頼を受ければ、ではないだけマシと考えよう。

 神羅達も異存はないのか頷き、4人は座りなおす。

 

 「聞いてくれるようだね。ありがとう。さて、今回の依頼内容だが、そこに書いてある通り、行方不明者の捜索だ。北の山脈地帯の調査依頼を受けた冒険者一行が予定を過ぎても戻ってこなかったため、冒険者の一人の実家が捜索願を出した、というものだ」

 

 そもそもの発端は最近、北の山脈地帯で魔物の群れを見たという目撃例が何件か寄せられ、ギルドに調査依頼がなされた事だ。

 北の山脈地帯は、一つ山を超えるとほとんど未開の地域となっており、大迷宮の魔物程ではないがそれなりに強力な魔物が出没するので高ランクの冒険者がこれを引き受けた。だが、この冒険者パーティーに本来のメンバー以外の人物、クデタ伯爵家の三男ウィル・クデタがいささか強引に同行を申し込み、紆余曲折あって最終的に臨時パーティーを組むことになった。どうやら彼は冒険者にあこがれを抱いており、これ幸いと参加したようだ。

 しかし、結果は戻ってこず、更には家の意向を受けてウィルの動向を監視していた監視員すら連絡がつかなくなり、クデタ伯爵家は捜索依頼を出したと言う事だ。

 

 「伯爵は、家の力で独自の捜索隊も出しているようだけど手数は多い方がいいと、ギルドにも捜索願を出したのが昨日のことだ。最初に調査依頼を引き受けたパーティーはかなりの手練でね、彼等に対処できない何かがあったとすれば、並みの冒険者じゃあ二次災害だ。それに、最近じゃあ王都の一流冒険者が未知の魔物にやられたと言う報告も上がっている。相応以上の実力者に引き受けてもらわないといけない。だが、生憎とこの依頼を任せられる冒険者は出払っていてね。そこへ、君達がタイミングよく来たものだから、こうして依頼しているというわけだ」

 「だったら俺たちは当てはまらないんじゃ?俺のランクは青だし、その取り巻きだぞ?」

 

 言い方は悪いが間違ってもいない。3人も特に気分を害したと言うのもなく頷いている。

 

 「さっき〝黒〟のレガニドを瞬殺したばかりだろう? それに……ライセン大峡谷を余裕で探索出来る者を相応以上と言わずして何と言うのかな?」

 「ほう……手紙に書いてあったか……む?しかし彼女にその話は……樹海の魔物の素材は出したが……」

 

 神羅が胡乱気に首を傾げ、ハジメも同様に首を傾げていると、シアがおずおずと手を上げる。

 

 「何だ、シア?」

 「え~と、つい話が弾みまして……てへ?」

 「お前等………せめてその事は我らに伝えろ……これは諸々込みでしばらく飯抜きだな」

 

 神羅のお達しにユエとシアはしょんぼりと肩を落としてしまう。その様子をイルワは苦笑しながら見ている。

 

 「生存は絶望的だが、可能性はゼロではない。伯爵は個人的にも友人でね、できる限り早く捜索したいと考えている。どうかな。今は君達しかいないんだ。引き受けてはもらえないだろうか?」

 「とはいうが、北の山脈は俺たちの行き先とは関係がない。急いでるわけじゃないが、それでもわざわざ……」

 「報酬は弾ませてもらうよ? 依頼書の金額はもちろんだが、私からも色をつけよう。ギルドランクの昇格もする。君達の実力なら一気に〝黒〟にしてもいい」

 「いや、別に金が欲しいわけでもないし、ランクもどうでもいいから……」

 「なら、今後、ギルド関連で揉め事が起きたときは私が直接、君達の後ろ盾になるというのはどうかな?フューレンのギルド支部長の後ろ盾だ、ギルド内でも相当の影響力はあると自負しているよ?君達は揉め事とは仲が良さそうだからね。悪くない報酬ではないかな?」

 「……分からぬ。なぜそこまでする。幾ら友人の息子でも、強引に割って入ったそいつの自己責任だと思うが?」

 「彼に……ウィルにあの依頼を薦めたのは私なんだ。調査依頼を引き受けたパーティーにも私が話を通した。異変の調査といっても、確かな実力のあるパーティーが一緒なら問題ないと思った。実害もまだ出ていなかったしね。ウィルは、貴族は肌に合わないと、昔から冒険者に憧れていてね……だが、その資質はなかった。だから、優れた冒険者と一緒に、そこそこ危険な場所へ行って、悟って欲しかった。冒険者は無理だと。昔から私には懐いてくれていて……だからこそ、今回の依頼で諦めさせたかったのに……」

 

 イルワの言葉には後悔が滲んでいる。恐らく裏はなく、ただ自分の不始末の片をつけたい、と言ったところか。

 神羅はハジメに視線を向ける。ハジメは何かを考えるように顎に手を当てて目を閉じている。神羅達は焦らず、ハジメを見守る。

 

 「………幾つか条件がある」

 

 やがて、ハジメが考えがついたと言うように目を開けて口を開く。

 

 「条件?」

 「ユエとシアのステータスプレートを作ってほしい。ただし、そこに表記された内容について他言無用を確約すること。ああ、代わりに報酬金はたっぷりと色を付けてくれよ?ランクは……まあ、黒ぐらいでいいが、後ろ盾は………まだ無理になろうとしてもらわなくていい」

 「それは………いいのかい?それで、本当に?」

 

 イルワが困惑するのも無理はない。何せハジメが掲示した条件はイルワが差し出した条件のほとんどを蹴る物だったからだ。

 神羅が目を細め、念話で問いかける。

 

 (………どう言う考えだ?ハジメ)

 (大都市のギルドの後ろ盾って言うのは魅力的だ。でも、ミレディが行ってた神の使徒、ってのを思い出してな。あいつら、洗脳ができるって言ってたろ?)

 (……なるほど。後ろ盾になってくれればいささか派手に暴れても問題はない。だが、そうなればイルワを通じて奴らが我らにたどり着く可能性が上がる。そしてそれは、イルワを通じて我らに働きかけることができると言う事)

 (ああ。勿論、使徒が来る程度なら問題はない。返り討ちにしてやればいい………だけど、あっちには偽王がいる。兄貴がいると知られれば間違いなく奴をけしかけられる。そうなったら一発アウトだ。兄貴なら勝てるかもしれないが、それでもリスクがでかすぎる)

 (……巻き込まない、と言う自信はないな。奴と戦うなら、奴にだけ集中せねばならない……パイプを作るチャンスだが、そのパイプから猛毒を流し込まれるリスクが上、か)

 (そう言う事。だから今回はステータスプレートだけで。パイプは………せめてあれ(・・)がもう少し出来上がれば……もう少し大胆に動けるからそれまで。で、だったら今後も必要になるであろう二人のステータスプレートを作ってもらう事で我慢しようってわけだ。ちょっと穴があるかもしれないけど)

 (………悪くはないだろう。リスクを回避できるのならばそれに越したことはない)

 (それに……リスク回避、と言う点ではもう一つ気になってる事もある。ま、それは後にして、今は目の前の交渉だ)

 

 そう言い、ハジメは宝物庫を撫でる。

 一方イルワはハジメの条件に即座にとびつかず、考え込んでいる。

 

 「……どうしてそんな条件を?君たちのうまみがあまりないように思えるが?」

 「俺たちの一番の目的はユエ達のステータスプレートを手に入れる事。それも、技能とかは見られないように。兄貴はもう持ってるから問題ない。俺たちはちょいと特異だからな、情報はできる限り規制したいんだよ」

 「ふむ、個人的に君達の秘密が気になって来たな。キャサリン先生が気に入っているくらいだから悪い人間ではないと思うが……そう言えば、そちらのシア君は怪力、ユエ君は見たこともない魔法を使ったと報告があったな……その辺りが君達の秘密か…だが、そうなると協会が目をつけるのは確実。後ろ盾も欲しいのでは?」

 「別に後ろ盾も絶対要らない、とは言っていない。こちらの準備が整ったらこっちから接触して、後ろ盾になってもらうって感じだ」

 

 ハジメの言葉にイルワは再び思考を巡らす。そしてしばらくして、

 

 「……分かった。そちらがそれでいいのなら、それで頼む」

 「よし、それじゃあそれでやるか。報酬は依頼が達成されてからでいい。パーティーメンバーの誰か自身か遺品を持って帰ればいいだろう?」

 「ああ。ハジメ君の言う通り、どんな形であれ、ウィル達の痕跡を見つけてもらいたい……ハジメ君、神羅君、ユエ君、シア君……宜しく頼む」

 

 そう言ってイルワは頭を下げる。 そんなイルワの様子を見て、ハジメ達は立ち上がると気負いなく実に軽い調子で答えた。

 

 「あいよ」

 「……ん」

 「はいっ」

 「やるからには最善を尽くそう」




 ここのハジメは色々と知っているので、安全策を取る傾向にあります。いざとなったら徹底的にやりますが。


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第39話 雷と静雷

 投稿しますね。

 


 平原のど真ん中を北に向かって伸びる街道を爆走する影が二つ。

 魔力駆動二輪に乗ったハジメ達がフルスロットルで走っていた。内訳はいつも通り神羅一人、ハジメ、ユエ、シアとなっている。

 風にさらわれてシアのウサミミがパタパタとなびいている。

 天気は快晴で暖かな日差しが降り注ぎ、ユエの魔法で風圧も調整されているので絶好のツーリング日和と言える。実際、ユエもシアも、ポカポカの日差しと心地よい風を全身に感じて、実に気持ちよさそうに目を細めていた。

 

 「それで、ハジメ。もう一つ気になっている事、と言うのはなんだ?」

 

 隣を走っている神羅からの問いにハジメはう~~ん、と声を漏らし、

 

 「いや、イルワが言ってただろ?魔物の群れを見かけたって言うのが発端だろ?いきなりそう言うのが見られるようになったって言うのは……もしかしたら、怪獣か、その子供が活動して、それで魔物の生息域が変わったのかもしれないじゃんか?」

 「なるほど。それで念のために調査しよう、と言う事か。だが、言っておくが、北の方角ではそれらしい気配はないぞ。まあ………そいつが休眠していたら分からんが、それだったら刺激しなければいいのだが」

 「だがまあ、見ておいたほうがいいと思ってな」

 「なるほどな……‥しかし、それを抜きにしても随分と急いでいるように思えるが?もう目的地は目前だぞ?」

 

 神羅の言う通り、ハジメ達は、ウィル一行が引き受けた調査依頼の範囲である北の山脈地帯に一番近い町まで後一日ほどの場所まで来ていた。このまま休憩を挟まず一気に進み、おそらく日が沈む頃に到着するだろうから、町で一泊して明朝から捜索を始めるつもりだ。急ぐ理由はもちろん、時間が経てば経つほど、ウィル一行の生存率が下がっていくからだ。

 

 「そりゃ、生きているのに越したことはないし…………死んだと諦めていた奴が生きていたって言うのは………素直に嬉しいしさ」

 

 ハジメの最後の言葉は強い実感がこもっている。思い返しているのは恐らく、あの奈落で神羅と再会した時の事だろう。

 それが分かっているのか神羅は何も言わず、小さく頷いて視線を前に向け、それを聞いていたユエは優し気に頷いている。

 

 「そ、それにだ……ほら、兄貴……湖畔の町のウルはほら………大陸有数の稲作地帯だろ?」

 「そうだな。以前我が聞いた米の生産地域だ。それに、香辛料も取れるらしいからな。となれば………初めてだが、チャレンジしてみる価値はある」

 「カレーモドキがあるって話だが、それでも楽しみにしてるよ」

 

 兄弟二人他愛無い会話を交わしながら走り続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はぁ、今日も手掛かりはなしですか……清水君、一体どこに行ってしまったんですか……」

 

 悄然と肩を落とし、ウルの町の通りをトボトボと歩くのは召喚組の唯一の大人であり、教師、畑山愛子だ。普段の快活な様子がなりを潜め、今は、不安と心配に苛まれて陰鬱な雰囲気を漂わせている。

 

 「愛子、あまり気を落とすな。まだ、何も分かっていないんだ。無事という可能性は十分にある。お前が信じなくてどうするんだ」

 

 そう声をかけたのは愛子専属護衛隊隊長のデビッドで、更に周囲にいる他の護衛騎士や彼女の護衛を買って出た生徒たち、通称愛ちゃん親衛隊が声をかける。

 事の発端は2週間と少し前。このウルの町に到着して少しの頃、愛ちゃん親衛隊の一人、清水幸利が忽然とその姿を消したのだ。

 愛子達は、八方手を尽くして清水を探したが、町中に目撃情報はなく、近隣の町や村にも使いを出して目撃情報を求めたが、全て空振りに終わり、その行方はようとして知れずだった。

 当初は事件に巻き込まれたのではと騒然となったのだが、清水の部屋が荒らされていなかったこと、清水自身が闇術師という闇系魔法に特別才能を持つ天職を所持しており、他の系統魔法についても高い適性を持っていたことから、そうそう、その辺のゴロツキにやられるとは思えず、今では自発的な失踪と考える者が多かった。その結果、愛子以外の全員が、日々元気をなくしていく愛子の心配に注力している。

 生徒と騎士からの励ましに、愛子は自分の情けなさを恥じ、パチンと頬を叩くと、気合を入れるように声を上げ、それに生徒たちも答えると、彼らは自分たちが使っている宿、水妖精の宿に向かう。

 中に入れば、一階のレストラン部分の一角で、多数の書物とにらめっこをしている優香がいた。彼女は当初の予定通り神獣について調べていた。最初の頃は清水の捜索にも加わっていたが、愛子の方から清水の件も含めて情報収集を任せられ、今ではそちらに注力しているのが現状だ。

 愛子たちは優香と合流すると、そのまま本を片付け、食事をとることする。

 当初は懐かしの米料理に舌鼓をうっていた愛子たちだったが、そこに水妖精の宿のオーナーであるフォス・セルオがやってくる。

 

 

 「皆様、本日のお食事はいかがですか? 何かございましたら、どうぞ、遠慮なくお申し付けください」

 「あ、オーナーさん。はい、今日もとてもおいしいです」

 「それはようございました……実は、大変申し訳ないのですが……香辛料を使った料理は今日限りとなります」

 「えっ!? それって、もうこのニルシッシル食べれないってことですか?」

 

 カレー大好きな優香がショックを受けたように声を出す。

 

 「はい、申し訳ございません。何分、材料が切れまして……いつもならこのような事がないように在庫を確保しているのですが……ここ一ヶ月ほど北山脈が不穏ということで採取に行く者が激減しております。つい先日も、調査に来た高ランク冒険者の一行が行方不明となりまして、ますます採取に行く者がいなくなりました。当店にも次にいつ入荷するかわかりかねる状況なのです」

 「……不穏っていうのは具体的には?」

 「何でも魔物の群れを見たとか……北山脈は山を越えなければ比較的安全な場所です。山を一つ越えるごとに強力な魔物がいるようですが、わざわざ山を越えてまでこちらには来ません。ですが、何人かの者がいるはずのない山向こうの魔物の群れを見たのだとか」

 「それは、心配ですね……」

 「しかし、その異変ももしかするともう直ぐ収まるかもしれませんよ」

 「どういうことですか?」

 「実は、今日のちょうど日の入り位に新規のお客様が宿泊にいらしたのですが、何でも先の冒険者方の捜索のため北山脈へ行かれるらしいのです。フューレンのギルド支部長様の指名依頼らしく、相当な実力者のようですね。もしかしたら、異変の原因も突き止めてくれるやもしれません」

 

 その言葉に騎士たちが興味を持ったように声を漏らす。なにせ、支部長からの使命依頼となればそれは相当な実力と言う事だ。彼らはすでに頭の中で冒険者のトップである金ランクの冒険者の名前が幾つか上がっている。すると、二階に繋がる階段の方から誰かの話し声が聞こえてくる。

 

 「おや、噂をすれば。彼等ですよ。騎士様、彼等は明朝にはここを出るそうなので、もしお話になるのでしたら、今のうちがよろしいかと」

 「そうか、わかった。しかし、随分と若い声だ。金に、こんな若い者がいたか?」

 

 デビット達が首を傾げていると、次第に会話の内容が聞き取れるようになってくる。

 

 「で、兄貴。飛ばした鳥たちはいつ頃戻ってくる?」

 「明朝だ。と言っても、流石に山全体はカバーできんから、離れた場所を重点的に見させるつもりだ」

 「………本当に便利………でもそれは今は置いておいて、今はご飯、ご飯にしよう……!」

 「そうですね。迅速に、最速、最短でご飯にしましょう!流石に丸一日ご飯抜きは辛いですぅ」

 「自業自得だ……」

 

 その会話の内容に、声に愛子の心臓が跳びはねる。更に他の生徒たちも同様だった。騎士たちが声をかけるが、彼らは微動だにしていない。

 

 「………南雲君……?」

 

 愛子は、椅子を蹴倒しながら立ち上がり、転びそうになりながらカーテンを引きちぎる勢いで開け放った。

 シャァァァ!!と響くカーテンの引かれる音に、ギョッとして思わず立ち止まる四人の少年少女。

 

 「ハジメ君!神羅君!」

 「な、なんだ………!?って、先生?」

 「おっとこいつは………少々予想外だな………」

 

 愛子の前に現れたのは眼帯をした白髪の少年、そして膝裏まで伸びた黒髪に頭にバンダナを巻いた似た顔立ちの少年。ハジメは大きく外見と雰囲気が変わっているが、神羅はバンダナ以外何も変わっていない。

 

 「ハジメ君……神羅君……二人なんですね……?生きて……本当に生きて……」

 

 瞬間、ハジメと神羅はくるりと背を向けて顔を突き合わせ、まるで無視されたかのような動きに愛子は思わずへっ?と声を漏らす。

 

 「なあ、兄貴。この場合どうすればいいと思う?」

 「人違いで済ませるのは……無理だな。お前は先生と言ってしまったし、我は外見変わってないし」

 「だよなぁ……町中でのすれ違いならまだしもこうやって同じ宿を取ってるからなぁ……逃げ場がどこにもないっす」

 「いずれは白崎たちには報告を、と思っていたが………」

 「流石にここでこれは予想外すぎるぜ……」

 

 ひそひそと二人でどうするか話し合っていると、正気に戻った愛子が慌ててハジメの腕をつかみ、声をかける。

 

 「ま、待ってください二人とも。どうして無視してるんですか?ちゃんと先生のほうを向いて話してください。それにその格好……何があったんですか? こんなところで何をしているんですか? 何故、直ぐに皆のところへ戻らなかったんですか?二人とも答えなさい!」

 

 愛子の怒声に周囲の客が目を向け護衛騎士に愛ちゃん親衛隊が奥からやってくる。

 それを見て、神羅とハジメは諦めたように息を吐く。

 

 「こうなってはどうしようもない。さて、とりあえず落ち着け、畑山教諭。そんなに慌てていては話もくそもない」

 「落ち着けって……」

 

 神羅の言葉に愛子は自分が暴走しかかっていたことを自覚し、顔を赤くしながらハジメから手を放す。

 

 「すいません、取り乱しました。改めて、ハジメ君に神羅君ですよね?」

 「ああ。久しぶりだな、先生」

 「やっぱり、やっぱり二人なんですね……生きていたんですね……」

 「一応はまあ、二人とも生きているぞ」

 「よかった。本当によかったです」

 

 それ以上言葉が出てこない様子の愛子を見て、神羅は小さく頷き、そこからユエとシアに視線を向ける。

 二人そろって顔を歪めているが、視線は待ちますよ?私たちはいつまでも待ちますよ?と言っている。

 ふう、と神羅は一度息を吐き、

 

 「とりあえず積もる話はあるだろうが、それは折を見てまた今度にしよう。今は飯にするぞ」

 

 神羅の言葉にハジメはそうだな、と頷いて席に着き、ユエとシアもそれに続く。その行動に愛子はポカンとしてしまう。

 

 「えっと、良いんですか?元の世界のお知り合いでは?」

 「確かにそうだが、今ここで話を急ぐ道理もない。結局何日か滞在するのだ。こちらとしても聞きたいことはあるしな……すまんが、このシルニッシルを」

 「そうだな……焦る必要もないし、そうするほうがいいだろう。あちらにとっても……あ、俺も同じで」

 「そう言うんだったら……私も同じで」

 「私もお願いしま~~す」

 

 時間を置けば未だ興奮状態と思われる愛子も落ち着き、ちゃんと話ができるだろう。

 だが、そうは愛子が卸さない。彼女ははっ、とするとツカツカと神羅達のテーブルに近寄ると「先生、怒ってます!」と実にわかりやすい表情でテーブルをペシッと叩いた。

 

 「二人とも、まだ話は終わっていませんよ。何を物凄く自然に注文しているんですか。大体、こちらの女性達はどちら様ですか?」

 「それはまた時間を見て、って兄貴が言ってただろ。それまで待ってくれよ。ああ、それと彼女たちは……」

 「……ユエ」

 「シアです」

 「ハジメの彼女」「ハジメさんの彼女ですぅ!」

 「か、彼女?」

 

 愛子は「えっ? えっ?」とハジメと二人の美少女を交互に見やり、後ろの生徒達も困惑したように顔を見合わせている。いや、男子生徒は「まさか!」と言った表情でユエとシアを忙しなく交互に見ている。徐々に、その美貌に見蕩れ顔を赤く染めながら。

 一方、ユエは憮然とした表情を浮かべると、座りながらシアのすねを蹴り上げる。

 

 「あいたぁ!?何をするんですかユエさん!」

 「それはこっちのセリフ。何を勝手にのたまっている。ハジメの彼女は私だけ」

 「いいじゃないですかぁ!頑張ってるんですからちょっとぐらいは!」

 

 ユエとシアの二人が言い合いを始めると同時に、顔を真っ赤にしてプルプルと震えていた愛子は次の瞬間、先生の怒りと言う雷を落とす。

 

 「ふ、二股なんて! 直ぐに帰ってこなかったのは、遊び歩いていたからなんですか! もしそうなら……許しません! ええ、先生は絶対許しませんよ! お説教です! そこに直りなさ「おい……」なんですか神羅く」

 

 瞬間、その場限定で静かな、しかし凄まじい雷が叩き落される。

 

 「ここは食事処。他にも客がいるのだ……静かにして、迷惑をかけるな………話は食事が終わった後で。異論はないな?」

 

 瞬間、その場の全員が顔を引きつらせながら頷き、押し黙る。




 さて、今後の展開は……そうですね。一言で言わせてもらうと……逆転、といいましょうか。


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第40話 教師の悩み

 今回……先生に対して当たりが強いですねぇ……更に言えば章全体でそうなるかと。ファンの皆様、ごめんなさい。

 


 神羅の一喝によってひとまず話は食事が終わってから、と言う事になり、ハジメ達はそのままシルニッシルなどを堪能し、食事を終えた後に愛子たちが使っていたVIPルームにて話をすると言う事になった。

 しかし、ここに神殿騎士がいる以上、神の事、更に言えば神羅の前世の事に繋がりかねないので怪獣の事も伏せていかなければならない。その結果、

 

 Q、橋から落ちた後、どうしたのか?

 A、幸運にも生き残ることができ、落ちた場所から脱出するために戦った。結果、何とか脱出できた。

 Q、なぜ白髪なのか

 A、魔物の肉を食べた際の激痛によるストレスだと思われます。

 Q、その目はどうしたのか

 A、奈落での戦いで失いました。

 Q、なぜ、直ぐに戻らなかったのか

 A、帰還の手がかりを見つけ、更には帰る前にやらなくてはいけないことができたから。

 Q、やらなくてはいけない事とは?

 A、それは言えない。

 Q、帰還の手がかりとは?

 A、それも言えない。

 

 そこまで言って、手掛かりのところで嬉しそうだった愛子がむすっとした表情で私、怒っています!と言うように二人を睨む。どうやら最後の所が気に食わないらしい。そうは言っても、重要な部分は完全にエヒトや偽王が関わる。怪獣はまあ、良いかもしれないが、ここら辺は神殿騎士の前で言うわけにはいかない。どうしたものか、と二人で顔を見合わせていると、

 

 「おい、お前ら! 愛子が質問しているのだぞ! 真面目に答えろ!」

 

 デビットがキレた様子で拳をテーブルに叩きつける。だが、二人は小さくため息を吐くと、

 

 「別にふざけているわけではない。こちらの提供できる情報を全て提供した。これ以上言える事は本当に何もない。それからあまり大声で怒鳴るな。先ほども言ったが店に迷惑だ。」

 

 神羅がそう静かに答える。だが、その言葉にデビットは更に顔を赤くする。そしておもむろにシアに視線を向けると、

 

 「ふん、迷惑だと? その言葉、そっくりそのまま返してやる。薄汚い獣風情を人間と同じテーブルに着かせるなど、お前らの方が迷惑極まりない。せめてその醜い耳を切り落としたらどうだ? 少しは人間らしくなるだろう」

 

 侮蔑をたっぷりと含んだ眼で睨まれたシアはビクッと体を震わせ、更に他の神殿騎士もデビットと同じような顔をしているのもあって、しゅんと顔を俯ける。

 その物言いに愛子が注意をしようとした瞬間、シアの手を握ったユエがぎろりとデビットを睨みつける。

 その視線にデビッドは一瞬たじろぐも、見た目幼さを残す少女に気圧されたことに逆上する。

 

 「何だ、その眼は? 無礼だぞ! 神の使徒でもないのに、神殿騎士に逆らうのか!」

 

 思わず立ち上がるデビッドを、副隊長のチェイスは諌めようとするが、それよりも早く、ユエが口を開く。

 

 「……無礼も何もない。私は、私達二人はハジメと神羅、貴方の言う所の神の使徒の仲間。そして貴方達は神の使徒の同行者。つまり、貴方達と私たちは立場は同じ。そこに無礼など無い」

 「なっ……我々と獣風情が同列だと!?」

 「……いいや。シアは初対面で人を蔑んだりしないし、器はシアの方が上」

 

 その言葉にデビットは完全にキレた。

 

 「……異教徒め。そこの獣風情と一緒に地獄へ送ってやる」

 

 無表情で静かに呟き、傍らの剣に手をかけるデビッド。突如現れた修羅場に、生徒達はオロオロし、愛子やチェイス達は止めようとする。だが、デビッドは周りの声も聞こえない様子で、遂に鞘から剣を僅かに引き抜いた瞬間、

 

 「やめろ」

 

 その場の全てが圧壊した。そう錯覚するほどの圧が襲い掛かり、騎士たちは全員顔を蒼白に染め上げ、歯の根を鳴らしながら崩れ落ち、生徒たちは直接で無かったにも拘わらずそれでも腰が抜けたように椅子から転げ落ち、顔を恐怖で染め上げる。

 

 「ふむ、そこの連中にだけ向けたのだったがこの程度の余波でその体たらくとは……情けないにもほどがあるな」

 

 神羅は心底呆れ果てたように呟き、ハジメは小さくため息を吐き、手にしていた拳銃を静かに収める。

 

 「いやいや、漏らしてないだけましだと思うけどな……まあ、いい。シア、あまり気にしたら体が持たないぞ?外では……気に食わないがこれが普通だ。だけどな、人間全員がそうだと思うなよ?それはブルックの町の人たちもこいつらと同じだと言うようなもんだぞ?」

 「それは…………」

 「……大丈夫。シアのうさ耳は可愛い」

 「うむ、そうだな。良く似合っているぞ」

 「……あの、ハジメさんは……どう思っていますか?私のうさ耳」

 「……まあ、可愛いとは思う」

 

 ハジメが首元を掻きながらそう言うとシアはその言葉に嬉しそうにうさ耳を動かす。

 ハジメはふう、と息を吐くと愛子たちに視線を向け、

 

 「とりあえずだ。俺達にはそちらとの合流の意思はない。協力するつもりもない。俺達は俺達で動く。ああ、安心しろ。帰還の手段を確立した時はきちんと一緒に連れ帰ってやるよ。流石に見捨てるつもりはないからな」

 

 その言葉に生徒たちは思わずほっとしたように相互を崩すが、愛子は悲しそうに顔を歪め、理由を問う。

 

 「そんな……どうしてですか?」

 「どうしても何も、それが一番確実だからだ。現状はそれしか言えないな……」

 「つまり、合流せず、こちらだけで動いたほうが確実に目標に近づけるからだ。そちらとて、帰還の手段は手に入れたいであろう?」

 「それは……でも………」

 

 そこで話は終わりだ、と言うようにハジメ達は立ちあがるが、不意に思い出したように神羅が声を上げる。

 

 「ああ、そうだ。白崎と八重樫の二人は無事か?」

 「え?それは……はい……二人ともオルクスで頑張っていますが……」

 「ふむ、オルクスか………」

 「一応寄り道で行けそうだな………ああ、それともう一つ。確認したいことがある」

 「な、なんですか?」

 「あの日、俺たちを橋から落としたのは誰だ?犯人は分かったのか?」

 

 ハジメが問いを投げかけた瞬間、地球組は一斉に顔を引きつらせ、生徒たちは顔を逸らし、愛子ですら言葉を詰まらせる。

 その様子に神羅とハジメは小さく目を細め、互いに目を合わせる。どうやら割と酷い展開になったらしい。

 

 「あの、そのですね……」

 

 愛子が言葉を選ぶようにしどろもどろ口を開こうとするのを見て、神羅とハジメはそろってため息を吐く。この状態では果たしてちゃんとした話を聞けるか分からない。更に言えば完全に自分たちが愛子を苛めているみたいだ。現に後ろの護衛騎士達がこちらを睨みつけている。

 流石にこの場で聞くのは無理か、とハジメが切り上げようとした瞬間、

 

 「……檜山だったわ」

 

 意外なところから答えが出てきて、全員がそちらに視線を向ける。

 発言者である優香は毅然とした表情でその視線を受け止める。

 

 「……本当か?」

 

 ハジメは剣呑な視線で優香を睨み、神羅もまた無言で視線を向ける。

 

 「私があいつが犯人である証拠を掴んでね。それで、王国に戻った後追及したらあっさりと認めたわ……」

 「ほう……その後は?」

 

 神羅が問うと、優香は一瞬言いにくそうに言葉を詰まらせるも、少しして小さく頷き、

 

 「その後、天ノ河君が、許しちゃって……今は白崎さん達と一緒にオルクスにいるわ」

 「………………は?」

 「……マジかよ」

 

 その瞬間、ハジメが思わず絶句したように呻く。神羅も心底呆れ果てた表情を浮かべる。正直に言って、犯人が分かった瞬間、ハジメの中で、檜山に対する怒りが沸き上がった。自分は恐らく巻き込まれただけだ。そこはまあいい。だが、兄を狙った事を許すつもりはなかった。殺しはしないが、相応の報いを受けさせてやろうと思っていた。それは神羅も同じで、自分の事は別にいい。だが、ハジメを巻き込んだ事に対してはそれなりの報いを与えるつもりだった。

 だがそんな感情が薄れるほどの呆れが二人を襲っていた。仮にも事故とはいえ仲間を二人殺した奴を断罪せずに許し、あまつさえ仲間に連れて一緒に迷宮の攻略に勤しんでいると言うのか。正気なのだろうか……地球の連中は……

 

 「あ、あの、二人とも……その、納得できないことだとは思いますが……」

 

 愛子が何事か言おうと口を開くが、神羅が呆れを含んだ目で愛子を睨み、

 

 「……何も言わなかったのか?主は」

 「え?」

 「生徒を導く立場のお前が、悪い事をしたら罰を貰うと言う基本常識を教える立場のお前が、その件に関して何も言わなかったのか?」

 

 その言葉に愛子は顔を青くして後ずさる。

 

 「冗談抜きで一緒に迷宮にって言うのは流石にどうかと思うぞ?せめて先生、あんたが連れて回したほうがまだマシだと思うんだが……」

 

 ハジメが呆れたように言うと、全員が何も言えず、押し黙ってしまう。

 二人ははあ、とため息を吐くと、その場から立ち上がる。

 

 「とりあえず聞きたいことは聞いた。ここから先は別行動って事で、今度こそ話は終わりだ。それじゃあな」

 

 ハジメ達に続くようにユエ達も立ち上がり、その場から立ち去っていく。

 その背中をクラスメイト達は何も言えずに見送るしかできなかった。愛子ですらそうだ。死んだと思っていた二人が生きていたのは嬉しい。だが、一人はその性格を大きく変えており、一人はその圧を遥かに増大させていた。更に蔑んでいたこと、檜山たちの苛めを見て見ぬふりをし、更にあの誤爆事件を許してしまった事、その全てが負い目となり、何も言えなかった。

 そして愛子は愛子で酷いショックを受けていた。

 神羅から教師である自分がしっかりさせないといけなかったであろう事をしていなかったと指摘され、言外にお前は教師失格だと言われたような気がして、それは彼女に大きなダメージを与えていた。

 結局その日は地球組全員、沈んだ表情でそのまま解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の深夜。多くの人々が寝付く中、愛子だけは寝付けなかった。昼間に起きた事や言われた事、その他諸々が頭の中でグルグルと巡っており、考えがまとまらず、寝付けないのだ。

 そのままぼんやりと暖炉の火を見つめながら、いろいろと考えているのか百面相を浮かべていると、ふいに扉がドンドンといささか乱暴にノックされる。

 

 「は、はい!?」

 「先生、ちょっといいか?」

 

 その音にハッとした愛子が声を上げると、ハジメの声が聞こえてくる。

 

 「は、ハジメ君?こんな夜更けにどうしたんですか?」

 「ちょっと話したいことがあってな。兄貴も一緒にいる。いいか?」

 「え、ええ………」

 

 一瞬、こんな夜更けに男二人で女性の部屋を訪れる、と言うシチュエーションに危機感のような物が襲うが、それはないと頭を振る。ハジメには彼女がいるらしいし、神羅はそう言うのとは無縁な雰囲気を持つ。 

 意識を切り替えてから扉を開けると、そこにはハジメと首元に手を当てる神羅がいた。

 

 「それで、話とは何ですか?」

 

 もしかして本当は戻ってくるつもりでは、と期待した目をするが、

 

 「残念だけど戻ってくるとかそういう話じゃない。今から話す話は先生が一番冷静に受け止められると思ってな」

 「言ってしまえば昼間の情報共有の続きだ」

 

 そう断ってから二人は部屋の中に入り、ソファに座る。対面に愛子が座ったのを確認してから二人は解放者と狂った神の遊戯の物語を話し始めた。勿論、怪獣と言う存在も交えて。

 その話を聞き、愛子は再び呆然としてしまう。

 

 「これが世界の真実だ。どう動くかはそっちの自由だが、怪獣に関してはマジでだめだ。どんな人間でも、生身じゃ勝てない存在だ。出会ったならわき目もふらずに逃げろ、としか言えないな」

 「ふ、二人は、もしかして、その狂った神と怪獣をどうにかしようと……旅を?」

 「そうだな。帰還の邪魔になりそうだし、障害はできる限り排除しておきたいしな」

 「我としても倒さねばならぬ奴がいるし、新しい縄張りを滅茶苦茶にされかねんからな………」

 

 その瞬間、ハジメと愛子はん?と頭に疑問符が浮かぶ。今、神羅は何と言った?新しい縄張り?

 

 「あの、神羅君………今、新しい縄張り、と言いましたか?それってどういう……」

 「ああ、言ってなかったな。全ての事が済んだら、我は地球には帰らず、こちらに移住する」

 

 その言葉に愛子は大きく目を見開き、ハジメもまた一瞬顔をしかめる。

 

 「な、なんでですか!?」

 「何でも何も……我の力はずば抜けて高い。流石にこれだけの力を持ってしまっては、以前の地球での生活は無理だと判断したのだ。トータスならばこの力を振るっても問題はないし、ずっと待たせていた奴もここにいる。置いていくことはできん」

 「だ、だからって故郷を捨てるなんて……ちゃんと家に帰るべきですよ。どんな力を持っていても。その待たせていた人も一緒に連れて……」

 「いいや。確かに地球は故郷だが、そこを出る時が来たのだ。父や母に迷惑はかけられん」

 「でも……それでも考え直してください。神羅君が帰るべき場所は地球にあります。それにこちらに残ったら、それこそご両親を悲しませてしまいます」

 

 だから、と愛子が続けようとしたところで、神羅は大きく息を吐き、

 

 「では問おうか…………今の状態で帰って、本当に帰ったと言えるのか?」

 「な、何を言って……」

 「今の我らは例外なく、地球にいた時とは違う。全員が全員、地球にはない力を持ち、それを振るう事の快感を覚えている。そんな人間が、本当にそのまま地球に帰って、以前の日常を送れると思うのか?なかった力を思うがままに振るわれ、地球の日常が耐えられると思うのか?」

 「それは………」

 

 答えは否だ。本来地球にはあり得ない………いいや、もしかしたらどこかにはあるのかもしれないが、少なくとも、かつての日常には欠片も存在していなかった力。しかもそれは普及できるものではない。ある意味個人が独占する強大な物。それを好きに使っていれば、その先に待っているのは碌でもない未来だ。

 

 「もしも地球に帰るなら、かつての日常を、感覚を少しずつでも取り戻し、すり合わせていかねばならん。その意味では折れた連中はマシか。ハジメもだいぶ変わったが、それでもまだ間に合う。だが、我はもう手遅れだ」

 「そんな事……」

 

 愛子が口を開こうとした瞬間、神羅は自分の手を変異させる。その手を見て、愛子は驚愕に目を見開く。

 

 「今までの時間が我にとっては非日常だった。それでも掛け替えのない時間だ………悩みはしたさ。他に道はないかと考えもした。だが、考え抜いた結果、やはり我はもう一つの故郷を壊したくない。故に我は身を引く事を選んだ」

 「し、神羅君……その手は………」

 「我の力、とだけ言っておこう。流石にこうなってしまってはどうしようもあるまい?」

 

 愛子はあ、う、とうめき声を上げながら、ハジメに助けを求めるように視線を向ける。そのハジメは難しい顔で顎に手を当てて考え込んでいる。そして少しして神羅に視線を向け、

 

 「……本当にそれしかないのか?」

 「そうだな」

 「まだ神代魔法を手に入れ切っていない。概念魔法だってある。もしかしたら、モスラが何か手を持ってるかも」

 「………そうだな。だが、力と言うのもあるが、我自身の認識がもう戻せん。我はもう自分を人間だと呼ぶつもりもなく、その自覚もなくなった。流石にこれではな………」

 「…………せめて一言相談はしてほしかったな」

 「すまんな………」

 

 神羅が謝ると、ハジメははぁ、と深いため息をつきながら頭をボリボリと掻く。

 

 「兄貴がそう言うんだったら、俺からはもう何もない。でも、もしも帰る時までに何とかなる方法が見つかったら、帰ってくれよ?」

 「ああ、分かってるよ」

 

 神羅の意思を尊重するような言葉に愛子はなぜ、と言う顔をする。

 

 「兄貴が自分で決めた事だ。それに俺がとやかく言うのは違うだろうしな……それに、二度と会えないってわけじゃないだろ。ある程度行き来ができるなら、また会えるしな」

 「そうなるなら、我も地球に顔を出す……話は終わりだ。邪魔をしたな。言えた義理ではないと思うが、早めに寝ろよ」

 

 その言葉と共に二人は立ち上がり、部屋から出ていこうとする。愛子が声をかけようとするが、その前に神羅が口を開く。

 

 「最後にもう一つ。檜山の件、あれは少々言い過ぎた。すまなかったな。今生き残っているものを優先したお前の判断は間違ってはいない」

 「あの……「だが、あの言葉を撤回する気はない。よく考えておくことだな」っ………!」

 

 それを最後に二人は今度こそ部屋から出ていく。

 その後姿に愛子は何も言えず、ただ呆然と立ち尽くす事しかできなかった。



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第41話 北の山脈地帯

 ほいほい投稿します。

 ではどうぞ!


 東の空が白み始めた夜明け。ハジメ、神羅、ユエ、シアの4人はすっかり旅支度を終えて、水妖精の宿の直ぐ外にいた。そして準備を終えると、朝靄が立ち込める中、ハジメ達はウルの町の北門に向かう。そこから北の山脈地帯に続く街道が伸びているのだ。馬で丸一日くらいだというから、魔力駆動二輪で飛ばせば三、四時間くらいで着くだろう。

 ウィルたちが消息を絶って早5日。生存は絶望的だが、それでもまだギリギリ可能性はある。急いだほうがいいだろう。

 幾つかの建物から人が活動し始める音が響く中を進み、やがて北門が見えてきたところで、ハジメはその北門の傍に複数の人の気配を感じ目を細める。特に動くわけでもなくたむろしているようだ。神羅に目を向ければ、彼も気付いたようで視線が重なり、軽く眉根を寄せる。

 朝靄をかきわけ見えたその姿は……愛子と生徒六人の姿だった。その後ろには人数分の馬もいる。

 

 「……何となく想像つくけど一応聞くが……何してんの?」

 

 ハジメ達が半眼になって愛子に視線を向ける。一瞬、気圧されたようにビクッとする愛子だったが、毅然とした態度を取るとハジメと正面から向き合った。ばらけて駄弁っていた生徒達も愛子の傍に寄ってくる。

 

 「私達も行きます。行方不明者の捜索ですよね? 人数は多いほうがいいです」

 「却下だ。行きたいなら止めはしないが、一緒は無理だ」

 「な、なぜですか?」 

 「単純に足の速さが違う。先生達に合わせて進んでいられないんだよ。こっちは人命がかかってるんだ」

 

 そう言いながらハジメと神羅は宝物庫から魔力駆動二輪を取り出す。突然、虚空から大型のバイクが出現し、ギョッとなる愛子達。

 

 「ちなみに最高速度は馬を軽く超えるし、悪路も何のそのだ。ちなみにサイドカーはなく、頑張って互いに二人乗りだが、シアとユエで潰れるから無理だろ?それに、手なら足りている」

 

 何を言って、と愛子たちが首を傾げた瞬間、ピィー、と上から声がする。顔を上げれば、一匹のタカに似た鳥が飛んでいたが、それはそのまま降下してくると、バンダナを身に着けた神羅に向かう。神羅が右腕を上げれば、そのまま腕に留まる。

 すると神羅は鳥と目を合わせながらうなり声のような、しかし一定の抑揚を持つ鳴き声を発する。それに答えるように鳥がピィ、ピィ、と鳴く。その鳴き声に対し理解を示すように神羅が頷くと、再び鳴き声を発し、宝物庫から何かの肉片を取り出すと、それを空に向かって投げる。それを追いかけて鳥は空に向かって羽ばたき、肉片をキャッチすると、そのまま頭上を旋回する。

 一連の行動に愛子たちが首を傾げる中、ハジメが神羅に問う。

 

 「結果は?」

 「うむ。山の一角に何らかの戦闘痕を発見したらしい。ひとまずをそこを調べよう」

 「なるほど……そうですね。鳥さ~~ん、案内お願いしま~~す!」

 

 シアが声を張り上げると鳥が答えるように鳴く。

 

 「え、何あの鳥……もしかして、言葉が分かるの?」

 「正確には違うな」

 

 そう言って神羅は頭のバンダナを指ではじく。

 アーティファクト、鳥獣愛護。ミレディが所持していたアーティファクトの一つで、普通の鳥獣を魔物並みに強化し、仲間にできるというものだ。

 ミレディたちはこれを連絡手段として使用していたようだが、神羅はこれを使い何匹かの鳥を仲間にし、この山を事前探索させていたのだ。本当の人外である神羅は鳥の言葉もある程度なら理解できるので報告も問題ない。ハジメは索敵ドローンを作っていたのだが、利便性ではこちらのほうが上だ。自分で操る必要もないため眠っている間に捜索させることができるし、怪しまれることもないと言っていいため隠密性も高い。しかも道案内もできる。至れり尽くせりだ。もっとも、神羅でなければ内容がくみ取れないという欠点があるが……

 

 「とにかく、そう言う事だ。それじゃあ俺たちは行くな」

 

 そう言ってハジメたちが出発しようとするが、それでもなお愛子が食い下がる。愛子としては、是が非でもハジメ達に着いて行きたかった。

 理由は二つ。一つは昨日の話の続きだ。昨日、神羅とハジメがした話は愛子としては決して無視できない。今後のためにももっと詳しく話を聞いておく必要があったのだ。

 そしてもう一つは行方不明になっている清水幸利だ。周囲の人里では目撃情報がなかったが、人がいない北の山脈地帯に関しては、まだ碌な情報収集をしていなかったと思い当たり、ハジメ達の人探しのついでに清水の手がかりも探そうと思ったのだ。

 

 「ハジメ君、神羅君。先生は先生として、どうしても南雲君からもっと詳しい話を聞かなければなりません。だから、きちんと話す時間を貰えるまでは離れませんし、逃げれば追いかけます。お二人にとって、それは面倒なことではないですか? 移動時間とか捜索の合間の時間で構いませんから、時間を貰えませんか?」

 

 愛子の瞳に宿る決意の光にハジメはううむ、と小さくうめき声を上げ、どうする?と神羅に視線を向ける。

 神羅は小さく鼻を鳴らすと、

 

 「却下だな」

 

 そう切り捨てる。その言葉に愛子は息を詰まらせるが、それでもすぐに気を取り直し、

 

 「そうはいきません。連れて行ってください。お願いします」

 

 そう再び頼み込むと、神羅ははあ、とため息を吐き、

 

 「では、一つ質問だが………お前らその装備で山を登る気か?」

 

 え?と愛子たちが思わずと言うように自分たちの姿を見下ろす。身に着けているのはこの町に来た時と同じ装備。ぶっちゃけ言ってしまえば山登りを想定していない軽装だ。荷物だって少ない。

 

 「そんな装備で魔物がいる山を登るとかふざけてるのか?我らは装備を持ってるし、身に着けているのも丈夫なもので、自衛もできる。だがお前らはどう見ても山に登る装備ではない。そんな登山初心者丸出しの連中を連れて行方不明者の捜索だと?二重遭難まっしぐらではないか」

 

 ド正論だった。愛子達は一斉に言葉に詰まる。

 

 「で、でも、調べる場所が分かってるなら……」

 「当然そこ以外も調べるだろうが。何を言ってるのだ本当に……お前たちを連れて行ったとしても、我らには何のメリットもない。むしろ事態を悪化させかねない状況がそろい踏みだぞ?連れていくわけがなかろう」

 

 確かに、もしも愛子たちを連れて行って、それでもしも彼女たちに何かあれば護衛騎士達が黙っておらず、厄介なことになる事は間違いない。彼女たちに目を割けばその分捜索の範囲は狭まるのは必然なわけで、連れていくメリットが本当にないのだ。

 

 「話がしたいのなら帰ってからでいいだろう。その間に寝ておけ。そんな不眠丸出しの顔ではろくに話を理解することも、交わすこともできないであろうが。山登りなどもっての他だ。徹夜明けのテンションなんぞ碌な事にならん」

 

 寝不足なのを見切った神羅の言葉に愛子は小さくうめき声を漏らし、徹夜常連のハジメが小さく「はい、すいません……」と謝罪と共に気まずげに顔を逸らす。

 

 「とにかく連れていくことはできん。せめて何らかのメリットがあれば別だが、それもないしな。大人しく待ってろ。そしてその間に寝て頭をすっきりさせろ。話はそれからだ」

 

 神羅はそう言いながら二輪に乗り込む。ハジメ達も同意なのか二輪に乗り込んでいく。ハジメにユエとシアが密着すると男子が殺気立つがそれをスルーして出発しようとする。愛子が何とか待ってくれるよう口を開こうとした瞬間、

 

 「メリットがあれば……連れてってくれるの……?」

 

 その声に全員が顔を向ける。

 優花はごそごそと荷物から一つの手帳を取り出す。

 

 「それじゃあ、これ。あんたたちは知らないでしょうけど、この辺り一帯には神獣伝説って言うのがあるの」

 

 その言葉に神羅とハジメは一斉に目を細める。食いついた、と優花は息を吐く。本当はこんなことする資格はないだろう。それでも、先生のために何かしようと罪悪感を飲み込む。

 

 「もしも連れて行ってくれるなら、アタシが今まで調べてきたこの世界、そしてその伝説の情報をあげる。もしかしたら帰還の手がかりになるかもしれないわよ?これでどうかしら?」

 

 優花の問いに神羅たちは少し考えたのち、一旦二輪から降りて顔を突き合わせる。

 

 「神獣って………もしかして……」

 「怪獣の可能性は高いな………そうなると是が非でも知っておいたほうがいい。下手に刺激しないためにもな」

 「では、連れて行きます?なんだかんだでいい人達みたいですし……」

 「……でも神羅の言う事ももっとも。リスクが大きすぎる」

 「そうだな。無理やり聞き出す……と言うのはさすがにあれだな」

 「園部だからなぁ……あいつにそう言う真似をするのは……地球でそこそこ仲良かったし」

 「……それじゃあどうする?」

 

 4人はそのままぼそぼそと話をしていき少しするとため息を吐きながら振り返り、

 

 「分かった。その情報を対価に同行を許可しよう」

 

 その言葉に愛子たちはほっとした様子を見せる。

 

 「だが、その代わり、こちらの指示に従う事。基本自分の身は自分で守る事。そして畑山教諭は移動の間に寝る事。話は帰った後にする。これに同意できないのであれば誰も連れて行かん。半端に連れて行っても悪化しかしないからな。いいな?」

 

 愛子は一瞬複雑そうな表情を浮かべるが、それでもついて行こうとするのか頷く。周りの生徒たちも頷いている。

 同意を得るとハジメは二輪を宝物庫に納め、代わりに魔力駆動四輪を取り出す。ポンポンと大型の物体を消したり出現させたりするハジメに、おそらくアーティファクトを使っているのだろうとは察しつつも、やはり驚かずにはいられない愛子達だった。その様子を頭上の鳥は旋回しながら見ており、まだ~~?と言わんばかりに長く鳴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前方に山脈地帯を見据えて真っ直ぐに伸びた道を、魔力駆動四輪が爆走する。それを先導するのは空を飛ぶ鳥だ。ハジメは適宜鳥の位置を確認しながら走行している。

 座り方は運転席にハジメ、隣にユエ。後ろのベンチシートの一角では愛子が眠っていた。最初は起きようとしていた彼女だったが、走行による揺れと柔らかいシートが眠りを誘い、愛子はいつの間にか夢の世界に旅立った。そのそばには管原とシアが世話をしている。

 一方、荷台には残りの神羅、優花、宮崎、玉井、相川、仁村が乗っている。そこで神羅は報酬である神獣に関する情報を優花から聞いていた。

 

 「なるほどな……そう言った伝承が各地にある……か……」

 「ええ。一応詳しく調べたのはここのだけだけど、他にもあるみたいよ」

 

 曰く、ある場所には海を呑み込む毒獣が、ある場所には全てを凍てつかせる大蜘蛛が、他にも大なり小なり何らかの怪物の伝承が各地にあるようだ。

 

 (やはり相当前に怪獣たちはこちらに渡ってきたようだな………だが何故?エヒトが玩具として連れてきたか?それとも、この世界がエヒトに対する抗体として呼び寄せたか?どちらも考えられるが果たして……いや、今はそこはいいか。優先すべきはこの地の個体だな………)

 

 この地域に伝わる伝承は地を潤す巨獣というものだったが、果たしてどいつか。せめて外見の特徴があればよかったのだが………

 

 「なるほど。分かった。確かに有益な情報だった………」

 

 そう言いながら神羅はそのまま背中を荷台に預ける。優花も頷きながら手帳を懐に納める。

 そこでその場を沈黙が支配した。クラスメイト達は様々な負い目から神羅に話しかけることができず、神羅もまた彼らに話しかける必要性を感じず、黙ったままだ。クラスメイト達が居心地悪そうにきょろきょろと視線を彷徨わせたり、流れる景色に目を向ける中、神羅は宝物庫から音楽プレーヤーを取り出すとイヤホンを耳にはめ、歌を流す。

 

 「あれ?それプレーヤー……え?それ、使えるの?」

 

 優花が驚いたように目を丸くしている。見ればほかのクラスメイトも皆同じ表情だ。

 この世界に転移した際、身に着けていた関係で音楽プレーヤーやスマホを持ち込んだ者はそれなりにいる。ハジメだってそうだ。だが、充電もできない現状、どんなに使用を制限していても、電子機器はバッテリー切れを起こし、今では全てが使用不能となっている。

 神羅はちらりと目を向け、

 

 「確かに音楽プレーヤーだが、持ち込んだ物ではない。こちらで手に入れたものだ」

 「手に入れたって……ど、どこでそんなもん……」

 「言っても仕方がない。これはこの世に一つしかないものだからな」

 

 そう言って神羅はそのまま口を閉ざし、歌に意識を傾ける。

 最初はプレーヤーに興味津々だった優花たちだったが、次第にその興味は神羅の方に向けられる。

 それはそうだ。今彼は地球にいた時にはハジメであっても見たこともないほどに柔らかい表情を浮かべているからだ。その表情を見れば、昨日、尋常ではない圧を放った者と同一人物とは思えない。

 顔を見合わせるクラスメイト達を後目に四輪は山を駆け上っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 北の山脈地帯は標高千メートルから八千メートル級の山々が連なり、どういうわけか生えている木々や植物、環境がバラバラという不思議な場所だ。日本の秋の山のような色彩が見られたかと思ったら、次のエリアでは真夏の木のように青々とした葉を広げていたり、逆に枯れ木ばかりという場所もある。一節では神獣の加護によって生育環境にばらつきができている、と言われている。

 ハジメ達は、その麓に四輪を止めると、しばらく見事な色彩を見せる自然の芸術に見蕩れた。女性陣の誰かが「ほぅ」と溜息を吐く。

 その間にハジメたちは四輪を宝物庫に納め、彼女たちが満喫するのを待ってから出発を促す。

 頭上の鳥の先導を受けながら彼らは冒険者達も通ったであろう山道を進む。目的地は六合目から七号目の辺りの川だ。そこらへんに戦闘痕があるらしい。

 神羅とハジメは優花から得た情報を共有、考察しながら歩いていくが、その速度はかなりの物で、一時間ほどで最初の目的地に出る。その時には愛子たちは揃いも揃ってへばっており、神羅が心底呆れた表情を浮かべやっぱり連れてきたのは間違いだったのではと後悔していた。

 それはさておき、川のほとりに金属製のラウンドシールドと鞄が散乱していた。更に進めば半ばで立ち折れた木や枝。踏みしめられた草木、更には、折れた剣や血が飛び散った痕もあった。それらを発見する度に、特に愛子達の表情が強ばっていく。

 その中でシアが一つのペンダントを見つける。遺留品かと確認すれば、ロケットペンダントのようで、中を見ると、女性の写真が入っていた。おそらく、誰かの恋人か妻と言ったところか。

 一応回収して先に進む。それから大分進み、日が中点を過ぎてしばらく。これまで以上の異常な箇所にたどり着く。

 そこは大きな川だった。上流に小さい滝が見え、水量が多く流れもそれなりに激しい。本来は真っ直ぐ麓に向かって流れていたのであろうが、現在、その川は途中で大きく、直線状に抉れており、更に周囲の木々や地面が焦げており、更に、何か大きな衝撃を受けたように、何本もの木が半ばからへし折られて、何十メートルも遠くに横倒しになっていた。川辺のぬかるんだ場所には、三十センチ以上ある大きな足跡も残されている。

 頭上を飛んでいた鳥はすでに神羅の肩に留まっている。どうやらここが最後らしい。

 

 「ここで本格的な戦闘があったようだな……この足跡、大型で二足歩行する魔物……確か、山二つ向こうにはブルタールって魔物がいたな。だが、この抉れた地面は……」

 「………恐らく放出系の攻撃だな。それも熱線やレーザーなどの指向性だ」

 

 ちなみにブルタールとはRPGにおけるオーガやオークのような魔物だ。

 

 「仮にここを切り抜けたとして……どこに向かう?」

 「下流だな。前方を魔物に塞がれた以上、逃げ場はこの川にしかない。流れに逆らうなど意味がないから、少しでも生き延びる確率を上げるなら流れに任せて下流に向かうのが最善だろう。逆らう事ができなかったとも考えられる」

 

 神羅の言葉にほかの全員は賛同し、川沿いに沿って下流に向かう。少し進むと、先ほどのものとは比べ物にならないくらい立派な滝に出くわした。ハジメ達は、軽快に滝横の崖をひょいひょいと降りていき滝壺付近に着地する。と、そこでハジメの気配感知に反応が出た。

 

 「! これは……」

 「……ハジメ?」

 「おいおい、マジかよ。気配感知に掛かった。感じから言って人間だと思う。場所は……あの滝壺の奥だ」

 「生きてる人がいるってことですか!」

 「ほう、可能性があったとはいえ、大した強運だ」

 

 そう言うと神羅は目の前の滝におもむろに近づいていき、そのまま滝の中に入っていく。滝はかなりの水量が落ちており、凄まじい衝撃があるはずなのだが、神羅は意に介したふうもなく中に侵入する。

 ハジメ達がその様子を見守る事数分、滝の中から神羅が声を張り上げる。

 それにユエは即座に動く。魔法で滝を真っ二つに割り、行きとは違い通り道を作ってやる。そこを通って戻ってきた神羅の背には二十歳くらいの青年が背負われていた。

 

 「神羅君!その人はもしかして……」

 「一応中にいたのはこいつだけだ。清水ではないだろうな」

 

 そう言いながら神羅は水から上がり、近くの地面に青年を横たえる。愛子が気づかわし気に様子を見る中、ハジメはぺちぺちと青年の頬を叩き、気付けを行う。少しすると、青年がうめき声を漏らしながら意識を取り戻す。

 

 「う、あ……」

 

 そして目を覚ました瞬間、多数の人間に囲まれた状況に驚愕する。

 

 「なぁっ!?こ、これは!?君達は一体、どうしてここに……」

 「俺はフューレンのギルド支部長イルワ・チャングからの依頼で捜索に来たハジメだ。あんたは捜索対象のウィル・クデタか?」

 「は、はい!そうです!そうですか、イルワさんが……また借りができてしまったようだ……あの、あなたも有難うございます。イルワさんから依頼を受けるなんてよほどの凄腕なのですね」

 

 そのままその場の全員と自己紹介をし、ウィルから何があったのか聞きだす。

 話を総合すると、五日前、ウィルたちは五合目辺りでブルタールの群れに襲われ、犠牲を出しながらも捌いて撤退していたのだが、大きな川のあたりで突如として現れた漆黒の竜に襲われたらしい。

 竜のブレスでウィルは吹き飛ばされ、川に転落、他の生き残りのメンバーはみな竜とブルタールに襲われていたことから生存は絶望的だろう。

  ウィルは、話している内に、感情が高ぶったようですすり泣きを始めた。

 

 「わ、わだじはさいでいだ。うぅ、みんなじんでしまったのに、何のやぐにもただない、ひっく、わたじだけ生き残っで……それを、ぐす……よろごんでる……わたじはっ!」

 

 愛子がウィルの背中をさすり、全員が何も言えずにいると、

 

 「そう言うのは後にしろ。今はここから撤退するのが先決だ。立てるか?立てぬなら我が担ぐ」

 

 神羅はバッサリと切り、ウィルを立たせようとする。

 

 「あ、あの、神羅君……」

 「それとも……今度は我らを犠牲に生き延びるか?」

 

 戸惑っていたウィルだが、神羅のその言葉にびくりと体を震わせて目を見開くと、次第に体を起こし始める。よろめくが、ハジメが即座にその体を支え、立たせる。

 

 「そうだな………嘆いたりなんだりするのは安全な場所でやればいい。ここは撤退が最優先だ」

 

 ハジメも小さく頷きながら同意する。そこには実感が籠っており、神羅は無言でハジメの頭を撫でる。

 その後、気を取り直したウィルは素直に撤退に賛同、周囲の生徒が正義感からか魔物の調査をしようと言い出したが愛子が許さず撤退する流れとなった。

 そしてさあ行こうとなった瞬間、神羅が唸りながら空を見上げる。それと同時に何かが日の光を遮る。

 ハジメ達が顔を上げれば、

 

 「グゥルルルル」

 

 低いうなり声を発しながら現れたのは漆黒の鱗に身を包み、翼を広げ宙に浮かぶ、金の瞳でこちらを睨む一匹の竜だった。




 さて、夏アニメが終わってしまいました……今期は本当に自分はよかったです。

 で、今期の中で一番好みだったヒロインが、デカダンス最終話の3年後ナツメでした。もろドストライクでした、はい。


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第42話 黒竜戦

 今回は早く投稿できました。ではどうぞ!


 その竜の体長は七メートル程。漆黒の鱗に全身を覆われ、長い前足には五本の鋭い爪がある。背中からは大きな翼が生えており、薄らと輝いて見えることから魔力で纏われているようだ。

 その黄金の瞳が、空中よりハジメ達を睥睨していた。低い唸り声が、黒竜の喉から漏れ出している。

 その圧倒的な迫力に、蛇に睨まれた蛙のごとく、愛子達は硬直してしまっている。特に、ウィルは真っ青な顔でガタガタと震えて今にも崩れ落ちそうだ。脳裏に、襲われた時の事がフラッシュバックしているのだろう。

 だが、ハジメ達は平然としていた。この程度、ギガヒュドラやミレディのそれに比べたら屁でもない。

 そして黒竜はウィルを視界にとらえると、口を開け、そこに魔力を収束させていく。

 

 「ブレスだ!避けろ!」

 

 そう言いながらハジメは飛び退き、ユエとシアも反応するが、地球組とウィルは突然の事態と恐怖で動けないでいた。

 その様子を見て神羅は嘆息すると宝物庫を光らせ、何かを取り出す。

 それは一見すると、神羅の全身を隠して余りあるタワーシールドだ。高さは優に3mは超えているが、何よりも異質なのはその厚みだ。その厚みは優に2mはありそうなほど分厚い。もはやシールドと言うよりも巨大な鉄塊と呼ぶべきかもしれない。

 凄まじい重量であろうそれを神羅は片手で軽々と持ち上げると、愛子たちの前に立ち、タワーシールドをかざす。

 直後、黒竜が黒色のブレスを放ち、音を置き去りにして神羅のタワーシールドに直撃する。凄まじい熱波に周囲の地面が溶解し、かなりの圧力がかかるが、

 

 「この程度か……」

 

 神羅は大したことはないと言わんばかりに片手で耐えていた。ちなみにこのタワーシールド、タウル鉱石を主材にシュタル鉱石を挟んでアザンチウムで外側をコーティングしたものだ。シュタル鉱石は神羅の魔力によって極限まで強化されているので、よほどの一撃でなければゆらぐことすらないだろう。

 試しにちらりと後ろに目を向ければ、正気を取り戻した愛子たちが呆然とした様子でこちらを見ている。その手は所在なさげに持ち上げられていた。もしかしたら神羅を支えようとしたのかもしれないが、あまりに余裕な様子に加勢できなかったのだろう。

 それから十秒ほど経過した時、声が響く。

 

 「禍天」

 

 すると黒竜の頭上に直径四メートル程の黒く渦巻く球体が現れ、直後、落下すると押し潰すように黒竜を地面に叩きつけた。

 

 「グゥルァアアア!?」

 

 轟音と共に地べたに這い蹲らされた黒竜は、衝撃に悲鳴を上げながらブレスを中断する。しかし、渦巻く球体は、それだけでは足りないとでも言うように、なお消えることなく、黒竜に凄絶な圧力をかけ地面に陥没させていく。

 重力魔法、禍天。超重力を持って対象を押しつぶす魔法だ。だが、黒竜は潰れず、苦し気ながらも四肢を踏ん張り、重力場から逃れようとする。その頭上にシアが飛び出す。その手にはドリュッケンが握られているが、以前とその形状は違っていた。かつては正に戦槌と言ったデザインだったのだが、今は片側の打撃面にジェット機のスラスターのようなパーツが搭載されている。

 ドリュッケンを振り上げると同時にスラスターから爆炎が噴き出し、シアの体は爆発的な加速を得てそのまま黒竜目掛けてまさに隕石のように降り注ぎ、

 

 ドゴォォォォォォォォォォォ!!

 

 と言う轟音と共に地面を文字通り吹き飛ばす。その様はまさに隕石その物だ。ドリュッケンはハジメの改造により、二つの新機能を得ていた。一つが見て分かる通りのスラスターによる加速装置だ。ハジメが試作した物を取り付け、調整したもので、ユエが開発した炎を勢いよく噴出する魔法が組み込まれている。代わりにショットシェルの激発の機能を取っ払う事になったが、問題はなかった。

 これは魔力の量によって炎の勢い、威力を調整できる。故に加速の度合いを調整することができ、更には炎その物を使って攻撃、防御もできる。何より、外付け式なので、内部に複雑な機構を仕込まずに済み、その強度、重量を更に増大させているのだ。

 更に重力魔法による加重も加わっているので、その威力は凄まじいものとなっている。

 だが、黒竜はその膂力で無理やりにその一撃を回避していた。そしてユエ目掛けて火炎弾を放つが、ユエは落ち着いて黒盾を展開、火炎弾をそのまま黒竜に返してやる。

 自分が放った火炎弾を返され、黒竜が思わず呻いた瞬間、シアが再び爆炎の推進力でドリュッケンを勢いよく薙ぎ払い、黒竜の顎をかちあげる。

 だが、黒竜はたたらを踏みながらも踏みとどまり、不安定な体制から尾を繰り出す。シアはそれを余裕を持って回避するとふう、と息を整える。

 黒竜はそのまま視線を神羅に……いいや、その後ろにいるウィルに向けるが、そこにハジメのレールガンが連続で放たれ、直撃、その巨体を吹き飛ばす。

 その隙にハジメはリロードをし、ドンナーとシュラークを構えるが、そのデザインは変わっていた。その銃身には武骨な大ぶりの刃物がついており、いわゆるガンブレードになっているのだ。ミレディからのアドバイスを受け、仮に弾を切らした状態でも戦えるように改造したのだ。

 

 「ハジメ、手を貸すか?」

 「いいや、問題ない!」

 

 その言葉に神羅は頷くと、ハジメは黒竜との距離を詰める。立ち上がった黒竜はしかし、ハジメを無視してウィル目掛けて火炎弾を放つがそれは神羅が全て防ぐ。

 そこに来てようやく生徒たちは正気に戻り、ハジメに加勢しようと魔法の詠唱を始めるが、

 

 「やめろ。お前たち程度の攻撃では焼け石に水どころか溶岩に水滴だ。それよりも周りから他の魔物が来ないか見張っててくれ。こいつ一匹だけとは限らんからな」

 

 その言葉に生徒たちは一瞬むっとし、納得が言ってない様子を見せながらも小さく頷き、神羅の後ろで周囲を見渡す。その様子を見て神羅は小さく息を吐く。これならば余計な手出しをしようとはしないだろう。しかし、黒竜の咆哮が響くたびに生徒たちはびくりと体を震わせる。比較的まともなのは優花ぐらいか。今も咆哮に肩を震わせるが、視線は周囲に向けられている。

 神羅はシールドから顔を出して黒竜の様子をうかがう。

 ハジメ達の猛攻に黒竜は何度も吹き飛ぶが、大きなダメージは負っておらず、執拗にウィル目掛けて攻撃を繰り出す。

 

 (妙だな……先ほどからずっとウィルのみを狙っている……流石にここまでされた我とて無視はできん……となると考えられるのは…………)

 

 黒竜の様子に違和感を覚えた神羅は黒竜を観察し、考察し、一つの結論を出す。

 

 「皆!そいつは恐らくだが何者かに操られている!ウィルを狙うように仕向けられているのだろう」

 「それは………なるほど、納得だ………じゃあどうする?このまま殺すか!?」

 「…………できれば生かしてくれ。多少強引でも正気に戻しさえすれば我が情報を聞きだす。傷も魔法で回復させればいいだろう。なんだったら魔懐で強制的に洗脳か暗示を解除する」

 「……分かった!」

 

 神羅の言葉にハジメたちはすぐに賛同する。もしもこれが本当に洗脳などによるものならば、それを実行した者を叩かなければ何度でも同じことの繰り返しになり、面倒極まりない。

 黒竜は再びブレスを放とうと口に魔力を収束させるが、ハジメがシュラーゲンを取り出し、チャージをしていくと、黒竜はシュラーゲンを危険と判断したのかハジメの方に向き直り、ブレスを放とうとするが、その瞬間ハジメはチャージを取りやめ、

 

 「黒玉」

 

 代わりに頭上を取ったユエが黒竜の頭部に重力の砲弾をぶち込み、強引に顎を閉じさせる。瞬間、その顎の中でブレスが暴発、黒竜の口から牙が何本も吹き飛び、血が流れる。

 黒竜が悲鳴を上げ、体制を大きく崩した瞬間、続けざまにシアがドリュッケンで顎をかちあげる。

 黒竜が悲鳴を上げながら墜落していくその後をハジメは超速で追いかけ、左の義手を構える。

 

 「もう一発!」

 

 そう言ってハジメは黒竜の頭部に向かうとそのまま渾身の力で殴りつける。

 落下の勢いも乗った一撃は見事に黒竜の頭部を捉え、凄まじい衝撃音と共に黒竜のくぐもった悲鳴が響くが、黒竜は頭部を勢いよく振り回し、ハジメを吹き飛ばす。

 

 「ちっ、まだ足りないか」

 

 ようやく敵意を持ってこちらを睨む黒竜を見て、ハジメは顔をしかめる。

 黒竜がハジメに火炎弾を放つが、ハジメは空力と縮地でその全てを回避すると、遠距離からドンナーとシュラークを発砲し、黒竜を怯ませては頭部に渾身の一撃を叩きこんでいく。本当は新たに新造したブレードも駆使したいのだが、黒竜の鱗の強度から考えてまともにダメージを入れることはできないだろう。無理に使わず、ハジメは堅実にダメージを与えていく。

 さらにそこにユエとシアも加わり、魔法と打撃が次々と黒竜に叩きこまれていく。

 次第に全身の鱗は砕け、血が流れだすが、いまだに洗脳が解ける気配はない。

 

 「すげぇ……」

 

 3人の戦闘を神羅の後ろで見ていた玉井が思わずつぶやく。言葉はなくても、他の生徒達や愛子も同意見のようで無言でコクコクと頷き、その圧倒的な戦闘から目を逸らせずにいた。ウィルに至っては、先程まで黒竜の偉容にガクブルしていたとは思えないほど目を輝かせて食い入るようにハジメを見つめている。

 

 「ふむ……あれ(・・)をつけた状態であれならばまあ、成長したか……」

 

 あれ?と愛子たちが首を傾げた瞬間、黒竜が咆哮を上げながら全身から魔力を放出、それによってハジメを吹き飛ばすと、黒竜はウィル目掛けて突進する。

 神羅は静かにタワーシールドを前に突き出す。次の瞬間、黒竜の巨体が轟音と共にタワーシールドに激突、凄まじい衝撃が放たれるが、それを神羅は片手で悠々と受け止めきり、逆に突進した黒竜が弾き飛ばされるように体制を崩していた。

 

 「貰いましたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 すると、それを待っていたと言わんばかりにシアがユエの重力魔法の恩恵を受けて高く跳躍すると、自由落下と、スラスターの加速を利用して隕石のごとく黒竜へと落下した。

 そして無防備な頭部にシアの、大上段に振りかぶった超重量のドリュッケンが、狙い違わず轟音を立てながら直撃した。

 黒竜は、頭部を地面にめり込ませ、半ば倒立でもするように下半身を浮き上がらせ逆さまになると、一瞬の停滞のあと、ゆっくりと地響きを立てながら倒れ込んだ。

 地面にめり込んだ黒竜の頭部からドリュッケンを退けるシアは恐る恐る結果を確認する。やりすぎてしまったかと思ったが、黒竜の頭部は表面が砕け散り、大きくヒビが入っているものの、完全には砕けていなかった。

 

 「流石にこれなら……」

 

 ハジメ達が様子を伺うなか、神羅はタワーシールドを地面に突き立てるとそのまま黒竜に近づいていく。それと入れ替わる様にユエが愛子たちの正面に立つ。もしも洗脳が解けているなら神羅が話をするし、解けていなくても神羅が魔懐で洗脳を解くだろう。

 黒竜の前に立った神羅はゆさゆさとその巨体を揺さぶる。すると、次第に黒竜は意識を取り戻したのかゆっくりと目を開け、

 

 『うっ………つう……ここは……?妾は……?』

 

 突如として響いた女性の声に神羅達ははっ?と目を丸くして動きが止まる。一瞬誰かがいるのかと思われたが、声に連動するように黒竜が周囲を見渡しているのを見ると、黒竜が発したもののようだ。

 どう言う事だ?と神羅が思わずハジメを見て、ハジメもどう言う事?と神羅を見やる。




 さて、ここまで来て大体予想はできたと思いますが、まあ、そう言う事です。ティオさん、変態化回避です。

 このメンバーでそれはさすがにないと思いましたので。


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第43話 目覚めの時

 今日、鬼滅の映画見てきました………素晴らしかったです。見れてよかったです。

 最近、執筆の際はFGOの参全世界を聞いて書いてます。これめっちゃかっこいいよ。


 戦場跡地で起きた予想外の事態に神羅達は目を丸くしていた。何せ魔物が喋ったのだ。それも神羅だけが判別できる言語で、ではない。自分達でも分かる、恐らくだが念話のような物で。

 一体目の前の存在は何なのか、そこまで考えてハジメがある可能性を思い出し、黒竜に問いかける。

 

 「お前……まさか、竜人族なのか?」

 『む?いかにも、妾は竜人族の一人じゃが……そなたらは?』

 

 まさかのドンピシャにハジメはううむ、とうめき声を上げる。

 

 「滅びたはずの竜人族の生き残りか……しかも口ぶりから考えてほかにも生き残っているだろうな……」

 「……なんでこんなところに?」

 「確かに、滅んだはずの竜人族が何故こんなところで、一介の冒険者を襲うよう暗示をかけられていたのか……俺も気になるな。そこら辺の事情、話してくれるか?」

 『う、うむ。そうじゃな……』

 

 そう言うと黒竜はゆっくりと体を起こす。

 

 「洗脳を解くためとはいえ、少々痛めつけてしまった。回復は必要か?」

 『気遣い感謝するが、この程度ならば問題はない』

 

 そう言うと黒竜の全身を黒い光が包み込み、そのまま小さくなっていき、人サイズになると同時に霧散する。

 そこにいたのは黒髪金眼の美女だった。腰まである長く艶やかなストレートの黒髪、見た目は二十代前半くらいで、身長は百七十センチ近くあるだろう。見事なプロポーションを誇っており、特に胸部のそれはシアを超えている。

 それを見た男子生徒たちが盛大に反応してしまい、前かがみになり、女子生徒たちが冷めた視線を向けている。

 

 「ひとまずこちらの自己紹介をしよう。我は南雲神羅。こっちは我の弟のハジメ。こっちはハジメの彼女のユエ。そして仲間のシアだ。こっちは………まあ、後でな。そちらは?」

 

 神羅はひとまず自己紹介を済ませ、竜人族に名前を聞く。ちなみにシアが仲間扱いで若干しょんぼりし、紹介もされなかった愛子たちは複雑そうな表情を浮かべる。

 

 「妾はティオ・クラルス。最後の竜人族、クラルス族の一人じゃ。さて、それでは、一から説明するとじゃ……妾は、操られておったのじゃ。お主等を襲ったのも本意ではない。仮初の主、あの男にそこの青年と仲間達を見つけて殺せと命じられたのじゃ」

 

 ティオの話をまとめるとこうだ。元々竜人族はとある場所に隠れ里を築いてそこで暮らしていたのだが、ある理由で彼女はそこを離れた。その理由とは、異世界からの来訪者について調べるというもの。詳細は省かれたが、竜人族の中には魔力感知に優れた者がおり、数ヶ月前に大魔力の放出と何かがこの世界にやって来たことを感知したらしい。どうやら神羅たちの召喚は思った以上に世界に影響を与えたようだ。

 この件の調査でティオは隠れ里からここまでやって来たらしい。そして、山脈を越えた後は人型で市井に紛れ込み、情報収集に励むつもりだったのだが、その前に一度しっかり休息をと思い、この一つ目の山脈と二つ目の山脈の中間辺りで休んでいたらしい。魔物を警戒して竜の姿になって。

 そこに黒いローブを頭からすっぽりと被った男が現れ、眠るティオに洗脳や暗示などの闇系魔法を多用して徐々にその思考と精神を蝕んでいった。

 

 「恐ろしい男じゃった。闇系統の魔法に関しては天才と言っていいレベルじゃろうな。そんな男に丸一日かけて間断なく魔法を行使されたのじゃ。いくら妾と言えど、流石に耐えられんかった……」

 「……それはつまり、調査に来ておいて丸一日、魔法が掛けられているのにも気づかないくらい爆睡していたって事じゃないのか?」

 

 ハジメの一言で全員の彼女を見る眼つきがなんとも言えないモノに変わるが、

 

 「お前もえらそうなことは言えんだろう。貫徹したら授業中だろうと爆睡して、何をしても起きんくせに」

 

 神羅の一言にハジメは反論できず、はい……と気まずげに顔を俯ける。今度からはできる限り規則正しい生活を心がけようと心に決めるハジメであった。

 ちなみに、なぜ丸一日かけたと知っているのかというと、洗脳が完了した後も意識自体はあるし記憶も残るようで、本人が「丸一日もかかるなんて……」と愚痴を零していたのを聞いていたかららしい。

 その後、ローブの男に従い、二つ目の山脈以降で魔物の洗脳を手伝わされていたのだが、ある時、一つ目の山脈に移動させていたブルタールの群れが、山に調査依頼で訪れていたウィル達と遭遇し、目撃者は消せという命令を受けていたため、これを追いかけた。更に万全を期してティオを向かわせた。

 そしてハジメ達との戦闘でシアの特大の一撃を貰って意識が飛び、気がつけば洗脳が解けていたらしい。

 

 「……ふざけるな」

 

 そんな振り絞るような声が響き、顔を向ければ、ウィルが拳を握り締め、怒りを宿した瞳でティオを睨んでいた。

 

 「……操られていたから…ゲイルさんを、ナバルさんを、レントさんを、ワスリーさんをクルトさんを! 殺したのは仕方ないとでも言うつもりかっ!」

 「……」

 

 ウィルの怒声に対し、ティオは反論せず、静かに見つめ返す。

 

 「大体、今の話だって、本当かどうかなんてわからないだろう! 大方、死にたくなくて適当にでっち上げたに決まってる!」

 「……今話したのは真実じゃ。竜人族の誇りにかけて嘘偽りではない」

 

 その言葉にウィルが反論しようとした瞬間、ユエが口を開く。

 

 「……きっと、嘘じゃない」

 「っ、一体何の根拠があってそんな事を……」

 

 食ってかかるウィルを一瞥すると、ユエは黒竜を見つめながらぽつぽつと語る。

 

 「……竜人族は高潔で清廉。私は皆よりずっと昔を生きた。竜人族の伝説も、より身近なもの。彼女は〝己の誇りにかけて〟と言った。なら、きっと嘘じゃない。それに……嘘つきの目がどういうものか私はよく知っている」

 

 ユエはかつて孤高の女王として祭り上げられていた。その周りは嘘にまみれていた。その事実に心のどこかで気付きながら、目を逸らし続けた結果、裏切られた。だからこそユエは嘘には敏感だ。

 正直に言って、最初期、ユエは過去の身近な者達よりも怪獣たちの方が好ましいとさえ思っていた。彼らは実にシンプルだ。認めたなら、認める。認めないならたとえ力があっても認めない。そこに嘘はない。何とも単純で、だがしかし、だからこそ信じられる。そして、そんな者達から嘘偽りなく王として認められ、君臨した神羅の事を、心のどこかで羨ましがっていた。

 

 「ふむ、この時代にも竜人族のあり方を知るものが未だいたとは……いや、昔と言ったかの?」

 「……ん。私は、吸血鬼族の生き残り。三百年前は、よく王族のあり方の見本に竜人族の話を聞かされた」

 「何と、吸血鬼族の……しかも三百年とは……なるほど死んだと聞いていたが、主がかつての吸血姫か。確か名は……」

 「……今はユエと名乗ってる。そっちを使ってくれると……今は嬉しい」

 

 そう、以前は。今はあまりそうは思わなかった。神羅の過去が、そしてこれまでの経験がユエの心を少しずつ変えていっていた。

 

 「……それでも、殺した事に変わりないじゃないですか……どうしようもなかったってわかってはいますけど……それでもっ! ゲイルさんは、この仕事が終わったらプロポーズするんだって……彼らの無念はどうすれば……」

 

 そうウィルが言った瞬間、

 

 「ならばお前が晴らせ」

 

 今まで黙っていた神羅が口を開き、え、とウィルが目を見開きながら振り返ると、神羅は宝物庫からナイフを取り出し、ウィルに差し出し、ティオに構わないか?と言うように視線を向ける。その視線を受けたティオは静かに目を伏せ、

 

 「操られていたとはいえ、妾が罪なき人々の尊き命を摘み取ってしまったのは事実。償えというなら、大人しく裁きを受けよう。だが、それには今しばらく猶予をくれまいか。せめて、あの危険な男を止めるまで。あの男は、魔物の大群を作ろうとしておる。竜人族は大陸の運命に干渉せぬと掟を立てたが、今回は妾の責任もある。放置はできんのじゃ……じゃが、もしも見逃せないと言うなら……一太刀でこの場は収めてほしい。その後で、いかようにも」

 「だ、そうだ。やるなら早くやれ」

 

 そう言って神羅はナイフをずいっと押し出す、それにウィルはえ、あ、と戸惑うように声を漏らして後ずさる。周りの面子は黙ってみている者、突然の事態にどうすればいいのか分からず何もできない者に分かれていた。

 

 「まさかとは思うが我らにやれという訳ではあるまいな?顔も知らない赤の他人の恨みを晴らせと、言わんよなぁ?」

 

 そう言って神羅はウィルの手を取ると、そのままナイフを握らせる。その感触にウィルの顔が引きつる。

 

 「どうした?お前が言ったのだろう?無念を晴らしたい。何を怖気づいている?奴にも罪を償う気概がある。ならやればいいだろう。誰も止めはせん」

 「い、いや、私は……」

 「なんだ?殺す覚悟がないのか?恨まれる覚悟がないのか?欠片でも負を背負う気概がないのか?ならば吠えずにうずくまっていろ」

 

 そう言い神羅はウィルからナイフを奪い、鼻を鳴らして視線を切り、ウィルは何も言えず、その場に立ち尽くしてしまう。

 ハジメははあ、とため息を吐くと遺留品のペンダントを取り出す。

 

 「ウィル、これはゲイルってやつの持ち物か?せめてそれを遺族に渡してやれ」

 

 そう言って、取り出したロケットペンダントをウィルに放り投げた。ウィルはそれを受け取ると、マジマジと見つめ嬉しそうに相好を崩す。

 

 「これ、僕のロケットじゃないですか! 失くしたと思ってたのに、拾ってくれてたんですね。ありがとうございます!」

 「あれ? お前の?」

 「はい、ママの写真が入っているので間違いありません!」

 「マ、ママ?」

 

 予想が見事に外れた挙句、斜め上を行く答えが返ってきて思わず頬が引き攣るハジメ。

 写真の女性は二十代前半で、その事を尋ねると、「せっかくのママの写真なのですから若い頃の一番写りのいいものがいいじゃないですか」と素で答えられた。その場の全員が「ああ、マザコンか」と物凄く微妙な表情をした。女性陣はドン引きしていた。ユエとシアはハジメもブラコンじゃ?、と突っ込みたかったがそこはぐっと我慢する。

 とりあえず先ほどよりも落ち着いた様子のウィルを横目に神羅はティオへの質問を続ける。

 

 「さて、この話はここで終わりにしよう。ティオ・クラルスよ。その黒ローブの男の事を教えてくれ」

 「うむ、分かった、神羅殿」

 

 そしてティオの話によると、黒ローブの男は千単位の魔物を洗脳し、その大群でもって町を襲うつもりらしい。群れの長だけを洗脳することで効率よくその数を増やしているらしい。

 最初、その黒ローブの男は魔人族かと思われた。だが、その予想をティオは否定する。

 何でも黒ローブの男は、黒髪黒目の人間族で、まだ少年くらいの年齢だったというのだ。それに、黒竜たるティオを配下にしたさい、「これで自分は勇者より上だ」等と口にしていたらしい。

 黒髪黒目の人間族の少年で、洗脳系の魔法が使える闇系統魔法に天賦の才がある者。ここまでヒントが出れば、流石に一人の男が容疑者に浮かび上がる。愛子達は一様に「そんな、まさか……」と呟きながら困惑と疑惑が混ざった複雑な表情をした。

 そんな中、周囲をハジメ製のドローン、オルキスで調査していたハジメが声を上げる。

 

 「見つけたぞ。魔物の群れだ。だがこれは………千じゃない。万単位の大群だ。よくもまあここまで……」

 「ふむ、動きは?」

 「まだ動いてる様子はないが……それも時間の問題だな」

 「は、早く町に知らせないと! 避難させて、王都から救援を呼んで……それから、それから……」

 

 事態の深刻さに、愛子が混乱しながらも必死にすべきことを言葉に出して整理しようとする。数万の魔物の群れが相手では、チートスペックとは言えトラウマを抱えた生徒達と戦闘経験がほとんどない愛子、駆け出し冒険者のウィルに、魔力が枯渇したティオでは相手どころか障害物にもならない。

 地球組が慌てふためく中、ウィルがポツリと口を開く。

 

 「あの、ハジメ殿たちなら何とか出来るのでは……?」

 

 その呟きに全員が一斉にハジメたちを見やるが、

 

 「バカ言うな。俺たちはウィルの保護が目的で来たんだ。やるにしたって保護対象を連れてやるなんて無茶だ。それに討ち漏らしが出ないとも限らない」

 「だな。なんにしても町に戻るのが先決であろう」

 

 その言葉に全員が呻いていると、愛子が口を開く。

 

 「ハジメ君、黒いローブの男というのは見つかりませんか?」

 「ん? いや、さっきから群れをチェックしているんだが、それらしき人影はないな」

 

 愛子は、ハジメの言葉に、また俯いてしまう。そして、ポツリと、ここに残って黒いローブの男が現在の行方不明の清水幸利なのかどうかを確かめたいと言い出した。その言葉にほかの生徒たちは当然のごとく猛反発し、愛子はそれでも逡巡する。見かねた神羅が口を開く。

 

 「いい加減にしろ。お前に何ができる?身の程をわきまえない言葉はただの妄言でしかない。お前は生徒が大事と言っておきながら、他の連中は危険にさらす気か?仮に残って、お前一人で魔物の大群をどうする!?」

 

 バッサリと切り捨てるような言葉を放つ神羅だったが、次の瞬間、大きく目を見開くと勢い良く振り返る。

 その突然の動作にクラスメイト達は驚いたように目を丸くするが、その理由を問う事はできなかった。

 なぜなら神羅の身から人知を超えた圧が放たれていたからだ。明らかにその様子は先ほどまでとは違う。ビリビリと空気が揺れ、張り詰め、押しつぶされそうになる。ティオでさえ、飲まれたように息を呑んでいる。

 そんな中で動けたのはハジメ、ユエ、シアだった。突然の豹変に言葉を失うが、即座に冷静さを取り戻すと神羅に話しかけようとするが、その前に神羅が口を開く。

 

 「………お前等。今すぐに山を下れ。そして死者を出したくないなら町の人間を全員避難させろ。荷造りなんてさせるな。身一つで放り出しても構わない。一刻も早く、1mでも遠くに逃がせ」

 「おい、兄貴、それってどういう・……!」

 

 そこでハジメはある最悪の可能性に気づき、顔を引きつらせる。

 

 「まさか………!」

 「ああ………どうやらこの集合、奴は朧気ながら異常と認識したらしい…………」

 

 そして神羅は静かに告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「目覚めかけている………!」



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第44話 優しさとは

 今回、先生ファンの皆様からしたらちょっとあれなところがあるかもしれません。ですが、正直に言って、自分はそんな感じを抱きました。

 なので、申し訳ありませんが、これで行きます。

 11/13 調整。


 それはずっと眠っていた。ずっとずっと、長い時を眠り続けていた。きっかけは定かではない。だが、何か大きな戦いがあり、それを成していた物たちが忽然とその姿を消したからだったはず。その件があったため、いざと言うときに備えて力を蓄えるために眠りについた。

 それからしばらく、不意に強大な力が起こった。その時か、とそれは目を覚ましたが、それはあまりに一瞬の事で、何かが目覚めた、戦いが起こった、と言う感じではなかった。それ故に一度は目を覚ましたそれは、すぐさま眠りについた。

 だが、一度起きてしまえば、その次の眠りは嫌でも浅い物になってしまう。本当なら、たかだか数万程度の魔物の群れではそれは起きなかった。数万規模の生物の移動は当たり前だからだ。だが、今は眠りが浅かった。故にそれは群れに敏感に反応した。そして先日の件もある。それを踏まえて無視することは、それの選択肢になかった。

 ゆっくりと、それの意識は覚醒していく………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔力駆動四輪が、行きよりもなお速い速度で帰り道を爆走し、整地機能が追いつかないために、荷台の男子生徒にはミキサーの如きシェイクを与えていた。だが、それにかまける余裕はない。ハジメは文字通り後先考えずに全魔力を注ぎ込んで、突き進んでいた。

 ウルの町まで残り5分の一と言った場所で完全武装した護衛隊の騎士達が猛然と馬を走らせている姿を発見した。恐らく愛子たちを探しに来たのだろう。

  しばらく走り、彼等も前方から爆走してくる黒い物体を発見したのかにわかに騒がしくなる。彼等から見ればどう見ても魔物にしか見えないだろうから当然だろう。武器を取り出し、隊列が横隊へと組み変わる。

 構わず突っ切ろうとするハジメだが、愛子はそうはいかず、サンルーフから顔を出して必死に両手を振り、大声を出してデビッドに自分の存在を主張する。

 最初は構わず攻撃しようとしたデビット達だったが、尋常ではない速度で近づいてくるおかげか早々にその人影が愛子であると気づくと愛しい人との再会と言うシチュエーションに酔っているのか恍惚とした表情で「さぁ! 飛び込んでおいで!」とでも言うように、両手を大きく広げている。隣ではチェイス達も、自分の胸に! と両手を広げていた。

 それをハジメはガン無視してスピードを一切緩めることなく突き進む。騎士達はギョッとし、慌てて進路上から退避する。

 魔力駆動四輪はデビッド達の横を問答無用に素通りした。愛子の「なんでぇ~」という悲鳴じみた声がドップラーしながら後方へと流れていき、デビッド達は「愛子ぉ~!」と、まるで恋人と無理やり引き裂かれたかのような悲鳴を上げて、猛然と四輪を追いかけ始めるのだった。

 

 「南雲君! どうして、あんな危ないことを!」

 

 愛子がプンスカと怒りながら、車中に戻り、ハジメに猛然と抗議した瞬間、ハジメは焦燥に駆られた表情で愛子を睨みつけ、

 

 「んな事してられっか!今は一刻も早く町に行かなきゃならないんだぞ!分かってんのかあんた!?さっき説明しただろ!?」

 

 その言葉に愛子はう、と呻くが、それでもどこか納得していなさそうな表情を浮かべる。

 

 「………危機感が足りてない……」

 

 ユエは苦々しい表情を浮かべる。まだ愛子は、いや、ここにいる者のほとんどが事態の深刻さに気付いていない。やはり直接怪獣と相対しないと無理があるか……なまじここにいる者達は心が折れていようと、力を持ってしまっているから。

 

 「のう、ユエよ……本当に神羅殿とシアを置いて行ってよかったのか?」

 

 そんな中、車内のティオがそんな質問をする。竜人族である彼女でさえこれだ。知らない、と言うのは恐ろしい。

 話を戻し、確かに今、四輪の中に神羅とシアの姿はない。

 

 「これが最善。奴が起きた時、対処できるのは神羅だけ。そしてその時動けるのはきっとシアだけ」

 

 そもそも、神羅が目覚めかけている、と言った瞬間、ハジメ達は血相を変えて急いで四輪を取り出して全員を詰め込み、神羅を置いて山を下り始めた。それに愛子が抗議の声を上げたのだ。なぜ神羅を置いていったのかと。

 説明する暇も惜しかったが、ユエが神獣と言う強大な魔物が目覚めようとしている。それに対処できるのは神羅だけであり、だから彼は残った、と説明したのだが、どうにも愛子はそのあたりがいまいちピンと来ていないらしい。そして、根気強く説明して何とか納得してもらうと、今度は愛子は清水の心配を始め、早く探そうと言う話になりかけたのだ。そんな事をしていたら本当に全滅しかねない。断固拒否したのだが、愛子も強情だった。そこでシアが声を上げたのだ。ならば自分が途中で降り、清水を捜索、ハジメもオルキスで周囲を捜索する。見つけたらシアが即座に清水を回収して合流すると。

 正直に言えば、ハジメとユエは怪獣たちの戦闘を前にしてまともに動けるかどうか不安だった。何せコング相手に自分たちは何もできなかったのだから。だが、シアはそのコングと一緒に過ごしていた。あの時も動けなかったが、頭を働かせていた。つまり、神羅を除けば怪獣が暴れていても、比較的動けると言う事だ。だからこそ彼女に捜索を任せたのだ。

 とりあえず愛子にはこれで納得してもらい、ハジメ達は町へひた走っているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウルの町に着いた瞬間、愛子達は足をもつれさせる勢いで町長のいる場所へ駆けていった。一方ハジメたちは説明を彼女たちに任せて即座に行動方針を話し合う。本当は車内で済ませたかったのだが、余裕はほとんどなかったし、町の住人に少しでも手早く説明できるようそっちの話合いをしていたからだ。なお、その話し合いの中で、愛子達は、報告内容からティオの正体と黒幕が清水幸利である可能性については伏せることで一致していた。また、神獣に関しては怪獣と言う巨大な魔物が目覚めるとだけ伝えることにした。もしも神獣が目覚めるなんて言おうものなら、逆に避難に滞りが出ると思ったのだ。

 

 「基本は全員避難。魔物たちは動き出したが、この調子なら町にたどり着くまで一日はある。それなりに距離は稼げる。怪獣は兄貴に任せよう」

 「しかし……その怪獣、と言うのは一体どこで目覚めるのじゃ?場所によっては逆に危険なのでは……」

 「……それに、怪獣が目覚めることで、魔物たちが恐慌状態になるかも」

 「……どこで目覚めようと、避難しない理由にはならないだろう。避難前提で動こう。魔物は……戦闘に巻き込まれて全滅してほしいがそううまくはいかないだろう。だが、恐慌状態ならむしろ好都合だ。そのまま迎え撃つよりも楽になりそうだし、撤退しながらでも対処できる」

 「ん………それじゃあ、シアを待って、合流出来たら清水とか言うのがいるいないにかかわらず撤退する?」

 「それが無難だな」

 

 ユエの案にハジメは頷くが、ティオはいささか納得がいかないと言う表情を浮かべている。

 

 「……魔物を放置するのが納得いかないか?」

 「それは………まあ、そうじゃな……先ほども言ったが、これは妾の責任でもあるし、竜人族として見過ごすこともできん……」

 「悪いがここはこらえてくれ。もう事態はそんな次元の話じゃ収まらないんだ」

 

 ハジメの切羽詰まった様子にティオは彼女なりに事態の深刻さを認識したのか分かった、と頷く。

 そして方針が決まったところでハジメ達も町の役場に向かう。

 彼らが町の役場に到着した頃には既に場は騒然としていた。ウルの町のギルド支部長や町の幹部、教会の司祭達が集まっており、喧々囂々たる有様である。皆一様に、信じられない、信じたくないといった様相で、その原因たる情報をもたらした愛子達やウィルに掴みかからんばかりの勢いで問い詰めている。

 普通なら、明日にも町は滅びますと言われても狂人の戯言と切って捨てられるのがオチだろうが、神の使徒にして〝豊穣の女神〟たる愛子の言葉である。そして最近、魔人族が魔物を操るというのは公然の事実であることからも、無視などできようはずもなかった。

 だが、そんな遅々として進まない話し合いに焦れたハジメはずかずかと参入する。

 

 「何ちんたらやってんだ!とっとと避難準備させろ!なんだったらウィル!お前の公爵家の権限で避難命令でも出せ!出せるよな!?」

 「……どうだったかな?そんな権限あったっけ?」

 

 ハジメの怒声に愛子たちは驚いたように振り返り、他の重鎮達は「誰だ、こいつ?」と、不愉快そうな眼差しを向けた。

 

 「な、何を言っているのですか? ハジメ殿。今は、危急の時なのですよ? まさか、この町を見捨てて行くつもりでは……」

 「見捨てるもなにも、それしかないんだ。町は放棄して怪獣が眠りにつくまで避難するしかない。観光の町の防備なんてたかが知れている……それに怪獣が相手じゃそんなもの、紙切れにもなりはしないんだ」

 「そ、それは……そうかもしれませんが……」

 

 迷うようなそぶりのウィルを見て、ハジメは彼の肩に手を置いて顔をずいっ、近づけ、

 

 「いいか、ウィル。これが最善(・・)なんだ。町はまだやり直せる。だが、命はそれまでだ。避難しなかったら、ほぼほぼ間違いなく大勢が死ぬ。お前はそれでもいいのか?」

 「っ………!」

 

 そこまで聞いて、ようやくウィルは理解した。ハジメは町を見捨てようとしているのではなく、出来る範囲で救おうとしてくれているのだと。ここに来て、ウィルはようやく腹が座ったように唇を引き結び、

 

 「……本当に、これしかないのですか?」

 「ああ、これしかない。これが被害を最小限に抑えられる試みだ」

 「………分かりました。何とか、説得してみます」

 

 その言葉にハジメは頷き、ウィルはすぐに重鎮たちの方に振り返る。

 それを見ながらハジメたちは次は、と動こうとしたが、そこに割って入るものがいた。

 

 「南雲君。君なら……君達なら怪獣や魔物の大群をどうにかできますか?いえ……できますよね?」

 

 愛子は、どこか確信しているような声音で、ハジメなら巨大魔物と魔物の大群をどうにかできると断じた。その言葉に、ウィルを含めた町の重鎮達が一斉に騒めく。

 愛子の強い視線にハジメは………愕然とした様子で呟く。

 

 「……あんた、何を言ってる?車内の話を聞いてなかったのか?」

 「聞いてました。ですが、このままでは、きっとこの美しい町が壊されるだけでなく、多くの人々の命が失われることになります。神羅君が巨大魔物の対処ができるなら、ハジメ君たちもきっと……ですから……」

 「その犠牲を無くすために避難しろって言ってるんだ。町はこの際諦めるしかない。魔物に関しては何とも言えないが、どうせとっ捕まえた清水を送り届けるんだ。その時にできる限り倒しておいてやる」

 「それでは多くの人たちが苦しんでしまいます。例え異世界であろうと、ここで出会い、言葉を交わし、笑顔を向け合った人々を、出来る範囲では見捨てたくない。そう思うことは、人として当然のことだと思います」

 「……それでも死ぬよりはずっとマシだろ。苦しむってんなら、苦しめばいい。それは生きてる証だ。もう一度やり直せる証だ。確かに町が吹き飛んだら復興には時間がかかるな。でも、それでもやり直せる。苦しむとしても、歩くことができる。だがな、死んだらそこで終わりだ。もう歩くことも、苦しむことも、やり直すこともできなくなる。それじゃあ意味がねえだろ」

 「それは……」

 

 その言葉に愛子は言葉に詰まり、更にハジメは続ける。

 

 「それにだ。兄貴なら怪獣を抑えられるが、それは圧勝できるって意味じゃない。戦いになればそれがどれほどの余波を起こすか予想ができない。町が巻き込まれる可能性だってある。それに、怪獣がこの町の真下で眠っている可能性だってある。そうなったら、起きただけで全滅だ。それを避けるために避難するべきだ」

 

 その言葉に愛子は完全に反論を防がれ、言葉を紡げなくなる。それでも何かを言おうとするが、その肩を優花が掴む。

 

 「愛ちゃん先生。ここはハジメ君の言う通りにしようよ。多分、この中で怪獣の事を一番よく知ってるのは彼だし」

 「園部さん……」

 「それに、彼なりにみんなが生き残れる手段を考えてくれたみたいだし、ここは避難しよ?」

 「っ………はい、そうですね………すいませんでした……ハジメ君……」

 

 渋々ながらも納得した愛子を見て、ハジメは大きく息を吐く。ここで納得してくれて本当に良かった。もしも未だに駄々をこねるようなら割とマジで実力行使も、とハジメは考えていた。

 それぐらい、最初の愛子の言葉はハジメにとって呆れと怒りを抱いた。この先生は神羅も認める人格者であり、ハジメ自身、彼女は生徒のために頑張れるいい先生だと思っている。だが、今はその評価が少し変わっている。この先生は、人の優しさ、善意を信じすぎている(・・・・・・・)ように思える。

 優しくすればきっとそれは報われる。人に優しさを向ければ、人もそれを返してくれる、分かってくれると。それを強要するわけではないし、悪意も知っているのだろうが、彼女の根底にあるのがそれなので、どうしてもそれが前面に押し出されている気がする。

 それは間違いなく美徳だと思う。だが、それも過ぎれば悪意よりも恐ろしい物となる。今回のように。

 ハジメはふう、と息を吐き、

 

 「分かったら避難の誘導を頼む。俺たちは色々と仕込みをする。清水に関してはあまり期待はするなよ?」

 「分かったわ。それじゃあ、愛ちゃん先生、行こう」

 「は、はい………」

 

 優花に促され、愛子は町の重鎮達の方に向かう。それを見送ったハジメは静かに視線を山の方角に向け、

 

 「長い一日になりそうだ………」

 

 そう、確信めいた予感を感じながら呟いた。




 何ちゅうか……うん。自分が先生に抱いたのはハジメ君と同じ感想ですね。勇者(笑)よりはずっとマシだけど、それでも何かずれているというか……そんな印象でした。


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第45話 王、君臨

 今回で遂に、遂に出すことが叶いました。本当にここまで長かった……

 ただ、今回はもしかしたらどこかに話の辻褄が合わない場所が出てくるかもしれません。なんとか頑張って帳尻を合わせましたが、それでもこれが限界でした。
 ウルの町と山脈って意外と距離離れてるのね……少なくとも百キロは離れてるよね、あれ………

 それでは、どうぞ!


 ウルの町。北に山脈地帯、西にウルディア湖を持つ資源豊富なこの町は、現在、ちょっと前まで存在しなかった外壁に囲まれて、異様な雰囲気に包まれていた。

 この外壁はハジメが即行で作ったものだ。魔力駆動二輪で、整地ではなく〝外壁〟を錬成しながら町の外周を走行して作成したのである。

 もっとも、壁の高さはそれほど高くはない。大型の魔物なら、よじ登るか破壊することは容易だろう。

 その外壁の上で、ハジメは油断なく周囲に視線を向けている。もっとも、その意識の多くはオルキスから届けられている映像に向けられている。その剣呑な表情からはほんのわずかな兆候も見逃さないという気迫が漂っている。

 その横顔を眺めていたユエはふと視線を町の方に向ける。

 そこは異様な雰囲気を醸し出していた。建物の明かりはすべて消えており、人の気配が全くと言っていいほどなく、文字通りゴーストタウンと化した町を見て、ユエはふう、と嘆息する。

 町の住人達に数万単位の魔物の大群が迫っている事が伝えられたのはあの後、すぐだった。すでに移動を始めていた魔物の群れは、翌日の夕方になる前くらいには先陣が到着するだろうと予想された。

 当然、住人はパニックになった。町長を始めとする町の顔役たちに罵詈雑言を浴びせる者、泣いて崩れ落ちる者、隣にいる者と抱きしめ合う者、我先にと逃げ出そうとした者同士でぶつかり、罵り合って喧嘩を始める者。明日には、故郷が滅び、留まれば自分達の命も奪われると知って冷静でいられるものなどそうはいない。彼等の行動も仕方のないことだ。

 そんな彼等に心を取り戻させた者がいた。愛子だ。ようやく町に戻り、事情説明を受けた護衛騎士達を従えて、高台から声を張り上げる〝豊穣の女神〟。恐れるものなどないと言わんばかりの凛とした姿と、元から高かった知名度により、人々は一先ずの冷静さを取り戻した。

 冷静さを取り戻した人々は、当初、二つに分かれた。すなわち、故郷は捨てられない、場合によっては町と運命を共にするという居残り組と、当初の予定通り、救援が駆けつけるまで逃げ延びる避難組だ。

 だが、ハジメはいささか強引だが、その居残り組をドンナーの発砲をもって脅した。褒められた手段じゃないのは分かっているが、半端に残られては愛子が残ると言い出しかねない。そうなれば当然騎士も残ると言い、結果として避難民の護衛が足りなくなる。それに、撤退の事を考えれば人数は少ないほうがいい。

 これが功を奏し、住民は全員が町から避難している。

 だが、それでもそこそこ時間がかかり、完全に避難民が町からいなくなったのは一時間ほど前だった。これだったら本当に着の身着のままで避難させたほうが良かったかもしれない。

 

 「……ハジメ。魔物の群れは?」

 「いや、まだオルキスの索敵範囲には来ていないな。怪獣も起きてないようだ。起きてたらいやでも気付くだろうしな」

 「ふむ………ところでハジメ殿、シアはその清水、という妾に暗示をかけたものを探しておると言う話だったが、連絡は取れるのか?」

 「ああ、それなら……」

 

 ハジメが口を開こうとした瞬間、朝焼けに染まり始めた山から一つの煌々とした光が空に向かって放たれる。

 それを見た瞬間、ハジメとユエはすぐさま反応する。

 

 「どうやらシアは清水を確保したらしい」

 「あそこだと………二輪でとばせば、私達の時よりも早くたどり着くかな?」

 「あれは……」

 

 光を見てポカンとした様子で口を開いたティオにハジメが説明する。

 

 「あれは照明弾っていう連絡用のアーティファクトだ。シアには清水を捕まえたら合図としてそれを空に上げるように言っておいたんだ。この距離じゃ念話も届きにくいからな。知らせた後は全力で山を下ってきて、合流する手筈にしている」

 

 勿論ただの照明弾ではない。ハジメが作成したそれは地球のそれよりもずっと高く上がり、そして明るく周囲を照らし出す。

 照明弾が上がったのは麓のあたりだ。その事にハジメとユエは首を傾げる。いつの間にそんなところに清水は来ていたのか。遠目だが、魔物らしき姿もない。魔物の群れを従えているなら、自衛もかねて一緒に行動すると思うのだが……どう言う事だろうか……しかし、シアが虚偽の報告をするとは思えないし、清水ごときに後れを取るとも思えない。実はすでに移動していて、報告のために上げた可能性もある。とにもかくにも、恐らく清水は確保され、シアはこちらに向かってきているのだろう。シアには魔力駆動二輪を渡してあるので、それをフルスピードで飛ばせば1時間ほどで合流できるだろう。

 

 「いつの間に……いやはや、何とも見事な手際じゃな」

 

 感心したようなそぶりのティオにハジメはなんてことはない、と軽く手を振りながら軽く息を吐く。

 ひとまず、これで懸念事項が一つ消えた。後は素早くシアと合流し、そのまま撤退するだけだ。

 

 「早く来てくれよ、シア………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウルの町からの避難民の一軍は未だ町から数キロの所を移動していた。避難の開始がいささか遅れていたと言うのもあるが、なにせ一つの町の住民全員だ。その数は数千。どうしたってその移動は遅々として進まないものだ。

 そんな中、殿を歩いている愛子はしきりに後ろを振り返り、ウルの町を見つめる。

 

 「愛ちゃん先生。このままじゃ遅れちゃうよ」

 「園部さん……ですが………」

 

 その愛子を優花が急がせようとするが、彼女はそれでもしきりに不安そうに町を振り返る。その理由は間違いなく、残っているハジメ達だろう。

 その愛子を安心させようと周囲の生徒たちは口を開く。

 

 「南雲達なら大丈夫ですって。だってあのティオさんに圧勝してたんですよ?その怪獣、って言うのがどんなのか分からないけど楽勝ですって」

 「魔物の群れだって意外と5人で何とかしちまうかもしれないし、ここは信じて逃げましょう?」

 

 そう言われても納得ができず、再び振り返る。

 実のところ、愛子は最初、ハジメと共に残ろうとしたのだ。生徒を残していくことは先生としてできず、また清水の事も気になったからだ。

 だが、それはハジメが断固拒否した。理路整然と並べられた拒否の言葉に愛子は反論を封じられ、そのまま他のクラスメイトの安全の事も考えてこうして避難している。だが、どうしても気になるのか愛子は何度も町を振り返る。その様子を見て、優花もまた町を振り返り、

 

 「大丈夫なんでしょうね………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハジメは城壁の上で真っ直ぐに山脈に続く街道を見つめていた。

 その城壁の内側にはすでに魔力駆動四輪が待機しており、ユエと正気に戻ったティオは車内にいる。シアが合流したら即座に乗り込み、出発する準備はできている。

 照明弾が上がってからすでに数十分が経過していた。到着するのはもう少し後だろうが、それでもタイムリミットもはっきりと分からない以上、どうしたって気が急いてしまう。

 まだか、とハジメが考えていると、凄まじい爆音を上げながらこちらに一つの影が猛スピードで近づいてくる。

 ハジメが来たか、と思っていると、影は尋常ではないスピードであっという間に距離を詰め、城壁にたどり着くと急停止し、二輪を置いてけぼりにして素早く跳び上がり、城壁の上に着地する。

 

 「ハジメさん!ただいま合流しました!」

 

 合流したシアは魔力を大幅に消耗したからかかなり疲弊した様子を見せているが、そんなのどうでもいいと言わんばかりに焦燥に満ちた表情で声を張り上げる。

 

 「落ち着けシア。よく頑張った。清水は……と、いるな」

 

 ハジメはシアの背中に乱雑にくくり付けられ、猿轡をされながら気絶している清水を見てハジメは息を吐く。

 

 「もちろんいますよ!それよりもハジメさん!早く離脱しましょう!」

 「落ち着けシア。勿論そのつもりだ。すでに下には4輪を待機させて「だったら早く乗り込みましょう!」どうした?」

 

 明らかに尋常ではないぐらいに焦り、余裕がないシアの様子を訝しみ、ハジメが問うとシアは矢継ぎ早に口を開く。

 

 「怪獣が眠っているのは山ではありません!町と山の間です!しかももう目覚める寸前です!」

 

 その言葉にハジメは表情を青ざめさせると、躊躇なく城壁から飛び降り、そのまま4輪の上に着地すると運転席に乗り込み、シアも続けて後部座席に飛び込む。

 

 「早くシートベルトを付けろ!すぐに出るぞ!」

 「了解じゃ!」

 

 シアは素早く清水を体から外し、急いでシートベルトを着け、しっかりと体を固定させる。清水もティオが素早くシートベルトを着ける。

 

 「いくぞ!」

 

 その言葉にハジメが頷き、四輪を走らせた瞬間、突如として山の至る所から無数の鳥たちが叫びながら飛び立つ。

 突然響き渡るやかましいほどの鳴き声に一瞬ハジメたちの意識がそれる。その群れの規模は桁外れだった。恐らく、山脈地帯一帯に隠れ潜んでいたであろう鳥全てが飛び立ったかのような大群で、城壁越しでも空は一瞬、まばらに黒く染まり、やかましいほどの鳴き声が響き渡る。そのまま鳥たちは一斉にどこかへと飛び立っていってしまう。

 

 「な、なんじゃ………これは……」

 

 その時、ティオが愕然とした声色で呟いた。思わず振り返れば、彼女は顔を蒼白にし、歯の根がガチガチとなり、そこには誇り高い竜人族の面影などこれっぽっちもない。見えない何かに怯える矮小な生物がいた。

 

 「ありえぬ……そんな事は………なんなんじゃ、これは………生物……なのか……?」

 

 竜としての本能が何かを感じ取ったのか仕舞いにはその場で頭を抱えてしまう。瞬間、カタリ、と地面が揺れる。そしてその揺れは瞬く間に大きくなっていく。

 

 「………まさか……」

 

 ユエは最悪の予想に顔を青くし、ハジメも顔を引きつらせる。

 その瞬間、揺れはすさまじい規模になり、4輪を激しく揺さぶる。その揺れにハジメたちが慌てて4輪の各所にしがみつき、耐え抜こうとしたと同時に、ズゴガガガガガガガガガガガッ!!!と文字通り大地を引き裂くような凄まじい轟音が鳴り響き、それに比例するすさまじい揺れが辺り一帯を襲う。その規模はすさまじく、周囲の家屋の窓が砕け、中には倒壊する物もあり、凄まじい土煙が立ち上る。そしてハジメが築いた城壁がガラガラと崩壊を起こす。

 慌ててハジメは4輪を発進させて崩壊から距離を取るが、凄まじい揺れにハンドルを取られ、大きくスピンしてしまう。激しい揺れに吐き気がこみ上げるがどうにか車体を操作して転倒を防ぐ。何とか止まり、ハジメは安堵の息を吐くが、それもそこそこに4輪から顔を出し、周囲を確認しようとして、言葉を失った。それは同様に顔を出したユエ達も同じだった。

 城壁が崩壊した先には北の山脈に続く街道と田畑が広がる平野部が見えるはずだ。そこに、盛大な土ぼこりを上げながら巨大な山が聳えていた。間違いなく、それはほんの数分、いや、数秒前まで存在していなかった。無数の瓦礫を巻き上げながらその山はゆっくりと起き上がる。見る見るうちに山は標高を数十メートルにまで持ち上げる。土煙を引き裂くように何かが現れるとそれは周囲の崩壊を免れた地面を吹き飛ばしながら叩きつけられる。それによって土煙が吹き飛び、遂に山の全貌が露になった。

 まず見えたのは地面を抉り飛ばした何かだが、それは巨大な手だ。十メートルはありそうな巨大な爪を携えた鱗に覆われたそれだけで城をなぎ倒せそうな腕。それが地面を捉えていた。それが生えている胴体はさらに巨大だ。数百メートルはありそうな胴体の背には無数の樹木が生えそろっている。恐らくだが、あれは山があった場所にあった森だ。森がそのまま背中に乗っかっているのだ。そして頭部。それはワニガメの顔を更に凶悪にしたような作りで、二本の湾曲した牙のような物が喉元から前方に向かって生えている。

 そして遂にそれは自らが起きたことで出来上がったクレーターからはい出し、太く短い後ろ脚と腕をナックルウォークにしての疑似四足で立ち上がる。ブルりと体を振るえば、その巨体から無数の瓦礫が散弾のように四方八方にまき散らされ、地面を抉る。

 そしてその全貌をあらわにした怪獣はぐるりと周囲を見渡し、

 

 ガアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ………

 

 天地を揺るがすような咆哮が轟く。それは恐らく、怪獣からしてみれば寝起きに漏れた欠伸のような物だったのだろう。だが、その咆哮が響いた瞬間、空気が文字通りビリビリと震え、かなり距離が離れているはずなのにハジメたちは思わず耳を塞ぎ、うずくまってしまう。

 そして咆哮の余波が終わり、ようやく動けるようになるが、全員が動けなかった。ティオは完全に委縮し、怯え、恥も外聞もなく頭を抱え、「ありえぬ、ありえぬ、ありえぬ、ありえぬ………」と呟きながら泣き出してしまう。

 そしてハジメも、ユエもシアも、呑まれてはいなかった。だが、どう行動するのが正しいのか分からなかった。今すぐ逃げる?逃げるなら怪獣の移動速度は?逃げ切れるのか?どこに逃げれば?そもそも見つかっているのか?このまま動かないほうが安全では?だがそれでは死ぬのでは?頭の中を一切整理されていない思考が滅茶苦茶に暴れまわり、指一つ動かせない。

 そして怪獣の白い眼がゆっくりと4輪へと向けられた瞬間、怪獣は低いうなり声を漏らしながらふいに視線を山の方角に向ける。それがきっかけでハジメたちはようやく思考がまとまり、思わず怪獣の視線の先に目を向ける。

 その瞬間、再び地面が凄まじい轟音と共に吹き飛び、凄まじい土煙が立ち上る。その中から新たな黒い影が現れる。それは、単純な高さで言えば怪獣を超えているほど巨大だが、全体的な質量では怪獣に軍配が上がる。

 そしてゆっくりと煙を引き裂きながら彼の者は現れる。

 余さず漆黒の巨体を支えるのはまるで岩その物と言ってもいい鋭い爪を携えた二本の足と長く、強靭な尾。体つきは筋肉質でその身体が動くたびに凄まじい力が蠢いている事が皮膚越しでもはっきりと認識できる。両腕もたくましく、鋭い爪を有している。太くがっちりとした首の先には意外と小さめな頭部がある。だが、その視線は猛禽類のように鋭く、その口からは人ひとり分はありそうな巨大な牙が覗いている。だが、最も特徴的なのはその背中だ。そこにはヒイラギの葉のような形状の背びれが大小合わせてずらりと並んでおり、尾の先端まで続いている。それはまるでその者を王者と知らしめるための王冠のような威圧感を放つ。

 彼の者がその姿を現した瞬間、周囲に絶対的な(プレッシャー)が放たれる。それは生きとし生きる者全てをひれ伏させるがごとく絶対者。だが、それと同時に自然と彼の者に視線が吸い寄せられ、圧倒される。それはまるで悠久の時を生きた大樹や天を貫かんばかりにそびえたつ霊峰を見上げたかの如し。ハジメ達はもちろんだが、先ほどまで怯えていたティオもいつの間にか呆然とした様子で彼の者に見入っていた。

 そして彼の者はゆっくりと怪獣を睨みつけるその相貌を凶悪に歪めながら唸る。それに対し、怪獣は敵意を滾らせながら逆に睨み返す。それだけで物理的衝撃波が放たれたと錯覚するほどのプレッシャーを周囲が襲い、ハジメ達は言葉を失う。

 しばし睨み合い、唸りながら威嚇をしあう二匹。その場の空気が尋常ではなく張り詰められ、僅かな呼吸音すら許されないという錯覚に陥る。

 それがどれほど続いた?数分?数十分?いや、実際にはあって十数秒だろう。

 

 

 

 

 ガアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!

 

 

 

 ゴガアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!

 

 

 

 

 

 数百年ぶりに目覚めた聖書において千年近く生きた者の名を冠する怪獣、メトシェラと、唯一無二の王として地球の頂点に君臨してきた怪獣王、ゴジラは互いに全力の咆哮を上げると同時に地面を激しく揺るがしながら駆け出し、その巨体が激突した瞬間、

 

 空間が破裂した。




 怪獣の説明は次回にでも。後、清水確保の状況も今後に。

 次回はできる限り早めに上げようと思っています。


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第46話 ゴジラVSメトシェラ

 遅れてすいません!シンフォギアを書いた後、執筆にかかったのですが、いまいち納得がいくのが書けなくて………一回レンタルショップでVSシリーズ、モンスターバースシリーズを借りてきて、見て、それから書いてました。まあ、年内に間に合ってよかった………

 それでは、これが年内最後の更新です。皆さん、今年は色々ありましたがお疲れ様です。来年が少しでも良き年になるように。

 ではどうぞ!


 ゴジラとメトシェラが出現する少し前。その予兆はウルの町の避難民たちも襲っていた。

 ゆっくりとだが、確実に進んでいた彼らの後方から轟音が響いたのだ。最初、避難民たちは魔物が来たのではと軽いパニックに陥り、あちこちで悲鳴が上がった。慌てて愛子たちが落ち着かせようとしたが、

 

 「な、何だあれ……」

 

 どこかから漏れたそんな声に多くの者が反応し、そしてどうしてか全員がその方角が分かっているかのように町の方を振り返り、それを見た。

 後方、ウルの町を挟んだ平野部と思しき場所から突如として山が隆起した。それはそうとしか表現できない現象だった。

 あまりにも突然の、そしてありえない事態に、避難民の全員の思考が置き去りとなり、結果として誰一人として身じろぎもできず、ただただ呆然とその様子を見ていた。

 そして、高く高く立ち込めていた土煙が吹き飛ばされ、現れたのは山ではなく、あまりにも巨大な一匹の魔物だった。その巨大さは尋常ではない。かなり遠めだが、それでもウルの町のどの建物よりも遥かに巨大であることは分かる。それは遠近感も相まって、まるで町がミニチュアになったかのような錯覚を彼らに見せた。

 ゆっくりとそれが動き出しても誰もかれも動けなかった。まるで金縛りにあったように。まるでわずかな動きがそれの意識をこちらに向けてしまうと言わんばかりに。

 そうしていると、魔物の近場から再び土煙が立ち上る。天に届かんばかりに立ち上る土煙から、最初の魔物と同レベルの大きさの魔物が出現する。

 そこまで来て、ようやく彼らは状況への認識が追い付いてきたのか、ある者はカタカタと体を震わせ、ある者は唇を震わせながら一歩後退り、そしてある者は小さくうめき声を漏らす。

 そして、二頭の魔物が互いに咆哮を上げ、真っ向から激突した瞬間、恐怖が爆発する。

 その場が一瞬で悲鳴と絶叫で満ち、誰も彼もががむしゃらに走り出す。そこに秩序も何もない。文字通り無法。全員が魔物から距離を取ろうとして手にしていた荷物を放り捨て、邪魔になるならば子供だろうと老人だろうと関係なしに突き飛ばしてしまい、転んでしまった者は容赦なく後続の人間に踏みつけられてしまう。

 それは先ほどまで避難民を落ち着かせようとしていた愛子たちも同じだった。彼らの脳裏からは住民を守るという意識は吹き飛んでいて、全員が完全に腰を抜かしてへたり込み、顔面を蒼白にして、歯の根がガチガチをなっている。

 無秩序の集団となった避難民たちを護衛騎士や、一部の冒険者達がともすれば自分達も暴徒になりかねない状況で必死に恐怖を押し殺し、避難誘導しようとするが、数の比率が絶望的で、どうにもならない。

 瞬く間に彼らは散り散りとなって逃げまどっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大地を揺らしながら猛然と駆け出したゴジラとメトシェラが激突した瞬間、空間が破裂するような轟音と共に周囲一帯の空気がたわみ、揺れた。それは魔力を有していないにもかかわらず、その波が目視できるほど強烈なものだった。

 両者は激突と同時に激しく組み合った。メトシェラは顎の牙をゴジラに突き立てようとするが、ゴジラはその牙を真っ向から掴み、受け止め、押さえつけようとする。

 一切の小細工がない完全な力勝負。両者は咆哮を上げながら相手を押し返そうと全力で力を籠める。それだけで足元の地面が爆散するように隆起し、ちょっとした丘が形成され、その尋常ではない殺気に景色が歪んでいるような錯覚すら抱く。

 両者の力は完全に拮抗していたが、それを崩したのはゴジラだった。押さえつける力を不意に緩め、そのまま半身を後ろにずらす。唐突に拮抗を崩されたメトシェラは大きく前につんのめり、そのまま空いた空間に前のめりに飛び込んでしまう。

 即座にメトシェラはゴジラに反撃をしようとするが、当然彼の方が動き出すのは早い。ゴジラは両腕を振り上げ、真上からメトシェラの頭部に叩きつける。

 空気を震わせるその一撃はかなり効いたようで、メトシェラの巨体が大きく傾ぎ、頭部が地面に叩きつけられる。

 追撃せんとゴジラは再び腕を持ち上げるが、メトシェラもやられっぱなしではない。右腕を勢いよく薙ぎ払い、その一撃はゴジラの横っ腹に火花と共に直撃し、その巨体を揺るがす。

 不意の一撃にたたらを踏んでいるとその隙にメトシェラは体制を立て直し、そのまま頭部を破城槌のように振るい、ゴジラの腹部に渾身の頭突きをぶちかます。

 重量級の連撃に流石のゴジラも耐えきれず後ろによろめくが、すぐに踏みとどまり、咆哮を上げる。

 メトシェラも迎え撃つように咆哮を上げると再び両者は駆け出し、真っ向から激突する。

 今度は力勝負に移行しようとせず、互いに激突の衝撃で一旦距離を取ると、ゴジラは巨体を大きく回転させ、尾をメトシェラに叩きつける。轟音と共に叩きつけられた尾がメトシェラの巨体を大きく横滑りさせる。それだけで地面が土砂崩れでも起こしたように捲り上げられる。

 だが、メトシェラは倒れ込むのを堪えると、振り返ろうとするゴジラの横っ腹に突進を繰り出す。

 その一撃にゴジラも大きく吹き飛ばされる。かろうじて倒れ込む事だけは防ぐが、再び両者の距離が離れる。

 その間にゴジラは体制を整えようとするが、メトシェラはすかさず距離を詰め、その巨大な口を開け、ゴジラに食らいつこうとする。

 眼前にまで迫る巨大な顎をしかしゴジラは逆に距離を詰め、横っ面を殴りつけ、強引にその軌道を逸らす。

 対象を失い、バツン!と空気をかみ砕いた隙をゴジラは見逃さない。メトシェラの巨大な頭部に両腕を回し、力任せに押さえつけると、逆に首元に食らいつく。

 まるで山肌のような頑強極まりない甲殻にゴジラの牙は容赦なく食いこむ。流石にかみ砕くところまではいかないが、それも時間の問題だろう。

 だが、メトシェラも黙ってやられはしない。咆哮を轟かせるとゴジラを振りほどこうと激しく暴れ出す。ゴジラも振りほどかれまいとメトシェラを抑え込もうとし、互いにもつれるように暴れる。

 その被害は尋常ではない。その巨体が動くだけで地面が吹き飛び、地形が大幅に変えられていく。無数の瓦礫が四方八方に飛び散り、地面を抉る。轟く咆哮が大気を揺さぶり、空間が悲鳴を上げる。

 それは例えるとするならば、災害の殺し合い。台風と台風が、地震と地震が。それ一つでも人間の営みを容易く蹂躙できる自然災害同士が、己の持てる全ての力を持って相手を滅さんと喰らい合っている。

 その様相は想像を絶する地獄だ。その場の全てが、大地も含めて容赦なく蹂躙され、粉砕され、踏み潰され、吹き飛ばされる。そこにいるのを許される命は二つだけ、喰らい合う者同士だけだ。

 天を揺るがすように二つの咆哮がその場を呑み込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その光景をハジメたちは茫然とした様子で見つめていた。本来ならば逃げなければならないのだろう。脇目も振らず逃走するのが最善だ。幸いにもまだ距離はあり、被害も町にまでは届いていない。だが、ここもいつまでも安全ではない。戦闘状況ではここも十分にその被害に飲み込まれる領域だ。

 だが、動けなかった。ウルの町なぞちゃっちなジオラマのように薙ぎ払うような戦いを目の当たりにして恐怖に飲まれて、ではない。彼らは、ただただ圧倒されていたのだ。炎等を吐き合ったりも、特別な力を使ったりもせず、ただひたすらに互いにその身一つでぶつかり合っている原初の戦い。それはあまりにも苛烈で、凄絶で、そして人知を超えていた。まるで神話の世界に迷い込んでしまったかのようで、完全に彼らはそれに吞み込まれ(魅入られ)、動くことを忘れていた。

 

 「………なんと……凄まじい……」

 

 呆然とティオが口を開いた瞬間、ハジメ達はようやく正気に戻る。はっとすると、一瞬自分たちの状況が把握できていなかったのか周囲を見渡すが、すぐに思い出し、慌てて車内に身を戻し、

 

 「ヤバい!完全に呑まれてた………!ティオ!早く顔を引っ込めろ!急いで距離を取るぞ!」

 「え、あ……う、うむ!了解じゃ!」

 

 一歩遅れてティオも正気に戻ると慌てて車内に顔を引っ込める。それを確認するや否やハジメは4輪をフルスロットルで爆走させ。ウルの町を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハジメたちがウルの町から離脱してしばらく経った頃、戦況に変化が訪れる。

 依然ゴジラは全力でメトシェラを押さえつけ、メトシェラの首元に食らいつき、メトシェラは何とかゴジラを振りほどこうと暴れている。だが、ゴジラは決して手を離さず、更に顎に力を込めていく。すると牙がさらに深く食い込んでいき、遂に首元の甲殻からバキバキと言う異音が響き始める。

 だが、それと同時にメトシェラは大きく体をよじり、その反動で大きく全身を振り回すと遂にゴジラの拘束から脱出し、更にすかさず右腕を持ち上げ、渾身の力でゴジラを殴りつける。

 空気が破裂するような轟音と共にゴジラの巨体が大きく後退し、よろめくが、ゴジラは何とか踏ん張って倒れるのを防ぎ、メトシェラを睨みつける。

 対しメトシェラはゴジラに追撃をしようとはせず、その場で彼を睨みつけると、大きく口を開ける。

 その瞬間、周囲の大気と言う大気が根こそぎメトシェラの口腔に収束し始める。それはメトシェラからすれば大きく息を吸い込んでいるだけなのだが、それだけで超大型の台風が発生したかのような爆風が吹き荒れ、無事だった木々が激しく揺れ、中には圧し折れるものまである。

 それを見たゴジラが訝しむように顔を歪めるが、何かされる前に潰すと言わんばかりに走り出す。

 大地を砕きながらゴジラは一気に距離を詰めるが、メトシェラのほうが一手早かった。

 息を吸い込み切ったメトシェラが首を僅かにもたげ、その胸元、喉元の筋肉が隆起するほど力込め、口を開いた瞬間、

 

 

 音が消えた。

 

 一瞬、奇妙なほどの静寂が戦場を支配した瞬間、今度こそ空間が爆裂した。そうとしか思えないほどの凄絶な爆音が轟き、ゴジラの巨体が文字通り吹き飛ばされる。

 さらにゴジラの周囲の地面が扇状に消し飛んだ。それは、そうとしか表現できない現象だった。確かにそこにあった地面が、森が、地形が、跡形もなくごっそりと消滅し、それによってできた巨大なクレーターにゴジラの巨体が地響きと共に叩きつけられ、更に大地を砕き散らす。

 それは原理としては単純。大量の空気をため込み、更にそれに魔力を上乗せして圧縮、破壊力を増大させて吠えるように打ち出す咆哮砲とでも呼ぶべき一撃。

 それは直撃すれば並みの存在なぞ塵も残らず消滅するだろう一撃。だが、それを喰らっても、ゴジラは健在だった。叩きつけられ、少なくないダメージを負ったゴジラだったが、うめき声を上げながらも大きく頭を振って上体を起こし、メトシェラに咆哮を上げ、警戒するように睨みつける。

 前世で、何度かこの種族とは戦ってきたが、こんな攻撃はしてこなかったはずだ。自分と同じように魔力を得て、新しい力に目覚めたか………

 面倒を感じつつゴジラは立ち上がる。今のゴジラは魔法が使えない。魔力は全て己の肉体すべてに回しているからか、それとも魔懐が発動しているからか、折角習得した重力魔法もこの状態では使えないのだ。しかも相手には魔懐はさほど効果を発揮していない。相手は新しい力を得たのに自分はその力を十全に使えない。もどかしさを感じつつもゴジラは頭を振る。それだけで重力魔法の事はあっさりと忘れる。

 意識を切り替えたゴジラはこちらに突っ込んでくるメトシェラを再び迎え撃つ。

 巨体と巨体が激突し、激しく空気が揺れるが、ゴジラはメトシェラの牙を掴むとそのまま真上からその巨大な頭部に頭突きを叩きこむ。

 脳天への一撃にメトシェラの巨体がゆらぐ。その瞬間、ゴジラはそのままメトシェラの巨体を振り回そうとする。メトシェラも何とか抵抗しようと踏ん張ろうとするが、ふらついた今はそれも満足にできない。

 ゴジラが一際大きく咆哮を上げ、全身の筋肉を隆起させ、その全てを開放し、メトシェラの巨体を投げ倒す。

 凄まじい地響きと共にメトシェラは横倒しになり、その隙を逃さず、ゴジラは追撃に蹴りを叩きこむ。

 メトシェラはうめき声を上げながら手足を激しくばたつかせ、抵抗する。だが、ゴジラはそれに構わず距離を詰め、メトシェラの頭部を抱き込むように掴むと、呻きながら先ほど以上に全身に力を籠め、上体を起こす。

 すると、何万トンとあるであろうメトシェラの巨体をゆっくりとだが持ち上げられていく。数百メートルもの巨体が持ち上げられ、抵抗するようにメトシェラは激しく宙に浮いた手足を振り回すが、ゴジラは揺るがない。

 そしてゴジラは軽く左右に体を振って勢いをつけ、そしてその勢いを乗せてメトシェラを投げ飛ばす。

 先ほどとは逆にメトシェラの体が宙を舞い、地面に叩きつけられる。凄まじい轟音と共に再び大地が砕け、地割れが引き起こされる。

 それだけの一撃を受けながらも、だが、メトシェラも怪獣。ゆっくりと頭を振って体を起こすと咆哮を上げ、そのまま空気を吸い込み始める。

 再び周囲の大気がメトシェラの口腔に猛烈な勢いで吸い込まれていくが、黙ってみているゴジラではない。

 即座に走り寄ってメトシェラとの距離を詰めると、そのまま巨体を持ってぶちかましを繰り出す。

 凄まじい轟音が響き、メトシェラの巨体が大きく傾ぎ、空気の吸引が収まる。

 それでもゴジラは止まらない。そのまま連続で体当たりをぶちかまし、メトシェラの巨体をのけ反らせ、巨体を大きく回転させて尾を至近距離で叩きこみ、メトシェラを再び吹き飛ばす。

 だが、メトシェラは両腕の爪を使ってブレーキをかけて強引に勢いを押し殺す。そして止まると同時に一気にゴジラとの距離を詰め、大口を開けて食らいつこうとする。

 ゴジラは即座にそれを回避するが、メトシェラは続けて噛み付こうとする。ゴジラは迫る口を牙を掴み上げることで押さえつけようとする。それでもメトシェラは諦めず、ゴジラを押しのけ、喰らい付こうと顎を開閉させる。

 ゴジラはそれを力ずくで押さえつけ、逆に大きく息を吸い込み、

 

 ゴガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!

