ぐだぐだMoiraアカデミア (冥府さん@がんばらない(古))
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4コマ漫画のようなテンポ感を目指す感じの導入 - 1

 たぶんメルメルは復讐をwktkしてる
 イヴェールはコミケ行ってそう(致命的なニコニコ汚染)


「なぁエレフ」

 

「何だオリオン」

 

 少年───エレフは、オリオンと呼んだ少年に顔を向ける。

 

 オリオンはエレフの視線を受けて雑誌をエレフが見やすいように傾けた。

 

「またレオンティウスさん載ってるぜ。テレビにも引っ張りだこだし、弟のお前は鼻が高いんじゃねぇか?」

 

「なぁオリオン。たしかに俺は兄さんのことを個人的に尊敬してるし、毎日ヒーローとして戦っててすげえと思うよ。だがなオリオン。俺はマスコミを信用しないんだ。兄さんが有名になることを、あまりよく思いはしない」

 

「へぇ。そりゃまたなんでだ?」

 

「ミーシャにまでやつらの手が及ぶかもしれない」

 

 エレフの言葉にオリオンは遠い目をして、息を吐く。

 

「……お前はほんとにミーシャが好きだよなぁ」

 

「考えても見ろ。ミーシャは天上の神すら嫉妬してしまうほど美しい子だ。その姿がこの世界に晒されてしまえばどうなる? 当然、ミーシャを狙うやつが出てくるだろう。そしてミーシャは祈りに捧げられて───あぁ、駄目だ。考えれば考えるほど怒りが湧いてくるぞ。どうすればいいと思う? オリオン」

 

「もうお前黙ればいいと思うぞ」

 

「……もしそんなことになれば、俺は祖国に牙を剥くだろうな。いや、神だって殺してしまえるかもしれない」

 

「それは無理だろ」

 

「いいや出来る。俺は兄さんの弟だぞ。日本で十指に入るヒーローの弟だぞ? うん。いけるいける。余裕余裕」

 

「お前のその自信はどこからくるんだ……」

 

 エレフは世間一般でいうシスコンであった。

 

 オリオンはエレフと妹───ミーシャの仲がどれほどいいのかを知っているから、もう呆れることしかできない。

 

 彼らは中学生、それも三年生という時期。

 

 性に多感な時代であり、オリオンもそりゃあミーシャのことを一瞬意識したことはあったが、しかしそんなことを知られてしまえば間違いなくエレフが殺しにくるのでその心を捨て去った。

 

「しかし、ミーシャ……遅いな……」

 

「そう早く済むもんじゃねぇだろ? もっと気長に待とうぜ」

 

 エレフ達の通っている学校では、もう少しで文化祭の季節なのだ。エレフの妹は、委員として文化祭の出し物の案として乱立されたものの中から一つを選ぶという作業に現在勤しんでいる。

 

 であれば、時間がかかることを想定しているのも当然だった。

 

「そういえば、エレフ。お前って高校どうするか決めたか?」

 

「ん? ……あー、雄英にするか迷ってるな」

 

「へぇ、やっぱりレオンティウスさんが通ってたからか?」

 

「あー……いや、別にそういうわけじゃないんだが。お前のほうはどうするか決めたのか?」

 

「おう、雄英はさすがに倍率がなぁー……適当に近くのヒーロー科目指すわ」

 

「ふーん、お前は雄英目指すもんだと思ってたんだが」

 

「さすがに厳しいだろ。それに別に雄英出身を目指す必要はないしな。俺は俺が愛したこの街を守るだけのヒーローになるーっ、てな!」

 

 ふーん、とエレフがいい、言葉をつなげようとしたときだった。

 

「───エレフ様!」

 

「ん? お、オルフか。久しいな。文化祭の準備は終わったのか?」

 

「はっ、勿論! 私達はクレープ屋を出店することになりました!」

 

「ほう……それはそれは。ならばミーシャと共に行ってみようか。オルフ、その時はもてなしてくれるのだろう?」

 

「勿論ですエレフ様! このオルフ、誠心誠意全力を尽くさせていただきます!」

 

「いやこえーよお前ら」

 

 唯一客観的な視点で見ていたオリオンがツッコんだ。

 

 オルフはエレフの後輩である。そしてエレフを崇拝している。まるで王を見るかのように、救世主を見るかのようにオルフはエレフを尊敬していた。

 

 その姿は他から見れば信仰であり、その信仰が会話の度に増していく進行という狂気。

 

 どれくらい狂気かといえば、収穫を誤ってしまいそうなほどである。

 

「エレフ様、こちらの方は……」

 

「ああ、知らないのか。オリオン、自己紹介してやれ」

 

「お前なんでそんな態度デカイんだ……俺はオリオン。こいつの友達やってる」

 

「……では、オリオン様と!」

 

「こえーよなんだよお前その忠誠心」

 

 信仰とは正に狂気である。と、オリオンはこの時思ったそうな。

 

 

 

 

 エレフの兄であるレオンティウスは、どれだけ仕事が忙しくてもなるべく家に帰るようにしている。

 

 とはいえ、やはり人気ヒーロー故か中々家には帰らない。そんなレオンティウスが帰ってきたのは六時頃。

 

 ミーシャと一緒にごろごろぴょんぴょんしていたエレフはレオンティウスが随分早い時間に帰ってきたことに若干の疑問を抱きながら、寝転んでいたその体を起こして兄を迎えた。

 

「おかえり兄さん」

 

「ただいまエレフ。それにミーシャも」

 

「兄さん! おかえり! 今日は早いね?」

 

「ああ、今日は早く返してもらったんだ。働き詰めだったからね……上から休めって言われてんだ。休暇も溜まってるし、文化祭は行くよ」

 

「ほんとか兄さん!」

 

「やったー!」

 

 レオンティウスはほほえみ、二人の頭を撫でた。まだ手の中に収まるほどだ。この二人の笑顔を守るために、今も彼は戦っている。

 

「ああ。普段家を開けてるからね……家事ももう、二人に任せてしまって。毎日大変だろ? 済まないな」

 

「大丈夫。兄さんが俺らのために働いてくれてるって知ってるんだから」

 

「うん。お父さんもお母さんもいない私達を助けてくれてるのは兄さんなんだよ? その兄さんが一番がんばってるんだから、家事くらい全然だよ!」

 

 レオンティウスは曖昧にほほえんだ。

 

 エレフとミーシャの両親は亡くなった。それはある(ヴィラン)によるものだ。

 

(恩讐で動くことは愚かしいことだ)

 

 頭では当然、理解している。しかしその思いを持っていても止められないものがある。

 

 幼い二人を傷つけた人間───その敵が()()であるなら……その始末をつけるのは兄の仕事だ。

 

(───わかっていても止められない、か。私はやはり咎多き人間だ。非道い理由でヒーローになったものなのだから)

 

 自らのファンがいることを知っている。……だから、自分がヒーローになった動機がそのファンに後ろめたい。

 

 レオンティウスは本来評価されるほど高潔な人間でもないのだ。

 

 ただ、身内を愛する一人の人間だった。

 

「なぁ兄さん、せっかくだしテレビでも見ながらゆっくりしててくれよ」

 

「……そうはいってもなぁ。いや、そうだね。そうするよ。この時間帯ってなにかおもしろいのやってたかな?」

 

「あー……録画してたやつでも見る?」

 

「何録画してたの?」

 

「仮面ライダー」

 

「あー……久々に見ようかな」

 

 テレビの前に座った。ゆっくりと録画一覧を眺める。

 

「……………………」

 

 レオンティウスの出た番組がしっかりと取られてて、なんだかほっこりとした気持ちになった。

 

「……な、なんだよその目」

 

「いや、何でもないよ。そういえば私はこの番組を結局見ていないんだ。予定は変更して、これを見ることにしよう」

 

「おー……オールマイトと共演したやつだ。これおもしろかったよ兄さん」

 

「そうかい? それはよかった」

 

「エレフー! こっちきてー!」

 

「なんだいミーシャー!」

 

 二人が部屋へと向かっていき、レオンティウスは深くソファに沈み込んだ。今は槍を持っていない。こんな日も、久しぶりだ。

 

 テレビでは自分の印象について人が語っていた。意外に人気があるようで、褒め言葉が多く寄せられている。一度聞いたがやはり嬉しいものだ。

 

 のんびりと、リモコンを持ってテレビを眺める。二人はなにをしているのだろうか? と思っていると、ミーシャが戻ってきた。

 

「兄さん、文化祭来てくれるんだよね?」

 

「ああ、行くつもりだよ?」

 

「それでね、今日文化祭の出し物が決まったんだけど」

 

「うん」

 

()()()()()

 

「…………」

 

「ってエレフに言ったらね? 『ミーシャのメイド姿なんて誰にも見せるものか! ……運命(Moira)よ、これがあなたの望んだ世界だというのか───!』なんて言い出してね?」

 

「エレフなら言いそうだね」

 

「でしょ? ……それでね、おもしろい案が出たの。絶対喜ぶと思うから文化祭を楽しみにしててね、兄さん!」

 

「……うん? うん。楽しみにしてるけど……」

 

 と、言い残してミーシャは部屋へと戻っていった。

 

 文化祭の日は……だいたい二週間後ほどだ。

 

 かなり待ち遠しいな、と、レオンティウスは思った。




 ブラック☆ロリコン……それはに(ry

 運営は残酷だ(規制)

 書きだめすらしてないので次回更新は未定です


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4コマ漫画のようなテンポ感を目指す話 - 2

 しきしゃはきみのみかたさっ☆

 屋根裏の少女とか知らなかったんですけど例のグラサンの創作能力がどれだけイかれてるのかを屋根裏と檻を漸く知ってビビりました。あれですよね。掟上今日子の備忘録であったなんぞや小説家のノンシリーズみたいなことやっててドン引きです。


 人間覚悟を決める必要がある日は必ずやってくる。それがどんなことであろうと。それは一つの運命を呪う日なのかもしれないし、一つの運命を祝福する日なのかもひしれない。あるいはそのどちらでもないのかもしれない。

 

 エレフ少年からすればそれはどちらかというと前者であり、番外ではない。当然のように彼は運命を呪うこととなった。

 

 こいついっつも呪ってばっかだな。

 

 と、いうことで文化祭当日。

 

 エレフは現在ミーシャに連れられた教室の中で着替えさせられ、現在の自分の姿を姿見で見せられた。

 

 完膚無きまでにメイド服。

 

 そりゃあエレフはミーシャの姿を見せたくもなかったし、女装するかどうかを天秤にかければミーシャのほうが遥かに重い。均衡が取れるわけもない。傾く。

 

 だからといって、女装するというのは少年からすればあんまりにいい経験ではなく。

 

 当然のごとく、エレフの目は死んでいた。

 

「似合ってるよ、エレフ」

 

「……………………ありがとう、ミーシャ」

 

 と、いうことで。

 

 エレフがミーシャに連行されるように教室に戻ったとき、クラスは爆笑の渦に包まれたとか。

 

「エレフ……お前……! くっそ……! くっそ……!」

 

「それ以上笑ったらお前の頭ギターでかち割るからな」

 

「おいエレフ! こっち向けよ!」

 

「お前の後ろに影が見えるぞ」

 

「ひえっ」

 

 さよなら、ミーシャ……!

 

 もうどうにでもなーれ☆ の精神でエレフは準備を待つことにした。中学の文化祭でここまで規模大きいとかお前何考えてんだ教員とかせめて笑ってないで働け教員という目でエレフが担任を見ると、彼は小さく笑み、

 

「人間覚悟を決める時があるものだよ」

 

「畜生!!」

 

 

 

 

「……やっぱり外はこわいし大変だね……足も痛いし……帰っちゃ駄目?」

 

「ムシュー、今回は折角お呼ばれしたんですから」

 

「オルタンス、そうは言っても……」

 

「ムシューは少し働くべきです」

 

「ヴィオレット……君まで……あ、メイド喫茶だって。どうする? 寄って見る? 楽しそうだし寄ろうよ」

 

「ウィ、ムシュー」

 

 うぃむしゅした(許可を得た)ので、暑苦しい服装をした少年が扉を開くと、そこにはメイド服姿の少年が立っていた。

 

 エレフだ。

 

「いらっしゃいませご主人様、ご注文を」

 

「えっ……あの、君どうしたの……? ちょっと顔怖いんだけど」

 

「ご注文はありませんか?」

 

「いきなりそう言われても……メニューとかはないのかな?」

 

「ならば冥府の王にでも仕えるがよい」

 

「怖っ、この人怖いんだけど」

 

「既にメイド侍らしてるようなやつがメイド喫茶来てんじゃねぇよ……」

 

「いや、二人はメイドじゃないんだけど……」

 

「そう大差ありませんよ」

 

「ですわね」

 

「えっ」

 

 ぼくのかわりにめぐっておくれー☆ だけでなく現在働かざる冬の天秤と化している彼の身の周りの世話をしているのは二人だ。

 

 エレフの頭に弓矢が突き刺さった。

 

「うわらばっ」

 

「なにやってんだお前……すいません、この馬鹿が。どうぞ中へお入りください」

 

 オリオンが丁重に三人をもてなし、その場は終了となった。

 

「オリオンてめぇなんでメイド服も着てねぇお前がこっち出てきてんだよ……!」

 

「エレフてめぇなんで客に舐め腐った態度とってやがんだよ……!」

 

「客が私に何をしてくれた……? 愛する者(羞恥心)を奪っただけではないか! 笑わせるなぁ───ッ!!」

 

「『弓が撓り弾けた焔夜空を凍らせて……』」

 

「馬鹿野郎そんなもの店内で撃とうとすんな! あと技名なげーよ馬鹿!」

 

「だまらっしゃい。これぞオリオン流弓術の神髄!」

 

 そんな二人の会話を、客三人が聞いていた。

 

「……あれが青春かぁ……」

 

「ムシューはどうせニートしますし青春時代なんて一切ありませんよ」

 

「お り あ わ せ し に な さ い な」

 

「酷い……ん? ちょっとヴィオレット流石に酷くない? あ、矢撃たれた。ああいう個性なのかな」

 

「弓も矢もいつ如何なる時も無限に作り出せる個性ですかね?」

 

「本人の実力と相まって中々強力そうに見えますが……どうなんでしょう?」

 

 撃たれた弓矢を全部エレフは避け次元跳躍して遥か彼方に飛んでった弓矢は変態神官を串刺しにした。

 

 すごいぞつよいぞこれでジャケ詐欺とは言わせないぞオリオン。

 

 扉が開いた。

 

「オリオンさんお客様がおまづになっでやがりますべよ」

 

「当番はお前だろ。……………………うわぁ……………………任せたわエレフ」

 

「いやまてお前なにを見た!?」

 

 エレフは衝動に従い後ろを振り向いた。

 

 仮面の男が立っていた。

 

「……………………」

 

「……………………少しばかり、癒やしてはくれんかね」

 

「……は、はぁ。ご主人様、どうぞこちらへ……?」

 

 のっそのっそと歩く仮面の男は、席についたらすぐさま語り始めた。

 

「私にはとてもかわいい娘がいるんだがね……そろそろ彼女の誕生日なんだ。プレゼントはなにがいいかと聞いたらね……Arkと呼ばれた物(ナイフ)がほしいって……」

 

