あるmobが守る鎮守府の日常について (キルメナイム)
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第一章 ラバウルの日常編
第1話 ここはラバウル基地
今回はプロローグ回です。
文章のわりには柔らか~い世界線にするつもりなのでよろしくお願いします。
祖国日本の遥か南方、オーストラリア大陸の北東に浮かぶニューブリテン島。そこに存在するラバウル基地が僕の仕事場だ。僕はそこの『提督』として基地を管理し、艦娘たちを指揮し、日々深海棲艦との戦いに臨んでいる。本土から遠く離れたラバウルでの勤務は悩みが尽きないが、決して悪いものじゃない。優秀で心優しい艦娘たちに陽気で面白い妖精さん、義理堅く海軍に理解のある民間人などに支えられて基地を回す毎日は、軍属としては結構恵まれていると思う。艦隊指令部の参謀たちは、僕のことを辺境の地に送られた可哀想な奴という目で見るが、僕にとってはその逆だ。ここには、本土の勤務で付きまとうような組織の面倒事はないのだから。僕のような出自の者にはありがたい環境だ。まぁ、そういう理由だけでラバウルに留まっている訳ではないが……
この物語の舞台は、戦争モノではお馴染みの平凡な前線基地である。 そう、たった一点を除いて平凡な基地の……
ラバウルに朝が訪れた。朝日に照らされる基地全体に妖精さんの吹くラッパの音が響き渡る。この瞬間から、ラバウルの一日が始まるのだ。
「うーん……くぅぅぅぅ……」
提督がラッパの音で目を覚ましたのは、寝室ではなくて執務室の椅子の上だった。まだ重いまぶたをこじ開け、大きなあくびを一つ。それと同時に、全身を不快な気だるさが走る。提督は小さく唸りながら立ち上がり、執務机を見回した。執務机の上にはラバウル近海の海図が広げられ、様々なメモや写真などが貼り付けられている。その他にも、各種資料や書類などが無造作に置かれていた。
思い出した。昨晩の僕は近海防衛のための作戦を練っていて、そこまま眠ってしまったんだ。とりあえず、今日の執務の前に机は片付けておかないとな。
提督は、机に散らばった写真や書類を大まかにまとめ、海図を畳んで引き出しにしまった。
ラバウル基地というのは、本土の海軍拠点と比べて守りにくい状況にある。まず、四方を海に囲まれている。深海棲艦に押されても、本土と違って後退できる場所はない。一つ一つの戦いが基地の今後に関わる防衛戦であり、失敗は絶対に許されないのだ。さらに、本土からの距離と、制海権のほとんどが深海棲艦に奪われている現状ゆえに、補給があまり受けられない。ラバウル自体に生産設備が無いではないが、万全には程遠く、本土からの補給が完全に止まってしまえばラバウルの物資は枯渇するだろう。基地の艦娘たちには見せないようにこそしているものの、提督はこれらの問題に頭を抱えていた。
ーコンコンコンー
「提督、失礼します」
執務室のドアがノックされる音に、聞き慣れた声。提督が顔を上げると、入ってきたのは彼の秘書艦の大淀だった。
「おはよう、大淀」
「おはようございます。提督、こちらが本日中に処理が必要な書類です」
大淀が書類の束を机の上に置く。彼女は、提督の僕が仕事をしやすいようにと書類をまとめたり、事務仕事を引き受けたりしてくれている僕の頭の上がらない艦娘の一人だ。
「毎日ありがとう。本当にすまないな」
「いいんですよ。この仕事、嫌いじゃありませんから」
「でも、大淀は普段は戦闘にも出ているだろう?負担がかかるようなら僕とあいつらでやるけど」
「ありがとうございます。ですが、お気持ちだけで十分です。私、この仕事好きですから」
「そうか……」
本当に頭が下がる。僕が大淀の立場だったら、二日で放り出す自信がある。しっかりと労らないとなぁ……。
「それよりも提督?」
「はい?」
今度は大淀の方から提督に声をかけた。提督が首をかしげる。
「提督は昨晩も寝室でお休みになりませんでしたね?」
「……いや?」
「提督?」
「スミマセンデシタ……」
大淀は少し怒り気味に提督を問い詰めた。提督も、大淀には強く出られずにアッサリと折れてしまう。
「これで何度目ですか?休むときはどうか寝室でとあれほどお願いしたではありませんか」
「すまないすまない。でも、この体だと椅子でも十分にベッドになるからさ……」
「人の体よりはそうかもしれませんが、疲労は溜まっているはずです。きのう雷さんが、司令官は徹夜明けとかは元気がなさそう、と心配していましたよ?」
「雷のやつ、ちゃんと見てるんだなぁ……」
「提督が風邪でもひかれたらどうするのですか?雷さんの他にも提督のことを心配している者もいますし、病気になられたら艦隊の運営に影響が出ます」
「すまない。これからは本当に気を付けるよ」
「提督は、もう少しご自分の体を大切になさってください」
大淀の言葉が提督に刺さる。たしかに、ここ最近は寝室で眠らない日が増えている。ちゃんと考えないとな……。
「では提督、朝食ができております。食堂へ」
「うん。ところで大淀、今朝のメニューは?」
「鳳翔さんが、塩鮭とお味噌汁を用意してくれています」
「おお~。それは楽しみだね」
大淀に朝食のメニューを確認した提督は、足元に長い竹馬を出現させると、椅子の上からそれに華麗に飛び乗って食堂へと移動を開始した。
「提督、やはりその竹馬は必要ですか?」
「うん。これがないと、僕の身長は君たちの足元位までしかないからね。この低身長がコンプレックスだって、大淀も知ってるだろう?」