 

 全力の咆哮を叩きこむ。そこには魔力が込められていないため、メトシェラのような破壊力はない。だが、至近距離で大音量をぶち込まれたメトシェラは呻きながら嫌がる様に頭を振り、力が弱まる。

 それと同時にゴジラはメトシェラを押し返し、距離が離れたところでゴジラの巨体が再び回転、強靭な尾の一撃がふらつくメトシェラを直撃し、大きく吹き飛ばす。

 大きく距離が離れたところで、ゴジラはメトシェラを睨みつけ、それ(・・)を繰り出す。

 ゆっくりと揺らめく尾の先端の背びれが青白く輝きだす。その輝きはゆっくりと背びれをたどって背中に向かって登っていく。それに伴って口を開け、大きく息を吸い込む。全身の筋肉が脈動し、大きく胸元がせり上がり、その顎に凄まじい力がかかる。

 そしてゴジラが態勢を整えようとするメトシェラを青白く輝く目で睨み、その力を全て解放した瞬間、

 

 口から青白い、チェレンコフ色の炎を凝縮した熱線が放たれる。

 

 それは直撃すれば万物を滅却させる焔。熱量ではミレディの白陽すら超えるであろう人知を超えたまさに神の一撃。それに耐えられる者はいない。

 その熱線がメトシェラの左側頭部を直撃する。だが、流石は同格と言ったところか、メトシェラは健在だった。それでもかなりのダメージがあるようで、ここに来て初めて悲鳴を上げながらその巨体がその威力に大きく押し返される。

 何とか押し返そうとするのだが、それも叶わない。絶対的に押し負けており、熱線が直撃している側頭部の甲殻が赤熱化し、融解を始める。

 そしてゴジラがダメ押しと言わんばかりに熱線の出力を上げた瞬間、爆裂音が轟き、メトシェラが絶叫を上げながら吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

 爆発を起こしたメトシェラの左側頭部は甲殻が融解し、目が潰れてしまっている。そしてその頭部にあった牙が根元から圧し折れていたのだ。その眼前に圧し折れ、宙を舞っていた牙が突き刺さる。

 だがそれでもメトシェラは健在だった。咆哮を上げながらジタバタと手足を動かし、どうにか起き上がり、ゴジラを残った隻眼で睨みつける。

 それをゴジラは真っ向から受け止め、咆哮を上げながら逆に睨み返す。

 そのまま両者は動かない。互いに視線だけで相手を殺さんとするように睨みつけ、唸り声をあげる。先ほどまでの凄まじい戦闘とは打って変わった静寂が漂い、それに反するように空気が、空間そのものが引き絞られた弓の弦のように張り詰めていく。

 その張りが限界まで引き絞られようとした瞬間、メトシェラが動く。

 ズシリと両腕が地面を抉り、

 

 激しく、苛立ったようなうなり声と共にゆっくりと巨体を伏せ、頭を下げる。

 それはまるで己の敗北を認め、王にひれ伏すかのような動き。

 実際その通りだった。メトシェラは己の敗北を認めたのだ。己の最大の攻撃を防がれ、逆に自分は大きな傷を負った。これ以上戦っても結果は目に見えている。ならば認めよう。今はの目の前のこいつが強者であり、勝者だと。もっとも、メトシェラは凄まじい苛立ちを覚えており、出来るなら今すぐ反撃に転じたかった。だが、それも命あってこそ。生き延び、今度こそ(ゴジラ)を下すために、一時の屈辱を呑み込もう。

 ゴジラは身を伏せたメトシェラをしばし睨んでいたが、大きく鼻を鳴らすと軽く吠え、

 

 ゴガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!

 

 真っ白な太陽が昇った天に向かって勝鬨の咆哮を高らかに轟かせる。




 登場怪獣紹介。

 メトシェラ

 凄まじい巨体を持つ怪獣。非常に凶暴かつ好戦的で、敵と認識すれば、相手が何であろうと戦いを挑む。植物を急速に成長させる能力を持っており、普段はそれを使って自分の周りを植物で覆い、山などに擬態している。


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第47話 畏怖は崇拝に

 昨日、サーバー落ちに苦戦しながらもモンハンライズの体験版を手に入れ、今、プレイしています。
 正直に言うと操竜がなんかなぁ、と思っていたのですが、やってみたら意外と中々……まだプレイがおぼつかないですが、それでもかなり面白いです。ワールド以上にフィールドに引き込まれましたね……

 ではどうぞ!
 


 決着がつく少し前。魔力駆動4輪は凄まじいスピードでウルの町から伸びる街道を爆走していた。その背後からは空間を揺さぶる咆哮と激しい揺れが断続的に轟いている。

 ハジメは歯を食いしばりながら四輪を前に前に飛ばしていた。少しでも距離を取れるように。

 それから少しすると、目の前に避難民の一団が見えてきて、ハジメ達は訝し気に目を細める。

 まだこんなところにいる、と言うのはまあ、大所帯での避難だ。あり得るだろう。だが、問題はその避難民の一団の規模が明らかに少なく、更に言えば残った者達も錯乱状態だったから。更には明らかに怪我を負った者も見える。

 流石に放っておくことはできず、ハジメ達は避難民の元にある程度の距離まで近づくが、それに気づいた瞬間、彼らの錯乱が更に酷くなり、彼らは悲鳴を上げ、ある者は明後日の方角に走り出し、中にはもう駄目だと諦めたようにその場に崩れ落ちる者まで現れる。

 それを見たハジメは間違えたか、と頭を掻きながらも4輪から降り、ユエ達もそれに続き、降りていく。

 そして改めて一団をざっと観察し、その中に完全に腰を抜かしている愛子たちを見つけ、

 

 「みんな、とりあえず混乱を抑えといてくれ。俺は先生と話をしてくる」

 

 その言葉に全員が頷き、ユエ達はすぐに避難民たちの方に向かい、ハジメは愛子たちの元に駆け出す。彼女たちは地面にへたり込み、顔を恐怖で歪め、真っ青にしているが、その視線はくぎ付けにされたように真っ直ぐにゴジラとメトシェラの戦闘を見つめている。周りの状況が耳に入っていないのか周囲には全く目を向けようとしない。

 

 「おい先生!大丈夫か!?」

 

 いささか強めに問いかけるも愛子は反応せず、ガチガチと歯の根が鳴っている。それを見たハジメは顔をしかめ、次の瞬間、悪い、と一言謝り、

 

 パチン!

 

 頬に平手を叩きこむ。

 

 「いつ………!あ、あれ……ここは……私は……」

 

 呆然とした声を上げながら愛子は周囲を見渡し、近くに立っていたハジメを見つけ、

 

 「ハジメ……君………?」

 

 まだ現実感が伴っていないのかぼんやりと呟く。その様にハジメは小さく呻きながら頭を叩き、

 

 「先生しっかりしろ!何時までもぼんやりしてられないぞ!」

 「ぼんやりって……確か私は……避難してて………それで、町の方角に……」

 

 そこで再び凄まじい轟音が轟き、その場の全員が身体を固くする。そしてそれがきっかけで愛子は何があったのか思い出したのか勢いよくハジメにつかみかかり、

 

 「は、ハジメ君!あ、あ、ああああああああれ!ま、町、まままちまちちちちち町の方に巨だだだだだだだだ大な……!」

 「ああ、知ってるさ。あれが怪獣だ。だから言っただろう、逃げろって。俺たちが正しかったろ」

 

 完全に混乱状態だった愛子だが、ハジメが落ち着いた状態で問いかけるとその様に一瞬呑まれ、それに連動するように彼女は落ち着きを取り戻す。

 

 「な、何で……ハジメ君……そんな………」

 「何回か遭遇してるからな。それでもかなりビビり散らしてるんだが……それよりも、何があった?予想は付くけど……」

 

 ハジメの言葉に愛子はえ、と声を上げてようやく周囲を見渡し、状況を把握し、

 

 「こ、これは!?い、一体何が……!?」

 「気づいてなかったのか……もういい。先生は他の面子を正気にさせてくれ。俺は他の避難民を何とかする」

 

 そう言うとハジメは未だ混乱している避難民の方に走っていく。そこではすでにユエ、シア、ティオが混乱を収めようと必死になっていた。

 

 「シア!」

 「ハジメさん!ヤバいです、全然収まりません!冒険者の人たちも手伝ってくれてますが、あまりにも数の差が……!」

 

 いかにユエとシアとティオが化け物じみた強さを持っていようと、大勢の人間を傷つけず落ち着かせるとなると至難の業だ。

 そうしているとまた人と人がぶつかり合い、けが人が出る。流石にこれ以上は不味い、と判断したハジメはシュラーゲンを取り出すと、その銃口を天に向け、纏雷をチャージ、そしてためらいなく発砲する。

 ドォォォォォォォォォン!!と天をつんざくような轟音が轟き、思わず避難民たちはびくりと肩を震わせ、動きを止め、ハジメに視線を向ける。

 全員の注意が自分に向いた瞬間、ハジメは軽く威圧を放ちながら声を張り上げる。

 

 「全員落ち着け!!ここでバタバタしたって意味がない!早く逃げたいなら落ち着いて逃げろ!それと!ちょっとは自分の足元とか周りを見ろ!ほかの面子を踏んづけてるんじゃねえぞ!」

 

 その声に彼らは一瞬息を呑み、そこでようやく自分たちが人を踏みつけたり、突き飛ばしていることに気づき、慌てて退き、手を差し出したりしている。

 とりあえず落ち着いた、とハジメが息を吐いた瞬間、

 

 「ハジメ!冒険者が言ってた。避難民の多くがでたらめに逃げ出しているって!」

 「それって………四方八方に散り散りになったって事かよ……」

 

 ユエの報告に最悪だ、とハジメが顔をしかめた瞬間、

 

 ゴァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!

 

 咆哮が轟き、全員が顔を向ければ、ゴジラがメトシェラを尾で吹き飛ばすところだった。

 そこでゴジラの変化が訪れる。尾の先端が青白く発光し、それがゆっくりと背中の背びれに向かって登っていってるのだ。

 それは日の光の中でも周囲を照らすほどに鮮烈な輝きであり、彼らは思わずその光景に魅入ってしまう。

 そしてその輝きが最高潮になった瞬間、ゴジラの口から熱線が放たれ、メトシェラを直撃する。メトシェラは悲鳴を上げ、その巨体が揺らぎ、爆発と共にその巨体が吹き飛び、地面に叩きつけられる。そのそばに圧し折れた牙が突き刺さる。

 が、メトシェラはすぐさま起き上がり、ゴジラを睨みつけ、ゴジラもまたメトシェラを睨む。瞬間、何キロも離れているはずなのにこちらの空気までビリビリと張り詰めたように感じ、全員が息を殺しながらその光景を見つめる。

 少しして、メトシェラがゆっくりと身を伏せ、首を垂れると、ゴジラが天を揺るがすような咆哮を轟かせる。

 

 「………兄貴の勝ちか」

 

 そう呟き、ハジメはふう、と大きく息を吐き、それと同時に噴出した汗をぬぐう。ここまでずっと極度の緊張状態だった心がようやく緩み、それと同時にそれ程疲れる行動をしていないにもかかわらず、息が荒くなる。見れば、ユエとシアも同様だった。だが、意外にもティオはそうではなく、ただただ食い入るようにゴジラの姿を見つめている。

 

 「は、ハジメ君……これは………」

 

 その後ろから愛子が恐る恐ると言った様子で話しかけてくる。他の生徒たちも一緒で、どうにかなったようだ。

 

 「ああ、決着はついた。兄貴の勝ちだ」

 「兄貴って……な、何言ってんだ?どこに神羅が……」

 

 玉井が困惑しながら言った瞬間、

 

 「神獣だ……」

 

 ポツリと避難民の中からそんな声が漏れる。

 ハジメ達が顔を向けた瞬間、

 

 「神獣様だ……神獣様が駆けつけてくださった……」

 「俺たちの危機に神獣様が目覚めたのか……!」

 「そうだ!きっとそうだ!神獣が助けてくれたんだ!」

 「ああ、神獣様……!」

 

 その声は瞬く間に伝搬し、避難民たちはその場で跪き、口々に感謝の言葉を紡ぐ。

 

 「神獣って……まさか、あの黒い奴の事?」

 

 優花が困惑気味にそう呟く中、ハジメ達は当然の流れか、と微妙そうな表情を浮かべる。

 あまりにも強大な存在を目の当たりにしたとき、自分たちのようにそれに立ち向かおうとするものはごく少数だ。それ以外は、それも多少なりとも神の存在を信じる者ならば、選ぶ道は一つ。その対象を畏怖し、崇め奉る事だろう。特にウルの町には神獣伝説と言うものもある。彼らがそれになぞらえてゴジラを崇めるのは当然の流れと言える。そうすることで彼らはその対象への絶対的な恐怖を誤魔化す。そうしなければ、自分たちの心は恐怖で壊れてしまうから。

 口々にゴジラへの感謝と助かったことへの喜びを口にしている避難民を見て、ハジメはこれからの行動を考える。とりあえずここはもう大丈夫だろう。怪我人はかなりいるが、もしものために買っておいた回復薬を置いて行けば何とかなるだろう。問題は離散した避難民たちだ。一体どこにいるのか、どれぐらい暴走したのか見当がつかない。このままでは魔物の餌食になってしまうが………

 どうするか、とハジメが唸っていると、周囲が再びざわめき始める。

 何事かと顔を向ければ、メトシェラがゆっくりと立ち上がり、そして白い目でゴジラを睨みながらも背を向け、そのまま山脈に向かって歩いていく。凄まじい巨体ながらメトシェラは山脈を乗り越えていき、最終的にはその向こうに消えて行った。

 どう言う事か、なぜとどめを刺さないのかと周囲が疑問の声を上げていると、ゴジラは大きく咆哮を上げ、自分もゆっくりと背を向け、静かに歩き出す。

 どこに行くのかと見守っていると、ゴジラはウルディア湖に向かっていき、その巨体を湖に沈めるとそのまま泳いでいき、最後には完全に湖の中に消えてしまう。

 ますます避難民たちは困惑を露にし、どう言う事かと言葉を交わしていくが、不意に、

 

 「そうか!きっと神獣様も目覚めたばかりで力を取り戻せていないのだろう。それでとどめを刺すことはできなかった。だが、今後も我らをお守りするために力を蓄えるつもりだ。あの魔物をウルの町には近づけぬために湖に身を潜めて!」

 

 騎士の一人がそんな事を口にすると、周囲の面子がなるほど!と同調を始める。

 

 「……ハジメ、あれ、いいの?」

 

 ユエが呆れたように彼らを見ながら問うと、ハジメはため息を吐きながら頭を掻き、

 

 「まあ、いいだろ。兄貴が神獣って言う事には気付かないだろうし、旅立ちには支障がない。ただ湖への信仰心がさらに高まるだけだ。こっちで納得させる手間が省けたしな。兄貴には説明が必要だろうけど」

 

 そう言うとハジメは4輪に向かって歩いていく。

 

 「は、ハジメ君。どこに……?」

 「兄貴の所だ。決着もついたみたいだし、色々と話したいこともあるしな」

 「そ、そうだ!おいハジメ!さっきのどう言う事だよ!神羅の勝ちって……」

 

 慌ててクラスメイト達がハジメに詰め寄ってくると、彼は軽く肩をすくめ、

 

 「気になるなら一緒に来いよ。見たほうが早いだろうしな」

 

 そう言って手を振って促す。その言葉にクラスメイト達は小さくうめき声を上げてためらいを見せる。まあ、確かに。あんな戦闘があった場所に向かうなど、そうできる事ではない。

 愛子も恐怖を見せていたが、ぶんぶんと頭を振ると、行きます!と口にし、するとクラスメイト達もならば、と同行の意思を見せる。

 ハジメは小さく息を吐いて4輪に乗り込み、それに気づいたユエ達が近づいてくるが、

 

 「悪いが、3人は離散した避難民の捜索と救助を頼む。流石に放っておくのはな……」

 

 その言葉にユエとシアはん、と一瞬口元を曲げるが、少ししてそれもそうか、と判断し、頷く。

 

 「それじゃあ、気を付けて」

 「ああ、そっちもな」

 「では……って、ティオさん!何時まで呆けてるんですか!」

 

 シアがティオを元に向かうと、呆けていると思われたティオは何かを考えるように目を閉じていた。

 

 「……ティオ?どうしたの?」

 「え?ああ、ユエか………どうしたのじゃ?」

 「どうしたって……しょうがないですね。私たちは散らばった避難民を捜索します。ハジメさんは先生たちを連れて神羅さんと合流するみたいですけど」

 「合流………そうか……そうなのか………」

 

 ティオは小さくそう呟くと、

 

 「一つ確認がしたいのじゃが………神羅殿はあの黒い竜が本当の姿なのか?」

 「ん。私も初めて見たけど、前、似た姿になったのを見たから間違いない」

 

 ユエの言葉にティオはそうか、とまた呟き、何かを決意したような表情を浮かべる。

 一方、ハジメは押し込まれた清水に驚く愛子たちをなだめ、いざ出発、と言うところまで来ていた。

 

 「そいつは後にして、それじゃあ「待ってくれぬか、ハジメ殿」なんだ?ティオ」

 

 そこにティオが後ろにユエとシアを連れて近づいてくる。

 

 「ハジメ殿に頼みがある………妾も一緒に連れて行って欲しいのじゃ」

 「連れて行ってッて……なんでまた……」

 「その……個人的な事なのじゃが、神羅殿と改めて顔を合わせておきたくなっての……ユエとシアはいいと言ってくれたんじゃが」

 

 ハジメが二人に視線を向ければ、二人とも頷き、

 

 「冒険者や騎士も使えば何とかなる」

 「なんか、ティオさんの様子がおかしかったので、そうしたほうがいいかなと」

 

 その言葉にハジメはふむ、と唸り、ティオを見やる。確かに今の彼女は何か様子が違う。

 彼女は竜だ。怪獣でもある兄に何か感じたものがあるのかもしれない。

 

 「……二人がそう言うなら、いいさ。乗れよ」

 「感謝する」

 

 ティオは頭を下げると4輪に乗り込み、それを確認してからハジメは4輪を走らせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ひっでぇもんだな……」

 

 ウルの町と北の山脈の間の平原であった場所を見て、ハジメは頬を引くつかせ、愛子たちは愕然としていた。

 そこはもはや平原ではなく、更地とすら表現できないありさまだ。例えるなら隕石の落下地点だろうか。無事な地面はほとんどなく、盛大にめくれ上げられている。いくつものクレーターのような巨大な穴が点在し、無数の木々の残骸が墓標の用に突き刺さっている。死の大地、と言われたら信じてしまいそうなありさまだ。

 この平原にはウルの町の耕作地帯も数多くあったはずだが、恐らく全滅だろう。

 ハジメは4輪を走らせ、整地機能も使って進んでいき、ウルディア湖の湖畔にたどり着き、下車する。愛子たちも続々と下車し、戸惑いながら湖を見つめる。

 ハジメは照明弾を取り出すと空に向かって放ち、しばし待つ。

 少しすると、湖面が大きくうねり、そこからいくつもの巨大な背びれが現れると、それに続いて巨大な頭部がゆっくりと顔を出す。

 ゴジラが唸りながら顔を出し、ハジメ達に視線を向ける。その視線に愛子たちは怯えたように体を震わせ、ペタン、と尻もちをつく。

 それを見て、ゴジラは大きく鼻を鳴らし、ハジメとティオに目を向ける。彼らは圧倒されてはいるが、腰を抜かしてはおらず、ハジメが大きく頷く。

 ゴジラは軽く吠える。それだけで中々の強風が吹き荒れる。そしてそれと同時にゴジラの巨体から黒い煙のような魔力が噴き出し、それに伴って巨体が縮んでいく。魔力が噴き出すにしたがって巨体は小さくなっていくが、その魔力は霧散したりせず、頭上に滞留する。

 そして最終的に、目の前で黒い霧のように漂う魔力は今度は今までとは逆に何かに吸い込まれるように収束していき、それが全て一つの影に飲み込まれる。それは首に手を当てコキコキと骨を鳴らす神羅だった。

 それを見て、ハジメは大きく息をつく。

 

 「やっぱ兄貴だったか」

 「まあ、疑うのは仕方ない。だが……なぜ畑山教諭たちも一緒に?てっきりお前達だけかと……それにティオ・クラルスもとは……」

 「事情説明は必要かと思ってな……まあ、ちょっと刺激が強すぎた気もするが……」

 

 ハジメは腰を抜かしている愛子たちを見て、失敗したか、と頭を掻いている。

 

 「妾は自ら望んでの………本当にあの竜が神羅殿だったとは……」

 「竜ではないがな……」

 「は、ハジメ君……これは一体……どう言う事なんですか……?本当に………何が……」

 「とりあえず、説明をするとするか」

 

 そこからハジメと神羅は怪獣と言う存在、そして神羅がその一人で転生した者であると言う事を説明していく。

 最初は信じられないと言った様子の愛子たちだったが、目の前での変化、更には先ほどまでの戦いを見てたこともあり、最終的には信じたようだ。もっとも、その結果クラスメイトのほとんどは神羅に怯えたような視線を向けているが。愛子と優花は恐れを抱きながらもそれだけではないように見える。

 そして説明を終えたところで神羅は何かを思い出したように眉を動かす。

 

 「そう言えばハジメ。清水は?シアに渡したのだが……」

 「ああ、車の中にいるよ。って、兄貴が見つけたのか?」

 「ああ。奴の場所を見つけ、向かう途中に見かけたので、ついでにな」

 「なるほどな………そんじゃあ、そろそろ……事情聴取でもするか」

 

 その言葉に愛子は沈んだ表情を浮かべ、4輪に顔を向ける。



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第48話 罰

 この作品、初期の頃のプロットの一つに雫がハジメのヒロインと言う設定がりました。地球にいたころから付き合っていたという具合で。神羅と香織をくっつけようと結託していたらいつの間にか……みたいな感じで。

 それはそうと、最近メッセージで更新を聞いてくる人がいますが、やめてください。そう言う事をされると気分が悪くなります。今後は絶対にやめてください。


 破壊しつくされた平原に停車している魔力駆動4輪の傍に奇しくもウルの町にいる地球組の全員がそろっていた。

 

 「我ながらかなり派手にやったのだが……まだ起きぬとは……気絶させ過ぎたか?」

 「ある意味大物だな……」

 

 ハジメと神羅は目の前で未だに気絶し、横たわっている清水を見て、呆れたように息を吐く。そして仕方ないので神羅がウルディア湖から大量の水を容器に入れて持ってくると、それを顔面にぶっかける。

 

 「………ゴブッ!?ゴベッ!ガハッ!?」

 

 大量の水にせき込み、ようやく意識を取り戻した清水は一瞬状況が理解できなかったのかぼんやりしていたが、愛子が呼びかけた瞬間、はっと状況を理解する。

 

 「なっ!?こ、ここは!?どうして俺……!」

 「我がお前を捕まえてここまで運んだのだ。ああ、言っておくが言い訳は意味がないぞ。我自身、お前があの魔物の大群に対して司令官ぶっていたのは確認済みだからな」

 

 そう神羅が言うと、清水は彼を見てなっ!?と声を引きつらせる。

 

 「し、神羅!?ど、どうしてお前が……死んだんじゃないのかよ!?」

 「我だけではない。ハジメも生きているぞ」

 

 そう言ってハジメを指させば、清水は最初は分からなかったようだが、すぐにハジメであることに気づく。

 

 「ど、どうしてお前らが……い、いや!その前にどうやって俺を!?俺の魔物は!?」

 「ああ、あれなら我らの方で全滅させた。少々手間取ったがな。その前にお前を確保できたのは幸運だったな……」

 

 そう言って神羅が破壊しつくされた平原を指さし、清水はその光景を見た瞬間、愕然とした表情を浮かべる。

 実際は違うのだが、そうなると怪獣の事やら何やらを改めて説明しなければならなくなり、そしてそこまでしてやる道理はないので伏せたまま話を進める。

そもそも、清水が集めたと言う魔物たちは平原に来てすらいなかった。恐らく、山を進んでいる間にゴジラとメトシェラの殺気に当てられ、生存本能から洗脳が強制的に解除、後は本能のままにめちゃくちゃに逃走したのだろう。

 そして知らないうちに自分がそろえた軍勢が全滅していた(と言う事になっている)清水はそのままがくりと項垂れ、

 

 「そんな……ふざけんな……俺が主人公だろうが……」

 

 ぶつぶつと清水が呟いていると、愛子が近づき、目線を合わせる。

 

 「清水君、落ち着いて下さい。誰もあなたに危害を加えるつもりはありません……先生は、清水君とお話がしたいのです。どうして、こんなことをしたのか……どんな事でも構いません。先生に、清水君の気持ちを聞かせてくれませんか?」

 

 すると、一瞬愛子に視線を向けるも、すぐに顔を俯かせ、ぶつぶつとまた呟き始める。

 

 「なぜ? そんな事もわかんないのかよ。だから、どいつもこいつも無能だっつうんだよ。馬鹿にしやがって……勇者、勇者うるさいんだよ。俺の方がずっと上手く出来るのに……気付きもしないで、モブ扱いしやがって……ホント、馬鹿ばっかりだ……だから俺の価値を示してやろうと思っただけだろうが……」

 「てめぇ……自分の立場わかってんのかよ! 危うく、町がめちゃくちゃになるところだったんだぞ!」

 「そうよ! 馬鹿なのはアンタの方でしょ!」

 「愛ちゃん先生がどんだけ心配してたと思ってるのよ!」

 

 反省どころか、周囲への罵倒と不満を口にする清水に、玉井や園部など生徒達が憤慨し、怒声を上げるが、愛子はそれを抑えると続けて清水に質問する。

 

 「そう、沢山不満があったのですね……でも、清水君。みんなを見返そうというのなら、なおさら、先生にはわかりません。どうして、町を襲おうとしたのですか? もし、あのまま町が襲われて……多くの人々が亡くなっていたら……多くの魔物を従えるだけならともかく、それでは君の価値を示せません」

 

 愛子の言葉に清水は顔を上げると卑屈そうな笑みを浮かべ、

 

 「……示せるさ……魔人族になら」

 「なっ!?」

 

 その言葉に愛子たちは驚愕の声を上げ、ハジメ達は軽く眉を上げる。

 

 「魔物を捕まえに、一人で北の山脈地帯に行ったんだ。その時、俺は一人の魔人族と出会った。最初は、もちろん警戒したけどな……その魔人族は、俺との話しを望んだ。そして、わかってくれたのさ。俺の本当の価値ってやつを。だから俺は、そいつと……魔人族側と契約したんだよ」

 「契約……ですか? それは、どのような?」

 「……畑山先生……あんたを殺す事だよ」 

 「……え?」

 

 その言葉の意味が一瞬分からなかったのか愛子は間抜けな声を上げ、他のクラスメイト達もポカンとしているが、神羅達は冷静にその理由を推察する。

 

 「なるほど。畑山教諭は作農師。国の食料事情を大きく改善させる能力を持っている」

 「戦争において兵站事情は何よりも重要だからな。そこを潰そうとするのは当然か………しかし、そうなると魔人族は俺たちの事情をそれなりに把握しているみたいだな」

 「教諭を狙うのは当然だが、他の面子の面と能力を把握しているようだしな……そもそも魔人族はライセン大峡谷を挟んだ向こう側に暮らしている。そいつらがこんなところまで来ているとは……魔人族側も本格的に動き出したか」

 「となると、その魔人族が見張りでいるかもしれぬのう……」

 

 ティオがさりげなく周囲を見渡すが、ハジメがすぐに首を横に振る。

 

 「いや、もういないだろ。あんな化け物を見ちまったら、さっさとその情報を国に持ち帰るのが最善だろうし」

 「確かに……」

 

 そう言っていると、言葉の意味を把握した生徒たちが清水を睨み、その圧に彼は身をすくませるが、構わず、さらに口を開く。

 

 「何だよ、その間抜け面。自分が魔人族から目を付けられていないとでも思ったのか? ある意味、勇者より厄介な存在を魔人族が放っておくわけないだろ……豊穣の女神……あんたを町の住人ごと殺せば、俺は、魔人族側の勇者として招かれる。そういう契約だった。俺の能力は素晴らしいってさ。勇者の下で燻っているのは勿体無いってさ。やっぱり、分かるやつには分かるんだよ。実際、超強い魔物も貸してくれたし、それで、想像以上の軍勢も作れたし……だから、だから絶対、あんたを殺せると思ったのに! 何だよ! 何なんだよっ! 何で、六万の軍勢が負けるんだよ!お前ら本当に何をしやがったんだよ!?」

 

 最初は嘲笑するように呆然とする愛子を見ていた清水だったが、話している内に興奮を露にし、その矛先を神羅達に変えて喚き立て始めた。

 様々な負と狂気を宿し、ヘドロのような光を放つ目をしかしハジメはくだらないと言うように、神羅はその全てを見透かすような目で真っ向から睨み返す。

 その怯まない眼力に清水は圧されるように言葉を詰まらせ、その隙に愛子は清水の手を取る。

 

 「清水君。落ち着いて下さい」

 「な、なんだよっ! 離せよっ!」

 

 清水は愛子の手を振りほどこうとするが、彼女は決して離さないと言うように力を強め、口を開く。

 

 「清水君……君の気持ちはよく分かりました。特別でありたい。そう思う君の気持ちは間違ってなどいません。人として自然な望みです。そして、君ならきっと特別になれます。だって、方法は間違えたけれど、これだけの事が実際にできるのですから……でも、魔人族側には行ってはいけません。君の話してくれたその魔人族の方は、そんな君の思いを利用したのです。そんな人に、先生は、大事な生徒を預けるつもりは一切ありません……清水君。もう一度やり直しましょう? みんなには戦って欲しくはありませんが、清水君が望むなら、先生は応援します。君なら絶対、天之河君達とも肩を並べて戦えます。そして、いつか、みんなで日本に帰る方法を見つけ出して、一緒に帰りましょう?」

 

 話が進むにしたがって清水は次第に顔を俯かせて黙っていき、何時しか肩を震わせていた。それを見た生徒たちは清水が愛子の言葉に心を震わせ泣いているのだと思った。

 そして、愛子が肩を震わせる清水の頭を撫でようと身を乗り出した瞬間、清水は握られた手を「そこまでだ」

 その瞬間、愛子の後ろから伸びた手が上げられた清水の顔を鷲掴みにする。

 突然の事に全員が驚愕の表情を浮かべる中、神羅は清水をそのままつるし上げ、歩く。

 

 「ぐ、がっ……!て、テメェ……!」

 

 清水はジタバタともがくとどこからか取り出した針を神羅の腕に叩きつける。だが、それは枯れ枝のようにあっさりと圧し折れる。それを見て、神羅はふう、と息を吐く。

 

 「なるほど……教諭を人質にしようとしてたか……嗚咽も何も聞こえなかったからもしやと思ったが……」

 「な、なんで……この針には人を数分で殺す毒が……」

 「あいにくとそんなに柔ではない。それに、その程度の毒も我には一切効かん」

 

 神羅がこともなげに告げると、清水は益々顔を歪め、

 

 「ふっっっっっっっざけんな!!そんな事があるかくそが!馬鹿にしてんじゃねえぞ!俺が!俺が特別なんだよ!俺が主人公なんだぞ!お前等みたいな馬鹿は俺の言いなりになってりゃいいんだよ!俺が勇者なんだよ!だから全部俺の物なんだぞ!」

 

 さんざんに喚き散らし、激しく暴れるが、神羅の腕は微動だにしない。そして神羅はどこまでも冷めた目で清水を見つめ、

 

 「……くだらんな。どこまでも………最終通告といこう。これ以上勝手な事を喚き、そして我らに対し害意を見せるなら、こちらもそれ相応の対処をする。今ならばまだマシな対処で済ませてやるが?」

 

 そう言ってハジメに視線を向ける。その視線を受け、ハジメは神羅の意図を理解し、宝物庫から一つの首輪を取り出し、神羅に放り投げる。

 

 「ハジメ殿、それは?」

 

 今まで黙って行く末を見つめていたティオが疑問に思ったのかハジメに問いかける。

 

 「あれは封印石で作られた首輪だ。首にはめれば、魔法の発動を防ぐことができる。つまり、あいつに使えば、外さない限り二度と魔法を使う事はできない。あいつにとっては絶望そのものだろうな。ま、因果応報だけど」

 

 なるほど、とティオが頷いていると、神羅も同じ事を清水に言ったのか清水は愕然とした表情を浮かべ、次の瞬間には顔が赤くなり、更には青くなり、遂には白くなり、

 

 「っざけんじゃねぇ!そんなの許されることなわけねえだろ!俺の!勇者の!主人公の力を封じるなんてくそが!黙れ!黙ってお前は俺に従いやがれ!俺の力を見せてやる!この場の男を全員皆殺しにしろ!女どもを俺の物にしろ!」

 

 そう言って清水は闇魔法で神羅を洗脳しようと言うのか詠唱を始める。それを見た愛子たちが慌ててやめるように、落ち着くように言うが、清水は聞く耳を持たない。そして、神羅はそれを見ても冷静だった。どう考えても、成功するはずがない目論見。警戒する理由がない。そして、それが最後の一歩だった。

 

 「………ここで少しでも動かなければよかったものを……愚かな男だ。ならばお前には、相応の末路を与えてやろう」

 

 そう言うと、神羅は封印石の首輪を後ろに放り投げる。突然の事にハジメとティオは目を丸くし、慌ててそれを受け止める。どう言う事だろうか。これを嵌めるんじゃないんだろうか。

 それから神羅は何故か清水の体を掴み上げたまま探りはじめ、ステータスプレートを見つけるとそれも同様にハジメたちの方に放る。

 

 「全員離れろ。下手に巻き込まれたら、どうなるか分からんぞ」

 

 そう言いながら神羅は愛子たちから距離を取る。彼女たちは急いで追いかけようとするが、それをハジメとティオが止める。彼がああ言うと言う事は本当に何かをする気なのだ。

 そして立ち止まったところで清水の詠唱が完了し、神羅に闇魔法による洗脳が襲い掛かるが、神羅は顔色一つ変えず、

 

 「昔から言うであろう?罪には罰とな」

 

 そう言うと神羅の身体からチェレンコフ色の魔力が立ち上り、そして次の瞬間、

 

 「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 その魔力の一部が清水の体に流れ込み、清水は絶叫を上げる。

 「清水君!?」

 

 その様に愛子が顔色を変えて駆け寄ろうとするが、それをハジメが抑える。

 

 「ハジメ君!?離してください!」

 「そうはいかねぇ!あれだけの魔力だぞ!?」

 

 ハジメが吠えると同時に唐突にふっと魔力が消失する。それと同時に神羅は清水を放り投げる。

 尻もちをつく清水を見、神羅が振り返って頷いた瞬間、愛子は慌てて駆け寄り、ハジメ達と他のクラスメイトもまた神羅の傍に向かい、清水の様子を伺う。

 意外なことに、清水の身体には傷らしい傷はなく、一見するとダメージを負ったようには見えなかった。

 

 「清水君!大丈夫ですか!?」

 

 愛子はすぐに清水を助け起こそうとするが、その瞬間、清水はにたりと笑みを浮かべると、愛子の頭に手をかざし、

 

 「俺の勝ちだぁ!俺に従いやがれ!」

 

 その言葉に全員が清水が愛子に暗示をかけようとしていると気づき、思わず阻止しようとしたが、直ぐに、ん?といぶかしげな表情を浮かべる。

 なぜなら、何も起こっていないからだ。魔力のような物は一切無く、ハジメの魔眼石にもなんの反応もない。愛子も何かされている様子はないようで、困惑の表情を浮かべている。

 最初は勝ち誇った笑みを浮かべていた清水だが、次第に何も起きていないことに気づき、戸惑った表情を浮かべると、再び詠唱を始める。が、今度はすぐに気付いたようだ。

 

 「な、なんだこれ……なんで……魔力が………」

 

 そう。詠唱しても魔力が動く気配が一切ないのだ。それどころか、今気づいたが、全身が少しばかり重くなっているように感じる。

 それを見ていた神羅はハジメに清水のステータスプレートを、言い、ハジメが清水のステータスプレートを取り出して神羅に差し出すと、彼はそれを受け取り、清水の手を取り、爪で指先を傷つけ、垂れた血をステータスプレートに付着させる。

 その内容を確認すると、神羅は小さく頷く。

 

 「成功か……」

 「て、テメェ!俺に何をしやがった!なんで魔法が……!」

 「自分の目で確認しろ」

 

 そう言って神羅がステータスプレートを放れば、それを清水は掴んで、慌てて内容を確認する。

 

 「…………………………は?」

 

 その瞬間、彼はまるでありえないものを見たかのような表情を浮かべる。

 心配になった愛子が横からステータスプレートを覗き見て、驚愕に目を見開く。

 

 清水幸利 17歳 男 レベル:0

 

 天職:

 

 筋力:0

 

 体力:0

 

 耐性:0

 

 敏捷:0

 

 魔力:0

 

 魔耐:0

 

 技能:

 

 全てが0になっていた。本来なら、闇術師と表示される天職も、上がっていたレベルも、ステータスも、あるはずの技能、その全てが無くなっていた。

 

 「こ、これは………!」

 

 愛子が呆然と声を発する中、神羅が口を開く。

 

 「最近疑問に思ったのだ。このステータスプレートと言うのは一体何を元にしてステータスを表示しているのか、とな。純粋に肉体能力を?いいや、それはない。この世界において、来たばかりのハジメは子供にも劣るステータスだった。つまり、この世界の全てのものがハジメにとっては重い物ばかりとなる。だが、そんな事はなかった」

 「あ、ああ……それは、確かに……」

 「ならば何をステータスプレートは表示している?遺伝、肉体情報も多少はあるだろうが、大本はなんだ?……我が考えたのは魔力だ。ステータスプレートが表示しているのは魔力による効果が大半ではないかと我は考えた。魔力以外のステータスはその魔力を使って自然に強化された値、魔力は強化に回されていない自由に使える魔力、魔力を変質させ、発現させやすい特性を技能や魔法。そして魔力その物による性質を天職と言った具合にな」

 「……何が、言いたいのじゃ?」

 「そして我には魔壊と言う技能があってな……まあ、その名の通り、魔力を破壊する物なのだ」

 

 そこで呆然と話を聞いていた清水はその可能性にいたり、顔を蒼白にし、ガチガチと歯の根を鳴らす。

 

 「ま、まさか……お前……」

 「ああ、そうだ。その魔壊を全力でお前に叩きこみ、お前の中の魔力を完全に破壊しつくした。我の考えが正しければ魔力が破壊しつくされるとステータスプレートには何も表示されない。つまり、お前はもう魔力を持たない、ただの地球の人間だ」

 

 その言葉に清水は死亡宣告を告げられたような、絶望一色に染まった表情を浮かべる。更に言えば、周りの生徒たちも驚愕に目を見開き、更に慌てて神羅から距離を取る。まあ、自分たちの力を破壊できる、と言われればそうなるだろう。

 

 「で、でたらめを言うな!そんな事起こる訳が……!」

 

 清水はそう言って再び詠唱を始めるが、やはり魔力を感じられないのか何度もやり直す。だが、結果は変わらない。何度やろうと魔力は感じない。狂ったように何度も詠唱を繰り返す清水に愛子が声をかけようと肩に手を置く。その瞬間、清水は詠唱をやめ、ガクリと膝をつく。

 

 「う、嘘だ……そんな事ある訳……俺の……勇者の力が……消えるはずが……」

 「お前には不相応の力だったと言うだけだ……ただの人間となって、己を見つめなおす事だな」

 

 それだけを言うと神羅は視線を切る。清水はそのまま糸の切れた人形のように項垂れる。

 

 「嘘……そうだ、嘘だ……嘘に決まっている……有り得ない……俺は勇者なんだ……俺は主人公なんだ……こんなことが起こるわけがない……夢……そうだ、夢だ。こんなものはただの悪い夢だ……いつの間に寝たんだ、俺は……起きろよ。早く起きろよ……起きてくれよ……」

 「し、清水君……!神羅君!いくら何でもやりすぎです!」

 

 壊れたように呟き続ける清水に手をやりながら愛子が神羅に対し、声を荒げるが、

 

 「相応の末路だろ。そいつのしでかそうとした事を考えれば。町を破壊しようとし、そして許そうとした恩師を操り、害そうとした。これだけの事をやらかして、殺されなかっただけマシだろう」

 「でも、だからって……!」

 「……我の眼も曇っていたと言う事か………」

 

 それだけを言うと神羅は小さく息を吐く。

 その姿をハジメはじっと見ていたが、そっと視線を愛子に向け、

 

 「悪いけど先生、俺は兄貴が間違っているとは思わない」

 「え?」

 「罪には罰。これは地球でも当然の事だ。やり直させるのは悪い事じゃないと思うけど、その間には罰が必要だ。そいつは罰が必要なほどの事をしたし、能力も厄介すぎる。それに、もしもそのまま戻ったなら、きっと天之河が無条件で許して、仲間にする。そうしたらまた同じことが起きるぞ。そうしないためにも、先生。教師であり、大人であるあんたが、やり直させる前にそいつに罰を与えなきゃならなかった。たとえ嫌われても。違うか?」

 「そ、それは………」

 「でもしなかった。だから兄貴がしたんだ。もう一人の大人である兄貴が……俺はそう思うよ」

 「……………そうじゃな」

 

 その言葉にティオも同意し、愛子はあ、う、と言葉に詰まる。

 事実だからだ。確かに、彼らの言う通りだ。少なくとも、彼らは間違っていない。だが、それでも……

 

 「そんなものじゃないが………まあいい。これで後顧の憂いは無くなった。ここでやることは終わったが……どうする、ハジメ。ユエ達と合流したら出発するか?」

 「いやぁ……流石にここまでの惨状を放るのは……簡単な手伝いをしてから出発しようぜ」

 「妾も手伝うぞ。このまま何もしないのは竜人族として出来ぬからな」

 「そうか……では、我も尻拭いをするか」

 

 そう言う彼らをクラスメイト達は怯えた表情で見つめており、愛子は何とも言えない微妙な表情を浮かべ、清水はただひたすらにぶつぶつと同じことを呟いていた。



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第49話 覚悟とは

 前回のステータスの考察は完全に自分オリジナルですので。

 ついに公開されたゴジラVSコングの予告映像。めちゃくちゃ凄かったですね。今年は今まで以上にゴジラな年になりますねぇ!
 そして自分が映像で一番興味をひかれたのが、ゴジラとコング二匹が乗り、戦って、沈まない空母でした。

 なお、映画を見た後、もしかしたら投稿済みの話に変化がつくかもしれません。そん時は連絡します。

 今回で3巻は終了です。


 「これはまた……凄い状況ですね……」

 「………まさに天変地異」

 

 ハジメと離れてからしばらく。日が傾き始めたころ、ユエとシアはウルの町にたどり着いていた。

 あの後、ユエとシアは周辺の捜索に赴いた。犠牲が出ている可能性も考慮しての捜索だったが、意外にも見つかる人々は散り散りになってはいたが、犠牲者はいなかった。どうやら魔物たちもまたゴジラとメトシェラの戦闘に恐れおののき、逃げだしていたようだ。おかげで散り散りになった避難民達は魔物と遭遇せずにすんだようだ。だが、それでも怪我人はかなりの数になっている。擦り傷、打撲はまだいい。中には骨折している者もおり、とてもじゃないが、すぐには動くことはできそうもない。そのため、彼らは動けない者を収容する仮設キャンプを設営。少しでも動けるようになるまで、全員が残る事になったのだが、それと並行して、ユエとシアが町まで戻り、物資の運搬、それと出来ればハジメ達と合流した後、出来る限りの馬車を手配してほしいと言う話が持ち上がった。

 最初はどうしようかと迷った彼女たちだったが、ウィルが依頼として申請してきてた事、更に言えば、好き好んで見捨てようとも思わなかった事もあり、無碍に断ることはせず、ハジメ達に相談すると言って、ありったけの回復薬(神水は除いて)を残し、ここまで戻ってきていた。

 目の前の惨状を見て軽く身震いをするユエ達だったが、軽く頭を振って意識を切り替えると、ハジメ達を探し始める。

 と言っても彼らは意外とすぐに見つかった。ウルの町と北の山脈地帯を繋ぐ街道……否、街道だった物に繋がる北門に彼らは集合していた。

 二人が近づけば、神羅とハジメも気付いたのか手を振りかえし、そのまま彼らは合流を果たす。

 

 「お疲れ、二人とも。あっちはどんな様子だった?」

 「……怪我人が大勢。すぐに動くことはできない。一応みんな固まってキャンプをしている」

 「それで、ですね……ウィルさんや町の人たちから物資の運搬、馬車の手配をしてほしいと頼まれたんですが……」

 「その程度なら問題ない。元々、ある程度復興の手伝いをする話になったからな」

 

 そっかとユエ達は小さく頷き、

 

 「……それじゃあちょっと聞くけど……あいつどうしたの?」

 

 ユエが指さしたのは項垂れた状態でぶつぶつと覚めろ、覚めろと呟き続ける清水だった。愛子が付き添っているが、周りの状況が一切見えていないのか呟き続けている。

 

 「ああ、あれはのう……」

 

 それに対し、ティオが神羅と合流してからあった出来事を説明すると、二人は驚愕に目を見開き、シアは恐れおののくように肩を抱き、

 

 「そんなことまで可能なんですか……末恐ろしいですねぇ、神羅さん……」

 「と言っても、ほいほいできる物ではない。生きた肉体、と言うのはそれだけで物理強度はともかく干渉系にはそれなりの効果を発揮する鎧だ。恐らくだが、魔壊を直接、全力で叩き込まないと破壊し尽くす事は出ないだろう」

 

 神羅の言葉にシアはそうですか、とほっとしたように息を吐く。その隣で、ユエは目を見開いたままぱちぱちと瞬きをしていた。

 

 「どうした?ユエ」

 「え?あ、な、何でもない」

 

 ハジメが心配になって問いかけると、ユエははっとなった後、はぐらかすようにそう言う。

 

 「それじゃあ、しばらくはここに残ると言う事?」

 「そうだな……それとだ。今回は派手に暴れた。もしかしたら神の方で何か動きを見せるかもしれん。後手に回るが、そこら辺を確かめておきたい」

 「なるほど……ある程度復興が終わったら出発ですね?」

 「そう言う事だ」

 「少しいいかのう」

 

 ハジメ達の方針がまとまりかけたところでふいにティオが声を上げる。

 

 「ん?どうしたティオ。何か気になる事でも?」

 「いや、そう言うわけではない。ただ、復興が終わったらお主等はウィル坊を送り届けてまた旅に出るのじゃろう?」

 「うむ、その予定だが……」

 「その旅に妾も同行させてほしいのじゃ」

 

 突然の申し出にハジメたちは驚いたように目を丸くし、地球組も驚きを露わにしている。

 

 「ふむ……確かお前には外界からの来訪者の調査が……っと、我らもそれだったか」

 「まあの。じゃがそれ以外にも……」

 

 そこで一回言葉を区切ると、ティオは神羅と真っ直ぐに向き合い、

 

 「神羅殿。貴方と共に行きたいと思ったのじゃ」

 

 その言葉の真意が分からず、ハジメ達が首を傾げていると、ティオはその真意を語り出す。

 

 「何と言えばいいか……いや、嘘偽りなく答えよう。あの時、神羅殿が変異した姿を見た瞬間、妾の肉体が、心が、魂が理解した。貴方こそ、本当の王であると。この世界の全てのものがひれ伏し、首を垂れるべき王者であると妾の全てが認めたのじゃ………その圧倒的で、絶対的な強さに、その威風堂々たる姿に、妾はどうしようもなく魅せられてしまった。出来るならば、貴方と共に旅をし、少しでもその威容に近づきたいと妾が望んだ。故にこそ……」

 

 そこでティオは神羅に対し服従を示すかのようにひざをつく体制となり、頭を下げる。

 

 「貴方様の下に付き、共に行きたいと願ったのです」

 

 それはまるで仕えるべき主を見つけた従者のようで、ハジメ達は口を挟むことができず、視線が神羅に集中する。

 神羅はううむ、と難しそうな顔を浮かべ、後頭部をポリポリと搔いている。

 元々自分は自分勝手に生きてきただけだ。ただ己の縄張りを広げ、敵対するものに容赦はせず、最愛を守り、共に生きてきた。そんな生き方をこう称されると言うのは、前世でもなかった事だ。どうにも背中がむずむずする。

 神羅はそれを誤魔化すように軽く咳ばらいをし、

 

 「まあ、ついてくる、と言うのはこちらとしては別に問題はない。もっとも、安全は保証せん。他の怪獣と戦う事にもなるだろうし、命の保証は一切ない。それでも構わないと言うのなら、我はいいが。他の面子は?」

 「まあ、俺も別に……」

 「……大丈夫」

 「私も……はい」

 「なるほど……ならば、一緒に行くか」

 「ありがとうございます」

 「ああ、後。そう言う口調はやめてくれ。王として認められた後もそんな口調で話してくる輩はいなかった。普通に普段通りの口調で頼む」

 「それは……いや、神羅殿がそう望むなら」

 

 そこで話がつき、神羅は小さく息を吐くと視線を愛子たちに向ける。

 

 「さて……それで、お前たちはどうする?」

 「え、ど、どうするって……」

 「そのままだ。このままここに残って復興の手伝いをするか、それとも早く移動するかだ。早めに決めておいたほうがいいぞ」

 

 神羅の言葉に愛子は戸惑うように声を上げ、他の生徒たちもどうしようか、と言うように顔を見合わせる。あれほどの戦闘があった直後だ。すぐにその場から離れたいと思うのは不思議ではない。しかし、これほどの惨状を放っておくこともできず、迷っているようだ。

 その中で、優花はちらちらと神羅達に視線を向ける。それに気づいた彼らが首を傾げていると、大きく息を吐いて、優花は神羅の前に立ち、

 

 「あの……神羅……その旅関係でさ、何か、私にできる事ってある?」

 

 その申し出に神羅達は困惑と共に目を丸くし、愛子たちは驚きで目を丸くする。

 

 「それは……また急にどうした?」

 「えっと……さ……今回の件さ、完全にアンタやハジメたちに任せっきりだったじゃん?あの巨大な魔物も……あんたが撃退して………だからさ、何か……返したいと思って……」

 

 そう言う優花だが、その目には迷い、そして何よりも恐怖が浮かんでいる。

 

 「………それは、いわゆるご機嫌取りか?我と言う怪物の」

 

 その言葉に優花はびくり、と肩を震わせる。その言い方にハジメたちがそれは無いだろうと非難の眼差しを向けるが、神羅は気にしたそぶりもなく、優花に視線を向ける。

 愛子たちがオロオロとする中、優花は一瞬顔を俯かせるも、少しして、ふう、と息を吐いて顔を上げると神羅を見据え、

 

 「……そうね。正直に言うわ。怖い。あんなでかくなって、しかも滅茶苦茶に暴れて……地形すら変えちゃって……言い方は悪いけど、怖くないはずがない。でも、それでも、あんたがこの町を守るために戦ってくれたのは分かる。じゃなきゃ、町自体の被害も凄い事になってただろうし。それに、私たちを即座に逃がしてくれて……だから私たちは助かった……だから、感謝してるのも本当。ありがとう。そして、それに報いたいと思うのも本当の事」

 

 そう言い、だから、と続ける。

 

 「できる事があるなら、手伝いたいの。そりゃ、私はあんた達からしたら碌な力を持ってないかもしれないけど……それでも……」

 

 その目を神羅は静かに見据える。優花もまたその目を見返す。そこには変わらず恐怖があるが、覚悟もある。

 その何とも言えない緊張感にその場の他の全員が固唾をのんで見守っていると、神羅は唐突に宝物庫を光らせ、そこから鳥獣愛護のバンダナを取り出す。それを手に持った状態で口笛を吹く。しばらくすると、ぴぃーと言う鳴き声と共に昨日、道案内をしてくれた鳥が現れ、神羅の肩に留まる。

 神羅は鳥と目線を合わせ、何度も唸り声を発する。鳥もまたそれに答えるように何度も鳴き声を発する。それを何度か繰り返したところで、鳥は神羅の肩から離れると、そのまま優花に向かって飛んでいく。

 

 「え?ちょ、ちょっと!な、なに!?」

 

 突然の事に優花は目を白黒させながら狼狽え、鳥から逃げようとするが、鳥はそのまま優花の頭上に舞い上がると、そのまま旋回を始める。

 困惑しながらそれを全員が見つめていると、神羅は鳥獣愛護を優花に差し出す。

 

 「ならば、お前には我らとの連絡係を任せよう」

 

 え?と全員が首を傾げる中、神羅は説明をする。

 

 「内容は単純だ。この鳥と鳥獣愛護をお前に預ける。そして、何かあったらその鳥に手紙を持たせてこちらによこせ。そしたらこちらで対応を検討し、また鳥を使って連絡をする。所謂伝書鳩とその飼い主だ。鳥獣愛護はお前達でも扱える」

 

 それは……ハジメ達にとっては中々にありがたい事だった。幾らハジメたちが強く、様々なアーティファクトを持っていても、基本的には一組だ。一緒に行動している以上、得られる情報には制限がかかる。だが、もしも別行動をとっている者達と連絡が取り合えるなら、必然的に得られる情報量も増え、対策も立てやすくなり、ぐっと動きやすくなる。

 

 「えっと……伝書鳩って……それ、やるとして、ちゃんとたどり着くの?お互いに移動してるでしょ?」

 「問題ない。かつてそうやって連絡を取り合っていた連中がいる。実績は十分だ。本人も問題ないと言ってるしな」

 

 神羅がそう言うと鳥がぴゅい!と力強く鳴く。

 

 「で、どうするのだ?やるか、やらないか。今決めろ。ちなみに言っておくが、やった場合、厄介な連中に目を付けられる危険がある。身の安全は保証できないぞ」

 

 その言葉に優花は肩を震わせ、差し出された鳥獣愛護を見つめる。力になりたいと言ったのは本当だ。だが、それはいわば自分の我が儘で、それによってほかのみんなが危険にさらされるのは本意ではない。

 迷うように視線を彷徨わせる優花を見て、愛子は声をかけようとするが、その瞬間、言葉に詰まるように視線を彷徨わせ、一瞬神羅に視線を向けた後、小さく息を吐いてから声をかける。

 

 「……優花さん。その……私は構いませんよ……」

 「愛ちゃん先生……」

 「生徒のために教師が頑張るのは当然です。優花さんが本気でやりたいと思うのなら、先生はそれを応援します」

 

 その言葉に優花はしかし、迷うように目を伏せる。それからちらりと他のクラスメイトの方に視線を向ける。彼らは怯えるような反応を見せ、それから互いに顔を見合わせ、もごもごと口を動かす。すると、彼らは優花に視線を向け、恐る恐ると言うように頷く。

 それを見て、優花は小さく息を詰まらせ、それから再び迷うように視線を動かすが、少しして、大きく息を吐いて神羅に視線を向けると、鳥獣愛護を手に取る。

 

 「………いいわ。その役目、引き受ける」

 「……そうか。まあ、連中の件もある。連絡は本当に必要なときのみに、絶対に見過ごせない事態がそちらで発生した時のみにしておこう。それでは、物資輸送の件をやるか」

 

 神羅がそう言うと、ハジメ達は一様に頷き、立ち上がって動き始める。

 神羅もそれに続いて歩き出したが、不意に立ち止まると、愛子たちの方を振り返り、

 

 「最後に一つ言っておく。力がないとダメ、等と言うのはただの逃げだ。本当に覚悟があるものと言うのは、たとえ何の力がなくとも、動き、戦える者の事を言う」

 

 その言葉に生徒たちは何を言って、と言うように視線を向ける。その視線を受けながら、神羅は鼻を鳴らし、

 

 「かつてだ。かつて我が窮地に追い込まれたことがあった。我自身、手も足も出ない時、我を救ったのは、魔力も、何の力も持たないただの人間だった」

 

 その言葉にクラスメイト達が困惑する中、神羅の脳裏には幾人かの人間の姿がよぎる。

 大きなダメージを負い、回復に努めている中、己の命と引き換えにゴジラの力を運び込んだ一人の男。偽王が我が物顔でのさばっている時、偽王を他の怪獣から引き離し、時間を稼いだ一人の少女。偽王との戦いで援護をしてくれた者達。そして、三度追い詰められた時、奴を引き寄せ、自分が覚醒するまでの時間を稼いだ者。そこにどんな事情があったか、善悪の程はゴジラには分からない。だが、彼らがいなければ、自分は偽王には勝てなかった。それは紛れもない事実だ。最強の怪獣を救ったのは、特別な力を持たないただの人間達だった。

 

 「彼らは覚悟を持っていた。己の全てを使ってでも成し遂げなければならない事を自分で選び、それと向き合い、逃げずに、どれ程傷つこうと走り続ける覚悟を………お前らは、どうするのだ?」

 

 それだけを言うと、神羅は今度こそ、歩き去って行った。

 その後姿をクラスメイト達は何とも言えない表情で見つめ、優花は手元の鳥獣愛護をじっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、神羅とシアと言うパワー組が馬車を引いて怪我人を町に運び込み、その間にハジメが練成を使って整地を行い、ユエとティオが魔法を使って瓦礫や露出した岩などを取り除き、愛子が作農師の技能で土づくり、クラスメイト達がケガの手当てや薬草の採取などであちこちに走り回った結果、数日でウルの町はそれなりに復興した。

 まだまだ完全な復興には程遠いが、これ以上は町の人間に任せたほうがいいと判断した神羅達は当初の目的通り、ウィルを連れて町を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外界から完全に閉ざされたその空間は、しかし、ゴジラやメトシェラが暴れるのは厳しいが、動く分には問題ないほど広大だった。そこは一切の光源がないにもかかわらず、うすぼんやりとした緑の光に照らされ、周囲の様子を伺う事が出来る。

 その光に照らされ、何かが岩壁にあった。それは一見すると高さ数十メートルの三日月型の岩のように見える。だがそれはぬめりのような物を帯びており、見ようによっては生物の繭のように見える。

 だが、それは一切、何の動きも、反応もなく、そこに鎮座し続けている。そのせいか、それはやはり、岩にしか見えない。

 だが、岩の一角が唐突に、赤く、帯状に連続して点滅する。だが、その光はすぐに消え、それ以降、点滅することはなかった。

 故に、それは誰にも気づかれなかった………




 クラスメイト達は逆らったら力を壊されるのではという恐れから頷きました。
 
 


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第50話 再びフューレンにて

 はい、今回から4巻突入です。


 中立商業都市フューレンの活気は数日たっても相変わらずだった。

 高く巨大な壁の向こうから、町中の喧騒が外野まで伝わり、これまた門前に出来た相変わらずの長蛇の列が続いている。

そんな入場検査待ちの人々の最後尾に、実にチャライ感じの男が、これまたケバい女二人を両脇に侍らせて気怠そうに順番待ちに不満をタラタラと流していた。そうしていると、彼の耳に聞きなれない妙な音が響いてくる。

 ブーンと言う音と前方の商人たちが驚いた様子で後ろを見ていることを訝しみ、男が振り返る。

 その視線の先には黒い箱型の物体が街道を真っ直ぐにこちらに向かってきている。並みの馬車よりもはるかに速いそれに男がぎょっ!?と目を見開き、周囲をが騒がしくなる。魔物かと誰もが考えた瞬間、物体は徐々にその速度を緩めていき、そして男から5mほど離れた場所でキッ、と完全に停止する。

 停止した魔力駆動4輪(最近ブリーゼと名前を付けられた)を彼らが訝し気に見つめていると、ドアが開き、中から神羅、ユエ、シア、ティオが現れる。ハジメは窓から身を乗り出し、行列を眺める。

 

 「相変わらずの列だなぁ………」

 「そうだな。まあ、こればっかりは仕方あるまい。気長に待つとしよう」

 

 最後に降りてきたウィルがお騒がせしてすいません、と頭を下げているが、誰も彼もブリーゼの事は頭からすっぽ抜けていた。代わりにユエ達に見とれたようにくぎ付けになっている。

 その様を見ていた神羅はハジメに視線を向けると、ハジメは静かに目を細め、無言でブリーゼから降りる。それと入れ替わる様に神羅が運転席に乗り込む。

 ブリーゼは魔力で動くため、その気になれば運転席にいなくても操作難易度が上がるだけで動かすことができるのだが、神羅からその露骨なまでの危険運転を説教されてしまい、今では運転は誰かが運転席で、と言うのがルールとなっている。

 そしてハジメは露骨なまでにユエの肩に手を回す。俺の女だぞ、と言わんばかりに。ユエは嬉しそうに頬を緩ませ、シアが羨ましそうに見つめ、ティオが熱いのぅ、と苦笑を浮かべている。

 

 「それにしてもお二人とも、良かったんですか?ブリーゼで乗り付けて。出来る限り隠したかったんじゃ……」

 「今更だ。復興の手伝いで大分使ったし、もう隠し通せるとは思えないからな。露見が早まっただけさ」

 

 もっとも、やりすぎては意味がないのでそこはちゃんと考えていかなければならない。

 

 「でも、この調子だと、教会からのアクションとかありそうですよねぇ……」

 「そこはまだ大丈夫だろう。何せウルの町に神獣が現れたのだ。しばらくはそちらの対応に追われる。蘇った神獣と、便利なアーティファクト。この世界でどちらが優先されるかなんて明らかだろう」

 「まあ、それは……ですが、神羅さんはここにいますし、怪獣はどこかに行ってしまいましたし……」

 

 シアの言葉に神羅はん?と首を傾げる。それを見て、シアもまた首を傾げ、それを見たハジメたちが釣られて首を傾げる。少しして、神羅はああ、と声を漏らす。

 

 「我が撃退した怪獣なら、まだ町の近く、具体的には山脈の向こう側にいるぞ」

 「えっ!?」

 「ほ、本当か、神羅殿……」

 「ああ。元々縄張りを奪う気なんぞ無く、更に言えば我は旅に出てしまうからな。つまり、奴を追い出してしまったらあの辺り一帯は主がいない状態になる。そうなると、他の怪獣がそこを狙うかもしれんしな。だから奴があのまま縄張りに居座っていてくれたほうが都合がいい」

 「………大丈夫?神羅を追って移動したりは……」

 「しばらくは傷を癒す事に専念するさ。それに、自ら負けを認めたのだ。軽々にリベンジはできん。我が明確に弱っているなら話は別だろうが」

 

 つまりしばらくは安全、という訳だ。ハジメはなるほど、と頭を掻きながら納得する。

 その頃になってようやく周囲の人間達が衝撃から復帰し、ハジメ達に様々な感情を織り交ぜた視線を向け始める。

 女性達は、ユエ達の美貌に嫉妬すら浮かばないのか熱い溜息を吐き見蕩れる者が大半だ。一方、男達は、ユエ達に見蕩れる者、ハジメに嫉妬と殺意を向ける者、そしてハジメのアーティファクトやシア達に商品的価値を見出して舌舐りする者に分かれている。

 だが、直接ハジメ達に向かってくる者はいなかった。その視線に気づいたハジメが威圧を微弱ながら放出し、神羅が微弱な殺気を放つ。それによって、神羅達の周辺はなんか興味惹かれるけど近づきたくない、例えるなら心霊スポットのような感じになっていた。若干前後で列の距離が空いている。

 だが、それでも挑みかかる輩はいる。このチャラ男のように。彼は自分の侍らしている女二人とユエ達を見比べて悔しそうな表情をすると明からさまな舌打ちをし、

 

 「よぉ、レディ達。よかったら、俺とお茶しないかい?」

 

 そうユエ達に声をかけるが、それにユエが冷めた視線を向け、

 

 「……すでに両手に花なのにそれをあっさり捨ててほいほい声をかけるような女の敵なんぞ論外」

 

 ずばりとした正論にチャラ男はビシリッ、と固まる。

 

 「……という訳でそこの二人。後はそちらでお願い」

 

 ユエがそう言うと同時にいきなり比較され、放置されてしまい、固まっていた女たちが再起動。男をじろりと睨みつけるとそのまま振り返った男にダブルビンタを叩きこみ、男は見事に吹っ飛ぶ。

 

 「………女って怖いよな」

 

 ハジメのつぶやきに神羅が苦笑しながら同意していると、騒ぎを聞きつけたのか門番が駆け寄ってくる。

 

 「おい、お前達!この騒ぎは何だ!それにその黒い箱……?も、何なのか説明しろ!」

 「ああ、こいつは俺が作った移動用のアーティファクトだ。あっちの男は……俺の連れに手を出そうとして連れていた女たちの怒りを買い、ビンタでぶっ飛ばされた……目撃者は大勢いるから事実確認してくれても構わないぞ」

 

 その言葉に、門番たちが周りに視線を向けると、全員が一斉に頷く。話を聞けば、帰ってくるのはハジメの話と全く同じ。

 一通り話を聞き終えると、門番たちは「それは災難だったな」とハジメ達に同情の視線を向けるが、不意に一人が「あっ」と思い出したように隣の門番に小声で確認する。何かを言われた門番が同じように「そう言えば」と言いながらハジメ達をマジマジと見つめた。

 

 「……君達、君達はもしかしてハジメ、神羅、ユエ、シアという名前だったりするか?」

 「ん? ああ、確かにそうだが……」

 「そうか。それじゃあ、ギルド支部長殿の依頼からの帰りということか?」

 「ああ、そうだが……もしかして支部長から通達でも来てるのか?」

 

 その言葉に門番たちは頷き、そのまま彼らの案内で順番を飛ばし、好奇の視線にさらされながら町に入っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハジメ達がギルドにつくと、そのまま以前の応接室に通され、待つこと少し。ドアを勢いよく開け放ち、飛び込んできたのはギルドマスターのイルワだった。

 

 「ウィル! 無事かい!? 怪我はないかい!?」

 「イルワさん……すみません。私が無理を言ったせいで、色々迷惑を……」

 「……何を言うんだ……私の方こそ、危険な依頼を紹介してしまった……本当によく無事で……ウィルに何かあったらグレイルやサリアに合わせる顔がなくなるところだよ……二人も随分心配していた。早く顔を見せて安心させてあげるといい。君の無事は既に連絡してある。数日前からフューレンに来ているんだ」

 「父上とママが……わかりました。直ぐに会いに行きます」

 

 そしてウィルはイルワから両親の滞在先を確認し、ハジメ達に頭を下げ、改めてお礼を言い、改めて挨拶に向かうと告げてから部屋を出て行った。

 それを見送った後、イルワは穏やかな表情でハジメ達に向き合い、深く頭を下げる。

 

 「みんな、今回は本当にありがとう。まさか、本当にウィルを生きて連れ戻してくれるとは思わなかった。感謝してもしきれないよ」

 「まぁ、生き残っていたのはウィルの運が良かったからだろ」

 「そうだね……まさかウルの町で超巨大魔物が現れ、復活した神獣と戦うなんて……かなりの被害が出たらしいし、確かに運がよかった……」

 「む?もうその件を掴んでいるのか?」

 「ギルドの幹部専用だけどね。長距離連絡用のアーティファクトがあるんだ。私の部下が君達に付いていたんだよ。といっても、あのとんでもない移動型アーティファクトのせいで常に後手に回っていたようだけど……彼の泣き言なんて初めて聞いたよ。諜報では随一の腕を持っているのだけどね」

 

 どうやら最初から監視がついていたらしい。まあ、あの入れ込みようを考えればそんな手を打っていてもおかしくはない。

 

 「それにしても、大変だったね。まさか、北の山脈地帯の異変が大惨事の予兆だったとは……二重の意味で君に依頼して本当によかった。良ければ、話を聞かせてくれるかい?いったい何があったのか」

 「それは構わん。だが、その前にユエとシアのステータスプレートを融通してくれ。ティオの方は……「うむ、二人が貰うなら妾の分も頼めるかの」とのことだ」

 「ふむ……確かに、プレートを見たほうが信憑性も高まるか……わかったよ」

 

 イルワは職員に新品のステータスプレートを持ってこさせ、ユエ達に手渡す。

 

 ユエ 323歳 女 レベル:75

 

 天職:神子

 

 筋力:120

 

 体力:300

 

 耐性:60

 

 敏捷:120

 

 魔力:6980

 

 魔耐:7120

 

 技能:自動再生[+痛覚操作]・全属性適性・複合魔法・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+効率上昇][+魔素吸収]・想像構成[+イメージ補強力上昇][+複数同時構成][+遅延発動]・血力変換[+身体強化][+魔力変換][+体力変換][+魔力強化][+血盟契約]・高速魔力回復・生成魔法・重力魔法

 

 

 

 

 シア・ハウリア 16歳 女 レベル:40

 

 天職:占術師

 

 筋力:160 [+最大6200]

 

 体力:170 [+最大6210]

 

 耐性:100 [+最大6140]

 

 敏捷:200 [+最大6240]

 

 魔力:3020

 

 魔耐:3180

 

 技能:未来視[+自動発動][+仮定未来]・魔力操作[+身体強化][+部分強化][+変換効率上昇Ⅱ] [+集中強化]・重力魔法

 

 

 

 

 ティオ・クラルス 563歳 女 レベル:89

 

 天職:守護者

 

 筋力:770  [+竜化状態4620]

 

 体力:1100  [+竜化状態6600]

 

 耐性:1100  [+竜化状態6600]

 

 敏捷:580  [+竜化状態3480]

 

 魔力:4590

 

 魔耐:4220

 

 技能:竜化[+竜鱗硬化][+魔力効率上昇][+身体能力上昇][+咆哮][+風纏]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮]・火属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・風属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・複合魔法

 

 

 表示されたステータスは召喚された勇者たちですら少数では相手にならないレベルだった。流石のイルワも呆然としていた。何せ数値もだが、ユエとティオはすでに滅びたとされる種族の固有技能を持っているのだ。シアも愛玩奴隷と言う兎人族の特徴を真っ向から無視するステータスだ。

 

 「いやはや、何かあると思っていたが、これほどとは……」

 

 顔を引きつらせているイルワを見てハジメは軽く同情をしながら一応、神羅の事は伏せて、出来る限り分かりやすく何が起こったのか説明をする。

 それを後目にシアは自分のステータスを見て不満げに眉根を寄せ、神羅に話しかける。

 

 「神羅さん……なんか私の素のステータス、これつけてるのにいまいちな感じなんですが……」

 

 そう言いながらシアは自分の右手についている黒い武骨な腕輪を見せる。

 鍛錬用アーティファクト、重枷。ミレディから譲ったアーティファクトの一種であるそれは装着者に重力魔法を使った調整可能な負荷を全身に掛けることができる。ハジメとシアの肉弾戦組は手に入れた時からこれを四六時中身に着けて普段から負荷をかけ、肉体を鍛えているのだ。

 

 「そうは言われてもなぁ。前も言ったが、これは魔力による強化を表示しているから、素の身体能力は……一応聞くがシア。身体強化を併用していないだろうな?」

 

 その言葉にシアはうっ、とうめき声を上げる。神羅がジト目でシアを睨む。

 

 「お前……それでは伸びないのは普通だろう……」

 「す、すいません……これが意外ときつくて……寝るのにも支障が……」

 「あ~~、そう言う事なら、まあ、仕方ないかもしれんところもあるが……」

 

 神羅がふうむ、と唸っていると、今度はユエが袖を引っ張る。

 

 「ユエか……どうした?」

 「……神羅。この、神子って職業……どう言う意味だと思う?」

 「む。神子か……確かに言葉だけでは意味が分からんな。シアやティオはまだ分かるが……」

 

 神羅は難しい表情で腕を組み、それを見るユエは不安げな表情を見せている。そうなるのも無理はないだろう。この世界の神、エヒトは命をもてあそび、嘲笑う文字通りのクズだ。そして神子と言う言葉を文字通り受け取るなら、自分はその神の子……まあ、流石にそれは無いだろうが、それでもエヒトに何らかの関りがあると言う事だろう。不安を感じるな、と言うほうが無理であろう。

 それを見た神羅は小さく息を吐き、ポン、とユエの頭を撫でる。

 

 「案ずるな。ハジメは本気でお前を愛してる。例えお前が何者であろうと、あいつはお前を恐れたりはせん。それに、もしも何かあった時は我らがお前を止める。ハジメ達がお前を繋ぎとめる。だからあまり不安がるな」

 「………ん」

 

 その言葉にユエは安心したかのように小さく頷く。

 

 (とはいえ、流石に少し気になるな……園部に連絡して調べてもらうか?)

 

 そうしていると、ハジメとイルワの話が終わる。一応、ここでイルワの後ろ盾をハジメは頼み、彼もそれを承諾。そしてハジメのランクは一気に黒にまで上がるらしい。本当は金ランクなら後ろ盾になりやすいのだが、そのための実績が町の復興への多大な貢献ではあと一歩足りないらしい。

 更にそのほかにもギルド直営の宿のVIPルームを使わせてくれたり、イルワの家紋入り手紙を用意してくれたり等、大盤振る舞いだ。

 その後、ハジメ達がその宿に入り、くつろいでいると、ウィルの両親であるグレイル・グレタ伯爵とサリア・グレタ夫人がウィルを伴って挨拶に来た。

  グレイル伯爵は、しきりに礼をしたいと家への招待や金品の支払いを提案したが、ハジメと神羅が固辞するので、困ったことがあればどんなことでも力になると言い残し去っていき、物資の買い出しなどは明日済ませようと言う話で落ち着いた。



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第51話 己の在り方

 ようやっとこ最新話出せるよ……半年も空いたよ、半年も。シンフォギアはそれ以上だけどさぁ……

 とにかく、ようやく動けるようになりました。


 イルワからの依頼を達成した翌日。ハジメ達は手分けして食材などの買い出しに出ていた。と言っても、それほど大それたものは必要ではなく、神羅の供を買って出たティオだけで事足りるため、ハジメとユエは神羅の好意でデートに繰り出していた。もっとも、シアがついて行きたいと駄々をこね、結局、3人でのデートになってしまったが。

 今、神羅とティオは買い物を終え、街中をのんびりと散策していた。

 

 「しかし、神羅殿。シアの件は本当に良かったのかのう?」

 「良かった……と言うのは、ハジメとユエのデートについて行ったことか?」

 「うむ、神羅殿はそう言う事に関しては厳しい感じがしたので……」

 

 ティオの問いかけに神羅はふむ、と腕を組み、

 

 「まあ、確かに日本の人間としては一夫一妻では?と思わないでもないが、怪獣としては別に問題は感じないな。子を多く残そうとするのは生物として当然の本能だ。まあ、我はそれに逆らってあいつに惚れたんだが……それに、あれは完全にハジメ個人の問題だ。助言位はしてやるが、結局はあいつ自身が答えを出さねばならん」

 「それは……まあ、確かに、そうじゃのう」

 

 突き放すような物言いだが、間違っていない。これはあくまでもハジメの恋愛だ。ならば結局彼自身で決断せねばならず、外野がいろいろ言う事が間違っている。

 

 「そんな事を聞くとは、お前もハジメに惚れたのか?」

 「いや、そう言うわけではないよ。確かに妾は自分よりも強い者を伴侶にしたいと思っておった。そう言う意味ではハジメ殿は当てはまるが、惹かれてはおらん。神羅殿の一件ですっかり吹っ飛んでしまったよ」

 「む、そう言われると悪い事をした気分になるな」

 「いやいや、神羅殿の件を抜きにしても、ユエとの仲睦まじさを見たら割り込もうとはとても……」

 「そう言う意味ではシアは凄いがな。あれを見ても突撃を諦めんのだから……そう言う意味ではユエが意外なのだよなぁ」

 「意外とは?」

 「あいつは元王族だ。そう言うのにはある意味寛容なところがあると思ってたんだが……実際、一時はシアの突撃に寛容な時もあったのだが……それも数日で鳴りを潜めて、今の状況だ」

 

 確かミレディ戦の直前からその辺り緩くなったと思ったのだが、すぐさま前のように独占力を発揮した。一体どうしたんだろうか……

 

 「友人としては大切に思っているようだがな……」

 「そうなのか………ところで神羅殿としてはユエとシアはどう映っているのじゃ?」

 

 ティオは神羅達の中で新参者だ。怪獣など、基本的な情報は共有しているが、それ以外の、4人の関係が気になっているのだろう。

 

 「ふむ、そうだな……ユエはまあ、将来の義妹になるだろうが、それ抜きにしてもいい友人だ。なんだかんだ付き合いも長いし、知識欲も旺盛、前世の事をよく聞いてくる。それが原因かもしれんが、本当の妹のように感じる。シアはよく訓練に付き合ってやっているし、あいつの成長を見るのはなんだかんだで楽しみだからな、友人兼弟子と言ったところか………」

 「なるほどのう………」

 

 納得したようにティオが頷いていると、神羅は彼女に目を向け、

 

 「我の方からも聞いていいか?」

 「ん?ああ、構わぬが、何を……」

 「いや、本当に我らと共に来てよかったのかと思ってな」

 「ああ、その事か。あの時も言ったが、妾自身がそうするべきと考えたから問題はない」

 「………では質問の仕方を変えよう」

 「え?」

 

 「恨み骨髄の対象である人間、その人間に味方をする(同類)。それらを見て、お前は本当に自分を抑えられるのか?」

 

 その瞬間、神羅とティオの間の空気がしん、と静まり返る。

 

 「………気付いておったか」

 

 少ししてティオは存外穏やかに言葉を紡ぐ。

 

 「当然だ。それぐらい見抜けぬようではやっていけん。ハジメ達の安全にもかかわる………お前は内心では人間というものを激しく憎んでいる。全滅させてやりたいほどにな。にも拘らず、お前はともすれば人間を守るために人間と行動を共にしている。何か切っ掛けがあった、と言う感じもない。我も恐らく違う。そこら辺の事を、今はっきりさせておかなければ、後々の禍根になるだろうよ。だからこそ我は正面から問う。お前は何故、自分を押さえつけてまで、我らと共に人間の世界を旅をすると決めた?」

 

 神羅は眉をひそめながら真っ直ぐにティオの目を見つめる。怪獣としての圧は一切開放していない。魔力も使っていない。だが、その視線は尋常ではない圧があった。一切の嘘偽りを見抜き、許さないと言わんばかりに。

 対し、ティオもまたその視線を前にしても一切臆さず、真っ直ぐに神羅の目を見つめ返す。二人の間だけ、異様な空気となり、通行人たちもそそくさと彼ら避けて早足に去って行く。

 

 「………そうじゃ。妾は人間が、正直に言って憎い。かつて、妾達竜人族は世界の守護者と呼ばれていた。人間達を守るために戦っていた。ユエが言っていたように、真の王族とも呼ばれた。だが、それは全て神と人間の手によって踏みにじられた。解放者の者達と同じように世界の敵にされた……国は焼かれ、多くの同胞は殺され、父も母も……」

 「それを押し殺してまで、なぜ我らと共に行く?」

 「そうじゃな………竜人族としての使命、も重要じゃが、それとは別に、妾は復讐に走るつもりは微塵もない。それが父の最後の願いじゃし……竜人族の誇りじゃからな」

 「………」

 「妾達竜人族にはこんな言葉がある。我等、己の存在する意味を知らず。この身は獣か、あるいは人か、世界の全てに意味あるものとするならば、答えは何処に。答えなく幾星霜。なればこそ、人か獣か、我らは決意を以て魂を掲げる。竜の眼は一路の真実を見抜き、欺瞞と猜疑を打ち破る。竜の爪は鉄の城を切り裂き、巣喰う悪意を打ち砕く。竜の牙は己の弱さを噛み砕き、憎悪と憤怒を押し流す。仁、失いし時、汝らはただの獣なり。されど理性の剣を振るい続ける限り、我らは竜人である、と」

 

 その言葉を神羅は無言で腕を組み、聞いている。

 

 「妾は誇り高き竜人族。復讐の牙など望まん。妾が持つは竜の牙と竜の爪。だから決して折れはせんよ」

 

 そうティオは誇らしげに笑みを浮かべる。故にこそ、

 

 「なるほど………竜人族としてのお前の考えは分かった………では、もう一度問おう。お前はなぜ、我らと共に旅をすると決めた?」

 「…………へ?」

 

 その言葉は完全に意表を突いたものだった。

 ティオがぽかん、としていると、神羅は静かに腕を解き、

 

 「何を予想外、と言う顔をしている。お前は我の質問にちゃんと答えていないだろう」

 「い、いや、先ほど言ったであろう?妾は竜人として」

 「それは竜人族としてのお前の意見だ。俺が聞きたいのは、竜人族も何も関係ない、誰でもない、ティオ・クラルスの意思を聞きたい」

 

 その言葉にティオは目を見開き、知らずの内に気圧されたように一歩、後ろに下がる。

 

 「お前自身とその竜人族の誇りが合致しているならばそれでいい。だが、所詮それはお前ではない別の誰かが生み出した誇りだ。お前の誇りとは言い切れまい」

 「妾達を愚弄するのか、神羅殿……」

 

 ティオが一転、神羅に敵意が籠った視線を向けるも、彼は一切動揺しない。

 

 「そうではない。俺が聞きたいのは、お前自身がどうしたいのか、それを聞きたいのだ。竜人族の誇りを愚弄するつもりはない。だが、言っておこう、竜人よ。それはお前ではない、顔も知らぬ誰かが定めた誇りだ。ならば、当然その誇りとお前の考えには齟齬が出ているのではないか?」

 

 その問いにティオは一瞬言葉に詰まる。

 

 「お前は事あるごとに竜人族を口にする。それは自分がどうしたいのかを自分じゃなく、竜人族として考えているからではないか?だとしたら、それは誇り云々ではなく、自分の在り方を他に委ねているようにしか見えん………自分がどんな存在かは、自分で決めるしかない。お前は何者だ?ティオ・クラルスよ。そしてお前は……どうして俺達と一緒に来た?」

 

 ティオが困惑を強くするが、少しすると、神羅を見据えて口を開く。

 

「……では、逆に聞くが、なぜ神羅殿は……元怪獣の其方は、人間と共におるのだ?其方の……あり方とは……?」

 「………俺は俺だ。それ以上もそれ以下も、それ以外もない。俺は俺でしかない………俺はゴジラであり、南雲神羅だ。だから俺はこれまで築いてきた物を、見てきた物をなにも忘れたりはせん。だから知っている。人間がどれほど愚かで、浅ましいか。人間がどれほど優しく、強いか………だから俺は決めた。人間は守るし、助ける。だが、懲りずに愚を犯すのなら、一切の容赦はしないと。俺はそう決めた」

 「………っ……」

 

 変わらず、圧は放っていない。魔力も放っていない。だが、その身からは人知を超えた圧が放たれ、相対していたティオは息を呑む。

 

 「他者の誇りに感銘を受けるなとは言わん。だが、それに自身の在り方を委ねるな。自分の在り方は自分で決めろ。自分の誇りは……自分で決めろ」

 「うっ…………」

 

 神羅の問いにティオは迷うように視線を彷徨わせる。そこには竜人族の誇りを語っていた時の気高さはない。自身の在り方に迷い、惑い、自分はどうすればいいのか、どこへ行けばいいのか分からずにいる少女のようだ。

 彼女の立ち位置をはっきりさせるつもりだったのだが、少々きつく言いすぎたか……

 神羅がそんな事を考え、頭を掻いた時、不意に彼はん?と視線を鋭くし、近くの建物を見やる。

 神羅の雰囲気が変わったことを察したのかティオが一先ず顔を上げる。

 

 「どうしたのじゃ?神羅殿」

 「いや、近くでハジメたちの気配がするが、随分と攻撃的……」

 

 その直後、建物の壁が轟音と共に破壊され、そこから男が二人吹っ飛んできた。

 男たちはそのまま地面に叩きつけられ、ぴくぴくと痙攣している。重傷だが一応生きているようだ。

 周囲の住人が悲鳴を上げながら距離を取る中、崩壊し建物の壁からひょっこりとハジメとユエが顔を出した。

 

 「ああ、やっぱり二人だったか……」

 「……二人とも何をしているの?」

 「それはこっちのセリフだ馬鹿者。なぜデートで建物の壁を破壊している」

 「と言うか、シアがおらんが……どうしたのじゃ?」

 

 建物の中を覗き込むと、中には重傷を負っているか死んでいるかの二択の男達が十数人倒れているが、シアの姿はない。

 

 「あ~~~、実は今、人身売買をしている裏組織を潰しているんだ。ギルドからの依頼で。シアは別の場所を潰してる」

 「何をどうしたらデートの最中にギルドからの依頼で裏組織を潰すのじゃ?」

 「……説明する」

 

 ユエが事情の説明を始める。

 なんでも、最初は3人はユエとシアが小競り合いをしながらも水族館を見て回ったりなど楽しくデートを満喫していた。だが、昼食を済ませた後の散策の時、ハジメが何気なく使った気配感知が地下の下水道で小さく弱った気配を感知した。恐らく弱った子供かもしれない、と言う事で3人は救助に回り、無事に助け出せたのだが、その子は何と海人族だったのだ。 海人族は西大陸の果、グリューエン大砂漠を超えた先の海、その沖合にある海上の町エリセンで生活している亜人の種族だが、他の亜人と違って海人族は王国の保護下にある。その町が王国の海産物の8割を担っているからだ。そんな王国が、教会が保護している海人族の幼女が下水道にいる……間違いなく碌な案件ではない。

 そしてその海人族の少女、ミュウから話を聞いたところ、やはり人攫いの類にさらわれ、無理やり連れてこられたことが判明。ミュウが下水道にいたのは、運よく逃げ出せたかららしい。

 で、ハジメ達は一先ずミュウを保安署に預ける事にした。そうするまでにいつの間にかミュウを気に入ったユエとシアがごね、これまたいつの間にかハジメ達に懐いたミュウの盛大な駄々があったが、ともかく彼女を保安署に預け、ハジメ達は保安署を後にしたのだが、その直後、その保安署が襲撃され、ミュウは再び攫われてしまった。更に、現場に駆け付けてみれば、そこには海人族の子を死なせたくなければ白髪の兎人族と金髪の少女を連れて○○に来いと言う書置きまで残されている始末。

 それを以て、ハジメ達はこの裏組織、フリートホーフを叩き潰すことを決めたのだが、無断で暴れるのは論外と言う事でひとまずイルワにこの件を報告したところ、彼の方から正式にフリートホーフ壊滅の依頼が出されたので彼らはそれを受け、今こうして暴れている、という訳だ。

 

 「ハジメ。お前は日本に帰ったら一先ず全国の神社仏閣を巡ってお祓いを受けてこい」

 「そんなにっすか………」

 

 説明を聞き終えた神羅の第一声にハジメは頬を引くつかせる。ユエとティオもそのトラブル体質に微妙そうな表情を浮かべる。

 

 「話は分かった。つまり、そのミュウ、と言う子を探せばいいのだな?」

 「ああ。どうやらフューレン一の裏組織らしくて関連施設もかなりあって構成員もかなりの数。イルワは構成員の処遇は俺たちに任せるけど、幹部連中はできるだけ生かしてほしいって」

 「なるほど。そう言う話であれば、手伝う事に異論はない。それで、ティオは………」

 

 神羅はちらりとティオに視線をやり、彼女は毅然とした顔をし、

 

 「もちろん、妾も手伝「いや、ティオは一先ずイルワの元に合流。そのまま待機していたほうがいい」なっ……!?」

 

 神羅の言葉にティオだけでなく、ハジメとユエも驚いたように目を丸くする。

 

 「な、なぜじゃ神羅殿…!」

 「お前、まだ迷っているのだろう?だったらそれが定まるまで大人しくしていろ。今の状態で戦ったら、万が一もあるし、変な方向に固まられても困るだけだ」

 「っ……それは……じゃが……」

 

 言葉に詰まるもティオは反論しようとする。だが、それを神羅が妨げる。

 

 「お前を信用していないでも、見下しているわけでもない。我が言う事ではないが、今の状態が危険なのはお前自身分かっているはずだ。少し頭を整理して、自分で大丈夫、と思った時に合流してくれ。それで十分だ」

 「………」

 

 その言葉に、ティオは何か言いたそうな顔をするが、何も言えず、少し、迷うように視線を彷徨わせる。

 

 「……分かった。確かに今の妾は少々………混乱している。ここは大人しくしていよう」

 

 そう言ってティオはその場からギルドの方角に向かって歩いていく。

 

 「……神羅。ティオと何かあった?」

 

 ユエがおずおずと聞くと、神羅は小さく息を吐き、

 

 「少々、己の在り方についてな」

 「……完全にタイミングがアウトだったか……」

 「それを言ったらキリがない。ともかく行くぞ」

 

 気まずげなハジメの肩を叩き、神羅は歩き出し、ハジメとユエも一瞬顔を見合わせた後、その後に続く。




 今回、ティオに関してはこんな感じになりました。小林さんちのメイドラゴンのイルルとのやり取りを参考にしました。今後、彼女なりの答えを示せたらなと思っています。


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第52話 ハジメ、お兄ちゃんになる

 はい、という訳でハジメはそうなります。当然だよ。今作のハジメ君は末っ子だからね。


 商業区の中でも外壁に近く、観光区からも職人区からも離れた場所。公的機関の目が届かない完全な裏世界。大都市の闇。昼間だというのに何故か薄暗く、道行く人々もどこか陰気な雰囲気を放っている。

 そんな場所の一角にある七階建ての大きな建物、表向きは人材派遣を商いとしているが、裏では人身売買の総元締をしている裏組織フリートホーフの本拠地である。いつもは、静かで不気味な雰囲気を放っているフリートホーフの本拠地だが、今は、もの音一つどころか、命の気配すらない、いつもとは毛色が違う不気味さを放っていた。

 その内部は凄惨たるありさまだ。内部はほとんど破壊され、中にいた構成員のほとんどは体のどこかを折られるか、貫かれるか、ひしゃげた状態で死んでおり、生きている者も重傷を負った状態で縛られて隅に纏められている。

 その本拠地の中で破壊を免れている場所があった。最上階のフリートホーフの頭、ハンセンの部屋だ。もっとも、そのハンセンは鎖でグルグル巻きにされた状態で気絶している。

 

 「ふむ、やはりと言うべきか、何というべきか……こういう組織に貴族の後ろ盾があるのは当然か……」

 

 その室内で、無駄に豪奢な机に座りながら何かの資料を捲っているのは神羅だ。彼が手にしているのはフリートホーフのこれまでの人身売買に関する資料、そしてこれだけの組織を維持するだけの金の流れを示したものだ。

 

 「さて……ミュウとやらの子の居場所は伝え終わり、施設もほとんど破壊した。後はこいつらだが……一々潰して回るのはあまりにも面倒だし、してやる道理もない……ふん、気に食わんが、奴らに任せるのが効率がいいか。それに、奴らの膿だ。ならば奴らが始末をつけるのが道理というもの」

 

 そう言うと神羅は資料を宝物庫に全てしまい込み、ハンセンを担ぎ上げると、部屋を出ていく。そして隅に纏められている生きている者達もまとめて担ぎ上げると、そのまま建物から出る。

 そして建物を見上げながら右の人差し指を向け、少しの間集中するように目を細め、それをピッと振り下ろす。

 瞬間、七階建ての建物が上から押しつぶされるようにあっという間に押しつぶされる。けたたましい轟音を立てながら、しかし周囲に破片をまき散らすことなく、破壊の余波をまき散らすことなく、まるでプレス機で缶を押し潰すように建物は消失した。それが終わった後、残っていたのは瓦礫すら残らず押しつぶされた更地だけだった。

 それを見た神羅はふむ、と自分の右手に目をやり、軽く眉を顰める。

 

 「やはりいくら適性があっても、魔法は慣れんなぁ……戻った時も使えんし、あまりあてにしないほうがいいかもな……しかし、そうなると、別の戦法を編み出さなくては……」

 

 今の神羅は魔法がそれなりに使える。便利なものだし、活用だってする。だが、いざと言う時、自分はきっとこれを使わない。使おうとすればいやでも隙ができる事が分かっているから。どれほど便利でも、使いこなせない道具ならば、むしろ使わないほうがいいと言う事だ。だが、せっかくの魔力だ。出来れば活用したい。ではどうするか……

 そう考えた神羅の脳裏に、ふとその光景が浮かぶ。前世で、あいつと協力してやっと倒した鋼の宿敵。あいつの手足は確か………

 

 「……確かに有効そうだし、出来そうだが………くそ。よりにもよってあいつか……いや、贅沢は言えんか……だがしかし……」

 

 そう呟きながら神羅はハンセン他数名のフリートホーフの幹部を担ぎなおし、軽く跳躍、周囲の建物の屋根に着地すると、そのままギルドに向かって走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フューレンの一角にある美術館があるのだが、その日、そこでは非合法な裏オークションが開催されていた。その会場は今、異様な雰囲気に包まれていた。会場の客はおよそ百人ほどでその誰もが奇妙な仮面をつけている。このオークションは決して表沙汰に出来るものでは無い。そんなオークションを利用していると周りに知られる事は周囲に弱みを握られる事と同義だ。だからこそ、誰もが声を出すのは必要最小限にとどめ、物音一つ立てずに、ただ目当ての商品が出てくるたびに番号札を静かに上げるだけ。しかし、普段は静寂に包まれているオークション会場だが、その商品が出てきた時僅かにざわついた。

 出てきたのは二メートル四方の水槽に入れられたエメラルドグリーンの髪をした海人族の幼女だ。その者こそ、今ハジメたちが取り戻そうとしている幼女、ミュウである。

 彼女は衣服は剥ぎ取られ、裸で水槽の隅で膝を抱えて縮こまっている。海人族は水中でも呼吸出来るので、本物の海人族であると証明するために入れられているのだろう。そして一度逃げ出したせいか、今度は手足に金属製の枷をはめられ酷く痛々しい光景だ。

 多くの視線に晒され怯えるミュウを尻目に競りはものすごい勢いで進んでいく。この様子では値段もかなりの物になるだろう

 ざわつく会場に、ますます縮こまるミュウは、その手に持っていたハジメの眼帯をギュッと握り締めた。ハジメと別れる際、ミュウが奪った物だ。ちなみに現在のハジメは予備の眼帯を着けている。

 そのハジメの眼帯が、ミュウの小さな拠り所だった。母親と引き離され、辛く長い旅を強いられ、暗く澱んだ牢屋に入れられて、汚水に身を浸し、必死に逃げて、もうダメだと思ったその時、温かいものに包まれた。何だかいい匂いがすると目を覚ますと、目の前には片目に黒い布を付けた白髪の少年がいる。驚いてジッと見つめていると、何故か逸らしてなるものかとでも言うように、相手も見つめ返してきた。ミュウも、何だか意地になって同じように見つめ返していると、鼻腔をくすぐる美味しそうな匂いに気が逸れる。

 その後は聞かれるままに名前を答え、次に綺麗な紅い光が迸ったかと思うと、温かいお湯に入れられ、少年に似た、しかし、少し青みがかった白髪のウサミミお姉さんのシアと金髪のお姉さんのユエに体を丸洗いされた、温かなお風呂も優しく洗ってくれる感触もとても気持ちよくて気がつけばシアとユエをお姉ちゃんと呼び完全に気を許していた。

 膝の上に抱っこされ、分けてもらった串焼きを食べていると、いつの間にかいなくなっていたハジメと名乗る少年が帰ってきた。最初こそ少し警戒していたのだが、可愛らしい服を着せてもらい、温かい風を吹かせながら髪を梳かれているうちに気持ちよくなってすっかり警戒心も消えてしまった。

 だから、保安署というところに預けられてお別れしなければならないと聞かされた時には、とてもとても悲しかった。母親と引き離され、ずっと孤独と恐怖に耐えてきたミュウにとって、遠く離れた場所で出会った優しいお兄ちゃんとお姉ちゃん達と離れ、再び一人になることは耐え難かったのだ。

 故に、ミュウは全力で抗議した。ハジメの髪を引っ張ったり、頬を何度も叩き、終いにはハジメの眼帯を取ったりもした。しかし、ミュウが一緒にいたかったお兄ちゃんとお姉ちゃん達は、結局、ミュウを置いて行ってしまった。

 

 (お姉ちゃん……お兄ちゃん……)

 

 ミュウが心の中でそう呟いた時、オークションの司会をしていた男が更に値段を吊り上げようとミュウを泳がせるべく、水槽を蹴り付ける。その衝撃にミュウは更に縮こまり、動かなくなる。

 すると、男は今度は係りの人間に棒を持ってこさせる。今度はそれで直接突こうとしているようだ。

 

 「全く、辛気臭いガキですね。人間様の手を煩わせるんじゃありませんよ。半端者の能無しごときが」

 

 男が脚立に乗って上からミュウ目掛けて棒を突き下ろそうとし、ミュウが身を固くした瞬間、

 

 「それはこっちのセリフだくそったれ」

 

 天井からハジメが舞い降り、司会の男に蹴りを叩きこみ、その体を吹き飛ばす。

 そのまま着地すると、義手で水槽を殴りつけてガラスを破壊する。

 

 「ひゃう!」

 

 流れ出る水の勢いでミュウは外に放り出されるが、ハジメが優しく抱き留める。

 

 「よぉ、ミュウ。お前会うたびにびしょ濡れだな?」

 「……お兄ちゃん?」

 「ああ、そうだ。お前に髪を引っ張られ、引っ掻かれ、眼帯を奪われたハジメ兄ちゃんだ」

 

 ハジメの言葉にミュウは瞳を潤ませ、

 

 「お兄ちゃん!」

 

 ハジメの首元に抱き着いて嗚咽を漏らす。ハジメは彼女をなだめるように背中を優しく叩き、手早く毛布でくるんでやる。

 その二人を取り囲むように黒服を着た男たちがハジメとミュウを取り囲む。客達はどうせ逃げられるはずがないとでも思っているのか、ざわついているが、逃げ出そうとはしない。

 

 「おい、クソガキ。フリートホーフに手を出すとは相当頭が悪いようだな。その商品を今すぐ返すなら、苦しませずに殺してやるぞ?」

 「テンプレだなぁ……まあいい。ミュウ、ちょっとの間耳を塞いで、目を閉じていろ」

 

 その言葉にミュウは不思議そうにしながらも、素直に両手で耳を塞いで目をつむり、ハジメの胸元に顔を埋める。

 

 「てめぇ、何無視してんだ、アァ!?」

 

 完全に無視された男が吠えた瞬間、ハジメのドンナーが男の頭を吹き飛ばす。

 その場の全員が呆けたように目を丸くし、男が倒れるのを呆然と見つめる。

 その隙にハジメは更に連続で発砲し、彼らが正気を取り戻すまでに、都合11人を撃ち抜く。

 ここに来てようやく客たちは悲鳴を上げながら我先にと出口に殺到し始める。

 だが、ハジメはそいつらを追うつもりは無い。追う必要がないと言ったほうが正しいか。

 

 「逃げたところで、逃げられねぇよ」

 

 そう言うとハジメはドンナーをホルスターにしまい、混乱と恐怖に慄く黒服たちを後目に空力でホールの天井まで跳び上がり、事前に開けておいた穴から地上に躍り出て、そのままさらに上空に駆け上がる。

 

 「ユエ、避難は完了。そっちもいいならやっちまえ」

 『ん』

 

 その瞬間、少し離れた空に突然蒼い炎龍が4体出現する。ユエが新たに開発した魔法、蒼龍だ。以前作成してお蔵入りとなった雷龍だが、あれは雷が偽王のイメージと結びついているがゆえに偽王のようになってしまった。ならば炎ならば大丈夫だろうと雷龍の構想を元に蒼天を使って編み出されたのが蒼龍だ。

 全てを灰燼に帰す龍はそれぞれ別の方角に向かって突き進み、取り残していたフリートホーフの重要拠点に喰らい付く。

 瞬間、凄まじい轟音と爆炎が轟くが、それは周囲の関係のない建物は被害を及ぼさず、拠点のみを焼き尽くす。

 それを確認したハジメはそのまま地上に降り立ち、ミュウにもういいぞ、と声をかける。

 ミュウは目を瞬かせながら周囲を見渡し、

 

 「もう大丈夫だ。怖い人たちはみんな俺がやっつけたからな」

 「……本当?」

 「ああ、本当だ。兄ちゃんは嘘はつかないからな」

 

 かつて自分に向けられた言葉をそのまま口にするのは少々恥ずかしくもあるが、我慢してハジメはミュウの頭を撫でる。

 ミュウが思わず目を細めていると、

 

 「うまくいったようだな……ふむ、その子がミュウか」

 「兄貴!」

 

 その声にミュウが顔を向けてみると、そこにはハジメに似た顔立ちだが、ずっと大きな体に長い髪をした男がこちらに歩いてきた。その威圧感にミュウが怯えるようにハジメに捕まる腕に力を籠め、不安げに視線を彷徨わせる。

 

 「兄貴……ミュウが怖がってるぞ……」

 「む、すまんすまん」

 

 そう言うと神羅はすっと身をかがめてミュウと視線を合わせる。

 

 「初めましてだな。我は南雲神羅。ハジメの兄だ」

 「?……お兄ちゃんのお兄ちゃん……?」

 「うむ、そうなるな……ミュウ。よく頑張ったな」

 

 そう言って神羅は穏やかに微笑みながら優しくその頭を撫でる。

 それに伴い、ミュウは緊張の糸が解けたのか、大粒の涙を流しはじめ、そのまま盛大に泣き始める。

 神羅は嫌がったりせず、ミュウをなだめる。その手際にハジメは兄貴には敵わないなぁ、と苦笑を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「倒壊した建物十七棟、半壊した建物三十四棟、消滅した建物十三棟、死亡が確認されたフリートホーフの構成員五十四名、再起不能四十四名、重傷二十八名、行方不明者百三名……これはまた随分と派手にやってくれたね」

 「ボス含めた幹部連中はちゃんと引き渡した。依頼はしっかりこなしたし、住民に被害は出していないはずだが?それに、重要そうな書類もちゃんと回収して提出しただろ?」

 

 冒険者ギルドの応接室で、報告書片手にジト目でハジメを睨むイルワだったが、ハジメはその視線を正面から見据え反論する。ミュウはユエとシアとティオが離れたところでお菓子を食べさせており、イルワの前にいるのはハジメと神羅だ。

 

 「しかし、オークションの客をみんな捕まえて教会に引き渡したのは流石に聞いてないんだけど?」

 

 そう言ってイルワは神羅を睨むが、神羅は腕を組み、

 

 「だが、奴らを罰するなら、それぐらいしなければなるまい?教会は気に食わんが狂信な所は使いようがある。それに、奴らの汚点だ。奴らに拭かせるのが道理だろう?」

 

 ミュウ救出時、神羅はオークションにいた客の大半を会場から逃げ出したところで捕まえており、その後、彼らを人身売買の証拠書類の一部と共に匿名で教会に押し付けていたのだ。

 あの場所にいた連中はほとんどが貴族やそれに準ずる連中。ならばたとえ保安署が捕らえたところでコネだのなんだので釈放されかねない。だが、あの狂信者共ならば神の教えを愚弄した奴らを決して許しはしないだろう。まあ、中には生臭坊主もいるかもしれないがそこまで面倒は見切れない。

 イルワははあ、と深いため息を漏らす。

 

 「まぁ、やりすぎ感は否めないけど、私達も裏組織に関しては手を焼いていたからね……今回の件は正直助かったといえば助かったとも言える。彼等は明確な証拠を残さず、表向きはまっとうな商売をしているし、仮に違法な現場を検挙してもトカゲの尻尾切りでね……はっきりいって彼等の根絶なんて夢物語というのが現状だった……ただ、これで裏世界の均衡が大きく崩れたからね……はぁ、保安局と連携して冒険者も色々大変になりそうだよ」

 「まぁ、元々、其の辺はフューレンの行政が何とかするところだろ。今回は、たまたま身内にまで手を出されそうだったから、反撃したまでだし……」

 「唯の反撃で、フューレンにおける裏世界三大組織の一つを半日で殲滅かい?洒落にならないね………しかし、こうなると君のランク、今のままという訳にはいかないな……」

 

 イルワの言葉にハジメは首を傾げる。

 

 「当然だよ。緊急だったとはいえ正式な依頼だったから正当に評価しないといけないし、誰にも不可能だと思われていた事を成し遂げたんだ。これで金にしなかったら、やっかみ以前にギルドが公正に評価を行わないと思われるからね」

 「それもそうか………だったら、そのまま俺たちの名前を使ったらどうだ?見せしめもかねて派手にやったし、それに支部長お抱えの金だって事にすれば相当抑止力になるんじゃないか?」

 「おや、いいのかい?それは確かに助かるけど……」

 「まあ、これぐらいはな。後ろ盾にもなってくれるんだし」

 「分かった。それじゃあ遠慮なく使わせてもらうよ……さて、それで、そちらのミュウ君についてだけど……」

 

 そのタイミングで神羅はユエ達に声をかけ、彼女たちはソファに座る。ミュウは不安そうにハジメ達を見渡している。また彼らから引き離されるのではないかと不安そうだ。

 

 「こちらで預かって正規の手続きでエリセンに送還するか、君たちに預けて依頼と言う形で送還してもらうか……どちらにする?」

 「ふむ、安全を考えればそちらに預けるべきだが……」

 

 神羅が腕を組みながらそう言うと、ミュウはびくりと肩を震わせ、涙目で神羅を見やる。だが、そんなもので神羅は動じない。たとえ一時悲しませることになろうと、それは楽しい思い出で癒してやれる。だが、死ねばそれすらもできない。

 

 「神羅さん……私、絶対、この子を守って見せます。だから一緒に……お願いします」

 「神羅………」

 

 シアとユエが固い決意を宿して神羅を見つめる。ティオは判断を任せるように沈黙したまま3人を見つめている。あるいは、ほとんど何もしていなかった自分に、意見を言う権利はないと思っているか。

 

 「……兄貴。俺としても、このままはい、さよならはない。ここまで情を抱かせたなら、最後まで責任を果たしたい。それに、安全と言う点なら、むしろ俺達と一緒のほうがいいんじゃないか?」

 

 ハジメの言葉に神羅はほう?と眉を動かす。

 

 「怪獣と遭遇した時、冒険者だと、手も足も出ず、そのままやられる可能性が高い。でも、俺達なら、最悪誰かがミュウを連れて逃げることができる。違うか?」

 

 もちろん、そんな未来は絶対に良しとしない。何が何でも覆して見せる。

 そんな気概を感じたのか神羅は無言でハジメを見つめ、

 

 「………分かった。確かにそうかもしれん。イルワ。こちらで彼女を送り届ける事にする」

 「神羅さん!」

 「お兄ちゃん!ありがとう!」

 

 ユエ達は目を輝かせ、ミュウも笑顔を浮かべる。

 

 「悪いな、兄貴」

 「気にするな。ただ大迷宮はどうする?確か道中に……」

 「その大迷宮の近くにアンカジって言う国があったから、そこのギルドに一時預ける」

 「うむ、それならいいだろう」

 

 神羅が頷くの見て、ハジメはふう、と息を吐き、ミュウに視線を向ける。

 

 「それじゃあ、ミュウ。しばらく一緒だな」

 「うん、お兄ちゃん!」

 

 ミュウが満面の笑みでハジメを見上げながらそう言うと、ハジメの口元が一瞬ひくついた後、すぐさま緩み、優しくも嬉しそうな笑みが浮かぶ。

 

 「おお、あんな表情のハジメさん、初めて見ました」

 「ああ、あいつ、今までは立場としては末っ子だったから……」

 「……なるほど。お兄ちゃんと言う立場に憧れがあった、と」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、イルワとの話し合いを終え、宿に戻った彼らは出立の準備を整えた翌日、野暮用として水族館に展示されていたリーマンと呼ばれる人面魚(ライセン大迷宮脱出時、シアが見たと証言していた念話で喋れる人面魚。デート中にハジメと意気投合したらしい)を今回の件の報酬で買い取り、川に逃がしてやったりもしながら、彼らは旅を再開させた。



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第53話 忍び寄る影 微睡む影

 ゆっくり投稿で申し訳ない。もう少し更新速度を上げたい……もうすぐ見せ場がくるから……


 淡い緑色の光だけが頼りの薄暗い地下迷宮に激しい剣劇音と爆音が響く。

 銀色の剣閃に炎弾に炎槍、風刃や水のレーザーの弾幕が飛び交い、強靭な肉体同士がぶつかる衝突音や怒号、気合の雄たけびが静寂を引き裂いていた。

 それもしばらくすると、片がついたのか次第に収まっていき、最後には地下迷宮にふさわしき静寂さを取り戻す。

 オルクス大迷宮89階層。そこで天ノ河光輝率いる勇者パーティはそこで魔物の群れと戦闘を繰り広げていたのだが、それを快勝で治めた彼らは戦闘態勢を解除しながら互いの健闘をたたえ合う。

 

 「ふう、次で90階層か……この階層の魔物も難なく倒せるようになったし、迷宮での実践訓練ももうすぐ終わりだな」

 「だからって気を抜いちゃだめよ。この先にどんな魔物やトラップがあるか分かったものじゃないんだから」

 「雫は心配しすぎってぇもんだろ?俺達、今まで誰も到達したことのない階層で、余裕を持って戦えてんだぜ?何が来たって蹴散らしてやんよ。それこそ魔人族が来てもな」

 

 雫の注意を龍太郎があっさりはねのけ、光輝と拳を突き合わせて不敵な笑みを浮かべる。

 その様子に雫はため息をつき、眉間のしわを揉み解す。

 

 「………ほら、これで治ったでしょ?」

 「お、おう。平気だぜ。ありが「じゃあもういいよね」っ……」

 

 一方、怪我人を治療していた治癒師の香織は近藤の治癒が終わるともう用はないと言わんばかりに冷ややかに視線を切る。他の怪我人の治療はもう一人の治癒師、辻綾子に任せている。あまり彼女としては他の面子の相手なんてしたくなかった。必要とあらばすぐに治療するが。

 香織は静かに迷宮の内部を見渡し、奥へと続く薄暗い通路を睨みつける。

 あと10階層で迷宮の最下層にたどり着くのに、未だに神羅とハジメの痕跡が見つかっていない。

 自分の目で確認するまで二人の死を信じないと言う強固な決意は普通なら沸いてくるネガティブな思考をはねのけているが、逆に彼女を苛立たせていた。普段ならもう少し抑えられるのだが、ここに来て抑えが効かなくなってきていた。

 だが、それと同時に疑問もある。あの奈落はいったいどこに繋がっているのだろうと。ここに来るまで、あの奈落と通じていると思われる竪穴は一切見つけていない。もしも二人の痕跡があるのなら、その竪穴がある階層だが、それに通じると思われる横穴すら見つけられていない。

 それともあの奈落はどこにも通じていないのか。もしくは………あの奈落は迷宮以上の深度に通じているのか………

 様々な可能性が考えられるが、香織は小さくため息を吐く。とにかく今は最下層まで探索しない事には話にならない。

 

 「香織……大丈夫?」

 「雫ちゃん……うん、大丈夫。行こう」

 「……大丈夫よ。今度はきっと守れるわ。レベルだってすでにメルド団長たちを超えているし」

 

 雫の言葉に香織は小さく頷くと気を落ち着けるように息を吐く。

 ちなみにメルド団長率いる騎士団たちは70階層にある30階層に繋がる転移陣の警護を務めている。彼らの実力ではそれ以上下には行けないからだ。

 そのタイミングで光輝が号令をかけ、彼らは出発。すぐに一行は下り階段を発見し、90階層に降り立つ。

 すぐさま彼らは探索を行うのだが、それが進むにしたがって彼らはある違和感を覚え始めていた。

 

 「……どうなっている。何で、これだけ探索しているのに唯の一体も魔物に遭遇しないんだ?」

 

 探索を始めて3時間と少し。その間一切の邪魔もなくスムーズに探索は進んだ。その結果、すでに探索は全体の半分近く済んでしまっている。逆に言えば、それだけ長い時間歩き回っているのに、一切魔物の襲撃はおろか、気配すらしていなかった、と言う事だ。それは、明らかな異常事態だ。

 その事実に気づいた彼らはたどり着いた広間で様々な可能性を話し合う。

 

 「……光輝。一度、戻らない? 何だか嫌な予感がするわ。団長達なら、こういう事態も何か知っているかもしれないし」

 

 雫が警戒心を強めながら光輝に提案するが、彼はそれに即答できなかった。

 確かに案全策を取るならそうするべきだ。だが、漠然とした不安感だけで撤退するのに僅かな抵抗感がアリ、89階層で余裕を持って戦えた自分達なら大丈夫、という考えもあった。

 そうして光輝が迷っていると、不意に周囲の探索をしていた遠藤が何かに気づいたように地面に触れる。

 

 「これ……血……だよな?」

 「薄暗いし、壁の色と同化しているから分かりづらいが……あちこちについているな」

 「おいおい……これ、結構な量なんじゃ……」

 

 遠藤の発見を機に光輝達は次々と広間内部に血痕の後を見つけ、一部の者達は顔を青くする。

 

 「天之河。八重樫さんの言った通り撤退したほうがいい。これは魔物の血だ」

 

 遠藤がいつになく強気で訴えるが、天之河は少し唸りながらも反論する。

 

 「そりゃあ、これだけ魔物の血があるって事はこの辺りの魔物は全て殺されたって事だろうし、それだけ強力な魔物がいるって事だろうけど……いずれにしろ倒さなきゃ前に進めないだろ?」

 

 その言葉に永山が首を横に振って反論する。

 

 「天之河、よく聞いてくれ。魔物はこの部屋だけに出るわけではないだろう。これまで通ってきた通路や部屋にもいたはずだ。でも俺たちが見つけた痕跡はこの部屋だけ。つまり……」

 「……何者かが魔物を襲い、その痕跡を隠蔽したって事ね?」

 

 続けられた雫の言葉に光輝はようやく彼らが言わんとしている事を理解し、はっとする。

 

 「それだけ知恵の回る魔物がいるという可能性もあるけど……人であると考えたほうが自然ってことか……そして、この部屋だけ痕跡があったのは、隠蔽が間に合わなかったか、あるいは……」

 「ここが終着点という事さ」

 

 光輝の言葉を引き継ぐように聞いたことのない女の声が響き渡った。光輝達は、ギョッとなって咄嗟に戦闘態勢に入りながら声のする方に視線を向けた。

 コツコツと足音を響かせながら現れたのは赤い髪に、艶の無いライダースーツの纏った一人の女性。露出している肌は浅黒く、耳はわずかに尖っている。それは王国でさんざん叩き込まれた知識にある、自分達が召喚された理由、人間族の宿敵の特徴。

 

 「魔人族……」

 

 誰かのつぶやきに女魔人族は薄っすらと笑みを浮かべる。

 

 「勇者はあんたでいいんだよね?そのアホみたいにキラキラした鎧を着ているあんたで」

 「ア、アホ……う、うるさい!魔人族にアホ呼ばわりされるいわれはないぞ!それより、なぜ魔人族がこんな所にいる!」

 「なんとまぁ、直情的な。本当に有用なのかねぇ。まあ、命令だからやるけど……勇者君、あたし達の側に来ないかい?」

 

 女魔人族が放った言葉に光輝は困惑を強くする。

 

 「なに?来ないかって……どう言う意味だ!」

 「そのまんまの意味だよ。魔人族側に来ないかって勇者君を勧誘しているの。色々と優遇するよ」

 

 他のメンバーが意味を理解し、どうするかと問うように光輝に視線を集中させる。ようやくその意味を飲み込んだ光輝は呆けた表情をキッと引き締めると女魔人族を睨みつけ、

 

 「断る!人間族を、仲間達を、王国の人達を裏切れなんて、よくもそんな事が言えたな!やっぱりお前達魔人族は邪悪な存在だ!わざわざ俺を勧誘に来たようだが多勢に無勢だ。投降しろ!」

 

 光輝の啖呵に香織は思わず舌打ちをし、即座に仕込みを行う。一人で来た、と光輝は言ったが、自分達だってここに来るまで、仲間と一緒に来た。ならば、彼女も自分以外の戦力を連れていると考えるのが普通だ。

 視線を動かせば、雫と永山も動き出している。彼らも状況を理解しているのだ。

 

 「一応お仲間も一緒でいいって上からは言われてるけど?」

 「答えは同じだ。何度言われても裏切るつもりなんてない!」

 

 光輝が聖剣に光を纏わせながら答えると、

 

 「そう……ならあんたに用はない。あんたの勧誘は可能であればであって、場合によっては排除の命令も出てる。殺されないなんて考えない事だね。ルトス、ハベル、エンキ、えさの時間だよ!」

 「!獄絶鎖!」

 

 女魔人族が叫ぶと同時に香織が獄絶鎖を発動。地中から勢いよく無数の鎖が飛び出し、そのまま天井に突き刺さる。それは即席のトラップ。敵に刺されば動きを止め、刺さらなくても障害物として機能する。

 それはただの勘だ。ダメ元で仕込んだ魔法を発動させただけに過ぎない。

 だが、それが発動した瞬間、その鎖は何かを貫き、何かはバランスを崩して地面に叩きつけられる。だが、他の二つの何かが鎖を突破し一つは永山を吹き飛ばし、もう一つは結界師、谷口鈴が展開した障壁を破壊し、鈴を吹き飛ばす。

 間髪入れず見えない二つの何かが追撃をしようとするが、獄絶鎖が蠢き、パーティには当たらないように調整されながら放たれる。ほとんどの鎖は外れたが、一部は何かを貫き、叩きつけられる。逃れようと何か達はもがくが、それを見逃す雫ではない。何かがもがくことで起こる空間の揺らぎに剣を突き刺し、容赦なく振り抜き、深々とそれを切り裂く。更に香織が最後のトリガーを引き、内部を破壊し、絶命させる。

 絶命したことで何かの姿が露になる。それは獅子の頭に竜の手足、蛇の尾に鷲の翼を持つキメラだった。

 

 「護光で満た「ルゥガァァァァァ!」っ!」

 

 香織が鈴と永山を回復させようと香織が詠唱を始めようとするが、その瞬間、どこに潜んでいたと言うのか、二つの影が鎖を引きちぎりながら襲い掛かる。突然の事態に香織が身を固くした瞬間、

 

 「香織に近寄るな!」

 「させっかよ!」

 

 光輝と龍太郎が飛び込み、敵のメイスを弾き飛ばすが、敵は即座に二撃目を繰り出し、二人を吹き飛ばす。

 その敵は2mを超える、極限まで体を鍛えなおしたブルタールのような魔物だ。

 更に、未だ動けずにいるメンバーの元に気配を殺し、女魔人族の背後を取ろうとしていた遠藤が吹き飛ばさてくる。

 

 「遠藤!?」

 「ぐっ、気をつけろみんな!見えてる奴だけじゃない!そこかしこにいるぞ!」

 

 どうやらキメラの擬態能力は他の魔物にも効果を及ぼせるようで、それを利用しているようだ。

 

 「!呑み込め、紅き母よ、炎狼!」

 

 瞬間、恵理が炎の津波を放ち、一帯を焼き払おうとする。

 だが、その炎は見る見るうちにある一点に収束し、消えていく。まるで空間に穴が開いてそこに飲み込まれていくかのように。

 範囲魔法が無効化される事態に固まる恵理の視線の先で、炎を飲み込んだ犯人が姿を現す。

 それは6本足のリクガメのような魔物だった。背中の甲羅が炎のように真っ赤に染まっている。

 そしてリクガメが口を大きく開くと背中の甲羅が輝き、口から深紅の砲撃が放たれる。

 

 「しまっ……」

 「にゃめんな!守護の光は重なりて、意志ある限り蘇る、天絶!」

 

 恵理が顔を引きつらせるが、鈴が眼前に20枚の障壁を展開。砲撃は障壁に激突すると、一瞬で粉砕していくが、上方に反らされていく。しかし、砲撃はその威力でもって次々と障壁を破壊し、迫ってくる。鈴は必死に歯を食いしばりながら障壁を生み出し続け、砲撃を逸らし続ける。

 そこまで来て、ようやく残りのメンバーも戦闘態勢を整える。

 

 「永山君、斬り込むわ!後衛の守り、お願い!」

 「ああ、任された!」

 

 雫が残像すら残さない速度でブルタールモドキの背後を取り、神速の抜刀術を繰り出す。

 だが、ブルタールモドキはとっさに体を捻って直撃を避ける。胴体を両断するはずの一撃は脇腹を切り裂くにとどまる。

 ブルタールモドキが怒りの咆哮を上げながら振り向きざまにメイスを振るう。だが、雫はその時にはすでに反対側に回り込み、二の太刀を振るうが、それもかろうじて回避され、傷をつけるだけだ。

