帝国の終焉 (獲ぬ鷹)
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先進11ヵ国会議

神聖ミリシアル帝国 港町カルトアルパス 帝国文化館

 

 

 

「しかし、ここは本当にとんでもない世界だな」

 

近藤は心底呆れた口調で嘆息した。

 

「全くです」

 

井上が力なく返す。

 

 

神聖ミリシアル帝国の港町、カルトアルパスで開催中の先進11ヵ国会議。

近藤と井上はこの会議のために派遣された日本の外交官だった。

 

会議は冒頭から荒れ模様だった。

エモール王国の代表が「古の魔法帝国」復活を告げると、会場が凍り付いた。

彼らの反応からしてよほどの一大事ではあるのだろうが、その魔法帝国とやらが一体何なのか、

近藤達にはさっぱり見当がつかず、反応のしようがなかった。

ましてや、その根拠が占いとあっては・・・

 

そんな会議を炎上させたのが、グラ・バルカス帝国の外交官シエリア。

彼女は過去の遺物を恐れる列強を嘲笑し、レベルが低いと断定したのだ。

会議は大荒れとなり、罵詈雑言が飛び交った。

 

正直、近藤にはシエリアの言い分が理解できないこともなかった。この時までは。

仮にも世界の列強が集まる会議で、魔法だの占いだのを持ち出すことが適切とは思えなかったし、

それを指摘すること自体は正当であると思えた。そのやり方には大いに問題があったが・・・

 

だが、シエリアはさらなる暴挙に出た。

グラ・バルカス帝国の第二文明圏への度重なる侵攻を非難された彼女は突如として、

他の10ヵ国に対し自国への服従を要求したのだ。

 

もはや事態は収拾不能だった。

シエリアは自国の要求を一方的に伝えると会場から退席し、

軍艦に乗ってカルトアルパスを去った。

何のことはない、彼女は最初から会議に「参加」するつもりなどなかったのだ。

単に10ヵ国への要求を伝える場として利用しただけだった。

 

 

「グラ・バルカス帝国については、本国でも警戒はしていた」

 

近藤が続ける。

 

第二文明圏や中央世界の国々と交流を深めるにつれ、グラ・バルカス帝国の情報も集まってきた。

極度の秘密主義で自国に関する情報を秘匿する一方、

海を隔てた文明圏外や第二文明圏に侵攻を繰り返し、

自国の支配下に置いていたことが判明した。

この世界では列強と言われる国をもいとも簡単に打ち破ったことから、

その軍事力が突出していることは疑いようがなかった。

 

また偵察衛星の打ち上げにより、さらに詳細な状況が明らかになった。

国土はムー大陸の北西に位置し、島国ではあるが面積は日本の5倍以上、

小大陸と言っても差し支えない広さを持っている。

そして衛星写真に写る建物や乗り物、街並み等の風景から、

文明レベルは第二次大戦当時の日本とほぼ同等と判断された。

 

強大な軍事力(この世界基準ではあるが)を有する好戦的な侵略国家。

それが日本のグラ・パルカス帝国に対する評価だった。

 

とはいえ、列強が一堂に会する場でよもや「宣戦布告」とは。

あまりにも斜め上過ぎて予測不能だった。

 

「単なるブラフであればまだいいが、彼女は間違いなく本気だった。

 宣言通り実力行使に出るだろうな」

 

「やれやれ、パーパルディア皇国戦がやっと終わったというのにまた戦争ですか。

 本当に勘弁して欲しいですね」

 

「まあ、日本とは距離がありすぎるから、直ちにどうということはないだろうが」

 

近藤の予測は甘すぎた。

グラ・バルガス帝国は「直ちに」動いたのだ。

それも日本が直接関わる最悪の形で。

 

 

◆◆◆

 

 

護衛艦「推古」 甲板

 

 

 

(噂には聞いていたが、あれはまさしく『大和』だったな・・・)

 

「推古」艦長の小野寺は、今しがたカルトアルパスを出港したグラ・バルカス帝国の超弩級戦艦

「グレードアトラスター」の姿を思い浮かべながら呟いた。

 

(文明がWW2レベルならありえなくはないが、それにしてもコピーしたかのように瓜二つだ。

 政府はカルトアルパスに海保の巡視船を派遣する予定だったらしいが、

 あんな化け物が相手では、いざという時ひとたまりもないだろう。

 本艦を派遣したのはファインプレーだったな)

 

推古は、海上自衛隊所属の最新型護衛艦である。

旧世代の護衛艦「あたご」や「こんごう」より一回り大きいサイズを持つその艦は、

グレードアトラスターよりはやや小さい程度の、堂々たる威容を誇っていた。

 

(ただ、この世界では軍艦らしく見えないのが辛いところだが・・・)

 

推古の武装は対空・対艦・対地の誘導ミサイルに近接防御用のCIWS。

この世界のいかなる敵も殲滅できる超強力な代物であったが、

戦艦の主砲のような「わかりやすさ」がなく、

一見するとただの大型輸送船に見えなくもなかった。

グレードアトラスターも「日本の軍艦恐るるに足らず」と侮ったかもしれない。

 

(グレードアトラスターの主砲は確かに脅威だが、こいつに命中させるのは無理だろう。

 万一食らってもよほどの至近距離じゃなければダメージは軽微だ)

 

旧来のいわゆるイージス艦の装甲は「紙のように薄い」と揶揄されるように、

対艦ミサイル一発で致命的な被害を被ったが、

推古の装甲は大幅に強化され「撃たれ強い」艦になっていた。

これは、軍艦同士の撃ち合いが絶えて久しかった前世界においても、テロリストの自爆攻撃や、

物量を頼みとする近隣国の飽和攻撃に対応する必要があったためである。

その代償として艦の重量が大幅に増加し、速力や機動性の低下が懸念されたが、

これを解決したのが、原子力推進機関の搭載だった。

 

そう、推古は「原子力ミサイル護衛艦」なのだ。

 

核アレルギーが極めて強い日本において、原子力船の導入は不可能なはずだった。

それを可能にしたのは、極東アジアにおける情勢の変化である。

 

近隣諸国の核による日本への脅しがエスカレートする一方、

アメリカ軍のプレゼンスは低下しつつあり、日本としては独力でこれに対処する必要に迫られた。

当初、日本は迎撃ミサイルの性能向上に力を注いだが、

それだけではどうにもならない事に気が付いた。

目と鼻の先からロフテッド軌道で撃たれるミサイルを、

百発百中で撃墜することなどそもそも不可能だし、

仮に百発百中で撃墜できたとしても、敵にとってみればミサイルが失われただけで、

自国が被害を受けるわけではない。それでいて一発でも命中すれば戦果は莫大。

いわばノーリスクハイリターンの全く割に合わない取引を日本は強いられることになるのだ。

 

攻撃してきた敵を迎撃するだけでなく、敵に攻撃を思いとどまらせるだけの報復能力がなければ、

脅威に対する抑止力にはなり得ない。日本はようやくこのことを理解した。

とはいえ、核兵器の保有はまだ内外のハードルが高かったため、日本は通常兵器の強化を選択した。

従来の「専守防衛」の枠組ではとうてい保有不可能な

「敵国を攻撃する兵器」を大量に開発・配備した。

海上自衛隊の艦艇に平仮名の命名を止め、歴代の帝の名を付すようになったのもこの時からだ。

推古はこうして生まれた艦だった。

 

(欲を言えば、開発中のレーザー光線砲が間に合っていればなお良かったんだが・・・

 事実上無限の電力による無限の弾を有する砲、まあこれは無い物ねだりか)

 

小野寺は一人苦笑した。

そこへ副長が駆け足で近寄ってきた。

 

「艦長、こちらにおられたのですか」

 

「いや、少し潮風に当たりたくてな」

 

「監視中のグラ・バルガス帝国艦隊に不穏な動きがありました。CICまでお越しください」

 

「わかった。すぐ行く」

 

