そして神は人と成る ─GOD EATER 2─ (嵐牛)
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phase0:神を喰らう者達
1話


蒼氷の峡谷と呼ばれるこの場所は、自分達の活動範囲の一つだ。

青いガラス板のような空。

寒さにピンと張った空気が、かつての人類の文明の残骸の中を静謐で満たしている。

周囲は雪に覆われた山々に囲まれており、このダムの跡地から一望する眺めはいつ見ても壮観だ。

そんな普段ならシンと静まりかえっている氷の谷には今───幾度となく雷鳴が轟いていた。

 

雷雲が地を駆けているようだった。

バリバリと嫌が応にも激痛を連想させる炸裂音が、まだ距離のあるこの地点までハッキリと鳴り響いてくる。

まるで地上に雷神が降り立ったかのような異常な光景が───この蒼氷の峡谷に出現した『たった一匹』の獣神によるものだと、誰が信じるだろうか。

 

「おーおー、凄えや」

 

ガシャンと手に握った巨大な兵器を鳴らした少年が、映画のハデな演出に抱くような感想を口に出す。

 

「お空に向かってカミナリが落ちていやがる。これ本当にヴァジュラ一匹って話で合ってんのか?」

 

「はい。確かに今回のミッションの目的は、蒼氷の峡谷に出現したヴァジュラ一匹を駆逐しろという内容です。ただし」

 

「捕食により凶悪な進化を遂げた個体である、だろ?流石に覚えてるさ。もうちっとアタマ柔らかくいこうぜ、シエル」

 

す、すみません、と恐縮したような声が返ってきた。

指摘じゃなくて軽口だったんだがなあ、と少年がやれやれと肩を落とす。

シエルと呼ばれたこの銀髪の少女は、少年にとってどうにもカッチリし過ぎている。

しかしこれでも一時に比べれば遥かにフランクになった方なので、これはもう生来の性格なのだろう。

 

「この分じゃ気性も相当荒いな。溜まったエネルギーが抑えきれなくて、かなり凶暴になってる」

 

「これお腹空きそうだねー。ムツミちゃんにいつもより沢山作って!って頼んどけばよかったなー」

 

頬に傷のある長身の青年ギルバートの冷静な分析に、ナナの能天気な言葉が続いた。

ネコの耳のような髪型のこの少女は、今日も変わらずチューブトップにホットパンツ。

 

「………ナナ。やっぱここでそのカッコは寒くねえか?」

 

「ぜーんぜん平気だよー!」

 

「そうか………」

 

本人がそう言うのだからそうなんだろうが、見てるこっちが寒いのだ。

もっとも今までの付き合いで慣れているので、こっちも今更そこを追及するつもりはないのだが……気になるものはしょうがない。

 

『時間になりました。ミッションを開始して下さい』

 

通信機器からのオペレーターの声。

物陰に隠れている四人のスイッチがガチリと切り替わる。

 

「────目標を目視」

 

シエルの静かな声と同時に、雷と外套を纏った虎がやや遠くに姿を現した。

平常時であるはずなのに既にその巨躯からはいくつもの電気が漏れ出しており、見る者を射竦めるその眼光は荒々しい気性を反映してか、悪鬼のような凶相を呈していた。

 

「作戦の確認だ。まずは」

 

「遠距離から様子見」

 

「相手の動き・攻撃の範囲や威力を把握した後に」

 

「どかーん!だよね、隊長」

 

「………その通り」

 

セリフを全部持っていかれた少年が苦笑して頷く。

普通のヴァジュラなら一匹や二匹程度一人で楽に狩ってみせるのだが、今回はそうもいかない。

下手を打てば間違いなく死ぬ。

本当に───こういう時に、仲間のありがたさを実感する。

 

「ならいい。行くぜ?………三」

 

少年の言葉に三人が頷く。

カウントダウンが始まった。

 

「二」

 

じり、と靴と地面が擦れる。

 

「一」

 

手に握った巨大な兵器を握り直す。

そして。

 

「─────出撃!!」

 

ドンッ!!!と、物陰から一気に四人が飛び出した。

少年達に組み込まれたある特殊な因子に補強された身体能力が、標的との距離を放たれた矢のように一気に詰めていく。

 

「ッッガアアアァァアアァァァアアア!!!!」

 

迫り来る四人の存在を察知したヴァジュラが、猛り狂った咆哮を上げる。

マントのような器官に雷が宿り、強靭な四肢に力が籠る。

しかしその剛力が開放される前に───突如放たれたエネルギーの弾丸が、ヴァジュラの顔面に炸裂した。

 

「ガアッ!?」

 

呻き声を上げて怯むヴァジュラ。

弾丸の出所は四人の兵器。

さっきまで握っていた巨大な剣が、いつの間にか巨大な銃に変化していた。

 

《神機》。

ゴッドイーターと呼ばれる彼等が持つ兵器の総称だ。

剣から銃、銃から盾と三つの姿に自在に変化するこの兵器によって、彼等は人類の脅威───《アラガミ》と戦い、そして排除するのだ。

そして四人の神機は今、銃形態。

ヴァジュラの弱点となる属性のオラクル製の弾丸やレーザーが、一斉に標的に向けて殺到する。

 

「これで倒れてくれりゃ楽なんだが……」

 

銃声に紛れて面倒臭そうに呟く少年。

エディットで改造した強力な弾丸や《ブラッドバレット》と呼ばれる特殊な弾丸の雨霰、確かにそこいらのアラガミ一匹なら一堪りもないだろう。

しかし今回はそうはいかない。

標的は幾多の獲物を喰らい続けた、貧食の神なのだから。

 

「グルルルルル…………」

 

少年ら四人の弾幕を浴びながらもヴァジュラは倒れない。

それどころか、攻撃の予備動作までとり始めた。

六本のマント状の器官から放たれた電気が獣の頭上に集まり、一つの雷撃の塊が出来上がる。

特に目新しくもない、ヴァジュラ種のポピュラーな攻撃方法だ。

 

ただし────サイズが圧倒的に違う。

本来なら本体の頭程度の大きさの雷球が、一気にその身体と同程度のサイズまで膨脹した。

 

「ッッガードしろおおおお!!」

 

少年の言葉を待つまでもなく、仲間達は既に神機を構えて盾を展開していた。

着弾。

防御ごと弾かれてしまいそうな凄まじい衝撃に教われ、靴底がガリガリと地面を削る。

しかしそこで終わりではない。

弾幕が途切れたと同時にヴァジュラが猛然と襲いかかってきた。

地鳴りと共に駆け抜ける虎の後ろ足が思い切り地を踏み鳴らし、その巨体が天高く舞う。

圧倒的な重量をもって降ってくるそれは、まさに雷神の槌のようだった。

 

ズッッドォォォン!!!

装甲車すら潰してしまいそうな位置エネルギーの暴力が、コンクリートの地面に降りかかった。

生身で喰らえば絶望的な一撃だったが、四人はまだ絶命してはいない。

全員、即座にその場を回避していた。

 

「おい! 全員生きてるか!」

 

「こっちだ! どういう訳か生きてるよ!!」

 

「ふえー、ビックリしたねー!」

 

忌々しそうなギルに良くも悪くも自分のペースを崩していないナナにまず安心するが、一番大きな気掛かりがある。

それは………

 

「シエル、大丈夫か」

 

「問題、ありません………!」

 

彼女は回避に失敗したのではない。

極大の雷球も盾で防いだし、上空からのプレスも喰らっていない。

しかし───前者が問題なのだ。

神機のパーツには様々な種別があり、それは盾にも三種類存在する。

一番防御力の高いタワーシールドを持つナナ、バランス重視のシールドを持つギルと少年はいい。

しかしシエル………彼女が持っているのは展開速度重視で防御力が低いバックラー。

あのレベルの重撃をそれで受け止めるのは、並々ならぬ負担がかかるはずだ。

それともう一つ。

 

「隊長、そっちに行くぞ!!」

 

少年の方をギロリと睨んだヴァジュラを見てギルが叫ぶ。

その直後に、旧時代のサーベルを思わせる牙がズラリと並んだ噛みつきが少年に迫る。

 

「うおっとぉ!?」

 

咄嗟に身を引いた瞬間、ガチン!!とあぎとが閉じる硬質な音が目と鼻の先で鳴る。

続けざまに振るわれた巨腕をバックステップで回避する。

体格差と重量差が激し過ぎるし少年の近接武器は威力重視のバスターブレード、真正面から激突するのは避けたいのだが───

 

「くっそ、狭いんだっつーの………!!」

 

そう───この蒼氷の峡谷は、ダムの上という場所柄、横幅がかなり狭いのだ。

そこにヴァジュラの巨体が陣取っているというのだから、横をすり抜ける隙間など無いに等しい。

要は狭い道で向こうから車が迫ってくるようなもので、回避しようと思ったら後ろに逃げるしか手がないのだ。

 

だが、それは一人で戦っていればの話。

疾風の如く吹き抜けたシエルのショートブレードが、ヴァジュラの両後ろ足の腱を正確に切り裂いた。

 

「グゥッ!?」

 

ガクンとバランスを崩すヴァジュラ。

そこに間髪入れずナナのハンマーが襲いかかる。

力任せの一振りがまたもヴァジュラの脚に激突、バキバキと嫌な音が鳴る。

大きく揺らぐヴァジュラの身体。

隙の生まれたその土手っ腹に、飛び込んでいく影が一つ。

 

「はぁぁああああああっっ!!!」

 

《チャージグライド》と呼ばれる、チャージスピア固有の攻撃機能。

展開した槍の穂先から充填したオラクルが迸り、弾丸のように一直線に駆け抜けたギルのスピアが、深々と獣の身体に突き刺さった。

 

「ガアアアアアッッッ!?」

 

獣の口から絶叫が迸る。

ずるりと引き抜かれたスピアの傷口から、オラクル細胞の黒い霧が噴出した。

好機とみた少年がポーチから銀色の円筒を掴み取り、それをヴァジュラの眼前に放り投げる。

スタングレネードだ。

強い光でアラガミの視界を封じ混乱させる為の道具で、そしてこれは怒り状態のヴァジュラ種には効果覿面なのだ。

そして今回もその例に漏れず、標的の目の前で炸裂した光は大きな効果を発揮した。

 

ただし、逆の意味で、だが。

 

「ゴァァアアアアァァァアアアアッッ!!!」

 

激昂の咆哮。迸る稲妻。

天を鳴らすような轟音を引き連れ、その場にいた四人どころか、戦場そのものを纏めて焼き払うような───極大の落雷が発生した。

 

 

 

 

「っあー………ったく、冗談じゃねえ」

 

体力回復のために外壁を捕食しているヴァジュラを遠巻きに観察しつつ、心底ダルそうに少年がぼやく。

生きているのは少年だけではない。

全員無傷とはいかないが、防御や回避には成功している。シエルやナナ、ギルもどこかに隠れて体力を回復しつつ標的を観察しているはずだ。

 

『………目標にスタングレネードは通用しないと、前もって言っておいたはずですが?』

 

「いや、実際どれぐらいキレるのか見ときたくてな。そんでもう絶対やらねえ」

 

『ったく、事前にそれをやるって言われたからいいようなものを』

 

『本当びっくりしたからねー!?』

 

『君は普段は面倒臭がりなのに、なぜこう妙な所でアグレッシブなのでしょうか………』

 

オペレーターと三人から小言を言われ、さーせん、と小さくなる少年。

しかしオペレーターはともかくとして、三人は少年を責めているわけではない。

なぜなら。

 

『ともあれ、これで事前の情報の細部は詰める事ができましたね』

 

『ああ。相手の動きも把握した』

 

『バッチリだよ!』

 

なぜなら、理由もなしにそんな無茶に乗ったわけではないし―――その無茶に応えられるだけの実力が、彼等にはあるからだ。

それを聞いた少年の口許に笑みが浮かぶ。

 

「おし、………ならそろそろ」

 

そして。

 

 

「やろうか」

 

 

その言葉と同時に、潜伏していた四人が同時に飛び出した。

それを察知したヴァジュラは捕食を中断してすぐさま臨戦態勢を取り、多方向から同時に迫る四人の姿を確認する。

まずヴァジュラは、とりあえず今は少年を無視する事に決めた。

先刻の激突で、その人間だけは自分に目立った攻撃をしていなかったためだ。

となると標的はシエルかナナ、ギルとなるのだが………ヴァジュラは迷わずギルを第一に排除すると決めた。

距離は一番離れているが、あの時一番の深手をヴァジュラに負わせたのはギル。

故に彼を真っ先に警戒するのは極めて自然な事だった。

 

ただしそうは問屋が卸さない。

ふわり、と重力を感じさせない程に軽やかに、シエルがヴァジュラの眼前に降り立った。

 

「!!」

 

目の前に現れた邪魔者を排除すべく、ヴァジュラは鉈のような爪を振るう。

そしてそれは同時に起こった。

突如としてシエルの姿が消え、攻撃が空振ったと認識した瞬間───ヴァジュラの顔面を鋭利な刀傷が駆け上がった。

予想外の出来事に一瞬怯んだヴァジュラに、一つ、二つと斬撃が放たれる。

────上!!

その方向からシエルの居場所を突き止めたヴァジュラが視線を上げる。

すぐそこの空中にはやはりそいつがいた。

動作に支障をきたさない程度には回復した後ろ足で地面を蹴り、顎を思いきり開いて空中の獲物に喰らいつこうとするが、しかしそれはまたも空振りに終わった。

空中で四本のオラクル刃を放ったシエルが、その勢いでバックステップをしてのけたからだ。

後退と同時に、置き土産のオラクル刃がヴァジュラの顔面を捕えた。

 

血の色をした煌めきに顔面を刻まれたヴァジュラが二足の状態で不格好に硬直する。

そしてそのずっと後方、ギルのスピアの穂先が展開した。

構えはさっきと同じ《チャージグライド》、しかしその実態はそれとは全くの別物。

彼我の距離はたっぷり二十メートルはある……が、しかし。

真価を発揮した彼のスピアにとって、その程度は距離の内に入らない。

 

ギルのスピアが血色の光を放ったその瞬間、ただの的となったヴァジュラの脇腹を、紅蓮の光が抉り取った。

 

さながら地を駆ける流星。

二十メートルという距離を一瞬でゼロにしたギルは紅く輝く光の尾を引きながら、ヴァジュラの後方十メートルでようやく停止した。

 

「ガッ───────」

 

苦悶の叫びさえ上げる余裕はない。

その上空には、シエルの肩を踏み台に上空に飛び上がったナナがいる。

キン、と甲高い音と共に、ナナのハンマーからも赤い光が発せられた。

 

「どっっっかーーーーーーーん!!!!」

 

上から下。

降り下ろされた隕石のような巨重が、ヴァジュラの背骨を圧し潰す。

ズンッッッ!!!という重低音と共に、その巨体が地面に沈んだ。

突き抜けた力は衝撃の波となり、瓦礫を巻き込み柱となって周囲に噴き上がる。

 

「ガ………カッ………」

 

最早立ち上がる事すらままならなくなった巨躯の雷獣。

だがしかし──動けなくなった訳ではない。獣はまだ生きている。

ここでヴァジュラはわずかばかりの柵を乗り越え、ダムの下に落下する事を選んだ。

ダメージの蓄積した身体だが、その程度ならまだ死にはしない。

とにかく今はこの状況から抜け出さねば!!

 

 

「んじゃ、トドメは俺か………」

 

 

がしゃん、と神機が軋む音。

大剣を担いだ少年が、ヴァジュラの前に立ちはだかった。

しかしヴァジュラは止まらない。止まっている場合ではない。

この小さな人間など弾き飛ばしてやろうと残った力を振り絞る。

その時だった。

 

ギン!!!と。

闇の色をしたオラクルの奔流が、少年の大剣から迸った。

 

一目見ればわかる程に高密度の力。

カツンと剣先に触れた地面が、音もなく斬れた。

 

「………、………」

 

ゆらりと持ち上がるギロチンの刃。

それを見た時に、ヴァジュラは悟った。

それは本能故に辿り着いた結論で、どうしようもなく冷酷な直感。

 

─────自分はここで、喰われるのか。

 

 

「じゃあな。次はアラガミなんぞに生まれんじゃねえぞ」

 

そして。

 

 

「面倒臭えから」

 

 

その言葉が、ヴァジュラが聞いた最期の言葉だった。

鼻の先から尻尾の先。

地を砕くような重低音と共に、空間すら断ち斬ろうかという一振りが、眼前の贄を一刀の許に両断する。

二枚に卸された荒ぶる神の亡骸が───ズン、と倒れて転がった。

 

決着。

一瞬にして静寂に包まれた蒼氷の峡谷、四人の通信機が本拠地・《アナグラ》からの電波を受診した。

 

『………目標の沈黙を確認。予定より早く終わりましたね』

 

「終いだな」

 

オペレーターの声に緩んだ声を出して神機を担ぎ直す少年。

 

「流石にタフな相手だったな。四人分のブラッドアーツを叩き込んでようやく沈みやがった」

 

「うーん、だけどバースト状態になってたら、多分ギルのでもう終わってたと思うよ」

 

「ところで隊長。さっきの発言ですが、アラガミが死んでもアラガミを構成するオラクル細胞は分離してまた別の場所でアラガミになるので、生まれ変わってもアラガミ以外になる事は───」

 

「いやわかってんよ。そりゃわかってっけどさ、そこツッコんじゃあ───………、?」

 

不意に言葉を止めて周囲を見回した少年に、シエルが首を傾げた。

 

「どうかしましたか?」

 

「いや、誰かに見られてる気がしたんだが………気のせいか。

……それとシエル、明後日までに頭をやわらかくする方法を調べてレポートに纏めて提出。これ宿題な」

 

「っ! は、はいっ!」

 

「いや隊長、そりゃ酷だろ……」

 

『お疲れ様でした。あと報告書を提出した後、エントランスに集合して下さい。

サカキ博士からニュースがあるそうです』

 

「りょーかーい」

 

「えー、なんなんだろうねー」

 

「たぶん朗報だろ。あの人いい知らせは面白がって勿体ぶるから」

 

何て事ない会話をしつつ、迎えのヘリに乗り込んだ四人はアナグラへの帰路に着く。

戦場から日常へと帰還していく彼らのその頭上、凍りついた岸壁の頂上に───本当に自分たちを見下ろす眼があった事に気付いた者はいない。

「気のせい」というヴェールに包まれ、俯瞰する者は姿を消した。

 

『どうだ』

 

「感付かれたかと思った」

 

遠眼鏡を目から外し、男は飛び去っていくヘリから視線を切る。

白い息を吐きながら、彼は求められた感想より先に率直な危機を報告した。

インシデントの弾丸が頬を掠めてもその感情は動かない。

晴れやかに澄んだ空を見上げる心と顔は、厳寒に対する不快さに塗り潰されていた。

 

 

 

その昔、突如この地球上に現れた人類の敵・アラガミ。

生態系の頂点から蹴り落とされた人類が産み出したのはゴッドイーターと呼ばれる戦士。

アラガミから人々を守る為、己の身体に《偏食因子》を宿した者達。

 

その手に巨大な武器を握った彼らは、紛れもない人類の希望。

祈る神が不在の世界で、今日も彼らは自然の理に反逆の剣を突き立てている。



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phase1:鉄槌の参画者
2話


《フェンリル》。

ゴッドイーター達が所属し、アラガミの駆逐と人類の存続を掲げる組織だ。

神を喰らう魔獣の名を冠したこの組織は世界中にその支部があり(人類存続を掲げるのだから当然だが)、それはここ極東地域………古くは一般的に日本と呼ばれていたこの場所にも存在する。

世界でもトップクラスのアラガミ激戦区であるここに集っているゴッドイーター達は皆折り紙付きの実力者であり、かつてその中には世界にその名を知られている者もいた程だ。

そんな選りすぐりの精鋭達、一人頭でも凄まじい戦闘力を有する特殊部隊《ブラッド》の四人は今、ラウンジで料理を頬張っていた。

 

「どうかな? おいしい?」

 

「ふむぁい」

 

「………え、ごめんもう一回」

 

料理を口一杯に頬張った少年の何だかよくわからない言葉に首を傾げる、まだ幼い少女・ムツミに、紅茶を飲んでいたシエルが解説を付け加えた。

 

「……美味しい、だそうです」

 

「ゴクン。そうそう」

 

「あ、ならよかった!」

 

「口にモノ入れたまま喋るなよ……」

 

ギルの呆れ声も意に介す様子はない。

しばらくムグムグと咀嚼して口の中のモノを飲み込んで、やっと少年はまともに喋った。

 

「腹減ってたんだよ。動いた分しっかり補給しとかなきゃエネルギーが切れちまう」

 

「常時エネルギー切れみたいなもんだろ、お前の場合は」

 

「見る度にソファなどで寝てますし」

 

「前なんてご飯中に寝落ちしてたよね」

 

「もー、そんな事言っちゃだめだよー。しっかりお腹いっぱいにならないと戦えないんだよ?」

 

チクチクと刺される少年を弁護したのは、三人を優に凌ぐ量の料理を盛られた皿を回りに侍らせているナナだった。

この量の食物が平均的なシルエットの体格のどこに収まっているのだろうか。

スケールの違う人物の出現に、当の少年すら「お、おう」と言うのが精一杯である。

 

「ナナさん、足りるかな? いつもよりしんどい任務だって聞いたから、あらかじめたくさん作ってみたんだけど」

 

「バッチリだよー! ありがとねー、ムツミちゃん!」

 

ムツミはれっきとしたここの料理人で、隊員達の胃袋は全て彼女によって満たされていると言っても過言ではない。

しかしそれにしたってナナの食べっぷりはなかなかのもの。

アラガミもかくやという彼女の食欲は時に見物客がやってくるほどで、時々研究を終えて休憩にきた『クレイドル』部隊のソーマが、何か懐かしいものを見るような目で彼女の食事風景を眺めている時がある。

 

「それにしても……隊長のブラッドアーツは、また強くなっていましたね」

 

「そうだな。ヴァジュラの縦斬りにはさすがに驚いた」

 

「お前らのもな。確か理論上は使い続ければ際限無く強くなっていくんだったか?」

 

「むぐ。私もそのうち世界中のアラガミを一気にどかーん! とかできるようになるのかな?」

 

「夢があるのはいい事だが、それをやる時は地球が粉砕される時だ」

 

ねーよ、と真っ向から否定したかった所だが、キラキラした瞳で何かを振り回すジェスチャーをするナナに水を差すのも何か悪い気がして強く突っ込めない。

というか今、握りっぱなしのフォークが髪を掠めた。

 

「……しかし今回は凶暴化か」

 

そんなのんきなやり取りを横目に、食後の茶を飲み干したギルが険しく目を細めて呟く。

 

「異様に速いシユウとか、バカみたいな火力のクアドリガとか………この所、どこかしらが進化したアラガミの出現が妙に多い。どこかで何かろくでもないモンを食っていやがるのか………」

 

「あまり考えたくない事ですが………あるいは、アラガミという種そのものが進化の時を迎えているか、ですね」

 

「え、それってどういう事?」

 

「アラガミは年月につれて強くなっていってるんだと」

 

首を傾げたナナに補足を入れるように口を開いた少年が、握った拳の人差し指と親指だけを開く。

拳銃のジェスチャーだ。

 

「昔はヴァジュラとかも、旧時代のピストル………こんなオモチャみてえな型の神機で充分に倒せるレベルだったらしいぜ。

それが今や馬鹿デカい剣だの銃だのをブン回さなきゃなんねえんだ」

 

「うひゃー……それを聞いたら私達、けっこう大変な事してるんだねー」

 

「しかし気になるのは、強いアラガミが頻発するこんな状況でも周りの皆が落ち着いてる所なんだが」

 

「極東は世界でもトップクラスの精鋭揃いですからね。慣れているんだと思います」

 

「特に三年前は凄かったらしいぞ。

何でもデミウルゴスをあっさり輪切りに出来るようなバケモンがその時期にいたとか」

 

「それは明らかにガセだろ……」

 

それはそう思う。

あの城壁を弱点も突かずに『輪切り』とかタチの悪い冗談でしかない。

唯一少年の持つブラッドアーツならばあの鋼鉄の身体にまともにダメージを通せるが、当時そんな代物は存在しない。

《ブラッド》の隊長を務める実力を持つ少年でも、それを使ってもまだ奴を輪切りなど不可能だ。

 

「ま、どっちにしたって俺達のやる事は変わらねえ。とにかくアラガミ共の死体を積み重ねて明日への階段を作る事だ。だろ?」

 

「ははっ……物騒だがまぁ、そうだな」

 

「そうですね」

 

「だねー」

 

しかし強敵の出現に動じないのは、この少年も変わらない。

不穏が翳る道の先に揺らぎもしない少年の胆力に自分達のリーダーの心強さを感じながら、三人は各々同意の返事を口にする。

彼らの中心に少年はいる。

少年は彼らに支えられる。

ブラッドという名のこの部隊は、そういう風に出来ている。

 

「ん、そろそろか……」

 

壁にかかった時計を見た少年が呟く。

 

「おいお前ら、もう食ったか? サカキ博士のニュースとやらの時間がすぐだぞ」

 

「俺達はもうオーケーだ。ナナは………」

 

「ごっくん。今食べたよー」

 

「ようし、じゃあ行くか。ムツミ、ご馳走さん」

 

「お粗末様でした」

 

……今、ハンバーガー一個丸呑みしなかった?

他の席で食事をしていた別の隊の隊員がぽつりと呟いた。

席を立ち上がった四人が、ラウンジからエントランスに繋がるエレベーターの前に移動してボタンを押す。

ごうん、と程無くして上下運動する金属の箱はやってきた。

 

 

◇◇◇

 

 

「やあやあ皆、よく集まってくれたね」

 

エントランスの二階に集まった四人を出迎えたのは、フェンリル極東支部の支部長。

ニュースがあるからと四人をここに召集した、サカキ博士ことペイラー・榊その人だ。

 

「いや皆すまないね。難敵と戦ったばかりで疲れも残っているだろうに、急がせてしまったみたいで」

 

「別にどうって事ねえです。こないだのワニ公四体単騎狩りよか遥かにマシだ」

 

「ミッション《皇帝の進軍》ですね。そういえば君はウコンバサラが嫌いでしたね……」

 

「確かカリギュラもいたはずなんだが、それよりもそっちなのか……?」

 

「一体ならザコでも、あいつら数集まるとマジでダルいんだよ。

こっから先ウコンバサラ神速種とか出たらキレる自信あんぞ、俺」

 

後退から突進のコンボがさあ、などと少年が凄まじく限定的な私怨を撒き散らし始めたため、ゴホン、とサカキが咳払いして場を仕切り直す。

 

「えー、対アラガミの得手不得手は各員の研鑽に任せるとしてだね。

さて、ここに君達を呼んだのはニュースがあるからだというのは既に伝えたね?」

 

「うん」

 

「驚くなかれ、ビッグニュースだ。なんと………」

 

「なんと………?」

 

意味深な間を持たせるサカキに、自然と全員が緊張感に包まれる。

それがよい報せか悪い知らせかを表情から読み取ろうとしても、博士の糸目は何も明かそうとしない。

 

そして。

 

 

「なんと────君達《ブラッド》に、新しく仲間が入る事になったんだ!」

 

 

「 「 「 「………えっ!?」 」 」 」

 

超ビックリだった。

その職業柄いつも人手不足なこの職場に、新たな仲間の加入はなかなか見られるものではない。

それにブラッド自体がそもそも回りに比べて発足からまだ日の浅い部隊。

それ故、彼らはこういうイベントには馴染みがなかったりした。

 

「なるほどなぁ、こいつは確かにビッグニュースだ」

 

「どんな奴なんだろうな?」

 

「どうしましょう、もてなす準備が出来ていません………」

 

「わわわ、大変だー! 今すぐおでんパン作らなきゃ!」

 

「はは、ナナ君まずは落ち着きたまえ」

 

面白そうな顔をする少年とギルに急な知らせに戸惑うシエル、そして妙なパニクり方をするナナ。

三者三様のリアクションをする四人を見て、サカキ博士が楽しそうに笑う。

 

「すまないね。君達が任務に行っている間に来たから他の皆は知っているけれど、なにぶん本当に急だったんだ。

歓迎のパーティを開くのなら、残念ながらまた後日だね」

 

「確かに前もって教えてほしかったな、こりゃあ………ん?」

 

ギルが何かに気付いたように顔を上げる。

 

「なあ博士。という事は、そいつはもうここにいるのか?」

 

「ああ、いるよ。ラボラトリでの身体検査が終わる頃合いだから、そろそろこのエントランスに来る頃じゃないかな」

 

その時、重たい駆動音がエレベーターから聞こえてきた。

自然とそちらに視線が集まる。

そして開いた扉の向こうに姿を見せたのは、少年と同い年くらいの一人のゴッドイーター。

右手の腕輪の色で、すぐに自分達と同じ『第三世代』の神機使いとわかる。

 

異様な外見だった。

白色をした色違いのブラッド制服はこの際どうでもいい。

四人の視線が彼の顔に集まる。

少し目にかかるくらいの長めの髪。

雪のように白いその頭髪には、毛先だけに赤色のメッシュが入っており、そういうスタイルなのか癖毛なのか、頭部には犬の耳を思わせる髪の束。

そして最も異様なのが、傷のような赤い刺青に縁取られた───その両目。

 

白目という部分が存在しないのだ。

真っ黒に塗り潰された目には金色の瞳、縦に裂けた瞳孔がその中にある。

刃物のように鋭いその両の眼は、闇夜に浮かぶ満月のようだった。

 

「……おお……」

 

インパクトに負けて言葉が出なかった。

軽い靴音を鳴らしながら四人の前に歩み出たその『新入り』は、その視線を慣れたものだとばかりに受け止めている。

 

 

「紹介しよう。彼が君達ブラッドの新しい仲間───旺神(おうがみ)ジン君だ」

 

 

────旺神ジン。

名前から判断するに極東出身らしい(外見からでは予想すらできないのだ)そいつの金色の瞳がキロキロと動く。ブラッドのメンバーの姿を確認しているらしい。

何となく全身を観察されている気分になってきた少年が、居心地悪そうに身体を揺する。

 

「ラボラトリに入る前にもいくつかデータを採らせてもらったけど、彼の持つバイタリティは素晴らしい。きっと君達の頼れる仲間になるはずだよ。……さて、ジン君。ここらで何か一言貰えないかな?」

 

「……………、」

 

いきなりパスを食らったジンがやや驚いたように隣の糸目を見る。

中空を眺めて少しの間何を言おうか考えた後、彼は薄く笑いながら口を開く。

 

「……旺神ジン。サテライトの孤児院出身。

よく覚えてないが、何かの素質が元でこの度ブラッドに配属された。

この見てくれで孤児院じゃバケモノって呼ばれてたから、ここでは人間ってアダ名が欲しい。

よろしく頼む」

 

……恐ろしく返しづらい自己紹介だった。

その『よろしく頼む』は『配属された』と『アダ名が欲しい』のどちらに繋がっているのか。

もしかしたら彼なりのユーモアだったのかもしれないが、だとすればなかなかブラックなセンスをしている。

このノーコメントが最適解の自己紹介にさてどう対応しようと四人が思考を回転させていると、彼がじっと自分達四人を見つめていた。

多分そっちも名乗れという事だろう。

それに気付いたブラッドの面々が、順番に彼に名乗っていく。

 

「ああ、俺はギルバート。ギルバート=マクレインだ。呼び方はギルでいい」

 

「ん、わかった」

 

「私香月(こうづき)ナナ! よろしく!」

 

「ああ、よろしく」

 

「シエル=アランソンです。今後とも宜しくお願いします」

 

「こちらこそ」

 

「んで、一応俺が隊長の神楽(かぐら)リョウ。

『シュヴァリエでディアウス・ピターの生爪を剥がす会』の会長も務めてる」

 

「……え、ここそんなのあんの?」

 

「隊長。デタラメ吹き込むな」

 

誰一人としてそんなもん知らねえよとギルから突っ込みをもらい、咳払いを一つして仕切り直す。

開いた右手をジンの前に差し出した。

 

「ま、残念ながら歓迎のパーティはまた今度になっちまうが………歓迎するぜ、旺神ジン。頼りにしてる」

 

しかし。

 

「………………?」

 

ジンが握手に応じようとしない。

いや、それを求められている事を意識していないというべきだろうか。

顎に手を当てて、うーん、と何やら考え込んでいる。



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3話

「あれ…………おーい?」

 

差し出したままやり場のない右手を宙に漂わせながら、リョウがジンに呼びかける。

拒絶されたなら拒絶されたでそれで対処のしようもあるのだが、これは正直一番どうしていいかわからないパターンだった。

リョウは右手の動作を握手の形から相手の意識の有無を確認するための動作にクラスチェンジさせ、目の前で考え込んでいるそいつの目の前でふりふりと振る。

その時だった。

 

「よし、決まった」

 

急にぱっと顔を上げたジンがおもむろにそう言った。なんか知らんが決まったらしい。

一体何を考えていたのかと聞こうとすると、ジンはす、と左端にいるギルを指差した。

そこからさらにその人差し指をナナ、シエル、神楽リョウと移動させてのたまっていわく。

 

 

「左から───傷痕さんにネコミミさん、銀髪さんに………刺青さんだ」

 

 

「 「 「……………、はい?」 」 」

 

指を差されたギル、ナナ、シエルにリョウが、同じタイミングで頓狂な声を上げる。

対するそいつの表情は、これでよしとばかりの得意顔。

その傷痕さんだのネコミミさんだのといった謎の単語の正体が旺神ジンから付けられたアダ名であると気づくのは、そこからもう数秒後の事だ。

 

 

◇◇◇

 

 

「………また妙な奴が来たな」

 

エントランスのソファに腰かけたギルが、何とも言えない表情で呟く。

 

「まさか本名より先にアダ名で呼ばれるとは思ってもみなかった。アダ名なんて付けられたのいつぶりだ、全く」

 

「私は、本名以外で呼ばれた経験なんてこれが初めてです。アダ名………ふふ、友達みたいですね」

 

「うーん、ジン君はちゃんと食べてくれたのかな?私が腕によりをかけた特製おでんパン」

 

一人だけ考えている事が違う。

ジンとリョウが消えていった極東支部内の各階層に繋がるエレベーターを睨んでいるナナだ。

彼女の『お近づきの印』がちゃんとあるべき所に収まったかが気になるらしい。

おでんパンって何ぞ、と思う人もいるだろうが、それは、まあ、文字通りの代物である。

 

「食べた感想でも聞けばいいんじゃないか。残したら怒るって言ったんだから、アイツもちゃんと食べるだろ」

 

「そうだね! 楽しみだなー、頬っぺたの一つや二つは落っこちちゃうはずだよねー」

 

「(受け取った時アイツ未知と遭遇した顔してたけどな……)」

 

まあそれはそれとして───初見こそ外見に圧倒されてしまったが、話してみると以外に物腰の柔らかそうな印象がした。

人は見かけじゃないという言葉の通りだとは思うが、残念ながら第一印象において見かけは最大のポイントだ。あれは多分極東の全員が初見でビビる。

流石に直接聞こうとも思えないが一体奴は幼い頃、あるいは生まれつきか……何がどうしてあの姿になったのだろうか……?

 

「よお、お前さん方」

 

快活な男の声に三人が振り向く。

右手に金色の籠手を装着した、《クレイドル》の雨宮リンドウだ。

 

「ああ、リンドウさん。どうかしたのか」

 

「いや、何でもブラッド新入りが来たって言うから挨拶でもしようと思ってたんだが、どこにいるか知らないか?」

 

「隊長が連れて行きました。施設の案内と顔見せと言っていたので、今は二人でどこかを歩いていると思います」

 

 

◇◇◇

 

 

「この階がラボラトリな。そこの自販機横のソファは固くてイマイチ具合が良くねえ。

そこの部屋が医務室。ベッドが柔らかくていい。

そんでその向こうにあんのが───」

 

「なあ。さっきから思ってたんだが、いるのか。その寝心地の良さのランキングは」

 

「バカお前、いつどこで眠くなってくるかわかんねえだろ?」

 

いや知らねえよと内心で突っ込む。

普段はだいたいどこかで寝ていますね、とシエル(銀髪さん)から聞いていたが、思ったよりあちこちに出没しているらしい。

『隊長が寝落ちしている場所』なる統計データを見せられそうになった時は慎んで遠慮させてもらったが、こうなるとちょっと見せてもらいたくなってきた。

というか、眠いからといって医務室に押しかけていいものなのだろうか。

 

(その位ベッドに空きがある……? 怪我人は少ないのか……?)

 

「つーかお前もいつまで持ってんだよ、それ。

気持ちはわかるけどさ」

 

「んん……」

 

何とも形容し難い表情でジンは右手のそれを見る。

ナナ印のお近づきの印、おでんパンである。

しかし放置し過ぎて具材の出汁がパンに染み込んで湿ってきているため、そろそろ食べないと手が汚れるかパンが崩れてしまうだろう。

見た目に反して美味しく食べられる期間が短いのだ。

 

「……俺も今まで色んなものを食べてきたけど、これはちょっと謎過ぎてな。………串ごといけばいいのか、このパンに挟まれたおでんは」

 

「それパスタだから安心しろ。きっちり食えよ、ナナのお袋の味だぞ。それ」

 

………お袋の味、ねえ。

黒と金の目でその食物を矯めつ眇めつし、一口ぱくりとやってみて正直驚いた。

意外にも旨いのだ。

おでんの味がそもそも美味しいのもそうだが、パンそのものの仄かな甘味もおでんの邪魔をしていない。

『じゃあおでんだけ食べればいいんじゃないか』なんて感想も浮かぶが、携帯食料として考えれば満足度の高い一品だろう。

 

「じゃあそれ食ったらそこの研究室に行こうか。今は多分ソーマさん辺りがいると思うから、きっちり挨拶しとけな」

 

「そうだな。行こうか」

 

そう答えてジンはリョウと共に前方のドアへと歩き出す。

え、お前今それ一口で完食しなかった?とリョウが呟いたが気にしない。

ドアをノックし、入れ、と返ってきた所で研究室へと足を踏み入れる。

 

研究室という名前の割にはシンプルな部屋だった。

部屋の正面奥にはイスがあり、それを囲むようにいくつかのモニターがあるのみ。

ここは単にデータを閲覧するか処理するかの場所なのか、あるいは実際に作業が行われる部屋は別にあって、ここはその部屋を操作する為のコントロールパネルみたいなものなのかもしれないが………そのイスに座って何かの作業を行っている男がいた。

色素が薄くほとんど白に近い金髪に褐色の肌、身に纏う白色の制服は白い。

客人が入ってきたのを確認したその男は一旦作業の手を止め、二人の姿を見た。

 

「精が出るな、ソーマさん」

 

「ん………ああ、お前か。どうした」

 

「新入りの顔見せ兼案内。隣のこいつな」

 

リョウが親指でジンを指し示し、そこで初めて両者が相対した。

精悍な眼差しと異類の眼光が互いの姿を網膜に映す。

が、二人とも挨拶もなく黙ったままだった。

 

「…………、ん?」

 

ジンは何やら意外なものを見るような目で目の前の男を見ている。

ソーマもジンの外見に驚いているというよりは、 もっと別の所に関心を抱いているような雰囲気だ。

もしかして二人は知り合いだったのかと勘繰るリョウだが、その時彼の耳が、ジンが何かをぽつりと呟いたのを聞いた。

 

「(ああ。この人がそうなのか)」

 

いま何て言った?

そう問おうとしたが、先に口を開いたのはソーマだった。

 

「───フェンリル極東支部独立支援部隊《クレイドル》所属のソーマ=シックザールだ。よろしく頼む」

 

「……えーっと………フェンリル極地化技術開発局特殊部隊………で合ってたっけ?

《ブラッド》に配属された旺神ジンだ。

こちらこそよろしく」

 

お互い思い出したかのような自己紹介だった。

長ったらしくて覚えているかあやふやらしい正式名称に手こずりながらも、ジンもつつがなく名乗りを終えた。

そして彼が次に行うのは例のアレ。

 

「……よし。あんたは白髪(はくはつ)さんだ」

 

「白髪?」

 

「ジン。それはお前なりの友好の証なのかもしれないけどな、お前いつかそれで誰かの怒りを買うぞ」

 

至極真っ当な指摘に苦笑いするジンから目を離し、リョウは眉をひそめたソーマに補足を入れる。

 

「こいつ知り合った奴にアダ名付けるクセみたいなのがあるみたいでな。

ここに来る途中でエリナやエミールにも帽子さんとか貴族さんとか付けてた」

 

「そうか。……まあ好きに呼べばいい」

 

ジンが若干ほっとしたような顔をする。

一応下手すれば怒られる自覚はあるらしいが、それはつまりそういう前科が過去にあったという事だ。

どういう自分ルールかはわからないがここでは止めさせた方がいいかな、とリョウが考え始めたその時だった。

 

「ソーマ、入りますよ」

 

入り口のドアががちゃりと開き、そんな女性の声が部屋に入ってきた。

赤い帽子の、雪のように白い肌と髪が目を惹くその女性は手に持っていた書類の束を適当な場所に置き、それを指し示して言う。

 

「今回の実験の結果と課題、ついでに次の実験に必要になりそうな素材の一覧です。レトロオラクル細胞も貴重ですから、この結果を有効に使っていきましょう」

 

「ああ。すまないな」

 

そんなやり取りの後、彼女はようやく後ろにいる男二人に気付いたらしい。

くるりと後ろを振り返り(ついでにその豊満な胸部を揺らしつつ)、見慣れた方と凄まじく見慣れない方を交互に見て言う。

 

「リョウさん、もしかしてその人が……?」

 

「ああ、今日からウチに入った旺神ジンだよ。いま挨拶巡りも兼ねて引き回してる」

 

「そうですか」

 

こほん、と彼女が一つ咳払いをする。

喉の調子を確かめているようだ。

胸に手を当て、そして凛とした声が室内の空気を震わせる。

 

「フェンリル極東支部独立支援部隊《クレイドル》所属、ロシア出身のアリサ・イリーニチラ・アミエーラです。

あなたのブラッド加入を聞いてとても心強く思います。

これから共に人々の為にたたきゃっ……………」

 

なんか変な言葉が聞こえた。

何だ今の、と全員が変な視線を向ける中、アリサは口に手を当てて斜め下の床を見てぼそりと一言。

 

 

「……………噛みました………」

 

 

ぶふっ、と全員が噴き出した。

ソーマまで肩を震わせているのを見て、ただでさえ気まずさを感じていたアリサはますます小さくなっていく。

クククと腹を押さえるリョウは、肘でジンを小突いて軽口を叩いた。

 

「おい。やっぱお前『カミカミさん』とか付けるのか?」

 

「あー、どうするかな……」

 

「……何ですかそれ?」

 

「そいつは会った奴全員にアダ名を付けて回っているらしい。

だからお前のアダ名はまあ、多分……」

 

「!? や、やめてください! 今のとは関係ないのにしてください! ドン引きますよ!?」

 

必死な顔で頼み込んでくるアリサに苦笑するジン。

さてどんなアダ名を付けようと彼女の姿を観察する彼だが、次第にその顔が困り顔になっていく。

 

「……困ったな。帽子さんと銀髪さんも被る」

 

「えっ?」

 

なら別に無理に付けなくてもいいんじゃないかと思うアリサ。

そこで不意にジンが動きを止め、目線を少し下に落とし、そして元に戻して言った。

 

 

「南半球さんで」

 

「? ロシアは北半球ですよ?」

 

 

 

 

 

 

「バカじゃねえの? お前バカじゃねえの? もっぺん言うけどお前バカじゃねえの?」

 

「何回言うんだよ………」

 

直後にリョウに後ろ襟を掴まれて強制退去させられたジンは、自動販売機の前でガチの説教を喰らっていた。

幸いにしてアリサはそれがどういう意味か理解できていないようだが、後々もバレない保証はどこにもない。

そしてもしそうなった場合、旺神ジンというこの少年がどんな目に合うかはハンニバルの逆鱗を壊すより明らかなのだった。

 

「今からでも遅くない、撤回しろ。今までは一応当たり障りの無いレベルではあるかなって見逃してきたが、今回のコレはダメなヤツだ」

 

「イヤ無理だ。あの人にはもうアレ以外の名前が浮かばない」

 

「どんだけ目に焼き付いてんだよ!!」

 

しかしそんな激しいツッコミを入れている時点でリョウの方もうっすら『そう』思っている事が露呈しているようなものなのだが、ジンの方はそれに気付いていない。

自動販売機に並ぶ妙な名前のラインナップを眺めながら、つーかさ、とジンが言う。

 

「さっきからクレイドルとかブラッドとか部隊名をよく聞くけど、実際どう違うんだ。なんで俺は直接ここに配属されたんだっけ?」

 

「………お前、説明受けてないのか?」

 

「ほとんど忘れたよ。多分受けたと思うんだけどな」

 

マジか、と気の抜けた調子でぼやくリョウ。

かつての自分の経験からしてそんなごちゃごちゃした説明ではなかったと思うのだが。

自分も長い説明が苦手なクチなのでどうとも言えないが、とりあえずかいつまんで説明し直す事にした。

 

「確かお前、何かの素質が元でここに配属されたってのは覚えてたよな?」

 

「………あー、うん、確かそうだったと思う」

 

「………まぁ、それが全てなんだよ。お前には素質がある」

 

「どんな」

 

「『血の力』だよ」

 

血の力。

頬にダイヤの刺青を入れた少年は、特殊部隊《ブラッド》の名前の由来でもあるそのチカラの名前を口にした。

ぴくん、とその言葉にジンの眉が動く。

 

「特殊部隊って名前の通り、この部隊のメンバーは俺含めてちっとばかり特殊な能力を持ってる。

アラガミの状態を把握するシエルの《直覚(ちょっかく)》。

注目を集めて囮になるナナの《誘引(ゆういん)》。

仲間の攻撃力を上げるギルの《鼓吹(こすい)》。

で、俺がそういう血の力の発現を促す《喚起(かんき)》って具合にな」

 

「つまり、俺にもそういう力が目覚める可能性があると」

 

「目覚めるんだよ。遅かれ早かれ、な」

 



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4話

「あ、今ジュース選んでる感じかな?」

 

その声に振り返ってみれば、そこにいたのは頭にゴーグルを乗せた小柄な女性だった。

タンクトップにオーバーオールという服装に頬のペイントのような汚れが、言葉よりも雄弁に彼女が技術者である事を物語っている。

 

「いや、単に話してただけだよ。邪魔だったか?」

 

「そんな事ないよ。……あ、もしかして彼が話に聞く旺神ジンくんかな?」

 

自分の名前を呼ばれたジンが顔を上げてその女性を見る。

黒と金色の鋭い目付きを向けられた女性が、わっ、と声を上げて射竦められたように一歩後ろに下がる。

 

「あ……ご、ごめん。ちょっとびっくりしちゃって」

 

「いいさ。慣れてる」

 

本人はただ単純に気にするなという意味で言ったつもりだったのだが、当の女性はその言葉に『嫌な記憶に触れてしまった!』と縮こまってしまった。

はたからそれを見ていてこのままの空気ではいかんと判断したリョウが慌てて話題を変えようとする。

 

「あ、あー。こちら技術班の楠リッカ。神機の整備を担当してくれてる。俺達の生命線をリアルに握ってる人だから失礼のないように」

 

「ちょっと!それじゃ私が悪い人みたいじゃん!」

 

「へえ、そいつはまた………」

 

「君も誤解しないで!」

 

ジンの悪ノリにリッカが突っ込む。

沈んだ空気をなんとか再浮上させる事に成功してホッと胸を撫で下ろすリョウの横で、肩を竦めたジンが唇の端を曲げてリッカに言う。

 

「となると、俺の神機は今あんたの所にある訳だ。俺の相棒は元気かな?」

 

「もー………きっちり整備してあるに決まってるじゃん。大切な仲間だもん、蔑ろにする訳ないよ」

 

唇を尖らせながらリッカは小銭を自販機に入れ、特にどれにするかを選ぶ様子もなくボタンを押す。

ガコン、と中身の詰まった黄色の缶が取り出し口に落下した。

『冷やしカレードリンク』なる飲料として致命的な欠陥を孕んでいるとしか思えないそれのプルトップを開け、エンジニアの彼女はジンに言う。

 

「ところでさ。君の神機ってどこで造ったの?」

 

「何でそんな事を?」

 

「今まで見たことないパーツだったからさ。形は知ってるから既存のパーツに彩色したのかなって思ったけど、調べてみたら組成が違うから、技術者として気になっちゃうんだよね」

 

やや驚いたように眼を開くジン。

しばらくの間の後、ニヤリと犬歯を覗かせて彼は言った。

 

「……悪いが、それは秘密って事になっててな。まだ小さいのにやるじゃないか」

 

「こら。お姉さんにそんな事言うのはよくないよ」

 

ピシッとゴツい手袋のはまった人差し指を向けられたジンの目が点になる。

す、す、と右手で彼女と自分との身長差を計りリョウを見ると、ああ俺らより歳上だぞ、との返答が返ってきた。

少しムッとしたリッカのまだどこか子供っぽい表情を見てぼそりと言う。

 

「うそやん………」

 

「ちょっと君地味に失礼じゃないかな!?」

 

現代では扱う者がほぼいない古語『オーサカベン』に言語がシフトチェンジしたジンにリッカが叫ぶ。

どうやら彼にとって彼女の容姿はどうしても大人のカテゴリに分類する事ができないらしかった。

とここでリッカはふと頭上の時計を見て、少し焦ったように手元のドリンクを飲み干した。

 

「いけない。そろそろ戻らなくちゃ」

 

「そうか。また任務もあるからバッチリ頼むぜ」

 

「任せてよ」

 

茶色いドリンクの付いた口許を拭ってニカリと親指を立てるリッカ。

ゴミ箱に缶を放り捨てたついでにジンをジトッとした目で見て、ふん!とプンスカ小走りでタンクトップの背中が作業場に去っていく。

しかし残念ながら投げた缶はニアピンで床の上に転がっていた。

 

「あーあ。お前次任務行った時、神機の盾が展開しなくなってるかもしれねえぞ」

 

「マジか」

 

「ところでアダ名どうすんだ。本人いないけど付けるのか?」

 

あー、ゴーグルさんで、と台詞の前に「そういえば」と付きそうなユルい調子で命名したジン。

さてはこいつあんまり物を考えないタイプだなと思った所で、ジンが足元に転がる冷やしカレードリンクの缶を拾い上げた。

 

「他に巡る所はあるのか?」

 

「そうだな。とりあえず極東支部はこんなもんで終わりだ。後はそうだな……あいつらと色々話してやってくれ。色々聞きたい事がありそうだったからな」

 

「了解」

 

ソファから立ち上がり歩き始めたリョウに続こうとしたジンだが、彼はそこでふと足を止めた。

拾ったままの缶を軽く振ってまだ中身があるかどうかを確認し、そして五本の指に力を籠める。

カキュッ、と軽い音がして、手の中の缶が消えた。

 

「どうした?」

 

「いや、今行く」

 

そうしてジンは、手の中のそれを改めてゴミ箱に投げ入れる。

握り潰されて小さなボールになったスチール缶は、狙い過たず箱の中に吸い込まれていった。

 

 

◇◇◇

 

 

「はい、しつもーん」

 

「何かな?」

 

「これって癖毛ー?」

 

「引っ張るな引っ張るな」

 

エントランスのソファの上、犬の耳のように飛び出した髪の束をナナにツンツン引っ張られているジンが抗議の声を上げる。

多分それはジンも……というか全員がナナに投げ掛けたい質問だと思うのだが、今さら突っ込んでもしょうがないので黙っている感じだ。

『そういうもの』として受け入れるスキルは、色んなキャラクターが集まるこの極東支部では結構必要だったりする。

ジンのアダ名が特に拒絶されなかったのもそういう部分が大きいのかもしれない。

 

「……で、こいつは会う奴にことごとくアダ名を付けて回っていたと」

 

「ったく、見てる俺がヒヤヒヤしたぜ」

 

「シエルやナナは悪い気はしてないみたいだが、俺はどちらかと言えば本名の方がいいな」

 

「…………………、………」

 

「……おい何だその顔。もう名前忘れたとか言うんじゃないだろうな、まさか」

 

そのまさかだった。

心に小さなトゲが刺さったギルは、一つため息を吐いて諦める事にした。

なんという忘れっぽさか。

というか何故アダ名の方は覚えているのか。

 

「そういえば、あなたは私達と同じく孤児院の出身でしたね。そこではどんな事を学んでいたのですか?」

 

勤勉・実直を地で行くシエルならではの質問だった。

私達と同じく、の部分に反応したらしいジンが周囲の面々を見る。私もー、とナナが手を挙げた。

彼の知る由もないが、ナナとシエル、そしてかつてブラッドの仲間として共に戦った二人の青年は皆同じマグノリア・コンパスという孤児院の出身である。

白髪の赤く染まった先端部分を指で弄りつつ、事も無げにジンは答えた。

 

「別に何も。ただ読み書き計算だけ習って、その日その日を何とか過ごしてただけだ。

まぁ、回りからの悪意だの何だのを無視する技能だけは間に合ったかな」

 

……地雷だった。そういえばバケモノなんて呼ばれていたんだったか。

本人は気にした様子もなく「あれ、何この空気?」みたいな顔で首を傾げているが、踏んだ方はそうはいかない。

聞いた本人であるシエルは言葉に詰まって視線を泳がせ、ナナはジンの犬耳からすごすごと手を離す。

ブラッドにおける旺神ジンの立ち位置は、早くも難しいポジションになってきていた。

 

「………す、すみませんでした」

 

「え、何が?」

 

「いえ、そ、その………」

 

「お、おーい!任務取ってきたぞ!」

 

エントランス一階の階段からリョウが駆け上ってきた。

ジンの返答に空気の限界を感じたらしく、雰囲気を変えるためオペレーターのフランから慌ててもぎ取ってきたらしい。

『周囲の人々を繋げる不思議な魅力がある』と言われてきた神楽リョウだが、その姿は紛う事なき苦労人であった。

果たしてどんな任務かな、と恐らくこれが極東支部における初陣になる事を察したジンがリョウに注目する。

世界トップクラスの激戦区にある部隊が日頃どんな任務をこなしているかは大いに気になる所だった。

 

「居住区に接近中のバカが一匹出てきたらしい。

まだ少し遠いが早い内に叩いとけってこった。

なお標的は一体だけ、周囲に他のアラガミの反応は無しだとさ」

 

「本日二回目だな」

 

「………で、その標的っていうのは?」

 

「あー、こいつだよ。ほら」

 

ジンに受け取った資料を渡しつつ、リョウはその標的の名を口にした。

添付されている写真には、黒い鎧を纏った鬼面が写っている。

 

 

「《スサノオ》」

 

 

ジンの眉間に険が寄る。

スサノオ───聞き覚えがあった。

資料にも書かれてあるようだが、確かこのアラガミは『神機使い殺し』の異名をとる、一般の神機使いの接触が禁止される程に凶悪とされているアラガミではなかったか。

初っぱなから大変な事になった、とジンは思う。

いくら精鋭揃いと謳われる極東支部もこれ程の相手ともなれば、勝っても負けてもまず被害はゼロでは済むまい。

これはいくつもの部隊を動員した合同ミッションとなるだろう。

この任務で恐らくはこの極東支部の力量がわかるはず。

しかしこれは果たして自分にも見る余裕があるのかどうか……

 

 

 

「ま、俺が行ってくるわ」

 

「そうだな。この程度ならそう難しくないだろ」

 

「スサノオだけなら隊長だけで充分だもんね」

 

「いつでも救援できるように、私達も準備()しておきますね」

 

「はぁっ!?」

 

異常事態が発生した。

今から自殺に行くと宣言した部隊長を、隊員達が気楽に見送ろうとしている。

サテライトの雑貨店にでも行くような気軽さでリョウはミッションの書類に2人分の名前を書いた。

神楽リョウという名前の下に旺神ジンと書かれているのは自分の勘違いだと信じたい。

 

「うっし、じゃあ行くか。ジン、準備しな」

 

「え、いや冗談だろ? いくら何でもコイツ相手に二人はないだろう!?」

 

「ワガママ言うな。二体出てきた《荒魂の城跡》は前にクリアしちまってんだよ」

 

「一人一匹で割り振れって話じゃないんだよ!!」

 

喚くジンを引きずって、リョウは神機の眠る保管庫と消えていく。

そして数分後、出撃ゲートの前。

げんなりと肩を落として自らの神機を担いでいるジンは、この展開が隣に立つ少年への皆の全幅の信頼によるものだとまだ気付かない。

 

 

◇◇◇

 

 

「終わった………これ絶対終わった………」

 

「いつまでヘコんでやがんだよ。

死なせねえから腹くくれ」

 

任務開始地点までの護送ヘリの中、座り込んでウダウダ言い続けているジンにリョウが喝を入れる。

リーダーとして頼もしい言葉ではあるのだが、これから立ち向かう試練を思うとそれで安心できるはずもない。

窓の外から見える空は、こんな状況だというのにいっそ腹が立つくらい青く清々しい。

 

「こういうのを死ぬにはいい日と言うのかな……」

 

「死んで元々の仕事だよ。楽な職場じゃねえってのは分かってた事だろ?」

 

「新入りの初任務に接触禁忌種チョイスするような人外魔境だって誰が思うんだよ」

 

ボヤいたジンがボリボリと頭を掻くと、彼が肩に立て掛けていた神機が揺れた。

その神機の妙な姿に、リョウはまた首を傾げる。

 

(ファーフナー…………?)