「そうでしたね。行きましょうか」
二人の足音は、執務室から食堂へと遠ざかっていったのだった。
この物語の舞台は、戦争モノではありふれた平凡な前線基地だ。しかし、たった一点だけ異常な点が存在する。それは、提督に関することだ。その行動から分かるように、ここの提督は色々とおかしいのだ。異常な低身長に、竹馬をその辺から呼び出してしまうという超能力。普通の提督、というか人間にはこんな芸当は不可能だ。
言ってしまうと、ラバウルの提督は人間ではないのだ。その外見に至っては、もはやぬいぐるみである。ブカブカのパーカーを着込み、木靴を履き、素顔は仮面で隠している。つまり、ラバウルの提督は……
ラバウルの提督、つまり僕は『ヘイホー』である。そういう設定のロボット、とかではなくて正真正銘のヘイホーである。あの世界的アクションゲームの雑魚キャラの、配管工には踏まれ、投げられ、恐竜には卵にされるヘイホーである。ある日ゲームの画面を越えて日本に飛び出した僕が、軍属をやっているのだ。この外見のために、本土では苦労を強いられた。まぁ、当たり前か……。
日本に飛び出した僕は、色々あった後に海軍組織に、そしてラバウルに行き着いた。今では、基地の艦娘たちにもこの容姿が受け入れられ、提督としての仕事も身に付き、『ヘイホー提督』というのが板についてきている。ヘイホーの体だからこそ苦労することも、役に立つこともある。
僕は、ヘイホー提督という肩書きにそれなりの誇りを持ち、ラバウルを守っている。今までも、そしてこれからも。
第一話はここまでです。次回は朝食のお話になります。
Web小説向けの文章、というのを意識して書いてみました。まだまだ素人の未熟者なので、この作品を読んでくださってアドバイスや感想などある方はお気軽にお願いします。次話の投稿を急ぎます。
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第2話 朝食の時間
僕たちが食堂の暖簾をくぐると、賑やかな声が聞こえてきた。
「皆はもう来てるみたいだね」
「そうですね。私たちもいただきましょうか」
竹馬の上から僕が言うと、大淀の声が返ってくる。
食堂に入った二人は、トレーと皿を取って配膳台へと並んだ。幸せな匂いに包まれ、思わず顔がふやける。
「あっ、司令官に大淀さん、おはようございます!」
後ろから声をかけられた提督。彼が振り向くと、そこに居たのは駆逐艦の吹雪であった。
「おはようございます、吹雪さん」
「おはよう、吹雪」
提督たちが挨拶を返すと、明るい笑顔を浮かべる吹雪。
「司令官、今日の朝御飯は鳳翔さんが作ってくれてるんですよね!?」
「うん。塩鮭とお味噌汁だってさ」
「やったぁ!私、鳳翔さんのご飯大好きなんです!」
軽空母の鳳翔。ベテランの軽空母として深海棲艦と戦いながら、皆の食事まで作ってくれる艦娘だ。基地の者からの信頼はとてもに厚く、提督の頭の上がらない艦娘のもう一人だ。
「この基地に、鳳翔さんの作るご飯が嫌いな人なんていませんよ」
「それもそうですね!あ、列が進みましたよ」
「おっと、ありがとう」
三人の会話が弾む。これが、提督が食事を食堂で食べる理由の一つである。仲間とのコミュニケーションを重視するというのは提督のモットーであり、同じ所で暮らし背中を預け合う者たちと深い信頼関係を結ぶために提督が率先して行動した結果だ。ちなみに、本来の理由が提督の、というかヘイホーという種族の寂しがりやな性格にあることは、特一級の秘密である。
その後も三人の会話は続き、提督たちは自分の分の食事を全て受け取ってテーブルへと移動した。
「それでは早速、いただきます」
「いただきます」
「いただきます!」
席についた三人が、手を合わせて朝食を食べ始める。味噌汁をすすった三人の顔がふやけた。
「あ~、鳳翔さんの作るお味噌汁って最高!」
「これを飲むと、一日の気合いの入り方が違いますね!」
「同感です。このお味噌汁が艦隊勤務のささやかな楽しみですね」
鳳翔の味噌汁を三人が揃って絶賛する。
「まぁ、そんなに誉められると照れてしまいますね」
そんな三人に一人の艦娘が声をかける。
「あっ、鳳翔さん!」
噂をすれば影。話題の人、鳳翔がそこに立っていた。
「おはようございます皆さん。私も朝食を頂こうと思って。ご一緒させていただいてもよろしいですか?」
「もちろん。二人もいいよね?」
「いいに決まってるじゃないですか!」
「ええ。そんなに遠慮なさらないでください」
「では、失礼しますね」
鳳翔は、椅子に腰を下ろすと静かに手を合わせて朝食を食べ始めた。
「鳳翔さん、そういえばなんだけど……」
少しして、提督が鳳翔に話しかけた。
「なんでしょうか?」
「あいつら、真面目に働いてたかい?」
「あの子達のことでしたか。提督が心配なさらなくても真面目に手伝ってくれましたよ?厨房の準備から、食材の下処理まで手際よくやってくれて本当に助かりました」
「それならよかった。あいつらも、この基地での仕事が板についてきたみたいだね」
提督が安堵のため息をつく。そんな提督を見て、吹雪と大淀も話題に加わってくる。
「司令官のお仲間さんたちはいつも真面目に頑張ってて、私たちすっごく助かってるんですよ!そういえば先日、花壇の整備をやってくれてるのを見ました」
「吹雪さんの言うとおりですよ。私も先日、書類の整理を手伝ってもらいましたし。あの子たちが半年前にここに来たときは、私もだいぶ動揺しましたけど、今ではあの子たちもこの基地の人気者ですからね」
