百合の園の(元)男のオレ (榊原黎意)
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転生者、オレ。
にしてもこれ、需要あるのか?
「どぉしてなんだ!!!」
拳を思いっきり叩き付けた机からミシッと音が鳴る。叩きつけた拳が赤く痛みを訴えている。そんなことどうでも良い。
「はぁ、はぁ、はぁ」
⋯⋯突然だが、オレは転生者だ。
名前は
SNSは親や極々少数の友人との間だけ。流行りの動画投稿なんてやったこともなければハナから興味も無かった。そういうのは下らないと見下していたまである。まあ、声を大にして否定するつもりもないんだけどな。
で、趣味はネット小説を読み漁り、ラノベを購読すること。ハーレムは好みだが、俺TUEEEEモノは苦手。異世界転生ならファンタジーよりも現代物の方が好き。ラブコメも読める。別にそこまで好きじゃないけど。
まあ、先述した通り天邪鬼だからな。概念的には多少イキってる陰キャだ。それも、陽キャ、パリピなどと呼ばれる人種に楯突くタイプの陰キャ。オレは別にどうとも思わないけど、疎まれているのは知ってた。
「⋯⋯はぁ」
とまあ、そんなオレだが、この度、神を名乗るナニカの不手際によって無事死亡。転生することとなった。
転生先は自由に選べなかったが、現代に転生させるとのこと。アニメチック、ラノベチックでラブコメ調の世界観らしい。美少女も沢山いるとか。俺TUEEEEとハーレムは混同されがちだが、とはいえ、ハーレム自体は嫌いじゃないオレからしたら、それなりには期待できそうだと多かれ少なかれ高揚感はあった。と言うより、ラノベチックかつラブコメチックな時点で俺TUEEEEとは無縁だろうけど。
ところで皆は『百合』というものは好きか?
それを問いかけるオレは勿論大好きだ。ラノベやアニメは女主人公物の方が好きだし、小説サイトを覗けばガールズラブのタグがあればまず読んでみることにしている。なんと言うか、女主人公物は安心感があるんだ。大抵は熱い展開だったり尊い展開だったりそういうモノの割合が多いからだと個人的に分析している。
つまりオレは、比較的ライトな分類の百合豚⋯⋯豚っていうのは嫌だな。ガールズラブ信奉者とかどうだろう。そんな感じだ。
まあ、ラブコメなどは男主人公の方が感情移入出来る分、読む傾向的にはやはりと言うかそちらの方が多いのだが、それは今はどうでも良い些末なことだろう。ラブコメなんてあまり読まないしな。
要は、オレは百合が好きだということ。何なら、ハーレムなんか形成しなくても美少女達の百合を遠巻きに見れればそれで満足出来る。
問題は
「⋯⋯どうして、オレが
漏れ出る疑問。その声は、鈴を転がすような滑らかで耳触りが良い声。何度聞いたってオレの声とは似ても似つかない。
それもそうだろう。
オレの目の前の鏡に映るのは、黒を基調としたパジャマに身を包んだ
⋯⋯これは、認めたくないが紛れもなく
腰上まで伸びた艶やかな黒髪に、オレの知る日本人とはかなり違うアニメっぽい色白の肌。クールな印象を持たせる鋭い紫色の眼は、見詰められたらどんな男でも緊張してしまうに違いない。目鼻立ちなど言うまでもなく整っている。アイドルとか目じゃない。
なるほど。しかし、顔や雰囲気だけならまだ女顔の美少年で通るやも知れない。
だが、現実は無情だ。
「スタイル良すぎんだろ。なんだよ、おい」
小さめではあるが確かに存在を主張する胸。形は完璧。正しく美貧乳というやつだ。男のままだったら頬を擦りたいくらいの触り心地。
それだけではない。
締まり良くそれでいて、薄らとでも女性的な柔らかな曲線を描く臀部。スラリとして細く長く、無駄な肉も硬い筋肉も付いていないモデルのような四肢。全てを総括して、見事なまでにバランスの取れたこの身体は、正しく黄金比のスレンダーなモデル体型と呼べる代物だろう。
どうしてオレがこうなった。いやマジで。こういうのは、ヒロインの見た目だろ。なんで、オレが美少女ヒロインの見た目になってんだよ。
他にも美少女が居るってんなら、つまるところ、百合の道を進むしかないのか。
百合を観るのは確かに好きだが、自分が女になってキャッキャウフフには流石のオレも抵抗感がある。何せ、オレは純粋な女じゃないからな。どう足掻いても男友達に近い感覚にしかならない。
⋯⋯ダメだろ、それじゃ。と言うより、TS男キャラクター如きが百合を穢すなんて許されない。そういうのが好きな手合いも居るのだろうが、オレはあまり好きじゃない。多分、いくつか読んだら読めはするだろうが、TS男キャラクターにはTS男キャラクターなりの居場所がある、というのがオレの持論であることには変わりないだろう。
「⋯⋯いや、待てよ」
これは、オレにTS男主人公の性────『精神的BL』をやれという天啓か?
