化物のヒーローアカデミア 未完 (濁り丸)
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第1話~入試~

 雄英高校ヒーロー科。数多くのプロヒーローを輩出する養成学校で、オールマイトと呼ばれる人気No1ヒーローを始めとしたトップヒーロー達が卒業していることも人気の理由となっている。トップヒーローを目指すのならば西の士傑と並んで目標とされる学校。

 

 なぜ急にこんな話をしたかと言うと、俺がこれから通うことになるかもしれない学校だからである。

 

 俺の名は不屈(ふくつ) 化物(けもの) 、倍率300倍という文字通り桁が違う高校を受験する、受験生の一人だ。 

 

 なぜヒーローを志したかというと「ヴィランっぽいヒーローランキングに載り、自分を受け入れてもらいたい」からだ。「人を助けたい!」といった夢と比べれば不純と言われるだろうが、俺の夢なので誰に何を言われようが曲げるつもりは無い。

 

 俺の幼少期は悲しいものだった。個性が発現した瞬間から、ヴィランのような見た目のせいで友達の一人もおらず、周りから恐れられて生きていた俺は、色々嫌になって小学校時代は引きこもりだったのだ。そんな俺がヒーローを目指した切っ掛けはテレビの番組だった。引きこもり時代の俺はその日、何をするわけでもなくテレビを点けたままボーっとしていた。その時にやっていたのが『ヴィランっぽいヒーロー特集!~注目の新人ギャングオルカは海のギャング!~』だったのだ!俺と同じ位怖い見た目をしたヒーロー達が、市民に応援されている姿は衝撃だった。この日、ヴィランのような見た目でもヒーローになれば友達や慕ってくれる部下が出来るのだと、生まれて初めて希望を持つことが出来た。

 

 俺の夢はプロヒーローになった。

 

 それからは勇気を振り絞り、中学校に通うようになった。しかし、俺が変わったからと言って周りが変わるわけではない。当然俺はクラスどころか学校全体で恐れられ、同じクラスになった奴はそれを知っただけで絶叫し、隣の席になった女子は立ったまま気絶した。体育で二人組を組まされた田中君は極度のストレスで髪が白髪になってしまったし、担任の先生もストレスで前髪が後退し続け、卒業間際には坊主になってしまった。

 

 こんな状態でも俺が学校に通い続けられたのはひとえに目標があったからだ。田中君や先生の為にも絶対に合格しなくては!

 

 俺は気合を入れ直すと試験会場に向かって歩き出した。

 

 

 これは俺が『平和の抑止力(恐)』、『日本が核を持たない理由』、『最恐の生物』と呼ばれるまでの物語だ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 雄英高校ヒーロー科の説明会場は異様な空気に包まれていた。1200人以上の受験生が集まっているはずなのに誰も物音の一つも出さないのだ。この異常事態の原因はたった一人の受験生によるものだった。

 

 もちろん我らが主人公。不屈 化物君が原因である。

 

 彼が来る前の説明会場は、良くも悪くも賑やかだった。これから行われる実技試験に対して不安を口にする者や俺は出来ると自己暗示をする者がいる、適度な緊張感が広がる例年通りの光景が広がっていた。しかし、この光景が続くことはなかった。

 

 初めに異変に気が付いたのは、入り口近くに座っている受験生達だった。何故か頻りに入り口を気にしだしたのだ。五感で感じる限りでは何も可笑しい所は無かったのだが、第六感とでも言うべき本能が少しでも入り口から離れろと言っているのだ。次第に恐怖は伝染していく。まるで波紋の様に広がっていく正体不明の恐怖は、遂に会場の端から端まで余すところなく伝わっていった。会場の受験生全てが扉に注目した瞬間、男は現れた。

 

 扉がゆっくり開かれると近くの女性から『ヒィッ』と絞り出したかの様な小さな悲鳴が会場に鳴り響いた。

 

 会場に入ってきた男の身長は2.5メートル近い。比喩なしに丸太の様に太い腕、まるでケツの様にはち切れんばかりに発達した胸筋と学生服の上からでも分かるほどに太い太ももと脹脛はロケットランチャーの直撃を喰らってもダメージの一つも受けないだろうと思わせる程に強靭であると共に、この巨躯から放たれる一撃の大きさはどれ程のものなのかと潜在的な恐怖を抱かせた。体色は燃える炎の様に赤い。個性社会の中では別段珍しい事ではないのだが、男の持つ雰囲気が返り血を連想させ、余計に恐怖を煽った。

 

 会場がパニックにならなかったのは男の持つ雰囲気が雄弁に物語っていたのだ『騒げば殺す』と。皆息をすることも忘れ、男の一挙手一投足を見守っていた。男はゆっくりと歩みを進め、空いていた右端の席に座った。ここで男はなけなしの勇気を振り絞って、隣にいた受験生にギリギリ聞き取れる声で「…よろしく」と言ったのだが、男が隣に座った時点で既に受験生は白目を剥き、口から泡を吹いて気を失っていたので意味はなかった。

 

 しかし、周りは違う。男が声を掛けただけで受験生の息の根が止まったと勘違いしてしまった。

 

 会場は遂に極限状態となった。何時自分が死ぬかわからぬ状況に多くの受験生の心は既に折れていた。気の弱い受験生達から続々と気を失うことで現実からの逃避を始めた。プロヒーローにして雄英高校教師のプレゼントマイクが説明会場に到着したときに残ったのは本気でヒーローを目指す者や意志の強い者、極限まで俗物的なある種の信念を持った者の約40名だけになっていた。

 

 こうして雄英高校ヒーロー科の実技試験は始まる前から終わってしまった。教職員たちによる話し合いであの場で気絶しなかった者達を合格としたのだ。理由は「あれ程の恐怖に屈さなかった子供達は強くなる」といった建前と、あれから意識を取り戻した受験生たちが悉くトラウマから受験を取りやめたいと辞退したためだった。残った人数で実技試験をしてしまえば雄英高校初の定員割れが起こることを危惧し、今回の『試験会場集団失神事件』自体が試験内容であったとすることで話を収めたのだった。

 

 こうして何とか今回の事件を乗り越えた雄英高校ヒーロー科教師陣は歓喜の声を上げたが、彼らはまだ知らない。

 

 この受難がただの序章であったことに。

 




 主人公の見た目はアメコミのレッドハルクをイメージしていただければ近いかと思います。


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第2話〜合格〜

 結果から言えば、俺は雄英高校ヒーロー科に合格していた。

 

 ただ説明会場で座っていただけなので何の達成感も無かった訳だが、よくよく考えた結果。雄英高校レベルになれば、態々個性を使用した戦闘をしなくても実力が分かるのだと逆に感心してしまった。多分戦闘力や適性が分かる個性を持った先生がいるのだろう。流石雄英恐るべし。

 

 雄英のレベルの高さに加えてもう一つ驚くことがあったのだが、なんと今年からNo1ヒーローのオールマイトが雄英の教師を勤めるらしい。なぜ俺がそんなニュースのトップを飾るような情報を知っているかというと、雄英の合格を伝えてくれたのが他でもないオールマイトだったからだ。

 

 実技試験の数日後に、自宅に届いていた良く分からない機械からオールマイトが立体映像で投影され、『突然私が出てきてびっくりしている事だろう、何を隠そう私も今年から雄英に勤めることになったからなんだ。合格おめでとう!不屈少年ここが君のヒーローアカデミアだ!』とお祝いの言葉をくれたのだ。

 

 俺は特段オールマイトが好きではなかったし、寧ろ嫌いだった。理由は簡単に言うと嫉妬だ。超パワーという点でみれば俺とオールマイトには共通点がある筈なのに、ヒーローとヴィラン、神と悪魔、勇者と魔王位の違いがあるのだ。同じ力でなぜこうも違うのかと俺を陰鬱とした気分にさせる存在だった。

 

 しかし、今回の『合格おめでとう』の言葉で俺はオールマイトのファンになってしまった。難関と言われる雄英に合格したのに、お祝いの言葉をくれたのがオールマイト以外にいなかったのが理由だ。チョロいと言いたければ言えばいい!

 

俺に『ありがとう』、『おめでとう』等の好意的な言葉をくれる人間など殆どどころか全くいないんだぞ!逆に『ごめんなさい』、『許してください』、『命ばかりはどうか』と言った謝罪や命乞いをする人間は腐るほどいるけどな。

 

 こういった経緯を経てオールマイトのファンになった俺は動画サイトで彼の活躍を調べていたわけだが、結構参考になる技というか動きが沢山あった。高校が始まるまでの3週間に練習して、習得した時にはオールマイトに見てもらおう。

 

 

 強くて立派なヒーローになるために頑張るゾ!

 

 

 

 

 

 

*** 

 

 

 

 

 

 波乱に満ちた一般入試を乗り越え狂喜乱舞していた教師達だったが、ぼさぼさの黒髪と無精ひげが特徴的な『イレイザーヘッド』”相澤(あいざわ) 消太(しょうた)”の『…ところで誰が今回の原因の担任なんですか?俺じゃ奴は抑えられない』の発言で完全に停止してしまった。

 

 明らかに異形系の個性である奴に相澤の個性は意味がない。それに加えて奴は見た目からも分かるように、間違いなく身体能力によるゴリ押しが得意なタイプであるため、相性は最悪だろう。

 

 こうなると今年クラスを受け持つ予定だった、下顎から突き出た牙と左頬にある十字傷が特徴的な『ブラドキング』本名”(かん) 赤慈郎(せきじろう)”に視線が集まるが、彼も難しい顔をして『俺の操血でも拘束は難しいだろう。ミッドナイトであれば或いは…』と役目をパスしていた。話を振られた『ミッドナイト』と呼ばれた眼鏡と左目にある泣き黒子がセクシーな"香山(かやま) (ねむり)"は不安げな表情で『私の個性じゃ眠らせる前に多分ヤラれちゃうわ』と告げたことで会議室は完全に沈黙した。

 

 沈黙に支配された会議室の空気を破ったのは、右目に傷のあるネズミ?だった。

 

 ネズミ?の根津(ねづ)校長が『皆そんな不安そうな表情をしないでくれたまえ。既に解決策は考えてあるのさ!』と発言した瞬間に、会議室は陰鬱とした空気から一転して「流石校長先生だ!」と歓声が上がった。校長は続けざまに『今年からオールマイトが我々と同じ教師になることは知っているね。彼が入ったクラスの副担任をオールマイトにお願いして彼が暴れた際に抑えてもらうのさ!流石に彼もオールマイトには勝てないだろうからね』と自信満々に話を締め括った。

 

 この時の校長の判断は最善のはずだった。唯一の誤算は奴の力を甘く見たことだろう。この時の判断が原因で自慢の白い体毛に十円禿が出来ることは『個性:ハイスペック』を持つ彼にもまだ分からなかった。

 

 クラス分けも何とかなりそうだと安堵に包まれる会議室は、相澤の『結局担任は誰になるんですか?』と言う言葉を切っ掛けに押し付け合いが始まり、話の収集がつかなくなった頃に根津校長の『じゃんけんで決めれば良いのさ!』という提案によって、大の大人達による世界一必死なじゃんけん大会が開催され、数十分にも及ぶ死闘の末、相澤に決定した。

 

 この時のことを相澤は後に後悔を滲ませてこう語っている。

 

 『あの時なぜ俺はパーを出したのか…合理的に考えればグーを出すべきだった。もし過去に行くことが可能ならば俺は自分の指を折ってでもグーを出させるだろう』

 

 

 このような経緯を経て不屈 化物君の担任が相澤 消太に決まった。そして、相澤が胃の治療の為にリカバリーガールの元に通い詰めるようになる未来が確定してしまった瞬間でもあった。

 

 




 感想、お気に入りありがとうございました。細々と続けていければと思います。


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第3話~個性把握テスト・表~

 長くなったので今回は不屈君視点のみになります。


 三週間の特訓を経て、俺はなんちゃってであるが必殺技を習得した。今からオールマイトにお披露目する時が楽しみだ。特訓に夢中になっていたせいか、入学式まではあっという間だった。

 

 人間馬鹿なもので、もしかすると俺にも入学式早々に友達が出来るんじゃないかと淡い希望を抱いている自分がいた。僅かな期待に胸を膨らませて1-Aの教室に入ったわけだが、やはり雄英はレベルが違った。仲良し好良しがしたくてここに来たわけではないとばかりに、皆私語の一切もせずに席に座っていたのだ。

 

 俺も頑張らねばと気合を入れていると担任の先生が入ってきた。相澤 消太と言う名前で、おそらくヒーローなのだろうが知識不足か俺には誰だか分らなかった。しかし、とても良い先生なのは間違いないだろう。

 

 相澤先生は自己紹介もそこそこに『困難な入試を乗り越えたお前達には期待している。俺はお前達ならば乗り越えられると信じている。Plus Ultra(プルス ウルトラ)更に向こうへ!我が校の校訓だ。俺も副担任のオールマイトも命に代えてでもお前たちを守る』と俺達を激励してくれたのだ。クラスメイト達の中には『先生…』と涙を流しながら感激している者もいた。こんな生徒思いの先生を担任に持てて俺は幸せ者だ。

 

 それから俺達は入学式やガイダンス等の行事には参加せず、個性を把握するためのテストを行うと説明を受けた。ヒーローを目指す者に無駄な時間を過ごす時間はないと言う事だろう。

 

 俺達は更衣室で体操着に着替えると直ぐに指定された校庭に向かった。

 

 皆が集まると相澤先生は、俺に見本としてボール投げをするように提案してくれた。きっと相澤先生は見るからにパワー系な俺に期待してくれたから指名してくれたのだろう。相澤先生の期待に応えるためにも全力を出さなくてはならないだろう!

