時の流れを越えてやってきた17歳のハマーン様UC (ざんじばる)
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クシャトリヤ VS 未確認機

「……ガンダム。……ガンダム。ガンダムは―――敵ッ!!」

 

 突然爆煙を破って現われ、自分をコロニーから追い出した一本角のモビルスーツ。その白いヤツが変形、いや変身した姿にマリーダの意識は沸騰した。

 

 一本角のブレードアンテナが二つに割れて左右に開き、V字型に可変した。続いて顔を覆うマスクが解放され、その下に隠れていた本来の顔が明らかになる。ゴーグル形だったはずのメインカメラはツインアイ形へと変化し、翠色に強く輝いた。

 

 

 その姿はまさしく―――連邦の白い悪魔。ガンダム。

 

 

 その姿はネオ・ジオンのクローン型強化人間として造られたマリーダの、その深くに刷り込まれた攻撃性をこれ以上ないほどに刺激した。ガンダムをこの世から消し去りたい。1秒たりとも存在させてはおけない。そんな本能からの命令に従って、クシャトリヤのビームサーベルを抜き放つ。

 

 キックペダルを全力で踏み込み、スラスターに火を付ける。機体は暴力的なまでの推力に従って猛然と加速し。体にかかるGを無視してなおもベタ踏みのまま突っ込んだ。

 

 対するガンダムも既に抜き放っていたビームサーベルを片手にこちらと対称的な格好で突貫してくる。変身と同時に展開していた装甲の下から赤い燐光を振りまきながら。

 

 そして互いが交錯しようとしたその瞬間。

 

 

 空間が歪んだ。

 

 

 マリーダにはなにが起きたのか分からない。急接近するクシャトリヤとガンダム。その間の僅かな空間のモニターに映る映像が歪んだ。歪みは即座に膨張し、それに接触したクシャトリヤとガンダムを等しく弾き飛ばした。吹き飛ばされながら反射的に各所のバーニアを噴かして機体に制動をかける。歪みの反対側では同じく吹き飛ばされたガンダムがAMBAC機動を巧みに使い、機体を落ち着かせていた。

 

 戦意に冷や水を浴びせられた形になり、マリーダは様子見に入る。それはガンダムも同じようだ。見たことのない現象だ。いったい何が起こっているのか。それを見極めなければ戦闘どころではない。

 

 空間の歪み、それは一定の大きさで拡大を止めている。歪みの中では可視光線すら歪むのか、モニター越しには星の輝きすら歪に見えた。やがて歪みの中から虹のような、波打つ帯状の光が幾筋も溢れてきた。

 

 続いて何かが飛び出してくる。それは腕だ。モビルスーツの。細く長い優美ささえ感じさせるマニピュレーター。袖のように広がった腕部装甲。大型の肩部バインダー。

 

「あ……ああ……ッ」

 

 続いて頭部が、さらに全身が露わになった。その時には空間の歪みは消えていた。後に残されたのは一機のモビルスーツ。全身が優美な曲線で構成され、どこか女性的な。

 

「あ……あ……あああッ……あ?」

 

 突如脈絡もなく現われたそのモビルスーツをマリーダは知っていた。その姿に、自らの内へ深く根を張ったトラウマを刺激され、恐慌の一歩手前まで陥りそうになるマリーダ。それを押し留めたのは、その機体のカラーリングだった。

 

 その色はマリーダのよく知る黒ではなく―――純白。そして要所に配された紫の差し色。

 

 そのことを理解した瞬間、恐慌から殺意へと再びマリーダの意識が切り替わる。そのモビルスーツのことも攻撃対象としてかつての主から刷り込まれていた。咄嗟にファンネルを放ち、取り囲ませる。けれど彼女に残った冷静な部分が即座の攻撃を思い留まらせた。そして誰何の声を通信で飛ばした。

 

「お前は―――誰だッ!?」

 

 そう。その殺意の向けるべき相手は疾うに死んでいるはずなのだ。そのことを自分は客観的な事実として知っている。だというのに目の前の機体は何だというのか。あるいは、ないとは思うが、どうやってか、どこかから同型機を引っ張り出してきた友軍なのかも知れない。台所事情の厳しい友軍には当時のものはおろか、更に古い世代のモビルスーツも多数配備されている。

 

 けれど、ネオ・ジオンの周波数で飛ばした通信には何の返答もない。メインカメラに灯も点らず、力なく宇宙空間に漂うだけだ。

 

 ――もういい。通信には応えないし、単なる放棄されていた予備機かも知れない。出現の仕方は不自然だが、それは単なる見間違えかも。それに旧式機とはいえ、このまま放置して連邦に鹵獲されるのも面白くない。

 

 そのような言い訳を心中で述べつつ、自らの刷り込まれた本能に急き立てられ、マリーダはその機体を破壊することに決めた。ファンネルに攻撃の意思を飛ばし、ビームを放つ。その時。

 

「なにッ!?」

 

 まるでマリーダの殺意に反応したかのように、突然その切れ長のツインアイに光を灯すと、身を捻り、周囲から降り注いだビームの雨を紙一重で躱す。そのまま大型肩部バインダーに組み込まれたメインスラスターを噴かし、ファンネルの包囲網から抜け出して見せた。

 

「こいつッ!」

 

 すぐさまファンネルに後を追わせる。そのモビルスーツは後退しながらこちらに手を突きだしている。まるでマリーダを押し止めようとしているかのように。無視してファンネルからビームを降らせる。釣瓶打ちだ。

 

 けれど相手はヒラリヒラリとビームを躱して見せた。こちらへ腕を突き出したまま、無抵抗のままに。ここまでくれば相手は敵ではないと認識してもいいはずだ。けれど一度、本能のままに攻撃衝動に身を任せたマリーダがそのことに思い当たることはなかった。ただ苛立ちだけが募る。

 

 ――自分はヤツより兵士として優秀なはずなのに。なぜ落ちないッ。

 

「旧式の癖にッ。さっさと落ちろッ!」

 

 さらにファンネルを放出し、包囲を強化する。今度こそ撃破してやる。その意思に反応してファンネルも機敏な反応を見せる。

 

 ことここに至って相手も覚悟したのか、ファンネルを放出した。ファンネルとともに迎撃の構えを見せる。互いのファンネルがまるで追いかけっこのように動き回り、射撃ポジションを抑えようとする。次の瞬間。

 

 相手のファンネルの約3分の1が一方的に火の玉へ変わった。所詮旧式は旧式。兵器は日進月歩だ。サイコミュやファンネルもこの数年で幾度となくアップデートされている。ファンネルの速度も反応もこちらが上だ。差は僅かだが、その僅かな差がドッグファイトでの戦果を分ける。

 

 ――さあ、このまま一気に殲滅してやる。

 

 マリーダの中で勝負が確定的になった次の瞬間。

 

「なにッ、バカなッ!?」

 

 今度はクシャトリヤのファンネルが一方的に火の玉となって消えた。

 

 速度で劣るはずの敵のファンネルは、こちらの動きを読んだかのように、最小限の動きで、こちらより先に優位な射撃ポジションへと遷移し、ビームを放ってみせたのだ。

 

 マリーダの中で戸惑いと不快感が跳ね上がる。相手はファンネルを搭載した初期のモビルスーツ。もう10年近くは前の機体だ。対してこちらは最新鋭機。限定的だがサイコフレームまで搭載している。ハードウェアの差は明らかだ。だというのにこちらのファンネルが落とされたということは。

 

 ――違うッ。今のは油断しただけだッ!

 

 マリーダの意思を受け取って、ファンネルが猛烈に攻撃を仕掛ける。けれど結果は五分。双方の間で多数の花火が輝き、最終的にお互いファンネルを全て失う結果となった。戦闘は膠着状態へ陥る。

 

 マリーダは歯噛みする。兵器として造られた自分が単なる人間(ニュータイプ)に劣るなんてそんなことは。マリーダは無意識のうちに理解していた。サイコミュを通して感じる相手パイロットの魂ともいうべきものを。それは確かに過去関知したことがあるものだった。自分のターゲットに設定された相手。なぜ死んでいるはずの相手がここにいるかなどもう考えない。ただ、その相手に劣っているかもしれないという憶測が更に彼女を苛立たせた。

 

 もはやガンダムのことは完全に意識から抜け落ちていた。幸いそのガンダムは動きを停止しているが。まるでこちらを観察でもしているかのようだ。NT(ニュータイプ)同士が殺し合うのなら好きにしろとでも言うかのように。

 

 苛立ちを戦意に変え、再びキックペダルを踏み込む。遠距離戦で決着が着かないのなら格闘戦で。ここで引いて手仕舞いにするという選択肢はなかった。クシャトリヤは左手にビームサーベルを握りしめ突貫を敢行した。

 

 相手モビルスーツもスラスターを噴かして後退する。けれど推力はこちらが圧倒的に上だ。相手が当時のスペックと変わらないとすれば、それこそ3倍近い差がある。ガンダムとの接触でバインダーを一枚損なっているとはいえ、あっという間に相手をクロスレンジに補足した。相手も逃走を諦め、腕部からビームサーベルを展開する。

 

「クッ。はぁァァァッ!」

 

 マリーダは気合いの咆哮を放ち、猛然と斬りかかる。薙ぎ払い。相手モビルスーツが突きだしたビームサーベルと切り結ぶ。接触部がスパークを起こし、それに構わず押し込む。推力差から相手を一方的に押していく。

 

 ――このまま出力に任せて押し切ってやる。

 

 ジェネレーターが唸りを上げ、相手へと負荷をかける。両者の出力差からジリジリと押し込み、ビームサーベルごと叩き切るのも、もう間近という所で相手はスラスターを噴かせた。前方に向かって。

 

 自分からマイナス方向へ飛ぶことで、難を逃れる相手。マリーダは舌打ちとともにバインダーに仕込まれた隠し腕を解放する。隠し腕からもビームサーベルを展開し、唐竹割りに斬りかかる。意表を突いたはずの攻撃を、相手はもう片腕からもビームサーベルを展開し、受け止めた。たいした反応速度だ。けれど。

 

「これでぇェェェッ!!」

 

 クシャトリヤの右腕にもビームサーベルを握らせ、刀身を伸ばす。相手の両腕はふさがっている。相手モビルスーツにクシャトリヤのような隠し腕機構はないはず。これでとどめ。敵機に突き刺すべく右腕を押し出して。

 

「なにッ!?」

 

 必殺のはずのビームサーベルは何もない空間を虚しく突いた。

 

 相手は各所のスラスターとAMBAC機動を巧みに用い、交錯するビームサーベルを支点に倒立のような動きを見せていた。信じられないような機動。クシャトリヤの圧力を躱した相手モビルスーツは上方をすり抜けていく。

 

 クシャトリヤは全力で加速していたため、彼我の距離が一気に開く。後方からは相手モビルスーツがすかさず放ってきたビームガンが迫る。そのため、急反転することもできず回避を優先。さらに距離が開いた。もはや一息には飛びかかれない距離だ。

 

 悔しさに歯噛みするマリーダ。そこに飛び込んでくる意思。咄嗟にそちらを見ればモニターに拡大される友軍機。ギラ・ズールの手の上には彼女の現マスター、ジンネマンの姿があった。手招いて彼女に撤退を指示している。

 

 マリーダにマスターの指示を拒否するという選択肢はない。唇を噛みつつも速やかに撤退に移った。後退していく自分に対して、相手モビルスーツはなんの反応も見せなかった。ただ自分を見送っている。まるで見逃されたようでそれが疎ましい。

 

 モビルスーツの戦闘域を十分に離れたところで、ガンダムが動き出した。先ほどまでマリーダと争っていたモビルスーツへと突っ込んでいく。あの場に残ったあいつを葬るつもりらしい。あの二機の戦いがどうなるのか。興味はあったが激突する前にセンサーの範囲から外れ、観測は不可能となった。

 




いったい現れたモビルスーツは何なんだ……(迫真)

プル・トゥエルブとオードリーと裸の男がいるところにあの人が現れたら面白くね?
という思い付きから妄想が溢れたので形にしてみました。
他に書かないといけない連載作品が二作品もあるのに辛抱たまらず……
とりあえず昨日・今日で書けるだけ書いて投稿する所存です。
よしなに(ディアナ様風)


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未確認機 VS クシャトリヤ・ガンダムタイプ

 強烈な殺気に叩き起こされるように、私は目を覚ました。

 

 本能の命じるままに機体を動かす。投網のように迫るビームの雨をかいくぐり、ビームの発生源を確認するより先にスラスターを全開で噴かす。敵意の包囲網を突破した。改めて攻撃を仕掛けてきた相手を視認する。それは宙を漂う漏斗状の小型移動砲台。

 

「ファンネルッ!?」

 

 訳が分からず混乱した。私は先ほどまでアクシズ周辺の宙域でこの機体のテストをしていたはず。それがなぜ、突然不可思議な現象に巻き込まれ、一瞬気を失ったと思った次の瞬間には襲われているのか。

 

 極めつけはファンネルだ。ビットを小型化したこの新兵器を搭載しているのは、現在私が搭乗しているこの試作機だけのはず。今のところ二番機も存在しない。存在しないはずの相手が、目覚めた瞬間になぜか問答無用で襲いかかってくるのだ。混乱するのもしかたないというものだろう。

 

 ファンネル達のその奥に佇む謎の機体。少なくとも私を攻撃してきたファンネル達の主はこの意味不明な状況を理解しているのはずだ。ゲルググを模したような頭部に重厚なボディ。カラーは見慣れたグリーン系統でまとめられている。この機体にも似た大型のバインダーを三枚……いや、一枚は途中で断ち切られているだけで計四枚か――を背負っているために非常に圧迫感があるが、サイズは重モビルスーツの範疇に収まっている。明らかにジオン系のモビルスーツだが……。

 

 ともかく目の前のモビルスーツに通信を入れる。所属と交戦意思が無いことを告げ、攻撃を留まるように言うが、なぜか通信回線が繋がった様子がない。アクシズで今も使われている一年戦争時からのジオンの通信周波数で呼びかけたというのに。

 

「まさか、連邦のモビルスーツなのかしら……?」

 

 思考に沈んでいると、四枚羽のモビルスーツから再び攻撃の意思が発された。相手パイロットの思念波を受け取ったファンネルがこちらの追尾に移る。そこで相手の正体が知れた。その思念波に覚えがあったのだ。グレミーが養育していたNTの少女。

 

「エルピー・プル! 止めなさいッ!! 私は敵ではないッ! 分からないのかッ!?」

 

 機体のサイコミュに乗せてこちらも思念波を放つ。確かに相手パイロットに届いた感触はあるが、敵意を持って跳ね返された。こちらを認識してなお攻撃を続けるつもりらしい。ファンネルがこちらを包囲する動きを見せる。ここで私にも激しく怒りがこみ上げた。

 

「無礼なッ! グレミーの養い子風情が、この私を暗殺しようとでも言うのかッ!!」

 

 こちらからもファンネルを放出し、迎撃を図る。ファンネル同士の対決は当然初めてだが、ビット同士なら以前に経験している。やれる。

 

 けれど。

 

「馬鹿なッ!? こっちよりファンネルの性能が上なの!?」

 

 相手のファンネルの移動速度はこちらより上だ。方向転換の反応も。最初の斉射ではこちらが一方的に数を減らされることになった。

 

 敵機から嘲りのような感情が届く。それが腹立たしい。怒りを力に変えて思念に乗せた。

 

「まだよッ! 性能が上でもやりようはある!!」

 

 相手の攻撃の思念は鋭すぎる。どうしたいのかがあからさまだ。そこから相手のファンネルの機動を先読みし、最短距離の移動、最小角度の方向転換で射撃ポジションを確保する。斉射。次の攻防はこちらが一方的に押し勝った。

 

 相手から動揺と悔しさの感情が伝わってくる。

 

 ――無様な。

 

 私は鼻を鳴らして嘲笑った。エルピー・プル、操縦技術とNT能力は確かだが、NT同士の真剣勝負には不慣れと見える。ヤヨイ・イカルガとの死闘をくぐり抜けた私とは違う。あまりに攻撃の意思が直線的過ぎて、NT相手にはかえって読まれてしまう。

 

 私相手に油断を晒す愚に気付いたらしい。ファンネルに先ほど以上の殺意が点る。いいでしょう。ここからはつぶし合いだ。

 

 二機の間で目まぐるしく駆け回るファンネル。次々と火の玉となって消えていく。結果、双方ファンネルを全て失うことになった。性能差と対NT戦闘の経験差で釣り合った形だ。もう、相手から追加のファンネルは出てこないようだ。こちらにも予備はないが。

 

 戦闘は小康状態へと落ち着いた。互いに手札を失い様子見だ。

 

 ――さて、ここからどうしたものか。

 

 この機に落ち着いて周囲を観察してみれば、眼下には見覚えのないコロニーがある。なぜか半壊しているが。逆にアクシズの姿はどこにもない。ますます訳が分からない。

 

 目の前に対峙するのはエルピー・プル。ということはグレミーが反乱を起こしたのだろうか。エルピー・プルの機体のさらに先にもう一機モビルスーツの反応がある。そちらを確認したいところだが、目の前の相手をどうにかしないとそれもできない。戦闘に介入してくる様子がないことから友軍ではなさそうだが。

 

 どうにか情報を得たいところなのだけど。エルピー・プルの機体を拿捕し引きずり出すしかないか。でも、それができるか? いっそ撃破して、もう一機のモビルスーツか眼下のコロニーにでも向かうか。コロニーの反対側でも戦闘が起きている気配がある。あちらになら友軍がいるかも知れない。

 

 そこまで考えたところで、目の前の機体がビームサーベルを抜き放って突進をかけてきた。相手は戦闘継続をお望みらしい。まだ思索がまとまっていなかったので、条件反射的に機体に後退をかけた。時間稼ぎだ。だが。

 

「なんて速さなのッ!?」

 

 こちらも全力で後退しているにも関わらず、距離がみるみる詰まっていく。これは振り切れない。仕方なくこちらもビームサーベルを抜き、後退を停止。前進に転じる。敵機の斬撃。これを受け止める。

 

 瞬間。ガツンとした衝撃が加わり、一瞬意識が飛びかける。機体は一方的に押し込まれていた。この機体の推力はさほど大きくない。それこそガザCにも劣るくらいだ。それにしたってこの差はなんだ。こちらの抵抗などあるが無きの如く一方的に押されている。

 

 そしてそれは残念ながら機体出力も同じらしい。アームの力で負け、押し込まれる。このままではビームサーベルの上から押し切られる。

 

「ならッ!」

 

 即座に全力で後進をかける。相手の勢いを受け流す形だ。これなら押し切られる心配は無い。殺気。考えるより先に右腕のビームサーベルを抜き放ち、掲げていた。上方からも加重がかかる。そちらに視線をやれば四枚羽根のうちの一枚からアームのようなものが突き出しビームサーベルを保持していた。

 

 ――これで両手がふさがった。なら次は。

 

「こんのぉぉォォォッ!!」

 

 脚部バーニアを下方向に全開。敵機の圧を受け止めるビームサーベルを支点に倒立前転するように姿勢を入れ替える。跳ね上げた下半身のすぐ下を三本目のビームサーベルが通り過ぎていった。

 

 機体の全身を捻りながら反転する。駆け抜けていった敵機の背をビームガンで追い打った。敵機はそのまま遠ざかりながらビームを回避していく。さすがにその場で急反転する愚は侵さなかったらしい。

 

 こちらのビームガンの有効射程外まで出たところでようやく敵機が反転。こちらの様子を窺っている。再度突撃をしてくるものかと思ったが、そのままスラスターを噴かすとこの宙域から離脱していった。

 

 このタイミングでの撤退は意外だった。パイロットとしての技能で劣るとは思わなかったが機体の性能差は明白だった。このまま戦闘を継続していればまずいことになったかもしれない。

 

 この機体は最新鋭の試作機だというのにどうなっているのか。グレミーがアクシズのどこかで秘密裏に建造させた機体なのだろうか。それにしてもあの性能は……まるで世代差があるのではないかと疑うほどのスペックだ。言ってみれば、この機体をザクⅠで相手しているような。

 

 などと相手モビルスーツの分析に没頭していたのがまずかったのだろう。それにしても全く攻撃の意思を感じることがなかったが。がなり立てる接近警報で初めて気付いた。そしてその時には既に遅かった。

 

 接近警報に従って背後に振り向く。

 

「そんなッ!? 速すぎる!?」

 

 離れたところで傍観していたはずのモビルスーツの反応。それが信じられない速さで突貫してきたのだ。ガザCのMA形態すら遠くおよばない速度。意識の外からの強襲だった。視界に捉えたときには既にビームサーベルを振りかぶっている。

 

 赤い燐光を振りまきながら、襲いかかるV字アンテナのモビルスーツ。

 

「ガンダムッ!?」

 

 驚愕を表現する間もなく、死に抗って行動した。咄嗟に踏み込みながら腕を伸ばし、ビームサーベルを握ったその腕を押さえにかかる。そして次の瞬間、ボディ同士が接触し―――

 

「ッあぐぅッ……!?」

 

 とんでもない衝撃に襲われた。そのガンダムはどれほどの速度で迫っていたのか。強烈なマイナスGがコックピットを襲い、私の視界は一瞬のうちに暗転したのだった。

 




次回までモビルスーツ名・パイロット名は伏せたままで。
※タグでガバガバという指摘は受け付けません


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それぞれの艦内にて

「なんだ……ありゃ……?」

 

 宇宙空間が歪むという不可思議な現象。その中から現われたモビルスーツを見てインダストリアル7から救出されて今は連邦軍の戦艦、ネェル・アーガマにいる少年、タクヤ・イレイは驚きの声を上げた。

 

「モビルスーツなのか? …………あの機体……もしかして? でも、まさか。しかも白……嘘だろ……? ガンダムに続いてなんだよそりゃ……」

 

 タクヤはアナハイム工専に通うモビルスーツマニアである。そのタクヤをしても、その不明機が何なのか即座には理解できなかった。マイナーな機体だったというわけではない。むしろかなり著名な機体の一つだろう。しかし、それは今や存在するはずのない機体だった。

 

 そのモビルスーツに衝撃を受けたのはタクヤだけではなかった。むしろ一番大きな衝撃を受けたのはその隣にいた少女。エメラルド色の瞳に落ち着きのある理性と高貴さを秘めた神秘的な美少女、オードリー・バーンに違いなかった。

 

「―――キュベレイ……」

 

 彼女の口からそのモビルスーツの名前が呟き漏れる。

 

 AMX-004、キュベレイ。サイコミュ兵器ファンネルを搭載し、グリプス戦役から第一次ネオ・ジオン抗争にかけて猛威を振るった高性能モビルスーツだ。しかもカラーリングが白となれば一層特別な意味を持つ。

 

「馬鹿な……彼女はとうに亡くなったはず…………それが、なぜこんなところに」

 

 オードリーの呟きの通り。純白のキュベレイ、その唯一のパイロットはハマーン・カーン。第一次ネオ・ジオン抗争を主導した彼女とともに、7年前に散ったはずの機体だった。

 

 どこかの酔狂者が、同型機をどこかから持ち出して、同じカラーリングを施したとでもいうのだろうか。その上で開けば連邦が滅びると言われる『ラプラスの箱』を巡って、ロンド・ベルとネオ・ジオンが争う鉄火場にわざわざ持ち込む?

 

 オードリーにはまったく理解できないことだった。けれどそんな彼女をよそに事態は勝手に進行する。四枚羽のモビルスーツがその不審機を撃墜すべくファンネルを放ったのだ。一切の反応を見せず、宙を漂う無人の残骸かと思われたそれは、突如起動すると間一髪、身を捩ってビームの雨を躱し、そのまま追撃をかける四枚羽と戦闘に入った。

 

 そして、端から見ても五分に戦い、四枚羽を追い返すことに成功したのだった。

 

 これは尋常なことではない。オードリーは四枚羽のモビルスーツをよく知っていた。そのパイロットもだ。彼女たちの組み合わせは現在のネオ・ジオンでもNo.2。それも以下を大きく引き離して、だ。

 

 実際、直前のガンダムとの戦闘では押されていたものの、その前のロンド・ベルとの戦闘では一方的に撃破を重ねていた。その彼女とファンネルまで駆使して渡り合える。この時点で相当強力なNTであることは間違いない。

 

「まさか……本当に、彼女なの…………?」

 

 ワインレッドの髪をボブヘアーにして風になびかせていた彼女。オードリーにとっても因縁深い相手だ。幼少期、彼女は自分と共にあった。自分に尽くしてくれてはいたけれど―――

 

 オードリーが回想に沈む内に、事態は次なる展開を迎えていた。四枚羽の戦闘宙域離脱と同時にガンダムが再び動き出したのだ。ビームサーベルを握りしめると突貫する。なんという性能か。かなりの距離があったはずが、あっという間に踏破してキュベレイへと斬りかかった。

 

 キュベレイの反応は完全に遅れていた。四枚羽に意識を集中していたのだろう。それでも然る者。咄嗟にガンダムに組み付いて振り下ろされるビームサーベルを押し留めようとする。次の瞬間両者が激しく激突した。文字通りの激突だ。

 

 ガンダムはほとんど勢いを殺すことなく、キュベレイを押し込んだ。猛スピードでの激突だ。キュベレイのコックピットがとんでもない勢いでシェイクされただろうことは想像に難くない。そして、やはり激突の衝撃でパイロットが意識を失ったのだろうか。キュベレイのツインアイが光を失い、機体から力が抜けた。このままでは次の瞬間にもガンダムに叩き切られるだろう。けれど。

 

 ――待ってッ。彼女を殺さないでッ。

 

 そんなオードリーの祈りが通じた訳ではないだろうが、なぜか次の瞬間、ガンダムもメインカメラから光が失せ、展開していた装甲やアンテナを順次収納。もとの一本角のモビルスーツへと姿を戻した。まるでガンダムのパイロットも意識を失ったかのように、ただキュベレイと組み合った姿のまま宇宙空間を漂う。

 

 一切の挙動を見せず沈黙した二機にロンド・ベル所属の可変モビルスーツ、リゼルが慎重に接近していく。共に袖付き(ネオ・ジオン)の四枚羽と争っていたことから明確な敵ではないとは思うが、不審な機体には違いない。最後に両者で争ったのも謎であるし。

 

 搭乗者の名前と所属、戦闘目的を明らかにするよう呼びかけるが一切反応がない。仕方なくネェル・アーガマブリッジの許可を受けた上で、鹵獲作業に移った。結局ネェル・アーガマに収容されるに至っても、何のリアクションもないのだった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「失態だな。スベロア・ジンネマン。ラプラスの箱を手に入れられず、姫様の身もお助けできなかったとは」

 

 ネオ・ジオンの偽装貨物船、ガランシェールの中では通信が開かれていた。詰問するのはアンジェロ・ザウバー大尉。詰問を受けるのはガランシェールの艦長、ジンネマン大尉だ。ジンネマンの背後では、戦場からともに離脱してきたマリーダも待機している。

 

 不測の事態発生を告げ、静観することを進言するジンネマンに苛立ちを隠さないアンジェロ。その彼と入れ替わる様に、バイザー型の仮面を着けた豪奢な金髪の男が現われた。現ネオ・ジオンの首魁フル・フロンタル大佐である。

 

「マリーダを退けたという敵、ガンダムともう一機だと聞いたが?」

「正確にはもう一機の方、単独で、です。もう一機が出現して以降はガンダムは静観していました」

「ほう。興味深いな」

「クシャトリヤの戦闘データから、そちらについては機体が判明しています」

「ふむ。勿体ぶらず教えてくれ。ジンネマン艦長」

「AMX-004。キュベレイです。それも白の」

 

 予想外のモビルスーツの名に沈黙が流れる。次に口を開いたのはアンジェロだった。

 

「ふざけるなッ! ジンネマン!! 貴様、亡霊が出たとでも言うつもりかッ!!」

「落ち着け、アンジェロ。……ジンネマン艦長、それは確かかね?」

 

 激高するアンジェロを窘めながら、ジンネマンに再度確認するフル・フロンタル。少なくとも表面上その様子は平静に見えた。

 

「間違いありません。接触次第、戦闘データをお引き渡ししますので、そちらでも確認いただけるかと…………ちなみに、現在我々の保有戦力にAMX-004は?」

「無いな。もちろん連邦が持っていたとも考えにくい。そもそもAMX-004の生産数は記録を見る限り3機だけ。その全ての喪失が確認されているし、出てきたのは量産型では無かったのだろう?」

「はい。…………しかし戦闘データを確認した限りでは、グリプス戦役当時のスペックと変わらないように見えます。当時の機体がアップチューンするでもなく新造された、というのは少々……」

「不可解か。確かにな」

 

 ジンネマンの話は段々と核心へと移った。

 

「何より、そのキュベレイは当時のままと思われるスペックで、マリーダの操るクシャトリヤと渡り合っています。ファンネルも不足無く操った上で、です。少なくともパイロットが強力なNTないしはそれに準ずる強化人間であることは間違いありません」

「白のキュベレイに強力なNTか……」

 

 もたらされた情報に考え込むフル・フロンタル。次に顔を上げた彼はマリーダへと問いかけた。

 

「マリーダ。直接対峙した君に聞きたい。どうだったかね? そのキュベレイのパイロットの印象は?」

「ハマーン・カーン。……あのキュベレイから感じたプレッシャーは、あの時の戦場を覆っていた思念と非常に近いものと感じました」

 

 率直に答えたマリーダ。誰もが予感し、けれど考えたくなかった答えに沈黙が降りる。その沈黙を破ったのはまたもアンジェロ。あまりにも不合理なその回答に、叱責を浴びせようとして。

 

 

「ははは」

 

 

 直後、首魁が上げた笑い声に、力を失い消えた。なおも笑いながら仮面の男は言い放つ。

 

「赤い彗星の再来に、新たなガンダム。そして再び現われたハマーンか。実に面白いじゃないか。ははは」

 

 沈黙の場は打って変わってその男の笑い声に満たされた。そして笑いを収めた男が続けて口を開く。

 

「それでマリーダ。君が離脱した後、キュベレイとガンダムはどうなった?」

「ガンダムがキュベレイに襲いかかったように見えました。そこでセンサーの有効範囲から出てしまいましたので、その後どうなったかは分かりかねますが」

「ほう? その二機は味方というわけではないのか。ますます興味深いな。 ……ジンネマン艦長、その後どうなったと思うかね? 現場の意見を聞かせてくれ」

「ガランシェールのセンサーではその後、戦闘の継続は観測されていません。ガンダムが即座にキュベレイを破壊して、その後連邦の戦艦に収容されたか。あるいは直後に停戦、二機とも収容されたか。ですな」

「ふむ。ガンダムが返り討ちに遭った可能性はないのかね? 相手はハマーンの再来だぞ?」

「キュベレイはマリーダと渡り合いましたが、ガンダムはマリーダを圧倒しました」

「なるほどな。キャプテンの考えは分かった」

 

 そこでフル・フロンタルは再び思考に時間を割き、そして結論を出した。

 

「私が出るしかないかもしれん。ガランシェールは連邦の戦艦の動向を探れ」

「はッ。この失態、一命に懸けて償う所存であります」

 

 硬いジンネマンの態度を解すようにフル・フロンタルは最後に言った。

 

「過ちを気に病むことはない。ただ認めて次の糧にすればいい。それが大人の特権だ」

 




ということで、未確認モビルスーツとそのパイロット、”初”公開です(棒)

なぜ彼女がこの場に現れたのかについては、書きかけで放置している下記作品の一話を参照いただければと思います。
https://syosetu.org/novel/147597/

行き先が変わったということで一つ。


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コックピットから現れたもの

 ネェル・アーガマ艦内。工業コロニー『インダストリアル7』から救出された僅かな民間人はこの艦内の一室で保護されていた。

 

「ここで待っていて」

「ガンダムに誰が乗っていたのか、まだ分からないのですか?」

 

 その救出された民間人の一人、オードリーは部屋まで案内してくれた女性軍人、オペレーターのミヒロ・オイワッケン少尉に思い切って聞いてみることにした。命の恩人のことを知りたがっている、くらいに捉えたのか、ミヒロは特に機密等を考えること無く答えた。

 

「ええ。コックピットハッチが開かないらしいの」

「そうですか……もう一機のモビルスーツのほうは?」

「そちらもまだよ。ガンダムの方が優先らしくてね。ガンダムの目処が立ってから取りかかるらしいわ」

 

 そこまで話したところで、オードリー達を実際に救出した連邦軍のパイロット、リディ・マーセナス少尉がやってきた。軟派な雰囲気でオードリーに話しかける。

 

「キミ。ケガは無かった?」

 

 その態度にオードリーは少し警戒したような態度を見せる。そこで、レディに対して名乗らずに話しかける無礼に気付いたのか。

 

「おっと、君たちを運んだパイロット、リディ・マーセナスって言う」

 

 胸に手を当て、自らを指し示しながら名乗る。そこでオードリーも名乗り返した。

 

「オードリー・バーンと言います」

 

 互いに自己紹介が済んだところで、改めてリディが提案した。カワイイ女の子とお近づきになりたいくらいの魂胆であろうことが透けて見えていたが。

 

「見に行ってみる?」

「え?」

「あのガンダム、気になるんだろ?」

 

 明らかに軍人として好ましからざる行為にミヒロが咎めるように声を上げるが。

 

「大丈夫だよ。こっそりのぞける場所知ってんだ」

 

 と取り合わない。さらに怒るミヒロ。悩むオードリー。意外なことに一同の行動を決定づけたのはタクヤだった。

 

「行く行く! このネェル・アーガマって第一次ネオ・ジオン戦争でガンダム部隊の母艦になってた艦ですよねぇ。因縁だなぁ。新しいガンダムを乗せるなんてぇ。しかもあの機体まで!」

「……あぁ」

 

 勢いに押され、思わず頷くリディ。タクヤは同じく救出された民間人で学友のミコット・バーチも誘う。学友を多数失い沈むミコットに気分転換をさせたかったのだろう。

 

「私も行くわ。あのガンダムともう一機がいなかったら私たちは全滅させられていたかもしれない。私も誰が乗っていたのか知りたい」

 

 と言ってミヒロもついてくることになり、結局全員で行くことになった。オードリーのナンパ目的だったリディとしては当てが外れたというところか。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一同はモビルスーツデッキが見渡せる一室へとやってきた。その部屋の窓の正面のハンガーには一本角のモビルスーツともう一機が固定されている。コックピット前では技術者がロックを解除するべく作業に勤しんでいる。

 

「あれが、ガンダム……?」

 

 一本角の方を見ながらミコットが呟いた。

 

「そうらしいけど……形が全然違うよなぁ」

 

 けれどタクヤの相槌通り、今はガンダムとは全く異なる姿だった。そのモビルスーツは確かに先ほどの戦闘でガンダムへと変身していたのだが。

 

「もう一機の方はなんか綺麗ね……花みたいというか……女性的というか」

 

 ミコットの興味はとなりのもう一機へと移った。柔らかな曲線が優美な、白を基調とした機体。

 

「ああ。キュベレイのデザインは独特だけど秀逸だよなぁ。まさか現物を見られる日が来るとはね。しかも白」

 

 モビルスーツマニアのタクヤも追従する。それにミコットが不思議そうに問い返す。

 

「有名な機体なの?」

「ああ。AMX-004キュベレイ。ネオ・ジオンのフラッグ・シップ的なモビルスーツで白・紺・赤のカラー、それぞれ一機ずつだけ造られたって話さ」

 

 タクヤが己の知識を自慢するように解説するが、ミコットは今ひとつ理解がおよばないらしい。薄い反応で問い返した。

 

「それで? 紺でも赤でもなく、白だと何か意味があるの?」

「あるさ! 大ありだよ!」

 

 その質問を待っていたとばかりに盛り上がるタクヤ。続けて彼が言ったのは。

 

「白はある大物の専用機だったんだ。一大勢力を率いた指導者にして、最前線に立ったエースパイロット!」

 

 勿体ぶるタクヤに、物好きだなぁとは思うが大した感心は引かれないミコット。なおも薄い反応を返す。

 

「ふーん……じゃあ、あのコックピットが開いたら、その大物? が出てくるかも知れないんだ」

「そんなことあるわけないわ! 亡霊だとでも言うの……ッ!」

 

 ミコットの質問に鋭く返したのは、なぜかミヒロだった。その表情は強ばっている。そこでミコットも異常を察した。恐る恐る確認する。

 

「…………ねぇ、タクヤ。その大物って誰だったの?」

「……ハマーン・カーンさ」

「ハマーン…………それってクレイジーウォーのッ!?」

 

 その名前にミコットは驚きを隠せない。それはミコットが10歳になるかならないか位に起きた戦争の主導者の名前だった。ミコットに一つ頷いてから、口を開くタクヤ。

 

「そう。第一次ネオ・ジオン抗争の主犯。21歳の若さで連邦を手玉にとり、一度は世界を手にした女さ」

「でも、確か7年前に死んでるのよね……あ、だから亡霊か……」

「そう。だからあのモビルスーツがここに存在してるのはとんでもないミステリなんだ。今となってはもっと高性能なモビルスーツがあるから、わざわざキュベレイを新造する意味もないし。しかもそれがなぜか袖付きのモビルスーツと戦闘したんだぜ」

 

 お手上げだとでも言うように両手を挙げて見せるタクヤ。不可思議なポイントを共有したからか部屋には重たい沈黙が流れた。

 

 それを破ったのはリディだ。オードリーに対して「キミはどこかで見た気がするなぁ」などとナンパの常套句を言い始めた。正体がばれたかと勘違いから体を硬くするオードリーに、ある女優と似ていると告げた。オードリーは芸能人には詳しくないからとすげなく躱し、部屋には一転して白けた空気が流れる。特に女性陣の目は呆れていた。

 

「あ! 少尉さん!」

 

 タクヤが気づきリディに声をかける。部屋にいた全員が窓の外へと視線を戻す。すると。一本角のモビルスーツのコックピットハッチが開いた。その中から現われたのは。

 

「バナージ!? なんで!?」

「パイロットじゃないのか……?」

 

 ミコットが口を覆い、タクヤが驚きの声を上げ、リディも戸惑いから呟く。パイロットシートに気絶したまま座っているのはバナージ・リンクス。ノーマルスーツすら着ていない私服姿の少年。タクヤやミコットの学友だった。予想外の事態に皆が戸惑う中、オードリーだけがこれからの未来を見通すように、厳しい表情でバナージを直視していた。

 

「お。キュベレイの方も開くぞ!」

 

 次の事態に最初に気付いたのもタクヤだった。ガンダムのロックを解除した技術者が次に取りかかったキュベレイ。そちらは旧式機だからか、特に苦労すること無く開けることができたようだ。ハッチが開放されていく。

 

 リニアシートにバナージと同じように項垂れているこちらも私服姿のパイロット。気を失っているようだ。兵士が慎重に運び出し、デッキへと横たえる。華奢な体躯から女性であることが読み取れる。

 

 兵士がどいたことでその顔が見えた。ワインレッドの柔らかな髪が流れる。皆が息を飲んだ。女性パイロットであの髪色。まさか。

 

「嘘だろ……ってあれ?」

 

 真っ先に戸惑いの声を上げたのはこれもタクヤだった。続いたのはミコット。

 

「似てるかと思ったけどなんか…………若くない?」

 

 ヘルメットの下から現われたのは、ワインレッドのボブヘアーをした美少女だった。そう。美女ではない。美()()だ。

 

「ハマーン・カーンって何歳だっけ。あの子、私たちと同年代に見えるけど」

「亡くなったときで22歳。今も生きているとしたら29歳だけど……見えねぇな」

 

 その少女はどう見ても20歳を過ぎているようには見えない。ミコットの言うように精々は彼女たちと同年代の16~17程度だろう。

 

「ハマーン・カーンに妹とかっていたの?」

「ちょい待ち。端末で調べてみる。えーっと……妹はいるみたいだけど、そっちも20歳は超えてるな」

「じゃあハマーン・カーンの隠し子とか?」

「何歳の時の子だよ。ありえねぇよ…………ねえよな?」

 

 ない。

 

 タクヤとミコットがやくたいもないことをああだこうだと話している横で、バナージの時とは異なり、オードリーは大きく動揺していた。

 

 ――間違いない。彼女だ。

 

 オードリーはハマーンのことをよく知っていた。どういうことか、何が起きているのかは全く分からないが、あれはハマーンで間違いない。当時自分は6歳か7歳くらいのころ。摂政の座についたばかりのハマーンに瓜二つだ。

 

 なぜ死んだはずの彼女が今、現われたのか。しかもその最後よりも若い姿で。このラプラスの箱を巡って争うど真ん中に忽然と。何かとてつもないことが起きようとしている。嵐の予感のようなものをオードリーは感じずにはいられなかった。

 



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彼女の罪

 ネェル・アーガマ医務室。ここに、正体不明モビルスーツのコックピットから運び出された少年・少女が寝かされていた。彼らが未成年だからか、はたまた危険性は少ないと判断されたのか特に拘束もされていない。

 

 診断結果は高G負荷によるブラックアウト。命に別状はなく、時間がたてば目覚めるだろうとして、呼吸器と血圧計をつけられた以外の処置は特に受けていない。ただただ眠り続ける彼らを見守るのは医師の他に、ミヒロとミコット、それにタクヤとオードリーだ。リディは任務があるとして呼び出されていた。

 

 やがて、まず少年が目を覚ました。ミコットたちと同じくアナハイム工専に通う民間人。バナージ・リンクス。なぜか一本角のモビルスーツから現れた彼だった。

 

 薄っすらと目を開くバナージ。それを見て「バナージ・バナージ」と呼びかけるペットロボット『ハロ』。医師を呼ぶタクヤ。久方ぶりの笑顔を浮かべるミコット。沈黙に血圧計の音だけが響いていた室内に和やかな雰囲気が流れた。

 

 けれど目を開いた彼が最初に認識したのは、タクヤでもミコットでもなく。そのさらに奥にいた金髪の美少女。彼が意識を失うその直前まで守ろうとしていたオードリーだった。

 

「……オードリー」

 

 その呟きにミコットは息をのみ、表情を曇らせる。それに気付くことなく、医師はバナージに呼びかけ、診察を始める。ミヒロはバナージが目覚めた旨、ブリッジに連絡を入れる。そして部屋のすぐ外で様子を窺っていたのか、二人の軍人が入ってきた。

 

 体格のいい二人の男。前に出て声をかけてきたモヒカンの男がダグザ・マックール中佐。もう一人はその部下、コンロイ・ハーゲンセン少佐である。連邦の特殊部隊エコーズ所属の軍人だ。バナージから聴取するために来たらしい。他の人間には外すよう要請する。

 

 タクヤ達学友や、ミヒロに医師も抗議するがダグザが受け入れることはなかった。事の重大さを示し、やや強引にも皆を医務室から追い出すのだった。医務室にはバナージと今もベッドで眠り続ける少女だけが残されるのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「にわかには信じられん話だ。カーディアス・ビストが君のような少年にあれを託したとは」

 

 ガンダム――正確にはRX-0ユニコーンを入手した経緯を聞かれ、特に隠すこともないバナージはすべてを喋った。それに対してダグザが返したのが今の言葉だった。ダグザはいったん話を変えることにした。隣のベッドを指差し。

 

「彼女について何か知ってることは?」

 

 そこで眠る少女について質問を投げた。少女は自らの柔らかなワインレッドの髪に埋もれるようにして今も眠り続けている。顔立ちの非常に整った美しい少女だ。おそらくバナージと同じくらいの年頃。呼吸器が邪魔しているが、そのような少女がしとげなく寝姿を晒していることが、バナージには妙に艶めかしく見えた。とはいえ、バナージは彼女に見覚えはなかった。

 

「いえ。初めて見る女の子です。彼女は?」

「あの場にもう一機。君と四枚羽の間に割って入るように現われたモビルスーツのパイロットだ。出現以降は彼女が実質的に一人で四枚羽と対峙し、追い払った」

「こんな女の子が?」

 

 素直にバナージは驚いた。こんな華奢な少女がモビルスーツのパイロット。しかもあの恐ろしい四枚羽を単独で追い払ったというのだから。けれどその態度はダグザにとって意外なものだった。

 

「覚えてないのか? 四枚羽のモビルスーツが撤退した後、君は彼女に襲いかかったのだぞ?」

「僕がッ!?」

 

 自分がこんなか弱そうな少女の命を奪おうとしたのだと言われてバナージは酷く動揺する。その姿を見てダグザは納得した。

 

「どうやら本当に覚えていないようだな…………彼女は乗っていた機体、操縦技術、そしてその容姿からハマーン・カーンの縁者ではないかと疑われている」

「ハマーン……カーン……?」

 

 少なくともこの少女の素性についてはバナージから引き出せるものはない。それからバナージは現代史の成績は悪そうだと。目覚めたばかりで頭が回っていないだけだと思いたいが。

 

「乗っていたモビルスーツについて他に何か言い残したことは?」

「ですから全部話した通りです。あのモビルスーツを使ってみんなを助けろって。それだけです」

 

 この言葉でダグザは一旦聴取を切り上げることに決めた。踵を返し、医務室の出口に向かう。コンロイも後に続いた。その背中へ向けてバナージはむなしさを込めて呟いた。自分でもまだ消化できていないことを。

 

「父親だと言ったら納得するんですか」

 

 その一言にダグザは振り返り、聞き返そうとする。その時。

 

 

 衝撃がネェル・アーガマを揺さぶるのだった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 赤い彗星シャア・アズナブルの再来と言われる男、フル・フロンタルの襲撃に揺れるネェル・アーガマブリッジ。たった一機のモビルスーツに直援のモビルスーツ部隊は次々と削られていき、合間の駄賃とばかりに艦の対空砲も何門も潰された。このままではネェル・アーガマが沈むのも時間の問題。そこでダグザが起死回生の手として使ったのが人質作戦だ。

 

 避難民オードリー・バーン。正体を看破されたザビ家の遺児ミネバ・ラオ・ザビを人質にフル・フロンタルへ撤退を迫ったのだ。フル・フロンタルとの交渉は一筋縄ではいかず、三分間の休戦となった。

 

 ネェル・アーガマ艦内では、ダグザとミネバの命を掛け金にした駆け引きが続く。ダグザは銃口をミネバの額に強く押しつけ、一触即発の空気の中。バナージがブリッジへと飛び込んだ。

 

 子供の理屈で。けれど真っ正面から訴えかけるバナージをミネバもダグザも退ける。なおも訴えるバナージの真っ直ぐさに、ブリッジの大人達は目を逸らし。そして約束の三分が経過した。

 

 フル・フロンタルが通信で休戦の終わりを告げる。受け入れられず、ブリッジを飛び出していくバナージ。赤いモビルスーツをやっつけて全てを解決すると言って。そんな少年の純粋な思いを邪な思いから後押しする大人がいた。

 

 アナハイム・エレクトロニクス重役、アルベルト・ビスト。彼は自分たちが逃げるための時間稼ぎとして。そして最後まで戦って、ラプラスの箱の鍵と共に破壊されることを願って、バナージを送り出した。君ならできると焚き付けて。

 

 ――バナージ……止めて!

