Pick the Lock!! 【短編版】 ()
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Pick the Lock!!

あらゆる面で対照的なバディって本当にいいものですね

原作設定と好みのネタを積み上げて、君だけの最高のユニバースを作ろう!


カオス事件が解決したことでギャラクセウス世界に統合され、元から普通の街だった事になった元ケイオースシティ。元々そんな幻の街で生まれたとある少女は、他の住人と違い元の混沌の街の記憶が断片的に残っている。

ロックピッカーとなってからのヒーロー活動においてその知識たちは有効なもの。しかし、曖昧な出自と不確かな記憶を持つ彼女がさらに過去に渡ることは、彼女の存在自体を極めて曖昧なものにしていた。

 

いつものヒーロー活動中、初見のヴィランの攻撃を受けてしまったロックピッカー。取り逃がして悔しい思いをしたが、その後しばらくの間は何も起きなかった。しかし数日後、彼女の周囲で不可解なことが起きる。

人に声をかけてもしばらく気付かれない。友達に初対面のように対応される。果ては学校の先生に不審者扱いされなにかがおかしいと気付いた少女。ヴィランと交戦した場所で情報を集めよう、と訪れた街角で、自分が鏡に映ってないことに気が付く。家や拠点に帰るにもバスの距離で、運転手にスルーされそうだしどうしようと考えた時に、カースドプリズンの拠点が近いことを思い出す。

 

とっさにそちらへ向けて走り始める。もし彼まで私を覚えてなかったら、誰だお前はって言われたらどうしよう。そう考えているうちに体まで薄れ始めて、それでも何とか拠点に着く。まだ残っていた右手でノックすると、いつものように「またお前か」と呆れたような声が聞こえた。

ああ、良かった。おじ様は私を覚えてくれていた。

そう安心して、彼女の意識は途切れた。

 

 

それから数日後、ロックピッカーが消えてしまっても街は日常通り回っている。ちょっと事件が増えて物騒になった気はするけどその位で、一人のヒーローが消えたとは思えないような日々が過ぎていく。街の誰もが未来から来たヒーローのことを忘れてしまったようだった。

カースドプリズンは、あの日のノックを境にやかましいガキンチョが来なくなったなと気付いてはいる。ただまあ、ヒーローとしての腕にほんの少しは信頼もあるし、ヴィランが小娘に煩わされるのは変な話だ、という訳で特別助けに行こうともしない。なんとなく気分は悪くなりつつ、日課の破壊活動等にいつもよか勤勉に励む。

 

 

 

――――

そういう風にある日も終わり、今日も拠点の前に立つ。勝手知ったる自分の場所だ。ノックなんてせずに入ろうとドアノブをひねったが、そこで違和感に気付いた。

 

いつも自分の周りを飛び跳ねていた、何度追い出してもしつこくこの扉の前に現れた、あのチビ助の声が全く思い出せない。

 

ノブをつかんだ手を下ろし、踵を返して街に戻る。

世界のイレギュラーたる自分にまで影響が出てくるということは、あのガキンチョ一人で対抗できる事態ではないのだろう。まあそれはいい。日頃チビじゃないヒーローだと抜かしてんだ、誰かの助けなんて当てにしていないだろうし、助けようとも思わない。

初めて見るヴィランから攻撃を受けた後に異常が起きた事は、まだ小娘が呑気にしていた頃に小耳に挟んだ。それもいいとしよう。俺の街で好き勝手されるのは気に入らないが、特別排除する程ではない。放置すれば被害は増えるだろうが、それこそ知ったこっちゃない。ヒーロー様共がお得意の愛と正義で何とかしろ。

 

だが、ああ、これは。

奴は何度言っても俺にまとわりついた。相手するのも面倒で放置していたから、近頃の記憶にはいつもアイツが混じっている。その声が思い出せない気分の悪さが分かるか? これじゃあゆっくりコーヒーも楽しめない。毎日勤勉に“働く”俺が、安らかな一杯を我慢しなきゃならない道理はないだろう。

 

そうとも。何もガキンチョが心配で行くんじゃない。俺が動くのは、もっと崇高でシンプルな理由だ。

この街のどこかに隠れている、よりにもよってこの俺様の記憶に干渉しようとするクソ野郎が、全くもって気に食わない!!