 そのまま雫が連撃を繰り出すも、ブルタールモドキを仕留めるには至らず、雫の表情に焦りが生まれ始める。

 だが、事態はさらに悪化の一途をたどる。

 突然部屋に新たな叫びが響くと、雫が戦っていたブルタールモドキの体が赤黒い光に包まれ、傷が瞬く間に癒えていく。

 雫が目を見開きながらもちらりと視線を動かせば、女魔人族の肩に双頭の白いカラスが留まっている。恐らくだが、そいつが犯人……

 

 「回復役までいるって言うの!?」

 

 あまりの事態に雫が悲鳴を上げる。

 それは雫だけではない。他の場所でも仲間たちが悲痛な叫びをあげている。かろうじて戦線は崩れていないが、それでも押される一方だ。

 

 「だいぶ厳しいみたいだね。どうする?やっぱりあたしらの側についとく?今ならまだ考えてもいいけど?」

 「ふざけるな!俺たちは脅しには屈しない!俺たちは絶対に負けはしない!それを証明してやる!行くぞ、限界突破!」

 

 冷めた様子で投げかけられた女魔人族の言葉に光輝は憤怒の表情を浮かべ、限界突破を発動させる。

 薄暗い闇の中、戦闘は更に苛烈さを増していき、轟音と振動が轟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 故にそれは薄っすらとだが、目を覚ます。だがまだ微睡みの方が強い。成熟したばかりと言うのもある。これならばすぐに眠りにつくだろう………これ以上の刺激を与えなければ。



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第54話 モブの覚悟

 


 フューレンを発って数日後。神羅達はオルクス大迷宮を内包する宿場町、ホルアドに辿り着き、その中を進んでいた。イルワからホルアドの冒険者ギルドへの頼まれごとをされたのもあるが、神羅とハジメは当初の予定通り、ここで秘密裏に香織と雫に自分たちの無事を報告しようと思っているのだ。

 

 「とりあえず、どうやって二人に接触する?宿に忍び込むか?」

 「それはやめとけ。見つかった時が色々と面倒だ。それと、幼子の前でそう言うことは言うな」

 

 ギルドまでの道筋をハジメと神羅はどうやって無事を知らせるか意見を交わす。その神羅に肩車されたミュウはきゃっきゃっと無邪気にはしゃいでいる。

 

 「……私たちが接触して誘い出す?」

 

 ユエが自分とシア、ティオを指さしてそう提案してくる。

 その意見に、それが無難か?と二人が首を傾げていると、

 

 「………のう二人とも。不躾かもしれぬが聞かせてくれ。二人はやり直したいと思った事はあるか?」

 

 不意のティオからの質問に神羅とハジメは訝しげな表情を浮かべる。

 

 「二人にとって、ここが全ての始まりで、これから会おうとしておるのが元々の仲間の中でも、特に仲が良かった者達なのじゃろ?ならば……」

 

 なるほど、と二人は頷く。確かにもっともな疑問だろう。特に自分たちの境遇を知っているとあっては、自分たちの行動はある意味で、現在のティオに重なる。だからこそ、なおさら彼女は聞きたいのだろう。

 

 「俺は思わん。どうしようもない過去もまた俺の物だ。ハジメが傷ついた事を、傷つく事を良しとするわけではないが、だからと言って今まであったことをなかったことにしようとは思わん」

 

 神羅の答えはユエ達からしてみれば、予想できたことだ。彼ならばそう言うだろうと。対し、ハジメはう~~ん、と悩むように腕を組み、

 

 「………分かんねぇな……それは……」

 

 顔を思いっきりしかめた状態でそう言う。

 

 「そりゃ、兄貴の言う事も分かる。奈落に墜ちた結果、俺は強くなれたし、ユエにも出会えた。どうしようもない絶望は味わったけど、そのおかげで今ここにいられるって。でも……あの奈落で味わった絶望は、避けられるなら、俺は避けたい。そうなるのが運命だなんて、俺は絶対に認めたくないし、選ぼうとも思わない」

 

 あの奈落でハジメは多くの絶望を味わった。腕を失い、飢えに苦しみ、どうしようもない怒りと憎悪に身を焦がした。だが、何よりもハジメを追い詰めたのは大好きな兄の死だ。だからこそ、仮死状態と分かっていても、もう一度同じ経験を、兄の死を目の当たりにしたとき、正気でいられる自信はハジメにはない。そこまでハジメは壊れていない。だから、兄が傷つくのを回避できるのなら、回避したい。それでユエと出会えなくなろうともだ。

 

 「……そうか……」

 

 ハジメの言葉にティオは神妙な面持ちで頷く。彼らの空気が静まり返り、それに気づいたミュウが不安そうに神羅の髪を握る。

 

 「あ、でも、一つだけ確かな事はあるぞ?」

 

 空気を察したハジメが慌てた様子で声を上げる。

 

 「ほう、それは?」

 

 神羅の問いにハジメは一瞬言葉に詰まり、恥ずかしそうに頬を掻きながら口をへの字に曲げ、

 

 「それは………………仮にどんな選択をしても、俺はユエを迎えに行ったし、ここにいる全員を助けるために動いたって事だよ」

 

 当然の事だ。ユエはハジメにとって最愛の少女だ。彼女の為ならば、例え運命が違おうと、絶対に、どれ程時間をかけようと探しだす。そして、シアやティオ、ミュウだってそうだ。一緒に行けなくなるかもしれなくても、今よりもずっと困難だったとしても、ハジメは彼女たちを助けるために戦う。

 その発言にユエとシアはぽかんと口を半開きにし、だが次の瞬間、ユエは嬉しそうに頬を緩めてハジメの手を握り、シアは顔を真っ赤にして俯いてしまう。ティオも面食らったように目を丸くし、それから穏やかに目を細め、小さくそうか、と呟く。

 

 「ねぇ、神羅お兄ちゃん。お姉ちゃん達どうしたの?」

 

 ミュウが不思議そうに問いかけると、神羅は苦笑を浮かべながら手を伸ばし、気にするな、と言うように彼女の頭を撫でる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホルアドの冒険者ギルドの内装はファンタジー世界のギルド通りと言ったところか。

 正面にカウンター、左手に食事処があるが、壁や床は、ところどころ壊れていたり大雑把に修復した跡があり、泥や何かのシミがあちこちに付いているし、食事処では酒類の提供もしているようで酒の匂いが香っている。二回にも座席があるようでそこから一階よりもできる雰囲気の者達がこちらを見下ろしている。

 中にいる者達もブルックのようなほのぼのとした雰囲気とは違い、冒険者や傭兵など魔物との戦闘を専門とする戦闘者達が集まっているためか誰も彼も目がギラついていている。

 神羅達がギルド内に入ると冒険者達の視線が一斉に彼等を捉える。

 その眼光の鋭さにミュウがひぅ!と悲鳴を上げ、神羅の頭にしがみつく。それを以て神羅とハジメは違和感に気づき、念話を使う。

 

 (妙だな……ある意味テンプレだけど、それにしたって殺気立ちしすぎてる……)

 (確かにそうだな。何かあったのかもしれんが、この状態だと話を聞くのも一苦労だぞ)

 (………分かった。俺が少し驚かす。それで正気に戻ったなら、兄貴の方で話を聞いてくれ)

 (分かった)

 

 念話が終わると同時にハジメは神羅からミュウを受け取る。そしてミュウを片腕抱っこすると、瞬間的にプレッシャーを放つ。一瞬だけだったが、それはかなり凶悪な物で、立ち上がろうとしていた冒険者たちは驚愕したように目を見開いて再び座席につく。つき損ねて床に転がった者もいるがそこはご愛敬。

 それを確認したハジメはよし、と頷いて素早くカウンターの元に向かい、ユエ達もそれに続く。

 それを呆然と眺めていた床の冒険者に神羅が手を差し伸べる。

 

 「大丈夫か?」

 「え?あ、ああ……」

 「勢いあまって座ろうとするそうなる事もある。あまり気にするな」

 「そ、そうだな……」

 

 神羅の手を握りながら冒険者は立ち上がる。周りの者達も正気に戻ったようで、キョロキョロと周囲を見渡している。これなら大丈夫だろうと神羅は本題に入る。

 

 「ところで、先ほどは随分と物々しい雰囲気だったが、何かあったのか?」

 「ああ、それなんだが……少し前に変な奴がギルドに来たんだよ。何でも勇者が危ないとか、騎士達が全滅したとか……」

 

 その発言に神羅が小さく眉を顰め、更に詳しい話を聞こうとした瞬間、

 

 「き、金ランク!?」

 

 カウンターの方からそんな声が聞こえてきた。見れば、受付嬢が驚いた顔をしており、だが次の瞬間にはハジメ達に猛烈な勢いで頭を下げている。そして再び場内の注目がハジメに集まり、神羅がやれやれ、とため息を吐いて再び話を聞こうとした瞬間、受付嬢が引っ込んでいった奥から猛ダッシュするような音が聞こえてくる。

 何だ?と神羅達が首を傾げると同時にカウンター横の通路から全身黒装束の少年が勢いよく床を滑りなが飛び出し、誰かを探すようにキョロキョロと見渡す。

 

 「……遠藤?」

 

 その少年がクラスメイトの一人、遠藤浩介と言う事にハジメは驚いたように呟く。それを見た神羅が目を細めて彼らに向かって歩み寄っていく。

 

 「南雲弟!?いるのか?お前なのか!?どこにいるんだ!いるんなら出てきやがれ南雲ハジメ!」

 「がなるな。その様子だと、お前がこの空気の原因だな?」

 

 あまりの大声に片耳に栓をしながら神羅が言うと、遠藤はバッ!と振り返り、

 

 「お前、南雲兄!?い、生きていたのか!?」

 「ああ、生きている。ハジメも生きているぞ。ほれ、お前の後ろに」

 

 神羅が背後を指さし、再び遠藤は振り返り、周囲を見渡すが、

 

 「ど、どこだよ!どこにいるんだよ!?全然見当たらねぇぞ!?」

 「いや、目の前にいるから。と言うか、とりあえず落ち着けって。影の薄さランキング世界一位」

 「!? どこから声が!?ていうか、誰がコンビニの自動ドアすら反応してくれない影が薄いどころか存在自体が薄くて何時か消えそうな男だ! 自動ドアくらい三回に一回はちゃんと開くわ!」

 「……こいつ、自分が死んだことに気づいていない浮遊霊ではあるまいな……」

 

 神羅がポリポリとうなじのあたりを掻きながら呆れていると、ようやく遠藤は自分が会話していたのが目の前の白髪眼帯の男だと気づき、その顔をマジマジと見つめる。

 

 「お前……南雲弟か?」

 「ああ、そうだよ。外見は色々変わっちまったが、正真正銘、南雲ハジメだよ」

 「そ、そうか……お前ら二人とも生きてたのか……そうか……生きてて……良かった……」

 

 その言葉にユエとシアがむっ、と眉を顰め、、神羅とハジメもまた小さく目を細める。

 それに気づかず、遠藤は神羅とハジメを見やり、

 

 「ていうか、お前等、冒険者してたのか?しかも金ランク……」

 「まあな」

 「つまり、迷宮の深層から自力で生還できるうえ、冒険者の最高ランクを貰えるぐらい強いってことだよな!?」

 「ま、まぁ、そうなるが……」

 

 すると、遠藤は飛び掛かるようにハジメの肩につかみかかり、悲痛な表情で嘆願する。

 

 「なら頼む! 一緒に迷宮に潜ってくれ! 早くしないと皆死んじまう! 一人でも多くの戦力が必要なんだ! 健太郎も重吾も死んじまうかもしれないんだ!頼むよ二人とも!」

 「お、おいちょっと待て。いきなりなんだ!?」

 「……それは先ほど冒険者が言っていた勇者の危機や騎士の全滅に関係する事か?」

 

 神羅の問いに遠藤はびくりと肩を震わせ、ハジメもまた驚いたように目を見開き、それに釣られるように遠藤が癇癪を起した子供のように叫び出す。

 

 「……ああ、そうだよ!メルド団長もアランさんも他の皆も! 迷宮に潜ってた騎士は皆死んだ! 俺を逃がすために! 俺のせいで! 死んだんだ! 死んだんだよぉ!」

 

 その尋常ならざる様子にハジメは口を引き結ぶ。

 メルド団長は神羅とハジメがそろってこのトータスでも屈指の善人と認める男だ。その男が死んだ、と言う言葉にハジメと神羅は供に冥福を祈る。

 しかし、騎士団が全滅し、天之河達が追いつめられるとなると、まさか迷宮に怪獣の類が出現したのでは、と考えたところで、しわがれた声が聞こえてくる。

 

 「話の続きは、奥でしてもらおうか。そっちは、俺の客らしいしな」

 

 声の主は六十歳過ぎくらいのガタイのいい左目に大きな傷が入った迫力のある男がいた。恐らくホルアドのギルド支部長だろう。

 彼について行く形で神羅達はギルドの奥に足を運ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「魔人族か……ここまで来たのか……」

 

 冒険者ギルド、ホルアド支部の応接室で、ハジメは小さく呟く。

 浩介の話を要約するとこうだ。迷宮90階層で勇者たちは魔人族の女と遭遇、戦闘となった。彼女は多数の未知の魔物を引き連れており、勇者たちであっても苦戦を強いられた。更に、魔人族の石化の魔法によって鈴、野村、斎藤、近藤の4名が石化して戦闘不能。このままでは全滅、と言う所で恵理の降霊術と光輝の魔法によってどうにか隙を作り、撤退に成功。89階層に隠し部屋を作りそこで彼らは休憩を取り、浩介はメルドたちに魔物の情報を伝えるために転移陣を守っていた彼らと合流。だが、撤退するなら騎士達が守っている転移陣に行くと考えて一直線に向かってきた女魔人族の襲撃で、メルドたちは命がけで何とか浩介を転移させた。恐らくだが、もう生きてはいないだろう。そして、転移先の30階層でも、転移に巻き込まれた一匹の魔物によって騎士達は全滅。魔物は打ち倒したが、そこまでだ。そして、浩介は光輝達の救援のために冒険者ギルドにやって来ていたのだ。

 話を聞き終えた支部長、ロア・バワビスは深刻な表情を浮かべ、室内は重苦しい雰囲気で満たされていた。

 その中でミュウはモスラの歌が納められたプレーヤーに無言で聞きほれている。不安そうにしていた彼女に神羅が貸し与えたのだ。

 

 「さて、ナグモ。イルワからの手紙でお前の事は大体わかっている。中々暴れているようだな?」

 「まあ、そうだな……」

 

 ハジメは小さく肩をすくめ、神羅もまた小さく鼻を鳴らす。

 

 「手紙にはお前の金ランクへの昇格に対する賛同要請とできる限り便宜を図ってほしいと書かれていた。一応事の概要ぐらいは把握しているがな……ウルの町の超巨大魔物と神獣の戦いから要救助者を連れての生還。半日でフューレンに巣食う裏組織の壊滅。にわかには信じられない事ばかりだが、イルワの奴が適当な事を伝えるとは思えん。お前ら、そのうち魔王だって言われるかもしれないぞ?」

 「よしてくれよ……俺は王の器じゃない。そんなふうに呼ばないでくれ」

 

 魔王と言う言葉に、ハジメは謙遜も何もなく素直にそう答えた。本物の王を目にしてしまっては、自分みたいな奴が王と呼ばれるなど、例え冗談でも勘弁してほしい。

 

 「謙遜しなくてもいいと思うが……まあいい。ともかく、今からお前達には冒険者ギルドホルアド支部長からの使命依頼を受けてほしい」

 「勇者たちの救出、か?」

 

 その言葉に遠藤が身を乗り出しながらハジメと神羅に捲し立てる。

 

 「そ、そうだ二人とも!一緒に助けに行こう!お前らがそんなに強いならきっとみんなを助けられる!」

 「……その前に一つ確認だ。白崎と八重樫は無事か?」

 「え?あ、ああ……二人とも無事だ。ていうか、白崎さんがいなかったらマジで危なかった……回復魔法や鎖を使った魔法がとんでもないって言うか……あの日、お前達が落ちたあの日から、何ていうか鬼気迫るっていうのかな?断髪したりして、こっちが止めたくなるくらい訓練に打ち込んでいて……何かオリジナルのものも生み出しているんだ」

 

 その言葉に神羅はふむ、と顎に手をやり、ちらりとハジメに視線を向ける。それを見たハジメはそれだけで意思を通じ合わせ、小さく息を吐き、腕を組む。

 即答しようとしないことに遠藤は困惑し、

 

 「どうしたんだよ!今、こうしている間にもあいつらは死にかけてるかもしれないんだぞ!何を迷ってんだよ!仲間だろ!?」

 

 そう遠藤が言った瞬間、ユエとシアがキッ!と怒気を滲ませながら遠藤を睨みつけ、

 

 「仲間………?ふざけるな……!下らない理由でハジメを痛めつけ、神羅をのけ者として、無能とののしり、挙句の果てには二人を殺した輩を無条件で許したくそ野郎どもがどの面を下げて……!ハジメ、神羅!こいつらなんて助ける価値はない!そのシラサキとヤエガシって人だけ助けよう!」

 「そうです!そんな連中、魔物の餌にでもしてやればいいんです!」

 

 ユエとシアの言葉に遠藤は狼狽し、声を詰まらせる。

 すると、神羅が小さく息を吐き、

 

 「落ち着け二人とも。感情的になるのは分かるが、ミュウがいる前で物騒な言葉を使うな」

 

 そう言って神羅がミュウに視線を向ければ、歌を聞きながらミュウが不安そうな表情を浮かべ、ハジメの腕にしがみついている。その様子に二人は気まずげに声を詰まらせる。

 

 「とはいえだ。二人の言う事ももっともだ。はっきり言えば、こいつらに我らがそこまでしてやる義理もない。故にだ………ロアよ。今回の依頼、報酬を出すとするならどれぐらいだ?」

 「え?そうだな……通常の救出系だとしても、対象が勇者だからな……大体だが……こんなものか?」

 

 ロアが紙に計算して叩きだした報酬額は中々の物だ。一応、人類の救世主である勇者の救出としては妥当な所だろう。

 

 「よし。ならば……遠藤よ」

 「な、なんだ……?」

 「今回の報酬、お前が全額自分が立て替えると言うのなら、我らはこの依頼を引き受けよう」

 

 その言葉に遠藤はなっ!?と目を見開く。

 

 「言っておくが、王国に泣きついて払ってもらう、と言うのは無しだ。全額、お前自身で稼いだ金で払え。さんざん迷宮にこもっていたのだ。それなりに貯まっているだろう?」

 

 その言葉に遠藤は小さく言葉を詰まらせる。

 

 「…………まさかとは思うが、買い物をしたことがない、なんて言わんよな?それなりに自由に使える金があるはずだが?魔石や素材を売った金が」

 

 神羅の確認に遠藤はあ、う、と言葉を失う。

 実を言うと、彼らは手持ちの資産はそれほど多くはない。何せ装備品は王国の宝物庫から用意された物があるので買う必要はない。食料も支給され、更に彼らは暇なときは王宮で過ごし、必要なものは言えばすぐに用意される。そして外に出た時も、たまに町に出るだけで、それ以外では迷宮にこもり続けていた。それなら金がたまり続けると思われるが、一番致命的なのは彼らが魔物を殺し続け、魔石などの回収をほとんどしてこなかったことだ。幾ら勇者だの使徒だの言われようと、彼らはただの高校生。倒すところまでは大丈夫でも、その体を解体する、と言う行為には強い嫌悪感を抱き、碌にしてこなかったのだ。故に、彼ら自身が稼いだ資金と言う意味では実は彼らはそれほど裕福ではない。

 

 「……まさかここまで馬鹿とは思わなかったぞ」

 「だな。俺達だって毎度、ってわけじゃないけど魔物の素材や魔石を回収しているのに……」

 

 ハジメと神羅の呆れの眼差しに遠藤は何も言えず、俯いてしまう。

 

 「とはいえ、そう言う事なら話は別だ。ロア、この依頼は無しで。俺たちは別に用事があるからそれで」

 

 そう言うとハジメは立ち上がり、ユエとシア、ティオは困惑の表情を浮かべてどういうことか聞こうと口を開こうとする。だが、神羅が口元に指をあててながら立ち上がると、思わず互いに顔を見合わせる。

 ロアが思わず彼らを引き留めようとしたとき、

 

 「………わ、分かった!払う!全額俺が払う!だから、みんなを助けてくれ!」

 

 遠藤が絞り出すように叫び、その場の全員が彼を注視する。

 

 「………先ほどの様子だと、資金はないように思えるが?」

 「ああ、今はない。でも、いつか必ず払う!なんだったら、俺の装備を売っぱらって金を作る!だから……頼む!お前たちの力を貸してくれ!」

 

 そう言って遠藤はその場に土下座をする。

 ああ、そうだ。ユエと呼ばれた少女の言う通りだ。さんざん酷い扱いをしておいて、強くなって戻ってきたら手のひらを返して仲間扱い。自分の行いは間違いなく最低だ。

 更に言えば檜山の件だってそうだ。メルドは自分に、勇者だけでも助けてこい、と自分たちを見捨てるような発言をしたが、それはまさしく苦渋の決断だった。だが、自分たちはそんなこと考えず、彼ら二人殺した相手を無条件に許した。見捨てられても文句は言えない。

 それでも、ここで彼らの力を借りれなければ、万に一つもみんなを助けられない。そのためなら、自分のちっぽけなプライドなど、幾らでも捨ててやる……!そんな覚悟を胸に遠藤は頭を下げていた。

 少しの間、沈黙が流れると、

 

 「……流石に土下座までさせるつもりはなかったが………まあ、覚悟の表れと受け取ろう」

 

 神羅の気まずげな言葉に遠藤が恐る恐る顔を上げると、神羅は小さく溜め息をつき、ハジメは少し居心地悪そうな表情を浮かべながら頭を掻いていた。

 そして神羅は遠藤の前に膝をつき、

 

 「いいだろう、遠藤。その覚悟に免じてお前の金の件は無しだ。そもそも、依頼などなくても、我らは奴らの救出に向かった。用事とはそれなのだからな」

 

 遠藤は状況が飲み込めず、ぽかん、と口を半開きにしながら神羅を見つめる。ユエとシアも似たような表情だ。

 

 「......もしかして、さっきのは演技?」

 「心情的には嘘は言ってない。だがまあ、これぐらいの仕返しはいいだろ」

 「流石に断髪までしたって言うんなら、放るなんてできないっつうの。それに元々ここには二人に会いに来たんだしな」

 「と、いう訳だ。ロア。その依頼、受けよう。報酬はそちら持ちな。後、ミュウに部屋を用意してやってくれ。ティオ。お前は今回も残れ」

 

 神羅の言葉にロアはやれやれ、とため息を吐きながら了承を示し、ティオもうむ、と頷く。

 

 「二人とも……本当にこいつらを助けるの?」

 

 神羅とハジメを心配するように口を開いたユエに、

 

 「……さっきも言ったが、本当ならそこまでしてやる義理なぞない。だが、二人が奴らと一緒にいるのなら、助けに行かねば二人が死ぬ。それは避けねばならん」

 「ま、そうだな。それに、俺としては檜山に一発かましてやりたいって気持ちもある。どっちにしろ行くしかねえよ」

 

 憮然とした表情でごきっ、と指を鳴らすハジメを神羅は小さく息を吐きながら眺め、

 

 「それにこいつはこいつなりの覚悟を見せた。ならば、踏みにじってはそれこそ外道よ……だが、遠藤。今回の件、一応お前の覚悟に免じてこれぐらいで勘弁してやるが、他の連中が妙な事を口走った時はそれに応じた対応を取る……いいな?」

 

 神羅が不機嫌そうに睨むと、遠藤はビクッ!と肩を震わせるが、

 

 「あ、ああ……分かった………ありがとう、二人とも……」

 「ユエとシアはどうする?正直俺たち二人だけで十分だと思うけど……」

 「……ううん。一緒に行く」

 「わ、私も行きます!」

 「なら、さっさと行こうぜ」

 

 ハジメの言葉に全員が頷き、事情を聞いてついて行くと駄々をこねたミュウを宥めてからとティオにこもりを任せて出発する。




 勇者たちの懐事情は完全に自分の想像ですが、少なくとも魔物の素材や魔石を回収している描写が売却含めてほとんどないのでこんな感じに。案外お小遣い制かもしれませんが……
 スマブラにまさかのソラ参戦……自分、スマブラはほとんどやっておらず、キングダムハーツもそこそこどまりですが、それでも凄い事を桜井さんがやったことだけは分かる……素直にすげぇ、と思いましたよ。


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第55話 あがきし者に王は応える

 今回、イメージしたのはゴジラ・キングオブモンスターズのゴジラがマディソンを助ける所です。

 現在、初めてのテイルズシリーズのアライズをやっています。面白いですね。凄く。ストーリーもいいですし。なんとなくとはいえ、やってこなかったの勿体なかったかも……だけどさ、30レべ代の時に50レべの敵出すのはやめて。しかもザコって……


 オルクス大迷宮、89階層の最奥付近の正八角形の部屋の通路の隠し部屋。そこで光輝達は休憩をしていた。もっとも、場の空気は一様に暗く、澱んでいる。

 ここに隠れ潜んでもうどれほど経っただろうか。とりあえず負傷者の治療は済ませてあり、石化した者もすでに回復し、意識を取り戻している。鈴だけは未だ意識を取り戻さないが、危険な状況は脱していた。

 

 「うっ……」

 「「鈴!」」

 

 そんな彼女がうめき声と共に目を開けると、そばにいた雫と恵理が安堵を滲ませながら彼女の名前を呼ぶ。

 

 「し、知らない天井だぁ~」

 「鈴、貴方の芸人根性は分かったから、こんな時までネタに走って盛り上げなくていいのよ?」

 

 即座にネタに走る彼女に呆れと感心の表情を向けながら雫が水筒を渡し、水を飲ませる。

 水を飲み、「生き返ったぜ、文字通り!」とシャレにならないことを口にしながら体を起こし、その体を恵理が支える。

 鈴のように他のクラスメイトも思わず笑みを浮かべ、入り口付近にいた香織も振り返り、安堵のため息を吐き、彼女の元に向かう。

 

 「鈴ちゃん、大丈夫?もう少し横になってたほうがいいんじゃない?流れた血は取り戻せないから……」

 「う~ん、このフラフラする感じはそれでか~。あんにゃろ~、こんなプリティーな鈴を貫いてくれちゃって……〝貫かれちゃった♡〟ってセリフはベッドの上で言いたかったのに!」

 「鈴! お下品だよ! 自重して!」

 

 起きてすぐ、いつもの調子で冗談を口にする鈴を恵理が慌ててたしなめる。その騒ぎを聞きつけ、光輝と龍太郎も近寄ってくる。

 

 「鈴、目を覚ましてよかった。心配したんだぞ?」

 「よぉ、大丈夫かよ。顔、真っ青だぜ?」

 「おはよー、光輝君、龍太郎君!何とか逃げ切ったみたいだね?えっと、みんなは……無事……なんだよね?一人少ない気が……」

 

 首を傾げる鈴に光輝達は自分たちの現状を説明する。一通り説明が終わったところで、鈴はなるほど、と頷く。

 

 「そっか、鈴が気絶してから結構時間が経っているんだね……あ、カオリン、ありがとね!カオリンは鈴の恩人だね!」

 「私は自分の仕事をこなしただけだから……」

 「くぅ~、ストイックなカオリンも素敵!結婚しよ?」

 

 そのまま絡んでくる鈴を香織はため息とともにあしらい、恵理がたしなめる。それは彼らにとっていつも通りの光景だった。それを目にして、他の者達も心の余裕を取り戻す。だが、そんな状況でも水を差す輩と言うのは存在する物だ。

 

 「……なに、ヘラヘラ笑ってんの? 俺等死にかけたんだぜ? しかも、状況はなんも変わってない! ふざけてる暇があったら、どうしたらいいか考えろよ!」

 

 近藤が苛立ったように怒鳴り声を上げ、同様に近くにいた斎藤も非難がましい目を向ける。

 

 「おい、近藤。そんな言い方ないだろ?鈴は、雰囲気を明るくしようと……」

 「うっせぇよ!お前が俺に何か言えんのかよ!お前が、お前が負けるから!俺は死にかけたんだぞ! クソが! 何が勇者だ!」

 「てめぇ……誰のおかげで逃げられたと思ってんだ?光輝が道を切り開いたからだろうが!」

 「そもそも勝っていれば、逃げる必要もなかっただろうが!大体、明らかにヤバそうだったんだ。魔人族の提案呑むフリして、後で倒せば良かったんだ!勝手に戦い始めやがって!全部、お前のせいだろうが!責任取れよ!」

 「それはそうかもしれねぇけど、今光輝を責めても仕方ねぇだろう!」

 

 口論は瞬く間に発展していき、近藤と斎藤と中野が龍太郎と対峙し、睨み合うが、それに光輝が割って入る。

 

 「龍太郎、俺はいいから……近藤、責任は取る。今度こそ負けはしない!もう、魔物の特性は把握しているし、不意打ちは通用しない。今度は絶対に勝てる!」

 「……でも、〝限界突破〟を使っても勝てなかったじゃないか」

 「そ、それは……こ、今度は大丈夫だ!」

 「なんでそう言えんの?」

 「今度は最初から〝神威〟を女魔人族に撃ち込む。みんなは、それを援護してくれれば……」

 「でも、長い詠唱をすれば厄介な攻撃が来るなんてわかりきったことだろ? 向こうだって対策してんじゃねぇの? それに、魔物だってあれで全部とは限らないじゃん」

 

 限界突破を使っても勝てなかったからか、近藤たちは光輝の言葉に不信感を得ているようで、疑わし気な視線を向ける。更にそれに触発されたのか、他のメンバーも険悪なムードが漂い始める。

 雫が彼らを落ち着かせようとした瞬間、

 

 「………魔人族をここにおびき寄せる」

 

 香織の言葉に全員がえ?と耳を疑ったように目を丸くする。

 

 「か、香織……?何を言ってるんだ……?魔人族をおびき寄せるって………」

 「そのまま。この部屋の奥に通路を作って、そこに潜って、部屋全体に獄絶鎖を仕掛ける。そして奴らがここに突入したタイミングで発動させて、魔物を一気に削る。その隙に天之河君が魔人族を討つ。これでどう?」

 

 香織の提案にクラスメイト達は戸惑いながらも考える。

 香織自身自覚している事だが、あまりにも無茶で、無謀な作戦だ。失敗すれば間違いなく自分たちは全滅する。今度は撤退もできない。リスクの方がでかすぎる。だが、かといってほかに妙案があるかと言われればそうとも言えない。それに、獄絶鎖の威力は誰もが知っている。あれにからめとられれば最後。何人たりとも逃れることもできずに絶命するしかない。それなら例え女魔人族がどれほど強力な魔物を連れていても倒すことができる。ならば……

 実行するか否か、判断できずに呻いていると、低いうなり声が壁の向こう側から聞こえてきて、更に壁を引っ掻くような音も響く。その音に全員が一斉に体を強張らせる。

 少しすると、その音は魔物の気配と共に遠ざかっていく。その事に一同は安堵の息を吐く。

 

 「もう時間がないわね……香織の案でいきましょう。香織。もう少し回復したら、お願いできる?」

 「うん、まかせて」

 

 雫がみんなもそれでいいわね?と聞くと、全員が小さく頷く。ようやく方針がまとまった。その事実に全員の気が緩んだ瞬間、轟音と共に隠し部屋と外を隔てる壁が砕け散る。

 

 「っ!獄絶鎖!」

 

 その瞬間、香織は事前に仕掛けておいた獄絶鎖を起動。飛び出した鎖が飛び込んできたブルタール擬きと黒猫の一団を縛り、地面に叩きつける。だが、鎖にできたのはそこまでだった。それを掻い潜った残りの黒猫が背中の触手を弾幕のように繰り出してくる。

 

 「天絶!」

 

 だが、それは鈴がとっさに展開した障壁によって軌道を逸らされる。無傷、とはいかないが、どうにか致命傷を負う事だけは避ける。だが、それでも入り口からは他の魔物が続々と侵入を果たそうとする。

 

 「光輝! 〝限界突破〟を使って外に出て! 部屋の奴らは私達が何とかするわ!」

 「だが、鈴達が動けないんじゃ……」

 「このままじゃ押し切られるわ! お願い! 一点突破で魔人族を討って!」

 「光輝! こっちは任せろ! 絶対、死なせやしねぇ!」

 「……わかった! こっちは任せる! 〝限界突破〟!」

 

 光輝が光のオーラを纏って外に出る。

 それを確認すると、香織は即座に最後のキーを唱え、縛っていたブルタール擬きと黒猫を仕留め、自由になった鎖が蠢き、残りの黒猫たちに殺到。その身体を強く打ち据える。それによって体制が崩れた隙を見逃さず、雫が切り込み、何体か切り捨てる。更に鎖は荒ぶり、次々と黒猫に襲い掛かる。黒猫たちは即座に跳んで回避しようとするが、蛇のごとくうねる鎖が黒猫たちに文字通り食らいつき、縛り上げ、地面に叩きつける。その隙に雫やほかの前衛組が黒猫を次々と打ち倒していく。

 だが、3分の1ほど倒したところで香織に限界が訪れた。鎖が霧散し、自由になった黒猫たちはその場から飛びのき、雫の斬撃を回避する。それなりには減らせたが、未だに数が多く、予断を許さない状況だ。それでも香織が諦めずに別の魔法を放とうとした瞬間、魔物たちの動きが止まる。

 その事に彼らが訝しげな表情を浮かべていると、生き残った魔物たちはそのまま部屋から引き揚げていく。

 そのまま少しの間、クラスメイト達は警戒心剥き出しで部屋の入り口を見ていたが、追撃はこない。

 そして彼らはそのままゆっくりと、警戒しながら全員で部屋の外に出ることにする。このままここにいたところで意味がない。それに、魔物が引き上げた、と言う事は光輝が司令塔の女魔人族を撃退したと言う可能性もなくはないからだ。

 そんな警戒心と、一縷の望みを胸に彼らは隠し部屋から出るが、

 彼らが目にしたのは馬の頭にゴリラの胴体、そして四本の豪腕を持った魔物と、その魔物に首根っこをつかまれ、吊るされた光輝だった。

 

 「うそ……だろ? 光輝が……負けた?」

 「そ、そんな……」

 

 その光景に彼らは今度こそその表情を絶望に染める。もっとも、香織だけは動揺するも、即座に思考を切り替える。彼女はまだ諦めていない。

 

 「ふん、こんな単純な手に引っかかるとはね。色々と舐めてるガキだと思ったけど、その通りだったようだね」

 「……何をしたの?」

 「ん? これだよ、これ」

 

 雫が青ざめた表情ながら女魔人族に問うと、彼女はブルタールもどきに掴まれている何か、いや、誰かを一行に見せた。

 

 「メルド……団長?」

 

 それは、70層で転移門を守っていた筈のメルドだった。他に騎士の人たちは居ない。

 それだけで何があったか理解した。女魔人族はメルド団長だけは生かした。光輝への人質として利用するために。恐らく、他の騎士達は全滅しているだろう。その結果、光輝は激昂と共に魔人族に襲い掛かった。だが、そこにキメラの迷彩能力で隠れていたあの大型魔物が襲い掛かり、やられたのだろう。

 

 「……それで? 私達に何を望んでいるの? わざわざ生かして、こんな会話にまで応じている以上、何かあるんでしょう?」

 「ああ、やっぱり、あんたが一番状況判断出来るようだね。なに、特別な話じゃない。前回のあんた達を見て、もう一度だけ勧誘しておこうかと思ってね。ほら、前回は、勇者君が勝手に全部決めていただろう? 中々、あんたらの中にも優秀な者はいるようだし、だから改めてもう一度ね。で? どうだい?」

 

 魔人族の女の言葉に何人かが反応する。それを尻目に、雫は、臆すことなく再度疑問をぶつけた。

 

 「……光輝はどうするつもり?」

 「ふふ、聡いね……悪いが、勇者君は生かしておけない。こちら側に来るとは思えないし、説得も無理だろう? 彼は、自己完結するタイプだろうからね。なら、こんな危険人物、生かしておく理由はない」

 「……それは、私達も一緒でしょう?」

 「もちろん。後顧の憂いになるってわかっているのに生かしておくわけないだろう?」

 「今だけ迎合して、後で裏切るとは思わないのかしら?」

 「それも、もちろん思っている。だから、首輪くらいは付けさせてもらうさ。ああ、安心していい。反逆できないようにするだけで、自律性まで奪うものじゃないから」

 「自由度の高い、奴隷って感じかしら。自由意思は認められるけど、主人を害することは出来ないっていう」

 「そうそう。理解が早くて助かるね。そして、勇者君と違って会話が成立するのがいい」

 

 雫と魔人族の女の会話を黙って聞いていたクラスメイト達が、不安と恐怖に揺れる瞳で互いに顔を見合わせる。魔人族の提案に乗らなければ、光輝すら歯が立たなかった魔物達に襲われ十中八九殺されることになるだろうし、だからといって、魔人族側につけば首輪をつけられ二度と魔人族とは戦えなくなる。それはつまり、実質的に〝神の使徒〟ではなくなるということだ。そうなった時、自分たちは元の世界に帰れるだろうか……

 

 「わ、私、あの人の誘いに乗るべきだと思う!」

 

 誰も答えを出せない中、いの一番に答えたとのは意外にも恵理だった。だが、その答えに龍太郎は顔を怒りに染める。

 

 「恵里、てめぇ! 光輝を見捨てる気か!」

 「ひっ!?」

 「龍太郎、落ち着きなさい。恵里、どうしてそう思うの?」

 「わ、私は、ただ……みんなに死んで欲しくなくて……光輝君のことは、私には……どうしたらいいか……うぅ、ぐすっ……」

 

 ポロポロと涙を流しながら言葉を紡ぐ恵理に全員が言葉を失っていると、

 

 「俺も、中村と同意見だ。もう、俺達の負けは決まったんだ。全滅するか、生き残るか。迷うこともないだろう?」

 「檜山……それは、光輝はどうでもいいってことかぁ? あぁ?」

 「じゃあ、坂上。お前は、もう戦えない天之河と心中しろっていうのか? 俺達全員?」

 「そうじゃねぇ! そうじゃねぇが!」

 「代案がないなら黙ってろよ。今は、どうすれば一人でも多く生き残れるかだろ」

 

 檜山の言葉に周囲の雰囲気が誘いに乗る方に流れていく。だが、光輝を見殺しにする事への罪悪感から踏み切れないでいる。すると、そんな心情を察したのか女魔人族が提案する。

 

 「ふむ、勇者君のことだけが気がかりというなら……生かしてあげようか? もちろん、あんた達にするものとは比べ物にならないほど強力な首輪を付けさせてもらうけどね。その代わり、全員魔人族側についてもらうけど」

 

 その提案に雫は小さく舌打ちをする。脅威と言ってきながら女魔人族が光輝を生かしていたのはこの為だろう。案の定と言うべきか、周囲のクラスメイト達は寝返るのも良しと言う雰囲気になり始めている。

 その光景に香織は湧き上がる怒りにギリっ、と奥歯を噛む。ふざけるな。神羅とハジメが奈落に墜ちた時、お前たちはどうした?檜山に何も罰を与えず、あっさりと許し、それ以降何も言わない。触れようともしない。そのくせあの男に関してはその態度?ふざけるな、ふざけるな……!

 怒りに顔を歪ませる香織の様子に女魔人族が訝しげな表情を浮かべた時、

 

 「み、みんな……ダメだ……従うな……」

 「光輝!」

 「天之河!」

 

 意識を取り戻した光輝が搾り出すように声を発する。

 

 「……騙されてる……アランさん達を……殺したんだぞ……信用……するな……人間と戦わされる……奴隷にされるぞ……逃げるんだ……俺はいい……から……一人でも多く……逃げ……」

 「……こんな状況で、一体何人が生き残れると思ってんだ? いい加減、現実をみろよ! 俺達は、もう負けたんだ! 騎士達のことは……殺し合いなんだ! 仕方ないだろ! 一人でも多く生き残りたいなら、従うしかないだろうが!」

 

 檜山の怒声にその場の全員が再び裏切りへと心を傾けた瞬間、新たな声が響き渡る。

 それはブルタール擬きに捕まっていたメルドだった。

 

 「ぐっ……お前達……お前達は生き残る事だけ考えろ! ……信じた通りに進め! ……私達の戦争に……巻き込んで済まなかった……お前達と過ごす時間が長くなるほど……後悔が深くなった……だから、生きて故郷に帰れ……人間のことは気にするな……最初から…これは私達の戦争だったのだ!」

 

 その言葉は、ハインリヒ王国に忠誠を誓った騎士ではなく、メルド・ロギンス個人としての言葉だった。そして、その言葉に呼応するようにメルドの身体から、正確にはその首に下げた宝石が輝く。

 その光景に光輝達が目を見開いていると、メルドはブルタール擬きを振り払い、女魔人族目掛けて勢いよく組み付く。

 

 「魔人族……一緒に逝ってもらうぞ!」

 「……それは……へぇ、自爆かい? 潔いね。嫌いじゃないよ、そう言うの」

 「抜かせ!」

 

 それは最後の忠誠と呼ばれる自爆用の魔道具の輝きだ。国の中で重役に就くと言う事は国に関する重要な情報を持つ事になる。それを闇魔法、もしくは拷問の類で敵勢力に渡るのを防ぐ溜めにと持たされているものだ。いざと言うときは敵を巻き込んで自爆しろと言う意図で。その光景に光輝達は悲鳴じみた声でメルドの名を叫ぶが、女魔人族は一切余裕を失っていない。

 

 「喰らい尽くせ、アブソド」

 

 と、魔人族の女の声が響いた直後、臨界状態だった〝最後の忠誠〟から溢れ出していた光が猛烈な勢いでその輝きを失っていく。

 

 「なっ!? 何が!」

 

 よく見れば、溢れ出す光はとある方向に次々と流れ込んでいるようだった。メルドが、必死に魔人族の女に組み付きながら視線だけをその方向にやると、そこには六本足の亀型の魔物、アブソドがおり、大口を開けながらメルドを包む光を片っ端から吸い込んでいた。

 最後の忠誠の魔力が完全に吸い尽くされ、呆然としていたメルドだったが、直後、女魔人族の砂塵の刃が彼の腹を貫き、メルドは口から血が流れる。

 

 「……メルドさん!」

 

 光輝が、血反吐を吐きながらも気にした素振りも見せず大声でメルドの名を呼ぶ。メルドが、その声に反応して、自分の腹部から光輝に目を転じ、眉を八の字にすると「すまない」と口だけを動かして悔しげな笑みを浮かべた。そのまま刃が振るわれ、メルドの身体は吹き飛び、地面に叩きつけられる。

 その光景に香織は一瞬息を呑むと、視線を鋭くして魔力を振り絞り、メルドに回復魔法をかける。もうほとんど魔力が残っておらず、傷は塞がらず、香織自身倦怠感に襲われるが、膝をつこうとはせず、回復魔法をかけ続ける。

 

 「まさか、あの傷で立ち上がって組み付かれるとは思わなかった。流石は、王国の騎士団長。称賛に値するね。だが、今度こそ終わり……これが一つの末路だよ。あんたらはどうする?」

 

 女魔人族が光輝達を睥睨し、一部の物を覗いてみんなが身を震わせる。彼女の提案に乗らなければ自分達もああなると誰もが理解した。

 

 「……るな」

 

 檜山が代表してその提案を受け入れようとした直後、光輝が何かを呟く。その声に、檜山は思わず言葉を飲み込む。女魔人族もどうせ喚くだけだろうと高をくくっていたが、光輝が顔を上げ、その白銀に輝いた眼光に射抜かれた瞬間、彼女は息を呑む。既に満身創痍のはずの光輝から今までに無いプレッシャーを感じ、女魔人族は思わず後ずさり、本能の警鐘のままに馬頭の魔物に命令を下す。

 

 「アハトド! 殺れ!」

 「ルゥオオオ!!」

 

 命令を受け、馬頭改め、アハトドが2本の腕で光輝を圧殺しようとしたが、直後に光輝の体から今まで以上の光の奔流が立ち昇る。そして光輝が拳を振るうと自分を掴んでいたアハトドの腕を容易く粉砕した。悲鳴と共にアハトドは光輝を手放してしまい、拘束から解放された光輝は次いでアハトドに回し蹴りを放つ。するとアハトドは肉体をくの字に曲げた状態で壁にたたきつけられ、壁にめり込む。

 

 「お前ぇー! よくもメルドさんをぉー!!」

 

 それは限界突破の終の派生技能、覇潰の輝きだった。光輝が手をかざせば、取り落とされていた聖剣が飛び出し、その手に収まる。光輝は魔力の奔流を体に収束させると、怒りのままに一直線に女魔人族との距離を詰める。途中魔物たちの妨害が入るが、光輝はそれを一閃の下に斬り捨てる。そして女魔人族の元に踏み込む。

 女魔人族は舌打ちと共に砂塵を盾にするが、光輝はそれをあっさりと切り裂き、その奥にいる彼女を袈裟切りにし、吹き飛ばされる。致命傷ではないが、重傷には違いなく、白カラスが回復魔法を発動させるが、すぐには動けない。

 

 「まいったね……あの状況で逆転なんて……まるで、三文芝居でも見てる気分だ」

 

 そう言うと女魔人族は懐からロケットペンダントを取り出す。

 それを見た光輝が、まさか自爆か、と表情を険しくして一気に距離を詰め、聖剣を振り上げる。が……

 

 「ごめん……先に逝く……愛してるよ、ミハイル……」

 

 その呟きに光輝の手は止まる。覚悟した衝撃が訪れないことに女魔人族は訝しげな表情で顔を上げ、光輝の顔を見る。

 その顔は愕然と目を見開いており、その瞳には何かに気づき、それに対する恐怖と躊躇いが生まれていた。

 それを見た女魔人族は剣が止まった理由を悟り、光輝に侮蔑の眼差しを向ける。

 

 「……呆れたね……まさか、今になってようやく気がついたのかい? 〝人〟を殺そうとしていることに」

 「ッ!?」

 

 事実、光輝にとって魔人族は。イシュタルに教えられた通り、残忍で卑劣な知恵の回る魔物の上位版、あるいは魔物が進化した存在くらいの認識だったのだ。

 だが、今この時、彼はようやく悟ったのだ。魔人族とは自分たちと同じように誰かを愛し、誰かに愛され、必死に生きている人であると。自分がしようとしているのは人殺しであると。

 

 「まさか、あたし達を〝人〟とすら認めていなかったとは……随分と傲慢なことだね」

 「ち、ちが……俺は、知らなくて……」

 「ハッ、〝知ろうとしなかった〟の間違いだろ?」

 「お、俺は……」

 「ほら? どうした? 所詮は戦いですらなく唯の〝狩り〟なのだろ? 目の前に死に体の一匹(・・)がいるぞ? さっさと狩ったらどうだい?おまえが今までそうしてきたように……」

 「……は、話し合おう……は、話せばきっと……」

 

 聖剣を下げてそんな事を言う光輝に女魔人族は心底軽蔑したような目を向けながら、周りの魔物に命じた。

 

 「アハトド! 剣士の女を狙え! 全隊、攻撃せよ!」

 

 瞬間、復活したアハトドが猛然と雫に襲い掛かり、他の魔物もクラスメイト達に襲い始める。

 

 「な、どうして!」

 「自覚のない坊ちゃんだ……私達は〝戦争〟をしてるんだよ! 未熟な精神に巨大な力、あんたは危険過ぎる! 何が何でもここで死んでもらう! ほら、お仲間を助けに行かないと、全滅するよ!」

 

 アハトドが雫の眼前に迫った瞬間、

 

 「獄絶鎖!」

 

 香織が放った獄絶鎖がアハトドの全身を襲い、強固に縛り上げる。だが、アハトドは咆哮を上げながら全身に力を籠める。その負荷に鎖が悲鳴を上げ、香織が脂汗を流しながら押さえつけようと力を籠める。その香織を狙って他の魔物が襲い掛かるが、それをどうにか間に合った光輝が切り捨てる。

 だが、そこで光輝はガクンと膝から力が抜け、そのまま倒れ込んでしまう。覇潰のタイムリミットだ。

 

 「こ、こんな時に!」

 「光輝!」

 

 雫はとっさに光輝を仲間の元に投げ飛ばし、香織に視線を向ける。香織は小さく頷くと、獄絶鎖を意図的にほどく。

 唐突な開放に思わずアハトドがつんのめるが、その隙に雫は潰れたアハトドの腕の傷口を抉る。

 絶叫を上げて後退した隙に雫は傷を癒し、立ち上がった女魔人族との距離を詰める。

 

 「……へぇ。あんたは、殺し合いの自覚があるようだね。むしろ、あんたの方が勇者と呼ばれるにふさわしいんじゃないかい?」

 「……そんなことはどうでもいいわ。光輝に自覚がなかったのは私たちの落ち度でもある。そのツケは私が払わせてもらうわ!」

 

 光輝が思い込みが激しい性格とはいえ、まさかここまでとは思っていなかった。神羅がきちんと人と殺し合うと言っていたにもかかわらず、彼はその言葉の意味をまるで捉えていなかった。神羅の釘は知らぬ間に抜けていたどころか刺さってすらいなかったのだ。その事を確認しなかった責任に歯噛みし、人殺しの重圧に押しつぶされそうになり、泣き出しそうになりながらも、雫は女魔人族に斬りかかる。

 が、その雫に向けて黒猫が触手を繰り出してくる。とっさに体を捻って回避には成功するが攻撃は失敗する。

 

 「ほかの魔物に狙わせないとは言ってない。決意は立派だけどね、アハトドと他の魔物を相手にしながらあたしを殺せるかい!?」

 

 雫は何とか魔物の波状攻撃を回避していくが、そこにアハトドが乱入、その爆撃のような拳を高速で動く雫を狙って拳を繰り出してくる。どうにか回避していくが無傷とはいかず、何撃目かで、遂にその拳が雫を捉える。とっさに剣と鞘を盾にしたが、その威力によって二つは砕け散り、拳は雫を吹っ飛ばす。地面に叩きつけられ、力なく横たわる雫。その右腕は使い物にならないほどのダメージを負っている。

 その雫にとどめを刺さんとアハトドが迫る。が、

 

 「獄絶鎖ァァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

 絶叫と共に放たれた鎖がアハトドを再び縛り上げ、その動きを止める。

 その隙に香織が雫の元に駆け寄ると、片手でその体を掴み、引き摺りながら後ろに下がろうとする。

 だが、もう限界に近い香織では獄絶鎖を維持しながら脱力した人一人を引っ張るのは困難だった。その歩みはあまりにも遅く、更にアハトドも、すぐに力づくで鎖を破るだろう。

 

 「香織……何をして……」

 「黙って……」

 「早く…みんなの所に……」

 「黙って……!」

 「早く逃げて……貴女だけでも……!」

 「黙ってぇっ!」

 

 雫の言葉を香織は遮る。

 

 「誓ったんだ……強くなるって……!誰も死なせないって……!私の前で、誰も死なせない……死なせてたまるか………!!」

 

 それは、彼女のもう一つの誓い。あの時、何もできず、二人が落ちていくのを見ているだけだった。もうそんなのは嫌だ。そんなのは嫌だ!だからこそ、例え気に食わない奴が相手でも、誰も死なせない。死なせたくない!

 瞬間、甲高い音と共に獄絶鎖が砕け散り、自由になったアハトドが咆哮を上げながら香織と雫に迫る。

 それに気づいた香織はきっ!とアハトドを睨みつけ、

 

 「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 喉が潰れんばかりの咆哮を上げる。

 その瞬間だった。

 凄まじい轟音と共にアハトドの頭上の天井が崩落する。そこから現れたのはチェレンコフ光を纏った一つの人影。

 青白い光を纏った人影はそのままアハトド目掛けて光を纏った拳を繰り出す。抵抗なんてなかった。まるで豆腐のようにその巨体は爆散し、その残骸は僅かな肉片に至るまで灰燼と帰す。

 そのまま人影はダンっ!と着地する。その光景に、その場にいた全員が時が止まったかのように硬直する。戦場に似つかわしくない静寂が広がる中、人影は長い黒髪をひるがえしながら背後の香織と雫に目を向ける。

 その顔を見た瞬間、香織の体に電撃が走る。それに気づかず、彼は二人の姿を確認し、

 

 「………ふむ、どうにか間に合った、と言う所か」

 

 ほっ、と息を吐き、安堵の表情を浮かべる。その表情で、その声で、夢ではないと確信し、香織はその名前を呼ぶ。

 

 「神羅君!!」




 最後の助けるところ、熱線もいいなぁ、と思ったのですが、なんか、迷宮を何階層もぶち抜きそうだったので没になりました。


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第56話 王の行進

 今回は割と早く投稿できました。


 「え?し、神羅君?うそ、え?本当に?」

 「ふむ、理解が追い付かんのは分かるが、一応落ち着け、八重樫」

 

 そう言って神羅はぽん、と雫の頭を軽くなでる。その感触に目の前の事が現実であるとようやく悟り、思わず、と言う風に雫の身体から力が抜ける。その瞬間、襲い掛かった激痛にうめき声を上げる。

 

 「酷い有様だな……白崎、回復を。なんだったら薬も使え」

 

 そう言って神羅は宝物庫から各種回復薬を取り出す。

 そこに来て、不意に香織はハッ、と目を見開き、

 

 「そ、そうだ、神羅君!ハジメ君は!?神羅君が無事なら……!」

 

 その瞬間、天井の穴からハジメが飛び降りてきて着地し、その隣に当然のようにユエがフワリと着地。そして少し遅れてシアも飛び降りてくる。

 

 「ああ、無事だ。ここにいる」

 

 そう言って神羅は隣のハジメを親指で指さす。それに釣られて香織はハジメを見やるが、え?と小さく困惑の声を上げる。

 その声にハジメはそうだよなぁ、と苦笑を浮かべて香織に視線を向ける。

 

 「あ~~、うん。戸惑うのも無理はないと思うけど、俺は正真正銘、南雲ハジメ。南雲神羅の弟だよ」

 「あ、いや、ち、違うの!一瞬分からなかったとかじゃなくて……!」

 「ああ、分かってるって。遠藤も最初は分からなかったしな……気にしてないって」

 

 ハジメがひらひらと手を振ったそのタイミングで、遠藤が天井の穴から飛び降りてくる。

 

 「し、神羅ぁ! おまっ! 余波でぶっ飛ばされただろ! ていうか今の何だよ! いきなり迷宮の地面ぶち抜くとか何考えてんの!?」

 

 着地するや否や神羅に対し文句を垂れる遠藤だが、自分が魔物と親友たちに囲まれていることに気づき、ぬおっ、と悲鳴を上げる。

 

 「「浩介!」」

 「重吾!健太郎!助けを呼んできたぞ!」

 

 助けと言う言葉にようやくその場の全員が正気に戻り、神羅達を凝視する。

 だが、神羅はその視線を無視して自分の手元に視線を落とす。力を込めれば、その両手が青白い炎に包まれ、周囲をぼんやりと照らす。

 その結果に満足そうに頷いた神羅は顔を上げてぐるりと周囲を見渡し、

 

 「……ユエ。不本意かもしれんが、あの連中を頼む。シアはあそこに倒れている騎士を診てやってほしい。ハジメ、白崎と八重樫の護衛を」

 「……任せて」

 「了解ですぅ!」

 「あいよ」

 

 ユエは素早く駆け出し、シアは魔物の群れの頭上を一気に飛び越えて倒れ伏すメルドの元に着地し、ハジメはドンナーとシュラークを取り出して香織と雫の前に立つ。

 

 「は、ハジメ君……」

 「大丈夫だって。こう見えても強くなったんだ。まあ、未だに兄貴には遠く及ばないけどな」

 

 自分を心配そうに見つめる香織にハジメはそう言って苦笑を浮かべる。

 対し、神羅は炎を消してゆっくりと視線を女魔人族に向け、

 

 「そこの女魔人族。今すぐ去るなら何もせん。死にたくないのなら今すぐに撤退しろ」

 「……なんだって?」

 「二度は言わん。撤退するか、戦うか。お前が決めろ」

 

 神羅が威嚇すればそれだけで魔物たちは散り散りになるだろうが、流石に友人をここまで痛めつけられ、黙っていられる神羅ではない。

 

 「殺れ」

 

 神羅の突き付けた選択に対し、女魔人族が選んだ選択は戦闘。

 突然の事態に冷静な判断能力ができなかった事と、敬愛する上司から賜ったアハトドを塵も残さず葬った神羅への怒りにより、彼女はそう判断した。

 神羅が目を細めた瞬間、その神羅目掛けて姿を消したキメラが空間を揺らめかせながら襲い掛かる。

 思わず香織と雫が声を上げるが、神羅は無造作に右腕を突き出す。その腕にキメラが容赦なく食らいつき、牙を突き立てる。

 瞬間、バキンッ、と言う音と共にキメラの牙が砕け散り、その激痛にキメラは悲鳴を上げながらのけ反る。

 その頭を神羅は即座に鷲掴みにすると、地面に叩きつける。轟音と共に地面がひび割れ、キメラの頭はザクロのようにはじけ飛ぶ。固有魔法が解除され、その巨体が露になる。

 神羅は頭部が潰れた巨体を持ち上げると、それを無造作に振り回す。数百キロの巨体を神羅の腕力で振るえばそれは凶悪な鈍器だ。それが神羅の横から襲い掛かってきた黒猫を吹き飛ばす。

 神羅が歩みを進めれば、左右から四つ目の狼が同時に襲い掛かるが、神羅は両腕に炎を纏わせると、それを無造作に狼に叩きつける。狼は悲鳴を上げる間もなく灰燼と帰す。

 軽く手を振って炎を消す神羅の前に2頭のブルタール擬きが咆哮と共に同時にメイスを振り下ろしてくるが、彼は避けようともしない。

 果たして、メイスは神羅の頭を直撃したが、その瞬間、硬質な音と共にメイスは根元から圧し折れ、破片と共に、殴打部が宙を舞う。

 その光景にブルタール擬き達はぽかん、と口を半開きにするが、その間に神羅は回し蹴りをブルタール擬きに叩きこみ、ブルタール擬き達の上半身はその一撃で爆散する。

 神羅が態勢を整える間に黒猫が群れを成して包囲と共に触手を繰り出すが、触手は神羅の体に傷一つつけられない。それどころか神羅は触手をまとめて掴み上げると、そのまま振り回し、地面に叩きつけ、黒猫をまとめて粉砕する。

 再びキメラが飛び掛かってくるが、軽く繰り出した蹴り上げによって頭部を砕かれ、一撃で絶命してしまう。

 神羅はそこで軽く首を鳴らすと腰を僅かに落とし、次の瞬間、床を砕きながら飛び出し、魔物の群れの中に自ら飛び込む。

 それは普通に考えれば自殺行為だ。だが、神羅は跳び込むと同時に尾を引きずり出し、体を一回転させ、薙ぎ払う。それだけで神羅は取り囲んでいた魔物たちは薙ぎ払われ、肉と骨が砕かれる。

 尾が消えると同時にキュワァァ!と言う奇怪な音が突如発生し、神羅がそちらを向くと、六足亀の魔物アブソドが口を大きく開いてハジメの方を向いており、その口の中には純白の光が輝きながら猛烈な勢いで圧縮されているところだった。それはメルドの最後の忠誠の魔力だ。

 アブソドが魔力を一転集束させ、砲撃として神羅目掛けて放つが、神羅はあろうことか、それを真っ向から殴りつける。

 直撃すれば人間など塵一つ残さず消滅する砲撃はしかし、轟音と共に弾け飛ぶ。

 魔力砲を殴って相殺すると言う非常識な光景にその場の全員が呆然としていると、神羅は宝物庫から投槍を取り出し、アブソド目掛けて投げつける。空気を引き裂き、投槍は一瞬でアブソドに突き刺さり、しかしそれでも足りないと言わんばかりにその体を吹き飛ばし、壁に貼り付けにしてしまう。

 そこで神羅は首に手を当て、コキコキと骨を鳴らす。その、ちょっと疲れたと言わんばかりの動作に女魔人族の背中は恐怖に泡立つ。

 

 (あれは………なんだ……?)

 

 女魔人族は神羅を見て、人とは思えなかった。人であるならば少なからずダメージを受けるであろう攻撃を受けてもかすり傷一つ負わず、素手で魔物を引き裂き、更には人とは思えない部位を出現させ、自在に振るうその姿は人ではない。〝化け物〟そうとしか称することができない存在が、目の前で暴れている光景に女魔人族の思考は混乱の極致に至る。

 

 「何なんだ……彼は一体何なんだ!?」

 

 それは光輝も同じだった。目の前で一方的な虐殺を繰り広げている存在。それの顔立ちが神羅であることは、理解はしているが、あまりにも現実離れした光景に思考が追い付いていない。

 

 「はは、信じられないだろうけど……あいつは南雲神羅だよ」

 「「「「「「は?」」」」」」

 

 遠藤の呟きに光輝達は一斉に間の抜けた声を出す。

 

 「だから、南雲、南雲神羅だよ。で、あっちの白髪の奴は弟の南雲ハジメ。二人とも迷宮の底で生き延びて、自力で這い上がってきたらしいぜ。あの尾は技能の一つだってよ。ここに来るまでも、迷宮の魔物が完全に雑魚扱いだった。マジ有り得ねぇ!って俺も思うけど……事実だよ」

 「南雲って、え?二人が生きていたのか!?」

 

 光輝が驚愕の声を漏らす。そして、他の皆も一斉に、現在進行形で殲滅戦を行っている化け物じみた強さの神羅と香織たちを守るように立っている少年を見つめ……雰囲気が変わりすぎているからか、ハジメに関しては一斉に否定した。「どこをどう見たら南雲ハジメなんだ?」と。そんな心情もやはり、手に取るようにわかる遠藤は、「いや、本当なんだって。めっちゃ変わってるけど、ステータスプレートも見たし」と乾いた笑みを浮かべながら、彼が南雲ハジメであることを再度伝える。

 その瞬間、檜山がひどく狼狽した様子で遠藤に食って掛かる。

 

 「う、うそだ。あいつらは死んだんだ。そうだろ? みんな見てたじゃんか。生きてるわけない! 適当なこと言ってんじゃねぇよ!」

 「うわっ、なんだよ! ステータスプレートも見たし、本人が認めてんだから間違いないだろ!」

 「うそだ! 何か細工でもしたんだろ! それか、なりすまして何か企んでるんだ!」

 「いや、何言ってんだよ? そんなことする意味、何にもないじゃないか」

 

 顔を青ざめさせ、尋常ではない様子で二人の生存を否定するその様子に周囲は何事かと引いてしまっている。当然と言えば当然だ。檜山が神羅達を故意に奈落に落としたのはすでに周知の事実。光輝のおかげでお咎めなしとなったが、被害者である二人が生きており、あれは悪意を持った攻撃である、と証言されれば、いよいよお咎めなしとはいかなくなる。さらに、そこから芋づる式に自分が()で加担している所業までばれれば……そんな想像に檜山は冷静ではいられない。

 その檜山に対し、比喩ではなくそのままの意味で冷水が浴びせかけられた。檜山の頭上に突如発生した大量の水が小規模な滝となって降り注いだのだ。呼吸のタイミングが悪かったようで若干溺れかける檜山。水浸しになりながらゲホッゲホッと咳き込む。一体何が!? と混乱する檜山に、冷水以上に冷ややかな声がかけられる。

 

 「……大人しくして。鬱陶しいから」

 

 その物言いに再び激昂しそうになった檜山だったが、声のする方へ視線を向けた途端、思わず言葉を呑み込んだ。なぜなら、その声の主、ユエの檜山を見る眼差しが、まるで虫けらでも見るかのような余りに冷たいものだったからだ。同時に、その理想の少女を模した最高級のビスクドールの如き美貌に状況も忘れて見蕩れてしまったというのも少なからずある。

 それは光輝達も同じだったようで、ユエの美貌に男女関係なく自然と視線が吸い寄せられた。

 その時、女魔人族が指示を出したのか魔物の一群が光輝達に襲い掛かる。メルドの時と同じく人質にでもしようとしたらしい。即座にハジメがレールガンを連射して半分近くを吹き飛ばすが、残りはそのまま肉薄してくる。鈴がとっさに障壁を展開しようとするが、

 

 「……邪魔しないで」

 

 ユエはその行いをバッサリと切り捨てると、静かに手を前に出し、

 

 「蒼龍」

 

 その瞬間、蒼い炎の龍が解き放たれ、周辺の魔物を瞬く間に呑み込み、焼き尽くしていく。逃げようとした魔物も、重力魔法に囚われ、なすすべもなく引き寄せられ、焼き尽くされる。

 女魔人族は内心で「化け物ばかりか!」と吐き捨てながらも、今度は魔物をメルドとシア、ハジメと香織と雫に向かわせる。

 が、シアは宝物庫からドリュッケンを取り出し、振り向きざまに薙ぎ払い、ブルタール擬きの頭をピンボールのように吹き飛ばし、逆から襲い掛かった四つ目狼も駒のように体を回転させ、遠心力を乗せた一撃で、あっさりと頭部を砕かれる。

 香織と雫の元にもキメラと黒猫が襲い掛かるが、ハジメはドンナーの銃剣に風爪を纏わせながら振るい、キメラを文字通り真っ二つに切り裂く。黒猫が触手を放つが、それすらも切り裂かれ、逆に纏雷を纏わせた豪脚の一撃を喰らい、その身体ははじけ飛ぶ。

 

 「本当に……なんなのさ……」

 

 その光景に、女魔人族は力なくそう呟いていた。何をしようともすべてを力でねじ伏せられ、魔物の数もほとんど残っていない。勝敗は決したのだ。

 だが、女魔人族は最後の望み!と逃走のために温存しておいた石化魔法、落牢を神羅達目掛けて放つ。だが、神羅は灰色の球体を見やると、口元から青白い炎をちらつかせ、次の瞬間、それを火球として球体に放ち、直撃すると瞬く間に焼き尽くす。

 

 「はは……すでに詰みだったわけだ」

 「まあ、そう言う事だ」

 

 燃え尽きた落牢を前に女魔人族は乾いた笑いを浮かべ、神羅は頷きながら彼女の元に歩みを進める。残党はハジメ達がすでに殲滅している。

 

 「……この化け物め。上級魔法が意味をなさないなんて、あんた、本当に人間?」

 「皮はな。中身は人間ではない。ああ、あいつらは力があるだけでれっきとした人間だ」

 「それ、間違いなくあんたの基準だよね……」

 

 神羅がハジメ達を指さしながら告げると、女魔人族は心底呆れた顔で告げる。

 

 「さて……本来なら、容赦なく殺すところだが、その前に確認したいことがある……魔人族はこんなところまで来て何が目的だ?魔物も出所が気になるな……明らかに通常の魔物ではないだろう」

 「あたしが話すと思うのかい?人間族の有利になるかもしれないのに?バカにされたもんだね」

 

 嘲笑するように鼻を鳴らした女魔人族に神羅は小さく息を吐き、

 

 「まあ、大体予想は付くがな。オルクスに来たのは、本当の大迷宮が目的であろう」

 

 神羅の言葉に女魔人族は眉をピクリと動かした。それを見て、合流したハジメがやっぱりか、と顎に手をやる。

 

 「あの魔物達は、神代魔法の産物……図星みたいだな。なるほど、魔人族側の変化は大迷宮攻略によって魔物の使役に関する神代魔法を手に入れたからか……とすると、魔人族側は勇者達の調査・勧誘と並行して大迷宮攻略に動いているわけか……」

 「どうして……まさか……」

 

 ハジメが口にした推測の尽くが図星だったようで、悔しそうに表情を歪める魔人族の女は、どうしてそこまで分かるのかと疑問を抱き、そして一つの可能性に思い至る。その表情を見て、魔人族の女はハジメ達もまた大迷宮の攻略者であると言う結論に行き着き、神羅達は同意するように小さく頷く。

 

 「なるほどね。あの方と同じなら……化け物じみた強さも頷ける……もう、いいだろ? ひと思いに殺りなよ。あたしは、捕虜になるつもりはないからね……」

 「あの方か……魔物は攻略者からの賜り物、それも結構お偉いさんか……」

 

 ハジメは小さく頷き、神羅に視線を向ける。神羅は自分がやる、と視線で語ると、ハジメは小さく頷き、下がり、神羅はゴキリと拳を鳴らして変異させる。

 女魔人族は最後に負け惜しみとわかりながら言葉を叩きつける。

 

 「いつか、あたしの恋人があんたを殺すよ」

 

 すると、神羅はその目を僅かばかり細め、

 

 「ならば、来世で待ってろ。何があっても諦めず、待ち続けろ。そうすれば、きっと再会できる」

 

 その確信に満ちた言葉に女魔人族は一瞬呆けた顔をし、そうかい、と小さく呟く。

 だが、神羅は拳を固め、振りかぶった瞬間、大声で制止がかかる。

 

 「待て!待つんだ南雲神羅!彼女はもう戦えないんだぞ!殺す必要はないだろ!」

 

 光輝の言葉に神羅は心底呆れたと言うようにため息を吐き、ハジメもまた天井を仰ぎ見る。

 

 「捕虜に、そうだ、捕虜にすればいい。無抵抗の人を殺すなんて、絶対ダメだ。俺は勇者だ。南雲も仲間なんだから、ここは俺に免じて引いてくれ」

 

 あまりにも酷い言い分に神羅はふんと鼻を鳴らして無視を決めると、腕を振り下ろす。

 剛腕と爪は容赦なく女魔人族を切り裂き、その命を一瞬にして奪い去る。

 光輝達がその光景に息を呑む中、神羅は腕を振るい、その血を払っていた。




 さて………前座は終わり………ここからが、本番ですよ……


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第57話 逃げるのは許さない

 比較的早く更新できました。

 題名はあまり気にしないでください。いいのが思い浮かばなかったので……それに、ここは繋ぎのような物ですしねぇ。


 「なぜ、なぜ殺したんだ。殺す必要があったのか……」

 

 静寂が満ちる空間で、光輝が押し殺したような声を上げる。

 その間に神羅とハジメはちらりと光輝に視線を向け、だがそれよりも優先するべきことがあるのでそちらを優先する。

 まず、二人は倒れ伏すメルド団長と傍にいるシアの元に歩いていく。

 

 「シア、メルドの容体はどうだ?」

 「危なかったです。あともう少し遅ければ助からなかったかも……指示通り神水を使っておきましたけど、良かったのですか」

 「うむ。この者には兄弟で世話になったからな。死なせるには惜しい」

 「それに、メルド団長が抜ける穴はあまりにも大きすぎる。面倒を押し付けることになるかもしれんが……まあ、そこはそれって事で」

 

 そこにユエに連れられてクラスメイト達が歩み寄ってくる。

 

 「おい、二人とも。なぜ彼女を……」

 「神羅君……ハジメ君……色々聞きたいことはあるんだけど、とりあえず、メルドさんはどうなったの?見た感じ、傷が塞がっているし、呼吸も安定してる。致命傷だったはずなのに……」

 

 二人を問い詰めようとした光輝を遮って香織が真剣な表情でメルドの容態を確認しながら二人に尋ねる。

 

 「ちょいと特別な薬を使ってな。飲めば四肢欠損は無理だが、瀕死の重傷なら治せる代物だ」

 「そんな薬、聞いた事ないよ?」

 「ふむ……神水の伝承まで途絶えているのか……むしろ残ってそうなものだが……まあいい。とにかく、メルドはもう大丈夫だ。八重樫の方は……大丈夫そうだな」

 「ええ……神羅君がくれた回復薬のおかげで……ありがとう」

 

 香織の方も魔力回復薬を飲んだのか、顔色はだいぶマシになっていた。その顔を見ながら神羅は小さく息を吐き、

 

 「話には聞いていたが……本当に髪を切ったのだな……」

 

 神羅の言葉に香織は一瞬顔を強張らせるが、小さく頷く。ユエとシア、ハジメも改めて香織の髪に目を向ける。以前は背中まで届いていた綺麗な髪は、今やショートカットになっている。しかも、女のユエとシアだから分かったが、かなり雑に断髪したようで、長さはまちまちで、どう見ても動きやすさや見栄えを考慮した切り方ではない。

 

 「おい、二人とも。メルドさんの事は礼を言うが、なぜ、かの……」

 「二人とも、メルドさんを助けてくれてありがとう。私たちの事も……助けてくれてありがとう」

 

 再び光輝が口を開くが、再び香織によって遮られ、ものすごく微妙な表情になる。

 だが、香織はそんな光輝など無視して、真っ直ぐに神羅を見つめる。

 あふれ出る津波のような感情を堪えるようにギュッと服の裾を握りしめ、しかし堪え切れず涙を零し始める。

 

 「神羅ぐん……生きででぐれで、ぐすっ、ありがどうっ。あのとき、守れなぐで……ひっく……ゴメンねっ……ぐすっ」

 

 雫だけでなく、女子メンバーは香織の気持ちを察していたので温かい眼差しを向けており、男子の中で、何となく察していた永山と野村は同じような視線を、近藤たちは苦虫を嚙み潰したような顔を、光輝と龍太郎は分かっていないのかキョトンとした表情をしている。

 そんな香織を前に、神羅は小さく息を吐くと彼女の前に手を差し出し……

 

 「そいっ」

 「あう!?」

 

 かるくデコピンをかます。額に感じた軽く、だが予想外の衝撃に香織は思わずのけ反り、更に周囲の面子がそろってぎょっ!?と目を見開く。ハジメ達も例外ではなく、神羅の行動の真意が分からず、目を丸くした状態で固まっている。そんな空気を無視して神羅はため息を吐き、

 

 「全く………一人で考えすぎだ馬鹿者」

 「え………?」

 「確かに、守れなかった時、自分に力があればと思わずにはいられん。我だってそうだった。だがな、だからと言って背負い込みすぎるのも問題だ。あの一件で、お前が謝らなければならない事なんて何一つない。全てはあの愚か者の責だ」

 

 そう言って神羅は檜山を睨みつけ、その視線に彼はひっ、と声を引きつらせる。

 

 「だから………もう謝るな。お前は最善を尽くした……と言っても納得しきれんだろうから、さっきのでちゃらにしろ。我とハジメはここにいる。だから……もう泣く必要はない」

 

 優しげに細められたその視線に香織は胸がいっぱいになり、思わずワッと泣き出し、神羅の胸に飛び込んでしまう。

 胸元に縋りつく香織に神羅は一瞬驚くが、すぐさまやれやれと口元に苦笑を浮かべながらそのまま優しく頭を撫でる。

 一見すると実にロマンチックな光景なのだが、神羅の特別がモスラ一択であることを知っているハジメ達からしたら、微妙な心境になってしまう。自分たちはこれからどうすれば………

 少しすると、香織は神羅から離れ、ハジメへと向き直る。ん?とハジメが首を傾げると、

 

 「ハジメ君も……無事で本当に良かった……」

 

 そう言って優しくハジメを抱きしめる。

 突然の事態にハジメはあっ、お、と声を振り絞りながらフリーズする。抱きしめられているが、それは間違いなく友人が無事であったことを喜んでの物とわかる為、どう扱えばいいか分からず、ハジメは思わずユエを見やる。

 だが、ユエもまたそれが親愛から来るものと分かっている為、口をへの字に曲げながらもそこに嫉妬の眼差しなどはなく、沈黙を保つ。

 

 「……香織は本当に優しいな。でも、南雲たちは無抵抗の人を殺したんだ。話し合う必要がある。もうそのぐらいにして南雲から離れたほうがいい」

 

 永山パーティから空気を読め!と光輝に非難の眼差しが飛ぶが、本人はそれに気づくこともなく、ハジメと神羅を睨みながら香織を引き離そうとする。

 

 「ちょっと、光輝。二人は私たちを助けてくれたのよ?そんな言い方はないでしょう?」

 「だが雫。彼女はすでに戦意を喪失していたんだ。殺す必要はなかった。南雲たちがしたことは許されることじゃない」

 「あのね、光輝、いい加減にしなさいよ?大体……」

 

 光輝の物言いに雫が眉を吊り上げて反論するが、小悪党組も怯えている檜山を除いて光輝に加勢し始める。

 それを見た香織ははぁ、と小さく息をついてハジメを開放し、彼らに対し口を開こうとした瞬間、それを神羅が制する。

 香織が顔を上げれば、神羅と目が合い、彼は小さく頷き、ハジメに目を向ける。

 ハジメも頷いて神羅の隣に立ち、じろりと光輝達に視線を向け、

 

 「許されない……か。お前に、お前たちにそんな事を言う資格があると思っているのか?」

 

 その言葉に光輝が眦を吊り上げ、神羅を睨む。

 

 「何だと?俺が間違っているとでも言う気か?俺は人として当たり前のことを言っているだけだ」

 「……まず、お前はあの女が戦意を喪失したと言っていたが、違う。より正確にはまだ失っていなかった。もう自分は助からないと理解したからあの女の戦意は衰えた。だが、戦意自体はまだ残ってた。これで自分は死なないと知ればどうなると思う?たちまちのうちに戦意は復活し、どうあがいても自分は死ぬと悟っているからこそ、間違いなく自爆まがいの事をしてくる。そうなったら………犠牲無しで止められるとは、断言はできん。故に殺した」

 

 もっとも、神羅がいる以上魔力関係の自爆なら犠牲無しに抑えられるだろうが、だからと言って神羅が口にした可能性が消えるわけではない。

 

 「だ、だけど、お前なら無傷で止められただろう!?」

 「そこまでしてやる義理などない……それ以前にだ……そもそもこの事態は貴様がやると言い出した事だ。お前が言ったのだ。戦争に参加すると。貴様は自ら人殺しをすると公言したのだ。その時点で、貴様に人殺しが悪だと宣う資格はない」

 「それは………し、知らなかったから!」

 「そんな言い訳が通用すると思っているのか?最初の時、我は言ったよな?魔人族と言う人間を皆殺しにしろと言われた、と。それに対しお前らはどうした?何も言わなかったよな?もしも言葉の意味が分からなかったのなら、その時質問をすればいい。それをしなかった、と言う事は、お前たちは魔人族が人間であり、自分たちは彼らを皆殺しにして来いという意味をちゃんと理解して、今日まで訓練に勤しんできたと言う事であろう?」

 

 その言葉にその場のクラスメイト全員の顔が強張る。

 

 「ならばその時点でお前たちは自らの行いを完全に理解していたと言う事。自分たちが人を殺すという事を。知らないなどと逃げることは決して許さん」

 

 唸り声と共に睨みつけられ、クラスメイト達は反論できず、押し黙る。が、光輝だけは何とか反論しようとするが、

 

 「そして最後にだ……お前等、そいつに何の罰も与えなかったって?仲間を二人も殺したそいつに」

 

 すかさずハジメが剣呑な眼差しで檜山を睨みながら指さす。それに彼らは別の意味で顔を強張らせ、檜山は完全に顔を青くする。

 

 「ま、待て!あの件は檜山に悪気はなかったし、もう反省している!それにお前たち二人とも生きているじゃないか!もう終わった話だろう!?」

 「終わった……?ふざけんな……!こちとら片腕と片眼を無くしてんだぞ。それ以前に、そいつのやったことは地球でも罰せられることだろうが。故意であろうとなかろうと、二人の人間の命を奪った。どう考えても裁判沙汰だ。それともなんだ?お前は交通事故で親族を失った相手や警察に、加害者には悪気はありませんでした。反省しているので裁判を起こさず、罰も与えずに許してあげてくださいとでも言うつもりか?」

 「あ、か………ろ、論点をすり替えるな!今はお前たちが人殺しをしたことを……」

 「すり替えてねえよ。仲間殺しを、何の罰も与えずに見過ごしたお前らに俺達の行動を非難する資格なんてねえだろ……当然これからする俺の行動にもな」

 

 そう言うとハジメはドンナーを取り出し、檜山に銃口を向ける。それが意味することを悟り、檜山はひぃっ!?と悲鳴を上げ、腰を抜かす。周囲の面子も息を呑み、体が硬直する。

 

 「ま、待て南雲!何をする気だ!?」

 「何らかの罰が与えられているならまだしも、無罪放免なんざ納得できねぇ。だから……お前等がやらなかったことを俺がやるだけだ。腕の一本で勘弁してやる」

 「ひっ、や、やめ……だ、誰か……!」

 

 ハジメは檜山の左腕に照準を合わせ、檜山は引きつった声を上げ、周りに助けを求めるが、真っ先に動こうとした光輝の前に香織が立ち塞がり、睨みつけられ、怯んでいた。他の面子に至っては突然の事態に慌てふためくばかりで、碌に動けない。

 神羅も止める様子はなく黙って檜山を睨み付ける。ユエとシアも同様だ。

 

 「ま、待ってくれ南雲ぉ!俺が悪かった!今までの事全部謝る!もう何もしない!もうお前たちに関わらない!だからやめて……!」

 「………」

 

 ついに檜山は恥も外聞もなく尻もちを搗きながらもハジメに対し泣きわめきながら懇願をするが、ハジメはそれら一切を無視して冷徹な目で引き金の指に力を籠める。

 

 「や、やめ……殺さないで………」

 

 檜山はガチガチと歯の根を鳴らし、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにし……

 ドパンッ!

 

 「ひぃっ!?」

 

 響いた銃声に誰もが最悪の結末を予想したが、目の前の光景に全員が目を丸くした。

 ハジメのドンナーから放たれた銃弾は檜山の左腕……ではなく、左腕のすぐそばの地面を抉っていたからだ。

 

 「……あ、あれ?」

 

 檜山も予想した痛みや衝撃が来ないことに恐る恐る目を開け、自分が傷一つついていないと言う事に気づく。

 

 「………やめだ。こんなちゃちな小物に復讐なんざ、こっちがみじめになる」

 

 そう言ってハジメはドンナーをホルスターに納め、神羅も何も言わず、黙って小さく肩をすくめる。

 檜山は数瞬呆けていたが今まで自分が見下していた相手の自分など眼中に無いと言わんばかりの態度に激昂しかけ、

 

 「だが、それはそれだ。逃がしはしない……そこら辺は任せていいか?メルド団長」

 「ああ……」

 

 その場に響いた声に全員が顔を向ければ、メルドが立っていた。

 

 「檜山の件に関しては、改めて王に掛け合ってみる。どうなるかは分からんが……それでも、有耶無耶にしない事だけは誓おう」

 

 その言葉に神羅とハジメは妥当か、と小さく頷き、檜山は今度こそ顔を真っ白にし、打ち上げられた鯉のように口をパクパクさせる。そしてメルドは改めて神羅とハジメに対し、ゆっくりと頭を下げる。

 

 「……すまなかった。絶対に助けてやると言っておきながら、お前達が落ちていくのを見ていることしかできず、更には仲間殺しなんて事を引き起こした奴を野放しにして……あの時危険を承知で皆を救ってくれたお前達に、俺は何一つ報いる事が出来なかった」

 

 深々と頭を下げるメルドを二人は静かに見つめていたが、少しして、小さく頷き合うと、二人同時にメルドの頭に軽くチョップを入れる。

 突然の事態にメルドが目を白黒させていると、神羅が先ほど香織に言ったこととほぼ同じ内容を口にする。

 その言葉にメルドは小さく頷くと、今度は光輝達に向き直り、同じように頭を下げる。

 

 「メ、メルドさん? どうして、メルドさんが謝るんだ?」

 

 「当然だろ。俺はお前等の教育係なんだ……なのに、戦う者として大事な事を教えなかった。人を殺す覚悟のことだ。時期がくれば、偶然を装って、賊をけしかけるなりして人殺しを経験させようと思っていた……魔人族との戦争に参加するなら絶対に必要なことだからな……だが、お前達と多くの時間を過ごし、多くの話をしていく内に、本当にお前達にそんな経験をさせていいのか……迷うようになった。騎士団団長としての立場を考えれば、早めに教えるべきだったのだろうがな……もう少し、あと少し、これをクリアしたら、そんな風に先延ばしにしている間に、今回の出来事だ……私が半端だった。教育者として誤ったのだ。そのせいで、お前達を死なせるところだった……申し訳ない」

 

 そう言って、再び深く頭を下げるメルド団長に、クラスメイト達はあたふたと慰めに入る。どうやら、彼は彼で光輝達についてかなり悩んでいたようだ。団長としての使命と私人としての思いの狭間で揺れていたのだろう。

 彼も王国の人間である以上、聖教教会の信者なはずで、神の使徒として呼ばれた光輝達が魔人族と戦うことは、当然だとか名誉なことだとか思ってもおかしくない。にもかかわらず、光輝達が戦うことに疑問を感じる時点で人格者と評してもいいレベルだ。

 光輝は女魔人族を殺しかけた時の恐怖を思い出し、それと同時にメルドが人殺しを自分達に経験させようとして居た事にショックを受けていた。今の自分達になら人間の盗賊ぐらい簡単に倒せる。ならば力で圧倒し、戦意を折り拘束すれば良いだけのはずなのに、と……

 とにもかくにも、これで戦いは終わった。ならば、後は地上に戻るだけだ。ハジメ達はその場から歩き出し、光輝達もそれに追随し始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 緑鉱石に覆われた洞窟の内部でゆっくりとそれ(・・)は起き上がる。腹が空いたため、餌を探しに行こうとしている。

 それ(・・)はゆっくりと視線を巡らし、そして顔を上げる。天井には鍾乳洞のように無数の岩の柱が垂れ下がっており、その隙間からいくつもの光がこちらを覗き込んでいる。それはまるで満点の星空のように見えるが、それらはパチパチと瞬き、ゆらゆらと揺れている。だが、向かってくる気配はない。ここではそれ(・・)が頂点だからだ。

 それは天井を睨みつけるが、どうにも様子がおかしい。理由は単純。それ(・・)の目が、まるで、天井の、更にその先を見つめているような気配を帯びているから………




 さて、次回より、本戦が始まりますが、ハジメ達もある存在達と戦ってもらいます。


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第58話 目覚める脅威

 はい、という訳で今回の怪獣、登場です。そして、怪獣の能力の一端が明らかになります。

 そして、恐らくですが今回が今年最後の更新になるかと思います。少し早いですが、皆さん、よいお年を。


 それは、あまりにも唐突に訪れた。

 

 「うっ………」

 

 80階層までもう少し、と言う所で、ハジメが現れた魔物にレールガンを放とうとした直後、その動きが一瞬止まり、次の瞬間には吐き気を堪えるように口元を抑える。

 

 「ハジメ!?」

 

 突然の事態にユエ達は目を見開き、即座に神羅とユエがハジメのもとに駆け付ける。入れ替わる様にシアが前に立ち、ドリュッケンを手にしようとするが、

 

 「うぇ………」

 

 ドリュッケンを宝物庫から取り出す前に吐き気を催したかのようにえずき、動きが止まる。それを見たユエが大きく目を見開き、慌てて魔法を放とうとするが、

 

 「うぷ……!」

 

 彼女までも吐き気を感じたのかえずき、魔法が放つのが大きく遅れる。代わりと言わんばかりに神羅は即座に前に出て、魔物目掛けて威圧を放つ。神羅の圧に魔物は怯えるように体を震わせ、そそくさとよろめきながら通路の奥に消える。

 その後ろで香織と雫がハジメ達に心配そうに声をかける。

 

 「どうしたのハジメ君。どこか怪我をしているの?」

 「ああ、いや、そうじゃないんだ。ただ、急に吐き気が来て思わず………そんなに酷くはないんだが……」

 「私もそんな感じで……」

 「私も……なんでしょう?気持ち悪くなるようなことはしていないんですが………」

 

 ハジメ達が首を傾げるのを見た神羅は振り返り、

 

 「ふむ……ほかに気分の悪くなった者はいるか?」

 

 その問いかけに、他のメンバーは一様に顔を見合わせながら首を傾げる。傍目に見ている分には誰もいないようだ。

 

 「何だろう……とりあえず3人に回復魔法をかけておくね」

 

 そう言って香織が詠唱を始めようとした瞬間、

 

 「おえっ………!」

 

 香織も吐き気を感じたのかえずきながら口元を手で覆う。

 

 「香織!?大丈夫!?」

 「香織!いったいどうした!?南雲!お前等何をした!?」

 

 香織までも吐き気を催したことに雫が慌てて駆け寄り、光輝が今にも聖剣を抜き放ちかねない剣幕で神羅とハジメを睨みつける。

 

 「俺達じゃねぇよ……!俺だって吐き気がしたんだぞ!」

 「我でもない。これは一体……」

 

 神羅が突然の異変に顔をしかめ、周囲を見渡す。ハジメ達は再び魔法を発動させようとする。すると再び吐き気が襲ってくるが、身構えていたからか今度は耐えられ、魔法が発動する。が……

 

 「……なにこれ。魔力が乱れて……」

 「そんな感じだな。制御できないって程じゃないが、なんか体の中が気持ちわりぃ……これで吐き気が来たのか……」

 

 その言葉に神羅は小さく目を細め、詳しく聞こうとした瞬間、

 

 「っ……」

 

 突如として視界がぐらつき、体が揺れる。

 

 ---------------

 

 が、その直後に耳に響いた音に神羅は足を踏みなおしながらも大きく目を見開く。

 

 「兄貴……兄貴もか!?」

 

 ハジメが慌てて神羅に駆け寄り、その体を支えるが、神羅はその事にかまけていられなかった。

 先ほど自分を襲った違和感。それは忘れない。忘れる事なんてできない、奴らの能力。そして先ほど聞こえてきた音。それは間違えない。間違えようがない。奴らの声。

 それらが意味する事とはただ一つ。奴らが………この近辺に存在している!

 なぜだ。なぜ気付けなかった。奴らの声に関しては神羅は細心の注意を払っていた。ある意味では偽王よりも厄介な敵なのだ。警戒して当然だ。だと言うのに今の今まで気づけなかった。声を発し、ほんの僅かでも力を使われるまで気付けなかった。なぜだ、なぜだ、なぜだ!?

 疑問、己の失態、自責、様々な感情が神羅を埋め尽くすが、それでも彼は今できる最善を口にする。

 

 「っ!全員今すぐ走れ!全力で、脇目も振らずに出口まで走って脱出しろ!」

 「ど、どうした神羅!いったい何を言って……!」

 「つべこべ言っている暇はない!死にたくなければ走れ!」

 「おい神羅!メルドさんの質問に答えろ!何を言っているんだお前は!?」

 

 焦燥に満ちた顔で叫ぶ神羅をメルドが訝しみ、光輝が食って掛かるが、神羅は構ってはいられない。

 そしてその様子を見たハジメたちはさっと顔を青ざめさせる。その様子はウルの山脈の怪獣が目覚めようとしていた時と同じ、いや、間違いなくそれ以上の気迫が見て取れる。それはつまり、この近くにウルの山脈の奴以上の怪獣がいると言う事!

 

 「お前等!死にたくなかったら兄貴の言う通り速く走れ!」

 「な、なんだよ急に……!何だってんだよ!説明しろよハジメ!」

 「……してる暇も惜しい!いいから走って!」

 

 ハジメ達さえも焦り出したことから生徒たちも尋常ではない状況と言う事を理解しだしたのか、狼狽え始めるが、事態がほとんどつかめていないせいかろくに動けずにいる。

 そんな中、雫が神羅の傍により、問いかける。

 

 「神羅君、一体何が起こってるの?簡単にでいいから説明して!」

 「……付近に強大な魔物がいる。我も勝てると断言し辛いほどの力を持つな。ここにいれば我以外命の保証はできん!だから早く逃げろ!」

 

 雫は大きく息を呑んだ。先ほどの魔人族との戦闘で、神羅は正に圧倒的だった。傷一つ追わず、一方的に魔物の群れを蹂躙した。その神羅でさえ勝てると言いきれない存在。それは間違いなく、自分達の手に負える相手ではない。

 

 「光輝!ここは神羅君たちの言う通りにしましょう!」

 「雫……だが……」

 

 光輝が戸惑うように雫に目を向けた瞬間、轟音と共に彼らにすさまじい振動が襲い掛かる。

 それはまるで迷宮全体が揺れたと錯覚するほどの振動で、クラスメイト達は軒並み転倒し、ハジメ達でさえ大きくよろめき、ユエは転んでしまい、

 

 「いっつ……!」

 

 転倒と同時に走る痛みに顔をしかめる。

 

 「な、なんだこの揺れ!?」

 「動き出した………!死にたくなければ早く逃げろ!」

 

 神羅が吠え、クラスメイト達は悲鳴を上げるが、それでもここまで戦ってきた賜物か、四散したりはせず、出口に向かって走り出す。

 

 「光輝!私たちも早く逃げるわよ!」

 「な、何を言ってるんだ雫。これが魔物の仕業なら見つけ出して倒さないと……」

 「何を言ってるの!今はそんなこと言ってる場合!?これが魔物の仕業ならどう考えても普通の魔物じゃない!危険すぎるわ!」

 「でも俺は勇者だ!勇者なのにこれ以上逃げるなんて……」

 「勇者だろうと逃げるときは逃げるだろうが……」

 

 勇者=勇気がある=敵に背中を見せない、とでも考えているのか逃げようとしない光輝に神羅が苛立ちを露わにした瞬間、神羅の直感が何かを感じ取る。

 その瞬間、神羅はその場から飛び出し、光輝を突き飛ばし、雫を抱きかかえて体を投げ出し、

 

 先ほど以上の爆音と共に先ほどまで光輝と雫がいた場所が両断(・・)され、周囲を膨大な土煙が覆う。

 

 「な、なんだ!?」

 

 光輝が突然の事態に狼狽している中、神羅は腕の中の雫に声をかける。

 

 「無事か?八重樫」

 「う、うん……ありがとう……でも何が……」

 

 雫が顔を上げると同時に土煙が風の魔法で吹き飛ばされる。

 

 「兄貴!大丈……夫……」

 「な、なにこれ………!」

 

 露になった光景を見て、ハジメと隣の香織は愕然と目を見開く。

 迷宮の一角が引き裂かれていた。天井から地面まで、強大な裂け目が生まれており、上も下も何階層もぶち破られているのか暗い空洞が口を開けている。裂け目周辺は崩壊しており、ガラガラと上から降ってくる瓦礫が下の穴に飲み込まれていく。

 そしてその裂け目に続くように、壁も縦に一直線に引き裂かれており、その奥には広大な空間が広がっているようで、覗き込もうとしても全容がうかがえない。

 

 「ど、どう言う事……?い、一体何が……」

 「話は後だ。ハジメ!犠牲者はいるか!?」

 「えっと、ちょっと待て………いない!」

 「分かった!しっかり受け止めろ!」

 

 そう言うと神羅は光輝と雫を掴み上げ、裂け目の向こう側に向かって投げ飛ばす。ハジメとシアは慌てながらもどうにか二人を分担して受け止める。

 

 「キャッチしました!神羅さんも早く!」

 

 シアが声を張り上げるが、神羅はその声に応えず、その顔は壁の裂け目に向けられている。

 まさか、と彼らが裂けめに目を向けた瞬間、低いうなり声が響き渡り、壁の裂け目が轟音と共に吹き飛ばされる。

 無数の破片が散弾のように飛び散るが、ユエが事前に準備をしていた聖絶を展開して破片を防ぐ。

 

 「っ……気持ち悪い……」

 

 それでも吐き気は抑えられないようで顔を青くして口元を抑えている。

 

 「さ、さっきから一体何なんだ!?何が起こっているんだ!?」

 

 立ち上がった光輝が聖剣を抜き、構えようとするが、彼もまた吐き気を催すように口元を抑える。

 そうしている内に土煙が晴れ、それの姿が露わになり、メルドとクラスメイト達は茫然自失と言ったように動きが固まる。

 壁から生えているのはとてつもなく巨大な、それだけで大型トラックに匹敵する大きさの頭部だ。人ひとりどころか、数人まとめて丸呑みにできそうな裂けた口は上あごの先端は三角形のような形状、下顎は二股に分かれ、上下が合わさる様になっている。目は真っ赤に光り輝く細長い複眼となっているのだが、目の周囲も同じように細長く赤く光り輝いており、意外と目が大きく見える。

 そんな巨大な頭部が壁を突き破って生えている。そんな常識を次元の彼方に放り捨てるような光景にクラスメイト組は完全に理解を放棄し、ぽかんと口を半開きにし、動きを止めており、中には涎を垂れ流しにしている者までいる。

 そんな光景を横目に怪獣は唸り声を発しながら周囲を見渡すように首を巡らそうとする。それだけで壁がクッキーのように砕け散り、破片が飛び散る。

 その瞬間、神羅が飛び出し、怪獣の頭部に跳び蹴りを叩きこむ。

 直撃と同時に迷宮が揺れた錯覚するほどの炸裂音が響き、怪獣の頭部が周囲の壁を砕きながら穴の向こうに吹き飛ばされる。

 神羅が着地すると同時に穴の向こうの空間から地響きが響いてくる。

 その音でようやく生徒たちは事態に気づき、今度こそ恐慌状態に陥る。だれかれ構わず悲鳴を上げ、我先にと階段に殺到しようと「静まれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」する前に神羅が凄まじい圧を出しながら吠え、彼らはビクリと肩を震わせ、動きが止まる。

 

 「ハジメ!全員を逃がせ!奴は俺が相手をする!」

 「分かった!気をつけろ!」

 

 神羅は答えず素早く穴の向こう側に身を躍らせる。

 それを見送ったハジメは素早く振り返り、

 

 「ぼさっとするな!さっさと逃げるぞ!ただし慌てずに急げ!」

 

 ハジメの怒声にクラスメイト達ははっとすると、慌てて階段に向かって走り出す。だが、

 

 「ちょっと光輝!早く逃げるわよ!」

 「え、あ……待ってくれ、雫!あの魔物は危険だ!急いで倒さないと……」

 

 光輝だけは一瞬呆けながらも即座に持ち前の正義感を発揮し、怪獣を倒そうと言うのか逃げようとせず、聖剣を抜き放つ。

 

 「相手がでかすぎるわ!戦うにしても一回態勢を整えるべきよ!こんな狭いところじゃ戦えない!」

 「それは……だが、神羅は……」

 「……神羅は特別!奴と互角にやり合える力がある!それにこんなところで彼も戦ったりしない!どこか地上の広い所に誘導するはず。戦いたいならその時に合流すればいい!」

 

 ユエがいつになく強い語気で言うと、光輝は一瞬悩むそぶりを見せるも、

 

 「……分かった!一先ず撤退しよう!」

 

 そう言って光輝も走り出す。それを見て雫はふう、と息を吐く。

 

 「ありがとう、え~~と……ユエさん……」

 「いいからさっさと逃げて。本当あいつはふざけやがって……」

 

 ユエは忌々し気に吐き捨てながら壁の穴を見つめる。

 あの怪獣。かつて神羅が話していた前世の敵の中に似た特徴を持っている存在がいた。確かそいつは……神羅、いや、ゴジラと言う種族にとってある意味天敵ともいえる存在。前世では勝っていたが、それはどれも辛勝だったはず。

 だがそれ以上にユエはある種の不気味さを感じていた。その理由は分かっている。あの怪獣を目の当たりにしても、本能は警告を鳴らさなかった。確かに度肝は抜かれたが、それだけで、近くにいても普通に動き、思考ができた。

 度重なる衝撃で自分の本能が馴れたのか、壊れたのか………いいや違う。薄いのだ、気配が。凄まじい存在感なのに、それを正しく認識できない。まるで目の前にいるのに、それを見ていないような感覚。それがユエにはたまらなく恐ろしかった。

 だがそれでも、ここは神羅を信じるしかない、とユエも入り口に向かって走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さっさと逃げてくれよ………」

 

 地面に着地した神羅はゆっくりと周囲を見渡す。緑鉱石で淡く照らされたそこは恐ろしく広大な空間が広がっていた。流石に怪獣が大暴れできるほどではないが、それでも十分に動けるほどに広い。それも横ではなく、縦に広いようで、倒れてばたつく奴の向こうには怪獣が通れるほど巨大な道が広がっている。更によく見れば至る所に大小さまざまな横穴が口を開けており、至る所に崩壊の痕跡が残っている。どうやらここは元々巨大な洞窟のようだ。その一角を利用してオルクス大迷宮は生み出されたのだろう。それとも、オルクス大迷宮が生まれた後にこの洞窟が生まれたのか………

 そんな事を考えていると、ようやく衝撃から立ち直ったやつがゆっくりと起き上がる。その体つきは神羅の予想通りだった。

 背中に3枚の背びれのような物が生えた自分(ゴジラ)に匹敵する巨体。それを支えるのは意外とほっそりとした長い両足に、足よりも長く、巨大な鎌状の2対の腕。どうやらこいつは雌のようだ。今のところこいつ一匹だけだが、他に仲間はいるのかどうかで大きく状況は変わる。

 もしも一匹だけなら十分に対処できるが、複数体だと、一気に神羅は劣勢に追いやられる。

 立ち上がった雌は怒りで血走った眼で唸りながら周囲を見渡す。流石に自分を蹴り飛ばしたのが小さな自分であるとはまだ気づいていないようだ。

 神羅はその隙に天井に視線を向ける。ゴジラとして戦うには狭すぎる。ここで戦っては最悪迷宮どころか町さえも崩壊しかねない。そうなっては意味がない。ならば自分がする事は……

 神羅は即座に決断し、その場から勢いよく走り出す。

 自分に向かって走ってくる異物に気づいた雌は苛立っていたこともあって、前足の一本を勢いよく薙ぎ払う。

 直撃すれば、神羅でも無傷では済まない一撃だが、神羅はそれをスライディングでくぐる様に避けると、そのまま奴の股下を駆け抜け、道に向かって走っていく。

 手ごたえがない事に雌は唸り声をあげ、ゆっくりと神羅が抜けた方角に目を向けるが、次の瞬間、驚愕したように唸り声をあげる。

 そして唸り声を上げながら神羅の背を睨みつけると、少しして咆哮を上げながら猛然と追いかけ始める。一歩ごとに地響きが響き、巨体が洞窟内の岩を吹き飛ばし、壁に激突するたびに壁の方を粉砕していく。

 そうだ、それでいい。無視なんてできないだろう。自分は、ゴジラはお前たちにとって子を育むための苗床。特にこの世界には原発や核爆弾のような代替品なんてないのだ。種の保存のためにも、意地でも確保しておきたいだろう。

 この調子で奴を誘導し、適当なところで地上に出て、対処する。方針を決めた神羅はそのまま闇の中を駆け抜けていく。その背後から薄緑色の空間を揺るがすような怪獣、ムートーの咆哮が轟く。




 ムートー

 ゴジラと同時代に生きた放射能を餌とする生物。ゴジラに卵を産みつける寄生生物であり、ゴジラにとっては生存競争下における宿敵である。オスとメスで体格に差が有り、オスは小柄だが飛行能力を持ち、メスは大型で飛行能力はない。今回出現したのはメス。電磁パルスを発する能力を持っており、この影響下では電子機器は全て使用の不能となり、ゴジラの熱線すら弱体化する。


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第59話 見つけた答え

 すっごい遅れましたが、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

 と、言うわけで新年一発目の更新です。


 オルクス大迷宮の入り口からハジメ達は文字通り勢いよく飛び出してきた。その様は中々にひどいもので、ほとんどの者がその場に崩れ落ちそうになるほど疲弊していた。機能した転移陣を使ったとはいえ、全員がほぼ休み無しで大迷宮内を駆け抜けたのだから無理はないかもしれない。

 だが、それをホルアドの住民が気にしたそぶりはない。それに気づいたのは比較的余裕があるハジメ達だった。

 

 「……みんな慌ててる」

 「目覚めた影響だろうな」

 

 あの地響きの影響はここまで及んでいたのか大勢の人々が右往左往しており、中には怪我人も出ているようだ。大迷宮の入り口は露店などもあり、賑わっていたのだが、今はそれが災いし、崩壊した露店も見受けられる。

 

 「南雲……何か知っているなら説明してくれ。あの巨大な魔物は一体なんだ?あんなのは今まで見たことが……」

 

 その中で、メルドが息を荒げながらハジメに問いかけてくる。振り返ってみれば、その場の全員が息も絶え絶えながら似たような視線を向けている。

 

 「………俺達も詳しくは知らない。でも、種族は違えど、似たようなデカブツとはこれまでの旅の中で何匹も遭遇してきた。そんで、俺たちは奴らの事を、怪獣、って呼んでる」

 

 それに対し、ハジメは『正体は知らないけど、何度も遭遇したことがあるので、自分なりの仮説を立ててみました』を装って話始める。より詳しく話そうとしたらそれこそ面倒な事になる。

 

 「か、怪獣って………」

 「ああ、あの怪獣だ。地球の特撮に出てくる大都会を一匹で破壊して、ミサイルやらレーザーやら撃ち込まれてもピンピンしているあの怪獣。実際、俺たちが出会ってきた奴らはみんなそれにふさわしいでかさと戦闘力を持っている」

 「……ん。私たちの攻撃がほとんど……ううん。全く効かないと言っていい」

 

 その言葉にクラスメイト達は全員顔を青ざめさせ、体を震わせる。

 

 「う、嘘だろ……あんなのが……他にも何匹もいるのかよ……」

 「どうなってんだいったい……」

 「で、でも、神羅はあいつを蹴り飛ばしていたような………」

 

 どう言う事だ、と言わんばかりに全員がハジメを見つめる。ハジメは小さく肩をすくめ、

 

 「兄貴は別格だ。俺たちの中で、兄貴だけが奴らと互角に渡り合えるだけの力を持っている。それだけだ」

 「それだけって……どうして?どうして神羅君だけ……」

 

 香織の問いにハジメは小さく肩をすくめ、

 

 「知らねぇ。兄貴とはぐれた後、再会した時にはもう持ってた。兄貴も由来は知らないようだったな」

 

 その言葉に香織がそうなんだ、と心配そうな表情を浮かべる。

 

 「と、とにかく、相手が何だろうと逃げるわけにはいかない!南雲!その怪獣は今どこにいる!?」

 

 不意に光輝がそう声を上げ、ハジメ達はぎょっ!?と目を見開く。

 

 「ちょ、待て天之河!お前、まさかとは思うが奴とやり合うつもりか!?」

 「あんな化け物放っておけるわけがないだろ!?それに神羅だけに任せておけない!」

 「何言ってんだ!?兄貴に任せて……って言うのは俺も反対だが、お前じゃ力不足だ!そもそも武器はどうする!?まさかとは思うが、その剣って言わないよな!?」

 「そ、それは……」

 

 ハジメのもっともなツッコみに光輝は言葉に詰まり、それでも声を出そうとした瞬間、

 

 「ハジメおにいちゃぁぁぁぁぁん!」

 「ハジメ殿!」

 

 そこにミュウとティオが駆け寄ってくる。

 

 「ミュウに、ティオ!?」

 

 ハジメはその事に驚きながらも駆け寄ってきた勢いのまま飛びついてくるミュウを慌てて受け止める。ミュウはそのままハジメの服を強く握りしめ、離れたくないと言うように抱き着く。それで気付いたのだが、ミュウの身体は怯えるように震えていた。

 

 「ど、どうしたんだよ、二人とも」

 「うむ。先ほどこの町をすさまじい揺れが襲ってな。それでミュウが怯えてしまったのでこうして様子を見に来た……妾も、先ほどからウルの町で襲われた嫌な気配がして……な。それで、何が起こったのじゃ?」

 「なるほど……ご想像の通り、怪獣だ。この迷宮のすぐそばに潜んでいやがった。今は兄貴が囮として引き付けてくれている」

 

 ティオがそうか、と小さく息を吐いている中、光輝達はお兄ちゃんってなんだ!?と唖然とし、一部はティオの容姿にざわついていた。

 

 「ならば、妾達はどうする?」

 「まずはミュウを安全な所に。その後に俺達は武器の準備をして兄貴と「おい、見つけたぞ!」今度は何だよ……!」

 

 ハジメが苛立ちを滲ませながら視線を向けると、薄汚い格好の武装した男十数人がこちらに向かって走ってきていた。

 彼らはハジメ達の前まで来ると、いやらしい視線をミュウやティオ、シアにユエに向けると、

 

 「おい、ガキ。死にたくなかったら女を置いてさっさと消えろ。なぁに、後でちゃんと返してやるよ」

 「まあ、そんときにはすでに壊れてるだけどな」

 

 耳障りな笑い声をあげる男たちにハジメは奥歯を噛み締める。恐らくだが、容姿が整っているミュウとティオを見て、碌でもないことを考えた連中だろう。こんな連中に関わっている暇はない。さっさと排除して神羅と合流しなければならないのに……

 その考えの下、ハジメが男たちに対し、一切加減のないプレッシャーを放とうとした瞬間、

 

 男の一人が消える。

 

 「「は?」」

 

 その光景にハジメと彼らの発言に憤り進み出た光輝はそろって声を上げる。

 

 「ひやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?な、なんだこれ!?どうなってんだ!?」

 

 連れ去られたであろう男が上げた悲鳴が頭上から聞こえてきて、その場の全員が驚きながら空を見上げると、そこには男を両足でつかんで飛び去って行く巨大な影が見えた。

 

 「な、何だあれ!?」

 「ど、どうなってんだ!?なんだよあの魔物!?」

 

 男たちが慌てふためき、クラスメイト達ですら呆然とした瞬間、

 

 「ぐべぇっ!?」

 

 男たちの頭上から巨大な影が舞い降り、それは容赦なく男の一人を踏みつける。

 ふみつけられた男は潰れたカエルのような声を漏らし、取り巻きは巨大な翼に打ち据えられるか風圧で倒れ込む。

 そこにいたのは正に巨鳥と呼ぶにふさわしい存在だった。ギョロついた巨大な目に鋭い嘴。体長3mはあろうかと言う巨体に10mは超えていそうな爪と指を備えた翼、強靭なかぎ爪を持った足。だが、それは通常の鳥とは違った面を持っていた。羽根がないのだ。背中に黒い棘のような物が生えているが、それだけで、羽毛もなく、その身体はざらついた皮膚に覆われ、翼も被膜でできている。

 巨鳥は踏みつけた男を掴み上げると、そのまま飛翔し、男を連れ去ってしまう。その光景に、男たちは悲鳴を上げて逃げ去ってしまう。ハジメ達は鳥の行方を追いかけて、空を改めて見上げ、絶句した。

 空の至る所に同じ巨鳥が羽ばたいていた。その数は間違いなく10、20では聞かない。50匹は居そうな大群がホルアドの上空を占拠していたのだ。

 

 「な、なんだこの魔物たちは!?一体どこから!?」

 

 光輝が狼狽える中、巨鳥達は上空でしばし旋回していたのだが、次の瞬間には獲物を見定めたのか次々と町中に勢いよく降下し始める。当然、ハジメ達の元にも。

 

 「!蒼龍!」

 

 だが、それは叶わなかった。ユエが発動させた蒼龍が咆哮を上げながら天に昇る。ハジメ達を狙った個体は成すすべなく飲み込まれ、更に竜はそのまま空を舐めるように蹂躙、未だ空にいる巨鳥を次々と焼き尽くしていく。

 だが、巨鳥達も只者ではなかった。蒼龍に気づくと、彼らは下手に逃げるのではなく、次々と町に舞い降りていったのだ。

 その行動にユエは思わず舌打ちをする。幾らなんでも町中に無差別に蒼龍を放つなんて真似はできない。ユエは重力魔法で浮き上がると、町を上空から見下ろし、見える範囲の巨鳥に魔法を放っていくが、建物が影になり、成果は芳しくない。

 上空からの襲撃に町中は大パニックに陥り、そこら中から引っ切り無しに悲鳴が上がり、何かが壊れる音が響き、阿鼻叫喚の様相を示す。

 

 「ど、どうして急に魔物が町を……!」

 「詮索は後だ!とりあえず奴らをどうにかするぞ!」

 「はい!分かりまし「オォォォォォォォォォォォォォォォ!」な、なんですか!?」

 

 だが、事態は未だ終わっていなかった。今度は巨大な咆哮が轟き、その場の全員が体を強張らせる。

 

 「ま、まさか……怪獣が地上に出てきたのか……!?」

 

 誰かが怯えながらそう言うと、ハジメは舌打ちと共にユエに声をかける。ユエは頷くと上空からぐるりと周囲を見渡し、

 

 「嘘でしょ…………!新手がやってきた!」

 「あ、新手って……あの怪獣や鳥とは違うやつかよ!?」

 「その通り!なんか、細長いガイコツみたいな頭をした二本の腕で体を支えている奴が町に向かって来てる!」

 

 その言葉にクラスメイト達はえ、と小さく声を上げ、香織が確認するように問う。

 

 「えっと……ユエちゃん!……そいつの下半身って、後ろ脚は無くて、長い尾を持ってる感じ?」

 「え?そうだけど……何で知ってるの?」

 

 香織の確認にユエが目を丸くしていると、香織はやっぱり、と小さく頷く。

 

 「それ、私たち戦ったことあるよ!」

 「……本当?」

 「うん。それに打ち倒してもいるよ。結構強かったけどね」

 

 すると、香織の言葉が伝搬していくようにクラスメイト達の混乱が落ち着き始める。かつて撃破した敵、と聞いて余裕が出てきたようだ。

 

 「だったら………ハジメ君。貴方達は神羅君の援護に行って。私たちは外の魔物を相手するわ。鳥は……冒険者に協力を要請しましょう」

 「そうだな………それが最善だな」

 

 顎に手を当てて考え込んでいた雫がそう提案し、メルドも同意する。体力は消費しているが、少なくとも、一度戦ったことがある相手ならばどうにかなる。そう彼女は判断したようだ。

 周囲のクラスメイト達も混乱から復帰すると、やろう、と言うように頷いている。より正確には、怪獣の相手をするぐらいならば勝ったことのある魔物、もしくは鳥の相手をする方がいい、と言ったところか。光輝もまた状況が状況だからか雫とメルドの判断に文句を言う様子はない。

 が、雫の言葉に、ユエは複雑そうな表情を浮かべ、

 

 「……一つ確認だけど、貴方達が倒した奴って、どれぐらいの大きさだった?」

 「え?え~~と……大体7~8mぐらい。べヒモスと同じぐらいだったよ?」

 

 香織が答えると、ユエは思わず、と言うように空を仰ぎ、深いため息を吐いて、

 

 「……今町に向かってる奴、それよりもずっと大きいんだけど……」

 

 その言葉にクラスメイト達はえ、とポカンとした表情を浮かべる。シア、ティオはうわぁ、と言うように顔をしかめ、ハジメは自分もオルキスを飛ばし、確認を行い、顔をしかめる。

 

 「本当だ………これ、30mはあるんじゃないか?」

 「さ、30m……?な、何を言ってるんだ南雲。そんなデタラメ……」

 「俺としてもデタラメの方がよかった。でも、間違いなく、あれは30mはある」

 「それって……つまり……」

 「皆さんが倒した個体は、まだ子供だったって事ですね……」

 

 シアの言葉にクラスメイト達は愕然とした表情を浮かべる。かつて自分たちが何とか撃破した魔物がほんの子供だったという事実は弱っていた彼らの心を打ちのめすのに十分な威力を持っていた。

 

 「……どうする?」

 

 ハジメはどうするのが最善か考え込んでいた。視線をクラスメイトやほかの者達に向け、その能力を客観的に判断していく。クラスメイト達はどうすればいいのか判断できず、オロオロとしてばかりだ。ひとまず町中の巨鳥に攻撃を加え、シアは慌てて付近の住民の避難誘導を行っている。

 その光景を、ティオは茫然とした様子で見つめていた。周囲では大勢の人々が悲鳴を上げて逃げまどい、火の手も上がったのか、焦げ臭い匂いが鉄臭と混じっておぞましい匂いとなって漂ってきている。その光景を、自分は知っている。何百年も前の事だとしても、忘れた事もない。それは自分達が、竜人族が攻められた時と同じ光景だ。多くの者が死んだ。父も母も、友も。大勢が……この町も、このままでは同じ末路を辿りかねない。

 その事に、ティオの中でざまぁみろ、と言う感情が沸き上がる。当然だ。こいつらは自分たちを踏みにじってきた。自業自得だ。いいや、まだだ。まだ足りない。もっとだ。もっと苦しめ。もっと悲鳴を上げろ。もっと死ね。死に続けろ!

 そのおぞましい感情に、ティオは頭を振って振り払おうとするが、それでも黒い感情はティオを逃さない。

 

 《これがお前が望んできたことだろう。どうして自分たちは踏みにじられなければならなかった?何も悪い事してこなかったのに。守って来たのに。奴らはあっさりと自分たちを裏切った。許せるわけがない。許していいわけがない》

 (違う!こんな事、妾は望んでおらん!こんな……こんなおぞましい事……竜人族の誇りを汚すような……)

 《竜人族の誇り?何も守れない誇りに何の意味がある?ただの自己満足じゃないか。そんなもの、意味がない。そんなものに縋らなければならないなんて、まっぴらだ。だったら捨ててしまえ。神羅も言っていたではないか。それは他者の誇りだと。自分で誇りを決めろと。つまり、自分の好きなように生きていいと言う事だ。だったらそうすればいい。好きに生きようではないか。復讐に生きようではないか。人間を皆殺しにしてやろうではないか》

 

 湧き上がる感情にティオは次第に追い詰められていく。

 違う、違う違う違う違う違う違うちがうちがうちがうちがちがうチガウチガウチガウチガウ……

 

 「ハジメお兄ちゃん……」

 

 不意に響いた幼い声に思わず憔悴しきった表情のティオが顔を向ければ、ミュウがハジメの胸元に怯えるように顔をこすりつけていた。

 それに気づいたハジメは、静かにミュウを抱きなおし、彼女の顔を上げる。そして安心させるように微笑み、

 

 「大丈夫だ、ミュウ。怖いのは俺が全部やっつけてやる。お前の所には、怖いのは一匹もこれやしない」

 「……本当?」

 「ああ、本当だ。前に言ったろ?兄ちゃんは嘘はつかないって」

 

 そう言ってハジメはミュウの頭を優しく撫でる。

 その光景に、不意に何かが重なる。ミュウに一人の少女が。ハジメには一人の男性の姿が。なんだろう、あれは……

 少しして、ティオはそれに気づく。ああ、あれは自分と父だ。幼い時の、竜人族の国が滅びた時の。

 そして、ティオの脳裏にある言葉が蘇る。

 

 『ティオ。私の黒鱗とオルナの風と父アドゥルの炎を受け継ぎし、クラルスの誇りよ。今日、お前の中に生まれた黒い炎と、生まれた時から持つクラルスの猛き炎を胸に、よく生きよ』

 (父上………)

 

 その瞬間、唐突にティオの頭から血が引いていく。強張っていた体はほぐれ、目の前の霧が急速に晴れていくような気分になる。その中で、これまで、神羅やハジメ達が語ってきた言葉が次々と蘇り、最後に幻影の神羅が問う。

 

 『お前の在り方はなんだ?お前の誇りは……一体なんだ?お前が戦う理由は……なんだ?』

 (妾の……誇り……)

 

 ティオは目を閉じ、細く息を吐く。

 自分は………一体誰だ?……自分の誇りは……なんだ?………自分が戦う理由………それは………

 彼女が目を開けた時、そこにはかつてない光が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ハジメ殿。神羅殿はあの怪獣相手でもすぐにやられると思うか?」

 

 考え込んでいたハジメはティオの言葉にえ?と目を丸くする。そこには、毅然とした佇まいのティオがいた。それはこの状況でありながら、さざ波一つ立たず、凪いだ水面のように静かな光を宿している。

 

 「えっと………そこは大丈夫だと思う。もしそうなら、兄貴はその辺りの事、はっきりと言うと思うから……」

 「なるほど………ならば、怪獣は神羅殿に任せて、妾達は一先ず巨大魔物の相手をし、そちらを片付けた後、神羅殿と合流、彼の援護。他の者達はばらけて鳥の相手をするのがよかろうよ」

 

 その采配に周囲の者達は軽く目を丸くする。

 確かに、今のハジメ達ならば、怪獣は無理でも、手持ちの武装を駆使すれば、30m級の魔物は撃破できる。そして、神羅は怪獣の王の座を実力で勝ち取った猛者だ。相手が何であろうと、成す術もなくやられると言う事はないだろう。そして、肝心のクラスメイト達だが、上空からの奇襲に注意していれば、鳥が相手ならばに十分にやり合えるだろう。

 それは、少し冷静になればすぐに思いつくような簡単な作戦。だが、混乱し、視野が狭まっていたハジメ達はそこに至れなかった。

 

 「どうじゃ?」

 「あ……そうだな。多分、それがベストだ。あ、でも、ミュウが……」

 「だったら私がミュウをギルドに預けてくる。空を飛べる私が一番早いだろうし」

 

 上空から降りてきたユエがそう言い、ハジメは小さく頷くと、ミュウをユエに手渡そうとするが、ミュウはぎゅっとハジメの服を握りしめたまま放さない。

 

 「お兄ちゃん……」

 「ミュウ。これからお兄ちゃんたちが怖いのをやっつけてくる。だから、ミュウはギルドでいい子で留守番していてくれ」

 「……お兄ちゃんたち、帰ってくる?」

 「ああ。神羅お兄ちゃんも一緒にちゃんと帰ってくる。だからいい子で待っててくれ」

 

 ハジメが頭を一撫ですると、ミュウは小さく頷いてハジメから手を放し、その体をユエが抱きかかえる。

 

 「よし、これで「そしてハジメ殿。今後は妾も其方たちに全力で力を貸そう」それは……」

 

 ティオの言葉にハジメは彼女の顔を見やる。彼女の事情はすでに神羅から聞いている。彼女が迷っていることも、だからこそ戦いに出ないという事も……

 

 「案ずるな。自分がどうしたいのかは……ちゃんと見つけた。問題はない」

 「そうか。だったらいいが……とにかく、方針としては、巨大魔物は俺達が相手をする。お前らは町中の鳥たちの撃破。異論はないな?」

 

 ハジメがクラスメイト達を見ながら伝えると、彼らは怯えを見せながらも頷く。光輝はハジメ達が仕切っている事にどこか納得してなさそうな表情を浮かべているが、頷いていた。

 

 「じゃあさっさと……と、その前に。八重樫、メルド。これを」

 

 ハジメは宝物庫から二振りの剣を取り出し、それぞれを雫とメルドに渡す。

 メルドに渡したのは黒塗りの両刃の大剣。雫に渡したのは黒い鞘に納められた漆黒の刀だ。

 

 「練成の鍛錬を兼ねて作っていた奴だ。世界一固い鉱石を圧縮して作ったから頑丈だし、切れ味も保証する。二人とも得物を無くしているようだし、これで何とかしてくれ」

 「そうか……助かった、ナグモ」

 「ありがとう、ハジメ君。何かで間に合わせようと思ってから、助かったわ」

 「よし、それじゃあ、さっさと動くぞ!」

 

 ハジメの号令と共に全員が一斉に走り出す。




 戦闘は次回本格化します。


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第60話 奪われた力

 ここで、前回現れた怪獣の説明を。

 スカル・デビル

 スカル・クロウラーが成熟した個体。その巨体に反したスピードと、自分と同じ程度の巨体を尾で投げ飛ばせるパワーを持ち、戦闘機の機関銃程度ではビクともしない耐久力を持つ。だが、それ以上に脅威なのはその生半可な罠を見破り、対処する知性の高さである。


 ホルアドの街から数キロ離れた所に、鬱蒼とした森が存在している。

 普段は魔物を始めとするこの地に住み着いた多数の生き物の息遣いで満ちているのだが、今、森の中は不気味なほどに静まり返っている。まるで全ての生物が逃げ去ってしまったかのような沈黙。

 そんな森の一角の地面が不意に轟音と共に吹き飛ばされる。地面を突き破って空に昇るのは青白い熱線だ。

 その熱線が消失すると、地面に残ったのはぽっかりと焼け空けられた人一人通れそうな大きさの深い穴だ。その穴の奥から何かが走っているような音が聞こえてくる。

 そして穴から背びれを生やし、口回りを変異させた神羅が飛び出してくる。どうやら地下の洞窟から熱線を放ち、天井をぶち破って地上への直通の通路を作ったらしい。

 地上に脱出した神羅だが、素早く自分がいる場所を確認し、人里ではないと分かると、すぐにその場から移動する。

 その瞬間、神羅が空けた穴を中心に小さな地響きが起こり、だがそれは瞬く間に激しい地鳴りとなって周囲の木々を激しく揺さぶる。そして、穴を中心に広大な範囲の大地にひび割れが起こると、次の瞬間には轟音と共に噴火のように吹き飛ばされ、木々の残骸や捲り上げられた岩などが宙を舞い、森に次々と降り注いでいく。

 立ち上る土煙を突き破って現れたのはムートーだった。その巨大な6本の手足で地上に這い出ると、その巨体をブルりと震わせ、血走った眼で周囲をねめつける。

 

 (よし……誘い出しは成功だな………もっとも、これ以上は望めんか)

 

 その様子を木の影から確認して神羅は小さくため息を吐く。

 思った以上にムートーは興奮状態にある。活動したばかりで腹が減っているのか、自分と言う獲物を意地でも逃がしたくないようだ。恐らくだが、メトシェラのように負けを認めさせることは不可能。前世のあの個体のように服従を認めさせることも無理。他の餌を与えることも、今からでは探しようがないため、できない。ならば、残った道は……

 神羅は小さく息を吐き、全て(・・)を開放する。すると、神羅の全身から膨大な黒い魔力が空高く吹き上がる。その量は尋常ではなく、さながら天を貫かんとする黒い巨塔のようだ。

 突如として吹き上がった魔力にムートーは驚いたように声を上げ、警戒するように睨みつける。

 吹き上がった魔力はしかし、霧散することなくその場にとどまり、その場でゆっくりと形を変えていく。巨大な、王の姿を象った影へと。

 そして影が完全にその形を模した時、その影が反転、ゴジラがその場に顕現する。

 突如として目の前に宿敵が現れたことにムートーは困惑を露わにし、戸惑うように声を上げる。

 そんなムートーを威嚇するようにゴジラは唸り声をあげ、凄まじい咆哮を上げる。それは彼にとっては最終通告だった。ここで去れば見逃してやる。だが、敵意を向けるのならば容赦はしないと。ありったけの敵意と殺意を込めた咆哮。

 並みの存在であれば、さっさと逃げ出しているだろうが、ここにいるのはゴジラの天敵。未だ困惑はしているが、目の前にいるのが求めていた餌であり、苗床でもあると気づくと、低いうなり声を上げながら逆に睨み返し、戦意を叩きつけるように両前足を地面に叩きつける。

 その瞬間、そこから不可視の何かが周囲一帯に放たれる。だが、それは衝撃波などではなく、周囲に物理的な干渉はほとんどなかった

 だが、ゴジラは唸り声を放ちながら気分が悪そうに体を揺する。奴らの能力、特性は当然知っている。そして自分がその能力の影響範囲内にいることも。だが、思った以上に影響は少ない。これならば何の問題もない。

 彼らは真っ向から睨み合い、全身から尋常ではない殺気をまき散らしながら構え、

 

 ゴガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!

 

 ロォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!

