TS光堕ち真祖アルモちゃん (ちゅーに菌)
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アルモちゃんと立香ちゃん





 どうも今は姉を名乗る不審者と申します。プロットだけは死ぬほどある中で、一番具合の良さそうな奴を投稿してしまいました。不慣れではありますが、楽しんでいただければ幸いです。一応はまだ続く予定です。








 

 

 

 

 "転生"という言葉を思い浮かべたことはあるだろうか?

 

 仏教用語の方ではなく、死後の経験や来世等と言われる方である。

 

 個人的に全くこれっぽっちも自慢にはならないが、私は――所謂、"転生者"というやつだ。

 

 まあ、よくあるテンプレ的な神様やら、SCP染みた転生トラックにぶち当てられたとかいうことは全くない。かといって私自身がどのように転生したのかと聞かれればそれはそれで困る。死んだ自覚はあるのに不思議なものだ。

 

 何せ、私には転生する前の私個人としての記憶がほとんど無いのである。自分がどんな人間だったとか、家族がどうだったとか、アイデンティティに関するものだ。まあ、とりあえず"人間の男"だということは覚えており、個人の記憶がほとんどないことが返ってこの世界をすんなりと受け入れられるという結果になってしまったのは皮肉だが、喜ぶべきかもな。

 

 ちなみにだが、今の私は身体の方は女性だったりする。そのせいか、前世で男だったのに一人称は私になってしまった。ついでに言えば性的趣向も男女問わず、どちらでも愛せるようにもなった。こればかりは未だにイマイチ割り切れていないが、仕方あるまい。

 

 更に私が転生して真っ先に気づいたモノは"2つ"あった。

 

 ひとつはこの世界について。どうやらこの世界は"型月"世界のどれからしい。未だに細かい断定は出来ないが、どれだとしても転生先としてトップクラスに優しくない世界なのはわかる。

 

 もうひとつは転生に付き物なチート能力とでも言うべきもの。

 

 それは私の種族。私は型月生物の中でも最上位に食い込む"真祖の吸血鬼"だったりするのだ。

 

 真祖とは吸血種の中の、吸血鬼の一種。その中でも最も特異な存在であり、生まれたときから吸血鬼であるもの。人間に対して直接的な自衛手段を持たない星が、人間を律するために生み出した自然との調停者或いは星の触覚だ。

 

 ヒトを律するものならばヒトを雛形にしており、精神構造及び肉体ともに人間の形をしているが、分類上は受肉した自然霊或いは精霊にあたる。また、非常に高い身体能力を持つ他、精霊種としての"空想具現化(能力)"を持ち合わせ、星そのものから無限にエネルギーの供給を受けることが可能というこの星で最も優れた生物である。

 

 

 勿論、空想具現化も使えるし、爪だって立てれる。まあ、王族でもなんでもない普通の真祖なのでアルクェイド・ブリュンスタッド等と比べられると足元にも及ばないが、それでも生きるには十分過ぎる程、便利で強い身体だ。

 

 普通、変わった世界やら体やらと、このような意味不明の事態に陥ってしまえば半狂乱やらSANチェックに失敗して不定の狂気になりそうなものだが、不思議なことにそうはならなかった。

 

 理由は大体分かっている。それは本来であればそこで終わっていた筈の命が、なんの悪戯かまだ続いているせいであろう。死んだことで達観したというわけではなく、転生によって生きる意味を失ってしまったと言えるかも知れない。

 

 要するに私は自分自身の生に対して恐ろしく冷めてしまったのだ。考えても見て欲しい。そもそも人間は極論なんのために生きている?

 

 私が思うにそれは一度きりしか生がないからだ。一度きりしか人生はないのだから個人として人間は今を必死に生き、少しでもよい環境を目指しながら時に妥協して生きる。また、そんな己を育ててくれた親や、己の見初めた人等自分以外の誰かに生きる意味を見つけて生きることも立派な理由だろう。

 

 そのような私の価値観は、転生というたった一回の事象を体験したお陰で、見るも無惨に崩壊してしまったのだ。

 

 何故なら一度しか人生がないという大前提が崩れたからに他ならない。一度がある以上、今死ねば二度目、更に死ねば三度目があるかもしれない。希望的観測でしかないが、それでもあらゆる行動の無意識下にそれを考えてしまうのは仕方のないことだろう。その上、私には家族も愛する者も今はいない完全な独り身だ。そんな状態で昔のように精一杯生きろという方が無理な話だと私は思う。

 

 加えて私には普通に生きるのが馬鹿らしくなる程の"真祖の肉体(チート)"がある。

 

 まあ、昔はちょっと苦労したり、己を磨いたりもしていたが、それでも生活が安定してしまった今となっては――――。

 

 

 

「ぷはぁッ……! たまんねぇ!」

 

 

 

 真っ昼間から缶ビール片手に塩キャベツをツマミにする、上下ジャージ姿の真祖の女性が私であってもそれは仕方のないことなのである。

 

 一日中お酒とツマミを食べ、娯楽をしつつ、飽きたら寝るという非常に自堕落な生活を長いこと繰り返していた。

 

 太る? いいんだよ、空想具現化で身体を分解してから造り直せば元通りだから。究極のダイエットだな。これぞネオニートならぬ、テラニート。略してテラニーだ。

 

「……あれ? もうお酒ないじゃん」

 

 その事実に気付き、私は大いに落胆する。仕方なく、一度伸びをしてその場から立ち上がると、部屋の隅に立て掛けてある"棺"を背中に担ぎ、玄関でサンダルを履いてから外に出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真っ先に飛び込むのは田舎の田園風景である。振り返ればそんな田んぼの中を通る道の脇に立つ寂れた日本家屋の小さな我が家があった。どう見ても真祖が住んでいるような屋敷には見えない。

 

 表札には平仮名で"あるもーでぃあ"と名前が刻まれている。無論、私の名だ。千年城ブリュンスタッドなんて出せる訳もないので、ブリュンスタッドの名など持ってはいない。ただの真祖アルモーディアちゃんなのである。

 

「あつーい……」

 

 8月も初頭の暑さと、照りつける太陽、蝉の大合唱により外出する気力がみるみる減退していくが、お家にはお酒がないので私がんばる。

 

 家を後にして暫くそんなのどかな風景の中を歩く。酒屋は1km程離れているから地味に遠い。まあ、この真祖ボディでランニングすればすぐに着くが、それもめんどい。

 

 ちなみに私の住むこの村は、山に囲まれた人口数百人の村で、街との交通は車とバスのみという小さめの村である。まあ、住めば都という奴だ。というか、ちょっと都会だと私はすぐにUMA扱いなのでこういう場所でしか暮らせないという理由はあるな。

 

「アルモさまでねぇが!」

 

「んー? ああ、金田のとこのちみっ子じゃないか」

 

 徐々に田んぼから畑がちらほらと見える光景に切り替わっていると畑から声を掛けられた。それは80歳過ぎの女性であった。可愛い歳の取り方をしたお婆ちゃんだと言えよう。

 

「その呼び方はやめでくんちぇ。おらも後は死ぬだげだ!」

 

 そう言いながら笑う姿はまだまだ元気そうだ。後、30年は生きるだろう。彼女は私が数百年前、ここに根を下ろしてから知り合った仲なので、彼女が赤ん坊の頃から知っている。幾つになっても子供みたいなものだ。まあ、私からすればこの村の人間は全てそうなのだがな。

 

「この頃雨がふっていねぇ。畑さ雨を降らせでぐれねぇが?」

 

「お安いご用だ」

 

 パチンと指を鳴らして"空想具現化(マーブル・ファンタズム)"を発動させる。すると周囲の畑の上だけに雲が立ち込め、そこから程々の量の雨が降った。我ながら器用にも畑に立つ彼女だけには雨が当たっていない。無駄に洗練された無駄のない無駄な技術である。

 

 その後、他愛もない話を暫くしてから雨の礼にキュウリをくれるというので7~8本貰ってから酒屋へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本日休業……?」

 

 酒屋に着くと私にとっての絶望という名の四文字が刻まれた札が掛かっていた。しかし、それでは諦めず、今日は普通に営業中の筈のため酒屋の隣にある店主の自宅を訪ねる。

 

「ごめんくださーい!」

 

 扉をどしどし叩いてみるが特に反応はない。しかし、私の真祖的直感(ただの勘)が中に人がいると叫んでいたので扉を開いた。この辺の人間は私も含めて玄関に鍵なんか掛けないからな。

 

「あ、アルモ様……」

 

「お前は平日に店を開かないでなにをしているんだ?」

 

「平日の昼間っから酒の臭い漂わせてる奴には言われたくねぇなぁ……」

 

 すると民家の和室に敷かれた布団の上でうつ伏せに寝そべる50歳代の男性を発見する。なんだか、正論を言われている気がするが、寛大な真祖アルモちゃんは気にしないのである。

 

「腰をやったぁ……?」

 

 話を聞くとどうやらぎっくり腰らしい。早朝になり、奥さんに連れられて病院に行って現在に至るというわけだ。ちなみに奥さんは街の方に用事があるらしいので今はいない。

 

「だから今日と……明日も無理かも知れねぇ」

 

「私の御神酒は……?」

 

「…………お代は今度でいいから倉庫から好きに持ってってくれ」

 

「わぁい!」

 

 全てに絶望した顔で店主を眺めているとそんなことを言われたので、喜んで倉庫に向かった。

 

 このように私はこの村でずっと昔からバリバリ存在する土地神として崇められているのである。偉いのである。えっへん。

 

 ご利益は天候を操り、害獣を物理的に一網打尽にし、植物の成長をよくする等々。まあ、神様じゃなくて真祖なんですけどね。村の人間からしたらどちらでも変わらないことだ。

 

 倉庫で16本入りの黄色いビールケースを見つけたのでケースごと貰っていくことにした。勿論、ケースは後で返す。

 

 店主に一声掛けてから帰ろうとすると、痛そうに唸っている声が聞こえた。ちょっと可哀想に感じたため、薬でも作ることにしよう。

 

 背負っている棺を縁側に置いてから庭に出て空想具現化でぎっくり腰に効きそうな薬草を生やす。とはいっても現代の薬草では高が知れているので、神代に生えていた奴を適当に何本かだ。

 

「~♪」

 

 次にその葉や実をとって手の中で擂り潰す。真祖な筋力ではすり鉢いらずである。そして、実の色で親指の爪ほどの大きさの赤茶けた丸薬のような物体が完成した。生やした神代の草がペンペン草並みに生えたら困るので枯らしておくのも忘れない。

 

「ほら薬だ飲め、あーん♪」

 

「いや……アルモ様なんだそれ?」

 

「あーん♪」

 

 ふわ毛ロングパツキン巨乳な美女の真祖ちゃんにあーんされているのに口を開かないとはこやつめ、ハハハ。

 

「もがっ!?」

 

 とりあえず筋力にモノを言わせて、口を抉じ開けててから無理矢理飲み込ませた。

 

「なんだこれ妙に甘……うぉ!?」

 

 飲ませた直後、店主の身体が一度ビクンと大きく跳ね、その勢いで立ち上がる。

 

「どうだ? アルモさんのご利益だ」

 

「す、すげぇ!? もうどこも痛くねぇ! それどころか絶好調だ!」

 

 そりゃ、神代の薬なんだから当然である。副作用なんかも勿論ない。脳挫傷ぐらいまでなら完治可能だ。流石に腕を生やしたりは出来ないがな。

 

 ちなみにアルモ様、アルモ様と呼ばれるが、村人によると漢字では亜瑠母と書くらしい。とんだキラキラネームである。

 

 そんなこんなでそのままのテンションで店を開け始めた店主にビール代を渡したところ、お礼として1.8Lの大吟醸を一本貰った。元手ゼロなので儲けものだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっさけ、おっさけ♪」

 

 棺を背負い、ビールケースを肩に担ぎ、その上にキュウリと大吟醸を乗せながら帰路に着く。帰ったら味噌キュウリにしてお酒と一緒に頂くことを想い描くだけで心が弾むようだ。

 

「おっさ――」

 

「………………(じー)」

 

 そんな感じでスキップしながら帰っていると、こちらを見つめる幼女の脇を通り過ぎたため、シラフに戻ってテンションを下げる。流石に今の私は教育上かなりよろしくない。

 

「………………(じー)」

 

 麦わら帽子を被り、白いサマードレスを着て、虫取り網と虫かごを持った"オレンジ頭の幼女"は尚も食い入るようにこちらを見つめている。

 

 なんだか、とても汚い大人になったような気分になったが、一日中酒とツマミを掻っ食い、昼間っからジャージ姿でビールケースで酒買いに行ってる女が汚い大人以外の何物でもないことに気づき、愕然とした。

 

「お姉ちゃんそれなーに?」

 

 そんなことを考えていると幼女に指を指される。

 

 純粋な瞳の前に汚れた真祖ちゃんが目を背けていると、どうやら幼女が指しているのは私ではなく、私が背負っている棺であった。

 

「あー……」

 

 "(コレ)"はなんて言うべきか。しかし、いたいけな子供に嘘を吐くのも憚られる。ちょっとだけ本当のことを話すか。

 

「コレはね。お姉ちゃんにとって"一番大切な宝物"が入ってるんだよ」

 

「そうなんだ!」

 

 そういうと幼女は目をキラキラと輝かせた。小さい子は可愛いなあ、見ててほのぼのする。まあ、見たところ魔術師の家系のようだが、見てわかるレベルで彼女の魔術回路に特筆すべき点はない平凡なものだ。分家とか、魔術家としては回路を残して廃れた家とかそんな出生なのかも知れないな。

 

「ちなみにお姉ちゃんはアルモーディアって言うんだよ。長いからアルモって呼んで。君の名前は?」

 

「アルモちゃん……?」

 

 …………まあ、それでいいか。

 

「うん! わたしは"りつか"っていうの!」

 

 そう言いながら彼女は虫かごに書いてある、恐らくは親が書いた四文字の漢字を私に見せてきた。

 

 そこには"藤丸(ふじまる)立香(りつか)"とある。

 

 へー、りつかちゃんかー。中々可愛らしい名前じゃないか。

 

 

 ………………………………。

 …………………………。

 ……………………。

 ………………。

 …………。

 ……藤丸立香?

 

 

「どうしたのアルモちゃん?」

 

 立香ちゃんはくりくりした大きな黄色の瞳で私を見つめている。

 

 私は無言で彼女の麦わら帽子の鍔を掴んで少し持ち上げた。するとオレンジ色の髪は右側だけが結ばれていることが確認でき、そのまま麦わら帽子を頭に戻した。

 

「ふっ……」

 

 私は小さく息を吐くと口を開いた。

 

 

 

 

 

「"生きる上で最低最悪の世界線(Fate/Grand Order)"じゃないか……ッ!」

 

「アルモちゃん!?」

 

 

 

 

 

 私は立ち眩みを覚えて膝を突く。

 

 世界が少なくとも2度滅ぶことが、今この瞬間に確定しましたが私は元気です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん゛ー!」

 

 私は家の縁側でメロンシロップの掛かったかき氷を頬張り、頭がキーンとした様子の幼女――藤丸立香ちゃんを眺めていた。体が頑丈過ぎて、頭がキーンの感覚を失ってしまった私だが、人がそうしているのは大変微笑ましく感じる。ちなみに氷は自家製(マーブル・ファンタズム)である。シロップは別売り。

 

 話を聞いたところによると、立香ちゃんは夏休みでここに来ているらしい。今は8月の頭なので9月の直前までずっとこの村にいるそうだ。

 

「はぁ……」

 

 私は縁側にふたを開けた棺を置いて虫干ししつつ、目頭を押さえながら今後のことで頭を抱えた。

 

 あのような自堕落でその日暮らしな生活を送っていた私が焦るのはおかしいと自分でも思うが、彼女を見つけてしまったとなれば話は別だ。何せ、世界が二度滅ぶことが確定し、それは恐らくこの藤丸立香という少女によってしか解決されないからだ。

 

 仮に不慮の事故でカルデアに行く前に彼女が死ぬとしよう。そうなるとその時点でほぼ一部は終了、詰みである。

 

 仮にレフの爆弾によってクリプターらが一人も欠けず、その上で奇跡によって7章と時間神殿を切り抜け、一部を駆け抜けれたとしても、二部の異星の神相手では無理ゲーもいいところだろう。ついでに言えば1.5部もまず新宿で誰かしら死亡者が出ると思われる。頭脳でアレに勝つのはまず無理だろう。新宿のアーチャーを絆せるのは立香しかいない。

 

 そして私、中国産の真祖と作中で言われている真祖とは異なる精霊種なぐっさんと同じく中々死ねない体なので関わらざるを得ません。なんてこった。

 

 

「アルモちゃんも夏休み?」

 

 

 その純粋な目と心は何よりも私を深く傷つけた。

 

「アルモお姉ちゃんはねぇ。いつでもいつまでもずっと夏休みなんだよ?」

 

「えー!? すごーい!」

 

「いいでしょう?」

 

「いーなー!」

 

 どうだ! いいだろう! まいったか……まいった……か…………あははは……はは。

 

「ダメだよ……立香ちゃん……アルモお姉ちゃんみたいになったら……」

 

「どうしたのアルモちゃん!? どこか痛いの?」

 

 ははは……強いて言えば心が痛いな。この世界に生まれてからバイト以外で働いたことなんて一度もねーよチクショウ!?

 

 なんだか立香ちゃんと接していると世界の終わりとかどうでもよくなって来る。何故私が気に病んでいるというのか。

 

(まあ、私にとっては別に世界が終わっちゃったらそれはそれでいいかな。また、死ぬだけだ)

 

 悩むのを止めて、私は本気でそう考え、頭を空っぽにしながら立香ちゃんと遊ぶことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アルモちゃん?」

 

「んー? 何かな?」

 

 日が陰り、立香ちゃんの実家だという民家の前。一人で帰すのは大人としてどうかと思ったので送り届けたのである。

 

「また明日来てもいい?」

 

 そう言いながら立香ちゃんは私を見上げて、期待に満ちた目をする。なんだこの天使、お持ち帰りしてぎゅっとしてお昼寝したい。

 

「いつでもおいで」

 

「わーい!」

 

 だが、私は鋼の自制心でそれを堪え、しゃがみ込んで立香ちゃんに目線を合わせると、頭に手を乗せて撫でる。さらふわな髪触りを感じつつ向日葵のような笑顔に変わった彼女の表情を楽しんだ。

 

 まあ、今はこの可愛らしい少女との出会いを純粋に楽しんでもいいだろう。

 

 

 

 

 

 だが、この時、私はまるでわかっておらず、考えてもなかった。

 

 

 "100の人格を持つ山の翁全ての心を掴む"

 

 "悪の数学者に心の底から晴れやかな敗北を与える"

 

 "人に全てを奪われた狼が心を許す"

 

 "熊がセットのギリシャ神話の女神になつかれる"

 

 "城に住まう引きこもりの妖怪に自発的な外出を促す"

 

 "人類全ての欲を従える"

 

 

 それら全てが、等しく藤丸立香という存在の最大の異常性足り得る事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 既に暦では秋に入っている8月31日。今日は立香ちゃんが街に帰る日である。

 

 立香ちゃんは毎日私の家に通い、この最後の日も私の家で遊んだのだ。そして、今はその帰り。傾いた夕陽が私たちを照らし、もう目と鼻の先に立香ちゃんの実家が見える。

 

「バイバイ、アルモちゃん……」

 

 立香ちゃんはとても寂しそうな様子でそう呟いている。名残惜しいのは私だけではないとわかり、少しの嬉しさと共に更に後ろ髪を引かれた。

 

 思い返せば色々なことをやった。虫取り、水遊び、畑の手伝い、夜に星を見る、お菓子作り、料理、自由研究、読書感想文等々思い返すだけでも沢山の思い出が溢れてくる。

 

 何よりもその愛らしい姿、小動物のような仕草、陽だまりみたいな笑顔、隣にいるだけで幸せな気分になれる善性の匂い。

 

 ああ……これは魔性の女だ……けれど魔性なんかじゃない。だって彼女はこんなにも細やかで、優しく、可愛らしいのだから。

 

 そして、溢れ出した想いは、いつしか私の心と体の全てを塗り潰し、満たし、占領した。それでも私のなかにあるのは嬉しさと愛しさだけ、嫌悪も後悔も何もない。

 

 嬉しい、ただ嬉しい。もっと側に居たい、触って欲しい。抱き締めたい、抱き締めて欲しい。もっと……もっと――。

 

「………………く」

 

「え……?」

 

 自然と私の唇は言葉を溢していた。

 

 ああ、そうか……そうか……これが愛か。焦がれるような、焼けるような、今すぐ逃げ出したいようなこの感覚が愛なのか。なんて心地がよくて、幸せで、溺れてしまいたいものなんだ。

 

 前世の私はきっと……こんなに誰かを愛したことはなかったのだろう。もう……我慢できない……したくない!

 

「私も……行く!」

 

 私は羞恥心による声の震えを越え、涙ながらに心の内を全てさらけ出した。

 

 

 

 

 

「立香がいない生活なんて耐えられないよォォォ!?」

 

 

 

 

 

 こうして立香ちゃんに絆されきった私は、夏休みの終わりには既に立香ちゃんが居ないと生きていけない体にされていた。

 

 あ、それと気付いたらなんか虹色の金平糖というか、聖晶石みたいな奴が3個手元にあるんだけどこれ渡していいのだろうか……? まあ、カルデアに行くまでアルモお姉ちゃんが持っているとしよう。

 

 もう止まらない、止まれない。真祖アルモーディアこと私の立香と歩む人生はここから始まったのでした。

 

 

 

 

 







アルモーディア
 本作の主人公にして、FGOにもいると思われる真祖の女性。別にブリュンスタッドでもなんでもないただの真祖のため、性能はそれなりだが、それでも真祖なのでかなり強い。また、前世が人間だったためある一点、アルモーディアは他の真祖とは若干変わった点を持つ。


ぐだ子
 絆す天才。最早、能力の域なFGO主人公。中身はパンピーのアルモちゃんが彼女の魔力に勝てるわけもなく、アルモちゃんは光堕ちした。



~アルモお姉ちゃんの絆Lv(カルデアバージョン)~


絆Lv1
『頼むからまだまだ死んでくれるなよ? 君の肩にこの星の人類全ての未来が掛かってるんだ。ついでに私の生活もな』


絆Lv2
『エンドロールは遠いねぇ……先も見えないのによくもまあそんなに頑張れる気になれるものだ。労いにアルモお姉ちゃんが肩を揉んであげよう。もみもみ』


絆Lv3
『君はひとつしかない命に吹けば飛んでしまうような体で戦場に立って怖くはないのか? 私にはわからないな……え、私がいるから怖くない? フフ……誰にでもそういうこと言うんじゃないぞ全く』


絆Lv4
『思えばこの星で生まれてから、誰か一人に肩入れし続けたのは君が初めてかも知れない…………もしよければ、少しだけ手を握ってもいいかな?』


絆Lv5
『……あのだな。なんでも私に言っていいんだぞ? 君の頼みならどんなことだって叶えよう。私は君とずっと一緒にいたいと思うし、君には永遠に側に居て欲しいよ。好きだから吸わない……か、それこそ私には出来そうにないなぁ……フフ』


絆Lv6
聖晶石3個GET!


絆Lv7←イマココ




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アルモちゃんとぐっちゃん



 アルモちゃんは他の溶岩水泳部員とは少々違った方向に突き抜けております。

 タイトルで察しているかもしれませんが、2部3章の一部ネタバレ注意ですので、それを感じた方はプラウザバック推奨です。






 

 

 

 私にはとてつもなく歳の離れた姉のような存在がいる。

 

 名前を"アルモーディア"と言って、真祖の吸血鬼らしいけど、私がまだ小さいときの夏に実家から付いてきて、私の家の隣にある空き家を借りてそこに住んでいる。

 

 アルモさんが自分の家にいるときは、ゲームかネットをしているか、お酒を飲んでいるだけだから本当に真祖なのかたまに疑問に思う。

 

 でも私が家庭の事情で一人で家にいる事が多いから、そんな時は一日中私の家にいて、家事や料理を全部やってくれて、それ以外の時間は私を膝に乗せたり、抱えたり、スリスリしたりしてくる。

 

 それから、アルモさん曰く、仲のいい同性は普通にお風呂に一緒に入るらしいから一緒に入ってるし、同じように一緒に寝るらしいからアルモさんと寝ている。

 

 なんだかんだ私はアルモさんの事が大好きだし、この関係がいつまでも続けばいいなと思っているんだけど、最近少し気掛かりな点としては――。

 

 

「あれ、アルモさん? 私のパンツ知らない? ピンクでリボン付いた奴」

 

「ああ、それなら今私が履い――古いからもう捨てちゃったぞ」

 

 

 アルモさんが何か言いかけようとしたけどよく聞こえなかった。

 

 えー……あれ、お気に入りだったんだけど……まあ、いいか。何故かアルモさんが家に来ると、私の古いモノが減る気がするんだけど……そんなにポンポン捨てなくてもいいと思うんだけどなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いったい、いつ立香はカルデアに行くんだ……?」

 

 立香ちゃんが既に大人の階段を登り始めるぐらいの年齢になった2015年。それに引き換え、真祖なアルモさんの容姿はさっぱり変わらない。

 

 そして現在、私は秘密裏に今の自宅に増設した立香ちゃん博物館(パニック・ルーム)に置いてある古めかしい鍵付きの小さな宝箱の前に座りながらそう呟いた。宝箱の鍵は私が指で遊ばせており、蓋は開けられている。そして、その中身は"12個"ある虹色の金平糖のような聖晶石であった。

 

「アルモお姉ちゃん……もう石を産めない体にされちゃった……」

 

 このままでは絆礼装まで取れてしまいそうな勢いだ。早急にカルデアの夢火を用意して貰わなければ、カルデアの倉庫番にされてしまう……。

 気を取り直そうと隣に置いてある立香ちゃんの私物が沢山詰まった箱を開けて、その中から立香ちゃんが小学生の頃に使っていたスクール水着を取り出し、水着用のハンガーに掛けて眺めるが、いつもと違って全然テンションが上がらないし、背徳感も感じない。

 

 我ながら絶対私、マシュマーリンで耐久したり、クイック宝具で過労死したり出来るような性能じゃないもん……多分、中途半端に攻撃寄りなだけのサーヴァントだもん……。

 

 ああ……立香ちゃんと一緒になれるならスカサハ=スカディみたいな性能になりたかった……。

 

『アルモさーん……? いないのかなー?』

 

 仕方ないから色々な場所でレムレムしている立香ちゃんのアルバムでも眺めて心を落ち着けようと考えていると、学校から帰って来たと思われる立香ちゃんの声が聞こえて来た。時間的に鞄だけ家に置いて直ぐに来たか、そのまま私の家に来たのかと思うほど早い時間だ。

 

 私は音を立てずパニック・ルームから抜け出し、澄まし顔で立香ちゃんの前に現れて見せる。

 

「はいはい、そんなに呼ばなくても私はここだよ」

 

「あっ、やっと見つけた!」

 

 すると立香ちゃんは嬉しそうにそう言い、続けざまに言葉を続けた。その手には全体的には一切見覚えはないが、刻まれたエンブレムには非常に見覚えのあるパンフレットが握られており、遂にこのときが来たのかと安堵した。

 

「私、カルデアに行くよ!」

 

 経緯とか、過程とか、さっぱりわからないが、立香ちゃんの決意に満ちた瞳を眺めながら、ようやく歴史が動き始めたことに安堵するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目隠しされて連れてこられたからここがどこにあるのかはわからないけど、カルデアに着き、シミュレーターを少し使わせて貰った後。私は気づいたら廊下で寝ていた。

 

 時々、こうやってところ構わず寝ちゃうんだよね私。たまに変な夢も見るし。アルモさんにはレムレムするって呼ばれてる。

 

 白っぽい狐のようなリスのような動物のフォウくんと、メガネの少女のマシュちゃんに起こして貰い、マシュちゃんからフォウくんの世話係2号に任命されちゃった。それからマシュちゃん曰く、一番人間らしいから私を先輩って呼ぶんだって。なんだかよくわからないけど、ちょっと誇らしいかな。

 

 マシュちゃんの次に緑のスーツを着ていたレフ・ライノールさんに会い、今回はレムレムじゃなくてシミュレートによる夢遊状態だったことを知った。それって脳に大丈夫なのかな……?

 

 とりあえずレフさんから中央管制室でカルデアの所長から説明があるということを聞かされたので、説明を受けるため向かったんだけど、また頭がぼうっとして眠ってしまった。

 

 次に起きた時にヒリヒリする平手打ちの後をなぞっていると、マシュちゃんからファーストミッションから外されたことを聞かされた。ちょっと悪いことしちゃったなぁ……。

 

 それからはマシュちゃんに私用の個室に送って貰って彼女とは別れた。部屋に入ると、Dr.ロマンことロマニ・アーキマンさんが何故か私の部屋にいてちょっとびっくりしちゃった。

 

 話を聞くとDr.ロマンは私と同じく所長にカミナリを落とされて、サボり――もとい待機中だった。ちょっと仲間がいることに嬉しく思ったのはナイショ。

 

「別に私、ぼっちじゃないけど?」

 

 ただ、Dr.ロマンのぼっち同士交友を深めようって言うのにはちょっとだけ反論したい。

 

『いつでも私がいるもの。少なくともこのカルデアにいる間はずっと側にいるよ』

 

 姿は見えないけど、やっぱりアルモさんは私の近くにいた。というか耳元から言葉が響き、吐息が伝わってくる。 更に手には何もないにも関わらず、人の手に触れられたような暖かな感触が伝わって来た。その上、アルモさんがスリスリと体を寄せてくる感覚も感じる。

 

「え……? え!? 誰!?」

 

『お初に御目に掛かる。私は立香の使い魔だ。まあ、いないものと思って欲しい。今の私は常人には見えないから、口をつぐめば居ないのとそう変わらないよ』

 

「な、なんだ……立香ちゃんに使い魔がいたのか。ビックリしたぁ……スゴい使い魔だなぁ」

 

 アルモさんが言う通り、私の使い魔だったりする。ちなみに私の魔術師としての唯一の誇りは、アルモさんを自分の使い魔に出来たことだったりする。えっへん。

 

 このようにアルモさんはこうやって完全に消えることが出来る。どうやってやっているのかは、私には全く想像もつかない。

 

 魔術ではないみたいなのに誰も気づかないレベルだから、どうやってやっているのかお姉ちゃんに聞いたら、簡単に説明すると"気によって周囲に自らの存在を透けこませる"って言ってた。もっとわからなくなった。

 

 それから黙ったアルモさんのことは一旦置いておいて、暫くDr.ロマンと会話した。そして、それも終わってDr.ロマンが私の部屋から出て行こうとする時――。

 

 

 大きな爆発音と共に部屋が停電した。

 

 

《緊急事態発生。緊急事態発生。中央発電所、及び中央管制室で火災が発生しました。中央区画の隔壁は90秒後に閉鎖されます。職員は速やかに第二ゲートから退避してください。繰り返します。中央発電所、及び中央――》

 

 

 無機質なアナウンスが響き渡り、Dr.ロマンが驚く中、何故か私はカルデアで初めて会ったあの人(マシュ)が無事なのかどうかに意識が向いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤々と燃え盛る管制室。真祖だからなのか、人間が燃える臭いもあまりなんとも思わなくなってしまったのはちょっとだけ寂しいが、人間に戻りたいわけでも無いのでそれ以上考えることはない。

 

 視界の奥で立香ちゃんがマシュちゃんを探すのを眺めながら、折角なのでこちらも知り合いを探すことにする。人間のように振る舞ってはいるが、人間になっているわけではないので、私には直ぐに見付けられた。

 

 管制室の隅にある大きな瓦礫をひっくり返して瓦礫と瓦礫の間の空間を露にすると、一台のやや変形したコフィンが出て来た。ブレーカーが落ちて止まっている上、開閉に支障が出る程度に変形していたため、真祖の力で無理矢理抉じ開ける。その中には全身に破片が突き刺さり、片腕と片足が潰れている昏睡状態の女性がいた。

 

 "ツインテールに眼鏡を掛け、まるで文学系少女ですよとでも言わんばかりの容姿"に彼女の人となりをずっと昔から知っている私としては抱腹絶倒ものであるが、笑っている時間はない。

 

 私は片腕の手関節から先をもう片方の手で爪を立てて切り落とした。滑らかな断面から血液が溢れ、それは下――彼女の口に零れ落ちた。

 

 先の先のことを考えると、こんなことしない方がいいということはわかっている。だが、友人として見つけてしまったならばこうすることが一番自然であろう。

 

 何より人理修復だの亜種特異点だの(こんなめんどくさいこと)に私一人だけが四苦八苦して、コフィンでコールドスリープなど許さん。お前も道連れだ……。

 

「――――――ッ!?」

 

 赤黒い光と共に命を吹き返すように彼女の体が大きく跳ね、全身の損傷がビデオを逆再生しているかのように修復されていった。

 

 その間に私は切り落とした手を腕にくっつけるとそのまま繋がった。相変わらず、我ながら便利な体である。

 

「つ……うぁ…………?」

 

 そして、激しい光によって起こされた時のように顔をしかめながら彼女――芥ヒナコこと虞美人は目を覚ました。

 

「ハロー、ぐっちゃん。お目覚めいかがかな?」

 

「――アルモちゃん……?」

 

 どうやら寝惚けているらしい。長い長い付き合いで一度たりとも呼ばれなかった愛称がぐっちゃんの口から零れている。

 

 そんなことを考えながらアナウンスに耳を傾けると、既にレイシフトの秒読みが始まっていた。一応、逃げないようにぐっちゃんの両肩を掴んでおこう。うん、女性っぽい柔らかい感触。

 

「………………ハッ!? お前なんでここ――」

 

 覚醒したぐっちゃんは、そこまで言ったところで口の回りに付いた血に気づいたのか、それを袖で拭うと真顔でじっと見つめる。そして、ぷるぷると震えると吐き出すように言葉を放った。

 

「ねぇ……この口の中の甘ったるい味と匂いはまさか……」

 

真祖()の血。一番搾りの無添加100%だよ」

 

「――!!!? お前ふざ――」

 

 鬼のような形相に変わったぐっちゃんが、そこまで言ったところで、レイシフトがスタートし、強制的にぐっちゃんとの会話はシャットアウトされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眠りから醒めるような感覚と、生き物と人工物が焼けるようなあまり嗅いでいたくはない臭いと共に私は覚醒した。

 

 瞳を開いて立ち上がれば、眼下に広がるのは、崩れた瓦礫に炭のような木々と燃え盛る光景。既に終わった世界あるいは地獄のような景色を見て、ここが最初の特異点である炎上汚染都市冬木だということを理解する。

 

 それと同時に胃の辺りを背中からブスリと鋭利な刃物で突き刺された感触が伝わってきた。

 

「おい、どういうことだ……?」

 

 ちらりと棺を背負っていない方の後ろを見てみれば、眼鏡の中に器用にもハイライトを消した様子のぐっちゃんが目に入る。新手のヤンデレだろうか? 積極的だなぁ……もう。

 

「なんでお前がこんなところにいる……!? あの爆発はなんだ!?」

 

「その台詞は私も言えるんだよなぁ……」

 

 下手すると爆発の首謀者に仕立て上げられそうな剣幕で詰め寄って来たぐっちゃんにそんなことを呟きつつ、これからどうしようかと考え――。

 

 背後から隠す気の全くない殺気と重圧。また、どちらかと言えば獣に近いそれを感じ、私は背に持つ棺を真っ先に放り投げ、続いて背後に立つぐっちゃんに足払いをして体勢を崩した上で棺と同じ方向に投げる。

 

「何を――」

 

 驚きと共に私を見るぐっちゃん。開いた口から覗く八重歯が大変可愛らしくて結構。彼女には私の背後に何がいるか見えているのか、それ以上の言葉はなかった。

 

 次の瞬間、私に何かが当たる感覚の直後、肩口から足に掛けて全身をバックりと切り裂かれる。真っ二つになった体の断面にちらりと目を向けると、お世辞にも綺麗に斬られたとは言い難い状態であり、鈍器のような刃物で力任せに両断されたことがわかる。

 

 そして、私を斬った相手に目を向ければ、全身が影のようなものに覆われて容姿の判断は難しいが、それでも岩のように肉厚で重厚かつ巨大な男がおり、私に向けてもう一度、岩剣を振り下ろそうとするところであった。

 

「おい、レイシフト場所ふざけんなよ……」

 

 その呟きの直後、私は頭ごと体を叩き潰された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「■■■■■……」

 

 アルモーディアを叩き潰し、地面の血染みへと変えた影のようなモノに覆われた大男は、石剣を肉と血の塊から引き抜き、棺に体を預けるようにして地面に倒れているもう一人の人物――芥ヒナコへと目を向ける。

 

「はぁ……」

 

 するとヒナコは眼鏡を直しながら何故か溜め息を落とす。そして、呆れたような哀れんだような表情を浮かべると、ポツリと呟いた。

 

「所詮、人間の浅知恵だな。それは正真正銘の真祖――私ごときでは足元にも及ばぬ怪物だ」

 

 次の瞬間、大男の胸に腕が生えた。それはほっそりとした女性の腕であり、その手には大男の体内にあった何かが握られている。

 

 大男は引き抜こうともがくが、背後にいるそれは大男よりも若干筋力があるのか、ほとんど力が拮抗しており、まるで動かせる気配がない。

 

「なんだ……シャドウサーヴァントだから"十二の試練(ゴッド・ハンド)"は無いのか?」

 

 それは全身を再生している途中で、半分ほど中身の見えている状態のアルモーディアだった。

 

 彼女はそのまま大男の背中から腕を突き入れ、貫通させていたのである。まだ、顔を含む頭部の半分が崩れており、剥き出しの眼球と歯が覗く様から、かつての美貌は見る影もない。

 

 そこにいるのはただの真祖という化け物に他ならなかった。

 

「まあ、どうでもいいや」

 

 アルモーディアは手の中にある物体を握り潰し、大男から飛び退く。その瞬間から大男の存在は、糸がほどけて行くように薄れ始める。

 

「■■■■■――ッ!」

 

 しかし、崩壊しつつある体でも尚、大男は止まらず、距離を取ったアルモーディアへ向けて地面を割るほどに踏みしめながら獣のように襲い掛かった。それは最期の足掻きにも関わらず、全く衰えた様子はない。

 

 対するアルモーディアは、ようやく肉体の再構成を終えたのか、最後に出来上がった片腕の感触を確かめるように動かしながら、棒切れのように特に構えとしては持たれていない大男の岩剣に目を向けている。

 

 アルモーディアは腰を落として地面を蹴ると一直線に大男の懐深くへと飛び込んだ。

 

 更にその場で振り上げられる前の岩剣の柄を両掌で挟み込む。そして、素手で岩剣を止めたまま、真祖の恵まれ過ぎた肉体による文字通りの怪力にものを言わせ、全身の力を込めた肘打ちを放った。

 

 柳生新陰流――"無刀取り"。見るものが見れば舌を巻く程卓越した徒手による技である。

 

 結果として大男の巨体は岩剣を落とすと共に羽根のように浮き、近くの瓦礫へと撥ね飛ばされて打ち付けられた。

 

 立ち上がろうとした大男だったが、そこに軽々と大男の岩剣を持つアルモーディアが急接近し、技量も何もない振り下ろしによる一撃が命中し、トマトが弾けるように大男の頭部が潰れる。

 

「私を殺したんだ。お前も死ね」

 

 アルモーディアがそう吐き捨てた直後、頭部を失った大男は崩れるように消え去り、その場には小さく溜め息を吐く彼女だけが残された。

 

「全く……勘弁してくれ。こちとら半世紀は体をマトモに動かしてないんだぞ? リハビリ相手にあんなのはお呼びじゃないっての」

 

「相も変わらず、お前は"人間の武術集め"が趣味なのか……」

 

「徒手武術と言え、徒手武術と。そりゃ、ぐっちゃんと同じで長い長い時間だけはあったからな。やっぱり、この世界に生まれたからには武術を覚えないなんて損じゃん?」

 

 "真祖のクセに……"と言わんばかりの半眼でヒナコはアルモーディアを睨むが、彼女は当然とばかりの様子を一切崩さず、どこ吹く風である。

 

「んー……さてさて――」

 

 それからアルモーディアは棺の下へと向かい、それを再び背負うと、首を鳴らし、一度大きく体を伸ばす。

 

 そして、それまでとは打って変わり、頬を染めながら笑顔になると、年頃の乙女が胸を弾ませているような軽やかな足取りで歩き出した。

 

「さあ、私の立香ちゃんはどこかな!? ああ……酷い目にあってないか心配だ! 待ってて、アルモお姉ちゃんは今行きますよー!」

 

「待て……待ちなさい! 待てと言っているでしょう!? 一人で勝手に行くなぁ!?」

 

 そんなアルモーディアにヒナコはついて行く。その様子はまるで対照的であったが、不思議と互いに嫌悪や憎悪をしているようには全く感じず、むしろ我が道を行く女とそれに振り回される女友達のような構図に映った。

 

 

 

 







アルモーディアの他の真祖と変わっているところ
 折角、型月世界に転生したので、手当たり次第に人間の徒手武術を極めている。また、実際のところ、アルモーディアの武術における才能はお世辞にも高いとは言い難い程度であるが、それをあり余り過ぎる莫大な時間を費やすことで習得に繋げている。
 無論、人間だった前世の経験とある種の諦めから、独学で武術を覚えるなどありえないと感じているため、武術ごとに異なる人間に頭を下げて師事し、基本的にその者が寿命で死ぬ程の時間が経過してからようやく達人の域まで極まる。
 故に真祖の中でも当時からかなり浮いており、人間に頭を垂れる真祖として、後ろ指差されることも多かったため、真祖の友人は誰一人として居なかった。ぼっち真祖。


ぐっちゃん
怪文書のアサシン。









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アルモちゃんとクーちゃん

 日刊ランキング1位……なんでしょうかねこれ……夢でしょうか? 冷めないうちにもう1話を投稿したので楽しんでいってください。こんな小説をお楽しみいただき、感激の極みでございます。


 

 

 

 ヘラクレスのシャドウサーヴァントを倒してから数分後。街の方に向かう度に増えるスケルトンを適当に倒しつつ、たまにドロップする凶骨を回収しながら私は足を進めていた。アルモお姉ちゃんは立香ちゃんの指示がなくても勝手に素材を回収して来る優れものなのだ。

 

「おい」

 

「ん?」

 

 意気揚々と周囲にいた最後の一体のスケルトンの頭蓋骨を片手で掴み、そのまま握り潰し終わると、スケルトンの処理中は黙っていたぐっちゃんに声を掛けられる。

 

 お、やった。凶骨ドロップ。

 

「話を聞け! 私の体見なさいよ!」

 

 何故かそう言いながら、怒ってますという様子でズイっと寄ってくるぐっちゃん。そう言われたので、頭から爪先まで一度眺めてから思った通りのことをそのまま呟く。

 

「ツインテールに眼鏡、トドメに狙ったかのような文学少女風の見た目。私が言えた義理じゃないが……少しは歳を考え――」

 

 ザクリと頭蓋骨から音が響き、ぐっちゃんが投擲した中華圏の様式で造られたとおぼしき剣がとんでもない軌道を描いた上で、私の額に突き刺さったことに気づく。また、真紅の魔力が纏わされており、継続ダメージのようにジリジリと体が蝕まれ、削られるような感覚がする。あ、呪いダメージだこれ。

 

「ぐっちゃんいたい」

 

「お前に血を与えられたせいで今の私は、誰がどう見ても精霊種の吸血種よ!? 体に力が溢れて仕方ないわ!」

 

 あ、そのまま話進めろって言うんですか、そうですか。

 

 まあ、ガチ真祖の血なんて他の精霊種の吸血種からしたら、一番高いユンケルよりもっとスゴいものだもんな。効果は滋養強壮、肉体疲労、栄養補給他諸々。ユンケルンバで、ガンバルンバ。

 

「なんだ、別にいいことじゃないか」

 

「いいわけあるかッ!? 私はカルデアで一人の人間にすら悟られず、今まで過ごせていたのよ! これじゃ、全部水の泡じゃない!」

 

 その言葉に僅かでもぐっちゃんにカルデアへの帰属意識があるのかなと感じ、ちょっと嬉しく思った。

 

「まあ、大丈夫だろ。ぐっちゃんが人間相手に気に病むことはもうほとんどなくなったみたいだし。ガイアと接続してちょっと調べたけどさ。レイシフトした日から先の人理が、ぜーんぶ消し飛んでる」

 

「は……?」

 

「文字通りの意味だ。人間はカルデアに残された100人ぐらいを除いて全滅だ。よかったじゃないか、ぐっちゃん一人で簡単に皆殺しに出来る数になったぞ?」

 

 半分嘘で半分本当である。嘘の部分はイチイチそんなことで私はガイアに接続しないところだ。詳細にわかるかも怪しいしな。

 

「なにそれ……冗談でも笑えないわよ?」

 

「まあ、それは一旦置いといてだ。そもそも私の記憶では2004年の冬木の街はこんな大惨事になっていないし、これに準じた災害が起こったという隠蔽工作(シナリオ)があった覚えもない。まあ、見ての通りだが、魔術協会と聖堂協会が隠蔽できる規模をとっくに超えている。尽きぬ炎で燃える街に、いっぱいのスケルトン。こんなの世界的大ニュースだ」

 

 "少なくとも"と言葉を区切り、流石に気になってきたおでこに刺さる剣を抜きつつ、八重歯がチラ見えする程度に口を開けて驚いているぐっちゃんに言葉を続けた。

 

「現在・過去・未來レベルで改変が可能な何者かが、2004年の冬木にいた人間を全滅させやがったってことだな」

 

「……お前って冗談で言ってるんだか、真面目なんだかわからないから質が悪いわ」

 

 あ、チクショウ。ここで私の長年の行いが足を引っ張りやがる。このままじゃ、埒が明かない気がしてきた。

 

「ぐっちゃん通信機ちょーだい」

 

「はぁ……?」

 

 俺はそう言いながらぐっちゃんが持っているであろうカルデアとの通信機を貰うため、手をお皿にしてぐっちゃんに差し出してみる。

 

「あらかじめ、レイシフト先との通信手段ぐらい渡されてるんだろ?」

 

「なんでお前、そんなことまで知ってるのよ……?」

 

「ほら、パンフレットを見たんだ」

 

 なんでこんな疑り深いんだこの吸血種……?

 

 あれか? 20年ぐらい前に、ぐっちゃんの住みかに日本の縁起担ぎの風習として恵方巻きを持って行って、方角が決まってるとか、目は瞑るとか、歯を立てちゃダメとか、出されたものは全部口で受け止めて飲み干してから相手の目を見てごちそうさまって言うとか、あること無いこと吹き込んだのがいけなかったのか!? 

 

 ハッ!? それとも1000年ぐらい前にやったエロ……正しいバナナの食べ方講座のせいか!? あ、いや、400年ぐらい前に教えたエッチ……美味しいチュロスの食べ方講座かも知れな――。

 

 次の瞬間、俺の両胸目掛けてぐっちゃんの剣がそれぞれ突き刺さり、そこから呪いが溢れ、ガリガリとHPが削れていく。あー、困ります! お客様困りますぅ!

 

「やっぱりお前のせいか……ッ! 道理でカルデア職員が食堂で私を見る目がたまにおかしいと思っていた!」

 

「…………ついほんの出来心だったんですぅ! ごぉめんなさぁいぃ!」

 

 まあ、これで終わったわけではない。まだ棒状の食べ物以外も色々と間違って教え込んでいるからな。ふっふっふ、チョコレートも知らないぐっちゃんにモノを教えるのは楽し過ぎる。

 

 ちなみに通信機は貸して貰えませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レイシフト先にされたアインツベルン城跡地からかなり離れていたせいで冬木の街に着くのにかなり時間が掛かった。まあ、スケルトンを片手間に処理しつつ、ぐっちゃんの相手をしているのでそのせいで時間が掛かったということも多分にある。

 

 ああ、ちなみにぐっちゃんだが、バックアップ無しに10回ぐらい呪血尸解嘆歌(ばくはつ)して発散したら、人間ぐらいまで魔力が戻ったので一先ず安心である。

 

 道連れにはするが、何も別に今すぐにサーヴァントとして同行しろとは言えないので、ぐっちゃんを尊重する形になったが仕方あるまい。

 

「酷い有り様ね……」

 

 相変わらず、燃え盛る街並みを眺めながらぐっちゃんはそんな呟きをした。その横顔はどこか寂しげに映る。

 

「憎みたいだけで、死んで欲しいわけじゃなかった。ぐっちゃんはそんな感じかな?」

 

「なによ……嫌味?」

 

「別に、ただそう思っただけだよ」

 

「…………そういうお前はどうなの? 日本の小さな集落で土地神の真似事してたんでしょ?」

 

 ぐっちゃんから思いもよらない質問が来て目を丸くすると同時に、やはりこの吸血種は不死者に似つかわしくないほど優しいと感じて、少し私の顔が綻んだ。

 

「みーんな消えてしまったなぁ、ぐらいは思うよ」

 

「……………………………………それだけ?」

 

 それに言葉を返すとぐっちゃんはそれ以上の言葉があると思ったのか、暫く待ってから意外そうな表情でそう呟く。

 

「元々、人間の寿命なんて私からすれば大差ないからさ。遅かれ早かれその時が来ただけだよ。天寿を全うして死んだって、中年で交通事故で死んだって、病気で夭折したって私には等しく同じだ。自宅の庭先にたまにいるトカゲが、朝見たら死んでたからって、死んじゃったのかー、次はいい生涯を送れよー、以上の感情を持てなくてね」

 

 こんな考えを持ってしまった理由は、あまりに長い時間を生き過ぎてしまったことに加えて、転生したという事実そのものによって、私の死生感も狂ってしまったんだろうな。

 

 だが、寧ろおかしいのはぐっちゃんの方だと私は思う。それだけ長い生涯を送りながら、どうして人間に対してそれだけ一喜一憂を出来るというのか。尤もそれを口にする程、自分が出来た感性を持っているとも思わないので、このことは胸にしまっておく。

 

「私は古い古い真祖だからね。何せ朱い月が最初期に造った真祖の一体だ。まあ、だからといってアンティークなこと以外は他の真祖とは変わりないどころか、生まれの新しい真祖と比べたらどこかの機能が劣ってるかも知れないからねぇ。トドメに長く生き過ぎて、感覚がおかしくなってると思うからあんまり参考にしない方がいい」

 

「…………そう」

 

 長く生き過ぎた私はとっくの昔に、人間に対しての感情はペットに向けるものと近いが、自分自身ですらわからない程に擦り切れてしまったんだ。

 

 でも、私は立香ちゃんのことは大好きだ。愛している。けれどそれも時々不安になるんだ。私は立香ちゃんのことを、ちゃんと人間として人間のように愛せているのかと。

 

 慈愛、友愛、自己愛、親愛等々数えきれないほど色々な愛がある。その中で愛玩動物のように愛してしまっていないかと、不安になるんだ。けれど同時にいつも思う

 

 愛することと、愛玩することの線引きはいったいどこにあるんだろうな?