――――

 

 

 

というわけで、イライラカスプリさんの珍道中が始まる。同じ様に記憶消去に耐性があるヒーローやヴィランに物理的なお願いをして情報を集めたり、話に乗った奴がいて珍道中メンバーが増えたり。ティンキーは妖精郷と繋がりがあるから記憶を保っていて情報をくれたり、エナドリ力士がスッと現れて的確な助言だけして日課の瞑想に戻っていったりする。

 

“善意の情報提供者”たちのおかげで謎ヴィランの拠点を突き止めた一行。

ヴィランの正体はケイオースシティの残滓の統合体だった。カオス騒動が解決した時、何だかんだ街ごとギャラクセウス世界に統合されたはずが、いくらか取りこぼされたものがある。そういったものが集まって形をとった何かが今回の黒幕。要するに大体ギャラクセウスのせい。

 

街角のゲーム屋に入口が隠されていた拠点には、異界につながるゲートとカオスの信奉者たちがいた。目的はカオス世界を取り戻す、というかこの世界を向こうのルールで上書きすること。

当のヴィランはこの世界には長く居られない存在だが、ある程度は留まることができる。カオスのエネルギーを使うことで、ルールの違うこちらの世界の者の存在自体にダメージを与えられるらしい。ロックピッカーは出自上たまたま特攻が入っただけで、本来は向こうの世界からちょこちょこ出てきてヒーローを牽制したり情報を集めたりしつつ力を溜め、ゲートから放出して一気に世界を書き換える予定だった。

どうやらゲートで繋がったケイオースシティの残滓的な場所に、元凶もロックピッカーもいるようだ。

 

「あちらの世界の方が純粋で、完全だ! こんなルールにがんじがらめになった世界なんて、愚かな神に干渉され続ける世界なんて間違っている!」

 

「愚かな神、には同意だが、頭空っぽのカオスの野郎の方がマシってのは違うな。両方殴り飛ばすのが正解だ」

 

御一行は事情なんて知ったこっちゃねえので話半分でゲートに突入しようとするも、信奉者たちに電源を落とされてしまう。例のヴィランは自分で開けられるし、極論こっちから開ける必要はないので。物理的に強いメンバーしかいない面子でこの技術の塊を正常に起動することはできない、と思いきや、カースドプリズンがぶっ壊して纏う。

 

「残滓の世界への扉を開けること」が目的の機械は纏っても立派に目的を果たした。具現化した巨大な消防斧に、マスターキーとは中々趣味がいい、と笑って、空間をこじ開けて残滓の世界へ。

 

 

一方残滓の世界ではかつての混沌の街が再現されていて、ロックピッカーは幻影として再現されたヴィラン達と戦っていた。

未来で両親と住んでいた街は元の世界にちゃんとあると分かってはいても、自分の街が好き勝手破壊されるのを黙って見ていることはできなくて、敵の作戦だろうなと思いつつ破壊に気付き次第向かっていくヒーロー。幻影はそんなに強くないからある程度対抗できるものの、連戦で確実に消耗してきている。

 

それでも、こんな世界こじ開けられない様じゃ、おじ様の鎧の解錠なんて永遠に不可能ね!と気合いを入れるロックピッカー。偶然持ち込んだ材料と残滓の街で調達した色々で、空いた時間に脱出のための鍵をちまちま作成中。

その途中である事をひらめいた、ところで街にまた轟音が響く。砂煙の向こうから聞こえる高笑いから察するに、どうやら次の相手はクロックファイアらしい。苦手なヴィランだけど仕方ないか……とそちらへ向かう。

 

戦いはじめると、幻影だから意味のある言葉も話さないし、住民は再現されてないから人質戦法もとらないしで思っていたより戦いやすい。これなら大丈夫そうだと油断した時にぬいぐるみ爆弾が飛んでくる。張り付く前に対処しないと、と咄嗟に弾こうとしたところで、目の前の光景が何かと重なる。

 

 

 

――――

いつもより低い視点、なぜかお腹にくっ付いたぬいぐるみ。

燕尾服の女の人がママと話している。

 

