ダンジョンに鎧武がいるのは間違ってるだろうか (福宮タツヒサ)
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第壱話 始まりの息吹

 

——生きるとは、どう言う意味だろう。

本音をさらけ出せる友人や家族と共に過ごすこと、自分の目標を目指してひたすら前へ突き進むこと……人によって“生きる”とは様々な意味がある。誰しも自分の叶えたい夢のために、心に秘めたる希望を持って突っ走ることができる。

では、それが消滅した者はどうなる? 生き甲斐を失くした者に明日などあるのだろうか?

……そう自分自身に問いかけながら、高所から落下し続けている男はゆっくりと瞼を閉じる。今の自分の行為が間違ってるなど関係ない。唯一の心の支えさえ守ることができなかった自分にとって、この世で生きることすら地獄なのだから。

 

 

 

 

 

 

男の意識が浮上し、眼を開く。

 

(あれは実? ……なんか、美味そうだな)

 

幸祐は大木の根元まで寄り、その果実を一つだけ手に取る。蔕がU字型の極彩色を放つ不気味な外観の果実は、見れば見るほど意識が吸い込まれて食欲を刺激される。

しかし、と齧り付く直前で踏みとどまる。この果実を食べて人体に影響はないのか? 自分ではない何かに変貌してしまうのではないのか? と。

だが、関係ないと考えを捨てる。元々自分は死んでここに来た。もしこの実を食べてまた死ぬとしても構わない。

意を決し、果実を食べようとした時……。

 

『貴方は運命を受け入れる?』

 

突然、透き通るような女の声が鳴り響いた。視線の先の木々の隙間から奇妙な服装の少女が現れる。白を強調とした巫女のような姿、腰まで届く金銀の長い髪。自分と同じくらいの身長だろうか? と考えながら幸祐は少女に見惚れてしまう。こちらを見つめるその少女はこの森の管理人、もしくは女神に見えた。

しかし、少女の言っていたことに頭が引っかかってしまう。特に、“運命”という単語に。幸祐は真剣な表情に変えながら目の前で立ち止まった謎の少女に尋ねる。

 

「初対面で悪いんだけど、ここはどこだ? あんたは誰だ? それから、俺は……死んだのか?」

 

『……貴方は運命を選ぼうとしている。ここは分岐点、貴方にとっての。ここで引き返すことも可能』

 

脈絡もなく何を言い出すかと思えば明確にはっきりとしない答え。もっと分かりやすい説明をしてほしいと内心愚痴る。

少女は何を考えてるか読めない表情を浮かべながら幸祐をまっすぐ見つめ、忠告とも取れる発言をする。

 

『だけどこの先に踏み込めば、もう二度と後戻りはできない。世界を己の色に染め上げるまで、貴方は最後まで修羅の道を歩むことになる……それでも貴方は運命を受け入れる?』

 

修羅の運命。

それは人間との殺し合いに巻き込まれるのか、それとも人間同士の精神の小競り合いに身を投じるのか。

生きる希望もなく居場所もない幸祐の答えは……自ずと決まっていた。

 

「——俺は元々死ぬつもりだった。今更俺の命なんて惜しくねぇよ。それに……あそこに戻るのは死んでも御免だからな」

 

自分の命など価値がないと語る幸祐。だが最大の理由は自分を陥れた故郷、弱肉強食の世界に戻りたくなかったからだ。

幸祐の言葉に少女は何も言わず、懐から黒い物体を取り出して幸祐に手渡しする。

それは、少し大きすぎるがベルトのバックルに似ている黒い物体。右側には何かを斬るために付随している小刀のような飾り。中心部には六角形の窪みがあり、何かを嵌め込むために作られたのは明白である。

唐突に渡された幸祐は戸惑うも、腰部まで運んで無理矢理押し付けてみた。

すると黒い物体の左右から黄色のリールが飛び出し、腰を巻きついて完全にベルトになった。その際、バックルの左側に鎧武者の横顔が刻まれる。

 

「なっ! これは——って、こっちも変わった!?」

 

掌にある物体を見ながら幸祐は再度驚きの声を上げる。ベルトを装着した瞬間、先程まで手の中にあった紫色の果実が変貌を遂げたからだ。オレンジ色の丸い形状、中央部分に『L.S-07』と刻まれた錠前になっていた。

幸祐の戸惑いを無視しながら少女は語り出す。

 

『その力は多くの宿敵と闘い勝ち残るための、貴方の力。世界を己の色に染め上がるまで貴方は決して逃げることはできない』

 

「お、おい! どういうこと——おわぁあああああああああああ!?」

 

彼女が掌を翳した瞬間、浮遊感に襲われて、幸祐の意識は強引に切り離される。

結局自分は死ぬことができたのか、この二つの物体は何なのか、多くの疑問を聞けないまま、幸祐の意識は身体と共にその森から消滅した……

世界から拒絶されて『禁断の森』に迷い込み、世界を統べることができる力を手にした男が行き着く場所。

それは——様々な種族の冒険者が集まる迷宮都市オラリオ。

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

 

迷宮都市オラリオ。

凶悪なモンスター達が棲まう地下迷宮、通称『ダンジョン』の上に築き上げられた、世界有数の巨大都市。

都市、及びダンジョンを管理するギルドを中核に、人間(ヒューマン)はもちろんのこと、エルフやドワーフやパルゥムやアマゾネス……など様々な亜人(デミ・ヒューマン)達が集まり、様々な思想を持った冒険者達が今日もダンジョンへ潜りモンスターと戦う。

そしてその都市の中……血の繋がってない育ての親の祖父の遺言で、ダンジョンでの出会いを求めている少女がいた。

 

「神様! 私やりました! ゴブリンを倒しました!」

 

少女は扉をバンッ、と勢いよく開けて誇らしげに言った。林檎のような紅い瞳に耳にかかる程度の白髪、田舎の兎を連想させる少女。齢十四歳、身体の発育を気にする年頃だが、あと数年もすれば将来は絶世の美女を約束されるだろう。

 

「やぁやぁ、お帰りー、ベル君!」

 

ソファーの上で寝転がりながら仰向けになって読書していたが、白髪紅眼の少女に気づいてバッと立ち上がって歓迎する少女。 艶のある漆黒の髪をツインテールに結んで幼い容姿だが、服の上からでも分かるくらい胸が成熟している。

端から見ればこの二人は仲の良い姉妹にも見える。だが片方の白髪紅眼の少女はこのオラリオに来たばかりの新人冒険者のヒューマン、そしてもう片方の黒髪ツインテールの少女はその【ファミリア】の主神の女神であった。

 

「私、あのゴブリンを倒せたんです! 小さい頃、あのモンスターに殺されかけたことがあって怖がってたんですけど……今日やっと倒せたんです!」

 

ウキウキとして歓喜を隠せない白髪赤眼の少女——ベル・クラネルは頰を上気させて熱く語る。

 

「えーっと……ゴブリンって、ダンジョンで一番弱いって言われるモンスターを?」

 

ポカンとしながら黒髪ツインテールの女神——ヘスティアは質問する。

それに対してベルは顔全体を輝かせながら言い続ける。

 

「はい!」

 

「えと……一匹だけかい?」

 

「へ?」

 

「ゴブリンをたった一匹だけ倒して、ダンジョンから帰ってきたのかい?」

 

最弱のモンスターを一匹倒しただけでわざわざダンジョンから戻ってくるという確認をヘスティアから問われ、ベルは先程まで輝かせていた顔がみるみる羞恥に染め上がる。

 

「すみません、神様。もう一回ダンジョンに潜ってきます……」

 

「わーわー!? すまないベル君! 何も君を責めるつもりで言ったわけじゃないんだ!」

 

ヘスティアの呼びかけにも応じず、耳まで真っ赤になったベルは背を向けて扉を閉めていく。

 

(不味い! これは非常に不味い展開だ!)

 

唯一の眷属であるベルが去っていった扉の方を見つめながらヘスティアは焦りまくっていた。もしこのままテンションが下がった状態のベルがダンジョンから帰って来なかったら……夢見が悪くなるどころか生涯のトラウマになること間違いなし、と。

何とかベルを元気付けてダンジョンへの再突入を阻止しようと、扉の向こう側で落ち込んでいるベルへの慰めの言葉を考えるヘスティア。

 

「そ、そうだベル君! 君が始めてゴブリンを倒したお祝いをしようじゃないか! だから機嫌直して——」

 

 

 

『キャァアアアアアアアアアアッ!?』

 

「ッ!? 何があったんだい、ベル君!?」

 

突如、扉の向こう側から布を引き裂くようなベルの悲鳴が上がった。ヘスティアは扉を乱暴に開いてベルの元へ駆け出す。

自分達【ヘスティア・ファミリア】が本拠地にしている廃教会の門前に無傷なベル。だが、彼女の視線の先に人が倒れていたのを見てヘスティアも眼を疑う。

すぐ駆け寄ってみると、倒れているのは一人の少年だった。どこか怪我しているのかと思ったが目立った外傷もなく安定した呼吸を刻んでいる。気絶しているだけで、ひとまずは無事なことを確認できた。

腰まで届くほどの長い蒼髪、鍛え抜かれた筋肉質の細い身体。こんな女に間違えられそうな綺麗な顔の少年がいたら、そこそこ有名になるはず。少なくともオラリオの住人ではない。

更に、少年の腰部にはバックル型の黒い物体——《戦極ドライバー》が巻かれて、その手元にはミカンを連想させる丸みを帯びたオレンジ色の錠前——《オレンジ・ロックシード》が握られていた。

この少年の手持ちらしき二つのアイテムはオラリオでも少なく、使用できる冒険者は指で数える程度しかいない。

それを見たヘスティアは、倒れている少年を強大な派閥の構成員——冒険者と推測する。

 

(ダンジョン帰りで疲労して力尽きた、とか? でも、どうしてボクらのホームへ? ……)

 

「か、神様! どどどどどうしましょう!?」

 

冷静に考えてるヘスティアの横で、あたふた慌てているベル。今そんなことを考えてる場合じゃないと即座に頭を切り替え、ベルの混乱を治めるためにも彼を看病しなければと行動に移す。

 

「とにかくベッドまで運ぶんだ。ベル君、手伝って!」

 

「は、はい!」

 

「ほら、大丈夫かい君!? しっかりしておくれよ!」

 

協力しながらヘスティアとベルは少年の体をホームへと運び、ベッドの上で寝かせて看病する。

これが、後に【ヘスティア・ファミリア】の副団長となる男——桜庭幸佑との出会いだった。

 

 

 

 

 

 

下界に舞い降りたばかりでオラリオのルールを知らないヘスティアが、同じくオラリオのことを何も知らないベルと街中で出会い、【ヘスティア・ファミリア】が発足してから三日が経つ。

 

その日その場に、少女達は運命と出会う。

 

また、死に場所を探していた孤独な少年は、生涯守り通すと誓った将来の英雄達と出会う。

 

 

 

この話は、少女達が織り成す【眷属の物語(ファミリア・ミィス)】。

 

 

 

そして、武人達が創り出す【戦極史伝】。

 

 

 

……その行末はまだ誰も知らない。



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第弍話 世話になる

 

——何故、俺は弱い?

暗闇に意識を閉ざされ、幸祐はいつも自問自答する。どうして自分には力がなく、何度も裏切られ、騙され、奪われ続けたのか。何故、自分の育った世界はこんなにも残酷なのか……

思い出すのは歪んだ笑み。他者を見下し、大切なものを奪い取り、最後には嘲笑って切り捨てる——幸祐の憎む『敵』。

——力があれば。

——アイツらを見返すことができるだけの力さえあれば。

——そう、力さえあれば……!!

 

 

 

 

 

 

そこで幸祐は意識を取り戻す。

視界に広がったのは見慣れない天井に知らない部屋。その部屋のベッドの上にいて、ベッドで寝かされていたことを自覚する。

先程まで自分は森にいたはず。そこで貰った黒いバックルやオレンジ色の錠前が手元にない。ということは、あれは白昼夢? ……なんて考えがよぎる。

未だに理解が追いつかないでいると、幸祐の隣で少女の声が響く。

 

「あ、気が付きました?」

 

幸祐は声がする方へ向く。

白髪紅眼のウサギを連想させる少女が、ベッドの横で椅子に座りながら幸祐を心配そうに見ていた。幸祐より一頭身ぐらい小さい背丈、幸祐より歳下であろう紛れもない美少女。

この少女——ベルは、眠っていた幸祐を隣でずっと看病していたのだ。

彼女の事情を知らない幸祐は声をかけようとする。

 

「……えと、君は」

 

『ベルくーん! 入るぜー!』

 

幸祐が声をかける直前、部屋の扉を叩く音、扉の奥から少女の声が鳴り響く。誰が入ってくるのか視線を向けると、今度は黒髪ツインテールで胸部重装の少女が入ってきた。

 

「起きたようだね。大丈夫かい?」

 

黒髪ツインテール少女——ヘスティアは心配そうに幸祐の顔を覗き込む。こちらも幸祐より一頭身分小さい背丈で、十分に歳下で通用する風貌であった。

 

「一時はどうなることかと思ったよ。あのまま君が目を覚まさなかったらボク達の夢見は限りなく悪かっただろうな」

 

「倒れているのを目にした時は心臓が飛び出るかと思いましたよ。でも無事でよかったです」

 

二人の少女は笑顔で自分のことのように嬉しそうに言う。

少女達に視線を向けられた幸祐は……少しパニックに陥っていた。

幸祐自身はコンプレックスに思っているが、女と間違われる顔立ちのせいで女性だけでなく一部の男性にも言い寄られてきた。だがこの二人は、今まで会ったことがない美少女だった。

と、体が固まってる幸祐にヘスティアが顔をグイッと近づける。

 

「さて、君の名前は? 君はどうしてあんなところで倒れていたんだい?」

 

ヘスティアが疑問の言葉を投げかけると、ベルも同じような視線を幸祐に向ける。

それに便乗して幸祐は体の膠着状態から回復して口を開いた。

 

「ああ、ありがとうな。俺は幸祐、桜庭幸祐だ。倒れていた理由は、その……俺もよく分からない。気づいたらあそこで倒れてたとしか……」

 

「そう、ですか……コースケさんでいいんですよね? 私はベル・クラネルです」

 

「名前から察するに極東の島国から来たのかい? ボクはヘスティア。こう見えて女神なんだぜ」

 

「は? ……女神?」

 

ヘスティアが言った『女神』に幸祐は訝しむ。確かに女神と呼ばれてもおかしくない美少女ではあるが自分でいうか? と、中身は残念に思えた。

するとその視線に気づいたヘスティアが不満気な顔になりながら言う。

 

「ん? 何だいその目は? ボクが神だなんて信じていないようだね。確かにボクは皆と比べて容姿が幼いから可愛がられて挙句には『ロリ巨乳女神』なんて言われてるけどさ……」

 

「あ、そう……ごめん」

 

「ま、いいさ。別にそこまで気にしてないから。それよりも……君はこれをどこで手に入れたんだい?」

 

そう言ってヘスティアは幸祐に見せつけるように机の上に二つの物体を置く。

 

「それ……!!」

 

それらは幸祐にとって見覚えのあるもの、《戦極ドライバー》と《オレンジ・ロックシード》。不思議な森に彷徨って謎の少女から貰った物品。やはり夢などではなかったと幸祐は声を漏らす。

 

「これはオラリオでも滅多に手に入らないものなんだ。君はどうやってこれを手に入れたんだい? まさか他の冒険者から奪ったわけじゃないよね?」

 

「オラ…リオ……?」

 

ヘスティアの言葉に幸祐は首を傾ける。初めて聞いたと言わんばかりの幸祐の反応を見て、ベルとヘスティアは訝しんだ。

 

「そもそも『冒険者』って何だ?」

 

「え? 知らないんですか! ダンジョンに潜ったりモンスターを討伐したりする人達のことですよ」

 

ベルの説明を聞き、ますます幸祐は混乱する。

『ダンジョン』、『モンスター』——それらの単語には聞き覚えがあった。だがそれはゲームや小説などに登場する架空のものでしかない。

 

「ちょっと待ってくれ、モンスターって何だよ? その言い方じゃ、本当にモンスターが実在するみたいじゃねえか」

 

「実在するも何も、この世界にはモンスターも蔓延ってるよ。常識じゃないか」

 

「はぁ……!?」

 

ヘスティアのトドメの発言に幸祐は驚愕する。

タチの悪いドッキリ? ——と一瞬思ったが、こんな大掛かりなドッキリをして何の特がある? すぐにその考えを切り捨てる。

自分の常識が一切通用しない……いや、これは()()()()()()()()()()()()()()()()()? と考え出す。

考えられる事象は一つ——自分は異世界転移を果たしてしまった。確かな根拠はないが、今の幸祐にはそうとしか考えられない。

 

「それで、そろそろ君の素性を話してくれるかな?」

 

ヘスティアの問いに、幸祐は「どうしたもんかなぁ」と呟く。しかし、黙ったままでも一向に状況は悪化するばかり。

頭がおかしいと思われるのを覚悟で正直に話すのを決意した。

 

「最初に言っておくけど、頭がおかしいなんて思わないでほしい」

 

『……?』

 

幸祐の言葉に二人は顔を合わせながら不思議そうにする。

 

 

 

 

 

 

幸祐は事情を話した。死んだはずなのに、見知らぬ森に彷徨い、【ヘスティア・ファミリア】の本拠地の門前で気絶していた……後は知っての通り、二人に介抱されて現在の状況にある。

当然、二人とも驚愕せずにはいられなかった。

幸祐自身も信じられない話だが、女神であるヘスティアの前では嘘をつくことはできないので、取り敢えず信じてもらえた。

そして今度は、ベル達からこの世界の事情を聞かされる。正直、幸祐は狐につままれた気分だった。

太古の昔から存在する『ダンジョン』、そこから溢れ出る『モンスター』、地上に降り立った『神々』、神々から恩恵を刻まれてダンジョン探索する『冒険者』、そして迷宮都市『オラリオ』……どれも幸祐の世界では創作物にしか登場しない架空の存在のものばかり。

ヘスティアが自分を『女神』といっているのは事実なのだと幸祐は納得する。

 

「それで、これから君はどうするんだい?」

 

ヘスティアの問いに幸祐は真剣に悩む。

知り合いもいなければ当てになる人物などいるわけがない。当然だ、自分はまったく違う世界から来た異物なのだから。幸祐は本物の孤立無援の状態になっても、意外に冷静な思考だった。

思考を巡らせる幸祐を見て、ヘスティアが思いついた仕草で提案する。

 

「そうだ! ボクの【ファミリア】に入らないかい? 宿も食事も提供するからさ!」

 

「ええ!? 神様、それは、いくら何でも急すぎるんじゃ!」

 

「……?」

 

幸祐が不思議そうな顔になると、ヘスティアは申し訳なさそうに言ってくる。

 

「じ、実はね……ボクは【ファミリア】の勧誘をやっている最中でね、奇遇にも! そう本当に奇遇にも思っていてだねえ、その、うんと……」

 

ヘスティアは『奇遇にも』を連呼しながら幸祐にチラ、チラと視線を移している。隣にいたベルも期待の眼差しで幸祐を見る。

大根役者にも限度があるだろ、と内心で呆れる幸祐。しかし売れない劇団員のヘスティアならまだしも、ベルのような純粋な好意の瞳で見つめられると断りにくい。加入を拒否してしまえば白髪紅瞳のウサギ娘の落ち込む姿が容易に想像できてしまう。本能的にそれは避けたいものであった。

呆れ交じりの口調で幸祐は口を開く。

 

「団員が一人しかいないから俺に入って欲しい、そう言いたいのか?」

 

「そ、そんなことないよ! 決して、ベル君は田舎育ちで何も知らなそうな娘だから、そんなベル君を横で守ってくれそうな男の子が欲しいなんて、これっぽっちも、全然、まったく思ってないから!」

 

「そ、そうですよ! コースケさんが嫌なら別にいいですし! ……で、でも、少しは期待しちゃうな〜、なんて」

 

……なるほど。要するに、田舎から東京へ一人で上京する娘を心配する親心みたいなものだろう、と勝手に納得する幸祐。

だからこそ……

 

「俺は別にいいけどよ、お前等はそれで本当にいいのか?」

 

『え?』

 

幸祐は忠告を促す。嘗ての自分のようになりたくなければと。

女の子が暮らしてる家に男が入るなんて色々と問題が起きるかもしれない。後になって、やはり出て行ってほしいと頭を下げられるよりはマシだと幸祐は思った。

 

「団員が少ないから誰でも勧誘するなんて止めとけ。特に俺みたいに素性も知らない奴を誘うなんて——」

 

「え? どうして、コースケさんみたいな人じゃダメなんですか?」

 

「……は?」

 

ベルの言葉に幸祐は言葉が詰まってしまう。

 

「だって、ほら。違う世界から来た男なんて、普通に考えて危険とか思わないか? そうでなくても、普通に気味が悪いだろ?」

 

そもそも歳の近い男女が同じ屋根の下に住むこと自体、危険極まりないだろうに。

 

「私は全然気にしませんけど? そりゃあ、異世界から来たなんてびっくりしましたけど……コースケさんは何となく大丈夫な人だと思います」

 

「そうだぜ、コースケ君? それを言うなら女神のボクだってつい最近まで天界に住んでいたんだ。君と何ら変わらないさ」

 

さも気にしないように言うベルとヘスティア。

相手が嘘を言ってるか分かる女神(ヘスティア)はまだ分かる。相手が嘘をついてるのか分かるのなら幾らか余裕があるのだろう。だが問題はベルの方。ただのヒューマン、ましてや嘘を見抜くことはできない風貌の少女。なのに、見ず知らずの男を無償で、しかも同じ屋根の下に住まわせるなんて不用心にも程がある、そうとしか幸祐は思えなかった。

長年相手の顔色を疑った幸祐は、相手にやましい気持ちがあるのかないのか少し分かるようになってきた。だがベルは嘘の素ぶりが一切ない、そもそも嘘をつけるような器用な娘でもなさそう。つまり本音だ。

 

(ああ、そうか……多分この娘は()()()()()()()()()()()のか)

 

この少女はまっすぐな精神、所謂騙されやすい損な性格なのだと。それは隣にいる女神も言えたことだが。

 

「もしかして、私達が弱小【ファミリア】だから嫌なんですか?」

 

ベルが小動物のようにシュンと落ち込む様を見て、幸祐は慌てて否定する。すぐにフォローしないと隣の女神(ヘスティア)に天罰が下される気がして。

 

「い、いや! そんなことない! 俺としても、ありがたい話けど。ただ俺は——」

 

「それじゃあ、コースケさんも団員になってくれるんですか!?」

 

「やったね、ベル君! 初の団員加入だよ!」

 

「はい、神様!」

 

「——ということで、お前らも少しは危険だとは思わないのかよ……って、聞いてねぇ」

 

ベルとヘスティアは手を取りながらピョンピョン地面を跳ねる。まだ一言も入るなんて言ってなかったが、二人の中では既に幸祐は入団を希望したことになっている。幸祐も断るつもりはなかったが。

ただ、何となく……この娘を放っておけなかっただけだった。

幸祐が【ファミリア】に入ることが決まり、ベルとヘスティアは満面の笑みを見せながら手を差し出す。

 

『ようこそ、迷宮都市(オラリオ)へ!!』

 

「……あ、ああ」

 

調子が狂いながらも、幸祐は差し伸べられた二つの手を取るのだった。

 

 

 

 

 

 

数時間後、ヘスティアが命名した『ベル君の初ゴブリン退治&コースケ君の入団を祝う会』が開催され、二人の少女はウキウキ気分で料理を食卓に並べる。どの食材もヘスティアが仕事先で見繕ってきたものである。

だが幸祐は、その料理を見て青ざめた。

 

「……おい。晩飯って、()()か?」

 

冗談だろ? とヘスティアが持ってきたものを指す。

バイト先の賄いで貰ったジャガ丸くん、向かいのパン屋のパンの耳、八百屋さんで貰った真っ黒バナナ。ジャガ丸くんは幸祐の世界でいうと揚げジャガイモだろう。まぁこれは食卓に乗せられても分かるが、問題は残りの二つだ。一袋に包まれた大量のパンの耳だけ渡されてもあまり満腹にならない。バナナに関しては、少し黒くなったどころか焦げ跡のように黒色化が進んでいる。食欲が湧かない。

何かの罰ゲームと本気で疑う幸祐の隣で、ベルは瞳を輝かせてヘスティアに寄った。

 

「す、すごいです神様! 今日はご馳走の山ですね!」

 

「そうだろう、そうだろう! 今日は宴会だ! ジャンジャン食べてくれ!」

 

「これでご馳走!? お前ら普段どんな食生活をしてるんだ!」

 

この世界に生きる人々は神々の恩恵により生かされているというが、【ヘスティア・ファミリア】は商店街のバイト先の恩恵によって生かされている。

幸祐はベルとヘスティアの食生活の改善の予知を真剣に考える。知り合ったばかりだが、自分より幼い姿の少女達を放っておけるほど鬼ではない……ぶっちゃけ、哀れに思っていた。

 

「ちょっと待ってろ。少しでもマシなものにするから」

 

幸祐は並べられた食材(?)を持って台所へ足を運ぶ。

ベルとヘスティアは気分を害してしまったのか、と心配しながら幸祐の方へ見やった。

だが台所から包丁を切る音や炒める音が響き、食欲をそそられる香りがベル達の周囲に漂い始める。

待つこと数分後……

 

『お、おぉおおおおおお!!』

 

食卓の上に置かれた三枚の皿、その上に盛られていた料理にベルとヘスティアは歓喜を隠せない。

ジャガ丸くんを三枚にスライスしてソースをかけただけのジャガ丸くん料理、パンの耳を千切って揚げて砂糖を塗したラスク、真っ黒バナナをすり潰して砂糖と小麦粉を混ぜて焼いたバナナケーキ。

幸祐の世界ではどれもサブ料理に入る部類、決して豪華とはいえない。だが二人にとってはこれ以上にない豪華な料理に見えた。

 

「材料があれだけだったからこれしか作れなかったけど」

 

冷蔵庫に余った材料を使って食費をなるべく出さないように心掛けていた幸祐にとってそこまで難しくないことだったが、卵やバターがあればもっと出来のいい料理になれたと謙遜する。

 

「そ、そんなことないですよ、コースケさん! すごすぎます! しかも美味しい!? バナナの甘みが口いっぱいに広がる〜!」

 

「うんうん、やっぱり君をボクらの【ファミリア】に引き入れたのは正解だったよ! このラスク、サクサクとした食感で甘みが程よく効いてる、止められない〜!」

 

絶賛しながら食べる速度を落とそうとしない。すっかり幸祐の賄い料理の虜にされていた。この時点で胃袋を掴まれた少女二人は幸祐に心を開くことになる。

この二人チョロすぎるだろ、これは何が何でも放っておくわけにはいかないと決意する幸祐。

……そしてほんの少し、悪い気分じゃないと苦笑するのだった。



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第参話 空からオレンジ

幸祐が【ヘスティア・ファミリア】に入団してから半月の時が流れた。

その間、担当アドバイザーになったハーフエルフの女性に『共通語』の基礎知識や冒険者及びモンスターの知識を徹底的に叩き込まれてグッタリしたり、あまりの知識のなさに担当アドバイザーから雷を落とされたり……色々な騒動が起こった。

支給品の軽装鎧(ライトアーマー)とナイフを装備して、幸祐とベルはダンジョンへ潜る。

道中でベルがダンジョン探索についてのアドバイスをしようとしたが、事前にエイナから叩き込まれたので不要だと幸祐に言われてガックリする。時折「私、団長なのに……」と嘆いたとか。

五階層まで雑魚モンスターを一掃して魔石を回収する頃、幸祐は前から聞きたかったことをベルに尋ねる。

 

「そういえば、ベルはどうして冒険者になったんだ?」

 

「え? 私ですか?」

 

冒険者——聞こえだけなら憧れる職業だが、同時に強烈なリスクを負う。その小競り合いで命を落としかねない。

幸祐の問いにベルは眼を輝かせながら語る。

 

「私、お祖父ちゃんに憧れたんです」

 

ベルの祖父——血は繋がってない育ての親は優しくて逞しく、ベルの中で理想の漢であった。

暇さえあればいつも英雄譚を読み聞かせ、本の中で活躍する英雄達を「アイツらはすごいなぁ」と褒め称えていた。

そんな祖父の姿を見るうちに、幼いベルの中で英雄に憧れを抱き始める。強くなって、多くの人を救って、運命の出会いを果たす……自分もいつかそんな存在に、幾度となく願った。

それこそ少女——ベル・クラネルの夢の第一歩であった。

 

「私が十四の誕生日に死んじゃったんです。帰り道でモンスターに襲われたそうで」

 

「……悪い、嫌なことを思い出させて」

 

「大丈夫です。私は全然気にしていませんし、お祖父ちゃんとの思い出がありますから」

 

「そっか。良い祖父ちゃんだったんだな」

 

ベルが英雄に憧れるのはその祖父の影響なのだろう。よっぽどの好々爺なんだと、幸祐は逞しい漢の中の漢である翁の姿を想像する。

 

「それからこうも言ってました。『ハーレムは男のロマン』だって」

 

「いや、間違ってるからな。それ」

 

——前言撤回。

全国のロマンを語る漢達に謝れエロ爺、とベルに聞こえないように心の中で毒舌を吐く幸祐。顔を拝んだことはないが、相当なスケベ爺なのだろう。

幼気な少女に間違った知識を教え込む爺に静かな怒気を覚える。

 

「……あれ?」

 

「ん? どうしたベル?」

 

ベルは怪訝そうな顔をして止まる。幸祐も止まってベルの方へ向く。

 

「あの……ここって、こんなに静かだっけ? って思って」

 

現在ベル達がいるのは第五階層。それなのに辺りを支配するかの如く不気味な静寂を保っていた。

言われてみれば、と幸祐も気づいて辺りを見渡す。四階層に来るまでは小型モンスターが飛び出してくることが多々あったが、途絶えたようにまったく見当たらない。

刹那——

 

『ヴォオオ……!』

 

背筋に寒気が走った。

ゴブリンやコボルトの鳴き声とは違う。まったくもって違いすぎる。雑魚モンスターとは比べ物にならない圧倒的な咆哮。

 

「今のは……!?」

 

「今、あそこから……」

 

すぐ目の前の曲がり角の向こうから何かの音叉が響いた。鉄球鎖を引きずる囚人のような足音を撒き散らし、()()はどんどん幸祐達の方へ近寄る。

幸祐とベルにある恐怖心を最大限まで燻り、()()は現れた。

 

『ヴゥ……!』

 

「う、嘘ッ……!?」

 

壁の一部を破壊しながら現れた怪物の正体を目の当たりにし、ベルは恐怖に染まってしまう。

黒紫色の体色に充血したような赤黒い眼、全身筋肉で構成された三メートルを優に超える牛頭巨人。

幸祐がいた世界でも、いくつもの二次創作で名を知られている怪物。

その名を——

 

「あれは……ミノタウロス!?」

 

Lv.3以上の技量がないと太刀打ちできない、中層で最強と称される牛頭のモンスター。

本来はもっと階層下に生息するはずが、それが今、幸祐達の前に現れたのだ。

瞬時、赤黒い眼がベルと幸祐の姿を捉えた。

 

『——ヴォオオオオオオオッ!!!』

 

大咆哮を上げ、新たな獲物を発見した怪物は二人に襲いかかる。

ミノタウロスの気迫に当てられたベルは「ヒッ!」と恐怖に駆られてしまう。歯をガチガチと鳴らし、足が膠着して動けない。

 

「——ベル!」

 

間一髪、幸祐がベルの手を掴んで引っ張り出す。

 

「走れ、ベル!」

 

「は、はい!」

 

幸祐に手を引っ張られながら走り出すベル。

しかし、逃げても逃げても逃げ切れない。ミノタウロスは折角見つけた獲物を逃す気などなかった。ギラギラした赤黒い目付きで二人を凝視しながら追いかける。

二人一緒では逃げられないと悟る幸祐。そう……()()()()()()()

目の前に二つの道が見えた途端、ベルを強引に前に出してミノタウロスから遠ざける。

 

「ベル、俺があいつをおびき寄せる。その隙にお前は逃げろ!」

 

「え!? そんなことできませんよ!」

 

「良いから助けを呼んで来い! このままじゃ二人とも殺される!」

 

ベルの体を強引に押し出し、幸祐はミノタウロスに振り向いて石を投げつける。

コツン、と頭にぶつかったミノタウロスは、投げた犯人である幸祐を鋭い眼光で睨みつけた。

 

「こっちだ、ハンバーガー野郎!!」

 

ミノタウロスに背中を見せて、ベルがいない方へ駆け出す。

 

『ブモォオオオオオ!!』

 

意味を理解してなのか、それとも石をぶつけられたからなのか、逆上したミノタウロスはベルに脇目も振らず幸祐を追いかける。

 

「待って、コースケさんッ!!」

 

ベルの制止の声に耳を傾けず、幸祐はダンジョン内を駆け抜ける。

 

(よし、上手くいった! 後は俺が逃げ切れば……!)

 

幸祐の目論見通り、ベルを逃すことには成功する。

後は自分が上手く撒いて逃げるだけだ、そう思ったが、体力や筋力が桁違いのモンスターから簡単に逃げられるわけもなく、どんどん差を詰められてしまう。

 

(あと少し……あそこの角を曲がれば……!)

 

そこに微かな希望を込めて走り続ける。

曲がり角に入った瞬間、幸祐は絶望に陥った。

 

「——なッ、行き止まりかよ!?」

 

前方に巨大な壁がそびえ立っていた、それが幸祐の退路を絶つ。

数秒も経たないうちに、呼吸を荒くしたミノタウロスが壁の一部を砕いて現れる。幸祐を逃さぬよう、巨大な体で唯一の道を塞いだ。

逃げることなどできない。全身が恐怖に染まりながらも、幸祐は咄嗟に支給品のナイフを抜いてミノタウロスに向ける。

 

『ヴゥムンッ!!』

 

「———ガハッ!?」

 

距離を詰められたミノタウロスに蹴り上げられ、幸祐は体を壁に叩きつけられる。

たった一撃、それでギルドから支給された軽装鎧(ライトアーマー)やナイフは残骸と化した。

直撃しなかったが、生じた衝撃で幸祐の骨にヒビが入る。Lv.1である駆け出し冒険者にすればかなりのダメージだった。

 

(ここで……死ぬのかッ……)

 

このままでは牛頭の怪物に殺されてしまう。足は動けない、動かせても行く手を阻まれて逃げられない。

絶望的な状況、痛む体に歯を食いしばりながら正面を見る。

 

『フ、フゥー……』

 

地面で横になって体を動かせない幸祐を見下すように、醜悪な笑みを浮かべたミノタウロスがゆっくりと近づいてくる。

このままなぶり殺しにするのか、それとも一思いに喰い殺すのか。全ては己の手によって定められるとでも言いたそうな表情だった。

その顔が……幸祐の記憶にある下衆の笑みと重なって見えた。

 

(……コイツまで、俺を見下すのかよ!)

 

格下を見下し、玩具のように弄んで殺す。幸祐を見るミノタウロスの視線はそう語っていた。

 

「ふざ、けるな……俺は、俺の命は……お前みたいな化け物に弄ばれねえ……!」

 

恐怖、諦め、絶望……それらの感情が怒りに塗り替えられ、幸祐の中の闘志が呼び起こされる。

もう動けないはずの体を起き上がらせ、悲鳴が上がる両脚を無理に立たせる。

 

「ッ……うぉ、おおおおお……!!」

 

焦点が定まってない眼でミノタウロスを睨みつける。

——惨めな最期を迎えるな!

——痛みなんて我慢しろ!

——どうせ死ぬなら、最後まで抵抗してから死ね!

彼の中で自分への罵声が響き渡り、ふらつく両脚をしっかりと地面の上に立たせる。

ズボンに仕舞った《戦極ドライバー》を腰部に装着し、懐から《オレンジ・ロックシード》を手に取る。

使い方が分からないながらも、幸祐はロックシードのスイッチを押す。

 

《オレンジ!》

 

音声が鳴り響いて錠前のロックが解除される。何もない虚空から空間の裂け目が現れ、その穴から橙色の球体が浮遊する。

ドライバーの窪みとロックシードの形が似ているのを確認し、窪みにはめ込む。

 

《ロック・オン!》

 

ロックシードの錠前の部分を押し込んでロックをかける。すると法螺貝に似た音声が流れる。

 

『ブモォ……?』

 

幸祐の周囲で起きてる変化に、ミノタウロスは怪訝そうな顔をして足を止める。

この状況から脱却する唯一の切り札であることは幸祐も理解した。だが、そこから先をどうすればいいのか分からない。

 

「ど、どうすれば良いんだ? これか?」

 

不意にドライバーにある小刀に視線をやる。パーツの刃先はちょうど、はめ込んだロックシードの方へ向けられていた。

小刀を下に押してロックシードを切るように傾ける。

 

《ソイヤ!》

 

《オレンジ・ロックシード》は輪切りされたように断面図の絵柄を展開する。

すると、頭上で浮かんでいた橙色の球体が落下して幸祐の頭を丸ごと飲み込む。バックルから流れるようにエネルギーが放たれ、幸祐の体に紺色のスーツを纏わせる。

頭部を飲み込んだ球体が幸祐の上半身を守る橙色の鎧ように割れて、果物の断面図を模した兜の頭部が現れた。

 

《オレンジアームズ! 花道・オンステージ!》

 

オレンジソーダのような水飛沫が辺りを舞ったのと同時に、幸祐の右手に輪切りのミカン模した刀——《大橙丸》が握られたことで完了する。

その姿、戦極時代で天下を志す武将、その者。

ダンジョン、オラリオでも滅多にいない武人の冒険者——新たな【戦武将(アーマード)ライダー】誕生の瞬間であった。

 

「え? ……な、何じゃこりゃあ!?」

 

予想外の展開に幸祐は動揺しきれない。

団長(ベル)主神(ヘスティア)からレアな装備とは聞いていたが、まさか変身能力とは思いもよらなかった。しかもモチーフが果物。何故果物である必要が?

 

『ブモォオオオオオオオッ!!』

 

しかし、そんな考える時間を、目の前にいるモンスターが待ってくれるわけがなかった。

痺れを切らしたミノタウルスは雄叫びを上げて突っ込む。

二回りも巨体な筋骨隆々の腕を振り下ろして、幸祐の体を潰そうと拳を突き出す。

 

「——ぐぉっ!?」

 

瞬間、凄まじい衝撃が幸祐に炸裂した。まともに食らった幸祐は体が吹っ飛び、ダンジョンの壁に激突する。

 

「いででで、痛ぇだろッ! ……ってあれ? 俺、生きてる?」

 

本来Lv.1の駆け出しなら、ミノタウロスに一撃を貰っただけでも骨折は免れない、最悪死に至る。しかし幸祐は衝撃を受けただけで致命傷に至らなかった。

紺色のライダースーツと橙色の鎧は、オラリオでも希少価値であるミスリル製の檻よりも頑丈に作られ、ミノタウロスの渾身の一撃を防ぐ役割を買った。

 

『ブモォ、オ……?』

 

格下の弱者のはずが、まだ死んでないことにミノタウロスは初めて戸惑いを見せる。

 

「もしかして行ける!?」

 

慣れない仕草で幸祐は《大橙丸》の柄を握る。小さい頃から剣道をやっていたとはいえ、実践なんてやったことがない。それどころか目の前にいる化け物を倒すなんて前代未聞だ。

だが形振り構っている暇はない。

 

『ブモォオッ!』

 

「うぉっ!?」

 

攻防を必死に避けながら、隙を突いて斬撃を繰り出す。

幸祐の持つ《大橙丸》の切り味はピカイチで、ミノタウロスの分厚い皮膚に傷をつけていく。

初めはまったく無傷だったミノタウロスの鋼の身体が、今では見る影もなく斬り傷だらけになっていた。

 

『ヴゥッ、ブモォオオオオオオオオッ!!』

 

大した傷ではないが、攻撃が当たらない上に鬱陶しい傷を与えられたミノタウロスは、強者のプライドを刺激される。

一気に幸祐を殺そうと右拳を突き出して突っ込む。

 

「ッ————だりゃあ!!」

 

紙一重で拳を避け、《大橙丸》でミノタウロスの右眼を斬り落とす。

 

『オ、ォオオオオオオオオオッ!!?』

 

宙に血飛沫が舞い、ミノタウロスが仰け反って激痛に苦しむ。

血濡れた顔、涎を垂らしながら怪物は幸祐を憎らしげに睨みつける。

 

「コイツでどうだ!!」

 

腰に手をかけてバックルの小刀を傾ける。

 

《ソイヤ! オレンジ・スカッシュ!》

 

音声と共に《大橙丸》にエネルギーが蓄積されていく。

そこでようやくミノタウロスは目の前の武者が危険と察知し、距離を置いて警戒を露わにする。

ジリジリと、一匹と一人の距離は縮まる。

 

『ブモオオオオオオオッ!!』

 

「うらぁあああああああ!!」

 

先にミノタウロスが駆け出し、同時に幸祐も地面を蹴り出す。

黒紫の拳と橙色の刃が交差する。

 

『ブモォオオオオオオオオッ!!?』

 

一刀両断———拳の方が斬り裂かれる。

《大橙丸》の斬撃によって、ミノタウロスの体は上半身と下半身に分断され、爆発四散する。先程まで牛頭巨人が佇んでいた地点には大量の灰と魔石しか残らなかった。

ロックシードを折りたたみ、変身が解除された幸祐はベルトからロックシードを取り外す。

 

「これが……俺の力?」

 

ロックシードを見つめながら幸祐はその場で呆然とする。

どんな願望も、この力さえあれば叶えることも夢じゃないかもしれない。

だが、これは人を殺めることもできる力。怪物との戦いに遭遇したばかりの少年が持つには、あまりにも大きすぎる力だ。

 

「あの……」

 

その場、幸祐に呼びかける者がいた。

腰まで届く長い金髪、透き通るような金色の瞳の少女、オラリオでも最強の一角と名高い【ロキ・ファミリア】の冒険者。

二つ名【剣姫(けんき)】、アイズ・ヴァレンシュタイン。

 

「大丈夫ですか……?」

 

「……えと、あんたは?」

 

「さっきのミノタウロス、私達が逃してしまったものなの……ごめんなさい」

 

金髪金眼の少女の話を聞いて幸祐は納得する。

担当アドバイザーのハーフエルフからは、強いモンスターがたくさんいるからあまり階層下に行くな、と散々叱られている。だがいくら何でも五階層でミノタウロスに出会すのはおかしい。

上級らしきこの少女から逃げて上まで上ってきたんだろう。

 

「いや、俺はこの通りピンピンしてるから、気にするな」

 

ミスは誰にもあることだ、目の前の少女の誠意が伝わった幸祐は特に何のお咎めを与えない。

不意にベルのことを思い出す。

上手く他のモンスターに遭遇せず逃げ切れたのか、助けを呼びに行ったままなのか。

 

「ゴメン、連れがいるから、俺はこれで!!」

 

ベルに無事を知らせるべく、幸祐はアイズから視線を外して走り出す。

一方、アイズはまだ聞きたいことがあった様子で帰り際の幸祐に声をかけた。

 

「あ、待って……行っちゃった」

 

アイズに目もくれず、あっという間に幸祐はその場から去ってしまう。

色々聞きたいことがあった。

どうやってベルトを手に入れたのか、どうやってミノタウロスに勝てたのか。

強さを求める彼女の中でそれらの疑問が過っている。

 

「名前ぐらい聞けばよかった……」

 

名前さえ知っておけば、ギルドに確認してもらって尋ねられるのに、そそくさと去って行った少年の姿を思い浮かべるアイズ。

今度会ったら名前を聞いておこう。決め込むと、ダンジョンの奥へ戻った。

 

 

 

 

 

 

「咄嗟に隠してしまったけど……これって、やっぱりコースケ君に言うべきかなぁ?」

 

自身のホームにあるソファーの上で、ヘスティアは一枚の紙切れを眺める。

ヘスティアが神の恩恵(ファルナ)を幸祐の背中に刻んだ際、万が一にも眷属(こども)達に知らせないように一部を消して模写した。

別に写しておいたその紙を見ながら、ヘスティアは一人悩む。

 

 

 

サクラバ・コースケ

Lv.1

 

力:I0

 

耐久:I0

 

器用:I0

 

敏捷:I0

 

魔力:I0

 

《魔法》

【】

 

《スキル》

 

武将真剣(アーマード・アームズ)

・多種の甲冑や武器の装着及び使用可能。

・一定時間通常より力・耐久・器用・敏捷が向上。

・敵を倒すたびに熟練度が上がる。

 

王族血統(オーバー・ロード)

・自分の出生に反発するほど早熟する。

・激情にかられるほど効果向上。

・魅了にかからない。



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第肆話 戦武将ライダー

いつも通りの普遍な日々……少なくともそう思っていた。走り寄ってくるヒューマンの少女の姿を見るまでは。

ハーフエルフの女性——エイナ・チュールはギルドの窓口嬢をしているが、今日は冒険者の視察も兼ねてダンジョン入口前に来ていた。

 

「エ、エイナさぁああああああああん!!」

 

エイナの耳元に少女の叫び声が届く。

ダンジョン入口から息を切らしながら白髪紅眼の少女——ベルが走ってきた。

ギルドから支給された軽装鎧(ライトアーマー)にヒビが入って全体的にボロボロ姿のベルを見て、エイナは血相を変えてベルに駆け寄る。

 

「どうしたの、ベルちゃん!? 大丈夫!?」

 

「ゴホッ! ハァー、ハァー……ミ、ミノタウロスが、ミノタウロスが五階層に……!」

 

「ミノタウロス!?」

 

ベルの言葉に見開くエイナ。

ダンジョン上層にミノタウロスが出現することなど前代未聞であった。

 

「あれ? コースケ君は一緒じゃないの?」

 

ベルの【ファミリア】唯一の団員であり、自分の担当冒険者でもある幸祐がいないことに気づいた。

するとベルは、今にも泣きそうな表情に染まる。

 

「コースケさんは、私を逃すために囮にっ……」

 

「嘘……!?」

 

一瞬、呼吸が止まった感覚に陥る。

彼の担当になって日は浅いが、幸祐の人間性を知っているエイナ。ベルを逃すために囮になったのだと瞬時に理解し、顔を青ざめる。

 

(もしかして……もう既にコースケ君は……!?)

 

相手はミノタウロス。Lv.1であり冒険者になってから日が浅い幸祐が敵う相手でない。

ミノタウロスにやられてしまったという、最悪の可能性がエイナの頭の中で過ぎる。

とその時、

 

「————エイナさん! ベル!」

 

『コースケさん(君)ッ!?』

 

またもやダンジョン入口付近から声が響いた。

声の方へ視線を向けると、軽装鎧(ライトアーマー)を装備せず、土埃で小汚い服装になっていたが、確かに幸祐がいた。

 

「俺……変身できた」

 

『…………え?』

 

変化球すぎる幸祐の第一声に、その場で二人はポカンとするのだった。

 

 

 

 

 

 

数分後、エイナは無茶振りをする担当冒険者二名を説教するべく、ギルドへ強制連行した。

ギルドのある個室で用意された椅子に座り、幸祐とベルは現在進行形でジト目を向けるエイナと対面している。

ベルと幸祐の【ヘスティア・ファミリア】は普段、二階層までしか通ってないが、エイナに内緒で一気に五階層まで降りてしまい、ミノタウロスに遭遇してしまい、ベルを逃すために幸祐が囮になって……結果、ミノタウロスは幸祐が倒してしまった。

怒ることに慣れていないエイナだが、今回は別。二人の一部始終を聞いて怒りを隠せなかった。

 

「もぉ〜、どうして二人とも私の言いつけを守らないのかな!? ただでさえ団員が少ないから不用意に下層に行っちゃダメじゃない! いつも『冒険者は冒険しちゃいけない』って口を酸っぱくして言っているでしょ!」

 

「は、はいぃ……!!」

 

「いや、そうですけど、経済的に支障が起こるので……あ、いえ、何でもないです。ごめんなさい」

 

エイナの激昂にベルは萎縮してしまう。一方、幸祐は言い訳しようとするが、エイナに鬼のような視線(ハーフエルフなのに)を当てられて、あっさり折れてしまう。

そんな幸祐達の眼前でエイナは溜息を吐く。

無事に生還できたことに嬉しいのには変わりないが、この二人は今一つ常識が欠けているような気がした。

自分の元に問題児ばかりが来るのだろうか、と自分の貧乏くじ体質に本気で頭を抱える。

 

「それで、どうやってキミがミノタウロスを倒せたの?」

 

頭を切り替えて幸祐に事情を聞く。

幸祐の様子を見る限り、嘘をついてる素ぶりはない。だがエイナは信じられなかった。

いくらミノタウロスを倒した証拠品(魔石)があるとはいえ、まだLv.1の駆け出し冒険者が倒せるなどありえない話だ。

 

「ああ、これを使って」

 

幸祐がズボンから取り出して机の上に置いた物体を見て、エイナは身を乗り出して目を見開く。

 

「それ——《戦極ドライバー》じゃない!!」

 

エイナの驚愕ぶりに幸祐も戸惑った。

ヘスティアからも聞いてレアアイテムと知った時、幸祐は売り出そうかと考えた。だが最初の装着者にしか使えない性質故に、一度嵌めてしまえば一ヴァリスの価値もなくなるので断念した。尚、ヘスティアから「君にしか使えないレアアイテムを売ろうとするなぁー!!」と言われた。

 

「オラリオでも少数しかないレアアイテム、コースケ君! そんな高価なものを一体どうやって手に入れたの!?」

 

「手に入れたというか、貰ったんです。見知らぬ人に……」

 

「……コースケ君ほど非常識な人っていないと思うなぁ、私」

 

……嘘は言ってない。

だが非常識なのは幸祐自身も同意した。

美人ハーフエルフの評判で名高いエイナが忘れたくても忘れられない男(悪い意味も含めて)の称号、幸祐は複雑な気分になる。

 

「まったくもぉ、コースケ君が【戦武将(アーマード)ライダー】ならそれに合わせた講義もしたのに」

 

『【戦武将(アーマード)ライダー】?』

 

同時に同じリアクションをするベルと幸祐。新米【ファミリア】の団長と副団長の連携が上手くやれるかどうかの心配は無用の様だった。

 

「そこからか……じゃあ最初から説明するね?」

 

額に手を当てながら、エイナは再び椅子に腰掛けて説明する。

出処や製造過程が謎に包まれた錠前——ロックシード——に秘められた力を利用するために造られたアイテム……それが《戦極ドライバー》。

とある鍛治師が独自の技術で生み出した。ドライバーに関する情報はそれだけで、鍛治師の情報は不明のまま。

最初に腰部に巻きつけた者だけが使用でき、果物を模した甲冑や武器を纏える戦士——【戦武将(アーマード)ライダー】になれる。

曰く、《戦極ドライバー》を装着した者は、神の恩恵とは違った絶大な力を得られる。

曰く、Lv.2以上の冒険者には神々から二つ名の他に【戦武将(アーマード)ライダー】の称号を贈られる。

 

「う〜んと、大体こんな感じかな。【戦武将(アーマード)ライダー】ってだけで、どの【ファミリア】から重宝されるから、話題が尽きないんだよね」

 

実際に変身して分かったが、あの姿になれば、たとえべらぼうに弱い奴でもコボルトやゴブリンの一匹二匹すぐ瞬殺できる。少なくとも、そうやってミノタウロスを撃破できた、と幸祐は思い込む。

 

「なるほど……あ、そうだ! 私、そろそろ換金してきますね!」

 

「はいストップ!」

 

「ッ……!?」

 

説教が再スタートする前に逃げ出そうとするが、エイナに呼び止められてビクンッと跳ね上がるベル。

 

「ベルちゃん。五階層まで来たことを有耶無耶にしようとしてない?」

 

「ッッ……!!?」

 

エイナの言葉に反応し、ベルの身体はビクビクンッと跳ね上がる。

 

「そ、そんなこと………ないですよ?」

 

「どうして疑問形なのかな? と・に・か・く! ベルちゃんにコースケ君、この一週間は二階層より下に潜るのはダメだからね!」

 

「そんな!? でも私、もっと強くなりたいんです!」

 

「ダメ! 今後私の許可がない限り、二階層より下層に行くのは禁止! 異論は認めません!!」

 

確固としてベルの意見を聞き入れないエイナ。

 

「エ、エイナさ〜んッ……!」

 

プルプルと目尻から透明な雫が垂れ落ちそうになるベル。小動物を連想させる姿に、幸祐とエイナは胸がキュンキュンとなる。

 

「ま、まぁ……もうちょっと経験を積んだら許可するから。それまでは一緒に頑張ろ? ね?」

 

エイナの言葉を聞き、輝きを取り戻したように顔色の血色がみるみる明るくなるベル。

 

「エイナさん大好きー!! ありがとー!!」

 

「……えぅ!?」

 

顔を真っ赤にさせたエイナの返事を聞かず、片手に魔石を入れた袋を持って「換金してきますねー!!」と、手を振りながら元気よく走り去るベル。

その部屋に残された幸祐は、生暖かい視線をエイナに送っていた。

 

「……好かれてますな、エイナさん」

 

「も、もぉ〜! コースケ君!! それとさっきの話、忘れてないでしょうね!? コースケ君も二階層から下層に潜っちゃダメだからね、わかった!?」

 

「はいはい。もちろんですよ」

 

顔を真っ赤にしながらプンプン怒るエイナに、口端が釣り上がる幸祐。説教を食らった仕返し、歳上の美人をからかうことにちょっとした悪戯心が生まれていた。

 

「それじゃ、俺もそろそろ行きます」

 

元気に飛び去ったベルに続き、幸祐も退出しようと席を立つ。

 

「あ、待って! コースケ君!」

 

咄嗟にエイナは声を上げて引き止める。幸祐は「はい?」と言ってエイナの顔を見る。

 

「もう二度と、こんな危ない行為をしないって、約束してくれる?」

 

エイナの顔から先程までの可愛らしい印象が消え去って、

職員として貫禄さを出す真剣なものへ変わっていた。

 

「結果的に助かったのかもしれないけど、一歩間違えればキミが死んでいたかもしれないんだよ? ベルちゃんを助けたかったのは分かるけど、キミが死んだら元も子もないんだからね」

 

「…………」

 

ギルド職員ではなく、一人の知人として助言するエイナの言葉に、幸祐は何もいえず黙ってしまう。

出会って数日しか経ってないが、優しく面倒見な性格でエイナは身を案じてくれる。幸祐にとって、自分の身を純粋に心配してくれる良識人の一人であった。

こんな女性が身近にいてくれたら、幸祐は自分の人生が変わって見えたと思う。

だが………

 

「……ありがとう、エイナさん。大好きです」

 

「えうっ!? ……コ、コースケ君! 歳上の女性を揶揄わないの!」

 

先程ベルが叫んだことと似たようなことを呟く。

 

「冗談ですよ……それじゃ」

 

先程ベルが叫んだことと同じ内容を呟き、目論見通り話題をズラすことに成功した幸祐。

これ以上エイナに追求されないよう、何食わぬ顔で荷物を纏めると踵を返さず立ち去った。

 

「あ、ちょっと! 話はまだ……って、行っちゃったか」

 

ズルいなぁ、と声を漏らすエイナ。

彼女の中で幸祐は、少し強引で変わったところがある印象の男の子だった。

 

(コースケ君はこう……どこか放っておけないんだよね)

 

エイナの脳裏に浮かんだのはダンジョンから還って来なかった冒険者達。誰もが名声と栄光を求め、自らの命の危険も顧みず……志半ばで死していった。

顔も拝めずにいなくなった人物達の輪に、幸祐が入りそうで心配になった。

今度会ったら絶対に約束させよう、心の中で深くそう誓った。

 

 

 

 

 

 

換金を終えてギルドから出て、幸祐とベルは街中を歩いていた。

今回は不測の事態だったため、魔石を十分に得られず報酬は少ない結果に終わった。

道中、ベルは歩みを止めて幸祐に頭を下げる。

 

「ごめんなさい、コースケさん……」

 

ミノタウロスの件。ベルはそのことに罪悪感を覚えていた。幸祐は気にもしていないが。

 

「私、団長なのに、団員に迷惑ばかり掛けて……」

 

「………」

 

幸祐は無言のまま、パフッ、とベルの頭に手を乗せて撫でる。当初、妹みたいな心境でしたのだったが、後になってベルの方から求めてくるので、ベルが落ち込むたびに元気付けるための習慣となった。

しかし二人がいるのは多くの人が蔓延る街。ベルも歳頃の少女なので、羞恥心に駆られながら頰を赤くする。

 

「あ、あのっ、コースケさん……?」

 

「…最初にお前が俺を受け入れてくれただろ? お前が団長じゃなかったら、今頃俺はどこかでのたれ死んでたよ」

 

「あ……」

 

遠まわしに「ベルが団長で良かった」と言ってくれたことに気づくベル。

 

「ほら、さっさと帰ろうぜ」

 

うっすらと笑みを浮かべながら幸祐はベルの頭から手を離して再び歩き始める。離れた幸祐の手を名残惜しそうに見つめながら、ベルも再び歩き出す。

 

(やっぱり、すごいなぁ、コースケさんは……お祖父ちゃんが言ってた英雄譚に登場する英雄とは、どこか違う気がするけど……)

 

一緒に街中を歩き、隣でベルは幸祐に視線を向ける。

どこからともなく現れ、貧乏な自分達の【ファミリア】になってくれた、祖父以外で出会った初めての異性。ぶっきらぼうだが優しさを兼ね備えている。もし兄がいたら幸祐みたいな感じなのかも、と思った。

 

(私もコースケさんみたいに強くなりたい……!)