 

旺神ジンの神機はブーストハンマーだ。

鋭利な刺と刃を持つその鉄槌の姿を見て、リョウの頭に破砕と切断の二つの属性を兼ね備えるアラガミ由来のハンマーの名前が浮かんだ。

しかし違う。

楠リッカの言う意味がわかった。

ファーフナーの色は漆黒………ジンの持つそのハンマーは、赤と白の二色に彩られていた。

純白の本体に赤い刺、その色彩も相まって、まるで旺神ジンという少年がそのまま神機に姿を変えたようにも思える。

 

「なあ。そのハンマー何て名前だ?」

 

「名前? コレにそんなもんあったかな………」

 

目を凝らして神機のあちこちを眺めるジン。

どこかに書かれてないか探しているのかもしれないが、多分どこにも書かれていないと思う。

本当に知らないのか忘れたのかはわからないが、とりあえず自分の神機にオスカーとかポラーシュターンとか名付けているあの二人とは相容れないだろう。

 

「間もなく目的地です。準備の方をよろしくお願いします」

 

操縦士の声に二人が顔を上げる。

着陸に向けて高度を下げつつある景色には、大きな遺跡の立つ平原がその姿を見せつつあった。

崩れた道路などの遺構から、そこがかつて街の都市であった事が伺われる。

 

「標的の経路から推測すると、まずここを通過するはずです。ここで待機・迎撃しましょう」

 

「あいよ。気張れよジン、極東支部での初仕事だ」

 

「とうとう来たか……。あ、何か急にお腹が痛く」

 

「往生際悪いんだよ、お前はよ」



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第5話

カテゴリRー18にしとくべきですかね。


◇◇◇

 

 

 

 

『はっ………はぁ、はぁ……っん……』

 

───これで何度目の絶頂だろう。

思い出したように浮上するそんな疑問が、快感の海に浸されて崩れた。

月明かりの射し込む夜の和室で、少女は一糸纏わぬ肢体を恍惚の余韻に震わせる。

色付くほどに火照った絹のような柔肌に、汗に濡れた髪が艶かしく絡み付く。

様々な液体が染み込み濡れ鼠になった敷き布団に弛緩した身体を横たえ、熱っぽい息を吐く自分自身のその(さま)を普段の彼女が見れば、「みっともない」と手で顔を(おお)う事だろう。

しかし品位を保とうなんて上品さは、彼女に覆い被さる獣にとうに食い破られている。

微かに震える甘い吐息を掻き消すのは、理性の皮を脱ぎ捨てた男の吐息。

幾度果てど果てさせど、まだ足りぬとばかりに獣は再び牙を剥く。

少女と彼の混合物で粘っこく光る少女の内腿、その中心に男がいまだ昂りの治まらぬ分身をあてがった瞬間、グッタリと茹で上がっていた少女がか細く鳴いた。

 

『じ、じんろ……まって、も、もう、私……っ』

 

『足りない』

 

『あんっっ!!』

 

必死で紡ごうとした懇願が矯声に変わる。

男が少年の拒絶に横槍を入れるように、分身の先端で少女の股間の過敏になっている蕾を擦り上げたのだ。

駆け抜けた甘い電流に大きく身体を跳ねさせた少女に気を良くしてか、男はそのまま固く張り詰めた少女の蕾の感触を味わうようににちゅにちゅと己の先端で捏ね回す。

 

『今まで俺にアピールしてきた()()()()は、()()()()()()()()と………こうなる前に、「好きにしてくれていい」と言ったのは……お前だろうが』

 

『で、でもっ、あっ、でもこれで、七回目じゃっ、ないですかぁっ。

スタミナが、はぁっ、ないって、弱点、あっあっ、どこに、ひぅっ、いったんですかぁ……』

 

()()七回目だろ』

 

『そんなぁっ……これ以上されたらっ、わたし……ぁ、あっ、あっ!』

 

私で気持ちよくなってくださいね、なんて微笑んでみせた余裕はもうない。

弱々しく抵抗しようとする両手を男は片手で封じ込め、男は身体を傾け槍の穂先を少女に埋める。

延々と続く抽挿にトロトロにほぐされた肉の入り口は、何の抵抗もなく分身の頭を受け入れた。

涙を貯めた瞳も精一杯の懇願も、全ては食欲を煽る香辛料に過ぎなかった。

熱く(ぬめ)(ひだ)に包まれる感触に僅かに腰を震わせ、男は小さくイヤイヤと首を振る少女の耳元に口を寄せて囁いた。

 

 

『足りねえってんだよ。お前への感謝も、愛も、アピールされる度に抱いてきた衝動も………何年分ものあれこれが、たった七回で収まる訳ねえだろうが』

 

 

『っ~~~~~…………』

 

耳から這入(はい)り込んだ喜びと切なさが、胸と下腹を満たしていく。

抵抗は力で封じられ僅かばかりの心の拒絶も抉じ開けられ、全てを支配された自分を少女ははっきりと自覚した。

 

『………わかりましたよ……っ。どうせ今さらです……好きなだけ、満足するまで……私を食べ尽くせばいいじゃないですか……っ!』

 

その口調が精一杯の最後の抵抗。

「受け入れろ」という言外の命令に従うように、少女の身体は男の腰に脚を絡める。

それを合図に再び始まった獣のような抽挿に、少女は一際大きな悦びを声に発した。

男もまた何より愛しい少女を抱き締め、放すまいと締まり吸い付きまとわりつく肉の蜜壷を無我夢中で貪り尽くす。

少女が食い尽くされるまで、獣の腹が満ちるまで、この交わりは終わらない。

古来の物語でも、可憐な少女は狼の腹に余さず収まるものであると決まっているのだから────

 

 

 

 

 

 

「………何だよこれは」

 

「おっアタリだな。誰かが隠してやがったのかな?」

 

地面に重ねた本の中から適当に抜き取って目を通していたジンが、手に持っていたそれを放り捨てる。

《黎明の亡都》。

それが今二人が立っている場所の呼び名だ。

広大な庭園を中心に、植物園や図書館跡地が立ち並ぶ廃墟。

隣接する水辺には横倒しとなった建造物が埋没しており、かつてのアラガミの襲撃の甚大さが窺い知れる場所だった。

しかし崩壊してもなお美しさを孕むその情景は、万人に在りし日の姿を想起させるだろう。

因みにここは襲撃の際、各施設が一斉に放棄されているため、図書館にある書籍の大部分が当時のまま残されている。

アラガミの出現による多大な犠牲者と共に多くの知識・技術が失逸してしまったこの現代において、ここは文学的に大きな価値を持っている場所となるのだが………まぁ、誰の仕業かはわからないがこういう掘り出し物もあったりするらしい。

標的がここを通過するまでまだ少し時間があるから本でも読んで時間を潰そう、という提案に乗ったはいいが小説とか正直わからん、と他のと比べて比較的薄い本を手に取ったらこうなった。

 

「面白そうなのがあったら持って帰るか」

 

「いいのか?」

 

「図書館だからな。また返しに来りゃいいさ」

 

そんなもんか、とジンは重なった本から目を離し、ふと大きく開けた彼方の景色を見る。

青く澄みきった空を映す湖は日の光を浴びて煌めき、緩やかに吹く風が草花を揺らす。

ここが戦場でなければ、アラガミがいなければまるで楽園のような光景だった。

平穏や平和という言葉の意味を視覚的に表すとしたら、きっとこんな感じになるのだろう。

思い返せば、自分には生まれて初めて見るような穏やかな陽気だった。

 

(ここで食べる飯はさぞかし美味いだろうな……)

 

「……あと今放り捨てたやつ、読まねえならくれ」

 

「持って帰るのかよ」

 

そんな時、耳元の通信機から僅かなノイズの後にオペレーターの音声が流れてきた。

平和というものは、いつだって災いに崩される。

 

『目標アラガミ、作戦エリア内に侵入。侵入地点、送ります』

 

!?とリョウが周囲を見回す。

送信された位置データに示されたマーカーが示しているのは間違いなくここ。

靴越しの足の裏に伝わる振動も確かに敵が近い事を示している。

しかし───肝心の標的の姿がどこにも見えないのだ。

 

「オイ、本当にここなのか? 影も形も無えぞ!」

 

『!? はい、直前の点検では機材に不調は確認されませんでした! 情報は正確なはずです!』

 

「何だ、じゃあどういう───」

 

ジンがその場から飛び退くと同時、リョウの脳裏に閃光が走る。

敵は確かにここにいる。

しかし前後左右、そして上。どこを見回しても敵の姿はない。

ならば残された唯一の可能性は───

 

「下か!!」

 

 

次の瞬間。

バグン!!と、漆黒の巨大な(あぎと)が一瞬前までリョウがいた場所を地面ごと喰らった。

地中から出現して空振った二つの異形の頭───神機の《捕食形態(プレデターフォーム)》にも似た口が、節くれ立った首の関節を曲げて地面に寝そべる。

地面を割るくぐもった轟音を鳴らしながら、二つの頭部を支えにその巨体が姿を現した。

 

蠍を思わせるシルエットに、鈍く輝く黒貴の鎧。

大地を喰らった(あぎと)は、頭ではなく手。

身体と繋がっているそれは首ではなく腕。

そのアラガミの両腕は、禍々しい口そのものだった。

 

「ジン。わかってるたぁ思うが気ぃ抜くなよ」

 

「………、」

 

目線と注意は敵に向けたままのリョウの忠告に、言われずとも、とジンは心の中で返事をする。

長い尾の先端に生えた巨大な剣に、ネオンのような毒々しい閃光色の頭髪。

鬼の如ぎ形相から地を這うような唸り声を上げ、禍々しい四本の足で地を鳴らす姿はまさに荒ぶる神。

見上げる程の巨体がさらに巨大に感じるプレッシャーに、ジンはハンマーを改めて握り直す。

 

 

「あいつらはああ言ってたが、ありゃ『戦わず逃げろ』って教わる類いの輩だかんな」

 

 

ガシャン、と神機を構える二人。

自らを喰らう武器の使い手を見てもなお、()()は一切の躊躇をしない。

なぜなら()()にとって、神機とは食糧でしかないのだから。

胸の鎧が開き、ズラリと歯が並んだ大きな口が現れる。

 

第一種接触禁忌種、『神機使い殺し』スサノオ。

過去幾多の希望を喰らったとも知れないその口から───耳をつんざく絶叫が迸った。

 

「ギュラララララララララララララ!!!!」

 

ビリビリと周囲を震わせる音響に思わず顔をしかめるリョウだが、次の判断は迅速だった。

 

「行くぞ!」

 

号令を一発、ジンに突撃の指示を出す。

こちらに数の利があるなら展開して挟撃するのが作戦の定石なのだが、まだ実戦経験が少ないだろうジンを考慮しての事だ。

スサノオは後ろに回っていれば安心できるような相手ではない……どうやってもカバーできない位置に置くよりは自分が側で守りつつ戦い方を教えた方がいい、という事前の打ち合わせ通り。

それを受けたジンの行動もまた早く、即座にリョウの斜め後ろ───バスターブレードの間合いには入らないよう追従して駆け出していた。

 

(躊躇しなかったな。ウダウダ言っちゃいたが、度胸は充分か?)

 

そしてその様子を見ていたスサノオは、獲物が分散しなかった事をやや意外に思いながらも即座に迎撃に移る。

捕食者の行動はいつだって合理的だ。

───獲物が固まっているのなら、まとめて潰した方が早い。

スサノオの大剣が、眩い光を放つ。

 

「足を止めんな! 一気に懐に」

 

「え、あっ」

 

潜り込んで躱す、と続けようとした瞬間、そんな声が割と遠くから聞こえた。

ギョッとして目線を声のした方に向けてみると、やや遠くで「やべ、」とでも言いたそうな顔をしているジンと目があった。どうやら横に跳んでいたらしい。

恐らくは攻撃の気配をリョウよりも機敏に感じ取っていたのだろう、彼の命令より早くジンは進路を曲げてスサノオの攻撃を回避しようとしたようだ。

───だが、その洞察力が完全に裏目に出た。

 

身を低くして接近し射線から外れたリョウの頭上を通り過ぎるように光の珠が()()()()()()

キュドドドドドド!!!と広範囲に着弾した高密度のオラクルが、さらに広範囲の大爆発を引き起こした。

旺神ジンがいた場所も、容赦なく巻き込んで。

 

の野郎っ!!」

 

爆裂する珠の下を潜ったリョウのバスターブレードによる全力の斬り込みを、スサノオは手隙な方の『神機』でガード……したはずだった。

が、グヂリと己の『神機』が嫌な音を立てたのを聴いて、驚いたように食い込もうとしてくるバスターブレードを振り払い、後ろに跳んで距離を取った。

 

「テメェこのバカ!! 教える事があるからキッチリ着いてこいっつったろ!!」

 

「ああ悪かったよ、あんたの命令が妥当だった!!」

 

ひとまず状況を仕切り直したリョウの厳しい叱責に、土煙の向こうから返事が来た。

一瞬(きも)は凍り付いたが、心配する事は何もない。

着弾の直前、ジンが己のやらかしを自覚したと同時にまた全力で後退し、辛くも範囲外に逃げ切っているのが見えていたからだ。

その時、矮小な獲物に退かされたことに苛立つようにスサノオが突進を仕掛けてきた。

圧倒的な質量差による、人の身では抗い難い純粋な暴力。四本足で迫る巨体をリョウが迎え撃とうとしたその時、

 

唐突にスサノオの姿が消えた。

 

(上────、!!)

 

経験則で瞬時に頭上を仰ぎ見たリョウの直感通りに、スサノオは彼の頭上を跳躍していた。

しかしその軌道は大質量によるのし掛かり(ストンプ)とは違う。

リョウは理解した。今のは突進ではない。

邪魔な壁を飛び越えて、獲物に飛びつくための助走だったのだ。

 

 

「ジン、無理しねえで逃げろ! そっち行ったぞ!!」

 

 

獲物の群れが分断された。

ならば狩り易そうな方から狙う。

 

自分の攻撃に立ち向かうのではなく、臆して逃げたジンを仕留める───それがスサノオの弾き出した最適解。

そして言葉にすればそんな感じになるだろうスサノオのそんな考えを、ジンは理解できていた。

 

───あわよくば楽できるかと思ったが、やっぱりそうはいかないか。

やれやれと呟いてハンマーを構える。

腕も脚も尾も、全てに己を殺しうる力を持った荒ぶる神。その接近を前にしても焦燥を覚える事はないが、狸の皮は流石にもう被っていられない。

 

「……そんなに俺と遊びたいか」

 

バチン、とブレーカーを上げるように、身体のスイッチが闘争に切り替わっていく。

騒ぎ出す血に呼応して、毛髪が獣のように逆立つ。

その表情は愉悦。捕食者の浮かべる(かお)

 

闇夜に浮かぶ満月の瞳が、獰猛に尖った。

 

 

「代償は高いぞ、虫野郎」



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第6話

粘質な音を立てて巨大化したスサノオの『神機』がジンに迫る。

地を喰らうサイズの顎門を、しかし彼はひょいと軽い動作で横に躱した。

掠めるような至近距離を通過した死に、ジンの表情はピクリとも動かない。続くもう片方の『神機』も、ジンは小さく飛び退いて躱す。

スサノオは苛立ったように尾の大剣を振るった。

見上げる背丈のスサノオの更に頭上から降り注ぐ、流星群のような刺突の嵐。

人の身体どころか受け方を誤れば神機も一撃で損壊させられるだろう破壊の驟雨、それすらも彼はするすると淀みなく潜り抜けていき────それどころか、前に出た。

 

「!!?」

 

懐に潜り込まれてスサノオは一瞬、自分よりずっと小さいジンの姿を見失った。

無防備な四本脚の足元で、ジンは思い切り身体を捻ってハンマーを振りかぶる。

絞り上げる全身に力を込め、溜め込んだ一振りに集約。

そして────

 

「フンッッ!!」

 

「おっっっるぁあ!!!」

 

ズドンッッッ!!! と豪快な音が二つ重なった。

ジンがスサノオの前脚の一本をぶん殴ると同時に、追い付いてきたリョウがスサノオの背後から後ろ足にバスターブレードを振り抜いた音だ。

 

「ギュル……ッ!?」

 

巨重を支える脚はこの程度では砕けない。しかし四本足とはいえ一気に二本を薙ぎ払われたら当然バランスは大きく崩れる。

重心を支えられなくなったスサノオの身体が、潰れるように地鳴りを上げて地面に伏した。

 

「よっしゃジン、剣か腕ブッ叩け!! こいつは破砕系に弱ええ!!」

 

「了解」

 

即応したジンが振り抜いたハンマーの勢いに任せ身体を一回転、そのまま全身の捻りを加えてもう一度全力の打撃を今度は武器の届く高さまで降りてきていた尾の大剣に叩き込む。

ベギィ!!と破壊的な音を立ててスサノオの大剣にヒビが入った。

弱点とはいえ第一種接触禁忌種の武器を一撃で損傷させるその膂力にリョウは目を見張った。ここまでのパワーを持つ者は、極東支部でもソーマくらいか、次点でナナの二人位のものではないか?

そう考えながら彼はスサノオの後ろ脚にバスターブレードを繰り返し叩き込むが、己の本分は忘れない。

 

「こういう身体してるヤツは転ばしても隙が少ねえ。しっかり覚えとけ!───そら避けろ!!」

 

当然ながら向こうもされるがままな訳がない。

その瞬間、スサノオが思い切り抵抗した。

地面に伏したまま二撃目をかまそうとしていたジンを『神機』で襲い、背後のリョウには長い尾を全力でブン回すが、二人はそれを飛び退いて回避していた。

スサノオのような(さそり)型───『ボルグ・カムラン神属』の骨格は巨大な尾を生やらかした多足の骨格だ。故にダウンさせても最大の武器である尻尾はフリーであるため、ダウンさせた時に見込める攻撃の機会はかなり短い。

その上種の源流である《ボルグ・カムラン》は両手が盾なのに比べて、スサノオは両手も武器なので尚のこと死角が存在しない。

この辺の知識はヘリの中で教えてあるが、実体験を通して学ぶ方がやはり実感として染み付くものだ。

そして。

 

「そろそろだ。腹ぁ括れよ」

 

「ああ。俺もそう思っていた」

 

起き上がったスサノオの髪が揺らめく。

眼と頭髪は毒々しい輝きを増し、『神機』と罅割れた剣は白い光を放つ。

オラクル細胞が活性化している証拠だった。

簡単に言えば、パワーアップ。

アラガミがそのような状態になるのは、殆どの場合がこの理由だ。

 

 

「……俺がコイツなら、()()()()()()()

 

 

グバッ、と胸の鎧が開き、禍々しい牙が並んだ巨大な口が現れる。

怒髪天とはこういうものを言うのだろう。

それは食料の反逆への憤りか、あるいは傷付けられた我が身とプライドか。

後ろの脚で立ち、天を衝くように、世界よ我が怒りを知れとばかりにスサノオは吼えた。

 

 

「ギュラララララララララララ!!!!!」

 

 

『スサノオ、怒りで活性化!! 気を付けて下さい!!』

 

大音声(だいおんじょう)に思わず耳を塞ぐ二人。

言うが否やスサノオは尾まで自分に絡み付かせるように全身を引き絞り、罅割れた大剣にオラクルが凝縮。そして溜めた力の全てを解き放つ。

ハンマー投げのように身体ごと自らの尾を振り回し周囲一帯を薙ぎ払い───破壊の竜巻が巻き起こった。

戦場を丸ごと撹拌するような大剣の烈風をリョウは思い切り上へ、ジンは全力で後ろに跳ぶことで躱し、()()()()()()()()()()()()()()()()

大剣の通り道に紫色のオラクルの塊が出現し、ジンが今まさにその脇を通り過ぎたと同時に爆発を起こしたのだ。

またもや肝を潰す思いをしたリョウだが、靴底で地面を削りながら姿勢を保っているジンを見て胸を撫で下ろした。

大きく後ろに吹き飛ばされたように見えたジンだが、どうやら後ろに跳んで稼いだ距離が幸いし爆風で煽られただけで済んだらしい。

しかしスサノオがそれで済ますはずがない。

己に痛手を与えた怒りと自分の攻撃に揺らぐ様から『与し易い』と思われたか、スサノオは一直線にジンに迫る。

 

「チッ……!」

 

怒りで活性化した巨体を止めようと、リョウは舌打ちをして神機を銃形態に変形。オラクルの弾丸をスサノオの背中に叩き込むが、黒貴の身体はびくともしない。

外傷はなくとも衝撃は通っているのかその場から動けずにいるジンを見て、いよいよ不味いかとリョウはポーチ内のスタングレネードに手を伸ばす。

だがそれは杞憂に終わった。

ジンは動けなかったのではなく、ただ敵を引き付けるために立ち止まっていたに過ぎない。

充分に敵を引き付けたと判断したジンが、いきなりスサノオへと突っ込んだ。

 

「ギュルッ」

 

またも懐に潜り込まれ姿を見失うが、アラガミとて手痛い経験は学習するものだ。

自分の至近にいるだろう虫を潰すべく、スサノオは『神機』で自分の足元を山勘で殴りつける。

が、手応えはない。

それどころか旺神ジンが影も形も見当たらない。

───スサノオの懐に潜り込んだジンは巨大な脚と肩を踏み台にして、とんとんと羽のような身軽さでスサノオの頭上に飛び上がっていた。

スサノオの全身を視界に収める程の空中で、ガコン、とブーストハンマーの機構が展開する。

変形した鉄槌の後部から迸る炎。甲高い駆動音は『お前を砕く』という神機が上げる鬨の声。

 

それに反応してスサノオが顔を上げた時にはもう遅い。

ジェット噴射の推力で流星のように落ちてきたジンのハンマーが、大剣もろともスサノオの顔面を粉砕した。

 

絶叫を上げて激しく後退(あとずさ)るスサノオ。

ふわりと軽い動作で着地、くるりとハンマーを回して構え直し、口元を曲げてジンは犬歯を剥き出した。

 

「ハッハァ……ずいぶん足元がお留守な奴だ」

 

………大発見みてえに言ってっけど、ヘリの中で資料渡して教えといた事なんだよなぁ。

そうリョウは思いはしたが、そもそも『知っている事』と『その通りに動く事』はまるで別物だ。

説明された事を忘れているのかどうかは知らないが、事実上ジンは『初見の敵の行動にその場で対応・分析・攻略した』事になる。

 

この辺りで、リョウはジンに対する認識を思いきって切り替えた。

新兵を教導するように丁寧に動いては()()()()()()()()

指示は連携をサポートする最低限に止め、戦闘行為そのものは個人に任せる。

初陣に臨むルーキーに担わせるには重すぎる信頼だが、コイツはこの位でちょうどいい。

 

「うし。ジン、方針変更だ」

 

「うん?」

 

「ケツは支えてやる。思うようにやってみな」

 

リョウの言葉に一瞬きょとんとしたジンだが、次第にその表情が変わっていく。

つり上がった頬肉に細められた異類の瞳のその奥に、リョウは危うい光を見た。

 

 

「────話がわかるじゃないか」

 

 

言うが早いか、ジンが消えた。

いや消えたのではない、そう思えるような速度で前へと突走(つっぱし)ったのだ。

───(はや)い!!

虚を突かれやや出遅れたとはいえ追い付ける気配がない。ぐんぐんと遠ざかっていくその背中に、走力には自信のあったリョウは密かにショックを受けていた。

しかし敵がそれを座視しているはずもない。

絶対的な強者として生まれ初めて体感する明確に自分を脅かす脅威に対して、スサノオの反応は激甚だった。

 

 

「ギュラァァアアアァアアッッッ!!!!」

 

 

金属じみた咆哮を上げ、スサノオの攻撃性が完全に解放された。

口から『神機』から大剣から、薄紫のオラクルの砲弾が嵐のように吹き荒れる。

巨大な剣と両手の『神機』に印象を引っ張られそうになるが、スサノオの真の恐ろしさは中距離での制圧力にある。

『ボルグ・カムラン神属』特有の防御力を犠牲に得た()()()()は、攻撃範囲に破壊力、さらに連射性能ともに尋常ではない。盾で防ごうものなら大きく吹き飛ばされ、攻撃どころか距離を詰めるのも困難だろう。

まともに攻撃を届かせたいのなら遠距離から狙撃するか、近接武器ならこの弾幕を掻い潜って接近するしかない。

 

それを知ってか知らずか、ジンは一つも速度を緩める事はしなかった。

 

屈みあるいは斜めに跳んで、爆発にも巻き込まれないような疾走で、群れを成して飛来する破壊をジンは全て後方にやり過ごす。

感情の抜け落ちた表情はただ一つの標的に意識を注ぎ込んでいるそれだった。

それを受けたスサノオはバラ蒔いていたオラクルの弾を一ヶ所に集弾、潜り抜ける隙間もない圧倒的な密度でジンを()ぜさせようとする。

 

が、その目論みは一瞬で頓挫した。

大剣と『神機』を向けた瞬間に吐き出したオラクルの弾がまとめて暴発したのだ。

吐き出されつつあったオラクルが意図せぬ爆発を起こし、発射台である砕けた大剣と『神機』にダメージを与える。

 

「うし、命中」

 

下手人はリョウだった。

ジンの後方を走りより広く敵の姿を捉えていた彼はスサノオの思惑を察知し、スサノオが動くと同時に破壊力に長けたブラスト銃の炸裂弾を()()に叩き込んだのだ。

その爆発を目眩ましにジンはブーストハンマーの機構を解放、ジェット噴射の推力を得て『神機』と大剣の鬼門をすり抜け牙城の内部───スサノオの足元へと侵入した。

推力を得て暴れる鉄槌を筋力で強引に制御、身体の発揮しうる力を超えた乱撃で脚の一本を集中的にタコ殴りにする。

 

「ギッ………!!」

 

身体の構造的に自分の真下には尾も腕も届かない。

スサノオは慌てて移動してジンを懐から追い出そうと動き、ジンはそれに追撃をかけようとして、やめた。

既にスサノオの移動方向に回り込み、神機の刃の根本から生やした()()()()を構えるリョウがいたからだ。

 

彼らが神喰らい(ゴッドイーター)たる所以、神機の銃形態と近接形態に続く三つ目の姿《捕食形態(プレデターフォーム)》。

神を喰らい血肉に変える不遜の(あぎと)がスサノオに喰らい付く。

ジンが殴り続けたおかげで、潰れかけている一本の脚に。

 

ばつんっ!!と肉感のある鈍い音と共に、スサノオの膝から下が喰い千切られた。

 

『ブラッド(ワン)! バースト状態、解放します!』

 

オペレーターのアナウンスが通信機から聞こえてくると同時、異形の顎(プレデター)が喰い千切ったオラクル細胞(にく)を飲み込んだ瞬間、リョウの身体から金色の光が放たれた。

喰らった神を血肉に変え、リョウの偏食因子が活性化しているのだ。

 

「ジン。三秒稼いでみな」

 

「……!」

 

テストするような言葉と共に、彼のバスターブレードに禍々しい光が纏わり付く。

低く身を落として神機を構えるただそれだけで放たれる威圧感は、まるで彼自身が神を喰らう意思持つ兵器であるかのようだった。

彼が口にした『三秒』とは即ち、断頭台の刃が落とされるまでの時間。

 

「!!」

 

─────三。

生存本能に警鐘を鳴らされたスサノオが、脚をもがれ(くずお)れた身体を立ち上がらせてリョウを狙う。

それを受けたジンは即座にまだ無事な脚を強引に払うように殴り飛ばす。

支えを一本失い不安定になっていたスサノオの身体は、それだけでまた転倒させられた。

 

─────二。

スサノオが長大な尾を振るう。

大剣こそ折れているが、その一撃は人一人を叩き潰して余りある。

鞭のように振るわれた木の幹のような尾に、ジンは全力でハンマーを振り下ろした。

高速で動く尾を正確に捕らえたハンマーは、その一撃がリョウに届く前に強引に地面に縫い付けた。

 

─────一。

もはや手段を選ぶ余裕は無いと判断したのか、スサノオの大剣と『神機』に光が集約されていく。

ジンの妨害ごと巻き込むつもりなのだろう、距離が明らかに自爆覚悟だ。

流石のジンも一瞬固まりそうになるが即座にハンマーの機構を解放、全力の一撃(ブーストインパクト)をスサノオの胸に叩き込む。

胸の鎧が粉々に砕け散り巨体が大きく揺らいだが、しかし攻撃は中断されない。スサノオも腹を括っているようだ。

これはもう間に合わない。

ジンは光の強さから攻撃の規模を推定し、離脱の算段を立てた。

 

 

 

そして、ゼロ─────

 

 

「よくやった」

 

リョウの神機が莫大なエネルギーに包まれた。

《チャージクラッシュ》、(オラクル)をチャージして一発に限り爆発的な攻撃力を叩き出すバスターブレード特有の攻撃。

しかし彼が放つそれは、それよりもさらに一線を画すものだ。

暗い炎が噴き出しているかのようなその刃は、先刻ヴァジュラを叩き斬った時よりもさらに長く、強大になっていた。

 

そして光は放たれた。

己の身体も省みない破壊の嵐が、スサノオを起点として吹き荒れる。

その爆発は地を抉り、自らの損傷と引き換えに二人に重傷を負わせた事だろう。

───そう、それが当たっていれば。

 

それを委細構わず、神楽リョウは断ち払った。

分類『C.C.ブレイカー』。

バースト状態で放たれる彼のブラッドアーツは、もはや有象無象を区別しない。

そして───

 

 

「──────消え失せろッッッ!!!」

 

 

斬るというより、破断する。

スサノオの放ったオラクルの嵐すら呑み込んで掻き消し、バギバギメキメキと猛烈な音を立てて黒貴の鎧が断たれていく。

『神機』を上下に分断し、肩口からめり込んで袈裟懸けに通り抜けてなお、振り抜かれた刃の速度が変わらない。

 

断末魔すら上がらない。

刃の軌道上にあった上半身や下半身、そして尾を不揃いに断ち斬られた接触禁忌の神蝕皇が────バラバラになって崩れ落ちた。

 



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第7話

ズズン、と地面を鳴らして散らばる残骸。

リョウのバースト状態は地面に着地すると同時に解けた。

余りにも強引な幕引きだった。

息をついて沈黙した標的を一瞥、渾身のドヤ顔を披露するリョウに、ジンは思わず閉口した。

 

「……俺の好きにしていいんじゃなかったのか?」

 

「やっぱ最初はな、リーダーがガツンと決めてこそだろ。それでこそ尊敬が生まれるってモンだ」

 

「これ報酬どうなるんだ。これだけ動いてトドメ刺した奴の全獲りとか言ったらキレるぞ」

 

「歩合制、ってか討伐報酬だかんなぁ。想像の通りトドメ刺した奴の総獲り………いや嘘、嘘。冗談だ、冗談だって。えっ嘘だろマジギレ?」

 

どんどんつり上がっていくジンの眦。

腰が退けつつもちゃんと貢献度も考慮される事とプラス基本給である事を教えて何とか宥めることに成功したリョウは無駄にかいた冷や汗を拭い、不承不承ながら納得したジンは爪先でスサノオの死骸を遊ぶように蹴飛ばす。

 

「しかし、まぁ……少なくとも勝算はあるんだろうと思っていたが、まさか一発で片付けるとはな。俺が来る必要とか無かっただろ、これ」

 

「自己紹介も兼ねてな。お前を連れてきたのはお前の実力を見る為なんだが……」

 

「実力? おいおい、訓練課程を終えたばかりの新兵の実力を測るなんて……」

 

 

「イヤお前、明らかに新兵じゃねーだろ」

 

 

この期に及んでシラを切るなとでも言いたげなリョウのジトッとした視線に、黒と金の眼が僅かに見開かれた。

明確な確信を持った語気にやや沈黙してしまったジンだが、取り敢えず流れとして冷やかしを入れる事にする。

 

「いやいや、俺は正真正銘のルーキーだよ。あんたの指示に必死で従っただけだ。 だが部隊の長にそう言われるのなら、どうやら俺の才能はなかなかのものらしいな」

 

「流石に誤魔化せるライン越えてんぞ。

そりゃ確かに素質ってのはある。神機との適合率だったり、いざアラガミを前にした時に恐怖に負けず動けるかだったりな。

けど、動けるかじゃなくどう動くかは実戦を繰り返さなきゃ身に付かねえ。

何が『絶対終わった』だ、とんだタヌキじゃねえか。

 

……お前、どういう経歴でここに来たんだ?」

 

沈黙が流れた。

リョウの瞳にはしかし問い詰めるような剣呑さは無く、ただ純粋な相手に対する興味のみがある。

対するジンの表情はやはり変わらない。

しかしどことなく目の前のバスターブレード使いを値踏みしているようにも見える金と黒の目が、少しだけ揺れたようだった。

しばし脳内で行動の選択肢を弄んでいた彼だが、結局のところ彼の口が答えを返す事はなかった。

 

「ま、別に教えてくれなくてもいいんだけどな」

 

リョウが自分で提起した問題を自分でぽいと放り捨ててしまったからだ。

流石にこの流れで自己完結されるとは思っておらず、警戒心の遣り場を失ったジンは途中で梯子を外されたような心持ちでリョウを見る。

 

「いや、そりゃ気になってんぜ? けど話さねえって事はそれなりの理由があんだろ? そこを無理に聞き出そうなんて野暮なこたしねえよ」

 

「………」

 

「今話せたぁ言わねえさ。いつか気が向いた時に教えてくれりゃいい。

……その為の信頼ならこっから積み上げてやっからよ」

 

そう言って、頬の刺青を歪めてリョウは笑う。

ニカッという擬音がぴったりな、戦場には不釣り合いとすら言える年相応の屈託のない笑顔で───

 

 

『二人とも気を付けて! 目標アラガミのオラクル反応、まだ消滅していません!!』

 

 

ジンの視界の隅に動くものがあった。

それは今しがた胴体を切り裂かれた残骸。

しかし強靭な生命力を持つそれは、消えかけていた命の灯火を執念で繋ぎ止めていた。

スサノオ。

頭と右腕のみとなってなお生存していたその異形が、文字通り死力を尽くして右手の『神機』を振りかざす。

己を死の淵へと追い込んだ、神楽リョウへと。

 

「っと、やっべ………」

 

距離的に回避は間に合わない。

背中に冷や汗を垂らしながら、迫り来る巨大な口に対して神機を担ぐように背中に回し、装甲を展開しようとする。

するとその時。

グラリ、と傾くように攻撃の軌道が変わった。

変更された攻撃目標は、旺神ジン。

 

「よっ、と」

 

しかしそれを予見していたかのようにジンがバックステップ。

一瞬前までジンがいた場所にスサノオの『神機』が激突、その地点を派手にかじり取る。

そして直後に、下から上へとアッパーカットのように振り回されたリョウのバスターブレードが、スサノオの頭部を半分ほど抉った。

 

「ギ…………ア……………」

 

ズズン、と再び地面に崩れ落ちるバラバラ死体。

予期せぬしぶとさを見せたスサノオだが───今度こそ、蝋燭の火は完全に吹き消された。

 

『………対象のオラクル反応の消滅を確認。危ない所でしたね』

 

「全くだ。俺に狙いがズレてなきゃ、あんたの上半身はキレイに無くなってただろうよ」

 

「バカ、死ぬかよ。バスターブレードにゃパリングアッパーって技術があってだな………」

 

『周囲に別の敵影は目視できますか?』

 

「? いや、何も」

 

「ああ。特に音も匂いも無いな」

 

(匂い………?)

 

次はもう少し難しい任務でもこなせるんじゃないですか? というオペレーターの軽口で、二人は帰投用のヘリが到着するまであちこちを探索した。

ジンの物資回収の手際がやたら良かったり、レア物を巡って小競り合いを起こしている内に、タンデムローターが空を叩く音が聞こえてきた。

 

「迎えだ。帰るぜ」

 

「…………」

 

割とマジな剣幕で集めた物資がどのくらいの利益になりそうかの鑑定に夢中で心ここに在らずのジンの後ろ襟を掴んでズルズルと引きずる。

意外と金汚い、と頭の中で評価を一つ付け加え、リョウはふと首を後ろに向けてジンを見た。

頭に過るのはさっきの光景。

スサノオが死の間際に振るった攻撃。

あの攻撃、結局ジンに容易く回避され無意味に終わったのだが。

 

何というか、不自然ではないか?

あの時スサノオは間違いなく、自分を狙っていたはずなのに。

そう、まるで途中から、旺神ジンに吸い寄せられるかのように────

 

(…………ま、気のせいだろ)

 

頭と右腕しか残っていない死に体だったのだ。

途中でバランスを崩したのだろう。

帰還ポイントに到着した二人。

対アラガミ装甲を纏った護送機が、二人の戦士を迎え入れるようにそのドアを開いた。

 

 

 

時は少し遡り、二人が今度こそスサノオにトドメを刺した直後の事。

スサノオの沈黙を確認して一安心のはずのオペレーター、フラン=フランソワ=フランチェスカ・ド・ブルゴーニュが、怪訝な目でモニターを見詰めていた。

 

「………いま一瞬、偏食場パルスが………?」

 

偏食場パルスとは、特殊な力を持つアラガミがその能力を発揮する際に広がる磁場のようなもの。

それが戦闘中に突然観測されるというのはトップクラスの緊急事態だ。援軍を送るか、場合によっては撤退も視野に入れて行動せねばならない。

それがリョウ達がスサノオと戦っていたエリアで、何の前触れもなく発生した……のだろうか?

再び何かを観測しはしないかと計器を睨むフランだが、計器は何も返さない。

本当に一瞬だけアラートを鳴らしたきり、何の異常もないレーダーの図と数値を示し続けている。

 

「どうかしましたか?」

 

「いえ、何も……」

 

同じくオペレーターの竹田ヒバリには問題ナシと返す他ない。

最終的に誤作動か何かだと結論付けて、フランは機材のメンテナンスの依頼書を手に取るのだった。

 

 

◇◇

 

 

ミッションから帰投したジンは、割り当てられた自分の部屋のベッドにどさりと横たわる。

疲れた。肉体もそうだが、精神的に。

銀髪さん(シエル)ネコミミさん(ナナ)に今回のミッションの様子を聞かれたが、リョウ(だっけ? よく覚えていない)が自分について話す度に驚きと共に誉めてくるので、今マイルームにいるのはそんな慣れないやり取りから逃げてきたのに近い。

そしてそれ以外に向こうが言う事を総合すると『ウチの隊長スゴいでしょ?』みたいな感じだった。

頬に菱形の刺青を持つあの男は、本当に彼等の支柱らしい。

あの黒いアラガミを一刀両断した光景を思い浮かべながら、ジンはポケットから通信端末を取り出す。

それは公の基地局を経由せず、使用した形跡も残らない非合法な品だった。

予め登録されてあった連絡先を呼び出して通話ボタンを押す。

きっかり三コールで、相手は呼び出しに応じた。

 

『─────』

 

「あー。俺ですよ、俺。旺神ジン。

極東支部には無事に入り込みました」

 

『───、────?』

 

「ええ、特に問題らしい問題は何も。

………は? 敬語? ……しょうがないだろ、使わなきゃアンタの周囲が五月蝿いんだよ。どうせこの話だってそいつらも聞いてるんだろう」

 

案の定受話器の向こうからぎゃーぎゃー聞こえてくる大声の文句に顔をしかめる。

耳元での大声は苦手なのだ。

受話器をやや耳から離して、ジンは通話相手に報告を続ける。

 

「ああそうですね、アンタから聞いた通りでしたよ。特にアイツ、………名前なんだっけ。

アイツ最初に峡谷で視た以上に強いです。

リーダーがあれなら、その部下も相当なんじゃないですか」

 

『─────』

 

「……そんなん言われましてもね。

こっちは小細工ナシの身一つで頑張らなきゃなんな………、あ」

 

不意にジンが言葉を止めた。

訝しげな沈黙を返す通話相手に、ジンはやや気まずそうに口を開く。

 

「あー、今さっき初任務行ってたんですがね?