「う~ん。まさか、あいつらがここで皆に受け入れられてマスコットみたいになるとは僕も予測できなかったな~」
「そういえば、明石さんと夕張さんが工廠での作業を手伝ってもらって助かってるって言ってましたよ?あと、最近は妖精さんとも仲良くなったみたいで……」
「あっ、それなら私も見ましたよ!妖精さんと鬼ごっこで遊んでました」
会話の盛り上がる提督たち。そんな四人に、小さな影が声をかけた。
「リーダー!」
「おっ、お前たちか。ちょうど今、お前たちの話をしてたんだぞ?」
提督たちに声をかけたのは、提督の色ちがい達、黄色や緑色の服を着たヘイホーたちであった。
「皆さん、今日も厨房のお手伝いありがとうございました。とても助かってますよ」
「いえいえ、これがボクたちの仕事ですから~」
鳳翔に仕事を誉められ、心なしか嬉しそうに見えるヘイホーたち。仮面で素顔を隠しているわりには、表現豊かに感じられる。
「お前たち、今日もおつかれさま。お前たちも食事を取ってきなさい」
「はーい。行ってきまーす!」
提督の言葉を聞き、ヘイホーたちは四人のもとから一旦姿を消した。
「ヘイホーさんたち、とっても真面目に働きますよね。それに可愛いし~」
「ただの居候ってのは毎日がんばってる皆に申し訳ないからね。これしかできない、っていうのが本当のところさ」
吹雪の言葉に提督が答えた。
現在のラバウル基地には、提督以外にも大量のヘイホーたちが住み着いているのだ。皆、ゲーム世界の壁を越えて提督を追ってきた者たちだ。同族との絆の深いヘイホーたちは、提督を追ってラバウルにたどり着き、ここに定着したのだ。
当時のラバウルは謎のヘイホー軍団の一斉上陸に際してパニックに陥いったが、提督による必死の努力やヘイホーたちが提督の指示をよく聞いたこともあって、なんとかヘイホー御一行がラバウルに居着くことが許されたという経緯がある。
その後、ヘイホーたちは持ち前の多彩なスキルを駆使して艦娘たちの手伝いをするようになり、それを提督が後押しした。さらに、その手伝いがきっかけで艦娘や妖精さんたちとヘイホーたちの間に友情も芽生え、その愛らしさも後押ししてヘイホーたちはラバウルのマスコットのようになったわけである。
「あいつらもあいつらで、皆にすっかり懐いちゃったな~」
仲間たちがラバウルを訪れた当時を思い出しながら、提督は呟いた。
常に素顔を仮面で隠すほどに内気な性格のヘイホー族だが、仲間と認めたものとは深い信頼関係を望むという傾向もある。ラバウルの艦娘たちも、ヘイホーたちと絆を感じている。これからヘイホーたちと艦娘たちの信頼関係はもっと厚くなり、色々なことが起こるだろう。
そんな未来を思うと、提督は静かに微笑まずにはいられなかった。
その後も愉快な朝食の時間は続き、食事を終えた者たちはその日の仕事へと向かうのであった。
投稿がメチャクチャ遅くなってしまったー!申し訳ないです……( ;´・ω・`)
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第3話 近海防衛戦
今回はシリーズ初の戦闘回です~
その日、軽空母の龍驤は第一艦隊の旗艦として、鳳翔、白露、時雨、村雨、夕立と共にラバウル基地北方の海域に展開していた。ここ最近ラバウルに対して空襲を仕掛けてきている深海機動部隊を排除するためだ。
「この間の作戦で敵の水上打撃群を叩いたばかりやっちゅうに……」
そう呟く龍驤の表情には、疲れ以外にも微かな不安の色が見て取れた。無理もない、彼女が参加する敵艦隊の掃討作戦はこれで何度目になることか……。
深海棲艦という存在は、開戦から今日に至っても多くの謎に包まれている。詳しい性質や発生過程などもほとんど分かっていない。それゆえ、人類は深海棲艦の行動に対して後手に回らざるを得ない。本土から孤立した立地にあるラバウル基地はその影響を強く受け、以前から多くの深海棲艦の襲撃を受けていた。現在のヘイホー提督が着任して以降は防衛戦略が刷新され、いくらか戦線を押し戻したものの、深海棲艦に対する防衛線の維持は予断を許さない状況だった。
「まぁ、今の司令官に代わってからは状況もマシにはなったけどな。前任の司令官は、艦娘の指揮なんてまともに出来ひんかったし……まあ、ミサイルや衛星やいうハイカラな兵器に慣れたエリートにはあれが限界やった、っていうのもあるんやろうけど」
そんな龍驤の言葉に随伴艦の時雨が応える。
「うん、提督はすごく頑張ってくれてるって僕も思うな。指揮は的確だし、僕たちのことを理解しようとしてくれてる」
「しかしながら、その真面目さゆえに無理をしたり問題を抱え込んだりすることもあるようです……」
その時雨の言葉に付け加えるように二番艦の鳳翔が言う。
「あんなモフモフのくせして、性格はちゃうねんな~……」
龍驤が言葉を発したまさにその時だった。鳳翔の無線機が、雑音を放ち始めた。
ージジジ……ピピピピピ……ー
「皆さん、先ほど飛ばした偵察機からの入電です!」
鳳翔の言葉と同時に、場の雰囲気は張り詰めたものへと一瞬で変化する。艦隊の全員が、無線の音へと耳を傾けた。
「軽量級の敵機動部隊を発見。ヌ級二隻、随伴に駆逐イ級を認む、です!」
鳳翔が電文を即座に翻訳して読み上げる。
「なるほど……。規模からして本隊じゃない……今までの目的は偵察?」