小野寺は表情を引き締め、CICに向かった。



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列強の選択

護衛艦「推古」 CIC

 

 

「グラ・バルカス帝国の艦隊は、カルトアルパスの北西約600kmを南南東に30ノットで航行中です」

 

副長が説明する。

 

「艦隊の構成は?」

 

「レーダーの艦影からして、空母2、重巡1、軽巡1、駆逐艦4の計8隻と推測されます」

 

「空母機動部隊か・・・不穏な動きとは?」

 

「この少し前に、艦隊はマグドラ諸島沖に達していたのですが、そこには国籍不明の艦隊がいました。

 両者はしばらくの間対峙していましたが、やがて国籍不明側の艦影はみるみる減っていき、ついには消滅しました」

 

「マグドラ諸島は神聖ミリシアル帝国の領土だ。

 常識的に考えれば、そこにいたのは神聖ミリシアル帝国の艦隊ということになる。

 で、彼らはグラ・バルガス帝国艦隊と交戦し、全滅したということか」

 

「おそらくは」副長は続ける。

 

「それからもう一つ、先ほどカルトアルパスを出たグレードアトラスターですが、まっすぐ西へ向かっており、このままいくと間もなくグラ・バルガス帝国艦隊の進路と交錯します」

 

「おそらく合流するのだろうが、その後はどうするつもりか。

 まさかマグドラ諸島沖海戦勝利の勢いに任せて、そのままカルトアルパスに侵攻するつもりではないだろうな?」

 

「いくらなんでもそれは・・・神聖ミリシアル帝国だけならまだしも、我々を含む列強が集結している地に侵攻となれば、世界中に喧嘩を売るも同然。

 あまりにも無謀ではないでしょうか」

 

この時点で、彼らは決定的な事実を知らなかった。

グラ・バルカス帝国の「宣戦布告」は、推古には伝えられていなかったのだ。

もし知っていれば、艦隊の意図を察知して直ちに戦闘準備に入り、場合によっては先制攻撃で片を付けられたかもしれない。

しかし、単に潜在的敵国の艦隊が公海上を航行しているというだけで攻撃するわけにはいかなかった。

 

(これは通常の艦隊行動ではない。間違いなく何かを企んでいる。問題はそれが何かだが・・・)

 

考えても結論は出なかった。

 

「・・・とにかく、監視を続けるしかないな」

 

小野寺は釈然としない気持ちを抱えつつ呟いた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

カルトアルパス 帝国文化館

 

 

休憩中だった先進11ヵ国会議(グラ・バルカス帝国が退席したので10ヵ国だが)が再開され、参加国の代表が議場に入場し着席した。

会議の冒頭、議場国である神聖ミリシアル帝国の代表が口を開いた。

 

「皆様、世界の列強が集うこの席でこのような事を申し上げるのは非常に心苦しいのですが、極めて深刻な事態が発生しました」

 

一体何事か、と議場が静まり返る。

 

「グラ・バルガス帝国-我ら全てに服従を迫ったあげく一方的に席を立つという狼藉を働いたあの帝国が、大艦隊を率いてこのカルトアルパスに向かっていることが判明しました」

 

「!!!!!」その場の全員が驚愕し、絶句した。

 

「艦隊の進路・速度がこのままだとすると、あと3時間ほどでカルトアルパスに着くことになります」

 

ムーの代表が質問する。

 

「連中はカルトアルパスを攻撃するとお考えですか?脅しが目的という可能性は?」

 

「我々への宣戦布告に等しい服従要求、列強を歯牙にもかけない傲岸不遜な態度・・・数々の常軌を逸した振る舞いからして、攻撃の可能性は非常に高いと考えられます」

 

神聖ミリシアル帝国の代表は、重大な事実を公表しなかった。

精鋭の第零式魔導艦隊が、マグドラ諸島沖でグラ・バルカス帝国艦隊に全滅させられた事実を。

 

「ですが皆様、どうかご安心頂きたい。

 我が神聖ミリシアル帝国は、あのような野蛮人どもの攻撃に屈するような国ではありません!

 皆様の身の安全は、我が帝国の総力を挙げてお守りします!」

 

議場にざわめきが広がる。

 

確かに世界最強を誇る神聖ミリシアル帝国なら、グラ・バルガス帝国相手でもむざむざ敗れることはないだろう。

しかし、相手は第二文明圏の列強国レイフォルをあっさりと滅ぼし、破竹の勢いで勢力を拡大中の国だ。

何より怖いのは、国自体がヴェールに包まれており強さの底が計れないところだ。

あんな得体の知れない国を敵に回して、果たして我々は大丈夫だろうか・・・

 

その時、エモール王国の代表が重々しい調子で口を開いた。

 

「新参者の蛮族どもが・・・列強たる我らをコケにしおって・・・

 皆の者、よく聞くがよい。

 あの恥知らずな服従要求に従おうなどと考える国は、よもやこの中にはおるまいな?

 あのような輩の恫喝に屈したとあっては、まさしく末代までの恥ぞ。

 神聖ミリシアル帝国に対しては、色々と含むところがある国も多かろう。

 我が国も言いたいことは多々ある。

 しかし今はそのような確執は棚上げし、協力すべき時ではないか?

 幸い、カルトアルパスには我らの精鋭部隊が一堂に会しておる。

 我らが一致団結して戦えば、蛮族の艦隊など恐れるに足りぬ。

 身の程知らずの連中を打ち破り、中央世界から叩きだすのだ!」

 

「そうだ!そうだ!我らも戦うぞ!」

 

「グラ・バルカス帝国何するものぞ!」

 

「奴らに列強の実力を思い知らせてやれ!」

 

議場の雰囲気が一変する。

その様子を見て、神聖ミリシアル帝国の代表は満足げにほくそえんでいた。

 

「異議あり!」

 

突然、近藤が起立して叫んだ。

全員の視線が彼に向けられる。

 

「この度のグラ・バルカス帝国の横暴な振る舞い、我が国とて黙って見過ごすつもりはありません。

 しかし、今集結している部隊で迎え撃つという方針には賛成しかねる。

 我が国が得た情報によれば、グラ・パルカス帝国の軍事力はこの世界において突出しています。

 列強といえど今までこのような敵と対峙したことはなく、共同作戦を遂行する術も持たぬ我々が束になって挑んだところで、個別撃破されるのが関の山。

 ここは会議を中断し、各国の代表方はいったん本国に戻った上で対策を講じるべきではないでしょうか」

 

近藤は、日本が戦いに巻き込まれるのを極度に恐れていた。

パーパルディア皇国戦が終わったばかりで再び戦争など御免被るという気持ちに加え、財政的にも先の戦費が重い負担になっており、新たな戦いを起こせる状況ではなかった。

 

だが、エモール王国代表はそんな日本の事情を見透かしたかのように切り出した。

 

「我らは・・・日本とはさほど親しい間柄ではないが・・・パーパルディア皇国を瞬く間に制圧する力を持った国が、はるか東方に現れたと聞き、どれほどの強国かと噂しておったところだ。

 だが、相手が少し強いというだけでこの腰の引けよう、所詮は文明圏外の有象無象に過ぎなかったか・・・」

 

「何ですと?」近藤が気色ばむ。

 

「逃げ帰るというならそうすればよい。無理強いはせぬ。

 ただし、今後中央世界における発言力を全て失うことは覚悟しておくがよい。

 臆病者や傍観者は、この世界で名誉ある地位を占めることはできぬ。それがこの世界の掟ぞ」

 

「ぐっ・・・」

 

近藤は言葉に窮する。

確かに列強がこぞって戦う中、日本のみが戦いを避け帰国するのは政治的に拙い。

それは理解できる。しかし・・・

 

(この世界では、理性より蛮勇の方が価値があるのか・・・)

 

近藤が内心でそう呟いたとき、ムーの代表が挙手して発言を求めた。

 

