にわかの拳 (moxmox)
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にわかの拳 0話 「プロローグ」

一九九×年、人類は核の炎につつまれた……

 

 街は破壊され、道路は荒れ果て、上下水道は破断し、流通は途絶えた。

外仕事をしていた労働者や、室外に出ていた多くの人類が死滅し、室内から外に出なかったインドア系の人類の多くが生き残った。

残された人類は亡くなった人々に涙し、荒廃した街の姿に絶望した。

 

 この状況は、生き残ったインドア系の人類にとって、とても耐えがたいものであった。

お店に行けば簡単に手に入っていた日用品が入手できなくなり、食べ物や水がなければ死んでしまう世界。

今まで他人任せで、何もしてこなかった事が仇となった。

生き残ったインドア系の人類は、自分の無力さに嘆き、昔の平穏な室内にこもった生活に戻りたいと願った。

 

しかし……現実はそうさせてくれなかった。

生き残るためには室内から出るしかなかったのだ。

 

 そして、インドア系の人類は、荒れ果てた世界で何とか必死に生きようとした……

 

 

 

「ブロロロロロ……」

 

 荒野を移動する一台の軽トラック。中年の男が一人で運転をしている。

荷台には荷物をいっぱい積み込んでおり、緑色のシートでカバーがされている。

男は車に乗りなれた感じで、左手で車のハンドルを握って、右腕は窓を開けたドアの所に乗せてのんびりとくつろいで運転をしていた。

 

「あいつらきっと喜ぶだろうなぁ」

 

軽トラックの男は小声でそうつぶやくと、とてもにこやかな表情になった。

 

 

 

 その様子を小高い丘から眺める集団の男達がいた。人数は十人ぐらい。

全員が小型のスクーターにまたがっている。

年齢は二十代前半から半ばぐらいで、体はみんな細身である。

男達の見た目は衣服から全て黒色で統一されており、全員が顔全体を覆うフルフェイス式の黒いヘルメットを被っている。

その頭上部分には猫耳のような突起物がある。

スクーターのボディも当然のように黒色で統一されており、所々LEDの青いランプが光る仕様になっている。

このクールなデザインは、まるで……お金をかけた自作パソコンのようである。

 

「へへへ、獲物だ!」

 

集団の先頭にいた男が「にやり」と笑いながら言った。

そして、それを聞いていた他の男たちも「にやり」と笑った。

 

「ボスに知らせよう」

 

そう言うと、集団の男達はスクーターに乗って走り去った。

 

 

 

 先程の軽トラックに乗った中年の男が、開けた窓から入ってくる外の風を軽く顔に浴びながら、心地よさそうに運転をしていた。

 

「うん? 何だありゃ?」

 

男が車を運転しながら前方の遠くの方を目を細めて確認していると、集団の人らしき物陰が見えた。

 

「キキキー!」

 

男はすぐさま車のブレーキを踏み、車のダッシュボードに収納していた小型の双眼鏡を取り出すと、前方の物陰を覗いてみた。

そこには、先程のスクーターにまたがった集団の男達が映し出されていた。

 

「やばい、オタクだ!!」

 

軽トラックの男がそう叫ぶと、先程の心地よさそうな表情がみるみる青ざめた表情に変わった。

そして、男は少し頭の中を整理してこう言った。

 

「くそ、あれは『野タク』だ……荷物が危ない」

 

 

 

 この世界はインドア系の人類の多くが生き残った。そのため、その中の大多数を占める、マンガ、アニメ、ゲームなどのサブカルチャーが大好きな『オタク』が中心となり、新しい世界を築き上げてしまった。

この新しい世界では『オタク』である事が権力であり、強いオタクが弱い者を支配する、秩序が乱れた混沌とした世界になってしまった。

世間から冷ややかな目で見られていた『オタク』が、世間を支配する『オタク』へと変貌を遂げた。

 

 『野タク』とは、野良オタクの略であり、組織に属さない身勝手で自由奔放な盗賊のようなオタクの事を言う。平原や荒野などに出没し、旅人や輸送車を襲い金目の物を奪い取る。

 

 

 

 軽トラックの男は身の危険を感じ、前方に小さく見える集団に出会わないよう進路を変えることにした。

 

(……この辺によく『ギガ一族』と言うパソコンオタクの集団が出没するという噂を聞いていたが、きっとあいつらの事だな)

 

男は心の中でそうつぶやくと、車の進路を変えて進もうとした。

すると、先程双眼鏡で見ていた方向とは逆の方からスクーター音が「ブロロロ」と聞こえた。

男が音が聞こえる方に振り向くと、先程のオタク集団と同じような身なりのスクーターに乗った十人ぐらいの集団が迫ってきていた。

 

「しまった! 挟まれた!」

 

軽トラックの男は、前後に挟まれる形になったので横に向かって車を走らせた。

 

(囲まれたところで所詮スクーター、車には追い付けないだろう)

 

そう思って、何とか難を逃れられそうだという表情でホッとした……そのとき

 

「ガシャーーーーン!」

 

突然車の後部ガラスが割れ、紐がついた黒くて丸いものが車内に飛び込んできた。

 

「うわぁ! なんだこれは!? …………マウス?」

 

車内に飛び込んできたのはパソコンを操作するのに使うマウスであった。

すぐさま後方に目をやると、先程のスクーターに乗った集団が重りがついたひもような物をブンブン振り回している。

どうやら、マウスのボディの中に重りのような物をいれて、ひも状のケーブル部分を振り回しながら投げてきたようだ。

 

「くそっ!」

 

軽トラックを運転していた男は、車を走らせながら急いで左右の車の窓を閉めた。

しかし、続けて放たれたマウスが運転席側のガラスを割って飛び込んできた。

マウスは運転している男の顎をかすめ、助手席の足元部分に落ちた。

男は顎に軽く衝撃をくらったので一時的に意識が飛んだ。

気が付くと自分が走らせていた車は止まっており、その車をぐるりと囲むようにスクーターに乗ったパソコンオタクの集団が包囲していた。

 

(ああ……もうだめだ)

 

男は頭の中でそう思うと、逃げることはできないと諦め、何とか被害が最小限で済むようにどうすればいいのかを考え始めた。

 

 

 その様子を見ていた、軽トラックを包囲したパソコンオタクの集団の一人が、軽トラックの近くにゆっくりと歩いて近寄ってきて、軽トラックの男に話しかけた。

 

「ぬし、何を運んでおる!」

 

パソコンオタクの集団の一人が、男に強い口調で話しかけると、軽トラックの男はこう答えた。

 

「村人の生活に欠かせない物を運んでいます……どうかご勘弁を……」

 

軽トラックの男は何とか被害を最小限に済ませるため、パソコンオタクの集団に見逃してくれるように懇願した。

 

「ほう、秘密主義ですか」

 

パソコンオタクの一人はそう言って軽トラックの荷台の方に歩き始めた。

何を運んでいるかと質問したのに対して、その答えをごまかそうとしている。

これはきっと何か貴重な物を運んでいるなと、パソコンオタクの一人は確信した。

 

その光景を見ていた他のパソコンオタク達は、慣れた作業をするかのようにスクーターを降りて、軽トラックの荷台の方に集まりだした。

そして、一斉に軽トラックの荷台に被せてあるシートを剥がしとる。

 

「ひゃっほー! ティッシュだ!!」

 

「おおお! ティッシュなんて久しぶりだ」

 

「すげーぞ、こんなにたくさん! しこりまくれるぞ!」

 

「おい、見ろ! エロ本まであるぞ!!」

 

「アザラシクラブに、極楽天だ!!」

 

「いやっほーーー!!!!」

 

パソコンオタク達は歓喜の声をあげ、ティッシュとエロ本が積み込まれた軽トラックの荷台に上がり、ティッシュの箱から薄いティッシュペーパーを一枚一枚手で取りだして、紙吹雪のようにその辺にばらまき始めた。

 

 軽トラックを運転していた男は、パソコンでよく使われるUSBケーブルで、身動きが取れないようにぐるぐる巻きにされて荒野に放置された。

パソコンオタク達は、ティッシュとエロ本を軽トラックごと強奪して去っていった。

 

 

 

――この新しい世界では、まだまだ元の世界のような状況に戻るのは厳しく、人々の需要が満たされていない物が数多くある。

ティッシュやエロ本のような男性にとっての必需品は、価値がある物であり、奪い合いの対象となるのだ。

 

この混沌とした時代を生き抜くには自らが『オタク』となるか、『オタク』に媚びながら生きるしかない。

このような世界になってしまった事をオタク以外の人々は悲しんだ。

なんとか元のような世界に戻れないかと切に願った。

しかし、この世界を正すような救世主はまだ現れなかった。

 

 



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にわかの拳 1話 「ゲームセンターの無法者」

核の炎に包まれて瓦礫になった街は、少しずつ活気を取り戻しつつあった。

 人が集まる街の中心地には、ショッピングセンター、スーパーマーケット、本屋、レストラン、ファーストフード店、ゲームセンター、カラオケボックスなど、昔からやっていたような定番のお店は一通り復活を果たした。

 街を離れると、まだまだ瓦礫や荒野ばかりの整備されていない大地が続くが、街の中心地だけは急速に発展し始めていた。

 

 

 

――とある小さな街のゲームセンター

 

 ゲームセンターでゲームをしている一人の男がいる。

 年齢は二十代半ばぐらい、顔はぽっちゃりした丸顔でメガネをしている。髪はサラサラのセンター分け、体はだらしなくお腹がぽっこりと出ている、全体的に小太りな感じだ。

 その男は、大きな六角形の形をしたゲーム機の前にある椅子に一人で腰かけ、銀色のメダルを投入している。

 ゲーム機は各面がガラス張りになっており、そのガラス張りになった所々にメダルを投入する投入口の様な物がある。

 そこからメダルを投入して機械の内部に溜まっている大量のメダルを台から落とす仕組みだ。

 昔から日本の大きなゲームセンターに行けば大体何処にでも置いてある、よくある定番のメダル落としゲームである。

 そのメダル落としゲームをしている男は、大きめのカップのような入れ物にメダルをいっぱい入れて、一枚ずつメダルを投入している。表情はにこやかで、どうやらこの男メダルゲームが好きなようだ。

 

 

 

 そこに一人の少年が近づく。年齢は十代半ば、髪はぼさぼさで、長く伸びた前髪を左側に寄せた感じになっている。

 他人から見ればその少年の左目が隠れているように見えるが、少年からは問題なく左目から物が確認できているようだ。

 服装は不衛生で、所々破れたり、汚れたりしており、何日も同じ服を着ているかのような風貌である。

 

「ねーねーお兄さん、メダルくれよ!」

 

 少年がそう言うと、メダルゲームをしている男は少し眉をしかめながら「仕方ないか」という表情で、勿体振りながら少年にメダルを五枚ほど渡した。

 

「ちぇっ、五枚か! こんなのすぐになくなっちゃうよ」

 

 少年が小声そう言うと、少年は競馬をモチーフにしたメダルゲームの方へ駆けて行った。

 

 メダル落としゲームをしていた男は、イラっとした表情で眉をしかめたままゲームを再開した。

 「メダルをあげるんじゃなかった」というのが表情だけで伝わってくる。

 

 

 

 先程の少年は競馬をモチーフにしたメダルゲームが好きなようだ。

 そのゲーム機は、細長い大きなテーブルを囲むように座席が何席もついており、各席の前に液晶画面がある。

 そして、好きな馬の番号を選んでメダルをかけることができる。

 

 テーブルの真ん中には、小さな模型式の競馬場が再現されており、そこを人形の馬が実際に走っているように機械で動かし、ゴールした順に順位付けする仕組みだ。

 少年は、五番と六番の馬が一位、二位でゴールすると予想し「5-6」の倍率128倍にメダルを五枚かけた。

 一番倍率の低い組み合わせは1.2倍なのだから、この少年がいかに大穴を狙っているのかがよく分かる。

 倍率的にいって当たる可能性はかなり低いのだが、この少年には倍率が高ければメダルが大量に出てくるイメージができてしまっているのだろう。

 どうせタダで貰ったメダルだし、大穴狙って当たったらラッキーというノリのようだ。

 

 そして、当然ながら結果はハズレ!