「やな……ホンマの空襲やったらもっとエグいのが来てたやろ……さて、指令室へ情報を送るでぇ!」
龍驤がラバウル基地へと無線を繋ぎ始めた。
ラバウル基地の艦隊指令室では、提督が艦隊からの報告を待っているところであった。
「第一艦隊は、会敵出来るでしょうか……」
提督の補助に着いていた大淀が不安げに呟く。
「大丈夫だよ。龍驤と鳳翔が現場指揮を執るんだ、二人はベテランだよ?」
大淀にそう応える提督も、内心ではプレッシャーに押し潰されそうであった。
ここで敵を逃せば、基地の防衛線に穴を開けられる……そんな所に敵の本隊でも攻めてくれば壊滅的な被害に繋がる。これ以上の空襲と偵察は、何としてでも阻止しておきたい……。
提督は冷や汗をかいていたが、その服装ゆえに大淀にそれを気取られることはなかった……。
ーガガガガガ……ピピ…ピピピ……ジジー
指令室のそんな雰囲気を打ち破るように、突然に無線機が鳴り始めた。
「来た!」
思わず叫ぶ提督。大淀も、素早く電文の解読を開始する。
「解読完了。ーワレ、輪形陣ヲ形成セシ敵機動部隊ヲ発見セリ。ヌ級二隻及ビ随伴ノイ級ヲ認ムー、です」
それを聞いた提督は、素早くマイクを手に取った。
「よし、艦隊旗艦の龍驤に直接繋いで!」
龍驤の無線機が、提督の声を受信した。
『龍驤、聞こえてる?』
「良好やで、司令官」
『よかった。それにしても、思いの外早く発見できたね。昼間のうちに決着が着きそうかな?』
「せやな……これから第一次攻撃隊を発艦させるで!」
『よし、艦隊は複縦陣を維持して突撃!第一次攻撃で敵空母を無力化し、砲雷撃戦で撃破せよ!』
「了解や!」
龍驤は、無線を切って声を張り上げた。
「聞いたな、艦隊複縦陣!対空警戒を厳として、突撃や!」
「了解!」
皆の返事が響くと同時に、龍驤は巨大な巻物を展開した。それに描かれた飛行甲板が淡く輝き、その上に置かれた式神が艦載機へと姿を変える。それと同時に、鳳翔が弓を構えた。
「艦載機のみんな、お仕事お仕事!」
龍驤の指先に灯った『勅令』の炎が、一瞬その明るさを増す。
その瞬間、鳳翔が空に向けて矢を放った。空に放たれた矢は、多数の艦載機に姿を変えて編隊を形成する。さらに、龍驤の巻物からも次々と艦載機が発艦していった。
「先手はもらった!一気に決めるでぇ!」
二人の放った艦載機は、美しい編隊を維持しつつ敵艦隊へ向けて突撃していった。
「私たちも続きます、艦隊前へ!」
鳳翔の掛け声と共に、第一艦隊も速度をあげて突撃を開始するのであった。
少しして、龍驤と鳳翔が先発した攻撃隊の無電を受信した。それは、敵空母の無力化に成功したことを報せるものだった。
「ここまでは作戦通りやな……」
「……ッ!前方に敵艦隊を発見!」
龍驤の呟きと同時に、時雨が敵艦隊を捕捉した。敵艦隊は空母から黒煙が立ち上ぼり、随伴の駆逐イ級も陣形を乱されて損傷を負っているものがあるようだった。
「……後は私たちの仕事ね」
村雨の言葉に、白露が頷いた。時雨と夕立も、手にしている主砲に弾を装填する動作で応える。
「これより、残敵掃討に移行する!」
白露の声と共に、四人が突撃を開始した。敵の接近を感じ取った四隻のイ級が素早く回頭し、砲撃を開始する。
「さすがに早い……!でもっ……!」
四人は、身体をひねり、そらし、ジグザグ航行でイ級の攻撃をかわしていく。
夕立が、真っ先に敵陣の懐に飛び込んだ。
「……ぽいっ!」
正面に展開してきたイ級に対し、至近距離から砲弾を叩き込む。激しい爆発が起こり、イ級は海に吸い込まれていく。
『グギギ……ギギギギ』
残されたイ級が、夕立を取り囲むように機動をとり始めた。こんな姿でも報復の概念は持ち合わせているらしく、持てる最大火力を夕立にぶつける構えだ。
「私が一番命中率が高いんだからね!」
そんなイ級たちに対して、夕立に続いて突撃してきた白露の主砲が火を噴いた。また一隻、イ級が海に吸い込まれていく。さらに、中距離から白露と夕立の援護射撃を開始した時雨と村雨が、二人の撃ち漏らしを撃沈する。
「敵駆逐艦を全て撃沈」
「ヌ級が逃げるっぽい!」
ここにきて、艦載機発着能力に護衛まで失った軽母ヌ級が撤退を開始した。しかし、龍驤と鳳翔の放った第二次攻撃隊によって、ヌ級が抱いたであろう微かな希望は粉砕され海の藻屑と化した。
戦闘を終えた白露たちと合流した龍驤は、周囲を見渡した。周辺に深海棲艦の気配はなく、電探やソナーにも反応はない。安堵のため息をついた龍驤が無線機を手に取った。
「司令官、聞こえる?敵艦隊の全艦を撃沈。周囲に敵影は認められず、や」
『皆お疲れ様。現時点をもって作戦を終了、全艦帰投せよ。くれぐれも気をつけてね』
「了解や」
夕方、ラバウルの港に第一艦隊の皆が帰投した。提督に大淀、白露型の姉妹たちと隼鷹が出迎える。
「おかえり。皆お疲れ様」
「司令官、ウチやったで!褒めて褒めて~!」
「よしよし」
竹馬に乗った提督に駆け寄る龍驤。そんな彼女の甘えに応じた提督が、竹馬の上から頭を撫でてやる。
「やってもらってアレやけど、司令官は撫でるより撫でられる側やな」
「ほら、そういうこと言う~。僕だって恥ずかしいの我慢してやってるんだよ?……まあ否定はしないけどさ」
もはやお馴染みとなった帰投後の一幕に、その場にいる皆が笑う。
「まぁ茶番はさておいて、皆疲れとかも溜まってるだろうから先に入渠しておいでよ。報告は後でいいから」
「はーい!」
提督がそう言うと同時に、どこからともなく色とりどりなプロペラヘイホーの軍団が飛んできた。