 

自分より強いことを自覚してしまう。

ベルは幸祐に憧れ、尊敬し、信頼を寄せ……そして嫉妬する。

少女の中の願望、憧れ——それが鍵となる。

長い歳月の中、願いを込められた華が種を生み出すように、少女の中でスキル——英雄へと至る最初の力——が息吹を吹き出した。

 

 

 

 

 

 

「神様、ただいまー!」

 

「ヘスティア、帰ったぞー」

 

「おっかえりー!! ベル君にコースケ君!」

 

二人の呼びかけに答え、ソファーからヘスティアが小走りしてきた。

当初、幸祐は外見で判断してヘスティアを歳下と勘違いしていたが、実際には何千年も歳が離れていることを本人から言われる。しかしヘスティアは「馴染む呼び名で構わないさ。ボクと君の仲だろ?」と言ってくれるので、幸祐は遠慮なくタメ口で話すようになった。

 

「今日はいつもより早かったね。何かあったのかい?」

 

「えぇと、ダンジョンで死にかけまして……」

 

「おいおい大丈夫かい!? 君達にもしものことがあればボクはショックで死んでしまうよ!」

 

「天界へ送還されることはあっても死にはしないだろ? 仮にも神様なんだから」

 

「例えの話さ! ノリが悪いぜ、コースケ君?」

 

小さい両手で、ヘスティアは二人の体を触って怪我がないか検証する。

命に別状がないことを知り、部屋の奥に進む。

 

「ベル君にコースケ君、これを見たまえ! 今日の収穫は大量だよ!」

 

自信満々に見せたのは、バイト先で貰ったカゴに入った大量のジャガ丸くん。

ベルは「神様スゴい!」と眼を輝かせているが、その隣で幸祐は「え? これだけ……?」と心の中で呟く。声に出せば目の前の女神が盛大に落ち込むのが目に見えるからだ。

今日はトラブルで稼ぎが少なかったため幸祐も文句はいえず、その日の【ヘスティア・ファミリア】の夕飯はジャガ丸くんオンリーになった。

 

 

 

 

 

 

夕飯を終えた【ヘスティア・ファミリア】一向。ヘスティアが率先して恒例のステイタス更新が始まる。

 

「それじゃあ、ボク達の未来のため、今日もステイタス更新をしようか! まずはコースケ君からだよ」

 

「おう」

 

指名された幸祐は上を脱いで上半身裸になり、奥にあるベッドの上でうつ伏せになる。

 

「え、えへへ。コースケ君の背中……」

 

「変なことするなよ? 仮にも女神なんだから」

 

「なッ!? すすすすすするわけないじゃないか!! ボクを何だと思ってるんだい、君は!?」

 

説得力に欠ける女神、と内心呟く幸祐。

ブツブツ文句を言いながら、ヘスティアは幸祐の尻部に座り込んで手を進める。

 

「そういえばミノタウロスに遭遇したって聞いたけど、他にも冒険者がいたはずだろ。誰にも会わなかったかい?」

 

「いや別に……あ、でも倒した後に女の子に会ったな」

 

『女の子!?』

 

エイナに事情を話した時は省略したため、ベルも知らない事実である。

ベルとヘスティアはハラハラしながら幸祐に尋ねる。

 

「もしかしてコースケさん……その人を好きになったんですか?」

 

「ダ、ダメだぞぉ、コースケ君! ダンジョンなんて物騒な場所に、君が思ってるようなサラサラな生娘なんていないんだからなぁ!!」

 

「……いや、確かに綺麗な容姿だったけど、別に惚れるほどじゃないからな。というか、ヘスティアは言い過ぎだ。女冒険者に恨みでもあるのか?」

 

大方、その女の【ファミリア】へ改宗するのではないのかと心配しているんだろう、と幸祐は推測する。そもそも【ヘスティア・ファミリア】以外は心を穏やかにできないから、移住する気など毛頭なかった。

途中、幸祐の背中に触れているヘスティアの指先が微かに震えた。

 

「……!」

 

ヘスティアが動揺したのを、背中越しで幸祐は察知する。

 

「どうした? 何か不味いことでも記載されていたか?」

 

「い、いや! 何でもないよ!」

 

慌てふためきながら、ヘスティアはステイタスを紙に模写する。

ヘスティアに渡された紙を手にして、幸祐は閲覧する。

 

 

 

サクラバ・コースケ

Lv.1

 

力:I82→H190

 

耐久:I89→H184

 

器用:I79→H157

 

敏捷:H101→H185

 

魔力:I0

 

ーーー:ーー

 

《魔法》

【】

 

《スキル》

【ーーーー】

・ーーーーーーーーー

・ーーーーーーーーー

・ーーーーーー

 

【ーーーー】

・ーーーーーー

・ーーーーー

・ーーーー

 

 

 

一瞬、見間違いと目を疑った。

冒険者になってから日が浅いせいで、幸祐自身もこの成長速度は凄いのか分からない。今までは多くても精々+8がザラだった。

明らかに異常だった。エイナの言っていた【戦武将(アーマード)ライダー】に変身してミノタウロスを倒したことと関与しているのだと推測する。

相変わらず『スキル』の欄は消した跡があるが、ヘスティアは手元が狂ったと語っている。

だが幸祐は確信している、この『スキル』欄に何かが掲載されていると。

 

「次はベル君だねー」

 

「はい!」

 

一度、幸祐はヘスティアに問い詰めようかとも考えたが、居候の分際で過ぎた真似だと断念する。それにヘスティアは疚しい気持ちで行ってるのではない、幸祐を想っての行為だとも気づいている。

ヘスティア達が話してくれないなら、自分から切り出すわけにもいかない。

どうしたものか……

 

『………』

 

「ん? どうした?」

 

不意に幸祐は、二人の少女がこちらに視線を向けていることに気づく。

 

「……コースケ君、ベル君の裸が見たいならそこにいればいいよ。ただしボクの中の君への好感度が下落するだけだけどね」

 

「あ………悪い」

 

我ながらデリカシーがないと反省する。

ステイタス更新をする際、先程と同じように背中を晒さなくてはならない。つまり、ベルは上半身を裸になる、イコール、男は退場しなくてはならない。

ベルの方を見るが、耳元まで真っ赤になりながら見ていた。

自分のステイタスのことを忘れて、幸祐は「しばらく外に行ってる」と言い残してその場を去った。

 

 

 

 

 

 

その夜、ヘスティアはソファーに寝転がった状態で、ある二枚の紙を眺める。

その一枚にはこう書かれていた……

 

 

 

ベル・クラネル

 

Lv.1

 

力:I76→I82

 

耐久:I10→I13

 

器用:I82→I97

 

敏捷:H148→H173

 

魔力:I0

 

《魔法》

【】

 

《スキル》

憧憬一途(リアリス・フレーぜ)

・早熟する。

・懸想が続く限り効果持続。

・懸想の丈におり効果向上。

 

 

 

(おめでとう、ベル君。念願のスキルが発動したんだね)

 

ヘスティアは心の中でベルに賛辞を送る。

しかし、他の神々がいる手前で、このレアスキルはしばらく伏せるべきだと考える。ベルは嘘を吐けるような性格ではないので、張本人であるベルにスキルの欄を尋ねられた際、『手元が狂った』といっておいて内緒にした。

 

(ベル君はこれでいいとして……問題はこっちだよね)

 

ペラ、ヘスティアはもう一人の眷属、幸祐のステイタスが刻まれた紙を見る。

 

 

 

サクラバ・コースケ

 

Lv.1

 

力:I82→H190

 

耐久:I89→H184

 

器用:I79→H157

 

敏捷:H101→H185

 

魔力:I0

 

戦武将:G

 

《魔法》

【】

 

《スキル》

 

武将真剣(アーマード・アームズ)

・多種の甲冑や武器の装着及び使用可能。

・一定時間通常より力・耐久・器用・敏捷が向上。

・敵を倒すたびに熟練度が上がる。

 

王族血統(オーバー・ロード)

・自分の出生に反発するほど早熟する。

・激情にかられるほど効果向上。

・魅了にかからない。

 

 

 

ミノタウロスを倒したことと関連してるのか、幸祐のステイタスは飛躍的に伸びていた。加えて【戦武将(アーマード)ライダー】になった故なのか、『戦武将』という発展アビリティまで加算されている。発展アビリティは本来、Lv.2にランクアップして初めて発現が可能になるのだが、その常識を破った幸祐に戦慄する。

幸祐が単身でミノタウロスを倒したのも、ここまでステイタスが向上したのも、おそらく二つのスキルの相応効果によるもの、とヘスティアは確信した。

そしてスキル発生の因果は、幸祐が元いた世界で経験した出来事に関与している。

 

(コースケ君、君の過去に一体何があったんだい……?)

 

眠りに誘われている幸祐の横顔を見ながら、ヘスティアは眷属(こども)の身を案じた。



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第伍話 オレンジな無双

暗闇——手を伸ばしても何の感触もない果てしない空間。そこに留まるだけで精神が狂いそうになる。

 

『ま、待ってッ……!』

 

果てしない闇の中、まだ幼い男の子が走っていた。

唯一の光を目指して、ひたすら走り続けていた。

——独りになりたくない。

悲痛な願いを胸に抱いて、暗闇でたった一つの光——その中心にいる女性——を追いかける。

 

『待って、おいて行かないで……!』

 

蒼髪の男の子は走る。何度も転び、膝から血を流して炎症を起こしても、足の裏の皮が擦り剥けて血だらけになろうとも、ひたすら走り続けた。目の前で今にも消えそうな女性の姿を見失いたくなかった。

視線の先にいるのは、男の子と同じく透き通るほど蒼く、腰まで届く長い髪の女性。

その時、男の子は盛大に転んでしまい地面に倒れ臥す。

女性は背中を見せたまま、男の子に見向きもしない。

自分から遠ざかる女性を見て、男の子は必死で声を上げた。

 

『ま、待って! いなくならないで!!』

 

悲痛な叫びにも反応せず、無情にも女性の姿は光となって消えていく。

必死に手を伸ばすが、女性の体に触れることなく消え去る。

その暗闇で、男の子は独りぼっちになってしまう。

唯一の光——味方——を失った男の子。

当てもなく頼る者もいない暗い世界で、ただ泣きじゃくることしかできなかった。

 

『お願いだよ……おれを、おれを独りにしないでよぉ!! ………母さん!!!』

 

 

 

 

 

 

「ッ———!!」

 

そこで、パチリと両瞼を開く。

夢から覚めて感覚が戻り、髪が寝汗でぐっしょり濡れていることを自覚する。

 

「…………またあの夢か」

 

朝から男——幸祐は最悪な気分に陥る。

こびりついた汗を拭き取り、長い蒼髪を後頭部で結ぶ。そこらの女性より女子力高い手順で髪結びをしながら、時計を見る。

時刻は午前五時、幸祐が【ヘスティア・ファミリア】に加入してからすっかり定着時となった。

 

「ん……?」

 

ようやく真上に誰かが寝ていることに気付く。

ツインテールを解いて黒髪をさらけ出した少女、女神ヘスティアが幸祐の腹を枕にして眠り込んでいる。

 

(……寝惚けたのか? 少しは警戒心を抱かないのかね、この女神様は)

 

いや、女神だからこそ眷属(こども)に警戒心を抱かないのかもしれない。

普通の男なら我を忘れて暴走状態になるかもしれないが、生憎、幸祐は幼女好きのアッチ系ではなかった。

起こさないようにそっとベッドに下ろして、日課のランニングに出かける。

 

「……コースケ君のいけずぅ…」

 

どこかの女神の寝言が聞こえた気がしたが、幸祐は敢えて聞き流した。

 

 

 

 

 

 

前の世界にいた時も幸祐は鍛錬を絶やさなかった。小学生の頃に剣道部に所属していた経験があり、朝のランニング、軽い筋トレを怠らない。

特に、この世界は力がないと不憫な点もあるので尚更止めるわけにはいかない。

 

「………?」

 

走ってる最中、幸祐は視線を感じ取って足を止める。

憎悪や殺意や軽蔑、そういったものとはまた違った……とても嫌なもの。

まるで品定めをされているような感覚だった。

しかし誰が、何の目的で?

視線の主を探していた……その時だ。

 

「あの……」

 

「ッ———!?」

 

勢いよく背後を振り返る。幸祐は視線の主が自ら参ったのかと肝を冷やした。

だがそこにいたのはヒューマンの少女。

白と若葉色のエプロン姿、薄鈍色の髪を後頭部で丸めて結んだ、幸祐と同い年ぐらいの少女が、大袈裟な反応をした幸祐をキョトンと見つめていた。

 

「あの……どうかなされましたか?」

 

幸祐は自分の状況を再確認する。一般市民の少女に大袈裟な反応を示す……傍から見れば不審者以外の何者でもない。

 

「悪い。こっちの勘違いだった」

 

幸祐が頭を下げると、少女は特に気にもとめない様子で話す。

 

「そうなんですか。それにしても、こんな朝早くからダンジョンですか?」

 

「いや、今は日課の鍛錬をしているだけだ。ダンジョンはその後に行くつもりだけど」

 

これ以上、目の前にいる少女に変な印象を持たれないように幸祐はサッと会話を終えようとする。

だが……

———グゥウウウウウウ

タイミングが悪く、幸祐の腹音が盛大に鳴り響く。

食費を切り詰めようと朝ご飯を抜いたことが仇となってしまったのか。

 

『………』

 

二人は揃って無言になる。

最悪の展開——幸祐はそう思わずにはいられない。少女に間抜けという印象を持たせないのは不可避だ。

 

「ぷっ……お腹、空いていらっしゃるんですか? もしかしてですけど、朝食をとられてないとか?」

 

「……あ、後で食べるつもりだ」

 

笑みを漏らしながら図星をつきまくる少女に、幸祐は苦し紛れの言い分を吐いた。

 

「ちょっと待っててくださいね」

 

そう言い、少女は近くの建物——酒場に入っていく。

数分後、バスケットを片手に抱えて戻ってきた。

 

「これ、よかったら召し上がってください。店の賄いじゃないですけど……」

 

「え? だけどこれ、あんたの朝食だろ? こう言っちゃ悪いけど、見知らぬ人からタダで貰うわけにもいかないからな……」

 

「いいえ、これは利害の一致でもあるのです。私も少し損するかもしれませんが……その代わり貴方には夜、私の働いているお店でご飯を食べなくてはなりません!」

 

「………」

 

これはアレか、と内心呟く。

自分のいた世界にも伝わる『タダより高いものはない』という類の言葉。

少女は可愛い顔を見せるが、それが幸祐には小悪魔の笑みに見える。

しかし、いつも【ヘスティア・ファミリア】でジャガ丸くんを主食にしている幸祐にとって、飲食店の料理は豪華に思えた。

見たところ、少女が出入りした店はそこまでの高級店じゃなさそう。誰でも入れるような下町の酒場なのだろう。

 

「……小悪魔って呼ばれるだろ、あんた」

 

「うふふ、遠慮することはありませんからね」

 

「言っとくけど、俺んとこは貧乏だからそんなたくさん食わないからな。忘れるなよ?」

 

「はーい、お待ちしておりますね」

 

幸祐の言葉に嫌な顔一つ見せず、営業スマイルを浮かべる少女。

バスケットを抱えて少女に見送られる幸祐。

すると、少女はふと思い出したように声をかける。

 

「あ、私はシル・フローヴァです! 貴方の名前は?」

 

「…幸祐。桜庭幸祐だ」

 

振り返って答える幸祐に、少女——シルはすぐに笑みを浮かべる。

 

「ご利用お待ちしていますね、コースケさん♪」

 

その場を幸祐は後にする。

日課の鍛錬をするはずが……朝食の収穫だけでなく思いもよらない約束事を抱えてしまったと思う幸祐であった。

取り敢えず、主神(ヘスティア)団長(ベル)にどう説明しようか……そのことに頭を悩ませながらホームへ戻る。

 

 

 

 

 

 

数時間後、幸祐はベルとダンジョンに訪れていた。

シルから貰ったサンドイッチは二人で美味しくいただいた。事情を話した時、ヘスティアが盛大に拗ねたのはいうまでもない。

 

「はぁあああ!」

 

『ギャンッ!?』

 

ダンジョン内で、ベルは特に張り切っていた。

【ステイタス】が向上して上機嫌なベルはギルドから支給されたナイフで下級モンスター相手に無双する。

一方、幸祐はノルマをこなす業務員の如くモンスターを魔石に還しては回収する。その夜、ウェイトレス少女に飯の招待——ほとんど脅迫に近いが——をされたため、大目に稼いでいる。

我ながら地味な作業だなぁ、内心呟きながら回収に精を出す。

すると、

 

「きゃあああああ!?」

 

『グゥアアアアアッ!!』

 

唐突に少女の悲鳴がした。

幸祐が目にしたのは、八匹の犬頭のモンスター——コボルトの群れに追われているベルの姿。通常コボルトは単独で行動することが多いが、犬の集団的自衛権が備わっているのか稀に群れで徘徊することがある。

突然の奇襲にベルも予想外で逃げ回っていた。

 

「ああ、もう、調子に乗るから!」

 

幸祐はズボンから《戦極ドライバー》を取り出す。腰部に当てると、黄色のスライダーが飛び出て自動で巻き付かれる。

続けて懐からロックシードを取り出す。

 

《オレンジ!》

 

《オレンジ・ロックシード》のスイッチを押し、音声が鳴ったと同時にベルトに装填する。

 

《ロック・オン!》

 

掛け声と共に、ベルトにある小刀の装飾部を傾け、《オレンジ・ロックシード》の断面を切る。

 

《ソイヤ!》

 

《オレンジアームズ! 花道・オンステージ!》

 

頭上からオレンジの球体が降って幸祐の頭を覆いかぶる。

オレンジの球体が鎧状に展開し、幸祐は紺色のライダースーツを着込んだ橙鎧の【戦武者(アーマード)ライダー】に変身を遂げる。

 

「この犬野郎どもが!」

 

右手に《大橙丸》を握りしめて、コボルトに突っ込む。

逃げ惑うベルの横を通り過ぎ、視線をすぐコボルトへ変える。

 

『ギャウッ!?』

 

まず一匹——横腹を蹴り飛ばして壁際に叩きつける。

牙を剥き出しにして飛びかかってくる奴を片っ端から斬りつけ、蹴り付け、ダンジョンの壁に貼り付ける。

三匹は《大橙丸》で真っ二つに斬り裂かれ、一匹は首をへし折られて地面に倒れる。計四匹が魔石に還った。

 

「あ、危ない! コースケさん!!」

 

ベルが悲鳴を上げた。

幸祐の背後から、牙と爪を剥き出しにした二匹のコボルトが襲いかかったからだ。

 

「——ふっ!」

 

『グギャッ!?』

 

『グオッ!?』

 

背後から襲いかかってきた二匹を、幸祐は振り返りながら勢いを付けて斬りつける。

 

「はぁぁぁ……おりゃあっ!!」

 

『ガアアアアッ!!!?』

 

《大橙丸》からオレンジ色のエネルギー斬撃が放たれ、コボルト達は爆散する。

黒焦げた地面に残ったのは魔石二個だけ。

 

《ロック・オフ》

 

「ふぅ〜……大丈夫か、ベル?」

 

ロックシードを折り畳み、変身を解除した幸祐。

小走りでベルの元へ駆け寄る。

 

「は、はい。何とか……」

 

顔に砂がこびりついている程度で、特に目立つ外傷は見当たらない。

ただ、どこか顔色が優れない様子だった。

突然の奇襲で心身共々疲れたのか、浮かれていたことに反省しているのか、先程まで見せていた明るい表情が抜け落ちていた。

 

「今日はもう帰るぞ」

 

「え? で、でも、私はまだ——」

 

「エイナさんも言っていただろ? 『冒険者は冒険しちゃいけない』って。無理して怪我したら元も子もない。それに、充分稼いだしな」

 

幸祐はベルに魔石を入れる袋を見せる。普段より多めにモンスターを倒したため、ギチギチパンパンになっていた。

 

「今日はご馳走を食いにいくんだ。体調は整えておかなくちゃな?」

 

「……はい」

 

ベルは納得してない様子だったが、首を縦に振る。

俯いた状態でベルはボソッと口にする。

 

「コースケさんは………」

 

「ん? どうしたベル?」

 

「あ……いいえ! 何でもないです! さ、早く神様のところへ行きましょう!」

 

ベルは幸祐の前で気丈に振る舞う。

少女の気持ちに気づかないまま、少年は力を行使し続ける。

 

(私、団長なのに……コースケさんの足を引っ張ってばかり)

 

少なくとも今の幸祐では、ベルが抱いてる感情に気づくことができない。

灯が基本ない薄暗いダンジョンの様は、二人の心を表すようだった。

 

 

 

 

 

 

ダンジョンから帰還した後、幸祐とベルはある酒場の前に訪れていた。

『豊穣の女主人』——店員が全員美人揃いだけでなく女将も含んで相当の手練、その上料理も美味いという、オラリオ内でも人気店の一角。

今日のために余分に稼いできた。

ベル達はヘスティアとも行きたかったが、生憎今晩はバイト先で打ち上げがあるので欠席である。その時、ヘスティアは「そのウェイトレスの女の子と、精々楽しくお喋りしてくると良いさ!」と、幸祐にヤキモチを抱いたのは余談である。

 

「ここ、なんですよね……?」

 

「ああ。そうだと……思うが」

 

【ヘスティア・ファミリア】の団長&副団長コンビは、入り口から店内を見る。

カウンターで酒や料理を振る舞う女将らしきガタイのいいドワーフの女性。忙しい様子で注文を運ぶ猫耳を生やした猫人(キャット・ピープル)の女性、肩まで届く金髪エルフの女性……などなど。

シルもいるから、美人揃いとはよくいったものだと、幸祐は圧倒される。

 

「あ、コースケさん!」

 

と、店内にいるシルと視線が合い、店から出て来た。

 

「よう」

 

幸祐は片手を上げて軽く会釈し、ベルに指差す。

 

「紹介する、この娘は連れのベルだ」

 

「べ、ベル・クラネルです! 今夜は、よよよろしくお願いします!」

 

慣れない環境、ベルはガチガチに固まりながらシルに挨拶する。途端に幸祐は微笑ましくなった。

シルも同じように微笑ましくなり、ニッコリと挨拶する。

 

「はい、いらっしゃいませ」

 

シルは「お客様二名入りまーす!」と声を張り上げながら席へ案内する。

店内へ続くシルの後を追い、ベルはビクビク震えながら幸祐の袖にくっ付きながら歩く。

どこまで行っても小心者——というか兎——な雰囲気のベルに幸祐は癒され、ベルに気を遣いながら足取りをゆっくりする。

 

「こちらへどうぞ」

 

「おう」

 

「は、はいぃ……」

 

シルのベルに対する考慮なのか、カウンターの端の席だった。

腰をかけると、目の前に大きなドワーフの女性——女将が現れた。

 

「アンタ達がシルの客かい? 冒険者なのに随分と女みたいな顔だねぇ!」

 

「喧しい、こちとらコンプレックスなんだよ」

 

「アタシ達に悲鳴を上げさせるほどの大食漢だってねぇ? じゃんじゃん食ってくれよぉ!」

 

『………え?』

 

ベルと幸祐の声が重なる。

元凶のシルの方を見ると、明後日の方向に視線を逸らしていた。

 

「シル……いつから俺は大食い男になったんだ?」

 

「……てへ♪」

 

「てへ♪ じゃねーよ!! どういうことだ!?」

 

「大丈夫です! 私、応援してますから! コースケさんなら立派なフードファイターになれますよ!」

 

「そんな称号いらないし微塵も興味ない! ていうか、応援しなくて良いからお前は誤解を解く努力をしろ!!」

 

「ああー、お腹が空いて力が出ないー……朝のサンドイッチを食べなかったせいだー」

 

「下手くそな芝居だな!? やっぱ確信犯じゃねえか!」

 

騙されたー! 状態に陥る幸祐。

あの時感じた視線の正体じゃなかったにしろ、それに近い警戒心を抱くべきだったと、今更ながら後悔を覚えていた。

……だが同時に、久々の感覚でもある。

いつも本音を隠して惨めに生きねばならなかった前の世界と違い、こんなに自分の本音を怒鳴り散らすのは本当に久しぶりだ。

 

「大丈夫です、少し奮発してくれるだけで結構ですので」

 

「……本当、接客上手な店員さんだな」

 

「お褒めに預かりまして♪」

 

落ち着いて溜息を吐く幸祐に、シルはウインクしながら厨房へ戻る。

ずんずん、と足音を鳴らしてドワーフの女将が尋ねる。

 

「で、酒は?」

 

「いや、俺まだ二十じゃないから酒は——」

 

「あん? 酒を飲んじゃいけないってルールがこの都市にあるのかい?」

 

「……あ、そっか」

 

幸祐はまだ十六。当然、酒の類など口にしたことない。そもそも二十歳未満は酒を飲んじゃならないと法律で決まっていた……しかしそれは幸祐のいた世界での話。

この世界、もといオラリオにそんな決まりはない。

 

「まぁでも、金がかかるから結構です」

 

「あ、私も」

 

「んじゃ、料理が来るまでこれでも飲んでおきな」

 

問答無用で女将——ミアはカウンターの上に醸造酒の入ったジョッキを二つ置く。

 

「聞いた意味ないじゃん……」

 

「まぁまぁ、折角だから飲みましょうよ」

 

ベルに窘められながら醸造酒を飲む。

人生初の酒、意外にも美味かったと後に語った。

 

 

 

 

 

 

数分後、幸祐達は無難にパスタを頼んだ。量が多くてかなりの値段かと思えば、意外に安い金額、しかも美味い。お得だった。

 

「えぇっと、シル・フローヴァさんですよね? コースケさんから話は聞いてます。今朝のサンドイッチ、ありがとうございました!」

 

「はい、どういたしまして。ベルさんですね? 私のことはシルで構いませんよ」

 

「はい! シルさん!」

 

二人はそんな会話を成立させていた。仕事の方は、ミアから許可を貰ったらしい。

シルの方が歳上なので、ベルの前でお姉さん振っている。女の子同士、何か通じるものがあるのだろう。幸祐は微笑ましく眺める。

 

「へぇ……それでシルさんはこの店で働いているんですか?」

 

「はい。知らない人と触れ合って、色々お話しして……心が踊るんです」

 

仲睦まじく、そんなガールズトークを繰り広げていた。

——出会いを求めて。

それが、この少女達の共通点なのかもしれない。だから共感しあい、すぐに打ち解けたのかも。

幸祐は周囲を見渡す。男女問わず、屈強な肉体の持ち主達が飲んで笑い、賑やかかつ爽快な空気を作り出している。

 

(……出会いを求めて、か)

 

ベルとシルの会話に入り込めそうにないと、幸祐は一人で酒を飲む。

シルは客との出会いを、ベルはまだ見ぬ将来の仲間との出会いを……それぞれの形で出会いを求めてオラリオに来たのだろう。

……だが自分はどうだ? 不本意でこの地に赴き、流されるように冒険者になった。当然、出会いなど求めていなかった。

 

(……俺は、ここにいてもいいのか?)

 

この地、この世界における異端物(イレギュラー)。急に幸祐は疎外感を抱える。

ベルやヘスティア、エイナ、そしてシルと知り合えたというのに、未だに幸祐はその答えを見つけられない。

ベル達に悟られぬよう曇ってる顔を逸らしていると、十数人の団体が店内になだれ込む。

 

「ミア母ちゃーん、今日も飲みに来たで〜!」

 

視線を向けると、赤髪スレンダーの女性がエセ関西弁で入ってくる。

お得意様らしい、空白のテーブルに座り込んで行く。

 

『おお、えれえ上玉!』

 

『バカ! エンブレムを見ろ』

 

『……ゲッ、【ロキ・ファミリア】!?』

 

『あれが、巨人殺しの【ファミリア】……』

 

周囲にいる客もどよめき始める。

その席にはヒューマンはもちろん、エルフやドワーフ、小人族(パルゥム)、更にはアマゾネスや獣人もいた。多様な種族がいるだけでなく、実力も相当らしい。

隣を見ると、ベルもシルとの会話を止めて【ロキ・ファミリア】を凝視していた。

幸祐も、多くの冒険者から畏怖が込められた集団をぼんやりと眺める。

 

「あ———」

 

幸祐の瞳に、一人の少女が映った。

腰まで届く長い金髪に金色の瞳、月夜に浮かぶ金色の満月を彷彿とさせる少女——アイズ・ヴァレンシュタイン。

 



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第陸話 無関心

「んじゃあ、遠征お疲れちゃんを祝って、今日は宴や! 皆飲めぇ!!」

 

赤髪の女性が乾杯の音頭を取り、料理や酒が机の上に置かれて明るいムードに包まれる。

幸祐達がいる席は丁度死角になっており、こちらから伺わなければ相手からも顔を見られることはない。

そんな様子を幸祐は退屈そうに眺めていた。

一方、その隣でベルは憧れの視線を【ロキ・ファミリア】に向けていた。ヘスティアと会う以前【ロキ・ファミリア】に入団しようとしたらしいが、門前で跳ね返されたらしい。一団長として思うところがあるのだろう。

 

「ああ、【ロキ・ファミリア】さんはうちのお得意様なんです。彼らの主神ロキ様がこの店を大変気に入りまして」

 

と、シルは二人にそう耳打ちする。

ベルは興味全開で首を縦に振っていた。

その隣で幸祐は「へぇ……」と呟いただけだった。

皆が騒ぐような大手だといわれても、いまいち幸祐は興味が湧かない。ただ退屈そうに【ロキ・ファミリア】を遠目で眺めるだけだった。

 

(あの女の子、そんな有名人だったのか……人は見かけによらないってやつか?)

 

金髪の女の子——アイズ・ヴァレンシュタインに視線を移す。

アイズはチビチビとジョッキに入った飲料水を口にしつつ、両サイドから活発なアマゾネスとエルフ少女にからかわれ、顔を赤くしていた。

幸祐はアイズに見惚れていた——わけではない。

 

「そうだアイズ! あの話を聞かせてやれよ!」

 

急に一人の男が話を切り出す。

銀髪に銀毛の犬耳を生やした獣人——狼人(ウェアウルフ)の青年。

女みたいな顔がコンプレックスの幸祐からすれば羨ましく思う、男らしい不良みたいな青年である。

 

「あれだよ、帰る途中で何匹か逃したミノタウロス! 最後の一匹、お前が始末したんだろ!?」

 

元から性格面に問題があるのか、それとも泥酔してるのか、やけに口調が荒々しい。

 

「そこにいたんだよ! 男のくせに女みてぇな長い蒼い髪で、いかにも駆け出しって冒険者がよ!」

 

周りの視線を集めているのに御構いなしに狼人(ウェアウルフ)の男は声のボリュームを上げた。

長い蒼髪——その言葉を聞いて間違いなく自分だと自覚する。『女みたいな顔』の部分に反応して一瞬だけ幸祐は顔を硬ばらせてしまう。

男は止まらずにいい続ける。

 

「それでよ、その女野郎、アイズの前から逃げるようにどっか行っちまったんでぜ? ……ぶははっ! 俺らんとこのお姫様、助けた奴に逃げられてんの!」

 

「プッ……!」

 

「ブワッハハハハハ! 冒険者も怖がらせるアイズたんマジ萌えやー!」

 

「ご、ごめん、アイズッ、ちょっと我慢できない……!」

 

狼人(ウェアウルフ)の男から出た言葉に、決壊したダムのように笑いに包まれる。

幸祐がアイズの元から走り去ったのを目撃したらしく、アイズに怯えて逃げたと勘違いしているらしい。

笑いの渦に包まれる中、アイズは無表情のまま何もいわなかった。

当事者の一人である彼女が何もいわないのなら……つまりそういうことなのだろう。

幸祐は勝手にそう結論づける。

 

「コ、コースケさんッ……?」

 

幸祐の隣でベルが心配そうに幸祐に視線をやる。もう【ロキ・ファミリア】に視線はいってなかった。

あの日、ミノタウロスの事件を知ってるベルは狼人(ウェアウルフ)のいってる男が幸祐だとすぐ分かった。

自分の団員はそんな腰抜けじゃない、馬鹿にするな、といってやりたかった。しかし相手は大手【ファミリア】の第一級冒険者。相手にならないのは駆け出し冒険者のベルも分かりきっている。

ベルの中で、幸祐は拳を握りしめて憤怒の表情に染まっているのでは、と想像してしまう。もしかしたら喧嘩から殴り合いに発展してしまうかもしれない。第一級冒険者と闘り合えば命の保証はない。

落ち着かせようと声をかける直前、

 

「………暇な奴らだな」

 

自分を笑い者にする【ロキ・ファミリア】を見ながら呟いた幸祐。

思わず「え?」と素っ頓狂な声を上げるベルに幸祐は嗜める。

 

「ベル、酒に酔って騒ぎ立てる阿呆の言うことなんざ無視しとけ。いちいち構うと俺達も同レベルと思われるだけだぞ」

 

ベルは思わず素っ頓狂な声を上げる。

殴り込むどころか、幸祐の瞳に怒りの欠片もなかった。むしろ狼人(ウェアウルフ)の発した罵倒に何の反応も示さなかったという表現が正しい(女みたいな顔と指摘されたことは除いて)。例えばそう、道端の石ころに見向きもしない、そんな無関心だった。

幸祐は指摘するつもりなどない。自分達とは何の関係性もない【ファミリア】なのだ、わざわざ行く必要もない、と。

だがこれ以上、自分への罵言を聴きながら飯を食べたくはなかった。

 

「悪いシル。今日はもう帰る。美味い料理だった」

 

「え? コースケさん?」

 

困惑気味のシルに説明もせず、幸祐は近くのカウンターに代金を置く。

 

「行くぞ、ベル」

 

「う、うん……」

 

長居は無用だと、ベルを連れて行く。

未だ笑いの渦に呑まれてる【ロキ・ファミリア】に気づかれないまま、幸祐達は音を立てず店を去った。

 

「…………」

 

だが、幸祐の姿を捉えた少女が一人、【ロキ・ファミリア】にいた。

 

 

 

 

 

 

「——ッたくよ、ああいうヤツがいるから俺達の品位は下がるってのによ。逃げるなら初めっから冒険者なんてやってるんじゃねえよ」

 

「いい加減そのうるさい口を閉じろ、ベート。ミノタウロスを逃したのは我々の不手際だ。巻き込んでしまったその少年に謝罪することはあれ、酒のつまみにして笑い者にする権利などない」

 

「おーおー、流石はエルフ様。でもよ、弱ぇ奴に弱ぇといって何が悪い。自分の身すら守れない奴じゃ、どの道ここでは生きていけねぇよ」

 

笑いの種にされてる幸祐がいなくなったことに気付かないまま、狼人(ウェアウルフ)の男——ベート・ローガは悪態を吐く。

【ロキ・ファミリア】のメンバーが幸祐を嘲笑う中、小人族(パルゥム)の団長を筆頭に最古者のメンバーはどうしたものか、と顔をしかめていた。

そして当事者の一人でもあるアイズは「違う、あの人は逃げたんじゃない!」といいたかった。しかし口下手な性格もあっていい出せずにいる。

ハイエルフの女性の言葉にも耳を貸さないベート。

だが、ある人物の一言で嘲笑が止まる。

 

「……バカな犬ほどよく吠える、か」

 

「あぁん?」

 

不機嫌そうにベートは、声の主を睨みつける。

視線の先にいたのは、血のような赤い瞳に、肩までしか届かない金髪から片方だけ尖った長い耳が突起しているエルフ——否、ハーフエルフの少女。

一部を除いた【ロキ・ファミリア】が笑いの渦に巻き込まれる中、一切表情を崩さなかった者の一人だ。

少女の眼前まで歩いたベートだが、少女は視線を合わせようしなかった。

 

「俺に喧嘩を売ってんのかよ? クソ女」

 

「誰もアンタの名前を言ってないでしょ。自覚してるなんて、私が思ってた以上に利口ね。発情狼……いや、発情犬」

 

「テメェ、ぶち殺すぞ!」

 

ガタンッ、とテーブルを乱暴に叩いて殺気を晒す。酒に酔ってることに加え、想い人であるアイズの前で『発情犬』と罵倒され、沸点が急降下していた。

狼人(ウェアウルフ)特有の牙を剥き出しにして敵意を露わにする。

鬱陶しい素ぶりを見せて、少女はベートの方へ振り向く。

 

「———うお!?」

 

一瞬のことだった。

急に立ち上がった少女はベートに足掛けをし、体制が崩れて隙にベートの後頭部を掴んで顎をテーブルに叩きつける。

流れるような仕草で、実に鮮やかであった。

その光景で周囲から視線を集める中、少女は耳元でいい放つ。

 

「私を殺す? アンタにできるの? 色恋沙汰にうつつを抜かす駄犬如きに」

 

「こ、のッ……!!」

 

同じ【ファミリア】の仲間に向けるとは思えないほど冷徹な視線。ベートの顔を押し付ける力を緩めない。

完全にマウントポジションを取られたベートは身動き一つできず、顔を机の上に押し付けられながら、ハーフエルフの少女を睨みつけるしか術がなかった。

 

「やめい、ベートにフォルト。酒が不味くなるわ」

 

「……フン」

 

主神——ロキの命令に、少女は手を離す。

その途端、ベートは机から顔を離して体制を建て直す。

 

「ッ! こ、このクソ女が———!」

 

「止めんか、店内で問題を起こすな」

 

尚も掴みかかろうとしたベートの頭にドゴォッ! と強烈な一撃を食らわせて意識を刈り取るドワーフの男。

そんなやり取りを横目に見ながら、ハイエルフの女性——リヴェリアが少女に呼びかけた。

 

「お前もお前だ、フォルト。乱暴な真似は止めろと何度もいってるだろう」

 

「お言葉を返すけど、そもそもアンタが早くこの発情犬の口を押さえれば良かっただけの話じゃないの?」

 

ハイエルフである彼女にすら反抗的な態度をする少女。

大抵のエルフの血を引く者は男女問わず、王族の正統な血筋であるハイエルフを敬う。

だが、このハーフエルフの少女だけは例外だった。

この場にリヴェリアを敬愛し慕うエルフがいれば、迷うことなくこの少女を目の敵にするだろう。実際【ファミリア】関係なしに、その場にいるエルフは全員彼女に敵意を向けていた。

少女は気にもせず、その視線を無視して口を開く。

 

「ここにいても時間の無駄みたいね。もう帰らせてもらう」

 

「待ってぇな、フォルたん。今日は宴やん? パーッと楽しもうや」

 

「興味ない……宴なら、誰かを笑いの種にして良いの? それが最強【ファミリア】のやること? 三流【ファミリア】と大差ないわね」

 

主神の言葉に耳を貸さず、フォルトは冷たい視線を向ける。一方、ロキは気不味そうに口を閉ざすも、フォルトの視線から逃げなかった。

フォルトは【ロキ・ファミリア】のメンバー達を見渡す。

 

「勘違いするな。そこの狼が罵った弱者に私は微塵も興味ない……だが、アンタ等のような弱者を笑い者にする小者に成り下りたくない、ただそれだけよ」

 

その言葉を最後に、フォルトは自分が頼んだ分より多めの代金を残して店を出て行く。店内を騒がせた慰謝料だ。

何人かが着いて行こうと音を立てた瞬間、フォルトは鋭い眼光を向けた。それは「着いてくるな」という意思表示、敵意そのもの。

理由は胸に手を当てなくとも分かる。先程ベートが笑った冒険者を、自分達も笑ってしまったからだ。弱者を笑い者にする人種を嫌う彼女の傍にいれない。

後悔の念に包まれたまま自分の席に戻る。

結局、誰もが声をかけられないまま、ハーフエルフ少女——フォルト・ティラード——は外へ出てしまった。

外へ出て、フォルトは店の周囲を見渡す。

名前も知らない蒼髪の少年や白髪紅眼の少女を探すが、もう既に立ち去った後のようだ。

 

『ウォオオオオオオオッ!!?』

 

店の中が急に騒がしくなった。

視線をやると、気不味い空気を作り出した元凶ともいえる狼男に、彼と仲の悪いアマゾネス姉妹が体を縛って吊るし始めていた。

——くだらない。

そう嫌悪するフォルトの元に、一人の少女が声をかけた。

 

「あ、待って……!」

 

「何か用?」

 

フォルトに声をかけて飛び出してきた少女——アイズが駆け寄る。

 

「あの……ありがとう」

 

「……意味が分からないのだけれど」

 

「ベートさんにいいたいこといってくれた。だから……」

 

アイズの言葉から推測するに、さっきの蒼髪の男が罵られたことをアイズは快く思ってなかったのだろう。表情こそ乏しいものの、アイズは内心で止めてほしいと願っていたのだと分かるフォルト。

 

「それで? 用はそれだけ?」

 

「え? えとっ……」

 

「勘違いしているようだけど、私はあの狼が気に入らなかった、ただそれだけ。感謝される覚えなんかないわ。アイズ・ヴァレンシュタイン」

 

フォルトはアイズに背を向け、夜の街へ歩き出す。

昔のアイズは誰にも心を開いていなかったが、【ロキ・ファミリア】に小さい頃からいたため、愛着が湧いて彼等を『家族』と呼べるようになった。

だが、同じ【ファミリア】で同じ境遇である目の前の少女はその逆。メンバー達のことを、まるで仕事の同僚と呼んでいるかのような冷たい態度。幹部筆頭の一人になった今でも【ファミリア】の誰にも心を許してない。

やりきれない気持ちに苛まれたアイズは、夜道に消え去るハーフエルフの少女の背中を見つめているだけだった。

 

 

 

 

 

 

『豊穣の女主人』から離れた道中、幸祐はベルの手を掴みながら帰路を目指している。

 

「結構美味かったな、ベル」

 

「うん……」

 

「また行こうぜ。今度はヘスティアも連れてさ」

 

「うん……」

 

「どうしたんだよ、ベル? お腹でも壊したか」

 

俯いたまま「うん」としかいわないベルに幸祐は尋ねる。

 

「………コースケさんは悔しくないの?」

 

幸祐の手を引っ張って、ベルは立ち止まる。

 

「悔しい……もしかして俺が笑い者にされたことか? ベルが怒る必要はないだろ?」

 

幸助は「俺は全然気にしてないからもう忘れとけ」と笑みを見せてベルの頭を撫でる。

だが、ベルの表情は曇る一方だった。

 

「何でコースケさんはそんな楽観的なの? 自分で倒すことができたのに、弱いってバカにされて……どうして落ち着いてられるの?」

 

「だから、気にしたら負けなんだって。それに、俺は()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

———強いとか弱いとか、そんなものどうでもいい。

格言のように、その言葉が頭の中で何度も流れる。

一瞬、ベルは困惑する。

唯一の団員にして副団長の少年、幸祐はベルより冒険者経験が短い。

しかしベルは確信している——彼、幸祐は自分よりずっと強いと。

自分達じゃ勝ち目がない強敵——ミノタウロス——を相手に怯えもせず、自分を逃すために体を張って戦ってくれた。

そして勝利を掴み取った。

ベルが欲している勇気や力を、幸祐は持っている。

無意識に尊敬した。

幸祐という人間性にベルは妬んだ。

なのに、これだ……幸祐は『強さに興味ない』と言った。

彼がこれほど無関心なのに……追い抜かされた自分は一体何なのだ?

やがて感情は怒りに変わり、矛先が幸祐に向けられる。

 

「コースケさんに……私の気持ちなんて分からないよ!!」

 

ベルは幸祐の手を乱暴に引き離し、幸祐から離れて走り出す。

 

「おい、どこへ!?」

 

「 一人で行くから付いて来ないで!!」

 

完全なる拒絶の言葉を真っ向から受け、幸祐は呆然とする。

元々俊敏性の高い【ステイタス】の効果もあり、あっという間にベルは幸祐の元から走り去った。

 

『コースケさんに……私の気持ちなんて分からないよ!!』

 

先程ベルが叫んだ言葉が、幸祐の頭の中でリピートされる。

気のせいかもしれない……いや、気のせいなどではない。

ベルは泣いていた。

走り去る間際、彼女の頬に伝った一筋の涙、その景色が幸祐の頭から拭うことができなかった。

 

「……お前の気持ちなんか分からねぇよ。挫折した俺なんかにはな」

 

遠い目をしながら、いたたまれない気分になる。

灯りが込もった夜道、幸祐は唇を噛み締めてその場に佇むだけだった。

 



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第漆話 冒険者の肩書き

ダンジョン四階層。

夜の階層に一人で潜り込んだ少女、ベルがいた。

 

『——ギィッ!?』

 

単眼が特徴的なカエル型の怪物——フロッグ・シューターの喉を、すれ違いざまに切り裂くベル。

赤黒い血を撒き散らしながら倒れるモンスターに目もくれず、地面を蹴りつける。

 

(——私のバカ!)

 

ベルは悔しかった。

自分より後で冒険者になったばかりなのに自分よりも強い少年が、強さに興味ないといったことに。

 

(私のバカ、私のバカ、私のバカッ!)

 

そして幼稚な自分が悔しい。

あの場、幸祐の判断は正しかった。強い者と無用な乱闘をせずに済んだ。それはベルも理解している。

しかし、英雄を志していても齢十四の少女。どんなに強くなっても心までは制御しきれない。

おもむろにダンジョンに潜り、ヤケクソに、がむしゃらにモンスター達を駆逐していった。

 

(コースケさんの気持ちを考えないで子供みたいにムキになっちゃって、私の大バカッ!!)

 

『イギィッ!!?』

 

再度、眼前に現れたフロッグ・シューター。そのカエルの喉元を切り裂く。

担当アドバイザーであるエイナの言い付けを破り、三階層どころか六階層まで到達したところで、ベルは足を止めた。

息を切らして周囲を見渡すが、昼間と違って人気はない。モンスターすら微塵も感じられない六階層は、ベルに薄気味悪い違和感を覚えさせる。

 

(あ……私、ボロボロだ)

 

ふと、自分の容姿を見やる。鎧はおろか、防具一つも纏ってない黒のインナーに走りやすいズボンの私服姿。

服に着いたモンスターに付けられた傷跡が目立ってしまう。

ギルドから支給されたナイフは、モンスターの血で黒赤に染まっていた。

 

(私、何やってんだろ……)

 

自分ことながら呆れてしまうベル。

勝手に幸祐に罵倒して走り出し、後になって後悔して悔しくなり、深夜一人でダンジョンに潜る愚行まで犯した。

自分がしたのは【ファミリア】への貢献でもトレーニングでもない。ただ怒りを鎮めるための八つ当たりだった。

呆れすぎて自虐の言葉すら思いつかない。

 

(またエイナさんに怒られちゃうなぁ…神様にも心配かけちゃうし……でも、まずコースケさんに謝らないと)

 

怒りや焦燥で火照った熱が消えて、幾分か冷静になる。

踵を返して外へ戻ろうとした……

——その直後。

 

『———』

 

声にならない鳴き声を発した何かが、壁を破って現れた。

ベルの眼前の壁に亀裂が生じ、卵から殻を破って這い出る雛の如く、壁の殻を破ってモンスターが誕生する。

人の形をしているが、無機物を彷彿とさせる顔がない異形のモンスター。影を具現化した六階層の怪物——ウォーシャドウ。

 

「ッ……!」

 

身の危険を感じ取り、ベルは無意識に距離を置く。

以前の自分なら苦戦するだろうが、今は違う。【ステイタス】によって強化された俊敏や五感があるのだ、一匹だけなら何とか対処できる……!

そう思いナイフの柄を握りしめた時だ。

 

『———!!』

 

「う、嘘ッ、もう一匹!?」

 

ベルの背後、先程と同じように、もう一体のウォーシャドウが誕生した。

二体の『影』は標的——ベルをまっすぐ見つめる。

助けを呼ぶにも……この場に幸祐はいない。

しかし、ベルは諦めない。

——英雄になりたい。

純真な願望が恐怖を拭い取り、両足に力を込める。

 

「……はぁ!!」

 

喉から息が吐き出し、地面を蹴り抜く。

 

 

 

 

 

 

同時期、トボトボ街中を徘徊する幸祐の姿があった。

——自分は何のためにここにいるのか?

——どうして少女を追いかけようと考えないのか?

そんな自分にうんざりしていた……

ホームにも戻らず自暴自棄に明け暮れていた。

すると、酒盛りする男達の会話が幸祐の耳に入ってきた。

 

『それにしてもよぉ、さっきはびっくりしたな? 急に()()()()()()が走って来たんだから』

 

『まったくだぜ。ダンジョンに潜ったみたいだけど、一人で大丈夫なのかねぇ』

 

『この時期、しかもこの時間帯はウォーシャドウが活発化しているんだろ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(ッ———!!?)

 

幸祐の顔が驚愕に包まれる。

白髪の女の子——間違いなくベルだ。

一人駆け出したベルは、よりにもよって危険な時間帯に潜り込んでしまった。

幸祐は自分の考えが浅はかだったと嘆き、何故是が非でもベルから離れない選択をしなかったのか、と後悔する。

だが、責念に駆られる頭を切り替え、ベルがいるダンジョンへ走り出した。

 

(頼むッ……間に合ってくれ!)

 

 

 

▶︎

 

 

 

数分……いや、実際は一分も経ってないのかもしれない。

今のベルにとって、数秒も長い時間に感じる。

二体のウォーシャドウを相手にベルは深手を負わされていた。

新米冒険者ではまず敵わないモンスターの攻防から、必死でベルは避け続ける。

 

(私は、こんなところで死ぬわけにはいかないッ……!!)

 

——喧嘩別れした少年に謝りたい。

——恩人である女神の元へ帰りたい。

その二つの想いが、ベルの体を動かす。

………だが、

 

「そ、そんな……!?」

 

バキャンッ! と無情な音が響き渡る。今ベルが携えている牙であり、唯一の命綱でもある武器——ナイフの付け根が折れてしまい、その刀身が地面に落ちてしまった。

柄のみのナイフを見て震えてしまう。

ウォーシャドウが持つ武器——鋭く長い黒の鉤爪——によって、ベルの頼みの綱であるナイフが破壊された。

罠に陥れたように、二体の怪物はベルに迫る。

 

(私、ここで死んじゃうのかな……?)

 

本能的な恐怖に支配され、呼吸することすら忘れてしまう。

さっきまでは運良く生き残れたに過ぎない、もう後がなかった。頼れる人も置いてしまった……後悔の念に苛まれる。

 

(結局、英雄になれなかったなぁ……)

 

もうどうにもならない。

爪で体を抉られて殺される。

恐怖のあまり、最悪なビジョンを思い浮かべてしまう。

 

(……誰かッ……助けて……!!!)

 

死ぬ瞬間、ベルは両眼をギュッと瞑る。

こんな時、お伽話に出てくるような英雄が出てくるものだと、祖父から聞いたが、そんな都合が良いことが起こるはずがない。

その少女を救う者など、誰一人としていない。

そう……()()者などいない。

 

 

 

「———嘆いてもどうにもならないわよ」

 

突風が行き渡った。

凛とした声が響き渡る。と同時に一匹のウォーシャドウの腹部から槍の鉾が貫かれた。

 

『————!!!?』

 

顔がないウォーシャドウが驚愕と苦痛の表情に染まる。

声にならない断末魔が響き、漆黒に染まった影の身体が一瞬で灰となる。

ベルは恐る恐る、影の怪物を倒した者の姿を見る。

声の持ち主は、一人の妖精。自分と同じ紅瞳なのにどこか凛々しい。透き通るような金髪のハーフエルフの少女。片側から突起した耳が露出している、エルフの血筋が混ざっている証拠である。

同じハーフエルフのエイナと違い、目の前にいる少女は冷徹な戦に慣れ親しんでいる騎士、妖精騎士のようであった。

自分を助けに来たのかと錯覚してしまうベルに、ハーフエルフは鋭い視線を向けていた。

 

「そこでどうするつもり? 何もせず、いつ来るかも知らない助けを求めて、そこで死を待つだけなの?」

 

そう問われて、ベルは自分の胸に手を当てる。

——さっきまで自分は何を求めた?

——未知なる発見?

——素敵な異性との出会い?

——心踊る冒険?

………どれも違った。

ベルが無意識に思い浮かべたものは——『命乞い』。助けて、と無意識に懇願してしまった。

冒険者稼業において、モンスター討伐中に助けを求めるなど愚行。

ベルは自身の心の弱さに胸が痛くなる。

そこにいたのは英雄志願の冒険者ではなく、ただの『子供』だった。

 

「冒険者は最後、自分の強さしか信じられない。もし自分がそいつらより弱者と訴えるのなら、アンタに冒険者を名乗る資格はない……それが嫌なら行動を起こせ」

 

「ッ………!!」

 

決して優しくはない言葉。十四歳のベルには厳しい言葉かもしれない。

妖精はベルを助けるつもりなど毛頭ない。

自分でそのモンスターを倒せと、態度で示している。

だが彼女の言葉に、ベルの中で何かが弾けた。

恐怖心が消え去ったわけじゃない。

ただそれよりも、冒険者としての誇りが湧き上がった。

残ったウォーシャドウに視線を向けると、影の怪物は突然現れたハーフエルフの少女に怯えて身動き取れずにいる。ベルに目もくれなかった。

——チャンスなら今しかない。

地面に落ちたナイフの刀身を拾い、覚悟を決める。

ウォーシャドウに矛先を向ける。

 

「や……やぁあああああああああ!!」

 

声を張り上げると同時に駆け出す。

突然の奇襲に対処できないウォーシャドウ。その胸に、ナイフの刃が深く吸い込まれた。

 

『〜〜〜〜〜〜ッ!!?』

 

声にならない奇声が上がった。声帯器官が備わってない『影』は他のモンスターみたいに声を発することはできないが、ベルはその奇声が苦痛に歪んだものと確信する。

突然の奇襲に不意を突かれ、表情が読めない影の怪物は、憎しみを込めた視線をベルに向け、鉤爪を露わにする。

その鉤爪を見てベルは恐怖を呼び起こされる。

——殺される!?

——違う、先にこっちが倒す!!

無我夢中で、ベルは手元の刀身を押し出す力を上げる。

 

「うぁあああああああああッ!!!」

 

喉が潰れそうな声を荒げ、モンスターの威圧に耐え、ナイフの刀身をウォーシャドウの胸部に、ゆっくりと、確実に押し込む。

ナイフの刀身が、微かに吸い込まれ続け……ガチッ、と感触がナイフ越しに伝わる。

 

「う、うぁあああああああああああああッ!!!!」

 

ウォーシャドウの鉤爪が眼前まで迫るのを見て、ベルは恐怖に打ち勝とうと声を張り上げる。

怖い、怖くて堪らない。しかしそれでも止まらず全力で押し込み続ける……

 

『—————ッ!!!!』

 

何かが砕けた感触が手元に伝わった。

——刹那、ウォーシャドウは黒い塵と化して爆散する。

魔石を砕けられ、影の身体は消滅した。後に残ったのは灰の上に盛られた魔石の欠片のみ。

 

「うぅ……」

 

その瞬間、ベルは恐怖心から解放される。

様々な負の感情が消え去り、体の束縛から解放されて、ベルの体がゆらりと傾く……

だが、地面に直撃することはなかった。

真っ向から受け止めて、ベルの体を腕の中に納める半妖精の少女がそこにいた。

一つの偉業を成したことへの達成感に包まれ、ベルはハーフエルフの少女に体を預けて意識を失う。

 

「………」

 

ハーフエルフの少女——フォルト・ティラードは無言のままベルの顔を見つめる。

弱者、しかも敵を前にして恐怖に駆られた、冒険者にはまず向かない少女。

だが……どこか放っておけなかった。

回復用ポーションをベルの口に入れる。すると見る間もなくベルの容態は回復し、呼吸も安定していく。

鍛錬のつもりが、この現場に遭遇してしまった。

ベルの体を背負うと、そのままダンジョン内を歩く。

途中モンスターと遭遇したが、Lv.5であり【ロキ・ファミリア】所属の第一級冒険者にとって、ダンジョン六層のモンスター相手に苦戦などするはずがなかった。

 

 

 

 

 

 

《ソイヤ! オレンジ・スカッシュ!》

 

『イィッ!!?』

 

フロッグ・シューターやゴブリン……最弱のモンスター達が斬撃の餌食となる。

戦武将(アーマード)ライダー】姿の幸祐。彼が持つ《大橙丸》でモンスターを灰に変えつつ、キョロキョロ視線を動かす。

二階層付近。

幸祐は襲いかかってくるモンスターを蹴散らしながらベルを探していた。

しかし、中々見つからない。

 

《ロック・オフ》

 

埒が明かなくなった幸祐はロックシードを折りたたんで、鎧姿から元の私服姿に戻る。

 

「くそ、どこに……!?」

 

「そこのアンタ」

 

幸祐に声をかける者がいた。

声がした方にいたのは、ハーフエルフの少女だった。

紅瞳に金髪、女神にも劣らない魅力の妖精。幸祐と同い年、もしくは一つ歳上の風貌。エルフ特有の尖った耳が片方しか見えないという特徴の妖精だった。

どことなく氷雪を彷彿とさせる視線、幸祐を見る視線が冷たかった。

幸祐は疑心を抱きつつ、少女が背負っている()を目にする。

 

「———ベルッ!」

 

気絶している白髪紅瞳の少女、ベルの姿がそこにあった。

ハーフエルフの少女——フォルトは幸祐の手前にゆっくりベルの体を地面に下ろしながらいう。

 

「この娘はウォーシャドウと争い、そして勝利をもぎ取った……格上との衝突を避け、自分より弱いものとしか戦わないお前とは違う」

 

幸祐を見る視線が冷たいのは間違ってなかった。実際フォルトは、幸祐に軽蔑していたからだ。

突然の罵倒に幸祐は戸惑うが、冷酷な視線を向けたままフォルトはお構いなしに続ける。

 

「自分の団長を死に急がせる者に冒険者を、ましてや【戦武将(アーマード)ライダー】を名乗る資格はない。遊び半分でいるのなら、ここから出て行く方が身のためよ」

 

幸祐は挑発混じりの罵声を浴びせられ眉を吊り上げるも、フォルトはもう興味なさそうに幸祐から視線を外して背を向けて去っていく。

 

「アイツは一体……」

 

何もいえないまま幸祐はその場に立つだけだった。

 

 

 

 

 

 

カチ、カチ、と時計の針が鳴り響く。時計の針は深夜の五時を指している。

バイト先の飲み会から帰ってきたヘスティアは就寝せず、ホームの隠し部屋で同じ箇所を何度も行ったり来たりしていた。

 

(遅い……いくら何でも遅すぎる……!)