 

 ボールを投げるために踏みしめた地面は半径5メートル程陥没した。背筋と腕に力を込めると、体操着は筋肉の膨張に耐えきれず破けたが、そんなことを気にしている場合ではない!俺は相澤先生の期待に応えなきゃいけないのだ!大きく振りかぶり『WOOOOOOOOOOOOOOOO!!』と天に届かんばかりの雄叫びと共に、有らん限りの力を込めてボールを投げた。

 

 しかし、俺は相澤先生の期待に応えることが出来なかった。途中までは上手くいっていたのだ余りの球威にボールが耐えられなかったのだろう。周囲に衝撃波を発生させ炎の軌跡を描き一直線に飛んで行ったボールは、雲の中心に穴を開けた時点で耐えきれずに消滅してしまったのだ。

 

 皆の見本として選ばれた俺が記録なしである。なんと情けない事だろうか。

 

 自分の情けなさに泣くのを必死に堪えて歯を食いしばり、助けを求めるように相澤先生を見ながら『やり直しますか?』と尋ねたが、相澤先生は『…ボールの耐久性に問題があった。記録は無限と言う事にする。次からの試験では周りに被害が出ないようにしてくれればそれでいい』とフォローをしてくれた。

 

 こんなダメダメな生徒にも優しく、次頑張ればいいと言ってくれる相澤先生は聖人なのでは?と本気で考えていると相澤先生は咳払いを一つして、真剣な表情で『…今回のテストで最下位だったものは、総合一位と放課後に特別訓練をしてもらう』と宣言した。

 

 なるほど。ゲーム性を持たせると共に、最下位の底上げをするために一位にアドバイスをさせると言う事だろう。なんと合理的で効率的な判断なんだろうかと感心していた俺に電流が走る。一位になれば最下位にアドバイスをする権利、引いては仲良くなるチャンスが手に入ると言う事ではないか!

 

 『先程まで自分の情けなさに泣きかけていたのにアホ!』と責めたければ責めれば良い!俺には友達を作るチャンスの方が何千倍も価値があるのだ。切り替えていく!(キリッ)

 

 ボール投げ以外の残り50メートル走、握力、持久走、立ち幅跳び、反復横跳び、上体起こし、長座体前屈の7種目も頑張って総合一位を取らなくては!

 

 俺は周囲に衝撃波が起こったりしないように注意しつつ本気で挑んだ。その結果は、8種目中6種目で最上位と思われる測定不能や無限を獲得した。

 

 しかし、皆も凄かった。鬼気迫るという表現が適切だろう。個性のデメリットで嘔吐する女子、指が紫色にズタボロになった男子や掌の皮が弾け飛んだ男子など、それ以外の皆も個性の使い過ぎで死屍累々と言った様子だ。テストに本気すぎると思わざるを得ないが、雄英がトップヒーローを輩出し続ける理由は、こう言った何事にも真剣に取り組む姿勢があるからだと感動した。

 

 倒れているクラスメイト達を気にせず、相澤先生は淡々と結果を発表した。『…んじゃ結果を発表する。総合一位は不屈、それで最下位は峰田だが…』 

 

 最下位の結果を聞いたブドウ頭の峰田君は、余りの悔しさからか号泣してしまった。本気で挑んだ結果が最下位は辛いだろう。皆も優しさからか誰も峰田君を見ないふりをしている。それどころか『すまない』、『ごめん。ごめんねぇ』と涙を流しながら謝るクラスメイトまでいるのだ。

 

 勝負とは言え彼らはヒーローを目指しているのだ。人の痛みや苦しみが分かる彼らは、自分が勝ってしまったことに罪悪感を覚えているのだろう。なんと仲間思いなクラスメイト達だろうか!

 

 まるでお通夜のように沈んだ空気を断ち切ったのは相澤先生だった。

 

 『最後まで聞けお前等、因みに一位と最下位が訓練は嘘な。お前達の全力を出させるための合理的虚偽』

 

 まさかの発言に皆が呆然とし、3秒ほどの間を空けて絶叫が校庭に響き渡った。

 

 『『『『『『はーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!???』』』』』』

 

 相澤先生は『初めに言ったろ俺はお前達に期待していると。そしてお前達は限界を超えて好成績を叩き出した。訓練が必要な奴はいなかった。最下位の峰田を含めてな。怪我した奴はリカバリーガールの所に行け。今日は疲れたろうゆっくり休めよ。不屈は陥没させた地面元に戻してくれ』と告げると帰ってしまった。

 

 確かに訓練が必要ないのにさせるのは罰ゲームになってしまうか、峰田君と訓練を通して仲良くなれなかったのは残念だが、相澤先生はクラス皆を認めてくれたと思うと嬉しくなった。クラスの皆も認めてもらえた事が嬉しかったのか峰田君を胴上げしている。

 

 あぁ、こんなに素敵な先生やクラスメイト達がいる雄英に来て良かった。

 

 俺は暖かな気持ちを胸に校庭の整地に向かう、今日はいい夢が見れそうだ。

 

 



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第4話〜個性把握テスト・裏〜

 第三話の別視点です。


 悪夢の様な実技試験を乗り越え、雄英高校ヒーロー科に合格を果たした1-A組の生徒達を待っていたのは悪夢の続きだった。まさか悪夢の原因(不屈)が、自分達と同じ制服を着て机に座っているとは、夢にも思わなかった事だろう。

 

 試験の焼き増しの様に誰も言葉を発せず、席に着いて顔を伏せていた。例外は悪夢を知らない、特待生で入学してきた二人だけだった。

 

 左右で紅白に分かれた髪と左目にある火傷が特徴的な(とどろき) 焦凍(しょうと)とボリュームある黒髪のポニーテールが特徴的な八百万(やおよろず) (もも)の二人は、明らかに可笑しな存在がいるのに関わらず、誰も何も言わない状況に困惑し、周囲を忙しなく見渡すが、誰も目を合わせてくれない事が余計に不安を募らせた。

 

 因みにこのカオスな状況を作り出した原因はこの時、(皆真面目だなー)と考えていたことは本人以外知る由もない。

 

 入学早々に『もう帰りたい…』と一人の例外を除いて誰もが思っていた。少し遅れて相澤が教室へと入ってきた瞬間に、生徒達は一斉に顔を上げた。誰も言葉は発さなかったが、目で『この状況は何ですか、説明してください!』と必死に訴えていた。

 

 相澤はある意味予想通りの状況にため息を吐き、若干言葉を濁しながら説明を始めた。

 

 『困難な入試を乗り越えたお前達には期待している。俺はお前達ならば(不屈への恐怖も)乗り越えられると信じている。Plus(プルス) Ultra(ウルトラ)更に向こうへ!我が校の校訓だ。俺も副担任のオールマイトも命に代えてでもお前たちを(不屈から)守る』

 

 生徒達は相澤の言葉の真意を汲み取り、No.1ヒーローのオールマイトが守ってくれる事実に安堵し、命に代えても守ると言う言葉に感激していた。特に情に厚い男である切島(きりしま) 鋭児郎(えいじろう)は涙まで流していた。

 

 その後、落ち着いた生徒達に相澤は、入学式やガイダンスを行わずに個性把握テストを実施する旨を伝えたが、インパクトが強すぎる出来事があったせいか、生徒達は特段気にせず素直に受け入れていた。

 

 更衣室で体操着に着替え始めたのだが、誰もが不屈の肉体に目を奪われていた。制服の上からでも筋肉の塊であることは分かっていたのだが、脱ぐと予想を数段超えた見た目をしていた。筋肉には自信のあった砂藤(さとう) 力動(りきどう)だったが、不屈の横に立てば痩せているように見えた。誰も腕力で勝てないのは明白であり。より一層、不屈に対する警戒心を強めることになってしまった。

 

 着替えも終わり、指定された校庭に向かった一同を待っていたのは絶望だった。相澤が実力を推し量るためにもと、ボール投げの見本に不屈を指名したのだ。

 

 (俺とオールマイトの二人で不屈を抑えられるのか。今回の個性把握テストで見極める)

 

 この時、我らが不屈君は先生の期待に応えるぞ!とやる気を出していたわけだが、完全に逆効果だった。もしもここで不屈が数km程度の記録を出していれば、彼に対する警戒度は下がっていたことだろう。しかし、現実は違った。

 全力で挑んだ不屈のボール投げは兵器に等しかった。踏み込みは文字通り大地を割り、筋肉の膨張で上半身の服は弾け飛び、ボールを投げた次の瞬間には、辺りがミサイルでも着弾したかの様な爆風に包まれたのだ。誰も立っている事さえ出来ず、目を開けることも叶わなかった。体重の軽い峰田(みねた) (みのる)に至っては、遥か後方に吹き飛ばされていた。暫くして暴風が収まり、相澤達が見た光景は想像を遥かに超えていた。空を見上げると雲に大穴が開いていたのだ。

 

 圧倒的だった。実力差をまざまざと見せつけられた。この時、大半の生徒達の心は折れてしまった。勝てるわけが無いと。もしもボールではなく、自分の頭部であったらと想像した一部の生徒は、顔面を蒼白にしていた。

 

 冷静に状況を把握することに努めていた相澤は、不屈の実力をオールマイトと"同等"であると決定付けた。仮に不屈がヴィランになったと想定し、被害を予想したが、最低でも日本の人口が三分の二に減ることは確実だろうと考えた。相澤はこの時、これから長い付き合いになる胃痛との邂逅を果たした。

 

 正直に言えば最早テストなどをやっている場合ではないと、痛む胃を手で抑えながら相澤は考えていたが、半ば放心状態の生徒達をこのままにしておける訳もなく、どうにかしなければと思案していた。

 

 何か打開策はないかと周囲を見渡していると不屈が目に付いた。相澤は悪魔的なことを閃いて"しまった"。非常に合理的であり、間違いなくこの状況を打破出来るが、人間としての良心が酷く傷む内容だった。

 

 (しかし、このままじゃこいつ等は雄英(ここ)をやめてしまう。それだけは避けたい)

 

 苦悩の末、相澤は自身が悪魔になることを選んだ。

 

 『…今回のテストで最下位だったものは、総合一位と放課後に特別訓練をしてもらう』

 

 相澤の言葉の意味に生徒達は直ぐに気付いた。もし自分が最下位になった場合、相手の総合一位は誰になる?間違いなく不屈だ。不屈と二人で訓練、まず生きては帰れない。生徒達の心は一人の例外を除き、一つになった。

 

 ((((((絶対に負けられないっ!!!))))))

 

 その後は、皆が死に物狂いでテストに挑んだ。個性のデメリットも省みず、限界を超え自己ベストを出し続ける生徒達だったが、不屈は軽々とその記録を超えた結果を出していった。それが更なる絶望を生徒達に与えた。

 

 その中でも2種目目に行われた持久走は特に酷いものであった。ゲームに例えると無敵の巨大ボス(ふくつ)が、後方から自分たちの何十倍もの速さで追いかけてくる状況が現実に発生したのだ。生徒達は不屈が迫ってくる光景をしばらく夢に見るようになってしまった。カエルの個性を持つ蛙吹(あすい) 梅雨(つゆ)は余りの恐怖に、擬死してしまう程だった。

 

 遂に死者(擬死)まで出始めた状況に、生徒達は更に捨て身で個性を使用してテストに望んだ。

 

 触れたものを無重力にできる個性を持つ麗日(うららか)茶子(ちゃこ)は、自身を浮かせることで立ち幅跳びで200メートルを超える記録を出したが、デメリットの酔いを受けて嘔吐した。

 

 緑谷(みどりや) 出久(いずく)は超パワーの個性を制御出来ていなかったが、機転を利かせて指を一本ずつボロボロにしながらもボール投げ、握力などで好成績を叩き出した。

 

 爆豪(ばくごう) 勝己(かつき)は最終種目のボール投げで、自分の掌の皮が弾け飛ぶ程の強い爆破を使用して、1kmを超える大記録を出した。

 

 生徒達は命に比べればこの程度安いものと言った具合に必死だった。

 

 相澤は自分の発言のせいで傷付いていく生徒達を見て、更に良心を痛めていた。何度か止めようとしたが、全く聞く耳を持たず『まだ…動けます!』と鬼気迫る表情で言われてしまうと何も言えなかった。この後、嘘だと言わなければいけない事実が更に相澤の気持ちを重くさせた。

 

 全てのテストが終了した時に、立っていたのは相澤と不屈だけだった。全てを出し切り、満身創痍と言った状態で倒れ込んでしまっている生徒達にせめて座るように促し、結果発表を相澤は始めた。結果は知っての通り一位が不屈、最下位が峰田だった。

 

 最下位の発表を聞いた瞬間に、人目も憚ることなく号泣する峰田。他の生徒達も自分が助かる為に峰田を犠牲にした事実を噛み締めて泣き出したのだ。『すまない…峰田君!』、『ごめん…ごめんねぇ』と謝罪と嗚咽が混じる状況に、相澤は眩暈を覚えた。

 

 その後、最下位の訓練は嘘だと告げた時の生徒達の絶叫は、入学式を行なっていた体育館にまで響き渡った。峰田に至っては最早人語を話せていなかった。生徒達は誰も犠牲者が出なかった事に喜び、峰田を胴上げした。

 

 こうして波乱に満ちた学校生活初日は終わった。彼等を待ち受ける受難(不屈との学校生活)は始まったばかりだ。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 放課後となった学校の校長室に、根津校長と相澤の二人は集まっていた。いつも笑顔を絶やさない根津校長ではあったが、今に限り表情は真剣そのものだ。

 

 「もう一度確認するけど、相澤君の見立てでは彼にはオールマイトに並ぶ実力があるって事だね?俄かには信じられない話だけど…」

 

 「信じられない気持ちは分かりますが間違いなく事実です。不屈がヴィランとなった場合、この日本は機能を停止し、超常黎明期の様な混沌の時代が訪れます」

 

 相澤は確信をもって答えた。

 

 「それでどうするつもりなのかな?」

 

 「どうもするつもりもありません。不屈は雄英(ここ)にヒーローになりに来たのなら、いつも通りに見込みが有れば指導し、無いなら諦めさせます」

 

 根津はいつも通りの相澤の言葉に、安心し笑顔を浮かべた。万に一つもないと分かっていたが相澤がもし、彼の排除を考えているようならば教師を辞めさせなければいけないと考えていたからだ。

 

 「その通り!彼を悪に導くのも正義に導くのも我々の努力次第なのさ!君には負担が掛かることになるけど、オールマイトと協力して頑張って欲しいのさ!僕も彼への対策は考えるからさ」

 

 「はぁ、分かりました」

 

 相澤はストレスで胃を痛めながらも彼を導いていく。節穴で能天気な不屈君ではあるが一つだけ真実を見抜いていた。相澤が生徒思いの良い先生であることは本当だった。

 

 




 


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第5話~コスチューム~

 最高と言っても過言ではない程のスタートを切った学校生活1日目を終えて、昨日はとても良い気分で眠ることができた。俺は心身共に絶好調だった。スキップでもしたくなるような軽やかな気持ちで教室に入ると、皆は昨日の疲れがあるのか机に突っ伏していたりしている人が多かった。昨日あんなにボロボロになるまで頑張ったのだ疲れていて当然だろう。俺は相澤先生に抑えるように言われていたので疲れていなかったが、そう考えると一人だけ手を抜いていたみたいで申し訳ない。

 

 昨日は個性把握テストで一日潰れてしまったので、今日から本格的に授業が始まった。内容は思った以上に普通の授業内容だったが、プロヒーローが教えてくれるだけでとても新鮮な気持ちで受けることができた。ラジオやテレビで見聞きしたことがあるプロヒーロー達が近くにいるのも、雄英高校の特権だろう。その内、授業で分からない所があった時には、教えて貰いに行くついでに握手をお願いしてみよう!