 

 だからアルモお姉ちゃんは立香ちゃんを考える限りの方法で愛する所存なのです。少なくとも人間らしい愛を思い出させてくれたのは他でもない立香ちゃんだから。

 

 

「おう、なんだ。誰かと思えばアルモーディアじゃねぇか」

 

 

 そんなことを考えていると聞き覚えのある男性の声を聞き、足を止める。

 

 声の方を向くと水色の外装を身に纏い、大きな杖を持ったフードを被った男が立っていた。その男がフードを外すと、青い髪とワインレッドの瞳が露になり、その人物をしっかりと把握できた。

 

 コイツがこの特異点にいることは元から知っていたし、容易に理解も出来る。だが、それでもこれだけは言わせて欲しい。というか、知り合いな分、私の表情筋は既に限界である。

 

「ちょ……"クーちゃん"なんで杖しか持ってないの? 新手のギャグ!? それとも体を張ったイメチェン!? ギャハハハハハ!」

 

「オレが聞きてぇよクソがッ!? 笑うんじゃねぇ!」

 

 それは英霊であり、生前は私の友人の一人でもある"クー・フーリン"その人であった。

 

 こうやって時の果てにまた会える人間もいるんだ。死を惜しむのも滑稽だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから暫くクー・フーリンことクーちゃんを連れて歩きながら、スケルトンの処理もほどほどに現状の確認をした。お、同時に倒した2体から凶骨出た。運がいいな。

 

 クーちゃんが言うには冬木で行われていた聖杯戦争にキャスターとして呼ばれ、なんやかんやあった後に大聖杯が暴走してこうなったんだとか。まあ、概ね私が知っている範囲である。逆にこちらからは立香ちゃんが知る程度で、パンフレットに載っているカルデアの情報と、ぐっちゃんから聞き出した情報を教えた。

 

 ちなみにぐっちゃんはクーちゃんがいる方とは逆の私の隣におり、借りてきた猫のように大人しくしている。まるで地味系文学少女みたいだ。

 

 そして、情報交換を終えた後、クーちゃんはポツリとこんな呟きを漏らす。

 

「なぁ、そっちの……お嬢ちゃん? お嬢ちゃんって呼んでいいのか……?」

 

 どうやらクーちゃんなりにぐっちゃんに気を使ったらしい。ぐっちゃんはクーちゃんよりよっぽど歳行ってるものな。

 

 しかし、その発言そのものが気を使えていないと言っても過言ではない。せめて私に耳打ちすべきだったが、ケルトは正直者だからな。結果として、人間に化けられていると思っていたぐっちゃんは顔を赤くしてぷるぷるしている。

 

 そりゃなぁ……現代に近い英雄なら兎も角、神話で語られるような精霊種を知っている英霊なら、普通に見られただけでバレるよなぁ……。

 

「それ以上は何も言うなクーちゃん。ぐっちゃん――もといヒナちゃんにも譲れないモノがあるのだ。他の人間にバレないようにヒナちゃんを人間として扱えば、生前(まえ)に寝惚けて私の心臓をゲイ・ボルクしやがったことチャラにしてやる」

 

「おま……!? まだ、覚えていやがったのか!? だいたいあれは、お目覚めドッキリとか言って、お前が朝っぱらに空想具現化使ってまで襲撃して来やがっ――」

 

 アー,アー,キコエナイキコエナイ。痛かったんだぞ、ぷんぷん。

 

 そんな話をしながら歩いていると、1kmほど先で、明らかにスケルトンではない者らの戦闘により、鉄と鉄のぶつかる鉄火と土埃が見える。

 

「ああ……そこにいたのか……」

 

 それと同時に私はそこにいるであろう者らを見定め、その中に最愛の人を見つけた。

 

「おい、アルモーディ――」

 

 私はぐっちゃんとクーちゃんをその場に置いて地面を蹴り、"圏境"によって気を張って自身を周囲に溶け込ませつつ、真祖の五体全てを駆使して彼女の許へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 燃え盛り、既に生命の気配のない冬木の街。その一角で激しい戦闘が行われている。

 

 片や身の丈ほどの盾を持つ少女――マシュ・キリエライトが立ち塞がるようにおり、その少し後ろには守られるようにオレンジ頭の少女――藤丸立香が立ち、そのまた背後には白い髪の女性――オルガマリー・アニムスフィアが震えている。戦っているのは実質、盾を持つ少女のみだ。

 

 対するは影のような何かに覆われた二体の存在――シャドウサーヴァントである。その片方は槍を持ち、背中に何本も武具を背負っている男――ランサーのシャドウサーヴァントであり、もう片方は全身を余すところ無く布で巻いているように見える男――アサシンのシャドウサーヴァントであった。

 

 ランサーが槍を使い接近戦で戦い、アサシンが中距離から短剣のダークを投擲する。それによって最初からマシュは防戦一方であり、また背後の二人を護らなければならないことも相まって戦況は絶望的であった。

 

 未だ3人が生きている理由は、二体のシャドウサーヴァントがより苦痛を与えて長引かせようとマシュだけを狙っているからに他ならない。

 

 それ故、苦悶の表情と声を上げるマシュと、それを見て唇を噛み締める立香、そしてオルガマリーが絶望に打ちひしがれてただ怯えるばかりの状況が続いていた。

 

「ククッ、終ワリダ」

 

 そんな中、マシュをなぶるのに飽きたのか、アサシンがダークをマシュのマスターである立香目掛けて構える。そして小さな動作でダークを引き絞り――。

 

 

 アサシンは自身のダークを持つ腕が切られ、地面に落ちていくことに気がついた。

 

 

「ナ……!?」

 

 それだけではない。アサシンの体はまるで、凄まじく巨大な獣の鉤爪に引き裂かれたような荒々しくも鋭利な傷痕を残してバラバラの肉塊に変わっていたのだ。当然、そのままアサシンは塵のように消えていく。

 

「アサシン殿……!?」

 

 そのことにいち早く気づいたランサーは、マシュから距離を取り、周囲の状況を確認しようと辺りを見回し――。

 

 

「ハロー」

 

 

 外部からの力によって420度ほど首を無理矢理回された。

 

 景色をぐるりと一望した上で、聞き覚えのない声だけが響いたことを最期に感じながら、糸の切れた人形のように地面に叩き付けられる。それっきりランサーが動くことはなく、そのまま消滅していった。

 

 残った3人と、通信機越しに見ていたDr.ロマンは、あまりにも唐突かつ異常な事態に言葉を失った。だが、立香一人だけが、その光景に何故かただ首を傾げているように見える。

 

 その直後、何も無い空間だけがあったマシュの目の前に、切り絵が貼られるようにそれは出現した。

 

 

 

「やあ、こんばんは」

 

 

 

 そこには白を基調としたドレスを纏い、腰を優に越す長さで、ウェーブの掛かった金髪を靡かせる女性が佇んでいた。その金色の髪は、僅かな月明かりを反射して、人間味を感じさせないほどまでの魅力と儚さを醸し出し、より大きく圧倒的な存在感を放っている。

 

 そして、魔性ともいえるその美貌は、今すぐにでもその場から消えてしまう幻想のように儚くも見え、朧気な月のようであり、彼女が人間でも女神でもなく、それ以上の何かであることは誰が見ようとも理解出来た。

 

 直前にあった怪奇現象よりも、彼女が持つただの美貌により、そこにいたマシュ及びオルガマリー、そして通信機越しのDr.ロマンでさえ、一瞬だけ見惚れ、動くことも考えることも忘れてしまったのだ。

 

 そんな刹那の時間で、目の前の女性は軽い足取りで動き、たった一度の跳躍で少し離れた藤丸立香の前に降り立った。

 

「あ……」

 

 マスターの盾であるハズのマシュが敵かもしれない存在の通過を許したことにようやく気がつき、小さく声を上げる。しかし、そのとき既に女性は、立香を囲むように両手を広げていたため、何をしようと間に合うことはない。

 

 そして、マシュが振り向いたとき、そこに広がっていたのは――。

 

 

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛立香ァァァ!!!! アルモお姉ちゃん居なくても大丈夫だったぁ!? どこか怪我はない!? ポンポンペイン!? 変な期間限定星5サーヴァント拾ったりしてない!? アルモお姉ちゃん以外にお姉ちゃん作ってない!? 夢の中で彼氏面する奴は居ない!?」

 

「アルモさん苦し――」

 

「アルモお姉ちゃんは立香が居なくて心配で心配でぇ死にそうだったよォォォ!!!?」

 

 

 

 

 女性が立香にすがりつく勢いで体を寄せ、全身をスリスリと押し付け、蕩けるような笑顔のまま有らん限りの愛情のような何かを発散しつつ、精神汚染でもされているかのように一方的な言葉をバラ撒く姿であった。

 

 その光景に、そこにいた人間と通信機越しのDr.ロマンだけでなく、女性――アルモーディアに追い付いた芥ヒナコとクー・フーリンも口を大きく開けて絶句した。

 

 

 

 

 







※絆レベル9です。



Q:なんでアルモーディアは無茶苦茶美人なのに村人や立香は至って普通の反応なの?

A:1000年の恋も冷める行動と言動と中身



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不死狩りアルモちゃん


 感想や評価ありがとうございます。ここまで皆様にお楽しみ頂けるとは予想だにしていませんでした。

 感想は時間が掛かっても全て返信させていただきますのでお待ち下さい。





 

 

 

「ふぅ……」

 

 大分、リツカニュウムを補給出来たのでそろそろ人理修復(ほんだい)に戻ろう。いつの間にか、近くの瓦礫に腰掛け、立香ちゃんを膝に乗せて抱き締めつつナデナデしていたが、慣れているようにそのままの状態で立香ちゃんは大人しくしているので、周りにいる人間――とりあえずオルガマリー・アニムスフィアを一瞥した。

 

「ひっ……!?」

 

 とてもよい反応が返って来た。無防備なマリーちゃんの机をバシバシ叩いて驚かしたくなる。

 

「…………!」

 

 次にマシュちゃんを眺めると、しっかりと視線を交えてくる。寧ろ、眉毛を立てて気を引き締めた様子で返してくるので、根っからの真面目さが伝わってくると言えよう。

 

「おい、Dr.ロマン。どうせ聞いているんだろう?」

 

『うぇっ!?』

 

 すると近くの通信機からDr.ロマンの声が響き、大きなリアクションで驚いている様子であった。しかし、マリーちゃんほど反応が面白くない。

 

 ぐっちゃんとクーちゃんは別にいいや。一番話になりそうなのでロマニと話すことにしよう。

 

「知らん仲でも無いだろうに……私の声に聞き覚えはないかな?」

 

『え…………………………ああ!』

 

 ロマンそう呟いてから数秒間が空く。そして、思い出したかのように声を張り上げた。

 

『立香ちゃんの使い魔の人と同じ声だ!?』

 

「そう、あの時は見せてなかったけど、今はこの通り――」

 

「アルモさん……暑い……」

 

「ん? そうか?」

 

 話の途中で膝の上で私が抱き締めている立香ちゃんがそんなことを呟いたので、ふと辺りに目を向ける。周囲はあちこちから火の手が上がっているわけで当然、ただの人間には熱い温度なのだろう。しかし、アルモお姉ちゃんが来たからにはもう安心だ。

 

「じゃあ、ちょっと空想具現化する(マブる)か」

 

「あ……違――」

 

 次の瞬間、私が発動した空想具現化によって周囲の炎が跡形もなく消え去る。そして、温度が徐々に下がっていき、20度ぐらいの適温で止まった。それから髪を撫でる程度の断続的なそよ風が起こり、立香ちゃんを涼しくする。

 

『こ、この環境変化と計測器の値は……空想具現化(マーブル・ファンタズム)!? そ……それにこの波形が意味する神秘年代と情報はまさか――!』

 

「あ、自己紹介がまだだったな。私はアルモーディア。ただの真祖アルモーディアだ。今は立香の使い魔をしているよ」

 

 自己紹介は大事。コミュニケーションの基本だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真祖の創造主にして、型月(タイプ・ムーン)――"朱い月のブリュンスタッド"からしても、その真祖は興味を引かれるものであった。

 

 真祖の名は"アルモーディア"。朱い月が、最も初めに生み出した真祖のうちの一体であり、性能上は他の真祖と全く同様の真祖である。

 

 アルモーディアが最初に他と異なっていたところは、真祖では稀な女性である点ではなく精神面であった。彼女は他に比べれば遥かに表情や表現が豊かであり、生まれた瞬間から既に人格が形成し終わっているような状態だったのである。

 

 とは言え、その時点ではそれだけの話。大量に創造したため、一体ぐらいバグを持つ個体がいても何もおかしくはないだろうと、朱い月は特に修復や処分する必要性も感じなかったため、そのまま放置しておくことに決めた。

 

 

 

 

 

 

 そして、朱い月の興味を再び引いたのはそれから数十年程経った頃。真祖らの居住地から離れた場所で、アルモーディアが一人で何かを行っていたことを、偶然に朱い月が発見した時のこと。

 

 

『い、いや……ブリュンスタッド様……その……しゅ、修行をしておりまして……空想具現化のです、はい……』

 

 

 朱い月が何をしていたのか問い詰めたところ、アルモーディアはそのように溢した。その言葉に朱い月は非常に驚く。

 

 何せ、元から有り余るほど種として完成し、再生により肉体は決められた形へと戻るため、肉体を鍛えることがほとんど意味を成さない完全な生命体である筈の真祖のアルモーディアが、己の能力を更に向上させようとする貪欲な意思と精神を持っていたからだ。

 

 実際にアルモーディアの空想具現化は、生み出された当時より1%程だが性能の向上が見られた。微々足るものではあるが、確かに成長しており、種として完成しようとも個としてはまだまだ進化の余地があることを予感させる。

 

 

 

 

 

 そして、本格的に朱い月が興味を抱いたのは、それから真祖の感覚で、かなり年月がたった頃。近年、アルモーディアが世界各地を巡っているとのことで、朱い月が暇潰しも兼ねて、直接彼女を訪ねたところ――。

 

 

『すいません弟子にしてください! なんでもしますから!』

 

 

 朱い月が見たものは、山奥に住む筋肉隆々の老人に対し、全力で土下座しているアルモーディアの姿であった。それも後世に語り継ぎたい程、誠意に溢れた綺麗な土下座である。

 

 

『え…………嘘? ぶ、ぶぶ……ブリュンスタッド様ぁ!? こ、これ、これも修行の一貫で――』

 

 

 朱い月は目の前の光景が理解しきれず、よく似た別人なのではと考えていたが、いち早く気づいたアルモーディアが慌てふためいたため、本人だと理解した。

 

 その後、アルモーディアによると空想具現化だけでは足りないと感じたらしく、少し前から人間の武術を修得することにしたとのことである。

 

 武器を使うのは範囲が広過ぎる上、武器は体と違って替えや、戦闘中の再生が難しいとのことで、徒手武術に絞っているとの話も聞いた。しかし、朱い月は正直なところ、人間の武術など真祖が覚えたところで意味があるのかと理解し兼ねていたが、そんな様子を見たアルモーディアは指を立てながら当たり前のように呟く。

 

 

『じゃあ、ここはひとつ。私の技を受けてみませんか?』

 

 

 数秒後、朱い月はたった一撃の掌打により、全身が麻痺したような感覚を味わうと共に地面に転がされた。

 

 倒れながらも朱い月の思考は独立しており、真祖の身体能力によってとんでもない速さと威力でもって放たれた武術に感心を示す。

 

 そして、朱い月はアルモーディアの戦闘力を再計算し、ある結論に達したため、彼女に任務を与えた。

 

 

"試しに魔王を処断してみろ"と。

 

 

 ちなみに、これは創造主に対して一切容赦の無い打撃技を叩き込んだアルモーディアへの意趣返しではない。朱い月ともあろうものが、そんな度量の狭いことをするわけがないのだ。だが、彼女はせめて投げ技を使うべきであっただろう。タイプ・ムーンだって痛いものは痛いのである。

 

 

 

 

 

 僅か2日後、アルモーディアは魔王と対峙していた。

 

 魔王とは吸血衝動に負け、血を吸った堕ちた真祖である。そもそも真祖は吸血衝動の抑制に力の70%を使っているため、魔王は元の力を出せているだけなのだが、実質上、真祖の約3倍の能力を持つのである。

 

 当然ながら、アルモーディアの肉体的な能力は魔王の3分の1以下であり、鍛えられた空想具現化に関しても、精々半分程度であった。

 

 アルモーディアはまず、自身の気を同化させて自然そのものに溶け込ませることで、魔王の目を欺いた。そして、接近し、魔王の体――引いては真祖の体で、星からのバックアップを受ける器官及び吸血器官に掌打を繰り出し、その際に自身の気を魔王へと通して、器官及び経路を再生が行われない程度に破壊及び麻痺させて一時的に機能を停止させたのである。

 

 これには遠くから眺めていた朱い月も舌を巻いた。元々、この戦いは原付スクーターと大型バイクでレースをするようなものだ。それに対し、アルモーディアが出した答えは大型バイクの燃料タンクに穴を開けてガソリンを抜くようなものであったからだ。

 

 そこからは紙一重ながら一方的だった。

 

 如何に魔王が3倍の身体能力から爪を振るおうと、アルモーディアはそれを打ち払う、受け流す、避ける、逸らすなどで一度も直撃せず、逆にカウンターを入れて反撃することで、攻撃を繰り出した筈の魔王が面白いように削られていく。

 

 空想具現化に関しては、アルモーディアは魔王の半分ほどの性能を持つため、魔王と言えども補給路を制限された状態で、星からのバックアップを受け、また防御に徹している彼女の空想具現化を突破することはほぼ不可能であった。

 

 だが、まだ魔王には超越した肉体と再生能力が残っている。故にアルモーディアは魔王が肉体を一度に全て再生させない程度のダメージを与え続け、その上で魔王の器官の停止を維持しなければならない。

 

 そして、10日間――240時間に及ぶ激闘を戦い抜いた末、数えるのも億劫なほど体のあらゆる箇所を破壊され続け、遂に再生能力を失った魔王は、その瞬間を心待にしていたアルモーディアの一撃により、たった一度の殺害のみで死亡した。

 

 大業を終えたアルモーディアは顔を真っ青にして、肩で息をしたが、手傷をほとんど負っていない。そのため、朱い月はもう2~3体続けて魔王を処断出来るのではないかと評価していた。

 

 死んだ魚のような目になりながら、うわ言のように"生きてた……私まだ生きてた……うふふ"と繰り返すアルモーディアに対し、朱い月は労った後、肩に手を置き、彼女ならば任せられると、笑みを浮かべながら告げる。

 

 

 "その力で現在いる魔王と今後現れるであろう魔王を処断せよ"と。

 

 

『……………………………………マ?』

 

 

 口を大きく開けて表情を失った顔で、ただ一言呟かれたアルモーディアの言葉の意味はよくわからなかったが、朱い月は了承と受け取った。

 

 そして、アルモーディアは朱い月に認められ、正式に魔王を狩る真祖となったのである。

 

 その後、アルモーディアは、真祖を狩る真祖として運用されるアルクェイド・ブリュンスタッドが他の真祖らによって造られる時代までの長きに渡る空白の間、朱い月より与えられた魔王を狩る役割を全うしたという。

 

 

『おっ酒♪ おっ酒♪ うぇひひひー♪ きもひぃ~♪』

 

 

 ちなみにそれまでは、一切酒を口にすることすらなかったアルモーディアが酒浸りになったのもそれと同時期だったりする。

 

 

 

 

 

 それから朱い月がそれなりに年月を経たと考える程時間がたった頃。いつしか朱い月は、自身が新しい器で再誕した後、アルモーディアを己の右腕に据えることも吝かではないと考えていた。それほどまでに彼女の種としての限界を思ってもみない方法で破ってみせた様は新鮮に映ったのであろう。

 

 そして、朱い月は真祖の寿命と言える吸血衝動について思考を巡らせる。無論、アルモーディアにも他の真祖と同じそれが備わっており、彼女の場合はどう見積もっても後、1000年程度で限界を迎える状態であったからだ。

 

 それではあまりに時間がないと、朱い月はアルモーディアを実験と称して呼び出し、何も告げずに眠らせた上で手術を施行した。それにより、彼女の吸血衝動は改善し、通常の真祖より数十から数百倍以上、吸血衝動の蓄積が遅い体質へと変化した。

 

 吸血衝動を除くのは自身が新たな体を持ってからでも遅くはない。そう、朱い月は考え、ただ寿命だけを伸ばした。これにより、アルモーディアの体について知るのは朱い月だけの秘密である。

 

 それは気まぐれか、親心か、それ以上の何かだったのか。今となっては知る由もない。

 

 

 

 

 

 朱い月がキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグによって討滅されたのは、それから僅か数日後の出来事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アルモーディアって…………"不死狩りのアルモーディア"……?」

 

 カルデアの所長。オルガマリー・アニムスフィアは唖然とした様子でポツリと呟いた。

 

「じょ、冗談でしょ……不死狩りって言ったら最古の真祖で、アルクェイド・ブリュンスタッド以外で唯一、魔王を殺せる程の異常な力を持った真祖じゃない……!」

 

「相変わらず、私に対する人間の認識ひでーな……まるで化け物みたいじゃないか」

 

 立香を膝に乗せてぬいぐるみのように抱き締めているアルモーディアは"アルモちゃんは、長生きなだけのふつーの真祖なんだぞ。ぷんぷん!"と呟くが、オルガマリーは耳に入っていなかった。

 

(あれ……? 待って、確か不死狩りはアイツの使い魔だって――)

 

 その時、オルガマリーの脳裏には様々な情景が浮かぶ。

 

 まずは管制室で行われたオルガマリーの説明会で居眠りしていた藤丸立香に平手打ちをして、ファーストミッションから追放して放り出したことを思い出す。それから、この冬木で凡人のマスターだのなんだのと散々罵倒した挙げ句、全て立香に任せっきりのこの状況を再確認した。

 

「わぁ……そんな風に消えれるんですか!?」

 

「うん、圏境っていう方法だよマシュちゃん。まあ、実はちょっとだけ空想具現化も使ってズルしてるんだけどね。ちなみにカルデアにいた時も、これでずっと立香の隣に居たんだよ。立香とマシュちゃんの会話も、"所長の説明も全部見てた"んだ。レイシフトに巻き込まれてからは、別の場所に飛ばされたみたいで、何故か一緒に飛ばされてたヒナちゃんと途中であったキャスターとここまで――」

 

(――――――――え……?)

 

 オルガマリーが考えていると、いつの間にかどこかから現れたAチームの芥ヒナコと、キャスターとおぼしきサーヴァントが増えており談笑を始めていた。カルデアの所長としてはレイシフトしていたことや、無事に生きていたことに言及するべきなのだが、彼女はアルモーディアから発せられた何気ない一言に衝撃を受けていたため、それどころではない。

 

(全部見てた……最初のアレを……)

 

 そして、更にオルガマリーは立香に対して明らかに異常な愛情を持って接していたアルモーディアの様子を思い出す。

 

 それと同時に自身が立香にした行いと、客観的に見てあまりに不甲斐ないレイシフトしてからの自身の行いの数々が頭を過った。

 

「…………?」

 

 気がつけばオルガマリーは真っ青な表情で、アルモーディアを見ており、彼女は見つめて来るオルガマリーに疑問符を浮かべつつも愛想笑いを返した。その様子は妙に人間染みている。

 

 しかし、動物にとって笑みとは威嚇である。また、アルモーディアほどの美女であれば、その愛想笑いでさえも相応の美しさであり、それゆえに般若面のように幾つかの表情に取ることが出来た。

 

 そして、オルガマリーが笑みから認識したアルモーディアの表情は"怒り"である。そう考えた瞬間から、オルガマリーにとって彼女は絶望と恐怖の権化と化した。

 

(――――――――――)

 

 オルガマリーの意識は完全にキャパシティを越え、円の外側から感覚が無くなっていくように白く塗り潰されていく。

 

 その結果――。

 

 

 オルガマリーは白目を剥き、口から泡を吹きながら崩れ落ちるように倒れてしまった。

 

 

「え…………? え……?」

 

 無論、一番驚いたのは、"やっぱり旧所長可愛いなぁ……ちょっとイジメたい"などと考えながら見つめていたアルモーディアである。

 

「ちょっと、所長に何したのアルモさん!?」

 

「え……? いや、聞いてよ立香。ホントに何もしてないんだよ……? マリーちゃんが勝手に倒れたんだ。ひょっとして貧血とか、てんかんとかの持病あるの……? だったら助けな――」

 

「お前に限ってそんなわけねぇだろ……どうせ空想具現化でお嬢ちゃんの口元の酸素濃度でも弄りやがったな? メイヴの軍勢丸々昏倒させたときみてぇに」

 

「クーちゃん!? 私そんなエグいことしないよ!? 集団でボコボコ(リンチ)にされなきゃ!」

 

「うわ……お前そんなことしたことあるの……? 引くわ……」

 

 そして、立香、クー・フーリン、芥ヒナコによるアルモーディアへの糾弾が始まり、マシュとDr.ロマンはどうしたらいいかわからず、困惑するばかりであった。

 

 

 

 

 






※真祖を狩る真祖は職業ではないため履歴書には書けないので、アルモちゃんの職歴はアルバイトのみです。





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アルモちゃんとチーズ

 

 

 

 

「あら……?」

 

 ある日、コノートの女王メイヴが早朝に日課の水浴びをしていたときのこと。池の向こう岸にいる男女の二人組を目視した。

 

 それは点に見えるほど離れた距離であり、覗きにしては遠過ぎたため、通常では目視出来ない程の距離であったが、彼女はコノートの女王メイヴ。視力も極めて高かったため、その二人組をはっきりと見ることが出来た。

 

 その片方はメイヴとどこか似た顔つきの男――コンヴォル王の子息であるフォアベイであった。それは母でありメイヴの妹でもあり、メイヴによって殺されたクロホラの息子である。

 

「――――――」

 

 だが、メイヴにとって問題はもう片方の女であった。それは、人を超え、神を超え、夜空の星そのもののような異様な美しさを秘めた金髪の女であり、それを目視したメイヴは心を奪われ、ただ彼女を眺めることしか出来なかった。

 

「――――この私が……!?」

 

 我に返ったメイヴは心底驚き、苦虫を噛み潰したような表情でそう吐き捨てる。なぜなら美しさとはメイヴにとって、己そのものを表す概念に他ならなかったからだ。

 

 言わば美の神が、他所の美の前に言葉すら出せずに敗北したようなもの。これほど、メイヴにとって恥辱なことはないだろう。

 

 それと同時にメイヴは"アルスターの地に女神よりも美しい怪物がいる"という噂が、このコノートでも実しやかに囁かれていることを思い出す。所詮、噂だろうと高を括っていたメイヴだったが、あの女がその存在だと半ば確信させられていた。

 

 そして、怒りに身を震わせながら、再び二人を眺めると――。

 

 

 何故か見るからにとても硬そうな"丸いハードチーズ"を二人とも抱えていた。フォアベイはギリギリ片手で持てるほどの大きさであり、女の方は直径1m程の巨大なモノである。

 

 

「はぁ……? なにそ――」

 

 意味がわからな過ぎる光景にメイヴは呆れたような、困惑したような声を上げ、その最中にも二人は片手でチーズを掴みながら足で地面を踏みしめ、腰を落とすと、とてつもなく綺麗な野球の投球フォームのような体の運びで、チーズを投擲した。

 

「――れ」

 

 女のチーズ――投球ならぬ投チーズの瞬間から物理法則を無視して加速し、池の中央で音速の壁を突破しており、メイヴが言い終えた時点で眼前にチーズが迫っていた。直径1mのチーズが池を割る程のソニックブームを出しながら目の前に迫る光景はあまりに滑稽だが、そんなものが当たれば――。

 

 

「――ぇ゛!?」

 

 

 人は死ぬ。

 

 メイヴはチーズの魔球が胴体にもろに直撃し、その破壊力のみで体内のほとんどの臓器が破裂した。鍛えられた体により、肉体の原型だけは保てているのが唯一の救いだろうか。

 

 メイヴはチーズに轢かれ、体を弾き飛ばされながら、呆けた最期の言葉を上げる最中、残っていたフォアベイのチーズが頭部へと直撃する。

 

 それは女ほどの破壊力も速さもなかったが、メイヴの甥という、かなりの血筋を持つ男の投げたチーズも凄まじい威力である。それは容易くメイヴの頭蓋を割り、最期の思考さえ許さず、その命を刈り取った。

 

メイヴへ後世に語り継がれるほどの恥辱にまみれた死を与え、復讐を遂げたフォアベイは歓喜の涙を流し、"師"という言葉を口にしつつ女に抱き着いていた。

 

女はそれを甘んじて受け、母のような優しげな表情でフォアベイの頭を撫でながら諭し、二人は足早にその場から去って行った。

 

 かくして、女王メイヴは死んだ。投げたチーズに殺されるという。数ある女王の中でも特に珍しく、誰からにも鼻で笑われるような結末を与えられて。

 

 

 

 

 

 女の音速を超えたチーズの異音に驚いたコノートの兵士たちが駆けつけると、そこにはメイヴの亡骸と血塗れのチーズが転がっている。

 

 呆然とする他ない状態であるが、ひとりの兵士は大きな方のチーズに文章が刻まれていることに気がつき、それを読み上げた。

 

 

 "クーちゃんの仇!"

 

 

「邪魔するよ」

 

 その直後である。兵士たちの隣に当たり前のように金髪の女がおり、小さい方のチーズを持ち上げると、そのまま池に向かって行き、チーズを水面につけてちゃぷちゃぷと付着した脳液や血液を洗い落としているではないか。

 

 しかし、その女性の姿を見たコノートの兵士たちは思い出す。

 

 

 それはアルスターの地に女神マッハの呪いがかけられ、壮年の男性達が皆、産褥にある女性と同じ苦しみを味わわされ、本来の戦士としての力を発揮できない状態にあったときのことである。

 

 それを好機と見た女王メイヴは、一頭の牛のために軍勢を送った。そのときにまだ青年だったため呪いを受けなかったクー・フーリンが奮闘したのだが、そんな中でクー・フーリンを避けてアルスターの地を進軍した軍勢は更におぞましいものを目にしたのだ。

 

 それは平原にポツンと置かれた岩に腰掛ける女神すら霞む程の美女と、その周囲一帯に転がる、無数のコノートの兵士たちであった。

 

 新しく来たコノートの兵士たちを目にした美女はそちらに目を向けると、にこりと微笑み掛ける。それはこの世のものとは思えない美しさと儚さを内包し、コノートの兵士たちが目を奪われた直後――。

 

 一斉に白目を剥いて昏倒し、彼女の視界に入ったコノートの兵士たちは等しく同じになった。

 

 美女は微笑みを止め、つまらなそうな表情になると、倒れた者たちから視線を外す。そして、またコノートの兵士たちがやって来るのをじっと待った。それは美女などではなく、人でも神でもなく、同じ土俵に並び立つことさえ出来ないような怪物だったのだ。

 

 そして、怪物の名は"アルモーディア"と言い、それが今まさにここにいたのである。

 

 

 全てを思い出したコノートの兵士らは恐怖する。あの怪物が今度はコノートに来て、女王メイヴを殺したのだと。誰一人としてその場から動こうとする者はいなかった。

 

「よーし、洗えた。お酒のツマミにしよっと」

 

 それだけ言い残し、アルモーディアの体が幽霊のように薄れていく。遂には透明になったかのように消え、それっきり彼女の姿はどこにもなく、静かに湖畔が揺れるばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ち、チーズ……うぅ……はっ!?」

 

 オルガマリーは奇っ怪な夢から目を覚ました。

 

(な、なによ……今の神話に喧嘩売ってるような夢は……?)

 

 無論、そんな記録は人間にはない。真祖が人間とチーズをぶん投げて女王メイヴを殺したなど、いったい誰が信じるというのか。子供に聞かせるお伽噺の方がまだ現実的であろう。

 

 我ながらとんでもない夢を見てしまったと、オルガマリーは驚愕する。そして、まだ寝惚け眼で絶妙に硬く柔らかい枕から体を起こした結果、何かとてつもなく弾力のある物体に顔をぶつける。

 

「……? なにこれ――」

 

「お酒飲みたいなぁ……チーズフォンデュが食べたいなぁ……」

 

「――――!?」

 

 次の瞬間、自身の真上から忘れもしないアルモーディアの声が響いて来たため、オルガマリーは硬直した。

 

「ん……? なんだ、起きたのか」

 

「ぴぃ!?」

 

 すっとんきょうな叫び声を上げつつ今の状況を全力で確認するオルガマリー。すると、よく見れば顔に当たったモノはアルモーディアの胸であり、膝枕をされていた状態であることに気づく。

 

「きゃぁぁぁ!?」

 

 そして、それを理解した瞬間、オルガマリーは脱兎の如く膝から跳ね落ちながらも離れようとする。

 

「……おい、今私から離れるのは危ないよ?」

 

「た、たすけ……助けてぇ!?」

 

 腰が抜けたのか、這いながら逃げるオルガマリー。それを見ながらアルモーディアは溜め息を漏らすと、"ジェイソンにでもなった気分だ"と呟きながら立ち上がる。

 

「あ……」

 

 オルガマリーは恐怖から後ろを見ることが出来ず、すがるように前を見ると、そこには弓を構えて彼女を狙い澄ますスケルトンの姿があった。

 

 死ぬと考えた次の瞬間、オルガマリーの前に影ができ、矢が風を切る音と共に肉に突き刺さる音を聞く。

 

「痛いなぁ……もう」

 

 それはオルガマリーを庇って腕に矢を受けたアルモーディアであった。彼女は半眼で突き刺さる矢と、矢を放ったスケルトンを交互に見てから、腕の矢を引き抜く。

 

 そして、矢をダーツのようにスケルトンに投げると、アルモーディアの手を離れてから矢が急加速し、スケルトンの額に突き刺さる。それだけで簡単にスケルトンは崩れ去っていった。

 

「よっと……」

 

 それからアルモーディアはオルガマリーを地面に座らせ、自身はしゃがみ込んで目線を合わせる。

 

「今、マシュちゃんが宝具を使えるようにするために、キャスニ――キャスターがルーン魔術で敵寄せしたり、キャスターと戦ったりしている最中なんだ。だから私から離れるとはぐれたスケルトンに殺されるぞ? ああ、ヒナちゃんはDr.ロマンに話を聞かれてるから――」

 

「わ、わかった……! わかったわ!」

 

「よろしい」

 

 途中で言葉を遮りながら全力で頷くオルガマリーに、納得したのかアルモーディアはそれだけ言うと、さっきよりは大人しくなった彼女を立たせ、近くの椅子代わりになりそうなコンクリート片に座らせた。

 

「えーと……それでなんだけど……」

 

 何故か歯切れが悪そうに少し頬を赤く染めながらポリボリと指で自分の顔をなぞるアルモーディア。その様子を奇妙に思っていると、どこからともかくある物体を取り出した。

 

 それはオルガマリーにはとても見覚えがあった。具体的に言うと今朝穿いた覚えのある物体である。

 

「はい、"マリーちゃんのぱんつ"」

 

「……………………え?」

 

 それは黒の女性用パンツであり、"大人な色気を醸し出す"との触れ込みでオルガマリーが購入したちょっと背伸びしたパンツであった。

 

 それを見せつけられると共に、オルガマリーは急に下半身がとてもスースーする感覚と、コンクリートのざらざらとした冷たさを同時に感じ始める。

 

 そして、アルモーディアはトドメの言葉を投げ掛けた。

 

「私にビックリしてマリーちゃんが失神したときにさ……その……マリーちゃん漏らしちゃってさ。流石に悪いと思って、お姉ちゃんが空想具現化で洗濯しておいたよ」

 

 "乾燥もアイロンもバッチリさ!"などと続けるアルモーディア。しかし、オルガマリーの耳には最早入っていなかった。

 

 そして、全てを理解し、思考する段階に戻ってきたオルガマリーはゆでダコのように顔を真っ赤にし、手で顔を隠しながら口を開いた。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 

 それは恐怖や恐れではない。女性としてのプライドと、女の子としての気持ちが全て踏みにじられたような慟哭であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コロしてコロしてコロしてコロしてコロしてコロしてコロしてコロしてコロしてコロしてコロしてコロしてコロしてコロしてコロしてコロしてコロしてコロして――」

 

「どうしちゃったのよ所長……?」

 

「なんか、パンツ返したらこうなっちゃった」

 

 現在は大聖杯が置かれた場所に繋がる洞窟の前にレイシフトした全員とキャスターのクー・フーリンがいた。また、どうやら芥ヒナコはまだ人間として通せているようである。

 

 ここにいるヒナコを含む4人と一匹だけに知れたのならまだ救いようもあっただろう。しかし、非常事態のため通信環境のある部屋に、カルデアに残ったほぼ全てのスタッフが情報欲しさに集まっているため、Dr.ロマンの通信を通して、自身の失神から失禁までが全て知れ渡ってしまったのである。

 

 それに気づいたオルガマリーは死んだ魚のような目で壊れたラジオのようになってしまったため、アルモーディアがおんぶして運ぶことになった。

 

 ここにいる全員がしている生暖かい目が、更にオルガマリーを傷つけるため、暫く彼女は立ち直れそうにない。折角、マシュが宝具を使えるようになり、大聖杯の許に向かうところなのだが、何とも言えない空気になってしまった。

 

「クーちゃん。ところで、残っている取り込まれたサーヴァントのクラスはなんだ?」

 

「ああ……セイバーとアーチャーとバーサーカーだ。でもバーサーカーは放っておいても問題はねぇ」

 

「バーサーカーなら途中で殺ったぞ。というか、レイシフトした場所にいやがった。一回殺られて、痛かったぞ全く……」

 

「………………お前、相変わらず貧乏クジ引きまくってんなぁ……」

 

「クーちゃんにだけは言われたくないな、幸運値Eでいつもロクな目に遭わないクセに……ああ、今はキャスターだからDだっけ? 一段変わるだけでこんなに変わるのか…………槍が呪われてんじゃね? 捨てろよ」

 

「うるせぇ! ……あん? なんでオレがランサーのときのことまで知ってんだよ?」

 

「ガイアの精霊だぞぅ! 真祖だぞぅ!」

 

「昔からぜってぇ答えねぇことには、それでゴリ押すよなお前……」

 

 そうは言うが、クー・フーリンはそれ以上言及する気は無いらしい。触らぬ神に祟りなし、というよりも親しき仲にも礼儀ありといった様子であろう。

 

「さてと……ちょっと皆、マリーちゃん見ててくれない?」

 

「いいけど、アルモさんはどうするの?」

 

 オルガマリーを他の者に預け、首を鳴らしながらそんなことを言うアルモーディアに立香はそう問い掛ける。すると彼女は当然のように口を開いた。

 

「なーに、後2体ならどっちかは大聖杯とやらの手前にいるでしょ。だったら片方は炙り出せるかなって」

 

「炙り出す……ですか?」

 

 アルモーディアが何をしようとしているのか理解出来ず、マシュが問い掛けるとアルモーディアは洞窟の入り口にしゃがみ込んで、地面に片手を置いた。

 

「うん、そう。可哀想だよねぇ。真祖相手なのに"天然"の洞窟にいるんだからさ」

 

 次の瞬間、アルモーディアの全身から赤い光が溢れ、かなり大規模の地鳴りが起こった。

 

空想具現化(マーブル・ファンタズム)

 

 そして、次第に地鳴りは収まったが、まるで洞窟の中の天井が大規模に滑落し、奥から出口(ここ)に向かって崩れてきているようなあり得ない異音と振動が響いており、それは徐々に強まっていった。

 

 アルモーディアは立ち上がると、腰を落とし、利き腕を前に突き出しつつ、もう片方の腕を引いて構えを取った。そして、待っていたかのように笑顔で一言呟く。

 

「ハロー」

 

「クソっ!? いったい、なんだというのだ!?」

 

 すると洞窟の入り口から、明らかに焦燥した様子で走って出て来たのは、左右の手に中国刀を持っている男性のシャドウサーヴァント。セイバーという風体ではなく、泥に呑まれている様子からアーチャーのシャドウサーヴァントだろう。何故か土埃まみれにも見える。

 

 マシュと立香は臨戦態勢になったが、クー・フーリンは特に構えを取らず、既に戦闘は終わったかのような様子でポツリと呟いた。

 

「アイツも運がねぇなぁ……」

 

 アーチャーは咄嗟の判断でアルモーディアに剣を振るう。得物によるリーチ差もあり、相手が退くことも十分に考えられるため、その判断は間違ってはいないであろう。

 

 尤も、相手が真祖の徒手武術家でなければの話であるが。

 

 アルモーディアはアーチャーの初撃を全く避けずにその身に受けながら、体を滑り込ませつつ引いた方の腕を瞬時に伸ばして手首を掴む。攻撃中のアーチャーは容易にそれを許した。

 

「しま――」

 

 そして、前に突き出すように構えられた利き手でアーチャーの胴体に打撃を加えつつ掬い上げ、手首を掴みながら後方の地面に叩き付けた。

 

「がぁッ!?」

 

 "当て身投げ"。様々な武術で使われてきた古典的な技である。無論、真祖の身体能力から繰り出されるそれは、想像を絶する威力と衝撃であろう。

 

 アーチャーは地面に叩き付けられて怯むが、アルモーディアは彼の手首をまだ離しておらず、そのまま利き手の爪を立てる。そして、繰り出された真祖らしい爪による一撃により、アーチャーは全身を引き裂かれて消滅した。

 

「いやー、パンクラチオンなんて使ったの、いつ以来だろうなぁ……忘れてなくてよかった、よかった。プラトン先生やケイローン先生に感謝だな」

 

 そう言いながら笑うアルモーディア。一部始終を見ていたマシュ、立香、そしていつの間にか復活していたオルガマリーも唖然とした表情で彼女を眺める。

 

 アルモーディアを知っている芥ヒナコはいつものこととでも言わんばかりの表情をしており、クー・フーリンは己が今キャスターであることを嘆くような目で彼女を眺めていた。

 

 

 

 







Q:なんで所長はアルモーディアに魔術ぶっぱなして逃げたりしなかったの?

A:CP(カリスマパワー)が0になると全ての能力が使用不能になります(適当)



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おっぱいタイツ真祖

 キリがよかったのでちょっと短めです(約5000字)。ちなみにストックなどは一切ないので、そろそろ毎日全て書いた上で投稿するのが、キツくなってきましたが、まだ頑張れると思うので頑張らせていただきます。





 

 

 

 

 "影の国"。それはケルト・アルスター神話における魔境・異境であり、数多の亡霊から魔獣・幻獣――。

 

 

「いや、師匠……? 私はその……ルーン魔術とか、あなたの知る徒手武術をご教示して頂きたかったわけでしてね……槍まで教えてくれなくてもいいんですよ……?」

 

 

 果ては最近、真祖まで現れるようになったという。

 

 現在ここには、顔をひきつらせながら修練場の地面で正座している美女――真祖アルモーディアと、それを見下ろしながら向かい合っている美女――影の国の女王スカサハがいた。

 

「ふふっ……アルモよ。そんな固いことを言うな。儂自身、お主から教わることが多々あり、これからまだまだ教わることもあろう。これはその礼のようなものだ」

 

 その言葉と共にスカサハは滑り込むようにアルモーディアの背後に立つと、両肩に手を置く。一方、手を置かれたアルモーディアは、ここに来たことそのものが間違いだったと言わんばかりの表情で、顔を真っ青にしている。

 

「では手取り、足取り教えてやろう。なに、幸いにも互いに時間なら幾らでもある。私が教えて、槍を極められない、ということはない」

 

「やだ! 小生やだ!」

 

「仮にあったとしたら私は死ぬまで貴様を教え殺すので、"このスカイ島から生還する"という事は"槍を極められるようになっている"ということだ」

 

「すいませんゆるしてください! なんでもしますから!」

 

「ん? 今なんでもすると言ったな? では修業を始めようか」

 

「チクショウ!? ダメだこのおっぱいタイツ師匠全く話にならねぇー!?」

 

 ちなみに三つ指をついて綺麗な土下座を見せたアルモーディアが何故か着させられているのは、スカサハと全く同じデザインで色の白いタイプのタイツのようなボディスーツである。

 

 なので端から見ればおっぱいタイツ真祖であったりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それがクーちゃんが師匠のところに来る、100年か200年ぐらい前の話だね。正確には忘れたけど」

 

 現在、崩落した洞窟内をアルモーディアとクー・フーリンを先頭にして歩いていた。岩と土砂に完全に埋まった道にも関わらず、アルモーディアが歩こうとすれば先の道が更なる崩落の後、人の通れる道へと変わっていった。空想具現化によるゴリ押しであろう。

 

「だからお前……オレが行ったとき、スカサハのとこの城で修練相手兼メイドの真似事やらされてたのか……」

 

「くらえー! 超短期間でクーちゃんに抜かれて師匠からゲイ・ボルクを渡されるのを見た私の嫉妬ー! というか、クーちゃんのゲイ・ボルクは私も作るの手伝わされたんだぞー!」

 

「あっぶねっ!?」

 

 "ぶらぁぁぁぁぁぁ!"と奇っ怪な叫び声を上げながら、空想具現化でルビー製の手乗りゲイ・ボルクを形作り、楊枝でも飛ばすようにデコピンで射出するアルモーディア。ただ飛ばしているだけだが、ルビーの硬度と真祖の腕力によって弾丸のような威力と化しているため、矢避けの加護を持つサーヴァント以外に行うのは非常に危険である。

 

「その間に現れた魔王はどうしてたのよ?」

 

「師匠と一緒に狩りに行った。スゴい楽だった」

 

 "正直、もう全部師匠ひとりでいいんじゃないかな? と思った"などと質問を投げ掛けた芥ヒナコに返すアルモーディア。そのノリは非常に軽い。

 

「つ、つまり真祖であるアルモーディアさんが、実質クー・フーリンの師匠をも務めていたということですか!?」

 

「いやいやいやいやいや、師匠を差し置いてそんな――」

 

「まあ、そういうことにも一応はなるな。どっちかと言やぁ、姉弟子だが」

 

「えぇ……いや、クーちゃんが認めないで――」

 

「アルモさんスゴいなー」

 

「立香! スゴいでしょアルモお姉ちゃん!? えっへん! おら! 槍はどうした馬鹿弟子! なに座に置いてきてんだよバーカ!」

 

「テメェ……昔より随分アレな奴になったなぁ!?」

 

 暫くアルモーディアから、クー・フーリンですら曖昧だったようなケルト神話時代の話を聞きつつ、大聖杯へと向かう。

 

 

 

 

 

 そして、大聖杯までもう少しというところで最後の休憩を取る最中、オルガマリーがドライフルーツを隠し持っていたり、立香を労ったりした後、アルモーディアは真剣な面持ちで口を開いた。

 

「さて、クーちゃんによればこの先にいるセイバーはアーサー王だったな」

 

 そう呟いてからアルモーディアは難しい顔になり、更に言葉を続ける。

 

「だとしたら厄介なんてものじゃないなぁ……アルトちゃんの約束された勝利の剣(エクスカリバー)はマジでヤバいぞ。仮に全力の解放を正面から直撃したら私が消し炭すら残らず消し飛ぶぐらい」

 

「し、真祖ですらそう感じるレベルなの……?」

 

「星の武器だからあれは特別だ。まあ、私ならいつものなら、直撃しても全力で防御してれば完全に肉体を消し飛ばされるまで数秒ぐらい時間があるから、その間に射線から逃げ出せば大丈夫だけど――というか大丈夫だったけど。問題は連発されたりでもしたら流石に洒落にならないってことだな。その辺どうよクーちゃん?」

 

「そうだな、大聖杯で変質している以上は、向こうの魔力に底があるとは考えねぇ方がいい」

 

「ど、どうするのよ!? そんなのどうしようもないじゃない!」

 

 悲壮な表情で叫ぶオルガマリー。しかし、それとは対照的にアルモーディアとクー・フーリンの表情は明るく、それに加えてアルモーディアは心底面倒そうであり、クー・フーリンは隠しきれないほど愉しげであった。

 

「ヘッ、久し振りにお前の"アレ"が拝めるってこったな」

 

「あんまり使いたくないんだけどなぁ……柄じゃないし……めちゃくちゃ痛いし」

 

 そう言いながらもアルモーディアはマシュを自身の目の前に呼ぶ。そして、短い言葉を呟いた。

 

「だからマシュちゃんは全力で初撃(エクスカリバー)を止めてくれ。火力は私が用意する」

 

 そう言って、アルモーディアはどこからともなく、あるものを取り出すと利き手で握って見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが大聖杯……超抜級の魔術炉心じゃない……なんでこんなものが極東にあるのよ……」

 

『資料によると、制作者はアインツベルンという錬金術の大家だそうです。魔術協会に属さない、人造人間(ホムンクルス)だけで構成された一族のようですが――』

 

「悪いな、お喋りはそこまでだ。奴さんに気づかれたぜ」

 

 こちらと対峙したのは黒い西洋甲冑を身に纏った一体の女性サーヴァント。何よりの特徴は外見でなく、魔力放出によって全身から滲み出る、暴力的なまでの暗く黒い荒れ狂う魔力であろう。

 

 そして、その手に握られているのは、黒々と変質してはいるが、紛れもなく約束された勝利の剣(エクスカリバー)そのものであった。

 

「誰かと思えばアルモーディアか……今度は本当に死にたくなったか?」

 

 開口一番にアーサー王は、アルモーディアを眺めてそう呟く。どうやら例に漏れず、生前に面識があるようである。

 

「おひさー。うわー、今の君は優しさの欠片も残ってないね。人の心もわからない上に、優しさまで捨てちゃったらただの化け物じゃん」

 

 それに対して相変わらずの態度で言葉を返すアルモーディア。しかし、その様子には一切の気圧されも、言葉の震えもなく、この真祖は今のアーサー王と同格かそれ以上の風格があると周囲の者は感じ取っていた。

 

「なんとでも言え、それよりも――」

 

 その後、アーサー王はマシュに目を向けて関心を示す。正確にはマシュの持つ盾に対してのようだが、この場においては大した違いはないだろう。

 

「構えるがいい、名も知れぬ娘。その守りが真実かどうか、この剣で確かめてやろう!」

 

「来ます――マスター!」

 

「うん、一緒に戦おう!」

 

 マシュと立香が言葉を交わし、アーサー王から放たれる約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)に対して、疑似展開/人理の礎(ロードカルデアス)を展開する。

 

「やるぞ、くーちゃん」

 

「おうよ!」

 

 そんな最中、展開されたロードカルデアスの後ろでアルモーディアとクー・フーリンが声を掛け合う。そして、アルモーディアの利き手に一本の"矛先から石突きまで赤い槍"が出現した。

 

 それと同時にアルモーディアの服装が白を基調とした体のラインに沿うように設計されたボディスーツへと変化する。

 

「――――!」

 

 次の瞬間からアルモーディアは槍を構えて体を弓のように引き絞る。それは人間が持ちうる投擲方法を更に発展させ、最早人間には不可能なレベルまで昇華した、ろくでもない外法である。

 

 それと同時にアルモーディアの全身が軋み、肉が弾け、骨にヒビが入る、それでもまだ彼女は構えを強め、次々と体組織が崩壊する音と感覚、そして激痛を耐えながら一点を狙いすましていた。

 

「焼き尽くせ木々の巨人――灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)!」

 

 ロードカルデアスがエクスカリバーによる黒い奔流を止めた直後。クー・フーリンは己の宝具であるウィッカーマンを解放し、続けざまに放たれる数多のルーン魔術と共にアーサー王を攻撃した。

 

 しかし、それは一度宝具を解放しただけであり、対魔力の極めて高いアーサー王をあまり傷つけず、エクスカリバーに沿うように放出された魔力によって切り裂かれ、真っ二つにされる。

 

抉り穿つ(ゲイ・ボルク)――」

 

 だが、何も意味のないような、クー・フーリンのその行為は十分に役目を果たす。

 

 限界を遥かに超えた槍に、真祖の赤黒い魔力と空想具現化の力が合わさった、禍々しいまでの暴力と破壊の光が灯る。

 

 そして、それは遂に動き出したアルモーディアによって投擲された。

 

 

 

鏖殺の槍(オルタナティブ)

 

 

 

 撃ち出された刹那、アルモーディアの手を離れる前に音速の壁を超えたゲイ・ボルクは、感情の揺れすら感じさせないほどのあり得ない速さで一直線に空を駆ける。

 