 

 凄まじい咆哮を上げると同時に勢いよく駆け出し、真っ向から激突する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴジラ達が地上に出現する少し前、ハジメとティオは巨大魔物が出現したという方角の城門の上に立っていた。

 

 「あれか………ヒュドラ並みだな」

 「中々の大きさじゃな……」

 

 遠く、数キロ離れた街道のど真ん中で巨大な生物が天を仰ぎながら咆哮を上げている。

 それはユエと香織の言う通りの姿だった。細長い巨大な白い頭部に眼窩のような穴。30mは超えていそうな巨体を支えるのはひじから棘を生やした二本の腕のみで、後ろ脚はなく、長い尾が生えている。その全身には無数の傷跡がついており、それがこの生物が幾つもの修羅場を潜り抜けてきた猛者であることを示している。

 その周囲には返り討ちにあった冒険者と騎士の身体が討ち捨てられており、それを巨鳥が次々と持ち帰ろうと飛び掛かる。

 だが、巨大生物、スカル・デビルはその巨大な口からカメレオンのように舌を繰り出すと、逆に巨鳥をからめとり、そのまま飲み込んでしまう。あの巨鳥も奴にとってはただの餌と言う事か。

 

 「それで、どうするのじゃ?手始めに妾がやってもよいか?」

 「いや、メシに夢中なら好都合だ。一撃で終わらせて、とっととユエ達と合流する」

 

 今この場にいるのはハジメとティオだけで、シアは居ない。ここに向かうまでに町の様子を見ていたのだが、予想以上に巨鳥が町中に広がっていたため、作戦を変更し、最初、スカル・デビルにはハジメとティオだけで対処し、シアは町に散らばり巨鳥の相手をする。もしも二人で苦戦を強いられるのならば即座にユエも含めた2人に連絡をすると言う流れになったのだ。

 ハジメは宝物庫からシュラーゲンを取り出し、構える。その銃身が赤いスパークを放ち、その輝きが刻一刻と増していき、最大まで輝いた瞬間、巨鳥を喰らっていたスカル・デビルがぎょろりとハジメの方を見る。

 気づかれた。だがもう遅い。ハジメはスコープ越しにスカル・デビルを睨みながら引き金に掛けた指に力を込めた瞬間、

 遠くから咆哮が轟き、一瞬スカル・デビルの意識がそちらにそれ、体を動かす。

 その瞬間、炸裂音と共に赤い閃光が解き放たれ、スカル・デビルに襲い掛かり、その巨体をぶち抜く。周囲に血と肉片が飛び散り、衝撃で巨体が地面に叩きつけられ、スカル・デビルが絶叫を上げる。

 外れた、とハジメは小さく舌打ちをする。頭部を狙いすました一撃は奴の体制が変わったことで狙いがずれ、標的の左背中を貫いた。直撃ではなかったとはいえ、背中の肉は抉り取られ、しかも傷口は雷撃で中途半端に焼かれ、醜く爛れている。

 激痛にスカル・デビルは絶叫を上げ、激しく暴れ狂い、振り回される腕と尾が地面を抉る。

 

 「神羅殿……」

 

 次弾を取り出したハジメの耳にティオの呟きが届き、彼女の視線を追えば、遠く離れた森のど真ん中にゴジラとムートーの巨体が見える。

 

 「兄貴も地上に出たか……こりゃ、急いで片を付けないとな」

 「そうじゃな……次は二人同時に攻めようぞ」

 

 ティオの提案にハジメが頷いていると、立ち上がったスカル・デビルが怒りで血走った眼でハジメ達を睨みつけ、勢いよく城門目掛けて走り出す。

 

 「あれだけのダメージでまだあんなに動けるのかよ……!でも……!」

 

 ハジメは即座にシュラーゲンに次弾を装填すると、狙いをつける。そして再びフルチャージの一撃を放たんと赤い電が弾け、周囲を朱く染め上げる。

 これで終わらせると、ハジメが引き金に指をかけ、隣のティオが手をかざし、そこから黒い極光を放った瞬間、

 

 空気が不自然に歪み、それがハジメとホルアドの町を瞬く間に駆け抜けていく。

 

 「っ!?」

 

 その瞬間、ハジメとティオは何が起こったのか全く理解できなかった。まず、ティオが放った竜としてのブレスがスカル・デビルに到達する前に消失してしまう。迎撃されたのではなく、何もない空中で崩れるように消失したのだ。そして、シュラーゲンのチャージは前触れもなく途絶、それどころか今まで溜め込んでいた雷撃すら最初から無かったかのように霧散してしまい、更に、突如として左腕が力を失ったようにだらりと垂れ下がり、シュラーゲンは足元にガシャンと落ちてしまう。

 

 「な、なんだこれ!?どう言う……!?」

 

 ハジメが慌ててシュラーゲンを掴もうと左腕を動かそうとした瞬間、

 

 「う、ぐおぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 まるで体の中を直接かき混ぜられるようなおぞましい感覚にハジメは耐えきれずその場で激しく嘔吐してしまう。その横でティオまでも膝をつき、激しく嘔吐していた。

 

 「が、あぁ……こ、これは………!?」

 

 突如として自分の身に起こった不調にハジメは激しくえずきながら困惑を露わにするが、それについて悩む時間はなかった。

 そうしている間にスカル・デビルが城壁に到達し、その巨体を容赦なく壁に叩きつけようとする。

 それに気づいたハジメは右腕でシュラーゲンをひっつかむと慌てて城壁から躊躇なく飛び降りる。ティオもそれに気づき、慌てて体を投げ出すように城壁から飛び降りる。それと同時に巨体が勢いよく城壁に叩きつけられる。轟音と共に堅牢に作られたはずの城壁の一角が吹き飛び、その破片が町に降り注ぎ、家屋を破壊する。一撃で破壊されることはなかったが、半壊状態では二撃目は受けきれそうにない。

 何とか着地を決めたハジメとティオは慌ててスカル・デビルの巨体に目を向ける。奴はその巨体が仇となり、二人を見失ったのかぎょろぎょろと周囲を忙しなく睨みつけている。

 その隙にハジメ達は近くの破片に身を隠すと、大きく息を吐く。そしてハジメは先ほどから感覚がない義手に目を向ける。

 義手を動かそうとするが、また全身をかき混ぜられるような感覚に、思わず口元を抑える。

 

 「これって………まさか………!」

 

 左腕の義手は基本魔力を使って動かしているアーティファクトだ。それが動かせないと言う事は……

 ハジメは慌てて宝物庫から武装を取り出そうとするが、そこでも吐き気に襲われ、そして宝物庫はうんともすんとも言わない。

 その隣ではティオが困惑した表情を浮かべて自分の両手に目を向けている。何とか魔法を使おうとするが、そのたびに激しくえずき、息を荒げる。だが、その甲斐あってか、彼女はあることに気づく。

 

 「な、何じゃ……これは……魔力が……乱れて………」

 

 その言葉と結果にハジメは顔を引きつらせ、自身も纏雷を発動させようとするが、体内をかき混ぜられる不快な感覚だけで、静電気ほどの電気すら起こせない。それどころか、瞬光すら発動しない。

 間違いない。これは……今のこの状況は………!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 シアが雄たけびと共にドリュッケンを振るい、巨鳥、ヘルホークに叩きつけ、その巨体を吹き飛ばす。爆散はできなかったが、血をまき散らしながら吹き飛んだところを見ても、生きているとは思えない。

 振り抜いた体制のシアを狙って別のヘルホークが襲い掛かるが、シアはドリュッケンを勢いよく地面目掛けて振り下ぬく。轟音と衝撃と共にヘルホークの巨体はそのまま地面へと圧殺され、周囲に血と肉片が飛び散る。

 シアは即座に地面にめり込んだドリュッケンを振り上げようとするが、

 

 「お、ごぉえあ……!」

 

 突如として全身を襲ったおぞましい感覚にたまらず嘔吐してしまう。だが、それだけではない。発動していた身体強化の魔法が途切れてしまい、結果、重さ数トンのドリュッケンはビクともせず、めり込んだままだ。

 

 「な、なんですかこれ……どうして身体強化が……!」

 

 シアは再びドリュッケンを担ごうと身体強化を発動しようとするが、再びおぞましい感覚に襲われるだけで強化は発動しない。

 

 「これ……そんな……嘘ですよね………?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それじゃあ、イルワ。ミュウをお願い」

 「ああ、任せてくれ」

 

 一方、ユエは冒険者ギルドにミュウを無事に送り届けることに成功していた。

 

 「ユエお姉ちゃん……」

 

 不安そうに見上げてくるミュウにユエは安心させるように微笑み返し、

 

 「大丈夫だから、いい子で待ってて。すぐにみんなであの鳥は焼き鳥にしちゃうから」

 

 そう軽口をたたくと、踵を返し、冒険者ギルドから飛び出す。

 

 「大丈夫だった?」

 

 そこには立っていた香織が声をかけてくる。冒険者ギルドに送り届ける際、彼女が護衛を買って出たのだ。ユエの実力を目の当たりにしている以上、彼女がロックバードにやられるとは思っていない。だが、ミュウはまだ幼い少女だし、敵もまだ未知数で何があるか分からない。だからこそ、念のためについてきたのだ。

 

 「うん。これで大丈夫。さっさと奴らを全滅させる」

 

 その言葉に香織が頷くと、ユエは重力魔法を使ってふわりと体を浮き上がらせる。

 が、次の瞬間、不自然な空間の歪みがユエを通り抜け、それと同時にユエの身体は重力を思い出したかのように落下する。

 

 「え!?」

 

 突然の事態にユエは困惑の声を上げるが、その間に体は地面との距離を瞬く間に縮まり、その勢いのまま叩きつけられ、

 

 「あ、がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 全身を襲った激しい痛みにユエは絶叫を上げ、激しく悶える。だが、そのたびに全身を鋭い痛みに襲われ、ユエの絶叫は止まらない。

 

 「どうしたのユエちゃん、大丈夫!?」

 

 そこに慌てて香織が駆け寄り、全身を見る。

 その痛がりようとは裏腹に、彼女の身体には目立った傷はない。それに香織は違和感を覚える。見た感じ、どこか折れているという感じはなく、せいぜい、あちこちに擦り傷ができているだけだ。それに、ユエは確かに落下したが、その高さはせいぜいが1mぐらい。これほど痛がるものではないはずだ。

 それでも、念のために香織は回復魔法を使おうとするが、

 

 「が、ぁあ、げぇぇ……!」

 

 全身をおぞましい感覚に襲われ、吐き気をもよおし、その場で激しくえづき、手をつく。魔法も魔力を練る事すらできず、発動すらできない。

 

 「な、なにこれ………!」

 

 香織が悶えている間に、ユエの方は痛みが少し引いたのか息を荒げ、涙を浮かべながらも自分の体に視線を向ける。

 叩きつけられはしたが、そんなに高くなかったおかげでどこかが折れたり、捻ったりしている気配はない。仮にそうだったとしても、自動再生で勝手に治るから問題は……

 そこでユエは自分の膝を見て、困惑した表情を浮かべる。擦りむいた膝には擦り傷ができ、当然のように血が流れているが、それが流れ続けているのだ。傷口が治る気配も、血が体に戻る気配もまるでない。

 治らない傷、そして先ほどの激しい痛み。それからユエはある可能性に行き当たる。

 

 「自動再生が……発動していない!?」

 

 自動再生が機能していないなら、どんな些細な傷もすぐには治らない。そして、自動再生の派生技能、痛覚操作のおかげでユエは痛みというものをほとんど感じてこなかった。そこに、およそ300年ぶりのまともな痛みを叩きこまれ、体が過剰に反応したのでは……。

 そして先ほど、香織が回復魔法を使おうとしたにもかかわらず、それは不発に終わった。それだけで、魔法の天才であるユエは、ある可能性に行きついた。それらが意味することは………

 

 「まさか………魔力その物が……使えなくなってる………!?」




 もう一匹の説明を。

 ムートー

 ゴジラと同時代に生息していた怪獣。オスとメスで体の大きさ、作りが違い、オスは小柄で翼を持ち、メスは大型で複数の腕を持つ。放射能を餌としており、ゴジラに卵を産みつける寄生生物。オスメス共に電磁パルスを放つことができ、それは電子機器を瞬く間に使用不能にするほかに、ゴジラを弱体化させ、更に熱線の威力を弱める効果も持つ。
 今回、トータス―に現れた個体は魔力による範囲拡大に加えて魔力狂いとでもいうべき能力を有しており、ムートーの電磁パルスの効果内では、魔力が狂わされ、ありとあらゆる魔力行動が不能となっており、無理に使用しようとすれば、強烈な吐き気に襲われる事になる。

 現状、電磁パルス内では、アーティファクト、魔法、固有魔法、技能の全てが使用不能状態です。ただし、ステータスに関しては数値通りの動きができます。

 余談ですが、パルスに巻き込まれたらエヒトは問答無用で消滅します。仮にユエの肉体を奪っても、所詮は他人の肉体と言う事で、耐えることはできず消滅します。

 前代未聞の超絶難易度の試練、果たしてホルアドの運命は!?


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第61話 走れ、人間よ

 投稿が遅れてしまい申し訳ありません。シンフォギアも書いていたから……いえ、正直に言います。エルデンリングを滅茶苦茶やってました。だってすごく面白いんだもん、あれ。
 一週目はクリア済みで現在2週目です。
 ちなみに、すでにプレイ時間は100時間を超えていますが、その内の8時間ほどは赤い裏ボスです。あいつ本当にヤバいよ……強すぎだよ………

 また、前回の怪鳥の名前、ロックバードではなく、ヘルホークでした。直しておきました。


 突発的に発生した魔力阻害の効果。それはホルアドの町全域を文字通り飲み込んでいた。

 

 「な、なんだこれ!?」

 「ど、どうなってんだ、どうして魔法が……」

 「うぐぇぇぇぇぇ、き、気持ちわりぃ」

 

 その影響は当然ながら町中で戦っていた神の使徒たちとて例外ではない。ヘルホークの群れを相手に善戦していた彼らだったが、突如として当たり前のように使っていた魔法が消滅したことに激しく動揺する。必死になって魔力を練ろうとするが、内臓をかき混ぜられるような感覚に、男女問わず激しくえずき、嘔吐してしまう。

 

 「ど、どうなっているんだ!?どうして聖剣が………答えてくれ、聖剣!」

 

 光輝は輝きを失った聖剣を手に必死に叫び、魔力を練ろうとするが、そんな事はできず、結果として激しくえずき、動きが止まる。

 優勢に進んでいた攻勢が一気に崩壊する。その隙を狡猾なヘルホークたちは見逃さない。魔法を避けるために上空に距離を取っていた彼らは一転して咆哮と共に脚の爪を振りかざしながら勢いよく降下してくる。

 光輝達は迷宮内と言う閉鎖空間内での飛行型としか戦った経験がなく、解放された空間を自在に飛行するヘルホークたちはそれだけでも十分に驚異だった。だが、さきほどまでは魔法があったから優勢に戦う事が出来ていた。それが無くなってしまえば、ヘルホーク達を縛り付ける物はない。

 クラスメイト達は慌てて迎撃しようとするが、とっさに魔法を放とうとしてしまい、失敗してしまう。その間にヘルホークはあっという間に距離を詰め、クラスメイト達に襲い掛かる。

 

 「いやぁぁぁぁぁぁ、助けて!助けて!」

 「や、やめろぉ!こっちに来るなぁ!」

 「離せぇ、離しやがれ!」

 

 ヘルホークに伸し掛かられた者達は必死になって追い返そうと武器や腕を振り回すが、碌に力のこもってないそれでどうにかなるわけもなく、わずわらしそうにヘルホークたちは鳴き、彼らの体に爪を食い込ませる。激痛と食われるという恐怖に、あちこちで悲鳴が上がる。何とか襲撃を回避した者達が助け出そうとするが、その前に他のヘルホークが立ちふさがる。

 そして一匹のヘルホークが野村を連れ去ろうと翼を羽ばたかせ、浮き上がった瞬間、

 

 「ぬん!」

 

 メルドが手にした大剣をヘルホークの翼に突き刺し、振り抜いて皮膜を引き裂く。

 被膜を割かれたヘルホークは悲鳴と共にバランスを崩し、転倒する。

 

 「立て、野村!急げぇ!」

 「は、はい!」

 

 ばたつくヘルホークにとどめを刺し、メルドはそう叫ぶと野村の無事の確認もそこそこにすぐに別の者の元に駆け付け、襲い掛かろうとするヘルホークの翼の被膜を切り裂く。

 被膜が傷ついた事で飛べなくなり、ばたつくヘルホークの姿を見て、メルドは確信した。

 

 「お前等!翼だ、翼を狙え!無理に倒そうとしなくていい!翼を攻撃して飛べなくするんだ!」

 

 飛行型の魔物は総じて魔力によって風を起こし、飛翔している物がほとんどだ。だが、ヘルホーク達は何の問題もなく飛べている。この魔力が使えない状況下でどうして飛行できるのか。メルドはその理由は翼だと気づいた。ヘルホークたちは魔法ではなく鳥のように翼で飛行しているのだと。そこまでわかれば話は早い。ならば飛行の要である翼を傷つければいい。そうすればヘルホークの飛行能力は失われる。地上のヘルホークも爪や嘴の一撃は脅威だが対応はかなり楽になる。

 メルドの指示にクラスメイト達はすぐに対応する。地上のヘルホークの攻撃を掻い潜り、翼を攻撃して自由を奪い、その隙に襲われていたクラスメイト達を救出していく。

 

 「いてぇ、いてぇ、クソが…‥‥!おい辻!お前治癒師だろ!早く回復魔法を使え!」

 「む、無理よ……どんなにやっても魔法が発動しないのよ!」

 

 背中から血を流す檜山が治癒師の辻綾子に詰め寄るが、彼女は力なく首を横に振り、そう告げる。

 

 「なんだよそれ!ふざけんな!さっさと治療しやがれ役立たずが!」

 

 檜山が苛立ちも露に叫んだ瞬間、その声に反応したヘルホークが上空から飛来し、檜山に伸し掛かる。

 

 「ぐべぇ!?」

 

 地面に叩きつけられ、更に巨体で容赦なく踏みつけられ、激痛に檜山が悲鳴を上げるが、そんなものお構いなしにヘルホークは舞い上がりそのまま彼を連れ去ろうとするが、

 

 「この!」

 

 そのヘルホーク目掛けて雫が手にした黒刀を勢いよく投げつける。アザンチウム合金を使い作られた黒刀は投げられた勢いに乗ってヘルホークの被膜を貫く。

 悲鳴を上げながらヘルホークはそのまま墜落し、地面に叩きつけられる。

 

 「うぎゃぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 同じように地面に叩きつけられた檜山から悲鳴が上がる。その両足は骨が圧し折れており、肉を突き破ってしまっている。

 

 「早く負傷者を建物に運んで!急いで!」

 

 その光景に雫は顔を引きつらせるが、首を振って意識を切り替え、指示を出す。

 クラスメイトの手で建物の影に引き摺られていく檜山を横目に雫は墜落したヘルホークから黒刀を回収してとどめを刺す。

 

 (でも、こんなの、本当にどうしようもない………!どうすればいいのよ、こんなの………!)

 

 魔法が使えず、今まで通りの戦法が不可能な現実に雫の焦りは加速していく。だが、それ以上に雫の心を追い詰めている物があった。

 それは力が使えないという事実だ。彼女はこれまで、命を奪う事への強い忌避と恐怖があった。だが、それでも戦えて来れたのは、それしか道がないのと、持ち前の責任感の強さ。そして、自分が力を手に入れたという実感だった。自分には特別な力がある。それに自惚れていたわけではないが、その自覚は少なからず戦いへの活力になっていた。だが、それが無くなったことで、命を奪う恐怖と奪われる恐怖がこれまで以上に鮮明に、より明確な形に変え、ダイレクトに彼女の心を蝕んでいた。

 本当ならこのまま他の負傷者と同じように建物の中に逃げ込みたかった。もう嫌だと全てを投げ捨ててしまいたかった。

 だが、別の場所から上がった悲鳴に、雫は思わずくそっ、と毒づくと、援護のために走り出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (考えるな!考えるな!魔力の事なんか考えるな!考えるな………考えるな(忘れた)!)

 

 外周部でスカル・デビルから隠れたハジメは頬をパチンと叩くと、左の義手の固定を無理やりに解除し、腕から外すと、疑似神経をドンナーのブレードで切断する。この状況下では左の義手は重り以外の何物でもない。つけてるだけ無駄だ。完全に外れた義手がゴトリと地面に落ちるが、その瞬間、ハジメとティオの背後から低いうなり声が聞こえてくる。

 その瞬間、二人は弾かれたように慌てて瓦礫の影から飛び出す。その直後、二人が隠れていた場所を巨大な腕が薙ぎ払う。

 地面ごと吹き飛ばされた瓦礫を回避しながらハジメは必死に思考を巡らす。

 

 (どうするどうするどうする!?俺の今の手持ちはドンナーにシュラークにシュラーゲン!弾はシュラーゲンが一発に二丁は全弾装填済み!でも、魔力が使えないんじゃ、意味がない!一発しか撃てない!)

 

 ドンナーとシュラークは魔力操作のギミックによって空中リロードや神業的な早撃ちが可能だ。当然、リボルバーの動作にもそれに含まれる。が、魔力が使えない現状、それらは使えず、結果、ドンナーとシュラークは最初の一発しか撃てない。もっとも、あの巨体では、拳銃の銃撃なぞ、大したダメージにならないだろうが。

 幸いと言うべきか、ドンナーとシュラークには銃剣を取り付けてあるため、武器として使えないという訳ではないが、それでも刃渡りは拳銃に合わせた十数センチ程度。スカル・デビルの巨体の前ではあまりにも頼りない。

 

 (こんなんだったらシュラーゲンにもでかい刃を取り付けておくんだった!)

 

 流石にこんな状況、想像の埒外だが、それでもそう思わずにはいられない。

 だが、それに囚われていてはこちらの命が危ない。ハジメは頭を振って意識を切り替えると、

 

 「ティオ!こいつを使え!ナイフとしてなら使える!」

 「う、うむ!」

 

 ティオは自分に向かって投げられたシュラークを慌てて受け取る。だが、ナイフとは根本的に違うからか、まごついてしまう。

 ティオの武器も作らないと、とハジメが顔をしかめた瞬間、スカル・デビルが彼目掛けて勢い良く尾を振り下ろす。

 ハジメは即座に横に跳んでその一撃を回避するが、叩きつけられた衝撃だけでもハジメの体制を崩すには十分だ。

 スカル・デビルは即座に追撃を行おうとするが、体がよろめき、動きが止まる。その隙にハジメは更に後ろに跳んでスカル・デビルから距離を取る。

 

 (まあ、ノーダメージ状態よりかはかなりマシだな……枷もなくなって動きも軽いし……しばらく慣らさないといけないけど)

 

 ハジメの身に着けていた重枷もまた効力を失っている為、今の彼は文字通り全力で動ける。片腕状態だが、オルクスではそれで戦っていたのだ。感覚を思い出せば十分に戦えるはずだ。

 スカル・デビルは唸りながらハジメを見ていたが、不意に視線をティオに向けると、大きく口を開け、そこから長大な舌を勢い良く伸ばす。

 

 「くっ!」

 

 シュラークの持ち方にまごついていたティオだが、それに気づくと、体を横に投げ出して回避する。急いで立ち上がろうとするが、着物の裾が引っ掛かり、動きが止まる。

 スカル・デビルはチャンスと言わんばかりに舌を薙ぎ払い、ティオを絡めとろうとするが、

 

 「させるか!」

 

 ハジメがドンナーを発砲。弾丸は狙い違わず舌を直撃する。撃ち抜けはしなかったが、それでも激痛に襲われ、スカル・デビルは悲鳴と共に頭を激しく振るい、舌が暴れ狂い、それが倒れたティオの頭上をかすめる。

 舌を戻したスカル・デビルは怒りで双眸を滾らせると、咆哮と共にハジメ目掛けて走り出す。

 

 「ティオ、無理するな!下がれ!」

 

 ハジメはそう叫ぶと、スカル・デビルの突進を回避し、ドンナーの銃剣で切りつけるが、あまりにも浅い。

 スカル・デビルは唸りながら無理やり尾を振るうが、ハジメは前に飛び出す形で回避し、スカル・デビルの懐に潜り込み、

 

 「なろが!」

 

 跳躍して顎に渾身の力で殴りつける。

 空気を震わせる鈍い音と共に巨体がよろめき、着地したハジメはチャンスと言わんばかりにもう一度跳躍、巨体を蹴り付けてスカル・デビルの頭上に飛び出すと、

 

 「これで……どうだ!」

 

 がら空きの頭部に渾身のかかと落としを叩きこむ。

 一連の連撃にスカル・デビルは苦悶の咆哮と共に大きく体制を崩す。更にハジメは反動で距離を取り、背中に着地すると、傷口にドンナーの銃剣を突き刺し、そのまま駆け出して一気に傷口を抉る。

 スカル・デビルが絶叫と共に激しく暴れ、ハジメを吹き飛ばすが、彼は空中で体制を整えて地面に着地する。

 

 「ここまでやってやっとあの程度か………」

 

 スカル・デビルのダメージはさほどではない。傷口を抉りはしたが、そこまで深くはない。何度も続ければそれなりにはなるだろうが、やはり決定力不足は否めない。

 スカル・デビルは咆哮を上げながらハジメを睨みつけると、勢いよく飛び掛かってくる。

 ハジメは前に飛び出してその一撃を回避する。が、スカル・デビルは着地すると同時に旋回し、その勢いで右腕を薙ぎ払う。

 ハジメはすぐに後ろに跳ぶが、その瞬間、スカル・デビルは舌を勢い良く伸ばす。

 ハジメは目を見開きながらもとっさに空力で回避しようとしてしまう。結果、激しくえづき、動きが止まる。その結果、長い舌がハジメの体を完全に絡めとり、締め上げる。

 万力のような締め上げと吐き気にハジメはうめき声を漏らすが身動きが取れない。そのまま舌はハジメを飲み込もうと口内に戻ろうとする。

 が、次の瞬間、鈍い炸裂音と共にスカル・デビルの絶叫を上げ、舌がでたらめに振り回される。それによってハジメの身体も解放されるが、受け身など取れず、べしゃりと地面に勢い良く叩きつけられてしまう。

 

 「がっ……!つぅ………くそ!最悪だ!」

 

 涎まみれでベトベトの身体と鼻をつく悪臭。そして全身を襲う激痛に悪態をつきながら、ハジメはスカル・デビルに目を向ける。

 絶叫を上げるスカル・デビルは右手で右目を抑えており、指の間から血が流れているのが見える。

 

 「大丈夫か、ハジメ殿!」

 

 そこにティオが慌てた様子で駆け寄ってくるが、その姿を見て、ハジメは目を丸くした。彼女は着物のような服を纏っていたのだが、その裾が大きく切り落とされているのだ。その結果、彼女の肉付きがよく、白い太ももが露になっている。

 

 「ティオ……それ……」

 「ああ、これか……この状況では動きにくくてたまらんからな、裂いたのじゃ。おかげで動きやすくなった」

 「そうか……」

 「とりあえず、先ほどの攻撃で奴の右目を潰した。当たったのは運がよかった」

 

 どうやらハジメが食われそうになったのを見て、とっさにシュラークを発砲し、運よく目を撃ち抜いたようだ。

 まさに大当たりだな、とハジメが息を吐いていると、スカル・デビルは立ち直り、ハジメ達を睨みつける。残った隻眼は憎悪と憤怒でどす黒く染まっている。

 

 「こいつは………長丁場を覚悟した方がいいか」

 

 あまりにも絶望的な状況。だが、ハジメも、そしてティオも未だ諦めていない。臆しそうになる心を大きく息を吐くと同時に叩きつけ、目の前の敵を真っ直ぐに睨みつけて武器を構える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「魔力が使えないって……どう言う事……!?」

 

 大勢の人々が逃げ惑うホルアドの町中で、香織は愕然とした様子でユエに問いかけていた。その表情には、彼女の言葉が嘘であってほしいという願望が見え隠れしている。

 

 「そのままの意味……どうしてかは分からないけど、今この付近は魔力が使えない状態になっているかもしれない」

 

 その言葉に香織はその顔にはっきりと戸惑いと恐怖を浮かべる。これまで彼女が戦えていたのは神羅とハジメを助ける強固な意志があったからでもあるが、それに加え、そのための力があるという実感もあったからだ。それが使えないという現実に彼女の心はこれまで以上の恐怖を感じていた。

 

 (魔力が使えないと言う事は………私ほとんど何もできない!魔法も使えないし、自動再生も発動しないから囮さえできない!最悪も最悪すぎる!一歩間違えれば死…………)

 

 そこまで考えた瞬間、ユエの全身から冷水を浴びせられたかのように血の気が引いていく。思わず自分の手に視線を向ければ、指先が震えてしまっている。勝手に呼吸が荒くなり、唇も震えてしまう。周囲から響く悲鳴と咆哮が脳をかき乱す不協和音のように聞こえ、思わず耳を塞いでしまいたくなる。

 だが、ユエは頬を思いっきり引っ叩き、その痛みで強引に思考を切り替える。更に唇を強く噛み締めて何とか踏みとどまろうとするが、背筋に氷塊がぶち込まれたような怖気に襲われる。彼女はとっさに香織の手を引いて思いっきり横に転がる。

 瞬間、その場に一匹のヘルホークが強襲を仕掛け、風圧が二人の髪を激しく乱す。上空から現れた新たな怪鳥の姿に人々はパニックを引き起こし、大慌てで逃げ出す。

 

 「っう………走って!」

 

 転んだ痛みに涙目になりながらもユエは香織の手を引いて走り出す。背後からヘルホークが咆哮を上げ、飛翔する音が聞こえる。どうやらユエ達を獲物と定めたようだ。

 安全な所に逃げ込もうとユエは走りながら周囲を見渡す。だが、あちこちが破壊された町中で、そんな場所を見つけるのは至難の業だ。

 

 「………どうにかしないと……!」

 「………ど、どうするの?これ、どうすれば……いいの……?」

 

 か細く聞こえてきた香織の言葉にユエは何を、と軽く振り返る。その目は怯えと不安が入り混じっており、ひどく頼りない。迷宮の時とはまるで別人だ。

 それを見ても、ユエは失望しない。当然だ。当たり前だ。だって………

 

 「……私にも分からない。正直に言って、私も怖い。痛くて怖くて、不安で、どうしようもない」

 「そ、そんな「でも、生きてる。動くことができる。だったら、私にできる事を探して、やり抜く!」……!」

 

 そうだ。怖い。全部が怖い。怖くて怖くてしょうがない。怪鳥が、痛みが、悲鳴が。自動再生によって、遠ざけられていた己の死が怖い。

 魔法(才能)と言う鎧が剝がされた今、ユエには己のすぐ背後にまで迫ってきている死を笑い飛ばせる強さはなんてない。本当ならば、その耳を塞いで、目をきつく閉じて、うずくまって、誰かに助けてもらいたい。

 だがそれでも、ユエは動く。生きているから。出来ることがあるはずだから。大きな事なんて、大それたことなんてできるとは思わない。それでもやれることがあるはずだ。ならばそれを全うする。怖くても怖くても、走り続ける。

 それが、自分(人間)にできる事なのだ。

 その後ろ姿を香織は茫然とした様子で見ていたが、少しすると、唇を強く引き結びながら周囲を見渡し、

 

 「!あそこ!あの建物!あそこなら逃げ込めるんじゃ!?」

 

 その声にユエが顔を向ければ、確かにそこには無傷の建物がある。

 二人はそちらに向けて走り出し、扉をぶち破った勢いで中に転がり込む。

 それと同時に悲鳴が聞こえ、二人が顔を上げると、建物の中には逃げ込んだ多くの町民たちが怯えたように身を寄せ合って体を震わせている。

 二人は唇に指をあてて静かにするように伝えると、大きく息を吐いてその場にへたり込む。

 

 「とりあえず、一息つけた………」

 「でも状況は変わってない。早く何とかしないと……」

 

 ユエは打開策を見いだせないのか外を確認しながら呟く。外ではヘルホークが地面に降り立ち、ぎょろぎょろと周囲を睨みつけている。

 ユエがどうするかと考えている横で香織は建物内を見まわして、

 

 「………ねえ、ユエちゃん。あれ、使える?」

 「へ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「くっそぉぉぉォォォォォォォォォ!」

 

 やけくそじみた叫びと共にシアは横っ飛びに転がり、ヘルホークの襲撃を回避し、そのまま建物の影に飛び込む。

 ヘルホークはすぐさまその後を追うが、少しすると、シアを見失ったのか苛立つように鳴き声を上げながら周囲を見渡し彼女を捜索し始める。

 その様子を物陰から確認していたシアだが、大きく息をつくとその場にへたり込む。

 

 「不味いです……不味すぎます……!こんなのどうしたら……」

 

 魔力阻害はシアにとっても致命的だった。彼女は未来予知はおろかあのバカげた出力の肉体強化すら使えない。ドリュッケンを振るう事もできず、戦槌は今手元にない。

 ヘルホークの総数が減っているおかげもあって、どうにか今は襲撃から逃げ延びれているが、このままでは捕まるのは時間の問題だろう。

 

 「うぅ……まさかこんなピンチに襲われるなんて……ヤバいですヤバいです……」

 

 頭を抱えながらシアは呻き、必死になって打開策を探す。だが、身体強化が使えない自分はただの非力な兎人族。素のステータスはそこそこあるが、それでも決定打にならないだろう。

 私にも銃があれば、とシアが考えたところで、彼女のうさ耳が飛翔音を捉え、慌てて前に転がる。それと同時にヘルホークの巨体がシアの体をかすめる。

 シアは即座に走り出し、ヘルホークはすぐさまその後を追う。だが、シアは建物の影を巧みに利用してヘルホークの視線から外れ、物影で息を殺す。

 すると、ヘルホークはシアを探すように周囲を見渡し、再び見失ったのか苛立ちを露わにするように鳴き声を上げる。

 その声に背筋が震え、思わずその場にうずくまりたくなる。だが、シアはギリっと奥歯を強く噛み締め、拳を強く握る。

 いいや、ダメだ。ここで折れてしまってはダメだ。確かに状況は最悪だ。戦闘力の大半を奪われ、怪鳥の数はだいぶ少なくなったがそれでもまだ襲撃を諦める気配がない。今の自分では戦う事はほぼできない。

 だがそれでも、諦めるわけにはいかない。諦めたらそこで本当に終わってしまうから。まだ生きているのに、可能性があるのに、それが潰えてしまう。だからこそ、動け、動け、動け!神羅がゴジラだった時の世界の人々のように、戦う事が嫌いな家族たちが、立ち上がったように!

 そこまで考えた瞬間、シアは不意に何かに気づいたように顔を上げる。

 どうして気付かなかったのか。どうして忘れてしまっていたのか。

 

 「………………………そうだ。私………兎人族でした…………」




 ヘルホーク

 モンスターバースの地球の地下世界に生息している巨大な鳥。蝙蝠のように音の反響で獲物を探すが、翼全体がその音を拾うアンテナの役割をしており、一説では瞬きの音すら感知するともいわれている。


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第62話 終わりを告げる雷鳴

 一昨日、昨日を利用して、シン・ウルトラマンとバブルを見てきました。

 ウルトラマンは……王道でありながら、新しい展開もあって面白かったですね。まさかあの怪獣であんな展開が来るとは……

 バブルは……こちらも面白かったです。うん、いいね。ああ言うのも。そしてボロクソに泣きました、はい。


 森全体を揺るがすような轟音と共にムートーが力づくで押しやられていく。ムートーは両足を必死に踏ん張って抗おうとするが、ゴジラの圧倒的な膂力の前では虚しい抵抗だ。両足で地面を抉りながらムートーは大きく押しやられ、ゴジラが咆哮と共に一気に力を籠めて突き飛ばせば、ムートーの巨体は地面に仰向けに叩きつけられ、衝撃で地面が砕け、木々がなぎ倒される。

 ムートーは何とか起き上がろうとするが、その前にゴジラが胸部を容赦なく踏みつける。

 ムートーの悲鳴が上がり、手足が振り回されるが、ゴジラはビクともしない。彼は天敵を睨みつけると、大きく胸を反らす。それと同時に背びれと首元と目が青白い光を放ち、開いた口腔内も青白く光る。

 と、それに気づいたムートーは片腕をゴジラの口目掛けて勢いよく突き出す。腕は顎をかちあげ、その衝撃にゴジラは大きくのけ反りムートーから足を放してしまう。

 が、ゴジラは即座に熱線のチャージをやめると、突き出された片腕を抑え込んで食らいつく。そのまま振り回し、ぶちりと言う異音と共に巨体が投げ飛ばされる。

 ムートーの巨体が冗談のように宙を舞い、勢いよく地面に叩きつけられ、ムートーは絶叫を上げる。食らいつかれていた片腕は肘のあたりで千切れており、体液があふれ出す。

 ゴジラは咥えていた腕の残骸を吐き捨てると勝ち誇る様に咆哮を上げてムートーを睨みつける。

 対し、ムートーもふらつきながらも立ち上がり、戦意をぶつけるように咆哮を上げる。

 ゴジラは苛立つように顔をしかめ、鼻息を放つと、咆哮を上げながら勢いよくムートー目掛けて走り出し、ムートーもまた咆哮を上げながら駆け出し、両者は真っ向から激突する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヘルホークは苛立つように嘴を打ち鳴らしながら町中を歩いている。顔を上げ、周囲を見渡しているが、それと並行して翼も大きく広げる。

 ヘルホークの翼はどんなに小さな音でも拾う事ができる。だが、今は周囲で無数の悲鳴と同族の咆哮が轟き、うまく聞き取ることができていない。その事がヘルホークを苛立たせていた。

 と、次の瞬間、ヘルホークは背後から小さな音を拾い、勢い良く振り返るが、

 

 「りゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 それと同時にシアが叫びながらヘルホークの懐に潜り込むと、どこからか拾ってきたナイフを折りたたまれた翼に突き立て、勢い良く振り抜き、被膜を引き裂く。

 悲鳴を上げたヘルホークは勢いよく蹴りを繰り出し、シアはとっさに後ろに下がって回避するが、鋭いかぎづめがシアの皮膚を浅く掠める。

 痛みにシアは顔をしかめながら大急ぎで後ろに距離を取る。

 

 (落ち着いて、落ち着いて私!深入りしてはいけない!欲張ってはいけない!今の私のステータスじゃ一撃撃破なんてできない!確実に攻めて攻めて攻め崩す!)

 

 シアは知っている。動物と言うのは想像以上にしぶといと言う事を。討ち取ったと思った獣が最後の力で反撃し、狩人を殺したなんて話は子供の時、フェアベルゲンで何度も聞いた。だからこそシアは決して深入りしない。自分の能力に自惚れて攻めたりしない。臆病と言われようと、確実に攻めていく。

 思い浮かべるのはかつての自分。魔力を持っていたとしても兎人族の性か、静かに暮らしていた時の己。それに連動して思い出すはその時、父と母、そして他の家族たちが教えてくれた樹海の魔物から隠れ潜む術。

 シアは大きく深呼吸をして己を落ち着かせると、ヘルホークを睨みつけ、ナイフを構える。

 ヘルホークは怒りの咆哮を上げるとシア目掛けて走り出す。翼膜を傷つけられ、飛行能力を大きく失っているのだ。

 ヘルホークが勢いよくシアに嘴を突き出してくるが、シアは冷静にその一撃を回避する。

 即座に追撃しようとしたヘルホークだが、突然狼狽えたように動きが鈍る。直近にいるはずのシアの気配が恐ろしく薄く、一瞬行動にためらいが生まれる。が、シアにはそれで十分だ。

 シアはナイフをヘルホークの脚に突き刺す。

 悲鳴を上げながらヘルホークの巨体が痛みによって傾ぎ、でたらめに翼が振り回される。だがその時にはシアはその範囲外に脱している。

 ヘルホークが吠えながらシア目掛けて飛び掛かるが、シアはそれを潜り抜けて背後に回ると、傷口に再びナイフを突き立て、一気に抉る。ヘルホークは悲鳴を上げてデタラメに暴れる。目の前で振り回される巨体にシアの身体から冷汗が噴き出すが、どうにか回避すると、足元の瓦礫を拾い上げ、ヘルホークの頭に投げつけると同時に走り出す。

 頭に石をぶつけられ、とっさにヘルホークが振り返ったその隙をシアは見逃さない。一気に懐に潜り込み、即座に繰り出した一撃が喉に吸い込まれるように突き立てられる。

 確かな手応えと共にヘルホークがビクンと震える。シアがナイフを抜き去り、素早く距離を取ると、ヘルホークはそのまま倒れ込み、びくびくと痙攣するが、少しして完全に動かなくなる。

 

 「ふう、ようやく一匹………」

 

 何とか倒せたことに、シアは大きく安堵の息をつく。

 だが、状況は好転していない。未だ魔力は使えないし、孤立してしまっている。

 そんな中で、シアはユエは無事なのだろうかと思い至る。彼女も自分と同じ魔力頼りだから現状はかなり危険なはずだ。

 一度ユエと合流を、と考えたところでシアは即座に前に跳ぶ。瞬間、ヘルホークがシアがいた場所を強襲、そのまま空へと舞い上がる。

 それを見てシアは唇をかみしめる。今のシアでは空に逃げられたら手も足も出ない。これではユエとの合流が遅れてしまう。

 そちらにシアの意識がそれた瞬間、ヘルホークが爪を振りかざしながら急降下してくる。それにシアが気付いた時には迎撃は間に合わない距離になっていた。マズイ、と体が強張った瞬間、

 

 「シア伏せてぇ!」

 

 背後から聞こえてきた声にシアは反射的にその場でしゃがみ込む。その頭上を越えて何かがヘルホーク目掛けて勢いよく投擲される。

 ヘルホークはとっさに急制動をかけるが間に合わず、投げつけられた何かがヘルホークに突き刺さる。

 悲鳴と共に墜落したヘルホークを見て、シアは即座に距離を詰め、ナイフで喉を切り裂く。

 

 「……槍?」

 

 痙攣するヘルホークに突き刺さっている折れた槍を見て、シアが首を傾げると、

 

 「大丈夫?シア」

 

 背後からの声に振り返れば、案の定、そこにはユエがいた。もっとも、その姿は中々ひどいものだ。汗と埃で全身が汚れてしまい、美しい肌にはいくつもの擦り傷ができており、ビスクドールのような美貌も今はくすんでいる。もっとも、ユエにはそれを気にしたそぶりはない。

 

 「あ、はい。大丈夫です。ありがとうございます、ユエさん。合流できてよかったです」

 

 ん、とユエが頷いていると、

 

 「ユエちゃん大丈夫だった!?」

 

 その後ろから香織が走ってきたのだが、その姿を見て、シアはぎょっと目を見開く。

 彼女は背中に何本もの槍を背負っているのだ。しかも彼女自身、その手に杖ではなく槍を持っている。

 

 「うん、大丈夫。シアも無事」

 

 そう言いながらユエは香織から新しい槍を受け取る。

 

 「えっと……お二人とも……その槍は?」

 「あ、これ?ほら、今魔力が使えないでしょ?それで、どうしたらいいだろうと思った時、逃げ込んだ武器屋で槍を見て、使えないかなと思って」

 「実際、あいつら遠距離攻撃を持ってるわけじゃなく、接近戦を仕掛けてきている。だから剣で戦うよりは安全と思って」

 

 二人の言葉にシアはなるほど、と頷く。

 確かにヘルホークの飛行能力は脅威だが、攻撃は爪や嘴ばかり。剣ではその攻撃範囲に近づかねばならないが、槍ならば、安全な距離から攻撃ができる。それに、上空のヘルホークも突き出される槍を嫌って簡単には近づけないだろう。

 

 「ですがユエさん、槍なんて使えるんですか?白崎さんも」

 「えっとね……槍って、実は使う分にはそこまで複雑じゃないって聞いた事があるんだ。昔、私たちの国じゃ、長い槍があれば農民でも武士……えっと、騎士みたいな人を倒すことができる、とかなんとか……」

 「まあ、そこは置いといて、突くだけなら私でもなんとかなる。だから問題ない」

 

 ユエは槍の石突で地面を叩いてむふー、と鼻息を漏らす。まあ、確かにここまで無事にこれたのならば、何とか出来てきたのだろう。

 その時、怒りに震える咆哮が響き、3人はバッ!と視線を城壁の方角に向ける。

 

 「ハジメさん………」

 「シアちゃん、ハジメ君も心配だけど、魔物が城壁を突破してないならきっと無事だよ。私たちはメルドさん達と合流しよう」

 「……うん、ハジメ達はきっと無事。私たちは、私たちにできる事をしよう」

 「……はい!」

 

 頷き合い、3人は再び戦火に飛び込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 咆哮と共に勢いよく薙ぎ払われる尾をハジメは跳躍して回避し、巨体の懐に潜り込むと、ドンナーの刃をスカル・デビルの右足の傷目掛けて振るい、傷口を抉る。

 スカル・デビルはわずわらし気に唸り声をあげて腕を振り回すが、ハジメは冷静に下がって腕の範囲から脱する。追撃を仕掛けようとスカル・デビルがハジメに向き直った瞬間、反対側の腕をティオがシュラークの刃で切りつける。

 苛だち交じりの咆哮を上げるが、スカル・デビルはティオを無視してハジメに飛び掛かる。

 舌打ちと共にハジメはスカル・デビル目掛けて飛び込むことで巨体を潜り抜ける。

 目標を失った巨体はそのまま地面に着地しようとするが、直後にバランスを崩し、倒れ込む。

 

 「ようやく……ここまで来れた……」

 

 滲みだした汗をぬぐいながらハジメは大きく息を吐き、気を引き締める。

 戦いが始まってそれなりの時間が経過したが、ハジメはその間、徹底的に腕の一か所を攻撃し続けていた。

 理由はシンプルに、敵の脚を使えなくして、機動力をそぐことだ。スカル・デビルは重傷を負ってはいるが、その巨体の機動力は未だ脅威と言える。ハジメやティオはまだ大丈夫だが、この町にいる冒険者や騎士程度なら蹂躙できる。今は彼らは町の中の対処に追われているようだが、もしも城壁を突破されれば、今でもかなりの被害が出ているのに、更に甚大な被害が出る。下手したら町そのものが崩壊する。それだけは絶対に防がなければならない。

 腕の傷はすでにかなりの物になっているはず。現にスカル・デビルの動きは明らかに鈍ってきている。

 だが、スカル・デビルは吠えながら立ち上がり、未だ衰えぬ戦意でハジメとティオを睨みつける。

 

 「くそっ、どんだけしぶといんだよ……!」

 「焦ってはダメじゃ、ハジメ殿。確実にダメージは与えている。この調子でいこう」

 「そうだけど、決定打が……!」

 

 再び突っ込んできたスカル・デビルを回避しながらハジメは苛立ち交じりにスカル・デビルの傷口に回し蹴りを叩きこみ、巨体を傾がせる。

 今最もハジメたちを悩ませているのは決定力不足だ。現在の武装でスカル・デビルに十分なダメージを与えられるのは恐らくシュラーゲンだけだ。だが、レールガンで撃てないシュラーゲンではダメージは耐えられても決定打にはならない。眼球、もしくは口内に撃ち込まねばならないが、中々その隙が無い。しかも、口内は決定打にならない可能性もある。

 どうするか、とハジメが考えた瞬間、スカル・デビルが左腕を振り上げる。

 来るか、とハジメが構えた瞬間、スカル・デビルは左腕を大地に突き立て、そのまま地面を抉りながら勢いよく振り上げ、大量の土砂がハジメ目掛けて降り注ぐ。

 予想外の行動にハジメはぎょっ!と目を見開くが、とっさに土砂を回避するために後ろに跳ぶ。

 が、まるでそのタイミングを見計らっていたかのように土砂を引き裂きながらハジメ目掛けて尾が薙ぎ払われる。

 ハジメの顔がはっきりと引きつり、それでも、彼はとっさに空中で強引に体を捻る。

 瞬間、尾がハジメを掠め、身体が勢いよく吹き飛ばされ、地面に叩きつけられ、バウンドしながら転がっていく。

 

 「ハジメ殿!」

 

 ティオが悲鳴じみた声を上げながらスカル・デビル目掛けて斬りかかる。

 が、それに気づいたスカル・デビルは腕を勢いよく振り下ろす。ティオはどうにかその一撃を回避するが、至近距離で衝撃波を喰らってしまい、彼女の身体もまた吹き飛ばされる。

 

 「ぐっ……くそ………」

 

 その光景を見てハジメは悪態をつきながらどうにか体を動かそうとするが、そのたびに全身を鈍い痛みが襲う。

 尾の一撃は直撃だけは避けられたがそれでも引っ掛けられたけでもかなりのダメージになっている。

 それでもまだ動く。まだ戦える。その事実で自分を鼓舞し、ハジメはよろめきながらどうにか立ち上がる。

 好機と見たのかスカル・デビルがハジメ目掛けて突っ込んでくる。その足取りはふらついているが、それでも瞬く間にハジメとの距離を詰めていく。

 こうなったら一か八か、とハジメはシュラーゲンを取り出して右手で構える。狙いは大きく開けられた口内。

 スコープ越しに広がる醜悪な口内にハジメは顔をしかめるが、そのまま狙いをつけ続ける。一撃。一撃でこいつを仕留めるにはただ口内を狙うだけではだめだ。狙うなら喉だ。そこ以外にない。

 地響きと共に巨体がハジメを飲み込まんと迫るが、ハジメは冷静に深呼吸をして狙いをつける。狙って、狙って、狙って狙って狙って………

 

 「そこだ!」

 

 自分の中で何かがカチリとはまるような感覚を覚えると同時にハジメは引き金を引く。

 耳をつんざく発砲音と共に放たれたフルメタルジャケットの弾丸が一直線にスカル・デビルの口内に飛び込み、その奥の喉に吸い込まれ、

 次の瞬間、肉が弾ける異音と共に、口内から鮮血がまき散らされる。耳障りな悲鳴と共にその巨体が傾ぎ、地面に叩きつけられる。

 その光景にハジメは思わずやったか、と思うが、即座に立ち上がろうとする悪魔にくそっ、と毒づきながらシュラーゲンを放り投げ、ドンナーを構える。

 立ち上がったスカル・デビルが口から血を流しながらもハジメ目掛けて腕を薙ぎ払い、ハジメは後ろに跳んで回避するが、即座にスカル・デビルは飛び出し、大口を開けてハジメに迫る。眼前の異臭にハジメの顔が引きつるが、次の瞬間、はっとしたように目を見開くと、地を蹴って一気に跳び上がる。逃がさないと言わんばかりにスカル・デビルはハジメ目掛けて噛み付こうとするが、それをハジメは空中を蹴ることでさらに跳んで回避する。

 が、それでも執念深く怪物は追いすがる。口内からハジメ目掛けて勢いよく舌を伸ばし、捉えようとするが、突如後方から黒い閃光が怪物目掛けて放たれ、右腕の傷口を直撃、炸裂する。右腕が大きく抉られ、絶叫と共に巨体が崩れ落ち、無防備となった頭部にドンナーが付きつけられ、銃身に膨大な赤い雷を纏わせ、

 

 「俺達の………勝ちだ」

 

 その瞬間、赤く染まった空に雷鳴が轟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「こっちです!恐らくこの先に!」

 

 シアの先導の元、ユエ達は半壊したウルの町を全力で走っていた。目指しているのは上空にたむろしている何匹かのヘルホークの群れだ。

 走っている最中、香織は周囲に目を向け、

 

 「……襲撃が収まってきた?」

 

 実際、空を飛んでいるヘルホークの数は数える程度しかなく、周囲には死体が幾つも転がっている。だが、町中は怪我人で溢れかえっており、中に死体もあり、香織はそれを見て顔を青くし、唇を強く噛み締める。

 

 「……ここはオルクス大迷宮がある。冒険者の数も質もそこそこ。彼らでも十分に戦えるみたい」

 「もしくは、鳥たちの方が撤退したか、ですね。これ以上ここに居座っても彼らにメリットはないでしょうし。」

 

 ユエとシアが推測交じりの意見を交わしていると、彼女たちは円形の広場のような場所にたどり着く。

 

 「いました!」

 

 シアが指さした先には建物の前で何匹かのヘルホークを相手に必死に武器を振り回しているクラスメイトとメルドの姿があった。周囲には何匹ものヘルホークの死体が転がっている。

 その顔は誰もが疲労と焦燥で染まっており、一切の余裕がない。しかも、よく見れば戦っているのは全体の半数以下しかいない。

 

 「雫ちゃん、みんな!」

 

 香織が慌てて彼らに駆け寄ると、全員が彼女に気づき、

 

 「香織、無事だったのね!」

 「うん。それで状況はどうなってるの?」

 「怪我人が大勢出てどうしようもないの!怪我人は建物の中に匿ってるけど………何とか治癒魔法を使えない!?」

 

 雫の言葉に香織はすぐに建物の中に入る。中は怪我をしたクラスメイト達や住人で溢れている。どうやらクラスメイト達からはまだ死者は出ていないようだが、全員が重傷を負っており、苦痛の声を漏らしている。

 

 「し、白崎!来てくれたのか!早く、早く治癒魔法を!」

 

 近藤が香織に気づき、捲し立てるように叫び、それをきっかけに仲の人々も縋りつくような視線を向けてくる。

 

 「……残念だけど、まだ魔法は使えないの」

 

 その言葉に彼らは絶望的な表情を浮かべる。それに構わず、香織は背中の槍を何本か彼らに手渡す。

 

 「とりあえずこれを持ってて。入り口から突き出すだけでもいいから。」

 「や、槍って……ちょ、ちょっと待ってくれ白崎。俺達槍なんて……」

 「使えなくても持ってるだけで奴らを近寄らせにくくする。それで耐えるしかない!」

 

 香織は自分も槍を手にして外に出てヘルホークを睨みつけると、

 

 「さっきから何をやってるの!魔力が使えないって分かってないの!?」

 

 ユエの荒々しい声に思わず顔を向ければ、ユエは光輝と対峙している。彼は聖剣を手に棒立ちしている。

 

 「どうしてか、俺の声に聖剣が応えてくれないんだ!そうすればこんな奴らすぐに……」

 「バカ言ってないでさっさと戦って!能力が使えなくても剣として使えるでしょ!」

 「だ、だが、力が…………」

 

 先程から無駄に魔力を練ろうと、激しくえづき続ける光輝をユエは苛立ちに任せて蹴り付けたくなる。いつまでも使えない力に縋って、一体何をやっているのか。

 だが、状況は待ってくれない。

 

 「来ます!」

 

 シアの鋭い声に顔を上げれば、ヘルホーク達が爪を振りかざしながら襲い掛かってくる。

 ユエは手にした槍を頭上で振り回して追い払おうとするが、一匹のヘルホークが槍を勢いよく蹴り付ける。異音と共に槍の柄が圧し折れ、衝撃でユエが大きくよろめき、

 

 「がっ、あぁぁ!?」

 

 その隙に別のヘルホークがユエを勢いよく地面に押し倒す。地面に勢い良く叩きつけられ、爪が彼女の身体に食い込む。

 

 「ユエさん!」

 

 シアがとっさに駆け寄り、槍を突き出すが、ヘルホークは一気に飛び上がって回避する。その足はがっちりとユエを掴んだままだ。

 

 「そんな!」

 

 見る見るうちに遠ざかっていく地上にユエが顔を引きつらせた瞬間、空気が一変する。

 そうとしか言えないような感覚にユエは思わず目を瞬かせる。

 だが、即座にその意味を理解し、自分を掴み上げるヘルホークに手をかざし、

 

 「よくもやってくれたな………焼き鳥になれ!緋槍!」

 

 その瞬間、撃ち放たれた炎の槍がヘルホークを貫く。絶叫すら上げられず巨鳥は絶命し、それと同時にユエは拘束から脱出する。

 そのまま死骸とユエは重力に導かれて地上に落下していくが、ユエの身体は途中で重力に逆らうように速度が緩やかになっていき、遂には完全に停止する。

 そして空中から地上を睥睨したユエはきっ、と残りのヘルホークを睨みつけ、

 

 「これで終わり………蒼龍!」

 

 ユエの声と共に彼女の周囲に何匹もの蒼い炎の龍が現れ、咆哮と共にヘルホークに襲い掛かる。慌て逃げ出そうとするヘルホーク達だが、その顎から逃れられず、次々と飲み込まれ、灰燼と帰していく。

 ユエが息を吐きながら蒼龍を解除する。すでにウルの町にヘルホークは一匹たりとも残っていない。全滅したのだ。

 周囲を見渡してそれを確認したユエは安堵のため息と共にゆっくりと地上に降りていく。そして静かに地面に足を付き、

 

 「………死ぬかと思った」

 

 その背後で、雷鳴の如き轟音が轟く。



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第63話 終結後

 遅れて申し訳ありません。映画、バブルの小説とか投稿したりしていたら……後、サンブレイクが……サンブレイクが……しかし、買う前に大部分ができててよかったぜ。おかげでそこまで致命傷にならずに済んだ。


 7/3 追記、タイトル変更


 ふう、とため息を吐くと同時にユエはその場にぺたん、とへたり込む。ようやく終わったと実感した瞬間、どっと凄まじい疲労感に襲われたのだ。

 深いため息を漏らしながらユエは自分の手に視線を落とし、ぐっ、ぐっと手を握る。

 

 「やっぱり、魔力が戻ってる………どうして急に……」

 

 唐突に魔力が狂い、そして唐突に治った。あまりにも急すぎて怖くなってくるが、ユエは自分なりに理由を考え、ある可能性に至る。

 

 (もしかして、神羅が相手をしている怪獣がそう言う能力を持っている?あいつの近くで、似たような状態になったし……でも、あいつはこの町からかなり離れてるだろうに……)

 

 あの怪獣と神羅が近くで戦っているなら、その影響はこの町にも及ぶはず。だが、そう言った形跡がないと言う事は、少なくとも、神羅と怪獣はウルの町の時と同じかそれ以上の距離、少なくとも数キロは離れているはずだ。それで至近距離以上の阻害効果を発動させるなど、尋常ではない。効果が切れたと言う事は、倒されたのだろうが、それでも恐ろしい能力だ。

 その事実にユエが軽く身を震わせていると、

 

 「ユエさん、大丈夫ですか!」

 「ユエちゃん!」

 

 シアと香織が慌てた様子で駆け寄ってくる。

 

 「二人とも……うん、大丈夫」

 「大丈夫って……!思いっきり血を流してたじゃん!ほら、早く見せて!」

 

 香織は無理やりユエの傷を見ようと迫るが、直後に困惑の声を漏らす。ユエの服は、容赦なく裂かれ、血もこびりついているのだが、肝心の傷がどこにも見当たらないのだ。

 

 「大丈夫。私は死なない……いや、正確には死ねない、かもね。どんな傷もすぐに治っちゃうから」

 「そ、そうなの……?」

 

 香織が困惑したように問うと、ユエは自嘲気味に口元を歪めながら小さく頷く。

 

 「って、そう言えばユエさん、魔法使ってましたよね!?それじゃあ……」

 「ん。魔力阻害は効果を失っている。もう魔力は普通に使える」

 

 シアはすぐに魔力を操り、思い通りに動くことを確認すると、安堵のため息を漏らす。

 

 「本当です……決着はついたとはいえ、ホッとしました……力を使えるってすごくありがたい事ですね~」

 「……本当。ライセンとは比べ物にならない」

 

 ライセンでは魔力分解で魔法を使うのはかなりの負担になるが、それでも使う事はできる。だが、ついさきほどまでは魔力を使う事すらできなかったのだ。どっちが厳しいか考えるまでもない。

 

 「大丈夫か!?」

 

 その声に振り返れば、光輝や雫をはじめとした外で戦っていた神の使徒達が駆け寄ってくる。

 

 「一応ね。もう鳥は残っていない。戦いは終わった」

 

 その言葉に彼らは思わずと言うようにほっと息をつく。

 光輝もほっとした顔を浮かべるが、すぐに表情を引き締め、

 

 「そうか…………だけど休んでる暇はない。あの怪獣や大型の魔物もいるんだ。急いで南雲たちと合流しよう」

 

 聖剣を握りなおしながら光輝はそう告げる。その言葉にクラスメイト達は言葉の意味が分からないと言うように目を点にする。つい先ほどまで死にかけていたのに、傷だらけの身体であの鳥よりも巨大な魔物と戦うと言われたのだ。理解できない、したくないと思って当然だ。

 

 「ちょ、ちょっと待ちなさい光輝!いくらなんでもそれは無茶よ!」

 「大丈夫だ。今の俺たちは魔力を使える。聖剣も力を取り戻した。今なら負けない!」

 

 聖剣を掲げながら発せられた言葉にユエとシアは本気で絶句した。どうやら彼らも魔力が使えるようになっていると言う事に気付いているようだが、だからって怪我人が大勢いるこの状況で戦おうとするなんて正気ではない。

 シアが呆然としている中、ユエは顔を手で覆い、深く深く深呼吸をして自身を落ち着ける。ここで揉めたところで何の意味もない、時間の無駄だ。

 

 「…………それなら問題ない。多分、どちらも決着はついてる。ハジメと神羅の勝ちで」

 

 努めて冷静に絞り出されたその言葉に全員がえ、と声を上げる。

 

 「どうしてそう思うの?ユエちゃん」

 「まず、あの魔力阻害効果は神羅が相手をしている怪獣の能力だと思う。それの効果が切れていると言う事は、怪獣は打ち倒されたって事。で、ハジメの方は、単純に戦いが終わってないなら、まだ戦闘音とか聞こえてるだろうし、突破されてるならすぐに気付く。それがないって事は、戦いは終わって、ハジメが勝ったって事。シア、何か戦闘音は聞こえる?」

 「え!?あ、いえ……特にそう言うのは聞こえないかと……」

 「なら問題ない。少なくとも、ハジメ達の方は決着がついた」

 

 ユエが断言すると、光輝はそ、そうなのか……と呟きながら聖剣を下げる。クラスメイト達はようやく戦いが終わったという実感を得たのか、表情が緩む。が、その瞬間、唐突に何人もその場にへたり込んでしまい、更には彼らの身体がカタカタと震え始める。

 

 「あ、あれ……?なんで……」

 

 自分の体の異変に彼らは戸惑ったような声を上げる。どうやら死にかけたという恐怖がここに来て一気にぶり返したようだ。

 その光景にユエは肩の力が抜けるのを感じる。かつての自分ならその有様を蔑んだろうが、今はしょうがないとユエは思う。自分だって怖かった。怖いものは怖い。当然の事だ。

 大事なのはそれでも動く事なのだ。

 

 「……戦いも終わったし、少し休んでたら?」

 「そうですね……皆さんはそうしたほうがいいかもしれません。で、ユエさん。私たちはどうします?ハジメさん達と合流しますか?」

 「ん……3人の無事を確認したいし、そうしたいけど、ミュウの無事も確認したい………」

 「それじゃあ二手に分かれますか。私がミュウちゃんの安全を確認するので、ユエさんはハジメさん達と合流を」

 

 シアの提案にユエが小さく頷くと、

 

 「待って!ハジメ君と神羅君の所に行くの?だったら私も連れて行って!」

 

 香織が強い口調で叫び、ユエは彼女を見上げる。

 

 「あんな事があったんなら、二人……あ、ティオさんも含めて3人だ……もケガをしているかもしれないでしょ?私も回復魔法が使えるようになったから……」

 

 絶対について行くと言わんばかりに強い眼光で香織はユエを見つめる。

 

 「……戦いは終わったって言ったけど、まだ敵が残ってるかも」

 「それでも、だよ。今度こそ、二人を助けたいし……怪我をした人を治すのが私の役目だから」

 

 その言葉にユエは小さく笑みを浮かべると、

 

 「うん、分かった。お願い」

 「それじゃあ、行きますか」

 

 シアの言葉の元、3人が動こうとした瞬間、

 

 「ま、待ってくれ香織!怪我人ならここにも大勢いる!まずはここの人たちを……」

 

 光輝の言葉にユエとシアは顔を見合わせ、周囲を見渡す。確かに周囲には大勢の怪我人がいる。

 

 「皆さんの中で、回復魔法が使えるのって香織さんだけなんですか?」

 「え?ううん。もう一人、辻ちゃんって子が治癒師だけど……」

 「……じゃあ、そっちはその辻って人に任せれば?」

 「うん、そうだね。それがいいかも」

 「ええ!?で、でも、私、白崎さんみたいにうまくできなくて……白崎さんも手伝って........」

 

 その辻は自分には香織ほどの力はないと卑屈な表情で言う。その顔を見て、ユエは小さくため息をつき、口を開こうとした瞬間、

 

 「辻ちゃん。力の過多なんて関係ない。重要なのはあなたにしかできないことがあるって事。だったら、それを全うして。自分のできる事を、全力で」

 「あ、う……」

 「魔人族の襲撃の時だって、私一人だったらきっと全滅していた。辻ちゃんが頑張ってくれたから、助かったんだと思う。辻ちゃんは貴女が思ってるよりずっと強い。だから……こっちはお願い」

 

 香織は辻の顔を真っ直ぐに見つめながら言う。実際、幾ら香織の能力が辻と比べてずば抜けていたとしても、彼女一人ではあの魔人族の襲撃を耐え切ることはできなかった。他の者達が、辻がいたから生き残ることができたのだ。

 辻は一瞬目を丸くした後、ためらいがちにうん、と小さく頷く。

 

 「……よし、それじゃあそう言う事で、早く行こう。まあ、香織も重傷者に回復魔法をかけてあげるぐらいはした方がいいかも。こっちも回復薬ぐらいは分けてあげるから」

 「あ、そうだね........」

 「ありがとう……そうね。怪我人は町に大勢いるだろうし、分担もかねて別れた方がいいわね。それでいいわよね?光輝」

 

 雫の問いかけに光輝はどこか納得していなさそうな表情を浮かべるが、小さく頷き、彼らは各々の役割を全うしようと動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユエと香織は目の前の崩壊した城壁を見上げている。曲がりなりにも大迷宮を内包する都市の城壁だ。ちょっとやそっとじゃ壊れない頑強なそれが見るも無残に半壊している。冒険者から話を聞いてここに来たのだが、間違いなさそうだ。

 ユエが重力魔法を使って自分と香織の体を浮き上がらせる。宙に浮くという初の体験に香織は目を白黒とさせ、杖を握る手に力が籠る。

 そのまま城壁を乗り越えれば、目の前にスカル・デビルの巨体が飛び込んでくる。

 スカル・デビルは力なく地面に倒れ込んでおり、その頭頂部は半分ほど吹き飛ばされており、流れ出た大量の血が地面に広がっている。

 

 「本当に……大きい………」

 

 目の前の巨体を見て、自分たちが戦ったのが本当に子供だったのだと自覚したのか、香織は茫然とした様子で呟く。

 地面に降り立った二人が周囲を見渡すと、少し離れた所に座り込んでいるハジメとティオの姿があった。

 

 「ハジメ!」

 「ハジメ君!」

 「ん?ああ、ユエと白崎か。そっちも片付いたようだな」

 

 ハジメが駆け寄ってくる二人に手を振るが、香織はハジメの左腕を見てひっ、と声を詰まらせる。

 

 「は、ハジメ君……!その腕……」

 「ん?ああ、問題ねえよ。義手を外しただけだ。動かない鉄製の義手なんざ、重り以外の何物でもないからな」

 

 ハジメは外された義手を持ち上げてプラプラと動かす。

 

 「で、でも……左腕……無いんだよね……?」

 「……まあ、そうだな」

 

 ハジメは頷きながら改めて左腕を見つめる。今までは義手があったから、壊れても不便には感じてもそこまで深く考えることはなかった。だが、今回の事で、義手があればいい、とはハジメは思えなくなっていた。

 

 (……欠損部位の修復ってファンタジーじゃ結構定番だよな。トータスにもあるのかねぇ)

 

 「……ティオも大丈夫?なんか服がすごい事に……」

 「ああ、大丈夫じゃ。少しでも戦いやすくするためにの……これは竜人族伝統の服じゃが、動きやすい服に変えたほうがいいかもしれん」

 「……分かった。いいお店を知ってる」

 

 クリスタベルに会わせるのが楽しみだ、とユエは内心でいたずらっぽく微笑む。

 

 「二人とも、大丈夫?怪我してるならすぐに回復魔法を使うから」

 「それなら問題ない。回復薬を飲んだし、体は頑丈だ」

 「妾もこの程度ならば問題はない」

 「そっか……よかった……」

 「それでハジメ。神羅の居場所は知ってる?」

 

 ユエが問うと、ハジメとティオは黙ってある一方を指さす。

 その方角、数キロ先には森が存在しているのだが、その中に森の木々よりもはるかに巨大な巨体が横たわっている。

 それを目にした香織は驚いたように目を見開き、顔を引きつらせる。

 

 「あ、あれって……もしかして………」

 「……あいつ、かもな。動かないから死んでるとは思うが、怪獣ってのはしぶといってのが相場だ。もう少ししたら確認に向かうけど……」

 「わ、私も連れてって!神羅君が怪我してるなら治さないと!」

 

 その言葉に、ハジメは小さく唇を引き結び、

 

 「……いいのか?」

 「え?」

 「あ~~~その……なんて言えばいいか………」

 

 ハジメは困ったように頭を掻いてうめき声を上げるが、少ししてため息を泣きながら香織と向き直り、

 

 「えっと……このままついてきたら………白崎は兄貴の秘密を知ることになる。正直に言って、その時白崎が兄貴への好意を保ち続けられるかは断言できない……今までの関係が壊れる……その確率の方が高い。それでもいいのか?」

 

 ハジメが真っ直ぐに香織の目を見つめながら問うと、彼女は気圧されるように息を呑む。だが、少しすると、小さく息を吐き、

 

 「……ねえ、ハジメ君。それって……神羅君が私を、私たちを騙してたって事?」

 「いや、違う。秘密にしてきたことはあるが、騙してたってわけじゃない。それだけは断言できる」

 

 神羅は人間に転生してからもゴジラだった。人間の価値観に沿って動いていたが、それでも内面はゴジラのままだ。そこは間違いない。(神羅)は、ずっと(ゴジラ)として生きてきた。

 その言葉に、香織は小さく頷く。

 

 「それなら……大丈夫……私が見てきた神羅君が本物なら、何を見ても大丈夫。私の気持ちは揺らがないよ」

 「………そうか。そんじゃあ、ついて来いよ」

 

 そう言いながら、ハジメは宝物庫からブリーゼを取り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 休憩を挟んで、ハジメ達はブリーゼを駆って怪獣が横たわる森林地帯に向かっていた。

 道中、スカル・デビルが出てきたであろう大穴を見ながら彼らは十数分後には森……正確にはかつて森だった場所に辿り着いていた。

 

 「まあ、ある程度予想はしていたが……」

 

 遠目からはまだ森と呼べる状態だったが、近づけば、それが勘違いだったと気づかされる。外側はそれほどでもないのだが、森の中を進むにしたがって景色が様変わりしていく。多くの木が根こそぎ薙ぎ払われ、地面は抉られ、見るも無残な状態だ。その中に、山のような巨体が横たわっている。

 生物の気配がまるでない静寂の中を彼らは巨体を目印に、それでも慎重に、ゆっくりと歩いていくのだが、残された木々の隙間から巨大な異物が見え始めたところで、彼らは口を引き結ぶ。

 進んだ彼らの前に現れたのは、巨大な怪獣の死骸だ。頭部の形状から迷宮に現れた個体で間違いない。その赤い目は光を宿しておらず、全身が傷だらけで、特に喉元がひどく、食いちぎられたかのように大きく抉られている。そこから流血した血で、周囲の地面はぬかるんでしまっている。

 

 「やっぱり死んでる……」

 「ああ。どうやら、兄貴の勝ちらしいな」

 「こ、これを神羅君がやったの………?」

 

 戸惑う香織の問いに、3人は小さく頷く。

 

 「ふむ……しかし、そうなると妙じゃな。勝利したのなら、なぜ未だ神羅殿はあの姿に………」

 「まあ、確かにな……」

 

 ハジメは森から突き出した背びれを思い出し、首を傾げる。

 

 「えっと……どう言う事?」

 

 香織が首を傾げていると、ユエは静かに目の前の怪獣の死骸とは別の方向を指さす。

 つられて香織は視線を向け、目を見開く。そこには目の前の怪獣の死骸に負けず劣らずの巨体の背中が見えたからだ。

 

 「え、ええぇぇぇぇぇ!?べ、別の怪獣!?」

 「まあ、そんなところだ。行くぞ。あそこに兄貴がいる」

 

 ハジメの言葉に香織は首を傾げるが、ハジメとティオは構わず歩き出し、ユエは軽く彼女の背中を押す。

 ユエに促され、香織は戸惑いながらもハジメたちの後を追いかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前の巨体を前に、香織は茫然とした様子で目を見開いていた。

 森の一角、多くの木をなぎ倒しながら一匹の怪獣が横たわっている。先ほどの怪獣とは違う、恐竜のような頭部はあの昆虫じみた怪獣の無機質さとは違ったすさまじい威圧感がある。

 だが、それよりも重要なのはその怪獣の鼻から生暖かい強風が吹いている事。それは、目の前の怪獣がまだ生きていることを示す。

 だが、隣のハジメ達は驚いた様子もなくその姿を見ている……いや、ユエが小声で大きすぎ、と呟いている。

 ハジメが一歩足を踏み出し、怪獣の眼前に立つ。

 

 「は、ハジメ君……」

 

 思わず香織がハジメに手を伸ばした瞬間、

 

 「兄貴、起きてるか?」

 

 一瞬、その言葉の意味が分からず、香織はえ、と声を上げる。

 ハジメの言葉の意味が理解できず、固まる香織を後目にその声に反応するように怪獣が目を開け、喉奥で唸りながら両手を地面につき、上体を少し持ち上げる。

 怪獣はハジメ達を静かに眺め、香織を見やると、唸りながら首を傾げる。それはまるで、なぜ彼女がここにいるのか分からないと言っているようだ。ハジメが肩をすくめると、ゴジラはやれやれと言わんばかりに目を細める。

 

 「は、ハジメ君……?兄貴って………まさか……」

 「ああ。これが兄貴の秘密。兄貴の正体はゴジラって言う怪獣の王で、その力が振るえるんだ」

 

 ハジメの言葉にゴジラは低く唸りながらゆっくりと首を縦に振る。

 その一連の流れで、目の前の存在がこちらの言葉を解し、同意していることが嫌でも分かる。それはつまり、にわかには信じがたいが、目の前の怪獣が神羅であると言う事だ。

 

 「……ハジメ君、本当にこの怪獣が神羅君なの?」

 「ああ、そうだ。間違いない」

 

 香織は茫然とした様子でゴジラを見上げ、ゴジラは静かに香織を見つめる。

 それから少しすると、香織は意を決したように顔を引き締めると、ゆっくりとゴジラに近づいていき、恐る恐ると言った様子で手を伸ばす。ゴジラは身じろぎもせず、黙ってその様子を見つめている。

 そして遂に、その手がゴジラの皮膚に触れる。途方もない年月を経た大木に触れているような感覚とはっきりと感じる生命の脈動に香織は圧倒されるように言葉を詰まらせる。

 ゴジラはしばらく触れられていたが、小さく唸りながら僅かに身じろぎをする。香織が慌てて手を放して離れると、ゴジラの全身が黒い魔力となって崩れ、それは瞬く間に一つの影に収束していく。

 人間に戻った神羅はふう、と小さく息を吐くと呆れたような視線を香織に向け、

 

 「全く……何をしているんだお前は……」

 「あ、あはは……本当に神羅君だ……」

 

 乾いた笑みを浮かべる香織だが、彼に向ける視線に変化はない。その事に神羅は呆れたようにため息を吐く。

 

 「お疲れ、兄貴。見た所怪我してないみたいだが……」

 「ああ。まあ、奴の能力は我にも干渉するからな、少し休んでいたのだ。元々、奴らは我らの種族にとっての天敵だからな」

 「神羅殿ほどの力を持っていても天敵と言うのは在るのか……」

 「それが自然というものよ……そっちは大丈夫だったか?」

 「そうでもない。怪獣の一件で魔物の群れが暴走して町を襲った。結構被害が出てるみたいだ」

 「そうか……なら、そちらの対応をしておくか……しかし、あの姿で人に触られる事など、久しぶりだったな……」

 「え?前にもゴジラに触れた人がいるの?」

 「……ああ。前に、一回だけな………」

 

 『さらば……旧友(とも)よ……』

 

 「友……か」

 

 あの時は意味が分からなかった言葉を口の中で呟くと、神羅は不意に空を見上げる。もしかしたら、どこかであの男も見上げたかもしれない青い空を。




 ちょっと光輝はやりすぎたかな?でも、なんかこれぐらいはやらかしそうなんだよね……うん。


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第64話 貴方を好きになった

 多少なりとも早く投稿できました。


 赤い練成光が光り、目の前の歪な城壁の形が見る見るうちに整えられていき、数分後には元の形へと復元されていた。

 

 「よし、こんなもんか」

 

 出来栄えを確認したハジメは小さく頷きながら城壁から飛び降り、ホルアドの町に着地する。

 神羅と合流したハジメ達はそのままホルアドの町へと戻り、復興の手伝いをしていた。内訳はウルの町の時と同じで、二回目だからか彼らも慣れたもの。瓦礫を撤去し、怪我人を集めて回復魔法で癒す。物資も幾らかは分けてやっている。

 ハジメは城壁の修復を請け負い、たった今済ませたところだ。

 ふう、と息を吐きながらハジメは軽く首を動かすと、宝物庫から取り外した義手を取り出すと、その場で取り付け作業に移る。

 なんだかんだこの作業ももう3回目。慣れたものですぐに取り付けが完了し、試しに動かしてみれば、問題なく動く。

 

 「よし、これで大丈夫だな……」

 

 ハジメは軽く体を伸ばすと神羅達の元へと向かう。

 町の中は意外と破壊されてはいない。勿論崩れたり、炎上した建物もあるが、意外と少ないのだ。瓦礫の方も神羅達が片付けたのか大きいのはほとんど見当たらない。元々、ヘルホーク達に建物を破壊する意思はほとんどなかった。そんな事をしてまで一つの餌に拘る理由がないからだ。

 この様子ならば、明日にでも出発できるだろうと考えながら歩いていくと、神羅達が集まっている広間にたどり着く。

 広間には大勢の怪我人がいるが、香織と辻が範囲回復魔法を使ってまとめて癒している。その周囲では他のクラスメイト達とユエとティオが手当てをしている。その間を無事を確認した後、自ら手伝いを申し出たミュウがぱたぱたと走り回っている。

 神羅は、とハジメが周囲を見渡すと、そこに巨大な馬車を担いだ神羅とシアが現れる。

 

 「うはぁ~~~~!思い通りに動けるって最高ですぅ!」

 「だからってはしゃぎすぎだ。ちょっとは落ち着け」

 

 馬車を下ろしながらはしゃぐシアを神羅がたしなめる。どうやら二人して怪我人を馬車に纏めて運んできたようだ。うん、確かに効率はいいが中の人たちは大丈夫なのだろうか……

 無邪気に凄いとはしゃぐミュウをよそに神羅とシアは馬車の中の怪我人を次々とおろしていき、それを見た香織が顔を引きつらせる。

 

 「これはまた………たくさん連れてきたね……」

 「まあ、あちこちに冒険者や回復魔法の使い手が散らばっていたし、これで終わりだ」

 「そっか……それじゃあ早速……」

 

 香織はすぐに最上級の回復魔法、聖典を発動させる。準備に時間がかかったが、発動すれば瞬く間に怪我人たちの怪我が癒えていき、彼らは口々に香織に感謝の言葉を口にしている。

 その光景を小さくため息をつきながらハジメは眺めていたが、すぐに歩き出し、神羅と合流する。

 

 「兄貴」

 「ん、ハジメか。修繕の方はどうだ?」

 「終わったよ。建物の方は……まあ、俺が手を貸さなくてもあの程度ならすぐに復旧するだろう」

 「……こっちも怪我人の手当ては終わった」

 

 更にそこにユエとティオが合流する。

 

 「そうか……それじゃあ、これからどうする?」

 「後はこの町の住人に任せればいいが、すぐに出発……という訳にはいくまい。このまま作業を続行して、明日出発としよう」

 

 神羅の言葉にハジメ達がそれが無難か、と頷いていると、近くでその言葉を聞いた香織がえ、と声を上げる。

 

 「出発って……どう言う事?戻って来たんじゃ……」

 「いや、そう言うわけではない。ここに来たのはお前と八重樫に無事を知らせる為と、ちょっとした用事があったからだ。我らにはまだやるべきことがある故、また旅に出る」

 「それは、私や雫ちゃんじゃ手伝えない事なの!?」

 

 思わず声が大きくなり、その声に回復したクラスメイト達が顔を向け、一部はなんだなんだと集まってくる。

 

 「……そうだな。少なくとも、あちこちを回る故、自由に動けんお前等と一緒ではできんし、危険も多い。それに……純粋に奴らは信用できん」

 

 その言葉に香織は一瞬言葉を詰まらせるが、すぐにそれもそうか、と納得する。彼らはクラスメイト達の所業を知っている。あんな扱いをした連中の所に戻ってこようと思う者は存在しない。

 だが、だからと言ってこのままお別れなんて香織にはできなかった。

 

 「それじゃあ……神羅君。私も、神羅君たちについて行っていいかな?ううん。絶対ついて行くから、よろしくね」

 

 香織の言葉に神羅は目を細め、ハジメ達は小さく喉を鳴らすと後ろに下がる。クラスメイト達は状況が飲み込めていないのかポカンとしている。

 

 「……先も言ったが、危険だ。あの怪獣よりも格上の存在とやり合う羽目になる。命の保証など、全くできんぞ」

 「それでも、連れて行って。私は神羅君と一緒にいたい……貴方の事が好きだから」

 

 真っ直ぐに自分を見つめて告げられる言葉に神羅は誠意をもって答える。

 

 「すまぬ。我には惚れた女がいる。そいつはここにいて、我を待っている。だから、お前の気持ちには答えられん」

 

 はっきりとした返答に香織は一瞬泣きそうになるが唇を噛んで耐え、さらに目に力を込める。

 

 「それは……誰?ティオさんって人?」

 「いや、ここにはいない。だが、確かにこの世界にいるのだ。迎えに行きたい……会いたいのだ……我が」

 

 その言葉だけで、彼が強くその女性を想っていることが、香織には分かった。そして、彼は決して彼女以外を選ばない。そこに自分が割って入る余地など、微塵もない事も。いやと言うほど、分かってしまった。

 だが、それでも、だとしても………

 

 「そっか……でも、それでも、私は貴方について行くから」

 「む……?」

 「だって、紹介されたなら、まだ納得できるけど、顔はおろか声も名前も知らない人が好きだから諦めてくれなんて……納得できない。だから……神羅君には私を夢中にさせた責任は取ってもらわないとダメだと思う。せめて、その人をきちんと紹介してくれないと……私は納得できない」

 「だが……あまりにも危険すぎるぞ?守ってやる余裕など……」

 「必要ないよ。自分の身は自分で守るから」

 

 小さく眉を顰め、仲間たちに視線を向けるが、彼らは小さく肩をすくめるだけで助け船を出す気配はない。ミュウはキョトンとしている。

 それを見て、神羅は小さく息を吐き、

 

 「ついてこられても、本当に、お前の気持ちに応えることはできんぞ?」

 「うん、分かってる」

 「死んでも責任は取らんぞ?」

 「うん、構わない」

 「………俺は人じゃない。怪獣、正真正銘の化け物だぞ?」

 

 そう言って神羅は両腕両足を変異させ、背びれと尾を展開し、唸りながら香織を睨みつける。その姿にクラスメイト達はたじろぐが、香織はひるみもしない。

 

 「うん、知ってる。でも、ハジメ君から聞いたけど、地球にいた時から中身は怪獣だったんでしょ?だったら変わらない。私が好きになったあなたは……失われていない、何にも変わっていない。私は、ありのままのゴジラ(貴方)を好きになった。それだけだよ」

 

 そう断言され、神羅がうぐぅ、と唸っていると、不意に後ろからポン、と肩に手を置かれる。

 振り返れば、シアが神羅の肩に手を置き、更にはユエも神羅を見上げる。

 

 「神羅さん、諦めてください。女の子にここまで言わせた時点でもう神羅さんの負けです」

 「ん。少なくとも、神羅には香織にモスラをきちんと紹介する義務がある」

 

 二人にそう言われ、神羅は小さくうめき声を上げるが、少ししてはあ、とため息をつき、

 

 「……分かった。我の負けだ。好きにしろ」

 

 変異を解き、頭を掻きながら告げられた言葉に香織は顔を綻ばせ、うん!と頷く。それを見て、ユエとシアは小さく顔を歪ませる。

 ああは言ったが、二人には神羅に香織を受け入れさせようと働きかける意思はない。一人の女としては、彼女の想いを応援したいと思うが、彼とモスラの絆を、想いを知っている者としては、それを壊すような真似はできない。結果として、何とも中途半端な状態で投げ出すような状況になってしまった。

 酷い女、と二人そろって内心で呆れ果てていると、突然光輝が声を上げる。

 

 「ま、待て!待ってくれ!意味がわからない。香織が南雲を好き?付いていく?えっ? どういう事なんだ?なんで、いきなりそんな話になる?南雲神羅!お前、いったい香織に何をしたんだ!」

 「……何もしておらんよ。する理由もない」

 

 神羅は心底呆れたと言うように顔を歪めながら歩み寄ってくる光輝を睨むが、その間に雫が割って入ってくる。

 

 「光輝、神羅君が何かするわけないでしょ?冷静に考えなさい。あんたは気がついていなかったみたいだけど、香織はずっと前から彼を想っていたのよ。それこそ、地球にいるときからね。どうして香織が、あんなに頻繁に話しかけていたと思うのよ」

 「雫……何を言っているんだ。あれは香織が優しいから、南雲が一人でいるのを可哀そうと思ってしたことだろう。協調性もやる気もない乱暴者の南雲を香織が好きになるわけないじゃないか」

 

 兄を侮蔑されたハジメのこめかみに青筋が浮かび、ドンナーを抜きかけるが、その前に香織が前に出る。

 

 「そう言うわけだから、私はパーティは抜けるね」

 

 あまりにも端的な、事実だけを告げる別れにクラスメイト達は思わず顔を見合わせる。その中で、光輝は呆然とした様子で

 

 「嘘だろ?だって、おかしいじゃないか。香織は、ずっと俺の傍にいたし、これからも同じだろ?香織は俺の幼馴染で……だから……俺と一緒にいるのが当然だ。そうだろ、香織」

 「……我でもそこまではいかんぞ……」

 

 神羅が顔を引きつらせながら呻く。神羅とて、モスラとは長い間一緒にいたが、それが当然だとは思わないし、一緒にいることを強要するつもりもない。彼女には彼女の道があり、その中で彼女は自分と一緒にいることを選んでくれたと言う事を忘れたことはない。

 

 すると、香織は小さく口元を歪め、

 

 「ずいぶんと勝手な事を言ってくれるね……私が誰の隣にいたいかは私が決める事だよ。貴方に決められるいわれはない……!」

 「いい加減にしなさい光輝。香織は、別にアンタの物じゃないんだから、何をどうするのか決めるのは香織自身よ」

 

 幼馴染二人にそう言われ、光輝は呆然とし、その視線が神羅に向けられる。

 神羅は黙って腕を組んで成り行きを見ており、ハジメはミュウをあやしている。その二人の周りには美女、美少女が侍っている。その光景を見て、光輝の目がつり上がっていき、

 

 「……香織、行ってはダメだ。これは香織の為に言ってるんだ。見てくれ、あの二人を。女の子を何人も侍らせて、あんな小さな子まで……しかも兎人族の女の子は奴隷の首輪までつけさせられている。南雲達は、女性をコレクションか何かと勘違いしている。それに、神羅のさっきの姿を見ただろ。技能だって言ってたがあんな技能あるわけがない。どう考えてもあいつは普通じゃない。香織、あいつらに付いて行っても不幸になるだけだ。だから、ここに残った方がいい。いや、残るんだ。例え恨まれても、君達のために俺は止めるぞ。絶対に行かせはしない!」

 

 そのあまりにも脈絡のない物言いに香織のこめかみに青筋が浮かび上がり、その間に光輝の視線はユエ達に向けられる。

 

 「君達もだ。これ以上、そいつらの元にいるべきじゃない。俺と一緒に行こう! 君達ほどの実力なら歓迎するよ。共に、人々を救うんだ。シア、だったかな? 安心してくれ。俺と共に来てくれるなら直ぐに奴隷から解放する」

 

 そんな事を言いながら爽やかな笑顔を浮かべて光輝はユエ達に手を差し伸べる。それを見た当の本人たちはと言うと……

 

 「あれは……何なの……?」

 「やれやれ……子供も子供……いや、子供でももうちょっと物分かりがいいのではないか?」

 「ハジメさん……この首輪、今度デザインを変えてください……」

 

 ユエとティオが心底呆れ果てたように視線を向け、シアは自分の首輪がハジメ達に迷惑をかけていると判断してハジメに改修作業を依頼している。

 

 まったく相手にされていないような対応に光輝はそれを怒りに転化すると、神羅を睨みながら聖剣を引き抜き、

 

 「南雲神羅!俺と決闘しろ!俺が勝ったら香織には近づかないでもらう!そして、そこの彼女たちも解放してもらう!」

 

 その言葉についに我慢の限界を迎えた香織が叫ぼうとした瞬間、神羅が一歩前に歩み出る。その顔には何の表情も浮かんでいない。まるで路傍の石ころを見てるような表情だ。

 

 「………まさか、ここまで落ちてるとはな……」

 「何をごちゃごちゃ言っている!怖気づいたか!」

 

 神羅が蔑んだ視線を向けるも、光輝は完全に暴走しており、彼の承諾も聞かずに猛然と駆け出す。

 聖剣の間合いに入っても神羅は微動だにせず、光輝は鋭く聖剣を振るうが、神羅はそれを指2本で軽く挟んで抑え込んでしまう。

 あっさりと自分の一撃が受け止められたことに光輝はなっ!?と呻き、急いで引き戻そうとするが、聖剣は岩のようにビクともしない。

 神羅は対応するのもめんどくさいと言わんばかりに気だるげな視線を光輝に向けていたが、不意にん?と眉をひそめながら自分が掴んでいる聖剣に目を向ける。

 低く唸りながら聖剣に顔を近づけ、すんすんと鼻を鳴らし、顔をしかめながら聖剣を睨みつける。

 突然の奇行に全員が目を丸くしていると、神羅はふん、と鼻を鳴らすと口を開き、ぼそりと何事かを口にする。それを終えると聖剣から視線を外し、聖剣から指も放す。

 いきなり解放され、光輝はたたらを踏むが、すぐに神羅を睨み返し、再び斬りかかるが、神羅はそれすら受け止めると、光輝の額に指を近づけ、デコピンを放つ。

 瞬間、ドッ!と衝突音のような音を響かせながら光輝の身体が吹き飛んでいき、そのまま地面に叩きつけられ、動かなくなる。完全に伸びてしまっていた。

 

 「………こんな所か。メルド。あの男にきっちり現実を教えてやれ。さもなくば、今度こそ全員死ぬぞ」

 「ああ……了解した」

 

 神羅の言葉にメルドは小さく頷き、ようやく話がまとまったと思った瞬間、今度は檜山たちが騒ぎ出す。曰く、香織が抜ける穴が大きすぎる。彼女が抜けたら今度こそ死人が出るかもしれないと。

 それに反応したのは香織本人だった。

 

 「この際だから正直に言うけど、私、貴方達の事、あまり信用できないんだよね。神羅君たちが落ちた時、あの男の……天之河君に言われるがままに迷わずに許してそれ以来いない者として扱って……、そのくせ天之河君を見捨てるかどうかって時には迷ってさ……これじゃあ、いつ私もいない者として扱われるか分かったもんじゃないから」

 

 その言葉に檜山たちは顔を引きつらせ、永山達は言葉を詰まらせ、思わず顔を逸らす。どうやら多少なりとも負い目は感じているようだ。………良かった。流石にそこまで腐ってはいなかったようだ。

 小さく息を吐いた香織は雫に視線を向け、

 

 「折角だからさ、雫ちゃんも一緒に来ない?多分だけど……こっちの方が気楽だよ?」

 

 その誘いに雫は驚いたように目を見開き、周囲も激しくざわつく。

 雫は香織を少しの間見つめていたが、ふっと苦笑を浮かべ、

 

 「悪いけど、そう言うわけにはいかないわ。まだまだやらなきゃいけないことが沢山あるし、光輝やみんなを放っておくこともできないしさ」

 

 その言葉に香織はそう、と小さく眉を下げる。雫の頑固さは香織がよく知っている。こうなってはよほどのことがない限り一緒に来ることはない事も。

 その様子を、ハジメは小さく眉をひそめながら腕を組んで眺めていた。




 こういう時ってハーレムのタグは今失くしたほうがいいのかな?それとも、そう言う展開になった時に失くしたほうがいいのか?


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第65話 きょうだい

 今回は早めに投稿できました。
 
 


 香織が神羅達と行動を共にすると宣言した日の深夜。ホルアドの町は不気味なほどに静まり返っていた。魔物の追撃を警戒してか城壁の上にはこれまでとは違い冒険者たちが見張りとして立っている。

 だが、彼らが意識を向けているのは町の外だ。中にまでは意識を向けられていない。

 

 「くそっ、くそっ!何なんだよ!ふざけやがって!」

 

 ホルアドの町はずれの公園で押し殺した声で木を殴りつけている男がいた。檜山大介だ。一時は折れた骨が肉を突き破っていた脚は、どうにか完治したようで、彼はしっかりと立っている。

 もっとも、そんな事は今の彼にとってはどうでもいいようで、その目は狂気的なまでに濁っている。

 

 「足の具合どう?……と、思ったけど、案外大丈夫そうだね。にしても、随分と荒れてるね……」

 

 そんな檜山の背後から声が聞こえてくる。彼が勢い良く振り返れば、そこには密会の相手がいた。

 

 「黙れ!くそ!こんな……こんなはずじゃなかったんだ!なんで、あの野郎たちが生きてんだよ!なんのためにあんなことを……!」

 「一人で錯乱してないで、会話してほしいんだけど?」

 

 相手が呆れた様子を見せていると、彼は相手を睨みつけ、

 

 「もうお前に従う理由なんてないぞ……俺の香織はもう……」

 

 明日には香織は離れていく。一時は破れかぶれで今夜のうちに香織を自分の物にとも考えたが、彼女はすでに荷物をまとめて神羅達が使っている宿に転がり込んでいるので、できなかった。

 

 「まあ、確かにそうかも。それどころか、自分の身すら危ういもんね」

 

 その言葉に檜山は相手に顔を向ける。

 

 「光輝君のおかげで有耶無耶になったあの件が再び掘り返されれば、どうなるのか分からないからねぇ。軟禁されるか、処罰されるか……あ、でも、もしもそうなったら僕の件もばらされるかもしれないのか。だったら………」

 

 ニタニタとした笑みと共に告げられた言葉に檜山は顔を青ざめさせる。

 檜山と相手の共犯関係が始まったのはあの最初の大迷宮攻略が失敗に終わり、檜山が神羅とハジメを奈落に落とした時からだ。檜山に近づいてきた相手はあの行いが悪意によるものだと確信しており、その事をバラされたくなければ自分の計画に協力しろと言ってきた。その代わりにこの事はバラさないし、香織は自分の物になる、と言う言葉に彼は相手との協力関係を結んだ。

 だからこそ知っている。この相手はためらいなく自分を殺し、そして他の連中と同じにすると。

 そんな檜山に対し、相手は三日月のように口元を歪めて嗤うと、

 

 「まあ、そんなに心配しなくていいんじゃない?光輝君は優しいから、きっと悪いようにはならないよ。僕としても、今余計な事で力を使いたくないしね」

 

 そう言うと相手は視線をちらりと城壁の向こう側に向ける。その視線に檜山は訝しげな顔をする。あの方角には、確か……

 が、そこで相手は視線をすぐに檜山に向け、

 

 「それにさ、奪われたのなら奪い返せばいい。幸い、こっちにはいい餌もあるしね」

 「……餌?」

 「そう、餌だよ。確かに香織はみんなを信用できないって言ってたけど、それは一部だけ。幾ら彼女でも例外の友人……そして幼馴染の窮地を放っておけるかな?」

 「お前……」

 「彼女を呼び出すのは簡単な事だよ。何も悲観することはない。特に今回の事は流石に肝が冷えたけど……結果だけを見れば都合もよかった。うん、僥倖と言っていいね。王都に帰ったら仕上げに入ろうか?そうすれば……君の望みは叶うよ?」

 

  檜山はその計画の全てを知っているわけではなかったが、今の言葉で、計画の中には確実にクラスメイト達を害するつもりだと理解した。自分の目的のために、苦楽を共にした仲間をいともあっさり裏切ろうというのだ。そして、その事に何の痛痒も感じていないらしいと知り、改めて背筋に悪寒が走る。

 

 (相変わらず気持ち悪い奴だ……だが、俺ももう後戻りは出来ない……()の香織を取り戻すためには、やるしかないんだ……そうだ。迷う必要はない。これは香織のためなんだ。俺は間違っていない)

 

 檜山は自分の思考が、既にめちゃくちゃであることに気がついていない。指示されるままにやってきた事から目を逸らし、常に自分の行いを正当化し、その根拠を全て香織に求める。

 

 「……分かった。今まで通り協力する。でも……」

 「うんうん、分かってるよ。僕は僕の、君は君の欲しいものを手に入れる。ギブアンドテイク、いい言葉だよね?これからが正念場なんだ。王都でもよろしく頼むよ?」

 

 その言葉を最後に相手はくるりと踵を返して歩き去って行き、後には汚泥のように瞳を爛々と輝かせる檜山だけが残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日早朝。ホルアドの町の門前には神羅達が出発のために集合していた。そばには魔力駆動4輪、ブリーゼが出発の時を待っている。

 

 「ねえ、雫ちゃん。本当に大丈夫なの?」

 

 香織は気づかわし気に見送りに来た雫に声をかけるが、雫は小さく肩をすくめる。

 

 「ええ、大丈夫よ。そっちも、あまり無茶はしないでね」

 

 香織は小さく頷きながらも心配そうに雫を見つめる。雫はそこで何かを思い出したようにハジメに視線を向け、

 

 「そう言えばハジメ君、これ、ありがとう。助かったわ」

 

 そう言って雫は昨日ハジメが渡した刀を差しだしてくるが、

 

 「ああ、別にいいよ。八重樫にやるよ。何でも、今まで使ってた武器が壊れたんだろ?その代わりだ。メルドにも、大剣は譲るって言っといてくれ」

 「いいの?こんなすごいの……?」

 「構わねえよ。今後の事を考えると、備えて損はないしな。あ、その刀は風爪っていって風の刃を生み出す事が出来て、メルドの大剣は纏雷って雷を纏わせられる固有魔法を付与してあるから、うまく使いこなしてくれ」

 「……分かったわ。そう言う事なら、ありがたく受け取っておくわ」

 

 そして彼女は神羅に顔を向け、

 

 「それで、神羅君……私が言えた義理じゃないし、勝手な言い分だとは分かってるけど……できるだけ香織の事も見てあげて。お願いよ」

 「お願いって……そう言うのはお願いしてどうにかなる事じゃないだろ全く………俺の事よりも、そっちの方が問題だろう。天之河とか、問題は山積みだぞ」

 「まあ……ね。光輝にはキチンと言っておくから……」

 「言うだけでは足りぬだろ。一発引っ叩くぐらいしろ。あの男はそれぐらいしないと自覚しないぞ」

 「いや、流石にそこまでは……光輝だって悪気はないし……」

 

 雫が苦笑を浮かべながらそう言うと、神羅は口をへの字に曲げて何か言おうとするが、その前にハジメが眉をひそめながら口を開く。

 

 「なあ、八重樫。確かお前と天之河って幼馴染なんだよな?白崎よりも付き合いの古い……」

 「え?ええ、そうよ。光輝が家の道場に入門してきてからの付き合いだけど……」

 「こう言うとなんだが、昨日白崎が言ってたように幼馴染なだけだろ?そこまで天之河に付き合う義理はないと思うんだが………」

 「………でも、見捨てるなんてできないわ。光輝は、弟みたいなものだし……それに家の家訓だもの。『門下生は家族である。故に見捨てない』ってね」

 

 雫が苦笑と共にそう言った瞬間、ハジメの表情が変わった。哀れみ、憐憫、呆れ、様々な要素が混じった表情に、雫が軽く身構えると、

 

 「……なあ、八重樫。お前から見て、俺と兄貴って、どんな兄弟に見える?」

 「え?どんなって……凄く仲のいい兄弟に見えるけど……それが?」

 「まあ、そうかもな………こう見えても、俺達って結構喧嘩とかするし、ガキの頃はよく兄貴に叱られたりしてるんだよな。拳骨を喰らった回数なんて、間違いなく2桁は行ってるな。最近も貰ったばかりだし」

 

 その言葉に神羅はそうだな、と言うように頷く。神羅自身、ハジメの事は弟として可愛がっているが、だからと言って彼の全てを許容できるわけではない。先のハウリアの件や居眠りの件でハジメを叱ったことは幾度もある。幼少期はくだらない事で口論となり取っ組み合いの喧嘩に発展することもあった。

 雫は驚いたように目を丸くし、ユエ達でさえ意外そうな顔をする。これまで一緒に旅をしてきたが、そんな雰囲気は微塵も感じないほど、南雲兄弟は互いを尊重し、支え合っているように見えた。

 

 「そ、そうなの?」

 「ま、最近は喧嘩なんかしないけど、子供の時は何度も何度も叱られたよ。そのたんびに兄さんなんて嫌いだぁ!って言ったり、兄さんは僕の事嫌いなんだって思ったりしたなぁ……」

 「我もたまに勝手にしろって放ったこともあったなぁ。最近もそうだが……」

 

 神羅が肩をすくめながらそう言うと、ハジメは困ったような笑みを浮かべながら悪い、と小さく呟くが、不意にでも、と呟きながら空を見上げ、

 

 「兄貴に嫌われたと思った事はあったけど………兄貴に見捨てられたって思った事は、不思議と一度もなかったんだよなぁ………」

 

 その言葉に雫はえ?と困惑したように声を漏らす。ユエ達もどこか呆然とした様子でその様を見つめ、神羅は目を静かに細める。

 そこまで言ってハジメは小さく手を振り、

 

 「ま、個人的な事だけどな。そろそろ出発しようぜ」

 「……そうだな。行くとするか。ではな、八重樫。くれぐれも気をつけろ……ほれ、お前たちも、出発するぞ」

 

 神羅がパンパンと手を叩くとユエ達はハッとし、そそくさとブリーゼに乗り込んでいき、全員が乗り込んだところで彼らはホルアドの町を後にする。

 遠く離れていくブリーゼの姿を雫はポツン、と見送り続けていた。




 次回は幕間ですが、早めに投稿できるとおもいます。すでに大体の構想はできてるんで。


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幕間 少女の願い

 今回、ある意味で全く新しい展開かもしれません。少なくとも、自分はありふれの二次創作で見た事ないですね。

 賛否両論あると思いますが、よろしくお願いします。


 夜間の街道の端に巨大な黒塗りの四輪が止めてある。

 ホルアドの町を出発してから数日。神羅達は目的地であるグリューエン大砂漠まであと一歩のところまで来ており、砂漠に入る前に一泊して英気を養おうとしていた。

 すでに食事を終え、焚火を囲みながら各々思い思いに過ごしている中、ユエはブリーゼにもたれかかりながら空を見上げていた。空には見事な満月が浮かんでおり、周囲を明るく照らしている。

 ぼんやりとその月を見上げていたユエだが、そっと右手を空にかざし、ゆっくりと指を動かす。

 少しの間そうしていると、不意に太ももにホルスターでしまってあるナイフを取り出すと、ためらいなくそれで右手を切り裂く。

 痛みは………無い。そして流れでた血はすぐに逆再生のように傷口に戻っていき、傷口はすぐに塞がってしまう。自動再生は問題なく機能している。

 いつも通りと言えばいつも通りの光景に、ユエは小さく自嘲するような笑みを浮かべる。

 

 「……まさに化け物……か……」

 

 そう呟くとユエはナイフをホルスターにしまい、ゆっくりと立ち上がると、そのまま焚火に向かって歩き出す。

 そこでは、神羅とハジメがボードゲームで対戦をしており、シアと香織が談笑し、お眠状態のミュウをティオがあやしている。

 

 「ん?ユエか………どうした?」

 

 いち早くユエに気づいたハジメが顔を上げて声をかけるが、すぐに訝しげな表情を浮かべる。彼から見て、今までのユエとは何かが違う気がしたのだ。その言葉に全員がユエに顔を向ける。

 ユエは小さく息を吐くと、

 

 「うん。ちょっと、神羅に相談したいことがあって……」

 「我にか?別に構わんが……」

 

 そう言って神羅は体をユエに向ける。ユエもまた神羅の前にすとん、と座る。

 

 「しかし、改まって相談とはどうした?何かあったのか?」

 

 神羅の問いかけに柄にもなく緊張が襲ってくる。唇が渇いて、思わず舌で舐めてしまった。それでも、聞かなければならない。自分の為にも。

 

 「うん、あのね、神羅…………神羅の魔懐で…………私の自動再生を破壊する事って………できる?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、その場のほとんどの人間が驚愕したように目を見開くが、神羅は小さく目を細めると、居住まいを正し、真っ直ぐにユエを見つめる。

 

 「ユエ……一応確認しておくが、それがどういう意味か……分かって言ってるか?」

 「……うん」

 

 自動再生は神羅でさえ持っていないユエだけのアドバンテージだ。神羅(ゴジラ)は確かに強大な力と凄まじい生命力を持っているが、それでも生命だ。傷を負ってもすぐに治ることはないし、欠損した部位は簡単には修復せず、脳や心臓を潰されれば死ぬ。そしてたとえそうでなくても時間と共に老い、いずれは死ぬ。

 だが、ユエは違う。どんな傷を負ってもすぐに再生し、欠損すら瞬く間に治り、たとえ脳と心臓を破壊されようと彼女は死なない。魔力がある限り、彼女は死なず、永遠に生きていられると言っても過言ではないだろう。彼女は自分からそれを捨てると言ったのだ。

 そうなれば、彼女の戦闘力は大きく変動する。ユエは魔法による遠距離戦が主体で、黒盾や結界による防御もこなすが、その反面肉体は脆弱だ。それを自動再生が補っていたが、それを捨てれば、彼女の危険度は一気に増す。

 神羅はじっとユエを見つめていたが、彼女の様子から、その事は織り込み済みのようだ。ユエは自分が今まで以上に危険にさらされることを承知で言ってきたのだ。

 

 「………そうか。では、理由を聞いてもいいか?どうして急にそんな事を……」

 「そ、そうだユエ。どうして急にそんな……」

 

 ハジメ達も同意するように頷きながら前のめりにユエを見つめると、彼女はう~~ん、とポリポリと頬を掻き、

 

 「別に……急ってわけじゃない……清水の一件の時にもしかして、とは思った。その時は可能性として考えてただけで、実際にやろうとまでは思わなかったけど」

 

 ハジメははっとした。あの時、ユエは何かに気づいたような様子だったが、その理由がこれだったのだ。

 

 「きっかけはホルアドの町での戦い」

 

 その戦いの話は神羅も聞いている。魔力が使えなくなったらしいが、間違いなく奴の能力によるものだろう。まさか魔力にまで干渉するようになったとは神羅にも予想外の事だった。だからこそ少なからず自分に影響を与えられたのかもしれない。

 

 「……あの戦いで私は自動再生を一時期失った。その時に、私はたぶん初めて……死を実感した。今までは自動再生があるから大丈夫って思ってたし、封印されてる間も、なんだかんだで死を感じた事はあまりなかった……でも、あの時ほど、死を感じたことはなかった。全身が冷たくなって、怖くて怖くてたまらなかった。全部が恐ろしかった……」

 

 自分の身を抱きしめながら震えるユエをハジメは抱きしめる。すると、ユエは小さく息を吐き、ハジメに向かって頷いて見せると、そっとハジメの抱擁をほどき、神羅を見つめる。

 

 「でも………魔力が使えるようになって、自動再生が復活したことを実感した時、私が感じたのは安堵じゃなくて、呆れだった。また死ねなくなったって……」

 「そう言えば、あの時ユエちゃんそんな感じの事………」

 「うん。自分でも驚いた。死が遠のいた。喜ぶべきことなのに、心のどこかで、私はそれを嘲った。そこで気付いたんだ。今まで私は自動再生の事を真剣に考えた事がなかった……向き合ってこなかったって。それで、ここ数日自動再生の事を考えてた………魔力がある限り、私は死なない。魔力が尽きれば死ぬけど、今の私のステータスならほとんどそんな事は起こらない。起こったとしても、回復する手段もある。脅威が無くなれば、私は永遠に生き続けると言っても過言じゃない。そこまで考えた時、前に神羅が言ってたことを思い出した。残された者は、寂しいって」

 

 それはオルクス大迷宮で神羅とハジメが再会した時、前世の話をした際に口にした言葉だ。

 

 「そこで気付いたんだ………私は、永遠に残され続ける者だって」

 

 その言葉にハジメ達は目を見開きながら息を呑み、神羅は小さく眉を寄せる。

 

 「永遠に生き続けるって事は、どれ程親しい人を、愛する人を作っても、その人の死を見届けるって事。シアや香織、ミュウ。ティオだって私より先に死ぬし……多分、神羅も。そして………ハジメも」

 

 ユエが寂し気にハジメに視線を向ければ、彼は胸を締め付けられたように顔を歪ませる。

 

 「それだけじゃない。これから、私がどれほど多くの人と出会おうと、友達になろうと、みんなみんな死んでいく。これから先ずっと………私は死を見続ける」

 「ユエ、それは……」

 「でも、何よりもショックだったのは………ハジメとの間に生まれた子供も、私より先に死ぬことが決まっているって事に気付いた事」

 

 ハジメは愕然としたように引きつった声を漏らし、シアたちも泣きだしそうに顔を歪める。ユエも涙をこらえるように唇を引き結び、

 

 「大好きな人との間に生まれた子供が、大切な家族が自分よりも先に死ぬことが決まっている。その死を見ることは避けられない……そんなの、あんまりでしょ?そんなの……呪いでしかない」

 

 そこでユエは私は大きく息を吐き、宝物庫から水筒を取り出して一息に煽る。それで落ち着いたのかユエは再び息をつき、恋人と仲間たちを見据える。神羅が続きを促すように頷いたのを見て、口を開く。

 

 「きっと、あの時の神羅の顔を見た時から、私は無意識にその事に気付いてたんだと思う。だから自動再生が復活した時、私は嬉しくなかった。解けたと思った呪いが、復活したんだからそうなるのも当然。自動再生は確かに便利だけど……今の私にとっては呪いでしかない。だから、もしも完全に解くことができるのなら、そうしたい」

 

 そこで話が終わったのか、ユエは小さく息をつく。

 神羅は小さく息を吐きながら腕を組み、ハジメ達は何も言えずに黙って事の成り行きを見守っている。

 

 「なるほど……確かに、俺から見ても永遠に生き続けるなんてのはくだらない事だ。そんな事よりも路傍の石ころのほうが遥かに価値がある。だが……本当にいいのか?」

 

 神羅は端的にそう言い、ユエを正面から睨みつける。その瞬間、絶大な圧に襲われユエは息を呑む。その目はかつてティオに向けた物と同じ物だ。

 圧にさらされながらユエは小さく息を吐いて神羅を見つめ返すと、

 

 「………うん」

 「これから先、何があるか分からん。自動再生があればよかった、と思う事が幾度も来るかもしれんぞ?」

 「……そうだね」

 「それでも、本当にいいのか………?」

 「………正直に言えば……本当に怖い。死ぬのが怖い……でも……それでも……いいんだ……」

 

 ユエは大きく息を吐いて真っ直ぐに神羅を見据えながら自分の胸に手を当て、

 

 「私は………ハジメや、神羅、シアにティオにミュウ、そして香織やこの先出会ういろんな人たちと同じ時間を生きたい。限りがあるとしてもこの命を、たった一つの私の命を………全力で生き抜きたい。それが私の………ユエの……アレーティア・ガルディエ・ウェスペリティリオ・アヴァタールの願い……!」

 

 そう言いきったユエの姿に、ハジメ達は息を呑んだまま見入っていた。その姿は、あまりにも気高く、美しかった。ユエのビスクドールの如き美貌もあるのだろうが、その目にはかつてないほどの強い輝きが宿っている。まるで力強く燃え盛る焔のような鮮烈な輝き、彼女自身が放つ命の輝きだ。

 その様子を見つめ、神羅は小さく笑みを浮かべる。

 

 (……いい顔をしている……)

 

 最初の頃のユエは、まさに人形(ビスクドール)のようだった。ハジメと言う存在に依存し、幾ら仲のいい友達ができようと、最終的にはハジメさえいればいい、そんな少女だった。だが、それは彼女の選択、彼女の生き方だ。自分で選んだのであれば神羅が口を出す事ではない。ただ、個人的にそんな熱のない生き方はしたくない。それだけだ。

 だが、今の彼女の目には命の熱が灯っている。灯ったばかりの鮮やかな熱が。

 あの少女が随分と変わったものだ、と神羅は感慨深くなり息を吐く。

 

 「そうか………お前の覚悟は分かった。そう言う事であれば、我の方に異存はない。協力しよう」

 「うん………ごめん。嫌なこと頼んで」

 「気にするな。この程度なんてことはない」

 「みんなも………相談とかしないでごめん」

 

 ユエがハジメ達に頭を下げると彼らはようやく再起動したしたのか小さく声を漏らす。だが、そこまでで、彼らは表情を目まぐるしく変え、何か言おうとするが口をもごもごさせるだけで言葉にならない。

 その中でハジメははあ、と深いため息をつきながら額に顔を手で覆い、

 

 「どうして俺の周りの奴らは大事なことを相談してくれないのかなぁ………」

 「す、すまん……」

 「ごめんなさい……」

 

 神羅とユエがそろって肩を縮こませるのを見て、ハジメはもう一度深いため息を吐く。

 

 「でも……そうだな。俺も……その方がいい。ユエには死んでほしくないけど……永遠に生きててほしいとも思わない。置いていくのも、置いて行かれるのもごめんだ。一緒に老いて……同じ墓に入りたい」

 

 ハジメの言葉にユエは嬉しそうに微笑む。そこで香織が困惑した表情で口を開く。

 

 「あ、えっと……私……いまいちついて行けてないんだけど……ユエちゃんは自分を変えたい……って事でいいのかな?」

 「……ん、その通り」

 「だったら……私は応援するよ。その、出会ったばかりの私が言うのもなんだけど……」

 

 気まずげな表情の香織にユエはそんな事はない、と首を横に振る。

 

 「……そうじゃな。お主が自分で選んだ選択じゃ。それはきっと……間違いではないじゃろうよ」

 

 ティオは小さく頷きながら目を細めている。そしてシアはあ、えっと、と口をもごもごさせるが、小さく息を吐くと、

 

 「ユエさん……私にはユエさんの苦しみがほとんど分かりません。相談してほしかったとも思います。ですが……個人的な事を言うのであれば……嬉しいです。一緒に生きたいって言ってもらえて。だから……えっと……つまりですね……」

 

 あわあわとするシアを見て、ユエは大丈夫、分かってると言うように頷く。

 

 「………さて、では、ここからはできるかどうかの話に移るとしよう」

 

 神羅の言葉に全員が軽く身構えるように体を固くする。

 

 「まずできるかできないかで言えば………恐らくできる。清水の時と同じように魔懐を全力でお前に撃ち込めばお前の魔力をすべて破壊し、自動再生を無効化できるだろう」

 「それじゃあ………」

 「ただし、そうすればどうなるか、分かっているだろう?」

 

 その問いにユエは顔を固くしながら頷く。魔力を破壊し尽くせば、清水のように天職は無くなり、ステータスも0となり、技能もすべて失われ、文字通り無能となる。この世界でそれはあまりにも危険すぎる。とりわけ自分達の旅は危険だ。自動再生が無くなるだけであればまだ戦いようはあるが、そうなってはユエは完全に足手まといだ。連れて行くことは到底できないだろう。

 

 「それが分かっているならいい。では聞こう………今すぐやるか?」

 

 すると、ユエは小さくため息をつき、

 

 「流石にまだやらない。こんな状況でそうしたってみんなの迷惑になるだけ。今日は自分の選択の宣言と、出来るかどうかの確認だけ。実際にやるのは………全部終わってから。その後に、お願い」

 「うむ、分かった」

 

 神羅が頷いたのを見て、ユエは目を閉じながら顔を上げ、ようやく終わったと言わんばかりに大きく息を吐く。

 

 「しかし、本当に驚いたぞ……どうして一言も相談してくれなかったんだ」

 

 ハジメが非難の眼差しをユエに向けると、彼女は気まずげに目をそらし、

 

 「……本当にごめんなさい。でも、これは私の問題だし……それに、自分で答えを出さなきゃいけないと思って……」

 「我が言えた義理ではないが、そう自分で背負い込むな」

 「マジで兄貴が言ってもあんまり説得力がねえよ」

 

 ハジメが心底呆れたと言うようにため息を吐いていると、香織はユエに気になっていたことを聞く。

 

 「そう言えばユエちゃん。さっき、すごく長い名前を言ってたような……」

 「ああ、あれは私の本名。ユエは私が名前を捨てた時、ハジメがつけてくれた名前」

 「そうだったんですね。あ、でも、それを名乗ったって事は………」

 「………神羅のように、過去の全てを背負えるとは思ってないけど、名前ぐらいは拾い上げてもいいかな、ぐらいには思ってる。あ、呼び方は別にユエのままでいい」

 

 その言葉に全員が頷いたのを見て、ユエは大きく息を吐きながら後ろに手をついて空を仰ぎ見る。

 そこで不意にキョトンとした表情を浮かべ、眼前の星が彩る夜空を食い入るように見つめながらぽつりと呟く。

 

 

 

 

 

 

 「空って………こんなに広かったっけ?」




 という訳で、今すぐではありませんが、今作のユエは自動再生を捨てます。

 なんだかんだ言って、不老不死って惹かれないんですよね。多くの作品で不老不死を手に入れた人が嬉しそうにしていないのが原因かな。

 あ、もしも自動再生のところで間違いがあったらご指摘をお願いします。


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第66話 砂漠での出会い

 遅れましたが投稿します。


 赤銅色の世界。グリューエン大砂漠を一言で表すならばこの一言だろう。

 きめ細かい赤銅色の砂が風で巻き上げられ、見渡す限りを一色に染め上げる。

 大小さまざまな砂丘は常に形を変え、砂と相まって容易く方向感覚を狂わせ、照り付ける太陽が容赦なく体力を奪っていく過酷な環境。

 もっとも、そんな環境、ハジメ謹製のブリーゼの前には何の問題にもならない。

 

 「外……すごいですね。普通の馬車とかじゃなくて本当に良かったです」

 「全くじゃ。この環境でどうこうなるほど柔い心身ではないが……積極的に進みたい場所ではないのう」

 「……トータスには、こんな場所もあったんだね……」

 

 後部座席で窓から外の様子を眺めていたシアとティオと前部の席の香織がしみじみとした様子で呟いていた。

 

 「前に来た時と全然違うの!とっても涼しいし目も痛くないの!ハジメお兄ちゃんはすごいの!」

 「……うん、ハジメは凄い。ミュウ、お水飲む?」

 「のむぅ~」

 

 そして香織と同じ前部の窓際の席ではユエと一緒に座ったミュウが興奮したようにはしゃいでいた。

 海人族のミュウにとっては砂漠の横断はかなり過酷だっただろう。衰弱死しなかったことが不思議なほどだ。

 

 「ハジメ。アンカジ公国まではどのくらいだ?」

 「向きは合ってるし、もうそろそろだと思うけど……砂嵐がひどくていまいち外が見えないな……」

 

 そんな光景を背後に助手席の神羅と運転しているハジメは目を細めながら外を見渡している。アンカジ公国を目指しているのは大迷宮に挑むにあたってそこのギルドにミュウを預ける必要があるからだ。

 しかし、外は相変わらず赤銅の砂嵐が吹き荒れ、視界を埋め尽くしており、近場ならまだしも遠くははっきりとしない。

 鬱陶しいと言わんばかりに神羅が窓の外の砂嵐を睨んでいると、

 

 「ん?なんじゃあれは。ハジメ殿。三時の方向で何やら騒ぎじゃ」

 

 ティオの言葉にハジメがそちらを見ると、右手の大きな砂丘の向こう側にサンドワームと言うミミズ型の魔物が相当数集まっているようで、砂丘の頂から無数の頭が見える。

 サンドワームは、グリューエン大砂漠にのみ生息する、平均二十メートル、大きいものでは百メートルにもなる大型の魔物だ。普段は地中を潜行していて、獲物が近くを通ると真下から三重構造のずらりと牙が並んだ大口を開けて襲いかかる。察知が難しく奇襲に優れているので、大砂漠を横断する者には死神のごとく恐れられている。

 

 「何だあいつら……なんであんなところでグルグル回ってんだ?」

 

 別にサンドワームが現れることは問題ではない。ハジメ達ならば何の問題もなく対処できるからだ。問題は何故かサンドワームの群れが様子を伺うように周囲を旋回しているからだ。

 

 「……まるで食べようかどうか迷ってるみたい」

 「奴らは悪食で獲物を前にして躊躇うと言う事はないはずじゃが………」

 「………気になるな。シア、ちょっと見てみてくれ」

 「はいはいですぅ」

 

 神羅の言葉にシアは頷くとブリーゼの一角をスライドさせ、何かを引っ張り出す。

 それは円状の台座のような物だ。表面には格子状の模様、その中心には赤い光点が表示されている。

 シアがそれに手を当て、魔力を流すと台座の一角、サンドワームの群れがたむろしている場所に複数の影が浮かび上がる。

 

 「え~~と、この動いているのがサンドワームですから………うん、やっぱり中心に何かいますね。奴らはそれをどうしようか迷ってるんじゃないでしょうか」

 

 シアが使ったのはブリーゼに新しく搭載されたソナーだ。これはブリーゼを中心に周囲一帯に魔力が放ち、それを利用して周囲の生物の位置を特定するアーティファクトだ。ハジメも索敵系技能を持っているが、これはハジメの技能よりもより広範囲を捜索できる。

 もっとも、ハジメの索敵系技能で十分安全は確保できるのだが、ブリーゼに搭載されているのはハジメが作ろうとしている物に必要なパーツの試作品であり、試運転もかねている。

 そんなアーティファクトだが、現状一つ欠点を抱えている。それは………

 

 「っと、これは………ハジメさん。来ますよ!」

 「分かってる!掴まってろ!」

 

 そう言うと同時にハジメはブリーゼを加速させる。それと同時にブリーゼの後方の地面が吹き飛び、そこからサンドワームが飛び出してくる。

 更にそれだけで終わらず、周囲から新たなサンドワームが飛び出し、その襲撃を避けるためにブリーゼは激しく駆け抜けていく。ちなみに彼らはきちんとシートベルトを着用している。

 ソナーの欠点は魔力を周囲に放つことによる周囲の魔物を刺激することだ。改良すればそれもなくなるだろうが、現状はどうしても魔物を刺激してしまう。見れば、丘の向こうにいたサンドワームたちもこちらに向かってきている。

 

 「こうも刺激するんじゃ、まだまだ実用段階とは言えない。要改良だな………ユエ、頼む!」

 「分かった!香織、ミュウの目を!」

 「う、うん!」

 

 ハジメがハンドルを切ってブリーゼをドリフトさせて反転すると、自身はバック走行に集中。その間に香織はミュウの目を塞ぐように抱きしめ、ユエは即座にブリーゼの車内の一角をスライドさせる。

 展開されたのは透明な板と操縦桿のようなレバーが二つ。ユエがレバーを握り、魔力を流せばボンネットの中央が展開されそこから長方形型の機械がせり出してくる。そしてそれは内蔵された銃身を展開、シュラーゲンのような対物ライフルに変わる。

 それと同時にユエの前の板に外の光景が映し出され、その中央に赤い円と十字を組み合わせたレティクルが表示される。ユエが桿を動かせばレティクルもまた動き、それに連動するようにシュラーゲンの銃身もまた動いていた。

 ユエは迫りくるサンドワームに照準を合わせると銃身が赤い雷で覆われ、引き金を引けばレールガンが放たれ、狙いたがわずサンドワームを撃ち抜き、吹き飛ばし、周囲に血肉が飛び散る。

 

 「う~~ん、酷い光景……」

 

 顔をしかめながらもユエはそのまま次々とサンドワームを狙撃していき、ブリーゼを狙ったサンドワームを全滅させてしまう。

 全滅を確認したユエが手を離せばシュラーゲンはそのまま車内に格納され、照準機器も格納される。

 

 「ふう………照準装置はいい感じだと思う」

 「そうか。なら「ハジメ君、あれ!」な、なんだ?白崎」

 

 ユエの感想を聞いていたハジメだが、突如として香織が驚いたように前方を指さし、目を丸くする。

 

 「……誰か倒れているぞ」

 

 神羅が香織が指さす先に目を向ければ、そこには白い服を着た人が倒れていた。恐らく、サンドワームが狙っていたのはあの人物だろう。

 

 「ハジメ君。あの場所に……」

 「分かってるって」

 

 香織が懇願せずともこの状況ではハジメも見捨てるつもりはない。ブリーゼを白い人物の傍まで近づける。

 その人物はガラベーヤ(エジプト民族衣装)に酷似した衣装と大きなフードのついた街灯を羽織っている。フードを外せば、その下からは二十代半ばぐらいの青年だったが、香織はその青年の様子に驚いたように目を丸くした。

 苦しそうに歪められた顔に大量の汗、呼吸は荒く脈も速い。服越しでも分かるほどの高熱を発し、更には血管もくっきりと浮き出て、目や鼻からは出血もしている。どう見ても熱射病の類ではない。

 香織は浸透看破を使って青年の状態を診察する。これは魔力を相手に浸透させることで対象の状態を診察し、その結果を自らのステータスプレートに表示する技能だ。

 

 「……魔力暴走?摂取した毒物で体内の魔力が暴走しているの?」

 「何か分かったのか?」

 「あ、うん。恐らくだけど、何か良くないものを摂取して、それが原因で魔力暴走状態になっているんだと思う。しかも外に排出できないから内側から強制的に圧迫されて肉体がついてこれない。このままじゃ、内臓や血管が破裂しちゃう……万天」

 

 結論を下した香織は無詠唱(・・・)で状態異常回復魔法の万天を使用する。だが、

 

 「ほとんど効果がない。浄化しきれないほど肉体に溶け込んでいるの?なら……廻聖」

 

 次に香織が使用したのは光の上級回復魔法、廻聖。これは一定範囲内の人々の魔力を他者に譲渡する魔法で、基本的には自分の魔力を他者に譲渡することを目的にしている。もっとも、譲渡する魔力は術者の魔力に限らず、範囲内の物から魔力を奪い取るドレイン系の効果も持っている。もっとも、他者から抜き取る場合それなりに時間がかかるのであまり実戦向きとは言えない……通常は。

 香織がこの魔法を使用したのは体内の狂った魔力を体外に排出するためだが、その効果は劇的だった。奪われた魔力は神結晶の腕輪に蓄えられていくのだが、見る見るうちに青年の状態は改善していく。