「お、おう……」

 

「理由を聞いてみたんだ……そしたら……娘がね、凄まじい形相で此方を見ていたんだ……背筋が凍るほど恐ろしかった……階段を転げ落ちるほどに戦慄と恐慌の中……逃げ惑った……」

 

「えぇ……」

 

「逃げ切ったと思った。逃げ切ったと思ったら……! あの男め! 余計なことを……!」

 

「あの男……?」

 

 どんどんと扉が叩かれた。びくりと仮面の男は体を震わせた。

 

 がらりと扉が開く。

 

「……さぁ、楽園へ還りましょう? パパ……」

 

「え……エル……そんなにも……」

 

「大丈夫だよ、パパ。帰ろうよ、きっと楽しいよ」

 

「……………………」

 

 その男は、最後に助けを求めるような目でエレフを見た。彼にはどうしようもできなかった。ただ扉の向こうに消えていく姿を見送ることしかできなかった。ほどなくして絶叫が轟く。それは男のものだった。エレフはただ、起こった出来事に対して現実逃避することしかできなかった。

 

「……忘れよ」

 

 開いた扉から男の顔が見える。

 

 エレフが対応に向かうと、ぬっと真っ白な顔が現れた。

 

 それは人形を抱いた、指揮棒を持った男だ。まるで死人のような見目に、エレフといっても若干臆する。

 

「……中々おもしろい復讐だったね」

 

『メルメル、ソノ話ハイドデシマショ?』

 

「そうだね。……君は店員さんかな?」

 

「あ、はいそうっす」

 

「ふぅん……それじゃあお邪魔していこうかな。案内してくれるかい?」

 

 気圧されるように、エレフはその男を案内すると、一番最初に案内した男が近寄ってきた。

 

「メルヘンさんじゃないですか」

 

「イヴェールさん。メルヒェンと呼び給え。ところでどうしたんだい?」

 

「僕を冬に会わせてください」

 

「……?」

 

「違うんです。僕は引きこもりニートじゃないんです。僕はもっとしっかりと謎ぉなオーラを漂わせているような男なんです。お願いです。働かざる冬の天秤とか言われてるんですよほんとうの僕は傾かざる冬の天秤なのにいいいいいい僕を冬に会わせてくださいいいいいいいい」

 

「潔く死んでから出直してくれ給え」

 

 しょぼーん。

 

「お母さんが言ってたんだ。しあわせにおなりなさいって。だから僕は生に傾こうとしてたら働かざる冬の天秤って言われ始めたんですよ。ね?」

 

「何がねっ? なのか私には理解できない。潔く死んでから出直してくれ給え」

 

「お願いですよメルヘンさんんんんんんんんん」

 

「メルヒェンと言いなさい。そもそも……それは私の係ではないだろう? 然るべき場所に行ってくればいい」

 

「……なに言っているのかさっぱりわからないけれど、つまり死にたいってことか? お前の背中に死が見えるぞ」

 

 注文を人形から受け取りつつ、エレフはその言葉を残して後ろに引っ込んだ。

 

「……………………」

 

「ムシュー」

 

「ムシュー」

 

「「おりあわせしになさいな」」

 

「しあわせになるんだぁ!」

 

「しなせないわ……さぁおりに」

 

「しなりおにあわせなさい」

 

「しあわせになるんだぁ───!」

 

『メルメル、甘イノ平気ダッタカシラ?』

 

「大丈夫だよ。ありがとう」

 

「メルヘンさぁん!」

 

「メルヒェンと呼べ」

 

「くそぅ! 人形ヒロインだって!? キャラが被ってるじゃないか! しかも引きこもりまで同じ!」

 

「どこが被っているのやら……そもそもだ」

 

 メルヒェン・フォン・フリートホーフは言い切った。

 

「私は夜には出歩いている……七歩だけな」

 

「僕は0歳児だから働かないでいいんですぅー! 生まれてくる前に死んでゆく冬の子なんですぅー!」

 

 

 

 

「あ、兄さん」

 

「エレフかい? 中々……おもしろい格好をしているね」

 

「……そこには触れないでくれ」

 

「ああ。メイド喫茶と言っていたね。なにを売ってるんだい?」

 

「コーヒー〜雷神の右腕を添えて〜」

 

「……………………」

 

「これしかメニューはない」

 

「飲食店として成り立ってるのかなこれ」

 

「……甘さのバリエーションがあるよ」

 

「どれどれ……ココアにマシュマロを溶かした上に砂糖をこれでもかとぶち込んだ甘さってどれだけの甘さなんだろう……」

 

「あそこの人が頼んでたよ」

 

 エレフはメルヒェンを指さした。

 

 そこには優雅にクソ甘いコーヒーを飲む屍揮者の姿があった。

 

「あれが特別おかしいだけだから、普通を頼んでおいたほうがいいと思う」

 

「うん、そうするよ」




 ぶっちゃけ終着点が見えてきたので序盤はガンガンとお話飛ばしていこうかなって思います。歴史の教科書にちらっと載ってるようなあれです。序盤はあのおまけみたいなもんです。フエラムネのおまけです。


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4コマ漫画のようなテンポ感を目指す話 - 3

 服装はなるべく動きやすいように、要所要所にスペースを残している。バッグは持った。朝食も食べた。歯も磨いた。……あんまり関係ないかもだが髭も剃った。全然生えていなかったが、まぁ用心といった感じだ。よって完璧。靴を履き終え、馴染んだ感覚を浸透させる。

 

 準備は万端。兄と妹が見送る───それを受けて、言った。

 

「いってきます」

 

 今日は受験日。

 

 エレフセウスの、雄英高校受験当日。

 

 

 

 

 筆記はそこそこできたほうだと思う。その自信はある。少なくとも、最低ラインには乗っているだろう。しかし問題は次の実技だ───まぁ、しっかりやれば問題ない。

 

 体を覆う個性に意識を向けながら、手を握って閉じて精神を統一する。

 

 現在実技試験会場。まるで街のような造形をしていて、雄英という学校の規格外の規模を見せつけられた。

 

 エレフという少年において、初舞台───そして同時に大舞台。

 

 それが受験。

 

 仮想敵(ロボット)を破壊し、それで得られたポイントによって実技の得点が決まる。

 

 ……とはいえ、考えなしに戦っているだけでも受からなさそうだ、という考えもある。どうやってポイントを掠め取るか、その考えが必要だと思った。

 

 どうしようか……まずは、裏路地にある仮想敵を率先して始末していこうか。なんて考えを奔らせていると、

 

『スタート!!』

 

 と、声がする。

 

 考えごとをしていたから一瞬それがなんだったのか、と考え、そしてはっと気づく。今のが開始の合図だったと。

 

 早くも出遅れた。既に現れた小型敵を破壊している姿も散見される。

 

 思考していたことが全て潰されて、エレフは若干めんどくさくなった。

 

「……じゃあ、行こう」

 

 まず、手頃な大きさの石を2個ほど拾った。個性を発動する。外見上では全く変化のないが、しかし発動した個性の恩恵は十分───設置された家の壁に足を掛け、一足で駆け上がった。

 

 そして遠くに見える仮想敵の頭に石を投げる。狙い過たず、その仮想敵の顔面を破壊し、ポイントを確保する。

 

「あっちもだ」

 

 同様に───屋根の上に顔を出した、中型の仮想敵の頭を吹き飛ばした。

 

「……わりとやわいか」

 

 少なくとも人間ほどの強度に設定されているようだ。かんたんに頭を破壊することができる。

 

 ……このまま固定砲台として戦っているのが一番効率がいいのだろうが、しかしそれほど弾はない。ならばそろそろ、自分で動こうか。

 

 そう判断して、エレフは徐ろに体を前に傾けた。屋根を走る、屋根を超える、屋根から屋根へと進んでいく。

 

「2ポイント撃破っ」

 

 そのまま、通りすがりに首を蹴り飛ばし、その残骸を足場にして進んでいく。この調子でいけば余裕で終わるな、と思いながらも。

 

 

 

 

 受験終了。

 

 合格発表当日。

 

 その日、妙に落ち着かないエレフをミーシャとレオンティウスがほほえましそうに見ていた。それを見て、若干エレフは不満そうに唇を尖らす。

 

「エレフ、受かってると思うかい?」

 

「手応え的には……たぶん」

 

「そろそろ落ち着きなよ。楽しみにしてるのが見て取れるよ?」

 

 言われたので、エレフはその通りに落ち着いて座る。

 

 数秒でうずうずし始めた。

 

「そんなに楽しみなんだね」

 

 と、ミーシャは苦笑する。

 

 レオンティウスはエレフがそわそわしているのを見て、玄関へと向かっていた。

 

 彼が戻ってきたとき、その手には小さな封筒。

 

「届いてたよ」

 

「よっし!」

 

 まるで誕生日プレゼントをもらったときのようなテンションでエレフはその手紙を開いた。

 

 結論から言うと合格だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 入学式当日。

 

 

「エレフセウスを除き全員退学」




 頭の中でお話が完結してしまってモチベ切れになるくらいなら序盤の部分をさっと飛ばして自分の書きたいシーンにさっさと持っていったほうがいいのではないか……? というと手抜きって言われそう

 ところで雷神シリーズと雷神域の英雄ってあの世界の時系列的にはどっちが先なんでしょうかね……たぶん雷神域の英雄の後に雷神の系譜なんでしょうけど……

 神話調べてみて解釈するしかないですね。

 今更ながらこの話はどちらの物語も履修済みを推奨します(畜生)

 漸くシリアス路線に踏み込めそうだしMoiraの要素も出して行けそうなので急ぎつつ楽しく書いていきたいですねー。


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運命の始まり - 1

 これは夢だ。そうわかっている。沈んでいく感覚から、そう気づいた。

 

 けれど夢とわかっていて落ちることはやめられない。自分の意志じゃどうにもならないのだ。そのまま落ちていく。

 

 落ちていって───どうする?

 

 自分が落ちることになんの意味があるのか。あるいはだれかの思惑があるのか。それは全くわからない。

 

 だが、自分がだれかのために、なにかのために落ちていることはわかる。

 

 ゆっくりと落ちていく。頭を汚染するような感覚がある。浮こうと思って手を何度かばたつかせたが、それは沈む速度を早めるだけだった。

 

 移り変わっていく景色。

 

 それは、自分の入学式まで遡る。

 

 そこには初日、クラスメートと挨拶している自分がいた。挨拶をして、これからの未来を若干思い描いて、楽しそうに笑っている自分がいた。

 

 エレフ。

 

 エレフセウス。

 

 そんな、日本基準で言ったら妙ちきりんな名前を受け入れてくれた、クラスメートがいたのだ。

 

 だからこそ、このクラスで仲良くなっていけそうだと思っていた。

 

 羽住夏樹は明るく、エレフに臆することなく話しかけてくれる人間だった。その男の名はよく覚えている。人の名前を覚えるのが苦手だったエレフだってその名前をしっかりと覚えているのだから、それだけコミュニケーション能力に優れていたのだろう。

 

 相模凶鳥はどこか苛烈だった。わずかな交流でもそれは理解できた。けれど彼は、身内に対して優しかった。そして同じクラスであるのだから、と彼は自らを仲間と言ってくれた。それが嬉しかった。

 

 ほかにも、ほかにも、ほかにも、ほかにも───

 

 考える度に落ちていく。かろうじて最深部に落ちていないのは、まだまだ心の支えがあるからだろうか? エレフセウスという男は、そんなに精神が強いわけじゃない。悲しいほどに弱くて、全てを家族にゆだねているような物だ。

 

 だからこそ、家族が最後の防波堤になってくれていた。

 

『息仔ョ……マダ落チナィノダネ……ナラバ私ハ(其処)デ待ッテイョウ……』

 

 声がした。自分を呪おうとする声がした。問題となるのは、この底まで落ちること。それがどこまで自分に影響を及ぼすのか。

 

 まぁいい。

 

 然るべき時がくれば底まで落ちてやろう。それでいい。それがいい。既に自らの命に意味を見出していない。だから落ちることは厭わない。

 

 待てよ底に住まう者よ。また今度お前に全てを捧げてやる。捧げてやるから望んで待っていろ。

 

 

 

 

「エレフセウス」

 

「はい」

 

「そろそろ休憩の時間だ」

 

「はい」

 

「そんなに根を詰めすぎないほうがいい。体を壊せばそのぶん成長はストップする。収支が釣り合わない。合理的ではない」

 

「はい」

 

「なら休憩しろ。わかったな」

 

「はい」

 

 言われて、エレフは拳をおさめた。そして振り返る。広大な個性の訓練場。そこを使っているのが自分だけというのだから、謎は未だ残る。

 

 授業自体がエレフに合わせた構造になっているので、エレフの在席しているクラス───1 - Aの授業の進行は非常に早い。そのぶん空いた時間を個性訓練に費やすことで、1 - Bとの均衡を保っていた。

 

 とはいえ、その個性訓練でめきめきと戦闘力を身に着けているのだから、あんまり公平とはいえない。

 

 常人ではこうはいかなかっただろう。エレフセウスという一人の天才だからこそ、ここまで成長が早かったのだ。

 

 1 - Aの担任、相澤消太は考える。

 

(成長が早すぎる)

 

 彼は抹消ヒーロー・イレイザーヘッド。

 

 個性を消す個性という強力極まりないものを持ち、その個性を最大限に活かす超一流の戦闘能力を持つ者。

 

 そんな彼からして、エレフの評価は()()()になる。

 

(天才中の天才。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……ただの身体能力向上? そんなわけあるか。自分がよく動けるのを個性だと勘違いしているだけじゃないのか?)

 

 イレイザーヘッドとして見てきた中で、似たようなことをした人間が何人かいた。

 

 一人はオールマイト。彼の強力無比な力は個性とその筋肉に支えられるものであり、個性を消されてもある程度は戦える。

 

 一人はエレフの一つ上の先輩である通形ミリオ。彼の能力自体に戦う力はない。ただ、その能力を戦える力に仕立て上げただけ。彼は個性がなくとも戦士として戦うことができる。

 

 一人はレオンティウス。彼は雷を操る個性である。だからこそ、その身体能力に個性はほとんど関与しない。

 

 だからといって。

 

 個性がない状態で尋常ならざる動きをされると───そしてそれが、入学したばかりの高校生であると。

 

 その少年を育て上げたとき、いったいどれほどのヒーローができるのだろうか?