 

 プレゼントマイク先生(山田先生は止めろと言われた)の英語の授業が終わるとお昼の時間がやってきた。大食堂でクックヒーロー ランチラッシュが作ってくれる料理はとても美味しかったが、俺の座った席から半径三席分きれいに空いていたことに心の涙を流したことは内緒だ。しかし、悪いことがあれば良い事もある。なんと!友達候補と出会ったのだ!

 

 俺が一人寂しくご飯を食べていると、1-B組の生徒と思われる金髪の男子(物間?君と言うらしい)が話をしに来てくれたのだ。声など掛けて貰えると思っていなかったから目を見開く程に驚いていると、何故か物間君は他の1-B組のクラスメイト達の連れ去られてしまったのだ。オレンジ色の髪の女子が『物間(ものま)には後できつく言っておくから、本当にごめん!』と謝っていたが、俺はなぜ謝られたのだろうか?謎だ。

 

 今度見かけたら、俺から話しかけてみようと思う。

 

 嬉しい出来事があったお昼も終わると、次は午後のヒーロー基礎学の時間だ。ヒーロー基礎学はヒーロー科だけの特殊な科目で、ヒーローの素地を作るために様々な訓練をする時間であり、メインと言っても過言じゃないだろう。クラスの皆も楽しみにしている様子だ。かく言う俺もワクワクが止まらないわけだが。

 

 しばらくすると扉の奥からオールマイト先生が定番の『わーたーしーがー!!』の掛け声と共に豪快に扉を開け『普通にドアから来た!!!』と現れた。クラスの皆のボルテージが更に上がった。No.1ヒーローが自分達にヒーローとは何かを教えてくれる事が嬉しくない訳がないのだ。

 

 オールマイト先生は『早速だが今日はコレ!!戦闘訓練!!』とハイテンションに今日の授業内容を伝え、コスチュームに着替えてグラウンド・βに集まるよう指示した。雄英高校ヒーロー科への合格が決まった時に個性届と要望書を聞かれていたのはそういう事だったのか。俺はてっきり昨日と同じように体操着でやると思っていた。

 

 合格通知と一緒に来た要望書の作成はとても難航したのだ。当初は顔や体のラインが出ないような、親しみやすいポップな衣装をお願いしようと考えていたのだが、俺が目指すのは『ヴィランっぽいヒーローランキングに載ること』なのだ。それならば、なるべく威圧感と恐怖を与える衣装の方が良いのではないかと考えなおし、要望を出した経緯があった。正直に言えばどんなヤバい衣装が入っているのかとトランクを開けるのが怖かったが、いつまでもこうして突っ立っている訳にもいかないため、俺は覚悟を決めると勢い良くトランクを開けた。

 

 ……あれー?ズボンと手甲と説明書しか入っていないぞ?

 

 入れ忘れたのかと思い説明書を確認すると、装備の欄にはやはりズボンと手甲しか無かった。何故だとうなだれていると説明書の裏に手紙が張り付いている事に気づいた。何か分かるかもと手紙を読んだが、内容を簡単に要約すると『貴方はごちゃごちゃ着飾らなくても素が一番怖いから。隠すなんてとんでもない!ズボンと手甲は絶対破れたり壊れたりしない位に丈夫だから安心して』と言った内容だった。

 

 泣いてもいいだろうか…素が一番怖いは傷付く。

 

 ふざけている訳ではなく、手紙の文面はとても丁寧で何処がどう怖いかを理論的に語っており、とても説得力がある内容だったことが余計にダメージを与えた。しかし、要望に応えてくれたのならこれが俺のコスチュームだ!

 

 俺はさっさと着替えると、グラウンド・βに向かった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 オールマイトは相澤から忠告されていた『不屈は貴方と同じ位に強い』という言葉に半信半疑だった。長年No.1として日本の平和を守ってきた誇りもあった。流石にまだ今年で16歳になる少年に負けることはないだろうと甘く考えていた。しかし、今コスチュームを着て相対した不屈を前にして自分の考えの甘さを痛感していた。

 

 (相沢君、君の言葉を疑ってしまいすまなかった。不屈少年は確かに今まで相対してきた中でも、最上位に位置する強さを持っている!)

 

 数多の戦闘経験から相手の強さを見極めることに自信があったオールマイトだが、自分と不屈が本気で戦った際に周囲一帯が更地になる事は予測できたが、どちらが勝つかは分らなかった。

 

 (全盛期の私であれば未だしも、今の衰えた状態では…)

 

 もしも不屈がヴィランに身を落とした時に、止められる存在が果たしてどれ程いるのかを考えるだけでオールマイトは背中に冷や汗を流した。

 

 (確かに不屈少年が危険な存在であることは間違いないだろう。しかし、根津校長もおっしゃっていたが、不屈少年がこのままヒーローとなれば、これ以上頼もしい存在はない!もしかすると私以上にヴィランを抑止する存在に…)

 

 オールマイトはこの時に覚悟を決めた。

 

 (私の"最後"の仕事は緑谷少年の育成と考えていたが、不屈少年をヒーローとして導くことも付け加えなければいけない!たとえ私の命が尽きることになろうとも!!)

 

 固く握った拳はオールマイトの誓いの固さを表していた。

 

 

 因みにこの時の不屈君はオールマイトを見て、(オールマイト先生はコスチュームかっこいいよなぁ。俺はズボンと手甲だけ…)と落ち込んでいた。




 沢山の方にお気に入り頂き、大変恐縮です。これからも細々と続けて参りますので宜しくお願い致します。


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第6話~戦闘訓練・表~

 本格的な戦闘は第7話~戦闘訓練・裏~で予定しています。


 物間は現在、クラスメイトの塩崎(しおざき) (いばら)に全身を個性である頭から生える茨を用いて拘束され、教室へと連行されていた。理由は食堂にて物間が、不屈を見つけた瞬間に暴走したためであった。周囲には物間を囲むように、先ほど食堂で不屈に謝罪していた拳藤(けんどう) 一佳(いつか)、強面の鉄哲(てつてつ) 徹鐵(てつてつ)と紫色の逆立った髪と濃い隈が特徴的な"心操(しんそう) 人使(ひとし)" のクラスメイト三人が、物間が万が一にも脱出した時の為に控えている。道行く生徒達から何事かと奇異の目を向けられるが、物間を止められるのなら安いものだ。

 

 「放してくれ塩崎。僕はまだ怪物男にっ!」

 

 拳藤は未だに抵抗を試みる物間に対し、呆れを通り越して怒りを覚えていた。

 

 「それを止めろって言ってんのが分かんないの物間!茨!もっと締め上げて!」

 

 「ああ、怒れる破壊の神を呼び起こさぬ為にも、これは必要な事なのですね。お許し下さい」

 

 拘束に使用する茨が更に増え、物間は首から上以外に見えている所が完全に無くなった。

 

 「痛い!痛いよ塩崎!僕はあの怪物男に調子に乗ってるなら容赦しないと宣戦布告をしに行こうとしただけだ!僕等B組は君の引き立て役になるつもりは無いとね!」

 

 あの不屈に宣戦布告をしに行こうとする胆力には尊敬の念すら抱くが、まだクラスメイトになって間もない人間が壁のシミになりに行こうとするのを止めないかと言えば話は別である。入学式に参加しなかったりと特別扱いされているA組が気に食わないと言う、物間の気持ちが全く分からない訳ではなかった。しかし、相手は選ぶべきだろうと思う鉄哲だった。

 

 「物間ぁ気持ちは分かるがよ!お前ぇも入試で知ってんだろ?アイツはヤベーぞ!!」

 

 必死に物間を止めようとする鉄哲の言葉に、心操は既視感を覚えた。中学の頃に自分の個性を知ったクラスメイト達が、よく似たような言葉で自分に近付くことを止めていた事を思い出した。ヴィラン向きの個性と呼ばれた自分とヴィランの様な見た目をした不屈に一体どれほどの差があるだろうか。

 

 (もしかしたらアイツも俺と同じように”恵まれなかった人間”なのかもな…)

 

 記憶に残る、一人で食事していた不屈の背中が小さく寂し気になったような気がした。見た目通りに凶悪な奴かもしれない。それでももし、不屈が自分と同じような悩みとヒーローに憧れを持っている人間だったら、話をしたいと思う心操だった。

 

 

 不屈と心操が心の痛みと目標を共有しあえる存在になるかはまだ先の話だ。

 

 

 その後も抗議し続ける物間に、拳藤は初めて首に向けて手刀を放ち、物間の意識を断ち切った。以降も物間の暴走を止めるために頻繫に使用されるようになったらしい。拳藤の苦労が始まる。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 グラウンド・βに1-A組の21名全員が揃った。皆コスチュームを着ているので、並んでいるだけで壮観の光景だ。全身タイツの様なコスチュームが多かったが、なんと自分と似た上半身裸のコスチュームの男子がいたのだ!赤い逆立った髪が目立つ切島君に親近感を覚えていると、オールマイト先生が『いいじゃないか!皆かっこいいぜ!』と褒めてくれた。真面目そうな飯田君?(フルフェイスのコスチュームで自信はない)がどういった戦闘訓練をするのか聞いてくれた。

 

 「今回は屋内で対人戦闘訓練を行うよ!君らにはこれからヴィランとヒーローに分かれて2対2の屋内戦を行って貰う!ヴィラン退治は主に屋外で見られるが、統計で言えば屋内の方が凶悪ヴィランの出現率は高いんだ。真に賢いヴィランは闇に潜む!屋外ではないため、建物に対する被害にも注意することを頭に入れてくれ!」

 

 建物を壊さないために手加減が必要になるわけか。結構難しいな。

 

 クラスメイト達はオールマイト先生に『勝敗のシステムはどうなります?』、『どのような分かれ方をすればよろしいでしょうか?』、『ぶっ飛ばしてもいいんすか?』など一度に沢山の質問をし、応えきれずに困っている様子だった。オールマイト先生は腰の辺りをガサゴソと漁り、カンペと思われる紙を取り出して説明を再開した。

 

 設定はヴィランチームは核をビルの中に隠していて、ヒーローはそれを処理することが目的、勝利条件は制限時間内に相手を捕まえるか核に触れる事、もしくは守り切る事が条件だ。コンビはくじで決めるらしく、適当だと思ったが急なチームアップを想定してのくじ引きだ。なるほどよく考えられているな。

 

 人と協力してなんて中学時代の田中君との体育の授業位だけど、上手く出来るように頑張らないと!

 

 あれ?オールマイト先生は2対2と言っていたが自分たちは合計21人だ、一人余る。当然みんなそれに気付き質問するとオールマイト先生は『それだが昨日の個性把握テストで一位だった不屈少年には、特別に一人で挑んで貰おうと思う。順番は最後に、対戦相手は立候補にしようか!』と言った。

 

 ……え?聞き間違えかな?俺また一人ぼっち!?

 

  オールマイト先生が『それで良いかな不屈少年?君なら多対一にも十分対応可能だろう!』と聞いてきたが『あ、はい』と答えるしかなかった。

 

 その後、皆が楽しそうにくじ引きしているのを見ていたぼっち不屈です。プラスに考えればそれだけ実力を買われていると言う事だ。若しくは個性把握テストで皆が真剣に取り組んでいるときに、友達作りを目的にしていた報いだろうか。甘んじて受けよう。

 

 戦闘訓練は一試合目から爆豪君と緑谷君が熱いバトルを繰り広げていた。音声がないので詳しくは分からなかったが、雰囲気から喧嘩に近いような気がした。結果は緑谷君が超パワーを発揮しビルを破壊した隙に、麗日さんが飯田君を飛び越えて核を回収した。八百万さんも言っていたが、爆豪君はなんでペアの飯田君と協力しなかったのだろうか?そうすれば勝てたと思うんだけどな。

 

 緑谷君は片腕が個性把握テストの時と同じように変色してボロボロになっていた。個性が超パワーなら何で加減しないんだろうか?俺も超パワーみたいなものだしアドバイスできるかも!

 

 第二試合は轟君が氷で無双していた。ヴィラン側の透明人間な葉隠(はがくれ)さんと尻尾が生えてる尾白(おじろ)君どころか、味方の腕が6本ある障子(しょうじ)君にも何もさせないで勝ってしまった。氷を大規模で使用できるのはとても強い個性だなぁ。

 

 第三、第四、第五試合もけが人もなく無事終了し、いよいよ俺の番になったわけだが、対戦相手は誰だろう?