どうしたんだろう、なんで怖い顔してるのかな。

少し不安になってぬいぐるみを抱きしめると、こっちを見て泣きそうな顔をして、離れていく後ろ姿。

向こうにはお医者さんがいるみたい。ねえ、もしかしてどこか痛いの? そのままママはお医者さんに近づいて……

 

腹部に衝撃。

 

……ボロボロの状態で目が覚めた。どうやら爆弾に吹き飛ばされて軽く意識が飛んだらしい。景気よく吹き飛んだおかげで幻影から距離はとれたものの、軽くはない傷を負ってしまったことに眉をしかめる。昔から悪夢を見ることはあるけれど、まさかこのタイミングで白昼夢を見るなんて。

とにかくどこか安全なところで体制を整えよう。路地裏に隠れて、街が破壊されていく音に耳を塞いで、こそこそとその場から離れる。

 

どこもかしこも痛んで、白昼夢の光景が頭から離れなくて、どこかから響く轟音に泣きそうになって。地面に落ちようとした視界の隅に、何かが映った。

路地の向こうに見えた大きな背中。その身に纏う黒い鎧。ああまさか、また貴方が……! 

思わず駆け寄るとその影がこちらを向く。

話しかけようと見上げたその顔は、心底呆れ果てた表情を浮べていた。

 

「まさか、俺様が助けに来たとでも思ったのか?」

 

 

完全に力が抜けていた華奢な体は吹き飛ばされ、無人の銃器店に突っ込んだ。ゆっくりと近付いてくる影が、歩きながら口を開く。

 

「気まぐれでお前を追ってきてみれば、まさかこんな世界があったとはな! あの忌々しいギャラクセウスの力も届かないここなら、この鬱陶しいガラクタを壊すのも簡単そうだ」

 

そういう訳で、鍵屋はもう用済みだ、悪いな。

そう言って男は少女の額に銃口を向ける。俯いた彼女は震える声で尋ねた。

 

「……どうして、……」

 

続く言葉が聞き取れず、少し顔を近づけた呪鎧。身を屈める動きで、銃口が横に逸れる。

 

「……どうして、こんな()()()()()()()に付き合う羽目になってるのかしら」

 

 

目を見開いた“カースドプリズン”を、少女の後ろ手に隠されていたショットガンが襲う。

装甲があるにしろ至近距離で散弾なんて浴びるものではない。男が下がったことで二人の間に距離が生まれ、彼女は起き上がりながら大げさに肩をすくめた。

 

「あーあ。もしここに小さな私が再現されてたら今頃大騒ぎだわ、こんな鉄屑をおじ様だと思い込むなんて、って! どこかで頭でも打ったのかしらね?」

 

頭どころか全身に傷を負った少女は、それでも不敵に笑う。どうやらこの男はかつての街で起きた全てを知っている訳ではないらしい。

それに、ここへ来る前に起きた異常から記憶を盗み取る能力を予想していたけれど、おじ様がこの世界を知らないと思い込んでるということは私の記憶は読み取れないんだろう。それならまだ、勝利の目はある。

第一、おじ様が本気で私を殺そうとするならあんな回りくどいマネはしない。一発でこちらの頭を吹き飛ばすだろう。傑作なのが、「もう用済み」。美学のために、何の役にも立たない子供を自分の身を削ってまで守った彼が、そんな理由で私を殺す? よりにもよって()()()で? 冗談!

 

強い意思が通った瞳に見つめられた男は、面倒な事になったと舌打ちした。

偶然このヒーローが落ちてきて、集めていた周辺の人間達の記憶を漁ってすぐ、この少女も自分と同じくあの街で生まれた事に察しがついた。こいつを使えば、計画に必要な力は大幅に削減できる。ただ死なせるだけじゃ意味がない。少女が自分の存在を自分で否定する程に絶望すれば、存在の基盤が曖昧な彼女は今度こそ消滅し、世界に一つ空席が生まれる。そこに自分が居座ってしまえば、力を使い続けなくともあちらに居座ることができる。自らの手で、自分を捨てた世界に復讐できる!