その時にまぁ、ちょっとピンチみたいな局面があって」

 

『………───?』

 

「……一瞬だけ『使った』んですが、大丈夫ですかね?」

 

受話器の向こうから一斉に怒声が飛んできた。

一応よっぽどの時は使っていいとは言われていたものの、潜入した初っぱなからとなると流石に許容範囲から外れてしまうらしい。

大丈夫バレてないバレてないと昂る相手を何とか鎮め、最後に二、三言葉を交わして通話を切った。

………ともかく報告の義務は果たした。

通信端末を再びポケットにしまい、ベッドに横たわったまま見慣れない天井を見上げる。

今しがたの会話の内容を思い出しながら、ジンはぼそりと呟いた。

 

「俺は別に、アンタが何を思ってそうしようとしてるのかは知らないし、知ろうとする気も無い。

だけど………」

 

ジンの脳裏に峡谷での記憶が過る。

下手な接触禁忌種より凶暴化したアラガミを、チームワークで無傷で倒した彼ら。

そしてそれを束ねる、刺青の男。

 

 

 

「………果たして極東支部ってやつは、アンタが言うほど脆いものなのかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

─────NORN──────

 

 

旺神ジン(18)

 

2074年フェンリル本部より極東支部に転属。

同時にフェンリル極致化技術開発局入隊。

出生:4月1日 身長:175cm

 

特殊部隊「ブラッド」所属。

本部より届いた情報を元にしたメディカルチェックの結果、偏食因子との適合率が非常に高く、それに伴った身体能力も驚異的な水準にあることが判明している。

なお外見的な理由や初対面の人間にすぐニックネームを付ける癖があり、他の隊員との不和が予想されたが、幸いにしてその事態には陥っていない模様。

しかし記憶力に若干の難があり、今後の任務においての支障が懸念される。

 

神機:ブーストハンマー・ブラスト(第三世代)



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8話

「う゛、えぇ゛…………っ!!」

 

ラボラトリに続く廊下の片隅。

腹部から全身を蝕んでくる吐き気に立っていられなくなり、旺神ジンはその場にガクリと膝を付いた。

喉元までせり上がってくる液体を吐き出さぬよう口を手で押さえ、それを嚥下しようと必死で喉を動かす。

異物の排除を拒まれて不愉快そうに蠕動する胃袋を手で押さえ、荒い息を吐きながら、ジンは鋭い眼光を目の前の四人に向ける。

香月ナナ。

シエル・アランソン。

ギルバート・マクレイン。

そして、神楽リョウ。

今ジンを苦しめているのは、彼を見下ろしているブラッドのメンバーだった。

何よりも仲間を大切にするはずの四人は、目の前で苦しんでいるジンに手を差し伸べようともしない。

彼等は確信しているのだ。

旺神ジンを苦しませているのは自分だ。

しかし。

自分達は何も悪くない、と。

 

「はっ、はぁっ、………くっ、そ…………」

 

壁に手をついてヨロヨロと立ち上がり、ジンは精一杯の呪詛を吐く。

それでも四人の表情は何も変わらない。

 

「まさ、か、………こんな事に、なるとは………。

……迂闊だったな、本当に………」

 

大したもんだ、と。

皮肉混じりの称賛が出たところで、リョウがようやく口を開いた。

それはまさに、四人の思考の代表だっただろう。

 

 

 

「……お前、ジュース一口でそのリアクションは流石に無えわ………」

 

 

 

『初恋ジュース』と銘打たれたアルミ缶を片手に、リョウはダウン状態のシユウみたいになっているジンの背中を擦る。

その後ろではナナにシエル、ギルバートの三人が美味しそうに缶の中身を味わっていた。

旺神ジンが加入した翌日、部隊のメンバーで集まって昨日の彼の初陣について話していた時の事である。

 

「いつも買えなかったからどんな味か気になってたんだが……美味いな、これ………」

 

「ええ、甘酸っぱさとほろ苦さがここまでマッチするとは……」

 

「これおいしいよねー。いくらでも飲めちゃう!」

 

「……ナナ、まさか買い占めてんのお前とか言わねえよな」

 

そうこうしている内に何とか持ち直したジンが、決死の表情で再び缶の中身を口に運ぶ。

そして冒頭の展開を何回か繰り返した後、ようやく彼はジュースを全て飲み干した。

 

「俺らは美味いと思ったが………お前さ、そんなグロッキーになるくらいマズイなら飲まずに捨てりゃよかったじゃねえか」

 

「刺青さん。目の前にあるのが食える物なら、俺は料理とゴミを区別しないんだ」

 

「ゴミってお前」

 

残す事は絶対にしない、と無駄に強い瞳で言い切ったジンに思わずリョウが素で突っ込む。

ここまで歪な食いしん坊キャラは物語の中でもそうはいまい。

暗に料理とゴミを同列に語っているようなものなので、それ絶対ムツミには言うなよ、と釘を刺しておいた。

 

「しかしスサノオの連射を逃げずに躱したっていうのはすげえな。反射神経と身体が完全に一致しなきゃ無理だぞ……」

 

「まー今回のハイライトはそれだよな」

 

「私と同じハンマーなんだよね? 役割かぶっちゃうかな……あれ、私ピンチ……?」

 

「ジンさん、よろしければどうやって回避したかを教えていただけませんか?今後の参考になるかもしれません」

 

何やら己のポジションが疑わしくなってきたらしいナナの横で少しわくわくしているシエルに話を振られたジンが、空になった缶を手の中で弄びながらさらりと答えた。

 

「視えたから避けた」

 

「……視えたから……」

 

攻撃の前の前兆を読み取ったか、敵の攻撃に何らかのパターンがあったか、そんな感じの予想を立てていたシエルがちょっと言葉に詰まる。

理論を通して戦術を組み立てる性分からなのか、どうも完全に感覚で動いているらしいジンに戸惑っているようだ。

 

(やっぱ嗅覚で動くタイプだったか)

「ひとまず全員でミッションに行こうぜ」

 

色々と考えを巡らせていたリョウ以外には唐突なその提案に、メンバー全員の注目が集まる。

 

「ジンが加わって今後使える戦術のバリエーションも増えてくるし、それにジンは多分自分の思うように動いた方が力を出せるタイプだ。

そうなりゃ連携のやり方も今までとは違ってくるし、その辺を早い内に擦り合わせておきてえ」

 

それにジンは高い反応速度が仇となり、逆にピンチになるシーンもままあった。アラガミごとの対応を覚えるまでは今後もしばらくは起こるだろうそれを自分たちはどうカバーすればいいかも考えておく必要があるだろう。

その場の全員がそれに同意し、今行ける任務があるならすぐ行こうという空気になった時だった。

 

「………ん? いや待ってくれ」

 

急にジンがそんな事を言い出した。

眉間に指を当てるその仕草から察するに、何かを思い出そうとしているらしい。

 

「どうした?」

 

「いや、何か……それよりも前に、俺は何か用事があったような………?」

 

 

「ジンさん!ここにいたんですか!」

 

 

エレベーターが開く音。

そこから出てきたのは綺麗な桃色の髪をした(そして巨乳な)女性だった。

彼女はジンの腕をがっしり掴むと、そのままぐいぐいと引っ張っていく。

 

「さあ約束ですよ行きましょう!先輩らしいところを見せてやります!」

 

「あ、あー……何か忘れてると思ったらそれか」

 

「ひどいっ!?」

 

結局そのままジンをエレベーターまで引き込んだ女性は、突然の出来事に呆然とする四人……その中の神楽リョウに向けてビシッと敬礼して元気よく言い放った。

 

「それでは教官先生!しばしジンさんをお借りします!」

 

「へ? お、おう」

 

そのまま二人を隠した自動ドアをしばしポカンと見詰めながら沈黙するブラッドのメンバー。

提案の核をいきなりかっさらわれ色々中途半端な心境になってしまった彼らは、エントランスで楠リッカから事の経緯を耳にするのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

曰く、私もいつまでも新人気分でいるのはやっぱりよくないと思う。

曰く、そういえば教官先生に訓練を付けてもらった私はもう今までの私ではない。

曰く、新しい人が入ってきた貴重なこの時こそ私が教官先生になる時である。

 

「カノンちゃん張り切ってたよ。先輩らしいところ見せてやるんだって」

 

「大丈夫かよ……」

 

リッカの言葉にリョウが呻く。

さっきジンを引っ張っていった女性───(だい)()カノンと旺神ジンが向かった任務は、『贖罪の街』に出現したクアドリガの堕天種を排除しろという(極東支部の基準で言えば)簡単なものだ。

カノン一人でもこなせる任務だが、万一攻撃を喰らった際にリーク状態───体内のオラクルが減少していくような状態異常にされてしまったら、単騎だと携行品以外で能動的にオラクルを回復する手段のない旧型ガンナーの彼女にはかなり痛手だ。

しかしその不安要素は今回はジンが埋めてくれるだろう。

問題は、もはや「例のアレ」と言えば通じるレベルで知れ渡っている台場カノンのとあるクセ。

 

────誤射、である。

 

かつて他の神機使いから転属動議が出たほどにガチな前科。

かつてその本人から相談を受けたリョウは懸命にそのクセを矯正し、持ち前の大火力を回復弾に回して衛生兵という新たな道を開拓したりもしたのだが……それは結局彼女を余計にはっちゃけさせただけに終わった過去がある。

そもそもにおいて本人が全力でアラガミを消し飛ばす事が自分の意義だと固く思い込んでいるのだ。

『もうやりたいようにやれ』───

ドッと疲れて口から出てきたあの言葉が正解だったのかどうかは未だにわからない。

 

「それについては大丈夫だと思うよ。

『万全のサポートをしてあげた方が先輩としての頼もしさが伝わると思うよ』って伝えておいたし」

 

「ナイスフォロー。マジで」

 

「そういうわけでさ、君の方からも彼にさ、歳上のお姉さんに対する敬意の方をさ………」

 

年功序列というものが大して存在しないこの職場だが、どうも三つ年下のジンから素で子供扱いされたのがお気に召さないらしい。

口振りから察するにまた何かあったのだろうか。

 

「歳上のお姉さん、か。カノンも新入りが入ってきて嬉しいんだろうな……」

 

古参兵だがベテランの空気が皆無な彼女だ。

これを機に尊敬されるようになりたいのだろう。

不安定な時もあった。

そもそも自分がブラストを使うのが間違っているのかとすら思い悩み、一時期は何をトチ狂ったかブラストの砲身でアラガミをボコスカ殴っていた。

幸いにしてすぐに落ち着き、そんな暴挙はもうしなくなったが───あの時はマジでバグったのかと本気で不安になった。

 

しかし今では、サポート役を選択できるほどの余裕がある。

前を向けるようになった彼女は、最早前に進むばかり。

そんな感慨に耽っている時、ナナがおずおずと手を挙げた。

 

 

 

「あの、たいちょー。私さっき大量の(オラクル)アンプル抱えて『どかーんどかーん』って呟いてるカノンちゃんを見た………」

 

「あんの大馬鹿ノン!!!」

 

 

 

 

それから二時間後、台場カノンと旺神ジンが任務を終えて帰投してきた。

リョウがゆっくりとそちらを見てみれば、スサノオのラッシュすら避けるはずのジンの肌や髪、真っ白なブラッド制服にはあちこちに焦げた後があり、その傍らにはカノンが肩身狭そうに佇んでいる。

見ただけで全てを察した皆の同情の視線が突き刺さる中、極東の洗礼を二度喰らったジンはボリボリと頭を掻いて言う。

 

「………まあ何だ。センパイらしい所は十二分に見せてもらったよ。

凄かった、アレがあんたの戦い方なんだな」

 

「…………はい」

 

「しかしあんな馬鹿みたいな火力の持ち主がいるなんてな。()()()()()()()()()()大抵の奴が一発でカタが付くだろう。

こういう奴等が集まってるならここもさぞかし安泰だろうよ。

初任務に特級のヤバい奴を持ってこられたのも頷ける」

 

「はい………」

 

帰投中にもう色々言われているのかそれともやらかした自覚があるのか、賞賛の言葉を頂戴しつつもカノンはまさに私ヘコんでます状態。

出発直前の元気が嘘のよう、隣にいるジンに生気をガリガリと削られている。

うっかりマガツキュウビの殺生石に近付いてしまった時の自分がちょうどあんな感じだった。

 

「で、だ」

 

ぐりん、とジンがカノンの方を向く。

こちらから彼の表情は見えないが、多分すごく恐い顔をしていたんだと思う。

 

 

「俺を殺そうとした訳じゃないってのはマジなんだろうな? 誤爆野郎」

 

「マジです。マジなんです………!だからその、せ、せめて呼び方は誤射さんに………!!」

 

 

必死に拝み倒しながらもどんどん小さくなっていくカノン。

あちゃー、と額に手を当てるリッカの前でリョウが本気で頭を抱えている。

後でフォローに向かわねば───

今はただ、これでジンがカノンを嫌いになってしまわない事を祈るばかりだった。

 

 

 

 

 

 

「はいそうです………。張り切っちゃった私がいけないんですわかってます」

 

「いやだから、な? 元気出そうぜ、ほら」

 

教官先生の相談所としてすっかり定着したラウンジ脇のソファだが、今回はカノンの懺悔室になっていた。

ゴーンと効果音付きでヘコむカノンを頑張って励まそうと奮闘するリョウだが、少し離れた所でなぜかシエルがその様子をじっと見詰めている。

 

「あー、ほら大丈夫だって。あいつもそんな怒ってないと思うし、医務室行ってきちんと謝れば許してくれるって」

 

「絶対怒ってますよう………!帰りのヘリの中でもジンさんずっと無言でしたし………!!」

 

「うわぁ……」

 

ちょっとヤバいやつかもしれない。

わかった一緒に謝りに行ってやると約束してようやくカノンが落ち着いた。

はたから見るともうどっちが先輩かわからない。

リョウの顔は妹を庇う兄のそれだった。

 

「ん? でも待てよ。相手はクアドリガ一体だろ? 堕天種とはいえ、あそこまで(ジンが)ボロボロになる程のもんか?」

 

「そ、そうそうそれなんですよ。

確かに相手はクアドリガの堕天種だったんですが、なんかものすごく速かったんですよ。

あの巨体で猛スピードであちこちあちこち動き回りましてですね、それで毎回狙いがズレてしまいまして」

 

「それはお前が悪い」

 

「はぅ」

 

とは言ったものの、それは確かに厄介だろう。

それでなんとか当てるために撃ちまくる内にジンが巻き込まれたという事か。

───しかし、また変異した個体。

こういったケース自体は前々からあったのだが、この所さらに急増してきている。

捕食して進化するアラガミの特性から考えると、今発見されている変異アラガミが何らかの先触れである可能性も高い。

早い内に調査しておいた方がいいだろう。

もっともそれについては、既にペイラー・榊支部長が手を打っていそうだが。

 

「大変だったみてえだな、お疲れさん。

そういや、ジンの奴はどんな戦い方してた?」

 

「あっ、そうですそれです!

お話で聞くよりもジンさん凄かったんですよ!!

いきなりウオーッて、それでゴーッでどっかーんで………!!」

 

「なるほど、わかんねえ」

 

身ぶり手振りで臨場感たっぷりにお届けしようと頑張るカノンだが、しかし深刻な情報不足。

擬音を使った説明を否定する訳ではないが、ここまで来るとバガラリーのバトルシーンを音声だけ聞いているような気分になってくる。

ウオーでゴーでどっかーんって、それお前じゃねえの、と思わなくもない。

 

「………さて、と。まぁ一通り話してもらった所で、いよいよ謝りに行こうか。もう外が暗い」

 

「ぅぅ………つ、ついてきてくれるんですよね?」

 

「行ってやる行ってやる」

 

浮かない表情のカノンの背中を叩き、(シエルの視線に気付かないまま)ラウンジを出る。

ラボラトリの医務室で寝ているだろうジンを訪ねた二人だが、そこに彼の姿はどこにもなかった。

彼を看た看護師いわく、もう安静にする必要が無くなったので自室に戻っているとの事だった。



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9話

 

 

 

 

「ジン。俺だ」

 

『開いてるぞ』

 

ブラッド区画にあるジンの部屋のドアの前。

ノックに応えたジンの了解を得て、リョウとカノンはドアを開けて中に入る。

特に何の私物も置かれていない部屋の中、旺神ジンはベッドにごろんと横になっていた。

 

「ん、ああ。刺青さんか」

 

「お前誰かわかんねえのに開けたのかよ。ケガの具合は」

 

「問題ない。……で、後ろのそれは?」

 

よっこいせとベッドから起き上がったジンが、リョウの背中に隠れている人物を見咎める。

 

「俺はただの付き添いだよ。用があるのはカノンの方だ………ほら」

 

ぐいと正面に押し出されて、あぅ、と呻いたのは、今日の任務で派手な打上げ花火に自分を巻き込んだ女だった。

あの、その、と言い淀みながら居心地悪そうに身体をもじもじさせる彼女。

十秒ほど経ってから、彼女は恐る恐る頭を下げた。

 

「き、今日は、大変申し訳ありませんでした。

私の癖は私でも自覚しています。これから少しずつでも直していきますので、その、どうか許して頂けないかと……」

 

平身低頭して謝るカノンをじっと見詰めるジン。

無言の返答に頭を上げるに上げれないカノンを見て、気まずそうにリョウが彼女の肩を持つ。

 

「あー………ジン、俺の方からも頼む。

許してやっちゃくれねえか。

腹が立つのもわかるけど、これでもカノンに悪意は無えんだ。

もっと気をつけて戦うように言っておくからよ」

 

「……、」

 

リョウをもってしてもフォローしきれないという事実がカノンの背中に突き刺さる。

頭を下げるカノンのつむじとリョウの瞳を交互に見ていたジンが、頭を上げてくれ、と不意に言った。

それが自分に向けられた言葉であると一瞬遅れて理解したカノンが慌てて姿勢を元に戻した。

闇に浮かぶ満月のような双眸が、緊張した彼女の瞳を覗き込む。

 

「え、ええと………?」

 

それでも完全な無言なので、戸惑うカノンが恐る恐る口を開く。

しばらくその状態が続いた後、ふい、とジンが彼女から視線を外した。

そして。

 

 

「ああ、うん。いいさ、別に」

 

 

唐突にそんな事を言った。

少しだけ混乱したカノンだが、ひとまず考えうる中で一番『そうであってほしいもの』かどうか確認を入れる。

 

「それは、許してもらえる、という事でよろしいのでしょうか……?」

 

ジンはそれに頷いた。

 

「目を見たら大体わかったからな。

刺青さんがどうも本気であんたを心配してるらしい事も……少し信じられないが、あんたが本当にわざとやった訳じゃないらしい事も」

 

俺はそういう事はよく見える、と。

さりげなくダメージを与えるような事を言ったのには気付かないままではあるが、彼は本当にもう気にしていないようだった。

 

「まぁそんな大怪我をした訳でもないから、次からはやめてくれ。

俺の方にも原因が無いではないしな。

次やったら反撃するって事で、これで話は終いだ。……桃色さん」

 

「は……はい!ありがとうございました!」

 

もう一度ぺこりと頭を下げて、カノンは部屋から出ていった。

立ち直りを感じさせる明るい足音が遠ざかっていくのを聞き、リョウはほっとしたように肩の力を抜く。

 

「じゃあ俺も戻るぜ。今日は悪かったな、また明日、任務の後に飯でも奢るぜ」

 

「お、遠慮なく。それなら拳を引っ込めたかいもあったってものだ」

 

「いや大分キレてんなお前?」

 

そうして部屋から出ていこうとした時、今度はジンがリョウを引き止めた。

どうしたのかと振り返るリョウ。

ちょっと気になるんだが、とジンは前置きしてこんな事を聞いてきた。

 

「あんたの取り分は?」

 

「へ?」

 

「いや、だから」

 

ジンの口から出てきた言葉は、リョウを大いに困惑させた。

 

「俺がさっきの……えーと、桃色さんを許すのと引き換えに、あんたは飯を奢ると言った。

じゃあ刺青さん、あんたの取り分は?

仲裁の手助けの対価を貰ったんだろ?う」

 

にやにやと興味ありげな表情で返答を待つジン。

自分の発想の外からの質問に一瞬返答に詰まったリョウだが、とにかく事実をそのまま答えればいいだろうと何とか思考を取り戻す。

 

「……別に何かを貰った訳じゃねえよ。

ただ不安そうだったから付き合っただけだ」

 

「……、? そうなのか?」

 

ああ、と半ば打ち切るように会話を切り上げたリョウが、納得いかなさそうな顔をしているジンから妙な追及を受ける前にやや足早に部屋を去る。

同じブラッド区画にあるリョウの自室。

バタンとドアを閉めたリョウは、ジンの言葉を思い返して小さく顔を歪めた。

 

(俺の取り分、か)

 

 

───対価に何かを貰ったんだろう?

 

 

(あいつにとって善意だの人助けだのは、見返りありきでしか成立しないものなのか?)

 

 

………あるいはそれは誤解で、そこから自分が上手く話を進めていけば解けたのかもしれないが。

そうである、と思いたい。

自分にはよくわからない分野の話をされたかのようなあの顔が、棘のように頭にちらつく。

僅かに顔を覗かせた、旺神ジンとの大きなズレ。

───もしかしたらそれがその内、自分達と彼とを断絶してしまう大きな裂け目になってしまうのではないか。

 

「……………、」

 

過った不安を押し潰すかのように、リョウはベッドに倒れ込む。

───とにもかくにも、まずはあいつの人となりを理解してからだ。

そう思った直後には、彼は既に夢の世界へと旅立っていた。

直前まで不安を抱えていても、ベッドに入れば五秒で就寝。

これが部隊長ゆえの胆力なのか、あるいはただの快眠家なのか───その辺の判断は、各自の判断に委ねる事にする。

 

 

 

 

 

「ん、ぁぁあ~~~~………夢中になっちゃった………」

 

まだ日の見えぬ午前4時。

今の今まで神機たちと格闘していた楠木リッカが、溜まった疲労を今更のように自覚していた。

廊下を歩く足取りはフラフラとどこか頼り無く、伸びをした背骨からはバキバキと物凄い音が鳴る。

物心づいた時から機械をいじって遊んでいた彼女はしばしば神機のメンテナンスに時を忘れて没頭してしまう事があった。

シャワーを浴びてさっさと寝よう。

ウェイトがぶら下がったように重たい瞼を擦りながら、明かりの乏しくなった人気の無い廊下を一人歩いていく。

 

「………わ……」

 

そこで不意に旺神ジンに出会した。

ぐだっとイスに腰掛けて、どこか宙を見ながらぼんやりとしている。

心ここに在らずといった風情だ───自販機の明かりにぼうと照らされているその顔には、これといって読み取れるものがない。

 

「……ゴーグルさん。どうしたこんな時間に」

 

「ゴーグルさん………。神機のメンテしてたら遅くなっちゃったんだ。

というかそれはこっちのセリフだよ。

寝ないで明日の任務大丈夫なの?」

 

「目が覚めたんだ。元々眠りが浅くてな」

 

「ダメだよ、しっかり寝なきゃ。身体が資本なのはお互い様なんだから」

 

それだけ言って通り過ぎようとした時、今度はジンに呼び止められた。

 

「1つ聞きたいんだがいいか?」

 

「………出来れば手短に。眠くて」

 

「ああ。あんた、何でこんな時間まで仕事を?」

 

「え? まぁ、夢中になっちゃって」

 

「それであんたは見返りに何を貰った?」

 

「見返りって……そりゃお給料は貰ってるけど………」

 

ジンの言葉の意図がいまいち理解できず、リッカは微妙に眉間にシワを寄せた。

 

「いつも戦ってる皆のためだもん。万全の状態にしておくのは、私の当然の責任だよ。私の好きな事でもあるしね」

 

「………そうか」

 

それきり続く言葉も無かったので、リッカはまた歩き始める。

意識がだいぶボンヤリしていたので確度の方は定かではないが、後ろから小さく、わからないな、と彼の声が聞こえた気がした。

 

 

◇◇◇

 

 

千倉ムツミの朝は早い。

9歳にして調理師の資格を持つ彼女は、隊員達のエネルギーとなる朝食の下拵えの為に午前5時過ぎにはもうラウンジに立っている。

コトコトと鍋の煮える音、トントンと包丁がまな板を叩く音がしんと静まった広い部屋に響く。

 

「……うん、おいしい」

 

味見の結果に満足そうな笑みを浮かべる彼女。

そこでふとエレベーターの駆動音が聞こえ、そちらを向く。

現れたのは昨日から新しく極東支部に加わった旺神ジンだった。

ずいぶん早いんだねと言うと、1時間くらい前には起きてたと彼は答える。

なんでも旨そうな匂いがし始めたから匂いを辿ったらここに辿り着いた、だそうだ。

 

「あはは、犬みたいだね!おもしろーい!」

 

ムツミはジンのその言葉を冗談と捉えた。

どんなに匂いの強い料理を作っても、階層を跨いでそれが伝わるわけがない。

そうか?と首を傾げる彼にムツミは朝食の注文を聞いた。

歓迎の気持ちを込めて特別に好きなものを何でも作ってあげる、という彼女の言葉にしばし黙考するジン。

やがて。

 

「そうだな。じゃあ─────」

 

 

 

 

「………で、コレか?」

 

「コレ」

 

そして朝食の時間、ギルが思わず我が目を疑う。

胃に鉄球が落ちるように重たい肉が食べたい。

そんな要望によりジンの前に出されたのは、大皿にドカンと乗せられたチキンのグリル………というかもはや丸焼きだった。

最初にステーキ肉を見せたら「もっと大きいやつ」とリクエストが入り、それを数度繰り返してここに至る。

コーヒーにトースト、スープなどの軽めのものが並ぶテーブルの上でその動物性タンパク質は凄まじい存在感を放っていた。

それを調理したムツミもムツミだが、彼女自身も『何でもとは言ったけど……』みたいな微妙な顔。

ブラッド一の大食らい、香月ナナでも目を丸くしていた。

もう一度言うが、今は朝食の時間である。

 

「うひゃー………ジンくん、食べるねえ」

 

「お前食えるのか、それ」

 

「食えないものは出てこないだろう」

 

「いやそうじゃなくてな……」

 

「……………、……」

 

「ほら隊長、ちゃんと目を覚ましてください」

 

まだおねむのリョウがうつらうつらと危なっかしい手付きで味噌汁を口に運ぼうとするのをシエルが甲斐甲斐しくサポートしているのを横目に、ジンもまた肉の塊に手を付ける。

ナイフで塊の一部を豪快に切り取り、大口を開けて一気にばくんと放り込む。

 

そこから先は早かった。

 

一口大では到底収まらないサイズに切り出した鶏肉を次々に口に入れ、もぎゅもぎゅと咀嚼する。

とにかくペースが早い早い、テーブルマナーを犠牲にして辿り着く境地。

圧倒的にボリュームに差があるものを食べていながら、ジンが朝食を終えたのは他のメンバーとほぼ同じタイミングだった。

 

「ふぅ。御馳走さん」

 

「食べきりやがった……」

 

「わあジンさんすごい………おいしかった?」

 

「ああ美味かった。………うん、美味かった。本当に。……舌が肥えるかもなこれは……」

 

「よかった! 実は私もちょっと楽しかったんだよね。ここまで豪快に食材を使う機会はそうないから」

 

「ジュ……ス………バナナ……おやつ……」

 

毒が無ければ味は度外視というスタンスのジンが自分の舌が感じる喜びに困惑している傍らで、まだ半分夢の中で妙な寝言を漏らすリョウ。

一体どんなストーリーが彼の中で展開されているのかはわからないが、なんというか聞いてるこっちの力が抜ける寝言だった。

 

「相変わらず、朝に弱い方ですね」

 

同じくスープを口に運んでいたフランがくすりと可笑しそうに笑う。

あるいはそれは彼だけでなく、自分の食事そっちのけで彼を気にかけているシエルに向けたものなのかもしれないが。

 

「お2人がその調子なのでギルさんに確認しますが、本日はジンさんを含めた5人でのミッションでよろしかったでしょうか?」

 

「ああ、それで頼む」

 

「了解しました。皆さんがミッションの定員以上で総動員なさるのでしたら、それなりに高難度なものを受注しなければなりませんね」

 

「ハハッ、お手柔らかにな」

 

その後簡易的なブリーフィングがその場で行われたのだが、ジンはその内容がほとんど頭に入ってこなかった。

しかしそれは、彼が持ち前の忘れっぽさを発揮したわけではない。

 

「ダメだっ………違う、ジュリ……ス………お前は………バナナなんかじゃ………っ!!」

 

謎のクライマックスに突入しようとしているリョウの寝言が気になり過ぎて、正直それどころじゃなかったからである。

 

 

◇◇◇

 

 

4体の《ガルム》が空母に集結した。

もはや軍隊とも呼ぶべきこの群れは恐ろしく統率がとれており、先立って派遣された討伐隊は既に撃退され、戦線復帰が難しい状況である。

あらゆる状況を想定し、携行品を万全に調えて奴等の行軍を食い止めろ。

 

ミッション名『愚連(ぐれん)大隊(だいたい)』。

ブラッド隊五人にアサインされた、それが任務の概要だった。

だった、のだが。

 

「ザイゴートいるとか聞いてねえぞ………」

 

出撃位置から見える光景を見下ろしたリョウが思わず呻く。

恐ろしい眺めだった。

4体の魔狼が付かず離れずの位置で各々補食を行っており、その周囲をザイゴート達がぐるぐると哨戒している。

これ以上近付いたらたちどころに気付かれてしまうだろう───あの卵どもの感覚機関の鋭さは身に染みてわかっている。

 

「俺達が移動してる間に合流しやがったみてえだな………クソ」

 

「………隊長。排除しますか?」

 

シエルがスナイパーの銃身を揺らす。

邪魔なザイゴートから潰すか、という意味だろう。

しかし。

 

「スナイパーで先制ってのは賛成だが、目玉から潰すには相手が密集し過ぎてる。

一発ぶち込みゃ一斉に気付かれちまうだろうな」



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10話

「それでは………」

 

「そうだな。気付かれずにやんのは無理だ」

 

アラガミの跋扈する盤面を見渡しながら、リョウは静かに戦略を練っていく。

 

「正面突破しかねえな。

シエルが撃つのと同時に突撃。

万一他のを呼ばれたら面倒だ、まずはザイゴート共を潰していく。

ガルムは1体づつフクロにすんぞ。

スタングレネード、すぐ出せるようにしとけ」

 

「「「了解」」」

 

三十秒後に突撃だ、と最後に伝達して、リョウはにやりと笑いながら一人返事をしなかった男を振り向いた。

 

「ジン、今回もお前バッチリ頑張ってもらうかんな。いいとこ見せろよ」

 

「ジンくん!同じハンマー同士、負けないよー!」

 

「まぁ、それなりにな」

 

刃を備えた白いブーストハンマーを肩に担ぎ、普段と変わらない様子で答えるジン。

臆した気配も昂る気配も感じさせないその立ち姿はどんな心境の表れなのか。

お手並み拝見だな、というギルの言葉にも気のない返事を返す。

 

(さて、どんなもんかな……)

 

ギルは探るような視線をジンに向ける。

ジンの初陣を終え、ジンがマイルームに引っ込んだ後のリョウの話。

どうも何かを腹に呑んでいる───、と聞いていた。

元より《ブラッド》も色々と抱え込んでいた者の集まりだ、何かしらの裏があるらしい事を訝りはしない。

そしてその「裏」の根拠である実力……リョウをして「少なくともセンスは俺より上」と言わしめたその強さを見てみたいというのは、その戦いの場にいなかった三人に共通した思いだった。

そんな期待を我関せずとばかりに大あくび等をかますジンだが、そんな呑気な時間はリョウが静かに口を開いた瞬間に終わりを迎えた。

 

 

 

────十秒前。

 

 

言葉は消えた。

神機が立てる金属音でバチンとスイッチを切り替えるかのように、神を喰らう者達が静かに己の意識を研ぎ澄ましていく。

十秒後などと悠長な話ではなく、その〇.一秒後には、即座に行動に移れるように。

 

そして。

 

 

「────出るぜ!!」

 

 

弾け飛んだ。

破裂するような勢いで踏み込んだシエル以外の四人が、全速力で敵陣へと斬り込んでいく。

その気配に気付いたザイゴートの一匹がこちらを向き、警鐘の鳴き声を上げようとした。

 

「ギャ」

 

刹那、四人を追い越した狙撃弾がそのザイゴートを撃ち墜とした。

シエルの後方支援だ。

間髪入れずに次々と浮遊する卵を射抜いていくその技量に、ジンは僅かに瞠目した。

突撃を始めておよそ五秒───哨戒していたザイゴートの群れの大半が撃破されたのだから。

 

そしていよいよ本丸が動く。

彼らを見て事態を察知したガルム4体が、高々と臨戦の咆哮を上げた。

 

「「「「アォオオオオオオオォォォォォォッ!!」」」」

 

空気を鳴らすような音響が四人の鼓膜を震わせる。

───1体ずつ集中攻撃。

メンバーが作戦を頭の中で反芻していた時、ギルが皆の中から一歩抜き出た。

展開されているスピアの矛先は、既にチャージが完了している証だった。

 

「行くか? ギル」

 

「ああ、新入りもいるしな。───支援ついでに先駆けだ」

 

低く身を沈め得物を突き出す。

さながら自分自身を槍と化し、標的を刺し貫くように。

瞬きする間に、彼はもう前に(はし)っていた。

真紅の閃光が流星と化す。

《バンガードグライド》───そう名付けられたブラッドアーツが、一直線にガルムに突貫していく。

 

「響け──────!!」

 

脅威を察したガルムが、前脚の巨大なガントレットでその矛先を咄嗟にガードした。

しかしギルのスピアは止まらない。

メギ、と鈍い音を立てて、岩のように頑強なガントレットを割り裂こうと食い込んでいく。

ジンは驚愕していた。

ただしそれはギルのスピアの威力にではない。

彼から発せられたチカラ(?)を浴びた自分の身体が、雄叫びを上げるように活性化している事にだ。

 

「凄えだろ?これがギルの『鼓吹』だ」

 

そうだ。

『血の力(だったか?)』とかいう話を、そういえば聞いていた。

つまり、これがそうなのか───

 

フッ、とギルの頭上に巨大な影が舞う。

強靭な脚で宙を舞った別のガルムが、その前脚を鉄槌のように降り下ろしていた。

 

「うおっ!?」

 

ギルは慌ててガントレットに食い込んだスピアを引き抜き、後方宙返り(バックフリップ)でそこから飛び退く。

魔狼の前脚が一瞬前までギルがいた地面を叩き潰したが、しかしそれで終わりではない。

また別の二匹のガルムが彼の着地地点に回り込んでいた。

まだギルの足が地に着く前に。

鎧を纏った豪腕のパンチ二匹分が、まだ空中にいるギルをぶん殴る。

 

バギャッッッ!!!と。

重量級の二振りを受けたギルの長身が、凄まじい勢いで後ろに吹っ飛ばされた。

 

「ギル───────!!」

 

絶叫したリョウが咄嗟に動く。

デコボコの瓦礫に激突しようとするギルの進路に回り込み、彼を強引に受け止めた。

 

「おい大丈夫か!? 意識は!?」

 

「ぐ……安心しろ、ガードは間に合ってる」

 

展開したシールドを閉じつつ、ギルは自分を吹き飛ばした2匹を睨み付ける。

すると自分のすぐ近くから靴底がアスファルトを擦る音が聞こえた。

そこにいたのは、後方に留まり砲撃支援を担当していたはずのシエルだった。

 

「シエル。どうした?」

 

「……追い立てられてしまいました。急所をガントレットでガードしながらの小刻みなステップ、明らかにスナイパーというものを理解しています」

 

硬い声で答えるシエル。

今まさに3匹がギルを仕留めんとしていた時、フリーのもう1匹はシエルを狙っていたらしい。そしてその1匹もどうやら異質な個体らしい。

高いチームワークを見せた4匹のガルムは、いつの間にか四方から自分たちを囲む陣形を組んでいた。

ただ力に任せて襲ってくるのではない、この動き。

リョウの背筋に嫌な予感が走った。

 

「ナナ」

 

「うん」

 

意図を察したナナが、ポーチから取り出したスタングレネードを四匹の目の前に放り投げる。

それは信じられないと同時に、ある程度予想していた光景でもあった。

 

強烈なフラッシュは何の効果も無かった。

放られたグレネードを確認した瞬間───ガルムらは一様に目を瞑り、前脚で己の目を覆ったからだ。

敵の用いた物を把握し、それが何であるかを知っていなければ不可能な芸当。

 

「討伐隊が壊走する訳だ………こいつら完全に学習してやがる」

 

忌々しそうなリョウの舌打ち。

多分奴らは、ゴッドイーターの襲撃から幾度も逃げ延びた者の集まりだ。

何度も戦いを繰り返す内に奴らはゴッドイーターの動きと戦術を学んでいき、そして同じ者同士で群れを作る事で今日の軍隊と相成ったのだろう。

ゴッドイーターにとって真に恐ろしいのは、強大な力を持った一体ではない。

高い知能とチームワークを持つ群体だ。

 

「こりゃいつも通りたぁいかねえな……」

 

「そうですね。しかし」

 

機構が駆動し、シエルの神機が近接形態(ショートブレード)に切り替わる。

 

「私達が呼吸を合わせれば、きっと恐れるに足りません」

 

「シエルの言う通りだ。見せてやろうぜ、隊長───チームワークにはチームワークだ」

 

「そーそー!やっちゃお、隊長!」

 

思わず苦笑いが出た。

一筋縄ではいかないこの状況。

苦しい戦いになるはずなのに、どうとでもなると思わせられる────彼らの何と頼もしいことか。

そしてリョウの瞳に力が灯る。

神機を握る両手に力が宿っていく。

 

「そうだな」

 

そうだ。

何を弱気になることもない。

この程度の脅威などに、自分達は負けやしない。

 

「じゃ、いっちょ見せてやっか。

あいつらに、俺達(人間)の強さって奴を

 

 

 

「要はあれを4つばかり殺せばいいんだろう?」

 

 

 

ザッ、と前に出る足音が一つ。

リョウの言葉を遮ったのは、刃のハンマーを肩に担いだ旺神ジンだった。

 

「………おい、ジン?」

 

「正面突破するならとっととやればいい。

やる事が決まってるなら即座にすればいい。

立ち止まって喋る理由がわからない」

 

その時、ガルム達が動いた。

不用意に前に出たジンを標的にしたのだ。

統率された魔狼の群れが、ジンの周囲の空間を埋めるように襲いかかる。

 

「おいジン危ねえ、来るぞ────!」

 

バスターを構えて迎撃しようとするリョウ。

しかしそれは全くの杞憂に終わった。

ガルムの攻撃が炸裂した場所、そこには既にジンはいなかったからだ。

 

視界を覆う大質量の隙間をするりと抜けて。

それこそまるで───ただ人とすれ違うように。

 

「ガルルッ………!?」

 

後方に抜けたジンを唸り声を鳴らして振り向くガルム。

そのジンは軽く首を反らして、よく晴れた午前中の空を見上げていた。

 

「今日は空が青いな」

 

じり、と彼の姿勢が変わる。

腰を落として足を曲げ、背中を丸めた前傾姿勢は、飛びかかる寸前の獣にも見えた。

異類の双眸が標的を映す。

薄く息の漏れる口から低く這うように吐き出されたのは、ただただ一方的な宣告だった。

 

 

「─────死ぬには良い日だ」

 

 

身体を反らして天を仰いだジンの口が、がぱっと顔面ごと開くような勢いで開く。

 

──────吼えた。

 

「ぅぉぉォォオオオオオおおオオオぉオオオオオオオオおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォオオオオオオオオおおおオオオオオオオオオオオォォォオオオオオオおオオオオオオオオオッッッッッ!!!!」

 

ビリビリと鳴る音のショックに、リョウ達が思わず耳を塞ぐ。

なんと馬鹿デカい声か───新たなアラガミが作戦エリアに侵入したと言われたら信じてしまいそうだ。

地獄の底から叩き出すような遠吠えに、ガルム達でさえやや怯んでいるようだった。

ガコン!とジンのハンマーが展開される。

開いた機構から出現したブースターから噴き出す炎は、まるで彼のボルテージの投影。

低く身を沈めた彼が神機を腰だめに構えた。

そして。

 

前へ跳ぶ。いや、飛ぶ。

自身の身体能力+ハンマーの加速により一瞬で最高速度に達したジンが、一息でガルムに肉薄する。

 

「「「「ッッッッ!!??」」」」

 

振り上げたハンマーが全力で地面を叩く。

機構を起動したブーストハンマーの強力な一発を、彼は出鼻からブッ放したのだ。

しかし敵の反応速度もさるもの、ガルム達はギリギリのところで散らばってそれを回避していた。

そして全力の一撃というものは、回避された時の隙が大きい。

硬直したジンを狙って、再び4匹が襲いかかる。

が。

 

「あ゛あ゛ッ!!」

 

短い咆哮。

筋力にモノを言わせて衝撃による硬直から強引に脱け出したジンが、ブースターの噴射を消さないまま動いた。

横薙ぎに振るった鉄槌で目の前のガルムの前足を弾き飛ばし、作り出した安全地帯からムリヤリ包囲網を突破する。

ジンはハンマーの起動を停止させなかった。

推力で暴れそうになる神機を五体全てで制御し、再びガルムに牙を向く。

 

「「「「「オォォォオオオオオオオッッ!!!」」」」」

 

4匹と1人の咆哮が重なる。

真っ黒な眼に金色の瞳。

異類の眼光が火花を散らし───真っ白な獣が今、戦場を駆け抜ける。

 

 

 

「………すっ……ごい………」

 

目の前のジンの戦いぶりを見ていたナナが呆然と口を開ける。

高度な連携攻撃を繰り出すガルム達を相手にただ一人力業でカチ合っている彼に、同じハンマー使いとして驚嘆すべきものを見たらしい。

 

「ハンマーって重たいから、あんまりあちこち動けないのに、それをジンくん………」



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11話

 走る。走る。疾る。

 鉄槌から炎を吐き出し続けるジンが、制服の白とブースターの尾を引きながら雄叫びを上げる。

 闘争心に顔貌を歪めて、猛烈な速度で戦場を縦横無尽に駆け巡るその様はまさに餓狼のようだった。

 土色と白が絡み合うように入り乱れ、最早手をつけられる隙間がない。合計して自分の数百倍の質量差の暴威の渦中を、彼は目まぐるしく泳いでいた。

 

 「っああクソ、不用意に突っ走りやがって!」

 

 「ブースト中のハンマーで戦うのってすっごく疲れるんだよ!? 早く助けないと動けなくなっちゃう!」

 

 「とにかく引き剥がすぞ! いくら何でも分が悪りぃ!」

 

 注意(ヘイト)を引くには近接形態ではなく銃形態の方が効果的なのだが、とにかくジンとガルムが動き回るせいで狙いが付けにくく、誤射する可能性も無視できない。

 ならば直接的な接触で強引に注意を分散させようと慌てて4人は駆け出した。

 最も手近な所にいたガルムの後ろ足に、まずはシエルのショートブレードが素早く傷を付けた。

 

「グルッ」

 

 背後からの攻撃で改めて他の敵を認識したガルムがシエルを睨む。

 他にもギルのスピアやナナのハンマー、リョウのバスターブレードがガルム達に激突。

 手数でダメージを稼ぐタイプのシエルとギルはその一発で注意を引くことは出来なかったが、一撃が重いナナとリョウは目論見通りに速やかに狙いを自分に向けさせることに成功した。

 

 「やった、こっちきた!」

 

 「2人ともその2匹引き付けといてくれ! おいジン、一端下がってスタミナを回復……っておいっっ!?」

 

 リョウが飛ばそうとした指示が寸断された。

 ジンを休ませる為に全員でガルム達を引き付けようとしたのに、その本人が息もつかずに釣り出したガルムに襲いかかったからだ。

 跳躍したジンはまずリョウが引き付けたガルムの背中を思い切りブン殴り、次いで注意が逸れてこれ幸いとばかりにナナが引き付けた方に跳び移り───そしてあろう事か、その背中に跨がった。

 

 「しぃィイイッ!!」

 

 アラガミに表情というものがあるのなら、さぞかしギョッとした顔が見られた事だろう。

 背中に張り付いた敵を振り落とそうと全力で身体を暴れさせるガルムだが、ジンは落ちる気配がない。かつて行われていたという暴牛を乗りこなすスポーツ、ロデオの騎手のように不動のまま、彼は跨がっている背中に火を噴くハンマーを振り下ろし続けている。

 当然、釣り出しはご破算。

 ジンを乗せたまま暴れながら別エリアに移動していくガルムを追って、残りの3匹も走り去ろうとする。

 

「全員ブッ放せ! ジンを回収しろ!」

 

 状況を止めようにも、スタングレネードが効かないのがとにかく痛い。

 リョウとシエルは持てる中で最も高威力のバレットを、ギルとナナはその隙間を縫って近接攻撃を叩き込む。

 それらを余す所なく食らった3匹の内、1匹はリョウ達に標的を変更。

 

 しかし残りの2匹は、尚もジンを狙った。

 

 「これでまだこっち来ないの!?」

 

 「それ程ジンさんを脅威と見なしているんでしょうか……!?」

 

 驚愕に目を見開くメンバーに向け、ガルムが突撃してくる───が、問題ない。

 連携能力の高さと道具に対する知識は非常に厄介だが、1匹になってしまえばそれはただ凡庸な1匹と大差なく、そうなればもう大した敵ではない。

 シエルの横をすり抜けたリョウが、既に準備していた溜め斬り(チャージクラッシュ)をガルムに叩き込んだ。

コアごと身体を両断され、魔狼は断末魔を上げる間もなく死体へと変わる。

 ───まず1匹。

 ひとまず脅威を減らしたリョウは直ぐ様ジンの様子を確認し、そして一瞬、呼吸が止まった。

 

 散々無茶な挙動をしたせいだろう。

 動き回っていたジンが、とうとうスタミナ切れでその場で動きを止めてしまったところだった。

 

 3匹が両腕のガントレットを展開。発熱器官から火の粉を散らし、全身に炎を纏う。

 この一瞬後には、あの燃え盛る大質量は全力の攻撃性をもってジンに襲いかかるだろう。

 具体的な指示を飛ばす暇はない。

 包囲されたジンの元へ全速力で走りつつ、リョウはただ仲間の名前のみを叫ぶ

 

 「ナナ────!!!」

 

 実際のところ、言うまでもなかっただろう。

 リョウが叫ぶのと同時に、ナナは己の《血の力》を行使していた。

 その力は《誘引》。全てのアラガミの注意を引き付け、自らを囮とする力。

 仲間が持っているものと比べても最もリスクのある力を、窮地に陥った仲間を救うべく使うという決断。

 

 それがただのいらない気遣いであったと判明するのは、その十数秒後のことだった。

 

 

 

 背中に乗って殴り続けてきた標的がガントレットを開いた。そこから放たれる熱量に危険を感じ、ジンはガルムの背中から飛び降りる。

 残りの3匹もこっちに向かっているようなので、適当に膝をついて疲れたフリをしておく。チャンスとみれぱ襲ってくるだろう、厄介な相手を排除するために大技で一撃で仕留めようとするはずだ。

 すると爆音がしたのでそちらを横目で確認してみると、4人が残りの3匹を全力で攻撃しているところだった。1匹が仕留められ、残りの2匹がこちらへと走ってくる。

 

 ………1匹分、稼ぎが減ってしまった。

 

 ジンが露骨に顔を(しか)めていると、こちらに向かってくる2匹のガントレットが展開するのが見えた。四肢に力を込め、今にも飛びかからんとしている。

 どうやら自分を集中攻撃して倒そうという腹らしい───期せずして自分から向かう手間が省けたと内心で小さく喜んだ瞬間だった。

 

 

 「ナナ────!!!」

 

 

 何か、『波』のようなものが放たれた。

 

 「「「 っっっ!? 」」」

 

 強引に注意を引かされ、そちらへ誘われるような感覚に、跳躍したガルムの足元が狂った。高空から押し潰そうとしていたようだが、軌道から考えてあれは動かなくても当たらない。

 思考まで引き寄せられるような感覚を精神で振り払い、ジンは己の動きたいように動く。

 

 残り3匹の殲滅だ。

 

 ジンはその場から飛び退き、神機を捕食形態(プレデターフォーム)に移行する。

 直後、一瞬前までジンがいた場所に背中に傷を負ったガルムが落ちてきた。迫る2匹を陽動に仕留めるつもりだったか時間差攻撃を狙ったのか、いずれにせよ素晴らしいタイミングだが、彼はガルムのその行動を感覚で察知していた。

 着地した瞬間の無防備なタイミングで、ジンは神機の(あぎと)でガルムの後ろ足を噛み千切る。

 

 捕食完了。バースト状態へ移行。

 ジンの身体が、眩い光を放つ。

 

 脚をもがれてダウンしたガルムに《ブーストインパクト》。備えられた刃に乗せられた莫大なエネルギーに、魔狼の上半身と下半身は無事泣き別れとなった。

 そして千切れた上半身をさらに捕食形態(プレデターフォーム)(あぎと)で咥え、のしかかって攻撃したかったはずが見当外れの地点に着地してしまった2匹の内の1匹に向けて全力で振り抜いた。

 フルスイング。

 ハンマー投げのようにブン投げられた死体(ガルム)の上半身が、まともに胴体にブチ当たった。

 

「ギャンッッ!?」

 

 着地の瞬間を狙われたガルムが己の半分もの質量を持つ物体をぶつけられ転倒。

 のしかかってくる死体をどかそうともがいているところにまたも《ブーストインパクト》、身体とコアを同時に爆砕され生命活動を止める。

 

 ───あっという間に、あと1匹。

 

 それを確認した瞬間にガルムが逃走を始めたのは、これまで逃げては学びを繰り返してきた経験による判断だったのかもしれない。

 こんな状況になってしまっては、逃走という判断はなるほど正解だ。

 

 不可能である、という点を除けば、だが。

 

 「逃げるなよ」

 

 それよりも早く、ジンはガルムの逃走経路に先回りしていた。

 アラガミに精神があったとして、果たしてその時のガルムの胸中は如何ばかりか。もう数秒もない猶予の中でガルムが選んだ選択は、『飛び越える』だった。

 己より遥かに体躯のサイズで劣るこの障害の頭上を、全力で跳んで逃げ延びる。

 経験を材料に(けだもの)の合理性で導き出した最適解を実行するべく、ガルムは四肢に力を込める。

 

 それが、魔狼の知覚した最後の自我だった。

 

 

 ガルムが跳ぶよりもさらに早くジンは踏み込んだ。

 ハンマーの機構が展開し、甲高い音を上げてジェット噴射が推力を吐き出す。

 まさに跳躍せんとしたガルムの顔面に、ジンは全力でハンマーを振り抜いた。

 己の腕力と敵の突進力。

 2つが合わさり発生した莫大な破壊力が、ガルムの全身を蹂躙する。

 

 

 「うおおぉォオォォアアあアッッッ!!!」

 

 

 ズッッドォォォオオオオオオン!!!と。

 肉を叩き潰すどころではない、花火でも打ち上げたような轟音が『愚者の空母』を揺るがした。

 バキバキメキメキと壊滅的な音を上げたのはガルムか、それとも神機のジョイントか。

 頭から首、上半身と順番にひしゃげていったガルムの身体が、振り抜かれたハンマーに負けて空に弧を描くように打ち返された。

 

 

 

 ────そして任務は全うされた。

 呆然と口を開けるリョウ達の前にドズンと落っこちてきたのは、逆に笑えるくらいに惨たらしい魔狼の死体。

 身体を千切られ潰されたガルム達の傷から飛散していくオラクル細胞が、ジンのあちこちを黒く染めている。

『返り血』を浴びてリョウ達の元に戻ってきた彼は、結局本格的に参戦する機会を逸した4人を見て言う。

 

「終わったぞ」

 

「……まさかここまで力でゴリ押すたぁ思わなかった。何のために全員でミッションに来たんだよコレ」

 

「バッチリ頑張れと言ったのはお前だろう」

 

「いやもうちょっと俺らを頼れ。棒立ちだわ」

 

連携の仕方を探るのと、カバーの方法。

2つの目標が2つともまさかの未達成に終わり言葉が上手く出てこないリョウ。

無茶な使い方でガタガタになったハンマーをくるりと回して肩に担いだ彼が、死骸の丘からしたり顔で四人に言う。

 

「さて、標的は俺がほとんど殺したんだ。

倒した分の報酬はキッチリ出るんだろう?」

 

 

カノンが語っていた『ウオーでゴーでどっかーん』。

彼女の擬音まみれの頭の悪いこの説明は以外にも的を射ていたらしい事を、この時リョウは知ったという。

 

作戦もチームワークも全て無視。

それでも敵を圧倒してしまう、圧倒的な個の力。

自分達(ブラッド)の在り方とは完全に真逆───

そんな異質を、全員が明確に感じていた。



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phase2:血栓
12話


 

 

 

神楽リョウ (19)

 

2074年フェンリル極致化技術開発局入隊。

出生:10月3日 身長:177cm

 

特殊部隊《ブラッド》所属。

『赤い雨』問題解決・キュウビの討伐作戦における貢献から極東支部において多大な信頼を得ている。

その人柄や精神的な強さは他の神機使いの支えになっており、上層部からの信頼も厚い。

 

心を通わせた者に血の力・ブラッドアーツ・およびブラッドバレットを発現させる血の力《喚起》の能力の持ち主。

またその力によって全ての兵装でブラッドアーツ・ブラッドバレットを使用できる唯一の人物でもあり、中でもバスターブレードの《C.C.ディザスター》は特に比類なき威力を誇っている。

ただし燃費が悪いのかただの快眠家なのか、寝心地のいい場所を探してはうたた寝をしている。

 

なお、外部にひっそりとファンクラブらしきものが形成されている模様。

 

 

 

 「………お前な。確かにここのターミナルの使い方をレクチャーしたのは俺だし、いじってみろっつったのも俺だけどよ。

 本人の前で本人の情報を見るなよ」

 

 なんか恥ずいだろ、と訴えるリョウを華麗にスルーしてノルンの人物欄に目を通したジンが首を傾げる。

 

 「極東支部(ここ)が公式に編纂してるデータベースの割に結構俗な事が書かれてるな……うお、何だこのキグルミって奴」

 

 「編集の材料が個人個人から提供された情報だかんな。公の記録からゴシップまで載せられんだよ。あとそいつは気にしたら負けだ」

 

 こいつは? 今欧州にいるんだと。

 そんなやりとりを交わしていると、背後からよう、と声をかけられた。

 

 「リンドウさん。………真っ昼間から酒すか……」

 

 「んー何だ何だぁ、かてえ事言うなよ」

 

 籠手を嵌めた右手に酒瓶、左手にグラスを持った三十路寸前のおっさんが絡んできた。

 向こうのテーブルを見ると既に一本開けている。

 

 「ホラ、新入りさんが来たってのに俺だけ挨拶がまだ出来てないだろ?親睦を深めるためにも、どうだ?1杯。2杯3杯」

 

 「増えてんじゃないすか。てか呑むにしたって時間帯が……」

 

 「いただこうか」

 

 「オイ昼酒」

 

 そう言ってジンは琥珀色の液体が入った容器に手を伸ばす。

 リンドウに差し出されたグラス───ではなく、まだなみなみと酒の残っている、酒瓶の方へと。

 ちょ、と止める間も無くジンは顔を上に向け、頭上で酒瓶を引っくり返した。ドボンドボンと流れ出るアルコールの滝をジンはストレートに胃袋にぶちこんでいく。

 なんと豪快な呑みっぷりか───見ているリョウだけでなく、勧めたリンドウでさえ若干ヒいていた。

 時間にしておよそ20秒か。ゲフ、と見事一息に呑みきったジンが、口の端から垂れた液体を袖で拭う。

 

 「………酒の味はよくわからないが、なかなか強いな。冬に見つけたら助かるタイプだ………」

 

 熱された腹を擦り独特な感想を漏らす彼。

 空になった瓶を返却とばかりにリンドウに押し付け、唇に付いた酒を舌で舐め取る。

 

 「つまむモンが欲しくなった。食堂の子に何か作ってもらおう」

 

 酒の匂いを足跡のように残しつつ、ジンはそのままエレベーターに向かって歩いていく。

 そこそこ高い奴だったんだぞ、とヘコむ中年の肩越しにリョウは思う。

 

 ………まさかアイツ、これから任務の反省会があんの忘れてる?

 

 

 

 

 

「あー………忘れてた」

 

「お前な……」

 

 微妙に赤らんだ顔で何かの揚げ物をサクサク囓っているジンに何か言おうとして、リョウは少し本気で頭を抱える。これからの事がやや不安になったのだ───こいつの物忘れは、どこかで矯正しておかないといつか大変な事態を招くんじゃないか?