「私は、パーパルディア皇国戦における日本の戦いぶりを直接見たわけではありません。

 しかし、日本軍に派遣された観戦武官からは、日本の戦いはまさしく異次元、想像を絶するものであったとの報告を受けています。

 グラ・バルカス帝国は確かに恐るべき敵ですが、日本もまたこの世界において突出した力を持っている。

 その日本が我らと志を同じくするなら、これほど心強いことはありません。

 どうか、この地で我らと共に戦ってほしい」

 

「・・・」

 

近藤は退路を断たれたことを悟った。

 

頃合い良しと見て、神聖ミリシアル帝国代表が起立する。

 

「皆様、先進11ヵ国会議の議長国として申し上げたいことがあります。

 我々が力を合わせてグラ・バルカス帝国艦隊と戦い、これを殲滅することを、本会議の総意として宣言するよう提案します」

 

 

提案は賛成多数で可決された。

各国の代表は魔信や無線その他の通信手段を用い、カルトアルパスに待機中の部隊と連絡を取り合っていた。

 

(大変なことになってしまった・・・)

 

近藤は携帯無線機を取り出し、推古の緊急連絡用回線に接続した。

 



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共同作戦

「艦長、11ヵ国会議に出席中の外交官から交信です」

 

小野寺は頷き、通話用のヘッドセットを装着した。

 

「小野寺です。ああ、近藤さん。何かありましたか?

 緊急事態?はい、はい・・・・は?宣戦布告?」

 

CICに緊張が走り、全員が小野寺を注視する。

 

「一体どういうことです?はい・・・いや、でもそれは・・・

 はい・・・・何ですって?・・・ええ、無論動向は逐一監視していましたが、

 まさかそんなことになっていたとは、我々には想像もつきません。

 はい?うーん・・・それは難しいかと。装備も練度も全く違いますし。

 え?避難?いや、その必要はないでしょう。そのまま留まってください。

 連中には指一本触れさせはしません。はい、何か動きがあったらお伝えください。

 はい、では失礼します」

 

小野寺はヘッドセットを外し、大きなため息をついた。

説明を求める視線を向ける部下達に重い口を開く。

 

「グラ・バルカス帝国と一戦交えることになった」

 

「・・・」意外にも彼らの表情に驚きの色は薄かった。

艦隊の不穏な動きを追っていた彼らには、相応の覚悟があった。

 

「連中は会議の参加国に服従を要求したらしい。

 服従しなければ攻撃する、と・・・まあ宣戦布告と取られても仕方ないだろうな」

 

「では、空母機動部隊の目標はやはり・・・」副長が質す。

 

「うむ、このカルトアルパスだ。

 直ちに本国の司令部に状況を報告し、交戦許可を取ってくれ」

 

「艦長、これは他の列強との共同作戦ということになるのでしょうか?」

 

「形式上はそうなるらしい」

 

航海長が口を挟む。

 

「ミリシアルやムーはまだしも、大航海時代の帆船が主力の国との共同作戦は、

 実際問題不可能ではないでしょうか。

 艦隊を守るべき航空戦力もワイバーンしかないようだし、敵の的になるだけでしょう。

 装甲などないに等しい木造船では、下手すりゃ機銃掃射で全滅しかねませんよ」

 

副長もうんざりした口調で、

 

「ミリシアルにしたって、今さっきマグドラ諸島沖で敵と交戦し全滅させられています。

 世界最強を自称するくらいだからもう少しやれてもいいはずですが・・・

 ムーの実力はよくわかりませんが、最新鋭戦艦のラ・カサミは明治時代の三笠級、

 空母艦載機が複葉機では、推して知るべしかと。

 まず戦力としてはほとんど期待できないと考えるべきでしょう」

 

「それは俺も近藤さんに伝えたよ」小野寺は苦笑した。

「列強が一体となって悪の帝国に立ち向かう、という図式が欲しいんだろう。

 まあ、あくまでも形式上の話だ。実際は我々だけで何とかするしかないな。

 それでも十分対処できるはずだ。それだけの力が我々にはある」

 

小野寺はいささか楽観的な見通しを述べたが、通信員の報告がそれを一変させた。

 

「艦長、司令部の指示は以下の通りです。

 交戦を許可する。ただし、個別的自衛権の範囲内とする。

 また、武器の使用はCIWSのみとする。

 以上です」

 

「何だって?」副長が叫んだ。

「司令部の連中は何を考えているんだ!状況を理解しているのか!

 CIWSだけで一体何をしろと言うんだ!」

 

憤懣やるかたない表情で航海長が吐き捨てる。

 

「この期に及んで個別的自衛権などと・・・まだ平和ボケを引きずっているのか」

 

「いや、そうではあるまい」

 

そう呟いた小野寺を二人は驚きの目で見た。

 

「しかし、艦長、これは・・・」

 

「敵と味方の戦いぶりを見極め、かつこちらの手の内は極力見せない、か。

 なるほど、よく考えたものだ。司令部は想像以上に狡猾だな」

 

小野寺は全てを理解した表情で続けた。

 

「俺は、敵の手が届かないアウトレンジから一方的に攻撃するつもりだった。

 それが最も安全かつ確実な方法だからだ。

 だが、それでは敵の力も、味方の力もよくわからないままに事が終わってしまう。

 どんな武器を持っているのか、兵の練度や規律はどうか、彼我の実力差は・・・

 この世界における我が国の戦略上、これらは非常に重要な情報だ。

 我々に求められているのは敵を倒すことだけではない。

 戦いをよく観察し、情報を伝聞ではなく身をもって入手することこそ、

 この戦における最重要のミッションだ」

 

「しかし、それでは味方がやられそうになっていても、

 黙って見過ごすしかないということになりませんか?」

 

「やむを得んな」小野寺は副長の疑問にあっさりと返す。

「我が国は列強と安全保障条約を結んでいるわけではなく、単なる友好国に過ぎない。

 まあ、友好すら怪しい国もあるがな。

 とにかく味方だからといって、敵から守ってやる義務はないということだ

 政治的には問題になるかもしれんが、我々には関係のない話だ」

 

「・・・わかりました」釈然としない思いを抱えながら副長は続けた。

「武器に関してはどうしますか?グレードアトラスターもいる空母機動部隊相手に、

 CIWSだけではどうにもならないと思いますが」

 

「必要な時は、司令部に武器使用条件の緩和を要求する。

 認められないときは、俺の責任で許可するから安心しろ」

 

小野寺が力強く言い切ったその時、監視員の声がCICに響いた。

 

「グラ・バルカス帝国の艦載機120機がカルトアルパスに接近中!距離は約150km!」

 

「空母機動部隊の動きは?」

 

「1隻だけが艦載機と同進路で接近中・・・これは・・・グレードアトラスターです!」

 

「何?単艦で来るだと?」

 

「艦長、敵は何をするつもりでしょうか。まさかカルトアルパスを艦砲射撃するつもりでは」

 

「その可能性はあるな。それより何より、敵はこっちを舐め切っている。

 戦艦の脅威になるような航空戦力が皆無と知っているんだろう。

 随伴艦など不要というわけだ。

 だが今度はそうはいかんぞ、我々がいるからな。

 レイフォル戦の成功体験が命取りになることを思い知らせてやるか」

 

小野寺は口元にかすかな笑みを浮かべて言った。

 

「ミリシアルの司令部に情報を伝えろ」

 

神聖ミリシアル帝国から提供された連絡用の魔信を使い、通信員が交信を始めた。



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カルトアルパス沖海戦(1)

日本が神聖ミリシアル帝国に伝えた敵編隊接近の情報は、魔信により直ちに列強艦隊に伝わった。

憎むべきグラ・バルカス帝国への一番槍を争うかの如く、艦隊は我先に港を出ていく。

その数約50隻。数だけを見れば堂々たる大連合艦隊と言えなくもなかった。

 

さらに、神聖ミリシアル帝国の航空基地やムーの空母から戦闘機が、

その他列強の竜母からはワイバーンが、迎撃のため次々と飛び立っていく。

 