一番と四番の馬が一位、二位でゴールし、先程の紹介した一番低い倍率の1.2倍という、一番妥当な結果となった。

 

「ちぇ、つまんね!」

 

 少年はそう言うと、ゲームセンター内をウロウロと歩き出した。

 何か獲物を探しているように辺りを見渡している。

 

 どうやらこの少年、ゲームセンター内にいる大人に声をかけて、お金とかメダルを恵んで貰ってゲームをしているようだ。

 一通りゲームをしている人に声をかけて、収穫が全然なかったのか、再度メダルを落とすゲームをしている男の元に戻ってきた。

 

「ねーねー、またメダルちょーだい」

 

 メダルを落とすゲームをしていた男は、無表情で両手の手のひらを少年に向けて「NO!」という動作をした。

 

「ちぇっ、ケチ! ちょっとぐらいいいじゃないか!」

 

 少年はそう言って、少し離れた場所にあるメダル落としゲームの方へ移動した。

 

(よーし、ここなら大丈夫か……)

 

 少年は心の中でそうつぶやくと、辺りを頻繁に警戒し始めた。

 そして、店員が辺りにいないのを見計らって、メダル落としゲーム機に自分の体を軽くぶつけた。

 

「ドン!! チャリーーン」

 

 ゲーム機内に溜まっていたメダルが少し崩れ落ち、ゲーム機の下についているメダル排出口から四枚ほどメダルが出てきた。

 少年はそれを見てニヤリとしながらメダルをゲットした。

 

「ピー! ピー! ピー!」

 

 ゲーム機から突然、警報音がなり出した。

 

「やっべー! なっちまった」

 

 少年は苦い表情をしながらそう言った。

 そして、店員に見つかる前に何処かに逃げて行った。

 

 それを遠くの方で確認していた店員が、警報音がなっているメダル落としゲーム機の前にやってきて「まあいつか……」と、小声でつぶやいた。

 どうやらこの少年は常習犯のようだ。

 

 

 

 先程のメダル落としゲームをしていた男は、メダルを全部使ってしまったようで、メダルを新たに購入するために、メダル販売機の前に来ていた。

 男はその販売機にお金を投入し、また沢山のメダルをカップに補充しようとしている。

 

「やー、また会ったね。またメダルゲームするの?」

 

 男は突然話しかけられてビクッとし、話しかけてきた人物の方に振り向いた。

 すると、さっきメダルをあげた少年が立っていた。

 男は先程の教訓から「こいつにはもうメダルをあげない」と決めているかのように眉をしかめて嫌な表情をした。

 

「そんな嫌な顔するなよー。俺、バッツってんだ。あんた名前は?」

 

 少年はこういうやり取りが慣れているかのように平然としてそう言った。名前はバッツというようだ。

 そして、メダルゲームをしていた男は少し考えているような間があり、仕方なく口を開けてこう言った。

 

「……ケンジロウ」

 

 ケンジロウと名乗った男は、とても嫌そうな顔をしながら仕方なく答えた。

 

「じゃあ、ケンって呼ぶね! 俺、このゲームセンターにいつも遊びに来てんだ。何でも知ってるから気楽に聞いてよ!」

 

 バッツと名乗った意地汚いマナーの悪い少年が、馴れ馴れしく平然と話しかけてきたので、ケンジロウはとても困惑していた。

 

「………………」

 

 ケンジロウは沈黙で「なんだこいつは?」という表情をし、無言のまま立っていた。

 どうやらケンジロウは余り人と話をするのは得意ではないようで、突然予想だにできない出来事が起こったときに対応ができないようだ。

 ましてや、意地汚いマナーの悪い生意気な少年が気やすく呼びかけてくるんだから、困惑しても仕方がない。

 ケンジロウにとって、このバッツと名乗った少年と接点を持つメリットがないし、会話をする理由もない。

 ケンジロウが沈黙するのも当然である。

 

「あ! そうそう、紹介してなかった」

 

 バッツと名乗った少年がそう言うと、バッツの後ろから可愛らしい女の子がひょこっと姿を現した。

 

 見た目は小柄で、年齢は十歳から十二歳ぐらいといった感じだ。恥ずかしがり屋なのか、顔は斜め下を向いてモジモジしている。

 髪型は、ショートヘアより少し長いぐらいの髪の長さで、おでこ辺りにピンク色のヘアバンドを巻いている。

 服装も全体的にピンク色の部分が多く、どうやらこの女の子はピンク色が好きなようだ。

 

「こいつ、リンたんってんだ! よろしくね!」

 

 バッツがケンジロウに、その恥ずかしがり屋の女の子を紹介すると、女の子はバッツの後ろに隠れながら恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 

「…………っ」

 

 リンたんと紹介された女の子は、何か喋ろうとしたが緊張して声が出ないような感じで、バッツの後ろから少し斜めに体を出して、ケンジロウに向かって小さくお辞儀だけした。

 

 ケンジロウは、その女の子が自分と似た雰囲気を感じたから好感を持ったのか、見た目が可愛いくて気に入ったからかは分からないが、とても気に入った表情をしている。

 ケンジロウは爽やかな笑顔で、カップ山盛りになったメダルをカップごとリンたんにの前に差し出した。

 

 リンたんは、メダルをたくさんくれたケンジロウに対して緊張が解けたのか、突然ぱぁっと表情が明るくなり、最高の笑顔を見せた。

 

 それを横目で見ていたバッツは、何か悪だくみをしているようないやらしい顔をして心の中でこうつぶやいた。

 

(へへ! 単純なやつだな、ししし)

 

 バッツはケンジロウが差し出したカップ山盛りのメダルを、ケンジロウから奪い取るように受け取ってリンたんに渡すと、ケンジロウをリンたんから離れた場所に連れて来てこう言った。

 

「あいつも俺と一緒で、このゲームセンターによく遊びに来てるんだ。あいつの親は離婚して母親に引き取られてるんだけど、母親がスナックで夜働いてるから昼間いつも寝てるんだよ。だから、いつもあいつ一人なんだ。お小遣いもろくに貰ってないし可哀想だろぅ?」

 

 バッツは「しめしめ良い金ヅルが見つかったぞ」という顔をしている。

 欲望に満ちた、とてもいやらしい表情である。

 

 ケンジロウはバッツの話を興味津々に聞いている。

 どうやら「物乞い少年」には興味はないが、「恥ずかしがり屋の可愛いらしい女の子」には興味がありありのようである。

 

 バッツはケンジロウとの話が済むと、先程のリンたんが居た所に戻ってきて、ケンジロウから奪い取った山盛りのメダルを、リンたんと山分けにし出した。

 大きなカップにメダルを半分ずつ分配し終わると、バッツとリンたんはそれぞれ好きなメダルゲームで遊びだした。

 

 それを見ていたケンジロウは既にバッツへの憎しみは消えており、リンたんが楽しそうにメダルゲームをしているのを、少し離れた所からニコニコと眺めていた。

 ケンジロウは人と会話をするのが苦手なようなので、自分から話しかけるということは一切なく、只々自分のお陰でリンたんが楽しめているという事が幸せという感じである。

 メダルゲームに夢中になっているリンたんが自分の近くを通り過ぎたときに、リンたんがニコニコした表情を自分に向けてくれるだけで満足しているようだ。

 

 

 

 ケンジロウが満足のいくゲームセンターライフを送っていると、突如十人ぐらいの集団の男達が、ゲームセンターの外を歩いているのが窓越しに見えた。

 全員見た目は二十代後半ぐらいで、子供っぽい派手な感じのファッションをしており、実際の年齢よりも大分若ぶっている感じである。

 その男達がゲームセンターに入って来た瞬間、ゲームセンター内の空気が変わった。

 このゲームセンターに遊びに来ている人達は、彼らがどのような奴らなのかを分かっているようだ。

 

「でさー、腹減ったから冷凍庫から冷凍うどん出してきて湯沸かして食べたんだよ! やっぱ、真夜中に食べるガドギヂうどんはスペシャルにおいしいわ!」

 

「まじで? お前がうどんなら俺は焼きそば派!」

 

「おいおい、真夜中にうどんと焼きそば? 穏やかじゃないねぇ」

 

「YES! 炭水化物!」

 

 集団の男達が大きな声で楽しそうに会話しながらゲームセンターの中に入って来くると、それに気づいたバッツがケンジロウの傍に近寄ってきてこう言った。

 

「くそ、DID(ディッド)の連中が来やがった。ケン、あいつらには関わらない方がいいよ。あいつらはろくでもない連中さ」

 

 

 

 先程の集団の男達が向かった先には、女の子向けのアイドルをテーマにしたトレーディングカードを取り扱うゲーム『アイハツ!』が置いてあった。

 どうやらこの集団の男達はこれが目当てのようで、自分達のファッションもこれにちなんだスタイルにしているようだ。

 このゲームセンターに定期的に通って毎回『アイハツ!』というゲーム機を独占しているようで、このゲームがターゲットにしている幼い女の子が、このゲーム機に近寄れるような雰囲気ではなくなっている。

 

「お、DID(ディッド)! リンたんいるぜ」

 

 アイハツオタクの一人が、その集団のリーダーらしい金髪で赤いバンダナを巻いた男にそう言った。

 先程バッツが「DIDの連中」と言ったが、どうやらリーダーの名前がDID(ディッド)というらしい。

 

 そう言われたDIDがゲームセンターを見渡し、リンたんを見つけるなりこう叫んだ。

 

「リンたーん! おいでーー!! 一緒にアイハツしよう!!」

 

 メダルゲームをしていたリンたんがその男達に気づくと、残ったメダルを置きっぱなしにして、ニコニコしながら小走りで男達の方へ走って行った。

 先程のバッツの評価とは違い、リンたんはこの連中と仲が良いようである。

 

 

 

 その様子を遠くから見ていたケンジロウ。せっかくのリンたんを、DIDという連中に取られてしまい嫌な顔をしている。

 せっかく満喫していた『ゲームセンターライフ』を邪魔者達に邪魔されてしまった……

 言葉には出さないが、とても嫉妬をしているのが表情だけで見て取れる。

 

 リンたんがケンジロウの元に戻って来れば、夢の『ゲームセンターライフ』を再開する事ができる。

 もはやそれは『リンたんライフ』と言った方が正しいのかもしれない。

 

 果たしてケンジロウは、リンたんとの『リンたんライフ』を取り戻す事ができるのであろうか……

 

 

ーーーDID編つづくーーー

 



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にわかの拳 2話 「アイハツオタク集団DID」

にわかの拳 2話 「アイハツオタク集団DID」

〜DID編〜

 

 ゲームセンターに突如現れたアイハツオタクの集団。

 リンたんはケンジロウがあげたメダルをほったらかして、アイハツオタク達の元へと走り去った。

 どうやらリンたんは、アイハツオタクの連中と仲が良いようであった。

 

「はーい、リンたんどぞー」

 

 アイハツオタク集団のリーダーDID(ディッド)が、アイハツの機械の前にリンたんを座らせ、リンたんにお金を渡した。

 リンたんはタダでアイハツのゲームをやらせてもらえてとても満足げだ。

 

 それを周りから見守っていた他のメンバーも、リンたんの笑顔を見てとても朗らかな表情になっていた。

 十人ぐらいいる大人の中に一人女の子が混じっているこの光景は、「みんなのアイドル、リンたん!」といった和やかな雰囲気である。

 

 しかし、突如現れた人物によってその雰囲気が台無しになる。

 

「お母さん、あれしたーい!」

 

 と、小さな女の子の元気な声が聞こえ、八歳ぐらいの小さいな女の子と、そのお母さんらしい三十歳前半ぐらいの女性が近づいてきた。

 どうやらその親子連れの小さな女の子は『アイハツ!』のゲームがプレイしたいようだ。

 

 しかし、二台置いてあるアイハツの機械は、DIDの連中が占領しており、リンたんが一台をプレイし、もう一台をDIDのメンバーの一人がプレイしていた。

 そして、他のメンバーは二つの機械を囲むように仲間と会話をしたり、プレイしている映像を眺めている。

 

 親子連れの存在に一早く気づいたDIDの仲間の一人が、リーダーであるDIDに親子連れの存在を報告し、リンたんに夢中になっていたDIDがその事に気づく。

 

(……うーん、親子の女の子にゲームをプレイさせてあげたいが、今リンたんが一台プレイしているし、もう一台はリキヤがプレイしている。リキヤが終わったら親子連れの女の子に変わってあげようか……すぐ終わるのか?)