 

 彼の身を案じる素直な思いを口に出せないミネバ。彼女の思いも虚しく、バナージが乗ったユニコーンはネェル・アーガマを飛び立った。その背中を見詰めるミネバは一つの決意をした。ブリッジから飛び出す。それに気付いたコンロイがそっと後を追った。

 

 ブリッジを出たミネバは一心不乱に目指す。0G時の艦内移動用バーの速度ももどかしく思いながら。そして彼女が行き着いたのは医務室。扉を開けてそっと入る。ここなら他に出口はない。ミネバが何をするつもりなのか知らないがコンロイは部屋の外で待機することにした。

 

 ミネバは今も患者が残される唯一のベッドに歩み寄った。ワインレッドの髪の少女。その柔らかな頬に手を当て、彼女の存在を確かなものとして認識する。そして。

 

「起きなさい。ハマーン。あなたに頼みたいことがあります。あなたにしか頼めないことが」

 

 これは一種の賭けだった。はたして彼女は自分を正しく認識できるのか。けれど彼女なら。彼女の優れたNTとしての直感力なら理屈を超えて自分を認識できると賭けた。声と共に意思をぶつけるつもりで呼びかける。

 

 そして。眠り続けていた彼女が目を覚ました。ゆるゆると開かれる目蓋の下から紫水晶(アメジスト)のような瞳が現われる。その瞳が自分を認識し。そして、目を見開くと飛び起きた。

 

「誰ッ!?」

 

 厳しい表情で誰何してくる。全身で警戒を示していた。予想通り。全てはここからだ。

 

「私が分かりませんか。ハマーン。ミネバです」

「巫山戯たことを! ミネバ様はまだ幼い。貴様のような女じゃないッ!」

 

 紫水晶の瞳に敵意が灯る。ハマーンのその言葉に、ミネバは心の中で嘆息していた。

 

 ――ああ。やはりそうか。彼女はそうなのだ。

 

 そのことを知って、けれどミネバは止まらない。彼女は既に覚悟を決めているのだから。

 

 ミネバはハマーンの生涯を知っている。その早すぎる、そして寂しい最期を。今の彼女がどうしてこの場にこうしているのかは分からない。理解しようもないことだ。けれど、今彼女をどこかの安全なサイド、あるいは地球の街にでも下ろせば、彼女ほどの女性だ。最初は驚き、嘆くだろうが、いずれ自分の力だけで、幸せな人生を勝ち取れることだろう。彼女を縛るアクシズはもはや存在しないのだから。

 

 けれど、だ。ミネバはハマーンを戦火にくべることを決意した。自らの行いで戦場に招いてしまったバナージの命を繋ぐため、自分の意思で唯一切れるカードを、この時の迷い子を贄として差し出すのだ。

 

 一度差し出したが最後、この稀代の少女を、戦場という時代の渦が二度と逃がさないだろう事を理解した上で。それでも。

 

 ――私ももはや真っ直ぐな子供のままではいられないということだ。分かっていたことだけど。

 

「ハマーン。本当に分からないのですか? 目では無く、あなたのNTとしての感応で識るのです。私のことを」

 

 自分が間違いなくミネバなのだと、その意思を再びハマーンにぶつける。ハマーンは不審なもののようにミネバを見ているが、次の瞬間ミネバの思念と絡み合ったことを確かに感じた。

 

 ハマーンが目を見開く。

 

「まさか、本当にミネバ様……? 確かに面影が……でもそんなわけが……」

 

 ハマーンには伝わった。自分がミネバであることが。当然の帰結としてハマーンは大混乱に陥った。無理も無い。幼女だったはずのミネバが突如として自分と同年代の少女へと成長しているのだから。そしてこの混乱をこそミネバは待っていた。

 

「私がミネバだとわかりましたね。ハマーン。早速ですがあなたに頼みたいことがあります。あなたにしか頼めないことです。今、私は訳あってこの艦、連邦の戦艦に身を寄せています。ですが、現在この艦はジオンの残党……テロリストに攻撃を受けています」

「な、何を仰っているのです、ミネバ様……?」

 

 混乱状態のところに一気に情報を叩き込んで、冷静にさせない。ハマーンはもはや自分がミネバであることに異論はないようだった。

 

「いいから聞きなさい。ガンダムが迎撃に出ましたが、敵戦力が大きくこのままで心許ない。だからあなたにも迎撃の手伝いをお願いしたいのです。幸いこの艦にはあなたの機体も搭載してあります。それを使いなさい。ガンダムと協力するのです」

「ガンダム……? 協力……? 何がなんだか……?」

「私の命令が聞けませんか? あるいは私の命が危険に晒されても構わないとでも」

「いえッ。決してそんなことはッ!」

「結構。では私の指示に従ってもらえますね?」

「は、はい……」

 

 断続的な揺れがミネバの話に信憑性を上乗せした。混乱に乗じて、一方的に命令を受諾させる。まるで洗脳のようだった。ミネバは内心自嘲してしまう。表には出さないが。

 

「よろしい。では簡単に状況を説明します。敵は先ほど言ったとおり、ジオン残党のテロリスト組織。彼らは私の存在を認識していますが、あくまでこの艦の撃沈を優先しており、このままでは危険です。彼らの撃退をお願いします。敵は赤い彗星の再来を名乗るエースパイロット級が一機とザクの強化改修型が複数機」

「赤い彗星? た、大佐ですかッ!?」

 

 思い人の異名にハマーンが食いつく。けれどミネバはすげなくあしらった。

 

「違います。あくまでシャア大佐の名を騙るニセモノです」

「そ、そうなんですか……」

「それから強化人間が操るサイコミュ搭載モビルスーツが一機潜んでいる可能性があります。あなたも先ほど戦闘したでしょう。あれです」

「四枚羽のあれですか。エルピー・プルが操っていた……」

 

 ことの深刻さにハマーンの思考が戦闘へ傾く。ミネバも眉根を寄せたが、マリーダ(プル・トゥエルブ)エルピー・プル(オリジナル)を取り違えているのだとすぐに理解した。都合がいいので特に否定することはしない。

 

「友軍はガンダムが一機に、連邦の量産機、量産型可変機が複数機。ですが、相手の攻勢が強く正直何機残存しているか分かりません」

「そこまで危険な状態……」

「そうです。一刻を争います。お願いできますか?」

「承知しました。ミネバ様のお望みとあれば。このハマーン、身命を賭して」

「お願いします。けれど必ず戻りなさい。勝手な戦死は許しません」

 

 言って、ハマーンを伴って医務室を出た。待ち構えていたコンロイ。ハマーンが警戒するのをミネバが手で抑える。

 

「ミネバ・ザビ。そちらの少女は……?」

「私の護衛です。彼女も戦列に加えます。少しでも戦力は必要でしょう? ハマーン、モビルスーツデッキはあちらです。いきなさい」

 

 コンロイの返事を待たず、ミネバはハマーンへ指示を出す。迷いながらもハマーンは指示に従い駆けていった。後にはミネバとコンロイが残される。戸惑いながらもコンロイは問いかけた。

 

「大丈夫なんですか?」

「ええ。彼女は私専属の護衛です。相手が連邦だろうが、ネオ・ジオンだろうが、私を守るため、私の指示であれば構わず戦います。先だって四枚羽と戦ったように。何も問題ありません」

「……ハマーンというのは?」

「彼女はハマーン・カーンのクローンとして造られた強化人間です。ですからハマーンと」

「あなた達は……何というものを造るんですか……」

 

 戦慄した表情でミネバを見るコンロイ。ミネバを守るために造られたハマーンのクローン。それがミネバが用意したカバーストーリーだった。実際にNTのクローンから造られたNT部隊があったのだ。信じられない話ではないだろう。タイムスリップしてきたなどというよりよほど理解しやすいはずだ。恐怖しているコンロイを無視して告げる。

 

「キュベレイの出撃の連絡とIFF(敵味方識別装置)の書き換えの依頼をお願いします。私はブリッジに戻ります」

 

 言って歩き出した。酷い罪悪感に苛まれながらも表に出さないようにして。

 




とりあえず今回はここまでかな


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赤い彗星の再来

「キュベレイ、出ますッ!」

 

 ――ファンネルは前の戦闘で使い切っているけれど……なんとかするッ。

 

 半壊したカタパルトから手動で発進する。連邦戦艦からのデータリンクを受け取って敵機の居場所を確認。そちらへとスラスターを全開にする。見下ろせば眼下には、木馬のような形状の艦が。この艦を守るのだと思うとハマーンは少々苛ついた。

 

 更新されたIFFが敵味方の識別情報を伝えてくる。ガンダム、ユニコーンが味方として、ザクのような機体、ギラ・ズールが敵として表示されているのはなにかの冗談だと思いたいくらいだった。

 

 ――ミネバ様の命令でなければこんなことッ!

 

 赤い彗星を僭称するニセモノの機体はシナンジュと表示されている。ニセモノではあるが、遠目に見る限りでも、その機体性能と操縦技術は目を見張るものがある。だが、ユニコーンは何とか渡り合えている。遊ばれているようにも見えるけれど。いずれにしても今すぐどうこうということはなさそうだ。

 

 ――ならッ。

 

『まずは、二機のギラ・ズールを抑えに向かいます』

 

 最低限の報告だけ通信で飛ばし、キックペダルを踏み込む。加速をかける。目標は先ほどアウトレンジからガンダムを狙撃した紫のギラ・ズールとその随伴機の緑のギラ・ズール。加速によるGによりリニアシートに体が押しつけられる。ギシギシと身が軋むようなこの感じがハマーンは嫌いでは無かった。それだけを高揚感に突撃する。

 

 こちらの接近に気付いた紫のギラ・ズールがその大型砲を向けてくる。ハマーンは敵パイロットの殺気を読む。両肩スラスターの出力比を変更。ロールを打つことで火線を回避した。その見た目通り大した火力だ。当たるわけにはいかない。一回転、二回転。ロールを繰り返し、続く火線を躱しながら接近。ビームガンの射程に捕らえた。

 

「悪いけど……ミネバ様の命令だからッ!」

 

 腕部ビームガンのトリガーを引く。紫のギラ・ズールは回避を選択。余裕を持って躱して見せた。けれどそちらは牽制。問題は無い。本命は緑。応射してくるマシンガン状のビームを躱して二連射。直撃。二発はシールドに。もう二発は胸部装甲へ命中したが、いずれも大きな被害はないように見える。

 

「ビームガンじゃ火力が足りない!? ――ならッ!!」

 

 スラスターに加え、12のバーニアを一斉に噴かす。爆発的な加速。緑のギラ・ズールがマシンガンを向け直す前にクロスレンジへと捉えた。キュベレイの手にはビームサーベル。

 

「落ちろぉぉぉォォォ!」

 

 次の瞬間、緑のギラ・ズールの胸部に刀身が突き立っていた。それに構うこと無く、バーニアのベクトルを変える。キュベレイが宙を跳ねる様に舞い、直前までいた空間を強力なビームが灼く。紫からの射撃だ。突き刺すようなパイロットの怒りを感じる。

 

「味方が死ぬのがそんなに嫌なら、戦場から出てこなければいいのにッ!」

 

 右へ左へ機体を振りながら、ハマーンはビームガンを連射する。が、紫のギラ・ズールは被弾を意に介さず、その長物の照準を合わせようとしてくる。キュベレイのビームガンは先ほどの緑のギラ・ズールの時同様、その装甲の表面を焼くことしかできていなかった。

 

 ビームガンでの敵機破壊を諦めたハマーンは片手にビームサーベルをマウント。接近戦を仕掛けるように見せかけて、ギラ・ズールの隙を誘う。次の瞬間、ビームガンでギラ・ズールの得物、ランゲ・ブルーノ砲改を破壊することに成功した。

 

「これで条件は互角。格闘戦でけりを着ける!」

 

 遠距離攻撃手段を失った相手に対し、ハマーンは効果の薄いビームガンでちまちま削るのでは無く、ビームサーベルで一気に勝負を決めることを選択した。キュベレイのもう片手にもビームサーベルを握らせる。二刀流だ。紫のギラ・ズールもビームホークを展開し受けて立つ構え。

 

 ギラ・ズールが踏み込んでくる。手斧を振りかぶりキュベレイに叩きつける。これをハマーンは左のビームサーベルで受け止め、右のビームサーベルで仕留めようとして。

 

「……ッ!?」

 

 止めきれず押し込まれる。ギラ・ズールの出力がキュベレイを大きく上回っているのだ。そこからくる機体の腕力差による結果だった。

 

『舐めるなよッ! 亡霊ィ!!』

 

 交錯により接触回線が開かれ、敵パイロットの声が飛び込んでくる。その言葉の意味を解する間もなく対応に追われる。押し込まれたビームサーベルを引き、斬撃を受け流すハマーン。流れのまま斬撃を返す。これを機敏に反応した敵機は躱して見せた。

 

 ――さっきから、妙に相手の動きがいい。パイロットの腕と言うよりは、機体性能だ。機体の運動性。パワー。それに装甲の強度も。テロリストが持つには性能が良すぎる。とてもザクの強化改修型なんてレベルじゃない。それこそ、もしかしたらこのキュベレイよりも……

 

「そんなこと……あるわけないッ」

 

 言葉にして否定する。

 

 性能の良すぎる量産機。キュベレイ以上のファンネル搭載モビルスーツ。敵対するエルピー・プル。成長したミネバ。それらの存在理由を一言で説明する方法があることに聡明なハマーンは当然行き着いている。けれど無意識のうちにその可能性に蓋をしていた。自分の心を守るために。

 

 突き、払い、格闘戦を繰り返す。AMBAC機動を織り交ぜながら。パワーに勝る相手を手数と技量で押し返す。そして。ギラ・ズールのビームホークを持つ腕を切断することに成功した。続くトドメの斬撃を躱し、ギラ・ズールは後退していく。

 

 それを追いかけようとしてハマーンは思いとどまった。ミネバの命は敵の撃退。殲滅では無い。後退する敵を追い打つよりも強敵を相手にしているユニコーンの救援が優先される。スラスターに火を入れ戦場を移動する。

 

 メインカメラを向ければ、ユニコーンとシナンジュの戦闘は新たな展開を迎えていた。ガンダムらしく姿を変えたユニコーンがとてつもない性能を発揮し、シナンジュを追い回している。

 

「なに……なんなの……あのスピードは…………?」

 

 ハマーンはユニコーンのその性能に驚愕していた。今や狩られる立場にあるシナンジュでさえ、ハマーンが見たことも無いほどの性能をしていたのだ。ガンダムの姿になったユニコーンはただ速いだけではない。そのスピードのまま急旋回を繰り返し、猟犬のように駆け回っている。もはやとても中の人間が耐えられるとは思えないレベルだ。

 

 そこにもう一機。リゼルと識別された連邦の可変機が援護に入った。

 

『挟み込むッ。上昇しろぉ!』

 

 男性の声で通信が入る。リゼルのパイロット、リディだ。リゼルのビームライフルとユニコーンのバルカンの十字砲撃に追い込まれていくシナンジュ。動きが止まったところを狙い澄ましてユニコーンが放ったビームマグナム。神業的なシナンジュの回避運動もあと一歩間に合わず、その右脚部装甲の一部を灼いた。

 

 それがシナンジュがこの戦闘で負った最初の損害だった。後退の体勢に入るシナンジュ。迷わずユニコーンが後を追う。この瞬間ハマーンは違和感を感じた。シナンジュのダメージは戦闘に影響を及ぼすレベルではない。だというのに背を向け逃げる?

 

『ダメッ! 誘いよ!!』

『よせッ! 踏み込みすぎるな!!』

 

 制止するハマーンとリディの声が被さる。が、ユニコーンは止まらない。即座にハマーンは制止を諦め、罠を食い破る方針へ転換した。NTとしての感応を広げ、隠された脅威を暴く。そして。

 

「そこッ!!」

 

 キュベレイのビームガンが放たれた。ビームが直進する。ビームガンの有効射程ギリギリ。岩礁に息を潜める四枚羽に向かって。四枚羽が一切回避行動を取らず、何の対処もしなかった。その理由はすぐに分かった。四枚羽の名の由来である巨大なバインダーに直撃したビームは何の損害も与えず吹き散らされた。

 

「ビームコーティングッ……」

 

 悔しげに呟くハマーン。この距離で四枚羽の狙いを阻害する手段はキュベレイにはなかった。と、同時に敵の罠が発動した。ユニコーンがビームの網にかかる。事前に放出され、ただ漂っていた四枚羽のファンネルだ。

 

 シナンジュに誘導されたユニコーンは自分からファンネルの網にかかってしまったのだ。必死の回避行動で間一髪やり過ごすユニコーン。完全に足が止まった。そこでチェックメイトとなった。

 

『後ろだッ!』

 

 リディが警告を叫ぶ。けれど意味はなかった。キュベレイを無視した四枚羽がユニコーンを背後から強襲。組み付くと拳をコックピットに叩きつけた。パイロットの意識を刈り取るために。その作戦は成り、パイロットが意識を失ったのか、ユニコーンは元の一本角の姿に戻り力を失った。

 

「ガンダムを鹵獲する気ッ!? させないッ!」

 

 キュベレイを突貫させる。それに対し四枚羽のファンネルが足止めを図った。ファンネルのビームを回避し、逆にビームガンで打ち落とし、壁を踏み越える。ユニコーンを確保して後退する四枚羽を追おうとして。

 

 

 深紅の機体が立ちはだかった。

 

 

 キュベレイが止まる。これを無視することはハマーンにもできなかったのだ。この機体の先ほどまでのとてつもない戦闘力を目の当たりにしているのだから。冷や汗が流れるのを感じながら、覚悟を決めたハマーンはキックペダルを蹴っ飛ばした。

 

 スラスターを噴かしたキュベレイがシナンジュへと突進する。格闘戦にしか勝機は無い。この連中の機体の装甲やシールドにキュベレイのビームガンの出力ではダメージらしいダメージを与えられないことは、ギラ・ズールとの戦闘でよく分かっていたのだから。

 

 ビームサーベルの斬撃は、シナンジュのシールドで簡単に打ち払われた。あまりのパワーの違いにキュベレイの体勢が崩れる。その力に逆らわず、12のバーニアとスラスターを個別に用い、AMBAC機動も最大限に使って複雑な機動を取る。そうでなければシナンジュの返す太刀を避けることはかなわなかっただろう。

 

 ハマーンのNTとしての感応は目の前の相手に全て注ぎ込まれていた。相手の思考を深いレベルで察知し、なかば先読み染みた直感でキュベレイを操る。そうでなければ、この機体性能、操縦技術ともに突き抜けた相手の前に10秒と立ち続けることはできない。

 

 持てる力を全て出し切り、もはや進化と呼べるレベルで成長させながら格闘戦を継続する。斬撃を放ち、紙一重で躱し、また斬りかかり、そしてギリギリで命を繋ぐ。白と赤。二機はまるでダンスを踊っているかのようでさえあった。踏み外せばたちまち命を落とす死の舞踏だが。

 

 そんな戦闘を続けながら、ハマーンは一つの疑念を抱いていた。

 

 ――この目の前の相手。ミネバ様曰く赤い彗星のニセモノとのことだったけれど……本当にニセモノ?

 

 それにしては、目の前の相手の技量は卓越しすぎていた。ハマーンは出せるもの全てを出し切っているのにも関わらず、相手にはなお余裕が感じられるのだ。それに。ハマーンのNTとしての感応は、シナンジュのパイロットの意識へと触れている。その感覚があまりにもシャア大佐に近すぎるような。

 

 全開になっているNT能力が、この戦闘で更に高まりつつある力が、ハマーンの意図とは関係なくフル・フロンタルの奥深くへと踏み込んでいく。やはりシャア大佐を感じる。なおも潜って。潜って。そして。

 

 

 

 腐臭を放つヘドロのような暗闇に行き着いた。

 

 

 

「うぷッ……!?」

 

 瞬間、ハマーンは強烈な吐き気に襲われた。意識を引き上げ、何とかキュベレイの操縦を遅滞なく続ける。死の舞踏から滑り落ちるのをギリギリで堪え。

 

「ハァーッ……ハァーッ…………ハァーッ……!」

 

 息を大きく吸い、整えると並行して戦闘を継続する。ハマーンは悟っていた。目の前の相手は確かにニセモノだと。目の前の敵の根源のおぞましさ。あんなものがシャア大佐のはずがない。過去に触れたあの人はもっと。なまじ似ているからこそ、より忌まわしかった。

 

『ふむ。報告通り大したNT能力だ。なかなか面白いな』

 

 接触回線を通してかけられた声。それはハマーンの記憶にあるシャア・アズナブルのものと同じ声だった。

 

『ここからいなくなれぇぇぇェェェ!!』

 

 瞬間、ハマーンの怒りが沸騰する。目の前の相手を1秒たりとも生かしてはおけない。裂帛の気合いと共に振るわれたビームサーベルがシナンジュの胸部装甲を僅かに掠め、灼いた。

 

 バックブーストをかけ距離を開けたシナンジュ。四枚羽の撤退が完了し、シナンジュも潮時と見たのか後退を始めた。

 

「逃げるなぁッ!」

 

 怒りに燃えるハマーンはなおも追いすがろうとするが、彼我の性能差はいかんともしがたく、それ以上にキュベレイが限界にきていた。駆動部、関節部にダメージが蓄積したのか思うように動かないキュベレイ。ただ怒りに震え、シナンジュを見送ることしかできなかった。

 



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ミネバ様の指導者ムーブ。
そして時を超えた主従によるハートフルストーリー。


 ネェル・アーガマ艦橋。赤い彗星の再来、フル・フロンタルの襲撃により加速度的に被害を拡大していくなか、ブリッジクルーは対応に追われ喧噪に満ちた空間になっていた。だれもが殺気立ち、自分の持ち場で奮闘している。そんな中。格納庫より一本の通信が入った。

 

「はいッ。こちらブリッジ。どうしましたッ? ……は? 何を言ってる!? はぁッ!?」

「なんだ! どうした!?」

 

 通信士がなにやら格納庫とやり合っているのを聞き咎めて、艦長のオットー・ミタス大佐が声をかけた。通信士は何やら困った顔で艦長席のオットーを見上げる。いいから早く言えとばかりに顎をしゃくるオットー。それに通信士はおずおずと答えて。

 

「その、格納庫からモビルスーツをもう一機だすからオペレートを頼むと」

「はぁ? 出せる機体はとっくに全て出しとるだろう!?」

「それがインダストリアル7で拾ったAMX-004を出すと」

「AMX-004?」

「キュベレイのことです。艦長」

 

 型式で言われてピンとこないオットーを副長のレイアム・ボーリンネア中佐がフォローする。オットーは言われんでも思い出したとでもいうかのように表情を歪め。

 

「出すったってパイロットがおらんだろうが!」

「それがその……もともと乗っていた少女を乗せて出すと」

「はぁ!? 身元不確かな、それも未成年を出撃させるなんて誰が許可した!? 俺は知らんぞッ!!」

 

 ありえない事態にオットーが吼える。それに対して。

 

「私が許可しました」

「は……?」

 

 答えたのは、ブリッジの扉を開けて戻ってきたミネバだった。

 

「正確には私が彼女に指示して、コンロイ少佐にモビルスーツデッキへの根回しをお願いしました。少しでも戦力が欲しい状況でありましょう?」

 

 ミネバの後ろから、コンロイが続き、オットーやダグザに対して頷いて見せた。が、オットーはミネバの行いに怒りを見せた。バナージに続いて今度は少女だ。もはや我慢ならなかった。

 

「プリンセス。あんたがどれほど偉いかしらんが、無関係の未成年を戦場に放り出そうなど非道なことを―――ッ」

「彼女は私専属の護衛です。問題ありません」

 

 怒りの台詞を途中で遮られ、パクパクと口を開け閉めするオットー。ミネバの言葉はオットーが言おうとしたことを先回りして否定していた。だからこそ次の言葉が出てこず。一拍開けてから反論するという格好悪いことになった。

 

「なるほど。ですが、この状況で彼女に裏切られでもしたら、この艦は詰むんですがねぇ。その時はプリンセスにも運命を共にしてもらいますよ?」

「ありえません。彼女は私”専属”の護衛だと言いました。彼女には連邦もネオ・ジオンも関係ありません。私の指示や私を守るためであれば相手がなんであろうと戦います。先の戦闘で四枚羽相手にそうしたように」

「結構。その言葉を信じましょう。……おいッ。発艦許可を出してやれ!」

「いいんですか?」

「いいさ。プリンセスがここにいるんだ。万が一裏切られても状況はそう変わらん!」

 

 オットーが怒鳴るように指示を出し、慌てて通信士がインカムを握った。格納庫へと許可を出し、やがて破損したカタパルトの上に特徴的なモビルスーツが現われる。AMX-004、キュベレイだ。

 

 艦内に緊張が走る。オットーの言うとおり、この状況でキュベレイがネェル・アーガマに武器を向けるようなことがあれば、そこで勝敗は決してしまうからだ。けれどブリッジクルーの不安をよそに、キュベレイは背を向けると、宇宙空間へと飛び出していった。

 

『キュベレイ、出ますッ!』

 

 耳心地の良い少女の声が艦内に響く。同時にブリッジに安堵の空気が流れた。ひとまず武器を向けられることはなかったらしい。一息ついたところでオペレーターのミヒロが振り向いて問いかけた。

 

「彼女のことは何と呼べば? 管制に必要ですので」

 

 その目がミネバを見ている。それに対してミネバはあっさり答えた。

 

「ハマーンと」

 

「「はぁッ!?」」

 

 ブリッジに驚愕の声が響く。誰もがみな思考停止に陥って。

 

「単なるコードネームです。深い意味はありません」

 

 続けてミネバが言った台詞に、「なんだそりゃ」と弛緩した空気が流れた。「悪趣味な……」という呆れの声も聞こえる。

 

 

 ブリッジに白けた空気が流れている内にも外の状況は刻一刻と変化していた。

 

「あの子……すごい…………」

 

 後詰めの位置にいたギラ・ズール二機に仕掛けたキュベレイは、最初の交錯でビームサーベルを突き立て一機を撃破。続けてもう一機に挑むと、今度は堅実に得物を奪い、その上で手傷を与えて後退させた。

 

 一方、シナンジュはガンダム化したユニコーンとリディが追い詰めつつあった。ここにハマーンのキュベレイが加われば撃退も十分可能。そう思われた。一転ブリッジは活気づき、けれど次の瞬間、重苦しい沈黙が満ちた。

 

 シナンジュに手傷を負わせたことで油断したのか、ユニコーンが突出し、誘い込まれて四枚羽に鹵獲されてしまったのだ。

 

『ごめん……オードリー……』

 

 意識を失う間際に呟いたバナージの言葉がブリッジに響き、クルー達はやるせない思いに俯いた。リディのリゼルはパワーダウンのため追えず、キュベレイの前にはシナンジュが立ちはだかった。もはや強奪されるユニコーンをただ見送るしかできないと誰もが思った。

 

「ダメッ! ハマーンさん戻ってッ!?」

 

 けれどただ一人、そうでないものがいた。キュベレイがシナンジュへと突進したのだ。ミヒロが半ば悲鳴のように叫ぶ。ハマーンのその行為はあまりに無謀に思えた。敵はリディを除くネェル・アーガマ直援部隊全てを単機で撃滅し、ユニコーンを罠へと誘い込んだ魔人のような相手なのだから。

 

 けれど。

 

「すごい……」

「あの赤い彗星の再来と渡り合ってやがる……」

「何者なんだ。あのパイロット……」

 

 白と赤のモビルスーツは一進一退の攻防を繰り返す。ビームサーベルを振るい、躱し、ヒラリヒラリと舞い続ける。それはまるで軽やかな舞踏のようにも見えた。お互いの命を本気で奪おうとするからこそ輝く危険な舞踏。

 

 永遠に続くかと思えたその時はやがて終わりを迎えた。キュベレイが放ったこれまで以上に鋭い斬撃がシナンジュの装甲を掠めたその直後。十分に時を稼いだと判断したのか、シナンジュは一筋の赤い流星となって戦場から去って行ったのだ。

 

 

 戦闘が終わり、ハマーンの奮闘からの興奮が冷め、再びバナージが掠われたことを思い出したのか、ブリッジを沈痛な空気が覆う。そんな中ミネバはそっとブリッジを出た。一路格納庫を目指す。本当はバナージのことをただただ嘆いていたかったが、彼女にはやらなければいけないことがあった。

 

 格納庫の片隅でそっと待つ。まずはリゼルが帰投してきた。機体から降りてきたリディは足早に格納庫を後にする。彼も周囲の整備士も生還を喜ぶ雰囲気ではなかった。当然か。ほとんど全てのパイロットが戦死し、勇敢な少年が奪われたのだから。

 

 やがて今度はキュベレイが帰投する。ハマーンが降りてきて、あれやこれや整備士に注文をつけた後、その場を少し離れ手持ちぶさたに周囲をキョロキョロしている。見知らぬ連邦の艦でどうしていいか分からないのだろう。

 

「ハマーン。こちらへ」

「あ。ミネバ様」

 

 ミネバの目的はハマーンだった。近寄って声をかけ、自分に付いてくるように言う。ハマーンを引き連れて格納庫を出た。向かうのは、ネェル・アーガマに救助されて案内された部屋の区画。並びの部屋に適当に入る。思った通り、そこは来客用の部屋で誰もいなかった。

 

「ハマーン。これから手短に状況を説明します」

 

 部屋に据え付けられた端末を起動し、ハマーンを手招くミネバ。ハマーンを連れてきたのは、一度この辺りで事情を話しておく必要があるだろうと考えたからだった。自分がどういう状況に置かれているのか理解させておかないと危険でしょうがない。

 

「あ、はい。ありがとうございます。ミネバ様」

「礼は不要です。これを見てください。聡いあなたのことです。だいたいのことはこれを見れば分かるでしょう」

「はい? これは…………?」

 

 ミネバが表示した情報をのぞき込むハマーン。そこに表示されているのはここ20年ほどのできごとをまとめたサイトだった。斜め読みしていくハマーン。

 

 U.C.0080 一年戦争終結。

 U.C.0083 デラーズ紛争。

 U.C.0085 30バンチ事件。

 

「えッ……?」

 

 U.C.0087 アクシズ地球圏帰還。

         ダカール演説。

 U.C.0088 グリプス戦役終結。

         ネオ・ジオン結成。

 

「これは……いったい……」

 

 画面の表示を切り替えるハマーンの顔がみるみる青ざめていく。無意識のうちに遠ざけていた可能性を真正面から叩きつけられて。

 

 U.C.0088 ダブリンへのコロニー落とし。

 U.C.0089 ハマーン・カーン戦死。

         第一次ネオ・ジオン抗争終結。

 

「私が死んだ……?」

 

 その無機質な文字の羅列を見て、ハマーンは引きつった笑みを浮かべながら自分の死を知る。大罪人とされ、そのあまりにもあんまりな最後を。そしてそれは彼女だけではなく、彼女の思い人も同じ。

 

 U.C.0092 シャアによるスウィート・ウォーター占拠。

 U.C.0093 5thルナ落下。

         アクシズ落とし。

         シャア・アズナブルMIA。

         第二次ネオ・ジオン抗争終結。

 

「……そんな……大佐まで」

 

 無言で端末の画面を落とすハマーン。ゆっくりとミネバへと向き直った。悲愴な表情で、蜘蛛の糸に手を伸ばすかのような心持ちでミネバに問う。

 

「ミネバ様……これ、嘘ですよね? きっとなにかの冗談。手の込んだ悪戯です、こんな……だってこんなことあるはずが……」

 

 ミネバにはハマーンがなんと答えて欲しいのか、手に取るように分かっていた。けれど、ミネバには現実を突きつけることしかできない。ハマーンにはなんとしても乗り越えてもらう必要があったから。

 

「いいえ。その情報は全て事実です。今は宇宙世紀0096年。この世界のあなたも、そしてシャア・アズナブルももう死んでいます」

 

 ミネバの言葉に、ついにハマーンの瞳から大粒の涙が零れ出す。そして声を荒げて否定した。

 

「嘘ッ! 嘘です! そんなこと! そんなことあるわけ!!」

「この私が何よりの証拠です。私は今16歳。あなたがいた時代から10年以上の時が流れているのです」

 

 ミネバはいっそ残酷なまでにハマーンに事実を突きつけていく。いかに彼女が泣いて否定しようと、ただただ事実を提示し、現実を認めることを迫る。けれど。

 

「そんなの……嫌ぁ…………」

 

 紫水晶の瞳が光を失う。華奢な体から力が抜けた。糸が切れた人形のようにその場へへたり込んだハマーンは、消え入るような声で拒絶の言葉を紡ぎ、そして。その瞳はもう何もみてはいなかった。

 

 ミネバは息を飲む。目の前で人が壊れていくところを初めて見てしまったから。そのあまりに無残な姿に言葉も出なかった。

 

 ミネバはやり方を間違えたのだ。ハマーンが自分と同年代の少女としてそこにいるという本当の意味を分かっていなかった。けれどミネバを責めることは酷かもしれない。彼女にとってハマーンとは強い女性の象徴ような存在だった。頭では今のハマーンが年若い少女にすぎないと分かっていても、無意識には常に女帝としてのあのハマーンの姿があった。

 

 考えてみればミネバは少女時代のハマーンをよく知らなかった。ミネバとハマーンの間には常に13年もの時の厚みが横たわっていていたのだから。少女時代のハマーンも幼いミネバにとっては常に凛とした姉貴分の存在だった。17歳のハマーンが今の自分とは違い、帝王学も知らない、まだ繊細な小娘にすぎないことを分かっていなかったのだ。そして、ハマーンがどれほどの苦難と、懊悩と戦って、あの支配者然としたパーソナリティにたどり着いたのかを理解していなかった。

 

 だから今回のことも、あの女帝然とした強さで乗り越えてくれるものだと見誤っていた。その結果がこれだ。目の前には、うち捨てられた人形のような哀れな少女。

 

 ミネバは自分が為したことに恐怖した。たやすく一人の少女を壊してしまったことに。けれど、人を率いる者として受けた教育が、その意思が、常人のようにただただ後悔に立ち止まっていることを許さなかった。

 

 それにこれはこれで都合のいい状況でもあった。この世界に根をもたない少女を自分に依存させ、自由に使い回すことができる。そんなことを考えてしまう自分に嫌悪しながらもミネバは呼びかけた。

 

「ハマーン」

 

 主の声に機械的に反応して、少女は顔を上げ虚ろな瞳を向ける。その瞳をしっかり見返しミネバは続けた。

 

「何が起きたのかは分かりません。けれどあなたはこうして時を超えてきてしまった。この世界にあなたのような存在は他に無く、あなたが置かれた境遇をだれも理解できないでしょう」

 

 その深く沈んだ瞳は揺れない。ミネバが淡々と語る、あまりに悲劇的な自分の状況をただただ受けて入れていた。

 

「ですが、ここには私がいます。私だけはあなたのことを知っている。私がこの世界に寄る辺の無いあなたに生きる意味を与えます。ハマーン。この私に付き従いなさい。それがきっとあなたがここへ現われた理由です。私はあなたを必要としていますよ」

 

 絶望に墜ちた稀代の少女は、世界に縛られた少女の言葉に無表情のままただ頷いた。

 




まとめ。

ミネバ「女帝やし、酷な事実も全然OKやろ」
ハマーン「ちょ。おまッ…あばばばば」
ミネバ「やっべ。今のこいつクソ雑魚メンタルやったわ」
ハマーン「ちーん…」
ミネバ「ま、ええか。おう、お前はなんも考えんとわしの言うこと聞いとったらええねん」
ハマーン「ジーク・ミネバ‼ /)`;ω;´)」

大体こんな話。


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探るものたち

心温まる前話から打って変わって今回は推理パートです。
連邦とネオ・ジオン、それぞれの勢力から登場した二人の探偵がハマーン(17)(時かけ)というミステリーに挑む。
果たして先に真実にたどり着くのは。
少々(当社比約二倍)長くなりましたが分割なしでお送りします。
お楽しみあれ。


『ジンネマン艦長。マリーダとガンダムの収容は完了したかな?』

 

 ネェル・アーガマ周辺の戦場から離脱したフル・フロンタルはガランシェールへ連絡を入れた。

 

『はッ。おかげさまでつつがなく。現在はパラオへ帰投する航路にあります』

『そうか。なによりだ。ところでキャプテン。私もこのままそちらへお邪魔していいかな』

『は? もちろん歓迎いたしますが、何かございましたか?』

『なに。例のキュベレイとやり合ったのでね。とれた戦闘データを見てもらって、キャプテンやマリーダの意見を聞きたいのだよ』

『なるほど。承知いたしました。お待ちしております』

 

 次にレウルーラへも通信を入れた後、シナンジュはスラスターを噴かしガランシェールの後を追った。一筋の赤い彗星はやがて偽装貨物船へと追いついたのだった。

 

 ガランシェールの格納庫に片膝を着いた姿勢で動力を落としたシナンジュ。そのコックピットからフワリと仮面の男が飛び降りてきた。その周囲では既にジンネマンやマリーダを始め、ガランシェールの乗組員たちが首魁の到着を待ち構えていた。

 

「すまんな。手間をとらせる、ジンネマン艦長」

「いえ、お待ちしておりました」

 

 ジンネマンは敬礼と共に挨拶を返す。周囲もそれに合わせた。が、次の瞬間、ジンネマンは眉をひそめ、疑問を口にする。

 

「大佐、あのシナンジュの胸部装甲は……?」

 

 ジンネマンの視線の先、現ネオ・ジオンの象徴たるシナンジュの胸部装甲に僅かながら灼けたような跡がついていた。

 

「あれも若さ故の過ちというべきか……もう若くはないつもりでいたのだがな。あれもあってガランシェールに寄らせてもらったのだよ。まあ実際に見てもらった方が早いだろう」

 

 ジンネマンは目を丸くするが、続けてメカニックに指示を出し、シナンジュの戦闘データを外部ディスプレイで再生する準備が進めさせた。やがてメカニックが準備OKの旨、ジェスチャーで示し、ジンネマンもただ頷くことで返す。

 

 再生されるシナンジュの戦闘データ。白い花のようなモビルスーツとの激しい格闘戦の様子がそこに映し出された。ジンネマンたちはその内容に目を見張る。それを見てフル・フロンタルは少し愉快げにジンネマンに問いかけた。

 

「どうだね。キャプテン?」

「これは……正直驚きましたな。マリーダとの戦闘は見ていますが、まさか旧式機で大佐のシナンジュとここまで渡り合うとは……。もちろん大佐も本気ではなかったのでしょうが」

「これは痛いところを突かれたな。……私見ではあるが、確かにあのキュベレイのパイロットはかなりのNTに違いないと思う。操縦技術の方もまだ荒削りな部分はあるが、センスは飛び抜けている。あちらの腕に見合ったモビルスーツがあれば……いや、ファンネルさえあれば、先の作戦は失敗していたかもしれん。そういう意味でもマリーダには感謝するべきだろうな」

 

 話を向けられたマリーダ自身は「いえ」と控えめな態度で称賛を固辞する。その瞳が自分はアイツを消耗させるのではなく撃破したかったのだと告げている。その硬い態度に笑みを浮かべてフル・フロンタルは再び映像に向き直った。

 

「そして最後にこれだ」

『ここからいなくなれぇぇぇェェェ!!』

 

 接触回線から流れた敵パイロットの音声が再生され、今まで以上の鋭さ、タイミングで振るわれたキュベレイのビームサーベルが回避行動をとるシナンジュを僅かに上回った。胸部装甲でスパークが発生し、そこでシナンジュは撤退行動に移る。戦闘記録はここまでだ。映像が停止された。

 

「どう見るね。キャプテン」

「そうですな……どうやら大佐はあの敵パイロットにはひどく嫌われたらしい」

 

 フル・フロンタルに問われ、ジンネマンは茶目っ気を持たせた回答をよこす。それに仮面の男は苦笑するも、本題に入るよう続きを促した。

 

「戦闘中に進化する操縦技術にも驚かされましたが、それよりあの声……女性というよりは少女のものですな」

「ああ。私もそう思う。おそらく20は越えていないだろう」

 

 若くしてとてつもない戦闘技術を持つ少女という希有な存在。それは事態は驚くべき事だが。

 

「これは亡霊の線は消えましたか」

 

 少なくともかの女帝が死んでおらず戻ってきた、ということではなかったらしい。だが。

 

「いえ、あれは確かにハマーン・カーンです」

 

 女帝を殺すべくプログラミングされた存在がそれを否定する。あれは確かにアイツなのだと。

 

「正気かマリーダ。死人が若返って蘇ったとでも言う気か?」

「いや待て。キャプテン」

 

 ジンネマンは一言の元に否定しようする。が、それを止めたのは意外なことにフル・フロンタルだった。

 

「強化人間である彼女の感覚はそうやすやすと否定するできるものではない。それに私もあれは本当にハマーンなのではないかと少し疑っている。実際に戦ってみてな」

「いえ、しかし……」

 

 なおも食い下がるジンネマンに対し、フル・フロンタルは決定的な言葉を告げた。

 

「それに、死人が若返って蘇る。そんな超常現象を現実のものにする方法を我々は知っているだろう。キャプテン」

 

 仮面の下のその目はマリーダを見詰めていた。そこでジンネマンもそのことに思い当たり呻く。

 

「まさかそんな……」

「まあ、それをわざわざ旧式機(キュベレイ)に乗せる意味はわからんがな。…………あるいは姫様と二人、ジオン共和国とネオ・ジオンを丸ごと掌握するための象徴とでもする気か」

「なんと……」

 

 