 

 「最後は不屈少年か!皆の反省点を踏まえて頑張るんだぞ!それでは不屈少年と戦いたい人は挙手を!」

 

 「俺だ!」「俺が…」

 

 オールマイト先生の呼びかけに立候補してくれたのは爆豪君と轟君の二人だった。良かった。もし誰もいなかったら泣いていたぞ。二人共高い実力があるし皆にいいところを見せるためにも頑張らなければ。

 

 建物の前に立ち、開始を待つ。

 

 『くれぐれも屋内戦闘であることを忘れずに、大規模破壊は無しで頼むよ!それではSTART!!』

 

 オールマイト先生のスタートを合図に、俺は拳と拳を合わせ気合を入れると建物の中に足を踏み入れた。

 




 沢山の方にお気に入り頂き、誠にありがとうございます。感想はとても励みになっております。

 主人公に早く理解者をと言う感想を頂いたので、早めに心操君を出しました。主人公によって実技試験が無くなった事で起こった原作との変更点ですね。今回の話でA組が21人であることが分かり、B組にも21人目がいることを匂わせ、本来は体育祭編にて判明&登場予定でした。


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第7話~戦闘訓練・裏~

 不屈が建物の中へと入っていった頃、オールマイト達がいるモニター室では結果の予想が行なわれていた。

 

 「才能マンの爆豪と轟がいるんだし、不屈に勝つんじゃね?」

 

 戦闘訓練の印象が強いのか、稲妻形の黒メッシュが入った金髪の上鳴(かみなり) 電気(でんき)は数の有利もある爆豪・轟ペアを押した。

 

 「不屈の身体能力もヤベーぞ!個性把握テストも圧倒的だったしよ!」

 

 「しかし、今回は屋内戦です。建物への被害を抑えるのでしたら、体も大きく力を加減しなくてはいけない不屈さんの方が不利ですわ!」

 

 身体能力の高さを理由に不屈が勝つと予想した切島に、八百万が身長が2.5mもある不屈が屋内では身体能力も発揮し辛いので不利になる事を告げる。この時、オールマイトを除く生徒達は、ある程度接戦が見られると考えていたのだ。

 

 (確かに爆豪少年も轟少年も才能溢れる存在ではあるが、今回の"敗北"を糧に二人には成長して貰いたい!)

 

 オールマイトは不屈の勝利を半ば確信していた。

 

 (折角の2対1を活かせないんじゃ意味が無いぜ!少年達よ)

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 少し前に戻り、戦闘開始前。

 

 爆豪と轟の二人は言い争いをしていた。

 

 「だぁかーらー!!半分野郎は炎中心で戦えって言ってんだろ!俺は汗が出る程威力が増すんだよ!氷使われると邪魔なんだよ!クソがっ!!」

 

 「悪いが戦闘において()を使うつもりはねぇ!核を一番上に置いて、残りの階を半分ずつに分けてそれぞれ守れば良いだろ…」

 

 相性が悪かったのだろう。お互いに自分を曲げるつもりが無い事と、初めから協力する気がないせいでコミュニケーションも上手くいっていなかった。

 

 「スカしてんじゃねーぞ!半分野郎!俺が下の階だ!テメーの出番なんてねーから上で死んでろっ!!」

 

 「…緑谷にも勝てなかったくせに自信あんな」

 

 轟が爆豪の心の地雷を踏み抜いた。爆豪は元々吊り上がっていた目を更に吊り上げて轟に掴み掛かる。

 

 「今…なんつった?化け物野郎の前にテメーをぶっ殺してやろうか?あ゛ぁ゛!!」

 

 「時間、もう始まんぞ。さっさと下に行けよ」

 

 「ーーッ!!クソがっ!死ねっ!」

 

 こうして協力関係を築くことが出来ないどころか、関係が悪化した二人は上と下に分かれてしまった。

 

 

 この時、通信機越しに爆豪と轟の余りにもあんまりな会話を聞いていたオールマイトは頭を押さえた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「クソがっ!!」

 

 爆豪のフラストレーションは頂点に達していた。先程の轟の会話、一回目の戦闘訓練で自分に勝った緑谷に個性把握テストで圧倒的な差を見せつけた不屈。自分の思い通りに何も進まない状況に怒り、オールマイトに言われた建物の被害を出すなと言う言葉を忘れるほどに冷静さを欠いていた。

 

 「ぶっ殺してやる!」

 

 不屈から放たれるプレッシャーで此方に近づいていることは分かっていた。爆豪は緑谷の戦いで見せた汗を溜め込む右手の籠手を扉に向けて構える。扉が開いた瞬間に、爆豪は最大火力を放った。

 

 「喰らえ!化け物野郎っ!」

 

 BOOOOOOOOOOOOOOOOM!!!!!

 

 建物を半壊させる一撃が直撃したのだ、爆豪は勝利を確信していた。この時までは。

 

 「…俺じゃなければ死んでたぞ」

 

 煙の中から不屈は何事もなったように無傷で現れた。爆豪は最低でも重傷だと考えていた予想が外れ、狼狽する。

 

 「なんでテメー生きてんだよ!クソがっ!」

 

 「大規模破壊は止められてたはずだ。…違うか?」

 

 「もう一発喰らえや!」

 

 爆豪は先程とは逆の左手で最大火力を放つ。対して不屈は両手を左右に開くと、爆豪の爆撃に合わせて両手を思いっきり打ち合わせた。今度こそ爆豪は驚愕した。自分の最大の爆破が拍手の衝撃波で相殺されたのだ。

 

 「クソがっ!化け物野郎!」

 

 爆豪は半ば自棄になり接近戦を挑むために不屈に突っ込むが、迫ってきたところに両手を掴まれた。籠手を不屈は巨大な手でそのまま握り砕いた。『これで大規模破壊は出来ない』と不屈が呟き、爆豪が抵抗する前にそのまま床に叩きつけた。あまりの威力に床にクレーターができ、爆豪は叩きつけられた衝撃に肺から全ての空気が強制的に吐き出され咳き込む。霞む意識の中で爆豪が聞いたのは「先ずは一人」という言葉だった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 『爆豪少年 戦闘不能』

 

 二度の建物が揺れるほどの爆音の後すぐに、アナウンスで爆豪が捕まったことが流れた。

 

 (思った以上に早かったな)

 

 轟は爆豪が勝てないことは予想していたが、もう少し粘り消耗させると考えていたからだ。爆豪の実力は間違いなくクラスでもトップクラスだった。そしてあの二度の大爆発は爆豪が緑谷との戦闘で見せたものだろう。

 

 (2発もあの威力の攻撃を喰らったのなら少なからず消耗してるはずだ。俺の()で拘束して終わりだ) 

 

 基本戦法を考えていると。遠くから僅かにダッダッダッという足音と、質量すら感じる重圧が凄い速さで此方に近づいてきた。余りの重圧に気付けば膝が僅かに震えていた。

 

 不屈が地を這うような声で『見つけたぞ轟。お前で…最後だ』と声を掛けながら、轟のいる広めの部屋へと入ってきた。今まで不屈が放っていたプレッシャーは自分に対してのものではなかった。それが自分に向くだけでこうも違うのかと轟は戦慄していた。

 

 (クソッ!こうなりゃ最大で!!)

 

 轟もまた爆豪と同じように建物の被害を度外視した最大の大氷壁を放った。個性のデメリットで体に霜が付き、体が寒さに震える。氷はビルの大きさに匹敵するほどの大きさを誇り、常人が直撃すればまず助からないだろう。

 

 (やりすぎたか。急いで溶かさねーと)

 

 轟は勝利を確信し、氷を溶かして不屈を助けるべく近付いたときに異変に気付いた。

 

 氷が独りでに割れだしたのだ。パキパキと音を上げ、次第に罅と音は大きくなり、遂に氷が砕けた。砕けた氷の中から、蒸気を発しながら不屈は現れた。

  

 不屈は『大規模破壊はだめだと言われていたろう…本当は違うのか?』と声を掛けたが、轟に応える余裕はなかった。態勢を整える為に距離を離そうとしたが、寒さで身体能力が下がった体ではろくに動けず、数十秒後には不屈に捕らえられてしまった。

 

 

 『轟少年 戦闘不能よってヒーローチームWIIIIIIIN!!』

 

 

 こうして僅か五分程度で、不屈の戦闘訓練は終了した。

 

  

 

***

 

 

 

 

 オールマイトが不屈の勝利を告げたモニター室の空気は重い。

 

 誰もが接戦になると思っていた戦いが、一方的な蹂躙(ワンサイドゲーム)だったのだ。間違いなく爆豪と轟はクラスでもトップの強さを持っていた。爆豪の最大爆破や轟の大氷壁が繰り出されるたびに、クラスメイト達は爆豪と轟の勝利を確信していた。結果は無傷の不屈が、最大火力を出し打つ手の無くなった爆豪と轟を拘束して終了してしまった。

 

 特に氷の中から蒸気を上げ不屈が出てきた時は、あまりの迫力に悲鳴を上げる者までいた。

 

 

 クラスの中で不屈は圧倒的なNo.1になった。

 

 その後、戻ってきた不屈達にオールマイトは反省点を簡潔に告げ、物凄い速さで去っていった。オールマイトの講評中も爆豪と轟の二人は俯いたままだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 爆豪君も轟君も滅茶苦茶怖いんだが…

 

 オールマイト先生に大規模破壊は駄目だと言われていたのにガンガン使ってくるんだぜ?何度か駄目じゃなかった?と聞いても返事してくれないし。無視されて辛いです。

 

 クラスメイトの反応も特になかった。

 

 多分オールマイト先生の講評で『不屈少年はもっと回避を意識するべきだね!回避でなくても二度目の爆破を防いだ時の様に、衝撃波で相殺するのが良いよ!』と言われたのだが、回避が下手くそな奴だと呆れられているんだと思う。

 

 やはり”初めて”の戦闘は上手くいかないな。今日の反省点を活かしてもっと頑張ろう!

 

 




 沢山のお気に入りありがとうございます。
 感想ありがとうございます。とても楽しく読ませてもらっています。
 誤字修正してくださる方いつも本当に助かっています。


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第8話~予兆~

 今回はUSJ前までになります。やっと一つ目の山場にたどり着けそうです。


 戦闘訓練の翌日。

 

 HR(ホームルーム)の時間が始まったのだが、相澤が発する空気は重い。

 

 「昨日の戦闘訓練お疲れ。V(ブイ)と成績貰ったが…轟と特に爆豪。俺はオールマイトが庇っていなければお前ら二人を除籍していた。能力が幾らあろうが、言われた最低限すら守れない人間に雄英(ここ)にいる資格はない。次も同じ様な事をしたら分かってるな」

 

 クラスがざわつく。

 轟と爆豪は顔を俯かせたまま「…はい」「分かってる」とそれぞれ返事をした。

 

 「それと緑谷と不屈。緑谷は腕壊して一件落着じゃ先は無いぞ。お前のは一人救って木偶の坊になる蛮勇だ。個性を制御出来ればやれることは多いんだ。焦れよ緑谷」

 

 緑谷は力強く「っはい!」と応えた。

 

 「不屈はオールマイトにも言われただろうが、敵の攻撃全て受けてたんじゃその内死ぬぞ。世の中には触れただけで殺せる奴だっている。ヴィランには基本何もさせないのが一番だ。覚えておけ」

 

 不屈は「分かりました」と応えてノートを取り出し何かを書き込んでいた。

 

 相澤は一呼吸置くと今日の本題を告げた。

 

 「で、今日のHR(ホームルーム)だが、急で悪いが今日は君らに…学級委員長を決めてもらう」

 

 生徒達は「学校っぽいのキターーーーーー!!!!」安堵と共にテンションを上げた。ヒーロー科と言う事もあり、トップヒーローを目指す生徒達は集団を導くための経験になると多数が委員長に立候補した。

 

 「委員長!!やりたいですソレ俺!!」、「ウチやりたいス」、「僕の為にあるやつ☆」、「リーダー!!やるやるー!!」と多くの声が上がった。中には「オイラのマニフェストは女子全員膝上30cm」と自身の欲望を吐露している者もいた。一向に決まる気配のない中、飯田が投票を提案した結果。委員長には緑谷、副委員長には八百万が選出された。自信なさげな緑谷と、委員長に選ばれなかったことが不満気な八百万の対比が印象的だった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 昨日の戦闘訓練でオールマイト先生に貰った反省点はしっかりとノートに残した。ただのノートじゃ味気ないから表紙のタイトルに『特訓ノート』と名付けてみた。これからもアドバイスを貰ったらここに記していこうと思う。色々学んでいってvol.2とノートを増やしていければ良いな。

 

 いつも通り通学路を歩き雄英の近くまで来たのだが、今日もマスコミが校門に押し寄せている。オールマイト先生の話を聞きたいみたいで最近は毎日いるのだが、俺が近付くといつも離れていってしまい、インタビューに来てくれたことは今の所一度もない。念のためインタビューの内容も考えていたのだが使われることはないだろう。

 

 HRの時間に相澤先生が、昨日の戦闘訓練で駄目だった人に反省点を教えてくれた。

 

 爆豪君と轟君は大規模破壊をしてしまったことみたいだ。昨日二人のことを考えたのだが、初めての戦闘訓練の授業でテンションが上がりすぎてしまって、先生の忠告が頭に入ってなかったんじゃ無いかと思う。初めての個性を使った訓練はやっぱり舞い上がっちゃうと思うし。何にせよ対戦相手が俺で良かった、他の人だったら大怪我してたと考えると胸が痛い。

 

 緑谷君は個性の制御についてだった。先生は厳しい言葉で言っていたけど期待の裏返しの様に聞こえた。緑谷君もとても気合が入っているようで良かった。

 

 勿論俺も駄目な人でした…。やっぱり回避出来ないのは駄目だったみたいだ。世の中には触れただけで殺せるヴィランもいるのかぁ…滅茶苦茶怖いんだけど!そんなの反則だと思うんですけど。『ヴィランには基本何もさせないのが一番』か、相澤先生の経験からくる言葉は為になるな。早速ノートに残しておかなきゃ!俺は特訓ノートに相澤先生のコメントを書き残した。

 

 その後、クラスの学級委員長を決めることになったのだが、皆とてもやりたがっていた。あんまり人気ではない役目だと思っていたけど、嫌なことを率先して出来るとても良い人達なんだろう。最終的には飯田君の提案で投票になった。投票の結果は委員長が緑谷君、副委員長が八百万さんになった。俺はとてもやりたそうにしていた飯田君に投票したけど、飯田君は公平に決めたかったのか自分以外の人に投票していたみたいだ。飯田君は真面目だなぁ。

 

 委員長を決めるので午前中は終わってしまい、お昼になった。午後からは他の委員決めを行うので自分は何委員に立候補しようかな?