『ボクたちの出番だ~!』
『お仕事だ~!』
港に集まるプロペラヘイホーたち。彼らは提督の前に静かに着陸し、ピタリと整列した。
「わぁ~!可愛い!」
白露が一体のプロペラヘイホーの頭を撫でると、そのヘイホーは嬉しそうに鳴き声を漏らした。仮面で素顔を隠しているはずなのに、本当に感情を豊かに感じさせる。
「ところで提督、この子たちがどうしたの?」
時雨の問いに提督が答える。
「ああ、こいつらには、皆の艤装の預り係をやってもらおうと思ってね」
「と言うと?」
「ほら、今までは任務から帰投した艦娘が自分で艤装を工廠に持って行ってから入渠してたでしょ?あれって結構疲れるんじゃないかと思ったんだ。だから、これからはプロペラヘイホーたちに皆の艤装を工廠まで運んでもらって、任務から帰って来た子はすぐに入渠や補給が出来るようにしようと思ってね」
「僕たちのことを考えて……提督、ありがとう。ヘイホーさんたちもね」
時雨は、足元にいたヘイホーの頭を撫でた。心地良さそうに首を傾げるヘイホーの仕草を見て、思わず頬が緩む。時雨にとって、提督とヘイホーたちの何気ない気遣いは何よりも嬉しく感じられたのだ。
「はい!はい!夕立も、気になることがあるっぽい!」
今度は、夕立が勢いよく手を挙げた。
「なにかな?」
「私たちの艤装って、結構重いっぽい!ヘイホーさんたちの体じゃ運ぶのは無理そうっぽい?」
夕立の質問に、周囲の艦娘たちが『たしかに』といった調子で頷いた。しかし、提督はそんな艦娘たちの反応に対してむしろ嬉しそうに答えた。
「その質問を待っていたよ。安心して?プロペラヘイホーは、もと居た世界では自分の体と同じくらいの大きさのコインを運んでいたんだ。重い艤装だって、数体いれば運べるよ」
「体が小さくても侮れないっぽい……」
提督の返答を聞いた夕立は、プロペラヘイホーをまじまじと見詰めた。この小さな体に、それほどの力があるとは……。
「さぁ、皆そろそろ行こうよ。いつまでもこんな所にいたら、体が冷えちゃうよ」
「そうですね。皆さん、行きましょうか」
そう言った鳳翔が艤装をおろすと、プロペラヘイホーたちが三体でそれを持ち上げた。
「まぁ!実際に見ると驚かされますね」
鳳翔に続いて、他の艦娘たちも艤装をおろし、プロペラヘイホーたちに預けた。プロペラヘイホーたちは、息の合った動作で艤装をバランスよく持ち上げ、工廠の方へと飛び始めた。
『行ってきまーす!』
『お預かりします~!』
「気をつけてね~」
「さぁ、私たちも行きましょう」
プロペラヘイホーたちを見送った艦娘たちは、その後入渠と夕食を済ませ、宿舎にて眠りに就いた。
こうして、ラバウルのある一日は無事に終わったのであった。
なんとか書けました。本場の人ではないので下手な大阪弁にはどうかご勘弁を……。この作品を書くときの悩みが、思い付いたままに書くとヘイホー成分が強くなりすぎてしまうこと……あくまでも艦これの小説なのでバランスが難しい……(*-ω-)
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第4話 新戦力登場
昼間のラバウル基地にブザーの音が響き渡った。それと同時に基地全体が慌ただしく動き出す。このブザーは、任務を終えた艦隊の帰投を知らせるものなのだ。
『艦隊が帰投しました。各員、速やかに配置についてください』
そんなアナウンスが港に響き、姉妹や友人を出迎えんとする艦娘たちや、艤装の整備補助を担当するプロペラヘイホーたちが港へと駆け付ける。その中には、提督の姿もあった。
「提督、艦隊帰投いたしました。欠員はありません」
港に上陸し艤装を解除した旗艦の神通が、提督にそう報告して敬礼した。提督もそれに答礼する。
「おかえり、皆が無事に帰ってきてくれたようでよかった。詳しい報告は後でいいから、負傷した者は入渠しておいで」
「了解しました」
提督と神通の短い会話が終わると、周囲で待機していたプロペラヘイホーたちが艤装の運搬を開始した。
『皆さん、お疲れ様です~』
『艤装、お預かりしますね~』
「ありがとうございます。お願いしますね」
プロペラヘイホーに艤装を預けた艦娘たちは、出迎えに来た者たちと共に入渠ドックへと歩いていった。
冷たい風の吹く港に一人残った提督は、皆の背中を見送りながら密かに呟いた。
「これは……思ったよりマズイ状況かもしれないな……」
その日の深夜、提督は執務室で机の上に広げた海図を睨み付けていた。海図には、これまで深海棲艦の出現が確認された海域に印が付けられており、印はラバウルの東から北西まで帯のように連なっていた。
「やはり、奴等の目的はこのラバウルを孤立させることか……このままでは本土に通じる海路が閉ざされてしまう……奴等、思った以上に行動が早い……!」
提督が唸るように呟く。そんな提督の懸念はそれだけではない。
「今日出撃した艦隊は、四隻が中破していた。ここ最近、こちらの損害は拡大傾向にある……奴等は、戦力の量産だけでなく育成も着実に進めている……」
このまま深海棲艦の包囲作戦を止められなければ、ラバウルは本土から孤立、物資も枯渇した状態で空から、そして海からの飽和攻撃を受け、撤退も許されずに壊滅する。提督の頭に、そんな悲惨な光景が思い浮かんだ。
「ダメだ……このままではダメだ……!」
提督は、忌まわしいイメージを振り払おうと大きく首を振った。
「早いうちに対策しなきゃ……まずはここからだ……」