 

 「あー。ジンくん私にもちょっとちょーだーい」

 

 「……まぁアレ貰ったからいいか」

 

 「つー訳で始めます。新メンバー加入、今日の任務反省かーい」

 

 いえーい、とナナの合いの手。パチパチシャクシャクと拍手と咀嚼の音がミックスされて耳に届く。

 

 「今回は内容が内容なので大して長くはなりませんがー、1つ2つほど言うことがありまーす。……つまみを食う手を止めろ、お前だよジン」

 

 リョウに名指しされてようやく手を止めるジン。

 まだ手を伸ばそうとするナナから皿を遠ざけつつ、俺がどうした、と反応を返す。

 

 「まず1つ目。今回はお前がMVPだ。まさかあそこまでやるとは全員思ってなかったから、正直めちゃくちゃ頼もしい」

 

 「そうかい」

 

 「2つ目。作戦無視していきなり突っ込むのはよせ」

 

 ?とジンが片眉を上げる。

 

 「そりゃ作戦が途中で失敗する事なんてザラだし、そん時に必要になってくんのはやっぱ個々の力だけどな。

 まず皆が一番安全に、確実に任務を成功させる為に考えられてんのが作戦ってやつなんだ。

 お前は確かに強いけど、ああいう事を続けるんなら………早晩死ぬぞ」

 

 「………まぁ、まだ死ぬ訳にもいかないか」

 

 了解したのか大して聞いていなかったのかひどく曖昧な返事だった。

 表情そのものはいたって真面目、ただ微妙に酔っているようなのでリョウが判断に迷っていると、すい、とジンがソファから立ち上がった。

 

 「ジン?」

 

 「何か任務に行ってくる。新しい環境に来てるんだ、とにかく先立つものが欲しい」

 

 「………ほろ酔い状態で受注できる任務があればいいな?」

 

 ひらひらと手を振ってラウンジから去っていく白髪。

 とはいえそれ以外に言う事もなかったし、そもそも彼に注意を促す為に反省会を開いたようなものだったので彼が席を立つことに何の問題もないのだが───

 

 「………良く言えばマイペース、だな」

 

 自己中心的。

 行動が色々と自分本位である、とギルは暗に口にした。そんな事はない、と反論する者はいない。全員が彼と同じことを思っているからだ。

 しかし。

 

 「彼の生い立ちに何らかの要因があるのでしょうか」

 

 「うーん、まだわかんない事ばっかりだねー」

 

 「まずどこから知っていくか、だな」

 

 彼らの特異な点は、仮に身内だからという前提が無かったとしても───『だからそいつとは関わらないようにしよう』という結論にならない事だ。

 彼らは仲間を失う痛みを知っている。

 だから、仲間との絆の大切さを何よりも知っている。

 取っ付きづらい程度でへこたれていては───今のブラッドは存在しないのだ。

 

 「うっし」

 

 パチン、とリョウが手を叩く。

 

 「人数いたらあいつスルッと抜けちまいそうだから、それぞれであいつに近付いてみよう。2人だけでいりゃ見えてくるもんがあるかもしれねえ」

 

 「「 了解(しました) 」」

 

 「はーい」

 

 

 

 

「っ………?」

 

「どうされましたか?」

 

「いや、寒気が………」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 誰が最初に旺神ジンを探りにいくか。

 それを話し合ったりはしていないが、トップバッターはシエルだった。

 冷静沈着で物事を論理的に思考する。

 一時期は行き過ぎて自分の感情すら客観的に説明しようとしていた故にリョウから「もうちょっと柔かくなれ」と言われていたのだが───今回はそのプラスの側面を発揮してもらおうという流れである。

 人物を多角的に観察・分析し、その結果の要訣を簡潔にまとめて伝える、いわばプロファイリング。

 なるほど彼女には適任と言える。

 言えるのだが。

 

 「………銀髪さん。さっきから俺の顔に何か付いてる?」

 

 「いえ、お気になさらず」

 

 ………いかんせん不器用だった。

 どうも「情報収集はひっそりと」という知識と「仲間に隠し事はしない」という思いが競合を起こしてこうなっているらしい───気にされないのは限りなく不可能に近い行動だが、ジンは特に気にしている風もない。

慣れたものとばかりにスルーしている。

 

 『あぁ!? テメェなに世界が終わったみてぇなツラしてんだ! たかだか仲間が全員敵方に寝返っただけだろうがコラ!!』

 

 『フーゴ!? 何でここに………お前あの後、あのオンナの為にレースを降りたんじゃないのかよ!?』

 

 『「調子に乗るな」だと!捨て犬の気分さクソが!!

 いいか、俺はんなヘタレ野郎に負かされた覚えなんざねえんだよ!

 ああ時間は少ない!しかしゼロじゃあ断じてない!

 さぁイクぜride onだとっととそのクソッタレのfuckin dickをエレクトさせろbaby!!』

 

 「うぉぉおおおカッケェーーーーー!!」

 

 テレビに囓りついている藤木コウタが吠える。

 話を聞くに『バガラリー』というアニメの新シリーズが始まったとか───特に主人公のライバル枠として登場したこの悪役(ヒール)が今「キている」らしい。

 うるせーお前の部屋で見ろ、というクレームも聞こえるが、まだ放送され始めたばかりなのでデータにないのだと彼は言う。

 そして意外なのが、ジンも割と興味ありげに目の前のアニメーションを眺めていたことだ。

 

 「え? お前もバガラリー好きなの!?」

 

 「いや、単に珍しいんだ。今までテレビからは縁遠い生活だったからな。内容の方は今までの話を知らんから好きとも何とも言えん」

 

 「じゃあ教えてやるよ!

 この話は文明が崩壊した世界が舞台で、主人公のイサムが『乗ると何でも一つ願いが叶う』方舟を追うレースに参加する所から始まるんだ!

 主役のイサムも、ジョニーとかガガーリンとかも生き様がスゲーカッコよくてさ!

 あ、というか俺ノルンに今までの全部録画してあるからデータ貸してやr」

 

 「ようし黙れ」

 

 ここぞとばかりに猛プッシュしだしたコウタの顎をぱこーんと下から叩いて強制的に閉じさせる。舌を噛んだらしく悶絶するコウタを横目に、こうでもしなきゃこの手合いは黙らないんだよな、とジンが呟いたのを見て、シエルの頭にピコンと電球が浮かんだ。

 自分はリョウのおかげで自分を変える事が出来た。

 ならば彼の交遊関係の話をすれば、おのずと旺神ジンという人が見えてくるのではないか?

 

 「ジンさん」

 

 「何だ?」

 

 

 

 「ジンさんにお友達はいらっしゃいますか?」

 

 「ケンカ売ってんのか」

 

 というか逆に俺の自己紹介聞いてトモダチがいると思うのか、と至極もっともな指摘を受け、今自分が凄まじく失礼な質問をした事を自覚して小さくなるシエル。これについてはきちんと反省するとして───困った事になった、と彼女は思う。

 『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』という極東の言葉のように、まずは情報を集めてから切り崩していこうという作戦は不可能。ただ旺神ジンというブラックボックスのみがそこに残るという現状が明らかになった。

 神楽リョウならばここから会話を続けて、少しずつでも彼に自分の事を話してもらうのだろうが………

 

 (隊長、なかなか君のようにはいきませんね……)

 

 心の中でシエルが小さく嘆息する。

 彼ならそうするだろうしそれが出来るのだろうが、自分がそこまで器用でないのはわかっていた。

 もっと早く友達に───リョウに出会えていたらこんな事もなかったのかもしれない、と少し思う。

 幼い頃から書物で得た知識に凝り固まり、人との接し方は格闘術しか教わらず、そして今に至っても頭を悩ませるのはコミュニケーション能力で…………

 

 「……………………」

 

 「おいどうしたシエル。素材収集マラソンが10周目突破したみてえな顔してんぞ………」

 

 噂をすればなんとやらで、心配そうな顔をしたリョウが後ろからシエルの肩を叩く。内心で精神がどんどん底に沈み始めていた彼女だが、最も信頼する人物の登場に幾分か持ち返したらしい。

 

 「いえ、大丈夫です。問題ありません」

 

 「俺には友達がいないって言ったら何かヘコんだ。同情されてるんだろうか、俺」

 

 「い、いいえ!そんなつもりは全く!!」

 

 慌てて否定するシエルに、わかってる、とどうでもよさそうに返すジン。なんというか、こちらに関心があるのか無いのかわからない。

 そこでふとシエルは、ジンが加入してきた事で忘れていた用件を思い出した。

 

 「あの、隊長。少し前にまた新しいバレットが完成したので、よろしければまた任務での実戦テストにお付き合いして貰えませんか?」

 

 「あー……悪い。今ちょっとアリサさんのサテライト候補地の警備手伝っててな、少しの間手一杯なんだ。

 また今度でよけりゃ喜んで行かせてもらうぜ」

 

 「そうですか………わかりました。それでは、またよろしくお願いしますね」

 

 んじゃ、とラウンジを去っていくリョウの背中をしばらく見つめて視線を戻すと、ジンがこちらを見ているのに気付いた。

 初めてこちらに興味を抱いているらしい。

 こちらを観察するように金色の瞳に自分を映すジンが、平然とした口調で爆弾を投下した。

 

 「あんた、刺青さんが当分他の女と一緒にいるってわかった途端露骨にムッとしたな」

 

 「っっっっ!?!? な、なぜ、い、いえ。そんな、そんな事はありません絶対に!!」

 



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13話

 

◇◇◇

 

 

 空を貫くような勢いで迫るジンの拳を、シエルは内側から軽く力を逸らすようにして後方へ逃がす。

 返す刀で打ち込んだ掌打はヘッドバットで迎撃された。手のひらに浸透していくような痺れる感覚に、シエルの表情が僅かに歪む。

 ジンの頭の向こうでは既に左の拳が放たれる準備が整っており、それは直後にシエルの胸骨に向けて撃ち放たれた。

 そして考えるより先に、身体が勝手に染み着いた答えを出力する。

 突きを打って伸びきったジンの右腕に、シエルの身体が蛇のように絡み付く。ともすればアクロバットとも見間違えそうな、見事な三角絞めだった。

 

 「っ!」

 

 ジンの首にがっしりと巻き付いた両脚。

 右腕にかかるシエルの荷重で、がくん、とジンが膝をつく。肩関節と首を巻き込むように組み付かれているため脱出ができない。

 ここで落とす、とシエルは頸動脈を圧迫する両脚に力を込める。

 

 ここで信じがたい現象が発生した。

 シエルの背中から地面が離れていく。

 シエルという重りが右腕に組み付いているはずのジンが、その場で強引に立ち上がり始めたのだ。

 

 「な……………っ!?」

 

 「ふぅぅゥゥウ─────………」

 

 薄く息を吐き出すジン。

 全力で収縮していく筋肉がギリギリと軋む。

 下手をしたら組み付いた両脚まで振り切られてしまいそうな………互いの体重と体格差から考えても、男女の性差では到底説明できない、常軌を逸した現象だった。

 やがてジンは完全に立ち上がった。

 右腕にぶら下がったシエルに、黒と金の眼光が狼牙のように突き刺さる。

 自由に動く左手の形は拳。

 天高く掲げられたそれが凶悪な力を宿し、まさにシエルに向けて打ち下ろされようとしていた。

 

 「───!!」

 

 もはや思考はなかった。

 脊髄反射の域で右手が閃き、いつもは脇に吊り下げてあるモノに指先を伸ばしたその時だった。

 

 「はいストーーーーーップ!」

 

 ピリリリリリリリリ!!とアラームが鳴った。

 戦闘状態にあった二人の動きがピタリと止まる。

 しばらく膠着状態に入った後、シエルがジンから身体を放した。綺麗に受け身を取って立ち上がるシエルと凝りを解すように肩を回すジンに、見ていたメンバーから称賛の声が上がった。

 

 「いやー凄えもん見た。格闘術でシエルと互角にやり合うたぁな。こん中の誰も勝てねえのに」

 

 「シエルも途中から明らかに本気だったからな。制限時間がなきゃわからなかったんじゃないか?」

 

 「すっごい力持ちだねー!私ちょっと自信無くしちゃったかも……」

 

 そうなのか?とさして嬉しくもなさそうなジン。

 今は全員が運動着に着替えて、定期的にメンバー全員で行っているトレーニングの真っ最中。日頃から命懸けの激務をこなしている彼らだが、こうして暇な時間には休息以外にもこういう肉体的なトレーニングを行う場合もあったりする。

 筋トレなりランニングなり、高めた身体の質が生死に直結するのだ。暇なら休むという選択肢が取りづらいのも彼らゴッドイーターの辛いところだった。

 

 「というか、俺達の職業はそもそもバケモノを殺す事だろう。こういう対人戦闘訓練なんて必要なのか?」

 

 「一応は、必要とされています」

 

 シエルが服に付いた汚れを簡単に払いながら言う。

 

 「私達の訓練における想定の中には、サテライト住民などの暴動も入っています。無論そのような状況に陥らない為に治安の維持に気を遣っているのですが、何より不安定な時代と環境なので………神機を使って制圧するわけにはいきませんからね」

 

 「使っていいと思うけどなあ。相手側の反抗を抑え込むのに最適な手段は、相手より強い力を持ってるんだと見せ付けてやる事だぞ」

 

 オイオイ、と冗談めかして笑うリョウだが、ジンはどこまでも真顔だった。言っている事は確かに正しいのかもしれないが、正しいだけだ。そんな事を実際にやった日には極東支部の外聞は地に落ちる。

 しかしこいつならひょっとしてマジでやるんじゃないかと内心で疑いを持ちつつあるリョウの横でギルは、しかしなぁ、と苦い顔をした。

 

 「そもそもお前のそれは………もっとマイルドにしないと、まず一般人には使っちゃダメだけどな」

 

 それはそう思う、と他のメンバーも無言で同意したのがわかった。

 ここで自分達が訓練で身に付けている格闘術は、あくまでも相手を可能な限り無傷で制圧・無力化する為のものだ。

 しかしジンのそれはまるで真逆。徹底的に容赦がない。

 足を踏み砕こうとするわ股間を蹴り上げようとするわ、挙げ句に喉を突こうとした時は全員で羽交い締めにした。

 相手がギルだろうがナナだろうが関係無し、この時間だけで何度『お前コレ訓練だぞ』と突っ込まれたことか………いくつかの危険な攻撃に縛りを設けてやっと普通の格闘術になったが、シエルの指導を受けていなかったら確実に何人かが再起不能になっていただろう。

 

 「ジンさん。あなたのその格闘術は、どこかの軍事訓練で学んだものですか?」

 

 「ん。 あー………ま、ちょっとな」

 

 「そうですか……」

 

 少しだけ考えた後、シエルは皆に号令をかけた。

 

 「ひとまず、本日の訓練はこれで終了です。皆さんはゆっくり身体を休めて下さい」

 

 「「了解」」 「りょーかーい」

 

 そうして三々五々にメンバーが散っていく中、シエルら同じようにふらりとどこかに行こうとしたジンを呼び止めた。

 

 「ジンさん。この後お時間よろしいですか?

お聞きしたいことが何点か………」

 

 「? ああ」

 

 

◇◇◇

 

 

 指定した場所であるラボラトリ、その自動販売機前のイスにシエルは腰掛けていた。

 相手より一足早く到着する事に成功した彼女は、頭の中で改めて質問内容を纏めようとして………聞きたい事が多くて困り顔になった。

 その人の情報と普段の振舞い・言動を擦り合わせれば、その人の背景におおよその見当はつく。

 しかし旺神ジンからはそれら一切がわからない。

 こちらに一切の興味を示さないからだ。

 知り合ってからまだ数日な事を差し引いても、収穫できるものが何もない。

 なので少しだけ強行策………こちらから色々と聞き出す腹だ。

 今は待ち時間を利用して、より効率よく聞き出せる形を練っている所である。

 

 (………そう言えば)

 

 機関で教わった心理学の一節をシエルは反芻する。

 “他者への関心から生じるものは他者への好感・悪感であり、他者に対しての無関心は、他者と深く関わる事で自分が傷付かない為の自己防衛の手段である“、と。

 ……彼のあの態度は、かつて大切な人を失ったか───過去の誰かとの過ちの上にあるものなのかもしれない。

 少しだけ切り込む糸口が見えてきた気がした。

 ようやく見つけた具体的な筋道に気持ちがやや前を向き始めたその時、どこからか少し騒がしい声が聞こえてきた。

 だんだん上へと昇ってくる───どうやらエレベーターの中で一悶着起きているらしい。

 

 (この声は───)

 

 そして開くエレベーターのドア。

 そこから現れたのは。

 

 「あのね、君はちょっと戦い方を考えた方がいいよ!

明らかに力で押し過ぎだから!」

 

 「………だから、その場にいなかったあんたにどうしてそれがわかるんだ」

 

 「神機を見ればわかるよ。君の神機、『脚』に相当な負荷がかかってた。一回で土台をあれだけ酷使するって並大抵じゃないからね!? それ以前にシールドには掠り傷一つ無いし!」

 

 楠リッカと旺神ジンだった。

 ここラボラトリに来る途中で捕まったようで、かなりガッツリお説教されている………というよりは、噛みついてくる子犬を流そうとしているのに近い態度だ。

 扱いに困っているのがありありと見て取れる。

 コウタには『五月蝿い』と掌底を食らわせていたが、彼の中ではどの辺りに線引きがされているのだろう。

 

 「ああわかったわかった。わかったからあっち行ってなさい。今から大事らしい話があるんだよ、俺は」

 

 「真面目に聞いてる!? それと私の方が歳上なんだってば!」

 

 聞いてる聞いてる、と繰り返すジンに、まだ納得のいかない様子で不承不承引き下がるリッカ。

 ふー、と肩を落として疲れきった息を吐くジンが、ふとこちらを振り向いて言った。

 

 「ん、ああ。俺に聞きたい事があるって言ったのはあんたでよかったかな?」

 

 「え、ええ。私が直接頼んだので」

 

 「そうか。いや、頼まれたのは覚えてたんだが、『誰に』の部分を忘れてな」

 

 「………そうですか………」

 

 がくーん、と肩を落とすシエル。

 名前を覚えるのが苦手なのは別にいいとして、そこを忘れられるとは……そんなに自分は存在が薄いのだろうか?

 

 「で、話というのは?」

 

 「あ………はい」

 

 話が本題に戻り、慌てて自分の佇まいを直す。

これからの流れを頭の中でざっと反芻し、シエルは最初の文句を口にした。

 

 「ジンさん。出来れば怒らないで聞いて頂きたいのですが……」

 

 「?」

 

 「私にもよくわかっていないのですが、私はジンさんが仲間になった時から、あなたに漠然とした違和感のような……何かが引っかかるような、そんなイメージを抱いてしまっているんです」

 

 「っ……?」

 

 ピクリ、とジンの眉が動く。

 どうやら彼にとって余り快くない部分に触れてしまったようだ。

 

 「どれだけ考えても、このイメージを具体的な形に出来ないんです。

 私自身で考えるよりも、ジンさんに話してみた方が意味がわかるかもしれません。失礼なのは理解してしますが、共に戦う仲間にこんな感情を抱きたくないんです。

 ……よろしければ、解明を手伝って頂けませんか?」

 

 「…………、ああ」

 

 やはり警戒されている。

 しかしそれは真っ先に想定していた事、彼の『協力』を取り付けたので特に問題はないのだが……。

 

 (自分に関する事を聞かれて、疑問に思うのでも訝る訳でもなく警戒した。……何か触れられたくないものがある?)

 

 早くも何かキナ臭いものが見えてきた。

 しかしこうなると、こちらも言葉を慎重に選ばないとどこかで口を閉ざされてしまう恐れも出てきた。

 なるべく婉曲な所から探っていくべく、シエルは丁寧に質問に入る。

 

 「今までのあなたを見ていて思ったのですが、あなたにはいまだに頭に残ってしまっている、『忘れたい』と思っている過去がありませんか?」

 

 「忘れたい過去? ………どうかな。覚えてないが、まあ吐いて捨てる程あるんじゃないか」

 

 「自分に干渉される事を敬遠しているようにも感じるのは、そういった事が原因でしょうか」

 

 「……敬遠というか、気に留めないんだ。俺に関わろうなんて奴はいなかったし、そもそも周りが鬱陶しいのばっかだから、関わろうともしなかったしな」

 

 これは予想通り。

 彼があまり明るくはない時間を過ごしていたのは既に皆も気付いているし、自分達がそれを察していることは彼もわかっているだろう。

 これは分かっていると思われている事を分かっていないかのように聞いて、ジンの警戒を緩めされるための口上だ。

 

 「となると、『自分に対して悪意が無く、積極的に干渉してくる』ような人に対しての接し方がわからなかったり?」

 

 「……まあな」

 

 やはりそうか、とシエルは心中で頷く。

 過去に見た目で迫害されていたとなれば、他者から距離を置くのは必然というものだろう。そして他者と関わらないと言うことは、自分の事だけを考えるという側面も持つ。

 彼の周囲に対する無関心はここから来ていたわけだ。

 

 「一つ推測をしてよろしいですか?」

 

 「ああ」

 

 「周囲に関わろうとしなかったとあなたは言いましたが……あなたには、影響を受けた『先生』のような人がいませんか?」

 

 「何で……」

 

 「喋り方です」

 

 少しだけジンの口元が反応したのを見て、シエルはさらに確信を深めていく。

 ───いる。今の彼を彼たらしめる重要なファクターとなっている人物が。

 ここからは彼個人に対する質問は控え、その『人物』についての話題を中心に話を広げていく。何せ自分が影響を受けるまで近く、深く関わった人物だ。彼にとってその人物が好ましい人であるか……そうで無くとも心象は悪くない人なのだろう。

 自分のことについては口を閉ざしても、自分以外の人についてなら話してくれる可能性は高い。

 そういう外堀から埋めていけば、いずれは浮かび上がってくるだろう───そう、旺神ジンという男の全体像が。

 

 「人の振る舞いというものは、その人が成長してきた環境に依拠します。あなたが周囲から遠ざかろうとする理由はわかりましたが、しかしあなたの喋り方には粗暴さが全くありません」

 

 「…………」

 

 「それにあなたは、少し特殊な人に対する接し方にも覚えがあるようでした。あなたは決して交遊関係がなかった訳ではないはずなんです。

 周囲から阻害されていたジンさんにそこまでの教育を施したあなたの『先生』とは────」

 

 



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14話

 「で、あんた結局何が聞きたいんだ?」

 

 

 ズン、と突き刺すような声。

 低いトーンの詰問が、シエルの言葉を遮った。

 

 「さっきから聞いてりゃ随分と要領を得ないじゃないか。あんたは俺のイメージに形を付けたいとか言ってたが、これじゃ俺への尋問じゃないか?」

 

 「っ!………失礼しました」

 

 しまった───踏み込み過ぎた。

 予想以上に頭が切れる。これ以上の続行は不可能と判断したシエルは、すぐに謝罪して場を切り上げようとした。

 

 しかし。

 今度は、ジンが止まらなかった。

 

 「尋問。そうか、質問の仕方を考え直してみれば、最初からそれが目的だったみたいだな」

 

 「え……」

 

 「あんたは最初に俺に関する問題を取り上げて、体よく俺の『協力』を取り付けた。

 

 「俺の見解と擦り合わせようと嘯いた割には、質問はあんたからの一方通行だ。まるで俺から少しでも情報を引き出そうとしてるみたいにな。

 

 「ゴーグルさんとかさっきのバンダナさんとのやりとりも含ませてたな。上手いもんだ、遣り口としては詐欺師とかのそれだが。

 

 「あんたらの事だ、どうせ俺を知ろうとかそんな話になってるんじゃないか?

 

 「それにしても単なる質問攻めじゃなくてこんな搦め手を使ってくる辺りがどうもくさいな。

 「さっきの格闘訓練の時、あんた脇に手を伸ばしかけただろ。普段なら拳銃を提げてる所だよな? それに俺のやり方をまず『軍事訓練の成果』と考えたらしいのも気になる。

 あんたこそ軍閥かどこかの出身じゃないのか? その人の事を知りたい=尋問って並大抵の思考じゃないぞ。

 いや、どうしてもそうなるんだろうな。まず咄嗟とはいえ拳銃に手を伸ばすあたり。

 俺に友達がどうとか言ってたけど、あんたこそ相当浮いてただろ?いや、あるいは今もか。そもそも生きてきた環境からして既にかけ離れてるんだから────

 

 

 「あ、し………し、失礼しますっっ!!」

 

 ジンの返答も待たずにシエルはソファから立ち上がり、逃げるようにその場から去る。

 いや、逃げたのだ。全力で。

 矢継ぎ早に己の心の痼を突かれ、焦燥を孕んだ足跡が消えていくのを確認し、ジンは自分の部屋に戻る。

 シエルも自室に避難しているため計らずも追い掛ける形になっているが、追い掛けているわけではないのでまた出会したりはしない。

 まだ生活感の出ていない室内、ジンはドアに内側からロックをかけた。

 これで誰かが入ってくる事もない。

 ジンはポケットから端末を取り出し、そのまま通話ボタンを押す。反応は迅速だった。

 

 『────』

 

 「ああ、ちょい報告する事がありまして。……いや、別に昨日の今日で変わった事なんか起きやしませんよ。強いて言えばメシがやたら旨いくらいで………いやふざけてる訳じゃなく。だから報告する事はあるんですって」

 

 えーと、と頭を掻きながら言葉を探すジン。

 

 「何か妙に鋭いのがいますね。今しがた尋問されてきたとこです………ああ違うバレたんじゃないバレたんじゃない。追っ払いましたよそうなる前に。

 そうですね、こっそりやらないとどっかから嗅ぎ付けるかも知れないです」

 

 んじゃこれで、と通信を切る。どさりとベッドに倒れ込み、ジンはさっきのシエルとのやり取りを思い浮かべる。

 トントン拍子に自分の内部に切り込んできたあの話術。意図に気付くのがもう少し遅ければ、何か決定的な違和感を抱かせていたかもしれない。

 それがどんなに些細なものでも、あの女はそこにメスを入れてくるだろう。そんな確信があった。

 

 「………いや、実際危なかった……」

 

 彼はそう呟いて、ひやりと首筋に汗を伝わせた。

 

 

 その後シエルはしばらくの間、ジンに対して非常にギクシャクと接するようになってしまった。

 他のメンバーが何があったかをジンに聞いても「お互いに気になる事を聞いてただけだ」としか言わず、シエルに事のあらましを聞いてようやく事態を理解した。

 『観ていたつもりが観られていた』。

 シエルがこぼしたその言葉が、ブラッドメンバーの頭にこびりついた。

 

 

◇◇◇

 

 

 「隊長さん。俺は今まで、重大な見過ごしをしちまってたようだ」

 

 「見過ごしスか」

 

 「そうだ。一番注目する部位でありながら、時として口よりも多くを語る。それは見るだけで、その女性の内面、そして気品すらも写し出す映写機になる」

 

 カツン、とカウンターにグラスを置く音が際立って響く。

 

 「そう。俺の新たなるムーブメントは───『目の形』だ」

 

 「な、なるほど………」

 

 第四部隊隊長、真壁ハルオミは今日も今日とて絶好調だった。彼の探求心はどこへ向かおうとしているのか───今日も背景に煉獄の地下街が見える。

 ビリヤード台に腰掛け真面目にバカな話を展開していくハルオミ。

 胸だの脚だの腰だのと、様々なフェチを極める『聖なる探索』とやらに引っ張り回され(乗った自分も自分だが)そろそろ収まった頃だろうと思っていたらこれである。

 そういえば物によってはアラガミすらセーフゾーンなのを忘れていた。

 

 「ピックアップするパーツがどんどん細分化されてってませんか?その内うなじとか鎖骨とか言いそうですよ」

 

 「ん? 今そこはかとなく隊長さんのツボが垣間見えたような気がするなぁ」

 

 「馬鹿言わないで下さい。……でもそうですね、人となりが目に出るっていうのは何となくわかります」

 

 ブラッドメンバーで言えば、そう。

 シエルの目からは凛とした気品があるし、ナナには溢れんばかりの元気が輝いている。ギルなんかはもう誰が見たってザ・兄貴分といった風情だ。

 他にも藤木コウタやジーナ・ディキンゾンなど、リョウが出会ってきた人の多くは、目を見て感じた印象と性格が一致していたようにも思う。

 

 (あいつもそうだったら良かったんだけどな……)

 

 ちらりとリョウは中央のカウンターに目をやる。

 そのキッチンにはムツミの代わりにナナが立っており、皆に料理(というかアイテム)を振る舞っていた。

 久し振りにナナのお料理ロシアンルーレットが開催されたのだ───彼女の元に怖いもの見たさの勇者(バカ)が集い、そして撃沈されていく。

 エリナが悶絶している横で涙目で眉間を押さえているアリサ。

 チラリと見えるのはコウタとエミールだ。だいぶキツいのに当たったらしい、せめて倒れまいと踏ん張る膝が大爆笑している。

 

 そしてそれらを尻目に平然と料理(というか錠剤)を平らげていく男が一人。

 旺神ジン、奴である。

 

 「はいジンくん、どーぞ!」

 

 「食える。次」

 

 「はい!」

 

 「食える。次」

 

 「はい!」

 

 「食える。次」

 

 「はーい!」

 

 「次」

 

 ………なんか前にムツミが話していた『ワンコソバ』なる料理を思い出す光景だった。渡されたブツを次々と口に放り込んでいくその様は工場のラインに近い。

 奇跡的にイケる味の料理(というかアンプル)を引き当て続けているのかそれとも我慢しているのか………揺らぎもしない異類の瞳からは、その程度の推測すらでなかった。

 

 「もー! 食べれるとかじゃなくて味の感想も言ってよー」

 

 「俺は味に拘りはない。大切なのは食えるか食えないかだ。そしてあのジュースの味を知ったら大抵の物は食える」

 

 色とりどりの粒をポリポリやりながらジンはナナの抗議を平然と受け流す。平気で食べれているなら大丈夫なはずと横を通りかかったダミアンが、ジンが食べているものと同じ粒を囓った瞬間に地に沈んだ。

 果たしてあれは何味だったのだろうか………今でこそ自分はここで見物しているが、そろそろ『隊長もどーぞ』とお鉢が回ってくるかもしれない。

 

 (……あの分ならアリサさんの料理の特訓にも付き合えそうだな……)

 

 いやでも手料理を『食える』『食えない』で判定されるって相当な屈辱だよな多分、ととりとめもなくリョウは思いを巡らせる。

 

 「あ、そうだジンくん。覚えてる? 今日は私とミッションに行くんだからね」

 

 「…………………、ああ、うん。覚えてる覚えてる」

 

 「今だいぶ間が空いたよー!」

 

 いやいやそんな事はない、と口の中からポリポリ音をさせつつ反論する彼だが、アレは鉄板で忘れている。

 じゃあキッチンの片付けが済んだら準備しようか、と二人の話が纏まった時、ナナの視線がリョウに向いた。

 

 「あ、たいちょー! 隊長にもほら、おすそわけ!」

 

 やはり来たか───

 トコトコと小走りでこちらに駆け寄り、手のひらにポトリと迷彩色の錠剤(でいいや、もう)を落としてきた。これは何と何と何をミックスして完成したケミストリーなんだろう。

 「食べるな」と本能が言っている。しかしナナのこの屈託のない笑みを裏切る訳にはいかない。

 南無三───

 意を決して口に放り込み、そして咀嚼。

 密封されていた味覚成分が口の中に広がっていく。

 

 「どうかな?」

 

 「………ああ。うまさ控えめだな」

 

 辛うじてそれだけ絞り出した。

 隣にいたハルオミに後で聞く所によると、その時の自分の顔は怒り状態のヴァジュラ並に皺が寄っていたらしい。

 

 

◇◇◇

 

 

 「いやー、ここっていつ来ても静かだよねー」

 

 「いつ来てもと言われても、俺は今日初めてここに来たんだが」

 

 所々に積もった雪をざくざくと踏みながら、ナナとジンは蒼氷の峡谷を歩いていく。

 吐く息は白い。

 雪を被った山に囲まれているだけあって気温は相当な低さだろうが、ゴッドイーターとして強化された彼らにとって、それは動作に支障をきたす程の障害にはなりはしない。

 のだが。

 

 「………………寒くないのか。それ」

 

 「へーきへーき!私暑いほうが苦手なんだよねー。お腹空いちゃうんだ」

 

 「そうか………」

 

 見てるこっちが寒い、とばかりにジンが片手で二の腕を擦る。絶対カゼ引くだろ、と若干引き気味に呟いている。今まで誰に対してもほとんど無関心だった彼に心配させたという点では、実はナナはこの時点で結構な功績を為したのかもしれない。

 

 「この気候で進んでそんな格好をしようとする気が知れないな。他の服は無いのか、他の服は」

 

 「うーん、服はあるんだけど、動きやすいからいっつもこれになっちゃうんだよねー。ジンくんは寒いの嫌い?」

 

 「大嫌いだ。地軸が傾けばいいのにと思う」

 

 白い息にすら忌々しそうな視線を向けるジン。

 今回も例によって『新入りとコミュニケーションをとろう』キャンペーンの第二段である。前回シエルが自分の奥深い場所まで暴かれそうになってあえなく撃退されてしまい、今回はナナのターンだ。

 ………とはいえ『彼の情報を引き出そう』とか、ナナはそこまで固く考えてはいない。

 

 仲良くなればいい、とこれだけである。

 

 単純。しかしそれ故に正鵠を射ていた。

 シエルは彼を苦手に思ってしまっているようだが、きっとそれは誤解のはずだ。ごはんをたくさん食べて誰かと分けあえる人に悪い人はいない。

 香月ナナ十七歳、細かい事とおかわりの数は気にしないのである。

 

 「………あ、もしかして寒さに備えて脂肪を蓄え」

 

 「はい黙っちゃってねー」

 

 それはそれ。香月ナナ十七歳、最近お腹回りが気になり始めているのである。

 恐らくそれがもう一瞬遅ければ、ナナの神機の柄の先端がジンの腹をどついていただろう。

 ぴくりと耳を動かしたジンが、何かを探すように首を回し、そしてある一点で止まる。

 

 太いパイプを震わせるような咆哮と、鈴を転がすような声。異なる二つの鳴き声が、しんと冷えた空気を動かした。

 

 「………来たみたいだぞ」

 

 「だね」

 

 がしゃ、と二人が神機を構える。

 崩れた建造物、ジンが見詰めていた一角から、二つのシルエットが姿を現した。

 ミッション名《氷纏華(ひょうてんか)》。

 峡谷に接近しつつあるデミウルゴスと、猛毒性のサリエルを撃滅せよ。

 

 「今回も俺が総獲りだ」

 

 「おっきい方は頭と両腕のかまぼこ以外すっごくカタいから気をつけてね。それとジンくん、後で話あるからね」

 

 そして二匹は二人の前に降り立った。

 片や不遜にも神の力を宿した人間。

 片や傲慢にも幾多の命を喰らった邪神。

 互いに相容れぬ者同士───ともかく、白い一匹が走り出した。



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15話

 今回のケースもまさにそれだった。

 鈍重なデミウルゴスをサリエル堕天の毒のカーテンがカバー、二人が攻めあぐねる隙を突いて闇神による大質量の突進(チャージ)が襲いかかってくるのだ。

互いの弱点を完全にカバーしている。

 

 「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ウゼェぇぇええええ!!!!」

 

 「ジンくん口調! 口調!!」

 

 額に青筋を浮かべるジン。

 片方を集中して先に倒す策はもう失敗している。切り崩す隙がないのだ。

 さらにこの戦闘音を聞きつけたのか、戦闘エリアに小型のアラガミが集まりつつあるらしい。

 

 「小型アラガミ!? いたっけそんなの!!」

 

 「知るか!」

 

 もう時間をかけてはいられない。多少危険だがやるしかない。

 ナナは自分の『血の力』をジンに説明している───即興の連携だが、向こうが合わせてくれるのを信じた。

 宙に跳んで大きくハンマーを振りかぶり、それに呼応するように彼女のハンマーが眩い光を放った。

 香月ナナのブラッドアーツ、《ナナプレッシャー》だ。

 

 「そりゃぁぁぁあああああ!!!」

 

 ッッッッゴオン!!!

 降り下ろされた鉄槌が地面を砕く。

 完全な空振りだが問題ない、メインはそれをトリガーに発動する『誘引』だ。

 サリエル堕天とデミウルゴスの注意がナナに逸れ、二匹が彼女一人に狙いを定める。

 一見ピンチに見えるが、違う。

 二匹が一人に集中する。即ち、もう一人のフレームアウト。

 ……実の所ジンはナナから受けた説明をすっかり忘れていた。

 ナナの『血の力』が発動した瞬間、思わずそちらに注意を持っていかれてしまったが、自分がどう動くのが最適か理解できたのは彼のセンスのおかげだろう。

 

 「──────ッッッ!!!」

 

 吹っ飛んでくるジンのハンマー。

 とっさに身を躱したサリエル堕天のスカートが、粉々に砕け散った。

 

 「きゅるる……ッッッ!」

 

 サリエルの注意がジンに戻る。

この不意打ちで仕留められなかったのは面倒だが、これで構図は一対一。そして連携もクソもないのなら、サリエルなどに遅れをとりはしない。

 

 「きゅるるるるるるるるるッッ!!」

 

 次々と放たれるレーザーを、ジンは速度を緩めずに掻い潜る。ジグザグに跳びつつも真っ直ぐに獲物に向かって駆けるその様はまるで猟犬のようだった。

 やがて距離はほぼゼロに縮まり、レーザーの有利が消えた。

 サリエル堕天は即座に毒粉を撒き散らし自分を守ろうとする。

 それよりも早く。

 

 「よお一発殴らせろ」

 

 フラストレーションの全てを込めた右ストレートが魔女の頬に突き刺さる。きゅ、と顔面が歪になったサリエルの口から変な声が漏れた。

 もっともただの生身の攻撃。効果などあるはずもないが、やりたかったことをやれたらそれでい。

 パガッッッ!!!と、火を噴くジンのハンマーがサリエルの頭部を叩き割る。

 魔女が地に墜ちるより先にジンはその身体を蹴り、空中で方向転換。

 異類の瞳が射抜く先は、巨体を揺らす闇神だ。

 

 「よっ、と!!」

 

 ナナのタワーシールドがデミウルゴスの凍気の珠を弾く。爆発する凍気を払い除け、ナナは静かにその時を待つ。

 

 「モォォォォオ゙オ゙オ゙オ゙!!!」

 

 低く震える咆哮。デミウルゴスの左前足が、ぐにぃぃ、と伸びた。

 装甲に格納されていた肉が伸長しているのだ。

 その肉は勿論強靭な筋肉であり、そこから放たれる間合いを無視したスタンプはキャノン砲に等しい。

 しかし。

 

 (ここ!)

 

 同時にナナは前へと走り出した。

 迫る肉柱を真横に掠め、ナナはハンマーを起動させる。

 狙いは真横。鉄壁の要塞の、最大の弱点。

 強烈な破壊力を生み出す代わりに、守る物が何もない筋肉の柱だ。

 

 「そー…………れっ!!!」

 

 轟音。確かな手応えがナナの両手に伝わってくる。鉄槌がめり込んだ肉がメチメチと音を立てていた。

 悲鳴を上げて足を引っ込めようとするデミウルゴスだが、しかしそうはいかなかった。

 後ろから突っ込んできたジンのハンマーが、ナナと逆側から肉柱を叩き潰した。

 

 「モ゙────ッ!?」

 

 「! ジンくん緩めないで!!」

 

 「わかってる!」

 

 ミヂミヂミヂギチギチ!!と、火を噴き続けるハンマーがデミウルゴスの肉柱を両サイドから締め上げる。

 本能的な危機を感じた闇神の両目が光り二人の足元に凍気の領域が広がっていくが、二人は手を緩めることはしなかった。

 潰すが先か凍るが先か、勝負の流れを決める分水嶺は加速度的に迫り来る。

 そして。

 

 硬いゴムが切れるような音。

 二つのブーストインパクトで挟み潰されたデミウルゴスの左前足が、真ん中からバツンと引き千切られた。

 

 「ブモ゙ォォォォオ゙オ゙オ゙オ゙ッッッッ!!??」

 

 どう、とその場に倒れ込むデミウルゴス。

 何とか起き上がろうとしているようだが、元々の体重に加えて片足の欠損、なかなかうまくいかないようだ。

 そこに悪魔の如き会話が聞こえる。

 

 「随分と格好のカモになったじゃないか?」

 

 「ダウンしてるからかまぼこも見えてるねー。ジンくんこっちやる?」

 

 「いや頭にする。イラついた分をここで晴らさせてもらおう」

 

 「わかった」

 

 ブモ、と、恐らくは人間の言葉なら「ちょ、」に当てはまりそうな鳴き声を上げた直後。

 ブーストラッシュによる容赦ないフルボッコが始まった。

 

 任務完了。

 そこからおよそ十秒足らずでデミウルゴスを沈めた鉄槌のリンチは、観測していたオペレーターのフランが若干引くレベルの凄惨さであったという。

 

 

◇◇◇

 

 

 「んあ~~~~………終わったね~」

 

 「帰ろう帰ろう。せっかく暖まった身体が冷えないうちに」

 

 早く迎えを寄越せ早急に、と二の腕を擦って急かすジン。サリエルと若干涙目になっている気がしなくもないデミウルゴスからの素材回収もそこそこに、落下している資材をせかせかと拾い集めている。

 やたらと周囲を見回しているのは何故だろう───新手を警戒しているのだろうか?

 少なくとも『誰かに横取りされるかも』という意地汚さではないとは思うが、どうも動きが貧乏性だ。あちこちをうろつきつつ遠ざかっていく彼に、ナナがやや大声で話しかける。

 

 「ジンくーん。ここで雪にシロップかけて食べたりするよねー?」

 

 「よっぽどじゃないと食べないな。冷たいから身体も冷えるし、まず溶かすのに体力を使うんだ」

 

 「そのまま食べるんだ!?通だねえ」

 

 「別にこだわりがある訳じゃない。そもそも何なんだ、通な雪の食べ方って」

 

 「……あ、そういえば」

 

 ふとナナが何かに思い当たった。

 

 「ジンくん。前にガルム四匹のミッションあったよね?」

 

 ……ガルム?

 ほら、あの赤いわんこ。両手がごつい。

 

 「………ああ、多分思い出した。あれか。で、そいつらがどうした?」

 

 「あの四匹はさ、物凄く連携プレーが出来てたよね。元々ガルムって頭が良いから、ああいう事は実は初めてじゃなかったりするんだけどさ」

 

 んー、とナナが首を捻る。

 

 「博士が言うにはさ。アラガミが仲間と一定以上のレベルの連携をとるには、仲間が同種かそれに近くなきゃならないんだって。だからガルム四匹は納得できるんだけど………サリエルとデミウルゴスって似てるかなー?

食べるものも違うし……」

 

 「そっくりだろ。目が二つあって、その下に鼻と口がある所なんか特に」

 

 「それじゃ私達もおんなじになっちゃうよ!」

 

 石段の陰から出てきた超適当な返事に割と真面目に考えていたナナが抗議する。しかしジンからの返答はなく、ただ石段の陰から飛び出した犬の耳のような髪の束がちらちらと揺れるばかり。

 しょうがないからサカキ博士にでも聞こうかな、と考えていた時、ふとサリエルとデミウルゴスの死体が目に入った。

 その身体からはもうコアを失ったオラクル細胞が飛散し始めている。

 遠からず全て散ってしまうだろう………

 

 「……………?」

 

 違和感があった。

 サリエルとデミウルゴスの砕けた頭から霧散していくオラクル細胞のカーテンの向こうに、何かがあるような気がする。

 もっと近くで見てみようかとそちらに少し歩いた時、上空から空を叩くローターの音が聞こえてきた。

 迎えが来たのだ。

 胸に残る違和感は飲み込んで、いまだ石段の陰でごそごそやっているジンを呼びに行く。

 ここまで回収作業に熱を入れている人を見るのは、エリクサーを求めてさ迷う神楽リョウ以来だ───しゃがんで背中を丸めているジンの肩をぽんぽんと叩いて意識をこちらに呼び戻す。

 

 「ジンくん。ヘリ来たよ」

 

 「ん? ああ、やっとか」

 

 ああ寒い寒い、と高度を落としたヘリに飛び乗るジンとそれに続くナナ。

 搭乗していた調査隊達と入れ違い、ハッチが閉じられ機内の空気が外気と遮断され、ようやくジンが人心地ついたように力を抜いた。

 

 「ああ(ぬく)い。人類は暖房を発明した人間に向けて一日三度は礼拝をするべきだ」

 

 「でも言うほど寒くないんじゃない?ほら、私達ゴッドイーターなんだし」

 

 「寒いものは寒い。気分の問題もある」

 

 機体の高度が上がっていくのを感覚で感じながら、二人は他愛ない話を続ける。話題がナナにかかった肥満疑惑に及んだところで、ちょっと見逃せないものを見た。

 ジンのポケットがパンパンに膨らんでいる。

 そしてそこから取り出した何かを、ジンが時折むしゃむしゃと口に運んでいる。

 

 「あー! さっきから何か食べてる! 私のこと太ってるみたいなこと言ってたくせに!」

 

 「関係ないだろ、別にあんたが太るわけでもないし」

 

 「私がどうとかじゃなくて!女の子の体型を貶しながらそれはちょっとデリカシーが………」

 

 ナナが少し言葉を噛んだ。

 ポケットの中身を握り込んだジンの手の中から、何かひょろりとしたものがはみ出している。

 

 「え………ジンくん、本当に何食べてるの?」

 

 「何って、まあこれだが」

 

 ジンが手を開いてその中身をナナに見せる。

 それを見た彼女は、一瞬息が止まった。

 

 

 彼の手の中にあったのは引き抜かれたらしい土が付いたままの雑草と、それに付着していたと思われる虫だったからだ。

 

 

 つまり彼のポケットの中身は。

 彼がさっきから食べているものは。

 まるで見せつけるかのようにジンがそれらを丸ごと口に入れた。彼が口を動かす度に、甲殻を潰す音や砂利を噛む音が鳴る。

 手のひらに残った小さな虫をペロリと舐めとり、言葉を失うナナに問いかける。

 

 「食うか?」

 

 いや、いい、と何とか答えるナナ。

 だろうな、とだけ答え、ジンは差し出したミミズを口の中に入れた。

 

 

◇◇◇

 

 

 「おう、お疲れさん」

 

 「………緑髪さん」

 

 アナグラのラウンジに帰還したジンの隣に、真壁ハルオミが腰を下ろした。

 リンドウから聞いたぞ、いけるクチなんだろ?と酒の入ったグラスを差し出し、ジンはそれを礼も言わずに受け取って一気に飲み干した。その呑みっぷりにしばし呆気に取られたハルオミだが、やがて彼はハハハ、と楽しそうに笑う。

 

 「いいねぇ、いい呑みっぷりだ。おじさんがやっちゃ潰れちまうぜ」

 

 「何か用か?」

 

 「つれねー事言うなよ。親睦でも深めようぜぇ? ………どうだ、もうここには慣れたか?」

 

 「……いや、正直。前と環境が違いすぎる」

 

 「そうかぁ。でもいずれ楽しくなってくるさ。おたくの隊長さんもいるしな」

 

 隊長さん………、とジンは十秒くらい該当しそうな人物を脳内で検索し、そして一番可能性が高そうな人物の名をそっと口に出す。

 

 「………刺青さんか?」

 

 「そこはスッと思い浮かべよ……」

 

 しかも名前が出てきていない。ハルオミが若干素に戻った。

 

 「そういやネコミミさんや銀髪さんからもよく刺青さんの話を聞いた。随分人気らしいな?」

 

 「まーなぁ。そうなるだけの事を為したし、そうなる位にイイ男だ」

 

 ふーん、とジンが横目で窓際のカウンター席を見る。程よく日の当たるその場所で、件の神楽リョウが居眠りをしていた。

 

 「ところでジン。これは隊長さんともしっかり煮詰めた議論なんだが………女性の魅力を最も感じる部位はどこだと思う?」

 

 「はあ???」

 

 突拍子もない質問に流石のジンも戸惑った。

 スルーするか答えるかやや悩み、妙なところでいざこざを起こすのも損か、と結局答える事にした。

 

 「胸、でいいんじゃないか」

 

 「なるほど。その訳は?」

 

 「…………。単純に一番目立つからだ」

 

 まさか突っ込んでくるとは思わなかった。

 

 「顔が悪くても、そこがデカければいい値がつく。身体がよけりゃ満足なんて野郎はごまんといるしな。逆に顔は良くても、貧相だとな………」

 

 「いやいや、値、ってお前………、あらら」

 

 ハルオミが自分の後ろを見つめて言葉を止めた。

 何かと思って後ろを見ると、そこにいたのはむっつり顔の楠リッカである。ジトッとした視線が、サイテー、と語っていた。

 対するジンは全く動じず慌てる素振りも無かったが、彼はふとリッカの顔から少し下へと目線を落とす。

 そしてとても申し訳なさそうに顔を逸らした。

 

 そこから五分の間、アバドンと『空狐ノ肝』に飢えたゴッドイーターを再現するが如き全力の鬼ごっこが幕を開けた。この日から楠リッカから旺神ジンへの敵愾心は、決定的なものとなる。




 ゴッドイーター3やりました。
 ヴェルナーさんに救いは無いんですか?


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16話

 なおヘリの中であった事件に関しては、ナナは誰にも話していない。

 しかしそれを見ていたパイロットからジンの食癖がアナグラ中に広まってしまった。

 これを期に、旺神ジンの異常性はだんだんと周囲に認識されるようになる。

 

 『あの野郎、金になりそうなレア物を根こそぎかっ拐っていきやがる』

 

 『獲物も全部一人占めするしよ』

 

 『しかも立てた作戦は完全に無視する。一体なんなの? あいつ』

 

 少しずつ、少しずつジンを取り巻く感情は悪い方向へと向かっていく。

 彼に向かう悪感情が彼の存在する纏まりにも伝播していくのに、そう長い時間はいらなかった。

 

 

 『ブラッドも、あいつを何とかしろよ………』

 

 

 滑らかに回転していた歯車が、異物を噛んで軋みを上げる。

 不和を産み続けるそれを抱え込んだ彼ら四人は、それでもそれを受け入れるのか。それとも、取り除いてしまうのか。

 それが明らかになるのは、もう少し後の事。

 しかし現段階で、周囲がそのどちらを望んでいるのかは───最早考えるまでもない事だった。

 

 

 

 

 ラボラトリにいたペイラー・榊の元に、映像ファイルが添付された一通のメールが届いた。

 それを見た博士の糸目が輝く。

 そのメールは、ナナとジンと入れ違いに派遣された調査隊からの報告だったからだ。

 調査とは自分達の未来を拓く行為だ。

 新たに回収できる資源(リソース)はあるか。サテライトの建設予定地候補となるような土地はないか。あるいはアラガミの巣窟になっているような危険地帯は存在するのか。

 それらの情報は、全てが次の行動に活かせるのだ。

 

 「さて、何が見つかったものやら」

 

 博士は端末を操作してメールの文面を開く。

 その内容に目を通し………いや、正確には添付されていた映像を目にして。

 絶句した。

 

 その写真の背景は蒼氷の峡谷。

 被写体はサリエル堕天とデミウルゴス。

 つまりこれは、2人が討伐対象を殲滅した直後の写真ということになる。

 写真の中の2体は既に身体が崩れかかっていて、内部構造が露出していた。

 

 そこから何かが、ぐったりとこぼれるように飛び出している。

 

 ───()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 「………何だ、これは………?」

 

 かつて姿を見せた人形のアラガミ。

 サカキ博士をして『彼女』の存在の方がまだ理屈が通るとすら思える程に、この映像は信じがたいものだった。

 ──なおこの映像を収めた直後に2体は消滅。

 オラクル細胞のサンプルは、ないらしい。

 

 

◇◇◇

 

 

 今日もいつもと変わらない朝だ。

 ぞろぞろとラウンジに集結してきたゴッドイーター達が寝惚けた身体を朝食で始動させながら、各々これからの計画を立てている。

 窓辺で紅茶を飲む者、受注する任務に向けて作戦を確認している者、トーストを口にくわえたまま寝落ちしているブラッド隊長……皆今日1日を生き延びる為に英気を養い、そして頭を回している。

 そんな中に明らかな異物が入り込んだ。

 エレベーターの中から現れた男を確認した瞬間、周囲の声のトーンが下がる。

 注意。警戒。お世辞にも歓迎とは呼べない空気も気に止めず、その男はラウンジ中央の食卓に座った。肉と野菜がたっぷり挟まった凄まじいサイズと量のサンドイッチをモギュモギュと頬張っている。

 空気の流れに敏感な神楽リョウがそこで目を覚ました。

 周りの視線と空気で大体の事情を察したのか、リョウは努めて普通に男に声をかけた。

 まるで、俺は何とも思ってないぞと言外に伝えようとするかのように。

 

 「………よう。昨日は眠れたかよ、ジン」

 

 旨そうに口の中の物を咀嚼するジンが首を横に振る。相変わらず眠りが浅いらしい。

 彼が極東支部に配属されて数週間。

 少しずつ積み重ねられてきた不和は、明確な形を産み出しつつあった。

 

 

 

 「やあ君達。朝食時に悪いけれど、少しいいかな」

 

 ペイラー・榊に呼び掛けられ、ブラッドの面々が後ろを振り向く。ジンはサンドイッチの最後の一切れを口に放り込んだ。

 

 「実は君達に折り入って頼みたい事があってね。朝食が終わったら、支部長室に集まって貰いたいんだ」

 

 「どうかしたんすか?」

 

 「その説明は集まってからさせてもらうよ。ちょっとややこしい話になってしまっているからね」

 

 ……ややこしい話。

 いつだって飄々と笑っているこの博士の真剣な顔。どうやらただ事ではない雰囲気なのを全員が理解する。

 他にも二、三言葉を交わして、博士は支部長室へと帰っていった。

 

 「……久々に面倒事の臭いがするな」

 

 「直接呼びに来るくらいだからな。何を頼まれるのやら…」

 

 「ま、俺の事だろう。そろそろ何か処分が下る頃だろうとは思ってた」

 

 ぺろりと親指のパン屑を舐め取りながらジンが言う。

 

 「あの糸目博士も大変だな。まだ若いのに組織のトップで、人事までやってるんだから」

 

 「……違うだろ。その要件なら俺とお前だけで足りる」

 

 「それもそうか」

 

 「あと聞いて驚け。あの人、あれで50歳だ」

 

 「!!!???」

 

 

 

 「やあ、来てくれたようだね」

 

 いつも通りに柔和な笑みを浮かべた博士が、支部長室に集まったブラッドメンバーを出迎えた。

 その隣はソーマが固めており、一見で物々しい雰囲気を感じさせる。

 皆が真面目な面持ちで立っている中、ただジン一人が「50……」と呟きながら博士の顔をまじまじと見詰めている。

 確かに驚くべき事実だし全員がそう思っているが、彼の場合は『初対面の人に安直なアダ名を付ける』という癖も相まって『人を見た目のみで判断する』と周囲に受け取られていた。

 

 「さて、今回君達に、ある事についての調査を手伝ってほしいんだ」

 

 「ある事?」

 

 「こいつだ」

 

 ソーマが手に持っていた端末を操作し、ある映像をブラッドに見せる。

 それは調査隊から送られてきた、明らかに人間の身体らしきものが露出している、サリエル堕天とデミウルゴスの死骸だった。

 

 「………、」

 

 「あっ、これって……!?」

 

 「ナナ君は何か覚えがあるようだね。今回問題になっているのは、まさにこれなんだ」

 

 神妙な顔で博士は語る。

 

 「調査隊からの報告によると、この人間と思しきものは崩れた死体の中から出現したらしい。当然、捕食した人間が中からこぼれたという訳はない。……オラクル細胞が『食べ残し』を出す訳がないからね」

 

 「では、アラガミ化した神機使いという可能性は……」

 

 「その説が濃厚ではあった。報告と映像からすると、この『人間』はアラガミの細胞と融合しているようだったらしいからね。……だが、それだと中途半端に人の部分が残っている事に説明がつかない。明らかに不自然だ」

 

 「つまり……?」

 

 

 

 「この人間とアラガミの融合体は───人為的な施術によって産み出された可能性があるんだよ」

 

 

 

 全員が沈黙する。

 人間とアラガミの融合。見方を変えれば、それは彼らゴッドイーター全員に共通する項目だろう。

 しかしこれは?