 

 何の委員に立候補しようかと考えながら、今日も一人でお昼を食べていた。いつも通り周囲三席分が空いているが、まだまだ友達作りもこれからだ。行く行くは一緒に食べる友達に囲まれる位になるぞ!と決意を固めているときに事件は起こった。

 

 突然前の方から『此処…良いか?』と声を掛けられたのだ。前を向くと紫色の髪が特徴的な男子がご飯をトレーに載せていた。俺は若干パニックを起こしながら何とか『…構わない』と応えた。

 

 あぁ、言い方間違った!座ってくださいお願いしますだろ俺の馬鹿!と、文字通り俺の頭が馬鹿になっていた。

 

 彼は『…ありがとう』と俺の前に座り、食事を開始した。お互い無言で食事をしていたのだが、正直ランチラッシュさんの美味しいご飯の味が全く分からなかった。何この奇跡!物間君以上の友達候補!と小躍りしたいくらいだった。

 

 色々頭がパニックになっている間に、お互い食事が終わってしまった。クソッ!せめて名前をと思って声を掛けた瞬間に彼と被ってしまった。気まずい…。お互い固まっている状態が続き、彼が『あ、あのさ』と再度声を掛けてくれた時に、突然警報が鳴った。

 

 後で分かったことなのだが、何者かに門を破壊されてマスコミが入って来てしまっただけらしい。しかし、マスコミと知らなかった生徒達はパニックになり、一斉に避難を開始したことで出入り口が大渋滞になってしまった。この混乱を収めてくれたのが飯田君だった。機転を利かせた飯田君が麗日さんの個性で浮いて壁に張り付き、侵入者がマスコミだったことを周囲に伝えてくれた。

 

 飯田君はこの功績から、緑谷君の指名で委員長になった。

 

 俺はあのパニックのせいで結局、紫色の髪の彼の名前を聞くこともできなかった。今度見かけることが出来たら俺から声を掛けてみよう。

 

 門を壊してパニックを起こした犯人は絶対に許さん!

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 とあるバー。

 

 

 上半身の各所に掌の装飾を付けた水色の髪の男と、首の装飾以外はバーテンダーの出で立ちをした頭部が黒い霧の様な男は、嬉し気に雄英高校ヒーロー科のカリキュラムを見ていた。

 

 「何が最高の警備体制だ。俺と黒霧(くろぎり)に簡単に盗まれてる。この分だとオールマイトを殺すのも楽勝だ」

 

 「楽観視はお止め下さい。死柄木(しがらき) (とむら)

 

 油断している死柄木に黒霧は苦言を呈するが聞く耳を持っている様子はない。死柄木は自信満々と言った態度で勝てる理由を告げた。

 

 「大丈夫だって。俺達には対オールマイト用のサンドバッグがいる。此奴は"先生"の最高傑作なんだ」

 

 今回の雄英の校門を破壊した犯人が正しくこの二人であり、混乱に乗じてカリキュラムを盗んだのだ。二人は極めて順調に進むオールマイト抹殺計画が失敗するとは考えていなかった。自分達が目的であるオールマイトを殺害し、社会が混乱に包まれる光景を思い浮かべていた。

 

 

 しかし、彼らはまだ知らない。イレギュラー(不屈)の存在を…

 




 沢山のお気に入りありがとうございます。
 感想くれるかた、本当にありがとうございます。いつも励みになっています。
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第9話~USJ事件・表~

 いつもより長くなってしまいましたが、お付き合いいただければ幸いです。


 午後のヒーロー基礎学の授業が始まったが、今日は相澤先生とオールマイト先生、それともう一人の三人体制で見ることになったと相澤先生が教えてくれた。もしかすると昨日の校門破壊があったからかな?

 

 瀬呂君が相澤先生に『ハーイ!何するんですか?』と今日の訓練内容を聞いてくれた。相澤先生が今日は人命救助(レスキュー)訓練をすると教えてくれた。ヒーローとは人を助けることが一番の仕事だと思うので、俺も頑張らなくては!

 

 訓練所にはバスで移動するみたいだ。人命救助に伴ってコスチュームも活動を邪魔しなければ、着て良いとの事だったので着用した。殆ど全員が着ていたが、緑谷君だけは体操服だった。一昨日の戦闘訓練でボロボロだったから仕方ないか。因みに俺のコスチューム(ズボンと手甲)は、一昨日の戦闘訓練でも傷一つ付いて無かった。コスチュームを作ってくれたサポート会社さんの技術力には感心させられる。今度お礼の手紙を書こう。

 

 バスの席順について委員長の飯田君がとても張り切って決めていたが、席のタイプが予想と違っていて意味がなく、とても悔しがっていた。

 

 訓練所に向かう移動中のバスでは、皆の個性についての話題で盛り上がっていた。どういった個性が良いかと話し合いが行われている時に、蛙吹さんが『私思ったことは何でも言っちゃうの、緑谷ちゃんと不屈ちゃんの個性ってオールマイトに似てる』と俺にも話題を振ってくれたのだ!緑谷君はとても慌てており、俺は緊張してしまい『先生の方が凄い』としか言えなかった。その後は、誰の個性が目立って派手かの話になり、俺に話題が回ってくることは無かった。

 

 訓練場に到着したが、名前がウソの災害事故ルーム略してUSJであることが分かった。教えてくれたのは今日の訓練を担当してくれる3人目の"スペースヒーロー 13号先生"だった。13号先生は宇宙服の様な服を着ていて、災害などの救助で活躍しているヒーローだと麗日さんが嬉しそうに説明していた。もしかして麗日さんはファンなのかな?

 

 13号先生は自己紹介もそこそこに、個性がとても危険なもので簡単に人の命を奪えるものだと話を始め、最後には人を救うために個性をどう使っていくかを今回の訓練で学んでいって欲しいと話を締めくくった。

 

 人を殺せる力。俺の個性がその典型だろう。俺が暴れまわったら、それこそ人を何人殺せるか分からない。それでも俺は人を殺すのではなく、人を助ける道を選んだ。オールマイト先生のように俺も…握った拳を見つめた。

 

 クラスメイト達が13号先生に、拍手喝采を送っているときに"ヴィラン"はやって来た。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 一番早くに異変に気付いたのは相澤だった。多くの戦闘を経験してく中で培われた感が、いち早く"悪意"に気付くことを可能にした。相澤はこの瞬間に教師から"プロヒーロー イレイザーヘッド"となった。

 

 「全員一塊になって動くな!13号!!生徒達を守れ!」

 

 イレイザーヘッドが悪意の気配を感じた場所を見下ろすと、そこには黒い霧から数十人ものヴィラン達が顔を出している光景だった。状況は最悪だ。頼みの綱ともいえるオールマイトが今日に限って、活動限界を迎えてこの場にいないのだ。切島などの生徒は『なんだありゃ?今日の訓練のキャスト?』と呑気なことを口にしていた。生徒達に危機感を持たせるために、イレイザーヘッドは今の状況を端的に伝えた。 

 

 「動くな!あれは"ヴィラン"だ!」

 

 ヴィランと言葉を発した瞬間に、イレイザーヘッドの横を赤い巨影が高速で通り過ぎた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 死柄木の気分は過去最高に高揚していた。廃工場に集めた百人近いチンピラと最強のサンドバッグ(脳無)を伴って、これからオールマイトを殺しに行くのだ。ゲームで言えば勝てることが分かっているラスボスに挑み、最強の装備を手に入れる直前の気分だった。

 

 「死柄木 弔。準備が整いました」

 

 黒霧がワープゲートを開く。

 

 「行くぞお前ら…」

 

 死柄木を先頭にチンピラ達が続々とワープゲートを通り抜けていく。ワープゲートを抜けた先は中央広場だった。階段を上った先の入り口付近には、先生と生徒達が集まっていた。

 

 「13号にイレイザーヘッド。先日いただいたカリキュラムでは、オールマイトがいたはずなのですが…」

 

 黒霧が見た限りではオールマイトがいないことが分かり、明らかに不機嫌になった死柄木は眉を顰めて文句を言った。

 

 「どこだよ…せっかくこんなに大衆を引き連れてきたのにさ…オールマイトがいないなんて。…子供を殺せば来るのかな?」

 

 生徒達に向かうようチンピラ達に命令を出そうとした瞬間だった。生徒達の中から赤い巨人(不屈)が飛び降りて来たのは。赤い巨人はヴィラン達の眼前にクレーターを作りながら着地すると、深呼吸でもするかの様に、徐に両手を左右に広げた。死柄木達は『…なんだ?こんな仲間いたか?』と一瞬呆けた。その一瞬が、死柄木達には命取りであった。

 

 「WOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!」

 

 不屈は”全力”で左右に開いた手を打ち合わせた。戦闘訓練で爆豪の最大爆破に対処する為に見せた技だったが、前回は建物への被害を考えて押さえていた。しかし、今回は違う。オールマイト級のパワーを持った不屈が、本気で繰り出した場合どうなるか。

 

 答えは簡単だ、周囲一帯の全てが吹き飛んだ。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「先輩。いや、相澤先生がヴィランがいると叫んだ瞬間でした。(不屈)が突然飛び出したんです」

 

 後に『USJ事件』と呼ばれる事になる事件の"一部"をその目で見ていたスペースヒーロー 13号は、この時の様子をこう語っている。

 

 「ヴィラン達の目の前に着地した彼が、いきなりヴィランの目の前で両手を左右に開いたんですよ。僕は隙だらけの彼を止めなきゃって思ったんですが、相澤先生と生徒達の反応は違ったんです。相澤先生がヴィランが現れた時より必死に『全員、伏せろーーー!!』って叫んだんです。僕も災害がメインではありますがプロヒーローですからね、皆と同様に咄嗟に伏せました」

 

 13号は何かを思い出したのか、ブルリと体を震わせた。

 

 「ヴィラン達は彼を自分達の仲間だと勘違いしてたみたいです。次の瞬間でした。彼の叫び声と共に、ミサイルが着弾したみたいな大爆発が起こったんです。彼とは100m以上離れていましたし、身を伏せていたので僕達は何とか大丈夫でしたが、至近距離であの一撃を喰らったヴィランは堪ったものでは無かったでしょうね。ヴィランに初めて同情しました…」

 

 「台風の様な暴風が静まって顔を上げた時には、彼と脳みそが剥き出しになった大男(脳無)に守られていた主犯格の男二人の合計4人以外に、立っている人間はいませんでした。他の大勢いたヴィラン達は、遠くの方で倒れていました。間違いなく戦闘不能でした。死人が出なかったことは幸いでしたが、彼がいる娑婆には出たくないと今でもヴィラン達は刑務所にいるそうです…」

 

 話を区切ると13号の纏う空気が徐々に重くなっていった。

 

 「その後、僕は相澤先生の指示に従い、生徒達を連れて避難を開始しました。相澤先生が彼の元に向かって行くのを今でも止めれば良かったと後悔しています。僕達は敵連合(ヴィランれんごう)を侮っていたんだと思います。簡単に撃退されたヴィラン達を見て。そうすれば相澤先生があんな事には…」

 

 13号は顔を伏せて後悔を滲ませていた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「なんだよ…これは」

 

 先程まで圧倒的優位に立っていたはずの自分達が、目の前にいる赤い巨人の一撃によって一変したのだ。死柄木は現状を上手く認識できていなかった。

 

 「死柄木 弔!早く脳無に命令をっ!」

 

 黒霧は脳無に赤い巨人を抑えて貰って、その間に自分の個性で逃げようと考えていた。しかし、それは上手くいかなかった。イレイザーヘッドが駆けつけたのだ。

 

 「遅い!」

 

 死柄木が命令を下す前にイレイザーヘッドが、死柄木と黒霧の二人を首に巻いた捕縛布を使用して縛り上げた。イレイザーヘッドは地面に押さえつける際に、黒霧の背中に膝を入れて行動不能にした。ワープゲートであると思われる男をそのままにしておく程、イレイザーヘッドは馬鹿じゃなかった。当然、脳無がイレイザーヘッドを妨害しようとしたが、不屈が反応して脳無を地面に押さえつけた。

 

 「不屈絶対そいつを離すな!俺のことは知ってんだろ…お前にはもう手札はない」

 

 イレイザーヘッドは髪を逆立て、死柄木に言い放った。

 

 「クソッ!解けよ…うぜぇ…」

 

 反抗しようとする死柄木の右腕をイレイザーヘッドは一切の躊躇なくへし折った。

 

 「ーーッ痛」

 

 「無駄は嫌いなんだ、合理性に欠く。お前さっさと不屈が抑えてる此奴を止めろ。お前らの会話から、お前の命令で脳無が動くのは分かってんだ」

 

 「……死んでも嫌だねッ」

 

 相澤は『そうかよ』と呟くと、今度は死柄木の左腕をへし折った。

 

 「ーーッ!!」

 

 「応援は呼んである。お前らはどっちにしろ終わりだ!」

 

 死柄木は絶体絶命だった。大勢いた味方は、今も脳無を地面に押さえつけている不屈と呼ばれた赤い巨人に一撃でやられた。逃げようにもイレイザーヘッドに、黒霧(ワープゲート)は気絶させられて使い物にならなくなった。自分自身も両腕をへし折られ、個性も碌に使えない状態だ。そして、後10分もすれば数十人のプロヒーローが応援にやって来る。

 

 「クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!」

 

 感情のままに暴言を死柄木は、周囲に撒き散らす。

 

 「騒いでも無駄d『無駄ではないさ』ッ誰だ!」

 

 イレイザーヘッドは周囲の警戒を全く怠っていなかった。それなのに突然"湧いて出てきた"かの様に、後方から声が聞こえてきたのだ。咄嗟に振り向こうとした瞬間に、イレイザーヘッドは風の大砲によって吹き飛ばされた。数十メートル先にある壁に激突し、イレイザーヘッドは気を失った。

 

 『おぉー怖い怖い。君に見られるのは"僕"も怖いからね…死柄木 弔。もう大丈夫だよ、僕がいる』

 

 死柄木は、イレイザーヘッドを吹き飛ばした存在に対してこう呟いた。

 

 

 「“先生”」

 

 

 魔王が現れた。

 

 




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第10話~原点(オリジン)~

 今回の話にギャグはないです。期待されていた方がいたら本当に申し訳ないです。AFOのゲスさや狡猾さを出したかった。


 死柄木に助けが来る少し前。

 

 

 13号を先頭に不屈を除く1-A生徒達は避難を開始し、行きで使用したバスの近くまで移動していた。

 