 

深夜十二時になっても団員達が一人も戻って来ない。

一度部屋から飛び出して周辺を探すも収穫はゼロ。

少なくとも何かしらのトラブルに遭遇したに違いない。

 

「……ただいま」

 

ガチャ、と扉から馴染み深い声がヘスティアの耳に届く。

 

「コースケ君! 今までどこに行っていたんだい!? ……って、ベル君! 一体何が!?」

 

ヘスティアは幸祐の背にいるベルを見て驚きを隠せなかった。

背からベルの体を下ろしベッドの上に優しく置く。

目立つ外傷はなく、ただ気絶しているだけだ。

幸祐はベルが一人でダンジョンに潜ったことを話す。

 

「ごめん、守れなかった」

 

「……いや、君達が無事で本当に良かったよ」

 

色々聞きたいことがあったヘスティアだが、どこか疲労困憊した幸祐の様子に何も聞けなかった。

出かける前はシャワーを浴びて汚れを落としたというのに汗臭くなっていた。だがもう気にならなくなり、幸祐は「もう寝るから」と、ソファーの方へ足を運ぶ。

 

「コースケ君」

 

「ん?」

 

ヘスティアに声をかけられ、幸祐は足を止める。

そこにいたのはいつもの幼い容姿を保ちつつ、慈愛の眼を向ける女神の姿だった。

 

「ボクは君がどこから来たのか知らないし、君が嫌なら詮索する気もさらさらないさ。ただ……少しでもいいからボクに頼っておくれよ? ご覧の通りボクは情けない女神だけど、君達にとっての最高の主神でありたいんだ」

 

「………そうか」

 

一瞬だけ笑みを浮かべ、幸祐は寝床であるソファーも元へ消え去る。

扉の先で姿が見えなくなったのを眺めると、ヘスティアの腕の中でベルが目を覚ました。

 

「神、様……?」

 

「ベル君ッ! 大丈夫なのかい!? 目は見える!? ボクの指が何本か分かる!?」

 

「あ、あの、大丈夫ですから……少し苦しいです」

 

「おおっと、ゴメンよ」

 

慌ててベルから体を離すヘスティア。

ベルの精神が安定しているのを確認し、ヘスティアは切り替えて普段より厳しい目つきになる。

 

「コースケ君から聞いたよ。ダンジョンへ潜ったんだって? しかも一人で……どうして、そんな無茶をしたんだい?」

 

ヘスティアが知る限り、ベルはそんな無謀なことをするような娘ではない。

しかしベルは無言のまま黙りこくる。この時のベルは頑固になり、こうなってしまったら中々話してくれない。

それを見たヘスティアは溜息を吐いて肩をすかす。

 

「分かった、もう何も聞かないよ。君って意外に頑固だから、ボクが無理に聞き出そうとしても無駄だろうしね」

 

「ごめんなさい……」

 

「もう良いさ。ほら、シャワーを浴びに行こう。コースケ君が気を遣ってくれたことだし、傷の汚れを落として手当てしないと」

 

「ッ……はい」

 

幸祐の名前を聞き、ベルは一瞬だけ肩を震わせる。

その様子で自分の眷属達は何か一悶着があったのだろう、だからこんなにも遅くなったと推測するヘスティア。

 

「その様子、コースケ君と喧嘩でもしたのかい?」

 

「……いいえ。あれは私が一方的に怒ったんです。コースケさんは何も悪くありません」

 

ベルは唇を打ち震わせて話す。

強さに興味ない幸祐の言葉を聞き、その場で怒鳴って別れ、色々悔しくなってダンジョンに潜り、ウォーシャドウに殺されかけたことを。

ヘスティアはじっくりとその話を聞く。

 

「私、コースケさんの気持ちを考えもしないで、勝手に出て行って、挙句の果てに迷惑しかかけていなくてっ……!」

 

「大丈夫。あの子は怒ってなんかないよ。もし、コースケ君がベル君のことを許せないっていうなら、ボクも一緒に頭を下げて謝るから。大丈夫さ」

 

「はい。すみません……」

 

密着した状態で二人はシャワー室へ赴く。

その時、ヘスティアの耳元でベルはボソッと呟いた。

 

「神様……」

 

「ん?」

 

「……私、強くなりたいです」

 

ベルはここでない、どこかへ視線を向けていた。自分の団員の名誉でさえ守れない弱さへの悔しさ、あの時のハーフエルフが教えてくれた強者の頂。

少女の中で冒険が燻られていた。

 

(ベル君……分かったよ。ここはボクが一肌脱ごうじゃないか)

 

自分の子供の想いをしかと耳にし、ヘスティアは知り合いの女神の姿を浮かび上げて、ある決心をする。

 

 

 

 

 

 

「………」

 

一方、幸祐はソファーの上で横になっていた。

思い浮かぶのは、あのエルフの少女に叩きつかれた言葉だった。

 

「俺は何のためにオラリオ(ここ)に来たんだろうな……」

 

その呟きに応えるものは、その場に誰もいなかった。

幸祐の内にある暗闇が明けぬまま、迷宮都市は朝日を迎える。



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第捌話 半妖精の赤騎士

昨日の疲労から回復し、ダンジョンの安全地帯(セーフポイント)まで足を運ぶベル。

現在、ダンジョンに潜ることができない。昨日のことがあってから休息のためにと、ヘスティアに出禁を食らったのだ。

ふと人集りがするところに視線を向けると、檻に閉じ込められたモンスターを目にする。モンスターは鉄格子をガタガタ揺らして中で暴れている。

 

『今年もやるのかね、アレ』

 

怪物祭(モンスターフィリア)だろ? 毎回やって飽きないのかねぇ……』

 

ざわめきの中からそんな会話を耳にする。

聞き慣れない単語を取り、ベルは何の集まりなのか益々気になる。

 

(あれはエイナさん………?)

 

その人混みの中、親しいハーフエルフのアドバイザーを目にする。

書類を片手に、もう一人のギルド職員と何やら真剣そうに話し合っている最中だ。

何をしているか分からないが仕事中に邪魔しちゃ悪いと思い、ベルはその場から退散する。

 

 

 

 

 

 

あれから西の方へ歩いていたが、すっかり日が暮れていた。

ホームに戻ってもヘスティアは用事で出かけているため不在。幸祐はダンジョンに行ってるため、帰っても一人である。

しかし、あれから幸祐と碌に話し合っていない。精々挨拶を交えたぐらいだ。

どうすれば良いものか、と頭を捻らせると、

 

「おーい、ベルさーん」

 

「あ、シルさん」

 

今日は見知った顔ばかり見かける日のようだ。

灰色髪の緑生地のエプロン姿のウェイトレス女性、シルに寄るベル。

タイミングが良いと思い、ベルは怪物祭(モンスターフィリア)のことを尋ねる。

 

「シルさん、怪物祭(モンスターフィリア)って何だか分かりますか?」

 

「ああ、怪物祭(モンスターフィリア)は【ガネーシャ・ファミリア】主催に行われる年に一回の催し物のことですよ」

 

シルは笑みを浮かべて説明する。自分の方が歳上ということもあり、お姉さんぶりたいのだ。

怪物祭(モンスターフィリア)——闘技場にてダンジョンから仕入れたモンスターを調教(テイム)するという……要はモンスター版の大道芸(サーカス)である。

 

「もしかしてベルさん、行きたいんですか?」

 

シルにそう尋ねられる。

ぶっちゃけ、興味はあった。【ガネーシャ・ファミリア】達がモンスターを相手に、格闘を繰り広げて大人しくさせる光景を一目見てみたいと思う。

しかし、幸祐やヘスティアに黙って行くのも後味悪い。何より幸祐とギクシャクした関係のまま祭りに赴いても楽しめないだろう。

 

「で、でも、私だけっていうのも……」

 

「そうですか。う〜ん……あ、そうだ」

 

ベルの気乗りしない言葉を聞き、思いついた仕草をしてシルは一枚のチラシを見せる。

まじまじと手にあるチラシを見つめると、『怪物祭(モンスターフィリア)限定! カップルは無料!!』と大きく描かれていた。

 

「ベルさん、コースケさんをデートに誘ってみませんか?」

 

「…………へ? えぇえええええええ!?」

 

シルの提案した大胆発言に対し、ベルは響き渡る大声を上げてしまった。

この後、真っ赤になったベルを、その隣でシルがニッコリと笑みを浮かべながら慰めたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

一方、勝手に出汁に使われている本人はというと……

 

『ギィアッ!?』

 

剥き出しにして襲いかかってくるモンスター達の牙や爪を橙色の刀身で受け止め、全て斬り裂いて灰と魔石に変えた。

薄暗い壁で覆われたダンジョンの通路で一人、ひたすら《大橙丸》を振るう幸祐。

体の調子は良好。おまけに頑丈なライダースーツと鎧のお陰で幸祐の身に傷一つ付かない。

順調のはずが……どこか虚しさを感じていた。

夢が溢れるファンタジーの世界を生身(リアル)で感じる高揚感もない、元々そんな理由でこの世界に来たのではなかったのだから。

今やってるのは冒険稼業という名の生活稼業である。魔石を回収してギルドで金に変換するという作業をこなしているだけだ。

 

(分かりきっていたことだろ? 俺が誰かに好かれるなんてないって……)

 

そう自分にいい聞かせる幸祐。

思い浮かぶのは白髪紅眼の泣き出しそうな顔。

純粋で可愛い妹のような団長。その娘の想いを踏みにじるような言動をいってしまい、泣かせてダンジョンに行かせて、怪我を負わせてしまった。

その事実で押し寄せてくる罪悪感を、幸祐はモンスターにぶつけて鬱憤を晴らそうとしていた。

全くもって無駄な行為だったが。

 

(我ながら、弱い者いじめみたいだな……弱い者、いじめ……?)

 

そこでふと気がつく、昨日の自分の行為に。

ベルは二回も幸祐に助けられた。

しかし、代わりにベルは見せつけられたのだ、モンスターに苦戦することない幸祐との戦力差を。

わざわざ弱い子供と比べて自分の方が上だと態度で示す子供、自覚がない分タチの悪い。そんな弱い子供の前で「自分は全然凄くない」と謙遜する……まるで昨日の自分はそんな子供のようだった。

それこそ……ベルを泣かせた原因だろう。

 

(……あぁ、そうか。俺はいつのまにか『強い人』と思われていたのか。俺が嫌いな強者に)

 

もちろん、ベルに悪意がないのは分かっている。

英雄を目指している思想を持っているが、まだ十四歳の女の子だ。幸祐の世界では、そんな歳の少女がモンスターと戦うなど過酷に違いない。

英雄になりたい、強くなりたい——そんな想いを背負った子にとって、幸祐がたまたま手に入れた【戦武将(アーマード)ライダー】の力は惹かれるものだった。

故にベルは、幸祐を強い男だと認識してしまった。ロックシードもドライバーもなければ何もできない男だというのに。

 

(でも、俺は強者なんかじゃない。他人を貶めるような強者になんて、俺は死んでもなりたく——)

 

「——太刀筋が震えてるわよ」

 

辺りのモンスターを倒し終えてポツンと中央で立ち尽くしていると、タイミングを見計らったかのように声が響き渡る。

聞き覚えのある、つい最近に聞いた声……自分を蔑んだ者の声だった。

声の方へ振り向くと、赤い軽装備を身に付けたハーフエルフの少女——フォルトがいた。

フォルトの着ている装備の胸部を見ると、見覚えのあるエンブレムが施されていた。

 

(アイツ【ロキ・ファミリア】ってとこの団員だったのかよ。道理で偉そうなわけだ……)

 

有名【ファミリア】ほど偉そうに格下の者を見下し嘲笑う。口には出さないが、幸祐は腐った世だと嫌悪感を抱いてしまう。

幸祐の嫌悪感の視線に気づいたが、気にも留めずフォルトはいい続ける。

 

「その体たらくで【戦武将(アーマード)ライダー】をやっているの? 恥だと思わないの?」

 

「………」

 

隠そうともしない罵声に、幸祐は何もいわなかった。

他所の【ファミリア】と問題を起こすのを避けたかった。それに何より、有名【ファミリア】に怒りを抱いて怒鳴っても無駄だと思ったからだ。

先日のように黙ったまま帰れば、あっちも何もしないだろう、と幸祐は口を閉ざす。

無視する幸祐にフォルトは嫌な顔一つせずに、再び口を開く。

 

「だんまり? それとも……何を言っても無駄と諦めているだけ?」

 

「ッ!!」

 

初めて幸祐は動揺を見せる。

不意を突かれ、心情を見通された。

 

「ホント情けないわね。大方、アンタは他所から追い出されてこの地へ流れ着いた……こんなところ? 無様としかいいようがないわね」

 

「ッ………ふざけんな!!!」

 

『無様』……そんな罵声を浴びせられる。

幸祐の中で何かがはち切れた。

もう我慢の限界だった。

鎧に覆われた状態で壁に拳を叩きつける。

 

「お前に何が分かるっていうんだよ!? 今まで惨めに暮らして、力を持って威張り腐る奴等に散々人生を踏み倒された俺の気持ちを!?」

 

怒りを隠そうとしない。

先程の冷静な判断が完全に消え去ってしまった。

その言葉にフォルトは何もいわない。顔の筋肉を一切動かさなかった。

呆れているのか、何とも思ってないのか……それは本人にしか分からない。

 

「……まぁ、お前なんかにいっても仕方ねぇけどな」

 

声を荒げた結果、幸祐は少し頭を冷やす。

声の調子を落ち着かせる……いや少し違う……冷静になったのではなく、怒っても無駄だと諦めただけだ。

どうせ目の前の少女が何の反応も示さないのなら……と、幸祐は自虐の笑みを浮かべながらいう。

 

「……にしてもいいよな、強い奴は。将来が約束されたもんだから俺達みたいな弱い立場を知る必要もない。気楽でいいよ」

 

————ビュゴッ!!

幸祐が『気楽』と口にした瞬間、風が横を通過した。仮面越しでなければ幸祐の右頰に赤い筋が生じて鮮血が滴っていただろう。

Lv.5のステイタスを駆使したフォルトが、粒サイズの石を投石したのだ。

先ほどまで氷のような冷たい視線を送っていたフォルトは、とてつもない憤怒を幸祐にも伝わるほど表していた。

 

「アンタは嫌いなものを一切受け付けない、ただのガキってわけね……よく分かったわ。アンタは弱者以前にそれを持つに値しない愚図だということにね」

 

()()——《戦極ドライバー》を指しながらフォルトは懐に手を突っ込む。

『愚図』と呼ばれたことに戸惑う幸祐を待たずに、フォルトは何かを取り出す。

出てきたものは黒い物体———《戦極ドライバー》。フォルトはそれを見せつけるように幸祐の前に晒し出した。

 

「お、お前もそれをッ……!?」

 

「——決闘しろ、そのドライバーの処遇をかけて」

 

ドライバーを腰に当てると、自動で黄色のリールが伸び腰部に巻きつく。その際、ドライバーの右側に騎士の横顔のような絵柄が見える。騎士団が登場するようなラッパ音が鳴り響く。

《戦極ドライバー》は最初に使用した者にしか使えない希少価値なレアアイテム。それを腰部に装着できるということは、フォルト・ティラードも【戦武将(アーマード)ライダー】である証拠。

突然のことで幸祐は硬直していたが、ハッと気がついて反論する。

 

「……はぁ!? 何でそんなことやらなきゃいけないんだよ! 大体、いきなり現れて何を——」

 

「その力は、アンタみたいなガキには余る力。暴走してお手上げ状態になる前に回収するのは当たり前よ」

 

「ガ、ガキ……!?」

 

同年代の少女に、二度も『ガキ』呼ばわりされたことに、幸祐の怒りの炎は再び点火される。そこで怒る時点でフォルトが言っている『ガキ』であるとも気づかずに。

 

「勝負を受けるのも受けないのもアンタの勝手にすればいい……だがその場合、実力行使で破壊する。異論は認めない」

 

「ッ——じょ、上等だ! 有名人だが何だか知らないけど、そこまでいわれて黙ってる俺じゃねえぞ!」

 

どの道、決闘を避けることはできない。

ならばと、幸祐は《大橙丸》を片手に身構える。

承諾したと確認したフォルト、幸祐に向ける視線を鋭くする。モンスターと対峙する時と同じ、瞬きすら許さない視線だ。

慣れた仕草で手の中で錠前の錠部分をクルクル回しながらスイッチを押す。

 

「———変身」

 

《バナナ!》

 

フォルトの頭上にエネルギーが凝縮し、黄色の物体が浮かび上がった。湾曲した紡錘形の特徴を持つその物体は、ちょうどバナナのそれに酷似している。

 

《ロック・オン!》

 

バナナの絵柄に『L.S.-08』と刻まれたロックシード——《バナナ・ロックシード》をドライバーの窪みにはめ込んでロックをかける。

小刀の部位を傾けて断面した。

 

《カモン! 》

 

音声と共にフォルトの頭上に降り頭を包み込む。

フォルトの肌に黄色のエネルギーが迸り、細い身体が赤色のライダースーツに包み込まれる。

バナナの形をした物体に亀裂が生じて甲冑が開いていく。

 

《バナナアームズ! ナイト・オブ・スピアー!》

 

内部から現れた頭部は西洋伝説に登場するような衛兵騎士が着こなす板金甲冑(プレートアーマー)と姿が酷似していた。

肩に黄色のアーマーがかかり、覆面の両側にバナナに酷似した角のような装飾が施されている。

片手に長槍(ランス)を構える凛としたその姿——正しく西洋に登場する赤騎士。

【ロキ・ファミリア】所属、第一級冒険者フォルト・ティラード。

二つ名【赤騎(バロン)

またの名を———【戦武将(アーマード)ライダー赤騎(バロン)

 

「———ハァッ!」

 

剥いたバナナ状の長槍(ランス)——《バナスピアー》を構えて突っ込む。

動きが制限される長槍(ランス)を構えながらも、一瞬で幸祐の眼前まで詰め寄った。

 

「ッ!!」

 

咄嗟に幸祐は反応して《大橙丸》の刀身で受け止めつつ、背後へ飛んで距離を置く。

しかし、持ち手から伝わる凄まじい衝撃に幸祐の右手はビリビリ痺れてしまう。

目の前でフォルトは追撃することなく、まるで見定める素振りだ。

 

「それで終わり? 本当に勝つ気があるの?」

 

「ッ! こ、このぉ!!」

 

声を上げながら地面を蹴り出し、フォルトへ詰め寄って《大橙丸》を振る。

だが、幸祐の繰り出した剣筋は全て躱されてしまう。まるで思考まで見透かされているかのように、心を読まれている錯覚に囚われる。焦りを感じて剣筋が雑になり益々躱されてしまう。

そして躱しながらフォルトは、長槍(ランス)を幸祐の体に突き出す。

その際、幸祐に深手を負わせないように力を調整しながら鎧部分に突き出した。

肩、肘、爪先……鎧越しに突かれても、痺れるような痛みが走った。

 

「はぁ……はぁッ……」

 

緊迫した瘴気に当てられ、幸祐の肌に大量の汗が流れている。頭が沸騰するような熱気に当てられて息切れも起こしている。

 

「それがアンタの限界? 私は半分の力も出していないけど」

 

対してフォルトは、甲冑越しでも分かる通り力が有り余っている。

フォルトの槍撃に翻弄されているのは明らかだった。

Lv.5であり、人生の大半を強大なモンスターとの死闘に費やした第一級冒険者。

対して幸祐は、つい最近までモンスターと遭遇したことのないLv.1の駆け出し。

同じ【戦武将(アーマード)ライダー】でも、勝負の結果はいうまでもない。

 

「だったら、これで!」

 

《ソイヤ! オレンジ・スカッシュ!》

 

負けたくない、最後まで悪足掻きをする。

バックルに附属している小刀を一回傾け、橙色の刃にエネルギーを貯めていく。

 

「だりゃぁああああああああ!!」

 

エネルギーが纏まって斬撃力が向上した《大橙丸》を構えて切りにかかる。

 

「———ふッ!」

 

《バナスピアー》が水平に振るわれた。発生した風圧で《大橙丸》に蓄えられたエネルギーが搔き消される。

 

「なッ!!?」

 

まるで小蝿を弾き叩くように、いとも簡単に斬撃をあしらわれたことに幸祐は驚愕を隠せられなかった。

 

「これがアンタと私の実力差だ。冒険者と、冒険者気取りのガキとのね」

 

《カモン! バナナ・スカッシュ!》

 

茶番劇を終わらせるべく、フォルトはバックルの小刀を一回傾ける。

音声が流れると同時に、槍先に黄色のエネルギーが収束する。それは巨大バナナ状に凝縮されていく。

幸祐は避けようと後ずさるが、既に遅い。

巨大なバナナ型エネルギー長槍(ランス)を構え、幸祐の体を斬りつける。

 

「うぁああああああッ!!」

 

エネルギー状の槍が直撃した。

肌が焼けただれるような激痛を食らい、幸祐の体は後方に飛ばされて地面に転がされる。

限界値を超え、幸祐の鎧が消失して元の姿に戻ってしまう。

手痛い攻防を受けた幸祐の体は所々に擦り傷が生じ、女みたいな綺麗な顔に赤い傷が付けられて、目元が腫れ上がっていた。

地面に倒れる幸祐の視線の先には……幸祐の《戦極ドライバー》。変身が解かれた時に腰部から離れてしまったようだ。

 

「ッぐ……ッ……!!」

 

完膚なきまで負けた。

だが、何としてでもドライバーだけは死守しようと、地面を這い蹲りながら手を伸ばす。

これを失くしてしまえば、今度こそ『役立たず』に成り下がってしまう。

あそこに、【ヘスティア・ファミリア】にいられなくなる。

また独りになってしまう。

惨めになりながらも必死に手を伸ばした。

 

「——がぁぁッ!!?」

 

指先が届く直前で、幸祐は手の甲を踏まれる。

幸祐の姿を見下げながら、赤い甲冑騎士の半妖精(ハーフエルフ)がそこにいた。

フォルトは幸祐の《戦極ドライバー》へ手を伸ばす。

 

「……弱いから、強い奴に無理矢理従わなくちゃならないのかよ? ……弱いことが罪なのかよ? ……弱いことの、何が悪いっていうんだよッ……!?」

 

フォルトが掴む直前、幸祐は羽虫のような声を絞り出す。

幸祐の言葉に耳を傾けたまま、フォルトの手は空中で静止したままになる。

 

「俺はそんな歪んだ強さ……絶対に許さねえッ……!!」

 

「………」

 

弱々しくも怒りが込められた言葉。

もう幸祐の頭の中に『勝負』の言葉などなかった。

しかし、どう叫んだところで、この状況を覆すなど起こるはずがない。

起こるはずがなかった………だが、

 

《ロック・オフ》

 

「……もう良い、興醒めだ。これほどのガキとはね」

 

地面に転がってる《戦極ドライバー》に目もくれず、ロックシードを折りたたんで変身を解く。

現れたフォルトの顔は怒りを通り越し、呆れたものになっていた。幸祐を見る目は最早その辺に転がっている石コロと何ら大差ない。

幸祐の手から足を離すと、回復用ポーションを幸祐の方へ投げ捨てる。

 

「アンタの好きにしろ、その弱い意見のまま『ガキ』で居続けるのもな……だが言っておく。今度、弱いことを理由に私の前で強さを侮辱してみろ、次は容赦しない」

 

そう言い残し、フォルトは出口方面へ去っていく。

震える手でドライバーを掴み、無事なのを確認する。

地面に転がった回復用ポーションを掴んで一気に飲み干すと、顔や体につけられた傷が見る間もなく消え去って完治する。

——助かった……

——いや、見逃されただけだった。

 

「……ここも一緒なのかよッ……!」

 

あの世界から逃れたくて自殺し、死ぬこともなく異世界に渡り歩いたというのに……結局ここも一緒だった。

小さい頃に憧れた冒険に満ちたファンタジーな世界など幻想に過ぎなかった。

実力が全てを決める世界、そして弱者は虐げられる世界……迷宮都市(オラリオ)はそういう場所だった。そう気づかされてしまった。

その事実に絶望してしまう。

 

「俺は……俺はッ……!!!」

 

——もう人生を踏み躙らたくない。

——でも、そのためには強者でなくてはならない。

——でもでも、人を蹴落とすような人種に成り下がりたくない。

——でもでもでも……

胸の内に様々な葛藤や感情が溢れ出る。

目から血が溢れ、視界が赤く染まる。涙など枯れ果てて流れ落ちないと主張するかのように。

モンスターも誰も蔓延ってないその場に、男の嗚咽音が響き続けた。

 

 

 

 

 

 

———カチリ

幸祐の中で、歯車が動き出す。

錆びて動くことができない機械に油を差し込まれたように。

《スキル》【王族血統(オーバー・ロード)

激しく昂ぶった感情に支配され【ステイタス】が加算されていく。

怒りと憎しみと殺意……ドス黒い負の感情を表現するかの如く、両眼が血のような赤色に染まる。

自分でも知らないうちに、幸祐は着々と力を身につけていく……

 

 

 

 

 

 

ダンジョンの上に建造された、天空に到達するかのように高い巨塔『バベル』、そこの最上階に、一人の女神が熱心に見つめていた。

 

「あの子、とても良いわね……」

 

美を司る女神、フレイヤ。

地上に降り立ってからこれまで様々な地上の『子供』達の心を覗いてきた。

だが、幸祐のそれは見たこともない色だった。

 

「白い光かと思えば、急に黒や赤の強い輝きを放つ……けど、彼の本質をまだ観ることができない。まるで、分厚い表皮に守られている未知の果実みたい」

 

果たしてどんな味がするのだろう、フレイヤは興奮を隠せない。

目にしたのは偶然にすぎなかったが、今ではその偶然が自分の元に訪れて良かったと思うフレイヤ。

幸祐の魂の色が揺らいだ。恐怖の光を発するのかと思えば、炎のような怒りをさらけ出した。

興味本位で様子見していたうちに色々分かった。

まだまだ『子供』だった。力の使い方も知らず、戸惑いと怒りを撒き散らし、いつ壊れてしまうか分からないような……とても不安定な『子供』。

しかしフレイヤは、その『子供』の魂が愛おしく見えた。

いつか彼が死んでしまい、何もいわない屍になったら……その遺体が腐り落ちないように保管し、天まで行って魂を入手し……永遠に自分の元に置いておきたい。

天界の規則を破っても、彼だけは手に入れたい。

 

「あの子が欲しい………」

 

うっとりと光悦した表情を浮かべる。

フレイヤの中で興味は恋心へ豹変し、美に魅入られた女神の象徴たる歪んだ思想で、幸祐に対する想いは独占欲へ昇華していた。

 

「それにしても、彼は一体どこから来たのかしらね。()()()()()()()()()()()()……ねぇオッタル、あの子はどこへ?」

 

「はい。奴はまたもや無断外出でございます……」

 

近くに控える巨体の猪人(ボアズ)は無表情で答える。

フレイヤは「そう……」といい、再び幸祐に視線を向ける。

一瞬だけだが、フレイヤと猪人(ボアズ)のオッタル——【フレイヤ・ファミリア】団長でありL.v.7の都市最強の冒険者——が思い浮かべた人物像が一致した。

その姿を例えるなら、満月も斬り崩すような白の貴公子………その名も、

 

 

 

—————【斬月(ざんげつ)】—————



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第玖話 怪物祭

——怪物祭(モンスターフィリア)当日。

その日、朝早くからオラリオの賑わいは最高潮にまで到達していた。街路にはいくつもの屋台が出店し、多くの人が仕事を忘れてこの祭を堪能している。それは冒険者も例外ない。

西のメインストリート、幸祐とベルは横に並んで歩いている。

 

『コースケさん! その……これに行きませんか!?』

 

昨夜、ホームに帰った時、真っ赤な表情をしたベルに『怪物祭(モンスターフィリア)』と描かれたチラシを見せられる。

いきなりのことで最初は困惑するが、気分展開にはちょうどいいと思い幸祐も同行することとなった。

だが現在、会話の一つも交えていない。

 

(シルさんに言われた通り誘ってみたけど、何を話せば良いんだろう? …あれ? これって、もしかしなくても……デ、デート!?)

 

(……ベル、やけに黙りこくって、こっちから話しづらいな。祭りに行く男女ってどんな話をするんだっけ?)

 

二人の心境は、気不味い、この一点張りである。

先日の出来事の後、何を話すべきか、どんな話題を提供すればいいのか、それぞれ考えながら互いに口を閉ざしている。その雰囲気が益々気不味さを引き立てている。

……だが幸祐は、ある決定的な理由で祭を楽しめない。

原因は昨日のことである。第一級冒険者のフォルトに否定され、為す術もなく惨敗した。そのことに幸祐は意気消沈する。

ベルにそのことを悟られないようにするも、幸祐が意気消沈していることに気づくのも時間の問題かもしれない。意外にもベルはそういう面では勘が鋭いのだ。

 

(ベルは知っているのか? この世界の残酷さを……)

 

そんな疑問を抱いてしまう。

幸祐としてはベルの純粋な夢をぶち壊す行為は避けたかった。だがこの都市で『英雄』になるのなら、その暗い面も知っておかなくちゃならない。

だけど、言い出せない。そのせいでベルがまた拒絶してしまうのでは……と躊躇してしまう。

何とか平常そうに振る舞う幸祐。

そんな幸祐の心情を知らずに羞恥心に駆られて何も発することができないベル。

無言という負の連鎖に、待ったをかける者が現れた。

 

「おーい! 待つニャ、そこの白髪頭と青頭ー!」

 

静寂さを破るかの如く元気そうな大声が二人の耳に入る。

白髪と青頭という言葉に二人はそれぞれ反応し、そう大声で呼んだ張本人を見やる。

そこにいたのは『豊饒の女主人』の店員である茶髪猫人(キャットピープル)の女性。

 

「いきなり呼び止めて悪かったニャ。ちょっと頼みごとがあるニャ。はいコレ」

 

ポン、と手渡したものはガマ口の財布。

 

「白髪頭と青頭はシルのマブダチニャ。だからコレをあのおっちょこちょいに渡してきて欲しいのニャ」

 

『……はい?』

 

二人は同時に困惑の表情を浮かべた。無理もない、説明が大雑把で不十分すぎる。

返答に困っていると店の奥から見覚えのあるエルフの女性が姿を見せる。

 

「アーニャ、それでは説明不足です」

 

「リューはアホニャ。店番サボって祭り見に行ったシルに忘れた財布を届けてほしいニャんて、話さずとも分かるニャ」

 

「……というわけです。説明不足で申し訳ありませんでした」

 

アホ丸出しのオーラの猫人(キャットピープル)——アーニャ。礼儀正しい金髪エルフの店員——リュー。

性格も種族も異なる二人の店員を目前に、ベルは「あ、そういうことだったんですね」と困惑気味の返答をする。

一方、幸祐は相槌を打つも、内心では『分かるわけねーだろ』と愚痴を零していた。

 

「それで、どうか頼まれてもらえないでしょうか? 私やアーニャ、他のスタッフ達も店の準備で手が離せないのです」

 

リューが申し訳なさそうに尋ねる。

しかし、都合が良いといえば良かった。ちょうどベルと幸祐も怪物祭(モンスターフィリア)に行くところだったのだ。

 

「別に構いませんよ、シルさんに届けてきますね」

 

「ま、俺達も祭りに向かう途中だったんで」

 

「ありがとうございます」

 

二人の了承を受け取り、リューは頭を下げる。

 

「シルはさっき出かけたばっかだから、今から行けば追いつけるはずニャ」

 

「はい、分かりました」

 

アーニャとリューとの会話を終え、幸祐とベルは『豊饒の女主人』を後にする。

 

「……あー、頼みごとされたな」

 

「う、うん……」

 

『豊饒の女主人』から大分離れた道中、幸祐から会話を切り出す。それに対してベルが困惑気味に頷く。

意気消沈している幸祐からすれば、その感情を壊すほどのインパクトがあった。

互いに顔を見つめ合うと、祭りにまだ行ってないのに既に疲れたという表情を浮かべていた。

 

「……ふふッ」

 

「……あははッ」

 

互いに見つめ合い、何故か可笑しくなって自然と笑みが溢れ出てきた。

緊張の紐が解けたように、二人の蟠りは綺麗さっぱり拭われた。

 

「この前、急に怒鳴ったりして、コースケさんの気持ちも考えないで……本当にごめんなさい」

 

「いや、俺だってベルの気持ちを全然考えてなかった。目の前で力の差を見せつけられて、それは嫌だもんな……ごめんな」

 

ベルと幸祐はそれぞれ頭を下げる。

幸祐は昨日、赤騎士の【戦武将(アーマード)ライダー】に一方的に倒されたことで、ベルの味わった辛さをその身で知ることができた。

それぞれの誠心誠意の謝罪に、二人はようやく和解する。

その雰囲気に、新たな衝撃が舞い込んだ。

 

「おーい、ベルくーん! コースケくーん!」

 

「ヘスティア?」

 

「神様! どうしてここに?」

 

「ふふ〜ん、びっくりしたかい? 君達に会いたかったから来たのさ!」

 

目の前でヘスティアは誇らしげに胸を張る。ただ、その胸が大きすぎるため、周囲の通行人の男達は目のやり場に困ってしまう。

するとベルはヘスティアに尋ねる。一昨日の夜までどこで、何をしていたのか。

 

「あの〜、神様? 本当にご機嫌ですけど、どこで何があったんですが?」

 

「ん? 知りたいかい? 理由は二つあるからだよ。一つはね、君達が仲直りしたからさ!」

 

さっきのやり取りを見ていたらしい。

自分の眷属達が和解した光景を見て、ヘスティアは満面の笑みを崩さなかった。

ベルと幸祐は見られたことに照れ臭さを感じる。

 

「それで二つ目って?」

 

「もう一つはね……やっぱり教えなーい。楽しみは後で取っておこう」

 

「えぇ!?」

 

「それよりも祭りだ! デートと洒落込もうじゃないか、ベル君! コースケ君!」

 

祭りのテンションに当てられた影響なのか、ヘスティアはいつにも増して上機嫌になってベルを翻弄していた。

そこへ待ったをかけるように幸祐が制止の声をかける。

 

「ちょっと待て、一旦落ち着けって。俺達は人探しをしているんだ」

 

「うん? そうなのかい?」

 

「は、はい。この間行った酒場の人達に頼まれまして」

 

「そうかー……でもそれなら、店を回りながら探せば良いんじゃないかな? うん、それが一番だよ! 楽しみながら仕事をこなす、正に一石二鳥だ!」

 

「えぇッ!? あ、あの、神様!」

 

「それじゃあ三人デートを楽しもうじゃないか! ベル君! コースケ君!」

 

「あのなぁ、少しは話を聞いてくれ——って、引っ張るな! 袖が伸びるだろうが!」

 

ヘスティアは満面の笑みを浮かべながら、幸祐とベルの手を引っ張っていくつもの屋台へ連れて行く。

ツインテール女神のテンションに初めは困惑するベルと幸祐。

だが、ベルも祭りの賑わった雰囲気に感化されて楽しみだす。

いつもダンジョン帰りで【へファイストス・ファミリア】の店前に展示されている何千万ヴァリスの武器や装備を、まるで少年のように眺めているというのに……出店の品物であるアクセサリーや甘味の食べ物をヘスティアと揃って眺めたりしている。

屋台で買ったクレープをパクッと、美味しそうに頬張りする姿はとても絵になる。

普段見慣れているが、女神のヘスティアに負けないくらいベルも美少女なのだと意識する。今はまだ『可愛い』といわれるが、成長すれば間違いなく『美しい』美女になるだろうと、幸祐は確信する。

 

『——好きにしろ、その弱い意見のまま『ガキ』で居続けるのもな——』

 

一瞬だけ、赤騎士姿の妖精にかけられた言葉が頭の中を過ぎた。

 

(もしかしてアイツ、ベルの気持ちを分からせるため、わざわざ俺を……?)

 

ふと、そんな考えが過った。

あの半妖精がいった通り、自分は強くなろうとしない愚者だ。もっと高みへ目指せる力を持っているのに行使しない、宝の持ち腐れだ。

だから半妖精の少女は『痛み』という教えで、幸祐に説教した………と。

 

(……いや、考え過ぎか。でも)

 

幸祐はヘスティアとクレープの食べさせ合いっこをしているベルの姿を見る。

ベル達の笑みを見て、幸祐は底にあった負の感情を忘れ去ることができる。

たとえ愚図でも、本当にガキだとしても……

 

(今だけ、この気持ちを噛み締めても良いよな?)

 

幸祐は自分にそういい聞かせ、ベル達と一緒に祭りを満喫しにいく。

また軽蔑されるような姿を晒すことになるとしても、この瞬間だけは楽しさに身を任せたかった。

 

 

 

 

 

 

刻は同じく、怪物祭(モンスターフィリア)が開催されている東のストリート。

そこにフォルトも訪れていた。団長であるフィンにダンジョン探索を禁止されたのだ。

フォルトは【ロキ・ファミリア】一番の問題児とされる。騒ぎを起こしたのは今に始まったことではなかった。

過去に数々の違反を犯した経歴がある。他の【ファミリア】の冒険者に奇襲をかけて怪我を負わせたり、徹底的に苦痛を与えてダンジョン恐怖症に陥らせたりした。

その冒険者の全員が【戦武将(アーマード)ライダー】であり、そのうち《戦極ドライバー》を破壊された冒険者の殆どが犯罪者。努力もせず実力もないくせに力を得たことで調子に乗り、その力で欲に塗れた行為を繰り返した者ばかりだった。

幸い冒険者の免許を剥奪されることはなかったが、しばらくの間ダンジョン出入りを禁止され罰則(ペナルティ)を食らった。

この関連から、フォルトは【赤騎(バロン)】と名付けられる前、神々から【狩人(スレイヤー)】の異名を授けられる。

冒険者の間だけでも恐れられ、前記の言動から【ファミリア】内で浮いた存在になる。

 

(……何故、私はあの男を見逃した?)

 

歩きながら自問自答を繰り返す。

思い浮かんだ人物像は、蒼い髪質の少年——幸祐。

幸祐は自分と同じ【戦武将(アーマード)ライダー】である上、それ以上高みを目指そうとしない。そして強くなるまでの苦労を知ろうとしない()()()()であった。

あのままでは、いずれ自分が手にかけなくても死んでしまう。ならば早々に取り上げるべきと、フォルトは幸祐のドライバーを破壊しようとした……だが、できなかった。

 

『俺はそんな歪んだ強さ……絶対に許さねえッ……!!』

 

あの時、幸祐が恨めしそうに浴びせた言葉を思い出す。

昔の自分と姿が重なったからだろうか。

——強さの欠片もない弱者なのに……

——力を持つに値しない愚者であるはずなのに……

——仇敵の【戦武将(アーマード)ライダー】であるはずなのに……

幸祐の言葉がフォルトの中で共鳴を起こしたのか、何故か見放してしまった。

自分の信条を確認し………急に足を止める。

 

「………一人、か」

 

ふと、自分に向けている視線に気づいた。

間違いない。影に身を潜めて、誰かがこっちを見ている……

フォルトは祭への参加を止め、踵を返してその場を去る。

 

 

 

 

 

 

本日、開催される怪物祭(モンスターフィリア)。それを全面的に担う【ガネーシャ・ファミリア】が使用する地下の大部屋。

ダンジョンから集められた数匹のモンスター達が鎖に繋がれた状態で檻の中、鉄格子を破ろうと荒ぶっている。

モンスター達の控え室ともいえるその地下部屋に、フードを深く被って身を隠している女神——フレイヤがいた。彼女の手元には、モンスター達を隔離している檻の鍵がある。近くにいた【ガネーシャ・ファミリア】の団員を巻き込んで門番を『魅了』し、拝借した鍵だ。

 

(しばらく様子見のつもりだったけど、ちょっかいを出したくなっちゃった)

 

素肌を曝け出し、檻の中にいるモンスター達の視線を集める。

見定めるように檻の近くを歩き回り、巨体な白毛猿の怪物——シルバーバック()が閉じ込められている檻の前で動きを止める。

 

(死に近づくほど、あの子の魂は輝きを増す……だから、もっと見せてちょうだい? 貴方の惚れ惚れする魂を……)

 

鍵を使用して檻の外へ出させると、フレイヤは微笑みながら巨大猿の額に口付けをする。

それだけで猿の怪物達は眼を見開き一瞬で興奮状態が最高潮に達する。

 

「小さな女神(わたし)を追いかけてね?」

 

『ッ———グォオオオオオオオオオオッ!!!』

 

たちまち魅了されてしまい、血眼になりながら女神(フレイヤ)の命に従う。

咆哮を上げ、鎖を引きずり回しながら外へ飛び出た。

 

「死なないように頑張ってね? もし死んじゃっても大丈夫……その時は」

 

——私の手元で永久に大事にするから♪

その場にいない幸祐(おとこのこ)に向けて、フレイヤは歪んだ愛情を込めた。

 

 

 

 

 

 

 

『————!』

 

「どうしたんだい、ベル君?」

 

不意にベルは足を止めた。

遠くからやって来る天敵の存在を察知する小動物のように、嫌な気配を感じ取る。

それを隣でヘスティアは不機嫌そうに振り返る。

幸祐も怪訝そうにベルを見る。

———ドゥゥン

 

「ん? ……今のは?」

 

と同時に自分も何かを聞き取った。

この切羽詰まった雰囲気、前にも味わった。

そう……これは六階層でミノタウロスと遭遇した時の緊迫感と同じだった。

 

「も、モンスターが出たぁあああああああああ!!?」

 

祭りの賑わいをぶち壊すように、一人の男の口から切羽詰まった大声が辺り一面に響き渡る。

そして闘技場の方から全身白い体毛の巨大猿のモンスターが、石畳を破壊しながら現れる。

 

「えぇッ!?」

 

「なッ!!?」

 

「あれは——シルバーバック!!?」

 

上から順にベル、ヘスティア、幸祐と驚きの声を上げる。

シルバーバックは血走った紅眼でヘスティアを凝視した途端、一瞬だけその動きを止める。

何かヤバイ、早くここを離れなくては。幸祐達の危機管理能力が警報音を鳴らすが、もう遅い。

 

『——グォオオオオオオオオオオッ!!!!』

 

シルバーバックは一心不乱にヘスティアがいる方へ飛びかかった。

巨大な猿の怪物が暴れ出したのをきっかけに周囲の一般市民は恐怖に支配され、散り散りになって走り出した。

戸惑いで体が固まる三人、その中で幸祐が先に動き出す。

 

「掴まっていろ、ヘスティア! ベル、走るぞ!」

 

「え……う、うん!」

 

「え? コースケ君、何を……って、うわぁああああ!?」

 

咄嗟の判断でヘスティアの身を腕の中に抱え込み、ベルの手を引っ張って走り出す幸祐。

幸いベルは【敏捷】が高い【ステイタス】もあり、走ることに慣れている。しかし、ヘスティアは女神である点を除いて一般市民と変わりない。

急いでその場を離れた。

———ズドォオオオオオオオン!!!

それは、ほんの数秒の差だった。

ヘスティア達がいた地点は、シルバーバックの拳によって粉々と化した。あのままあそこに立ち尽くしていたら肉塊になる運命を免れなかっただろう。

 

(ヘスティアがいた地点を正確に狙っていた…あの猿の狙いは女神(ヘスティア)か……!?)

 

そんなことを考えながら走っていると、腕の中で頰を染めて喜びを体現したヘスティアが興奮の声を上げる。

 

「す、すまない! コースケ君ッ! こんな状況だというのに、ボクは心から幸せを感じているよ!」

 

「そんな冗談を言っている場合か!? 気が散るから黙っててくれ! 頼むから!!」

 

予想外の事態だというのに腕の中の女神は平常運転であった。取り敢えずパニックにならなくて良かった、そう思うことにした幸祐。

住宅街の前まで走ると、そこでベルが待ったをかける。

 

「ッ! 待って、コースケさん! ここ、『ダイダロス通り』!!」

 

その単語を聞き、幸祐も足を止めた。

オラリオに存在する、もう一つの迷宮。迷路のような複雑な構造の広域住宅街。

こんな碌に探索したことないところで待ち伏せを受ければどうなるか……素人でも分かる結果になる。

 

「おいおい、コースケ君! ここは一度入ったら二度と出られないって噂の迷宮住宅街じゃないか! 正気の沙汰かい!?」

 

正気だと反論したいところだったが、既にシルバーバックは背後に接近している。

迷う暇もなかった。

 

「ッ……行くしかねぇだろ!」

 

「う、うん!」

 

「うわぁああああああ! もう、どうにでもなっちまえー!」

 

ヤケクソ半ばで、幸祐達は足を踏み出す。



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第拾話 俺の代わりに

ダイダロス通りに逃げ込んだ幸祐達だが、少しずつ追いつかれている。

理由は言わずとも分かる。ヘスティアを抱えているからだ。

ヘスティアを抱えたまま走る幸祐のペースが落ち始め、シルバーバックとの距離が徐々に短くなっていく。

 

(どこか、隠れそうな場所は……!?)

 

視線を巡らせながら、シルバーバックから逃れられそうな場所を探す。

——そして見つけた。

進んだ先に下り坂があり、その先に隧道があった。

シルバーバックからすれば狭くて入れない幅だが、人からすれば充分広い。

隧道の前まで駆け寄り、幸祐はヘスティアを地面に下ろす。

するとベルが何か決心した様子でヘスティアの顔を見る。

 

「お、おいベル君、どうしたんだい?」

 

「……ごめんなさい、神様。私が何とかして時間を稼ぎますから、その間にコースケさんと逃げてください」

 

「ダ、ダメだ! そんなのダメに決まってるじゃないか! ボクは許さないぞ!」

 

「でも、神様! こうでもしないと——キャ!?」

 

言い切る直前、ベルは背中を押し出され、小さな悲鳴を上げながら隧道へ放り込まれる。

何が起こったのか分からないまま背後を見ると、そこには幸祐がいた。

 

「悪いな、ベル。これは俺がやる仕事だ」

 

囮作戦。シルバーバックを引きつける間に、もう一人が確実に安全なところまで避難させる。

ベルがやろうとしていたことを、幸祐が横取りした。

二人に反論する暇も与えず、幸祐は鉄格子を降ろして外側から鍵をかけて完全に封鎖する。

ヘスティアとベル、幸祐の間に鉄の隔たりができた。

 

「コースケさん!?」

 

「団長のお前や主神(ヘスティア)がやられたら、この【ファミリア】も終わりだろう? お前が傍にいてやれ、ベル。ここは俺一人で充分だ」

 

一人なら存分に闘り合える。

何より、死にかけてもベルやヘスティアが無事なら問題ない。

 

「ダメだ! そんな身勝手な行為、ボクは絶対に許さない! ここを開けるんだ!」

 

「ダメ! 行っちゃダメ! お、お願い、行かないで!!」

 

ヘスティアは幸祐の意見を頑なに聞き入れようとしない。

その隣でベルは、今にも泣き出しそうな顔で鉄格子にしがみついて、幸祐に大声を張ってきた。

幸祐は片膝を地面についてベルと視線を合わせ、ベルの頭に手を置いて口を開く。

 

「そうだな……もしも俺が死んだら、別の団員を探しな。心配すんな、()()()()()()()()()()()()()()()。すぐに見つかるさ」

 

「……え? 何を?」

 

「じゃあな。ヘスティアを守ってくれよ」

 

頭を撫でながら笑みを浮かべる。すぐ手を離すと背中を見せて、その場から全力疾走した。

 

「ダメっ……お願い! 行かないで!!」

 

「コースケ君! コースケくーん!!」

 

背後から二人の女の子の悲鳴に近い声が耳に入ったが、幸祐は一瞬たりとも後ろを振り返らず地面を蹴り出す。

駆け抜けた先、あの猿がいた。

 

『グォオオオオオオ!!』

 

幸祐を見つけた途端、シルバーバックは地響きを起こす唸り声を上げた。女神(ヘスティア)をどこにやったと、癇癪を起こしている様子だ。

自分より何倍も巨大な図体のシルバーバックと対面し、幸祐は気を引き締めて《オレンジ・ロックシード》を取り出す。

 

「お前の相手はベルでもヘスティアでもねぇ。俺で充分だ……!!」

 

《オレンジ!》

 

ドライバーをセットして《オレンジ・ロックシード》のスイッチを押す。

頭上に現れたオレンジの球体を漂わせ、ドライバーの窪みへ施錠する。

 

(俺の力の使い方は、あのハーフエルフがいう通り間違っているかもしれない……でも、それでも! 俺はベル達を守りたい! 何もできないまま、また『役立たず』と呼ばれるのはゴメンだ!!)

 

《ソイヤ!》

 

幸祐はベルトの小刀を傾けた。

オレンジ球体が降ってきて頭を覆い被り、幸祐を【戦武将(アーマード)ライダー】の姿へ変貌させる。

 

《オレンジアームズ! 花道・オンステージ!》

 

「行くぜぇえええええ!!」

 

『グォオオオオオオオ!!』

 

オレンジアームズを纏った姿になり、《大橙丸》を構えてシルバーバックへ走り出す。

 

 

 

 

 

 

鉄格子に額を付けて、ベルは自責の念に駆られる。

——まただ……!

——ミノタウロスの時からずっと庇ってもらうばかりだ……!!

自分が身を捨ててまでヘスティアを守ろうとした結果、その役目を幸祐に横取りされて代理を担わせてしまった。

深く項垂れるベルに、ヘスティアが大きな声をかける。

 

「何をやってるんだ、ベル君! 早くコースケ君の元へ行かなくちゃ! 君がモンスターを倒すんだ!」

 

「ぇッ……!?」

 

ヘスティアの言葉にベルは顔を上げた。

同じくらいの身長で自分と歳が変わらない容姿の女神は、普段見られない凛とした眼でベルを見つめていた。

 

「ここで君の【ステイタス】を更新するから、今すぐ準備をしておくれ」

 

「で、でも……」

 

「ベル君。君は前に、コースケ君が自分より強いと思って嫉妬したっていったよね?」

 

「は、はい……」

 

ベルの返事に対し、ヘスティア「でもね?」と続ける。

 

「それは大きな間違いだ。あの子は決して強くなんてない。誰かが近くにいてあげないとダメになる。コースケ君は、全然ちっとも強くない、そんな男の子なんだよ」

 

「コースケさんが……?」

 

「だから、ボク達であの子を救わなくちゃいけないんだ。きっと今でも、心の底では独りになりたくないと思っているだろうから」

 

女神の眼は誤魔化せなかった。幸祐が時折思い浮かべる負の感情を、ヘスティアに見透かされていた。

そこでヘスティアが告げるという手もあったが、女神の自分じゃ説得できないと歯痒く思う。

自分に任せる方が上手く行くという彼の自分勝手な自信をへし折るには、信頼する眷属——ベルに託すしかない。

女神(ヘスティア)に期待される。

素直に嬉しかったが、それでもベルは自信がなかった。

幸祐でさえ苦戦するなら、自分では勝てるわけがない。そう諦めかけていた。

 

「でも……私じゃアイツを倒せません」

 

「大丈夫、君の攻撃が通用するように、ボクが君を勝たせる」

 

ヘスティアは手元のケースに収められた荷物を渡す。

ベルは恐る恐る受け取る。

ケースの中を弄って取り出してみると、

 

「ナイフ……?」

 

それは、刀身から取手が漆黒に染め上げられた一本のナイフ。

鞘から抜いた瞬間、漆黒の刃が紫色の光を宿す。ベルの意思に呼応するかのように武器が生きている。

その短刀の鞘に刻まれた【神聖文字(ヒエログラフ)】『ヘファイストス』の文字を見てベルは驚愕を隠せない。

 

「こ、これって《へファイストス・ファミリア》の武器!? 神様、一体これをどうやって!」

 

「ごめんね、心配かけて……でも詳しい説明は後さ」

 

これこそ、ヘスティアが三日間ホームを空けていた理由である。

ベルに力を、自信を持たせるため、神友である鍛治神である女神へファイストスに頼み込んだ。土下座付きで。

どんなボロボロ姿になって帰ってきても、ヘスティアはベルを信じていた。

幸祐が加入する前、運命の出会いを求めてダンジョンという危険地帯へ潜り込んだ。

そんな純粋で真っすぐな女の子だからこそ強くなれる。そして、本当は寂しがり屋な少年の心すら救ってくれる。

ヘスティアは確信している。

この娘とこの(ナイフ)なら、あの少年を驚かすことができる、と。

 

「それでコースケ君に見せつけようじゃないか。モンスター狩りでもあの子に頼ってしまうほど、ボクとベル君は弱くないってさ」

 

「ッ………はい!!」

 

真っ直ぐな、屈託のない瞳を向けられる。

ベルは目元に溜まりかけた涙を拭い、決意の眼差しを宿して頷いた。

 

 

 

 

 

 

一方、幸祐は執拗にヘスティアを追いかけていたシルバーバックと交戦の真っ最中だった。

 

『グォオオオオオ!!』

 

シルバーバックが幸祐を叩き潰そうと巨大な拳を降り落とす。

 

《ソイヤ! オレンジ・スパーキング!》

 

幸祐はバックル附属の小刀を三回傾ける。

オレンジの鎧が展開される前の球体に戻って不恰好な盾になり、巨大な拳を受け止める。

頭を覆い被るオレンジ球体を掴み、両手で回転させるとミキサーのように回転速度を増す。

 

『グォオオオオオオオッ!?』

 

片手がズタボロにされてシルバーバックは苦痛で顔を歪む。

そして幸祐の狙い通りに、シルバーバックは幸祐から視線を外した。

オレンジ球体を展開させて鎧に戻し、シルバーバックの頭上へ跳躍する。

 

《ソイヤ! オレンジ・スカッシュ!》

 

ベルトの小刀を一回傾けると右足にオレンジ色のエネルギーが溜まり、脚力に力が増す。

 

「セイハァアアアアアアア!!」

 

超強力になった飛び蹴りをシルバーバックの頭部に繰り出す。

 

『グァアアアアアアアッ!!?』

 

頭部を貫かれたシルバーバックは奇声を上げながら爆散する。

 

「……ふぅ」

 

一息ついた、と幸祐はやり遂げた感に陥る。

ベルを泣かせる結果になってしまったが、結果的に生還したのだ。それで許してもらうことにしようと二人の元へ足を運ぶと……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『グォオオオオオ!』

 

いや、よく見たらさっきのシルバーバックと細部が異なる。

生き返ったのではない。最初から二匹いた。

仲間が倒されたのを観ていた別のシルバーバックは勝ち目ないと気づいたのか、屋根伝いでよじ登って逃走を図る。

その方角はちょうど、ベルとヘスティアがいる地点だ。

 

「あのゴリラ野郎、行かせ——」

 

『——オオオオオオオオオオオオオ!!!!』

 

「ッ!? こ、この音は!?」

 

突如、それは響き渡った。

さっき倒した白ゴリラと比べ物にならない、大地そのものが震え上がるような圧倒的威圧感。聴くだけで膝が震えを隠せない。

その音叉がした方へ向く。

音叉は一枚の分厚い壁の向こう側から聞こえる。 壁を突き破って、()()()()()()()()()()

 

「へ、蛇? ……いや、あれは植物か?」

 

蛇のようにクネクネ捻る動きを見せる触手。

よくよく見ると、それは巨大な蔦。

蔓が次々と壁の上で咲き、分厚い壁に亀裂を生じさせる。

その蔓の攻撃は壁の耐久力を上回り、壁を粉砕して本体が現れる。

 

『ギィオオオオオオオオオオオ!!!』

 

巨大な花。

図鑑で目にしたラフレシアみたいな不気味な植物すら可愛く見える、建物ぐらいある巨大花。

ミノタウロスやシルバーバックとの比じゃない。

今分かった。シルバーバックは幸祐からじゃなく、この巨大花に恐れをなして逃げ出したのだ。

絶対に倒せない。

諦めと恐怖が押し寄せてくる。

 

「あのモンスター、絶対にヤバ——」

 

その場から離れようとした時、幸祐の視界に映った。

身を丸める山吹髪のエルフの少女に、その少女の腕の中で怯える獣人の女の子。そして、その二人を刺し殺さんと触手が放たれた光景を。

 

「ッ———!!」

 

瞬間——無我夢中で地面を蹴り出した。

 

 

 

 

 

 

【ガネーシャ・ファミリア】が調教する用のモンスターが脱走し、そのモンスター達の退治をしていた【ロキ・ファミリア】のティオネ、ティオナのアマゾネス姉妹。そしてエルフのレフィーヤ。

しかし、その途中で植物のモンスターの奇襲に苛まれた。

接近戦が得意なティオネとティオナの後方で、レフィーヤは強力な詠唱を唱える。

だが、詠唱の途中、彼女は見てしまったのだ。ティオネ達からは見えないところ、屋台の下で泣いている獣人の女の子の姿を。

 

「えぇッ!? レフィーヤ!」

 

「ちょっと、どこへ行くのよ!?」

 

考えるよりも先に足が動いた。

詠唱を中断し、二人の声を振り切って、その女の子の元へ走った。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「うぅ〜、お母さん……」

 

膝に地を付けてレフィーヤは女の子を見る。

幸いなことに女の子は怪我をしていない。

女の子は母親とはぐれてしまい、泣いていただけのようだった。

レフィーヤは女の子と同じ視線になり、頭を撫でながら微笑む。

 

「大丈夫ですよ、私が一緒にお母さんを探しますから」

 

——一緒にいてくれる。

その言葉で女の子はいくらか安心した様子になり、涙ぐみながら「うん……」と頷く。

 

『ギィ……オオオオオオオオオオ!!!』

 

突如、食人花はターゲットを、レフィーヤと獣人の女の子に変えた。

石畳の床を砕いて咲かせた四本の蔓を、二人に向けて放つ。

 

「ッ!?」

 

石像になったようにレフィーヤの体は動けずにいた。

ティオネ達みたいにモンスター相手に接近戦ができるわけもなく、詠唱を唱えて攻撃を防ぐ時間もない。完全に詰んでいた。

……しかし、後悔なんてしない。

たとえ自分が死ぬことになっても、自分より小さい女の子を守れなくて冒険者を名乗りたくないからだ。

 

(せめて、この娘だけでもッ……!!)

 

身を屈めて女の子を覆い被り、両眼をギュッと瞑る。

これから襲ってくる苦痛を少しでも感じたくない。迫り来る死の現実から目をそらしたかった。

———ドスドスドスドスッッ!!!!

肉塊を突き刺す不快音がレフィーヤの耳に届く。

いよいよ自分は刺し殺されてしまったのだと死を予感する。

……だが、しばらく経っても体のどこにも痛みを感じない。

眼を開けて見ると、どこも刺されていない無傷の状態だった。

腕にいる女の子も、どこも血を流していない。

何の音だったのかレフィーヤは困惑を隠せない。

 

「ひぅっ」

 

レフィーヤに抱えられてる女の子が小さな悲鳴を上げた。前方の方を見上げて、女の子は明らかに怯えていていた。

——でも、一体何に?