 直感のスキルを持つアーサー王は何かの予測は出来ていたかも知れない。しかし、その全力の一擲は、因果の力を加味せずとも到底、発射されてから回避も防ぐことも出来るような代物ではなかった。

 

「な――!?」

 

 よってアーサー王の胴体の中央部――心臓にゲイ・ボルクは直撃し、更に内包された魔力と空想具現化による破壊が解放され、ミサイルのように大爆発を引き起こす。

 

 その威力足るや、一撃でアーサー王の霊核を吹き飛ばし、周辺に巨大なクレーターを作る程であった。

 

「貴様……徒手以外もできたのか……」

 

「そりゃあ、覚えるしかない事態になればな。酔狂な奴もいるんだよ」

 

 頭部と上半身の一部以外の全てを喪失し、ほどけるように消えていくアーサー王はそんなことを呟く。

 

 ゲイ・ボルクを回収してどこかへと消し、服装も元の白いドレスへと戻ったアルモーディアは、遠くを見るような表情になりながらそう返す。

 

「まあいい……グランドオーダー――聖杯を巡る戦いは、まだ始まったばかりだ」

 

「そうかい、じゃあな」

 

「ああ、いつか覚えていろ……アルモーディア――」

 

 今度あったときに仕返ししてやろうと言わんばかりのその言葉を最期にアーサー王は消えていった。その様子にはアルモーディアは一言、"相変わらず負けず嫌いだなぁ"と溢し、少しだけ惜しそうに笑みを浮かべていた。

 

「まあ、呆気ねぇが、こんなもんだろ。一人の王なんざな」

 

「そうだねぇ。クーちゃんもばいばい」

 

「おう、じゃあな。後は任せたぜ、アルモーディア! それとマスター。次があるんなら、そん時はランサーとして喚んでくれよ!」

 

 それだけ言うと、クー・フーリンもまたアーサー王と同じように消えていった。

 

 それらを見届けたアルモーディアは、少しだけ感傷に浸るように目を瞑っている様子である。話し掛けれる気配ではない彼女をそっとしておき、他の人間同士で会話をし、労い合う。

 

「さてさて……」

 

 比較的すぐに目を開いたアルモーディアは立ち上がり、立香の前へと移動すると、気を張ったままの様子で言葉を吐く。

 

「皆、まだ残ってる。スーツの趣味の悪い男が一人な」

 

 

『真祖にそこを言われるとは心外だな。一応、一張羅なのだがね?』

 

 

 すると聖杯の周辺から声が響く。そして、アルモーディアの言葉の通り、一人の男が姿を現した。

 

「いや、まさか君たちがここまでやるとはね。計画の想定外にして、私の寛容さの許容外だ。48人目のマスター適性者。全く見込みのない子供だからと、善意で見逃してあげた私の失態だよ。その上、真祖まで連れてくるとはね」

 

 それは緑のスーツを着て、紫色のネクタイを結んだ男――レフ・ライノールであった。

 

 

 

 







~アルモちゃんの宝具 その1~

抉り穿つ鏖殺の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)
ランク:B+++
種別:対人宝具
レンジ:5~99
最大捕捉:300人
由来:アルモーディアが師匠スカサハから授かった魔槍ゲイ・ボルク。クー・フーリンのものとは異なり、スカサハ本人が使っていた一段階古い同型の得物。
 真祖の身体能力でもって、空想具現化をも使用し、速度と破壊力を底上げされた魔槍ホーミングミサイルであり、その威力と有効範囲は想像を絶する。唯一、スカサハさえも認める、アルモーディアが師を超えた投擲である。
 自らの肉体の限界を超えた全力投擲で放たれる為、発動の度に利き手が引き千切れかけるほどに損傷してしまう上、発射後に自らの肉体が崩壊する程の凄まじいその投擲は、常人だと発狂するほどの激痛が伴う。だが、真祖からすればすぐに体を再生出来るため、別段大した問題ではない。
 ちなみに種別が対軍宝具ではなく、対人宝具である理由は、"こんなものを軍隊に向けて投げるぐらいなら直接空想具現化を使った方が早いし、痛くない"と考えているためであり、個人に対してしか使用例がないからである。



~小話~
 HFの映画のせいで、セイバーオルタに全く勝てる気がしなかったので、アルモちゃんの必殺技(言葉通り)でご退場願いました。




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アルモちゃんとお城


 今さら語ることでもないと思われますが、アルモちゃんは基本的に人間視点では無自覚な腐れ外道ですのでご了承ください。


 

 

 

 レフ・ライノールはこちらを虫けらか何かのように見下した様子で、聞いてもいないにも関わらず、ペラペラと色々なことを語り出した。

 

 やれ、マリーちゃんの足下に爆弾を設置しただの。マリーちゃんの肉体はとっくに死んでおり、残留思念になったマリーちゃんのトリスメギストスが転移させただの。マリーちゃんがこのままカルデアに戻ったら意識は消滅するから戻れないだの。愚行の末路で人類は死に絶え、今回のミッションがそれを引き起こしただの。マリーちゃんのいたらなさが悲劇を呼び起こしただのと、まあ色々だ。

 

 それも嫌みったらしく、皮肉るようにである。性格が悪いというか、なんというか……ここまで人間の悪い部分を煮詰めたような性格をレフ・ライノール――フラウロスはしているというか……そこまで人間を感情的に意識していたことに脱帽すべきか。

 

 人間を感情的に意識しているところはぐっちゃんに似てるな、うん。

 

 

「私の責任じゃない、私は失敗してない、私は死んでなんかいない……!」

 

 

 マリーちゃんのそれはまるで血を吐くような、自分に言い聞かせるような叫びだった。まあ、仕方のないことだろう。フラウロスの言っていることは、完全に当て付けだ。

 

「ねぇ……アルモーディア?」

 

「んー?」

 

「あの子は……本当にあの子自身のせいで世界を滅ぼしたの?」

 

「さあね? まあ、少なくともレフ・ライノールが世界を滅ぼし、今こうしてマリーちゃんに私怨を向けているのは間違いないだろうねぇ」

 

 隣にいるぐっちゃんはそんなことを問い掛けてきた。ぐっちゃんは表情を失ったような顔で一部始終を眺めている。また、眼鏡の奥は見えないため、彼女がどのような眼光で見ているのかはわからない。

 

 だが、長年の付き合いから、この優し過ぎる精霊種の吸血種がどのような心持ちなのかはなんとなく理解できる。そして、きっとそれはどちらを選んでも後悔をする。ならばどちらにしても悔いの少ないようにしてあげるのが、友人というものだろう。

 

「なあ、虞よ」

 

 随分、久し振りにそう呼んだためか、虞は目を丸くしていた。

 

「私は嫌いなものがひとつだけある」

 

 そして、同時に理解したのか、虞は目に見えて狼狽する。何せ、私がそう呼ぶときは、彼女に対して真剣に言いたいことがあるときだけなのだから。

 

「誰かに強要されてしたことを止めるのはいい……だが、自分でやると決めたことを、最後までやり通さない奴が私は大っ嫌いだ。人間でも精霊種でもな」

 

「な……それが――」

 

「彼女は亡霊故にそのままではカルデアには帰れず、最初から風前の灯火だ。生かすか、見殺しにするか。そのどちらかしか選択肢はない。今この場で決めなければならない。私なら生かすことが出来なくもない、"真祖にしか出来ない方法"でね」

 

「それってまさか……」

 

 私は虞という精霊種の吸血種を見据え、ある手段を取ろうとしていることに冗談でもなんでもないことを伝える。そして、友人に対し、私が考えている全てをぶつけた。

 

「助けたいと考えているのは紛れもなくお前だ。だからお前が決めろ。この場でオルガマリー・アニムスフィアを見殺しにするか、それとも生かしてやるかを。私はどちらでもいいぞ?」

 

 虞の目を見てそう言うと、彼女はありえないといった様子で驚き、目を見開いている。それもそのはずだろう。何せ私は、本気でそう考えているのだから。

 

 高々人間一人、今さら何を一喜一憂する必要があるというのか。それに、むしろオルガマリーに関しては、死んでいた方が都合がいい。

 

「私は別に、本当にどちらでもいいんだ」

 

 虞を人理修復の道連れにしたのは、正直に言って、別に彼女が2部でクリプターとして、存在していなくても特に問題ないと考えていたからに他ならない。シンで虞がいなくてもそこまで滞ることがなく、シナリオは進められるだろう。むしろ虞美人本体やら空想樹メイオールやらにすれば居ない方が楽になるまであるだろう。だからあのとき、可能ではあったが、他のクリプターを助けるという選択は取らなかった。

 

 だが、オルガマリー・アニムスフィア。彼女が生きているのはよくない。一番の問題は、2部で新たなカルデアの所長が着任し、かなりの重要人物となることだ。彼が存在しないのはあらゆる方面でシナリオを激しく歪める。何よりも、立香にとって激しいマイナスとなる。それはよくない。

 

 なので、私としては是非とも死んで欲しい。さっさとカルデアスにぶちこまれて退場して欲しい。だが、それをあからさまに表に出せるわけもない。これからお世話になるカルデア職員との体裁があるから、虞に助けろと言われれば拒むことも出来ない。

 

 だが、幸いにも私が可能なオルガマリーを救える唯一の方法は、間違いなく、彼女をカルデアの所長の座から失脚させることも同時に可能な方法だ。それなら別に助けてやらないこともない。

 

 そして、助けようとしているのは虞だ。それなら最終的に決めるのも彼女で然るべきだろう。それがあまりに虞にもオルガマリーにも酷なことだというのもわかっている。だが、なんと言葉を取り繕おうと結局、決めねばらないのだ。

 

 私は……何か間違っているだろうか?

 

 そんな話をしている間に、マリーちゃんは人間が触れば分子レベルで分解されるというカルデアスに引き寄せられていく。

 

「いや――いや、いや、助けて、誰か助けて! わた、私、こんなところで死にたくない! だってまだ褒められてない……! 誰も、私を認めてくれないじゃない……!」

 

 それは彼女自身の本心からの慟哭なのだろう。きっと生まれてからずっと、そう思い続けて生きてきたこと、死ぬ間際になってようやくさらけ出された剥き出しの本心だ。

 

「どうして!? どうしてこんなコトばかりなの!? 誰も私を評価してくれなかった! 皆私を嫌っていた!」

 

 いかに喚こうともカルデアスにオルガマリーは吸われてゆく。

 

「やだ、やめて、いやいやいやいやいいやいや……! だってまだ何もしていない! 生まれてからずっと、ただの一度も、誰にも求めてもらえなかったのに――!」

 

 最期の時はすぐそこだ。さようなら、オルガマリー。

 

 

 

「ああ……! もうッ! 腕を出せアルモーディアッ!」

 

「はいはーい」

 

 

 

 そして、その光景を見つめ、全てを擲ったのは私でも、立香でもなく、ぐっちゃんであった。本当に彼女は優し過ぎる精霊だな。

 

 求められるままに片腕をぐっちゃんに向けると、私の腕に噛み付いて吸血を行う。それにより、ぐっちゃんは精霊種の吸血種としての力を爆発的に取り戻した。

 

「な――バカな!? 芥ヒナコが……真祖だと……!?」

 

 何故かフラウロスが非常に驚いている。そっちも知らなかったのかお前。

 

 ぐっちゃんは精霊種の吸血種なんだが、まあ空想具現化を使って来る人型の存在なら他の者からすれば大した違いはないか。それより、反応から察するにレフ教授の爆弾は、別に真祖を殺し切るように作ってたわけではないらしい。ちょっとガッカリである。

 

「飛ばすぞ、ぐっちゃん」

 

 私はぐっちゃんの首根っこを掴むと、腕力にものを言わせて、そのままカルデアスまで放り投げる。私より、ぐっちゃんの方が不死身なので仕方あるまい。

 

 そして、ぐっちゃんは浮いているマリーちゃんを掴んで、抱え上げる。

 

「ぐぅぅぅぅ――!?」

 

 そのままマリーちゃんを投げるなりして引き戻そうとしたが、どうやら聖杯の力でカルデアスを繋げただけでなく、引き寄せる方も聖杯の力らしい。

 

 結果として先にぐっちゃんがカルデアスに浸かる。まあ、ぐっちゃんは空想樹メイオールと同化して、伐採されても普通に生きてるような奴だ。私ですら意味がわからない。多分、全部分解されてもそちらは死ねないので大丈夫だろう。

 

 だが、問題は引き寄せられるマリーちゃんの方だ。

 

「あぁぁぁあぁぁぁぁぁ――!?」

 

 ぐっちゃんは頑張って支えようとしていたが流石に無理がある。それでも支えようとしているが、それでも十数秒でマリーちゃんは全身が浸かり切るだろう。

 

「ははは! 無駄なこ――ギャァァァ!?」

 

「死ね」

 

 私はカルデアスの方を見ているフラウロスに近づき、後ろから爪でバラバラにした。10個以上の肉片に分割されてフラウロスは崩れ、その肉片もしっかりと空想具現化で焼いておいた。後にはフラウロスが持っていた聖杯だけが残る。

 

 いざ、聖杯を手に持ち、先に使われた願いを止めようとしたが、そのやり方がさっぱりわからない。リモコンみたいにボタンでもあれば楽だったのだがな。

 

「あー、めんどくさい……」

 

 仕方なく私は素手で聖杯を握り潰す。その瞬間、力の源を失ったカルデアスは消えていった。元の場所に戻ったのだろう。

 

『………………』

 

 するとすぐに肉体を分解されてシャドウサーヴァントのようになったぐっちゃんが、無言でこちらに戻って来る。とりあえず、そのままだとかなり怖いので、ぐっちゃんに血を与えて再生させておこう。

 

 その腕には頭と胴体の一部しか残っていない、マリーちゃんだったものが抱えられていた。残っているのは体の精々、30%ぐらいだろうか。

 

「た、たすけ……いたい……あつい……さむい……しにたく……ない……しにたくないよぉ……」

 

 霊体だからなのか、既に死んでいるからなのか、体の70%以上を喪失してもマリーちゃんはまだ生きていた。うんうん、これなら大丈夫だろう。魂の大部分はカルデアスに分解されたので、マリーちゃんが死んだという条件も満たしたかもしれない。

 

 いや、寧ろ頭部だけでもよかったんだけどな。もう一回カルデアスに投げ入れたくなったが、既にカルデアスは無いし、特異点冬木そのものが崩れ始めている。やるだけのことはやったと言えるだろう。

 

「で? この後は?」

 

「これでとりあえず、静かに作業出来る環境を作る」

 

 私は握り潰した聖杯の残骸から取った、一番大きな欠片を摘まんで見せた。

 

 後に聖杯の欠片を拾ったことで、エリザベートが小さな特異点を作り出し、そこでチェイテピラミッド姫路城が建つことになる。ならばこれでも小さな特異点を作るぐらい造作もないことだろう。

 

「アルモさん!? ヒナコさん!?」

 

 声が聞こえたので、そちらを見ると立香ちゃんがマシュちゃんに押さえられていた。二人とはかなり距離が離れた位置にいるので回収は不可能だとでもDr.ロマンに聞かされたのだろう。

 

 二人ともとんでもなく悲壮な顔をしている。私たちは吸血鬼と吸血種だというのに優しいことだ。

 

 そんな二人に今言えることはひとつだけだろう。私は片手を立てて小さく手を振って笑い掛ける。

 

「またね」

 

 崩壊する特異点から二人がレイシフトして消えていくのを眺め、私は聖杯と空想具現化を起動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖杯とは願望機である。願望機とは願いを汲み上げ、それを形にするもの。Fate/Grand Orderにおいては、各時代において特異点を形成する原因となっているアートグラフであり、イベント――小規模な特異点を形成することもある物体である。言わば万能な空想具現化のようなものだ。

 

 ゲームをプレイした人間ならばエリクサー症候群を発症していれば貯まりに貯まり、そうでなければ色々なサーヴァントに使われるだけの品であるが、現実ではやはり願望機なのである。天草くんハウス!

 

 そして、それをやろうとしたのは、折角だから無理を承知でなんとなくやってみたかったからに他ならない。

 

 

 

 その結果――。

 

 

 

「できちゃったよ……」

 

 私の目の前には月夜の草原の中に佇む、荘厳かつ巨大な城――"千年城ブリュンスタッド"と、手の中の聖杯の欠片を何度も交互に見て唖然としていた。

 

「えぇ……」

 

 ぐっちゃんも唖然としながら軽く引いている。それはそうだろう。私だって同じ気分だもん。聖杯の力凄過ぎんだろ……特異点ひとつ形成出来るわけだよ……。

 

 さながら特異点ブリュンスタッドだろうか? 普通の真祖の吸血鬼と、精霊種の吸血鬼と、死にかけの残留思念しか居ないんだがな。

 

「いやー、まさか聖杯の力がここまでとはなぁ……思っても見なかったよ」

 

「は……?」

 

「ん? なんだよその顔?」

 

 まるで"なにいってんのコイツ……"とでも言いたげな様子のぐっちゃんである。呆けた顔のため、八重歯が可愛らしい。

 

「ねぇ、ひとつ聞きたいんだけど……」

 

「なに?」

 

「お前ってさ……生まれてから一度でも千年城ブリュンスタッドを具現化しようとしてみたことある……?」

 

 HAHAHAHA! 何を言っているんだぐっちゃんは。そんなこと――。

 

 私のような普通の真祖が最初から出来るわけもないから、考えることすら烏滸がましいに決まっているじゃないか! やってみる? 絶対ムリムリ! そんなのはアルクェイドみたいな伝説の超サイヤ真祖みたいな奴だけの特権なんだよ!

 

「…………お前の空想具現化の性能って今、魔王超えてるんだったわよね?」

 

「まあ、空想具現化に関しては、どんだけ修行してたんだよって話だしな。年季が違うんだ、年季が」

 

 だからって千年城ブリュンスタッドが出せるわけもない。というか、それだけ生きていて修行に当てているにも関わらず、魔王を超える程度なのだから、寧ろ泣けてくるというものだ。

 

 もう一度、言うが、アルクェイドみたいなドラゴンボールでいうブロリーのような最初から選ばれた奴にしか、これは出せないんだよきっと! 真祖史上、アルクェイド含めて2体しか出した奴いないからよく知らんけどさ!

 

 それに空想具現化に関しても、倒す魔王がいなくなって久しいので最早、宝の持ち腐れになり始めているような感じがあるしな。

 

「はぁ……なんでお前ってこんなに残念なのよ……」

 

 ぐっちゃんは何故か深い溜め息を吐き、眉間に片手を当てながら毒を吐いてきた。やっぱり聖杯使って具現化しちゃうのはズルいよねぇ、聖杯様々だ。まあ、特異点化なんだがな。

 

 そんなどうでもいいことよりも、今はぐっちゃんが抱いているマリーちゃんであろう。うわ言のように"死にたくない、たすけて"等とどう見ても死んでいる体で壊れたテープレコーダーの繰り返し続けており、正直見ているこっちが怖くなってくるような状態だ。

 

「さっさと中に入るぞ」

 

 頭を抱えている様子のぐっちゃんを千年城ブリュンスタッドの中に招き入れ、とりあえずマリーちゃんの治療に取り掛かることにした。

 

 幸いにも真祖()に、精霊種の吸血種(ぐっちゃん)という生きた設計図が2つもある。そして、私自身もブリュンスタッド様の手伝いで、他の真祖を生み出した経験も多々あるのだ。

 

 待っていろマリーちゃん。助けるからには真祖っぽい肉体(完璧な体)を用意してカルデアに帰してやるからな。流石に真祖っぽいものではカルデアの所長どころか、アニムスフィア家にすら二度と留まれまい。

 

 新所長就任のためのアフターケアもバッチリなアルモちゃんなのであった。

 

 

 

 

 

 ちなみに、千年城ブリュンスタッドの内部で真祖らしい外見と言えるのは正面ホールと玉座のみで。ちょっと奥に入ると、システムキッチンとか、館内用電話とか、館内に放送を流せる放送室とか、修練場とか、回転ベッドとか、ドライブインシアターとか、例のプールとか、迫真空手部部室とか色々と俗なものが完備されており、ぐっちゃんが再び頭を抱えるのは別のお話である。

 

 

 

 

 







特異点:千年城ブリュンスタッド
 真祖アルモーディアが聖杯の力を使って特異点化した千年城ブリュンスタッド。千年城ブリュンスタッドの内装は城主によって若干変わるらしい。そのため、アルモーディアの深層意識に刻まれた様々な空間が丸々具現化されており、趣味(ネタ)全開の内装になっている。その様は、他の真祖が見れば軽く発狂するほど酷い出来生えである。
 しかし、現在において、他の真祖がアルモーディアを除いてほぼ存在しないため、これが聖杯による力でも、アルモーディアの力でもどちらでもあまり重要ではない上、アルモーディアの知識的な思い込みから、自分自身では一生涯気づくことはないと思われる。
 ちなみにエリザベート・バートリーで言うところのイベントでのチェイテ城に当たる空間であり、アルモちゃん関連のイベントは今後、全てここで開催されるようになる。無論、虞美人はレギュラー参加。上に何を乗せるか、乗せないか、それが重要だ。
 


アルクェイド・ブリュンスタッド
 真祖たちによって生み出された、伝説の超サイヤ真祖。アルモーディアに足りない才能と奇跡の塊であり、ある意味天敵。元々、彼女クラスでないと千年城ブリュンスタッドは具現化出来ないと、知識として知っているため、アルモーディアは色々と諦めている節がある。そのため、彼女にとっての普通とは、彼女がかつて踏み出すこともなく諦め、そこから精神的に一歩も進んでいない自己暗示そのものでもある。






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穿て!ゲイ・ボルク・オルタナティブ! ~千年城にて姫は籠る~ その1

 まさか、冬木が終わったら早速こんなクソイベが始まるとは……。


 

 

 

「小さな特異点ですか……?」

 

「うん、そうだね。極めて小規模な特異点だよ」

 

 カルデアで召喚された第三号の英霊で、技術局特別名誉顧問でもある技術部のトップ――ダヴィンチちゃんに、マシュと一緒に呼び出されたので二人で向かうとそう言われた。

 

「一応、特異点Fが消滅した直後から観測されてたんだけどね。どうやらその特異点は年代が、神代の遥か昔みたいでさ。そのままでは安定したレイシフトがどうしたって出来なさそうだったから、こちらとしても放置してたんだ」

 

「それって……!?」

 

「うん、恐らくだが、真祖アルモーディアが何らかの形で関わっている筈だ」

 

 やっぱりアルモさんとヒナコさんは生きてるんだ!? きっとあれで消えてはいないと思っていたけど、とても不安だった。

 

「ごめんね。確証がないから直ぐには伝えなかったけど、何故か急に砂嵐が収まったように安定するようになってね。中がどうなっているかの予想もつかないけど……行ってみるかい?」

 

「行きます!」

 

「はい、私もお供させていただきます!」

 

 私が思い出したのは、冬木での最後の光景。こちらに心配をさせないように手を振って"またね"と声を掛けてきたアルモさんと、どこか呆れたようだけど優しげな表情をしたヒナコさんの姿だった。

 

「ほう……それは吉報だな。あの影の国一の馬鹿弟子がそこにか」

 

 すると後ろから声を掛けられてそちらを振り向く。

 

 そこにはアルモさんがゲイ・ボルクを投げるときに着ていた戦装の色違いの服を着て、赤紫色の長髪をした女性サーヴァント――"スカサハ"さんがいた。

 

 スカサハさんは冬木が終わった後、直後にカルデアで召喚されたサーヴァントだ。というより、私がレイシフトから帰って来て、意識がないうちに勝手に召喚された。

 

 なんでも――"世界が斯様な状況となり、計らずも座にいると、懐かしいアルモの気配と繋がりを感じてな。キャスターのセタンタが向かおうとしていたが、押し退けて私が来た"っていうことらしい。

 

 キャスターのクー・フーリンさんも来ようとしていたなんて、アルモさんの人望ってスゴいなぁ……。

 

「すまんな。盗み聞きを働くつもりはなかったのだが、たまたま聞こえてしまってな」

 

「アルモーディアさんは出来の悪いお弟子さん……だったのですか?」

 

「悪いも悪い。私に師事を仰いできた勇士たちの中で、奴ほど才能のない……いや、平凡な者はいなかった」

 

 その言葉に内心少しだけムッとする。それが事実だとしてもアルモさんを悪く言われるのは、あまり良い気持ちがしなかった。

 

 するとスカサハさんは目を細めて眉を下げ、少し参ったような様子の表情を浮かべる。

 

「それだけならよかったのだが……年年百(ねんがねんびゃく)アイツは私に悪戯を仕掛けて来おってな」

 

 あ、うん。お姉ちゃんだわ……。

 

「一例を挙げると、美容にも健康にもいいなどと触れ込んで、アボカドディップなるものを3ヶ月間ほど時折儂に食わせ、警戒心を解き、無意識に手に取れるぐらいになった頃に、アボカドディップをワサビにすり替えるような、周到で陰湿な悪戯ばかりしていたのだ奴は……」

 

 "あれは辛かった……"などと呟くスカサハさん。成功したときにお腹を抱えて笑い転げる様子が目に浮かぶなぁ……後、スカサハさんにその場で逆襲される様子も。

 

「……真祖がアボカドディップとワサビ……?」

 

 ダヴィンチちゃんは理解が出来ないようで絶妙な顔をしている。まあ、アルモさんの人柄は会わないとわからない――言葉では言い表せないぐらい変わってるものなぁ……世界中を旅していたらしいし。

 

「だが、強いぞ、奴は。普段はあのような立ち振舞いで、他者の剣戟すら、やる気がなければ体で受けるが、本気で抵抗されれば儂の手にも余る」

 

「へー、なんだか、ちぐはぐな評価だねぇ。高いのか低いのかわからないな」

 

 なんというか、アルモさんはそういう人だからなぁ……。

 

「私も同行して構わんか? アルモのことだ、私よりもしぶといのは目に見えている。だが、寧ろ何かをやらかしている可能性も多分にあろう」

 

「ああー……」

 

「えっ? なになに? 悪知恵(そっち)の気もあるの彼女?」

 

 いや、むしろアルモさん的には善意100%でやったことなんだけど、やり過ぎておかしくなるとか、よくあったからなぁ……。

 

 小学校の頃に、夏休みの工作課題をやってくれるというので頼んだら、割り箸でむちゃくちゃリアルな蛸を作ってたし。アサガオの観察を頼んだら、いつの間にかアサガオが神代の食虫植物に変わってたし。読者感想文では、カラマーゾフの兄弟を読んだ感想を書こうとしたし。

 

 むちゃくちゃ凝り性なんだよね……アルモさん。

 

 そんなこんなで、小さな特異点へのレイシフトには、私とマシュ、そしてスカサハさんが同行してくれることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わぁ……綺麗な月ですね」

 

「そうだね、マシュ」

 

 レイシフトした先で真っ先に目に浮かんだのは、夜空に浮かぶ現実よりもずっと大きな月だった。真っ白に輝くその月はどこかアルモさんを想起させる。

 

 そして、今いる場所はどこまでも続くような一面の草原で、草原の中にあるただひとつの建造物は、荘厳な外観の巨大な城だけだった。明らかにあの城に何かがあると見て間違いないだろう。

 

『これは……なんて神秘の濃さと年代の古さだ! 神代の測定値だってここまでの高さにはならないぞ!』

 

 ダヴィンチちゃんはこの特異点の解析を行うそうなので、代わりにオペレーターをしているDr.ロマンはそう言った。

 

「見るからに真祖の好みそうな居城だな。ふむ、どこかで見覚えがあるような……」

 

 スカサハさんは少し考え込む。そして、思い出したのか手を叩いた。

 

「そうだ。いつか、アルモが我が城のエントランスに飾ると言って描いていた、初代城主の千年城ブリュンスタッドの外観。それと瓜二つだ」

 

『千年城ブリュンスタッドだって!? 』

 

 アルモさんから聞いたことがある。千年城ブリュンスタッドといえば、朱い月のブリュンスタッドに近い力を持った真祖だけが具現化出来るもので、真祖の歴史でも2体しか具現化出来たものはおらず、上下関係のない真祖が、王族を決める条件だとか。

 

「ふむ、色々と話すことが出来たが、ひとまずは――マシュ、構えろ!」

 

「え……? はいっ!」

 

 スカサハさんがそう言った直後、私たちは三人の眼前に巨大な人影が真上から飛び込むように現れた。

 

 それは人間よりも長い腕に槍を持ち、青白い肌をした巨大な人間に見える。

 

「ほう……霜の巨人か」

 

『北欧神話の巨人種がなんでこんなところに!?』

 

 霜の巨人は持っている槍でこちらを凪ぎ払ってきたが、その槍を跳んで避けると共にスカサハさんは槍の上に乗って見せる。

 

「こっちだ!」

 

 その言葉に釣られ、霜の巨人が穂先のスカサハさんへと振り向いた直後、彼女はまた跳躍して、霜の巨人の胸部へと向かい、瞬時に取り出した赤い槍を突き刺した。

 

 それによって霜の巨人は怯む。分が悪いと踏んだのか、そのまま後退して何処かへと去っていった。霜の巨人を撃退したスカサハさんは私の目の前に降り立つ。

 

「見ろ、巨人の指輪だ」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 私は戦利品と言わんばかりに渡してきたそれを受け取りながら、スカサハさんの別格ぶりを再確認していた。

 

「だが、これでハッキリした。ここにアルモはいる」

 

『どうしてそう言い切れるんだい?』

 

「ああ、簡単な話だ。最古の真祖アルモーディアという存在そのものが、既に変質している。奴はただ単純に長く生き過ぎた故に、古き神秘を持つ領域そのものと化しているのだ」

 

「えっと……つまり……」

 

 スカサハさんは分かりやすく噛み砕いて説明してくれた。

 

 アルモさんの特性について語る上で、幻想種という存在が関わってくる。それは伝説や神話に登場する生物の総称であり、妖精や巨人、鬼や竜など、文字通り、幻想の中にのみ生きるモノだ。アルモさんは少し特殊だけど、一応は妖精の大きな括りの精霊種の中で最上位であるため、幻想種の特性を持つ。

 

 そして、幻想種はその在り方そのものが神秘であり、彼らはそれだけで魔術を凌駕する存在。魔術が知識として力を蓄えてきたように、幻想種はその長い寿命で力を蓄える。その特性をこれ以上ないほど高めて存在しているにも関わらず、真祖のため、この世界から遠ざかっていない異常な存在がアルモさんらしい。

 

「戦闘面においてもそれは健在でな。奴は真祖の耐久と再生力の上に、重厚な神秘の鎧を身に纏っているようなものだ。ゆえにサーヴァントの生半可な宝具や魔術ではろくなダメージにすらならん」

 

「え? でも……」

 

 アルモさんは冬木でもその辺りのエネミーからダメージを受けていたことを思い出し、疑問に感じた。

 

「外見的には手傷のように見えよう。しかし、奴の死という概念に届かせるには全く浅い、距離そのものが足らん。首級にしようと、焼こうと、心臓を貫こうとも奴の死からは程遠いのだ」

 

 スカサハさんは一度言葉を区切ってからまた口を開く。

 

「アルモーディアが生まれた年代から存在する物品、星が鋳造した武器、不死殺しの武具や業、他の真祖や神獣など。今や奴を一撃で葬れるのはそれぐらいのものだ。それらを用いねば、途方もない回数を殺し切った果てにしか奴は死なぬ。この私より、遥かに長く、途方もない時を生き過ぎているのだ奴は」

 

 あの天真爛漫でいつも笑顔のアルモさんが、そんな存在だったことを知り、少なからず衝撃を受ける。けれど私にとってアルモさんは、素敵なお姉ちゃんのアルモさんだから……。

 

 また、アルモさん程になると、存在するだけで周囲の環境に影響を及ぼすらしい。具体的に言うと、アルモさんが普通に生活しているだけで、その古くて濃厚な神秘が溢れるんだとか。

 

「何せ、私がアルモを数百年も影の国に置いていた理由もそれだからな」

 

 What's……?

 

「儂は長らく生き過ぎ、魂が死んでいるゆえ、性根は冥府の魔物と大差ないと言ったな。だからなのか、よき神秘に溢れたアルモの側が居心地がよくて仕方がないのだ」

 

 "アルモが影の国にいた頃はよく閨を共にしていた"とも口にするスカサハさん。えっと……それってその……女性同士で……そういうことだよね。

 

 …………でも話だけ聞くと、加湿器みたいなものにされてたのかなアルモさん。

 

「そうして、馬鹿げた神秘にまみれたアルモーディアが、千年城を模した特異点なぞ形成したらどうなると思う?」

 

『なるほどねぇ、そういう成り立ちかい。合点がいったよ』

 

 解析を終えたのか、ダヴィンチちゃんが答える。

 

『そんな存在による特異点。その上、今外は人理が乱れている関係で、世界の外側からも入り放題だ。要するに――この特異点は、魔獣・幻獣・神獣問わず幻想種にとって天国(パラダイス)あるいは絶好のリゾート地だということかい』

 

 それを聞きながら遠い夜空を見ると、都会のビルのような大きさのドラゴンが静かに飛んでいるのが見えた。

 

 また、暗くて分かりにくかっただけで、目を凝らせば遠くの草原のそこら中に、ヒュドラや巨大魔猪やドラゴンや巨人など様々な幻想種が静かに寝ているのもわかる。しかし、みんな草原に寝っ転がっており、特に攻撃的な様子はない。

 

 しかし、わかってしまうとモンスターハウスのど真ん中に裸で放り出されたような気分になり、恐怖が込み上げる。

 

「触らぬ神になんとやらだ。まあ、ここの大半の連中は神より手こずるぞ?」

 

 私とマシュはスカサハさんの警告に首を何度も縦に振り、千年城へと幻想種たちを起こさないように向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千年城ブリュンスタッドの正面大扉の前。近くで見るととてつもなく大きなそれはさっきの巨人が二体で開けるんじゃないかと思わせるようなものだった。

 

 しかし、私はそれよりも扉の横に付いたソレが気になる。

 

「インターホン……ですよねこれ?」

 

 それは人間の高さに合わせて設置されたインターホンだった。平均的な日本の家でよく見掛ける黒い奴だ。

 

 こういうところが残念なんだよなぁ……アルモさん。そりゃ、便利だけどさ……。

 

 私はインターホンの横についた表札と看板の文字を読み上げる。

 

 

 "あるもーでぃあ"

 "虞美人"

 "こども110番の家"

 

 

 ……こども110番の家ってなに? それと表札の下の虞美人って誰だろう? まあ、いいか、とりあえずインターホンを押してみよう。

 

 押すと家庭用のそれと遜色ない音が鳴った。

 

《あ、はい。アルモーディアです。どちら様ですか?》

 

「アルモさんわた――」

 

 次の瞬間、ぶつりとインターホンから聞こえていた音が途切れる。それを不思議に思い、もう一度、押そうとすると大扉が人一人が通れるぐらいだけ開く。

 

 そして――。

 

「立香ァァァァァ!!!! そっちから会いに来てくれたんだね!? アルモお姉ちゃん嬉しいなぁ!? 勿論、アルモお姉ちゃんは寂しかったよ!? これはリツカニュウムのデリバリーサービスかなッ!?」

 

 いつもの調子でマシンガンのように言葉を吐きながら、笑顔で手を大きく広げて一直線に私のところへと向かってくるアルモさん。

 

 相変わらずのサンダルにジャージ姿で、寧ろちょっと安心を覚えた。

 

「これはもう結婚す――」

 

 しかし、ある瞬間からアルモさんの足が止まり、表情が固まる。そして、視線の先を辿ると、それはスカサハさんに向いていた。

 

「久しいな馬鹿弟子よ。10年に一度は顔を出すという条件でゲイ・ボルクを授けてから、はてさて何百年振りなのだろうな?」

 

 スカサハさんは見惚れそうな程の笑顔を浮かべていた。でも、気のせいかもしれないけど、全く目は笑っておらず、額には青筋が刻まれており、ゲイ・ボルクを握る手にスゴく力が入っているように見える。

 

 え……? アルモさんなにそれは……。

 

「やばたにえん」

 

 それを見たアルモさんは真顔で一言だけ呟くと、とんでもない速度で正面大扉の中に戻り、扉が閉じる。

 

《ピンポンパンポーン!》

 

 そして、直ぐに館内放送のようなチャイムが、よく見れば設置されていた屋外用スピーカーから鳴り響いた。

 

《アイエエエ!? シショウ!? シショウナンデ!? コワイ! ゴボボーッ!》

 

 アルモさんの困惑と声の震えが放送から伝わってきた。どうやらむちゃくちゃ悪いことしたという自覚はあったみたいだね。

 

《ふ、ふざけんな!? ソイツは一に修行! 二に修行! 三、四がなくて、五に死合い!――な修行お化けだぞ!? そんなのとたった10年間隔で会わされてみろ! 10年なんて1日外出権みたいなもんになるに決まってんダロォォォォ!?》

 

「ほう……そうかそうか。お前、そんなに修行がしたいか? そこまで期待されたのならば、稽古をつけてやらぬわけにはいかんな馬鹿弟子よ?」

 

《ヒィッ!? ほらこうなった!?》

 

「いや、今のは全面的にアルモさんが煽ったんじゃ……」

 

《だいたい、なんで師匠がいるんだ!?》

 

「貴様の気配を感じてな。キャスターのセタンタを蹴って代わりに召喚された」

 

《――!? 期間限定星5サーヴァントがクリア後報酬とか、インチキもいい加減にしろよ!? 私も欲しかった……幾ら入れたと思ってんだ!? ちくしょうめぇー!》

 

 何故かバシンと机にペンが投げつけられたような音が響く。時々……いや、結構アルモさんって何を言っているかわからないことがあるんだよなぁ。

 

《とーにーかーくー! 私はおっぱいタイツ師匠の前には絶対にいーきーまーせーんー! いーっだ!》

 

『立香ちゃん、その……アルモーディアという真祖はいつもこんな感じなのかい……?』

 

「だいたい、こんな感じですよ」

 

 明らかにひきつった様子のダヴィンチちゃんに私はそう答えた。

 

 いーってアルモさん……そんな子供みたいに向きにならなくて――。

 

《行けっ! オルガマリーちゃん試作1号機から3号機! そこの対魔忍モドキを座に返すんだ!》

 

『え……? マリー?』

 

 Dr.ロマンが呟いた直後――城の上から3つの人影が私たちの前に降り立つ。

 

 それは銀髪に赤い瞳をした女性であり、何故か冬木のときにアルモさんが着ていたようなデザインの服を着た非常に見覚えのある女性――。

 

 

「しょ……所長? 所長が復活して増殖した!?」

 

 

 カルデアの所長、オルガマリー・アニムスフィアが3人もいたのだから。

 

「なに……其奴ら紛れもなく全て真祖だ!」

 

『嘘だろ……!? マジだ……なんだこれ……本当になんだこれ!? 意味がわからないよ!?』

 

 わあ、ダヴィンチちゃんがキャパオーバーしてる。

 

「排除します」

「排除します」

「排除します」

 

 すると所長らは紛れもなく所長の声で一斉に同じ言葉を吐く。そして、両手の爪をアルモさんのように立てながらこちらに歩いて向かってくる。その顔には一切の表情がなく、まるで機械のように思えた。

 

「ククッ……満月の夜に真祖3体を同時に相手か……面白い! いくぞマスター!」

 

 私はスカサハさんの頼もしい背中を眺めながら、自分も気を引き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(うぅ……ここは……?)

 

 私は目を覚まし、辺りを見回した。

 

 目に余るぐらいピンク色が多めの部屋に、丸い奇妙なベッド。ひとつだけある窓から外を見れば、外は一切欠けていない大きな月が浮いているのが見える。

 

「私は……」

 

 自分の指を見つめながら思い出す。そうだレフ――レフ・ライノール・フラウロスと名乗る私の知っていた彼ではない何かによって、私は……私は……。

 

「いやぁぁぁ……」

 

 私はカルデアスに投げ入れられて味わった想像を絶する痛みや熱さを思い出して身を震わせる。壊れてしまいそうな思いだったけれど、同時に助けてくれた二人のことを思い出し、それが支えになったからまだ、私は壊れないでいられた。

 

「…………どこ?」

 

 私はベッドから立ち上がり、部屋の出入り口に向かう。鍵は掛けられていないようでドアノブを回せば、簡単にドアは開いた。

 

 そして、扉を開けるとそこには――。

 

 

 

「ねぇ……確かにお前に協力するって私言ったわよ……?」

 

「んー? それがどうした?」

 

「でも――」

 

「でも――? 」

 

 

 

 

 そこには、忘れもしない真祖アルモーディアの背中、それとその隣にいる芥ヒナコの姿、そして――。

 

 カルデアの管制室より広いホールに、前後左右に1m程の間隔を空けて、ずらりと立ち並ぶ"私"の姿があった。

 

 

 

「こんなに"大量に造る"なんて聞いてないわよッ!?」

 

「仕方ないじゃん。造るからには最高の一体まで拘んなきゃね。まあ、悪乗りしてワルキューレの統率機構を流用したのはやっぱり失敗だったと思うけどさ。流石に凝りすぎたかな」

 

「絶対他に悔やむとこあるわよね……? ねッ!?」

 

 無数の私たちは、どこからどう見ても鏡を見たように精巧な私そのもので、唯一の違いは全員、瞬きもしないで赤い瞳を開けていることだろう。

 

 そして、無数の私たちは私に気づいたようで、一斉にこちらへと向き、深いお辞儀をしながら全員同時に口を開く。

 

 

『おはようございます。お姉さま!』

 

 

 その声は少し違和感があったけど、紛れもなく私自身の声に違いなかった。

 

(え……? へぁ……? なにこれ……夢? ゆ、ゆ、夢よ……そうだ、わ、わ、わ、わ、わ――)

 

 私の意識は現実に耐えきれず、急速に萎んでいった。

 

 

 

 

 

 






・今回のまとめ
 全部アルモちゃんがわるい


イベント内容
 魔改造された千年城ブリュンスタッドで襲い来る試作型所長たちを薙ぎ倒しながら、本物の所長を回収しつつ、アルモちゃんに貫き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)を叩き込むイベント。
※一応、アルモちゃんはこの作品の主人公です。


期間限定ピックアップ星5サーヴァント
・アルモーディア(ランサー)←特攻サーヴァント
・スカサハ(ランサー)←特攻サーヴァント

期間限定ピックアップ星4サーヴァント
・虞美人(アサシン)←特攻サーヴァント

配布星4サーヴァント
・オルガマリー・アニムスフィア(バーサーカー)←特攻サーヴァント






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穿て!ゲイ・ボルク・オルタナティブ! ~千年城にて姫は籠る~ その2

 書きながら、FGOのイベントを考えているライターって色んな意味でスゴいと思う今日この頃でございます。



 

 

 

 

 3体の試作オルガマリーちゃんをよく見れば、服の胸元に縫い付けられたネームタグに番号が刻まれており、1号機、2号機、3号機とある。

 

 1号機と、2号機をスカサハさん。3号機をマシュが相手にする形になった。

 

「マシュ・キリエライト、行きます! はぁ!」

 

 マシュは駆け出し、盾で3号機に攻撃を仕掛けた。しかし、マシュの攻撃を3号機は避け、こちらの様子を見るように暫くマシュが繰り出し続ける盾の攻撃を回避していた。

 

「最優先行動への介入を確認。対処します」

 

「ぐぅぅ……!?」

 

「マシュ!?」

 

 そして、ある瞬間、マシュの盾での攻撃が届くより早く、3号機が爪を振るって迎撃してくる。その一撃は異様な速さと、攻撃の重さ、爪の切れ味だけで、攻撃を受け止めたマシュを数m弾き飛ばす。マシュの悲鳴とあまりにも鈍い音から、とてつもない威力だったこともわかる。

 

 見た目は瞳が赤いだけの所長なのに、中身も行動も明らかに違う。まるで無機質で心のない機械(ロボット)のようだと思った。

 

「警告。即刻敵対行動を停止してください。2度はありません。警告。即刻敵対行動を停止してください。2度はありま――」

 

「ああ、そうだな。止めてやろう」

 

 次の瞬間、3号機の胸から赤い槍――ゲイ・ボルクの先端が生える。3号機の背後にはスカサハさんが立ち、背中から槍を突き刺している。

 

 それに驚くと同時にスカサハさんがいた筈の場所を見ると、心臓があった場所に穴が開き、五体をバラバラにされた1号機と2号機の骸が転がっていた。

 

 それらは紛れもなく肉を持つ人体で、機械ではない赤い血に沈み、鮮やかな断面が覗いている。

 

「ふむ……所詮は木偶人形だな。今のところは、撤退を選んだ先程の霜の巨人の方が遥かにマシだが――」

 

 3号機を後方に投げ飛ばしながらスカサハさんがそう言った直後、当たり前のように3号機は地面を跳ねながらも立ち上がり、1号機と2号機は逆再生の映像を見ているように体に血が戻り、手足と首がくっついていく。

 

 そこにはもう、全身を再生し終えた試作オルガマリーちゃんらが、相変わらず無機質な目でこちらを眺めていた。

 

「まあ、月夜の真祖がそう易々と死んではくれぬか」

 

 アルモさんから聞いたことがあった。真祖はオリジナルである朱い月のブリュンスタッドさんが月世界の存在であるため、真祖もその能力に月齢の影響を受ける。なので昼間より夜の方が強くなり、満月の夜は肉体的にほぼ不死身になれるという。

 

 それが試作オルガマリーちゃんにも適用されているのなら……目の前にいるのはベストコンデションの真祖に他ならない。

 

 すると試作オルガマリーちゃんらはスカサハさんから一定の距離から動かず、その場でそれぞれが口を開く。

 

「戦略及び戦闘能力分析完了。現状での勝率は0.001%を下回ります」

 

「データベースを参照。勝率1%以下は不可能と判断。撤退――棄却、許されていません。投降――棄却、許されていません。自壊――棄却、許されていません。戦闘続行――採択されました」

 

「戦闘形態、第2フェイズに移行します」

 

「――ク、馬鹿もここまで来ると呆れてモノも言えんな」

 

 "何せ、あの馬鹿弟子の作だ"とスカサハさんは困り顔で呟きながらも、何処か期待に満ちた瞳をしていると私は感じた。

 

空想具現化(マーブル・ファンタズム)を使用」

 

 そして、その言葉を聞いた直後、私は目が点になった。それはスカサハさんと、マシュに、オペレーターのダヴィンチちゃんも同様のようだ。

 

 それもそのはず、試作オルガマリーちゃんたちの衣装が、ホワイトブリムに赤いリボンが胸元についたスカート丈の長いエプロンドレスに変わっていたのだから。

 

 それは、ビクトリアン様式を取り入れたとでもいわんばかりの無駄に精錬された無駄のない無駄なこだわりが光る凄まじい出来栄えのメイド服だった。

 

 何故か"©️琥珀さん"とメイド服のエプロンドレスの隅に書いてあるんだけど深い意味はあるのかな……?

 

『空想具現化ってそういうものだっけ……?』

 

《自然界で本当に偶然と偶然が重なり合って生み出され、人工物のように見える自然物というのも存在しているからメイド服のように見えても何ら不思議はない。というか、私のジャージも空想具現化の具現化物だゾ》

 

 当たり前のようにダヴィンチちゃんの呟きに館内放送で反応してきたアルモさんは衝撃の事実を述べた。

 

 あ、アルモさんのジャージって空想具現化だったんだ……道理で風呂上がりに一瞬で着替えているのをよく目にしたわけだ……。

 

 驚く中、いち早く戦士の表情に戻ったスカサハさんが動いた。

 

「マズいな。見てくれは兎も角、性能が倍以上に引き上がっている。どうやら空想具現化を全て、自身の身体能力の上昇に当てているらしい。それに見ろ」

 

 少し開いた正面大扉からぞろぞろと出てくる試作オルガマリーちゃんをスカサハさんは指差す。

 

 えぇ……何体いるの……?

 

『10――20――もっと増えるね。ここまで来ると脱帽だよ!』

 

《研究に没頭し過ぎて100体から先はよく覚えていない》

 

「アルモさーん!?」

 

 "500体はいないと思う……たぶん"と本気なんだか冗談なんだかわからない呟きを上げるアルモさん。所長はおもちゃじゃないんだよ!?

 

 ああ見えてアルモさんって、むちゃくちゃ頭いいんだよね……。最初期の真祖だと言うこともあって、自主的に朱い月のブリュンスタッドさんの真祖作りも手伝ったり、学んだりしてたらしいけど。

 

 まあ、本人は"真祖は生まれつき皆頭がいい。アルクェイドなんて起きる度にその時代の知識を入れられてたからな。仮に現代で起きたら高校の科目なんて余裕過ぎて飽きちゃうレベルだもの"とか言ってたから絶対認めないと思うけどさ。

 

「一旦引くぞ。流石に分が悪い」

 

 私とマシュは力強く頷き、正面大扉から一目散に逃げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在地は正面大扉の隣にある敷地内の大きな外空間にいた。どうやら試作オルガマリーちゃん達はそこまで追って来ることはないみたい。

 

 その場で呼吸を整えると共に、ここに佇むそれを見上げた。

 

『こ、これは……ドライブシアターじゃないか。少し前に時代の流れで日本から消滅した物がなんでこんなところに?』

 

 それは屋外に置かれた巨大なスクリーンであり、その前にコンクリート作りの駐車場があって、黒塗りの高級車がところせましと並んでいる。

 

 隅に看板が立てられていたので見ると"ドライブシアター"、"クルルァ置き場"と書かれてた。

 

 ドライブシアターってなんだろう……? クルルァ……車のことかな?

 

『車種はっと……トヨタ・センチュリーみたいだね。なんでこんなに沢山あるんだか……シュルレアリズムの作者だってもう少しまとまったこと考えてると思うんだけどなぁ』

 

「アルモさんだもの」

 

「アルモだからな」

 

「アルモーディアさんだからなんですか……」

 

 アルモさんのすることにイチイチ理由を考えていたらキリがないんだよマシュ?

 

 車のドアに手を掛けてみるとそのまま開き、普通に中に入れるようなので、少し車内で休憩と現状について確認することにした。

 

 何よりも私の姉のような存在かつ冬木では全面的に協力してくれたアルモさんがこんなことをしている理由だ。

 

 カルデアの皆にはもう、私が小さい頃に田舎に帰省した時にアルモさんと初めて出会って、それからずっと家にいて、使い魔になってくれたことは伝えてある。私にとっては血の繋がったお姉さんのような存在だということも。

 

 最初は半信半疑だったみたいだけど、直接見てたドクターと、その映像記録を皆で見て納得してくれた様子だった。それから何故か、皆の目が生暖かいような気がするけどなんでだろう?

 

 そして、私たちが見た最後が、真祖だったAチームの芥ヒナコさんと協力して、レフ教授を倒して聖杯を破壊してまで所長を助け、ほとんど頭だけになった所長をヒナコさんが抱えながら二人を残して行った光景だ。

 

「まあ、十中八九。アルモがオルガマリーとやらを救おうとした結果か過程で出来たモノが、試作オルガマリー軍団(アレ)なのだろうな。奴は頭のいい馬鹿なのだから始末に負えん」

 

『小規模な特異点の理由は、破壊した聖杯の欠片を利用して特異点を組み上げたからかねぇ。立香くんの前に現れたアルモーディアくんの体には、聖杯の反応がなかったのが気掛かりだけど』

 

 それからAチームの芥ヒナコさんについての話と、アルモさんとどういう繋がりがあってカルデアにいるのかという話になり、アルモさんがヒナコさんを送り込んだんじゃないかという疑惑が挙げられた。でも、それについては、カルデアに私が行くことをアルモさんが知ったのは、私より後かつ私も急に決まったことだったので、何年も前からカルデアにいるヒナコさんでは、未来でも知っていなけれは時期がおかしいという結論になった。

 

 そんな風に話し合っていると、外にメイド服を着た一体の試作オルガマリーちゃんが見え、こちらに向かってくるのが見える。

 

 スカサハさんが警戒しながら外に出ると、試作オルガマリーちゃんは一抱えある箱を抱えていた。その蓋を外すと中には、餡掛けの唐揚げ定食のようなものが三人前と干し肉が詰まった袋があった。

 

 固まるスカサハさんを他所に試作オルガマリーちゃんは私に近づくと、ポケットから手紙を取り出して渡してきたのでそれを読む。

 

 

"立香へ

 その辺の草原にいたヒュドラを一頭締めて、油淋鶏(ユーリンチー)と干し肉にしてみました。アルモお姉ちゃんはギルくんからヒュドラ調理師免許(免許第二号)を取得済みなので、毒や血や内臓はしっかり処理し、当たることはないので安心してください。神代のお味をお楽しみあれ。

 しっかり食べて大きくなるんだよ?