 「上鳴君。通信はまだ通じないんですか」

 

 「駄目っす!さっきからずっとやってるんですけど」

 

 上鳴は先程から右耳についた特製変換電子無線を弄って通信を試みているが、未だに通じていないようだ。生徒の中の誰かが「相澤先生大丈夫かな…」と不安げに呟いた。

 

 「大丈夫だって!不屈と相澤先生の二人相手に勝てる奴がいるとは思えねぇよ」

 

 「そうだ!僕達に出来ることは一刻も早く助けを呼び、自分達の安全を確保することだ!」

 

 切島と飯田が皆を励ますように声を掛ける。避難は至って順調だった。

 

 この時までは。

 

 「見えてきましたよ!あと少しです!」

 

 13号が声を上げたその時、突然バスが爆発した。炎上するバスに、目を見開き驚愕する生徒達。

 

 『驚かせてしまったね』

 

 底冷えするような声が、炎上するバスの中から聞こえた。その瞬間、誰も声を上げることすら叶わなかった。不屈に感じていたプレッシャーとはまた別種のものだったが、間違いなく最上級の気迫。それは此処にいた全ての人間に死を錯覚させる程のものだった。

 

 『時間がないんだ…君達の相手は"脳無達"にお願いするよ』

 

 炎の中から平然と現れた、頭部に漆黒の髑髏を模したマスクを付けた男の傍から、バシャバシャと音を立てながら黒色のヘドロが突然噴き出した。ヘドロの中から先程不屈と相澤先生が戦っていた、脳みそむき出しの大男と良く似た、脳無と呼ばれる存在が三体這い出てきた。クラスメイト達の顔が青ざめる。不屈の攻撃を耐えきった存在が三体も現れたのだ。自分達に勝てるわけがないと大半の生徒が絶望するのは仕方のない事だった。

 

 『まだ調整も出来ていないから無差別に暴れるだけさ…存分に遊ぶと良いよ』

 

 男はそう言って自分もまた、ヘドロの中へと沈んでいく。13号は去ろうとする男に自分の死を覚悟で叫んだ。少しでも情報を引き出したかったが為に。

 

 「あ…貴方は何者ですか!」

 

 『そうだなぁ…僕のことは"先生"とでも呼んで欲しいな』

 

 先生の発言を聞いて生徒達は驚愕した、今日の訓練に行く会話でも同じ言葉を不屈から聞いたからだ。

 

 『先生の方が凄い』と。

 

 生徒達は最悪を想定した。もしも本当に不屈が"先生"と繋がっていたのならと考え、焦った生徒達は想定される中で最悪の情報を先生に渡してしまった。

 

 「やっぱりあの化け物野郎はヴィランだったか!」、「おい相澤先生がやべぇって!」、「どうすんの!先生が死んじゃう!」、「うちらじゃ助けに行っても勝てない」、「オールマイトに早く助けを!!」、「オイラ達もう終わりだ!」

 

 口々に不屈をヴィランである事を前提とした会話が繰り広げられた。

 

 完全に沈む直前に先生はマスクの奥で邪悪に嗤った。

 

 『…哀れだな次代の"継承者"は』

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 イレイザーヘッドを吹き飛ばした瞬間に、不屈は先生に殴りかかった。しかし、先生との壁になるように黒いヘドロが突然噴出したかと思えば脳無が顔を出したのだ。構うものかと殴った不屈の右腕に凄まじい衝撃が返ってきた。余りの威力に山岳ゾーンと呼ばれる岩場まで不屈は吹き飛ばされた。

 

 『衝撃反転だよ。途轍もない威力だね』

 

 先生は感心したように呟いた。

 

 衝撃吸収と超回復を持った脳無を盾にした先生は、一方的に遠距離から衝撃波を放ち攻撃した。本来ならば避けて反撃できる攻撃だった。しかし、先生の狙う先は不屈では無く、気絶したイレイザーヘッドだった。相澤先生を狙った一撃を不屈は拳圧で相殺した。

 

 『いつの時代のヒーローも弱点は同じだね。こうやって弱者に凶器を突きつければ君らは動けない』

 

 繰り出される衝撃波を拳圧で相殺し殴りかかるが、不屈の攻撃は脳無が先生の盾になり防がれるばかりか、衝撃反転を使用されてダメージを増やすだけの結果に終わった。自動迎撃が付いた回復する怪力の盾である脳無と前方数百メートルを跡形も無く吹き飛ばす風の砲撃を連続で繰り出す先生。これだけでも絶望的な状況だったが、イレイザーヘッドを半ば人質にされたことで遂に打つ手が無くなった。

 

 その後は一方的だった。イレイザーヘッドを殺す気で繰り出す先生の遠距離攻撃と脳無の近距離攻撃を不屈はその身を呈して守り続けた。幾ら頑丈な不屈であっても無傷なわけがなく、二十分後遂に膝をついた。

 

 『よく耐えるね。イレイザーヘッドを守るために』

 

 先生は拍手を送った。 不屈は燃えるように瞳を輝かせて答えた。

 

 「…死んでも守る」

 

 『姿形は全く似ていないが、全く変わらないな"君達"は』

 

 先生は感慨深く呟く。何故君達なのかは不屈には理解できなかった。

 

 『君は間違いなくヒーローだ。だけど周りはそうは思っていないようだね』

 

 「…何のことだ?」と不屈は聞き返すと嫌らしく先生は嗤った。

 

 『言葉のままの意味さ。君のクラスメイト達に先程会って来たんだがね、酷いものだったよ。君と僕が仲間でイレイザーヘッドを殺そうとしていると騒いでいたんだ』

 

 不屈の瞳が初めて揺れた。「…噓だ」と独り言の様に呟いた。

 

 『嘘じゃないさ!僕の個性で見せてあげよう』

 

 空中にビジョンのようなものが浮かび上がり、生徒達が映し出された。ビジョンの中で生徒達は必死に叫んでいた「やっぱりあの化け物野郎はヴィランだったか!」、「おい相澤先生がやべぇって!」、「どうすんの!先生が死んじゃう!」、「うちらじゃ助けに行っても勝てない」、「オールマイトに早く助けを!!」、「オイラ達もう終わりだ!」と。先生は肩をすくめて不屈に問いかけた。

 

 『君が命を賭けて守る価値がこの世界にはあるかい?君は今まで人々に恐れられ、疎まれていた事に本当は気付いていたんだろう?君はヒーローになっても"化け物"だ。このまま君がヒーローの道を突き進んでも待ってるのは排斥だよ』

 

 先生の言葉に不屈は顔を伏せた。

 

 (もう少しだね。君を僕の配下にしよう。君の理解者になろう。部下になった君を見た(オールマイト)はどんな顔をするかな?……本当に楽しみだ)

 

 心の中で先生はほくそ笑む。

 

 『僕ならk「分かっていた」何がだい?』

 

 不屈が先生の会話を遮った。不屈が初めて見せる激情だった。

 

 「俺が恐れられていることも。化け物だと忌み嫌われていることも全部、全部…本当は分かっていた!」

 

 『それn「言った筈だ。死んでも守ると!!」』

 

 不屈は力の限り拳を握り、先生に言い放った。

 

 「…俺は人が好きだ。誰かの笑顔を見ただけで幸せな気持ちになれる。その笑顔を守れるのなら俺はヒーローであり続ける!たとえ人々に"化け物"と恐れられ、最後に待っているのが排斥だろうと悪に屈するつもりは無い!」

 

 この時、不屈の初めて見せた激情が彼自身も知らなかった個性()を呼び覚ました。

 

 心優しく穏やかな不屈には今まで発現する機会がなかった。

 

 『高ぶった感情を熱エネルギーに変える力』

 

 不屈を中心に炎の柱が発生し、天井を突き破り雲を突き抜けて延びていく。その火柱は不屈の曲がらない意思を表すかのように真っ直ぐに伸びていった。

 

 

 

 「お前を倒す!!」

 

 

 

 誰にも理解されない英雄(ヒーロー)はそれでも正義のために立ち上がった。

 




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第11話~USJ事件・裏~

 主人公の能天気視点が書きたい…第11話です。
 後一話入れてUSJ事件は終わりにする予定です。


 不屈の覚悟を知った先生は、肩を落として明らかに落胆した様子を見せた。

 

 『はぁ…全く(オールマイト)と同様に君も強情で聞かん坊だったとは…誤算だったよ。だけど君の不利は変わらないよ。僕と脳無を相手にイレイザーヘッドを守った状態で勝てるわけがない』

 

 先生はこの時点で、不屈の勧誘から抹殺へと今回の目標を変えていた。今後、死柄木 弔にとってオールマイト以上の障壁となる事が分かったからだ。不屈の様なタイプの人間に会うのは初めてではなかった。超常黎明期にもいたのだ。民衆に化け物と揶揄されながらもヴィジランテとして人々を守り続けた人間達が。悪の帝王として君臨していた自分に挑む彼らは、悉くが厄介な存在だった。

 

 (実に忌々しい。今の火柱で此処の異常はばれたか…後五分もしない内に(オールマイト)も来る事だろう。その前に確実に殺す!)

 

 『その前に…ここは逃げろ弔。黒霧、頼むよ』

 

 黒霧に先生は黒く伸びる爪を突き刺し、『個性強制発動』の個性を使用してワープゲートを起動させた。ワープゲートに沈んでいく死柄木は焦ったように先生を止めた。

 

 「駄目だ先生!」

 

 「心配する必要はない。すぐに戻るさ」

 

 死柄木と黒霧は霧の中に消えていった。

 

 (暫く活動は出来なくなるだろうが、君を殺すことが出来るのなら安いものだ)

 

 衝撃波と転送、衝撃反転のみで体への負担を抑えていたことと、防御を全て脳無に任せていた事で先生には若干の余裕があった。

 

 『筋骨発条(バネ)化』、『瞬発力×4』、『膂力増強×3』、『増殖』、『肥大化』、『鋲』、『槍骨』、『炎熱無効』

 

 先生の右腕が本人の半身を超えるほど肥大化し、何人もの腕が重なったように見える。発条(バネ)化と槍骨の個性によって、螺旋を描いた槍の様な骨が至る所で露になり、拳の部分を重点的に金属の鋲が生成された。形容出来ない禍々しさだった。反対の左腕は不屈とは逆の方向に向けて構えた。これまでの衝撃波を逆方向に放出して推進力に変えるつもりなのだろう。

 

 不屈と先生がぶつかった瞬間に、これまでにない規模の破壊が起こることは容易に想像がついた。

 

 『この一撃で周囲一帯を吹き飛ばして。君自身と君の守ろうとしたもの全てを終わらせる』

 

 余りにも悪辣な戦法に不屈は怒りを露にする。

 

 「絶対にさせない!」

 

 先生が動くよりも先に倒すために不屈は飛び出すと同時に、熱エネルギーを体の背面に発動させて体を押し出し、更に速度を上げて先生に迫った。

 

 『当然そうするだろうね。だけど僕は、君と違って"一人"じゃない』

 

 先生は不屈を嘲笑った。不屈と先生の間に脳無が立ちはだかる。

 

 「WOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!」

 

 不屈は全力で、両腕をクロスして防御していた脳無を真正面から殴った。先生は即座に衝撃反転を使用した。今までと同様に不屈の右腕が後方に弾け飛ぶ"筈"だった。

 

 「邪魔をするなぁぁああああああああ!!!」

 

 不屈は右腕にありったけの熱エネルギーを集中させ、衝撃反転で受けた衝撃すら上回わる推進力を右腕に持たせて腕を振り抜いた。脳無の持つショック吸収と超再生すら上回る威力の一撃に、脳無は先生の真横を目にも留まらぬ速さで吹っ飛んで行った。

 

 『脳無を破るか。でも残念だったね僕の勝ちだ』

 

 不屈の目の前には既に先生の拳が眼前に迫っていた。回避も防御も間に合わない距離と速さだった。不屈はこの時に自分の死を悟った。不屈は相澤を守れなかった事を謝罪し、目を閉じた。

 

 (相澤先生。守り切れ無くてごめんなさい…)

 

 不屈は途轍もない威力の一撃を覚悟していた。しかし、不屈が受けた一撃はとても軽いものだった。先生が憎々しげにある人物の名前を呟いた。

 

 『…やってくれたな"イレイザーヘッド"』

 

 不屈が目を開くと、そこには普通の腕に戻った先生が、自分の頬に拳を押し付けている姿だった。後ろを振り向くと、相澤が壁に背中を預けた状態で顔を上げて個性を発動させていた。相澤は不屈に向かって叫んだ。

 

 「お前は"一人"じゃない…俺がいる!だから勝て!勝ってくれ…不屈!!」

 

 一体何時から相澤に意識があったのかは分からないが、自分にとって最悪のタイミングで個性を封じられた事に先生は顔を歪めた。注意を不屈に戻せば、既に腕を振り上げて殴る態勢をとっていた。

 

 『…全くイレイザーヘッド。君を殺しておかなかった事を後悔してるよ。弔に"必要"だと思って欲をかいてしまった』

 

 「お前は不屈に相対した時点で負けてたんだよ。悪が正義に勝てる道理はない」

 

 当然の事だと話す相澤の言葉を聞いて、先生は弟の事を思い出した。最後まで自分に屈しなかった弟に、個性を与えた時の言葉だった。

 

 

 

 

 『兄さん知ってるか?悪者はな必ず最後に負けるんだ』

 

 

 

 

 先生はマスクの奥で自嘲気味に笑った。

 

 『僕が(オールマイト)(不屈)に勝てなかった理由はこれか…全く嫌になる』 

 

 「WOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」  

 

 不屈の打ち下ろしの炎を纏った拳が、マスクを突き破り、先生の頬に深々と突き刺さった。地面に叩きつけられた先生を中心に大きなクレーターが作り出され、USJ全体に暴風が吹き荒れた。

 

 暴風が止み相澤が目を開けると、クレーターの中心で立っていたのは不屈だけだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 相澤が意識を取り戻したのは、不屈が膝をついた時だった。それから聞いたヴィランとの会話は、不屈を少しでも危険視していた自分に後悔の念を抱かせるのには十分な内容だった。

 

 今の時代に命を懸けて人を守れるヒーローがどれだけいるだろうか。

 