(壮観だな・・・)甲板に出た小野寺は、その光景を見ながら独りごちた。

 

(文明も技術レベルも全く異なる国の艦隊が、共通の敵を倒すために出撃する。

 こんな景色は過去にも、おそらくは未来にもないだろう)

 

海戦史に造詣の深い小野寺は、中でも帆船の戦列艦に強く心を惹かれていた。

非情の決断を下したものの、彼らの運命を思うと胸が痛くなった。

 

(スペイン無敵艦隊が英国海軍に敗北したアルマダの海戦。

 名将ネルソンがナポレオンの野望を挫いたトラファルガーの海戦。

 あの時代の主役達がタイムスリップしたかのようだ・・転移したのは我々の方だが。

 しかし、彼らを待ち受けるのは栄光ではない。鉄と火の暴力だ。

 戦場のロマンなど欠片もない凄惨な暴力・・彼らは間もなくこの世界から消滅するだろう。

 その最期を見届けるのもまた、後に残る我々の責務なのだ・・・)

 

滅びゆく者たちへの惜別の想いを胸に、小野寺はCICへと向かった。

 

 

 

「微速前進、艦隊のしんがりにつけて十分な距離を取れ。

 港から離れすぎないように注意しろ」

 

小野寺は推古の進路を航海長に指示する。

戦局全体を視界に入れ、かつ日本人外交官のいるカルトアルパスを守る意図があった。

 

「敵編隊、25km前方まで接近!間もなく迎撃部隊と接触します!」

 

隊員がごくりと唾を飲み込み、CICは最高度の緊張に包まれる。

小野寺は平静を装っていたが、額にうっすらと汗をかいていた。

 

 

 

グラ・バルカス帝国の攻撃部隊は、アンタレス型戦闘機、シリウス型爆撃機、

及びリゲル型雷撃機の3機種によって編成されていた。

敵の航空勢力を排除し、艦爆を成功に導くのがアンタレス戦闘機隊の役目だ。

その外観は旧帝国海軍の零戦に酷似していた。

 

一方、迎撃部隊の先鋒は二グラート連合のワイバーン部隊が務めた。

一騎当千の強者たる竜騎士とワイバーンロードの最強の組み合わせ。

彼らは勝利を確信し、必殺の導力火炎弾を見舞うべく敵機に向かった。

 

しかし、その射程距離のはるか遠方で、アンタレスの7.7mm機銃が火を噴いた。

竜騎士は蜂の巣にされ、体中の穴から血を勢いよく噴出して息絶える。

相棒のワイバーンロードもまた同じ運命を辿り、断末魔の悲鳴を上げながら海に墜ちていった。

 

「ワイバーン部隊、全滅!」

監視員の悲痛な叫びがCICに響き、小野寺は唇を噛みしめる。

 

(やはりワイバーンではどうにもならなかったか・・・

 次はミリシアルとムーの戦闘機か・・・数は多いが所詮は寄せ集めの混成部隊。

 あの零戦もどきにどこまでやれるか・・・)

 

小野寺の悪い予感は的中した。

最初に会敵したのは神聖ミリシアル帝国の戦闘機エルペシオ3だったが、

ジェット戦闘機とは思えぬ鈍足と、世界最強国らしからぬ乗員の練度の低さが災いし、

アンタレスに一太刀浴びせることもできず、あっという間に全滅した。

 

次はムーの主力戦闘機マリンが挑む。

数の優位を生かし、敵を包囲殲滅しようとするが、

アンタレスの圧倒的な優速に物を言わせた一撃離脱戦法についていけず、

戦果らしい戦果を挙げられずいたずらに犠牲を増やすばかりだった。

 

絶望的な戦況の中、唯一善戦していたのがエモール王国の風竜だった。

彼らは速度ではアンタレスにかなわないものの、

戦闘機には不可能なトリッキーな機動により、アンタレスとほぼ互角に渡り合った。

しかし、いかんせん数が少なすぎた。キルレートは1:1程度だったが、

数に勝るアンタレス隊に次第に押し潰され、彼らもまた空で散華した。

 

200機以上いた迎撃部隊は、数機の敵機撃墜の戦果と引き換えに全滅した。

 

 

 

CICが重苦しい沈黙に包まれた。

誰もが頭では理解していたつもりだったが、グラ・バルガス帝国と列強の力の差を、

ここまで圧倒的な形で見せつけられると、なんともやりきれない気分になった。

 

「しかし、ミリシアルもムーも弱すぎますな」副長が言った。

「列強でも最上位の国があのざまでは、グラ・バルガスの暴挙を止められる国は、

 この世界にはいないということですな。

 特にミリシアルは酷い。魔法に力を入れているようだから、

 何か秘密兵器があるのではと期待していたが、あっさり全滅とは。

 あれで世界最強を名乗るなど、冗談にも程がある」

 

「まあ、そう言うな」小野寺がたしなめる。

「平和な時代で安穏と過ごしていたミリシアルやムーと、WW2レベルの技術を持ち、

 戦争に明け暮れていたグラ・バルカスが戦えば、こうなるのはやむを得ない」

 

「このままでは列強艦隊が全滅するのも時間の問題と思われます。

 やはりその前に攻撃するべきではないでしょうか?」

 

「まだ本艦の脅威にはなっていない以上、個別的自衛権の行使は認められん」

 小野寺は副長の進言を退けて、続けた。

「だが、グラ・バルカスは侮れない敵だ。武器もさることながら兵の練度が高い。

 甘く見てると我々も血を流すことになる。

 本艦の被弾とカルトアルパスへの攻撃は絶対に防がねばならん」

 

間もなく始まるであろう戦闘を見据え、小野寺は表情を引き締めた。

 

 

 

「やれやれ、それにしても歯ごたえの無い連中だな」

アンタレス戦闘機隊の隊長は嘲るように呟いた。

「7.7mmだけで片が付くとはな。マグドラにいた連中もだが、ここには弱っちい奴しかいないな。

 これじゃせっかくの20mmが宝の持ち腐れ・・・ん?」

 

彼の眼下には列強艦隊の姿があったが、その多くは木造帆船だった。

 

「トカゲと複葉機の次は帆船か・・・あんな骨董品に爆弾はもったいないな・・・よし」

 

獰猛な笑みを浮かべながら、アンタレスは海面に向けて高度を下げた。僚機がそれに続く。

 

 

 

列強の戦列艦は、実用一辺倒の近代以降の艦とは異なり、様々な意匠が凝らされていた。

船体やマストに美しい装飾がなされたそれらの船は、芸術品ともいうべき輝きと存在感を放っていた。

しかし、まもなく訪れる近代文明の暴力の前には何の意味も持ちえなかった。

 

殺気を放ちながら接近するアンタレスに向け、戦列艦の水兵たちは一斉に矢を放った。

それは唯一の対空兵器であったが、圧倒的な高速のアンタレスに命中するはずもなく、

逆に20mm砲が重々しい発射音を響かせて彼らを襲った。

 

生身の人間にとって、20mm砲による機銃掃射の威力はあまりにも過大だった。

頭は西瓜割りの西瓜の如く吹き飛び、胴体は真っ二つになり、内臓や手足が宙を舞った。

甲板は血と人体のパーツで溢れた。

20mm砲の弾丸は装甲などないに等しい木造の船体を易々と貫通し、艦内にいる兵士のほとんどを殺した。

 

執拗な機銃掃射によって舷側や船底に空いた大穴から海水が侵入し、戦列艦はことごとく沈没した。

海面は血で赤く染まり、その匂いに引き寄せられた鮫による饗宴が始まった。

鮫は大量に浮かぶ望外の御馳走を貪り食い、食欲を存分に満たした。

 

 

 

同じ頃、神聖ミリシアル帝国とムーの艦隊はシリウス爆撃隊の猛攻に晒されていた。

旧帝国海軍の彗星に酷似したシリウス爆撃隊の先鋒は、獰猛なエンジン音を響かせ、

艦隊への急降下爆撃を敢行した。

 