 

「……………………」

 

 今年は随分不作だと思った。けれど違った。たった一人、一人だけ飛び抜けた奴がいる。

 

 エレフセウス。

 

 このさき中々これほどの生徒は現れないだろう、と相澤消太に思わせるほどの人材である。

 

 

 

 

 エレフにとっての幸せとはなにか? と言われると、それは家族がいて、みんなが平和に笑っていることだと答えられるだろう。

 

 だからこそ、エレフは友になるはずだった者達を失ってもまだなんとかやれた。

 

 まだ平気だった。なんとかなるのだと思っていた。

 

 だが当然それは幻想だった。

 

 運命がそんなことを許すわけがないのだ───命を運び続ける運命が。痛みを与え続ける運命が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつてあるロシアの考古学者が見つけ出した書物。

 

 それは《Black Chronicle》というタイトルの存在だった。()()()()()に収まった本。

 

 全ての原点ともなる、改竄()()()()年代記(Chronicle)

 

 持つ者に歴史の編纂を赦すその書物を、考古学者は厳重に封印することに決めた。

 

 

 

 

 

 現代。

 

 ある男が、とある美術館へと侵入した。

 

 どこまでも堂々と。悠々と。

 

 彼の進撃はたかが警備員程度に止められるものではなく、逆に警備員達は返り討ちにあい───そして、あっさりと侵入を許してしまう。

 

「なるほど。僕に相応しい、良い書のようだ───」

 

 男は、どこまでも堂々と。悠々と。

 

 美術館に()()()()飾られてあった───()()()()の本を、全て持ち去った。

 

 その本の名は《黒の予言書(ブラック・クロニクル)》。

 

 過去から未来に亘るまで歴史の詳細が描かれた本。その本の最大の問題点となるのは、近い将来に世界が滅ぶという事実───

 

「終わったか」

 

「ああ、()()()()()()君。目的のものは確保したよ。それじゃあ行こうか」

 

「言われずとも」

 

 現れた男は、ゆっくりと男の名を呼ぶ。

 

「───オール・フォー・ワン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家でマ●カしてる、暑苦しい服装をした少年───イヴェールはふと、嫌な予感を覚えた。

 

「オルタンス」

 

「なんでしょう、ムシュー……?」

 

「なんか……嫌な予感がする。なにかを間違ってる。()()()()()()()()()()。それを正さなきゃいけない。とするなら、彼以外の適任はない───お願いだ」

 

「……ムシュー?」

 

 イヴェール・ローラン───傾かざる冬の天秤は、ゲームをするその手を止めてまで言った。

 

賢人(サヴァン)に───彼に連絡を。()()()()()()()()()って」

 

「……それは」

 

「この考えが間違っているなら、杞憂ならそれでいい。でもここで間違えたら()()()()()()()()()()()。なんとなくそんな気がするんだ」

 

「……でも、ムシュー……彼になんと?」

 

「……ああ、できればでいい。できればでいいから……もし、エレフセウスが揺れて、何かを犠牲にすることも厭わないようであるなら」

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メルヒェン・フォン・フリートホーフはそのころエリーゼとゆっくりイドでみるふぃーゆ食ってた。




 サンホラっぽくなるまでさっさと進めていきます(?)

 とりあえず次回は体育祭。競技考えるのめんどくさい……めんどくさくない?


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運命の始まり - 2

 雄英体育祭。

 

 其れは、一つの見世物であり、国内最大級のエンターテイメントでもある。

 

 その中でいくつもの物語(Roman)が生まれた。この体育祭で突出したやつは、プロになってすぐ活躍する者が多いらしい。

 

 エレフは相澤からそのことを説明された際、ふーん程度に思っていた。

 

 帰ってミーシャから応援されたからめっちゃやる気になった。

 

 

 

 

 雄英体育祭当日。

 

 エレフはあんまり気負うこともなく、自然体で───それでもやる気は十分に、A組入場の合図に合わせて入場した。

 

 周囲のどよめきを無視し、エレフはたった一人の中立って他の選手の入場を待つ。

 

 計十一クラス。たった一人しかいないAクラスは、その中でも特に浮いている。

 

『選手宣誓!』

 

 その声に、自分の出番か、とエレフは背筋をこころなしか伸ばした。

 

『A組!エレフセウス!』

 

 言葉と共に壇上に上がっていく。そして、ゆっくり辺りを見回し、その動体視力でもってミーシャの存在を探す───いない。

 

 ならばと思い次に探したのはレオンティウス───これもいない。

 

 テレビで見てくれてるのかな、とエレフは思った。

 

 思ったので言った。

 

「《本当の事を言うと天上()の女神達が嫉妬して酷い()目に遭わされるから便宜上...死せる者達の()世界で一番》可愛い妹に恥ずかしい姿を見せられないので俺が一位になります」

 

 素で言い切った。

 

 頭おかしいんじゃねぇのこいつ。

 

 周りのことなんぞ知ったものか。彼は自らの道を貫き通すのだ。

 

『それでは第一種目を発表いたします!』

 

 と、その声にエレフは意識を研ぎ澄ませる。どんな競技が来ても問題はない、宣言した以上自分が一位になるのだ。

 

『第一種目、それは! ───()()()()!』

 

「……………………」

 

 これは。

 

 勝てるのではないだろうか。自分の能力は純粋に身体能力の強化だ。だとすると、相手がかなり早くなければなんとか流せるはずだ。

 

 エレフはそう考える。実際、エレフの速度に追いつける者はほんのわずかだろう。プロヒーローで、速さを売っているものでなければ。

 

『鬼はこちらで用意しています! このためだけに会場に来てもらいました! それでは───どうぞ!』

 

 司会の声に合わせ、グラウンドにどデカイ雷が落ちた。

 

 衝撃で生徒を吹き飛ばしながら、なんなら客席までを風で煽りながら、その姿を見てグラウンドに四人が入場する。

 

「んなっ……」

 

 その姿を見てエレフは絶句する。嘘だろ。そんな馬鹿な。

 

 ゆっくりと周りを見渡しながら、生徒たちの前に彼らは立った。

 

『───《雷神に連なる者(アルカディオス)》!』

 

 正面に立つのは、エレフがよく知る男だった。

 

『レオンティウスを筆頭とするヒーローグループの───ご登場ぉー!!』

 

「や、こんにちわ」

 

 ───そう、実兄レオンティウス。

 

『彼らを鬼役として競技を開始します! ルールは単純! ただ逃げるだけ! 残ったのが四十二人になるまで競技は続きますよ! そして逃げぬいた四十二人が本選出場者となります!』

 

 嫌な予感しかしねぇとエレフは呟いた。その呟きに反応するかのように、レオンティウスがエレフを見る。

 

 そして───笑う。

 

 それはまるで、猛獣のような笑みだった。

 

(超ヤバイ)

 

『それではそろそろ開始としましょうか! 行きますよぉ───! カウントダウン! スリー、ツー、ワン! 第一種目開始ぃ───!』

 

 エレフは言葉と同時に駆け出した。

 

 雷鳴が轟く。背後で唸りをあげている。

 

(───やっば、やっぱこっち来てる!)

 

 雷槍のうねりに反応し、雷鳴が唸る。

 

 肩越しに振り返ると、そこにはレオンティウスが追いかけてくる姿があった。

 

「嘘だろぉ!?」

 

 かもめさん、かもめさん。ぼくをたすけてください。

 

 そんなことを思ってみたりして。

 

 一応、全力疾走であれば距離は縮まらない。……が、それだとすぐにスタミナが尽きてしまう。

 

(───ごめん!)

 

 エレフはこのままじゃあ追いつかれる、と判断し、人の波の中へと闖入した。

 

 既に周囲には確保者が現れている───しかし、二百人もいるのだから、そんなに簡単に確保が終わるわけがない。

 

(あとどれほどだ!? 今の一瞬で十六人も確保された!? 嘘だろ……!?)

 

「エレフセウスゥ───! こっちくんなぁ───!」

 

「俺も叫びてぇよ馬鹿野郎ォ───!」

 

「はははっ、ちゃんと友人と仲良くやれてるようじゃないか。よかったよかった。ギア上げていくよ!」

 

「上げなくていいよぉ!」

 

「ちっ……! エレフセウス! こっちこい!」

 

「あ!? なんだ!?」

 

「俺の手を掴め!」

 

 言われた通りに、一緒にレオンティウスから逃げていた男の手を取った。

 

「よし! 取ったな!? ()()()()!」

 

 その瞬間、視界が黒に染まった。

 

「───!?」

 

 手を引かれ、エレフはそちらの方向に引きずられるまま進んでいく。

 

 そしてしばらく歩き───視界が元に戻った。

 

「……なんだ、今の」

 

「俺の個性だ」

 

 と、男は答えた。

 

「俺の個性は透明になる個性だからな。相手を透かせる個性であり、不意打ちもできる個性だ。問題は光が眼を通り抜けるから、使っている間は何も見えねぇ」

 

「なるほど。ありがとう……えーと、お前、名前は?」

 

芽隠(めかくれ)透視(とうし)だ。エレフセウス……長いな。エレフでいいか?」

 

「ああ」

 

「エレフ、一つ提案だ」

 

 そして芽隠透視は言った。

 

「俺と組もう」

 

「……わかった。が、どうするつもりだ? 協力といっても中々できることじゃあないだろ」

 

「だから単純な役割分担だ。俺が消す役、お前が運ぶ役───お前、俺を背負って動けるか?」

 

「……なるほど。それならいけるな」

 

『おーと! これで五十人目の確保───! 早い、早いぞアルカディオス!』

 

 もう五十人も確保されたのか、と思う。早すぎる。どれだけ本気でやってるんだ、と思う。

 

 けれど、なんとかいける気がする。

 

 芽隠を背負った。ゆっくりと立ち上がり、息を吸って、吐く。

 

「それじゃあいくか」

 

「ああ。……頼んだぞ。透明になった後の道案内だが、前に進む時は頭を叩く。左右は肩を叩く。良いな?」

 

「了解だ。……って、こっちきやがった! いくぞ!」

 

「おうよ!」

 

 尋常でない速度だ。だが、今ではブラインドまで利用できる。

 

 問題なく、戦える。

 

 後ろからやってくる追手を、撹乱するように左へ行くと見せかけて右へ行く。そのタイミングで透明化を利用される。

 

 何時視力が消えてもいいように、直前の風景をしっかりと覚えておく。一秒たりとも気を抜けない。走り、息が切れそうになると透明な状態で少しだけ休む。

 

 このゲームにおいて最大の味方を身に着けた気分だった。

 

『確保者百人突破───! 全二百一名のこの一学年からすると! すでに学年の半分が捕まったってことだぁ───! そして残りは半分少し! ここらへんからアルカディオスも少し本気を出して捕まえにくるぞ!』

 

「マジか!?」

 

「アホじゃねぇのか雄英! ってあーこっち来た!」

 

「ちっ……! 一斉にこっち来てやがる!」

 

「は!? 嘘だろ!? 囲まれたっ!?」

 

 四方から迫りくる鬼───それに囲まれたのは、自分達だけでない。

 

 その檻の中に、数えられないほど集まっている。

 

「……ちっ! 一網打尽にしにきやがった!」

 

「……………………エレフ、お前、俺を担いだまま人より高く飛べるか?」

 

「それは余裕だ!」

 

「じゃあ……()()使()()()()()()()!?」

 

「そんなんできねぇに決まってんだろ!?」

 

「いや、頼む! タイミングはこっちで指示する! やってくれ!着地したらそのまま正面に直進だ!」

 

「……ッ……わかった! やってやる!」

 

 もうすでに迫りくる男達は、すり抜けることができないほどの距離にいる。

 

 エレフはゆっくりと息を吐いた。そして、よく前方のカタチを頭に思い浮かべる。

 

 これで周囲の状況も合わせ……なんとかなるだろう。

 

「今だ! 走れ!」

 

 合図と同時に足を進める。飛ぶタイミングは向こうが指定してくれている。

 

 既に視力は掻き消えている。だからこそ、感覚は研ぎ澄まされる。どのタイミングで飛ぶべきか───それを、合図された。頭を強く叩かれたからだ。

 

 故に強く地を蹴り飛び上がる。

 

 足を下へ。着地の衝撃に備えろ。

 

 着地。勢いを前方へと流すように殺す。

 

 そして前方に向けて走る。

 

『今の挟撃で───ッ!? マジか!? 三十人も減ったぞ!? ということは残り───二十八人だぁ───! 誰が残るかわからない───ッ!?』

 

 そこで透明化が解除された。姿が外に晒され、光を得た視界が若干痛む。

 

『エレフセウス、芽隠透視の二人はなんと! あの檻から抜け出していたァ───!? マジか!? なんてタッグだ!? 強すぎるぞ! これは予選通過最有力候補か!?』

 

 雷槍が唸った。雷が轟く。

 

 レオンティウスが、エレフセウスを追っている。

 

「くっそ!? なんでこっち来るんだ!」

 

「……ぐ……残りはわずか……しかももう個性も開放されたみたいだな……やばいぞ。雷神だけじゃない。戦火も剛力も風響も開放された。雷でこっちの退路を絶たれるとやばい」

 

「雷に突っ込んでも耐えれるか!?」

 

「無理に決まってんだろ!? アホかお前!?」

 

「……いや、それじゃあ先に謝っとくが……突っ込むぞ」

 

「は!? ちょっとまておま───」

 

 言葉を切るように、前方に派手な雷が落ちた。まるで極光。触れると、ただじゃあ済まないだろう。

 

 しかしリスクを背負わず勝てるものか───!

 

 だから、

 

 突っ込んだ。

 

 極光が体を焼く痛みに耐え、痺れる舌で、今のパートナーに言葉を下す。

 

「め……かく、れ……個性を……っ!」

 

「……っ!」

 

 透明化が発動する。視力が失われた。しかし問題はない。すでに、なにも見ずとも体は動く。

 

 雷で鈍る体を無理矢理動かして、ゆっくりと前方に進んでいく。

 

『レグルスの戦火で足止めした生徒を! カストルの風響で一網打尽! そこをゾスマの剛力で()()()()()()()()ぅ───! アルカディオスのコンビネーション! な、なんと! 二十二人も捕まえた───っ! しかしその一方、レオンティウスの雷神と評される雷を被弾覚悟で突っ切った大馬鹿野郎が二人───っ!? マジかよお前ら! 馬鹿だろ! 馬鹿だな!? やばいぞこいつら! エレフ! 芽隠!』

 

 残り、六人。

 

「陛下。貴方の弟君は随分と強かなようですな」

 

「ああ。自慢な弟さ。全く……私の雷を受け止めるだと? 無茶をする……」

 

『ゾスマが恐ろしい! 地面を揺らす! 地面を壊す! 地面を引っ剥がす! そしてそこをカストルが捕らえる! ───残り一人! 残り一人だ───ッ!』

 

 その言葉を聞いて、レオンティウスはその身が持つ力を解き放つ。

 

「しかし……もう残り一人か。時間が過ぎるのは早いものだな」

 

「陛下。今、全力を発揮するのですな?」

 

「ああ。もともと、そういう約束だったからね」

 

 たった一人になったとき、全力を見せつけろ、と。

 

 だからこそ───《雷神域の英雄》は、その力を発揮する。

 

 

 

 

 何かがおかしい、と思ったのは、透明化している自分がなにか、()()()という、電気の感覚を捉えたからだ。

 

 なにかがおかしい───と、思った。だからこそ、その詳細を確かめようと、言葉を紡ごうとして、そのまま、自らの体を奔る衝動に従い、後ろに飛び退いた。

 

 何かが前方を通り過ぎていく音がした。

 

 音からして、尋常じゃなく早い。不味い。このままじゃあ捕まる。

 

「芽隠! 個性を解け! このままじゃ捕まるぞ!」

 

「……ああ。ってか、もう喋れるのか……」

 

 その言葉は無視し、復活した視界で世界を見る。

 

 そこには───雷を鎧う獣があった。

 

 自らの雷を纏い、自らの力としているレオンティウスの姿が、遠くにあった。

 