               胸とか

               アルモお姉ちゃん"

 

 

 最後の一言が無ければなぁ……形がよくて大きいアルモさんに言われたら嫌みにしかならないよ。

 

 

 PS:ドロップしたからあげる

 

 

 試作オルガマリーちゃんは奇奇神酒というお酒を何故かスカートの中から取り出して渡してきた。とりあえず受け取っておくと、役目は終わったとばかりにそのまま千年城へと戻っていく。

 

「これは……最低でも幻獣クラスのヒュドラと見える……そう易々と喰えていいモノではないぞ」

 

『……ちょっとその干し肉の方サンプルに欲しいな、立香くん』

 

 眉間に指を当てながらスカサハさんは溜め息を吐いた。何千年と生きたヒュドラが私たちのご飯に変えられたみたい。日頃食べてる牛や豚や魚も、同じ食べ物としてはあまり変わらない筈なのに複雑な気分になる。

 

「…………とりあえず折角貰ったから皆で食べようか」

 

 ご飯の味は、料理も凄く得意なアルモさんの手作りだったようで、とてつもなく美味しかった。

 

 本当にアルモさんなにやってるんだろう……? いや、本当にさ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず正面大扉からは入れそうにないので、裏口から千年城に侵入することにした私たち。全く警備されていなかったため、すんなりと入ることが出来た。

 

 それからはこっそりと行動して千年城内を移動する。

 

「少し試させて欲しい」

 

 そして、その途中で一体だけで佇んでいるメイド服姿の試作オルガマリーちゃんを発見したスカサハさんは、小声でそう言って二本の魔槍を出す。

 

 そして、床を蹴ると次の瞬間にそれは放たれた。

 

「刺し穿ち……突き穿つ! 貫き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)!」

 

 魔槍の刺突により空間に縫い付け、投擲によってその命を奪うスカサハさんの宝具は、いとも容易く対象に死を与える。

 

 そして、それを受けた試作オルガマリーちゃんはそのまま倒れ伏し、塵の山が風になびくように消えていった。

 

 あ、虚無の塵がドロップしてる。

 

「やはりか。どうやら真名解放を行ったこの魔槍で殺せるということは、真祖の最大体力を超えたダメージ(即死)を与えれば死ぬらしい」

 

 さらっと言ってのけるスカサハさんだけど、そんなこと並のサーヴァントには出来ないんだろうなぁ……。ゲイ・ボルクって確か、即死級のダメージを与える宝具だったけ?

 

 そう言えばアルモさんが前に、"真祖なんて相性次第でコロっと殺されるから能力に過信なんて全く出来ない"と言っていた気がするけど、それはこういう意味だったんだ。

 

《~♪》

 

 するとまた館内放送が入る。今度はシャワーのような音と共に、アルモさんの綺麗で澄んだ歌声が響き渡った。

 

 それはとても美しい歌声で、アルモさんの容姿を想像するととても様になるものだ。

 

「アルモは外見や体は150点なのだがな」

 

 小さく呟かれたスカサハさんの言葉に私は何も反論出来なかった。それはそれとして――。

 

 いつか失うからこそ当たり前の日々が美しい。あなたのいる世界にいること。それで一秒、一瞬が愛おしい。私は女神になれず、誰かに祈りも捧げれない。他人に何を言われてもかまわない。

 

 歌詞からはなんというか、アルモさんらしい堂々とした愛を歌った歌に感じた。アルモさんにとってそんなに好きになる人がいるのかなぁ?

 

「え……?」

 

「お主……?」

 

『ヒュー!』

 

 小さくそう呟くと、マシュとスカサハさんは口を開けて目を丸くしてこちらを見て来て、ダヴィンチちゃんは何故か口笛を吹いてきた。

 

 …………? なんで?

 

《フフフフーンフフーン♪ フーンフフーン♪ フーフフーンフフーン♪》

 

 そんな中、とても機嫌がいいのか、アルモさんの歌は途中から鼻唄に変わる。

 

《――――》

 

 そして再び歌に戻った直後、何かに気づいたかのようにアルモさんの歌が途中で途切れた。

 

《ちょ……ぐっちゃん!? いつの間にマイクのスイッチオンにしてんのさ!? 道理でいきなり何か歌って欲しいだなんて言うと思った!? 私の生歌が館内放送されちゃってたじゃないかやだー!》

 

《フンっ、日頃の仕返しよ》

 

《クソッ! 思い当たる節があり過ぎて何も言えねぇ!?》

 

「これは……芥ヒナコさんの声です」

 

 マシュが言うとおり、一度だけ声の入ったそれは冬木で耳にしたヒナコさんの声だった。

 

 そして、アルモさんはぐっちゃんとヒナコさんのことを呼んでいたことに気付き、表札にあった"虞美人"という名前を思い出す。

 

 

「きゃぁぁぁぁぁ――!?」

 

 

 するとその直後に、どこかで聞き覚えのある悲鳴が聞こえ、少しの懐かしさと共にそちらに顔を向ける。

 

 

「誰か助けてぇぇぇ!?」

 

 

 それは自身と同じ姿をしてメイド服を着た試作オルガマリーちゃん30体程に追われ、私が初めて冬木で見たときと何も遜色ない服装をして、涙目を浮かべながら走っている"オルガマリー・アニムスフィア(所長)"の姿がそこにあった。

 

 笑っちゃうような光景なのに、その様子に私は少しだけ涙を浮かべてしまった。

 

 後でしっかり言うけど、まずは心の中で――。

 

 

 

 

 おかえり所長。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒュドラを一頭処理したせいで、体が少し血まみれになったので、ぐっちゃんと一緒に大浴場でシャワーを浴びていると、久々に歌のリクエストをされたので"色彩"を歌っていたら、ぐっちゃんにハメられたアルモちゃんなのである。

 

 そんな最中、二人で湯船に入っているところで試作オルガマリーちゃんの一体がやって来る。そして、私に耳打ちをして浴場から出て行った。

 

「何だって?」

 

オルガマリー・アニムスフィア(試作オルガマリーちゃんのオリジナル)がいつの間にか、収容室から逃げ出したらしい」

 

「へー……って一大事じゃないのそれ?」

 

 弱ったなぁ……本人含む試作オルガマリーちゃん達には発信器とかそういうの一切つけてないから、この城で迷子になったら見つけるのは至難の技だぞ。

 

「は……? なんでつけておかなかったのよ?」

 

「何を言っているんだぐっちゃん。そういうのはプライバシーの侵害なんだぞ?」

 

「お前のその妙な倫理観はいったいなんなのよ!?」

 

 後にバレンタインでチョコレートを知らなくて、無茶苦茶凝った黒くて甘いものを作った上で、どや顔することになる奴に倫理観を語られたくないなぁ……。

 

 元々、試作オルガマリーちゃんたちには、マリーちゃんが私がいない状態で部屋から出たら、彼女を連れ戻すようにと命令をしてあるので、既に探索任務が始まっているだろう。

 

 それよりも城内にいるであろう、おっぱいタイツ師匠をどうしようかと頭を抱えるのだった。

 

 

 

 

 






Q:試作オルガマリーちゃんたちってどれぐらい探索能力あるの?

A:特殊部隊員にソルジャー遺伝子を投入した超人軍団であり、作中でも視覚と聴覚が鋭いと言及されているゲノム兵並に優秀。


Q:なんでヒスイちゃんのメイド服着せた?

A:所長クッソ似合いそう(所長本体に着せているとは言っていない)



イベントのストーリークエスト限定のスカサハに掛かっているバフ(ストーリークエストでは常にLv90宝具Lv4のスカサハがフレンドにいる)
・宝具による即死確率超絶アップ
※フリーミッションでは普通のエネミーのように殴り殺せば試作オルガマリーちゃんは倒せます





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穿て!ゲイ・ボルク・オルタナティブ! ~千年城にて姫は籠る~ その3


 ちなみにですが、この小説で英霊関係で原作との乖離点があった場合、基本的にアルモちゃんが過去に関わったり、やらかした結果ため、全部アルモちゃんが悪いです。






 

 

 

「助けてぇよぉぉぉ!?」

 

『お戻りくださいお姉さま。お戻りくださいお姉さま。お戻りくださいお姉さま。お戻りくださいお姉さま』

 

 所長が追いかけられているのはわかるけど、あの30体ぐらいの試作マリーちゃんたちをどうしようか……? スカサハさんしか倒せる相手じゃないしなぁ。

 

「見たところあれがオルガ何某の完成型か」

 

 そう呟くスカサハさんは更に口を開く。

 

 え……? 完成型……?

 

「なるほど……これまで見た試作マリーちゃん(真祖もどき)は個体差があるとは思っていたが、そういうことか。見るからにアレが一番出来がいい(アルモに近い)。どうやら奴は、真祖の作り方を思い出しつつ、アレンジを加えながら作っていたようだな。多数の習作のうちの傑作とは、アルモらしいのも(つくづく)

 

「お、オルガマリー所長は真祖になってしまわれたのですか!?」

 

『あ、うん。やっぱり流れでそんな気はしてたよ』

 

 所長!?

 

「まあ、朱い月が設計した図面通りのモノを真祖と呼ぶのなら、アレは真祖に限りなく近い何か、そんなところだな」

 

 うーん、つまりは真祖ってことでいいんだね。アルモさんは真祖に変えることで所長を救ったのかな。

 

「とりあえず、話を聞くためにも捕らえるか」

 

「出来るの?」

 

「――フ、私を誰だと思っている」

 

 次の瞬間、スカサハさんの姿が霊体化していくというよりも、空間に溶け込んで薄れていくように完全に消える。でも、その様子に私はどこか見覚えがあった。

 

『ふむ、久方ぶりにやったが、この霊基でも出来るものだな。"圏境"とやら』

 

 あ、やっぱりそれアルモさんがよくやってる奴だ。

 

『ああ、何せこれはアルモから直接学んだからな』

 

『影の国の女王が、最古の真祖から教えられたなんて、神話的大発見だよねぇ……まあ、逆も然りだけどさ』

 

 ダヴィンチちゃんが呟く中、スカサハさんはまた言葉を吐く。

 

『この細腕に拳法は、身に付かん……と、思っていたのだがな。アルモの才能で武術を極めているのを見ていると、私がやらず嫌いをしているのは示しがつかぬ。だから奴から色々と習ったのだ』

 

 …………そこまで言われるアルモさんってどれだけ才能がないんだろう……?

 

『私は40年程で体得出来たな。武術とは奥が深い』

 

 あれ? アルモさんは圏境の習得に数百年掛かったって言っていた記憶があるんだけど――。

 

 そこまで考えたところで、スゴい勢いで武術を習得していくスカサハさんを、アルモさんが死んだような目で眺める姿が想像できた。

 

 "流石は師匠、全力ですね これだからケルトは…… もうやだ、おうちかえる ライダー助けて!"

 

 うーん、こんなこと言ってそうだなぁ……あれ? ひょっとしてアルモさんがスカサハさんから逃げたのって、自分が長い時間を掛けて極めた武術を、目の前でホイホイ習得されるからもあるんじゃ……。

 

「んー!? んー!?」

 

『少し黙れ』

 

 そんなことを一人で考えていると、目にも留まらない速度でスカサハさんが所長を拐い、近くの柱の裏に行くと跳び上がり、天井付近でゲイ・ボルクを突き刺して留まった。

 

 試作マリーちゃんたちが向かった頃にはスカサハさんは天井にいるため、柱の裏には誰もおらず、そのためか、辺りを見回し、首を傾げた上で散開していった。

 

 ええ……アレだけいて誰も上は見ないんだ……スカサハさんは消えてるけど、所長は普通に浮いてるのに……。

 

 私たちは所長から安全に話を聞くため、一旦ドライブシアターに戻ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《戦争と賞金稼ぎ、どうちがうの?》

《ああ。そりゃあ戦争で稼ぐ奴は悪党さ。賞金稼ぎで稼げねぇ奴は能無しだ》

 

 戻るといつの間にかアニメ映画が上映していた。どうやら普通に映画を映す機能はあるみたいだけど、いったい誰のためになんのために上映しているんだろう。

 

 そんなことを思っていると、ドライブシアターの周りにふよふよと漂う光みたいなモノや、人に似た容姿をした美男美女が車に乗っていることに気づく。他にも隅にドラゴンがお行儀よく座っているのが見える。

 

『よっと……観測データによると、妖精種や精霊種のようだ。幻想種だからいてもおかしくないと思ってはいたが、なーんでこんな馴染み方してるんだか……』

 

 するとその辺りをふよふよ浮いていた炎の精霊――イフリータが私たちのいる車に寄って来て、くるくると踊るように回っていた。

 

『~♪』

 

 なんか、すごく、たのしそう。

 

「落ち着きました所長?」

 

「ええ……あのね……私……」

 

 連れて来た所長は冷静になったのか、落ち着いた様子だけど、全く生気のない目をしている。その上、なんだか話し方が少しおかしいような……。

 

「魔術刻印……なくなっちゃったの……うふふ……ふふふふふ!」

 

 私はカルデアスに入れられ、体のほとんどを失った所長ならばそれも仕方ないと思う。

 

 けれど魔術刻印とは、魔術師が親から受け継いで、子孫へと残す固定化した神秘であり、一代掛けて研究した神秘を、魔力を通すだけで行使可能にするモノ。

 

 そして、アニムスフィア家は十二のロードのひとつであり、その魔術刻印は、私では想像を絶する程貴重で、大切に引き継いできたモノのはずだ。

 

 それが消えたということは、きっと所長はアニムスフィア家を自身の代で潰したと考えるはず――。

 

「わ、私……死んだ……死んだわ! なのに生きてる! 全部現実だったわ!? そ、そそ、それ――ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、生きていて――」

 

「所長!」

 

 また、所長が真っ青な顔で頭を抱えながらガタガタと震え出したので、私は所長を抱き締めた。失礼かも知れないけれど胸元に所長の顔を寄せて、頭を撫でる。

 

「大丈夫ですから。所長は……所長は頑張りました! 人類はまだ滅び切っていませんし、所長がいたから今こうして私がいるんです!」

 

 これは嘘偽りない本心だ。所長が前所長の遺志をついでいたから、100人あまりだけれどまだ人類は残っているし、私がカルデアに来ることもできた。

 

 感謝はすれど、所長を責める人なんてどこにもいないだろう。カルデアの皆もわかっている筈だ。

 

「……私、わるくない……? レフが言ったように私が――」

 

「誰も……どこにも悪い人なんていませんッ!」

 

 泣きながら顔を上げ、すがるような目でそう言ってきた所長を、私はもっと強く抱き締めた。

 

 悪いはずがない。あんなに純粋な思いで生きていた他ならない所長が悪いなんて、それだけは絶対にない。

 

「………………ありがとう、もう少しこうさせて……」

 

 すると所長は幾らか生気の戻った目でそう言ってきたので、私はぎゅっと抱き止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の体……どうなったの?」

 

『数値上は完全に真祖の吸血鬼だね。ただ、細かいところは精密検査してみないとなんとも言えないかな』

 

「以前とお変わりなく、可愛いですよ」

 

 にこやかな笑みを浮かべながらオルガマリーとやらに抱き着かれている藤丸立香(マスター)。サーヴァントとして契約し、少し共にいたからわかるが、なるほどこれはアルモが惹かれるのもわからんでもない。

 

 善性の匂いとでも言うべき、欠片も悪性を感じさせない様。どこをとっても平凡で、普通の域を決して出ない能力。そのくせ、度胸だけは私が知るどんな人間にも勝るように思える。

 

 守ってやりたい、私が守りたいと、他者へ無意識に思わせるような、そんな魔性の属性を持っているのだろう。いや、これを魔性と呼ぶには色々と失礼か。

 

 それにしても他者に依存する女か……その関係は見ようによっては奉仕をする側とされる側に見えなくもない。

 

 アルモの奴め。ここまで見越して、真祖もどきにメイド服を着せているのだとしたら、随分と皮肉が効いている……が、奴のことだ、何も考えていないだろう。

 

 まあ、アルモ自身は善性の真祖とでも言うべき存在だが、無意識にやった結果が、いつの間にか悪性に変質している。アレは昔からそういう存在だ。悪戯は除くがな。

 

「え……? 私、レイシフト適性あるの?」

 

『ああ、どうやら真祖アルモーディアはとんでもない天才だ。この短期間で、人間の霊体を入れる真祖の素体を造り、改良し、カルデアに戻すところまで考え、実際に実現させた』

 

 アレは天才ではなく、秀才だという言葉が頭を過ったが、今言うことでもない。経験と時間と研鑽の果てにアルモーディアという真祖は成り立っているのだ。

 

 その体はその一端を切り出したに過ぎん。

 

 そこまで考えたところでここから見える位置にはあるが、離れた場所の千年城の外壁が爆散した。

 

「な、なに!?」

 

「ふむ、ドラゴンだな。それも幻獣クラスだ」

 

 見れば黒く刺々しいドラゴンが、千年城の一角を破壊している。明らかにこれまでのモノとは違う様子だ。大方、この空間の主を喰いに来たのだろう。

 

 ドライブシアターとやらの近くにいる行儀のよいドラゴンを見習うべきだろう。まあ、それは神獣クラスだがな。

 

 確かに最古の真祖アルモーディアを喰らえば、一気に神獣に引き上がるどころかそれ以上の神秘を持ててしまうだろう。

 

 だが……アルモ(アレ)は火の粉を払い退けることに躊躇するようなものではない。興味を持たないモノへの対応の仕方は、狂った獣と変わらん。そういう意味では儂以上に、奴の魂は死んでおる。

 

 

《抉り穿つ――》

 

 

 そう思っていると案の定、館内放送でアルモの声が入る。そして、その掛け声と共に千年城から爆音と赤黒い極光が月夜の天空へと放たれた。

 

 極光――空想具現化と真祖アルモーディアの力を纏い全力で放たれたゲイ・ボルクは、遥かなる高みへと到達する。

 

 その直後、不自然かつ直角にゲイ・ボルクが二度曲がり、黒いドラゴンの頭上から落ちる。いや、投擲から常に加速し続けているため、落ちるというよりミサイルか。

 

 ああ、これだ……まさしくアルモが私から学び、己で発展させた技――。

 

 

抉り穿つ鏖殺の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)

 

 

 アルモのゲイ・ボルクは黒いドラゴンを頭から貫き、心臓を抉り穿った上で内包された力が巨体を引き裂いた。当然、一撃でドラゴンは死に、ズタズタになった骸だけがその場に残る。

 

 元々、自然の産物なのか、壊れた場所にわらわらと集まってきた真祖もどきの空想具現化によって、城の外壁は修繕された。

 

《あー、もう。さっきのヒュドラもそうだけど、なーんで自分から殺されに来るのかなぁ? 風呂入ったのにまた解体じゃん》

 

 一見お前が弱そうだからだろうなと思ったが、聞こえていたら面倒なので心に留める。

 

 全く……黙っていれば真祖でありながら、やりようによっては"人の王"にもなれるような器だろうに。

 

「あれが……真祖アルモーディア……」

 

「普段は面倒がってしないが、奴のゲイ・ボルクの射程はこの千年城なら全域だ」

 

 何せ、儂の影の城がある島のほぼ全域がアルモの射程だったからな。本人は"城の中でも働かさせられてるのに、イチイチ外の魔獣の処理までしてられないもん"等という理由で編み出したそうだ。生活の知恵という奴だな!

 

「いや……スカサハさん、それ絶対違うよ?」

 

「それで、これからどうする? 目的のモノを確保したならアルモは放って置いてもよかろう」

 

 雰囲気がよくない方に向かっていたため、私は本題をマスターに突き付けた。

 

 まあ、私としてはアルモに少々キツい灸を据えたかったところだが、影法師(サーヴァント)の身で、私怨でそこまで出過ぎたことも言えん。

 

 それにアルモは長命のわりにアレだ……聖杯の知識によれば、"構ってちゃん"といったか。ソレなのでそのままにしておけば、そのうちしれっとカルデアに戻ってきているだろう。

 

「うーん、やっぱり私が連れて帰りたいな。アルモさんは私にとってお姉さんみたいな存在だから」

 

 そう言って、少し恥ずかしそうな表情で、頬を掻くマスター。家族か……そこまで思われているならば奴も喜ぶだろうな。

 

「………………ねぇ、私も行っていい?」

 

 それはマスターの手を握り締めたオルガマリーから呟かれた言葉だった。

 

「この体でこれから生きていかなきゃいけないことはわかったわ。納得はまだ……出来ないけど。爪の立て方も、空想具現化の使い方も、何故かわかるの。そんな私でも……その……今なら何か役立てることは……ない?」

 

 "あなたの役に立ちたい"と言えないのは女心か。罪な女だなマスターは。

 

 それを聞いたマスターは嬉しげな様子を隠せないと言ったような明るい笑顔になり、握られている手を胸の前に掲げた。

 

「ありがとうございます! また、これからよろしくお願いします! 所長!」

 

「もう……カルデアの所長でもアニムスフィアでもないわ。ただのオルガマリーよ」

 

「じゃあ、オルガマリーさん。あんまり私が言えたことじゃないけれど、これだけは言わせてください――」

 

 マスターは小さく微笑むと、オルガマリーの目を見据え、彼女を待っていたと言わんばかりの様子で声を弾ませながら囁く。

 

「"おかえりなさい"」

 

「ぅ――――……ぁ……立香ぁぁ!」

 

 少しの間の後、オルガマリーが何かが崩れたように大粒の涙を流しながら抱き着いた。その表情は嬉しげで安堵しきったように見える。

 

 わからんでもないと言ったが、撤回しよう。これはアルモが惹かれるわけだ。

 

 奴は自身ですら気づいてはいないが、何よりも欲していることは、普通かつ対等に接して貰えることだ。それこそ、人間と人間がありふれた接点を持ち、触れ合うように。友人、家族、上司と部下――奴にとってはなんだっていい。

 

 過度な野心は持たず、かといって僧侶ほど無欲に努めるわけでもない。誰にでもいい顔をするわけでなく、嫌いな者の前では態度を変える。求められれば人を助け、求められねば助けない。利益や損得、感情だけで行動する。程々に嘘を吐き、それなりに正直者。 

 

 どうしようもないほど、真祖アルモーディアという女は普通なのだ。身の丈に合わない程に。

 

 だから獣の本能として、自分自身が他の獣と比べ、どこの位置にいるのかという自然の摂理そのものを、無意識かつ病的なまでに理解しようとしていない。きっと、普通でいたいからだろう。

 

 そんな存在にあの人間(マスター)は……麻薬のようなものだ。

 

「――ク」

 

 しかし……この胸の中に渦巻くドス黒い感情……よもや、セタンタの時と似たような想いを今さらすることになるとはな……。

 

 存外、儂の魂はまだ死に切っていなかったのか、影法師の体故か――クク、まあ、どちらでも構わんな。

 

 私は小さく笑うと同時に、やはりアレに魔槍を撃ち込み、少し逆上(のぼ)せきった頭を冷やしてやろうと決意した。どうせ、何をしても死なん。

 

 

 

 

 






※アルモちゃんの抉り穿つ鏖殺の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)は本来ならこのように真上に投げます。



・今回のまとめ
オルガマリーの依存先
レフ→立香ちゃん Change!!



~オルガマリーの召喚時ボイス~

「真祖のオルガマリーよ。もう、所長でも魔術師でもないわ。ありがとうね……こんなになったのに……私を求めてくれて」







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穿て!ゲイ・ボルク・オルタナティブ! ~千年城にて姫は籠る~ その4



 アルモーディア(ランサー)戦は次回になります。





 

 

 

「そろそろバレる頃だろうな」

 

「何が?」

 

「試作マリーちゃんたちの弱点」

 

 具体的に言えば、ゲイ・ボルクのような最大HPそのものを一撃で削り切るような攻撃には耐えられないことである。まあ、真祖共通の弱点といえばそうなんだがな。

 

 再生お化けのぐっちゃんや、心臓に当たる瞬間に空想具現化で私自身の因果に直接介入してある程度は耐えれたり、ぐっちゃん程じゃないが再生能力の高い私ならなんとかなるが、試作マリーちゃんらはそうはいかないのだ。

 

「は……? 私もベースにしたのになんでそんなもの残ってるのよ?」

 

「ええ……だってさぁ。弱点のない生き物って可愛くないじゃん?」

 

「……馬鹿なの? 馬鹿だったわ……」

 

 完全無欠、完璧最強、金剛不壊――個人的には生物に一番いらない要素だと私は思う。

 

 マジな話、そんなものが沢山いたら、生態系が吹き飛ぶ。こう見えても私は最高ランクのガイアの抑止力である。抑止力がガイアの生物を滅ぼしては元も子もないから、今の今まで私自身が自分から真祖に手をつけることはなく、ガイアからもある程度切り離されたと言える、この特異点の中だけでやっているんだ。

 

「……………………ああ、そうね。お前もガイアの抑止力だったわ」

 

 なんだその長い間は……? アルモさんは献身的で、勤続年数真祖ナンバーワンの抑止力さんなんだぞ? ぷんぷん!

 

「で? それの何が問題なのよ?」

 

「おっぱいタイツ師匠が本気になって蹴りボルグを使い始めたら無双ゲーが始まる」

 

 広範囲にゲイ・ボルクをバラまかれて対処されたら、試作マリーちゃんではどうすることも出来ない。あの魔槍はそれぐらいイカれた代物である。寧ろ師匠は蹴りボルグの方が得意なので、恐らくは師匠ランサーでも使えるしな。

 

 低確率即死とか付いていて、水着の方だけが使ってくるゲームとは違うのだ、ゲームとは。

 

「まあ、立香や自分をピーチ姫だと思い込んでいるクッパ(師匠)に、私自身がシバかれるのは仕方ないと思ってるんだけどさ。それはそれ、これはこれ。計らずもイベント(小さな特異点)のラスボスになってしまったのだから、その役割は果たそうと思うのよ」

 

「それで何が言いたいのよ?」

 

「ぐっちゃん、私の前座に立香たちと戦って――」

 

「イ・ヤ・よ!」

 

 話し切る前に即答された。まあ、ここまでは想定済みなので、2000年以上暖めていた秘策をここで使うとしよう。

 

「はーん、そうかそうか。ところでコレなーんだ?」

 

「――――!?」

 

 私が懐から取り出したソレを見たぐっちゃんの目が変わり、顔を真っ赤に染めながらわなわなと震え始める。

 

「ずっと昔にどういうわけか手に入れてね。折角だからカルデアに戻ったら100人余りの全人類の前で朗読しようかな? きっと歴史的に超貴重な資料に他ならないからな」

 

「な、な、なな、なんでお前がそれを持って――」

 

「どれどれ、まずは私が中身をぺらりと――」

 

「止めろぉぉぉおぉぉ!?」

 

「みーちゃったみーちゃった! あ~ららこらら! じ~ん類史に刻んじゃおう!」

 

 どうやらぐっちゃんは非常に好意的に参加してくれるらしい。よかったよかった。

 

 ちなみに別に返すとは一言も言っていないし、内容は一字一句覚えているし、コレだけだとも言っていないので、ぐっちゃんを揺する材料はいっぱい持っている悪戯っ子なアルモちゃんなのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オルガマリーさんを伴って再び千年城に入ると、相変わらず中には沢山の試作マリーちゃんたちが定期的に巡回していた。

 

「なんで私があんなに沢山いてメイド服を着てるのよ……」

 

 冷静に戻ったオルガマリーさんは、試作マリーちゃんたちを眺めて、今更ながらそんなことを呟く。

 

 アルモさんに聞いてください。

 

 それよりもここからどうするかが重要だ。

 

 幸いにも試作マリーちゃんたちは視覚と聴覚はいいみたいなんだけど、行動がとても機械的だから、モノを投げて音を立てて注意を逸らしたりすれば、簡単に欺けるから侵入は簡単だった。

 

 でも千年城の中央部に向かおうとするほど試作マリーちゃんが増えるから、それだけだと難しくなってきた。

 

 何故か人が一人ぐらい入れそうな大きさのダンボールがその辺りにいっぱい置いてあるのが不思議だけれど、何に使うんだろうコレ?

 

「ふむ……そろそろ少し本気になるか」

 

 するとスカサハさんが小さく声を上げる。何かと思って声を掛けると、ゲイ・ボルクの石突きを爪先に引っ掛け、"お前たちは先に行け"と呟く。

 

 そして、スカサハさんはゲイ・ボルクを蹴り上げながら跳び上がると、試作マリーちゃん数体に目掛けて、空中でオーバーヘッドキックをするようにゲイ・ボルクを投擲した。

 

蹴り穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)

 

 次の瞬間、無数の槍が試作マリーちゃんらに降り注ぎ、全身を襲った。そして、試作マリーちゃんらはバタバタと倒れていき、塵のように消える。

 

 スゴい……あんなことも出来るんだ。

 

 しかし、それと同時にこの周囲にいる試作マリーちゃんら全てに気づかれたようで、遠くから多数の靴が鳴る音が聞こえ、メイド服が目に入った。

 

「なんだ、コッチでも殺れるのか。こんなことなら隠れることもなかったな。さあ、行け! 私もすぐに行く!」

 

「うん、わかった!」

 

 この場はスカサハさんに任せ、私たちは千年城の中央部へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中央部へと続く道を走り抜けると、位置的に正面大扉の裏側に到達する。そこは左右に並んだ石柱と、非常に高い天井に、横幅の広い玉座へと続く一本道が特徴的で、千年城の広大さがよく分かる造りだった。

 

 これまでの場所とは明らかに毛色が違い、アルモさんが近いと思わせる。また、一本道の一番奥の場所には、扉の代わりに、とてつもなく濃い(もや)のようなモノが掛かっており、一目で何かがあると思わせる。

 

「随分と遅い到着だな」

 

 すると手奥の石柱の影から一人の女性が姿を現す。それは冬木で一緒だったAチームのひとり――芥ヒナコさんだった。

 

「アルモーディアはこの先だが――」

 

 ヒナコさんは、紺色のセーターのような服の上に黒い衣装を纏っていて、ピアスをしている。そして、黒い手袋をした手にはそれぞれ中国の剣に見えるものを握っている。

 

「故あってここは通さん。先に進みたくば、私を倒すことだ。人間ども」

 

『アルモーディア程じゃないが、少なくとも試作マリーちゃんたちとは比べ物にならない! 数値上はかなり真祖に近いぞ! 間違いない、芥ヒナコは真祖の吸血鬼だ!』

 

 オペレーターが変わったのか、Dr.ロマンが叫ぶように言葉を発した。それにヒナコは明らかに嫌悪感を露にした表情を浮かべる。

 

「フン、あんな真性の怪物と私を一緒にするな。アルモーディアに比べれば、アレが無駄に生み出している女中もどきも、私自身も足元にも及ばん。そも私は吸血鬼ではない!」

 

 特に最後の部分で、ヒナコさんから赤黒い炎のような魔力が溢れ出した。どうやら吸血鬼という部分が特に、癪に障ったみたい。ついでに全体的にとてつもなく不機嫌そうに見える。

 

「お前らに……」

 

 ヒナコさんは顔を俯きながらも剣をこちらに向けて、震える声で呟く。その様子は尋常ではない。

 

「お前らにわかるものか……ッ!」

 

 そして、ヒナコさんは顔を勢いよく上げると、怒りと嫌悪と羞恥心で顔を赤く染めながら言葉を吐き出した。

 

 

 

「"項羽様へ秘めた想いを綴った書簡(恋文)"をよりにもよって、アルモーディアに奪われた私の気持ちがッ! わかるものかッ!」

 

 

 

 それは余りに拍子抜けな動機かつ、どんな風に捉えていいのかわからなくなるものであった。

 

 

「ねぇ、気のせいかしら立香、マシュ? 恋文とか言ったわよね……?」

 

「わ、私にもそう聞こえました!」

 

「私もー」

 

『真祖ってアレなの? 小さな物事をイチイチ大きくしなきゃ気がすまない種族だったりする?』

 

 再び、通信機から真剣なような呆れたような様子のダ・ヴィンチちゃんの声が響く。その感想はその通りだけれど、ヒナコさんはスゴく真剣に怒っているので、突っ込まない方がいいんじゃないかな。

 

「藤丸立香ぁぁ! アルモーディアはお前の使い魔だろう!?」

 

 いや、そこでそれを言われても……アルモさんは基本的に超が付くぐらいの自由人だし……。

 

 や、ヤバい……マシュとオルガマリーさんと私だけじゃ、明らかに尋常じゃない魔力を放っているヒナコさんに勝てる気がしない……!

 

 ど、どうすれば……そうだ!

 

「芥ヒナコさん! 私がアルモさんに恋文をちゃんと返すように言って聞かせますから! どうか剣を納めてください!」

 

「――――――!?」

 

 その言葉にヒナコさんの怒りが若干収まり、理性の光が灯ると共に表情がやや緩む。

 

「いえ……ダメよ……人間はいつだって裏切るじゃないッ! どうせお前もそうだ!? アルモーディアと私をハメる魂胆だ!」

 

 うわ、この人スッゴくめんどくさい拗らせ方してるなぁ……そんなつもりないんだけど。何もかも初耳だし。

 

「そんなことしません! そもそも、あのアルモさんがちゃんと恋文を返してくれる確証はあるんですか!?」

 

「そ、それは……」

 

 ちなみに私的なアルモさんは"これあげる"と言って差し出して来て、"あーげた"とかいって上に上げたりする悪戯を普通にやるようなお茶目な人だけど、スカサハさんの話を聞く限り、相当周到で執念深く陰湿な人だ。

 

 そんなアルモさんが、ヒナコさんの恋文なんて面白過ぎるモノを、これ一回だけで終えるとは到底思えない。

 

「た、確かに……アルモーディアならもっと酷い使い方を――」

 

 お、結構いい反応。これなら戦わないでもなんとかなるかな?

 

『なんだ、殺らんでいいのか?』

 

 するとヒナコさんの真後ろから声が響く。そして、浮き出るようにその場にスカサハさんが現れた。

 

 いつの間にかスカサハさんが圏境を使いながら合流していたみたい。まさか、少し判断が遅ければヒナコさんが貫かれていたのかな……?

 

「お、お前は……!?」

 

「お初にお目に掛かる。影の国の女王スカサハだ。噂はアルモから聞いているぞ。"虞美人"という人間社会嫌いだが、人間そのものはそこまで嫌いでもない精霊種の吸血種の友人がいるとな」

 

「はぁ!? アイツ他人にそんなこと言ってたの!?」

 

「虞美人……虞美人さんですか!? 項羽と劉邦で出てくるあの虞美人さんのことでしょうか!?」

 

「か、カルデアにずっと真祖がいたなんて……」

 

 ああ、そう言えば千年城の表札にそう書いてあったし、アルモさんもぐっちゃんと呼んでいたなぁ。そういうことか。

 

 何故かマシュの食い付きがとてもいい。項羽と劉邦っていう本のタイトルは知ってるからマシュは読み込んでいたりしたのかな?

 

「そういうお前もアルモーディアから聞いているわよ」

 

「ほう、なんと?」

 

「紫ババア」

 

「よし、殺す」

 

 アルモさん……流石にそれは酷すぎるよ……。

 

「あの虞美人さん!」

 

「……なによ?」

 

 芥ヒナコ――虞美人さんはぶっきらぼうながら返事をしてくれた。それが少し嬉しい。

 

「アルモさんから恋文は取り戻して見せるので、剣を納めてくれませんか? お願いします!」

 

 私は兎に角、頼み込んだ。出来ればアルモさんの友達と戦いたくなんてないから。

 

 暫く虞美人さんは私を見つめた後、大きな溜め息を吐いてから剣を消す。

 

「止めだわ……まるで私が悪いみたいじゃない」

 

 それだけ言うと虞美人さんは何処かへと歩き去って行った。何故か私には彼女が、アルモさんと同じように優しい人に思え、今度はちゃんと話したいとも思っていた。

 

「ふむ、アルモへ少し面白い仕置きを思い付いたぞ」

 

 そう言うとスカサハさんは指を立ててルーン魔術を起動する。勿論、その顔には青筋が浮いており、笑顔ではあったけど美人なことも相まってものすごく怖かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん? 随分と早かったな」

 

 師匠が圏境で入ってきてもわかるように設置した防犯装置代わりの霧の壁を通過して来た者がいたため、声を掛ける。

 

 それから作業を止めて一度だけチラッと見ると、ぐっちゃんの第一再臨の服装が見えたのでぐっちゃんだろう。靴の音が響き、作業をする私の背後で止まったのがわかる。

 

「まだ、立香たちは来ていなかったか? まあ、それならそれで仕方ないな」

 

「………………」

 

「後、ちょっとで出来上がるからな」

 

 ちなみに今私はマリーちゃんの再臨素材的なものを作っている。これが終わったら霊基の補強(宝具の強化)もしなければならない。イベントって大変だなぁ……。

 

「………………」

 

「なんで喋らないんだぐっちゃん? そりゃあ、ラブレターを盾にしたのはあんまりよくはないと思っては――」

 

 次の瞬間、私の胸を大変見覚えのある赤い魔槍の矛先が貫いた。位置的にぐっちゃんが放ったとしか言えない状態である。

 

「………………あれぇ?」

 

 私は半ば放心しつつも、体を傾けながら首を後ろに回してぐっちゃんを見た。

 

 まさか、師匠からゲイ・ボルクで突き刺すように言われたのだろうか? ぐっちゃんの逆襲である。

 

 

 

「久し振りだな、馬鹿弟子よ」

 

 

 

 だが、その声は正しく、師匠そのものであった。そして、私がぐっちゃんだと思っていたモノは――。

 

 "ぐっちゃんの服装に身を包み、眼鏡をして髪をお下げに纏めた影の国の女王ことスカサハの姿"であった。

 

 これはあれかな……? ランダムマイルームで1番目に来た鯖に2番目に来た鯖の服を着せるっていう奴かな?

 

 うん、流石は見た目だけは目が醒めるような美女。スーパーケルト人な中身を考えなければ、惚れちゃいそうなぐらい似合ってる。ルーン魔術で化けやがったなコイツ、髪も黒く染めているし。

 

 すると次の瞬間に浮遊感を感じ、投げられたのだと理解する。初撃で縫い付けられ、体が思うように動かせないため目だけで追うと、既にぐっちゃん師匠は別のゲイ・ボルクの発射態勢に入っていた。

 

 その表情はビックリするほど清々しい笑顔を浮かべつつも、背後に怨霊か何かのようなどす黒い何かが見える。未だかつて、あそこまで私に対して師匠がキレた姿を見たことがない。

 

 うーん……まあ、あれだね。これはとりあえず――。

 

 

貫き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)!」

 

 

 一回、食らっとくか。

 

 

 

 






※今回の後書きはほんへに全く関係ありません。


~書いてる合間に流行に乗ってみた~
・女子高生化診断
 2年B組 姉を名乗る不審者ちゃん
 身長…163cm
 髪…青くてくるくる
 目…黒くてぱっちり
 得意科目…保健体育
 バスト…C
 特徴…キレると黙る
 性格…くらい。あかるい子とおっとりした子とは相性よし

 …………なんで普通に不審者みたいなスペックなんですかね……(試行回数1回)。
 この小説はこんな女の子が書いている小説だと思ってください(迫真)




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穿て!ゲイ・ボルク・オルタナティブ! ~千年城にて姫は籠る~ その5


 真祖アルモーディア(ランサー)戦その1です。区切りがいいので、ちょっと短めです。







 

 

 

 スカサハさんから宝具による攻撃があるまで待てと言われたので、霧の前で暫く待っていると、宝具の発動特有の体から魔力を持っていかれる感覚を覚えたので、意を決してアルモさんとスカサハさんがいると思われる部屋の中へと侵入する。

 

 そこは驚くほど広い大広間で、奥にはひとつの大きな玉座があり、部屋の中央には多数の術式が折り重なるように空中に浮き、地球儀のような形を成している何があった。

 

 そして、術式の地球儀の前で二本の魔槍を構え、虞美人さんと同じ格好のスカサハさんが佇んでおり、その視線の先を辿ると、地に伏すアルモさんがいた。

 

「アルモさん……」

 

 アルモさんは胸に大きな穴が空いており、ぐったりと体を投げ出して瞳を閉じている。それは眠っているようにも見えたが、彼女を中心に床を染める鮮血がそうではないことを表している。

 

 これがジャージ姿じゃなくて、冬木で着ていた白いドレスだったら、さぞ絵になったんだろうなぁ……。

 

「………………いつまで寝ているつもりだ?」

 

 死んでいるのではないかとも少し考えたが、スカサハさんがそう呟いた直後、アルモさんの目が見開き、その場で宙返りをするように立ち上がる。

 

 そして、唇に人差し指を一本当てながら、すがるような潤んだ目で言葉を吐いた。

 

「一回じゃダメ……?」

 

「ダメだ、許さん」

 

「影の国の女王の宝具開帳を受けてもほぼ無傷だなんて……」

 

 オルガマリーさんの呟きは尤もだろう。アルモさんの胸にはまだ穴が空いていたが、それも急速に塞がり始める。どうやらスカサハさんが前に言っていた"神秘が浅い"というのはこういうことだと、実際に見て理解した。

 

 当たってはいるが、その程度ではアルモさんの死には遠く及ばないのだろう。

 

「仕方ないな……」

 

 胸の穴が塞がったのとほぼ同時にアルモさんは、ゲイ・ボルクを一本取り出して利き手に持つ。そして、首を鳴らすと、ゲイ・ボルクを持っていない方の手の爪を立てる。

 

「んじゃ、久し振りに戦ったり殺されたりしようか」

 

「望むところだ」

 

 その言葉の直後、アルモさんとスカサハさんが同時に距離を詰め、互いのゲイ・ボルクが衝突した。数回打ち合うが、手数と純粋な技量で圧倒的に上回るスカサハさんが直ぐにアルモさんを防戦一方に追い込む。

 

「なんだ? 影の国に居た頃より鈍っているな」

 

「半世紀はろくに武術使ってないって……のッ!」

 

 言葉と共に空間に亀裂が入ったと錯覚するような、赤く巨大な斬撃の軌道が見える。スカサハさんはそれを斜め後方に飛び退いて避け、爪を振り抜いた様子のアルモさんだけが残される。

 

「やっぱり武器は性に合わないなぁ……爪でいいじゃん」

 

「これはカルデアに戻ったら修行のやり直しだな、覚悟しろ馬鹿弟子よ」

 

「ファッ!?」

 

 ああ……確かにこれは槍いるのかと思っても仕方ないかもしれないと私も思った。

 

 何せスカサハさんがいた場所には、部屋の壁まで直線に数十mに渡る爪痕が刻まれており、その一撃の威力と範囲がとんでもないものだということが理解できる。

 

「本物の真祖の吸血鬼ってあんなに化け物なの……?」

 

「あんなのを真祖の基準にするんじゃないわよ」

 

「芥ヒナ――虞美人さん!」

 

 するといつの間にかオルガマリーさんと私の間に虞美人さんがいた。相変わらず顔をしかめているが、さっきよりは幾らか柔らかい表情に見える。

 

「普通の真祖なら人間に頭を下げてまで武術なんて習わないし、空想具現化の修行もしないし、あんなにアーパーじゃない」

 

「誰がアーパー吸血鬼だ!」

 

 何故か話を聞いていたアルモさんがスゴく食い付いてきた。口ではそう言っているが、何故かアルモさんは言われてとても嬉しそうな表情に見える気がするのは気のせいかな?

 

「お前、真面目にやる気ないだろう……?」

 

「逆に聞きますけど、あると思ってるんですか?」

 

 スカサハさんと対峙しながらも、明らかに気怠そうな様子を見せているアルモさん。寧ろ攻撃を体で全て受け止めて気が晴れるならそれでいいと言い出しそうな雰囲気だ。

 

「仕方ない……マスター、少し耳を貸してくれ」

 

「え?」

 

 明らかにアルモさんにやる気がないと感じたのか、スカサハさんは私の隣に来ると耳打ちしてきた。

 

 えっ、そんなのでいいの?

 

「えっと……アルモさん」

 

「何さ、立香?」

 

「アルモさんのカッコいいところがみたいな! がんばれ♡ がんばれ♡」

 

「――――――」

 

 ちなみに後で聞いた話だけれど、がんばれ♡ がんばれ♡とはスカサハさんにシゴかれる戦士たちを眺めながら、高笑いしつつよく言っていたフレーズらしい。ちゃんと、応援するなんてアルモさんは優しいなぁ。

 

 するとアルモさんの全身から赤黒い魔力の波動が溢れ始めた。その大きさは虞美人さんと比べることすらままならないような莫大なもので、空間そのものが塗り潰されたように錯覚する。

 

 そして、服装がいつものスカサハさんと同じような白い戦装へと変わった。

 

「立香あぁあぁぁぁぁ! いいぞ、いいぞ、いいぞぉぉ! 立香ァ! アルモお姉ちゃんのちょっといいところ見せてあげようじゃないか!」

 

「……!?」

 

 何故かその様子に一番驚いているのは、スカサハさんに他ならなかった。

 

「…………マズいな、やり過ぎた。よもやここまで引き出させるつもりはなかったのだが……」

 

「バカでしょアンタ!? アルモーディアは私なんか比べ物にならない出力を持っているのよ!? その上、星からのバックアップを受けているんだから、本気にさせたらこの特異点が更地になるわ!?」

 

 どう見ても様子のおかしいアルモさんに、スカサハさんも虞美人さんも明らかな動揺を見せている。

 

「――ク、だがそれもまたよい。行くぞ!」

 

 そう言ってスカサハさんはアルモさんへと駆け出し、再びゲイ・ボルク同士が交錯した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦局が傾いたのは一撃で判明した。今度は数合打ち合ったスカサハが押されたのである。

 

 理由は非常に単純で、前と比べてアルモーディアが数倍の力と速さでゲイ・ボルクを振るったからだ。その威力は、スカサハが避けたゲイ・ボルクの余波で、触れていないにも関わらず幾度となく床が大きく抉れる程だ。

 

 スカサハとある程度打ち合える技量を持つアルモーディアの攻撃は、最早スカサハですら逸らせる領域を越えており、受けるのではなく、退きながら避けることを選択させるには十分過ぎたのであろう。

 

 一旦、スカサハがアルモーディアから距離を取ったところで、アルモーディアが真剣な眼差しを向ける。

 

 そして、アルモーディアは、利き手に持つ魔槍以外に持つ魔槍を、どこからともなく出現させて地面に放り投げた。その数は手のモノも合わせて全部で"7本"だ。

 

 これが予備が欲しいとの理由で、アルモーディアがスカサハから授けられた全てのゲイ・ボルクである。

 

「何が予備だ……その全てを使うのか?」

 

「海獣の骨だなんて、"自然"なモノはこれ以上ないぐらい真祖にお誂え向きの武器だからな。全力で真祖らしく戦わせて貰おう」

 

 そして、全ての魔槍に赤黒く鈍い光が灯り、地面にあった6本の魔槍全てが浮き上がると、アルモーディアの爪を立てた腕の側に並ぶ。

 

 次の瞬間、スカサハへと爪を向けると、6本の魔槍が弾丸のように射出された。

 

「くっ……」

 

 アルモーディアの魔槍が縦横無尽に空を駆ける中、スカサハも同じように3倍以上の本数の魔槍を宙に浮かべて迎撃した。

 

 しかし、最古の真祖の空想具現化で操られた魔槍は、スカサハの魔槍を木の葉か何かのように弾き飛ばして、直進する。

 

死溢るる魔境への門(ゲート・オブ・スカイ)!」

 

 スカサハはそのままでは終わらず、アルモーディアの魔槍が当たる寸前で影の国の城門を前方に召喚し、魔槍を飲み込み、一時的に無力化しようとした。

 

 しかし、魔槍は城門の直前で空間に縫い付けられたかのようにピタリと止まる。数センチや数ミリの単位で空想具現化を操れるような異常な精度を持つ真祖にしか不可能な芸当であろう。

 

 瞬時に城門を残してその場から飛び退くスカサハ。その刹那、赤い斬撃によって城門は縦に真っ二つに裂かれる。

 

「流石に早々倒されてはくれないな。まあ、それこそこちらが興醒めだが」

 

 それはアルモーディアが爪を振るって放たれた斬撃だった。今の彼女が放つ全ての攻撃はAランク以上の宝具相当の攻撃と言えよう。

 

 遠距離は爪の斬撃、中距離は浮かぶ魔槍群、近距離は利き手の魔槍。それは恐ろしい程無駄がなく隙のない、人間のように冷酷で遊びがないにも関わらず、真祖にしか不可能な槍術であった。

 

「――クク! アルモ! これがお前の本気か……これが全力か!」

 

「さて、どうかな。まあ、少なくとも誰に見られても恥じない程度には本気だな」

 

「では私も貴様を獲らせて貰う!」

 

 その言葉と共に、スカサハは持ちうるルーン魔術を動員し、あらん限りの身体強化と、己の持つ二本の魔槍へ強化を施す。そして、サーヴァントの枠組みであり、限界である霊基そのものが、二回り以上引き上がったのも見て取れた。

 

「なんだそのろくでもない外法は……」

 

「貴様の真祖もどきを狩るついでにリソースを少し拝借してな。霊基そのものをこの場で補強した」

 

「……師匠、あんた死ぬ気あんの?」

 

「ならば殺してみろ!」

 

 その言葉と共にスカサハがアルモーディアへと飛び込み、即座に反応したアルモーディアは空想具現化で操る6本の魔槍で迎撃した。

 

 だが、スカサハはそのまま直進し、3本の魔槍をスレスレまで惹き付け、空想具現化の精度を上回る体捌きのみで躱し、残りの3本を強化された肢体と魔槍でもって後方へと受け流しながら直進する。

 

 更にアルモーディアが迎撃に爪を振り下ろそうとした直前に、空中にいるスカサハが片方の魔槍を放ち、アルモーディアの肩を刺し穿った。

 

 即座に刺さった腕の神経まで貫かれていると判断したアルモーディアは、利き手に持つ魔槍をスカサハへと投擲し、利き手の爪を立てると己の魔槍の刺さる肩を切り裂いて引き千切り、刺さったスカサハの魔槍を持つ。

 

「な……!?」

 

 だが、次の瞬間、アルモーディアは利き腕に投擲された魔槍が突き刺さったことで動揺する。何故ならそれは、自身が真祖の力で投擲した魔槍に他ならなかったからだ。

 

 見れば片方の魔槍を手に残しながら、空中で魔槍を投擲した体勢のスカサハが見えた。

 

 スカサハはアルモーディアが彼女に向けて放った魔槍を躱した上で掴み取り、絶妙な速度と角度で回転し、アルモーディアの投擲の勢いをそのままに返したのである。

 

 それは天才としか言い様のない、途方もない絶技であった。当然、突き刺さる魔槍は寸分の狂いもなく、節と神経を穿っており、アルモーディアの利き腕も沈黙する。

 

「――突き穿つ!」

 

「がぁ!?」

 

 結果的に両腕を破壊され、対処法を失ったアルモーディア。その胴体にスカサハの魔槍が突き立ち、空間に縫い止めた。

 

 そして、後方に飛び退き、新たな魔槍を構え、宝具を解放したスカサハは魔槍を構える。

 

 

貫き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)!」

 

 

 投擲された全力の投擲は赤い稲妻のようにアルモーディアを貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………なにあれ化け物?」

 

「ギリギリ人間です、たぶん……」

 

 スカサハさんが空想具現化と魔槍を使うアルモさんを倒す一部始終を目撃した虞美人さんは、呆然としたようすでそう呟いた。

 

「あの……眼鏡ズレてますよ芥――虞美人さん」

 

「アルモーディアが関わる人間はみんなあんな風なの……? なにそれ……まさかカルデアのサーヴァントはみんなあんな奴らなんじゃ――」

 

「わ、わわ、私あんなのと戦わせられるなんて絶対ムリムリムリ――」

 

 マシュが気に掛けるが、虞美人さんがブツブツと呟きながら一人の世界に入ってしまった。ちなみにオルガマリーさんは放心して魂が抜けたような状態になっている。

 

 なのでスカサハさんに声を駆けようとすると、手で動くのを制された。

 

「まだだ、アルモはこんなものではない」

 

 スカサハさんのその言葉の直後、地に伏したアルモさんが起き上がり、千切れた片腕が血と共に宙を舞って繋がり、腕と胸の傷口が凄まじい速度で再生する。

 

 そんな中、2本のアルモさんのゲイ・ボルクが手元に飛び、それらを握り締める。スカサハさんと同じように双槍の構えになった。

 

「いいね、楽しくなってきた」

 

「――クク、私もだ」

 

 対峙するスカサハさんに双槍の片方を突きつけながらそう溢すアルモさん。対するスカサハさんもとても愉しそうな様子をしており、互いが気の置けない関係だということがなんとなく読み取れる。

 

 アルモさんはさっきとは異なり、双槍と体に薄く赤く淡い光りを纏うだけで、それは大樹のように堂々としながら、静かに澄み切った水面を連想させるような優しげなモノに見えた。 

 

「じゃあ、第2……いや、第3ラウンドだな」

 

 その言葉の直後、三度二人の魔槍は交錯した。

 

 これ、まさかとは思うけど、二人でじゃれあってるだけだったりなんじゃないよね……?