そう疑問を抱きながら前方を見上げる。

 

「えッ……!!?」

 

レフィーヤは驚愕せずにいられなくなる。

そこにいたのは紺色のスーツの鎧。自分達が受けるはずだった触手達を全部受け止めた人。自分達を庇って、身体中に鮮血の花を咲かせた鎧武者だった。

 

 

 

 

 

 

「〜〜〜〜〜〜ッ!!?」

 

声にならない奇声が、幸祐の口から吐き出る。

咄嗟に飛び出して前に出たが、槍のように先の尖った触手がライダースーツや鎧を突き破り、幸祐の腹部や左肩や右太腿を貫通する。そこからこぼれ落ちる血が地面の上で赤い水溜りを築いていく。

刺された部位へ押し寄せる激痛に兜の下の顔を歪めてしまう。

背後で女の子の小さな悲鳴が耳に入る。

後ろを振り返り、エルフの少女と獣人の女の子の無事を確認した。

ただ、女の子は幸祐を見て怯えていた。眼前で肉体を貫かれて血を噴き出す光景を見せつけられたのだ、この歳の女の子なら怖がっても無理はない。一方、エルフの少女は呆然と戸惑いが混じった感情で幸祐を見た。

激痛に耐えながら、己を突き刺している蔓を掴み取り、エルフの少女に激昂する。

 

「ッ〜〜、早、くッ……行けよ……!!」

 

エルフの少女は目が覚めたように自分の役割を気づかされる。

走る間際に「ごめんなさい……!」とこぼし、女の子を抱えてその場から離れ去った。

良かった、と幸祐は綻んだ。

だが、安堵するのも束の間。

 

「———がッ!!?」

 

右側の脇腹に衝撃が走る。

巨大な鞭となった食人花の蔓によって、幸祐は真横へ吹っ飛ばされてしまう。

遠方の壁に激突し、人ぐらいのクレーターが出来上がる。

 

「ガハッ……!!」

 

《ロック・オフ》

 

限界に耐え切れず、幸祐は変身解除されて鎧が消失してしまう。その途端、口から血を吐いた。

激痛が伴う。蔓に吹っ飛ばされた衝撃で内臓にまでダメージが及んでいた。

 

「ぁ、ぉ………」

 

口が血だらけになり、人語すら発することができない。

瓦礫に囲まれ、頭を強く打った衝撃で意識が朦朧としている。

特に触手を貫かれた部位が酷く、そこから苦痛と共に大量の血が流れ落ちていた。

 

「………」

 

幸祐の前に人影。

霧のように急に現れた。

倒れて死人のように動けない幸祐を見下ろし、巨体な体格の猪人(ボアズ)の男がいた。

おもむろに小物を取り出し幸祐の方へ落とす。

 

「貴様があの方の寵愛を受けるに相応しいか判断する。あの方からの選別品を受け取れ……」

 

そういって猪人(ボアズ)——オッタルはその場を去る。

幸祐の眼前に置かれた小物は……『L.S.-05』と中央に刻まれた黄色のロックシード。

 

 

 

 

 

 

モンスターが暴れ出す数分前。

フォルトは《戦極ドライバー》を腰に装着した状態で人気がない路地裏に赴いていた。

ふと足を止め、背後に視線を放つ。

 

「……ここなら姿を見られる心配はない。姿を表したらどう?」

 

「———チッ、勘の良いクソエルフだ」

 

建物の影から姿を表す。

悪態を吐きながら現れたのは黒い戦闘服に槍を構えた猫人(キャットピープル)の男——アレン。Lv.6にして【フレイヤ・ファミリア】の構成員。

 

「西のストリートから見張っていたようだが、私に何の用?」

 

「……テメェは出すぎた真似をした。あの方の手を煩わせる真似をした。だから潰すまでだ」

 

身に覚えがないわけではないが、正直意味不明な言葉だ。

まぁ大方、向こうの女神であるフレイヤが男に目を付けたことに関与しているとフォルトは確信する。先日も主神(ロキ)がそんなことを口走ったのを耳にしたからだ。

 

「外で起こってるのもアンタ達の仕業ね。何の利益がある?」

 

アレンはその問いに答えず、見下すように唾棄する。

 

「弱者を甚振るのは楽しかったか? ……そのベルトがなきゃ何もできねぇ()()()()()風情が、しゃしゃり出るんじゃねえ」

 

——スッ

フォルトの紅眼が鋭い光を放つ。

 

《バナナ!》

 

「勘違いするな。私が手にかける者は私より強い戦士とモンスター……そして【戦武将(アーマード)ライダー】だけだ」

 

たとえ強者でも弱者でも、熟練者でも駆け出しでも……その者が【戦武将(アーマード)ライダー】なら完膚なきまで潰す。

基本的に自分より格下の冒険者には手を出さないが、【戦武将(アーマード)ライダー】の場合は別だ。

完膚なきまで倒し、偽り武者の牙を削ぐ……

 

《ロック・オン!》

 

「それに、女神に牙を削がれた()()が吠えるな」

 

《カモン!》

 

ラッパ音声が鳴り響くと同時に、アレンの瞳に殺意が宿った。

 

《バナナアームズ! ナイト・オブ・スピアー!》

 

『片耳』と罵られ、フォルトは瞬時にバナナアームズを装着する。

一方、向こうも黙っていなかった。

獣人の矜持を『畜生』と侮辱された。アレンは殺意を露わにする。

 

「——テメェ、ここで死ぬか?」

 

鋭い眼光で睨みつけて槍を構えるアレン。

その挑発に対してフォルトも槍——《バナスピアー》の先端を向けて答える。

 

「——やってみろ。やれるものならな」

 

——刹那、二人の姿が消えた。

と思えば頭上で目にも留まらぬ速さで二つの風が舞う。

赤と黒の影、長槍(ランス)と槍がぶつかり合い、火花が飛び散った。

爆風が舞起こったように、その周辺の雑草やチリ埃は彼方へ吹き飛ばされる。

 

 

 

 

 

 

一方、突如発生した食人花。

そこへアイズも参戦して、食人花を対処している。

しかし、いくらアイズが剣に風を纏わせてもキリがなかった。

すると突然、

 

『——オオオオオオオオッ!!』

 

「ちょ、ちょっと! 何でそっちの方に行くのさ!?」

 

ティオナが声を上げて困惑する。

自分達が対峙していたモンスターが突然、奇声を上げて進路を変えたのだから。

食人花はアイズ達を無視して、壊した壁の方へ向かう。

 

「——うぉらッ!!」

 

『ギィイイイ!?』

 

『え……?』

 

アイズ達は、一瞬何が起こったのか分からなかった。

男の声と共に黄色の鎖鉄球が投げ込まれた。

その鎖鉄球の一撃は食人花に奇声を上げさせて花弁の一部を散らす。

壁の残骸の方から歩いてきて姿を見せる。

 

「ア、【戦武将(アーマード)ライダー】……?」

 

ポツリとティオネが呟いた。

ゆっくりと現れたのは黄色の鎧。棘付きに酒瓶ほどの大きさの鎖鉄球を構え、黄色の輝きを放つ重装甲の鎧武者だった。

だが見たことない。自分達の【ファミリア】にも問題児の【戦武将(アーマード)ライダー】がいるが、明らかにその人物ではない。新規のライダーだった。

 

「あれ……あの時の人……?」

 

双子のアマゾネス姉妹が戸惑う中、唯一アイズだけは反応が違った。

纏う雰囲気も戦う様子も駆け出し感丸出しだったが、ミノタウロスを単独で倒した、あの時の【戦武将(アーマード)ライダー】だ。鎧がオレンジ色でなく黄色の形状が異なったものだったが、中にいる人は、あの透き通るような蒼い長髪の少年だ。間違いない、アイズは確信する。

 

『ギィオオオオオオオオオオ!!!』

 

怒ったように奇声を上げながら襲いかかる食人花。黄色の鎧武者は対面して迎え討つ。



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第拾壱話 パインで粉砕

刻は遡ること、数分前。

 

(あれ……俺は何でここにいるんだっけ?)

 

身体中に空いた穴から血を流しながら幸祐は地面に横たわる。

頭を強く打ち付けられ、瓦礫に囲まれながら意識が朦朧としていた。

やがて、何が起こったのか、頭の中で鮮明に投影されて思い出す。

 

(あのエルフの娘と獣人の女の子は無事か…? 俺は、ちゃんと役に立ったのか……?)

 

視界が段々ハッキリして、前方で食人花が三人の少女と戦いを続けている光景が見えた。

食人花と対峙しているのは褐色肌の双子の姉妹、そして見覚えのある金髪の少女。ミノタウロスを倒した後に会った【ロキ・ファミリア】の少女だ。

 

『ギィイイイイ!!』

 

蛇のような蔓を従わせて暴れる食人花を見て、幸祐はふと思ってしまう。

 

(アイツも、俺を無視するのか……)

 

幸祐が勝手に行動したことだが、幸祐を殺しにかかった食人花は、今は幸祐に見向きもしていない。

理由はいわずとも分かる。自分より弱い存在なんて眼中にないからだ。

理解していたのに、慣れていたはずなのに……その扱いが何故か無性に腹が立つ。

 

『この能無しッ! 出しゃばるんじゃねえよ!!』

 

『本当、お前って使えないな。お前なんかと関わるんじゃなかったわ』

 

『何で君みたいな役立たずが生きてるのかなぁ? 死んだ方が皆に貢献できるんじゃないの?』

 

昔、浴びせられた罵声を思い出す。

必要とされなかった。

時には嫌われて無視された。

『人間』として扱われなかった時もあった。

 

(俺って、どこへ行っても見下されるんだな……何か、腹が立ってきた……)

 

この感覚を、幸祐には覚えがある。

ミノタウロスに追い詰められ、玩具を眺めるように嘲笑われ、『奴等』と姿が重なった時に感じた衝動。今回はもっと濃密だ。

暴れる食人花の姿を見るたび、消え去ったはずの負の感情が、幸祐の中でマッチ火のように灯される。

その感情が幸祐の中で膨れ上がる。次々と爆散する。増え続ける。

——俺はまだやれる。

——アイツを振り向かせる。

——こんな風に終われない、俺は『役立たず』なんかじゃない。

自然と、幸祐の視線は食人花のみに向けられた。

下瞼から鮮血が滲み出る。眼を直接握られたような痛みが走るが、頭を打って感覚が麻痺したため感じにくい。

——あの花はヤツラと同じだ、同種だ。

——お前(おれ)を無能扱いする怪物だ。

——全ての憎しみをアイツにぶつけろ。

——もっと憎め、激怒しろ、それが力になる。

幸祐の脳裏に呪詛に近い言葉が流れる。その声はまるで心の闇に住まう悪魔の囁きのようだった。

子供が唱えるような都合のいい言葉、勝手な解釈、駄々を捏ねる不安定な精神……それらが押し寄せてくる。

——殺せ。

——あのクソ花を殺せ。

——慈悲を与えず殺せ殺せ。

——周りの視線なんか無視して殺せ殺せ。

——殺せ、殺せ、殺せ、殺せ。

——殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!!!

 

「ハァッ……ハァッ……!!」

 

荒れ狂う津波のように溢れんばかりの殺意が押し寄せて来る。

 

(——殺シテヤル………!!)

 

幸祐の理性(リミッター)が外れ、疲労や恐怖が消え去り、憎しみと殺意が力となって体に蓄えられる。

両方の瞳から血の涙が溢れて、幸祐の両瞳が赤く染まる。彼の視界に写るものが全て鮮やかなものになり、すべてが見える。()()()()()()()()()()()()()()()()

最初に眼に止まったものが、地面に転がっていた黄色の錠前——ロックシードだった。

掴み上げ、震える手の中で握り締められたパイナップルの絵柄に『L.S.-05』と刻まれたロックシード——《パイン・ロックシード》——をまじまじと見つめる。

身体中からくる激痛に身を震わせながら、しっかりと両足を地面に立たせる。

 

「うぉ、うぁおおおおおおおおッ……!!!」

 

モンスターのような咆哮を上げる。

絞りカスみたいに消えそうな声だが、それは決して消えない魂の声だった。

血に染まった手でロックシードを握りしめ、スイッチを押す。

 

《パイン!》

 

音声が鳴り響き、頭上にファスナーのような穴が開くと、中から球体が登場する。いつものオレンジ球体と違い、表面が凸凹状の黄色の楕円球。上部に葉のようなブレード状がある。その形状、まさしくパイン——パイナップルのそれだ。

 

《ロック・オン!》

 

セットしたままの《オレンジ・ロックシード》を外し、代わりに《パイン・ロックシード》をセットして施錠する。

 

「………変身!!」

 

フォルトが唱えた言葉を叫び、小刀を傾けて切断する。

 

《ソイヤ!》

 

黄色の楕円球が降りてきて幸祐の頭にすっぽりとハマる。黄色の楕円球体に凹凸の亀裂が入り、開いて両肩に大きな装甲がかかる。

内部から登場した頭部のゴーグルは黄色に変色しており、頭頂部や両肩の上にパイナップルの葉のような緑の装飾品が組み込まれている。

 

《パインアームズ! 粉砕・デストロイ!》

 

周囲に水飛沫のエネルギーが飛び散って変身完了する。

パイナップルを模したアイアンハンマーの武器——《パインアイアン》——の取手を右手で握りしめ、もう片方の手でパイン状の鉄球を掴む。

オレンジアームズを攻守のバランスに優れた基本形態とするならば、このパイン装備はパイナップルの表皮と酷似した重装甲で身を固めたパワー重視だった。

 

「ここから先は、俺の戦闘(ステージ)だ……!」

 

ブンブンと鉄球を振り回す。

何故か知らないが、身体中の激痛を気にしなくなった。傷や痛みが消え去ったわけないのに、他のことに気を取られて気にならない。

先程の膨大な殺意や憎悪が嘘のように消え去り、幸祐自身も不思議なくらい冷静になっている。何をすればいいのか、この姿で何を成し得るのか……慣れ親しんだように分かる。頭が冴える。

 

『——オオオオオオオオッ!!』

 

突如、大口を開けた食人花。

三人の少女達を無視して、真っ先に幸祐を狙う。否、正確にいえば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ロックシードに潜む強大な力を欲している。幸祐の存在などついでだった。

 

「——うぉらッ!!」

 

刺棘の鎖鉄球を力一杯振り回して放り投げる。

 

『ギィイイイ!?』

 

食人花の花にぶつかり、花弁を散らす。

 

『ギィオオオオオオオオオオ!!!』

 

数歩前へ踏み出ると食人花は狂ったように襲いかかった。

幸祐は《パインアイアン》を構えて放り投げる。

その攻撃は一発だけではない。

 

『ギィオッ! ギィッ! ギギィッ!?』

 

その投擲は一発だけでない。

鎖を引っ張って振り回して再度打ち付ける。食人花の茎部分に二発目を放ち、三発目を花弁にぶつけて花弁を乱暴に散らす。

振り回してぶつける、その繰り返しで、食人花に戸惑いの奇声を上げさせて表面をズタボロにさせる。

 

『ギ、ギギギギギギギギギィイイイイイイイ!!!』

 

自分より格下の雑魚の分際で、表皮をボロボロにされたことに本気で激怒する食人花。先程よりも蔓の数を倍にして、幸祐の方へ向かわせる。

四方八方から触手に囲まれ、身体ごと命を射抜こうと迫る。

幸祐はパイン型の鉄球を自分の近くへ引き寄せると……その場で思いっきり回転する。

 

「うおおおおおおおお!!」

 

ガン、ガンッ、ガンッッ、と幸祐の回転に連動してパイン型の鉄球が振り回される。元から持つ破壊力に遠心力を加えられた鉄球はその威力を増し、次々と触手を粉砕し、はたき落としていく。

 

『——ギィ、ギギィイイイイ!!!』

 

痺れを切らした食人花は、地中から巨大な蔓を地面から生やし、幸祐の方へ突き刺しにかかる。

 

「ダメです! 逃げて!」

 

先程の山吹髪エルフの少女が声を上げた。

また、さっきまで眺めていた少女達も三人共、こっちへ助けに入るのも見えた。

だが、貫くどころか潰す勢いで迫る巨大な触手は既に眼前にまで迫っている。

触手は幸祐の生命をその身ごと突き刺——

——ガキンッ!!

 

『…………ギ、ギィッ!?』

 

顔のない食人花は驚愕を露わにする。

触手の先端が幸祐の鎧に直撃したのにも関わらず、その鎧に一切のヒビが入らず、幸祐は悠然と立っていた。

《パイン・ロックシード》を使用したパインの鎧はオレンジの鎧より強固に作られ、槍のような触手の攻撃を一切受け付けなかった。

 

「ふんッ!」

 

鬱陶しくなり、蔓を掴んで引きちぎった。

 

『ギィイイイイイ!!?』

 

千切れた部位から緑色の体液が溢れ、食人花は痛みを感じた様子で奇声を上げる。

そして、ようやく気づかされる。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

食人花は幸祐に恐怖を感じ始める。

たじろいで、恥も外聞もなく地中に逃げようとする。

しかし幸祐は見逃さない。

 

「お前がくたばれ、腐れ花……!」

 

《パイン・スカッシュ!》

 

バックル附属の小刀を傾け、パイン状の鎖鉄球を食人花の頭上へ蹴り上げる。

鎖鉄球は空中でその大きさを増し、食人花よりひと回りふた回り大きくなると、頭部である複数の花を丸ごと呑み込んだ。

 

『ギィッ!? ギィアッ!?? ギィエアアアアアアアッ!!??』

 

攻撃ではなく束縛。地中に潜る前に三つの頭部が捉えられてしまう。

三つの首を狭い袋内でギュウギュウ詰にされ、首の動きを制限されて苦しむ。内部で暴れても、拘束力が加わるだけで余計に苦しくなるだけ。

そのスキを見計らい、幸祐はモンスターの頭上までジャンプする。

 

「うおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

喉が潰れそうな大声を上げながら跳び蹴りを繰り出す。

右足に黄色のエネルギーが収束し、威力が増した蹴りを、花の怪物は避ける間もなく真っ向から食らう。

 

『ギィアアアアアアアアアアアアアアアッ!!??』

 

花の口から騒々しい断末魔が響き渡った。

幸祐の右足がモンスターの中心部を貫き、パイナップルの断面図のような穴を開ける。

食人花の図体はカットされたパイナップルのように分裂して爆散した。

 

 

 

 

 

 

食人花が倒されたと同時期の路地裏。

赤と黒の、二つの疾風が舞う。その度に爆風や火花が飛び散り周囲に被害を及ぼす。

この付近に誰かいようものなら巻き込まれることは間違いない。モンスターでさえタダじゃすまない。

途中で赤い疾風、騎士姿のフォルトが動きを止める。

 

「……何のつもり? 私を人気のない場所へ誘導して。外にいるモンスター達と遭遇しないために猿芝居した目的は?」

 

黒い疾風、アレンに眼を向ける。

フォルトは今更、()()——幼少期、モンスターに食い千切られ同胞(エルフ)からも蔑まれる一族の汚点——を指摘されても怒りはしない。彼女にあるエルフへの興味はゼロに等しい。

目の前の男、【フレイヤ・ファミリア】の構成員がずっと視線を巡らせていた。そのことに疑惑を覚えたフォルトは独りで人気のない場所へ行き、わざと挑発に乗ってやった。

 

「テメェが知ったことじゃねえよ、クソエルフ。次、俺の前で巫山戯たことを抜かせば確実に殺す」

 

猿芝居という言葉を否定しなかったが、次の侮辱は許さないという態度を隠そうとしない。

これ以上の戦闘行為は主神(フレイヤ)から命じられていない。ここで足止めすることが主神(フレイヤ)に命じられた本来の任務だ。

フォルトも詮索無用と判断し追求しなかった。そもそも他の神の思惑など端から興味ない。

だが、こちらも忠告の一つをせねば……フォルトは再び口を開く。

 

「【戦武将(アーマード)ライダー】は世間では嫌われ者の対象とされる。そして私も、私自身が嫌いだ……この世界の【戦武将(アーマード)ライダー】は私一人で十分だ。だから、いつか私はこの世の全ての【戦武将ライダー】からドライバーを奪う」

 

——全ての【戦武将(アーマード)ライダー】への宣戦布告。

圧倒的敵意が込められた言葉。

たとえ主神(ロキ)に命じられようとも、自分に残っているものを全て棄ててでも、この世から【戦武将(アーマード)ライダー】を一人残らず消し去るという野望は曲げない。

……それがフォルトの行動原理であり、強くなりたい動機でもある。

 

「私の邪魔をするのなら、たとえ【戦武将(アーマード)ライダー】でなくとも潰す……そうアンタ達の女神と、あの“白”にも伝えておけ」

 

大胆な宣戦布告とも呼べる言葉を吐き捨て、フォルトは踵を返してその場を離れる。

背後を見せた今なら殺せるかもしれないが、アレンもL.v.6の第一級冒険者。そんな三流の手口は死んでもやらない。何より、そんな簡単な手口で目の前の赤騎士を討ち取れるものなら、ここまで苦戦などしない。

フォルトの言葉に舌打ちしながらその場を瞬時に去り、また陰の中へ消えた。

そして、フォルトは外にいるモンスターの残党狩りに赴く。

 

 

 

 

 

 

一方、食人花が倒された現場。獣人の女の子を母親の元へ送り届けたレフィーヤも途中から合流したが、結局何もできず終わった。

自分達が苦戦した食人花を、突如乱入した鎧武者の【戦武将(アーマード)ライダー】に撃破された。

加勢しなければならないはずなのに、戦闘振りに圧倒されて動けなかった。

しばらくしてレフィーヤが、その鎧武者がいないことに気づいた。

 

「あ、あれ? さっきまでそこにいたのに」

 

正体不明の【戦武将(アーマード)ライダー】は、文字通り姿を消していた。

紺色のライダースーツに黄色の重装甲、初めて見るタイプ。事情聴取も含めて色々聞き出すつもりが、食人花を倒したと同時にその場から霧のように消えてしまう。

 

「一体何だったのかしら、さっきの男……」

 

ティオネは先程見せつけられた武者の男の闘いを思い出す。狂気ともいえるモンスターへの執着心と闘争心、モンスターと間違われそうな闘志に寒気を感じていた。

レフィーヤは身を呈して助けてくれたことに恩を抱いているが、ティオネと似たような気持ちだった。死すら恐れない、眼前に迫る怪物を殺すだけの()()()()()()()()()()()。そう無意識に感じてしまい複雑な気持ちになる。

 

「………?」

 

一方、ティオナは自分の今の姿に困惑する。

両頬が上気し、目が潤む。

鮮明に思い出すのは、鎧男の荒っぽい戦闘。物語に登場する英雄の姿とは程遠い血みどろの姿、幾百万の命が散る戦場で生き抜く鎧武将。血で血を争う圧倒的な雄の蹂躙。

すれ違った時、ティオナは鎧男と一瞬だけ視線が交差した。黄色のゴーグル越しに光った二つの赤い視線——まるで血に染まった眼光——を思い返し、ティオナは無意識に体の奥が熱くなるのを自覚する。

 

(な、何ッ……この気持ち……?)

 

ティオナ・ヒュリテ、アマゾネスとしての本能を刺激され、強い雄に惹かれる姿になっている。

その感情を“恋”と認識するのも、そう遠くない話だ。

 

(強い……とても駆け出しとは思えない……)

 

一方、ティオナと違う意味で刺激を受けた少女が、この場にもう一人いた。

自分達すら苦戦した相手を単独で倒した。

ミノタウロスとは違う鎧と戦法で、格上の相手を灰に還した。

その圧倒的な強さにアイズは興味を示す。

 

(あの人の強さの秘密を知れば、私はもっと強くなれる……!)

 

より強さを求める少女は鎧男の正体、長い蒼髪の少年の姿を思い浮かべる。

今度こそ絶対に会う、と決意を込めて。

 

 

 

 

 

 

……幸祐の姿を見ていたのは彼女達だけじゃない。

 

「………覚醒する前触れか。二度と起きないこともありえるがな」

 

オラリオの都市に境界線を張る壁。その頂上、幸祐の戦闘の一部始終を達観していた男がいた。

黒のスーツ服姿の黒髪黒眼の男。二十代後半に差し掛かるような風貌で、どことなく幸祐と雰囲気が似ている。

主神である女神にそそ抜かされた時は冗談と思ったが、意外にも想定外の活躍だった。

あれほど強い殺意と憎悪を抱え、敵を容赦なく殲滅する覚悟を備えるなら…自分の野望のための道具、もしくは障害となるかもしれん……男は期待する。

 

「———異世界の戦極時代突入、か……」

 

踵を返して壁の上から立ち去る。

男の手元には、メロン柄の錠前が握られていた。



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第拾弐話 白兎娘VS白猿怪物

建物の影が差し掛かった路地裏の通路。

そこには黄色の鎧が消失して元の姿に戻った幸祐がいた。

食人花を撃破した後、もう止まる必要もなかった幸祐は即座にあの場を去った。アイズ達に悟られないように、逃げるように消えたのだった。

そして現在、重症を負った体を引きずり回す。

鎧を解除した途端に身体中の苦痛が押し寄せ、体の穴が空いた箇所から夥しい量の血が流れる。激しい運動をしたことで、骨や関節のあちこちが悲鳴を上げている。

 

(か、勝った……! ザマァ見ろッ……!!)

 

しかしその表情は苦痛に歪むことはなかった。むしろ仇敵を倒したことで憂さ晴らしを完了した高揚感に包まれる。

……しかし、彼はまだ役目を終えていない。

そして幸祐は無理矢理にでも体を動かせて、ベル達がいる方面へ足を運ぶ。

 

(まだもう一匹、逃したままだッ……早く、早く……!)

 

元々いた二匹のシルバーバック。もう一体をまだ逃したままだった。

重く感じる足を動かし、一歩ずつ前へ進む。

眼前に光が差し込まれた角が見えた。

角を曲がった時、白い輝きを見せる白髪の少女の姿が幸祐の視界に入る。

 

「ッ! べ———」

 

『ガァアアアアアアアア!!!』

 

ベルの名前を呼んだ幸祐の声が、シルバーバックの咆哮にかき消される。

シルバーバックはベルに目掛けて両腕に巻かれた巨大な鎖を振り落とす。

 

「——ふッ!」

 

しかし、その鎖でベルの体は砕かれることはなかった。ベルは黒い刀身のナイフを片手に持ち、シルバーバックの鎖をかけいで逸らしたからだ。

 

『グゥゥゥ……!!』

 

「………!」

 

白い体毛に紅眼の巨大猿の怪物と、白髪に紅眼の小柄な体格の少女。二つの視線が交差する。

 

『グォオオオオオオオオオ!!』

 

「ハァアアア!!」

 

雄叫びを上げながら振り下ろされた巨大な拳を、ベルは今までとは比べ物にならない敏捷で避けた。と同時に、シルバーバックの腕の上を駆け巡り、頭部の装甲を切り裂いて剥がしていく。

厚い装甲を果物のように斬り裂く黒いナイフの切れ味に、幸祐は驚いてしまう。

 

(ベルの足が速い…いや、あれは加速し続けている……?)

 

ベルの足に蓄えられた脚力が駆け抜ける加速度を上げ続ける。それは幸祐も追いつけそうにない素早さにまで発展している。

一撃離脱を駆使した、ベルに最も適した動き。

再び地面を蹴り出し、シルバーバックの周囲を駆け抜ける。

死角を突き、シルバーバックの胸部の装甲の紐を切り裂いて、胸部を曝け出す。

決して折れることのない生きたナイフ、加速し続ける両脚、強敵の攻撃を見切る紅の瞳……それら全てがベルの力となり牙となる。

紅眼の視線を駆け巡らせて駆け抜ける白髪少女の姿は、さながら草原を住処にしている白兎。漆黒のナイフという牙を携えた白兎だ。

 

「ハァアアアアアアアアアアッ!!!!」

 

兎の如く、モンスターの頭上へ跳躍する。

頭上にかけられている洗濯紐を掴み、紐の張力を利用してシルバーバックとの距離を詰めた。

ベルの手元がモンスターの胸部へ引きずられ、漆黒の刃がシルバーバックの胸の中央部に深く突き刺さる。

 

『グォオオオオオオオオオッッ!!? ——オ、オォ…ォ……』

 

シルバーバックは痙攣を起こしたように両眼を端まで見開いて悶える。

やがて、プツン、と神経が切れたみたいに静止し、弱々しい声を漏らして盛大に背中から倒れこむ。

モンスターの背中が地面に触れたのと同時に、その巨体は爆散し、灰になって魔石だけが残った。

カラン、と漆黒のナイフが石畳の上を転がり、紫の光を放ってベルの元へ転がり落ちる。

 

「や、やったの……?」

 

ベルの口からそんな呟きが流れた途端、

 

『わぁあああああああああああああああああッ!!!!』

 

ダムが決壊されたかのような音量で歓喜の声が鳴り響いた。

ベルとシルバーバックの攻防を陰で観ていたダイダロス通りの住民達が歓喜を爆発させていた。先程までモンスターに支配されていた恐怖心が嘘のように消え、窓や扉を開けて一斉に飛び出す。

遠方から見ていた幸祐も、ベルの姿に圧倒されていた。まるで偉人の歴史の証人になったかのような気分だ。

 

「やったぁああああああ!! やったね、ベル君!」

 

「はい! 神様のお陰です! ありがとうございます!」

 

満面の笑みのヘスティアがベルに抱き着き、ベルも笑顔で迎え入れた。シルバーバックという強敵を倒したことへの歓喜を隠そうとしない。

あっという間にベルとヘスティアは盛大な歓声と拍手に包まれる。

 

(ベル……あいつ凄いなぁ、ホント……)

 

それを遠目で見ていた幸祐も、血だらけの格好で微笑む。

自分がいなくとも、ベルは女神(ヘスティア)を守り切ることができた。

余計な世話だったかもしれない。

もう必要ない。いや、初めから必要とされなかったかもしれない、そう思い込む幸祐。

しかし、何故か心地良かった。

 

(良かったな、ベル……俺がいなくても…大、丈夫だ…な……)

 

役目を終えたことへの安堵感に包まれ、全身の力が風船のように抜け落ちる。

石畳の上に、ドシャッ、と音を立てて倒れる。

音に気づいて幸祐の姿を見た一人住民が悲鳴を上げた。その悲鳴に反応して、その場にいた全員が幸祐の存在に気づいてパニックになる。もちろんベル達も例外じゃない。

 

「コースケ君!?」

 

「コースケさん!!」

 

こちらの方へ走り寄り、覗き込んでくるベルやヘスティア泣きそうな顔を見て、幸祐の意識は闇へ葬られる……

 

 

 

 

 

 

地面に倒れた幸祐を介抱しようと周囲の人が集まる。

そんな光景を、フレイヤは面白そうに建物の屋根の上で眺めていた。

 

「ヘスティアには悪いことしちゃったかしら?」

 

反省している口振りだが本心は微塵も悪いと思ってない。

既にヘスティア達から興味が失せた様子で幸祐を見る。

 

「また、魂が昇華した。輝きを増した……貴方は一体どこまで、私を『魅了』させれば気がすむのかしら?」

 

恋する乙女のように呟く。

美の女神であるフレイヤは、食人花と闘った幸祐の蹂躙を見せつけられ、()()()()()()()()()

人や怪物も『魅了する』ことは幾度となくあったが、『魅了された』のはフレイヤも初めての体験。

普通なら神の思惑によって下界に住む人は感情を支配されるものだが、その人如きに女神であるフレイヤは心を支配されていた。

その事実に少しだけ悔しさを味わいながらも、彼に心を弄ばれているということに自覚しながら、フレイヤは心底嬉しそうに頰を赤く染める。

 

「また遊びましょう? その時はもっと輝きを見せてね? 愛しのコースケ」

 

フレイヤは「うふふ…」と妖美な笑みを浮かべながらその場を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

……懐かしい夢を見ていた。

幸祐が五歳の幼年期だった頃の夢。

パートで働く母親と、安いボロアパートに二人で住んでいた。

その頃から家事を教え込まれ、いつか自立できるように必要なことを叩き込まれた。貧しい暮らしで生活困難だったが、それでも幸祐にとっては幸せな毎日だった。

ある夕暮れに帰宅した日。

アパートの扉を開けた先、リビングで料理を作っている女性がいた。透き通るような蒼色の腰まで届く長い髪が特徴の女性。

その女性は、幸祐の母親である。

 

『……ただいま』

 

『おかえり〜……って、あれ? どうしたの幸祐? その怪我』

 

泥や木の葉がこびり付き、擦り傷を付けた体で帰還した、幼少期の幸祐。

転んだと誤魔化すが、母は何でもお見通しの様子だった。

その怪我は同年代の男の子達と喧嘩してできたものだ。

晩御飯を作っていた母は作業を中断し、エプロン姿のまま幸祐の前へ詰め寄りながら尋ねる。

 

『もう、どうして喧嘩なんてするの? 友達と仲良くしなさいって、いつも言っているでしょ?』

 

大抵、近所の同年代と喧嘩する理由は、幸祐の容姿に問題があった。

日本において非常に珍しい蒼色の髪、女の子とよく間違えられる綺麗な顔。これらが要因で同年代の子供達に虐められ、仲間外れにされることが多い。

しかし、今日の喧嘩の理由は、そんな単純なものじゃなかった。

 

『だって、おれがビンボーなのは母さんのせいだって、公園のみんなにバカされたから……!』

 

母親への侮辱が許せなかった。

大人の残酷さを知るには酷である歳だが、幸祐は自分がいる所作で母親に苦労をかけていることを知っており、罪悪感を抱えていた。

 

『……幸祐、お母さんのことで怒らないでちょうだい』

 

「ね?」といい聞かせ、ニッコリ、といつもの笑顔を見せる。

いつもそうだった。

納得できない理不尽なことがあっても、辛いことがあっても……母親は決まって『きっと大丈夫よ』という。

これが幸祐の母親がやる手口。こんな感じでいつも幸祐は母親のペースに呑まれるのだ。

母親は膝を地に付けて幸祐と同じ視線になる。

 

『お母さんはとっても幸せよ。だって、貴方がこんなにも優しい子になってくれたんだから』

 

そう微笑みながら母親は幸祐の体を抱きしめ、頭を優しく撫でる。

 

『これから貴方にはたくさんの辛いことや悲しいことが待ち受けているわ。けどね、それでもめげないでちょうだい。お母さんが貴方という大事な家族を得られたように、貴方は貴方の大事な『家族』を作ってね』

 

子持ちと思えない美しい容姿、優しく明るい性格。

誰よりも綺麗で強い女性——それが幸祐の母親に対する認識。

幸祐の蒼い髪質は母親の遺伝だ。周囲の黒髪の人とは違う異彩な色、だが幸祐は黒に染めようなどとは思わなかった。

 

『貴方の人生が幸せになることを、私はずっと祈っているわ……私の可愛い自慢の()祐』

 

『よくわからないけど、うん……』

 

幸祐……幸せな人生を歩めるように、そんな願いを込めて母親に名付けられた。

母親から授かった名前、母親から受け継いだ蒼色の髪……この二つが何よりの自慢で、とても大好きである。

だが反面、父親から受け継いだ骨格や眼の色彩が、幸祐は大嫌いだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

だんだんと意識が回復し、幸祐は視界を開く。

見たことない天井。自分の体がベッドで寝かされていることに自覚する。

そして自分の容態に少しばかり驚いた。

あれほど貫かれた身体中の穴が塞がれて内臓の修復もされていた。数時間前まで負っていた激痛が嘘のように消え去って、生きていることを実感する。

 

「コースケさん!」

 

「もう、君という眷属は無茶ばっかりして! まぁ、怪我人だから説教は勘弁してあげるけど」

 

視界に飛び込んできたのはベルの顔。

次に、怒りを通り越して呆れ顔のヘスティア。

ベッドの隣に椅子に座っている様子から、ずっと看病してくれたようだった。

幸祐の身が安定して二人は安堵する。

 

「あの後は大変だったよ。ベル君の余ったポーションを飲まなかったら、君は今頃死んでいたんだよ?」

 

ヘスティアは後の流れを説明する。

ここは『豊饒の女主人』、そこの二階の別室。

致死状態の幸祐をポーションで回復させたまでは良かったが、その後はダイダロス通りの住人達が幸祐の体を運ぶのを手伝ってくれたらしい。

そしてシルに偶然会い、ここで安静するように提供してくれたのだ。

今回の事件、怪物祭(モンスターフィリア)で起きたモンスター騒動も、【ガネーシャ・ファミリア】の迅速な対応と他の【ファミリア】の依頼で既に鎮静化した。ただ、犯人の証拠も動機が見つからないままで終わった……とのこと。

幸祐は「心配かけた」と頭を下げて会話を切り終える。

しかし、ヘスティアの話はそれで終わらなかった。

 

「それから、コースケ君。君に聞きたかったことがあるんだ。ずっと前から」

 

ヘスティアの真剣な眼差しに、幸助は一切の嘘も許されないと知る。

 

「君をずっと見てきたけど、ここに来てから君は心の底から笑ったことがないだろう?」

 

「ッ……」

 

図星だった。

表情に出さないように心がけていたものの、心に反映されていたようだ。

更にヘスティアはお見通しといわんばかりに、確信へと迫る。

 

「君は死んでこの世界に来たと語ったよね? けど、君はどうやって死んだんだい? ひょっとして君は……自殺しようとしてここに来たんじゃないのかい?」

 

「え……!?」

 

ヘスティアの指摘にベルは驚きを隠せない。

事前に『死んだ』と説明したが、『自殺した』とはいってない。嘘はついてなかったものの、女神の眼の前では誤魔化せなかったようだ。

対して幸祐は否定しようとせず、苦虫を潰したような表情になる。

 

「ああ、そうだよ……」

 

もう隠しきれないと確信する。

何よりも、ベルやヘスティアのように真っ直ぐな瞳に、隠し通すことに苦痛を感じ続けてしまう。

観念して幸祐は話し出す。

 

「俺の名前は桜庭幸祐。この名字は母さんの姓だ。その前は……鳳凰山(ほうおうざん)って姓だった」

 

幸祐の世界では、その単語を知らない者はいない。

鳳凰……どこの神話にも登場する不死鳥。その神聖な鳥の化身の一族と謳われる名門一族。

出生児はどれもある面でそれぞれ最優秀の評価を貰った秀才ばかり。学問やスポーツはもちろんのこと、商業、芸術……ありとあらゆる面で得一していた天才の集団。

 

「つまりコースケさんは、その世界では王族だったってこと?」

 

「まぁ、その解釈は間違っていないかな。ベル達の世界でいったら、俺は王国貴族の血を引いてるってところか……そこで俺は『()()()()()』と、不名誉な烙印を押された男だった」

 

それはベルとヘスティアの想像を遥かに絶するものだった。

幸祐は語り出した。

周囲に『一族の無能』と比喩され、世界から追い出された、哀れな男の軌跡を……



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第拾参話 雛鳥の巣

桜庭幸祐——その前は鳳凰山という名字を持っていた。

だが幸祐はこの名字を酷く毛嫌いする。

それこそ、この名字を名乗るなら名無しの方がまだマシだと、それぐらい嫌悪する。

———鳳凰山家。

室町時代から代々受け継がれた名門一族。

その一族は国家そのものを転覆させる権力と莫大な財産を抱え、ありとあらゆる日本企業の提供者(スポンサー)になっている。その影響力は日本の政治にも関与するほどだ。

世間から『憧れ』として見られると同時に、『畏怖』の対象として注目を浴びている。

何が『畏怖』か……それは奴等に『敵』と認識されることだ。

その一族の出生児はありとあらゆる面で優秀な成績を収め、社会的地位を潰せる権力を兼ね備えている。一族の者が問題を起こしたとしても、面目を保つために権力でその問題を塗り潰した過去が幾度もある。

……そんな家柄で生まれた幸祐。

彼は鳳凰山家の血を紛れもなく引いているが、彼は一族の一人である父と、当時働いていた妾の母との間でできた子供。

しかも、才能溢れる者が生まれる中、()()()()()()()()()()()

決して未発達というわけではない。ただ鳳凰山家の人間が異常すぎるため、比べればどうしても幸祐が劣っているように見えてしまった。

才能溢れる有能な子供しか認めない鳳凰山家から眉唾扱いされる。況してや幸祐は正式に迎えられた子供でない。

また、日本人には見られない蒼色の髪で毎日、虐めを受けていた。

幸祐が六歳になった頃、幸祐は不要な存在だと鳳凰山家に見限られ、母親共々一族から追放された。

幸祐は鳳凰山の名字を捨て、母親の名字である桜庭の姓を名乗ることになる。

身勝手に自分を作って見捨てた顔も知らない父親、そしてその父親の愚行に加担した一族を、幸祐は許せなかった。

幼少期からずっと『鳳凰山』と耳にするたびに、怒りが膨れ上がり、憎まない日などなかった。

 

『コラ、折角のイケメンが台無しだぞぉ? ほれほれ、笑え笑え〜!』

 

だが、幸祐の母親は恨み言を一切いわなかった。

元から明るい性格だった所以もあったのか、いつも笑顔を我が子に振りまいていた。苦労な人生を送ることになった元凶ともいえる幸祐に、愛を与え、自立できるように生きる術を教えた。

母親の両親、幸祐にとって母方の祖父母に当たる二人は既に他界したため、頼る人もいなかった。

それでも、二人は何とか生き抜いた。

だが、母は……幸祐が小学校高学年に上がった時、過労でこの世から去ってしまった。

幸祐は悲しみに明け暮れる日々を送っていたが、決して挫けることはなかった。

母との約束『自分の家族を守れる強い男になる』を忘れなかった。

幸い保護者がいなくても、母親が遺してくれた生命保険金があった。バイトで生活費を稼いで、一人で生きてきた。

母との約束を実現するために。

だが、世界は尚も幸祐に毒牙を向ける……

 

 

 

 

 

 

鳳凰山家を憎む者はそう少なくない。日本に貢献しているとはいえ、その権力で働いたいくつもの不正行為で人生を台無しにされた人々は数え切れないほどいた。

しかし見返すにも、逆に手痛い返り討ちにあう。社会的地位を脅かされることもあって、迂闊に手を出すことができなかった。

だから……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

鳳凰山の血を引いていると知った途端、周囲は鳳凰山家への恨み言や非難を全て幸祐にぶつけた。

鳳凰山家と関わりたくない周囲の人間は幸祐を無視した。時には、何の罪もない幸祐を殴りかかった人もたくさんいた。

八つ当たりにも甚だしい愚かな行為である。

挙げ句の果てに幸祐は、当時仲が良かった親友や彼女にまで裏切られ、学校だけでなく地域中で孤立してしまう。まだ十四歳の誕生日を迎えたばかりの頃だ。

全ては鳳凰山家の血縁者という理由で嫌悪されてしまう。

人間が持つ愚かな悪意を、幸祐は嫌という程、その身をもって知らされる。

普通なら、そんな過酷なことに陥ったのなら、人間不信になっても無理はない………だが幸祐はそうはならなかった。

母親との約束を忘れなかったからだ。

たとえ周囲から存在すら否定されたとしても、幸祐は絶対に諦めなかった。

そして幸祐が高校二年まで昇格し、十六歳の誕生日を迎えた日のこと。

幸祐を襲う最大の悲劇が訪れた……

 

 

 

 

 

 

陽が沈んだ時刻。

人気のない未使用の倉庫、幸祐は男達に殴られる。

下校途中、幸祐は一人で帰宅しているところを拉致され、気づいた時には数人の男達に囲まれていた。

首謀者は、金で雇った男達を侍らせて偉そうに踏ん反り返る青年。鳳凰山家現当主の息子、次期当主の第一候補。幸祐の異母兄に当たる男。

ゴミを見るような目つきで幸祐を見下し、殴られた様子を見て嘲笑う。

 

『俺から母さんや友達を奪ったのにも飽きたらず、俺の人生まで奪う気かよ、お前等は!?』

 

殴られて赤くなった頰を抑えながら、幸祐は怒り吐き出す。

どんな理不尽なことが起きても、幸祐の瞳から生気が消えることはない。

幸祐の不屈の精神に男は舌打ちし、幸祐の存在すら否定する罵声を浴びせる。

 

『何をほざいてるんだよ、ゴミ風情が。お前なんかに人権なんてあるわけないだろうが……この能無しのクズがよぉ!!』

 

パチン、と指を鳴らす。それを合図に男達は一斉に幸祐に襲撃をかける。

屈強な男達に袋叩きにされ、蹴り倒されて地面に横たわり、容赦も加減もされず蹴られ続けた。口から血を流し、肋骨にヒビが入っても、男達はイヤらしい笑みを浮かべるだけで止めようとしない。

その場に幸祐の味方をしてくれるものは一人もいなかった。

数十分にも及ぶ暴行がやっと終わり、男達は謝礼金を受け取ると退散する。

 

『いや〜、マジで最高のバイトだったな! 鳳凰山家の人間を殴っても良いなんてよぉ!!』

 

『でもさぁ、どうせなら性処理もした方がよかったんじゃねえか? 男のくせに女みてぇな面してるしよ』

 

『違ぇねえな! ギャハハハハハハ!!』

 

金で雇われた男達は下卑た笑い声を上げたまま去っていく。

幸祐は満身ボロボロになっていた。目元に傷を付けられて流血したり、顔の殴られた部分が腫れ上がったり、喉から吐瀉物が溢れ出そうで嗚咽感を催される。

男は幸祐の髪を乱暴に掴み上げて視線を合わせ、口角を上げて醜悪な顔を見せた。

 

『何でこんな目にあうんだよって顔だな? 教えてやるよ……お前が『無能』なのが悪いんだよ』

 

『こ、このッ……!!』

 

幸祐は忿怒に染まる。

その様子すら面白いといいたそうな、男は更に込み上げる笑いを堪えるように顔を歪める。

 

『序でに教えてやるよ、無能。あそこ……お前が護ってた居場所、買収しておいたから』

 

『ッ———!? ま、まさか……!?』

 

『じゃあな。無能の居場所なんてないってことを自覚しとけよ? クククッ……ヒャハハハハハハ!!』

 

目を見開く幸祐を放っておいたまま、男は醜悪な笑みを解放させてその場から去った。

誰もいなくなった倉庫。

幸祐はゆっくり立ち上がり、重症な体を引きずって歩き出す。

外は豪雨だった。

傷を負わされた箇所に雨雫が染みて激痛が走るが、幸祐はそれどころでなかった。

——確かめたい。

——違うはずだ。

——嘘だと信じたい、冗談でありたい。

 

(頼む……お願いだッ……!!)

 

一心不乱に小言を呟き、ずぶ濡れになりながら帰路を急ぐ。

……だが、そんな幸祐の願望を打ち砕くように、絶望的な現実が幸祐の視界に映る。

 

『そ、そんな……!!?』

 

幸祐は目の前の光景に呆然としてしまう。

両眼から熱が込もった雫、涙がこぼれ落ちた。

目の前に、()()()が隔たれていた。

『鳳凰山家、買収済』と看板が張り巡らされ、敷地内にあった建物は瓦礫の山と化している。

その土地は、幸祐の唯一の居場所、何がなんでも護りたかった依代——幸祐が住んでいるボロアパート……()()()()()()()()()()()()

 

『あぁッ……アアアアアアアアアアアアアッ!!!??』

 

内なる感情が全て絶望に染まり、一生分の涙を使い果たした。

この日、かけがえのないものを失ったのだ……

 

 

 

 

 

 

幸祐を襲う悲劇はそれだけで終わらなかった。

悲しみから脱する間もなく、幸祐は同世代の女子の私物を盗んだという噂が流れた。

もちろん、幸祐には身に覚えのないことだ。

だがそれは、能無しの凡才である恥さらしな幸祐を社会的に消し去るために、鳳凰山家が裏で手を回した陰謀であった。

幸祐は金の亡者に、慰謝料という強硬手段で母親の遺してくれた財産を没収された。

彼を信じてくれる者、救ってくれる者は現れなかった。誰もが上っ面だけの情報網を信じて、軽蔑し、汚物扱いして、誰もが彼を非難した。

幸祐は町内だけでなく世界中からも拒絶されてしまう。

——味方がいない。

——住む場所——思い出——も奪われた。

——社会的地位も奪われた。

——そして、生きる気力すら奪われてしまった。

『桜庭幸祐』という人間は、この時から既に殺されたも同然だった。

もう何もない、何も残らなかった。

全て呪われし一族に奪われ、弱肉強食の世界に食い破れてしまった。

この頃から幸祐は、生きること自体が苦行に思えるようになった。

 

『……もし天国へ逝ったら、母さんに会えるかな?』

 

飛び降りや首吊りと色々あるが、死んでもその身を鳳凰山家(ヤツラ)に利用されたくなかった。だからこの世に体が一切残らない死に方を選ぶ。

有名な自殺名所である火山地帯まで赴く。

因みに遺書は書かなかった。書き方も知らない。何より読んでくれる人——幸祐のことを気にかけてくれる人——がいないと思ったからだ。

立ち入り禁止の看板を通り過ぎ、火口付近まで足を運ぶ。

手荷物は山に捨ててきた。これから死に逝く自分には必要ないのだから。

 

『……ゴメン、母さん。俺も逝くよ』

 

この世に未練を残さず踏ん切りを付け、幸祐はその火口に身を投げ出した。

天国でも地獄でもいい。唯一の味方である母親の元に、『家』に帰りたかった。

マグマへ落ちる中、そんな願いを込めて、両瞼を静かに閉じた…………

 

 

 

 

 

 

▶︎△◀︎

 

 

 

「……と、これが俺の話だ」

 

——以上が、桜庭幸祐という男。その道筋である。

何の才能もないという理由で幸祐から大事なものを奪い続けた非道な一族。

その名門一族の血を引いているという理由で幸祐という人間を否定し続けてきた愚者。

自身のしたい選択をできず、周囲の悪意で人生を弄ばれ、最後には居場所すら取られて追い出されてしまう。

ヘスティアとベルの想像を絶する、悲惨な過去であった。

 

「まぁ、要するに俺は住処を追われて自殺しようとした結果、死ぬこともできずにここにいるんだ」

 

「な、何て酷いんだ! 最低な奴等じゃないか!? コースケ君のことを何も知らないくせに!!」

 

案の定、幸祐の話を聞いたヘスティアは怒りを隠そうとしなかった。

同じ人間同士なのに、どうしてそこまで外道な行為がやれるのか。

何より、大事な眷属をそんな目にあわせたことが許せない。

もし目の前に幸祐を貶した人が現れたら、ヘスティアは今すぐにでも殴りかかりそうな程、怒りに燃えている。

 

「………」

 

一方、ベルは黙りこくったまま顔を下へ向けたままだった。

それを見た幸祐は、惨めな過去を聞いて視線を合わせたくないほど軽蔑したのだと思い込む。

 

「俺はな……あの酔っ払い狼男が言った通り、本当は弱い人間だ。母親との約束すら守ることができなかった。生きることを諦めたのに、死ぬことすらできない、哀れな男だ……がっかりしたよな?」

 

これで終わった……

三度目の人生(チャンス)などない。追い出されて、途方に暮れて、独り寂しく死んでいく。

幸祐は人生が終わる覚悟を決めていた。

軽蔑され、幻滅されることなど目に見えている。

人の口から言われるより、自分から告白して幻滅される方がまだマシだった。

幸祐は自暴自棄になる。

 

「もう分かっただろ? 俺はお前達が想像していた理想の男なんかじゃない。現実から逃げ出してしまった腰抜けのどうしようもない——」

 

———ガタンッ!!

その時だった。

幸祐の話が遮られたのは。

立ち上がった衝撃で椅子が床下に倒れ込み、雷鳴を起こすような大声を張り上げる少女がいた。

 

「————いい加減にしてよ!!!」

 

雷鳴が訪れたようにベルは激怒する。

立ち上がり、幸祐を睨みつけて怒りを露わにする。

 

「べ、ベル君? いきなりどうした——」

 

「神様は黙っててください!! 後でちゃんと聞きますから!!」

 

「ア、ハイ」

 

激昂してヘスティアを強制的に黙らせる。

普段の彼女からは想像もつかない威圧に、ヘスティアはいそいそと座る。

ベルは幸祐に視線を変えて続ける。

 

「さっきから黙って聞いていれば……どうして、そんな自分を卑下することしかいえないの!? 貴方がそんな無気力な人だっていうのなら、いつも貴方に助けられた私は何だっていうの!?」

 

くどくど怒り口調のまま喋り続け、口を閉じようとしない。

その怒り口調の姿はどこかの担当ハーフエルフを思い出させるものだと、幸祐は少しビクつく。

隣にいるヘスティアはというと、ベルの豹変ぶりに肝を抜かれた状態で萎縮する。

やがてベルの紅瞳から涙がポロポロと流れ出す。

涙を流しながら、怒りを抑えないで、ベルは激昂する。

 

「私にっ、私達に一人にしないでって約束したんじゃないの!? いつも私達の意見を聞かないでっ、勝手に助けて死にかけてっ……少しは私達に相談の一つもしてよ!! このバカーーーーー!!!!」

 

ベルは何度も幸祐に救われた。

【ファミリア】の副団長になってくれた。

ミノタウロスから庇ってくれた。

自分のことより【ファミリア】のことを考えてくれた。

モンスターから庇ってくれた、血だらけの格好になってまで。

ベル・クラネルという少女は、義理の祖父に愛情を込められて育った賜物もあり、誰よりも心優しい娘へ成長した。

困っている人や泣いている人を自分より優先し、人を助けることに喜びを見出せるような強い少女だ。

その人がこんなにも死にたがっていることに気づかなかった自分が……とても腹立たしかった。

 

「お、お前は、何でこんなにも…俺を助けようとするんだよ?」

 

幸祐は不思議で仕方なかった。

普通の女なら、逃げるように自殺した男なんて幻滅して毛嫌いするに決まっている。役に立たないと知った途端、盛大な罵声を浴びせた上で追い出すはずだ。

……なのに、ベルは怒っているだけ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それ以上もそれ以下の望みも必要しない。

 

「まだ分からないの!? コースケさんを……大切な人を助けるのに理由なんていらないよ!」

 

「え……?」

 

幸祐はベルに『大切な人』といわれたことにポカンとする。

するとベルは、幸祐の胸倉を乱暴に掴んで眼前まで顔を近づける。

体格差や身長差の所作で傍から見れば少女に構っている男にしか見えなかったが、幸助は普段のベルとは思えない豹変ぶりに体が固まってしまう。

 

「コースケさんが、その酷い人達に何といわれようと関係ない! 私はコースケさんだから助けたいの! コースケさんが『サクラバ・コースケ』って人だから救いたいの!! もう貴方はこの【ファミリア】にとっても私達にとっても、かけがえのない人なの! いい加減気づいてよッ!?」

 

——幸祐が『桜庭幸祐』という人だから助けたい。

誰かにいって欲しかった言葉を、ベルの口から聞かされた。

鮮明に、幸祐の頭に過ぎった。

ベルやヘスティアと過ごした数日間。

寝ている最中に寝床に潜り込み、隙あらば肌に直接触れようとする、明るい性格のヘスティア。

真っ赤な顔になって慌てるベル。歳相応の可愛い笑顔を見せるベル。そして初対面の際、異世界から来た素性も知らない怪しい男を全く疑わず、屈託の笑みを浮かべて受け入れたベルの顔。

ようやく幸祐は『ベル・クラネル』という少女の人間性を理解した。

ベル・クラネルは人を疑うことをしたいのではない、()()()()()()()()()()

こんな善意が詰まった少女からすれば、人を見捨てるという選択をする方が無理な話なのだ。

 

「私が、私達が貴方の居場所になるから、絶対に裏切らないから…だから……ここにずーーーっといてよ!! ()()()()!!!」

 

「は、はい……」

 

涙で爛々と紅眼を輝かせながら眼前に迫るベル。

泣きながら怒るという器用かつ勢いの強い気迫に負け、何故か丁寧語になった幸祐であった。

それを見ていたヘスティアはポカンとしていたが、ハッと気が付いて「え、えと、ベル君に全部いわれちゃったけど……言質は取ったぜ、コースケ君!」と幸祐にビシッと親指を立てていた。ハッキリいって、ヘスティアは何もしていない。全部ベルが勢いに任せて解決させたのだった。

 

「ひぅッ…うぇえええええッ……!」

 

ベルは我慢できず、声を上げて泣き出す。

幸祐の胸に抱き着いて、ただ泣きじゃくった。

自分のために泣いてくれている。

そのことに戸惑いながらも、幸祐は優しくベルの頭を撫でる。

ヘスティアは微笑ましそうに、二人を眺め続けた……

 

 

 

 

 

 

「う、うぅ〜……私ったら、あんなに怒鳴っちゃって」

 

「いやいや、ナイスだったぜ? ベル君」

 

数分後、ようやく泣き止んだベル。顔を真っ赤にして恥辱心に染まっていた。

その隣でヘスティアはよくやったといいたそうに慰めている。

 

(この二人、本当に警戒心なさすぎるだろ……)

 

内心ではそう呟くも、幸祐は無意識に笑みを浮かべる。

ベル達の本心を知ることができた。

二人共、【戦武将(アーマード)ライダー】としての幸祐を、強い冒険者としての幸祐を必要としていない。

()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……ベル。一つ聞いてもいいか?」

 

「ふぇ? な、何……?」

 

真っ赤な顔を幸祐に見せる。

幸祐は、どうしても彼女の真意を確かめたかった。

 

「この世界は、お前が思ってる以上に残酷なんだ。英雄になりたいお前の夢を馬鹿にして、お前の想いを利用とする奴も現れる……そうなったら、お前はどうする?」

 

半妖精の赤騎士に気付かされた現実。

英雄志願の娘に対する迷宮都市の現状。

その問いに悲観することなく、ベルは自信満々気味に答えた。

 

「——それでも私は笑うよ。笑って誤魔化して、いつの日か絶対、皆を笑顔にさせる『英雄』になるんだ」

 

確固たる意志。曲げることのない英雄志願。それがベルの強さの一つ。

幸祐は「そっか……」と口にして、ヘスティアはどこか誇らしげに表情を緩ませる。

 

「あと、俺のこと呼び捨てにしたよな?」

 

「あ!! そ、その……」

 

ベルは思い出したように慌てて、口をモゴモゴする。

本当に先程まで怒鳴り散らした少女とは思えない。

ちょっとした仕返しのつもりだったが、少し揶揄いすぎたと内心反省する。

 

「まぁ、俺の方が頼みたいんだけど……俺のことは『コースケ』って呼び捨てにしてくれないか?」

 

同じ【ファミリア】で、団長と副団長なのに、団長の方が『さん』付けは可笑しいと思った。

何より、どうにも『さん』付けは性に合わない。他人行儀な気がして、幸祐は苦手である。

信頼できる関係でありたいからこそ、幸祐は馴れ馴れしい呼び名で呼んで欲しい。

 

「……うん。分かったよ、コースケ」

 

幸祐の意図を察知して、ベルも笑みを浮かべながら了承する。

確認したいばかりに、ベルとヘスティア、二人の顔を交互に見て尋ねた。

 

「もう一度聞くぞ。ヘスティア、ベル……俺は、ここにずっといても良いのか?」

 

『もちろん!!』

 

即答。迷う素ぶりが一切ない様子で、二人の少女は満面の笑みを浮かべて答えた。

その表情を見るたびに、幸祐の頰が自然と緩み出し、本当の安堵感に包まれる。

替えなんていない、この娘達にとって自分は必要とされる存在だと、幸祐は生きている実感を取り戻した。

 

(確信した……この娘は、ベル・クラネルは絶対、未来の英雄になる。そのためなら俺は……)

 

幸祐の中で、新たな生き甲斐が見つかった。

この少女(ベル・クラネル)を、誰もが憧れるような英雄にしてあげたい、少女の夢を叶えてあげたい。

そのためなら、自分は彼女の英雄譚の脇役をやりとげよう……と。

 

「……ありがとう」

 

その言葉が幸祐の口から出たと同時に、ヘスティアとベルは幸祐の胸に向かって抱き着いてきた。二人は口々に「よく頑張ったね、コースケ君!」「泣いてもいいんだから、もう無茶しないでよね!」と涙ぐんだり笑ったり背中を撫でたりポンポンと優しく叩いたり、幸祐を抱きしめる力を緩めようとしない。

幸祐の瞳から涙は零れ落ちなかった。とっくに枯れ果ててしまったと、自分は冷徹人間と卑下する。

だが、胸の内が暖かくなっていくのを噛み締めた……

 

(ああ、そうか……ここが俺の『家』なんだ)

 

二人の少女に抱きしめられながら、幸祐は少女達の優しさに包まれる。

その日を境に、幸祐は悪夢に魘されることはなかった。母を亡くした夢も、人に嘲笑われる夢も見ることはなかった。

何年も味わってこなかった安眠を噛みしめられる。

住処を追われて世界から追い出された少年は、異世界で信じられる眷属(かぞく)に巡り会うことができた……

 

 

 

 

 

 

しかし、幸祐を襲う毒牙はこの世界にもある。

強敵と出会い、友の裏切りにあい、悪意に翻弄され……やがて戦極の世に投入されることになる。

オラリオにとっても前代未聞となる戦乱の世に巻き込まれる。その未来から逃れる術がないことを……幸祐達はこの時、知るよしもなかった。

 

 

 

世界を己の色に染める。

 

その栄光を、重みを、彼等は背負えるか?