 

そう思って時間と手間をかけて追い詰めたのに、これで全てご破算だ。ヴィランの幻影を生み出すのもタダではなかった。もう使えなくなった小娘を倒したら、もう一度初めから力を溜めて、最初の計画通りに力技で世界を塗り替えよう。

面倒ではあるが、この世界は俺に味方する。傷を負った小娘の一人くらいはたとえヒーローだとしても余裕で倒せるだろう。そう冷静に分析して、武器を構え、

 

背後に現れた消防斧を脳天に食らった。

 

 

吹き飛ぶ黒い鎧。横を掠めた大質量には目もくれず、今度こそその姿を瞳に映した少女は、この残滓の街に来てから今までずっと彼に伝えたかった言葉を叫ぶ。

 

「おじ様、おじ様! あのね! 貴方が私を覚えていてくれるって分かっていたから、私、絶対元の世界に帰るんだって思えたのよ!!」

 

 

上手いところに出たものだ、と吹き飛んでいく黒い影を見て気分を良くした乱入者。しかし、数秒前まで世界単位で行方不明だったヒーロー様にしがみつかれ、そんな気分は霧散する。硬い鎧を貫通し、頭に響くキンキン声。ああそうそうこんな声だった、もう十分分かったからもう少し小さな声で話せ。

 

しがみつき、離れようとしない少女に向けて鬱陶しそうな態度を隠さないカースドプリズン。しかし、なにかよく分からない事を言ってはいるが偽物とは全然違うその声音に嬉しくなって、少女はますます腕に力を込める。

 

「迷子のガキンチョが泣いてたらキャンディでもやろうと思ってたが、随分と元気そうだ」

 

「当然よ! ガキンチョじゃなくてヒーローだもの!」

 

「ヒーローならその手を離せ、俺はまだガキをもった覚えはねえぞ」

 

そう言われ、彼女もようやく交戦中であることを思い出したらしい。少し冷静になった少女と少し体が軽くなった呪鎧は束の間の作戦会議を始める。

 

「で、これから俺はあいつをぶちのめしてくる訳だが……この世界を出る方法は? 」

 

「こじ開ける為の鍵を作ってはいたけど……多分あの偽物が要。ずっと隠れてたからどうしようもなかったけどあいつさえ倒せば元の世界に戻れる、はず」

 

「それでいいのか、なら何の問題もない」

 

何かを「開放する」事に関してはカンが働くチビ助の言葉をとりあえず信じる事にして、未だ煙が上がる路地から立ち上がった影の方を向く。

 

「改めて見ると本当にしょぼい鎧だな、俺のもそれだけボロなら脱ぐのも楽だっただろうに」

 

奴にとっての俺は、まさに降ってわいた邪魔者なんだろう。心底忌々しいと伝わる声音で影が叫んだ。

 

「何故、何故ここに現れた! まさかその小娘を助けに来たとでも!? ヴィランであるお前が!?」

 

「んな訳あるかよ、いちいち喚くな。俺はただムカつく奴をぶっとばしていい気分でコーヒーが飲みたいだけだ」

 

ムカついた理由は……まあ思い出す程のことじゃないが、ついさっき一つ増えたぜ?

煙が晴れ、ようやくよく見えるようになった鉄屑に肉薄。その勢いで、防御を固めようとした腕の隙間に蹴りを差し込み吹き飛ばす。衝撃で少し欠けた鎧に、しみじみ安っぽい装甲だと嘆息。俺のこのクソ硬い鎧、貸せるもんなら貸してやりたい。……いや撤回。コイツにだけはごめんだな。

世界中、いや宇宙を見渡しても、俺様はここにいる一人だけ。世界のイレギュラー、最悪の乱暴者。呪われた牢獄に囚われてもなお、俺だけが俺と定義されてしかるべき存在だ。こんな鈍重な鉄塊には、この忌々しい名前すら豪華すぎる。

 

「そういえば、自己紹介がまだだったな」

 

紅蓮の金属片を纏わせ固めた消防斧を肩に担ぎ、その者は高らかに宣言する。

 

「───俺が、カースドプリズンだ」

 

 

 