翌日から、提督によるラバウル基地の防衛体制の構築が始まった。遠征艦隊が再配備され、遠征任務の回数と集積資材は増加。資材の備蓄と新装備の開発が急ピッチで行われた。さらに、トレーニングや演習の計画も組み直され、戦力の強化が行われた。
結果として、ラバウル基地の戦力は短期間の内に飛躍的に向上した。一部の艦娘からは、提督の手腕を讃える声が上がった。しかし、提督はそれで満足しなかった。いや、できなかったのだ。
「まだだ……まだ足りない。これだけでは一時しのぎにしかならない。防衛線を構築して基地を安定させるには、あと一手足りない……」
提督は、毎晩眠る時間を削って防衛線について思案した。一度は深海棲艦の拠点や本隊を直接叩くことも考えたが、まだ早いという判断に至った。基地の防衛もおぼつかないのに所在もはっきりしない敵を叩きに行っても損害を被るだけだ。
やはり、必要なものは新たな戦力だった。どのような戦力が必要なのかというビジョンもはっきりしていた。しかし、そんな理想の戦力を揃えるには時間が足りなすぎる。
「どうする……どうする……?」
提督は執務室で頭を抱えたまま、悩みと焦りの渦に飲まれようとしていた。
『ねぇ、リーダー……』
そんな提督に、小さな影たちが声をかけた。提督が視線を落とすと、そこにいたのは青、緑、黄色の三体のヘイホー達だった。いつの間にか執務室に入ってきていたのか。集中していた提督は、彼らに呼ばれるまで気が付かなかった。
「ん? ……ああ、お前たちか。どうしたの?」
提督は、執務机から飛び降りてそう問いかけた。
『リーダー、戦況、よくないの……?』
黄色ヘイホーが不安げに言った。それを聞いた提督は一瞬だけ硬直する。他者から言われることによって、改めて現状を認識させられる。それでも提督は、仲間を心配させまいと努めて明るく答えた。
「心配しなくて大丈夫。作戦は順調、安定してるよ」
『ウソ』
青ヘイホーが、提督の言葉をそんな一言で否定した。提督が再び硬直する。
「えっ……?」
『リーダー、ボクたちはもと居た世界で兵隊やってたんだよ? ……自分たちが勝ってるか負けてるか、それくらい、何となくだけど分かるよ……』
「……」
青ヘイホーの言葉に、沈黙する提督。そうだった。ヘイホーという存在は、かつてはここではない世界で絶対的な力を持つ配管工の一味と戦っていたのだ。ある時は夢の世界の魔王の元で、ある時は大亀軍団の王の元で、またある時は武器世界なる異界から降臨した鍛冶の王の配下として。そして戦いの数だけ進化し、多彩な技術を持って分化してきたのだ。その歴史と記憶は、熟練した兵隊に匹敵しうる。
『最近、みんな海に出たら怪我して帰ってくる……。リーダーも、毎日夜更かしして怖い顔してる。よくないことが起きてるって、ボクでも分かっちゃうよ……』
緑ヘイホーが悲しそうに言う。提督は、己の力のなさを悔い、うつむくしかない。そんな提督に対し、黄色ヘイホーが言葉を繋げる。
『ボクたちだけじゃない。この基地にいる仲間たちは、みんな気付いてるんだ。それで、どうしたらいいか考えてるんだよ。ボクたちもリーダーの力に、艦娘さんたちの助けになりたいんだ』
「お前たち……」
『リーダー、ボクたちは皆リーダーを信頼してる。話して、相談してくれないかな……?』
「……ありがとう……。皆の知恵を貸してくれるかい?」
『もちろん!』
その後、提督はラバウル近海の海図と資料を三体のヘイホーたちに見せ、ラバウル基地の現状を説明した。執務室に集った四体のヘイホー達は、知恵を振り絞り、出し合って遅くまで会議を続けた。
『なるほど……。つまり、今必要な戦力ってのは、機動力と即応力があって、補給が容易な、現在主力の艦娘さんの戦闘援護と育成をできる部隊って訳か……』
「そうなんだ。そうなんだけど……」
『言うのは易し、ってやつだね……』
『基地航空隊は行動が制限されがちだし、艦隊として配備しようとすると設備も足りなくなるし……』
「あーもう! やっぱりここでどん詰まりか~……」
『どうしたもんか……そうだリーダー、その理想の戦力のイメージを挙げるとしたら、どんな感じ?』
「イメージか……そうだな、深海棲艦でいうところの小鬼群くらいのやつ、かな……」
『う~ん……そんな艦隊編成できるかな~……。水雷戦隊もちょっと違う感じがするし……』
「だよなぁ……」
『……はっ!』
提督たちの会話を聞いていた黄色ヘイホーが、何かを思い付いたような反応を示した。
「ん? どうしたの?」
『リーダー、あるよ……新しい戦力、あるよ……!』
「本当か!」
黄色ヘイホーの言葉を聞いた提督たちは、一斉に黄色ヘイホーを見つめる。黄色ヘイホーは、少し躊躇したようだったが、一気に言葉を紡いだ。
『リーダー、艦隊である必要はなかったんだ』
「……どういうこと?」
提督は、黄色ヘイホーの言葉の意図を読み取れずにそう聞き返す。すると、黄色ヘイホーは両手を広げてこう言った。
『リーダー、ボクを見て?』
「……?」
『ほら、目の前にいるじゃない。数と機動力があって、戦うために生まれた軍団が!』
「……! まさか、お前たちが前線で戦うというのか……!?」
提督は、彼の言葉の意図を理解した。そして、驚愕した。ヘイホーたちの力で深海棲艦と戦う、提督がいままで考えたこともなかったアイデアだった。
たしかに、ヘイホーたちの機動力と能力を活かせば、深海棲艦に匹敵する戦力になり得るかもしれない。しかし、ヘイホーの戦闘能力がこの現実世界で正しく発動するのかは分からないし、なにより危険すぎる。