これに対し両国の艦隊は直ちに対空戦闘態勢に入ったが、いかんせん対空火器が貧弱過ぎた。

神聖ミリシアル帝国はルーンアロー、ムーは対空機銃を装備していたが、

それらはこの世界の航空戦力たるワイバーンに対峙するためのもので、

実際はワイバーンにすら滅多に命中しない代物であった。

そんな火器で、猛速で急降下するシリウスを撃墜するのは土台無理な話だった。

 

シリウスは急降下しながら12.7mm砲で機銃掃射を行った。

これにより対空戦闘員のほとんどが死亡し、対空火器は沈黙した。

シリウス隊はノーリスクで艦隊の直上に接近し、悠々と250kg爆弾を投下した。

 

急降下爆撃の威力は絶大で、被弾を免れた艦はただの1隻もなかった。

真っ二つになって轟沈する艦や、艦橋に爆弾が直撃し艦長以下の要員が全員肉片になる艦が続出した。

そんな中でムーの旗艦ラ・カサミは、必死の回避操艦が功を奏し急所への直撃こそ免れたが、

機関部にダメージを受けて速度が大幅に低下し、主砲他の主要火器が使用不能となり、

ただ浮いているだけの状態になっていた。

 

 

 

「よし、雑魚共の船はあらかた片付いたな」

 

上空で、戦闘とも言えない一方的な殺戮の様子を見ていたシリウス隊隊長スバウルは、

次の敵を探すべく港の方向に目を向け、そこに異形な巨大船の姿を認めた。

 

「でかいな・・グレード・アトラスターにも引けを取らん・・あれが日本の船か」

 

スバウルはさらに目を凝らす。

 

「あれは軍艦なのか?武装がないようだが・・いや、機銃座らしきものがあるな・・・

 だが主砲も副砲もない、奴らはあんな貧弱な武器で戦うつもりなのか?」

 

彼は少し考えたのち、すぐに結論を出した。

 

「あれは軍艦ではなく輸送船か商船だ。日本の外交官を乗せて来たのだろう。

 機銃は海賊対策で、本格的な戦闘に耐える代物ではない。

 商船を攻撃するのは少し気が引けるが、悪く思うなよ。

 戦場に居座ってるお前たちが悪いんだ」

 

彼は同じく上空待機していた僚機に指示を出す。

 

「これよりあの日本船を攻撃する、全機続け!」

 

 

 

「シリウス型爆撃機20機、本艦に接近中!」

 

監視員の叫びに、小野寺は皆が待ちに待った指令を出す。

 

「これより個別的自衛権を発動する。CIWS起動!」

 

計6基のCIWS-近接防御火器システム―が起動する。

艦に迫り来る脅威を瞬時に識別しレーダーで追尾、射程圏内に入った目標を攻撃する。

一連の動作はAIによる完全自動制御。

それはまさしく「システム」であり、スバウルが速断したような単なる機銃ではなかった。

 

(やっと来たな、彗星もどきが。今度はお前たちが地獄を見る番だ)

 

小野寺は内心でほくそ笑みながら、近づく敵機を示すディスプレイの輝点を眺めていた。

 

 

 

スバウルは急降下の強烈なGに耐えながら、爆撃の成功を確信していた。

 

「ふん、奴らこっちに気付いてないのか、それともビビッて動けないのか。

 弾幕も張らず回避運動もしないとはな。おまけに的は馬鹿でかいときてる。

 外す方が難しいってもんだ。こんな楽な仕事はないぜ」

 

だか彼は知らなかった。CIWSは隊長機を含むシリウス20機を既にロックオンしていた。

彼が250kg爆弾の投下レバーに手を掛けた時、6基のCIWSが一斉に火を噴いた。

 

毎分4,000発の高速で発射された30mmバルカンファランクスの弾丸は、スバウルの上半身を吹き飛ばした。

彼はコックピットの中で苦痛を感じる時間もなく瞬時に絶命した。

ほぼ同時に機体が爆散し、血と人体の切れ端が混ざった汚い花火となって海面に堕ちていった。

 

CIWSは互いに自動連携し、撃ち漏らしも無駄撃ちもなく、

自身に割り当てられたターゲットを次々と撃墜していく。

射撃開始から数秒で、20機のシリウスは全て海の藻屑となった。

パイロットに離脱や脱出の暇は与えられず、全員がスバウルと同じ運命を辿った。

 

 

 

シリウス隊の惨劇を目の当たりにしたリゲル雷撃隊隊長は、慌てて指示を出した。

 

「注意しろ!敵の機銃は異常に命中率が高い!不用意に近づくとやられるぞ!」

 

彼の常識では、対空機銃とは弾幕によって敵に恐怖心を与え戦意を挫くための武器であり、

目標を狙って撃つものではなく、命中してもそれは偶然に過ぎなかった。

しかし、彼は日本船の機銃が百発百中でシリウス隊を殲滅するのをその目で確かに見た。

 

(これは我々の手に負える相手ではない。攻撃を中止し帰投すべきだ)

 

彼の理性がそう呟く。しかし、

 

(帝国軍人が敵と一戦も交えずに帰れるか!シリウス隊の仇を討て!)

 

彼の感情は声高に叫ぶ。結局、彼には感情に従う道しかなかった。

 

「二手に分かれて両舷側から攻撃する。飛行高度はできるだけ下げろ。距離1000で投雷!」

 

40機のリゲル隊が20機の編隊に分かれ、推古の左右から接近する。

必殺の800kg魚雷を腹に抱え、隊長の指示通り海面すれすれまで高度を下げた。

 

魚雷の命中確率を極大化し、自身の被弾確率を極小化する。それは正しい戦法だった。

一歩間違えば海面に激突しかねない低高度を一糸乱れず飛行する姿は、練度の高さを伺わせた。

 

しかし彼らは気づいていなかった。剣の達人がどれほど技を磨いても銃には敵わないように、

超音速のミサイルの飽和攻撃に対処するためのCIWSに対して、

レシプロ機が束になってかかろうとも、勝利の可能性は皆無だった。

 

リゲル隊が投雷距離に達するはるか手前で、CIWSの射撃が始まった。

十数秒後、リゲル隊の全機がシリウス隊の後を追った。

あえて違いを挙げれば、編隊の密度の高さと800kg魚雷の猛烈な誘爆が相まって、

銃撃ではなく僚機の爆発に巻き込まれて散華する機が多かったことぐらいだった。

 

 

 

列強との交戦を終えて上空待機していた、アンタレス隊の大多数とシリウス隊の半数は、

推古の砲火に晒されることなく、結果的に無事だった。

しかし爆撃隊の4分の3が瞬時に失われた光景は、彼らの戦意を喪失させるに十分過ぎた。

 

アンタレス隊の隊長機が叫んだ。

 

「攻撃中止!全機帰還!」

 

生き残りの編隊はカルトアルパスに背を向け、一目散に戦場を離脱した。

 

「あの化け物が自分達を逃がしてくれるだろうか」

 

彼らは湧き上がる恐怖心を必死に抑えつつ、母艦に向かって先を急いだ。



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カルトアルパス沖海戦(2)

戦艦「グレードアトラスター」 第一艦橋

 

 

「艦長、攻撃隊からの無線を傍受しました。

 ”日本国軍艦の対空砲火により部隊は壊滅。戦闘継続不可能。これより帰投する”以上です」

 

「具体的な被害状況は・・・いや、いい。」

 

「グレードアトラスター」艦長ラクスタルは、自ら双眼鏡を上空に向けた。

 その先には、空母機動部隊を目指して帰投する攻撃隊の姿があった。

 

「生き残りは・・50機と少々か。損耗は5割以上・・確かに壊滅と言わざるを得んな」

 

ため息をつくラクスタルに副長が問いかける。

 

「艦長、攻撃隊の中でも戦闘機の損耗は軽微なのに、

 艦爆が全滅に近い状態なのはどういうことでしょうか?」

 

「日本は航空戦力をカルトアルパスに派遣していない。つまりアンタレスが相手にしたのは、

 列強のワイバーンや前世代の複葉機だ。よほどの事がない限りまず負けようがない。

 しかし艦爆隊は日本の軍艦を攻撃し返り討ちにあった・・・そんなところだろう」

 

「そこが解せないのですが、なぜ日本は列強の航空戦力を支援しなかったのでしょうか?

