魔法日本皇国召喚 (たむろする猫)
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用語集

編集途中ですが取り敢えず。


 

 

あ行

か行

さ行

た行

な行

は行

ま行

や行

ら行

わ行

 

紅鬼

秋津洲

亜人

天津神

アメノトリフネ

活性魔力

ホウキ/ブルーム

機巧ゴーレム

鬼人

機竜

剣砲クサナギ

皇国陸軍第7師団

海軍軌道艦隊

航空艦

祭祀艦隊

収束魔力砲

戦闘飛行艇

潜水艦

タカアマハラ

鎮守府艦

日本皇国軍在ロデニウス総軍

不活性魔力

マガタマ

魔弾

魔法

魔力

魔力炉

ホウキ/ブルーム

魔力運用量

ヤタノカガミ

八咫鏡

 

 

 

 

 

あ行

 

 

紅鬼

 

日本皇国に於ける亜人である鬼人の中でも特異な存在の呼称。

本来魔力を保有していない地球人だが、日本の紅鬼や英国のハイエルフを始めとする一部亜人の上位種ないし、変異種と目される存在は魔力を保有している。

 

その発生原因は未だ特定されていないが、両親共に鬼人である子供が紅鬼として産まれてくる確率が高い。

ただ、逆に両親共に只人の場合にも紅鬼が産まれた事例が確認されている。

 

通常は黒い角が紅く、魔力を保有しているからか通常の鬼人と比べても、魔力親和性が高い。

そして紅鬼の最も重要な特徴こそ【固有能力】である。

 

【固有能力】とは読んで字の如く、紅鬼一人一人に備わる固有の能力-正確には魔法で、彼等はそれの発動に魔法陣は愚か、まともな術式すら使用していない。

ただ、神話に登場する神の権能や妖の能力などを既存魔法以上に模倣している事は分かっている。

代表的な能力は「転移」「飛行(箒等に頼らない個人での飛行)」「物体の停止」「魔眼《八咫鏡》(壱夜皇女の固有能力)」等。

 

現在、紅鬼の存在が初めて確認されてから四半世紀程経つが、魔法研究に於いて世界最高峰である日本の研究者をして、【固有能力】の完全術式化には成功していない。

 

紅鬼はその能力から優遇されているが、政府の許可無く国外へ出る事を禁じられている。

 

秋津洲

 

現在日本皇国が保有する唯一の戦艦。

全長325m

最大幅43.5m

主砲51cm連装添火高収束魔力砲4基8門

対空魔弾48基×6発

防御術式[ヤタノカガミ]

 

建造当時、航空艦の開発によって高度差によるアドバンテージを得た事と、剣砲クサナギの完成により巨大で金食い虫な戦艦を建造する必要が殆ど無くなった大日本帝国であったが、初期の[アメノトリフネ]では現在程の高度を航行する事が出来なかった。

また、日本からの[アメノトリフネ]の提供を受けて航空艦を建造していたイギリスを除き、列強の多くでは航空艦の登場により航空機に力を入れ出したとはいえ、艦艇としては大艦巨砲主義が主流であり、大型戦艦の建造競争が行われていた。

それらの事情や、戦艦はその時点で保有している建艦能力の粋を集めたものでもある事や、軍事知識に疎い一般人にも巨大な船体にデカイ大砲を乗せた戦艦は分かりやすく強い船であった事などから、一隻のみではあるものの建造が認められる事となった。

 

そうして建造されたのが【秋津洲】であった。建造当時大日本帝国が持ち得たあらゆる最新技術が惜しげも無く使用され、就役当初こそ[アメノトリフネ]の出力不足が原因で、水上航行しか出来なかったが、武装面では主砲として採用された試製魔力砲や、副砲として配置された剣砲クサナギ、防御面においては出来たばかりであった魔法障壁[ヤタノカガミ]を採用した事も有り、就役時点で間違い無く単艦戦闘能力に於いて最強の戦艦であった。

現在【秋津洲】は唯一の海軍近衛艦隊艦艇として海軍に在籍している。

 