「……うっそだろ」

 

「……マジ、だ」

 

 その姿がゆらりとこちらを向いた。体が勝手に横に飛んだ。だが、それで正解だった。

 

 数百メートルという距離を瞬間で詰められた。

 

 気付いたら、尋常でない加速で追い詰められていた。

 

 目で追えない、冗談のように早い───そんな速度。

 

 その、第二波がきた。

 

 危うく捕まる───というところで、なんとか体をそらせた。

 

 しかし次はどうなるかわからない。偶然はいつまで続くのかわからない───だから。

 

「……人が多い場所に誘導できれば」

 

「いや、それよりもいい方法があるぜ」

 

「……あ?」

 

「後ろを向け。体ごとな」

 

「……………………なんだ?」

 

「ああ、そのままだ。そのままいろ。そのままな」

 

 ───第三波。

 

「───お前、まさか───」

 

「ま、本選通過おめでとうってことで」

 

 エレフの背で暴れるようにして、エレフの体勢を崩す。

 

 そして、芽隠は自分の体をレオンティウスの手の盾にした。

 

『───終了───! 第一種目、終了───! 本選出場者を今から発表するぜ───』

 

「お前……なんで……」

 

「あ? ……いや、最終競技って戦闘だろ? 俺は間違いなく本選に出ても負けるしな……だとしたら、確率の高そうなお前に任せたほうがいいだろ?」

 

「だからって……!」

 

「ま、そういうことだ。お疲れさん、エレフ。俺はここで終わっちまうけど、そのぶんをお前に託したんだ。宣言したように優勝しろよ?」

 

「……………………」

 

「それに、全くなんの成果がないってわけじゃないんだしな」

 

 何を言っているのか、エレフには理解できなかった。その顔を見て芽隠は言った。

 

「俺の個性はお前みたいなやつがいたら輝くってことだよ」

 

「…………お前」

 

「将来一緒に活動することがあったら、そのときは頼むな」

 

「……ああ」

 

 エレフセウス。

 

 雄英体育祭───本選出場。




 書き忘れてましたが、これ確保したことが通達されるように鬼側は手袋つけてます。生徒の体操服をタッチすると反応して電光掲示板で確保数がカウント仕組みになっているので(原理不明)、詳しく人数詳細がわかったってことです。

 なんでこれ忘れてるんだろ……って感じの、結構ツッコミどころな感じの補足でした。


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運命の始まり - 3

 続け発表された本選───第二競技。

 

『第二競技は()()()! 宝探しです! ルールは簡単! 今から組み立てるセットの内部に大量に隠された宝! それを見つけ出すこと! けど安心はできません! 確保した宝は他の人が奪うことができてしまいます! さて、個性の使用あり! 禁止事項は人に重傷を負わせるほどの過剰攻撃だけ! 意識を奪う程度の攻撃は全然オーケーです! 例えば建物の破壊もこの禁止事項に当たりますので、留意してください! そして制限時間十五分! 終了時に持っていた宝が多い人順に勝ち抜けていきます!』

 

 単純明快。わかりやすい。

 

 その競技の詳細に、ある少年達がにやりと笑った。

 

 イヴェールとローランサン。

 

 盗みに長けた二人の少年───故に、彼らからすればこの競技は、なによりも自分達の見せ場であった。

 

 

 

 

 セットが組まれる待機時間は十五分。たったそれだけの間に、まるで立派なお城を築き上げたのだから雄英の技術力は飛び抜けている。

 

 その城へ、四十二人が踏み込んだ。

 

 ゆっくりと誰もがタイマーの開始を待つ。ゆっくりと、時間がやってくる。

 

『───開始!』

 

 その言葉が聞こえた時、全員が一斉に駆け出した。

 

 城はそれ単体で大量の部屋が用意されており、ざっと廊下を見るだけでもわかりやすい。外周四キロの雄英のグラウンドを埋め尽くすほどのサイズで建てられたのだから、それだけ広いということだった。

 

「どういう技術力だよ……」

 

 エレフは呆れる。あちらこちらに見えるカメラで、現在自分の姿が映されているのだと思うと気は抜けない。

 

 まず真っ先に考えるのはみんな、広間などのようだ。細々とした部屋を調べている人はいない。だからこそ、真っ先に、通路の最奥の部屋へと入っていって、

 

 そして扉を開いた瞬間、内部から銃撃される。

 

「うぉ───ッ!?」

 

 先程恐ろしい速さを目の当たりにしたのだから、その程度の速さはなんとか対応できる。なんとか回避し、そして完全に回避したことを確認して部屋に入り込んだ。

 

 部屋の中は簡素だ───その部屋の中に、小さなロボットがあった。

 

 銃を内蔵しているようで、現在もエレフに向かって銃弾を撃ち続けている。それを横にスライドするように動くことで回避し、壁を蹴って瞬間的に接近した。

 

 そのまますれ違う最中に手を伸ばしてその首をもぎとる。

 

 完全に無力化したのを確認してから、エレフは警戒を解いた。さっさとこの部屋を調べてしまおう、と思った。だから、小さく簡素な部屋にぽつんと置かれていた机を開けて、宝を探す。

 

「……は? 全然ないぞ?」

 

 あんまり宝を探すのに時間はかけていられない。だからこそ、簡単にしか見れてはいないが───宝はない。

 

 騙された。

 

「トラップだったか───!」

 

 エレフはそう判断し、急いで部屋を出ていった。無駄に時間を使った。このぶんの遅れを取り戻さないといけない。だからこそ、急いで走っていった。

 

 ───そして。

 

 エレフが立ち去った後、すぐさま部屋に入ってきたのはローランサン。彼は部屋を見て、()()()()()()()()()()()ことを一瞬で看破した。

 

「……こいつはツイてるな」

 

 マットを引っ張り、その下の床を露出させる。

 

 ころん、と小さな宝石が現れた。

 

「───漁父の利ってやつか? まぁいい。結構いいペースだぜ。もう()()()を見つけた」

 

「ローランサン! 見つけたか!?」

 

「ばっちりだぜ! ほら、こいつはお前にやるよ!」

 

「おっ、ありがとよ。……さて、こいつはいい宝石だ。こんなもんがごろごろこの城には落ちてやがるらしい。となりゃあ、決まってるよな?」

 

「おう! 拾って拾って、」

 

「「拾い尽くす!」」

 

「いくぞローランサン! ヘマすんなよ!」

 

「お前こそな!」

 

 

 

 

 エレフは走る。全く宝石の姿も見えない。だから闇雲に走っていても駄目だ、ということはわかる。だからといって、しかし。

 

 焦らないなど不可能だ。特に、時間をロスしてしまった以上、挽回しようにも挽回は厳しい。

 

 周りを見るとまだ宝石を確保していない者も多い。だからといって、持っている者がいないわけではない。

 

「……どうする?」

 

 玉座の間まで登り詰めた。しかし、どこにも宝石はない。隅々まで隈なく探せば発見できるのだろうが……どうする?

 

 玉座の間はその名の通り、玉座が鎮座している間だ。しかしその姿は教会のようでもある。なにせ、カラーガラスが天窓に使われており、さらに中央に綺麗な宝石のような珠を埋め込んだ十字架まで飾っているのだから。

 

 しかしそれ以外はレッドカーペットと景観に優れた広間の姿、鎮座する玉座のみ。

 

「───いや、まて」

 

 なにかがひっかかった。

 

 まずかなりの高さにあり、手で取れそうではないし、あれが宝石なのかは疑問があるが、しかし()()()()()()、と評を下すことのできるほど綺麗な珠だ。

 

「見つけた───!」

 

 相当な高さがある。しかし、あの高さであれば───カラーガラスに登り、そこから十字架を回収することは可能だろう。

 

 それに、民家の屋根に登るより高くはない天井だ───故に、そこを駆け上るのにわけはない。

 

 ゆっくりと体勢を落とし、地面を蹴り前への推進力を確保しながら、そのまま壁へとぶつかりそうになる───そこを、筋力を持って壁を垂直に駆け上がる。

 

 相当な筋力がいる。だが、しかし、このくらいの高さなら全然登ることができる───!

 

 カラーガラスの窓枠に足をかけ、十字架の中心部に配置された宝石に触れる。あんまり深くはセットされていないようで、すこし揺さぶればころりと十字架から落ちた。それを手で握りしめ、その高さを飛び降りる。

 

 かなりの振動があった。足がじーんと痛む。かっこつけて着地するものじゃあない、と思いつつ、痺れる足を無理矢理動かして立ち上がった。

 

 玉座の間の扉が開く。

 

「───っち、既に獲られてたか!」

 

「くっそ、ここであったが百年目! その宝石を渡してもらおうか」

 

「……ほう」

 

 エレフの閣下モードに火がついた。

 

「そうか。これがそんなにも欲しいと言うか」

 

「……ん? なんだ? くれるのか?」

 

「馬っ鹿野郎ローランサン! 警戒を解くな! あいつの入試のときを忘れたのか!?」

 

「……ん? なんだっけ───」

 

「そんなにほしいならくれてやる───!」

 

 エレフは握りしめた宝石を、見事なフォームで投擲した。威力は相当抑えたが、それでも一人を昏倒させるぶんには十分なほどだ。

 

 その宝石はローランサンの頭部に直撃。がいんっ、と良い音を立ててローランサンは倒れた。

 

「い……いゔぇー……る……弟、いもう、と……大切にし、ろよ……」

 

「馬鹿野郎ォ───!」

 

 倒れた相棒の亡骸を抱え、イヴェールは叫んだ。

 

「畜生……ローランサン……お前、俺の妹のことを羨ましがってたよな……妹を意識したことがあるっつって何回も半殺しにしたよな……なぁ……なんとか言えよ。本当に覚えてないのか? 今尚、眩いあの日々さえも───あ、いやよく考えたらお前妹に告白しやがったんだった。じゃあいいや。ここでくたばってろ。人の妹に手を出すな。次やったらマジで殺す」

 

「……中々そっちも大変なようだな」

 

「ああ……そういえば、お前も妹がいるんだったか?」

 

 イヴェールは立ち上がる。そしてエレフと数秒視線を合わせた。

 

 そして固い握手を交わした。

 

「お前からはいい兄の気配がする」

 

「お前もな。なぁ、エレフって呼んでいいか?」

 

「ああ。こっちもイヴェールって呼ぶな。お前の相方だけど放っといていいか? いいか。妹に手を出すやつは人間じゃない」

 

「だよな。いやぁ、お前とはいい酒が飲めそうだぜ。折角だし俺と組むか? こいつのぶんの宝石はやるよ。俺は今四つ、こいつは三つ宝石を持ってる。たぶん今一番多く回収した自信があるぜ」

 

「おお、そいつはありがたい。じゃあ遠慮なくもらっとくぜ」

 

 エレフはローランサンから宝石を回収した。これで合計四つ。

 

 これでかなりのアドバンテージを得た。

 

 あとはこれを取られないように、守りつつ増やせば、それだけで上位圏内には入れるだろう。

 

「それじゃあ行くかイヴェール」

 

「ああ。発見は任せろ、俺はそれが得意分野だからな」

 

「お、マジか。じゃあ捜索は全部そっちに任せる。俺は……トラップを解除する役目か?」

 

「ああ。俺の防御力じゃ結構厳しいトラップもあるからな……そっちはお前に任せるぜ」

 

 二人は互いに頷き合い、即座に走り出した。

 

 残り時間は十分。

 

 十分の間逃げ切れば───勝ちである。

 

 

 

 

 宝石数、合計十二。

 

 エレフ───最終種目、進出。

 

 宝石数、合計十二。

 

 イヴェール───最終種目、進出。

 

 宝石数、合計八。

 

 ローランサン───最終種目、進出。




サンホラを知らない人にもわかるようにどっかでサンホラについての注釈を入れたいんですけど、中々厳しいですね……そもそも僕もローラン歴はくっそ浅いですし、学も浅いですし。めっちゃ変な解釈しそう。

オリジナルキャラにもノエルくんとかサクリ姉並の悲惨な話を作りたいです。でも僕の矮小な脳みそじゃあ思いつきません。


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運命の始まり - 4

「そういえばイヴェール。お前、あのメイドさんらは?」

 

「…………すまん、なに言ってんだ?」

 

 昼休憩。

 

 世間話(大概が妹自慢)のなか、エレフが唐突に切り出した言葉にイヴェールは首をかしげた。

 

「あれ? お前、去年俺らの中学校の文化祭に来てなかった?」

 

「他校の文化祭には言ってないな……弟が行った可能性はあるけど。……いや、それにしてもメイドってなんだ?」

 

「なんか……水色と紫色の、めっちゃ似た女子二人だよ」

 

「んー……()()()()な」

 

 記憶にあった姿と似ているから、エレフはそう返されて他人の空似かと結論する。

 

 しかし、その髪色───他の者と見まごうことのほうが珍しいような気もするのだが。

 

「そういえば、下の子の名前ってなんだ?」

 

「弟も妹もどっちも()()()だよ。だいぶ前に家出したって聞いてそれきり弟とは会ってない。妹は今も元気に戯曲作ってるかな。……ひょっとしたら、弟はどっかで音楽作ってるかもしれない」

 

「へぇ、創作が得意なんだな。羨ましい才能だ。俺もギターは一応弾けるけどまだまだだからなー……」

 

「ギターは俺も弾ける。中学の頃はそれでモテた」

 

「マジか。……つまり……俺もミーシャの前でギターを披露したら褒められる……!?」

 

「おっ、俺もやるわ」

 

「お二人さんなんの話してんだ?」

 

 会話に混ざってきた人物は、さらっとエレフの隣の椅子に座る。

 

 ローランサンだった。

 

「兄妹の話だ」

 

「へぇ、俺は兄弟いねーからな……二人が羨ましいぜ。あ、エレフセウス。長いしエレフでいいか。俺も本選行ったぜ、当たったらよろしくな」

 

「お、おう。よろしく」

 

「お前は馬鹿だけどそういうとこが羨ましいぜ……よくもさっきまで戦ってたやつと悪意なくやれるもんだ」

 

「お前もそうだろうが」

 

「俺は共闘してたから」

 

「じゃあそれと同じ理屈さ。つーか理屈なんて要らねぇだろ」

 

「そういうもんか?」

 

「そういうもんさ」

 

 ローランサンは頷いた。

 

「ま、お手柔らかにな。……てかこのうどん一体どこのだ? めっちゃいろんな県のうどんの融合って感じがするんだが……」

 

「どういうことだ?」

 

「いや、うどんってさ、県によって感触とかいろいろ違うんだよ。んで、これはそれら全部が融合したるみたいな感覚。てかエレフ、お前弁当なのな」

 

「ミーシャが作ってくれたんだぞ。食堂なんかにうつつを抜かすつもりはない」

 

「それは言葉の使い方間違ってないか?」

 

「いいや、間違ってない。間違ってないはずなんだ」

 

 エレフは告げて水筒の中身を呷った。

 

 口のなかにしゅわしゅわとした味わいが広がる。

 

 金属製の水筒に炭酸ってやばいんじゃなかったっけ。エレフはふと思い出して、拾った記憶を全て投げ捨てた。

 

 ミーシャがやってるからいいじゃない。

 

 

 そして、昼食を終える。

 

 まだ本選までは少し時間がある。エレフは二人と別れ、そして観客席に向かうことにした。

 

 ケータイで相手の居場所を聞き出す。

 

 返信曰く、掲示板にかなり近い位置にいるらしい。だからそこへ向かい、歩いて、到着する。

 

 少し周囲を見回して、目的の人物の影を見 つけた。

 

 自分の兄、レオンティウス。

 

 エレフは座っている彼に背後から近づく。振り向きもせずにレオンティウスは声を放った。

 

「やぁ」

 

「よっ。兄さん。───って、ミーシャもいるじゃねぇか!?」

 

「んふふ。やっほー! エレフ!」

 

「座るかい? ほら、ここにきな」

 

「ありがとう」

 

 レオンティウスが指したスペースに、エレフは座る。

 

 そして第一競技の苦々しい記憶を思い出す。

 

「……兄さん。あれ、どう対応しろって言うんだよ……」

 

「いやー、エレフが一位になれるのかどうか、試そうと思って。結局あの少年……芽隠君かい? 彼が自分を犠牲にして試せなかったんだけどね」

 

「透明化について完全にバレてたよな……」

 

「あれかい? 透明になるだけなら対処のしようはあるよ。あれが完全に気配を空間に馴染ませるレベルの、自然な能力ならまだ気づけなかっただろうね。でもあのくらいなら───足跡が残る」

 

「……あー」

 

 たしかに。

 

 思い返せば、走った時の砂埃や、足跡については全く考えていなかった。

 

 看破しようとしたら、見る者が見れば容易に看破できただろう。

 

「私は全くわからなかったなぁ。あ、でもオリオンは気づいたっぽいよ?」

 

「…………え」

 

 待て。

 

 エレフの嗅覚で、会場にミーシャがいないことに気づけないわけがない。だったら会場にいない間、ミーシャは何をしていたのか?