 誰が? 何のために?

 予想だにしていなかった方向からの衝撃に沈黙するメンバーに、前説を終えたサカキ博士が本題を切り出した。

 

 「君達にお願いしたい事は、まだ他に存在するかもしれない『融合体』のオラクルのサンプルを収集する事なんだ。もちろん任務のついででも構わない」

 

 「……それ、いくらなんでも藁山の中の針じゃないすか? 外見に目立った特徴でもなけりゃ、区別が付きませんよ」

 

 「それについて、我々は1つの推測をしている」

 

 「推測を?」

 

 「最近頻発している、特異進化したアラガミの出現との関連性だ」

 

 「………」

 

 「知っての通りオラクル細胞は食べた物の形質を取り込むパターンがままある。

 異常に凶暴化したヴァジュラや異常に足の速いクアドリガ、別種にも関わらず知性の高いコンビネーション。これは単なる進化ではなく、何者かに与えられた『餌』による結果なのではないか、と考えた訳だよ。

 ……もちろん、推測の域を出ないんだけどね」

 

 その時、ジンがふと後ろのドアを見た。

 ややもしない内に足音が近付き、ノックの後にアリサが入ってきた。

 

 「近隣の支部への問い合わせの返答が届きました。この数ヶ月において、アラガミ化した神機使いは存在しないとの事です」

 

 「………やれやれ。これで我々の経験が活かせる可能性が一つ潰れてしまった訳だ」

 

 す、とサカキ博士はデスクの上で手を組んだ。

 

 「この情報は他のメンバーにも伝えてある。今後任務という形で調査を依頼することになるけれど、相手はどんな力を持っているかわからない者ばかりだ。

心して戦ってくれ」

 

 「 「 「 了解 」 」 」

 

 とその時、デスクの通信機に内線の着信があった。

 手に取って応答した博士は電話の相手と2、3言葉を交わし、そして通話を切る。

 どうやら目の前にいるブラッドへの通達らしい。

 

 「ヒバリ君からの連絡だ。『感応種』が出現したらしい。ちょうど皆集まっていることだし、行ってくれるかい」

 

 「! 了解」

 

 聞き慣れない単語にジンが首を捻った。

 

 「感応……種?」

 

 「さっきの話とは別だけど、うざってえ特殊能力を持ったアラガミの事だ。妙な偏食場パルスを発してやがるから」

 

 「報酬はどうなんだ?」

 

 「……最後まで聞いてくれ。妙な偏食場パルスを発してやがるから、普通の神機使いじゃ戦えねえんだよ。

 『血の力』かブラッドアーツ……それかブラッドバレットに目覚めりゃ問題は無えけど、お前はまだ戦えねえ。神機が動かなくなっちまう」

 

 利益の匂いを感じたジンが切り込むが、リョウの返答にがくりと肩を落とす。欲の皮の突っ張った男である。

 

 「気ぃ落とすなよ。あぁほら、普段任務に出ずっぱりらしいじゃねえか? 今日は留守番しとけ」

 

 「じゃあ、俺は別口の任務に行くとしよう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ドサリと音がした。

 そちらを見ると、書類を取り落としたアリサが何やら蹲ってプルプル震えている。

 

 「………ん? どうした?」

 

 「……触れてやるな」

 

 フォロー(?)に入ったソーマの声は、どこか笑いを堪えているようだった。

 

 

 「かっ、感応種!」

 

 館内に流れたアナウンスに、台場カノンが反応した。

 今は皆が忙しい時だ。

 ここ最近のアラガミの特異進化の謎を解き明かす為にも、自分も率先して出撃せねばならない。

 たった今ブラッドのメンバーに出撃命令が出たとは知らない彼女は、小走りでブラッド区画のジンの部屋に向かう。

 彼に同行を願おうとしているのだ。

 

 (感応種は『血の力』やブラッドバレットがないと戦えませんけど……教官先生のご指導なら、ジンさんももう『血の力』に目覚めてますよね!)

 

 それに何より、前回の名誉を挽回し、『誤爆野郎』の汚名を返上したいのである。

 自分もあれからちゃんと反省し訓練も頑張ってきたのだから、今回は大丈夫なはずだ。

 きっといける気がする。

 いや、いける。

 彼の部屋の前に辿り着いたカノンがドアをノックしようとした時、ドアの向こうから彼の声が聞こえた。

 会話をしているようだがしかし、その相手の声が聞こえない。どうやら誰かと連絡を取り合っているようだ。

 

 『───事を起こすなら──………。何の為───「そいつら」が……──? 俺は別に──計画が……────。………ああそう、……問題無──?』

 

 

 「(……………、?)」

 

 言っている内容はよく理解できないが、とにかく邪魔しては悪い。

 ジンの同行を諦めた彼女は、最悪単身での出撃を覚悟して他のメンバーを当たりに行った。

 しかし彼女は結局、単身で小型アラガミの群れの討伐というしょっぱい任務にアサインされる事となる。

 

 

◇◇◇

 

 

 「………まさか特に何の任務も発生してないとは」

 

 「まーまー、今日は比較的平和な方なんだから喜ぼうぜ。それにやる事が無くなった訳でもないしさ」

 

 結局ジンはアラガミの討伐に向かう事は出来ず、任務帰りのコウタと一緒に外部居住区の対アラガミ装甲壁の点検を行っていた。

 もちろん万が一の為に神機は携行している。

 しかし比較的平和とは言っても現在アナグラの主要戦力が出払っている事を思うと、やはり激戦である事に変わりはないのだろう。

 あくまでも今は束の間の空白なのだ。

 

 「この壁をこうして見てると、改めて俺達が守ってる物の重さがわかるよな。こんなにでっかくて分厚い壁も、俺達が戦わなかったら遠からず破られるんだから」

 

 「そういうものか。俺は特に何の感情も沸かないけど、維持費がどれだけ費やされてるのかは気になるな」

 

 「その辺はサカキ博士とかに聞いた方が早いぜ。あ、あとどうだった? 面白いだろバガラリー」

 

 「勧められるまま見てみたが、どうもダメだな。次の話になると前の話をスッパリ忘れてる」

 

 「嘘だろおい……」

 

 致命的なまでの脳味噌の引き出しの少なさに愕然とするコウタ。

 しかし彼も新米の頃は講義中に毎回睡魔の誘惑に負けていたため、ジンについてどうこう言えるのかどうかは微妙なラインではある。

 「シャザムだったか?」「イサム!」と益体もない会話をしていると、ジンの耳がこちらに近付いてくる音を捉えた。

 

 「……何か足音が近付いてるな」

 

 「へ? 何も聞こえないけど………」

 

 するとややもしない内に、パタパタとこちらに駆け寄ってくる軽い足音が聞こえてきた。

 思わずそちらを見た二人だが、その人物を見て明確に表情を変えたのはコウタだった。

 

 「お兄ちゃーん!」

 

 「えっ、の、ノゾミ!? 何でこんな所に!?」

 

 「えへへ、友達と遊んでたの」

 

 どうやら知り合いだったようで、コウタは一応任務中だというのに頬を緩ませてその少女と遊び始めた。

 脇の下に手を入れてぐるぐると回り始めた所でやっとジンの視線に気付いたらしく、こほんと咳払いをしてノゾミに仕事中である事を告げた。

 残念そうに去っていく彼女に手を振り、コウタは少し恥ずかしそうに頭を掻く。

 

 「随分仲が良いんだな」

 

 「まあな、あれ俺の妹だからさ……。それにしても、よくノゾミがこっちに来るってわかったな」

 

 「目と耳と鼻は人より利くんだ。……見た感じは年頃だったな。一番『受ける』時期だ」

 

 「おいそんな事言うなよ! 半端な男は俺が許さないからな!」

 

 クワッ!と叫んだコウタだが、やがてその顔が寂しそうな色を帯び始めた。

 

 「……でも、ノゾミもいつかは一人立ちしちゃうんだよな……。その時はノゾミの幸せを、俺が一番喜ばなきゃだよな……」

 

 「その不安は向こう10年は杞憂に終わると思うが……、そうか。あの娘はあんたが育ててるのか?」

 

 「うーん、それは母さんがやってくれてるよ。俺はここで稼いでるんだ。家族を支える大黒柱ってヤツ!」

 

 「ああ、そういう事か。納得した。肉親のゴッドイーターの稼ぎがあれば────

 

 

 ────売春(ウリ)やらなくても食えるのか」

 

 

 「………は?」

 

 その言葉にコウタが凍り付く。

 

 「え……いや、売春って、え?」

 

 「それにここは治安も良さそうだしな。俺のいた所じゃ、1000fcも出せば()()()のが買えたんだよ」

 



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17話

 「お前………っ!!」

 

 自分の妹を『そういう商品』と見られた事に激昂したコウタがジンの胸ぐらに掴みかかった。

 ジンはそれに対して何かを思っている様子もない。特に抵抗する素振りも無く、ただコウタの怒り顔を黒と金の瞳に写している。

 

 その時、けたたましい警報がサテライト内に鳴り響いた。

 

 尋常でない雰囲気に包まれ二人の顔が強張ると同時、高所のスピーカーから切迫したアナウンスが流れてきた。

 ポケットの中で震える携帯端末。

 それが知らせるメッセージを見ずとも、二人は事態を把握する事が出来た。

 

 『近隣の第三サテライトの対アラガミ防壁が突破されました! 居住区の皆さんはフェンリル職員の指示に従って迅速に避難してください!繰り返します、近隣の第三サテライトの――――』

 

 

 

 

 

 被害は決して小さいとは言えなかった。

 その場にいた神機使いだけでは手に余る量のアラガミ達は防壁を突破するに飽き足らず、その内部………人々の住まう区画で暴れたのだ。

 急遽任務を切り上げて戻ってきた者、あるいは報せを聞き速攻で片付けてきたブラッド、そしてその場から急行したジンとコウタによりその場は片付いたものの、その爪痕を見て胸を撫で下ろせる者はいなかった。

 

 「………やられたな」

 

 沈痛な口調でギルが呟く。

 

 「……ここは確か、防衛班が持ち回りで受け持ってる場所だったはず……」

 

 「……あの人達なら、今ここにはいねえよ」

 

 その言葉に暗く力無いトーンで答えたのは、壊れかかった壁に寄り掛かって座り込んでいる神機使いだった。相当に心を痛めているのだろう、最早立ち上がろうとする気力もなさそうだった。

 

 「あの人達だけでサテライト全てを守れる訳じゃない。その持ち回りのローテーションは、必ず彼等がいないサテライトが出てくる………今はここがそうなんだ。

だけど防衛班はあの人達だけじゃない。守衛を請け負ってるのはあの人達だけじゃないんだ! ………なのに………っ」

 

 その声は次第に震え、大きくなっていく。

 握り締めた拳には、鬱血する程に力が込められている。

 そして彼の声は、終いに嗚咽混じりの叫びに変わった。

 

 「あの人達がいなくなった途端この体たらくかよ!?

 俺達は何の為にここにいるんだよ!? 『お前らならやれる』って言ってくれたのに!!

 俺達を信じてくれたあの人達の期待も裏切って、守らなきゃならない人達も守れずに! なのに俺は、こうして生きてて………畜生、ちくしょう………っっ!!!」

 

 ………かける言葉など見付かるはずがなかった。

 その叫びは他の者達の声でもあったのだろう、他の防衛隊員もずるずると壁にもたれかかり、地面に座り込んでいく。

 悲痛な沈黙に支配された空間。それを一喝して打ち破ったのは、他でもない神楽リョウだった。

 

 「ボサッとすんな! 総員直ちに散開、被害状況を確認しろ! ───生存者を探せ!!」

 

 全員が弾かれるように動いた。

 座り込んでいた者は立ち上がり、各々が言葉を交わさずとも別々の方向へ駆け出していく。

 まだ自分の仕事が終わっていないのを思い出しただけではない………全員が求めていたのだ。

 まだ残されているかもしれない希望を。

 そしてそれでいい。

 項垂れている間にも、残された時間は刻一刻と出血し続けていくのだから。

 

 

◇◇◇

 

 

 良くも悪くも非常事態慣れしていたのが幸いしたのか住民はすぐに避難していたようで、生存者の数は想定よりも多かった。救護班や輸送機も駆け付け、負傷者は神機使いの経営する病院へと搬送されていく。

 しかしやはり被害地域ではパニックが発生したらしい───直接アラガミの手にかかったり、倒壊した家屋の下敷きになった死傷者や負傷者は相当数に上った。

 中でも我が子を守るように折り重なって息絶えている親子の遺体は、見た者の心を容赦なく抉っていった。

 心に重たい石を抱えたままではあるものの、作業自体は滞りなく進んでいく。

 そんな時だった。

 

 「────! ─────!!」

 

 引き続き生存者の捜索を行っていたリョウとギルバートが遠くから女性の怒鳴り声を聞いた。

悲しみと怒りを孕んだただならぬ声色に、二人はすぐさまその声が聞こえる方に向けて走る。

そこにいたのは。

 

 

 「ねえ! この子を助けてよ!! あんたゴッドイーターでしょ!? 私達を守るのが仕事なんでしょ!? この子の命も守ってよ!! どうにかしてよ! ねえ!!!」

 

 「……………、」

 

 

 血塗れの子供と、それを抱える半狂乱の母親と思しき女性。

 そしてそれを静かに見下ろしている、旺神ジンだった。

 

 「隊長………」

 

 「わかってんよ」

 

 自分達も出なければならない。

 ここからではあの子供の安否は確認できないが、ともかくあの母親を落ち着かせ、子供を病院へと運ぶのが何よりも先決だ。

 しかし。

 

 「何でこんな目に遇わなくちゃならないの!? この子が何かしたの!?

 あんたらは何の為にいるのよ! 普段いい暮らししてるんだからこんな時位役に立ちなさいよ!! 黙ってないで何とか言ったらどうなのよ!!!」

 

 ───自分達が彼女にかける言葉など持ち合わせているのか。

 一番の宝を奪われた彼女に、為すべき事を為せなかった自分達が……どの口で彼女に語りかければいいのか。

 出ていくことを一瞬躊躇った二人だが、すぐに振り切ってそちらへと走り出す。

 その時だった。

 

 

 「………あ゙ぁ゙?」

 

 

 二人と母親が凍り付く。

 どちらかと言えば丁寧な普段の口調とは大きく異なる、酷く苛立った声の主は───顔面を歪めたジンだった。

 

 「さっきから聞いてりゃどんだけテメェの都合喚いてんだ。んな大切なモンならテメェでどうにかすりゃいいだろうが。テメェの不始末のケツを何で俺が拭かなきゃなんねぇんだオイ」

 

 「な」

 

 「そもそも普段誰かの陰でビクビクして生きてるしか能のないお前らに生意気(ナマ)言う権利があるとでも思ってんのか?

 お前らを守るのが仕事? 普段いい暮らししてんだから? 何でこんな目に遇わなくちゃなんないのかだぁ?

 知ったこっちゃねえんだよ。

 お前が弱えからそうやって奪われる。全っ部お前の虫ケラ加減のせいだろうがよ。

 捨てられたらキャンキャン鳴くしか出来ねえ身の上なら分相応の口を利けやダボ」

 

 生きてるだけで与えられるモノなんざ無えんだよ、と。

 侮蔑に満ちた異類の瞳が、女性を見下ろす。

 声も出せず口を戦慄かせる彼女に、ジンは最後の一言を、唾のように吐き捨てた。

 

 

 「納得できねえってなら神様にでも祈ってみろよ。信じる者なら救ってくれるらしいぜ、アレ」

 

 

 「ゥギャァ──────────ッッ!!!」

 

 人間性が振り切れたような絶叫を上げ、女性が瓦礫を掴んだ手でジンに殴りかかる。

 こめかみに血管を浮かせたジンはそれに対して、あろうことか神機を上に振り上げた。

 母親の手に躊躇いはなく、ジンの手にも躊躇はない。

 そして。

 

 甲高い音と鈍い音が同時に響く。

 

 ギルのスピアがジンのハンマーを阻んだ金属音と、ジンを庇ったリョウが顔面を瓦礫で殴打される音だった。

 

 「アアアァ!! アアアァァァアアア!!!」

 

 心が許容量を超えた狂乱状態の女性は止まらない。

 相手が誰かも見えていないのか、無抵抗のリョウを何度も殴り付ける。

 そこに新たな二人が加わった。

 探索中にただならぬ気配を察知して駆け付けてきたシエルとペアを組んでいたナナだ。

 その光景に一瞬息を呑んだ二人だが、行動は迅速だった。

 ナナは暴れる母親を取り押さえ、シエルは血塗れの子供のバイタルをチェックする。

 

 「……まだ息があります! 急いで病院に!」

 

 「おかーさんもケガしてるんだから落ち着かなきゃだめだよ! 大丈夫、助かる! 助けるから!!」

 

 シエルが無線で連絡を取りつつ素早く応急処置を続けているのを見て正気に戻った母親が、慌てて子供に取りすがるが、しかし処置の邪魔になってしまうとわかったのだろう。泣きそうな顔で辛うじて息をしている我が子を見詰めている。

 

 「………申し訳ありません」

 

 そこに聞こえてきた謝罪に、母親はその男をキッと睨み付け───え、と小さな声を出した。

 その言葉は先程自分をこれでもかと罵倒した男からのものではなく、自分が錯乱して瓦礫で殴り続けた、無関係のはずの少年からのとのだったからだ。

 

 「あ……」

 

 「我が子という宝物を失う痛みは、自分のような若輩が察するに余りある。……部下の過ちは自分の過ちです。許してほしいとは言いません。

 

 先程の非礼を―――どうか、詫びさせて下さい」

 

 そう言ってリョウは深々と頭を下げた。

 殴られ続けた顔面はあちこちが切れ、ボタボタと血が流れ落ちていた。

 その姿に母親は何も言う事が出来なかった。

 やがて連絡を受けて緊急着陸した救護ヘリが子供と母親を乗せ、すぐに病院へと運んでいく。

 そのヘリが空に消えるまでの間、神楽リョウはずっと頭を下げたままだった。

 

 旺神ジンがその間何をしていたかは誰も知らない。

 彼はギルに行動を阻まれた後、暴れる母親も頭を下げるリョウも対応する仲間達すら見もせずに、踵を返してどこかをぶらついていたからだ。

 

 そして被害状況の確認と防壁の修繕、その間の警備などの計画を暫定的に決めた彼らはアナグラに帰投。

 そこでジンに下された処分は、一週間の懲罰房への収監だった。

 

 

◇◇◇

 

 

 自動販売機の前で、バギッッッ!!!と酷く暴力的な音が響く。

 そこにいるのは怒りに拳を震わせるギルバート・マクレインとそれを抑えようとするシエルとナナ、そしてリョウ。壁に叩き付けられ床に座り込む、殴られた頬を押さえようともしない旺神ジンだった。

 

 「ギ、ギル! 落ち着いて下さい!」

 

 「そーだよ! いくら何でもなぐるのは駄目だって!」

 

 「止めんじゃねえ!! 隊長はこの何倍もブン殴られてんだぞ………ッッ!!」

 

 ペッ、と血の混じった唾を吐き出すジン。

 彼の黒と金の瞳には、何ら感情も宿っていない。ただ対象を写すだけのカメラのレンズのような、無機質な無関心のみがそこにあった。

 しかしなおも暴れるギルが気に障ったのか、ややうざったそうな顔で彼はギルに言う。

 

 「何であんたがそんなに切れてるんだ。別にあんたが不都合を被った訳じゃないだろう」

 

 「逆に何でお前はのうのうとしてられんだ!! 隊長がお前の代わりにボコボコにされて、何の非も無いのに頭を下げたってのに、それをお前は知ったこっちゃないみてえに消えやがって!!」

 

 「別に頼んでない」

 

 再びギルの視界が真っ赤に染まる。

 それでも必死に抑えようとするメンバーだが、その目にはやはり少なからず非難の色が宿っている。

 ……ただジンの瞳を真っ直ぐに見詰めている、リョウ以外には。

 彼は前に出てジンの正面に立ち、暴れるギルを制止する。

 当の被害者に止められて退かざるを得なくなったギルが落ち着いたのを見て、リョウは静かにジンに語りかける。

 

 「……ジン。お前は何より大切なものを亡くしそうになったあの人の気持ちを少しは考えたか?」

 

 「1つも。ああいうのを見ると虫酸が走る」

 

 「家を無くしたり大怪我をした人達を見て感じる事はあったか?」

 

 「心底どうでもいい」

 

 嘘は言っていない。ジンは本当にそう感じている。

 それを再確認したリョウは、沈黙の後に再び口を開いた。

 

 「あのよ。人が抱えてる理由なんて人それぞれだし、お前からどんな答えが帰ってきてもそれを否定したりはしないけど、……1ついいか」

 

 「?」

 

 

 

 「お前――――何でゴッドイーターになったんだ?」

 

 

 

 ……人を守る仕事に就くような人格とは思えないか?

 皮肉げに口角を曲げてそう返すジンだが、黙ったまま自分を見ているリョウを見て元の表情に戻った。

 今までジンをフォローし、庇ってきたリョウの中にも決して小さくない怒気があるのだろう。

 それも罪を肩代わりした自分への態度にではない───人の気持ちを理解しようともせず、絶望に暮れる人を更に蹴り倒したことに対して。

 それを理解したジンはしばらく答えようかはぐらかそうかを考え、そして真面目に答えるしかないことに気付く。

 目の前にいる刺青の彼には恐らく、欺瞞の一切が通じない。

 旺神ジンは目がいい。そういう事は、よく見える。

 彼は小さく溜め息を吐き、同じようにリョウの目を見据えて言う。

 

 「何でもくそもない。………古今東西、人間が職に就いて働く理由なんて一つに決まってるだろう」

 

 「……そりゃ何だ?」

 

 

 「食う為だ」

 

 

 ブラッドメンバーの動きが止まる。

 たかが一言。

 しかし余りにも単純なその一言には、一瞬彼らを圧倒してしまう程の重みが籠っていた。



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18話

 続けろ、と無言の内に促されているのを感じた彼は、その望み通りに明かし始めた。

 旺神ジンという男の、成り立ちを。

 

 

 「まず、俺は孤児院の出身だ」

 

 「……ああ。自己紹介の時に聞いた」

 

 「そうだったか? ……俺の両親は10年前にアラガミに食い殺されててな。まだ今みたいな居住地の体制が整ってなかった時代だ。大混乱で親戚のやっかいにもなれなかった俺はある孤児院に入ることになった。取り残された奴に比べればまあ幸運な方だったんじゃないか」

 

 「……それで?」

 

 

 「『神機使い育成助成給付金』って知ってるか?」

 

 

 ジンの口からそんなワードが出てきた。

 

 「当時のゴッドイーターの数は、当然だが今よりもずっと少ない。それでアラガミの襲撃に満足に対応できる訳がない……ゴッドイーターの排出は国の急務だったんだ。

 だから少しでも将来の兵隊を増やす為に、金と引き換えに子供にゴッドイーターになる為の前教育を施す。それが各教育機関に向けて発布された、政府の政策だ。

 ……で、問題はそこだ」

 

 そこでシエルが、ハッと何かを察したように目を見開いた。

 あらゆる教育を詰め込まれた彼女だからこそ思い当たるものがあったのだろう。彼女は答え合わせをするように、ゆっくりと言葉を紡いでいく。

 

 「……少し本旨とはズレてしまいますが、聞いた事があります。『例えば献血行為とは無償であるから成り立つものである。安すぎる対価を付けると献血者は自尊心を傷付けられて減っていき、逆に高過ぎると───

────血液の売買や略奪などの闇行為が蔓延ってしまう』、と」

 

 それを聞いたジンが少し黙る。

 彼の説明は、やはりあんたは聡いな、という呟きに続けられた。

 

 「その通りだよ。政府は多分、その助成金を高く設定し過ぎたんだな。

 俺が入ったその孤児院は────

 

 

 ────助成金目当ての、ハイエナの巣だった」

 

 

 ぞくり、と。

 ブラッドメンバーの背中に冷たいものが走った。

 

 「テストの点が悪けりゃ怒鳴られる殴られる……ならまだ良い方だ。下手すればただでさえゴミみたいに質素で少ない飯も抜き。

 空いてる時間はひたすら内職に掃除とかの雑用。寝る時間も少ないから一日中フラフラしててな。その上どっかでヘマしたら院長直々にサンドバッグのご指名ときた。うっかり愚痴や悪口でも言おうものなら言わずもがな。

 査定に響くから死にはしねえようにって位で、毎日こんなスケジュールだったよ」

 

 ひどい、とナナのシエルの口からこぼれ出す。

 誰かの愛情が何よりも必要な時期に放り込まれた、助けを求められない閉鎖的な地獄。

 その苦しみがどれ程のものか、想像すら追い付かなかった。

 

 「だから全員、職員や院長に気に入られようと必死だった。誰かが仕事でこんなことした、先生の事こう言ってたってな。告げ口が五月蝿いのなんの。世の人間が全員ああだったなら世界はもっと平和なんだろうさ。

 まあ、その告げ口が最早九割が出任せの冤罪なんだけどな」

 

 「皆が嘘を言って仲間を売ったのかよ!? 何で……」

 

 「今言っただろう。職員や院長に気に入られる為だ」

 

 ジンの声に揺らぎは無い。

 

 「自分達を支配してるのはそこにいる大人だ。そこがどんなゴミ溜めで、支配する大人がどんなクズだったとしても、縋るものがそれしかない。生きたいのなら取り入るしかない。

 そうしてこの孤児院の秩序は形成されてたんだ」

 

 そして。

 

 

 「より詳しく言うのなら───異様な外見を持つ俺をその槍玉に挙げる事によって、だ」

 

 

 ───その言葉に、全員が息を呑んだ。

 今までの話は、旺神ジンという少年を形成する前振りでしかなかったのだ。

 『この見てくれで孤児院じゃバケモノって呼ばれてたから』───

 自己紹介の時に聞いた彼の言葉が、脳の奥で重く響いてくる。

 

 「おかしなものを排除するって大義名分はデカい。回りと違うってのはこの上無いターゲットだ。

 職員も俺が気持ち悪かったんだろうな、話しかけたら殴られたよ。

 しかも出任せのチクりのせいで飯もろくに出されやしないから、こっそり院の畑からくすねたモノを食ってた。

 野菜はすぐにバレるから………雑草とか虫とかミミズとか。蛙が一番のご馳走だった気がする。

 そして生き延びた俺は院を出て、色々あってここにいる。他の奴らはどうしてるか知らないが、まあ概ね『こんな事』になってるだろうな」

 

 ああ疲れた、と。

 長台詞を連発したせいで喉が疲弊したらしいジンが息を吐く。

 しかし一方、その話を聞いた全員が沈痛な面持ちで押し黙っていた。被害者本人より昂っていたギルの義憤も静まってしまったようだ。

 沈黙の帳を破ったのは、静かに口を開いたリョウだった。

 

 「………そうか。それがジン、お前か」

 

 「そういう事だ」

 

 「辛くは、なかったのか」

 

 「忘れた」

 

 そう平然とジンは言う。

 

 「他人なんて知ったことじゃない。他人に気を使う意味がわからない。自分の得にならないことをする理由がわからない。他人に得を譲る精神がわからない。他人なんて自分の利益の為に使うもので、他の奴らもそう思ってるはずだ。だって今までがそうだったんだから」

 

 「そんな事は」

 

 「無いんだろうな。俺が異常なんだろう。

 価値観が変わった訳じゃないが、俺が間違っているのはわかる。俺がこうして排撃されてる時点でそれは明らかな事だ」

 

 「っ」

 

 「勘違いするな。むしろ同情するのは筋違いで、あんたらの行為は正当なものだと言っている」

 

 そこでジンの意識が、初めて言葉のやりとりから個人に向けられた。

 対象は神楽リョウ。

 その感情は理解不能なものに向けられる、嫌悪にも似た警戒心だ。

 

 「俺は目も勘も良い方だ。相手の腹は大体読める。あんたの善意が本物なのもな。

 だから刺青さん、俺はあんたが気持ち悪い。

 こうなる前にも、俺には何度か罰則が下ろうとしてたはずだ。あんたが庇ってたんだろう?

 そうしない方がずっと楽で得だったはずなのに、何で異常(おれ)を受け入れる?

 もうあんまり覚えてないが、あんたはいつも他人の為に動いていたような気がする。損得勘定を抜きにして、だ。

 何でそこまで人の為に動く?

 あんたの取り分は何なんだ?

 

 

 あんたの()は────どこにあるんだ?」

 

 

 長い沈黙が訪れた。

 今度はお前が答えろ、とジンの目線が詰め寄っていく。

 リョウは頭の中でジンの言葉を何度も咀嚼し、そして理解した。

 人の期待に応えようともせず、そして人にも期待しない。……この男は、自分や他人に対して、何の価値も見出だしていないのだ。

 攻撃されているのが自分だから、おかしいのは自分である。

 幼い頃から今に至るまで疎外され続けた彼の人生は、そんな卑屈極まる言葉を平然と宣うまでに彼を歪めてしまった。

 それが旺神ジンの中心点。

 だから、自分も飾らない。

 リョウは瞑目の後に、ゆっくりとジンに答え始めた。

 

 「正直、お前の指摘は痛み入るよ。少しは自分の身を顧みろ、なんて耳にタコができる程言われてるしな」

 

 「………」

 

 「でもな。俺はあの時こうしてれば、っていうのはもう嫌なんだよ。俺は前にも、為すべき時に為すべき事を為せなかった。

 そのせいで俺は………大切な仲間を二人失った」

 

 後ろにいるメンバーの唇が何かを言いたげに動く。

 しかし口を挟んでいい時ではないと思い止まったのだろう、彼らは再び口をつぐんでいる。

 

 「あの時一人で行かせてしまったから、あの時強く引き止めてれば、とか終わってから言っても無意味だって痛感したよ。俺はもう2度とこんな思いをしたくねえ。だからその為に、できる事なら何だってやる。

 ……それが俺の我だ」

 

 「……そうか。………いや」

 

 納得いかないとばかりにジンは切り込む。

 

 「わからないな。それだと話の前提が、その対象はあんたが仲間と認めた者だという事になるはずだ。

 俺が善意を向けられている説明になってないじゃないか」

 

 「ああん?」

 

 ぴき、とリョウのこめかみに血管が浮かんだ。

 

 「……テメェ、今までの流れでまだわかんねえのか? やっぱあんまり物を考えないタイプなのか、絶望的に察しが悪いのかどっちだ。コラ」

 

 「?」

 

 素で飲み込めていなさそうなジン。

 なぜ今更こんな当たり前の事を説明せねばならないのか───

 深い溜め息を吐きつつガシガシと頭を掻き、リョウはチンピラのような体勢で床に座ったままのジンの前にしゃがみ込む。

 彼の瞳と異類の瞳の目線が、同じ高さに揃った。

 

 「あのなぁ。テメェいつまで俺達を他人のカテゴリに入れっぱなしにしてんだよ。あれからもう一月は経つぞ。……わかんねえ様ならこの際ハッキリ行ってやる」

 

 「………?」

 

 

 

 「俺達はな。お前がブラッドに入って自己紹介した瞬間から──…お前を他人だなんて思った事なんざ一度もねえんだよ」

 

 

 

 「………そうだよ。私もちょっとびっくりしちゃった所はあるけど、ジンくんがご飯いっぱい食べてるの見たら、すごく元気になれたよ?」

 

 「私も、あなたにあだ名を付けられた時は……少し嬉しかったんですよ?」

 

 「……俺だって、本当にどうでもよく思ってたらここまでキレたりなんてしねえさ」

 

 

 「そういうこった」

 

 ぽん、とジンの肩を叩いてリョウは立ち上がる。

 

 「1週間頭冷やしてこい。そんでお前が言った事や俺達に言われた事をみっちり考えろ。……お前自身が納得できる答えを見付けられるまで、だ」

 

 にかっ、と。

 年相応の笑顔を見せた少年は、そう言って身を翻す。

 彼らの足音が消えた後、話が終わるまで待っていた職員が、入れ違いでジンの前に姿を現した。

 立ち上がった彼の両脇を固め、二人はジンを懲罰房まで連行していく。

 彼は抵抗しない。する性格ではない。

 かつて神楽リョウが命令違反により収監された懲罰房の狭い口に、旺神ジンは無言のまま飲み込まれていった。

 職員2人の話によると彼は終始心ここに在らずで、どこか呆然とした様子だったという。

 

 

 

 「……ジンくん、とうとうぶちこまれたってね」

 

 「もうちょっと棘のない言い方してやってくれよ……」

 

 「ふんだ。女の子の身体の差をバカにするようなやつには当然だよ」

 

 (何やったんだアイツ……)

 

 ここに来てさらに浮上した問題にリョウは思わず頭を抱えてしまいそうになる。

 あちらを解決すれば次はまたこちら、ジンが蒔いてきた種は思った以上に根深く育っているようだ………かつて地雷という兵器の除去を行っていたという人達の気苦労の一端を垣間見たような気がしなくもない。

 

 「………それに関してはまた改めて聞かせてくれ。今はちゃんとアイツと話してきたとこだからよ」

 

 「そっか。……大丈夫そう?」

 

 「それはアイツ次第だな。……でも、多分大丈夫だと俺は思ってる。アイツ俺に言ったんだよ。『善意が本物なのが気持ち悪い』ってな」

 

 「……それがどうして大丈夫になるの?」

 

 「決まってる」

 

 リッカの疑問に、リョウは端的に答えた。

 ただ一つの疑いも介在していない、信じることを知っている者の力強さだった。

 

 

 「アイツが、善意っつーのがどういうものかを知ってるからだ」

 

 

◇◇◇

 

 「……………………………………………………………………………………………………」

 

 懲罰房という小部屋は本当に何も置かれていない。

 あるのは簡素なベッドとトイレ。

 1日3回ドアの下の小窓から差し込まれる出来合いの食事は、時間別で毎日同じメニュー。もちろん人との面会もできず、そして当然会話も無し。

 人の生から潤いの一切を奪い取ったら恐らくこんな生活になるのだろう。

 とはいえ他人の存在が知覚できるだけありがたい話だろう───この罰からは少々オーバーな話になるが、人間というのは一人で密室に閉じ込められると、びっくりする位に早く精神に異常をきたす。『孤独』と『退屈』、これに勝る刑罰はないのかも知れない。

 

 最もこの少年―――他人に関して心から無関心な旺神ジンがどう感じているのかはわからないが。

 

 (……うん。いい)

 

 屋根がある。飯がある。適温の空気がある。

 この時点でジンにとっては理想の住みかだ。

 過去ここに入った者がどう感じたかは知らないが、懲罰房だなんて名ばかりだ……こんな至れり尽くせりで、何を反省することがあろうか。

 そんな事を最初は考えていた彼だったのだが、やることも無いのでベッドの上に寝そべりながら、ふと思った。

 

 (退屈だ)

 

 

 その数秒後、自分がそう思ったことに心底驚いた。

 退屈とはつまり、自分が周囲から切り離された、自分を害するものが存在しない、何よりも尊重すべき時間。

 それを今一瞬、自分は不快に感じたのだ。

 

 明らかに普段の自分の思考とは異なる。

 特にする事も何もないジンは、それが何故なのかを考えてみることにした。

 時計すら無い室内、時間の概念が膿んでしまいそうな空間の中、ジンは今までの彼らとの会話、忘れかけているやり取りも引っ張り出し、頭の中でひたすらに思考を巡らせ続けた。

 

 そして気付く。

 彼らは異物である自分を歓迎していたこと。

 彼らは自分を対等な存在として扱っていたこと。

 

 その証拠に───自分が彼らの利益のダシに使われたことに、1度として覚えがないことに。

 

 「………………」

 

 お前を他人と思った事は一度もない。

 菱形の刺青の少年はそう言った。

 では、自分はどうなのだろう。

 彼らにとって自分が仲間であるならば───自分にとっての彼らは、何に当たるのだろうか。

 脳裏に一瞬、自分と『家族』という括りに入れられている者達の顔を思い浮かべつつ………ジンは静かに、その目を閉じた。

 

 

◇◇◇

 

 

 それから一週間、彼の謹慎が解ける日。

 出迎えに来たブラッドのメンバーが鉄格子付きのドアの前に立っている。

 そして職員がドアのロックを解除して数秒、ギィ、と鉄の扉が開く。

 密室の出口を潜って現れたのは、雰囲気も白いブラッド制服もくたびれた様子の旺神ジンだった。

 

 「よう、ジン。シャバの空気はどうだ」

 

 「ああ………空間に奥行きがある………」

 

 「堪えてはいるみてえだな……」

 

 すごく当たり前の事をしみじみと実感しているジン。1人が平気なタイプとはいえ、流石にこの1週間もの閉塞感には参っていたようだ。

 ぬあああああ、と全力で伸びをするジンを一頻り笑った後、リョウはジンの肩を叩く。

 

 「さて、1週間ずっと味気無い飯だったろ?出所祝いだ、何か奢ってやる。何がいい?」

 

 「………ああ、それは……」

 

 「?」

 

 ジンの口元が何か言いたそうにゴニョゴニョと動いているのを見て、リョウはそのまま彼の言葉を待った。

あーだのうーだの煮え切らない唸りをしばし発していた彼は、やがてとても言い難そうに───とても言い慣れていないだろう事を、精一杯口にした。

 

 「あー………その……」

 

 「?」

 

 

 「何だったら……俺が、奢るぞ。ほら、まぁ……いろいろと世話かけたから、な……」

 

 

 …………、と。

 その言葉をぽかんとした顔で聞いていたブラッドのメンバーは、とても嬉しそうに笑った。

 タダ飯にありつける事ではなく───旺神ジンが、ようやく人に心を開いてくれた事に。

 

 「よーし、それじゃ遠慮なくいただこうか。そう言えばムツミが良い肉が入ったって喜んでたような気がするな?」

 

 「私はどちらかと言えば食が細い方なので、普段気軽には頼めない紅茶が飲みたいです。……そうですね、ロンネフェルトとマックウッズなどの味を比較してみようかと」

 

 「お前、今言った事後悔すんなよ? 食うぞ、特にナナは」

 

 「ごっはん、ごっはん! たっべほーだーい!」

 

 「んなっ、ちょ、おい待て! 今のは無し、今のは取り消しだ! おいやめろ高いメニューばかり調べるんじゃない! 俺が死ぬ、俺の財布が結合崩壊する………っっ!!」

 

 意気揚々と歩く4人を必死に食い止めようとする一人。

 しかし今までの溝など最初から存在しなかったかのように、彼らは対等の距離で接している。

 楽しそうな喧騒を生みながら、5人連れ立って歩いていく様は、まるで、1つの家族のようで。

 

 

 

 

 

 

 ─────トクン、と。

 

 1つ脈打った血色の鼓動が、水紋のように広がっていった。

 

 

 

 

 

─────NORN──────

 

 旺神ジン(18):2

 

2074年フェンリル本部より極東支部に転属。

同時にフェンリル極致化技術開発局入隊。

出生:4月1日 身長:175cm

 

特殊部隊「ブラッド」所属。

高い戦闘能力にものを言わせた単独でのミッションを好むが、報酬や利益を求めて深追いし過ぎる傾向にある。

雑食極まりない健啖家。

食堂ではしばしば同部隊の香月ナナの実験料理の味見役になっているが、初恋ジュースだけは受け付けないようだ。

なお懸念されていた任務における度重なる単独行動や軍規違反、普段の素行の悪さによる他隊員との不和は現実の物となってしまったが、ここ最近から改善の兆しが見えている模様。

 

神機:ブーストハンマー・ブラスト(第三世代)



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phase3:遠吠え
19話


 「……………………………」

 

 ぐだぁっ、と。

 旺神ジンは自販機前のソファで泥のように溶けていた。

 明らかに疲労困憊の状態であり、パッと見の雰囲気は絶命したグボロ・グボロが一番近い。

 そんなグロッキー状態のジンの第一発見者は神楽リョウ。

 任務も終わったし一眠りしようと寝心地の良い場所に向かっている途中であった。

 

 「ジン。………おい、ジーン」

 

 「…………………、……」

 

 間近からの呼び掛けへの反応も緩慢だ。

 のっそりと首だけを動かしたジンは、そこにいるのが神楽リョウだとそこでようやく認識した。

 胡乱な瞳をリョウに向け、完全に重力に負けている顔面の筋を辛うじて動かして彼は弱々しく呟いた。

 

 

 「……人付き合いがわからない…………」

 

 「……………何か飲むか?」

 

 

 

 

 「……ッブハ─────ッッッ!!」

 

 飲料の缶を一瞬でカラにしたジンがぜえぜえと肩で息をする。ようやく人心地ついたらしい。

 うんざり顔でクシャクシャに丸めた空き缶(スチール)をゴミ箱に投げ入れるジンに、リョウは笑いながら労いの言葉をかける。

 

 「お疲れさん。頑張ってんじゃねえか」

 

 「いや、まあなぁ……」

 

 あれからジンの他人への無関心は、少しずつ改善の兆しを見せている。

 仲間からのアドバイスで人と一緒に食事をしたり( byナナ)、気付いた事はメモをするようにしたり(byシエル)とジンなりに努力をしているようだ。

 もちろん彼に根付いた感性がすぐに引っくり返るはずもないが、記念すべき一歩である。

 しかしやはり今までの自分と正反対の行動は凄まじく気疲れするようで、よくこうしてダウンしている姿を見かけるようになった。

 ちなみに、ジンが周囲から向けられていた反感は思いの外早く収まり始めている。

 ジンの努力を見ているのもあるだろうが、大部分は『ブラッド隊長がいるなら改心もするか』という、結局のところは神楽リョウへの信頼の大きさの恩恵だろう。

 

 「どうだよ。何か成果はあったかい」

 

 「もう何がなんだか。たとえ成果があったとしても、何が成果かわからない。何をもって良好なコミュニケーションというんだ」

 

 「こればっかは経験だからな……。メモ見返したら何か掴めたりするんじゃねえか?」

 

 「メモ?」

 

 きょとん、とジンの頭上に疑問符が浮かぶ。

 微妙な沈黙の後、ジンは自分のポケットの中にあるものを取り出してみた。

 

 「……俺、メモ取ってたのか」

 

 「『本末転倒』って知ってっか?」

 

 えーと、とメモ帳のページを開いて書き込んだ内容を見返すジンと横から覗き込むリョウ。

 しかし誰に聞いたかの表記もあるようだが、そこも名前ではなく渾名で書いてあるのに若干呆れてしまっているようだ。

 

 「桃色さんが『お菓子を配る』で、貴族さんが『紅茶を共に楽しむ』……」

 

 「その辺は自分の得意な事を活かしたやつだな」

 

 「あと前に一回だけ見たチビ帽子が『俺に割のいい任務を回すとよし』、死んだ目の金髪が『俺に投資しろ』と……」

 

 「……その辺は追い追いな。つーか渾名よ」

 

 「それと下ちt……南半球さんが」

 

 「オイ言いかけたろ今」

 

 「いいだろもう。……『相手に敬意を持って接するといい』、だそうだ。なんかこれを聞いたあと南半球さん頭を抱えて悶えてたんだが、何かまずい事を聞いたかな?」

 

 「? さあなぁ……」

 

 メモ帳を閉じてあー、と唸り、ジンは身体を折って自分の足に突っ伏した。

 

 「全員言うことがバラッバラで混乱する。何かこう、これというマニュアルみたいなものは無いのか? 銀髪さんが作ったりしてないか?」

 

 「多分まだ編纂途中だと思うぞ」

 

 作ってはないだろ、とは否定し切れなかったリョウ。

 

 「しかしこう、改めて日常の行動について考えると頭が痛くなるな。だんだん自分が今までどうやって人と話してたかわからなくなってきた」

 

 「ははは、頑張れ頑張れ」

 

 「俺は今までどうやって人と話してた?

 どうやって人の顔を見てきたんだ?

 どうやって人と関わってきたんだ?

 どうやって人の表情を読み取ってきたんだ?」

 

 「……おい……」

 

 「どうやって人に自分の意思を伝えていた?

 どんな感情でどんな表情をしていた?

 どうやって伝える言葉を選んでいた?

 どうやって人と関わっていた?

 会話ってどうやるんだ?