「……残念だけど、許可はできない。そんな危険な作戦にお前たちを……」
──巻き込むわけにはいかない──
そう言いかけた提督に、緑ヘイホーが声を上げた。
『リーダー!!』
「……えっ?」
つい先程まで静かだった緑ヘイホーの突然の大声に、場は静まり返った。
「なんだ……?」
『リーダー、危険とかなんとか、そんなことを言ってる場合なの? 危険なのは、今戦ってる艦娘さんたちも同じ、いや、それ以上だよ!』
「……ッ!」
『ボクは黄色の意見に賛成する。ボクたちには戦う力があるんだよ? だったら今戦わなきゃ! ボクたちだけ、なにもしないで後方でぬくぬくしていていい訳がないよ!』
「緑……」
緑ヘイホーの言葉は重く、そして深く提督の心に突き刺さった。僕は今まで、仲間のヘイホーだけを無意識の内に特別扱いしていたのだろうか……。提督は、そんなことを思い沈黙した。すると、そんな提督の不安を拭うように青ヘイホーが言葉を発した。
『まぁまぁ、緑、そんなにカッカするなって。リーダーはさ、ボクたちのことを考えてくれてるんだよ』
『ボクたちのことを……?』
『ボクたちはさ、リーダーを追ってこの基地に来ただろ? その基地が、今や敵に包囲されつつある戦場だ。リーダーはきっと、自分のためにこれ以上仲間を危険にさらせないって思ってるんだよ』
『リーダー……』
青ヘイホーの言葉を聞いて、緑ヘイホーは少しだけ冷静さを取り戻したようだった。
『リーダー、ごめん……』
「いや、僕のほうこそ……」
『でも、やっぱりボクたちも戦うってのはやるべきだと思うよ……』
「……僕からは言えないよ……。皆に、お前たちも戦いに行けだなんて……」
執務室が再び静寂に包まれ、気まずい雰囲気が漂った。しかし、そんな雰囲気を青ヘイホーが破った。
『……じゃあ、こうしようか』
「え?」
皆の視線が青ヘイホーに集まる。彼は、床の上で不思議なステップを踏んだ。
すると、青ヘイホーの足元の床がグニャリと歪み、鮮やかな緑色の土管が執務室に現れた。
「え? ……これって……」
唖然とする提督達をよそに、青ヘイホーは土管のなかに向かって叫んだ。
『皆、ちょっと来てー! 大事な話があるんだ!』
すると、少しして土管の中から大量のヘイホー達が飛び出してきた。
『なになに~?』
『もう朝なの~?』
『……まだ眠いよ~』
どうやら、ラバウル基地に住み着いているすべてのヘイホー達が執務室に集められたようだった。
「青、これは……」
『リーダー、少しの間黙って見ててくれるかい?』
「……分かった」
青ヘイホーは、提督に向かって頷くと執務室に集まったヘイホーたちに向かって話し始めた。ラバウル基地の現状、黄色ヘイホーの出したアイデア、緑ヘイホーの意見に提督の懸念について。ヘイホーたちは、その話を静かに、そしてしっかりと聞いていた。執務室に青ヘイホーの声だけが響いた。そして……。
『…と、言う訳なんだ』
青ヘイホーによる説明が終わり、執務室が沈黙に包まれた。提督は、仲間たちの様子を静かに、そして不安げに見つめている。
今度は、皆に対して黄色ヘイホーが問いかけた。
『皆、この作戦をやれば、艦娘さんたちの助けにもなると思うし、深海の奴等に対しても打撃になると思う。でも、リーダーの言うように物凄い危険が伴うんだ。こっちの世界では、敵にやられたら土管からリスポーンできるかも分からない。今までの話を聞いた皆の意見を聞きたいんだ。どう思う……?』
執務室が再び沈黙に包まれる。提督が俯く。しかし、沈黙の時間は長く続かなかった。
ある赤ヘイホーが提督に向かって言ったのだ。
『リーダー……、どうして、もっと早く言ってくれなかったのさ』
「……えっ?」
『やるよ! やるに決まってるじゃない! いつもボクたちに優しくしてくれる艦娘さんたちのためになるんだったらさ!』
「赤……」
赤ヘイホーの言葉を皮切りに、他のヘイホーたちも声を上げ始めた。
『赤の46番の言う通りだ! ボクたちもやるよ!』
『マリオやヨッシーに比べたら、深海棲艦なんか怖くない!』
『さっちんをイジメたやつを、やっつけてやる!』
『那智の姉御に怪我させた奴に、落とし前つけさせてやるぞ~!』
『おー!!』
「お前たち……」
提督の肩を青ヘイホーが軽く叩いた。
『見ての通りだよ。これが皆の意思だ。リーダー、どうするんだい?』
『青……分かってるよ……』
提督は、大きく息を吸い込むと、仲間たちに向かって宣言した。
「今より、ヘイホーによる対深海棲艦戦闘部隊の結成を宣言する!! 明日より、各ヘイホーの能力ごとに班を編成、訓練を行う! 訓練の一切の指揮は僕が執る!」
『ヘイッ!』
『ホー!』
ヘイホーたちの号令が執務室に響く。これが、ヘイホーたちによる戦闘部隊の始まりであった。
これより、ヘイホーたちはラバウル基地の本当の一員として、日常に、そして戦火の中に踏み込んでいくこととなるのである。
今回の話、作者の予想以上にシリアスな感じになってしまいました。今後の話でほんわかした雰囲気のストーリーに戻していきます~(*-ω-)
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第5話 訓練開始
勢力を拡大する深海棲艦に対し、追い詰められつつあるラバウル基地。基地空襲や包囲網の危機が浮上する中、提督指揮下のヘイホー達は友達のために共に戦う決意をしたのだった。