 

人は、己の命一つすら思う通りになれない。

 

誰もが逃げられず逆らえず『運命』という名の荒波に押し寄せられる。

 

だが、だがもし……その運命に抗える力を持てば———

 

 

 

ここからが迷宮都市(オラリオ)全体を揺るがす、彼等の本当の【戦極史伝(ステージ)】の開幕である。

 



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第拾肆話 どこがおかしい

オラリオの昼下がりの時間帯。

幸祐はバイトに精を出している。というのも、モンスターとの死闘で致死量を負うほどの怪我をしたことをエイナにバレてしまったため、一週間ダンジョンの出禁を命じられてしまったのだ。

幸祐が今やっているのは、エイナの伝で紹介されたギルド関係の配達冒険者依頼(クエスト)。エイナ達ギルド職員から配布される他の【ファミリア】当ての荷物などを送り届けては領収書を回収するという、初心者向けのバイトに近かった。

この地に来てまだ日が浅い幸祐は地名を知らない故にキツイかもしれないが、この地をよく知るには好都合である。

最後の便を送り終えてギルドへ戻る道中、幸祐は周囲を見渡した。

 

(ここって、こんな綺麗な街だったんだな……)

 

幾らか心が穏やかになり、改めてオラリオの街並みを眺め、その度に新鮮さを感じる。

独りのままだったら気付きもしなかったであろう。自分を散々な目にあわせた元の世界を恨んでいるけど、ベル達に会わせてくれたことだけには感謝している。

ギルド入り口に足を踏み入れたところで、

 

『ベ〜ル〜ちゃ〜ん? キ・ミ・という冒険者はーーー!?』

 

『ごごごごごめんなさいッ!?』

 

ギルドの方から聞き覚えのある声が聞こえた。

視線を向けると案の定、本日七階層から帰還したベルと、アドバイザーであるエイナがいた。

机に両手を叩いて睨みきかせていたエイナと、その威圧にベルはビクビクしながら蛇に睨まれた蛙状態になっている。

 

「私の言ったこと全ッ然ッ分かってないじゃない!! この間まで六階層を越えたのに、今度は七階層ですって!? 君は危機感が足りない! 今日中にダンジョンの恐ろしさを徹底的に叩き込んで、その好奇心を矯正してあげる!!」

 

「ヒィッ!? ……ま、待って、エイナさん! 私の【ステイタス】が、アビリティがEにまで上がったんですって!」

 

「……E?」

 

ピタンと目を丸くさせて動きを止めるエイナだが、すぐに信用できない表情を浮かべる。

 

「そ、そんなこと言っても騙されるわけ——」

 

「本当のことですよ、エイナさん」

 

頃合いを見て乱入する幸祐。エイナの鬼のような形相に慄いたため出番が遅れたが、その場でベルの弁護をする。

 

「あ、コースケ君! 配達ご苦労様」

 

「コ、コースケ〜〜!!」

 

バイト帰りの幸祐にお疲れ様の笑みを向けるエイナ。

ベルは幸祐の姿を見るなり、弁護人登場に感涙して幸祐に抱き着く。傍から見れば白髪美少女と蒼髪美女が抱き合う絵面だが、幸祐は男なので、独身男が幸祐の性別を知った上でこの光景を見れば歯ぎしりしながら嫉妬することだろう。

幸祐は軽くハグしながらベルを地面に降ろし、エイナと対面する。

 

「それでコースケ君。ベルちゃんの【ステイタス】がEになったって、本当なの?」

 

真剣な表情で再度尋ねる。

幸祐とベルは悪巧みで嘘をつくような人種ではないとエイナも承知している。しかし、今までの冒険者達の記録から推察しても、ベルと幸祐の言葉にはどうしても信憑性に欠けてしまう。

 

「本当です。俺も模写でベルの【ステイタス】を見ましたから…… まぁ俺のより普通だから、特に気にも留めなくて良いんじゃないんですか?」

 

「………え?」

 

一瞬、エイナの中で刻が静止した。

幸祐の『普通』という発言に反応を示して。

 

「ちょっと待って、コースケ君。その言い方だと、君の【ステイタス】がベルちゃんより異常だと聞こえるんだけど……私の気のせいかな?」

 

「いや、うちの主神から見ても異常らしいですよ?」

 

曖昧気味に答える幸祐。

娯楽好きで下界に関することなら大抵動じない神々。その一神(ひとり)であるが『異常』といった。

エイナの背中に冷たい汗が滴り落ちる。

正直、嫌な予感しかしなかった……

 

「……ねぇ、コースケ君。私にも、君の【ステイタス】を見せてくれないかな?」

 

「え?」

 

「ああ、別にコースケ君を疑っているわけじゃないの! そこは本当に勘違いしないでね!? ただ……やっぱりこの目で見ないことには」

 

エイナ自身、幸祐達の主神であるヘスティアの方が間違った情報を伝達してしまったのではないかと考えてしまう。この間までステイタスがHだった駆け出しの娘が、いきなりEに上昇するなんて稀にないことだ。

証拠となるものを提示しないことには信用することができない、というのがエイナの心情なのだと幸祐は理解する。自分も同じような立場だったらと思い、特に嫌な顔をしなかった。

 

「でも、冒険者って【ステイタス】を見せてはいけない決まりがあるんじゃ?」

 

「もちろん金輪際内緒にするよ。もし公に晒されることになるなら、私も相応の責任を負うから。ダメかな……?」

 

「……まぁ、別に良いですよ。別にスキルも魔法も発現していないんで、大した情報は載ってないですけど。いいか、ベル?」

 

「うん、それで七階層まで行っても良いなら……」

 

「んじゃ早速——」

 

ベルの承諾も受け取り、幸祐はその場で上の服を脱ごうと手にかける。

それを見てエイナとベルは慌てて止めに入る。

 

「わーーー!? ストップストップ、コースケ君! こんなところで上半身裸になるなんて何を考えているの!? 周囲の視線を考えなさい!」

 

「ダメダメ!! コースケさんが胸を男の人の前で晒したら大惨事になるよ!? 襲われても知らないんだからね!?」

 

「いや、裸になるもなにも、俺は男なんだけど……」

 

『それでもダメ!!』

 

幸祐の「自分は男だ」という主張は二人の女に却下される。たとえ事実だとしても、幸祐の顔は美女よりで、身体もマッチョマンというより細身である。まぁ要するに、パッと見、幸祐はそんじょそこらの女性より美女らしい風貌なのだ。そんな男が上半身を剥き出しにさせれば、その手の趣味の男女を欲情させることになる。

 

「ほら、個別の部屋でなら脱いでも良いから! ね!? 私の担当冒険者が胸見せたがりの露出狂なんて嫌だからね!!」

 

「だから、俺は男なんだってばーーー!!」

 

ギルド中に幸祐の心からの叫びが響き渡った。

後に幸祐は唱えた、「嗚呼、男と見られずこと、いと哀しき(なり)」と。

 

 

 

 

 

 

一悶着あってから、エイナが用意した個室に集まる。

他所の【ファミリア】やギルド職員に知られることはない。遠慮はいらなかった幸祐は上の服に手をかける。

二人に見せつけるように上半身を露わにして、後頭部で纏められた蒼髪のポニーテールを前に持ってきて背中——背中を埋め尽くすように刻まれた【ステイタス】——をエイナに見せやすいようにして、椅子に腰掛ける。

 

「んじゃ、確認お願いします」

 

「う、うん。それじゃあ……」

 

綺麗な蒼髪が退かされて露わになった背中。意外にも鍛えられた細身の筋肉質な上半身に、エイナは見とれながらも首を左右に振って誘惑を取り除く。幸祐の上半身を遠目で眺めるベルも「う、うわぁ~…!」と、耳まで真っ赤になって手で顔を隠すが指の間からチラチラ見ている。

変な気分になるのを抑えながら、エイナは【神聖文字(ヒエログリフ)】の解読に入る。

 

 

 

サクラバ・コースケ

 

Lv.1

 

力:H190→B799

 

耐久:H184→A820

 

器用:H157→B763

 

敏捷:H185→B785

 

魔力:I0

 

戦武将:G→C

 

《魔法》

【】

 

 

 

これが最近更新した、幸祐の【ステイタス】。

 

「………」

 

当然の如く、エイナは開いた口が塞がらなかった。人間、本当に驚いたら何も言葉を発せなくなるという事実が確証された瞬間だ。

冒険者登録してからまだ二ヶ月も過ぎていないというのに、【魔力】のステイタスを除いて、どの項目も600加算されていた。加えて、駆け出しのLv.1だというのに既に発展アビリティが加算されている。いかに【戦武将(アーマード)ライダー】といえど、ここまでの成長率をエイナはお目にかかったことがない。

因みにベルの【ステイタス】もエイナが息を漏らすほど成長しているのだが、これを見た後だと可愛く思えるだろう。

背後でそんな表情をするエイナを見て、幸祐は他人事のように呟いた。

 

「やっぱりエイナさんもそんな顔するか。ベル達も似たようなリアクションをしたけど……これってそんなに凄いのか?」

 

『当たり前だよ!!!!』

 

呑気に尋ねる幸祐に、ベルとエイナの総ツッコミが炸裂した。

エイナは確信している。以前と比べて、幸祐は改善した。自分の命を軽々しく捉える思考にならなくなった。

しかし悩みの種が消失したわけではない。本音を晒け出すようになったものの、幸祐はどこか世間とはズレてるところがあった。

好奇心旺盛で危険知らずの少女(ベル)と、色んな意味で常識知らずの少年(コースケ)。この二人が自身の担当冒険者であり、自分(エイナ)は二人に振り回されることになるだろうと、盛大に溜息を溢してしまう。

 

「コースケ君、明後日からまたダンジョンに潜り込むんだよね?」

 

「はい、そうですね」

 

確認を終えて服を着ながら呑気に答える幸祐。

明後日で七日目、幸祐に命じられたダンジョン禁止令が解かれる日でもある。

幸祐のこの【ステイタス】なら七階層進出の禁止を言い出しにくい。何の問題も起こらなければ、たとえ単独(ソロ)でも大丈夫なはずだが、エイナは不安でしょうがなかった。

ベルと幸祐の身だしなみを見る。ギルドから支給された装備も壊れて、貧相な装備。危険地帯なダンジョン探索には向かない防具である。

 

「ねぇ、ベルちゃんにコースケ君。明日、予定空いているかな?」

 

『……はい?』

 

 

 

 

 

 

一方その頃、ベルと幸祐の主神ヘスティアはというと、

 

「いらっしゃいませー! 美味しい美味しい、新作じゃが丸くんだよー!」

 

ジャガ丸くんの屋台にて、ヘスティアは大声で宣伝していた。

へファイストスにベルのナイフを製作した際、借金を負ってしまったため、より一層バイトに精を出している。

頃合いを見て、通り道から視線を逸らす。

周囲に人目がないことを確認し、懐から幸祐の【ステイタス】が書かれた紙を取り出して眺める。

 

 

 

サクラバ・コースケ

 

Lv.1

 

力:H190→B799

 

耐久:H184→A820

 

器用:H157→B763

 

敏捷:H185→B785

 

魔力:I0

 

戦武将:G→C

 

《魔法》

【】

 

《スキル》

 

武将真剣(アーマード・アームズ)

・多種の甲冑や武器の装着及び使用可能。

・一定時間通常より力・耐久・器用・敏捷が向上。

・敵を倒すたびに熟練度が上がる。

 

王族血統(オーバー・ロード)

・自分の出生に反発するほど早熟する。

・激情にかられるほど効果向上。

・魅了にかからない。

 

【####】

・ーー五ーーー。

・ーーーーーー。

・ーーーーー。

 

 

 

幸祐に備わる《スキル》【王族血統(オーバー・ロード)】。この《スキル》に加え、今まで体験した激戦が成長の秘密であった。

激情にかられるほど効果が向上する。

これまで遭遇した強敵であるモンスター達に激情——途方もない怒りや殺意の感情——を示したことで【ステイタス】が大幅に加算された。

言うなれば、本人の精神が昂ぶるほど【ステイタス】が勝手に加算されていく、チート級の成長《スキル》である。

特に幸祐は自分の出生——鳳凰山に対して増大な反発心を抱えている。それによって早熟の効果もかかって成長速度を益々上げていた。

そして、新たに発現した《スキル》、詳細はまだ不明だが、女神(ヘスティア)の勘が叫んでいる。これは幸祐の新たな力になり、死に至らしめることもありえる諸刃の劔だと。

 

(はぁ〜、これに加えて、ベル君もレアな《スキル》を持ってるんだぜ? ボクの【ファミリア】は退屈しないというか、疲れるというか、隠し通すボクの身にもなっておくれよぉ……)

 

いずれにせよ、幸祐に知られるわけにはいかない。そうなれば彼は本当に死に急いでしまうに違いないからだ。恩義を感じた【ヘスティア・ファミリア】のために体を張って、文字通り死ぬ気で奮闘するに違いないと、女神の勘が唸っていた。

やれやれ、と愚痴を内心で呟きながらヘスティアはバイトに精を出す。

 

 

 

 

 

 

その晩、夜空に満月が打ち上げられる。

空に最も近いバベルから見るその風景は実に鮮やかであり、どれほど時間を有しても飽きはしない。

月夜に照らされた道を歩きながら、興味なさそうに一人の男は素通りする。

 

「———待て」

 

ピタ、と足を止める。

背後へ振り向くと、そこには二倍近くもある身長と巨体な男、オッタルがいた。

 

「貴様、何処へ行く?」

 

「……迷惑はかけない。俺の好きにさせてほしい」

 

男は淡々と答え立ち去ろうとする。

だがオッタルは男に威圧をかけて留まらせた。

オラリオ有数の上級冒険者でさえ思わず身震いしてしまう、世界最強冒険者からの威圧を受けて、男は退屈そうに見つめるだけだ。

 

「俺はこう聞いた、何処へ行く? と……答えろ」

 

分かっていたが、主神(フレイヤ)と違って融通の効かない団長(オッタル)に溜息を吐く。目の前の男は猪人(ボアズ)——猪だが、フレイヤの命令には誰よりも忠実。限りなく忠犬に近い。

男は内心、愚痴を隠し切れなかった。どうしてここの団員は全員、女神(フレイヤ)のこととなると血気盛んになるのか、と。

 

「勝手な真似は許されない。あの方を悲しませるのなら——」

 

「———止めなさい、オッタル」

 

「ッ、フレイヤ様?」

 

フレイヤの登場にオッタルは慌てる。寡黙で迷宮都市(オラリオ)で唯一のLv.7で【猛者(おうじゃ)】と謳われる男にしては珍しい光景だが、【フレイヤ・ファミリア】内ではよく目にする。別にオッタルに限った話じゃない。この【ファミリア】にいる大抵の者はフレイヤの大胆な行動に肝を抜かれることが多々ある。

 

「良いのよ、オッタル。彼の好きにさせてちょうだい」

 

「はっ」

 

フレイヤの命令に従い、オッタルは後方へ退がる。

それを確認したフレイヤは男の元へゆっくりと歩み寄る。近くまで来ると、男の頰に手を添えて囁いた。

 

「その代わり……あの子の魂を、もっと輝かせてね?」

 

「………それは俺がやることではない」

 

女神(フレイヤ)の放つ『魅了』に感化されないような態度で呟き、男はフレイヤ達の前から立ち去る。

残されたオッタルは、面白そうに微笑むフレイヤに話しかけた。

 

「よろしいのですか? あの男に任せて……もし、サクラバ・コースケに万が一のことがあれば」

 

「大丈夫よ」

 

オッタルの口に人差し指を当てて、フレイヤは微笑みを見せる。

 

「貴方は心配性ね。私の心を見染めたあの子が、そんな簡単に死ぬはずないでしょう? ……それにどの道、私は彼に任せるつもりだったのよ。言う手間が省けたわ」

 

そう言い、男が去って行った方へ視線を向ける。

男は突然迷宮都市(オラリオ)に現れ、画期的な考えと強者に勝る実力で、あっという間に【フレイヤ・ファミリア】内でもトップを争うようになった。

フレイヤはこれといって男に惚れなかったが、興味を持ち始める。

彼の魂は燻んでるように見えるが、奥底に眠る野望の火を絶やすことはない。いつも消極的な言動で他の冒険者より一歩引いても、その火は絶えず燃え続け……つい最近になって炎と化した。

 

『この祭に行きなさい。きっと面白いものが観れるわよ? 貴方にとって、ね……』

 

主神命令として祭に行かせたあの夜から、マッチを灯すだけだった男の魂は、ドス黒い炎へ燃え上がった。

フレイヤは目を細めながらオッタルに問う。

 

「……ねぇ、オッタル。『運命』を、貴方は信じるかしら?」

 

「いえ。自分はそのようなものには全く」

 

「そう……」

 

オッタルの言葉に、特に不満を感じないフレイヤ。

運命を感じた。自分ではなく、幸祐と男の関係を。

Lv.4のままでありながら、間違いなく世界最強の【戦武将(アーマード)ライダー】と断言できる男。

つい最近現れて女神に恋心を煩わせた、発展途上の【戦武将(アーマード)ライダー】の幸祐。

この二人はどこか同じ接点があり、宿命という運命の糸で結ばれていると、フレイヤは確信する。

自分よりも先に愛しの男に会いに行くものだから、声に出さないものの、フレイヤはついつい男にヤキモチを抱いてしまう。

——だが、それがいい。

——そうこなくっちゃ、面白味に欠けてしまう。

あの男の方が、きっと幸祐の魂を輝かせてくれるに違いない。他ならぬ彼なら……口には出さずとも、フレイヤは期待を隠せなかった。

 

「頼んだわよ、 ラプター——【斬月(ざんげつ)】」

 

今夜も月の光は夜の街を照らす。

そして今宵だけ、闇の中からも月は現れる。闇を()り裂く、人の形をした白い()

男——ラプターは何処へ……



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第拾伍話 石の刀

次の日。オラリオの北部にてベルと幸祐は半円形の広場に集まっていた。

明日から幸祐は本格的にダンジョン探索ができる。そこでエイナから、防具を探しに一緒に買い物へ行くことを提案された。ベルと幸祐は首を縦に振って誘いに応じ……現在に至る。

 

「おーい! ベルちゃーん、コースケくーん!」

 

二人に声をかけながらエイナが小走りで駆け寄ってくる。

いつも目にする黒白の制服スーツじゃなく、スカートを履いたお洒落な私服姿。いつもかけているメガネを今日は外している。

二人はギルドの制服姿しか記憶にないので、大人びた感じが消えて可愛い女性の雰囲気に変わったという印象だ。ギルド職員や冒険者の中でも上位の人気に立つわけだ。現に同性であるベルもエイナの私服姿を見て圧倒されている。

 

「コースケ君。今日この格好の私を見て、何か言うことないかなぁ?」

 

こちらをじっくり眺める幸祐を見るなり、エイナは悪戯を思いついたように上目遣いでいってくる。

その姿に苦笑しながら幸祐は答えた。

 

「はいはい、とても似合っていますよ。エイナさん」

 

「もう、消極的だなぁ。もっと褒めても良いんだぞー?」

 

「そう言われても……エイナさんは元々美人だから、普段キャリアウーマンな美人が可愛い美人になったと言いようが……」

 

「え? そ、そっか……」

 

予想外の切り返しに、先に仕掛けたエイナの方が照れる。

日頃から手を焼かせることへの仕返しとして、幸祐を年相応の少年らしく顔を真っ赤にさせて揶揄うつもりだったが、幸祐の口から出た口説き文句に耳まで真っ赤になり、エイナが逆に揶揄われてしまう。

その攻防を見ていたベルは、幸祐をジト目で見ていた。

 

「ふ〜ん……コースケってエイナさんみたいな女性が好きなんだ〜。へぇ〜」

 

実に面白くなさそうにベルは分かりやすく拗ねていた。

理解はしている。エイナはエルフの血が混ざっていることもあり、その容姿と年齢から女性の魅力を存分に曝け出している美人だと。

対して自分は、田舎育ちで発育も乏しい世間知らずな十四歳の人間(ヒューマン)女。

幸祐みたいな男の子なら、間違いなくエイナのような美人に視線が行くと思い、その虜にされたと思い込むベル。

別に怒っているわけじゃないのに、何故かムカッとした……

 

「……あのなぁ、ベル? お前が可愛いことなんて俺が一番知ってるよ」

 

「ふぇ……!?」

 

突如、頭を撫でてくる幸祐。何かを勘違いしているようだが、忽ちベルは顔を真っ赤にしてしまう。

 

「心配すんな。お前の魅力はその兎みたいな可愛いさだ。何年か経てば、エイナさんに負けないくらいの美人になるさ。間違いない」

 

「ふ、ふにゃぁ〜ん……」

 

頭を撫でられながら囁かれる口説き文句に、ベルは頭から湯気を出してしまう。側から見れば可愛い妹を褒めちぎる過保護な姉——もとい兄に見える。

そのやり取りに、エイナがわざとらしく咳払いした。

発端は自分とはいえ、仲良しな光景を目の前で見せられていたエイナは、それが非常に面白くなかった。自分だけ除け者扱いされたみたいで、少しムスッとした表情で幸祐に尋ねる。

 

「コースケ君、少しベルちゃんに甘くないかなぁ?」

 

「エイナさん……エイナさんも頭撫でて欲しいんですか?」

 

「へ? ……え、いやいや! 私は別にそんな願望はないから! 別に嫌ってわけじゃないけど、ちょっと心の準備が……って、そうじゃなくて!? もうこの話は止めよう、ね!?」

 

幸祐の指摘に、さっきとは違う意味の羞恥心を感じて顔を赤くするエイナ。強引に話を切り替える手段に走る。

いくらか冷静になり、幸祐は今日の目的地を尋ねる。

 

「それでエイナさん。今日はどこへ行くんですか?」

 

「うん、あそこだよ」

 

エイナが指差した先にあったのは、ダンジョンの上に建設された天まで届きそうな高い塔。

 

「バベル?」

 

「そう。これから私達が行くところは【へファイストス・ファミリア】のお店だよ」

 

「えぇッ!? でも私、【へファイストス・ファミリア】のお店で買い物できるようなお金なんて持っていませんよ!?」

 

「良いから良いから。さ、行こ?」

 

「……人身売買してでも借金しろと、そういうことですか?」

 

「えぇえええっ!!?」

 

「そんなわけないでしょ!? コースケ君っ、キミ発想が怖すぎるよ! ベルちゃんも真に受けないで!!」

 

「冗談ですよ」

 

そう言いながら微笑む幸祐。その言葉に安堵するベル。エイナは「キミの冗談は冗談に聞こえないかなぁ〜」と溜息をつきながら、ベルと幸祐の手を引っ張っていく。

 

 

 

 

 

 

ダンジョンに繋がっている通路、その上に建設されたバベルの四階を、魔石を動力源にして昇降に移動する設備に乗って移動する。その道中、ベルがその魔石設備に驚き、幸祐が異世界にも魔石昇降機(エレベーター)が存在することに違う意味で驚き、主神(ヘスティア)がそこで掛け持ちバイトしていた事実が発覚して一悶着起こしたなど……到着するのに一苦労かかった。

到着した先は、煌びやかな感じのテナント。

ショーウインドウに展示されている剣の殆どが一級品ばかり。一番安いものでも数百万ヴァリスの値段が付く。

それが並べられる通路を通り過ぎるなり、ベルは瞳をキラキラしながら憧れる。今頃、空想の中で少女はその長い剣を持って、モンスターの大群に挑んでいることだろう。

少年のように物欲しそうな表情をする妹分(ベル)の姿に、幸祐とエイナは和んでいた。

フロアを一通り回って、再びエレベーターで上のフロアへ向かう。

上のフロアは先程の煌びやかなイメージとは違い、小綺麗な店という雰囲気を醸し出すテナントがあった。

 

「ここも【へファイストス・ファミリア】の店よ。ちょっと見てみて」

 

テナントの中に入り、エイナはある剣を指しながらいう。

それにそそ抜かされて、ベルと幸祐は値段を見てみる。

 

「あ、あれ……? 意外に安い?」

 

ベルが呟いた通り、目の前に設置されている武器や防具は決して安いとはいえないが、それでも持ち合わせの金で買える値段ばかりだった。

 

「【へファイストス・ファミリア】みたいな高級ブランド、自分達には縁がないって思ったでしょ? 実はそうでもないだよなぁ〜」

 

ベルや幸祐達でも手が届く金額だというのを知らせた途端、エイナは機嫌良さそうに説明し出す。

 

「ここにあるのは新米鍛治師の作品ばかりなの。【へファイストス・ファミリア】は他と違って新米の鍛治師が作った作品ですら店前に並べるの」

 

「なるほどな……そうやって新米に使い手からの評価を受け取らせて成長させるシステムか」

 

「そういうこと。それに加えて駆け出しの冒険者と鍛治師が専属契約を結ぶ重要な場でもあるんだよ」

 

駆け出しの鍛治師(スミス)が作った作品を、駆け出し冒険者に使わせることでその評価を定めてもらう。その冒険者が功績を上げれば鍛治師(スミス)も認められ、たくさんの注文(オーダー)が殺到するようになる。ギブ&テイクと少し似ている、冒険者と鍛治師(スミス)には欠かせない関係性。

それを一通り説明し終えたエイナは本題に移る。

 

「それじゃあ、先にベルちゃんの方から装備の新調を始めようか! だから悪いけど、コースケ君はここでちょっと待ってくれるかな?」

 

「構いませんよ………というわけでベル、折角の機会だ。いい装備を見繕ってもらいな。あ、でも調子に乗って高値を買っちゃダメだからな?」

 

「ゆ、夢を壊さないでよぉ……でも私だって、いつまでも副団長に引っ張られる訳にいかないもの!」

 

いつになくベルは張り切っている。初めての体験、何より将来有名になるかもしれない鍛治師の武器を使うことになるかもしれないから、夢が膨れ上がっているのかもしれない。同じように張り切っているエイナと一緒に、女性陣は店の奥へ装備を見に行った。

幸祐は微笑ましい様子で見送る。やがて二人の姿が見えなくなったところで、暇つぶしに店に置かれている防具や武器を見ようとした。

 

「さてと、俺はどうしようか……」

 

 

 

《——こっちにおいで》

 

 

 

「………?」

 

……何かが聞こえた。

……誰かが囁いている気がした。

いや、実際には誰も声を発していないはずだ。

ここにいるのは幸祐だけじゃない。この店にいる客や店員の耳にも今の声が入ってるはず。なのに、誰も気づいていない。

自分の耳がおかしくなったと考えると……

 

 

 

《——こっちだよ。見つけて?》

 

 

 

また聞こえた。

子供のような大人のような、男のような女のような、植物のような機械のような、様々な声が混ぜ合わさった幻聴のような響音が幸祐の耳に入る。

聞き間違いかもしれないのに、何故か幸祐はその声に導かれてしまう。

無意識に幸祐が足を運んだ部屋は、綻びた武器や装備が無造作に置かれている物置場だった。売れ残り、売り物にならない鉄屑(ジャンク)ばかりが集う倉庫である。

何でこんな部屋に来たのか、幸祐自身も不思議だった。

キョロキョロ置かれているものを見渡す。刃こぼれした短剣、折れてヨレヨレに曲がった剣、波打ったように曲線が歪で防護の性能を発揮しそうにない重装鎧……どれも売り物にならない品ばかりだ。

——ふと、幸祐の足が止まる。

棚の上に置かれている、一つの物体に目が留まった。

 

「これは……石?」

 

それは大太刀の形をした石。呪いをかけられたようにゴツゴツとした岩肌に覆われ、日本刀の置物みたいに設置されている。

 

 

 

《——触ってみて?》

 

 

 

「ッ……まただ。またあの声が」

 

 

 

《——大丈夫だよ? 大丈夫だから》

 

 

 

幸祐の頭に直接響き渡る声が鳴り止まない。

 

「まさか、こいつが俺を……?」

 

間近で見ると、ボロボロで埃が被った、石を荒削りしたような不格好な物体。戦闘でも役に立つか不明で、使うとしても精々鈍器代わりに敵を殴ることが関の山だろう。

だが、()()()()()()()()()()()()()。無造作に置かれているはずなのに、その石の物体は誰にも持ち出されないように、厳重に保管されているように見えた。

恐る恐る、手に取ってみる。

 

———コォオオオオオ!

 

「お……!」

 

すると、どうだろう。幸祐に触れた途端に反応して、石は鼓動したかのように光り輝いた。

しかし束の間、すぐにその光は消えてしまった。

訳が分からない。

これはどんな武器だ? そもそもこれは武器なのか?

そして何故……()()()()()()()()()()()()()

自分でもありえないと驚くが、この物体が欲しくなった。

 

「———お前さん、それに何の用だ?」

 

背後から声をかけられる。

そこにいたのは長い顎髭が特徴的な翁。

冷静になった幸祐は「すいません」と、勝手に部屋に入ったことへの謝罪をした。

 

「あの〜、これって何ヴァリスですか?」

 

「……それは売り物じゃない」

 

翁の言葉に「やっぱり……」と幸祐は落胆した。売り物でないのなら買い取るわけにはいかないと項垂れてしまう。

すると翁は嫌な顔一つせずいう。

 

「どうした、儂は売り物じゃないと言ったじゃろう? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「え?」

 

てっきり高値で譲ってやるといわれるのを予想していたが、まさかの金は要らないという翁の返答に戸惑ってしまう。

 

「それは持ち主を選ぶ生きた武器。好んだ相手にしか従えないという頑固者でのう、買い取り手が中々おらんかったのじゃ……処分する手間も省けるわい。お前さんが持って行きたいのなら好きにせい」

 

「処分…………つまり無料(タダ)!?」

 

思わず驚愕を露わにしてしまった。

売り物でない——翁がいったのは商品として客に出すこともできない粗悪品という意味。

売ることもできないから無料(タダ)で貰える。何にせよ、幸祐には嬉しい誤算だった。

幸祐自身は気付いていないが迷宮都市(オラリオ)に来る以前、貧乏な家計のやりくりに頭を悩ませていた経緯もあって金銭感覚が人の数十倍敏感、他にも『半額』や『割引』という言葉が大好物だ。一ヴァリスも無駄にせず、それこそ女神(ヘスティア)が内緒で溜めている二億ヴァリスの借金を知ったら最悪死ぬかもしれない。

無料(タダ)で棍棒? 代わりの武器を手に入れて内心有頂天に立っていると翁が声をかけてくる。

 

「それから一つ忠告じゃ。武器は持ち手の意志に反映して、其奴の矛となれば枷にもなる。そのガラクタがお前さんに何をもたらすかは、お前さん次第じゃ……努力を怠らず精進せい」

 

そういった翁に、幸祐は最後に「ありがとうございます」と頭を下げて部屋から退出する。

翁は持ち去られた石刀を見届けて部屋に残る。売れ残りが集う倉庫の部屋内を歩き回り、幸祐が持って行った石の物置があった地点を見やる。

何年も放置していたため、くっきりと埃の跡が刻まれていた。

 

「……しかし、あれに選ばれる者が現れるとはのう。思えばあの小童、あの男と雰囲気がよく似ておったわい」

 

口に葉巻を取りポフ、と白いリング状の煙を吐く翁。

実は数年前にも、翁は似たような場面に遭遇した。

売り物にもならなかった、あの石の物体は、元々この世に()()存在していた。

同じように突然この部屋の中にいて、商品にすらならない粗悪品を欲しいと強請った男がいた。唯一違うといえば、その男はその場で石のガラクタを白の大太刀に変えた点だ。男は「こいつを貰ってく」と告げただけで、大金を残して何もいわずに去ってしまった。それ以降、翁はその男の姿を目にしなかった。

あの光景は、長年鍛治師をやっている翁ですら初めて見た光景であり、驚愕したままその場に立ち尽くすだけだったので、結局その男が何者かも聞けずじまいだった。

 

「さて、どうなるものかのぅ……」

 

人と人、人と武器が惹かれ合うように、時には武器と武器も惹かれ合う。

どこから流れ着いたか、どこの誰が創ったのかも不明な二つの石の塊(ガラクタ)

武器と呼べるかどうかも危ういものを手にした二人の未来は、果たしてどのようになるのか……その先は、まだ誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

幸祐が思いもよらない買い物を終えてベル達と合流すると、ベルは自分で軽装鎧を選び終えていた。製作者名は『ヴェルフ・クロッゾ』で、ベルはその名前をしっかり覚えたぐらい気に入ったようだ。

因みに、幸祐が勝手に石製の武器? を譲ってもらったことを話したらエイナ達に苦笑されてしまう。

日が傾く時間帯、三人は帰路についている。

 

「はい、ベルちゃん。これ」

 

エイナがベルに手渡ししたものは細長いプロテクター。籠手の上から追加で装備できる形状で肘から手首までの長さにかけて盾代わりの役割を果たす。

エイナの瞳と同じ緑玉石(エメラルド)の色だった。

 

「こ、これって……」

 

「私からのプレゼント。ちゃんと使ってよね?」

 

「えぇ!? い、良いです! 使えません! 返します!」

 

「え〜? ベルちゃん、歳上からのプレゼントを受け取りたくないっていうの?」

 

「そ、そういうわけでは……!」

 

「そうだぞ、ベル? いつもお世話になっているエイナさんがあげるっていうんだから、素直に貰っときな」

 

「そ、そんな、コースケまで……」

 

歳上の男女二人に翻弄されるベル。

兎のように困り果てるベルの愛らしい仕草を見るたび、エイナと幸祐は日々の疲れを忘れて癒される気になった。この娘を揶揄うのはやはり楽しい……二人の心境が重なりあった瞬間である。

 

「あ、そうだ! うっかり忘れるところだった……はい、これも」

 

幸祐に手渡ししたものは、分厚い革製の右肩から手の甲まで長い籠手。野武士が腕に纏いそうな革製籠手(レザー・アーマー)だった。

 

「ん? エイナさん、これ、サイズが大きすぎてベルの腕に嵌まらないんじゃ……」

 

「違うよ、コースケ君。それは私からコースケ君への贈り物だよ」

 

「俺の? ………金を出せ、と?」

 

「そうじゃないよ! これも私のサービスだから!」

 

エイナは心外だ! という感じの表情を見せる。これも冗談のつもりだったが、流石にやり過ぎたと反省する幸祐。

よくよく見ると、確かに幸祐の腕に合わせた大きさと長さだ。取り敢えず押し付けで売られないことに安堵の息を漏らす幸祐。

しかし、まだ駆け出しとはいえ、彼も【戦武将(アーマード)ライダー】だ。そこらの鎧より耐久性の高い(アームズ)を宿してる故、幸祐は無意識に不要では? と思ってしまう。

受け取っても微妙な表情をする幸祐を見て、エイナは心配そうな顔になる。

 

「コースケ君、あのね……【戦武将(アーマード)ライダー】っていうのは、そんな楽なものじゃないんだよ? 殆どの冒険者には良い印象に思われてないし、逆恨みされて闇討ちされることだってあるの」

 

「あ、そうですよね……」

 

「うん。だからね、いつでも万策の体制を取った方が良いと思うの。いざそれが使えなくなったら、頼れるのは自分の力だけになるから」

 

戦武将(アーマード)ライダー】になった途端、どこかの半妖精騎士が槍を仕掛けたことを思い出して納得する幸祐。

エイナは「それから……」と続ける。

 

「これは私個人の理由。私は、君達に怪我させたくない。いなくなって欲しくない。だから、いつもその防具を身に付けてほしい……これじゃ、ダメかな?」

 

夕陽に照らされたせいもあるのか、ほんのりと赤く染まったエイナの頬。

男なら勘違いしそうな言葉だが、まっすぐな善意が込められた防具を見て、幸祐は自然と笑みを浮かべた。

そしてベルの方も、両瞳には迷いの感情が一切なかった。

 

「……分かりました。ありがたく使わせていただきます」

 

「わ、私も頑張ります! エイナさんの前からいなくなったりしませんから!」

 

「うん、良かった。約束だからね」

 

二人の返答に、エイナは満足そうに頷く。

夕焼けの中、しばらく三人は笑みを浮かべあった。




更新が遅くなって申し訳ありません。
現実の仕事が忙しくてこれからも遅くことがあるかもしれませんが、ご了承下さい。


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第拾陸話 怪物贈呈

翌日、陽が昇ったばかりの時間帯の【ヘスティア・ファミリア】のホームにて。

幸祐のダンジョン探索が再開でき、ベルと幸祐の装備の新調も終えた今、いよいよ待ちに待ったダンジョン。団長である少女は誰よりも張り切りを見せていた。

新品の軽装鎧を寝床の傍に置き、睡眠をたっぷり取った少女は現在………

 

「ぅぅん……ふぁ〜〜……」

 

ベッドから起き上がれないまま、深〜〜いあくびをした。どう見てもまだ寝足りない様子だ。その姿に、遠足前夜に夜更かしした小学生時代の自分を思い出す幸祐。

 

「ベル、まだ眠いのか?」

 

「ぅ……うぅん…ちょっと待ってぇ……すぐ起きる、から……」

 

「いや、全然起きないじゃねぇか……」

 

目蓋を手で擦りながら起きると言うが、一向に眠気が取れないベル。首をコクンコクンと傾げ、一瞬でも油断すればすぐ夢の世界に突入しそうだ。

そんな容態で、常に命と隣り合わせの場といっても過言ではないダンジョンに行かせるわけにはいかないと、幸祐は判断する。

ベルの眠気が取れるまで待てば良いはずだ。しかし幸祐も、新しく購入した石の刀を早く試したいという思いがある。

幸祐の独断で急遽、その日は単独(ソロ)で探索することになる。

 

「今日は俺だけ潜るから、ベルはまだ寝てな」

 

「で、でも……コースケだけ行かせるわけにはッ……」

 

「心配すんなって、今日はそこまで深く潜るつもりはないから。またエイナさんに叱られるのも嫌だしな」

 

そういって引き止めようとするベルの頭を撫でる幸祐。その行為でベルは益々眠りの世界へ誘われてしまう。

先日モンスターと闘った幸祐が死にかけたこともあり、幸祐一人で行かせることが不安だった。エイナから聞かされた『【戦武将(アーマード)ライダー】は少なからず憎まれている』という忠告を聞き、常に傍にいなくてはならない。そんな使命感に似た衝動を抱えている。

しかし、そんなベルの心情を知らない幸祐は出かける準備を終えてしまった。

 

「じゃあ俺は行ってくる。ちょっと夜遅くなるかもしれないけど、ちゃんと無事に帰るから安静にするんだぞ?」

 

「あ、待って……!」

 

慌てて声をかけると、幸祐はその部屋の扉を開けたところで振り返る。

呼び止めたまでは良いが、眠気が強過ぎて思考力が酷く低下してしまい、何をいえば良いのか思いつかなかった。

そこで……いつも女神(ヘスティア)に言われていることを口走った。

 

「………い、いってらっしゃい」

 

「……おお、いってきます」

 

少しの間があったことに幸祐は怪訝そうにするも、すぐ笑みを浮かべて退出した。

ベルはもっと気の良い言葉があったはずだと反省する。

心配ないとは、とてもいい難い。

しかし、彼はいったのだ……生きて帰ると。ならば、団員の言葉を信じよう。

副団長(コースケ)の言葉を信用し、見送った団長(ベル)は自分以外誰もいないベッドの上で目蓋を閉じる。

それからすぐ——()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、少女は静かに寝静まった……

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで、早朝から幸祐は単独(ソロ)でダンジョン七階層まで足を踏み入れていた。

幸祐の次に早起きが得意なベルにしては珍しいと思いながらも稼ぎに専念し、モンスターに向かって支給されたナイフを振るう。幸祐の腰にさしてある石の刀だけでは不安だと、エイナから譲り受けたものだ。もちろん無料で。

因みにエイナからは『無闇に【戦武将ライダー】にならない』ことを約束された。悪目立ちせず、いざという時のために控えておくためだという。

幸祐は居候の身であることを引き目に感じ、少しでも生活の負担を減らそうと稼ぎのため、せっせと魔石を回収する。

その道中、早速あの翁から譲り受けた石の刀を早速試してみたのだが……

 

『グァアアア!』

 

丁度良いタイミングで前方から一体のゴブリンが向かって来る。

何も考えず棍棒を構えてこちらへ突進してくるモンスターと対峙し、幸祐は石の刀を頭上に上げ……思いっきり振り下ろした。

 

「………ふん!」

 

『———グギャッ!?』

 

ずんぐり体型の口から呻き声が耳元を打ち、腐った果物をかち割った感触が掌に伝わる。頭を砕かれ血を吹き出し、棍棒を地面に落としたゴブリンは倒れて動かなくなると、身体が灰と化して魔石だけが残る。

 

「なんか使いづらいな、これ」

 

予想道理……いや、予想以上に切れ味が悪かった。

この階層に来るまで、ゴブリンの他にもパープル・モス、ニードルラビット、キラーアント……なども叩き壊したが、どれも感想は同じだった。切れ味は非常に悪く、剣としてじゃなく棍棒代わりにした方がマシだ。

あの時、どうして大金を注ぎ込んでまでこれが欲しかったのだろう? と今でも思う。

 

「……ま、考えてもしょうがないか」

 

八階層の手前で足を止めてそう呟いた。

この間購入したばかりの魔石入れ用ポーチは、はち切れそうなくらい膨らんでいる。ここまで収穫できたのであれば上出来だろう。

 

『———ジャァアア』

 

『——うおおおッ』

 

外へ戻ろうとした時だ。

奥の巣窟からモンスターの唸り声と、少数のやましい野太い声が耳を打つ。

数分もしないうちに、段々と音や振動が大きくなる暗闇から、計四人の男で編成されたパーティーが現れ、誰もが死に物狂いで走っていた。

その時だ、男達と視線が合ったのは。

 

『ッ———!』

 

「………?」

 

目線が合った途端、男達は嬉々とした表情に早変わり、一斉にこちらへ進路を変えた。

自分の元へ向かってるのは後方の通路口へ目指していると解釈した幸祐は、男達の行動に何の疑問も湧かなかった。

………だが、その油断が、地下迷宮(ダンジョン)では命取りだった。

 

 

 

「——ヒヒ、悪ぃな」

 

 

 

真横を通る間際、四人組と幸祐の視線が交差し、一人の口から謝罪——否、悪意に満ちた言葉が出た。

その四人の笑みを、幸祐は痛いほど見覚えがある。過去にたくさん受けてきた歪み切った視線、他人を陥れる下衆の表情。幸祐が最も嫌いとする醜悪な顔。口では謝罪を述べているも、その顔は罪悪感など一切抱えていない。穢れた悪意に染まった人間(モンスター)そのものだ。

しかし、男達が自分に対して何をやったのかが理解できない。

 

『ジィヤアアアアアアア!!!』

 

男達がやってきた方から無数の音叉が耳を打った。

怪物進呈(パス・パレード)』——他の冒険者からモンスターを押しつけられた——そう気付いた時には、もう遅い。

 

「あれは………蟻?」

 

暗闇の奥からガサガサガサッ! と節足の足音を鳴らしながら、無数の眼光がこちらに標的を変えた。立て続けに壁の隙間から突然、金属並の強度な皮膚で覆われた巨大な蟻——キラーアントが飛びかかる。

節足動物に類似したモンスター特有の鉤爪と顎が、唾液を垂らしながら幸祐に迫った。

咄嗟に躱すが、一匹の鉤爪が幸祐の皮籠手と擦れてしまい、幸祐は体の軸を崩してしまう。

事態は最早、一刻を有していた。一瞬の判断ミスが死を招くことになる。命の危機を察知した幸祐はこの場を退散しようと振り返る。

 

『ジィァアア……!!!』

 

しかし、背後の壁や床から蟻のモンスターが誕生して這い出てきた。

まるで何者かに狙いすまされたように逃げ場を失い、完全に退路を絶たれてしまう。

更に追い討ちをかけるように、四方の壁や天井に地面……あちこちから大量のキラーアントが出現した。

僅かな可能性を信じ、幸祐はキラーアントが少ない通路——ダンジョンの縦穴に通じる道を駆ける。ガサガサガサ!! と無規則な節足の嵐が耳に入り、必死に息を切らす。

その隙を逃さず、後方から更にもう三体のキラーアントが沸いて出て幸祐の足に噛みついた。

 

「うぉッ——ととぉッ!?」

 

スーツ越しなので痛みはなかったが、強度な顎の力で足を固定されてしまい、動きを制限される。

 

『ジィァアアアアアアアアアアアアッ!!!』

 

キラーアント達が見計らったように、一斉に襲いかかる。

自己防衛本能が咄嗟に働いた幸祐は《オレンジ・ロックシード》を取り出し、腰に巻き付けたベルトに装填する。

 

「非常事態だから許してくれよ、エイナさん! 変身!」

 

《ソイヤ!》

 

《オレンジアームズ! 花道・オンステージ!》

 

紺色スーツとオレンジの鎧が全身を包み、【戦武将ライダー】になったと同時に、《大橙丸》で円を描くように周囲のキラーアントを斬り裂く。

 

『ジィァアアアアアアアアアアア!?』

 

オレンジ色に煌く刃に真っ二つにされたキラーアント達、耳を打つ断末魔と爆発音が鳴り響いて爆炎が飛び散る。ついでに足に噛み付いていたキラーアントも始末し、ある程度の数を片付けた。

 

『ジジッ……!』

 

「ッ、まだいやがる……!」

 

どうやってこの場を切り抜けようか、そう思考を巡らせていると……地面からミシミシ、と音が鳴った。

 

「ん? 何だこの音?」

 

その音は、先程の爆炎が周囲の地面に飛び散ったことで誘爆を起こし、地面がひび割れていく音。幸祐が立っている地点を中心に、亀裂はどんどん広がっていく。

 

「……まさか。この展開って……!」

 

キラーアントに囲まれてる中、止まれ止まれ、と耐久力を失った地面に、意味もなく睨み続ける。

とてつもなく嫌な予感がした………

 

「——うぉおおおおおおおおおおおおおッ!!?」

 

……そして、予感は的中した。

亀裂は幸祐の体を埋め尽くすほどに広がり、足元から一気に崩壊した。

バラバラの破片と一緒に、幸祐の体は真っ逆さまに奈落の底へ墜落()ちていく。

 

 

 

 

 

 

——順調に行ってるはずなのに、事態が急変した。

どうやら本人にとって、予想外の不具合(イレギュラー)が発生したようだ。

まぁ良い、想定内のことだ。この程度ことで慌てる必要などない。むしろ返ってこちらが行動しやすい方へ傾いてくれた。あの連中は手間を省ってくれたという功績を残してくれたのだ。

……だが、自分達【戦武将ライダー】を舐めたことには変わりない。

自分に協力してくれた御礼もしなくては。

直ちに動くとしよう。誰にも明かされないように、ひっそりと。

 

《メロン!》

 

緑柄の錠前が鳴る。

手駒のように扱われるのは遺憾だが、利害が一致したのであれば実行に移そう。

何より、()()()()()()()()()()に命じられたのであれば無視するわけにはいかない。

 

《ソイヤ! メロンアームズ! 天下・御免!》

 

——さて、狩りの時間だ。

白銀の大太刀を携え、白の武者は薄暗いダンジョンに足を踏み入れる。

 

 

 

 

 

 

——ピチョン

——ピチョン

雫が垂れる音が響き、髪に水が伝う。

幸祐の意識が起き上がると同時に、全身に漂う痛みに表情を歪ませてしまう。骨折や出血はないが落下の衝撃で伴う痛みは重症だ。視界を開くとダンジョン内にある岩から染み出た水が幸祐の頰へ落下しているのが見えた。

しかし、湧き水が顔にかかったということは変身が解除されたらしい。

 

「……俺は、どこまで落ちたんだ?」

 

全身に漂う痛みに耐えながら体を起こして周囲を見渡す。ベルとダンジョン探索に行ったことを思い返して記憶を探るが、見覚えのない場所であった。

凸凹した岩石がたくさん連なる暗がりの空間、天井に生えた鍾乳洞状の岩はその場の危険さを物語っている。

正確な階層を答えることはできないが、少なくとも六階層より下の階層なのだろう。

一目見れば幸祐は冷静そうに見えるが、実はそうでもない。

この世界に来てから、久しく味わった人間の醜い悪意に晒され、思い出すだけでも腸が煮え繰り返る思いをし、冷静でいられるわけがなかった。

しかし、ここダンジョンでは、頭を冷やす時間すら与えてくれないようだ。

 

『———グォオオオオ』

 

遠方から、モンスターの産声が聞こえた。

地面から、壁から、天井から……ありとあらゆる所から、殻を破るように這い出る。おぼつかない足取りで赤い眼を爛々と輝かせ、自分達の住処であるダンジョンに迷い込んだ『異物』を探している。

幸祐は目の前の現実を受け入れて、一旦地上に戻るべきだと頭を切り替えて《オレンジ・ロックシード》を取り出す。

 

『———ァア?』

 

その時、誕生したばかりのモンスターと視線が合った。それも大量の。

 

「ッ———!!」

 

一瞬、目を疑った。エイナに教えられた記憶が正しければ、モンスターの風貌は七、八階層にはいないはずの中級モンスターだ。

試運転のつもりで軽はずみな気持ちでダンジョンに潜ったことに、幸祐は今更ながらの後悔を覚えた。

 

《オレンジアームズ! 花道・オンステージ!》

 

「こんなところでッ、死んでたまるか!」

 

『アァアアアアアアアアアッ!!!』

 

《大橙丸》を構え、モンスターに突っ込んで行く。

幸祐の現在地…………ダンジョン()()()()

どんなに勢いよく下層へ落下しようとも九か十階層が限界。普通ならありえない階層まで落ちていた。

彼は知らない。現れたモンスターは七、八階層に出現するものとは比べ物にならない怪物であることを。無我夢中で走り出した先は上層ではなく下層へ続く道だということを。

何の事実も知らぬまま命辛々、走り続ける。

 

 

 

 

 

 

 

見ず知らずの同業者——幸祐にキラーアントの群れを擦り付け、命辛々にダンジョンの上層部まで到達を果たした男達。

生き残ったことへの歓喜に満ちた表情には、恥も後悔も反省の色もなかった。

入り口まであと少しのところで、男達の前に白い光が差し込んだ。

しかし、それは外からの光ではなく、一人の武者が放つ光だった。

薄暗いダンジョン内でより光り輝くその人物は【フレイヤ・ファミリア】所属の【戦武将ライダー】、それも目撃情報が少ない【斬月(ざんげつ)】。

自分達とは別次元にいる存在が、まっすぐ自分達の元へ歩み寄る神秘的な光景に、男達は息を呑んで固まっていた。

動きを見せたかと思えば、徐に左腰の大太刀を抜き。

———男達の視界から消え失せた。

 

「———え?」

 

一人の男——ゲドが最期に見たのは、()()()()()()()()()()()

 

「な、んで……?」

 

男達の眼に映らない速さで距離を詰め寄られ、首を斬り裂かれた。何が起きたのか理解できないまま、残った身体は噴水のように血を噴出しながら倒れる。

ここまで来て、男達は仲間の一人を殺されたことを理解した。

 

「ど、どういうつもりだよ! お前、これ立派な規則違反(ペナルティ)だぞッ!?」

 

「お、俺達が何したっていうんだ!? ま、待てよ! あんたがやったことはギルドに報告しないでおくから、俺達を見逃して——」

 

先程、冒険者の間では禁句とされる怪物贈呈(モス・パレード)を犯した連中が何を言っているのか、と匙を投げられそうな発言をする。

当然、聞き入れる素振りを見せず、残った男達に白の大太刀を振った。

説得を試みた男は首を切断されて胴体から離される。それを見て恐怖に支配され、逃げ出そうと離脱した男は背後から心臓を一突きされる。それぞれの断面から血を噴き出しながら物言わぬ屍と化す。

あっという間に全滅し、一人にされた獣人の男——カヌゥは脂汗をかきながら、その場に跪く。

 

「まままま、待ってくれッ! 何でも言うこと聞くからさ! そ、そうだ!! 俺んとこの【ファミリア】は酒が美味いんだ! 俺と旦那が手を組めば神酒(ソーマ)なんて、あっという間に手に入れ——」

 

頭を下げて媚を売ろうとした時、ブンッ! と白い大太刀が横切った。

恐る恐る手を見ると……腕から先が何もなく、見覚えのある手は地面に転がっていた。

 

「あ……アァアアアアアアアアアアア!!? お、俺の腕がぁあああああああああ!!?」

 

カヌゥの斬れた右腕の先から血が噴き出し、恐怖と激痛に顔が涙や血で体液塗れになる。

腰が抜け、芋虫のように地面を這いずりながら逃れようともがく。生に固着し、仲間だった肉片を見捨て、己が生き残ることだけを考えている。

 

「……神酒とやらに俺は微塵の興味ない。神からの言いつけで、無作法にあの男をあだなす者は——“始末しろ”——と言われてるからな」

 

慈悲を与えず、メロンの絵が施された大盾——《メロンディフェンダー》——を持ったまま這いずり回る男の元へ歩き、片足に突き刺した。

 

「ガァアアアアアアアアアアア!!? 俺の足がぁああああああああ!? いでぇよぉおおおお!!」

 

大楯の切れ端に切断され、片足から先を失った。

カヌゥは体液で顔をグシャグシャに濡らしながら、恐怖の余りに奇声を上げる。明確な殺意をぶつけられ、恐怖と闘争本能が働き、その場を芋虫のように這いずりながら出口へ目指した。

 

「………これで良いか」

 

これ以上は無用だと、大太刀を腰に仕舞うと、白のライダーはその場を後にする。

背後を振り向くと、白い武者は背中を見せて去ろうとする。

自分の醜態さに呆れ、見逃したんだと思い込む。

 

「は、はは…………」

 

助かった……そう胸を撫で下ろすカヌゥだったが、そう思うのも束の間であった。

 

『——ギヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂ!!!』

 

「あぁッ……アァアアアアアアアアアアッ!?」

 

白のライダーがやって来た方向から現れたのは人喰い蟻。この場に漂う血の臭いで引き寄せられた、キラーアントの大群だった。

 

「た、助けてぇッ! 何でもするからさ!! 助けてくれぇええええええええッ!!」

 

カヌゥは自分を殺そうとした白のライダーに助けを求める。だが、必死な命乞いに白のライダーは何の反応も示さず、背を見せたまま下層への歩みを止めない。

そうこうしているうちにキラーアントの群れは男に近づき、屍となった仲間に集まって咀嚼し始める。血肉が飛び交う光景を目の当たりにして、男の恐怖は限界値にまで膨れ上がった。

キラーアントは距離を詰め寄り、歪な顎と口を開いた。

 

「い、嫌だぁ! 止めてくれぇ!? 嫌だぁああああああああああああああああああああッ!!!!」

 

『ギィイイイイイイイイイイイイイイ!!!!』

 

誰にも気づかれることなく、哀れな下衆の断末魔と、蟲達が肉塊を咀嚼する音が鳴り続ける。

数分後、何事もなかったかのように、ダンジョン内に静寂な空間が戻った。

 




*補足説明
【斬月】ことラプターが持っている白い大太刀とは、原作における《無双セイバー》の色違いです。イメージ的には無双セイバーの白色バージョンと考えてください。


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第拾漆話 迷宮の楽園

白い濃霧が充満し、言葉で表現できないような幻想的な木々が生い茂る森林。何ともいえない『不思議な風景』が視界に映った。

 

(あれ……ここ、どこ……夢の中、だよね?)

 

気がつけば、そこを一望できる上空に浮かんでいた。

ここが夢だと自覚していることに、違和感を覚えるベル。

よっぽど疲れていたのだろうか?

しかし、とても心地良い空間だった。

それは前にも味わったことがあるような、でも初めて味わったと分かる……何とも不思議な気分だ。

 

——ねぇ、

 

突然、『声』に呼び止められた。

ここは自分の夢、誰もいないはずなのに呼ばれた。周囲を見渡すが声の主は見つからない。

 

——ねぇ、ここだよ。

 

声がした方向に振り向く。真正面だった。

先程まで何もなかったはずなのに……少女がいた。

ベルにとって、その顔はとても見覚えがある。

深紅の瞳に耳までかかる短い白髪が特徴的な少女。何度も鏡を覗き込んだ顔——自分の顔。

真実の鏡に映ったもう一人の本心(ベル・クラネル)だ。

 

——私にとって、魔法ってどんなものなの?

 

(え? い、いきなり何なの……?)

 

——良いから良いから、言ってみて?

 

目の前の自分に急かされてしまい、困惑しながらも、顎に手を当てて考えてみる。

『魔法』———思い浮かんだのは『炎』という漠然としたイメージ。

大気を焦がしながら灰を巻き上げ、勇ましく猛々しい陽炎(ファイア)は、一瞬にして怪物を一掃してくれる。

それは女神(ヘスティア)の力——慈愛の女神を象徴する竃火。とても暖かく決して消えることのない……そんな想像力。

『魔法』———もう一つは『雷』だ。

天空に浮かんでいる雲の隙間を駆け巡り、誰よりも速く目指したその先へ行ける速度と力。

自分を育ててくれた祖父を具現化した存在感——仲間を護れるような轟々しい雷鳴(ボルト)……にも憧れる。

 

——それだけ?

 

(え……?)

 

——他に選択肢があるとしたら、何を願うの?

——何を叶えたいの?

 

そう急かされて再び考える。

もし選択肢があるのなら、もし叶えられるなら………

 

(———私は……英雄になりたい)

 

たまに商人が訪れる辺境の村、祖父に英雄達が活躍する絵本を読み聞かされた。それ以来、自分でも呆れてしまうほど、ずっと英雄に憧れている。

まるで少年のように、一途な想いを抱き、未だに憧れ続けている。

 

(私は“あの人達”を守れるような、そんな英雄になりたい)

 

“あの人達”——【ファミリア】の主神である黒髪ツインテールの女神、そして唯一の団員にして副団長でもある蒼髪の少年——の姿を思い浮かべ、無意識に想いを込める。

どこにでもいる少女の顔をしたベルを、もう一人の少女(ベル・クラネル)は玩具を見つけたように微笑んだ。

 

——ふ〜ん?

 

(な、何…ですか……?)

 

——君は“その人”のことが好きなんだね?

 

(ッ! いきなり何!? わ、私が……コースケのことが好きっ!? 確かに守りたい人だけど、別に私は仲間として大切に思っているだけで——)

 

——うふふ……私は一度も『コースケ』なんて、言ってないよ?

 

(ッ〜〜〜〜〜〜!!?)

 

自分から墓穴を掘ってしまう。蒼髪の少年に仲間以上の気持ちを抱いていることを目の前で暴露され、耳まで真っ赤に染まるベル。

もう一人のベルは面白そうに眺め続け、愉快そうに口を開いた。

 

——最初は『カッコいい』、『綺麗』と、ただ憧れていただけだった……そうでしょ?

 

大好きだった祖父から教わった異性や英雄への憧れで、そのイメージに当てはまるような少年を異性として意識し始めた。

一緒にダンジョンに潜り、同じ屋根の下で暮らしてきた。

生活する中、幸祐は少しズレているところもあるが、普通の少年だと分かってきた。

数日後、決定的な出来事が起こった。

怪物祭(モンスターフィリア)の騒動後、幸祐はオラリオに来る以前の過去を話してくれた。それは想像を遥かに凌駕するほど悲惨で残酷なもの。いかに自分は愛されて育ってきた世間知らずな小娘だったんだろう、とベルは情けなくなった。

いつも助けてくれた少年が、いつになく弱々しい姿を見せたことで、ベルの中の幸祐の印象が変わった。

幸祐は英雄に近い行動をしているけど、決して英雄ではない。物語に出てくるような英雄になれないだろうと、ベルだけでなくヘスティアも理解している。

 

——その日、貴女(わたし)は知った。『サクラバ・コースケ』という、ただの男の子を……

 

独りぼっちになりたくない少年。どこにでもいる寂しがり屋に過ぎない。

それが本来の桜庭幸祐。

だからこそ、ベルは救いたいと願った。

幾分明るくなったものの、彼の心を救い切ったわけではない。彼は未だに心の牢獄(トラウマ)に囚われている。

英雄になる夢と同じくらい……少女(ベル)少年(コースケ)を救いたい。

何故なら、それは…………

 

 

 

——貴方(わたし)は、サクラバ・コースケが……『好き』だから。

 

 

 

(…………うん、そうだよ)

 

弱い姿を見たからこそ女としての本能を刺激され、幸祐への恋心が昇華された。

恋する乙女は云々だ、と神々は語る。だがベルの抱いたその感情は『護りたい愛』、年頃の少女が抱える『恋』を超えた代物。

この感情だけはいかなる存在、神様であろうと否定されたくない。

 

(……それでも、やっぱり恥ずかしいんだけどね)

 

——ふふふ、貴女(わたし)って子供だね。

 

(ほっといてよ……)

 

——でも、それが(あなた)でしょ?

 

きっと彼は自分の感情に気付くどころか、妹分としか見てないんだろうなー、と少し悔しくなる。二つ歳下で身体が未発達であるが、ベルだって『女』だ。想い人にそういう認識されないのは、とても悔しい。

何処かの好々爺が見れば『大事な孫娘を誑かした男はどこのどいつじゃぁああああッ!?』と憤怒の形相で戦争を仕掛けるだろう。

初々しく頰を膨らませるベルを見て、虚像の少女(ベル・クラネル)はクスクス笑う。

 

——でも、きっと“あの人”は無茶をする。また、貴女(わたし)達を心配させるよ?