「いずれにしてもその存在には最大級の警戒が必要ということだ」

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 優勢が一転、ユニコーンがバナージごと強奪されたことに静まりかえるネェル・アーガマのブリッジ。ミネバが足早に出て行くのを見送ったコンロイはそっとダグザへと話しかけた。

 

「中佐、すこしよろしいでしょうか」

「どうした? ミネバ・ザビを追え、コンロイ」

「いえ、その彼女がいないうちにお話ししておきたいことが」

 

 そう言って、公にできないことなのかブリッジの外へと誘うコンロイ。なにやら重要ごとらしいとみたダグザは従って外へと出た。そうしてブリッジから少し離れた無人の小部屋に入る。

 

「それで何事だ、コンロイ?」

 

 早速話を催促するダグザ。それに答えるコンロイ。

 

「あのキュベレイの少女のことです。中佐」

「ああ。あの悪趣味なコードネームを付けられたミネバ・ザビの護衛か」

「それが……ブリッジではミネバ・ザビが言っていなかったことがあるのですが」

「なんだ?」

「あの少女は、ハマーン・カーンの遺伝子から創り出したクローンだと言うのです」

「なに?」

 

 特殊部隊の指揮官として、冷静なダグザもさすがにこの言葉には目を瞠った。そして真偽を吟味するかのように呟く。

 

「ハマーン・カーンのコピーの強化人間? そんなもの存在し得るのか?」

「分かりません。ただ、それが事実だとすれば説明はつくかと。ハマーン・カーンの容姿に似た少女の存在。優れた操縦技術にNT兵器の適正。その全てに」

「少々できすぎているように感じるが……」

 

 とはいえ否定できる物証がないことも事実だった。

 

「ともかくミネバ・ザビの言うことを鵜呑みにもできん。あの戦闘能力。NT適正。あの少女が重要なファクターであることには違いない。我々自身でも少し調べるぞ」

「さし当たっては……あのモビルスーツでしょうか」

「ああ」

 

 方針を決めた二人は速やかに動き出した。足早に格納庫へと向かう。ネェル・アーガマの格納庫には現在、リディのリゼルとキュベレイの二機しかない。ガランとしたハンガーに直立する巨人たちには整備士がそれぞれ張り付いてメンテナンスを始めていた。

 

 開いたキュベレイのコックピットにも、格納庫の中にもあの少女の姿はない。既に格納庫を出てどこかへいったらしい。どこへ行ったのか気にはなるが、本人がいないほうが今はむしろ都合がいい。

 

 ダグザはキュベレイについている整備士へと話しかけた。

 

「その機体の状態はどうだ?」

「え? あ、中佐殿。今、自己診断プログラムを走らせていたところですが、ダメですね。しばらく戦闘には出せそうもありません」

 

 そう言った整備士はあのユニコーンのコックピットハッチを開放した、アナハイムからの出向の人間だった。担当するユニコーンをロストしたことで手隙になった彼のところへキュベレイ整備のお鉢が回っていたらしい。

 

「戦闘中にダメージらしいダメージは受けていなかったように見えたが?」

「ええ。ですが前回の四枚羽との戦闘に続いて、今回のシナンジュとの戦闘がまずかったですね。ただでさえ機体に負担の大きい格闘戦を、圧倒的にパワーが上の相手とやったわけですから」

「だが、ああするしかあのパイロットには勝機がなかった」

「それははい。ビームガンは明らかに威力不足でしたし、ファンネルの補充もできませんでしたしね。そんな機体であの化け物らとやりあったあの少女の技量はとんでもないものでしたが……」

「機体の方が彼女の腕に着いてこられなかったか」

「ええ。関節系や駆動系のパーツが限界に来てます。戦闘中に露呈しなかったことが不幸中の幸いですね。でもこのままじゃまともに動かせませんよ」

「消耗パーツの予備はこの艦にも積まれているだろう?」

「互換性がありませんよ。今でこそ連邦もネオ・ジオンもモビルスーツはアナハイム製ですが、当時は違いますからね。特にネオ・ジオン初期のモビルスーツはアクシズでガラパゴス的な進化をしていて……いずれにしてもこの艦にある資材で何とかするには、それなりに改修しないと。少し時間がかかります」

「アクシズ時代オリジナルのパーツを使っているのか?」

「外観から判断する限りはそう見えます」

 

 考え込むダグザ。近代化改修されていない第一次ネオ・ジオン抗争当時のままの機体。これは何を意味しているのか。

 

「そうか…………このモビルスーツのことで他に何か分かったことはあるか?」

「いえ、さすがにまだ……これから分解整備を始めますのでもう少し時間をいただければ何か分かるとは思いますが」

 

 この整備士をダグザは信頼することにした。ユニコーンの情報について、上役のアルベルトに逆らってまでダグザへ提供してくれた気骨ある人間だからだ。

 

「この機体について分かったことがあれば、内密に私だけに教えて欲しい。これも謎が多い機体だからな。戦局を左右する重要な情報が眠っているかもしれん」

 

 事の重大さを察したのか、その整備士は無言で、けれど慎重に頷いて見せた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「モビルスーツから情報を得るにはもう少々時間が必要か……他に何かあるか、コンロイ?」

 

 格納庫を後にした二人。次の方法を模索する。先にハマーンのことを知ったコンロイはあらかじめ考えていたことをダグザに提案した。

 

「ハマーン・カーンの血縁を当たって見るのはどうでしょう?」

「ハマーン・カーンの妹、セラーナ・カーンか。確かネオ・ジオンの穏健派で今は連邦に亡命しているのだったか?」

「はい。彼女はシャアの反乱直前までネオ・ジオンにいたようですし何か有用な情報が持っている可能性はあるかと」

「そろそろさっきの戦闘で撒かれたミノフスキ-粒子の散布域から抜け出るはず。長距離通信も可能か」

「ええ。それにユニコーンを持ち帰るのに袖付きは忙しいはず。ネェル・アーガマに向けられる目も今は」

「傍受される可能性は低いか。よし通信室へ向かうぞ」

 

 二人は足早に通信室へと向かった。早速通信機をオンにしてみれば、やはりミノフスキ-粒子の散布域からは既に抜けたのか通信は回復していた。今頃ブリッジでも参謀本部に報告を入れ、補給を要請しているところだろう。ダグザもエコーズ本部へと繋いだ。そこから連邦のどこかで保護されているセラーナ・カーンへのアクセスを要求する。

 

 しばらく待たされた後、モニターに一人の女性が現われた。艶やかなワインレッドの髪を肩に掛かる程度まで伸ばした20代と思われる美女。その容姿はあのハマーンと呼ばれる少女や記録に残るハマーン・カーンと血のつながりを感じさせるものだった。

 

「突然のお呼び出し申し訳ない。私は連邦軍中佐ダグザ・マックールであります」

『いえ、お気になさらず。エコーズから緊急案件だと言われるとなればよほどのことなのでしょう。私がネオ・ジオンの外務次官……と言っても追放されて亡命中の身ですが、セラーナ・カーンです。それでどのようなご用件でしょうか?』

「はッ。……失礼ですが、これからお話しすることは機密事項としてご理解ください」

『もちろん承知しています。他言無用ということですね』

「恐縮であります」

 

 セラーナと事前の取り決めを確認したところで、ダグザは改めて切り出す。相手のモニターに一枚の写真を映し出し、そして聞いた。

 

「セラーナ次官はこの少女のことをご存じでしょうか?」

 

 キュベレイのコックピットから救助された直後、医務室のベッド眠るところを撮影された少女の写真だった。それを見て、あまりに意外なものを見たとでも言うように目を瞠るセラーナ。

 

「これは……姉がまだ17、18のころの写真ですね。どこで撮ったのかや具体的な日付までは分かりませんが……」

「姉とはやはり?」

『ええ。ハマーン・カーンです。連邦の方には怖いイメージしかないでしょうけど、ネオ・ジオン……アクシズではご覧の通り可憐な美少女で通っていたんですよ?』

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべて言うセラーナ。そして「なぜあなたがこの写真を?」と逆に聞いてくる。それにダグザは淡々と答えた。

 

「これを撮影したのは数時間前。連邦の戦艦内においてです」

『は?』

 

 ダグザが発した言葉にセラーナは今度はポカンと口を開けた。美女が台無しな間抜けな表情だがどこか愛嬌があった。そして数秒おいて再起動する。その時には険を含んだ表情へと変わっていた。

 

『何の冗談です? いえ、冗談にしても質が———』

「実の妹であるあなたがそこまで言うということは、どうやら他人のそら似などではなさそうだ」

『———本気で言ってるのですか?』

「伊達や酔狂ならそもそもこの通信は行われていません。今あなたと私が話している。このことそのものが事実を表していると認識いただきたい」

 

 ダグザの断固とした言葉にしばらく絶句したセラーナは、やがて大きな溜息をついた。

 

『それが極秘であることの理由ですか。詳しい話を聞かせてください』

 

 そして強い意志を湛えた瞳でダグザを見据え、続きを促す。系統は違えど確かに女傑の一族だと思いながら話を続けるダグザ。

 

「は。この少女は数時間前、とある宙域で勃発した連邦と袖付きの戦闘のさなか、AMX-004キュベレイに乗って突如出現。袖付きのエースパイロット級が駆るモビルスーツと戦闘を行いこれを撃退。その後ブラックアウトしたところを当艦に収容しました」

『キュベレイでネオ・ジオンと戦闘……その少女の身元は照会したのですか?』

「戦闘後つい先ほどまで、昏睡していたためまだ本人に聴取はできていません。また階級章やドッグタグ等の身元が分かるものも携帯していませんでした。ただし別の人物から口頭での説明は受けています」

『別の人物?』

「これも内密に願いたいのですが……本艦には現在ミネバ・ラオ・ザビが乗艦しています」

『ミネバ様が連邦の艦に…………』

 

 またしても絶句するセラーナ。ダグザは構わず話を続けた。

 

「ミネバ・ザビによればこの少女は彼女の護衛とのことです。近親や縁者など改めて心当たりはありませんか?」

『いえ。父マハラジャ・カーンには存命の親類はおりませんし、子供は私と姉二人、長女マレーネ・カーンと次女ハマーン・カーンだけです。その姉二人も既にこの世を去っています。マレーネに子供もいません。それに親類縁者というには……』

「ハマーン・カーンに似すぎている?」

『はい……ちょっと待ってください。確かその頃の姉の写真が残っていたはず……』

 

 そう言ってしばらく端末を操作していたセラーナはやがて一枚の写真を表示した。一機の直立するモビルスーツとその前に集まった人達を写した和やかな雰囲気の写真。人々の中心にいるのはワインレッドの髪を持つ二人の少女。そのうち年上と思われる少女はあのネェル・アーガマに現われた少女と瓜二つだった。

 

『これは姉が17歳のころ。まだ開発中だった後ろのモビルスーツ、キュベレイの何かのテストの成功を祝して開発メンバーといっしょに撮影した写真です。どう見ても同一人物でしょう?』

「確かに…………実はミネバ・ザビはあの少女をハマーン・カーンのクローンだと言っているのです」

『はぁッ!?』

 

 ダグザが後追いで告げる事実に目を剥いて声を荒げるセラーナ。明らかに衝撃を受けている。少なくともセラーナが関与しているということはないと判断したダグザは聞きたかった本題に入る。

 

「ですが、ハマーン・カーンのクローン……実在すると思いますか?」

『……姉がそんなものを許すとは思えませんが…………でもフラナガン研究所にいたころに遺伝子を採取されていたとしたら……?』

 

 散々迷いながらもセラーナが出した答えは、無いとは言い切れないというものだった。

 

『でも、現実に姉の少女時代と同じ顔をした人間がいるのだとしたら信じるしかないのでは……?』

「ふむ。やはりそうなりますか……」

 

 そうして二人が迷いながらも結論を出そうとする中、コンロイは先ほどの写真に違和感を感じ、その正体を探り続けていた。そしてその違和感の正体にたどり着いた。

 

「中佐ッ。この写真を!」

「なに……? ッ、これはッ!?」

 

 コンロイは端末を操作し、もう一枚写真を表示した。それを見てダグザも驚きの声を上げる。それは、キュベレイのコックピットが開いた直後。コックピットから担ぎ出されたばかりの私服姿の少女の写真だった。そしてその写真をセラーナ側にも公開し、驚きを共有する。

 

 少女時代のハマーン・カーンを写した写真。そしてネェル・アーガマに現われたハマーン・カーンと酷似した少女の写真。その二枚の全く違う時間に撮られたはずの写真に写る少女はなぜか全く同じ服を着ていたのだ。

 

『ど、どういうことでしょう……?』

 

 動揺するセラーナにダグザは問う。

 

「セラーナ次官。この服は今もどこかで売られているのでしょうか?」

『いえ。あり得ません。姉が着ている服は当時アクシズで縫製されたものです。そのブランドはとっくに廃業しています』

「「…………」」

 

 あるいはあの少女を徹底してハマーン・カーンの再来として仕立てたい人物や組織があり当時と同じデザインの服を用意した、などという無理な事態を想定するのでなければ。それはあまりにも荒唐無稽な仮説を導くものだった。

 

 これ以上追求できる事実はなく、そこで会話は打ち切りとなった。問題ない範疇で構わないからこの少女のことで続報があれば教えて欲しいと頼み込むセラーナに了解を返した上で。そして静かになった通信室で改めてダグザとコンロイは考え込んだ。

 

 

 そこに一本の通信がダグザの個人端末当てに入った。相手はあの整備士だった。キュベレイのメンテナンスに当たっているはずの。即座にダグザは通信を繋ぐ。

 

『ダグザ中佐。あのキュベレイについて分かってきたことがあるので連絡しました』

「そうか。感謝する。……それで?」

『はい。結論から言うとおそらくあのキュベレイは先行試作機です』

「試作機? 制式化されたものではないということか?」

『ええ。その通りです。キュベレイを分解して調べたところ使われている部品の刻印は全てUC.0084以前のものでした。それにソフトウェアのアップデートもUC.0084の年末が最後のようです』

「…………つまり?」

『おそらくそこでこの機体は試作機としての役割を終えたのでしょう。それから現在まで何らかの理由でモスボールされていたのだと推測します。そして今になってその骨董品を引っ張り出してきたのではと』

「…………なるほど」

『もっと言えばこの機体は、制式機のカタログスペックに若干ですがおよばないようです。このこともさっきの推測を裏付けるかと』

「そうか」

『あと戦闘データからもっと何か分かるかと思ったのですが、残念ながら四枚羽との戦闘以前のデータは消されたのか存在しませんでした。以上です』

「……了解した。貴重な情報感謝する」

『いえ、それでは整備に戻ります』

 

 言って整備士からの通信は切れた。後にはただ沈黙する二人が残る。

 

 整備士が告げた情報。それを常識的に解釈するならば確かに整備士の推測通りの結論となるだろう。だが…………これを先ほどのセラーナ・カーンとの会話から得た情報と重ね合わせると———

 

 

「馬鹿な……」

 

 

 沈黙が支配する通信室に、ダグザの呟きだけが響くのだった。

 




「たったひとつの真実見抜く、見た目は巨漢、頭はモヒカン、その名は名探偵———!」
ということで探偵対決はダグザがリード(というかほぼゴール目前)するのでした。

裸男「せやかてマックール!」
灰原崑路偉「勝因は有能な助手の存在よ」


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10年後の戦場

さーて、今週のハマーンさんのモビルスーツは?(サザエさん風に)


「中佐、あの少女……大丈夫なのでしょうか?」

「わからん。そもそもあのハマーンと呼ばれている少女……あのような感じだったか? 戦闘中の通信からはもっと勝ち気というか、活発な性格かと思っていたが……」

「私も戦闘中の通信以外では一言も声を聞いていませんからなんとも言えませんが、確かに中佐と同じ印象を受けました」

「となれば、戦闘終了後からあの面会のタイミングまでに何かあったことになるが……そんな短時間の内に何があったというのだ?」

「戦闘終了後、個人部屋に拘束されるまでの間に何かあったとしか。それ以降はずっと一人で居たはずですので。カメラの映像からミネバ・ザビといっしょにいたというのは間違いないようですが」

「いったいあのプリンセス、何をしたというのだ。短時間で人格に深刻な影響を与えるようなことを」

 

 ダグザとコンロイは、エコーズのみに配備されている特殊任務用可変モビルスーツ、ロトを操り、袖付きの拠点パラオ周辺の暗礁地帯へと潜伏していた。間もなくユニコーンとバナージ奪還を目的としたパラオ強襲作戦が発動しようとしているのだ。

 

 この作戦に先立って成功率を少しでも上げるため、ダグザたちはハマーンの作戦参加をミネバを通すかたちで要請していた。先の会話はその時の様子を受けてのものだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「ミネバ・ザビ。失礼する」

 

 ネオ・ジオンの要人としてネェル・アーガマの独房に軟禁されているミネバ。彼女を訪ねてきたのはダグザだった。背後にはコンロイも付き従っている。大柄で人相の悪いダグザに臆すること無く、ミネバはその用向きを訪ねた。

 

「何用ですか。ダグザ・マックール中佐」

「あなたに依頼したい事項があり、お邪魔しました」

「私に?」

「正確にはあなたの護衛の少女をお借りしたい」

「ハマーンを、ですか。何故です?」

 

 ハマーンは現在、離れた部屋にミネバと同じく軟禁されているはずだった。そのハマーンを貸せという。ミネバは即答を避け、まずは理由を直截に尋ねた。それに対するダグザの答えは。

 

「これより袖付きからのユニコーン奪還作戦を開始します。袖付きの拠点である資源衛星パラオを強襲。混乱に乗じて隠密で奪い返します。これをより万全のものとするため、陽動側に少しでも戦力を必要としています」

「……ダグザ・マックール中佐。なぜ私がネオ・ジオンを攻める作戦に協力すると思うのです? 確かに先立っては我が身に降りかかる火の粉を払うため協力もしましたが、これはそうではないでしょう?」

 

 冷ややかに否定するミネバ。だがこれは会話を打ち切るものではなかった。これは交渉だ。ゆえにダグザは話を続けた。

 

「ミネバ・ザビ。あなたはラプラスの箱を袖付きに……現状のネオ・ジオンに渡すことには否定的なはずだ。だからこそインダストリアル7に単身現われ、そして今この艦にもいる。違いますか?」

「…………」

 

 ダグザの問いかけ、これをミネバは否定しない。ラプラスの箱を袖付きに渡したくない。この一点においてダグザとミネバの利害関係は一致していた。だからこそ協力できるとみてダグザはこの交渉を持ちかけていた。そしてもう一つのカードを切る。

 

「我々はこれを人質救出作戦と捉えています」

「人質……」

「我々には彼に借りがある。違いますか?」

 

 バナージへの感情。これだけはミネバにとって責任や合理性といったもので割り切れないものだった。ダグザは的確にこれをついてきたのだ。ミネバはやがて立ち上がり。

 

「パラオには多数の民間人も居住しています。軍事施設への奇襲のみに限定し、居住ブロックへの被害は出さない。これが条件です」

 

 ダグザは頷いてこれに答えた。そしてミネバを先導するべく部屋を出る。ハマーンのもとへ案内するために。

 

 

 ミネバが軟禁されていたのと同じような独房。反対の舷側の個室にハマーンは軟禁されていた。プシュっという音と共に、ミネバとダグザ、それにコンロイの三人が続々と入ってくる。個室のベッドには一人の少女が腰掛けていたが、その音に何の反応も示さない。まるで何の感心もないと言うかのように。

 

「ハマーン」

 

 ミネバが呼びかけて初めて反応らしい反応を返した。ゆっくりとドアの方へと振り向いたのだ。ワインレッドの髪が揺れ、紫水晶の瞳が三人を見た。その瞬間、ダグザとコンロイは酷い違和感に襲われた。この少女は、このような()()だったろうかと。

 

 その艶やかな髪もひどく整った容姿も変わらない。けれどその瞳が。美しかったはずの紫水晶の瞳が澱んで見えたのだ。そしてこの引きずり込まれるような深いプレッシャー。先の戦闘の時は眩いばかりの存在感を放っていたはずが、それがまるで反転したかのような。

 

 ただ一人ミネバだけが動じることなくハマーンへと話しかけた。

 

「ハマーン、あなたに任務を与えます」

「……は」

「これよりこの艦は先の戦闘で奪われたガンダムおよびそのパイロットの奪還作戦を展開します。あなたはこれに参加、協力するのです」

「……ガンダムの奪還ですか?」

「そうです。ガンダムとそのパイロットの少年の救出および護衛があなたの任務です。いいですね?」

「……承知しました。ミネバ様のご命令とあらばこのハマーン、一命を賭しまして」

「結構。詳細は彼らから聞きなさい」

 

 ミネバからの一方的な命令の伝達。これをハマーンは否やもなく淡々と受諾した。その命令の背景を問うこともなく。それは”Need to Know”が原則の軍人からも異常に見えた。ガンダムなど本来ネオ・ジオンの人間である彼女からしたら敵側であろうに。ダグザとコンロイはただただ固まってそれを見ていた。

 

「ダグザ・マックール中佐?」

「……ッ! は。ミス・ハマーン。こちらへ着いてきてくれ。機体を用意している」

 

 ダグザはミネバの呼びかけに我に返り、ハマーンを案内すべく動き出す。ハマーンはミネバを一瞥して、頷くところを確認してから、後に続いた。ミネバはコンロイに導かれ、元の部屋へ戻っていく。

 

「…………ダグザ中佐? 機体を用意しているとは?」

「君が乗っていたキュベレイはまだ戦闘が可能なレベルまで整備するには時間がかかるそうでな。そこで補充されたモビルスーツから君用の機体を確保した」

「……そう」

 

 最低限聞く必要があると思われることは聞いたのかハマーンは黙り込む。ダグザも無言で先導を続けた。やがて格納庫へと行き着き。扉が開くと先の戦闘直後とは異なり、ハンガーは賑やかになっていた。そしてダグザが案内したのは一機のモビルスーツの前。

 

「次の戦闘で君にはこれに乗ってもらう。量産機で悪いが一応エースパイロット向けの機体だ。気に入ってくれると嬉しいが」

 

 ハマーンが感情のこもらない瞳で見上げるそこには、灰色の巨人が静かに立っていた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「……きた」

 

 静まりかえったモビルスーツのコックピットの中、ハマーンはただ作戦の始まりを待っていた。そしてその時がやってきた。目の前の資源衛星、パラオの連結シャフトで一斉に爆発が起こる。事前に潜入していた連邦の特殊部隊の仕業だ。これで複数の岩塊からなるパラオはそのくびきを失った。そして。

 

 遙か後方から放たれた一筋の光が警戒線を構築するモビルスーツを消し飛ばしつつ岩塊の一つに直撃した。ネェル・アーガマがアウトレンジから放ったハイパー・メガ粒子砲だ。そのコロニーレーザーにも匹敵する威力に巨岩は押し出されていき、まもなく他の岩塊へと激突した。

 

 岩塊の間で無数の爆炎が瞬く。そこに隠されていた多数の艦艇とモビルスーツが為す術なく押し潰されているのだ。そしてそれがモビルスーツ隊への戦闘開始の合図だった。

 

 ハマーンも機体へ火を入れる。ネェル・アーガマからの射出後、敵のレーダーの目を誤魔化すため動力を切って慣性で漂っていたからだ。けれどその偽装ももう必要なくなった。狩りの時間だ。

 

 フルスロットルでスラスターを噴かす。即座に機体は暴力的なまでの勢いで加速を始めた。ハマーンの華奢な体がシートへと押しつけられ、肺から強制的に空気を搾り出す。暴れそうになる機体を全力で抑えつける。事前に機付長から説明を受けてはいたが、随分ピーキーな機体だ。

 

 みるみるパラオの岩肌が近づいてくる。事前に把握していたマニュアルに沿って操作。ウェイブライダー形態からモビルスーツ形態へと移行した。AMBAC機動をとるとともに姿勢制御用バーニアを用いて機体に急ブレーキをかける。今度はマイナスGがハマーンを襲い、歯を噛みしめて耐える。ハマーンはパラオの岩塊へと取り付いた。

 

 岩塊の隙間から難を逃れたネオ・ジオンのモビルスーツが迎撃に飛び出してくる。ハマーンは知るよしもないが、彼らは隙間から飛び出そうとする直前、背後から更に奇襲を重ねたエコーズのロトの攻撃をくぐり抜けてきた、腕か運を持つ者たちだった。

 

 それを一機一機ビームライフルで撃破していく。ネオ・ジオンのモビルスーツは実に多種多様だった。先の戦闘で戦ったギラ・ズールの他にも見たことないモビルスーツが何種類も。それとは対照的にハマーンがよく知っている機体もあった。

 

 ———ゲルググに……ドラッツェまで……

 

 今では骨董品の、けれどハマーンにとってはなじみ深い一年戦争時代のジオンのモビルスーツたち。それらも心凍らせたハマーンは黙々と撃破していく。けれど、やがて既に砕けたはずのハマーンの心をさらに抉る存在が現われた。

 

 通常のモビルスーツとは異なり人型を外れた独特の形状。鳥のような両足を持つ形態から四肢を持つ巨人へと可変するモビルスーツ。ジオンカラーのグリーンで塗装されているがそのモビルスーツをハマーンが見間違えることはない。

 

「……ガザC」

 

 来る地球圏帰還に向けてハマーンたちアクシズが用意した量産モビルスーツ。それが今、友軍としてモニターに表示されているジェガンという連邦の量産モビルスーツに一方的に蹂躙されていた。高出力を誇ったはずのナックルバスターはあっさりと弾かれ、もともと不得意な近接戦ではビームサーベルを抜く間もなく切り捨てられる。あまりにも性能が隔絶していた。

 

「…………ガザCもただの棺桶に過ぎない、か。アハハ……本当に10年経ってるんだ…………」

 

 そのことを今まさに連邦の量産機に乗っているハマーンは誰より実感していた。エース向けだというこのガンダムに似た意匠の機体、実際に乗ってみて驚いた。NT兵器こそないものの、それこそネオ・ジオンのフラッグ・シップ機だったはずのキュベレイより性能は明らかに上なのだから。

 

 ハマーンは乾いた嗤いを漏らしながら、かつての自分が築き上げたであろうものの残滓を自らの手で葬り続けるのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「……局面が変わった」

 

 順調に撃墜数を増やしていたハマーンはふと呟いた。

 

 バナージおよびユニコーン奪還の連絡はなく、パラオでの戦闘は依然として継続中。けれどここに来て連邦側のモビルスーツ部隊に被害が急増していた。もともと本作戦は奇襲の後、奪還目標を確保して速やかに撤退するという電撃戦を企図したものだった。

 

 けれど奪還が想定時間を大幅に超過した今もなお完遂せず、ついに袖付き側が奇襲から立ち直り始めたのだ。こうなると少数で敵拠点に攻め込んだネェル・アーガマは如何に個々の装備で勝っていても数の論理ですり潰されてしまう。それに今起きているのはそれだけではなくて。

 

 そのときとある箇所の友軍を示す光点がモニターから一気に消えた。数に押された感じではなく、強力な単機にまとめて殲滅されたような。そしてこの覚えのあるプレッシャー。

 

「この感じ……あの大佐のニセモノが出てきた……?」

 

 次の瞬間。ハマーンの感覚を正しさを証明するかのように赤い彗星が襲いかかってきた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 包囲を受け、すり潰されていく連邦のモビルスーツ部隊の中でその機体は一機、気を吐いていた。的確なポジション取りで攻撃を受ける機会を減らすと共に正確な射撃でネオ・ジオンのモビルスーツを一方的に減らしていく。

 

 だからこそ、フル・フロンタルはそのガンダムタイプのモビルスーツを早々に排除することを決め、岩礁から飛び出し、不意打ちをかけた。けれど敵はまるで背中にも目が着いているかのようにこちらの射撃を回避。そのまま突っ込んで仕掛けた近接戦も銃剣型のロングビームサーベルで受け止めて見せた。

 

「この感じ……キュベレイのパイロットか!」

 

 敵は一旦鍔迫り合いを止めて間合いを離すと、今度は楕円軌道を描いてシナンジュの側面から斬りかかってくる。姿勢制御しつつ斬撃。切り結ぶ。弾き返したかと思えば今度は突きの連続。これを鬱陶しく感じたフル・フロンタルはバックブーストを駆けて一旦距離を取った。

 

 敵は銃剣型のビームサーベルの利点を活かし、そのまま先に発砲。

 

「ええいッ!」

 

 フル・フロンタルは舌打ち混じりに機体を振り回し、その正確な射撃を躱し続けた。

 

「キュベレイのパイロット……さらにやるようになった!」

 

 背後で行われようとしているユニコーンとクシャトリヤの激突を邪魔させないため、足止めするつもりだったが、これではどちらが足止めされているのか分からない。苦笑しながらビームライフルを抜き、応射する。

 

 敵モビルスーツも滑らかに機体を操り、危なげなくこちらの射撃を躱してみせる。技量もそうだが、機体もキュベレイより高性能なものになっている。先の戦闘より二人の力の差は明らかに縮まっていた。しかし———

 

「ハマーンの再来かと思われる人間を、よりにもよってZ系列の機体に乗せるとはな。連邦にも諧謔というものを解する人間がいると見えるッ」

 

 それでもなおフル・フロンタルにはこの状況を楽しむ余裕があった。敵が持ち出してきた機体は良いものであるが、それでも所詮は一世代前の量産機。このシナンジュとはまだ明らかに差があったのだ。それが残念ですらある。

 

 もしやリ・ガズィに乗るアムロ・レイをサザビーのコックピットから見ていたシャア・アズナブルも同じように感じていたのだろうか。ならば自分も同じようにここは見逃すべきだろう。あるいはそれが、あの二人の決着と同じく失着になるのかもしれないが。

 

 大破したクシャトリヤがガンダム化したユニコーンに確保されたとの連絡を受けたフル・フロンタルは計画通り、敵を振り切り撤退するのだった。

 




この後の展開。

ハマーン「大佐のぱちもん殺せへんかった…まあでもガンダムとパイロットは戻ったし…ミネバ様の命令は成功やんな」
ハマーン「ミネバ様、今戻りました…………ってあれ?」
ミネバ(書き置き)『ちょっと地球に行ってきます。探さないでください』
ハマーン「…………私に付き従えって、さっき言ってた人間がソッコーいなくなるとか、ウッソだろお前wwwww(泣)」


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棄てられた人形たち

バナージ「女の汗は甘い……」
ハマーン「キモすぎる……」



 ウェイブライダーが緩やかにネェル・アーガマ格納庫へ進入した。そこでモビルスーツ形態へと移行。あとは二足歩行でモビルスーツデッキへと戻る。所定の位置で動力を落として。そしてそのコックピットから華奢な人影が飛び降りた。

 

 ふわりと床へ降り立ったその人物は、煩わしげにノーマルスーツのヘルメットを取る。外気に晒され、切り揃えられた髪が柔らかに広がった。美しい少女の顔。ミネバの命で戦闘に参加したハマーンだ。

 

 緊張状態が強いられる戦闘が長く続いたからか、額や首筋には汗がにじみ出て、そこに葡萄色の髪が幾筋か張り付いている。少女ながら色気を感じさせる風情ではあったが、同時にそれが彼女の消耗を物語っていた。

 

 近寄ってきた機付長に整備のポイントを伝えた彼女は、慌ただしく格納庫を後にする。その足取りは焦燥に満ちていた。その脳裏に先の戦闘の記憶が生々しく蘇り、彼女を苛んでいたのだ。彼女がその手で葬った、ガザCやその強化型と思われる機体。それにジオンのモビルスーツたち。砕け、散っていく様がフラッシュバックしていた。

 

 ハマーンは救いの手を求めて艦内を彷徨う。彼女に戦うよう指示を出した主からの許しを得るために。主がどこにいるかは分からない。けれど彼女のNTとしての直感であれば主の存在を感じ取れるはずで。だからとにかく艦の中心へ足を向けていた。

 

 ハマーンの主を捜し求める感応の輪が広がっていく。彼女を中心に。その輪はやがてネェル・アーガマの外周へ至って。けれどなぜか主の存在を感じ取ることはできなかった。

 

 ———え……?

 

 戸惑いからハマーンの足が止まった。主の存在を感じ取れない。主はこの艦にいない? いやそんなはずは。

 

 思考停止に陥ったハマーンは、だから通路の曲がり角の先から来る人間に気づかなかった。あわやぶつかりそうになる二人。

 

「きゃっ!?」

「……あっ」

 

 曲がり角から現われたのは、ハマーンとそう歳が変わらないと思われる少女。ミコット・バーチだった。ミコットはぶつかりそうな相手がハマーンであることを認識すると不思議そうな顔をした。そして口にした言葉は。

 

「あれ……? あなたは一緒に行かなかったんだ?」

「…………どういう意味?」

 

 ミコットの言葉の意味が分からず、眉を顰めて聞き返すハマーン。次にミコットが口に出した台詞はハマーンに衝撃を与えるものだった。

 

「あのジオンのお姫様が地球に行くのにてっきり着いていったのかと。あなた護衛なんでしょう?」

「………………え?」

 

 頭を殴られたような衝撃に、ただ疑問の声を漏らすハマーン。そこでミコットは自分の失言を悟った。ハマーンは何も伝えられていなかったのだと気づいたのだ。きっと側近にも内密なミッションだったのだと。

 

「ミネバ様が地球に行った……? どういうこと!?」

 

 先の戦闘前から感情を出すことがなかったハマーンが今、焦燥に駆られてミコットを問い詰める。その鬼気迫る態度にミコットもおされ、隠し仰せることができなかった。彼女を連れ出したのがリディであること以外は全て話してしまう。

 

「その……地球で彼女にしかできないことをするって…………戦争を止めるために。だからさっきの戦闘の最中に連邦のパイロットさんと地球へ降りるって……」

 

 今から追いかけてももう間に合わないとは思うが、もしかしたらこれをきっかけにミネバが連れ戻されてしまうかも知れない。そう思った。けれど起きたのはミコットが予想もしない事態だった。

 

 ———ミネバ様が地球に降りた? 戦争を止めるため? 私には何も言わず?

 

 ミネバの真意がどこにあるのかは分からない。あるいは重要な役割を果たそうとしているのかも知れない。けれどそんなことはどうでも良くて。

 

『ここには私がいます。私だけはあなたのことを知っている。私がこの世界に寄る辺の無いあなたに生きる意味を与えます。ハマーン。この私に付き従いなさい。それがきっとあなたがここへ現われた理由です。私はあなたを必要としていますよ』

 

 あの言葉はいったい何だったのか。ミネバは自分を必要としていたのではないのか。自分といっしょにいるのでは。……そしてハマーンの拠り所は。

 

 今再び、ハマーンの足下はガラガラと音を立てて崩れ落ちていった。そしてもうすくい上げるものはない。

 

 ハマーンの視界が暗転する。脚から力が抜け、膝が落ちる。そしてそのまま体が傾いでいった。

 

「ち、ちょっと!? あなた、大丈夫ッ!?」

 

 ミコットの言葉に応える声はなかった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 遡ること数時間前。もう間もなくパラオ攻略戦が始まろうとするタイミング。ミネバはもとの独房で軟禁状態へと戻っていた。現状彼女にできることはもう何もなく、ただ作戦の成功を、バナージとハマーンが無事戻り、パラオの民間人に被害が出ないことを祈っていた。

 

 その時。食事の時間となったらしく扉についている小窓から軍用食糧が差し入れられた。これまでと同じように。けれど今回は違う点が一つ。殴打音と兵の呻き声、そして人が倒れる音が続けざまに響いた。

 

 明らかな異常事態に警戒するミネバ。そして部屋ののぞき窓から覗いたのはリディだった。扉が開くと同時に監視カメラが止まる。リディは気絶させた歩哨をミネバと入れ替えるように独房へ詰め込むと。

 

「俺と一緒に来てくれ。地球に降りる」

 

 そう言って戸惑うミネバへノーマルスーツを差し出した。ミネバがノーマルスーツを着込んだところで、リディは格納庫へ先導する。その道すがら、この不可解な行動の意図を説明した。

 

 何でもリディの実家、マーセナス家は連邦政府初代首相でラプラス事件で非業の死を遂げたリカルド・マーセナスを先祖に持つ名門政治家一族の家系とのこと。父ローナンも地球連邦政府中央議会の大物議員であり、ミネバを引き合わせることができる。そうすればこのラプラスの箱を巡る争いも止められるのではと言うのだ。

 

 戦闘前で慌ただしい中、人の目を避けて辿り着いた格納庫。リディの目当ては、パラオ攻略のための補給物資として運び込まれたモビルスーツ、デルタプラスだった。

 

「この機体ならオプション無しでも大気圏を突破できる。その上、戦闘予想時刻にはパラオと地球が最接近してる。それでも二日かかるし、食糧も水も最低限しか積み込めない。厳しい道行きになるが」

「このまま出立するのですか? せめてハマーンを……」

「ハマーン……護衛の少女か? すまないがそれは無理だ。ネェル・アーガマの目を盗んで地球へ向かうには今しかない」

「けれど……彼女を置いていくわけには」

「諦めてくれ。そもそもさっき言ったとおり、水も食糧も最低限しかないんだ。とてもじゃないが人員を増やすことはできない……どうする?」

「…………」

 

 ミネバの迷いを察したのかリディはミネバに判断を任せた。これにミネバは即答できない。リディの提案は渡りに船だった。袖付き、現ネオ・ジオンにおいて、ミネバは象徴ではあっても力なき存在。実権はフル・フロンタルが握っており、だからこそ彼女はインダストリアル7に単身乗り込むしかなかった。けれど連邦の大物と直接対話できるのであれば道が開けるかもしれない。本来一二もなく飛びつくべき話だ。

 

 しかし。一人の少女の存在がミネバへブレーキをかけていた。

 

 時のまれびと。寄る辺なき少女。本来この時とは縁のないはずの彼女を争いへと巻き込んだのはミネバだった。いや、巻き込んだなんていうのは言葉を飾り過ぎだろう。ミネバが投じたのだ。贄として捧げたと言ってもいい。

 

 何も分からぬうちに押しつけ、その上に壊して、依存させた。

 

 そんな彼女に何も言わぬまま放置していっていいのか。いいはずがなかった。またも戦場に送り出した彼女。それが戻ったとき、自分がいなくなっているとなればどうなってしまうのか。それは想像に難くなかった。

 

 ハマーンと世界。二つが彼女の天秤に乗っているのだ。瞑目し深く思考に沈んだ彼女が迷った末に出した答えは。ザビ家の人間としての彼女の答えだった。

 

 そして、その直後にミコットと遭遇したのだった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「……意味です?」

「……とでも……思わなければ…………立場がないよ……」

 

 ———……?

 

 隣から響く声にハマーンは目を覚ました。ぼおっとしたまま首を振り周囲を見渡す。どうやら自分はベッドに寝ているようだった。そこはネェル・アーガマの医務室。

 

 ———そうだ。私倒れて。…………ミネバ様がいなくなったって。

 

「だが……ガンダムは止まった。お前の意思が、お前の中の根っこがシステムを屈服させたんだ」

「根っこ……?」

 

 隣の会話は続いている。まだ年若い男女の会話。ハマーンは顔を覆いながらそれを聞くとも無しに聞いていた。

 

「私たちにはそれがない。だからマシーンと同化できてしまう」

 

 ———根っこがない……か。

 

 ハマーンは口元に皮肉げな笑みを浮かべた。まるでそれが主に置いていかれた自分のことを言い表しているようで。

 

「私のことはいい。バナージ、たとえどんな現実を突きつけられようと”それでも”と言い続けろ。自分を見失うな」

 

 ———たとえどんな現実を突きつけられようと? 意味も分からず時を越え、一人この時代に放り出されても? 未来の自分は死んでおり、あまつさえ歴史上稀に見る大虐殺者となっていても? そしてその状態で縋った唯一の希望が去ってしまっても? それでも歯を食いしばって立ち向かえとでも言うのだろうか。

 

 そうしてハマーンの千々に砕けたはずの心に浮かんだのは小さな苛立ちだった。もちろん自分に対して言っているのではないと分かっていても。それでもだ。この偉そうにご高説を垂れ流す女はなんなのか。その顔くらいは拝んでやろうと思って隣のベッドとの間を遮るカーテンを開いた。

 

 

 突然のことに驚いたのか、あるいは隣のベッドに人がいるなどと思っていなかったのか。そこにいた二人は目を丸くしてハマーンを見ていた。一人は少年。勘の良さそうな顔をしているが、特に特徴的というわけでもない。バナージと呼ばれていた。おそらくこの少年がガンダムのパイロット。無事救出されたらしい。

 

 もう一人はオレンジ髪の自分と同じか少し年上ぐらいに見える女。初めて見る顔のはずだがどこか見覚えがあった。整った顔に浮かぶ驚きの表情がハマーンを認識して憎悪へと変わる。そして突き刺すような敵意が発される。そこでハマーンはこの女が何者か気づいた。覚えのある敵意だった。

 

「……エルピー・プルか」

「お前、ハマーン・カーンッ!!」

「マリーダさんッ!?」

 

 そう思えば確かに面影がある。あの子供も10年経てばここまで育つか。衰弱した体を押して自分に飛びかからんとするマリーダを観察して他人事のように考えているハマーン。バナージは訳も分からずマリーダを必死に取り押さえた。

 

 ———第一次ネオ・ジオン抗争の末期ではグレミーがクーデターを起こしたらしいが、その時に私への敵意を刷り込まれたか。……借り物の憎悪に7年経っても囚われるか。主を失った強化人間、憐れなものね。

 

 ハマーンはマリーダのその様子を見て内心嘲笑った。けれど同時に自嘲もしてしまう。

 

 ———でも、私も同じようなものか。主の命令通り動くことしか出来なくて。けれど主に見捨てられて。それでも自分の意思ではどうすることもできない。……そう言えば今の私はこの時代の自分のクローンということになっているのだったか…………まるっきりこの子と同じじゃない。

 

 あるいはミネバに捨て置かれたことで、彼女に怒りや憎しみを向けることができていれば、良かったのかもしれない。けれどハマーンは自分の無価値さが引き起こしたことと認識し、より自分を傷つける方向へ向かってしまっていた。

 

 我が身と重ねながら、ハマーンはただ見つめていた。自分への憎悪を滾らせるマリーダが、そのボロボロの体を押さえつけられ、駆けつけた医師に鎮静剤を打たれ、意識を失っていくところを。

 




やったねハマーン様! 仲間(同類)ができたよ!(白目)


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踏み出した一歩

マーサ「ハマーンって呼ばれてるNT少女…そんなんおらへんやん普通、そんなんおる? 言っといてや、おるんやったら…」
アルベルト「いや、なんも聞かれてへんし…」
Z+「マスターNTR回避、やったぜ!」
黒獅子「ぐぬぬ…こ、こっちにはプル⑫がおるし(震え声)」
Z+「あ、お前の真の搭乗者、キチ入った横恋慕フラレ男やから」
黒獅子「ウッソだろお前wwwww」
Z+「本当なんだよなぁ…」


「嫌ですよッ!」

 

 ネェル・アーガマ艦長室にバナージの怒声が響く。それに対してダグザはあくまで冷静だった。

 

「頼んでいるつもりはない。ラプラスプログラムが指定する座標宙域でユニコーンを稼働させれば新たな封印が解ける可能性が高い。私が同乗する。君には当該座標まで機体を運んでもらいたい。これは命令だ」

「見たでしょ。あれがパラオでどうなったか……」

 

 パラオで自分の意思に反してクシャトリヤごとマリーダを痛めつけたこと。それがバナージにとってはトラウマになっているらしかった。ダグザの言に頑として応じない。同席するコンロイは処置無しといった顔をし、この部屋の主であるオットーは会話に口を挟まず、似合わない趣味でもある紅茶を振る舞う準備をしていた。

 

 そしてもう一人、ハマーンはバナージの隣に座り、彼ら全員を興味なさげに眺めていた。

 

「俺は軍人じゃないんだから命令を聞く必要はないはずです」

「確かに義務はない。だが責任はある」

 

 ———義務ではなく責任……。

 

 この時ハマーンは初めて興味を示した。いったいダグザは何を伝えようとしているのかと。そうして視線を彼に向けた。

 

「君はもう三度の戦闘状況に介入した。強力な武器を持ってだ。それで救われた人間もいれば、命を絶たれた者もいる。敵味方に関わりなく、君はすでに大勢の運命に介在しているんだ。その責任は取る必要がある」

 

 ———戦闘で敵の命を奪ったのは私もだ。私もこの時代の誰かの運命に介在している? 私もこの世界で何らかの責任を負ったのだろうか?