 

 

 

 

 







・真祖アルモーディア(ランサー)戦
1ゲージ目20万←Break!
2ゲージ目80万←Break!
3ゲージ目200万←イマココ
4ゲージ目500万

倒し方:
 師匠の即死確率が上がり、ほぼ確定即死になっているので、1回NPを貯めてゲイ・ボルク・オルタナティブしたら、3ターン令呪を1つずつ使ってゲイ・ボルク・オルタナティブすれば誰でも余裕で勝てます。


使用スキル:
武芸百般(徒手):RankEX
・自身の攻撃力をアップ(3T)+スター集中度をアップ(3T)+クリティカルを威力アップ(3T)+無敵貫通を付与(3T)+回避を付与(1T)

ストーキング:RankA+
・自身のNPを増やす+NP獲得量アップ


使用宝具:
抉り穿つ鏖殺の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)(Quick宝具)
・敵全体に超強力な防御無視攻撃<オーバーチャージで威力アップ>+HPを10000減らす(デメリット)
※HP10000以下で使用時、HPは1残らず0になる


絆3 マテリアル(第1・第2スキル説明):
武芸百般(徒手):RankEX
 アルモーディアの持つ他の真祖と最も異なる点。彼女はどういうわけか真祖であるにも関わらず、遥か古代から人間が用いたあらゆる徒手武術を極めており、そのためなら人間に頭を下げて学ぶことも辞さなかった。
 そんな彼女を他の真祖は嘲笑い、蔑んだが、己の才能に頼らず、時間と反復により極地まで鍛えられた武術を用いるアルモーディアのみが魔王を討伐した。

・自身の攻撃力をアップ(30~50% 3T)+スター集中度をアップ(300%~600% 3T)+クリティカルを威力アップ(50%~100% 3T)+無敵貫通を付与(3T)+回避を付与(1T) CT7~5


ストーキング:RankA+
 またの名を圏境。気を使い、周囲の気を感知し、自己の気配を消すことにより、姿を存在ごと消失させることによる驚異のストーキングスキルである。
 ちなみに彼女の場合はストーキングした対象に悟られずに全てを遂行し、過程から成果まで自身の中だけで自己完結するため、スキルランクが異様に高い。彼女曰く、相手に悟られるようでは三流とのこと。
 ちなみに何故かNP関連が上昇する理由は、立香の私物などを回収し、モノではない何かを得ているからであろう。

・自身のNPを増やす(30→50%)+NP獲得量アップ(3T30→50%) CT7~5






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番外編 生アルモチャン(第一回)



※番外編なのでイベント後にアルモーディアがカルデアに来てからのお話です。


・生アルモチャン
 カルデアのお昼時にたまに放送している、真祖アルモーディアが虞美人を交えて、好き勝手しつつ駄弁るだけのラジオのようなチャンネルのような何か。聞いてもいないアルモーディアの過去やぶっちゃけた話や性癖なんかを嫌というほど聴ける。また、内容が薄く、基本的にアルモーディアは酔ったまま放送しているのが特徴。






 

 

 

 

 カルデア館内放送、カルデア館内放送~。

 

 芥ヒナコ、虞美人、ヒナちゃん、ぐっちゃん。なんでもいいが、記念すべき第一回放送をボイコットしている精霊種の吸血鬼の元Aチーム。さっさと放送室まで来なさい。

 早く来なければ、項羽(コーくん)を想ったぐっちゃんの詩を書き留めた手帳(ポエムノート)から3分毎に一詩ずつ朗読してやる。

 

 安心しろ。アルモちゃんは漢文、古文、亀甲文字等々なんでもペラペラだ。どんな駄文だろうと、脚色を混ぜつつ必ずや、皆のハートと腹筋を射止めるような内容にエキサイト翻訳してやろう。さもなくば早く来い。

 

 3分間待ってやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やあ、みんな。カルデアの放送室を占拠して行っているという体だが、ちゃんと許可を得て行うことになった皆の食事時を彩る生放送。第一回"生アルモチャン"の始まりだ。いえーい、パチパチパチパチ~!

 

 放送枠の時間で、"赤生@ちゃんねる"と最後まで接戦を繰り広げたが、ネロちゃまが放送で歌を唱い出すと言い出したら何故か急にこちらが優勢になったという裏事情はあるが、どうでもいいな。

 

 メインパーソナリティーはみんなお馴染み超絶美女真祖アルモちゃん。サブパーソナリティーは今、放送室に入ってくるなり、爆発しよう(エタラメろう)としたので気絶させた、みんなのパイセンことぐっちゃんでお送りする。

 

 真祖の対処方法として、下手に何かするより気絶させて意識を刈り取るととても楽だと、真祖代表のアルモちゃんは公言しよう。人間と構造的にはほぼ同じなので、首の後ろをこう、ガツンとするといい。生半可な力では気絶しないので、思い切りが重要だな。

 

 ちなみにぐっちゃんのポエムは、ぐっちゃんが2分58秒でここに来たので読み上げることは出来なくなった。またの機会をお楽しみにしてくれ。

 

 さて、まず記念すべき、生アルモチャンの第一回放送なので、今回はこの放送の概要などの説明から始めよう。見ての通り、館内放送でのラジオ形式と、食堂や休憩室やレクリエーションルームのテレビ等で放送室の生アルモチャンが映るようになっている。目の保養になるな。

 

 まず、この生アルモチャンでは、適当に私がしたいことをしたり、視聴者のお便りから無作為に選んだという名の作為的な選別をしていく。そのうち、ゲストも招きたいものだな。

 

 なので、お便りについては、放送の数日前から食堂の隅に置いてある、生アルモチャンお便り箱にじゃんじゃんお便りを入れるといい。ただし、端から見れば無茶振りでも、空想具現化を使って実現することは不可能ではないので、お便りに書く無茶振りはよく考えるように。北極でピンボールは私には無理だが、カルデアを土台ごとピンボールぐらいなら出来なくもないアルモちゃんなのだ。

 

 ん? おはようぐっちゃん。思ったより早く起き――。

 

 

 

 

 

《Nice boat.》

 

 

 

 

 

 失礼。ぐっちゃんが暴れたので、鎮圧と説得のため、再開に少し時間が掛かった。揺す――お願いしたらちゃんとサブパーソナリティーを務めてくれるそうなので、よかったよかった。私の頭に剣が突き刺さって風見鶏みたいなことになっていなければ尚、よかったな。

 

 グロいアルモちゃんが映りそうだったので映像は切って正解だった。代わりに綺麗なお船の映像とリラックスソングに差し替えておいたアルモちゃんは出来る女だ。

 

 さて早速、生アルモチャンお便り箱からお便りを出そうじゃないか。ほら、不貞腐れてないで机に広げるのを手伝うんだぐっちゃん。いつまでもそうしていると、今夜お前の寝込みを性的に襲――――そんなに早く動かなくてもいいんじゃないかな……アルモちゃんプチショック。私はぐっちゃんのこと友達としても、女性としても大好きだぞ?

 

 とりあえずこれ――はなんか内容が気に入らないので、こっち。ペンネーム、黒髭さんからのお便りだ。

 

 ふむふむ、この"小っ恥ずかしい文章を私に読み上げて欲しい"とな? はははは、アルモちゃんに遠慮と羞恥心は無いと知れ。

 

 ぐっちゃん、ちょっとそこに立って? そうそう、じゃあ、私ちょっと煩くなるけど、動かないでじっとしててね? 下着は脱がないが、それ以外は脱いでやろう。シャツ羽織ってと――。

 

 

 ねぇぐっちゃん 私としよ?

 

 …………………………ッ!!

 

 童貞のくせにバカにしやがってよぉぉぉ!!

 

 何がクニだよ クンニしろオラァァァ

 

 こんなガキにまでシカトされるなんて! どーせ爪はボロボロ髪もボサボサで……体はキズだらけ

 

 女としての魅力がなくなったから…………だから私の言うこと聞かねーんだろ!?

 

 

 ふう……よし、表情とカメラに映るコマ割りの構成までしっかりと完全再現したぞ。やっぱり、出来る女は違うなぁ、うんうん。ん? どうしたぐっちゃん。そんなに顔面蒼白でガタガタ震えて? 

 

 私がバイのペドフィリアなのは、今さら始まったことじゃないだろ。人間なんて私からすれば等しくペドみたいなものだし、ぐっちゃんだって私からすればギリギリロリかもしれ――イイッ↑タイ↓メガァァァ↑!?

 

 

 

 

 

《まほうのことばで たのしいなかまが ポポポポーン》

 

 

 

 

 

 ぐっちゃんよ。映像が放送されているんだから、容赦なく私の目に剣を差し込むのは止めなさい。人様は食事中なんだぞ? 第一回で打ち切りにされたらどうしてくれる? 食事中にリョナプレイなんて子供は泣き叫び、大人は顔をしかめ、一部の大きなお友達が大喜びするだけなんだぞ!? ちなみに今日のランチのアルモちゃんのおすすめはCランチだよ!?

 

 そもそもこの放送だって、ぐっちゃんの知られざる生態と、日常生活を赤裸々に追っていく企画"くびらじ!"が、ぐっちゃんのお気に召さない上、お前がやれとか言い出すから、私が身を削って私の全てをさらけ出す企画"生アルモチャン"を始めたというのに、いったい何の不満があるのだ?

 

 さて、ぐっちゃんを叱ったところで、次のお便りを読み上げよう。じゃかじゃがじゃかじゃかじゃか、じゃん!

 

 えーと、ペンネーム……虞? なんだぐっちゃん、その勝ち誇ったような顔とテンションは? あ、これぐっちゃんのお便りかー、なんだよ絶対叶えなさい!って……内容は"もっと真面目になりなさい"か……。

 

 なるほどなるけど、では叶えてやろう。うーん……あーあー、よし。

 

 こんにちは虞美人さん。(わたくし)、アルモーディアと申しますわ。ふつつかものですが、これからは真面目に接するようにさせていただきますので、よろしくお願いいたしますね?

 

 あらあら、うふふ。どうしたのですか? お気持ちが悪そうな顔をしていますわよ? 可哀想に……いったいどこの誰が、虞美人さんにこんな酷いことをしているのでしょうか……私、心配で心配で……夜も眠れませんわ!? 虞美人さん! なんでも私に言いつけてくださいませ! 私、素敵なお友達の虞美人さんのためならなんだって――。

 

 え? その口調と恐怖すら覚える屈託のない笑みを止めろ? 真面目お嬢様系クソレズ真祖アルモちゃんだったのに……そうしたら私、真面目じゃなくなるけどいいの? ああ、そうなの。やっぱりぐっちゃんはありのままの私と相思相愛なんだね! ウェヒヒヒヒ! あー、やっぱり人妻はたまんねぇなぁ!?

 

 え? 私が酔ってるのかって? 酔ってるに決まってんじゃん! 4日前からケーカちゃんと飲みっぱなしさ! ケーカちゃんは2日目でダウンしたけどな! ギャハハハハ!

 

 ちなみに今私が飲んでるのはオレンジジュースじゃないぞ。テキーラとオレンジジュースにグレナデンシロップを注いだ奴で、えーと……無敵の三杯酢だっけ? なんかそんな名前の奴だよ。ほら、作ってやるからぐっちゃんも飲め飲め!

 

 さて、次のお便り……の前にアルモちゃんは見つけてしまいました。この放送機器の中に、超新しいカラオケマッスィーンがあるのを。

 

 さあ、なんでもいいから歌えぐっちゃん。その美声を皆に知らしめるがいい! え? ヤダ? そっかじゃあ、私が歌うね。ぐっちゃんが歌わないから仕方ないなー、辛いなー、恥ずかしいなー。

 

 曲は……アルモちゃんの音楽プレイヤーで全曲シャッフルして出た奴でいいか。よっと……ホイホイこれね。入力してっと……。

 

 

 

 

 

《レクイヱム(ぺぺろんP)》

 

 

 

 

 

 いやー、やっぱり全人類の前で歌うのは恥ずかしいなー。なんだぐっちゃん? 私が歌うと歌詞が洒落にならないし、熱唱じゃないかだって? あらゆるものに全力を捧げるのが、芸人というものだよ、虞芸人。

 

 それに私自身はブリュンスタッド様に、また会いたいと本気で思っているよ? 寂しいじゃないか、誰も死を弔う者や、再会を喜ぶ者がいないなんて。死後に真祖の敵とされ、その真祖ですらあの方が造られた真祖は今や私ひとり。

 

 だから、名実ともに私がブリュンスタッド様の最後の臣下だからね。それに私にとってはいつまでも唯一の親だ。子を愛さない親はいても、親を愛さない子はいない。少なくとも私はずっとそうだよ、ずっとね。

 

 さて、気を取り直して次のお便りだ。えーと、ペンネームはサンタム……? ああ、なんだ。アラヤにコックとして雇われたコックのエミヤくんか。冬木では初手2パンKOしちゃってごめんね。

 

 内容は"カルデアの食糧供給手段が限られることについて、君から見て何かよい手はないものかね?"だと? 全く……こんなこと真祖なんかに聞いてどうするんだ。食べ物は大地の恵みなんだから私なんかに聞かなくても――あ……私そういえばガイアの触覚だったわ。

 

 んーと……そうだね。カルデアの食糧事情は結構厳しいからねぇ。食糧プラントも全て回すには、レイシフトを勘定に入れるとあまりに電力が足りないらしい、かといってレイシフトで取るのもあんまり褒められたモノじゃないものな。

 

 修復前なら未だしも、食糧として供給可能なレイシフト先となれば基本的に修復後の特異点や、何ら異常のない年代になるわけだからね。それらから取るとやっぱり怖いのはレイシフトがタイムトラベルと並行世界の合わせ業の過去跳躍である限りは、一番怖いモノはバタフライエフェクトだし。

 

 例えば過去に戻って食糧のある地域から接収するとするよ。すると本来はその食糧が行き渡る筈だった者らに渡らなくなる可能性がある。そして、それが積もり積もった原因のひとつでその者らが死ぬかもしれない。そうすると、未来に生まれる筈の人間が生まれないかもしれない。そのずっとずっと先に生まれる筈だった人間が人類に多大な貢献をする筈だったかもしれない。それが潰えてしまえば、人理を修復したところでまた綻びが生まれるだろうな。結果的に人類史そのものへの反逆のようなものだ。

 

 まあ、それこそ雷に打たれるよりも遥かに下回る確率だろうけど、あるって可能性があるだけで躊躇したくもなるよね。

 

 でもそれを差し引いてもレイシフトって最高だよねぇ。だっていつでもその時代の酒を飲めるんだぜ? いいねぇ、私は色んな時代の名酒をなんでも知ってるからさー。もう名も製法も潰えた良い酒がまた飲めるんだもんなぁ……ウェヒヒ!

 

 ああ、解決方法だっけ……? まあ、普通に考えるならレイシフトした時代では人の手が入っていない場所で、その時代の物で農場やら何やらを建てて経営し、そこから供給するのが一番だろうね。1を取るから100が危なくなるわけで、0から1を作ってそれを取ればいいのさ。

 

 んー、何さぐっちゃん? 私の空想具現化を使えばいいじゃないだって? まあ、確かにそもそも真祖の空想具現化は自然の地球化を目的とした側面も強いから全然可能だよ? 例えばだけど、使ってない食糧プラントを丸々空想具現化して、そこで多種多様な植物や菌類なら即座に生やせるから食べれる野菜・果物・キノコなんでもござれだし。食糧プラントや空いてる区画そのものを地球化させればひとつの生態系を刻んで、家畜や魚なんかの育成に最適な環境を設定し、与える餌を空想具現化で用意した神代のモノにすれば十数倍の速度で成長するし、一切の人工物なしで養殖可能なアルモちゃんはブイにゃのだー!

 

 いや、でもそれさー、なんかヤじゃない? ほら、なんか私が自分の髪とか爪とか食べてるような気分になるというかさ。いや、実際にはそんなこと全くないから大丈夫なんだけど、なんとなく酒とツマミまで空想具現化するようになったら真祖終わりだと思うんだよねぇ。そこだけは引けないというか、引きたくないというか――。

 

 おやおや? 立香とマシュちゃんとマリーちゃんに、ロマニとエミヤくんに、生前私を抱いた後に結婚して欲しいと言ったら、断ってきたダ・ヴィンチちゃんじゃありませんか。全然根に持ってない、根に持ってないよダ・ヴィンチちゃん。クソが、久々に再会したら告白した人間が女になってるとか何の悪夢だよ……。

 

 え? 覚えてない? 空想具現化(へんしん)

 

 うふふ、こうしてゆるふわ毛を直毛のツインテールにして眼鏡掛けて、いつもセーターにロングスカートを着ていたこんな口調の私ですよ。当時は名前をディアマンティーナと名乗って……あれ? コロンビーヌでしたか? まあ、どちらでも構いませんね。

 

 空想具現化(へんしん)! 思い出してくれたなら結構、結構。まあ、さっきの根に持ってるっていうのは真祖ジョークさ。互いに楽しんでヤっただけなのに、そこに情やら愛を持ち込む程、アルモちゃんは子供でも処女でもない。楽しめて後腐れしなきゃオールオッケーさ。ちなみにアルモちゃんは閨を共にするなら、どっちかと言えば男性の方が気持ちいいから好きだぞ。

 

 後、実はアルモちゃんは、真祖だと知ってる相手に求婚されたら、あんまり断らないので、わりとたくさんバツが付いていたりする。この世界ではダンピールは生まれないから人間との子供は生めないが、折角だから誰かの妻になってみるのも中々楽しいからな。勿論、結婚したら私からは離婚も別居もしないさ。だって、長くてもたった半世紀とちょっとぐらいの繋がりだからな。それぐらい死ぬまで一緒にいてやるさ。

 

 ふっふっふ、私なんか選んだ馬鹿な男はサキュバスなアルモちゃんに子孫を潰されるのだ。

 

 それはさて置き、皆さん何のご用で? えーと、今すぐに停止している食糧プラントや、空の倉庫で空想具現化をして欲しいだって? いや、あんまり気が進まな――。

 

 うっ……ふぅ……立香にそんなに上目遣いで可愛く頼まれたら、アルモちゃん的には断る訳にはいかないな。おら、ぐっちゃん! いつまで美味しそうに無敵の三杯酢飲んでんだ! 行くぞ! んー、何さエミヤくん、テキーラ・サンライズじゃないのかって? アッハハハハ! 細かいなエミヤくんは、楽しく飲めりゃ何でもいいんだよ!

 

 あ……生アルモチャンどうやって締めよう。えーと……。

 

 

 

 ばいバイク!

 

 

 

 

 

 






 この世界線では真祖アルモーディアの尽力により、カルデアの食糧事情がほとんど解決しました。

 後、仮にアルモーディアは人間と子を儲けられる世界なら、ここまで愛を拗らせていません。






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穿て!ゲイ・ボルク・オルタナティブ! ~千年城にて姫は籠る~ その6

 これにてイベントの本編はほぼ終了したので、後はオルガマリーちゃんの宝具Lv上げと、再臨素材回収となります。


 

 

 

 スカサハとアルモーディアは最初と同じように互いに持つ二本の魔槍を打ち合わせたが、今度は全く異なる展開になる。

 

「――!?」

 

 身体強化と魔槍の強化をしている筈のスカサハの両手から、双槍がほぼ同時に弾き飛ばされたのだ。

 

 技量負け――というわけではない。技量ではスカサハが数段上であり、アルモーディアが同じ双槍になったからといって技量面では覆せる筈もない。だが、現実はスカサハは手元から魔槍を失い、一時撤退を余儀なくされていた。

 

 距離を取った状態で、他の魔槍を手元に出現させながらスカサハは驚いた様子で、手元とアルモーディアを交互に見つめる。

 

「あんまりこういうことしたくは無いんだけどな。今日は出し惜しみ無しだ」

 

 アルモーディアは静かに佇み、小さな溜め息を吐くと更に口を開く。

 

「私はまず師の模倣を徹底的に覚えてから、それを多少発展させる。で、それをしていると色々と思うところが出て来るんだ」

 

 アルモーディアはスカサハと全く同じような型で双槍を回す。それを見たスカサハは瞬時に気づいた。

 

「まさか、私の槍術を……改善したのか!?」

 

「そ……案外武術っていうのは、どんなに極みに達しようと――いや、極みに達したからこそ、本人には絶対に気づけないような癖や無駄や弱点があるもんだ。究極の型なんて私に言わせれば存在しないからな」

 

 それは長い時を極限まで他者から学び、模倣することに努めた者だからこそ、可能なある意味の極地であった。

 

「それらを徹底的に省き、改善した上で、本人のそれらを徹底的に突きながら殺り合ったらどうなると思う?」

 

「クク――ふははは! 負けるのか! この私がよりにもよって私の槍で!」

 

 つまり、有り体に言ってしまえば、アルモーディアはスカサハにガンメタを張っているのである。到底、師事した師に対してしか使えないような、ある意味で外道としか言い様のない戦法であろう。

 

 だが、そもそも師が極めた武術は、あらゆる敵を殺すことに最適化されたモノといっても過言ではない。つまりは改善というよりも、師にしか使えない改悪に等しい。

 

 その上、それは同時にスカサハのように不死者が相手でない限り、人間の寿命を優に超える習得期間から、全くの無意味とも言える。

 

 それこそ、遠い未来に再会出来るとでも確信していなければ。

 

「面白い! では私が胸を借りる番だな!」

 

 スカサハはもう一度アルモーディアに攻撃を仕掛けて打ち合うが、結果は同じ。最終的にアルモーディアがスカサハの双槍を打ち払い、止めの突きを行うが、それはスカサハが後方に飛び退くことで避けられる。

 

 更にスカサハは攻撃を続行し、無駄とも言える行為を愚直なまでに何度も繰り返した。その反面、アルモーディアは技量の差からスカサハを掠める程度しかダメージを与えられていないため、スカサハに手傷を与えるには至らない。

 

「……ん?」

 

 そして、暫く打ち合いが続いた後、アルモーディアは違和感を覚えたようにポツリと呟く。

 

「……まさか」

 

 そして、何かに気づいたのか、アルモーディアの表情から余裕が消え、スカサハへの攻撃が目に見えて増える。しかし、守手に回りつつもアルモーディアと打ち合いを続けるスカサハへの有効な攻撃にはならない。

 

 そして、幾度も双槍を崩されながらも遂にスカサハの槍がアルモーディアの頬を掠める。頬から流れる血を少し眺めてからアルモーディアは溜め息を吐いた。

 

「戦いの最中に私の槍術を覚えるとか、どこの熱血漫画の主人公だよお前!?」

 

「くははは! 楽しいなアルモ!」

 

「これだから天才は……! 私が何十年掛かったと思ってるんだ!?」

 

 スカサハはアルモーディアが振るう槍術を更に取り込み、己の槍術を更なる高みへと昇華していたのだ。それも敵と打ち合う最中にである。こればかりは才能以外の言葉で片付けようのないことであろう。

 

 互いの双槍はアルモーディアの優勢から拮抗へと傾き、それもやがて時間経過と共にスカサハの優勢へと徐々に傾く。

 

 そして、遂にその時はやって来た。

 

「ぐがぁ……!?」

 

 アルモーディアの双槍がスカサハによって、大きく逸らされた直後、アルモーディアの胸に貫き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)が叩き込まれたのだ。

 

 魔槍は三度、アルモーディアの心臓を貫通し、その命を削り取った。

 

「…………なーんてな」

 

 その直後、アルモーディアはほくそ笑みを浮かべる。

 

 

 

「"偽り写し記す万象(ヴェルグ・アヴェスター)"」

 

 

 

 それは激しい閃光となってスカサハを襲う。

 

「ぐぅッ……!?」

 

 スカサハはアルモーディアから飛び退いて十分に距離を取った直後に、膝を折ってしゃがみ込むと、アルモーディアの胸に空いた穴の位置と全く同じ場所を手で押さえた。

 

 そして、呼吸を荒げ、額に汗を浮かべながら、直立不動でスカサハを眺めているアルモーディアに言葉を吐く。

 

「アヴェスタの逆写し……自身が受けた傷をそのまま相手に返す原初の呪いか……!?」

 

「その通りだ。ゾロアスター教の経典、アヴェスタの偽書。報復という原初の呪い。人間の人間による人間のための教典にも関わらず、人間には使いこなせないという困ったちゃんだな。だが、真祖が使うとこうなる」

 

 アルモーディアは胸に刺さる魔槍を引き抜き、適当に放った。

 

 抜くときに傷の状態を共有しているスカサハから小さな悲鳴が上がったが、それをアルモーディアは気にした様子はなく、逆に少しひきつった表情で溜め息を吐く。

 

「まあ、そうなんだけどさ……当然のようにルーンで軽減して生き残らないでいただけます?」

 

「流石に今のは貴様が笑わねば危うかったぞ……!」

 

「私のせいかー……」

 

 胸を抑えていたスカサハは、アルモーディアの胸の穴が再生によって完全に塞がったところで、元の体調へと戻る。それと共に立ち上がって魔槍を構えた。

 

 偽り写し記す万象(ヴェルグ・アヴェスター)は自身に付けられた体の傷を相手に共有させる宝具であり、彼女の傷がなくなれば効果は消える。すなわち、アルモーディアの反撃は失敗したと見ていいだろう。

 

「まあ、コレクターとしては、ギルくんなんかと比べると烏滸がましいけどさ。こんだけ生きてるんだから、伝説の時代から存在している宝具(ノウブル・ファンタズム)を私がなんとなく収集していても別に不思議じゃないだろう?」

 

 そう言いながらアルモーディアは、どこからともなく黒々とした暗い魔力を放つ古めかしい写本を手元に出す。そして、写本を弄ぶようにくるくると回した後、写本は彼女の体へと、溶けるように透けて姿を消した。

 

「どっかのカルデア(最新)仕様の最弱のサーヴァントと同じく、私は何度でも同じ対象にヴェルアヴェれるからよろしくね」

 

 アルモーディアは床に散らばる自身の魔槍と、手に持っていた双槍の片方を消し、利き手の魔槍だけを残した。

 

 アルモーディアが城の壁へと手をかざすと、次の瞬間には抉り取られたかのようにポッカリと巨大な穴が開き、深く黒い夜空に大きな満月が浮く景色が映し出された。

 

 そして、アルモーディアの服装が冬木で着ていたものと同じ白いドレスへと変わる。

 

「人間と違って、私にとっての本気は手段を選ばなくなること。もう、城内で殺れない程度には手段を選ばない。だから、続きはお外でやろうか?」

 

 そう言うとアルモーディアは壁の大穴から外へと飛び出し、それを追ってスカサハが出て行ったことで、立香らも後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼。近くにいると死ぬよ?」

 

 月夜の草原に降り立ったアルモーディアは周囲にいる幻想種らにそう呼び掛けた。

 

 アルモーディアを直接見た幻想種らは皆一様に驚きつつ彼女を少し眺めてから、ほとんどは肉食獣を前にした草食獣のように彼女から一目散に逃げていく。

 

 そして、そうではない一部の幻想種は、この特異点の主たるアルモーディアへと襲い掛かった。

 

「邪魔」

 

 アルモーディアが爪と共に空想具現化を振るう。すると襲い掛かった幻想種の一体がいた空間そのものが、隙間なく切り裂かれたかのように破壊される。

 

 結果的に攻撃範囲からはみ出していた体の一部分だけが地面に転がり、訳もわからずに死んだことだろう。他の襲い掛かった幻想種たちは、虫でも叩くような呆気ない末路を目にし、あまりにも隔絶した実力差を理解したのか、攻撃を止めると共に、最初に避難した幻想種と同じように逃げていった。

 

 アルモーディアはそれらは追わず、地上から10m程の場所で浮遊しながら己から少し距離を取って対峙するスカサハらをただ眺めていた。

 

『げ、幻想種をイチコロじゃないか……もう、あれマップ兵器か何かだよ!? 人間が挑んでいいものじゃないって絶対!』

 

 一部始終を通信機越しに目の当たりにしたDr.ロマンは、人間として当たり前の感想を溢す。アルモーディアは紛れもない真祖の吸血鬼。そもそもの規格が違うのだ。

 

 故に今まではスカサハに、引いては人間に合わせて戦っていたに過ぎない。

 

「魔王相手以外に、ここまでお前が力を示すのは初めて見るな」

 

「アルモさんはケルト脳じゃないから、必要なときに必要な分しか、力を使わないのさ。それに駆け引きが効かない程、相手に過剰な攻撃を仕掛けるのは暴力と何も変わらん。人間の土俵で戦うのは私なりの敬意だよ」

 

 そう言うとアルモーディアは、恭しく礼をしながら言葉を吐く。

 

「さあ、これよりは正真正銘、真祖アルモーディアだ。化け物らしく行こうじゃないか。ふふーん♪ 師匠以外はもっと離れた方がいいよ」

 

 そして、鼻唄交じりにこれまでとは明らかに違う空想具現化をゲイ・ボルクに纏わせると、そこにいるものたちに警告する。

 

 そして、それを察したスカサハが立香らから、跳んで数十m程距離を取ったところで、そこに目掛けて魔槍が振り下ろされた。

 

 次の瞬間、爆弾でも起爆したかのような轟音と共に、スカサハの背後の地面が氷砕船が一直線に通り過ぎたかのように激しく抉れる。横幅10m強、縦幅1000mを越え、それだけで対城宝具に匹敵するような一撃である。

 

 しかし、それは対城宝具ではない。

 

「まだまだ、こんなものじゃない」

 

 幾度となく、同じ規模の攻撃がスカサハへと向けて振り下ろされ、横薙ぎぎで繰り出され、突きが見舞われる。アルモーディアにとって、これらは全てジャブでしかないのだろう。

 

「~♪」

 

 そして、スカサハのように槍を回転させながら、ゆっくりと回り始めれば、アイスクリームディッシャーでアイスクリームを丸く取るように、アルモーディアを中心に半径1000m以上の地面が抉り取られる。

 

 半分程で回転を止めたため、ポッカリと空いた4分の1の円の空間がふたつ広がっており、スカサハはそこに追いやられていた。

 

 このままでは埒が明かない上、地面そのものが無くなり、アルモーディアへの攻撃がほぼ不可能になると見たスカサハは、赤い稲妻のように駆けながら、アルモーディアへと接近する。

 

 そして、間近まで迫りスカサハが魔槍を放とうとした瞬間――アルモーディアは自らの魔槍を天高く放り投げると、スカサハの双槍の切っ先を自ら掴み、腹部へと突き刺した。片方は心臓程ではないが、人間ならばかなり重要な臓器が集中している場所。もう片方は損失すれば激痛を受ける場所である。

 

「しま――」

 

偽り写し記す万象(ヴェルグ・アヴェスター)

 

 その真意に気づいたスカサハだったが、既に遅く、アルモーディアの報復が発動し、原初の呪いがスカサハを襲う。

 

 更にアルモーディアは、報復によって怯みながらも魔槍を抜いて下がるスカサハを見据え、目を細めながら唇を震わせた。

 

「ぶっ飛べ」

 

 次の瞬間、アルモーディアの空想具現化による光が収縮し、一気に外側へ向けて放出され、激しく爆散すると同時に周囲を覆い尽くす。それはスカサハが退くよりも遥かに早く発生し、光が呑み込んだ。

 

 そして、爆発が晴れたところで空に投げられた魔槍が戻り、アルモーディアはそれを掴み取ると、肩を竦めながら口を開く。

 

「ふーん……今のを避けるか」

 

「――クク、流石は最古の真祖だな……私もまだまだ人間だったということだ……」

 

「純粋な体捌きとバトルセンスだけで、アレで死なない奴が人間なわけないだろ……」

 

 そこにはアルモーディアの空想具現化の爆破範囲の中で、ダメージの密度が薄かった場所に留まり、肩で息をしているスカサハの姿があった。それ相応にダメージは受けたようで、頭部から多少の血を流し、腹部を押さえていた。

 

「ぐ……」

 

「だが、これで終わりだ」

 

 アルモーディアが宙に爪を立てた手をかざし、子供が空を掴むようにスカサハを握ると、スカサハの周囲のみ重力が十数倍に働き、手に握られたかのように体を拘束される。

 

「潰れろ」

 

 そして、その言葉と共にアルモーディアはかざした手の中のモノを握り潰すように掌を閉じた。

 

 

 

 

 

「緊急回避!」

 

 

 

 

 だが、割り込むように挟まれたその言葉によって、アルモーディアの攻撃は風を切り、空間そのものを握り潰すだけに止まる。

 

 そして、その少し離れた位置にスカサハの姿があり、その隣には避難していた筈の藤丸立香とその仲間の姿があった。

 

 アルモーディアが目を丸くする中、立香は更に応急手当を使用してスカサハを回復させる。それから立香はアルモーディアに向き合うと笑顔で言葉を吐く。

 

「水を差してごめんねアルモさん。けれど、私はスカサハさんのマスターだから、一緒に戦わないといけないと思うんだ」

 

「……ああ、なるほど」

 

 それはサーヴァントを持つマスターなら至極真っ当なことであり、どこにも疑問を挟む余地のないことであった。

 

 そして、アルモーディアは立香の笑顔を見つつ、魅入られたかのように思考を巡らす。彼女はこれだけ危険な相手の前にひとつしかない小さな命で立ち、双方を満足させてあげたいと言わんばかりで自身がどうなるかなど、まるで気に掛けている様子はない。

 

 そして、この恐ろしい怪物に、まだそんな笑顔を向け、まるで人間のように見てくれるのかと。

 

「立香……だからこそ……私は君を」

 

 アルモーディアは嬉しげに呟きながら片手で顔を押さえる。その際に立てた爪が少し顔を傷付けるが、特に気にした様子はない。

 

 アルモーディアが意識を戻した頃には、立香がスカサハへと瞬間強化を掛け終わっていた。

 

「正真正銘……これで最後だ。アルモーディア……!」

 

「全く、仕方がないな……」

 

 スカサハが両手で一本のゲイ・ボルクを構え、ある限りの魔力を注ぎ込むのを見て、アルモーディアも自身の持つゲイ・ボルクにあらん限りの空想具現化を纏わせ、肉体が引き千切れる程に魔槍を引き絞る。

 

「令呪を以て命じる……重ねて命じる……最後も重ねて命じる……"頑張って"スカサハさん!」

 

「ああ……マスターにまで背中を押されては仕方ないな!」

 

 かつてこれほどまでに曖昧な令呪三画の使い方があっただろうかと考えるほど漠然とした指示だが、スカサハはそれを何よりもの声援と受け取り、魔力のブースターとしてもただ一撃のゲイ・ボルクの威力が数段引き上がる。

 

 そして、アルモーディアにはスカサハの霊基が不自然に引き上がるのを感じていた。アルモーディア以外には気づかないが、彼女もまた死力を尽くしていた。

 

 そして、互いの魔槍は全く同時に放たれる。

 

 

 

貫き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)!」

 

抉り穿つ鏖殺の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)!」

 

 

 

 投擲された互いの魔槍は赤い稲妻となり、交わることなく真横を通り過ぎ、それぞれの対象へと殺到した。

 

 アルモーディアは片手でスカサハの魔槍を包み込むようにかざすと、数m手前でピタリと停止する。しかし、あくまでもあらゆる現象・事象・因果律を無視し、無理矢理止めているようで、魔槍はガタガタと震え続けながら毎秒数mmずつでも進み続ける。

 

「マシュ! 止めて!」

 

「宝具、展開します……!」

 

 当然ながら魔王さえ超えた純粋な真祖の中で最大の能力を誇る、アルモーディアの空想具現化から放たれたゲイ・ボルクによる一撃は、当たれば数kmを丸々吹き飛ばすようなレベルまで達している。

 

 そのため、立香はマシュへ、仮想宝具疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)を展開させた。

 

「ぐぅぅぅ!?」

 

 しかし、その想像絶する威力は、冬木で騎士王が放った約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)を遥かに超え、凄まじい衝撃で展開されたロード・カルデアスを押し込み、中央に突き立つゲイ・ボルクを中心にひび割れが広がる。

 

「よくやった! 盾を引け!」

 

 その間にスカサハはアルモーディアのゲイ・ボルクに多数のルーンを刻み込み何かを行った上で、マシュを引かせた。

 

死溢るる魔境への門(ゲート・オブ・スカイ)!」

 

 展開された城門にアルモーディアのゲイ・ボルクが飛び込み、事なきを得る。どうやら、アルモーディアはスカサハのゲイ・ボルクを抑え込むことに空想具現化を回しており、こちらまでは能力を回せないようだ。

 

「まだ、6本あるぞ?」

 

 するとアルモーディアはもう一本魔槍を取り出す。あれを6度も止める力はこちらに残されてはいないだろう。

 

「オルガマリーさん!」

 

「ええ……やってみるわ! 擬似魔術回路構築――」

 

 するとオルガマリーはアルモーディアと同じように空想具現化を使ってみせる。空想具現化で魔術回路を模したモノを体内に作りながら、思い出すのは自身が人間の頃に使っていた単純な攻撃魔術。

 

「ガンド!」

 

 それは北欧に伝わる一工程の魔術であり、相手を指差す事で体調を悪くして病気にし、最上位のモノは物理的な破壊を伴うという一種の呪術であったが、それはフィンの一撃などという言葉が生温いものである。

 

 ガンドのような性質を含み、ロードが発生機序を一から組み立て、理論立てして空想具現化で再現された全力のそれは、最早呪いを含む極大の光線以外の何物でもなかった。

 

「ワーオ、流石は私とぐっちゃんの愛の結晶。ヤバい性能だ」

 

 そう言いながらアルモーディアは魔槍を離すと、止められているスカサハの魔槍と同じように止める。

 

 アルモーディアとオルガマリーでは、空想具現化の能力に3倍以上の開きがあるため、この結果も当然と言えるが、オルガマリーが放ち続ける限りは、アルモーディアの両手を抑え込んでいた。

 

「ふふふ……ハハハハ! 懐かしいなぁ! 魔王を相手にしていた頃は、いつもこうやって守手に回ってさァ! アッハハハハ!」

 

 アルモーディアは攻撃を止め、空想具現化を全て守手に回す。元々、彼女の本領は攻撃ではない。魔王に対する耐久と、死なずの防御にその半生のほとんどを費やしてきた彼女は、守りの空想具現化の方が遥かに得意であった。

 

 単純にそれをする相手が、いつしか消えてしまっただけなのだ。

 

 そうして、アルモーディアが持久戦に入ろうとした直後――。

 

 

 

「空よ! 雲よ! 憐みの涙で命を呪え!」

 

「――――!?」

 

 

 

 解放された禍々しい魔力によって空が深紅に染まり、そこから鉄の雨のような呪詛の嵐がアルモーディアを襲ったことで、手元を狂わされ、行動が止まり、全身を激しく撃ち抜かれる。

 

「長いのよ! さっさと倒れなさい! ほんっと、大人げないんだから! いい加減納得しなさい!」

 

「――――――ああ、その通りだな……」

 

 アルモーディアは最初はスカサハを納得させるつもりだったにも関わらず、いつしか自身が納得するまで戦っていたことに気付き、目的がすり替わっていたことに気付かされる。

 

(武人でも何でもない、虞に諭されるとは……私もまだまだか……)

 

 そう思いつつアルモーディアは自嘲気味に笑い、両手で受け止めている攻撃を見つめ、それらを甘んじて受けようと空想具現化を解こうとし――。

 

 

 

「アルモよ。まだだ」

 

 

 

 何故か大量に耐爆性能を高めるルーンを立香らと自身の周囲に張り、マシュに再びロード・カルデアスを張らせているスカサハに呼び止められ、そちらを眺める。

 

 するとスカサハは笑顔かつ無言でアルモーディアの後方を指差す。釣られて真後ろを見てみれば、そこには開門されたゲート・オブ・スカイが佇んでおり、その中央にはアルモーディアがついさっき投げたばかりのゲイ・ボルクの切っ先が生えていた。

 

 幾重もの因果レベルで行動を縛るルーンと、門の位置、発射角度。その全てはたったひとつの回答を示しており、アルモーディアは能面のように感情を失った顔になる。

 

 そして、スカサハに向き直り、溜め息を吐いた上で口を開く。

 

 

 

「そういうとこだぞ!」

 

 

 

 その直後、アルモーディアの背に城門から射出された自身のゲイ・ボルクが突き刺さり、衝撃によって激しく怯んだことで、空想具現化の防御を失う。それによって、再び起動したスカサハのゲイ・ボルクが胸に穿たれる。

 

 そして、オルガマリーが放ったガンドに似た光線が直撃し、数百m以上、上空へと吹き飛ばされ、最後に自身のゲイ・ボルクに込められた自らの力が爆散した。

 

 後に残るのは、空と地を塗り潰す程の赤黒い破壊の光ばかりであった。

 

 耐爆のルーンと、ロード・カルデアスで爆破をやり過ごしたスカサハは、晴れやかな顔付きでポツリと呟く。

 

 

 

「なに、どうせアルモは何をしても死なん」

 

 

 

 結果的にスカサハに荷担した立香だったが、その事に少しだけ後悔をしたときは既に後の祭りであった。

 

 また、その一部始終を見た虞美人は後に"やっぱり人間ってクソよ……"と語ったという。

 

 

 

 

 







~アルモーディア(ランサー) 絆4(第三スキル)~

アルモちゃんスーパーモード!:RankA+++
 最古の真祖アルモーディアが自身に対して全力で付与する空想具現化による身体強化と、星からのバックアップの複合スキル。アルモーディアの元来の気質のためか、非常に防御寄り。空想具現化を自身以外に使用出来なくなる代わりに身体能力を数段引き上げ、使用中何故か光る。アホみたいな名前と様子からは想像もつかないほど、凄まじい能力であり、これの発動中は人間には対処のしようがない程。ちなみにスキルランクは真祖で比べた場合の彼女の空想具現化能力の高さに準じ、平均はA~A+程度であり、A+++ともなれば通常時で魔王にさえも凌駕する。
 また、アルモーディアと同じく空想具現化を用いる魔王に対して使用する場合は、空想具現化を投げ捨てる自殺行為に等しいため、使用する相手を選ぶ上、そもそも空想具現化は自身以外に使った方が遥かに使い勝手がよく、より強力なため、半ばネタのようなものである。
 ちなみに他への攻撃に転化した場合、耐性スキル全てがそのまま反転し、元来周囲の自然へ使うスキルのため上昇値が上がり、自身の攻撃が全体攻撃と化すのだが、面による攻撃のため、あまりに攻撃が単調になり、武術家として、相手への敬意も何もなくなるため、よほど憎らしい相手以外には基本的に使いたがらない。


・自身の攻撃力をアップ(5T 30%)+防御力をアップ(5T 30%)+Artsカード耐性をアップ(5T 30%)+Busterカード耐性をアップ(5T 30%)+Quickカード耐性をアップ(5T 30%)+宝具耐性をアップ(5T 30%)+毎ターン終了時NP獲得状態を付与(5T 5~10%)+毎ターン終了時スター獲得状態を付与(5T 5~15)+毎ターン終了時HP回復状態を付与(5T 5000~10000) CT7~5


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人妻アルモちゃん


 イベント中ですが、アルモさんがダウンして、ちょうどよかったのでこの話を挟みました。この小説は30%ぐらいこの展開を書きたくて書いた小説だったりいたします。





 

 

 

『おや……小さな魔術師のお客さんだね?』

 

 それは全くの偶然だった。たまたま気分転換に散歩をし、気紛れにいつもとは違う散歩道を歩きたくなり、なんとなくいつもよりも長く歩いていたかったことが重ならなければ、起こることは無かっただろう。

 

 雪が降る昼下がり、凍りついた湖畔の端の一角。高い木々に三方を囲まれ、林に入ってみなければ中の景色を確認出来ない場所で、座れるほどの高さの滑らかな岩に、腰掛けながらそれはそこにいた。

 

 ボリュームがあり、ふうわりとした膝以上に長い黄金のような金髪。

 

 深紅に染まり、一目で人間のそれではないとわかり、宝石すら霞む妖しい光を宿した瞳。

 

 女性にしては高めの背で、凹凸がハッキリとしながら、全く無駄のない理想の女神像のような体。

 

 そして、血色のよい白い肌を包むように纏われた、雪よりも白いドレスは雪景色の中で、ダイアモンドのように鈍く輝いて見えた。

 

 それはまさしく生きた至高の芸術であり、女神と呼ぶことさえも烏滸がましいと感じるほどに完成されている。

 

『おいで、お姉さんは本物の怪物だけど怖くないよ』

 

 その言葉に少女はハッとしながらも、気づけば光に引き寄せられる虫のように女性の前に立っていた。

 

 女性は笑顔で少女の頭を撫でる。それだけで少女は天にも昇るような思いになった。

 

 少女は美しい怪物――アルモーディアに恋をしたのである。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

『おろ、また来たんだ?』

 

 それから少女は時間を見つけては足繁くアルモーディアの元へと通った。

 

 アルモーディアは何故かいつもそこにおり、まるで何かを待っているようだったが、そんなことは構わず、少女は彼女と他愛もない会話をする。

 

 少しでもアルモーディアの話を聞きたい、少しでも彼女と一緒にいたい。まだ魔術師としては幼いながらも、恋を自覚した少女は己の可愛らしい欲望のままに行動していた。

 

 そして、魔術師らしく狂った価値観を植え付けられつつある少女だが、愛という価値観だけはアルモーディアの過去の体験談や、愛抜きには語れない人間と人間との物語を聞き、少しだけ凡そ人間らしい価値観を持つ。

 

『さて……今日はこの辺りにしようか』

 

 そして、ある程度の時を共に過ごすと、決まってアルモーディアは彼女からお開きにした。少女のことを思ってか、自身のためかはわからないが、少女が彼女に会うのは密会に近いため、少女も仕方なく名残惜しげに引き下がる。

 

 そして、帰って行く少女の背に手を振った後、アルモーディアはポツリと呟いた。

 

『待たせて悪かったね。今日も遊んであげるよ』

 

 次の瞬間、どこにいたのか彼女と対峙するようにひとりの男性が現れた。

 

 その手には黒鍵を挟んでおり、一目で聖堂教会の代行者であり、その上、人間としても生きた英霊のような実力者であることが見て取れる。

 

 次の瞬間、男はアルモーディアへと黒鍵を投擲し、彼女はこともなげに、その全てを素手で粉砕した。

 

 

 

 

  

◇◇◇

 

 

 

 

 

『おや? これはタイミングが悪かったね』

 

 アルモーディアとの奇遇から1ヶ月ほど経ったある日。

 

 いつものようにアルモーディアの元に少女が向かうと、そこにはひとりの男性の人間が倒れ伏していた。それは壮年の老人であり、胸にポッカリと空いた穴が2度と立ち上がることはないと示している。

 

 少女は黒魔術を教え込まれて育った魔術師であり、日頃から獣や人間の腹を割き、臓物に接吻を行うような魔術であるため、それ自体に特に思うことは無かったが、辺りに散らばる折れた黒鍵と、男が身に纏うカソックに目が向き、所属を理解すると共に嫌悪の眼差しを向けた。

 

 その様子に"魔術師らしいなぁ……"と呟きながら、アルモーディアは口を開く。

 

『彼は埋葬機関の人間だ。少し昔から私を何度も殺しにくる奴だったよ』

 

 アルモーディアは殺した人間のことを語る。

 

 その男は数十年間で幾度となく、アルモーディアに襲い掛かってきた、聖堂教会の必要悪である埋葬機関の代行者であった。

 

 アルモーディアとしては、暇潰しにもってこいの相手であり、毎回遊び感覚で戦って追い返していたらしい。

 

 そして、少し前に孫娘へと地位を譲ってからは、めっきり見掛けなくなったが、ここ最近になって突然、毎日のように襲撃に来るようになったため、一時的に居住地から場所を移し、この景色のいい奥地に暫く滞在していたそうだ。

 

 そして、たった今、もう滞在する理由がなくなったところであろう。

 

 その話を聞いて少女は憤慨し、魔術の材料にしてしまおうと死体に近づく。しかし、アルモーディアはそれを手で制した。

 

『その体を黒魔術に使うのは止めた方がいいよ』

 

 少女はアルモーディアに情が湧いているのかと聞いたが、彼女は肩を竦めつつ、死体の方に目を向けた。

 

『末期癌だ。病巣の臓腑はあまり役には立たないだろ? その上、残り少ない寿命を更に削って無理矢理、体を動かしていたから全身は余すとこなくボロボロさ。それ使うぐらいならその辺のカラスでも捕まえた方がマシさね』

 

 その言葉の通り、老人の体は無惨な程に壊れ尽くしていた。そのまま戦っていたのだから、埋葬機関というものは人間の化け物揃いな上、彼はその中でも最上位だったのだろう。

 

 尤も所詮、真性の怪物には届かなかったようであるが。

 

『全く……馬鹿だよねぇ。概念武装も外典も持たずに来やがってさ……。なんてったって生涯の最期の幕を、こんな不良真祖に下ろさせるんだか……』

 

 そう言いながらアルモーディアは老人の頭の前で屈み、その顔を覗き込む。

 

 その表情はとても穏やかであり、まるで眠るように息を引き取ったように見えた。到底、生涯追い続け、遂に届かなかった怨敵へと向ける死に顔からは程遠い。

 

『ばいばい、名も無きナルバレック』

 

 その者にも名はあろう。寧ろ、呼んだ名こそが名前の筈だが、何故かアルモーディアはそう呟くと、そっと頬に触れる。

 

 次の瞬間、老人の骸は空想具現化により発生した熱のない柔らかな炎に包まれ、焼けるのではなく、ほどけるように、雪の降る空へと消えて行った。

 

 それを少しだけ寂しそうに見つめるアルモーディアの横顔を見て、少女の胸を渦巻くのは、哀悼でも憐憫でもなく、彼女にそんな表情をさせた老人への激しい嫉妬であった。

 