 

(……うん、知っているよ)

 

——だから……いつか“あの人”を救えるような『英雄』になろうね?

 

(うん———)

 

互いに顔を合わせて微笑むと、虚影(ベル)は炎の雷に変わる。その炎の雷は、金色の果実みたいな形を作り、バチュンッと瞬く間に消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「———君……ベル君ッ」

 

「んぅ、ん………あれ、神様?」

 

耳元で呼びかけられ、ベルは起き上がった。先程呼びかけていたのは、バイトに行っていたはずのヘスティアだった。

 

「どうして神様が……? もうバイトは良いんですか?」

 

「んん? 何を言っているんだい、ボクは定時通りにバイトから帰ってきたぜ?」

 

「えッ?」

 

ベルは唖然とした。時計に視線を移すと短い針は七時を指している。窓を見ると、外はすっかり暗くなっていた。

 

「はは〜ん。さてはベル君、昨日から興奮してロクに眠れなかったから、今日はずっと眠ってしまった……て、ところかな? はは、可愛いね」

 

「う、うぅ〜〜!」

 

ヘスティアに愛玩動物に向けたような微笑みを当てられ、ベルは恥ずかしさのあまりにシーツで真っ赤になった顔を隠す。その一部始終を見たヘスティアは笑みを絶やさない。曰く神友(へファイストス)に押し付けられた重労働の疲れも吹き飛んだ、と。

嗜めてベルを復活させた後、急かされて【ステイタス】更新をすることになる。

成長するスキルが発現した効果でこの頃、ベルの成長が止まることを知らなかったが、今日は一日中ベッドの上で横になっていたのだという。何もしていないのでは流石に変化はないだろうと、安易な考えのまま更新を行う。

少女の背中に浮かび上がった【ステイタス】項目を閲覧したが、やはり進展はどこにもなかった……()()()()()()()()()()

 

 

 

 

ベル・クラネル

 

Lv.1

 

力:B700

 

耐久:G285

 

器用:B714

 

敏捷:B799

 

魔力:I0→I20

 

《魔法》

【ファイアボルト】

・速攻魔法

 

《スキル》

 

憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

・早熟する。

・懸想が続く限り効果持続。

・懸想の丈により効果向上。

 

 

 

 

「………魔法が……発現した」

 

「え? ………えぇええええええええッ!?」

 

ヘスティアの衝撃的な言葉に、ベルは驚愕しながら海老反りのように起き上がった。

と同時に、

 

「——へぶぅッ!?」

 

「あぁ!? か、神様! ごめんなさい〜!!」

 

ベルの後頭部がヘスティアの顎に激突した。女神らしからぬ声を上げてベッドから落とされたヘスティアは、床下でジタバタ転がりながら顎へ押し寄せてくる激痛に蹲る。

その様子にベルは涙目になりながら平謝りする。

 

 

 

 

 

 

陽が完全に沈み、街の街灯が薄暗く光った夜。内部から少女達による騒音が響く【ヘスティア・ファミリア】のホーム教会から離れた地点……陰に隠れて蠢く人影が一つ。

 

「ふぅ〜、とんだ出費だったぜ。皆に内緒で【ファミリア】の資金を使っちまったけど……バレたらアスフィに殺されるな」

 

どうかバレませんように……と冷や汗をかく男神、ヘルメス。

彼の手元には一冊の本が握られている。それは魔法を強制的に発動させる魔導書(グリモア)、しかもその本は、読まなくても儀式を施すだけで対象者に魔法を発現させることができる特殊品である。その副作用として数時間、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

とある魔術師(メイガス)から高値で譲り受けたものだったが、自身の【ファミリア】に使うこともなくベルに譲渡した。

 

「全ては“この世界を救う”ため……俺はずっと応援するぜ、英雄志願ちゃん。キミの勇気と想いが、この世界に希望をもたらしてくれるのを、この目で見させてもらうぜ」

 

ヘルメスは炎の魔石を掴み、使用済みの魔導書に近づけさせる。魔導書はボォッ、と一瞬にして燃え上がり、黒炭となって跡形もなく大気に散らばる。

旅人のような服装を纏った優男。しかし、その瞳の奥には少女を期待する神としての威厳を醸し出している。

愉快そうに、影に溶け込んで静かに姿を消していった……

 

 

 

 

 

 

一悶着を終え、ヘスティアから魔法の詳細——最も、本当に予想できなかったことのためヘスティアの憶測である——を聞かされたベルは、歓喜と興奮を隠せなかった。

ダンジョンで試そうにも、既に外は真夜中だ。こんな時間帯にダンジョンに足を運べばどんな痛い目に遭うか、一度経験したことがあるベルは、文字通り身に染みるほど理解していた。

一日中寝ていたというのに、いつものように普通に睡眠欲に襲われる。そのことにひとまず安堵した。

 

「そういえば、コースケ君はどうしたんだい?」

 

「え……? まだ帰って来てないんですか?」

 

その時、パキャン! と、部屋中に不吉な音が耳を叩く。

幸祐用のカップが床に落ち、砕け散った音だった……

 

 

 

 

 

 

数時間前、幸祐は暗闇の道を走り抜けていた。

 

——あれからどれくらい走ったのだろうか?

——どれぐらいの時間を浪費したのだろう?

——あとどれくらいモンスターを倒せば気が済むのだろうか?

———それらの受け答えとして、最も適切なのは……『ダンジョンの気が済むまで』だ。

 

十四階層に落ちてから既に数時間が経過しようとしている。

特に十階層以降から《迷宮の武器庫(ランド・フォーム)》と呼ばれる特殊な地形が存在し、天然武器(ネイチャーウェポン)を持ったモンスターが立ち塞がることも多々ある。

幸祐は息を切らしながらも、石の刀を振るい、ひたすら走り続けていた。限界時間を超えた今となっては鎧を失い、徘徊するモンスターの視線から逃れるために息を殺して身を隠すこともした。

今所有しているオレンジやパインのロックシードは何の反応も示さない。過剰使用による負荷で機能不全に陥ったロックシードは、少し時間があれば勝手に修復される。

何か手を打たなければ幸祐は亡骸となってしまう。例えコボルトやゴブリンの雑魚モンスターが相手でも、今襲われれば命に関わる。

地上に戻ろうとするも、まるでダンジョン自体に悪意があるみたいに、下層へ続く道ばかり辿ってしまう。

 

「……この通路、さっきも通らなかったっけ……? それ以前に俺……何階層にいるんだっけ?」

 

目の前に立ち塞がる壁を見て呟く。さっきから何回も、自分の通路の先に壁が立ち塞がった。

ダンジョンの意思、というより本人の空間把握能力が低いことに問題があった。要するに、絶賛迷子中だ。

この階層が何階層かも把握できてない。いつも行き来している上階層と違い、モンスターが散らした入り乱れた地形に見たこともない構造の地。その上、モンスターと遭遇した途端、脇目も振らず走り去ったので、どこから走ってきたのかも把握できてない。

ダンジョン内の通路を駆け抜けながら、掌で握りしめている二つのロックシードを何回もスイッチを押す。だが、錠は外れるも何の音声も光も発しない。その事実に焦りが増していく。

 

『——ブモォオオ』

 

道先に続く暗闇の奥から、不気味な音叉が聞こえた。赤い二つの光が、こちらと視線と合う。

 

「ッ——!!」

 

ズンズンと足音を鳴らして、それは現れた。

数メートルの幸祐の二倍近くある、ミノタウロス。血で赤黒く染まったドス黒い斧を構えて、ゆっくりと幸祐に接近する。

 

「ッ……!!」

 

幸祐はミノタウロスに、背後を見せて全力疾走する。

 

『ッ、ブモォオオオオオオオオオオオ!!』

 

逃がさない!! ミノタウロスが殺意を込めた雄叫びを上げながら追いかける。それでも幸祐は走り続けた。

負ける戦いをするつもりはない。

他の冒険者や【戦武将(アーマード)ライダー】から『冒険者の面汚し』と罵言を浴びせられる羽目になっても結構。

——少女(ベル)との約束があるのだから。

この世界に来る以前、死に場所を探して未練がなかった頃の自分ではなくなった。大切な人達、置いて行けない者ができてしまった。だからこそ簡単に死ぬことができない。殺されるわけにはいかなかった。

 

「ッ、こっちも行き止まりかよ……!?」

 

一本道を駆け抜けると、下を見渡せる高いところだ。

そこに立っていると、下の方で起こった絶望的な景色を見渡せる。

赤黒い体毛に赤い眼をした大量の魔犬——ヘルハウンド。数十匹にも及ぶヘルハウンド達は幸祐に気付いてないまま、何かを取り囲んで唸り声を上げている。

………その中央に、少女がいた。

ボロボロのコートを身に纏った()()()()()()()()()()()()()小柄な少女。その娘を囲んでヘルハウンド達が牙を剥き出している。

 

『ブモオオオオオオオオオオ!』

 

背後を振り向くと、闘牛の如く、ミノタウロスがまっすぐこちらに向かって来る。

 

「うわ、危ねぇ!」

 

突進を躱すように、幸祐はタイミングを見計らって真横に飛ぶ。

天然武器の斧が幸祐の頬を擦り、ミノタウロスは前へ行き過ぎる。

 

『……ブ、ブモォオオオオオオオオ!!?』

 

力一杯に振り下ろした棍棒に引っ張られ、体勢を崩した牛の怪物は、少女に群がる魔犬の大群へ投げ出された。

 

『——ゴァッ!?』

 

『ギャンッ!?』

 

頭上で図体の大きいミノタウロスが落下したことにより、一ヶ所に集まっていたヘルハウンドは下敷きになる。

また、その巨体が落下した振動により、ヘルハウンド周辺のみに大量の落石が起こった。巨大な岩石の下敷きになった魔犬の大半は圧死し、残りは骨折や脳震盪で足止めを食らった。

 

「あ、咄嗟のことだったけど、何か上手くいった……」

 

まぁ良いか、と納得する幸祐。幸い、少女だけは被害に遭ってない。

 

「おい! 大丈夫か!?」

 

「あ………」

 

幸祐は下へ飛び降りて少女に駆け寄る。

腕の中にいる小さな体格の少女は至る所に傷があり、額の皮膚が切れて流血している。素人でも理解できる、少女の命は風前の灯火だった。

意識が朦朧としているのか、少女は虚な視線を向けたまま、口調もハッキリしていない。

 

「ッ………」

 

「おい、しっかり!」

 

必死に呼びかける幸祐。おもむろに幸祐の服を掴んでくる少女。小人族(パルゥム)の小さな手は、掴むだけでも必死そうだった。

親鳥に泣きすがる雛鳥のように、少女は震えながら声を絞り上げる。

 

「……リリを……助、けてッ…………」

 

その言葉を最後に少女——“リリ”は意識を閉ざす。

 

「おい! しっかりしろよ、おい!!」

 

肩を揺さぶって呼びかける。

しかし、少女からは何の応答もなかった。

非常時に常備していたポーションを小人族(パルゥム)の少女に飲ませる幸祐。すると血が流れていた額の傷口が塞がる。

少女は規則正しく呼吸を刻んでいる。どうやら気絶しているだけのようだ。

即座に少女を背中に背負い、その場から走り出す。

 

『ガァアアアアア!!』

 

「クソッ、もう復活しやがった!」

 

ヘルハウンドの残党が、まっすぐ幸祐達を目指して追いかけてきた。獲物を横取りされたことに加え、不意打ちで仲間の大半をやられたことで怒り心頭の様子だ。

二人一緒なら確実に追いつかれてしまうが、この少女を置いていけば逃げられる確率が——

 

「ッ———ふざけるんじゃねえ、俺!!」

 

そう考えたところで、幸祐は自分自身を罵倒する。

少女を置いていけば逃げられる確率が少しでも上がるかもしれないが、それでは幸祐が憎んでる奴等と大差変わりない。自分自身に恥じるような行為をしてまで生きるつもりは毛頭ない。

たとえ無傷じゃなくても構うもんか。二度と冒険者稼業ができなくても、【戦武将(アーマード)ライダー】を続けられずとも、生きてさえいれば何とかなる……幸祐はその想いを糧に走り続ける。

 

『グォアアアアアアアアア!!』

 

一匹が鋭い爪と牙を剥き出し、幸祐に飛びかかった。

咄嗟に幸祐は持っていた石の刀でヘルハウンドの頭を叩き潰す。卵が割れた感触がしたと同時に魔犬の口から『ギャンッ!?』と小さな断末魔が響いて地面に倒れ込んだ。

何か次の手を打たねば……と考えていると、

 

『——ブモォオオオ!!!』

 

「うわっ!」

 

後方から、ミノタウロスが岩石を投擲した。

直撃することはなかったが、地面に突き刺さり大きな地割れが起きたことで広範囲のヒビが生じ、幸祐は足がつまずいて転倒してしまう。

少女の身体を前に投げ出してしまい、目を擦りながら立ち上がった幸祐が目にしたのは……たくさんの赤い眼光。

見渡す限り、たくさんの鉤爪が、牙が、炎の息吹が……周囲を囲って唸っている。

 

『グァアアアアアアアアアアアッ!!!』

 

タイミングを見計らい、一斉にモンスター達が飛びかかった。

 

 

 

《ソイヤ! メロン・スカッシュ!》

 

『グァ———!!?』

 

「うわッ! 今度は何だ!?」

 

ダンジョン内に突風が吹いたかと思えば、目の前で何かの物体が横切る。それは幸祐に降りかかったヘルハウンドの炎を遮る盾となり、ミノタウロスの体を貫き、悲鳴を上げさせる間もなく爆散させる。

ブーメランのように、正確にコントロールされた軌道でヘルハウンドの図体を貫いて十、二十、三十……と、次々と倒していく。

断末魔を上げさせる猶予すら与えず、あっという間にモンスターは全滅した。後に残ったのは、攻撃が強過ぎて耐えられず粉々になった大量の魔石の欠片。

急なことで驚きながらも、物体が宙を飛んだ方へ振り返ると、薄暗いダンジョンの奥から現れた人物が物体を掴んだ。

 

「白の…【戦武将(アーマード)ライダー】……?」

 

そこにいたのは———正に“白”と呼べる存在感。

網目模様の緑の鎧に純白のライダースーツを着こなし、兜の眉間に三日月のような金の角が輝く、貴族のような振る舞いの武者。左腰には刃が白の大太刀を装着し、左手に先程の飛来した物体——マスクメロンの表皮と果肉、兜の角を模した造形の大盾——を構え、じっくりとこちらに視線を向けている。

灯が乏しいダンジョンの中を薄暗い不気味な夜とするならば……暗闇を光で斬り裂き、白く光り輝く武者は月からの遣いに参った御使いのよう。

その光景を最後に、幸祐は意識を失う。

 

 

 

 

 

 

血だらけで気絶する少年と、小汚い服装になった少女を見つめる白武者。

 

「…………」

 

無言のまま、腰に手をかけて一つの錠前を手に取った。

スイッチを鳴らすと、掌サイズの錠前は複雑な変形を繰り返しながら人間より大きくなり、やがてバイクのような乗り物に落ち着いた。

桜の花弁の絵が織り込まれた自動自転車(オートバイク)型搭乗物——《ロックビークル》に、リリと幸祐を乗せると、ハイポーションを振りかけるように二人にかける。

二人の外傷が癒えたと同時に、《ロックビークル》は自動で動き出し、更に下層まで移動する。

 

「あとは事と成り行き次第か……これで良いんだろう? 神」

 

更に下層、十八階層へ行ってしまった二人を見送り、この光景を眺めている超越存在に呼びかけた。返事など気にしない素振りで。

 

《ロック・オフ》

 

眼前に生じた数メートルの穴に幸祐が消えていくのを見届け、白の戦武将(アーマード)ライダーの男——ラプターは音も立てずにその場を離れる。

戦武将(アーマード)ライダー】とはいえ、Lv.1の幸祐がより深い下層で生き残れる確率は非常に小さい。

しかし、それでは意味がない。この程度の非常事態ですら生きられないのなら冒険者、もとい【戦武将(アーマード)ライダー】である意味がない。今日まで生きて来た存在意義すら失う。

 

「お前が生きていれば、俺達は再び剣で混じり合うだろう。その時は今よりもっとマシになれ。だが、俺の期待に応えられないなら……その体ごと朽ちながら死に逝け」

 

生還するに越したことはないが、この程度で死ぬならそれも構わない……そう打算しながらダンジョンを去った。

 

 

 

 

 

 

ダンジョンを移動している団体がいた。

金髪小人族(パルゥム)を筆頭に移動する【ロキ・ファミリア】だ。

アイズはふと思い出した。怪物祭(モンスター・フィリア)の時、単独で食人花を倒した戦武将(アーマード)ライダーのことを。

あの場にいた《ロキ・ファミリア》の全員はフィンやリヴェリアに話した。

その際、団長(フィン)は礼を述べたい、並びにスカウトを視野に入れたいと述べていた。また、ティオナもまた会いたいといっていたが、フィンとはまた違った感情が込められていると思った。

正体を知っているが、秘密にしたいと思ったアイズは、【ファミリア】の皆には内緒のままにしようと決めた。

 

(もし会えたら、強くなれる秘訣を教えてくれるかな……?)

 

そう思いながら、ダンジョン内を歩み続ける。

やがて、迷宮の楽園(アンダーリゾート)に足を踏み入れる。少女が少年と再会するのは時間の問題だ。

 

 

 

 

 

 

全身に残る痛みに耐えながら、ゆっくりと両眼を開く。

まっさきに視界に飛び込んできたのは……暖かい光。

 

「ん〜………んん?」

 

眠気覚ましにしてはあまりにも驚きで、一瞬目を疑った。

そこは暖かい光に溢れる『外』、鼻を擽らせる香りの『森』、自分達の生還を心待ちして歓迎してくれるようだ。素肌で感じる草木から、草原の上で大の字になって倒れていたことを自覚してしまう。

傍には未だに気絶したままの小人族(パルゥム)の少女が倒れている。

ヘルハウンドに襲われた後、白いライダーに救われたことだけは覚えている。

が、そこから先の記憶がない……

一体誰なのか、何故助けてくれたのか分からないままだ。

しかし、ここで考えてもしょうがないと割り切り、自分の装備を確認し始める。

 

「……髪、ボロボロだな」

 

身嗜みが汚れていることに気がついた。

モンスターの返り血や少女と自分の血、転んで擦りむいた拍子で付いた砂で、透き通る綺麗な光を放つ蒼い髪はすっかり薄汚れている。

髪留めの紐が千切れたため髪を縛るものもなく、山姥のように長い髪を散らすしかない。

幸祐は溜息を吐きながら、小人族(パルゥム)の少女を背負ったまま歩き出した。

 

 

 

到達階層———十八階層『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』。

 

 

 



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第拾捌話 リヴィラの事件

それは突如、降りかかった不測の事態。

 

『——ヘルハウンドだぁああああああああ!!!』

 

『中層』にしか現れない魔犬の怪物(ヘルハウンド)の大量発生。

暗闇に光る不気味な赤眼をギラつかせて、獲物を逃さない眼光と姿勢。その口から灼熱の息吹を放つ姿は、正に地獄に巣食う魔犬そのもの。

その魔犬モンスターに追われ、中層まで逃げ続けた小人族(パルゥム)の少女——リリルカ・アーデは、膨れて身長の倍以上もある大荷物を背負って走り続けていた。

 

『お前……囮になれよ! ()()()()()!!』

 

『え……?』

 

彼女にとってこの一言が、人生最大最悪な闘争劇の幕開けになった。

契約している冒険者に背中を蹴られ、モンスター達の眼前に突き落とされた。

押し付けられた、『餌役(デコイ)』を。

リリルカ——リリは死に物狂いで走った。

 

(もう……最ッ悪です!)

 

これほど致命的な人選ミスをした自分を呪ったことはない。こんなことになるくらいなら、早く見限って次の宿主を探せば良かった。だが、後悔しても遅い。

もう既に何時間も走り続けた。身体にたくさんの擦り傷を付けられ、走り過ぎて血反吐を吐きながらも、必死にヘルハウンドから逃れ続けた。

 

「ハァ……ハァッ……後ッ……もう少しでッ……!!」

 

縦穴を移動し始め、数時間経つ。

数え間違いさえしていなければ、今いるのは十六階層。ここを乗り越えればリリは、安全階層(セーフティポイント)である十八階層に辿り着ける。

そこで準備を整え、地上へ生還できる機会を伺えば——

 

『グルァアアアアアア!!』

 

「きゃあッ!?」

 

しかし、悪運もそこまでだった。

後方のヘルハウンドが炎の息吹を吐いた。

直撃はしなかったが、その炎で足元の岩場が破裂してしまい、リリの軽い体は吹き飛ばされる。その余波で肩掛け紐が千切れてしまい、荷物は中身をぶち撒けてしまった。

勢いよく顔を地面に打ってしまい、リリの額から血が流れる。

 

『ガルルゥッ……!』

 

『グォオオオ……!!』

 

「あ……そ、そんな………」

 

額から目蓋に流れ落ちる血を拭って視界を広げるリリ。

その眼前には、大量の魔犬がいた。少女を逃がさないように、周囲にヘルハウンドの群れが蔓延っていた。

自分の『死』と真正面から対面してしまった。

——もう、受け入れるしかない。

慄き、泣き叫ぶ気力すら湧かない。絶望することもない。

少しでも楽な姿勢のまま死ねるように、魔犬達の眼前で横になった。

 

「冒険者なんて………大っ嫌いです……」

 

この世に、神も仏もあったものじゃない。実際に神様はいるが、ロクでもない神様(やつ)ばかりだ。

そして『英雄』なんて存在するわけない。

どんなに泣き叫んでも、何回も虐げられても……少女(リリ)の前に、一度も現れなかった。

 

(せめて来世は、もっとマシな暮らしがしたいです……)

 

最後の願いを込め、死を受け入れる………その時だ。

 

 

 

『……ブ、ブモォオオオオオオオオオ!!?』

 

『——ゴァッ!?』

 

『ギャンッ!?』

 

自分に迫る死神の足跡をかき消すように、側方から別のモンスターの悲鳴が鳴り響いた。

と同時に、ヘルハウンド達の頭上で図体の大きい怪物——ミノタウロスが落下してきた。

牛頭の巨体に押し潰されるヘルハウンド。また、その巨体が引き起こした振動で、ヘルハウンド周辺のみに大量の落石が起こった。巨大な岩石の下敷きになった魔犬の大半は圧死し、残りは骨折や震盪を貰って動けなくなる。

目の前で何が起こったのか、リリは理解できずにいた。

 

「——おい! 大丈夫か!?」

 

ミノタウロスが落下してきた方から、誰かがリリルカの元に駆け寄る。

 

「あ………」

 

リリは一瞬、眼を疑った。

そこにいたのは、憎い『冒険者』でも、嫌いな『神様』でもない——『蒼髪の天使』だ。

石の棍棒を携えて、天から迎えに来てくれた美形の天使。

リリは死ぬ間際の走馬灯か、もしくはリリ自身の願望から生まれた幻覚と思い込む。

こんな都合が良いことが起こるなんて、あるわけない。

『神』ではなく『天使』がこの窮地から救ってくれるなんて、そんな幻想は信じない。

 

(迎えが、来た……そっか、ようやく楽になれるのです…ね………)

 

……でも、幻でも嬉しかった。

『冒険者』や『神酒(ソーマ)』に弄ばれ、人生を滅茶苦茶にされた最低最悪な人生だったが、最期にようやく夢を見ることができた。

ほんの少しだけ、生きて良かったと思えた。

 

「……お…い…しっかり………!」

 

顔を覗き込みながら何か声を上げていたが、意識が朦朧として何も聞き取れない。

天使に泣きすがり、リリは弱々しい声を絞り上げる。

 

「……リリを……助、けてッ…………」

 

早くこの地獄(げんじつ)から解放されたい……

それから『天使』に身を任せて目蓋を閉じると、ずっと誰かにおぶわれている気がした。

 

(……暖かい………この暖かさは……天使様なの?)

 

何故か分からないが、とても心地良かった。

誰かの暖かい背中を肌で感じ取り、かつてない安らぎを得られた。

実の両親は、人を狂わせる酒——神酒(ソーマ)に溺れていた。実の娘を資金を集める駒遣い程度にしか思ってない、屑の人種だった。挙げ句の果てには酒のためにモンスターに挑み、無残に死んだ。

孤独の少女(リリ)は、神酒(ソーマ)欲しさに金を奪い合う屑集団——【ソーマ・ファミリア】内で孤立した。

自分を拾ってくれた花屋の老夫婦ですら、自分の【ファミリア】が引き起こした事件で見切りを付け、腫れ物のように切り捨てた。

少女は思い知らされた……この世界に、自分の『味方』なんていない。『奪う』か『奪われる』だけの人種しかいないのだと。

だがもし、もしも……育ての親が——自分の近くにいた人が良識ある人種だったら、こんな風に守ってくれたのかもしれない……とリリは思った。

しかし、どうせ死ぬんだ。もう関係ない。

………でも、やっぱり嬉しかった。

 

 

 

——あ、そうか……自分(リリ)が欲しかったものは………

 

 

 

 

 

 

「……ここ、は?」

 

目を覚ますと、そこは生い茂った森林。上には明るい空ではなく明るい水晶(クリスタル)

小耳程度に挟んだが、そこは第十八階層の安全階層だと分かる。

 

「目が覚めたか?」

 

目覚め立てのリリは声をかけられる。

最初に目にしたのは、透き通るように美しい芸術的な蒼色の長髪。呼びかけた声とは似合わない美女の顔立ち。しかし正真正銘、男だ。手入れが行き届いた髪質を眺めると、リリは自分が女であることの自信を喪失しそうになる。

あの髪色でようやく気づいた。

そこにいたのは紛れもない、死に行く自分を拾い上げた蒼髪の天使——否、自分を助けた冒険者だった。

 

「あ、あの冒険者様…リリ達はその……助かったんですか?」

 

「ああ、今のところな……それより、お前に聞きたいことがある」

 

やっぱり、ただで助けてくれるなんて美味い話あるわけない、と表情を暗くさせるリリ。

命を救ってやったんだから見返りを渡せ、と横暴な要求をしてくるのだろう。

何しろ、この男も『冒険者』なのだから……

 

「……ここって何階層だ?」

 

少年の呟きに、リリは絶句しそうになる。予想の斜め上を行く問いだった。

 

「……ぼ、冒険者様? もしかして……ここがどこか、ご存知ないのですか?」

 

「………知らない。初めて来た……そもそも何でダンジョンの中に森があるんだ?」

 

迷わず即答した少年——桜庭幸祐。ここが安全階層(セーフティポイント)であることすら知らずに来た。媚を売ることが得意なリリも、流石に唖然としてしまう。

その後、幸祐が【戦武将(アーマード)ライダー】であることに更に驚愕するのはいうまでもない。

命を救ってくれたお礼、というわけではないが、リリは幸祐にダンジョンに関することを教授した。教授といっても、エイナみたいな徹底した内容ではなく、簡単に要約したもの。

まずダンジョンにはキラーアント、別名『初心者殺し』と呼ばれる蟻のモンスターがいる。

中層に赴くにしても『階層主(ゴライアス)』——大広間に出現する『迷宮の孤王(モンスターレックス)』——に遭遇するリスクが高い。

しかし、幸祐はその段階をすっ飛ばして十八階層に来た。その階層が安全階層(セーフティポイント)である『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』だということも知らずにだ。

命の危機に瀕していたというのに、幸祐は「まぁ…ラッキーだったな」の一言で済ませる。

こんな無知で非常識な冒険者に、自分(リリ)は助けられたのか……?

呆れを通り越し、リリは溜息を吐くのを押し殺す。

 

「そ、それにしても冒険者様! と〜ってもお強いんですね? リリは感動しました!」

 

それでも、希少価値な【戦武将(アーマード)ライダー】であることには変わりない。見たところダンジョンの知識が乏しい新米に違いない。ここで株を上げておけば、後々結構な利益を得られると踏む。

今更な気がするが、本音を必死に押し殺し、ひたすら媚を売る。

 

「リリの命を救ってくれて、冒険者様にどう感謝の意を述べれば良いのか! まさか冒険者様が【戦武将ライダー】だったなんて、聡明な方でもあるんですね? きっと貴方様ほどの偉大な方は、この都市にはもう存在しない——」

 

「おい……こんな時まで良い子面するのは止めとけ。辛いだろ?」

 

ニコニコ愛想笑いを浮かべるリリを見て、幸祐はお見通しだといわんばかりに指摘する。

図星を突かれたリリは一瞬だけ笑みが引きつってしまう。

 

「え? ……な、何のことでしょうッ? リリは本心からコースケ様を」

 

「分かるんだよ、口に出さずとも目を見ればな……取り敢えず、その『様』を止めてくれないか?」

 

リリの本心を見透かすようにいう幸祐。

利用され続けた幸祐は、いつしか善人な人間と性根が腐った人との区別が付ける術を身に付けた。神みたいに嘘を見分けることなどできないが、その人間の人柄を大まかに測ることはできる。

つまり……リリと似たような眼力を備えているのだ。

そのことを理解したリリ。どんなに褒めちぎっても無駄だと分かり、愛想笑いも無駄だと消す。

 

「……貴方なんかに、リリの何を知っているんですか? コースケ()

 

プイッと幸祐から顔を逸らした。すっかり拗ねたように幸祐から距離を置き始める。

 

——お前に何が分かる?

——のうのうと暮らし、『生きる苦しみ』も知らないお前が?

——お前も『冒険者』のくせに、知ったか振りするな。

 

栗色の視線の奥に、『冒険者』に対する侮蔑と嫌悪が多く含まれていた。幸祐を見下し、心底軽蔑し、どう使い捨てにしようか企む者の眼。瞳の奥にあるリリの本心を、幸祐は見逃さなかった。

二人は『街』を目指して歩くが、その道中で会話など一切なかった……

 

 

 

 

 

 

同時期、街——『リヴィラの街』に到着したフィン達【ロキ・ファミリア】一行。

 

「あー、この街に来るのも久々のような気がするなー」

 

木の柱に旗が張られた門を潜り、ダンジョンの宿場街を見渡すティオナ。

その門に書かれている“334”という数字。過去に三百三十三回も壊滅したことをリヴェリアから教わり、呆然とするレフィーヤ。

 

「あれ? あれって……やっぱりだ! おーい!」

 

宿屋に向かう途中、知り合いを見かけたティオナは、元気いっぱいに手を振る。

 

「ティオナさん?」

 

「ミューリーがいるということは、フォルトもここにいるみたいだね?」

 

「あ、団長。それに他の皆さんも」

 

フィン達と対面したのは、アイズ達より一頭身小さな体格、長い黒髪に黒毛の狼耳や尻尾が生えた狼人(ウェアウルフ)の少女。右眼が緑で左眼が紫という、左右異なったオッドアイが特徴的だ。

本名『ミューリー・コナー』。【ロキ・ファミリア】所属、第二級冒険者兼サポーターであり、【ファミリア】内で最年少。たまにティオナ達から可愛がられている。

最も、ミューリーはフォルトに尊敬の念を抱いているようで、常にフォルトの傍にいることが多い。それ故、他の団員と接点があまりなく、彼女を知らない団員の方が多い。

あの晩、『豊穣の女主人』で起こった日のことだが、ミューリーはいなかった。

ダンジョンからホームに着いた途端、地面に倒れて熟睡したため、起こすのは悪いと判断したロキと【ファミリア】メンバーによってベッドで寝かされた。なので同胞である先輩(ベート・ローガ)尊敬する人(フォルト)が起こした騒ぎには一切関与していない。因みに、ティオナ達からその話を聞かされた時は、然程嫌悪感を抱かなかったが、デリカシーがないと呟いたとか。

 

「ミューリーは何故ここに……いや、尋ねるまでもないか」

 

「はい、フォルトさんと潜ったんです。本当はこの街で休息を取るはずだったんですけど……」

 

リヴェリアの言葉に肯定しながら、どこか暗い表情になる狼少女。

街の様子がおかしかった。人の気配が少な過ぎる。雑踏とざわめきが絶えないはずが、今はどんよりとした静寂な空気が充満している。

皆の代表としてフィンが尋ねる。

 

「街の様子がいつもと違うようだけど、何か知っているかい?」

 

「私達も来たばかりで知ったんですが……殺人があったんです」

 

心配そうに告げるその姿に、ティオナ達は言葉を詰まらせ、フィンやリヴェリアはこの不穏な理由を察知した。

 

 

 

 

 

 

現場には床一面に張り巡らされた大量の血。血の海に肉片や脳漿、蛆虫が浮き出て、見る者に吐き気を催す。その中心に頭部を失った男の遺体が放置されていた。

その光景を、フォルトは顔の筋肉を全く動かさず観察する。

 

「ったく、【フレイヤ・ファミリア】といい、強ぇ奴は何でもできると偉そうな面しやがってよ」

 

「邪魔、退いて」

 

「ア、ハイ。スンマセン……」

 

偉そうな口調で話しかけてきた男——ボールスを鋭い眼光で一瞥して退かせると、そのまま遺体の方へ直行するフォルト。

近くまで寄ると、遺体の男のうなじを掴み上げた。

 

『ッ!?』

 

()()()()()()を物ように乱暴に扱う。血や穢れを嫌う種族であるエルフの血が混ざってるはずなのに、手が血肉に濡れても動じない。それ以前に、躊躇なく死者を冒瀆する行為に、ボールスを含めてその場で現場検証を行なった者は身震いする。

自分へ集中された視線を無視し、間近で遺体を観察し続ける。

首から上の頭部は踏み潰されたか、もしくは引き千切られたかのように、グロいオブジェに豹変していた。喉笛に手を触れると、骨格が歪になっているのが分かった。

 

(死因は、首を折られたこと。その後に頭を潰したってところか……)

 

そう思考を探らせていると、遺体の近くに色が違う液を発見する。

フォルトは地面に薄ら溢れた液体をボロ布で拭い取り、ゆっくりと鼻先に持っていく。血に混じって赤黒く変色しているが、微かな刺激臭が鼻腔を通る。

記憶が正しければ、この臭いに該当するものは——

 

「やぁ、フォルト。お邪魔するよ」

 

その場に、またしても乱入者が参上する。【ロキ・ファミリア】の団長であり、フォルトから見れば上司に当たる小人族(パルゥム)の男性、フィン・ディムナ。

唐突に現れても驚かないフォルトはそのまま観察を続け、少しは驚いて欲しかったとボヤきながら合流する。

 

「フォルト、死因は解るかな?」

 

「首の骨ごと骨折されたことによる呼吸困難、その後頭部の皮膚を引き剥がされたってところ……この様子から、抵抗も虚しかったみたいね」

 

ふむ、と顎に手を当てるフィン。

 

「他に気づいたことは?」

 

「…………それだけ。後は()()の荷物や【ステイタス】を観れば大体の見当がつく」

 

そう答えながら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

そのまま何食わぬ顔でフィンに近づき、耳元で二人にしか聞こえない音量で提案を申した。被害者はLv.4、そいつの首を握り潰したのならば、犯人は少なくてもLv.5以上の手練れ。広場に集めて検証するべきだ、と。

その提案にフィンは賢明だと、首を縦に振った。

 

「私の知る情報はここまで、謎解きはそっちでやって」

 

「了解。ああ、それから———フォルト」

 

立ち去ろうとするフォルトを、団長(フィン)はただ、名前を呼んで静止させる。

フォルトは足を止めたが、背中を向けたまま。

名前を呼ばれただけなのに、呼ばれた本人はおろか、その場にいた誰もが呼吸すら許されない威圧に当てられる。

 

「君が僕のいうことを聞かないのは理解している。僕の考えに賛同してくれないこともね。だけど……」

 

笑みのようで、瞳の奥が笑みを浮かんでないフィン。

隠した布を指摘されるのでは? しかし、フォルトは狼狽る様子を見せなかった。

 

「君やミューリーは僕等の『家族』だ、敢えて言わせてもらうよ……単独で危険なことをしないように」

 

「……………『家族』、ね」

 

答えにならない返答をしながら、今度こそ退出していくフォルト。その姿にフィンは溜息を隠せなかった。一応注意をしたが、彼女が聞き入れてくれるかどうか。あの様子からすれば、また聞き入れてくれないだろう。

 

「はぁ……せめて、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

全く、ウチの【ファミリア】は問題児が多い、とボヤいてしまった。

 

 

 

 

 

 

一方、外で忠犬のように待機していたミューリーは、同じく外で待っていたティオナ達と会話を続けていた。

この場にいる【ロキ・ファミリア】は、現場検証しているフォルトとフィンを除き、ミューリーとティオナ、ティオネ、それにアイズとレフィーヤ。リヴェリアは他の宿屋で聴き込みしながら情報を集めている。

しかし主人(フォルト)の傍にいないことが寂しいのか、お預けを食らった忠犬のように狼耳がうなだれていた。いつもフリフリ振る尻尾も、地面に下がったまま動かない。

ふとティオナはミューリーのある部分を目にし、恐る恐る尋ねてみた。

 

「そういえばミューリー……また、大きくなった?」

 

ミューリー、齢十四にして破壊的な巨乳の持ち主。その幼い容姿にそぐわない大きさ、実にどこかの紐女神と匹敵する。

歳下の少女に圧倒的な貧富の差を見せつけられ、ティオナの天真爛漫な瞳が暗く染まりかける。

 

「え? そうですね……でも大きくなりすぎて、最近肩凝りが酷いんですよ。戦闘にも支障をきたしてしまいますし」

 

困ったように両手で胸を持ち上げる。

ティオナの眼前で、たゆんたゆん、と揺れまくった。

少女の無自覚な行為は、持たざる者へのボルテージを爆発させる引き金に変わった。

 

「わ、わ………私への当て付けかぁーーー!?」

 

ガチで涙目になりながら胸に不意打ちをかけるティオナ。ミューリーは「ひゃぁあ!?」と可愛らしい悲鳴を上げる。それを双子の姉が宥めようと「落ち着きなさい、あんたがペチャパイなのはミューリーのせいじゃないわよ」と、よりボルテージを上げる失言をしてしまう。

揉まれる度に可愛らしい奇声を上げる姿に、付近で聞き耳を立てていた男冒険者達は腰が引いた……と一悶着が起こった。

お陰で、緊張していた場にいくらか安らぎが戻った。

全員の説得の甲斐があって、ティオナも落ち着き、検証が行われている現場へ視線を向ける。

 

「それにしても遅いねー、フォルトは何してんだろ?」

 

「どうせ、また団長の命令を無視しているだけでしょ?」

 

「ア、アハハハ、フォルトさんはそういう人ですから……」

 

フォルトの行動にフォローの言葉が思い浮かばず、ミューリーは笑って誤魔化す。いつか自分にまで非が及んでしまうのでは? と割と心配しながら。

すると、ティオナは気を伺う様子でいってくる。

 

「でもさー、無理してフォルトに着いて行かなくても良いんだよ? 何だったら、あたし達と一緒に行こうよー。フォルトには言っておくからさー」

 

ティオナだけでなくティオネも、その後方にいるアイズやレフィーヤもミューリーを歓迎する表情だ。

フォルトを知るメンバーでも、彼女を好く者は数少ない。

同胞のレフィーヤは尊敬というより畏怖の対象として見ることが多い。

団長(フィン)LOVEな乙女ティオネは、団長のいうことを基本聞かないフォルトが生理的に無理。

アイズは口下手な上にフォルトと性格が合わないためか、良好な仲とは呼べない。

ティオナは偏見なく接しているが、本人が心を開いてくれないため仲を深められない。

ここにいないが、ベートとは特に仲が悪い。といっても、ベートが突っかかるだけでフォルトは受け流すことが多い。獣人とエルフの種族間によるものか、それとも二人の本質が同じ『同族嫌悪』からなっているのか。

一方、フィン、リヴェリア、ガレスは、フォルトに邪険にされても放っておくことはなかった。だが他の団員と違い、どこか後ろめたい雰囲気で接している。当然そんな顔をされれば心を開いてくれるはずもない。

皆といることを嫌うフォルトに着いてくるミューリーを目撃し、無理矢理連れて行かされているのではないのかと他の団員は心配していた。

 

「はい、ありがとうございます。皆さんのお気持ちは嬉しいですが……結構です。私がフォルトさんに頼み込んだんです」

 

……しかし、そんな事実は一切ない。それはこの狼少女が証言する。

 

「これは、私が望んだことなんです。私がフォルトさんに憧れて、フォルトさんの役に立ちたいって思ったから。あの人に救われてから、ずっと……」

 

笑みを浮かべながら述べるその言葉は、心からの本心であった。

この命を、あの人の役に立ちたいと思い続ける。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ずっと……

獣人とエルフ、その隔たりを越えるような信頼感と尊敬が少女の中にある。同じ狼人族(ウェアウルフ)でも、リヴェリアとベートの間柄とはえらい違いだった。

 

「ミューリー、行くわよ」

 

いつの間にか、宿の奥からフォルトが戻ってきた。

どんなことがあってもミューリーは当然のようにフォルトに着いていくと知っているので、フォルトとミューリーに余計な会話は不要だ。

 

「あ、はい! それじゃあ皆さん、ご武運を」

 

最後に頭を下げて、ミューリーの方へまっすぐに駆け出す。

その光景をティオナ達は心配そうに見ながらも、微笑ましい気持ちで見送った。

 



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第拾玖話 お人好し

あれから幸祐とリリは歩き続け、十数分後ようやく到着した。

十八階層に存在する唯一の街『リヴィラの街』、またの名を『ならず者達の街(ローグ・タウン)』。荒くれ者が造ったような荒々しい門は、この街の象徴に見える。

入り口を潜り抜けた途端、街の雰囲気がおかしいことに気づく。

 

「やけに騒々しいな……何があったんだろうな?」

 

「…………」

 

話題を振りまく幸祐だが、リリは我関せずといった感じで無視し、一人で門を潜っていく。

その様子に幸祐は溜息を吐いてしまう。

さっきまで何も言わなかった自分にも非があるのは分かっているが、非常時なのだからお互いのため協力したかった。しかし追及する気力もなく、リリの後を追うように幸祐も門を潜る。

街中に入った瞬間、突然「全員、広場に集まりやがれぇ! 従わねぇ奴は要注意人物一覧(ブラックリスト)に載せるからなぁ!」と、支配人らしき男に怒鳴られる。

今日は実に災厄な日だと、自分の運勢のなさを呪う幸祐とリリ。

近くにいた冒険者に理由を尋ねると、Lv.4の冒険者が殺害されたと聞き、驚愕を隠せなかった。

 

 

 

 

 

 

街の中心地でありながら最も広い水晶広場。中央に白と青の二つの水晶柱が寄り添い、その傍に血塗れの全身型鎧(フルプレート)や武器等の装備品……殺された被害者の私物が並んである。

封鎖された街中、何事かと冒険者一同が集まっている。その中には幸祐達の姿もあった。

容疑者は女性、被害者であるLv.4の第二級冒険者が何も抵抗できずに殺された。今のところ確かな情報はこれだけだ。

第一級冒険者に匹敵する殺人鬼が街のどこかに潜伏している。この事実に皆は恐怖と不安を顔に抱え、場はかつてない緊迫に包まれていた…………はずだったが。

 

「……ようし、女共ぉ!! 体の隅々まで調べてやるから服を脱げぇえええええ!!」

 

『うぉおおおおおおおおおおおおおお!!』

 

『ふざけんなーッ、死ねーーー!!』

 

『フィン〜、私の体を調べて♡』

 

『コラ! 抜け駆けは許さないわよー!』

 

『あの、ずっと憧れていました! フィン様♡』

 

『——団長に群がってんじゃねえぞ、アバズレ共ぉおおおおおおおおお!!!』

 

幸祐の目が点になった。何を見せられているのだろう?

この街の支配者らしき男の唱えた私欲に塗れた要求に男の冒険者が歓声を上げ、女性冒険者から飛び交う圧倒的ブーイングの嵐。合法ショタである金髪小人族(パルゥム)の眼前に並んで色目を使う女性集団に、暴走したアマゾネスが立ち塞がる……混沌(カオス)と化した現場。唯一しっかりしているのは、ハイエルフの女性がいる【ファミリア】であった(一人の長髪アマゾネスを除く)。

密閉されたダンジョンの街中で人が殺されたというのに、緊張感の欠片もない空気に変わった。これが冒険者のノリというのなら、幸祐には理解できそうにない。

この場にいるリリも似たような表情をし、女性冒険者の群れに攫われた小人族(パルゥム)の英雄に同情の視線を送るに違いない。

ふとその時、リリが傍にいないことに気づく。

周囲のどこにもリリの姿は見当たらない。予期せぬ間に、リリはその場から姿を消していた……幸祐の()()()()()()()()錠前(ロックシード)()()()()

 

「……あいつ、どこへ?」

 

キョロキョロ探すと、ドンッと誰かとぶつかってしまう。

その拍子で幸祐の小鞄(ポーチ)と、ぶつかった相手の小鞄が混ざってしまった。

 

「おっと、すいませ——」

 

「ッ! ご、ごめんッ、私、急いでるからッ……!」

 

ぶつかった相手、小麦肌の犬人(シアンスロープ)の女は怯えた様子で、地面に落ちた小鞄を抱えると、そそくさと幸祐から離れて行った。

様子がおかしかったが、殺人鬼が潜んでいることに怯えているのだと思い、それ以上のことを考えなかった。

その後もリリを探し続けるが、結局、見つけることはできなかった……

 

 

 

 

 

 

広場から少し離れたところ。

辺りをキョロキョロしながら怯えている様子に、泥棒の勘が疼いた。金目のものになるものがある、と。

 

「冒険者さん冒険者さん……」

 

「ひッ! だ、誰ッ……!?」

 

先程の犬人(シアンスロープ)の女は、文字通り仔犬のように震える。しかし同族の、自分より体格が小さいリリを目にして、安堵したような顔を浮かべた。

女であるとはいえ、Lv.1のサポーターが容疑者と疑われるはずもなく、リヴィラの街から颯爽と消え去ることができたリリは、全身から溢れ出す怯えを隠せない犬人(シアンスロープ)に、営業スマイルを浮かべたまま近づく。

 

「実は私、【戦武将(アーマード)ライダー】の護衛人の方と共にここまで来ましてね。ただのサポーターなので容疑者から外されていますのでご安心を……話は変わりますが、貴女は犯人に狙われているのでは?」

 

「ッ……き、気付いていたのッ?」

 

「このまま貴女がそれを持ったままだと犯人疑惑が起こり、犯人に狙われるはずです。そこで提案ですが……この(リリ)にその荷物をお預かりしませんか? 街を出るまで、あるいはダンジョンを出るまで。もちろん、冒険者様が貰うはずの報酬を頂けるのでしたら、ですけど?」

 

「…………ば、場所を変えよう」

 

犬人の少女は報酬が貰えないという点に渋ったが、金なんかで命は買えないと理解し、リリの提案を呑んだ。

この少女は、今起こっている事件の重要参考人になるだろう。リリがやろうとしていることは【ロキ・ファミリア】の妨害ともいえる行為である。

それを自覚しながらも、リリは思い留まらなかった。

 

(もしこれが駄目になっても、まだ“こっち”がありますから……)

 

視線を忍ばせながら、握り締めている甘橙(オレンジ)鳳梨(パイン)のロックシードを、こっそりポケットに仕舞い込む。

少年(コースケ)が【戦武将(アーマード)ライダー】であったことは予想外のことだったが、好機と考えた。

リリ自身、オラリオの有名人と関わることなどありはしない。迷宮都市(オラリオ)でさえ重視されている【戦武将(アーマード)ライダー】など、お目にかかれたことすらない。

しかし、今まで騙し取った冒険者達から数々の情報を耳にしていた。

何億ヴァリスは下らない値がつく《戦極ドライバー》だが、既に装着されたものは所有者しか使用できず、途端に一ヴァリスにもならないゴミと化してしまう。しかし、このロックシードなら幾らかの価値になるに違いない!

リリの長年の勘がうずいていた。どういう経緯で少年が手に入れたのか知らないが、世に出回るロックシードでも最高級、間違いなく希少価値が高い。

眼前でビクビクしている犬人の少女から報酬を貰う算段だが、万が一駄目な時に備え、逃げる際にロックシードを盗んでおいた。

その手の店にこのロックシードを持っていけば、結構な額の大金が手に入るに違いない。

そうすれば、あの【ファミリア】から脱退することも夢ではない!

……しかし、それは自分を救ってくれた少年に恩を仇で返すことになる。

 

(……どうせ、あの人だって、リリより自分を優先するでしょう。だって……『冒険者』なんですから)

 

押し寄せてくる罪悪感を押し殺し、早く忘れようと踏ん切り付いた。

あの綺麗な容姿の少年も、隙を見せればリリを裏切り、リリを虐げた金の亡者と同じように醜悪な顔を浮かべるだろう。

そうはいくものか。

裏切られる前に、棄てられる前に……こっちが見限ってやる。

あの世間知らずな男を利用し、骨の髄まで現実というものを教えてやる。

 

 

 

 

 

 

あの後、男である幸祐も身体検査を受ける羽目になった。

女を探し当てるのに“男”である幸祐も検査された理由が、容姿が他の女冒険者よりも断然女らしいから、だそうだ。尚、この発言をした男冒険者は周囲の女冒険者にボコボコにされた。

検査終了後、色んなことが起こり、頭を整理したかった幸祐は、街から少し離れたところまで歩いている。

 

『……貴方なんかに、リリの何を知っているんですか?』

 

仏頂面なリリの姿が、何度も幸祐の頭を過ぎった。

お礼をいわれたくて助けたわけではないが、アイテムを盗まれたことがショックじゃないといえば嘘になる。

 

(俺って、本当に弱かったんだな……)

 

何よりもショックを受けたのは、アイテム不在の自分の不甲斐なさ。守られていたのは自分自身、アイテムが自分を守ってくれたんだと自覚した今、とても情けなかった。

森の中でも照らされる水晶(クリスタル)の光が眩しく感じ、今の自分には不釣り合いだと自虐し始めた。

 

「……あの、少し良いですか?」

 

背後から声をかけられ、振り向くと、そこにいた金髪金眼の少女(アイズ・ヴァレンシュタイン)視線が合う。

 

(やっぱり、あの人だ……)

 

一人でミノタウロスを倒し、単独で食人花を圧倒した紺色の武者。会いたがっていた少年(コースケ)が、目の前に現れた。

そんなアイズの心情を知らず、うろ覚えな印象で思い出す幸祐。

 

「その節は、どうも」

 

「……どうも」

 

素っ気ない挨拶を交わす男女。お互い美人顔だというのに、何とも味気ないものだった。

正直、幸祐は【ロキ・ファミリア】、ひいては大手企業(ファミリア)に良い印象を持っていない。

大手企業というのは多くの人を雇うにも人選の必要があり、能力が高い者を選ぶことが多い。うちの団長(ベル)も以前、オラリオに来たばかりの当初、門番に門前払いで追い返されたと、まともに相手してくれなかったというのを耳にした。

大手の企業(ファミリア)が皆、悪い奴とは限らないのは理解しているが、苦手であることには変わりない。

その良い印象がない【ファミリア】の金髪少女が、ずっと見つめていた。

 

「……あの、まだ何か用か? 身体検査もLvの確認も終えただろ?」

 

「え、えっと、そうじゃなくて……心配、だったから」

 

強くなれる秘訣を聞きたかったが、口下手なアイズは何から話せば良いのか分からず、本音と違うことが口から出てしまう。

そんなアイズの心情を知らない幸祐は、内心で律儀な奴と呟き、ポケットに入れてあったものを取り出した。

 

「ッ!! ———そ、それは……!?」

 

「ん?」

 

臭い消しの袋から取り出されたものを目にした途端、盛大に反応しながら幸祐の手元を凝視し続けているアイズ。子供みたいに、瞳に爛々とした光が宿る。

幸祐の手元にあるそれは——昨夜、おやつ用に持参してきた『ジャガ丸くんカレー風味』。店では売られてない幸祐オリジナルの手作り。

 

「……ジャガ丸くん……ジャガ丸くん……ジャガ丸くん……」

 

無意識に同じ単語を呟くアイズの口端には、薄っすらと唾液が溢れかけていた。

アイズ・ヴァレンシュタインは物欲がない少女と思われがちだが、オラリオの誰よりもジャガ丸くん好きな娘である。世界中からジャガ丸くんが消滅してしまえば、死んだ方がマシだと思えてしまう。それくらい熱愛が凄まじく、ジャガ丸くんファンの第一号と呼ばれても過言ではない。

そんなアイズの眼前に出された、物珍しいジャガ丸くんは、これ以上ない興味の的だった。

ちょっと恐ろしい少女の姿に、背中に汗が伝ったのを幸祐は感じた。

 

「……もしかして、欲しいのか?」

 

「ッ………!? ちッ、違うよッ……?」

 

幸祐の問いに、我に帰ったアイズは誤魔化すように首を横にブンブン振り、本音を押し殺して否定する。

だが、盛大に慌てる仕草からモロバレだった。口端の唾液が決壊しそうになっているのが何よりの証拠。

しっかりしているようで、どこか抜けている、可愛らしい仕草。

嘘が苦手な少女(アイズ)の姿に、幸祐は少女(ベル)の姿を思い浮かべた。

 

「……やるよ。食欲もないし」

 

殺人事件が起きたこともあって、幸祐は食欲も失われている。というか、こんな美少女に間近でジ〜ッ、と見つめられる状態で、食欲が湧くはずがない。

アイズの元へ無造作にジャガ丸くんを放り投げる。

 

「ッ……ジャガ丸くん!」

 

放物線を描くフリスビーをキャッチする飼犬の如く、素早くジャガ丸くんを掴んで大事そうに抱え込み、パクッと一口。

彼女の周囲に花が咲いた。無表情のままだが、煌びやかな表情になったように見える。

はぐはぐはぐ ! と、栗鼠のように懸命に咀嚼し始めると、あっという間にジャガ丸くんを完食した。

さっきまで無表情を保ち続けていた少女とは思えない食べっぷりで、幸祐は「おぉ〜」と関心を覚えた。

微かに満足そうな顔になったアイズは、幸祐の前に歩む。

 

「……ごちそうさまでした」

 

精錬された動作で、三つ折りお辞儀をするアイズ。

——この娘、間違いなく天然(マイペース)だ。

この世界の常識から少し外れている自分(コースケ)を棚に上げ、幸祐の脳裏に『ジャガ丸くん好きの天然娘』という印象が確定された。

性格が良い娘なのかは知らないが、自分のところの白兎娘(ベル・クラネル)に似た、人に騙されやすい純粋な少女だと分かった。

 

(この人、良い人……すごく良い人)

 

一方、アイズの中で『ジャガ丸くんをくれる人=良い人』という構図が成立した。要するに、かなり高感度が上がった。

単純だと、傍から見た者なら誰しも口を揃えるだろう。

 



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第弐拾話 緑色の宝玉

杖を構えながら、森の奥を進むエルフの少女がいた。

団長(フィン)に直接、広場に集合に来てほしいと、アイズへの伝言を頼まれたレフィーヤである。

目撃者から、アイズは森へ行ったという情報を頼りに向かった。

 

(この声、アイズさん……?)

 

その道中、Lv.3の聴覚によって聞こえた。

今現在、誰かがアイズと話をしている。しかも、やけに楽しそう。

——まさか、アイズさんに男が!?

金髪少女が見ず知らずの男といちゃつく姿を妄想し、危機迫ったレフィーヤは声が聞こえる方へ急いだ。

無造作に咲き乱れている草木をかき分けながら進んだ先は湖。十八階層で水浴び場として利用される、冒険者の間では重宝視されるところだ。

湖のすぐ近くには何と……!

 

 

 

「——行くぞ? ほれ」

 

「ッ——、ぱくッ……!」

 

蒼髪の美人(見知らぬ男)食べ物(ジャガ丸くん)を投げ、それを訓練犬のように口でキャッチし、必死に咀嚼する先輩(アイズ)の姿があった……

 

 

 

「……………………」

 

あまりの衝撃な光景を目にし、ピシィイイイッ!! と、レフィーヤの全身が石化した。

【ロキ・ファミリア】の団員ですら、アイズと戯れるのは禁句に等しい。現に、石化状態から抜け出せずにいるレフィーヤも、彼女と親しくなるのに、どれほどの年月が掛かったことか。況してや他の【ファミリア】の人と親しくなるなんて言語道断、図々しいにも程がある。

その憧れの先輩が………見ず知らずの男と二人きりで、挙げ句の果てに、犬のように遊ばれている。

脳の処理が追いつけず、目の前の現実を理解したのは数分後であった。

 

「な・な・なッ…………何をしているんですか貴方はぁああああああああああッ!?」

 

冷静になった頭を再び爆発させながら、アイズと戯れている(コースケ)の元へ突撃する。

 

 

 

 

 

 

「……では、荷物をこちらに」

 

「う、うん……」

 

十八階層の『昼』が終わり、『夜』を迎えた頃。

誰も立ち寄らなさそうな人気のない場所、荷物を持って怯えている犬人(シアンスロープ)の少女とリリが集まっていた。

褐色肌の犬人(シアンスロープ)——ルルネ・ルーイ、【ヘルメス・ファミリア】所属の第三級冒険者が恐る恐る荷物を渡そうと、小鞄(ポーチ)の中を弄る。

ここまでは順調だったが……リリにとって最大の誤算が起きた。

 

「あ、あれ……?」

 

一瞬ルルネは呆気に取られた顔をするが、やがてその表情は焦りに変わり、小鞄の中を地面に撒き散らして探し出す。

小さな魔石、空になった小瓶、何かの破片……一銭の価値もないガラクタのみが散らばり、その様子にリリは状況が呑み込めずにいた。

 

「ない……やっぱりない! どうしてッ!? ……って、こ、これッ……よく見たら私のバックじゃない!」

 

「なッ!?」

 

「だ、誰かのと入れ替わったんだっ! どうしよう!? このままじゃあソイツが!」

 

仮にこの場を他の冒険者に見つけられたとしても、あらかじめ考えた言葉で何とか切り抜けられる……と思っていたが、ルルネ本人が運び屋としてあるまじき失態を犯した。あるいは、自分の荷物を区別できなくなるほど疲労困憊していたのかもしれない。

確率が非常に低い事象が目の前で繰り広げられていることに、リリは苦渋の色を浮かべた。

 

「ちょっ、どこへ行くんだよ!?」

 

背後から呼び止めようとするルルネの声を振り払い、リリはその場から離脱した。

もう挽回は無理だ。これ以上、下手に動けば事件を仕切ってる【ロキ・ファミリア】の団員にバレてしまいかねない。荷物を地上まで持っていくのは不可能だろう。

もう荷物のことは諦めるしかない、歯を食い縛りながら苦渋の選択をする。

 

(ですが、これだけでも……!)