 

 「とりあえず、今すぐどうこうなることはないと思うけど、根本的な解決は何もできてない。魔力を抜きすぎると、今度は衰弱死してしまうかもしれないから、圧力を減らす程度にしか抜き取ってないの。このままだとまた魔力暴走で内から圧迫されるか、そのまま衰弱死する可能性が高い」

 「そうなんですか……あれ?確か神羅さんが清水さんの魔力を破壊し尽くした時、清水さん平気そうでしたけど……」

 

 ふと、シアが首を傾げ、ユエ達もあ、と声を上げる。確かにウルの町で、神羅は清水に魔力を大量に流し込み、魔壊で彼に魔力を破壊し尽くした。だが、それから彼は肉体的な衰弱は見られなかった。優花からもそう言った報告は今のところない。

 そうなの?と香織が神羅を見やる。神羅は小さく唸りながら腕を組み、

 

 「………想像でしかないが、元々魔力を持っていなかったのが要因かもしれん。元々お前たちは魔力を持たずに生きていた。それは魔力がなくても問題ない肉体だったと言う事だ。亜人のようにな。それ故に、魔力を失っても大丈夫だったのだろう」

 「そうなると……元々魔力を持っていた者は魔力を破壊し尽くされると命を落としてしまう事になるのう」

 

 ティオの言葉に香織は小さく頷く。青年を治せると思ったが、そう簡単にはいかないようだ。

 そして、ユエは落胆したように小さく目を伏せていた。その頭を神羅は軽く撫で、彼女は顔を上げ、神羅を見上げる。

 

 「こうなっては、お前の自動再生を破壊することはできんな。他の方法を探そう」

 「……うん」

 「よし……とりあえず香織、俺達も診察してくれないか?未知の病なら空気感染の可能性もあるし……」

 「分かった」

 

 香織はすぐに全員を調べたが、結果は異状なし。どうやら空気感染の類ではないらしい。その事にハジメ達が胸を撫で下ろしていると、青年が意識を取り戻したのか呻き声を上げ、目蓋が震える。

 ゆっくりと目を開け、周囲を見渡す青年は心配そうに自分を間近で見ている香織を見て、

 

 「女神?そうか、私は召し上げられて……」

 

 などと言い、香織に向かって手を伸ばす。が、それはむう、と口をへの字に曲げた香織の手ではたき落される。

 

 「え?」

 「ここはあの世ではないですよ。貴方はちゃんと生きています。しっかりしてください」

 「とりあえず水だな……」

 

 ため息をつきながらハジメは宝物庫から水の入った水筒を取り出していた。




 香織の事は近々種明かしをします。


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第67話 アンカジ公国のオアシス

 前よりは早めに投稿できました。もう少し早く投稿できるようになりたいです。

 最近ホラー映画に興味がある自分がいます。前はあんまり好きじゃなかったんですが……今気になってるのはカラダ探しですね。


 ひとまず救助した青年を連れてハジメ達はブリーゼの車内に戻っていた。最初は車内の快適さ等に混乱していた青年だったが、水を飲んで人心地つき、香織から大雑把な事情を聞くと冷静さを取り戻し、

 

 「もはや私も公国もこれまでかと思ったが、どうやら、神はまだ私を見放してはいなかったらしい」

 

 人助けをするような善意溢れる神など存在しないと知ったら青年はどう思うのか、と頭の片隅で考えながらハジメは青年に何があったか尋ねると、彼すぐに表情を引き締める。

 

 「まず、助けてくれた事に感謝する。あのまま死んでいたらと思うと……アンカジまで終わってしまう所だった。私の名はビィズ・フォウワード・ゼンゲン。アンカジ公国の領主、ランズィ・フォウワード・ゼンゲン公の息子だ」

 

 予想外の大物にハジメ達は軽く驚く。

 アンカジはミュウの故郷でもある海上の町、エリセンより運送される海産物の鮮度を極力落とさないまま運ぶための要所であり、その海産物の産出量は北大陸の八割を占めている。

 つまり、北大陸における一分野の食料供給に置いて、ほぼ独占的な権限を持っているに等しい国である。単なる名目だけの貴族ではなく、ハイリヒ王国の中でも特に信頼の厚い大貴族であり、王国の生命線とも言える。

 ビィズの方も、香織の素性(神の使徒として異世界から召喚された者)やハジメ達の冒険者ランクを聞き、目を剥いて驚愕をあらわにした。そして「これは神の采配か! 我等のために女神を遣わして下さったのか!」と、いきなり天に祈り始めた。

 この場合、女神とは当然香織の事なのだが、神羅達からその神の真実を聞かされている香織としてはそんな神に連なる者と扱われては複雑な表情を浮かべてしまう。

 ハジメが軽くビィズの額をはたいて正気に戻させ、事情説明を促すと、ビィズは咳ばらいをしつつ語り出した。

 曰く、四日前、アンカジにおいて原因不明の高熱を発し倒れる人が続出した。それは本当に突然のことで、初日だけで人口二十七万人のうち三千人近くが意識不明に陥り、症状を訴える人が二万人に上ったという。直ぐに医療院は飽和状態となり、公共施設を全開放して医療関係者も総出で治療と原因究明に当たったが、香織と同じく進行を遅らせることは何とか出来ても完治させる事は出来なかった。

 そうこうしている内に次々と患者は増えていき、遂には医療関係者にも倒れる者が現れはじめ、死者も出始めた事で彼らの間に絶望が立ち込め始めた。

 そんな時、一人の薬師が飲み水に魔力を暴走させる毒素が含まれていることを突き止める。そして、最悪な事にその毒素はアンカジの生命線であるオアシスそのものを汚染していたのだ。

 だが、原因が分かっただけで患者たちを助ける手立てはない……と言う事はなかった。患者を救う方法は一つだけあったのだ。

 それは静因石と言う魔力の活性を沈める特殊な鉱石を粉末状にして摂取することだ。そうすれば体内の魔力活性を鎮めることができる。

 しかし、静因石はアンカジ公国から北方にある岩石地帯か、砂漠の中にあるグリューエン大火山でしか採取できない。北方の岩石地帯はあまりに遠く、往復で一か月もかかるため、まず間に合わない。だが、グリューエン大火山には大迷宮があり、そこに潜れる者はすでに病に倒れてしまっている。

 更には安全な水のストックも足りないため、一刻も早く王国への救援要請が必要だった。それも、面倒な手続きや調査を介さず、即座に行われなければならない。

 そこで、強権を発動できるゼンゲン公か、その代理たるビィズが直接救援要請をする必要があった。

 

 「父上や母上、妹も既に感染していて、アンカジにストックしてあった静因石を服用することで何とか持ち直したが、衰弱も激しく、とても王国や近隣の町まで赴くことなど出来そうもなかった。だから、私が救援を呼ぶため、一日前に護衛隊と共にアンカジを出発したのだ。その時、症状は出ていなかったが……感染していたのだろうな。おそらく、発症までには個人差があるのだろう。家族が倒れ、国が混乱し、救援は一刻を争うという状況に……動揺していたようだ。万全を期して静因石を服用しておくべきだった。今、こうしている間にも、アンカジの民は命を落としていっているというのに……情けない!」

 「ふむ……健康体であったがゆえに護衛隊はサンドワームに襲われ、病を患ったからこそサンドワームに襲われなかったか……皮肉なものだ」

 「……君達に、いや、貴殿達にアンカジ公国領主代理として正式に依頼したい。どうか、私に力を貸して欲しい」

 

 そう言ってビィズは深く頭を下げる。

 ハジメ達は軽く視線を交わらせる。それだけで彼らは意思の確認をし合い、代表としてハジメが軽く息を吐きながら答える。

 

 「いいぜ。元々アンカジ公国には用があったんだ。そのためにも、少し骨を折らせてもらう」

 「感謝する。ハジメ殿達が〝金〟クラスなら、このまま大火山から〝静因石〟を採取してきてもらいたいのだが、水の確保のために王都へ行く必要もある。この移動型のアーティファクトは、ハジメ殿以外にも扱えるのだろうか?」

 「ミュウ以外は扱えるが……水の確保はどうにか出来るからわざわざ王都まで行く必要はねぇよ。一先ずアンカジに向かおう」

 「どうにか出来る? それはどういうことだ?」

 

 普通なら数十万人分の水を確保するのはこの砂漠では至難の業だ。だが、ここには希代の魔法の天才、ユエがいる。彼女の水魔法ならばそれぐらいの水を作ることは可能だろう。

 その辺りの事を掻い摘んで説明するとビィズは半信半疑だったものの、どっちにしろ今の自分では王国に辿り着けるか分からないので香織の説得も相まって、アンカジに引き返すことを了承。ハジメ達は即座にブリーゼを走らせ、アンカジ公国を目指す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤銅色の世界の中に唐突に現れた乳白色の都。それがアンカジの特徴だろう。都市を囲む外壁や建築物全てがミルク色なのだ。

 さらに、アンカジ公国は外壁の各所から光の柱が天に向かって昇っており、上空で他の柱と合流して形成された巨大なドームで覆われていた。時折何かがぶつかったように波紋が広がっている。どうやらこのドームが砂の侵入を防いでいるようだ。

 ハジメ達はこれまた光り輝く巨大な門からアンカジへと入都した。この門もドームと同じように砂の侵入を防ぐ役割を持つようだが、門番はブリーゼを見ても大した反応を見せず、そのまま通してくれた。アンカジの現状に影響を受けているのか覇気もなく、投げやりな感じだ。もっとも、後部座席のビィズが見た瞬間ビシッ!としていた。

 向かって東側に日の光を浴びて輝く緑豊かなオアシスが見え、そのオアシスの水は川となって町の中に流れ込み、川には船も浮かんでいる。

 北側には多種多様な果物が育てられており、西側にはひときわ大きな宮殿らしき建物がある。純白の外観と他と一線を画す荘厳さと規模から、あれが領主の館なのだろう。

 

 「これはまた……壮観だな」

 「……ん、綺麗な都」

 

 その光景をハジメ達は感嘆したように見つめるが、

 

 「でも……なんだか元気がないの」

 

 ミュウが思わずと言うように呟いたように、アンカジの都全体は暗く陰気な雰囲気に覆われていた。普段であれば活気と喧騒にあふれていたであろう都も、今は通りにほとんど人が出ておらず、ほとんどの店も休業してしまい、家の戸口は軒並み固く閉ざされている。

 

 「……使徒様やハジメ殿にも活気に満ちた公国をお見せしたかったが、今は時間がない。都の安全は全てが解決した後にでも私自らさせていただこう。ひとまずは父上の元へ。あの宮殿だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「父上!」

 「ビィズ!お前どうして……!?」

 

 ビィズの顔パスで宮殿内に入ったハジメ達はそのまま領主ランズィの執務室へと通された。

 ランズィの衰弱は激しいと聞いていたが、どうやら回復魔法と魔法薬の服用と根性で仕事していたらしい。

 そんな父にビィズは神羅に肩を借りながらも事情説明を手早く済ませる。それが終わると彼は静因石の粉末を服用と香織の回復魔法で動ける程度には治ったのか自分の足で立ち上がる。

 

 「さて……話がまとまったところで動くか。白崎とシア、ティオとミュウは医療院と患者が収容されている施設で治療の手助け。我とハジメ、ユエはまずオアシスだったな?」

 「……ん。先にオアシスの方を解決できれば飲み水確保の手間が省ける」

 

 ユエが頷いたのを見て、ハジメ達は一斉に行動を開始する。医療院へと向かう香織たちと別れて神羅達はランズィ他護衛や付き人達とオアシスに向かう。

 たどり着いたオアシスはキラキラと光を反射して蒼く輝いており、とても毒素を含んでいるようには見えないが……

 

 「……ん?」

 「ハジメ?」

 

 ハジメが眉をひそめながらオアシスの一点を凝視し、それに気づいたユエが首を傾げ、神羅は不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

 「さっき魔眼石に反応があったんだが……領主。調査チームはどこをどの程度調べたんだ?」

 「……確か資料ではオアシスとそこから流れる川、各所井戸の水質調査と地下水脈のの調査を行ったようだ。水質は聞いての通り。地下水脈に異常はなかった。もっとも、オアシスから数十メートルが限界で奥の方は調べられていない」

 「オアシスの底にアーティファクトは沈められているか?」

 「いや、オアシスの管理にとあるアーティファクトを使っているが、それは地上に設置してある。結界系のアーティファクトでな、オアシス全体が汚染されるなどあり得ん事だ」

 「なるほどな……って事は、あれが元凶か……兄貴、頼めるか?」

 

 神羅はふん、と軽く鼻を鳴らすとそのまま無造作にオアシスに近づいていき、手で軽く水を掬って躊躇なく口に含み、飲み込む。

 その光景にランズィたちが驚愕に目を見開くも、神羅は気にしたそぶりも見せず、

 

 「うむ、この程度ならば何の問題もない。では、行ってくる」

 

 そう言って軽く手を振ると、神羅はこれまた躊躇なくオアシスの水に踏み入れると、そのまま潜水。あっという間にその姿が見えなくなる。

 

 「は、ハジメ殿!いったい何をやっているんだ!?オアシスは毒に汚染されているのだぞ!?その水に潜るなんて自殺行為だ!早く救出せねば……」

 「あぁ、大丈夫大丈夫。この程度でどうにかなるほど兄貴は柔じゃねぇよ」

 

 ハジメの言葉にユエも同意するように頷き、何を言って、とランズィたちが困惑の表情を浮かべた瞬間、

 

 『捕まえた!ハジメ、オアシスの外に投げるぞ!』

 「!来た。備えろ!兄貴が元凶を捕まえたぞ!」

 

 ハジメの言葉にランズィたちが更に困惑の表情を強くすると同時に、オアシスから盛大な水柱が立ち昇り、それを突き破る様にして何かが飛び出し、地面に叩きつけられる。

 

 「なんだこれは……この魔物は一体……バチュラムなのか……?」

 

 ランズィは目の前の魔物を見上げて呆然と呟く。そこにいたのは体長10m、体から無数の触手を伸ばし、透き通った体の中に赤い魔石を持つスライム型の魔物だ。ちなみにバチュラムとはトータスにおけるスライム型の魔物の名称である。

 

 「恐らく、毒素を生み出す固有魔法を持っていて、それがオアシスを汚染したんだろう。つまり、こいつが元凶って事だ」

 「……確かにそう考えるのが妥当か。だが倒せるのか?」

 

 巨大バチュラムが体から触手攻撃を繰り出してくるが、ユエが魔法で応戦、ハジメもドンナーとシュラークで核を狙い撃つ。が、核は体内を縦横無尽に動き回り、狙いをつけさせない。

 

 「そうくるか……じゃあ、ちょうどいい。練習に付き合ってもらうぜ」

 

 そう言うとハジメは弾丸を撃ち尽くしたドンナーを構える。リロードをしていないため弾丸は入っていないにも、ハジメは纏雷で銃身に雷を纏わせる。

 そしてその雷にハジメは意識を向け、さらに精密に操作する。すると、銃身を奔っていた赤雷が徐々にその規模を収束……否、ドンナーの薬室へと集束、圧縮されていく。

 そしてハジメがトリガーを引くと同時に、ドンナーの銃口から真っ赤な球体が吐き出され、巨大バチュラムに当たる。

 瞬間、耳をつんざくような轟音と共に膨大な雷撃が炸裂し、バチュラムの全身を文字通り蹂躙する。全身の水分を一瞬で蒸発させ、強烈な衝撃が内部にまで浸透し、核を粉々に砕く。

 巨大バチュラムは全身を維持できなくなったように崩れ落ちる。

 

 「よし、成功。後はもっと精度と速度を上げれば……」

 

 ハジメが行ったのは纏雷の元の持ち主である二尾狼のように雷を放つ攻撃だ。それだけ、と言われればそうなのだが、それだけの事がハジメには今までできなかった。レールガンがあるからそれで問題ないと思っていたが、ミレディ戦を経て、攻撃手段を増やすために練習していたのだ。

 そんなハジメに攻撃の余波からなんとか立ち直ったランズィが声をかける。

 

 「……お、終わったのかね……?」

 「ああ。もうオアシスに魔力反応は兄貴以外ない。兄貴も問題はないみたいだ。だろう?」

 

 ハジメが振り返れば、そこには全身を濡らした神羅が立っており、小さく頷く。

 

 「まあ、これでオアシスが元通りになる、とは限らないけど……」

 

 その言葉に、ランズィの部下が慌てて水質の鑑定を行う。

 

 「どうだ?」

 「……ダメです。汚染されたままです」

 

 その報告にランズィはそうか、と愁然と肩を落とす。

 

 「ま、汚染の元凶は叩いたからな。これ以上の汚染は広がらん。水は地下から新しいのが湧き出しているのだ。汚染水を除去すればオアシスは元に戻るであろう」

 「そうだな。それじゃあユエ。飲料水の確保を……」

 

 ハジメがそう言ってユエに視線を向けるが、すぐにん?と首を傾げる。なぜならユエは顎に手を当てながら何か考え込んでいたからだ。

 ランズィたちも訝しげにその様子を眺めていると、ユエは顔を上げ、

 

 「………ねえ、ハジメ。この毒素は、あの魔物の固有魔法で生み出されたんじゃ、って言ったよね?」

 「ああ、まあ、俺の予想だけど」

 「それじゃあ………もしかしてだけど………神羅の魔懐なら、毒素を破壊して無毒化できるんじゃない?」

 

 その言葉にハジメと神羅はぽかんと、口を半開きにしてしまう。ランズィたちがどういうことかと疑問符を浮かべる中、二人は顔を見合わせ、

 

 「……どうだ?兄貴」

 「考えた事もなかったが……確かに理論上は可能かもしれん………全力……はさすがにやりすぎか。それでも、我の魔力をオアシス全域に行き渡らせればあるいは………」

 「なあ、領主!さっき言ってた、オアシスを守っているって言うアーティファクトはオアシスのすぐそばに設置されているのか?」

 「え?いや、そうではないが……」

 「よし、だったら兄貴。最低よりも少し強めなら大丈夫じゃないか?」

 「そうだな。更に言えば、放出するのではなく、全身に纏わせて、その状態でオアシスの中を泳ぎ回れば……」

 

 うん、と小さく頷くと、神羅は再びオアシスの中に踏み入るが、それと同時に全身がチェレンコフ色の魔力で覆われ、青白く輝きだす。

 そのまま神羅はオアシスに身を鎮めると、魔力を隅々まで行き渡らせるためにゆっくりと泳いでいく。

 ハジメ達からはオアシスの中を青白い光で照らされた人影が泳いでいるように見えて中々に幻想的だ。

 その光景を眺める事十数分後。神羅がどこか満たされた表情を浮かべながらオアシスから上がってくる。

 

 「ふう……とりあえず、これで魔力は行き渡ったと思う。水質を鑑定してみてくれ」

 

 神羅の言葉にランズィは訝しげな表情を浮かべるが、とりあえず部下に検知するよう指示を出す。部下もまた困惑しながらも検知の魔法でオアシスを調べる。すると、その表情が信じられないと言った物に変わっていき、ポロリと結果がこぼれる。

 

 「……戻っている……」

 「……は?今、何と言った……?」

 

 ランズィが問うと、部下は勢い良く振り返り、

 

 「お、オアシスに異常なし!毒素は検出されません!完全に浄化されています!」

 

 その言葉にランズィ達は一瞬呆けたような表情を浮かべるが、次の瞬間には驚きを爆発させる。突然の事に理解が追い付かず、しかし喜ぶべきことだからか喜びも押し寄せてきて、彼らは大混乱に陥る。

 その様子に、ハジメ達はそうなるか、と小さく苦笑を浮かべていた。



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第68話 おとぎ話の悪魔

 日本版ゴジラ新作ひゃっほう!!!!!

 いや~~、まさかここに来て新作ゴジラの情報が来るとは!フェスには行けてませんが嬉しかったですね~~~。まだ情報がほとんど出ていないので何とも言えませんが、今は純粋に楽しみにしておきましょう!

 さて、今回。またしても魔力に関する独自の考察がありますのでご了承を。


 「なるほど………つまり、神羅殿の技能でオアシスの水に溶け込んでいた毒素を破壊した結果、オアシスは浄化された……そう言う事でいいか?」

 

 混乱から落ち着いたランズィが大きく息を吐きながら神羅に問いかけると、彼はうむと頷き、ランズィは感嘆したように声を漏らす。

 

 「まさか、そのような技能を持っている者がいようとは……しかし、あのバチュラムのような魔物は一体何だったのか……新種の魔物が地下水脈から流れ込みでもしたのだろうか?」

 

 気を取り直したランズィが首を傾げてオアシスを眺めていると、ハジメが口を開く。

 

 「……恐らくだが、魔人族の仕業じゃないか?」

 「!?魔人族だと?ハジメ殿、貴殿がそう言うからには思い当たることがあるのだな?」

 

 ランズィに続きを促され、ハジメは続ける。

 ハジメの予想ではオアシスバチュラムは魔人族の神代魔法で生み出された魔物だと思われる。能力が特異なのもあるが、ウルの町とオルクスで魔人族の暗躍が確認されている事もある。

 恐らく魔人族の魔物の軍勢は整いつつあるのだろう。そして、本格的な戦争を仕掛ける前に、危険や不確定要素、人間領の要所に対する調査と打撃を行っているのだ。作農師である愛子と勇者を狙ったことからも間違いないだろう。

 そしてアンカジは食料関係において無視できない要所だ。しかも大砂漠のど真ん中と言う立地上、援軍も呼びにくい。魔人族が狙ってもおかしくはない。

 

 「魔物の事は聞き及んでいる。こちらでも独自に調査していたが……よもやあんなものまで使役できるようになっているとは……見通しが甘かったか」

 「まあ、仕方ない所はあるだろ。王都でも新種の魔物の情報は掴んでないだろうし、勇者一行が襲われたのはつい最近だしな……」

 「いよいよ本格的に動き出したと言う事か。ハジメ殿……貴殿は冒険者と名乗っていたが、そのアーティファクトと言い、強さと言い、やはり香織殿と同じ……」

 

 ハジメは何も言わずに肩をすくめると、それだけでランズィは何か事情があるのだろうと察したのかそれ以上の詮索をやめた。

 

 「……ハジメ殿、神羅殿、ユエ殿。アンカジ公国領主、ランズィ・フォウワード・ゼンゲンは国と民を代表して礼を言う。この国は貴殿らに救われた」

 

 そう言うとランズィを含め彼の部下たちも深々と頭を下げた。

 領主が軽々しく頭を下げるべきではないだろうが、ランズィはハジメの立場が何であれ頭を下げたであろう。彼の愛国心は本物であり、だからこそハジメ達に心から感謝しているし、その事を理解しているからこそ部下たちも一緒に頭を下げたのだ。

 それに対しハジメは小さく頷くと、

 

 「ま、俺もここには用があった。そのためにもこの国には平和であってもらう必要があったからな。ただ、ここまでやったんだ。その恩を忘れたりすんなよ?」

 

 ひらひらと手を振りながらもしっかりと釘を刺すのを忘れないハジメにはランズィは小さく苦笑を浮かべながら頷く。

 

 「ああ、もちろんだ。末代まで覚えているとも……だが、アンカジにはいまだ苦しんでいる患者たちが大勢いる。神羅殿、其方の技能で……」

 「流石にそこまで万能ではない。人体にそれを行うと最悪体内の魔力を破壊し尽くして死なせてしまう。静因石を使うほうが安全だろう」

 「そうか……ハジメ殿。静因石の採取……お願いできるかね?」

 「もともとグリューエン大火山に用があったからな。そっちも問題ない。ただ、どれぐらい採取する必要があるんだ?」

 「引き受けてくれるか……おい、資料を」

 

 ランズィが資料と共に現在の患者数と必要な採取量を伝える。

 

 「かなりの量が必要だ。荷物持ちくらいならこちらから出すが?」

 「いや、必要ない。大量輸送可能なアーティファクトを持ってるからな」

 「……もう、何でもありだな。これも神のお導きか」

 

 ランズィはあきれ顔で呟いていると、

 

 「しかし……こう考えると魔人族の奴らの方が一枚も二枚も上手と言うかなんというか……」

 

 神羅はあまりにも人間族が後手に回り続けていることに呆れたように後頭部を掻いている。

 その言葉にはハジメもユエも同意しかない。魔人族は人間族と違い本気でこの戦争に勝ちに来ているように見えるのは気のせいではないだろう。もしもハジメ達がいなかったら人間族は戦争をする前に負けていた可能性が高い。

 こんなので人間族は本当に大丈夫なのか、と神羅は呆れるように息を吐く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オアシスが浄化されたことで飲み水は必要最低限確保できれば良くなったので、ハジメ達は手早く農業地帯に貯水池を作り、ユエの魔法で飲み水を確保。一仕事終えた彼らはそのまま医療院へと戻っていた。

 その医療院では香織とシアが獅子奮迅の活躍を見せていた。

 香織は半径10数メートルの患者から魔力を抜き取って魔晶石にストックし、更には衰弱を回復魔法で癒し、シアはホルアドで神羅と一緒にやったように遠方の患者を馬車に詰め込んでその馬車を運んで来たりしている。もちろん、ティオもミュウも負けていない。二人に比べれば地味だが、ティオは手際よく、かつ冷静に、手当てを行い、ミュウは手にタオルを抱えて医療院内を走り回っている。

 ハジメたちと共にランズィがやってくると、医療院のスタッフや患者たちが頭を垂れようとするが、ランズィはそれを手で制止、

 

 「皆の者、聞け!たった今オアシスを汚染していた原因は排除され、汚染も除去された!我らのオアシスが戻ってきた!加えて水の確保もなった!オアシスのと合わせれば救援に十分持つ。更に、ここにいる金ランクの冒険者たちが静因石の採取依頼を引き受けてくれた!あと数日だ、踏ん張れ!気力を振り立たせ、この難局を共に乗り切ろう!」

 

 最初、誰もが何を言っているのかと言うように戸惑ったように硬直していたが、次の瞬間、建物が震えるほどの大歓声が上がる。絶望に包まれていた人々が笑顔を取り戻し始める。患者やその家族たちは互いに抱き合って涙を流し、医療院のスタッフは仲間と肩を叩き合い、気合を入れなおしている。

 その様子にハジメは食えない奴だ、とランズィを見て肩をすくませる。彼は言外に帰ってこないと数万人が死ぬかもしれない。その罪悪感を味わいたくないよね、と言ってきているようだ。事実それは正しかったようで、ランズィもまたハジメに向けて肩をすくめる。もっとも、そんなこと言われなくても見捨てる気は更々ないのだが。

 その一方で神羅は香織の元に足を向けていた。

 

 「白崎。これからグリューエン火山に挑むがこいつらはどの程度持ちそうだ?」

 「神羅君………うん、4日は行けると思う。魔力を抜きつつ回復させていけば、それぐらいは」

 「そうか……手に入れた魔力操作は十分馴染んでいるようだな」

 

 神羅の言葉に香織はうん、と頷く。

 そう。香織はハジメ達と同じように魔力操作を手にしている。それによって従来よりも遥かに回復魔法の精度は上がっており、これほどの数の患者が相手でも彼女は今まで以上の活躍をみせることができるのだ。

 ただ、もしも彼女について一つ付け加えるとするならば……彼女はハジメのように魔物の肉を口にしてはいないと言う事だ。

 

 

 ではどのように会得したのかと言うと、香織は魔力操作を会得したのではない……………習得(・・)したのだ。

 

 

 そもそもの発端は香織が神羅達が魔力操作を持っており、それによって高い魔法戦闘力を持っていると知ったことだ。

 その話を聞いた香織はならば自分も魔力操作を会得すべきと判断して彼らに相談した。

 ハジメ達としてもその意見には賛成だが、一つ問題があった。それは魔力操作を手にするためには魔物の肉を喰らった上で神水を飲み、崩壊する身体を強制的に癒し続けるという地獄を味わわねばならないと言う事。ハジメの時はそうするしかなかったとはいえ、それはかなりの危険が伴う。幾らなんでも軽々しく人に勧める事ではない。

 香織はその話を聞いたうえでそれでも、と覚悟は決まっていた。彼らと、神羅と共にあるためにはもっと強くならなければならない。そのために力を手に入れる必要があるならばどんな地獄であろうと躊躇いはしないと。

 その覚悟の強さにハジメ達が根負けしそうになった時、話に置いて行かれていたミュウが神羅達に何をしているのかと問いかけたのだ。

 そしてユエがミュウにこの世界の魔法と魔力操作の事を簡単に説明した時、ミュウはキョトンと首を傾げながら問いかけた。『魔力操作がないと魔力が動かせないなら、どうやって香織お姉ちゃんは魔法を使ってるの?』と。

 その問いにハジメ達は改めて説明しようとしたが、そこでユエはある事に気付いた。

 魔力の直接操作はできないが、詠唱によって魔法陣に魔力を流し込む事はできる………この二つは矛盾していないだろうか?

 任意の場所に任意のタイミングで魔力を流し込む。これだって立派な操作と言える。ならば魔力操作がないとそれすらできないはず。にも拘らず人間は魔力操作がなくてもそれはできる。よくよく考えるとおかしいではないか。

 その事に気付いた瞬間、ユエはミレディの魔術書を取り出し、食事も水も取らず、ハジメですら話しかけるのを躊躇うほどの鬼気を放ちながら思考に没頭した。

 そして半日ほどが経過したころ、遂にユエはある仮説にたどり着いた。

 ユエの仮説は、魔力を持っている生物は生まれつき、ステータスプレートに反映されるほどではない最低限度の魔力操作の技能を持っていると言う物だ。そうでなければ魔力操作無しに魔力を操る諸々の行動、例えば魔法陣に魔力を流し込む、アーティファクトを使うと言った事ができることに説明がつかない。技能の魔力操作はその最低限度の魔力操作が強化され、より直接的に操作できるようになった物ではないかと。

 ハジメ達にそこまで語ってからユエはそこから導き出したもう一つの仮説を唱える。それは、魔力の流れを意図的に刺激してそれを香織に知覚させ、それを制御させることができれば、魔力操作を習得することができるのではないかというものだった。

 ユエの仮説はハジメ達でも納得したが、そんな方法があるのだろうか。もしもそんな事が出来るなら魔力操作は禁忌扱いされていないだろう。

 だが、ユエは抜かりなかった。持ち前の魔法の知識からその手段を見つけていた。

 それが廻聖だ。廻聖は魔力を抜き取り、他の物に譲渡することが可能。つまり、より直接的に魔力に干渉し、操っていると言っても過言ではない。これを使えば何とかなるかもしれない。

 善は急げ、香織とユエは早速実験に移った。と言っても、そこまで大それたことをする必要はない。香織が廻聖でユエから魔力を抜き取り、それを自分に、逆に香織の魔力をユエに渡すという形で魔力の循環を生み出し、それを香織に感じ取ってもらうというものだ。更にはユエの方でも魔力を操ってみたりもした。

 その結果、香織は自身の魔力の流れの知覚に成功、それに自ら干渉することで見事魔力操作を習得して見せたのだ。

 ユエ、シア、香織、ミュウ、神羅は素直に、あるいは無邪気にこのことを喜んでいたが、ある事に気付いたハジメとティオは若干顔を引きつらせていた。間違いなく、これはトータスの魔法技術を根底から覆しかねない偉業だ。この事が広まれば、魔力操作は急速に広まりかねない。そうなれば、トータスの文化は飛躍的に発展するだろう。なんかどんどん自分たちを中心にトータスが書き換わって行ってるのでは?と言う感覚に二人は軽く体を震わせていた。

 

 

 

 

 

 「神羅君。私はここに残って患者さんたちの治療をするね。静因石をお願い」

 「ああ、任せろ。代わりと言っては何だが、ミュウを頼む」

 

 香織は了承するように頷くが、次の瞬間一瞬小さく目を伏せると、良し、と小さく頷き、

 

 「私も頑張るから、無事に帰ってきてね。待ってるから……」

 

 そう、言葉を投げかける。その目は愛しそうに細められ、信頼と愛情がたっぷりとつまっている。それを見て、神羅は困ったように唇を曲げる。

 その様子をハジメ達は更に困った顔で見ていた。ハジメに至っては胃を押さえている。

 

 「それじゃあ、出発とするが……そうだ。一応確認しておくか……ランズィ、お前に一つ訊ねたいことがある」

 「ん?なんだね?」

 「グリューエン大火山に関係する神獣伝説のような伝承はあるか?あるなら教えてほしいのだが……」

 

 ランズィはなぜそんなものを?と言うように首を傾げるが、ハジメ達は神羅の意図に気づいた。グリューエン大火山、及びその周辺に怪獣がいるかどうか探っているのだ。

 

 「ふむ、しかし、大火山にそのような物………ああ、いや、あれがあったか………」

 「あれとは?」

 「うむ、アンカジにしか知られていないおとぎ話でな、炎の悪魔というものだ」

 

 その名に神羅は小さく目を細め、ハジメ達はどういう内容か気になり、続きを促す。

 

 「うむ。遥か昔、まだここがアンカジ公国と呼ばれていなかったころ、砂漠が大いに荒れた時期があったという。砂は天高く巻き上げられ、凄まじい砂嵐が全てを吹き飛ばそうとした。その時、国の民たちが砂嵐の中に巨大な燃え上がる影を見たという。その影はそのままグリューエン大火山の方に向かって飛んで行ったというものだ。国には被害は出なかったようだが以降、彼らはその影を炎の悪魔と呼んで恐れたという。もっとも、確認されたのはその一度だけで、その後はそんな影、火山でも全く見つけられず、見間違いだったのではと言う事になっている。今となっては悪い事をした子供を叱るために使われるおとぎ話の類となっているが………」

 

 話を聞き終えたハジメ達が神羅に視線を向けると、彼は悪態をつくようにため息を吐きながら首の後ろに手を当てていた。

 ランズィの話を聞いて神羅の脳裏をよぎったのは偽王との戦いの際、救援に来たモスラを抑え、瀕死にし、偽王が倒れた後、最初に自分に頭を垂れた者。

 

 「奴か………」

 

 その言葉で、ハジメ達全員が緊張に顔を強張らせる。



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第69話 グリューエン大火山

 まさかゴジラに続きガメラまで………ありがとう……本当にありがとう……

 遂に日本の特撮復活の兆しが見えてきましたね……


 グリューエン大火山。

 それはアンカジ公国より北方に百キロほど進んだ位置に存在している。見た目は直径5キロ、標高3千メートルほどの巨石で、通常の火山のような円錐状ではなく、溶岩円頂丘のように平べったい形をしており、山というよりも巨大な丘と言ったほうがいいだろう。

 そして、もう一つの特徴が火山全体を巨大な渦巻く砂嵐に包まれている事だ。火山を完全に覆い尽くすその様は砂嵐の竜巻と言うよりも流動する壁と言った方がしっくりくる。

 この砂嵐の中にはサンドワームやほかの魔物も多数潜んでおり、視界すらままならない状態でも容赦なく奇襲を仕掛けてくる。並みの実力ではグリューエン大火山を包む砂嵐すら突破できないという。静因石を取りに行ける冒険者が少ないのも納得だ。

 

 「つくづく、徒歩で来なくてよかったですぅ」

 

 ブリーゼの車内から巨大砂嵐を眺めるシアがブリーゼに感謝感謝と拝んでいる。

 

 「神羅殿。それで、怪獣の気配なぞはどうじゃ?」

 

 一方ティオは車内で目を閉じて集中している神羅に声をかける。それと同時に車内は一気に空気が重くなり、全員が固唾を飲んで神羅を見つめる。

 グリューエン大火山に怪獣が住み着いている可能性は極めて高い。怪獣の中には火山を住処にする奴もいるからだ。だからこそ、こうして神羅が怪獣の気配を探っているのだ。今怪獣がどういう状態かによってハジメたちの行動も大きく変わってくる。

 神羅はゆっくりと目を開けると、

 

 「……今のところ気配はほとんどしない。どうやら、ウルの町の奴と同じように眠りについているようだ。ならば、刺激しないように立ち回れば害はないだろう」

 「刺激しないようにって……火山内での戦闘は避けた方がいいって事か?」

 「いや、そこは大丈夫だ。火山内にほかの魔物がいるならば、ウルの時のように魔物が大集結でもしない限り異常と認識したりはしないだろう。後はまあ、火山が噴火でもしなければ大丈夫だ」

 「それならいいけど……でも、そうなると神羅はほとんど戦えないと考えていい?」

 

 ユエの問いに神羅は小さく口を曲げながら頷く。

 

 「そうだな……今回、我はあまり暴れることはできないだろうな」

 「ま、それならそれでいいんだけどさ……万が一怪獣が目覚めたらどうする?」

 「その時は何よりも退避だな。そして、外に出たら俺が相手をする。お前たちはアンカジまで撤退して、出来る限りの避難を。今回はウルの町のようにはいかん事を留意しておけ」

 

 ウルの町では住民のほとんどが自力で避難することができたが、アンカジは今、大勢の重病人を抱えている。彼らを全員連れて避難するのは現代ならばいざ知らずこの世界ではほぼ不可能だ。最悪の選択もしなければならないだろう。

 ハジメ達はその言葉に小さく頷き、ブリーゼは砂嵐の中に突撃する。

 砂嵐の内部は太陽の光もほとんど届かない赤銅色に塗りつぶされた世界になっており、ほとんど先が見えない。ここを生身で突破するのは至難の業だろう。

 その中をブリーゼはひた走る。この調子ならば5分ほどで突破できるはずだ。

 その間、シアはソナーで砂嵐内部を見ていたが、次の瞬間、「ハジメさん!」と声を上げる。一拍遅れてハジメも気付き、「摑まれ!」と声を張り上げながらハンドルを切る。

 直後、3体のサンドワームが飛び出し、奇襲を仕掛けてくるが、ハジメはS字を描くようにブリーゼを走らせて回避し、そのまま走り去る。ブリーゼの速度ならばさっさと範囲を抜けるほうがいい。

 そのブリーゼに新たに2匹のサンドワームが左右から挟み込むように襲い掛かるが、それに気づいたユエとティオが動く。

 

 「「風刃」」

 

 左のサンドワームをユエが、右のサンドワームをティオが一瞥しながらそう呟くと、車外で生み出された風の刃がサンドワームに襲い掛かり、その体を横一文字に切断する。血しぶきをまき散らしながらサンドワームは倒れ伏す。

 

 「ふむ……先ほどの風刃、随分と威力があったな。魔力を込めた様子はなかったが」

 「ん。砂嵐の風を利用した」

 

 ティオも同じように頷いており、神羅はなるほど、と小さく頷く。

 その後も後方からのサンドワームに加えて蜘蛛や蟻の魔物も襲い掛かるが、ユエとティオの魔法とブリーゼの武装で撃滅していき、遂にハジメ達は砂嵐を突破した。

 勢いよく砂嵐を抜け出たハジメたちの目に、エアーズロックを何倍にも巨大化させたような岩山が飛び込んできた。砂嵐を抜けた先は静かなもので、周囲は砂嵐で囲まれていながら、頭上には青空が見える。まるで台風の目のようだ。

 グリューエン大火山の入り口は頂上にあるようで、進めるところまではブリーゼで駆け上がっていく。

 やがて、ブリーゼでは厳しいところまでたどり着き、ハジメ達は徒歩で山頂を目指すのだが……

 

 「うわぁ……あ、あついですぅ」

 「ん……」

 「確かにこいつはキツイ……こりゃ、タイムリミット関係なしにさっさと攻略しちまう方がいいな」

 「ふむ、妾にはむしろ適温なのじゃが……」

 「我にとってもそうだな」

 

 神羅とティオの発言にほかの全員がうんざりとした表情になる。

 さっさと済ませようとハジメ達は暑い暑いと言いながらも岩場を軽々と登っていき、一時間もかからず山頂にたどり着く。

 超常は無造作に乱立した岩に埋め尽くされた場所だったが、その中にはひときわ目立つ物があった。歪にアーチを形作る10mほどの岩石だ。その下には大きな階段も見える、ここがグリューエン大火山への入り口だ。

 ハジメは階段の手前で立ち止まり、肩越しに背後を振り返る。神羅達が小さく頷くとハジメは表情を引き締め号令をかける。

 

 「やるぞ!」

 「おう」

 「んっ!」

 「はいです!」

 「うむ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グリューエン大火山の内部はこれまでの大迷宮以上にとんでもない場所だった。

 何とマグマが宙に浮いて、川のように流れているのだ。真っ赤に赤熱したマグマが空中をうねりながら曲がれていく様は巨大な龍が飛び交っているようだ。

 更に、通路や広間の至る所にマグマが流れており、それに加えて、

 

 「うきゃ!」

 「おっと、大丈夫か?」

 「はう、ありがとうございますハジメさん。いきなりマグマが噴き出してくるなんて……」

 

 先程のシアのように壁から唐突にマグマが噴き出してくるのだ。事前の兆候もなく、突然噴き出すので察知が難しい。ハジメが熱源感知を持っていたおかげで多少は予測できるが、それがなければ攻略のスピードはかなり落ちていただろう。

 そして最も厳しいのがまるでサウナの中にいるような、もしくは熱したフライパンの上にいるような強烈な暑さ、もとい熱さだ。

 これにはハジメ達だけでなく、ティオも汗を流してしまう。神羅は汗一つ掻かず涼し気で全員から恨みがましい視線を向けられる。

 滝のように汗をかきながら天井付近のマグマの雫や噴き出すマグマを躱しながら進んでいくと、広間で人為的に削られている場所が幾つも見つかる。ツルハシで砕いたような壁の一部から薄い桃色の小さな鉱石が覗いている。

 

 「お?静因石……だよな?」

 「うむ、間違いないぞ、ハジメ殿」

 

 どうやらここが静因石の発掘場所のようだが……

 

 「……小さい」

 「ほかの場所も小石サイズばっかりですね……」

 「ほぼ採り尽くされてるな……」

 

 見つかるのは小指の先よりも小さいものばかり。大量に回収するには深部に行く必要があるようだ。

 とりあえず取れるだけの静因石を宝物庫にいれ、先を急ぐ。

 熱さに辟易しながら7階ほど降り、現時点での最高到達階層である8階層へとたどり着く。

 その瞬間、ハジメ達の眼前に巨大な火炎が螺旋を描きながら襲い掛かる。

 

 「絶渦」

 

 その炎に対し、ユエが重力魔法、絶渦を発動させる。黒く渦巻く球体が迫りくる火炎を全てのみ込み、ユエはその重力球を攻撃主であるマグマを纏った雄牛目掛けて放つ。マグマの中の雄牛は素早い反撃に対処できず、正面から重力球を喰らい、肉体をぶち抜かれる。

 

 「……よし、こんなもの」

 「それじゃあ、さっさと奥に……兄貴?どうした」

 

 先を急ごうとしたハジメだったが、神羅がマグマをじっと見つめ続けている事に気付き、声をかける。

 神羅はその声に答えずじっとマグマを見つめ、考えるように唸り声をあげ、

 

 「………試してみるか」

 

 そう呟くと、神羅は唐突にマグマの中に足を踏み入れる。

 

 「ちょ!兄貴!?」

 「何をやってるんですか神羅……さ……ん……」

 

 最初は悲鳴じみていたシアの声が徐々に尻すぼみになっていく。

 ハジメでさえただでは済まないであろう灼熱のマグマの中を神羅は水たまりを歩いていくかのような気軽さで渡っていくのだ。そうなっても無理はない。

 見ればハジメ達もその光景を顔を引きつらせながら見ていた。

 そんな視線を気にもせず神羅は溶岩の中を歩いていく。その動きを目で追っていくうちにハジメは移動先のマグマの動きが気になった。具体的には岩などで流れが阻害されているわけでもないのに流れが変わっているのだ。

 神羅はその場所にたどり着くと小さく鼻を鳴らすと躊躇なくマグマの中に手を突っ込む。それでも全く熱がるそぶりを見せずそのままマグマの中で手をまさぐっていると、少ししてマグマから手を出す。

 赤い雫が滴る右手の中には一抱えほどの岩塊が握られている。よく見れば、その岩塊からは静因石の塊が覗いている。

 

 「ふむ、流れが妙だと思って調べてみたらこういう事か。静因石がマグマの魔力に干渉して流れを変えていたと言う事か。と言う事は……流れが不自然な所を調べれば静因石を確保できるな……ん?静因石がマグマに干渉すると言う事は、下手に取り過ぎればマグマが暴れるか………?そうなったら奴が目覚めるか……流石にここでそれは不味いな……まあ、他にもあるだろうし、それを採取していけばいいか。それでどうだ?ハジメ」

 「あ、はい。それで、いいと思う……」

 

 呑気に岩塊を宝物庫に放り込んでいる神羅を眺めながらハジメ達は熱さとは違う理由で疲れたようなため息を吐いた。



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第70話 グリューエン大火山の試練

 ゴジラVSコングの続編が再来年に……!もう本当にね……ありがとうございますです。

 なお、この作品では流石にそこまでの設定は拾いきれないと思うので、公開されてもストーリーの追加や書き直しとかはしない予定です。


 ハジメ達は静因石を採取しながらグリューエン大火山の中を進んでいく。神羅のおかげで静因石の採取自体は実に順調だった。何せハジメ達では取りに行くのが不可能な場所の静因石も神羅なら簡単に採取できる。しかも、神羅は静因石がマグマに与える影響を考慮しながら採取しているので、間違ってマグマが噴き出すなんて事態も起こらず、ハジメ達は自分の戦闘に集中して進んでいく。

 階層を下げるごとに魔物のバリエーションは増えていき、マグマをまき散らす蝙蝠や壁などから突然飛び出してくるウツボモドキ、炎の針を飛ばしてくるハリネズミにマグマの中を泳ぐ蛇など、実に多彩だ。

 耐久力があるだけでなく、マグマを隠れ蓑に奇襲を仕掛けてくる魔物たちは厄介極まりなかった。しかもその居場所を見抜いてるであろう神羅はハジメ達への訓練にでもしようと言うのかろくに警告をしてくれない。

 このグリューエン大火山が冒険者に不人気と言うのも納得だ。砂嵐を突破しても厄介な魔物が待ち構えており、しかもその魔石はオルクスの40階層付近と大して変わりなく、静因石も純度は表層の物とほとんど変わらず、何よりも凄まじい暑さで体力をガリガリと削られる。これでは挑戦しようとする者などいるはずがない。

 

 「はぁはぁ……暑いですぅ……」

 「……シア、暑いと思うから暑い。流れているのはただの水……ほら、涼しい、ふふ」

 「むっ、ハジメ殿!ユエが壊れかけておる!目が虚ろになっておる!」

 「……何を言ってるのティオ。私は正常。ここを流れているのは水で間違いない。だってほら、神羅が平気で泳いでいる。人がマグマの中で泳げるわけがない。神羅が泳いでいる時点であれは水であると証明されている。という訳で私も泳いでくる……」

 「兄貴ーーー!ちょっと休憩にするから今すぐマグマから上がってくれ!」

 

 自分の服に手をかけるユエを軽く小突きながらハジメが声を張り上げると、おう、と神羅は軽く手を上げてマグマから上がってくる。

 ハジメは広間のマグマから離れた壁に練成で横穴をあける。そこに全員が入ると外の熱気が届かないよう入り口を狭め、更に、魔物の奇襲を防ぐため部屋全体を金属でコーティングする。

 

 「ふぅ……ユエ、氷塊を出してくれ。しばらく休憩にしよう」

 「ん……了解」

 

 ユエは目を虚ろにさせながらも氷魔法で氷塊を生成、更にティオが風魔法で冷気を拡散させるように使い、部屋が一気に冷えていく。

 

 「はぅあ~~、涼しいですぅ~、生き返りますぅ~」

 「……ふみゅ~」

 

 女の子座りで崩れ落ちたユエとシアが目を細めてふにゃりとする。ハジメは小さく息を吐きながらタオルを取り出して全員に配る。

 

 「とりあえず、汗はみんな拭けよ。風邪ひいても知らないぞ」

 「……ん~」

 「了解ですぅ」

 

 のろのろとタオルを広げるユエとシアに対し、ティオは疲れた様子もなくテキパキとタオルを広げて汗を拭き、神羅は髪に付着した冷えたマグマを取ろうと四苦八苦している。

 

 「兄貴は当然としても、ティオも結構余裕そうだな。俺も結構きついってのに……」

 「まあ、これぐらいならばまだな………しかし、ハジメ殿でも参るほどとなると、恐らく、それがこの大迷宮のコンセプトなのじゃろうな」

 「コンセプト?」

 「うむ。皆から話を聞いて思ったのじゃが、大迷宮は試練なのじゃろう?神に挑むための。なら、それぞれに何らかのコンセプトがあってもおかしくはあるまい。例えば、オルクス大迷宮は数多の魔物とのバリエーション豊かな戦闘を経験する事、ライセン大迷宮は魔法と言う強力な力抜きであらゆる攻撃への対応力と磨くこと。このグリューエン大火山は熱さによる集中力の阻害とその状況下での奇襲への対応と言ったところではないか?」

 「そう言えばミレディがオルクスは全ての大迷宮をクリアした後に攻略する予定の場所みたいなことを言ってたな……」

 「なるほど……迷宮自体が解放者たちの教えって事か……獣級試練はゴジラ向け、もしくは最低でも怪獣を相手に生き残れるぐらいの力を示すのが目的か……」

 

 そう呟いてハジメがティオに目を向けると、ティオの首筋から垂れた汗がそのままその豊満な胸の谷間に消えていくのが見えた。今更ながら今のティオの服は以前の服をベースに丈をより短くし、スリットなどを随所に施してデザインと動きやすさを両立させたユエ渾身の逸品だ。だがその結果、以前よりも彼女の素肌が見えるようになってしまっている。

 その色香にハジメは思わず視線を逸らすが、その先には汗で服が肌に張り付き、濡れた素肌が見え隠れしているユエとシアがおり、とりわけユエに視線が吸い寄せられる。

 大きく着崩されたシャツから覗く素肌は暑さでほんのりと上気して赤みを帯びており、汗で光って見える。ユエの強烈な色香に目を逸らす事も忘れてハジメが凝視していると、不意にユエと視線がばっちり合ってしまう。

 ハジメがバツが悪そうに視線を逸らすと、ユエは小さく笑みを浮かべると、

 

 「……ハジメのエッチ」

 

 小さく舌を出しながらぼそりと呟き、それを聞いたハジメがうぐっ、と呻き声を上げる。それを見て再び笑みを浮かべたユエは視線を神羅に向け、

 

 「……神羅。マグマを取るの手伝う」

 「お、いいのか?すまんな、ユエ。冷えてるとは思うが気をつけろよ」

 

 そのまま神羅の元に向かうと彼の髪にこびりついたマグマを取り除き始める。

 ユエにからかわれたことにハジメがなんだかなぁ、と頭を掻いていると、

 

 「あの……ティオさん。なんだか最近ハジメさんとユエさん………」

 「うむ。何と言うか、以前とは接し方が変わってきた感じがするのう。以前と比べて接触回数が減っておると言うか……」

 「だというのに何なんですかこの割って入る事の出来ない感じは……私だって結構きわどい格好していたのにどうして見てもらえないんでしょう……」

 

 悲し気にうさ耳をへにゃりとさせるシアの頭をティオはよしよしと撫でていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後もハジメ達は時々休憩を挟みながらも順調にグリューエン大火山を攻略していった。十分な量の静因石を確保した後は神羅も戦闘に参加。マグマの中の魔物を粉砕していってくれたので、攻略スピードは劇的に上昇した。

 そして、グリューエン大火山の入り口からちょうど50階層目、ハジメ達の眼前にこれまでにない広大な空間が広がった。

 そこはライセン大迷宮の最終試練の部屋よりも広く、直径3キロメートル以上はある。地面はほとんどマグマで満たされており、所々に岩石が飛び出して僅かな足場となっている。周囲の壁も歪に歪んでおり、空中には無数のマグマの川が交差しており、マグマの海と繋がっている。

 まさに地獄の釜と言った光景の中心に、小さな島が浮かんでいた。その島の上はマグマのドームで覆われており、小型の太陽のように見える。

 

 「……あそこが解放者の隠れ家?」

 

 ユエがマグマのドームを見据えながら呟く。

 

 「階層の深さ的にもそう考えるのが妥当だろうな。だがそうなると……」

 「最後のガーディアンがいるはず……じゃな?」

 「ならば、間違いなくここにいるだろうよ。目的地の眼前に守護者を置くのは基本だ」

 

 神羅の言葉にハジメ達は小さく頷くと、それぞれ足場やマグマの海を経由しながらドームに近づいていく。そしてドームまであと半分と言ったところで宙を流れるマグマからマグマそのものが弾丸のようにハジメたち目掛けて放たれる。

 

 「任せよ!」

 

 ティオが魔法を発動させると、マグマの海から炎塊が放たれ、マグマの塊を相殺する。

 しかし、間髪入れずに頭上のマグマの川やマグマの海から炎塊がマシンガンのように連続で撃ち放たれる。

 ハジメ達はそれぞれ足場の上でマグマの塊を迎撃していくが、その攻撃に終わりはなく、ハジメ達は憎々しげな表情を浮かべる。

 それを見た神羅はマグマの海から片腕を出すと、ぐっ!と軽く指を曲げる。

 その瞬間、頭上に重力場が出現、それがマグマの川ごと弾幕を押しつぶす。

 その光景にハジメ達は軽く目を見張る。神羅が行ったのは重力場を発生させるという、ある意味においては魔法とすら呼べない所業だ。だが、その制御は絶妙であり、周囲やハジメ達には影響を与えず、頭上のマグマの塊だけを押しつぶしているのだ。

 海からは変わらず塊が放たれているが、、一気に弾幕が薄まったことで、ハジメ達は素早く動き出す。目指しているのは中央の島だ。

 頭上のマグマ塊は変わらず神羅が迎撃し、海からの攻撃はハジメ達が撃ち落としていく。

 そしてハジメが最後の跳躍で中央の島に飛び移ろうとした瞬間、腹の底まで響くような咆哮と共にハジメの真下から何かが飛び出してくる。

 それはマグマを纏った巨大な蛇だ。マグマの大蛇がハジメを飲み込もうと大口を開けて迫ってくる。

 ハジメは軽く息を詰まらせるが即座に体を捻ってその攻撃を回避し、そのまま近くの足場に着地する。

 大蛇は間髪入れずにハジメに襲い掛かろうとするが、その全身がぐしゃりと押しつぶされる。神羅が重力魔法を使ったのだ。

 

 「ほう、そう言う事か……」

 

 神羅は納得したように目を細める。いかにマグマの中とは言え、神羅の感覚ならばこれほどの大きさの生物がいれば見逃すはずがない。だが、神羅は出現するまで大蛇に気付けなかった。その疑問が解消される。

 大蛇は潰したが、そこには肉体はなく、あるのはマグマだけ。この大蛇はマグマのみで構成されているのだ。

 それと同時に周囲のマグマの海から次々とマグマの大蛇が出現し、ハジメ達を睥睨する。

 

 「やはり中央の島が終着点のようじゃの。通りたければ我らを倒して行けと言わんばかりじゃ」

 「どうやらバチュラム系の魔物と同じで核となる魔石があるのだろう。流石にマグマの海が奴らの本体ではないようだ」

 

 ティオの近くの岩場に昇りながら神羅が呟く。流石にそんな展開は勘弁してほしいとハジメ達は口をへの字に曲げる。

 

 「ハジメ、見て。岩壁が光ってる」

 

 ユエが中央の島を指さし、ハジメが目を向ければ、確かに、岩壁の一部が拳大の光を放っている。

 注意深く見て見れば岩壁にはかなりの数の鉱石が規則正しく埋め込まれている。光を放っているのはその鉱石の一つだ。鉱石が並ぶ間隔と中央の島の外周を考えると大体百個の鉱石が埋め込まれていることになる。そして、今光を放っているのは一つ。

 

 「なるほど……このマグマ蛇を百体倒すのがクリア条件って事か」

 「この暑さであれを百体相手にする。迷宮のコンセプトにもあってる」

 「ならば、やることが決まったのならば、さっさとやるぞ。これは前哨戦なのだからな」

 

 神羅の言葉をきっかけにマグマ蛇が一斉にハジメ達に襲い掛かるが、

 

 「久しぶりの一撃じゃ!存分に味わうがよい!」

 

 ティオが突き出した両手からブレスを放ち、正面のマグマ蛇を吹き飛ばし、更に横薙ぎに振るう事でマグマ蛇をまとめて薙ぎ払う。その隙に神羅は再びマグマの中に潜水する。

 シアは軽く跳躍し、ドリュッケンの柄を伸ばすと一体のマグマ蛇目掛けて振り下ろす。魔石の位置が分からないなら全身を潰せばいいじゃないと言わんばかりに繰り出された一撃はマグマ蛇の全身を文字通り叩き潰す。

 そのシアの背後からマグマ塊が迫るが、シアは空力が付与されたブーツの底から淡青色の波紋を広げると、それを踏みしめて跳躍し、その一撃を回避してそのままドリュッケンをしたから掬い上げるような一撃でマグマ蛇を粉砕する。

 ユエは風の魔法で生み出された龍、嵐龍でマグマ蛇を次々と飲み込み、魔石を砕いていく。

 順調、と思った瞬間、ハジメはん?と首を傾げる。マグマ蛇を倒しているから中央の島の鉱石が光を放っているのだが、その数が明らかに合わない。具体的には多いのだ。光っている数が。それどころか、ユエ達がマグマ蛇を倒すよりも早く鉱石が光を放っていっている。

 どう言う事か、とハジメは訝し気な表情を浮かべるが、すぐに先ほど神羅がマグマの海に潜っていったのを思い出し、

 

 「ああ……兄貴がマグマの中の個体を蹂躙してんのか………」

 

 あまりにも反則なその攻略法にハジメは思わず苦笑を浮かべる。これにはこの大迷宮を作った解放者も浮かばれないだろう。いや、案外予想していた可能性もあるが。

 ハジメはふう、と息を吐くと突っ込んできたマグマ蛇の攻撃を回避しながらドンナーとシュラークから雷弾を放つ。

 雷弾はマグマ蛇を捕らえると轟音と共に炸裂し、雷撃が巨体を蹂躙するが、動きが止まるだけでマグマ蛇を倒すには至らない。

 バチュラムのようにはいかないか、とハジメは息を吐きながらレールガンでマグマ蛇を吹き飛ばしながら意識を集中する。

 マグマ蛇は全身を魔力を纏ったマグマで構成されている。そのため、ハジメの熱源感知や魔力感知はほとんど意味をなさず、結果魔石の位置も判別しない………いいや、そんな事はない。

 魔石は言ってしまえば高純度の魔力の塊だ。そしてマグマ蛇はそれが核となっている。ならば、相手がどれほど魔力を纏っていようとも魔力の流れを感じ取れればおのずと魔石の位置は判別できるはずだ。

 ハジメは瞬光も使って猛攻をさばきながら魔力感知を研ぎ澄ませる。すると、目の前のマグマ蛇の体にうっすらとした流れのような物が見えてくる。ハジメは意識を更に研ぎ澄ませてその流れを辿っていく。そして……

 

 「そこか」

 

 魔力の流れが最も濃い一点目掛けてレールガンを放つ。その一撃は狙い通り魔石を撃ち抜き、マグマ蛇が崩れていく。

 よし、と頷くとハジメは次々と他のマグマ蛇を同じように魔石を撃ち抜いて撃破する。

 気がつけば、中央の島の発行する鉱石はそのほとんどが発光しており、残り八個と言ったところだ。戦闘開始から5分ほどしか経っていない。

 ティオのブレスがマグマ蛇をまとめて薙ぎ払い、残り六体。

 シアのドリュッケンの連撃がマグマ蛇を続けて粉砕する。残り4体。

 ユエの真下から襲い掛かってきたマグマ蛇と真上から挟撃を仕掛けてきたマグマ蛇をユエは重力魔法での高速移動で回避し、嵐龍で一体を喰らい付くし、もう一体をマグマの海から飛び出した神羅の一撃が粉砕する。残り2体。

 ハジメに急速接近してきたマグマ蛇がマグマの塊を散弾のようにまき散らすがハジメはその攻撃の隙間を縫うように駆け抜け、魔石を撃ち抜く。

 最後の一体がハジメの直下のマグマの海から奇襲を仕掛けるが、神羅が投げつけた投槍がマグマ蛇を吹き飛ばし、零れ落ちた魔石にハジメはドンナーを構え、レールガンを放つ。

 刹那。

 頭上より、ハジメ目掛けて巨大な光の柱の如き極光が降り注ぐが、

 

 「させん」

 

 いつの間にかハジメの傍に現れた神羅が跳躍と共に青白い魔力を放つ拳を極光に叩きつけ、轟音と共に消滅させる。




 出来れば年内にもう一話行きたいなぁ……


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第71話 炎の悪魔

 ちょいと遅れましたが、新年、あけましておめでとうございます。今年も夜叉竜をよろしくお願いします。

 今年の目標はできる限り更新を早くする事です!

 では、新年一発目、どうぞ!


 「兄貴!?」

 

 自分を守ってくれた兄を見て驚いたようにハジメが声を上げた瞬間、今度は上空から無数の閃光が豪雨のごとく周囲一帯に降り注ぐ。その範囲にはユエ、シア、ティオも入っている。

 縮小版とはいえ、一発一発が神羅以外の身を滅ぼす死の光だが、神羅はハジメの傍に着地すると宝物庫からタワーシールドを取り出してハジメと自分の頭上に掲げ、ユエは黒盾を取り出すと表面のゲートを起動させて自身の頭上に展開、ティオは自身とシアを覆う形で逆巻く風のシールドを展開させる。神羅が飛び出したと言うのもあるが、元々獣級試練を想定していたおかげで即座に動くことができたのだ。

 次の瞬間、破壊の奔流がハジメ達に殺到、周囲のマグマの海にも着弾、その余波で荒れ狂い、岩場が破壊されていくが、神羅の盾はその猛攻を前に微動だにせず、ユエの黒盾は極光を飲み込んでは逆に吐き返して相殺させていき、ティオの風のシールドは極光の軌道を逸らし続ける。

 

 「……ふん、頭上で妙な感じがしたとは思ったが………」

 

 一分ほどが経過したころ、極光の嵐は最後にひときわ激しく降り注ぎ、ようやく終わりを見せた。周囲は破壊し尽くされ、あちこちから白煙が上がっている。だが、ハジメ達は無傷で耐え凌いだ。

 

 「助かった、兄貴」

 

 ハジメが神羅に礼を言うと同時に感嘆半分、呆れ半分の男の声が頭上から降ってくる。

 

 「……看過できない実力だ。やはりここで待ち伏せて正解だった。お前たちは危険すぎる。特にその男は……」

 

 ユエ達が天井付近を見上げれば、そこにはいつのまにか夥しい数の竜と、周囲の竜とは比較にならない巨体を誇る純白の竜が飛んでおり、その白竜の背に赤い髪に浅黒い肌、僅かに尖った耳をした魔人族の男がいた。

 

 「まさか私のウラノスのブレスを殴って相殺するとは……おまけに強力な未知の武器……それに女共もだ。まさか総数50体の灰竜の掃射を耐え切るなどあり得ん事だ。貴様等、一体何者だ?いくつの神代魔法を習得している?」

 

 黄金の瞳を剣呑に細め、魔人族の男はこちらを睥睨する。どうやら神羅達の力を神代魔法によるものだと考えているようだ。

 

 「質問する前にまずは名乗ったらどうだ?それが礼儀だぜ」

 

 神羅がタワーシールドを宝物庫にしまう隣でハジメはそう言いながら魔人族を睨みつける。

 

 「……これから死にゆく者に名乗りが必要とは思えんな」

 「テンプレだな、おい……そう言えば、オルクスで倒した魔人族も結局名乗らなかったが、魔人族には本当に名乗るって文化がないのか?」

 

 その言葉に魔人族の男の眉が一瞬動き、先ほどよりも幾分か低くなった声色で答える。

 

 「気が変わった。貴様は、骨身に私の名を刻め。私の名はフリード・バグアー。異教徒共に神罰を下す忠実なる神の使徒である」

 「現地人でもいいんじゃねえか神の使徒……ま、それも神代魔法を手に入れてそう名乗ることを許されたって所か……魔物を使役する力じゃねえな。それなら闇魔法で十分だ。恐らく……魔物を作れる魔法って所だろう。それならあの威力の極光を放てる魔物がいることも説明がつく」

 「察しがいいようだな。神代の力を手に入れた私にあの方は直接語り掛けてくださった。我が使徒と。故に、私は、己の全てを賭けて主の望みを叶える。その障害となり得る貴様らの存在を、私は全力で否定する」

 

 イシュタルに似た狂信的な光を宿した目を向けながらフリードは真っ向からハジメ達を否定する。

 それに対しハジメは小さく息を吐き、

 

 「そうかい。それじゃあ、俺たちは生き残るために全力で抗わせてもらうが……この場に限って言えば、俺達に注力するのは悪手だぜ」

 

 ハジメがそう言った瞬間、空間内に声が響く。

 

 『規定時間内の試練の突破を確認………獣級試練、開始………』

 「ん……?なんだこの声は……」

 

 その声にフリードは困惑したような声を漏らす。

 次の瞬間、マグマの海が激しくうねり出す。それどころか、蠢きながら一か所に集まりはじめ、巨大な塊がマグマの海に生み出されていく。

 

 「な、なんだこれは!?」

 

 その現象にフリードが狼狽えている間にマグマの海の一角に中央の小島よりも巨大なマグマの塊が形成されると、それはぐにゃりと形状を変え、咆哮を上げながらゆっくりと鎌首を持ち上げる。

 それは形状だけで言えば先ほどまで戦っていたマグマ蛇だ。ただし、その大きさは桁外れだ。全長は間違いなく数百メートルはあり、胴体の太さは電車とほぼ同じという特大サイズだ。

 

 「こ、これは一体……」

 「あの様子だと、あいつは獣級試練に挑めていないようだな……」

 

 ハジメが小さく息を吐いていると、マグマ大蛇は上空のフリードを睨みつけ、口からマグマの奔流を放つ。

 攻撃の規模もまた先ほどとは次元が違う。それはマグマ大蛇の口からマグマ蛇が飛び出したと錯覚するような一撃だ。

 その一撃の前に灰竜が数頭立ちふさがる。よく見ればその背には亀形の魔物が張り付いている。その亀形の魔物の甲羅が赤黒く発光すると、赤黒い障壁が展開され、マグマの一撃を受け止めようとするが、凄まじい威力に受け止めきれず、そのまま飲み込まれてしまう。

 だが、その隙にフリードはウラノスを駆ってマグマ大蛇の射線から退避する。そしてウラノスの口内に膨大な魔力が収束・圧縮されていくと、マグマ大蛇目掛けて極光のブレスが放たれる。

 ブレスは容赦なくマグマ大蛇を直撃、その巨体の大部分を吹き飛ばし、マグマの海に着弾、盛大に周囲を吹き飛ばし、一時的に海の底をさらけ出す。

 が、フリードがマグマ大蛇に気を取られた瞬間には神羅達は動いていた。

 

 「「嵐空!」」

 

 ユエとティオが二人係で上空に向かって嵐空を放つ。凄まじい突風が空間内で吹き荒れ、無数の風の刃が灰竜の群れを襲う。

 亀の魔物の障壁がその全てを受け止めようとするが、一部は受け止めきれずにそのまま切り裂かれ、他は盛大な乱気流にもてあそばれ、態勢を大きく崩す。

 そこにハジメのオルカンの一斉掃射が殺到。体制を崩した灰竜と亀の魔物にそれを避け、防ぐことはできず、半分以上の個体が肉塊へと変り果て、マグマの海に落下して焼き尽くされる。そして生き残った群れの中にシアが飛び込み、雄たけびと共に柄を伸ばしたドリュッケンを振り回し、障壁ごと亀の魔物と灰竜を叩き潰す。

 更にシアはドリュッケンのスラスターを起動させると、その勢いで一瞬で別の灰竜の元に移動し、粉砕してしまう。

 更にシアは止まらず、宝物庫から拳大の鉄球をいくつも取り出すと、見事な制御力で宙に投げたそれをドリュッケンで殴り飛ばし、灰竜を次々と撃ち落としていく。

 

 「こうなれば……!」

 

 一方的にやられていく灰竜を見てフリードは忌々し気に顔を歪めると、その場にとどまり、極度の集中状態となり、詠唱を始める。恐らく、ここで手に入れた神代魔法を使おうとしているのだろう。

 だが、まるでその時を待っていたかのように、マグマの海から吹き飛ばされたはずのマグマ大蛇が飛び出し、ウラノスに食らいつこうと突き進む。

 

 「ルゥォ!?」

 

 とっさと言わんばかりにウラノスは羽ばたいてその場から距離を取り、その一撃を回避する。だが、その急旋回が仇となり、フリードは集中力を切らしてしまい、魔法の構築が無効化されてしまう。

 諦めずにマグマ蛇は追撃を仕掛けようとするが、次の瞬間、驚愕の声とともにマグマの海に沈む。いや、その様は沈むというよりも引きずり込まれたと言ったほうが的確だろう。

 すると、マグマの海が攪拌されるように激しくうねり出し、海面が激しく泡立ち始める。

 

 「っとと!」

 

 ハジメは慌てて別の高い足場に退避し、ユエ、シア、ティオも近くの別の足場に移動し、荒れ狂う海面を見つめる。周囲を見れば、いつの間にか神羅が見当たらない。

 

 「これは……獣級試練は神羅殿に任せた方がいいかもしれんのう」

 「情けないがそうだな。流石にこの状況じゃそうするしかない」

 

 ハジメは小さくため息を吐きながら上空のフリードを睨みつける。それと同時にユエ達も同様に構える。

 対しフリードは忌々し気にハジメ達を見下ろし、

 

 「……恐るべき戦闘力だ。侍らしている女共も尋常ではないな。無詠唱無陣の魔法の使い手にそれと同格の魔法の使い手。人外の膂力を持つ兎人族……よもや神代の力を使ってなお、ここまで一方的に追い詰められるとは……」

 

 何かを押し殺したような声色でフリードはハジメと視線を交わす。ハジメは小さく肩をすくめ、

 

 「獣級試練に挑めてない時点で言うほど大したもんじゃないがな」

 

 その言葉にフリードは眉を顰めるが、一度目を伏せると、再び決然とした表情でハジメを睨みつける。

 

 「この手は使いたくなかったが、貴様らほどの強敵を殺せるなら必要な対価と割り切ろう」

 「何を言っている?」

 

 フリードはハジメの問いに答えず、いつの間にか肩に留まっていた小鳥の魔物に何かを伝えた。

 その直後、空間全体、否、グリューエン大火山全体に激震が走り、凄まじい轟音とともにマグマの海全体が荒れ狂い始めた。

 

 「うおっ!?」

 「んぁ!?」

 「きゃあ!?」

 「ぬおっ!?」

 

 下から突き上げるような衝撃に襲われながらもハジメ達はどうにかバランスを取る。激震は激しさを増していき、マグマの海からは神羅とマグマ大蛇が起こした物よりも激しくマグマ柱が立ち昇り、更にマグマの海全体の水位も上がってきているように思える。

 

 「何をした?」

 

 ハジメがこの異常事態の犯人であろうフリードを睨みながら聞くと、彼は中央の島の直上に移動しながら答える。

 

 「要石を破壊しただけだ」

 「要石?」

 「このマグマを見ておかしいと思わなかったのか?グリューエン大火山は明らかに活火山だ。にも拘らず今まで一度も噴火したという記録がない。それはつまり、地下のマグマ溜まりからの噴出をコントロールしている要因があると言う事」

 「それが要石……って、まさか……!」

 「貴様が想像した通りだ。マグマ溜まりを鎮めている巨大な要石を破壊させてもらった。まもなくこの大迷宮は破壊される。神代魔法を同胞にも授けられないのは痛恨だが……貴様らをここで仕留められるなら惜しくない代償だ。大迷宮と共に……」

 

 そこでフリードは訝しげに眉を寄せる。なぜなら今まで強烈な闘争心を見せていたハジメたちの顔が呆然とした様子でこちらを見ていたからだ。だが、次の瞬間、それは愕然とした表情となり、顔色は蒼白となり、

 

 「ばっっっっっか野郎がぁっっっっっっっっっ!!!」

 

 ハジメが叫んだ瞬間、マグマの海から神羅が飛び出してくるが、その表情には彼には珍しく焦りが浮かんでいる。

 

 「ハジメ!これは一体何が!?」

 「あのバカ野郎が火山を噴火させようとしてるんだよ!」

 「っんだと……!?知らないとはいえやり過ぎだ!」

 

 神羅の顔が引きつった瞬間、マグマの海からマグマ大蛇が飛び出してくる。マグマ大蛇は荒れ狂うマグマの海にもひるまず唸り声をあげ、ハジメ達に襲い掛かろうとした瞬間、

 

 ォォォォォォォォォォォォォォォォォォン………

 

 低い鳴き声のような物が響き渡る。その瞬間、マグマ大蛇がその動きを止め、怯えるように体を震わせる。

 

 「次から次へと…………今度は一体……!」

 

 首から下げていたペンダントを取り出したフリードは忌々しげに顔を歪める。それと同時に天上に亀裂が走り、左右に開き始める。天井の穴はそのまま頂上までいくつかの扉を開いて直通した。恐らく攻略の証によるショートカットだ。

 それを見た瞬間、ハジメ達は即座に動いた。

 

 「ティオ、頼む!」

 「承知!」

 

 神羅の声と共にティオはその姿を黒竜へと変貌させ、更にユエが大量の水を神羅にぶっかけ、付着していたマグマを強制的に冷やす。

 

 「バカな、黒竜だと!?」

 

 竜に変身したティオを見てフリードが驚愕している間にハジメ達はティオの背中に乗る。

 神羅が乗り込むと同時にティオは翼を羽ばたかせ、天井の穴目掛けて飛翔する。

 

 「させん!ウラノっ!?」

 

 フリードがウラノスに攻撃を指示しようとするが、それはできなかった。そのウラノスがティオに並ぶように天井の穴に向かって飛翔したからだ。

 

 「何をしているウラノス!」

 

 フリードが激昂したように叫ぶがウラノスはそれを無視して飛翔する。見れば、灰竜たちも慌てた様子で上に向かってきており、マグマ大蛇はマグマの海の中に潜っていく。

 ショートカットの通路に飛び込んだ後もティオ達は無我夢中で突き進み、遥か彼方の地上の光を目指す。

 

 「おのれ……ならば!」

 

 フリードがペンダントを握りしめると、ショートカット内の通路が閉まり始める。どうやら是が非でもフリードは自分たちを逃がさないつもりらしい。

 ハジメ達がギリっと奥歯を噛み締めながらフリードを睨みつけた瞬間、神羅の背中に背ビレが生え、口元が変異し、背ビレと喉元、そして目が青白い光を放つ。更にそれと同時にティオの口内に黒い魔力が、ウラノスの口内に白い魔力が収束し、次の瞬間、黒、白、水色の閃光が放たれ、閉まり始めた扉を次々と吹き飛ばしていく。

 神羅達と協力するような姿勢を見せたウラノスにフリードが信じられないという表情を浮かべた瞬間、一行は最後の扉を潜り抜け、巨大な砂嵐に囲まれながらも太陽の光が注ぐ天空に飛び出す。それと同時に最後の扉が閉まる。

 

 「ウラノス……なぜだ……なぜ……」

 『是が非でもお主を守りたかったのじゃ。慕われとるのう』

 

 無我夢中で散っていく灰竜たちを見ながらティオが呟く。ハジメ達はグリューエン大火山を見下ろしている。

 何を、とフリードが憤怒の形相でハジメ達を睨みつけた瞬間、グリューエン大火山のショートカット付近の岩場に亀裂が走る。その亀裂は見る見ると広がっていき、黒い煙を吐き出していくと、次の瞬間、凄まじい爆音と共にグリューエン大火山が爆発する。

 砂嵐を大きく揺るがすほどの衝撃が放たれ、ハジメ達がとっさに顔を覆う。

 無数の火山岩が弾き飛ばされ、盛大に黒い噴煙をまき散らし、マグマが噴出する火口から何かがぬっと伸ばされる。

 それは翼だ。片翼だけで100メートルは超えているいくつかの指を残した巨大な翼が現れ、火口の縁に指を突き立てる。それだけで火口が砕け散り、更にもう一翼が伸ばされ、同様に火口に指を突き立てる。

 そして火口から、噴火をものともせずに凄まじい巨体が現れる。

 その全体像はハジメの良く知る翼竜と非常に酷似している。いや、全体のシルエットだけ見れば全く同じだろう。冷え固まったマグマのような皮膚に短めの嘴のような口をし、頭には後ろに向かって伸びる二本の角を持っている。翼の縁はまるで燃えているようにまばらに赤い光を放っている。そして、よく見ればその口にはあのマグマ大蛇が咥えられている。だが、その大きさはかなり縮んでしまっており、50メートルぐらいになっており、力なく身を震わせる。

 怪獣は完全に外に身をさらけ出すと、巨体をブルりと震わせる。すると、咥えていたマグマ大蛇の全身が冷えたマグマのように固まっていき、遂には完全に岩の塊へと変り果ててしまう。怪獣はマグマ大蛇の残骸をかみ砕き、破片がまき散らされる。

 

 そして、かつて炎の悪魔と呼ばれた怪獣、ラドンは翼を大きく広げると甲高い咆哮を上げる。




 獣級試練のマグマ大蛇、実は悪食と似た性質を持っていて、体全部が魔石であり、損傷してもマグマを取り込むことで再生することができるという厄介な性質を持っていました。


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第72話 ゴジラVSラドン

 すいません。少々、納得がいかないところがあったので、いささか書き直して投稿し直します。

 最新話を楽しみにしてくださっている皆様には申し訳ありません。少しでも早く最新話を投稿しようと思っていますので何卒………



 火山から現れたラドンをフリードは呆然とした様子で見つめていた。

 あれはなんだ。一体何なのだ。でかい。でかすぎる。他の魔物とはあまりにも規模が違いすぎる。あんなのはもはや、神話に出てくる怪物ではないか。

 そこでフリードはウルの町の破壊工作に出ていたレイスと言う部下の報告を思い出していた。何でも突如して山のような巨大な魔物が二匹同時に現れ、戦闘を行われ、神の使徒の支配下に置かれた魔物の群れは離散した。目標である豊穣の女神の排除、及びウルの町への打撃は確認できずという物だ。

 その時、フリードはその報告をそこまで深刻に捉えていなかった。なぜならその後、即座にフリード自身の目で現地に赴いて確かめに行ったのだが、凄まじい戦闘痕は発見できたが、湖や周囲の山で巨大な魔物の姿を発見できなかったのだ。しかし、かといってレイスが幻覚を見たとも思えなかった。

 だからこそ、フリードは何かイレギュラーと言える何かが自分たちが知らない力、例えば神代魔法を使って魔物を撃退し、レイスはそれによって精神に異常をきたしたのではと思ったのだ。実際、フリードが敬愛する魔人族の王、魔王もフリードからの報告を聞くと、そのようにおっしゃっていた(・・・・・・・・)

 だからこそ、フリードは警戒はしていたがそこまでではなかった。それどころか、もしも遭遇したら神代魔法を使って自分の手駒にしてしまおうとすら考えていた。

 だが、目の前のラドンを見て、フリードは確信した。レイスは正しかった。こいつは本物の怪物だ。神代魔法であってもこいつには届かない。この大陸には自分たちの想像も及ばない強大な存在がいると。

 愕然とした様子のフリードを後目にハジメ達はラドンの動向に注意を払っていた。眠っていたのが飛行型の怪獣の可能性が高いのは知っていたが、あまりにもでかすぎる。

 咆哮を上げたラドンは翼を火山につけると周囲を見渡し、そして顔を上げて視界にハジメ一行とフリードを納める。

 その瞬間、誰もが理解した。出来てしまった。見つかったと。奴からは羽虫にしか見えない自分たちを奴は正確に捕捉したと。

 ラドンは唸りながらハジメ達を睨みつける。その視線を真っ向から睨み返し、神羅は小さく舌打ちをすると、

 

 「奴は俺が相手をする!」

 

 そう言って躊躇することなくティオの背中から飛び降りる。

 

 「兄貴!?」

 「「『神羅(さん)(殿)!?』」」

 

 ハジメ達が驚いたように声を上げるなか、神羅は重力に轢かれて真っ直ぐに落下していきながら全身から黒い魔力を放出する。

 すると、魔力に気づいたのかラドンが神羅に顔を向け、咆哮を上げる。

 噴き出した魔力が形を取り、空中にゴジラの巨体が現れると、彼はそのまま砂漠に着地する。その瞬間、地面を激しく揺るがす轟音と共に凄まじい衝撃が砂を吹き飛ばし、高い砂煙を立ち昇らせる。

 砂煙が晴れると両手をついた状態のゴジラがゆっくりと立ち上がり、ラドンを睨みつける。対しラドンもまたゴジラを正面から睨みつけ、威嚇の咆哮を上げる。

 その咆哮を聞いてゴジラはこいつが偽王側に着いた物とは別個体と確信する。あの個体ならば自分に恭順を示す筈だからだ。

 ゴジラもまた咆哮を轟かせる。ここまで来たら二匹が選ぶ道はただ一つだ。

 ラドンが一歩踏み出し、翼を大きく羽ばたかせると巨体が浮かび上がり、一直線にゴジラ目掛けて飛翔する。

 たったそれだけ。ただ飛んだだけ。それだけでグリューエン大火山の噴火がさらに激しくなり、巨大なマグマ柱が吹き上がり、火山雷が空に轟き、天高く黒煙の柱が立ち昇る。そして、ラドンが飛翔した後には強烈な熱風の嵐が吹き荒れ、火山の表面を薙ぎ払っていく。

 先手はゴジラだった。背びれと目を光らせてラドン目掛けて熱線を放つ。が、ラドンは大きく羽ばたくとほぼ直角に急上昇して熱線を回避してしまう。

 

 「ッ!退避!」

 

 ハジメの言葉にティオは慌てて身を捻ってその場から離脱する。ウラノスのも同様に動くとそのまま砂嵐の中に消えていく。そのまま撤退するつもりのようだ。ハジメ達にそれを止めてる余裕はない。

 一方ゴジラの熱線を回避したラドンは今度は一気に急降下し、ゴジラとの距離を一瞬で詰めると足の爪を頭部に叩きつける。

 ゴジラは咆哮を上げて振り払おうと腕を振り回すがラドンはすぐに離脱して回避すると即座に距離を詰めて胸元を蹴り付け、頭部に嘴を叩きつけようとする。

 が、ゴジラは頭部を掴み上げて嘴を防ぎ、更に翼を掴み上げるとラドンを火山目掛けて投げ飛ばす。

 轟音と共に火山にラドンが激突し、悲鳴が上がる。ゴジラは即座に熱線で追撃するが、ラドンは慌てて飛翔して回避する。諦めずにゴジラは熱線をラドン目掛けて放ち続けるが、ラドンは驚異的ともいえる飛行能力で熱線を回避していく。外れた熱線は砂漠を焼き払い、砂嵐を吹き飛ばしていく。

 

 『………勘弁してほしいのう……あの巨体で何という機動力じゃ……』

 

 上空からその光景を見下ろしながらティオが竜形態でも分かる苦笑を浮かべていた。

 同じ翼を持つ飛行生物だからこそティオには分かる。ラドンの機動力はデタラメにもほどがある。ティオほどの体格であればあの程度の飛行も可能だが、あれほどの巨体ではまず不可能なはずだ。だが、ラドンはその不可能を可能している。

 あまりにも反則過ぎて、今まで自分が生きて培ってきた物がひどく頼りない物に感じてしまう。

 はあ、と思わずため息が漏れると、背中のハジメがポンポンと叩いてくる。

 

 「吞まれるな、とは言わないけど、あまり腐るな。確かに怪獣ってのはヤバい連中ばっかだけど、それで足を止めていたら、それこそ全部終わりだぞ」

 「……ん。その通り。私たちは生きてる。だから自分の全てを使ってできる事をする」

 「そうですよ。現にティオさんのおかげで私たちは生きてるんですから」

 

 3人の言葉にティオは目を瞬かせるが、少ししてそうじゃな、と小さく頷く。

 その時だ。ラドンの動きに変化が生じたのは。熱線を回避しながら砂嵐に視線を向けると、進路を変え、そのまま砂嵐の中に突っ込む。

 熱線の照射をやめたゴジラは大きく鼻を鳴らすと猛然と走り出し、同じように砂嵐に突っ込む。

 

 「っと、追うぞ!」

 

 ハジメの言葉と共にティオが砂嵐の上空に向かって飛翔し、上から様子を探る。

 だが、砂嵐は完全にラドンとゴジラの巨体を隠してしまっており、二匹が今どういう状況なのか全く判別できない。

 移動しながら様子を伺っている内にハジメ達は砂嵐の外延部に辿り着き、ゴジラとラドンを探す。

 そうしていると、砂嵐からゆっくりとした歩調でゴジラが現れ、唸り声をあげながら周囲を見渡す。

 

 「兄貴……だけ?」

 「怪獣は一体どこに……」

 

 ユエが困惑の声を上げた瞬間、シアのうさ耳がピンっ!と立ち、それと同時にゴジラの背後の砂嵐を突き破ってラドンが飛び出し、無防備な背中に強襲を仕掛ける。

 勢いよく背中を蹴り付けられ、ゴジラが前のめりに倒れ込みかけるがどうにか堪える。が、ラドンはそのまま背中にとりつくと猛然と嘴を叩きつけ、喰らい付く。

 ゴジラは咆哮を上げながらラドンを振りほどこうと暴れるが、ラドンはがっちりとゴジラの背にとりつき、執拗に攻撃を加え続ける。

 そして、ゴジラの背びれを両足で掴むと、大きく翼を羽ばたかせる。巻き上げられた砂が巨大な砂柱を形成すると同時にラドンはゴジラの巨体を掴んだまま浮かび上がり、そのまま落下してゴジラを砂漠に叩きつける。

 地面を揺るがすような轟音と共に砂漠が吹き飛び、ゴジラはうめき声を上げるが、ラドンは構わずもう一度ゴジラを砂漠に叩きつける。

 

 「……!」

 

 それを見たハジメは宝物庫からオルカンを取り出し、構える。

 

 「ハジメ、何を……?」

 「兄貴を援護する。このまま見てるだけなんざできるか」

 

 ラドンの攻撃は確実にゴジラに傷を負わせている。神羅が負けるとは思わないが、それでもあの状況が続くのがまずい事はハジメ達でも分かる。それに、ここで取り逃がしてしまう訳にもいかない。ラドンは飛行するだけで地上に甚大な被害をもたらすまさに生きた災厄と言っていい。そして近くにはアンカジ公国があるのだ。もしもラドンが公国方面に飛行すればどれほどの被害が出るか分からない。最悪国が亡ぶ。そうでなくともあの機動力では追いつくのは困難なのだ。放っておけばトータス全土に甚大な被害が出る。今ここで無力化しなければならない。

 

 『その通りじゃ、ハジメ殿。やろうぞ!!』

 

 ティオは叫ぶと同時に口内に魔力を充填させていく。そして、ティオがブレスを放つと同時にハジメはオルカンからロケット弾を乱射する。

 漆黒の閃光と計12発のロケット弾は火花の尾を引きながら眼下のラドンに殺到。巨体に次々と着弾すると、大爆発を起こした。

 その攻撃にラドンが驚いたような咆哮と共に体を強張らせると、ゴジラはその隙にラドンの翼を掴み上げると、投げ飛ばす。

 すぐに翼を大きく広げて体制を整えたラドンだが顔を上げて、上空のハジメ達を睨みつける。

 完全に敵と認識された。そう感じた瞬間、ハジメ達は尋常ではないプレッシャーに襲われ、息を詰まらせる。が、動ける。頭は働いている。どうすればいいのか考えられる。

 ラドンの注意がハジメ達に向いた瞬間、ゴジラがラドン目掛けて熱線を放つ。ラドンはとっさに身を捻るが、熱線が翼を掠めてバランスを崩し、そのまま墜落するが、即座に立ち上がる。

 その様子を睨みつけ、ゴジラは唸り声をあげる。思った以上に効果がない。魔力を得た事で何らかの変化があったのか熱線はそれほど効いていないようだ。

 だが、それならそれでやりようはある。ゴジラは猛然と突進するが、ラドンは飛び立つでもなく翼を大きく広げる。その翼が燃え上がる様に赤熱し、それによって発生した上昇気流が盛大な砂嵐を巻き起こす。

 そしてラドンが翼を羽ばたかせた瞬間、ゴジラ目掛けて尋常ではない熱波が放たれる。瞬間風速ではグリューエン大火山を包む砂嵐すら超え、熱の余波だけで周囲の砂をガラスにしてしまう灼熱の嵐がゴジラを飲み込む。

 だが、その程度の熱波なら、ゴジラは十分に耐えられる。だが、巻き起こされた砂によって完全に視界が遮られ、ゴジラは鬱陶しそうに咆哮を上げる。

 が、ラドンの目的はゴジラへの攻撃ではなかった。ゴジラが砂嵐に飲み込まれたことを確認すると、ラドンは再び舞い上がり、一直線にハジメ達へと向かっていく。

 

 『捕まれ!』

 

 ティオは言い終わらぬうちに急旋回と共に凄まじい速度でその場から離れるが、ラドンはハジメ達を見据えながら真っ直ぐに追いかけてくる。

 

 「先に俺達を始末しようってか!?」

 

 練鎖で体を固定しながら追いすがってくるラドンの巨体を見てハジメは顔を強張らせる。すでにゴジラの元からは結構離れている。ゴジラの速度では自分達とラドンに追いつくことは難しい。それはつまり、自分達だけでラドンを凌がなければならないと言う事だ。

 ハジメは迷わなかった。装填を終えたオルカンを構えると、再びミサイルをラドン目掛けて放つ。

 ミサイルはラドンに全弾命中し、盛大な爆発を起こすがラドンはダメージを受けた様子もなく咆哮を上げる。飛行速度も衰えた様子はほとんどない。

 

 「だったら………海龍!」

 

 ならばとユエが繰り出したのは莫大な水で構成された巨大な水龍。それが咆哮が咆哮と共にラドン目掛けて突っ込む。

 蒼龍をベースに開発された水、重力の複合魔法だ。熱を纏ったラドンにならば高い効果を発揮するはず。

 が、ラドンは大きく羽ばたいて直角に急上昇して海龍を回避する。即座に海龍はその後を追おうとするが、ラドンは口を開くとそこに莫大な熱を集め、容赦なく解き放つ。

 ゴジラの熱線とは違い、純粋な熱のみで構成された息吹は海龍と正面から激突した瞬間、

 

 「嘘でしょ………」

 

 呆然とした様子でユエはその光景を見つめた。莫大な熱は海龍を構成する大量の水を一瞬で蒸発させただけでは飽き足らず、海龍の重力場すら焼き尽くしたのだ。海龍を消滅させたラドンは咆哮を上げるとハジメ達の追跡を再開する。

 

 「魔法を………いや、魔力を焼いたのかよ………!」

 

 信じられないと言うようにハジメは呻くも、即座にオルカンをしまってメチェライを取り出し、猛然と迫りくるラドン目掛けて乱射する。

 レールガンの弾幕がラドンに正面から殺到するが、ラドンは鬱陶しそうにするだけでほとんど効果が見られない。

 

 「全く効いてないかよ………化け物が……!」

 「ど、どうするんですかハジメさん!このままじゃ追いつかれます!」

 

 見る見る距離を縮めてくるラドンにシアが悲鳴じみた声を上げた瞬間、

 

 「………みんな、なんとか時間を稼いで。私があいつを落とす」

 

 ユエが大きく息を吐きながらラドンを見据えて呟く。

 

 「ユエ!?」

 「ど、どうやって!?さっきの魔法もあっさりと対処されたのに!?」

 「だから別のを………重力魔法を使う。飛行しているなら重力からは逃れられないはず」

 

 その言葉にハジメ達は目を見張る。そうだ。ラドンは確かに常識外れの怪獣だがそれでも飛行しているならば重力の影響は強く受けるはずだ。

 

 「どれぐらいだ!?」

 「少し時間がかかる。どれぐらい耐えるか分からないから全力でやる。その間、飛行の圧が来るけど……」

 『それは妾の方で対処する!』

 「あともう一つ………落とすのは神羅の近く」

 

 その言葉にハジメ達はえ、と小さく声を漏らす。そしておずおずとシアが口を開く。

 

 「あ、あの、ユエさん……それってつまり………」

 「………ん。戻るって事……もっと分かりやすく言う。怪獣に正面から突っ込んで、すれ違う」

 

 その言葉にハジメ達は今度こそ絶句する。相手は飛ぶだけで地面を跡形もなく吹き飛ばす存在だ。そんな奴とすれ違うなど正気の沙汰ではない。

 

 「正気かよ……」

 「正気。このまま飛んでても追いつかれてやられるだけ。攻撃しても私たちには決定打がない。なら、神羅の元に誘導して、攻撃の隙を作ってあげるしかない」

 「で、ですが………下手したら………」

 「だからこそシア、貴女の未来視でタイミングを教えて。そこでティオは奴の上をすれ違う。これならいけると思う」

 『それは………確かに上ならばまだ安全かもしれんが………』

 

 ティオですら煮え切らない態度を見せるが、ユエは意見を変えないと言うように黙っている。

 そこで背後のラドンが咆哮を上げる。見れば、距離はどんどん詰まってきている。もう数分ほどで追いつかれるだろう。

 

 「………そうだな。現状、これが最善手か………俺が攻撃して少しでも注意を逸らす」

 

 ハジメはオルカンにメチェライを背負いながら頷き、

 

 『……うむ妾も異論はない。やるしか無かろう』

 

 ハジメの様子を見て、ティオの方も覚悟を決めたように頷く。

 後はシアだけだが……

 

 「……うし、分かりました!私も腹を決めました!」

 

 軽く手の平と拳を合わせて気合を入れるようにシアは頷く。

 その瞬間、彼らは行動を開始する。ティオはその場で反転すると、真っ直ぐにラドン目がけて突っ込む。

 こうして正面から向き合うと尋常ではない圧を感じる。否応なしに顔が引きつってしまう。

 だが、全員それでも真っ直ぐにラドンを見据える。瞬きも忘れ、視線を逸らすような真似はしない。

 距離が瞬く間に縮まっていき、圧倒的な巨体が更に倍となって視界を埋め尽くし、巨大な山が迫ってくるような圧迫感が全員を押しつぶさんとするが、それに歯を食いしばって耐える。

 もはや視界の全てが巨体で埋め尽くされ、ラドンが口元を歪めた瞬間、

 

 「今です!!!」

 

 シアが叫んだ瞬間、ティオは勢いよく上昇する。瞬間、先ほどまでティオがいた空間にラドンが大口を開けて食らいつく。

 ティオはそこから一気に加速し、ラドンの背中を駆け抜けていく。ラドン自身が起こす風の奔流に弄ばれ、熱波が風魔法を削っていくが、ティオは全力で風魔法を制御して駆け抜ける。

 僅か数秒、しかし、ハジメ達にとっては永遠にも等しい時間をかけ、彼らは勢いよくラドンの背後に飛び出す。

 

 「抜けた!」

 

 シアが叫ぶと同時にラドンも逃がした事に気付いたのか素早く制止して反転するが、

 

 「初使用がこれって複雑だなおい!」

 

 その眼前で突如として凄まじい爆発が起こり、ラドンは驚いたように声を上げる。

 それはハジメが展開した攻撃特化型ドローン、クロスビット全機による自爆攻撃、オルカン全禅のおまけつきだ。ラドン自身にダメージは与えられないだろうが、爆炎と煙と轟音で驚かせることぐらいはできるはずだ。

 一瞬動きが止まったラドンだが、煙が晴れると即座にハジメ達を捕捉して追いかけてくる。

 ハジメとシアが火器で攻撃をするが、ラドンはそれをものともせずに追いすがってくる。その姿をユエは目を逸らさずに見据える。すでに魔法の構築は終わっている。後はタイミングだけだ。

 まだだ。まだだ。まだ、まだ、まだ……まだ……(ゴォォォォォォォ!)今!

 

 「落ちろ、獄落!」

 

 ユエが叫んだ瞬間、ラドンの頭上に巨大な闇色の球体が現れ、一気に落下する。

 その瞬間、今まで悠然と空を飛んでいたラドンの巨体が一気に急降下する。

 悲鳴じみた声を上げながらラドンは真っ直ぐに砂漠に落下していき、地を揺るがすような轟音と共に叩きつけられ、砂漠に巨大なクレーターが出現、その中心から天を突かんばかりの巨大な砂柱が立ち昇る。

 重力魔法、獄落。ユエが対怪獣用に開発した重力魔法であり、相手に対し強力な重力場を叩きつける。恐ろしくシンプルな魔法だ。ただし、その威力は地面に使えば底の見えない奈落を生み出すほど。

 魔力枯渇で荒く息を吐くユエだが、確認のために下を覗き込む。

 対象をラドンに限定したため砂漠に奈落はできていないが、高度3千メートル以上から叩き落されて激突したのだ。いかに怪獣と言えどもそれなりには………

 そう思っていると、砂煙が吹き飛ばされ、クレーターの中心でラドンがのろのろと立ち上がる。よろめきながらも頭を振ると激昂したように咆哮を上げる。

 

 「あれでなんで動けるの………」

 

 ユエがうんざりしたようにため息を吐き、ハジメ達も信じられないと言う顔でラドンを見ていた。

 ラドンはハジメ達を見上げ、怒りに満ちた咆哮を上げ、再び舞い上がろうと翼を羽ばたかせ、

 

 「……後はお願い、神羅」

 

 瞬間、青白い熱線が今度こそラドンの胴体を直撃し、その巨体を勢いよく吹き飛ばす。

 驚いたような声ががラドンから上がるが、それをかき消すほどの咆哮をゴジラが上げる。

 砂漠に叩きつけられたラドンは即座に立ち上がろうとするが、ゴジラは逃がすまいと猛然と走り出す。が、ラドンはどうにか立ち上がると、翼を動かす。

 相手のほうが一手早い。このままではすんでのところで取り逃がしてしまう。そう判断したゴジラは走りながら大きく身をかがめ、両足に力を込めると、一気に解き放つ。砂漠を爆散させるように抉りながらゴジラの巨体が飛び出す。

 それと同時にラドンの巨体が舞い上がり、寸でのところでゴジラの攻撃を回避した……瞬間、さらにゴジラは全身を伸ばし、ラドンの翼に喰らい付く。

 ラドンは悲鳴じみた声を上げるがゴジラはそれごとラドンを地上に引き摺り墜とし、そのまま飛び掛かると容赦なく爪を突き立て胸元を引き裂く。

 マグマのような体液が辺りに飛び散り、ラドンの絶叫が響くが、ゴジラは容赦せず連続で爪を振るい、ラドンを切り裂いていく。

 そしてゴジラはとどめと言わんばかりに勢いよく尾を繰り出し、ラドンに叩きつける。巨体が冗談のような勢いで吹き飛び、砂を高々と巻き上げながら砂漠の上を転がっていく。

 傷口からマグマのような体液を流し、弱々しい声を上げながらもラドンは立ち上がり、ゴジラを睨みつけるが、ゴジラは荒々しく鼻息を漏らし、咆哮を上げながらラドンを睨む。

 その視線にラドンはびくりと体を震わせ、小さく声を漏らすと、まるで平伏するようにその場に屈みこみ、頭を下げる。

 それはメトシェラの時と同じ、己の敗北を認める物。

 それを見たゴジラは一瞬唸り声をあげた後、天を仰ぎながら勝鬨の咆哮を轟かせる。




 ラドン

 グリューエン大火山に潜んでいた翼竜型の怪獣。飛行するだけで地上に壊滅的な被害をもたらす。また、魔力を得た事によって熱に対する耐性が向上しているほか、熱を操る能力を獲得し、魔力を焼く特性も身に着けた。その結果、中級魔法程度ではラドンに届きもせずに焼き尽くされる天然の鎧となった。だが、ゴジラの熱線にたいしては魔壊が発動しているためか効果が薄い。


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第73話 踏み込む決意

 前回はすいませんでした。今後はあのような事が起きないよう気を付けていきます。


 咆哮を上げたゴジラはラドンを睨みつけると、軽く唸り声を発する。

 ラドンは小さく体を震わせると、ゆっくりと体を起こし、翼を羽ばたかせて静かに空に舞い上がる。そしてそのまま砂嵐に向かっていき、そのまま消えて行ってしまう。恐らく、グリューエン火山に戻っていったのだろう。

 それを見届けたゴジラは視線を空に向け、ハジメ達を見上げる。

 思わず彼らが身体を固くすると、ゴジラは不機嫌そうに鼻を鳴らしてから視線を切り、自分も砂嵐の中へと消えていく。

 

 「………怒られるのは避けられない……かなぁ……」

 

 ユエがげんなりとした様子で呟くとハジメも同意するように頷く。

 

 「だろうな……あんな目にあって怒られるのは割に合わない気もするが、しょうがないか……」

 

 ハジメ達はそのまま砂漠の上を飛行し、比較的砂嵐が穏やかな場所を見つけるとそこに着地し、ユエが即座に聖絶を展開する。

 ティオは竜化を解除すると、全員が大きく息を吐きながらその場に崩れ落ちるように座り込んでしまい、全身からドッと冷や汗が噴き出す。

 

 「………思ってた以上に消耗してた……」

 

 ハジメが思わず呟くとユエ達も同意するように頷いている。

 初めての怪獣との戦闘だったが、ユエを含めた全員が想像以上に疲労していた。肉体的、と言うよりも精神的な物なのだろうが、それでもかなりの負担だったようだ。

 情けねぇ、とハジメがため息をついていると、ドンドン、と聖絶が叩かれる。

 全員が顔を向ければ、そこには仏頂面の神羅が腕を組みながら砂嵐をものともせずに立っていた。

 ユエが聖絶の一部を解除すると、神羅は聖絶の中に入り、ハジメたちの元に歩いてくる。その背後で聖絶が閉じる。

 ハジメ達の前に立った神羅は苦虫を百単位で嚙み潰したような顔で彼らを睨みつけていたが、しばらくして深い深いため息を吐きながら頭をガリガリと掻きむしり、

 

 「………何の冗談でもなく何を言えばいいのか分からん………怒ればいいのか呆れればいいのか感謝すればいいのか………本当にお前らは…………」

 

 まったく、と神羅はしかめっ面でハジメ達を睨みつけ、ハジメ達もまた自分たちが無茶をしたという自覚があるからか思わず視線を逸らすが、ハジメは小さく頭を振ると神羅と視線を合わせる。

 神羅はむう、と小さく唸りながら腕を組んでハジメを見据え、

 

 「とりあえず理由を聞いておこう………どうして手を出した。俺がやると言ったはずだ」

 「…………助けようと思ったからだ」

 

 それに対し、ハジメは大きく息を吐くと視線を逸らさずに毅然と答える。神羅はスッと目を細めるが口を開かない。そしてハジメは止まらない。それがきっかけになったように言葉が出てくる。

 

 「オルクス大迷宮で、俺は兄貴がいなくても強くなろうと誓った。それは今も変わらない。兄貴が戦うなら、俺も一緒に戦う。一人で戦わせないって。でも、世界は俺が思ってた以上に強くて、俺は自分が驕ってたって思い知った。でも、それでも戦うと決めた………なのに、ここまでずっと、俺は兄貴にだけ戦わせてきた。樹海じゃ動くこともできなくて、ウルの町じゃ逃げる事しかできなくて、ホルアドじゃ助けに行こうとしたのにできなかった。ここでまた逃げたら俺はもう兄貴と一緒に戦う事はできない。これからずっと逃げ続ける。そう思った。だから俺は戦った…………兄貴と一緒に戦って、帰るために」

 

 ずっとずっと、肝心な時に自分たちは戦えていなかった。その理由も今なら分かる。それは神羅が怪獣の相手を引き受けてくれていたから。彼が戦場(・・)から引き離してくれていたから。自分たちはずっと、彼に守られてきたのだ。

 だが今回、自分は戦場に、兄と同じ場所に立っていた。もしもここで逃げてしまったら自分は何があっても彼と共に戦う事なんてできない。ミレディに対し宣言した覚悟を自分で捨てることになる。だからこそ戦う事を選んだのだ。

 ユエ達はハジメの言葉に呆けたように目を丸くしていたが、すぐに同意するように頷く。

 

 「……そうだね。難しい理屈はない。ただ神羅を助けたかっただけ」

 「はい。その通りです。一緒に戦うと言ったんです。いつまでもお荷物ではいられません。」

 「うむ、そうじゃな」

 

 神羅はむう、と小さくうめき声を上げ、目頭を揉み解し、

 

 「………やれやれ、こうまで言われては何も言えん………」

 

 そう呟くと神羅は小さくため息を吐き、

 

 「分かった。お前たちがこちら(・・・)に来るというならば、もう我は止めはしない。だが、覚悟はしておけ。ここからは本当に生の保証はない。我と一緒にいようとするならいつ死んでもおかしくはない。自分の身は自分で守り抜け。いいな?」

 

 その言葉にハジメ達は静かに頷く。今この瞬間から自分たちはそこに足を踏み入れた。これまで以上に危険な道のりとなるだろう…………正直に言えば、怖くないと言ったら嘘になる。ラドンと正対した時の、コングを始めてみた時の圧倒的なプレッシャーを思い出し、恐怖で体が震えそうになる。だがそれでも、これは自分たちで選んだ道だ。後悔なんてない。

 

 「まあ、それはそれとしてだ………今回の事前通知無しの無茶へのお仕置きぐらいはしなければならんな?」

 

 えっ、とハジメ達が顔を上げると、そこにはデコピンの構えを取る神羅がいて、ハジメ達は愕然とした表情と共に恐怖で体を震わせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンカジ公国は騒然としていた。

 数刻前、グリューエン大火山から遠めでも分かるほどの巨体を持った巨大魔物が二匹現れ、激しく争う姿が確認され、アンカジはその対応に大慌てだ。

 ただでさえオアシスの汚染で存亡に危機に瀕していたところに各地で目撃されていた巨大魔物の出現は公国に致命的な混乱をもたらした。

 すでに争いは終結し、二匹とも砂嵐の向こうに消えて行き、その事はランズィ含めた国の上層部は把握しているのだが、彼らがどれほど尽力しようと、パニック状態は簡単には収まらない。

 動ける人間は悲嘆にくれる、慌てて避難の準備を始める、泣き崩れる、領主の館に説明を求めるために押し寄せるなどなど完全なパニック状態で、それを諫める兵士達も混乱したように怒声ばかりを張り上げる。治療院では何とか患者たちを搬送しようと必死だった。

 

 「香織お姉ちゃん……」

 「大丈夫だよ、ミュウちゃん。何も怖い事なんてないからね」

 

 腕の中で不安げに見上げてくるミュウを香織は頭を撫でながら安心させるように言う。今、彼女たちがいるのは領主の館の一室だ。怪獣発見の報が入った瞬間治療院はパニックになってしまったのだが、香織が鎖魔法や神の使徒と言う立場を駆使してなんとか静める事は出来た。だが、すでに外は暴動と言っても過言ではない状況に陥り、このままでは流石にミュウが危険すぎると言う事で彼女たちは一時兵士の護衛の下領主の館に避難したのだ。

 だが、それは悪手だった。館には説明や対応を求める民衆が押し寄せ、その怒声のせいでミュウはすっかり怯えてしまっている。

 

 (……このままじゃダメ。何とかしないとミュウちゃんが危険にさらされる……)

 

 今は兵士やビィズたちの頑張りのおかげで何とかなっているが、このままでは門をぶち破って民が一斉に館内部に雪崩れ込んでくるかもしれない。そうなったら何がどうなるのか香織には見当もつかないが、碌でもないことになるのは目に見えている。

 そうなる前に何とかしないと、と香織が必死に頭を巡らせていると、不意に尋常ではないプレッシャーが解き放たれ、香織が驚いたように顔を上げると同時にぴたりと怒声が収まる。

 香織とミュウは困惑したように顔を見合わせていたが、少しすると部屋にランズィが入ってきて、ハジメ達が戻ってきたと伝えると、二人は即座に部屋を飛び出し、館の外に向かって駆け出す。

 外に出た香織たちの目に異様な光景が広がる。館の前には多数の人々が詰め寄せているのだが、その全員が恐怖に身を震わせながらへたり込んでおり、その間を5つの人影が縫うように歩いてくる。

 それが神羅達と確信すると香織とミュウは慌てて彼らの元に駆け寄る。

 

 「神羅君、みんな!無事だったん………」

 

 近づいてきた神羅達を見て香織は困惑した表情を浮かべる。ミュウはお構いなしに彼らの元に駆け寄り、神羅に飛びついていた。

 どういう訳かハジメ、シア、ティオの3人の額が真っ赤にしながらも香織に向かって手を上げているが、ユエは気まずそうに体を小さくし、ミュウを抱き上げた神羅は呆れた表情を浮かべている。

 

 「え、えっと………みんな………どうしたの?」

 

 何だか異様な雰囲気の5人に香織がおずおずと問うと、

 

 「なんて事はない。4人が無茶をしたからその仕置きをしただけだ。で、ユエだけ自動再生のおかげですぐそこから立ち直り、いたたまれなくなっているというだけだ」

 

 その言葉にハジメ達は苦笑を浮かべ、ユエは更に体を小さくする。

 

 「そ、そうなんだ………で、その………周りの状況は一体………」

 「あまりにも騒ぎがすごかったからな。褒められた手段ではないが、威圧して無理やり大人しくさせたのだ。とりあえず、国の暴動は防げたとみていいだろう」

 「そっか………えっと、うん……分かった。とりあえず、みんなお帰り。怪獣が出たって話だったけど、無事でよかった」

 「まあ、何とかな………」

 

 ハジメが頭を掻きながらはあ、と大きくため息を吐く。

 

 「予想はしてたとはいえ、やっぱり暴動が起きてたな……」

 「うん。でも、神羅君たちのおかげで収まったし………それで、静因石は?」

 「それなら十分な量確保してきた。これだけあれば「ハジメ殿!!」っと、来たか……」

 

 ハジメが香織に静因石を渡そうとした時、その場にランズィたちが血相を変えながら走ってくる。

 

 「は、ハジメ殿、無事だったのか!?グリューエン大火山の方角から恐ろしく巨大な魔物が出現したと報告があったのだが!?」

 「ああ、いたよ。実際に遭遇もした。まさに規格外の化け物、おとぎ話の炎の悪魔そのものだったよ」

 

 その言葉に彼らは愕然とした表情を浮かべる。

 

 「そんな………そんな恐ろしい存在が………」

 「ああ、確かにいた。と言っても安心しろ。あいつが暴れ出す可能性は低い」

 「な、なぜそんな事が言えるのか!?グリューエン大火山に潜んでいる可能性もあるんだぞ!?」

 「そうだとしても大丈夫だ。炎の悪魔は………報告があるのなら知ってるだろ?神獣が撃破したからだよ」

 

 その言葉にランズィ達はえ、と目を丸くする。

 

 「そ、そう言えば確かに、魔物は二体現れ、激しく争ったと報告にあったが………」

 「ああ、ウルの町でも同じような事があったって話ぐらいは聞いてるだろ?その時の神獣と今回現れた魔物は似通っていた。つまり、同じ神獣だって事じゃないか?」

 

 もちろん、これはハジメ達が移動中に考えた作り話だ。怪獣が人目にさらされた以上、どうしたってそう言う話は必要になってくる。だったら神獣伝説を徹底的に利用しようという話になったのだ。結局、怪獣とやり合うならゴジラの姿をさらすのは必定と言っていい。そして、ウルの一件から教会ではゴジラを神獣として調査しているだろう。ならば、()はそれを利用しようという話になったのだ。

 

 「た、確かに神獣復活の報は教会から伝えられているが………まさかここにもいたとは……」

 「そうだな……他にもいるのかどうかは定かじゃないが……とにもかくにも、魔物はそのままどこかに飛び去って、グリューエン大火山には神獣が入り込んだ。しばらくは大丈夫だろ」

 

 ハジメの言葉にランズィたちはようやく安堵したように大きく息を吐く。

 

 「それじゃあ、香織。後は任せていいか?流石に疲れたから休みたいんだが……」

 「あ、うん。分かった。後は任せて」

 

 香織はハジメから静因石が入った宝物庫を受け取ると、すぐさま治療院へと向かう。ランズィ達も住民に怪獣の事を報告するために慌ただしく動き出す。

 それを眺めながらハジメは大きく息を吐く。迷宮攻略ができていない以上自分たちはもう一度大迷宮に挑まなければならない。敗北したとはいえ、目覚めたばかりの怪獣が住まう大迷宮に。その事を考え、手が震えるが、唇を噛み締め、ぎゅっと拳を握って震えを抑える。

 怖い。だがそれでも、帰るためにも挑まないわけにはいかない。

 ハジメはそう決意を固めるが、ふとユエ達はどうなのだろうと視線を彼女達に向ければ、彼女たちもハジメと同じように唇を引き結んでいる。

 同じことを考えてくれている仲間がいる。その事実に少し安心を覚えながらハジメはよしっ、と大きく頷く。




 今期は面白いアニメが沢山あっただけに、延期が沢山と言うのはショックです……


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第74話 海の上にて

 今回は短めですいません。正直に言えば……今日からやりたいゲームがどんどん増えるので執筆時間が減ると思うので今のうちにと。でもまあ、何とか早め早めに更新していきます。中盤の山場が近いので。


 見渡す限りの青。

 空は地平の彼方まで晴れ渡り、太陽は燦々と降り注ぐ。しかし、決して暑すぎるということはなく、気候は穏やかで過ごしやすい。時折優しく吹く風は何とも心地よい。

 ただ、周囲をどれだけ見渡しても何一つ物がないのが寂しいのは人間だからでしょうか、とシアは青空を見上げながらぼんやりと思った。

 シアは今、大海原のど真ん中にいた。と言っても身一つでいるわけでは当然ない。シアがいるのは波間をゆらゆらと漂う一隻の船の上だ。もっとも、この世界の住人にそれを船と認識することはできないだろう。

 黒い光沢のある流線型のボディの左右に小さな翼がVの字型についており、後部にはスクリューと尾に見せかけた舵がついている。船と言うより新種の魔物と言われたほうがトータスの人間は納得できるだろう。

 その正体はハジメが作り上げた潜水艇だ。大迷宮の一つであるメリュジーヌ大迷宮は海中にあるとミレディが言っていたので、作っておいたのだ。

 今、ユエ達はそれに乗ってエリセンの町に向かっていた。ハジメ達は潜水艇の中で色々と作業をしているが、特にやることがなく、手持ち無沙汰になったシアは外に出て見張り(・・・)をしているのだ。

 

 「はぁ………なんだか……随分とのんびりしてる気がしますねぇ……」

 

 吹き抜けていく風に目を細めながらシアはここまでの道のりを思い出していた。

 アンカジ公国の混乱は神獣が悪魔を倒したという報告によって一応の終息を迎えた。その後はハジメ達は香織の主導の元、毒に侵された患者の治療に奔走した。

 その次の日、ハジメ達はグリューエン大火山の様子を確認しに行ったのだが、その時にはあれほど苛烈だった噴火がすでに沈静化していた。それこそ、大迷宮に挑もうと思えば挑めるぐらいに。

 これを見て、神羅は怪獣が火山の噴火を鎮めたのだろうと言っていた。幾らマグマに耐性のある奴でも、寝床とするならば噴火していてはうるさくてかならないだろうからと。

 噴火を騒音扱いする神羅にハジメ達は心底呆れたが、とにかく大迷宮に挑めるのならば、早めに再挑戦しておこうとなり、一度戻って残りの患者の治療と準備を整えた翌日、ハジメ達はミュウをランズィ達に預け、新たに香織を加えて再びグリューエン大火山に挑戦した。

 迷宮の内部は破壊の痕跡がまだ残っていたが、神羅の助けもあってかハジメ達はスムーズに攻略を進めていき、最終試練に到達した。

 最終試練のマグマ蛇も復活していたがサクッと撃破し、残るは獣級試練となったのだが予想外の事が起こった。流石に獣級試練級の魔物は即座に復活できなかったのか、獣級試練は始まらず、そのまま中央の島のマグマのドームは消え、そこに立っていた漆黒の建築物にハジメ達は入って行った。

 そこで手に入れた神代魔法は空間魔法。その名の通り空間に干渉する神代魔法にふさわしい力を持った魔法だ。恐らく、フリードが突然現れたのもこの魔法を使っての物だったのだろう。

 無事、大迷宮に挑んだ全員、今回初挑戦の香織も無事に手に入れることができたのだが、それだけでハジメ達は獣級試練突破のご褒美の類は手に入れられなかった。最初からなかったのか、それとも再挑戦したせいでリセットされたのかは定かではないが、ハジメ達はどこかやるせない気持ちになった。曲がりなりにも獣級試練に挑み、更には怪獣とやり合ったのにこれは割に合わないのでは。せめて前回の挑戦の結果を引き継いでほしかったと思わなくもない。

 まあ、神代魔法を手に入れられるだけ儲けものと考えようとハジメ達は意識を切り替えた。下手したらまた怪獣に襲われかねない。ハジメ達はさっさとショートカットを利用して大迷宮を脱出し、アンカジ公国に戻ってミュウと合流したのち、アンカジ公国を後にした。

 そのまま砂漠を横断してエリセンと交易をしている港町に着いたハジメ達は物資の調達を手早く済ませ、エリセンの位置などの情報を仕入れた後、潜水艇に乗り込んで大海原へと出港したのだ。

 それから数日。海の魔物の相手をしながら進み続け、距離的にはもうそろそろエリセンの町が見えてきてもおかしくはないところまで来ているはずだ。

 だが、立ち上がって周囲を見渡してみても、それっぽい物は見えない。もう少し先なのだろうか、とシアが首を傾げていると、不意に海面が大きく盛り上がり、それを突き破る様にして黒い巨体が顔を出す。ゴジラだ。だが、シアはたいして驚かず、軽く声をかける。

 別に怪獣がいたわけではない。それどころか何かに襲われていたわけでも、戦っていたわけでもない。ゴジラはただただ、泳いでいたのだ。

 ハジメがどこか悩まし気な神羅の様子に気づいたのは出港してすぐの事だった。理由を聞いてみれば、ただ思いっきり海を泳ぎたいというあまりにも小さな願いに彼は悩んでいたようだ。だが、ハジメ達はすぐに気付いた。彼は人としてではなく、ゴジラとして泳ぎたいのだと。確かにそれは軽々とできる事ではないだろう。もしかしたら、地球でたまに海に行った時もそんな事を考えていたのかもしれない。

 だったら叶えてもいいじゃないかと全員が神羅の背中を押した。これまでずっと彼には世話になりっぱなしだったのだ。少しでもいいから恩は返したいと思うのは当然だ。

 流石に怪獣の近くや他の船がいるときはダメだが、それ以外だったら短時間ゴジラとして自由に過ごしても大丈夫だろう。最初は遠慮していた神羅も最終的には厚意に甘える事にして、周囲への影響を考えながらこうしてゴジラとして過ごしているのだ。

 軽く身震いして水気をきりながらゴジラは小さく唸りながらシアの方に頭を近づける。すると、その頭から小柄な影が飛び降りてくる。

 

 「シアおねぇちゃーーん!」

 

 満面の笑みを浮かべて飛び込んでくるミュウをシアは苦も無く受け止める。

 

 「おかえりなさい、ミュウちゃん。楽しかったですか?」

 「うん!すっごく楽しかったの!」

 

 無邪気にはしゃぐミュウを見てシアはよかったですねぇ、とミュウの言葉にうなずく。

 始めてゴジラの姿を見た時、ミュウは当然ながら怯えたのだが、危険がないと分かると好奇心を爆発させてじゃれつき、今ではゴジラと一緒に泳ぎ回るまでになっていた。さすがに動いているときは近くで泳がせてはいないが。

 ゴジラはそのまま神羅へと戻るとふう、息を吐きながら潜水艇の上に上がってくる。

 

 「すまんな、シア」

 「いえいえ。中じゃ魔法や練成に関する議論が白熱してる頃でしょうし、私じゃちんぷんかんぷんですから」

 「そうやって勉強から逃げてばかりではいられまい」

 「そうは言いましても、ユエさんのあの擬音乱舞の説明について行けるのは神羅さんと香織さんだけですぅ……」

 

 その言葉に神羅は困ったように苦笑を浮かべる。。

 魔法の天才足るユエだが、彼女は良くも悪くも感覚派であり、彼女の魔法講座は擬音だらけの難解過ぎる物だ。

 ハジメ、シア、ティオが脱落する中、それについて行けたのは神羅と香織の二人だった。

 元々怪獣だからこそ本能で動くことの多かった神羅は直感的にユエの言葉の意味を汲み取ることに成功し、血のにじむような訓練と執念で魔法を練り上げてきた香織も強くなるのに繋がるならと執念でユエの発言の意図を汲み取ることに成功していた。今も潜水艇内ではユエと香織が擬音マシマシで意見を交わしている事だろう。

 

 「まあいい。もうそろそろエリセンの町が見える頃合いだ。飯を食ったら一気に距離を稼ごう」

 

 神羅の言葉にシアは頷くとハッチを開けてハジメ達に声をかけるとハジメ達はすぐさま潜水艇の上に上がってくる。そのままテキパキと昼食の準備を整え、そのまま波に揺られながら食事とする。

 今日のメニューは当然海で取った魚を使ったムニエルだ。神羅の腕は今日も冴え渡っており、ハジメ達は和気あいあいと食事を続けていた。

 が、突如としてシアのうさ耳が大きく跳ねたかと思うとせわしなく動き始める。それと同時にハジメと神羅も何かの気配を感じたように視線を動かす。

 その直後、潜水艇を取り囲むようにして複数の人影が海の中から現れた。総数は20人ほど。先が三股になった槍を突き出してハジメ達を威嚇している。

 その誰もがエメラルドグリーンの髪と扇状のヒレのような耳を持っ此方を見下ろの目はいずれも警戒心に溢れ、剣呑に細められている。その内、ハジメの正面に位置する海人族の男が槍を突き出しながらハジメに問いかけた。

 

 「お前たちは何者だ?なぜここにいる?その乗っている物はなんだ?」

 

 ハジメと神羅はちらりとアイコンタクトで意思を交わす。ハジメは口の中の者を即座に飲み込んで立ち上がると素早く潜水艇の側面に練成で足場を形成してそこに着地、男の正面に立つ。

 こちらを見下ろすハジメを警戒してか男が見上げるようにハジメを見上げていると、

 

 「俺は南雲ハジメ。冒険者だ。ある依頼を果たすためにエリセンの町に向かってる。こいつは俺が作り上げた船だ。さっき見た通り、俺は練成師だからな。材料さえあれば船ぐらいは作れるって事だ。ほら、これが俺のステータスプレート」

 

 そう言いながらハジメは宝物庫からステータスプレートを取り出して男に差し出す。男は訝しげな表情を浮かべながらステータスプレートを受け取り、

 

 「き、金ランクだと!?」

 「これで身分は保証されたな。で、肝心の依頼なんだが……ミュウって言う海人族の女の子をエリセンまで送り届けるって奴でな。これが依頼書」

 

 続けて出した依頼書を男は驚愕しながらも受け取り、今度は支部長指名依頼と言う点で驚きながらも男は依頼書に目を通していき、

 

 「……なるほど、確かに。それで、ミュウちゃんは?」

 「船の上にいるよ。兄貴!ミュウを」

 

 ハジメが声を上げると、神羅がミュウを肩車しながら顔を出し、ミュウが海人族たちを見て顔を輝かせる。

 それを見て、海人族の男はほっと相互を崩して槍を下ろす。周りの男たちもそれに倣うように槍を下ろしていく。

 

 「槍を向けた事、すまない。南雲殿」

 「まあ、これぐらい別にいいが……やっぱり、殺気立ってたのはあれか?ミュウが攫われたから……」

 「ああ。おまけにあの子の母親まであんな目に……」

 「あんなって……何かあったのか?」

 「ああ……とりあえずエリセンの町まで案内しよう。依頼の正式な達成報告も必要だしな」

 「ああ、分かった」

 

 海人族の男たちが先導するように泳ぎ始めると、潜水艇もゆっくりとした速度でその後を追いかけていく。




 ライザのアトリエがアニメ化しましたね。いろいろ言われてますがアトリエシリーズでは好きなシリーズなので素直に嬉しいです。

 で……公式で太ももを押す姿勢、嫌いじゃないです。やっぱりいいよね、ライザの太もも。


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第75話 怪獣の星

 今回も個人考察有りです。


 エリセンの町は文字通り海上に浮かぶ大きな町だ。行き来は当然ながら船で行われており、その為か町には多くの桟橋が突き出した港が存在している。ハジメ達はその港に潜水艇を接岸させ、そこでハイリヒ王国が保護の名目で送り込んだ駐在部隊の隊長のサルゼに自分たちの身分や潜水艇の説明、そして依頼の報告を行っていた。

 

 「……なるほど、事情は分かった。そして、依頼の完了を承認する、南雲殿」

 

 依頼書にサインを終えたサルゼはハジメに向かって敬礼する。

 

 「ああ。それで、ミュウを母親の元に送ってやりたいんだが……」

 「ああ、分かった。部下に案内させよう……その子は母親の状態は?」

 「詳しくは聞いてないが、かなり悪いみたいなことは聞いたな……でも、多分大丈夫だ。こっちには最高峰の治癒師にいい薬もあるからな」

 「そうか、分かった。では、私はこれで」

 

 サルゼはそう言うと野次馬を散らして騒ぎの収拾に入った。

 ミュウを知る者達が声をかけたそうにしていたが、そうしてはいつまでたっても母親の所に辿り着けそうにないので神羅が抑えるよう声掛けをしていた。

 

 「お兄ちゃん、お兄ちゃん。お家に帰るの。ママが待ってるの!ママに会いたいの!」

 「そうだな。早く会いに行こう」

 

 ハジメの手を引っ張りながら早く早くと急かすミュウ。彼女にとっては二か月ぶりの我が家と母親だ。無理もないだろう。道中も寂しさを感じる時があるようで甘えてくる時があった。

 そうして町中を歩いていくこと少し、通りの先で騒ぎが聞こえだした。若い女の声と数人の男の声だ。

 

 「レミア、落ち着くんだ!その足じゃ無理だ!」

 「そうだよ、レミアちゃん。ミュウちゃんならちゃんと連れてくるから!」

 「嫌よ!ミュウが帰ってきたのでしょう!?なら私が行かないと!、迎えに行ってあげないと!」

 

 見れば、通りの先の家から一人の女性が飛び出そうとしており、それを数人の男女が抑えていた。

 その瞬間、ミュウの顔がぱぁ、と輝くと、玄関先で足を投げ出す形で倒れている20代中ほどの女性に向かって大きく呼びかけながら駆け出した。

 

 「ママ――――ッ!!」

 「ッ!?ミュウ!?ミュウ!」

 

 ミュウは勢いよく走り出すと、その女性ー母親であるレミアの胸元に満面の笑みで飛び込んだ。

 もう二度と離れないようにと固く抱きしめ合う母娘の姿に周囲の人々は暖かな笑顔を浮かべ、中には涙ぐんでいる者もいた。

 レミアは何度も何度もミュウにごめんなさいと繰り返しながら涙を流していた。それはミュウが無事だった事への安堵か、娘を守れなかった己の不甲斐なさか、その両方か。

 ミュウはそんなレミアを心配そうに見つめながらその頭を優しく撫でた。

 