 

 DIDが頭の中で対策を考えていると、親子のお母さんの方がDID達をにらみつけて何か言おうとしている。

 

「ちょっとあんた達、何やってんの! これ女の子向けのゲームでしょ。あなた達がいると女の子がゲームできないじゃない!」

 

 親子のお母さんは力強い口調でDID達を叱りつけた。

 

 それを聞いたDIDの表情は見る見る険しくなり、激高した。

 

「はぁ!? 女の子向け? そんな規則を勝手に決めるな!! 俺達はお金を払ってゲームを楽しんでる、それの何処が悪い? 俺達は女の子よりも遥かにお金を使っている上質な客だ!!」

 

 DIDの激しい反撃を食らったお母さんは、突然大声で怒鳴られて驚いたが、すぐさま冷静になって反撃の言葉を発した。

 

「このゲームは女の子に人気があるの! だから圧倒的にこのゲームをプレイするのは女の子が多いわけ! あなた達がいたら多くの女の子が怖くて近寄れないの、わかる?」

 

 親子のお母さんにさらなるお叱りを受けたDIDだが、先程まで激高は既にピークを過ぎており、段々と落ち着きを取り戻していた。

 さっきまでは、自分が親子連れの事をきちんと考えて、親子の女の子にもゲームをプレイさせてあげようと平和的な解決方法を考えていた。

 しかし、その親子のお母さんが発した一方的な言葉の暴力によって、全く逆な結果になってしまった。

 DIDは思惑とは逆になってしまったギャップの差によって、急速に怒りが込み上げてきたのだ。

 

 DIDは「このまま大声で言い合っても何も解決しない」と判断し、すぐさま冷静に解決方法を思考し、落ち着いたトーンで親子のお母さんに対してこう切り出した。

 

 

「……我々は、女の子との『共生』を望んでいる」

 

 

 DIDから発せられた言葉に親子のお母さんが首をかしげながらこう言った。

 

「はぁ? 『きょうせい』って何?」

 

 お母さんの反応に対してDIDがすぐさまこう返答した。

 

「俺が言っている『きょうせい』は、『共に生きる』という意味の漢字を使う。例えば、虫でアブラムシっているだろ? アブラムシの天敵はテントウムシだ。アブラムシはテントウムシにムシャムシャと食べられてしまうんだ。だから、アブラムシはボディーガードを雇うことにした。それがアリだ。アリにテントウムシを追い払ってもらう代わりに、アブラムシはお尻から甘い汁を出してお礼としてアリに提供するんだ。これが『共生』だ」

 

「つまり、女の子に近寄る悪い男どもを我々が追い払う代わりに、女の子の無邪気な笑顔によって我々は癒されたいのだ! 我々はアリなんだ! だから、女の子の味方なんだよ」

 

 それを聞いていた親子のお母さんは、途中から血の気が引くようにドン引きしている表情に変わっていた。

 

(……こいつ、何言ってんの? 何だか知らないけれど、殺虫剤を吹き付けてやりたい気分だわ)

 

 親子のお母さんは心の中でそうつぶやくと、DID達とはもう関わらない方がいいと判断し、DIDと顔を合わせることなくその場を去ることにした。

 お母さんは、近くにいた自分の娘の耳元で囁くためにその場にしゃがみ込み、小さな声でこう言った。

 

「ちなちゃん、今日はいっぱいだからアイハツはまた今度にしよう。今度来た時いっぱいやらせてあげるね! あっちにお菓子をすくうクレーンゲームがあるから、あれしよっか」

 

 お母さんのこの言葉に対して、娘のちなちゃんは元気いっぱいに「うん! わかったぁ」と言った。

 そして、お母さんが娘の手を引いてその場を去ろうとしているとき、娘のちなちゃんがDIDの方に振り向いて、手を振りながらこう言った。

 

「アリのおっちゃん、バイバーイ!」

 

 女の子に面と向かってそう言われたDIDは、呆然として心の中でこうつぶやいた。

 

(……はぁ? 俺、今二十七歳やし! 何でおっちゃんなん? まだ二十代やぞ)

 

 どうやらDIDは、お母さんとの激しく対立したやり取りよりも、女の子に「おっちゃん」と言われた事を特に気にしているようだ。

 女の子に気に入られたいという願望と、見た目の年齢よりも若い恰好をしているので、実際の年齢よりも上に思われるのがショックなのだろう。

 子供からしたら「大人の男はみんなおっちゃんでいいわ」みたいな感覚なので、普通の大人は気にしないが、DIDはその辺の感覚がまだ分かっていないようだ。

 

 

 

 親子連れが何処かに去っていくと、すぐさま仲間たちがDIDの周りに集まってきて、一人一人がDIDの勇気をたたえ出した。

 

「DID、おつカレー! さすが我らのリーダー! ばばぁをよく追い払ってくれた」

 

「DID! お前は、カコカコ☆カッコイイー! サイコーだ!」

 

「DID! グラッツェ! 要するに、ありがとう!」

 

「DID! 高鳴ったぜ! お前は今日のMVPだ!」

 

 仲間達の賞賛の言葉を浴び、DIDの動揺は少し和らいだ。

 

「ありがとう、みんな! 頑張った後の感謝の言葉はスペシャルに嬉しい!」

 

 DIDはそう言って、勇気をたたえてくれた仲間たちに感謝の言葉をお返しした。

 そして、感情的になっていたDIDは、ようやく落ち着きを取り戻した…………かのように見えた。

 

(……ふぅ、何とか落ち着いてきた。けれども何かモヤモヤするな。何であんなに怒られたんだ? 何も悪い事してないだろ? ……はぁ、なんかスッキリしないな……おじちゃんとか言われたし……んー……はぁ…………何か呼吸が荒くなってるわ、落ち着こう。……ふぅ……ふぅ…………んー……はぁ……ふぅ……はぁ……)

 

 DIDは一旦落ち着いたようだったが、一度忘れていたお母さんとのやりとりを思い出したり、女の子におっちゃんと言われたりというのをさらに思い出したりで、ため息が止まらなくなってきていた。

 

「ちょっと、ジュース買ってくるわ!」

 

 DIDが仲間達にそう告げると、ゲームセンター内にある自動販売機にジュースを買いに向かった。

 その様子を眺めていた仲間の二人が、DIDの異変に気付き仲間同士で会話を始めた。

 

「おい、今さぁ、DIDの奴、やたらため息連発してたぜ」

 

「んー、確かに。何か穏やかじゃないねぇ」

 

「たぶん、さっきの親子とのやり取りが相当こたえているんじゃねーかな?」

 

「んー、どうだろうねー。穏やかじゃない事は確かだ」

 

「あ、帰ってきた。おい、あのジュース『エネルギーG』だぞ!」

 

「んー? 栄養ドリンクだね」

 

「あいつ『エネルギーG』で自分を元気づけようとしてるんじゃないのか?」

 

「んー、果たして、栄養ドリンクで穏やかになれるのだろうか……」

 

「まぁ、そんなのは自分の気持ち次第だろ。元気になると思って飲めば元気になった気がするもんさ。ってか、あいつさぁ、相当メンタルがやられているのかもしれないな」

 

 

 

 ジュースを買って帰ってきたDIDは、エネルギーGを飲みながら仲間達の様子を少し離れた所から見ていた。

 仲間達はアイハツのゲームをプレイもせずに、みんなでわいわい会話を楽しんでいた。

 一通りゲームをプレイして満足して飽きたのか、DIDの先程のやり取りの話で盛り上がっているのかは分からないが、リンたんだけが一人でアイハツのゲームをプレイしていた。

 

「お前らさぁ、リンたんが疎かになってるよ。『リンたんフリー』とかあり得る?」

 

 DIDは、余りにも仲間がリンたんを疎かにしていたので注意をし、リンたんへの対応を見てがっかりした。

 せっかく仲良くなった貴重な女の子をVIP扱いしていない。それだと、リンたんに飽きられたり、愛想を尽かされたりすれば終わりだ。

 リンたんを失ったら『リンたんロス』から立ち直ることができないかもしれない。

 そう言った認識をみんなにも持ってほしいとDIDは思っていた。

 

「はは、ごめんなぁ。俺達さー、DIDみたいに女の子と積極的に話できないから、リンたんとどう接すればいいのか分からないんだよ。『リンたん取扱説明書』でも作っといてくれよ」

 

 仲間の一人がそう言って、他の仲間も「その通りだ」という表情で、顔を上下に振ってうなずいていた。

 

(……そうか、確かに女の子と会話をするのは難しい。子供は好き嫌いハッキリしているから、変に絡んでしまったら嫌われてしまうし、何を考えているのかをよむのも難しい。それなら直接絡むことなく見守るのが一番無難な選択肢というわけか)

 

 DIDは仲間の返答に対して「確かにそうだな」という表情で頭の中でいろいろと思考し始めた。

 

 

 

 しばらくすると、リンたんが『アイハツ!』にもう飽きたのか、イスから立ち上がってキョロキョロと周りを見始めた。

 その異変に気付いたアイハツオタクの集団全員は、「これからリンたんは何をし出すのか」というのを恐る恐る観察していた。

 『アイハツ!』をするという目的を終えた今、それ以外に考えられるリンたんの行動は、「帰る」「他のゲームをする」「トイレに行く」の三つである。

 しかし、相手は子供、大人では考えつかないような選択肢をとるかもしれない。

 

 果たしてリンたんはどんな行動をするのか…………DID達が息をのむ緊張感の中、リンたんのキョロキョロしている動作が止まった。

 そして、何かを見つめ言葉を発しようとしている。

 

「……あれ、欲しい!」

 

 アイハツオタクの集団全員がリンたんの指さす方に目をやると、そこには『UFOキャッチャー』が置いてあった。どうやらリンたんは、UFOキャッチャーの景品に目がくらんだらしい。

 ガラス張りで魅力的な景品が陳列している光景を見てしまったら、物欲を刺激されるのは当然である。

 この機械は物欲を刺激するような構造に作られているのだ。リンたんが物欲を刺激されるのも無理はない。

 

 そして、DID達はリンたんの指の指し示す方向を正確に追って見てみると、そのUFOキャッチャーには女の子に定番なアニメ『ブリピュア』のキャラクターフィギュアが景品として並べられていた。

 どうやらリンたんは『ブリピュア』も好きみたいだ。

 

 一早くリンたんの指先が指し示す物を確認したアイハツオタク集団のリーダーDIDは、すぐさまリンたんの物欲を満たす事にした。

 

「よーし! オケオケ☆オッケケーイ! ブリピュア、ゲットすっぞ!」

 

 DIDはそう言うと、リンたんと仲間を引き連れ、目当てのUFOキャッチャーへと向かった。

 

 

ーーーDID編つづくーーー



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にわかの拳 3話 「魔のUFOキャッチャー」

にわかの拳 3話 「魔のUFOキャッチャー」

〜DID編〜

 

 アイハツオタクの集団は、リンたんの願望を叶えるためUFOキャッチャーの所までやってきた。

 リンたんが指し示したのは、女の子に人気のアニメ『ブリピュア』のキャラクターフィギュアが景品のUFOキャッチャーであった。

 

 このフィギュアは縦長の四角い箱に入っており、UFOキャッチャーのアームで何とか掴めるサイズ。

 しかし、この大きさであれば重さも結構あるので、掴んだところでUFOキャッチャーのアームのパワーでは全体を持ち上げられないと予測できる。

 

 この景品は、四本の棒の上に縦長の箱を寝かせるように乗せており、棒の一つ一つは1cmぐらいの細い棒で、棒の間に景品を落とすことができれば景品をゲットできる仕組みだ。

 景品が乗っている棒は、同じ間隔の隙間では設置されておらず、一本目と二本目の間と、三本目と四本目の間が狭く、二本目と三本目の間が広い。

 つまり、真ん中の棒と棒との広い空間に景品を落とせばいいのだ。

 

 

 

 アイハツオタク集団のリーダーDIDは、意気揚々とUFOキャッチャーの前まで来ると、「さっそくやったりますか」という表情でポケットから財布を取り出し、財布の小銭入れに入っている百円玉を四枚取り出した。

 

(うーん、一プレイ百円だから四回か……この箱に入っているタイプの景品って落とすの難しかったよな。四回では厳しいかもしれない、まぁ後プラス千円ぐらいを使う覚悟をしておくか……)

 

 DIDは心の中で自分にそう言い聞かせると、百円玉をUFOキャッチャーのコイン投入口に入れた。

 すると、UFOキャッチャーをプレイしているときに流れるメロディが流れてきた。

 

(このメロディが聞こえてくると、いかにもUFOキャッチャーしてるって気分になるなぁ)

 

 そんなことを思いながらDIDは真剣なまなざしでUFOキャッチャーの機械の中にある景品をガラス越しで見つめた。

 リンたんやDIDの仲間達も、そのガラスの中にポツンと置かれた景品を真剣なまなざしで見つめている。

 

 このUFOキャッチャーは何処のゲームセンターにもよくある定番なタイプで、一つ目のボタンを押している間だけアームが横に動く。

 二つ目のボタンは、押している間だけアームが奥に向かって動く。

 二つ目のボタンを離すとアームが下に伸びて景品を掴む動きをする。

 

 DIDはみんなが見守る中、慎重に一つ目のボタンを押した。

 

「よーし、横の位置は景品のど真ん中を狙う!」

 

 DID達が覗き込んでいるガラス側から景品を見ると、縦長の箱を縦に寝かせるように棒の上に置かれている。

 

「あ、ほんの少し行き過ぎた! しかし、問題なしだ!」

 

 DIDは一つ目のボタンを離すと、次は奥に向かって動く二つ目のボタンを押した。

 

「これはっちょっと奥を狙ってっと……んー、奥行きがよくわからない、この変か?」

 

 そう言って、DIDが二つ目のボタンを離した。

 DIDが狙ったのは、縦長の箱を縦に寝かせて置いてあるので、奥側に近い箱の端っこを狙ったようだ。

 アームが箱の端っこめがけて機械の天井から下へと伸びていく。

 それをドキドキしながら見つめるDID。

 

(余り端っこじゃないかも、まぁいいとしよう。さーて、この取り方でこの景品の箱はどういう動きをするんだ)

 

 DIDは心の中でこうつぶやき、最初のプレイで景品の箱がどういう動きをするのか見極めようとしている。

 次回からの参考データとするために。

 

 アームが景品に向かってぐんぐんと伸びていく。

 そして、アームが景品にぶつかると、アームが景品を掴みにかかった。

 

(どうだ! どう出る!)