 

 それはハマーンにとって意外な言葉だった。ただ状況に流されているだけだったつもりの自分もこの時代に確かな足跡を残しているのだろうかと。

 

「……どうやって?」

「やり遂げることだ」

 

 ダグザの言葉に迷いながら、それでも挑むように尋ねるバナージ。それに返ってきた答えは力強く、そして明快だった。

 

 ———やり遂げる……それがこの時代に対して責任を果たす……生きるということ?

 

「死ぬまで戦えって事ですか? それともこの訳も分からない宝探しに最後まで———」

「それは自分で考えろ。今の君は目の前の困難から逃げようとしているだけだ」

 

 伝えるべきことは伝えたと思ったのかダグザは今度はハマーンへと向き直った。そして彼女に依頼する。

 

「指定座標では何が起こるか分からない。それこそ袖付きの襲撃があるかもしれん。残念だが戦力は不足している状況だ。君にも周辺警戒要員として参加してもらいたい」

 

 自分にとってのやり遂げるとは何なのかを考えているハマーン。この時代で彼女が戦闘を繰り返したのは何のためか。ガンダムを護ること。あるいはそれこそが———

 

「……了解」

 

 ハマーンがあっさりと了解を返すと、ダグザは頷いて席を立った。コンロイがその後に続く。その背中にバナージはまたも噛みついて。けれど取り合うことなくそのまま艦長室を出ていった。

 

 そこで張り詰めていた糸が切れたのかバナージは力を落とし、その身をソファへと沈めた。そして俯いた状態から横目でハマーンを見上げて問うてくる。

 

「君はいいのか? 戦闘に参加することに迷いはないの?」

「……ガンダムを護ること、それがミネバ様の命令だから」

 

 それに対してハマーンはすげなく答えた。

 

「命令って……君みたいな子にオードリーはいったい何を考えて…………いや、そうじゃない。命令だからって君みたいな子が戦っちゃいけないんだ。人を殺すことになるかもしれないんだぞ?」

「……関係ない。私はミネバ様の命令に従うだけ」

「そんな……」

「それに私は既に二度出撃してる。とっくに何人も殺してる」

「だからってもっと殺していいってことにはならないだろッ!」

 

 目の前の可憐な少女がモビルスーツで人の命を直接奪う。それもユニコーン=バナージを護るためにだと言う。そのことにいたたまれなさを感じたバナージは何とか翻意を引き出そうとするがハマーンは一切感心を示していなかった。目の前の少年を無視して先のダグザの言葉を考え続けていた。

 

「まあ、そう声を荒げるな」

 

 噛み合わない二人の間を取り持つかのように言葉を差し込んだのはオットーだった。湯気の立つ薫り高い紅茶が注がれたティーカップを二つ。ハマーンとバナージの前へそっと置く。そうして本人はもう一脚ティーカップを抱えて対面のソファーへと腰を下ろした。そしてバナージに諭すように話し始めた。

 

「ハマーン君に苛立ちをぶつけるのは筋違いというものだ。どうしてもいうならそれはあのプリンセスに言うべきだろう。年端もいかない少女に酷な任務を押しつけたて、無責任に消えたのは彼女なんだから」

「オードリーはそんなッ」

 

 大切な少女を貶されたように感じ、バナージは反発を示す。けれどオットーはそれをあっさりと認め話を変えた。

 

「そうだな。そうかもしれん。何かやむにやまれぬ理由があったのかも。だからこれ以上それについては言わんよ。俺が言えるとしたら……そうだな。彼らをあんまり嫌ってやるなということぐらいだな」

「……彼らって……ダグザ中佐たちのことですか?」

「そうだ。君には酷な言いようだっただろうが、ああ言うしかないのが彼らの立場だ」

 

 そう言ってからオットーは話し出した。パラオの、バナージ救出作戦が開始される前の一幕を。

 

 パラオのネェル・アーガマ一隻での攻略、ユニコーン奪還という命令が参謀本部から下されたとき、オットーを始めネェル・アーガマクルーは腐っていたらしい。これは上層部の責任逃れのために下された、無為に死んでこいという指示なのだと。けれどそんな中ダグザが言ったというのだ。

 

『これは人質救出作戦だ。我々は彼に借りがある』と。

 

 そうして最後にこうまとめた。

 

「人が人に負うべき責任をダグザ中佐はまっとうしようとしている」

 

 ———人が人に負うべき責任をまっとうする……そうすれば私も何か変わるのだろうか。変われるんだろうか?

 

 オットーのその言葉はダグザの言葉を頭の中で吟味し転がし続けていたハマーンに一定の示唆を与えた。

 

 ——— …………やり遂げる。責任をまっとうする。それはきっと同じこと。だからきっと私にとってのそれは。

 

 これはミネバから命令されたことでもあるのだから。そう自分の中で言い訳をつけて。そうして人形は歩き始めた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

『俺は連邦という巨大な装置の部品。歯車だ。与えられた役割を果たすだけだ』

『俺は何一つ確信を持てない。敵と味方の区別だって……そんな人間に武器を手にする資格なんて無いでしょう』

 

 地球低軌道上。ともすれば地球の引力に惹かれかねない場所をウェイブライダーが進む。そのコックピットシートでハマーンは聞くとも無しに聞いていた。隣を飛ぶユニコーンの中で交わされているバナージとダグザの会話を通信越しに。

 

 周囲にはリゼルやジェガンといったネェル・アーガマ所属のモビルスーツたちもいる。その他にエコーズのロトも。みなユニコーンの護衛兼調査隊としてきていた。ラプラスプログラムが示した座標。そこへ向かっているのだ。

 

 その場所は一つ特別な意味を持っている。宇宙ステーション首相官邸ラプラス。テロで砕け散って地球周辺を周回するその残骸が午前0時に通過するポイントなのだ。怪しいと言えばあからさますぎて逆に、というほどの場所だった。

 

 やがてラプラスの残骸とランデブーし、ユニコーンが午前0時にゼロポイントへと至った。けれどしばらく経っても何も起きない。これははずれだったかと誰もが思い始めた頃、ふいに何かの音声が流れ始めた。

 

 それは宇宙世紀が始まる直前、まだ健在だったラプラスにて行われた初代連邦政府首相リカルド・マーセナスによる演説。それがなぜかユニコーンから無差別に垂れ流されていた。思いもかけぬ事態にみなが警戒態勢に入ったその時。

 

 ———なにか来た……これは敵意!

 

 ハマーンの感覚に反応するものがあった。ネェル・アーガマに悪意を持って近づくもの。そして次の瞬間、ラプラスの残骸を突き破ってユニコーンが飛び出した。そのままネェル・アーガマの方へ飛び去ろうとする。バナージも敵の接近を感知したらしかった。

 

 即座にハマーンも機首を返す。スロットルを開けて加速。ユニコーンの後を追った。

 

『モビルスーツ各機、現状の任務を放棄し母艦へ帰投せよ』

 

 ネェル・アーガマでも察知したらしい。直掩に戻れとの指示が来る。そして。

 

 突如向かう先から火線が伸びてユニコーンを襲う。避けるユニコーン。火線はハマーンの乗る機体にも迫った。ロールをかけて回避。どうやら待ち伏せの部隊が置かれていたらしい。長距離砲装備のギラ・ズールが三機編成でそこにはいた。

 

 ユニコーンがハイパー・バズーカ装備のまま突っ込む。挨拶替わりに一発撃ち込むが弾速の遅いバズーカは簡単に躱された。通信からダグザとバナージの言い争いが聞こえてくる。ビームマグナムを使えと指示するダグザに拒否するバナージ。

 

 ユニコーンは更にギラ・ズールに接近して放つことで弾速の遅さを補った。武装と片腕を失って撤退するギラ・ズール。そこまでしてバナージがバズーカにこだわる理由はその直後の通信で明らかになった。

 

『遊びのつもりか、貴様! 敵は墜とせる時に墜とせ! お前が見逃した敵が味方を、お前自身を殺すかもしれんのだぞッ!!』

『遊びなもんかッ! 自分が死ぬのも、人が死ぬのも冗談じゃないって思うからやれることやってるんでしょッ!!』

 

 どうやらバナージは不殺を貫きたいらしかった。それはそれで立派な考えなのかもしれないがハマーンには関係ない。容赦なくギラ・ズールを一機火の玉に変えた。

 

 残る一機のギラ・ズールは思い切りよく火砲を投げ捨てユニコーンに格闘戦を仕掛け、一度交錯した後はネェル・アーガマに向かって飛び去っていった。その後を追うべきかもしれない。けれど。そうさせないものがやってきた。

 

 ひときわ強力な火線がバナージを、続けてハマーンを襲う。回避して砲撃がきた方向を見ればこちらへ猛スピードで迫る赤い彗星、シナンジュ。その後を追うのはベースジャバーに乗ったギラ・ズールたち。

 

 ギラ・ズールの長大な火砲から猛烈な勢いでビームが吐き出され、ハマーンの乗る機体を追い回す。回避に次ぐ回避。一方のユニコーンはシナンジュにラプラスの残骸へと押し込まれていく。二機は分断されてしまった。

 

 ウェイブライダー形態ではビームライフルを進行方向にしか放てない。反撃の暇無く降り注ぐギラ・ズールの砲撃に追い立てられながらモビルスーツ形態へのトランスフォームのタイミングを探るハマーン。その時聞き流していたユニコーンからの通信に引っかかるものを感じた。

 

『俺が外に出たらお前は奥まで移動して合図を待て』

『何をするつもりなんです……?』

 

 ———まさかユニコーンの外に出ようとしてるの!?

 

『歯車には歯車の意地がある。お前はお前の役割を果たせ』

『俺の……』

『ここが知っている。自分で自分を決められるたった一つの部品だ。なくすなよ』

 

 その会話を聞いたハマーンの脳裏をあるイメージが襲う。その中では歩兵用のロケットランチャーを担いだノーマルスーツ姿の人物が敬礼をしていた。そしてその彼を赤いモビルスーツのビームソードアックスが薙ぎ払って———

 

「———ダメぇッ!!」

 

 降り注ぐビームの雨の合間を縫うように、モビルスーツ形態へと移行しようとする灰色の機体。腕が自由になった瞬間に、まだ変形途中のそのままにビームライフルを抜き撃った。ギラ・ズールたちへの牽制射撃。そして変形をキャンセルし、再びウェイブライダーに戻る。全力でスラスターを噴かせた。

 

 ハマーンはウェイブライダーをその持てる限りの加速でユニコーンとシナンジュが消えたラプラスの残骸へ突進させる。彼女の瞳には不思議と内部で行われていることが見えていた。威力を絞ったビームライフルを放ち、残骸の外壁を赤熱させる。そして強度の落ちたそこへ迷うことなく機首から突っ込んだ!

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 ビームソードアックスを振りかぶったシナンジュを見てダグザは覚悟を決めた。彼が次に選んだ行動は敬礼を送ること。彼の希望へ。全てを託すために。そして次の瞬間。

 

『なにッ!? ええいッ!』

 

 轟音とともになにか尖ったものがラプラスの外壁を突き破って出てきた。シナンジュも直前に気づいたのか、斬撃を止め背後へのけぞっていた。そうしてなければ突きだしたものにコックピットを押し潰されていたかもしれない。

 

『危うくあの男の二の舞になるところだったな』

 

 外壁を突き破ってきたもの、それはウェイブライダーだった。すぐさまモビルスーツ形態へと変わる。変身した灰色の巨人がシナンジュを睨み付け、左腕を伸ばし敵機からダグザを庇う。反対の手にはいつの間にかビームサーベルの柄を握りしめていた。ダグザはその正体を悟る。

 

「ゼータプラス……彼女に救われたか」

 

 膠着状態に陥る二機。そのうち赤い方を横合いから強力なビームが襲った。ユニコーンのビームマグナムだ。こちらもいつの間にかガンダム形態へ移行している。続けてビームマグナムを連射。シナンジュを追い立てる。

 

 シナンジュも回避しつつ応射するが火力の差はいかんともしがたく、外壁を突き破って飛び去っていった。ユニコーンも後を追う。その間、ハマーンは機体でダグザを包みこむように屈み、残骸内で荒れ狂うビーム粒子から守っていた。

 

 やがて二機が飛び去ったところでゼータプラスが身を起こす。そしてダグザへと手を差し伸べて。

 

「いや、私はいい。君はバナージの援護に向かってくれ。NT-Dが発動したとはいえ、相手は赤い彗星の再来。楽観はできん」

『でも……』

「大丈夫。こちらはこちらで何とかネェル・アーガマに戻るさ」

『…………了解』

 

 ゼータプラスが背を向ける。ユニコーンたちを追って飛び立とうとするその背中へダグザは声をかけた。

 

「君に命を救われた。君が今日ここにいたこと、その存在に感謝する」

『……うん』

 

 ゼータプラスがウェイブライダーへと姿を変え飛び去る。その姿をダグザは敬礼で見送った。それはハマーン自身は気づいていない、けれど彼女がこの時代で初めて命令じゃない、自分の意思で為したことの結果だった。

 




裸男「ヘルメットがなければ、いやジ・○に乗っていたら即死だった」
木星帰りの男「私だけが…死ぬわけじゃ無い…貴様の心も、一緒に連れて行く…」
裸男「あ、お前映画版で連れて行けなくなったから。一人で死んでどうぞ」
木星帰りの男「!?」
裸男「ワロスw」
木星帰りの男「ん゛ん゛ん゛ん゛!!!」
裸男「え、ちょ? コックピットブロック握りつぶそうとするのやめ…イヤぁぁッ」
木星帰りの男「\\デデーン♪//」


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ウェイブライダー

ギルボアさん「ダグザが助かったのなら俺もきっと」ウキウキ♪
作者「お、そうだな(適当)」



 ダグザに見送られ、ラプラスの残骸を飛び出したハマーンのゼータプラス。周囲を見渡すが既に場所を移したのか、ユニコーンもシナンジュの姿も見えない。ユニコーンが破壊したのかギラ・ズールの残骸が一機漂っているだけだった。コックピットブロックを貫かれた状態で。

 

 ミノフスキ-粒子が散布された影響でレーダーの利きも良くなかった。仕方なくNTとしての直感に従って動くことにする。戦闘の空気を探って。そして意思のぶつかり合いのようなものを感じた。

 

 ウェイブライダーの機首をそちらへと向ける。地球がぐんぐん近づいてきた。やはりそこでは戦闘が継続しているのか、ビームの瞬きが地球上に輝いていた。やがてハマーンの肉眼でも捉えられるところまで至った。

 

 ハマーンが彼らを有視界に収めたとき、ユニコーンとシナンジュは未だ戦闘を続けていた。正確にはユニコーンが執拗にシナンジュを追い続けている。既に地球の引力に引かれているのは確実。それどころか既に大気層に片足突っ込んでいるのか装甲表面が赤熱化し始めている。ハマーンはユニコーンとの間の通信が回復した瞬間に警告した。

 

「バナージ・リンクス。戻りなさい。地球の引力に引かれ始めている。そのままじゃ重力の底に堕ちるわよ!」

『あんただけは、堕とす!!』

 

 バナージはフル・フロンタルへの怒りに燃えていた。ハマーンの警告を聞いた様子はない。

 

 ———私がダグザ中佐を助けたことに気づいてない!? ユニコーンの位置からは見えてなかったか!

 

「聞いて! バナージ・リンクス! ダグザ中佐は無事よ!! 戦闘を中止して戻りなさい!!」

『バナージ君。聞こえているなら止めろ! このままではお互いに大気圏で燃え尽きることになるぞ!!』

 

 シナンジュからも呼びかけてるのかオープンチャンネルでフル・フロンタルの声も飛んできている。が、バナージはかえって怒りを煽られたのか唸り声を漏らすだけだ。

 

 ———ダメ。怒りで周りが全く見えてないし聞こえてない。こうなったら直接押さえるしか!

 

 既にウェイブライダーのスラスター出力は全開。ジリジリと距離を縮めながらもハマーンは焦燥に駆られ続けた。

 

 ユニコーンは上昇するどころかシナンジュへ、より地球へと踏み込んでいく。シナンジュとの間に巨大なデブリが堕ちてくる。これで無理矢理にでも戦闘中止かと思われたが。まるでバナージの怒りに呼応するかのように、ユニコーンのビームサーベルが長大化し、デブリを引き裂いた。

 

 ハマーンはあまりのユニコーンの出力に驚きつつもユニコーンに向けて一直線に加速を継続。ついにウェイブライダーも大気圏に突っ込んだのか、映像が赤く染まり始めた。けれどハマーンが舵を戻すことはない。ペダルも踏みきったままだった。

 

 デブリを切り裂くことでタイムロスを最小限に抑えはしたものの、シナンジュとユニコーンの距離は既に格闘戦を仕掛けられるものではなかった。バナージは即断して、背中にマウントしていたビームマグナムを構える。

 

 シナンジュを照準に捉え、そして。通常のビームライフル四発分にも匹敵するその火力を解き放った。火線はシナンジュへと迫り直撃する———その直前、射線上にギラ・ズールが一機割り込んだ。

 

 ビームマグナムの絶大な威力は、袖付きの量産機の胸部装甲をあっさりと穿った。核融合炉を直撃したのか巨大な爆発が発生する。

 

『ティクマ……家族を……頼む……!』

 

「うぅんッ……!」

 

 ギラ・ズールのパイロットが死に際に残した思念。よほど強い思いだったのか、それが戦場を駆け抜け、NTであるハマーンの脳裏にも直撃した。その衝撃に、やりきれなさにハマーンが呻く。搭乗していたのがサイコミュを搭載していない機体で幸運だったかもしれない。サイコミュに増幅された思念を受け取っていたら操縦が停滞していたかもしれない。

 

 そしてより近くで、しかもサイコフレームという人の意思を増幅する機構を組み込んだモビルスーツに乗っていたバナージは。思考をオーバーフローさせたのか、「ギルボア……さん」と呟いたきり、気を失った。

 

 ユニコーンは一切の制御を失い地球へと堕ちていく。それを追いかけながらハマーンも必死にバナージへ呼びかけるが返事がない。

 

 ———ダメ。完全にパイロットは意識を失ってる。こっちで何とかするしかないッ。

 

 不幸中の幸いと言うべきか、パイロットが意識を失ったことでユニコーンは動きを止め、自由落下していた。空気抵抗に遭い、減速を始めている。ハマーンはウェイブライダーを操り、ユニコーンの下へと潜り込んだ。

 

 ウェイブライダーにズシンとした揺れが起こる。どうやら無事ユニコーンを背に乗せることに成功したらしい。そのまま機首を起こしスラスターを噴かす。どうにか地球の重力を振り切ろうとして。

 

 ———高度112キロ……さすがにもう自力で這い上がれないか。ならどうにかこのまま大気圏を突破するしかない!

 

 幸いにして地球低軌道でのミッションとなることが分かっていた今回の作戦では安全性を鑑みてリゼルなどウェイブライダー形態を取れる可変モビルスーツには大気圏突入用のセッティングが施されていた。もちろんこのゼータプラスも。

 

 ハマーンはマニュアルを引き出し大気圏突入シークエンスを開始する。姿勢を制御して底面を地球に向ける。こうして機体が超音速で大気を切り裂く時に発生する衝撃波に乗るのだ。それこそウェイブライダーの名の通りに。

 

 こうすることで機体にエアブレーキをかけて減速しつつ、衝撃波を大気圏突入時の断熱圧縮により発生する超高温からの壁とすることができるのだが……

 

「ダメ、か……」

 

 コックピット内にアラートが鳴り響く。モニタには機体の各所で発生する警告が表示されていた。耐熱限界超過。機体への異常圧力。損傷発生。このままでは大気圏突破を前にゼータプラスは空中分解し燃え尽きてしまうことが予見された。

 

 ウェイブライダーには本来モビルスーツを一機乗せて大気圏を突破する能力がある。けれどさすがに全開加速で地球に突き刺さらんばかりの角度で突入するなんて運用方法は想定されていない。

 

 速度が速すぎる分だけ断熱圧縮により発生する熱も高くなり、そして大気との摩擦で発生する圧力も大きくなる。そしてそもそもダグザ救出のためにラプラスの外壁をウェイブライダーで突き破るなどという無茶をしたがために機体を損傷していたようだった。

 

 ハマーンの額に汗が滲む。エアコンも機体そのものの冷却機能も全開のはずだが、それでも外部からの熱がゼータプラスのコックピットを侵していた。ノーマルスーツを着ていなければそれこそ発汗すると言う程度では済まなかったかもしれない。それももうあとどれくらい持つかという話ではあるが。

 

 ハマーンを諦念が襲う。あとは精々が姿勢制御を続けるくらいだが、それでは足りないことが分かっている。あるいは自分だけ助かるためにユニコーンを見捨てるという方法もあるが、それでももう間に合わないだろうと思われた。もうやれることはない。

 

 ———本当に?

 

『敵味方に関わりなく、君はすでに大勢の運命に介在しているんだ。その責任は取る必要がある。やり遂げることだ』

 

 ———私はまだ何もやり遂げていやしない。まだ道半ばじゃないかッ!

 

 ハマーンはリニアシートから身を乗り出すと、全天周囲モニターのあちらこちらへ視線を走らせた。その目が、何かこの危機を脱するものがないかと探し回っている。デブリ、モビルスーツの破片、その他にもいろいろと落下していくものがある。そして。

 

 ハマーンは見つけた。機体下方に自分たちと同じく大気圏突破を図るものを。ジオングリーンの三角錐のような形状の船。ハマーンは知るよしもないが、それは袖付きの偽装貨物船ガランシェールだった。

 

「あれを盾にすれば……」

 

 そして見つけてしまえばもう迷いはない。姿勢制御用のバーニアを操り、大気の中を滑るように移動する。ガランシェールの影に入った。大気を押しのける役目はガランシェールが負ってくれる。

 

 同時にクッションにしていた衝撃波も消える。ゼータプラスをモビルスーツ形態に変え、ユニコーンを押さえながらその船体へと着地した。二機のモビルスーツの重みを受けた船体がズズッと沈み込む。けれど何とか持ちこたえ姿勢を安定させた。

 

 そのまま降下していく。10分足らずの間に中間圏を抜け成層圏を通り過ぎ対流圏へと至った。

 

「これが……地球……」

 

 大気圏突入の間は生き残ることに必死でその余裕がなかった。ガランシェールの上に乗り、大気の底に至ってようやくハマーンはそれを眺める余裕ができた。眼下に浮かぶ雲。その更に下には海と大地。ハマーンにとっては初めての母なる大地だった。

 

 ガランシェールが雲を割っていく。ふわふわの白い物体を突き抜けてみれば降下していくガランシェールと入れ替わる様に上昇していく鳥の群れと行き会った。それはなんとも幻想的な光景。ハマーンは思わず目を奪われていた。

 

 船はさらに降下する。これはいくらなんでも。

 

 ———降下しすぎじゃない?

 

 ガランシェールのすぐ下方には地面が迫っていた。広がる砂の大地。砂漠のようだった。そしてついに船体が砂の地面へと接触する。

 

 ———これ、不時着しようとしてたのッ!?

 

 イレギュラーで降下中にモビルスーツ二機分の重量を加えたガランシェールは真の意味で持ちこたえたわけではなかった。ギリギリのバランスを保って不時着しただけだったのだ。砂との摩擦で急ブレーキがかかる。それでも硬い大地に激突するよりはマシだっただろうけれど。船体を強烈な揺れが襲う。

 

 砂上を滑るガランシェールをボードにして何とか振り落とされないようにバランスを取る。もう少し早めに気づけていれば安全に飛び降りられていたかもしれないが機を逸していた。そのまま波乗りは続き、そして目の前には砂丘が迫っていた。

 

 勢いよく砂丘に突き刺さるガランシェール。その上にいたゼータプラスとユニコーンの二機も同じく砂丘へと叩きつけられたのだった。

 




■NGシーン

ハマーン「ダメ、か……」

ハマーンの額に汗が滲む。エアコンも機体そのものの冷却機能も全開のはずだが、それでも外部からの熱がゼータプラスのコックピットを侵していた。

バナージ「女の汗は甘い…」
ハマーン「キモっ」(ロールしてユニコーンを振り落とす)
バナージ「アツゥイ!」
ハマーン「あ……」

燃え尽きるユニコーンを見てハマーンは目を逸らしつつスラスターを全開。地球の重力を振り切るのだった。

ハマーン「しゃーない。不幸な事故やった」
ミネバ「バナージぃぃぃ!」


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船長と少女

お気に入り1000件突破ありがとうございます。
平成も終わろうかというこの時代にハマーン様スキーがこれほどいるとは…
感無量でごわす。


「おい、お前ら……生きてるか?」

「返事がない……ただの屍のようだ……なんでそっとしておいてください、キャプテン」

「アホめ。本当に屍になりたくなきゃさっさと周囲の確認を始めろ、フロスト」

「ひでぇ。モビルスーツ二機を上に乗せたまま大気圏突破に不時着なんて離れ業を決めた俺にもっと労いの言葉とかあってもバチは当たんないんじゃないですかね?」

 

 予定外のアクシデントに見舞われたガランシェールは何とかアフリカは西サハラの砂漠へと不時着した。長々と砂漠を滑走した船は砂丘に刺さったことでようやく動きを止めたのだ。とんでもない衝撃を残して。

 

 その衝撃からようやく立ち直ったブリッジで船長のジンネマンはクルーの無事を確かめた。各自呻きながらも返事を返す中、フロスト・スコールだけは軽口で返してきた。それを無視してジンネマンは続ける。

 

「そのガランシェールをサーフボードにしてくれやがったモビルスーツ二機はどうなった?」

「あー……パイロットは気絶しているのか動き無し。ガランシェールと同じく砂丘に突っ込んでますよ。特にユニコーンはなんだありゃ、Inugami Familyかよ」

「なんだそりゃ?」

「西暦時代の古典ですよ。推理もので被害者があんなインパクトある死に方をするんです」

 

 フロストそう指さす先にはユニコーンの姿があった。頭から砂丘に突っ込み、大股開きの下半身だけが露出していた。なんとも間抜けな姿だった。毒気を抜かれたジンネマンは一つ頭を振ると、気を取り直すように言った。

 

「よし。クルーの半数は俺についてこい。とにかくパイロットを押さえるぞ。この状況で暴れ出されたらたまらん。残りはガランシェールのチェックだ」

「了解。船体チェックの指揮は俺がとりますよ。キャプテン」

「お前も着いてくるんだよ、ボケ」

「うぇー……」

 

 嫌がるフロストを引き摺ってジンネマンはブリッジを出た。

 

 

 

「まだ朝方だったのが不幸中の幸いだな」

「二度とこんなところには戻ってきたくなかったんですがねぇ……」

 

 砂漠の陽射しに打たれながら呟くジンネマン。その隣でフロストはぼやいていた。乗降用エアロックを開け、流れ込む砂に難儀しながらようやく外へと這い出た二人は擱座したモビルスーツへと歩みを進める。先に取り付いたのはユニコーンだ。

 

「トムラ。開けてくれ」

「了解です。キャプテン」

 

 ガランシェールのモビルスーツ整備担当、トムラが外部から制御してユニコーンのコックピットハッチへ解扉指示を信号を送った。パラオでの解析でこのあたりは解析できている。ほどなくコックピットが開いた。やはり見立て通り中のバナージは気絶していた。

 

 そして次はゼータプラスだ。ハッチ開放の準備を整えたトムラが視線でジンネマンに指示を請う。それにジンネマンは顎をしゃくることで答えた。彼の他にコックピットを取り囲んだ部下たちが銃を構えてその時を待つ。緊張が彼らを包む。ある意味バナージは見知った相手だったが今度の相手はそうではないのだから。

 

 プシュッっとエアが抜ける音とともにゼータプラスのコックピットも開放された。武器を棄てて出てくるように呼びかけるが中から反応は返ってこない。仕方なくフロストが率先してコックピットをのぞき込んだ。中ではノーマルスーツ姿の人物がコントロールパネルにうつ伏せるように倒れていた。こちらも気絶しているらしい。

 

 フロストたちがパイロットを運び出す。そしてゼータプラスの足下にできた日陰にそっと横たえた。慎重にヘルメットを外す。するとまだ幼さの残る少女の顔が現れた。その整った愛らしい顔にフロストは口笛を吹き。

 

「バナージのヤツ、こんなカワイイ子に助けられて降りてきやがったのか、隅に置けねぇな」

 

 などと皮肉めいたことを言っている。その後ろでジンネマンは息を呑んでいた。その少女の髪色に既視感を覚え、宇宙でフル・フロンタルが言っていたことを思い出したからだ。

 

「馬鹿な…………ハマーン・カーンのクローン……本当に実在したのか……?」

 

 戦慄と共に呟いた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「邪魔するぞ」

 

 一声かけてジンネマンはガランシェールの一室へ入った。そこに拘束されている少女が目覚めたという報告が入ったからだ。捕虜ではあるが相手は女だ。事前に声をかけたのは最低限の礼儀だった。

 

 同じく収容されたバナージは一足先に目覚めている。ガランシェールの影に入るまでユニコーンを庇っていたゼータプラスのコックピットはかなりの高温になっていたのか、パイロットの少女は熱中症も患っていた。その分回復が遅れたらしい。

 

 バナージは拘束していない。無駄なので。彼の方はすっかり無気力な状態になっていて、反抗はおろかまったく無気力な状態だった。その姿にジンネマンは心底うんざりさせられた。こちらはそうではないといいがなどと考えながら部屋へと踏み入った。

 

 そのジンネマンを紫水晶の瞳が見返していた。拘束されているというのにその瞳には恐れも、その反対に怒りもない。静謐を保っていた。目が覚めたら見知らぬ船に身動きできない状態でいるのにあまりに剛胆じゃないか。そう鼻白んでいるジンネマンに対して先に少女が口を開く。

 

「貴様は? ジオンの人間か?」

「……一応ネオ・ジオンだ」

 

 何の気負いもなく上からものを尋ねてくる少女に戸惑いながらも素直に答えるジンネマン。そんな自分に気づき、相手のペースに呑まれてなるかと話の主導権を握りにいく。

 

「お嬢ちゃん、あんたは現在俺達の捕虜になっている。こちらとしても年端もいかない女子供に手荒いことはしたくない。これからいくつか質問するが素直に答えてくれると嬉しいんだがね」

「答えるかどうかは聞いてから考える。まずは言ってみるといい。許す」

 

 けれど少女は変わらない。まるで相手の方が上の立場と錯覚しそうだ。いや、第三者がこの場にいたら間違いなくそう思うだろう。けれどここで声を荒げるのも大人げない。ひとまず向こうは質問を受け付けようとはしているのだ。そうまずは質問だ。

 

「それじゃあまずは……お嬢ちゃん、あんたの名前と所属を聞かせてくれ」

「ハマーン」

「ハマッ——!?」

 

 が、いきなりの爆弾発言にジンネマンは噴き出すしかなかった。そんな彼の態度にハマーンと名乗った少女は眉を顰めている。

 

「……自分から質問しておいて何だ? 人の名前を聞いてその態度、無礼であろう」

「い、いや……すまなかった」

「結構。それで貴様は?」

「は?」

「貴様の名を聞いている。人に名を問うなら本来、貴様から名乗るのが礼儀だぞ」

「……スベロア・ジンネマン。この船の船長をしている」

「そうか」

 

 もはやここまで来てジンネマンは話の主導権を握ることを諦めた。とにかく必要な情報さえ引き出せればいいのだ。どちらがマウントを取るかなど些細なこと。そう自分に言い聞かせて会話を続行する。

 

「それで……あんたの所属は?」

「アクシズだ」

「……ふざけているのか?」

「ごく真剣なのだがな……まあいい。ジオン共和国とでも理解しろ。あとは……そうだな。軍属ではない」

「軍属ではない……? あのキュベレイに乗っていたのはお嬢ちゃんなんだろう?」

「そうだ」

「モビルスーツのパイロットが軍属じゃないというのはどういうことだ」

「私はミネバ様専属の護衛だ。私兵のようなものだと考えてくれればいい」

 

 

 

「はぁ? なぜそれが俺たちネオ・ジオンと戦闘する?」

「私兵だと言っただろう。すべてミネバ様の命令だ。ユニコーンとそのパイロットをネオ・ジオンに渡すな。守れというな」

「そのためにネオ・ジオンの兵の命を奪ったと?」

「そうだ。ミネバ様の御ためなら連邦もネオ・ジオンも知ったことか。貴様らこそ、なぜザビ家の正当な後継者であるミネバ様に危険が及ぶような戦闘をした? 不敬であろう」

 

 その指摘にジンネマンは苦虫を噛みつぶしたような顔をした。そして話を変えにかかる。

 

「こちらにも事情があった。好き好んで姫様を危険に晒したわけじゃない……そもそも、なぜ姫様がユニコーンをネオ・ジオンから守るように言うんだ?」

「知らん。おそらくは私などには計り知れん深慮遠謀がお有りになるのだろう」

 

 ———パイロットの方は単純に気になる異性だったからなのかもしれないが……

 

 そんなことはおくびにも出さずハマーンは言い切った。

 

「それで、その姫様は今もネェル・アーガマにいるのか?」

「…………パラオでの戦闘直後に地球に降りられた。連邦政府に直接かけあって事態の打開を図るとのことだ」

 

 続くジンネマンの質問に少々迷った後、ハマーンは答えた。まあ真実を告げても影響はあるまいと考えて。あるいは何かあったときの保険になるかもしれない。ミネバを保護するための。

 

「なんだと!?」

「具体的にどこに行かれたのかは聞かれても無駄だぞ。私も知らん」

「お前は姫様の護衛なんだろうッ? なぜそれが行き先を知らん!?」

 

 つい声を荒げてしまったその一言はハマーンの心を多いに抉るものだった。それは劇的な反応を引き起こす。

 

「私の出撃中にいつの間にかいなくなってたんだッ! 何も言わずッ! 行き先なんて私が知るわけないでしょッ!!」

 

 これまで冷静に、いっそ冷徹に受け答えしてきた少女の突然の激高に、ジンネマンは彼女も置き去りにされたのだと気づいた。主に遺された命令を守り、そして不安に蝕まれながらも必死に強者の仮面を被っていたのだと。そこに気づいてしまえば目の前の少女の華奢な肩や四肢にどうしても目が行ってしまう。自分がこんな年端もいかない少女にどれほど酷なことを言っていたのか、嫌でも気づかざるを得なかった。

 

 ハマーンも自分の失態に気づいたのか、気まずそうな顔をして視線を逸らした。ジンネマンを視線を下ろし床を見詰める。そうして。どうしても聞きたかったことだけを最後に聞くことにした。

 

「マリーダは……パラオで鹵獲されたモビルスーツのパイロットは無事か?」

「……ああ。ネェル・アーガマで治療を受けていた。重症ではあるが命に別状はないようだった…………先の戦闘で出撃して以降のことは知らないが」

「そうか。情報感謝する」

 

 そう言ってジンネマンは踵を返した。そうして部屋を出て行こうとして扉付近まで進んだところで振り返る。

 

「なんだ? まだ聞きたいことがあるのか?」

「……お嬢ちゃんはハマーン・カーンのクローンなのか?」

「………………そうだ」

「そうか……」

 

 ハマーンの答えに頷くと去り際に一言残していった。

 

「そんなに無理して偉ぶって話す必要はないんだぞ」

「余計なお世話だッ」

 

 条件反射的に声を荒げたハマーンを見て今度こそジンネマンは部屋から出た。その表情を子供に向けるような慈しみと、そしていたたまれないというような歪みを混ぜ込んだ顔にして。

 

「……ホント…………余計なお世話なのよ……」

 

 静かになった部屋に残されたハマーンの呟きだけが響いた。

 




一方その頃…

リディ「俺は…とんでもないところに君を連れてきてしまった」ダキッ
ミネバ「……(うせやろ?)」
リディ「君の力になれると思ったのに…」
ミネバ「……(はーつっかえ)」
リディ「何があっても君だけは守る」
ミネバ「……(あほくさ)」
リディ「だからここにいてくれ…俺の傍に…俺を…ひとりにしないで」
ミネバ「……(バナージ元気かなー。会いたいなー)」
とりあえず腕だけはリディの背中に回すミネバ。

その後悲劇の主人公面したリディがお馬でパカパカ暴れん坊将軍ムーブしてシーン終了。



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砂漠をゆく

バナージ「近くのオアシス町までZ+でひとっ飛び♪」
核融合炉の妖精「ぬるま湯になんかつかってんじゃねぇよッお前ェ!」
バナージ「えええ……」
核融合炉の妖精「諦めんなよ!諦めんなよ、お前!!どうしてそこでやめるんだ、そこで!!もう少し頑張ってみろよ!ダメダメダメ!諦めたら!周りのこと思えよ、応援してる人たちのこと思ってみろって!あともうちょっとのところなんだから!俺だってこの1億2000万度のところ、エネルギーがトゥルルって頑張ってんだよ!ずっとやってみろ!必ず目標を達成できる!だからこそNever Give Up!!」

ということでZ+は故障。原作通り砂漠を行くことになりました。
核融合炉の妖精のお導きだからね。仕方ないね。


「ハァ……ッ……ハァッ…………ハァ……ハッ」

 

 夜の砂漠を三人の人影が進む。吐息の主はその中の一人。彼らの中でもひときわ華奢な体躯の持ち主だった。ターバン代わりに巻き付けた布の隙間からはワインのように鮮やかな紅色の髪の毛がのぞく。ガランシェールに拘束された少女、ハマーンだった。

 

 四日分の水を詰めこんだバックパックがほっそりとした肩にのしかかっている。柔らかな砂地は足を取り、ただ歩くだけで体力を消耗させた。踏破しようとしている距離は約60キロ。行程にして丸四日。ハマーンのか細い体にはあまりに酷な道行きだった。

 

 それがなぜこんなところを歩いているのか。それは同行者二人にある。ガランシェール船長ジンネマンとユニコーンの操縦者バナージ。サハラ砂漠に不時着したガランシェールはその衝撃で衛星通信装置を損傷していた。連邦の勢力圏である地球の、それも砂漠のど真ん中で友軍に連絡も取れず孤立してしまっていたのだ。

 

 事態を打開するためには近くの町まで出向いて、今も地球に潜むジオン残党と連絡を取る必要があった。モビルスーツが動かせれば話は早かったのだが、ガランシェールは砂に埋まってしまい、中のギラ・ズールたちを動かせず。ユニコーンはバナージにしか動かせず、そのバナージは放心して無気力状態。残る一機、ゼータプラスも元々宇宙用のセッティングが施されていたため、大気圏内運用のための調整が必要な上に、これまでの戦闘や大気圏突入でかなりガタが来ており、本格的な整備なしには動かせない状態だった。

 

 そのためジンネマンは徒歩で砂漠を抜けることを画策した。そのついでにバナージを連れ出して活を入れ直してやるとでも考えていたのだろう。そこにハマーンも同行を申し出たのだ。ミネバよりバナージを守るように命を受けたものとして。

 

 フロストらガランシェールのクルーたちは皆反対した。ハマーンのような如何にもか弱そうな少女にとって砂漠の横断という命がけの大仕事はあまりに酷過ぎると。けれどハマーンがそれを受け入れることはなく、そしてジンネマンもそこにどういう思惑があったのか了承した。

 

 だから今、こうして歩いている。夜の砂漠は昼から一転気温が落ち底冷えしている。そんな中でも重労働に汗が滲むが、あまりにも乾燥した空気に汗をかく端から蒸発していった。三人とも黙々と歩く。ハマーンは最後尾だ。

 

 そんな中、前を行くバナージの影が揺れた。波打つ砂地の頂点で後ろに傾いだかと思えばそのまま倒れて滑り落ちてきた。そこにジンネマンが踵を返しに助け起こしに行く。ハマーンも追いついた。

 

「馬鹿が。喉が渇いて無くても定期的に水を飲めと教えただろう」

「置いていってください」

「頑張れとでも言って欲しいのか?」

「だから放っておいてください。もう嫌なんです。何かに関わったり利用されたりするのも!」

 

 手を伸ばすジンネマンを拒み、背を向けるバナージ。それを叱りつけるジンネマン。

 

「そうはいかん。お嬢ちゃんが文句も言わず歩いているってのにお前はなんだ?……それにお前はパイロットだろう。被害者根性でふてくされるのは止めろ。堕とされたギルボアも浮かばれん」

「殺したかったわけじゃない! ダグザさんが殺されたと思って! 頭の中が真っ白になって!! それが許せないって思うならいっそひと思いに!!」

「嘘だな。お前の目はそんなこと納得しちゃいない。自分の生き死には自分で決めるってヤツの目だ。なら死ぬまでやせ我慢して見せろ。男の一生は死ぬまで戦いだ」

 

 そう言ってバナージの手に水筒を握らせ、また歩き出すジンネマン。バナージはその背を見送って、跪いたまま絶叫した。

 

「やりました……やったんですよ! 必死に!! その結果がこれなんですよ!! モビルスーツに乗って、殺し合いをして……今はこうして砂漠を歩いてるッ。これ以上何をどうしろって言うんです!? 何と戦えって言うんですかッ!?」

 

 心の底から搾り出すように吼え、そして苛立ちをぶつけるように砂を掴んで離れ行くジンネマンの背中へ投げかけた。その砂は当然相手まで届くわけもなく勢いを失って地に落ちた。まるでやり場のないバナージの怒りを表すように。

 

 そんな葛藤に抗う少年の姿をハマーンはただ見詰めていた。そしてポツリと呟く。

 

「誰かが……何かと戦え、殺せと命じたらお前はそれに従えるのか?」

「君は……いったい……何を言って……?」

 

 初めて自分から言葉を発したハマーンに驚くバナージ。ハマーンはなおも続けた。

 

「お前は低軌道上での戦いで抗っていた。ダグザ中佐の敵を堕とせという命令に。中佐の命令は合理的だった。お前自身の命を守る上でも、だ。けれど結局お前は自分の考えのもと戦った。そんなお前が今度は誰かの命令に従えると言うのか?」

「……それは」

「なら何と戦うのか……何のために戦うのかはお前自身が考えて決めるしかないんだろうさ」

「…………」

「……私なら……そんな拷問みたいな真似、願い下げだがな」

「あ……待ってッ」

 

 言うだけ言ってハマーンは歩みを再開した。バナージが慌てて起き上がりその背中を追いかけるが一顧だにしない。

 

 そう。最後の一言は紛れもなくハマーンの本心だった。考えてみれば戦いはいつでも向こうからやってきた。彼女が12歳になろうかというときには既に戦争は始まっていた。そして否応なく彼女も戦争に巻き込まれる。その一年後には家族とともに敗残の列に並んでいた。そうして難を逃れた先のアストロイドベルトでは憧れの人物から指導者へと推挙され、幼くして戦いの先頭へ立つことになった。けれど担ぎ上げられただけのことだ。

 

 戦うことの意味や、戦う相手を自分で考えたことなどない。ハマーンにとって争いとは常に押しつけられるもので、その相手も最初から決められていた。それを自分で決める?