 連中は共同戦線を張っているはずです。味方が一方的にやられるのを黙って見過ごすはずがない。

 艦爆隊を殲滅できるほどの武装があるならなおさらです」

 

「確かに妙だな」ラクスタルは頷いた。

「何らかの事情があるんだろうが、それは俺にもわからん」

 

「連中の対空砲は近接信管でしょうか?」

 

「それなら本艦の高角砲と同じだが、ワイバーンならいざ知らず航空部隊を殲滅するなど不可能だ。

 となると、連中は全く未知の兵器を持っていると考えるしかない」

 

ラクスタルは、カルトアルパス停泊中に見た推古の艦影を思い浮かべた。

大きさこそグレードアトラスターに引けを取らないものの、数基の機銃以外の砲がなく、

彼の常識ではおよそ軍艦とは呼べぬ代物だった。

 

「シエリア殿、日本の軍艦について何か情報は?」

 

グレードアトラスターには、11ヵ国会議で列強に「宣戦布告」した、

外交官シエリアが乗船していた。

彼女は第一艦橋で戦況を見守っていた。

 

「詳しいことは私も知らない。だが情報局の分析では、貧弱な武装しか持っておらず、

 我が軍の脅威になるものではないとしている」

 

「その貧弱な武装で攻撃隊が壊滅したわけですが」ラクスタルの声に微かな非難のトーンが混ざった。

「敵の戦力を過小評価していたのではないですか?」

 

「情報局の分析は正確だ」シエリアは傲然と反論した。

「確かに、日本の技術は部分的には我々を上回っているところがあるのは事実だ。

 しかし技術力と軍事力は必ずしもイコールではない。

 日本はこの世界の取るに足らない弱小国に対しても、融和外交に徹している。

 本当に強い国なら、そんな面倒なことはせず植民地化するはずだ。

 我々は世界中の国を敵に回して戦い、支配できるが、日本にはそんな力はない」

 

シエリアは一旦言葉を切り、睨め付けるように一同を見渡した。

 

「なるほど、日本の対空砲は命中率が高く、航空機に対しては脅威かもしれない。

 だが、それは戦艦を沈めるほどの威力があるのか?そうではあるまい。

 ならば、このグレードアトラスターの敵ではない。違うかね?」

 

(知った風な口をききやがって、この素人が)

 

ラクスタルは湧き上がる不快感を必死で抑え込んで答えた。

 

「シエリア殿、誤解なきようお願いするが、我々は日本に臆しているわけではありません。

 戦う以上は、全身全霊で敵に挑み打ち負かすのが軍人の任務です。

 たとえ敵が想定外に手強かったとしても」

 

これ以上の口出しは許さないという意思を込めて議論を打ち切り、航海長に確認した。

 

「カルトアルパス港までの距離は?」

 

「40000です」航海長が即答する。

 

「敵艦の配置が見えるか?」

 

「敵艦は・・手前に1隻、奥に1隻の計2隻。手前の1隻はムーのラ・カサミ級ですが、

 上部構造物がほとんど破壊され、至る所から黒煙が上がっています。

 奥の1隻は日本の船です。カルトアルパス港の入り口を塞ぐ形で停船しています」

 

「残りの船は攻撃隊が沈めたということだな。ラ・カサミも長くは持たんだろう。

 日本さえいなければ予定通り作戦を遂行できたんだがな」

 

作戦とは、カルトアルパスへの艦砲射撃だった。

 

もともと、グレードアトラスターは敵艦と交戦するために出撃したのではなかった。

攻撃隊が敵の航空戦力と艦隊を全て排除した後に、単艦でカルトアルパス港に突入し、

艦砲射撃で街を蹂躙、神聖ミリシアル帝国とその他列強を恐怖に陥れ、

グラ・バルガス帝国への服従を強いるというシナリオだった。

 

だが、そのシナリオは日本というイレギュラーのために変更を余儀なくされた。

カルトアルパスの守護神の如く港口に鎮座する日本の船を沈めない限り、作戦は完遂できない。

ラクスタルは決断した。

 

「艦回頭、主砲全門発射用意!目標は日本軍艦!」

 

満載排水量72,800tの巨艦がゆっくりと回頭する。

三連装の主砲塔3基が推古に向かって旋回し、砲身に仰角がかけられる。

 

(日本よ、攻撃隊の仇を討たせてもらうぞ)

 

 

 

「グレードアトラスター、距離40000で回頭!」

 

CICのディスプレイには、攻撃態勢に入った戦艦の姿が映し出されていた。

その姿を見ながら小野寺が呟く。

 

「ついに来るか、しかし40000はちと遠すぎるんじゃないか?」

 

「グレードアトラスターは、レーダー照準射撃が可能との情報があります。

 レーダーの精度は不明ですが、高精度ならあながち無理とは言えないかと」

 

「まあ、じきにわかる」

 

そのとき、グレードアトラスターの甲板が一面の炎と煙に覆われた。

それはあたかも、グレードアトラスター自身が爆発炎上したかのように見えた。

 

「敵艦、主砲全門発射!」

 

転移前の世界では、戦艦はとうに過去の遺物となっていた。

彼らは主砲の斉射を初めて目の当たりにした。

 

(これが46cm砲の斉射か・・・見事なものだ)

 

小野寺は自艦が標的となっているにもかかわらず、その迫力に心を奪われていた。

 

砲弾は推古の前後100m程の海面に着弾し、水柱が高々と上がった。

命中弾はもちろん至近弾もなかったが、照準の正確さを伺わせた。

 

「初っ端から夾叉とは敵もやるな。レーダーの性能はかなりのものだ。

 攻撃力は大和を上回っているようだな」

 

「艦長、感心している場合ではありません」副長がたしなめる。

「砲撃を喰らうことはないでしょうが、このままでは一方的に撃たれっ放しです」

 

「わかっているさ」小野寺は微笑して、通信員に命じた。

 

「司令部にこう打電しろ。

 ”我、敵の大和級戦艦と交戦中。武器使用の緩和を求める”」

 

 

 

「第一斉射で敵艦を夾叉!」

 

「よし、いいぞ」ラクスタルは満足そうに頷いて確認した。

「敵艦の動きは?」

 

「ありません。静止したままです」

 

「何?回避運動をしていないだと?」

 

ラクスタルは困惑した。主砲で夾叉されればどんな艦でも必死で回避するのが常だ。

艦長以下乗員の練度が低く効果的な回避運動を行えなかったとしても、

主砲の射程圏外に逃れるため、敵から遠ざかるくらいの知恵はあるはずだ。

それすら行わずその場に停まったままとは、自殺行為としか思えなかった。

 

「奴ら、砲撃ですっかりビビッてしまったようですね」副長が笑いながら言う。

「足がすくんで動けないんでしょう」

 

ラクスタルは答えずにじっと考え込む。

 

(そんな臆病な相手ではないはずだ。それなら攻撃隊が壊滅する筈がない。

 まさか、あの艦は46cm砲を喰らっても平気なのか?