 「大丈夫なの、ママ。ミュウはここにいるの。だから大丈夫なの」

 「ミュウ……」

 

 攫われる前は人一倍甘えん坊でさみしがり屋だった娘が自分を案じているという事にレミアは涙に滲む目を丸くした。

 ミュウは自分を見つめるレミアににっこりと笑いかけるとレミアを自分から抱きしめる。

 レミアは驚いたように動きを止めていたが、すぐにその瞳に娘への愛しさを宿し、ミュウを抱きしめる。

 どれほどそうしていたか、不意にミュウが悲鳴じみた声を上げる。

 

 「ママ、あし!どうしたの!けがしたの!?いたいの!?」

 

 レミアのロングスカートから覗いている足は包帯でグルグル巻きにされており、痛々しい有様だった。

 道中で聞いた話によれば、レミアはミュウをさらった男たちに遭遇し、そのまま襲撃され、炎の魔法で足に重傷を負ったとの事。しかも自警団が漂流している彼女を見つけた時にはすでに神経がやられ、もう歩くことも今までのように泳ぐこともできない状態になってしまったらしい。

 レミアはミュウに心配かけまいと笑顔で大丈夫と言おうとしたが、その前にミュウはお兄ちゃんに助けを求める。

 

 「ハジメお兄ちゃん!しんらお兄ちゃん!ママを助けて!ママの足が痛いの!」

 「えっ?お兄ちゃんって……」

 

 レミアが目を丸くし、周囲の人々もなんだ何だとざわめきだす中、ハジメ達はレミア達へと歩み寄る。

 

 「お兄ちゃん、ママが……」

 「大丈夫だ、ミュウ。ちゃんと治る。兄ちゃんが約束する」

 「はいなの……」

 

 ハジメが泣きそうな表情でこちらを見上げるミュウの頭を撫でながら視線をレミアに向ける。

 

 「俺は南雲ハジメ。ミュウをここまで連れてきた冒険者だ。早速で悪いが、あんたの足の状態を見たいが構わないか?こっちには腕のいい治癒師がいる。もしかしたら治せるかもしれない」

 「あらまあ、それは……ミュウの母のレミアです。この度は娘を助けてくれて何とお礼を言えばいいか……はい、構いません」

 「よし、それじゃあ……兄貴、頼む」

 

 ハジメが頼むと、神羅はやれやれと言わんばかりに肩をすくめると、失礼すると一言断ってからレミアをヒョイとお姫様抱っこすると、ミュウに先導してもらう形で家の中に入る。後ろから悲鳴やら何やら聞こえてきた気がするが神羅は気にしない。レミアは驚いたように目を丸くしていた。

 神羅はリビングのソファーにレミアを下ろすと香織を呼んで自分は隅による。

 

 「どうだ?白崎」

 「ちょっと見てみるね。レミアさん、足に触れますね。痛かったら言ってください」

 「はい、分かりました」

 

 レミアは事前説明もあったからか大人しく香織の診察を受け入れる。

 診察の結果、レミアの足の神経は傷ついてはいるが、香織の治癒魔法できちんと治療できるらしい。

 

 「ただ、デリケートな場所だから一気に治すことはできません。後遺症なく治療するには何日も時間をかけてゆっくりと治療する必要があります。それまで不便だと思いますけど、必ず治しますから安心してください」

 「あらあら、まあまあ、もう歩けないと思っていましたのに……何とお礼を言えばいいのか……」

 「いいんですよ。ミュウちゃんのお母さんなんですから」

 「それで、皆さんはミュウとはどのような……」

 

 そこでハジメたちは改めて事の経緯と自分達の事を説明する。香織に治療されながら話を聞いていたレミアは聞き終わるとその場に深々と頭を下げ、涙ながらに何度もお礼を繰り返した。

 

 「本当に何とお礼を言えばいいか……娘とこうして再会できたのは全て皆さんのおかげです。このご恩は一生かけてもお返しします。私にできる事でしたら何でも……」

 

 ハジメ達が気にするなと伝えようとした瞬間、

 

 「……ならば、お前には一つやってもらいたいことがある。それをやってもらおう」

 

 神羅が腕を組みながら口を開き、全員がえ、と目を丸くする。まさか神羅がそんな事を言うなんて完全に予想外だったのだ。

 

 「はい、私にできる事でしたら……」

 「と言っても、そんな難しい事ではない。ミュウに言うべきことを言うだけだ」

 

 その内容にレミアもハジメ達も理解が追い付かず、目を点にし、頭の中が疑問符で埋め尽くされる。それを見て、やれやれと神羅は軽く肩をすくめると、

 

 「家に帰ってきた子供に親が言うべき言葉など、一つしかあるまい?」

 

 そこでようやく全員があ、と小さく声を上げ、レミアもまた目を丸くした後、小さく「そうですね」、と頷いてミュウに視線を向け、

 

 「ミュウ………おかえりなさい」

 

 ミュウはキョトンとした後、花開くような満面の笑みを浮かべ、

 

 「うん!ただいまなの!ママ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、香織の治療がひと段落着いたところでハジメ達は宿を取ろうとしたが、レミアがせめてこれぐらいはと自分の家を使って欲しいと訴え、最初はどうするか決めかねたが、相談の結果世話になることを決め、その間ハジメ達は大迷宮攻略への下準備を行い、それと並行してレミアの治療を進めていった。

 その間嫉妬に目を血走らせた男連中に南雲兄弟で説教したり何やら妙に盛り上がっていたおばちゃん連中をあしらい続ける事5日。

 ハジメ達は大迷宮、メルジーネ海底遺跡の探索に乗り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エリセンから西北西に3百キロメートル。

 そこがミレディから聞いた7大迷宮の一つ、メルジーネ海底遺跡が存在する場所だ。もちろん、海底遺跡と呼ばれている為、それは海底にある。

 ハジメ達からは周囲と特に変わらないように見える海底だったが、神羅は微妙な海流の流れや音の反響から岩壁にそれらしき空洞があることを発見した。そのままぶち抜いてもよかったのだが、流石にそれは無粋か、とハジメ達は海上で夜を待っていた。ミレディがここの事を話した時、月とグリューエンの証に従えばたどり着けると言っていたからだ。

 海上に浮かぶ潜水艇の上で神羅が静かに赤く燃える水平線に沈もうとしている太陽を見つめていた。

 こういう所は世界が変わろうと変わらないものだ、と神羅は思いながら、不意に両手を差し出すと両手の親指と人差し指で枠を作り、その中に太陽と水平線を収める。

 そのまま両腕を伸ばしたりしながら構図を探っていると、

 

 「なにしてるの?」

 

 後ろから声をかけられ、振り返れば香織がいた。その後ろにはハジメにユエ、シアにティオもいる。

 

 「いや。なかなかいい景色だったのでな。こういう所は前世とも地球とも違わないと思ってたところだ」

 「……そっか。向こうの海だけじゃなくて、前世の地球も同じなんだ……」

 「よほど環境が違わない限り、変わらんだろうよ」

 「……神羅の故郷の地球ってどんなところだったの?」

 

 ユエが首を傾げながら問うと、ハジメ達も興味を惹かれたように神羅に視線を向ける。

 そう言えば怪獣の事は話したが、そこは話したことはなかったな、と思い至った神羅はそうさなぁ、と顎に手を当てる。まだまだ夜になるまで時間がある。話してもいいだろう。

 

 「大部分は今の地球と変わらんよ。怪獣がいるぐらいで……ああ、いや。一つ決定的に違うところがあったな。地底世界が存在しているのだ」

 「地底世界?それって………えっと、なんだったっけ………そうだ、地球空洞説とかそう言うやつか?」

 「ああ、その通りだ。地底と言えど光に満ちており、生物が棲める環境が出来上がっていて、俺たちすべての怪獣の故郷でもある」

 「それって………怪獣は全部地底世界で生まれたって事ですか!?あんなでかいのが!?」

 「ああ、あんなでかいのが大量に、上にも下にも住み着いていたのが地底世界だ」

 

 神羅が指を立てながら言うと、ハジメ達は圧倒されたように声を漏らす。

 

 「上にも下にも住み着いていたとは?」

 「ああ、そのまんまだ。地底世界には天井などない。自分が立っている場所が地であり、天井だ。どちらも水を湛え、植物が生え、火山があり、怪獣だけでなく大小さまざまな生命が暮らしていた」

 「上も下もって……重力はどうなってたの?」

 「ふむ………巡ってみた時の感覚から言うと………上も下も等しく重力が働いていたが、地底世界のちょうど中間に位置する空間に無重力の領域があったな。そこが上と下の重力の緩衝材となっていたのだろう」

 

 あくまでも予想だがな、と肩をすくめる神羅だが、ハジメ達は全員が驚愕したように目を丸くする。

 それはある意味ではライセン大迷宮と似た環境と言えるだろう。だが、両者にはある決定的な違いがある。ライセンはミレディが作り上げた、言ってしまえば人工の環境。それがどれほど人知を超えた環境であろうと、人の手が加わるのであればそういう(・・・・)環境になるように調整できる。

 どれほど人知を超えた環境だろうと、そしてそれを作り上げたのが神の御業だろうと、そう言う環境が出来上がるのは必然だ。

 だが、その世界は人の手など入っていない。自然にそんな環境が生まれ、そしてそこで生命は生まれ、進化していき、怪獣と言う存在が生まれた。それと並行するように地上でも生き物が生まれて進化していき、人間が生まれた。

 何と壮大な話だろうか。あれほどの巨体が闊歩する地底世界と言うのは恐ろしく感じられると同時にすごく冒険心を擽られる。それは一体どう言った世界で、どんな景色が広がっているのだろうか………

 

 (いや、それを言ったらこっちも同じか)

 

 このトータスだって地球と違う世界だ。ここには地球にはない未知の景色がいくらでも広がっている。これまではそれをちゃんと見ようとしてこなかったが………これからはもうちょっといろんな物を見るようにした方がいいかもしれない。

 

 「神羅殿はそのような世界すらも治めていたのか……本当に凄まじいのう……」

 

 ティオがそう言った瞬間、神羅は珍しく口をへの字に曲げながらしかめっ面を浮かべ、

 

 「………いいや。そこの王は俺ではなかった」

 「え?神羅じゃなかった?じゃあ一体……」

 「シアならよく知っている奴だ。樹海でさんざん世話になっただろう?」

 

 その言葉にハジメ、ユエ、シアの脳裏に自分たちが初めて相対した怪獣の姿が浮かぶ。

 

 「あのゴリラか!?」

 「え!?あの怪獣が地底世界の王だったって事ですか!?」

 

 その問いに神羅は小さく頷く。

 

 「え、えっとハジメ君。ゴリラって……?」

 「あ、ああ。ハルツィナ樹海って所にバカでかいゴリラ型の怪獣がいるんだ。俺たちはそいつと一度顔合わせをしててな………まさかあいつが………」

 「ああ。そうだ。俺とあいつは王としての座をかけて戦い、そして俺が勝った。その後まあ、いろいろあって今度は俺が奴に助けられてな……」

 

 そう言う神羅の顔は何と言うか、不思議な感じだった。認めているのに、認めたくないという、何と言うか……意地を張ってる子供っぽい。

 

 「その後、奴は負けを認めて地底世界に戻っていった。俺はまあ………癪だが奴に借りができたからな。地底を奴に任せて地上に移り住んだんだ。たまに地底に顔を出したりはしていたがな」

 

 そこまで言って神羅は夕日に視線を向けると胡坐をかいて頬杖を付く。

 それを見て、ハジメ達は小さく苦笑を浮かべる。本音を言うならばもうちょっとあの怪獣との関係を聞いてみたい。話を聞くだけでも神羅と怪獣の間に他にはない何かあるのは間違いない。その辺りを根掘り葉掘り聞いてみたいが、そんな事をしたら間違いなく神羅はへそを曲げる。流石に大迷宮前に不和を起こす理由もないのでここは引き下がる。

 真っ赤に燃えるような夕陽を見て、神羅は小さく鼻を鳴らしていた。




 バイオハザードre4、楽しんでますか?自分、基本ゲームは一度クリアしたらそこで終わりなんですが、今回は何回でも遊べちゃいます。楽しいです

 ちなみに一番怖かったのは初めてリヘナラドールが出てくるところでした。本当に怖かった……


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第76話 メルジーネ大迷宮

 ここで一つお知らせを。自分、今まで送られてきた感想にはできる限り返信してきましたが、これからは返信はしないことになると思います。それでも送られる感想には全部目を通しています。


 周囲が夜の闇の閉ざされ、空の月が輝きだしたのを見て、頃合いかと、ハジメは懐からグリューエン大火山の攻略の証であるペンダントを取り出す。サークル内に女性がランタンを掲げている姿がデザインされており、ランタンの部分だけがくりぬかれて穴抜きになっている。

 月とペンダントでどうしろと言うんだろうと首を捻りながらとりあえずペンダントを月に掲げてみる。

 しばらくすると、不意に変化が訪れる。ペンダントのランタンは少しずつ月の光を吸収するように底の方から光を溜め始めたのだ。

 

 「わぁ、ランタンに光が溜まっていきますぅ。綺麗ですねぇ」

 「本当……不思議だね。穴が空いているのに」

 

 シアと香織が瞳を輝かせながら見つめる中、穴あきの部分が光で塞がっていく。

 

 「昨夜も試してみたんだが……」

 「ふむ、恐らくこの場所でなければならなかったのであろうな」

 

 ティオが推測を口にしている間にランタンに光を溜めきったペンダントは全体に光を帯びると、ランタンから一直線に光を放ち、海面の一点を指し示す。

 

 「中々粋な演出。ミレディとは大違い」

 「あ~~、まあ……そうだな、うん」

 

 神羅は軽く肩をすくめるとそのまま海に飛び込む。ハジメ達も潜水艇を導きにしたがって航行させる。

 夜の海は漆黒に塗りつぶされており、潜水艦のライトとペンダントの光がなければあっという間に迷う事だろう。

 ペンダントが指示していたのは昼間神羅が空洞を見つけた岩壁地帯だった。潜水艇が近寄り、ペンダントの光が海底の岩石の一部に当たると、ゴゴゴゴゴッ!と音を響かせて地震のような振動と共に岩壁が動き出す。まるで扉のように左右に開き始め、冥界の入り口のような暗い道が続いていた。

 

 「なるほどな。兄貴がいたから気付けたけど、そうじゃなきゃ、ペンダントがないといつまでも見つからねぇ」

 「うん………それだけここの迷宮が高難易度って事だと思う」

 

 ユエの言葉にハジメ達は気を引き締めると潜水艇を操作して割れ目の中に入っていく。ペンダントのランタンはまだ半分ほど光を溜めた状態だが、光の放出を止めており、潜水艇のライトだけが海底を照らしている。

 

 「海底遺跡と聞いた時から思っておったのじゃが、この潜水艇がなければ、並みの輩では迷宮に入る事も出来なさそうじゃな」

 「ん。強力な結界が使えないとダメ」

 「他にも空気と光、後は水流操作も必須だな」

 「でも、ここに来るのにグリューエン大火山の攻略が必須でしたから……もしかしたら、空間魔法を駆使するのがセオリーなのかもしれませんね」

 

 ハジメ達が攻略法について考察しながら進んでいると、

 

 『ハジメ、止めろ。この先に強烈な海流がある。そのままだと巻き込まれるぞ』

 「ん、了解」

 

 神羅からの念話にハジメは潜水艇を一時停止させてフロント水晶から外を除く。

 ライトで照らされたくらい海中の中に、確かに目視できるほど強烈な流れの海流がある。

 

 「ハジメ君、大丈夫なの?」

 「ああ、問題ない。こういう時の為に潜水艇には船体を安定させる仕掛けを組み込んであるからな。でも、みんなちゃんとシートベルトはつけておけよ」

 

 ユエ達が席についてシートベルトを着用したのを確認したハジメが念話で大丈夫だと伝えると、神羅は静かに泳ぎだし、ハジメ達もその後に続いて進んでいき、海流に飛び込む。

 強烈な横殴りの衝撃に襲われるが、潜水艇は最初こそ大きく揺れるが即座に安定を取り戻す。

 船体を制御しながら海流に流されるままにハジメ達は進んでいく。その中を生身で進んでいくあたり流石は神羅だ。

 進んでいく途中、トビウオのような形の魔物が襲い掛かってきたが、潜水艇の魚雷で一部は吹き飛び、一部は神羅のおやつとなった。

 そうやって進んでいくと、ハジメ達は岩壁が壊されている場所に出くわした。よく見れば、先ほど吹き飛ばしたトビウオの死骸も引っかかっている。

 

 「……ここ、さっき通った場所か?」

 「そうみたい。グルグル回ってる?」

 『神羅さん。何か見つけませんでしたか?』

 『………さあ、どうであろうな?』

 

 外で小さく肩をすくめながら答える神羅を見て、ハジメ達は、神羅が何か気付いたと確信した。だが、あの様子だと教えてはくれなさそうだ。自分で見つけろ、と言う事なのだろう。

 ハジメ達は周囲を注意深く捜索しながら再び洞窟内を航行する。その結果、

 

 「あ、ハジメ君。あそこにもあったよ!」

 「これで五か所目か……」

 

 洞窟の数か所に50センチぐらいの中央に三日月のような文様が刻まれた五芒星と言うメルジーネの紋章が刻まれている場所を発見した。それが海底洞窟の五か所に刻まれている。

 

 「ま、五芒星の紋章に五か所の目印、そして光を残したペンダントとくれば……」

 

 ハジメは潜水艇を紋章に近づけると、ペンダントを取り出し、フロント水晶越しにそれをかざしてみる。すると予想通りペンダントが反応、ランタンから光が伸びて紋章に当たると紋章が一気に輝きだす。

 

 「これ、魔法でこの場に来る人は大変だね。すぐに気がつけないと魔力が持たないよ」

 

 香織の言葉を聞きながらハジメ達は残りの紋章にも光を当てていく。そして最後の紋章に光を注ぐと、ゴゴゴゴゴゴッ!と轟音を響かせて洞窟の壁の一角が真っ二つに割れる。その中に入ると真下へ通じる水路があり、ハジメ達が進もうとすると、先行するように神羅が泳ぎ出す。その姿を目で追いかけるハジメたちの前で、その姿が水面に沈むかのような波紋とともに消える。

 

 「あれは………」

 

 よく見れば神羅が消えた付近は水中ではなく、水面のように揺れている。

 

 「どうやら、あの先が本番みたいだ。みんなしっかり掴まってろよ」

 

 ハジメは潜水艇を進ませ、目の前の水面に突っ込む。

 すると船体は浮遊感に包まれ一気に落下し、衝撃と共に固い地面に叩きつけられる。激しい衝撃に最も脆弱な体の香織が上き声をあげる。

 

 「っ……大丈夫か?白崎」

 「う、うん。大丈夫……ここは?」

 

 香織がフロント水晶から外を見ると、そこは半球状の空間が広がっていた。目の前には周囲を見渡している神羅もいた。

 船外に出て改めて周囲を見渡してみれば、頭上に穴が空いているのだが、どう言う原理なのか水面が揺蕩っている。ハジメ達はそこから落ちたようだ。

 

 「どうやらここからが本番みたいだな。海底遺跡って言うよりただの洞窟だが」

 「……全部水中じゃなくてよかった」

 

 ハジメが潜水艇を宝物庫に戻してから洞窟の奥に見える通路に進もうとして、

 

 「ユエ」

 「ん」

 「私も」

 

 そう呼びかけると同時にユエと香織は動く。頭上からレーザーのような水流が一斉に降り注ぐが、ユエと香織は障壁を展開してそれを防ぐ。が、ユエの障壁は水流を防いでいるが、香織のは防いで入るが障壁に罅が入っていた。

 

 「む、罅が入っちゃった……」

 「まだまだ魔力の練りが甘いね。要鍛錬」

 

 ユエの言葉に香織が小さく頷いている間に神羅とティオが火炎を繰り出して天井を焼き払い、攻撃してきた輩を叩き落す。それはフジツボのような魔物だった。

 フジツボの排除を終えたハジメ達は改めて通路へと歩みを進める。その先は足元ぐらいまで海水で満たされている。すると一番身長が低いユエは腰元まで水に浸かってしまい、歩き辛そうにしている。

 ハジメは一つ頷くとユエを抱き上げてそのまま自分の肩に下して肩車にする。

 

 「は、ハジメ。これはさすがにちょっと恥ずかしい……」

 「だが、少しずつ水深も深くなってきてるし、この方がユエもいいだろ?」

 「はあ、自動再生がどうにかなったら身長も伸びるかなぁ」

 

 ユエはそうぼやきながら自分の頭に手を当てている。

 

 「伸びるであろうな。自動再生によって年を取らない。老いないという事は成長しないという事であるからな」

 

 神羅の言葉にユエはそっか、と呟きながらハジメの頭にしっかりと掴まる。その光景は中々に愛らしく、シアたちは微笑ましそうに見つめながら進んでいく。

 が、そこに何かが勢いよく襲い掛かってくる。

 それは手裏剣のように見える。高速回転しながら直線的に、あるいは曲線を描きながら高速で飛んでくる。ハジメはドンナーを抜いて発砲、全てを撃ち落とす。撃ち落とされたそれはヒトデっぽい何かだった。更に足元からウミヘビのような魔物が泳いでくるが、ユエが氷の槍で串刺しにする。

 

 「……弱すぎるよな?」

 

 ハジメの呟きに神羅以外の全員が頷いた。

 大迷宮の魔物は獣級試練用の魔物を例外としても基本的に単体で協力複数で厄介なのがセオリーと言える。だが、ここまで襲ってきた魔物はこれまで戦ってきた海の魔物と強さはほとんど変わらない。大迷宮の魔物とはとても思えなかった。

 その事を警戒しながら進んでいくと、ハジメ達は広い空間に辿り着く。

 その瞬間、半透明のゼリーのような何かが背後の通路への入り口をふさいでしまう。

 

 「私がやります!うりゃぁ!」

 

 とっさに最後尾のシアが壁を破壊しようとドリュッケンを叩きつけるが、表面が飛び散っただけで壁は壊れず、その飛沫がシアに付着する。

 

 「ひゃわ!なんですかこれ!?」

 

 シアが悲鳴と困惑の声を上げる。視線を向ければ、飛沫が付着したシアの衣服、具体的には胸元付近が溶け出していた。

 

 「シア、動くでない!」

 

 とっさにティオが絶妙な火加減でゼリーだけを焼き尽くす。衣服は解け、その豊満な胸元が幾らか露になっている。

 

 「失せろ」

 

 神羅がゼリーの壁に向かって炎を吐き出すと、それは瞬く間にゼリーの壁を焼き尽くしていく。青白い炎が消えた後にはゼリー状の物体は跡形もなく無くなっていた。

 神羅がふん、と鼻を鳴らしていると、脅威がなくなったと悟ったシアがそろりそろりとハジメに近寄り、露になった谷間を強調しながら、

 

 「あのぉ……ハジメさん。火傷しちゃったので、お薬塗ってもらえませんか?」

 「お前……状況分かってんのか?」

 

 呆れた様子で呟くハジメにシアはあはは、と小さく笑みを浮かべ、

 

 「いや~~、神羅さんのおかげでどうにかなったみたいですし、折角だから………」

 「いいや、シア。色仕掛けはもう少し先にしておけ」

 

 神羅が周囲を見渡しながらそう言うと、天井の亀裂から染み出すようにそれは現れた。全長10mほどの大きさの、全身に極小の赤いキラキラした斑点を持ったクリオネのような姿の魔物だ

 クリオネは何の予備動作もなく全身から触手を飛び出させ、頭部からシャワーのように溶解性のゼリーを放つが、神羅が口から青白い炎を吐き出す。

 それは触手、ゼリーの全てを焼き尽くしてクリオネすらも焼き尽くす。が、それだけで終わらず神羅は部屋上部を焼き払うように炎を放つ。

 ハジメ達は慌てて水の中に倒れ込むようにして潜水する。

 少ししてハジメ達が顔を上げれば空間の岸壁の至る所が真っ赤に赤熱、マグマのように溶解しており、サウナのような熱波に包まれている。

 

 「あ、兄貴!いくら何でもやり過ぎだろ!」

 

 ハジメが抗議の声を上げる中、神羅は周囲を見渡し、

 

 「ふむ、逃げたか………」

 

 そう呟いてハジメ達に視線を向ける。

 

 「悪かった。だが、どうにも嫌な感じがしてな。いつの間にか敵の腹の中に入っていたような感覚……恐らくだが、先ほどまでのは奴の分体。本体はこの空間を飲み込むように存在していたのだろう」

 「え!?それじゃあ、あのまま何もしてなかったら……」

 「恐らく、全方位から攻撃を受けていたであろうな」

 

 その言葉にハジメ達はマジかよ、と呻く。あの魔物がどれほどの実力を持っていたかは分からないがかなり厄介な事になっていただろう。

 

 「まあ、ここからは我は手は出さん。危なくなったら助けるがな」

 「つまりいつも通り、って事か。了解」

 

 ハジメ達は一つ頷くと、シアの着替えを待ってから通路の奥へと歩みを進める。




 最近、有害超獣にハマっている夜叉竜です。絵がすごく綺麗で、雄大で、それなのに恐ろしくて……


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第77話 船の墓場

 やはりというべきか、道中の魔物はこれまでの迷宮の魔物と比べても弱かった。それこそ香織でも対処しようと思えば十分対処できるぐらいに。そうなると、あのクリオネのような魔物はかなりの力を持っていたように思える。

 神羅の手であっさりと撃退されていたが、彼の言葉を信じれば、あの空間を丸ごと覆い尽くせるほどの質量を有していたという事。そして神羅の炎でも倒しきれなかった時点で、あの魔物はかなりの力を持っているという事になる。

 もしかしたら、今ここにいる魔物は本当にただの魔物で、あのクリオネの食料になっていたのかもしれない。

 そんな事を考えながらハジメ達は海底洞窟のような通路を進んでいくが、遂にその終わりが見えてくる。前方に広い空間が見え、そこから眩い光が見えている。

 よし、と気合を入れてハジメ達が空間に足を踏み入れると、視界が一気に広がり、目の前に真っ白な砂浜が広がる。ハジメ達が通ってきた通路は鬱蒼とした雑木林の中にあり、頭上一面には水面が揺蕩っている。結界のような物で海水の侵入を防いでいるようだ。かなり広い空間である。

 

 「ここからが迷宮の本番って事か?」

 「かもしれんな……しかし、これでは本格的に我は動けんな。下手したら結界が壊れて水に沈む」

 

 さらりと恐ろしい事を言う神羅にハジメ達は顔を引きつらせる。幾らなんでも天井のあの水が全て落ちてきたら対処する間もなく押しつぶされてしまう。

 そうならないように祈ってるよと呟きながらハジメ達は砂浜沿いに歩みを進めていき、砂浜の終点に辿り着く。そこに広がっていたのは……

 

 「これは……船の墓場って奴か?」

 「すごい。帆船なのになんて大きさ……」

 

 その先は岩石地帯となっており、そこにはおびただしい数の帆船が半ば朽ちた状態で横たわっていた。そのどれもが最低でも百メートルはありそうな帆船ばかりで、遠目に見える一際大きな船は三百メートルくらいありそうだ。

 神羅を除く全員が思わず足を止めてその一種異様な光景に見入ってしまった。神羅はここにもこれぐらいのはあったのか、と軽く感心するように腕を組んでいた。しかし、いつまでもそうしているわけにも行かず、ハジメ達は気を取り直すと、船の墓場へと足を踏み入れた。

 岩場の隙間を通り抜け、あるいは乗り越えて、時折、船の上も歩いて先へと進む。

 どの船も朽ちてはいるが、触っただけで崩壊するほどではない、一体いつからあるのか判断が難しかった。

 

 「それにしても……戦艦ばっかり」

 「そうなんですか?じゃあ、あの一番大きな船も……」

 「いや、恐らくあれは客船じゃな。装飾が他と比べて豪華じゃし……」

 

 墓場にある船には、どれも地球の戦艦や帆船のように横腹に砲門が付いているわけではなかった。しかし、それでもユエが戦艦と断定したのは、どの船も激しい戦闘跡が残っていたからだ。見た目から言って、魔法による攻撃を受けたものだろう。スッパリ切断されたマストや、焼け焦げた甲板、石化したロープや網など残っていた。

 そしてその推測はハジメ達が船の墓場のちょうど中腹に来た辺りで事実であると証明されることになった。

 

 ――うぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!!

 

 ――ワァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!

 

 「ッ!? なんだ!?」

 「ハジメくん! 周りがっ!」

 

 突然、大勢の人間の雄叫びが聞こえたかと思うと、周囲の風景がぐにゃりと歪み始めた。驚いて足を止めたハジメ達が何事かと周囲を見渡すが、そうしている間にも風景の歪みは一層激しくなり――気が付けば、ハジメ達は大海原の上に浮かぶ船の甲板に立っていた。

 そして、周囲に視線を巡らせば、そこには船の墓場などなく、何百隻という帆船が二組に分かれて相対し、その上で武器を手に雄叫びを上げる人々の姿があった。

 

 「な、なんだこりゃ……」

 「ハ、ハ、ハジメさん? 私、夢でも見ているのでしょうか? 皆さん、ちゃんとここにいますよね? ね?」

 

 全員が度肝を抜かれてしまい、混乱しないよう必死に落ち着こうとする中、神羅は目を細めながら周囲を見渡す。

 空に大きな火花が上がり、弾けると同時に花火のような音を立てると、何百隻という船が一斉に進み出した。ハジメ達が乗る船と相対している側の船団も花火を打ち上げると一斉に進み出す。

 そして、一定の距離まで近づくと、そのまま体当たりでもする勢いで突貫しながら、両者とも魔法を撃ち合いだした。

 

 「なるほど……この船たちの記憶のような物か……」

 

 神羅は無感動に呟きながら周囲の光景を眺める。その言葉にハジメ達は目を丸くする。

 

 「それってつまり……この船の墓場が出来上がった時の光景を見せているって事?」

 「恐らくな」

 

 轟音と共に火炎弾が飛び交い船体に穴を穿ち、巨大な竜巻がマストを狙って突き進み、海面が凍りついて航行を止め、着弾した灰色の球が即座に帆を石化させていく。

 ハジメ達が乗る船の甲板にも炎弾が着弾し、盛大に燃え上がり始めた。船員が直ちに、魔法を使って海水を汲み上げ消火にかかっていく。

 正に戦場。このおびただしい船団と人々は戦争をしているのだ。放たれる魔法に込められた殺意の風が、ぬるりと肌を撫でる。

 ハジメ達がその光景を呆然と見ていると、背後から再び炎弾が飛来した。放っておけば直撃コースだが、所詮は映像のような物だ。無視して……

 そう考えたハジメだが、炎弾を見た瞬間、本能が警鐘を鳴らし、咄嗟にドンナーを抜いて発砲するが、レールガンは炎弾を迎撃するどころかすり抜けてそのまま空の彼方に消えていく。

 

 「なにぃ!?」

 

 驚愕の声を上げるハジメにユエ達はすぐに炎弾に視線を向けるが、すでにユエであっても迎撃も防御も間に合わない所にまで迫り、

 神羅が炎を纏った右腕で炎弾をかき消す。

 

 「ぼぅっとするな。ここは敵地だぞ。構えないでどうする」

 

 そう言われ、ユエ達は小さく呻きながらもすぐさま臨戦態勢となる。

 そこに再び炎弾が飛来するが、今度はユエがすぐさま炎弾を放ち、相殺させる。

 

 「映像みたいなものなのに、どうして………」

 「もしかしたら……これはただ幻覚ってわけじゃないが、現実ってわけでもない。実体のある攻撃は効かないが、魔力を纏った攻撃は効くみたいだな。全く、どうなってんだか……」

 

 厄介だな、とハジメが溜息を吐いていると、すぐ後ろで苦悶の声が上がる。全員が振り返ると、年若い男がカットラスを片手に腹部を抑えて蹲っていた。見れば、足元に血だまりが出来ており、傍らには血濡れの氷柱が転がっている。おそらく、攻撃を受けたのだろう。

 咄嗟に、香織は、「大丈夫ですか!」と声を掛けながら近寄り、回復魔法を行使した。彼女の放つ純白の光が青年を包み込む。すると青年は、傷が治るどころか淡い光となって霧散してしまった。

 

 「え? えっ? ど、どうして……」

 「……もしかしたら、魔力を伴っていたら属性や効果なんて関係ないのかも」

 

 混乱する香織に、ユエが自身の推測を話すと、香織は不快げに顔をしかめる。

 

 「何ですかそれ………悪趣味すぎません?」

 「確かにのう……」

 

 シアとティオが嫌悪感も露に呟く中、神羅は香織に視線を向ける。

 

 「白崎。大丈夫か?」

 「………うん、大丈夫。やれるよ。こんなふざけた事をした人の顔、拝みたくなっただけ」

 

 静かに告げるその声音には隠し切れない怒りが滲んでいる。

 神羅は静かに頷くと周囲に視線を向ける。

 いつの間にか、周囲を不穏な気配が満たしていた。いつの間にか、かなりの数の男達が暗く澱んだ目でハジメ達の方を見ていた。

 ユエ達もその視線に気がつき同じように視線を巡らせた直後、彼等はハジメ達に向かって一斉に襲いかかってきた。

 

 「全ては神の御為にぃ!」

 「エヒト様ぁ! 万歳ぃ!」

 「異教徒めぇ! 我が神の為に死ねぇ!」

 

 そこにあったのは狂気だ。血走った眼に、唾液を撒き散らしながら絶叫を上げる口元。まともに見れたものではない。

 どうやらこの戦争は宗教戦争のようだ。怒声に交じってエヒトとは別の神の名前も聞こえてくる。

 ハジメ達は即座に動く。ハジメはドンナーとシュラークから雷弾を連射し、ユエも魔弾を乱射、ティオも風魔法を放ち、神羅は手足に炎を纏わせて躍りかかる。

 そしてシアはすいません!と断ってから香織を抱えると勢いよく跳躍し、4本あるマストの内の一つの物見台に着地する。シアは未だ神羅のように手足に魔力を纏わせて強化するという事ができないのだ。

 二人が下を覗き込めば、神羅達が群がる兵士たちを手当たり次第に殲滅している。未だ周囲では戦争が継続中だが、一部の兵士がハジメ達を標的にしたようだ。それも敵味方関係なしに、その数は増えていく。

 

 「ど、どうすればいいんですかこれ……」

 「出口を探そうにもこれじゃあ探しようがない………せめて戦争が終われば……」

 「そうは言っても、この数じゃあ、神羅さんがゴジラになって蹂躙するしかないのでは……」

 

 そう言ってシアは青い顔で周囲を見渡し、釣られるように香織も周囲を見渡す。

 そこかしこで相手の船に乗り込み敵味方混じり合って殺し合いが行われていた。こちらが攻撃した場合と異なり、幻想同士の殺し合いでは、きっちり流血するらしい。

 甲板の上には、誰の物とも知れない臓物や欠損した手足、あるいは頭部が撒き散らされ、かなりスプラッタな状態になっていた。どいつもこいつも、〝神のため〟〝異教徒〟〝神罰〟を連呼し、眼に狂気を宿して殺意を撒き散らしている。

 狂気の宿った瞳で体中から血を噴き出しながらも哄笑し続ける者や、死期を悟ったからか自らの心臓を抉り出し神に捧げようと天にかかげる者、ハジメ達を殺すために弟ごと刺し貫こうとした兄と、それを誇らしげに笑う弟。戦争は狂気が満ちる場所というが、それにしても余りに凄惨だ。

 その光景を見つめる香織は拳を握りしめながら唇を噛み、

 

 「……シアさん、魔力を分けて。私が………全部終わらせる」

 「か、香織さん……?」

 

 かつてないほど激情を宿した言葉にシアが目を丸くしていると、香織は杖を強く握りしめながらシアに左手を伸ばすと、廻聖を発動させ、シアから魔力を分けてもらう。

 その上で香織は魔晶石からも魔力を補給しながら魔力を練り上げ、更に詠唱を行う事で更に更に魔力を制御し、練り上げて、その魔力は加速度的に高まっていく。

 そのこと気に気づいた神羅達は兵士たちがマストに近づかないように立ち回る。

 そして香織の詠唱が完了し、彼女の最上級魔法が発動する。

 

 「……せめて………安らかに。――もの皆、その(かいな)に抱きて、ここに聖母は微笑む。聖典!」

 

 直後、香織を中心に光の波紋が一気に戦場を駆け抜けた。

 波紋は、脈動を打つように何度も何度も広がり、その範囲は半径一キロ、いや、練りに練り上げた魔力を糧に、波紋はさらに広がっていき、戦場の3分の1にまで及んだ。そして、その波紋に触れた敵の一人一人が光で包み込まれていく。

 光系最上級回復魔法〝聖典〟

 それは、超広範囲型の回復魔法で、領域内にいる者を全員まとめて回復させる効果を持つ。範囲は、術者の魔力量や技量にもよるが、最低でも半径五百メートル以内の者に効果がある魔法だ。また、あらかじめ〝目印〟を持たせておけば、領域内で対象を指定して回復させることも出来る。当然、普通は数十人掛りで行使する魔法であるし、長時間の詠唱と馬鹿デカイ魔法陣も必要だ。それをたった一、二分で、しかも一人で行使し、そしてこれほどの範囲に効果を及ぼせるなど、もはやチートどころではない。異常だ。

 香織の放った〝聖典〟の光が戦場を包み込むと同時に、領域内の兵士達は敵味方の区別なく全てが体を霧散させて消え去った。その光景をハジメ達が呆然と眺めるが、全ての敵が消えたところではっ、とすると、即座に香織たちが逃げ込んだマストを登っていく。

 物見台には魔力枯渇で気を失っている香織と、顔を青くしながらへたり込んでいるシアがいた。

 シアの魔力量はハジメ達の中では少ない方だが、それでもその値は3000から4000にまで上がっている。そのシアが魔力枯渇でへばるとは……

 

 「全く………どいつもこいつも無茶をする」

 

 そう言いながら、神羅は小さく苦笑を浮かべながら、香織の頭を優しく撫でる。

 

 「そんじゃあ、残りは……俺達で踏ん張るか」

 

 そう言ってハジメは未だ殺意を衰えさせずこちらに向かってくる兵士たちを眺め、ドンナーをガンスピンさせる。




 香織やりすぎたかな?でも後悔はしていない。


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第78話 フードの人物

 …………………シン・ユニバースロボのPV、見ました。

 まさかリアルにこんなときどんな顔をすればいいのか分からないってなるとは思わなかった………


 どこか心地いい揺れを感じ、香織は小さく声を漏らしながら意識を取り戻す。

 

 「気がついたか」

 

 これまでにないぐらい近くで聞こえてきた神羅の声に香織はえ、と小さく声を漏らして目を開ける。

 見えたのは黒い和服に包まれたがっしりとした肉体とこちらを見つめる神羅の横顔。

 そこでようやく、香織は自分が神羅におんぶされている事に気付いてえぇ!?と声を上げる。

 

 「我だから大丈夫だが、あんまり耳元で大声は出すものではないぞ」

 

 対し神羅は小さく苦笑を浮かべながらどこか的外れな事を言う。

 その事に少し戸惑いながら香織は周囲を見渡す。すでにあの幻覚は消えており、元の岩礁地帯に戻っている。自分をおぶった神羅の周りには当然ハジメ達が立っているのだが、彼らは一様に目の前の巨船を見上げている。

 それはティオが客船と言っていた最大規模の帆船だ。全長300m以上。10階建て構造で、そこかしこに荘厳な装飾が施されており、朽ちてなお、見る物に感動を与えるほどの豪華客船。その前に神羅達は立っていた。

 

 「お前が意識を失っている間に戦闘を終えて、一通り調べてな。残るはここのみだ」

 「そっか……ごめん、迷惑かけて」

 「気にすんなって、白崎。あんな大規模な魔法を行使したんだ。気を失って当然だ」

 「本当……とんでもないことした。これは私もうかうかしてられない」

 

 ユエがむむ、と悔し気に唸り、香織は小さく苦笑を浮かべる。

 

 「あはは、まあ、成功するかどうか、私自身一か八かだったんだけど………あんな光景、続けさせたくなかったから」

 

 例え魔法による幻覚のような物だとしても、あんな狂気に満ちた地獄で永遠と戦わさせられるなんて、あまりにもむごすぎる。だからこそ、一刻も早く終わらせてあげたかった。

 

 「ま、確かに胸糞悪くなる光景だった。自然界でも他を囮に生き延びると言うのはあるがそれは基本的に結果論だ」

 

 そう言いながら神羅は忌々し気に舌を鳴らし、ハジメ達も嫌悪感を露にする。

 香織はうん、と小さく頷きながら、視線を神羅の後頭部に向ける。そこで改めてここまで神羅が自分を背負ってくれたのだと気づき、思わず顔が赤くなる。

 常日頃がっしりとしているなぁ、と思っていたが、こうして触れてみると、本当にすごい。まるで鋼だ。しかし確かに肉の柔らかさと温もりを持っていて、不思議な安心感がある。

 ハジメ君は何度も背負われてたのかなぁ、と考えると、少し微笑ましく感じる。だが、それと同時に、神羅の言う大事な人もこうして背負われたりしたのだろうかと考える。

 神羅達の話では、その人、モスラは神羅がゴジラだった時からの付き合いらしいので人間の背負うとは少し違うのだろうが、それでも……

 思わず神羅の首に腕を回し、力を込めて抱き着くが、神羅は特に気にするそぶりもない。

 

 「まだ疲れているのなら、もう少し休んでから行くか?」

 「……ううん。もう大丈夫」

 

 そう言って香織は腕をほどいて神羅の背から降りると、宝物庫から魔晶石を取り出して魔力を回復させる。

 そうして準備を整えると、神羅達は一斉各々跳び上がり(香織はシアがお姫様抱っこして)、豪華客船の最上部にあるテラスへと降り立った。すると、案の定、周囲の空間が歪み始める。

 

 「またか……全員、気を抜くなよ。何があるか分からないし、どうせ碌な光景じゃない」

 

 全員が表情を硬くしながら頷いていると、周囲の景色は完全に変わり、今度は、海上に浮かぶ豪華客船の上にいた。

 時刻は夜で、満月が夜天に輝いている。豪華客船は光に溢れキラキラと輝き、甲板には様々な飾り付けと立食式の料理が所狭しと並んでいて、多くの人々が豪華な料理を片手に楽しげに談笑をしていた。

 

 「パーティー……だよね?」

 「ああ。随分と煌びやかだが……メルジーネのコンセプトは勘違いだったか?」

 

 ハジメ達が肩透かしを喰ったような気になるが、神羅は小さく唸りながら周囲を睨む。ひとまずハジメ達は一際高い場所にあるテラスから、その光景を見守る。

 すると、ハジメ達の背後の扉が開いて船員が数名現れ、少し離れたところで一服しながら談笑を始めた。

 その彼等の話に聞き耳を立ててみたところ、どうやら、この海上パーティーは、終戦を祝う為のものらしい。長年続いていた戦争が、敵国の殲滅や侵略という形ではなく、和平条約を結ぶという形で終わらせることが出来たのだという。船員達も嬉しそうだ。よく見れば、甲板にいるのは人間族だけでなく、魔人族や亜人族も多くいる。その誰もが、種族の区別なく談笑をしていた。

 

 「こんな時代があったんですね」

 「……私にはできなかった……まさに偉業。終戦からどれくらい経っているのか分からない……全てのわだかまりが消えたわけじゃないだろうけど……あれだけ笑い合えるなんて……」

 「きっと、あそこに居るのは、その頑張った人達なんじゃないかな? 皆が皆、直ぐに笑い合えるわけじゃないだろうし……」

 「そうじゃな……」

 

 楽しげで晴れやかな人々の表情を見ていると、ハジメ達の頬も自然と緩んだ。それを見て、神羅は小さく息を吐き、

 

 「水を差すようですまないが……そんな単純ではあるまい。恐らく………来るぞ」

 

 その言葉にハジメ達が小さく首を傾げると同時に、甲板に用意されていた壇上に初老の男が登り、周囲に手を振り始めた。それに気がついた人々が、即座におしゃべりを止めて男に注目する。彼等の目には一様に敬意のようなものが含まれていた。

 初老の男の傍には側近らしき男と何故かフードをかぶった人物が控えている。その人物を見た瞬間、神羅の顔が歪む。

 全ての人々が静まり注目が集まると、初老の男の演説が始まった。

 

 「諸君、平和を願い、そのために身命を賭して戦乱を駆け抜けた勇猛なる諸君、平和の使者達よ。今日、この場所で、一同に会す事が出来たことを誠に嬉しく思う。この長きに渡る戦争を、私の代で、しかも和平を結ぶという形で終わらせる事が出来たこと、そして、この夢のような光景を目に出来たこと……私の心は震えるばかりだ」

 

 そう言って始まった演説を誰もが身じろぎ一つせず聞き入る。演説は進み、和平への足がかりとなった事件や、すれ違い、疑心暗鬼、それを覆すためにした無茶の数々、そして、道半ばで散っていった友……演説が進むに連れて、皆が遠い目をしたり、懐かしんだり、目頭を抑えて涙するのを堪えたりしている。

 演説も遂に終盤のようだ。どこか熱に浮かされたように盛り上がる国王。場の雰囲気も盛り上がる。しかし、ハジメは、そんな国王の表情を何処かで見たことがあるような気がし、更に先ほどの神羅の言葉を思い出し、嫌な予感に襲われた。

 

 「こうして和平条約を結び終え、一年経って思うのだ………………実に、愚かだったと………」

 

 国王の言葉に、一瞬、その場にいた人々が頭上に?を浮かべる。聞き間違いかと、隣にいる者同士で顔を見合わせる。その間も、国王の熱に浮かされた演説は続く。

 

 「そう、実に愚かだった。獣風情と杯を交わすことも、異教徒共と未来を語ることも……愚かの極みだった。わかるかね、諸君。そう、君達のことだ」

 「い、一体、何を言っているのだ! アレイストよ! 一体、どうしたと言うッがはっ!?」

 

 アレイストの豹変に、一人の魔人族が動揺したような声音で前に進み出て問い詰めようとするが、その瞬間、胸から剣を生やした。

 刺された魔人族の男は、肩越しに振り返り、そこにいた人間族を見て驚愕に表情を歪めた。本当に、信じられないと言った表情で魔人族の男は崩れ落ちた。

 

 「さて、諸君、最初に言った通り、私は、諸君が一同に会してくれ本当に嬉しい。我が神から見放された悪しき種族ごときが国を作り、我ら人間と対等のつもりでいるという耐え難い状況も、創世神にして唯一神たる〝エヒト様〟に背を向け、下らぬ異教の神を崇める愚か者共を放置せねばならん苦痛も、今日この日に終わる! 全てを滅ぼす以外に平和などありえんのだ! それ故に、各国の重鎮を一度に片付けられる今日この日が、私は、堪らなく嬉しいのだよ! さぁ、神の忠実な下僕達よ! 獣共と異教徒共に裁きの鉄槌を下せぇ! ああ、エヒト様! 見ておられますかぁ!!!」

 

 場が騒然とする中、膝を付き天を仰いで哄笑を上げるアレイスト王。彼が合図すると同時に、パーティー会場である甲板を完全に包囲する形で船員に扮した兵士達が現れた。

 次の瞬間、甲板目掛けて一斉に魔法が撃ち込まれた。下という不利な位置にいる乗客達は必死に応戦するものの……一方的な暴威に晒され抵抗虚しく次々と倒れていった

 何とか、船内に逃げ込んだ者達もいるようだが、ほとんどの者達が息絶え、甲板は一瞬で血の海に様変わりした。ほんの数分前までの煌びやかさが嘘のようだ。海に飛び込んだ者もいるようだが、そこにも小舟に乗った船員が無数に控えており、やはり直ぐに殺されて海が鮮血に染まっていく。

 アレイスト王は、部下を伴って船内へと戻っていった。幾人かは咄嗟に船内へ逃げ込んだようなので、あるいは、狩りでも行う気なのかもしれない。

 彼に追従する男とフードの人物も船内に消える。

 と、その時、ふと、フードの人物が甲板を振り返った。その拍子に、フードの裾から月の光を反射してキラキラと光る銀髪と、それと対を成すような金髪がハジメには見えた気がした。

 その直後、突然青白い魔力がフードの人物を狙い撃つように放たれ、一瞬で飲み込む。それに巻き込まれるように周囲の景色の幻覚が一気にひび割れると、そのまま崩壊し、元の船の墓場の光景が広がる。

 

 「な、なんだなんだ!?」

 

 突然の事態にハジメ達は先ほどまでの凄惨な光景も忘れて目を見開き、魔力を放った人物である神羅に視線を向けると、神羅は荒々しく顔を歪めながら唸り声を漏らし、忌々し気に近くのマストに爪を立てる。

 

 「あ、兄貴?どうしたんだ……?あのフードの奴が何か……」

 「………ただ目の前の光景が気に食わなかっただけだ」

 

 吐き捨てるようにそう言うと、神羅はそのままアレイスト王たちが入っていった扉から船内へと入っていく。

 だが、ハジメ達はすぐに追いかけることはできず、その場で全員が顔を見合わせる。

 

 「なんだか神羅君……すごく苛立っているように見えたけど……どうしたんだろう」

 「分かんねぇ……あのフードの人物が関係してるのは間違いないんだろうけど……映像だからか、いまいち理由が分かんねぇ……」

 「あ、もしかしてですけど、あれが本物の神の使徒だと気づいたんじゃないですか?ほら、ミレディさんが言ってた特徴に銀髪ってありましたし」

 「じゃが、あの者は銀髪の他に金髪も交じっておったぞ?まあ、個体差かもしれんがな」

 

 ハジメ達がう~~ん、と首を傾げている中、ユエは深く考えるように顎に手を当て、金、神羅……いや、ゴジラの敵意……と呟いていたが、不意にもしかして……と小さく呟く。

 

 「ユエ?何か気付いたのか?」

 「あ、うん………えっと、あくまでも確証がない、私の想像なんだけど………」



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第79話 再生魔法

 淡い光が海面を照らし、それが天井にゆらゆらと波を作る。

 その空間の中央には神殿のような建造物があり、四本の巨大な支柱に支えられていた。支柱の間に壁はなく、吹き抜けになっている。神殿の中央の祭壇らしき場所には精緻で複雑な魔法陣が描かれていた。また、周囲を海水で満たされたその神殿からは、海面に浮かぶ通路が四方に伸びており、その先端は円形になっている。そして、その円形の足場にも魔法陣が描かれていた。

 その四つある魔法陣の内の一つが、にわかに輝き出す。そして、一瞬の爆発するような光のあと、そこには複数の人影が立っていた。神羅達だ。

 

 「……ここは……あれって魔法陣?まさか、攻略したんでしょうか?」

 「いやいや、ちょっと簡単すぎないか?獣級試練はおろか最終試練だって……」

 「……あのバチュラムっぽい魔物との再戦ぐらいはあると思ってた……」

 「確かに……あの船の中もさして危険などなかったしな……」

 

 そう言いながら神羅は顎に手を添える。

 あの後、ハジメ達は神羅達の後を追って共に船の中を進んでいったのだが、船の中には幽霊型の敵がちらほらと確認されるだけだった。恐らく、本当はそれなりの数の幽霊がいたのだろうが、先の神羅の魔力砲によって多くが吹き飛ばされてしまったのだろう。実際、出てきても神羅達の魔力による攻撃で次々と消滅していた。

 まあ、幽霊が苦手らしい香織にとってはかなり辛い場所だったようで、悲鳴を上げながら神羅にしがみついていた。一応あの船の墓場の兵士たちも幽霊みたいなものだったはずだが……

 

 「……あのね、みんな。十分大変な場所だったよ。最初の海底洞窟だって、普通は潜水艇なんて持ってないんだから、ずっと沢山の魔力を消費し続けるし、下手をすれば、そのまま溺死だよ。クリオネみたいなのは、どれ程強いのかは分からないけど、間違いなくかなり強い部類だったと思うし、亡霊みたいなのは物理攻撃が効かないから、また魔力頼りになる。それで、大軍と戦って突破しなきゃならないんだよ? 十分、おかしな難易度だよ」

 「あ~~~、そう言えばそうですね……」

 「まして、この世界の人なら信仰心が強いだろうし……あんな狂気を見せられたら……」

 「余計、精神的にキツいか……」

 「……獣級試練は………もしかしたらこの迷宮には最初からなかったのかもしれないな………流石に全ての迷宮に怪獣を想定した魔物を配備するのは辛かろうし」

 

 そう言う神羅を見上げ、ユエは小さく息を吐く。どうやら完全に神羅は落ち着いたようだ。

 合流した時、ユエは神羅にイラついてた理由を聞いてみたが、やはりというべきか、ユエの予想通りだった。ならば唐突に彼が苛立ったのも納得だ。そのイラつきも船の中を進んでいく内に収まったようだ……もしくは、ただ押し込んだだけか……

 祭壇に到着したハジメ達は、全員で魔法陣へと足を踏み入れる。いつもの通り、脳内を精査され、記憶が読み取られ、無事に全員が攻略者であると認められ、ハジメ達は新たな神代魔法を獲得する。

 

 「ここでこの魔法か……大陸の端と端じゃねぇか。解放者め」

 「……見つけた〝再生の力〟」

 

 思わずハジメが悪態をついたのは、手に入れた神代魔法が再生魔法だったからだ。

 ハルツィナ樹海の大樹の下にあった石版の石板には進むには確かに再生の力が必要だと書かれていた。つまり、東の果てにある大迷宮を攻略するには、西の果てにまで行かなければならなかったということである。場合によっては恐ろしくめんどくさい事になる。事実、ハジメ達はかなり遠回りをさせられた。ブリーゼ等がなかったらもっと面倒だっただろう。

 ハジメが解放者の嫌らしさに眉をしかめていると、魔法陣の輝きが薄くなっていくと同時に、床から小さな祭壇のような物がせり出てきた。その祭壇は淡く輝いたかと思うと、次の瞬間には光人型となり、最終的には一人の女性となった。祭壇に腰掛ける彼女は、白いゆったりとしたワンピースのようなものを着ており、エメラルドグリーンの長い髪と扇状の耳を持っていた。どうやら解放者の一人メイル・メルジーネは海人族と関係のある女性だったようだ。

 彼女は、オスカーと同じく、自己紹介後、解放者の真実を語った。おっとりした女性のようで、憂いを帯びつつも柔らかな雰囲気を纏っている。やがて、オスカーの告げたのと同じ語りを終えると、

 

 「……どうか、神に縋らないで。頼らないで。与えられる事に慣れないで。掴み取る為に足掻いて。己の意志で決めて、己の足で前へ進んで。どんな難題でも、答えは常に貴方の中にある。貴方の中にしかない。神が魅せる甘い答えに惑わされないで。自由な意志のもとにこそ、幸福はある。貴方に、幸福の雨が降り注ぐことを祈っています」

 

 そう締め括り、メイル・メルジーネは再び淡い光となって霧散した。直後、彼女が座っていた場所に小さな魔法陣が浮き出て輝き、その光が収まると、そこにはメルジーネの紋章が掘られたコインが置かれていた。

 

 「証の数も四つですね、ハジメさん、神羅さん。これで、きっと樹海の迷宮にも挑戦できます。父様達どうしてるでしょう~」

 

 シアが、懐かしそうに故郷と家族に思いを馳せ、神羅は樹海に住まう怪獣の事を思い出したのか、軽く鼻を鳴らす。

 その様子を見て、ハジメは改めてゴジラとあの怪獣の関係が気になった。神羅は二匹とも自分の敵のように語っていたが、抱いている感情は全く違うように思える。

 

 と、ハジメが宝物庫に証をしまった途端、神殿が鳴動を始めた。そして、周囲の海水がいきなり水位を上げ始めた。

 

 「うおっ!? チッ、強制排出ってか」

 「全員、我に摑まれ。酸素ボンベは忘れずにな」

 「……んっ」

 「わわっ、乱暴すぎるよ!」

 「あんなに優しそうだったのに~~!」

 「人は外見によらんと言う事じゃのう………」

 

 凄まじい勢いで増加する海水に、ハジメ達は潜水艇を出して乗り込む暇もなく、あっという間に水没していく。神羅が手足を変化させ、背びれと尾を展開すると、全員が神羅にしがみつき、神羅も全員をしっかりと抱きこむ。そしてハジメ達は宝物庫から酸素ボンベ取り出して口に装着した。

 天井部分がグリューエン大火山のショートカットのように開き、猛烈な勢いで海水が流れ込む。神羅達もその竪穴に流れ込み、神羅は下からの水の流れに乗って一気に上昇する。

 おそらく、メルジーネ海底遺跡のショートカットなのだろうが、おっとりしていて優しいお姉さんといった雰囲気のメイル・メルジーネとは思えない滅茶苦茶乱暴なショートカットだった。

 海中に放り出されたハジメは急いで宝物庫から潜水艇を取り出し、中に入ろうとしたが、不意に神羅がぐるりと視線を巡らし、口から青白い魔力のブレスを放ち、勢い良く伸ばされた無数の触手を撃墜する。

 ハジメ達が慌てて視線を向ければ、そこにはあの巨大クリオネが苦しむように身をよじっていた。

 

 『お前等、今すぐ潜水艇に入れ!』

 

 神羅がそう言うと、ハジメ達は即座に潜水艇に入っていく。水中じゃハジメ達はほとんど無力だ。

 ハジメ達が潜水艇に入ったのを確認すると、神羅は海中にも拘らず咆哮を響かせながらクリオネに向かって突き進む。

 クリオネは触手を伸ばして攻撃するが、神羅は海中を自在に泳いで回避して距離を詰める。

 そして、神羅は背びれと目と喉元を青白く光らせる。それが何の予兆なのか知っているハジメ達は潜水艇でぎょっ!?と目を見開き、

 

 「全員掴まれ!」

 

 ハジメが叫んだ瞬間、神羅の口から熱線が放たれる。が、それは海中でありながら水蒸気爆発などは起こさず、容赦なくクリオネを直撃し、貫く。

 それと同時にクリオネの身体がボロボロと崩れていき、遂にはその身体は完全に崩壊してしまう。

 神羅は崩れ落ちたクリオネを後目に周囲を警戒するように見渡す。

 そして何も起こらないことを確認すると、警戒を緩めるように口を開き、泡を吐く。

 その様子をハジメ達は呆然と眺めていた。あの魔物をあっさりと倒したこともそうだが、まさか海中でも熱線が使えるとは………

 

 「とりあえず……これで終わり……と見ていいじゃろ」

 

 ティオの言葉にハジメ達はそうだな、と言うように小さく頷いた。




 悪食戦があまりにも簡単すぎない?と思われるかもしれませんが、描写を見るに悪食は全身が魔石とでもいうべき存在で、神羅は他者の魔力を破壊する能力を持っていて、おまけに水中戦が得意。文字通りのワンサイドゲームです。

 熱線が使えた事は………ゴジラに対し今更ですよ、マジで。


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第80話 出立、知らせ

 


 エリセンという町は、木で編まれた巨大な人工の浮島だ。広大な海そのものが無限の土地となっているので、町中は、通りにしろ建築物にしろ基本的にゆとりのある作りになっている。その町から数百メートルほど離れた沖合に何かが浮かんでいた。黒い人工物なのだが恐ろしくでかい。全長百メートルを超える平べったいそれは船と言うよりも小島と呼んだ方がいいかもしれない。

 その小島の上でハジメは何かを作っている。周りには幾つもの鉱石と作られた部品が並べられており、ハジメは練成を駆使して部品をくみ上げていく。その大きさはかなりの物で、平屋の家屋ほどもある。

 そうして組み上がった物をハジメは小島に組み込んでいく。それが終われば、その場で軽く動作テストを行っていく。展開、格納、チャージ、発射機構。それらのチェックが終わり、問題なしと判断すると、ハジメは大きく満足げに頷く。

 

 「………ようやく……ようやく完成だ」

 

 万感の思いを込めてハジメはつぶやく。これは神羅から怪獣の話を聞いて以来、少しずつ開発を進めていた物だ。ハジメだけでなく、オスカーやかつてのトータスの人類が生み出した魔道具の技術も組み込んだまさに技術の結晶。

 これを使っても、きっと自分達だけではまだ怪獣には及ばないだろう。だが、それでもようやく自分たちはその土俵に立ち入る準備が整ったのだ。

 ふう、とハジメは大きく息を吐くと視線を小島の周囲に向ける。そこでは、ハジメの仲間たちが思い思いに過ごしていた。

 ユエとティオ、香織はミュウと一緒に水中鬼ごっこをして戯れている。海人族の特性を存分に発揮してミュウはチートの権化たちから逃げ回っている。あのミュウを捕まえられるのは神羅だけだろう。

 その神羅はと言うと、小島の上でシアと組み手を行っていた。片や怪獣、片や怪獣に及ばないまでも数トンのハンマーを振り回す化け物。さぞかし苛烈な組み手かと思われるが、そんな事はなかった。

 神羅とシアの拳を振るう速度は常人でも見える速度で、拳と拳がぶつかり合っても普通の打撃音が響くだけ。尋常ではない力の衝突による衝撃は起きていない。

 当然だ。今彼らはただの人間としての能力で組み手を行っている。身体強化や怪獣の力は一切使っていない。うっかりこれを壊したらそれこそハジメが激昂する。それに、組み手の目的も違う。

 シアの両手足はほのかな光を纏っており、振るわれるたびに光の軌跡が走る。

 シアは今、神羅が使っているような打撃に魔力を纏わせる攻撃、便宜上魔撃と呼んでいる攻撃方法の鍛錬をしているのだ。現状、シアは身体強化と魔撃の同時併用はできない。違うタイプの魔力運用の同時起動ができないのだ。だからまず、魔撃をものにするためにそちらに集中している。これから先、メルジーネの時のような魔力による攻撃しか効かない敵が出てくるかもしれないし、純粋に攻撃力を強化することもできるのでシアとしてはぜひとも物にしておきたい。

 何度目かの拳の打ちつけ合いの後、二人は同時に距離を取ると、神羅は小さく息を吐き、

 

 「だいぶ安定してきたな。今日はこの辺りにするか」

 「はい。ありがとうございました」

 

 シアは大きく息を吐くと宝物庫からタオルを取り出して汗を拭いていると、ハジメが神羅の元に歩いていく。

 

 「兄貴、こっちの準備はできた」

 「む、そうか。ならば……それそろ出発せねばならんな」

 

 ハジメ達がメルジーネ海底遺跡を攻略し、エリセンに帰還してから8日が経っていた。その間、ハジメ達はレミアとミュウの家に世話になりながら新たに手に入れた神代魔法の習熟と装備品の充実、己の鍛錬に時間をあてていた。エリセンは海鮮系料理が充実しており、波風も心地よく、中々に居心地がよかった。

 だが、こうして物が完成した以上、そろそろ出発をしなければならない。

 だが、それにはある問題がある。それはミュウの存在だ。

 当然だがミュウをこの先の旅に連れて行くことは出来ない。四歳の何の力もない女の子を東の果ての大迷宮に連れて行くなどもってのほかだ。

 まして、残り二つの大迷宮は更に厄介な場所にある。一つは魔人族の領土にあるシュネー雪原の氷結洞窟。そしてもう一つは、あの神山なのである。どちらも、大勢力の懐に入り込まねばならないのだ。そんな場所に、ミュウを連れて行くなど絶対に出来ない。

 なので、この町でお別れをしなければならないのだが、何となくそれを察しているのか、ハジメ達がその話を出そうとすると、ミュウは決まって超甘えん坊モードになり、ハジメ達に「必殺! 幼女、無言の懇願!」を発動するので中々言い出せずにいた。その様子を神羅は呆れたように眺めていたが。

 結局、ズルズルと神代魔法の鍛錬やら新装備の充実化やら、言い訳をしつつ8日も滞在してしまった。

 

 「どうしたもんか……」

 「……兄として言っておくが、甘えているのはミュウではなくお前だぞ、ハジメ」

 

 神羅の言葉にハジメは小さくうめき声を上げる。

 

 「俺から見て、あの子はそう柔ではない。我らをこれ以上引き留めてはならないと理解している。ちゃんと言えば泣きはするが、納得する。ちゃんと見送れる強さを持っている。それにだ。これが今生の別れではないのだ。またいつか、会いに来ればいいだろう」

 「………そうだな。これ以上妹に甘えてちゃ、兄貴失格だな」

 

 そう言うとハジメはふう、と小さく息を吐きながら天を仰ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の晩、夕食前にハジメ達はミュウにお別れを告げた。それを聞いたミュウは、着ているワンピースの裾を両手でギュッと握り締め、懸命に泣くのを堪えていた。しばらく沈黙が続く中、それを破ったのはミュウだった。

 

 「……もう、会えないの?」

 「……」

 「我はこっちに残るから会おうと思えば会えるが、ハジメ達は………何とも言えんな」

 

 ハジメの目的は故郷たる日本に帰ること。しかし、その具体的な方法はまだ分かっておらず、どのような形でどのタイミングで帰ることになるのか分からない。流石に神代魔法を手に入れてすぐに、という訳はなく、最後に会いに来ることぐらいはできるだろうが、これが今生の別れになる可能性もゼロではない。

 

 「お兄ちゃんたちは……ずっとミュウのお兄ちゃんでいてくれるの?」

 「ああ。兄ちゃんはいつだって、ミュウの兄ちゃんだ」

 

 神羅もその通りと言うように頷く。すると、ミュウは涙をこらえて食いしばっていた口元を緩めて笑う。まるでハジメ達を安心させるように。

 

 「なら、いってらっしゃいするの。それで………今度はミュウがお兄ちゃんたちに会いに行くの」

 「会いに……ミュウ。俺は、凄く遠いところに行くつもりなんだ。だから……」

 「でも、お兄ちゃんたちが行けるなら、ミュウも行けるの。だって……ミュウはお兄ちゃんの妹だから」

 

 現実的に考えてまず不可能な、だが、何よりも尊いその宣言に神羅は小さく笑みを浮かべる。そしてハジメもまた、何かを決意したように頷くとミュウを真っ直ぐに見つめ、

 

 「ミュウ、待っていてくれ」

 「お兄ちゃん?

 「全部終わらせたら。必ず、ミュウのところに戻ってくる。みんな連れて、ミュウに会いに来る」

 「……ホント?」

 「ああ、本当だ。前に言ったろ。兄ちゃんは嘘をつかないって」

 

 ハジメの言葉に、ミュウは小さく頷く。ハジメは、そんなミュウの髪を優しく撫でる。

 

 「戻ってきたら今度は、ミュウも連れて行ってやる。それで、俺の故郷、生まれたところを見せてやるよ。きっと、びっくりするぞ。」

 「!お兄ちゃんたちの生まれたところ?みたいの!」

 「楽しみか?」

 「すっごく!」

 

 ピョンピョンと飛び跳ねながら喜びを表現するミュウ。そんなミュウに、ハジメは優しげに目を細める。

 

 「そう言う話ならばちょうどいい。ミュウ、一つ頼まれてはくれないか?」

 

 不意に呟いた神羅にハジメ達が顔を向けると、彼は宝物庫から音楽再生機を取り出し、

 

 「これを暫く預かってほしい?自由に歌を聞いていいと言いたいが、使うこと自体ができぬ故、そう言うわけにはいかんがな」

 

 その行動にハジメ達は驚いたように目を見開き、ミュウもまたきょとん、と目を丸くする。

 

 「これから先、苛烈な戦いが待っている。その中で壊れてはたまらん。だから、これは信頼できる者に預けたい。必ず取りに戻る故、ちゃんと持っててくれ」

 

 その言葉に、ミュウは一転、真剣な表情を浮かべると神羅の手から音楽再生機を受け取り、大事そうに抱きしめ、

 

 「任せてなの、神羅お兄ちゃん。絶対、絶対壊したりしないの」

 「ああ、任せた」

 

 神羅は笑みを浮かべながら小さく頷く。

 その光景をハジメが少し羨ましそうに見ていると、ユエが近づいてきて、

 

 「……連れて行くの?」

 「反対か?」

 「……別に。反対する理由はない。でも、いいの?場合によっては、ミュウに有無を言わさずに故郷を捨てさせることになる」

 

 そう言うユエは真っ直ぐにハジメを見つめている。優しくはある、だが、安易な言葉は許さないという厳しさもその目には宿っている。

 

 「どうとでもする。何があってもミュウの所には戻ってくるし、日本も見せてやるし、必ずエリセンに帰してやる。日本に戻っちまったら、何が何でもまたここに戻ってくる。兄貴を連れ戻す必要もあるしな」

 「……ならいい」

 

 ハジメの覚悟を感じ取り、ユエは小さく笑みを浮かべながら頷き、さりげなくハジメとの距離を詰める。ハジメもそれに気づき、そっとユエの頭を撫でる。

 それに気づいたシアが私も私も!と騒ぎ出し、ティオと香織は呆れた表情を浮かべ、神羅はミュウを肩車して笑っていた。

 その翌日、神羅達はミュウとレミアに見送られ、エリセンを旅立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グリューエン大砂漠に突入して一日半。ハジメ達はブリーゼに乗ってアンカジ公国を目指していた。出立前にできる限り治療を施し、オアシスの浄化も済み、大丈夫ではあるが、念のため様子を見ることにしたのだ。

 神代魔法、再生魔法は文字通りあらゆるものを元に戻す効果がある。まだ倒れている者を治す事もできるだろう。

 そして、現在、アンカジの入場門が見え始めたところなのだが、何やら前回来た時と違って随分と行列が出来ていた。大きな荷馬車が数多く並んでおり、雰囲気からして、どうも商人の行列のようだ。

 

 「随分と大規模な隊商だな……」

 「……ん、時間かかりそう」

 「多分、物資を運び込んでいるんじゃないかな?」

 

 香織の推測通り、長蛇の列を作っているのは、アンカジ公国がハイリヒ王国に救援依頼をし、要請に応えてやって来た救援物資運搬部隊に便乗した商人達である。

 しばらく待つしかないか、とハジメ達が腕を組んだ瞬間、ぴー、と上空から鳴き声が聞こえてくる。

 ハジメ達が顔を上げれば、真っ青な空に小さな影がぽつんと浮いている。その影は一回旋回した後、そのままハジメ達目掛けて接近し、それと同時にその輪郭もはっきりしてくる。

 

 「あれって………」

 

 それは鳥だ。一羽の鳥が真っ直ぐにこちらに向かってきている。神羅が目を細めて腕を差し出せば、鳥はそのまま神羅の腕に留まり、ぴっ、と鳴く。

 

 「神羅さん、その鳥ってもしかして………」

 「ふむ………優花に預けた鳥じゃな」

 

 それは紛れもなく、ウルの町で神羅が優花に伝書鳩として預けた鳥だ。よく見れば鳥の脚には手紙がくくり付けられている。

 神羅は手紙を受け取ると中に目を通していき、

 

 「…………ほう、ようやく動き出したか。むしろ遅いまであるが………」

 「兄貴………園部は何って?」

 

 ハジメ達が緊張した様子で問いかけてくる。なにせ、この鳥は優花たちの方で無視できない問題が起こった時に使用される連絡手段だ。それが来たという事は………

 

 「まず、我らが異端認定されたらしい。まあ、そこは予想通りなのだが、気になるのは………畑山教諭が居なくなったという所だな」




 最近、ツイッターでゴジラのカウントダウンのような物が行われていますよね………
 
 ついに山崎ゴジラの情報開示が来るのでしょうか……?

 もう公開まで半年切ってるから早く情報をプリーズ。


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第81話 動き始める盤面

 


 「畑山先生がいなくなったって………どう言う事だ?」

 

 神羅の言葉にハジメが訝しげな声を上げると、神羅はハジメ達を制するように片手を上げる。

 

 「待て、まずは一から説明していったほうがいい」

 

 そう言うと神羅は手紙の内容を語っていく。

 まず、最初に書かれていたのは優花たち愛ちゃん親衛隊の現状だった。彼らは全員欠けることなく各地の農地改善の依頼を達成し、無事王城に帰還した。また、自分たちは全員、愛子からこの世界の真実、狂った神の話を聞いているらしい。

 そして神羅が魔力を破壊した清水だが、神の真実もあってか彼は完全に心が折れてしまい、ひたすらに夢だ夢だと呟きながら部屋に引きこもるようになったようで、最初は食事もほとんど手を付けられない状態だったようだ。だが、最近は優花が力尽くで世話を焼いてきた結果か少し持ち直してきたようだ。食事もきちんと完食できるようになったらしい。まあ、光輝が清水の状態を聞いて神羅への怒りをあらわにしていたが気にしなくていいとも書かれている。

 そして次に書かれていたのが檜山の処罰だ。優花たちよりも早く王城に戻った勇者パーティだが、メルドは約束通り檜山のあの同士討ちの件を上層部に掛け合ったらしい。だが、すでに勇者が許してしまった事と、王国や教会が今更だろうと勇者の仲間に仲間殺しがいるという噂が流れる事を嫌い、結局有耶無耶に終わってしまったらしい。

 とは言えだ。勇者の仲間に仲間殺しがいることは間違いなく、放置する事ができないのもまた事実。結果、檜山は謹慎処分となったらしい。

 何とも消化不良な展開だ、とハジメと香織は小さく顔をしかめている。

 そしてここからが手紙のメインだ。まず、神羅達が異端者認定を受けた事についてだが、あまりにも突然の事だったらしい。当時、神殿は各地で確認された神獣や悪魔と言った超巨大魔物の対処に追われていたようだ。この辺りは雫から聞いたらしい。だがある日を境にそれがぴたりとやみ、逆にそこからあれよあれよという間に神羅達の異端者認定が進んでいったようだ。

 その頃に王城に戻り、話を聞いた愛子は雫に重要な話があると言っていたようだ。

 だが、その話をする時間になっても愛子は現れなかった。代わりにやって来た教皇イシュタルによれば、神羅達の異端者認定について覆す事ができるかもしれないと、急遽本山に入ったのだという。審議や手続きですぐには戻れないが、二、三日もすれば顔を見せるだろうと説明を受けた。

 だが、それを優花たちは怪しんだ。事前に愛子と接触していた雫から愛子から重要な話があると聞いていたのもあり、とりあえず愛子の所に行こうと本山入りを訴えたのだが、異端者認定の対象である人物と親交のある者をこのタイミングで入山させるわけにはいかないと断られた。

 これを以て、何かあると判断した優花はこうして鳥を使って神羅達と連絡を取った。現在の近況、判明したこと、何でもいいから教えてほしいという言葉で締めくくられている。

 

 「さて………どう思う?」

 

 神羅が仲間たちを見渡しながら問うと、彼らは一斉に腕を組んで難しげにうなる。

 

 「愛ちゃん先生は無事なの?」

 

 香織の問いかけに神羅は小さく頭を振り、

 

 「何とも言えん。だが、少なくとも殺すつもりならばもっと別のやり方があるはずだ。今や豊穣の女神の名声は確固たる物となっている。それを秘密裏に殺したとあっては反発もあろう……ま、あくまでも俺の希望だがな」

 

 その言葉に香織は顔を青ざめさせ、ハジメ達もまた顔をしかめる。愛子の豊穣の女神の名声はエリセンでも耳にしていた。もしもその彼女が邪魔になり排除しようとしたのなら、確かにもっと他にやり方があるはずだ。そう考えれば愛子は攫われた可能性があるが、あくまでもそれはこちらの希望だ。もしかしたら……

 

 「俺としては早急に園部達と合流し、状況を確認して動きたい。ようやく奴らが見せた尻尾だ。このまま逃がしたくない。どうする?」

 

 そう神羅が問うと、ハジメ達は一瞬顔を見合わせた後、

 

 「やるよ。奴らが動いたって事は俺達は目的に近づいてるって事だ。遅かれ早かれ奴らは俺達の邪魔をするだろう。だったら、今ここで叩き潰す」

 

 そう言ってハジメは好戦的な笑みを浮かべる。

 

 「……いい加減後手に回るのもうんざり。ここからは私たちが攻める」

 

 ユエはむん、と気合を入れるように鼻息を荒くする。

 

 「やってやりますよ神羅さん!どんな奴が来ても私がぶっ飛ばしてやります!」

 

 気合を入れるようにシアは右拳を左の掌に打ち付ける。

 

 「ようやく……ようやく、皆の仇とでも言える者が現れた。このまま逃げることなどできんよ」

 

 ティオがその目に昏い、だが確固たる光を宿しながら頷く。

 

 「行かせて、神羅君。王城で何か起きているのなら雫ちゃんたちも危険に巻き込まれてるかもしれない。助けに行きたい」

 

 香織もまた杖を握りしめながら迷いのない目をしている。

 それを見て、神羅は重々しく頷く。

 

 「よし、ならば行くとしよう。一先ず、アンカジ公国はスルーして……」

 「それなんですけど、神羅さん。私がこっそり忍び込んで領主さんに事情の説明、そして何か必要な物がないか聞いてきましょうか?で、それをやったらさっさと出発で」

 

 シアの申し出に神羅はふむ、と顎に手をやり、

 

 「できるのか?」

 「こう見えても……は変な言い方ですね。私は兎人族ですよ?気配遮断の訓練だって重ねてます。あの人込みなら忍び込むことぐらいできますよ」

 「……いや、入国に関しては堂々と行ったほうが問題もないだろう。だが、結局はスピード勝負だ。ここは列を無視したほうがよさそうだ」

 

 神羅の方針にシアは特に文句はないようだ。あくまでも選択肢の一つとして掲示したのだろう。

 

 「とりあえず園部には返信をしたためる。すこし………ああ、そうだ。他にも気になる事が書いてあったな」

 「気になる事じゃと?」

 「ああ。何でも王城内で親しくなった騎士やメイドが姿を消しているらしい。それも中々の数のようだ。更に言えば王女リリアーナも姿を見ないと書いてあったな」

 「リリィが!?」

 

 香織が驚愕したように目を見開き、ハジメ達は益々顔をしかめる。これは思った以上にきな臭くなっているようだ。

 

 「戻ってから一日だ。園部はさほど気にしていないようだが、念の為であろうな」

 「………メルドは?」

 「こちらも確認はできていないようだ………」

 

 神羅が首を横に振ると、ユエがふむ、と顎に手を当て、

 

 「……ちょっと楽観が過ぎる。そんなに大勢の人が城からいなくなるなんておかしい。例え用事が重なったとしても不自然すぎる」

 「ふむ、となると……」

 

 神羅とユエが盛んに意見を交わすのを眺めながらハジメはふむ、と顎に手をやり、

 

 「それじゃあ、俺は練成師の本分を果たしますか……」

 

 そう言ってハジメは宝物庫を弄る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日のうちに彼らは動いた。諸々の準備を終えて鳥を飛び立たせた後、ハジメ達はアンカジ公国に入国。領主ランズィから前回浄化しきれなかったオアシスの土壌、そして毒素に汚染された作物の浄化を頼まれ、素早くそれを済ませた後はハジメ達は歓待したいというランズィに事情を説明して素早くアンカジ公国を後にし、王都に向かって進路を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 標高8千メートル。神山の山頂にそびえたつ鋼鉄の塔。その最上階の牢獄に一人の女性が捕らえられていた。畑山愛子だ。

 愛子は指先から滴る血で床に魔法陣を描き、何度も呪文を唱えるが、魔法は発動しない。手首の枷が魔力の流れを妨げているからだ。

 

 「無駄だと分かってもやらずにはいられない……人間と言うのは何とも不可解ですね」

 

 突然かけられた言葉に愛子はびくりと肩を震わせ、視線を向ければそこにはいつのまにかフードを目深にかぶった修道女が立っていた。

 愛子がこの修道女に攫われたのは数日前の事。王城で生徒たちに神の真実を話そうとした時に突然彼女は現れ、愛子はなす術もなく攫われ、ここに幽閉されたのだ。

 無感動な視線に愛子は怯えるように体を震わせるが、気丈に言葉を投げかける。

 

 「こ、ここから出してください。私を閉じ込めて、生徒たちに、何をする気ですか!」

 「貴方は餌です」

 

 その言葉に愛子はえ、と小さく声を漏らす。

 

 「貴方は餌です。すでに撒き餌も幾らか蒔いています。時期に食いつくでしょう」

 「な、何を言って………」

 「全ては主の御心のままに」

 

 そう言うと、修道女は踵を返して扉から出ていく。

 

 「待って、待ってください!せめて生徒の様子をっ」

 

 縋りつくように問いかける愛子だったが、無情にも扉は閉められてしまう。

 膝立ちのまま愛子は己の無力に唇を噛み締める。

 外に出た修道女は空の月を見上げ、

 

 「それでは………主の為にも、仕込みの仕上げを済ませてしましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭上から太陽の光が差し込む洞窟の中にそれはあった。

 それは一言で言えば、蛹だろうか。見上げるほどに巨大な蛹が微かに光を発しながらそこに鎮座していた。

 蛹は微かに身じろぎをしながら光を放つ。それがどれほどで羽化するのかは分からないが、そう遠い事ではないことは確かだろう。

 本当なら今すぐに羽化し、王の元へと飛んでいきたい。だが、ダメだ。今も彼はどこかで頑張っている。ならば自分も万全を期するべきだ。だからまだ羽化はしない。その時、彼を助けられるように。

 そのために、彼女は静かに座して待つ。己が万全となるその時を。




 ゴジラ2023の事は活動報告に書いてあるのでそちらで思いっきりぶちまけましょう。


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第82話 意外な再会

 すいません、よくよく考えたらハジメがおんぶは少しらしくないと思い書き直しました。

 冷静になったらなんであれで行こうと思ったんだろう、俺。ってなった………


 最初に、その騒動に気がついたのはシアだった。

 

 「あれ? ハジメさん、あれって……何か襲われてません?」

 

 その言葉にハジメ達が前方を注視すると、シアの言う通り、どうやら何処かの隊商が襲われているようで、相対する二組の集団が激しい攻防を繰り返していた。近づくにつれ、シアのウサミミには人々の怒号と悲鳴が聞こえ、ハジメの〝遠見〟にもはっきりと事態の詳細が見て取れた。

 

 「相手は賊みたいだな。……小汚ない格好した男が約四十人……対して隊商の護衛は十五人ってところか。あの戦力差で拮抗しているのがすげぇな」

 「……ん、あの結界は中々」

 「ふむ、さながら城壁の役割じゃな。あれを崩さんと本丸の隊商に接近できん。結界越しに魔法を撃たれては、賊もたまらんじゃろう」

 「それにあの結界の中のあの隻腕のフードの男。あいつも中々やるようだ。戦ってはいないがあいつが指揮官として指揮を執っているのだろう。護衛の動きも良い」

 「でも、一向に引く気配がありませんよ?」

 「そりゃあ、あんな隊商全体を覆うような結界、異世界組でもなけりゃあ、そう長くは持たないだろう。多少時間は掛かるが、待っていれば勝手に解ける」

 

 最初に奇襲でもされたのだろう。重傷を負って蹲る者が数人、既に賊に殺られたようで血の海に沈んでいる者も数人いる。ハジメ達のいう強固な結界により何とか持ち堪えているようだが、ただでさえ人数差があるのにこのままではじり貧となる。

 そしてハジメの推測通り、ハジメ達の会話が途切れた直後、結界は効力を失い溶けるように虚空へと消えていった。待ってましたと言わんばかりに、雄叫びを上げた賊達が隊商へとなだれ込んだ。賊達の頭の中は既に戦利品で一杯なのか一様に下卑た笑みを浮かべている。護衛隊が必死に応戦するが、多勢に無勢だ。一人また一人と傷つき倒れていく。

 

 「ハジメ君、お願い。彼らを……」

 「言われるまでもないって!」

 

 そう言ってハジメはブリーゼを加速させると同時に神羅とシアがブリーゼの外に出て、屋根の上に飛び乗る。

 見る見るうちに賊とブリーゼの距離が縮まっていくと、ブリーゼに気づいた賊たちが狼狽えるようにどよめく。

 その瞬間、神羅とシアは同時にブリーゼの背を蹴って宙に身を躍らせると、そのまま賊たちの中心に着地、ついでに数人を踏み潰す。

 賊が動揺したように動きを止める間に2人は立ち上がり、

 

 「俺達で半分はやるぞ」

 「了解です」

 

 瞬間、二人はバラバラに飛び出し、賊に躍りかかる。

 

 「このくそ野郎共がぁ!死ねぇ!」

 

 その頃になって正気に戻った賊たちが怒声を上げながら二人に襲い掛かる。

 だが、神羅への攻撃は悉く弾かれ、逆に拳や蹴りの一撃で身体は爆散し、その光景に彼らは悲鳴を上げ、中には腰を抜かす者もいる。

 対しシアは両手両足に魔力を纏うと、振り下ろされる剣を回避して的確に急所に一撃必殺の一撃を撃ち込んで賊を倒していく。

 それは神羅のような桁外れな腕力と耐久に任せた戦い方ではなく、確かな研鑽を感じさせる格闘家の戦い方だ。

 更にそこにハジメ達からの援護射撃が届き、賊の数は見る見るうちに減っていく。

 残りの10人ほどになってようやく逃げに入る賊たちだったが、逃がす筈もなくハジメの射撃によって後頭部をあっさりと撃ち抜かれる。

 香織は、回天を連続使用して、一気に傷ついた冒険者達や隊商の人々を治癒していく。しかし残念ながら、ハジメ達が来る前に倒れていた護衛の冒険者達は、既に事切れていたらしく、いくら再生魔法であっても死者の蘇生までは出来ないので彼等は助ける事が出来なかった。

 そんな彼等を見て歯噛みする香織に、突如、人影が猛然と駆け寄った。小柄で目深にフードを被っており、一見すると物凄く怪しい。だが、実は先程の結界を張って必死に隊商を守っていたのがその人物であると、魔力の流れと色で既に確認していたので、ハジメ達は特に止める事もなく素通りさせた。

 

 「香織!」

 

 フードの人物は、そのままの勢いで香織に飛び付き、ギュッと抱き着く。香織もまたその声で推測が確信に変わり、驚いたように口を開く。

 

 「リリィ! やっぱり、リリィなのね? あの結界、見覚えが有ると思ったの。まさか、こんなところにいるとは思わなかったから、半信半疑だったのだけど……」

 

 香織がリリィと呼んだフードの相手、それは、ハイリヒ王国王女リリアーナ・S・B・ハイリヒその人だった。

 リリアーナは、心底ホッとした様子で、ずれたフードの奥から煌く金髪碧眼とその美貌を覗かせた。そして、感じ入るように細めた目で香織を見つめながら呟く。

 

 「私も、こんなところで香織に会えるとは思いませんでした。……僥倖です。私の運もまだまだ尽きてはいないようですね」

 「リリィ? それはどういう……」

 「香織、治療は済んだか?」

 

 そこに神羅が近づき、そう声をかける。その声にリリアーナはフード越しに神羅を見上げ、すぐに何かに気づいたようにあっ、と声を漏らし、神羅に挨拶をする。

 

 「……南雲さん……ですね? お久しぶりです。雫達から貴方や弟さんの生存は聞いていました。お二人の生き抜く強さに心から敬意を。本当によかった。……貴方がいない間の香織は見ていられませんでしたよ?」

 「もうっ、リリィ! 今は、そんな事いいでしょ!」

 「ふふ、香織の一大告白の話も雫から聞いていますよ? あとで詳しく聞かせて下さいね?」

 「……以外に余裕そうだな、王女よ」

 

 その様子に神羅はやれやれと言わんばかりにため息を吐く。

 

 「それで、ハジメさんは?」

 「ふむ、ブリーゼの近くにいるはずだが……」

 「俺がなんだって?」

 

 そこにハジメが近づいてきて、リリアーナを見やる。

 

 「本当にリリアーナ姫だよ。どうしたってこんな所に?園部から姿が見えないって連絡はあったが……」

 「優花が?それは………いえ、今はそれはいいでしょう。どうやら優花にも心配をかけてしまったようですね」

 「しかし、一体どう言う事だ?なぜ王女がこんな所で供も連れずにいる?」

 

 神羅がポリポリと首を掻きながら呟いていると、

 

 「いいや、供なら俺がいる。と言っても、ほとんど役に立たないだろうがな」

 

 そう言いながら近づいてきたのは隻腕の男だ。だが、その声を聴いた瞬間、ハジメ、香織は驚愕したように目を丸くし、神羅は小さく唸り声をあげる。

 男がフードを外して露になったのは……

 

 「メルドさん!?」

 「おいおい……こいつは本当にどう言う事だ?」

 

 ハイリヒ王国騎士団団長、メルド・ロギンスだった。

 

 「南雲ハジメ、南雲神羅。それに白崎も。こんな形で再会することになるとはな……」

 「いや、それはいいけど、本当にどういう………」

 

 困惑を強くしているハジメたちの元に、ユエ達と、見覚えのある人物が寄ってくる。

 

 「お久しぶりですな、息災……どころか随分とご活躍のようで」

 「栄養ドリンクの人……」

 「は? 何です? 栄養ドリンク? 確かに、我が商会でも扱っていますが……代名詞になるほど有名では……」

 「あ~、いや、何でもない。確か、モットーで良かったよな?」

 「ええ、覚えていて下さって嬉しい限りです。ユンケル商会のモットーです。危ないところを助けて頂くのは、これで二度目ですな。貴方方とは何かと縁がある」

 

 握手を求めながらにこやかに笑う男は、かつて、ブルックの町からフューレンまでの護衛を務めた隊商のリーダー、ユンケル商会のモットー・ユンケルだった。

 彼の話を聞くと、彼等は、ホルアド経由でアンカジ公国に向かうつもりだったようだ。アンカジの窮状は既に商人間にも知れ渡っており、今が稼ぎ時だと、こぞって商人が集まっているらしい。モットーも既に一度商売を終えており、王都で仕入れをして今回が二度目らしい。ホクホク顔を見れば、かなりの儲けを出せたようだ。

 

 「さて、それでだ……なぜ王女と騎士団長が商隊と一緒にいる?それにメルドの腕はどうした?」

 

 神羅が説明を求めるようにリリアーナとメルドに視線を向けると、二人は沈痛な表情を浮かべるが、口を開かず、ちらりとモットーたちに視線を向ける。

 

 「彼女たちは私の隊商に同行してホルアドに向かおうとしていたのですよ」

 

 すると、リリアーナたちの代わりにモットーが口を開く。

 彼の話を要約すると、モットーたちがアンカジに向かおうとした時、その隊商にホルアドまで同乗させてほしいと頼んできたのだという。

 

 「さて……それでは、我々はそろそろ出発させてもらいます。お二方はどうしますか?このままホルアドに?」

 「あ、いえ……ここまでで結構です。もちろん、ホルアドまでの料金は支払わせていただきます」

 「そうですか……いえ、お役に立てたなら何より。お金は結構ですよ」

 「えっ? いえ、そういうわけには……」

 

 リリアーナが困惑しているとメルドはリリアーナの肩に手を置く。

 

 「姫……彼は我々の正体に最初から気付いておられました」

 「え?それじゃあ………」

 

 リリアーナがモットーに視線を向ければ、彼は困ったような笑みを向け、

 

 「どのような事情かは存じませんが、貴女様ともあろうお方が、忍ばなければならない程の重大事なのでしょう。更には騎士団長殿までも負傷なさって身を隠している……そんな危急の時に、役の一つにも立てないなら、今後は商人どころか、胸を張ってこの国の人間を名乗れますまい」

 「ならば尚更、感謝の印にお受け取り下さい。貴方方のおかげで、私達は、王都を出ることが出来たのです」

 「ふむ……突然ですが、商人にとって、もっとも仕入れ難く、同時に喉から手が出るほど欲しいものが何かご存知ですか?」

 「え? ……いいえ、わかりません」

 「それはですな、信頼です」

 「信頼?」

 「ええ、商売は信頼が無くては始まりませんし、続きません。そして、儲かりません。逆にそれさえあれば、大抵の状況は何とかなるものです。さてさて、果たして貴女様にとって、我がユンケル商会は信頼に値するものでしたかな? もしそうだというのなら、既に、これ以上ない報酬を受け取っていることになりますが……」

 

 リリアーナは上手い言い方だと内心で苦笑いした。これでは無理に金銭を渡せば、貴方を信頼していないというのと同義だ。お礼をしたい気持ちと反してしまう。リリアーナは、諦めたように、その場でフードを取り、その隣でメルドもまたフードを取り、真っ直ぐモットーに向き合った。

 

 「貴方方は真に信頼に値する商会です。ハイリヒ王国王女リリアーナは、貴方方の厚意と献身を決して忘れません。ありがとう……」

 「俺からも感謝を。貴方達のおかげで姫様の恩身を守る事ができた」

 「勿体無いお言葉です」

 

 モットーは、部下共々、その場に傅き深々と頭を垂れる。

 その後、リリアーナとハジメ達をその場に残し、去り際に異端者認定の件を匂わせながら王都の雰囲気が悪いと忠告をしながらモットー達は予定通りホルアドへと続く街道を進んでいった。

 

 「さて……それで、改めて聞くが、何があったのだ?」

 

 すると、リリアーナは焦燥感と緊張感が入り混じった表情を浮かべ、メルドもまた硬い表情を浮かべる。それでも誰も焦らせるような事はせず、静かに待っていると、遂にリリアーナが口を開く。

 

 「愛子さんが……攫われました」

 

 そこからメルドとリリアーナは何が起こったのか話始める。

 最近、王宮内の空気が何処かおかしく、リリアーナはずっと違和感を覚えていたらしい。

 父親であるエリヒド国王は、今まで以上に聖教教会に傾倒し、時折、熱に浮かされたようにエヒト様を崇め、それに感化されたのか宰相や他の重鎮達も巻き込まれるように信仰心を強めていった。

 それだけなら、各地で暗躍している魔人族のことが相次いで報告されている事から、聖教教会との連携を強化する上での副作用のようなものだと、リリアーナは、半ば自分に言い聞かせていたのだが……

 違和感はそれだけにとどまらなかった。妙に覇気がない、もっと言えば生気のない騎士や兵士達が増えていったのだ。顔なじみの騎士に具合でも悪いのかと尋ねても、受け答えはきちんとするものの、どこか機械的というか、以前のような快活さが感じられず、まるで病気でも患っているかのようだった。

 その事はメルドも把握しており、副団長のホセと共に内密に調査していたらしい。だが、そのせいでリリアーナとのすれ違いが起きてしまったようだ。

 そうこうしている内に、愛子が王都に帰還し、ウルの町での詳細が報告された。その席にはリリアーナも同席したらしい。そして、普段からは考えられない強行採決でハジメと神羅の異端者認定が通った。ウルの町や勇者一行を救った功績も、豊穣の女神として大変な知名度と人気を誇る愛子の異議・意見も全てを無視して決定されてしまった。

 有り得ない決議に、当然、リリアーナは父であるエリヒドに猛抗議をしたが、何を言ってもハジメ達を神敵とする考えを変える気はないようだった。まるで、強迫観念に囚われているかのように頑なだった。むしろ、抗議するリリアーナに対して、信仰心が足りない等と言い始め、次第に、娘ではなく敵を見るような目で見始める始末。

 恐ろしくなったリリアーナは、咄嗟に理解した振りをして逃げ出し、愛子に相談したところ、彼女から、ハジメ達が奈落の底で知った神の事や旅の目的を夕食時に生徒達に話すので、リリアーナも同席して欲しいと頼まれたのだそうだ。

 そして約束の時間となり、リリアーナは愛子達が食事をとる部屋に向かうその途中、廊下の曲がり角の向こうから愛子と何者かが言い争うのを耳にした。何事かと壁から覗き見れば、愛子が銀髪と金髪の修道女に気絶させられ担がれているところだった。

 リリアーナは、その女に底知れぬ恐怖を感じ、咄嗟にすぐ近くの客室に入り込み、王族のみが知る隠し通路に入り込み息を潜めた。

 女が探しに来たが、結局、リリアーナを見つけることなく去っていった。リリアーナは、あの女が異変の黒幕か、少なくとも黒幕と繋がっていると考え、そのことを誰かに伝えなければと立ち上がった。

 ただ、愛子を待ち伏せていた事からすれば、生徒達は見張られていると考えるのが妥当であるし、頼りのメルドは行方知れずだ。悩んだ末、リリアーナは、今、唯一王都にいない頼りになる友人、香織と、その傍にいるであろう南雲ハジメと南雲神羅。この三人しか頼れないと、リリアーナは隠し通路から王都に出て、一路、アンカジ公国を目指したのである。

 アンカジであれば、王都の異変が届かないゼンゲン公の助力を得られるかもしれないし、タイミング的に、ハジメ達と会うことが出来る可能性が高いと踏んだからだ。

 

 「そしてユンケル商会の隊商に便乗させてもらおうとしたところで、私は腕を失ったメルド団長と出会ったのです。

 「ここからは俺に何があったのか説明しよう」

 

 リリアーナの時も言ったが、メルドは王城内部覇気のない者ー騎士団関係者は虚ろと呼んでいるーの調査をしていたのだ。

 だが、愛子が帰還する数日前、メルドは腹心であるホセ副団長の襲撃を受けた。そのホセにも虚ろの症状が出ており、更には同じ虚ろの兵士にも襲われ、メルドは命からがらその襲撃を凌ぎ切ったのだが、そこで彼は相対したのだ。空にたたずむ銀色の翼を携えた銀と金の髪をした女を。

 その女と相対してメルドは即座に悟った。相手は自分など足元にも及ばない絶対的強者であると。助かる術など、これっぽっちも存在していないと。

 だが、メルドは諦めなかった。それは神羅とハジメの影響か、それとも、オルクスで怪獣と相対した経験か。

 その女の攻撃をメルドは必死に回避した。結果、メルドは右腕を引き換えにどうにか攻撃を回避し、そのまま逃げおおせることができた。

 その後は王都のスラムに身を潜め、どうにかこの事態を解決しようと考え、結果神羅とハジメを頼る道を選んだようだ。そのためにアンカジ公国に向かおうとしたところで、リリアーナとばったり合流したらしい。

 

 「少し前までなら〝神のご加護だ〟と思うところです。……しかし……私は……今は……教会が怖い……一体、何が起きているのでしょう。……あの修道女は……お父様達は……」

 

 自分の体を抱きしめて恐怖に震えるリリアーナを香織はギュッと抱きしめた。その様子を見て、メルドは数舜迷いを見せた後、覚悟したように小さく頷き、

 

 「ハジメ、神羅。俺が出会った修道女と愛子を攫った修道女は恐らくだが同一人物だ。そして………あれほどの実力を持った輩が俺をみすみす取り逃がすとは到底思えん」

 「メルド?それはどういう……「なるほど。奴はメルドに逃げられたんじゃなくて、メルドを逃がしたって事か……」そ、それは……」

 「そうなると……存外リリアーナ姫も、気づいた上で逃がしたと考えられるな。目的は…………俺たちをおびき寄せる事か?」

 

 神羅の言葉にリリアーナは愕然とした表情を浮かべる。一縷の望みをかけて動いたというのに、それすらも敵の掌の上の行動だったなんて……

 メルドもまた沈痛な表情を浮かべるが次の瞬間、その場に尋常ではない圧が降りかかり、その場の全員の身体が凍り付く。

 そのもとは神羅だ。神羅は低いうなり声を上げながら口元を静かに釣り上げる。ハジメ達でさえ見たことがない、好戦的で、嗜虐的な笑みが浮かび、両目に獰猛な光が宿り、その身の圧がドンドン高まっていく。

 

 「そうか……なら好都合だ。誘いに乗ってやろうじゃねぇか」

 

 普段の神羅から考えられない言葉にハジメ達は目を見開く。

 

 「ちょ、待てよ兄貴。間違いなく、そいつの狙いは俺達だ。だったら絶対何かしかけて……」

 「いいじゃないか。折角おもてなしの準備をしてくれたんだ。残さず平らげなければ失礼に当たるという物だ」

 

 ハジメの制止も聞かず神羅は荒々しく鼻を鳴らす。明らかに今までの神羅と違い、恐ろしく好戦的になっている。人質となっているであろう愛子の事すら頭から抜け落ちているかもしれない。

 

 「ようやく……ようやく尻尾を見せたのだ。ここで逃がすつもりはない。このまま全て引きずり出して、殲滅するぞ………!」

 

 これまずいんじゃ、とユエ達が思った瞬間、香織は神羅の背中に回り込むと、そのままおんぶされるようにしがみつく。

 

 「落ち着いて神羅君!ちょっと短絡的になりすぎてる!らしくないって!」

 

 神羅は香織に気づき、小さく唸り声を漏らすが、少しするとその目に理性的な光が宿り、圧が弱まる。

 

 「その修道女はきっと、メルジーネでみた修道女何だと思う。戦ったら、神羅君ならなら勝てるだろうけど、大暴れしたら王都含めて全滅しちゃう。だから落ち着いて」

 「む………むぅ………そうだな、その通りだ。すまん。頭に血が上っていたようだ」

 

 小さく息を吐くと同時に圧が無くなり、ユエ達はほっ、と息を吐き、メルドは大きく息を吐き、リリアーナはその場に崩れ落ちてしまう。

 

 「……すまん、リリアーナ王女。その修道女は恐らく、俺と因縁がある可能性がある。それで少し、感情的になってしまった」

 

 香織を下ろした神羅は申し訳なさそうにリリアーナに手を差し出す。リリアーナは困惑したように神羅を見つめていたが、少しして躊躇いがちにその手を取り、立ち上がる。

 

 「さて……それで、どう動く?」

 「うん、そうだな………まあ、先生は助けるとして……でも園部達の方も気にかかるし……」

 「だったら………」

 

 彼らは顔を突き合わせ、盛んに意見を交わし合う。

 それを後目に神羅は視線を神山があるであろう方向に向け、小さく唸り声を発しながら睨みつけていた。



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第83話 烈火の咆哮、神への反逆

 最近更新速度が下がっていってますがこれからもこんな調子だと思います。

 だって……ヴァリスゼアの戦いも佳境になってきて、更にはルビコン3に降り立つ予定もありますので………


 薄暗く明かり一つ無い部屋の中に、格子の嵌った小さな窓から月明かりだけが差し込んで黒と白のコントラストを作り出していた。

 部屋の中は酷く簡素な作りになっている。鋼鉄造りの六畳一間、木製のベッドにイス、小さな机、そしてむき出しのトイレ。地球の刑務所の方がまだましな空間を提供してくれそうだ。

 そんな牢獄にしか思えない部屋のベッドの上で壁際に寄りながら三角座りをし、畑山愛子は自らの膝に顔を埋めていた。

 愛子が、この部屋に連れて来られて三日が経とうとしている。

 愛子の手首には手かせが嵌められている。それによって彼女は全く魔法が使えなくなっている。それでも、当初は、何とか脱出しようと試みたのだが、物理的な力では鋼鉄の扉を開けることなど出来るはずもなく、また唯一の窓にも格子が嵌っていて、せいぜい腕を出すくらいが限界であった。

 もっとも、仮に格子がなくとも部屋のある場所が高い塔の天辺な上に、ここが神山である以上、聖教教会関係者達の目を掻い潜って地上に降りるなど不可能だろう。

 そんなわけで、生徒達の身を案じつつも、何も出来ることがない愛子は悄然と項垂れ、ベッドの上で唯でさえ小さい体を更に小さくしているのである。

 

 「餌って……一体何を……」

 

 僅かに顔を上げて呟いたのは修道女が呟いていた単語。餌と言うのは間違いなく自分の事だろう。彼女は自分を使って何か、もしくは誰かをおびき寄せるつもりだ。だが、一体誰を………

 そう考えて思い浮かべたのは一人の生徒だ。

 本物の人外、怪獣となり、圧倒的な力を振るい、清水を絶望に叩き落した生徒。

 そこまで考えて愛子は慌てて頭を振る。確かに彼は清水にひどい事をしたが、それでも生徒なのだ。このような事を考えてはいけない。でも、あのような所業がほかの生徒にも振るわれるようなことがあれば………

 愛子は必死に頭を振って思考を切り替える。今はあの修道女の事を考えるべきだ。あの修道女が彼をおびき寄せようとしていると考えると、目的は何だろうか。やはり彼を倒そうとしているのか……

 そこまで考えて愛子は軽く頭を振る。

 あの修道女は確かに愛子では敵わないほどの力を持っている。そして……愛子が知る中で2番目に強いハジメであっても敵わないかもしれない。だが、彼に勝てるほどとは思えない。戦いの素人である愛子であってもそう思うほどに、あの時の彼は桁外れの力を放っていた。

 では誰を?ハジメを?それとも他の生徒を?だが何のために?いや、もしかしたら彼を倒す手段を持っているのかもしれない。

 分からない。考えが何一つ、まとまらずグルグルと周り、愛子は膝に顔を押し付けて呟く。

 

 「一体、どうすれば………」

 「とりあえずこの臭い部屋からの脱出だな」

 「へ?」

 

 ただの自問に返ってきたあるはずのない返答に愛子は声を上げて周囲を見渡すが、部屋の中には誰もいない。幻聴だったのか?と愛子が首を傾げていると、

 

 「こっちだ、畑山教諭」

 

 やっぱり幻聴じゃない!と愛子が声がした方、格子のハマった小さな窓に目を向ける。すると、そこには窓から顔をのぞかせている神羅がいた。

 

 「えっ? えっ? 神羅君ですか? えっ? ここ最上階で…本山で…えっ?」

 「とりあえず落ち着け。今そっちに行く」

 

 そう言うと、神羅は軽く魔懐を使い、魔力を使ったトラップの類を破壊する(トラップの類はなかったが念のため)。

 そして壁に手をかけるとまるでアイスを削り取る様に壁を軽々と抉っていき、遂には人一人通れるぐらいの穴を掘り終え、部屋に侵入する。

 

 『ティオ、畑山教諭を発見した。すぐに来てくれ』

 『了解じゃ』

 

 神山まで共に来て、今は隠れているティオに連絡を入れ、神羅は愛子に視線を向ける。愛子は一瞬肩を震わせるが、すぐに神羅を見上げ、

 

 「あの……なぜここに……?」

 「教諭を助けに来たって所だ」

 「わ、私のために?神羅君が……わざわざ助けに来てくれたんですか?」

 「ま、園部、及びリリアーナ王女からきな臭い事が起こっていると聞かされたからな」

 「園部さんにリリアーナ姫から?」

 「お前が攫われたところを見ていたようだ。それで、王宮内は監視されているだろうから掻い潜って天之河達に知らせることは出来ないと踏んで、一人王都を抜け出した。園部はお前が神山に言った事を不審に思い連絡をした、と言う所だ」

 「リリィさんと園部さんが……神羅君はそれに応えてくれたんですね」

 「とりあえずここを出るぞ」

 

 すでに魔懐は使ってある。愛子につけられた魔力封じの腕輪は効力を失っているし、仮に愛子に何らかの暗示がかけられていてもすでに解除されている。その身体本来の魔力を破壊するのは苦労するが、外部から付与された魔力を破壊することは造作もない事だ。

 神羅が愛子に手を出すが、その手に愛子は肩を震わせ、中々取ろうとしない。

 その様子を見た神羅は小さくため息を吐き、

 

 「言っておくが、清水の件は当然の事だろう。罪には罰だ。檜山の時と違い、お前は現場にいて、害された。ならばお前はどんな形であろうと罰を与えねばならなかった。それをしなかったから我がした。それだけだ」

 「っ………で、でも、だからってあそこまでしなくても……みんないい子達なんですから……」

 

 いい子達か、と神羅は目を細めて愛子を見下ろす。その視線に愛子は肩を震わせるが、決然とした様子で見つめ返す。

 その視線を向けられた神羅は少ししてはあ、とため息を吐く。

 

 「まあ、園部から清水もだいぶ参っていると聞いている。ならば、あいつの魔力を元に戻して首輪による魔力の抑制にしてもいいだろう」

 「え、それって………清水君を元に戻せるって事ですか?」

 

 愛子がずいっと近づいて問いかけてくると、神羅は呆れたように鼻を鳴らし、

 

 「あの状態がお前らの正常の状態だと思うのだが……ま、何とかなるだろう。ただし、もしもまたあいつが何かしでかした時は、今度こそお前が責任を持て。それが戻す最低限の条件だ」

 「は、はい!分かりました。今度はキチンと生徒と向き合います!もう二度とあんなことは起こさせません!」

 

 愛子はそう言い、気合を入れるように頬を叩く。先生として、生徒たちの為にも二度と間違えるわけにはいかない。今度こそ、教師としての責務を全うする!

 そう決意する愛子を見て、神羅は小さく鼻を鳴らして外に視線を向ける。

 

 「行くぞ。天之河達の方にはすでにハジメやリリアーナ王女が向かっている。ひとまず合流してから対策を話し合う」

 「わかりました。……神羅君、気を付けて下さい。教会は、頑なに君達を異端者認定しました。それに、私を攫った相手は、もしかしたら君を……」

 「ふむ、それは…………手間が省ける……」

 

 え、と愛子が目を瞬かせて神羅を見る。神羅は小さく口元を持ち上げていた。それは、見ようによっては安心させようと微笑んでいるように見えるだろう。だが、愛子にはそうは見えなかった。どういう訳か、それを見た瞬間彼女は………南雲神羅と言う人間が()のように思えてしまった。

 だが、そんな事はあり得ないと愛子は頭を振り、神羅の隣に歩みを進めた瞬間、と、その時、遠くから何かが砕けるような轟音が微かに響き、僅かではあるが大気が震えた。

 何事かと緊張に身を強ばらせた愛子が神羅に視線を向けると、神羅は耳にはめたイヤホンのような物に手を当てている。念話が付与されたアーティファクトだ。それで王城にいるユエ達から情報を貰っているのだ。

 

 「このタイミングでか………奴らの狙いはこれか?それとも第三者の策に乗っかっただけか?」

 

 しばらくして、神羅は剣呑に目を細めながら呟く。愛子は神羅が何をしているのかは完全に理解はしていないが、それでも何らかの方法で情報を掴んだろうと予測し、視線で説明を求める。

 

 「魔人族の襲撃が起こった。さっきのは王都を覆う大結界が破られた音らしい」

 「魔人族の襲撃!? それって……」

 「うむ、今、ハイリヒ王国は侵略を受けている。ハジメ達から念話で知らせが来た。魔人族と魔物の大軍だそうだ。完全な不意打ちだな………やっぱり奴らの方が一枚も二枚も上手か」

 

 神羅の言葉に愛子は顔面を蒼白にして「有り得ないです」と呟き、ふるふると頭を振った。

 それはそうだろう。王都を侵略できるほどの戦力を気づかれずに侵攻させるなどまず不可能であるし、王都を覆う大結界とて並大抵の攻撃ではこゆるぎもしないほど頑強なのだ。その二つの至難をあっさりクリアしたなどそう簡単に信じられるものではない。

 

 「今は何故ではなくどうするかを考えろ。取り敢えずハジメ達と合流だな。話はそれからだ」

 「は、はい」

 

 愛子が頷くと同時に神羅達の前に竜化したティオが舞い降りる。

 

 『神羅殿。襲撃の話は聞いておる。これは……』

 「何とも言えん。とにかく、今はこの場を離脱することが優先だ。フルスピードで頼むぞ」

 

 ティオは頷くと神羅と愛子の前で背中を晒す。

 まず、愛子が恐る恐ると言った様子でティオの背中に足をのばし、そのまま乗り込む。一瞬ふらつくが、背中の鬣に捕まる事でどうにか堪える。

 そして神羅が乗り込もうとした瞬間、

 

 空から強烈な光が降り注ぐ。

 けたたましく鳴り響く本能に従ってティオは即座にその場を離脱。急激な動きに愛子が悲鳴を上げて鬣に捕まるが気にしていられない。

 対し神羅は顔を上げると即座に口元を変異させ、熱線を放つ。青白い熱線は愛子が閉じ込められていた部屋を吹き飛ばしながら襲い掛かる雷を纏った銀光と正面からぶつかる。

 結果、銀光は一方的に吹き飛ばされ、そのまま熱線は教会の尖塔の屋根を跡形もなく吹き飛ばす。

 ガラガラと瓦礫が降り注ぐ中、神羅は更に両手足を変異させ、背びれと尾を展開して真っ直ぐに空を睨みつける。

 

 「まさか銀光をああも一方的に吹き飛ばすとは。分解能力すら通用しませんか……」

 

 その一点に、彼女はいた。冷たい、だが呆れたような声色の声をだしながら、こちらを睥睨する。金髪交じりの銀髪の碧眼の女が銀光と雷で構成された鳥と竜の特徴が混ざり合ったような形の翼を広げている。

 だが、今は修道服代わりに白を基調としたドレス甲冑のようなものを纏っていた。ノースリーブの膝下まであるワンピースのドレスに、腕と足、そして頭に金属製の防具を身に付け、腰から両サイドに金属プレートを吊るしている。どう見ても戦闘服だ。まるでワルキューレのようである。どうでもいい。

 女は神羅を敵意を込めた目で睨みつけると、おもむろに両手を左右に開く。

 すると、ガントレットが一瞬輝き、次の瞬間には、その両手に白い鍔なしの大剣が握られていた。銀色の魔力光を纏った二メートル近い大剣を、重さを感じさずに振り払った銀色の女は告げる。

 

 「ノイントと申します。神の使徒として、主からの命を遂行いたします」

 

 ノイントから噴き出した銀色と金色の魔力が周囲の空間を軋ませる。大瀑布の水圧を受けたかのような絶大なプレッシャーが神羅達に襲いかかった。

 愛子は、必死に歯を食いしばって耐えようとするものの、表情は青を通り越して白くなり、体の震えは大きくなる。「もうダメだ」と意識を喪失する寸前、

 

 全てが、焼き尽くされた。

 

 そう錯覚するほどの何かが神羅から噴き出す。それは一切の抑えなく放たれる怒気。眼前の存在の全てを許さず、ただただ排除するという烈火の憤怒。

 どれほどの大瀑布であろうと火山の噴火を止めることは叶わないように、噴き出した怒りは絶大なプレッシャー全てを吹き飛ばす。

 灼熱の怒りにさらされたにもかかわらず、体の血が全て氷に変わったかのような怖気がティオを襲う。その怒りは自身に向けられているわけでもないのに魂を折ろうとする。一刻も早くこの場を離れろと本能が叫ぶが、ティオは歯を食いしばってそれを押さえつけ、その場に踏みとどまる。

 その背中で愛子は地獄を味わっていた。先ほどのプレッシャーすらそよ風に感じるほどの重圧に即座に意識が喪失。だが、本能が意識を失ってはならないと判断しているのか即座に覚醒、しかし重圧に耐えられずに失い、再び覚醒、それを繰り返していた。

 ようやく落ち着いたころには愛子はすでに消耗しきっており、真っ白な顔でティオの鬣にしがみついていた。

 神羅は両眼を激情でぎらつかせながら荒々しく鼻息を漏らし、

 

 天を揺るがす咆哮が轟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神羅達がノイントの襲撃を受ける少し前、ハジメ、ユエ、シア、香織、リリアーナ、メルドの6人は夜陰に紛れて王宮の隠し通路を進んでいた。リリアーナを光輝達のもとへ送り届けるためだ。

 愛子救出に神羅とティオの二人だけなのは戦力配分を考慮した結果だ。神羅一人で戦力としては十分すぎるが、戦闘が起こった時、愛子を逃がす事が出来なくなってしまう。そのため、ティオが同行しているのだ。

 そしてハジメ達が彼女たちに同行している理由はだが……愛子を救出した後、ハジメ達は神山の大迷宮に挑むつもりだ。本来はハルツィナ樹海の大樹に行く予定だったが、折角だからとそう判断したのだ。だが、愛子を救出した後、彼女の身柄を預けた生徒たちが洗脳されていては意味がない。その確認のためにリリアーナとメルドに同行しているのだ。

 ちなみにメルドの左腕はすでに香織の再生魔法で再生してある。伝説の神代魔法をハジメ達が会得していたことに2人はかなり驚いていた。

 彼らが隠し通路を通って出た場所は、何処かの客室だった。振り返ればアンティークの物置が静かに元の位置に戻り何事もなかったかのように鎮座し直す。

 

 「この時間なら、皆さん自室で就寝中でしょう。……取り敢えず、優花さんの部屋に向かおうと思います」

 

 闇の中でリリアーナが声を潜める。向かう先は、優花の部屋のようだ。まあ、ハジメ達とやり取りをしていた彼女を頼るのは理にかなっている。

 リリアーナの言葉に全員(メルドは微妙そうな表情を浮かべながら)頷き、索敵能力が一番高いハジメを先頭に一行は部屋を出た。雫達、異世界組が寝泊まりしている場所は、現在いる場所とは別棟にあるので、月明かりが差し込む廊下を小走りで進んでいく。

 そうしてしばらく進んだ瞬間、砲撃でも受けたかのような轟音が響き渡り、直後、ガラスが砕け散るような破砕音が王都を駆け抜けたのだ。衝撃で大気が震え、ユエ達のいる廊下の窓をガタガタと揺らした。

 

 「っ!……何が起こった!?」

 「これはっ……まさか!?」

 

 ハジメが即座に警戒するように周囲身を見渡していると、すぐ後ろに追従していたリリアーナは、思い当たることがあったのか顔面を蒼白にして窓に駆け寄った。ユエ達も様子を見ようと窓に近寄る。ハジメはオルキスを取り出すと窓を破って空に飛び立たせる。

 そうして彼女達の眼に映った光景は……

 

 「そんな……大結界が……砕かれた?」

 「ば、バカな……」

 

 信じられないといった表情で口元に手を当て震える声でリリアーナは呟き、メルドもまた呆然とした様子でその光景を見ていた。彼女の言う通り、王都の夜空には、大結界の残滓たる魔力の粒子がキラキラと輝き舞い散りながら霧散していく光景が広がっていた。

 リリアーナとメルドが呆然とその光景を眺めていると、一瞬の閃光が奔り、再び轟音が鳴り響く。そして、王都を覆う光の膜のようなものが明滅を繰り返しながら軋みを上げて姿を現した。

 

「第二結界も……どうして……こんなに脆くなっているのです? これでは、直ぐに……」

 

 リリアーナの言う大結界とは、外敵から王都を守る三枚の巨大な魔法障壁のことだ。三つのポイントに障壁を生成するアーティファクトがあり、定期的に宮廷魔法師が魔力を注ぐことで間断なく展開維持している王都の守りの要だ。その強固さは折り紙つきで、数百年に渡り魔人族の侵攻から王都を守ってきた。戦争が拮抗状態にある理由の一つでもある。

 その絶対守護の障壁が、一瞬の内に破られたのだ。そして、今まさに、二枚目の障壁も破られようとしている。内側に行けば行くほど展開規模は小さくなる分強度も増していくのだが、数度の攻撃で既に悲鳴を上げている二枚の障壁を見れば、全て破られるのも時間の問題だろう。結界が破られたことに気が付き、王宮内も騒がしくなり始めたのかあちこちで明かりが灯され始めている。

 

 「まさか……あの修道女の仕業か?」

 「……いや、違う。魔人族の仕業だ。王都の外に魔物との混成大部隊が展開している。位置は南方一キロの地点だ………っと、グリューエン火山にいた白竜もいるな。でも主がいない。指揮に集中してんのか?」

 「魔人族の仕業だと?一体どうやってこんなところまで……」

 「……多分神代魔法。転移に特化した魔法があったから、それだと思う」

 

 ユエがそう呟いている間に再びガラスが砕けるような音が響き渡った。第二障壁も破られたのだ。焦燥感を滲ませた表情でリリアーナが光輝達との合流を促す。

 が、その瞬間、別の方角から尋常ではない圧が解き放たれる。

 

 「こ、今度はなんですか!?」

 

 まるで火山が噴火したと錯覚するようなプレッシャーにその場の全員が息を呑む。だが、ハジメ達は即座にそのプレッシャーの正体に気がつき、視線をプレッシャーが放たれた方角、神山のある方向に向ける。

 

 「これって……神羅君……だよね?」

 「なにこれ………怒ってる……?」

 「どうやらそうらしい。と言う事はつまり………修道女はあっちか」

 

 そう呟いてハジメはオルキスの映像に視線を向け、

 

 「すげぇ。魔物たちが完全に委縮して動きを止めてる。魔人族たちも混乱しているな」

 「ならば今のうちに早く合流しましょう」

 

 リリアーナがそう言って先導しようとした時、メルドはじっと結界を見つめていた視線をハジメに向け、

 

 「南雲。こんなこと言う資格がないのは承知している。だがそれでも………頼む。お前に外の魔人族の対応を頼みたい」

 

 その言葉にハジメ達は目を細める。

 

 「………一応言っておくが、俺はもう神の使徒じゃない。あんたの頼みを聞く義理はないぞ」

 「ああ、分かっている。だからこれは冒険者である南雲ハジメへの依頼だ。勿論、報酬はお前の言い値を払う」

 「俺の最終的な目的は地球に帰る事だ。トータスの貨幣はあまり意味がない。それで俺が動くとでも?言っておくが、アーティファクトも意味ないぞ」

 

 メルドは言葉に詰まる様に唇を引き結び、リリアーナと香織は不安げに視線を彷徨わせる。ユエとシアは静かに成り行きを見つめている。

 

 「………そうだな。さっきも言ったが今の俺……いや、王家にすらお前に頼み事をする資格はないだろう。だが、もしも何とか出来る可能性があるなら俺はそれに縋らせてもらう。恥も外聞もなく、国を守る騎士として今できる事をやらせてもらう。だから頼む。俺達に力を貸してくれ」

 

 メルドはそう言って深々とハジメに向かって頭を下げる。それが、今の自分にできる精一杯の事だと言わんばかりに。

 ハジメはじっとメルドを見返していたが、少しして、ため息を吐くと、

 

 「これはあんたたちが今まで信仰してきたエヒトが裏で手を引いていると思う。つまり、この事態はエヒト様のお望みって事だ。それに逆らうって事は神への反逆になると思うが?」

 「神への反逆か………不思議だ。そう聞いてもまるで恐れも、躊躇いも沸いてこない。むしろ、ならば最後までやってやろうって気しかしない。さっきのプレッシャーに当てられたかな」

 

 顔を上げてそう言うメルドの顔には晴れ晴れとした物だった。神に逆らう事の恐れも、絶対上位者に対する恐怖もない。ただただ、その顔には最後まで抗い続けようという覚悟しかない。

 それを見ていたハジメは静かに視線を外に向け、

 

 「俺にとって、この世界は牢獄だ。地球に帰るのを妨げる檻そのものだ。今すぐにここを飛び出せて、故郷に帰れるならすぐにそうする」

 

 ハジメの言葉にリリアーナとメルドは目を伏せ、香織も口を真一文字に引き結ぶ。

 

 「でも、それと同時に思ったんだよな。この世界が檻なら、この世界で生まれた連中は生まれながらに檻に閉じ込められているって。だからどうってわけじゃないけど……気に食わないのは確かなんだ」

 

 その言葉に彼らは顔を上げる。

 

 「それに、エヒトがいる限り、地球は危険にさらされ続ける。何せ俺たちを召喚出来たんだ。ならもう捕捉されていると考えるべきだ。だから、今後を考えるなら。エヒトをぶっ潰す事が最善だ。なら、奴の企みを阻止していけばきっと尻尾をつかめると思うしな」

 

 それって、とリリアーナが目を瞬かせていると、ハジメは苦笑を浮かべながらユエ達に視線を向け、

 

 「悪い、みんな。ちょいと力を貸してくれ。魔人族たちをどうにかする」

 「……大丈夫。私の命は貴方の物。どこまでも、ハジメと共に」

 「私だって同じです。どこまでだってついて行きますよぉ!」

 

 ユエとシアは何をいまさら、と言わんばかりに笑みを浮かべ、香織もまた頷いている。

 

 「そうと決まれば動くぞ。俺は大結界を修復する。その間、ユエとシアで魔人族を抑えてくれ。白崎はこのまま姫さんたちと一緒にクラスメイト達と合流を」

 

 ハジメの指示にユエ達が頷き、リリアーナとメルドはハジメ達に深く頭を下げる。

 

 「ハジメさん……みなさん………ありがとう……ございます」

 「すまん、坊主。騎士団を代表して、礼を言う。白崎の事は任せてくれ。俺の命に代えても守り抜く」

 「ああ、頼む。まぁ、余計な世話かもしれないけどな」

 「ううん。そんな事ないよ。メルドさんが助けてくれるならすごく心強いよ」

 「?何を言っているんだ?」

 

 メルドとリリアーナが首を傾げていると、あ~~~、と声をあげながらハジメは苦笑を浮かべ、

 

 「ああ、何て言うか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ここにいる俺たち4人の中で、最強は白崎だからもしかしたら余計な世話かも、って思っただけだ」



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第84話 神山、崩壊

 


 咆哮を上げた神羅は荒々しく鼻を鳴らしながらノイントを睨みつけると、いきなり口から熱線を放つ。

 ノイントはそくざに翼を羽ばたかせて急加速してその一撃を回避する。が、神羅は諦めずにノイント目掛けて熱線を放ち続ける。

 ノイントは高速で飛行し熱線を回避し続ける。狙いが外れた熱線は神山を吹き飛ばし、吹き上がる炎が山肌を舐める。

 教会のあちこちから悲鳴や怒声が上がるが、神羅の耳には届いていない。苛立たしげにうなりながら熱線の放射をやめ、ノイントを睨むが、ふいにちらりと視線をティオと愛子に向け、

 

 「ティオ、畑山を連れてハジメ達と合流しろ。こいつは俺の獲物だ………!」

 

 しゃがれた声でそう言うと、ティオは僅かに巨体を震わせながらも静かに頷く。

 

 『あい分かった。神羅殿、ご武運を』

 「あ、ティ、ティオさん、待って……くださ………」

 

 弱々しくも愛子が何か言おうとするが、ティオはそれを無視してその場を離脱していく。

 その間、神羅はノイントを睨み続ける。二人を逃がしたのは彼女たちが人質になってしまったら面倒だからだ。それを防ぐためにも神羅はノイントから視線を逸らさずにいたが、以外にもノイントはティオを追いかけるそぶりは見せず、また神羅を攻撃しようともせず、神羅を真っ向から睨み返す。

 そこと似微かな違和感を覚え、かすかに眉を寄せると、ノイントはふん、と鼻を鳴らし、

 

 「人質なぞ無意味です。そんなものに僅かにでも意識を割いた瞬間に私は死ぬ。ならばない方がマシです」

 

 存外頭が回るようだ、と神羅は唸り声を発し、再び熱線を放つ。ノイントは急上昇で熱線を回避し、更に連続で放たれる熱線を飛び回りながら回避し続ける。

 そして熱線の切れ目に勢いよく翼を羽ばたかせると、無数の銀羽が空に散らばり、それは魔弾となり、神羅目掛けて降り注ぐ。

 それに気づいた神羅は熱線を吐くのをやめると両腕を前にかざす。そして両手の間に黒球を生み出すと、それを弾幕目掛けて撃ち出す。そして魔弾と黒球が触れ合った瞬間、黒球が爆発的に広がり、夜空を銀色に染め上げるほどの密度の弾幕の全てが飲み込まれ、消滅する。

 

 「ちっ、やっぱり魔法は性に合わんな」

 

 ふん、と鼻を鳴らし、神羅は再びノイント目掛けて熱線を放つが、それも回避される。

 苛立たし気にふんっ、と鼻を鳴らすと神羅は腰を落とし、足に力を込め、

 ズガンッ!と言う轟音と共に立っていた塔を粉砕しながら神羅は跳躍し、一気にノイントとの距離を詰め、炎を纏った腕を叩きつけようとするが、ノイントは素早く距離を取って回避する。

 口に付与された空力で足場を作って神羅は空中に着地すると、同時に神羅目掛けて雷光を纏った銀色の砲撃が放たれる。が、神羅はそれを熱線で一方的に吹き飛ばしてしまう。

 

 「その雷撃……やはり奴の力か………!」

 

 吐き捨てるように告げると、ノイントは小さく頷いて肯定する。

 

 「その通りです。私は主から力を与えられた唯一の存在。他の使徒と同じだと思わない事ですね」

 

 そう告げるとノイントは虚空に無数の魔法陣を生み出すと、そこからさまざまな属性の魔法を放つ。そのどれもが最上級魔法であり、まさに壁のように神羅に迫りくる。

 が、神羅の両目と背びれが青白く輝いた瞬間、口から再び熱線を放ち、魔法を次々と撃ち落としていく。瞬く間に魔法の壁は跡形もなく焼き尽くされ、ノイントは憎々し気にその様子を見ていた。

 神羅は真っ向からその視線を睨み返すが、不意に視線をちらりとよそに向ける。それはティオが飛び去って行った方角だ。

 

 「………それなりに離れたな。なら、もっと派手に暴れてもよさそうだ」

 

 何を、とノイントが訝しげに眉を寄せた瞬間、神羅の両腕が青白い炎に包まれ、勢いよく振るわれる。すると、その軌跡に沿って炎がノイント目掛けて放たれる。

 ノイントは即座にその炎撃を回避するが、神羅はその場で次々と腕を振るい、炎撃を乱射する。

 先ほどから一転、今度はノイントに炎の嵐が牙を剥く。熱線に比べれば集中していないため威力は劣るがそれでも直撃すればタウル鉱石程度なら溶かすほどの炎。

 ならば当たらなければいい、と言わんばかりにノイントは迫りくる嵐の僅かな隙間を見抜き、ためらないなくそこに飛び込む。全身を熱から守る風が、背中の魔力の翼が焼き壊され、熱波が全身をあぶり、焼け爛れる。だが、逆に言えばそれだけ。ノイントは嵐を突破し、神羅が追撃をかける前に分解の砲撃を撃ち出す。

 それは見事神羅の体を直撃し、銀色の閃光が彼を飲み込む。だが、神羅はブルりと体を震わせるだけ。その身体には傷なんてついていない。身体どころか身に着けた服すら碌に分解できていない。

 

 「………効きませんか。今までは流れ弾が彼女たちに向かないように撃墜していたのですね」

 

 翼を再度展開させ、火傷を癒して態勢を整えたノイントが眉を顰めていると、神羅は再び炎撃の嵐を繰り出す。

 ノイントは即座に夜空に舞い上がると高速で飛びまわって回避しながら銀羽の雨を放つ。

 だが、その悉くが炎撃によって撃墜され、運よく撃墜を回避し、神羅に直撃したとしても傷一つつけられない。

 完全に状況は神羅の優勢に傾いているが、神羅は苛立たし気に鼻を鳴らす。

 どうにも仕留めきれない。機動力では相手の方が勝っている。だから自分の攻撃を回避できるのは分かる。だが、どうにも攻め切れない。

 だがそれ以上に、ほとんどダメージがないのにぺちぺちと体に当たる銀羽が鬱陶しくて仕方がない。

 イラついた様に神羅の顔が歪み、唸り声が漏れた瞬間、突如神山全体に響くような歌が聞こえ始めた。

 何だ?と神羅が歌声のする方へ視線を向ければ、そこには、イシュタル率いる聖教教会の司祭達が集まり、手を組んで祈りのポーズを取りながら歌を歌っている光景が目に入った。どこか荘厳さを感じさせる司祭百人からなる合唱は所謂聖歌というやつだろう。

 一体なんだと神羅がイシュタルたちを睨みつけていると、光の粒子みたいなものが神羅にまとわりつき始める。低く唸りながら神羅は自分の体に視線を落とす。恐らくだが、何らかの魔法なのだろう。それも、自分を害する類と思われる。

 実際、それは覇堕の聖歌という魔法であり、相対する敵を拘束しつつ衰弱させていくという凶悪な魔法で、司祭複数人による合唱という形で歌い続ける間だけ発動するという変則的な魔法だ。

 だが、そんな凶悪な魔法も神羅には何の痛痒も与えはしなかった。動きを止めることも、衰弱させることも叶わず、ただ魔力を消費して歌っているだけと言う結果になってしまっている。

 その聖歌を歌っているイシュタルを始めとした司祭たち一心不乱に歌いながらその目をノイントに向けている。だが、そこには狂信者特有の狂気の類は一切ない。あるのはただ一つ、自分たちを救って欲しいという懇願だ。

 イシュタルたちの神への狂的な盲信も、先ほどの人知を超えた憤怒の前に吹き飛んでしまっていた。彼らはただただ生存本能に従い、自分達の脅威を排除してくれるかもしれない者を全力で支援している。

 だが、ノイントはそれを無視して再び銀羽を飛ばす。だが、今度は神羅に殺到したりせず重なり合い、魔法陣を構成し、

 

 「劫火浪」

 

 天空を焦がす津波の如き大火を放つが、神羅はちらりと視線を向けると、熱線を放つ。熱線は大火を正面からぶち破り、それと同時に炎その物が青白い炎で焼き尽くされる。

 熱線を回避したノイントを睨む神羅だが、不意に視線をイシュタルたちに向ける。

 すると、彼らは恐怖を振り払うかのように更に声量を上げて歌い続ける。更に、教会のあちこちから新たな司祭たちが合流、合唱に加わり、覇堕の聖歌の効果を高めていく。

 神羅にまとわりつく光の粒子の密度が上がるが、変わらず神羅には何の効果も及ぼさない。彼の魔懐が聖歌の効果を打ち消しているのだ。

 それでも彼らは喉を潰さんばかりに歌い上げる。すでに教会の聖職者全員が集まっていると錯覚するほどの人数が集い、大合唱が響き渡る。

 それを神羅は忌々しげに睨みつける。苛立たし気に奥歯を鳴らし、ゴキリと指が鳴り、両目が凶暴な光を宿す。

 何の痛痒も与えられない魔法など、どれ程必死に歌おうと何の意味もない。だが、あまりにも、響き渡る歌が、纏わりつく光が、ノイントの銀羽による攻撃が、全てが、

 

 

 鬱陶しい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し前、ティオは愛子を気遣うように比較的ゆっくりと王都を目指して飛んでいた。

 それなりに離れたはずなのに、未だ背後からは炎の炸裂音が響き、夜空が青白く染め上がる。

 

 『先生殿よ。大丈夫か?大丈夫そうなら少し速度を上げるのじゃが……』

 「え、ええ……大丈夫です。それでティオさん、これからどうするのですか?」

 『王都に行ってハジメ殿たちと合流する。その後、先生殿は生徒たちと合流してほしい。妾は魔人族の相手をする』

 「え、それって……神羅君はどうするんですか?」

 『神羅殿なら一人でも問題ない。妾達がいては足手まといじゃ』

 

 その言葉に愛子は小さく息を呑むが、少しすると決然とした表情を浮かべ、

 

 「いえ、ティオさん。戻ってください。神羅君の援護を行いましょう」

 『……何を言っているのじゃ。そんなものは無用と言ったはずじゃ』

 「確かに神羅君は強いかもしれません。ですが、あの修道女は私を餌と言いました。それはつまり、彼女は最初から神羅君たちをおびき寄せるつもりだったのではありませんか?だったら、神羅君を倒すための何かを用意していると考えられるのでは?」

 『いや、それはそうかもしれんが……だからと言って其方を連れて戻るなんて論外じゃ。先生殿に何ができる?魔法陣も戦闘経験もなかろう?』

 

 愛子は、ティオの尤もな意見にぐっと歯を食いしばると、おもむろに自分の指を口に含んだ。そして、ギュッと目を瞑ると一気に指の腹を噛み切り、指先から滴る血を反対の手の甲に塗り付け即席の魔法陣を描き出す。

 

 「私、こう見えて魔力だけなら勇者である天之河君並なんです。戦闘経験はないけれど……ティオさんの援護くらいはしてみせます! 人と戦うのは……正直怖いですが、やるしかないんです。これから先、皆で生き残って日本に帰るためには、誰よりも私が逃げちゃダメなんです!」

 

 王国は侵攻を受け、国王も司祭達も狂信者と成り果てた。当初予定していた神を頼っての帰還はもう有り得ないだろう。この異世界で寄る辺なく愛子達は前に進まねばならないのだ。

 ならば、先生である自分こそが、たとえ忌避するべきことでも、それがすべき事ならやらねばならない。

 そんな決意を固める愛子を見て、ティオは小さく息を吐くと真実(・・)を口にする。

 

 『………先生殿。正直に言おう。妾はハジメ殿との合流を目指しているのではない。逃げておるのじゃよ』

 「え?逃げるって………?」

 『あの場において、もっとも危険な存在は神の使徒でも教会でも、まして神羅殿を想定した何かではない………神羅殿じゃ』

 

 何を言って、と愛子が目を瞬かせた瞬間、後方から轟音が轟く。

 何事かとティオと愛子が振り返ってみた光景は……どす黒い煙を吐き出しながら炎に呑み込まれ、崩壊していく聖教教会そのものだった。

 

 「な、何が……!?」

 『……神羅殿………また派手にやったのう………』

 「派手にやったって………まさか……あれを神羅君が!?」

 『そうじゃ。恐らく、教会の連中が何か神羅殿にちょっかいをかけたのじゃろう。それで邪魔になって吹き飛ばしたのじゃろうな。あの様子では、腐れ坊主たちは全滅じゃろうな』

 「全滅って……そんな………」

 

 愛子が青い顔をしていると、ティオは静かに愛子に視線を向け、

 

 『何を言っておる。神羅殿がやったことは其方がやろうとしていた事ではないか』

 「そ、それは……確かに、そうなんですが……でも、邪魔と言うだけでみんな吹き飛ばすなんて……」

 『それが戦いという物じゃよ。己の意思一つで他の命を理不尽に奪う。どれほど高潔な志を持とうと、掲げようと、その本質は変わらん。』

 

 そう告げるティオを後目に愛子は顔を真っ青にして震えている。神羅の所業はそれほどにショックだったらしい。

 

 『とにかく、このまま王都にいき、ハジメ殿たちと合流する。それでよいな?』

 

 ティオの言葉に愛子は答えられない。それを勝手に肯定と受け取ってティオは王都目指して加速する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 燃え上がる。聖教教会が。この世界で最も力を持っていた組織が、前身も含めれば、相応の時を積み重ね、紡がれてきた歴史が、なすすべなく全て灰に変わっていく。

 神羅が放った特大の熱線は教会の結界を何の抵抗もなく打ち破り、教会を直撃した。

 膨大な熱が一瞬でイシュタルたち聖職者たちをこの世から蒸発させ、教会の建物を吹き飛ばしても余りある莫大な熱エネルギーはそのまま神山の一角を崩壊させ、火山のように吹きあがる爆炎によって溶けた岩が溶岩となって流れ落ちていく。

 それを見下ろしながら空力で空に立っていた神羅は天を仰ぎながら咆哮を上げる。

 

 「………なるほど。凄まじいですね」

 

 ノイントは静かに呟きながら火山と化した神山を見下ろす。

 崩壊を起こす神山だが、その中に一点、不自然に崩壊を免れている場所がある。すでに崩落と溶岩に呑み込まれているが、あの破壊の影響を受けていないと言うのは明らかに異常だ。

 

 「そこが迷宮ですか。対策は万全と言う事ですね」

 

 恐らく、そこがかつて神に抗った解放者たちが作り上げ、今まで使徒たちが見つけられなかった大迷宮だろう。もっとも、これは自分だからこそ気付くことができた。他の使徒では荒れ狂う炎と魔力によって見つけることはできなかっただろう。

 そこでノイントは、大迷宮への興味を失くした(・・・・)。あの熱線に耐えられるほどのあの結界。恐らく女王の手によるものだ。ならば使徒如きでは突破も侵入もできまい。意識するだけ無駄だ。

 邪魔者を片付けた神羅は再びノイントに視線を向け、唸り声を発する。

 厄介ですね、とため息を吐きながらノイントは翼を羽ばたかせる。




 遅くなりましたが、ゴジラ、-1の予告を見た感想……マジ容赦ねぇ。あれ下手したらGMKゴジラよりエグくないか?
 