 

 ———冗談ではない。そんな恐ろしいこと。

 

 だからこそハマーンは今もミネバから与えられた命令に従い、縋っている。けれど目の前の少年は、押しつけられる戦いに「それでも」と抗い、自分で考え、自分がやるべきこと探している。

 

 尊敬などではない。けれどなぜなのだろうか。弱音を晒す少年に助言めいたことを口にしてしまったのは。そのことを自問自答しながらハマーンは歩き続けるのだった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 北米。非人道的実験で悪名高きオーガスタNT研究所跡地。そこにビスト一族の要人二人がいた。ネオ・ジオンの強化人間マリーダ・クルスを運びこんだアルベルト・ビストと地球で合流したマーサ・ビスト・カーバインだ。

 

「アルベルト。この報告書にあるミネバ・ザビの護衛の少女というのは?」

「え? ええ……キュベレイに乗ってインダストリアル7に現れた少女です。何かの冗談でしょうかハマーンと名乗っていましたが——」

「なぜこれをもっと早く報告しなかったの!」

 

 あたふたと失態を誤魔化すように報告するアルベルトをマーサは一喝した。アルベルトはビクリと肩を跳ねさせた後、ボソボソと言い訳を続けた。

 

「ひィッ!? す、すいません……特に聞かれもしなかったものですから……」

「言い訳は結構! まったく少しは自分でものを考えなさいな。明らかに重要事項でしょうに……それでこの少女は今もネェル・アーガマに?」

「いえ。おそらくユニコーンとともに地球に降りたものと思われます。シャトルから彼女が搭乗しているはずの機体がユニコーンを乗せて大気圏を突破するのを確認していますので……今も無事かは不明ですが」

「そう……なら今からでも何とか手に入れることも可能かしら……」

 

 マーサはもうアルベルトから興味を失い、彼女自身の思索に耽っていた。

 

「彼女を上手く使えばプル・トゥエルブどころかミネバ・ザビよりもよほど……この男の論理が支配する世界を女の世界に……」

 

 そう呟く彼女の手に握られた端末に映し出される報告書にはワインレッドの髪を持つ少女の姿があった。かつて僅かな期間ながら世界をその手にした女帝と似通った容姿を持つ少女が。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 月明かりに照らされてできた岩場の影で焚き火がはぜる。その焚き火を囲むように三人が座っていた。既に旅程も3日目。明日の町到着に向けた最後の休憩だった。焚き火の上にかけた鍋で暖めたスープをカップに注ぎジンネマンが無言で二人に手渡す。

 

 スープを一口啜ったバナージは天を仰ぎ涙を零した。それを見てジンネマンが口を開く。

 

「なんで泣く?」

「あんまり綺麗で……」

 

 天にはいくつもの星が瞬いていた。それはきっと誤魔化しにすぎなかったけれど、それが話のきっかけとなった。ジンネマンも天を見上げて続く。

 

「地球が汚染されてるなんて話が嘘に思えてくるな……だが、ここいらの空も昔より汚れている。砂漠ももうダカールの喉元まで迫っているらしい。全て人間がやったことだ。乱開発にコロニー落としや隕石落とし……」

 

 ———その中の一つが私が落としたというコロニー……か。

 

 未来の自分はいったい何を思い、コロニーを落とすなどという大罪に手を染めたのだろうか。今のハマーンには想像もつかないことだった。未来の、既に死んでいるという自分に思いをはせながらハマーンはただ二人の会話を聞いていた。

 

「人が自然から生まれた生き物なら人が出すゴミや毒も自然の産物って事になる。このまま人間が住めなくなったとしてもそれはそれで自然がバランスをとったってことなんだろう。自然に慈悲なんてものはない。昔の人間はそれを知っていた。他ならぬ自然の産物の本能としてな」

「だから生きるために文明を作り、社会を作って身を守った」

「ああ。だがそいつが複雑になりすぎていつの間にか人はそのシステムを維持するために生きなきゃならなくなった。あげく生きることを難しくしちまって、その本末転倒から脱するために宇宙に新天地を求めた。そこでまた別のシステムってヤツが出来上がった。宇宙に棄てられたもの、スペースノイドに希望を与え、生きる指針を示すための必然。それがジオンだ」

 

 ———スペースノイドがよりよく生きるための指針。そんな風に私はジオンを、ジオニズムを捉えていただろうか? 私が物心ついたときにはそこにあり、誰もがその名の下に闘争へと駆り立てられていた。単に私たちと連邦を分けるためのキーワードに成りはてていたのでは——だから未来の私は地球にコロニーを落としてしまえたのだろうか。

 

「地球に残った古い体制はそいつを否定した。出自が違うシステム同士が相容れることはないからな。どちらかがどちらかを屈服させようとするだけだ」

「でも……連邦という統一政府があって、宇宙に100億の人が住んでいる世界なんてきっと昔は夢物語でしたよね……そういう可能性も人にはあるんじゃないですか。二つの考え方がいつか一つになることだって」

 

 夢物語だっていつかは実現できる。それが人の可能性。そういう見方も出来るだろう。けれど。

 

「みんなが平等に束ねられたわけじゃない。弾かれて潰された連中の怨念は今でもこの地球にへばりついている」

「……悲しいことです。それは———」

「そんな一言で片付けないでッ!」

 

 二人の会話を悲鳴のような叫びが遮った。驚いたようにそちらを見遣るバナージとジンネマン。

 

「あの太陽の光も満足に届かない寒々としたアステロイドベルトに私たちがいったいどんな気持ちで何年もいたと——ッ!」

 

 そこには紫水晶の瞳に大粒の涙を浮かべバナージを睨み付けるハマーンがいた。バナージはそのことに狼狽した。これまでの彼女は常に冷静で、今のように頬を紅潮させて感情を露わにするようなところは初めて見たから。

 

 どうすれば良いのか分からないバナージを庇うようにジンネマンが動いた。

 

「落ち着け。お嬢ちゃん。バナージは別にスペースノイドの境遇を軽んじて言ったわけじゃない。他に言葉にしようがなかっただけだ。そうだろう?」

 

 そう言ってその太い腕を伸ばし、けれどそれとは裏腹に繊細な手つきでハマーンの頭を撫でた。爆発してしまった感情を落ち着かせるようにゆっくりと何度も。意外なことにハマーンも黙って受け入れていた。撫で下ろす手に合わせて視線を落とし俯いた。重力に従って涙がポツリポツリと滴り落ちる。華奢な肩がふるふると震えていた。

 

「バナージの言うとおり悲しいことだ。悲しくなくするために生きてるはずなのになんでだろうな……」

 

 そう独りごちるジンネマンの言葉に今度はバナージの方が感極まってしまったのか、慌てて傍らに置いていた砂避けのマントを頭から被った。その下から啜り泣くような声が聞こえてくる。

 

「バナージ……」

「分かってますよ……男が人前でなくもんじゃないって言うんでしょうッ?」

「いや……」

 

 噛みつくように声を上げたバナージへジンネマンが漏らした言葉は否定の言葉だった。その意外さにマントの隙間からバナージはジンネマンの顔を窺う。そしてジンネマンが続けた言葉にまた涙することになった。

 

「人を思って流す涙は別だ。何があっても泣かないなんてヤツを俺は信用しない」

 

 泣き続ける少年少女二人を悼むようにジンネマンは天を見上げた。空には柔らかく輝く遠い銀河の星々だけ。彼ら三人を見下ろしているかのように瞬いていた。

 

 




一方その頃のミネバ様は。

ミネバ「(肉うめぇ……)」
老店主「奢りだ。飲みな。いい食いっぷりだ。若い娘さんにしては気取りがなくていい」
ミネバ「(珈琲うめぇ……)」
老店主「儂にはその珈琲を淹れてやるのが精一杯だ」

お食事中でした。


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女帝と赤い彗星

ハマーン様を持ち上げては落としていくスタイル(ゲス顔)




 オアシスの町でジオンの残党とつなぎを取ることに成功したガランシェールは早速その支援を受けた。船が飛び立てるようになるのももう間もなく。衛星通信装置の修理は一足早く完了していた。

 

 そのガランシェールのブリッジで現在、三者の会談が行われている。一つはガランシェールのクルーたち。もう一つはガランシェールに助力したジオン残党軍。そして最後の一つは衛星通信により繋がった宇宙のネオ・ジオンだった。

 

 それぞれの勢力から集まっているのは以下の通り。ガランシェール船長のジンネマン、ジオン残党軍からは、ヨンム・カークス少佐とロニ・ガーベイ少尉。そしてフル・フロンタルとアンジェロだ。そしてその会談ももう間もなく終わりを迎えようとしていた。

 

『私は宇宙に拠点を置くネオ・ジオンを預かっている身だ。一年戦争以来地球でゲリラ活動を続けてきた君たちに命令する権利はないよ』

「では、止める権利もないと理解してよろしいのですね?」

『マハディの意思を継ぐものに加護あれと』

「ジーク・ジオン!」

 

 ジオンらしく敬礼とかけ声を持って会談を締めると、ジオン残党軍の二人はガランシェールのブリッジから出て行った。静まりかえったブリッジでこれまで黙っていたジンネマンが口を開いた。

 

「大佐……よろしいのですか? ダカールのことといいこれでは……」

『キャプテンの危惧は分かる。だが彼らはずっと待っていたのだ。止まった時の中で。人は待つことにもなれてしまう。そのまま待ち続けることも出来ただろう。だが時は流れ始めた。ガーディアス・ビストの手によって。放っておけばそれは千々に乱れた濁流となる。そう思わないか、キャプテン? ハマーンの遺産を持つ彼らが暴走すれば厄介だ。そうさせないためにガランシェールにはもう一働きしてもらいたい』

 

 ジンネマンの問いに対するフル・フロンタルの回答はもっともらしいものだった。けれどその言葉を額面通りには受け取れないと感じたのか、その真意を探るようにジンネマンは強い視線を向け続けていた。

 

『ふむ……ハマーンの遺産と言えば、ガランシェールには今、あのキュベレイのパイロットがいるのだったな?』

「ええ……」

『そのパイロットから話は聞いたんだろう?』

「はい。年齢はおそらく17~18の少女。ハマーンと名乗っています。大佐の推測通りハマーン・カーンのクローンで姫様の専属の護衛だと。ただ我々もシャア・アズナブルから姫様の守りを託されてそれなりに経ちますが、そのような専属の護衛の存在など聞いたことがありません。大佐の方では何かご存じですか?」

『いや。私も初耳だ。あるいはこのタイミングで穏健派が用意したのかもしれんな』

「そうですか…………後、報告することがあるとすれば……強化処置は受けていないようです」

『なるほど……ハマーン由来のNT能力だけで十分だと踏んだか。あるいは強化してバランスが崩れることを恐れたか…………もしくは特殊な用途だったのか……そうだな。是非一度会ってみたい。この場に呼んでくれないかな、キャプテン』

「…………承知しました。少々お待ちを」

 

 そう言うと、自ら呼びに行くべくジンネマンはブリッジを出た。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 離陸に向けて補給物資の積み込みに忙しいガランシェールのクルーたち。バナージもハマーンもそれを手伝っていた。あまり戦力になっているとは言い難かったが。ハマーンはあまり腕力が無く一度に運べる荷物には限りがあった。

 

 そしてバナージは目のやり場に困りながら作業をしていたからだ。その原因は隣で作業をしているハマーンにあった。作業しやすいように二人ともつなぎ姿なのだが、砂漠の暑さもあり前のジッパーを大きく開け放っている。

 

 つなぎの下には肌着として着ているシャツ一枚だけ。肌に張り付くそれは、華奢な体つきのくせにそこだけは豊満なハマーンの双丘をまったく隠してはくれなかった。ノーマルスーツ越しのシルエットで何となく分かってはいたがハマーンはかなりスタイルが良く、それがバナージにとっては目に毒だった。

 

 同じく積み込み作業をしているガランシェールのクルーたちもチラチラとハマーンの胸元を覗いているのが分かる。NTとしての洞察力でハマーン本人が気づいてくれればとも思うが、残念ながら男たちの邪な気持ちにはセンサーが働かないようだった。

 

 摂政として、アクシズのアイドルとして、男女問わず憧憬の対象になっていたハマーンは周囲の注目を集める事になれきっていた。故に一々そんな視線に気を払っていては切りが無く、むしろ無頓着になっていたのだが、そんなことバナージは知るよしもない。結果視線が引き寄せられては理性で引き戻すという無駄な視点移動を強いられ、そのことがバナージの作業効率を落としていた。

 

 そして今もハマーンから視線を外し彼女とは反対方向。ガランシェールのタラップへと足をかけた。と、同時にガランシェールのエアロックが開き、人が二人出てきた。前を歩くのは褐色の肌にウェーブのかかった青黒い髪の娘。歳の頃はバナージやハマーンよりやや上くらいだろうか。上は旧ジオンの士官服を襟まで隙なく着こなしているが、下は土地柄かキュロットを履いていて、裾から褐色のほっそりとした脚がのぞいていた。

 

 バナージの前を通り過ぎようとした時に彼を認識し話しかけてきた。バナージは一瞬息を呑む。そのエキゾチックな整った容貌もあるが、何よりその瞳がオードリーと同じく美しいエメラルドだったから。

 

「あなたが角割れのパイロット……箱の鍵ね。期待しているわ」

「鍵……?」

 

 シニカルな笑みを浮かべ意味深な一言を述べると、バナージの戸惑いにも構わずそのままタラップを降りていった。そしてハマーンの後ろ姿を認めるとそちらにも声をかけた。

 

「あら? ガランシェールにも私と同じ年頃の女の子がいたのね」

「……なにか?」

 

 その声に振り返ったハマーンは声の主、ロニ・ガーベイと向き合う。その顔を見て眉を顰めた。

 

「あなた……どこか見覚えがあるような? ねぇ、私たち以前にどこかで会ったことないかしら?」

「いや。私のほうには貴様に覚えなどないが? 初対面だろう」

 

 だが、ハマーンはすげなく返した。おそらくロニの方は未来の自分を報道か何かで見ていたのだろうと分かってはいたが。

 

「そう…………ねぇ、あなたの名前って———」

「お嬢ちゃん! ちょっといいか!?」

 

 どこか納得いかない顔のロニはなおもハマーンに構おうとして。その声を遮るようにハマーンを呼ぶ声が響いた。ガランシェールのエアロックから顔を出したジンネマンがハマーンを手招いている。

 

「失礼。キャプテンに呼ばれたのでな」

「え? ええ……」

 

 これ幸いとハマーンは会話を打ち切り、小走りにタラップを駆け上がるとジンネマンについてガランシェールの中へ消えた。一方のロニも「仕方ない」と溜息を着くと、もう一人の旧ジオン士官服の男と共にルッグンヘと歩いて行った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

『ほお……これはこれは』

 

 ジンネマンに呼ばれてガランシェールのブリッジへと顔を出したハマーンを待っていたのは、モニターに映る二人の男。フル・フロンタルとアンジェロだった。アンジェロは敵意の籠もった眼差しを、フル・フロンタルは興味深そうな視線を投げかけてきている。そして最初に口を開いたのは仮面の男だった。

 

『お嬢さん、お名前をうかがってもよろしいかな?』

「ふん。貴族趣味は上っ面だけか。どうやら礼儀を知らんとみえる」

 

 話を切り出したフル・フロンタルに対して強烈に撥ね付けるハマーン。それにアンジェロが「貴様ッ」っと激高するが、フル・フロンタルが手で遮って押し留めた。その一連の茶番をハマーンは冷めた目で眺めている。

 

『アンジェロ、今のはレディに対して礼儀を欠いた私が悪い』

 

 フル・フロンタルが仮面を外す。その上で改めて名乗った。

 

『私はフル・フロンタル。現在ネオ・ジオンの首魁を務めている』

「……ハマーンだ」

『忙しいところ申し訳ない。あなたとは一度どうしても顔を合わせて話をしてみたくてね。キャプテンにお願いしてお呼びだてしてしまった。どうか許して欲しい』

「能書きは結構。貴様が今言ったとおりこちらも忙しい身だ。さっさと用件を述べるがいい」

『貴様! 黙って聞いていればどこまでも増長してッ! 大佐がお優しいのをいいことにッ!』

 

 アンジェロがまたも激高して口を挟むがハマーンはそちらを見もしない。そしてわざとらしく溜息をついて見せた。

 

「はぁ。飼い犬の躾もろくに出来ぬ男と話をせねばならないのか。さすがに気が滅入るな」

『な、ななな……』

 

 ハマーンから痛烈な揶揄が飛ぶ。悪質なことにアンジェロを出汁にしてその主を面罵して見せたものだからアンジェロとしては立場がない。あまりの物言いにアンジェロは口を開くも言葉になることはなかった。その様を見て相手方モニターから見えない位置にいるフロストなど必死に笑いを堪えていた。

 

『アンジェロ……少し下がっていてくれ』

 

 主の命令に、憤懣やるかたないという顔をしながらも渋々と画面外へ下がっていくアンジェロ。

 

「お優しいことだ。私なら飼い主の会話を遮ることを忠義と勘違いしているような駄犬は即放逐してしまうがね」

『彼は彼なりに精一杯尽くしてくれている。そう苛めないでやってくれ』

「何を言っている? 貴様の駄犬のことなど私が知ったことか。私は一貫して飼い主の器量を責めているのだよ」

『これは手厳しいな』

 

 もはやアンジェロの顔は真っ赤に染まり、その表情は顔芸の域に達していた。ジンネマンは必死に顔が歪みそうになるのを堪えながら、一刻も早く画面の外へ消えてくれと本気で祈っていた。

 

「もうよい。時間がないと言っている。さっさと本題へ入れ」

『ではそうさせていただこう。ハマーン嬢、君はハマーン・カーンのクローンということでいいのだろうか?』

「答える必要性を認めんな。そんなもの貴様の好きに考えれば良かろう。クローンだろうと他人のそら似であろうと大した差はあるまい。私も一々喧伝する気はない」

『ふむ。では少なくとも君はジオン側の人間であると考えていいのだろうか?』

「Yesだ」

『では、なぜ我々ネオ・ジオンと宇宙において戦闘を行ったのだろうか?』

「それがミネバ様の命だからだ」

『なぜ姫様は君にそのような命令を?』

「さてな。今のネオ・ジオンにラプラスの箱とやらを渡してはならぬと仰せだったが……案外貴様のことが嫌いなだけだったのかもしれんぞ?」

 

 丁々発止のやり取りが続く。ブリッジクルーが驚くことにこの少女は赤い彗星の再来と呼ばれる程の男を相手に一歩たりとも引くことはなかった。

 

『……姫様がそのような個人的な感情で動かれるような方だとは考えたくないな』

「いやいや。むしろさすがはミネバ様。まさに慧眼だと思うぞ。私としても貴様のような俗物と組むなど御免被るところだ」

『ふむ……一つ個人的な質問をしても構わないだろうか?』

 

 フル・フロンタルの確認に好きにしろとばかりに顎をしゃくって答えるハマーン。おそらく画面の外ではアンジェロが怒りに悶絶しているところだろう。

 

『宇宙での戦闘中から不思議に思ってはいたのだが、なぜ私は君にそこまで嫌悪されているのだろうか? 確かに不幸な巡り合わせから君とは幾度か矛を交えたが、そんなものは兵家の常だろう。その他で君とは特に接点がなかったと思うのだが』

「しれたこと。貴様の存在自体が今すぐにでも消し去りたいほど許しがたいのだよ」

『それはなぜ?』

「そうだな。貴様のような世界を否定したいだけのがらんどうが赤い彗星を気取っているのが許せんのだよ」

『…………つまり私が赤い彗星を僭称しているのが気にくわないと?』

 

 フル・フロンタルは眉を顰めながら問いただす。それにハマーンは明快に答えた。

 

「そうだ。その二つ名、貴様如き愚物が騙っていいほど安くはないぞ」

『ほぉ……』

 

 仮面の男はそのハマーンの一言に面白がるような笑みを浮かべた。それは嫌悪する男に嗤われたようでハマーンの癇に障る。

 

「何が面白い?」

『いやなに。君がまるでシャア・アズナブルに思慕を抱えているような物言いをするのでね』

「…………?」

 

 二人の話がなぜか噛み合わない。そこでフル・フロンタルから確認を取ることにした。

 

『うん? 否定せんのかね?』

「あれはジオンのNTの先頭に立ち、先駆者として道を示した男だ。特に否定する必要性を認めんが」

 

 そのハマーンの答えに、仮面の下で見えないものの心底驚いているように感じた。そして驚きはやがて嗤いへと変わる。心底おかしいというような哄笑が通信を介してガランシェールのブリッジへ響いた。

 

「どういうつもりか。無礼であろう!」

 

 目を細め、仮面を睨み付けながら怒りを露わにするハマーン。その様にフル・フロンタルはなお嗤いを大きくした。

 

『いや失礼。君の言葉があまりに意外だったものでね』

 

 ハマーンはどういう意味だ、とばかりに肩眉を上げる。

 

『まさかハマーン・カーンのクローンと思われる相手からシャア・アズナブルへの賛辞を聞かされるとは……思いも寄らぬ事が起きるものだ』

「貴様、何を言っている?」

『不思議かね? ここにいる大半は私の感想に賛同してくれるものと思うが。そうだろう? なにせ君のオリジナルとシャア・アズナブルは憎悪しあっていたはずなのだから。それがクローンの方はシャアを慕っているように見える。これには皆、驚きを禁じ得んだろうさ』

「なん……だと……? 私と大佐が憎しみあっていた……?」

 

 フル・フロンタルの言葉にハマーンは呆然としてしまう。

 

『まあ君ではなくあくまでオリジナルの話ではあるが。もともとの関係性は知らんが少なくともアクシズが地球圏に帰還して以降は激しく反目し合っていたはずだ。実際クリプス戦役の末期にハマーン・カーンはシャア・アズナブルを散々に叩きのめしているし、シャア・アズナブルも決起に当たってはハマーン・カーンをこき下ろしている…………まさか知らなかったのかね?』

 

 話を黙って聞いていたハマーンの顔色は茫然を通り越して真っ青になっていた。その様子に気づいたフル・フロンタルが声をかけると、我に返ったハマーンは「失礼する」とだけ言って、ブリッジを飛び出した。

 

 

 ブリッジを後にしたハマーンは近くの一室へ飛び込んだ。備え付けの端末にスイッチを入れ目的の情報を漁る。そうして一つの映像に行き当たったハマーンはずるずるとその場に崩れ落ちた。

 

『ザビ家一党はジオン公国を騙り地球へ独立戦争を仕掛けたのである。その結果は諸君らが知ってる通りザビ家の敗北に終わった。それはいい。しかしその結果地球連邦政府は増長し、連邦軍の内部は腐敗し、ティターンズのような反連邦政府運動を生み、ザビ家の残党を騙るハマーンの跳梁ともなった。これが難民を生んだ歴史である。ここに至って私は人類が今後絶対に戦争を繰り返さないようにすべきだと確信したのである。それがアクシズを地球に落とす作戦の真の目的である。これによって地球圏の戦争の源である地球に居続ける人々を粛正する!』

 

 モニタの中では金髪をオールバックに撫でつけた男が赤の衣装に身を包み、演説を行っていた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

『それでは姉は地球に降りたと?』

「あくまでハマーン・カーンに似た少女、です」

『……そうでしたね。すいません。少々逸っていたようです』

 

 地球軌道上を周回するネェル・アーガマの通信室。ダグザとコンロイはそこから地球へと通信を繋いでいた。相手はネオ・ジオンの穏健派、セラーナ・カーンだ。先の低軌道上での戦闘の結果、ハマーンという少女がどうなったのかを話していた。

 

『その少女がどこに降下したかは分かりますか?』

「いえ……ただおそらくは袖付きに身柄を押さえられたものと思われます」

『フル・フロンタルに、ですか?』

 

 姉かもしれない少女の行方に顔を顰めるセラーナ。

 

「申し訳ありません。大気圏突破に際して貨物船に偽装した袖付きの船に取り付かざるを得なかったようです」

『偽装貨物船……ガランシェールですか』

「ご存じなのですか?」

『ええ。船長のジンネマンは道理をわきまえた慎重な人物です。フル・フロンタルとも一定の距離を保っているはず。滅多なことにはならないとは思いますが……』

「そのジンネマンとやら、どのような男なのでしょうか?」

『一年戦争からの勇士で、クリプス戦役の折、シャア・アズナブルからミネバ様の身を託された人物です。ミネバ様への忠誠も厚く、さりとて言うべきことは言える男でした。ミネバ様が合流されるのに合わせて今のネオ・ジオンに参加していて、フル・フロンタル派というわけではありません』

「なるほど。であれば確かに」

 

 フル・フロンタルという危険な人物にそうそう利用されるということもなさそうだと、一旦会話が途切れる。そこでダグザは間を持たせる意味も込めて別の話題を振った。

 

「ところでセラーナ次官。そう言えばなぜあなたはシャアの派閥に加わらず穏健派へと加わられたのでしょうか? やはり姉君の影響ですか?」

『そうですね。確かに強硬派だった姉がああいうことになってしまったからというのはあります。それに亡き父の志を継ぐ意味も。でも一番大きいのは……単にシャア・アズナブルが嫌いだったからかもしれませんね』

 

 その言葉は冗談めかしていたが瞳に浮かぶ憎悪は本物だった。ダグザにとっては意外なことに。

 

「そうなのですか?」

『ええ。あの男は最低のクソ野郎でした。正直死んでくれて清々しています』

「…………」

 

 続けてセラーナの口から飛び出したのはその顔に似合わぬどぎつい台詞だ。ダグザは返す言葉もない。

 

『ご存じですか? 当時16歳の小娘に過ぎなかった姉をミネバ様の摂政に、アクシズの指導者へと推挙したのはシャアなのですよ』

「それは、はい」

『当時のアクシズは穏健派と強硬派の内紛で揺れていました。その上、総督である父が亡くなり、すぐにでも両派閥をまとめ上げるための象徴が必要だった。そこで白羽の矢が立ったのが、アクシズのジャンヌ・ダルクが如き扱いを受けていた姉でした。上層部でどのようなやり取りがあったかは知りませんが、その話を持ってきたのが一年戦争のトップエースとして両派閥からとして一目置かれていたあの男です。アクシズで赤い彗星と言えば女子の憧れの的でした。ご多分に漏れず姉もね。その憧れの相手からの申し出を断れるわけもありません。けれどあの男はもともとアクシズに嫌気が差していたのか、さっさと地球圏へと去りました。姉が摂政の座に着いてわずか二ヶ月後のことです。それ以降二度とアクシズに戻ることはありませんでした。この時点で既に私にとっては許しがたいことですが——』

 

 そこで一度話を切ったセラーナは憎々しげに顔を歪めた。語るのも汚らわしいと言わんばかりだ。そうして続けた。

 

『グリプス戦役でエゥーゴのクワトロ・バジーナとしてアクシズに同盟を求めてやってきたあの男は、当時のミネバ様の様子を見て姉を激しくなじったそうです。よくも偏見の塊に育ててくれたと。全ての責任を小娘に押しつけて逃げた男が恥知らずにもよく言えたものです。そして極めつけは第二次ネオ・ジオン抗争時のあの演説。姉をその死後までご丁寧に嬲ってくれましたよ』

 

 セラーナは大きく溜息をついた。

 

『シャア・アズナブルは責任というものを解さない男でした。その時の気分であっちにフラフラこっちにフラフラ。態勢が悪くなればすぐ逃げ出す、やり遂げるということをしないクズです。そのような男に取り込まれた強硬派になど属する気には到底なれませんでしたね』

 

 と、ここまでで吐き出すだけ吐き出したのか、セラーナは顔を手で覆い、話をハマーン・カーンへと戻した。

 

『そんな男に生け贄として捧げられたのが姉です。身内の贔屓目を差し引いても、指導者として、政治家として、あるいはモビルスーツのパイロットとして才気豊かな人でしたが、残念ながら男を見る目だけはなかった。それに冷徹な指導者として振る舞ってはいましたが、一方で少女っぽさがいつまでも抜けないところがありました。繊細で潔癖で。未熟な初恋に延々と固執したりね。それがあんな悲劇的な最後になってしまった原因でしょうか』

 

 セラーナが語ったハマーン像はあの少女と多分に重なるところがある。そう考えながらダグザは地球へと降りた少女を思い起こしていた。

 

 ———バナージ。彼女を守ってやれよ。

 

 彼の希望に向かって心の中でそう呼びかけるのだった。

 




セラーナ「ロリにバブみを求める野郎はクズ。はっきりわかんだね」
赤い彗星「ふぁッ!?」




今話の後半を書くために、CDA13・14巻とかZのシャアの動きだけを羅列してみたんですが、
「っはーなんすかそのクソ野郎。クソオブクソじゃないですか」
って某会計風の感想になりました。
こんなん絶対セラーナさんブチ切れやろう。
ということで大佐にはかなり厳しめな内容に。
全世界の大佐ファンには申し訳ない。


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いってきます

前話、かなり厳しい評価がつくかなぁと思いながら投稿しましたが、
思いの外みんなシャアに辛辣で草。

あと知り合いから、ユニコーン空気やんと指摘を受けたので今回からタイトルを変更しました。
もう一つの候補は、
「あの日見たハマーン様の年齢を僕達はまだ知らない。(略称『あのハマ』)」
だったのですが、やめろ馬鹿とのことでボツになりました。解せぬ。


「それでゼータプラスは大気圏内用のセッティングへ変更されているのか?」

「ああ。元々これは大気圏内仕様のものを宇宙用に再設計した機体だからな。そう大変じゃなかったぜ。その他、整備状態ももう完璧だ」

 

 ガランシェール艦内モビルスーツデッキでは、ハマーンが機体の状態についてトムラから確認していた。答えが満足いくものだったのか、ハマーンは頷きながら聞いている。

 

「けど戦闘に参加する機会があるのか? キャプテンは待機だって言ってんだろ?」

「さてな。だが、可能性はあるのではないか? アイツ次第だがな」

 

 そう言いながらハマーンは船内へ続く扉の方を見た。先ほどバナージが飛び出していった扉を。

 

「まあバナージの気持ちは分からんではないけどなぁ」

「気分の良くない状況であることは同意する…………チッ」

 

 ハマーンはまたも襲い来た不快な頭痛に舌打ちした。非業の死を遂げた人間のいまわの際の思念。それが一気に通り過ぎていき、彼女を苛んだ。それは先ほどから断続的にやってきている。今、地表で多数の命が老若男女問わず消えていっていることを示していた。

 

 現在ガランシェールが飛んでいるのはトリントン基地上空。地上ではユニコーンを安全に降ろすためにジオン軍残党によるトリントン基地制圧作戦が行われていた。陽動を兼ねたトリントン湾岸基地への上陸作戦、そして本命のトリントン基地への空挺降下作戦。作戦そのものは順調に進んでいた。

 

 が、一つ想定外のことが起きた。ジオン残党軍が誇る最大戦力である巨大モビルアーマーシャンブロ。湾岸基地へ上陸、敵中突破してトリントン基地へ攻撃を仕掛けるはずのこの機体がどういうわけか両基地の間にある市街を蹂躙し始めたのだ。

 

 軍事的には完全に意味の無いこの行動。当然作戦に含まれていたものではない。パイロットの暴走だと思われた。この蛮行に我慢できなくなったバナージが先ほどブリッジへ駆けていった。ユニコーンの出撃を直訴するためだろう。その結果をハマーンは待っていた。どちらになっても対応できるように。そして。

 

「結論が出たようだな」

「おいおいバナージ……随分男前になっちゃってまあ」

 

 戻ってきたバナージの顔は腫れや青あざだらけになっていた。だいぶ熱心にOHANASHIしてきたらしい。一目散にユニコーンへ乗り込むと、トムラへ出撃すると通信越しに告げた。

 

 トムラは出撃準備を整えると共に、ブリッジへとユニコーン発進是非の確認をいれた。フロストからは好きにさせてやれとのこと。ジンネマンはふんと鼻を鳴らしただけだ。事実上のGOサインだった。

 

『キャプテン。ガランシェールのみなさん。お世話になりました。バナージ・リンクス。ユニコーンガンダム。行きますッ!』

 

 ユニコーンとバナージは戦場へと飛び立っていった。

 

「ではな。世話になった」

 

 そうなればハマーンの行動も決まってくる。トムラへ礼を述べるとゼータプラスに向けて歩き出した。トムラもその背中に声をかける。

 

「下はとんでもない鉄火場だ。気をつけろよ」

「心得ている。ミネバ様の命だ。ユニコーンとそのパイロットはなんとして守るさ」

「そうじゃない……いや、バナージのこともそうだが。あんたもだ。死ぬなよ」

 

 トムラのその一言にハマーンは驚いたように目を瞠った。

 

「あんたみたいな美少女が死ぬのは世界にとって大きすぎる損失だからな。頼むぜ?」

 

 真剣な表情を茶目っ気で崩してトムラはそう言った。似合わないウインクまで送ってくる。ハマーンはしばし無言で、けれどふっと笑むと手を振ってコックピットへ乗り込んだ。ガランシェールから自力で飛び出すと、ウェイブライダーに変形してユニコーンを追うのだった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 ユニコーンとゼータプラス、飛び立つ二機を見送ったガランシェールのブリッジ。

 

「大丈夫ですかね。キャプテン?」

「ああ? 俺が知るか」

「いや、バナージのことじゃなくて、あの娘っ子のことですよ」

「ああ、嬢ちゃんか」

「あの仮面野郎との会談の時の様子、尋常じゃなかったですぜ」

 

 フロストの言葉にジンネマンは先日の会談を思い出した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ハマーンがブリッジを飛び出していった後。

 

「大佐……」

 

 まだほんの少女に過ぎない娘を追い込んだ男に白々とした視線を向けるジンネマン。

 

『そんな目で見てくれるな。キャプテン。私も悪かったと思っている。まさかあのような劇的な反応をされるとはな』

 

 これにはさすがの仮面の男も素直に非を認めざるを得なかった。が、そこで引っかかることに気づいた。気づいてしまった。

 

『しかし……そもそもなぜあの少女はシャア・アズナブルを慕っていた? 穏健派が用意したクローンであればむしろ嫌うよう仕向けそうなものだが……あるいは穏健派ではなく、強硬派が用意した存在なのか? …………それにしてもあの反応は……オリジナルとシャア・アズナブルが険悪な関係であることにショックを受けたようだった……オリジナルとシャア・アズナブルが過去に親しい関係であることを知っていた? つまりシャア・アズナブルがアクシズにいた頃から彼女は存在したということか……いや、それだけでは彼女があそこまでショックを受ける理由としては弱い』

 

 フル・フロンタルは急速に情報を整理し始める。

 

『彼女はシャア・アズナブルを慕っていて、それはおそらくアステロイドベルトにいた頃からのもので、シャア・アズナブルとオリジナルの対立を我がことのように恐れる。それはどんな存在だ……?』

 

 その問いは思わず漏れただけの自問だったのだろう。そしてやがて。

 

『オリジナルのことは我がこと…………そしてクリプス戦役時の対立を知らない……つまりU.C.0088以降のことを知らない……まさか?』

「大佐?」

 

 何かに行き当たった様子のフル・フロンタルに声をかけるジンネマン。それに仮面の男は自分の考えを整理しながら応えた。

 

『キャプテン……実に突飛もない考えなのだが、狂ったと思わずに聞いて欲しい』

「はぁ。なんでしょうか?」

『彼女があれだけショックを受けたのは全て我がことだから、だとしたらどうだろうか?』

「は……?」

『つまり彼女はクローンでも何でも無くハマーン・カーンその人だという仮説だ』

「はあ!? なにを仰ってるので!?」

『だから突飛もない考えだと言っただろう。だが……彼女が見た目通り17・18なのだとしたら、今から11年以上前。アクシズはまだ地球圏に帰還していない頃だ。当然クリプス戦役以降のシャア・アズナブルとハマーン・カーンの確執など知るはずもない。勿論オリジナルは強化処理も受けていない。もっと言えばキュベレイは最新鋭機、アップチューンのしようなど無いだろう』

「大佐は彼女が過去からやってきたハマーン・カーン本人だと言うんですか?」

『そうだとしたら全て辻褄が合うということだ、キャプテン。その前提条件の非現実性には目を瞑ってな』

 

 あまりに馬鹿げた話だ。ジンネマンは目を瞑って唸った。そう言われてみると彼女の発言にもそういった示唆を含むものがあった。

 

(それで……あんたの所属は?)

(アクシズだ)

(……ふざけているのか?)

(ごく真剣なのだがな……まあいい。ジオン共和国とでも理解しろ。あとは……そうだな。軍属ではない)

 

 確かに彼女は自分自身アクシズ所属だと名乗っている。冗談だと思われるだろうと考えてのことだろうが。そして軍属ではないのは摂政だったハマーン・カーンもだ。仮に彼女がハマーン・カーン自身なのであれば一切嘘をついていないことになる。それに。

 

(みんなが平等に束ねられたわけじゃない。弾かれて潰された連中の怨念は今でもこの地球にへばりついている)

(……悲しいことです。それは———)

(そんな一言で片付けないでッ! あの太陽の光も満足に届かない寒々としたアステロイドベルトに私たちがいったいどんな気持ちで何年もいたと———ッ!)

 

 砂漠でも彼女はアステロイドベルトでの生活の印象を実体験として語っている。そしてそこに何年もいたのだと。少なくともアクシズが地球圏へ出発する数年前から記憶を持っているということだ。

 

『まああくまで推測だが。しかし実にドラマチックなストーリーだと思わんかね、キャプテン。未来の自分も、思い人も既に亡い世界へ少女がただ一人やってきて大きな争いの中心に巻き込まれるのだ。おまけに未来の自分は大罪人になっていて、思い人と憎しみあっていたのだぞ』

 

 大作娯楽を語るかのように、実に楽しそうに少女の悲惨であろう身の上をあれやこれや推測する仮面の男を、ジンネマンは本気で嫌悪した。そして、自分が彼女について知ったことも、これから知ることも一言だって話すまいと決めた。

 

『あの少女はハマーン・カーンの遺産を見てどのような顔をするのか。この目で見られないのが実に残念だな』

 

 悪意と愉悦が大いに含まれたその一言でその日の会談は仕舞いとなった。その後ジンネマンは手元の船長用端末で船内各所の様子を見て回る。そしてハマーンを見つけた。船室内のカメラを通して映し出されたのは。端末の前で頽れた彼女の姿だった。

 

 端末にはとある映像が映し出されていた。ネオ・ジオン総帥を名乗った男が拳を突き上げていた。あの男が語ったことはジンネマンもよく覚えている。なぜなら自分もあの場にいたのだから。周囲の連中と同じく、あの男を歓迎して唱和していた当時の自分をぶん殴ってやりたくなった。

 

 ハマーンのいる部屋へ通信を繋ぐ。あえて音声だけ。映像は送受信ともにカットだ。その方がいいだろうと判断して。そして彼女へと呼びかけた。

 

「ああッ……んー……お嬢ちゃん。連日の砂漠の横断に補給の手伝い。よくやってくれた」

 

 向こうからの応答はない。構わず続けた。

 

「疲れただろう? お嬢ちゃんの頑張りのおかげで水も十分積み込めた。でだ。今日からシャワーが復旧したんだ。さっそく浴びてくるといい。疲れも辛いことも全部洗い流しちまいな」

 

 まだ相変わらず反応無し。ジンネマンの手持ちのカードも尽きた。どうしたものかと頭をしきりに捻りながらもなんとか続ける。

 

「捕虜の身だとて遠慮はいらんぞ? あー……ガランシェールは汚い男所帯だからな。掃き溜めに鶴ってなもんで、お嬢ちゃんがいるおかげでどいつもこいつも張り切りやがった。そこにさらに身ぎれいにして魅力マシマシでお嬢ちゃんが出てきて見ろ。さらに士気アップ間違い無しだ」

『……ぷッ』

 

 不器用なジンネマンの励ましにこらえられなくなったのか、通信先から噴き出す音が漏れ聞こえた。そして。

 

『了解だ、キャプテン。ハマーン、これから士気向上のための任務に入る』

「お、おうッ。気合い入れてな」

 

 ハマーンは立ち上がると部屋を出て、案内図を頼りにシャワールームへと向かうのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「ありゃあ、とても戦闘できるような状態じゃないんじゃ」

「さて……どうかな。そうでもないかもしれんぞ」

「へ……? そりゃあどういう意味で———」

 

 フロストが聞き返したその時、ガランシェールのブリッジに通信が入った。つい先ほど飛び立ったゼータプラスからだ。まだミノフスキ-粒子の影響が出ない高度にいるらしい。

 

『世話になったな。キャプテン』

「ああ? 戦闘前にわざわざ礼か? そんなこと一々子供が気にするな」

『ふふ。私をそんなふうに子供扱いする相手なんていないぞ』

 

 モニター映るハマーンは苦笑ではあったけれど、その顔にガランシェールに来て初めて素直な笑顔を浮かべていた。無表情でも、泣き顔でも、支配者然と作った冷笑でもなく。

 

「ふん。そんなこと俺が知るか。子供は子供だ」

『……そうか』

「お嬢ちゃん、良ければこの戦闘が終わったらガランシェールに戻ってこないか。そのモビルスーツなら飛んで追いつけるだろう? 俺を殴るような生意気坊主はいらんが、お嬢ちゃんなら歓迎するぞ」

『……ありがたい誘いだが、遠慮しよう。私はユニコーンを守らねばならん』

「姫様の命か……お嬢ちゃん、子供はもっと自由に生きていいんだぞ。本当はこの世界にお嬢ちゃんを縛るものなんてないんだ」

『キャプテン。そなたに感謝を。だが大丈夫だ。始まりは命令だったとしても、これは私がやってきたことだから。やり遂げたいんだ』

「そうか。ならもうなにも言わん。思いっきりやってこい! そんでいつでも帰ってこい!!」

『…………行ってきます』

 

 そう呟いたハマーンの口元は微かに、けれど確かに弧を描いていた。そしてそれを最後に通信は途絶えた。ブリッジが静まる。そして。

 

「キャプテン、どういうことですかい!?」

「な、何がだ……?」

 

 次に口を開いたのはフロスト。それはジンネマンを指弾するものだった。ジンネマンは何とか有耶無耶にしようとするが、フロストの感情はブリッジクルーへ伝播していく。

 

「ハマーンちゃんのことに決まってるでしょう! なんすかあれ! あんたいつの間に!」

「うるせぇ! 今は戦闘中だぞ! よそ見してんじゃねぇ!!」

「それどころじゃないでしょう! 畜生! いつもいつもキャプテンばっかり! 俺だってあんな娘っ子から『行ってきます』って言われてぇ!」

「キャプテンは人でなしだ! 一人こっそりハマーンちゃんと交流してたんだ!!」

「マリーダに言いつけようぜ! キャプテンがマリーダの居ぬ間にパパ活してたって!」

「てめぇ! フロストぉ!!」

「そうだな! こうなりゃ、意地でもマリーダを救出するぞ!!」

「「うぉぉ!!」」

 

 シャンブロとユニコーンの激突を前に、ガランシェールの士気は最高潮。クルー一同心を一つにするのだった。とある一人をのぞいて。




一方その頃…

キュピーンッ。
マリーダ「マスター……(イラッ)」ぼぐッ(腹パン)
アルベルト「ごえッ!? ぷ、プル12……?」
マリーダ「……(イライラ)」ぼぐッ! ぼぐッ!(腹パン×2)
アルベルト「ごばッ!? おげぇッ!?」
黒獅子「(いいからはよ乗れや)」


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少女の戦い

動く戦争博物館でハマーン様の涙が見たいというゲスな意見もありましたが…
すまない。ハマーン様は瞬間移動できないんだ。
ということで蟹退治となります。
そしてユニコーンの空気化が加速する。




 ハマーンはガランシェールに別れを告げ、ゼータプラスをモビルスーツ形態へ移行させた。翼をしまった灰色の巨人は両手足で、そしてウイングバインダーで宙を掻き大気中を泳ぎながら降下していく。

 

 戦場を眼下に収めた。問題のモビルアーマーシャンブロ。その巨大な蟹のような異形がまず目についた。そしてその大蟹と対峙するユニコーン。さらに周囲を連邦の可変機が飛び回っている。

 

 ———どういう状況なの?