 "私があの人にあれ以上に慈しむ顔をさせたい"と、少女の胸にあったのは純粋で身勝手な独占欲である。そして、同時に才ある魔術師として頭のよい少女は、それが己では叶えようもないことだということも理解していた。

 

 あの老人は自分よりも、もっとずっと純粋に強く、また遥かに高い地位を持ち、その全てを超えた先で最期に選んだ理想の結末が、きっとこれだったのだから。

 

『なんだい?』

 

 アルモーディアがここから居なくなるのは明白だろう。だから少女は真祖の吸血鬼である彼女に、あの老人には絶対に出来なかった頼みをした。

 

 "私をあなたの死徒にして欲しい"と。

 

『それはできない』

 

 そして、その返答はこれまで、一度もなかったアルモーディアによる明確な否定だった。

 

 少女は行き場のない喪失感から、血が吹き出るほど頭を掻きむしりたい衝動に駆られて手を伸ばしたが、その前にアルモーディアが少女の手を掴んで止め、彼女の瞳を見たことで落ち着きを取り戻す。

 

『人間は人間の社会で生きるモノなのだから、身の丈にあった生を謳歌すべきだよ。この世界に死徒の社会はないのだからね。完全な不死者(真祖)半端な不死者(死徒)もただの爪弾き者さ』

 

 そう言うアルモーディアはこれまでと同じように朗らかな笑顔だったが、目だけは一切、笑っておらず、濁った血液のようであり、底冷えするような恐怖を宿していたのだ。

 

『まあ、それを差し引いても苦痛だよ。過度な長生きなんてさ。自分はそのままなのに他の全てが、老いて壊れて死んでゆく――いや、そうは言ったが、それは嘘だな。私はもう、そんな感覚はほとんど無いんだ』

 

 子供にしてはいけないことを言い聞かせるように、はたまた教訓を語るかのように、アルモーディアは明るい声で、手振りを交えなから説明する。

 

『うん、私みたいに長生きし過ぎるとね。周りの者が死ぬことすらも、ただの摂理としてしか捉えられなくなるんだ。君と話して楽しいのは本当、会えて嬉しいと思うのも本当だ。けれど、今この場で死のうと、10年後、100年後に死のうとも、私はきっと同じ感想を抱く。"ああ、残念だったなぁ"ってさ。ただ、それだけなんだ』

 

 そう言ってパチンと手を軽く叩く。それからはこれまでと同じようにアルモーディアの目も笑ったものへと戻った。

 

 それを聞いて少女は矛盾を感じた。先程、老人へと向けた表情は決してそれだけではなく思える。だとするのなら、きっとアルモーディアは今際の別れに、己がどんな顔をしているのか、あれだけ長い生涯を送りながら知らないのだろう。

 

 誰でもない自分の顔を自分で知ることはできないのだから。

 

『まあ、"私以外の不死者に望まれたり"、"私が信念を捻じ曲げるほどの者"ならば話は別だけど……今のところ君にはそこまでの魅力はない』

 

 アルモーディアはバッサリとそう言い切る。

 

 同時に少女は絶望した。結局、少女がどれほど彼女を想おうと石壁を叩くようにアルモーディアは動じないのだ。彼女の隣は、人間という己の身では余りに遠かった。

 

 そんな中、少女は考える。せめてどんな形でも他にアルモーディアと長く居れる方法を。

 

 そして、考えた末に少女は、ダメで元々で側面を変えたアプローチを仕掛けた。

 

『使い魔ぁ?』

 

 ただ、死徒になりたいのではなく。アルモーディアの使い魔として置いて欲しいと願ったのだ。魔術師として才能はある自身ならば、きっとそれなりに使えるだろうという旨も添えて。

 

『ふーむ……この先1000年ぐらいは使える使い魔か……それは考えたことなかったなぁ』

 

 意外にもアルモーディアの反応は好感触であった。さっきのように目の色が変わった様子もない。

 

『実はアルモさんにはちょっとした夢がありましてね。実は可愛いかったり、綺麗だったりする女の子の使い魔が常々欲しいんですよ』

 

 アルモーディアは"黒レンみたいに!"、"白レンみたいに!"と続けて言う。女性にその内容は理解できないが、少なくとも非常に前向きに検討されているということは理解できた。

 

 そして、アルモーディアは"まあ、レンは別にアルクェイドの使い魔なわけじゃないが、それはそれ、これはこれ"と、ひとりで呟いてから、更に言葉を続ける。

 

『ただこの世界で死徒は本当に肩身が狭いよ? 月姫と比べて、fateの流れを組んだFGO(こっち)だと、およその計算で、魂のキャパシティが数十倍は優れてないと、まず死徒になれない上、なっても人間に少し色がついたレベルのクセに、デメリットは据え置きだからね。それで得られるのが、魂を腐らせながらの高々1000年か、2000年程度の延命だ。親との関係もマルチ商法染みてるし、ぶっちゃけ割と本気で死んだ方がマシなんじゃないかと思うよ?』

 

 まるで諭すようにアルモーディアは言いながらも少女の回りを歩きつつ見て回る。その様子は少しだけ嬉しげであり、使い魔という言葉にかなり惹かれているように見える。

 

『ふむふむ……見た目は私好みだし、そこまでの意思があるのなら友好の証にこれを渡しておこう。これもまた戯れさ』

 

 そう言ってアルモーディアはどこからともなく、赤い液体の入った一本のアンプルを取り出す。そして、それを少女へと手渡した。

 

『23歳か24歳くらいになっても、まだ私の使い魔になりたいなんて酔狂な事を願うのなら……そのアンプルを使うといい。抜き出した私の血を少し改良したもので、才能さえあれば、即座に死徒化出来る優れものさ。ただ、死徒になれるかは天のみぞ知るといったところ。なきゃ、即死したままだから使うときはそれ相応の覚悟で使えよ? まあ、やったモノをどう使っても君の自由だ。永遠に劣化しない精霊種の血液という事で黒魔術の魔術触媒にも最適さ』

 

 それだけ言ってアルモーディアは少女を撫でる。少女はアンプルを握り締めつつも、名残惜しそうに彼女を見つめた。

 

『まあ、そうでなくて、また普通に会いたければ――はい、私の名刺。携帯番号と現住所が載ってるから気軽に、通話もリア凸も歓迎さ』

 

 それを渡すとアルモーディアは少女から離れ、静かに消えて行った。

 

 少女は暫くしてから、いつの間にか雪が降り止んでいたことに気がつき、空を見上げると雲間から覗く晴れやかな青空が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっべ……あの娘のことすっかり忘れてたぁ!?」

 

 ちょっと昔を思い出した夢を見た私は布団を跳ね退けて起き上がる。

 

 うん、お目覚めバッチリ、グッドモーニング。

 

「何やってんのよお前……」

 

 するとまず始めに部屋にいるぐっちゃんと目があった。部屋を見渡せば、一昔前のラブホテルのような内装ではないので、千年城ブリュンスタッドではないことがわかる。

 

 ならばカルデアだろう。まだ若いし、いけるし(師匠)にぶっ飛ばされて気絶したまま運び込まれたようだ。

 

「カルデアの方々は私を拘束したりしなかったみたいだな。いい人たちだ」

 

怪獣VS怪獣(あんなもん)見せられて、お前を拘束しようなんて思うわけないでしょうが……」

 

 埋葬機関辺りから早朝第七聖典(ななこ)とか、リアルにされた経験があるのだが、心配されそうなので口を紡いでおこう。

 

「それで? ぐっちゃんがここにいるのはどうし――」

 

「……うるさいわね! 暇潰しよ、暇潰し!」

 

 それだけ言ってぐっちゃんは足早に部屋から去って行った。

 

 まあ、恐らくは私が寝ている内に人間が採血などをして、私を悪用しないように目を光らせていたのだろう。全く……度しがたいほど、不死者に向いていないレベルのいい娘である。

 

 とりあえず私も知り合いを探すために外へと出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、おはよう。アルモさん!」

 

「おはようございます。アルモーディアさん!」

 

 第一カルデア村人は、オレンジとナスビのカップルだった。世界って狭い。まあ、今カルデアはリアル世界が100人の村だったら状態なんだがな。

 

「おはよう二人とも、ロマニだの、レオナルドだのが、私の話を聞きたがっているかも知れないが、このカルデアに知り合いがいることを今の今まで忘れていたので、ソイツを回収したい」

 

「知り合いですか……?」

 

 マシュちゃんが少しだけ怪訝な顔をする。まあ、私のことを立香ちゃんの言葉だけで信用するのも難しいだろう。その上、こんな話である。それにこの頃のマシュちゃんは微妙にキャラが定まりきっておらず、割と毒を吐く娘だった覚えもあるな。

 

「珍しく機械や情報系にも明るい魔術師だったからな。マリスビリー・アニムスフィアを通じて、カルデアに送り出した知り合いと言えばいいか?」

 

「そ、そうなのですか……?」

 

 まあ、実際は使い魔だったり、それ以上だったりするわけだが、それを言っても間違いなく信じてもらえないので、とりあえずはそれでいい。

 

 実を言うと、マリスビリーと私は面識がある。というか、寧ろ私は何もしていないのだが、向こうからやって来たのだ。

 

 自分で言うのもなんだが、真祖と言えば私なぐらい世界では浸透しているので、ぐっちゃんより先に私のところにマリスビリーが来たのはある意味、当然だろう。

 

 無論、全てを知っている私としては、マリスビリー時代のカルデアがグレー過ぎるため、断ったが、彼も異様なぐらい食い下がってきた。

 

 よほどに受肉した精霊の生体情報が欲しかったのか、それ以外に何かあるのかはわからないが、仕方なく話の流れ的にも妥当だと思って、ぐっちゃんの位置情報や、ぐっちゃんへの殺し文句などをリークしたのである。

 

 つまり、この世界では私のせいで、ぐっちゃんはカルデアに行ったのだ。勿論、この事は墓まで持っていこう。あらやだ、私の墓遠すぎ……?

 

「――――――――という女性だ」

 

「誰?」

 

「え? あの方ですか……?」

 

 何故かマシュちゃんは目に見えて狼狽していた。そこまでアイツは………………うん、何かやらかしたり、何もしなかったりしてないだろうな?

 

 立香ちゃんは勿論、知らない。逆にアイツが知ったら絶対、立香ちゃんに何かすると思うので、今から釘を刺したり、首輪を付けに行くのだ。いや、それで足りるだろうか……? まあ、立香ちゃんならアイツとも仲良くなれるだろう、たぶん。

 

「はい、知っております。カルデアではBチームに所属しています」

 

「Bチームの人なの?」

 

 立香の呟きに心で納得した。

 

 多分、アイツは魔術基盤の関係でカドックくんと同じぐらいか、それより低い魔術師だが、才能としては数段は優秀だと思われる。

 

 しかし、人間性というただの一点が非常に問題があるのである。まあ、黒魔術の魔術使いは皆あんな感じなのかも知れないが、風評被害であって欲しい。

 

「となるとコフィンか。ありがとう二人とも」

 

「アルモーディアさん? 待っ――」

 

 私は圏境で隠れると、コフィンを目指して走り出した。また、ぐっちゃんと同じパターンになるとはあまり考えていなかったな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 圏境を解いて、私の感覚器で探ると、マスター候補らを凍結してあるコフィンの中で、ひとつだけ反応の違うモノを見つけた。なのでそれを抉じ開けて中身を引きずり出す。

 

 それは怜悧な美貌を持つ女性であった。体のあちこちに損傷が見られるが、コフィンの外に出しておけば時期に再生するだろう。死徒だもの。

 

 彼女は長い私の生涯で、死徒にした唯一の人間である。死徒で使い魔になりたいなんて言われたの初めてだっからな。まあ、一人ぐらいならと思ってしまったのだ。

 

 また、彼女は使い魔になると同時に、私を真祖と知っていながら求婚された場合、あまり断らないということを知っていたのか。求婚してきたのである。

 

 されちゃったら仕方がない。1000年から2000年ぐらいなら別にいいだろう。もう現代だしな。この先の時代に私の知る英霊もいない。

 

 ちなみに私は同性でも結婚する。法律やら宗教なんて、真祖には存在しないし、そもそも子供を作れないので私的には、どちらでもそう変わらん。元々、事実婚みたいなものだ。

 

 しかし、結婚は結婚なので、ちゃんと指輪を互いに作ったりしているため、彼女の左手の薬指には指輪が嵌まっていた。私は指ごと落としかねないので、彼女の見ていないところでは付けていないが、目を醒ます前に付けておこう――よし。

 

「………………ぁ……」

 

 それからすぐにフラフラと死体のような彼女は立ち上がると、私を見据える。そして、こちらに手を伸ばしてきたので、手を掴みこちらに抱き寄せた。

 

「君の好きにしていいよ」

 

 そう言うと彼女は私の首筋に噛み付き、肉を食い破りながら血を啜った。私の体はそれ以上の速度で再生し、彼女の体もみるみる再生していく。授乳をした時もこんな感覚だったなぁと、微妙にズレたことを考えていた。

 

「ぷはぁ……」

 

 再生してからも食べていた気がするが、満足したのか彼女は私から口を離す。彼女は眼鏡越しに蕩けたような瞳で私を見ている。

 

 そして、妖艶な笑みを浮かべ、私の首筋から顔に掛けて舌を這わせてから口を開いた。

 

「来るのが遅いわよ。私、寂しかった……」

 

「ごめんごめん」

 

「じゃあ、今日はあなたの心臓と肝臓を食べたいわ」

 

 我が伴侶ながら死徒に順応し過ぎだと思う。最早、私は焼き鳥の部位感覚なのではないだろうか。まあ、存在を若干忘れてたので、それぐらいで済むなら安いものだろう。

 

 なんだかんだ、私としては彼女の性癖なんて可愛いものだ。汚いのは生理的に嫌だが、グロいのは特に問題ない。

 

「アルモさん! やっと見つけ――」

 

「アルモーディアさん勝手なことは――」

 

「ちょっと! 勝手に入っちゃ――」

 

 すると追い付いてきた立香ちゃんとマシュちゃんと、何故か増えたロマニが走って部屋に入り、抱き合う私と彼女を見て停止した様子だった。

 

 まあ、よく考えれなくても、私は首筋を中心に自分のもの。彼女は口の辺りが私の血でべったりである。喰われているシーンを見られなくてよかったと思うべきだろうか。

 

 とりあえず、紹介はしておかないとな。

 

「紹介しよう。彼女は私の使い魔で、私の死徒で、今は私の伴侶でもある――」

 

 一旦、言葉を区切り、彼女をもう少し強く抱き締める。彼女の銀髪が私の鼻に迫り、黒魔術師特有の血腥(ちなまぐさ)い匂いがした。

 

 

 

 

 

「"セレニケ・アイスコル"だ」

 

 

 

 

 

 十数秒間、3人は固まった後。特にマシュちゃんとロマニに叫ぶほど驚かれ、何とも言えない気分になった。

 

 彼女、可愛いくて綺麗だと思うんだけどな、私的には。

 

 

 

 







※セレニケさんはこの小説のサブヒロインです(迫真) 作者は悪くない……作者の大好きなセレニケさんがヒロインの小説が読みたいのに誰も書かないのがいけないのです(責任転嫁)




~うちのペロニケさんの属性~
・アストルフォきゅんペロペロ
・サディスト
・ルーマニアのSさん
・変態女王様
・少年愛者
・拷問好き
・同性愛者 New!!
・マゾヒスト New!!
・人妻 New!!
・死徒 New!!
・アルモちゃんペロペロ New!!



~カルデアに集結した藤丸立香以外のマスター候補~

・アルモーディア
 サーヴァントに指示を出す前に自分が動いているタイプなので、サーヴァントがやることがなくなる。基本的に昔から一匹狼なので、指揮能力などはピカピカの初心者マークな上、本人の性質的に確実に才能はなく、慣れた頃にはとっくに人理が滅んでいるマスター。
解決策:指示の必要性の皆無なサーヴァントと契約する

・虞美人
 恐らくAチームとBチームを含め、一番ポンコツなんじゃないかと間幕で判明し、マシュが初めて敵で出て、シールダーのチャージが4カウントなことも判明したぐっちゃん。サーヴァントを自分で羽交い締めにしてスタンさせるマスター。
解決策:項羽と契約する

・セレニケ・アイスコル
 ペロニケさん。黒陣営のユグドレミニアで、原作だとアストルフォをペロペロすること以外は特に何もしていないマスター。
解決策:ペロペロできないように無機物のサーヴァントと契約する




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アルモちゃんとルーマニアのSさん


 次回からやっと人理修復ほんへとなります。

 後、私事なのですが、4月の頭から8月の前ぐらいまで、人生でも一二を争うレベルでクッソ忙しくなるので、全く更新が出来ないないし、激減する可能性があります。非常に申し訳ありませんが、ご了承ください。




 

 

 話はアルモさんを撃破した頃に少し戻る。

 

 その後、爆心地の中心で仰向けと横になっている状態の中間みたいな姿勢で伸びていたアルモさんを回収してカルデアに帰った。

 

 この特異点と試作オルガマリーちゃんたちはどうするのかと思ったけど、アルモさんの話になると饒舌になる虞美人さんが言うには――。

 

 

『聖杯の欠片? 真祖を生み出す固有結界を再現するのに溶かしてたから、回収は不可能じゃないかしら? 後、沢山造った素体の残りは問題ないと思うわ。だって、アルモーディアはレイシフト適性のない所長だから、あれだけ大量に造ったらしいもの。完成した所長の体以外の素体には、一体だってレイシフト適性を付けてないのよアイツ。ほんっと、頭だけは無駄によくて、ガイアにも忠実なんだから嫌になるわ』

 

 

 ということらしい。アルモさんらしいというか、他のところに気を回して欲しいというか……まあ、この特異点はアルモさんだし放置でいいかなと言う意見がカルデアで一致したので、そのままにしておくことにした。休みに来ている幻想種たちから場所を奪うとどうなるかもわからないしね。

 

 そして、オルガマリーさんがカルデアに帰ると、一番にカルデアの皆から暖かく迎えられ、またオルガマリーさんが泣いてしまうようなこともあった。落ち着いてから、今後はカルデアの所長についてどうするのかという話になると、ひとまずは人理修復まではこれまで通り所長の仕事を続けるが、仮に終わったら自分は死んだものとして扱って欲しいとのことだった。

 

 ただ生きたいと願った末に、人間を止めて、真祖になってしまったオルガマリーさんなりのケジメなのだろう。やっぱり、もうアニムスフィアの名前は捨てるとのことだ。

 

 それからオルガマリーさんのことを所長と呼び直そうと思ったら、本人から名前で呼んで欲しいと言われたり、全てが終わって、もし良ければ私の使い魔にして欲しいと言われた。既に真祖は使い魔でいるし、賑やかになりそうだから、今すぐでも構わないと言ったら、オルガマリーさんはまた泣いて抱き着いてきたりした。

 

 虞美人さんに関しては、カルデアに来た経緯と、アルモさんの友達だということが伝わると、皆そういうものだと納得したようで、それ以上の言及はなかった。元々、芥ヒナコさん自体が、ほとんど他の人と関わろうとするタイプじゃなかった事と、今さら真祖がどうのなんて次元の話ではないので普通に受け入れられていた。

 

 というか、虞美人さんはアルモさんのオモチャにされているような節があるので、若干職員からもサーヴァントからも同情の目が集まっている気もする。

 

 ああ、恋文の方はちゃんとアルモさんから回収して、渡しておいた。守ると思っていなかったのか、約束を守ったことが、とても驚いた様子だったけれど、私としては虞美人さんともっと沢山お話がしたいな。

 

 そして、一番肝心なアルモさんについてなんだけど――。

 

 

 

「死ね! 死ね! お前のようなガキがアルモーディアの隣に立てるだなんて許さないわ……! 許さない許さない許さない――!」

 

 

 

 現在、私はアルモさんの使い魔で、死徒かつ、伴侶だというセレニケ・アイスコルさんに追い掛けられていた。

 

 ものすごい形相で、宵哭きの鉄杭と木製の鞭(ケイン)を持ちながら走ってくる。アルモさんの死徒だけあってとてつもなく速くて、大型動物にでも追い掛けられている気分だ。

 

「どういうことなの……?」

 

「私が聞きたいわよ!?」

 

 私を肩に担いで走って逃げてくれている虞美人さん――ヒナコ先輩には頭が上がらない。まさか、項羽と劉邦で有名な虞姫の本人にこんなことさせるなんて人生わからないものだなぁ……。

 

 私は数分前のことを思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはアルモさんがコフィンからセレニケさんを出して、復活させた直後まで遡る。

 

 セレニケさんの紹介を私たちに終えたアルモさんは、セレニケさんがカルデアにいる経緯を、セレニケさんの出会いの話まで遡って私たちに伝え、この時点では若干居心地は悪そうだったが、セレニケさんは静かにアルモさんに背中から抱き着いているだけだった。

 

「えっ!? 彼女、死徒なのに普通に日光に当たったりしていた気がするんだけど……?」

 

「それはこれ。このアルモさん印の日焼け止めクリームだ」

 

 そう言ってドクターの呟きに答えたアルモさんは、アロエクリームみたいな緑色の缶を取り出した。

 

 そこにはアロエではなく、黒いサングラスを掛けて、昔のナースウェアを着たデフォルメのアルモさんが描いてあり、"アルモSAN!"という駄洒落のような謎の吹き出しがついている。

 

「この日焼け止めクリーム"アルモSAN!"は、空想具現化で生やした幾つかの神代の薬草や、吸血植物を調合したクリームで、小指の爪程の量をどこでもいいから体に塗れば、きっかり24時間の間、全身に掛かる日光をシャットアウトするのさ!」

 

「わぁ! 無駄に洗練された無駄のない無駄なアイテムの匂いがするぞぅ!」

 

「ちなみに人間にも普通に使えるけど、効果中は太陽光から得れるビタミンDが完全に得れなくなるから、食事で摂取するんだぞ?」

 

 あ、缶の裏に使用上の注意でも書いてある。

 

 へー……きのこ、牛乳、ヨーグルト、鮭、牛のレバーなんかがビタミンDが豊富なんだ。

 

「定価は49800(QP)のところ、今ならなんと! 半額以下の19800(QP)でお届け――だけではなく、今から30分以内にご購入いただいたお客様全てに、もうひとつ"アルモSAN!"をお付け致します!」

 

「わぁ……どう聞いても見てもお昼の通販番組――ん? 神代の薬草に吸血植物……? 安っ!? なにそれ安っ!?」

 

「す、スゴいです……安過ぎます……!」

 

 私はドクターとマシュを何とも言えない気分で眺めていた。

 

 どうせ、元手は0円なんだからアルモさん的には買われればいいんだろうなぁ。多分、あのパッケージも空想具現化で自然に不自然に作ったものだろうし。

 

 ちなみにアルモさんの今の収入源は、主に神代の植物の魔術師・聖職者向けネット通販販売だったりする。

 

 サイトは"人の手を最小限に留めた神代から続く大自然で育った神秘な植物たち"との謳い文句だけど、注文を受けてから都会の庭先で、空想具現化を使って土ごと作るから完全に詐欺。けれどアルモさんから生まれた植物なので品質はこれ以上ないだろうから、サイトのレビューはほぼ満点。現実って知らない方がいいことも沢山あるよね。特にアルモさんに関しては。

 

 聖堂教会で代行者をしている顧客に、吸血鬼へ特効のある植物を売り付けるときとかに、アルモさんはパソコンの前で"愉悦……愉悦……"とか言っているけど、愉悦ってなんだろう? そんなに楽しいのかな?

 

「さて、セッちゃんよ」

 

「なに、あなた?」

 

 ドクターが日焼け止めを2セット買ったところで、アルモさんはセレニケさんに向き合う。そして、セレニケさんの背中に回り込むと、私の前に連れて来て、セレニケさんへ背中から抱き着きながらまた口を開いた。

 

「彼女は藤丸立香って言ってね。私は彼女の使い魔をしているんだ」

 

「そうな――――え?」

 

 セレニケさんは色を失ったかのように表情が無くなる。しかし、アルモさんは位置的に表情が見えていないのか、そのまま語り続ける。

 

 

「立香は本当に可愛くてね。あ、これ小さい頃の写真なんだけど、まるで天使――いや、ワルキューレ――いやいや、愛されるだけの女神だって遥かに凌駕するね! アルモお姉ちゃんはそんな立香にメロメロなのさ!」

 

 

 天使とか、ワルキューレとか、女神とか見てきたみたいに例えられても――アルモさんは見てきたんだろうなぁ。

 

 

「もう、ずっと一緒に居たいっていうかさー! 永遠に愛してるって奴!? うーん、死がふたりを別断つまで(ブリュンヒルデ・ロマンシア)! まあ、もちろん私は立香が死ぬさまを視ない! クク――リツカァ」

 

 

 なんだろうアルモさんのそのポーズ? 邪気眼とかそういう奴かな?

 

 

「立香はねー、お風呂に入って頭を洗ってから体を洗うんだけど、そのときはうなじから下に洗っていって、模範的で優等生な体の洗い方で可愛いのさ!? それだけじゃなく、靴もちゃんと脱いだときに揃えるし、お花を摘んでも便座を上げっぱなしにしないいい子なんだよ!?」

 

 

 アルモさんアルモさん。わたし女。便座上げない。

 

 

「あの夏の日にアルモさんは遂に想い至ったのです。リツカ、貴方が私の鞘だったのですね……と」

 

 

 アルモさん。いい言葉だけど、その指のわっかに人差し指を前後させるジェスチャーで台無しだよ。

 

 でも私たちはアルモさんの精神汚染でもされているようなトークをマトモに聞いているどころではなかった。

 

「――――――ぁ……」

 

 目の前のセレニケさんが顔を伏せながら歯から出ているとは思えない、重く鈍く割れるような音が響く。とんでもない歯軋りだということに思い当たると、異様な状態に戦慄する。

 

 アルモさんはと言えば、私の無意識の行動レベルの個人情報を次々披露することに夢中で、背中から抱き着いているセレニケさんの異常に全く気づいていない。

 

「あぁ――! ちょっと僕急用を思い出しちゃったなぁ!」

 

 そして、その空気に耐えられなかったのか、そう言うとドクターは一目散に逃げた。後でとっておきの和菓子を食べてやる。マシュはドクターに"後で叩いておきます……角でガツンと……"と呟いていた。怖い。

 

「あれ? ちょっとロマニ、行っちゃダメだよ。これから私の話をレオナルドとか、他のカルデア職員にもしなきゃいけないんだから」

 

「ひゃッ!?」

 

 するとアルモさんは仕方ないと言った様子で、マシュの首根っこを掴んで、子猫のように持ち上げた。

 

「ちょっとカルデアの職員たちの警戒を解くためにも暫くデミサーヴァント借りるよ。じゃ、立香また後で。セッちゃんと仲良くしてあげてね」

 

「せ、せんぱぁぁぁいぃぃぃぃ!?」

 

 アルモさんは即座に走って部屋から居なくなり、それに伴って当然マシュも消える。

 

 そして、最終的に顔を伏したまま動かないセレニケさんと私だけがこの場に残された。

 

「………………」

 

「………………」

 

 沈黙がこの場を支配し、私は全身から冷や汗を流しながら固まる。

 

 そして、先に動き出したのはセレニケさんだった。

 

「ヒ――ヒヒヒヒヒ――アハハハハハハハ! お前が……お前のようなものが……あの方が"信念を捻じ曲げる者"? 私が選ばれないことは知っていた……私じゃなくてお前を選んだ……選んだ!?」

 

 セレニケさんは顔をする伏せたまま、頭を掻きむしり始める。到底、頭部を爪で引っ掻くとは思えない程、鈍く肉々しい音が響き、彼女の頭部から血が溢れ、垂れた血が顔に掛かる。

 

「あの……」

 

「――喋るな」

 

 セレニケさんは顔を上げると、憎悪と羨望が入り雑じったような黒々とした異様な瞳で私を直視した。

 

「そうよ、きっと気の迷いよ。あの方があんな嬉しそうで、楽しそうな姿を私が見たことがないわけなんてない。だから、あの方はおかしくなっているんだわ……お前がおかしくしたのね?」

 

 セレニケさんはどこからか黒々とした血腥い鉄杭を取り出す。そして、その先端に舌を這わせて目を見開く。

 

「殺す……殺してやる……いえ、生かしたまま痛みをただ嘆くだけの肉細工にしてやるわ……」

 

 そう呟きながらセレニケさんは一歩ずつゆっくりと近づいてくる。私は出口の方に後退りながらこの状況がどうにかならないかと思考を巡らせた丁度そのとき――。

 

 

 

「あっ! やっと見つけたわ! 渡されたときに言い忘れてたから借りになるのもあれだし、一応言うけど、恋文を届けてくれてありが……ってなによこの状況?」

 

 

 

 偶々来た虞美人さん――いや、芥ヒナコ先輩は天使に見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「生きたまま優しく臓腑を掻き混ぜてあげるからぁ!」

 

 そして、反射的に動いたヒナコ先輩に担がれ、カルデアの廊下をヒナコ先輩が疾走しながらセレニケさんから逃げる構図が出来上がったのだ。

 

「ヒナコ先輩、中国産の真祖なんですよね!? 死徒を相手になんとかならないんですか!?」

 

「お前も魔術師でしょうが!? せめて攻撃魔術で応戦ぐらいしなさいよ!?」

 

 そんなこと言われても、私なんてほとんど魔術回路があるだけの一般人みたいなものだしなぁ……というか、普通は根源に至るための研究職の魔術師が戦えちゃう方がおかしいよ。電車にいるコックさんはみんなセガールじゃないんだよ?

 

「うるさい! 私だってアルモちゃ――アルモーディアと比べられたりしたら堪ったもんじゃないわよ!? 少なくとも追っ手のアレが持ってる魔術道具が洒落にならないわ!」

 

 ヒナコ先輩が言うにはセレニケさんが手にしている鉄杭と、ケインがヤバいらしい。

 

 鉄杭はアルモさんの体に刺す等して日頃から使っていた物のようで、長期間アルモさんの血肉を吸った鉄杭は頭がおかしい神秘を秘めている。そして、ケインに関しては木製ではなく、アルモさんの骨を削り出して作られたものであり、その上でアルモさんを叩くのにも使われていたようで、こちらも馬鹿げた神秘を秘めているそうだ。

 

「くっ……!?」

 

 セレニケさんが私に向かって鉄杭を投擲し、ヒナコ先輩が私を担いでいない方の手に持つ剣で弾こうとする。

 

 だが、それは辛うじて受け流すだけに止まり、狙いを逸らされて壁に命中した鉄杭は、赤黒い稲妻のような波紋を刻み、暴力的なまでの魔力は周囲の壁や床や天井を粉々に破壊した。

 

「あんなのどんな木っ端魔術師が使っても破壊兵器と化すに決まってるわ!?」

 

 セレニケさんは投げた鉄杭には目もくれずに通り過ぎて、懐から新しい鉄杭を取り出している。どうやら鉄杭は使い捨てらしい。

 

「その上、まさかと思うけど……アイツ死徒として人間以外を対象に食べてない? 幻想種とか……?」

 

「アルモさんを食べてましたよ。後、セレニケさんはアルモさんの唯一の死徒だそうです」

 

「ふざけんなッ! 道理で死徒にしては身体能力が高過ぎると思ったわ!? 仮によ! アレが死徒になってからアルモーディアばかり喰って育った死徒ならば……アレの肉体の劣化を補うために、ほとんどがアルモーディアの血肉と遺伝子情報で賄われていることになるわ!?」

 

「えっと……つまり?」

 

「空想具現化を抜きにした真祖に準じる身体能力だってことよ!?」

 

 ただの化け物じゃないですかやだー!

 

「あの槍の化け人間は!? マシュは!?」

 

「スカサハさんならアルモさんとの戦いの記録を必ず本体に刻み込むって言って、座に戻ったので暫く帰ってきません! マシュはアルモさんに拉致られました!」

 

「ほんっと! 使えないわね!? とりあえずさっさとアルモーディアに引き取らせるわよ! ああ、もうっ……やってられるか! なんで私がこんな!?」

 

「え? だったら回り道しないで、メインルートを通った方が――」

 

「アレの流れ弾で死人が出たらどうすんのよ!? 後、100体そこらしかいないんでしょう、お前らは!?」

 

 今のところ、私のヒナコ先輩の印象は、言葉はキツいけど優しくて、アルモさんより遥かに真っ直ぐな方だったりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんでこういうときに限ってアルモーディアはどこにもいないのよ!? どうでもいいときは呼んでなくてもいるくせに!?」

 

 しばらくヒナコ先輩は人目につかない道を選びながらカルデア中を駆け巡ったが、どこにもアルモさんは見当たらなかった。

 

 無論、セレニケさんは全力で後ろから追い掛けてくる。アルモさんがたまにやってるホラーゲームにこういうシチュエーション多いよなぁ……。

 

「ここまで探しても、みつからないなんて明らかに異常よ……千年城にでも戻ったんじゃないわよね!?」

 

「どこにもいない……?」

 

 そう言えば昔、アルモさんに、吸血鬼や吸血種には人間とは違う感覚器官があるので人間や普通の英霊には見つけられないモノが見えたり、一切の光のない暗闇で容易に状況を把握して行動が出来たりすると聞いたことがある。

 

 どこにもいない……誰もわからない……? まさか!

 

「アルモさん! 消えてないで出て来てください!」

 

「お前がッ! アルモーディアの名を――」

 

 次の瞬間、言葉の途中で、セレニケさんの首が宙を舞う。

 

 地面に落ちて行く頭部を唖然としながら眺めていると、途中で不自然に止まる。そこにはいつの間にか、アルモさんが立っており、セレニケさんの頭を抱えていた。

 

 どうやら私の思った通り、アルモさんは私たちの近くに居て、ずっと見ていたようだ。

 

 それに遅れて、セレニケさんの体が糸の切れた人形のように床に倒れると共に、アルモさんは口を開く。

 

「どこにもいないことから、圏境で隠れて近くにいることに気づかれるとはな」

 

「――――!?」

 

 目を白黒させて、口をパクパクと開閉しているセレニケさんの頭を、アルモさんは両手で挟み、自分の顔と向き合わせた。

 

「セッちゃん。横隔膜がないんだから話そうとしても無駄だし、ついでに気を乱したから体も暫くは動かせないそ? 全く……試しに立香と引き合わせたらどうなるかと思えば、随分無茶苦茶してくれたじゃないか」

 

「――――」

 

 その言葉にセレニケさんは目に見えて怯える。そんな様子にアルモさんは小さく溜め息を吐くと、胸に抱き寄せて髪を撫でた。

 

「お前なぁ……別に私が君を嫌いになるわけじゃないんだぞ? むしろ、人間の愛し方を少しだけ思い出せた気がするんだ」

 

「――――」

 

「だからもう少し君のことも沢山愛せると思うんだ。その代わり、立香に優しくしないとダメだぞ?」

 

「…………」

 

「返事」

 

「…………」

 

「へーんーじーはー?」

 

 言葉を発せないと言ったばかりなのに返事を求め、窒息しそうなぐらい胸にセレニケさんの頭を埋めるアルモさん。ニュアンス的なものなのだろうか。

 

 暫くしてセレニケさんとのやり取りが終了すると、そのままアルモさんは私とヒナコ先輩に向き合うと、いつも通りの笑顔かつ、人によく話し掛けるおばちゃんのようにジェスチャーを交えながら口を開く。

 

「いやー、まさかこんな面白――大変なことになるなんて思わなかった。すまんすまん! 止め時がこっちもわからなくてさ!」

 

 それは清々しいまでの開き直りだった。アルモさんらしいと言えばらしいんだけど、流石にこれは、私怒っていい。

 

 横を向くと、ヒナコ先輩はわなわなと体を震わせ、絶妙な表情でヒクヒクと顔を引きつらせている。

 

 私はヒナコ先輩の肩から下ろしてもらうと共に、二人で顔を見合せ、目で会話をした。この時、この瞬間だけは、種族や様々なヒナコの蟠りを超え、心はひとつになった。

 

「ん……なんだい? 二人とも、そんなに清々しい笑顔で近づいて来てさ。まあ、確かにいい運動には――」

 

「今です! 瞬間強化!」

 

「いっそ死ね! 八つ裂きにしてやる!」

 

「な なにをする きさまらー!」

 

 悪は滅びた。何度でも蘇るけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルモさんの騒動から少し経った頃。私、マシュ、ダ・ヴィンチちゃん、アルモさんが英霊の召喚を行うための区画にいた。

 

 これまでにあったことを思い返せば、アルモさんが千年城で所長を強化するというので、魂のない所長と同じ素体を4体、"宝具強化ー!"と言いながら捩じ込んだり、何故かドライフルーツの詰め合わせの形をした再臨素材を4個頂いたりしたことぐらいかな。

 

 現在こうしている理由は、カルデアの電力供給の関係でレイシフトに送る人員の中でも、サーヴァントを持ち込む数が非常に限られ、マシュを含めた2騎しか持ち込めないらしい。

 

 なのでマシュと契約している形の私は確定で、Aチームのヒナコ先輩と、Bチームのセレニケさん、真祖のアルモさんの3人から1人がサーヴァントと契約して次の特異点に挑もうということになった。

 

 しかし、いざシミュレーター室で仮想サーヴァントを用いて、戦ってみれば、ヒナコ先輩はマスター評価を偽装していたらしくてボロボロ。アルモさんは仮想サーヴァントに指示をほとんど出さず、ほぼ全て自分の拳で解決してしまったので、最速かつ最高評価だったけど評価外。意外にも順当に高評価だったのはセレニケさんだった。

 

 しかし、私はよく知らないけど、セレニケさんがAチームではなく、Bチームにいた理由は彼女の性格面の問題らしくて、とんでもないサーヴァントを引くんじゃないかと、ダ・ヴィンチちゃんとドクターが悩んでいたところ、セレニケさん自身から"自分はアルモーディアの使い魔だから"と辞退していた。

 

 でもそれは建前で、英霊召喚をしたそうにずっとうずうずしながら、目を輝かせていたアルモさんを見兼ねてだと思う。あんな様子をされたら誰だって譲りたくなるよね……。

 

 そんなこんなで、とりあえずアルモさんが英霊召喚を行ってみることになった。

 

「~♪」

 

 アルモさんは私の背中から抱き止めつつ、とても上機嫌に鼻歌を歌っている。そして、口を開いた。

 

「仮にだけど立香はどんなサーヴァントが居て欲しい?」

 

「私? 私は来てくれる人なら誰でも嬉しいと思うよ」

 

「欲がないなぁ……じゃあ、普通に初心者(立香)向けなサーヴァントがいいよねぇ……バーサーカーとか」

 

 なぜバーサーカーが私向けなのかはよくわからないので首を傾げていると、アルモさんが英霊召喚を始めたので、召喚サークルが回転し始める。

 

「ウッソ……!? 虹色!?」

 

 すると召喚サークルは虹色に輝き、それに対してアルモさんはとても驚いた様子を見せた。そんなにスゴいのかな虹色って?

 

 そして、アルモさんが呼んだ英霊が姿を現し、その光景に唖然として私を含めた皆は言葉を失いながら見上げる。

 

 特にアルモさんは立ち尽くす程驚いた様子で、ただサーヴァントを眺めながら絶句していた。

 

 そんな中、サーヴァントは口を開く――。

 

 

 

 

「マスター……マスター……アルターエゴ、"キングプロテア"……あなたに、召喚されました……私、大きいですか? 小さいですか……?」

 

 

 

 

 

 それはあまりに巨大な女の子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 







~立香のやることリスト~
・人理修復
・アルモちゃんに正しい愛を理解させる
・ぐっちゃんとの関係構築
・ペロニケさんとの関係構築 New!
・プロテアちゃんに正しい愛を理解させる New!
※語るまでもありませんが、アルモーディアはグランドを付けられそうなぐらいのトラブルメーカーです。




アルモーディア(ランサー)
~ステータス~
筋力A+ 耐久EX(C) 敏捷A
魔力A+ 幸運EX(A) 宝具EX
※()内は幸運にまで及ぶアルモーディアの神秘による防御と、真祖の再生能力を加味しなかった場合の実数値。


~キャラクター詳細~
誰もがそれでいいのかと首を傾げる性格な最古の真祖。
天真爛漫で悪戯っ子なアルモちゃんとは本人談。
今回は槍を持って師匠から貰った戦装も持ち出している。
意外にもマトモに槍を使って、マトモに槍を投げる正統派ランサー。


~絆1~
身長/体重:175cm・《削除済み》kg
出典:不明
地域:全世界
属性:秩序・中庸   性別:女性
衝撃的にも秩序属性かつ中庸な性格。あのように見えても、朱い月やガイアからの指示には真っ当に忠実であり、長いものには巻かれ、決して裏切らない忠君。


~絆2~
今回は影の国にいる師匠から賜った魔槍を携えているだけで、厳密にはランサーでもなんでもないが、無意識の空想具現化によってランサーになっている。剣とか超いたい。
ゲイ・ボルクを宙に浮かして飛ばすのでアーチャーなのではないかとの声もあるが、飛ばすモノが槍なのでランサー。


~絆5~
 そもそもアルモーディアに槍の才能は然程ない。そのため、爪を使うことや、魔槍を操り飛ばす、師への対策を講じる等と搦め手に頼る姿はとても人間らしくさえある。
 だが、アルモーディアは前提として魔王さえも凌駕し、人間には能力として決して至れないレベルの空想具現化がある。にも関わらず、それを他者にほとんど使用しない理由は、有り体に言ってしまえば"戯れ"に当たるのだが、彼女は手加減しているというつもりは更々ない。
 武道家とは武術と武術、言い換えれば技と技のぶつかり合いこそが本懐。素手や剣を持つだけの相手に対峙するのに、空から絨毯爆撃を掛けて何が楽しいのかという、アルモーディアの人間よりも人間らしい矜持そのもの。
 人と過ごし、人と語らい、人と笑い。最後は決まって人を送り出す。それこそが、終ぞ、どの真祖にも理解されることの無かったアルモーディアという真祖の形である。




キングプロテア
 アルモーディアが触媒などを何も使わず、何故か召喚してみせた妙に巨大なサーヴァント。ハイ・サーヴァントのためか、アルモーディアの星からのバックアップから魔力に変換出来るらしく、大きさの割には維持コストがほとんど掛からないため、カルデアに大変優しい。
 単純に使いやすい(ゲーム的に初心者向けの)性能かつ、戦闘では大雑把に扱えるため、アルモーディアの要望通りかつ、非常に彼女向けのサーヴァントと言える。最大の共通点としては、アルモーディア自身が生涯求め続けた形そのものである"渇愛"。




 ちなみにキングプロテアの花言葉は王者の風格(迫真)






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邪竜百年戦争 オルレアン
アルモさんとプロテアちゃん


 お久し振りです。クッソ忙しいですが、日々に潤いがないとそれはそれで逝きそうなので投稿しております。

 ちなみにですが、原作の序盤の特異点は、容量の関係で話がぶつ切りで短めなので、この小説の1話あたりも短めになると思いますのでご了承ください。


 

 

 

 私が百年戦争(この)時代。フランスにいたのは特に理由はなかった。

 

 というよりもいつもの悪い癖。思い付いたことをしたくなっては、つい足が動いてしまうというだけの話。今回もそれに過ぎない。

 

 魔女狩りが本格的に始まり出す時代ということもあり、少しだけ気掛かりだったが、今のところは何もなく旅を続けられている。やはり、もう少し民衆の生活ごと荒まなければ本格化はしないといったところだろうか。

 

 まあ、魔女狩りだなんだと止めるつもりは更々ないので、この考えも無意味なものだろう。所詮は集団心理に基づくヒステリー。人間と人間が集まり続ければ、形は違えど起こる現象でしかない。イチイチ構う方が面倒というものだ。

 

 それよりも現在の最大の問題は、どうやら私は目的の時代よりも少し早く来過ぎてしまったらしい。この時代の人間、引いては後世のフランス人ならばほとんど知っていそうな、彼の者を知らないとなればそうなのだろう。

 

 ならばそれまでどう時間を潰したものかと、溜め息を吐きたくもなる。

 

 そんな最中、偶々立ち寄った村で、ある女性を目にして私は数奇な運命に狐に摘ままれたような気分になる。その者の名に聞き覚えはなく、別段取り留めのない数人の子を持つ母親であった。

 

 しかし、ただ一点。容姿というそれだけのモノが、私が求めた姿形(すがたかたち)だったのである。

 

 私はその日から村に滞在することを決め、20年余りになる取り留めのない日々が始まった。

 

 村は小さな村であり、魔女狩りや魔女裁判が本格的になるのはもう少し後世のためか、私は酒場で住み込みのバイトをする程度には村人に馴染んでいた。

 

 そして、すぐにその女性は子を産む。

 

 その小さな赤子の名は――ジャンヌ・ダルク。後にオルレアンの乙女と讃えられ、最期には全てを踏みにじられて焼かれる少女である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レイシフトした先は第一特異点。時代は1431年。百年戦争のあった時代のフランスであった。

 

 レイシフトの人員は私、マシュ、アルモさん、オルガマリーさん、ヒナコ先輩、キングプロテアの6人。セレニケさんは機材の方を手伝える人員が少しでも欲しいとのことで管制室に残っている。

 

 レイシフトした直後には、フォウくんが何故かレイシフトに付いてきていたり、空に巨大な光りの帯のような術式があったりしたが、現在はそれどころではない。

 

 というのもフランスの斥候部隊を目にしたので会話をマシュが試みたけど、何故か臨戦態勢になったので戦いになろうとしたのだけど――。

 

 

 

「いっけープロテアちゃん! 出撃だー!」

 

「キングプロテア。出撃します!」

 

 

 

 キングプロテアという超巨大なサーヴァントを前にして、怖じ気付いて逃亡する斥候部隊を、何故か肩に乗ったアルモさんが追い立て始めたのである。

 

「敵前逃亡は縛り首だ! 銃殺刑だ!」

 

「がおー! たべちゃうぞー!」

 

 ドシドシという振動が伝わってくるキングプロテアの足音もどんどん遠ざかって行き、既に小人ぐらいのサイズになっている。おっきいからか動作に反して無茶苦茶速いな!?

 

 アルモさんのテンションとやる気がスゴいよ……。

 

「ドクターがブリーフィングで、修復前の特異点は隔絶された状態なので、タイムパラドックスなどは起こらないと、アルモーディアさんに伝えたせいでは……?」

 

『ぼ、僕のせいかい!?』

 

 どんどん勝手に離れていくアルモさんとキングプロテアを眺めながら、何故あそこまで様変わりしたんだろうかと考える。

 

 そもそもキングプロテアってなんなんだろう? 歴女と言われそうな程度には、そこそこ歴史に詳しい私でもそんな英霊は知らないしなぁ……。

 

 レイシフトする前にそれとなく調べてみたけれど、アルターエゴという謎のクラスに、要領のイマイチ得ない本人の発言からは全くわからず、沢山の神霊のエッセンスを組み合わせて生まれたような凄いサーヴァントということぐらいしかわからなかった。

 

 ちなみにアルモさんは"ヤプール人が造りそう"とか、"地母神超獣キングプロテア"、"寧ろある意味カプセル怪獣"等と相変わらずよく分からないことを言っていたけど、キングプロテアには理解出来るのか、すぐに仲良くなってあの有り様だ。

 

「うーん……楽しそうだなー」

 

「どうしちゃったのよアルモーディアは!?」

 

「新しいオモチャを買い与えられた子供のようなものよ……」

 

 所長の叫びに答えた、遠い目をしたヒナコ先輩を見ながら、ふと思い出す。

 

 そう言えばPlayStation4とか、ゲーム機を買ったアルモさんは1週間ぐらいあんなテンションで、全く寝ずにやっていたような覚えがあることを。

 

 そして、流石にこのままでは大変なことになると思い立った。

 

「――!? 追うよマシュ! オルガマリーさん! ヒナコ先輩! あのままにしたらアルモさんが斥候部隊が撤退した先の城を破壊し尽くし兼ねない!」

 

 というか、あんなの1週間も放置したら、カルデアのせいでフランスが崩壊しちゃう!?

 

 余りに歩幅が広い、キングプロテアの足取りは、追うのがやっとの速さだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「焼き払え! どうした! それでも世界で最も邪悪(グレート・デビル)一族(こうはい)末裔(むすめ)か!!」

 

「ぴかー!」

 

 ようやく追い付くと、ボロボロの城を攻撃していた3m程の竜――ワイバーンたちのど真ん中にアルモさんとキングプロテアはいた。何故か、聞き覚えのある台詞をアルモさんが呟き、キングプロテアがそれに答えて聞き覚えのある効果音を口で言っている。

 

 それに合わせてキングプロテアの拳が光り、振り下ろされた拳は爆発と共に多数のワイバーンを一度に叩き落とす。

 

「薙ぎ払え!」

 

 すると、何を思ったのかアルモさんが叫びつつ、空に手を掲げると、そこから横一線にビームが放たれ、ワイバーンを一閃し、次の瞬間に激しい爆発を起こした。

 

 アルモさんもやるんかい。

 

 そんな様子だけど、ワイバーンの攻撃をものともせずに、次々とワイバーンを自動的に蹴散らすキングプロテアと、肩の上で爪を振るって射線上のワイバーンを裂きイカみたいに変えているアルモさんは、とても相性が良さそうに見える。

 

 そうしているうちにワイバーンの掃討が終わったようで、私たちが近づくとあることに気づいた。

 

『なんかプロテアちゃん、大きくなってないかい!?』

 

 近づいたことで30mぐらいになっているキングプロテアに気がつく。最初は5mぐらいだったからとんでもない巨大化だなぁ……。

 

 マシュとオルガマリーさんは口を開けたまま固まっていた。まあ、アルモさんに長く関わってないと慣れないよね。

 

 私は自然にヒナコ先輩と目を合わせ、互いに小さく肩を竦めた。

 

「プロテアちゃんの"ヒュージスケール"は、本来なら限界のない規模拡大を可能とするチートスキルだからな。これぐらいは序の口さ」

 

 キングプロテアの肩から私の目の前に降り立ったアルモさんはそんな言葉を吐き、更に続ける。

 

「まあ、カルデア式の召喚では再現できず、かなりランクダウンしている上、物質世界ではある程度物理法則の制限を受けるから、ただ成長するだけじゃ限度があるけどね」

 

「ふぅん……随分、その娘に詳しいわね?」

 

「最古の真祖だぞぅ!」

 

「ハァ……ダメよ後輩。アルモーディアは今と似たようなこと言い始めたら、是が非でも口を割らないわ。拷問も効かないから無駄よ無駄」

 

 アルモさんって、本当に色々なことを知ってるんだよねー。案外、本当にガイアから直接情報を仕入れていたりするのかな?