――――

交戦を始める三人。自分の偽物、あこがれの人の模造品と戦ってはいるが、色物の多いユニバースに生きる彼らはその辺り特に何とも思わない。どんどん姿が変わるなら厄介かもと思ってはいたが、とりあえずそんな様子はないのでそういう想定で動く。戦闘中、最初は割と削れるように見えたヴィランが、すぐ自己回復していることが判明する。この街を覆う力が味方しているため回復の隙を与えず一瞬で消しとばす事が必要だが、仮にもカースドプリズンを模倣しているだけあってそこまで脆くはない。対してカースドプリズンは残滓の街の機械類は取り込めず、このままだと控えめに言ってジリ貧。

流石に強引な突入方法だったからか直前まで一緒だった奴らはこちらへ来られていないようだ。ほんの少し位は気を引き締めてかかるべきか、と牽制で距離をとり考えているカースドプリズンに、ロックピッカーが声をかける。

 

「あのね、正直言って今の私じゃ戦力になってない。 でも五分…… ううん、おじ様なら十分は余裕でしょ? それだけ単独で抑えてもらえるなら、百人分の活躍を約束するわ」

 

「バカ言え、一時間は余裕だ。とっとと策でも何でも完成させないと、ヒーロータイムが無くなっちまうぜ?」

 

あまりにもらしいその言葉に笑って、ロックピッカーは駆け出す。消耗知らずの相手に一人で持たせるのは正直ややつらいものがあるが、余裕の態度を崩さず戦うカースドプリズン。

 

「さっきから思ってたんだが、何か取り込まなくていいのか? ……もしかして取り込み方をご存じない? ならそろそろ別の奴を模倣したらどうだ。言っちゃあなんだがクソ流星辺りがおススメ……ああ失敬。そんなガラクタでも纏ってないと攻撃が怖くて泣いちゃうもんな? 大人気なかったよ、謝ってんだからそう睨むな」

 

怒りに任せて攻撃していたカオスのヴィランは、しばらくして少女が帰ってこない事に気付いた。先程走っていった方向を確認すると、潜んで作業するのに丁度いい大きさのガレージを見つけた。何かの策を発動されても厄介だ、と目標をそちらに変える。

うまくカースドプリズンから距離を取りガレージへ駆ける。力任せにシャッターをこじ開けると、こちらをちらりとも見ずに作業に没頭する女の後ろ姿が見えた。

叩き潰してやる、と一歩踏み出そうとし、迫る気配に咄嗟に後ろへ飛びのく。その瞬間、鼻先をかすめて紅蓮の消防斧がガレージの壁に突き刺さる。

 

「ガキンチョ、今何分だ」

 

「もう少しで十分ね!」

 

「そうかそうか、俺にはもう十五分は経ったように思えるんだが」

 

つまりまだまだ余裕って事だな、と斧を引き抜き、戦闘が再開される。カースドプリズンを信じきって作業に集中するロックピッカーと、一発でも当てれば倒せると猛攻撃を仕掛けるヴィラン、それを凌ぎきるカースドプリズン。最終防衛ラインは破壊されたシャッター跡、じりじりとそちらへ追いやられていくが、ラインの内側は平穏そのものだ。

 

業を煮やしたヴィランは、道端のトラックにカオスの力を流し込んでカースドプリズンに投擲した。いつもと同じように弾こうとしたカースドプリズンだったが、想定より重い感触に眉を顰める。流し込まれた力によってトラックが爆発して、一帯が倒壊。

砂煙の向こうには、それでも静寂を保つガレージの一角と、ようやくこちらを向いたヒーロー、損傷を受けたものの日本の足で立ち続ける呪鎧。その足元には、爆発の余波を受け止め見る影もないほどに壊れた消防斧があった。

 

 

 

――――

仕留めきれなかったのは残念だが、主武装が使えなくなった今、自分を滅ぼせる可能性は万に一つもない。

その筈なのに、なお余裕を崩さない姿にヴィランは苛立ちを覚えた。

 

「現実を受け入れたらどうだ、カースドプリズン。ご自慢の武装も使えないお前が、この世界で俺を倒せると本気で思っているのか?」

 

「……何か勘違いしてるようだから教えてやるが、そこの斧は壊れたんじゃない、壊してもいいと思って使い潰したんだ」

 

丁度手を空けたくてな。そう言って開かれた拳の中には、灰色の八面体と、それに半分差し込まれた金色の鍵。そんな小さな石ころを纏ったところで何か変わるのか、とも思うが小娘の策ならば警戒するに越したことはない。近くに転がっていたマシンガンで壊そうとするも、蹴り上げられた瓦礫に阻まれる。

砂煙の向こうに見えた呪鎧の親指が、金色の鍵を差し込んだ。

その瞬間。

煙の向こうでエネルギーが膨れ上がるのを感じ、さっきまで何の脅威も感じなかった八面体が眩い光を放ち始める。突然の力の開放に、ヴィランの中の残滓達が今更になってアレを取られてはいけないと叫ぶ。が、もう遅すぎる、それは既に奴の手の中に……!