 いや、いくら何でもそんな筈はない。とすると・・・)

 

そこでラクスタルの思考を中断させるかのように主砲発射の警告ブザーが鳴り、

二度目の斉射が行われた。

敵は夾叉されたにもかかわらず動いていない。今度は間違いなく命中弾が出るはずだった。

しかし・・・

 

「敵艦手前、距離2000で閃光!砲弾が命中前に爆発した模様!」

 

「爆発したのは何個だ?」

 

「2個です」

 

「残りはどうなった?」

 

「全て外れました」

 

ラクスタルは一瞬絶句し、それから大声で怒鳴るように指示を出した。

 

「第三斉射用意!敵は動かん、確実に照準を合わせて全弾命中させろ!」

 

(まさか・・・そんなことが・・・)

 

冷静沈着を旨とする彼にしては珍しく狼狽しながら、双眼鏡を推古のいる方向に向けた。

程なく第三斉射が始まった。

今度は5個の砲弾が命中コースに入っていたが、前回同様敵艦に命中することなく爆発した。

ラクスタルはその一部始終をはっきりと見ていた。

 

「撃ち方止め!」

 

ラクスタルが叫んだ。彼の顔面は蒼白となり額には冷汗が噴き出ていた。

 

「艦長、どうなさったのですか?」

 

「あの船は、主砲弾を機銃で迎撃できる。それも百発百中でだ」

 

「!」全員が驚愕の表情を浮かべる

 

「しかし、艦長」副長が信じられぬという口調で問う。

「グレードアトラスターの主砲弾は、敵艦突入時には音速を軽く超えます。

 肉眼で視認することすらできないのに、迎撃など不可能ではありませんか?」

 

「機銃座には兵士がいない。つまり迎撃するのは人間ではない。

 自艦の脅威となる砲弾を自動的に識別して自動的に迎撃する。

 目標を破壊すると迎撃は自動的に止まる。すべての動作が自動で行われるんだ。

 原理はわからんが、現に奴は無傷で迎撃成功率は100%だ」

 

「まさか、そんな武器が・・・」副長も絶句した。

 

「我が国は、とんでもない相手を敵に回してしまったようだな」

 

「まだ、方法はあります」副長は声を振り絞って進言する。

「敵に接近し至近距離で砲撃するのです。これなら迎撃は物理的に不可能。

 あの機銃を何発喰らっても本艦にとってはかすり傷。接近を阻むものはありません。

 奴が逃走すればそれはそれで良し。心おきなくカルトアルパスを火の海にできます」

 

「・・・」ラクスタルは沈黙した。

 

副長の意見は一理ある。確かに至近距離で砲撃すれば、敵に深手を負わせられるだろう。

 

(しかし、奴はそこまで接近させてくれるだろうか)

 

彼は敵艦のサイズを思い浮かべた。グレードアトラスターに引けを取らぬ巨躯を持ちながら、

武装が機銃だけということがあるだろうか。

 

(なにか武器を隠し持っているのではないか?我々の知らない武器を。

 だとすればうかつな接近は命取りになる・・・)

 

決断力に富む彼にしては珍しく逡巡し、方針を決められなかった。

その時、シエリアの声が第一艦橋に響いた。

 

「艦長、ここは攻撃を中止し撤退すべきだ」

 

その場の全員が、狂人を見る目でシエリアを凝視した。

 

「いったい、何を言っているのですか?」副長が顔を紅潮させて噛みつく。

「何の被害もなく弾薬も燃料も十分あるのに、撤退する馬鹿がどこの世界にいるか!

 敵前逃亡以外の何物でもない!」

 

シエリアは激怒する副長を真正面から見据えて言い放った。

 

「貴官は、このグレードアトラスターの重要性を全く理解していない。

 グレードアトラスターは、グラ・バルガス帝国の象徴であり力の源泉とも言うべき存在だ。

 この艦が万が一にも日本に沈められるようなことがあれば、我が国の威信は根底から失墜する。

 日本以外の列強も、グラ・バルカス帝国恐れるに足りずと俄然勢いづくだろう。

 そうなれば我が国の世界征服は夢物語となる。

 これはたかだか一戦闘の勝ち負けとは次元の異なる話なのだ」

 

「日本軍艦はグレードアトラスターの敵ではないと、あなた自身が言ったではないか!」

 

「それは情報局の敵戦力評価が正しい場合の話だ。

 ここまでの戦闘を見るに、彼らの評価は間違っていたと言わざるを得ない。

 日本の戦力は想定よりはるかに強大で、あの軍艦も機銃以外の強力な武器があると考えるべきだ。

 そんな相手に正面から決戦を挑むなど、愚か者のすることだ」

 

「お言葉ですが、シエリア殿」ここまで沈黙していたラクスタルが重い口を開く。

 

「あの船がそれほどの武器を持つならば、我々が撤退するのを黙って見過ごすとは思えませんが。

 なぜ撤退が可能だとお考えなのですか?」

 

「簡単な話だ」シエリアはニヤリと笑った。

「彼らは撤退する相手を攻撃できない。憲法で禁じられているからだ」

 

「は?」理解不能な一言に、さしものラクスタルも口をぽかんと開けて固まった。

 

「諸君には理解しがたいだろうが、日本には専守防衛を定める平和憲法がある」

 

「センシュボウエイ?ヘイワケンポウ?」

 

「敵から攻撃を受けた時に、自分の身を守るための反撃のみが許されるということだ。

 先制攻撃や、逃げる敵を追撃することは専守防衛に該当せず許されない。

 日本はこの平和憲法を遵守しなければならない。従って我々は悠々と撤退できるのだ」

 

「あなたの言うことが正しいとすると、我々は日本を一方的に殴りつけて、

 殴り返される前に逃げれば無傷で済む、ということになりますが。

 そんな間抜けな国がこの世に存在するとは、私には到底信じられない」

 

「存在するのだ。強大な力を持っているのに、平和憲法で自らの手足を縛り、

 身動きできなくなっている愚かで間抜けな国、それが日本だ」

 

「それは情報局の分析ですか?」

 

「そうだが、この件については外務省が裏を取っている。間違いのない情報だ」

 

シエリアは自信満々に続けた。

 

「こういう歪な国に対して、まともに戦いを挑むのは得策ではない。

 奴らが力を出せない状況に追い込んだ上で、じっくりと料理すべきだ。

 そのためには対日戦略を根本から見直す必要がある。

 我々に求められているのは、今日の戦いで得た情報を確実に持ち帰り上層部に伝えることだ」

 

「あなたの言いたいことはよくわかりました」ラクスタルはうんざりした表情で話を遮った。

 

「我々軍人は、目の前の敵を叩く見敵必殺の精神を叩き込まれている。

 だがそんな精神は国家戦略上邪魔だというなら、これ以上何も言うことはありません。

 軍人は政治に従わねばならない。あなたの意見を容れましょう」

 

ラクスタルは命令を下した。

 

「攻撃は中止だ。これより機動部隊と合流の上、本国に帰投する」

 



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カルトアルパス沖海戦(3)

「グレードアトラスター、艦回頭!撤退を開始しました!」

 

「何?撤退だと?」小野寺は驚愕して聞き返す。「偽装ではないのか?」

 

「全速でカルトアルパスから遠ざかっています。偽装ではありません」

 

「・・・」小野寺は沈黙した。その表情には怒気が漲っていた。

怒りを隠さぬ小野寺を見て、副長が困惑気味に切り出す。

 

「艦長、敵は我々と戦っても勝ち目がないと悟り撤退するのでしょう。

 これでカルトアルパスは守られました。喜ばしいことではありませんか?」

 

「連中が勝ち目を見出すとすれば、接近してのゼロ距離砲撃しかない。

 当然そう来ると思っていたが、まさか背中を見せて一目散に遁走するとはな。

 武人の風上にも置けぬ連中だ」

 

「グレードアトラスターは、かの帝国にとっては虎の子らしいですからな。

 喪失を恐れた、いわゆる艦隊保全主義という奴でしょう」

 

「それにしても不思議だ。これだけの事をしておきながらなぜ逃げられると思ったのか。

 連中は我々が何もせず見過ごすとでも思っているのか」

 

「我々は攻撃に対する反撃しかしていませんから、逃げれば追撃しないと踏んだのでしょう」

 

「一昔前の我々ならそれも通用したかもしれんがな。とんだ見込み違いだ」

 