友好国での観艦式や王族に関する式典等に招待された時には【秋津洲】を旗艦としその時の最新鋭艦で編成された臨時編成艦隊、通称「祭祀艦隊」が編成され派遣される事になっている

 

 

亜人

 

地球において亜人と分類される人々は、人類が【魔力】使用する様になってから確認され出した。その為「彼等は【魔力】に適応した新人類である」とする学説もある。

普通の人と比べ高い魔力運用能力を持ち、身体能力も高い。

日本の亜人は「鬼人」イギリスの亜人は「エルフ」と呼ばれる。

 

鬼人やエルフの中には従来の人類と比べ、寿命が長く老いも遅い事例も確認されている。

全体的に見ればまだ少数であるが、世代を経る毎にその数が増えている。

 

 

天津神

 

日本皇国の保有する宇宙ステーション。

全長80,直径32mの円柱に3隻の40m級航空艦が接続されている。

高度540kmの低軌道に浮かんでいるがアメノトリフネによって日本皇国の真上に固定されている。

宇宙条約によって全長50m以上の艦艇を宇宙に上げる事は禁じられており、40m級とは言え3隻の航空艦が軌道上にある事は問題視されたが、日本はあくまでも条約文には違反していないと主張していた。

 

官民共同で運用されており官民含め複数の研究室がある。

転移時点で158名が滞在していた。

 

 

現在、軌道艦隊計画に基づいて軍事施設化が行われている。

またラヴァーナル帝国の遺産である僕の星研究の為、神聖ミリシアル帝国の技術者を受け入れた。

 

 

アメノトリフネ

 

航空用術式。

古事記に記載のある鳥之石楠船神(トリノイワクスフネノカミ)天鳥船神(アメノトリフネノカミ)天鳥船(アメノトリフネ)とも称される神の神話を基に、その権能を再現する形で開発された術式。

術式の刻まれた部分より下に対し「仮想の海が存在すると仮定する術式」であり、術式の発動には発動対象が「船」の形をしていなければならないという条件がある。

その為現在に至るまでこの術式が使用される航空艦や戦闘航空艇戦闘機は基本的には「船」の形状をしている。

術式は喫水線の部分に配置され、起動時には光の翼が広がる様は一見幻想的ではあるが、軍用艦としては夜間に目立ってしまう為欠点でもある。

権能再現において、形状が「船」を発動時に現れる光の翼が「鳥」を司る事により発動している為、光量を抑える事はできても翼そのものを消すまでには現状至っていない。

 

また日本国内で走っているバスや電車等の公共の乗り物にも使用されており、これは地震の際に上空へと多くの人を避難させる事が出来るようにする為である。

 

主に[アメノトリフネ]が使用されているもの

航空艦戦闘航空艇

 

 

 

 

か行

 

海軍軌道艦隊

 

 

 

活性魔力

 

日本皇国における、魔法等に使用された魔力の呼称。

 

 

機巧ゴーレム

 

日本皇国陸軍の主力装甲魔導兵器。

 

 

鬼人

 

日本皇国において最初に亜人、後に鬼人と呼ばれる人々が確認されたのは1926年の新生児においてであった。

彼等の出現当時、頭に角があると言う理由で奇形扱いされる事が多く、多くの新生児が捨てられたり田舎では酷い場合だと、母親諸共殺されると言う痛ましい記録もある。

 

政府は成長した子供達が、大人や同年代の子供と比べ【魔力】の扱いに長けている所に目を付け、国営で角持ち専門の孤児院を設立彼等の保護を始めた。

 

長い間世間では奇異の目で見られる事の多かった角持ちの子供達だが、彼等に対する世間の見方が変わったのは1943年、不可侵条約を一方的に破ったソビエト連邦による電撃侵攻時に、欧州や太平洋へと出払っていた正規軍の対応が遅れる中、南樺太に配置されていた「特別青年隊(鬼人隊)」が文字通り命がけでソ連軍の南進を押し留めた事に端を発する。

 