 

「……午前、何してた?」

 

「んーとね、テレビ中継を電車で見てたかな。オリオンも一緒に来たんだよ。今は飲み物買いに言ってるからいないけど」

 

「……そのテレビ中継、二人で見てた?」

 

「? うん」

 

 よしあいつ殺そう、とエレフは思った。早く戻ってこい。今すぐ戻ってこい。今ならば死すらも視えそうな気がするぞ。

 

『息仔ョ……此方へ来ルノカィ?』

 

(お前は黙ってろ)

 

 と、いうと、こいつは何なのだろうか。

 

 いつか見た夢に出てきた、巨大な男。

 

(そういえば……こいつを夢に見たのは、いつだったか)

 

 覚えている限り一番最初は。

 

 

父と母(かぞく)が死んだ時だ)

 

 

 

 

 

 世界は想像しうる限りの仕打ちを持ってくるものだ。

 

 どれだけせかせか必死に働いたところで、無情なる運命の前には塵に同じ。どれだけ積もって山にしたって、掃いてしまえるほどでしかない。

 

 そう、人は懸命に生きた者ほど報われないようにできている。必ず、いつの時代も得をするのは人を動かす上の者のみ。

 

 だったらもう、懸命に生きることはやめてしまおう。

 

 あるいは、生きることすら諦めてしまおう。

 

 そんなふうに思った時代がなかったとは思わない。少年は、目の前で父親が死んで、母親が自分を庇って死んだ時に、生きる希望というものをほとんど喪失した。

 

 いつ死んだっていい。そう思って生きてきた。気がかりがあるとすれば、自分より幼くて、かわいくて、けれど強くて、されど脆くて、守らなくてはならないような、少女。

 

 それをなくしてしまえば、自分はもう戻れない場所にたどり着いてしまうだろう。あるいは、この時点でそこには行き着く定めだったのか。……それは、運命以外知らない。

 

 いつまで生きていればいいのか、なんども問うた。

 

 必死に生きてきた。

 

 そもそも、エレフセウスという少年が、この日本において異質なのだ。

 

 ヒーローという職業が存在し、外国の人間も多くなったけれど、それでもどこまで流れても差別はある。

 

 だからこそ、生きている意味ももうないのではないか、と思った。世界はどうせ敵だらけだ。背負っている責務を捨てたら、兄という立ち位置を捨てたら、それでいいのではないか、と思った。

 

 そんな時だった。

 

『ヤァ……息仔ョ……ソノ身体……要ラナィノデァレバ、私ガモラオゥ……』

 

 そんな声がした。まるで、咎めるようだった。

 

 なんだ、お前は。そう問おうとした。けれど、それをなんとなく、自分は知っているような気がした。

 

 それはつまり、自分のようでもあった。そもそも自分という存在がどういうものか、というものを鮮烈に教えられているような気がした。

 

 その存在を知った時。エレフセウスは、そう思った。

 

 なんだ、それは。

 

 悲劇は確定していたみたいじゃあないか。

 

 いや、事実、()()()()()()のだろう。

 

 ……そいつに身を差し出せば、運命に抗うことができる。

 

 ……けれど、本当にそれでいいのか?

 

 ……まだ、思い残したことがある。全てを捨てる気にはなれない。

 

 だから、猶予をもらった。次第に死にたいとは思えなくなったから。だから、ただ或る幸せを噛み締めて、抱きしめていたい、と。

 

 少年は思っていた。

 

 

 

 

 ───雄英体育祭、最終種目。

 

 それは一対一のガチバトル。

 

 そしてトーナメント別けが発表された。

 

 

 第一試合、エレフセウス対イヴェール。




 そろそろプロローグを終えれそうです。ぶっちゃけプロローグ終わった段階で書き始めればよかったと思っています。

 プロローグ終わってからは結構カジュアルに人が死ぬかなぁって感じです。まぁサンホラでは人は死ぬものだし……

 あと本編では視点変更がもっと多くなる予定なので、群像劇のタグをつけようかなぁって。


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運命の始まり - 5

 負けられない、と思った。

 

 ここで負けたら、今までの努力が水の泡だと思った。だから負けられなかった。しかしそれは相手も同じだろう。だから、そう、これは意地と意地のぶつかりあい。

 

 自分の人生は嘘ばかりだ。それも当然だ。彼は思う。弟がいる、なんて言ったけれど、いや、それ自体は事実だが、弟は家出なんてしていない。

 

 虐待に次ぐ虐待。それを見て見ぬ振りをした。だから、恨まれても仕方ないと思った。

 

 盗賊のようにしかなれない生き様をしておいて、自分が今更誰かを助けられるはずがあるわけもない。だけど。

 

 今も弟がどこかで生きていて、世界を呪っているのなら。

 

 あるいは、誰も救えなかった自分が、弟に似た人間を救えるかもしれない。

 

 だから。

 

 ───この勝負、相手には悪いが負けられない。

 

 イヴェールはそう思った。

 

 

 

 

 選手入場のコールに合わせ、二人が入ってくる。舞台の上に立ち、いざ勝負───合図があるまで待つ。

 

「……一つ聞かせてくれ」

 

「なんだ?」

 

「エレフ───お前は、この舞台にどんな思いを賭けている?」

 

「思い……思いかぁ……」

 

 少し、考える。

 

 ミーシャが応援したから、それだけの理由で最初は戦っていた。けれど、せっかくできた友人が踏み台になってまでお膳立てしてくれたのだ。

 

 それを考えると、

 

「やっぱり……俺が兄さんの代わりになるヒーローになるためかな」

 

「……そういえば、レオンティウスはお前の兄か。……なるほど……なるほど。俺なんかよりよっぽどいい理由じゃねぇか。……でも、悪いな───この勝負、負けられねぇ」

 

 どういう意味か。

 

 それを問う前に、

 

『第一試合───エレフセウス対イヴェール・()()()()()()()()───開始!』

 

 合図がなった。

 

 

 

 

 試合のルールは単純。

 

 セットされた舞台の上から落ちる、もしくは戦闘不能と判断されたほうの負け。

 

 それ以外、なんの禁止もないガチバトル。

 

()()

 

 イヴェールが唱えた。

 

 直後、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「───よだかの星」

 

 対するエレフは、その夜鷹を全て回避し、追尾してこようとするそれをすべて蹴りだけで叩き落とした。

 

「……ちっ、個性がわかんねぇ」

 

「逆にお前のほうは結構手が割れてるからな……わりぃが、全力で勝たせてもらう」

 

「ああ、こいよ。勝つのは俺だけどな!」

 

 イヴェールは手をかざす。そして言葉を唱えた。

 

 

()()()()()()()()()()

 

 

「───」

 

 エレフは。

 

 なんとなく、嫌な予感がした。

 

 そのなんとなくに従い後ろに飛んだ。

 

「折り合わさって死んだ十三人の少年達。少女が描き続ける幻想。幻想はやがて現実を獲て、幻創となる。檻に囚われ続ける少年の、終わり続ける物語は───続く」

 

 まずい、まずい、まずい、まずい。

 

 まるでとんでもないものがあの場所に顕現するかのような直感。

 

 失敗した。詠唱の間に多少無茶してでも仕留めにいくべきだった。

 

屋根裏物語(yaneuraroman)

 

 その詠唱、直後に、生と死を廻る物語の再始が始まった。

 

 

 

 

「うわぁぁぁぁあああ───! 僕のトラウマぁぁぁぁああああ───!」

 

「ムシュー、少し落ち着いてください」

 

「というかムシュー、実は盗賊ムシューお気に入りですか? よくテレビ見てますよね」

 

「あー、うん。()()()()はなんというか、幸い今までとは()()()()に閉じ込められてるからね。……そう、これが第nの地平線です」

 

「……何を言っていますの?」

 

「ん? じゃあ説明しようか。この地平線で、物語の紹介ができるのは僕だけだろうしね」

 

 イヴェールは続ける。

 

「第一の地平線、歴史を廻る物語。第二の地平線、死を廻る物語。第三の地平線、記憶を廻る物語。第四の地平線、楽園を廻る地平線。第五の地平線、僕達が繋がる物語。第六の地平線、神話を廻る物語。第七の地平線、童話にまつわる物語。第九の地平線、これ迄の地平線にまつわる物語」

 

「……ええ。それは知っていますの」

 

「でもムシュー、別の物語に閉じ込められるとは?」

 

「まま、そのとおりさ」

 

 イヴェールは。

 

 イヴェール・ローラン───生にも死にも傾かない、屋根裏にたどり着かないように物語を廻る少年は、だからこそわかる結論をゆっくりまとめていく。

 

 彼は世界の円環が違っていることに気づいていたから。

 

「そもそも僕達は《地平線を駆け巡る移動王国》の陛下の身体を借りたときしか、互いの地平線同士で交流できない。だけどね、この世界ではそんなことが関係ないように、皆隣人のようだ……あそこのエレフ君も、そう。否定された歴史ではそんなこともなく、唯一交流が可能だったかな。けれど、それは通常の地平線ではありえないんだ」

 

「……………………」

 

「僕達が出会えないのは一重に時代の問題もあったんだけれど……それは重要ではない。問題は僕達がこの地平線で、出会うことができた事実だ」

 

「…………と、言いますと?」

 

「僕達は陛下を介して他の地平線にアクセスしてるんだよ。だけどそれがない……だからこそ、この地平は異端であり、決して出逢わざる物語同士が癒着してるからわけのわからないことになっている。だから───僕は、ここを便宜上、第nの地平線と呼ぶことにした」

 

「……………………」

 

「この第nの地平線は……どういうわけか、たくさんの厄介事を抱えてる。どうしようもない。考えてみてくれ。この世界が、いくつもの地平線の要素を引き込んで或るとするのなら」

 

「……はい」

 

「この地平には───少なくとも黒の予言書、死の根源、記憶の水底、楽園と奈落、呪われし宝石、冥府、黒き死、屋根裏堂───どれもがあるとするんだよ? 冗談じゃない。どう考えても地獄だ。ひょっとしたら聖戦すらあるかもしれないし、ハロウィンもあるかもしれない。……そう考えたら、この地平は大変だ。少なからず世界は滅びるだろう。そういう要素ばっかりだ。そもそも黒の予言書が存在してる時点でどうしようもない気もするけどね……二人とも。これを見終わったら出よう」

 

「……え……ムシュー、何故ですの?」

 

「僕達も動く必要があるってことさ───少なくとも、エレフセウスには気をつけないといけない。それはサヴァンに任せるから、ある程度安心はできるけれど。それでも」

 

 イヴェールは、テレビに映るその景色を見ていた。

 

 屋根裏によって死という概念そのものを流し込まれたエレフセウスが、その死を全て喰い殺している姿を。

 

 ……もう、勝者は決まっただろう。そして、かなり覚醒も進行しているようだ。

 

「───愛という咎に、囚われないように」

 

 

 

 

「───ち……ちくしょ……ッ……!」

 

 イヴェールは地に伏して動かなくなった。

 

 死という概念、それを見た。

 

 そして気づけば、その死を乗り越えていた。

 

 乗り越えた時、死が見えるようになっていた。それが自分の覚醒の一歩だと気づき、このまま進むと戻れなくなることを勘付いた。

 

「けれど……もう……どうでもいいか」

 

 大丈夫。

 

 もう、負けることはないだろう。

 

「───お前の後ろに死が見えるぞ」

 

 エレフは宣言した。それは事実だった。

 

 イヴェールの背後には、濃密な死がまとわりついていた。

 

 

 

 

 エレフセウス。

 

 一回戦突破。二回戦からも驚異的な実力を見せつけ、そして決勝戦まであっという間に駆け抜ける。

 

 そして決勝───優勝。

 

 雄英高校体育祭。

 

 それは、エレフの優勝という結果で終わった。



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幕間

本日二話目の更新です


 幼い頃に母親は消えた。

 

 そこからはずっと、祖母に育てられてきた。

 

 そして祖母が死んで、俺は親族をたらい回しにされた。

 

 虐待に次ぐ虐待。どいつもこいつもろくでもねぇ。俺がそんなに嫌いか? わかんねーけど、どいつもこいつも、俺に拳を向けてきて。

 

 キレた。キャパオーバー。いいや、そういうわけでもなく、あるいはとっくの昔にキレていたのだろう。俺は、そう。あと手紙を見たときから希望なんかに興味はなく、腹の底に溜まった衝動を吐き出すようにぐちゃぐちゃなギターを背負って生きてきた。

 

 独り立ちできる年齢になるまで、親族を回された。

 

 そんな日々の中、たまたま立ち寄った家電量販店で見つけた、自分がいつかに捨てられた家の子供。

 

 そいつはテレビの中で戦っていた。エレフとかいわれてる男と、一緒に戦ってやがった。

 

 体裁で持たされたケータイ電話の中に、そいつのアドレスは入っていた。だから、連絡を取ろうと思えばいつも取れる。けど取ることはなかった。

 

 それだけ。ただの他人にも似た関係だった。

 

 けど、なんとなく、テレビの前の椅子に陣取って、その活躍を見ていた。

 

「───なんか」

 

 思っていたよりも、人間臭いんだなぁ、というのがその感想。

 

 人間味のある姿を見るのが同じ家に住んでいたとしても初めてのことだったので、そのぶん過剰に驚きがある。

 

 最終種目、と言われたその場で、一番最初に上がった彼を見た。

 