 ネットじゃぁ感動路線に行くんじゃないかって心配の声が上がってますが、あれなら問題ないでしょう。むしろあそこから感動路線に行ったら逆にすごいわ。


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第85話 戦闘開始

 突然の結界の消失と早くも伝わった魔人族の襲撃に、王都は大混乱に陥っていた。

 人々は家から飛び出しては砕け散った大結界の残滓を呆然と眺め、そんな彼等に警邏隊の者達が「家から出るな!」と怒声を上げながら駆け回っている。決断の早い人間は、既に最小限の荷物だけ持って王都からの脱出を試みており、また王宮内に避難しようとかなりの数の住人達が門前に集まって中に入れろ! と叫んでいた。

 夜も遅い時間であることから、まだこの程度の騒ぎで済んでいるが、もうしばらくすれば暴徒と化す人々が出てもおかしくないだろう。王宮側もしばらくは都内の混乱には対処できないはずなので尚更だ。なにせ、今、一番混乱しているのは王宮なのだ。全くもって青天の霹靂とはこの事で、目が覚めたら喉元に剣を突きつけられたような状態だ。無理もないだろう。

 現在、魔人族の進行は最後の結界の前で止まっている。本来であれば、すでに結界を破っているはずだったのだが、進行の要である魔物の軍勢が突如として怯えたように動きを止めてしまっていた。それならばまだいい方で、恐慌状態に陥ったように激しく暴れる魔物もいる始末で、魔人族軍は混乱の只中にあった。

 そんな内外が混乱状態の王都の最後の壁である防壁の上からユエはシアと共に防壁の一角から外の魔人族の軍勢を眺めていた。

 

 「……分かった、気を付けて。ティオから連絡があった。やっぱりあっちに奴の力を宿した使徒が現れたって。神羅が相手をしていて、ティオは先生を連れて逃げてるところ」

 「そうですか……まぁ、あの状態の神羅さんに助太刀と言うのは中々に難しいですよね……」

 「うん。せめてあれ(・・)じゃないとね」

 

 先程の噴火の如き圧を思い出し、二人はブルりと体を震わせるが、すぐに鋭く息を吐いて意識を切り替える。

 

 「……それじゃあ、私達は結界が直って、神羅が戻ってくるまで魔人族の相手をする。理想としては神羅みたいに威嚇で撤退させることだけど……」

 「無理ですよねぇ、そんな事。魔物たちも持ち直してきたみたいですし」

 

 そう言うシアの眼前では先ほどまで委縮して動けなかった魔物たちが徐々に落ち着きを取り戻し始めていた。混乱による暴走で多少は同士討ちが起こったようだが、誤差の範囲に収まっているのは生み出された魔物がそれだけ優秀と言う事か。

 

 「それじゃあ……シア、準備はいい?」

 「はい、いつでも行けます」

 「そう。それじゃあ………覚悟はいい?」

 

 そう言うと同時にじっとこちらを見つめるユエの視線に、

 

 「……はい、覚悟はできています。私は……守るために奪う側になります」

 

 そう言うシアの瞳は静かだ。まるで凪いだ湖面のように真っ直ぐに目の前の魔人族の軍勢で見つめている。

 その様子を見て、大丈夫そうだ、と判断したユエは頷くと結界の外に出て、地面に着地。シアもそれに続く。

 それと同時に落ち着いた魔物の一部がのこのこと結界の外に出てきた二人を見つけ、雄たけびを上げながら襲い掛かる。

 だが、シアは宝物庫からドリュッケンを取り出すと柄を思いっきり伸ばしながら振るい、ユエはフィンガースナップするだけで風の刃を一つ放ち、それぞれ襲い掛かってきた黒い鷲のような魔物を撃破する。

 黒鷲が絶命させられたことでユエとシアの存在に気がついた飛行型の魔物達が二人の周囲を旋回し始めた。よく見れば、その三分の一には魔人族が乗っているようだ。彼等は、黒鷲を落とされたことで警戒して上空を旋回しながら様子を見ていたようだが、その相手が兎人族と小柄な少女であるとわかると、馬鹿にするように鼻を鳴らしユエ達向かって、魔法の詠唱を始めた。

 

 「シア、地上をお願い。私は空をやる」

 「分かりました」

 

 そう言うと同時にシアは宝物庫を光らせて何かを取り出す。それは恐ろしく肉厚な片刃の刃だ。シアがドリュッケンの打撃面を刃の反対に備えられた接続面に叩きつけると、両者は強固に接続、固定され、ドリュッケンは戦槌から巨大な戦斧へと変わる。

 それと同時にユエは蒼龍を発動。同時に現れた6匹の蒼い炎の竜は咆哮を上げながら半分は上空の魔人族に牙を剥き、次々と食い散らかしていき、もう半分は地上の魔物たちを蹂躙する。

 その光景に、あり得べからざる事態に呆然とする魔人族達の隙をつき、シアは勢いよく地面を蹴る。

 地面が爆散すると同時に尋常ならざる加速を得たシアは眼前の魔物の群れの風穴に突っ込み、戦斧と化したドリュッケンを渾身の力で横薙ぎに振るう。

 肉厚の刃が触れると、魔物が一体切り裂かれ、だが次の瞬間にその肉体が砕け散る。

 そして振り切った時には何体もの魔物が切り砕き、遅れて発生した衝撃波が魔物を吹き飛ばす。

 そこでシアは止まらず魔物の群れに斬り込み、ドリュッケンを豪快に振り回し、次々と魔物を切り砕いていく。

 

 「それ以上させるかァァァァァァァァ!」

 「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 ようやく復帰した魔人族たちがシア目掛けて上級魔法を放とうとするが、そうはさせないと蒼龍が牙を剥き、飲み込んでいく。

 頭上を一切に気にせずシアはドリュッケンのブースターを起動。加速を得た一撃は魔物を一瞬で砕き散らし、更にまき散らされる炎が隙を突こうと襲い掛かってきた魔物を焼き尽くす。

 と、4mを超える巨体のサイクロプスモドキが地響きを上げ、他の魔物を蹴散らしながらシアに向かい、巨大なメイスを振りかぶる。それに気づいたシアはドリュッケンを掬い上げるように振るう。すると、ブースターの勢いを受け、シアの身体が炎の軌跡と共に舞い上がり、振り上げられたドリュッケンが振り下ろされたメイスを一撃で粉砕する。

 それでもなお止まらず上昇したシアはサイクロプスモドキの頭上を取ると、態勢を切り替え、逆にサイクロプスモドキ目掛けて急降下、その勢いを乗せてドリュッケンを叩きつける。

 その一撃でサイクロプスモドキは頭から一刀両断され、そのままシアは渾身の力でドリュッケンを地面に叩きつける。

 瞬間、文字通り地面が割れ、絶大な衝撃波が刃のように放たれ、魔物をまとめて粉砕する。

 

 「小娘がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!殺してやるぅぅぅぅ!」

 

 頭上の声に顔を上げれば、ユエが相手をしていた魔人族の最後の一人が死に物狂いで特攻している。蒼龍を引き戻す時間はない。だが、ユエは宝物庫から黒盾を取り出すと、弾丸のように射出する。ハジメの改造で黒盾は重力魔法による加速を得ている。結果、黒盾は凶悪な鈍器となって魔人族を直撃。頭部が砕け散り、絶命する。

 ふう、とハジメが息を吐いていると、シアが空力で跳び上がってきて、隣に立つ。

 

 「完全に目を付けられましたね」

 「それでいい。少なくともハジメが結界を直す時間が稼げれば「ユエさん!」!」

 

 ユエの言葉を遮る様にシアが叫ぶとユエは即座にその場から飛び退く。

 直後、何もない空間に楕円形の膜が出来たかと思うと、そこから特大の極光が迸り、結界を掠める。それだけで結界はビリビリと揺れ、全体に罅が走る。

 

 「やはり、予知の類か。忌々しい……」

 

 男の声が響くと同時に、楕円形の膜から白竜に乗ったフリード・バグアーが現れた。その表情には、渾身の不意打ちが簡単に回避されたことに対する苛立ちが見て取れる。

 白竜が完全にゲートから現れると、タイミングを合わせたように黒鷲や灰竜に乗った魔人族が数百単位で集まり、ユエとシアを包囲した。どうやらユエとシアをここで確実に始末するつもりらしい。

 

 「あの魔物から生き延びたか………やはりお前たちは危険すぎる。まずは貴様らから仕留めさせてもらおう」

 

 フリードの憎しみすら宿っていそうな言葉を向けられて、しかし、ユエとシアはふう、と小さく息を吐いて真っ直ぐにフリードと魔人族を睨みつけ、同時に口を開く。

 

 「「やれるものならやってみて(下さい)」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユエとシアが魔人族と戦い始めたころ、屋根から屋根へと飛びながら移動する影があった。ハジメだ。

 彼は気配遮断で気配を消しながら猛スピードで街をかけていく。目指す場所はこの王都の大結界の要だ。壊れた結界を修復してしまえば後ろを気にせずに思いっきり暴れられる。

 

 「あそこか」

 

 戦闘音を聞きながらしばらく走り続けていたハジメの視界が大理石のような白い石で作られた空間を見つける。中央に紋様と魔法陣の描かれた円筒形のアーティファクトが安置されていた。そのアーティファクトは本来なら全長二メートルくらいあったのだろうが、今は半ばからへし折られて残骸が散乱している。

 アーティファクトの周囲に人は見当たらない。見張りの兵士ぐらいいると思ったのだが、壊れたアーティファクトにかまけてる暇はないのか、あるいは………

 

 「いや、それはいいか。今は直すのが先決だな」

 

 そう呟くとハジメはアーティファクトの残骸に手を当て、鉱物鑑定を発動させる。

 

 「へぇ、なるほど……そりゃあ、強力なはずだ」

 

 そう呟くとハジメは練成を行使する。紅いスパークがハジメを中心に広がり、その手元にあるアーティファクトの残骸が次々と元の位置に融合されていく。

 僅か数十秒で神代のアーティファクトを修繕し終えたハジメは、魔力を注ぎ込み大結界を発動させてみた。

 円筒形のアーティファクトは、その天辺から光の粒子を天へと登らせていく。

 完全に直ったことを確認したハジメは次のポイントに向かって走り出そうとした瞬間、ハジメの脳裏に警鐘が鳴り響き、それに従ってハジメはその場から即座に離脱する。

 瞬間、ハジメがいた場所を銀色の砲撃が吹き飛ばす。その余波でアーティファクトが損傷したのか、結界が揺らぐ。

 

 「ちっ、折角直したのにまた壊しやがって………」

 

 呟きながらハジメは視線を上に向ける。そこにいたのは銀色の髪に銀光の翼を携え、双大剣を構えた一人の少女が一人浮いていた。

 

 「今のを避けますか。奴ほどではないとはいえ、侮れませんね」

 「そうかい……そう言うお前は神の一派だな?」

 「そうです。主の命により、盤上からあなたを排除します」

 

 そう言い、双大剣を構える使徒を見て、ハジメは小さく息を吐いてドンナーとシュラークを抜き構え、

 

 「あいにくとこっちは予定が詰まってんだ。あんまり時間は欠けてやれねぇ。だから………速攻で終わらせる」

 

 その言葉に使徒はピクリと眉を動かし、忌々し気にハジメを睨む。

 

 「速攻とは………随分と舐めた口を叩く。私を簡単にやれるとでも……」

 

 瞬間、ハジメの姿がふわりと掻き消えると同時に使徒の眼前に現れ、右手のドンナーの銃剣が風爪を纏いながら首を斬り飛ばさんと繰り出される。

 

 「!?」

 

 驚愕に目を見開きながらも使徒は即座に双大剣の一振りを繰り出し、迎え撃つ。

 銃剣と大剣が真っ向から激突、火花が散った瞬間、大剣が一方的に弾き飛ばされる。

 

 (この膂力は!?)

 

 自分を圧倒するハジメのステータスに使徒は目を見開く。

 だが、実を言えばハジメのステータスは使徒より勝ってはいるだろうが、さほど大きな差はない。ここまで一方的に競り勝つは事はないのだ・……普通ならば。

 ハジメがやったことはあまりに単純。自身につけていた重枷を外しただけだ。重枷によってハジメは常に数トンレベルの圧を受けながら過ごしていた。その圧に耐えられるよう常に魔力で強化し続けてきたハジメの身体は魔力運用を徹底的に最適化させた。より早く、より精密に、より深く魔力は全身を巡り、強化している。さながら限界突破のように。結果、ハジメは身体強化に近い魔力運用を会得したのだ。

 大剣を弾き飛ばしたハジメは即座にシュラークを構えるが、使徒は即座にもう一本の大剣を眼前に掲げる。

 次の瞬間、朱い雷光を纏ったレールガンが放たれ、大剣を直撃、甲高い音が鳴り響くと同時に使徒は後ろに吹っ飛ぶ。

 が、不意にガクンっ!と何かに引っ張られるように急制動がかけられ、使徒は大きくつんのめる。

 

 「何っ…!?」

 

 何事かと目を向ければ、使徒の左の手首をいつの間にかドンナーを手放したハジメが剛腕を発動させた右手でがっちりと掴んでいた。とっさに振りほどこうとするがうまく力が入らず、振りほどけない。その隙にハジメは左の義手による掌底を使徒の左肘に克ちあげるようにぶち込む。

 振動破砕と剛腕を発動しながら撃ち込まれた掌底は使徒の左肘を完膚なきまでに粉砕、圧し折れた骨が腕を突き破る。

 ぎっ、と使徒が声にならない声を上げた瞬間、ドパンッ!と言う音と共に使徒の右足が膝から千切れ飛び、体がガクン、と傾ぐ。

 訳が分からず混乱する使徒だったが、再びドパンッ!と言う音が響いた瞬間、彼女の額に小さな穴が空く。そして即座に後頭部が勢いよく弾け飛び、赤い花が咲き乱れる。

 額を撃ち抜かれた使徒はそのまま力なく崩れ落ち、動かなくなる。

 完全に死んだことを確認すると、ハジメはふう、と息を吐きながら宙に浮いている(・・・・・・・)ドンナーとシュラークに手を伸ばす。すると、二丁の相棒は吸い寄せられるようにハジメの手に収まる。

 これはハジメがドンナーとシュラークに追加した機能、空間固定と遠隔操作によるものだ。

 空間魔法を利用した物を空間そのものに固定する能力、感応石、重力魔法、そして纏雷を組み込むことで、ドンナーとシュラークはハジメの手を離れても遠隔操作でレールガンを正確に撃てるようになっている。

 

 「ま、うまくいったかな」

 

 そう呟くと、ハジメは使徒の大剣と身に着けている防具を見やり、おもむろに触れると、鉱物鑑定を使用する。

 

 「………なるほどね」

 

 そう呟いてハジメはもう一度結界を直そうと、アーティファクトに視線を向ける。

 その瞬間、背後から豪速で鈍色の閃光がハジメの首目掛けて振るわれる。

 が、ハジメは即座に振り返り、ドンナーでその一撃を受け止める。

 空気が弾け飛ぶ音が響き渡るが、ハジメは大剣の一撃を受けきっていた。

 

 「もう一人いたか……油断できねぇな」

 

 小さく舌打ちをしながらハジメはこちらを睨みつけている使徒を睨み返す。

 

 「仲間が殺されているのを黙って眺めているとか、酷いもんだな」

 「勘違いしないでいただきたい。我らはみな主の駒。主の望みを叶えるためならば喜んで命を捧げましょう」

 「狂信もなくそう言うのは恐ろしく気持ち悪い……な!」

 

 ハジメは使徒の大剣を弾き飛ばし、シュラークからレールガンを放つが、使徒はもう一本の大剣でそれを防ぐ。

 甲高い音が鳴り響くが使徒はその一撃を受け止めきり衝撃を受け流す。距離を取られれば先ほどの使徒のようになると考えたようだ。

 使徒は素早くハジメ目掛けて大剣を繰り出し、ハジメはドンナーの銃剣でそれを迎え撃つ。

 赤い雷光を纏った銃剣と大剣がぶつかり合い…………使徒の大剣がぐにゃりと崩れ落ちる。

 

 「何っ!?」

 

 そのあり得ざる光景に使徒が目を見開いている間に大剣はそのまま溶けていき使徒の右手にかかったところで止まり、そのまま固まってしまう。

 使徒はとっさに手放そうとするが、残骸がかかった右手は使徒のステータスでも開くことができない。

 その隙をハジメは見逃さず、先ほどと同じように振動破砕、剛腕を乗せた義手による拳撃を繰り出す。使徒は即座に無事なほうの大剣でそれを受け止め………大剣は砂糖菓子のように軽く圧し折れ、そのまま拳は使徒の左手を直撃、完膚なきまでに粉砕し、使徒を吹き飛ばす。

 両手を潰された使徒の顔が激情に染まり、銀翼を羽ばたかせて態勢を整えた瞬間、ドパンッ!と言う音共に放たれたレールガンが使徒の腹を貫く。

 両断はされなかったが腹をごっそりと抉られ、激しく血を吐き出した使徒の額を、とどめと言わんばかりに放たれたレールガンが吹き飛ばす。

 倒れる使徒を眺め、ハジメは小さく呟く。

 

 「俺に武器を解析されたのは痛かったな。俺は練成師だぜ?」

 

 使徒の大剣がどれほどの凶悪な強度、凄まじい切れ味、強力な能力を秘めていようとそれは武器だ。現実に存在する鉱物を利用して作り上げられた武器なのだ。ならば、練成でどうとでもなる。

 武器を構成する素材さえ判明すれば、後は練成で幾らでもいじれるのだ。先ほどのように大剣の形を崩す事も、脆くすることもできる。仮にアーティファクトであろうと、だったらその魔力を狂わせてやればそれだけでアーティファクトは無力化される。

 勿論、これはハジメの卓越した練成の腕と生成魔法、そして魔力操作があっての事だが。

 

 「…………今ので最後か」

 

 まだいるのではないかと警戒するように周囲を見渡し、感知技能をフル活用したハジメだが、もう敵がいないと分かると、ふう、と息を吐くと結界の要に視線を向ける。




 最近どうにも人と人の戦いがうまく書けないんですよね……


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第86話 ユエ、シア無双

 皆さん……いよいよ明後日です。ゴジラ、-1公開が……準備はよろしいですか?

 正直言ってこれまでに公開されている映像を見て、期待しかないのです。

 俺はすでに前売り券を買って準備は万端。朝一で見に行きます。皆さんも映画、楽しんできてください。ではでは。


 ユエとシアが宣戦布告ともとれる言葉を発した瞬間、二人を包囲していた魔人族と魔物が一斉に魔法を放つ。

 大気すら焦がしかねない熱量の炎槍が乱れ飛び、水のレーザーが空間を縦横無尽に切り裂き、殺意の風が刃となって襲い掛かり、氷雪の砲撃が咆哮を上げ、石化の礫が永久牢獄という名の死を撒き散らし、蛇の如き雷の鞭が奇怪な動きで夜天を奔る。そして、駄目押しとばかりに極光が空を切り裂いた。

 魔人族四十人以上、魔物の数は百体以上。四方上下全てが敵。視界は攻撃の嵐で埋め尽くされている。

 対し、二人は逃げ場のない死に囲まれながら焦りは一切ない。ユエは静かに指を上げると軽く振るい、自分たちを覆うように炎の壁を立ち上がる。だが、そんなものでは魔法の嵐を防ぐことなどできない事など明らかだ。何人かの魔人族が「諦めたのか」と嘲る表情を浮かべるが、フリードだけは猛烈に湧き上がった嫌な予感に警戒心を一気に引き上げた時、

 

 「ゼアっ!!」

 

 炎の壁から裂帛の気合の声が上がった瞬間、炎の壁が吹き飛ばされ、それから少し遅れてすさまじい衝撃波が炸裂し、嵐を正面から打ち砕く。

 魔人族たちが驚愕に目を見開いている間に嵐の隙間目掛けてシアが飛び出してくる。そして魔人族たちとの距離を一瞬で詰めるとドリュッケンを繰り出し、魔物ごと魔人族たちを粉砕する。

 そのシア目掛けて極光が放たれるが、シアは宝物庫を光らせ、そこから黒盾を取り出すとそれをかざし、受け止める。

 忌々し気にシアを睨みつけるフリードだが、ふとそこにユエがいない事に気付き、彼女を探すように視線を先ほど魔法が殺到した場所に向ける。

 そこには何もなかった。ユエの死体はおろか、彼女がいたと言う痕跡すら残っていない。

 その事に気付いたフリードがまさか、と思った瞬間、

 

 「蒼龍」

 

 不意に響いた声と同時に虚空から巨大な青白い炎の龍が8匹も出現し、猛烈な飢えを感じさせる勢いで魔人族と魔物に殺到し、食い散らかしていく。

 魔人族と魔物は大いに混乱し、蒼龍から距離を取ろうとするが、逃がさないと言わんばかりに咆哮を上げながら縦横無尽に空をかける。

 竜を回避しながらフリードが声が聞こえてきた方向を見れば、そこにはユエが立っていた。いつの間に、と思うがすぐに答えは判明する。あの炎の壁だ。あれは防御の為ではなく転移の瞬間を隠す事が目的だったのだ。

 蒼龍が消えると同時にシアはドリュッケンのスラスターを起動。爆発的な推力で縦横無尽に空をかけながら次々と魔物と魔人族を葬っていく。

 と、そこへ、白竜と灰竜から一斉に吐かれたブレスが殺到する。直撃すれば身体強化中のシアといえどもただでは済まない破壊の嵐。しかし、シアが慌てることはない。

 

 「絶禍」

 

 シアの眼下にユエの放った黒く渦巻く球体が出現する。超重力を内包する漆黒の球体は、ブラックホールのようにシアに迫っていた極光群を己へと引き寄せ、吞み込んでいった。

 

 「くっ、あの時も使っていたな。……私の知らぬ神代魔法か。総員聞け! 私は金髪の術師を殺る! お前達は全員で兎人族を殺るのだ! 引き離して、連携を取らせるな!」

 「「「「「了解!」」」」」」

 

 どうやら、縦横無尽に飛び回りユエの前衛を務めるシアと、後衛のユエを引き離して各個撃破するつもりらしい。そうはさせじと、シアがユエの近くに退避しようとしたとき、特別大きな黒鷲に乗った魔人族が、巨大な竜巻を騎乗する黒鷲に纏わせて、砲弾の如く突撃してきた。

 シアは迎撃しようとするが、それを妨害するように数人の魔人族が特攻を仕掛けてくる。

 シアはドリュッケンの軌跡を調整して魔人族たちを撃破するが、その間に黒鷲が回避不能な距離にまで突っ込んでくる。シアは即座にドリュッケンを盾にするようにかざす。

 

 「貴様等だけはぁ! 必ず殺すっ!」

 

 そんな雄叫びを上げながら金髪を短く切り揃えた魔人族の男が、壮絶な憎悪を宿した眼でシアを射貫きながら、彼女の構えたドリュッケンに衝突した。

 押されるままにユエから引き離されそうになったシアは、体重を一気に増加させて離脱を試みるが、それを実行する前に、背後で空間転移のゲートが展開されてしまう。チラリと視線を向けてみれば、ユエの方も、フリードが空間魔法を発動する時間を稼ぐために無謀とも言える特攻を受けているところだった。

 

 『ユエさん、すみません!離されます!』

 『分かった。気を付けて』

 

 自分の身を案じる言葉に小さく頷きながらシアはそのままゲートに呑み込まれる。そして転移が完了すると同時に即座に離脱して空中に着地する。

 

 「覚悟しろ。その四肢を引きちぎって、貴様の男達の前に引きずって行ってやろう」

 

 自身に向けられる憎悪にシアは目を細め、ドリュッケンを握りなおしながら口を開く。

 

 「……どこかでお会いしましたか?」

 「赤髪魔人族の女を覚えているだろう?」

 

 それだけで、シアには察しがついた。その女が誰なのかも、目の前の男が誰なのかも。

 

 「……あの人と親しい人ですか」

 「そうだ……カトレアは、お前らが殺した女は……俺の婚約者だ!」

 

 吠える男を前に、シアはそうですか、と小さく頷く。神羅とハジメからあの女には婚約者がいたとは聞いていたが、まさか彼がそうだとは………

 

 「よくも、カトレアを……優しく聡明で、いつも国を思っていたアイツを……」

 

 血走った目で、恨みを吐くミハイルを前に、シアは小さく目を伏せるとすぐに目を開け、小さく息を吐きながらドリュッケンを構える。

 

 「敵討ちがお望みですか………ですが、私もやられるわけにはいきませんので、来るなら叩き潰させてもらいます」

 

 彼の怒りを、シアは否定するつもりはなかった。誰だって、大好きな人が殺されたら、怒り狂うに決まっている。そこに殺される覚悟だの戦士としての矜持だのが割って入る余地はない。理屈ではない。大切だから、怒るのだ。それを偉そうに理屈で切り捨てるようにはなりたくない。自分はだいぶ化け物じみてきているが……そこまで化け物に成り下がりたくない。

 だから、否定しない。否定せずに受け止めて、自分の大切を守るために、叩き潰す。

 

 「生意気な口を!苦痛に狂うまでいたぶってから殺してやる!」

 

 ミハイルが叫ぶとそれが合図となったように大黒鷲が竜巻を纏いながら突っ込んでくる。それに合わせるように風の刃がシアの退路を塞ぐように放たれる。

 シアはドリュッケンを振るって風の刃を蹴散らすと、そのまま体重を軽くして空力で大きく跳躍し、大黒鷲の突進を避ける。

 しかし、避けた先には、ミハイルとシアが話している間に集まってきた魔人族と黒鷲の部隊がおり、彼らはシア目掛けて石の針を一斉に射出した。それはまさに篠突く雨のよう。シアは、ドリュッケンを勢いよく振り回し、衝撃波で針の雨を蹴散らす。

 そして、空いた弾幕の隙間に飛び込んで上空の黒鷲の一体に肉薄した。ギョッとする魔人族を尻目に、ドリュッケンを容赦なく振り抜く。直撃を受けた魔人族は、斬り砕かれ、四散する。

 シアは更に、勢いそのままに柄を伸長させて、離れた場所にいた黒鷲と魔人族も粉砕する。

 

 「くっ、接近戦をするな! 空は我々の領域だ! 遠距離から魔法と石針で波状攻撃しろ!」

 

 次々と砕かれていく仲間に、接近戦は無理だと判断したミハイルは、遠方からの攻撃を指示する。

 再び、四方八方から飛んできた魔法と石の針を空力を利用した連続跳躍で避け続けるシア。

 しかし魔人族たちは中距離以下には決して近づこうとして来ない。近づこうとすればすぐに全力で距離を取る。

 

 「これは……いささか面倒ですね………なら……」

 

 そう呟くとシアはおもむろに宝物庫にドリュッケンを仕舞う。

 その行動に、魔人族たちは訝しげな表情を浮かべる。なぜこの状況で得物をしまうのか、シアの意図が理解できず、警戒したように動きを止める。

 その間にシアはぐっとわずかに腰を落とし、両足でぐっと空力の足場を掴み、

 

 ドパンッ!!と言う音が魔人族の部隊のど真ん中から響き渡る。

 その音に彼らが驚いたように目を向ければ、上半身が消えた仲間とその前で蹴りを繰り出した態勢のシアがいた。

 そこでようやく彼らはシアが一瞬で距離を詰め、攻撃を仕掛けてきたのだと理解し、激しく動揺した。

 確かに今までのシアはすさまじい戦闘力を誇っていたが、それでも辛うじて動きを目で追う事は出来ていた。だが、先ほどの攻撃はまるで動きが見えず、反応もできなかった。

 魔人族たちは慌てて距離を取り、魔法を一斉に放つが、シアは凄まじい速度で空中を縦横無尽に跳び回って回避しつつ、魔人族との距離を瞬時に詰め、拳と蹴りを繰り出す。それだけで魔人族と魔物は内臓を破壊されて絶命し、余波で吹き飛ばされていく。

 元々、シアの身体強化をもってすれば空中を自在に跳び回る事は可能だった。だが、今のシアは重枷を外した状態だ。ハジメ同様、その身体能力は大きく強化されているが、それだけではない。シアは重力魔法を駆使した巧みな体重操作を会得していた。

 体を軽くすればその分早く動ける。だが、重さがなければ自分の膂力を十分に活かし切れない。だからこそ、シアは踏み込む瞬間は体重をそのままに、踏み込んだ直後に体重を軽くする事で、力を余さず活かし、凄まじい機動性を手に入れていた。それは当然ながら打撃にも反映され、インパクトの瞬間に体重を増加させて威力を高めていた。

 

 「おのれぇ!上だ! 範囲外の天頂から攻撃しろ!」

 

 ミハイルが次々と殺られていく部下達の姿に唇を噛み締めながら指示を出し、自身は足止めのために旋回しながら牽制の魔法を連発する。シアは、それらの攻撃を驚異的な軌道ですべて回避する。

 そうして、最後の一撃を避けた直後、頭上より範囲攻撃魔法が壁のごとく降り注いだ。

 だが、シアは焦らずにふう、と息を吐きながら目の前の魔法群を睨みつける。そして右腕に魔力を纏わせると、腰を落とし、右拳を腰に引き付けるように構える。そして勢いよく跳躍すると真正面から魔法群に向かって突っ込み、

 

 「はぁっ!!」

 

 その一点に渾身の拳打を撃ち込む。

 瞬間、空気が張り裂けるような音と共に魔法群の一角が吹き飛ばされ、そこからシアが飛び出してくる。

 範囲魔法を正面からぶち抜くという暴挙に魔人族たちが愕然とする中、シアは再び宙を蹴って魔人族との距離を詰めるとドリュッケンを取り出し、柄を伸ばしながら横薙ぎに振るう。

 白い膜と共に空気を爆ぜさせながら振るわれた戦斧が魔人族と魔物を鎧袖一触と言わんばかりに蹂躙する。

 

 「もらったぞ!」

 

 が、シアがドリュッケンを振り抜いたところで、ミハイルがシアに突撃する。大黒鷲の桁外れな量の石針を風系攻撃魔法〝砲皇〟に乗せて接近しながら放った。局所的な嵐が唸りを上げてシアに急迫する。

 と、シアはそのままドリュッケンを宝物庫にしまうと振り抜いた勢いのまま体を回転させ、嵐目掛けて魔力を纏った足を振るう。

 すると、その軌跡に沿って魔力の斬撃が放たれ、嵐を撃ち落とす。

 だが、ミハイルは蹴りを繰り出した直後の隙を突こうとしているのか大鷲と共にそのまま減速せずに突進し、一気にシアとの距離を詰める。

 今度こそ貰った、とミハイルが風の刃を繰り出すが、それに対し、シアは逆に前に出ると僅かに身を反らす。風の刃はシアの髪を少し切り墜とすが、逆に言えばそれだけ。そしてそこはシアの間合いだ。

 ミハイルが愕然と顔を強張らせる前でシアは大黒鷲目掛けて拳を撃ち込む。

 鈍い音と共に大黒鷲の内部は破壊し尽くされ、衝撃でミハイルは投げ出される。その彼との距離を瞬時に詰めながらシアは足を振り上げる。

 

 「何なんだ、何なんだ貴様は!?」

 「シア・ハウリア……ただの兎人族です」

 

 その言葉と共にシアのかかと落としがミハイルの腹を捉える。

 瞬間、ミハイルは隕石もかくやと言う勢いで墜落し、そのまま地面に叩きつけられ、小規模なクレーターが出来上がる。まず間違いなく即死だろう。

 

 「……せめて、来世での再会をお祈りします」

 

 そう言って祈りを捧ぐようにシアは目を閉じ、すぐさま他の魔人族に目を向ける。

 部隊長をやられた彼らは目に見えて動揺しており、こちらに畏怖の眼差しを向けている。

 シアはドリュッケンを取り出してそれを魔人族に突きつけ、告げる。

 

 「貴方達の上官は倒しました。これ以上続けるのは無意味だと思いますが、まだ続けますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天頂に輝く月が見えなくなるほどの灰竜の群れ。

 優に百体は超えているだろう。そして、その中心には白竜と、背に騎乗するフリード・バグアーの姿。

 

 「悪く思うな。敵戦力の分断は戦いの定石だ」

 「………それを私に言うの?」

 

 フリードの言葉にユエは思わず苦笑を浮かべて彼を見上げる。

 その姿を眺めながらフリードが口を開く。

 

 「惜しいな。……女、術師であるお前では、いくら無詠唱という驚愕すべき技を持っていたとしても、この状況を切り抜けるのは無謀というものだろう。どうだ? 私と共に来ないか? お前ほどの女なら悪いようにはしない」

 「………本当にどうしたの?私、魔人族じゃないけど?」

 「さっきも言ったが、貴様は殺すには惜しい。こんなくだらぬ国に忠誠をつくし、命を捧げるのか?愚かの極みだ。一度、我らの神、アルヴ様の教えを知るといい。ならば、その素晴らしさに、その閉じきった眼も「お生憎様。私はそんな理由では戦わない」……ならばなぜ戦う」

 

 その言葉にユエは小さく、にやりと笑みを浮かべて断じる。

 

 「神そのものが気に食わないだけ。私たちが勝ち取ってきた物を踏みにじるくそ野郎どもがね。だから奴らの企みは全部ぶっ潰してやろうってだけ」

 

 自らが信ずる神を侮辱され、フリードが能面のような表情を浮かべると、今度はユエが問いを投げかける。

 

 「そもそも私に勝つつもりらしいけど、こう見えても私、あの炎の鳥と多少はやり合ってる。この程度でどうとでもなると?」

 「確かにそうかもしれない。だが、私をあの時と同じと思わない事だ。何よりもこれは我らが神、アルヴ様のお望み。我らには神の加護がついているのだ」

 「神……ね。その神様はあの炎の鳥に勝てるぐらい強いの?」

 「無論、そうだ」

 

 その瞬間、ユエは目を細める。断言と呼ぶにはあまりにも僅かな間。それがフリードにはあった。それに、グリューエン火山で見た時にあったあの狂気的な目の光が少し弱まっている。

 そもそも、あの時のフリードはゴジラと怪獣の戦いを多少とはいえ見ていたはずだ。ならば多少なりとも怪獣の強大さを理解したはず。にも拘らずここで神がついているから勝てると断言するのはいささか不自然だ。

 何よりも……騎乗している白竜が心配そうに顔を歪めている。

 その様子から見て、恐らく、何かされたのだろう。彼は、神に。

 その境遇を哀れには思う。だが、ユエには手加減と言う選択肢はない。

 

 「だったら見せて見て。神のご加護って奴を」

 

 そう言った瞬間、ユエを中心に極寒の吹雪の竜巻が発生し、周囲の温度を一気に絶対零度にまで下げ、灰竜たちを多数氷漬けにする。

 

 「いいだろう。掃討せよ!」

 

 一気に二十体近くの灰竜を落とされたフリードは、ギリッと歯を食いしばりながら一斉攻撃の命令を下すと、頭上を旋回していた灰竜達が一斉に散開し、あらゆる方向から極光の乱れ撃ちを放つ。

 流星雨のように迫る極光の嵐はユエを射殺さんと、吹き荒れるブリザードを剣山の如く貫いた。

 無数の極光による衝撃で、氷雪の竜巻は宙に溶けるように霧散していく。散らされた氷雪が螺旋を描き、その中央から前後左右に黒く渦巻く星を従えた無傷のユエが現れる。

 間髪入れず再び極光がユエ目掛けて殺到するが、ユエの周囲の黒星が極光を次々と飲み込んでいく。

 

 「ブレスが効かぬなら、直接叩くまで! 行け!」

 

 フリードの新たな命令に、灰竜達はタイムラグなど一切なく忠実に従う。咆哮を上げながら、その鋭い爪牙でユエを引き裂かんと襲いかかる。

 が、ユエは静かにそれを見つめると、軽く指を鳴らす。

 その瞬間、ユエの周囲を回っていた渦天が爆ぜ、周囲に呑み込んだ極光を無差別に解き放つ。

 接近していたのが仇になり、灰竜たちは次々と極光をまともに喰らい、20匹以上が撃墜される。

 

 「何という……だがまだだ!」

 

 フリードは肩の小鳥が他の魔物に指示を出す。

 すると、王都の結界を破ろうとしていた魔物の群れの一部が地上からユエの方へと押し寄せて来た。どうやら、地上からも攻撃をするつもりらしい。

 ユエは、灰竜達の極光を重力球の守護衛星で防ぎながら、蒼龍を地上の魔物たち目掛けて放つ。

 だが、蒼龍は5メートルほどの大きさの六足の亀形の魔物、アブソドの強化体によって、正面から逆に喰われていく。

 それでも蒼龍はアブソドの巨体を浮かせていき、その身を焼いていくが、もう一匹のアブソドが現れた事によって完全に呑み込まれてしまった。

 

 「……なるほど。確かに前とは違うみたい」

 

 呑み込んだ魔力による砲撃と極光の嵐を避けながらユエは独り言ちる。

 

 「ふっ、貴様がその奇怪な炎系魔法を使うことは承知している。アブソドがいる限り、お前の魔法は封じたも同然だ」

 

 ニヤリと口元を歪めながら嗤うフリード。しかし、ユエは特に焦ることもなく、ジッとアブソドを観察すると、

 

 「ならこれ」

 

 そう呟くと、ユエは新たな魔法を繰り出す。

 虚空に出現したのは数メートルほどの大きさの逆巻く風に覆われた炎の塊。荒々しく、渦を巻く風に対し、内部の炎は膨大な魔力を帯びながら酷く弱々しい。そのある種不気味な炎塊ははそのままゆっくりと地上の魔物たちの元へと降りていく。

 

 「何をしようと同じことだ!」

 

 それがどのような魔法であれ、無力化してしまえば関係ないとアブソドが炎塊を飲み込もうと口を開けると同時に、ユエは大きく息を吸い込むと両手で口と鼻を覆う。

 

 瞬間、地上に業火が咲き乱れる。

 

 数メートルほどの炎塊が突如として大きさ数十メートルにも及ぶ巨大な炎へと変貌、爆発的に燃え上がり、視界を朱く染め上げる。

 

 「なん……!?」

 

 フリードが驚愕に目を見開いた瞬間、彼の意識は一瞬で闇へと引きずり込まれるように暗くなっていく。

 そのまま永劫の暗闇に沈むと思われた瞬間、ばさりという音と共に風が逆巻く。

 瞬間、フリードの意識は強制的に今に引き戻され、それと同時に彼は激しく呼吸を行う。あまりにも不規則な呼吸にフリードは激しくせき込んでしまうがそれでも空気を求めるように激しく喘ぎ、ウラノスの背で膝をついてしまう。そこでフリードはウラノスもまた激しく呼吸を行うように激しくえづいており、巨体が激しく揺れている事に気付き、振り落とされまいと手綱を握りしめる。そして、フリードとウラノスが息を整えている間に炎は一瞬で消え去る。

 何があったとのかとフリードが地上を見ると、そこには異様な光景が広がっていた。

 あれだけの炎が上がったにもかかわらず、地上は焼け焦げておらず、地上の魔物たちも見た限りでは無傷で、炎による被害は全く見当たらない。だが、魔物の多くが白目を剝きながら倒れ伏し、ピクリとも動いていない。倒れた魔物全てが外傷もなく絶命しているのだ。

 

 「こ、これは一体………!」

 「逃げ延びたか……本当にいい竜だね」

 

 その言葉に顔を向ければユエが静かにこちらを見つめていた。

 

 「何を……何をしたと言うのだ……!?」

 

 戦慄の表情を浮かべながらフリードは問いただすが、ユエは軽く肩をすくめるだけだ。

 ユエオリジナル炎、風複合魔法、業炎。

 先ほどの暴風の膜に覆われた炎塊だが、膜の内側は風魔法によって一種の真空状態となっていた。そして内部の炎塊はユエの調整によって現実の炎に限りなく近い性質を帯びている。つまり、魔力の他に酸素を燃料に燃焼するのだ。だが、真空状態では炎も燃え上がることができず、日は燻る様に弱々しくなってしまう。では、そこに風魔法で大量の酸素を流し込めばどうなるか。炎塊は先ほどのように魔力と酸素を貪欲に喰らい付くし、炎を一気に燃え上がるだろう。

 だが、この魔法は炎や風で攻撃する物ではない。

 爆発的に燃え上がった炎は風魔法の恩恵も受けて周辺一帯の空気を文字通り一気に喰らい尽くして燃え上がり、それでも貪欲に燃えようと空気を己に引き寄せ、焼き尽くす。それによって、一定の範囲内の空気を一気に奪い尽くし、そしてその範囲内の生物の肺の中の空気すら奪い尽くし、瞬間的な無空状態を作り出す。

 魔物がどれほど強靭な生物であろうと特定の種族でない限り呼吸をしている。それが無くなれば待っている末路はただ一つ。窒息死だ。

 空気を全て奪われた結果、魔物たちは何が起こったか理解する間もなく絶命した。フリードもそうなる運命だったが、ウラノスがとっさに距離を取ろうと翼を羽ばたかせたおかげで、発動した風魔法で空気の流れが発生し、両者は助かったのだ。

 ユエに向かわせた地上の魔物は先ほどの一撃で半分近く削られており、しかも本能的に先ほどの一撃を恐れているのかユエに近づこうとしない。

 その隙を、ユエは逃しはしない。事前に練り上げていた渾身の魔法を繰り出す。

 

 「蒼王竜」

 

 直後、夜空が蒼く染め上げられる。そう錯覚するほどに巨大な蒼い炎の塊が出現し、それはゆっくりと姿を変じていくと、全長数百メートルにも及びぶ巨大な炎の龍となる。

 大気を震わせるような咆哮を上げる巨大な炎の龍に、灰竜達は、本能が己の上位者であるとでも悟ったのか、怯えたように小さく情けない鳴き声を上げた。その瞳には、既にユエに対する殺意の色はほとんどなく、代わりに戸惑いと畏怖が宿り、主たるフリードに助けを求めるような視線を寄せていた。だが、そのフリードもまた、非常識極まりない魔法の行使にウラノスの上でポカンと口を開けて呆然としており、その隙を逃さず、ユエは結界を破ろうとしていた魔物たち目掛けて龍を差し向ける。

 巨大な炎の龍が顎を開ければ地上の魔物たちはなす術もなく浮かび上がり、呑み込まれていく。生き残ったアブソドが何とか呑み込もうとするが、背後から叩きつけられる炎尾で焼き尽くされていく。

 蒼王龍の巨躯が躍るたびに地上の魔物は焼き尽くされ、食われていき、見る見るうちに王都周辺の魔物は削り取られていく。

 ここにきて、フリードは、ようやく悟る。自分がとんでもない化け物を相手にしてしまったことを。戦う前に言った、自分の下に付けてやろうなどという傲慢な言葉を今更ながらに恥じた。

 故に、フリードは己の全力をユエにぶつけると決め、詠唱を行う。

 

 「揺れる揺れる世界の理 巨人の鉄槌 竜王の咆哮 万軍の足踏 いずれも世界を満たさ!?」

 

 だが、詠唱が完了する前に蒼王龍の巨躯がフリード目掛けて襲い掛かる。ウラノスがとっさに身を捻って避けるが、それによって詠唱が中断されてしまい、フリードはギリっ、と奥歯を噛み締める。

 いつぞやの再現みたいだ、と思いながらユエは疲れたように息を吐きながら蒼王龍を解除する。すでに地上、空中ともに壊滅状態と言っていい被害が出ている。

 

 「もう勝敗は決したと思うけど……まだ続けるつもり?」

 「無論だ………!」

 「そう…………それじゃあ、続き……といこうと思ったけど、時間切れみたいだね」

 

 フリードを見つめていたユエが不意にそう呟き、どう言う意味だと彼が訝しげな表情を浮かべた瞬間、王都が光り輝く結界に覆われていく。大結界が完全に修復されたのだ。

 その光景をフリードは愕然とした表情で眺める。元々、大結界は内から手を加えられたことでフリード達の手で破ることができたのだ。だが、直されてしまった以上、もうフリード達には結界を正面から破る方法はない。それどころか手持ちの戦力もかなり減少してしまっている。それはつまり………

 

 「…………指揮官なら分かるでしょ?この戦い、貴方達の負け」



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第87話 裏切り

 


 時間は少し戻り、ちょうど、リリアーナ達が王宮内に到着した頃。ガラスが砕かれるような不快な騒音にが響き渡る。

 

 「ッ!? 一体なにっ!?」

 

 その音に自室で就寝中だった八重樫雫は、シーツを跳ね除けて枕元の黒刀を手に取ると一瞬で臨戦態勢を取った。明らかに、普段から気を休めず警戒し続けている者の動きだ。

 

 「……」

 

 しばらくの間、抜刀態勢で険しい表情をしながら息を潜めていた雫だったが、室内に異常がないと分かると僅かに安堵の吐息を漏らした。

 雫が、ここまで警戒心を強めているのは、ここ数日、顔を合わせることの出来ないリリアーナと愛子、そしてメルドの事が引っかかっているからだ。彼女も優花達親衛隊と同じように愛子がいなくなったことを訝しんでいたのだ。

 雫は音もなくベッドから降りると素早く身支度を整え、部屋から出て、向かいの光輝達の部屋をノックする。

 扉はすぐに開き、光輝が姿を見せた。部屋の奥には龍太郎もいて既に起きているようだ。どうやら、先程の大音響で雫と同じく目が覚めたらしい。

 

 「光輝、あなた、もうちょっと警戒しなさいよ。いきなり扉開けるとか……誰何するくらい手間じゃないでしょ?」

 

 何の警戒心もなく普通に扉を開けた光輝に眉を潜めて注意する雫。それに対して光輝は、キョトンとした表情だ。破砕音は聞こえていたが、王宮内の、それも直ぐ外の廊下に危機があるかもしれないとは考えつかなかったらしい。まだ、完全に覚醒していないというのもありそうだ。

 ここ数日、雫が王宮内の違和感や愛子達のことで、「何かがおかしい、警戒するべきだ」と忠告をし続けているのだが、光輝も龍太郎も考えすぎだろうと余り真剣に受け取っていなかった。

 

 「そんな事より、雫。さっきのは何だ? 何か割れたような音だったけど……」

 「……わからないわ。とにかく、皆を起こして情報を貰いに行きましょう。何だか、嫌な予感がする「八重樫さん!」園部さん?」

 

 雫がそう言った直後、はり上げられた声に顔を向ければ、優花がこちらに向かって走ってきていた。その首には、最近身に着けるようになったバンダナが巻き付けてある。

 

 「さっきの音って……!」

 「私達にも分からない。それで、城の人たちに話を聞きに行こうと思って……」

 「そう………今、妙子たちがほかのみんなを起こして回ってるわ。すぐにみんな集まると思う」

 

 その言葉通り他の生徒たちは淳史、昇、明人、妙子、奈々に先導される形で他の生徒たちも集まってきた。その中には謹慎中の檜山と引きこもっていた清水もおり、檜山は無言でついてくるが、清水は挙動不審な様子で卑屈そうな目で周囲を睨みつけている。

 と、そこに雫の侍女であるニアが駆け込んでくる。

 

 「雫様……」

 「ニア!」

 

 こちらに駆け寄ってくるニアの表情はどことなく覇気がない。その事に雫は疑問を覚えるが、ニアが口にした情報で、その違和感は吹き飛んでしまっていた。

 

 「大結界が一つ破られました」

 「……なんですって?」

 

 思わず聞き返した雫に、ニアは淡々と事実を告げる。

 

 「魔人族の侵攻です。大軍が王都近郊に展開されており、彼等の攻撃により大結界が破られました」

 「……そんな、一体どうやって……」

 

 衝撃的な内容に流石の雫も呆然としてしまう。他のクラスメイト達もざわざわと喧騒が広がっていく。だが、優花はじっと何かを訝しむようにニアを見つめる。無意識のうちに手は首に巻いてあるバンダナの裾を握りしめていた。

 

 「な、なんだよ……な、何が……何が起こってんだよ………」

 

 そんな中状況が把握できないように狼狽えているのは清水だ。彼は言語理解を失っている為、ニアの言葉が分からないのだ。

 

 「魔人族が王都に攻めてきたんだと。結界も一枚破られてるって」

 

 彼を部屋から引っ張り出した明人が教えてやると、清水はびくりと肩を震わせ、そのままぶつぶつと何かを呟き始める。

 

 「ほらな……やっぱりだ……あんな奴じゃ無理だったんだ……俺だったらもっとうまくできたんだ……勇者の力さえあれば……」

 

 その呟きに明人は小さく嘆息しながら頭を振る。あれ以来、清水はずっとこの調子だ。最近こそ話ができるようになったが、事あるごとに自分ならもっとうまくやれた。力があれば、と繰り返している。

 どうしたもんか、と明人が頭を掻いていると、

 

 「……大結界は第一障壁だけかい?」

 

 険しい表情をした光輝がニアに尋ねる。

 

 「はい。今のところは……ですが、第一障壁は一撃で破られました。全て突破されるのも時間の問題かと……」

 

 ニアの回答に、光輝は頷くと自分達の方から討って出ようと提案した。

 

 「俺達で少しでも時間を稼ぐんだ。その間に王都の人達を避難させて、兵団や騎士団が態勢を整えてくれれば……」

 

 光輝の言葉に決然とした表情を見せたのはほんの僅か。雫や龍太郎、鈴、永山のパーティーなど前線組だけ。他のクラスメイトは目を逸らすだけで暗い表情をしている。彼等は、前線に立つ意欲を失った者達だ。大群相手に挑むことなどできはしない。

 ならば俺達だけでもと、より一層心を滾らせる光輝に、優花が慌てて待ったをかけようとした瞬間、代わりに恵里が待ったをかける。

 

 「待って、光輝くん。勝手に戦うより、早く騎士団の人たちと合流するべきだと思う」

 「恵里……だけど」

 「ニアさん、大軍って……どれくらいかわかりますか?」

 「……ざっとですが十万ほどかと」

 

 その数に、生徒達は息を呑む。

 

 「光輝くん。とても私達だけじゃ抑えきれないよ。……数には数で対抗しないと。私達は普通の人より強いから、一番必要な時に必要な場所にいるべきだと思う。それには、騎士団の人たちときちんと連携をとって動くべきじゃないかな……」

 

 大人しい恵里らしく控えめな言い方ではあるが、瞳に宿る光の強さは光輝達にも決して引けを取らない。そして、その意見ももっともなものだった。

 

 「うん、鈴もエリリンに賛成かな。さっすが鈴のエリリンだよ! 眼鏡は伊達じゃないね!」

 「眼鏡は関係ないよぉ……鈴ぅ」

 「ふふ、私も恵里に賛成するわ。少し、冷静さを欠いていたみたい。光輝は?」

 

 女子三人の意見に、光輝は逡巡する。しかし、普段は大人しく一歩引いて物事を見ている恵里の判断を、光輝は結構信頼している事もあり、結局、恵里の言う通りメルド達騎士団や兵団と合流することにした。

 

 「ちょ、ちょっと待って!その前にみんなに伝えたいことが……」

 

 優花が慌てた様子で声を上げるが、光輝達は、そのまま出動時における兵や騎士達の集合場所に向けて走り出してしまう。遠ざかっていく背中を見ながら優花は失敗した、と言うように唇を噛む。だが、すぐに頭を振ると、視線を親衛隊の面子に向ける。

 優花の視線に気づいた彼らは一様に青い顔をしながらも小さく頷く。

 それを見た優花も小さく息を吐きながら頷くと、ちらりと窓の外を見やり、再び小さく頷き、バンダナの下に手を差し込みながら光輝達の後を追いかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 謹慎中だった檜山も連れだした光輝達が、屋外の集合場所に訪れたとき、既にそこには多くの兵士と騎士が整然と並び、前の壇上にはハイリヒ王国騎士団副団長のホセ・ランカイドが声高に状況説明を行っているところだった。月光を浴びながら、兵士達は、みな青ざめた表情で呆然と立ち尽くし、覇気のない様子でホセを見つめていた。

 と、広場に入ってきた光輝達に気がついたホセが言葉を止めて光輝達を手招きする。

 

 「……よく来てくれた。状況は理解しているか?」

 「はい、ニアから聞きました……メルドさんは?」

 「団長は、少し、やる事がある………さぁ、我らの中心へ。勇者が我らのリーダーなのだから……」

 

 ホセは、そう言って光輝達を整列する兵士達の中央へ案内した。居残り組のクラスメイトが、「えっ? 俺達も?」といった風に戸惑った様子を見せたが、無言の兵達がひしめく場所で何か言い出せるはずもなく流されるままに光輝達について行った。

 無言を通し、表情もほとんど変わらない周囲の兵士、騎士達の様子に、雫の中の違和感が膨れ上がっていく。それは、起きた時からずっと感じている嫌な予感と相まって、雫の心を騒がせた。無意識の内に、黒刀を握る手に力が入る。

 それは優花たちも同様だった。彼らは緊張した面持ちで顔を見合わせ、小さく頷き合う。そして、彼らは誘導されながらもゆっくりばらけていく。

 そして、光輝達がちょうど周囲の全てを兵士と騎士に囲まれたとき、ホセが演説を再開した。

 

 「みな、状況は切迫している。しかし、恐れることは何もない。我々に敵はない。我々に敗北はない。死が我々を襲うことなど有りはしないのだ。さぁ、みな、我らが勇者を歓迎しよう。今日、この日のために我々は存在するのだ。さぁ、剣をとれ」

 

 「始まりの狼煙だ。注視せよ」

 

 ホセが 懐から取り出した何かを頭上に掲げた。彼の言葉に従い、兵士達だけでなく光輝達も思わず注目する。

 そして、それがまばゆい光をまき散らす。

 無防備に注目していた光輝達はまともに見てしてしまったことで視界が光に塗りつぶされてしまう。

 そして、次の瞬間……

 ドンドンドン!と無数の炸裂音が鳴り響き、勢いよく何かが放たれる音と共に水飛沫が飛び散り、生徒たちを濡らす。

 視界が潰されたうえに突如として響き渡った謎の炸裂音と水飛沫に生徒たちは混乱したように声を上げる。

 

 「な、なによこれ………」

 

 ようやく視力が回復し、生徒たちが周囲を見渡せば、異様な光景が広がっていた。

 生徒たちと最前列で向かい合っていた騎士や兵士たちが、全身ずぶ濡れの状態で大きな網にからめとられ、もしくは白いトリモチのような物体に引っかかって倒れ、もがいていたのだ。

 目の前の光景に生徒たちが動揺していると、不意に声が響く。

 

 「雫様! 助けて……」

 「ニア!」

 

 そこには、騎士に押し倒され馬乗りの状態から、今まさに剣を突き立てられようとしているニアの姿があった。

 雫がとっさに助けようとした瞬間、ピィ!!と頭上から鋭い声と共に何かが勢いよく降下してきて、そのまま騎士に襲い掛かる。

 それは一匹の鳥だ。鳥はそのまま騎士に向かって爪を振るい、騎士は振りほどこうと剣を振り回す。鳥が剣を回避しようと離れると、今度は一転、倒れているニアに襲い掛かる。すると、ニアは不自然な勢いで起き上がると懐から懐剣を取り出して鳥を切り裂こうとする。鳥はすぐに硬度を上げてその剣を回避する。

 

 「ニア!大丈夫「八重樫さんダメ!」え?」

 

 雫が駆け寄ろうとした瞬間、優花が彼女の手を掴んで引き留め、代わりにニアの頭上に何かを投げつける。それは地球で言うネットガンを一回り大きくしたような長い柄がついた手榴弾だ。

 それが炸裂すると中から巨大な網が飛び出してきて、そのままニアを飲み込んでしまう。

 

 「園部さん、何を!?」

 「ごめん、八重樫さん!でも、ダメなの!多分だけど、彼女は………!」

 

 優花が悔し気に唇を噛んだ瞬間、無事だった騎士や兵士たちが倒れた者達を踏みつけながら生徒たちに襲い掛かってくる。

 その光景に生徒たちが動揺した瞬間、淳史、昇、明人は雄たけびを上げながらいつの間にか手に持っていた物を構える。

 それは何とも不格好な銃だった。ショットガンの様なフォルムをしているが、銃口がかなり大きく、二つのグリップを持ち、銃床に当たる部分は丸く膨らんでいる。

 次の瞬間、三つの銃口から勢いよく水が放たれる。地球の消火栓からの放水に匹敵する勢いで放たれた水は、襲い掛かってきた騎士や兵士たちをなぎ倒す。

 そして倒れた騎士と兵士たちの頭上に何かが幾つも投げつけられる。一つは先ほどの長柄手榴弾。一つは小ぶりな手榴弾。一つはもう一つはバスケットボールサイズの球体。

 それらが炸裂した瞬間、まず、小振りな手榴弾がまき散らした衝撃で騎士や兵士たちは転倒、そこに長柄手榴弾から飛び出した巨大な網が覆いかぶさり、球体からはトリモチのような物が飛び散ると、兵士や騎士達はそれによって地面や網、果ては互いにくっついてしまい、身動きが取れなくなる。

 瞬く間に第2陣の大半が無力化され、そこで兵士と騎士達は突撃をやめ、警戒するように生徒たちを取り囲む。

 これは、と生徒たちが呆然としていると、、直後に生徒たちの中から短い悲鳴が上がる。

 驚いたように彼らが悲鳴の方向に目を向ければ、先ほど空に逃げた鳥が今度は恵理に襲い掛かっていた。

 

 「なっ!?恵理から離れろ!」

 

 それを見た光輝が聖剣を手に鳥を追い払おうとする。

 が、鳥はすぐさま恵理から離れるとそのまま飛び去っていくが、その直前、ピィピィ!と鳴く。

 それを聞いた優花は突然ハッとすると、

 

 「みんな、私のところに集まって!妙子、奈々、放水銃を!」

 

 そう叫ぶと当時に彼女の目の前に先ほどの長柄の手榴弾が現れ、優花はそれを手に取る。

 混乱していた生徒たちは思わずその言葉通りに優花の元に集まり、それと同時に親衛隊の面々が慌てて前に出る。そして、妙子、奈々の二人は虚空から現れた男子たちが持っているのと同じデザインの銃を手にする。

 

 「恵理、大丈夫か!?さあ、早くこっちに……」

 

 顔を抑えている恵理を光輝が案内しようとした瞬間、

 

 「………くそ、くそくそくそくそ、くそがぁっ!」

 

 荒々しく恵理が吠えた瞬間、光輝の脇腹に鈍い衝撃が襲い掛かる。

 なんだ、と光輝が視線を向ければ、脇腹に恵理が手にしたナイフが刺さっていた。

 なっ、と光輝がよろめくと、恵理は傷がついた顔に歪んだ笑みを浮かべながら懐から首輪のような物を取り出し、光輝にさらに迫るが、そこに猛烈な勢いの水流が襲い掛かり、恵理が派手に吹き飛ばされる。直後、水流が荒れ狂い、光輝も巻き込んでしまうが、結果的に二人を引き離す事が出来た。

 すかさず雫が光輝に駆け寄り、そのまま生徒たちの元へと引き摺って行く。あまりにも事態が把握できず、生徒たちは完全に混乱している。

 その中で妙子は尻もちを搗きながら大きく目を見開き、荒く息を吐いている。過呼吸のように呼吸は早くなり、銃口から水を滴らせる銃を握る指は力を込め過ぎて真っ白になっており、銃がカタカタと震えている。

 

 「おい、菅原、落ち着け!大丈夫だ!中村は無事だ!これは放水銃だから人は死なない!南雲の説明にもそうあっただろ!?」

 

 その彼女に淳史が肩を掴みながらそう言うと、同時に、

 

 「何なんだよ……本当に何なんだよお前等はさぁ………!」

 

 普段の大人しい姿からは想像もできない低く、怒りと憎悪に塗れた声を上げながらずぶ濡れの恵理が立ち上がる。それを見て、安堵したように妙子の呼吸は落ち着いていき、少しずつ体の震えが収まっていく。

 

 「折角うまくいくはずだったのに邪魔しやがって!ゴミ共がさぁ!何なのさそのアーティファクト!」

 「……一体どう言う事よ……中村さん……まさかとは思うけど……これって全部……」

 「うるさい!何なんだよ!何なんだよその鳥は!?僕の、僕の顔に傷をつけやがって!おかげで全部台無しだ!!」

 

 優花が鋭い視線を投げかけながら問いかけるも、恵理は聞く耳を持たないと言うように喚き散らしている。

 

 「………そう………そう言う事なのね…………貴方が王宮の異変の犯人だったって事なのね」

 

 優花が静かに問いかけると、荒く息を切らしていた恵理は忌々し気に優花を睨みつける。だが、次の瞬間、はぁああああああ、と深い深いため息を吐き、

 

 「こうなったらしょうがないか。ああ、そうだよ。これは全部僕がやった事さ。ここにいる騎士達も、大結界もね」

 「な、なんで………そんな事を………」

 

 雫が問いかけると、恵理はため息交じりに首を振ると雫の傍にいる光輝を見やる。その目には粘つくような執着心が宿っていた。

 

 「僕はね、ずっと光輝くんが欲しかったんだ。だから、そのために必要な事をした。それだけの事だよ」

 「……光輝が好きなら…告白でもすれば…こんな事…」

 

 雫の反論に、恵里は一瞬、無表情になるが、すぐに蔑むような笑みを浮かべると再び語りだした。

 

 「そんなのダメだよ。ダメもダメ。意味がない。光輝くんは優しいから特別を作れないんだ。周りに何の価値もないゴミしかいなくても、優しすぎて放っておけないんだ。だから、僕だけの光輝くんにするためには、僕が頑張ってゴミ掃除をしないといけないんだよ」

 

 あまりの豹変ぶりにに生徒たちは戸惑いを隠せず、狼狽える。その中で親衛隊たちは必死に手にした放水銃を構え続ける。

 優花はじっと恵理を見つめながら口を開く。

 

 「まさか……このタイミングで魔人族が来たのは……」

 「勿論僕だよ。君達を殺しちゃったら、もう王国にいられないし……だから、魔人族とコンタクトをとって、王都への手引きと異世界人の殺害、お人形にした騎士団の献上を材料に魔人領に入れてもらって、僕と光輝くんだけ放っておいてもらうことにしたんだよ」

 「馬鹿な…魔人族と連絡なんて…」

 

 光輝が信じられないと言った様子で呟く。ずっと王宮にいた恵理が魔人族とコンタクトを取る事なんて不可能だったはずだ。

 

 「オルクス大迷宮で襲ってきた魔人族の女の人。帰り際に降霊術でね? 予想通り、魔人族が回収に来て、そこで使わせてもらったんだ。あの事件は、流石に肝が冷えたね。何とか殺されないように迎合しようとしたら却下されちゃうし……思わず、降霊術も使っちゃったし……怪しまれたくないから降霊術は使えないっていう印象を持たせておきたかったんだけどねぇ……まぁ、結果オーライって感じだったけど……」

 「降霊術は使えないって話だったけど、隠してたのね……っ、それじゃあ、ここにいる騎士の人たちはみんな………!」

 「そうだよ。みんな降霊術で操ってる。みんなとっくに死んでるよ。でもさ、隠し事してたのはそっちも同じでしょ?何さ、その装備。そんなの宝物殿になかったよね?」

 

 恵理が忌々し気に優花達を睨みつけながら吐き捨てるように問うと、親衛隊たちはびくりと肩を震わせるが、それでも銃口を向け続ける。

 優花は小さく息を吐きながら口を開く。

 

 「ええ、そうよ。これはウルの町で会った南雲たちがもしもの為にって作ってくれたアーティファクトよ。あの鳥もアーティファクトの力で使役しているのよ」

 

 そう言って優花はバンダナの下から宝石がついたネックレスを取り出す。

 それはハジメが作り上げた宝物庫だ。内容量はそれほどでもないが、魔力操作を持たない優花たちでも使えるように調整がされており、親衛隊全員に配られている。そして、その中には先ほどの装備が満載されている。

 一つは捕獲用のネットを広げる捕獲手榴弾。ネットは鉱物を使って作られた強靭なワイヤーを使っている為、ちょっとやそっとの力では破る事はできない。

 一つはハジメ達が見つけたトリモチのような物をぶちまけるトリモチ手榴弾。かなりの粘着力を持っており、捕らわれれば簡単には抜け出せない。

 一つは炸裂すると衝撃をまき散らす衝撃手榴弾。

 そしてもう一つが親衛隊たちが持っている放水銃だ。これは銃床の部分に水を満載した宝物庫が取り付けられており、銃身には水を勢いよく放つ魔法が刻み込まれている。これによって宝物庫の水を地球の消火詮の放水匹敵する勢いで放つことができるのだ。

 その全てが人を傷つけずに無力化できるように作られている。優花たちが、気兼ねなく使えるように。

 

 「な、なんだよそれ……どうしてそんなのを南雲たちが………」

 

 生徒の一人が困惑したように呟く。自分たちが彼らにした仕打ちを考えればそんな事をしてもらえる義理はないはずだ。

 

 「………彼らも犠牲は出したくないって事でしょ。それよりもどうして降霊術でそんな事ができるの。確か降霊術じゃ受け答えはできないはずじゃ……」

 

 優花の問いかけに、恵理は顔には先ほどまではなかったニヤニヤとした笑みが浮かべながら口を開く。恐らく、落ち着きを取り戻したことで自分が圧倒的な優位に立っている事を思い出したのだろう………

 それは間違ってはいない。とりあえず動けない人はいないが、クラスメイトのほとんどは狼狽えており、動けるのは自分を含めて6人だけ。対し相手はこの場にいる数百人の兵士と騎士。あまりにも圧倒的過ぎる。だが、それならば、むしろ好都合(・・・)だ。

 

 「そこは僕の実力って奴かな?降霊術に、生前の記憶と思考パターンを付加してある程度だけど受け答えが出来るようにしたんだよ。僕流オリジナル降霊術、縛魂ってところかな? ああ、それでも違和感はありありだよね~。一日でやりきれる事じゃなかったし、そこは僕もどうしたものかと悩んでいたんだけどぉ……ある日、協力を申し出てくれた人がいてね。銀髪と金髪の綺麗な人。計画がバレているのは驚いたし、一瞬、色々覚悟も決めたんだけど……その時点で告発してないのは確かだったし、信用はできないけど取り敢えず利用はできるかなぁ~って」

 

 銀髪、と聞いて優花たちは一斉に顔をしかめる。それはハジメ達から聞いていた要注意人物の特徴だからだ。

 

 「実際、国王まで側近の異変をスルーしてくれたんだから凄いよね? 代わりに危ない薬でもキメてる人みたいになってたけど。まぁ、そのおかげで一気に計画を早める事ができたんだ。ああ、みんなこれから死ぬけど安心してよ。死体はちゃんと魔人族の人たちに再利用してもらえるようにしてあげるから」

 

 にやにやとした笑みと共に放たれた言葉に生徒たちは顔を青くする。

 

 「止めるんだ、恵里! そんな事をすれば……俺は……」

 

 辻の治癒魔法で傷が癒えた光輝がそう言いながら立ち上がるも、恵理は笑みを崩さない。

 

 「僕を許さない? アハハ、そう言うと思ったよ。光輝くんは優しいからね。それに、ゴミは掃除してもいくらでも出てくるし……だから、光輝くんもちゃんと縛魂して、僕だけの光輝くんにしてあげるからね? 他の誰も見ない、僕だけを見つめて、僕の望んだ通りの言葉をくれる! 僕だけの光輝くん! あぁ、あぁ! 想像するだけでイってしまいそうだよ!」

 「嘘だ……嘘だよ! …エリリンが、恵里が……こんなことするわけない! ……きっと…何か…そう…操られているだけなんだよ!…目を覚まして恵里!」

 

 恵里の親友である鈴が信じられないと言うように声を張り上げた。

 

 「ねぇ、鈴? ありがとね? 日本でもこっちでも、光輝くんの傍にいるのに君はとっても便利だったよ?」

 「……え?」

 「参るよね? 光輝くんの傍にいるのは雫と香織って空気が蔓延しちゃってさ。不用意に近づくと、他の女共に目付けられちゃうし……向こうじゃ何の力もなかったから、嵌めたり自滅させたりするのは時間かかるんだよ。その点、鈴の存在はありがたかったよ。馬鹿丸出しで何しても微笑ましく思ってもらえるもんね? 光輝くん達の輪に入っても誰も咎めないもの。だから、〝谷村鈴の親友〟っていうポジションは、ホントに便利だったよ。おかげで、向こうでも自然と光輝くんの傍に居られたし、異世界に来ても同じパーティーにも入れたし……うん、ほ~んと鈴って便利だった! だから、ありがと!」

 「……あ、う、あ……」

 

 衝撃的な恵里の告白に、鈴の中で何かがガラガラと崩れる音が響いた。彼女の瞳から光が消えようとした瞬間、

 

 「……哀れね」

 「…………は?」

 

 ぽつりと呟かれた言葉に恵理の笑みが固まり、視線をそちらに向ける。そこには、優花は哀れむような眼差しを向けていた。

 

 「哀れ?ああ、鈴が?本当滑稽だよね。騙されているとも知らずにさぁ」

 「違うわよ………哀れなのは貴女よ。中村さん………」

 

 恵理の額に青筋が浮かび、瞳に激情が浮かぶが、不思議と優花はそれを静かに受け止める。

 

 「僕のどこが哀れだって?ちょっと予定は狂ったけど、全部僕の望むように動いてる。幾ら君たちが妙な装備を持っていても、この人数を全員倒せるわけないでしょ?君たち全員を殺せば光輝君は僕だけの物になる。ようやく僕は幸せになるんだ。そのどこが哀れだって?」

 「………さぁ、分からないわ。自分でもね」

 

 優花は苦笑を浮かべながら首を横に振る。だが、どうしてか、そう思ったのだ。好きな人と結ばれる、幸せになると言っているのに、幸せそうな表情を浮かべず、恍惚とした顔しか浮かべない彼女を見ていたら。

 恵理の顔から表情が消え、能面のような無機質な瞳で優花を睨みつける。

 

 「……兵士に使おうと思ったけど、気が変わった。優花は殺さないで上げるよ。代わりに、手足をもいで、魔人族に生きたまま差し出すよ。身動きの取れない女の子に、あいつらはどんな仕打ちをするのかなぁ?」

 

 恵理の言葉と共にに騎士達が剣を構え、生徒たちが愕然とする中、優花は妙に落ち着いた様子で手を掲げる。その手にいつの間にか戻ってきていた鳥が止まり、ピィ、と鳴く。

 

 「突然だけど、恵理。紹介するわ。この子はルーク。ウルの町で南雲たちから譲ってもらったアーティファクトで仲間になった子。この子には上から怪しい奴がいないか、いたら教えてってお願いしておいたの。おかげでみんなを守る事ができたわ。それでね、少し前にこの子を使って、南雲たちと連絡を取ったの」

 

 その言葉に恵理はは?と口を半開きにする。

 

 「数日前に戻ってきたルークはこの装備と、手紙を持ってたわ。そして、手紙にはこう書いてあった………数日以内に合流する。動くのはそれからだ。それまでは様子のおかしい人間には近づくな、そいつと二人きりになるな、いざとなったら中に入ってる装備を使って時間を稼げ、ってね。まあ、時間がギリギリになっちゃったせいで、相談できなかったけどね」

 

 その言葉の意味を、恵理は一瞬で理解した。理解したからこそ、優花の本当の目的に気づき、先ほどまでの余裕が一瞬で消えうせ、顔が強張る。

 

 「やれぇ!全員殺せぇ!」

 

 恵理が叫ぶと同時に騎士と兵士たちが一斉にクラスメイト達に襲い掛かる。親衛隊の面子が一斉に放水銃を構えた瞬間、彼らを守るように光の障壁が展開され、騎士と兵士の攻撃を防ぐ。

 

 「みなさん!一体、どうしたのですか!正気に戻って!恵里!これは一体どういうことです!?」

 「っ……まさか……」

 

 何が起きたのかと呆然としていたクラスメイト達の元に現れたのは困惑しながらも騎士たちに呼びかけるリリアーナと悔しげに歯を食いしばるメルド。

 

 「間に合った………って事で……いいんだよね……!?」

 

 そして、安堵のため息を吐く、香織だった。




 ゴジラ、-1.0。良かったです……本当に良かったです………


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第88話 好きと言う想い

 


 「か、香織………!」

 「雫ちゃん……よかった……みんなも無事みたいだね」

 

 香織は周囲を見渡して怪我人がいないことを確認すると、ほっとしたように表情を緩める。

 

 「優花ちゃん……みんな、ありがとう」

 「間に合ってよかったわ……」

 

 香織の言葉に優花は安堵のため息とともに苦笑を浮かべる。

 すでに神羅達が合流しようと動いているのならば、優花たちがなすべきことは襲われたとき、少しでも長く合流までの時間を稼ぐことだ。だからこそ、優花は恵理に質問を続け、聞かれてもいないことを教えたりしたのだ。

 

 「玉井……騎士達は…………」

 

 メルドが静かに淳史に問いかけると、彼は顔を歪めながら首を横に振る。それだけで全てを察したメルドはそうか、とだけ小さく呟き、悔し気に唇を噛む。しかし、すぐに頭を振って意識を切り替えると、生徒たちの前に出て大剣を構える。

 

 「中村……これは全て………お前がやった事なのだな………」

 

 それに対し、恵理の反応はメルドの想像とは違っていた。言い訳も、開き直りもせず、恵理はどういう訳か信じられないものを目にしたと言わんばかりに目を丸くしたまま硬直している。

 その様子をメルドが訝しんでいると、恵理は再起動を果たしたように喚き散らす。

 

 「ど、どう言う事だよ!?なんで、何であんたが生きてるんだよ!?あの女、殺したって!死体は跡形も残らなかったけど間違いなく殺したって言ってたのに、何で!?」

 

 その言葉にメルドは更に困惑を強くした。あの女、と言うのは恐らくだがメルドを襲った修道女だ。恐らく恵理はその修道女と繋がっているのだろう。

 だがそうだとしたらおかしい。メルドたちはあの女はメルドを神羅達をおびき寄せる餌に引き寄せる撒き餌として生かしたと見ている。

 だというのに、修道女は恵理にメルドは殺したと嘘の報告をしたようだ。曲がりなりにも手を組んでいるにしては妙な話だ。協力関係ではないのか?

 

 「生憎と、簡単には死ねない立場なのでな。足掻かせてもらった……中村、今回の件、全て洗いざらい吐いてもらうぞ!」

 

 メルドの言葉に恵理は憎々し気に顔を歪めるが、ふと何かに気づいたように目を瞬かせ、次の瞬間、口元ににやついた笑みを浮かべる。

 

 「あ~~あ、助っ人登場で形勢逆転?何とも王道だねぇ………だけどさぁ、香織。なんか人数足りなくない?君の大好きな人とかそのさえない中二病弟君とかさ?」

 

 そこでようやくクラスメイト達は駆けつけてくれたのが香織、メルド、リリアーナの3人だけと気付き、小さく困惑の声を上げる。

 

 「香織ちゃん、他のみんなは?」

 「みんな、別行動中。神羅君とティオさんは先生の救出。ハジメ君、ユエちゃん、シアちゃんは魔人族の対処と結界の修復に向かってる」

 「そ、それって……」

 「うん。ここに来たのは私達3人だけ」

 

 その言葉にクラスメイト達、特に前衛組は分かりやすく動揺を示し、反対に恵理は一転、晴れやかな笑みを浮かべる。

 

 「な~~んだ、心配して損したよ。一番厄介な連中がいなくて、来たのは騎士団長様一人に治癒師にお姫様だけ?アハハハハハハハハハ!とんだ援軍だね!」

 

 馬鹿にしたように笑いながら恵理は周囲の騎士と兵士に障壁を攻撃させる。

 リリアーナは術師としても相当優秀な部類に入る。モットーの隊商を全て覆い尽くす障壁を張り、賊四十人以上の攻撃を凌ぎ切れる程度には。だが、これだけの数の騎士達がリミッターの外れた猛烈な攻撃を行い続ければ、いずれ限界を迎えてしまう。

 本来ならばメルドが斬り込むところだが、あまりにも数の差が有りすぎる。うかつに飛び込めばあっという間に物量で押しつぶされる。それは優花たちも同じだ。最初の襲撃はどうにかできたが、もしも物量に任せて突っ込んでこられたら間違いなく押し切られてしまう。

 

 「いくらそいつらが援護したって、騎士団長様でこれだけの数の騎士を一人で相手するのは無理でしょ。それに、そこにいつまでもこもってるわけにはいかないよねぇ!」

 

 恵理が吠えた瞬間、後方の騎士達が魔法による攻撃を放ち始める。次々と飛来する魔法が障壁を軋ませ、リリアーナの顔が苦し気にゆがむ。

 それを見た香織は即座に宝物庫から魔晶石を取り出すと、それをリリアーナに押し付ける。

 

 「リリィ、少しでいい。堪えて。私がやる」

 「私がやるって……無茶です、白崎さん!あなたは治癒師で……」

 

 リリアーナが叫ぶがそれを無視して香織は杖を構える。

 

 「し、白崎!傷を負ったんだ!助けてくれ!」

 

 その香織の元に檜山が叫びながら近づいていく。剣を握る右腕には確かに血がついており、傷を抑えているのか強く左手が添えられている。

 

 「っ、白崎、頼む!」

 

 それを見たメルドがそう言った瞬間、クラスメイト達は思わず檜山が香織の元に辿り着けるように身を避ける。そうしてできた道を檜山は這う這うの体で近づいていき……

 

 「っ!」

 

 瞬間、雫が振り抜いた黒刀が香織を貫かんとした剣を勢い良く弾き飛ばす。弾き飛ばされた反動で檜山はそのまま転倒してしまい、周囲の生徒たちは驚いたように目を見開く。

 檜山も愕然とした様子で雫を見上げるが、雫は真っ直ぐに彼を睨みつけ、

 

 「いつまでも狼狽えてばかりだと思った?あなたの行動は不自然すぎるわ」

 

 雫が檜山の行動を不審に思ったのは最初からだ。仮に檜山が本当に怪我をしたとするならば、それは一番最初の奇襲の時意外考えられない。それ以外では優花たち親衛隊たちが守ってくれていたし、騎士達は此方を警戒してか攻撃して来なかったのだから。だが、そうなると檜山は今の今までその事を周囲のみんなや治癒師の辻に伝えたりせず、香織が来た所で彼女に怪我をしているから治せと詰め寄ったと言うことになる。不自然にもほどがある。

 不審に思って警戒していれば、案の定檜山は剣を香織に突き立てようとしたのだ。未だ狼狽えているクラスメイトでは対応できなかっただろうが、警戒していた雫ならば対応することは容易だ。

 

 「檜山………まさか、お前まで……!?」

 

 メルドの問いに檜山の顔がぎりっ、と歪むと、ヘドロのように粘ついた狂的な光を目に宿し、

 

 「香織ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 

 狂ったように叫びながら懐から短剣を取り出し、香織目掛けて再び肉薄する。

 雫が再び手にした黒刀を振るおうとした瞬間、

 

 「どけ、二人とも!」

 

 その声と共に晃が放った放水が横殴りに檜山を襲い、彼はなす術もなく吹き飛ばされる。

 水流が収まっても檜山はすぐに起き上がろうとするが、そこに頭上からネットが降り注ぎ、あっという間に檜山は捕らわれてしまう。

 

 「何だよ!何なんだよこれは!?邪魔すんじゃねぇ!もう少しで、もう少しで香織は俺の物になるんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 激しく喚きながら檜山はネットを破ろうともがくが、もがけばもがくほどさらにネットは絡まってしまう。

 

 「あ~~らら、うまくいかなかったからって、ちょっと考えれば無茶だって分かるだろうに……これだから馬鹿は嫌なんだよね」

 

 やれやれ、と哀れむように首を横に振る恵理を香織は静かに見つめる。

 

 「恵理ちゃん………どうしてこんな事をしたの?」

 

 静かに問いかけると、恵理は忌々し気に香織を睨みつけ、

 

 「何度も説明させないでほしいなぁ。僕は光輝君の事が好きなんだよ。だから光輝君を手に入れるために動いてるだけさ。君があの化け物を手に入れるために僕たちから離れていったようにね」

 「………」

 「で、どうなのさ。無様について行って、ちょっとは仲は進展した?あ、もしかして無理だった?あれだけ必死になってついて行って結局進展しなかったってオチ?あはははは、滑稽だね!僕とは全然違うじゃん!僕はもうすぐ光輝君を手に入れられる!光輝君はずっと僕の王子様でいてくれるんだ!ずっと僕の味方でいてくれて、僕の聞きたい言葉だけをくれるんだ!」

 「……ずっと味方でいてくれるって……その騎士の人たちみたいに?」

 

 生気を感じない、まさに生きる屍と成り果てた騎士達を見つめながら香織が問うと、恵理はその通りと言わんばかりに手を広げた後、彼女はにんまりとした笑みを香織に向け、

 

 「そうだ。香織。いっそのこと僕と組まない?今ここでそいつらを殺すのに手を貸してくれたら、君だけは見逃してあげるよ。それだけじゃない。どうにかしてあの化け物を殺して、香織の物にしてあげるよ。悪くないでしょ?あれを君の好きなようにできるんだからさ」

 

 親友の想いを踏みにじるかのような言葉に雫の顔が怒りで歪み、ふざけるな!と叫ぼうとした瞬間、

 

 「お人形遊びができて満足?恵理ちゃん」

 「…………なに?」

 

 香織から放たれた涼やかな声に雫は思わず気勢が逸れ、思わず香織に視線を向ける。恵理もまたニタニタとした笑みのまま固まり、香織を見つめる。

 周りの生徒たちも視線を投げかける中、香織はどこまでも静かに、穏やかに、言葉を続ける。

 

 「だってお人形遊びでしょ?自分の考えた言葉だけを話して、自分が思った行動だけをとって、自分の思い通りの展開しか起きない。そんなの、お人形遊びと何ら変わらないよ。恵理ちゃんの好きって、そんな事で満たされる程度なの?」

 「何だって……!?」

 

 逆に自分の想いをバカにされたと思ったのか恵理の顔が激情に染まるが、構わず香織は言葉を続ける。

 

 「私は神羅君の事が好き。だからこそ、私はいろんな事を考えるよ。神羅君は何が好きなのかな、何が嫌いなのかな、どうしたら好きになってくれるのかな、嫌われちゃうのかなって、どこに行こうかなとも、こう言ったらなんて言うのかな、どんな反応するのかなともね……まあ、最初の頃はちょっと都合のいい考えで動き過ぎてたけどね」

 

 香織は自嘲するような笑みをこぼしながらさらに言葉を続ける。

 

 「そうやって、いろんなことを考えるから不安になるし、怖くもなる。でもさ、好きって、そう言う物じゃないの?怖くて、不安で、だからこそ、通じ合った時、嬉しくなって、幸せになれる。そしてもっともっとって欲しくなっちゃう。もっと好きになりたい、もっと好きになってほしいって。でもさ、恵理ちゃんのはさ、そうはならないよね。だって全部恵理ちゃんが言わせて、やらせてるんだから。だからどんなに頑張ってもどこにも行けない一人遊び(・・・・・・・・・・・・)でしかない。そんな終わった関係(・・・・・・)で、恵理ちゃんは本当に幸せになれるの?」

 「んっ………だ………と………!」

 

 どこか恵理を案じるような眼差しで問いかける香織に恵理の顔が激情に染まるが、構わず香織は続ける。

 

 「たとえどうなろうとも、私は神羅君を都合のいい人形になんかしたくない。それは神羅君の事が好きなんじゃない。ただ人形が好きなだけ。だから私は、どんな選択であろうと、それは神羅君の意思で選んでほしい。それは全て、神羅君が私だけにくれたものだから。だから貴女の提案を私は許さない。そして、貴女のやったことも許す事はできない。」

 「……そんなの………負け犬の遠吠えだ………」

 「そうかもね。でも、それも悪くないよ?だって、もしも神羅君が私を振ったら私は傷つく。その傷は神羅君が私と向き合って、私だけにつけてくれた傷だしね。そして、神羅君も初めて振った女の子として私を覚えてくれるかもしれない。それは私が、神羅君に傷をつけたのと同じだしね」

 

 そう言って微笑む香織を見て、周りの生徒たちの顔は引きつる。突然放り込まれた重量級の想いに周りは完全に引いてしまっていた。

 

 「か、香織っち……結構、愛が重いんだね………」

 「髪を切った時から何となくそんな気はしてたけどね……ま、相手は怪獣よ。それぐらいじゃないと足りないのかもしれないけど」

 

 優花が苦笑を浮かべながら肩をすくめる前で、恵理の顔は激情のあまり顔色は赤を通り越して白く染まり、言葉にならない唸り声が漏れる。だが、彼女は奥歯を砕こうとするほどに噛み締めてそれを押さえつけると、香織を見下すような視線を向け、

 

 「………あ~、あ~、そうかい。折角誘ってあげたのに、そうやって僕の想いをバカにして、下に見るんだ……………だったら今ここでその想いをぐちゃぐちゃにしてやる!!死体たちで見る影もなく弄んで、檜山のオモチャにしてやるよ!!」

 

 恵理が吠えると同時に騎士達の攻撃が激しさを増し、結界が激しく軋みを上げ、リリアーナが苦悶の声を漏らす。

 それでも香織は取り乱さず、杖の石突で地面をたたく。その瞬間、広がった魔法陣から無数の菫色の鎖が現れ、ジャラジャラと音を立てる。更に、虚空から次々と先端が矢じりのようになった黒い鎖が現れると、地面に打ち付けられ、蛇のようにそれらが起き上がる。

 無詠唱で魔法を使った香織を生徒たちが驚いたように見つめる中、香織は真っ直ぐに恵理を見やり、

 

 「行くよ、恵理ちゃん……!」




 本当は戦闘シーンまで行きたかったけど、キリがいいのでここまでにします。


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第89話 裏切りの末

 恵理が騎士達の死体を操るのに使っている魔法は縛魂と言う彼女オリジナルの魔法だ。

 本来、降霊術とは残留思念に作用して、そこから死者の生前の意思を汲み取ったり、残留思念を魔力でコーティングして実体を持たせた上で術者の意のままに動かしたり、あるいは遺体に憑依させて動かしたり出来る術である。

 その性能は当然、生前に比べれば劣化するし、思考能力など持たないので術者が指示しないと動かない。もちろん、攻撃し続けろなどと継続性のある命令をすれば、細かな指示がなくとも動き続ける事は可能だ。

 だが、縛魂は降霊術の特性はそのままに更に魂魄から対象の記憶や思考パターンを抜き取り遺体に付加できる効果も持っている。これによって、縛魂が使われた死体は生前のように会話や受け答えとなった。

 彼らは知らないが、恵理が行った事は魂への干渉であり、とある神代魔法の領域の技である。降霊術が苦手などと言っていたが、その研鑽と天才級の才能は驚愕に値するものだ。あるいは、凄まじいまでの妄執が原動力なのかもしれない。

 その縛魂は対象の魂魄から情報を遺体に付与する。結果として、その死体は従来の降霊術による死体とは一線を画す戦闘力を有している。流石に生前と比べれば多少の劣化は免れないが、それでもかなり生前に近い戦闘力を発揮する。

 だが、死体兵の最も恐ろしいのはやはりその技術ではなく、その耐久性だろう。死体は痛みを覚えず、死への恐怖はなく、挙句には死んでいるのだから多少の損壊などお構いなしに襲い掛かってくる。

 これがハジメや神羅、他のメンバーであったならその常識外れの攻撃力で一気に死体の大部分を破壊することで無力化できるだろうが、香織は治癒術師だ。それほどの攻撃力は持てない。獄絶鎖は確かに凶悪な威力を秘めているが、それはあくまでも生者に対してのみ。死体の内部をどれほど破壊しようが、ほとんど意味はないからだ。関節を破壊すれば足止めはできるだろうが、これほどの数を相手に一体一体の関節を狙う暇などない。仮に香織が銃火器を持っていようと、使い慣れない武器である以上必ず隙がでる。そこを死体兵で一気に攻め潰してしまえばいい。周りの者達がどれだけ魔法やアーティファクトで援護しようとそれを上回る物量でそれごと押しつぶせばいい。

 つまり、現状の恵理と香織が戦った場合、ハジメ達からの援護がないのであれば、恵理の勝ちは揺るがないのだ。

 

 「………何なんだよ………!」

 

 だからこそ、恵理は目の前の光景が信じられなかった。

 

 「何なんだよこれはっ!!!」

 

 愕然とした様子で叫ぶ恵理の目前で、菫色に光を放つ鎖が勢いよく放たれ、死体兵を数人まとめて貫き、そのまま一気になぎ倒す。

 死体兵たちは即座に起き上がろうとするが、どういう訳かその行動は酷く拙い。そしてそのまま何度か地面でもがいたのち、死体兵はそのまま動かなくなってしまう。

 鎖はすぐさま死体から抜き出て、また別の死体兵の一団へと獲物を見つけた蛇のように襲い掛かる。死体兵は剣で鎖を撃ち落とすが、別方向から飛び出した鎖に貫かれ、少しすると力尽きたようにその場に崩れ落ちる。

 さらに別の場所では薙ぎ払うように繰り出された鎖が数人の死体兵をまとめて締め上げている。死体兵たちはどうにか脱出しようともがくが、体内に潜り込んで締め上げられては手も足も出ない。すぐに死体兵たちは動きを止め、ただの死体に戻る。

 別の所では死体兵が魔法を放つが、それは勢い良く伸びた黒い鎖によって撃ち落とされている。そこを狙って新たな魔法が幾つも放たれるが、黒い鎖はそのまま鞭のようにしなり、次々と魔法を撃ち落としていく。そして死体兵が上空の鎖に気を取られている間に菫色の鎖が死体兵たちを絡めとり、無力化する。

 鎖を操る香織を抑えようと死体兵たちが一斉に襲い掛かるが、それを迎え撃つように黒い鎖が一斉に襲い掛かる。先頭の死体兵たちは剣で鎖を弾き飛ばすが、弾き飛ばされた鎖はそのまま生きているかのように空中で軌道を変えて再び死体兵に襲い掛かり、打ち据える。死体兵たちの注意が逸れた瞬間、菫色の鎖が複数本、蛇のように死体兵たちに喰らいつく。

 そんな光景が至る所で繰り広げられていた。縦横無尽に2色の鎖が暴れまわり、次々と死体兵を打ち倒し、貫き、そのまま無力化させていく。

 恵理は戦慄の表情で荒れ狂う鎖の嵐の中心に立つ香織を見やる。自身を取り囲むように展開した無数の二色の鎖を、香織はまるで自身の一部のように自在に操っている。

 

 「なんなんだよ、それは!?」

 

 悲鳴じみた声を聴きながら香織は更に攻勢を激しくする。

 菫色の鎖は香織オリジナル拘束(・・)特化魔法、縛廻鎖。基本は獄絶鎖と同じ縛光刃と縛煌鎖の複合魔法なのだが、この魔法に組み込まれているのは天絶ではなく、廻聖が組み込まれている。これによって、縛廻鎖は対象を内部から縛り上げるだけでなく、内部から直接魔力を奪う事ができるようになっている。これによって、関節を封じることで物理的に動きを封じ、魔力を奪う事で魔力を利用した反撃すら封じ込め、そのまま弱らせてしまう。一度捕まれば最後、ユエやシア、ティオは言うに及ばず、ハジメですら脱出が困難だったという凶悪な魔法だ。

 だが、縛廻鎖はあくまでも拘束特化の魔法であり、その魔法自体に攻撃力はない。無力化に特化はしているが、無力化し続けるには鎖で相手を捕え続けなければならないという弱点もある。魔力を吸い続ければ衰弱死させることはできるだろうが、時間がかかってしまい、現実的ではない。

 縛廻鎖と言うのは本当に敵を殺さずに傷つけずに無力化させることに特化した魔法なのだ……本来であれば。

 恵理が操る死体兵は残留思念を魔力でコーティングして実体を持たせた上で遺体に憑依させて動かす降霊術の完全上位である魔法、縛魂で操られている…………そう、魔法なのだ。

 それがどれ程凄まじい効果を持っていようと、どれ程失われた神代の技であろうと、魔法だ。魔力と言うエネルギーを利用して現象を発動させる。そこは神代魔法も、小さな火種を生み出す魔法も同じだ。

 ではその魔力を奪われたらその魔法はどうなるか?当然、魔法は効力を失い、無力化される。

 つまり、香織の縛廻鎖は死体兵から残留思念を維持している魔力を奪い、ただの死体へと還す事ができるのだ。偶然だが、縛廻鎖は降霊術師に対し、正しく特攻と言っていい効果を発揮したのだ。

 恵理の縛魂は一人ずつにしか付与できないのに対し、香織は縛廻鎖でまとめて魔力を奪い、無力化させることができるため、見る見ると恵理の死体兵は減っていく。

 そして魔法を撃ち落としているのは香織専用アーティファクト、レージング。先端の(やじり)に重力石と感応石を組み込んだ香織の意のままに動く強固な鎖だ。

 香織の縛廻鎖、そして獄絶鎖は確かに強力な魔法だが、共通の弱点として、魔法に弱いという物がある。縛廻鎖は魔法で簡単に壊されるし、獄絶鎖は天絶を発動させるまでのタイムラグで破壊されてしまう。ある。

 その弱点を補うために作られたのがレージングだ。レージングはその強度を利用して魔法の迎撃、純粋な物理攻撃、そして簡易的な盾として利用できる。

 元々、香織の鎖魔法の練度はかなりの物だ。オルクス大迷宮でカトレア率いる魔物の軍団を相手に仲間を援護しきった事からもその腕前はうかがえる。だからこそ香織は鎖魔法の練度を集中的に鍛えたし、ハジメは鎖型のアーティファクトを開発した。

 香織が杖を振るえばレージングが迫りくる死体兵たちの先頭を鋭く打ち据え、転倒させる。そこに縛廻鎖が襲い掛かり、死体兵を無力化させる。

 このまま押し切る、と展開した20本以上の鎖を一斉に蠢かせた瞬間、香織の頭を鈍い痛みが襲い、彼女は顔をしかめ、それと同時に鎖の動きが乱れてしまう。幾ら鎖の扱いに長けていると言っても、これほどの数の鎖を使い続ける負荷は中々の物なのだ。

 

 「いまだぁ、やれぇ!」

 

 その隙を逃さず、恵理が吠えると同時に死体兵たちは一斉に香織に襲い掛かる。

 だが、その前に龍太郎と重吾が立ちふさがると、騎士達の攻撃を金剛を利用して受け止め、そのまま壁のように騎士達の攻撃を受け止め続ける。その隙に光輝と雫が一息に間合いを詰めると、鞘に納めた黒刀と聖剣を振るって騎士達を吹き飛ばしていく。

 さらに別の方角では迫りくる騎士達の前にメルドが立ちはだかり、手にした大剣を振るい、死体兵たちを切り裂く。死体兵たちはみな、メルドの部下の騎士達ばかりのはずだが、メルドの剣に迷いは無く、容赦なく切り捨てている。

 更に言えば親衛隊たちが水切れなんて知らないと言わんばかりに放水銃をまき散らし、死体兵たちを押し返している。

 更にそこに優花が投網手榴弾とトリモチ手榴弾を投げ込み、次々と炸裂させ、無力化させる。

 その間に香織は大きく息を吐きながら自身に回復魔法をかける。頭痛が収まると即座に縛廻鎖とレージングを操り、次々と無力化させていく。

 

 「リリィ、結界はまだ大丈夫?」

 

 香織は背後を振り向きながら聖絶を展開しているリリアーナに問いかける。香織たちはリリアーナの聖絶を背にしながら戦っている。そのおかげで彼女たちは後ろを気にせずに戦う事が出来ている。その結界の中にはリリアーナと他のクラスメイト達、そしてレージングで拘束され、激しく暴れている檜山がいる。

 結界の中にいるのは未だ動揺から立ち直る事ができず、戦う事ができない者達だ。香織の縛廻鎖のおかげで騎士達を傷つけず無力化することが可能となり、一部の生徒たちは戦意を取り戻す事が出来たのだ。

 

 「は、はい。少なくとも、魔力に関しては、香織のおかげでまだ余裕です」

 

 そう言ってリリアーナは自身の腹に目を向ける。そこには菫色の鎖が突き刺さっているのだが、彼女が痛みを感じている様子はない。それどころか、その鎖が放つ光が彼女に流れ込んでいくたびに、リリアーナの結界は強度を増していき、騎士達の攻撃を寄せ付けない。

 縛廻鎖は縛った相手の魔力を奪う。では、その奪った魔力は一体どこに貯蔵されていたのか。その答えがこれだ。縛廻鎖は魔力を奪うと同時に鎖を繋いだ相手への魔力の譲渡も可能なのだ。

 敵を拘束し、魔力を奪い、それを味方に明け渡し、時には自分が利用する。まるで、今この場所の魔力が香織に支配されていると錯覚するような所業だ。

 結界はまだ大丈夫そうだと安堵しながら香織は迫りくる死体兵を次々と鎖で無力化していく。だが、すぐに頭痛に襲われ、香織が顔をしかめると、即座に雫が香織を庇うように前に立つ。

 

 「香織、大丈夫!?」

 「大丈夫だよ、雫ちゃん。まだまだ行けるよ」

 

 心配そうに振り返る雫に向けて香織は小さく笑みを浮かべながら親指を立てる。

 そこに奈々が駆け寄ってくると、香織に顔を寄せ、

 

 「香織っち。連絡(・・)できたよ。もうすぐ合流するって」

 

 その報告にそう、と頷きながら香織が頭上の修復された大結界(・・・・・・・・)を見上げた瞬間、光輝が騎士達を弾き飛ばしながら恵理に呼びかける。

 

 「恵理、もうやめるんだ!これ以上罪を重ねちゃだめだ!辛いことがあったなら俺が助けになる!今ならまだやり直せるし、みんなだって謝れば……」

 

 その言葉に香織は思わず目を見開いた瞬間、恵理はビギリと顔を強張らせ、次の瞬間バリバリと頭を掻きむしり、

 

 「違う………違う違う違う違う違う違う違う違う!!そうじゃない!僕には光輝君がいればいい!光輝君だけが全てなんだ!あの時言ってくれたじゃないか!俺がそばにいるって!その約束を果たしてくれればいいんだ!」

 

 自棄になったように吠える恵理の言葉に香織たちが訝しげな表情を浮かべた瞬間、

 

 「もういい………ちょっと手を抜いてやったら調子に乗りやがって!!全員食い殺されちまえ!!」

 

 そう言った瞬間、騎士達の一団が不自然に弾け飛ぶ。

 その光景に親衛隊たちが目を見開いた瞬間、開けた一角の空間が不自然に揺らめく。そしてその揺らめきは一直線に結界に向かって突っ込んでくる。

 メルドはそれにいち早く反応し、即座に揺らめきの前に立ちふさがり、大剣を盾のように掲げる。

 それと同時に空気が破裂するような音と共にメルドの身体が勢いよく吹き飛ばされ、結界に叩きつけられる。

 

 「メルド!?」

 「あれって………まさか………!」

 

 目の前に現れた巨体を前に雫がうめき声を漏らす。4~5m程の巨体に4本の腕、そして荒々しく息を吐く馬面。かつて勇者パーティを追い詰めた魔物、アハトドが2匹、光輝達を睨みつけていた。そのアハトドの周囲の空間が揺らめくと更に触手を生やした豹に巨大な4つ目の狼が現れ、更にはキマイラも姿を露にする。

 

 「魔人族の魔物!?どうして……!」

 「あいつ等に手を貸した時にアイツ(・・・)を譲る代わりに少し回してもらったんだよ!騎士達だけで十分と思ったのに………本当むかつくんだよぉ!」

 

 恵理の言葉に魔物たちが咆哮をあげながら猛然と突進してくる。

 

 「ぐっ……お前等、結界の中に戻れ!」

 

 メルドの指示に光輝たちは即座に結界の中に退避する。メルドも傷ついた体を引きずりながら結界の中に入る。殿の優花は時間稼ぎと言わんばかりに魔物たちに手榴弾を投げつける。

 だが、豹の触手が手榴弾を明後日の方向に弾き飛ばされ、炸裂してしまう。香織もレージングを繰り出すが、それを魔物たちは軽々と回避するか、正面から弾き飛ばしてしまう。

 

 「無駄無駄ぁ!なんのために控えさせていたと思ってるのさ!!」

 「っ!鈴ちゃん結界!」

 「え、あ……」

 「早く!」

 「っ……ここは聖域なりて敵を通さず、聖絶!」

 

 香織の縛廻鎖が鈴の腹に刺さると同時に魔力が明け渡され、鈴はリリアーナの結界に重ねるように聖絶を展開する。

 次の瞬間、アハトドが結界を猛然と殴りつける。轟音と共にリリアーナの結界が破られ、そのまま鈴の結界も揺らぐ。

 だが時間は稼げた。その隙に香織は縛廻鎖を伸ばし、アハトド二匹を縛り上げる。

 アハトドたちは逃れようともがくが鎖は強固に関節に巻き付き、魔力を吸い上げて押さえつけようとする。

 だが、魔物は生きている。死体兵と違って魔力を奪ってもすぐに無力化させる事ができない。更に言えば、見た目や大きさに大きな違いはないが、あの時の個体よりも強力なようで、縛り上げているにも関わず鎖が激しく軋み、香織は苦しげに顔を歪める。

 更に他の魔物が結界を破壊しようと襲い掛かる。香織は残りの縛廻鎖とレージングを使って迎撃しようとするが、集中力が欠けた状態の動きではうまくいかず、軽々と避けられる。それと同時に残った騎士達も一斉に結界に攻撃を仕掛け、鈴の口から苦悶の声が上がる。

 光輝達が魔法を使おうとするも、魔物たちの傍に騎士達が集まる姿を見て、その手が止まってしまう。そのうしている間にアハトドの拳が結界に撃ち込まれ、激しく揺さぶられ、鈴の顔が苦し気にゆがんだ瞬間、

 

 「鈴!結界の上を開けて!」

 「え!?で、でも……!」

 「早く!」

 

 優花の声に鈴は困惑したような声を上げるが、彼女の強い言葉に小さく頷くと結界の上部に穴をあける。

 そして優花は宝物庫から新たに4つの手榴弾を取り出すと、

 

 「ここ!」

 

 そう言うとピンを抜いて手榴弾を投げる。4つの手榴弾は見事に結界の穴を通り、魔物たちの頭上に投げ込まれる。

 

 「無駄だよ!さっきの見てなかったの!?そんなのそいつらには効かないよ!」

 

 勝ち誇ったような恵理の言葉を裏付けるように豹の触手が手榴弾を弾こうとするが、それより一拍早く炸裂し……灼熱の業火が一気に魔物たちに降り注ぐ。

 3000度の炎が容赦なく魔物を飲み込み、凄まじい絶叫が上がる。2匹のアハトドも被害にあい、何とか振り払おうとするが、獄絶鎖で押さえつけられている為、逃れることができない。そのままアハトド二匹はなす術もなく焼き尽くされてしまう。

 他の魔物も結界を破らせようと集中させていたのが完全に裏目に出てしまい、多くの個体が業火によって焼き殺されてしまっている。

 

 「なっ……かっ……」

 

 その光景に恵理は愕然とした様子で声を詰まらせる。

 

 「……まさに最後の手段ね……」

 

 そう呟きながら優花は小さく首を横に振る。

 優花が使ったのはハジメがもしもの時の最後の手段として渡してくれていた焼夷手榴弾だ。

 

 「おい、園部……あれ………」

 「分かってる……分かってるわ………」

 

 声を震わせる淳史の視線の先にあったのは炎で焼かれる騎士の死体だ。焼夷手榴弾の炎が降りかかったのだ。死体とはいえ、人が焼かれる光景にクラスメイト達は顔を顔を青くしており、親衛隊たちも顔を引きつらせ、体が震えてしまっている。その光景を生み出した優花は必死に唇を噛み締めていた。ともすれば嘔吐しそうになるのを必死に我慢しながら視線を炎の向こうにいるであろう死体兵と魔物、そして恵理に向ける。

 その視線を感じ取ったのか恵理が気圧されるように一歩後ずさるが、ぎりっ、と彼女は奥歯を噛み締め、

 

 「が……ぐ………だ、だとしても何の問題もない!それが強力でももう騎士達には使えないでしょ!?人間を焼き殺すだなんて所業、もう出来るわけないよねぇ!?」

 

 まだ自分の方が優位だ、と言わんばかりに捲し立てる恵理を見やり、香織は口を開く。

 

 「ううん………恵理ちゃんの負けだよ」

 

 何を言って、と恵理が顔を歪めた瞬間、

 頭上から降り注いだ黒い閃光が広場を薙ぎ払い、死体兵と魔物がまとめて吹き飛ばされる

 なっ!?と恵理が顔をあげれば、巨大な翼を羽ばたかせながら一匹の黒竜が地上を睨みつけていた。その竜の背中から一つの影が飛び出すと、両手に持った凶悪なフォルムの銃火器を地上に向ける。

 次の瞬間、猛然と放たれる赤い弾幕が地上を文字通り蹂躙する。死体兵たちが、魔物が、等しく、平等にその身を肉塊へと変えていく。

 ダンっ!と人影が地面に着地した時には、まだ百以上は残っていたはずの恵理の軍勢は悉く全滅していた。

 

 「宮崎から連絡は受けていたから思いっきりやったが………巻き込まれた奴はいないよな?」

 

 メツェライをしまいながら着地したハジメは結界の方に振り向きながら問いかける。それに香織が小さく頷いていると、ハジメの隣に地響きを立てながら黒竜と化したティオが着地し、その背中では愛子が真っ白になりながら愕然とした表情を浮かべていた。

 そして愛子と同じぐらい恵理は愕然としている。

 

 「な………なんで…………」

 「なんでって……結界を直してたらティオと合流してな。そこからはささっと結界を直して、終わったから白崎と合流しただけだが?道中、宮崎から事情は聞いてたしな」

 

 奈々は宝物庫の中の念話用のアーティファクトを使ってハジメに状況の報告をしていたのだ。おかげでハジメは即座に香織との合流に動くことができたし、彼らが結界の中にいることもすぐに知れたので遠慮なくメツェライをぶっ放す事が出来たのだ。

 完全に形勢が逆転したことを悟り、恵理がなんとか時間を稼ごうと口を開いた瞬間、

 

 「ま、まっ!?」

 

 地面から飛び出した縛廻鎖が彼女を縛り上げる。何とか脱出しようとするが、魔力を奪われていくごとに恵理の力は抜けていき、遂には倒れてしまう。

 その恵理の元に結界から出た香織はゆっくりと歩いていく。その顔には怒りも、哀れみもない。ただただ、哀し気で、寂しそうな表情が浮かんでいる。

 その表情のまま、香織は告げる。

 

 「私たちの勝ちだよ、恵理ちゃん」




 公開されましたね、ゴジラとコングの最新PV。いやはや……素晴らしいですね。-1.0とは違った良さがあるよね。公開が楽しみです。

 さて、ではPV見てテンションも上がったし………こちらも本番に取り掛からせてもらいましょうか。


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第90話 黄金の絶望

 さぁ、伏して拝むがいい。黄金の絶望を


 緊急時の集合場所だった広間は凄惨たる有様になっていた。周囲を元が何だったのか分からないぐらいに破壊された肉塊に埋め尽くされ、文字通りの屍山血河を築いていた。その中で、唯一、死体に覆われていない場所にハジメたちは集まっていた。リリアーナたちの結界で覆われていた場所である。

 

 「悪いな、メルド。相手は死体兵で中々倒せないって聞いてたから完全にぶっ壊すのが確実だと思って……」

 「いや、気にしないでくれ、南雲。あいつらを眠らせてくれたこと、感謝する」

 

 頭を下げてくるメルドにハジメはそうかい、とだけ言って軽く手を振る。

 

 「さて、それで………」

 

 ハジメは視線を結界の一角に向ける。そこにはクラスメイト全員が途方に暮れたように円陣を組んで立っている。

 その視線が集中している中心にはレージングと縛廻鎖で拘束された恵理と檜山、そしてその前にリリアーナが立っている。

 リリアーナは何かを堪えるような視線を恵理と檜山に向けている。檜山は顔を死蝋のように真っ白にして口をパクパクとさせており、恵理はぎりっ、と歯を食いしばりながらリリアーナを睨み返している。その光景をクラスメイト達は何も言えずに眺めている事しかできない。光輝ですら何も言えない様子だ。

 

 「これ………どうすんのかねぇ」

 

 ハジメがその光景を眺めながら呟いていると、傍に立っていたティオが口を開く。

 

 「まあ、今回の件は妾はほぼ口出しはできんな。ハジメ殿はどうする?」

 「俺も似たようなもんだ。最後に割り込んだだけだし、そもそも同郷と言うだけで弁護を求められても迷惑だし、するつもりもねぇしな……ま、姫さんに任せるしかねぇだろ」

 

 肩をすくめながら成り行きを見守っていると、愛子がおぼつかない足取りで恵理と檜山に近づいていく。

 

 「な、中村さん……檜山君………あ、貴方達が……こんな事を………?う、嘘ですよね?そんな事……あるわけないですよね?皆さん、いい子なんですからこんな事するなんて……何かの間違いですよね?魔人族に脅されて、仕方なく………」

 

 彼女も二人が行った事は聞いているが、そのあまりの内容に信じることができていないようだ。その声には同化間違いであってほしいと懇願するような響きがある。

 その瞬間、檜山が突然激しく叫び出す。

 

 「お、俺は違う!俺はこいつに脅されたんだ!南雲たちにしたことをバラされたくなかったら協力しろって!!脅されて仕方なかったんだ!だから俺は被害者だ!そうだろ!?」

 「なっ!?ふ、ふざけんな!香織を自分の物にできるって協力することを選んだのは君だろ!?下劣な欲望剥き出しにして気持ち悪い笑みを浮かべてさぁ!」

 「うるせぇうるせぇうるせぇうるせぇ!俺は悪くねぇ!俺は何にも悪くねぇ!全部こいつだ!こいつが悪いんだ!」

 

 激しく支離滅裂かつ身勝手な言い訳を喚き散らす檜山に対し、恵理も声を荒げる。

 あまりにも醜くい光景にクラスメイト達は呆然とし、愛子はその言い争いで彼らの行いが脅されて仕方なく行ったものではなく、自分の意思で行ったものだと嫌でも思い知らされてしまい、愕然とした表情を浮かべる。

 その光景を痛ましい表情で見ていたメルドはリリアーナの傍に歩いていくと、

 

 「……姫様、これは騎士団長でありながら騎士達の異変を見抜くことのできなかった私の落ち度でもあります。申し訳ありません」

 

 そう言いながらメルドがリリアーナの傍で跪き、頭を下げる。それを見て、リリアーナは小さく頭を振り、

 

 「いえ、それを言えば私もです……一先ずその事は置いておきましょう。まずは………」

 

 リリアーナは大きく息を吐いてから静かに口を開く。

 

 「静かにしてください」

 

 その声は決して大きなものではなかった。だというのに二人の叫びが響く中でもよく通り、クラスメイト達の注目が一気にリリアーナに集まる。

 

 「な、なぁ姫さん!俺は何も悪くねぇえだろ!?俺は被害者だ!俺はただの被害者だよな!?」

 

 まるで縋りつくように騒ぐ檜山にリリアーナは静かに視線を向ける。その視線に檜山はひっ、と息を詰まらせる。

 彼女は激情を露わにしているわけではない。だが、何かを堪えているような目のすごみに完全に檜山は委縮してしまった。

 拳を固く握りしめながらリリアーナは大きく息を吐くと毅然とした表情と共に顔を上げる。

 

 「……魔人族との内通、大結界への破壊工作。何よりも騎士達の大量殺人………いかなる事情があろうと見過ごせるものではありません。メルド、彼らを魔力を封じたうえで牢へ。後に然るべき罰を与えます」

 「し、しかるべき罰って………」

 「これほどの事をしたのです。極刑は免れません」

 

 極刑と言う言葉にクラスメイト達は呆然とした表情を浮かべるが、その言葉の意味を理解し始めると、騒然とし始め、愛子が慌てたように口を開く。

 

 「ま、待ってくださいリリアーナ姫!確かに二人のしたことは許される事じゃありません!でも、彼らはまだ子供です!ちゃんと償いの機会を与えるべきです!そうすれば二人も反省して、もうこんな事は……!」

 「もうそんな話では済まないのです。彼らが行ったことは国家転覆。子供だからと許すことなど絶対にできません」

 

 リリアーナの言葉に愛子は絶望したような表情を浮かべるが、それを振り払うように頭を振ると毅然とした表情を浮かべ、

 

 「でしたら……私が代わりとなります!」

 「……どう言う事ですか?」

 「二人を処刑するのなら、私を代わりに処刑してください!私は彼らの保護者です!だったら、彼等の責任は私が代わりに負います!ですから、二人の命だけは……!」

 

 決然とした表情で愛子は訴える。それに対し、リリアーナの瞳が揺れるが、彼女が微かに頭を振ると、それはすぐに消えてしまう。

 

 「申し訳ありませんが、その段階すら過ぎています。彼らのやったことは誰かが変わりに責任を取ればいいという物ではありません」

 「そ、そんな……」

 

 取り付く島もないリリアーナの態度に愛子は泣き出しそうな表情を浮かべるが、それでも何とか説得しようと口を開くが、その前に檜山が激しく騒ぎ出す。

 

 「ふ、ふざけるな!俺は違う!俺は何も悪くない!俺は被害者だ!被害者なんだよ!なのに、なのになんで殺されなきゃならないんだ!ふざけんじゃねぇ!」

 「……こう言ってはアレですが、南雲さん達の件はすでに終わっていました。貴方の犯行とここにいる皆が知っています。その件で貴方を脅す事は不可能です……つまり、脅されたというあなたの言い分は通用しません」

 

 静かに告げられた言葉に檜山は体をがたがたと震えさせると、リリアーナを忌々しげに睨みつけ、

 

 「そ、そもそもお前が俺たちにでかい事言える立場かよ!?いきなり俺たちを攫って、戦わせやがって!何が勇者だ!何が使徒だ!お前らのやった事なんてただの誘拐だろうが!?そうだ!そもそも、全部お前らが悪いんだろうが!」

 「……そうですね。確かに、私達は確かに貴方達を無理やりこの世界に呼び出した側です。生活を保障すると言いながら、それは裏を返せば戦わないなら追い出すと脅しているような物。私たちの行いは確かに非道です。ですが、だからと言って今回の件が許されるという訳ではありません。被害者だからと言って、何をしても許されるという訳ではありません」

 

 拳を握りながら告げられた言葉に檜山の顔色はもはや何色なのか分からないほどに目まぐるしく変わっていき、言葉にならない雄叫びをあげながら激しく暴れ始める。

 

 「ひ、檜山君……お、落ち着いて……」

 

 愛子が激しく暴れようとする檜山を宥めようとするが、檜山は愛子を睨みつけると、

 

 「黙れよ無能教師が!保護者だとか生徒を守るとか言っておきながらなんで俺が殺される事をやめさせられねぇんだよ!何が守るだ、無能野郎が!」

 

 その言葉に愛子の顔は目を見開き、顔色を真っ白にしながらその場にへたり込んでしまう。

 

 「っざけんじゃないわよ!!」

 

 檜山の身勝手な言い分に優花が激昂したように吠えながら掴みかかる。親衛隊の面子も檜山に怒りの表情を向けている。

 

 「……こ、光輝君……助けてくれるよね……?あの時みたいに、僕の事を見捨てないよね……?」

 「も、もちろんだ、恵理。リリィも今は気が動転して……ちゃんと話せば分かってくれるはずだ……償うのは辛いかもしれないが大丈夫だ。俺たちみんなが二人を支えるから……」

 

 恵理が媚びるような口調で光輝に懇願する。それに応えるように光輝は恵理に微笑むが、そこにいつものカリスマ性はなく、何とも弱々しく、頼りない物だ。そしてそれを向けられた恵理は愕然とした表情を浮かべる。

 周りの生徒たちに至ってはどうしていいのか分からず、口を挟むこともできずに狼狽えるばかりだ。

 その中で、見捨てられた子供のような表情の恵理を見つめ、香織は小さく唇を噛む。

 彼女たちと戦っているときは彼女たちを止める事だけに集中していたからか、迷う事なく戦う事が出来た。だが、戦いが終わり、冷静になった今、香織は迷ってしまった。恵理をどうするかを。

 恵理のしたことは絶対に許されない事だと思っている。然るべき罰を受けるべきだとも分かっている。だが、それと同時に心のどこかでこの可哀そうな友人を助けたいとも思ってしまっている。せめて、命だけは助けたいと。だが、王宮の知り合いを大勢殺されたリリアーナの気持ちも分かる。本当は泣き出したいだろうに、毅然と王女として振舞っているリリアーナに寄り添いたいと。

 どうすればいいのだろうか。どうするのが正解なのだろうか。分からない。何も分からない。

 纏まらない思考を示すような激しい雷鳴が頭上で激しく鳴り響き……

 

 「なんだ、あれ………?」

 

 不意に響いた困惑した声に香織が顔をあげれば、ハジメとティオが空を見上げていた。

 それに釣られるように顔を、香織は目を見開く。

 つい先ほどまで、まばらな雲こそあったが、星と月が美しく散りばめられた美しい夜空が広がっていた。だが、今はそれが見る影もないほどにどす黒い雷雲で覆い尽くされている。息苦しさすら感じるほどに重い黒雲の中を眩い雷光が迸るたびに雷鳴が轟き、どす黒い空が一瞬だけ白く染め上がる。

 

 「何じゃこの雲は……こんな雲が広がる予兆なんてなかった筈じゃ……」

 

 ティオですら困惑したように声を上げ、そこでようやくクラスメイト達も空の異変に気付いたように顔を上げ、困惑を露にする。

何かあったのだろうか、とハジメがユエと連絡を取ろうとした瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 空 が 落 ち る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は少しさかのぼる。

 月明かりが照らす夜空を裂く様に極光のブレスが放たれる。ユエはそれを上に上昇して回避すると周囲に蒼い炎の刃を無数の展開し、

 

 「蒼刃!」

 

 一斉に眼下のフリードとウラノス目掛けて射出する。ウラノスは降り注ぐ刃目掛けてブレスを放ち、相殺し、その穴に飛び込むことで回避するが、残りはそのまま地上の魔物たちに降り注ぎ、焼き切っていく。

 

 「……もう趨勢は決した。なのにまだ戦うの?」

 

 顔をしかめながらユエが問いかけると、フリードはぎりっ、と奥歯を嚙みながらユエを睨みつけ、

 

 「多くの仲間が、同朋が殺されたのだ………このまま逃げ帰れるわけがないだろうが!」

 

 荒々しい口調で吠えるフリードにはもはや冷静な指揮官としての雰囲気はない。最後までやるしかないか、とユエが黒盾を構えた瞬間、

 

 「ユエさん盾を!」

 

 不意に響いた友人の声にユエは考えるよりも先に体が動く。自分を覆うように黒盾を展開すれば、そこに無数の風の刃が襲い掛かり、黒盾を衝撃が襲う。

 だが、ゲートを起動させれば風の刃は黒盾に吸い込まれると同時に放逐され、逆に風の刃を放った魔人族を切り刻む。

 攻撃がやむとユエは盾を下ろしながら視線を自分の隣に着地したシアに向ける。

 

 「ありがとう、シア」

 「いえ、ご無事で何よりです、ユエさん」

 

 挨拶もそこそこにユエとシアは背中合わせとなって構える。その二人を包囲するように魔人族と魔物が展開する。

 

 「おのれ……どこまでも………こうなれば!」

 

 そう言うと同時にフリードが手を大きく掲げる。

 何かするつもりか、とユエ達が警戒した瞬間、平原の一角が爆発を起こし、巨大な砂煙が立ち昇る。

 何事かとユエ達が視線を向けた先で砂煙の中から他の魔物と一線を画する巨体が現れる。

 大きく破損した細長い髑髏のような頭部に背中に抉られたような傷を持つ圧倒的な巨体とそれを支える二本の腕、鞭のようにしなる尾。

 

 「あれって……!」

 「ハジメとティオがホルアドで倒した……!」

 

 驚いたように目を見開くユエとシアをよそにスカル・デビルは耳を塞ぎたくなるようなおぞましい咆哮をあげる。

 

 「使徒の裏切り者が手にした物を幾らかの魔物と引き換えに手に入れ、私の魔法で改造し、従えたのだ。本当はあの男にぶつけるつもりだったが……構わん、奴らを殺せ!」

 

 フリードが指示を飛ばすと同時にスカル・デビルは虚ろな視線をユエとシアに向け、二人が迎え撃つように魔力を昂らせた瞬間、

 

 頭上から降り注いだ青白い熱線が地上を一閃。凄まじい爆発を熱波が吹き荒れ、魔物たちを瞬く間に焼き尽くし、スカル・デビルが真っ二つに焼き切られる。

 

 「「「は?」」」

 

 その光景にフリードや魔人族はおろかユエとシアですらポカンとした表情を浮かべる。

 荒れ狂う炎が生き残った魔物と死体に戻ったスカル・デビルを焼く地獄のような光景を後目にユエ達の眼前の空にダンっと音を立てながら人影が着地する。

 

 「「神羅(さん)!」」

 

 ユエとシアが同時に名前を呼ぶと、空力の足場の上で静かに体を起こし、ブルりと体を震わせた神羅はちらりと視線を二人に向ける。

 

 「二人か……どうやら無事のようだな」

 「ええ、まあ……神羅さんも、大丈夫みたいですね」

 

 傷どころか服の破損すらない神羅を見て、シアは小さく頷く。

 

 「神羅……中々派手な登場だね」

 

 ユエが大混乱に陥った下を見ながら言うと、神羅は忌々し気に鼻を鳴らしながら空を睨み上げる。

 

 「本命は仕留められてないがな」

 

 神羅につられてユエとシアが顔をあげると、こちらを見下ろすように銀と金の髪をした女が魔力の翼を広げていた。

 

 「あれが………」

 「ああ、そうだ。ノイントとか言う奴の力を植え付けられた神の手駒だ。さっさと殺すつもりだったが、殺しきれずにここまで来てしまった」

 「し、神羅さんが仕留めきれないって………!」

 

 シアが戦慄の表情を浮かべているが、それはユエも同じで大きく目を見開いている。

 本気で殺すつもりの神羅と戦って、生き延びるなんて尋常ではない。奴の力はそれほどまでに強大と言う事か。

 

 「神山で仕留めるつもりでしたが………邪魔が入りましたか。構いません。もろとも葬って差し上げましょう」

 

 ノイントは両手に双大剣を顕現させ、その切っ先を3人に向ける。

 それだけで絶大なプレッシャーが放たれ、その場を飲み込む。魔人族たちはフリード以外全員が耐えるように歯を食いしばり、フリードも大きく目を見開き、警戒するように距離を取る。

 だが、ユエとシアは即座に臨戦態勢に移り、来るなら来い、と戦意を滾らせながらノイントを睨み返す。

 その視線を受け、ノイントの目が細まり、魔力の翼が羽ばたいた瞬間、

 

 「ほざくな女………殺すつもりなんて更々ない癖に」

 

 吐き捨てるように言った神羅にユエとシアがえ?と目を丸くしながら視線を向ける。

 

 「殺すつもりがないって………どう言う事ですか?」

 「そのままだ。こいつは口では俺を排除するだのなんだのと言っているが、実際の所は殺すつもりなんてないんだよ。今まで生きて居られてるのがいい証拠だ。お前は決して俺と戦う事はせず、俺の注意を引くことだけに集中していた。俺を殺すつもりならもっといろんな攻撃をしてきているはずだ。その剣も使ってな」

 

 そう言えば、ノイントが剣を取り出したのはついさっきだ。神羅と戦っていたのなら、ここに来た時にはすでに持っていてもおかしくないのに。まるでこちらに戦意を見せつけるように剣を構えた。

 

 「だがお前は決して俺に近づこうとはしなかった。俺に近づかず、遠くからちまちまと攻撃を続けた。流石にずっとこの調子なら俺でも気付く。お前が俺を殺すつもりがない……神の命に従っていないってな」

 

 その瞬間、ノイントの目元がピクリと揺れ、神羅をじっと見据える。

 

 「お前には何か別の目的があるだろう?何を狙っている?」

 

 神羅が問うと、ノイントははぁ、と呆れたようにため息を吐くと、

 

 「何を言うかと思えば………勝てない相手に戦いを挑むなんて愚かな真似、するはずがないでしょう」

 

 その言葉にユエとシアは困惑を強くする。それに構わずノイントは続ける。

 

 「敵との実力差も分からぬほど私は愚かではありません。他の使徒は勝てるなどと宣うでしょうが、我々が何人束になろうとあなたには勝てないでしょう」

 

 淡々とした口調は彼女が事実だけを口にしているという証明だ。彼女は自分が神羅には勝てないと認識している。

 ならば、ノイントは今まで何のために神羅と戦っていたのだ?そんな疑問がユエ達の頭をよぎった瞬間それを見透かしているようなタイミングでノイントは視線を平原の一角に向けて手を差し出し、

 

 「私では貴方には勝てない…………ならば、勝てる相手を呼び出すだけです」

 

 そう告げた瞬間、突如として平原の一角に巨大な魔法陣が出現する。それはあまりにも、そう、あまりにも巨大な魔法陣だった。直径は一キロ近くはあり、びっしりと大量の構築式が書き込まれ、あまりの規模にもはやそれが何を目的に発動した物なのか一目で理解することは不可能だ。

 発動した魔法陣を見て即座にユエとシアは警戒するように身構え、神羅もまた魔法陣を睨みつける。

 そして魔法陣が光り輝き、周囲一帯が昼になったと錯覚するよう程の光に包まれた瞬間………魔法陣から黒い雷雲が噴き出す。

 まるで夜をそのまま溶かし込んだような黒い雲が火山の噴煙のように魔法陣から大量に吐き出され、激しい雷鳴と共に空に昇っていく。

 その光景をユエとシアは呆然と眺めていたが、神羅はその黒雲を見た瞬間、大きく目を見開く。それと同時に本能がけたたましい警鐘を鳴らす。

 神羅はその警鐘に突き動かされるように背びれを発光させると口から熱線が放たち、魔法陣の一角を吹き飛ばす。すると、吹き飛ばされた個所を起点に連鎖的に魔法陣全体に崩壊が広がっていき、最終的には陣そのものが砕け散り、無力化される。

 

 「ええ……貴方ならばそうすると思っていました」

 

 その光景を眺めながらノイントが無感情に呟くと同時に神羅の警鐘がさらに激しく鳴り響き、それに従って顔を上げ、神羅は絶句した。

 すでに雷雲は空を覆い尽くすほどに広がっていたが、そこから発生した雷が巨大な魔法陣を形作っていた。直径は一キロ近く、大量の構築式が刻み込まれた………先ほど破壊した魔法陣と同じものだ。

 そこから膨大な黒雲が一気に吐き出される。その量は先ほどの比ではなく、瞬く間に王都周辺の空を覆い尽くす。

 

 「い、一体何が……!?」

 

 状況について行けず、ユエが困惑していると、不意に頬に何かが当たる。

 

 「雨?」

 

 指で拭った雨粒を見てユエが首を傾げた瞬間、雨脚はみるみる強くなっていき、土砂降りの豪雨が降り注ぎ、その場にいた全員はあっという間にずぶ濡れとなってしまう。

 

 「な、何で急に……あの雲は一体……」

 

 シアが上空の黒雲に怯えたような視線を向けていると、神羅は再び熱線を放とうと背びれと両眼を青く光らせ……

 

 「っ!くそがっ!」

 

 瞬間、叫ぶと同時に熱線のチャージをやめ、ユエとシアを担ぎ上げてその場から飛び出す。

 その直後、黒雲から轟音と共に巨大な雷が神羅達がいた場所に降り注ぐ。目標を失った雷はそのまま地面に着弾すると四方八方に拡散、地上を蹂躙する。着弾点の魔物は瞬く間に消し炭となり、周囲の魔物も拡散した雷に襲われ、瞬時に絶命する。

 もしも神羅が助けてくれなかったらあの魔物たちと同じよう末路を辿っていたという事実にユエとシアの顔が引きつる。

 ユエとシアが神羅に礼を言おうとするが、その直後に顔が恐怖で引きつる。神羅の身体から先ほど神山で放たれた物と同じ……いや、それ以上の怒気が放たれたのだ。まるでそれだけで地上を焼き尽くせそうなすさまじい敵意と怒りが場を飲み込み、その怒りを纏いながら空を睨みつける様は、天を地に引き摺り墜とそうとしているかのようだ。

 ユエとシアは愕然とした表情を浮かべながらも、ぎこちない動きながら視線を神羅が睨む空に向け、

 

 

 

 

 

 雲を切り裂きながら、悠然とそれは現れる。

 

 

 

 まず最初に現れたのはそれだけで数十mはありそうな二本の黄金の鱗に覆われた尾だ。黒雲から生えるように現れた二本の尾は先端に大小無数の棘を生やしており、折りたたまれていたそれが開くと、棘と棘がこすれ合い、異音が響き渡る。

 次に現れたのは逆関節型の鋭い爪を備えた足、そして圧倒的な巨体だ。胴体の大きさだけでゴジラと同じぐらいありそうな巨体も、尾と同じように黄金の鱗に覆われ、迸る雷光に照らされて金色の光を放つ。

 そして、黒雲を引き裂くように現れたのは片側だけでその巨体を遥かに上回る巨大な一対の黄金の翼だ。悠然と羽ばたくそれは、あまりにも巨大で、まるで王都全域の空が翼で覆われているような錯覚に陥る。

 そして、最後に現れたのは身震いするように震える三つの黄金の首。そしてその先についた無数の角を有した三つの竜頭だ。3対、六つの竜眼は等しく地上に向けられているが、その様子は三つ首それぞれで違っているように見える。竜にとって左側の頭部はどこか興味深そうに地上をキョロキョロと見渡し、右側は苛立っているような唸り声をあげながら地上を睨みつける。。そして真ん中の頭部は周囲に見向きもせず、己を睨み付けている神羅を真っ直ぐに睨み返している。その中央の頭部が低く咆哮をあげると、左右の頭部の視線が一斉に神羅に向けられる。

 その瞬間、三つの頭部が一斉に敵意をむき出しにするように顔を歪ませ、同時に尋常ではない圧が空から降りかかる。それはかつてゴジラから感じたものと同じ、生きとし生ける者全てをひれ伏させる王者の圧だ。だが、それはゴジラの物とは似ているようで違う。

 ゴジラの物が大樹や霊峰、悠久の大地のような、見る者を否応なくひきつけ、自然と崇拝の念が湧き出るような絶対的な覇気だとすれば、目の前の怪獣が放つ圧は、あえて例えるならば隕石。

 空から慈悲無く降り注ぎ、絶対的な力ですべてを破壊、蹂躙し、それを見る者の心をへし折り、絶望させ、屈服させる傲慢な(プレッシャー)

 

 「まさか………あれって………!