 

 DIDは心の中で自分にプレッシャーをかけていた。できれば少ない回数で景品をゲットし、成功したかっこいい姿を一早くみんなに見せたいのだ。

 

 景品を掴んだアームは景品を少しだけ持ち上げた。

 縦長に置かれた箱がアームで掴んだほうだけ少し浮く。

 しかし、アームのパワーが弱くて途中で箱がすり抜ける。

 

(アームのパワーが弱いのは承知の上だ! 問題は、少し浮きあがったパワーがどのような作用をもたらすかだ!!)

 

 DIDは心の中で叫んだ。

 みんなが見ている手前、格好悪いことはできないのだ。

 リンたんに認めてもらいたい願望と、チームのリーダーとしての誇りがあるのだ。

 

 少し持ち上がった景品がアームからすり抜けて、乗っていた棒に着地する。

 果たしてどういう動きをするのだろう、みんながそう思った……すると

 

「……トス!」

 

 少し浮いた箱が重力によって、乗っていた棒の上に着地をする。

 それは本当に小さな動きであり、着地をしたときの音も当然ながら小さく軽い音である。

 

 そして、その小さな動きは『元の定位置に戻る』という動きを選択した。

 

「は!?」

 

 一回目のプレイで動いた箱の動きを、次からの参考データにしようとしていたDIDに衝撃が走る。

 

(……おいおい、マジか! 景品の箱はプレイする前とほぼ同じ位置だぞ。俺、超だっせーわ)

 

 その光景を眺めていたリンたんとDIDの仲間達。

「DIDのUFOキャッチャーの腕前はどのようなものか」を期待していた表情が、一回目の挑戦の結果を見て「あれ?」という表情に変化していく。

 しかし、その表情の奥には「まぁ、一回目を失敗する事なんて誰にでもある。上手な人でもあり得ることだ」という、誰にでもある失敗を心暖かく受け流している表情とも受け取れる。

 

(まだ、大丈夫だ! 勝負はこれからだ)

 

 DIDは心の中で自分にそう言い聞かせると、みんなに聞こえるようにこう発した。

 

「よし! 練習終わり! 久しぶりにしたからちょっと鈍ってるわ。次から本気」

 

 そう言うと、DIDは機械に二枚目の百円玉を投入した。

 

(……ふぅ、一回目でコツを掴みたいところだったが、完全にミスった。一回目にプレイしたやり方だと、景品の箱は全く動かないというデータしか収集できなかった。くそ、もうこうなったらさっきやったやり方とは全く違う方法で試すしかない。一回目を犠牲にして、二回目で改めてどういう動きをするのかというデータを収集するぞ!)

 

 DIDは心の中で自分にそう言い聞かせると、一つ目のボタンを押した。

 

(さっきとは全く違うやり方をしなければ……まず、前回は横の動きでほぼ景品の中心を狙った。次はわざとずらして片方のアームの元に戻るパワーを利用しよう。アームが天井から下に降りてくるとき、アームが景品を掴みにかかるので左右に大きく開く。その片方のアームが開いた状態のギリギリの所に景品がくるようにすれば、それだけ元に戻るパワーが強いから景品の動きも大きいはずだ)

 

 DIDは自分なりに攻略法を頭の中で考え、ギリギリ景品が片方のアームが引っかかる位置にアームを操作した。

 

「よし、きた! 狙い通り!」

 

 周りで見ていた仲間達は、横の位置が景品の中心よりも大分過ぎた位置に止まったので「え、大丈夫?」みたいな表情をしていたが、DIDの発言でそれが計算しているものだとわかると、「なるほど」という落ち着いた表情に変わった。

 

(二番目の動きで、中心よりもちょっと過ぎた辺りを狙おう)

 

 DIDは心の中でそうつぶやくと、奥に移動するアームの動きで、景品の中心の位置から一番奥までの位置との丁度中間になる辺りに狙いを定めたようだ。

 

 DIDが二つ目のボタンを押す前に、UFOキャッチャーの横に移動して、ガラス越しに距離感を確認する。正面から見ていると、アームが奥にどれだけ動いているのか把握しずらいのだ。実際の距離感を目に焼き付けて間隔を掴もうとしている。

 

(よし、間隔は掴めた。これでうまくいけば景品の箱は斜めに傾くはず……八〇度ぐらい横に傾いたら景品は落ちそうだが、まだ二回目だしそんなにうまくはいかないだろう。十度ぐらい景品が傾いてくれれば良しとしよう。後は地道にずらしていく手段に移れる)

 

 DIDが気合を入れて二つ目のボタンを押す。

「距離感はもう把握済みだ」という心の余裕が表情に表れている。

 

 アームが奥に向かって動き出した。

 そして、DIDの狙っている位置辺りにアームが止まる。

 

「よし! この位置だ」

 

 DIDは狙っていた位置にアームがうまいこと止まったので、「これはいいぞ!」とテンションが高鳴った。

 

 そして、二つ目のボタンを離し、アームが天井から景品めがけて降りて行く。

 左右に一本ずつあるアームが左右に開きながら降りていき、DIDの思惑通り片方のアームが景品のギリギリの位置をとらえた。

 

(アームの元に戻る反動を最大限に利用し、景品を動かす!)

 

 アームは掴む動作に移った。

 景品に接していないもう片方のアームはゆっくりと掴む動作をし、開いた状態から閉じた状態になってきている。

 そして、問題の景品に接しているアームも開いた状態から閉じた状態に戻ろうとしている…………かのように見えた。

 

「……え!?」

 

 DIDは絶句した。景品に接しているアームは、景品にほぼ何の動きももたらさずに、景品の箱の表面をなぞるように上に上がっていき、箱の表面をなぞり終わると、もう片方のアームと同じように閉じた状態の位置に戻ったのだ。

 何事もなかったかのように……

 

「いやいやいや、アームのパワー弱すぎでしょ! 弱いってレベルじゃない! 全くやる気がないというか、そもそも掴もうとしていない!」

 

 DIDはついつい感情をむき出しに愚痴を発してしまった。

 みんなの前で「本気出す」と言ってしまった以上、結果を出さなければならないプレッシャーがあったのだが、余りにも思い通りにいかな過ぎてついつい感情的になってしまったのだ。

 

 それを見ていたリンたんとDIDの仲間達は、クスクスと笑っている。

 DIDが失敗したからというよりは、アームのパワーの無さにみんなが納得し、DIDの感情むき出しに発した言葉に共感ができたからだ。

 

 DIDは一回目よりもひどい結果になり、かなりの衝撃を受けている。

 自分なりに作戦を練り、それを実行した。そして思い通り事は進んだはずだった。

 しかし、想像を遥かに越える事態に気づいてしまった。

 そもそもこの『機械のアーム』は全くやる気がなかったのだ。

 

(『機械のアーム』って聞くと力強いイメージが湧くけど、今動かした『機械のアーム』は、『アーム』という呼び名にふさわしくない。この『アーム』と呼んでいる部分の素材は、先端の引っかける爪の部分だけアルミのような金属でできていて、後のほとんどの部分は安っぽいプラスティックでできている。よく見れば材質も、見た目も力強い印象はない。つまり、これを『アーム』と呼んでしまっているから『パワー』を期待をしてしまうのだ)

 

 DIDは考えた。なぜこのような結果になってしまったのかを真剣に考えた。

 そして、一つの結論に達した。

 

 

(……これは『アーム』ではなく『やる気のないプラスティック』という呼び名がふさわしい)

 

 

 

 結論に達したDIDは、すぐさま行動に移した。

 

(そもそもこのゲーム自体がこういうものなのだ! このゲームで格好をつける必要などない! リンたんが欲しがっている景品がいかに早く手に入るかが最優先だ!)

 

「リキヤ! この千円札を二枚、両替機で百円玉に両替してきてくれ。後、エネルギーGも頼む、急ぎで!」

 

 DIDは仲間の一人に千円札二枚の両替をお願いし、残りの手持ち二百円ですぐさまリベンジに挑むことにした。

 

(よし! スピード勝負だ!)

 

 DIDは機械に三枚目の百円玉を投入し、一回目と二回目で行った慎重に考えてプレイするやり方を止め、スピーディーなプレイで勝負をかけた。

 

(横の位置は、真ん中手前ぐらい。奥の位置は箱の一番手前辺り)

 

 『やる気のないプラスティック』が横の真ん中手前で止まり、奥の位置は手前に止まる。

 そして、箱めがけて下がり始めたが箱が乗っている棒に当たってしまい、箱を掴むことなく空を切る。

 

「っくそ! つぎだ!」

 

 四枚目の百円玉を投入。

 

(横の位置は真ん中手前ぐらい。奥の位置は手前過ぎない辺り)

 

 『やる気のないプラスティック』が横の真ん中手前で止まり、奥の位置は手前よりちょっと進んだ所に止まる。そして、景品めがけて下がり始めると、箱を少し浮かして少しだけ箱が斜めに傾く。

 

「ほんの少し傾いたけどダメだ! つぎ! あ、百円玉もうないわ!」

 

 そのセリフをDIDが発するぐらいのタイミングで、先程両替を頼んだ仲間が駆け足で戻ってきた。

 そしてDIDに、百円玉を十八枚と、エネルギーG、そしてそのお釣りを渡す。

 そして、DIDはエネルギーGをさっそくその場で飲み始めた。

 

「エネルギーがみなぎってきたぞ!」

 

 DIDは元気よくそう言うと、すぐ様プレイを再開した。

 

 五枚目の百円玉を投入。

 

(横の位置は真ん中過ぎたぐらい。奥の位置は真ん中に近い手前辺り)

 

 『やる気のないプラスティック』が横の真ん中過ぎで止まり、奥の位置は真ん中の手前辺りで止まる。そして、景品めがけて下がり始めると、箱を少し浮かし、先程傾いた箱が逆に傾いて最初の位置に戻る。

 

「マジか! つぎ!」

 

 

 

 この頃にはもうすでに仲間の大半が飽きてきており、ほとんどがその辺のUFOキャッチャーや他のゲームで遊びだした。リンたんは暇そうに「まだ?」みたいな、ちょっと不機嫌な感じで見守っている。

 

 六枚目の百円玉を投入。

 横の位置は中心、奥の位置は一番奥の方を狙う。

 

 『やる気のないプラスティック』が思い通りにうまく動き、今までで一番景品を持ち上げることに成功。しかし、着地した景品は少し左に傾いただけで着地する。

 

「一番動いた! けど、ダメ! つぎ!」

 

 七枚目の百円玉を投入。

 横の位置は中心からちょい過ぎ、奥の位置は一番奥の方を狙う。

 

 『やる気のないプラスティック』が景品を掴みに行くが、先程と同様で少し高めに持ち上がるものの、傾いたのか動いたのかも分らないほど微妙な結果で着地をする。

 

「つぎだ!」

 

 八枚目の百円玉を投入。

 結果は、景品が奥に少し移動。

 

「つぎ!」

 

 九枚目の百円玉を投入。

 結果は、景品が手前に少し移動。

 

「つぎ」

 

 十枚目の百円玉を投入。

 結果は、景品が右に少し傾く。

 

「……つぎ」

 

 十一枚目の百円玉を投入。

 結果は、全く動かず。

 

「…………つぎ」

 

 十二枚目の百円玉を投入。

 結果は、奥に少しずれる。

 

「…………っ」

 

 十三枚目の百円玉を投入。

 結果は、箱の表面をすべる。

 

「………………」

 

 十四枚目の百円玉を投入。

 結果は、箱が少し持ち上がるが同じ所に着地。

 

(……え!? ダメじゃん)

 

 

ーーーDID編つづくーーー



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にわかの拳 4話 「にわかの者」

にわかの拳 4話 「にわかの者」

〜DID編〜

 

 アイハツオタク軍団のリーダーDID(ディッド)は、リンたんの物欲に応えるべく、UFOキャッチャーで景品を取ろうとしている。

 リンたんのお目当はブリピュアのフィギュアである。しかし、この景品を取るのに苦戦をしていた。

 