 その彼は、体育祭の中でも最強格であろうエレフセウスと互角と言えるほどの勝負を繰り広げていた。と、いうか。

 

 最初のうちに倒し切る、短期決戦を狙いにいったというか。

 

 彼が展開した、よだかの星という能力。

 

 その光は、どことなく綺麗に感じた。

 

 まるで焔のような、星のような。苛烈で鮮烈なその光。それを見て、なんとなく、ギターを手元にほしくなった。

 

 今ならなんか、歌を書けるような気がする。

 

 そんな漠然としたような直感だけれど。

 

 まぁ、間違っていないだろう。

 

 次に展開された屋根裏物語という技は、あれは競技で利用していいのか、と思うほどに禍々しかった───まるで、あの家の()()()()()()

 

 どういうことか、というと、その屋根裏が似合うほどに気の狂った女がかつて住んでいた───住まわせてもらっていた、家にはいたということだ。

 

「───なるほど、いろんなルーツがあるんだな」

 

 個性の話を聞いたことがある。

 

 誰かが綴った物語を、誰かが綴った歌を、カタチにする個性。そう言っていた覚えがある。

 

「───とはいえ、まるでおかしいぜ。あのクソ女の怨念はそこまでだったのかよ」

 

 覚えている。その女が、どれほど気が狂っていたのかを。

 

 

 

「───ミシェルのババア」



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撃鉄

本日三話目です

今回作者の解釈の要素が強いのでお気をつけください


 手に持つのはたこ焼き棒。手荷物はにゃんにゃん棒。腰に下げているのはただの杖。

 

 男───サヴァンは、ある友からの頼みを受けて日本という地に降り立っていた。

 

「やれやれ、イヴェール君は───私もあんまり暇ではないのだがね」

 

「それは……すいませんね、サヴァン」

 

 男のつぶやきに混ざってきたのは、双子の人形を携えた少年。彼を見てサヴァンは軽く眉を潜めた。

 

「イヴェール君───動くのかね?」

 

「ええ。今は僕だけですけど……そのうち全員動き出すと思いますよ。なにせ噂に聞くと、黒の予言書が盗難にあったそうじゃないですか。ちょっとばかり……やばい事態かもしれません。あの予言書の影響を受けない人間が動かないといけない。……なんて。そんなことができるのは、現状だと僕とメルヒェンさんくらいなんですけど。それでもメルヒェンさんだけじゃ不安なんですよね。さらっと暁光しそうな気がしますし」

 

 暁光する→童話が終わる。

 

「だからこそサヴァンを呼びました。神の描いたシナリオを破壊できるのは、そもそも生まれていない僕か、神をも殺す男か……それだけですから」

 

「なるほど……エレフセウス。彼が全ての鍵」

 

「ええ」

 

 イヴェールは、サヴァンが差し出したたこ焼きを一つつまんだ。

 

「彼は───僕達のなかで唯一神を殺すことのできる可能性を秘めた男ですから」

 

「神話の時代の傑物……運命に牙を剥く男……冥府の王の、その器───たしかに、この世界で彼より上の人間はいないだろうね」

 

 イヴェールはたこやきを口に含んだ。

 

 熱かった。感覚的に、舌を火傷していた。

 

 

 

 

 ご近所さんに『イドノトコニナンカオチテルー!!』ともっぱら評判のメルヒェンさん一家は、井戸の底で今日ものんびりしていた。

 

 最近の井戸はなんと素晴らしいことか、生活空間が充実しているのだ。まぁ! なんてお得! 問題があるとすれば崩落の危険性が高く作り上げた空間が無駄になりやすいことか。

 

 そんな井戸の底には、大量の衣装が散らばっていた。

 

『ドウカシラ? メル』

 

「似合ってるよ、エリーゼ。……あ、キミ、これいるかい? 最近知り合いが買ってきてくれたんだ」

 

「ありがとう、メルヒェンさん。……でね、ボクはなんとか命からがら逃げ出したんだけど、他のみんなは教団に捕まったままなんだ。早いところ歴史を巡って滅びを否定しないと……聞いてる?」

 

「勿論聞いているとも。ふむ、そういうことなら話は早い。向かうとしよう」

 

「え? いいの?」

 

「ああ、当然だ。それにこちらとしても黙ってはいられない。この歴史が滅びるという事実は、ね。さらに滅びを記した書がさらに作られようとしているんだろう? 私が協力しない理由がない」

 

「おー! 流石メルヒェンさん!」

 

「そんなに褒めてくれるなルキアくん。一番最初の滅びのきっかけはなんなんだい?」

 

「えーとね、確か……ある女の子が、相手がいないのに妊娠して、だから悪魔の子だって言われて殺されちゃったのがきっかけだね。その姉が怒って世界を滅ぼしちゃう。魔女の怨念は怖いものだよ。結局怨みを抱えたままずーっと生きて、最後には世界すら滅ぼしちゃったらしいね」

 

「なるほど。ならば……それは私に任せ給え。復讐なのだろう? 私の得意分野であるとも」

 

 はっはっはっはっ、と笑いメルヒェンは立ち上がった。

 

「さぁ───復讐劇の始まりだ」

 

 

 

 

 少女の首に手をかける。

 

(……ごめんね)

 

 その男は、そのまま一気に力を込めた。

 

(やっぱり僕は死体に魅力を感じてしまうんだ)

 

 生きているキミも嫌いではないが───と、思いながら、勢いよく締めた───はずだった。

 

 気づいた時にはベッドに押し倒されていた。なにが起きたのか、それは男には全くわからなかった。

 

「うふ、うふふ、うふふふふ───まぁ! 朝からなんてご盛んですの? こんなに情熱的に誘ってくれるなんて、私も応えないわけにはいかないわねっ!」

 

「あっ」

 

 やべっ、ミスった。

 

 男の頭の中にはそれ以外がなかった。完全に失敗した、と思う感情以外に。

 

 けれどまぁ、別にいいか。男は思う。

 

 死んでいても、死んでいなくても、キミは綺麗なのだから。

 

 その言葉は呑み込んだ───いや、飲み込まざるをえなかった。なぜなら、少女に口を塞がれていたから。

 

 長いキス。おぼろげな意識を、完全に覚醒に導くキス。目覚めへと到るキス。

 

 とても長い間のそれが終わった時、男の頭は若干の酸欠でくらくらしていた。意識が妙におぼつかないからベッドにまた倒れる。

 

「……ねぇ」

 

 すわ力尽で犯される、と思ったが、男の予想に反し少女は男の胸に顔を埋めて弱々しく呟いただけだった。

 

「私、さっきので嫌な夢を見ちゃった。責任をとってあなたが忘れさせてよ」

 

「……………………」

 

 そういえば。

 

 彼女の抱える嫌な記憶。その告白を、自分は聞いたことがあったような気がする。

 

「……はぁ。朝なんだけどな」

 

「今日は休日よ。一日中愛し合っているのもいいんじゃないの?」

 

「キミが望むなら応えてあげよう」

 

「望んでなくても答えてください」

 

「ああ、了解」

 

 ───雪白姫と、ある王子の些細な日常。

 

 

 

 

『───かつて、記憶とは認識と同義と言い切った女がいたらしいわね』

 

『へぇ。それはどうにも大言壮語だね。それで、キミはどう思ったんだい?』

 

『別になにも。私はただ揺蕩うだけ。記憶の底にいるだけ』

 

『へぇ───じゃあなんだ? 僕は人の中にいるってことかな?』

 

『そうでしょう? 貴方も私も、人の中にある存在で、そんなわけのわからない存在として一緒にあるなんて……まるで檻だわ』

 

『へぇ、不満なのかい?』

 

『いいえ。不満なわけじゃないわ。ただ……私達も自由があればな、と思っただけ』

 

『自由がほしいのかい? キミが? はっはは、こいつは傑作だ。キミは自由じゃあないか。既に自由な存在が自由じゃないなんて、こいつは自由の定義が崩れるぜ』

 

『私はただ浮かんでいるだけにすぎないもの。別に自由じゃないわ』

 

『へぇ。流れていくんだ』

 

『貴方も私も───どちらも流れていくだけじゃない?』

 

『そうだね。僕達は一時のものでしかない。記憶も、自殺衝動も、どちらも一時的だ。だから僕達は今日も大変なのさ。なんせこの世界は衝動として産まれ、失われ続けるものが多すぎる。多すぎちゃってイドが歌うぜ』

 

『ねぇ』

 

『なんだい?』

 

『いつまでここに居座るつもりなの?』

 

『悪いか? かわいこちゃん。まぁわかってくれよ。僕は若干、キミに期待してないこともないんだぜ』

 

『なにを?』

 

『そりゃあ決まってるだろ』

 

 ───ある少年と、少女の会話。

 

 

 

 

 テロへの対策はない。

 

 テロ───それは平和な場所を一瞬で地獄に変えるもの。それへの対策など存在せず、常に起こったあとの対応を求められる。

 

 それはアルカディオスにとっても同じだった。

 

「───陛下ァ! 逃げてください、敵襲です!」

 

「……なに? 数は?」

 

「たった()()! しかも、その中の一人に蹂躙されています!」

 

「馬鹿な……戦える人材が数多く揃っているはずだ」

 

「イーリアス殿は!?」

 

「……討たれました。ゾスマが面倒を見ていた……インターンの少年が進行の足止めに大きく貢献していますが、彼を狙われてしまうとどうしようもありません」

 

「オリオン君か……彼は優秀な弓兵だったな。───彼になら、私の後を任せられるか」

 

「陛下! そんな、……そんな言葉を……」

 

「カストル。これは仕方ないんだ。侵入者については検討がついている。───私が命を賭しても討てるのかわからない」

 

「……陛下」

 

 カストルは、自らが遣える主を引き留めようとするのを、拳を握りしめて堪える。

 

「……貴方は、平凡な生ではなく英雄としての死を望むのですね」

 

「……………………」

 

 レオンティウスは、なにも言わなかった。

 

 誰もいなくなった部屋で一人、カストルは呆然とつぶやく。

 

「───神よ。貴方は何故、このような仕打ちを───」

 

 この勝負。

 

 どちらが勝っても悲劇に転ぶ以外ないのだ。

 

 

 

 

「今晩和───エレフセウス。キミは世界が憎くないかい? ───ああ。知っているとも。ならば、どうだ。世界に復讐をする気はないか?」

 

 

 

 

 

 エレフセウスは、ある境界の狭間でとある人形と出会っていた。

 

「こんにちわ」

 

「……………………」

 

「そんなに警戒しないでもいい───貴方は私達の王、その器。私達を総ているのだから……私達は、貴方に危害を与えられないでしょう?」

 

「って、言われてもな……」

 

 エレフはその少女を見た。

 

 幼い。

 

 ピンクの。

 

 髪の。

 

 少女。

 

 あの野郎ロリコンだったか、とエレフは心の中で呟いた。

 

「良いことを教えてあげる」

 

 彼女はつぶやく。

 

「───貴方、急いで兄に会いに言ったほうがいいわよ」




 結構急ぎましたけど、ようやくお話を始めれそうです。雪白姫と黒雪姫をよく間違えます。
 どうでもいいけれどライブのサヴァン口悪いですよね。


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死せる英雄彼の手には雷光

 走る。

 

 学校なんて今は知ったことではない、命さえ惜しくはない。だから走る。走っている最中に、ある男が立っていた。

 

「誰だ」

 

「やぁ、エレフセウス───私はサヴァンと呼ばれている者だ」

 

「何の用だ」

 

「いや……今キミが向かっても何の意味もないのだと、教えに来たのだよ」

 

「どういう意味だ。場合によってはお前を殺す」

 

「落ち着きなさい。キミと敵対する気はない───けれどね」

 

 もう手遅れだと言っているんだ、とサヴァンは言った。

 

 それの意味がわからぬほど子供ではない。エレフは、わかっている───わかっているけれど、その言葉を無視しようと歩く。サヴァンの横をすり抜けて歩いていく。

 

 けれど、サヴァンの声は嫌に耳元で響いた。抜け出せないか。エレフは判断する。

 

 最悪な状況ではないか?

 

 と思うも、しかし兄の無事を祈らなければならない───あの少女いわく、兄は今敵襲を受けているらしい。その敵に敗れることはないと思うが、万が一、だ。万が一───あいつが冥府の遣いであるのなら、エレフに嘘はつくまい。

 

 それはなんとなくわかった。エレフは自分が冥府に連なる存在であることを理解している。しているからこそ、その言葉を疑えない。

 

 サヴァンの声は嫌にうざったい。まとわりついてくる。それを無視しようにも、いつまでも耳元で告げられる声に苛立ちを隠せず、思わず立ち止まってしまった。

 

「……何を知っている?」

 

「いや、なにも。強いて言うとすれば───キミに一つ忠告しておこう」

 

 サヴァンは言う。

 

「キミはこの先、残酷な現実と出会うだろう。その時に抱いた思いを捨てず、キミはキミの地平線を目指して行くべきだ」

 

「……………………」

 

 エレフは、なにも言わずに駆け出した。

 

 そのさきに救いがないことはなんとなく理解していた。走り去ったその少年の影には、暗黒の闇がまとわりついていた。

 

 柱の影で、ある少年がじっとその姿を見ていたのだった。

 

 

 

 

 告白しよう。実のところ、死にたがっていた。

 

 父親は死に、母親も亡くなり、兄を討つべき定めであると知った時、自分は生きることを諦めたといってもよかった。復讐の為に始めたヒーロー活動。それも、実のところ、運命の前に死ぬことを望んでいた。

 

 けれどそんな姿を弟達には見せたくはなかった。だからこそ、生きてもいたかった。

 

 朝と夜の狭間で存在していたかった。

 

 一閃一閃が人には見えざる領域。幾つもの剣閃を重ねたような、重厚な斬撃。それらを槍で正面から打ち破っていく。一合毎に相手は電撃を喰らい、こちらは剛力に腕が痺れる。

 

 蠍の針はその側面まで鋭く、斬撃は容易にこちらの命を落とすだろう。

 

 そして油断すればその常槍の刺突が的確に隙を穿ってくる。誘い込みすら全て読まれ、拮抗状態を崩すことはできない。

 

 なるほど、技巧者だ。巧いし、卓越したセンス。そんなものをどこで身につけたのか───それは全くわからない。けれど、わかるのは、

 

 このままであれば負けるのは自分だ。

 

 どういうことか、相手の体力は無尽蔵にも思えるほどある。

 

 だからこそ、精彩を欠かない。尋常ではない集中力でわずかな隙さえ穿ってくる。

 

 一体どれだけの戦闘センス。

 

 一体どれだけの戦闘経験を経たのか───まるでわからない。

 

「何故だ……! 何故貴方は……!」

 

「……貴様に」

 

 彼は、ゆっくりと口を開いた。

 

「───貴様に、わかるまい」

 

 その瞳はどこまでも昏く、闇そのものともいえるほどの残酷を背負っている。

 

「貴様は恵まれた。私は恵まれなかった。だから殺す。恨みを、呪いを、全て貴様ら一族を根絶やしにするまで持ち続ける」

 

「何故そんな哀しい生き方をする! 貴方なら、真っ当にその手で栄光を掴み取れたはずだ! なぁ、そうではないか!?」

 

 レオンティウスは吼えた。

 

 獅子のように。絶叫する。

 

「スコルピオス兄さん───!」

 

「私を兄と呼ぶな」

 

 その叫びすら、彼は切り捨てる。

 

 それはまるで自分の親を斬り殺した時のように、残酷なまでに声を聞き入れなかった。

 

「今は貴様の兄ではない。貴様の敵だ」

 

「………………………………」

 

 槍を握りしめた。対応するように、スコルピオスもその手に持つ槍を強く握りしめる。

 

 そしてレオンティウスは踏み込んだ───その踏み込みに合わせ、

 

 スコルピオスが槍を捨てる。

 

(───!?)