 人の心はどうやって汲み取るんだ?」

 

 「やめろぉぉぉおおおお!!! 俺までわからなくなってきたぁぁああああ!!!」

 

 両手で耳を塞いだリョウが悲鳴を上げる。今まで人と人とを繋げてきたその心に一点の曇りが現れた。

 片やジンは「そういえば今までそんなのを気にした事なんてないんだった」と一人でスッキリしており、リョウだけが損をしていた。

 頭を抱えてしまった彼をおいてさっさとどこかに行ってしまうジン。

 しばらくしてそこにやってきたのは、リョウを探して彼の部屋を訪ねようとしていたシエル=アランソンだった。

 

 「あ、隊長。前に君が」

 

 そこまでシエルが言った時、リョウはがしりとシエルの手を掴んだ。突然のシェイクハンドに困惑する彼女だが、しばらくシエルの手を握っていたリョウが言う。

 

 「……『前に君が開発した、高威力なものの周囲への二次被害が甚大なため規制された【メテオバレット】の是正案が纏まりました。お時間よろしければ報告よろしいですか?』………おう、頼む」

 

 「た、隊長? なぜ感応現象でものぐさをするんですか? なぜ私から顔を逸らすんですか?」

 

 「……わりい。人との付き合い方がわかんなくなってんだ、今」

 

 「!?」

 

 

 

 

 ばたん、とジンが自室に戻ると同時、図ったようなタイミングでポケットの中の携帯端末が振動する。

 見付かると厄介な代物ゆえに持ち運ぶのに神経を使う。ターミナルで通話すれば楽なのだが、交信の履歴を残すわけにはいかない。

 通話のスイッチを押して耳にあてると、いつもの声が聞こえてくる。

 

 『定時の報告をしてくれ』

 

 「……だから、その定時の報告っていうのに無理があるんだよ。任務中とかだったらどうしようもないんだぞ」

 

 『定期的にさせるようにしないとお前は報告を忘れるだろう』

 

 特に言い返せる言葉はなかった。

 

 「報告といっても、このところ特に変わったことはないんだけどな。強いて言えば周囲への俺の印象が変わってきてるらしい位で」

 

 『何だ、ちゃんと信頼を勝ち取ってるんじゃないか。正直そこに期待してはいなかったが、これで得られる情報も増えるだろう』

 

 「さいで」

 

 よくやっているなと褒められたが、ジンの表情は変わらない。

 

 『ああそうだ。少し前に、アラムが慣らしを兼ねてそっちを襲っただろう。あれの被害状況は今どうなってる?』

 

 「? …………、………あー」

 

 『………そっちのサテライト一つをアラガミの群れが襲撃しただろう。それのその後だ』

 

 名前を出して説明されてもわからないジンは、そこでやっとピンときた。

 そういえば、今朝メガネ博士(ペイラー・榊)がその話をしたはずだ───ポケットから物忘れ対策も兼ねた先程のメモ帳を取り出し、ページを開いてメモの内容を見る。

 『防壁を修復するオラクル由来の材料が不足している。防衛の為そちらに人員を割いてはいるが、やはり強度は手薄と言う他ない』とある。

 少し考えてジンは言った。

 

 「……目立った被害はもうないな。用心で備蓄してあった材料があったから、修復は完了しつつある。攻める穴にはならないだろう」

 

 そうか、という返答。

 その後2、3言葉を交わし、ジンは通話を切った。

 音の無くなった室内。相変わらず何を考えているかわからない表情のまま、彼はずっと手に持った端末を見つめている。

 旺神ジンが我に帰ったのは、何者かに自分の部屋のドアがノックされた音を聞いた時だった。

 

 

◇◇◇

 

 

 『《融合体》と思わしきアラガミ反応が見つかったんだ』

 

 支部長室に集まったブラッドのメンバーに、ペイラー・榊はそう告げた。

 

 『オラクルの波長が通常のそれと比べて大きな波があるのが特徴でね。個体としては相当不安定だけれど、それ故に何が起きるか予想がつかないんだ。

 以前から戦ってきた個体と同じように、何かしらの特殊性を持っていると見ていいだろう』

 

 

 「………で、その肝心のアラガミは何だったっけ?」

 

 「背中を壊したらキレる白いヤツ」

 

 「あーアイツか」

 

 「オイ、それでいいのか隊長」

 

 任務拠点のベースキャンプの中、もう名前を言っても覚えていないジンに順応したリョウが超雑な説明をした。

 今回の任務の目標は、その融合体アラガミのオラクルの採集、および撃破。

 彼らは今、簡易ブリーフィングを開いてその融合体かもしれないハンニバルに対する作戦を立てていた。

 

 「んじゃ、おさらいすっぞ。まずは距離を取って銃撃で様子見、ナナとジンは陽動を頼む。相手のやれる事を見極めて、そこから切り崩していく」

 

 「刺青さん。それなんだが、向こうが何かする前に速攻で畳んでしまっちゃ駄目なのか?」

 

 「戦闘記録だって立派なデータになるんだぜ?お前の言う事ももちろん重要な戦略だけど、ここはまだ返り討ちのリスクを増やすべきじゃない。

 今まで戦ったことのないタイプの敵だ、安全第一で行こうぜ」

 

 「わかった」

 

 「おいジン。お前がメモを取ってる理由は知ってるが、戦闘中にそんなもん見てるヒマは無いぞ」

 

 カリカリと手帳に書き込んでいる取っているジンを見咎めたギル。

 

 「仕方無いだろう、このところ本当に記憶が覚束ないんだ。何でも書いておかないと、何が重要なのか探せなくなる」

 

 「その心がけはいいとしても、少しは覚える努力をしたらどうだ」

 

 「印象が強いやつは比較的覚えてたりするんだよ。ああそうだな………傷痕さん、あんたが戦闘中にほぼ銃撃(アサルト)しか使わないこととか」

 

 「ぐっ………!?」

 

 手痛い所を突かれたギルが呻く。

 元々やや突撃に走りがちな彼は敵からの被弾率が高く、それを改善する為に意識的に銃撃を使用しているのだ。

 ただ彼の『血の力』はスピアによるチャージグライドをトリガーとして発動するため、結果として決定打に欠けるという悩ましいジレンマに陥っている───こればかりは本人の努力による改善を待つほかないのだが。

 

 「ジンくんも人のこと言えないよ。キミだって近接攻撃ばっかで、銃身は1つも使ってないくせに。

 少しはギルを見習ったほうがいいよ。キミの戦い方で今まで大きなケガをしてないのが奇跡だし」

 

 顔はこちらに向けないままでそう言ったのは、機材の点検をしているサポートの楠リッカだ。

 彼女の前にあるのは、大小いくつもの計器類……普段の任務と比べて倍近い量の機械が鎮座している。

 討伐ももちろんだが、何よりデータの収集が重視される今回の任務。腕利きのメカニックである彼女がサポートとして選ばれるのは当然と言えるだろう。

 横合いからサクリと刺されたジンが微妙な表情をする。

 

 「……いや、実際にケガはしてない訳でだな」

 

 「今はね。断言するけど、遠からずキミは大ケガするよ」

 

 「ああ、ほら。慣れてない技術を使うより、手に馴染んだ方法で戦う方が生存率が」

 

 「なら慣れるまで訓練しなよ。銃撃しか効かないアラガミもいるんだから」

 

 『血の力』に目覚めてない君にはまだ関係ない話だけど、と。いつになく辛辣なリッカに、リョウは思わず眉間を押さえてしまう。

 ジンが懲罰房にブチ込まれている間、リッカにジンに対する当たりの強さの理由を聞いた───全員一致でギルティである。

 アリサに『南半球さん』なんてアダ名を付けた辺りから嫌な気はしていた。止められなかった自分の責任でもあるが、怒りの叫びと共にジンのこめかみを拳で挟み込んでグリグリしたことを謝る気はない。

 

 (………ただまぁ、それでもジンを心配して言ってくれてるんだよな)

 

 「ええと……そうカリカリしない方がいいぞ。確かストレスは成長を妨げる原因になるとか、身長とか胸とか」

 

 「ブチッ」

 

 「ジィィィィイイイイイイン!!!」

 

 

 

 

 『これより任務を開始します。………大丈夫ですかブラッド1』

 

 「疲れた……」

 

 既にグッタリしているリョウ。早くも任務の行く末に暗雲が見え始めている。

 暴れるメカニックを宥めすかしてようやくの任務開始時刻、ジンに至ってはリッカにリアルに尻を蹴飛ばされての這う這うの体での出撃となった。

 

 「……失敗した。一言多かったか、足りなかったか」

 

 「どっちにしろもう庇えねえよイモムシを食う手を止めろ!」

 



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20話

 手の中で暴れる白く太いそれをグチュリと噛み千切るジンに、リョウが完全にお説教モードで怒鳴る。

 虫は立派な栄養源であることを知っていて冷静なシエル、昆虫食も歴とした食文化だとムツミに教わって忌避感の無くなったナナにもう色々と慣れたリョウの中、まだうへぇと顔を歪めるギルが浮いてしまっていた。

 

 「いいか、まず人の身体的特徴を挙げるのはアウトだ! 褒める時なら別だけどな、もうお前は絶対に人の外見に触れないくらいの気構えで行け!」

 

 「そうか……。改善するためのフォロー?をしたつもりだったんだが」

 

 「あれはセクハラってんだよ! つーかよ、外見を見下される辛さはお前が一番わかってんじゃねえのか!?」

 

 「それはとっくに忘れてる」

 

 「……あ、ああ、そうか。…………悪い」

 

 「?」

 

 「ほ、ほらほらダメだよー! これからアブナイ任務が始まるんだよ!切り替えてこ!」

 

 慌ててナナが場の空気を払拭しようと試みた。旺神ジン、いまだ胃痛の種である。

 そして結果としてその気まずさを取り去ったのは、以外にもシエル=アランソンだった。

 

 

 「皆さん、そろそろ会敵します」

 

 そう彼女が言った時には、既に全員が物陰に身を隠していた。

 アラガミの位置と状態を把握するシエルの『血の力』、《直覚》により得た情報はメンバーの全員に共有されている……流石にここに至って気まずい雰囲気を引きずっている余裕はない。

 ───作戦エリアにアラガミが侵入します。

 オペレーターのフランの声と同時に、岩場の上から白い影が姿を現した。

 白熱した角と逆鱗を持つ、強靭な肉体の白い竜………

 

 …………なのか?

 

 「………何だ、ありゃあ」

 

 呆然としたギルが呟く。

 自分達が今目にしているハンニバルは───最早その姿を留めていなかった。

 全身がドロドロに溶けているのだ。

 所々体表から筋繊維を剥き出しにしながら、緩い泥で作った人形のようにドタリドタリと不恰好に歩く様に、普段見慣れた竜王たる風格は無い。

 だらしなく開いた口からは、鳴き声とも呻き声とも取れない音が絶えず漏れ出していた。

 

 「オオオ……アアアアア…………」

 

 

 「……ありゃほっといても死ぬんじゃねえか?」

 

 「一体何が起きてんだ? オラクル細胞があんなバグを起こすなんて聞いたこともない」

 

 「ですが、標的の細胞が液状化しているのは幸運かも知れませんね」

 

 シエルが腰に下げた空のボトルに触れる。

 オラクルのサンプルを保管するケースだ。

 

 「……作戦に変更は無しだ。ナナ、ジン。合図で俺達が撃ちまくるから、突っ込んでくれ」

 

 「わかった」

 

 「りょーかい」

 

 返答と共に二人は神機を握り直し、3人の神機が形態を変える。

 そして。

 

 

 「───行けぇっっ!!!」

 

 

 2つの鉄槌が岩陰から飛び出した。

 弧を描いて両側から挟み込むように全速力で駆け抜ける先駆けに、溶けたハンニバルが感付いた。

 咆哮と共に体表の細胞を口から粘液のように飛ばしつつ、ドタリとそちらに向き直ろうとした。

 そしてそこに襲い来る弾丸の雨霰。

 バチャバチャと派手に泥を叩くような粘質な音と共に、ハンニバル(?)の身体が弾けていく。

 

 「オッ、オオォ、ゴォッ」

 

 回避行動を取ろうとしているようだが、しかしオラクル細胞の不具合か動作が緩慢すぎる───そしてその隙が決定的だった。

 ジンとナナのハンマーが火を噴く。

 走る勢いのまま大きな三日月の軌道を描いた2人の重撃が、連続して白い竜の身体を殴り抜いた。

 ッッッッバァン!!! と巨大な水風船が弾けるような音。

 ブラッドの二大力自慢の二連撃をまともに喰らったハンニバル(?)の身体が、大きく抉れて───

 

 「「…………………っっっ!!??」」

 

 ナナとジンの顔が強張った。

 手に伝わる感覚がおかしい。

 ────軽すぎる。

 そして周囲に撒き散らされる、ドロドロに溶けたハンニバル(?)の体組織。

 それは制動をかけて改めて敵に向かい合った先駆け二人の周囲にもドチャドチャと落下し。

 

 

 ずりゅ、と。

 落っこちた体組織の粘液から生えたハンニバルの腕が、あらぬ方向からナナとジンを襲ってきた。

 

 

 「な───────っっ!!??」

 

 地面から生えてきたようなその腕を、2人は慌ててバックステップして辛うじて回避。

 不気味な橙に輝く溶けた竜の瞳には、異常な現象を目の当たりにして動揺し、弾幕の形成を止めてしまったリョウ達が映っていた。

 すると一体何の予備動作なのか、ハンニバル(?)がどさっと輪郭のあやふやな胴体を地面に横たえる。

 

 その途端、ハンニバル(?)の身体が、地面に溶けた。

 そして。

 

 「ヴォオ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"!!!!」

 

 ずびゅるるるるるるるる!!! と粘質な不快音。

 植物のツタのように伸びたハンニバル(?)の両腕が、空中を蛇行して3人に侵攻していった。

 

 「うおおおおおおおっっ!?」

 

 その魔の手から何とか逃れたリョウ達。

 戦場の摩擦とかイレギュラー因子とか、そういうのよりもっと根本的な問題が発生した。

 

 「待て待て待て待て待て何だこいつ!? 最早ハンニバルである必要がねーじゃねーか!!」

 

 「擬似的な分裂と言っても良いでしょう。オラクル細胞の不安定さが、こんな結果を生むなんて……」

 

 「殴った感触はどうだった?」

 

 「水風船を割ったみたいだったよ。手応えがまるでない………!」

 

 その時、ハンニバル(?)の身体がボチャンと崩れた。

 辛うじて胴体の形を残し、粘液状の体組織がスルスルとアメーバのようにブラッド隊を取り囲んでいく。

 腕、脚、そして尾。

 体組織の水溜まりから生えてきたハンニバルの四肢が、四方八方からブラッド隊に押し寄せてきた。

 

 「っ全周防御!!」

 

 メンバーが背中を合わせるように固まって一斉に盾を展開し、完全な防御体制。甲羅に篭ったカメのように、ハンニバル(?)の攻撃を耐え凌いだ。

 ……旺神ジンを除いて。

 

 「ちょ、ジンくん!?」

 

 リョウの指示を無視、1人バックラーを展開せずに攻撃を躱して突撃していたジンがハンニバル(?)の胴体にハンマーを振りかぶった。

 ずりゅ、と湿った音。

 ジンの背後からハンニバルの首が生えてきたのだ。

 その上に乗った竜の頭が、大きく口を開く。

 その中に集約されていく、強大な熱波。

 

 「~~~~~~っっのバカ!!」

 

 ギルの神機が銃形態に変形、銃火を吐いたアサルトの弾丸が、ブラストやショットガンとは比較にならない速度をもって空を貫き───ジンの土手っ腹に命中した。

 くぐもった呻き声を上げてジンが空中で弾き飛ばされると同時、一瞬前まで彼がいた空間を巨大な炎球が通過した。

 身を翻して着地し咳き込むジンにギルが怒鳴る。

 

 「さっき俺が前に出過ぎるって話したばっかだろ! 指摘したお前が突っ込んでどうすんだ!!」

 

 「ッゲホ、ああ助かったよ。悪かった」

 

 「………」

 

 ジンの無事を確認したリョウは素早く周囲を見渡した。

 周囲にはハンニバル(?)の体組織が本体を中心にぶちまけられており、繋がりあったそれは不気味に生物的な蠕動運動を繰り返している。

 その周囲にも『飛沫』は飛び散っており、それらはただそこにこびりついているだけのようだが──

 

 「─────シエル」

 

 「はい」

 

 脳に閃いた直感。

 彼の動きと短い問いかけのみで全てを察したシエルが、速やかに分析の結果を口にした。

 

 「オラクルの反応が見られるのは、本体と直結した粘液、あるいはそれと繋がった粘液のみです。どことも繋がらない孤立した『飛沫』からは反応は見られません」

 

 「……ナイス《直覚》」

 

 そして。

 

「みんな聞いてくれ! あのハンニバルは別にアメーバみてーに分裂してる訳じゃねえ、言ってみりゃ手足を伸ばしてるのと一緒だ!

 千切っちまえばもうそこは使えねえ!!」

 

 そういうこと。

あのハンニバル(?)は液状になった己の身体を、まさに水のように周囲に広げることで己のテリトリーを作っていたのだ。

 死角などないようにも思えるがしかし、千切れた四肢は動かないのも生物の摂理………自在に拡げて生やせるのは、自分から切り離されていないものに限る。

 

 「だからあの野郎のドロドロしたとこを全部吹っ飛ばしちまえ!!

爆発系のバレットを持ってるやつはそれが有効のはずだ! ギルは《鼓吹》で全員の威力の底上げを!」

 

 「了解!」

 

 「行くぜお前ら。ドロドロばっかに気を取られんなよ? ───この手合いはコアを潰してナンボだからな!!」

 

 ガシャン! とリョウの神機が変形、オラクルの砲弾が砲口から弾け飛ぶ。

 それは岩場から生えていたハンニバル(?)の腕に着弾、派手に爆散させた。

 

 「グオッ!?」

 

 思わず唸るハンニバル(?)。

 一瞬混乱したようだが、次の瞬間、立て続けに破壊されてゆく『身体』を見て事態を悟ったのだろう。

崩れた竜は大きく口を開けて激怒した。

 

 「ヴォオ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"ォォォォオオ!!!!」

 

 その瞬間。

 ハンニバル(?)の身体が───ありとあらゆる体組織が、一気に爆炎を噴き上げた。

 

 「うぉぉああああ!!??」

 

 一瞬で周囲をうねる炎に囲まれたブラッド隊が慌てて中央に退避する。

 全身が燃えるこのエネルギーは、逆鱗が壊れていないと有り得ない………このハンニバル(?)はもしかしたら、オラクル細胞の役割分担がひどく曖昧なのかもしれない。

 火を出すための『発炎晶』や『真竜神酒』が全身に混ざっているためこんな状態に───

 

 「なんて推測しても意味ねーなコレ!」

 

 「っ流石に、予想外ですね………」

 

 こんなの溶岩に浮かんだ小さな岩場に閉じ込められたようなものだ。逃げる場所などどこにもない、波が来たら飲み込まれる。

 これが単にアラガミの群れならば火力で一点突破してしまえばいいのだが、実体の無い炎相手にはそういう訳にはいかない。

 やべえな、とリョウの頬に冷や汗が伝った。

 これを喰らってはまず無事では済むまい………

 

 とその時、唐突にジンが言った。

 

 「刺青さん。また指示があるのかなと思ってあんたを見てみたんだが」

 

 「………?」

 

 

 「あんたまさか、この状況で無傷で済まそうとか思ってないよな?」

 

 は、と。

 リョウは思わず口を開けてしまった。

 

 「食い物しかり行動の結果しかり、対価も無しに手に入るものなんてないぞ。

 隊長? としての務め? 義務? なのかどうかは知らないが、この職場は果たして無傷で済むような環境だったのか?」

 

 まあいい、とジンは刃のハンマーを肩に担ぐ。

 後部のスラスターから紅い輝きが溢れ出した。

 

 「あんた達にその気がないならしょうがない。もう面倒だ、俺が行く」

 

 誰かが口を挟もうとするよりも早く。

 白い砲弾と化したジンのブーストドライブが、ゴッッッ!!! と炎の壁に向けて弾け跳んだ。

 髪や服、身体にいくらか引火させつつも、突進の勢いに任せて強引に炎を突き破る。

 しかし行く手にはまだハンニバル(?)の身体が広がっていた。

 そこからずるりと生えてきたのは、ハンニバルの両腕───握られているのは、炎の槍だ。

 さらにその奥には、爆熱を口に溜めているハンニバルの口が───

 

 「 「 このバカ野郎!!! 」 」

 

 2人分の怒声。

 入念な打ち合わせでもしていたのかという程にピッタリなタイミングで、ジンが炎に開けた風穴に踏み込んだリョウとギルバートだ。

 2人の神機、バスターブレードとチャージスピアがそれぞれハンニバルの腕に一撃、泥土のように爆散させる。

 

 「お前あんまヒヤッとくる事すんなよ!」

 

 「少しは後先を考えろ!」

 

 2人のクレームより早く、ジンの背中を超高速のシエルの弾丸が追い抜いた。それは炎球が放たれるよりも早くハンニバル(?)の口内に着弾、オラクルが暴発して溶けた炎竜の頭がごっそりと削れた。

 そしてそこに、ジンがとどめの一撃を入れる。

脳天から降り下ろされたハンマーが、まさしく釘と槌そのままにハンニバル(?)の身体を叩き潰し───

 そこからまた、手と頭が生えてきた。

 

 (っ弱点が、無い………!?)

 

 動揺に目を剥いたのは、間近で見ていたジンだけではない。

 そこにあるはずの弱点(コア)がない。

 それはつまり、このアラガミは心臓も無しに動く、どうしても殺しようのないゾンビということに───

 

 「わかったぁぁぁぁああああああ!!!」

 

 上空からの咆哮。

 見上げた先には、血の輝きと共にハンマーを振りかぶる香月ナナがいた。

 意図することはすぐにわかる。

 ジンはそこから慌てて飛び退り、巻き込まれない位置まで退避した。

 曰く、ナナプレッシャー。

 地面に直撃した鉄槌がド派手に撒き散らした衝撃波が───地中の『それ』を掘り起こす。

コアがないように思えたのは、ハンニバル(?)が液状の身体の中で移動させていたからだろう。

 

 どろどろの身体を染み込ませ、地下に埋めて隠していた───コアが埋まった、下半身。

 土柱と共に巻き上げられたウィークポイントが、とうとうブラッドの前に姿を見せた。

 

 またとない好機。

 それをターゲットとして見定めたジンを、リョウが大声で鼓舞した。

 

 「っしゃラストだ! 決めろ、ジン!!」

 

 そして───

 

 乾坤一擲。

 狼の如き眼でコアの在処を見抜いたジンが、咆哮と共に白竜の下半身を打ち砕いた。

 生命活動の核を破壊されたハンニバル(?)の身体が、黒い霧を噴きながら崩れていく。

 

 『ミッション完了です。………お疲れ様でした』

 

 ぐずぐずと腐るように溶ける液状の身体。

 久し振りに手こずった、未知の敵の撃破───その疲労感を上回る達成感に、ブラッドは大きな快哉を叫んだ。



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21話

 とは言っても、今回の仕事は敵の撃破だけではない。サンプルとなるオラクルの採集だってあるのだ。

 集める前に飛散してしまったら元も子もない……大きめのボトルを手に、五人はわたわたとハンニバル(?)の残滓を集めにかかる。

 ギルが手近にあった小さな()()()()()を土ごとボトルで掬って次に移ろうとした時、妙なことに気付いた。

 さっき掬ったはずの細胞だまりが、また湧いていたのだ。

 試しにもう一度掬ってみると、今度は地面から灰色の液体が滲み出てくるのがはっきりとわかった。

 そして思い当たる、最悪の可能性。

 

 「皆気を付けろ! もしかしたらこのハンニバル、まだ生きてるかも知れねえ!」

 

 その言葉に、他のメンバーも即座に身構えた。

 ギルから簡単にその根拠を聞き、シエルが《直覚》で答え合わせをする。

 その地面の下に、とても微弱なオラクル反応があるらしい………それこそオペレーターの計器には反応しないほどに、『死ぬ寸前』のような反応が。

 しかし生きていることに変わりはない、さてどうするか……

 

 「もう1回ナナに掘り起こしてもらうか?」

 

 「うーん、そしたら《誘引》で回りのアラガミを呼んじゃうかもしれないんだよね……さっきも一発やってセーフだったけど、2回目は不安だよー」

 

 「そうだな……じゃあ、ジン。頼めるか?」

 

 「…………、ああ。わかったよ」

 

 返答までにやや間があったが、その理由を考える間もなくジンがハンマーで地面の掘削を開始する。

 抉るような力業により、ものの10数秒で細胞だまりの源泉にぶち当たった。

 

 「………………!?」

 

 それは見た感じ、金色の木の枝で編まれた繭だった。

 その隙間から灰色の液体が少しずつ漏れ出している……地面に滲み出していたのはこれだろう。

 その繭は何を守っているのか?

 死滅しつつあるオラクル細胞を黒い霧として噴出しているそれの寿命は、直に尽きてしまうことが容易に理解できた。

 

 「………え、これ何なの? コアは壊したよね?」

 

 「これもあのハンニバルの一部なんじゃないか?ただ、何でこんな訳のわからないものがあるのか……」

 

 「……待て」

 

 ハッ、とリョウが目を見開いた。

 

 

 「サカキ博士によると、アラガミの中から人間の身体が出てきたって話じゃなかったか?」

 

 

 全員の呼吸が止まった。

 一瞬の逡巡を見せたジンだが、すぐさま彼は両手を伸ばして繭を作る『枝』を掴み、全力の筋力を注ぎ込む。

 メキメキと軋むような音を立てて繭に亀裂が入っていき───そしてとうとう、グバッ!!と豪快に繭が左右に割り裂かれ、枝の繭が擁していた『中身』が明らかになった。

 

 

 それは人間だった。

 身体を繭と半ば同化させられ、力なく項垂れている少女が、割り裂いた繭の中にいた。

 

 

 「──────…………」

 

 認識できたのは、そこまで。

 それ以上の思考がまったく機能しなかった。

 なぜこんなものが? どうして? 何の役割で?

 ブラッドの面々が完全にフリーズしている中、信じがたい事に───繭の少女が、緩慢な動作で首を挙げた。

 虚ろな瞳がジンを見つめる。

 少女の蒼白な唇が、か細い声で振り絞るように震えた。

 

 「───た────助……け………───」

 

 その言葉に、リョウにシエル、ナナにギルのフリーズしていた思考が瞬時に解凍された。

 頭に浮かんだ疑問はとりあえず後だ。

 異常な状況にある人が『助けて』と言った。

 それはすなわち、自分達が力を尽くす時に他ならない。

 

 「回収班を呼んでくれ! 俺達じゃ何の手も打てない!」

 

 「研究班にも連絡を! 延命の処置の方法がわからない以上、まずデータを取るしか方法がありません!」

 

 「え、えーと、回復錠とか意味無いかな? まず体力の方を何とかしないと……!?」

 

 「ジン! その人を繭ごと穴の上に持って上がってくれ! お前の力ならいけるだろ、とにかくそこから出そう!!」

 

 ギルが掘り返した穴の中にいるジンに向けて叫ぶ。

 言われるままにジンは繭を両手で抱えようと、掴みやすい手頃な枝を掴んだ。

 その時、繭の少女の背中がピシパシと鳴った。

 背中の繭との接続が切れた少女が、ジンの身体にもたれ掛かってくる。

 ───果たしてそれは、彼女自身の意思による行動だったのだろうか。

 背中の接続を自ら断ち切った少女が、口を大きく開けてジンの肩に食らい付いたのだ。

 

 「ジン、どうした!?」

 

 「っ、いや、噛まれ………っっっ!?」

 

 

 ド グ ン 、と。

 少女に噛まれた部分から、猛烈な波のような疼きが侵食してきた。

 

 「かっ」

 

 痛みではない。

 もっと強烈に彼方へと自分の全てを押し流していくような、衝動。

 あるいは、圧倒的な同調圧力とでも言うべき何か。

 

 「、あ、がっ……ゔ……ヴゥゥ……ッッ!」

 

 そして。

 少女の口から雪崩れ込んでくる、得体の知れない『力』の波が────強引にジンを動かした。

 

 「うおぉオオ゙ォォォォ゙ォォオオ゙オオオ゙オ゙オ!オオオオオオ゙オオオオ゙ォォォ゙オオぉぉおお゙お゙お゙お゙おおォオォおお゙おおオオオ゙オ゙オ゙ッッッ!!!???」

 

 爆音の咆哮。

 明らかに声帯の限界を振り切った大音声に、リョウ達が思わず耳を押さえて踞る。

 ビリビリと空間を鳴らしてぶちまけられた音響が収まると、発生源のジンはガクリとその場に膝をついた。

 

 「~~~~~~っは、ハッ、ハァッ……!!」

 

 「……ジンくん? ねえちょっと、どうしたの!?」

 

 「……に………ろ」

 

 「え?」

 

 「お前ら、早く逃げ」

 

 「待ってください!!」

 

 ジンの言葉を遮るようにシエルが叫んだ。

 いつも冷静沈着な彼女からは想像できないほどに切迫した様子に、他のメンバーは肝を締め上げられるような緊張感に襲われた。

 それは単に彼女の焦燥のみによるものではない。

 感じるからだ。

 オペレーターにより全員に共有されている彼女の《直覚》から伝わってくる────自分達を取り囲む脅威と危機を。

 

 「『多数のオラクル反応を確認! 作戦エリアに無数のアラガミが接近しています!!』」

 

 

 シエルとオペレーターの声が被ると同時。

 全方位から轟いたアラガミ達の咆哮が、再び大気を鳴動させた。

 

 

 「っウソだろ、近すぎる……! 何に集まってきてやがるんだこいつら!!」

 

 「冗談じゃねーぞ、ナナの《誘引》が暴走した時より範囲が広いじゃねーか!!」

 

 「こっ、これどーするの!? 撤退できる!?」

 

 「既に応援は呼んでいます! ただここを凌ぎきらない事には何も……!!」

 

 ここでジンもヨロヨロと立ち上がった。

 穴から這い出てハンマーを担ぎ、既に遠目に見えている軍団の影を睨む。

 

 「……ああ、くそ。面倒な事になった」

 

 「ジン、何があったかわかんねえけどお前フラついてんじゃねえか。少し後ろに下がってろよ」

 

 「下がる? 後ろに?」

 

 全方位から足音の轟音が迫る中、はっ、とジンが息を吐くように笑う。

 

 「………じゃあ、その後ろというのはどっちだ!」

 

 叫びと共に、ジンが後ろにハンマーを振り回す。

 いの一番に殴りかかってきたコンゴウの顔面が、彼のハンマーに備え付けられた鈍角の刃に叩き割られた。

 緊迫したオペレーターから伝達される、接近中のアラガミのカウントは未だ増え続けている。

 現在の戦況。

 特殊部隊《ブラッド》5人 対 アラガミ軍団60体。

 

 

 一太刀でサリエルを3匹纏めて叩き斬り、返す刀でボルグ・カムランの口内に刃を入れて輪切りにする。

 上空から躍りかかってきたグボロ・グボロを力任せにホームラン。

 長大な槍が周囲の小型アラガミをいっぺんに薙ぎ払い、ショートブレードが最小の手数でコアを抉り出す。

 倒して倒して倒して倒して────敵の数は、未だ減らない。

 

 「あーもー、キリが無いよー!」

 

 「もう第一部隊と第四部隊が向かってくれてる、それまで堪えろ!!」

 

 「カノンに纏めて吹っ飛ばして貰えば楽かもな! ………ジン! そろそろいいぞ戻ってこい!」

 

 「あああああああああああああ!!!」

 

 笑えるほど凄まじい数のアラガミに追いかけ回されているジンにギルが合図する。

 それを受けて彼は進路を急変更、手招きしている神楽リョウに向けてさらに全力で走り出した。

 

 「……いいんだな! このまま突っ込んで!」

 

 「おー、来い来い」

 

 ニヤリとリョウが笑うと同時、彼もまた神機を構えて前方に突撃、マックススピードでジンとすれ違う。

 その途端、彼の身体が眩いばかりの光を放った。

 シエル、ナナ、ギルからの受け渡し弾だ。

 ───バーストレベル3。

 限界までチャージされたエネルギーが、バスターブレードから炎のように吹き荒れる。

 

 吐き出される無尽蔵のオラクルが、彼の力を顕すに足るようにその姿を作っていく。

 山すら斬るかというサイズのそれは、死神の鎌か、悪魔の翼か。

 反逆の刃が纏った色は、鮮やかな迄に鮮烈な紅。

 

 《C.C.ディザスター》。

 神楽リョウがその名前を内外に轟かせる大きな理由となったそのブラッドアーツが、総てを二つに断ち斬った。

 

 雷鳴のような破壊音。

 アラガミも地形も差別なし、まさに天災(ディザスター)の名に相応しい大破壊をやってのけたリョウに、ジンは若干引きながら言う。

 

 「とにかく敵を引き付けろと言うから、何をやるのかと思えば……いよいよ厄介払いされるのかと肝を冷やしたぞ」

 

 「ロクでもねえ事言うんじゃねえよ。なんかお前がいるとアラガミが寄ってくるって聞いたから頼んでみたんだ」

 

 「………。……それならネコミミさんの何だっけ、アレでもよかったんじゃないか?」

 

 「ナナのは範囲がデカすぎる。いらんモンまで呼んじまうんだよ」

 

 とはいえ、今の一太刀で群れの3割近くがいっぺんに消し飛んだ。

 後に残った奴らはリョウの力に完全に尻込みしている───それでもまだ10数体残っているが、この分ならうまく威圧すれば戦うこと無しに壊走させることも出来るだろう。

 状況打開の光明に心の中でガッツポーズをする一同。

 そしてその光明は、咆哮と共に現れたいくつもの敵影に速攻で閉ざされた。

 

 「もーーーーーーーーー!!」

 

 「くっそ、キリねえぞ! 隊長、一旦散開するか!?」

 

 「こう開けた場所で囲まれたら隠れる場所がねえ、ここで連携を取りつつ応戦したほうがいい! シエルとギルは壁の薄いとこから食い破れ! 俺はナナとデカい奴を潰していく!

 ジンは体力を回復してからそれぞれのフォローに入ってくれ!

 ───走り回んのは得意だろ?」

 

 ニヤリと笑ってリョウが言う。

 体力を回復してからという文言こそ入っているものの、この男は中々に人使いが荒い、とジンは内心で確信する。

 もっとも休んでいる余裕など無いので従うことに異議は無いが、地味に自分のウェイトが重いような気がしなくもない。

いや。あるいは、それも信頼の表れなのか───

 

 「─────────?」

 

 了解、と言おうとしたジンの動きが止まる。

 す、と彼は構えを解くと、顔を上に向けてキョロキョロと周囲を見回した。

 

 「……おい、どうした?」

 

 リョウの怪訝そうな呼び掛けも聞こえていない。

 耳を動かして鼻を鳴らし、ここにはない何かの存在を疑っている。

 そして彼の目線は遠くの一点を見つめて止まり、その瞳が何かを凝視するように(すが)め───

 

 「──────ッッ!!!」

 

 「!? ジン!?」

 

 リョウの指示を全て無視して、彼は全力で走り出した。

 逃走とも違う意図の読めない突然の行動に戸惑う4人だが、既に遠くに走り去っている呼び止めている暇がない。

 やむ無くブラッド隊は仲間を1人欠いた状態でアラガミの群と戦うこととなった。

 

 現段階で発生している、もう1つの非常事態。

 それに気付いたのは、まだ旺神ジンだけだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 「………かなり波長が不安定だね。現地からハンニバルって確認が取れなきゃ信じられないデータだよ。いったいどんな姿してるんだろ……」

 

 ベースキャンプにいる楠リッカは、自分の役割として計器とにらめっこしていた。

 

 「ここまで数値がメチャクチャだと、もうアラガミとしての体を為してるかすら怪しくなってくる………人間で言えば脳波が狂いまくってるのと同じ。形態の維持どころか、そもそも生命活動すら不可能なはず。

 そこをゴリ押すなんて気合いや根性とかの問題じゃない」

 

 記録を取りながらリッカは呟き続ける。

 頭の中だけで思うのではない。独り言として外側にアウトプットすることで意識に形を与え、よりハッキリと思考の筋道を構築していく。

 

 「そう、何か。何かがあるはず。不安定なものを不安定なりに、強引にでも稼働させ続けるエンジン……いや、エンジンを支えている、『ペースメーカーのような何か』が。けどもちろん機械な訳がないし……」

 

 す、と彼女の目が静かに細くなる。

 

 

 「………暴れるコアに方向性を与える思考能力………『意思』を備えた、『何か』………」

 

 

 その時、フッ、とテント全体の光量が減った。

 太陽に雲がかかったかなと意識の隅で考えたリッカだが、今はそんな事を気にしている場合ではない。

 

 直後。

 ズンッッッッ!!!!と、激甚な地響きがリッカを襲った。

 

 尻餅をついて転んだ彼女が、何が起きたと慌ててテントの外に出る。

 まず最初に感じたのは、光量の落ちた周囲の景色。

 大きくうねる息遣い。低く轟く唸り声。

 それが聞こえる方向に、リッカは反射的にそちらを向いて────そして、思考が停止した。

 調査の結果『アラガミの侵入経路には無い』とされた、小さな岩場の谷間に拵えたベースキャンプ。

 それを跨ぐように、幾つもの眼がリッカを見ていた。

 

 巨躯。泰山。

 通常のサイズよりも倍近く巨大なウロヴォロスが、小さな溝を覗くように岩場の谷間に鎮座していた。

 

 ────なぜ?どこから?

 そんな当たり前の疑問すら浮かばない程に凍り付いた彼女の思考は、バラリと解け始めた霊木のように太い混沌の腕を見てようやく本来の役割を思い出す。

 

 全力で後ろに走り出すと同時、何本もの触手が地面から飛び出してきた。

 一瞬先までリッカがいた空間が恐ろしい力で貫かれていく。

 

 (なんでウロヴォロスがここに!? 連絡も何もなかったし、そもそもセンサーに反応もなかったのに!!)



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22話

 様々な疑問が脳内を駆け回るが、今それを考えても意味がない。

 普段ゴッドイーター達はこれほどの脅威を相手にしているのか───恐怖で砕けそうになる膝に鞭を入れ、リッカは必死になって逃げる。

 がしかし、彼女に思考する余裕があるのにもまた理由があった。

 備えていたからだ。

 おおよそ3年前、似たような事態はすでに経験している。

 

 シュバッッ!!!と強烈な閃光が周囲を塗り潰す。

 リッカがバッグから取り出したスタングレネードが炸裂したのだ。

 ウロヴォロスの複眼がまとめて視力を失った。

 その隙を見たリッカはすぐさま近場の岩陰に姿を隠す。

 足で逃げ切れるとは思っていない……これで相手が自分を見失ってくれればいい。

 

 しかし。

 

 「ヴォォォォォオオオオ─────ッッ!!!」

 

 視界を奪われた混沌が吼える。

 周囲のもの全てを串刺しにするかのように、ほどけた触手が360度を爆撃した。

 

 「きゃあああああああああっ!!?」

 

 衝撃に背中を叩かれ、小柄な身体が宙を舞う。

 直撃を受けなかったのは幸運という他ない───しかし同時に不運だった。

 爆散した岩の破片が肩から提げたバッグにぶち当たり、手持ちのスタングレネードやトラップが手の届かない場所に吹き飛ばされた。

 慌てて立ち上がって逃げようとするが、力が入らない。

 懸命に身体を起こそうとするが、地面ごと自分を覆う影に頭上を振り向き───怒る混沌と目が合った。

 虫の反抗など許さぬとばかりに天高く掲げられる、古の大樹の如き腕。

 

 「あ、あ…………っ!」

 

 手足が全く動いてくれない。

 数秒後に荒ぶる神の腕は、彼女の身体を蟻のように叩き潰すだろう。

 そして恐怖に支配されたリッカに、ウロヴォロスの巨腕が振り下ろされて───

 

 轟音と共に、その一撃が強引に横に逸らされる。

 谷の縁からジャンプした旺神ジンのブーストインパクトが、ウロヴォロスの腕をブン殴った。

 

 「っ、ジン君………!?!?」

 

 「やっぱあんたがいたか、大当たりだクソッタレ!」

 

 「オオオ゛オオ゛オ゙オ゙オ゙!!!」

 

 脅威の対象を変えたウロヴォロスが、咆哮を上げてジンに襲いかかる。

 無数の触手が地面から襲いかかり、両の巨腕が空間ごと薙ぎ払う。

 ジンはそれをステップやジャンプで見切り、躱していく……しかしやはり反撃の隙がないのだろう、普段の攻撃的な姿が鳴りを潜めていた。

 すばしっこい彼に業を煮やしたのだろうか、ウロヴォロスの複眼が禍々しい光を宿す。

 ジンはウロヴォロスと戦った事がなかった為それがなんの予兆なのかはわからなかったが、収束するエネルギーを見て何が起こるかは予想が付く。

 

 「あんたいつまで座ってんだ! さっさと走れバカ!!」

 

 「ご、ごめん、足、挫いちゃったみたいで……っ!」

 

 ジンの表情が固まる。

 遂に臨界点に達しつつある星光と立ち上がれないリッカを、何かに躊躇するように交互に見た。

 見てしまった。

 その一瞬が、既に手遅れだった。

 

 ───彼一人だけなら、まだ回避は間に合っただろう。

 物理的な攻撃力を伴った莫大なフラッシュが、周囲一帯を塗り潰した。

 

 距離が離れていたリッカが強引に地面を転がされ、直撃を喰らったジンに至っては木の葉のように吹き飛ばされ、地面に叩き付けられた。

 通常ここまで威力のある技ではない………身体が通常の倍はあるぶん、出力も段違いなのだろう。

 しかしジンにとっては全身を蝕む痛みよりも、閃光による視界の混乱の方がより深刻だった。

 尋常ではない視力も災いしたか、一寸先に闇しか見えない。

 そしてリッカの頭上には、ジンを潰す道すがらにリッカも潰そうとする混沌の腕。

 目を抑えて呻くジンに、リッカは痛みに震える声で必死に呼びかける。

 ただ、逃げて、と訴えたくて。

 

 「ジン、君……っ!!」

 

 

 混沌の腕がリッカに向けて落ちてくる。

 地を震わせる重低音が着弾地点を中心に舞い上がった。

 ただしそれは、リッカの肉体がミンチにされた音ではない。

 ───リッカの声と音だけを頼りに両者の間に割り込んだジンのハンマーと、ウロヴォロスの腕が激突した音だ。

 

 「ぐうううううっっっ!!!」

 

 埒外の巨重をまともに受けて、ジンの身体とハンマーがメキメキと軋む。

 弩級のサイズを持つアラガミの攻撃を正面から受ける───彼の運動能力をもってしても無謀な行いであることは、リッカの素人目で見ても明らかだった。

 そしてそれが、自分を守る為の無謀であることも。

 

 「ジン君、もうダメだよ! 私はいいから、君は早く逃げて!」

 

 「うるっっっっっせえ黙ってろ!!!!」

 

 やけくそのような怒声と共に、ジンは逆にウロヴォロスに向けてハンマーを押し込もうとする。

 パキ、と彼の身体から何かが割れる音がした。

 しかし地を這う蟻の反抗を許す程に、荒ぶる神は寛容ではなかった。

 さらに巨腕に力が篭る。

 ズンッッ!!!と、ジンが地面に強引に膝を付かされた。

 潰される。

 数秒後の凄惨なビジョンがリアルに浮かんできた。

 それでもジンは折れまいと力を込め続ける。

 抜けることなら可能だろう。

 リッカは理解していた……彼がそれをしないのは、未だ動けない自分が自分の後ろにいるからだと。

 彼ら神機使いの命を預かる自分が今、その神機使いの命を脅かしている。

 ───それは彼女にとって、どれ程の苦痛だろう。

 

 「やめてよ……もう……私のことはいいから……っ」

 

 それに対して、ジンがまた怒鳴ろうとした。

 その時、混沌の他の腕が無数の触手にほどけた。

 それはジンを圧殺しようとする腕に編み込まれ、筋繊維のような様相を呈した。

 

 さらに力が増す。

 さらに抵抗しようとする。

 

 バキバキと壊滅的な音を上げて、ジンの身体のあちこちから鮮血と共にヘシ折れた骨が飛び出した。

 

 「あ────」

 

 リッカの視界が真っ暗に染まる。

 パキパキ、とジンの口の中から小さく乾いた音がした───彼の喉が動いた瞬間、彼の傷が強引に整復されていく。

 口に含んでいたいくつかの回復錠だ。

 しかし向こうの力は緩まない。

 破壊と再生を繰り返しながら、ジンは強引に攻撃を押し止め続ける。

 しかし徐々に回復速度が遅くなっていき、とうとう、ジンの意識が明滅し始めた。

 

 (……俺は、なにをしてん、だっけ?)

 

 意識の混濁。

 ドロドロのスープをかき混ぜるように浮上してきた『覚えのない記憶』が、漠然とした感覚となってジンを呑み込む。

 全身が痛い。

 痛いのが終わらない。

 なんで痛いんだ。

 こいつのせいか。

 こいつのせいか。

 

 こ い つ の せ い か。

 

 

 ──── コ    イ  ツ カ。

 

 

 それはまるで、頑強な壁を殴り壊すような。

 あるいは清廉な処女を強引に割り裂くような、そんな破壊的な目覚めだった。

 

 ウロヴォロスの腕が地面に着弾する。

 しかし二人は潰されていない。

 ジンが鍔迫り合いから全力でハンマーを振り抜き、腕を横に逸らしたのだ。

 ───そんな力など、残っているはずがないのに。

 

 「………え……?」

 

 リッカは思わず我が目を疑った。

 正に死力としか思えない力を発揮したジン。

 

 

 その全身が、何かの光を纏っていた。

 

 

 それは《ブラッド》特有の血色のオーラ。

 しかし旺神ジンのそれには、鮮血を思わせる鮮やかさは無かった。

 それは赤く、紅く────()()()()()()

 静脈血を思わせるオーラを炎のように揺らめかせる彼の姿は、長い眠りから醒めた悪魔のようだった。

 その異様にさしものウロヴォロスも一瞬怯んだようだった。

 しかし混沌の頂点たるプライドか、次の瞬間には猛然と襲い掛かってきた。

 

 通常の種の2倍……もはや山と変わらない巨体を叩き付けるように、触手を目一杯拡げて前方に倒れ込む。地響きと共に数十メートル範囲が更地に変わった。

 ───しかしもうジンはそこにはいない。

 リッカのオーバーオールを引っ掴んだ彼は、とっくの前にその範囲外に逃げている。

 恐るべき速度……だけではない。

まるで敵がそう来ることを、既に知っていたかのように。

 

 「ガルルルルルル………」

 

 目を白黒させるリッカを雑に地面に落とした彼の喉が、ヒトのものではない声で唸る。

 

 その直後、旺神ジンは岩場から姿を消した。

 いや、消えたのではない。

 見えないのだ────(はや)過ぎて。

 

 「────────!!!!」

 

 瞬間、ウロヴォロスは全ての触手を虫取り網のように展開した。

 目の前にいながらにしていなくなった標的を捕らえようとしたのだ。

 しかし標的は止まらない。

 真に獣と化した白狼は走って跳んで触手を蹴って、赤黒いオーラの尾を引きながら最短距離で獲物の喉笛に向けて駆け抜けていく。

 

 そして、眼前。

 とうとうウロヴォロスの直近に至ったジンは、自分の一撃でこいつを殺すのは不可能だと直感した。

 しかし最早、他に割く余力などない。

 ならばどうする?

 

 ────一撃に全てを絞り尽くす!

 

 

 ジンの神機が新たな光を放つ。

 赤黒いオーラを喰い破るようにハンマーの中心から溢れ出た色彩は、金色。

 闇夜に浮かぶ満月のような彼の瞳と同じ。

 その眩い輝きの正体は、力。

 

 万象の一切を潰滅させる、神にすら届く傲慢の槌。

 

 「ぅぉぉォォオオオオオおおオオオぉオオオオオオオオおオオオオオオオオオオオオオオオオオオおおおオオオオオオオオオオォォォオオオオオオおオオオオオオオッッッッッ!!!!」

 

 

 一瞬。

 視界が光で消し飛ぶ。

 

 雷鳴じみた極大の壊音を引き連れた閃輝の鉄槌が泰山の如きウロヴォロスの身体を、3分の2ほど消し飛ばした。

 

 破壊、などという言葉で収まる現象ではない。

 天からの罰が下ったのかというような馬鹿げた破壊力は、ウロヴォロスに今際の際すら感じさせはしなかっただろう。

 茫然と口を開けるリッカの前で、ジンは混沌の肉片と共に地面に降りて………いや、落ちた。

 どすん、と。

 着地どころか受け身も取れずに、ジンは地面に落下した。

 慌てて這い寄って様子を見るリッカだが、彼はピクリとも動かない。

 

 「ジン君、ジン君! 大丈夫!?」

 

 心臓は動いている────死んではいない。

 ただ体力を完全に消耗しきっている。あの一撃に本当に全てを出し切ったらしい。

 ともあれ敵はいなくなった………ならば彼をベースキャンプまで連れて帰るが先決。

 しかし完全に弛緩しきった男性の身体プラス彼が未だ握ったままの神機。

 自分も体力勝負の神機整備士、不本意ながら力こぶが作れてしまう位の筋肉はあるが………運べるか………?

 

 人のものではない足音が頭上から聞こえた。

 気付けばいくつものアラガミが、谷の縁から自分達を見下ろしていた。

 

 「…………………、」

 

 戦闘音に寄ってきたのかあのウロヴォロスが群れのリーダーだったのかはわからない。

 リッカはもう考えるのは後回しにした。

 側に落ちていたトラップやスタングレネード入りのバッグを引き寄せ、片手でジンをぎゅっと抱き寄せる。

 ───彼は命を賭けて自分を守った。

 ───だから私も戦う。命を懸けて、彼を守る!

 

 そしていくつもの爆発があった。

 突然弾け飛んだアラガミ達の身体は、神機から放たれたバレットの仕業に違いなかった。

 

 「………おかしいと思ったぜ。時間になってもリンクサポートデバイスが起動しねえから、なんかあったのかと急行してみりゃビンゴだ」

 

 そこにいたのは、服のあちこちが汚れたブラッド隊───だけではない。

 

 「おい! みんな無事!?」

 

 「第一部隊、応援に来ました!」

 

 「傷付き倒れる者と女性を相手に多勢で挑む卑劣な輩共め! せめて我がポラーシュターンの輝きの糧にしてくれよう!!」

 

 「おいおい、随分好き勝手やってくれてんじゃねーの」

 

 「もう大丈夫です。私達が来ましたよ!」

 

 コウタ、エリナ、エミール───第1部隊。

 ハルオミ、カノン──|第4部隊。

 応援要請を受けた仲間達が次々と駆け付けてきた。

 緊張が解けたリッカの身体から、くたりと力が抜ける。

 もう安心だとわかったからだ。

 ピンチの時に見る彼らの背中ほど───:心安らぐものは、ない。

 

 「2人に指1本触れさせるな! 目標、全体! アラガミ共を殲滅しろ!!」

 

 

 しばらく後、終わりの見えなかった今回の任務は完全に終結する。

 軽傷者に重傷者、共に1名ずつ。

 最も高い戦闘力を持つ部隊から入院患者を出すという軽くはない損失を生んだ本作戦だが───その内容が極東支部に与えた影響は、その被害以上に多大なものだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 回復錠を2度とそんな風に使うな、と言われた。

 

 「……寝れない」

 

 草木も眠る真夜中に医務室の中、ただ一人目が冴えてしまったジンがうんざりしたようにぼやいた。

 どうやら自分はどうしてだか回復錠(だっけ?)が効きにくいようで、今回無事だったのはかなり際どかったらしい。

 

 (食べにくい上に効きにくいって、それ意味があるのか……?)