 一四回目のチャレンジによって、全く取れる気配のない状況にDIDは危機感を感じていた。

 

(……やっベー、俺『にわか』じゃん)

 

 DIDは心の中でそうつぶやいた。

 

 そして、先程まで発してきた言葉が全て恥ずかしくなってきていた。いかにもUFOキャッチャーが得意で、すぐにでも景品がゲットできそうなセリフを発していたからだ。それで、実際は『ヘタ』というのであれば、紛れもない『にわか』である。

 

 そんなDIDを眺めていたリンたんは、退屈でつまらないという表情をしている。その表情を感じ取るDID。

 

(やっべ、リンたん退屈そうだわ。早くなんとかしないと……」

 

 心の中でそう言うと、一五枚目の百円玉を手に持って、UFOキャッチャーの機械に投入しようとした。すると、何かの視線を感じた。

 

(……え、ん? リンたんが俺を見ている? いや、にらんでいる?……う、うう……リンたんの視線が痛い。……リンたんが俺に疑いの目を向けている)

 

 リンたんはDIDを疑惑の目でにらみつけていた。それは表情だけで「その一五枚目の百円玉で景品取れるんですか?」と訴えかけているようである。

 その圧力にDIDは耐えられなくなり、突如言葉を発した。

 

「……う、イタタタタタタ! お腹痛い。ちょっとトイレ行ってくるわ!」

 

 DIDはそう言うと、そそくさとトイレの方へ向かった。リンたんの圧力から逃げるように…。

 

 

 

 その様子を少し離れたところから見ていたDIDの仲間達。リンたんとDIDのやり取りを見ていたが「とても自分達が出る幕ではないな」と、遠くから見守るしかできていなかった。

 

「おい、DIDの奴トイレの方へ行ったぞ」

 

「何やら穏やかじゃないねー」

 

「やっベーな、リンたんフリーだ」

 

「リンたんが疎かになってるねー」

 

「どうする? 俺達はリンたんをうまく取り扱えない。只でさえ取り扱えないのに、今の不機嫌なリンたんを満足させられる技術なんてないぞ」

 

「見守るしかないのか……」

 

「DIDが帰ってくるのを待とう。トイレで用を済ませたらすぐに帰ってくるだろう」

 

「……果たしてリンたんはどのぐらい待ってくれるのだろう……かといって、DIDの代わりに誰かがUFOキャッチャーをしたとしても、同じ結果になる可能性は高い。そして、そいつはリンたんの疑惑の目線で精神が崩壊させられるという覚悟が必要だ。俺ではまず耐えられない」

 

「リンたんを取り扱えるのはDIDだけだ! DIDの帰りを待とう!」

 

 DID以外の仲間達は会話が終わると、リンたんとの一定の距離を保ち、何かしているフリをしながらリンたんを横目で見て様子を伺う事にした。

 

 

 

 一方トイレに行ったDIDは、トイレで用もたさずに、一人で洗面器の前で顔を洗っていた。

 

「………ふぅ………ふぅ………くそ! どうすりゃいいんだ! ……このままUFOキャッチャーをやって景品が取れるのか? ……リンたんはすぐ欲しいから……取れという目線を送ってきた…………あーー、もうダメだ。………やべーなこの状況……はぁ……ふぅ………ふぅ………」

 

 DIDのメンタルはズタズタになっていた。

 リンたんの疑惑の視線は相当応えたようだ。とても青ざめた血色の悪い表情になっている。

 

 そして、DIDは小声で囁くように自分に言い聞かせた。

 

「……落ち着け……落ち着け、俺。冷静になれ、冷静に……」

 

 DIDが顔を洗うのを一時的に止め、洗面台に手をかけ、もたれ掛かるように体を倒した。

 そして、顔を下斜めに向けて、洗った顔についている水の滴を洗面台に落としながら思考している。

 

 その時、「ガチャッ!」という音と共に、大のトイレのドアが開いた。

 どうやら、DIDは一人と思っていたようだが、トイレの大の方には既に人が入っていたようだ。

 

 それに気づいたDIDは気まずくなって黙り込む。

 一人と思って独り言をつぶやいていたので、それを聞かれたと思ったら恥ずかしくなったのだ。

 

(なんだ、人がいたのか……)

 

 DIDが心の中でそうつぶやくと、トイレの大の方から出てきた男が手を洗うだろうと、洗面台から少し離れた壁側に身を寄せて、男が手を洗うのを待った。

 

 大のトイレから出てきた人物は、小太りでメガネをかけた男で、肌は色白、年齢は20代半ばぐらい……この男は前にも紹介した事がある。

 この男は、ゲームセンターでメダルゲームを楽しんでいたケンジロウと言う名の無口な男であった。

 そのケンジロウの表情はとてもにこやかで、何かに満足した表情をしている。

 それはまるで、快便だったのでスッキリしたのか、リンたんを横取りしたDIDが苦しんでいるので満足しているかのように見える。

 その真相はわからないが、ただ見た感じではとても気分が良いようである。

 

 ケンジロウが手を洗ってトイレから出て行くと、DIDは再び洗面台戻って来て、鏡に映った自分を見ながら自分にアドバイスをし始めた。

 

「リーダーとして、この困難を乗り越えなければならない。どうすりゃいい? 景品がとれればいいんだ。俺が取れないなら誰が取る? 俺よりUFOキャッチャーがうまい奴は仲間に居ただろうか? もしうまい奴がいたら、こんな状況で真っ先にそいつの事が頭に思い浮かんでいただろう」

 

 DIDは濡れた両手で頭をクシャクシャかき回しながら頭の中で考え始めた。

 

(………んーーー、あのUFOキャッチャーがとても難しいという事をリンたんに理解してもらえれば、俺がヘタなのではなく、あのUFOキャッチャーの機械が難しい設定だという事になる? ……ふぅ、という事は…………リンたんにあのUFOキャッチャーをプレイさせてあげて、いかに難しいかを……理解してもらえば……いい?)

 

 DIDは洗面台の鏡の前で下にうつむきながら、口元でニヤリと笑った。「これはいいアイデアが浮かんだ」という表情に見てとれる。

 DIDは小さな声で「ククク」と笑った。

 

 

 

 DIDがそんな状況など何も知らないDIDの仲間達は、リンたんと一定の距離をとってひたすら様子を伺っていた。

 そして、リンたんのイライラが時間の経過と共に増しているのを肌で感じていた。

 

「おいおい、リンたん爆発寸前じゃないか? これ、やばいよな……?」

 

「こいつは穏やかじゃないねぇ、DIDを呼びに行こう。これは限界が近いねぇ」

 

 そう言って、DIDの仲間の二人がトイレの方に向かった。残りの仲間達は引き続きリンたんの様子を伺っている。

 

「あ、DIDがいた! トイレの横の自動販売機でジュースを飲んでるぞ!」

 

「穏やかじゃない状況なのに、DIDは穏やかにジュースを飲んでるんだねぇ」

 

「おい……またエネルギーGだ! おいおい、一体何本栄養ドリンク飲むんだよ。DIDの小便は今どんな色になっているんだ?」

 

「栄養ドリンクを一本飲んでも黄色くなるのに、三本も飲んでしまったら、きっと穏やかな色じゃないだろうねぇ」

 

「100%オレンジジュースみたいな小便だよ、きっと!」

 

 DIDを見つけた仲間の二人は、DIDを見つけるなり、急いで駆け寄り現在のリンたんの状況を伝える事にした。

 

「おい、DID! 何のんきにジュースを飲んでんだよ! リンたん、爆発寸前だぞ!」

 

 DIDは仲間達の報告に耳を傾け、余裕の笑みを浮かべる。

 そして、落ち着いたトーンでこう言った。

 

「OK、OK! 今さぁ、千円札を崩して小銭を作った所だったんだ。自動販売機の方が両替機より近いだろ?」

 

 そう言うと、仲間が続け様にこう言った。

 

「おい、DID……何でそんなに冷静なんだ? トイレに行く前と言った後のお前、全くの別人みたいだぞ……」

 

 仲間にそう言われ、DIDは壁にもたれながらエレルギーGの缶を真上に上げて全て飲み干すと、缶をゴミ箱に捨ててこう言った。

 

「ははは、苦難を乗り越えると人は強くなるのさ。リンたんの対処方法は既に用意できている。さぁ、行こうか」

 

 DIDの落ち着きのある余裕な対応に、仲間の二人は「さすがリーダー」という安堵の表情になっている。

 そして、リンたんの元へ三人で向かった。

 

 

 

 その頃、DIDとDIDを迎えに行った二人以外の仲間達は、ひたすらリンたんの様子を伺っている。

 みんながDIDの早急な帰還を待ち望んでいた。

 

 しかし、リンたんは既に限界点に達していた。欲しいブリピュアのフィギュアも手に入らず、すぐにとってくれそうなセリフだけを言っていた奴は、トイレに行って帰ってこない。

 そして、その仲間達はリンたんをフォローする事なく、一定の距離を保って近寄ろうとしない。

 リンたんの不機嫌さはピークをむかえていた。

 

 リンたんは、残っていたDIDの仲間達に向かって、にらみつけるような視線を送りだした。

 そして、その視線を感じたDIDの仲間達は『ヘビににらまれたカエル』のごとく、恐怖で背筋が凍りつき、その場で固まって動けなくなった。

 まるで、自分は存在しないかのように、息も必要最低限だけし、恐怖が過ぎ去るのをひたすら待っていた。

 リンたんはその光景を見て、さらにイライラとし始めた。

 

 リンたんは早くブリピュアのフィギュアが欲しかった。

 なのに今、誰もそのUFOキャッチャーを動かしてないのだ。

 これではいつまで経っても手に入る訳がない。

 リンたんはゲームセンターをグルリと見渡し始めた。

 自分が欲しいブリピュアのフィギュアを早く手に入れたい。

 それが手に入るなら誰でもいい。

 

 そして、リンたんの視線がある一点で止まった。

 そこにはDIDの姿はない。

 

 様々なゲーム機が置いてある機械と機械の隙間から、リンたんの目に何かが写りこんだようだ。

 その対象物はとても遠くなので、リンたんの目にはとても小さく写っている。

 しかし、リンたんはそれが何なのかがすぐに分かった。

 

 

『メダルがいっぱい入ったカップをくれた気前のいい金づる』

 

 

 そう、ケンジロウであった。

 

 

 リンたんの目に映ったのは、メダルゲームを一人で楽しそうにしているケンジロウであった!

 

 リンたんは、ケンジロウの存在に気づくなり、大きく息を吸い込み口を大きく開けてこう叫んだ!

 

「ケーーーーーーーン!! きてーーーーーーー!!!」

 

 

 

 トイレから帰ってきて、再びメダルゲームを再開していたケンジロウ。

 突然少女の叫び声がし、自分の名前が呼ばれた事に気づく。

 ケンジロウは0.01秒の速度で声が聞こえた方角に振り向くと、眉をしかめて遠くを見ているような動きを始めた。

 どうやらケンジロウは目を細めて遠くを見ようとしているようだ。

 

 ケンジロウはメガネをしているが、曇っているかのように白く汚れており、他人からは彼の目がどんな目をしているのか確認できない程である。

 本人はそれで物が見えているようだが、他人から見れば「それでキチンと物が見えているの?」と思われてそうだ。

 なので、彼の眉間のシワか、眉毛の動きで表情を認識しなければ喜怒哀楽が分かりにくい。

 ただでさえ無口で何を考えているのか分からないキャラなのに、さらにメガネによって表情が制限されてしまい『何を考えているのか分からない感じ』に拍車がかかっている。

 

 そのメガネの汚れのせいなのか、メガネの度があっていないのかはわからないが、ケンジロウはメガネをしてても視力がそれほど良くないようで、遠くにいるリンたんの姿を認識できていないようだ。

 必死に遠くを見ようとはしている。

 

 それでも、少女の声が聞こえた方角に、自分を知っている少女がいるのだけは認識できたようで、ケンジロウはすぐ様カップに入ったメダルをその場において、声が聞こえた方へ駆け足で向かった。

 

 

ーーーDID編つづくーーー

 

 

 



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にわかの拳 5話 「リンたんロス」

にわかの拳 5話 「リンたんロス」

〜DID編〜

 

 突如ゲームセンターに響き渡った少女の叫び声。

 それに気づいたケンジロウは、すぐさま叫び声が聞こえた方角へ向かった。

 ケンジロウが駆け足で少女の声が聞こえた方に向かっていると、途中で激しく言い争いをしている三人組に出くわした。

 

「おい!! リンたん爆発してんじゃんか!! 何で早く言わねーんだよ!!」

 

 三人組の一人の男が、他の二人に怒りをぶつけている。

 その男は、金髪で歳は20代後半ぐらい。実年齢よりも若い派手な格好をしている。

 そう、この男はアイハツオタク軍団のリーダーDID(ディッド)だ。

 