「彼等は角を持つと言う、他の人とは違う特徴を持つが、その心は愛国心に溢れており、それは他の人達と何ら変わらない。彼等の英雄的な行為によって我が国は護られたのだ」

以上は樺太戦役後政府が発表した文章で、一連の出来事により「特別青年隊」は世間で英雄として扱われ、受け入れられる様になって行く。

現在では新生児の大凡半数程は「鬼人」として産まれており、近い将来に於いては人口の逆転があると考えられ、その時に当時とは逆に「鬼人」でない子供へのイジメや差別が起こる可能性もあると警鐘が鳴らされている。

 

 

機竜

 

イギリスで開発された航空機。

伝説や物語に登場する「竜」を模した物で、科学文明におけるレシプロ機に該当する。

固定武装は「ブレス」と呼ばれる魔力砲と、牙と巨大な爪。

 

[ブルーム/ホウキ]術式を使用し、レシプロ機並みの速力で飛びながら、ヘリコプターじみた挙動を取る事が出来、登場当時は共産勢力にとっては恐ろしい空のハンターであった。

ジェット機の登場に合わせ、速力の強化などが行われたが、音速機の登場により形状的にこれ以上は無理だと判断され、日本の開発した[戦闘艇]に主力制空機としての立場を奪われる。

完全に姿を消した訳では無く、現在では戦闘ヘリコプターの様な運用をされている。

 

 

剣砲クサナギ

 

 

皇国陸軍第7師団

 

 

航空艦

 

 

さ行

 

祭祀艦隊

 

 

収束魔力砲

 

 

戦闘飛行艇

 

 

潜水艦

 

 

た行

 

タカアマハラ

 

 

鎮守府艦

 

 

な行

 

日本皇国軍在ロデニウス総軍

 

 

 

 

は行

 

不活性魔力

 

空気中に漂っている状態で、何にも利用されていない魔力の事。転移後の世界で魔素と呼ばれるモノと同じ。

 

ホウキ/ブルーム

 

航空用術式。

イギリスで開発された航空用術式。

「ホウキに跨がれば空を飛べるはずだ!」と言う短絡的な思考の下実験を行った結果何故か成功してしまい生まれた術式。

方向を選ばず移動が可能で、供給魔力量によって、速度や浮かばせられる重量が増減する。

一般人程度の魔力運用量でもある程度の速力は出せる為、現代のイギリスや日本皇国では自転車感覚で普及している。

その事は津波被害による死者数の軽減に繋がっている。

 

また軍用にも転用されており、イギリスの開発した「ワイバーン」はかつては戦闘機・爆撃機・攻撃機の立ち位置で、科学(共産)圏での音速機開発を受けた戦闘飛行艇の登場で、現在では戦闘ヘリの立ち位置で軍に採用されている。

日本皇国でも「機竜」の名称で戦闘ヘリ的ポジションで採用されている。

 

 

ま行

 

マガタマ

 

魔力炉の炉心となる人工魔石。

形状は勾玉で色は緑。

使用毎に小さくなっていき、一定の大きさまで小さくなると交換の必要がある。

 

魔弾

 

ドイツに「魔法の弾丸」と言う民間伝承がある、それは一度放たれれば百発百中の魔弾。

その伝承を元に作られたのがオペラ「魔弾の射手」だ。大まかに言えば、青年が悪魔と契約し絶対に外れない弾丸を6発と、悪魔の意図した所に当たる1発の弾丸を手に入れるというお話。

そしてそのオペラを下地に・・・・・・・かつて第三帝国で作られた【魔法】が「対空魔弾」だ。

この対空魔弾は当初の思惑通り、対空目標に対して非常に効果的な魔法として完成した。

しかし、どちらかと言えば「呪い」の類として完成したこの魔法は、モデルとなった「魔弾の射手」の欠点まで再現してしまった。

則ち、6発までは敵に対して命中するが、7発目は自身か味方に対して命中してしまうのである。

当初対策として7発では無く、6発だけ装填した発射機構が考案されたが何故か魔法は発動せず、実験の結果7発装填していなければならない事が判り、開発者である第三帝国では最終的に最後の7発目は発射しない、という取り決めがなされた。