 

 とりとめもない思考が頭をめぐる。

 ただでさえ眠りが浅いのに、重傷と疲労困憊で任務の後で日の高い時間からガッツリ眠ってしまった。麻酔の影響か身体もだるい。

 おまけに怪我の影響で不用意に立ち上がることも出来ないときた。

 暇。

 おっっっっっそろしく暇であった。

 ───せめて昼夜が逆転してなければ………

 

 ジンはふと首を回して横のベッドを見る。

 ベッド、というかカーテンの仕切りしか見えないが、その向こうでは楠リッカが寝息を立てていた。

 自分の意識がオチている間にここに入ったのだろう。ついさっきまで隣の患者がリッカであることを知らなかったジンだが、彼は息の音さえ聞けばそれが誰だかはわかるのだ。

 

 (………生きてるんだな)

 

 ───守った、ってやつなんだろうか。

 あのままだと彼女は地面の染みになっていた事は間違いないので、そうなるのを阻止した、という点で言えば言葉の定義には沿っているだろう。

 しかしジンは、自分の行動と結果に今一つ実感が持てないでいた。

 誰かの為にやった、という意識がない。

 ただ『そうなっている』とわかった時、考えるより先に身体が動いた───完全に衝動的に。

 もし「なぜ助けようとしたのか」と聞かれたら、「ついカッとなって」と答えるのが一番しっくり来てしまう。

 

 (まあ、殊勝な理由なんて持てる身の上でもないしな………)

 

 

 『お前は私の息子だ。わたしはお前の父だ』

 

 『そして私達は1つの家族だ。1人1人に果たさねばならない役割がある』

 

 『いいか、ジン。よく聞け』

 

 『お前の役割は───────』

 

 

 「───何やってんだろうなぁ、俺ァ………」

 

 目を細めてぶっきらぼうに呟いたジン。

 誰にも届かない言葉は夜の闇に溶けて消えた。

 意識と共に身体の芯から戻ってきたドロリとした疲労に押されるように、彼はもう一度目を瞑る。

 なんだか妙な夢を色々と見た気がした。



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23話

◇◇◇

 

 

 今回の報告と会議は、小康状態とはいえ病み上がりのジンを考慮して病室で行われる運びとなった。

 任務の内容とアクシデント、並びにイレギュラー報告を聞いたペイラー・榊の顔が険しくなる。

 

 「………さて、どこから整理すればいいものやら………。

 まずはハンニバルの中から出てきた『女性』だけれど、『女性』が君達に助けを求めたとなると……これはいよいよ一連のアラガミの異常進化が人為的なものと確定してしまったね」

 

 「リッカの話によれば、あの『人』は意図的にバグを引き起こしたオラクル細胞を制御する為の核のようなものじゃないか、って話らしい。

 ただ、戻った時には飛散しちまっててサンプルは取れなかったけどな……」

 

 「もしかして、あのウロヴォロスもおなじ『融合体』、だったりしたのかなー……?」

 

 「断定は出来ないが可能性は高いだろうね。偽装フェロモン等で安全を確保しているベースキャンプの場所を特定し、そこに襲撃をかけるという知能的な行動すら見せたのだから。

 しかしそのウロヴォロスは、報告によれば通常の2倍程の体躯を誇っていたという事だけど……」

 

 サカキ博士が目線をベッドの上に移した。

 

 「さらにそれを、ジン君が一撃で粉砕してしまった、と………」

 

 「………あ、俺の話か?」

 

 ベッドの上で胡座をかいているジンが、博士のフリに数秒遅れて反応した。

 そのきょとんとした表情から察するに、今までの話がさっぱり理解できていない様である。

 

 「私達はリッカさんから聞いただけなので詳細は不明ですが、これはジンさんも『血の力』に目覚めた……ということでいいのでしょうか?」

 

 「うーん、でもジュリウスや隊長の時みたいに、力があふれてくるカンジはしなかったよねー」

 

 「………というかジン、お前大丈夫なのか? 全身の骨がバキバキになってるって話だったはずだろ? 既に包帯も解かれてるみたいだけどよ……」

 

 んー、とジンが全身を捻るように身体を伸ばす。少なくとも骨がどうこうという影響は見てとれない。

 運ばれてきた彼を看た医師に『ゴッドイーターの身だとしても今後真っ直ぐには立てまい』と言わしめるほどに粉砕された彼の身体だが、寝て起きたらもう健康体であったらしい………ここまでの自然回復力を見たのは前支部長の息子以来だと大いに驚かせたそうだ。

 ちなみに元より軽傷のリッカは既に病室を出て仕事に復帰している。

 

 「あの一撃が何なのかは俺にもわからないが、その時の感覚はハッキリと覚えている。何と言えばいいのかな……極限の空腹時に口に放り込んだピョンピョン跳ねるやつの味を今でも脳内で再現できるような」

 

 「笑えねー例えを出すな。……ってーとどうだ。それ、もう1回やってみろって言われたらやれるか?」

 

 「やろうと思えば出来ると思う」

 

 「本当かい!?」

 

 それに反応したのはリョウではなくサカキ博士だった。

 ずいっ、と目と鼻の先まで顔を近付けられたジンが仰け反って呻く。

 

 「それは実に興味深いね。よかったら是非私にも見せてくれないか?」

 

 「あー、それなら皆と話してたトコっすよ。ジンももう退院できるそうなんで、病み上がりの馴らしも兼ねて郊外で見せて貰おうって。博士も来ますか、じゃあ」

 

 「是非とも! それじゃあ私は、それまでに少し残った仕事を終わらせておくよ」

 

 

 病室を出たサカキ博士は、支部長室の中でソーマ・シックザールと向かい合っていた。

 机の上は書類の(たぐ)いもなく綺麗なもので、そして向き合っている二人の表情は険しい。

 静寂の中会話の口火を切ったのはソーマの方だった。

 

 「……おっさん。アンタあいつらに、肝心な事言ってねえだろ」

 

 「やれやれ、聞かれていたかい」

 

 「何で言わなかった? これは俺達だけで片付く話でもないだろ」

 

 そして、彼は。

 

 

 「例の『女』と旺神ジンの間に起こった現象。………ありゃ間違いなく《感応現象》と同種のモンだ」

 

 

 ……《感応現象》。

 ゴッドイーター同士で発生する共鳴とも呼べるこの現象は今でこそ見慣れたものとなっているが、それによって得られる結果は大きい。

 共鳴した双方の過去なども含む『記憶の共有』に始まるこの現象は、あるゴッドイーターのトラウマを克服させたセラピーとして、あるいはアラガミ化したゴッドイーターを救い出したアンカーとして多大な成果を挙げている。

 

 そこで問題なのは、この現象は『同じ性質を持つ者同士でのみ発生する』という点だ。

 

 当初『新型』同士で発見されたその現象。

 あのハンニバルの中から出てきた女性に噛み付かれたジンから発生し、そして検出された感応波のパターンは───明らかに《感応現象》と同じモノだったのだ。

 

 あの核の女性と旺神ジンが共鳴した。

 それはつまり───

 

 「………確かに、結論を出す為の根拠はそれなりに揃っている。だがしかし、肝心の大元……黒幕の姿を、私達は尻尾の一つも掴めていない」

 

 「つまり?」

 

 「確実にこちらを追い詰めてくる黒幕に対して、私達は団結を求められているんだ。

 彼らに話さなかったのはこういう理由だよ。

 敵の明確なビジョンを掴めていない現状、彼らの間にいたずらに不信感を芽生えさせる訳にはいかない。

 だから今はまだ、私達の間で警戒するのみに留めておきたいんだ」

 

 ソーマは博士の言葉を咀嚼して飲み込み、静かに応えた。

 

 「……わかった。あんたの判断を信じよう」

 

 ソーマは踵を返して支部長室のドアを開ける。

 部屋から退出する直前、彼は一言だけサカキ博士に言った。

 

 「急ぐぞ」

 

 パタン、と扉が閉まった。

 1人になった室内で、博士は手を組んだまま考える。

 ───アラガミの異常発達は、間違いなく人為的なもの。

 重大な事実だが、それだけしかわかっていない。

 誰が、誰と、どうやって、何の目的で。

 『追い詰めてくる』なんて表現はしたものの、そもそもにおいて被害らしい被害は強くなったアラガミに苦戦しているだけ………『仮想敵』としてのビジョンも見えない。

 対策のしようがないのだ。

 

 (今のところは、直接ここに関わっている訳ではないようだけれど)

 

 こういうキナ臭い流れは絶対ここに来るんだよね、と。

 ───しかし、糸口が無い訳ではないのだ。

 しかもそれは探すまでもなく、目の前にぶら下げられている。

 『それ』に手を出していいものなのか、あるいはあからさまな罠なのか。

 手を出す口実ならある。

 だが、手を出した結果を黒幕に繋げる手段は、どうあっても人道に反してしまう訳で───

 

 「私としても本当に嫌なんだ────今はただ、『君』が味方であることを祈っているよ」

 

 そう呟いて博士は椅子から腰を上げ、ブラッドメンバーの待つラウンジへと向かう。

 期待のこもった眼差しを一身に受けて、しかしそこにいる旺神ジンは普段と変わらない様子であった。

 

 

 

 サテライトの外壁近く、周囲に何もない平地。

 その中央に立つジンを、ブラッドメンバーとサカキ博士が遠巻きに見詰めている。

 ジンは手に持ったブーストハンマーの感触を確かめ、あの瞬間の感覚を反芻する。

 ────いける。

 固唾を飲んで彼を見るメンバーに、ジンが片手を挙げて合図した。

 やるぞ、という意味だろう。

 

 ジンの身体から、赤黒いオーラが吹き荒れる。

 

 「おおっ………!?」

 

 自分達のものとは違う静脈血のような異様に、リョウ達は思わず息を呑む。

 そしてジンはそのままハンマーを振りかぶった。

 それに応えるように眩く輝く、黄金の光。

 三日月の軌道を描くように、身体全体を使ってそれを全力で地面に向けて降り下ろす。

 

 激甚な震動と衝撃が、周囲一帯を舐め尽くした。

 

 「 「 「 ───────っっっ!?!? 」 」 」

 

 吹き荒ぶ土煙に全員が目を覆った。

 

 「うーわ、すっげえなコレおい!」

 

 「隊長のよりヤバイんじゃねえか!?」

 

 「しかしこれはっ、強すぎです……っ」

 

 「うーっ、私の力持ち自慢がーっ!」

 

 思い思いの感想を叫ぶ中やがて爆風は収まり、土煙はゆっくりと風で払われていった。

 跡に残っていたのは、隕石でも着弾したのかとでもいうような巨大なクレーターだった。

 リョウ達は慌ててその中心にいるジンに駆け寄る。

 それを見たジンは、自分を『見下ろしている』彼らの方を向いて少し自慢げに言った。

 

 「………ざっとこんなものらしいが、どうだ。中々どうしてスカッと決まったもんじゃないか?」

 

 「あー、最高に決まってたよ。………ぶっ倒れて地面と同化してなきゃな………」

 

 

 

 

 「よお、そろそろ立てるか?」

 

 「何とかな………」

 

 地面に転がっていたジンがよいしょ、と立ち上がった。

 しかし体重を支える足はどこかフラフラと頼りなく、息もまるで長距離走の直後のように乱れている。

 明らかに自分の一撃に体力をゴッソリ持ってかれていた。

 

 「ふむ、今の君の技は間違いなくブラッドアーツだね。……しかし今の君の疲労は、さっきの一撃によるものなのかい?」

 

 「ああ、俺の意思に関係無く全部の力を引っ張り出されたよ。どうも一発撃ったらしばらく動けなくなるらしいな」

 

 「今後使用する際には、予めスタミナ増強剤を口に含んでおくと良いかも知れませんね」

 

 「……しかし妙だな」

 

 顎に手を当ててリョウが首を傾げる。

 

 「ブラッドアーツってのは『血の力』と同時に目覚める代物のハズだろ? けどやっぱジンから『血の力』みたいな感覚は感じなかったぞ……?」

 

 「……ジン君。君がリッカ君を助けた時、どんな思いでその一撃を繰り出したのかな?」

 

 ……リッカ?

 ……ああほら、頭にゴーグルを着けてる彼女だよ。

 ジンはサカキ博士のその質問の意図がよくわからなかったようだが、とりあえずその瞬間を思い返してありのままを答えた。

 

 「そうだな……とにかく無我夢中だった。体力ももう残ってなくて、相手も異様にデカかったし……とにかく一撃で終わらせないと終わりだ、とそう思った………と思う」

 

 なるほど、とそれを聞いたサカキ博士はしばし黙考する。

 

 「君達ブラッドのP66偏食因子はまだ研究の余地があり、完全な解明には至っていない。私の仮説を言うなら……」

 

 「?」

 

 

 「『血の力』とは『意思』の力だ。他のメンバーとは違う色のブラッドアーツ………もしかするとこれはまだ不活性状態にあるジン君の偏食因子が、それでも主の意思に応えた結果なのかもしれないねえ」

 

 『意思の力』、と研究者にしては概念的で曖昧な言葉を使った辺り、やはり仮説の域を出ない考察なのだろう。

 しかしその仮説に異を唱える者は一人もいない。

 なぜならここにいるブラッドのメンバーは全員、同じように己の意思で自分の殻を破ってきた者達だからだ。

 

 「……お前のブラッドアーツにも名前が要るなぁ」

 

 「名前。……要るのか?」

 

 「これからずーっといっしょに戦う力だもんね! こういうのは気分気分!」

 

 「そーだぜ。案がなきゃ俺らで決めちまうぞー?」

 

 「ああ、まぁ……好きにしてくれ」

 

 ジン本人を差し置いてなんか井戸端会議が始まった。

 ああでもないこうでもないと思いの外ノリノリで意見が募られていくのを輪の外から眺めているジンはサカキ博士に向けて首を傾げるが、博士は軽く笑うだけ。

 なぜ自分の事でも無いことを、こうして自分の事のように喜び楽しめるのか……ジンが未だに理解できていない心情の一つである。

 

 「おっし。ジン、決まったぞ」

 

 「そ、そうか」

 

 決め手はやはり、神楽リョウの鶴の一声らしかった。

 

 「刮目して聞け。今日からお前のそのブラッドアーツの名前は────

 

 

 ────《神殺(かみごろし)》、だ」

 

 

 ………神を殺す、と。

 己の役割をそのまま表したような余りにも捻りのない無骨な響きを頭の中で反芻し、ジンは手の中のハンマーの柄を握り直す。

 

 「後は俺が覚えていられるかだな……」

 

 「覚えてくれよ! コレ逐一確認されんのヤだぞ俺!」

 

 

 その後実戦での検証として『軽めの』任務に出向き、ジンが《神殺》でボルグ・カムランをバッキバキにひしゃげさせたところでこの日の仕事は終了。

 破壊力に限ればリョウの《C.C.ディザスター》を超えるとのお墨付きを貰ったが、「当たれば終わるがピーキー過ぎて云々」「短期決戦でこそ真価が発揮されて云々」「外した際のフォローを云々」とぶっ倒れている自分を囲んでの会議はジンにとってある種異様な体験となった。

 そしてようやく帰投のヘリから降り、アナグラに戻ろうとするところである。

 

 「………疲れた……」

 

 「まあ1日に2回もスタミナが空っぽになればな」

 

 「もう今日は部屋で寝る。シャワーなんて後回しだ」

 

 「んだと? 俺の方が寝るの早いに決まってんだろ」

 

 「君は対抗意識を燃やす場所がおかしいと思うのは私の気のせいでしょうか………」

 

 妙なところで張り合いだしたリョウに、珍しくシエルの突っ込みが入る。

 優しさと責任感が原動力で、他者が伸びれば手放しで喜ぶ。秀でる故に闘争心の希薄なリョウはどうも張り合うツボが人とズレているようだった。



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24話

 優しさと責任感が原動力で、他者が伸びれば手放しで喜ぶ。秀でる故に闘争心の希薄なリョウはどうも張り合うツボが人とズレているようだった。

 

 「考えてみれば俺のナントカ殺し? よりもあんたのえーと、C.C.ナントカの方が明らかに使い勝手がいいじゃないか。覚えた時は悪い気はしなかったが、正直要るのか? 俺のコレは」

 

 「あるのと無いのとじゃ天と地の差がある。異常進化……てか『融合体』が増えてきた現状じゃ特にな。てかやっぱもううろ覚えかよテメー!」

 

 やいのやいのと言い合いつつ神機を格納庫に預け、疲れた身体を引き摺るようにメンバーはアナグラのエントランスに帰投した。

 もう全てを投げ捨ててベッドに倒れ込もうと決意を固めたジンの肩を何者かが掴んだ。誰だと思って振り向いたが、やっぱり誰だかわからない。

 そして。

 

 「おい旺神聞いたぞ! お前馬鹿デケェウロヴォロス一発でぶっ殺したんだってな!?」

 

 「見せてくれよ、ブラッドアーツってやつだろ? お前の!」

 

 「本当にお手柄だったよ、今回は!」

 

 

 「…………? は………?」

 

 「もう話が広がってるみたいだな。しかし全員耳が早くないか?」

 

 「ああ」

 

 ギルの疑問に神機使いの1人が答える。

 

 「楠さんから聞いたんだよ。旺神のヤツが本当に死にそうになりながら守ってくれたってさ。まだ言えてないけど、ちゃんと顔を見てお礼を言いたいとよ」

 

 極東支部に来てから不和を振り撒き続け、そうして今に至るまで。

 向けられる嫌悪に慣れきっていた彼の戸惑いは、果たしてどれ程のものだっただろう。

 ジンに向けられているのは、思えば彼の人生の中で初めてですらあるかもしれない感謝の笑顔だった。

 

 

 「感謝するよ。楠さんがいなくなったら、極東支部は大打撃どころじゃ済まなかった───

 

 ────ありがとう。本当によくやってくれた」

 

 

 …………、と。

 まるで実感の湧かなかった感覚が、ここで確かな形となってジンの胸に落ち着いてきた。

 これが自分の行動の結果だ。

 助けた。守った。

 それで間違っていなかったのだ………

  

 「………あ笑った! コイツ今笑ったぞ!」

 

 「!? いや笑ってない。見間違いだろう」

 

 「ちょっと待って隠さないでよ、真顔に戻そうとしないでって! 見せてって写真撮って全員に回すから!」

 

 「誰が見せるか! おいやめ、ちょっ、ふざ……オイテメーら、仲間ってんなら見てねェで助けろや!! ツボってんじゃねぇぞ刺青コラ!!」

 

 素に戻ったジンの叫びがさらに拍車をかけてしまい、楽しそうな騒ぎ声がエントランスに響く。

 めでたく極東支部に受け入れられた彼がようやく開放された時には、もう時計の短針はずっと上の方に上っていた。

 

 

 

 もう全員が(とこ)に入った深夜、ジンはエントランスのソファに座っていた。背もたれに身体と後頭部を預けて静かに目を瞑る彼の肩を、ポンポンと何者かが叩く。

 

 「こら。こんなとこで寝たら身体痛めちゃうよ」

 

 「寝てないぞ」

 

 「わっ、何で寝てないの」

 

 「何でって」

 

 片目を開けて返事をしたジンに楠リッカが驚いた。

 

 「もうこんな時間だよ? まだ完全に回復してる訳じゃないのに、疲れが取れないよ」

 

 「寝たんだ、一応。三時間くらいは」

 

 「それ寝たって言わない」

 

 「ヘトヘトだったはずなんだが、最近特に眠れなくてな……まあ疲れは残ってないから大丈夫だろう。それを言うならあんたも大概遅いぞ」

 

 「私はいつもこんな感じだよ。ちゃんと必要なぶんは寝てるしね」

 

 ジンの首筋に不意に冷たい感覚。

 中身の入った缶ジュースだった。

 

 「今日もおつかれ。どうせここにいると思って買ってたんだ……君も飲む?」

 

 是非に及ばず。

 貰えるのなら遠慮なく貰う、それが旺神ジンの習性である。

 ……そうやって地雷を踏んだのはこれで2度目である。過去に同じことをやらかしてしまった事を、彼はすっかり忘れてしまっていた。

 

 「……『冷やしカレードリンク』………」

 

 「また君もそんな反応する……おいしいんだよ、これ」

 

 プルトップを開けて中身をすするリッカ。

 それに倣ってジンも缶を空け、スパイシーな香りを漂わせる茶色の液体を口に含んだ。

 香辛料の香りと風味が鼻を抜ける。混ざっているのは刻まれたジャガイモやニンジンだろうか、舌と胃袋を刺激する味に食感というアクセントを加えていた。

 ……まあ、旨い不味いで言えば旨いと思う。

 ただこれ、完全にさらさらしたカレーのルーだ。

 小腹が空いた時ならともかく、任務上がりとかに奢られても嬉しくないタイプである。

 

 「……少なくとも喉を潤す効果を求めてはいけないのは理解した」

 

 「果物とかにも合わせたことあるけど、やっぱり穀物系と合わせるのが一番おいしかったよね」

 

 「それはもうそういう料理を食べた方が早いだろう」

 

 「ああ、そうそう」

 

 コン、とあっという間に飲み干したドリンクの缶をテーブルに置いてリッカは言う。

 

 「君の神機ね、ちょっと調べてみたんだ。初めて見る組成だったけど、特殊な素材を使えば生産できそう。……ひとまず名前は《ミストルティン》に決まったんだけど、いい?」

 

 「別にいい。ブラッド……なんだっけ、の神……殺? といいそのミストルティンといい、今日はよく名前を付けられる日だ」

 

 「《神殺》か。ぴったりな名前だと思うよ、私」

 

 「そうか?」

 

 「うん。まさに私が見た光景って感じ」

 

 リッカはジンの瞳を真っ直ぐに見据える。

 黒い眼に浮かぶ金色の瞳は初めて見た時は驚いたけれど、今はもう、怖くも何ともない。

 やっぱりこの時間に君が起きてたのはラッキーだったかな、とリッカは呟いた。

 

 「………ごめんね。皆の命を預かる立場の私が、君に命を落とさせちゃうところだった。本当はすぐに謝りたかったんだけど………君も疲れてたみたいだからさ」

 

 「あれはあんたに非がある話でもないだろう。そもそも俺はやろうと思ったことをやっただけだし、そこを謝られても俺にはどうしようもない」

 

 「うん、そうだね。ここは謝るところじゃなかった」

 

 少しだけ俯く彼女。

 やがてソファから立ち上がり、リッカはジンの傍らまでコツコツと歩み寄ってきた。

 そしてリッカはそのまま腰を屈める。

 一体何だ、と横目で見ていたジンと彼女の目線が一瞬、同じ位置になり────

 

 「……だから、ね。お礼」

 

 

 ────ちゅ、と。

 ジンの頬に、暖かく湿った感触が押し当てられた。

 

 

 ありがと、とやや早口で囁いて、リッカは早足でエントランスを後にした。

 対するジンは、彼女が接触した頬に指で触れたまま動かない。自身の処理能力をオーバーした情報量をブチ込まれたコンピュータのように、完全に動きと思考がフリーズしていた。

 

 午前2時25分。

 旺神ジンのこれまでにおける、異性との初めての健全な接触は────濃厚なカレーの匂いがしたという。

 

 

◇◇◇

 

 

 楠リッカの救出。

 その事件を境に、ジンは極東支部にすっかり馴染んだ。

 ストレートな物言いも相まってアダ名を付ける癖も1種の名物的な扱いとなり、彼という存在はこの場所において完全に肯定されたと言えるだろう。

 ただアリサへの『南半球』という()()()()()のアダ名を変えろとリョウに諭されても頑として変更せず、ある女性神機使いに『嘆きの平原』などというアダ名を付けようとしたこともある。

 その時はその場にいた全員が全力で彼の口を塞いだため未曾有の惨劇はなんとか回避されたが、その辺にジンのこだわり的なものがあるのかもしれない。「やっぱあいつには揺るがないムーブメントがある」と真壁ハルオミは語っている。

 それともうひとつ。

 

 『ミッション完了です。お疲れ様でした』

 

 鎮魂の廃寺でハガンコンゴウの群の死骸の上に座って休んでいるメンバーの耳に、オペレーターのヒバリの労いが届く。

 今回の任務は禁猿(ハガンコンゴウ)4体の討伐だった。

 

 「ま、こんなもんだろ」

 

 「茶でも飲んでくか?」

 

 『迎えのヘリが到着するまで少しかかります。警戒は怠らないでくださいね』

 

 ヒバリの声を聞いていたジンは少し考えて、

 

 「なんか上機嫌だな」

 

 「タツミさんから電話でもあったんだろ。多分」

 

 『ぶふっ!』

 

 平素と同じ声で喋っていたつもりのヒバリが咳き込む。

 ロクに名前も覚えられないくせに人のコンディションを把握する力は高い旺神ジンと極東支部の仲間を深く理解している神楽リョウの合わせ技はほぼ百パーセントの精度を誇り、ある種の凶悪さすら秘めていた。

 ちなみに「なぜそこまで人の状態を把握できるのか」などという質問をジンにしてはならない。「機嫌を伺わなかったらこっちが酷い目に遭う」という笑えない答えが返ってくるからだ。

 

 「ていうか、あんた武器変わってないか? なんで尖った棒になってるんだ」

 

 「隊長は『血の力』でどの武器でもブラッドアーツが使えるからな。あとちゃんとチャージスピアって言え」

 

 「任務に適した武器を集めたにしては俺のウェイトが大きかった気がするが……」

 

 ハガンコンゴウ。

 聴覚に長けて知能も高く、範囲の広い雷撃も放つ厄介者───それが4体だ。

 故に群れを分散させるのが難しいためリョウとギルバート、そしてエリナという『とにかく小さなポイントを貫ける』チャージスピア主体のチーム編成で1人1体を受け持ち、全員でハガンコンゴウの柔らかい顔をつつきまくる作戦である。

 なおブーストハンマーのジンが入っているのはまともに使っていないブラストが一応敵の弱点である破砕系のバレットであることと、例によって遊撃手として連携の切り崩しや不意討ちの効果を期待されてのものだったのだが………

 

 「4体全員がお前にまっしぐらだったもんな………何だ、お前の身体からは甘い匂いでも出てんのか」

 

 「断じて出ていない」

 

 「………ふーん……?」

 

 ジンの周囲を他より一回り低い目線がうろつく。

エリナ・デア=フォーゲルヴァイデ……殉職した兄を志して極東支部の扉を叩いた少女である。

 なんだコレ、と首を傾げている彼を検分するかのように矯めつ眇めつしていた彼女は、若干くちびるを尖らせて言う。

 

 「……初めて同行したけど、結構やるじゃん。ま、先輩ほどじゃないけど」

 

 「そういうあんたは1番トロかったな」

 

 「なっ………!!」

 

 エリナの顔が真っ赤に染まる。

 ギルバートはキャリアが長く、リョウやジンには高い素養がある。そんな中エリナは確かにまだまだ発展途上といったところ。ジンの言い種は率直すぎるが、しかしエリナのここ最近の進歩は目覚ましいのだ。

 

 「いっ、今はまだ成長段階なだけだし! 私を馬鹿にするなら今のうちに馬鹿にしておけばいいじゃない! いつか目に物見せてやるから!」

 

 真っ赤になって人差し指を突き付けるエリナ。

 ジンとエリナ、歯に衣着せない彼と負けん気の強い彼女の噛み合わせはすこぶる悪い。

 またぞろケンカかと仲裁の準備にかかるリョウだが、その直後────リョウの予想の斜め上の軌道で、特大のホームランが突き抜けた。

 

 「まあずっと下着が見えっぱなしだったからな。ある意味においてはもう目に物を見せt

 

 

 

 

 

 

 「…………で、今回も悪いのは俺か?」

 

 「いや、今回はそうとも……うーん……」

 

 ラウンジ脇のソファで、今日もブラッド隊長相談所。

 頬っぺたにきれいな紅葉を咲かせて憮然としているジンの前で、リョウは頭を抱えていた。

 今回の件、旺神ジンは悪いか、否か。

 

 「ひとまず下着が見えてるっていうのは避けるべき事態だろう? そして仲間のミスはカバーするべきとあんたが言ったかは忘れたがメモ帳にはあった。

 一応それに倣えば間違ったことはしていないはずなんだが?」

 

 「いやまぁ、確かに間違ってはいねえ。いねえんだけどよ………ただ問題が触れにくいやつだったから……」

 

 確かに傷付けまいと敢えて触れなかったのも優しさではあるが、そこを指摘してやるのも正しさだ。

 だから正直ジンに諫められるところは無い……そもそも『先輩、今日の私どうだった?』『白、かな』とかいうクソみたいな返事をかました事のあるリョウにどうこう言える筋合いは無いのだった。

 

 「で、ここから俺にどうしろというんだ。間違ってもいないものを正すなんて離れ技は俺には出来ないぞ」

 

 「とにかくそうだな、エリナの方もお前が悪い訳じゃないことはわかってるはずだから、ちゃんと話せば……」

 

 その時エレベーターの入口が開き、二人の人物が姿を現した。

 片方は赤い髪をしたグラマラスな女性。

 その後ろをついて歩いているのは、頭髪の薄くオドオドした雰囲気の白衣の男。

 こちらを見て微笑みつつ傍を通り過ぎたその女性に、ジンがにやけ顔で口笛を吹く。

 

 「……随分な上物がいるじゃないか。全身自己主張のカタマリか? 最高じゃねえかよなぁオイ」

 

 「会ったこと無かったっけか? レア博士だよ。………前から思ってたけど、お前ちょいちょいマックスにゲスいよな。声のトーン落とせ」

 

 流石に咎めた。

 

 「ていうかじゃあ後ろのアレは誰だ。雰囲気的にパシリか」

 

 「失礼なこと言うなクジョウ博士だよ。レア博士の助手やってる」

 

 「あんな顔した男の末路をいくつか知ってるぞ。断言しよう、あの若ハゲはいつかロクでもない女に引っ掛かって大事件を起こす」

 

 「………ああー……いや流石に……うーん………」

 

 そういや『あの人』に惚れてたよなあ、と心当たりがあるせいでまたも否定しきれなかったリョウ。

 しかしジンのこの言葉が後に現実となるなど───この時誰が予想できただろうか。



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25話

 「って、違う違う。エリナの話だ。ちょっとエリナの方はこっちでも頑張るから、お前はデリカシーについてだな」

 

 「デリ菓子? 旨いのかそれは」

 

 「………」

 

 この真顔である。

 彼の率直さはなぜこうもプラスに働かないのか、とリョウがちょっと真剣に頭を抱えていると、リョウの後ろを見たジンが「うっ」と引きつった声を出した。

 何かから逃げるようにそそくさと退散しようとする彼の服を、彼女の手が掴んで止める。

 

 「ご、ゴーグルさん?」

 

 「やっと捕まえた! 君さ、なんで私から逃げるの?」

 

 「ど、どうせ説教だ」

 

 「そうだよ。あのね、今回の任務、あの神機の傷は何? また無茶な使い方したでしょ。本体と近接兵装のジョイント、任務一回分の傷み方じゃないよ! やっぱり盾は新品のままだしさ!

 どうせ攻撃とかも全部力任せに撃ち返したんでしょ。ちょっとは退くことを覚えて!」

 

 「退くにしても4対1に近かっ

 

 「だったらなおさら盾がまっさらなのはおかしいでしょ! 隊長さんもギルもエリナちゃんもいたなら、ちょっとぐらい任せてもいいんだからね!?」

 

 つかつかと距離を詰められたジンが壁際まで追い込まれていく。そうだそうだその通りだ!とヤジを飛ばしたら凄い顔で睨まれた。

 退路が無くなるまで詰め寄っていたリッカは吊り上げた眉をハの字にして、弱い声でジンに懇願する。

 

 「……私、機械以外は直せないんだよ? だから君が無茶するのだけはやめてよ。……また君があんな風にボロボロになるなんて嫌だからね、私」

 

 そう言って彼女は、ツンとそっぽを向いてラウンジから出ていった。

 本当にジンを探していただけだったらしい。ジンはまだ若干身構えつつ彼女の背中を見送り、そしてドアの向こうに消えたところでやっと緊張を解いた。

 

 「……ああ、この所ずっとこの調子だ。ちょっと前まで嫌ってた癖にやりにくいったら………おい刺青さん、そのニヤけ面は何だ。なぜ肩を組む。おいやめろ、何かわからないけど何かそれやめろ」

 

 リョウのニヤニヤ攻撃をなんとか振り切ったジンは、どうしたものかと考える。

 言われたことを一先ず改善せねば、ここから先も説教を受けるのは明らか。しかし今の戦い方は既に手に馴染みきっており、ここからスタイルを変えるとなると相当な難問である気がする。

 刺青(リョウ)が言うには、エリナ(だっけ? 忘れた)もまたガードが覚束なかった時期があったようで………だから彼女に聞けばいいんじゃないかとアドバイスされたが、多分これを機にもう一度話してみろという事だろう。

 

 (うん。………ダルいな)

 

 なのでジンは問題の全てをダイナミックに先送りすることにした。全ての問題は時間が解決してくれるものである。

 今回もまあ何とかなるだろうと楽観していた、その矢先。

 

 どうにもならない振動が、ポケットの中から伝わってきた。

 

 「…………………………」

 

 ポケットに手を伸ばし、通信機を手に取る。

 まるでそれを少しでも先延ばしするようにのろのろと緩慢な動作で通話ボタンを押し、能面のような無表情でそれを耳に当てる。

 

 

 『第1段階を始める。死なないよう備えろ』

 

 

 

◇◇◇

 

 

 「アァッハッハッハッハッハッハッハ!!!」

 

 巨木もかくやという前脚で大地を耕しつつ、重戦車の如き巨体が雷撃を抱いて爆進する。

 それを横に散開して避けた瞬間、その背中から砲塔が飛び出した。

 無数に放たれるミサイルが空を覆う光景は、遠い昔に過ぎ去った戦争の災禍を思い出させるようだった。

 美の女神とは名ばかりの災厄。

 香月ナナと旺神ジン、アリサとソーマの四人は、《ヴィーナス》との激闘を繰り広げていた。

 

 「アリサ! ジン! 俺達の後ろに回れ!」

 

 ソーマの指示で防御力に劣る二人が、ナナとソーマの後ろに回る。

 アリサとジンを庇うように前に出たナナとソーマがタワーシールドを展開、地に根を張るように全力で踏ん張った。

 直後、降り注ぐ破壊の豪雨。

 

 「「 ぐううううううっっっ!!!」」

 

 バガンバガンバガン!!と着弾する衝撃に最も防御力に秀でる二人の身体が吹き飛びそうになるが、それを後ろに回ったジンとアリサが押さえて支える。

 ミサイルの暴風をやり過ごしたら、今度は後ろの二人が飛び出した。

 機動力にものを言わせ、疾風のように強襲をかける。

 

 「そろそろ両足のゼリーが壊れるはずです! そうなればかなり楽になります!」

 

 「……………っ!」

 

 アリサの神機が変形し、アサルトの銃身が弾丸を吐き出す。

 ヴィーナスの気が一瞬そちらに逸れた隙に、ジンのブーストハンマーが点火した。爆発的に加速したジンの身体が標的に向けて一瞬で吹っ飛ぶ。

 慌ててそちらに向き直ろうとするヴィーナスだがもう遅い。

 運動エネルギーの全てを鉄槌に集約し、全力で美神の左足、金色のゼリー部分に向けて降り下ろす。

 砕け散るゼリー部分。

 しかしそこで終わりではない───その脚に食い込ませた鈍角の刃を支えに、さらに身体を縦に1回転。インパクトの衝撃と全身をバネにしてさらに上に跳ぶ。

 さらに火力を増す《ミストルティン》の炎。ブラッドアーツではない、純粋なブーストインパクトが着弾した。

 ドッッッゴオオン!!!という、激烈な轟音。

 

 「ウゥゥゥウウウッッ!!」

 

 苦悶の呻きと共に地に膝(?)をつくヴィーナス。

 そこにアリサが走り込み、体重を支えている脚にリョウの力によって目覚めたブラッドアーツ《ソニックキャリバー》を叩き込む。

 そこでヴィーナスも反撃に転じようとした。両手を前に突き出して、雷を纏うゼリー状の球体を生成。周囲に雷の旋風を巻き起こそうとする。

 それをナナが阻止した。

 体力にモノを言わせて危険域に突っ込み、コラップサーをフルスイング。その腕ごと球体を弾き飛ばした。

 そして。

 

 「お前ら、避けてろ………!!」

 

 純白の鋸刃に膨大なエネルギーをチャージしたソーマが、肩に担いだ大剣を全力を込めて降り下ろす。

 刃の形をした青白い奔流が、ヴィーナスの身体に太い1つの線を描いて通り抜ける。

 微かな断末魔を上げながら───2つに分かれた美神の身体は、ゆっくりと崩れ落ちていった。

 

 

 

 「っはー、はー、あー………」

 

 神機のスタンドなどが揃えられた簡易的なベースキャンプの中で、イスに座ったジンは疲労の息を吐いた。

 これで3連戦目である。

気分転換に熱々のコーヒーを一気飲み(!)しているアリサが笑って見せるが、やはりそう余裕は無さそうだ。

 

 「そういえば、ジンさんはサバイバルミッションは初めてでしたね。こんな風にアラガミが大量発生した時、迅速に討伐するために行うんですよ」

 

 「それは毎回本拠地がほぼカラッポになる規模でやるのか……?」

 

 「いえ、流石に今回みたいな事は初めてです……」

 

 突如として起こったアラガミの大発生。

 大群、否。大軍と言っても差し支えないレベルの物量に、極東支部の人員は今、ほとんど出払ってしまっていた───それも全て内容はサバイバルミッションである。

 しかもそのほとんど全てに『融合体』が関わっている。今回戦ったヴィーナスも、恐らくはそれだった。

 ゼリーから産み出される他のアラガミの器官が増えていたのだ。

 多頭竜(ヒュドラ)のように大量に生えるボルグ・カムランの尾、豪雨のように降り注ぐクアドリガのミサイル………この美神1体でそこいらのアラガミの群を凌駕する戦力だ。

 接触禁忌種のアラガミが散歩のついでに襲来してくる人外魔境の極東支部だが、今回は相当に立て込んでいた。

 

 「これで3戦目が終わったな。あと2回戦、気張れよ。お前ら」

 

 「やっと折り返しか……。そんでネコ耳さん、あんた何でこの小休止にドカ食いしてるんだ」

 

 「むぐ。次はセクメトの群れでしょ? だったら私の《誘引》がカギになるはずだもん、しっかり体力つけなきゃね。ジンくんもどーぞ!」

 

 「……いやいい。食欲がない」

 

 青天の霹靂といった表情で絶句するナナから目線を切り、ぐったりとイスに沈みこむジン。

普段ナナばりの食欲を見せる彼のこの様はこの修羅場を如実に表しているようだ………一方のナナも、ここぞとばかりに保存用まで持ち出したおでんパン用の袋がもう随分と萎んでいる。

 残り2戦の先行きに暗雲が見え隠れしていた。

 

 「ブリーフィングをするぞ。まず最も警戒するべきはセクメトのスタン攻撃だ。片方がスタン状態になった時すぐに解除できるよう、常にツーマンセルで当たる。これを絶対に心掛け、無理攻めはするな」

 

 「後はホールドトラップですね。激昂したセクメトはホールドへの耐性が弱くなりますので、しっかりと機を見極めて使いましょう」

 

 「うーん、でもトラップに引っ掛かるのは一体だけだよね? 群れが相手だとなかなか……」

 

 「1ヶ所に纏めればいい」

 

 イスに沈んだジンが言う。

 

 「前に使ってるのを見たが、アレは範囲に入った奴に効果があるんだろう? だったら同時に入ってきた奴等なら一網打尽に出来るはずだ」

 

 「それは名案ですね! しかしどうやって……」

 

 そこで全員の視線がナナに集中した。

 ナナも周囲の言わんとすることを察したのだろう、パッチリした目を元気よく輝かせて宣言した。

 

 「《誘引》での敵の集合。やれるか?」

 

 「もっちろんです! 100匹でも200匹でもどーんと来ーい!」

 

 そうしてブリーフィングは終わった。

 アラガミの作戦エリアへの侵入予想時刻が迫る中、四人は簡易ベースのテントから出る。

 ナナとアリサの後ろを少し離れて歩くジンの横にソーマが並んだ。

 

 「このところ体調が悪いらしいな」

 

 前にいる2人に聞こえないように、ソーマはジンに言う。

 

 「別に。なんだ、いきなり」

 

 「そっちの隊長が少し前から心配しててな、何か様子が変だったら医務室に突っ込んでくれと頼まれてる。バレてないつもりなんだろうが、アイツが鋭いのはお前も知ってるだろ」

 

 ちっ、とジンは小さく舌打ちする。

 

 「もっとも、お前はこの任務の後で精密検査を受けなきゃならない予定だからな。ついでに済ませれば面倒もねえだろ」

 

 「………あ?」

 

 「お前に何かロクでもないもんが絡み付いてんのは察しがついてんだ。そのゴタゴタを開明すりゃあ、いつにも増してクソみてえなこの現状を打開するきっかけになるかもしれねえ。……『今のお前』なら協力してくれるはずだ」

 

 ジンの言葉が、止まる。

 

 「初めて会った時からわかってんだろ。お前からは俺と同じ、色んなもんが混ざって壊れちまった匂いがする。だからわかる────

 ───お前はもう、駄目になっちまう寸前だ」

 

 それだけ行って、ソーマは先に歩き出す。

 作戦エリアはもう近い。

 肩に担いだミストルティンの柄を握るジンの手が、ミシ、と音を立てた。

 

 

 次のミッションであるセクメトの群の討伐。

 戦闘開始から5分、事前に立てた作戦には早くも齟齬が生じていた。

 

 「クソっ、こいつら全部の攻撃にスタン効果が付いていやがる!」

 

 「もう一度固まりましょう! 目の前の相手を引き剥がせますか!?」

 

 「それだけなら……!」

 

 爪や足による肉弾攻撃を盾で防ぎながら彼らは懸命に連携を取ろうとする。

 元々オールレンジの攻撃手段を持ち武術じみた高度な動きをするセクメトの集団は想像以上に厄介だった。

 戦闘の中でセクメト達はソーマ達のツーマンセルの意味がわかったのだろう、セクメトはペアを分断し孤立させるように動き始めた。

 飛行による突破力、遠方からの射撃援護に窮した4人は、いっそ4人で固まって1匹1匹瞬殺していくことにした。

流石のベテラン2人の指揮だ、それは高いクオリティのコンビネーションで上々の成果を上げていたが───もちろん、何の障害もなくそれが続くわけもない。

 

 「では合図で敵を弾き飛ばしましょう! 3───」

 

 「待って! ジンくんどこ!?」

 

 その言葉に慌てて周囲を見回す3人。

 すると随分離れた所に彼はいた。

 セクメト三匹に粘着されている。

 

 「噂どおりですね、どうしてああもアラガミに好かれるんですか!?」

 

 「ひとまずジンを回収するぞ! あの3体を引き剥がす!」

 

 ソーマの号令で3人が動くが、それを他のセクメト達が阻む。この際それを無視して急行しようとするが、セクメトはそれは許さんとばかりに追随してきた。

 3人はそれを相手にせざるを得ず、そうしている間にジンはさらに遠くに離れていく。

 そしてジンもそのあたりで、チームに自分を救出している余裕がないことを理解した。

 

 「クッッ……ソがああああああああ!!!」

 

 「!? ジンくん、どこ行くの!?」

 

 忌々しさの衝動を口から吐き出し、ジンは全力でそこから離脱した。それを追うセクメト達。

 全速力で走るジンは、あっという間に作戦エリアの外に消えてしまった。

 

 「あのバカ、ヤケ起こしやがったか!」

 

 「今救出に向かう余裕はとても……」

 

 そうしている間に、さらに地形の陰からセクメトが姿を現した。終わる気配を見せない禁鳥の進軍に、3人の心臓に嫌な感触が這いずり回る。

 自分達を見下ろすセクメトの口元が、どこか笑っているように見えた。

 

 「援軍は」

 

 「望めませんね……」

 

 まさに絶望的だった。

 明確な恐怖心を感じていたナナだったが、そこで彼女は、ソーマとアリサの表情には一片の諦めも混ざっていないことに気が付いた。

 疲弊した体に戦意で喝を入れ、神機の柄を強く握り締めている。

 どんな苦境に立たされたとしても、きっと彼らの瞳から光が消えることはないだろう。

 『諦めるな』。

 それは白い制服を纏う彼らの至上命令なのだから────

 

 

 

 

 

 「ウォオオオオォォオオオオオオオオオオオォォォオオオオオオオオオオオッッ!!!」

 

 

 

 突如空に響いた雄叫び。

 そこにいる全ての意思ある生物が、その身体を硬直させた。

 アラガミ達は己の根底そのものを掌握するようなその波長に。

 人間たちは頭にこびりついている、因縁深いその咆哮に。

 ()くして答え合わせは、オペレーターの口から行われた。

 

 『偏食場パルス増大。オラクル反応照合。………!! マルドゥークです! 作戦エリア付近にマルドゥークが出現しました!』

 

 大地が震えた。

 セクメト達が目の前にいる3人を無視して、その偏食場パルスの中心に向かって全速力で移動を開始する。

 その方向は。

 その方向は!

 

 「アイツ、どんだけついてねえんだ……」

 

 ギリ、と歯軋りするソーマ。

 その悲鳴にも似た叫びが、ナナとアリサの心臓を凍り付かせた。

 

 「ジンの野郎、逃げた先でマルドゥークとかち合ったのか!?」



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26話

 青褪めた顔でセクメトの群れと同じ方向に走る3人だが、やはり人間の身体とアラガミの巨体の走力は歴然で、3人の周囲を次々と赤い翼が追い抜いていく。

 それらを少しでも足止めしようと射撃を繰り返してみても、そんなものどうでもいいと言わんばかりにその行軍は止まらず、そしてとうとう、最後尾のセクメトが見えなくなった。

 

 「オイ! ジンのいるポイントまでの距離は!?」

 

 『距離3000の時点でオラクル反応が消失しました……!』

 

 「うそ────それ、って────?」

 

 「落ち着いて、レーダーの策敵範囲から外れただけです! けどジンさん、どんな速度で逃げたんですか……!?」

 

 ショックで足が止まりかけたナナをアリサが叱咤する。

 ここで足を止める事はできない。救援もままならないこの状況、ジンの生存は恐らく絶望的だろう。

 だけど諦めてはいけない。

 彼の強さと生き汚さに賭けるしかない。

 わずかな可能性を信じて数キロをぶっ通しで駆け抜けた彼らの目に写ったのはしかし─────予想だにしていなかった光景だった。

 

 「何だ、こりゃあ………」

 

 そこにあったのは夥しい数の、数えるのも面倒な程の………禁鳥の死体、死体、死体。

 1つ残らず黒い霧を噴き出しているそれらは既に幾つか崩壊を始めており、この光景がたった今作られたものではないことを語っている。

 パチパチとあちこちで爆ぜる火の粉に彩られたこの光景は、まさに地獄の一幕のようだった。

 さっきまでの激動が嘘のような静寂に、ナナは声を絞り出す。

 

 「すごい………ジンくん、これ全部倒しちゃったの?」

 

 「いや違う。死体の傷痕を見てみろ……これはハンマーの痕じゃない。何かデケェ奴にやられた痕だ」

 

 「! いました、あそこに!」

 

 アリサの指差す先、そこに彼はいた。

 一際大きな火に囲まれたそこで、旺神ジンはセクメトの死体をベッドにしてぐったりとへたり込んでいる。

 息も絶え絶えなその様に、3人は慌てて駆け寄った。

 

 「おいジン、無事か!? 何があった!?」

 

 「ちょっと待ってね、今回復錠出すから!」

 

 「……待ってください、ジンさんあなたポーチがパンパンなままじゃないですか! 回復錠は使わないと効果が無いんですよ!?」

 

 半分怒りを滲ませながらアリサはジンのポーチから回復錠を取り出し、その口に含ませる。ジンの喉が動き、それを胃の中に飲み込んだ。

 だが。

 

 「どうして……? どうして傷が治らないんですか!? リッカさんを助けた時は効果があったはずなのに!!」

 

 「ゲホッ……元々俺は、何故かこいつが効きにくいんだが………。ハッ、いつの間にか、拍車が掛かってるらしい……」

 

 どれだけ喚いても効かないものはしょうがない。

 回復錠による処置を早々に諦め、出血箇所を縛るなど原始的な応急処置を施していく。医療班が到着するかアナグラに送り返す準備が整うまで、このまま安静にさせておくしかない。

 

 「!? ジンくん、立っちゃダメだよ!」

 

 「どのみち、ッケフ、ここに留まる訳にもいかないだろう………。少しは休めた、移動くらいは出来る……」

 

 これほどの惨禍、戦闘音も相当なものだっただろう。それに反応して別のアラガミが寄ってきていても不思議ではない。

 ジンの言う通りではあるのだ。ただし彼のペースに合わせる事はできない。

 ソーマがジンを抱き起こし、ボロボロの身体を背負おうとした、その時。

 

 ドゴン!!と上空から何かが飛来してきた。

 その正体を見た4人の呼吸が止まる。

 漆黒に輝く冠。

 生命を刈り獲る刃の翼。

 

 帝王ディアウス・ピターが、そこに君臨した。

 

 「ゴアアァァァァアアアアアアッッ!!」

 

 

 「嘘でしょう……こんな時に………!」

 

 「ど、どうする? 逃げる?」

 

 「そうしたい所なんだがな……!」

 

 余計な消耗をしている余裕はない。

 全員の体力を鑑みても、ここは撤退がベストだ───ただし、重症のジンというお荷物が無ければの話だが。

 ソーマは片手をジンの脚から離し、ポーチの中の円筒の感触を苦い顔で確かめる。

 アラガミの視覚を一時的に封じるスタングレネードだが……ディアウス・ピターに対してこの道具は効き目がすこぶる悪い。

 足止めしようと乱発しても、逆に精神を逆撫でして状況を悪化させる可能性もある。

 まともに動けないジンを庇いつつ護衛をナナとアリサに任せ、そして撤退の速度はジンのせいで及第点とは言い難い。

 

 「ジンをどこかに置いて戦うしかねえな……」

 

 「その必要は、ない」

 

 ずるり、とジンがソーマの背中から離れた。

 仰天する3人を余所に、彼は歩くというよりよろめくようにディアウス・ピターの前に歩み出る。

 

 「俺の客だろう。俺がもてなさなきゃ、どうするんだ」

 

 ディアウス・ピターの瞳に映る4匹の人間。

 その中でも目の前にいる人間(ジン)はボロボロで、それは放置しても構わないだろう事は帝王の目にも明らかだったはずだ。

 なのに。

 他の3人には目もくれず────ディアウス・ピターは、旺神ジンに真っ直ぐに襲いかかった。

 

 「 「 「─────ッッ!!」 」 」

 

 慌ててその間に割って入ろうとする3人だが、しかしそれは間に合わなかった。

 なぜなら、ジンも同時に倒れ込むようにディアウス・ピターに向けて走り出していたからだ。

 そして帝王の牙は呆気なくジンの身体を捕らえ、そして地面に叩き付けた。

 

 そのはずだった。

 

 「?」

 

 ディアウス・ピターの頭に疑問符が浮かぶ。

 これは違う。この感触は脆弱な人間の歯応えではない。

 ────それもそのはず。

 ジンは己とディアウス・ピターの口内の間に、銃に変形した神機をつっかい棒のように挟み込んでいたのだ。

 

 「そういやここんとこ出してなくてな。随分と溜まっちまってんだ」

 

 ジンの口調が戻った。

 ぎしり、と無茶な防御に使われた神機が軋む。

 亀裂が入り半壊した銃身からは光が漏れ出ていた。

 ディアウス・ピターがそれに気付いて慌てて口を離すよりも早く。

 

 さんざんリザーブされまくったオラクルが、ほとんど暴発するように解き放たれた。

 

 「……溢さず飲めよ。特濃だぜ?」

 

 ドガンッッッ!!!!と────

 耳を聾する轟音と共に、帝王の上半身が綺麗に消し飛んだ。

 衝撃で残った下半身が2本足で立ち上がるように煽られ、そのままどう、と大地に沈む。

 余波に思わず顔を腕で覆ったソーマにアリサ、そしてナナ。視界を取り戻した3人は、今度こそ最悪の結末を覚悟した。

 

 同じように衝撃で吹き飛び、離れた場所に力なく横たわるジン。

 神機を抱えていた彼の右半身に咲き乱れた凄惨な赤い花は、鉄の臭いを嫌という程に撒き散らしていた。

 

 

◇◇◇

 

 

 「バ……タル………定し……」

 

 「信……れ……。普……なら……、危……」

 

 意識の遠くから、単調な電子音と人の話し声が聞こえてくる。暗闇の中で覚醒の糸を手繰っていくとそれらの声が次第に明瞭になり、だんだんと思い出したかのように全身の感覚が甦ってくる。

 そして背中に柔らかい布の感触を感じた所で、ジンは目を覚ました。

 

 「………ここは?」

 

 「!? 患者(クランケ)が目を覚ましました!」

 

 「何!?」

 

 まるで幽霊を見たかのような騒ぎ様だった。

 慌てて駆け寄ってくるドクターらしき中年と看護士達がジンの顔を覗き込み、努めてゆっくりと質問を投げ掛ける。

 

 「意識はハッキリしているか? 自分の名前はわかるか? 直前にしていたことは?」

 

 「……旺神ジン。4人で立て続けの任務に行っていた。任務中に黒いのをフッ飛ばしたのが最後の記憶だ」

 

 「ふむ。……痛むところとその度合いは?」

 

 「全身が痛いが動けない程じゃないな」

 

 「そうか……。本来ならばもう1ヶ月は寝ていなければならない傷なんだがね……。患者にここまで驚かされたのはシックザール君以来だよ」

 

 医者としては複雑な気分なのだろう………自分の出番がない事ではなく、自分の学んできた事を引っくり返すような目の前の現象にだ。

 ナースコールや痛み止めのある場所を説明し、とにかく絶対安静にしているように、とやや厳しい口調で注意してから医師たちは部屋から出ていった。

 自然治癒能力に任せてしょっちゅう無茶をするジンは彼らから今一つ信頼されていない。

 そしてその期待通り(?)に早速病室を抜け出し、探し人の姿を求めてうろつき回っていると。

 

 「うおっ、お前なんで歩いてんだ」

 

 「足があるからだ」

 

 「そうじゃねえだろ、絶対安静って聞いてんだぞこっちは」

 

 「もう大した怪我じゃない。大方治ってるんだ」

 

 「嘘つけよ!」

 

 まさにジンの様子を見るべく医務室に足を運んでいたリョウとギルバートに出会した。

 平然とした顔でうろついている上半身ミイラになっている時期外れのハロウィン男にさしもの2人もぎょっとしている。

 ジンの大方治った発言は、まぁ、真っ赤な嘘という訳では無きにしもあらずだ。

 

 「こっちもそこそこ重要な用事があるんだ。白髪さんを見てないか」

 

 「? ああ、任務の事か。俺が話そうか?」

 

 「察しが良くて助かる。どうなったんだ、あの後」

 

 「お前が救護ヘリで脱落した後、ソーマさんの班と俺らの班とで合流したんだ。最後の相手は砲台が異常発達したラーヴァナだったけど、まぁ1匹は1匹だ。いつも通りに片付いたよ」

 

 「なんとか死傷者は出なかったが、正直厳しい任務だった。極東支部周辺にはアラガミが出なかったのは不幸中の幸いだったな……」

 

 「……そう、か………。全員無事なんだな……」

 

 全ては片付いていた。

 現状を把握して小さく呟いたジンの頭に、ゴツン、と軽い拳骨が落ちた。

 

 「『そうか』じゃねえ、お前ナナやソーマさんから聞いたぞ。壊れかけの神機でリザーブ全部使ったバレットぶっ放したんだってな?