 

 この前、アルモさんにお仕置きした日からヒナコ先輩が、たまにお前じゃなくて後輩と呼んでくれるのが嬉しい。

 

「プロテアちゃん。そっちの岩を砕いて運んで」

 

「はーい!」

 

 いつの間にか工事現場でよく見る黄色いヘルメットを被って、誘導灯を持ったアルモさんがキングプロテアに指示を出していた。たぶん、空想具現化で作ったんだろうなー。

 

「ほら、お前ら。自分たちの砦なんだから動ける奴は修復を手伝え」

 

「は、はいっ……!?」

 

「ああ、無理には手伝うなよ? 兵士は体が資本なんだから休めるときには休んでおけ。国がこんな状態だしな」

 

 その上、いつの間にか仲良くなったのか、アルモさんは砦のフランス兵たちにも指示を出していた。いつの間にか、首に下がっているホイッスルも使って誘導している。

 

 ちなみにフランス兵は砦の壊れている部分の岩壁を取り払っていた。

 

「ふんっ!」

 

 ある程度、フランス兵の仕事が終わると、アルモさんが声を上げる。するとキングプロテアが集めてきた岩が宙に浮き、爆発したかと思えば大量の石材に変わる。

 

 石材は凄い速度で空を飛んで、砦の壊れた部分に次々とハマると、石材と石材の表面が焼けて接合される。そして、すぐに砦は壊れる前の外観を取り戻したように綺麗になった。

 

「よしよし、こんなものだな。終わりだよプロテアちゃん」

 

「もっと……小さくなぁれ」

 

 すると30m程あったキングプロテアが、風船から空気が抜けたみたいに縮んで、5mぐらいに戻ると体育座りになる。

 

「ああ、それで砦のフランス兵から得た情報なんだけどな――」

 

 思い出したように口を開くアルモさんの報告を、私とヒナコ先輩は遠い目をしながら聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず、立香ちゃんを含むカルデア全体には、ジャンヌ・ダルクが甦って凶行に及んだというそのまま聞いたことを伝えておく。

 

 それから皆で砦を後にすると、歩いている途中で、さっきまでいた砦に向かっているワイバーンの群れを、遠くの空に見つけた。

 

「めんどくさいな……」

 

 さっきまではプロテアちゃんの性能確認でノリノリだったが、一度素に戻って考えると、ワイバーンの相手はただの処理作業のため、別に楽しくもなんともない。その上、この先ワイバーンを相手にすることが何度もあることを思い出したのだ。

 

 まあ、砦は勝手に直しただけで、情報も聞き終えたので、もう砦のフランス兵たちを構う必要もない。だが、首を突っ込んだ手前、見える範囲ぐらいは助けてやることにするか。

 

「プロテアちゃん。宝具使って」

 

「シリアルファンタズム展開」

 

 なので私は早速、宝具(ぜんたいこうげき)を切ることにした。

 

 

「どこまでもどこまでも、プロテアの花は成長する」

 

 

 私の星からのバックアップを吸い上げ、魔力へと転換しながらゆっくりとプロテアちゃんは立ち上がる。

 

 プロテアちゃんが立ちきった頃には、雲を抜けるほど巨大になっており、それはこちらに向かってくるワイバーンたちにも、簡単に手が届いてしまうほどだった。

 

 そして、プロテアちゃんはその手を振り上げ、ワイバーンの群れに向かって振り下ろす。

 

 

 

「命の海に沈みなさい。"巨影、生命の海より出ずる(アイラーヴァタ・キングサイズ)"!!」

 

 

 

 ワイバーンたちはそれ以上進むことも、引くことも出来ず、押し潰されて蒸発した。

 

 うーん、やっぱりこのスケールのデカさがプロテアちゃんの持ち味だな。

 

 ゲームでも、アルターエゴで3クラスに弱点を取れ、ヒュージスケールによって実質アルターエゴのルーラー。アルターエゴなので再臨は無茶苦茶優しく、スキル上げの素材もそこそこ優しい。最高で3T攻撃力40%アップでCT5の怪力のお陰で火力不足も特にない。

 

 まあ、現実的に考えると飛ばないだけの巨神兵だな。

 

「あ、アレがサーヴァントですって……? わ、私……体は真祖なのにあんなの……」

 

「だ、だったらデミサーヴァントの私はいったい……?」

 

「アルモさんのサーヴァントだもの」

 

「アルモーディアのサーヴァントなんだからこんなの当たり前よ」

 

『わぁ……見事に反応が二分してるなぁ……』

 

 ふふん、どうだプロテアちゃんは? スゴいぞー、カッコいいぞー!

 

 

 

「あの……"アルモお姉ちゃん"ですか?」

 

 

 

 そんなことを考えていると数百年ほど前に聞き覚えのある声、抑揚、呼び方で呼ばれ、そちらに顔を向ける。

 

 するとそこには白銀の鎧を身に纏い、大きな旗を携えた金髪の女性の姿があった。

 

 それを見て、私は懐かしさを覚えながら、彼女の目の前まで歩いて移動する。いつものように人間の死に取り残された私に、何か言われるのだろうと覚悟していたのか、彼女は目を伏せて悲しそうな表情をしていた。

 

 それにサーヴァントになった彼女からすれば体感で数日だろうが、私からすれば6世紀ぶりの再会になる。その上、最期が最期だっただけに、怨み言のひとつでも覚悟していたのだろう。ルーラーとして完成している彼女にとって唯一の弱点――負い目と言えるモノは、生前の家族やそれに準じる繋がりそのものなのだから。

 

 けれど、私が言えることは今も昔も未来もひとつだけだ。

 

 

「また会えたね。"ジャネット"ちゃん」

 

「――――――」

 

 

 私は彼女に昔していたように少し強めに髪を撫で、それによって少しだけ髪型が変わる。

 

 彼女――オルレアンの乙女"ジャンヌ・ダルク"の撫で心地は生前と何ら変わりない、小さな村娘のものだった。

 

 

 

 






 ちなみにアルモさんは特撮はウルトラマン派です。





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真祖アルモちゃん外伝 ぱすた虞美人さん



 どうも皆様お久し振りです。姉を名乗る不審者です。

 投稿期間を開けている間にぐっちゃんがやっぱりポンコツだったり、おっきーの部屋のコタツにサーヴァントが集まるのが公式化したり、おっきーが需要が謎なスキル強化を貰ったりと色々ありましたね(おっきー 星4フォウマ レベル100 スキルマ 宝具Lv1所持しているマスター)

 それは置いておき、再び現実がルナティックなので投稿しました。アルモさんが生きてこの方の食に対するゆるい情熱のお話となります。

 外伝なのでカルデアの時系列は特に考えないでください(驚きの開き直り) そのうち、番外編や外伝は整理すると思います。

 しかし、このタイトルで元ネタ伝わる人いるんだろうか……。






 

 

 

 時は5世紀から6世紀の間。後にイギリスと呼ばれることになるグレート・ブリテン島にて、そこではアーサー・ペンドラゴンと、それに連なる円卓の12騎士たちが、国を守るために、日々様々な外敵と戦いながら国を治めていた。

 

 そんなとき、彼らの城にフラりと現れた影があった。

 

 

 

『どもー、ニムエっち(ヴィヴィアン)の友人のアルモーディアだよ』

 

 

 

 それは自称、湖の乙女の友人を名乗る真祖の吸血鬼であった。その上、アルモーディアといえば、アルクェイドが生まれる前は、唯一魔王を葬る真祖の処刑人として名を馳せていた真性の怪物である。つまり、この当時は名実共に史上最強の真祖であった。

 

 本来ならば喧嘩っ早い(まず剣で語る)円卓の騎士たちが問答無用で追い返すか、戦いを挑みそうなモノだが、真祖は最高位の精霊種であり、同じく精霊種であるヴィヴィアンと交友があっても何も可笑しくはなかろう。その上、どうやって用意したのか、何故かアルモーディアはヴィヴィアンが着ている羽衣を身に纏っていたため、話ぐらいは聞くしかなかった。

 

 アルモーディアから話を聞くと、ヴィヴィアンから聞いたこの国を見てみたいと思い、直接出向いてきたとのことだった。叩き出すわけにも行かず、マーリンをもう一人抱えるような気分で、アルモーディアを遊歴の真祖として、ブリテンに置くことになったのである。

 

 まあ、最初は厄介な相手だと誰もが考えていたが、接してみると誰にでも人当たりがよく、優しく朗らかであり、何事にも節度を持っているという、マーリンと比べるのが烏滸がましいと考えるほど出来た真祖だったため、初日には既に馴染んでいたという理由もある。恐るべきはアルモーディアのコミュニケーション能力の高さであろう。長年培われた弟子入りのための土下座と、弟子としての下積みで培った忍耐力や腰の低さは伊達ではないのである。

 

 しかし、ある程度仲良くなると円卓の騎士たちはとても気になることが出てくる。やはりというべきか、徒手の武術家としても非常に高名で、最強の真祖であるアルモーディアの戦闘能力である。無意識ではあるが、騎士あるいは英雄の誉れとして血が騒いだのであろう。

 

 そして、円卓の騎士で最強との呼び声も高く、徒手にも自信のあったランスロット卿がアルモーディアに声を掛けた。決して、試合後にナンパをすることが目的ではないと思われる。

 

 

『んー、手合わせ? おー、いいよ。やろー、やろー』

 

 

 とんでもなく軽いノリでアルモーディアが快諾したため、二人は修練場で対峙した。集まった他の円卓の騎士たちや兵士がギャラリーとなったため、ちょっとした催し物である。

 

 はっきり言って、そのときのランスロット卿はアルモーディアを心のどこかで舐めている節があった。何せ、見目麗しい様子に、気さくな性格、ついでにあくまでも空想具現化を主体に戦闘をするはずの真祖であるということ。ランスロット卿でなくとも多少は油断しても仕方なかろう。

 

 尤もそんな油断は――。

 

 

『シィィィ!』

 

『――――――!?』

 

 

 例えるなら老李書文を前に、己の手を縛り、目を瞑って戦いを挑むような愚行だった。

 

 一瞬と一撃。徒手武術家として、時代最高どころか神代最高クラスの完成度を誇るアルモーディアに、高々一時代最高クラスの騎士が慢心を覚えることは余りにも軽率であったといえよう。

 

 真祖が時間を掛け、凡百の人間が持ちうる延長線の限界点まで極めたアルモーディアの徒手武術は、絶技や魔技の領域まで踏み込んでいる。そして、瞬間移動と見紛う足の運びから繰り出された一撃の掌打が直撃し、ランスロット卿は修練場の壁まで吹き飛ばされて、激突しながら気を失った。

 

 ちなみにギャラリーが唖然とする中、一番驚いていたのは、円卓最強が相手なのだから、本気でやってもいいと考えていたアルモーディア本人だったりする。

 

 ちなみにその後、ランスロット卿が油断せずに再戦したときには数分以上持っていた。しかし、やはりというべきか、剣に生きる者が拳に生きる者の土俵で戦うことに無理があったらしく、アルモーディアに一撃も入れられないまま、ランスロット卿は修練場に沈んだ。

 

 それからは円卓の騎士たちは己の武器でアルモーディアに挑むようになり、最早彼女は真祖というより、遊歴の騎士のような扱いになっていった。むしろ良い修練相手である。何せ、明確に何をしても死なないのだから一切の手加減無しで戦える者は貴重であろう。

 

 しかし、凄まじいスピードでブリテンに馴染み始めたアルモーディアにも看過できないことがひとつだけあった。それは――"食事"である。

 

 

『――――!?』

 

 1日目。出された食事を食べたアルモーディアは眉間にシワを寄せて、何やら考え込んでいた。

 

 

『………………(ぴくぴく)』

 

 2日目。どこから持ってきたのか、マイ箸で出された食事を残さず食べつつも、アルモーディアは心ここにあらず、といった様子だった。

 

 

『………………(ぷるぷる)』

 

 3日目。アルモーディアは昨日と同様に無心かつ無言で食事を食べていたが、全身が小刻みに震え、明らかに様子がおかしい。

 

 

『これを作ったのは誰だっ!!』

 

 4日目。ついにアルモーディアの怒りが爆発し、止めに入った騎士たちを余りにも卓越した拳の絶技で沈めつつ、厨房に怒鳴り込んできた。

 

 

『お前ら料理っていうモノを根本的に何もわかっちゃいねぇ! 喰えりゃいいってものじゃないんだよ! 野菜とポテトをマッシュしてビネガー掛けりゃ料理じゃねーんだよ!? 料理は日々の潤いにもなるし、食べることが生きる意味にもなるし、生育や精神のケアにまでなるんだ! つまりなにが言いたいのかというと――』

 

 

 一応、フォローしておくと、当時のグレートブリテン島は、人の物理法則に支配された西暦後でも、未だに多くの神秘が残っていたため、それを世界が許容せず、結果として大不作などが起こり、ブリテンで取れる作物も少なく痩せていたという時代背景がある。

 

 まあ、尤もそんなことは同じ時代を生きるアルモーディアは百も承知なため、それを加味しても堪えきれなかったのだろう。主に野菜マッシュとか。

 

 

『お前らに料理ってモノを教えてやるから覚悟しろよ……?』

 

 

 そうして、真祖アルモーディアはカムランの丘が赤く染まる日まで、円卓の騎士お抱えの料理人として、勝手に勤めることになった。

 

 これは神話には書けない非常に地味な(抑止力に廃絶されない程度の)裏話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、言うのがアルモーディアとアーサー王と円卓の騎士(我々)の馴れ初めですね」

 

「え……? あのアルモさんを料理で怒らせたの……?」

 

 食堂にて、セイバーのクラスで召喚された冬木のときとは違うアーサー王――アルトリア・ペンドラゴンの話を聞いた藤丸立香は唖然とした表情で呟く。

 

「あ、アルモさんは他人が作った料理は、どんなに失敗しててもケチつけないで"ウマい"って言いながら食べるし……明らかに不味い食品を食べても"まあ、少なくとも開発した奴はこういうのが好きだったんだろ"って批判とか全くしない人なのに……」

 

「まあ、当時のブリテンの料理は食材から料理方法まで、今こうして並んでいる料理に比べれば……餌ですね」

 

 アルトリアはテーブルの上に並べられた料理を眺めつつ、当時を思い返しながら黒々とした光りのない眼でそう語る。今、アホ毛を握れば、引っこ抜けて反転しそうな様子である。

 

「アルモーディアはとんでもなく料理上手だものね」

 

「虞美人さんは、それについて何かお知りなのですか?」

 

 何故か、アルモーディアについてアルトリアが話し始めてから立香の隣に座ってパスタが載ったトレイを持つ虞美人が、どこか誇らしげに口を開く。そんな彼女に立香を挟んだ隣の席に座るマシュ・キリエライトが質問を投げ掛けた。

 

「知るもなにもアイツはたまに私のところに来ては、料理をして食べ方を教えて来るのよ。まあ、それだけだけど」

 

「食べ方……?」

 

 立香が首を傾げていると、虞美人はこちらを気にすることなく、目の前にあるパスタを前にまず髪をかき上げ、耳に掛からないように後ろに流す。そして、フォークでパスタ麺をすすって食べると、口のまわりを舌で拭った。最後に指についたパスタのソースを舌先で丁寧に舐める。

 

 そこまでやってから立香とマシュに見られていることに気づいた虞美人は目を丸くして口を開いた。

 

「なによ?」

 

「い、いえ……なんでもありません」

 

(ど、どうしてそんなに不必要に色っぽいのでしょうか!?)

 

「あはは……なんでもないよ先輩」

 

(私の先輩、エッッッ!!!!)

 

 二人が反応していると他のサーヴァントが近づいてきたことに気付き、そちらに顔を向けた。

 

「おや、アルモーディアさんと料理の話ですか。私は彼女から料理の指南を受けたことがありますよ?」

 

「トリスタン卿」

 

 フラりとやって来たサーヴァントは円卓の騎士の1人――トリスタン卿であった。トリスタンはアルトリアに礼をしてから会話に加わる。

 

「お恥ずかしながら……最初は料理が出来れば、女性に対して好印象になるのではないか、他の円卓の騎士にイニチアシブが取れるのではと、俗なことを考えていたのですが……彼女はそんな私の下心を聞いて大笑いしました。そして、料理の基礎を解りやすく教示し、簡単に出来る女性が好む料理を教えて下さいました。それからは逆に興味が湧いて一人で料理をしたり、凝るようにもなって、今ではちょっとしたものです」

 

 何やらこれが円卓の騎士とは決して思えないほど俗なことを前半で語ったトリスタンだったが、後半は清々しいまでの賛辞である。

 

 とんでもないことに、あの真祖は料理人どころか円卓の騎士に料理を教えていたらしい。しかも当の本人からするとかなり好印象なようだ。

 

「あのときは――『料理を作る心構え? なに馬鹿言ってんだ。人間なんて極論は、食う寝るヤるで出来ている生き物だろ? そのうちのひとつにそんなに仰々しいことをしてたらキリがないっての。女を楽しませたい、何かをしながら軽く摘まめるものが欲しい、自尊心を満たしたい、直ぐに腹を満たしたい、旦那へと愛情を表現したい、高級料理店でお客様にお出ししたいetc.(エトセトラ)――料理をする動機なんて星の数ほどある。結局、ニーズに沿った料理で、食った相手と作った自分がよかったと思えればそれでいいのさ』――等と私に教えてくださり、感銘を受けたことを今でも覚えております」

 

「そんな基準にすら満たなかったのですね当時のブリテンは……」

 

 トリスタンが懐かしみながら妙に抑揚の似たアルモーディア声真似をする一方、アルトリアは死んだ魚のような目をしており、アホ毛が萎れ、少し肌が白っぽくなったような気がした。

 

「他にもガウェイン卿には今で言うところのパテを教えていましたね」

 

「そうなのですか!?」

 

 何故か知らなかった様子のアルトリア。

 

 パテあるいはテリーヌと言えばフランス料理の前菜で出ることの多い料理のひとつである。豚、兎、鶏などを使った料理であり、肉をミキサーで混ぜ、更にハーブや玉ねぎや酒などと混ぜ合わせ、テリーヌという型に入れ、オーブンで調理する。パンなどに載せて頂けるものであり、マッシュすることも多い上、狩猟した肉をなんでもパテに出来なくもないため、太陽の騎士はかなり熱を入れていたとのことである。

 

「え……? まさかカルデアのメニューにあるパテは……」

 

「はい、多くはガウェイン卿が作ったものです。作りおきも出来るので中々重宝されているようですよ」

 

「ははは……あのガウェイン卿に料理を教えていただなんて……それを私は今すら知らないだなんて……私より……真祖の方が人の心がわかるんですね……」

 

「あ、いえ、それはガウェイン卿なりの気遣――我が王!?」

 

「アルトリアさんお気を確かに!?」

 

「急患ですか!」

 

 ひっそりと白くなり始めるアルトリア。肌の白さを通り越して、真っ白に燃え尽きたような状態である。

 

 これはいよいよヤバいと、アルトリアは偶々居合わせたナイチンゲールに担がれ食堂を後にし、それに付き添う形でトリスタンとマシュも去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハロハロー! 私のでびるえんじぇるぅ!? すーはー……あぁいい匂い……これだけでご飯10杯は行けるよ!? アルモさんはいつでもどこでもリツカニウムさえあれば絶好調――むしろ絶頂なのさ!?」

 

「デビルエンジェルってなんなんだろう……? ワルキューレの仲間かな、オルガマリーさん」

 

「貴女少しは抵抗を――いえ、やっぱりなんでもないわ」

 

 どこからともかく話題の中心であったアルモーディアが出て来るなり、立香をその豊満な全身で撫でた。もう慣れ切った様子の立香は、東北土産のこけしのような表情と体勢で受けている。

 

 マシュたちとちょうど入れ替わるように食堂に来て立香の隣に座っているオルガマリーは、何か言おうとしたが、その立香の様子に閉口せざるをえなかった。

 

 

亜瑠母(あるも)様」

 

 

 すると見知った声にアルモーディアはぴくりと身体を震わせる。そして、顔を向けた先には閻魔亭の女将こと舌切り雀の紅閻魔の姿があった。

 

「…………あれ? えんまちゃん今日は1日厨房のシフトじゃなかったっけ?」

 

 ちなみにカルデアの厨房は常に2~3人程が在中しているように組まれたシフト制であり、それ以外に手伝いで入るのは自由といったスタンスである。そのため、そこまで仰々しいものではないが、真面目な紅閻魔がシフトをサボるとは考え難かった。

 

「亜瑠母様が食堂にいるときはそちらを優先していいとの取り決めでちゅん」

 

「後でエミヤはっ倒す」

 

 なんでさ!?という幻聴を聞きつつ、アルモーディアは溜め息を吐いた。ちなみにシフトにアルモーディアも組み込まれていたりする。

 

「えんまちゃんさぁ……私より料理の腕がいいんだから私から教わることなんて何も――」

 

「そんなことありまちぇん! あちきは亜瑠母様から学ぶことがまだまだあるでち!」

 

「あんた、えんまちゃ――紅閻魔の料理の先生の先生だものね」

 

「ん? どういうこと……?」

 

 アルモーディアの胸に溺れそうになっていた立香は、そこから抜け出してパスタを食べ終えた虞美人の言葉に対して疑問の声を上げた。立香の疑問を聞いた紅閻魔は口を開く。

 

「それはでちね――」

 

 その昔、閻魔亭でヘルズキッチンが行われたときのことである。

 

 そのときにいた刑部姫は、紅閻魔に異世界転生でもしなければ料理は覚えられない(意訳)と言わしめるほどの料理の才能や意欲の無さであり、紅閻魔が頭を抱える程であった。

 

 

『えんまちゃん困ってんの? だったら私がおっきーに料理教えようか?』

 

 

 すると偶々、虞美人と泊まっていたアルモーディアがひょこりと顔を出したのである。そして、一時的に空想具現化で部屋の一部をキッチンに改装して、アルモーディアはマンツーマンで刑部姫に料理の手解きを始めた。

 

 ちなみにアルモーディアは刑部姫が参加したときと同じときにヘルズキッチンに参加していたが、途中で"ショウジキナイワー"と呟き、空間に穴を空けてヘルアイランドから逃げていたりする。

 

 そういった経緯があり、許可はしたが、出来るわけがないと紅閻魔は考えていた。

 

 しかし、数日後。朝食ぐらいならば用意出来るようになった刑部姫が居たのである。これには目玉が飛び出そうになるほど紅閻魔は驚くと共に、アルモーディアに尊敬の念を抱くようになったのであった。

 

 それから紅閻魔はアルモーディアが宿泊しているときに時間を見つけては、アルモーディアの元に料理教室の先生の先生として教示を願うようになったらしい。紅閻魔がカルデアに召喚されたのは、アルモーディアがいることで紅閻魔が釣られたためかもしれない。

 

 ちなみに紅閻魔が最もアルモーディアから教わりたいと考えた理由としては最初に話を聞いたとき――。

 

『ヘルズキッチンねぇ……いや、私としては別に何も言う気はないよ。そういうものもあるんだなって感じ。人それぞれ考えがあるんだからそこを掘り下げたって結局のところは隣り合う平行線でしかないんだから大した意味はな――ん? 強いて言えば? 私の主観がそんなに聞きたいの? ならいいけど……そうだな――正直、馬鹿なんじゃないかと思うぞ。ヘルズキッチンは強要をしないにしても、料理するってのはまず小さくて純粋な興味から始めるだろ? その時点で人を弾くなんざ、凡百の素人に1から料理を教える者がやっていいことじゃない。包丁を取らせる前に素材を狩らせるとか、意味がわからん。敷居が高いとか、低いとかそれ以前の問題だ。それに料理教室で生徒の料理以前の心構えだの理念のためにわざわざ、生き物を大量に殺させることの方がよっぽど食への冒涜だと私は思うな。後で料理で使うとしてもだ。動物なら必要な分を最小限だけ殺して命を頂く、植物なら全ては採らずにあえて残しておく。食への敬意っていうのはそういう細やかなものだろう? 料理は政治で、ご家庭の食卓に最高の素材を並べるだっけな? 農家や牧場やら八百屋やら卸し市場やら……えんまちゃんが想像してる家庭は料亭かなんかか? 少なくとも普通の家庭は、街にある店を開いてるとこで買って、庭か畑に生えてる野菜で済ませるわ。だから、作る料理を設定して、1食分の費用を渡して、その範囲内で買い物をして、買えた材料から料理を作るとかが現実の家庭だろ。料理するのに武器は手に取らねぇよ。"お前"さ、1度ワンコインで買ったものだけで1食作ってみたら? 素人に向けた料理教室じゃねーよ。料理は物理ってのはまだわかるが、料理人が毎回作品を作っているというのはダメだ。意識が高過ぎる。世の家庭がイチイチそんなことを考えてるわけないだろうが。それにふわふわした気持ちも歴とした情熱や意欲だ。それを工夫に変えていければ正しく上達するだろうな。料理は努力って言うのもわからなくもないが、唾棄すべき世迷い言とまで言い切れるものか。最高の料理人が、最高の料理教室を開けることには直結しない。例えば凡人に剣を教えれる剣豪が何人いるよ? いや、剣には才能ってものも必ずしも勘定に入れなければならないからまだいいが、料理はそうじゃない。1日2~3回は必ず取らなきゃいけないものだ。だから死ぬ気で料理をしたい奴なんて一握りすら存在しないし、必要もないし、情熱も持てないんだよ。極論、ニーズとそれに応える料理だけ出来ればいいんだ。"テメェ"はあれか? 365日3食きっちり家族に用意してくれる世のお母さんの呟きを、世迷い言と切り捨てられるほど偉くなったつもりか? ヘルズキッチンなんてついて行ける奴はそれこそ頭がどうかしてる。だから生徒に頭のネジが飛んだ問題児ばっかり残ってるんじゃないのかな? それから――(自主規制)』

 

 喧嘩腰どころか、徐々に罵倒へとシフトする恐るべき歯に衣着せぬ物言いが逆に好印象であったためだったりする。

 

 やたらアルモーディアの視点が家庭的なのは、何人もの人間の夫になり、時には夫の連れ子を育てるようなことも行い、妻だったり、親代わり(ママ)だったりしたせいだと思われる。根本的に紅閻魔とは視点が違うのだ。

 

「その後、激怒して言動がどんどん過激になって行き、遂に行動を起こした亜瑠母様に『食べられる側の気持ちを知りたいなら実際に喰われてみろ、私は何度もあるぞ』と言われ、亜瑠母様に喰われそうになりまちた」

 

「アルモさん!?」

 

「ええ……」

 

「あのときは私……ヘルアイランドでヒュドラに頭を半分ぐらい齧り取られたりした後で、かなりご機嫌ナナメだったから……それに雀は吸血してもノーカンだし……」

 

 困惑の声を上げる立香とオルガマリーに対して取り繕うアルモーディア。わりと本気で喰い殺してやろうかと思ったらしい。ちなみに激昂するアルモーディアを止めたのは虞美人のドロップキックである。

 

 しかし、勉強熱心な紅閻魔はそんなアルモーディアにさえ師事したいとのこと。縁とはまっこと不思議なものだ。

 

「亜瑠母様は話しながら徐々に怒るタイプでち」

 

「それにその基準が微妙にズレててよくわからないのよ」

 

「そうなんだ……1度も怒ったところ見たことないからなー」

 

「アルモーディアって怒るのね……」

 

「そ、それよりも折角だから何か料理でも作ろうか……?」

 

 あからさまに全く関係のない話題に切り替えようとするアルモーディア。そうは問屋が下ろさないと言いたいところだが、アルモーディアは笑顔でピクピクと頬を痙攣させており、それ以上追及するのは(はばか)られた。

 

 しかし、それに純粋に反応した立香は何気無く、湧いた疑問をアルモーディアにぶつけた。

 

「朱い月のブリュンスタッドさんが食べてた料理とかってあるの?」

 

「ん? ブリュンスタッド様が好きだった料理? もちろん、あるよ」

 

「ああ……あれか。知っても失望するわよ……?」

 

「まあまあ、そう言うなってぐっちゃん。別に今さら減るもんじゃないだろ」

 

 そう言って何とも言えない困り顔をしている虞美人をアルモーディアは嗜めてから、立香たちに待つように言って厨房に向かう。

 

 そして、約十数分後――アルモーディアが持ってきた料理が載ったトレイの上にあったのは、油が張られて煮立つ小鍋、串に刺さった多少手を加えているがほぼ素材そのままの食材、パン粉と何かが混ざった粉、黒々とした香る液体などであった。

 

 そして――"ソース2度漬け禁止!"と書かれた旗が立っている。

 

 誰もが"えっ、これは……?"とあまりに似つかわしくない物の登場に困惑する中、アルモーディアは至極真っ当な表情でボツりと呟いた。

 

「串カツ」

 

 それは誰がなんと言おうと普通の串カツである。それも自分で揚げるタイプのモノだ。

 

 そのギャグのような言葉と状況に誰もが閉口する中、アルモーディアはそれだけでは足りないと思ったのか、唇に指を当てて少し考えた後に言葉を続ける。

 

「他にも今で言うところの焼き鳥とか、チーズフォンデュとか、チョコレートフォンデュとかも好きだったぞ」

 

「串モノ祭り!?」

 

「ああ、今で言うところのブルスケッタとか、カナッペも好きだったな」

 

「片手で食べれるものなのでちか……?」

 

「そう、ブリュンスタッド様は研究の片手間――というか片手で楽に食べられるモノを好んでたんだ。あの方らしいといえばらしいよね。他人からどう見えるとか全く気にしない辺りが特に」

 

「スゴいわよね。周りからの目とか考えないのかしら?」

 

 どこか懐かしそうにそう語るアルモーディアと、同じくやや溜め息気味で思い出した様子の虞美人。どこから突っ込めばいいものかと、その場にいた者たちは困惑する。

 

 その上、串カツを頬張る朱い月のブリュンスタッドなる月の王を想像して、笑っていいのかわからず、絶妙な半笑いを浮かべるしかない一同なのであった。

 

 

 

 

 







※料理人をしていましたが、アーサー王伝説は伝説のため、空想上の職歴を履歴書に書けるわけもないので、アルモさんの職歴はアルバイトのみです。



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アルモちゃんとジャンヌちゃん

 お久しぶりです。姉を名乗る不審者と申します。随分、遅くなってすみません。そこそこ生活が落ち着いてきたので、投稿頻度も多少上がると思います。暇潰しになれば幸いです。

 今年は姉を名乗る不審者(本物)の夏イベでの暴れっプリが凄かったですね(小声)





 

 

 

 

 彼女――ジャンヌ・ダルクはどこにでもいる普通の農村の娘だった。父親はドンレミ村の名士で、優しい母と、三人の兄と、一人の妹に囲まれ、それなりに裕福な過程で育ちはしたが、それ以外に特筆するようなことはあまりない。

 

 まあ、少々押しが強かったり、無自覚に図々しかったり、やたら食べ物に執着する上によく食べたりなど、端々に私の知るジャンヌ・ダルクのパーツが見られたが、概ね村娘である。冗談半分で武術を教えたら、私の数十倍の勢いで修得しそうになったことは流石は英雄の器といったところだろう。

 

 私は酒場に住み込みで働きながら、姉のような存在としてジャンヌ・ダルク――家族からはジャネットと呼ばれる彼女と接した。

 

 私の手料理目当てに週七で通ってきたり、実の妹を可愛がっているジャンヌを生暖かい目で見つつ、彼女の幼少期であり、平穏と言える時間を共に過ごした。だから、誰が何と言おうと私にとっては妹のような可愛らしい少女でしかない。

 

 そんな彼女が12歳のときに神の声を聞いたと言ってきたときは、出来るならばジャンヌ・ダルクというキャラクター――つまりはアラヤという巨大な円環を破壊してしまいたいと少しだけ考えてしまったのも仕方ないことかもしれない。

 

 それからはジャンヌ・ダルクと、最後までジャンヌと共に戦い、ジャンヌの死後も多くの戦場を巡ることになる兄の一人のピエール・ダルクに槍を教えもした。二人とも私よりも遥かに才能があったため、非常に複雑な気分だったが、二人の先を考えると寂しさだけが募る。

 

 そして、1428年。ジャンヌ・ダルクが16歳のとき、彼女の壮烈で高潔な儚い物語の歯車が廻り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 1431年。フランス、ノルマンディー地方ルーアン。

 

 火炙りにされ、男女の区別すらつかぬほど黒くなった亡骸から出た灰が風に乗って飛ぶ様を遠くから眺めながら、全てが終わったことを噛み締めていた。

 

 これから私は日本に向かい、戦国時代を見る。そのため、彼女の両親と兄弟に二度と顔を合わせることはないだろう。まあ、そうでなくとも最後に見た不安げな表情で彼女を送り出した母の姿を思えば話せることなど、ひとつしかない。

 

 最後の最期まで彼女は己の信仰に殉じたと。

 

 彼女が虜囚の身になった後も、私は圏境で出入りし、誰よりも近くで彼女と他愛もない話をした。

 

 最期を迎える前に助けてやりたいと何度も何度も考えた。しかし、彼女はただの一言たりとも私に望まず、弱音すら一度も見せようとはしなかった。ただ一言、呟いた要望は"海が見たい"という少女のように小さな望みのみ。

 

 尤も私は彼女を助け出せば抑止力に歯向かうことになるのは知っている。辻褄を合わせるために、彼女一人の死どころではない被害や、私自身に刺客が送られるため、たとえ彼女が助けを求めようと、助けることはないだろう。

 

 しかし、ならばなぜ、私は彼女が死ぬまでずっと通い詰めたのだろうか? 彼女のいる向かいの壁に座り込んで対話し、どんな言葉を望んでいたのだろうか? 私は彼女に一言"助けて"と求められていればどうしていたのだろうか?

 

 

 

 いつの間にか、今握り締めている拳から血が溢れているのはなぜだろうか?

 

 

 

 だが、行動に移されることなど彼女は決して望まない。私には健やかな生き方こそを彼女は要求するだろう。

 

 喪った者の復讐、報復、(とむら)い。そんなものは何かを失った整理のつかない心に区切りをつけるための残された者が行う手段でしかない。

 

 だから私には必要ない。最初からこの結末を知り、勝手に首を突っ込んだ私が暴れていては示しがつかず、道理も通らないのだから。これでいい、このまま私がフランスから消えればそれでいい。

 

 ああ、だが、仮に――。

 

 

 

 

 

 人理が崩壊し、ここが"邪竜百年戦争オルレアン"と呼ばれる特異点に隔離されれば、私はどうしていたのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『つまり……アルモ君はジャンヌ・ダルクが生まれたときから知っていて、姉のように接していたということなのかい!?』

 

「色んな偉人に這い寄るアルモお姉ちゃんはブイにゃのだー!」

 

「はい、アルモお姉ちゃん!」

 

 笑顔で答えるジャンヌ・ダルクこと、ジャンヌちゃん。現在は彼女とこの特異点についての情報共有と、私がジャンヌちゃんの人生の野次馬をしていたことをオブラートに包んで話したところである。

 

 ちなみに現地の人間に見られると、今はマズいと思ったので、近くの森の中で話し合っている。今日は時間も丁度いいので、もう野営だろう。

 

 ジャンヌちゃんから聞けたのは、フランス王シャルル七世を殺し、オルレアンにて大虐殺を行い、フランスという国を崩壊させたジャンヌがいるということ。

 

 他の特異点に比べるとやっていることが地味な気もするが、フランスは人間の自由と平等を謳った最初の国であり、多くがそれに追随したことから、フランスの崩壊はその起点を崩すこととなり、結果的に大規模な文明の停滞を招くという。うん、並べてはみたが、やはり他の特異点に比べると、やり口がジュラル星人染みているような気がする。

 

 それよりも不思議なものだよね。いずれその次女――おほん黒いジャンヌが、水着になったこのジャンヌちゃんにファミパンされながら、厨二病になって同人誌を描くハメになるのだから。私は今後どんな顔をして彼女と相対すればいいのかわからない。

 

「ほんっとお前、不必要に人間に首を突っ込んでばかりね」

 

「ははは、まあそう言うなぐっちゃん。人間も個々で見ればそれなりに捨てたものじゃないことは君も知っているだろう?」

 

「……知らないわよ」

 

 一瞬、間があったぞぐっちゃん。そういうところが優しいのだが、本人は自覚していないか、自覚しようとしていないのでこれ以上は語らない。

 

「あはは、ということは、ジャンヌさんは私のお姉ちゃんになるのかな」

 

 私とジャンヌちゃんとの話を聞き、ぐっちゃんと会話していると、立香が無自覚に地雷源でタップダンスをし始めた。

 

「お姉ちゃん……?」

 

 それは立香なりの冗談のつもりだったのだろう。しかし、唖然とした様子で表情を失い、唐突に笑顔になった上で、瞳孔の開き切った目をしながらポツリとその言葉を呟いたジャンヌは明らかに様子がおかしかった。

 

「つまりあなたは私の妹……? 私はあなたのお姉ちゃん……?」

 

「いかん、早過ぎる」

 

 ルルハワは時期尚早過ぎるため、私はブラウン管テレビの映りを直す要領で、ジャンヌちゃんの眉間に中指と人差し指を目にも留まらぬ速度で当てた。

 

「う……私は何を……?」

 

「危なかった」

 

 一瞬の行動でジャンヌちゃんは今のやり取りを忘れたようだ。これぞ長年の修行で覚えた人差し指と中指を用いて対象の眉間に正確に一定のHzの振動を与えることでシナプスの結合を選択的に分解する記憶処理用の技だ。慣れると、改竄も可能になるため、中々便利なのである。

 

 ちなみに昔、冗談半分で教えたら覚えてしまったため、ジャンヌちゃんも使えたりする。何故か、パンチで彼女は出来るけど。

 

「毒は……」

 

 私はワイバーンの生の胸肉を爪で切り取り、少し指で転がしてから口に含んだ。しっかりと咀嚼してのみこむ。

 

「ふむ……まあ、ワイバーンの種類的にもありえないとは思ったが、やっぱり持ってないな。普通にどこにでもいるワイバーンか」

 

「普通この時代にワイバーンはいないわよ……」

 

 ぐっちゃんがそう呟くが、知らないったら知らない。コイツらなんてちょっと大きめなトカゲの延長線の生き物だ。

 

 臭いに関しては臭みはそんなに無さそうだが、とりあえず香草を使うか。

 

空想具現化する(マブる)から皆ちょっとだけ私から離れてね」

 

 私が指を振るうと周囲に幾つかの神代から現代まで幅広い香草が生える。更に指を回すと水を鍋の中に直接発生させて水を張る。そして、指を鳴らせば鍋の下にガスコンロのように一定の強さと間隔で鍋を囲む火が灯った。最後に指で引き寄せる動作をすると、太めの木の枝が手元に飛んできて、その場で二本の菜箸が出来上がる。

 

 ある程度水が温まり、お湯になってきたところで大きく切り出しておいたワイバーンの胸肉を指で引き寄せて鍋に投入し、最後に香草を掴み取って鍋に投入してからしばらく煮立てた。

 

『こんな例えは変なのはわかるんだけどさ……』

 

「何かなロマニ?」

 

『ジ○リのアニメの魔法使いみたいだ』

 

「まあ、空想具現化はおよそ普通の人間が抱いている魔法像そのままだからねぇ。人工物を弄ること以外はなんだってできるさ」

 

 真祖にしかできない調理風景に対し、ロマニのあんまりにもあんまりな感想にどうかと思ったが、端から見れば確かにそのようになっているのかも知れないな。

 

 魔術の理論も自然の理もねじ曲げ、証明不能な自然現象が故意に起こり続ける様は、魔術などに精通しているほど不可解に感じるものだろう。

 

 立香、ぐっちゃん、ジャンヌは見慣れているのか普通にしているが、それとは対照的にマシュちゃんとマリーちゃんの二人は考えていることに違いはありそうな様子だが、どちらも目を輝かせて私を見ていた。

 

「私にもできるかしら……?」

 

「おいでマリーちゃん」

 

「うん……!」

 

 そう言うとマリーちゃんは嬉しそうな笑みを浮かべ、私の元までやって来たので、私は空想具現化のコツを片手間に教えることにした。

 

《なんだか所長……随分子供っぽくなったわね》

 

《それはそうでしょう。魔術刻印も人間の体も失って、ロードの魔術家としての誇りどころか、人としての誇りまで全部壊れちゃったんだもの。今のマリーちゃんの心は、何も飾るものも守るものもない剥き出しのままだから、誰かに依存していないと生きていけないんだよ》

 

《………………》

 

 ぐっちゃんが珍しく、精霊種や吸血種にしかわからない波長の言葉で、まだ真祖に成り立てのマリーちゃんには聞こえないように私だけへ語り掛けてきたため、そう返事を返す。すると優しい精霊種の吸血種は閉口した。

 

《少しでも責任を感じているなら、ただ撫でるか抱き締めてあげなさないな。それが恥ずかしいなら特別扱いせず、普通に接してあげるだけでもきっと喜ぶよ》

 

 それからぐっちゃんは言葉を返さなかったが、強要するようなことでもないため、こちらもそれ以上言うことはない。まあ、でも――。

 

(オルガマリーちゃん……実質私とぐっちゃんの娘みたいなものなんだよなぁ……)

 

 まあ、ぐっちゃんとオルガマリーちゃんは、気づいているかいないのかわからないので言わぬが華だろう。

 

「~♪」

 

 その後、しばらく煮立つまで暇なので、特に理由もなく"ideal white"を歌いながら鍋を見ていた。

 

(また、アルモさんが凄い歌詞の歌を歌ってる……)

 

(綺麗な声ですね……)

 

(ずっと喋らなきゃいいのよアイツは)

 

 そこの現カルデアマスターと元Aチーム二名。小声で話しても聞こえてるからな? 特にぐっちゃん。トークのないアルモちゃんなんて、カレールーのないカレーみたいなものだろう……あ、それだと肉じゃがになるか。

 

 それから煮詰めて臭みを抜いた後は、ウェアウルフから採った油を使って、唐揚げにする予定である。

 

「じー……」

 

 後、これと同じ事を最初からずっと物欲しそうに覗き込んでいるプロテアちゃん用の巨大な鍋を具現化して、ワイバーン数十頭にもしなければならないので、少し大変だが、可愛い怪獣のためなので全く苦ではないな。

 

 

 ちなみに――。

 

 

「ああ……幸せです……」

 

 

 ジャンヌちゃんが、プロテアちゃん用のワイバーンの骨抜き唐揚げを丸々1個、要するにワイバーン1頭分を完食しやがったことに周りの者は度肝を抜かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いますぐにオルレアンに攻め入りましょう!」

 

 翌日の早朝。ジャンヌちゃんは声高々に我々にそう宣言した。

 

 確か、今の戦力では打ち勝てるかどうかわからないので、確証がないと攻めいることもできないといったことを原作では言っていた気がするが……もうこの時点で嫌な予感しかしない。

 

「一応聞くが、作戦は?」

 

「まず、アルモお姉ちゃんを突撃させます」

 

「うんうん……うん?」

 

「それから空想具現化で自爆してもらって敵城ごと吹き飛ばすのです……」

 

「ちょ――」

 

「人類の危機以上の有事の際はありませんから、致し方ない犠牲です」

 

 どこかの鬼畜眼鏡軍師のようなことを言い始めたジャンヌ。これがバタフライエフェクトかと戦慄を覚え、ひょっとして霊基が水着になり掛けているのではないだろうかと考えた。まあ、私が自爆しても、すぐに再生するから実質無傷なので理には適っているんだ。

 

 流石は元々のジャンヌ・ダルクはまだ脅し用や攻城兵器という認識だった大砲を、人間に向けて放った戦争の天才にして、人間の屑――もとい発想がサイコパス染みているジャンヌちゃんである。

 

 しかし、果たしてそこまで、ハチャメチャなことをしてしまっていいものなのかと考え、私は尤もらしい言い訳を唱えることにした。

 

「ジャンヌ。明らかにジャンヌ・ダルクらしからぬもう一人の君がいることで焦るのは仕方ないが、いきなりそれは悪手だろう。ここは特異点。私でもどうしようもないような何かがいるかも知れないんだぞ? まずは敵の戦略を確認した方がいいんじゃないか?」

 

「…………そうですね。お姉ちゃんは逃げませんから、先に情報を集めましょう」

 

「ねぇ……コイツ頭おかし――」

 

「言うなぐっちゃん。これが英霊ジャンヌ・ダルクなんだ」

 

 実際に目にした戦いを思い返せば思い返すほど、ルーラーでなければ恐らく、バーサーカーに一番適性があるのではないかと思う。宝具は対人宝具の大砲に違いない……あ、だからアーチャー適性もあるのか。

 

 そんなこんなで、まずは敵戦力の把握をすることに方向性は固まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうすぐラ・シャリテです」

 

 オルレアンに直接乗り込む前の情報収集では、ひとまずはオルレアン周辺の街や砦で聞き込みを行うことになった。

 

 そして、近場の街に向かったのだが、近付いてみれば街からは黒煙が上がっており、明らかに様子がおかしい。

 

「これは……」

 

 風に乗って、人の焼ける臭いが漂ってくることがわかる。私は慣れており、ぐっちゃんとジャンヌちゃんは顔をしかめているが、残りの面々は青い顔をしていた。

 

「戻るか? なんなら街の外で待っていてもいいよ?」

 

 そう言ったが、全員はそれでも行くと言ったため、既に外観も半ば廃墟と化している街へと足を進めた。そこにはワイバーンに破壊されただけでなく、明らかに人為的な攻撃で体に穴が開いた死体が幾つも転がっていた。

 

 まあ、折り重なった死体に火が放たれ、趣味の悪いキャンドルのようになっているモノもあった。黒煙はコレから立ち昇っているのだろう。

 

「惨い……」

 

 立香の呟きは尤もと言える。拷問して殺されなかっただけマシと言ったところか。

 

「消すよ。プロテアちゃんは他に燃え移りそうな炎を踏み消しといて」

 

「はーい!」

 

 私が指を弾くと空想具現化により一部の気温が急激に下がり、目についた炎が次々と消えていく。まあ、死体は燃やしておいた方が後々、面倒を持ち込まない気もするが、逃げ延びた者が、死体を見つけられないのも不憫だ。二度殺すことになっても仕方あるまい。

 

『待った! 先ほど去ったサーヴァントが反転した! まずいな、君たちの存在を察知したらしい!』

 

「数は!?」

 

 立香らの会話は聞かず、しばらく消火活動をしているとロマニから叫ぶような通信が入ったため、私も立香らの元に行き、ロマニの話を聞いた。

 

『おい、冗談だろ……!? 数は五騎! 速度が迅い……これはライダーか何かか!? と、ともかく逃げろ! ああ……ダメだ! もう逃げられない! マシュ、とにかく逃げることだけ考えるんだ! いいね!?』

 

 ロマニの通信はそこで終わる。そして、このすぐ後にオルレアンでの最初のサーヴァント同士の対面が始まるんだなと思い浮かべ――。

 

 

 

 次の瞬間、細く刺すように感じた殺気により、自然に動いた身体は、上半身を少し屈ませて腕を盾にする防御姿勢を取った直後、途方もない打撃による衝撃を片腕に受けた。

 

 受ける直前に攻撃体勢を取った私は、感覚を研ぎ澄ませ、大気の僅かな震えを感じ取り、何もない虚空に向かって蹴りを放った。

 

 その直後、遅れて互いに発生した衝撃は私の身体を数十m弾き飛ばし、攻撃が命中した片腕からは、骨が折れた異音と痛みを感じさせる。そして、同時に虚空に放たれた蹴り、何かを捉えて大きな打撃音と骨がひしゃげ、筋が千切れる音を響かせ、襲撃者を私が吹き飛ばされるのとほぼ同じだけ弾き飛ばした。

 

 また、氣を込めて放つことで相手の氣を乱したため、襲撃者が使っていた隠密術――圏境が停止し、その姿を現す。

 

『な……そ、そんな……こんなことが――!?』

 

「あり得るだろう。この時代のフランスにコイツがいることは君らもよく知っているじゃないか」

 

 その容姿を視認して、やはりそうだったという確信と共に大きな溜め息を吐く。そして、私と同じく防御をしたが、へし折れた片腕を治している相手に対して言葉を投げた。

 

 

 

「どうも、"この時代の(アルモーディア)"。遊びなら余所でやってくれないか?」

 

「ようこそ"未来の(アルモーディア)"。そう言わず、少しだけ遊んでいけよ?」

 

 

 

 まさか型月名物自分殺しを、こんなにも早く、自分自身が味わうことになるとは思っておらず、妙に挑戦的な笑みを浮かべている紛れもない私自身に顔をひきつらせるばかりだった。

 

 

 

 






 あ、流石にしばらくドゥムジをふかふかする作業がありますので、ちょっとすぐに更新はできないと思います(マスターの鑑にして、投稿者のクズ)。

 え? 七月の終わり頃までは忙しいって言ってたのに、ちょっと遅過ぎる? 八月はまだしも九月の頭は何をしていた?

 …………そう言えばリースXPって名前で匿名投稿している者が、九月の頭ぐらいから、"B級パニック映画系主人公アトラさん"とかいう題名の感じや、あらすじの書き方がこの小説にクリソツなHUNTER×HUNTERの二次創作を書いていますね。ワー、イッタイショウタイハダレナンデショウネー。オネエチャンワカラナイナー。



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オルモちゃんと鳩


どうも姉を名乗る不審者と名乗っていたものです(真名判明)

色々あったり、新しい小説を投稿したりしたため、連続して投稿するのがキツく、半ば放置気味になるぐらいなら、いっそのこと匿名投稿を止めて、全てを吐き出した方がいいと思ったので、匿名投稿の設定を解除しました……(自首)

私の小説を楽しみにしてくださる方々がいることは、重々承知しておりますので、こんなどうしようもない奴が書いておりますが、それでもよろしければ今後とも楽しんでいただければ幸いです……。






 

 

 

 

 ある日、私は朝の散歩として川辺を歩いていると、赤子の泣き声が聞こえてきた。

 

「んー?」

 

 そのため、この辺り一帯に氣を張り巡らせると、赤子が捨てられており、その周りに無数の鳩が群がっていることを認識する。

 

 生きたまま、赤子が鳥葬される場面なぞ、見たくはないため、赤子の元に向かうと――。

 

 

「くるっぽー」

 

 

 その途中で、1羽の白い鳩が一声鳴いて、私の肩に飛び乗ってきた。どうも普通の鳩ではなく、どこかの神の化身に近い性質が見て取れる。どうやら、鳥葬されることはないようでひと安心だ。

 

『――――!! ――――――!!』

 

「おぉ……? "半神"の女の子か。全く……どこの罰当たりが捨てたんだか――」

 

 私は打ち捨てられ、鳩達に介抱されていた赤子を抱き抱えてあやす。しかし、一向に泣き止む気配はなく、長年の経験からお腹が空いていると理解する。

 

「仕方ないなぁ……ちょっと待ってて」

 

 一旦、鳩達の翼の上に赤子を置き、肩の白鳩も地面に置くと少しだけ離れて、小さく体を爆散させてから再構成する。その際にいつもよりも少しだけ肉体の設定を変えた。

 

「ぅ……ん……ふう、よしよし、出るようになったな」

 

「くるっぽー」

 

 そして、再構成を終え、再び赤子を抱くと、何故か白鳩も再び肩に乗ってきた。どうやら、コイツはコイツなりに心配しているのかも知れない。

 

「ほら、ご飯だぞー?」

 

 私は服をはだけさせると、いつもの体よりも一回り大きくなった胸を赤子に向け、乳頭を口に含ませた。すると赤子は必死な様子で口をつけ、小さな喉を何度も鳴らす姿に微笑ましさを覚える。

 

 母乳というものは、白い血液とも呼ばれ、実質的に赤血球がなく、栄養価の高い血液のようなものなので、そのために真祖の吸血鬼の血を飲ませていると思われるかも知れないが、吸血鬼の血と母乳は決定的に別物である。というか、仮にそうならば吸血衝動を母乳で紛らわせるというシュールなことになってしまう。成分が違うのだろう、よって人間に与えても吸血鬼化もしないし、そもそも再構成の時にその辺りに一番気を使っている。

 

 また、ちゃんと初乳なので免疫もつく。一石二鳥だな。

 

「はぁ……暫く、お酒は禁止だよねぇ」

 

 それを若干、憂鬱に思いつつも暫くはいい暇潰しが出来たので良しとするか。子育ては割と好きなアルモちゃんであった。

 

「"鳩"……"半神"……"女の子"ねぇ……」

 

 今回は全く意図したものではなかったが、大方優等生なアルモちゃんに押し付けた抑止力の仕業であろう。それよりも、どうやらその単語だけでも、この小さな女の子がこれから如何なる人生を歩み、どうやって死んで逝くのか大方予想がついた。

 

 そして、彼女の名前さえも――。

 

「よし、じゃあ……君の名前は"□□□□□()"ちゃんだ」

 

「くるっぽー」

 

 あんまりな名前な気もするが、今の時代の人間の名付けなんて全体的に見たままを名付けたり、地名や、親の職業が使われたりすることがほとんどなため、これでも上等なものであろう。

 

 久し振りにアルモママの出番である。まあ、そこそこ育ママなアルモママは、私の知る彼女とは少しだけ違った性格になるかも知れないが、その辺りは成長してからのお楽しみとしよう。アルモちゃん楽しみ。

 

 これもまた、神話には書けない非常に地味な(抑止力に廃絶されない程度の)裏話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在、カルデアの一行はマスターの藤丸立香、真祖の虞美人、真祖の体のオルガマリー、デミサーヴァントのマシュ、ジャンヌ・ダルクが、5騎のサーヴァントと対峙する。その一方で、真祖アルモーディアは、何故か最悪のタイミングで奇襲を仕掛けてきたこの時代の自分自身と少し離れた場所で既に激闘を繰り広げていた。

 

 そして、ジャンヌ・ダルクと瓜二つの黒いジャンヌ・ダルクの一触即発で平行線の対話の後、戦闘が開始される。そんな中、アルモーディアと契約しているキングプロテアは彼女に指示を出されないため、状況が飲み込めずにいるようだ。

 

「えっと……えっと……」

 

 片や仲間達の全員がサーヴァント達と戦い、片や自分自身のマスターが自分自身と戦っている。アルターエゴというクラスであり、自身とは別のアルターエゴを知っているキングプロテアでも困惑するのは仕方ない事であろう。

 

 そして、すがるようにアルモーディアに目を向けようと、自分自身との戦闘に集中している彼女の眼中には、既にキングプロテアが映ってさえ居ないようだ。

 

「プロテアちゃん! お願い! 力を貸して!」

 

「――――ぁ……はい! 頑張ります!」

 

 そんな中、アルモーディアではなく、立香がキングプロテアに声を掛けたことで、彼女は花が咲くような大輪の笑みを浮かべると、仲間達に加勢し、5騎のサーヴァントに加え、集まってきた大量のワイバーンに対処し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――シィィ!!」

 

「――――キハハッ!!」

 

 現代のアルモーディア()オルレアンのアルモーディア()の同時に放った拳が、正面から激しくぶつかり、大気を轟音と共に震わせるだけに留まらず、我々を中心として大地に亀裂が走る。

 

 間髪入れずにひたすら打ち込むが、オルレアンのアルモーディア――面倒だから"オルモちゃん"でいいや。オルモが全く同じように反応して、拳を合わせてくるため千日手以外の何物でもない。

 

 たまにフェイントや、強めの攻撃等を織り交ぜようとそれに対しても、超反応でほぼ同様のカウンターを繰り出し、それに私も反応できるため、全く戦況が動かない。それもそのはず、目の前にいるのは思考のパターンまで完全に同様のアルモーディア()自身だ。相手が何をするのかなんてことは、手に取るようにわかるわけで、まるで鏡とひたすらジャンケンをしているような気分にさえなる。

 

(ああ……こんなんなんかあったな……時のオカリナのダークリンクだったか)

 

 久し振りにやりたくなったなと下らないことを考えながら一旦、オルモから飛び退き、空想具現化を軽く発動させると、数百mに渡って地面が槍のように隆起し、オルモに向かっていく。しかし、それをオルモは全く同様かつ適量の空想具現化を当てることで、一切余波すら生まずに相殺して事なきを得て、そのまま私の懐に飛び込み、再び互いの拳が交錯した。

 

(しかもたった数百年ぽっちじゃ、空想具現化の性能もほとんど変わらん。その上、我ながらイカれていると考えるぐらいアルモーディア()は、対魔王の防御面で特に精通した真祖だ。マトモに削り倒すならどんなに短く見積もっても不眠不休で1ヶ月は掛かるぞ……オルレアンが終わるわ!!)