 

 ユエは愕然とした表情を浮かべながら気圧されるように後ずさる。容赦なく降り注ぐ絶大なプレッシャーに押しつぶされそうになるが、奥歯が砕けそうになるほど噛み締めながら耐える。シアも過呼吸に陥ったように呼吸を乱しながらも崩れ落ちそうになるのを懸命に堪えている。だが、フリードをはじめとする魔人族達は無理だった。まるで心身喪失状態に陥ったように怪獣を見上げながら、全身が恐怖によるものか激しく震えてしまっている。魔物たちの方も、逃げ出していてもおかしくはないのにあまりの恐怖からか完全に身動きが取れなくなってしまっている。

 三つの頭部はそんな矮小な存在など見えていないと言わんばかりに視線を神羅に向け、激しく尾を鳴らしながら威嚇するように唸り、

 

 モンスターゼロとも呼ばれた偽の王、キングギドラは天を揺るがすような甲高い咆哮を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天井に空いた大きな穴から差し込む月光に照らされながらその蛹は激しく光を発していた。

 蛹の状態でありながら彼女は察知した。あいつが現れたと。このまま放置すれば、再びこの世界は甚大な被害を被る事となる。

 それを防ぐために、彼女は幾度となく一人であいつに戦いを挑み、今生の命と引き換えに撃退してきた。

 だが今回はそうはならない。今は彼がいる。奴に打ち勝った彼女の王が。

 その事を心強く思う反面、申し訳なく感じる。本当は彼に頼らず、自分だけの力で奴を倒しておきたかった。だけど自分は弱いから、結局また彼に頼る事になってしまった。また彼に押し付けてしまった。

 だが、そこまで考えた所で、彼女はそれを自分の中に押し込める。彼の命に背くわけにはいかないのだから。

 あいつが現れたのなら、必ず彼はあいつと戦う。ならば自分がすべきことは決まっている。彼と共に戦う。これまでと同じように、彼の傍で。

 蛹が激しく蠢き、激しく明滅していくと、蛹の一角にぴッ、と切れ込みが入る。

 切れ込みが広がり、彼女はゆっくりと、成長しきった体を蛹の外に押し出す。肢に支えられて体が地面に降り立ち、それに続くように巨大な翅が外気にさらされる。

 降り注ぐ月光を浴びながら彼女は空を見上げ、歌うような鳴き声を上げると、ゆっくりと翅を羽ばたかせ、舞い上がる。そのまま天井から飛び出すと、夜空を切り裂く様に一直線に飛翔する。目指す場所はただ一つ、王の戦場である。



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第91話 混迷、激化

 今年度中の更新は無理かな、と思ったけど何とか書けました。


 キングギドラの咆哮が響き渡った瞬間、神羅は背びれを青く、激しく点滅させながら吠える。

 

 「ユエ、シア、さっさと逃げろ!こいつは俺が相手をする!!!」

 

 神羅はその場から大きく飛びのき、一気に数百メートルの距離を稼ぎながら全身から黒い魔力を放出。それは瞬く間に黒い巨体を構築し、ゴジラへと変ずると地面を粉砕しながら着地する。

 ギドラからしてみれば虚空からゴジラがいきなり現れたような光景にも拘らず、三つの頭部に動揺した様子は見られない。まるで、神羅がゴジラだと気付いていたようだ。

 ゴジラが唸り声をあげ、背鰭を激しく明滅させながらギドラを睨みつけると、ギドラも空中に浮遊しながら翼を大きく広げ、尾を激しくかき鳴らす。それだけで尋常ではない(プレッシャー)がぶつかり合い、世界が悲鳴を上げているような錯覚に陥る。

 

 「っ………シア!いったん退避してハジメ達と合流しよう!」

 

 ここでゴジラとギドラが戦闘を行えば間違いなく巻き込まれる。そうなればユエであっても生きて帰れる自信はない。一刻も早くここから退避しなければならない。ユエは黒盾をしまいながらシアの肩を掴むが、シアは何も答えない。だらりと腕が垂れ下がり、手からドリュッケンが零れ落ち、そのまま地面に向かって落下していく。それでもシアは虚空を見つめたまま何の反応も示さない。

 

 「シア、どうしたの!?」

 

 慌ててユエはシアの前に回り込み、顔を覗き込むが、その瞬間、大きく息を呑む。

 シアは土砂降りの雨にも構わず大きく目を見開きながら激しく体を震わせていた。半開きの口からよだれを垂らしながら、何かをぶつぶつと呟いている。

 

 「王……あの者こそ……王………王に……王に従え……従え………」

 

 その呟きが進むにしたがってシアの目が白目をむきはじめ、それに比例するように体の震えが大きくなっていく。明らかに異常な事態だ。

 

 「シア、しっかりして!シア!気をしっかり持って!」

 

 ユエはシアの肩を掴んで激しく前後に揺さぶりながら呼びかけるが、彼女の異常が収まる気配はなく、むしろ呟きは早口に変わっていき、震えも大きくなり、異常はシアを蝕むように進行していく。

 

 「っ……!ゴメン!」

 

 ユエはそう謝ってから拳を握り、更に黒い重力場で包むと、思いっきりシアの腹部に叩きこむ。

 げぼっ!とシアは口から激しく胃液が吐き出しながらその場で体を九の字に曲げ、激しく咳き込む。

 

 「げほっ、げほっ、おぇあ………あ、あれ?私……何を……?」

 

 それが収まり、体を起こしたシアは困惑したように周囲を見渡している。身体の震えも止まっており、完全に正気に戻った様子だ。

 

 「シア!よかった、戻ってきた!」

 

 それを見たユエは安堵したように顔を崩しながらシアを抱きしめる。

 

 「ゆ、ユエさん!?い、一体どうしたんですか!?」

 「それはこっちのセリフ……突然様子がおかしくなったけど、何があったの?」

 「何って……偽王が吠えたら、急に頭の中で声が響いたんです。我こそが王。我らこそが王。王に従え……王の命に従えって………そしたら……急に意識が遠のいて………その声に従わなくちゃいけないって思い始めて……」

 

 最初こそ困惑したように話していたシアだったが、進むにしたがってその顔が青ざめていき、体が恐怖で震えていき、己の肩を抱きしめる。

 

 「まさか……呼びかけ……?」

 

 前世で、偽王が地球全土の怪獣に呼びかけ、己の配下にしたと言うのは神羅から聞いている。恐らくあの咆哮はその呼びかけだったのだ。このトータス全土……いや、もしかしたらトータスの外の海の果てにまで届く王の宣誓。その影響をもろに受けたのだろう。

 だが同時にユエはなぜ自分は無事なのだろうと疑問を感じる。自分もあの咆哮は聞いたがそんな声は聴いていないし、正気を失ったりもしていない。

 なぜ、とユエは困惑しながらシアを見て、彼女の頭のうさ耳を見て目を見開く。

 

 (まさか……亜人族だから?)

 

 亜人族は獣の特徴を有した人間。つまり他の人間族よりも獣に近い。それが要因なのだろうか。

 

 「って、まさか……!?」

 

 獣に近い存在はギドラの影響を受ける。では魔物はどうなるか。

 慌てて視線を周囲に向ければ、予感は的中していた。魔人族側の魔物たちの生き残り全てが先ほどまでとは打って変わって静かにギドラを見上げている。まるで王の命を待つ兵士のように。

 そしてギドラの右の頭部が魔物たちを見下ろし、軽く吠える。

 瞬間、それに答えるように魔物たちが咆哮を上げ、

 

 「な、なんだ!?急に……ぐぁ!?」

 「ど、どうした!?おい、言う事をぎぁ!?」

 「ふ、フリード様、助け……がぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 次々と魔人族へと襲い掛かる。己の背に搭乗していた魔人族を振り落とし、落下した魔人族にほかの魔物たちが一斉に襲い掛かり、血祭りにあげていく。そんな光景がそこらじゅうで繰り広げられ、魔物の咆哮と魔人族の悲鳴が周囲に木霊する。

 

 「ど、どうしたんだウラノス!しっかりしろ!」

 

 それはフリードが乗っているウラノスも例外ではなかった。咆哮を上げながら激しく身をよじり、フリードを振り落とそうとする。フリードは懸命に鞍に掴まって堪えるが、ウラノスは更に激しく暴れまわる。

 

 「魔物たちが……一瞬で………!」

 「これが……偽王………!」

 

 その光景を見て、ユエとシアが戦慄の表情を浮かべた瞬間、

 

 

 ゴガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!

 

 

 天を揺るがすような凄まじい咆哮をゴジラが上げる。ビリビリと空気が揺れ、あまりの大音量にユエとシアは顔をしかめながら耳を塞ぐ。

 咆哮が収まるとゴジラは唸りながら身を震わせてギドラを睨みつける。対しギドラははっきりと顔を歪ませながら、忌々し気にゴジラを睨みつけている。

 何が、と二人がギドラを見上げていると、

 

 「う、ウラノス……大丈夫か?いったい何が……?」

 

 不意に聞こえてきたフリードの声にユエ達が視線を向ければ、先ほどまで暴れていたウラノスが弱々しく鳴きながら頭を振っており、その首元をフリードが撫でていた。

 更に地上でも魔物たちの動きは止まっているが、どこか様子がおかしい。まるでエラーを起こしたロボットのように体が震わせ、混乱したようにうめき声を上げている。

 

 「まさか………偽王の呼びかけを上書きした?」

 

 ギドラにできるのならゴジラも似たようなことはできる。それを使って奴の呼びかけを無力化したのだ。

 だが、その僅かな間に魔人族の部隊は壊滅状態に陥っていた。魔物はまだ残っているが、地上の魔人族はほぼ全滅状態となってしまっており、空のいた魔人族達もほとんどが黒鷲の背中から振り落とされ、そのまま魔物の群れに呑み込まれてしまったようだ。

 部隊の惨状を目にしたフリードの顔色は蒼白となり、瞳の集点がぶれるが、そんなもの知らないと言わんばかりにゴジラはギドラを睨み、荒々しく尾を地面に叩きつけ、背びれを激しく明滅させる。ギドラも激しく尾を振り回しながら三つの頭部の視線がゴジラに集中する。

 ただでさえ尋常ではなかった圧がさらに高まり、ぶつかり合い、せめぎ合う。さながら噴火の寸前の火山を見ているような圧迫感にその場の全員が動けない。混乱しきっていた魔物たちですら、かつてない重圧を感じ取ったのか嵐をやり過ごそうとするかのように動きを止めている。

 だがそれは、あまりにも唐突に、理不尽に、身勝手に破られる。

 

 ゴガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!

 

 ルァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!

 

 4つの咆哮が轟いた瞬間、ゴジラは地面を吹き飛ばしながら猛然と駆け出し、ギドラは真っ直ぐにゴジラ目掛けて両足を振り上げながら急降下する。

 そして両者が激突した瞬間、凄まじい衝撃が周囲を駆け巡り、雨粒の悉くが吹き飛ばされ、衝撃をまともに浴びたユエ達が吹き飛ばされる。

 それがきっかけとなったように魔物達は一目散に逃走を始める。そこに秩序なんてなく、行動が僅かにでも遅れた物、体の小さい物は他の魔物に弾き飛ばされ、立つ事もできずに踏み潰される。全ての魔物が生き残るために一メートルでも多くここから遠ざかろうとした結果、新たな地獄が生み出される。その地獄に巻き込まれ、ただでさえ少なかった魔人族の生き残りが更に踏み潰されていく。

 

 「っ……皆、撤退だ!一人でも多く、この場から退避しろ!急げぇ!!」

 

 フリードは喉を裂くような大声を張り上げると、魔人族たちは即座に退避を始め、フリードを乗せたウラノスも猛スピードで王都付近から撤退していく。

 

 「っ……!シア、早くここから逃げる!」

 「分かってます!」

 

 それはユエ達も例外ではなく、弾かれたようにその場から背を向けると、そのまま王都方面に急行する。

 それらに気づいた様子もなく、激突と同時に組み合っていたギドラとゴジラだが、ギドラはゴジラに両足の爪を喰いこませ、更には尾を胴体に巻き付け、きつく締め上げる。逆にゴジラはギドラの足を圧し折るつもりで掴むとそのまま地面に引きずりおろそうと力を込める。

 が、その前にギドラが大きく羽ばたく、ゴジラの巨体が一瞬浮かび上がる。そこからギドラは一気に降下してゴジラを背中から地面に叩きつける。盛大な地響きと共に大地が割れ、衝撃で魔物たちが木っ端のように吹き飛ばされる。

 更にギドラはゴジラを押し付けながら飛行し、引き摺り回す。その軌道に沿って地面がめくり上がり、地上の魔物たちが土石の波に呑み込まれていく。

 だがゴジラもやられっぱなしではない。引き摺られながらも背びれを光らせると、口から青白い火球を放つ。これまでの熱線とは違う、チャージができていないため威力は低いがチャージせずに撃てる小回りと連射が効いた新技だ。

 火球は3本の首の根本に直撃し、ギドラが怯んだように動きが止まる。その瞬間、ゴジラは今度こそ熱線を放つ。

 青白い閃光はギドラを直撃し、その威力で巨体を大きく吹き飛ばし、背中から地面に叩きつける。それだけで大地が割れ、耳をつんざく轟音が響き渡る。

 だが、ギドラは熱線の直撃を受けたにもかかわらず、即座に立ち上がる。その黄金の鱗は一部が焼けこげているのだが、それは見る見るうちに治っていく。忌々し気に唸るギドラの視線の先で、ゴジラが背を向けた状態で立ち上がろうとしていた。

 好機と見たのかキングギドラは即座にゴジラ目掛けて猛然と地面を駆けて突進する。

 その瞬間、ゴジラの長い尾が青白い炎を纏いながら静かに振り上げられる。

 その光景を見たギドラはとっさに止まろうとするが、その時にはすでに尾の間合いに入っていた。

 そして、ゴジラが思いっきり体を振るうと、猛然と尾がギドラを横薙ぎに殴りつける。爆音と青白い爆発と共にギドラの巨体が横に吹き飛ばされる。

 が、ギドラはどうにか脚と翼を地面に叩きつけて着地。殺しきれなかった勢いで地面を抉っていくが、倒れるのだけは防ぐ。

 尾を振り抜いた勢いで振り返ったゴジラは間髪入れずにギドラ目掛けて突進する。ギドラは迎え撃つように三つの首を伸ばし、ゴジラに牙を突き立てようとする。

 ゴジラは拳を握ると右の頭部を殴り飛ばし、中央の頭部に頭突きをぶち込み、左の頭部を掴み上げる。

 ゴジラはそのまま左の頭部を地面に叩きつける。その隙に殴り飛ばされた右の頭部が憤怒に両目を燃やしながら襲い掛かり、ゴジラの左肩に喰らい付く。

 それと同時にギドラの牙から雷撃が放たれ、ゴジラを襲う。

 ゴジラが苦しげな声をを上げると同時に中央の頭部までもゴジラの首元に喰らい付き、雷撃を放つ。

 流し込まれた雷撃に全身を襲われ、ゴジラは苦悶の咆哮を上げる。それだけに終わらず左の頭部も拘束を振り払ってゴジラの右腕に喰らい付くと、雷撃を放ち、漆黒の巨体をを振り回す。ゴジラは噛み付きを振りほどこうとするが、ギドラは逃がさんと力づくで抑え込もうとし、結果互いにもつれるように暴れまわる。地面が、魔物が、王都周辺の全てが砕け散り、破片が豪雨と混じって地面に打ち付けられ、破壊が加速していく。その破壊の雨は当然王都にまで降り注いでいるが、結界が辛うじて防いでくれている。

 激しく暴れても振りほどけない事に業を煮やしたのか、ゴジラは両腕に青白い炎を纏わせるとギドラの中央の頭部を殴りつける。

 爆炎が炸裂すると同時にギドラが驚いたように口を放し、その隙にさらにギドラを大きく振り回し、その勢いで右の頭部を振りほどくと、左の頭部を殴りつけて怯ませ、更に胴体に蹴りを叩きこむ。たまらずギドラは大きく後ろにたたらを踏むが、踏みとどまってゴジラを睨みつけると、三つ首の喉元が光り輝く。

 そして三つの口が同時に開いた瞬間、眩い黄金の雷撃が放たれる。最上級魔法の天灼すら児戯と思えるほどの凄まじい雷撃がゴジラに襲い掛かるが、ゴジラはをそれを身を伏せて回避する。

 目標を失った雷撃はそのまま空に向かって伸びていき、王都の結界の上部を掠める。たったそれだけで大結界が全て砕け散り、王都に結界の破片が豪雨に交じって降り注ぐ。

 そして雷撃を避けたゴジラはその態勢から熱線を放つ。熱線はギドラを直撃。巨体は吹き飛ばされ、背中から地面に叩きつけられ、凄まじい地響きを引き起こす。

 ゴジラは荒々しく咆哮を上げながら猛然とギドラ目掛けて突進する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間を少し巻き戻し、ギドラが降臨した直後。その光景は王城にいたハジメ達からも見えていた。

 

 「な、なんだよあいつ………」

 

 誰かが空を見上げながら呟く。だが、その声に答える者はいない。答えられる者はいない。その場にいる全員が愕然と空を見上げていたからだ。

 空を覆う黒雲を切り裂きながら現れた圧倒的な金色の巨体。まさに神話の中と言っても過言ではない現実離れした光景に恵理と檜山を含めた誰もが言葉を失い、理解を放置していた。

 

 「あ、あれは……まさか………」

 「ああ、きっと……」

 

 その中であってもティオとハジメは頭を働かせていた。あの金色の体に三つの首。間違いなく、ゴジラが前世で戦い、エヒトの手によってトータスに召喚され、解放者たちを蹂躙した偽の王だろう。

 このタイミングでの出現をハジメ達は全く予想できなかった。

 そしてキングギドラが大きく咆哮を上げた瞬間、クラスメイト達の認識が追い付き、それと共に一瞬で心が恐怖に呑み込まれ、悲鳴と絶叫が響き「カァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」わたる寸前、凄まじい(プレッシャー)が迸り、強制的に動きが止められる。

 オルクス大迷宮を彷彿とさせる行動を起こしたのはハジメだった。全力の魔力放出と加減なしの威圧によってあの時の神羅と同じことをやってのけたのだ。もっとも、もしもキングギドラが目の前にいた場合、ハジメには成功させる自信はあまりなかった。今回は自分達とキングギドラの距離が大きく離れていて、尚且つ奴の意識が別の何かに集中していたから成功したのだ。

 

 「好き勝手に動くな!全員今すぐ、城の中に退避しろ!」

 

 ハジメはそう叫ぶが、周りの生徒たちのほとんどが動こうとしない。いや、動けないのだ。あまりにも事態が急転しすぎて理解が追い付いつかず、右往左往している。

 

 「っ……!ティオ、香織!後動ける奴全員で……」

 

 ハジメはそう言いながら近くにいたティオに顔を向けるが、その瞬間息を呑む。

 ティオは焦点の定まらない眼で虚空を見上げながらよだれが垂れるのも構わずに口を半開きにして立っていた。

 

 「ティオさん!?どうしたんですか!?」

 

 香織もティオの異常に気付いたのか声をかけるが、ティオはそれにすら答えず、逆にぶつぶつとうわ言のように何かを呟き始める。

 

 「王……あの者こそ……王………王に……王に従え……従え………」

 「何を言って……しっかりしてください、ティオさん!」

 

 香織がティオの肩を掴んで激しく揺さぶるが、ティオの呟きは途絶えない。それどころか呟くほどに両面が白目をむいていき、体が震え始める。

 

 「ちょ、ちょっと南雲!?ティオさん、なんかおかしくなってない!?」

 

 更に異変に気付いた優花が慌てて駆け寄ってくる。

 

 「……多分、あの黄金の怪獣の仕業だ。何らかの方法でティオに精神的に干渉してるんだ」

 「それって……だ、大丈夫なの!?」

 「どう考えても大丈夫じゃない!早く何とかしないと……!」

 

 だが、精神への干渉なんてのはハジメには門外漢だ。一体どうやれば解けるのか……

 そうしている間にティオの状況は更に酷くなっていき、呟きはもはや聞き取れないほどに早くなっており、もはや一刻の猶予もない事は明白だった。

 

 「ちっ……悪く思うなよ、ティオ!」

 

 そう言うとハジメはティオの顔を唐突に思いっきりぶん殴る。鈍い音と共にティオの顔に拳がめり込み、弾かれたようにティオの身体が吹き飛び、地面に叩きつけられる。

 

 「ちょ、南雲!?いきなり何を!?」

 「そ、そうだよ南雲君!まさか南雲君も……!」

 「他に方法が思いつかなかったんだよ!正気に戻す方法なんてあれぐらいしか……」

 「だからって……」

 「いや……的確な判断じゃよ、ハジメ殿」

 

 その声にハジメ達が顔を向けると、鼻から血を流しながらティオが立ち上がる。その目は、殴られた後にも拘らず、焦点がはっきりとしており、ちゃんと意思の光が宿っている。

 

 「ティオさん、大丈夫なんですか!?」

 「ああ……皆心配をかけて済まぬ。どうにか戻れたようじゃ」

 

 香織に鼻を治してもらいながらティオは流れた血を拭う。

 

 「何があったんだ、ティオ?もしかしてだけど……」

 「ハジメ殿が考えている通りじゃ。奴が吠えた瞬間、頭の中で声が聞こえて……そこからはその声に従う事しか考えられず……」

 

 顔をしかめながら頭を振るティオを見て、ハジメは自分の想像が当たったと確信する。

 今はまだここの被害はティオだけだが、今度はどうなるか分からない。一刻も早くどうにかしなければ。

 そう考えた瞬間、キングギドラの物とは全く違う咆哮が轟き、ハジメ達ははっ!と視線を咆哮が轟いた方角に向ける。そのさきは壁に囲まれていて見えないが、それでも分かる。

 

 「あの咆哮って……神羅君の……だよね?」

 「ああ……どうやら兄貴も臨戦態勢になったらしい」

 「それは……不味いのう。神羅殿と奴が本気で戦ったら、王都が無事である保証なんてないぞ……!」

 「南雲……一体何が起きているんだ……?あの魔物も依然言っていた怪獣と言う奴なのか……?」

 

 ハジメ達が顔を引きつらせていると、彼等の代わりに生徒たちを宥めたメルドが近寄ってくるが、その顔には隠し切れていない恐れが浮かんでいる。

 どうにか落ち着いた生徒たちも同様に恐怖が張り付いた顔をハジメ達に向けてくる。その中で、光輝が引きつった表情でハジメに詰め寄ってくる。

 

 「そ、そうだ南雲!あれは一体何なんだ!?それにさっき聞こえてきた咆哮は……!?」

 「……あれも怪獣だよ。それも、怪獣の中でもとびっきりにやばい奴だ。兄貴でも勝てるかどうか分からないレベルのな……さっきの咆哮は兄貴の物だ。本気を出したって合図のような物だよ」

 

 その言葉に光輝が言葉を失い、親衛隊の面々がゴジラの姿を思い浮かべた時、予想外の者が声を上げる。

 

 「そ、そんなのどうでもいいだろ!そんな事よりもさっさと拘束を解けよ!早く、早く逃げようぜ!」

 「そ、そうだよ!今ここで争ってる場合じゃないでしょ!?一緒に逃げようよ!」

 

 それは檜山だ。縛られた状態で、恐怖に引きつった顔で叫ぶ。それに便乗するように恵理も同じように叫ぶ。メルドは一瞬軽く息を詰まらせるが、すぐに首を横にふると、

 

 「ああ、今すぐに退避する。だが、お前たちの拘束は解かん。この混乱に乗じて逃げられるわけにはいかないからな」

 

 その言葉に恵理も檜山も愕然とした表情を浮かべ、激しく騒ぎ出す。

 

 「なんでだよ!どう考えてもそんな事態じゃないだろ!?俺達が死んでもいいってのかよ!?ふざけんな!さっさと拘束を解け!俺を開放しやがれ!!」

 「こ、光輝君……光輝君からも何とか言ってよ……このままじゃ、僕、逃げ切れずに死んじゃうよ……そんなの、光輝君は許さないよね……?」

 

 檜山と恵理の抗議に生徒たちはどうすればいいの変わらず、途方に暮れたように突っ立っている。

 

 「おい、何でもいいけど、早く城の中に逃げたほうがいいんじゃないか……?空もどんどんひどくなって……」

 

 空を見上げていた淳史が放水銃を固く握りしめながら言った瞬間、凄まじい衝突音と共に何か衝撃のような物が空気を揺らす。

 クラスメイト達は突発的な異常に激しくうろたえる中、ハジメ達は即座にその正体に気付く。

 

 「これは……いよいよ始まったか……!とにかく全員、一回城の中に避難しろ!姫さん!あの秘密の通路に逃げ込むが構わないな!?」

 「え!?あ、は、はい!そうしましょう!」

 

 リリアーナが大きく頷いたのを確認したハジメは恵理と檜山を抱えようと足を向け……

 その瞬間背骨に氷柱を突き刺されたような凄まじい悪寒に襲われ、反射的に後ろに跳び退る。

 直後、上空から銀雷が降り注ぎ、広場を直撃、凄まじい衝撃が炸裂し、生徒たちが悲鳴を上げながら吹き飛ばされる。

 荒れ狂う衝撃の中、ハジメは顔を庇いながらもどうにか踏ん張り続ける。

 十数秒、もしくは数秒が経過したころ、銀雷が収まり、広場から空に向かって煙が立ち上る。

 

 「っ……!おい、全員無事か!?」

 

 ハジメが大声で叫ぶと、

 

 「……妾達は大丈夫じゃ、ハジメ殿。香織も優花もな」

 

 振り返れば、ティオが部分変化で出現させた翼を広げていた。そのそばには香織と優花の姿もある。どうやら翼で二人を守ったらしい。

 

 「な、何が起きたんだ……!?」

 

 メルドも無事なようで、リリアーナを守る様に彼女の前に立ち、大剣を構えている。

 一方で周りからは吹き飛ばされた生徒たちのうめき声が聞こえてくる。どうやらまともに受け身も取れなかったらしい。だが、気配察知で見る限り、人数が減った気配は……

 

 「逃げられるわけにはいきませんね」

 

 その瞬間、ハジメは即座にドンナーとシュラークを構えて煙を睨みつける。

 直後、煙が勢いよく吹き散らされると、その中心に銀と金の髪に魔力の翼を携えたノイントが立っていた。

 

 「っ………神の使徒が、ここに何の用だよ……!」

 

 静かに立つノイントを見てハジメの本能が警鐘を鳴らす。こいつは自分が倒してきた使徒とは明らかに違う。そいつらよりも間違いなく格上の存在であると。

 恐らく神羅が相手をしていた存在だろう。恐らくだが偽王をここに召喚したことにもこいつが一枚噛んでいる気がする、だからか、そんな奴がここに来た理由がハジメには全く分からない。

 やる事が無くなったから自分たちを始末しに来たのかと思ったところで、ノイントは予想外の言葉を口にする。

 

 「いえ、ただ彼女を回収しに来ただけです」

 

 そう言ってノイントはちらりと傍で意識を失って倒れている恵理を見下ろす。彼女を拘束していた縛廻鎖も、レージングも銀雷によって千切れてしまっている。

 その言葉にハジメは一瞬ポカン、と口を半開きにするが、即座に意識を集中させ、ノイントを睨みつける。

 

 「中村をって………一体何のために……!?」

 「そう言う契約ですので」

 

 淡々と告げられる言葉にハジメは困惑したように顔を歪める。と、

 

 「ひ、檜山君……!?檜山君、どこですか!?」

 

 不意に腕を抑えながら立ち上がった愛子がせわしなく周囲を見渡しながら叫ぶ。そこでようやく、ハジメは檜山の姿が見えない事に気付く。どこかに吹き飛ばされたのかと思った時、ハジメは大気に濃い血の臭いが混じっている事に気付き、顔をしかめる。

 これは、と思ったところでノイントの足元の煙も晴れていき………頭を砕かれ、右上半身だけになった檜山の姿が露になる。その目には一切の光が宿っておらず、虚ろな闇のみが広がっている。

 そのあまりにも無残な姿にクラスメイト達は愕然とし、愛子は呆然とした表情を浮かべる。

 どうやら、檜山はあの銀雷をまともに喰らったようだ。確かにノイントは恵理については言及していたが、檜山については何も言っていない。恐らく、ノイントの狙いは恵理だけなのだろう。

 

 「ひ、檜山君!檜山君!」

 

 はっとした愛子が檜山の元に向かおうとするが、それを淳史と昇が抑え込む。

 

 「玉井君、相川君!?離してください!檜山君を、檜山君を助けないと……!」

 「無理だ先生!もう……もう、檜山は……檜山は、もう………!」

 「ち、違います!そんなはずが、そんなはずがありません!檜山君、檜山君!」

 

 昇の言葉に愛子は錯乱したように叫び、暴れる。それを見て、ようやく周囲のクラスメイト達は檜山の死を実感し始め、みな顔が蒼白となり、ガタガタと体が震えだす。

 

 「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 光輝が激昂したように咆哮を上げながら限界突破、覇潰を使用。全身から魔力の奔流をまき散らしながらノイント目掛けて一気に突進し、聖剣を振り上げる。

 が、ノイントの手がぶれた瞬間、光輝の両手が肘から先が消失。ついで体が凄まじい勢いで吹き飛ばされ、そのまま広場の壁に叩きつけられる。少し遅れて聖剣がそれを握った右手ごと地面に落ちる。

 

 「光輝ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 「てめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 雫が悲鳴じみた声を上げながら光輝に駆け寄っていき、龍太郎が咆哮を上げながらノイントに殴りかかろうとする。ノイントが龍太郎に向かって無造作に手を伸ばした瞬間、額に何かを喰らったように仰向けに吹き飛ばされ、そのまま動かなくなる。

 その様子に全員が最悪の展開を予想するが、龍太郎の頭は無事だった。ただ額が赤くなっていること以外は。

 ノイントはゆっくりと視線をハジメに向けると、彼は宝物庫から取り出したゴム銃を放り捨て、改めてドンナーをノイントに突きつける。

 

 「……香織、天ノ河の治療、いけるか?」

 「う、うん……再生魔法なら……」

 

 そう言って香織は光輝の元に走っていく。そして、優花もまた愛子の元に走っていき、ティオがハジメの隣に立つ。

 

 「……別にあなた方の排除は命じられていないので、戦わないのであれば、見逃してあげますが?」

 「そうかい。そいつはありがたい………でもな、俺個人としては、お前をこのまま逃がすわけにはいかないんだよ」

 

 それは別に檜山や光輝の敵討ちなんてものじゃない。ハジメの直感が警鐘を鳴らしていた。このままこいつを逃がしてはならない。ここでこいつを仕留めなければとんでもない事になる。そんな予感がハジメを突き動かしていた。

 

 「そうじゃな……このまま逃がすなど、できる事ではないな」

 

 そう言ってティオは両手両足を竜へと変じ、黒い尾を伸ばし、構える。それを無感動に眺め、ノイントは呟く。

 

 「そうですか………では、少し遊んで差し上げましょう」




 今年のコミケ、二日行きましたが、戦果は上々、大収穫でした。でも、その分肩に凄まじい負担が……

 それでは皆さん、今年一年、お疲れさまでした。来年も、良いお年を!
 


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第92話 豪雨の戦い

 前話で龍太郎が気絶したのはハジメが宝物庫から取り出した別個のゴム銃に頭を撃たれたからです。


 轟く発砲音は一つだけ。だが、それはあまりの連射速度に発砲音が重なっただけで、実際の発砲音は6回。計、6発のレールガンがドンナーから放たれ、ノイントに音速を超えて殺到するが、彼女は無表情に両手に双大剣を顕現させ、手元がブレる。

 瞬間、甲高い音を響かせながらレールガン6発は弾き飛ばされてしまう。

 ノイントは無表情に恵理に視線を落とすと、彼女を結界で包むが、その隙にハジメは瞬時に距離を詰め、シュラークを突き付けるが、発砲する前に左大剣が振るわれる。

 ハジメは即座にシュラークの銃剣で左大剣を防ぐ。甲高い音に交じって左腕からみしりと嫌な音が響くが、どうにか受け止めきると、風爪を纏った蹴りを繰り出す。ノイントは閃光のような速度で即座に背後に距離をって回避するが、そこにレールガンが12発、ノイントの全身を狙うように分散して襲い掛かる。

 ノイントは背中の魔力の翼を羽ばたかせる。その動きに合わせて前方に無数の雷撃と銀羽が放たれ、レールガンと激突、相殺してしまい、残った雷撃と銀羽がハジメに襲い掛かる。

 ハジメは即座にその場から飛び退いて回避するが、その回避先を予測していたようにノイントが回り込み、双大剣を繰り出す。ハジメは赤い雷光を纏わせたドンナーとシュラークの銃剣で双大剣を受け止める。すると、双大剣は見る見るうちに形が崩れていき、ノイントの両手を半端に覆った形で固まってしまう。

 貰った、と言わんばかりにハジメはノイント目掛けて至近距離でレールガンを乱射する。即座にノイントは回避するが、赤い肉片が舞う。

 距離を取ったノイントが右肩に視線を向ければ、肩の肉は中ほどまで抉られ、骨が一部が見えてしまっている。腕をまともに動かす事もできないほどの重傷だ。

 このまま押し切ると言わんばかりにハジメがノイントとの距離を詰めようとした瞬間、彼女の背中の翼が大きく羽ばたき、

 一切の躊躇なく己の右腕と左腕を肩から切り飛ばす。

 その行動にハジメが目を見開くと同時に彼目掛けて無数の雷撃が襲い掛かる。ハジメは追撃を中断して雷撃を回避する。

 そのまま距離を取りながら態勢を整えたハジメは顔を上げて、さらに目を大きくする。

 ノイントの両肩の傷口は白く蠢く膜で覆われており、それが破けた瞬間、そこから肉の芽と骨が伸びていき、瞬く間に両腕が再生してしまう。

 

 「ちっ……本当、再生持ちって言うのは敵だと厄介極まりないな……」

 「なるほど………人間にしてはやりますね。少々甘く見ていたようです」

 

 再生した両腕の具合を確かめるように手を握っては開いてを繰り返していたノイントは次に己の体に視線を向け、

 

 「それに、貴方と戦うのにこの状態は不利のようです」

 

 そう言った瞬間、ノイントの全身を銀光が覆い尽くす。それと同時にガランガラン、と何か重い音が落ちる音が鳴り響く。

 何を、とハジメが訝しげな表情を浮かべた瞬間、銀光が晴れ、ノイントの姿が露になり、ハジメの顔が別の意味で引きつる。

 ノイントは何も纏っていなかった。銀光で服と鎧の留め金を分解したのか、足元には鎧の残骸が転がり、風が服の切れ端を攫って行く。露となったノイントの裸身はあまりにも美しかった。完璧な黄金比で形作られた肢体。程よい大きさの胸にくびれた腰、すらりとした手足と、正しく神の造形物と言っていいだろう。

現にクラスメイトの男子たちは目の前で殺し合いが行われているにも関わらず、食い入るようにノイントを見つめている。

 だが、ハジメはそうではなかった。あまりにも均整の取れた体から、人工物めいた不気味さを感じたことが一つ。もう一つは、あの状態がハジメと戦う上で最適解であると言う意味に気づいたからだ。

 ハジメの練成なら鎧を変化させ、無力化したり、拘束具にする、己を傷つける形に変える事が可能だ。言ってしまえば、身を守るための鎧が己を害する物になると言うことだ。だが、何も身に着けていないのであればそんな真似はできない。改めて目の前の使徒が自分が倒した使徒達とは格が違うと確信し、ハジメは顔をしかめる。

 

 「では……行きますよ」

 

 そう言った瞬間、ノイントの姿がぶれ、ハジメは本能が慣らす警鐘に従ってドンナーをかざす。

 瞬間、空気を軋ませるような音と共にドンナーを銀光を纏った手刀が襲う。双大剣が無くなったことで威力は落ちたが速度は段違いに上がっている。

 ハジメは即シュラークからレールガンを放とうとするが、その前にノイントは蹴りでシュラークを蹴り上げる。

 左腕が上がったところに翼がハジメを貫こうと襲い掛かるが、ハジメは体を捻って回避すると、シュラークから手を放し、体を回転させ、振動破砕を発動させた手刀をノイントに繰り出す。

 ノイントはそれを銀光を纏った左腕で受け止める。そこを狙って空中のシュラークからレールガンが放たれるが、ノイントは避けようともしない。左腕が吹き飛ばされるが、ノイントは構わずハジメ目掛けて蹴りを撃ち込む。

 轟音と共にハジメの身体が吹き飛ばされ、そのまま壁を崩壊させながら叩きつけられてしまう。

 

 「ハジメ君!」

 

 香織が思わず悲鳴じみた声を上げる先で、ノイントはハジメに追撃しようと魔力の翼をはためかせるが、その背後に突如として飛び出したティオが回り込むと、容赦のない回し蹴りが頭目掛けて繰り出される。

 ノイントは即座に右手をかざしてその一撃を防ぐが、空中でティオは右手をかざし、ブレスを至近距離で放つが、それすらも差し込まれた魔力の翼で防がれてしまう。

 ティオはノイントの腕を蹴って離脱すると、そのまま距離を取る。ノイントは追撃を仕掛けようとせず、つまらない物を見るような冷めた視線を向けてくる。その間に吹き飛ばされた左腕は再生を終える。

 

 「そこそこできるようですが……貴方の動きは他と比べても劣っていますね」

 「……ああ、そうじゃな………そんな事は、百も承知じゃ!」

 

 そう言うと同時にティオは自身の周囲に球状の極小ブレスを無数に展開すると、一斉にノイント目掛けて放つ。それに対抗するようにノイントは銀羽を一斉に撃ち出し、ブレスを全て撃墜し、煙が二人の間に広がる。

 その煙を突き破ってノイントが一瞬で肉薄するが、彼女の眼前にティオの黒い尾が勢いよく迫る。

 鈍い音と共に尾が直撃するが、ノイントは微動だにしない。そのまま彼女の尾を掴み上げると、叩きつけようとティオを振り上げる。

 その瞬間、ティオは即座に尾を消してノイントから逃れると即座に空中でブレスを放つ。

 ノイントは素早くその場から飛び退いて回避すると、受け身を取ったばかりのティオに追撃を仕掛けようとした瞬間、上空からガラスを何枚もまとめて割ったような甲高い音が鳴り響く。香織が顔を上げれば、ハジメが直したはずの結界が全て破壊され、豪雨と共に結界の破片が降り注ぎ、上空の黒雲を貫く様に一条の雷が伸びていく。

 それにノイントの意識がわずかに逸れる。その瞬間、壁際の瓦礫が轟音と共に赤いオーラによって吹き飛ばされ、そこから自身を朱い閃光に変えたハジメがノイントに斬りかかる。

 ノイントはそれを銀光を纏った手刀で弾き飛ばすが、そこで止まらずハジメは降り注ぐ豪雨を吹き飛ばすような凄まじいラッシュを繰り出す。

 残像すら置き去りにした死の嵐に対し、ノイントは全身に黄金の雷光を纏うと、更に速度を引き上げ、次々とハジメの猛攻を凌いでいく。

 赤い光を纏った斬撃と銀光を纏った手刀がぶつかり合い、レールガンと雷撃が交差し、周囲に魔力の粒子が飛び散る。両者は完全に拮抗し、空間を軋ませながらしのぎを削り続ける。

 その光景をリリアーナが展開した結界の中で、クラスメイト達は呆然と眺めていた。彼等がどれ程目を凝らそうと、両者の攻撃の軌跡を追うことができない。彼等が視認できたのは精々両者をドームの様に覆うように展開された攻撃の残像だけだった。だが、それだけで、彼等は分かった。分かってしまった。ハジメと自分達の間にある絶望的な力の差を。それは彼等の心を折るのに十分すぎた。

 目の前の激戦を前に、多くのクラスメイトは戦意を失っていた。割って入る事も、援護もできるはずがなく、誰も彼もが武器を手にすることもできず、ただへたり込みながら戦いを眺めている。

 そんな彼らの視界の端で香織は再生魔法を使って光輝の両手を文字通り再生させる。切断された断面から新しい腕が生えてくる光景を雫は驚いたように見つめていた。

 

 「こんな魔法、一体どこで……」

 「ちょっと海の底でね………とりあえず、これで大丈夫だよ」

 

 光輝の腕の再生は終わったが、彼は気絶したままで目を覚ます気配がない。

 

 「ありがとう、香織………ハジメ君は………」

 

 雫が目を向けた先では、未だハジメとノイントが激しく打ち合っていた。一撃一撃が交差するたびに衝撃が放たれ、結界を揺らしている。

 それを見た雫は思わず黒刀に手を伸ばすが、

 

 「ダメだよ、雫ちゃん。私達じゃあ、あそこに割り込むことはできない」

 

 静かに告げられた言葉に雫は香織に視線を向け、軽く息を呑む。ハジメとノイントの戦いを見つめる香織は悔しげに顔を歪めていた。

 本当なら何とかハジメとティオの援護をしたい。だが、ここにいる者達では全員が一丸となって挑んでも瞬殺された挙句、二人に要らぬ負担をかけてしまうだろう。

 だからこそ、香織はハジメを援護しそうになる心を抑えて気絶している龍太郎の介抱をする。これが今の自分にできる最善と信じて。

 

 「ちっ……覇潰を使ってこれかよ!」

 

 一方、ノイントと激しく打ち合いを続けるハジメは舌打ちをすると、剛腕を発動させた左腕でノイントの手刀を力づくで弾き飛ばすとそこにドンナーによる銃撃と斬撃を同時に叩きこむ。至近距離で放たれる斬撃と銃撃の同時攻撃を避けることは不可能だ。

 ならば避けなければいい、と言わんばかりにノイントは逆に距離を詰めながら体を捻る。

 弾丸がノイントの脇腹を抉り、赤い雷光を纏った銃剣がノイントの右腕を切り飛ばし、傷口を焼きつぶすが、彼女はそれらを無視して雷光の速度で左手刀を繰り出す。

 至近距離で繰り出されたそれを、ハジメはとっさに左の義手を盾にするようにかざす。

 手刀は義手に突き刺さると、そのまま貫通し、ハジメの鳩尾を貫かんと迫りくる。

 反射的にハジメは義手の肘からショットシェルを放つ。猛烈な反動を受けた義手がノイントの腕を巻き込むように一気に加速し、それによって手刀の軌道が逸れ、発動した金剛を貫いてハジメの左わき腹を切り裂く。

 焼けるような激痛がハジメを襲うが、強引にそれを飲み込むと豪脚を発動させながらノイントの右足を渾身の力で踏み抜く。

 足の甲を地面ごと文字通り踏み潰され、ノイントの体が傾いだ瞬間、横合いから飛び込んできたティオが黒い魔力を纏った爪を左腕に叩きつける。

 神羅の魔撃を参考に生み出されたブレスを纏った一撃はノイントの左腕を叩っ切り、傷口が焼きつぶされる。

 再生しない両腕にノイントが顔を歪めた瞬間、ハジメはノイントの腹に渾身の蹴り上げを撃ち込み、轟音と共に裸体を上空に打ち上げる。

 しかし、ノイントは魔力の翼を展開して空中で体制を整える。そこで両腕の傷口が白い膜で覆われていき、蠢き始める。

 そして、膜が破れ、新しい両腕が生えた瞬間、

 

 裂帛の気合と共に振り下ろされた巨大な戦斧がノイントの右半身を両断する。

 

 超重量の戦斧はノイントの強靭な体を容赦なく斬り砕き、その余波でノイントを隕石のように墜落させ、地面に叩きつける。

 轟音と共に地面にクレーターが出来上がり、中心部のノイントは内臓が傷ついたのか激しく血を吐き出し、失った右半身から大量に血が流れ出る。

 それでもまだノイントは戦おうとするように体を起こすが、その周囲が白い光に包まれる。

 空を見上げたノイントの視界に飛び込んできたのはあまりにも巨大で、眩く輝く白い火球だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 着弾した白い火球は着弾個所を溶解させながら沈み込んでいき、周囲の一切合切を文字通り消滅させていく。豪雨を瞬時に蒸発させ、周囲の地面をマグマへと変え、その熱量だけで生身の人間を容赦なく焼き殺すだろう。だが、火球はその熱を無差別にまき散らす事はなく、代わりに己の内部に集中させている。だからこそ、ただでさえ尋常ではない熱量は更に凄まじい事になっていた。

 あまりの輝きにクラスメイト達は直視することができず、両手で目を覆う。

 その輝きが不意に消失する。後に残ったのは溶岩が流れ込み、灼熱の湖となったクレーターだけだった。

 それと同時にグリューエン火山内部を彷彿とさせる高温の蒸気が周囲を飲み込み、ハジメの全身から大量の汗が噴き出す。

 

 「凄いな……これがユエの……」

 「そう……ミレディの魔法を参考にした対怪獣魔法、白陽。まだミレディ程の威力は出せないけど」

 

 その隣に雨粒をぬぐいながらユエが降り立つ。更にドリュッケンを担いだシアもその隣に着地する。

 

 「あいつ……いつの間にここに来てたんですか……と言うか、早すぎませんか?」

 

 シアが顔を伝う汗か雨かも分からない雫を拭いながら呆れたように言う。

 

 「神羅から逃げ切っただけはあるって事でしょ」

 

 顔に疲労の色を濃く浮かべながらユエは大きく息を吐いて、視線を結界に向ける。リリアーナの結界の中にいた香織が大きく手を振っているのを見て、無事を確認したユエはふう、と安堵したように息を吐く。クラスメイト達は状況に認識が追い付いてないのか困惑しているが、親衛隊の面々はこちらの様子を伺うように顔を向けている。

 それを確認した後、ユエは他とは別に結界で覆われている恵理に視線を向ける。

 

 「あれって……」

 「奴は中村を狙ってた。それでな……恐らくだが神の命なんだろうが………何だろうな。どうにも違和感があるんだよ」

 「違和感……ですか?」

 

 ああ、と半壊した義手を抑えながらハジメは小さく頷き、それに同意するようにティオも頷く。

 

 「そうじゃな。何と言うか………神の命から外れた行動をしていると言うか、何と言うか……」

 「心外ですね。私は常に主の命に沿って動いています」

 

 そのくぐもった声は下から聞こえてきた。正確にはハジメ達が立っている場所の後ろの地面の下から。くぐもっているにもかかわらず、何と言っているのかしっかり聞き取れる声。

 その瞬間、熱気に包まれているにもかかわらずハジメ達の全身から冷汗が噴き出し、彼らは一斉に振り返るが、一歩遅かった。

 地面が爆発したように吹き飛ばされると巻き上げられた土砂を突き破って繰り出された蹴りがハジメを捉え、轟音と共に吹き飛ばす。

 更に続けて繰り出された雷撃がティオを直撃、彼女もなす術なく吹き飛ばされる。

 シアは雄たけびと共にドリュッケンのスラスターを起動、爆炎を纏った戦斧を振り抜くが、轟音と共に戦斧が停止し、衝撃で土砂が一気に吹き飛ぶ。

 そして露になったのは、右肩から生えた魔力の竜頭でドリュッケンを受け止めているノイントだった。だが、その姿は凄惨の一言に尽きる。著しく再生能力が落ちているのか、未だ肉と骨がむき出しとなっている右足と両腕。全身至る所に重度の火傷を負い、皮膚は醜くく歪み、一部は焼けた肉がむき出しとなってしまっている。銀と金の髪もほとんど焼け落ちてしまい、片目は潰れてしまっている。だが、ノイントはまだ生きていた。恐らくだが、白陽が着弾する寸前、地面に穴を追って直撃を避けたのだ。

 ドリュッケンを受け止められたシアは咄嗟にドリュッケンから手を離すが、右肩竜頭はそのままドリュッケンを放り投げ、左肩から新たな竜頭が現れると雷撃を放つ。シアは何とか避けようとするが避け切れず、雷撃の余波を受けて弾き飛ばされる。

 ユエは背後に跳びながら蒼天を放つが、青白い火球を突き破って迫りくる竜頭が右腕に喰らい付く。 

 そのまま派手に振り回されて、最後にひときわ大きく振り払われた瞬間、ぶちりと言う音と共に右腕が千切れ、ユエは放り投げられ、地面に叩きつけられる。

 しかし、痛覚操作を持っているユエは痛みにひるむことなく即座に立ち上がる。千切られた右腕が即座に再生するのを見て、ノイントは小さく嘆息する。右肩竜頭が咥えた腕はそのまま飲み込まれ、そのまま消えてしまう。

 

 「でたらめな再生力を持っていると言われましたが、貴方も大概ですね」

 「お前と同じと言われてもいい迷惑!」

 

 ユエは即座に周囲に蒼天を無数に展開する。

 補充しているとはいえ、白陽を使ったせいで魔力量はかなり減ってしまっているが、それでもユエは魔力をかき集め、ノイントに蒼天を連射する。

 ノイントは二つの竜頭が口から雷撃を放ち、次々と蒼天を撃墜していく。

 だが、それでもユエの魔法の方が威力は勝っている。蒼天の弾幕は竜の雷を飲み込み、次々とノイントに殺到し、炸裂。爆炎が迸る。

 魔力が枯渇しかかり、ひゅうひゅう、と荒く息を吐きながらユエは油断なく炎を睨みつける。

 

 「……やった?」

 「惜しかったですね」

 

 その声にユエは目を見開き、慌てて顔を声が聞こえてきた方角……恵理が結界で覆われていた方角に向ける。

 そこにはいつのまにかある程度の再生を終えたノイントが立っていた。いつの間に回避したのか、とユエが顔を歪める前で、ノイントは恵理を包んでいた結界を解き、彼女を脇に抱える。

 

 「中々楽しませてもらいましたが……そろそろお暇させてもらいましょうこれ以上は無駄でしょうし」

 「させると……思うか!」

 

 周囲に響き渡った怒声に、はっとしながらユエが視線を向けると、その先には右手に赤い雷光を纏ったシュラーゲンを構えたハジメが立っていた。その側にはずぶ濡れの香織が立ち、ノイントを睨み付けている。治癒魔法でハジメを治してくれたのだろう。

 ノイントが鬱陶し気にハジメに目を向けると同時にハジメが構えたシュラーゲンの雷光が最高潮に達し、

 その瞬間、ノイントを取り囲むように周囲の地面から魔力の鎖が飛び出す。香織がハジメを治療しながら地面を通してノイントの周囲に忍ばせてた獄絶鎖だ。

 治療中に聞かされた作戦通り、香織が獄絶鎖をノイントに殺到させた瞬間、両肩の竜頭が次々と鎖に喰らい付き、全て砕いてしまう。だが、それこそが香織の狙いだった。

 

 (どんな対応するにしても必ず隙ができる!そこをハジメ君が狙う!)

 

 それこそがハジメから聞かされた作戦だった。そしてハジメは作戦通りその隙を逃さずシュラーゲンの引き金を引く。一瞬の静寂の直後に凄まじい轟音と衝撃波と共に極大の朱い閃光が音を置き去りにしてノイントに迫るが、一瞬早く、ノイントは空に向かって落ちたような不自然な動きで急激に上昇して回避してしまう。

 

 「それでは、またいつか会いましょう。イレギュラー」

 

 それだけを言い放つと、ノイントは魔力の翼を羽ばたかせて空の彼方へと飛び去っていく。

 ハジメは即座に偵察用ドローンであるオルキスを取り出し、ノイントを追跡しようとするが、オルキスを取り出した時には、すでにノイントの姿は黒雲の中に消えてしまっていた。

 くそっ、とハジメが毒づく隣で、香織は強く唇を引き結びながら瞬きもせずに上空の黒雲を睨み付け、

 

 「くそっ………!」

 

 悔しげに顔を歪めながら毒づくハジメの全身を降りしきる豪雨が容赦なく叩き続けていた。



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第93話 狂乱に響く言の葉

 すいません。なんか物足りない感じがしたので少し手を加えて再投稿します。


 「ハジメ君………追跡ってできる?」

 「いや、無理だ。この嵐、魔力を纏ってるみたいでな……感応石有りならまだしも、ないとなると吹き荒れる嵐のせいでろくに探知ができない」

 

 ハジメが空を見上げながら悔しげに首を横に振ると、香織もそう、と小さく呟きながら目を伏せる。

 はあ、と息を吐きながらハジメは覇潰を解除する。赤い魔力の奔流が収まると同時にハジメの全身を倦怠感が襲い、体がよろめくが、ぐっと足に力を入れて踏みとどまると、半壊した義手を外す。

 

 「本格的に腕の再生を考えたほうがいいな……悪いが白崎、再生魔法を。覇潰の代償を少しでも癒したい」

 「うん、分かった」

 

 香織はすぐさまハジメに絶象をかける。覇潰の代償は通常の傷や損傷とは違うのか、それとも香織の練度不足かなかなか解消されない。だが、少しずつ体は軽くなっていく。

 その間にユエは吹き飛ばされたシアの元に向かっていた。地面に倒れ伏していたシアだが、緩慢な動作で何とか体を起こす。

 

 「ユエさん……すいません、油断しました」

 「大丈夫、気にしないで……体の方は?」

 「とっさに魔力を放出して相殺しましたがそれでも……結構痺れてます」

 「黒焦げにならなかっただけマシ」

 

 思う通りに動かない腕を持ち上げるシアにそう言うと、シアは小さく苦笑を浮かべる。

 

 「ユエさん。ティオさんの方を見てきたわ。何とか大丈夫そうで、奈々と妙子に任せてきた」

 

 そこにティオの様子を見てきた優花がずぶ濡れになりながらも近づいてくる。その報告を聞いて、ユエはある確信を得る。

 

 「そう……やっぱりあいつ、私たちを殺すつもりがなかったって事かな……」

 「そうなの?どう見ても本気で南雲たちに攻撃していたように見えたけど……」

 「あの使徒の能力なら私たちを殺す方法なんて幾らでもあったはず。それこそ、リリアーナの結界なんて軽く壊して貴方達を皆殺しにもできた。にも拘らず私たちを、貴女達含めて誰も殺さずにあの女子の回収を優先した。最初っから私達なんて眼中になかったって事だと思う」

 

 優花は顔が引きつるのを感じる。もしかしたら狙われていたかもしれないという恐怖もあるが、それと同時に異様な不気味さを感じたからだ。あの使徒はハジメ達の攻撃でかなりの重傷を負っていた。幾ら再生すると言ってもあれほどの攻撃を受けながらずっと手を抜き続けるとか異常極まりない。それほどまでに主の命とやらが大事なのか………

 

 「それよりも、血、少し分けてもらえる?流石にしんどくなってきた」

 「え?血って………」

 「……ああ、説明してなかった。私、吸血鬼。血を飲むことで魔力が回復するの」

 

 そう言ってユエは口元を指で持ち上げ、鋭い犬歯を見せる。それを見た優花は驚いたように目を丸くする。

 ユエが言っているのは吸血鬼と言う種族固有の能力、血力変換の事だ。他者の血を取り込み、それを力に変える事ができる。

 余談だが、この血力変換には血盟契約と言う吸血対象を特定の相手に定める事で他の者からの吸血効果は薄くなるが、契約相手からは数倍の効果を得られるという派生技能があり、ユエはそれに目覚めているが、相手を定めてはいなかった。激しい戦いが予期される中、補給は効率よりも安定性を重視したほうがいいと判断したからだ。

 

 「だからお願い。いつもはみんなにお願いしてるけど、今はあまり負担をかけたくない」

 

 優花は不安そうに視線を彷徨わせ、指をからませていたが、意を決したように頷く。

 

 「…………分かった。いいよ。でも、せめて結界の中に行ってからにしない?流石にいつまでも雨の中って言うのは……」

 「それもそうか……分かった。シアに肩を貸してあげて」

 

 断る理由もないので、ユエは提案に頷くと結界に向かって歩いていき、優花はシアに肩を貸しながらその後に続いていく。

 

 「ハジメ君、私達も結界の方に向かう?」

 「そうだな……ティオも結界に向かってるみたいだし、そうするか………」

 

 ハジメと香織はそろって結界の方に向かっていき、ハジメ達が結界にたどり着くと、リリアーナは結界に穴をあけてハジメ達を中に招き入れる。

 

 「皆さん、ご無事ですか!?って、南雲さん、腕が……!」

 「問題ねぇえよ。左腕は義手だしな……ま、思いっきり負けたけど」

 

 そう言ってハジメは自嘲するように口元を曲げる。クラスメイト達が呆然と視線を向けてくる中、メルドは安堵の表情を浮かべていた。

 

 「いや………よく無事に戻ってきてくれた。これ以上、犠牲は出したくなかったからな……」

 

 そう言ってメルドは視線を足元に向ける。そこにはメルドが身に着けていた鎧のマントをかぶせられた檜山の死体があった。

 そうかい、とハジメが頷く傍で、香織がシアとティオに絶象を使い、ユエが優花の首元に噛み付いていた。

 

 「って、ちょ、ちょっとユエさん!?優花っちになにやってんの!?」

 

 その光景を見た奈々が慌てて食って掛かる。他の親衛隊達も驚いたように目を丸くしている。

 

 「あ~~、宮崎、大丈夫だ。あれはユエにとって必要な事だから。多分園部も了承してると思う」

 「必要な事って……」

 

 頭を掻きながらハジメが親衛隊達にユエの事を軽く説明している間に、香織はシアとティオの治療を続ける。

 

 「はい、これで治療は終わり。完治したと思うけど……」

 「流石香織さんです。すっかり良くなりました」

 「すまぬのぅ、香織。助かったぞ」

 「ううん、気にしないで。これが私の役目だから」

 「香織、大丈夫なの?怪我とかしてない?」

 

 治療を終えた香織の元に雫が心配そうに駆け寄ってくる。それに気づいた香織は彼女を安心させるように小さく笑みを浮かべる。

 

 「うん、大丈夫だよ、雫ちゃん。直接戦ったわけじゃないしね」

 「そう……それならよかったわ。私達もみんな無事よ。でも………」

 

 顔を曇らせながら雫が視線を向けた先には蒼白の表情で、虚ろな眼差しをしながらぶつぶつと何かを呟き続ける愛子がいた。彼女の傍には永山パーティの面子が付き添い、懸命に呼びかけながら背中をさすっている。

 

 「香織、貴女の魔法で何とか……」

 「無理だよ。私の魔法は心にまでは作用しない。私じゃ、先生をどうにかする事は……」

 

 香織が小さく首を横に振っていると、小さな呻き声が聞こえてくる。

 

 「光輝!気がついたの!?」

 

 そちらに目を向ければ気絶していた光輝がゆっくりと上体を起こしながら首を横に振っている。雫はすぐに光輝に駆け寄る。

 

 「大丈夫、光輝?香織が治してくれたけど……」

 「雫……?いったい何が………確か俺はあの使徒に………」

 

 そこで光輝の脳裏に気絶する直前の出来事が蘇る。降り注ぐ銀光。そこに立つ銀と金の髪を持つ女性。絶命した檜山。そして斬り飛ばされた己の腕……

 

 「あ、あ、ああっ!?腕……俺の腕が……!?」

 「光輝!待って、大丈夫よ!香織が治してくれたわ!腕は大丈夫よ!」

 「そうだぜ、光輝!お前の腕は治ってる!ほら、聖剣もあるぞ!

 

 その瞬間、光輝は激しく取り乱したように騒ぎ出すが、雫が落ち着かせようとする。意識を取り戻していた龍太郎が回収された聖剣を抱えながら追従する。彼等の言葉に光輝は己の腕に目を向け、生身の腕がついていることを確認すると、落ち着きを取り戻す。

 

 「こ、これは……確かに、腕が切り落とされていたのに………香織……君が治してくれたのか?」

 「まあね」

 「そうか……ありがとう、香織。随分と頼もしくなったね」

 

 そう言って光輝は笑みを浮かべるが、香織はそれに答えず、冷めた視線を向ける。その視線に光輝は狼狽えるように声を詰まらせるが、直後に何かに気づいたように目を見開く。

 

 「そ、そうだ香織!檜山の治療を!これだけの力があるなら彼を助ける事だって……!」

 「……そこまで万能じゃないよ。この魔法は生きているならどんな傷も治せるけど、死んだ命を蘇らせる事はできないよ」

 「そ、そんな……くそっ、なんてことだ………俺がいながら………」

 

 光輝は悔し気に拳を握り、自分の太ももを叩くが、直後にはっと顔を上げるとせわしなく周囲に視線を向ける。

 

 「そうだ、雫。恵理は!?彼女はどうなった!?」

 「………残念だけど、連れ攫われたわ」

 

 雫が小さく頭を振ると、光輝は目を見開くき、

 

 「こうしちゃいられない、早く恵理を助けに行かないと!彼女は一体どこに!?」

 「分からないの。この嵐のせいでろくに場所が分からなくて……」

 

 雫が無念そうに首を横に振ると、光輝は息を詰まらせるが、即座に親衛隊パーティと話しているハジメに目を向けると、

 

 「南雲!お前なら恵理の後を追いかけられるだろ!?今すぐに恵理の居場所を探すんだ!」

 

 その言葉に雫がなっ!と言葉を詰まらせ、親衛隊パーティの面々が驚いたように目を丸くする前で、ハジメはうんざりと言わんばかりに深いため息を吐き、

 

 「出来ねぇよ。奴がどこに逃げたのかもう検討もつかないし、奴らにビーコンの類だってつけてない。そんなんで追跡できるわけがないだろ」

 

 なっ、と光輝が絶句すると、後ろから雫が慌てて割って入ってくる。

 

 「ごめんなさい、ハジメ君!光輝、無茶言わないで!彼はついさっきまであの女と戦っていたのよ!そんなことする余裕なんてなかったわ!」

 「だ、だが雫……このままじゃ恵理がどんな目にあわされるか……早く助け出さないと………」

 「バカなこと言わないで。ハジメだって万能じゃない。できる事とできない事がある」

 

 今にも飛び出しかねない光輝を雫は必死に宥めかそうとしていると、吸血を終えたユエの声が割り込んでくる。そばにいる優花も首元を押さえながら呆れたような視線を向ける。

 光輝はたじろぐように体を軽くのけ反らせながらも口を開こうとするが、直後に凄まじい激突音が響き、空気を揺さぶるような咆哮が轟く。その轟音に生徒たちは怯えたように体を震わせ、光輝達も驚いたように体を硬直させる。

 

 「っ………兄貴と奴の戦いがだいぶ激しくなってきたな」

 

 ハジメが顔をしかめながら呟くと、生徒たちが一斉にハジメに顔を向ける。

 

 「おい、南雲、テメェさっきから何訳分からねぇ事言ってんだ!何か知ってるならさっさと説明しやがれ!」

 

 近藤が唾をまき散らしながら詰め寄るとハジメは無言で宝物庫からオニキスを取り出して近藤目掛けて投げつける。眼前に迫る鳥型のドローンに近藤はひっ、声を詰まらせながら顔を腕で覆う。しかしオニキスはそのまま飛行するとリリアーナの結界から飛び出し、そのまま嵐の中をふらつきながら飛んでいく。生徒たちが困惑したようにオニキスが飛んで行った空を見上げている間に、ハジメは更に宝物庫から6m辺の巨大な板を取り出す。

 

 「感応石による遠隔操作はできるか……僥倖だな……でも映像の精度はちょいと悪いか……ま、十分だろ」

 「南雲……一体何をするつもりだ?」

 「説明するより実際に見たほうが早いだろうと思ってな」

 

 ハジメが肩をすくめた直後、板の表面が突然光り輝きだす。何事かと生徒たちが思わずそちらに目を向け、釣られて愛子が蒼白となった顔を上げた瞬間、

 

 板に金色の三つ首の竜と漆黒の竜の激しい殺し合いが映し出される。

 映像の解像度は少し悪いが、それでも戦闘音と咆哮まで聞こえてきそうな壮絶な殺し合いに生徒たちは完全に固まってしまう。オニキスから送られている映像をテレビのように映し出しているのだ。

 

 「な、なんだこれ………え、映画……?映画……だよな………」

 

 現実逃避するように呆然と呟いたのは清水だ。彼は現実を受け入れられないと言うように乾いた笑みを浮かべている。まぁ、彼は怪獣を始めて見たのだ。こうなるのも無理はない。リリアーナも顔を蒼白にしているのが見える。

 だが、怪獣を見たことのあるはずの勇者パーティや永山組、小悪党組達は受け入れられない様子で映像を眺めている。メルドに光輝、雫でさえ言葉を失い、しかし映像から視線を逸らせずにいる。

 

 「映画じゃねぇよ。今王都の外で実際に起こってる戦いだ。さっきから衝撃音がすごいだろ」

 

 ハジメはそう言ってモニターに視線を向ける。ユエ達も同様にモニターに目を向け、その先で行われている死闘を見つめる。

 三つの黄金の首がゴジラに喰らい付こうと迫るが、ゴジラは両腕の爪を叩きつけて首を弾き飛ばし、逆に首の一つに喰らい付くとそのまま大きく振り回す。キングギドラは雷撃を放ってゴジラを怯ませると巨大な翼を叩きつけ、ゴジラを殴り飛ばす。地面を抉りながらゴジラは押しやられるが、即座に熱線を放つと、キングギドラは迎え撃つように雷撃を放つ。

 黄金の雷撃と蒼白の熱線が激突し、激しくせめぎ合ったのち、轟音と共に爆発を起こし、凄まじい衝撃が荒れ狂い、地面が吹き飛ばされる。

 それでもひるまずに両者は真っ向から再び激突する。

 

 「な、何よこれ……何なのこれ……って、ちょ、ちょっと待って……神羅君は……?確か、神羅君が戦っているって……」

 

 雫が混乱した様子でモニターを指さす。そこで生徒たちもようやく映像の中にいるのは空から現れた黄金の竜といつの間にか現れた黒い竜だけで、ハジメが戦っていると言っていた神羅の姿は影も形もない事に気付く。

 

 「雫ちゃん………あの黒い竜が神羅君だよ」

 「はっ………?香織……何を言っているの………?」

 

 雫が理解できないという表情を浮かべる。それは親衛隊以外の全クラスメイトが同じだった。

 

 「ううん。事実だよ。あそこで戦っている黒い竜……あれが神羅君の本当の姿……ゴジラだよ」

 

 香織の言葉は静かだ。動揺も、訴えも、何もない。淡々とした言葉。だからこそ、それは彼女が事実を言っているだけと否応でも分からせてしまう。あの怪物こそが南雲神羅なのだと。そう認識しても、誰もがその事実を受け入れられないのか、全員が呆然としていると、

 

 「……だ、騙していたのか……?」

 

 不意に光輝がぽつりと呟いた。その言葉に全員が光輝に視線を向ける。香織は訝しげに眉を寄せながら口を開く。

 

 「騙していたって?」

 「そ、そのままだ!つまり、南雲神羅は化け物だったって事だろう!?俺たちを騙して近づいて……一体何をするきだった!?やっぱりあいつは敵だった、俺たち人類を皆殺しにする気なんだ!」

 「俺たちを殺すつもりなら偽王と戦ったりしないだろ……」

 「黙れ南雲!あの化け物と兄弟と言う事は、お前も化け物なんだろ!?化け物の言葉に耳を貸すと思うか!今ここで倒してやる!」

 

 そう言って光輝は聖剣を手に取り、南雲に斬りかかろうとするが、その前にユエ、シア、ティオが立ちふさがる。

 

 「なっ……みんな退くんだ!そいつは俺たちを騙していた化け物の仲間だ!そんな奴の所にいてはいけない!今すぐ俺たちの元に来るんだ!」

 「……確かに、神羅は怪獣。それは否定しない。でも、彼は私たちを騙したりしていない。何よりも、ハジメを……私の最愛の人を傷つけることは許さない」

 「そもそも、神羅さんが私たちを害するつもりなら、とっくに私たちは死んでますよ」

 「そして、ハジメ殿がお主等を害するつもりなどない事も明白じゃ。そのつもりなら、すでにここにいる全員が死んでいる」

 「な……な………か、香織!君なら分かるだろ!?あいつは化け物。君を騙していたんだ!君の心を弄んでいたんだ!」

 

 光輝が引きつった笑みを浮かべながら香織に訴えるが、香織は小さく頭を振ると、

 

 「知ってたよ。そんなの。神羅君が人間じゃない事、怪獣であること、全部。でもね、全てを知ったうえで、私は言うよ。神羅君が好きだって」

 

 その言葉に光輝達が愕然とした表情を浮かべた瞬間、凄まじい轟音が響く。

 彼らが思わず視線をディスプレイに向けた瞬間、画面が真っ白な閃光に包まれ、ぶつんと画面が消える。それと同時に彼らの頭上を青白い熱線が駆け抜ける。周囲が青白く照らしながら熱線は神山を直撃し、轟音と共に炎が吹き上がる。

 

 「くそっ……巻き込まれたか……」

 

 ハジメがぎりっ、と奥歯を噛む一方で、生徒たちは炎が舐める山肌を見上げながらその場で腰を抜かしたように倒れ込んでいた。最初は呆然としていた彼らだが、次第に体が激しく震えだし、顔色が蒼白となっていく。

 

 「………終わりだ………」

 

 ぽつりと誰かが呟いた。だが、それはその場にいた大半の人物の心情を表していた。

 

 「はは……終わりだ……俺たちはもう終わりだ……ここでみんな死ぬんだ……」

 

 全てを諦めたような諦観の笑い声が響き、それに釣られるように多くの生徒たちからも悲嘆したような泣き声が漏れ出す。メルドやリリアーナも座り込んでこそいないが、抵抗を諦めたように手から大剣が零れ落ち、心が折れたように結界が消失する。容赦なく降り注ぐ豪雨が全員の身を容赦なく叩く。

 だが、そんな中で倒れ込まない者達がいた。聖剣を杖のようにしている光輝に唇を強く引き結んでいる雫、そして親衛隊のメンバーたちだ。

 光輝は体を震わせながらどうにか背筋を伸ばすと手が白くなるほど聖剣を握りしめ、

 

 「だ、大丈夫だ……あの化け物たちは、俺が倒す。俺は勇者だ。この世界を救う使命を背負っているんだ。今こそ俺が戦う時なんだ!そうだ!俺が、俺がみんなを守って見せる!」

 

 言っている間に昂ってきたのか声を大きくしながら光輝は聖剣を掲げる。その光景を目の当たりにしてユエ達が唖然としていると、

 

 「何を言ってるんですか………」

 

 不意に地の底から聞こえてきたと錯覚するような、温度が感じられない声が響く。その声を発したのは愛子だ。彼女はゆらりと立ち上がりながら光輝に幽鬼のような足取りで近づいていく。

 

 「先生……俺はこれからあの怪物どもを倒してきます。それこそが……」

 「何を言っているのですか!そんな危険な事させるわけがないでしょう!?」

 

 叫んだ瞬間、バチン!と言う音と共に光輝は倒れ込む。頬を襲う痛みでようやく自分が叩かれたと認識し、光輝は呆然と目を瞬かせるも、すぐに立ち上がりながら口を開く。

 

 「な、何を言ってるんですか先生!俺たちはこの世界の人々を救うために召喚されたんです!だったらどんな敵が相手でも立ち向かわないと!」

 

 その瞬間、周囲が水を打ったように静まり返る。

 

 「ふっっっっっざっけんじゃねぇぞテメェ!!」

 

 だが、直後に凄まじい怒声が響き、光輝は目を見開く。いつの間にか、クラスメイト達が忌々し気に光輝を睨みつけていた。

 

 「あんな、あんな化け物と戦えだ!?ふざけんな!俺達を殺すつもりか!?」

 「あんなのに挑むなんて馬鹿なの!?死ぬなら一人で死になさいよ!」

 「そもそも私たちを守るんでしょ!?だったら一人で戦ってよ!私たちを巻き込まないでよ!

 「お、おい!お前ら落ち着けって!」

 

 堪らず龍太郎が声を上げるが、そんな物聞こえていないと言うように生徒たちは罵声を上げ続ける。かつてない事態に光輝が呆然と立ち尽くしていると、それを聞いていた愛子が焦点の定まっていない眼でぶつぶつと呟く。

 

 「………そうです。私は教師なんです。私が皆さんを守るんです。皆さんを導かなきゃいけないんです。危険な事なんてさせてはいけない。近づけてはいけない………だから………そうです。私が皆さんを導けばよかった。皆さんが私の言う通りにしていればよかった……そうすれば誰も死ななかった!そうです!私が!私が皆さんを守る!もうこれ以上、誰も死なせないように!」

 「ま、待ってください先生!少し落ち着いてください!」

 

 危険を感じ取ったのか雫が慌てて愛子に駆け寄るが、

 

 「黙ってください!八重樫さん、先生に逆らわないでください!今から貴方達は私の言う事だけを聞きなさい!私の言う通りに動きなさい!」

 

 狂気的な光を宿した目で叫ぶ愛子は雨に打たれているという事もあってか、ある種の悍ましさが感じられる光景だ。

 

 「ダメです、先生!その先はダメです!」

 「そうだよ、愛ちゃん先生、落ち着いて!」

 「先生!とりあえず聞いてくれ!」

 

 親衛隊のパーティは慌てて愛子を落ち着かせようと飛びつく。しかし、愛子はそれを振り払おうと激しく暴れる。メルドとリリアーナもどうにか彼らを落ち着かせようとするが、誰も聞く耳を持たない。

 マズイ、とユエ達が動こうとした瞬間、

 

 「………行くか」

 

 そんな声が漏れ出た。それは普通であれば雨の音に、響く怒声にかき消えてしまうような呟き。まるで自然とこぼれ出たようななんて事の無い言の葉。だが、不思議とそれはよく響き、その場の全員が声を発した人物に目を向ける。

 

 「行くかって……どこにだよ、南雲」

 

 淳史が問いかけると、ハジメは凪いだ湖面のように静かな表情を浮かべ、

 

 「兄貴を助けてくる」



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第94話 それでも

 ハジメが宣言した瞬間、光輝のときのように周囲は水を打ったように静まり返った。だが、意外にもクラスメイト達が騒ぎ出すようなことはなかった。光輝と同じ様な宣言だが、光輝とは対照的な静かな雰囲気に、彼らはただ困惑したように彼を見つめる。

 対し、ユエ達南雲パーティの面子はその言葉を聞いて全員が覚悟を固めたような顔をする。

 

 「な、なんだよ南雲........てめぇも天之川と同じように、あの場所に向かえって言う気か……!?」

 

 近藤がそう言いながら未だ轟音鳴り響く方角を指さす。その言葉に反応したかのようにクラスメイト達がハジメを睨みつけるが、当人は小さく口をへの字に曲げると、

 

 「そんなことは言ってないだろ。お前等についてこいなんて言うつもりはない。逃げたいなら逃げていい。でも、俺は行くってだけだ。手伝えなんて言わないし、させないっての」

 

 そう言うと、クラスメイト達はみな呆けたような困惑したような表情を浮かべる。すると、今度は一転、困惑した表情を向けてくる。

 

 「い、行って何をするんだよ。あんなの、俺達でどうこう出来ることじゃ………」

 「そのための備えはずっとしてきた。それこそ、準備不足なんて言い訳、通用しないぐらいにな。だからそこは問題ねぇよ」

 

 そう言ってハジメは肩をすくめるが、そんな彼を愛子は殺気立った目で睨みつける。

 

 「南雲君も何を言っているんですか。そんな事先生は許しません……!今すぐ私と一緒に来なさい」

 

 もはや命令するような口調に、だがハジメは眉を顰めたりせず、愛子と正面から向き合うと小さく息を吐き、口を開く。

 

 「…………先生ならそう言うだろう。でも、許されなくても、止められても、行かせてもらう」

 「どうして私の言う事が聞けないんですか!?あんな戦いに向かうなんて先生は許しません!私と一緒に逃げなさい!」

 「悪いけど、そう言うわけにはいかない」

 「あれは私たち人が挑んでいい存在じゃありません!そんなことも分からないのですか!?」

 「.........分かってるよそんな事。いやというほどにな」

 

 そう言ってハジメは小さく苦笑を浮かべる。勇ましさや戦意が感じられないその表情にその顔に愛子は戸惑うように息を詰まらせるが、すぐに頭を振ると、

 

 「だ、だったら逃げればいいじゃないですか!敵わないなら逃げればいいんです!戦える人に任せればいいんです!自惚れるのもいい加減にしてください!」

 「自惚れた事なんて………最初の頃はそうだったな。でも、もう自惚れてねぇよ。自分の身の程は弁えてる。それでも………逃げたくないんだ」

 「あ、貴方は以前、私達に逃げろっていったじゃないですか!そのあとあなたたちも逃げてきたじゃないですか!今回も逃げればいいじゃないですか!」

 「ああ、そうだ。あの時俺は逃げた……でも、今度は逃げないって決めた。そんだけだよ」

 

 そう言うハジメの表情はひどく落ち着いている。それは彼の決意がゆるぎないものであると示しているようだ。愛子は全身を激しく震わせ、ギリッと奥歯を噛み締めた後、忌々しげに叫ぶ。

 

 「あんな戦い、化け物に任せておけばいいんです!貴方がやる必要はないんです!どうしてその事が分からないんですか!?」

 

 その瞬間、親衛隊達は大きく目を見開く。確かに神羅は怪獣だが、紛りなりにも生徒だ。その神羅を生徒思いの愛子が化け物呼ばわりした事に彼らは驚きを隠せなかった。

 

 「そ、そうだ……あんなの放っておけばいいだろ」

 「そ、そうよね……変な事してこっちに来られても勘弁だし……手を出さないほうが正解よ」

 「どうせならあのまま相討ちになってくれた方が……」

 

 その愛子の言葉がきっかけになったように周りの他の生徒たちが同調するように声を上げる。

 だからこそ、

 

 「………そうなんだろうな、きっと」

 

 その言葉に全員が意表を突かれたように言葉を無くす。まさか同意してくるとは思っていなかったのか愛子は戸惑うように目を瞬かせる。

 

 「きっと、俺なんかが行っても何の力にもなれないだろうな。俺がいないほうがいいのかもしれない。兄貴に任せて、さっさと逃げるのが正解なんだろう」

 「だ、だったら……」

 「さっき言ったろ。俺が嫌なんだよ。このまま兄貴に全部任せるなんて……絶対に嫌だ。そんだけだ」

 

 そう言うハジメの表情に変わりはない。だが、その目には静かな決意が宿っていた。何があっても、神羅を助けに行くというゆるぎない決意が。

 その目に愛子は小さく声を漏らす。そして次の瞬間、愛子は何かに気づいたように目を見開くと、カタカタと体を震わせ始める。先ほどまでの興奮が落ち着いた事で、先ほどまでの自分の行動、そして自分が発した言葉に気付いてしまったのだ。

 

 愛子はその場にへたり込み、目の焦点が定まらなくなり、顔は蒼白となり、ガチガチと歯の根を鳴らす。

 

 「わ、私は……い、いえ、違う……違います……私は……私は……」

 

 錯乱するように頭を振りながら呟き始めた愛子だが、メルドは彼女の元に近づくと、首に手刀を落とす。一瞬痙攣したのち、愛子はそのまま意識を失い、倒れ込むが、メルドが即座に背中を支える。親衛隊が慌てて愛子の名前を呼びながら駆け寄ると、メルドは彼らを安心させるように頷く。

 

 「悪いな、メルド」

 「いや、俺の方こそ悪かった。もっと早くこうしていればよかった……」

 

 メルドは後悔を滲ませて首を振るが、ハジメはそんな事ないと言うように首を横に振る。

 

 「この場は任せていいか。行かなきゃいけないからさ」

 「ああ、分かった………ただ、一言言わせてくれ………絶対に死ぬな。必ず戻って来い。神羅も一緒にな」

 

 その言葉にハジメは小さく笑みを浮かべて頷くとその場から歩き出す。その隣に、ユエ達が続く様に並び立つ。

 生徒たちが目を丸くする中、代表するようにユエが口を開く。

 

 「ハジメ、私達も行く」

 

 端的な、余計なものをそぎ落とした言葉は、彼女たち4人の決意を何よりも示していた。

 

 「………こう言っちゃなんだけど、これは俺の我が儘だ。俺が行きたいから行くってだけで、それにユエ達がつき合う必要は……」

 「私の居場所はハジメの隣。ハジメが行くと言うのなら、私は地獄の底だろうと一緒に行く」

 

 そう言ってユエはハジメを見上げ、小さく口の端を持ち上げる。

 

 「それが理由の7割。後の3割は単純。私も神羅を、友達を助けたいだけ」

 「そうですよ。私たち全員、神羅さんを助けたいって思いは同じですよ」

 「そうじゃ。ハジメ殿に付き合うつもりはない。妾達が神羅殿を助けたいのじゃ」

 「好きな人を助けたいと思うのは当然でしょ?だから、私は行くよ」

 

 彼女たちの言葉にハジメは無粋だったか、苦笑を浮かべると再び歩みを再開しようとし、

 

 「待って、南雲!」

 

 その背に優花が声をかける。その声に振り返れば、優花や親衛隊の面子がこちらを見つめていた。だが、その目には他の生徒たちのような畏怖や恐れはなく、自分たちを案じているような色があった。

 彼らを代表するように優花が口を開く。

 

 「南雲……本当に行くの?あそこに」

 「ああ、行くよ」

 「死んじゃうかもしれないのよ?あっという間に……虫を潰すみたいに……」

 「そうだな……」

 「………怖く………無いの………?」

 

 その問いにハジメは一瞬考えこむように唇を噛み、

 

 「怖いよ」

 

 そう言って弱々しく笑う。それは再会してからのハジメからは想像できないほどに弱々しい、地球にいたころの彼を思い出させるような笑みだ。だというのに、頼りない感じは一切しなかった。まるで決して揺らぐことのない山を見上げているような感覚を覚える。

 

 「怖いに決まってるだろ。怖いと感じない奴は、絶対に頭がイカれてる。俺はそこまで狂えてねぇよ」

 「じゃぁ………どうして……行けるの?」

 

 ハジメは小さく息を吐きながら轟音が響く方向に目を向け、口を開く。

 

 「お前らは兄貴を怪獣だと、化け物だって言うけどさ………どう言う訳か、俺はそうは見れなかった。怪獣の姿を見ても俺は化け物だと思わなかった。正直、ちょっと意外だったよ。それで考えたんだ。どうしてそうなんだろうって。でもさ、割とすぐに気付いたんだよな……兄貴はさ、昔から何も変わってないからだって」

 

 そう言ってハジメは何かを思い出すように目を細める。

 

 「いつだって兄貴は俺の前に立って、俺を守ってきてくれた。物心ついた時からずっと……そうだった。俺は兄貴の背中をずっと見続けてきてたんだ」

 

 そう。あの時から何も変わっていない。幼少時、近所で犬に吠えられて、怖さのあまり、身がすくんだ時、神羅は自分を安心させるように前に立った。あの時から、いつだって彼は、怖い物の前に立ち続けていた。

 それはトータスに来てからも同じだった。いつもいつも、自分が怖いと思った時、神羅は前に立ち、怖い物に立ち向かっていた。

 

 「でも本当は、その背中を見続けるのが嫌だった。守ってくれるのは嬉しかったけど、同じぐらい自分が情けなくてしょうがなかった。本当は怖い物が出てきたとき、後ろじゃなくて、隣に立ちたかった。一緒に、怖い物に立ち向かいたかったんだ。ここでなら、それができると思っていた」

 

 だが、とハジメは自嘲するように口元を歪め、

 

 「できなかった。どんなにステータスが上がっても、技能が増えても、俺はいつも肝心なところで立ち向かえなかった。ずっと兄貴に任せっきりだった……だから、今ここで逃げたら、今度こそ俺は終わりだ。ずっとずっと、兄貴の後ろに居続ける。隣になんて立てやしない。だから、俺は行くんだ。俺が立ちたい場所に立つために。死ぬのは怖いし、怪獣はもっと怖い。何だったら、全部が怖い。怖くて怖くてしょうがない。それでも、逃げたくないんだ」

 

 その瞬間、優花は気づいた。彼は………自分達と何も変わらないのだと。

 怖くて、本当はやめたくて、逃げ出したくて………それでも戦う事を選んだ。そうするだけの理由があるから。それでもと、歯を食いしばり、踏みとどまる理由があるだけなのだ。

 ならば、止められない。それでもと立ち上がった自分たちが、同じ彼らを止めることはできない。

 周りの親衛隊達もそれを感じたのか諦めたような表情を浮かべている。きっと自分も同じ顔をしているのだろう、と優花は小さく笑みを浮かべ、

 

 「分かった。こっちは任せて」

 

 その言葉にハジメ達は小さく頷き、今度こそその場を離れようとし、

 

 「ま、待て南雲!お前は引っ込んでいろ!香織たちも行く必要はない!俺があいつらを倒す!」

 

 割り込んできた声に、ハジメは小さく息を吐く。それに気づいた様子もなく、光輝は言葉を続ける。

 

 「みんな、化け物の弟なんて信じちゃだめだ!俺が勇者として化け物どもを打ち倒して見せる!」

 「光輝、少しは落ち着きなさいよ!そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!?」

 「雫は黙っていてくれ!俺は勇者だ!人類を救うためにここにいるんだ!どんな敵だろうと恐れはしない!」

 「………じゃあ、戦ったら?」

 

 その言葉に光輝はえ、と目を瞬かせて発言者であるユエを見る。雫も予想外の言葉に目を丸くしていると、ユエは軽く鼻を鳴らして言葉を続ける。

 

 「私たちは私たちの意思であの戦いに参戦すると決めた。それを止めることは誰にもできない。それは貴方にも言える。貴方が戦うと自分で決めたのなら、私達は止めたりはしない。全力で挑むと良い。ただし、」

 

 そう言って光輝の足元を指さし、

 

 「そこから一歩でも踏み出せればの話だけど」

 「何を言っているんだ……」

 

 言葉の意味を問いただそうと光輝はユエに歩み寄ろうとし、出来なかった。

 足がその場に縫い付けられたように動かないのだ。それに気づいた光輝が困惑の表情で体を揺するが、体が揺れるだけで、足は一歩たりとも動こうとしない。

 

 「気付いてなかった?あの怪獣が現れてから、自分が一歩も動けていなかったことに。倒れた時の事はカウントせずにね」

 「な、なんだこれ……どうして俺の足が………どうなっているんだ!?南雲、お前俺に何をした!?」

 

 ハジメが何かしたと考えたのか、光輝が吠えるが、ハジメは小さく息を吐き、

 

 「分からないのか、天ノ河。お前は怪獣を怖がってるんだよ。足がすくんで動けなくなるほどにな」

 

 その言葉に、光輝は愕然としたように目を見開く。

 

 「ば、馬鹿を言うな!俺は勇者なんだぞ!怖がるはずがない!恐れるはずがない!お前が何かをしているんだろ!?」

 「だったらそこから動いて見せろ」

 

 光輝は顔を歪ませながら必死に足を踏み出そうとするが、そんな彼の意思を無視するように足は動かない。何とか動こうと必死に腕を、聖剣を振り回すが、どんなにやっても光輝はその場から一歩たりとも動けない。

 ハジメ達は少しすると、今度こそその場から戦場に向かって足を踏み出す。

 

 「ま、待て南雲!俺に何をした!?俺を開放しろ!俺は恐れてなんかいない!俺は勇者だ!勇者なんだ!勇者が怖がるはずがないだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 光輝は自身を奮い立たせるように叫ぶが、それも降り注ぐ豪雨と雷鳴にかき消されてしまう。




 これを書いていて何となく分かったんですが、自分はこう言うそれでも、と歯を食いしばって立ち向かう系の主人公が好きみたいです。無双系も好きだけど、過ぎればウザく感じるんですよね


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第95話 激戦、舞い降りる女王

 皆さん………本当にお待たせしました。ようやく……ようやくですよ。


 地面を吹き飛ばしながら猛然とゴジラはギドラ目掛けて突進し、ギドラもまた迎え撃つように翼も使いながら突進し、両者は激突する。

 空間を撓ませるほどの衝撃が駆け抜け、反動でゴジラとギドラの距離がいったん離れる。ゴジラは即座に踏みとどまると、未だ態勢を崩しているギドラに飛び掛かると青白い炎を纏った右腕を叩きつける。

 ギドラはとっさに翼をかざして炎爪を防ごうとするが、炎爪は易々と被膜に突き刺さり、そのまま引き裂いてしまう。

 悲鳴を上げるギドラに追撃をしようとゴジラは左腕を振り上げるが、ギドラの尾の一本がゴジラの右足に巻き付く。

 それに気づき、ゴジラは即座に振り払おうとするが、その前に足をひかれ、バランスを崩したように巨体が倒れ込む。

 即座にゴジラは起き上がろうとするが、その前にギドラの三つの首が殺到、巨体に喰らい付くと強引に立ち上がらせてから振り回し、遂には投げ飛ばしてしまう。

 全長100m越え、体重数万トンに及ぶ巨体が宙を舞い、投げ飛ばされた勢いのまま地面に激突すし、衝撃で大地が割れ、破片が隕石のように周囲にまき散らされる。ゴジラは巨体をゴロゴロと回転させて衝撃を和らげると、即座に顔を上げ、熱線を放つ。ギドラは再生した翼を羽ばたかせて急上昇して熱線を回避し、そのまま上空からゴジラを睨み下ろす。

 忌々し気にゴジラが背びれを発行させながら吠えると、ギドラも空を仰ぎ見るように咆哮を上げる。

 瞬間、ギドラの周囲の大気がバチバチと激しい放電を起こす。それに連動するように空を覆う黒雲も激しく雷光を閃かせる。

 何を、とゴジラが顔を歪めた瞬間、ギドラの翼に膨大な雷が収束していき、激しく放電が起こり、空が眩く照らされる。

 そしてギドラの六つの竜眼がゴジラを睨みつけると同時に、大きく翼が羽ばたく。その瞬間、翼から無数の雷がゴジラ目掛けて放たれる。。

 ゴジラは即座に口から火炎を放ち、迫りくる雷を相殺していくが、あまりにも数が多すぎる。

 ゴジラは火炎を吐くのをやめると両腕を前にかざして防御の構えを取る。そこに文字通りの雷雨が降り注ぎ、辺り一帯が昼間になったように照らされる。

 雷一発一発はゴジラなら十分耐えられる威力だが、圧倒的な物量に完全にゴジラの動きが止められる。

 ギドラはその隙を見逃さなかった。大きく広げた翼が再び雷光に包まれていき、ギドラは大きく身をよじりながら翼を振るう。

 するとその軌跡に沿って雷撃が刃のように放たれ、未だ動けずにいたゴジラを直撃、耳をつんざくような轟音と共に周囲が真っ白に染め上げられる。その光を破る様にゴジラは大きく吹き飛ばされる。どうにか踏みとどまって倒れる事だけは避けるが、苦し気な咆哮を上げながら体を強張らせる。その胴体には袈裟懸けのような火傷痕が刻まれてしまっている。

 好機と見たのかギドラは上空からゴジラ目掛け、爪を振り上げながら急降下すると、ゴジラは後ずさるように足を動かし、ゆっくりと尾を振り上げる。その尾が青白く燃え上がる。ゴジラはそれを勢いよくギドラ目掛けて振るう。

 それを見たギドラはその場で大きく羽ばたいて急制動をかけて、尾の範囲外で制止し、振り抜いた隙を突こうとする。

 が、ゴジラの本命は尾ではない。尾が振り抜かれた瞬間、その軌跡に沿って巨大な炎の刃がギドラ目掛けて放たれる。

 ギドラはとっさに回避しようとするが、それができる距離ではない。炎の刃はギドラを直撃し、炸裂。青白い爆炎が広がる。

 その炎を突き破ってバランスを崩したギドラが落下してくるが、どうにか空中でバランスを取り戻し、制止するが、その隙をゴジラは逃さない。即座に距離を詰めると、眼前に垂れ下がっていた二本の尾を抱き込むように掴む。

 ギドラはとっさに雷撃を放とうと口を開けるが、放たれる前にゴジラは尾を渾身の力で引き寄せ、ギドラを文字通り空から引き摺り墜として地面に叩きつける。

 ギドラが悲鳴を上げるが、ゴジラは止まらずギドラの巨体を大きく振り回し、今度は背中から叩きつける。それだけに止まらず、ゴジラは何度も何度もギドラを振り回し、地面に轟音と共に叩きつける。

 ギドラが叩きつけられるたびに地面が割れ、ギドラの悲鳴が響く。

 そして最後にゴジラはひと際大きくギドラを振り回すとそのまま投げ放す。

 空中で体制を整えることもままならず、ギドラはそのまま地面にひときわ激しい轟音と共に叩きつけられる。

 ギドラの悲鳴を聞きながら追撃しようとゴジラは猛然と駆け出す。すると、右首がゴジラの方に顔を向け、咆哮を上げる。瞬間、ギドラの周囲に直径4、5mはありそうな雷球が無数に出現し、一斉にゴジラ目掛けて放たれる。

 次々と直撃し、炸裂する雷球にゴジラの足が鈍るが、構わずゴジラは走り続ける。

 だが、その間にギドラは立ち上がると逆に突っ込み、三つの首でゴジラの両腕と首元に噛み付く。

 ゴジラは振りほどこうとするが、ギドラは雷撃を流し込みながらゴジラを激しく振り回す。

 ゴジラが苦し気に呻くとギドラは大きく羽ばたいてゴジラごと浮かび上がると、そのまま大きく首を振るってゴジラを投げ飛ばす。

 地面に叩きつけられ、呻くゴジラ目掛けてギドラは急降下し、全体重を乗せるように踏みつける。

 ゴジラが咆哮を上げるが、ギドラは再び跳び上がってからの踏み付けを連続で行う。

 ギドラに踏みつけられるたびにゴジラは呻き、何とか脱しようとするが、出来ず、何度も何度も踏みつけられる。

 ギドラが咆哮を上げ、再び浮かび上がる。その両足に雷が集っていき、眩い黄金に輝く。それを叩きつけようとギドラが急降下した瞬間、

 

 横合いから飛来した無数のミサイルがギドラを直撃し、爆炎が炸裂する。

 

 そのほとんどがギドラの頑強な鱗に阻まれ、ほとんどダメージを与えられなかったが、予期せぬ攻撃にギドラは驚いたように声を上げて動きを止める。

 その隙にゴジラは熱線を放ち、それはギドラを直撃。巨体が大きく吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

 それを横目にゴジラはゆっくり起き上がると、ミサイルが飛んできた方角に目を向ける。

 雷光閃く黒雲を背景に一機の船が飛んでいた。全長百数十メートルのステルス爆撃機と似たブーメラン型のシルエットの船で、後方に搭載された幾つものスラスターが轟音が響かせている。

 それを見て、ゴジラは大きく鼻を鳴らし、ゆっくりと視線をギドラに向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「オルカン・ブラスト、全弾直撃。でも、ほとんどダメージが無いように見える」

 

 船の前面に設えられたブリッジの最前中央の操縦用ポートに立ったハジメはユエからの報告にそうか、と小さく顔をしかめる。先ほど放ったオルカン・Gは対怪獣を想定して作成されており、純粋な破壊力だけでなく、爆発に指向性を持たせたことで通常のオルカンの10倍の威力を持つのだが、それでもダメージがないとは本当にでたらめだ。

 

 「とはいえ、驚かせることはできたみたいですね。無駄ではないですよ」

 

 左側に設えられた大型のレーダーの前に座ったシアの言葉に複数の座席の一つに着席しているティオが頷く。

 

 「ならば妾達の仕事は奴の注意をかき乱す事じゃな」

 「そうだね」

 

 右側の席に座った香織が頷き、近くに座っていたユエも頷く。それらを見て、ハジメはふう、と大きく息を吐きながら眼前のディスプレイに目を向ける。

 そこには起き上がり、忌々し気にこちらを睨みつけてくるギドラの巨体とそのギドラを威嚇するように咆哮を上げるゴジラの姿が映っていた。その周囲の平原は跡形もなく破壊し尽くされており、大地が割れ、抉られ、死の大地としか形容できない光景が広がっている。

 その全てを前に、どうしようもなく操縦桿を握った手が震える。でも、自分はここに立つことを選んだ。ならば最後まで、自分にできる最善を尽くすだけだ。

 ハジメは画面越しにギドラを正面から睨みつけ、仲間たちに告げる。

 

 「やるぞ、みんな………フェルニル、攻撃開始。ありったけを撃ち込め!」

 

 その瞬間、対怪獣決戦飛空艇、フェルニルから無数のミサイルが放たれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空中のフェルニルから放たれたミサイルがギドラに殺到するが、ギドラは盾のように翼をかざす。

 ミサイルは次々と翼に直撃し、爆炎をほとばしらせるが、被膜を突き破る事はできていない。それどころか、中には当たり所が悪かったのか明後日の方向に弾かれるミサイルもあった。

 だが、ゴジラにはそれで十分だった。猛然と駆け出して一気に距離を詰めると、炎を纏った爪を叩きつけ、被膜を大きく引き裂く。

 怯んだようにギドラが咆哮を上げるが、ゴジラはそのままさらに距離を詰めると無防備な胴体に全身を使ったぶちかましを繰り出し、ギドラは仰向けに倒れ込む。

 ゴジラはそのまま馬乗りになるとギドラに飛び掛かると、容赦なく連続で炎爪を叩きつける。

 爪が頑強な黄金の鱗を引き裂き、纏った炎が傷口を焼きつぶし、抉っていく。

 ギドラの悲痛な悲鳴が響くが、二本の尾が雷を纏いながら振り上げられるとゴジラの背中に叩きつけられ、爆雷が炸裂する。

 大きくたたらを踏むゴジラに追撃をしようと三つの口を開くが、右頭部の横っ面に深紅の閃光が直撃する。それはフェルニルに搭載された大型レールキャノン、ゲイボルグによる砲撃だ。

 オルクス大迷宮の階層を十ぐらいは撃ち抜ける威力を誇るゲイボルグだがギドラに傷を与えることはできていない。だが、意識外からの攻撃に思わずギドラの意識が逸れる。

 その瞬間、ゴジラはギドラの三つの頭部を抱え込むように掴むと、そのまま大きく振り回し、投げ飛ばす。

 地面を割りながら叩きつけられるが、ギドラは即座に立ち上がると、ゴジラとフェルニルを威嚇するように咆哮を上げる。

 ゴジラが咆哮を上げると同時にフェルニルは先ほど放った赤い閃光、レールキャノンとミサイルをギドラ目掛けて乱射する。

 レールキャノンとミサイルが次々とギドラに直撃するが、ギドラ這わずわらし気に体を震わせると中央と右の頭部がゴジラに向けて、左の頭部がフェルニル目掛けて雷撃を放つ。

 

 「っ!掴まれ!」

 

 ハジメが操縦桿を捻るとフェルニルはスラスターを吹かして急旋回し、雷撃を回避する。ゴジラは雷撃の直撃にたたらを踏むが、戦意を滾らせるように咆哮を上げる。

 雷撃を回避したハジメ達は一旦ギドラから距離を取ろうとするが、そんな彼らの視線の先で、引き裂かれていた被膜が繋がり、胴体の傷口が塞がり、鱗が生えそろっていき、ギドラの傷が完全に癒えてしまう。

 

 「神羅から頭を生やす事ができるって聞いてたけど……あの固さでその再生力は反則……」

 

 その光景を見たユエがうんざりとしたように呟く。

 傷を癒したギドラは咆哮を上げてゴジラを睨みつけると、跳び上がってから一気にゴジラとの距離を詰める。すかさずフェルニルからミサイルが乱射され、ギドラを直撃するが、気にしたそぶりも見せずギドラは一直線にゴジラに向かい、激突する。両足の爪が繰り出されるが、ゴジラは両手で押さえつけ、強引に地上に引き摺り墜とす。

 地面に叩きつけられたギドラをゴジラは踏みつけようとするが、その前にギドラは雷撃を纏った翼を叩きつけ、吹き飛ばす。

 起き上がったギドラは咆哮を上げてゴジラ目掛けて突進する。フェルニルが援護するようにミサイルとレールキャノンを放つが、ギドラは一切頓着せずにゴジラに向かって突き進み、激突する。

 

 「くそっ!完全にこっちの攻撃を無視してやがる!」

 「私たちの攻撃がほとんど効果がない事に気付いたんだ……」

 

 フェルニルはギドラ目掛けてレールキャノンを連射しているのだが、ギドラはそれを無視してゴジラに攻撃を集中させている。

 

 「この野郎……だったらあれだ。ティオ、スタンの用意!」

 「了解じゃ!」

 

 ティオが自身の席の操縦桿を握ると、前のディスプレイにギドラとゴジラの姿が映し出される。両者は激しく組みあいながら牙と爪をぶつけ合っている。それをティオは何かを待つように息を細く吐きながら見つめている。

 と、ゴジラはギドラの腹に蹴りを撃ち込み、巨体を引き離す。ギドラは翼を地面に叩きつけて制止するが、そのタイミングでフェルニルから数発のミサイルがギドラ目掛けて放たれる。

 ギドラはそれを無視してゴジラに突進しようと駆け出す。

 が、ミサイルはギドラの眼前で炸裂、周囲を昼間に変えるほどの強烈な閃光をまき散らす。

 それをまともに目にしたギドラは悲鳴を上げながら三つの首を大きく振り回す。

 スタン・ミサイルは行ってしまえば誘導式の強烈な閃光手榴弾だ。怪獣と言えども強烈な光をまともに浴びれば視界を潰せると思い、準備していた武装だが、効果覿面だ。

 ギドラが怯んだ瞬間、ゴジラは猛然と駆け出し、距離を詰めるが、ギドラは目が見えない状態で手当たり次第に雷撃を放ち始める。

 フェルニルが慌てて距離を取る中、ゴジラは真っ向から突っ込むと、両炎爪を×させるように叩きつけ、ギドラの胴体に巨大な爪痕を刻みつけながら吹き飛ばす。

 胴体に大傷を刻み付けられながらギドラは大地に叩きつけられ、悲鳴を上げながらも何とか起き上がろうとする。

 だが、その前にゴジラの背びれが発光、熱線が放たれ、ギドラを直撃し更に吹き飛ばす。

 地面に叩きつけられたギドラは何とか立ち上がるが、その胴体には大きな傷跡が刻みつけられ、全身の鱗もあちこちが焼け落ちてしまっている。

 いける、とハジメ達が確信した瞬間、ギドラは咆哮を上げながら両翼を勢いよく地面に叩きつける。

 何を、とゴジラとハジメ達が警戒した瞬間、打ち付けた翼と両足が赤い光を帯び、その光は吸い上げられるようにギドラの体に流れていく。

 何を、とハジメ達が疑問に感じた瞬間、ギドラの全身の傷が瞬く間に塞がっていき、あっという間に完治してしまう。

 ゴジラが忌々しげに顔をしかめ、追撃をしようと走り出した瞬間、ギドラの三つの口全てが開き、

 

 巨大な万雷が放たれる。

 これまでの雷撃とは比べ物にならない雷撃が一瞬でゴジラへたどり着き、炸裂。耳をつんざくような轟音と共にゴジラが吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

 

 「な、なんだ!?急に奴の攻撃が……!?」

 

 苦悶の声を上げながらゴジラは何とか立ち上がろうとするが、再びギドラは万雷を放つ。雷がゴジラの全身を貫き、焼き焦がしながら大きく吹き飛ばす。

 とっさにハジメ達が援護しようとモニターに目を向けた瞬間、こちらを忌々し気に睨み付ける右頭部と目が合う。

 

 「ハジメさん全力で防御してぇぇぇぇぇ!!」

 

 シアが絶叫じみた声を上げる。それを聞いたハジメは即座に操縦席の一角に魔力を流し込み、機構を作動。フェルニルを結界が覆う。それは空間魔法を用いた空間遮断障壁だ。消費魔力は大きいが空間遮断による結界は神羅の一撃すら受け止める。

 直後、世界が金色に染まる。ギドラの翼から先ほどの万雷ほどではないが、これまで以上に凶悪な雷撃が四方八方に無差別にばら撒かれ、黒雲に覆われた空が真昼のように白く染まる。

 雷撃が結界に激突した瞬間、凄まじい轟音と共にフェルニルが激しく揺さぶられる。だが、雷は次々と着弾して耳障りな音と共にフェルニルは揺さぶり続け、ブリッジ内に警告音が鳴り響く。いかに空間結界と言えども、結界にかかる負荷が大きくなればその分負担も大きくなる。

 

 「結界の負荷が大きすぎる!このままじゃ魔力が尽きる!」

 「っ!皆の者、結界に魔力を流すんじゃ!」

 

 ハジメ達はありったけの魔力を結界に注ぎ込んでどうにか雷撃を凌いでいく。

 数秒、それとも十秒ほどか。雷撃が収まり、外が暗くなっていき、豪雨に音が鳴り響く。その暗澹たる空にフェルニルはいまだ健在だった。どうにかしのぎ切ったことにハジメ達は安堵のため息を漏らす。

 

 「くそっ………幾ら空間結界が消費がでかいと言ってもこれは………どこからこれだけの魔力を……!?」

 

 ハジメは呻きながら外の様子を確認する。豪雨の中放電を終えたギドラが悠然と翼を羽ばたかせながら立っている。その全身は先ほどの雷撃放出の影響か翼の至る所が焼けているのだが、その傷もすぐに再生していく。

 だが、何よりも彼らの目を引いたのはギドラの足から赤い光が移動するたびに周囲の草木は急速に枯れ果てていき、終いには大地そのものが枯れ果て、ひび割れていく光景だ。

 

 「まさかあいつ………大地の魔力を吸収しているの!?」

 

 それは、重力魔法の真髄とも言える行いだ。星のエネルギーに干渉し、操る魔法の深奥………否。ギドラのはそんな優しい物ではない。

 ギドラは周辺の魔力を喰らっているのだ。星のエネルギーを分けてもらうでも、借りるでもなく、容赦なく、慈悲なく、一方的に、喰らい、貪り、己がものとしている。

 それこそがギドラが魔力を得た事で手に入れた力。名づけるとすれば魔喰。文字通り、魔力その物を喰らう力である。

 ギドラは空のフェルニルを忌々しげに睨みつけるが、空気を震わせる咆哮が響くとそちらに頭部を向けると、起き上がり、背びれを激しく明滅させながらギドラを睨みつけるゴジラが立っていた。

 その全身は満身創痍と言っていい有様だ。微かに煙が立ち上る全身は無数の火傷を負っており、息も荒く、体がふらついている。

 だが、それでもまだ戦うつもりなのかゴジラは咆哮を上げてギドラに向かって突進する。

 ギドラも咆哮を上げてゴジラ目掛けて突進し、激突するが、ゴジラが大きくよろめいたのに対し、ギドラは即座に体制を整えると翼を叩きつけ、ゴジラを吹き飛ばす。

 どうにかゴジラは踏みとどまるが、ギドラはすかさず雷撃を放つ。ゴジラも即座に熱線を放って雷撃を迎え撃ち、轟音と共に激突して炸裂。凄まじい衝撃波が迸る。

 衝撃をものともせずゴジラとギドラは再び突進し、激突するが、ギドラはすかさずゴジラに喰らい付き、雷撃を流し込む。

 雷撃の威力も上がっているのか巨体が雷で眩く照らされ、ゴジラから苦悶の咆哮を上がる。

 ギドラはそのまま雷撃を流し込みながらゴジラを振り回す。

 即座にフェルニルがミサイルを乱射。次々とギドラに直撃するが、ギドラは全く意に介さずゴジラを攻撃し続ける。

 

 「くそっ!完全に無視しやがって……!」

 「どうするのじゃ!?あの距離では神羅殿もスタンの影響を受けるから使えんぞ!?」

 

 ぎりっ、とハジメは歯を食いしばる。このままではゴジラは一方的に嬲られるだけだ。だが、それを止める手立てが自分達にはない。ユエの魔法ならば……いや、相手は魔力を吸収する能力を持っている。下手に魔法を撃ち込んでも効果がないどころか奴に吸収されかねない。

 どうする、とハジメ達が顔を歪めると、ゴジラは雷撃を流し込まれながらも背びれを明滅させ、至近距離からギドラに熱線を叩きこむ。直撃を受けたギドラの体が大きく吹き飛ばされるが、ゴジラは熱線の照射をやめず、ギドラを大きく押しやる。それでもギドラは倒れまいと踏みとどまる。

 今のうちに少しでも攻撃を、とハジメが狙いをつけた瞬間、

 

 不意に周囲が青い光で照らされる。

 

 何事かとハジメ達が光が差し込む方角に目を向ければ、黒い雷雲の一角が輝いている。間違いなくその光は雷によるものではない。

 

 「あれは………」

 

 香織が空を見つめながら呟くと、光は激しく瞬いて周囲を照らしていき、ひときわ激しく青い閃光が放たれた瞬間、雲を突き破って何かが飛び出すと、一直線にギドラに向かっていく。

 ギドラが気付いた時には手遅れだった。何かはギドラの中央の頭部に一撃を叩きこむ。

 それによって注意がそがれたギドラはそのまま熱線の圧に負けて吹き飛ばされる。

 熱線の照射をやめたゴジラはそのまま追撃はせず、空を見上げて飛翔する彼女の姿を見つめる。

 まず目につくのはその巨大な美しい翅だ。両翼でゴジラを覆えるぐらいに巨大な翅には極彩色に色を変える美しい模様が描かれており、特に翅の先端には怪獣の目に似た模様が浮かんでいる。

 その巨大な翅に反して体は驚くほど小さい。蝶や蛾に似た柔らかな毛に覆われた細身の身体に、まっすぐ伸びた後脚とカマキリの鎌のような形状の4本の腕。白い毛に覆われた頭部には触角と鋭い目つきの青い複眼があり、左右に開く構造の口がついている。

 彼女は空中で旋回してゴジラの背後に回ると青く発光する翅を大きく広げる。その姿はあまりにも美しく、ハジメ達も思わず戦闘中である事を忘れて見惚れてしまう。

 

 「綺麗………」

 「もしかして……あれって………」

 「ああ………きっとあれが………モスラだ……」

 

 降りしきる豪雨の中、怪獣の女王、モスラは眼前のギドラに視線を向けると赤い光を帯びた翅を広げながら美しい咆哮を上げる。




 軽く兵器解説。

 対怪獣決戦空中艦、フェルニル

 ハジメが開発した空中艦。デザインは神羅が前世で共に戦った超大型飛空艇、アルゴーを参考にしている。
 トータスに過去に存在していた飛空艇の技術も参考にしており、スラスターの搭載、更に神結晶を動力源として複数配置することで、大型でありながら高い機動力を確保している。また、複数人で運用することで個人への負担も大きく軽減されている。
 武装は指向性大型ミサイル、オルカン・ブラスト、大型レールキャノン、ゲイボルグ、スタンランチャー、他複数。
 

 あとギドラの魔喰についても。
 自然魔力を喰らうという行為は全身で行う事ができるが、生物から魔力を喰らう場合は口で直接食らう必要がある。これは肉体がない存在でも同義である。
 また、魔力に直接干渉する性質のせいで、魔法攻撃はほとんど吸収されてしまう。だがゴジラの場合、魔壊に効果を打ち消され吸収できずダメージを負う。

 後、キングギドラの名称をギドラに統一しました。


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