 先程のリンたんの叫び声を聞き「これはやばい」という青ざめた表情になっている。

 トイレでリンたんの対処法を思いつき余裕をかましていたDID、他の二人達からは「さすがリーダー頼りになる」と思われていた……しかし、それは一瞬で崩れ去った。

 

「いやいやいやいや、最初に言っただろ? お前さぁ、人の話聞いてんの?」

 

 仲間の一人が、DIDの怒りのエネルギーをそのまま跳ね返すかのごとく反撃の言葉を発した。

 

「あのさぁ、重要な事は強く言えって!! 重大さがわからないだろ!」

 

 DIDがそういうと、引き継ぎ先程の仲間の一人が反撃の言葉を発した。

 

「強く言っただろうが!! お前が勝手に聞き流してるだけだろ!! 何が『リンたんの対処方法を見つけた』だ、遅すぎるんだよ。のんきにエネルギーGを飲んでんじゃねーよ!!」

 

 DIDは仲間の真っ当な反撃により、精神的にダメージを受け、言葉を発する気力を失った……

 

(……ふぅ……ふぅ……ダメだ。……深呼吸をしよう。……はぁ……ふぅふぅ……はぁ……ふぅふぅ。……俺は冷静さを失っていた。リンたんの突発的な行動に対応できなかった。……まさか……ゲームセンターで……大声出して……誰かを呼ぶなんて……思いもしなかった……ダメだ、仲間にあたってしまった……俺はダメなリーダーだ……)

 

 

 

 そんな揉め事とは全く無縁のケンジロウは、「何やら騒がしい連中がいるぞ」と、チラ見した程度で彼らの横を駆け足で通り抜けた。

 ケンジロウの目指しているのは少女の声の聞こえたUFOキャッチャーのエリアである。

 大きな声で自分の名前を呼ばれたケンジロウは、本当に自分の事なのかよく分からない表情をしたまま、とにかく声がした方へ向かっていた。

 

 そして、ようやくUFOキャッチャーが見えてきた時、ケンジロウはとてもにこやかな表情になった。

 そこに居たのは、あのバッツと言う図々しい性格の少年の後ろから、恥ずかしがりながらお辞儀をしてきた可愛らしい少女『リンたん』であった。

 

 DID達がゲームセンターに来て以来、『リンたんと絡む利権』を奪われてしまったケンジロウ。

 喋らないキャラなので言葉には出さないが、表情だけでふてくされているのが一目瞭然だったケンジロウ。

 そんな彼にチャンスが訪れたのだ。

 

『リンたんと絡む権利』

 

 この特権は、このゲームセンターでは選ばれし者しか得ることができない栄誉ある権利。

 ケンジロウがにこやかになるのも無理はない。

 

 そして、ケンジロウがリンたんの元に到着すると、リンたんはようやくUFOキャッチャーをプレイするプレイヤーが登場したと、安堵のため息を漏らした。

 今まではUFOキャッチャーをプレイするプレイヤーがいなかったのだ。

 どんなプレイヤーであれ、いるといないでは大きな差がある。

 リンたんは取り敢えずはプレイヤーを確保する目的を達し、ピークに達していたイライラが少し治まったようだ。

 

 そして、今まで溜まっていたイライラを発散するかのように、少しキレ気味でケンジロウに向かってこう言った。

 

「ケン、あれとって!」

 

 ケンジロウはリンたんのイライラの原因に一切関係ないのだが、イライラしたリンたんにとってはそんな事はどうでもいいようだ。

 

「とにかくブリピュアのフィギュアが欲しい!」その一心でリンたんは行動している。

 

 なので、ケンジロウへの気遣いなどの配慮はないのだ。

 消去法で選ばれたプレイヤーであり、リンたんにとって他に選択肢がなかったのである。

 

 そんなリンたんのピリピリしたオーラを感じとったのか、ケンジロウはこれ以上リンたんを刺激はしないようにとゆっくりと動作をしはじめた。

 ケンジロウは、UFOキャッチャーをプレイするために財布からお金を取り出そうとしているのだが、その動きはまるで「リンたん先生、この動きであっていますか?」と、車の教習所の生徒が間違った動きをしていないか先生に指示を仰ぎながら、正確な動きをゆっくりとしているような動き方である。

 

 そして、ケンジロウは、財布からゆっくりと100円玉を取り出した。

 

 それをじっと見つめるリンたん。

 

 どうやら、ケンジロウの動きは今のところ『リンたん先生』に注意を受けるような事はしていない正しい動きをしているみたいだ。

 ケンジロウは「これであってるんですね!リンたん先生」と、リンたんの様子を見ながら自分に言い聞かせているように見える。

 

 ケンジロウが手に持った100円玉を、UFOキャッチャーのコイン投入口に投入した。「チャリン」という音が小さくなると、UFOキャッチャーのメロディが鳴り始めた。

 

 先程まで『リンたん先生』の顔色を伺いながら、恐る恐る行動していたケンジロウ。

 しかし、UFOキャッチャーに100円玉を投入した後は景品を取るだけである。ケンジロウの意識はリンたんではなく、UFOキャッチャーの中にある景品へと移り変わった。

 

 ケンジロウが、UFOキャッチャー内に飾ってある景品のブリピュアのフィギュアを確認すると、「よーし、いっちょやったりますか!」と言っているような気合の入った表情になった。

 

 ケンジロウの事を消去法で選んだリンたんは、最初はケンジロウにあまり期待をしていないようだった。なので、しょうがなく選んだというのが態度に表れていた。

 しかし、ケンジロウが100円玉をUFOキャッチャーに入れた瞬間、ケンジロウの表情が自信満々に見えたのでリンたんの態度が変わった。「これはもしかしたら……」と思ったのだろう。リンたんはケンジロウに、かすかながら希望感じたようだ。

 

 

 

 一方その頃、仲間と言い争いをしていたDIDは、心の中で感情的になって仲間に当たってしまった自分の愚かさを反省し、少し沈黙した後、冷静になってこう言った。

 

「イツキ、リキヤ……すまない。俺、リンたんの反応に対処できずにパニクって、お前達に八つ当たりしてしまった。ごめんな、リーダー失格だよ……」

 

 先程の感情的になったDIDとは全く違う、とても弱々しく自分の誤ちを反省するDIDを見た仲間達は、すぐさま落ち着いた表情になりこう言った。

 

「……いや、俺はさぁ、お前のそういう所が好きなんだよ。素直に謝れる人間ってさぁ、リーダーに相応しいと思うぜ」

 

「DID、そういう事だ。穏やかに行こうぜ」

 

 イツキとリキヤが続け様に言葉を発すると、DIDは目をうるうるさせながらこう言った。

 

「お前らと仲間である事が最高にハピハピ☆ハッピーだ」

 

DIDは仲間達にそう告げると、少ししんみりした表情をし、続け様にこう言った。

 

「さぁ、行こう! 我々の団結力でリンたんをカバーするぞ!」

 

 その言葉を待ってましたかのように仲間達はすぐさま「ラジャー!」と返答した。DIDチームの絆は一段と強くなったようだ。

 

 そして、DID達がUFOキャッチャーエリアにようやく到着すると、ある光景を目の当たりにした。

 リンたんが知らない男と居る。そして、その男はUFOキャチャーをしようとしている。

 

「おいおいおいおい、『リンたんフリー』どころか、『リンたんロス』してんじゃんか! おいおいおい、何やってんだ! 誰だあいつ? リンたん、とられてんじゃん!」

 

 DIDがそう言うと、イツキと呼ばれていた仲間がこう言った。

 

「前にも言っただろ、俺たちは『リンたん取扱説明書』がなければリンたんを取り扱えないんだよ」

 

 イツキにそう言われたDIDは「……はぁ」と、ため息をついてこう言った。

 

「わかった、わかった。こうなってしまったからには仕方ない。よし! リンたんをリターンするぞ! 『リンターン』だ!」

 

「YES! リンターン!」

 

 イツキとリキヤが声を揃えてそう答えると、イツキが何やら考えるそぶりをしてDIDにこう言った。

 

「リンターンをするとして、具体的にどうするんだ?」

 

 イツキの問いかけにDIDはこう答えた。

 

「まずは、ターゲットの観察だ。あのメガネ野郎の腕前を拝見といこう。こいつがもし、UFOキャッチャーの腕前がよければやばい。しかし、見た感じ明らかに下手そうだ。甘やかされた環境で育った感じがにじみ出ている。見た目は大人で、中身が子供。名探偵ゴニャンの逆だよ。にわかで、情報弱者。こいつは絶対下級人類だ」

 

そう言ってDID達は、ケンジロウのいるUFOキャッチャーの少し離れた所から観察し、対策を考えることにした。

 

 

ーーーDID編つづくーーー

 

 

 

 

 



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にわかの拳 6話 「ようこそ、にわかの王」

にわかの拳 6話 「ようこそ、にわかの王」

〜DID編〜

 

 ゲームセンターでUFOキャッチャーをプレイしようとしている1人の男がいる。ケンジロウである。

 その隣にはピンクの服を着た可愛らしい少女リンたんが立っており、ケンジロウがUFOキャッチャーをプレイするのを見守っている。

 

 ケンジロウはUFOキャッチャーに百円玉を投入すると、やる気満々でUFOキャッチャーの中にある景品に目をやり、狙いを定めた。

 UFOキャッチャーの内部には細い棒が四本あって、真ん中の棒二本の間がとても感覚が広くなっており、それをまたぐ橋のように縦長の箱に入ったフィギュアが置かれている。

 少しずつ箱を斜めに動かして角度をつけてやれば景品が落ちる感じである。

 

 ケンジロウは、リンたんの名指しのご指名により参上し、アイハツオタク集団DIDから『リンたんと関わる権利』を奪い取った。正確にはDID達がミスをしただけである。

 しかし、理由はどうあれ、ケンジロウに突如訪れたリンたんと関わるチャンス。このチャンスを逃す訳にはいかない。ケンジロウがやる気満々になるのも当然だ。

 

 そして、ケンジロウはゆっくりとUFOキャッチャーの横に動くボタンを押した。

 UFOキャッチャーのアームが横に動く。ずんずんアームが進んでいく。

 そして、正面から見れば、ほぼ景品の真ん中の位置ぐらいでアームが止まった。

 ケンジロウの表情は「しめしめ」といった感じで、自分の思い通りの位置に来たようだ。

 そして、二つ目のボタンを押す。これでアームが奥へ移動する。

 アームがドンドン奥に移動すると、ケンジロウの表情が念入りにターゲットを狙っているかのような渋い表情になった。

 それはまるで、敏腕スナイパーがターゲットをスコープで捉えて、後は引き金を引けば必ず当たるような自信のある表情である。

 

 横で見ているリンたんは、ケンジロウの気迫のある表情に「もしかして、実はUFOキャッチャーがめちゃくちゃうまいプロの人?」という表情でドキドキしている。

 

 そして、UFOキャッチャーのアームが景品の上に差し掛かる。アームが景品の上をどんどん通り過ぎる。果たしてケンジロウは何処を狙うのか。

 そして、アームが景品の一番奥の辺りにまで来た。ケンジロウは景品の奥に狙いを定めたのかもしれない。

 そして、通り過ぎる。一番奥の壁まで行きそうだ。行かない、一番奥の壁少し手前でアームの動きが止まり、景品をつかむ動作を始めた。

 しかし、そこに景品はない。既に大分通り過ぎてしまっている。アームは何もない空間で物をつかむ動作をし、何もつかまないまま上にあがっていくと、そのまま最初にいた元の定位置へと戻っていった。

 

 リンたんはそれを呆然と見つめている。「え、何が起こったの?」という、今目の前で起こった出来事が想像と違いすぎて理解できない様子だ。予想だにしない事が起こった顔である。

 

 

 

 その様子を少し離れた所から見ている複数の男達がいる。その男達は、ケンジロウがUFOキャッチャーをプレイする様子を見ていたようだ。

 全員が薄ら笑いをしており、どうやらケンジロウを嘲笑っているかのようである。

 その男達は『リンたんと関わる権利』を、ケンジロウに奪われてしまったDIDとその仲間達だ。

 

「ククククククク……こいつはとんだ『にわか野郎』だ」

 

 DIDがそう言うと、周りで薄ら笑いをしていた仲間達も「ククク」と声を出して笑い始めた。

 

「いいか、一回目であの結果なら確実に下手なやつだ! 上手いやつが最初にたまたまミスったとしても、あんなミスはありえん! 断言する、こいつはただの『にわか野郎』だ!」

 

 それを聞いた仲間達は「確かにその通りだ」という表情になり「ハハハ!」と声を出して笑い始めた。

 