 

 どういうわけか砲火は収まっていた。状況を把握するためウェイブライダー形態に変形して一時上空で待機、事態を観察する。そして。

 

『私の居場所はもう……ここだけだぁッ!!』

 

 女の絶叫が、その思念が戦場を吹き抜けていった。それに籠もる怒りと絶望にハマーンは顔を顰めた。同時にその感覚の持ち主に覚えがあった。

 

「この感じ……あの女か。ロニとか言った」

 

 ハマーンの脳裏に浮かぶイメージ。その姿は青黒い髪と褐色の肌を持つ若い女だった。ガランシェールが不時着したあの砂漠に来た女、ロニ・ガーベイのものだった。今の絶叫が戦闘再開の合図だったのか、可変機——デルタプラスと表示されている——がシャンブロへと攻撃を仕掛けた。

 

 次の瞬間、不可思議なことが起こった。デルタプラスが放ったビームライフルの火線がシャンブロの周囲で複雑に折れ曲がり、そして跳ね返されたのだ。跳ね返ったビームはユニコーンのすぐ脇を灼いていく。間一髪のところだった。

 

「ビームが跳ね返された!? ……あの小さなプロペラが反射しているのね」

 

 その手品の種はすぐに割れた。シャンブロの周囲を小型のドローンが浮遊している。その数10機。どうやらそのドローンがIフィールドを発生。ビームを偏向しているらしかった。ハマーンはその名を知らないがリフレクタービットというオールレンジ攻撃用兵器である。

 

「攻防一体の結界という訳か……んッ!?」

 

 不可解な事象が発生した。ユニコーンがガンダムに姿を変え、シャンブロとの間に不可視の力場のようなものが発生した。その力場は物理的な力を持っているのか、双方の中間で小規模な破壊が起きる。そしてビームをも弾いた。

 

 その力場から意思を感じた。やりきれぬ攻撃衝動に身を焦がすロニとそして。

 

「そう。その女を止めたいのね」

 

 バナージの意思を。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「呑まれてはダメだ。ロニさん!」

『子供が親の願いに呑まれるのは世の習いなんだよ、バナージ。私は間違っていない!』

「それは願いなんかじゃない。呪いだ!」

『同じだ! 託されたことを為す。それが親に血肉を与えられた子の血の役目なんだよ!!』

 

 交感による説得は物別れに終わった。シャンブロからの砲撃が激しさを増す。どうにかシャンブロに取り付きたいが大口径メガ粒子砲とリフレクタービットに阻まれ、一進一退を繰り返していた。リディのデルタプラスがそれを援護してくれる。ウェイブライダーに飛び乗った。そこにリディから通信が入る。

 

『あの反射板の反応速度を超える必要がある。ビームマグナムは?』

「残弾1です」

『一発勝負だな』

 

 それはシャンブロを撃てということ。けれどビームマグナムでは威力が大きすぎる。シャンブロに当てたが最後、パイロットはひとたまりも無く焼き尽くされるだろう。抗議の意味も込めて彼の名を呼ぶ。

 

「リディさん!」

『やるんだ!』

 

 けれどリディは頑なだった。バナージを押し切ろうとする。そして。

 

『その必要は無い』

 

 そんな二人の会話を断ち切るように涼やかな声が響いた。少女の声だ。センサーの反応に目をやれば上空から灰色の巨人が降ってきていた。その手にビームライフルを構えている。

 

『貴様らは下がっていろ。蟹を食べるときにはコツがあるんだ。まずは殻を剥かないとな』

 

 ———撃っちゃダメだ。跳ね返される!

 

 そう叫ぶ間もなくゼータプラスはビームを放っていた。案の定リフレクタービットが射線に割り込んでビームを偏向させる。その瞬間、ゼータプラスは若干角度を変えてもう一射。ビームを受け止めて動きを止めたリフレクタービットを直上から射貫いた。

 

 小さな花火が咲く。そして更にもう一射。ビームが反射した先にいるリフレクタービットを堕とした。跳ね返そうとしていたビームは反射板を失い明後日の方向へ消えていった。そのままゼータプラスは大胆不敵にもシャンブロの胴体へと着地する。着地の衝撃がロニを襲う。

 

 そしてゼータプラスはすぐさま飛び立つ。抜き放ったビームサーベルがビットを溶かし、さらに機体を捻っての回し蹴りでもう一つビットを砕いた。そのまま機体をウェイブライダーへ変えてシャンブロ直上を離れる。直後、拡散メガ粒子砲が放たれ、リフレクタービットによってビームの鳥かごが張られたが、既にそこに灰色の機体はいない。

 

『これで四つ。どうしたノロマ。サイコミュの制御が甘いぞ?』

『この声……あの時の女かッ!』

 

 シャンブロが首を回し、大口径メガ粒子砲でたたき落とそうとする。が、ゼータプラスはモビルスーツへ変形。失速しながら急降下するという変則機動で火線をかいくぐった。そのままビームライフルを抜き放ち、お返しとばかりにリフレクタービットを射貫く。

 

『そら。これでその反射板も残り半分だ。だいぶ苦しいのではないか?』

 

 言ってる端からAMBAC機動で落下コースを不規則に変化させつつ、ついでとばかりにリフレクタービットをもう一つ踏みつぶした。

 

「すごい……」

『なんなんだあのパイロット……この声……あの時のミネバの護衛か? だがこんな圧倒的な……』

 

 規格外の戦闘能力を発揮するゼータプラスに。そのパイロットに戦慄するバナージとリディ。そしてそんな相手と相対しているロニはそれどころではなかった。もはや恐慌状態だ。

 

『なんだ!? なんなんだ! お前ぇ!!』

『質問に質問で返すな。俗物め』

 

 数を減じたリフレクタービットでは複雑かつ的確な反射はできない。それより遅いアイアンネイルなど話にもならなかった。もはやゼータプラスのパイロットにとっては距離を取る必要すら無く、その場で淡々と撃ち落とし、切り裂いていく。残りのリフレクタービットが0になるまでもう何十秒もかからなかった。

 

『クソッ。こんな……このハマーンの遺産が、シャンブロがたった一機のちっぽけなモビルスーツにッ』

『……なんだと? この鈍重なモビルアーマーが——の? チッ。こんなもの残しておいては後々審美眼を疑われかねんな』

 

 リフレクタービットという最硬の殻を剥いだゼータプラスは、必死に振り落とそうとするシャンブロの上でバランスを取り、今度はビームサーベルをその本体に突き立てていく。その様はまさに蟹の解体に似ていた。

 

 足をもぎ、殻を抉って身をほじくり出していく。そして蟹にはないその(大口径メガ粒子砲)を備えた長い首も易々と刎ねた。そうしてシャンブロは完全に抵抗する力を失ったのだった。後には食い荒らされた蟹のように無残な姿を晒している。

 

『バナージ・リンクス。モビルアーマーは沈黙した。馬鹿女を引きずり出せ』

「あ、ああ。ありがとう」

 

 ただ圧倒され見守っているしかなかったバナージはゼータプラスのパイロットの声で我に返った。シャンブロに取り付くとユニコーンのマニピュレータでコックピットハッチをこじ開ける。そしてユニコーンから降りてシャンブロへと乗り込んだ。

 

 シャンブロのコックピットの中ではロニが呆然としていた。無理もない。圧倒的な暴力にただただ蹂躙されたのだから。さらにロニが傷一つ負っていないというこの事実。手加減されていたことを示していた。

 

「行こう。ロニさん」

 

 ロニの背中に腕を回して助け起こすバナージ。茫然自失のロニはされるがままに従った。彼女の意識は一つのことに支配されていたから。

 

「……バナージ。あの女はなんなんだ……?」

「えっと……オードリー、ミネバ・ザビの護衛でハマーンって女の子だけど」

「ハマーン?」

「そう」

「ハマーン……そうか。誰かに似ていると思ったら…………あはは。勝てないはずだ。そんなの。地球で待ち惚けていただけの私があの女帝にかなうはずなんか……」

「女帝?」

 

 不思議そうに問い返すバナージに、けれどロニは無言で灰色の巨人を見つめていた。そんな二人へ話題の人物からの声がかかる。

 

『バナージ・リンクス。早くその女を連れてユニコーンに戻れ』

「え? ああ、うん」

 

 促され、ロニを連れてユニコーンの腕を登る。そのコックピットへ向けて。だが。

 

『止まれ。バナージ』

「リディさん!?」

 

 リディのデルタプラスがユニコーンへ向けてビームライフルを構えていた。つい先ほどまで共闘していた相手の凶行に驚愕するバナージ。

 

『このガンダムには捕獲命令が出ている。このまま接収させてもらう』

「そんな……」

 

 リディの非常な言葉にバナージは絶句するしかなかった。空気が凍り付く。けれどこの場に一人だけ意に介さず、次の戦いに備えているものがいた。

 

『バナージ・リンクス、急げ。そのままだと死ぬぞ』

『お前! 余計なことを! この状況が分かっているのか!!』

 

 リディが激怒する。けれどゼータプラスは彼を無視して空を見上げていた。そして視線の先を指し示して言う。

 

『そこの連邦軍パイロット。あれは貴様のところの増援か?』

『なにを言って……!?』

 

 釣られてそちらを見上げたデルタプラス。ついで機体の警報が鳴った。モニターに映ったものを見て驚きに声を失う。それは人のように四肢を備えた黒い影だった。どんどんと大きさを増している。近づいてきているのだ。

 

『明確な敵意を振りまいている。少なくともこちらの味方ではなさそうだが』

 

 そしてシルエットが明確に判別できるところまで降下してきた。特徴的な一本角。リディもバナージも目を剥く。

 

『黒い……』

「ユニコーン……!?』

 

 黒い一本角の装甲が展開していく。装甲の下からは金色の光が漏れ出ていた。角が二つに割れV字アンテナとなる。そしてフェイスマスクも展開し、下からガンダムフェイスが現れた。バナージたちの呟きの通り、その姿はまさに黒いユニコーンガンダムだった。

 

 想定外過ぎる事態に完全にリディの注意がそちらに向く。非常事態を悟ったバナージはその隙にロニを連れてユニコーンのコックピットに飛び込んだ。即座にハッチを閉めるが戦闘態勢を整えるにはもう数秒。その隙を埋めるためか、真っ先にゼータプラスが地を蹴って飛び立った。




コウ「巨大MAを倒す唯一の方法……それは俺自身が巨大MAになることだ!」

シーブック「え? 巨大MAなんてただの的じぇね?」
アムロ「せやな」
カミーユ「ちょっと苦戦するけどMSで十分いける」
バナージ「拳で倒しましたわ」
ウッソ「370m級もヤってやったす」

コウ「……これだからNTは」

シロー「やったぜ。(ついでに嫁さんもGET)」

コウ「ヽ(`Д´)ノ ウワァァァン」


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流転

この後のブライトさんとの話が長くなってきたので、とりあえず分割で投稿します。


 機体を急上昇させながらハマーンはビームライフルを直上へ照準した。対する黒いユニコーンも右腕をこちらへ向けている。どうやら右腕と一体化した射撃兵器らしい。互いにほぼ同時に射撃。黒いユニコーンは左腕のナックル状の武装でメガ粒子を打ち払った。強固なビームコーティングが施されているらしい。

 

 一方のハマーンは機体をずらして相手の躱し———慌ててバックブーストを駆けて機体を引いた。

 

「チィッ!?」

 

 躱したはずのメガ粒子が追いかけてきたのだ。一発の威力はユニコーンのビームマグナムの方が上だが照射時間が異常に長い。それをあの黒いユニコーンは振り回してきたのだ。咄嗟の殺気に反応したことで何とか躱せたものの想像以上に厄介な武装だ。

 

「ビームライフルというよりもとてつもなく長いビームサーベルと考えるべきかしら……」

 

 ビームライフル及び大腿部ビームカノンで牽制射を放ちつつ着地する。黒いユニコーンもAMBAC機動で躱し、左腕で払いのけながら大地に降り立った。すぐさま右腕を向けてくる。ハマーンは後退しながら射撃を続けた。

 

 黒いユニコーンの放つメガ粒子が一歩遅れで追ってくる。背後に鎮座していたシャンブロの残骸があっさりと切断されていく。恐るべきメガ粒子の収束率だ。あの攻撃が直撃した時にはゼータプラスの装甲などあっさり切り裂かれるだろう。

 

 だがハマーンは冷静に相手の殺気を読み、最小限の動きで回避を続けていた。その中で敵パイロットの正体に気づいてた。

 

「相手はエルピー・プルね。なぜ地球にいて、それも黒いユニコーンになんか乗っているのか全く分からないけど面倒な」

 

 その組み合わせは考え得る限り最悪のものだった。どうやら機体の制御系に全面的にサイコミュを採用しているらしいユニコーンたちはとんでもない超反応で機動する。普通の人間では強力すぎるGにあっという間に活動限界に陥るだろうが相手は強化人間だ。その限界値はハマーンなど常人より遙かに高い。

 

 今は射撃戦に終始しているから半ば予知染みた操縦でもってその差を埋めて五分に持ち込んでいるが、これが格闘戦に持ち込まれたら———

 

 相手も同じ事を考えたのか、射撃を中断すると一直線に突貫してきた。押し留めようとハマーンが放った射撃を前進を止めないまま左腕で打ち払って。そのまま左手を打ち付けてくる。いつの間にか左腕の装甲が開きクローのような形状になっていた。

 

 その手をビームサーベルで迎え撃とうとして、けれど刀身が僅かな抵抗の後に吹き散らされる。そのままゼータプラスへと魔手が迫り、ハマーンは咄嗟に機体を沈めて回避した。

 

「超振動兵器!?」

 

 目の前を通過したその腕を見てハマーンは正体を悟った。その左手がぶれて見える。目にもとまらぬ速度で振動しているのだ。先のビームサーベルとの交錯では刀身を形成させるためのIフィールドが吹き散らされたのだろう。だからビームサーベルの刀身が霧散してしまったのだ。

 

 ハマーンは黒いユニコーンのボディを蹴って距離を開けようとする。が、それ以上のスピードで相手は追いすがってきた。左の毒手を身を捻って回避。直後両者のボディが激突した。

 

 衝撃にシェイクされるハマーンの体をエアバッグが受け止めた。即座に操縦に復帰する。

 

「やっぱりパワーも機動性も違いすぎる。格闘戦は不利ね」

 

 ステップを刻んで左の拳を躱す。次の瞬間前に出て体を入れ替えた。相手が反転する前にウェイブライダーに変形し、一気に距離を取る。入れ違いにメガ粒子が飛来した。黒いユニコーンへの牽制だ。撃ったのはリディのデルタプラス。黒いユニコーンは足を止めて後退した。

 

『お前! この黒いユニコーンは何だ!?』

「知るか! 貴様らのところの援軍じゃないのか!?」

 

 リディが怒鳴り、それにハマーンも怒鳴り返す。リディの攻撃に反応するかのように彼にも盛大な攻撃が黒いユニコーンから降り注いでいた。ウェイブライダーからモビルスーツ形態へと戻し、ハマーンも再び攻撃を行う。打ち合わせも無しだが自然と互いに黒いユニコーンへと十字砲火を浴びせられるようなポジション取りをしていた。これにはさすがに黒いユニコーンも堪らず戦闘は膠着した。

 

 そこに。

 

『そこまでだ! 全機戦闘を中断し武器を棄てろ! さもなくば一斉攻撃を開始する!!』

 

 戦場へ重みのある男の声が響き渡った。そちらを見れば10機を遙かに超えるモビルスーツの群れが火砲をハマーンたちへ向けている。さらにその奥、遙か遠くには白亜の戦艦が浮遊していた。さすがに本気で放つ気はないだろうがその主砲が戦場を照準してした。

 

 彼らの接近には当然気づいていたハマーンも黒いユニコーンを相手にしながらではどうすることもできなかった。幸い黒いユニコーンも動きを止めた。バナージを促し武装解除に応じるのだった。

 

 

 

 ライフルやサーベルを棄て、黒いジェガンのようなモビルスーツの先導に従って白亜の戦艦——ラー・カイラムの格納庫へと入る。ユニコーンやリディのデルタプラス、それに黒いユニコーンも同じだ。

 

 整備員の指示でハンガーへとゼータプラスを固定した。メインカメラを通してハマーンは格納庫内を観察する。先に降りたリディはなにやら太った男へ食ってかかっていた。そこへ黒いユニコーンを降りたエルピー・プルが背後から掴みかかって投げ飛ばした。

 

 そこでハマーンにもモビルスーツを降りるよう指示が出た。大人しく従って降りる。足下では黒いジェガンのパイロットが待ち構えていた。特にこちらへ敵意のようなものは感じられない。シャンブロと戦い街を守ったことを知っているからだろうか。気安く声をかけてきた。

 

「いい腕だ」

「エスコートご苦労」

 

 ヘルメットのバイザーを開けてその男へ頷くハマーン。鈴を転がすような少女の声が似つかわしくない軍艦の格納庫に響いた。バイザーの下から現れた顔が意外だったのか男は驚いたような表情をしていた。

 

 その時強烈な敵意がハマーンを襲った。そちらへ急ぎ振り返れば黒いノーマルスーツに亜麻色の髪の女。憎悪に顔を歪めたエルピー・プルが駆け寄ってきていた。驚異的な身体能力。もはや目の前だ。

 

「ハマーンは敵ぃぃッ!!」

「貴様ッ!?」

 

 ハマーンの華奢な肩をとんでもない力で掴まれる。そして次の瞬間。ハマーンの感覚から重力が失われ、体が宙を泳いだ。そのまま硬い床へと叩きつけられる。

 

「あぐッ!?」

 

 反射的に悲鳴が漏れ。

 

「お前なにしてる!?」

「マリーダさんッ!?」

「止せ! プルトゥエルブ!!」

 

 様々な声ともみ合うような音がハマーンの耳に届くが、まともに認識することなく意識が闇へと落ちていった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

『あらゆる干渉を拒絶してシステムは完全に沈黙しています』

「はぁ。それで?」

『おそらくバナージ・リンクスがブロックを掛けたのではないかと。彼の認証がなければラプラスプログラムが新たに開示した情報を得ることは出来ません』

 

 大空を行く超大型輸送機ガルダの船内。その一室でマーサはラー・カイラムのアルベルトと通信を行っていた。せっかく押さえたユニコーンはパイロットの意思でだんまりを決め込んでいるらしい。これはミネバに説得させることにする。それよりもだ。

 

「それで。あの少女の身柄も押さえたのね? 何か話は聞けて?」

『いえ……それが……』

「どうしたの? はっきり仰い」

『あ、いえ! 確保はしたのですが、モビルスーツから下ろした直後にプルトゥエルブが突然襲いかかりまして』

「まあ」

『というわけで少女が気を失ってしまいまして……なにも聞けておりません』

「そう。まあいいわ。早くその少女を連れてらっしゃい」

『はい。承知しました。後ほどシャトルで上がります』

 

 そうして通信を打ち切ったマーサはミネバの部屋を訪れた。共闘を要請するために。ユニコーンとバナージを手中にしたことを説明し、バナージの説得を依頼した。ラプラスの箱の封印を望むという点で一致できると言って。

 

 

 

 けれど二人の交渉は決裂した。ワイングラスが砕ける音が響く。怒りにまかせてマーサが投げつけたものだった。とっさにミネバは躱したが。カーペットに血のように赤い液体が広がっていく。

 

「でもそのプライドの高さが人を殺すこともある。おわかり? あなたはたったいま、あなたを慕うジオンの残党から未来を奪ったのよ。ビスト財団と共生するという未来をね」

 

 そこまで言ってからマーサは怒りを呑み込むため大きく息を吐いた。そして。

 

「結構。そうまで仰るのでしたらもう申しませんわ。代わりのものも手にしたことですし」

 

 嘲るような視線をミネバへ注ぐ。その余裕を訝しんだミネバは聞いた。

 

「代わり? どういうことです」

「あなたには関係ないことですが……そうですね。少しだけ教えて差し上げましょう。私たちは地上であるものを手に入れましたの。そう。そのワインのように美しい髪色をした、少女をね。もう間もなく届く予定ですのよ」

 

 マーサの視線の先には、先ほど器が砕けたことで床に流れ出した赤い葡萄酒。その色にミネバの脳裏に電流が走る。

 

「まさかッ!?」

「ふふ。だからあなたはもう不要なのです。所詮あなたは血筋で祭り上げられただけの紛い物。一度は鮮やかに世界を制して見せた、かの女帝の器量とは較べようもない」

「あなたは! あの娘をそのくだらない妄想に利用する気ですかッ!!」

「自分のことを棚に上げてよく言いますわね。殿下。あなたこそ自分のいいようにあの少女を使い回しているんでしょうに」

「……ッ!」

「否定できませんか。でしょうね。ふふ。彼女の力ならこの男の論理が支配する世界を変えることも……」

 

 唇を噛むミネバを鼻で笑った上でもう興味を失ったのか、マーサは部屋から出て行った。一人取り残されたミネバは。

 

「ハマーン……」

 

 窓に写る自分の姿を厳しい目で見据えながら小さく呟いた。

 

 




■その後のミネバ様

(ロールパン切り切り…レタス挟み挟み…潰したポテトをソース代わりに…メインはローストビーフをどーん)
ミネバ「ミネバ流ホットドッグ! お上がりよ! うめぇ!!(実食) お粗末!」


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英雄との語らい

書いてるうちにあれも話させたいこれも話させたいと雪だるま式膨らんだブライトさんとのシーンがこちら


 

 ラー・カイラム艦内。艦長のブライト・ノアはその部屋を後にした。中ではユニコーンのパイロットと少々話をしていた。見込みのありそうな少年に、有用な情報。成果は上々と言えるだろう。満足げなブライトを副長のメランが外で待ち構えていた。すぐにブライトへ耳打ちしてくる。

 

「例の少女が目覚めたそうです」

「そうか。すぐにでも話せるか?」

「財団の連中がかなり渋りましたが説き伏せました」

「ふむ。ユニコーンのパイロットへの面会にはスルーだったのにか」

「よほど財団の連中は重要視しているようです」

「あのトリントンで見せた操縦技術だけでもただものではないが……」

 

 結局話してみないと結論はでないかと、ブライトは早々に詮索を打ち切った。少女がいる医務室へと足を進める。門番のごとく医務室の前に立っていたビスト財団の黒服たちを押しのけ、「失礼する」と一声掛けてから部屋に入った。メランは聞き耳を立てられるのを防ぐため扉の前で仁王立ちだ。

 

 医務室へと踏み込んだブライトを紫水晶の瞳が見据えていた。柔らかそうな葡萄色の髪が揺れる。ベッドに横たわりながらもその姿に弱々しさはない。その少女の美しい顔立ちにどこか既視感を覚えた。

 

「なに用か?」

「ああ……すまん。少々君に話を聞きたくてね。私はこの艦の艦長ブライト・ノアという」

 

 ブライトが名乗ったところで少女は大きく目を瞠った。どこか超然とした少女に見えたがそんな様は年齢相応にかわいらしい。

 

「ブライト・ノア…………まさか木馬の艦長? あの大佐でも沈めることができなかったガンダムの母艦の……?」

 

 これまた古い呼び方が出たものだ。ホワイトベースのことを木馬とは。おかげで彼女がどうやらジオン側の人間だというのはわかったが。そんな呼び方をするのはジオンの人間だけだろう。大佐というのはシャアのことだろうか。

 

「そうだ。一年戦争の時にはホワイトベースの艦長を務めていた。まあそれも単なる巡り合わせで、右も左も分からず必死にやった結果に過ぎない。世間で言われるほどのことはできちゃいないさ。実際にはね」

 

 実際、あのまだ若造だった頃の自分を英雄扱いされるのは面映ゆいやら恥ずかしいやら。正直勘弁して欲しいというところだった。

 

「そうか。よかろう。大佐の好敵手だった木馬の艦長の頼みであれば無碍にはできん」

「……ありがとう。それじゃあまずは君の名前を聞かせてもらえるかな?」

「ハマーンだ」

「は……?」

 

 少女の口から飛び出てきた名前に一瞬放心するブライト。そんな彼を見て少女は悪意のない笑みを浮かべた。

 

「最近名乗るとよくそのような顔をされるな。どうしたものか」

「……失礼した」

 

 ブライトはからかうような少女の声音に苦笑すると。

 

「なるほど。これはビスト財団が君を欲しがるわけだ」

「ビスト財団?」

「知らないか? 表向きは歴史的価値のある美術品の保護を目的とした財団法人だが、裏ではアナハイム・エレクトロニクスと一心同体関係にある。地球連邦政府への強い影響力も持っている一大財閥さ」

「そのビスト財団とやらが私を?」

「ああ。当主代行がいる船へ君を連れてくるようせっついてきている。どういう意図なのか分からなかったが、君がハマーンだというなら頷ける。何らかの企みに君を利用したいんだろう」

 

 

 ブライトは警告するが、少女にはいまいち実感が湧かないようだ。

 

「私を利用といっても精々一モビルスーツパイロットとしてくらいしか使いようがないと思うが」

「それだけ『ハマーン』という名は重いということだ。君のその容姿にパイロットとしてのあれだけの技量。となれば君を担いで一旗揚げようというのはそう荒唐無稽とは言えまい?」

「それほどのものか? ハマーン・カーンというのは?」

「君はハマーンと名乗りながら彼女がなにを為したのか知らないのか?」

「別に私の名に意図はない。ただ親から与えられた名を名乗っているだけだ。その女についてもグリプス戦役と第一次ネオ・ジオン抗争の年表上の出来事くらいしか知らんな」

「それが本当だとしたら驚くべき事だが……」

 

 そう言ってブライトは、ハマーン・カーンのことを語った。アクシズの指導者として地球圏に帰還するなり、エゥーゴとティターンズという連邦軍の内紛に割って入ったこと。双方を天秤にかけて間で立ち回り、ジオン共和国の占領、サイド3の割譲を実現。ネオ・ジオンの成立。各コロニーの制圧、そして地球への降下。ダカールの占拠。ダブリンへのコロニー落とし。そして連邦政府からの正式なサイド3領有の承認。停戦。

 

 連邦軍同士の内紛という奇貨があったとはいえ、それを見事に捉えたハマーン・カーンは宇宙全てを押さえ、連邦政府さえねじ伏せることに成功したのだ。もとは連邦の10分の1程度しか国力を持たないジオン公国の、そのまた拠点の一つに過ぎなかったアクシズを率いてである。

 

 最後はグレミー・トトの反乱から崩れ去ってしまったとはいえ偉業であることは間違いない。歴史上もっとも連邦を追い込んだのは、ギレン・ザビでもジャミトフ・ハイマンでもパプテマス・シロッコでもシャア・アズナブルでもなく、ハマーン・カーンなのかもしれない。

 

「詳しいな。ブライトキャプテン」

「クリプス戦役の際に実際に顔を合わせているし、その後の第一ネオ・ジオン抗争でも幾度となく矛を交えているからな。なかなか忘れられんさ。それに」

 

 そこで一度ブライトは言葉を切って、けれどやはり言うことにした。

 

「ハマーン・カーンを倒したのは、私の指揮下にいたガンダムパイロットだった」

「それは……どんな人物だったのだ?」

「当時まだ14歳の少年だった。今ごろはあいつももう23歳になってるのか」

「14歳……NTだったのか?」

「おそらくそうだったんだろう。それこそカミーユやハマーン、その他のNTや強化人間たちと思念を交わしてるようだった。それまで私が会ったNTとは違う、バイタリティの塊みたいなヤツだったよ。苦労もさせられたが……」

 

 その人物のことを思い出しながら語るブライトの顔は笑顔だった。

 

「ブライトキャプテンはその人物が好きだったのだな?」

 

 その表情を見てハマーンは指摘する。それにブライトは苦笑して。

 

「とんでもない悪ガキだったがな。それこそ最初に出会ったのなんか、ガンダムを盗もうと艦に忍び込んできたからだったんだぞ? 売り払って大儲けするつもりだったらしい。信じられるかい?」

「それは……なかなか豪快な少年だったのだな」

「だが、不思議と憎めないヤツだったよ。それはアイツが裏表のない真っ直ぐな人間だったからだろうな。それだけじゃなく人の意思を背負えるヤツでもあった」

「人の意思を背負う……」

「ああ。あの時も戦場の常で、やはり戦いの中、仲間や大事な人達がたくさん散っていった。それに失意を覚えつつもやがて乗り越えて、残された思いを胸に現実と戦い続けられる人間だった」

「…………そうか。その……ハマーン・カーンを倒したというのはどうだったのだ?」

「情けないことに私はその時戦場にいたわけではなくてね。あくまでそのガンダムパイロットから聞いた話にはなるが」

「構わない」

「第一次ネオ・ジオン抗争の終盤。グレミー・トトの反乱軍とハマーン・カーンの軍は共倒れでほぼ壊滅。その後でハマーンのキュベレイとガンダムで一騎打ちをしたらしい。結果はほとんど相打ちだったらしいが……ハマーンの方が負けを認めて自ら命を絶ったとのことだった」

「……そうか」

 

 ブライトが語り終えたことで場を沈黙が包む。そのばつの悪さを打ち消すかのように無理にハマーンは口を開いた。それにブライトも乗る。

 

「ブライトキャプテンはずいぶんガンダムパイロットと縁があるのだな」

「そうだな。初代ガンダムのアムロにZのカミーユ。ZZのジュドーに。またアムロ。そして今度はバナージだ。確かに私はほとほとガンダムと縁があるらしい」

 

 そのジュドーとやらが未来の自分を倒した相手らしいと心に刻みつつハマーンは話をつなげる。

 

「アムロ・レイとも再びいっしょに戦ったのか?」

「ああ。ほんの3年前のことさ。シャアの反乱の時にな。因縁の対決というわけだ」

「大佐の……」

 

 シャアの名が出たことでハマーンの様子が変わる。あるいはこれまでの話の中で一番の反応かもしれない。

 

「大佐は……シャア・アズナブルはMIAになったと聞いた。なにがあったのだろうか。知っているのなら教えて欲しい」

「……シャアは地球に居続ける人々を粛正するのだと、それが世界から戦争を無くす唯一の手段だと訴えてスペースノイドの支持を集めた。そうして行ったのが地球への隕石落としさ。5thルナをラサに落とし、次にアクシズを落とそうとした」

「アクシズを……」

「それもアクシズに核兵器を満載した上でだ。地球を一度徹底的に汚染し、強制的に全人類を宇宙へ上げるつもりだったらしい。その上でいつか人類皆ニュータイプになれば戦争はなくなるというわけだ」

「それはまた壮大な……」

「狂気的と言うべきなのか、ロマンチストが過ぎると言うべきなのか。評価に困るがね」

「それでブライトキャプテンやアムロ・レイが大佐を止めに行ったのだな?」

 

 苦笑するブライトに聞いてくるハマーン。ブライトは一つ頷き返して。

 

「そうだ。地球軌道上でアクシズを落とそうとするネオ・ジオンを迎え撃った。核ミサイルによる外部からのアクシズ破壊は失敗に終わり、我々は内から砕くために内部へ侵入したんだ。その間に外ではアムロとシャアの一騎打ちが行われていたらしい」

「因縁のライバル同士の……それで。結果は……?」

「アムロの勝利だ。シャアの機体を撃破した上で脱出したポッドを確保したんだ。完勝さ」

「そうか……」

 

 悲しそうに目を伏せるハマーンに慌てるブライト。フォローするように話を続けた。

 

「あ、いや。双方武器を全て失った上で最後はマニピュレータで相手をぶん殴っての格闘戦にまでなってたらしい。ぎりぎり紙一重の勝敗だったみたいだな」

「……ふふッ。ありがとうブライトキャプテン」

 

 不器用なブライトの気遣いにハマーンは無意識に微笑を漏らす。照れたブライトは視線を逸らして頬を掻いた。そして誤魔化すように付け加える。

 

「それにシャアは対等な条件でアムロと戦うために塩を送ったなんて噂もある」

「塩を送った?」

「アムロの機体νガンダムの製造をしていたアナハイムに出元不明の新技術が持ち込まれたんだ。サイコフレームというモビルスーツの性能を飛躍的に高めるものがな。それがネオ・ジオンから持ち込まれたのではないかという噂がある」

「アムロ・レイに一方的に強力なモビルスーツで決着をつけることを大佐がよしとしなかった……か。それでその後は? そこまでであればMIAとはならんだろう?」

「ああ。我々はアクシズを砕くことには成功したが、大きく二つに割れた片方は地球の落下コースに入ってしまった。それをアムロはνガンダムで押しだそうとアクシズに取り付いたんだ。シャアの脱出ポッドを握ったままな」

「モビルスーツで地球に落ちるアクシズを押し出す!? そんな無茶な!?」

「そう思うだろうな。私もそう思った。けれどあの時。多くのパイロットがそれに共感し、連邦もネオ・ジオンもなくそれに追随した。そしてあれが起こったんだ」

「あれ……?」

 

 赤熱化を始めたアクシズ。所属関係なく取り付いてアクシズを押しだそうとしたモビルスーツたち。そして突如生まれた輝き。それらを思い起こすブライト。

 

「奇跡としか言いようがない現象だった。νガンダムを中心に虹色の輝きが漏れ出たかと思うと、見る間にそれが広がってアクシズを包み込んだんだ。そしてアクシズの軌道はねじ曲がった。そのまま地球の引力を振り切って離れていった」

「そんな馬鹿な……」

「事実だ。私も目にしている。今ではアクシズ・ショックと呼ばれている。あの時全人類が共有した危機感が無意識的に集合しνガンダムのサイコフレームを媒介にして莫大なエネルギーに転化したなどと言われているが」

「人の意思が生み出す光……虹色の輝き? それはもしかしてどこか暖かいものだったか?」

「そうだったかもしれない。だからこそアレを人の意思が生み出した光だと思ったのかも……うん? 君もあの光のことを知っているのか? なにか心当たりがありそうだが?」

「いや。そんなことはない。なんとなくイメージからそう思っただけだ」

「そうか? ……まあいい。そうして地球の危機は去ったわけだが、その後そこにはνガンダムもシャアが乗った脱出ポッドの姿もなかったんだ。それから今に至るまで見つかっていない」

「それで二人揃ってMIA認定というわけか……」

 

 そこでブライトの話は終わった。ハマーンはシャアのその最後を噛みしめるかのように口を結び、視線を落とす。

 

「その……君には酷な話だっただろうか?」

 

 消沈する少女の姿に心配するブライト。けれどハマーンは首を振って顔を上げた。

 

「いいや。大丈夫だ。……生涯のライバルと一騎打ちをしてそのまま奇跡の現場で共に行方不明、なんてとても大佐らしいじゃないか。それに死体はみつかっていないんだろう? 案外全てやり終えたつもりで、どこかでアムロ・レイといっしょに隠遁しているのかもしれないぞ」

 

 そういう彼女の顔は寂しさを隠しきれない、どこか影のある笑顔だった。その表情にブライトは思い切って聞いてみたかったことを口に出すことにした。

 

「君は……シャア・アズナブルのことをとても大切なもののように語るんだな?」

「そうだが……おかしいか? フル・フロンタルにも似たようなことを言われたが」

「いや。君とは関係ないことなんだろうが……意外というか、不思議な感じではある。シャアとハマーン・カーンの確執をこの目で見ているのでね。シャアのグワダンでのハマーンへの態度は尋常ではなかった」

 

 少女の問い返しにブライトは素直に思うところを述べた。それに対する少女の答えは。

 

「……きっとそれは、わた、ハマーン・カーンが悪かったのだろう。だから大佐は……ハマーンが間違えなければ今も傍にいてくれたはずで……そうだったらきっと……」

 

 最後の方はもう言葉にならず。これまでの支配者然とした、それこそハマーン・カーンのような態度を保っていた少女の仮面は完全に剥がれ落ちた。ぽろぽろとその双眸から美しい滴を零し、華奢な肩を震わせていた。

 

 いかに彼女がシャア・アズナブルのことを想っていたかが分かる。それに彼女の繊細さも。どこかあのグワダンで見た女帝の姿と重なるところがあった。思えばあの女も冷徹な顔で接していながら、どこかでシャア・アズナブルを求め続けていなかったか。

 

 ブライトはかつて轡を並べて戦ったこともあるサングラスの男を一層嫌いになった。

 





ハマーン「私もコロニー落としたし、大佐も隕石を落とした。もしかして二人の相性が思ったよりいいのでは!?」
ギレン「せやな」
デラーズ「儂も儂も」
ジャマイカン「やったぜ(失敗したけど)」
ハマーン「…………」


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大空に舞う

「キャプテン……」

 

 大空で待つガルダへ向けて上昇を続けるシャトルの中、ビスト財団の黒服に囲まれて席に着くハマーンは雲の向こうの存在を捉えていた。そして雲を割ってそれが姿を現した。ネオ・ジオンの偽装貨物船、ガランシェール。ジンネマンが来たのだ。ミネバを、マリーダを取り返すため。

 

 今はラー・カイラムからガルダへの移送ミッションの最中だ。主な荷は二つ。一つはSFS(サブフライトシステム)に乗り、同乗するバンシィから銃口を突きつけられた状態でいるユニコーンとそのパイロット。そしてシャトルの中にハマーン。動きが制限されるそのミッションの最中にガランシェールが奇襲をかけてきたところだった。

 

 戦闘を避けるようにガルダの格納庫へ滑り込むシャトル。その中でハマーンは呟いた。

 

「迂闊だな。ガンダムにパイロットを乗せたまま運ぼうなどと」

 

 視界の外でバナージがバンシィを振り切って行動を開始したのを感じていた。後背で始まる戦闘に気を取られているハマーンを黒服が降りるように急かした。大人しくそれに従う。アルベルトに続いてシャトルから降りて。外にはそんな彼女を待ち受けているものがいた。

 

「初めまして。ハマーン・カーン」

「……貴様は?」

「お目にかかれて光栄だわ。私はマーサ・ビスト・カーバイン。ビスト財団の当主代行を務めておりますの」

「ほお。貴様が……」

 

 ハマーンを待っていたのはノーマルスーツ姿の中年女性。ブライトから警告を受けた相手の登場に警戒を強めるハマーン。自分を招き寄せた相手を注意深く観察していた。マーサはそんなハマーンに対して鷹揚な態度で接してくる。

 

「こんな格好で失礼。なにぶん緊急事態なものですから。今、宇宙へ上がるシャトルを用意させていますので詳しい話はそちらに移ってからゆっくりと」

「そう焦ることはあるまい。たかがテロリストの襲撃だ。この空飛ぶ要塞とも言うべき威容の船が抱える戦力なら簡単に撃退できるだろう。違うか?」

 

 宇宙へ連れ去られては脱出が難しくなる。そう考えたハマーンはここで引き延ばしを図ることに決めた。挑発的な態度にマーサも「仕方ありませんわね」と頷いた。

 

「それではシャトルの打ち上げ用意を待つ間、ここでしばらくお話ししましょうか。立ち話で申し訳ないのだけれど」

「構わん。それで貴様は何の用で私をこんなところへ連れ込んだのだ?」

「ふふ。いきなり本題ですか? せっかちなのね。嫌いではないけれど……あなたに共闘の申し入れしたくてね。ここまでご足労願ったのよ」

「共闘? 私のような一パイロットにわざわざご苦労なことだ」

 

 興味なさげに一蹴してみせるハマーン。それに対してマーサも余裕の態度を崩さない。

 

「あら、そう謙遜するものではなくてよ。ハマーン・カーンが動くとなればそれは世界に一石を投じることに等しい」

「大げさなことだ。それで? その『ハマーン・カーン』になにをさせたい?」

「私と供に立っていただきたいのです。女の時代を始めるために」

「女の時代?」

 

 あまりに抽象的な物言いにハマーンは眉を顰めるしかない。それにマーサは頷くと大仰に語って聞かせた。

 

「この世界は男の論理に支配されているわ。連邦とジオン。アースノイドとスペースノイド。対立軸はあるけれどどちらも主導しているのは男。どちらが勝とうと男たちの論理が支配する世界は変わらないわ。男たちに舵取りを任せていたら、人類はいずれ滅びます。現にこの星はもうぼろぼろ……。同じ過ちを繰り返させないためには、女の感性による治世が必要なのです」

 

 そう言いながらマーサはハマーンに歩み寄る。そしてノーマルスーツのバイザーの下からハマーンの顔をのぞき込みながら続けた。

 

 生物の原理原則に従えば、女が社会の主導権を握るのが自然なのだと。人類の生物モデル上、子を産み育むにこそ価値があり、男はその従属物に過ぎないのだと。だからこそ男はそのプライドを満たすため、大義だの主義だの生物としての発展を考えた時に意味のないこと世界の中に意味を見いだそうとする。あげくに戦争まで起こしてしまう。

 

 そんなことはもう終わりにしないといけないのだと宣った。それを聞いてハマーンは。

 

 ——この女はなにを言っているの? この女がしたいことが全く見えてこない。今ある世界をどう変えたいのか。女の感性による治世? なに、それは? 例えば政治家や軍の高級幹部が全て女に置き換われば明日から突然平和になるの? それがこの女の欲しいもの?