 

走りながらポケットに手を突っ込み、中に仕舞った二つのロックシードを強く握り締める。誰にも盗られないように……と主張するかのように。

リリにとって、それは最後の全財産。

あの【ファミリア】から抜け出すための、唯一の希望。

命を賭して守らなくては———

 

 

 

『——アアアアアアアアアアアアア!!』

 

「え……?」

 

突如、怪物の音叉と共に爆風がリリを襲った。

リリの足元が地表ごと爆破され、小人族(パルゥム)の小さな身体は投げ出される。

 

 

 

 

 

 

刻は変わって、数十分前に遡る。

 

「つまり……アイズさんとは偶然ここで出会い、もっとジャガ丸くんが欲しくなったアイズさんにあげていただけ、ということですか?」

 

レフィーヤの前で正座をさせられる幸祐。アイズが仲裁に入ろうとするが、背後から鬼のようなオーラを放出させているレフィーヤに怯え、二人の間で狼狽る。

実はレフィーヤとは初対面ではないのだが、幸祐は自分の素性を名乗ってない上、【戦武将(アーマード)ライダー】の姿で顔が見えなかったので、食人花から救ってくれた【戦武将(アーマード)ライダー】が幸祐であることを、彼女(レフィーヤ)は知らない。

……仮に知ってたとしても、アイズの件となれば話は別になる。

 

「アイズさんとは赤の他人なのに、偶然ジャガ丸くんで餌付けする関係になったと……なるほど納得しました。それなら何の問題もありませんね………なんて、いうと思ったんですかぁあああああああああ!?」

 

一部始終、説明したが納得しなかった。

というか勢いが凄まじい。

 

他所(よそ)の【ファミリア】なのにアイズさんをッ、よりにもよってアイズさんの好物で釣ってッ、挙げ句の果てにアイズさんを子犬のように弄ぶなんてッ! そんな羨まし……じゃなくて、そんな下劣なことをするなんて最低です! 綺麗な見た目に反して、女の敵です!! この変態ヒューマンッ!!」

 

——今、羨ましいって、いいかけたよな?

と口を挟みたい幸祐だったが、指摘すれば更に面倒になりそうな予感がしたので、取り敢えずアイズ達に「ごめんなさい」と謝罪した。

落ち着かせようとアイズが動き出し、後輩(レフィーヤ)の肩に手を置いて落ち着かせる。

 

「……レフィーヤ、この人は良い人、だよ……私にジャガ丸くんをくれた」

 

「アイズさんも! ジャガ丸くんで簡単に騙されちゃ駄目です! このヒューマンだって、アイズさんを狙っている輩に違いありません!!」

 

「うぅ……」

 

レフィーヤの言い分に、いくつか修正したい部分はあったが、『食べ物(ジャガ丸くん)で人を判断するな』という部分は幸祐も同意だ。

後輩(レフィーヤ)の剣幕を受けて縮こまるアイズの姿を見て、ますます妹分(ベル)と似ていると納得してしまう幸祐。食べ物で簡単に信用するところまで。

 

「それよりもアイズさん! さきほど団長とリヴェリア様がアイズさんを呼んでいましたよ? 早く戻りましょう」

 

「……うん、わかった」

 

「そこの貴方も、ここにいては危険ですから私達と一緒に来てください。あ、ただし! 私は貴方のことをまだ信用していませんからね! アイズさんに半径二十M(メドル)は近づかないように!」

 

一言どころか二言余計なことをいうが、一方的に嫌ってる人にも声をかけるところから、根は良い娘なのだろう。

色んな妖精(エルフ)もいるのだと黄昏ていると、今度はアイズが声をかけてくる。

 

「……私達と、広場へ戻ろう? 一人でいると、危ないから」

 

アイズの言葉に幸祐は頷く。元々、街から離れたのは静かな場所に行き、処理しきれない頭を冷やしたかったのだが、逆に騒々しくなってしまった。

とはいえ、この場に留まる必要もなくなり、荷物を纏めようと小鞄を拾い上げたところで気づく。

 

「……ん?」

 

持っていた小鞄に違和感があった。幸祐は気になり、小鞄の中を弄り始める。

すると、中から口紐をキツく結ばれた袋が露わになる。

 

「……それ、何?」

 

視線を袋に寄せてアイズが尋ねてくる。猫のように幸祐を警戒し続けるレフィーヤが間に入りながら。

 

「これは? ……あ、よく見たら、これ俺のじゃねぇや」

 

そこで、ようやく自分の荷物でないことに気づく。

あの時、ぶつかった小麦肌の犬人(シアンスロープ)の女を思い出した。

地面に落とした拍子で荷物が混ざってしまい、似たデザインの小鞄を見分けられず、間違えて幸祐の荷物を持っていかれたようだ。

レフィーヤとアイズも袋に視線を集め、二人の視線を浴びながら袋口を開け始めた。

袋から取り出すと………信じられないものが出てきた

 

「な、何ですかッ、それッ……!?」

 

「……さ、さぁ? 俺の所有物でないことは確かだけど」

 

それは幸祐の両手にすっぽり収まる緑色の宝玉。薄い透明の膜に包まれた球体の内部は液体で満たされ、不気味な胎児が見えた。

 

「……この感じ」

 

アイズも気になって、顔を宝玉へ近付ける。忽ち幸祐同様、胎児の方へ視線が釘付けになってしまった。

幸祐だけでなくアイズも何かを感じ取った様子だ。

布越しでも、その宝玉から伝わる鼓動音が聞こえる。ドロップアイテム、もしくは新種のモンスターに見えるが……間違いなく生命体だ。

小さくコンパクトに丸まった体とは不釣り合いな大きな眼球が動き、ギョロッ、と視線が交差する。

 

『ッ————!?』

 

胎児と見つめ合った瞬間、幸祐とアイズは妙な感覚に取り憑かれる。

宝玉にいる胎児の呼吸に呼応するかのように心臓音が高まり、胎児と見つめ合うたびに身体中の臓器が活発化し始める。まるで幸祐の体が胎児に侵食されてしまうような、そんな錯覚に囚われそうになる。

甘美な蜜を蓄えている毒華に引き寄せられる蝶々のように、意識が胎児に引き寄せられ……

次の瞬間———

 

 

 

 

———オマ…エ………ダレ………ダ………?

 

 

 

 

「ッ————!!?」

 

宝玉から響く『声』が、幸祐の耳を打つ。

『声』というより、ノイズが入り混じった不快な音に近い。大量の蛆虫が鼓膜に直接まとわりつき、皮膚と筋肉の間にねじ込まれたような不快感を味わう。

耳を傾けるだけで吐き気を催され、危険と無意識に感じて地面に落としてしまう。

 

「ッ………!」

 

「アイズさん!?」

 

一方、アイズはもっと酷い様態だった。発作を起こした顔を両手で覆い隠し、膝から力が抜けたようにフラついている。

それをいち早く察知したレフィーヤが彼女の背を支え、地面に落ちた緑色の宝玉から距離を置かせる。

 

「お、おい。大丈夫か?」

 

「……う、うん」

 

何の傷も負ってないはずなのに、アイズは弱々しい声を上げる。その隣で背中をさすっているレフィーヤも、先輩のそんな姿を初めて目にしたのか動揺するばかりだ。

自分も狼狽するのを幸祐はひたすら隠し、なるべく宝玉内の胎児を見ないように袋にしまい込んで小鞄に入れ直す。

 

「これ、どうする……?」

 

布が緩んで中を晒さないように注意を払いながら、改めて不気味な物体を見やり、その対処法を模索する。

 

「……私達の団長に預けるべきです」

 

幸祐の問いに答えたのは、弱っているアイズに代わって決断するレフィーヤだ。幸いなことにレフィーヤはこの中で唯一、宝玉による悪影響を受けてない。

その提案に幸祐は同意する。この状況下で異論などない、というより、これ以上この宝玉に関わりたくないというのが大まかな理由だ。

改めてリヴィラの街へ戻ろうと踵を返した——その時だ。

 

『——アアアアアアアアアアアアア!!』

 

街の方から崩壊音と悲鳴、そして聞き覚えのある怪物の音叉が耳に入ったのは。

 

「ッ! あれは!?」

 

森の中を駆け抜け、手すりが設置されている見晴らしの良い場所に到達する。

そこで見たのは街から天上へ舞い上がる灰色の煙、そして無数の食人花の怪物——モンスターの襲来だった。

 

 

 

 

 

 

「………」

 

幸祐達の背後に、全身フードを被った男がいた。

その男が凝視しているのは、幸祐の腰元にある小鞄——宝玉に包まれた胎児だ。

 

「———アンタが宿屋の男を殺した犯人ね」

 

「ッ………」

 

背後から凛とした声が聞こえた。振り返ると、そこにいたのは軽装の金髪赤眼のハーフエルフと、紫と緑のオッドアイが目立つ狼人(ウェアウルフ)の少女。

 

「次からは現場に手掛かりを徹底的に残さないでおくか、毒妖蛆(ポイズンウェルミス)の臭いを消すことね」

 

その言葉に、男は瞬時に理解した。目の前の少女達は、自分が変装のために使用した毒妖蛆(ポイズンウェルミス)の体液の臭いを辿って突き止めたのだと。

頭を綺麗に引き剥がされた現場を目にし、誰もが正気の沙汰じゃないと慄いた。相当苛立っていたのか、それとも収集家(コレクター)による犯行か。

その大衆の中、犯人は八つ当たりでも収集(コレクト)でもなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と推測したフォルト。

同時に、表皮の腐敗を抑える毒妖蛆(ポイズンウェルミス)の体液の存在を思い出す。現場にも、それらしき異臭を放つ液体がこびり付いていた。

その微かな毒の臭いを、嗅覚能力に最も優れた狼人(ウェアウルフ)であるミューリーに嗅がせることによって追跡し、人気のない場所に来るだろうと予測し、待ち伏せした……という経緯があって現在に至る。

 

「黙ってるだけ? 力尽くで吐かせても一向に構わないわよ?」

 

「フォルトさん! あの人が犯人と、まだ決まったわけじゃ……」

 

腰に手をかけ戦闘体勢に入るフォルトに、ミューリーは早とちりし過ぎだと宥める。

狼人(ウェアウルフ)の少女だけなら切り抜けられると思ったが、どうやらハーフエルフの少女には見破られている。無視を決め込んでも無駄だと理解したのか、苛立ちを抑えながら暴露する。

 

「……頭が冴える連中だ」

 

「ッ! 女性の声!?」

 

「ビンゴね……」

 

いくら包帯や鎧で誤魔化しても、流石に声までは変えられない。

ミューリーは全身フードの人物を警戒し、フォルトは冷静に分析する。

犯人は眼前にいる、被害者(ハシャーナ)から顔の皮膚を拝借した女だと。

すると男——否、女は指を鳴らした。

 

『——オオオオオオオオ!!』

 

『ッ!?』

 

突然、背後から現れた食人花のモンスター。

 

「——-暴れろ」

 

たった一言、その命令に従いモンスターは狂ったように暴れ出す。二人はその猛攻に巻き込まれ、女から距離を置かれてしまう。

二人の注目をモンスターに引きつけている間に、女は駆け抜けて宝玉の方へ向かう。

 

「ッ——待て!」

 

見向きもされず逃げられることに激昂するフォルトの声を振り払い、女は幸祐達の元へ駆け抜けた。

 



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第弐拾壱話 漆黒の大太刀

森林から移動した幸祐達は、目の前で繰り出される災害に驚きを隠せなかった。

魔石灯の光で彩られた夜の街が蹂躙されている。街の至るところに食人花のモンスターに蔓延り、建築物を破壊し続ける。中央の広場で多くの冒険者が小隊を組みモンスターの襲撃に対応しているが、苦戦を強いられた様子だ。

 

『ギィオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

災害に気を取られ呆然とする幸祐の真横から突如、一体の食人花のモンスターが飛びかかる。

金色の突風が幸祐の横を通り抜けたと思うと、モンスターは真っ二つにされた。アイズが抜刀した(レイピア)で食人花のモンスターを斬り倒したのだ。

しかし、今度は(リヴィラ)とは違う方角から数体の食人花のモンスターが一斉に押し寄せてくる。

 

「レフィーヤ、その人を連れて先に広場へ!」

 

「アイズさん!?」

 

食人花のモンスターの軍勢に飛び出し、斬撃の嵐を浴びせるアイズ。少女の手で次々と倒される一方、幸祐は呆気に取られ、もう一方レフィーヤはアイズに頼りっきりである自分の不甲斐なさを痛感していた。

だが杖を固く握り締め、先輩(アイズ)の加勢をしたいという私情を押し殺す。

 

「……行きましょう」

 

「えッ? だけど……!」

 

「ここにいても、私達はアイズさんの足手まといになるだけです! それよりも、この宝玉を早く団長達の元へ届けることが——!?」

 

その先を言い切る前、レフィーヤは真っ青な顔をして口を閉ざした。蛇に睨まれた蛙のように、その場から動けなくなる。

同じく幸祐も、ゾクリッ……!! と、背筋に悪寒が駆け巡った。

背後を振り返ると、先程まで誰もいなかったはずなのに男が佇んでいる。全身が分厚い黒の鎧に包まれ、ボロ布に包まれて顔の半分しか見えない怪しげな男が、ずっとこちらを見つめている。

殺意が込められた様子が見られず、()()()()()()()()()()()()()に慄き、本能が危険だと叫ぶ。

 

「と、止まってください!!」

 

レフィーヤがそう叫んでも、男は警告を無視しながら近付く。

男の全身から漂わせる雰囲気に警戒し、身構えた瞬間……視界から男の姿が消えた。

 

「——ぐふッ!?」

 

懐を通り抜け、瞬きすら許されない速度で動きを捉えられず、幸祐は拳を腹部にめり込まれる。

幸祐は地面に両膝をつくと腹部から内臓に伝わる痛みに悶え苦しんだ。

 

「がぁッ……! あぐぁ、あッ!?」

 

男は無言のまま幸祐の首を掴むと、軽々と彼の身体を頭上へ持ち上げる。

尋常じゃない握力、モンスターの比じゃない。金属の籠手に首を圧迫され、男の手の中で必死にもがくも、貼りついたみたいに全く離れない。幸祐が抵抗する度に男は五本の指により力を込めるため、息苦しくなる一方だ。

 

「こ、この!」

 

レフィーヤが杖の矛先を向けて刺突しにかかる。

詠唱魔法を放てば男の至近距離にいる幸祐も巻き添いになるため、そのことを考慮した行動だが、男は一瞥もくれず左手を振るった。

 

「へ? きゃあッ!!」

 

手元の杖を弾かれ、信じられない怪力で後方の水晶に叩きつけられるレフィーヤ。水晶に亀裂が生じ、打ちつけられた背中に走る痛みに苦しむ。

 

「ッご、は———!!?」

 

ミシッ——と、幸祐の喉から軋む音が鳴り響く。

咄嗟に男の顔を見るが、その表情は死んでいた。路端の虫けらを捻り潰すような、何の躊躇いもなく目の前の障害物を排除することを選ぶ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「——【目覚めよ(テンペスト)】!!」

 

死を覚悟した時、金色の突風が男と幸祐の間に飛び込んだ。

咄嗟に幸祐の首を離し回避する男だが、斬撃を纏った風は男の全身を覆い、黒鎧を吹き飛ばしながら後方の水晶柱へ叩きつける。

その突風は暴風を纏った刺突、その剣の持ち主は金髪金眼の少女だ。

 

「アイズさん!」

 

痛みから回復したレフィーヤが杖を携えながら駆け寄り、咳き込み首の痛みに苦しんでいる幸祐を守るように陣取って男に警戒する。

砕けた水晶柱の破片を払い落とし、蔓延する砂埃から襲撃者が姿を見せる。

 

「お、んな……!?」

 

ボロ布が剥がれ、顔面皮膚の下から現れたのは筋肉繊維でも血肉でも白骨でもない……瑞々しい白い肌。鎧が破壊され、内からインナーに包まれた豊満な胸と、しなやかな四肢が露わになる。

被害者の顔から剥ぎ取った皮膚が引き裂かれ、血のように赤い髪の女が見えた。

 

「この風……そうか、お前が『アリア』か」

 

「ッ———!?」

 

女がいった『アリア』という言葉にアイズは目を見開く。それを横目で幸祐とレフィーヤは訝しむ。

 

『——ァアアアアアアアアアアアアアアア!!!』

 

突然、絶叫が辺りに響き渡る。

間違いなくあの宝玉——不気味な雌の胎児だ。

胎児は自力で緑の膜を突き破ると、自分の体長の何倍以上もある飛距離でアイズの顔に向かった。

 

「ッ、伏せろ!!」

 

首絞めによる咳き込みから脱した幸祐が駆け寄り、アイズを地面に押し倒した。

アイズの顔に迫った胎児は大きく逸れ、水晶の向こうに消えていく。

 

『ッ———オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

向こう側から絶叫が響いたかと思えば、ズルリと水晶の奥から人型の輪郭を保ったモンスターが現れた。

アイズやレフィーヤは、そのモンスターに見覚えがあり、驚きを隠せずにいる。

 

「ええい、全て台無しだ……!」

 

計画が狂ったといわんばかりに赤髪の女は盛大な舌打ちをする。

一方、胎児に寄生されたモンスターは、他の食人花を追いかけ回しながら捕食し始める。

その際、両眼や鼻がなく、中枢部位と思われる雌の顔と視線が合う幸祐。その顔はまるで怒っているかのように見えた。

 

「がッ————!!?」

 

腕に衝撃が伝わったかと思えば、体がふっ飛ばされるのを自覚する幸祐。

邪魔されたことに腹を立てたような仕草で、幸祐は食人花のモンスターが生み出した蔓の鞭を真横から受けた。

咄嗟に手を伸ばしたが、こちらへ手を伸ばそうとアイズ達の手を掴むことができず、彼女達から離れた地点へ飛ばされてしまう。

 

 

 

 

 

 

場所は離れて、(リヴィラ)から大分距離を置いた森林地。

 

「これで!!」

 

弓と矢を構えたミューリー。数体いるうち最も巨大な食人花のモンスターに矛先を向け、躊躇なく弦を引き離す。

先端に爆発性の魔石が付着した矢が突き刺さり、モンスターの表皮を爆破させた。

 

『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!?』

 

肌に纏わり付く爆炎にモンスターは絶叫を上げ、その場で蛇のようにうねくりかえる。

 

「今です、フォルトさん!」

 

ミューリーの掛け声に合わせ、【戦武将(アーマード)ライダー】姿のフォルトはベルトに手をかけながら《バナスピアー》を地面に突き刺す。

 

「ハァアアアッ!!」

 

《カモン! バナナ・オーレ!》

 

『アァアアアアアァアアァアアアアアッ!!?』

 

《バナスピアー》から流れた波動が地中に溜まり、エネルギー状の巨大バナナ槍と化す。

地面から生えた無数の巨大バナナに貫かれ、そこら一帯の食人花のモンスターは断末魔を上げながら爆散した。

一息ついたところで、フォルトは女の正体に迫り出す。

 

(あまりにも出来過ぎている……あの女、調教師(テイマー)ね)

 

街の方には五十体もの食人花のモンスターが暴れまわっている。だが、これ程の数が見張りの目を掻い潜り、接近の予兆さえ感じさせず進入できるのか。そもそも安全階層(セーフティポイント)に群れを引き連れて潜伏すること自体あり得ない。

これらの情報から、襲撃犯はモンスターの統率力に長けていると推測する。

 

「ッ!? フォルトさんッ、あれをッ!!」

 

声を上げたミューリーが街の方を指差す。

何体もの食人花のモンスターが寄生されながら繋がり、膨れ上がった人型の部位が羽化するように体皮を破った。女体のような人型を保った上半身と、食人花のモンスターが集合し蛸の触手のように形成された下半身の……超大型級モンスターの全貌が現れる。

その超大型モンスターを、二人は見覚えがあった。

以前【ロキ・ファミリア】の『遠征』で五十階層に遭遇したモンスターと酷似したものだ。

 

「……固まって手間が省けた。纏めて消し去るわよ」

 

「は、はい!」

 

驚愕するミューリーとは反対に冷静なフォルトは、長槍(ランス)を構えながら街の方へ向かい、ミューリーも後に続く。

 

 

 

 

 

 

「———ぶわッ、ぷ!?」

 

モンスターの放った一撃に飛ばされ、幸祐は地面を転げ回りながら落下の衝撃を吸収されていき、七、八回でようやく止まった。

本来、あの強力な一撃で腕が折られているはずだったが、防いだ腕は当たった箇所が赤く腫れ上がっているだけだ。

 

「イテテ……あ、これ、エイナさんが贈ってくれた」

 

その腕をよく見ると、担当アドバイザーのエイナが渡してくれた革籠手が巻かれていた。エイナが見繕ってくれた革籠手にはクッションのような素材が埋め込まれており、腕に当たった衝撃を和らげてくれたようだ。

 

「……やっぱり貰って良かったよ、エイナさん」

 

心の中で感謝の言葉を述べつつ、立ち上がって周囲を見渡す。

そこは人目がつかないような暗い場所だったが、そこらに飛び散った炎の海で明るくなっている。既に何匹か食人花のモンスターで埋め尽くされ、正に地獄絵図だ。

 

「あ………いた」

 

視界の端に、あの少女——リリがいた。

その周囲には見覚えのあるロックシードが散らばっている。

やはり彼女が盗んだようだ。薄々分かってはいたことだが、やはりショックを隠せない。

すると一体の食人花がリリの前に立ちはだかり、リリの体を潰そうと蔓を生成し始める。

 

——見捨てちまえ。

 

……また、声が聞こえた。

おぞましい胎児の『音』と違い、心の隙を突き、耳を不愉快にさせる『声』だ。

以前、自分を憎悪に誘いこませたものだ。

 

——自分すら救えないくせに、お前にできるとでも?

——それに、アイツはまた裏切るに決まっている。

——アイツはただの犯罪者だ、見捨てろ。

 

走り出そうとした足を止められ、悪意に囁かれ、幻覚を見た。

醜悪な笑みを浮かべた少女(リリルカ)が、金を受け取りながら自分(コースケ)の身柄を差し出す……おぞましい光景が脳裏に浮かび上がる。

それを観るにつれて幸祐に潜む怒りが沸々と湧き上がり、『声』も昂まっていく。

 

——見捨てろ、見捨てろッ、見捨てろッ!!

——見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨てろ見捨て——!!!

 

 

 

 

 

 

「——うるせぇ!! そいつの中身を知ろうともしないで、見ているだけの(バカ)は黙ってろッ!!!」

 

勝手に憎しみに囚われかける幸祐(バカ)に激怒し、自分の頬を殴りつけた。

頬から痛みが走るが、それこそ自分への見せしめだ。

見せられていた幻影が消え去り、幸祐は正気を取り戻す。

少女がしたことが許される行為でないとしても、それで見捨てて良い理由にならない。

何より、立場や人種など、身勝手な偏見で人を見捨てるなど、幸祐が最もしたくない行為だ。

 

「桜庭幸祐……今のお前にとって大事なことは、『何ができる』かじゃない……『何をしたい』かだろッ!?」

 

『出しゃばり』『お人好し』といわれようが、そんなの無視してしまえ。そう自分にいい聞かせ、腰に巻かれた石の刀を持ち直し、戦火の中を駆け出す。

もう、あの騒がしい『声』は聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

飛び交う戦火、モンスターが巻き起こした炎の海。

超大型モンスターから逃れ、触手とならずに済んだ食人花のモンスター達が、取り囲むようにリリを包囲している。

前にも、似たような状況を味わった。前と違う点は、もう二度目はないことだ。

役立たず、盗みを働くサポーターなど、誰も助けないに決まっている。

あの蒼髪の少年も、もう来てくれないだろう。

窮地から救ってくれた恩人を……他でもないリリが裏切ったのだ。誰が好んで恩知らずの薄情者に手を差し伸べるだろうか。

仕方のないことだ。命の恩人である少年を裏切ったからこそ、命を以て裁かれる。

 

「でも、悔しいなぁ……」

 

それでも、仕方ないと割り切っても……悔しかった。

リリは冒険者が嫌いだ。

分け前など一銭もくれない、言い掛かりをつけて痛めつける、そんな自分のことしか考えない奴等を憎んだ。自分を弄んだ冒険者が痛手を負う姿は圧巻で、盗まれて意気消沈する姿はとても爽快感があった。ざまぁ見ろと思ってしまった。

そんな汚い自分が、そんな醜く歪んだ自身が何より嫌いだった。

挙げ句の果てに、恩を仇で返した結果がこれだ。

後悔していないといえば嘘になる。

それ以上に………寂しかった。

今更だが、あの背中が……あの暖かさが……

今はとても恋しい………

 

「………あ……そっか…そうなんだ……リリはただ、寂しかったんだ」

 

誰でも良いから、誰かの役に立ちたかった。

自分を必要としてくれる誰かの傍にいたかった、それだけだった。

でも、そんな苦悩も味わらなくて済む。ようやく、この嫌な人生を終えられる。

 

「コースケ様……私は…………」

 

遺言のように最後に口から出たのは、暖かさをくれて窮地から救ってくれた、あの綺麗な少年の名前。

 

『オオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

小人族(パルゥム)の体より巨体な、大木ほど太い蔓が振り下ろされる。

リリの体が肉片の塊に変容される瞬間、

 

「———オラァッ!!」

 

「ひゃっ!?」

 

突然、掻っ攫われるように抱き締められ、小さな悲鳴を上げながらリリの体は横へ飛ばされる。リリの体に落ちるはずだったモンスターの一撃は、先程までいた地点に亀裂を刻んだ。

 

「痛てて……大丈夫か?」

 

「なッ……コ、コースケ様!?」

 

見覚えのある蒼髪の少年が抱き締め、地面にゆっくり下ろしてくれる。

またしても、彼が助けてくれた。

彼はまだリリが泥棒だと気づいていないのだろうか?

 

「お前……これに懲りたら、もう人から盗みを働くのは止めとけよ?」

 

否、彼は知っていた。

大事な荷物を盗まれたと理解していながら、それでも泥棒(リリ)を助けたのだ。

彼女を恩知らずと知っておりながら……

 

「……どうして、ですかッ?」

 

「ん?」

 

「リリは貴方を——命の恩人を騙したんですよ? 貴方のものを盗んだ挙句、もしもの時は貴方を利用して、リリの罪を全部擦り付けようとしたんですよッ? なのに……どうして恩知らず(リリルカ)を助けたんですか!?」

 

リリの必死な言葉に、幸祐は何も言わなかった。

一気にカァッ、とリリの顔が熱くなる。

羞恥心や怒りが入り混じった、自分でも制御できない感情が爆発してしまう。

 

「ねぇ……答えてくださいよ! それとも馬鹿なんですか!? 貴方はどこぞの無責任な英雄気取りですか! 女性なら誰でも助けるっていうんですか!? リリが一体いつ貴方に『助けて』なんて言ったんですかぁッ!!」

 

 

 

 

「俺と初めて会った時だ」

 

 

 

 

「え……?」

 

リリの激昂に、幸祐は迷うことなく応えた。

 

「お前が言っただろ? 『助けて』って」

 

初めて話してくれた返答に、リリの栗色の瞳が目端まで見開かれる。

確かに似たような言葉を口にしたのは記憶にある。だが、それは幸祐を天使だと勘違いしたからであって、今の状況とは関係ない。

だが、もし本当に、その一言だけで今の今まで構ってくれたのなら……どうしてなのか理解できない。

一銭の価値もない『役立たず』を助けたところで、何の利益もないはずなのに。

この男も『冒険者』のはずなのに。

 

「育った環境が最悪で、周りが害悪だらけの大人ばかりだから居場所を奪われ、生きていることすら非難されてきた。だから生きるためには、自分も『悪役』を演じるしかなかった……だろ?」

 

次々とリリの核心を突く幸祐の言葉は、まるで嘘を見通す神のようだった。

 

「ど、どうしてッ……そんなことが分かると……!?」

 

「俺も、ずっと独りぼっちだったからだ。だから多少は分かるよ、お前の気持ち」

 

リリは再び言葉を失い、同時にリリの中で確信を得た。

——この(ひと)は世間知らずなんかじゃない、自分(リリ)と同じなんだ。

孤独に苛まれ、いつも心細くて、誰かに必要とされたかった。『サポーター』だろうが『冒険者』だろうが関係ない、寂しいという感情が人一倍激しい同種だ。

それでも、この男は堕ちなかった。人の汚い悪意に晒され、人に憎悪を抱きつつも、自分(リリ)のように薄汚れた犯罪行為だけはしなかったのだろう。この違いは何なのか分からない。

 

「英雄気取り、って言ったな? だけど俺はお前の英雄になれない。あるハーフエルフが俺のことをガキと罵ったぐらいだ。英雄みたいな行為、俺にはできないって分かっている」

 

いつの間にか、リリは言葉を発することを忘れた。

今まで色んな冒険者を見てきたが、目の前にいる少年はどの部類にも属さない異色。

物語に登場する『王子様(ヒーロー)』と呼ぶにはあまりに荒々しく、しかし『冒険者(ヴィラン)』と呼ぶにはあまりにも暖かい眼をしている。

でも、リリは彼を『ガキ』とも呼べない。

 

——キィン。

 

幸祐の握っていた石の刀に『変化』が訪れた。

内部から起こる振動により、表面上の石が崩れ始め、隙間から眩しい光が漏れ出す。

新たな生命が誕生するような光を発しながら、それは石の殻を廃破ろうと足掻いているように見える。

リリが驚きながら石の刀を見つめる中、幸祐は地面に散らばっているロックシードを拾い上げた。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

獲物(リリ)を横取りされたことに怒り狂いながら食人花のモンスターが四体、束になった。

《戦極ドライバー》を腰に装着し直し、《オレンジ・ロックシード》を構える少年に、束になった食人花達は大きな口を開けて威嚇する。

 

《ロック・オン!》

 

幸祐が先に、ベルトに手をかけた。

 

「変身!」

 

《ソイヤ! オレンジアームズ! 花道・オンステージ!》

 

異空間から現れた球体が幸祐の頭に覆い被さり、オレンジの鎧が展開され、【戦武将ライダー】の姿に『変身』を遂げる。

 

 

 

——パキィイイイイイイイイイイッ!!

 

 

 

と、同時に……石の刀が砕け散り、漆黒の刀身が姿を現わした。

 

(ッ……あれは、一体!?)

 

信じられない様子のリリが見たものは、漆黒に染まった刀身。黄色の鍔部分が銃身になっており、持ち手を掴むと人差し指で引き金が引けるように設置されている。

銃と一体化した片刃の銃剣——後で《無双セイバー》と名付けた——を、幸祐はマジマジと見つめる。

すると鍔部分にはベルトと同じ形状の窪みを見つける。

ここにロックシードを嵌め込めるのだと予測し、地面に散らばっている《パイン・ロックシード》を拾い上げた。

 

《パイン!》

 

「だけど、俺はただのガキじゃない。融通の効かない、我が儘な『悪ガキ』だ」

 

《ロック・オン! 壱・十・百!》

 

「我が儘な俺は、俺がやりたいことをやる。何も考えずにお前を助けるのも……俺がやりたいって思ったからだ」

 

音声を上げながら黒い刀身が、橙色と白銀の光に包まれていく。

それはただの光ではない、純粋な力。

しかもただの力にあらず。

超越存在(デウスデア)だけが持つことを許される、下界の子供が決して持つことのない奇跡の象徴——神の力(アルカナム)——のそれに酷似したもの。

 

『ッ——ギィオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

すぐさま危険と察知したのか、食人花は猶予など与えずに殺しにかかった。

 

「コースケ様! 逃げてぇ!!」

 

リリが必死な様子で叫ぶも、幸祐は逃げようとしない。

 

《パイン・チャージ!》

 

「要するに、俺がお前に言いたいことは、ただ一つだ………ゴチャゴチャ余計なことを考えず、黙って助けられろォ! この盗人(イタズラ)娘ぇええええええええええええええッ!!」

 

全身全霊、力を込めて《無双セイバー》を振り下ろした。

 

『ッッッ———————————————————!?』

 

十数メートルの高さに及ぶ、黄色を帯びた斬撃。

黒い刀身から放たれ、波紋となって地表を砕きながら突き進んだそれは、束になった食人花を切り裂く。

モンスターは花の口から断末魔を上げる間もなく、大木のような巨体を丸ごと蒸発されて大気中に消え去る。

 

「す、凄い………」

 

目の前で幸祐が起こした現象にリリは呆然としてしまう。

唐突に嵐が発生したのを見せられたような感覚だ。

これが『冒険者』、もとい【戦武将(アーマード)ライダー】の持つ、人智を超えた力なのだろうか……

 

「………あ、あれ?」

 

不意に違和感を覚えた。

彼女が持つ《スキル》の効果で軽く感じたものが、こんなにも重かったのだろうかと、持ち上げることができなかった。

リリは自身の体に異常があることを悟った。まるで【ステイタス】そのものが消え去ったような、()()()()()()()()()()()()()()()()()、清々しい感覚。

これも、あの少年が引き起こした奇跡なのだろうか。

 

「コースケ様、貴方は一体……」

 

誰にも聞こえないような声で呟いたリリ。

だが、彼の正体など、もうどうでも良かった。

(リリ)を救ってくれた……それが今の彼女が理解できる、唯一の真実だ。

 

 

 

 

 

 

下界を見渡せる『神の鏡』という神の力。

今日一日限りという契約で、ダンジョンの一部を、後からくる処罰(ペナルティ)を承知の上で、笑みを浮かべながら女神(フレイヤ)は観賞していた。

全ては、少年(コースケ)の魂を見るため……。

 

「ウフフ…ほらね? やっぱり(ラプター)に任せて正解だったわ……だって」

 

——こんなにも、あの子の魂が輝き、燃えているもの。

神々が、下界の子供達に興味を持つ理由。

子供達にしかないもの———『選択(かのうせい)』にある。

ステイタスを刻み、恩恵を施す……それだけで、子供達は化ける。

良くも悪くも、様々な者へ『変身』する。

ある者は魂が輝きを増し、ある者は魂が燻る。そして稀に白く純粋な(もの)もあり、全く別のものに変質することもある。

幸祐の(なかみ)は分厚い表皮に覆われ、下界に住む子供の魂を覗ける女神(フレイヤ)でさえ拝むことができない。

しかし斬月(ラプター)が与えた試練で、幸祐の魂を覆い被っていた表皮が一部剥がされた。

その一瞬だけ、フレイヤに見せてくれた少年(コースケ)の中身は『色』なんて呼べる代物じゃなかった。

(オレンジ)山吹(パイン)(イチゴ) (バナナ)(メロン)(ブドウ)檸檬(レモン)……これから何に変質するのか定まらず、互いに牽制しながら火花を散らし合い、絶えず燃え続けている。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……いずれは対処しよう。

 

「ほら、もっと頑張ってちょうだい♪」

 

——もっと、もっともっと……()()()()()()()

この一時だけでも良いから、美の女神(フレイヤ)は込み上げてくる愛を抑えたくなかった。

 

 

 

 

 

 

数分後、リヴィラの街にいる冒険者の活躍で食人花のモンスターが一掃され、街からモンスターの音叉が消えた。

幸祐は金属同士がぶつかり合う音が鳴り止まない西端の荒れ地へ視線を向ける。

 

「あれは……」

 

幸祐が見たものは、信じられない速度でアイズと赤髪の女が剣を交わしている光景。

変身したことで初めて幸祐は二人の動きを捉えることができるが、赤髪の女に段々と押されている。明らかにアイズの方が劣勢だ。

動揺しているのか、本来の力を発揮できていないように見える。

 

———コォォォォ……!!!

 

あの姿を見ると、幸祐の胸が熱くなった。

胸のポケットを弄り、熱源を手に取る。

それはロックシードだが、見覚えのないもの。幸祐の持っているロックシードよりやや大きく、絵柄は果物ではなく桜の花弁。『L.V.-01』と文字が刻まれているものだ。

スイッチを押すと、そのロックシードは掌から飛び出し『変形』し始める。

空中で制止すると、人より大きいサイズになりながら音を立て、車輪、ハンドル、スタンドなどが形成されていく。

空中で変形を終えたそれはガシャーンッ!! と盛大に着地する。

 

「これ………バイク?」

 

桜の花弁を模した小型機械自転車(オートバイク)。全体から輝かしい光沢を放ちながら、けたたましい高熱を放っている。

その搭乗機は、幸祐の『心』を代弁しているかのようだった。

——少女(アイズ)を救いに行け、と。

 

「ま、待ってください! あの……」

 

幸祐がオートバイクにまたがる直前、リリが慌てて引き止める。

赤髪の女は明らかに危険人物だと、リリが持つ長年の勘が疼いていた。

【ロキ・ファミリア】幹部の一人でもある【剣姫(けんき)】を圧倒できる殺人鬼だ。Lv.2でもない駆け出しが加勢などすれば最悪ムゴい方法で殺されてしまうに違いない。

二度も自分を救ってくれた恩人を、リリは死なせたくなかった。

いつものように心を殺し、以前のように『仮面(えがお)』を被って死地へ送れば一生、死ぬほど後悔すると確信している。

だけど今更、彼に何を言えば良いのか分からず、口を閉ざしたままでいると……

 

「心配すんなって。用が終わったら迎えに行くから……その時、ちゃんと話つけような?」

 

頭に手を置き、子供をあやすような手つきでリリを撫でる幸祐。

リリの頬がカァッ、と熱くなった。

先程のものとは違う。怒っているのか恥ずかしいのか分からず、自分でも制御できそうにない。だけど、とても心地良い感情に支配される。

——この(ひと)は、本当にズルい。

ならば、せめてもの意地を張ろう。

撫でてくれる手を振り払い、リリは顔を真っ赤にしながら幸祐を見上げる。

 

「絶対に……戻って来てくださいッ。リリだけ帰るなんて、まっぴらごめんですからッ!」

 

「……了解だ」

 

仮面越しで笑ってしまい、幸祐は何が何でも生還しなくてはならないと心に誓った。

搭乗機を動かし、剣姫(アイズ)の元へ駆け抜ける幸祐の姿は、例え顔が鎧に覆われても、リリには物語の『王子様』なんかよりカッコ良く見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——何故だ……?

 

 

 

 

 

 

 

——何故、(コースケ)の言うことを聞かない?

 

 

 

 

 

 

——その女は俺達(おまえ)を…………

 

 

 

 

 

 



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第弐拾弐話 大太刀+甘橙

食人花のモンスターを一掃し、都市から離れた西部にて。

そこでアイズは眼前に迫ってくる女と剣を交わらせる。

一見、互角に渡り合っているように見えるが、女は地面に散らばった水晶を踏み潰しながら着々と接近する。

赤髪の女は恐らくLv.5相当の実力者、技量だけでなく経験も向こうが全て上。風を纏わせた《デスペレート》の突きを何度も躱されてしまう。

 

「便利な風だな、『アリア』」

 

「ッ! その名をどこで!?」

 

滅多に感情を表に出さないアイズが声を張り上げた。女の呟いた『アリア』という言葉が、アイズの中で何度も反響を繰り返し、動揺を助長する。

感情を揺さぶられ、いつもよりも前のめりで攻めるアイズの剣筋は致命傷を与えるどころか、女の体を掠めることすらできない。

苦戦を強いられる中、この危機を脱却すべく即座に頭を切り替えた。

【エアリエル】を発動、突貫する。

 

(——お願い、当たって!)

 

この一撃に———全てを! 意を決した一撃を薙ぎ払われるが、気流に乗って変則的かつ瞬発的な攻撃に切り替える。

女の背後に回って死角を狙う。

 

「——人形と思っていたが、そんな顔もするんだな」

 

だが、アイズの眼前から女は姿を消した。

——否、避けられた!

瞬時に理解し振り向いたが、もう遅い。

女の振り下した長剣は刀身が粉々に爆散する。眼前で起こった爆発はアイズの体を吹き飛ばし岩盤に叩きつける。

背中に痛みを感じたアイズは手元から《デスペレート》を離してしまった。

 

「ぅッ……!」

 

身体が悲鳴を上げ出す。剣を回収するどころか、指先すら動かすことができない。

 

「やっと終わりだな……」

 

女は眼前にいる。

死神の足音を鳴らすように、ゆっくりと近づいてくる。

 

(——動いて! お願い、動いて!!)

 

必死に叫ぶも、アイズの身体はその呼びかけに応えない。指が動いてくれない。

そうこうしている間に女は、使い物にならなくなった長剣だったものを投げ捨て、籠手(ガンレット)に包まれた拳を撃ち出す態勢に入る。

 

 

 

『貴女にも、貴女だけの英雄が見つかるといいわね』

 

 

 

不意に、アイズの脳裏に過った。自分と同じ金髪の金の瞳の、誰よりも純粋で無邪気な、誰よりも自由な風のような女性。

母親——目の前の敵が唱えた『アリア』という女性——が読み聞かせてくれた英雄譚。それに登場する英雄達。

ある者は怪物を倒した屈強な戦士として。

ある者は牢獄に囚われた姫を救う騎士として。

ある者は疫病に苦しむ人々を救った指導者として。

幾人の只人が『英雄』へと姿を変え、本の中で語り継がれている。

それを聞いて想像するのが、アイズはとても楽しかった。

 

 

 

『すまない、アイズ』

 

 

 

父親も同じくらい大好きだった。

しかし、謝るだけで母と父はずっと傍にいてくれなかった。

どれだけ好きでいても『英雄』は自分の元に来てくれなかった。両親を取り戻してくれなかった。

この先も、恐らく現れないだろう。

………でも、

 

(誰か………誰かッ………!!)

 

それでも…… 少女(アイズ)はいつも、心の奥底で願っていた。

誰に聞こえるでもない助けを、来るはずもない救いを求めていた。

あの日、幸福(すべて)を奪われてから、ずっと………しかし、それも終わりを迎えてしまう。

少女の願いは天に届かず、目の前に迫る赤髪の女によって踏み躙られる……………はずだった。

 

 

 

 

「…………助、けてッ…………………!」

 

 

 

 

——その時だ。

 

 

 

ブォオオオオオオオオオオオオオオオッ!! と、女の行為を妨げるかのように、鼓膜を激しく打つ騒音が鳴り響いたのは。

拳を下ろした女は忌々しそうに騒音が鳴った方へ睨みつける。

 

「チッ……一体誰だ、私の邪魔をするなら……」

 

「——うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

激しい駆動音を上げながら、機械仕掛けの物体に乗る『武者』が猛進してきた。

敵を蹴り飛ばす騎馬兵の如く、紺の武者は女に向けて前輪を大きく振り上げる。

 

「な————ッ!」

 

ギャリリリリリィイイイッ!! と籠手(ガンレット)と車輪がぶつかり火花を散らす。

ここより離れた地点から爆走した加速も加えられ、女の腕に凄まじい衝撃と負荷をかけ後方へ吹っ飛ばした。

女から引き離すとアイズの眼前に止め、見たこともない搭乗機で盾になるように立ち尽くす。

 

「……あ………君、は………」

 

その武者は、紺色の【戦武将(アーマード)ライダー】——見間違うはずがない——少年(コースケ)だ。左腰には見たことない漆黒の大太刀を装備している。

まるで危機に陥った姫を救出すべく、赤髪の悪鬼と対峙しながら『侍』——お姫様を護衛する極東の騎士——が参上した、と思えるアイズ。

 

「少し休んでろ、バトンタッチだ」

 

アイズの怪我を考慮し、その一言だけ伝えた幸祐。

予期せぬ出来事に戸惑いを隠せないアイズだったが、身を案じてくれるのは純粋に嬉しかった。

 

「ぐっ、小癪ッ、な……!」

 

女がまだ健在である姿を確認した。女は頭部付近に衝撃が掛かったようで、脳震盪を起こし体がふらついている様子だ。

次の好機はもう来ない。

ギアを踏んで再び爆走させた幸祐。薙刀を構えて一振り、もう一振りと刃から斬撃波を放つ。

 

「ッ、しまっ———」

 

斬撃波を真正面から受ける女。炎の斬撃波は女より一回り大きい球体の炎に増長し、燃え続ける獄炎の牢獄となって捕らえた。

本物の炎よりも熱く身動き取れない炎の球体に閉じ込められた女は悶え苦しむ。

 

《ロック・オン!》

 

(いち)(じゅう)(ひゃく)(せん)(まん)!!》

 

ベルトから《オレンジ・ロックシード》を外し、《無双セイバー》の窪みに嵌め込む。

施錠すると同時に刀身から巻き上がる焔。先程、食人花のモンスターに放ったものとは桁違いの威力だと肌で感じ取れる。数字の値が高くなるごとに《大橙丸》の刃にエネルギーが溜まっていき《無双セイバー》の刃と共鳴し合う。

 

《オレンジ・チャージ!!》

 

大橙の(オレンジ)刃の輝きが増し、幸祐は一気にアクセルを全開にして駆け抜ける。

 

「これで———どうだぁあああああああああああああああッ!!!」

 

「ぐッ—————!!」

 

爆炎が纏まった横一文字。

擦れ違った瞬間、切れ味と威力が加算された刃は炎の球体ごと女を斬り裂く。

搭乗機を急停止させる幸祐。その後方で炎が入り混じった球体はパックリ割れ、その直後に轟ォオオオオオッ!! と爆散する。

 

「………やった、の?」

 

呆然と橙色の炎を眺めながら呟くアイズ。その傍には回復薬(ポーション)を飲ませるレフィーヤもいて、同じく幸祐の戦いを緊迫しながら見ていた。

だが現実は、アイズの言葉を否定する。

轟々と揺れる炎の中から、ゆらりと女が現れる。左腕が欠けた状態で。

自ら左腕を千切り落とすことで脱していた女は、体の所々が黒い炭と化し、左腕を切除した傷口から緑色の血が流れている。明らかに人間ではない事実を示唆していた。

 

「き、貴様ァァッ……!」

 

顔の一部の皮膚が焦げ、モンスターを彷彿とさせる形相を浮かべている女。だが、こちらを警戒しているアイズとレフィーヤ、その後方からやって来る小人族(パルゥム)の男性とハイエルフの女性の姿を見て舌打ちする。

 

「流石に分が悪いか………ッ!」

 

女はいくらか頭を冷やし、目を細めながら幸祐に振り向く。

無表情を装っているが、内心ドス黒い怒りに歪んでいるようにも見える。

すぐに女は逃走した。すぐ追いかけようにも一歩手前のところで女は背を倒して崖に身投げする。かなり距離を広められてしばらく経った後、遠くの方で水飛沫が上がった音が鳴った。

 

《ロック・オフ》

 

「……ふぅ、立ち退いてくれた」

 

鎧着装の制限時間が過ぎ身に纏っていた鎧が自動的に消失する。

と同時に、桜柄の搭乗機——《サクラハリケーン》——から降りた途端、ガシャガシャッ! と音を立てながら掌ぐらいのサイズまで縮小した。

戦闘による摩擦熱に耐えられなかったのか、上シャツの所々が破れ落ちる寸前。衣服の意味など皆無になるほど上半身がはだけていた。

兜も消失して幸祐の素顔が露わになった瞬間、アイズの傍で様子見していたレフィーヤが「な、さっきの人が……!」驚いた表情をしながら何か呟いている。この時、初めて幸祐が“あの時の【戦武将ライダー】”と分かったのだろう。

アイズ達が【ファミリア】仲間と合流するのを眺めている幸祐。

 

「コースケ、様っ……!」

 

するとこちらの方へ駆け寄ってくるリリの姿を見た。

 

「……約束通り、戻って来たぞ」

 

「はい……良かった、本当に良かったですっ……」

 

リリは幸祐の姿を見るなり目に溜まる水滴を拭い続けている。そこまで心配させるつもりはなかったため、幸祐にちょっとした罪悪感が生まれる。

 

「………あ、あの」

 

呼ばれた方へ振り向くと【ファミリア】の仲間に治療してもらったアイズがいた。

その顔は人形のような無表情ではなく、何かいいたそうな、どこにでもいる少女の顔だ。

 

「……ありがとう、助けてくれて」

 

頬を薄ら赤く染め、少し恥ずかしそうに呟いた。

報酬なんて全く期待していない幸祐だが、その言葉を聞けただけで嬉しくなるのを感じる。

——あぁ、これが感謝されることなんだな……と。

それだけで頑張った甲斐があったものだ。

 

「だけどお前、いくら何でも無茶し過ぎだろ? 少しは仲間に頼るとか……ッッ?」

 

突然、視界が真っ赤に染まった。と思えば、眼の奥からドロォッ、と熱く生々しい液体が零れ落ちる。

指で拭うと、指先には赤い液体が付着していた。

鼻や口からも出血しているのを自覚した幸祐。全身を支える力が抜け始め、地面に勢いよく昏倒してしまう。

 

「ッ……!? しっかりして!」

 

目を見開いたアイズが倒れ込んだ幸祐の元へ駆け寄る。

激痛を伴って背中に荒れ狂う灼熱、身体の節々から擦れるような音が鳴り、死神が歩み寄るかのように容赦なく迫ってくる睡魔。【戦武将(アーマード)ライダー】の力を使い過ぎた副作用なのか定かではない。

このまま放置すれば死に繋がるのは確実だった。

 

「コースケ様ッ! あぁ、そんな!? お、お願いです冒険者様! 何でもしますから、コースケ様を助けてッ!!」

 

「目を閉じないで! ダメッ!!」

 

泣きながら必死に懇願するリリ、耳元で必死に呼びかけるアイズ。二人の姿を目に焼きつけたのを最後に幸祐は意識を失う。

 

 

 

 

 

 

急に大量出血し倒れた幸祐を眼前に、アイズは戸惑いを隠せない。自分でも信じられないくらい声を張り上げ呼びかける。

その際、仰向けでいる少年の露わになった背中に刻まれた成長(ステイタス)を、アイズは目にしてしまう。

 

 

 

 

サクラバ・コースケ

 

Lv.

 

力:B799→S901

 

耐久:A820→S956

 

器用:B763→S904

 

敏捷:B785→A857

 

魔力:I0→A890

 

戦武将:C→B

 

 

 

 

(えッ……?)

 

一瞬アイズは自分の眼を疑った。

Lvの数値が【神聖文字(ヒエログリフ)】でなく、極東に伝わる文字に変換している。

目蓋を擦り、もう一度、幸祐の背に目をやる。

 

 

 

 

Lv.2

 

力:I0

 

耐久:I0

 

器用:I0

 

敏捷:I0

 

魔力:I0

 

戦武将:B

 

 

 

 

神聖文字(ヒエログリフ)】に戻っている……

見間違いだったのかとアイズは思うが、いつの間にかランクアップしたことに再度、驚きを隠せない。

その成長の秘密を見ようと、幸祐の背中に触れようと手を伸ばすと……

 

「——止せ、アイズ。これ以上は」

 

横からリヴェリアに静止させられ、我に戻ったアイズは「……ごめん」と申し訳なさそうに手を下ろす。こんな時に非常識だと反省する。

すぐさまリヴェリアは幸祐を仰向けに寝かせ、診断及び応急処置を始めた。団員達の、(アイズ)の恩人を死なすわけにはいかない。

………以前にも、【ロキ・ファミリア】の古参はこんな光景を目にした。

経験値やLvの差など塗り潰すような異業を成した少女。

たった一人でモンスターに挑み、片方の耳を代償に勝利をもぎ取り、【戦武将ライダー】の力を受け入れた少女の姿と重なって見えた。

その女騎士(ハーフエルフ)は今頃……

 

 

 

 

 

 

「あの男……」

 

幸祐と赤髪女の交戦を目撃したフォルト。赤髪女を眼前で逃してしまい、憤怒に駆られた。

超大型級モンスターを処理した後、更地を眺められる高地に移動し、赤髪女の姿を発見する。

最初は苦戦していた【剣姫(ヴァレンシュタイン)】に代わり、今度こそ赤髪女と交戦しようとした。だが、見たこともない搭乗機を引き連れ、あの【戦武将ライダー】が横取りした。

強い者は苦労を知らなくて良いなど、妄言を吐いて綺麗事しかいわない。紺色のスーツ姿に下の、蒼髪が目に焼きついている。

殺伐とした戦場にいるべきではない弱者……のはずだった少年が、倒した。

 

(あの飛躍した力、そして豹変振り。【戦武将ライダー】による力の付与だけのものとは思えない……考えられるとすれば、スキルの力も加わって、だけどそれだけでは)

 

《ロック・オフ》

 

無言のまま変身を解除する。平常心を装うが、内心は幸祐の戦闘に興味を向けている。

冷静に分析しながらスキルとの相乗効果と判断するが、それでも合点がいかない。

もし、あの男に強くなる秘訣があるとするなら……

 

「ッ……ゲホ、ゲホッ!」

 

突如、口に手を添えると咳き込む。

決して誰の耳にも入らないように静かに吐き出し、()()()()()()()()()()()()()()()

 

(……いや、そんなこと関係ない。たとえ誰だろうと【戦武将(アーマード)ライダー】である限り、私の敵だ)

 

武者(しょうねん)に成長の秘薬があったとしても関係ない。これ以上の強さを得られる機会が永遠に失われたとしても、いつか必ず滅殺する。

自分の意思を再確認し、その先を見据える。彼女が見る未来にあるのは、冒険者の希望か、武者の絶望か……それは彼女にしか見えない。

 

 

 

 

 

 

二十階層………より更に下に位置する階層の奥。

全身から水滴を地面に落としながら、荒い呼吸でゆっくり足を動かす人影の姿があった。

炭化した腕がボロボロに崩れ落ち、片腕になった赤髪の女。

湖の底から下層に繋がる水路を泳ぎ到達したのだが、片腕を失ったため体力を無駄に消費してしまい荒い呼吸をしてしまう。

 

『無様な姿だな、レヴィス。そんな体たらくで“彼女”を守れると思ってるのか?』

 

こんな姿を見れば嫌味をぶつけるだろう。白骨の兜を被った同僚の男を思い浮かべ、赤髪の女——レヴィスは表情を歪める。

蒼天のような武者に乱入され、『アリア』と同じ気配を漂わせる少女を持ち帰ることもできず、撤退せざる得ない重傷を負ってしまった。その事実に、女は苛立ちと屈辱を味わう。

 

「……許さん……次こそは殺すッ……!!!」

 

例え一歩でも、ダンジョンの地に足を踏み入れた瞬間、確実に仕留めてやる。

ただ殺すだけではつまらない、楽に死なせるつもりもない。抵抗できぬよう四肢をもいだ後、モンスターの眼前に差し出し餌にされる様を眺めよう。

その身が恐怖と後悔に駆られる、奴の情けない姿を嘲笑ってやる。

素顔も知らない邪魔者に殺意を抱きつつ、炭化した腕や皮膚を補うため魔石を補充すべく、深い闇の奥へ歩を進めていく。




本編に登場しなかった補足説明です。

*幸祐の【ステイタス】



サクラバ・コースケ

Lv.(覚醒時に漢数字に変換される)

力:B799→S901

耐久:A820→S956

器用:B763→S904

敏捷:B785→A857

魔力:I0→A890

戦武将:C→B


《魔法》
【】

《スキル》

武将真剣(アーマード・アームズ)
・多種の甲冑や武器の装着及び使用可能。
・一定時間通常より力・耐久・器用・敏捷が向上。
・敵を倒すたびに熟練度が上がる。

王族血統(オーバー・ロード)
・自分の出生に反発するほど早熟する。
・激情にかられるほど効果向上。
・魅了にかからない。

花道乱舞(オンステージ・オンパレード)
・対人戦時に五感(アビリティ)が鋭くなる。
・身体の衝動規制(リミッター)が解除される。
・敵対者が人型と認識されると発動。



*技の解説
レヴィス(赤髪の女)との戦いで最後に放ったのは、バイクに乗った状態の『ナギナタ無双スライサー』です。


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第弐拾参話 少女の戸惑い

 

 

 

………

………………

………………………

………………………………

………………………………………………

………………………………………………………………

……………………………………………………………………

……………………………………………………………………

……………………………………………………………………

……………………………………………………………………

 

 

頭上を飛び交う矢の嵐。

叫びと共に血と肉が飛び散り、幾億もの生命が散らされる。

そこは戦場——乱世の舞台。己が命を賭け、武人達が生き抜く合戦の地。

大きな軍隊が二つ、対立していた。

軍を指揮し、先陣を切って飛び出した『武人』が二人。

 

 

 

掛かれぇえええええええええええええええッ!!

 

ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!

 

一人は、紺の武者。

黒色の馬に跨り、黒刀と橙剣を携えて突撃する。

 

 

 

迎え撃てぇええええええええええええええッ!!

 

ヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!