「さーて、二回目はどんなヘマをするんだ」

 

 DIDは、ケンジロウが当たり前のように二回目も失敗するだろうと予測をした。果たして本当にそうなるのだろうか。

 

 

 

 ケンジロウが眉をしかめている。どうやら自分が思い描いていた結果にならなかった事に不満があるようだ。

 そして、ケンジロウは財布から百円玉を取り出し、再度UFOキャッチャーの投入口にそれを入れた。

 

 ケンジロウが、UFOキャッチャーの内部に飾ってある景品を見つめている。恐らくは、何かを考えているのだろう。

 そして、何か作戦が頭に思い描けたのか「よし、やったるぞ」という表情になり、UFOキャッチャーの横に動くボタンを勢いよく押した。

 

 UFOキャッチャーのアームがぐんぐん横に動いていく。それをじっと見つめながら、視線でアームの動きを追いかけるケンジロウ。

 横に移動するボタンを離すと、一回目と同様、景品のほぼ真ん中辺りにアームが止まった。

 ケンジロウの表情は少しにこやかになった。恐らくここまでは何も問題なく進んでいる感じである。

 

 ケンジロウは、アームが止まった位置に自分の体を移動させ、少し体を下げた。その視線は、天井付近にあるアームと、景品の間の空間を見ているようである。

 それはまるで、ゴルフのパターでカップの穴に狙いを定めて、そのカップまでの距離を移動するゴルフボールがどのように移動するかを計算しているかのようである。

 グリーンの芝の状態、微細な地面の浮き沈み、パターの角度や力加減などを全て計算し、ボールをカップインしなければならない。

 

 そして、ケンジロウは何かを悟ったかのように体を起こし、真剣な眼差しで、UFOキャッチャーの中にある景品を見つめ始めた。

 既にケンジロウの頭の中では、景品をゲットするためのプランが完成しているかのようである。

 ケンジロウの表情は、プロゴルファーがグリーン上で、いかに少ない打数でゴルフボールをカップインするかを計算し、自分の頭の中であらゆる事を想定して、どんな状況になってもベストを尽くせる自信があるという、研ぎ澄まされた表情にも見える。

 

 そして、ケンジロウはゆっくりと自分の右手を二つ目のボタンの上に添えた。ボタンはまだ押していない。

 ボタンを押せば、アームが奥に移動し、ボタンを離すと、つかむ動作に移る。

 これでうまく景品を動かすことができれば、景品を下に落としてカップインすることができる。その打数をいかに少なく済ませるかが腕の見せ所である。

 

 ケンジロウがUFOキャッチャーのボタンに添えている手は、とても軽やかで、ボタンに触れているのか触れていないのか分からないほどソフトタッチである。

 

 そして、ケンジロウはアームに目線を合わせると、「よしっ」と言ってるかのように体全体を少し弾ませるように動かし、二つ目のボタンに添えている右手を軽く押し込んだ。

 

 アームが奥へと動く。どんどんと奥へ進んでいく前に、アームが下がり始める。どんどん進んでいくと思っていたが、ほぼ進まずにアームが下にさがり始める。

 アームは何もない空間で物をつかむ動作をした。そして、何もつかまないまま上にあがっていくと、そのまま最初にいた元の定位置へと戻っていった。

 

 ケンジロウが眉をしかめている。

 

 どうやら、ボタンをソフトタッチしすぎて、途中で離してしまったようだ。ケンジロウはこれで、UFOキャッチャーのボタンはソフトタッチしない方が良いことがよく分かっただろう。

 

 リンたんは二度目の結果にイラっとしているようだ。それはまるで、「最初のあの真剣な眼差しは嘘だったのね」と、言っているかのようである。

 リンたんは、既に二回目でケンジロウの本質を見抜いてしまったらしい。彼が『にわか』である事に……。

 

 

 

 その様子を少し離れた場所から見ていたDID達は、笑いをこらえるのに大変そうだ。みんなが口元を押さえるような仕草をしている。

 一応、リンたんがイライラしているので、大声で笑うのを我慢しているようだ。恐らくは、リンたんがその場に居なければみんなで爆笑していた事だろう。

 

「見たかあいつの『にわかぶり』を! これであいつが『にわか新記録」を叩き出してくれれば、いかにあのUFOキャッチャーが難しいかがリンたんにも分かるだろう! そして、あいつがUFOキャッチャーを諦めた時が勝負だ! 全員で交代しながら何がなんでもあの景品を取るんだ! リンたんを取り返すぞ! リンターンだ!」

 

「YES!! リンターン!!!」

 

 DIDが仲間達にそう言うと、仲間全員が声を揃えて即答した。

 DIDは単独行動をやめて、仲間と協力し、何がなんでも結果を出そうとしているようだ。それが仲間にも伝わり、一体感が増している。

 

(さーて、三回目のチャレンジだな。まぁ、結果は既に見えているがな……ククク。せいぜいがんばりたまえ、にわか君)

 

 DIDは心の中でそうつぶやくと、ケンジロウが諦めるまで、高みの見物をする事に決めたようだ。

 

 

 

 ケンジロウは財布から百円玉を取り出す。これで三回目のチャレンジだ。

 リンたんには呆れられ、DID達にはバカにされているケンジロウ。果たして彼に、この場面を覆す事ができるのだろうか……。

 

 ケンジロウが百円玉を投入する。

 そして、一つ目のボタンを押すと、毎度の様に景品の真ん中に止まる。ここまでは良し。

 問題の二つ目のボタン。ケンジロウは今回は押し間違える事なくボタンを勢いよく押し込む。

 アームは奥へ奥へと進んでいき、景品の真ん中を少し過ぎた辺りの所で止まり、景品目掛けてアームが降りていく。

 しかし、アームは少し景品を持ち上げただけで、景品は全く同じ場所の定位置に戻った。

 それを見て、ケンジロウは眉をしかめる。

 

 リンたんは薄目でその様子を見ている。もはや希望が無さそうな冷めた目つきである。

 

 DIDはニヤニヤしながらその様子を見ている。早く自分の記録を追い越してくれないか、諦めてバトンタッチするのかを期待している様だ。

 

 

 

 ケンジロウは四枚目の百円玉を財布から取り出し、投入口に投入する。

 横の位置はいつものように真ん中。そして、奥の位置は景品のど真ん中で上手いこと止まる。

 アームが景品目掛けて下がっていく。そして、アームが景品をつかむ。景品が少し浮く。そして、定位置に戻る。

 先程と同じような結果に、ケンジロウは眉をしかめて苛立ちをあらわにする。

 リンたんは冷めた目つきで見ている。

 DIDは、子供を見守る母親のように「それでいいのよ」と言ってるかのような表情で見守っている。

 ケンジロウがミスればミスるほどDIDには都合がいのだ。

 

 

 ケンジロウは五枚目の百円玉を財布から取り出し、投入口に投入しようとするが、投入口から少しずれた機械のボディに当たってしまい百円玉を落とした。

 コロコロ転がっていった百円玉は機械の下のスペースに入ってしった。ケンジロウは機械の下を覗き込むが、大きな機械の真ん中辺りに百円玉が行ってしまったので取れそうにない。それを見て、ケンジロウは眉をしかめる。

 

 

 五枚目の百円玉を諦めたケンジロウは、財布から千円札を取り出した。

 それに敏感に反応するリンたん。リンたんはお金に関して凄まじい瞬発力があるようだ。

 ケンジロウがお札をリンたんに見せて、ゲームセンターの奥の方を指差している。

 どうやらケンジロウは、お札を百円玉に両替しに行くようだ。

 リンたんは、軽くうなずくとケンジロウは両替機の方へ向かって駆けて行った。

 

 

 その光景を見ていたDID達。DIDの仲間の一人がDIDに向かってこう言った。

 

「DID、今『リンたんフリー』だ!」

 

 DIDは仲間にそう言われ、「確かにそうだ」と思ったようだ。

 

(……確かに今はUFOキャッチャーをする権利を奪い取るチャンスだ。しかし、あのにわか野郎はまだ諦めてもいないようだし、俺がミスった記録をまだ上回ってもいない。そして、リンたんは俺達にまだ怒りを感じているかもしれない……。リンたんが呆れ果てて、あのにわか野郎に希望を失った時が挽回するチャンスだ)

 

 DIDは自分にそう言い聞かせると、仲間に向かってこう言った。

 

「まてまて、そう焦るな。あいつはまだUFOキャッチャーをやり始めたばっかりだ。リンたんも完全には諦めてはいない。もし、リンたんが心底見切りをつけているなら、誰か他のプレイヤーを探してキョロキョロするはずだ。今はしていないだろ? もし、そういう動きをしだしたら、俺達しか他にいないから選ばれるはずだ」

 

 DIDに話しかけた仲間は、DIDの、返答に納得したようで、リンたんとケンジロウの行く末を見守る事にしたようだ。

 

 

 

 ケンジロウが駆け足でリンたんの元に帰ってくると、早速六枚目の百円玉を機械に投入する。

 一つ目のボタンを押して景品の真ん中辺りに止まる。二つ目のボタンを押して景品の奥側ギリギリの部分で止まる。そして、アームがつかむ動作に移り、景品を少し浮かせる。

 景品が置かれていた棒の上に着地すると、右にほんの少し傾いて着地する。

 ケンジロウは少し眉をしかめるが、今までよりはマシだったので、眉のしかめ具合も若干浅い感じである。

 リンたんは退屈そうにそれを眺めている。

 DIDはニヤニヤとそれを見守っている。

 

 

 ケンジロウは七枚目の百円玉を機械に投入する。

 横位置は真ん中、奥の位置は五回目と同じ場所を狙うが、少しずれる。

 結果は景品が少し浮いて最初の全く傾いてない状態に戻る。

 ケンジロウは眉をしかめた。

 リンたんは無表情。

 DIDはお母さんの眼差し。

 

 ケンジロウは八枚目の百円玉を機械に投入する。

 結果は、景品がほんの少し右に傾く。

 ケンジロウは少し眉をしかめる。

 リンたんは退屈そう。

 DIDは「その調子よ」と、我が子の成長を喜ぶお母さんの笑顔。

 

 

 ケンジロウは九枚目の百円玉を投入し、景品を少し右に傾ける。

 ケンジロウはほんの少し眉をしかめる。

 リンたんは隣のUFOキャッチャーの景品を見ている。

 DIDは、集中力がなくなってきて、愛想をつかし始めているリンたんを見てニコニコしている。

 

 

 ケンジロウは十枚目の百円玉を投入し、景品を少し左に傾ける。

 ケンジロウは全く進展しない展開に眉をしかめてイライラしている。

 リンたんはUFOキャッチャーエリアをウロウロしだす。

 DID達は、リンたんが自分達に視線を向けたとき、ニコニコして興味を引かせようと笑顔を作っている。

 

 

 ケンジロウは十一枚目の百円玉を投入し、横の位置をアーム片方のギリギリに景品がくるように移動させる。そして、奥の位置は景品の真ん中をとらえる。

 結果は、アームが景品の表面をなぞるだけだ全く動かない。

 ケンジロウは険しい顔で眉をしかめる。

 リンたんは他のUFOキャッチャーをぐるりと見終わって、ケンジロウの進展のなさにガッカリしている。

 DIDは、ケンジロウが今頃アームの力のなさに気付いた事に喜びを感じていた。

 

 (ハハハ、俺と同じ事をしてやがる。己の力のなさを悔いるがいい、『にわかの戦士』よ! それは『アーム』ではなく、『やる気のないプラスティック』なのだ!)

 

 DIDは心の中でケンジロウの事を心底嘲笑っていた。

 

 

 ケンジロウが十二枚目の百円玉を投入し、横の位置を真ん中より少し右、奥の位置を景品の一番手前を狙うが、狙うのが前すぎて空振りをする。

 ケンジロウが眉をしかめる。

 リンたんは無表情。

 DIDは顔が歪むぐらい笑いを我慢している。

 

(おいおいおい、今になって空振りか? 何やってんだこいつは、面白すぎる! こいつはとんだ『にわか野郎』だな! その調子で『にわか道』を突き進むのだ『にわかの騎士』よ)

 

 

 ケンジロウが十三枚目の百円玉を投入し、横の位置は真ん中、奥の位置も真ん中を狙う。その結果、少し浮いて元の位置に戻る。

 ケンジロウは眉をしかめる。

 リンたんはキョロキョロと辺りを見渡しだす。

 DIDは満面の笑みで、ケンジロウを嘲笑いながら、リンたんを歓迎するスマイルをしている。

 

(よし! リンたんがキョロキョロし始めている! もうすぐだ! もうすぐでこいつは愛想を尽かされて終わりだ。お前はお姫様を満足させることもできない、間抜けな『にわか王子』だ!)