 

 どうにもハマーンにはマーサが語るものが確たるビジョンとして見えなかった。その実現までのプロセスも。だからこそマーサが真剣にそんなことを考えているのかも疑わしい。もっと卑近なものがこの女の立脚点になっているのではないか。そう思えたハマーンは率直に聞いてみた。

 

「貴様の言うことはよく分からんが……その女の治世とやらが本気でほしいのだとしたら、なぜそんなことを今、私に言い出したのだ?」

「……どういうことかしら?」

「だから。なぜ第一次ネオ・ジオン抗争の当時ではなく、今の単なる一パイロットに過ぎない私にそれを言うのだ。ダカールをねじ伏せた当時のハマーン・カーンに援助を申し出るのでもいい。あるいはその後、グレミーの反乱時に一気に踏み潰すようハマーン・カーンを支援するのでもいいだろう。いずれにしても今の私を担ごうとするよりは確実にその女の治世とやらを作れていたのではないか?」

「お言葉ごもっとも。でもあの当時のビスト財団の当主はまだ私ではなく———」

「だが、アナハイム・エレクトロニクスの社長夫人ではあったのだろう?」

「ッ……!」

「ラプラスの箱とやらは確かに使えなかったかもしれん。だが連邦政府そのものは既に当時ねじ伏せていたのだ。後はアナハイムからのモビルスーツや艦艇の供給だけでも十分だったのでは? それはしたのか?」

 

 その問いかけにマーサは答えられない。唇を噛み、そして改めて反論しようとして、それをハマーンが手をかざして押し留めた。全て悟ったハマーンはマーサの弁解を待つことなく言葉を続ける。

 

「それでは貴様の治世ではなく、ハマーン・カーンの治世となってしまうからだろう? 貴様はあくまで自分が主導権を握りたかったのだ。何のことはない。貴様も男と変わらず自分の権力を求めたと言うだけの話だ」

「それは違ッ———!」

 

 なおも否定しようとするマーサを再び断ち切るようにハマーンが続けた。

 

「よい。取り繕う必要はない。そもそも本当に貴様が女の治世とやらを作りたいのだとしても。だとしたらなおさらハマーン・カーンのところへその話をもってくるのはお門違いというものだ」

「……どういう意味かしら」

「簡単だ。女の治世等というものをハマーン・カーンは望まない」

「は……? あなたなにを言って……」

 

 戸惑うマーサの様子を見てハマーンは自嘲するように嗤う。

 

「貴様はハマーン・カーンという女を見誤っているよ。なぜハマーン・カーンがアクシズの代表として立ったのか。ミネバ様の摂政となったのか知らないのか?」

「それは———」

「好きな男に頼まれたから。それだけだ」

「な……ッ!?」

「だからその男が『よくやった』と褒めて頭でも撫でてくれていたら、そこで止まっていただろうさ。喜んでその権力全てを男に譲り渡してな」

 

 誰への皮肉なのか、ハマーンは「残念ながらそうはならなかったようだがな」と寂しそうな顔で呟いていた。驚愕に言葉を返せない様子のマーサに向かって気を取り直すと。

 

「というわけだ。その話、私に持ってくるのではなく他を当たってくれ」

 

 とあっさり言ってのけた。コケにするようなハマーンのその態度にマーサは顔を怒りに染める。そしてこれまで繕っていた本性を剥き出しにした。

 

「……そう。あなたはその程度の志を持たない女だったというわけね。主従揃ってなんとも……いいわ。もうあなたの意思は不要です。こっちで勝手に調整させていただくから、その体だけ明け渡しなさいな」

 

 交渉の決裂を察し、黒服たちがハマーンを半円状に囲む。モビルスーツや航空機への道は閉ざされていた。唯一開いている背後には口を開いたままの外部へのハッチと青空が除くだけ。

 

 ——この船にミネバ様の気配を感じるけれど……このまま救出するのは無理ね。キャプテンとバナージに任せましょうか。なんとかこの場を脱して彼らの援護に回る。

 

「断る。もうこちらも貴様にも興味はなくなった。そろそろお暇させていただくとしよう」

「あらあら。どこに行こうというのかしら。ここは空の上。逃げ場はなくてよ? ゆっくりしていきなさいな」

「もてなしの心というものを解さぬ貴様の饗応など冗談ではないな」

 

 幸いなことに迎えは来ているようだった。だからハマーンは会話を引き延ばしながらその時を待った。絶対的優位にあるマーサはそれに気づかない。そして。

 

「きゃっ!?」

 

 メガ粒子が至近距離を掠めたのか、回避運動でガルダの機体が急激に傾いた。その場にいたものみなが咄嗟にしゃがみ込んだり、何かに捕まったりと慌ただしく対応に迫られる。感応の輪を広げて事前に察知していたハマーンただ一人を除いて。

 

「では失礼する」

 

 言ってハマーンは駆けだす。唯一道が開かれている背後に向かって。

 

「なにをするつもりッ……馬鹿なッ!?」

 

 そして迷うことなく開いたままのハッチから飛び出した。大空へと。空中で身を捻ってハマーンが振り返る。そして重力に引かれて落ちていった。最後に見たガルダ内部ではマーサが唖然とした表情を浮かべていた。それを見てハマーンは嘲笑う。

 

 

 

 ハマーンの華奢な体が堕ちていく。雲に突っ込み、その間もハマーンは意思を飛ばしていた。そして。雲を突き抜けたハマーンを巨大な手がすくい上げた。灰色の巨人の両掌が。巨人はハマーンを包み込むとその胸元へと引き寄せる。コックピットハッチが開いた。その中へハマーンは転がり込んだ。

 

「出迎えご苦労」

「あんたなに考えてるのッ!?」

 

 灰色の巨人——ゼータプラスのパイロットシートに座っていたのは、褐色の肌にウェーブのかかった青黒い髪の娘。元シャンブロのパイロット、ロニ・ガーベイだった。なんでもない顔でねぎらうハマーンに食ってかかった。

 

「どうした? なにを怒っている?」

「高高度を飛んでる船から飛び降りてくるなんて無茶するからでしょう! 間に合ったからいいもののキャッチできなかったどうするつもりだったのよ!?」

「貴様の位置は分かっていたし、こちらの位置も伝えただろう。問題ない」

「やっぱりあのイメージを叩きつけてきたのはあんたか! あんな曖昧なもので!!」

「貴様をNTの端くれと見込んでのことだ。喜びこそすれなぜ怒る?」

 

 ハマーンのあまりの言いように、ロニは言葉にならず口をパクパクとさせていた。ハマーンは構わず、今度はロニを操縦席から追い出しにかかった。

 

「まあいい。ほら。さっさと操縦を変われ。この局面、貴様の技量では切り抜けるのは厳しかろう」

 

 ハマーンに引き摺られ渋々と操縦を変わるロニ。シートの背後に回り、ハマーンの肩越しに顔を出した。ハマーンは早速機体をウェイブライダーに変形させて上昇に移る。

 

「しかしよくこの機体を持ち出せたな。ブライトキャプテンが用意してくれたのか?」

「……ええ。このまま連邦で裁判に掛けられたら確実に死刑だから、死にたくなければこのモビルスーツで抜け出せって。それでバナージを助けたいならあんたを迎えに行けって。ご丁寧に操縦マニュアルまで付けてね」

「ブライトキャプテンには本当に足を向けて寝られんな」

「連邦の戦艦の艦長があんなのでいいのかしら……」

「よくはなかろうが、さすがガンダムチームの指揮官。組織に使われるままにはならんということだな」

「え……? あの艦長さん、そんな有名人なの!?」

「なんだ。知らんのか? ブライト・ノアと言えば一年戦争の英雄だろうに」

「ホワイトベースの艦長!? …………しまった。サインもらっておけばよかった」

「貴様、連邦を憎んでいたんじゃないのか」

「ホワイトベースの艦長は別枠でしょう。なんというか敵ながら天晴れというか……そう思うと結構イケてるおじ様だったような……」

「ふっ……なんだそれは」

 

 などと軽口をたたき合ってる間にもハマーンはガルダ護衛隊のモビルスーツを一機・二機と撃ち落としていた。やがて堕ちてきた距離を昇りきったのか、ガルダの巨体が雲の切れ目から姿を現した。

 

 ——ミネバ様はまだ船内か。バナージはガルダの上方。ジンネマンキャプテンもそこにいるの? それに黒いユニコーンもいる……か。

 

「上に出るぞ!」

 

 ハマーンはウェイブライダーを更に上昇させ、ガルダの上方へと回り込む。そうして視界に入ってきたのは。

 

「なんともまあ無茶をする」

「あれ、バナージなの!?」

 

 白黒二体のユニコーンがともにガルダの船体を踏みしめて取っ組み合いをしている姿だった。なんとか左腕のビーム砲を突きつけようとする黒いユニコーンを必死になってユニコーンが押さえている。

 

 その二機の向こうにはガルダに取り付いたベースジャバー。機体の後部から係留索が流れ出て、その先に人影がぶら下がっている。ジンネマンだった。

 

「船内に侵入するつもりか!」

 

 真横で戦闘が繰り広げられる中、非常に危険だ。ひとまずハマーンは二体のユニコーンを飛び越え、ジンネマンを助けに向かう。モビルスーツへと変形させゼータプラスもガルダの船体へ取り付く。そしてジンネマンの体を確保しようとして。

 

「危ないッ!」

 

 咄嗟に機体をしゃがみ込ませてジンネマンの体を覆い隠す。ゼータプラスの背後を黒いユニコーンが放った砲撃が通り過ぎていった。あのままだったらジンネマンは飛散したメガ粒子を浴びることになっていただろう。ハマーンはゼータプラスの機体を盾にしてジンネマンを守ったのだ。

 

『すまん嬢ちゃん! ついでで悪いがあっちのハッチに俺を届けてくれるか!?』

 

 接触回線を通してジンネマンが指示をよこす。それに反論を返すことなくすぐさまジンネマンの体をゼータプラスのマニピュレータでそっと包み込み、近くのメンテナンスハッチへと送った。

 

「キャプテン、気をつけて。ミネバ様を任せます」

 

 ジンネマンはゼータプラスへ手を一振りしたあとハッチを開けてガルダ船内へと侵入していった。

 

「これからどうするの?」

 

 機体を立ち上がらせるハマーンにロニが問いかける。

 

「この周辺を掃除しながらキャプテンの脱出を待つ」

「黒いユニコーンはいいの? バナージを援護しないで」

「あちらは任せよう。あれで一端のパイロットへ成長したようだ」

 

 そう言いながらハマーンはゼータプラスを空中へと踊らせた。直援の可変モビルスーツたちの相手をする。モビルスーツ形態とウェイブライダーを行き来しながら高度を維持して戦った。そうこうしているうちに状況が動いた。

 

 

『受け止めなさい。バナージ』

 

 

 戦場にミネバの意思が行き渡る。それに反応したユニコーンは黒いユニコーンを放置してガルダから飛び降りた。ガンダムへと姿を変えながらなおも加速する。その先にはノーマルスーツ姿の人影。ユニコーンがそっと受け止めた。

 

「バナージがミネバ様を押さえたか。あとはキャプテンが戻ってくれば……」

 

 ユニコーンはそのまま上昇してきたガランシェールへと着地する。屈み込んでミネバを下ろし。そして再び飛び上がった。今度はジンネマンを救出するつもりらしい。しかしガルダから飛び降りてきた黒いユニコーンが掴みかかる。空中でもつれた二機はそのままガルダの格納庫へと飛び込んでいった。

 

「あれ、いいの!? 援護にいったほうがいいんじゃ!」

 

 あの勢いだとガルダ船内で戦闘が継続するだろう。ユニコーン二機が腹の中で暴れ回るガルダがどうなるか。想像に難くない。ロニの言うとおり即座にハマーンも援護に向かうべきだが。ハマーンは冷静に口を開いた。

 

「無理だな」

「無理ってなにが!?」

「どうやらさっき喰らっていたらしい」

「ッ!?」

 

 次の瞬間、爆発音と凄い揺れがゼータプラスのコックピットを襲った。衝撃から立ち直ったロニが何事かと辺りを見回せば、ゼータプラスの背後。背負ったウイングバインダーから煙が立ち上がっていた。

 

「ちょっと! 背中から火を噴いてるわよ!?」

「だから言っただろう。さっきガルダの上でキャプテンを庇ったとき、黒いユニコーンの砲撃が掠めていたらしい。参ったな」

「参ったじゃないわよ!? これじゃ———」

「ああ。堕ちるな」

 

 ハマーンが言った傍から、推力を失ったゼータプラスが落下し始めた。ガランシェールは既にゼータプラスより上方にいる。残念ながら取り付いて難を逃れることはできない。ゼータプラスはみるみる高度を落としていった。ガルダもとっくに見えなくなっている。

 

「どうするのどうするのどうするのよ!?」

「何とかするしかなかろう」

「何とかするって言ったって……このままじゃ海か地面に叩きつけられて———」

 

 ハマーンは泡を食っているロニを無視してゼータプラスを操る。機体の両手両脚で大気を掻いて落下位置をコントロール。ハマーンの脳裏にはあるものが映っていた。バーニアを時折噴かして落下速度を抑制する。

 

 そうしていると全天周モニターの足下に白亜の物体が迫ってきていた。バーニアを全開。一気に速度を殺す。ゼータプラスの足がその白亜の物体につく。同時に膝を曲げさせできる限り衝撃をおさえる。両手もついて膠着姿勢をとった。それでもかなりの揺れがコックピットを襲った。けれどゼータプラスはバラバラになることなく耐えてくれた。

 

「残念だがどうやら貴様の裁判から死刑という未来は変わらなかったらしいな」

「そんなぁ……」

「無辜の民間人をあれだけ虐殺したのだ。仕方あるまい。大人しく裁きを受けるのだな」

「そんなこと言ったらあんたなんてコロニー落としてるじゃない」

「知らん。やったのは別人だ」

「ずるい」

 

 とりあえず命を拾ったことに安堵した二人は軽口をたたき合う。それによればロニの命はどのみち危ういようだが。

 

 ゼータプラスの足下にあるのは白亜の戦艦ラー・カイラム。二人はスタート地点に戻ってきたのだった。

 




黒獅子「プル⑫がいってしまった…(呆然)」
Z+「だから前言ったやんけ」
キチ入った横恋慕フラレ男「ガンダムガンダムガンダムガンダム」
黒獅子「マジかー…」

というわけでマリーダさんは無事救出されたようです。


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再会と喧嘩と

今回は妄想マシマシでお送りします


「私に客だと?」

 

 ガルダに移送され、けれど結局ラー・カイラムに舞い戻ることになったハマーンはその翌日になってもまだラー・カイラムにいた。艦内の一室に保護という扱いで逗留している。ロニも傍にいた。

 

 あれからの事態の推移はブライトより聞いていた。ジンネマンは無事ガランシェールへ帰還。軌道上で待機していたネェル・アーガマに引き上げてもらう形で宇宙に上がったらしい。事態を動かすためにネオ・ジオンも利用するというブライトの驚異の策だった。

 

 だが、そこから事態は急転する。ビスト財団とそれに与する連邦上層部の意を受けた連邦軍地球機動艦隊旗艦ゼネラル・レビルがネェル・アーガマ拿捕に動いたのだ。そこを更にネオ・ジオンのフル・フロンタルが強襲。ゼネラル・レビルを撃退し、ネェル・アーガマとガランシェール二隻を押さえた。そしてその後、二隻ともども姿を消している。

 

 以降の足取りはまだ掴めておらず、ミネバやバナージ、それに二隻のクルーたちの安否は分かっていない。ハマーンとしてはやきもきしながらもただ待つしかなかった。そして今。そんなハマーンをブライトが訪ねてきて来客があると告げたところだった。

 

「どういうことだ? 地球に私の知り合いなどいないはずだが」

「それは実際に会ってもらったほうが早いかな。実はもうここまで来ている」

 

 そう告げるブライトの後ろから一人の女性が姿を現した。なびくワインレッドの髪。すっきりとした輪郭線。誰かに似通った容姿だった。既視感に目を丸くするハマーンを余所に感極まったのかその女性は駆け寄って。

 

「姉さんッ!!」

「……ッ!?」

 

 そしてハマーンの華奢な体を抱き締めた。その細腕で力の限り。まるで幻ではないかと確かめるように。ハマーンは事態が飲み込めずただ為されるがままにされていた。

 

「まさか……セラーナなの?」

 

 やがて女性の正体に行き当たったのか呆然としたように言うハマーン。本人からすれば聞くまでもない至極当たり前の問いに、笑みを零し涙を浮かべた瞳を悪戯っぽく緩めた女性は答える。

 

「そうよ、姉さん。私がセラーナ・カーン以外の誰に見えるって言うの?」

「まさかこの時代であなたに会えるなんて……」

「それはどちらかと言えば私の台詞だと思うけどね」

 

 そうかもしれないと思いながらハマーンは部屋に備え付けられたソファにセラーナを誘った。端で突っ立っていたロニは明らかに年上の女性であるセラーナがハマーンを姉と呼んだことに驚愕して、「どういうことだ?」と言わんばかりの視線を注いでくるが、敢えてそちらには目を向けない。ちなみにブライトの方はある程度ハマーンの正体を予想していたのか、表向きは平静を保っていた。

 

 ソファに腰を落ち着けたところで今度はハマーンから口を開いた。

 

「それでどうしてセラーナが地球に? それになぜこの艦に私がいるって知ってたの?」

 

 それに対してセラーナは不満そうに口を尖らせる。

 

「いきなりそこから? せっかくの姉妹再会なんだからもっと何か話すことがあるでしょ? 積もり積もった話とか……それなのにまったく姉さんったら……」

「そう言われてもね……状況が特殊すぎて何を話していいか分からないし。セラーナはともかく私の方は積もり積もってないもの」

 

 肩をすくめるハマーン。セラーナにとっては7年ぶりの姉との再会だろうが、ハマーンとしてはほんの一~二週間前まで妹と会っていたのだ。久しぶりという感覚はない。であれば興味がなぜ妹がここにいるのかということに集約されるのも仕方ないことだろう。

 

 姉の態度に溜息をついてからセラーナは話し出した。彼女がここにいる理由を。

 

「もうっ……はぁ。エコーズのダグザ中佐から連絡をもらったのよ。姉さんがラー・カイラムにいるって。それで飛んできたってわけ」

「ネェル・アーガマに辿り着いたバナージから伝わったか……。そう。よかった。ダグザ中佐もバナージも無事だったのね」

 

 ハマーンは二人の無事をひとしきり喜んだ後、話を続けた。

 

「それで? セラーナが私の居場所を知ってた理由は分かったけれど、そもそもなんであなたが地球にいるの?」

「もう地球に来て7年になるわ。姉さんがし、第一次ネオ・ジオン抗争が終わった直後から穏健派と強硬派の間の内紛が激化してね。強硬派が主導権を握りそうだったから、一発逆転を狙って私が直接連邦に和平交渉に来たの。……それも失敗に終わったけどね。以降サイド3に戻るわけにもいかず地球で亡命生活していたってわけ」

「そう…………あなたには苦労かけたわね。私のせいで……」

 

 妹のあまりの境遇に肩を落とし俯くハマーン。それをセラーナが慌ててフォローする。

 

「いいの。気にしないで。もう終わった事よ。それにこうしてどういうわけか再会できたんだから。それでね。私、姉さんを迎えに来たの。小さいけれど地球に家を持ってるの。そこで姉妹で暮らしましょうよ」

 

 姉の横に座り直しその肩を抱く。そして今日ここに来た理由を告げるセラーナ。それに対してハマーンは表情を綻ばせるも、けれど頷くことはなかった。そんな態度のハマーンにセラーナが「なんでよ」と食ってかかる。

 

「セラーナ。あなたの気持ちは素直に嬉しい。今の私はあなたにとって重荷に過ぎないでしょうにいっしょにいたいと言ってくれて。……でもまだやり残したことがあるの。だからいっしょには行けないわ」

「ミネバ様のこと? いいじゃない。もう関わらなくても。先日からやってきたことで十分尽くしたでしょう? そもそも今の姉さんとは本来関係ないことなんだから」

「そういうわけにはいかないわ。私もこの状況の中でたくさんの人の命を奪ってしまっているもの」

「ネオ・ジオンの襲撃から連邦の船を守ったんでしょう? それに地球でも巨大モビルアーマーから一般人を守るために戦った。連邦としては感謝こそすれ、姉さんを責めることはないはずよ」

「ガルダの護衛モビルスーツも何機か落としているわ」

「あれはビスト財団が軍を私物化した極秘ミッションだもの。表沙汰になることはないし、責任を問われることもないわ」

 

 何とか引き留めようとするセラーナだが、ハマーンはかぶりを振って受け入れない。

 

「そういうことじゃないの。連邦に責任を問われるとかそういうことではなくて……私が一人の人間として、この状況の中で為してきたことに責任を持ちたいの。最後までやり遂げたいのよ」

「姉さん……やり遂げるって言ったってどうする気? 戦場は宇宙に移ったのよ? 今の姉さんに宇宙に上がる手段なんかないでしょ」

「それは……なんとかするわ」

「ノープランなわけね」

 

 ハマーンへ白々とした視線を向けるセラーナ。そんな妹の視線を振り切るように「それでもなんとかする」と意気込むハマーンだが具体的な手段を持たないことには変わりない。けれど意外な人物が助け船を出した。

 

「宇宙へ上がる足ならこちらで用意しよう」

「ブライト司令!?」

 

 それはここまで黙って傍観していたブライトだった。抗議の声を上げるセラーナに謝罪の意味を込めて一つ頭を下げてから話を続けた。

 

「君の気持ちを利用するような形になって申し訳ないがネェル・アーガマの助けになってもらえるならこちらとしてもありがたい」

 

 参謀本部から表だった行動を制約されているブライトだが、ネェル・アーガマの部下のことは何とか守りたい。ハマーンほど強力なパイロットを援軍として差し向けられるのだとしたら。まさに渡りに船、願ってもないことだった。

 

「だが宇宙に上がれてもまだ問題がある。ネェル・アーガマとネオ・ジオンが消息を絶ってからそれなりに時間が経ってしまっている。おそらく月方面に移動したのだとは思われるがどうやって探し出して追いつくか……」

「今度は宇宙での足が問題となるということ?」

「そうだ。宇宙へは小型のHLVを用意する。そこに君が乗ってきたZプラスを載せるとして、あれもモビルスーツとしては足が長い部類ではあるが、果たしてそれで足りるかどうか」

 

 一歩間違えば宇宙の迷子になりかねない危うい作戦。けれどハマーンはソファから立ち上がると迷うことなく頷いた。

 

「賭けになるということ……それでもいい。ブライトキャプテン。HLVの用意お願いしたい」

 

 けれどセラーナが呼び止める。

 

「待って! 姉さん!!」

「ごめんなさい、セラーナ。私のわがままを許して」

「もう分かったわよ。そうじゃなくて宇宙での足はこちらで用意するわ」

「え? でもあなた連邦に亡命中なんでしょう? それでどうやって———」

 

 戸惑いの声を上げるハマーンに手をかざして遮ったセラーナは何でもないことのように言った。

 

「腐ってもネオ・ジオンの外務次官ですから。それに先の第二次ネオ・ジオン抗争の失敗で強硬派もサイド3ではだいぶ勢力を失って穏健派が盛り返してるからね。伝を使えばモビルスーツの一機くらいは用意できるわ。整備班とセットでね。それを姉さんの進行方向に配置しておいて途中で乗り換えればいいでしょう」

「ありがとうセラーナ。……でも良いの? あんなに反対していたのに」

「姉さんが言い出したら聞かないのは知ってるもの。それなら無理に反対するよりこちらからも協力した方が安心だわ。姉さんのことだから高性能なモビルスーツに乗せておけば何とかするでしょうし。期待していて。とびきりの機体を用意させるわ」

 

 そう言ってセラーナは笑った。そんな妹にハマーンは感謝し……そこではたと気になることがあった。相手は妹。身内だ。だから思ったことを口に出してみた。

 

「ねぇセラーナ。なんかその態度、子供相手にしてるみたいで気になるんだけど」

「みたいもなにも姉さん子供じゃない。まだ17~8でしょう?」

「だからって私はあなたの姉なのよ。こう姉としての威厳が———」

「あはは。ないない。ただでさえ姉さんは子供っぽいのに今じゃ年齢まで逆転してるんだから」

 

 不満を述べるハマーンを食い気味にセラーナは否定した。その一言にはハマーンもカチンとこざるを得ない。

 

「ちょっと! 私のどこが子供っぽいのよ!?」

「どこもなにも……いつまでも未熟な初恋を引き摺ってるところとか?」

「なッ!? そ、そんなこと!」

「あー。否定しても無駄だから。あのままだったら姉さん22になっても未練がましく引き摺ること私知ってるから」

「ぐぬぬ……」

 

 ぐうの音もでないほどに言い負かされて唸るしかないハマーン。そんな姉の姿を横目に見てセラーナはわざとらしく溜息をつく。そしてハマーンの逆鱗に触れる一言を放った。

 

「それに男を見る目もないし。あんな見かけだけの男のなにが良かったんだか」

「ちょっと。大佐のこと悪く言わないでよ」

「はぁ? 言っておくけどあの男、クズ of クズだから」

「セラーナッ!!」

「え? なにその態度? もしかしてまだあの男のこと好きなの?」

「別にどうだっていいでしょう」

「ええ? だってこっちに来てから色々調べたでしょう? あの後何があったのかとか。第二次ネオ・ジオン抗争の演説とか見なかった?」

「調べたし見たけど……」

「それでもまだあの男のこと好きなの?」

「だったら悪い?」

「悪いっていうか…………ちょっと引く」

「引く!?」

 

 あまりの言い草に目を剥くハマーン。そんな姉から言葉通り少し身を引いてセラーナは続けた。

 

「あれだけ言われたら普通かわいさ余って憎さ百倍とかになるでしょう?」

「だってあれはきっと私が悪かったんだし…………ちょっと。その薄気味悪いものを見るような目、止めなさいよ」

「なにこの男に都合の良すぎる女……やり過ぎて逆に重いわ。初恋をこじらせたにしてもこれは……ないない」

「全部口に出てるわよ」

 

 もはや怒りを通り越して剣呑な気配を放つハマーン。だが妹はそんなこと気にすることなく次の火種を放り投げた。

 

「そんなんだからいつまでたっても処女(バージン)なのよ」

「ちょッ!? セラーナッ!?」

 

 とんでもない一言にハマーンは目を白黒させるが、セラーナは一切気にすることなくドップドップと油を注ぎ続ける。

 

「今の姉さんはまだ焦ってないかもしれないけど、そのままだと22になっても処女のままだからね。言っとくけど」

「せ、せせせ、セラーナなに言って。だいたいあなただって———」

「私? 期待させて悪いけど姉さんがこっちに来る前には既に経験済みだったよ?」

「え……?」

 

 その瞬間完全にハマーンは惚けた。それくらい衝撃だった。そうして真顔に戻って聞いた。

 

「……いつの間に?」

「姉さんが摂政になってちょっとして、くらいだったかな?」

「誰と?」

「当時の彼氏と」

「……私知らない」

「姉さん摂政になってからはほとんど家に帰らなかったじゃない」

「話も聞いてなかったんだけど」

「姉さんより先に彼氏が出来たとか、経験したとか言えないじゃない」

「…………」

「ま、当時から私の方が大人だったってことよね」

 

 セラーナはそう結論づけた。ハマーンは俯いてふるふると震えている。

 

「ごめんね姉さん。ショックだった?」

 

 セラーナはハマーンの肩を抱いて慰めの言葉をかけた。その声音は優越感に満ちていたが。その唇は吊り上がっていたが。

 

 やがてハマーンの震えは収まり、顔を上げた。

 

「そう。セラーナの方が私より大人だったのね」

「ま、大したことじゃないよ。経験の有る無しなんて」

 

 なおもいたぶるような嗜虐的なセラーナの言葉を受け流しハマーンはにっこりと笑った。そして。

 

「そう。あのセラーナももうとっくに大人。アラサーなのよね」

 

 微妙なお年頃(28歳)の妹をあげつらった。17歳の姉である。

 

 セラーナの笑顔が凍る。吊り上がっていた口元は今や引きつっていた。なおもハマーンのターンは続く。

 

「そう言えばセラーナ・()()()ということはまだ結婚してないの?」

「…………誰のせいだと———」

「まあまだ焦る歳じゃないわよね。まだアラサーだものね。きっと近いうちにいい人が見つかるわよ。頑張って。まだぎりぎり20代で結婚できるかもしれないわ」

「…………」

 

 そうしてよく似た容姿の姉妹は向かい合って似た笑顔を浮かべた。「うふふ」「あはは」と笑い合い。そして次の瞬間、ガシッと両手でつかみ合った。そのまま相手を倒さんとあらん限りの力を込めて押す。そうして口汚く罵り合った。「清楚ビッチ」「蜘蛛の巣女」「年増」「地雷女」などと聞くに堪えかねる台詞のオンパレードに、これまで静観していたブライトも堪らず二人を引き離しにかかるのだった。

 

 




セラーナさんの初体験は完全に妄想ですが。

ミライ「18歳でWBに乗って一年戦争終了後に結婚しました。その年にハサウェイ産んでます」
フラウ「約16歳でWBに乗って戦争後結婚。Zの時には妊娠してました」
ララァ「17歳の時には大佐(当時少佐)としてました」
セイラ「小説版ではアムロとしてました。17歳でした」
アイナ「20歳で初めてヤって子供も出来ちゃいました」
ニナ「21歳の時にはビッチムーブ余裕でした」
ファ「19歳の頃にカミーユが回復してるので多分…劇場版ならもっと早く」
ベルトーチカ「Z時代20歳前後。アムロの恋人になりました」
強化人間ズ「「私たち10代で死んじゃいました」」
ZZヒロインズ「「私たちまだ子供だし」」
ハマーン「…………」


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新たなる牙

「例の信号をキャッチしたわ。多分これが話に会った輸送船でしょ」

「そうか。座標をよこせ。それから見失わないように注意しろ」

 

 セラーナの来訪のその翌日。ハマーンはブライトが用立てたHLVに乗って宇宙へ上がった。そこから更に一日。ラー・カイラムで受け取ったネェル・アーガマたちの予想航路に沿ってZプラスを飛ばしていた。

 

 急遽用意されたサブシートに座るのはロニ。ラー・カイラムに残っても死刑を待つだけの彼女を引き取り、ここまで交代しながら監視態勢を維持してきたが残念ながらネェル・アーガマの発見は未だならなかった。そうして先にセラーナが用意したジオン穏健派の輸送船とランデブーすることになったのだった。

 

 サブシートに詰まれた機材とにらめっこして予定コースを確認しながらロニが口を開く。

 

「ねぇ。あんたハマーン・カーン本人なのよね」

「だからなんだ」

「ううん。なんかイメージが違ったから。こう『鉄の女!』みたいな感じかと思ってたのに」

「なんだそれは」

 

 ロニの妄言を一笑に付すハマーン。ロニもそれに頷いて。

 

「それがまさかヤラハタなんてねぇ」

「ぶっ殺すぞ! 貴様!!」

「冗談よ。でもまあこの時代のあんたは経験することなく死んじゃったのよね」

「よほど死にたいらしいな。コックピットから叩き出してやろうか」

「いや別に馬鹿にしてるわけじゃ無くて……そんな人生私は嫌だなって」

「それが馬鹿にしてるんじゃなくてなんなんだ」

 

 ハマーンは呆れたように言うがロニは首を振って。

 

「だからさ。あんたとバナージがトリントンで助けてくれてなかったらさ。私もそんな最期だったんだろうなって。だからこれでも感謝してるのよ。あんたたちにはさ」

「……そうか」

「そ。私子供欲しいんだよね。それもたくさん。だから経験しないで死ぬなんて嫌だなって。私が殺した人達からすると巫山戯んなって感じだろうけど」

 

 ロニのその発言に対してハマーンは重い部分には触れず。

 

「たくさん?」

「そうね。十人くらいは欲しいかな」

「じゅッ!? ……ベースボールチームでも作るつもりか?」

「あはは。それもいいかもね。あるいはもう一人頑張ってフットボールチームか」

「正気の沙汰とは思えんな。貴様は本能に支配された猿か?」

「なんで? いいじゃない子供は多い方が。子供は可能性の塊だもの……ってこれもお前が言うなって感じだろうけど」

 

 またしても切っ掛けを振ってくるロニに眉を顰めると、ハマーンは予防線を張った。

 

「貴様の罪悪感など私の知ったことではないからツッコまんぞ。……貴様は母になりたいのか?」

 

 そんなハマーンにロニは「あはは。残念」と苦笑してから言葉を続けた。

 

「そう。私は母親になりたいの」

「一足飛びだな」

「乙女思考全開のあんたから見たらそう見えるかもね」

「よし、死ね」

「だから馬鹿にしてるわけじゃないってば。ようは好きな相手と関係を深めた結果として子供を授かりたいのか。それとも子供が欲しいから相手を探すのか。順序が違うだけで過程も結果もそう変わらないでしょ」

「その差は決定的だと思うが……だいたい子供が欲しいという目的があってから相手と関係を持つなど不純ではないか。打算的というか」

「そういう思考回路がまさしく乙女———ごめんごめん。もう言わないから殺気を飛ばしてくるの止めて。まあでも大概の人はその後のプランを持った上で相手を決めてるんだと思うよ。人生少しでも間違えないためにさ」

「…………よく分からん」

「そ。まああんたみたいのが居てもいいのかもね。可愛らしいし。今のところは」

「なんだ今のところはって」

「10代の今ならまだOKってこと。これが20代も後半になってたら痛々しいだろうけど」

「ふん。余計なお世話だ……まったくなんなんだこの会話は」

「特に意味はないわ。単なる暇つぶしの女子トークよ。ほら見えてきた。三時の方向」

 

 そう言ってロニが指し示す先。岩塊に隠れるようにしている船影が見えた。非武装貨物船。小型だがモビルスーツを両弦に一機ずつくらいなら格納できるだろう。やがて片側のハッチが開き、こちらを誘導するレーザー通信が飛んできた。待ち合わせ相手に間違いないらしい。ハマーンは誘導に従って機体を優しく着艦させた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 機体の火を落としてゼータプラスから降りた二人をこの貨物船のクルーが総出で待ち受けていた。そしてハマーンの姿を見て一斉に驚きの声を上げる。一方でハマーンの方にも彼らに覚えがあった。

 

「あなたたちはキュベレイ開発チーム?」

「おお。さすがはセラーナ様がハマーン様の再来と言われたほどのお方。我らのことをご存じですか」

 

 さすがもなにもつい先日までいっしょにキュベレイを開発していた仲間なのだが。前に出て言葉を返してきたのはテスト時に管制を務めていた男だ。時の流れ相応に老けてはいるが。そんな感想をお首にも出さずハマーンは話を続けた。

 

「セラーナが用意してくれた特別なモビルスーツというのはあなたたちが開発したのか?」

「そうです……といっても生憎、基本設計を担当したものはこの場にはいませんが。既にジオンを去ってしまっていますので。彼女が残したものを私たちで完成させたというわけです。まあまずは見てみてください。その間に乗ってこられた機体にも補給をしておきましょう」

 

 そう言って彼らは反対側の舷側にある格納庫へ向かって歩き出した。大人しくハマーンは後に続く。ロニはゼータプラスの補給状況を見守るためその場に残った。廊下を歩いている途中ハマーンは船が振動するのを感じ取った。

 

「船が動き出したのか?」

「ええ。先ほどセラーナ様からネェル・アーガマという連邦の戦艦の行き先について連絡がありましたのでそちらに向けて加速を開始しました」

「間に合うか?」

「もちろん。この船の加速を済ませてから飛び出していただけば問題なく間に合うはずです。この機体なら」

 

 そう言って格納庫の扉を開けた。その先には。白亜の機体が鎮座していた。機体の要所に紫の差し色が入っている。ハマーンのパーソナルカラーだ。その機体を見てハマーンは感嘆の声を漏らした。

 

「大きいな……モビルアーマーか?」

「いえ。区分としては重モビルスーツとなります。一見鈍重に見えるかもしれませんが、機動性・反応は随一ですよ」

 

 ハマーンの感想の通りその機体は通常のモビルスーツよりかなり大型だった。重厚なボディラインがその機体に秘めた凶暴な力を感じさせる。

 

「設計は少々前ですがシナンジュのデータをこっそり拝借してサイコミュの制御系も最新化しています。こいつならシナンジュはおろか連邦のユニコーンとかいうガンダムにだってそうそう引けはとりませんよ」

「そうか」

 

 とここまでそのモビルスーツのことを自信を持って語っていた男はなぜか表情を曇らせた。

 

「とはいえあなたをこの機体に乗せるのは少々複雑なんですが……こんなことになると知っていたらあなた専用機を用意しておきたかった。コイツも実は急遽リペイントしただけでして」

「それは神ならぬ身には不可能というもの。こんな事態を予想できるはずがあるまい。これで十分だ。私は満足しているよ」

「そう言っていただけると幸いです。その代わりと言ってはなんですが、内部のセッティングは残されていたハマーン様のデータを元に最適化してありますのですぐに馴染むはずです」

「あなた達に感謝を」

「とんでもない。私たちこそこのような機会を与えられたことに感謝しています。もう一度ハマーン様に会えるなど」

「私はあなた達が知るハマーン・カーンとは違うぞ」

 

 万感を込めるように言う男とその背後の人々へハマーンは断りを入れるが、男は首を振って否定した。

 

「いいえ。あなたもまたハマーン・カーンです。その姿。声。そして何よりその有り様がハマーン様だと告げています」

「そうか…………では行ってくる」

「どうかご武運を」

 

 ハマーンはクルーたちに見送られながらコックピットへと乗り込んだ。ジェネレーターに火を入れる。クルーたちが格納庫から待避したところでハッチが開き始めた。船の甲板へと機体を歩かせる。外に出てみれば船の反対側からゼータプラスも出てきていた。向こうの補給も終わったらしい。

 

「ハマーン・カーン。——— 出るぞッ!」

 

 ブリッジに通信を入れてからスラスターを焚く。船の前方へと飛び出した。スラスターを切ってそのまま慣性に従って宙を滑りながらゼータプラスを待つ。まもなくウェイブライダーが追いついてきた。その上に機体を乗せてロック。そのまま二機は戦場へと駆け出した。始まりの地。工業コロニー『インダストリアル7』へと。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

『インダストリアル7』周辺宙域。ラプラスの箱が示す最期の地点に向かっていたネェル・アーガマはそこで激戦に見舞われていた。ネェル・アーガマの前方から攻めてくるのは袖付きのモビルスーツたち。これをユニコーンとネェル・アーガマの直掩部隊が幾度となく取り付かれながらも危ういところでせき止めていた。

 

 そして偶然だろうが袖付きたちと挟撃するかのようにネェル・アーガマの背後から襲いかかってきたモビルスーツが一機。黒いユニコーン、バンシィ・ノルンだった。そしてそれを操るのは。

 

 ——本当のあなたに戻って、リディ少尉。それ以上自分を傷つけないで!

 

 けれどミヒロの思いは届くことなく、リディが駆るバンシィがビームマグナムをネェル・アーガマへ突きつける。射線を塞ぐようにマリーダのクシャトリヤが間に立ちはだかり。次の瞬間には誰かの命が消える。

 

 そんな絶望的な思いで見つめるモニターの先、バンシィの背後から突如としてメガ粒子が襲った。咄嗟の反応でバンシィは回避するもビームマグナムを放つ余裕はなかった。間一髪でマリーダは、あるいはネェル・アーガマの乗組員たちは命を繋いだ。

 

「なんだ今の攻撃はッ! どこから来た!?」

 

 思いがけない事態に艦長のオットーが吼える。その声に我に返ったセンサー長は即座にコンピュータに射撃点を予測させ、その位置をレーダーで精査した。返ってくる反応が一つ。報告のために声を張る。

 

「黒いユニコーンの遙か後方からの長距離狙撃です! この反応は……」

「どうした! なにが見つかった!?」

「高熱源体急速に近づく。数は1。この動きは……モビルスーツですが…………通常のモビルスーツの三倍の速度で接近中ッ!?」

「識別信号は!?」

「なんだこの識別信号は? 見たことない……いや、ライブラリに該当あり! これは……AXIS(アクシズ)です!!」

「なんだとぉッ!?」

 

 オットーが驚愕に叫ぶと同時に、そのモビルスーツはモニターで捉えられる距離に姿を現した。白亜に輝く凶暴なシルエットのモビルスーツ。そのモビルスーツは常識外れのスピードで距離を詰めるとそのまま黒いユニコーンへと躍りかかるのだった。




とりあえずまだハマーン様がなにに乗ったのかは秘密です。
アンケートを用意してみたのでよければ次回までに予想してください。


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小夜啼鳥は宙に舞う

ということで大半の方にはバレバレだったようですがハマーン様の後継機はアレです。
いくつか本文中にヒントを仕込んでおいた甲斐がありました。
設計者はサザビーと同じく合法ロリというか若作りなトワシズのあの方という妄想。
関係ないけどトワシズで赤いザクⅢ改が用意された経緯を読んで萌え転がったのは作者だけではないはず。


 宇宙空間をウェイブライダーが往く。『インダストリアル7』を目指してひた走っていた。その上に乗るモビルスーツのコックピットの中、ハマーンが不意にポツリと呟いた。

 

「これは……既に始まってしまったか」

『始まったって、何がよ?』

「戦闘に決まっているだろう。ネェル・アーガマが戦端を開いたらしい」

『なんでそんなことが分かるのよ。まだセンサーの有効範囲にはなにも引っかかってないわよ?』

 

 ハマーンの呟きを切っ掛けにウェイブライダーを操るロニとの間で接触回線を通じた会話が起きる。けれどロニの疑問こそハマーンにとっては不思議だった。これほどピリピリとした敵意のぶつかり合いのような空気を感じるというのに、なにを言っているのかと。

 

 ハマーンは気づいていなかったのだ。自身が駆る機体に組み込まれた機能がハマーンの感応を飛躍的に強化し、機械的なセンサーを大きく上回る感知能力を得ていることに。

 

「このままではよくないな…………決めた。先に行くぞ」

『え? 先に行くって?』

 

 ロニの疑問に答えることなくハマーンは行動に移った。大型バインダーに仕込まれたスラスターを一噴かしして、ウェイブライダー上方に浮き上がるとベクトルを変更。改めて全力加速をかけた。途端に強烈なGがかかりハマーンの華奢な体がシートへと押しつけられた。

 

「ッ……! 大した加速ねッ」

 

 あっという間にウェイブライダーを後方へと置き去りにした。圧倒的な展開力を誇るはずの可変機をだ。ハマーンに提供された機体の、少なくともその推力はとんでもないことが分かる。さすがにキュベレイ開発部隊が自信を持って進めてくるだけのことはある。

 

 爆発的な加速で突き進んだハマーンは、やがて戦場へと行き着いた。ようやくセンサーの有効範囲には入ったものの、まだモニターで捉えるには遠いそんな距離で。けれどサイコミュによって強化されたハマーンの感応はその場面を捉えていた。

 

「まずいわね。ここからいけるか?」

 

 ハマーンの脳裏に浮かぶのは、ネェル・アーガマにライフルを突きつけたモビルスーツの姿。地上で襲ってきた黒いユニコーンだった。なぜか間に四枚羽が立ちはだかっているが、まずい局面ではある。

 

 それを打開するため、ハマーンは機体にメガ・ビームライフルを構えさせた。モードは収束率を高めた長距離狙撃モード。黒いユニコーンの姿をイメージで捉える。ここから横やりを入れるのだ。完全なアウトレンジだがこの機体なら。ハマーンは唇を人舐めするとトリガーに指をかけた。

 

「さあ、ナイチンゲール。お前の力を見せてみなさいッ———」

 

 次の瞬間、メガ粒子の閃光が一筋、戦場を貫いた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「なんなんだッ! こいつは!?」

 

 それは異形のモビルスーツだった。メガ粒子の狙撃の後に躍り込んできたその機体。ボディカラーは優美な白だったものの、デザインはいっそ禍々しかった。頭頂高こそユニコーンより若干高い程度だが、特徴的なのは胸部装甲とスカートの前後への張り出しだ。

 

「こいつは……モビルスーツなのかッ!?」

 

 そのため前後に長いというモビルスーツとしては異質なシルエットになっていた。そして左右には大型のバインダーが衝きだしていて、ある意味バランスが取れている。総じて人型というよりは前傾姿勢で獲物に飛びかからんとする爬虫類型怪獣のような雰囲気を醸し出していた。

 

 重厚な胴体に対して四肢は一般的なモビルスーツ程度の長さしかないため、ずんぐりとした印象を受けるが、実際に戦ってみればそんなイメージはあっという間に吹っ飛んだ。

 

 独楽のようにスピンしながらこちらの射撃を回避する。観察してみれば目の前の機体は全身にこれでもかというほどスラスターを装備しているのか、分厚い機体を縦横無尽に跳ねさせながらこちらへ迫る。デストロイモード発動中は圧倒的な機動力を誇るはずのこのバンシィに迫り、追い詰めてくるのだ。

 

 右手に握るビームライフルからは収束弾や散弾が自由に切り替わりながら吐き出される。

 

「ちぃッ!」

 

 それを間一髪のところで躱した。するといつの間にか左手には高出力のビーム・トマホークが握られていて、懐に飛び込みながら鋭い斬撃を浴びせてくる。咄嗟にビームマグナムを手放し、代わりにビームトンファーを展開して受け止めた。

 

「なんなんだよッ! お前はぁッ!!」

『ほお。今のを受け止めたか。やるじゃないか』

 

 現在最高峰の機体に乗るはずの自分が追い詰められている。そんな理不尽に耐えかねたリディは絶叫した。その声に応えたわけではないだろうが、タイミングよく接触回線が開かれた。そこから聞こえてくるのは自分を見下す傲慢な女の声。どこかで聞き覚えのある声だった。

 

 ——あの時の——トリントンでゼータプラスを操っていた少女。まさかあいつか———

 

 その声の主にリディは思い当たった。トリントンで自分がまるで歯が立たなかった大型モビルアーマーを一方的に嬲ったパイロット。ゼータプラスを操ってさえあの強さだったのだ。目の前の機体は間違いなく時代の最高峰となることを狙って造られたコスト度外視ワンオフの機体。この両者の組み合わせは凶悪に過ぎた。

 

 鍔迫り合いが続く。このバンシィが押し切れないのだ。相手もその巨体に相応しいだけのパワーを備えているらしい。するとなぜか相手の腹部の装甲がバクンと開いた。その下から砲口がのぞいている。

 

「——ッ!? メガ粒子砲!!」

 

 反射的に後退する。相手との間にシールドを挟み込んだ。次の瞬間、敵機の砲口が光を放った。メガ粒子が広がりながら降り注ぐ。どうやら拡散メガ粒子砲だったらしい。だがバンシィにダメージはない。リディの防御の意思をくみ取ってシールドが自動的にIフィールドを発生させてくれたようだ。

 

 閃光が収まるのを待って視界を塞いでいたシールドを避ける。

 

「——ぐッ!?」

 

 視界が白の巨体に塞がれていた。次の瞬間バンシィはとんでもない衝撃に晒された。バンシィのボディはこの衝撃にもびくともしないほど頑丈だが中のパイロットはそうはいかない。リディの口から悲鳴が搾り出され、機体が制御を失う。

 

 一瞬なにが起きたか理解できなかったが、どうやら蹴り飛ばされたらしかった。あんな巨体自体で格闘戦を挑んでくるとは。信じられないほどの技量だ。

 

『む? いかんな』

 

 リディがバンシィの制御を手放したその間に敵機はファンネルを放出した。あの大型のバインダーは姿勢制御の他にファンネルコンテナとしても機能しているらしかった。続き迫る脅威にリディどうにか暴れる自機を抑えつけた。

 

 ファンネルの包囲攻撃に対処すべくサイコミュを通じて敵意の発現に気を配って。

 

「……?」

 

 けれどなぜかファンネルたちはバンシィを素通りしていった。何かの罠かとリディは警戒を緩めず周囲の観察に努め、正面の敵機もなにもせずに佇んでいた。予期せぬ戦闘の膠着。少しばかり沈黙の時間が続き。そして次の瞬間。

 

「なッ——!?」

 

 リディの後方、ネェル・アーガマの周囲で爆炎が複数瞬いた。なにが起きたのかを理解したリディは激情に支配された。スロットルを踏み込みバンシィを敵機へと突貫させる。

 

「こいつ……俺を馬鹿にしてぇェェッ!!」

 

 敵がファンネルを放出したのはバンシィを攻撃するためではなかった。ファンネルが撃ったのはネェル・アーガマに取り付かんとしていた袖付きのモビルスーツたちだ。敵はあろうことか追撃を加えるチャンスだった目の前のリディを無視してネェル・アーガマを援護したのだ。

 

 相対する少女に歯牙にもかけられていない。(ミネバ)に選ばれなかった屈辱をサイコミュに増幅されたリディにとって、それは断じて許すことの出来ない行為だった。半ば暴走に近い勢いで斬りかかり、けれど敵機がメガ・ビームライフルを投げ捨てて右手に握ったビームサーベルで打ち払われる。

 

 次の瞬間。視界を埋める巨大なシールドの影。敵機のシールドバッシュだ。斬撃を払われ、がら空きになった胴体に叩き込まれた。バンシィのコックピットを襲う衝撃。揺らぐリディの意識。そして。

 

 シールドバッシュで押しのけられたバンシィに急加速で敵機が迫る。白い巨体がモニターに大写しになり、右手のビームサーベル、左手のビームトマホーク、そしていつの間にかスカートアーマーの下部からさらに二本のアームがそれぞれビームサーベルを握って伸びていた。

 

『そろそろさよならだ』

 

 四筋の斬撃が同時にバンシィを襲う。衝撃に朦朧とするリディに抗うすべはなく、モニターが閃光に染まった。その時、リディの脳裏に浮かんだのは。

 

『もう! リディ少尉!!』

 

 なぜか彼が焦がれたミネバではなく、呆れ顔でリディを叱りつける黒髪の女性士官の姿だった。

 

「ミヒ———」

 

 その呟きは意味をなすことなく閃光に消えていった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 これは想像以上の機体だ。ハマーンは黒いユニコーンとの戦闘を通じて自機のスペックを正確に見極めていった。すると如何にこのナイチンゲールが規格外のモビルスーツかが分かってきた。

 

 余裕を持ったサイズの機体に収められた高性能なジェネレーターは圧倒的なパワーをもたらし、それに裏打ちされた火力を提供する。そしてキュベレイのそれを遙かに上回る俊敏性と攻撃力を持ったファンネル。

 

 けれど何よりハマーンが気に入ったのは、何処までもハマーンの思い通りに動く機体の追従速度だった。いったいどんなインターフェイスを搭載しているのか、いっそハマーンの操作より先に彼女の意思を読み取って機体自身が反応しているような気さえした。

 

 おそらくサイコミュを制御系に組み込んだ恩恵なのだろうが。ハマーンの知らぬサイコフレームという未来の技術は、彼女に飛躍するための翼を与えたのだった。

 

 キュベレイやゼータプラスを駆っていた頃より反応が速くなった分だけ、ハマーンにかかるGは増すが、華奢なくせに耐G特性に優れた彼女の体はその圧力を難なく受け止めていた。

 

 のしかかるGにギシギシとシートへと体を押しつけられながらも誤ることなく機体を操る。機体を意のままに振り回し、黒いユニコーンを追い詰めていく。

 

 なるほど確かに黒いユニコーンは最新鋭最高峰の誉れに相応しく、3年前にロールアウトしたナイチンゲールを上回る反応速度を見せる。けれど二者のハードウェアの差は、そのユーザーの差で押し返せる程度の範囲に収まっていた。

 

 敵パイロットは残念ながらユニコーンの全力を引き出せていない。どころか高性能すぎる機体にパイロット自身が振り回されている印象を受けた。まさに人機一体と化しているハマーンとナイチンゲールとの差はことここに至って歴然だった。

 

 そのことは黒いユニコーンを相手にしながらなお、ネェル・アーガマを援護する余裕があったことからもうかがえる。サイコフレームにより拡大されたハマーンの空間認識力は、先の空間でネェル・アーガマに取り付かんとするネオ・ジオンのモビルスーツたちをはっきり捉えていた。

 

「いけッ! ファンネル!!」

 

 ハマーンの意を受け取った10機のファンネルたちは瞬く間にネェル・アーガマに迫る脅威を火の玉へと変えた。その間もハマーンの意識が目の前の黒いユニコーンから離れることはない。正確に言うならば今この場所からネェル・アーガマの周辺まで、余さず捉えていた。

 

 突っ込んできた黒いユニコーンの斬撃を右手のビームサーベルで受け止め、受け流す。死に体になった敵機を左手のシールドで殴りつけて。無防備に晒されている黒いユニコーンの懐に迷わず飛び込んだ。

 

「そろそろさよならだ」

 

 右肩から入って左下への切り下ろし。左肩から入って右下への切り下ろし。右腰から入っての斜め切り上げ。左腰からの斜め切り上げ。ナイチンゲールは4つのビームサーベルを操って黒いユニコーンをXの字に切り裂いたのだ。

 

 特にXの字の交点になったコックピットはズタズタになっている。パイロットは即死に違いない。脅威の殲滅をハマーンが確信した直後、肉体を失った意思が波のように周囲へと広がっていく。

 

「ちッ。パイロットはNTだったか」

 

 死に際のNTの思念が強力なサイコミュ兵器である黒いユニコーンを通じて増幅されたのだ。それはサイコフレーム搭載機であるナイチンゲールや、ネェル・アーガマに待避したクシャトリヤ、さらにはユニコーンへと伝播して共振した。

 

「なんだ。あの光は?」

 

 やがてハマーンが衝撃から脱却した頃にそれは起こった。ネェル・アーガマの更にその先。ユニコーンがいた辺りから碧色の輝きが溢れ、その光がナイチンゲールに触れるとナイチンゲール自身も翠の光を発し始めるのだった。




リディ「え…………え?(二度見)」



リディは犠牲になったのだ! ユニコーンを覚醒させるための犠牲にな!!