 (俺は不屈に謝らなくてはならない…)

 

 不屈が相澤を心配し駆け寄る。相澤が不屈に謝ろうと声を掛けた時に、突然入り口の扉が吹き飛び、煙の中からオールマイトが現れた。

 

 「不k「もう大丈夫!!私が来た!」…はぁ」

 

 遅すぎたうえにタイミングの悪いオールマイトの登場に、相澤は深く、深くため息をついた。

 

 




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第12話~悪の決意~

 1-Aクラスとの話が出来なかった。次回に回します…
 一話あたりどれ位の文字数が良いのか…難しいですね。


 

 ヒーローは遅れてやって来ると言うが今回、完全に間に合わなかったオールマイトは現在、事の顛末を相澤から聞いていた。話を聞くにつれてオールマイトの顔色はどんどん悪くなっていく。

 

 「つまり今回のヴィランの狙いは私だったと言う事か…1-Aの皆を助けた際にはヴィランの目的については分からなかったからね。それと不屈少年!私は君を誤解していたようだ…生徒達からヴィランの仲間である可能性があると聞かされた時に、私も君を疑ってしまった…本当にすまない!!」

 

 オールマイトは腰を90度に曲げて謝罪する。不屈は慣れているから大丈夫ですと自嘲気味に笑って許した。オールマイトは不屈に何かを言ってあげたかったが、それより先に話を振られてしまった。

 

 「…俺のことは良いです。それより他の皆は無事なんですね?」

 

 「幸いにも大きな怪我人は、緑谷少年が個性に耐え切れずに右腕を折ってしまっただけで、他は軽傷が数人出た位だね」

 

 「良かった…」

 

 不屈は表情に安堵を浮かべる。其の実、あの男が生徒達に会って来たと聞いた時には最悪、死人が出ているかもしれないと気が気ではなかったのだ。

 

 (不屈少年…君は人から負の感情を向けられることに慣れすぎてしまったんだね)

 

 クラスメイト達の無事を知って安堵する不屈を見たオールマイトと相澤の二人は、胸を締め付けられる思いだった。しんみりとしてしまった空気を変えようとオールマイトは話題を変えた。

 

 「それにしても相手は本当に手練れだったみたいだね。これ程の惨状になるとは…」

 

 そう言ってオールマイトは辺りを見渡す。USJ内は最早無事な所を探す方が難しいほどに破壊し尽くされていた。

 

 (一体『先生』と呼ばれるヴィランはどれ程の力を持っていたのか…何より圧倒的な力を持っていながら倒れた相澤君を狙う狡猾さ…似ている"奴"に)

 

 オールマイトはある人物を思い浮かべていた。自分がその命を懸けて殺したあの男の事を…

 

 「親玉はあそこだね?」とオールマイトは一際大きなクレーターの中心を指差す。不屈は頷いて肯定を示した。

 

 「私も確認しよう。不屈少年。すまないが相澤君を抱えて一緒に来てもらえないかい?相澤君が見てくれているならヴィランは何も出来ないみたいだからね」

 

 オールマイトの指示に従い、不屈が先生を抱えようとしたが相澤が「肩を貸してくれれば歩ける」と断った。少し残念そうにする不屈だった。

 

 不屈が手を伸ばしたその時だった。クレーターの中心から声が聞こえたのは。

 

 『だから言っただろう…僕は"一人"じゃないと』

 

 「不味いッ!」

 

 オールマイトが声を上げた時にはもう遅かった。相澤の背後から発砲音がしたかと思えば、右脇腹を撃たれていた。後ろを振り返れば黒いヘドロの中で銃口のみがこちらに向けて突き出ていた。相澤は個性を発動させてヘドロを止めるが既に意味はなかった。

 

 不屈が「相澤先生!」と倒れる相澤を支えるが、思った以上に出血が酷かった。オールマイトはすぐさま指示を出した。

 

 「不屈少年!相澤君を急いで学校へ連れて行くんだ。保健室にリカバリーガールがいる!」

 

 不屈は一瞬迷ったが、直ぐに「はい!」と返事をして相澤を抱えて外へと飛び出した。

 

 (オールマイト先生の心配をしてしまうなんて俺は馬鹿だ。今は相澤先生の命が最優先!)

 

 不屈達を見送り、オールマイトがクレーターの方に目を向けると、床から広がる黒い霧に先生が飲まれていく光景だった。先生と呼ばれるヴィランに個性を使用する力は残っていなかった。なら考えられる理由は自ずと一つになった。

 

 「まだヴィランが潜んでいたのか…」

 

 『僕の人望も捨てたものじゃないね』

 

 先生の声を聞いたオールマイトの顔が驚愕に染まる。その直後に余りの怒りからか全身を震わせ、絞り出すようにオールマイトは声を出した。

 

 「その声は!…よもやあの怪我で生きていたとは……"オール・フォー・ワン"!!」

 

 「今回は君の継承者には手酷くやられたよ…でも僕は諦めない。君達の全てを”奪う”!その為ならば僕も持てる全てを懸けよう!……()正義(君達)を殺す」

 

 不屈とオールマイトへの宣戦布告をしてオール・フォー・ワンは霧の中へと消えていった。しかし、それだけでは終わらなかった。霧の中から今回の襲撃の主犯格の一人である死柄木が顔だけを出して叫んだのだ。

 

 「お前らが!!嫌いだ!!!」

 

 「お止め下さい!死柄木 弔!!早く撤退を!!」

 黒霧が目的は達したと直ぐにワープゲートを解除した。消えゆく霧の中で死柄木は、オールマイトに憎悪が籠った目を向けて殺害を宣言した。

 

 「絶対に殺してやる!!」

 

 オールマイトはオール・フォー・ワン達が消え去った場所を見つめる。次に会った時にはお互いがその全てを懸けた、文字通り死闘を演じる事になる確信があった。しかし、オールマイトはどうしてもオール・フォー・ワンに言いたいことがあった。

 

 「オール・フォー・ワン…君は大きな勘違いをしている。どうしよう……不屈少年を巻き込んでしまった」

 

 オールマイトは不屈を巻き込んでしまった事を愁い、物理的にも精神的にも萎んでしまった。こうしてUSJ事件は主犯格の逃走を許した、完全勝利とは言えない結果に終わった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 数十分後、USJには応援に来た教師陣が到着した。根津校長以外の教師は倒れているヴィラン達の捕縛に向かい、オールマイトが根津校長に今回の事件の説明を行っていた。主犯格を相澤と不屈が倒したが、仲間はもういないと油断したせいで逃走を許したことや相澤がその際に怪我を負ったため、不屈が相澤を連れて学校に向かった事。そして何よりも…

 

 「今回のヴィランの親玉は本当にあの"オール・フォー・ワン"だったんだね?君がその体になってまで殺したはずのあの男が生きていたとは…信じたくない事実だね」

 

 「私もです。ですが奴の声を聴き間違えるはずがありません。そして何よりも悪のカリスマとも言うべきあのプレッシャーは以前のままでした。奴は不屈少年を私の継承者と勘違いしている。絶対に私達二人を今後狙って来ます!」

 

 根津校長は下顎に手を当てて思案する。

 

 (オールマイトと不屈君の二人が死ねば、僕達に勝機は無くなる。今回の件でオール・フォー・ワンを取り逃がしたのは失態だけど、不屈君が此方の味方であることが分かったのならお釣りがくる。このUSJ内の惨状を見ただけでも常人が立ち入れる領域で無い事は分かる。…それなら)

 

 「オールマイト。君には不屈君を守る意味も込めて教師を続けてもらうよ。絶対これから来るであろう決戦に彼は必要になるさ!」

 

 オールマイトは渋い顔を作り、「不屈少年を戦わせるのですか?彼はまだ子供です」と反対したが、根津校長は既にそんなことを言っていられる事態ではないと意見を突っ撥ねた。

 

 「君だって嘗ては学生の頃にオール・フォー・ワンと対峙しているだろう?不屈君は既に命を懸けた戦いに身を投じてしまっている。戦いを遠ざけることが危険から遠ざける事には繋がらないよ。彼は一度オール・フォー・ワンに勝利した。君以外に誰も成し遂げたことない偉業だ!僕らが勝つためにも不屈君は絶対に必要なのは分かるね!」

 

 その後、オールマイトは「しかし!」と食い下がったが、根津校長が取り合うことはなかった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 極力揺らさないように注意を払いつつも不屈は現在、相澤を背負って猛スピードで学校に向けて移動していた。途中クラスメイトの皆とすれ違ったが、説明をしている暇は無かったので制止を振り切って学校に向かっていた。

 

 「…すまなかった……不屈」

 

 相澤は霞む意識の中、力ない声で不屈に謝り始めた。

 

 「……俺はお前を危険な存在だと思っていた…お前のことを何も知らなかったのに…だ…」

 

 まるで最後の言葉の様に話す相澤の謝罪を遮って、不屈は話を始めた。

 

 「…俺の目を見て話をしてくれた先生は、相澤先生…貴方が初めてでした。今まで誰も俺と目を合わせてくれなかった。だから…嬉しかったんです。今回の戦いも相澤先生がいなければ勝てませんでした。勝て!って、一人じゃない!って応援してくれたから俺…」

 

 不屈の目から涙が流れた。

 

 「だから最後みたいなこと言わないで下さい。まだ、今日の駄目出しだって貰ってないんですから!」

 

 「あぁ…勝手に飛び出したことに説教もしてなかったな」

 

 「そうですよ…」

 

 相澤は一人愚痴るように呟いた。

 

 「…全く教師も楽じゃない」

 

 相澤は気力を振り絞って意識を保つのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 保健室でリカバリーガールはため息を吐いた。ヴィランの襲撃を先程知ったからだ。教師たちが助けに向かったが、もしかすると生徒達の中に死人が出ているのかもしれないのだ。憂鬱な気分にもなる。

 

 「はぁ…全く嫌になるね」

 

 怪我の手当ても必要になるかもと、準備をしようと立ち上がった時だった。

 

 突然窓側の壁が吹き飛んだのは。まさかヴィランの襲撃がここにも来たのかと警戒をした時だった、煙の中から相澤を背負った不屈が現れたのは。不屈は「急患です」と相澤先生をベッドに寝かせた。

 

 「…壁まで壊しといて急患じゃなかったら、私が怒ってたよ!」

 

 多少の動揺を見せたリカバリーガールだったが、直ぐに相澤の状態の確認を始めた。リカバリーガールがプロで無ければこうはいかなかっただろう。

 

 「全身の打撲と右脇腹からの大量出血…銃で撃たれたみたいだね。全く無茶をしたねイレイザーヘッド!」

 

 不屈は「相澤先生は大丈夫ですか?」と不安げに聞いた。リカバリーガールは傷の確認をしながら答えた。

 

 「大丈夫だよ。あんたが連れて来るのがもう少し遅かったら危なかっただろうけどね。酷いのは出血だけど、ここには輸血パックもあるから心配するんじゃないよ!」

 

 不屈はリカバリーガールに「宜しくお願いします」と頭を下げた。

 

 (全く良い生徒を持ったじゃないかい。イレイザーヘッド)

 

 リカバリーガールは急いで治療を開始した。その後、腹に残った銃弾の摘出とリカバリーガールの個性による治療、大量の輸血を行った相澤は何とか一命を取り留めた。

 




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第13話~思惑~

 主人公が絡まないとなんでこんなシリアスになるのか…コレガワカラナイ


 あれからUSJに警察も到着し、ヴィランの身柄確保と周辺の安全確認も終了した。不屈が倒した脳無含めた4体は特に厳重に拘束して連行されたが、一切の抵抗は見せなかった。変わってチンピラと思われる100人近くいたヴィランはと言えば「化け物だ…化け物同士の殺し合い…」、「刑事さん!早く俺を刑務所に入れてくれ!奴が!奴が来る!」と恐慌状態に陥っている者が殆どだった。

 

 「17…18…19右腕を粉砕骨折した彼を除いて……ほぼ全員無事か」

 

 刑事である”塚内 直正(つかうち なおまさ)”は1-Aの生徒達を見渡す。包帯を巻いた人間も数人いたが、皆その足で立っていた。しかし、その表情は一様に暗い。オールマイトが来るまで彼等は必死で交戦したのだ。クラスメイトに裏切り者がいて、相澤に危害を加えているかもしれないと言う不安を抱えて。しかし、彼等は相澤を不屈が背負い、走り去っていく姿を見たのだ。誰も今回の事件の真相を理解できていなかった。

 

 「とりあえず生徒達は教室に一度戻ってもらおうか。直ぐ事情聴取ってわけにもいかんだろ」

 

 塚内が生徒達を教室に戻らせようとした時だった。生徒達の疑問が爆発したのは。

 

 「刑事さん相澤先生は…」蛙吹が心配そうに塚内に聞いた。

 

 「…不屈は相澤先生を連れてどこへ」障子は不屈が相澤を背負って走り去った姿を思い浮かべて呟いた。

 

 「そうだよ!オイラ達聞いたんだ!不屈がヴィランと繋がってるって!」峰田が『先生』と呼ばれたヴィランへの恐怖を思い出したのか、目に涙を浮かべて叫んだ。

 

 次々に上がってくる生徒達の質問に塚内は「参ったな」と頭を掻いた。警察も今回の事態をまだ完全に把握しきれていなかったからだ。困っていた塚内の助けに入ったのは根津校長だった。

 

 「相澤君は学校の保健室で治療中だよ!幸い命に別状は無いようだから安心してくれて大丈夫さ!」

 

 相澤の無事を知って生徒達の張りつめていた空気が幾分和らいだ。しかし、疑問は残る。相澤先生を運んでいたのは間違いなく不屈だった。それなら相澤を助けたのは必然的に不屈になるだろう。不屈がヴィランの仲間ではないかと疑い、相澤に危害を加えていると考えていた生徒達の中で困惑が広がる。ざわつく生徒達に、根津校長は笑顔から真剣な表情を作ると話を続けた。

 

 「本当に恐ろしい巨悪との遭遇…脳無と呼ばれる理性無き怪物との戦闘。君達は良く耐え抜いた!誰一人欠ける事なく、今回の事件が解決できたのは奇跡に近いと思っているよ!……でも皆が知りたいのは、不屈君についてだよね?」

 

 誰かが「はい」と答え、他の生徒達も頷いた。根津校長は事の真相を簡潔に説明した。

 

 「……彼は命を賭して相澤君を守ったんだ。あの先生と呼ばれるヴィランを相手にね」

 

 生徒達は絶句する。あの自分達が反抗する事すら考えられなかった”先生”を相手に不屈が戦ったこと。そして何より相澤を守ったと言う事実に。

 

 生徒達は罪悪感に苛まれた。自分達が彼をヴィランと疑っていた時に、不屈は相澤を守るためにあの強大な先生に一人立ち向かっていたのだ。顔を伏せる生徒達に、根津校長はすかさずフォローを入れる。

 

 「もちろん君達に悪意が無かったことは、僕も良く分かっているよ。今回は悪い”偶然”が重なってしまっただけだと思っているのさ!みんな優しい子達だからこそ、相澤君を心配して彼を疑ってしまったんだ」

 

 一部の女子生徒は嗚咽を抑え、涙を手で拭っている。

 

 「君達に考えて欲しいのはこれからについてさ!人間は反省して改める事が出来る生き物だからね。確かに近寄りがたい雰囲気や圧倒的な力に委縮してしまうのは分かるよ。でも今回の件で彼が、君達と同じくヒーローを志す生徒であることが分かったと思う。どうか彼を…不屈君を信じてあげて欲しい」

 

 根津校長は笑顔を最後に浮かべて話を締めくくった。生徒達の大半は「はい!」と大きな声で返事をしたが、轟や爆豪、峰田などの一部の生徒は答えなかった。根津校長には答えなかった生徒達が、どのような心境であるかを推し量ることが出来なかった。

 

 (本当は僕自身も彼を危険だと思っていた。だけどその事を伝えるつもりは無いのさ。これ以上彼がヴィランに傾くような要素は極力排除する。生徒達の心理を誘導してでも、彼にはヒーローで居続けてもらう!)