小野寺は、グレードアトラスターを敵ながら心のどこかでリスペクトしていた。

大和の生き写しのような外観がそうさせたのかもしれない。

沈めるには惜しい、潔く敗北を認め正々堂々と降伏するのであれば、

これを受け入れて艦と乗員の命を救う・・・そんなシナリオをひそかに描いていた。

 

しかし、小賢しい撤退を見てそんな気持ちは綺麗さっぱりと消え去った。

不意に、通信員の声がCICに響いた。

 

「司令部より回答あり!”武器使用の緩和を許可する。全兵装使用自由。”以上です!」

 

CICに歓声が上がった。

 

「よし、対艦ミサイル発射用意!目標はグレードアトラスター!」

 

小野寺は指示を出しながら、凶悪な微笑みを浮かべていた。

 

(貴様らの間抜けな行動をあの世で後悔するがいい。

 一瞬だが、グラ・バルカス帝国海軍の栄光を夢見る時間ぐらいはあるだろう)

 

 

 

「艦長、やはり撤退すべきではありません。

 今からでも遅くない、反転して敵を攻撃するべきです」

 

副長がラクスタルに訴える。

 

「貴官の気持ちはわかる。私とてできるものならそうしたい。

 しかし、いずれにせよ手遅れだろう。そもそもこの戦争自体が・・・」

 

ラクスタルがそこまで言ったとき、監視員が叫んだ。

 

「敵艦、ロケット弾を発射!本艦に向かってきます!」

 

「何だと!」シエリアが驚愕の叫び声を挙げた。

「そんな・・・そんな馬鹿な・・・日本が攻撃してくるなんて・・・」

 

「回避しろ!面舵一杯!」航海長が叫ぶ。

しかし、満載排水量72,800tの巨体はそう簡単に針路を変えられない。

 

「おのれ・・日本め・・何が平和憲法だ!話が違うではないか!

 我々を油断させて戦争に引きずり込むとは、この卑怯者がああ・・ぐあっ?」

 

叫び続けるシエリアの横っ面を、副長が渾身の力で張り倒した。

シエリアは吹っ飛び床に倒れた。

 

「な・・な・・な・・・」

 

ショックのあまりシエリアは言葉が出ない。

親にすら叩かれたことはなく、甘やかされて育てられた彼女にとって、

屈強な軍人からいきなり殴られることなど想像もしていなかった。

 

「この馬鹿女が!貴様のせいで、貴様のせいで我々は・・」

 

「よせ」鬼の形相でシエリアを罵倒する副長を、ラクスタルが制止する。

「彼女に責任はない、彼女の妄言を受け入れ作戦を決定した私の責任だ」

 

ようやく舵が効き、艦は右に回頭する。しかし、

「ロケット弾、追いかけてきます!回避できません!」

 

監視員の悲痛な報告に、艦橋の全員が凍り付く。

 

「やはり誘導弾か、まあそうだろうな」ラクスタルは呟き、静かに口を開いた。

 

「諸君、見ての通り敵は次元の違う力を持っている。我々がかなう相手ではない。

 生還の可能性は低い。しかし、どんな状況でも最後まで諦めずに戦うのが帝国軍人だ。

 主砲、副砲、高角砲、全ての砲を使ってロケット弾を迎撃せよ」

 

直後、グレードアトラスターの甲板が炎と黒煙に包まれた。

使える砲を総動員して張られた弾幕は、一見鉄壁のように見えた。

しかし、海面スレスレを亜音速で巡行し、突入時にはマッハ3まで加速する対艦ミサイルを、

回避運動しながら迎撃するのは、いかに練度の高い砲兵でも不可能だった。

 

「艦長、無念です」副長が唇を噛みしめる。

「どうせ倒れるなら前向きに倒れたかった。背中を斬られるとは末代までの恥です」

 

「それも国が存続していればの話だ。国が滅びれば恥と思う者もいなくなるからな。

 このまま戦争を続ければ、祖国は間違いなく日本に滅ぼされるだろう

 我々の犠牲を教訓に、政府が方針を変えてくれることを祈るだけだ」

 

その時、ミサイルが不意に右に向きを変えた。

一瞬、回避に成功したかと思ったのもつかの間、ミサイルは再び左に変針し、

グレードアトラスター目がけて一直線に突っ込んできた。

全ては、着弾時の破壊力を最大化するためプログラミングされた挙動だった。

 

「ロケット弾、着弾します!」

 

「総員、何かにつかまれ!」ラクスタルが最後の指示を出す。

 

正気を失い床に這いつくばっているシエリア以外の全員が、手近の物を掴んだ。

 

ミサイルは、艦橋のほぼ真下、艦中央部の舷側に着弾した。

強大な運動エネルギーが分厚い装甲を易々と食い破り、艦内に突入し炸裂した。

 

 

 

シエリアは床に横たわっていた。

 

衝撃波によって、彼女がいた艦橋は原型を留めず破壊されていた。

天井が崩れ落ち、圧死しても全くおかしくない状況だったが、

天井と壁と床の間に僅かな生存空間が生じ、そこにはまり込んでいた彼女は、

重傷を負いながら奇跡的に致命傷は免れていた。

 

「あ・・あ・・」うわ言のように声を絞り出す彼女は、

自分と壁の間に柔らかい物があることに気付き、それを見た。

 

艦長のラクスタルだった。

彼は衝撃で壁に打ち付けられ絶命し、割れた頭部から脳漿を飛び散らせていた。

 

「ひやあああああ」シエリアは絶叫した。

「誰か、誰か、助けて!誰か!」

 

だが返事はなかった。彼女は艦橋で唯一の生存者だった。

 

「嫌だ・・私は軍人じゃない・・外交官だ・・こんなところで死にたくない・・

 死ぬのは嫌だ・・怖い・・こわい・・」

 

泣きながら呟く彼女を、弾薬庫への誘爆による二度目の衝撃波が襲った。

シエリアの意識はそこで途切れた。

 

 

 

「グレードアトラスター、轟沈します!」

 

監視員が報告するまでもなく、CICのモニターには敵の壮絶な最期が映し出されていた。

艦は中央部から真っ二つに割れ、艦首と艦尾を上にして急速に沈んでいった。

 

グレードアトラスターが完全に水中に没し、海は静けさを取り戻した。

全員が無言でモニターを凝視していたが、小野寺が沈黙を破った。

 

「さて、アンタレスの生き残りはもう帰還したか?」

 

「はい、既に全機が母艦に収容され、護衛艦と共にグラ・パルカスに向けて航行中です」

 

「連中にも仲間のところに行ってもらおうか。対艦ミサイル発射用意」

 

「艦長、お待ちください」副長が口を挟んだ。

「無警告の攻撃は政治的に面倒なことになりませんか?

 せめて降伏勧告を行ってはいかがでしょうか」

 

「必要ない」小野寺は冷たい口調で返した。

「我が国とグラ・パスカス帝国は、事実上戦争状態にある。

 戦争中の敵を攻撃するのにいちいち警告してやるお人よしはいない。

 1隻でも多くの敵艦を沈め、1人でも多くの敵兵を殺し、敵の戦力を減殺する。

 これがこの世界の戦争における正義だ」

 

副長は沈黙せざるを得なかった。

小野寺が最後の命令を発した。

 

「対艦ミサイル発射!目標は敵空母機動部隊!」

 

8基の対艦ミサイルが、300km彼方の敵に向けて発射された。

十数分後、敵艦を示す8つの輝点はCICのレーダーから消滅し、

空母機動部隊はグレードアトラスターと同じ運命を辿った。

違いがあるとすれば、乗員達が日本からの攻撃と気付かずに、

訳のわからぬままに逝ったことぐらいであった。

 

かくして、カルトアルパス沖海戦は終結した。

 

 

 

この時点で、日本を敵に回したグラ・パルカス帝国の敗北は決定的だったが、

政治による解決の道が閉ざされたわけではなかった。

しかし、時をほぼ同じくして発生した事件が、帝国の運命を根底から覆すことになる。

そのことを知るものは、今はまだ誰もいなかった。

 



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