 

 

「まだまだ余裕だって言ってたから、予定より時間をかけて作ったの! その分効果は保証するわ」

 

「……お前、なかなかいい性格してるな」

 

「私の目標はおじ様だから!」

 

「……」

 

呪われた牢獄の手の中で砕かれたエネルギー体、別の世界線(ユニバース)でウルトクリスタルと呼ばれるものに極めてよく似たそれは、鎧として纏われる事なくその拳へ吸い込まれていく。そこから水が流れるように光が浸透し、あれほど頑丈だった鎧がピシリピシリと音を立てる。が、それを弱体化だと思う者はここにはいない。

 

以前、拠点としていた建物でロックピッカーは灰色の結晶体を見つけた。彼女の第六感が、適切な手順を踏み開放すれば絶大な力を与えてくれると告げたそれは、しかしその段階では使い物にならなかった。大きなエネルギーを秘めてはいるが、それはカオスの世界のもの。時間をかければ一時的に自分の力を高めてくれるだろうが、元の世界に戻るためには使えない力だった。

しかし、脱出の為自分の力を込めながら作っていた金色の鍵。それが完成に近づいた事で、とある発想が彼女の中に浮かんだ。この解錠の力を、結晶体と合わせれば? 直後の戦闘により実行に移されなかったそのアイデアは、このガレージで実現された。

 

本来はギャラクセウスの力を取り込むことで開錠される呪われた牢獄。しかし、絶大に強化された私の「こじ開ける」力なら。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

脱獄(プリズンブレイク)!!」

 

 

私の記憶の中にしか存在しなかった緋色の長身が、今目の前で鈍重な鎧を吹き飛ばす。時間制限はあるものの、自らの悲願である「おじ様の解放」を成し遂げられたことに、思わず笑みがこぼれた。あのおじ様の強さは疑うべくもなく、それこそ世界が止めようとしたって敗北はあり得ない。だから少しの間だけヒーローをお休みしてもいいだろう。戦闘態勢を解いてその場に座り込み、目で追いきれない速さで追撃に跳んだ背中に向けて呟く。

貴方にこんなことを言ったら、きっと怒られてしまうけれど。

 

「ほんの少しの間強くなって、悪い敵をやっつけちゃう。

ねえおじ様。私の大好物が生まれた国では、それってヒーローのお約束なのよ?」

――――

 

 

 

かくしてヴィランは倒され、残滓の世界は今度こそ消滅を始める。もしかしたら、自分もあのヴィランの一部として、ここで消える運命もあったのかもしれない。それでも、とヴィランが消えた場所から視線を上げ、鎧姿に戻ってしまった彼に駆け寄る。

きっと私がここにいるのは、あの日あの背中に憧れたから。だから、少なくともその檻を完全にこじ開けるその時までは、私はあの世界でロックピッカーとして生きていく!

 

 

事件が終わって数日後、カースドプリズンの拠点。あれから新聞やらなんやら騒がしいらしいが、流石にヴィランの拠点に乗り込んでくる命知らずの記者はいない。ゆっくりコーヒーを飲んでいた彼の耳に、いつもの足音とノックが響く。

気にせずコーヒータイムを続行する男。すると今度はかちゃりという音と、おじ様ー! という騒々しい声が飛び込んできた。

 

思わず顔を上げたヴィランの目に、鮮やかに不法侵入を成し遂げたヒーローが映る。

 

「扉の前でおじ様を待つ時間は捨てがたいけど、こうやって自分で会いに来るのも悪くないわね!」

 

開錠を司る少女は、金色の鍵をくるくると回しながらそう笑った。

 



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