某日、深夜のラバウル基地。消灯時間はとうに過ぎ、各所の灯りは落とされていたが、戦闘訓練用の道場だけ、ひっそりと照明がつけられていた。
「よし、みんな集まったね。彼女たちには気づかれていないよね?」
提督が、道場に集まった小さな影たちに静かに聞く。すると、小さな影たちがコクコクと頷いた。
「抜かりなしです、リーダー」
「念のため、ベッドにはダミーのぬいぐるみを置いて来たです」
提督は、彼らのそんな返答を聞くと力強く頷き、その口を開いた。
「皆、今夜集まってもらったのは他でもない。僕たちヘイホーの能力を、深海棲艦にぶつけて通用するものに調整するためだ」
道場の中で小さなどよめきが起こった。提督は、それを片手で制しつつ言葉を続ける。
「僕たちヘイホーにも、外見は同じでも、使える技なんかに微妙な個体差がある。今後の訓練は、その個体差を少しずつ無くしていって、皆が戦いに出られるようにするためのものになるよ」
「なるほど~」
「それじゃあ、まずは基礎的な戦闘訓練から始めようか」
「はーい!」
ヘイホーたちの戦闘訓練は、本当に基礎的な、集団行動の演習から始まった。
「いいか!?お前たち、俺たちヘイホーは、どこまで行っても雑魚だ!モブだ!頭を少し踏まれただけでもポンと弾けて消えちまうぬいぐるみなんだ!」
道場に、そんな怒声が響く。声の主は、提督が訓練教官を依頼した『アーミーヘイホー』だった。カーキ色の服に身を包んだ彼は、彼のベノーム神殿において特殊任務に従事した経験のあるヘイホーで、状況把握能力と行動能力に優れており、テレパスの精神感応に対応してしまうという冷静さも持ち合わせていた。
彼の知識と経験がヘイホーたちの訓練に役立つと確信した提督が、向こう側から呼び出したのだった。
「お前たちの武器は、雑草みたいなタフさと、数だ!集団戦闘をマスターすれば、必ず強くなれる。ただ、逆に単独行動、孤立なんてしちまえば、いい的だ。あっさりと叩き落とされて、土管戻りだろう。あの配管工どもと戦ったときのようにな」
アーミーヘイホーが、そんなことを言いながらヘイホーたちに集団行動の要領を叩き込んでいく。ヘイホーたちは、アーミーヘイホーから発せられる号令や怒声に右往左往している。
「赤ヘイホー隊、集まれ!」
『ワーッ!』
「緑ヘイホー隊、警戒体制!」
『アワアワ……』
「行動が遅いぞ!実戦では、1ターン動きが遅れれば火の玉が十発は飛んでくるんだ!テキパキ動け!」
『ハッ、……ハイ!』
こんな具合の訓練が、日の出前まで続けられ、すべてが終わったのは艦娘たちに総員起こしがかけられる三十分前だった。
「よし、今回の訓練はここまでとする!今後の訓練は、実戦を想定した個別の戦闘訓練となるから、さらに気を引き締めて臨むように!」
『ハイ!ありがとうございました!』
アーミーヘイホーが敬礼と共に解散の号令をかけると、ヘイホーたちは寝床へと戻っていった。
道場に提督とアーミーヘイホーの二人が残った。
「アーミー、ありがとう。助かったよ」
提督が、アーミーヘイホーに頭を下げた。
「気にするな。これも任務だ」
アーミーヘイホーは素っ気なく答える。彼の感情は、その仮面の奥に封じられ、提督にもうかがうことができない。
「しかし……」
アーミーヘイホーがポツリと呟いた。
「どうした?」
提督が聞くと、アーミーヘイホーは天窓から覗く星空を見上げながら言った。
「妙なことになったものだな……。元々は
道場を沈黙が包んだ。少し置いて、提督が答えた。
「まったくだな。僕自身も、未だにこの状況を受け入れきれていない部分があるんだ……」
「あんた、今どんな気持ちで『提督』ってのをやってるんだい?」
「……今は難しいことは極力考えないようにしてるよ。ただ、彼女たちと彼女たちの居場所を守る。それが今の僕の仕事だ」
「……なるほどな。あんたらしい、というかヘイホーらしい答えだ。俺たちは、決まった主や定まった居場所を見つけると、なかなかそこを離れられんからな。それこそ、そこが崩壊するまででも……。まあいい、俺の仕事は済んだ。任務に戻る」
アーミーヘイホーは、そう言うと道場の出口へ向かって歩きだした。
「待ってくれ」
その背中を提督が呼び止めた。アーミーヘイホーは振り返らずに聞いた
「なんだ?」
「向こうに帰る前に、こっちの世界であと一個だけ任務を引き受けてほしい……」
提督の口調からは、強い不安のようなものがにじんでいた。
「……任務の内容は?」
ただ事ではないと察したアーミーヘイホーがわずかに振り返った。その瞬間、提督からアーミーヘイホーへ、強力な『念』が送られた。アーミーヘイホーの頭の中で、その念はあるひとつの映像に変換される。
「……なるほど、調べてみよう。どれくらい時間がかかるか分からんが……」
「構わない。なるべく正確な情報が欲しいんだ」
「了解。何か掴んだら報告する」
そう言うと、アーミーヘイホーは道場から出ていった。提督は彼の背中を視線で追ったが、ふと気がつくとその気配は完全に消えていた。
「頼むよ……アーミー……」
提督は、そう呟いて道場の灯りを落とし、執務室へと戻っていくのだった。
今回の話、艦これ要素が『提督』って単語以外なかったな……(汗)
提督が使った『念』というのは、イメージとしては漫画やアニメの回想シーンみたいなものです。複数人で同じ映像を思い浮かべるアレです。
遅投稿本当にすみませんでしたm(__)m
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