 

 

 ケンジロウが十四枚目の百円玉を投入し、横の位置は真ん中、奥の位置は景品の奥側を狙う。結果は、景品が少し浮いて、ほんの少し右に傾く。

 ケンジロウは眉をしかめっぱなしになってきている。

 リンたんはケンジロウに興味がなくなってきている。

 DIDはリンたんの変化に対応できるよう、いつでも準備は万端といった感じだ。

 

(さぁ、もうすぐだ。俺がプレイしたのは十四回。次のプレイで俺の『にわか』は塗りかえられる。そして、新しい『にわかの王』を歓迎しよう……ククク)

 

 ケンジロウは十五枚目の百円玉を投入。結果はほんの少し右に傾く。

 ケンジロウは眉をしかめたまま呆然としている。

 リンたんは、以前DIDにしたように、ケンジロウに疑惑の視線を向けようとしている。

 DIDは、この光景を待ち望んでいたかのように、満面の笑顔で仲間達に向かってこう言った。

 

「さぁ、喜べ!!『にわかの王』の誕生だ!! 我々に救いの手を差し伸べてくれたぞ! 王は自ら『にわか』となり、我々を『にわかの呪縛』から解き放って下さった!」

 

 DIDは仲間に向かってそう告げると、ニヤリと口元で笑いながら、右手を胸元に当てた。そして、軽くお辞儀をしながら、ケンジロウの方向に向かって敬意を表するポーズをとり、こう言った。

 

「ようこそ、にわかの王よ」

 

 それを見た仲間達も同じように、ニヤリと笑いながら、ケンジロウに向かって敬意を表すポーズをとった。

 

 どうやらケンジロウは、DID達に『にわかの王』として祭り上げられ、『にわか』のポジションをバトンタッチされてしまったようだ。

 

 リンたんの疑惑の視線と、DID達からの『にわかバトンタッチ』

 果たしてケンジロウに、このピンチを乗り切る事ができるのだろうか……

 

 

ーーーDID編つづくーーー

 



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にわかの拳 7話 「リンたん攻略法」

にわかの拳 7話 「リンたん攻略法」

〜DID編〜

 

 ケンジロウは、UFOキャッチャーを十五回失敗したことによって、DIDの『にわか記録』を更新してしまった。

 DID達には、新しいにわかが誕生した『にわかの王』だと祭り上げられ、リンたんは我慢の限界に達している。

 

 DIDが以前、十四回目のプレイを失敗した時、リンたんはDIDを疑惑の目で睨みつけた。

 それは、「十五回目で取れるんですか?」というリンたんからの圧力であり、DIDはそのプレッシャーに耐えきれず、トイレに逃げてしまった。

 それによって起こった、リンたんを失う悲劇『リンたんロス』。

 このままでは、ケンジロウもリンたんの疑惑の視線に耐えきれず『リンたんロス』になってしまうかもしれない……

 

 

 ケンジロウが十六枚目の百円玉を財布から取り出そうとしている。

 しかし、百円玉はもう全部使ってしまったらしく、財布の小銭入れをかき回しても百円玉が見あたらないようだ。

 

 リンたんはとてもイライラしており、ケンジロウを疑惑の視線で見つめている。

 

「次の百円玉で本当に取れるんですか?」というプレッシャー。

 

 DIDはこの視線に耐えきれず逃げてしまった。

 ケンジロウは、まだそれに気付いていないようだ。

 

 ケンジロウは財布に百円玉がない事に気付くと、以前と同様、千円札を両替しに行く事にしたようだ。

 財布から千円札を取り出して、前回同様リンたんに両替に行ってくるという意味の動作をしようとした。

 

 すると、ケンジロウはリンたんがすごい形相で自分を見ている事に気付く。

 それに気づいたケンジロウは、リンたんの視線を受けて「蛇ににらまれたカエル」の様に膠着し、冷や汗をかいている。

 何でリンたんがイライラしているのか、ケンジロウには理由がよくわかっていないようだ。

 

 ケンジロウは財布からゆっくりと千円札を取り出すと、さらにゆっくりした動作で、リンたんの方へ千円札を掲げて提示した。

 

 『ゆっくり作戦』である。

 

 ケンジロウは、リンたんの気持ちがよくわからないので、前回同様ゆっくり動く作戦にしたようだ。

 

 これは以前、リンたん先生に暗黙の確認を取りながら行動していた、『教習所と生徒のやりとりパターン』である。

 自分が間違った行動をしていないかを教習所の『リンたん先生』に見てもらいながら行動をする手法。

 ケンジロウは、リンたんがイライラしていると、自然とこのパターンが発動するシステムになったみたいだ。

 

 そして、ケンジロウが千円札を財布から取り出し、ゆっくりゆっくりとそれを高々に掲げ、リンたんが見やすい様に提示をした。

 

 リンたんはそれをゆっくりゆっくりと目線で追いかけて、ケンジロウが高々と提示した千円札で目が止まる。

 そして、じっと見つめている。

 リンたんの視線は、千円札に釘付けといった感じだ。

 

 ケンジロウは、軽く眉をしかめた。

 リンたんの予想外な興味津々な反応に「なんだこれは?」と言っているかの様な表情である。

 

 ケンジロウはおもむろに、高々と掲げていた千円札をゆっくりと体の前に差し出す様に動かした。

 腕を体の前にめい一杯に伸ばしたような状態で、千円札はリンたんの目線に見やすく収まる様に、両手でつかんで立てている状態である。

 

 リンたんは、高々と掲げられていた千円札が、高い位置から段々と自分のいる方に下がってきて、リンたんの目線にぴったり収まる様に千円札が止まると、それを夢中で見つめ始めた。

 

 先程までのイライラした表情はどこに行ったのか、リンたんは嘘の様に通常の可愛らしい少女の表情へと変わっていた。

 

 その変化を目の当たりにするケンジロウ。

 ケンジロウは少し顔を斜めにそらしながら、何かを考えている様な素振りをしている。

 頭の上にはハテナマークが付いていそうな雰囲気である。

 

 そして、ケンジロウは千円札を自分の前に掲げたまま、リンたんのいる方へ向かってそろりと一歩足を進めた。

 

 リンたんとの距離はそれ程遠くはない。後数歩で握手ができる距離だ。

 

 ケンジロウが一歩程リンたんに向かって近づくと、リンたんの表情がほんの少しにこやかな表情になった。

 

 その変化に、またもやケンジロウは顔を斜めにして何かを考えているようだ。「先程までのイライラは何だったのだろう?」とでも言っているかのような表情に見える。

 

 そしてケンジロウは、さらなる一歩を踏み出す。

 とてもゆっくりとしたスローペースで、リンたん先生のご機嫌を伺いながら動いている。

 千円札は両手で前に掲げたままである。

 

 リンたん先生は、先程の表情よりもにこやかになっていた。どうやら間違った行動ではなかったようだ。

 

 ケンジロウはそのリンたん先生の変化に安心し、緊張から解放された爽やかな笑顔となった。

 それはまるで、「リンたん先生! これでいいんですね!」とでも言っているかの様である。

 

 ケンジロウは自分が行った行動が間違ってないんだなと確信すると、更なる一歩をそろりそろりと踏み出した。

 この一歩分を進むと、リンたんとはお互いが手を伸ばせば届く距離である。

 

 ケンジロウがリンたんと手を伸ばせば届く距離まで届いた時、ケンジロウはある事に気づく。

 ケンジロウはリンたん先生の表情ばかりを気にしていたのだが、表情以外のパーツがノーマークであった。

 

 リンたんが手を伸ばせば届く距離にケンジロウが到達した時、リンたんがそろりそろりと両手を伸ばしていたのだ。

 

 そのリンたんの小さな両手は、左右均等に伸びてきており、ある物を的確に捉えるかのように軽いアーチ状になっている。

 リンたんの内側にアーチ状になった両腕は、ケンジロウの体の横幅よりも内に向かって伸びてきている。

 ケンジロウの横幅よりも内にある、リンたんがイライラした表情がニコニコした表情に変わる物に、ターゲットが定められているようだ。

 

 そのアーチ状になったリンたんの両腕は機械のように正確に、それに向かって伸びていた……

 

 ケンジロウが掲げている『千円札』に向かって。

 

 

 リンたんのアームは的確にターゲットを捕捉し、小さなアームだが力強く獲物をロックしている。

 雷が落ちても噛みついた物を離さないと言われる、スッポンのような執念のパワーを感じる。

 

 DIDが求めていたUFOキャッチャーの『アームのパワー』がそこにはあった。

 小さな少女の小さなアームではあるが、それは決して、きゃしゃな体のかよわい少女のものではなく、DIDが表現した『やる気のないプラスティック』のような頼りなさもない。

 プロの殺し屋がターゲットに気づかれないように背後から忍び寄り、音も立てずにターゲットの首にある頸動脈を腕で締め上げ抹殺するかのような、獲物を確実に仕留めるパワーである。

 

 

 ケンジロウは、リンたんに千円札をロックオンされると、リンたんの圧力に驚いたかのように「ビクッ」っとなり、そろりと千円札をつかんでいた指を離した。

 

 そして、千円札の自由を奪ったリンたんは、満面の笑みで「わーい」と、はしゃぎながら千円札を持って何処かへと行ってしまった。

 

 プロの殺し屋『リンたん』に、獲物を仕留められたのだから、手の出しようがない。

 

「…………」

 

 ケンジロウが呆然と突っ立っている。何が起こったのかよく理解できていないようだ。

 

 リンたんの姿は消えてしまったが、ケンジロウはもう一枚千円札を財布から取り出し、両替機の方へと向かった。

 

 どうやら、UFOキャッチャーでブリピュアのフィギュアを取る事をまだ諦めていないようだ。

 

 リンたんによってUFOキャッチャーをプレイする羽目になったケンジロウ。

 そのきっかけであるリンたんが居なくなってもプレイをしようとしている。

 

 リンたんが帰ってくるまでにフィギュアをゲットしようと思ったのか、自分のプライドがどうしても景品を取らなければ許さないのかはわからないが、ケンジロウがUFOキャッチャーでブリピュアを取るのをやめる様子は見られない。

 

 

 

 その一連のリンたんとのやり取りを見つめていたDIDと仲間達。

 彼らは、ケンジロウが自ら『にわかの王』となり、自分達を『にわかの呪縛』から解放してくれて、『リンたんロス』からの『リンたんトス』を期待していた。

 

 しかし、ケンジロウは『リンたんロス』を千円札の魔力によって無効にしてしまった。

 

 DID達は既に『リンたんロス』が引き起こされるのは必然だと思い込んでいた。

 そして、ケンジロウによって引き起こされた『リンたんロス』により、我々にリンたんを取り扱える主導権が戻り、リンたんが『リンターン』されると信じていた。

 

「おいおいおいおい! なんだありゃ? お金を直接渡すって援助交際じゃねーか!」

 

 DIDが不満をあらわにしている。ケンジロウのとった行動が気に入らないようだ。

 

「まぉまぁ、落ち着けDID! 穏やかに行こうぜ」

 

 リキヤがDIDをなだめるように話しかける。

 

「あの『にわか野郎』は、リンたんに何らかの見返りを求めたらアウトだぞ! 今の世の中は核で荒れ果て、地域に常駐する警察官は居なくなった。しかし、日本各地の地域を支配する大きな組織が自衛団を配備し治安を守っているんだ! 後、国家は存在し『国家警察』と呼ばれる覆面警察官があちらこちらに潜んでいるんだぞ! あいつの行動はやばすぎる」

 

 DIDの感情的な言葉に仲間達は言葉を失う。

 

「くそ! リンたんはどこかに行っちまったし、『リンターン』はできていない。今まで考えていたプランがパァだ! これからの展開全く予測ができなくなった……くそっ」

 

 DIDの思い描いていたプランは崩れさり、リンたんの主導権は奪えなかった。

 そして、リンたんは何処かへと行ってしまい、『にわかの王』と嘲笑っていたケンジロウはまだUFOキャッチャーをやる気である。

 リンたんは帰ってこないかもしれないし、ケンジロウはUFOキャッチャーをする事を諦めていない。

 リンたんがもし帰ってきても、ケンジロウが主導権を握ったままだ。

 そして、ケンジロウがいつUFOキャッチャーを諦めるのかも予測ができなくなった。

 再度リンたんが疑惑の視線をケンジロウに送ったとしても、再度リンたんに直接お金を渡す可能性もある。

 

 DIDの顔が見る見る怒りと悔しさをあらわにした顔へと変貌を遂げる。

 仲間達は、リーダーであるDIDの動揺や感情的になった雰囲気を感じ取り、何も言えないでいる。

 

 DIDは心に余裕をもって、ケンジロウが失敗するだろうと決め付けて観察をしていた。

 しかし、今はそれが一転し、一気にピンチの状況へと変わってしまった。

 

 

ーーーDID編つづくーーー

 



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