 

 一瞬、その意図を読み取れなかった。だがすぐに気づく。これは誘われた、と。

 

 元々決めてあったのだろう。肉薄された時の対応として。

 

 不味い、回避は間に合わない。その思考で、回避することを諦め、致命傷を避けることにする。

 

「レオンティウスさぁぁあああああああん───!!」

 

 この声はオリオンのものか。

 

 左肩をばっさりと斬られ、その刃が肋骨で止まっている刃。それが齎す痛みの中、酷く冷静にレオンティウスは考えた。

 

 直後、スコルピオスとレオンティウスを引き剥がす矢が天より降り注いだ。

 

 見事にスコルピオスに吸い込まれる矢。その全ては剣の一振りで払われ、彼の瞳はオリオンに定められる。

 

「小雨がちらちらと、煩わしい」

 

 スコルピオスがレオンティウスに手を翳した───その瞬間、レオンティウスが呻く。

 

 そしてその場に崩れ落ちた。

 

「───なぁ、貴様ァ!!」

 

「……なるほど、()()()()()だ。雷神と評されるのも頷ける」

 

 スコルピオスはレオンティウスの槍を拾う。

 

 漠然とした災厄の予感に駆られ、オリオンが星の息吹を纏った矢を放った。

 

 スコルピオスは不敵に笑う。

 

「───ならば見せてやる。これが、貴様等が讃える雷神の力だ───!」

 

 閃光が世界を満たした。

 

 天へと立ち昇る雷はまさに雷神。

 

 規模は増していき、スコルピオスの間近に倒れていたレオンティウスの姿を飲み込み、更にアルカディオスの本拠地である神殿が乖離する。

 

 放たれれば街すら飲み込むであろう閃光。

 

 オリオンはその頬に冷や汗を走らせる。

 

 確実に死ぬ、という予感。レオンティウスの生死などこれでは明らかではないか。

 

 此れが、雷神の本気。

 

 味方であれば心強いが、敵が振るえば恐ろしい───

 

 星の息吹など容易に飲み込まれ、霧散する。彼の最大威力の、一点バーストの奥義。

 

 それで為す術もないのだから、どれだけ雷神という存在が驚異なのかが理解できる───

 

(って、まて)

 

 待て。

 

 あんまりに強大すぎる威力に掻き消されてしまったが、待て。

 

 ()()()()()()()()()

 

 どういうことだ、それは。そんなことができる個性だとでもいうのか。それはまさにヒーローという存在の天敵ではないのか。

 

 そんな思考を掻き消すように、

 

 ───その閃光が、一点(オリオン)に向かって放たれた。

 

 

 

 

 まず、その雷は遠くからでも目視できるほどの規模であったこと。

 

 まず、その男が黒の予言書を盗んだ犯人を追ってこの街に来ていたこと。

 

 まず、オリオンが死を覚悟しながら、その雷に対し真っ当から最終奥義を放つという奮闘によりわずかながら雷の威力が鈍ったこと。

 

 それにより、『最強の』男が戦闘へと参入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 雷が全て薙ぎ払い、砂埃が一面を占める中。

 

 スコルピオスは生き物の気配に───濃密な強者の気配に、槍を握ったまま足を動かせないでいた。

 

 

「……貴様等。許さんぞ」

 

 

 空間を揺るがすほどの声。

 

 砂埃が爆発するように()()()()()()()()

 

 そこには───

 

 

 

 

 

「私が来た」

 

 

 

 

 

 気絶したオリオンと、全身が火傷し凄惨な姿となっているレオンティウスを抱えた『最強』、オールマイトが立っていた。

 

「…………………………」

 

「来いよ、ヴィラン君。宣言しておこうか」

 

 指を立てる。筋肉の盛り上がりにより、それにすら耐えうるはずのヒーローコスチュームが悲鳴をあげる。

 

 堂々と立つ最強は、その男に告げた。

 

「一撃で貴様を倒す」

 

「……おもしろい。やってみろ」

 

 スコルピオスが雷を放った。

 

 最速にして最大。

 

 超速の必殺。

 

 並の人間を、一撃で焦がして殺せる威力。

 

 それをオールマイトは拳の一振りで受けた。

 

 あっさりと霧散するその雷。それを見て、スコルピオスの全身が総毛立つ。

 

「行くぜ」

 

 オールマイトが拳を握った。阻止しなければ! 衝動に駆られ、雷の砲撃を放つ。

 

 

「Smash」

 

 

 ───が、無意味。

 

 ただの拳圧が多くの破壊を生みながら、道中にあった雷を消し飛ばしスコルピオスの身体を打ち付ける。

 

 ───まるで、生身で核を受けたかのような衝撃。

 

 人間兵器とさえ言われるNO1ヒーロー・オールマイトの───これが、真の実力。

 

 一撃もまともに拳を貰わぬまま、スコルピオスは膝をついた。

 

「…………なるほど。貴様にはどうやっても叶わぬようだ。───撤退する」

 

「待てよ、逃がすと思って───!?」

 

 追従しようとしたオールマイトを、吹き飛ばした影。

 

 その姿は見覚えのあるもの。

 

 とても因縁深い相手の姿だった。

 

「───オール・フォー・ワン……!」

 

「……………………」

 

 言葉にオール・フォー・ワンは無言で返す。

 

 その姿がかき消えた───転移系の個性だろう。

 

 これでは追えない。オールマイトは追撃を諦め、後ろを振り向いた。

 

「……レオンティウス君……死ぬんじゃないぞ……!」

 

 とうに死に体。

 

 あるいは、もはや死んでいるのではないかと思うほどの状態。

 

 オールマイトはケータイで救急車を呼んだ。

 

 応急処置に、安全な場所に匿われていた医療班が駆けつける。

 

 完璧ともいえるほどの応急処置を施すことはできた───病院で受ける適切な治療と同じ程度に。

 

 けれど、深刻すぎる怪我。

 

 全身の火傷、皮はべろりと垂れ下がり、まるで羽ができたかのように見える。呼吸器も雷に焼かれ、今は息をすることすら辛いはずだ。無理やり肺に酸素を転送し、二酸化炭素を転移させ排出しているが、肺もかなり焼けている。肉は焼け、溶け、骨が見えるところまで存在する。油はぱちりと跳ねるほどまで熱されてしまっている。髪もやけ、ちりぢりだ。

 

 一刻を争う事態。

 

 ───そこに、ある少年が駆け込んできた。

 

「──────」

 

「……君は───……エレフ君、だったか」

 

「───」

 

 足取りはゆっくりと。

 

 ゆっくり、ゆっくり、レオンティウスに近づいていく。

 

 足元に落ちていた、彼の象徴の一つであるマントを拾い上げ、それが完全に兄の物であると理解して。

 

「……あ」

 

 エレフは、吼えた。

 

 

「───ぁああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁあああああああぁぁあああァァああああああああああああああぁ───ッ!!」

 

 

 ───地に崩れ落ちる。

 

 少年は無力を怨むまま、その手で神が生み出した大地を叩きつけた。















 ……しかしこのまま残酷に終わられても、誰も納得できないだろう。
 ワタシは現在起こり行く出来事の、本来在るべき形を【否定】してみた。これが一番幸せな世界に辿り着ける路であるのかは定かではない。しかし、少なくとも『やらないよりはマシな結末になるだろう』と判断する。

 ……さて、箱の中の猫は、生きているのか? 死んでいるのか?  其れでは、檻の中を覗いてみよう───
 


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 如何なる賢者であれ、流れる砂は止められない。

 

 

 

 

 ───だが、それを【否定】することはできる。

 

 

 

 

 状態が悪すぎる。

 

 レオンティウスが今生きているのは本当にに、薄氷のうえでタップダンスをしているというくらいにぎりぎりの境にあるというほどの奇跡であった。

 

 病室には、大怪我を負っているアルカディオスの面々。オリオンも戦闘中は無視していただけで、実際はかなりの大怪我を負っていたため同じく入院中。

 

 死者多数───いや、無数。無差別に街の人を殺していたようで、あまりにも多くの死者が出てしまった。その中に、彼らアルカディオスの中でも特に強かったイーリアスと言う男が入っていることからどれだけの激戦だったのか。

 

 敵はどれだけ大きいのか。

 

 レオンティウスは面会謝絶である。だからこの部屋には存在しない。

 

 面会しにきたエレフは、オリオンの傍の椅子に座ってただ周囲を見ていた。家から急いでやってきたミーシャも同様に、意識のない友人を眺めている。

 

 ───これが、唐突な襲撃事件の、後日談。

 

「……………………」

 

 がらり、と病室の扉が開いた。

 

 そこに立っていたのはオールマイト。最悪の事態を防いでくれた、NO1ヒーローの姿。

 

「…………すまない」

 

 オールマイトは、エレフの姿を見て、真っ先に謝った。

 

「……なんで謝るんですか」

 

「私がもう少し早く駆けつけられれば、助けられたはずだった」

 

「……そうですね」

 

 けれど、それがどうした。

 

 誰が悪かったわけでもない。少なくとも、だれもが皆奮闘した。必死に誰かが掴んだ未来がここにあった。

 

 生き残った命、生き残らなかった命。それは当然存在するけれど、恨んだところで何にもならない。

 

「もういいんです」

 

「……………………」

 

「運命はこの末路を望んでいたのでしょう。だったら……俺達は、それに抗えない」

 

 ただ、運命に従うだけ。

 

「……運命とは、自分で切り拓くものだとは言えないんだろうね」

 

「ええ。───ミーシャの個性は、運命()の存在を証明するものですから。その存在に今更疑問はありません」

 

「…………エレフ」

 

「だったら───俺は」

 

「エレフ!」

 

 ミーシャが、エレフの服の裾を掴んだ。

 

「駄目……エレフまで消えちゃう……!」

 

「……………………」

 

「お願い、そんなこと言わないで。()()()()()()()()()()()……!」

 

「……………………」

 

 エレフは、小さく笑った。

 

 それは、とても危うい笑みだった。

 

 

 

 

 まだなんとかやりなおせるんじゃないか、と思っていた。

 

 まだ立ち直って、自分はまだしっかりとした生き方ができるのではないか、と思った。妹と二人、身を寄せ合って生きることもできるんじゃないかと思った。

 

「……兄さんが戻ってきたときに、ただいまって言えるように……」

 

「……そうね」

 

 まともに笑えなかった。面持は暗く、けれど前を向いて歩き出せるように、その第一歩として二人でぎこちなくも笑いあった。

 

 そうして、泣き疲れたその日は眠った。食事もあんまり喉を通らなかった。

 

 朝起きて、目が腫れていることに気づいた。それをなんとかしようと、二人で目に蒸しタオルを当てた。そういえば昔、これは兄に教わったのだった。

 

 両親を失ったときに、兄は無理やりに笑顔を作って、なんとか明るくしてくれた。だからこそ、自分たちも同じように、明るくあろうとした。

 

 外が騒がしいのはあんまり気にならなかった。そんなことを気にすることができるほど、余裕がなかったというほうが正しいか。

 

 だから朝、ゆっくりと朝食をとった。あんまり多くは食べれなかった。けれど、せめて少しは食べておこうと、シリアルを持ってきて器に移し、食べた。

 

 そして学校に行く準備をした。

 

 昔、兄が長くいなくなるときに、兄が傍にいるように、ということでもらった雷槍のフィギュア。それを鞄につけて背負う。

 

 制服に着替え、もう準備は完了。

 

 ミーシャを学校に送り届けてから自分は雄英に向かおう、と思っていたから、エレフはミーシャといっしょに玄関の扉を開けた。

 

 ───そして、扉の前を埋め尽くす多くの人の姿に、足が止まった。

 

「───え」

 

「ミーシャ、家に入って!」

 

 ばたり、と扉が閉まる。これは妹を休ませる連絡をしたほうがいいか、と判断する。だから家の扉の前で立ち止まった。

 

「レオ「今回の「現在の「何故「心境を「どうして「今は「先ほどの「エレフ「こっちを「どうか「顔を「お気「貴方は「女の子を「泣い「こちらの「扉を「   ……。、」

 

 言葉の嵐。どう対応すればいいのかわからず、やはり足を動かすことはできない。いったいどうすればいいのだろう? 自分はどうすることが正解なのだろう。

 

 それがわからないからどうしようもない。

 

「泣いて!」

 

 そんな声が聞こえてきて、手が伸びてきて、マイクが無粋に言葉を奪おうとして、こっそりと扉を開こうと手が伸びてきて、

 

 ただ、扉の前で立ち尽くした。

 

 

 

 

 家の鍵を締め、学校に連絡を入れる。

 

『まぁ、仕方ねぇな。あんなことがあったあとだ。休んでも誰も文句言わねぇさ』

 

「すいません」

 

『マスコミは雄英のほうで対応させる。明日はちょっと不便だが対応できるだろう』

 

「…………いえ」

 

『ん?』

 

「なんでもありません」

 

 そう言って、電話を切った。

 

 ミーシャのほうの学校にはもう連絡を入れてあるから、大丈夫だろう。エレフはゆっくりとソファーに座り込む。

 

 もう、疲れた。

 

 眠っていても問題ないだろう。

 

 

 

 

 次の日はなんとか学校に登校できた。

 

 

 

 

 その次の日の登校中、石を投げられた。

 

『俺の父さんを返せ!』

 

『私の母さんを───』

 

 色とりどりの罵声。

 

 頭を殴られ、頭を切った。血を流しながら、それでも学校に通う。

 

 兄のテレビの評判は酷いものだ。オールマイトが敵を圧倒したことから、相対的に無能の烙印を捺されてしまった。

 

 そんなわけがない。そんなわけがないのだ。

 

 兄は弱くはない。けれど、一般市民から見ればそんなの関係はない。そもそも生の実力を見たことがない者のほうが多いだろう。

 

 それでも、必死に兄は命を賭して戦ってきたのだ。一度程度守れなかったことで、そんなになにかを言われるようなことか?