⋯⋯元男である手前、忌避感はあるが⋯⋯なるほど。神はオレに女になれと言うのか。
「くく、くくく⋯⋯くははははっ!!」
そうか!そういうことなんだな?
オレはこの
なら、次はオレが読者を楽しませる番だと、そういうことなんだろう?
⋯⋯分かったよ。やってやる。
「⋯⋯ッ! やってやるぞ」
頬を両手で叩いて気を引き締める。
やけくそ気味なのは重々承知のこと。どう足掻いたってこの現状が変わらないことは分かってる。だからこそ、オレが動けば良い。
というより、一度死んだんだ。二度目の人生は好き勝手にやらせてもらう。
────今日からは、オレが、ヒロインだ。
オレの決意は鋼のように硬いぞ。
「そうと決まれば、こんな所で悩んでいる暇なんてねえ」
決意を固めたオレは、早速自分の置かれている立場を確認する為に部屋を探索することにした。
□
「まあ、性別と年齢以外はほとんど前世と一緒か」
携帯の情報や荷物などから得られた情報は、性別の違いから生じる差異はあるものの、ほとんどが前世の自分と大差ないものであった。いや、年齢は前世より一歳年下であったが、そこまで変わらないだろう。むしろ、喜ぶべきか。
学力は上の中。前世、陰キャだからこそ学力くらいは上げようと独学で頑張ったもの。その甲斐があったというわけか。学力が高ければ、できることもやっぱり増える。
年齢は十六歳。四月二十日生まれの高校一年生だ。家族構成は母親とオレと十五歳の妹と七歳の妹。欠片も父親の痕跡がなかったのが少しばかり奇妙ではあったが、前世のオレの父親も夜逃げしていたから大して気にしていない。女手一つで三人も子供を養う母には頭が上がらない。
「決めなきゃいけないことがいくつかあるな」
幸いなことに、カレンダーで確認した今日の日付け、曜日は日曜日。自分は高校一年生だから、ここが前世と同じ日本なら学校は休みだろう。六月にこれといった行事もないだろうし。
なればこそ、時間がある内に決められることは決めておかなければ。
ベッドに座り、黒の靴下を履きながら思案する。
「やっぱり、話し方は大切だよな。キャラクターの方向性を決めるのは必須だろう」
キャラクターの方向性は、元男でもボロが出ないだろうクールタイプで行こう。
単純に、オレの好みがクールタイプってだけなんだが。
「オレは我妻柊羽、十六歳。高校一年生だ。⋯⋯なんか違うな」
オレ、という一人称がどうにもこの見た目と合わない。かと言って今更変えるのも⋯⋯まず、ボロが出るのは確実だろう。
「⋯⋯逆に、そのボロをギャップにする⋯⋯とか⋯⋯?」
それなら、性別が違っても多少は地でやれるはずだ。
「オレ⋯⋯私は我妻柊羽、十六歳。高校一年生だ。⋯⋯悪くないな」
言い直す感じとかなかなかグッドだ。取り敢えず、口調はこれを慣らしていこう。
次に決めることは、オレのこれからの暮らしだ。
「幸いなことに、オレの中には、この身体の経験がある。女らしい仕草ってのは簡単に出来るはずだ。僥倖ってやつだな」
神が言うには、別個で用意した何も入っていない身体にオレをぶち込むらしかったから、少しばかり心配であった。だが、その心配は杞憂であったらしい。記憶は無いが身体が動きを覚えている、というのも変な感覚ではあるが。
「しばらくの間、オレの言動は、あまり不信感を抱かれないというのも聞いたしな」
結構サービスが良くて助かった。これについては特に決めることもないかもしれないな。
で、一番の事項。今日の予定だ。
「精神的BLには、良い男キャラクターが必要不可欠だもんな」
まずまずの目的としては、良さそうな主人公っぽい男を見つけようか。それがいないと話が始まらないからな。一番良さげなのは
なんなら思わせぶりな態度とかで遊んでみるのも良いかもな。あ、ちょっとモチベーション上がってきた。
一時はどうなることかと思ったが、案外悪くなさそうだ。これからが少し楽しみなまである。神曰く、オレの転生した世界はアニメチックなものらしいからな。前世じゃ味わうことの出来ないような体験がオレを待っているに違いない!
「よーしっ、男漁りだっ!!」
ビ○チじゃないぞ。男漁りだけど、男漁りじゃないからな。
さあ、これから始まるは、オレのTS精神的BL物語!待ってろよ、読者諸君っ!オレが良質な精神的BLをお送りするぞ!
オレは、これから先のことに思いを馳せて我が家を飛び出した。
感想、アドバイスなどよろしければお願いします。
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