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帰還

「この光は……」

 

 黒いユニコーンの撃破とともに現出した不可思議な光。それは、ハマーンがこの世界に飛ばされる、おそらくその原因となった光と同種のものだった。少なくともハマーンにはそう感じられた。

 

 人の意思を感じる暖かな光。それは黒いユニコーンのパイロットが残した残照だったのか。その輝きは「この宙域を狙う悪意がある」と告げ、緩やかにほどけていった。その意味は分からない。

 

「いえ、こうしていても仕方ないわね。まずはネェル・アーガマに合流しましょう」

 

 やがてネェル・アーガマのハイパー・メガ粒子砲が戦場を薙ぎ払い、ひとまずこの宙域での戦闘が終結したらしいことを悟ったハマーンは、ネェル・アーガマに通信を繋ぐ。

 

「こちらハマーン・カーン。ネェル・アーガマ、応答を願う」

『……こちらネェル・アーガマ。ハマーンさん?』

 

 ハマーンの呼び出しにほどなくネェル・アーガマが応じた。通信ウィンドウが開く。そこには通信士ミヒロ・オイワッケンが映し出されていた。

 

「そうだ。目の前の白いモビルスーツに搭乗している。危機的な状況に見えたのでこちらの判断で介入させてもらった」

『え……ええ。助かったわ』

 

 そう言うミヒロの表情は微妙だった。涙を流していたような痕まである。

 

「その……先ほどの戦闘、何かまずかった?」

『い、いいえ! ハマーンさんの援護がなかったら味方に被害が出ていたわ。あなたの判断はなにも間違ってない!』

 

 ミヒロの様子を気遣ってハマーンが話すと、ミヒロははっと我に返ったように捲し立てた。その様子が何かあったと如実に示していたが、ハマーンは敢えて深入りすることを避けた。ミヒロの考えを尊重して。

 

「そうか。いろいろ報告せねばならぬこともある。そちらに合流したいのだが、着艦許可は下りるだろうか」

『ええ。もちろん。ちょっと待ってね』

 

 そう言って一旦ウィンドウから消えたミヒロはやがてオットー艦長の許可を取り付けると、ハマーンの誘導を開始した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 白亜の怪物がネェル・アーガマのMSデッキに固定される。ナイチンゲールのコックピットを開け放ったハマーンは無重力の中を飛び出した。床に着地して周囲を見渡す。すると整備士姿の少年が寄ってきた。

 

「うひゃー。すげぇMSだなぁ」

「貴様は?」

 

 少年はナイチンゲールを見上げて歓声を上げる。そんな彼のことを誰何するハマーン。そこで少年はハマーンへと向き直って答えた。

 

「俺はタクヤ・イレイ。インダストリアル7からの避難民だよ。アナハイム工専の生徒だったんで、今はこの艦の整備士見習いみたいなことをさせてもらってる」

「アナハイム工専の生徒……ということはバナージ・リンクスの」

「そ。その友人。同級生さ」

「そうか。私はハマーンという。ミネバ様の護衛で、この機体、ナイチンゲールのパイロットでもある。よろしく頼む」

 

 互いに自己紹介が終わったところで、話はナイチンゲールについてに移った。

 

「見たことないMSだなぁ。ネオ・ジオン系列のサイコミュ搭載型MSだってことは分かるけど」

「ワンオフの高性能機で、今回が初実戦だからな。当然だろう」

「やっぱりかー。外観からのイメージだけで言うならMSN-04サザビーが近いような気がするな?」

「ほお。慧眼だな。そのサザビーとやらの強化・発展機だそうだぞ。先の戦役には間に合わなかったらしいが」

「マジか!? じゃあこれも赤い彗星が乗る予定だったMSだったり!?」

 

 勢い込むタクヤに押されながらもハマーンはナイチンゲールが元々赤い塗装を施されていたことを教えてやった。するとますますヒートアップすることになるのだが。

 

 にわかに騒がしいその場へ、やがてもう一機のMSがやってくる。度重なる激戦に傷つきながらもなお立つ緑の巨人。主を失った黒いユニコーン? バンシィを引き摺ってクシャトリヤが帰投したのだ。

 

 コックピットが開くやいなや、そのパイロットが飛び降りてきた。鼻息も荒くハマーンへと駆け寄ると、ノーマルスーツの襟首を掴み、腕力にものを言わせて吊し上げた。

 

「お前えぇぇぇ!」

 

 憎悪を込めて目と鼻の先にあるハマーンの顔を睨み付ける。肉体的には華奢な少女に過ぎないハマーンには強化人間の剛力に抗う術はなかった。けれど彼女も只人ではない。大げさでなく自分の生殺与奪を握っている相手に対し、一つ鼻を鳴らすと、嘲るように言った。

 

「なんのつもりだ? プル、いや今はマリーダ・クルスだったか。貴様には感謝されこそすれ、このような蛮行を受ける謂われはないと思うが」

「黙れ! お前さえ余計なことをしなければ今頃は??!!」

「その時は死んでいたな。貴様が」

 

 二人の会話は全く噛み合わない。ただ徒に緊張だけが高まっていく。それを止めるべくタクヤが割って入った。腕力の関係から二人を引き剥がすことこそできなかったが、マリーダに思い留まらせるように肩を取り、ハマーンに事情を説明した。

 

 バンシィのパイロットは元々ネェル・アーガマ所属だったこと。サイコ・マシーンに増幅された憎悪に暴走する彼をバナージやマリーダが何とか引き戻そうとし、ネェル・アーガマクルーもそれを願っていたことを。

 

 全てを聞いたハマーンは瞑目し、やがて目を見開くと、けれどマリーダの目を見てはっきりと言った。自分の判断は間違っていない。例え何度やり直せたとしても同じ選択をしたと。

 

 その言葉に再びマリーダは激高する。けれどハマーンが前言を翻すことはない。彼女は確かにあの時ビームサーベルを握ったバンシィに、殺意を嗅ぎ取っていたから。

 

「あの時私が介入していなければネェル・アーガマが危険に晒されていた」

「そんなもの私が盾になって」

「そうして命を散らすか? 貴様がどう考えているかは知らないが、貴様が死ぬことで悲しむ人間もいるだろう?」

 

 少なくともその一人にハマーンは心当たりがあった。これはマリーダの痛いところをついた。彼女にも思い当たるところがあったからだ。ほんのつい最近、確かな絆の存在を確認したところだった。確かに自分がいなくなれば彼は傷つくだろう。傷ついてくれるのだろう、が。

 

 そのことを誰であろう、ハマーンに指摘されたことがマリーダにとっては業腹だった。多分に強化処置として刷り込まれた結果ではあるが、もっとも憎悪する相手に指摘されるなど。

 

 結果的にタクヤの必死の試みは功を奏することなく。だからその場を収めたのは別の人物だった。

 

「止せ! マリーダ!」

 

 響く声に全員が視線を向ける。そこにいたのはジンネマン。ブリッジから事態を察して駆けつけてきたのか、軽く息が上がっている。

 

「お父さん」

 

 その姿を認めたマリーダはハマーンから手を離し、ジンネマンへと向き直った。

 

「……お父さん?」

 

 ジンネマンの目的はマリーダの制止だった。彼にとってハマーンは少なからず気にかけていた相手であり、今ではマリーダの命の恩人ですらあったのだから。バンシィのパイロットについて、ネェル・アーガマクルーの気持ちを考えれば、思うところがないではないがマリーダの命とは較べようもない。

 

 ジンネマンがマリーダをなだめたのは当然のことだ。が、それが新たな火種を撒いたことに彼は気づいていない。ひとまずマリーダが矛を収めたことに胸を撫で下ろしたジンネマンはマリーダの命の恩人であるハマーンを労うことにした。これも彼にとっては当然のことだった。

 

「お嬢ちゃん、良く宇宙に戻ってきてくれた。おかげで俺達もマリーダも助かったぜ」

「む……いや。礼には及ばない。キャプテン。こちらこそ地上での借りが少しでも返せたのなら良いのだが」

 

 そんなこと子供が気にするなと快活に笑い飛ばす。自然とハマーンの頭に手を伸ばし撫でるジンネマンに、されるがまま、どこか落ち着かなげにもじもじとするハマーン。そんな二人をどこか濁った目で眺めるマリーダ。何事か低い声で呟いた。

 

「お嬢ちゃん? ……キャプテン?」

 

 そんな三人をニヨニヨと観察するガランシェールクルーたち。やがてユニコーンが帰還するとジンネマンは二人に断ってバナージを労いに向かい、残された二人は今一度睨み合った後、マリーダはジンネマンの後を追い、ハマーンは報告のためにブリッジへ足を運ぶことにした。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ブリッジに足を踏み入れたハマーンを最初に迎えたのはモヒカン頭の厳つい男。ダグザ・マックールだった。ハマーンはその大男を見上げ安堵がこみ上げるのを感じた。セラーナから間接的にその無事を聞いてはいたものの、やはり自分の目にするのでは違う。

 

「無事だったか。ダグザ中佐」

「ああ。この通り、五体満足、ぴんぴんしている。君のおかげだ」

 

 うん、と嬉しそうに微笑むハマーン。彼女のそんな表情を初めて見たダグザは一瞬目を瞠り、そして厳つい顔には似合わない気遣わしげな表情を作った。

 

「よかったのか? 君は十分に役目を果たした。地球でセラーナ嬢と地球で穏やかに暮らすという選択肢もあったのでは?」

 

 ダグザの懸念はこれ以上ハマーン・カーンを戦場に置くべきなのか、というその一点にあった。以前にセラーナと話した内容もある。この才気煥発な、けれど繊細で潔癖で未熟な少女を戦場という悪夢の中心に引き込めばいづれこの世界の彼女のように悲劇的な結末を迎えることになるのではと。けれど。

 

「全てをやり遂げるために戻ってきたのだ」

 

 首を横に振り、はっきりと言い切る。彼を見返す紫水晶の瞳には確かな意思の輝きが瞬いていた。その力強い様子にブリッジのだれもが息を呑む。彼女の瞳に圧倒されたダグザはなにも言えず、ただ頷くしかなかった。

 

 

 そして沈黙が支配したブリッジにコツコツと靴音が響く。ダグザの後ろから顔を出したのはザビ家の姫君ミネバ・ラオ・ザビ。紫水晶の瞳と緑柱石の瞳が視線を結ぶ。主と従者、二人の関係を端的に言い表せばそうなるだろうが、それだけでは到底済まないものがあった。やがて先に口を開いたのはハマーン。

 

「姫様。ハマーン・カーン、ただいま帰参しました」

 

 ただそうとだけ述べ、静かに頭を下げた。その姿にミネバが詰まる。ミネバの胸中に去来するものがいくらもあった。彼女へした仕打ち。過酷な現場へと置き去りにしたこと。けれどその全てを呑み込んで。

 

「ご苦労。よく戻りました。ハマーン。あなたの帰りを嬉しく思います」

 

 そうとだけ告げた。




その頃格納庫では、マリーダに詰め寄られるジンネマンと油を注ぐフロスト他ガランシェール一同の姿があったとかなかったとか。


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別れ。そして終結

ジョバンニが一晩でやってくれました。このスランプは何だったのか。あとはエピローグを残すのみです。


「まだ出せんのか!」

 

 ナイチンゲールのコックピット越しにハマーンの声が響く。その声は焦燥に駆られていた。既にメガラニカ周辺で戦火が確認されている。そこにはミネバとバナージたちが先行しているというのに、ハマーンはいまだネェル・アーガマで足止めされていた。

 

 というのもナイチンゲールに突貫で行われている強化処置が今も続いているからだった。仮に敵戦力の中核がシナンジュだけであれば今のバナージとユニコーンならどうとでもなる。この状況で袖付きが仕掛けてくるとすればそれ以上の切り札を投入してくることが予想され、そうであれば少しでもナイチンゲールを強化しておきたいという意向だった。

 

 もちろんナイチンゲールのスペックは今なおMSの最高峰に位置する。ただサイコフレームの搭載量という観点で言うとユニコーンやシナンジュに遅れをとるのも事実だった。サイコマシン同士の対決となればサイコフレームの量は彼我の優劣に直結する。そのため鹵獲したバンシィからサイコフレームを引っぺがし、半分無理矢理にでもナイチンゲールに増設しているのだ。

 

 結論から言うとこの処置には先見の明があったというべきだろう。メガラニカ周辺をエコーズとともにゼータプラスで警戒していたロニから大型のサイコマシンが潜んでいたこと、彼女たちを振り切ってメガラニカ内部へと突入していったことがつい先ほど報告された。その際の戦闘で彼女たちは手痛い損失を被ったらしく、撤退を開始していた。

 

 メガラニカ内部、ビスト邸へと突入したミネバとバナージが孤立してしまう。だからこそこうしてハマーンは焦っている。ナイチンゲールのモニターに映し出される相手、最終調整を担当しているタクヤも必死になって端末を操作している。

 

『ちょい待ち、ちょい待ち、ちょい待ち、ちょい待ち……できたッ!』

「ッ! よくやった。ハマーン・カーン、ナイチンゲール出るぞ! すぐに離れろ!!」

 

 タクヤが親指を立てて合図をよこしたとともにハマーンはナイチンゲールを操作する。タクヤは慌ててその場を蹴り離れる。そしてバナージたちを頼むと通信をよこした。無言で頷くハマーン。彼女の要請でネェル・アーガマのハッチが開く。次の瞬間、白い巨獣が一筋の閃光となって飛び出した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 メガラニカの外壁を突き破り、フル・フロンタルの駆る巨大MAが飛び出してきた。それを追ってユニコーンも続く。巨大MAはユニコーンと相対するために振り返り、その直上から強力なメガ粒子が直撃した。

 

『ハマーンさん!』

 

 その一撃はナイチンゲールの放った大型メガ・ビーム・ライフルのものだ。バナージからの呼びかけにハマーンは「来るぞ」と警戒を促す。視線の先には、Iフィールドで保護され無傷の巨大MAの姿があった。

 

『ハマーン・カーンか。その機体……よくも引っ張り出してきたのものだ』

 

 仕返しとばかりに幾筋ものメガ粒子を放ってくる。それらを回避しながらバナージが仕掛けるが敵のIフィールドはビーム・マグナムすら無効化してしまった。ならばとIフィールドを展開できない瞬間、敵機の攻撃に合わせてナイチンゲールとユニコーンが射撃する。

 

 その攻撃は巨大MAの両脚に当たると思われるプロペラントへそれぞれ直撃。けれどフル・フロンタルは自壊直前にプロペラントを切り離し、なんら戦闘能力に影響を受けていないらしかった。

 

『ガンダムとハマーン・カーンがこの私にそろって楯突くか』

「ふん。やはり貴様は赤い彗星とはほど遠い。やつならそんなデカブツに好き好んで乗ろうとはしなかっただろうさ」

 

 ハマーンの脳裏にゼロ・ジ・アールに乗るのを拒みゲルググを求めた、在りし日の彼の姿が思い出され、苦笑した。

 

『ふむ。一応この機体はネオ・ジオングというのだがね』

「……悪趣味な。貴様はやはり一刻も早くこの世から消え去れ」

『ならば受けて立つまで。ガンダム──そして、ハマーン!』

 

 巨大MA──ネオ・ジオングの背面に何らかのパーツが展開され、巨大な光輪が現出した。さらに何らかの不可視な力場が展開された。その感触を感じ取りハマーンは顔を顰める。

 

「やつめ……いったい何を……むッ!? いかん! 間に合うか!?」

 

 ナイチンゲールの前方に位置取っていた、ユニコーンのビーム・マグナムが突如として赤熱化した。バナージは咄嗟にビーム・マグナムやビームサービルを手放す。それを見て取ったハマーンも即座に行動に移した。

 

 大型メガ・ビームライフルやファンネルなどの搭載武装を放出するとともに腹部メガ粒子砲へのエネルギーバイパスをカットする。次の瞬間、胸部バルカン砲と隠し腕にマウントされたビームサーベルが赤熱化し弾け飛んだが被害はそれだけに留まった。

 

 ネオ・ジオングが放った不可視の力場攻撃。ハマーンの咄嗟の機転がその命を救った。腹部メガ粒子砲に被害が及んでいれば致命傷になりかねなかった。しかしながら、いまだ健在のネオ・ジオングに対し、ナイチンゲールとユニコーンはすべての武装を失ってしまった。

 

 けれど彼女たちが諦めることはない。ユニコーンが正面から。それに呼応するようにナイチンゲールが背面からネオ・ジオングへと徒手空拳で挑みかかる。対してネオ・ジオングも余裕の表れか、正面から格闘戦で迎え撃った。

 

 ユニコーンには大型マニュピレータ2機とネオ・ジオングのコアユニットであるシナンジュ自身の両腕で。ナイチンゲールには大型マニュピレータ4機を背後へ向けて対応する。ユニコーンはがっちり組み合って押し潰されそうになりながらも危うい拮抗を保つ。ナイチンゲールは4方から迫る大型マニュピレータを躱しながら、隙を見て蹴りを叩き込むが思わぬ頑強さに有効なダメージを与えられない。

 

 先に状況が動いたのは正面。バナージの思いに応えるように出力を急増したユニコーンがシナンジュのアームを、ネオ・ジオングの大型マニュピレータを一本ずつ叩き潰し、引き千切る。そしてついにはコアユニットのシナンジュへと手傷を与えた。

 

『ええいッ。仕方ない!』

 

 残るアームはハマーンの対処に回しており手がない。対応に窮したフル・フロンタルは背中の光輪──サイコシャードに頼ることにした。不可視の力場、サイコ・フィールドが展開される。このフィールドの中ではフル・フロンタルの望む脳内イメージや想念を実現・具現化できる。先ほどはナイチンゲールなど敵機の武装に干渉し、暴発させたが今回は──

 

 

 

 ◇

 

 

 

「なんなのこれは!?」

 

 サイコ・フィールドに包み込まれた次の瞬間。ハマーンの目の前からはネオ・ジオングもユニコーンも消え去り、不可思議な空間に漂っていた。そしてまもなく前方へと引きずり込まれ、気づいたときには地球とそこへ赤熱化しながら落下していく巨岩が。

 

「あれはアクシズ……? それにあそこにいるのは……あ、ああ、あああああ!」

 

 落下するアクシズの先端。そこには一機のガンダムがいて、まるで狂気の沙汰か、地球へ落下するアクシズを押し返さんとしていた。サイコフレームの輝きに包まれ、その手にはMSの脱出ポッドのようなものを握っていた。

 

 思わずハマーンが悲鳴を上げたのは、その脱出ポッドからシャア・アズナブルの気配を感じ取ったから。

 

「止めてぇ!! 大佐を連れて行かないでぇぇ!!」

 

 絶叫し、彼を救い出そうとするかのように手を伸ばす。けれど、その手が届くことはなく。次の場面へと切り替わった。ハマーンが気づくことはなかったがそれは陥落・炎上するア・バオア・クー。そして更に場面は切り替わり、MAN-08エルメスと赤いゲルルグがガンダムと戦う場面。その赤いゲルルグからもハマーンはなぜかシャアを感じた。そして。

 

「ドズル……様?」

 

 緑の円盤のようなものから両足が生えたような奇形のMAビグザム。苛烈な閃光をまき散らすそこに戦闘機が激突し、次の瞬間、ガンダムがビームサーベルを突き立てた。意思が散っていく。そこにハマーンは亡き姉の夫にして主人の父親、ドズル・ザビの姿を見た。

 

「これは過去あった光景……? どんどん遡っているの?」

 

 ここまで来てハマーンはようやく理解した。自分は『刻』を垣間見ているのだと。そして光景は今回の事件の始まり、初代連邦首相官邸ラプラスが砕け散るところまで巻き戻った。そこから先は最早意味も分からぬ不可思議な空間をくぐり抜け。やがてただただ寒い絶望の闇に至り──

 

『──それでも!』

 

 誰かの力強い言葉を聞いた気がした。暖かな光が自分を貫いていき。そして次の瞬間──

 

「あ……ああ……あああああああ……」

 

 ハマーンは思わず嗚咽を漏らす。

 

「すまないな。ハマーン」

 

 気づけば彼女の目の前に一人の男が佇んでいた。赤いノーマルスーツ。柔らかな金髪。

 

「私の至らなさからおまえには随分つらい目に遭わせた」

 

 男はその顔を覆うバイザーを外し、困ったような、あるいは寂しそうな表情を向けた。

 

「思えばおまえには押しつけるばかりで、なにも与えなかった。私があのときもっと大人であったなら、いくらでもしてやれることがあっただろうに」

 

 ハマーンにはこれが最後なのだとなぜか分かった。彼は既にこの世のものではなく。これは何かの奇跡で。ほんの僅かな隙間に自分に会いに来てくれただけなのだと。

 

「私を恨んでくれていい」

 

 本当は彼に会えたなら話したいことがいくらでもあった。けれどそれはもう叶わないから。だからどうしても伝えたいことだけ。彼を想った言の葉を。

 

「いいえ。大佐。私はただあなたに恋をしていただけです。それだけで十分幸せでした。だから大佐を恨むことなんてありません」

「……そうか」

「妹には重いなんて気味悪がられてしまいましたけど」

「フフッ。そうか。……ありがとう。ハマーン」

 

 その言葉を最後に彼は消え去ってしまった。ハマーンの頬を滴が伝い、次の瞬間にはもとのナイチンゲールのコックピットにいて、目の前には宇宙空間が広がっていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

『ハマーンさん。メガラニカが狙われています。この宙域も危ない。早くネェル・アーガマへ連絡を!』

 

 気づけばバナージから通信が入っていた。言うだけ言って先行するユニコーン。慌ててハマーンも後を追う。あとにはネオ・ジオングの残骸だけが残された。そこから3色の思惟が飛び去ったことを知るものはいない。

 

 ネェル・アーガマの観測機器で調べた結果、ルナツー近傍にコロニーレーザーの存在が判明した。ハマーンにとっても因縁のあるグリプス2である。今のハマーンは知るよしもないが。連邦政府は、あるいはビスト財団はコロニーレーザーをもってラプラスの箱の真実を知るものごとメガラニカを抹消することにしたのだ。

 

『ネェル・アーガマはこの宙域から離脱して下さい。メガラニカ前方にサイコ・フィールドを張ります』

 

 バナージが無謀な提案をする。ネェル・アーガマクルーが口々に無茶だと騒ぐ中、最初にミネバがバナージへ賭けた。インダストリアル7に避難せずメガラニカに残るのだと言う。のみならず必ず成功させ自分のもとに帰るよう約束しろと発破を掛けた。そこにジンネマンが、ダグザが、そして学友たちが乗った。

 

「私も付き合おう」

『ハマーンさん!?』

「サイコマシンは一機でも多い方が良かろう?」

 

 戸惑うバナージへミネバが通信越しに頷いて見せた。

 

 そうしてユニコーンとナイチンゲールがメガラニカ前方へ並び立った。ハマーンとバナージは同時にコロニーレーザーから放たれた奔流の接近を感じ取る。ユニコーンが前へ出て二枚のサイコ・フィールドを張る。その後方へハマーンがもう1枚。直後に閃光が突き刺さった。

 

 閃光はすぐさま第一層を抜き、第二層へ。そこも抜き第三層へ到達し、何とか押しとどめることに成功する。けれどそれはサイコ・フィールドを張る二人へ猛烈な不可をかける危うい拮抗。

 

 二人は苦悶を漏らしながらも耐える。けれど幾条かの閃光が第三層より漏れはじめ、前方に位置取ったユニコーンの装甲に亀裂が入る。次の瞬間。ユニコーンの装甲の亀裂から光の結晶体が何本も突き出した。

 

 それはサイコフレームの結晶体。ハマーンとバナージ、二人のNT。そしてナイチンゲールとユニコーン、2機のサイコマシンによるサイコフレーム共振がこの現象を引き起こした。それはネオ・ジオングの用いたサイコ・シャードと同種のものだった。

 

 サイコ・シャードはバナージの意思に従い、コロニーレーザーを無効化する。やがて閃光の奔流が収まり。ここでハマーンが動いた。何とかコロニーレーザーの第一射は防ぎきったが次がないとも限らない。

 

「ナイチンゲール! おまえが大佐の機体だというなら今こそその力を見せてみなさいッ!!」

 

 ハマーンが吠える。ナイチンゲールをユニコーンの前へ出し、サイコ・フィールドを砲身状に展開。ネオ・ジオングのサイコ・シェード対策でカットしていた腹部メガ粒子砲へのエネルギーバイパスを復旧。全エネルギーを注ぎ込む。

 

 そしてフルチャージ以上の状態で解き放った。回路を焼き焦がしながら励起されたメガ粒子が先ほどレーザーの通過したコースを直進する。本来の有効射程であればとても届くはずのない距離をサイコ・フィールドの増幅によって走破し、グリプス2へと突き刺さった。その返礼の一撃はグリプス2を吹き飛ばすには至らないまでも第二射が不可能になるには十分な爪痕を残すのだった。

 

 

 ミネバからのメッセージ(ラプラスの箱の真実)が響く。メガラニカから世界中へと。そしてその演説をバックに彼らは動き出す。そこには連邦(ロンド・ベル)ジオン(ガランシェール)もなく。メガラニカごと大脱走を開始した。それを追うゼネラル・レビル。大量のMSを吐き出し牙を剥く。

 

 これをユニコーンが出迎えた。その腕の一振りでなぜかゼネラル・レビルのMS隊は動きを止めてしまう。それはまるで魔法のようで。動きもどこか人間を感じさせない異質なものだった。

 

 けれどハマーンは心配しない。なぜなら飛び去ろうとするバナージの思惟を抱き留める父親と、それを迎えに飛び出す少女の思惟に気づいていたから。

 

「……ふふ。これもまた一つのボーイ・ミーツ・ガールか」

 

 こうしてラプラス事件は幕を下ろした。



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エピローグ

『ハマーン様。そいつの調子はどうです?』

「いまのところは何の不満もないわ。これに比べればナイチンゲールはやはり少々重すぎたわね」

『そう言っていただけると俺たちも力を入れた甲斐があります』

 

 MSのコックピットの中、機体を自由に操りながらハマーンは開発スタッフと通信を交わす。現在彼女は、新型MSのテストのため宇宙へと乗り出していた。

 

「本当に自分の手足のようによく動く。反応が自然過ぎて怖いくらい」

『例のMSを連邦に引き渡す前にごっそりいただいたサイコフレームを基礎部分にふんだんに仕込んでますからね』

『もう。連邦とはサイコフレームの研究を封印する協定を結ぶ予定なのに、そんな機体を作って……』

 

 コックピットに新たに通信ウィンドウが開いた。眼下をゆく航宙戦艦メガラニカからのものだった。そこに映るのは彼女の主。新たな玩具にはしゃぐ二人へ苦言を呈してきた。

 

「協定の締結はまだ今しばらくかかるのでしょう、ミネバ様?」

『そう。チャンスは今しかないのですよ!』

『あなたたちと来たらまったく……』

 

 ミネバは頭痛がするとでもいうように眉根を寄せて目を閉じ、額に手を当てた。

 

 ラプラス事件が集結し、ミネバ一行はメガラニカごと逃亡生活に入った。そうしてまもなく。サイド3の辺境に身を寄せて、ひとまずの安定を得た。そこに合流してきたのが、ナイチンゲールの提供でハマーンを支援をしたジオン穏健派のMS開発チームだった。

 

 ミネバはてっきりジオン共和国の資産であるナイチンゲールの回収にきたものだと思っていたのだが、彼らはなんと到着するなりナイチンゲールなど見向きもせず、ハマーン専用の最強MSを作りたいなどと宣った。

 

 その時点でミネバたちが保有するMSは封印予定のユニコーンに、大破したシルヴァ・バレトと連邦に引き渡す予定のバンシィのみ。独立勢力として立つために戦力が少しでもほしいところ、彼らはどこから見つけたのかスポンサーまでついていて資材は自前で調達するという。断る理由がなかった。なので好きにさせた結果がこれである。

 

 AMX-414。キュベレイの設計をリファインして開発されたその機体は、けれど中身はもはやオリジナルとは完全に別物と化している。ジェネレーターは当然最新式のものを採用。そしてムーバブルフレームは先の開発スタッフの言葉通りふんだんに、いやそのほとんどがサイコフレームでできていた。

 

『ユニコーンやバンシィの危険を訴える私たちがなんという……』

 

 沈痛な様子のミネバに、けれど開発スタッフは気楽に言う。

 

『大丈夫ですよ。フルサイコフレームじゃないですから。別物です。別物』

『95%はサイコフレームじゃないですかッ! あからさまな協定逃れの分、余計に質が悪い!!』

 

 姫様キれる。開発スタッフの方は「その5%が重要なのです。偉い人にはそれがわからんのです」などとどこ吹く風だが。ミネバは最強を目指すなどというMS開発者のエゴを甘く見ていた。そして何より誤算だったのが。

 

『ハマーンも。あなたが彼らを諫めないでどうするのです!』

「あ……いえ。ミネバ様。ですが、No.1を目指すというのは技術の進歩のためにも重要なことでして……」

 

 腹心の部下が意外に乗り気だったことだ。過去にはMS開発のテストパイロットも何度かこなしていたこともあり、また凄腕でもある彼女にとって、当代一の高性能MSを造り上げるというのはなかなかに興味を引かれるものがあった。結果サイコミュの調整も率先して行っていた。

 

『この機体はインテンション・オートマチック・システムとファンネルを同時搭載した初のMSでして──』

 

 などと得意げな開発スタッフの自慢話が続く。ネオ・ジオング? あれはMSじゃねぇ。

 この様子にはさすがのミネバも処置なしと諦めた。話題を変える。

 

『ところでハマーン。このMSの名前はなんとしたのですか?』

「ペーセフォネーと。AMX-414ペーセフォネーです」

『ペーセフォネー……冥界の女王ですか。あなたが駆るそのMSはきっとその名前に恥じぬ活躍をするのでしょうね』

「そのような機会がないに越したことはないと分かってはいるのですが……」

『よい。備えることがそなたの職分と理解しています。必要と思う限りのことをやりなさい』

「はい。ありがとうございます」

 

 言うべきことは言ったということか。ミネバの通信ウィンドウが閉じた。お目付役がいなくなったことに大きく息を吐く二人。開発談義に戻る。

 

「インテンション・オートマチック・システムを搭載している? でもユニコーンのような爆発的な機動性は発揮しないわね?」

『あんなのは強化人間の耐久性を前提にした無茶すぎる仕組みですよ。ハマーン様にあんなものは使わせられません。AMX-414ではあくまで人機一体というレベルに制限してあります。学習コンピュータがパイロットの限界値を見極めながら上限値を引き上げるようにはしてありますが』

「制限の解放はできないの? 緊急回避時にはあれも有効だと思うけど」

『……念のためパイロット側からリミッターカットできるようにはしてあります』

「なるほど……システム。リミッターカット」

『ちょ!? ハマーン様!?』

 

 モニター上にシステムからのメッセージ。ハマーンのリクエストに従いインテンション・オートマチック・システムのリミッターが解除、全機能が解放されたことを告げている。その状態でスロットを開けた。

 

 それまでとはペーセフォネーの動きが一変した。ハマーンが脳裏に描いた動きをトレース、いや先読みして再現する。ターン・ストップ・再加速。俊敏すぎる反応がパイロットに限界を超えたGを課す。それを歯を食いしばりながら御すハマーン。

 

 ハマーンには自負があった。優れたMSパイロットとしての。バナージ・リンクス(素人)にできて自分にできないことなどあってたまるかという無意識下での対抗意識が彼女を奮い立たせ。その苛烈な意思にサイコマシンは応える。

 

 リミッターが解除されたことで解放されたのは機動性の劇的向上だけではない。システムを介して直結されたサイコフレームがハマーンの意思に呼応して励起する。励起されたサイコフレームが拡張。合わせて展開した装甲の下から露出する。

 

 ペ-セフォネーが菫色の燐光を放った。サイコフレームの覚醒に伴いさらなる性能を発揮する。それは同時に操縦者にさらなる負担を強いる諸刃の刃で。けれどハマーンの空間認識能力を圧倒的なまでに拡大していた。

 

 リアスカートに格納されたファンネルが解放される。それらはすぐさま行動に移った。それはもはやハマーンが指示を下したというレベルですらなく、彼女の願望を独自に汲み取って自律行動しているのに近い──先の試験で放出されたまま周囲を漂っていたターゲットドローンを一斉に火の玉へと変えた。

 

 役目を終えたファンネルたちは親機へと速やかに帰還する。そうしてようやくペーセフォネーは動きを止め。いつの間にか放つ燐光は菫から碧へと色味を変えていた。その機体をサイコフィールドが包んでいる。

 

『ハマーン様! ハマーン様、何が起こっているんです!?』

 

 コックピット内に響く通信にハマーンは疲労から俯いていた顔を上げる。モニターに映る星々の瞬きが滲み、歪んでいた。リニアシートに座るハマーンの足下から碧色の光が漏れ出す。その光はどこか暖かく。

 

「あ。これ……前に見たことある……」

『ハマーン様!? ハマーン!!』

 

 ハマーンの呟きに不穏なものを感じた開発スタッフはがなるように呼びかけた。けれど次の瞬間、彼女は完全に光に包まれ、何も見えなくなった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「この踏み込みはっ!」

 

 RGM-79Vジム・ナイトシーカーは激しく旋回しながら敵機とビームライフルを撃ち合う。そのコックピットの中でヴァースキはうなった。敵機が撃ち合いを止め、接近戦の間合いへと踏み込んできたのだ。

 

 その思い切りの良さにヴァースキも自然と野性的な笑みを浮かべる。臆することなく自機にもビームサーベルを握らせ応じた。交錯するビームサーベル同士がスパークを起こす。

 

「迷いがない……イングリッドはシャア・アズナブルと言っていたが」

 

 その赤いMSの動きの良さに感嘆していた。と同時に不思議なものを感じる。

 

「こいつ本当にあの金ピカを操っていた男なのか?」

 

 彼の雇い主の義理の愛娘が喝破した目の前のMSのパイロット、元ジオンのトップエース、赤い彗星シャア・アズナブル。その人物とヴァースキは以前の戦争で実際に矛を交えたことがあった。強化人間であるイングリットの直感を疑うわけではないが、そのときの印象と今相対する敵とではあまりに差があった。

 

 切り結び、離れてもバルカンで、シュツルム・ファウストで、ビームライフルで。火線を交わし続ける。極上の相手に、ヴァースキは試作ライフルの加熱の早さをもどかしく感じていた。

 

 サラミスの残骸たちの間を駆ける二機。試作ライフルのオーバーヒートにより、どうしても敵機に対して火力で劣るヴァースキ機。けれど時折、援護するように赤いMSへ長距離射撃が襲い、均衡を保っていた。

 

「気づかれたか!」

 

 ジム・ナイトシーカーの射撃頻度の甘さに悟ったのだろう。赤いMSが大胆に踏み込んでくる。ぎりぎり放熱が済んだライフルを放つ。だが、苦し紛れの一撃は敵機のシールドを貫いただけだった。

 

 クロスレンジ。ジム・ナイトシーカーが先に斬り掛かる。赤いMSは紙一重、機体を入れ替えるように躱した。間髪おかず蹴りつけてくる。ヴァースキはその衝撃を無視してバックブースト、背面から体当たりを敢行した。

 

 背中合わせに交錯する二機。衝突。反発。その勢いのまま同時に旋回をかけ、先にライフルを突きつけようと──

 

 

 次の瞬間、空間が歪んだ。

 

 

「なにっ!?」

『これは……?』

 

 不可視の力に無理矢理引き剥がされる両機。意味不明の事態に戦闘が途切れた。互いに何が起きたのかと間の空間を注視する。そこには見たことのない碧色の燐光だけが漂い。いや、忽然と一機の巨人が現れていた。

 

 それは白亜のMS。他のMSとは一線を画す優美なシルエット。曲線を折り重ねて造ったような装甲。その装甲の隙間から碧光は漏れ出していた。ジム・ナイトシーカーに搭載されたコンピュータが不明機の解析を行う。コンピュータがはじき出した答えは。

 

「かっはっ!」

 

 哄笑とともにヴァースキはスロットは押し込んだ。不明機へと躍りかかる。

 

「亡霊だか何だか知らんが借りは返させてもらうっ!」

 

 モニターには『解析適合率70%:AMX-004』と表示されていた。今気づいたとでもいうように不明機のメインカメラがジム・ナイトシーカーを捉えた。不明機はふわりと身を翻す。そのともすればゆったりとした動きだけで、ヴァースキの鋭い斬撃を紙一重に躱す。不明機の右腕がジム・ナイトシーカーを押し留めるかのようにかざされる。その袖口からは鈍く光る銃口が覗いていて──

 

『そいつやばいよ! 離れて、おっちゃん!!』

 

 不明機は必殺の反撃を放つことなく回避を打った。メガ粒子が不明機のそばを突き抜けていく。イングリットのヘビーガンが放った援護射撃だ。そのままこちらへ突っ込んでくる。

 

「よくわかっているさ、姫。このプレッシャー、そうそう忘れられるものかよ……何の冗談かは知らんがっ!」

 

 イングリッドの介入により一生を拾ったヴァースキも躊躇うことなく突っかける。不明機と敵対した瞬間から放たれる重苦しいプレッシャー。ヴァースキにはよくよく覚えがあった。それは彼にとってシャア・アズナブルなどよりよっぽど因縁深いものだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「さてどうしたものか……」

 

 専用ディジェの中で彼は独りごちた。希に見る好敵手に心踊らせていた。つい先ほどまでは。けれどその連邦の新型機とガンダムは、不明機が割って入るや否やそちらと遊び始めてしまった。半ば取り残される形になってしまった彼はここからどうするべきか思案していたのだ。

 

 あの不明機は、まあおそらく友軍のものではない。彼の部下からもそのような報告は受けていないのであるし。何なら割って入って、まとめて相手してもいいのだが。

 

 だが、どこか見たことあるMSに、どこか覚えのあるプレッシャー。かつて鬱屈したまま戦場にあった自分を叩きのめした彼女に似たその相手。それがあまりにも不可思議な現れ方で目の前にいるのだ。結局、見に回ってしまっていた。

 

 MSもパイロットも尋常ではないものであるらしい。自分と渡り合っていた連邦の新型機とガンダム。さらに腕利きの狙撃手に、これまた一流と見える後から加わったゲルググとギャンまで加えて、まとめて散々に痛めつけ、追い散らしてしまった。

 

 これは自分でも一対一では危ないかも知れない。そう感心していると、やがてその不明機はこちらへ向き直る。そしておそるおそるとでもいうようにこちらへ近づいてきた。敵意は感じられず、どこか戸惑っているように見える。興が乗った彼はその不明機へ通信を入れてみることにした。

 

「さて。助力は感謝するが、君はどこのだれなのだろうか?」

 

 その問いかけに応えたのは。

 

『大佐…………?』

 

 やはりどこかで聞いたことのある少女の声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 続かない。




セラーナ「姉さん新型機の名前どうせならアルテミスかヘスティアーにすればよかったのに」
ハマーン「なんで?」
セラーナ「どっちも永遠の処女し——うぼぁっ」(殴打音)


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