 

 打ち合っていると徐々に己の拳自体が悲鳴を上げるミシミシと軋む感覚が伝わる。血が滲み、骨がひび割れ、筋と腱が裂け、神経が潰れていく。しかし、私がそうなっているということは、オルモも同様の状態だということであり、打ち合う毎に私の血だけでなく、オルモの血もまた私の衣服に降り掛かる。

 

 そして、打ち合ったある瞬間に、私とオルモの片方の拳が同時に爆散するが如く砕け、手首から血のシャワーが吹き出る。それぞれ左右は別の拳だ。また、それは互いが狙っていた隙に他ならなかった。

 

「――――!?」

 

「――――!?」

 

 拳が砕けた瞬間に私は右足でオルモの胴を狙い、オルモは左足で私の胴を狙い、空想具現化で馬鹿げた威力まで引き上げ、武術による補正の掛かった渾身の蹴りは、互いに互いの上半身を手榴弾でも使ったように上半身の半側を消し飛ばす。

 

 そして、爆破とまで言える程の暴力的な空想具現化の威力の余波で互いの体はそれぞれの方向に大きく吹き飛ばされ、比較的マシな下半身で受け身を取って、まだ見える左側の目でオルモを見ると、向こうも同様に受け身を取り、私と視線を交えた。

 

 その直後、オルモの粉々になった半身が倍速で逆再生でも見ているような速度で再生していき、私の崩れた半身もそれと同時に再生を終える。

 

 するとオルモは呆れたような表情で声をつけて溜め息を吐くと、わざとらしく肩を竦めた。

 

「これが名物"自分殺し"って奴だな。で? どうする? オルレアンでカルデアご一行が、人理修復が終わるまで続けるかい? 私は別に構わないよ?」

 

「何が目的だ……?」

 

「目的ィ……? ああ……なんとなく大暴れしたい気分だからかな? 他には……黒いジャンヌちゃんも、未来で私の妹だからじゃダメか?」

 

「………………家族(ジャンヌ・ダルク)の仇討ちか。本来の歴史ではしなかったが、特異点として隔離されたため、抑止力の枷が外されたせいで、ただひとりの復讐の為だけに動いていると」

 

「――――いやだねぇ……自分自身ってのは。言わなくても腹の中まで見通しやがる。まあ、そうだとして、お前はどうする? 散々やってわかっただろう? 私にお前は殺せず、お前にも私は殺せない」

 

 オルモはそう言うと、立香達の方を見る。既にライダーとキャスターのサーヴァントが乱入してきたようで離脱するところのようだ。どうやら虞美人や、キングプロテアがいたことで、バーサーク・ライダーと、バーサーク・セイバーも戦闘に出ていた程度の違いだけで、結果的に大筋と変わりないらしい。

 

「はぁん……あれが藤丸立香かぁ。女の子の方なんだな。可愛いけれど……随分、未来の私はご執心な様子だな」

 

「………………」

 

 その言葉に少し驚いたが、直ぐに納得した。そして、凶行に及んだ理由も納得出来る。

 

 当然だが、立香に会う前の私は、立香のことを"Fate/Grand Order"という物語の主人公だということ以外は、一切知らず、評価もしていないのだ。マークしておいた方がいい人間以上の価値はなく、実際に私もそう思っていた。

 

 それならば、今のオルモには家族を殺されたことへの怨みしかないのであろう。本来の歴史ならば、抑止力のために取らなかった途を選んだ私自身なのだ。

 

「ぐっちゃんを連れて来てるのは、私なら絶対そうするからわかるが……プロテアちゃんをこの時点で引くって運どうなってんだ全く……。いーなー、おっきくて可愛いなぁー」

 

 自分で自分のことを酷評するのは癪だが、あえて言うと、この期に及んでどんな思考回路してやがるんだコイツ。

 

「潮時か……」

 

 立香らが離脱し始めたため、私も圏境を使って姿を隠してからオルモから離れる。こうなれば私でも容易には探知できないため、距離を取られればオルモでも見つけることは不可能だ。

 

「ウフフフ……まあ、人理修復には最終的に協力するよ。だから、最後には負けてやるから――――精々、全力で殺し合おうじゃないか」

 

 そのまま、立香の元へと走っていく最中、私の背中にそんな言葉が聞こえた。

 

 立香に会う前の昔の私って、こんな色々拗らせたサイコ野郎だったんだ……。ありがとう立香……私、君と出会えて、少しは人間に戻れてたんだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「霊脈を確保して、召喚サークルを確保し、新たなサーヴァントを召喚しよう」

 

 一先ず安全を確保し、先にライダーのサーヴァント――マリー・アントワネットと、キャスターのサーヴァント――ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトとの顔合わせの後、私はそう提案した。

 

 ジャンヌ・オルタが今はまだ自身をジャンヌ・ダルクだと思い込んでいるため、ジャンヌちゃんは色々と煮え切らない様子だが、それは一旦置いておき、私――オルモが本気で不真面目に挑んで来るのならこちらも徹底抗戦せざるを得ない。

 

『と、唐突だね……』

 

「相手は私自身だ。なら可能ならば間違いなく、今の私のプロテアちゃんのように他のサーヴァントを召喚していると考えていい。となると使えるものは全て使った方がいい」

 

 そう、ここにいる面々と、オペレーターをしているロマニに言うと、異議はなかったため、言葉を更に続ける。

 

「ありがとう。さて、ロマニ。私と立香の一騎ずつぐらいは行けるだろう? なんなら、私がこの場で魔力を肩代わりしてもいい」

 

『えっ……うん。それはそうだけど霊脈の位置はここから少し離れて――』

 

 

「問題ない……"空想具現化(マーブル・ファンタズム)"」

 

 

 私が大地に手で触れた次の瞬間、地面が少しだけ揺れ、風の流れが変わると共に、地下を通る力の流れが捻れ、暖かなモノが溢れ出すことを感じた。

 

「はい。地殻の流れを変えて、この場所をたった今から霊脈にした。人理修復されれば元に戻るから問題ないだろう? まあ、それでも問題だと思うなら召喚したらまた元に戻せばいい」

 

『ええ……そんな無茶苦茶――な……もう、なってるぅぅ!!!?』

 

「幻想種の中でも最上級で、星の触覚の真祖に出来ないわけないだろ。人間の工事みたいなものだ」

 

 そんなこんなで、野営を兼ねてこの場に召喚サークルを立てることになり、マシュに頼むことにした。

 

 

「わ、私もいつか出来るのかしら……?」

 

「アイツと私たちは格が違うから一緒にしない。例えば、真祖を鮫だとするじゃない? 私とお前をホオジロザメだとしたら、アイツはメガロドンよ。最早、別種よ別種」

 

『それは……レベルが余りに違うなぁ。朱い月のブリュンスタッドのモデルの真祖は、吸血衝動の代わりに素のスペックの高さがとんでもないってことか……』

 

 

 なんだか、ぐっちゃんとオルガマリーちゃんが会話をしており、ぐっちゃんの私の認識があんまりにあんまりな気がするが、知らないったら知らない。

 

 そんなこんなで現地での英霊召喚の準備が整ったため、立香と共に召喚サークルの前に立った。そして、召喚――の前に立香に背中から抱き着き、少し屈んで頭とうなじの匂いを嗅いだ。うーん、我ながらキモいけど、もうアルモお姉ちゃんは、立香無しでは生きていけない体なのです。

 

「すぅぅぅぅぅ……はぁぁぁぁぁ……すぅぅぅぅぅ――ふぅ……。リツカニウムの補給補給……」

 

「アルモさん、私の匂いそんなに嗅がなくてもいいのに……」

 

 ちなみにリツカニウムは、精神依存及び身体依存を引き起こす上に、耐性が付く依存物質なので、1度手をつければ、ヘロインやモルヒネと同じ――いや、それ以上の依存物質なので手をつける際はそれ相応の覚悟が必要である。

 

 ああ……立香の血……"吸いたい"な。

 

「――さて、まずは立香からどうぞ。レディ・ファーストだよ。ワイバーンいっぱい居るし、アサシンとかオススメだな」

 

「あっ、うん」

 

 最早、ツッコミことすらせず、気持ち目の光が弱くなったような立香は、私に言われるがままに召喚サークルに手を掛けた。

 

 召喚サークルが光を放って回転し、中央に英霊が現れる。おお、時代を感じさせる少し古風で、露出の少ない衣装にも関わらず、一目でわかる"たわわ"な――。

 

 

「召喚に応じ参上しました! アサシン、"シャルロット・コルデー"です! 一生懸命頑張りますけど、失敗したらごめんなさいね!」

 

 

 ――――立香を傷付けに来るの早い……早くない……? 止めてくれよ……。あっ、ここそう言えばフランスだったわ。ちょっと納得。

 

「シャルロット・コルデーさん! よろしくお願いしますね!」

 

「はいっ! 気軽にシャルロットとお呼びください!」

 

『シャルロット・コルデー……フランス革命においてジャコバン派の重鎮、ジャン=ポール・マラーを暗殺した女性かぁ』

 

 まあ、早速馴染み出したたので良しとしよう。後ろではマリー・アントワネットちゃんが話したそうに、目を輝かせてうずうずしているので、とりあえずシャルロットちゃんをそちらに向かわせる事にした。

 

「アルモさんはどんな英霊を喚ぶつもりなの?」

 

「欲を言えばインド神話系とかのサーヴァントが来てくれれば、(オルモ)とも確実に戦えるだろうから良いけれど、触媒もない召喚だから、私に所縁のある英霊が誰かしら喚ばれるんだろうなぁ」

 

「スカサハさんとか?」

 

「止めてくれよ……」

 

 いや……まあ、戦力的には大助かりだし、ワルモちゃんと化しているオルモの根性を叩き直しに行く事は間違いないので、大当たりと言えば、大当たりなのだが……うん、後が怖過ぎるから、来てもいいがなるべく来ないで欲しいなぁ……なんて、あはは……。

 

 まあ、100%私情以外の何物でもないため、それ以上は考えず、無心かつ私自身を触媒にしての召喚を行う事にした。

 

 そして、召喚サークルがプロテアちゃんの時と同じように虹色に輝き、散々フラグを立てたせいで、師匠が降臨なさったと真顔で気持ちを引き締めていると――。

 

 

「サーヴァント、アサシン。セミラミスだ。……さて、まずは玉座を用意せよ。話はそれからだ。無いのであれば仕方ない、汝が椅子になるが――」

 

 

 私は思っても見ないサーヴァントの召喚に目を丸くし、それは彼女――アサシンも同じだったらしく、言葉を途中で止め、彼女の切れ長で冷徹な印象を抱かせる瞳を驚きと共に優しげに歪め、私とほぼ同時に口を開いた。

 

 

 

「"母上"……?」

 

「"鳩"ちゃん……?」

 

 

 

 彼女の名はセミラミス()。2000年と800年ほど前に川辺で赤子の頃に拾い、私が育て上げた娘のひとりである。

 

 あはは……いいことを思い付いたぞ、オルモ。お望みの通り、徹底的に戦ってやろうじゃないか……。

 

 

 

 

 

 







・結論
アルモちゃんは極上の召喚触媒



・セミラミスの経歴の一部
 母デルケットが男の誘惑に負けて姦通の末に自分を産み、その挙句に"お前は恥だ"と罵りながら水辺に捨てられたが、半分が神だったため、鳩たちが彼女を温かく包み、養育したと伝えられている。また、セミラミスとはアッシリア語で鳩を指す。




虚栄の空中庭園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)
 セミラミスが生前に作り上げられたと伝えられている空中庭園。想像を絶する巨大な浮遊要塞。
 現実世界に"虚偽"の代物を持ち込むので、"セミラミスが生きていた土地"の木材、石材、鉱物、植物、水といった"材料を全て揃える"必要があり、さらに中東に存在するある年代以降の遺跡から、土と石を一定量運び、それを組み上げることによってようやく発動準備が完了する。また、三日三晩の長時間の儀式を行う必要がある。

あっ(空想具現化+育ての親)、ふーん……(察し)





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アルモちゃんと女帝



珍しく久し振りに初投稿です。


 

 

 

 

「母上ー!!」

 

 豪邸と言う程でもないが、質素という程でもない家。そんな屋敷内を4~5歳ほどに見える少女が足早に移動していた。

 

 デフォルメされたワイバーンのぬいぐるみを胸に抱えているその少女は、長い黒髪とエルフのような切れ長の耳をし、実際にまるで妖精のように可愛らしい少女であり、成長すれば絶世の美女になることが約束されていると誰しもが考えるほどだろう。

 

 また、何故か少女は赤い生地に"Buster"という文字の入ったTシャツを着ており、現代の人間が見れば"ダサT"等と呼ばれそうであるが、今の時代は2800年ほど現代から離れているため、ただのオーパーツである。

 

「ふー…… ふっふん♪ ふふっふふん♪」

 

「くるっぽー」

 

 そして、少女はキッチンにやって来ると竈の前に鼻唄を歌いながら作業をしている、背が高く後ろ姿だけでも絶世の美女とわかるウェーブの掛かった金髪の女性の背後に立つ。また、女性の肩には白鳩が止まっており、装飾品の一部のように自然に見えた。

 

 そこで少女は少し悪戯っぽい笑みを浮かべると、気付かれないようにと足音を消して近付き、女性の足に抱き着く。

 

「母上! おやつ!」

 

「おおっ! 鳩ちゃん! ビックリしたぁ!」

 

「くるっぽー!」

 

 女性――真祖アルモーディアは、かなりオーバーアクション気味に驚いて見せる。少女――セミラミスは悪戯が成功したと思い、嬉しげな笑みを浮かべつつ抱き着く力を強めている。

 

「うーん、なら今日のおやつは……いい果物と砂糖があるから冰糖葫芦(ビンタンフール)でも作るかな」

 

「び……びんたんふーる?」

 

「りんご飴みたいな奴だよー。でも食べ過ぎて晩御飯が食べれなくなったらダメだぞぅ?」

 

「はーい!」

 

「うふふ、いい返事ね。水出してあげるから手を洗いましょう?」

 

 そう言うとアルモーディアは、片手をセミラミスに伸ばし、少しだけ強めに優しく彼女の頭を撫でる。また、それが好きなのか、セミラミスもより笑みを溢し、目を細めながら撫でられていた。

 

 

 

 これは種族も名も問わず、ただの親子だった2人の幼く何気ない時間の記憶である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は、母上さん……ですか?」

 

「え……あ、アルモさんのこと……?」

 

『それに今、"セミラミス"って言ったよね……? あの世界最古の毒殺者で、暴政を敷いたアッシリアの女帝の?』

 

「ほう……どうやら、お前たちの中に、毒酒を呷る機会に預かりたい者がいるようだな。ならば存分に与えよう……光栄に思え」

 

『ひっ、ヒィッ!? ごめんなさい!?』

 

 アサシン――セミラミスを呼び出して早々にロマニが見えている地雷を自ら踏み抜き、弄られている。馬鹿なのかと言いたくなるが、ロマニはそう言う奴なので仕方なかろう。

 

 それよりもセミラミスの背後に音もなく回り込む。そして、私は手を伸ばすとギュッと鳩ちゃんを優しく力一杯抱き締めた。

 

「なっ!? 母上――」

 

「"また"会ったね鳩ちゃん! ざっと2800年ぶりだ!」

 

「ぁ……」

 

 そう言うとセミラミスは言葉を止めて息を吐き、切れ長のエルフ耳を赤く染めた。私からは表情は伺えないが、セミラミスを正面から見ている立香たちがなんとなく微笑ましい笑みを浮かべているように見えるため、大方の想像は付く。

 

 そして、周りの生暖かい視線に気づいたセミラミスは、プルプルと震え始め、私の抱擁からやんわりと離れようとするが、筋力E程度のランクしかないサーヴァントが、ヘラクレスよりちょっと高い筋力(筋力Aランク以上)の私を振りほどける筈もない。

 

「や、止めよ……母上……母上!」

 

「ああぁ……もう、鳩ちゃんったら……! 一番初々しい(全盛期)頃の姿だから、綺麗で可愛くて良い匂いだしでサイコー! ハスハス……ウェヘヘ……お母さん嬉しくて色々と興奮し――」

 

「…………ふん!」

 

「うぼぁー!」

 

 弄り過ぎた上に調子に乗り過ぎたため、セミラミスの宝具――"驕慢王の美酒(シクラ・ウシュム)"が、毒々しい鎖として具現化し、私を縛り叩いて引き剥がした。

 

 更に照れ隠しとばかりに、バシバシと鎖で叩く追撃をして来る。無茶苦茶痛いし、毒でビリビリする。

 

 DV娘! 家庭内暴力反対!

 

「黙れ我の台詞だ。娘に情欲を掻き立てられる親が居て堪るか。クククッ……2800年……2800年か――キサマ、一切合切変わっていぬではないか!?」

 

「ママを労れ! ツンデレポンコツガテン系女帝!」

 

「散逸せよ……ッ!」

 

「にゃー!?」

 

「あっ、あのっ! セミラミスさん! それぐらいにしてあげてください! アルモさんには悪気……しかない気がしますけれど話が進まないので!」

 

 あれ? 私、ナスビ(マシュ)ちゃんに何か気に障るようなことしたかな? 言葉の端々にトゲを感じるよ?

 

 しかし、マシュの懇願を聞いてくれたようでセミラミスは"驕慢王の美酒(シクラ・ウシュム)"で私を攻撃するのを止めてくれた。正直、ちょっと気持ちよくなり掛けていたので止めてくれて嬉しい。

 

「…………まあよい。おい、愚母。さっさとこの状況を我に説明せよ。汝に喚ばれる上に、周りは他の英霊だらけと来た。何が起こっておるのだ?」

 

「あー……一応、現地サバだから知識が無いのか。えっとねぇ――」

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 とりあえず、人理焼却からこの第一特異点オルレアンに来て、セミラミスとシャルロットちゃんを召喚するまでに辿ったカルデアの軌跡を全て、立香はシャルロットちゃんに、私はセミラミスに説明する。

 

 また、カルデアの面々には義娘である事と、親子の募る話をしたいという事を告げ、説明は2人っきりになれる場所を選び、並んで座りつつ説明を終えた。

 

 そして、全てを聞き終えたセミラミスは片手で目頭を押さえて大きな溜め息を吐く。

 

「人理焼却側にも愚母がいるのか……」

 

「アルモちゃんは偏在するのだ!」

 

「傲るな……ッ! そもそも各特異点全てに母上がいる可能性があると言うことだろう!? 毎回、こうして立ち塞がって来るというのならばこちらの身が持たんわ!」

 

「あー……それは多分、大丈夫。ジャンヌちゃん程、救いがなく、恥辱にまみれた悲劇的な別れ方をした英雄は他にはそんなに多くはないから、他の特異点では悪くて中立、良くて仲間になってくれると思うよ」

 

「味方に母上が2人いるだと……? 喧しくて気が滅入りそうだ……」

 

「私はどうすればいいんだ」

 

 扱いが酷過ぎる気がするが、自分自身でも私が2人いたら普通に煩いと思うので何とも言えないところだな。

 

「さて……」

 

 まあ、それはそれとして説明は終わったので、親子水入らずの時間を過ごすため、私は隣に座っているセミラミスを抱き寄せ、片手で頭を撫で、もう片方の手で背中をゆったりとした間隔で優しく指で叩き、子供をあやすように扱って見せる。

 

 すると今度は私から逃げようとすることはない。それどころか、セミラミスから私に少し身を寄せて、体重を預けて来た。また、俯いているために表情は伺えないが、親として大方どんな顔をしているか想像がつく。

 

 

「本当に……母上は何も変わっておらんのだな」

 

「ええ、私はずっと私のまま。本当に久し振り……鳩ちゃん。また会えてよかった」

 

「…………ん」

 

 それだけ呟いて、セミラミスは何も言わずにただ私に寄り掛かる。私はそのまま彼女を撫で、時が許すまで暫くそうしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あ、あれが真祖アルモーディアですか……。なんかこう……与えられた知識と随分印象が違うような……)

 

(まあ! 本当にお母様なのね!)

 

(あれ……なんか彼女、たまに僕の演奏会で見掛けたことあるような……?)

 

(み、皆さんお静かに……! 聞こえてしまわれます!)

 

(あはは、多分、アルモさんは気づいてるんだろうなぁ)

 

 現在、親子らしく仲睦まじげな様子のアルモーディアとセミラミスを、新しく加わった3体のフランスのサーヴァント、1体のデミサーヴァント、1人のマスターがこっそりと眺めていた。

 

 と言うのも代表して、マシュがアルモーディアを呼びに来たところ、このようにとても声を掛けにくい状態だったため、どうしたものかと隠れて眺めていたところ、そのマシュを呼びに来た者が、ひとりまたひとりと加わり、このようになったのである。

 

 ちなみにシャルロット・コルデーが印象と違うと言っている理由は、聖杯の必要最低限の知識を持つからであろう。と言うのも真祖アルモーディアは真祖の姫アルクェイドの誕生以前、唯一魔王を屠り続けた史上最強の真祖であり、未だに神代最高の幻想種の一体という極めて客観的な認識だったことが理由である。故に冷徹な生きる戦略兵器のようなイメージだったのだ。

 

「さて……そろそろか」

 

 するとアルモーディアがそう呟き、少し名残惜しそうにセミラミスから手を離す。そして、真っ先に5人の方へ目を向けると立香と目を合わせた。

 

 セミラミスに気付かれる前に戻るよう訴えているように感じた立香は、全員を引き連れて仮拠点に戻り、それを横目で確認してからアルモーディアは本題を切り出した。

 

「鳩ちゃん……いや、女帝セミラミス。君の宝具――"虚栄の空中庭園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)"を造らせて貰うよ? 全力で間違えている、この時代の私にキツい灸を据えてやらないとな」

 

「…………相変わらず、母上は何でも知っているのだな」

 

「真祖の吸血鬼だからねぇ」

 

「全く……いつもの決まり文句か。まあよい、放恣せよ。母上は我のマスターなのだからな」

 

 それだけセミラミスが告げると、2人は立ち上がり、カルデアの一行が待つ場所まで歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『"虚栄の空中庭園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)"の準備のために私と、セミラミスは最短でも3日……いや、4日以上離脱するね。その間、プロテアちゃんはそちらに預けるよ』

 

 立香は倒したバーサーク・ライダー――聖女マルタに言われた通り、竜殺しを探して移動する最中、別行動をする事になったアルモーディアの言葉を思い返していた。

 

"虚栄の空中庭園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)"

 

 女帝セミラミスが生前に作り上げられたと伝えられている空中庭園。想像を絶する巨大な浮遊要塞であり、戦略拠点であると同時に陣地形成における大神殿に相当する。その上に内部では、セミラミスのステータスから知名度補正まで激しく強化され、魔法の領域に踏み込んだ魔術さえ可能になるという馬鹿げた宝具だという。

 

 無論、そのようなものを魔力だけで編み出せる筈もなく、現実世界に"虚偽"の代物を持ち込むので、"セミラミスが生きていた土地"の木材、石材、鉱物、植物、水といった"材料を全て揃える"必要があり、さらに中東に存在するある年代以降の遺跡から、土と石を一定量運び、それを組み上げることによってようやく発動準備が完了する。また、三日三晩の長時間の儀式を行う必要があるらしい。

 

 そのため、最低でも4日は必要とするとアルモーディアは言ったのであろう。アルモーディアそのものが、セミラミスの故郷である上に、空想具現化によって材料を全て賄えるため、宝具を造るために離脱したのだった。

 

 

「街が見えて――!? 無数のワイバーンに襲われています!」

 

 

 次の街――リヨンが見え始めた瞬間、街の様子をデミサーヴァントのために強化された視力でもって視認したマシュが叫ぶ。

 

『サーヴァント反応もだ! それにこれは……交戦しているみたいだ!』

 

「竜殺しのサーヴァントが戦っているの!?」

 

 ロマニの通信にオルガマリーが叫ぶと共に、カルデア一向は救援のため、リヨンの街に急行する。

 

 そして、誰もが焦燥して安否を心配する中、焼け爛れた街に入り、広場に向かうと遂に、魔剣を構えた銀髪の男性の姿が見え――。

 

 

 

 

 

「やぁ、一歩遅かったね」

 

「……ッ……ぁ…………すまない……」

 

 

 

 

 

 目の前で銀髪のサーヴァントは背中から素手で霊核ごと貫かれ、倒れ込むと同時にエーテルの粒子となって消えて行った。

 

「な…………」

 

 立香だけでなく誰も言葉が出なかったであろう。そして、たった今、竜殺しのサーヴァントを殺した者は、つい前日まで行動を共にしていた真祖の吸血鬼――この時代のアルモーディアである。

 

 それまで大なり小なり、全員に意識があっただろう。竜の魔女に与しているこの時代のアルモーディアは、本心からそちらに下っているのではなく、ひょっとするとそのうち、協力してくれるのではないかと。

 

 しかし、そんな淡い期待は、たった今、目の前で絶ち切られた。何より、立香どころか、虞美人ですら見たことがないほど感情のない笑みを浮かべていることにおぞましさすら覚えたことであろう。

 

 それでも立香は一途の想いに賭けて、アルモーディアに問い掛けた。

 

「アルモさん聞いて! 私たちは――」

 

「人理焼却が行われ、人理修復を行うために君たちカルデアの徒は奔走しているのだろう? そして、ここは第一特異点。君たちの処女航海というわけだ」

 

「……え? 全部、知っているの……?」

 

「――――!? そ、そこまで理解していらっしゃるのなら、なぜ黒いジャンヌさんの側に――」

 

「まだ、思い出すんだ……」

 

 アルモーディアはマシュの言葉を遮ってそう呟くと、自分を抱き締めて身を震わせた。そして、その赤い瞳から溢れるように一筋の涙を流し始める。

 

「あの日……あの街だ……。私の妹が十字架に架けられ、つまらぬ信仰の名のもとに焼かれた。あの光景、あの匂い、あの無念……。私は昨日……いや、一瞬前の事のようにさえ思える」

 

「姉さん……」

 

 ジャンヌが前に出てアルモーディアに対峙する。しかし、目の前にいるのは、紛れもなくジャンヌが精算しなかった過去そのものである。彼女にとって、この真祖は紛れもなく、深く大きな心の傷であり、思い残しであった。

 

「だから盛大に"(ともら)う"事にしたんだ。決して、私が忘れぬように。大きな大きな形のない慰霊碑をここに……キハハ……」

 

「もう……もう止めてください! 姉さん!? 私は……そんな事は決して望ま――」

 

「知っているよ。だって私、ジャンヌちゃんのお姉ちゃんだもん」

 

 アルモーディアは、そう言ってジャンヌの言葉を遮ると泣きながら笑う。しかし、その笑みは一切温かみのない冷笑であり、いっそのこと別人だと言われた方がまだ信じられる様子である。

 

「でも弔いって言うのはねジャンヌちゃん。本当は君のためにするものじゃないんだよ。遺された者たちが……置いていかれた者たちが……心の整理をつけるために執り行うんだ。グリーフワークって奴だね」

 

「それは……」

 

「だって、死んだ者が真の意味で甦る事は決してないもの。そんなの最早、魔法だ。だから君はもう私のジャンヌちゃんじゃない、私のジャネットじゃないんだ」

 

「――――ぅ……ぁ……」

 

「そう、これは葬儀だ。フランスひとつを道連れにしたただの葬儀。洒落た副葬品でしょ?」

 

 実の肉親からの絶縁にも等しい事を告げられ、言葉に詰まるジャンヌを他所に、アルモーディアは何が可笑しいのか、調子外れに笑い続ける。

 

 その声が響き渡る中、ポツリと呟かれた声が響く。

 

 

「誰よお前」

 

 

 そう言ったのは、元Aチームのマスターにして、アルモーディアに近い真祖の吸血種であり、最も友好の長い友人のひとりでもある虞美人であった。

 

「誰……? 酷いなぁ……私は私だよぐっちゃん? 真祖なら直ぐにわかるでしょう?」

 

「ええ、確かにお前はアルモーディア本人よ。でも、私たちはそんなに恨み辛みに固執しないわ。すぐではないけれど……人間と同じように次第に少しずつ薄れるものよ。まして、アルモーディアは飽きもせず、密接に人間の側で暮らし、語らい、最期に立ち会って見送る。そんな馬鹿みたいで……心を磨り減らすような生活をずっとずっと長くしてきたような奴よ? たった1度、小娘ひとり死んだ如きで、そんなに女々しくなるわけないじゃない」

 

「…………………………」

 

 それに対し、アルモーディアは答えなかった。相変わらず、張り付けたような笑みを浮かべたままだが、今までと比べて少し様子が変わったようにも見える。

 

 それを気にした様子もなく、虞美人はアルモーディアを冷ややかに睨むと、また言葉を吐いた。

 

 

「お前……"狂って"いる? それとも"汚染"されているの?」

 

 

 その言葉にアルモーディアは笑みのまま、薄く目を開き、凍てつくような視線を向けた。それにより、そもそもアルモーディアは笑顔を浮かべてすらいなかったことがわかったであろう。

 

 暫く、アルモーディアは虞美人を見つめた後、小さく溜め息を吐くと、踵を翻して歩いて離れて行きながら、こちらに見えるように片手で軽く手を振った。

 

「ふぅん……。まあ、目的も義理も果たしたから、後はこっちのジャンヌちゃんに任せる事にするよ。バイバイみんな」

 

 ひとまず、こちらのアルモーディア抜きで、アルモーディアとここで戦闘にはならなかったことに安堵するカルデアの面々。

 

 そして、アルモーディアは去っていく最中、ふと思い出したように首を上げた後、立ち止まると、首だけで少し振り返り、立香へと視線を向ける。

 

 それによって虞美人とオルガマリーを含め、サーヴァントたちが立香を庇うように立ち、それを見て何が面白いのか再び笑うと指を一本立てて見せてから口を開く。

 

「ああ、そうだ立香ちゃん。折角だからひとつ問題だ」

 

「問題……?」

 

 そう言って嬉しそうにしている様子は、立香も知るアルモーディアのそれである。しかし、立香にも虞美人が言っていたように、このアルモーディアは決定的に何かが違う違和感のようなものを覚えていた。

 

 

「人理焼却の犯人さんを除いて、人間を一番殺したのってなんでしょうか?」

 

 

 問題なのか、謎かけなのか、そもそも意味などないのか。そんな意味のわからない言葉を吐き捨てると、アルモーディアは振り返るのを止め、今度こそ去って行く。

 

 その様子にカルデアの者達は言葉もなく、ただ眺めることしか出来ず――通信越しのロマニに多数のサーヴァントとそれ以上の大型の神秘――邪竜の到来を告げられたことでようやく我に返った。

 

 

 

 

 

 









アルモちゃんってシリアスも行けるのか(困惑)






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アルモちゃんとオルモちゃん

元、姉を名乗る不審者と申します。楽しんでいただければ幸いです。

初投稿は等しくホモなので全ての投稿者はすべからくホモです。






 

 

 

 

「オルモの様子がおかしい」

 

「それはどういうことだ?」

 

 虚栄の空中庭園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)建築5日目――と言っても1日半で素材の準備と大まかな設置は終了していたため、セミラミスの72時間の術式も既に終えており、宝具自体は完成している。

 

 そのため、今は立香たちとの合流を待ちがてら、超絶美女真祖オルモちゃんの対策を幾つか講じつつ、セミラミスと話をしていた。

 

「なぜ、オルモの奴は全く召喚しているであろうサーヴァントを見せびらかして来ない? 私なら必ずそうする筈だ」

 

「………………ああ、何かと思えばそう言う。まあ、確かに母上なら嬉々として来そうではあるな」

 

 普通のマスターならば、そのような自殺行為をイチイチしないと思うが、他ならぬ私ならば別である。何せ、誰よりも私自身の事は私が一番よく知っているからな。

 

 快楽主義者でお節介のクセに根は小心者にも関わらず見栄っ張り。恥ずかしながらそれが私の決して褒められない性格である。

 

 快楽主義者だから色々な英雄とよせばいいのに縁を結び、求められてもいないのにお節介を焼く。そして、小心者だったから人間の徒手武術と空想具現化を極め、危険に対処できるように死ねないのに死なないように頑張った。尚且つ生きてきて頑張った成果や、手に入れたモノを自慢したくなる。そんな人間だとしても底辺で矛盾まみれでめんどくさい生き物なのだ私は。

 

 だから私ならするであろうことをしないということは、他に何か出来ない理由があるということを、真っ先に考えてしまうのである。杞憂ならばいいが、楽観視するのはあまりにも危険だ。

 

「普通に考えれば、後方支援向きのサーヴァント――キャスター辺りを召喚したらという可能性が強いだろうな。だが、仮にメディアや、キルケーなどのかつては魔法使いと呼ばれていた大魔女クラスを喚んでいれば、多かれ少なかれ支援魔術や、エンチャントをして私に挑んで来た筈だ」

 

「そもそも英霊召喚を執り行っていない可能性は?」

 

 可能性のひとつとしてそれも考慮すべきだろう。しかし、それに関しては他ならぬ私が断言できる。

 

「それこそ、有り得ない。聖杯戦争に来ていているのに、そこにサーヴァントを召喚せずに私が参加するわけないじゃないか。居酒屋に来て"とりあえず生で"をしないぐらい有り得ない」

 

「………………今だからわかるが、母上は千里眼でも持っているのか、聖杯の知識でも与えられていたのか……?」

 

「真祖の吸血鬼だぞぅ!」

 

 アー、アー、聞こえない、聞こえないー!

 

 どうやら鳩ちゃんは、私に育てられていた時に未来のスラング等を時々言っていた事を思い出し、聖杯の知識と照らし合わせて知識面のオーパーツな矛盾点に理解したらしい。私としては、"とりあえず生で"が聖杯の知識で入っていた方が驚きである。アラヤも一杯やるのだろうか?

 

「まあ、今はそんな事はどうでもいいんだ。 重要なことじゃない」

 

「………………まあよい、今さら追求はせん。他に考えられることは……使えもしない享楽家の劇作家と言った戦力にすらならないサーヴァントを引いた場合か」

 

 私から目をやや背けて、使えないことを妙に強調する鳩ちゃん。まあ、異なる世界の聖杯大戦(アポクリファ)で弄られたシェイクスピアでも思い返しているのであろう。変なところで短気だったり、小さかったりするのが、セミラミスの可愛いところである。

 

「或いは隠した方が面白いサーヴァントか、だね。実を言うとその場合だと何体か最悪のシナリオを招けるサーヴァントに心当たりがある」

 

「ほう……それはそれは――」

 

 そんな最中、ある存在を認識した次の瞬間、私は暴風と化した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何度も危ない目に会いつつ、黒いジャンヌのサーヴァントを倒しながら、どうにか竜殺しのひとり――ゲオルギウスさんを探し出し、他のはぐれサーヴァントのエリザベートと清姫とも合流して私たちは、空中庭園の準備をしているアルモさんとセミラミスさんのところに戻って来た。

 

 幸いだったのは、その後この時代のアルモさんには1度も会わなかった事だろう。戦力的にも、私の心としてもそれは本当に幸いだった……ううん、私にとっては後者がずっと大きいよね。

 

 そんなことを思うぐらいアルモさんは、私の中でいつも側に居てくれる当然の存在で、姉のようで、歳の離れた親友のようで、家族だと思う。

 

 だからこの時代のアルモさんは、とても見ていられなかった。当然だけれど私のことを一切覚えていなくて他人のようで、見た目や話し方はアルモさんなのにその中身がまるで違う、そして違うにも関わらずその慟哭は確かに心の底から魂から絞り出しているようで……家族が泣いているのに何も出来ない自分が何より悔しかった。

 

 それと同時に、私はアルモさんについてほとんど知らないということも思い知った。いや、アルモさんからすれば楽しい話でもないし、聞かれなかったからしなかっただけだとは思う。けれども私は、何年も一緒に居たのに楽しかったと本人が言っていた事ばかりで、1度足りとも人間と別れた時に悲しんだ事や泣いてしまったような出来事を知らない。それなのに私が悩みや困り事をまず相談する相手はアルモさんだ。

 

 家族なのに……そんなことも今まで気づかなかったんだね私は……。

 

 そんなことを考えながら歩いていると、丘の先ほど遠くに小さな白い影が見える。紛れもなくそれはアルモさんのドレスだった。

 

 どんな顔をして会えばいいかわからないけれど、とりあえず笑って"ただいま"と言おうと考え、意識を白い影に移すと――視界一杯にアルモさんの豊満な胸が広がる。

 

 

「アルモさ――むぎゅう!?」

 

「ハローハロー!? 私のエロースちゃん!? 5日ぶりだねぇ!? ふわぁ……はぁぁぁ……新鮮なリツカニウムだぁ……うぇへへー……堪んねぇなぁ!? あっ、ちなみに神のエロースとは知り合いだけれど、そちらとは一切関係ないので悪しからず」

 

「な、何ですかこの人は!? きしゃー! うらやま――ますたぁから離れてくださ――」

 

「あっ、きよひーだ。うぇへへ……こっちも可愛い。ヘルズキッチン以来だね!」

 

「こっ、こっちに抱き着いてきました!?」

 

「な、な……なな……なんなのよこのへんた――」

 

「エリちぁぁぁん!? 久しぶりー! 450年振りぐらいかな!? エリちゃんマジドラ☆クル! きゃわわー!」

 

「ちょっと! いきなり私に高い高いって何して――って貴方アルモーディア!?」

 

「ゲオル先生チーッス」

 

「お久しぶりですね。ええと……貴方からすれば1700年振りぐらいになるんでしょうか?」

 

「アルモさんチーッス!」

 

「マリーちゃんチーッス! …………ってあれ? マリーちゃん生きてる? 怪我とかしてない?」

 

「ええ! もう戻れないかもしれないと思ったのだけれど、虞美人さんが助けてくれたの!」

 

殿(しんがり)なんて2度とやらないわ……」

 

「むぅ……」

 

「――お帰りプロテアちゃん! 立香を守ってくれてありがとうね! いっぱいいっぱいぎゅーってするよぎゅーって!」

 

「――! えへへー! プロテアがんばりました!」

 

 

 ああうん……やっぱりこの訳のわからないぐらいの喧しさ――賑やかさがアルモさんだよね。

 

 私は安堵に胸を撫で下ろし、ひとまず胸に抱いたモヤモヤをしまいながら、随分久し振りにアルモさんに会えたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Leck mich im Arsch!(俺の尻をなめろ) Lasst uns froh sein!(陽気にいこう) Murren ist vergebens!(文句をいってもしかたがない)――」

 

「あっはははは! 最高だね君! 折角の美声が僕の歌で台無しなところが実にいい!」

 

「本当に台無しだよアルモさん……」

 

 その日の夜。他にもいたかもしれないけれど、ひとまずこの特異点で召喚された協力してくれるサーヴァントたちと、私たちで自然に2度目の交流を、黒いジャンヌへの作戦会議も兼ねて行っていた。

 

「――ふぅ……それで立香。オルモちゃん()に会ったんだって? なんか変わったところあった?」

 

 俺の尻をなめろ(作曲:モーツァルト)を熱唱し切ったアルモさんは、急に素に戻るとそんなことを聞いてくる。その落差に苦笑しつつもアルモさんらしいと思いながら、この時代のアルモさんと話したことについて話し始める。

 

「…………ふーん、実際、確かにジャンヌちゃんが殺された瞬間だけはそんな風に思ったよ」

 

 そんな言葉に思わず身を固くする。恐る恐るな様子で近くで話を聞いていたジャンヌも身を震わせ肩が跳ねていた。

 

「でも、あくまでもそれは思っただけだ。例えば誰だってたまに嫌なことを他人にされると思うだろう? "コイツ、殺してやろうか?"ってさ。でも実際には殺らないから思うだけだ。そして、その気持ちは2~3日もすればなんでそんな面倒なことを考えてたんだろうって思って、1週間もすれば忘れてる」

 

『あー、なんとなくわかるなそれ……思うだけなら誰しもたまにあるものね。私も生前は利権だのなんだのが目当ての連中にしょっちゅう思ったっけなぁ』

 

 通信機越しで話に加わってきたのは、ロマニではなくてダ・ヴィンチちゃんだった。一段落したのか、珍しくアルモさんと真面目な話が出来るから変わったのかな?

 

「だから、ぐっちゃんが言うようにどこかイカれてるよ、オルモちゃん。私は1ヶ月もすればジャンヌちゃんについては立ち直った。だが、アイツは多分、なんらかの理由で"ジャンヌが殺された瞬間の憎悪と復讐心"を持ち続けている」

 

『へぇ……それについてもう少し詳しく聞いてもいいかい?』

 

「そうだな……極めて高ランクの"狂化"か、"精神汚染"スキルでも付与されているかもな。喋った内容を思い返しても見てくれ。自分の事しか語ってなんざ私はしないし、そもそも端から他者の話を聞く気すらない。オルモの奴は、話が出来ているようで、一切会話として成立していないんだよ」

 

『高ランクの狂化か、精神汚染スキルか……。随分、サーヴァントに詳しいんだね』

 

 ダ・ヴィンチちゃんがそう言うとアルモさんはクツクツと笑う。そして、どこから持ってきたのか、この時代のお酒を呷るとまた口を開いた。

 

「年期が違うんだ年期が。そう言ったモノが人間様だけの武器だなんて傲るなよ天才さま? 現に人理焼却の主犯は明らかに人間業じゃない。なら私が何を知っていても問題なんてどこにもない筈だが?」

 

『あー……うん、まあ釈然としないけどそう言われちゃ引き下がるしかないや。別に私は疑ったりしてる訳じゃないさ。ただ、少しでも有益な情報が欲しいんだよこっちは。君が話したくないことがあるのはわかるけど、それも汲んでくれると嬉しいな?』

 

「わかってるわかってるって、基本私は人類の味方だよ。何せ、人間を律する存在(モノ)だからね。私としては人類が消えるととても困るんだ。――だから、レズセで許しちゃうゾ。ダ・ヴィンチちゃんのその体、堪能してみたいなぁ……アルモちゃん」

 

『ええ……』

 

「――まあ、だから個人の感情だけに任せて、無意味な大量殺戮に加担しているこの時代の私はおかしいんだ。さっさと正気に戻さないと、今に何かとんでもないことを仕出かすぞ。他に何かはないか?」

 

 今までの話でわかった事と言えばそれぐらいだった。だから私はずっと引っ掛かっていたことをアルモさんに相談する。

 

「去り際に"人間を一番殺したのってなんでしょうか?"って問題を出されたことぐらいかな」

 

『うーん、生物なら蚊。単純に考えると悪性新生物。戦争の原因だと宗教とかかな? 何れにせよ、それが何かに繋がるなんて今のところはわからな――』

 

「――――――――」

 

 すると何かに気がついたようで、アルモさんの表情が驚愕に見開かれるのがわかった。そして、片手を頭に付けて心底面倒そうな様子で天を仰ぐ。

 

「いや、違う……惜しい。全部掠っている」

 

『ほう、となると答えは?』

 

「もっとデカい括りで単純なものだ。戦争だろうが、平和だろうが、等しく人間に振り掛かるもの。蚊も癌もその一端に過ぎない」

 

 アルモさんは大きく溜め息を吐き、"最悪だ"と一言呟いてから更に言葉を続けた。

 

 

「"病"だ……人類の"病への怖れ"という概念そのものだよ。アイツ……このフランスにヨーロッパで考える限り史上最低最悪の地獄を再び顕現させる気だ……」

 

『14世紀ヨーロッパで地獄を見せた病……"黒死病(ペスト)"のことかい?』

 

 黒死病(ペスト)

 

 極めて死亡率の高い伝染病として最も有名な病のひとつかもしれない病気だ。14世紀に起きたペストの大流行では、世界で1億人ほどの人々が死に、当時の世界人口を4億5000万人から3億5000万人にまで減少させたとも言われている。特にこのヨーロッパの全人口の30%~60%が死亡したと言われていて、以降の社会構造にすら大打撃を与えたものだ。

 

「1体だけ、それが可能なサーヴァントを私は知っている。なるほど……直後の時代であるこの特異点そのものが最高の触媒というわけだ――」

 

 そして、アルモさんは重い口を開き、そのサーヴァントの名前を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かァごめかごめ。かーごのなかの鳥は――♪」

 

 廃都と化した街。その中を黒い斑点が身体中に浮いた生気のない人間たちがゾンビのように徘徊する中で、金髪の吸血鬼――アルモーディアは夜空の星々を眺めながら遠い異国の童謡を口ずさんでいた。

 

 その声は歌を聞くことが出来る者がこの場に残っていたのならば、言語が異なっていようとも多くが足を止めて聞き入った事であろう。

 

 歌はアルモーディアが生を受けて以来、道具も他人もいらずにずっと行えた趣味のひとつであり、彼女の歌声が洗練されているのはある種当然とも言える。

 

「――そろそろカルデアのみんなも知った頃かな?」

 

 歌い終えたアルモーディアは、誰に語り掛ける訳でもなくそう呟くと、星に手を伸ばすように、その両腕を空に掲げた。

 

「いっぱいいっぱい、フランスのみんなが竜の魔女を怖がってジャンヌちゃんを知ってくれたし……そろそろ終わりにしようか。"また"14世紀最大の地獄を思い出させてあげよう。ううん、今度はもっともっとみんなの記憶に残るような、素敵な慰霊碑にしよう。ああ……楽しみだ――」

 

 すると心底愉しげに身を震わせながら笑うアルモーディアの背後に、いつの間にか黒いガス状で人型をした何かが現れ、彼女の背後でそっと寄り添うように立ち、影のように伸びる。それは酷く無機質で感情のないロボットのようなサーヴァントらしからぬ異様さを放っている。

 

 仮に今、カルデアがこの光景を観測していれば、即座にこのサーヴァントのような何かのクラスを断定する事が出来ていたことであろう。

 

 ――"騎兵(ライダー)"のクラスに据えられたそれは、有史以前から今日に至るまで人々の畏怖と忌避を集めてきた存在であり、風や水、鳥や人、あらゆるものに"乗って"世界に広がり、世界史上もっとも多くの命を奪ってきた。

 

 

 

「――ね? "ペイルライダー"」

 

 

 

 そう言ってアルモーディアは笑って見せるが、黒い影のようなライダーのサーヴァント――ペイルライダーは何も返さず、意思のない人形のようにただ佇むばかりであった。

 

 ペイルライダー――ヨハネの黙示録に記述されている終末の四騎士の一人。第四の騎士"蒼き死の担い手《ペイルライダー》"。黄泉(ハデス)を連れ、疫病や獣をもちいて地上の人間に死をもたらす存在とされる。

 

 そもそもソレは英霊でもヒトでもなく、かといって悪霊でも邪霊の類に含まれはしない。ソレは生命体ではなく"病"という災厄そのものがサーヴァントになった異質な存在。人類の"病への怖れ"がこの世から絶えない限りソレにも滅びの概念は存在しない。

 

 "黒死病"――14世紀ヨーロッパ最大の大災害がもたらされた土地を触媒に召喚し、自然霊であることの相似性からアルモーディアと結び付いた結果、相性が過ぎてしまったのだ。それこそ過剰極まりないほどに。

 

 その果てに、アルモーディアの人間を律する自然霊としての方向性、概念そのものが、"病"という自然災害に置き換わり固定された。

 

 故に彼女は無意識に振る舞う。自身が"病"という災害として、人間を律するために等しく全ての人間へと振り掛かるために。

 

 

「――――うふっ、ふふふ……あははは……」

 

 

 彼女の目には最早、人間は人間として映っていない。自身は死をもたらす病という自然現象、人間はソレを乗せるもの。復讐心はその上っ面を覆い、方向性にプラス補正を働かせるためのテクスチャに過ぎないのだ。

 

 故に最早、彼女の真名は既にアルモーディアではない。病という災厄――ペイルライダーそのものである。

 

 

 

 

 







ヤン()デレアルモちゃん(文字通り)

そりゃあ、人間の自然霊が自然災害と結び付いたら相性ピカイチ過ぎますよね(白目) この人、バレンタインに何くれるんだろう……?(純粋な疑問)

ペイルライダーについて知りたければFate/strange Fakeを買いましょう(ダイレクトマーケティング)。イシュタルも出ますよ(嘘偽りのない言葉)




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