 

 根津校長は人ではないからこそ俯瞰的に物事を捉えていた。今の平和な社会を維持できるのなら、生徒達を利用して不屈がヒーローであり続けるための(くさび)になってもらおうと思考したのだ。

 

 (これが僕なりの平和を守る方法なのさ!)

 

 根津校長は不屈にヒーローとしての道を歩ませる。オール・フォー・ワンと言う圧倒的な脅威と対抗するために。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 緑谷は現在、学校近くの病院に運ばれていた。本来ならばリカバリーガールのいる学校の保健室に運ばれる予定だったのだが、相澤の治療が一段落するまではリカバリーガールが掛かりっきりになってしまうため、病院に一時的に運ばれることになったのだ。

 

 大方の治療が終わった緑谷は、オールマイトからUSJ事件の真相を聞かされていた。

 

 不屈が相澤先生を守ってオール・フォー・ワンと戦った事やオール・フォー・ワンとオールマイトの因縁、オールマイトから継承された個性の成り立ちを含めて、自分の知り得る全てをオールマイトは緑谷に話した。

 

 「本当の継承者である緑谷少年の事が、オール・フォー・ワンに露見しなかったのは不幸中の幸いだったよ。君が狙われる確率が低くなった。しかし、不屈少年にはこれから過酷な運命が待っている。彼にも私やオール・フォー・ワンの事を話すつもりだ。無論、オール・フォー・ワンとの完全決着は私が付けるつもりだけどね!」

 

 オールマイトは努めて明るい口調で語ったが、オール・フォー・ワンの部分を話す時には口調が強張っていた。緑谷は一度に重大すぎる情報を大量に与えられ、頭が追い付いていなかった。それでも一つだけ分かったことがあった。

 

 (オール・フォー・ワンとの戦いに僕を参加させるつもりは無いんですね。オールマイト…)

 

 オールマイトに授けられたOFA(ワン・フォー・オール)を未だに使いこなせていない、未熟な自分では力になれない事を頭では分かっていたが、感情は別だ。敵であるオール・フォー・ワンに継承者と認められた不屈に、緑谷は言い表せない複雑な感情を抱いていた。脳無一体を倒すために右腕が折れてしまい使い物にならなくなった自分と、オール・フォー・ワンと脳無一体を相手に勝利した不屈。歴然とした差が自分と不屈にあることが悔しかった。

 

 「緑谷少年。私が必ずオール・フォー・ワンを倒す!絶対に危害が及ぶような事は無いように努力する!だから安心して欲しい!」

 

 オールマイトは緑谷が大切だからこそ、危険から遠ざける。

 

 「あ…ありがとうございます!僕もOFAを早く使いこなせるように頑張ります!絶対に勝ってください!」

 

 緑谷は自分の無力さを痛感したからこそ、オールマイトの邪魔になりたくは無いと引き下がった。しかし、緑谷の心には大きな影が差す事になった。

 

 (僕も強くなりさえすればオールマイトの力になれる。力さえあれば……)

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 先生はベッドの上で目を覚ました。オールマイトに宣戦布告をした直後に気絶してから十二時間後の事だった。不屈による一撃はそれ程強力だったのだ。暫く自分が活動することが難しい程のダメージを負ってしまった。

 

 先生の横から足音が聞こえた。振り向くと其処には、自分の良く知る人物がいた。

 

 「目が覚めたか先生…全く無茶をする。あの子どもには、そこまでボロボロになってまで助ける価値があるとは思えんのだが…オールマイト用にワシと先生で共作した脳無もやられた。此方の犠牲は大きい……」

 

 口髭と丸メガネが特徴的な老人は、先生に苦言を呈する。

 

 「弔は今回の事件で大きな目標を得た。これから大きく成長する。それに悪い事ばかりじゃないさ……"ドクター"君にも"お土産"があるんだ」

 

 弔の成長を喜び、先生は胸ポケットから小瓶を取り出し、ドクターに渡した。小瓶の中には少量の血液が入っていた。ドクターは首を傾げて先生にこれは何かと尋ねた。先生はとても楽し気に答えた。

 

 「これはね……"化け物"の血だよ」

 

 ドクターは興味深げに見つめると、今日初めての笑顔を浮かべた。

 

 「それは研究のし甲斐がありそうだ……」

 

 

 

 USJ事件は始まりに過ぎなかった。これから悪と正義の戦争は激化していく。

 

 

 




 感想本当にありがとうございます。とても励みになっています。

 誤字報告いつもありがとうございます。名前を出して良いのか分からないのですが、本当に感謝しております。


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第14話~覆せない恐怖~

 人は簡単に変われないって話です。


 相澤先生の治療を保健室の前で待っていたら、リカバリーガールさんが扉を開けて『心配なのも分かるけどね。気が散るから教室にでも戻って待っていな。他の生徒達もその内来るさね』と教室に戻らされた。リカバリーガールさんが大丈夫だと言ったんだから、大丈夫な筈だ信じて待とう。

 

 教室に戻って、俺は今日の出来事を思い出していた。

 

 ヴィランも親玉になるとやっぱり強いんだなぁ。相澤先生が助けてくれなかったら絶対に死んでた。オールマイト先生は、あんなに強いヴィラン達に勝ち続けてきたのかと思うと、改めて実力の差を感じた。もっと強くならなくては!

 

 敵に『お前はクラスの皆に嫌われてるよ。ヒーローになっても化け物扱いされて終わりだから』と映像付きで精神攻撃を受けた時には正直泣きそうだった。元々人に嫌われてることは分かっていたけど、それでもヒーローになって人の笑顔を守る事も、人に認めてもらう事も諦めたくはなかった。何よりあの時、俺の後ろには相澤先生がいたのだ。絶対に倒れたりするわけにはいかなかった。

 

 それにしてもあの戦いで出した炎は何だったんだろうか?俺は異形型の個性だと思っていけど、それだけじゃ無かったという事だろうか。あの戦いの時には意識しなくても操れた、まるで俺の意思に応えてくれるように炎を自由自在に使えた。今は全く使える気配がないけど、これから強くなるために絶対に必要な力だと思う。誰か炎を使える人がいれば教えて貰えないだろうか……

 

 今後の課題について考えていると、教室の扉が開いた。緑谷君以外のクラスの皆が教室に入ってきた。リカバリーガールさんから大丈夫だと聞いていた事と、相澤先生を運ぶ途中で擦れ違った時に、皆の無事な姿は見ていたから、心配はしていなかったけど本当に無事で良かった。

 

 席から立ち上がって皆に声を掛けようとした時だった、飯田君を先頭に此方に近付いてきたと思ったら頭を下げたのだ。クラスの皆もそれに合わせて頭を一斉に下げた。突然の事に驚いていると飯田君が『不屈君!僕達は君がヴィランと繋がっていると誤解していた。本当に申し訳ない!』と謝ってきたのだ。クラスの皆も謝罪を口にした。飯田君は顔だけを上げて『根津校長に聞いたんだ。相澤先生を守るために、あの恐ろしいヴィランと戦っていたと!それなのに僕は!本当に最低だ!』と目から涙を流していた。

 

 俺なんかの為に泣いている飯田君達に、申し訳ない気持ちが溢れた。俺は少し強がって皆に『…気にしていない。そんな事には慣れている。だから泣かないで欲しい』と伝えた。

 

 飯田君は目を見開いて『そんな事!?僕達は君をヴィランだと思っていたんだぞ!殴られても当然の事をした!それなのに不屈君…君は…僕らの謝罪すら受け入れてくれないのか』と拳を握って体を震わせていた。後半は小さくて聞き取ることが出来なかったけど、これ以上俺のせいで皆に悲しい思いをして欲しく無かった。

 

 俺は『話がそれだけなら、もうこの話は終わりにしよう。これ以上この話に意味はない。皆も疲れているだろう。席に戻って先生を待とう』と話を切り上げて席に座った。飯田君達は、まだ先程の事を気に病んでいるのか、その後も席に着いて顔を伏せていた。

 

 その後、刑事の塚内さんに呼ばれて俺は教室を後にした。教室は俺がいなくなった途端に騒がしくなった。峰田君が何か叫んでいたようだったけど、何だったんだろうか?塚内さんにはUSJの出来事を聞かれたけど、根津校長先生が先に、オールマイト先生から事情を聞いて今回の事を話していてくれたみたいで、目新しい情報を提供することは出来なかった。塚内さんが『君が味方で本当に良かった!』と笑っていたが、どういう意味だったのかは聞いても教えてくれなかった。

 

 塚内さんと別れて教室に戻ると、教室には轟君以外には誰も残っていなかった。轟君は、今日はもう帰っていい事と、明日は学校が休みな事を教えてくれた。俺に教えてくれるために、態々待っていてくれたのかと聞くと、轟君は『他は色々あって無理そうだったからな……それに俺もお前に聞きたいことがあった。USJから炎の柱が見えた……アレはお前がやったのか?』と聞かれた。俺は頷いて肯定を示すと、轟君は『……お前には絶対負けない』と言い残して去ってしまった。

 

 

 俺は横を通り過ぎて行った時に見えた、轟君の冷たい表情が頭から離れなかった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「これで分かっただろ!アイツはオイラ達の事なんて何とも思ってねえんだ!」

 

 塚内に呼ばれ、教室から不屈がいなくなると峰田は叫んだ。

 

 「アイツはオイラ達の事なんて道端の石ころ位にしか見てねえんだ!だからオイラ達が、ヴィランだと思っていた事も気にしてなかったんだ!」

 

 元々、不屈に恐怖を人一倍感じていた峰田は、皆での謝罪も乗り気ではなかったのだ。皆に頼みこまれて渋々、参加した経緯があった。不屈は冷たい奴だと叫ぶ峰田に、切島が「おい!やめろよ!不屈は相澤先生を守ったんだろ?俺達だって相澤先生を背負って連れて行くのも見た!校長先生も言っていたけど、悪い奴な筈ねえだろ!」と不屈をフォローしたが、峰田は止まらなかった。

 

 「オイラは入試の時からずっと怖かった!個性把握と戦闘訓練と大勢のヴィランを倒したあの力を見て、あの先生ってヴィランと戦えるって聞いてアイツがもっと怖くなった!あんなのヒーローじゃない!あれは化け物だ!本当にアイツに相澤先生を守るつもりがあったら、怪我なんてしてる筈ねえって!」

 

 必死に保っていた心が決壊した峰田は、涙を滝の様に流しながら不屈に思っていた事を全て話してしまった。クラスメイト達は、峰田に何も言えなかった。どこかしら峰田の考えに共感できたからだ。

 

 相澤先生を守る姿をその目で見ていれば、こんな事にはならなかった。不屈が皆の謝罪を素直に受け入れていれば、今の状況は変わっていたかもしれない。

 

 根津校長は人は変われる生き物だと言っていた。しかし、一度染みついた恐怖を克服出来る人間が少ないこともまた事実だった。

 

 その後、B組の担任であるブラドキングが今日はもう帰っていい事と、明日が休みになったことを伝えに来たため、今日は解散となった。ブラドキングが「不屈にも連絡頼むぞ!」と言い残していったので、飯田が残ろうとしたが、轟が不屈と話したいことがあると譲らなかった。飯田は俯き、とぼとぼと帰っていった。

 

 

 こうして根津校長の思惑は失敗に終わった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「……お前には絶対に負けない」

 

 不屈の横を通って教室から出て行こうとする、轟の心は荒れ狂っていた。不屈がクソ親父に重なって見えて仕方無かったのだ。

 

 幼少の頃に鍛錬と称して受けた、圧倒的な実力差がある親父から与えられた暴力と恐怖。恐怖をある事が切っ掛けで復讐心が覆っていた轟に、不屈の存在や行動はあの時の恐怖を鮮明に思い出させていた。

 

 (炎を使い圧倒的な力を持つ不屈は、越えなければいけない壁だ。クソ親父やオールマイトを超えるNo1ヒーローになるために…右の氷だけで不屈を……)

 

 轟は何時の間にか震えていた体を、両腕で抱くように抑えた。これが武者震いだったのか、恐怖から来る震えだったのかは、本人にも分からなかった。

 




 感想いつもありがとうございます。とても励みになっています。
 
 誤字修正いつもありがとうございます。

 活動報告に第14話についての謝罪であったり、この『化物のヒーローアカデミア』についてのテーマだったりを書きました。思った以上に反響が大きくてビックリしています。


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