 なんでそんな無茶しやがった。下手すりゃマジで死んでたぞ!」

 

 「あの場で狙われたのは俺だったし、その時の俺はろくに動けもしなかった。そこから生を拾うにはアレしかなかったんだよ」

 

 「例えそうでも無理に反撃する必要はなかっただろ!? だいたい回復錠が効かねえって大事な話を何で黙ってやがった!!」

 

 「まぁまぁ、こうして生きてるからいいじゃないか」

 

 「良かねえ! ソーマさんから話は聞いたがな、まずお前は単独で突破しようとするな! 前々からそうだったがこの所特にひでえ! お前の言うように生き残りたいのなら」

 

 「わかったわかった」

 

 ぐい、とジンはリョウの肩を押し退けた。

 

 「話はまた後で聞く。これで『けっこう深手』らしいんだ、今は休ませてくれよ」

 

 そう言ってジンは二人に背中を向けて去っていく。

 任務のその後を聞くという彼の目的はもう達成されたはず、休むというなら自室か病室にでも戻ればいい。

 ただ逃げただけなのだろう。彼の歩く先はそのどれとも反対の方向だった。

 

 「ギル」

 

 「ああ、わかってる」

 

 リョウの意図を察したギルが、言わなくていいと遮る。

 帽子のつばから除く碧色の瞳には、過去に残った重たい感情が浮き出ていた。

 

 「何があったか聞き出さねえとな。………アイツ、あの時のロミオとおんなじ目をしてやがる」

 

 

 

 どこか目的地があった訳ではない。

 自分を心配する声を適当に躱しつつ、ジンは人のいない方へいない方へと逃げるように歩いていく。

 そうしている内に辿り着いたのは、ゴッドイーター達の神機が保管されている格納庫だった。人の気配はなく、時折機械が駆動している小さな音が鼓膜を震わせる。

 ふう、とジンは息を吐いて手摺に凭れかかった。

 とにかく1人になりたかった。

 心配も思い遣りもまるで毒だった。

 懲罰房から出た日から今日まで、今日は特に。

 自分しかいないこの空間が、今は心地良い。

 

 (ここならまだ誰も来ないだろう───)

 

 

 「あ。いた」

 

 

 思わず頭を抱えそうになった。

 失念していた、誰も来ないなんてあるか。

 少なくとも1人、ここを根城にしているじゃないか────しかも今、最も会いたくない奴が。

 

 「………よお、ゴーグルさん」

 

 「君はいつになったら私を本名で呼ぶのかな」

 

 いつも快活な彼女な彼女、楠リッカの口調はいやに平坦だった。

 嫌な予感しか感じなかったジンはすぐに彼女に背中を向けたが、思い切り腕を掴まれた。

 グローブを嵌めた指が食い込む。

 間違いなく本気とわかるその力は、彼女の今の心象を嫌というほどに語っていた。

 

 「……離せよ」

 

 「離さないよ。そろそろ私も限界だから」

 

 さらに指の力が強くなる。

 

 「君の神機だけどね。もう損壊が酷すぎる。辛うじてコアは無事だけど、修復するのにかなりの資材と時間が必要になるね」

 

 「そうか……。そりゃあ……大変な事だ」

 

 「何それ。他人事?」

 

 ぐん、とリッカがジンの腕を引く。

 後ろによろめいたジンを乱暴に動かし、自分と手摺の間に挟むように彼の前に陣取った。

 

 「話したことあったかな。私が神機の傷付き方でその人の戦い方がわかるっていうの」

 

 「……忘れたな」

 

 「逃げて付いた傷とか、守って付いた傷とか……攻めて付いた傷とか。

 君のはひどいもんだよ。自分で自分の命を削ってる。君さ、隊長くんから言われた『自分の身を守れ』って話全っ然守ってないよね。しかもどんどん悪化してるしさ」

 

 「………」

 

 「帰ってきた君の神機を見る度に、ズタズタになった君が重なって見えるんだよ。

 

 ………何かあったなら、教えてよ。私にはもう、君が自殺に走ってるとしか思えない」

 

 握り締めた拳からグローブの軋る音がする。

 何があったと何度聞いても、何も教えてくれはしない。頑なに閉ざされ続ける扉を叩き続けるしかない焦燥感と無力感は、間接的にも命を預かる彼女には耐え難いのだろう。

 俯き震えるその身体と声は、今にも殻を突き破って暴れ出そうとする感情を必死に抑えているに違いなかった。

 

 

 「………ああ」

 

 話せない事情があるならもうそれでもいい。

 すぐに変わってくれなくとも。

 せめて分かって欲しかった。彼女のそんな切なる思いは、およそ最悪の形で裏切られた。

 

 

 「そうか……俺は………死にたいのかもしれないな───………」

 

 

 そっか、と小さく呟いた。

 

 

 パンッッッッ!!!と。

 渇いた音が格納庫の中に鋭く鳴り響く。

 横にぶれる視界。頬に走る疼痛。

 振り抜かれたリッカの掌が、ジンの顔面を全力で張り倒していた。

 

 「っっ………」

 

 「わかったよ。君がそういう考えなら、私はもう君の神機は修理しない」

 

 絞り出すような声だった。

 大粒の涙を湛えた両目が目一杯の力を込めてジンを睨む。とうとう押さえ切れなくなった彼女の怒りは、叫びと涙になって眼前の男に叩き付けられた。

 

 「私は───私は、君たちを殺すために神機を直してるんじゃない!!」

 

 リッカは乱暴にジンを突き放し、踵を返して足音荒く扉の向こうに去っていく。

 言いたいことを全力で叫んで、言葉でわからない分を身体で訴えた。

 だけどちっとも気は晴れない。

 ここまで言わなくてはならなかったのが、それでも何も話してくれないのが、やっと少しでも聞けた本音がそんな言葉だったのが、どうしようもなく悔しくて悲しくて。

 じんじんと痛む手で拭う涙は、痛みと傷を洗い流してはくれそうもなかった。

 

 

 「………、」

 

 思えばここに来てから殴られたのは2回目だ。

一度目は傷跡(ギル)だったか。殴られた理由の方はぼやけてきてしまっているが、ハンマーを叩き付けられたかのようなあの痛みはいまだハッキリと覚えている。

あいつよりもゴーグル(リッカ)の方が身体はずっと小さくて、力も弱いはずなのに。

なんでこんなにも痛く感じて。

 

 (なんでこんなに重く感じるんだろうな……)

 

 今、自分は攻撃された。

 でもそれは多分、何か自分の為を思ってのことで。

 あの時よりも痛いのはそれが何となくわかってしまったせいだろうか。

 自分の何かが、あの時よりも重く感じるように変わってしまったのか。

 今、またあの時と同じ拳を食らったら……また別の何かを感じることができるのだろうか。

 痺れるように痛む頬に触れても、その答えはわからない。

 

 

 あるいは。

 

 もっと早くそれに気付くことが出来ていれば、彼の未来はもっと違うものになっていたのかもしれない。

 

 

 

 

 ごとん、と。

 まるで人形が倒れるように、何の動きもなくジンの身体が地面に崩れ落ちた。

 

 

 

 祈る神のいないこの世界で、災いはいつだって何の前触れもなく彼らの前を先回る。

 

 東の果てに闇が来る。

 軍靴を鳴らして災厄が来る。

 

 極東支部が未曾有の災厄に見舞われるまで、およそ3日前の事だった。

 

 

 



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27話

 「……ジンの容態は?」

 

 「身体の方には何の異常もないね。ただ体内の偏食因子の反応が凄まじく減弱しているんだ。……しかしそれは普通の人間に近付くだけであって、こんなことになるはずはないんだけれど……」

 

 「……何にもわからねえ、ってことですか」

 

 旺神ジンが倒れている────

 そんな報告を受けた医師達は安静を守らないからだと憤慨しつつも、即座に彼を医務室に運び込んだ。

 しかし調べてみるとその実態は『P66偏食因子』の異常という医療の範疇の外にあるものだった。それが判明してから、ジンはデータを収集できる実験室の台の上でずっと意識を失い続けている。

 ペイラー・榊の説明を、神楽リョウは苦しげな顔で聞いていた。

 危うい状態にあったジンに対して注意を怠りはしなかった。

 すぐにでも話し合うつもりだった。

 その結果が、これだ。

 

 (……俺は、また遅かったのか? こうなる事を防げなかったのか? もっと早く、あいつの首根っこを掴んででも……)

 

 「自分の注意不足を悔やんでいるなら、それは大きな勘違いだよ」

 

 榊の言葉に、リョウは俯いていた顔を上げた。

 

 「確かに君は素晴らしい人間だろうが、しかし全知全能の神などではないんだ。全てにおいて自分の責だと思うのは、自分は何でも出来るのだと思い込んでいるのと同じだよ。

 これは誰にも予想できなかった。そしてこれを解決できるのは、研究畑の人間である私達だ。

 ───いま君に出来ることは、私達を信じることなんだからね」

 

 そう強い声で榊は言い切り、リョウは知らぬ間に思い上がっていた自分を恥じた。

 ────誰かを信じてここまで来れたのは、他でもない自分なのに。

 ジンを頼みます、とリョウが感謝の意を込めて頭を下げようとした。

 その時だった。

 

 『連絡します。本部から通達が入りました。映像通信が繋がっているので、サカキ支部長と現在アナグラにいるゴッドイーター各位はラウンジに集合してください』

 

 アナグラの中にそんなアナウンスが流れた。

 

 「本部からの通達? 博士、何か知ってますか」

 

 「いや、特に心当たるものはないな」

 

 「アレですかね。まだリッカさんを引き抜きたがってるんでしょうか」

 

 「……? ふむ……」

 

 よくわからない事はあるが、ともかくテレビを使って何らかの伝達が行われるらしい。連れ立ってラウンジに向かう榊とリョウだが、2人の脳内には共通の疑問符が浮かんでいた。

 

 ────なぜわざわざ映像なんだ?

 

 そうしてラウンジに到着した時には、もうゴッドイーター全員が集合していた。

 ややもせずに天井から伸びたアームに取り付けられた画面が点灯し、大きく距離を隔てたどこかを映し出す。

 そこにいたのは、顎髭を鋭く生やして顔に厳めしい皺を刻んだ壮年の男だった。

 

 『やあ、極東支部のゴッドイーター諸君。健勝かね』

 

 「これはこれはアラヤ博士。そちらも元気そうだね」

 

 慇懃な挨拶に対して砕けた返答。

 サカキは画面に映ったその男をアラヤ博士と呼んだ。

 

 「知ってんですか?」

 

 「阿頼耶(あらや)カイ博士だ。研究の方向性の違いから別の道を歩くことになった昔の同輩だよ。当時から堅物だったが、この分だとどうやら今もそのままみたいだね」

 

 『貴様が軽すぎるのだ。阿呆』

 

 細い目で笑うサカキと厳粛な顔で叩くアラヤは、恐らくその当時から似たような接し方をしていたのだろう。

 数十年の時を孕んだ軽口は、曰く言い様のない重さのようなものを感じさせた。

 

 「……さて、昔話に花でも咲かせたい所だけれど、本題に入ってもらおうか。この支部は今大きな問題を抱えているんだ。本部の、研究職の君直々の連絡ということに事態の進展を期待しているよ」

 

 『そうだな。そちらとしても気になっているだろう。今回の議題は、アラガミの異常進化……君たちが《融合体》と呼んでいるものについてだ。

 あれについての詳細が明らかになったので、情報の共有と共にこちらと極東支部の方針を伝達しようと思う』

 

 その言葉に全員の顔色が変わる。

 本部から自発的にその話題が出るということは、本部でも同じ事例を確認したという意味になる。その本部がその詳細が明らかにしたというのだ。

 ゴッドイーター達の瞳に希望が宿る。

 ……ペイラー・榊、その人を除いて。

 

 「……私は1度も、本部に《融合体》に関する情報を送った覚えはないんだけどねえ」

 

 その一言に全員の思考が中断した。

 ここまではまだ真意に到達した訳ではなく、その言葉の意味を量ることが出来ないだけだった。

 しかし。

 続くアラヤの言葉によって、その言葉は一気に最悪の方向に指向性の舵を切った。

 

 

 『まず始めに。あれらを作り、君らを襲わせたのは私だ』

 

 

 「……何だと?」

 

 ほぼ全員が硬直する中、真っ先に口を開いたのはソーマだった。

 

 『うまく状況が飲み込めていないようなのでもう1度言おう。

 君達で言う《融合体アラガミ》を産み出し、それを操って極東支部にけしかけたのは、私だ』

 

 「……どういう事だ」

 

 『ふむ。論文の発表ではまず結論から話すべしというのが基本だが、頭がおいてけぼりを食らう場合があるのは欠点だな。

 どれ、遠回りになるが、まずは私の思想という根本の部分から話すとしよう』

 

 顎髭を撫でながらアラヤは言う。

 

 『私は常々、ゴッドイーター達は不完全だと考えていた。

 アラガミに比べて力も弱い。生命力も無い。他者からの支援が無くては戦うこともままならない。

 ……今は数や戦術の工夫で何とかなっていても、もし総力を持って当たらねばならない敵が同時に出現したら?

 純粋な物量で押し潰されたら?

 もはやそれは「今の」ゴッドイーター達に対処できはしないだろう。

 極端な話、などとは言わせない。

 敵はそれを充分に行い得るということを、サカキ、貴様が1番よくわかっているはずだ』

 

 「身につまされる話だよ。ここの所それを思い知らされてばかりだからね。

 ………それで? その問題に対して、科学者である君はどんな回答を出したんだい?」

 

 『単純な話だ。ゴッドイーター達がさらに強く成ればよい』

 

 「……、」

 

 『ゴッドイーターの能力の水準は、言ってしまえばオラクル細胞との適合率で決まる。

 神機との適合率が高ければ高いほど戦いに向く。つまりアラガミであればある程、人類の矛に適するということだ。

 ……だというのに。

 だというのに、「それ」を誰も実行しない。

 答えがすぐそこにある、なのに倫理がどうのと人道がこうのと、最早それが通る時代ではないというのに………人々を救うため人の屍を積み上げる、なりふり構わぬ獣となった十年前を忘却の彼方に置き去ってな』

 

 これまでの整然とした語り口を捨て、アラヤは忌々しげに吐き捨てる。

 明らかに感情の入ったそここそにアラヤを突き動かす根元があるのだろう。

 遠い何かを思い返すように唇を引き結んだサカキが、もう一度アラヤに問いかける。

 

 「では……君が実行したと推測される『それ』とは?」

 

 その答えは。

 アラヤの回答が意味するものとは。

 

 

 

 『─────《人間のアラガミ化》』

 

 

 

 事も無げに言い放たれたその一言は、その場にいた全員を凍り付かせた。

 実際にそれを見た者全員の頭の中で、バラバラのピースが繋がり始める。

 

 異常進化したアラガミ。

 

 その体内から出てきた人間。

 

 そして、人間のアラガミ化────

 

 「……成る程。体内に人間を宿したアラガミ……《融合体》とは、君の研究の成果だという訳だ」

 

 『成果、ではなく経過だな。彼らは私の研究過程で産み出された試作品とでも言うべきものだ。

 それらの集大成は既に私の後ろに控えている。

 

 ……皆、前に出て並びなさい。極東支部に御披露目だ』

 

 アラヤの言葉と共に、後ろから4人の少年少女が並び出た。

 年齢はリョウと同じくらいだろうか。

 彼らは皆、一様に誇らしげな笑みを浮かべ───

 

 

 ────そして羽毛や尻尾、爪など、明らかに人間のそれとは異なる器官を有していた。

 

 「……何っだ、ありゃあ………!?」

 

 『娘々(ニャンニャン)。ソフィート。ラガシュ。グラディウス。マリア。私の研究の結実にして、立派に育った我が子たちだ』

 

 翠緑の羽毛と翼を持つ少女───娘々(ニャンニャン)

 

 極彩色の羽と祭礼の仮面を付けた少女───ソフィート。

 

 黄金色の腕と尾、鬼の角を生やした少年───グラディウス。

 

 ドレスと修道服を合わせたような布を纏う少女───マリア。

 

 「………人間のアラガミ化、か。それを実現できた事も驚愕だが、随分とまた───厄介なものにしてくれたね。彼らが私たちを襲ってくると考えていいのかな?」

 

 『そーいうこった。テメェらは先生の大きな目標の為の犠牲になるんだよ。感謝しやがれ』

 

 『グラディウス、気持ちは嬉しいが控えなさい。まだ私の話が途中なんだ』

 

 明らかに見下した視線でそう宣ったグラディウスをアラヤが嗜めた。

 クスクス笑う他の3人を睨む彼だが、素直にその指示に従い口を閉じる。

 もっとも他の3人も口には出さないだけで、同様の事を考えているようだが。

 

 『ゴッドイーターは適合者にオラクル細胞を投与することで作り出される。私が行ったものはそれと同じことに過ぎん。

 投与する細胞の種類と過程が違うがね』

 

 「過程が違う?」

 

 『私はさっきああ言ったが、この数年でゴッドイーター達は目覚ましく進化している。

 旧型から始まり近接・遠距離可変式の新型の登場、さらに《血の力》から派生する術技など……しかし私が注目したのは、その「進化」を促している因子だ。

 

 代表的なものは君たち《ブラッド》のみに確認されるP66偏食因子だな。これの作用により《血の力》が発現する、実にわかりやすい。

 

 ……が、因子により強化されるその土台が貧弱だ。

 オラクル細胞というものは宿主との結び付きが強いほど力を増す。

 定期的に偏食因子を投与せねばならない者より、自分で生成できる者の方が圧倒的に強いのだ。

 わかるだろう? ソーマ・シックザール君』

 

 「黙れよ」

 

 『よって従来の方法では不足であると私は判断した。

だから私は───回帰したのだよ。10年前の最も野蛮で原始的な手法に』

 

 「……まさか」

 

 サカキの表情が険しく歪む。

 歯軋りの音と共に絞り出された声には、普段の彼からは想像もつかない程の怒気に満ち溢れていた。

 

 

 「………調整も無しに投与したのかい! アラガミのオラクル細胞を!」

 

 

 『その通りだ。流石だと言いたいが、その考察はまだ50点だな』

 

 「ああ、まだ続くとも。理論も何もないあんな大雑把な方法では1000回繰り返しても成功するはずがない。ただ徒に犠牲者を生むだけだ!」

 

 『その通り。だから私はそれに最新の要素を付け加えた。

 ………君たちが「意思の力」と呼ぶ、それだよ』

 

 画面の向こうのアラヤがこちらを指差す。

 

 『《P66偏食因子》。ゴッドイーターに異能の進化を促したもの。

 特殊な能力を持つ感応種アラガミと《血の力》が同時期に出現したこと・オラクルを使うという能力の近似性を考えれば、アラガミの進化もゴッドイーターの進化も、この偏食因子によるものだと容易に結論が出る。

 私はその因子のみを抽出し、そして利用した』

 

 「P66偏食因子のみを抽出だと……?」

 

 『シユウ。グボロ・グボロ。ガルム。ハンニバル。サリエル。

 ゴッドイーターの素養がある者に、感応種に分化できるアラガミの細胞と《P66偏食因子》を同時に投与した。

 そして見ての通り、ここに成功例がいる。

 

 死にたくない。まだ生きたい。

 そんな強い「意思」にP66偏食因子が答えたのだよ!

 

 結果として完全なアラガミとなった彼らは並のゴッドイーターを軽く凌駕する膂力と生命力を獲得!

 

 倒したアラガミを、究極を言えば適当な瓦礫でも食べればエネルギー補給が可能!

 

 さらに彼らのオラクル細胞が偏食因子によって分化し、素体となったアラガミの感応種の能力を獲得するに至った!』

 

 己の研究の核心を話す内にだんだんと語気に熱が籠っていくアラヤの背中を、後ろの『被験者』たちは敬意の眼差しで見つめている。

 『先生』の壮大な研究の成果となれた誇らしさと、彼の計画の中枢を担える喜び。ただ純粋な視線を受けつつ、少し落ち着いたらしいアラヤは1つ息を吐いて言う。

 

 『……無論、実証に至るまで数多くの死者が出てしまったがな。君たちが《融合体アラガミ》と呼ぶあれらは、みな私の研究の被験者なのだよ。

 我が子たちを産み出す為の、尊い犠牲者たちだ』

 

 

 「尊い犠牲、だぁ……?」

 

 

 ここまで冷静に話を聞いていた神楽リョウが低く唸った。

 

 「人をあんな風にしてどの口が言ってやがんだ?

 テメェは大義を盾に命の尊厳を踏み躙っただけだろうが! ああ!? 耳障りのいい言葉で誤魔化してんじゃねえぞボケ!!

 自覚がねえなら教えてやんよ。テメェはただのド外道だ!!」

 

 リョウが吼える度に頬の刺青が歪む。

 額に浮かぶ青筋が抑えがたい怒りを具現していた。

 それに対してアラヤの表情が明確に不快を表現する。

 

 『成る程。それが君の見解かね……実に、実に幼稚だ』

 

 「あぁ!?」

 

 『オラクル細胞を理解する過程で何人が犠牲になった? ゴッドイーターを完成させる過程で何人が犠牲になった?

 君たちが当たり前のように使っている神機を完成させる過程で何人が犠牲になった!?

 目的の為に捧げられた命を、罪もなく散らされた命を、敬意と追悼を込めて「犠牲」と言うのだ!

 彼らを否定する権利が貴様のどこにある?

 印象だけの薄っぺらい持論を振り回すな!!』

 

 「………っっ!?」

 

 反論────できなかった。

 アラヤのやり方が間違っているという確信は揺らがない。

 しかしそれを否定するには根幹である彼の行動とその為に重ねてきた年月が余りにも重く、その言葉は紛れもなく正しかった。

 言葉に詰まるリョウの横にサカキが歩み出る。

 

 「……そういえば。アラヤ、君はさっき『子供達』を5人分紹介していたけれど、今そこには4人しかいないね。もう1人はどこにいるのかな」

 

 『ああ、ラガシュか。それならもう、とっくの前に君たちの所にいるはずだが────ああ、来たようだな』

 

 パシュン、と入り口の自動ドアが開く音。

 弾かれるようにそちらを振り向きその姿を見た極東支部……サカキとソーマを除いた面々が一様に絶句する。

 ここに来るまでに相当な無理をしたのだろう。

 立つ力もなくドアに寄りかかっていたせいで、ドサリとその身体が床に倒れ込んだ。

 

 『ふむ、予定通りに進行しているようだな。これでこちらも心置きなく動ける。それでは……』

 

 『先生。私たちの名前と目的の明示がまだですわ』

 

 『ああ、そうだったな』

 

 こほん、とアラヤは一つ咳払いをする。

 

 

 

 

 『我々は最早、神を喰らう獣(フェンリル)などではない。

 

 

 我々は名前を神より産まれし刃────《クサナギ》と改め、愚鈍な狼を排し人類を救済するべく、()ずは極東支部を殲滅するものとする。

 

 

 繰り返す。

 

 

 

 我々は─────《クサナギ》。』

 

 

 

 

 その言葉を最後に映像は途絶えた。

 暴力的な静寂が支配する室内に掠れるような呼吸音だけが響く。

 

 「で、だ」

 

 何かを区切るように一言を発するリョウ。

 向き直る先は全員の絶句を一身に受ける彼。

 満足に動くことも出来ず倒れ伏した男に、リョウは静かに問いかけた。

 

 

 

 「どういう事か説明してもらうぜ。ジン……いや、()()()()

 



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28話

 身体を起こそうとして力が入らず失敗した。

 四方八方から見下ろされながら、這いつくばった諜者(イヌ)が鳴く。

 

 「説明も何も全部話の通りだ。俺達は謂わばそれぞれの感応種の能力を持った『人型アラガミ』だ。

 それぞれどんな能力を持ってんのかはあんたらならわかるだろ。

 俺のオラクル反応を目標として、そこに向けアラガミの軍勢を率いてこの支部を力と物量で叩き潰すのが計画の内容だ」

 

 「それでお前は」

 

 「時間がねえ手短に言う。今すぐ逃げろ。真正面からカチ合ってどうこうできる量じゃない。

 俺達はもう準備を終えてる。輸送車や輸送機全部突っ込めば少なくともここにいる奴等だけならいけるだろ。この建物は失陥しても最低限『極東支部』は終わらない」

 

 「? ……おい」

 

 リョウの質問も無視して、絶え絶えな息を全て絞り出す勢いでジンが捲し立てる。

 残された時の短さを証明するような様はその言葉が真実であることの証左だった。

 しかし何故それを言うのか?

 訝しむようにサカキが問う。

 

 「なぜそれを私達に教えるんだい? そちらの手段と対処法をつまびらかにした所で、君たちに利するものなど無いはずだ」

 

 「………さあな。………何でだろうな」

 

 自嘲的に笑うジン。

 その言葉の真意を問い質すべく前に出ようとしたリョウを、シエルが全力で後ろに引き戻した。

 他の者は《直覚》を持つ彼女に数秒遅れて視覚と聴覚で認識した。

 

 何かが泡立つような音と共に、伏したジンの背中や襟足が赤く光り始める。

 ザワザワと不自然に揺らぐ髪は明らかな異常を伝えていた。

 必死で何かに抗おうと歯を喰い縛っていたジンはやがて糸が切れたように脱力し、床に額を打ち付けた。

 それに反比例して増大していく、ジンのオラクル反応。

 

 

 「俺は────結局───────」

 

 

 ぶるり、と。

 ジンの身体が大きく震えた。

 

 

 血の色をした爆発。

 炎のように輝く触手が、ジンの背中から天を衝くように噴き出した

 同時に発生したもはや物理的な圧力すら伴う密度の偏食場パルスが空気を震わせる音は、狼の遠吠えのようにも聴こえたという。

 ────感応種の力を持つ彼らの外見は、基となったアラガミの特徴を多く備えていた。

 それは彼も例外ではないようで。

 夜に浮かぶ満月のような瞳。

 雪のように白い髪。

 紅い触手だけを見ずとも、符合する点は多々あった。

 

 「……よくよく縁のある奴だよ、ったく」

 

 ラガシュ。あるいは旺神ジン。

 赤蝕狼(マルドゥーク)の特徴と権能を宿した男は、その身の全てを振り絞るように破局を導く咆哮を轟かせていた。

 血で結ばれたついさっきまでの仲間たちに、かつて巻き起こった悲劇を想起させながら。

 

 

◇◇◇

 

 

 「状況を整理しよう」

 

 ジンが研究室に担ぎ込まれた後、ラウンジに全てのゴッドイーターを集めて緊急の会議が開かれた。

 

 「今まで融合体アラガミを俺たちにけしかけていたのは《クサナギ》という組織だった。

 奴らは人間とアラガミを融合させた戦士を作り、その力をもって自分たちの方法で世界を救済することを標榜してる。

 その足掛かりとなるのがここ極東支部の壊滅で、その鍵となっているのがアイツだったって訳だ」

 

 「か、壊滅ったってどうやって? さっきテレビに映ってた、あの尻尾だの羽だの生やした連中が殴り込んでくるのか?」

 

 「当然それも警戒するべきですが、本命は恐らく彼らの直接介入ではないと思います」

 

 リョウから引き継ぐ形でシエルが答える。

 

 「マルドゥークは周囲のアラガミを呼び寄せます。彼の言葉から考えるなら、彼の発する偏食場パルスでアラガミ達の大軍を呼び寄せる物量作戦ではないでしょうか」

 

 「けどさ、物量作戦を展開できる程の数って集まるの? 元々のマルドゥークの能力から考えると、1人分だけじゃそこまでの効果範囲は無さそうだけど」

 

 「それを今サカキ博士とソーマさんが調べてくれてる。もうそろそろ結果が出るはず───」

 

 その時、再びラウンジのドアが開いた。

 深刻な顔で戻ってきたサカキとソーマに全員の不安が膨れ上がる。

 リョウも2人に場所を譲り結果を聞く側に回り、そしてサカキが口火を切った。

 

 「結果が出た。………偏食場パルスの強度から推定した範囲から言って、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 しかもマルドゥークに限らず、感応種にはアラガミを率いる特性がある。言ってみれば彼ら『子供達』はその集まりだ。効果範囲内に予めアラガミを大量に誘導して留めておく位はやるだろう。

 『融合体』アラガミもそうやってけしかけられた訳だ。

 実際、逃げた方がいいレベルの軍勢がこちらに向かっているだろうね」

 

 重苦しい沈黙が流れる。

 相手が堂々と宣言してきた以上甘いことは考えていなかったが、実際に言葉にされると重みが違う。

 しかし今は嘆いている場合ではない。話を進めるべくアリサが問いを発した。

 

 「彼の能力が実際のマルドゥークを大きく上回るという事は、他の『子供達』の能力も同じように元のアラガミから大幅に強化されていると見ていいんでしょうか?」

 

 「……いや、恐らくそれはない。楽観視は出来ないが(おおむ)ね元となった感応種と同等だと考えられる。アイツの能力が規格外なのは、特殊な調整が施されているからだ」

 

 「そ、そうなんですか?」

 

 「それについて今から説明するが……これの説明は、必然的にアイツの話にもなる」

 

 最悪のパターンを予想外に否定され逆に戸惑ったアリサにソーマが補足する。

 しかしその表情は険しい。

 決していい意味ではないのだろう………彼の言う『調整』とは。

 そしてソーマは語り始めた。

 

 「まず俺達ゴッドイーターは、偏食因子を定期的に投与することでオラクル細胞の活動の『均衡』を保ってる。それを怠ったり、腕輪が壊れたりして活動の均衡が崩れると発生するのがアラガミ化だ。

 人造とはいえアラガミになって偏食因子を自分で生成できる『あいつら』には起こり得ない現象だがな」

 

 「それがどうあいつと繋がるんです?」

 

 

 「───アイツはわざとその安定性を崩すことで、その能力を尖鋭化されてる」

 

 

 忌々しげに歪む口許。

 

 「普通じゃ有り得ないほど活性化されたオラクル細胞。崩された均衡がもたらす結果はさっき言った通りだ。

 莫大な出力と引き換えに、既にオラクル細胞の侵食は脳にまで及んでた。

 あの分じゃここに来た頃には既に取り返しのつかない領域まで侵食されてただろうな。

 脳ミソが蝕まれていた以上、日常生活にも支障をきたしていたはずだ。

 何か心当たりはないか?

 そう、例えば────

 

 

 

 

 

 

────物忘れが異様に激しい、とかな」

 

 

 

 ゾクッッッッ!!!と。

 脊髄に液体窒素を流し込まれたような感覚に一瞬、全員の呼吸が止まった。

 既に最終段階だったオラクル細胞の侵食。

 ならば彼は壊れてしまった蛇口のように、常に能力を漏らしてしまっていたのではないか?

 アラガミを引き寄せる体質もそれに依るものならば、最早彼にも制御がきかない代物だった事は明白だ。

 

 「じゃあ、何だ」

 

 震える声でリョウが絞り出す。

 

 「あいつは……使い捨ての時限爆弾だったと。あいつらの目的の為の足掛かりになるために、未来を根刮(ねこそ)ぎ対価にさせられた、って事ですか」

 

 「……それはこの末路が彼の意思に反しているとみた場合だね。彼は最後まで真実を明かさなかった。自分の意思で命を擲ち、目的を完遂したと考えるべきだ」

 

 「何だよ……! せっかく仲間だって思えたのによぉ、結局裏切られんのかよ!」

 

 「こうなるなら最初から受け入れなきゃよかった……!」

 

 ゴッドイーター達の失望と憤怒の声にリョウは拳を握り締める。

 我が身を斬られるような痛みに耐えていた彼だが、続く誰かの言葉で急転して決壊した。

 

 「そうだ、今あいつがアラガミ共を呼んでんだろ!? だったら今動けなくなってるアイツを、その、……殺しちまえば、っ! ! ?」

 

 ゴッドイーターの言葉が強引に寸断された。

 リョウがそいつの胸ぐらを掴んで思い切り引き寄せたのだ。

 普段のリョウからは想像もつかない、人でも殺したかのような刃の如き眼光。それを至近距離から突き刺されたそのゴッドイーターの喉から、ひ、と掠れた音が漏れる。

 

 「マルドゥーク本体を討伐しても、マルドゥークが発した偏食場パルスは暫くの間その場に残り続ける。彼の出力から考えるに、例えその手段を取ったとしても敵勢力の集結は阻止できないだろう。

 だから現状で最良なのは、防衛しつつ彼を解析し、その偏食場パルスを停止させる手段を講じる事だ」

 

 サカキの冷静な反論と対案は、そのゴッドイーターというよりはリョウを落ち着かせるためのものにも聞こえた。

 最悪の手段を取らない論理的な理由を聞いて冷静に返ったリョウは、悪い、と小さく謝ってその手を離す。

 

 「……今回の作戦は、さっき言ってた通りにアイツの解析が成功するまでの敵勢力の足止めって事でいいんですか」

 

 「いや、敵勢力の撃退だ。というより、その位全力でいかなければ足止めも出来ないというのが正確だけどね。

 解析が成功し偏食場パルスを無効化させても、アラガミ達が立ち去ってくれる訳ではない。

 その後もアラガミとの戦闘は長く続くことになるし、ビーコンが無効化されたとわかれば───最終的には、あの『子供達』が直接襲ってくるだろう。

 ───要人だけ乗せて今すぐヘリで逃げろ。

 彼の言葉は、皮肉にも最適解だ」

 

 彼と任務に言った者ならば実感できる。

 あの悪辣なまでの怪力と運動能力から産み出される群を抜いた戦闘力。

 あの『子供達』それぞれが彼と同等の戦闘力を地で備え、───さらに時限爆弾の彼とは違い、感応種の能力を恐らくは自在に操ってくる。

 

 しかしそれでも彼等は逃げることが出来ない。

 彼等の敵前逃亡は義務の放棄、大勢の命を見捨てることと同義であり、ひいては人類の敗北に繋がるからだ。

 

 「今回の任務は、敵勢力の撃退を目標とする。

 無理矢理な希望的観測だが、完全に殲滅させずとも相手に目標の完遂は不可能と判断させれば私たちの勝利だ。……しっかりと準備を整えておいてくれ」

 

 「了解!!!」

 

 「……了解」

 

 了承の返事に力のない声が混ざる。

 過去最大に敗色、即ち死を感じる戦いを前に全員が奮い立てる訳もない。中には悲壮な覚悟を決める者も少なくはなかった。

 幾ばくもない後の戦争に備えるため全員が動き出そうとした時、ソーマがそれに待ったをかけた。

 

 「待て。準備を始めるその前に、お前ら……特にブラッド隊には、かなり辛い話になるが話しとかなきゃならない話がある」

 

 「辛い話……?」

 

 「アイツの過去についてだ。……リョウ。お前はアイツからその話を聞いたんだったな。どんな内容だった」

 

 なぜここで彼の過去が出てくるのか。

 話の見えない問いかけだったがここで無関係な話題が出るはずもない。

 少しの戸惑いの後、リョウはあの話を可能な限り簡略して伝えた。

 

 「法令違反の孤児院の出身で、外見のせいでひどい虐待を受けながら育ったっつってました。そんでその後ここに配属されたと。

 今までの問題行動はその経験の負の産物っすね」

 

 「そうか……」

 

 ソーマは少しだけ瞑目した。

 

 「アイツからは俺と同じ臭いを感じてな。気になってデータからアイツの来歴を調べた。

 お前の話の通り、確かにサテライトの孤児院の出身と記載されていた。

 

 ……だが、もう少し深く調べたら不自然な点がいくつも出てきた。

 

 出身したサテライトの戸籍を調べても、そこにアイツの名前はなかった。

 過去の孤児院の情報まで漁っても、そこにいた児童のリストにアイツの名前はどこにも存在していない。

 顔写真の画像を添付して情報の開示を求めても掠りもしねえ。子供の頃からあれだけ目立つ外見なら、まず見落とす可能性はないはずなんだがな」

 

 震えが走った。

 だってその話は、その過去は、自分達が彼を再び信頼するに至った重要なきっかけで。

 信頼と失望に揺れる彼等の心にとってそれは、無慈悲なまでに冷たい事実だった。

 

 

 

 「アイツの話には真実なんざ含まれちゃいねえ。

その過去もその名前も───存在を証明するための全てが、用意されていた方便だ」

 

 

 

 

 

 

 

 そうして『戦争』は始まった。

 

 衰退の証だ、動乱の元凶だと互いに激突する革命主義と保守主義の争いは、窮地に立たされた人類史においても止むことはないようだった。

 《クサナギ》と極東支部、どちらが勝ってどちらが負けても生まれる悲劇は星の数にも上るだろう。

 

 

 滅亡の危機。目に見える共通の敵。

 絵に描いたようなピースを揃えてもなお、人はまだ手を繋げない。

 

 

 ミッション名《現人神(あらひとがみ)》。

 

 

 守護と救済を標榜する者同士が剣を取って争う愚かさを、居もしない神はどう皮肉るのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────NORN──────

 

 

旺神ジン(?):3

 

出生:?

 

 

記載されている情報の根拠が不充分となったので、記述内容をクリアします。

 

 

神機:ブーストハンマー・ブラスト(第三世代)



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29話

 ゴッドイーター達が完全に出払い、迫り来る嵐を前に不気味に静まり返った廊下をサカキが歩いている。手にしている端末の通話相手はソーマ・シックザールだ。

 

 『状況はどうなってる』

 

 「近隣のサテライトからも総動員して急ピッチで防衛線を築いてる。会敵予想時刻までには間に合いそうだが、問題は私達の方だね。生きたアラガミの、まして未確認の理論が介入したオラクル細胞を休眠させるなど初めての試みだ」

 

 『どのみち殲滅するしかねえんだ。時間なら要るだけ稼いでやるから急げよ』

 

 「無論だ。腕が鳴るよ」

 

 そして通話は切れた。

 竹田ヒバリがどこかに必死に連絡を取っている横を通り抜け、サカキは足早に目的地へと急ぐ。

 

 ───彼を殺してしまえば、という意見。

 はっきり言ってそれは一番手っ取り早い正解だ。

 偏食場パルスの残留時間は通常のマルドゥークとは比べ物にならないだろうが、しかしこちらが対抗手段を発見するのにも短くない時間を要するだろう。

 殺しても無意味だと言ったのは丸きり嘘ではないが、むしろ彼を殺してしまった方が偏食場パルスの消滅は早い可能性は大いにあった。

 もはや彼は敵の一員。非情な判断を下しても咎める者も、咎められる謂れもない。

 それでもサカキが理由を付けて殺さない手段を公表したのは、彼と親しかったゴッドイーター……特にブラッド隊、中でも神楽リョウが反発して作戦行動に支障をきたす事を防ぐ為だった。

 誰かを守るため。誰かを救うため。

 例えその優しさが足枷になりかねない物だったとしても、彼らが真に力を発揮するのは「そういう時」だ。

 

 だから逃げない。

 そこに留まって戦うことを選ぶのだ。

 

 「彼らは仲間と認めた者を決して見捨てない。……あるいは、それも計算の内かな。阿頼耶」

 

 そう語るように呟いて。

 サカキは彼の横たわる実験室の扉を開いた。

 

 

◇◇◇

 

 

 空は憎たらしい程に澄んでいて、乾燥した風が頬を撫でる。普段ならピクニック日和だなどと軽口を叩くような陽気だが、今から始まるのは地獄へ向かうツアー旅行だ。

 

 『会敵予想時刻まで5分を切りました。敵軍の進行速度、変わりありません。特異なオラクル反応も無し。《子供達》もいないようです』

 

 「だとよ。全員準備はいいな?」

 

 「ああ。いつでも行ける」

 

 リョウは手を庇にして遠くの景色に両の目を細める。

 周囲に大きな起伏がないためかなり遠くまで見通せる場所ではあるが、来るべき軍団の姿は肉眼ではまだ見えない。

 リョウ達がいるのは山岳地帯の中腹ほどの場所。

 見晴らしのいい高所から全体を見渡し、かつ戦闘に入った時に少しでも有利な位置を取れるように短い時間の中で選ばれた内の一つがここだった。

 残された時間は少ないが、やれることは全てやる。

 嵐の前の静けさを掻き消そうとするかのようにけたたましい重低音が頭上を通り過ぎていく。

 

 「支部とサテライトの防衛にはあの第一段階が要です……成功するといいのですが……」

 

 「人事は尽くした。後は祈ろうぜ」

 

 「まだ私達なにもしてないよー」

 

 「そういやそうか」

 

 見上げた先にある軍用の輸送ヘリのローターが、空を叩く音が幾重にも重なった音が頭上から響かせる。

 機体下部に開いたハッチからは大きな包みが断続的に投下され、それらは空中でほどけて形容しがたい色彩の(もや)を散布していた。

 これと同じ光景はここからまだ遠く、進行する敵軍の近くでも見られているはずだ。

 彼らの視線は地平の先。

 あるいは最期になるかもしれないその会話を、同じ方向を見据えながら紡いでいる。

 少しの空白の後、ギルバートがやや躊躇いがちにリョウに目線を振った。

 

 「……なあ、こんな時に聞くのも何だけどよ。隊長はどう思う。アイツの事」

 

 「……そーだな」

 

 がしゃん、と神機を担ぎ直すリョウ。

 

 「経緯はどうあれ、あいつは俺達を裏切った……っつーのも変か。最初からあっち側だったんだし……ともあれ、アイツは俺達の敵だった。どうやってもそこは変わんねーよ」

 

 応答する言葉は誰からもない。

 無言というその返答は肯定の証だ。

 次の瞬間、シエルが小さく眉を動かして顔を上げた。

 直後に耳に付けたデバイスからオペレーターの連絡が入り、それは視覚と聴覚によって実感に変わる。

 

 ───我が名は軍団、数多なる故。

 かつての人類が信仰していた神について記した書物に、そんな一節があるらしい。

 

 『敵軍、作戦エリア内に侵入!誘導に成功しました!』

 

 これが悪夢か。絶望か。

 大小問わぬ荒ぶる神々が、大地を轟かせてただ進む。

 前衛(とでも言うべきか?)にいるのはヴァジュラ種やハンニバル種など速度に長けた種族のようだ。

 その後ろには中型や動きの鈍重な大型。まさに災厄の博覧会といった有様だ。

 それなりの高所から見下ろしているが最後尾が見えない。

 

 「『死ぬには良い日』、だったかな。確か」

 

 ぼやきつつリョウはその双眸を鋭く研ぎ澄ます。

 隣から後ろから聞こえてくる。神機が駆動する臨戦の音色が作戦開始の号砲だ。

 

 「けど、せっかくこんな天気の良い日によ……死んでやる道理は無えよなぁ!!」

 

 咆哮一発。

 ゴッドイーター達が一斉に駆け出した。

 数の上で圧倒的に不利であるにも関わらず、彼等が選んだ行動は愚直なまでの吶喊だった。

 無謀な突撃? 否。

 窮地を前に冷静であるという戦場での絶対条件を、彼等は何よりも遵守している。

 

 今回の作戦には段階がある。

 第1段階───無秩序に集結するアラガミ達の、ヘリから蒔いた誘引フェロモンによるそれぞれの作戦エリアへの分断・誘導。

 そして今、第2段階。

 初動を征し、有利な体勢を作ること。

 

 『リンクサポートデバイス発動!一定時間、アラガミにホールド状態が付与されます!』

 

 ────アラガミの進軍が突如として止まった。

 全員が電流に束縛されたかのように痙攣しながらその場で動きを止めている。

 その隙に前衛のゴッドイーターの神機が捕食形態(プレデターフォーム)に移行。前列にいた厄介な大型を次々と食い荒らし、受け渡し弾がホタルの群れのようにあちこちを飛び交う。

 そして全員がバーストレベル3。

 ホールドが切れる直前に、最後は全力で殴り付けるのだ。

 

 「「ぉぉおおおっっらああぁぁぁあああ!!!」」

 

 ブラッドアーツ《バンガードグライド》に《C.C.ディザスター》、プラス濃縮アラガミ弾の雨霰。

 爆音を上げた破壊の洪水が、神の軍勢の一角を削り取った。

 土煙が晴れた先に見えたのは、四肢が千切れ飛ぶ死屍累々。

 見渡す限りの残骸と……その面積を遥か上回る、激怒に吼えるアラガミ達。

 

 (ここまでは完璧だ。そんで……ここまでだ)

 

 作戦の第3段階。

 可能な限りの優位を保ちつつ、高度な柔軟性をもっていかなる状況にも臨機応変に対応すること。

 最後に全てを投げっぱなしにしているこの作戦に異存はない。

 どうしたって結局は腕力勝負になるのだ。その前のお膳立ては重要だし、この短時間にしては最上級の流れだろう。そしてそれは滞りなく完遂された。

 

 「各員、バースト状態は切らさないように。常に仲間に気を配り、捕食と受け渡しを怠るな。後衛はアラガミ達をよく観察しといてくれ。変な動きや厄介な奴が見えたら即報告な」

 

 「「「了解!!」」」

 

 無線越しの指示にいくつもの返答が戻ってくる。

 久しぶりに怖い。

 この構図はまるで攻め滅ぼされる人類の縮図だ。

 

 (さて、と)

 

 次のリンクサポートデバイス発動までの時間と種類を頭の中で整理しながらリョウは手近な場所にいたヴァジュラをぶった斬る。

 彼のブラッドアーツは比類なき破壊力を誇るがその分それなりに消耗してしまう。広範囲を攻撃できる手段を持つ者が自分以外にいないのが辛いところだった。

 久し振りにカスタマイズしたバレットの出番かと近接偏重であまり使わないブラスト銃身に意識を傾けた時、ずっと向こうの方に見えている丘が揺れているのが見えた。

 ……丘? そんな訳がない。

 全体を見るよう言われていた後衛が叫ぶ。

 

 「ウロヴォロスの砲撃が来るぞぉぉおおっっ!!!」

 

 光が瞬いてから数瞬、光の柱がゴッドイーター達が陣取る山岳地帯の中腹に突き立った。

 轟音を上げて震える大地。

 あそこで戦いが起きているらしいと山勘で撃っただけのようで誰にも命中はしていないが、放置していい訳がない。あんなものをやたらめったらにめくら撃ちされてはまともに戦えなくなる。

 ならば。

 

 「シエル!!!」

 

 「既に」

 

 リョウが叫んだ時にはシエルはもう迎撃に入っていた。

 シエルの眼が神機とリンク。その視界がズームアップされていき、赤い目玉をいくつも張り付けた顔を彼女は抱き締められそうなほど近くに感じていた。

 そして引き金を落とす。

 スナイパーの銃身が閃光を吐き出すと、遠方の混沌の顔面から飛沫が迸った。

 一定のリズムで間断なく、痛みで身体を捩ろうがお構い無し。寸分違わずダメージを負った弱点を叩く恐ろしい精度だった。

 そしてダメージの修復が追い付かなくなったオラクル細胞が活動を停止。山のようなウロヴォロスの体躯が大地に沈んだ。

 

 「排除しました」

 

 「さ、サンキューな……」

 

 ………やべえ。

 10秒足らずでカタを付けた頼もしさにリョウの口から若干引きつった声が漏れる。

 彼女とは共にバレットエディットの道を探究した仲であるが、どうやら自分はとんでもないものを目覚めさせたようだ。

 しかしそろそろキツくなってきた。

 周囲のアラガミは改めて自分達を敵と認識し、明確な反撃を始めてきている。

 後ろに抜かれるわけにはいかないのでこれでいいのだが………やはりこうなる。

 

 「おるぁぁああああ!!」

 

 咆哮と共に放たれたブラッドアーツが周囲のアラガミを刈り飛ばす。

 アラガミの壁が吹き飛ばされた向こうには劣勢を強いられていたギルバートがいた。

 

 「大丈夫か!?」

 

 「何とかな……!クソ、乱戦は苦手だ」

 

 苦々しく吐き捨てるギル。

 敵を複数まとめて吹き飛ばせるパワータイプのナナと違い、彼のチャージスピアにアサルトはこんな脱出先のない乱戦は不得手だった。

 ゴッドイーターにはそれぞれ得意分野があり、当然苦手な戦いもある。

 誰もがリョウのようにオールラウンドに対応できる訳ではないし、そもそもここまで極端に数の差がある戦いに順応できる者がどれだけいるだろうか。

 共有されているシエルの《直覚》が本当にありがたい。

 仲間の居場所やバーストレベル、体力を確認してどこをカバーに向かうかを考える。

 今の所は皆うまくやってくれているが、ここからは自分もどうなるかわからない。

 残り時間は、思ったよりもずっと短そうだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 1本のレーザーが空に向けて放たれたと思ったら、それは空中でぐにゃりと軌道を変えてグルグルと何度も縦に円を描く。数秒してようやく止まったと思ったら今度はその場で滞空、光の玉に姿を変えた。

 それは1秒また1秒と経過する度にサイズを増していき、やがて2つ目の太陽と見紛うほどに変貌。

そして───

 

 「逃げなくていいですからねぇぇぇええええ!!!」

 

 ────異形の蠢く地上へと、真っ逆さまに落ちてきた。

 自分達の世界を呑まれまいと、必死に戦うヒトをも巻き込んで。

 

 ッッッッッッゴオオオオオン!!!!

 

 一瞬、音すら消し飛んだ。

 天を震わせ大地を揺らし、周囲の敵すら木っ端のように蹴散らして、大爆発したオラクルが戦場の一角を蹂躙する。

 残ったのはただ、焦土。

 しかしそんな中にあっても───そこにいたゴッドイーター『だけ』には、傷一つ付いていなかった。

 

 「~~~~~っあああああ!耳痛い!目がチカチカする!」

 

 「おいカノン!てめぇ何が『大丈夫です』だ!クッソきついじゃねえか!」

 

 「オイオイ、こんだけ派手にブッ放しといて俺達にダメージが無いんだぜ? 最高じゃねーの」

 

 ただし爆音と光に晒され悲鳴を上げていた。

 空に向けて放たれた《抗重力》効果の付いたレーザーが回転して威力を高め、さらにその場で静止する《充填》付きの球弾が時間経過で威力をさらに増加させていく。

 そしてそれは《抗重力》付きの弾となってダメ押しに威力をハネ上げつつ地上に落ち───誤射を防ぐ《識別》付きの大爆発を引き起こす。

 神楽リョウが考案した、破壊力は折り紙つきだがオラクルの回転率の悪さと味方への無差別さに使用を制限された《メテオバレット》だ。

 弾種の関係で使用できる銃身はブラストに限定される。しかも威力と引き換えてもオラクル効率が悪すぎるため、使うにしても能動的にオラクルを回収できる新型神機であることはほぼ必須。

 神機の効果で銃撃で消費するオラクルが半分になるカノンでも、常時リンクバーストによるバーストレベル3を保たれてなおオラクルの収支はカツカツだ。

 

 ───しかし効果は支出以上。

 威力はもちろん広範囲をカバー可能で、わざとゴッドイーターを巻き込めば周囲を一時的な安全地帯にすることもできる。

 元来が火力至上主義の誤爆バカ、狙いを定めない火力万歳の広範囲爆撃はこういう多対一で真価を発揮するもの。

 結果だけ見れば他の部隊に比べてかなり効率よく戦いを運べていた。

 とはいえ、そう順調に事が進むはずもない。

 

 「っカノン気を付けろ!何体かそっち抜けたぞ!」

 

 ピンクの髪の固定砲台を脅威と見なした中型と大型数体がハルオミらの防御網を突破してきた。

 近接攻撃の手段がない遠距離型の旧型神機では敵に接近されると、種類にもよるが複数体となると状況が詰むこともある。

 とはいえ彼女もバカではあるが馬鹿ではない。

 元々射程の短い銃身を愛用している身、近付かれた時の対処はよく心得ている。

 

 「たあっ!」

 

 迫るアラガミの中の1匹、プリテヴィ・マータの身体の下に転がって潜り込む。

 自分達と比べて凄まじく小柄な彼女を見失ったシユウとその他中型の足に、カノンは女王の影に隠れて爆発の砲撃を見舞う。

 中型達が足を吹っ飛ばされ膝を付く。

 そこで不届き者が自分の下にいると気付いた女王だが、その時にはカノンの方向はもう真上を向いていた。

 咆哮一発。

 ゼロ距離で大爆発した火属性が、プリテヴィ・マータの腹を大きく食い破った。

 

 「ハハッ」

 

 離脱したカノンの口から、普段のおっとりした物腰からは想像も出来ないような残忍な笑みが漏れる。

 コアごともがれて動かなくなった女王を他所にダウンした中型達に向けられたのは、彼女の飛びっ切りの笑顔と砲口だった。

 

 「アハハハハハハハハ!!ねえ!痛いの? 痛いの!? ねえ!?

 教えてよ!どんな気持ち!?人間に一方的にやられるのってさぁぁあああ!!」

 

 ……この局面で悪癖全開だった。

 撃てば撃つだけハイになるトリガーハッピー体質。こうなると誤射をしても謝罪ナシ。

 彼女に持ち上がった転属動議は、多分この最悪な二面性が一番大きいのではと言われていた。

 

 



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