 

 破落戸が正義を騙り自分を殴る。大義名分を得た人間は止まらない。

 

 弱いもの集まればより弱いものを叩く。

 

 どこまで行っても、構図は変わらないのだ。

 

 

 

 

 次の日。

 

 テレビで兄についての報道が連日流れる。どれも不安感を煽るようなもの。中にはレオンティウスの否定すらある。

 

 なにも知らないやつらが、なにかを語っている。

 

 知らない奴らが、知ったふうな口ぶりで、もっともらしくそれっぽいことを言ってやがる。

 

 やがて苛立ちは殺意となり、キャパシティの限界に達した。

 

 

 

 

 

 

 さよなら、ミーシャ。

 

 少年は小さくつぶやいた。

 

 

 

 目覚めた時、少女は一人だった。

 

 そこにない少年の存在を受け止め、ただ一人で泣き崩れた。




 ようやくプロローグ終わりです……原作に入れる……

 まぁちょっとお話として弱い気がしますので次話でテコ入れとかしますけど。

 とりあえず一言、このお話の主人公は便宜上エレフであり真の主人公はまた別にいます。彼の活躍が早く書きたいものです。

 あ、緑谷くんではないです。


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運命は残酷だロクなもんじゃねぇ by元軍人

 ギターを掻き鳴らす。彼にとって、音色こそが人生の全て。彼の一生は音楽とともにあると言っても過言ではなかった。だからこそ鳴らす。

 

 鳴らす。

 

 それが彼だから。音楽というものが、彼そのものだから。まるで傍迷惑も考えずに上を下へとしとど晴天大迷惑。

 

 ただ一時の感情を吐き出すように肥溜めで叫んだ。彼にとって、自分の身体は音を生み出すための装置にすぎないような気分が渦巻いていた。一種のトランス状態だろうか? 定かではない。しかし、彼にとってはその音色こそが今全てであることは確実にたしかだった。

 

「おい」

 

 だから、言葉は彼にとって目障りな音だった。演奏を中断し、彼は音を排除しようと動く。

 

「誰だテメェ」

 

「あ? なんだその言い草。嘗めてんのか混ざりもんが。殺すぞ」

 

 と、その言葉が聞こえた瞬間、彼は───ノエルは、手に持っていたギターで絡んできた男の頭を殴った。

 

 ふらりとし、そのまま誰も整理しようとしない荒れたゴミ山の中に男は倒れる。それを見て、しかしノエルは手を休めない。

 

 無言で彼は男を殴りつけた。男が意識を失っていると知り、それでも殴った。ただただ音が鳴らないようにしようと殴った。

 

 そも、こんなゴミ山にまで顔を出す人間がまともなやつなわけがない。ノエルは全く躊躇なく男を殴り続け、顔の形が変形するほど殴り、腕を上げるのに疲れたのかゆっくりと動きを止めた。

 

 満たされない。

 

 世の中に蔓延るゴミの一つだ。こいつにはそれがお似合いだろう。ノエルは男から視線を外す。ギターを手に取った。そして、もう二度と男のほうは見なかった。

 

 

 

 

 彼女はそれを見ている。

 

 ある女が赤子を捨てた。それを老婆が拾い、育てた。そして赤子は女になった。女は何れ子を為し、そして裏切りの代価に楽園と奈落を巡る物語は幕を開く。

 

 彼女はそれを見ている。

 

 遠い昔。思い出さないほうが幸せな記憶の流れこむ場所。

 

 彼女はそれを見ている。

 

 無限に押し寄せる記憶の濁流の中、一人だけ静かに佇む影はおぞましいまでの綺麗さを思い出させる。

 

 彼女がいつからここにいたのか。ずっとなにをしていたのか。それは定かではない。少なくとも、ここが記憶の水底であることは確実だった。

 

「───この記憶」

 

 少女は小さく口を開く。金の細やかな髪がゆらり舞った。流れはワンピースをべちゃり濡らして、彼女の小さな肢体にまとわりつく。肌色が透けていた。

 

「これも喪失のカタチなのかしら……?」

 

 彼女は見ている。

 

 彼女は見ている。

 

 見ている。

 

 

 

 

 遠く進んでいる船に、彼と彼女は乗っていた。

 

 杖をついてでなければ歩けない不自由な足だが、足は彼女が補ってくれている。だからこそ、彼は怖くはなかった。

 

「ウィリアム! 風が素敵よ!」

 

「おーう……船は、あんまり得意じゃねぇ」

 

「楽しまなきゃ損よ! ほら立って、一緒なら怖くないでしょ!」

 

「いや、いつこの船に病の魔の手がやってくるかわからんぞ。あんまりはしゃぎすぎるのはよくない」

 

 などと言っているが実は自分の愛する妻に誘われてとてもテンション上がってる。

 

 それを彼女も察しているのか、無理やり彼の手をとって引っ張り上げた。

 

「行きましょ!」

 

「……おう」

 

 ゆっくりと、ゆっくりと歩いていく。

 

 それが彼と彼女の距離感というものだった。

 

「ファーティ見て!星があんなに綺麗よ!」

 

「ははは娘よ。無理やり話を逸らそうとしても無駄だ。何故君の胸はそんなに貧相なのか、しっかり君の口から聞こうじゃないか。どれ。教え給え。腹よりも胸に栄養を回したほうが良かっただろう」

 

「それセクハラって言うのよ! 私知ってるから!」

 

「くそ……セクハラという概念は万国共通か……低能だと見くびっていた……」

 

「娘にまで低能だなんて! 酷いわよそれは」

 

「急にマジトーンになるな」

 

 やべー会話してるやつらがいる。

 

 なんてことを思いながら、実は既に慣れてきた甲板の上を歩く。

 

 揺れる波間を見ていると吸い込まれそうになる。焦がれるようにそこへと進みそうになる。そのたび、彼女───ディアナは、彼の身体を引き止めた。

 

「クソ……日本にはまだ着かねぇのか」

 

「そう焦ることでもないわ。逆に、この船の上でのんびりしているのもいいと思わない?」

 

「レニーだけ一人向こうだ」

 

「あら? なんだかんだ、あなたもあのこを心配しているんじゃない」

 

「心配しない親がいるのか?」

 

「すぐあそこに」

 

 そう言われて指された方向を見ると娘にセクハラを決行した父親の姿があった。見なかったことにした。

 

 船はゆっくりと進んでいく───。

 

 その異変に気づいたのは、すでに手遅れともとれる状況にあってだった。

 

 だん、と板を踏む音が聞こえる。彼がそれに反応し、顔を向けると二人の男がそこにはいた。男の片方は、顔の表面に当たる場所が存在しない。もう片方の男は、髭を蓄えている、荒んだ瞳の男だった。

 

「……なんだ、あれ」

 

 男はそれを、胡乱な目で見ていた。彼は何分クールを装う癖がある。そして過激派だ。頭の中での区別がはっきりしている。だから、二人の謎の男を興味のないものとして片付けてしまっている。

 

「どうでもいい。どうせロクなもんじゃねぇだろ」

 

 そう片付けて、彼はまた、波間を眺めることに移った。

 

 その瞬間、彼のいた場所が不自然に爆発する。

 

 煙が巻き起こり、割れた板の破片は飛び散り、近くにいた乗客に襲いかかった。悲鳴があがる。それは爆発地点に彼がいることを、周囲は理解していたからである。出来上がる凄惨な光景を想像し、人々は皆口を噤んだ。

 

 しかし、煙が晴れたとき、想像のように残酷な景色はそこにはなかった。

 

 多少煤けているが、それでもなお傷一つない男の姿がそこにはあった。

 

「痛えな」

 

 骨組みの上に直接立っているから、足場が不安定なことこのうえない。しかし、今まで生きてきていろいろあったのだ。この程度、全く問題もない。

 

 彼は基本、物事をきっちり仕分ける。それはどんな情事にあっても変わらない。彼は全ての区別をしっかりとつけている。

 

 だからこそ、当事者となったさいに、彼はどこまでも冷静に判断するのだ。

 

「くたばれクソが」

 

 彼はいつの間にか手にしていた()()の先を向けて、宣言した。

 

「こちとら戦争経験者だぞ。障害者と思って嘗めてんじゃねぇ」

 

 

 

 

「お客さん……お客さん!」

 

 と、呼ぶ声がして青年は目を覚ました。

 

 紫色の瞳が、呼びかけた男の姿を射止める。その視線にたじろぐ男だったが、しかしいざ意を決して言葉を続けた。

 

「そろそろ時間ですぜ。さっさ出てってもらわねぇと、こっちが困っちまう」

 

「……ああ、済まないな。すぐに出る。少し待ってくれ」

 

 男は、青年がごそごそと動き始めたのを見て、ごくりと唾を飲み込んだ。

 

 冷や汗が止まらない。それだけ、この青年を相手するということはリスクを伴っている。単純に、怖いのだ。

 

 それは本能によるもの。単純に、死を恐れる生物として原始的な欲求。

 

「お客さん、ところで、これからどこに向かうので?」

 

「そうだな……あてはない」

 

「と、いいますと?」

 

「ただの旅人なんだ。その日暮らしも適当に決めている」

 

 大嘘を、と男は思った。

 

 この青年の意志一つで、男は死ぬ。だからこそ、どこまでもご機嫌を取りつつ、そして自分に有利な状況に誘導するのだ。

 

 逸るな。逸るな。そう言い聞かせ、自らの心臓の脈動すら完璧に制御して(主観)、彼は自らの役目を演じきった。

 

 青年が部屋から出ていく。それを見送って、役割は終わりだ。

 

「ああ、ところで」

 

 と、そこで青年は言った。

 

「私は殺意に関するものならば全て感知することができる。殺意に取り囲まれると、逆にやりやすい」

 

 男の背筋が凍る。

 

「……貴様、全く隠せていないぞ。何を企んでいたのかは知らないが───冥府で懺悔するといい」

 

 彼の言葉をきっかけに、男は死んだ。

 

 まるであっさり、それほどあっさり、簡潔に、一瞬で息絶えた。

 

「……………………」

 

 崩れ落ちた男の姿を一瞥し、彼は部屋の外へと出ていった。

 

 わずかに黒く染まった髪を、一撫でで白く戻し、彼は歩き出した。

 

 ただ殺意と憎悪に衝き動かされるままに。

 

 

 

 

 いつか死ぬのであれば早いほうがいい。きっとそれが一番いい。少女は、抱え込んだ兄をじっと見つめながらもそう思った。

 

 そう、これは救いなのだ。

 

 運命が生命を運んでゆくのならば、そんなものに生命が左右されてしまうのならば、せめて愛しいこの手でその生命を摘み取ってしまいたかった。それが少女にとっての救いだった。

 

 けれど。

 

『───……』

 

 彼女は小さく言葉を紡いだ。それがなんだったのか、男には理解できなかった。しかし特段意味のある言葉ではないだろうと思った。

 

 今でも言葉がちらついている。脳裏に焼き付いて離れない。それは呪いのようだった。耐えない頭痛の素になっている。

 

『箱庭を騙る檻の中で───』

 

「……余計な感傷だ」

 

 鮮烈に焼き付いた記憶を排除する。

 

 頭痛はわずかに収まった。

 

 ただ、代わりに喪ったはずの場所が虚しく疼く。

 

「……余計な感傷だ」

 

「そうか。君はそうやって、自らを騙しているんだね」

 

 ふと言葉が響いた。ありえない。彼はすぐに振り向いた。そこには───一人の男が立っている。

 

「……誰だ、お前」

 

「おや、こんな施設にいるくせに、僕のことは知らないのか。これはこれは……ふふふ。面白い。けれどその歪な在り方は好ましい。どうだい? 僕の下で動くつもりはないかい?」

 

「悪いが、使命があるからな」

 

「おや、断られてしまった」

 

 そう言って、男は彼に歩み寄る。彼は男を無視して檻の中に視線を定めた。

 

「君は何故こんなことをしているのかな」

 

「語る意味はない」

 

「この行為に意味はないのか。なるほど。ただ惰性で続けているだけなんだね」

 

「肯定はしない」

 

「ふむ? つまり間違いってことかい? ああ、じゃあこういうことか。意味はある、しかしそれも最早喪失した」

 

「否定しない」

 

「君の扱い方がわかってきたよ」

 

 そう言って、男はくくく、と笑った。

 

 しかしその通り。この行為に意味はあった。あったが、それも喪失してしまった。だから───今のこれは惰性で続けているだけなのだ。

 

「自らに似た境遇の人間を無為に作成。この箱庭に閉じ込め、自らと同じように洗脳し飼育する。そうして起こった出来事を君は症例に分けて管理する。今回のケースは十二番。過剰投影型依存に於ける袋小路の模型(モデル)。君は、君の起こり得た可能性を知りたいんだね。しかし無意味だと僕は思う」

 

「何故だ」

 

「いくら同じように育てたところで過去は戻らないんだからね」

 

「そのとおりだ」

 

「君はこの光景を見ているだけで満足かい?」

 

「不満だ。俺の喪った()は還ってこない」

 

「ならば何故まだここにいるのかな」

 

「意味などない。先に言ったろう。惰性だ」

 

「ふぅん───」

 

 彼は視線を監視鏡の向こうに戻した。そこにあったのは、仮面の男が少女の後ろに立っている光景。

 

 これは今までのどの症例とも違う、全く新しい結末だ。彼の視線は、自然に縫い留められる。

 

 男は亡霊のように突然現れ、突然去っていった。これは一体───()()()()()()()。未知に惹かれる感覚。道に轢かれる感覚。既知に狂えぬ感覚。未知に震える感覚。

 

 どれもが彼にとっては全く新しいものだった。

 

「あれは───」

 

 彼は、新しい可能性を見た。それが彼にとっての結末だった。実験に使った少女(ソロル)はもう不要だ。廃棄しよう、と彼はボタンに手を掛けた。

 

 しかし、思い留まる。あれは彼にあったかもしれない結末だ。ならば、あれは自分自身とも言えるのではないか?

 

 彼は彼女に自らを重ねた。これが一つの幸福の形であるというのは確実だった。しかし、監視の中、ゆっくりと起き上がる、死んだはずの青年(フラーテル)を見て、これがひょっとすると、自らに起こり得たハッピーエンドの形なのかもしれない、と思った。

 

「これは───!」

 

 結局、彼はボタンを押せなかった。彼は施設を飛び出した。追いかけたい。彼は行く。そこに楽園があったのだ、と一つの狂気に衝き動かされるように。

 

 ───嗚呼、そのパレードは何処までも続いてゆく───

 

 

 

 

「失敗、か」

 

 取り残された男───顔のない男は、ゆっくりと息を吐き出した。

 

「けれどまぁ、収穫はあった」

 

 彼は施設の奥、隠されていた場所へとたどり着く。

 

(フラーテル)(ソロル)。彼らは監視卿(Watcher)と、その相手の複製だ。ふふふ───ここを確保することで、僕は新しい境地にたどり着く」

 

 男は、自らの腕を引きちぎった。そして装置にそれをセットする。

 

「これでよし」

 

 千切れた腕から、新しい腕が生えてくる。それがどれだけ奇妙な光景か、わからない者はいないだろう。

 

 装置が動作する。

 

「これで僕は───永遠だ」

 

 瞬間的に製造されていく彼と全く同じ遺伝子、彼と全く同じ個性を持った怪物達。

 

「今までの脳無とは全くの別物だ。これが僕の代わりになる」

 

 彼のクローン達は生まれ落ちる。顔は彼とはまったく違う。人間の顔をした姿がある。

 

「おはよう、僕達」

 

 ───その数は、飛躍的に増えていく。

 

 

「僕達の名は、オール・フォー・ワン」

 

 

 ───それは、かつて世界を混沌に導いた、悪の帝王。

 

 故に、それはまるで悪夢のような光景だった。




 忙しい期間をようやっと抜けたのでようやっとの投稿です。8月くらいにまた忙しい時期に突入するので結構作品長くなりそうだなぁって。


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