 

対するは、赤の騎士。

薔薇色の搭乗機を操縦し、黄の長槍(ランス)を構えて追撃する。

 

 

 

———天下を掴むは、果たして……………

 

 

 

……………………………………………………………………

……………………………………………………………………

……………………………………………………………………

……………………………………………………………………

………………………………………………………………

………………………………………………

………………………………

…………………………

………………

…………

 

 

 

 

 

 

「う、うん………ん?」

 

意識を回復させながらゆっくりと眼を見開く。

初見のはずなのに見覚えのあるような、殺伐とした残夢から戻り始め、次第に視界が冴えていく。

おぼろげな目で最初に目にしたのは、顔を覗かせて凝視し続ける金色の瞳。

 

「あ、起きた……」

 

頭上の少女——アイズ・ヴァレンシュタインの顔面を捉えた。

と同時に、幸祐は後頭部に違和感を覚える。

この特有の柔らかい感触……もしや、と感じた。

幼少期に味わった覚えがある。母親にせがんで何度もしてもらったもの。その名も……

 

「———膝枕!?」

 

「あ………」

 

一気に脳が覚醒し、慌ててアイズの膝から飛び上がる幸祐。

先程まで幸祐の髪に触れていたアイズは名残惜しそうな表情を浮かべながら、こっそりと手を引っ込める。

 

「……ご、ごめんなさい。辛そうだったから……嫌…だった……?」

 

「いや、別に嫌じゃないけど……」

 

とても心臓に悪い、と呟きかけた口を閉ざす。

『嫌じゃない』という発言がこの場合は正しい回答だったのか、無表情を保ったままアイズの周囲が明るくなった気がする。

 

「……って、ここは?」

 

ようやく、そこがダンジョン十八階層でないことに気づく。

摩天楼施設(バベル)の治療室。ベッドの上で膝枕をされていたらしい。服装もボロボロなシャツから新品のインナーに変わっていた。

 

「なぁ、あれからどうなった?」

 

状況が呑み込めず問いかけた幸祐に、アイズは事情を説明し始める。

あの騒動後、一度アイズ達は地上へ帰還した。その際、必死で幸祐を助けてと泣き叫んでいた小人族(リリ)も、気絶していた幸祐と一緒に地上まで運んでくれた【ロキ・ファミリア】達。

本来なら【ファミリア】に直接送るべきだが、幸祐の住居がどこか分からず、ここまで運んで治療を施したそうだ。

リリも別室で治療を受けて体調も良好だと聞き、幸祐は安堵の息を漏らす。

 

「……ありがとう」

 

「ん?」

 

「君には二回も助けてもらったのに、まだお礼をいえなかった……それとモンスターの件。関係ない君に迷惑をかけて……ごめんなさい」

 

感謝の念を込め、申し訳なさそうな顔をする。ミノタウロスや食人花モンスターのことらしい。

急に頭を下げられ、幸祐は少し戸惑いながら制止する。

 

「お、おい、頭を上げろよ。俺は好き勝手にやっただけだ、感謝される覚えはないって」

 

「で、でも……」

 

それでも納得できないアイズに「それよりも」と幸祐は遮る。

 

「怪我は? あの女に受けた傷はもう治ったのか?」

 

「え? ……う、うん。リヴェリアの治療を受けたから」

 

「そっか、なら良かった」

 

アイズが平気だと聞き、まるで自分のことのように幸祐は喜ぶ。地上に着く前に応急処置をしなければ、出血多量で死ぬかもしれなかったというのに。

同年代の異性にそんな扱いされたアイズは新鮮に思い、心が暖かくなるのを感じる。

 

「むしろ礼をいうのは俺の方だ、ヴァレンシュタインさん。俺だけじゃなく連れの子も地上へ送ってくれたんだから」

 

幸祐とリリだけでは地上へ生還するのは困難だったに違いない、感謝するのも迷惑をかけた謝罪をするのも自分の方だと幸祐は述べる。

しかし『ヴァレンシュタインさん』と呼んだ瞬間、気のせいか、アイズの顔がムッとなった。どこか不機嫌そう。

 

「……アイズで良いよ。『さん』も、いらない」

 

「え? でも、いきなりは——」

「アイズ」

 

「いや、でも知り合って間も——」

「アイズ」

 

「……その、だからな——」

「アイズ」

 

「………あの——」

「アイズ」

 

「………アイズさ——」

「アイズ、『さん』はいらない」

 

 

 

「……ア、アイズ」

 

「……♪」

 

問答無用。第一級冒険者の有無をいわさない貫禄で圧をかけてくるアイズ。

呼び捨てにした途端、無表情ながらも嬉しそうな仕草をし出した。充満していた圧も消え去っている。

 

「ねー、アイズ! そろそろ起きたー!?」

 

ドンッ! と扉を乱暴に開けながら、部屋中に活発な声を轟かせてアマゾネスの少女が飛び出す。

 

「あー! 武者くん起きたんだ、良かったー!!」

 

幸祐と視線が合った瞬間、少女は太陽のような笑みを浮かべながら飛びついて抱き着く。

 

「お、おい! ちょっと待て! お前は誰? ってか、いきなり何だ!?」

 

「私ティオナって言うのー。キミでしょ、あの花みたいなモンスター倒してくれた武者くんは? ありがとうねー!」

 

よくよく見ると怪物祭(モンスターフィリア)の時、街中で食人花のモンスター襲撃の時に見合わせたアマゾネス姉妹、その片割れだった。

だが、何故いきなり抱き着かれたのか分からず、控えめな少女の胸部にドギマギし軽くパニック状態になる。

 

「ねーねー、キミの名前は? 教えて教えてー!」

 

「ッ……こ、幸祐だ、桜庭幸祐。つーか抱き着くな! 胸が当たってんだよ!」

 

「え〜、私の胸を意識するの? ……ふふふー」

 

「な、何だ? その不敵な笑みは……って、抱き寄せる力を込めるな、早よ離れろ! おい、マジで止めろぉ!?」

 

不敵な笑みを浮かべて抱きつく力を緩めない。尚、ティオナに抱きつかれる際、アイズは頬が膨れ上がり、また機嫌が悪くなってしまう。

男の団員が目撃すれば歯軋りするほど羨ましい光景だが、混乱する幸祐にはとんだとばっちりだ。

 

「——ちょっと、お邪魔しても良いかな?」

 

またしても治療室に誰かが入室する。小人族の男性とハイエルフの女性、【ロキ・ファミリア】の団長(フィン)副団長(リヴェリア)だ。

二人は柔和な笑みを浮かべながら幸祐と対面する。

 

「こんな形だが、改めて感謝するよ。サクラバ・コースケ君」

 

「私からも言わせてくれ、私達の仲間を助けてくれて感謝している」

 

フィンに礼を言われたかと思えば、続けてリヴェリアにも頭を下げられる。

感謝を述べられたのは何年振りだというのに、都市内で一位二位を争う有名人達に感謝の言葉を述べられるのは人生初だった。頭を下げられることに慣れていない幸祐は、二人に頭を上げてほしいと頼み込むが、尚も「楽にしてくれ」と嗜められる。

 

「話は変わるが、君はどこの【ファミリア】なんだい? 一応、確認をしておきたくてね」

 

フィンに警戒している様子はない。しかし団員の恩人と言えど、身元不明の男を信用するほど寛大ではないのだろう。団体の長として正しい判断だと幸祐は思った。

 

「一応【ヘスティア・ファミリア】の副団長をやってますけど……」

 

あ……そういえば神ロキとヘスティアは犬猿の仲だと、ヘスティア本人から聞いたのを今更ながら思い出す。

 

「その名、いつもロキが愚痴を溢していた女神の……ああ、すまないな。私達の主神(バカ)のことは気にしないでくれ。恩人の【ファミリア】と敵対するようなことはしない」

 

すかさずリヴェリアが敵対意思はないことを伝える。

主神同士が仲悪いと【ファミリア】同士の戦争が勃発する場合もあるが、その心配はなかったようだ……今、自分達の主神を『バカ』呼ばわりしたことに団員の誰も指摘しないのだろうか? と余計なことは口に出せない幸祐。

その後、本格的な質疑応答が始まった。内容は街を襲った食人花のモンスターと、幸祐が撃退した赤髪の女について。

最も、幸祐は何の情報もなく質疑自体はすぐ終わり、リヴィラの街で起こった騒動は口外しないように、と釘を刺されるだけだった。

また、リヴェリアからは()()()()()()()()()をダンジョンに連れていくのは感心できない、と注意される。

 

「この礼は、いつか必ず返すよ。フォルトにも君に手を出さないよう僕から言っておこう。君や君の【ファミリア】に何かあれば僕らが駆けつける、そう思ってほしい」

 

最後に「もちろん無償(タダ)さ」と付け加えるフィン。

つまり、非常時には自分達がバックアップしてくれるという、【ロキ・ファミリア】全体の意思表示ということなのだろう。

巧妙な手口で丸め込められているが、嫌な気分にならない。

大手企業(ファミリア)への好印象が少し上がったが、あまり信用しすぎると引き込まれそうになる。目の前にいる団長(フィン)は所謂“良い人”なのだろうが、油断ならない手腕を有するのも確かだ。

ある程度の治療も既に終えたのを確認した幸祐は、アイズとティオナに連れられてその部屋から退出していく。

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても何を考えている、フィン? 以前、勧誘したいと言っていたお前が、こうもあっさり彼を返すとは」

 

「気が変わったのさ。直接話してみて分かったけど、彼は簡単に改宗(コンヴァージョン)するような性格じゃない……それに、彼の思う強さは、僕らのものとは異質だろう」

 

「………まるで、あの娘(フォルト)を見ているようだ」

 

治療室から去った後、そんな会話があったのを幸祐達は知らなかった。

 

 

 

 

 

 

退出後、リリを迎えに行った幸祐達。レフィーヤがリリに着いてくれたようで、二人と合流してバベルの入り口まで移動する。

その際、上機嫌なティオナに腕を抱きつかれながら、趣味や好きな食べ物、好みの女のタイプとか、あれこれ質問攻めを受けていた。ワザとか無意識なのか、幸祐の腕がティオナの胸に当たってしまう。

ずっと隣でアイズやリリに不機嫌そうに睨まれ、レフィーヤから「汚らわしい汚らわしい汚らわしい……」とゴミを見るような視線を受けるが、加減を知らないティオナに振り回されながら連れ回される幸祐はそれどころではない。

道中で擦れ違った男の冒険者には羨ましそうに睨まれたりした……まぁ、大半は女同士が仲良くしていると間違えられたが。

そうこうしている間に入り口に辿り着く。

長旅を終えた気がする幸祐。リリを連れてバベルを出ようとする直前で、アイズに呼び止められた。

 

「……コースケは、私達の【ファミリア】に来ないの?」

 

「ん? ああ、悪いな。俺は今の【ファミリア】を抜けるつもりはない」

 

アイズは、フィンは幸祐を勧誘するつもりだと思っていた。もし勧誘されても、幸祐は断るつもりでいたが。

 

「ううん。無理を言ってごめんなさい……」

 

捨てられた子犬のようにシュンと顔が項垂れるアイズ。その姿に幸祐を含んだ周囲の者は保護欲を駆り立てられる。

そのまま去ってしまうと、どうにも気が晴れなかった幸祐は手を伸ばした。

 

「また、ジャガ丸くんを作っておくから、楽しみにしてな」

 

また会おうと、約束する。

妹分(ベル)を思い出し、アイズの頭に手を置いて撫でた。ベルを喜ばせる癖でついやってしまった行為だ。

幸祐は「あ、ゴメン」と呟き、しまったと内心で焦り出すが……

 

「…………もっと、やって」

 

「え?」

 

一瞬アイズは不意を突かれた顔をするが、幸祐の手をガッと掴むと、もっとしてほしいと言わんばかりに自身の頭に押し付ける。

マーキングするように幸祐の手を離そうとしない。

 

「こ、こうか?」

 

「………♪」

 

戸惑いながらも優しく撫でると、アイズは目を閉じて満足そうになる。

 

「うわぁ、アイズがあんな表情するなんて初めて見たかも。でも良いなぁ〜」

 

「あ、あの【剣姫(けんき)】様をッ……!?」

 

「ッ!! …………」

 

第一級冒険者が仔犬と同じ扱いを受けている光景に周囲がザワつき出した。

ティオナもアイズのあんな顔を見たことないらしく羨ましがる。一方、リリは目を見開き驚愕を隠せずにいた。レフィーヤに至っては驚きのあまり石化状態だ。

 

『お、おいッ! あれ【剣姫(けんき)】だろ!?』

 

『マジかよ! あいつを調教できるなんて、あの蒼髪美女、一体何者だ!?』

 

『あの美女、【ロキ・ファミリア】が恐くないのかよッ? 命知らずにも程があるぜ』

 

『お、俺の嫁がNTRれたぁああああああああああ!!? ……だが、この百合な光景も悪くない!』

 

『ゆ、百合ゆりぃいいい!! ……ふぅ、眼福だぜ』

 

『これは、【ロキ・ファミリア】への下剋上か!?』

 

『ヒャッハー! 迷宮都市(オラリオ)が荒れるぜぇ!』

 

場所を選ぶべきだったと、幸祐は後悔し始める。

大通りで人がたくさん通る時間帯で、こんな目立つ行為をすればこうなると予想できるのに。しかも悪ふざけ大好きな神様まで集まり、あらぬ誤解が生じている。後、女と勘違いされて非常に腹ただしい。

 

「な……な・に・を・しているんですか貴方はーーーーー!!?」

 

烈火の如く石化から脱し、二人の間に入って感情を爆発した妖精が現れる。

本人にその意図はないだろうが、タイミングを伺っていた幸祐にはレフィーヤが救世主に見えた。

大通りで大声を出して恥ずかしかったのか、エルフ特有の両耳が真っ赤になっている。次第に落ち着きを取り戻し、コホンと咳を打つ。

 

「貴方、サクラバ・コースケと言いましたか? その、あの時のお礼をまだ伝えていませんでした……あの、ありがとうございます」

 

「ああ、そのことか。気にするなよ。それより怪我がなくて何より——」

 

「で・す・が、それとこれは話が別です! 私言いましたよね!? 貴方、アイズさんに馴れ馴れし過ぎるんじゃないですか!?」

 

食い気味で声を張り上げる妖精の姿に幸祐は引いてしまう。

 

「お、おう……ってか、駄目なのか?」

 

「何開き直ってるんですか!? アイズさんは第一級冒険者にして【ロキ・ファミリア】の幹部なんです! 他の【ファミリア】である貴方が気軽に話しかけて良い人じゃないんですよ! それ以前に、人前で無闇に女性の頭を撫でるなんて非常識にも程があります!!」

 

「うっ……ごもっともだな」

 

「アイズさんや私達を助けてくれたことには感謝していますが、今度からもう少し節度を考えて行動してください!」

 

痛いところを突かれて言葉を失う。幸祐の世界で言うなら、知り合いだからといって人気アイドルに馴れ馴れしく接し過ぎ、と注意されたという感覚だ。

ガミガミ怒る妖精(レフィーヤ)の姿を見て、本当にアイズは愛されていると気づいた。

元の世界で孤独だった幸祐には縁がなかった……

しかし、今の自分を『家族』と呼んでくれる人がいる。

その事実を思い出し、一刻も早く帰らねばならないという使命感に駆られた。

 

 

 

 

 

 

(……君は、一体どこから来たの……?)

 

……自分でもおかしいと、自身の変化に戸惑っていた。

ティオナに抱きつかれた少年(コースケ)を見て、どうして怒っていたのか。

少年に頭を撫でられた時、制御できないような感情に支配され……どうしてあんな恥ずかしいことを強請(ねだ)っていたのか。

 

「じゃあ、色々ありがとな」

 

少年のことを何も知らないのに、彼から目が離せなかった。

 

「またねー、コースケー! 小人族(パルゥム)ちゃんも元気でねー!」

 

「貴方なんかにアイズさんを渡しませんからね!」

 

全てを失い、モンスターを憎み、力を求めるようになった。その頃から【剣姫】と呼ばれ、姫様のように丁重に扱われ、モンスターと戦う姿から【戦姫】と恐れられた。幹部という立場から、同じ【ファミリア】団員との距離感に寂しさを覚えた。

だからだろうか、気軽に接してくれて嬉しかったのは? 普通の女の子のように撫でられて気持ち良かったのは?

大好きだった父親(えいゆう)と重なって見えたのは……?

 

「うん、ばいばい……」

 

笑みを浮かべて片手を上げる幸祐に、微笑み返すアイズ。

 

——どうして、君といると心が安らぐの?

 

——君の近くにいると顔が熱くなる。

 

——君のことを考えると胸が暖かくなる。

 

——この気持ちが何なのか………君は知っている?

 

燻っていた黒炎(おんねん)が、かき消された。

少年の“光”が消してくれた。

強さの秘訣だけでなく、他にも色々教わりたい。

 

(コースケ、コースケ……コースケ……)

 

心の中で何度も名前を呟く。

再会を約束してくれた。その時が待ち遠しく思える。

次に会った時、母親(アリア)が読ませてくれた英雄譚の中で最も好きだった英雄(ヒーロー)のことを話してみようと考えた。

 

 

 

(……似ている。私の一番大好きな、英雄に)

 

 

 

その昔、神々が降臨する前の暗黒時代。

数多のモンスターに住処を奪われ、蹂躙され、人々は日々モンスターの猛威から逃れ、その脅威に怯えていた。

だが、闇を打ち消す光——『英雄』が降臨した。

家族のため、盟友のため、人々のため……様々な情景(けつい)を胸に抱き、モンスターの群勢に立ち向かった孤高の戦士達。

人々は彼等を『光の戦士』『希望の蛮勇』『万物の豪傑』と、様々な尊敬を込め、ある一つの渾名(めいしょう)に統一させて崇めた。

 

その名を————

 

 

 

「………カメン…ライダー……」

 

 

 

 

 

 

バベルを出て尚、リリは幸祐の隣で俯いたまま歩き続ける。

リリの【ステイタス】が消失していたのだ。

女冒険者にも確認してもらったが、その形跡すら残っておらず、【ソーマ・ファミリア】である証が主神(ソーマ)の許可なしで消失していた。

 

「それで、これからどうするんだ?」

 

「……分かりません。リリは、もう行く宛がありませんから」

 

同情を誘っているわけじゃない。ありのままの事実を話しただけだ。

ノームが保管する宝物庫の鍵——【ファミリア】脱退に必要なリリの全財産——を失くしてしまった。命あっての物種というが、今のリリにとって代償はあまりにも大きい。

何よりリリはもう【ソーマ・ファミリア】の団員ではない。団員の証となる神の恩恵(ファルナ)が消失したのだから。

無一文で役立たずのサポーターで、【ファミリア】との関係性を示す証拠が消えたのに、あんな私利私欲にまみれた【ファミリア】の誰が受け入れてくれようか? 戻ったところで脱退金の借金を無理強いされた挙句、ゴミのように捨てられるのが目に見えている。

戻るなんて冗談じゃない。あの吐き気がする男神との繋がりを断ち切ってくれた幸祐には、むしろ感謝してもしきれない。

とはいえ、オラリオでも前代未聞であろう境遇を受けてしまい、これからどうすれば良いのか分からないでいた。

 

「取り敢えず……今晩はうちに泊まっていくか?」

 

少年の唐突な提案に、リリ表情を強張らせてしまう。

いくら何でも優遇され過ぎだと断ろうとした瞬間、リリの腹からキュ〜、と小さな虫の音が鳴った。

思えば昨日から何も食べていなかったと、耳まで真っ赤になる。

 

「………………お世話になります」

 

正に赤っ恥をかき、顔を背けるリリだった。

 

 

 

 

 

 

「遅い……いくら何でも遅過ぎるよ……」

 

前日から幸祐は帰っていない。

ホームで留守番しているヘスティアは心配を隠せずにいる。ベルに至っては「あの時、私が無理矢理にでも引き止めていればッ……!」と昨日の行動に後悔し、両方の紅眼から涙をポロポロ流す。このままでは彼女の体調にも異常をきたす恐れがある。

もう待っていられない! と、ヘスティアはベルを連れてギルドに頼み捜索届けを出してもらおうと外出の準備を進めた。

……その時だ。

 

「——おーい、今帰ったぞ」

 

玄関前から、幸祐の声が聞こえた。

 

「え…………コースケ?」

 

「コースケ君だ! ベル君、コースケ君が来たんだよ!」

 

嬉々としたヘスティアは、未だに呆けるベルの腕を引っ張り、玄関まで幸祐を迎えにいく。

扉を開けた先には、服装が変わって腰元に見たことない漆黒の大太刀を携えていた彼がいた。

幸祐の姿を目にした途端、ベルの瞳にも輝きが戻った。

待ち侘びた副団長が帰ってきた。そのことにヘスティアは嬉しさを隠せずにいる。

 

「コースケッ! ………え? 隣の女の子(ひと)、誰?」

 

「へ?」

 

喜びから一転したベルの指摘に、ヘスティアは呆けたような声を上げる。

ベルの視線の先には、幸祐の背中に隠れながら、こちらを見て緊張している小人族(パルゥム)の少女の姿があった。

幸祐が「ああ、この娘はダンジョンで会った……」と説明し始めるが、ヘスティア達の耳に入ってこなかった。

 

「…………コ〜スケく〜ん」

 

ヘスティア達に盛大な勘違いが生まれた。

ヘスティアの脳裏に『大人の夜遊び』という単語が浮かび上がり、ベルの瞳が再び潤い出す。

 

「ボクらはこんなにも心配したというのに……キ・ミ・というやつは、その娘とイチャイチャしていたのかなぁ〜?」

 

「は?」

 

「コースケ君のォ——浮気者ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

昼前からホーム中に、女神(ヘスティア)の大絶叫が響き渡った。

それからず〜っと、ベルを泣かせたことも含めガミガミと説教が始まってしまう。

 

「な、何ゆえ……?」

 

苦労して帰れたのに、こんなオチはないだろう? と溜息を吐く幸祐。

誤解が解けた後、リリを一晩泊めることに溜息を吐かれながらも、事情を話すと了承してくれた。

……【ステイタス】更新の際、いつの間にかLv.2に昇格していたことに、ヘスティアの絶叫が鳴り響いたのはいうまでもない。




ドタバタして執筆が遅れたから、誤字脱字があるか心配……ドキドキ

幸祐が見た夢の内容は、仮面ライダー鎧武のOPにあった合戦の光景をイメージしました。

感想にもありましたが、本作に登場する仮面ライダーは鎧武系だけです。過去に登場したという戦武将ライダーも、色違いや兜などの装飾が異なったという設定のライダーです。

次回もお楽しみ。


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第弐拾肆話 向日葵の笑顔

月明かりが幻想的に見えるその夜景は、いつもと違っていた。酒場の灯火が辺りを照らし賑わいに満ちているはずなのに、その日はどこの酒場も臨時休業の看板がぶら下がっている。

まるで、これから起こる災害に警戒しているかのように、ひっそりとした夜だった。

不吉を漂わせる被災地——【ソーマ・ファミリア】のホーム内——で、神でさえ予測できなかった大反乱(クーデター)が勃発した。

神酒(ソーマ)の匂いと味が頭から離れられず、飢えた獣のように欲望を抑えられず、酒を餌に粗略(ぞんざい)に扱われ、鬱憤が溜まった団員達は“ある一言”をかけられ怒りが爆発してしまう。

 

——神酒(ソーマ)が欲しいのなら、主神(ソーマ)を殺してでも奪い取れ、

 

 

 

「——神ソーマだな」

 

「何者だ……?」

 

不気味なほど薄暗い部屋——【ソーマ・ファミリア】の主神が所有する酒蔵——にずっと閉じこもっていた男神ソーマは、億劫な表情のまま来訪者に顔を向ける。

襲撃者は全身がローブで覆い隠され素顔が見えないが、全身から溢れ出る殺気が丸わかりだった。

 

「あんたがいると困る者が多い。この下界から消えてもらう」

 

来訪者はソーマを狙った襲撃者。ロクに面倒を見なかった無責任な神に憎悪を抱いた者の一人。

何やら外が騒々しいとようやく気づき始める。

しかし、知ったことではない。【ファミリア】内で抗争が起ころうとも、趣味である酒造りの邪魔をしない限り、主神(ソーマ)は団員のことなんて心底どうでも良い。

 

「……くだらない。この(わたし)を殺せると、本気で思っているのか? 酒に溺れるだけの人間風情が」

 

酒造りの邪魔になる、ソーマは重い腰を上げて神意を放った。普段はやる気など全く見せないが、こういう時に限って神の力(アルカナム)を存分に発揮する。

神意の瘴気に当てられた襲撃者はその場から動けなくなってしまう。それを確認したソーマは興味なさそうに踵を返す………………だが、

 

「……………そうやって、あんたはいつも趣味ばっかりだな………ふざけるな!!」

 

ソーマの足が止まった。

まさか、あり得ない……と疑いながら襲撃者の方へ振り返ると、懐からナイフを取り出す襲撃者の姿があった。

神意に当てられているはずなのに……動いている。

 

「あんたは、自分が造った酒で酔っ払う奴を叱るわけでもなく、ただ黙って自分の趣味に没頭するばかり。おまけに身勝手過ぎる団員の暴走を止めようとしなかった………あんたの作った酒のせいで、あんたの身勝手さのせいでパパは死んだ! 神酒(ソーマ)なんてものがあったせいでっ!!」

 

(ソーマ)は、わけが分からなかった。

酒に溺れる下等な存在、本気になった神に逆らえないはずなのに……? その気になれば都市(オラリオ)を簡単に消滅させる意思を込めた敵意を、いとも簡単に相殺された。

 

「もう私には何もない! これも全部ッ、あんたのせいだぁあああああ!!」

 

「ッ———がは!?」

 

目の前の出来事が信じられず呆然と突っ立っていると、飛びかかってきた襲撃者に押し出され壁に叩きつけられる。

背と胸に衝撃が走ったのを感じ、ソーマは自分の胸にナイフの刀身が刺し込まれているのを目にした。

力任せでナイフの刀身が引き抜かれたと同時に、()()()()()()()()()()()

 

「っ……痛い、痛いっ……嘘だ、こんなことが……嘘だ……!」

 

泣き言を漏らすソーマは、今まで味わったこともない苦痛に顔を歪めながら身を捩る。

その眼前で、襲撃者はナイフを頭上に掲げた。

天界でも感じたこともない感情に陥り、顔面が蒼白に染まるソーマ。

 

「……や…やめ………!」

 

「はぁ……はぁッ……あぁあああああああああああああーーーーー!!!」

 

振り下ろされたナイフは狙いを定め、男神の脳天を真っ二つにする。

額からブシャァアアア!! と大量の血が噴出し、身体に襲ってくる激痛と恐怖に支配される。と同時に、天空に巨大な光の柱が立ち昇り、無数の光に包まれた男神(ソーマ)

下界から追放される最中「痛い、痛い……」「眷属なんて、作らなければ良かった」「こんな痛い目に遭うのなら、一人の方が……」と譫言を口にする。

最期まで自分のことしか頭にない、()()ではなく()()を孕んだ、勝手に人間を失望し続けた愚神の哀れな末路だった。

 

『——ま、まさか! そんな馬鹿なぁあああああッ!? (ソーマ)がそ、送還されたというのか!? いいや、間違いだ! こんなの何かの陰謀に決まってるぅうううう!!』

 

神を連れ去った無数の光が空に吸い込まれ部屋に一人で佇んでいると、驚愕に満ちた声と喧しい騒音が外から聞こえる。

部屋の窓から外を眺めると、団長と思しき眼鏡の男が信じられない形相で光の柱を見ていた。男の周囲には武器を持っている団員の五十以上が群がり、神が天界へ送還されていく様を静かに眺めていた。

光が消え去った途端、取り囲んでいた団員の誰もがお構いなしに団長への殺意を募らせる。所詮、愚神(ソーマ)の眷属だと憐れんだ。奴らに主神(ソーマ)に対する尊敬の念は微塵もないらしい。

主神(ソーマ)が下界から消滅したことで恩恵(ファルナ)も消滅し、孤立した男は顔面蒼白になって狼狽する。

 

『ま、待てッ!! 私はこの街で出回る全ての神酒の主導権を握っているんだ! この私を傷つけばギルドが黙って……げごぁッ!?』

 

団長——ザニスの説得も虚しく、一人の団員が怒号と共にザニスの顔面を棍棒で殴り黙らせる。潰れたヒキガエルのような声を上げながらザニスは眼鏡を壊され鼻の骨格を歪められてしまう。

しかし暴行は止まらず、崩壊した水溜めのように怒り狂った団員達が一斉に押し寄せた。

 

『うるせぇんだよ、このインチキ眼鏡が!! 今までよくもコキ使ってくれたな!!』

 

『ぐぁッ! こ、この無能共が! 今までこの私がお前達を纏めてやったことを忘れたのか……ごぺぇッ!?』

 

『な〜にが纏めてやった、だ!? 散々利用した挙句、俺達を騙しやがって! 神酒どころか水の一滴だってくれなかったじゃねえか!? もう我慢できねぇんだよ、神酒を出しやがれ、クソ眼鏡!!』

 

『く、来るなぁ!? この私に近寄るな! 薄汚い身の程知らずが……べぇッ!!? あ、あがッ…!』

 

『殺せ! こんな奴、殺しちまえ!!』

 

『そうだそうだ! そんなクズ、ぶっ殺して神酒を奪え!!』

 

『神酒を独占しているコイツを殺っちまえッ!!』

 

『神酒を!! 神酒を!! 神酒を!! 神酒を!! 神酒を!! 神酒を!! 神酒を!!!』

 

『がぱぁぁぁッ!! ……や……やべでぇええええええええええええッ!!?』

 

骨や臓器を粉砕され、髪を引き千切られ、全ての歯をへし折られても、怒りに呑まれた団員は殴る力を緩めようとしない。ザニスが意識を手放そうとしても殴られて無理に叩き起こされる。全身の骨格が軋み出し、激痛と恐怖で涙ながらに発した悲鳴も、団員達の神経を逆撫でする行為に変換されるだけだ。

 

「【ソーマ・ファミリア】の終わり、ね……」

 

狂気に満ちた光景を眺めていた襲撃者は、自分が涙を流していることに気づく。

喉から込み上げてくるものを押し込められず、口角が自然と上へ釣り上がる。

 

「くふふ………あはははははははははははははッ!!」

 

小言を呟いた襲撃者——少女は次の瞬間、声を上げて笑い出した。

仇といっても過言ではない元凶の一人が悲惨な目に遭っているのだ。気持ち良くないはずがない。

 

「パパのかたきはうったよ! わたし、パパをころしたソーマに、ふくしゅうできたよ! ほめてくれるよね? よくやったね、って、あたまをなでてくれるよね? ねぇ、パパぁ! パパぁッ!!? ……アハハはは、アハハははははは!! わたしはイイこ、わたしはイイこ、わたしはイイこだもんねー!? あはははははははははははははははははははははははは、あはははははははははははははははははははははっははははははははははははははははははははははははははははははははッ!!!」

 

少女の口から狂った笑い声が止まらない。溢れ出る涙を拭かないまま、誰もいない部屋の中で踊るように狂喜する。

外で鳴り止まない怒り狂った騒音(バックグラウンドミュージック)に合わせて踊り狂う襲撃者(ダンサー)の動きは、歯車が外れた恐怖のバレリーナに酷似していた。

 

その日、空に浮かび上がった白い月はとても美しく、これまでになく妖しい光で狂乱の光景を照らし続けていく。

 

 

 

 

 

 

——【ソーマ・ファミリア】の内部崩壊——

後にギルドからの要請で【ガネーシャ・ファミリア】による素行調査が行われる。

内部抗争に巻き込まれた主神(ソーマ)が天界へ強制送還されたことで【ソーマ・ファミリア】は即解散。全責任を団長であるザニスに背負わせることになった。

 

 

 

尚、今回の襲撃とは関連性がなく、確かな物的証拠もないが……近辺で【斬月(ざんげつ)】と思しき【戦武将(アーマード)ライダー】を見かけたという目撃談があったという。

 

 

 

 

 

 

「……え? 【ソーマ・ファミリア】が、内部崩壊?」

 

「ああ、そうらしい」

 

早朝から突然のことで、リリは固まってしまう。

幸祐達が地上へ帰還してから数日間、リリは幸祐達が住んでいる協会に匿ってもらった。その間、どうすれば【ソーマ・ファミリア】から抜け出すことができるか幸祐は考えてくれたのだ。

だがこれ以上、恩人の手を煩わせたくない。酒欲しさに【ソーマ・ファミリア】の襲撃で幸祐達に迷惑をかけたくなかった。何より幸祐の優しさに浸る度に、一度彼を騙した罪悪感で辛くなってしまう。

リリは今日の早朝、二度と自分と関わらないように幸祐達に忠告した後に、ホームから出ていく決意をした。

よって……唐突な朗報を幸祐から聞かされて目が点になってしまうのは当然だ。

 

「ちょ、ちょっと待ってください、コースケ様! ほ、崩壊……崩壊って、どういうことですか!?」

 

「俺も聞いたばかりだけどな。あるギルド職員に話を聞いたら……その【ファミリア】の団長が満身創痍の姿で発見されたらしい」

 

対処に追われていたあるギルド職員——エイナから聞いた話によると、神酒の欲しさに我慢できなくなった団員達による大反乱(クーデター)が起こったとのこと。この襲撃の際、主神であるソーマも()()()()()()()()()()()()沿()()()()()()()()()()()()()()()()、と聞かされた。

如何にLv.2の団長(ザニス)でも圧倒的な数の戦力差を埋めることができず、元々人望がなかったことから反乱に参加しなかった他の団員からも見限られ、文字通り孤立したザニスは暴走する団員達の袋叩きに遭ってしまった。発見当初は頭蓋骨にも罅があるほどの重症を負い、治療院で全治六ヶ月の入院も止むを得ないとのこと。

捜査の過程でザニスに様々な不正事実が発覚したが、怪我人を牢屋に閉じ込めることもできず入院という名目で捕縛し、退院後は然るべき処置が降ることが決定している。数人がかりで暴行を受けたことで心的障害があることも加え、ザニスは冒険者として活動する猶予を摘み取られた。

同じく捜査で【ファミリア】内の殺人未遂や強盗など、過去に越権行為を犯した団員達の犯行も暴かれ、元団員達は、冒険者復帰はもちろん普通の生活を送ることすら難しい。

念のため幸祐は、元団員だった『リリルカ・アーデ』のことを確認した結果……そのような少女の名は【ソーマ・ファミリア】に存在しない……という知らせを聞き安堵した。

 

「【ファミリア】がないなら脱退金も払う必要もない。いない者と思われているから罪にも問われない……つまり、お前は自由ってことだ」

 

「そう、ですか………何だか実感が湧きませんね」

 

事件の全て、【ソーマ・ファミリア】崩壊の概要を能天気に話す幸祐に対し、リリは恨みがましい視線を送りたくなる。昨夜から抱いていた決心を返してほしいと思った。

嬉しいはずなのに、どこか不自由さを感じてしまう。

突然のことで当惑の感情が勝っていた。

念願だった【ソーマ・ファミリア】からの脱退ができたとはいえ、この先どうすれば良いのか全く分からない。いざ自由を勝ち取っても、リリは不自由な暮らしに慣れ過ぎている。

 

「あ〜……これは俺の勝手な提案だけど、俺達のところに来るか?」

 

「えっ?」

 

「前にも言ったけど、俺の【ファミリア】は新生したばっかりで、団長と副団長を入れても団員が二人だけでな……お前が良かったら、どうだ?」

 

怒涛の展開で混乱しているリリに遠慮しながら掲げた突拍子もない提案。主神(ヘスティア)団長(ベル)にまだ相談していないが、これから説得しようと試みる幸祐。

リリの事情も知っているし、受け入れてくれるとは思うが……何故か二人は、敵意とは違った意思をリリに向けていた。ベルは何やら対抗意識を燃やしており、ヘスティアに至っては親を取られた子猫のように威嚇していた。

状況が把握できず、リリに大丈夫か尋ねたが「女には負けられない戦いがあるのです」と、二人に劣らずリリも対抗意識を燃やしていた。

……話は逸れたが、幸祐の提案を聞いたリリは難色を浮かべている。

 

「……リリは、サポーターですよ? 荷物運びや化かすことしか取り柄がない、役立たずなんですよ?」

 

「それを言うなら俺だって、()()がなかったら役立たず以上のお荷物だぜ? それに、金の管理能力が高いお前の方が優秀だと思うけど」

 

そう言いながら()()——《戦極ドライバー》を示す幸祐。自分を卑下するような言葉を発しても、リリを卑下する言葉は決して言わない。

 

「どうしてっ……他の誰かじゃなく、リリを必要とするのですか? 同情なら結構ですよ。自力で探せば、いくらでも居座る場所は見つかりますから。それにリリは………」

 

 

 

「——お前が必要だからだ」

 

 

 

リリの眼が見開いた。

その先に続く「貴方の隣にいる資格がありません」という言い分を遮られてしまい、そのまま幸祐の本音を聞かされる。

 

「うちの団長はまだダンジョンの知識に疎くてな。俺も副団長として頑張っているけど、やっぱり先人の知識が必要っていうか……冒険者のあれこれを享受してほしい。その、経験者というか、その手のプロにな」

 

幸祐の正直な発言にリリはおかしな人と思ってしまう。

第一印象はお人好し。

次に意地汚くて図々しい。

その次に——“お人好しなヒーロー”

 

「それにな、俺達に迷惑がかかると思ってしまうのは、お前が優しい証拠だ。そんなお前だからこそ、俺達のところに来て欲しいと思っている」

 

結論……やはり、どこかズレた少年だった。

役立たずのサポーターの泥棒(リリ)を、彼なりの言葉で肯定している。そんな物好きがいるか? 実の両親はもちろん、神様(ソーマ)だって見向きもしてくれなかったのに。

この少年の常識外れな言動はまるで神様、それこそ()()()()()()()()()()()()()()に見えた。

 

「だからさ、俺達の家族(ファミリア)になってくれないか? リリ」

 

人生で一番言われてほしかった言葉を、堂々と眼前でいわれる。しかも意中の相手に、だ。

 

「……良いん、ですか? リリが皆様の、コースケ様の隣にいても」

 

「まぁ、お前の人生だ。お前が心の底から笑顔になれるように、好きに決めれば良い……ただ、“様”付けは止めてくれよ?」

 

「俺は好きじゃないから」と告白する幸祐。その歯痒そうな表情にリリは思わずクスッと笑みを漏らす。

『サポーター風情が冒険者と対等の立場なんて身分違いだ』という、どこかの冒険者(バカ)が勝手に決めた規則(ルール)ですら彼は絶対に無視するだろう。

 

(本当に、今まで会った冒険者の中で……()()()()()()()()()()()()()()()()()()ですね)

 

以前そんな偽善者に命令されるのが嫌いで仕方なかったはずなのに、幸祐に言われると心の奥底から嬉しいと感じる自分がいる。神酒の時よりも支配されたことに苦笑するしかない。

………もう迷いはない、リリの答えは一つだ。

 

「はい! リリルカ・アーデは誠心誠意、貴方の【ファミリア】貢献に努力します。これからお世話になりますね、コースケ()()!!」

 

もう暗い表情を負った少女はいない。

堂々と太陽の暖かい光を浴びることができる、向日葵(ひまわり)のような笑顔を浮かべる少女しかいなかった。

 

 

 

 

 

 

「………気に食わねぇな。嗚呼、全く気に食わねぇ」

 

鬱憤を晴らすため惨殺された大量の下級モンスターが地面に転がっている階層、散らばった魔石の中心で独り言を漏らす男がいた。身長を優に百八十M(メドル)を超えた屈強な肉体を持ち、常に眼装(ゴーグル)を装着している。

リヴィラの街から離れた荒地で、男は“あの現場”を目撃していた。

経験値も能力差も圧倒的に足りない蒼髪の小僧が、赤髪の襲撃者を追い払った光景。

あの光景を思い出す度に、生き血を彷彿とさせる赤黒い眼がギラつく。

 

「期待の新参者(ルーキー)の登場ってか? ちッ、ムカつくぜ。たった数年ぽっちしか生きてねぇクソガキが」

 

頭の眼装(ゴーグル)を嵌め直しつつ、腹の奥から湧き上がる苛立ちを鎮める。

主神や団員には「用事ができた」と告げただけで相手にせず、不気味な赤い槍を備えて単独でダンジョンへ赴く……懐に仕舞った黒い物体と、麝香猫果(ドリアン)柄の錠前を忘れずに念入りに。

 

「力を得たからって調子に乗りやがって。テメェの化けの皮、剥がしてやるよぉ」

 

愉快そうに、それは団員から見ても恐ろしく暴虐に満ちた形相で、身も心も怪物(モンスター)のように口角を吊り上げる。

煙水晶(スモーキーオーツ)色鏡(レンズ)越しに映る男の眼には、紺色の武者を血祭りにし、モンスターの眼前に餌として差し出す光景が映っていた。

 



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第弐拾伍話 白兎と剣姫の会遇

十八階層での騒動から数日経った。

たった二週間近くで昇格(ランクアップ)を果たした副団長(コースケ)。その事実に感化された団長(ベル)はいつも以上に精を出し、今日も【ヘスティア・ファミリア】を率いてダンジョンに赴く。

 

「ふッッ!」

 

次々と向かってくるモンスターの群れに対し、成長速度が常人以上のベルは立ち向かう。

兎以上の脚力を引き出し、モンスターを牽制させると研ぎ澄まされた黒刀のナイフで胴体を切り裂く。

本来ダンジョン探索するには、より下層へ進出するにつれて経験や武装や技量などの冒険者の素質が必須となるが、今のベルは自信に満ちていた。

つい先日、彼女だけの秘策(まほう)がある。

 

「【ファイアボルト】!!」

 

ベルの掌から緋色に輝く稲妻城の炎がモンスターの体を貫く。炎の雷が着弾したと同時に、視界を埋め尽くす眩い爆光が炸裂する。後に残ったのは黒焦げになって崩れた残骸と魔石のみ。

《女神のナイフ》の他に、ベルだけが持つ牙——世界でも数少ない【速攻魔法】。誰よりも速い、ベルだけの唯一無二の切り札。

 

「ベル様! 魔法を必要以上に連射すれば、また精神疲弊(マインドゼロ)を起こしますよ! コースケさん、危険ですから前に出過ぎないように!」

 

「うん、リリ!」

 

「分かった!」

 

背後から呼びかける的確な指示に従い、ベル達は散らばる。

主神(ヘスティア)から神の恩恵(ファルナ)を貰い【ステイタス】を背中に刻まれ、新たに【ヘスティア・ファミリア】の一員となったリリ。

この中で最もダンジョンについての知識が豊富な点と、サポーターとしての知識と経験も活かし、今ではメンバーを支える重要な人物の人柱になっている。ある意味、幸祐の見立ては正しかったといえよう。

ベルの勢いは止まらない。

もっと早く! もっと強く!

——あの人(コースケ)と同じ境地に……!!

 

『ロォオオオオオオオオオオオオ!!』

 

「えッッ?」

 

岩陰、ちょうどベルから見て死角になっていた地点から大きな甲羅の塊が飛び出した。

頭から全身にかけて鱗のような硬い外皮に包まれたアルマジロに似た形状のモンスター、『ハード・アーマード』。

不測の事態だった。ベルが予期せぬタイミングにアルマジロ型のモンスターは頑丈な球体に丸まり、隊員(パーティーメンバー)団長(かしら)であるベルに突進してきた。

 

『——ロォオオッ!?』

 

寸前、蒼天の風が横切りハード・アーマードを数M(メドル)先へ飛ばした。ボールのように蹴り飛ばされた甲羅の球体は何回かバウンドしながら、宙で顔や(あし)、丈夫な爪を剥き出して地面に擦過する。

 

「大丈夫か? ベル」

 

「コースケ……!」

 

速すぎて目で追うことすらできなかった。単に【戦武将(アーマード)ライダー】だけの能力だけでない。

これこそ昇格(ランクアップ)した証なのだと痛感させられる。

幸祐は「下がっていろ」と一言で制止させる。彼が見据える先には体勢を整え球状になり、再び突進にしかかるハード・アーマード。

 

「ったく、しつこいアルマジロだ」

 

《ロック・オン!》

 

(いち)(じゅう)(ひゃく)(せん)(まん)!!》

 

すかさず《オレンジ・ロックシード》をベルトから外し薙刀状の《無双セイバー》に装填する。オレンジ刃が轟々と輝き出すと同時に駆け出した。

 

《オレンジ・チャージ!》

 

『ロォオアアアアアアアアアア!!?』

 

(キラーアント)より強固な甲羅ごと斬り落とす光眩しい一閃。絶叫を上げながらハード・アーマードは爆発四散し、焼け焦げた地面と、周囲に散らばった魔石を残すのみ。

 

「ベル、お前が団長として頑張りたいのは理解できる、新しい魔法を使いたいっていうのも分からなくはない……でもな、それで怪我すれば元も子もないだろう? たとえ慣れた場所でも見えないところまで気配ることも忘れないように」

 

「ッ………う、うん」

 

叱られた仔犬……否、叱られた仔兎のように頭を垂れてシュンとなるベル。

 

「油断しすぎです、ベル様。魔法はあくまで切り札、そう安易と使う必要はありません。それに魔法に頼りっきりでは戦闘に支障をきたしますよ」

 

「は、はい……」

 

続けてリリにまで厳しく指摘され、すっかり落ち込んでしまうベル。もし兎人(ヒュームバニー)だったら今頃ウサミミが垂れ下がっているだろう。

 

「ハード・アーマードが出たってことは、いつの間にか十一階層にまで来ていたみたいだな」

 

「これについてはリリの落ち度です。申し訳ありません、コースケさん、ベル様。リリが二人を安全に導いてはならないといのに……」

 

リリが続けようとした言葉を幸祐が手で遮る。リリ一人の所為でないと主張するように。

 

「誰にだって失敗はある。皆で反省を分かち合いながら成長していけば良い……ホラ、二人共! 顔を上げて反省会はお終りだ。今日はこれぐらいにして切り上げるぞ」

 

手を叩いて退場するよう提案する。

その言葉に二人は頷き、これまでに狩ってきたモンスターの魔石を採取し終えダンジョンから退場した。

 

 

 

 

 

 

北西のメインストリートを歩く幸祐とベル。リリはこの後、今までお世話になった地精霊(ノーム)の爺さん店主へ手伝いがあるらしく、ダンジョンから出たと同時に別れた。

ギルド本部ロビーに到着するなりエイナと偶然会う。【ファミリア】の近況を報告するのと、団長としてアドバイザーとの話し合いがあるからと、幸祐には一旦ロビーで待つようにお願いして、ベルとエイナは待合室に移動する。

 

「報告は以上ね、お疲れ様ベルちゃん……って、どうしたの? 何だか落ち込んでいるみたいだけど。私で良かったら、話くらい聞くけど」

 

道中、いつもは見ていて元気を分けて貰えるような元気な様子を見せるベルだったが、今日は萎れた花のようだった。

聞いた話から察するに、ダンジョン探索に支障をきたしたのは自分のせいだと、落ち込んでいると推測するエイナ。悩みや愚痴を聞くのも担当アドバイザーの務めだと、ベルの悩みを聞くことにした。

おずおずとしながら、白髪の少女は「わ、笑わないでくださいね」と懇願し、ゆっくりと口を開く。

 

「……エイナさん。私って、皆から妹みたいに思われていますか?」

 

「ぇ……?」

 

あまりにも予想外な問いかけにエイナの口から上ずった声色が飛び出た。唐突に鳴り響いた可愛らしい声色に周囲の同僚や冒険者が激しく反応したのはいうまでもない。

 

「えっと……どうしてそう思ったのかな?」

 

気を取り直し、声色を元通りにしたエイナは不安そうな仕草を隠せないベルと面と向き合う。

 

「私、今日のダンジョン探索で調子に乗っちゃって、皆の足を引っ張ってしまったんです。私が団長だから、しっかりしなくちゃいけないのに……二人共、私のことを妹みたいに扱うんですよ! 仮にも団長なのに、私! 特にコースケなんて酷いんですよ!? この間なんて」

 

そこからベルの少し長い話が始まった。

ことの発端はリリが【ヘスティア・ファミリア】に加盟できた、すぐ数日後のこと。

女神(ヘスティア)小人(リリ)の間で、種族の隔たりを超えた聖戦が起こったのだ。

その名も———『コースケ(さん)の隣の席は譲らない』聖戦。

種族も違えば性格も体格も違う二人は犬猿の仲といえるほど悪く、特に幸祐を巡って口喧嘩が毎度のように起こる。

その度、幸祐やベルも二人を止めるが、また再発し、宥めてもまたまた喧嘩し……の繰り返し。

腕を絡めて自慢の双丘に押し付けてくるヘスティアと、幼子の外見ながらも女の魅力を引き出して腕に絡んでくるリリ、二人に毎度のこと挟まれる幸祐は面倒になり……失言を唱えてしまった。

 

『いい加減に喧嘩は止めろ! 子供かお前らは!? 言っておくが、俺はここにいる女性陣は全員、妹分としか見ていないからな!』

 

この発言に喧嘩を繰り広げた二人の少女だけでなくベルも多大なショックを受けてしまう。

言葉の綾はやがて女としての自信喪失へと繋がり、今に至るというわけだ。今日のダンジョン探索も、幸祐に『女』として見られたいから張り切っていたというのに……

 

(神様みたいに胸も大きくないし、リリみたいに可愛らしくもないし、エイナさんみたいに大人な女性でもないよぉ……)

 

ベルの趣味や思考は一般の女性——例えばエイナみたいな美人など——が考えるものとは少し異なっている。

華麗な女性の大半が泥臭さや力仕事が苦手というが、田舎で義爺と二人暮らしを送ったベルにとって畑作などは得意分野だ。しかも山育ちなのでサバイバル経験も幸祐より豊富。

普段の日課も、強くなるための鍛錬やダンジョン探索と、年頃の少女がする行いとはかけ離れている。

趣味といえるものは、強いて唱えるなら………店先で展示されている強そうな武器や装備の展示品(サンプル)を眺めること。

 

「う、うぅ〜! 女として魅力がない自分が恨めしいッ! どうせ私なんてダンジョン探索に張り切っているだけのパッとしない田舎娘! コースケに妹としか見られていない地味な娘なんだ〜!!」

 

「えぇッ!? ベルちゃんは自分のことをそんな風に評価していたの!? だ、大丈夫だから泣かないで! ね?」

 

机に顔を伏せて自虐しまくるベルに、エイナは自分も妹扱いしていたと焦りながら、励ましの言葉を絶やさず掛ける。

幸祐に悪気がなかったのは知っているが、もう少し言葉を選んでほしかったと溜息を吐きそうになった。

そして、エイナは知っている。

ベルの耳に入ってないことだが、田舎出身で純朴そうな兎少女ほど大都会(オラリオ)では魅力に映ることを。

明るくまっすぐで、謙虚の上に素直な性格で、少し少年っぽいところもあるのがたまにキズだが、そこがまた愛らしい『路地裏の隠れアイドル』と知らずに称されているベル。一部の神々(ヲタク)共に揶揄され密かなファンがいること。

担当アドバイザー兼しっかり者のお姉さんは、知っている。

 

「そ、そんなことないから! ね? ベルちゃんにはベルちゃんしかない可愛さがあるよ! 絶対! 間違いなく! 自信を持っていえるから!!」

 

「ふぇ……エ、エイナさぁ〜ん、ありがとう大好きぃ!!」

 

子供のように抱き着いてきたベルを受け止め、エイナは苦笑しながら優しくベルの頭を撫で始める。

 

(むしろ、問題は幸祐君の方だと思けどねぇ……)

 

何とかベルを落ち着かせることに成功したエイナは、要因である幸祐が一番の難関だと考えた。

普通の男性から見ても、ベルは魅力的なのだ。街角でナンパされてデートに誘われても不思議じゃない。

しかし、そうならないのは彼女の中に意中の相手がいることを皆に知られているからだ。時折見せるベルの(ウブ)な反応を見れば一目瞭然だというのに、幸祐はベルのことを妹分としか認識していない所以なのか、ベルの好意に全く気づいていない。

 

「それにホラ、頑張り続けるベルちゃんの姿を見せ続ければ、コースケ君も見方を変えてくるかもしれないし、その、ね?」

 

「……エイナさん」

 

「だから頑張ろ? お姉さんに任せて、一緒に鈍感コースケ君をメロメロにさせちゃお?」

 

「ッ……はい! ありがとうございます! 頑張ります!」

 

同じ女性観点から知人として相談に乗ってくれると気づき、あっという間に満面の笑みがベルの顔に咲き誇った。

この笑顔に当てられただけで、エイナは胸をキュンキュンときめかせる。この笑顔に誰もがノックアウトするというのに、引っかからない幸祐が特殊なのだ、そう違いない、とエイナは自分に言い聞かせながら一緒に部屋を出ていく。

 

 

 

 

 

 

エイナ個人はベルの恋を応援している。二人が恋人同士になったのを機に『ダンジョンで冒険はしない』と誓いを立たせる算段も……画策してないことはない。ただ、同じ女として初恋の成熟を成し遂げたいというのは本音だ。

ここは一肌脱ぎ、幸祐にガツンと言ってやろうと思った。

………が、幸祐の元へ戻った矢先に、

 

「あ、あれ? 私の見間違いかな? あれってコースケ君と……ヴァ、ヴァレンシュタイン氏ッ!?」

 

金髪の長髪に澄み切った金色の瞳の少女——アイズ・ヴァレンシュタイン。【ロキ・ファミリア】幹部の一人にして、第一級冒険者。

迷宮都市でも屈指な実力者であり、ベル達にとって雲の上の存在。ギルド職員のエイナだって会話することすら滅多にない。

そんな人物が……先程まで話題の的になっていた少年(コースケ)に頭を撫でられている。

慣れた手付きで金髪の頭部を撫でられている少女は、小動物のように目蓋を閉じて気持ち良さそうだ。撫でている本人も満更ではなさそうに、癒される表情に変わっていく。

 

「う、嘘ッ……コースケ君、いつの間にアイズ・ヴァレンシュタイン氏と、あんな仲に……!」

 

周囲の冒険者が信じられないものを見る形相を浮かべる中、エイナも硬直状態から抜け出せずにいた。

ハッと気づき、エイナはこの驚きの光景を共に見ていたベルの様子をうかがう。

 

「やっぱり私なんて、女としての魅力ないんだ……ぐすん」

 

飼い主を取られた仔兎のように、紅瞳がウルウル潤い、今にも決壊しそうだった。

その光景を目にした途端、エイナの内に潜むスイッチ音が鳴り響いた……

 

「コースケく〜〜〜ん? ちょ〜〜〜っと、二人っきりでお話しがあるんだけど良いかなぁ? 良いよねぇ?」

 

実に良い笑顔で、周囲の視線など我関せず幸祐に迫る。

尚、その“良い笑顔”は幸祐を顔面蒼白にさせただけでなく、アイズを含むその場にいた冒険者達(ベルを除く)を震撼させたという。

 

 

 

 

 

 

エイナがベルを引き連れて戻ってくる、ほんの数分前。

正午を過ぎ、多くの冒険者がダンジョンへ赴く時間帯もあって、数えられる程度のギルド職員が白大理石のロビー内にチラホラいるだけだ。

様々な事件に遭遇したためか、ロビーの隅に設置された椅子に鎮座していた幸祐は、最近は余計に大切に思えてきた平穏と暇を体感している。

 

「——コースケ……」

 

と、早速、幸祐の暇を潰してくれる少女の声が耳を打つ。

振り向いた先には、人形のように金色の瞳がキョトンとしながら、こちらを見つめていた。

 

「……よっ、アイズ」

 

「うん……」

 

ある少年に会いに行くため行動し偶然会えることができ、無表情ながら嬉しそうにアイズは歩み寄る。

さもご近所さんに軽く挨拶するかのように、片手を上げて幸祐は会釈する。

 

「……あの、あれから怪我は?」

 

心配そうな声色をかけられ、幸祐は頷きながら答える。

 

「ああ、お前の副団長さん達が治療してくれたお陰で、この通り完治したよ。言い忘れたけど、俺とリリを助けてくれて、ありがとな」

 

事件当時は事情聴取も受けてバタバタしていたことに関与し、言えず仕舞いだった感謝の念を伝える。

それを対面で聞かされたアイズは、ボフッと顔を真っ赤になりながら……幸祐に頭を差し出す。

 

「ん……」

 

「…………ん?」

 

途端に、会話が途絶えた。

頭の天辺を見せてくるアイズの意図を、幸祐は理解していない。

するとアイズは待ちきれないように、小さな声を唇から漏らす。

 

「………頭、撫でてくれる?」

 

ウルウルとした瞳で見つめてくるアイズの姿を目の当たりに、幸祐はドキッと心臓が爆発しそうになる。純心な少女を泣かせたとあれば、今後世間からの批判が殺到しかねないと。

 

「まぁ、別に良いけど……」

 

慣れた手付きで頭を撫でると、満足そうにアイズの顔は頬が綻びそうになる。

日頃からベルの頭を撫でている成果もあり、最近は野良猫の頭を撫でただけで甘えさせる特技が身に付いてきた幸祐。ますます『女』以上の家庭的な磨きがかかっていることを、本人は自覚していない。

 

「………♪」

 

仔兎のように頷くベルと異なり、滅多に吠えない忠犬のように可愛がられるのを喜ぶ少女の姿は、また違った可愛さが滲み出ている。事実、幸祐だけでなく遠目で眺めていた何人かのギルド職人でさえ癒しさを感じ和んでいる。

 

「——コースケく〜〜〜ん?」

 

「へッ?」

 

和んでいると、鬼のようなオーラを滲み出しながら良い笑顔をしてくるエイナが到着した。その後方には何故か、若干涙目のベルがこちらを見ている。

瘴気を曝け出すエイナに鬼教官(リヴェリア)を思い出したアイズは笑みを脱しブルブル震え出す。

すぐさま撫でる手を戻し平常を装う幸祐だが、もう遅い。

 

「ちょ〜〜〜っと、二人っきりでお話しがあるんだけど良いかなぁ? 良いよねぇ?」

 

「……ハ、ハイ」

 

ある一室に連行された幸祐は、人前で無闇に同年代の少女の頭を撫でないこと、歳下の娘を泣かせるような発言をしないこと、これらについて常識云々を教え込むという地獄の説教を鬼教官(エイナ)に叩き込まれることとなる……()()()なのに()とは。

 

 

 

 

 

 

それから数分後……

 

「それで、貴女にも謝りたくて……ごめんなさい……私達のせいで、いっぱい迷惑を……貴女の団員にも迷惑が……」

 

「い、いえ違いますッ! ミノタウロスに追われたのは私達が迂闊に下層に潜ったのが原因で! それにコースケを、私達の団員を治療してくれたのは【ロキ・ファミリア】の方ですし! だから、その……い、色々ありがとうございますッ!!」

 

謝罪と感謝の攻防を繰り広げるアイズとベル。

会話の内容から分かる通り、アイズはこれまで掛けてきた失態を、ベル達【ヘスティア・ファミリア】に謝罪するため、唯一顔見知りの幸祐を探していた。

 

「……それから、貴女の団員に助けられた……だからお礼がしたくて……」

 

「お、お礼!? ヴァレンシュタインさんが、私達に!? で、でも恐れ多いというか、えーと……」

 

アイズの唐突な発言に、ベルはあたふたしながら謙遜か卑下の言葉を並べまくる。

幸祐もベル程ではないが、急にそんなことを言われ困っていた。お詫びのつもりなのだろうが、無茶な要求を出すわけにはいかない。かといって断り善意を無下にするわけにも行かない。

どうしようか悩んでいると、幸祐はある提案をした。

 

「じゃあさ、ベルに戦い方を教えるのは、どうだ?」

 

「……………ふぁッ!?」

 

その提案に一番着いて行けなかったのは、名を呼ばれたベル自身だった。

幸祐は話を進め、アイズに予定があるか確認を取り始める。

 

「まぁ、アイズが嫌ならそれでも良いけど……できそうか?」

 

「え、えっと……私は大丈夫、だと思うよ? 【ファミリア】の皆に、バレなければ」

 

一瞬アイズも戸惑っていたが、頭を切り替えイエスと答える。

彼女にとって、これは絶好の機会でもあった。

幸祐の成長の秘訣、高みへの可能性。そして何よりも……彼の傍にいるだけで安らぎを感じる、その真意を。

 

「ちょ、ちょーっと待って!! どういうこと、コースケ!? ど、どーして私が、ヴァレンシュタインさんのご教授を!?」

 

「だって以前、言っていただろ? 『いつかヴァレンシュタインさんのような、凛々しくてカッコいい女の英雄になるんだ』って。ちょうど良いじゃねぇか」

 

「た、確かにそうだけど! それとこれとは話が違う……って、それを本人の前で言わないでよ!?」

 

「良かったなぁ、ベル。憧れの人から指導してくれるなんて、羨ましがるだろうな!」

 

「お願いだから少し黙ってくれる、コースケ!?」

 

呑気そうに話す幸祐に、ベルは初めて口を塞ぎたい衝動に駆られた。割とマジで。

こんなズルい方法で知り合ったばかりの有名人に教わるなんて図々しい。そもそも【ファミリア】間の問題もあるというのに、第一級冒険者に教授してもらうなんて烏滸がましい上に無礼極まりない。

 

「あの、やっぱり私じゃ、嫌……?」

 

ことあるごとにウブな反応を見せるベルの姿に、アイズは嫌われているのでは? と思い込み、無表情ながら悲しそうに問う。

 

「えッ!? いや、ヴァレンシュタインさんが嫌というわけではなくてですね!? その……私に、そんな資格はないというか、あの……」

 

相手を不快にさせたと焦ったベルは、すぐさま否定する。

第一級冒険者の師事を受けるなど、ランクアップすらしていない自分には不釣り合いだと。

 

「……君は、強くなりたそうに見える」

 

「ッ……!」

 

「その気持ち、わかるから……教えたいと思った」

 

ベルに向けられた言葉は、アイズの善意であり本心。

丁寧に磨かれた防具や武器を見る度、少女の“強くなりたい”という眩しいくらい真っ直ぐな想いが伝わってくる。幼き日の自分を思い出したアイズは、個人的に手助けになりたいと、思った。

 

「あ、あの……ヴァレンシュタインさん……」

 

やがて、迷いを断ち切るようにベルも真っ直ぐな瞳で頭を下げる。

 

「ご教授を、よ、よろしくお願いします!」

 

「……うん、よろしく」

 

“強くなりたい”志を備え、アイズは少女(ベル)を師事することになった。

 

 

 

 

 

 

「あ……コースケも一緒にいてくれる?」

 

「ッ!?」

 

「俺? 別に良いけど?」

 

「ッッッ!!?」

 

……教官ご指名により少年(コースケ)も参加決定。

口説き文句にも受け取れるお誘いをした天然娘(アイズ)に、ベルは立て続けに驚愕してしまった。

 



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