ただしこの方法では発射機構そのものが再利用出来ず、丸々交換しなければならないと言う弱点がある。

 

第二次大戦後、この魔法の術式を鹵獲した日本皇国とイギリスも、散々に苦しめられたこの魔法の導入に力を注いだ。

イギリスでは殆どそのまま採用し、使用後の発射機構を聖水で浄化するという方法を取っている。

ただし艦載型などは取り外し交換してと言う手間が掛かる事と、1基につき6回使う6発を6回撃ち尽くすと限界が来ると言う問題を抱えている。

対して、研究途中で魔弾を発射する度に「呪い」が蓄積していく事に気が付いた日本は、発射機構に「梓弓」を組み込み発射の度に蓄積される「呪い」を祓う事で寿命を延ばしている。

ちなみに「梓弓」が元々巫女が神事などで使うものであった事から、女性の手によってしか発動しない為、日本皇国軍において対空魔弾を運用するのは女性士官の役割になっている。

 

魔法

 

魔力を利用して発動される現象。

日本皇国は古事記・日本書紀等に見られる日本神道の神話における出来事、神の権能等を模倣する事によって、強力な魔法を開発する事に成功した。

 

 

魔力

 

1917年に発表された新エネルギー。

人の“思考”に反応し現象を引き起こす。

ただし思考だけでは正確にコントロールする事は難しく、魔法陣によって正確なコントロールを行う事ができる。

 

 

魔力運用量

 

地球人は魔力を保有している訳では無く、大気中の魔力を運用する事で魔法を使う。

「魔力運用量」とは個人が同時に使用可能な魔力量の事を指す。

 

 

魔力炉

日本皇国の大半の魔導具に使用される内燃機関。

周囲の不活性魔力を取り込みマガタマと呼ばれる炉心で増幅させ魔力を提供する。

 

 

や行

 

ヤタノカガミ

 

 

八咫鏡

 

壱夜皇女の【固有能力】で、過去・現在・未来に人の思考等、あらゆるものを見通す魔眼。

現在を見通す「千里眼」「透視」、他者の思考の表面を覗く程度であれば然程の消耗も無く行えるが、「過去視」「未来視」を行う場合、辿る時間の長さでは酷く消耗する。

 

能力の発現当初、千里眼や透視の能力から「天狗」等力を模した能力ではないか?と考えられていたのだが、余りにも長大な視認距離、更には人の思考が視え、過去や未来すら視る事が出来るとあって、コレは天狗程度の能力では無いとされた。

では一体何を模倣しているのか?となった時、研究者はある存在を思い出した、皇祖神天照大御神を。

天照大御神は日本神話に於ける最高神たる太陽神で、かの女神そのものとも言える太陽は天高く昇り、あらゆるものを見下ろしている。

 

こじつけ臭いが、事実として皇女殿下の能力が「太陽が天頂に存在する正午ごろ最も強くなり、日が沈むにつれ弱まって行き、完全な夜中であれば過去視と未来視を行えない」事と、皇統という血筋も有ってほぼ間違い無いだろうと結論付けられ、神の持つ全てを写し出す鏡に準え「魔眼《八咫鏡》」と名付けられた。

 

要するに「お天道様は全部見ている」と言う事である。

 

ちなみに、日の降り注がない地下や建物内を視る能力、即ち物を透過する透視能力に関しては「神の権能に片足どころか半身くらいは突っ込んでる殿下の能力の前ではその程度の事は些事である」とされた。

 

この能力に関しては国家機密に指定されているが、完全に秘匿されているのは千里眼の距離・透視がどれ程のモノを透過できるか、思考を視れる事(壱夜がルミエスに話してしまったのはお叱り対象)。

未来視/過去視に関しては地球ではある程度情報を開示されており、

占の上位互換と認識されている(事実とは限らない)

 

 

ら行

 

わ行

 

 

 

 



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航空船

航空船は日本皇国が開発した飛行魔法[アメノトリフネ]を使用して空を航行する船の大まかな分類である。

主に民間用の物を航空船

軍用の物を航空艦と呼称する。

 

日本皇国が造船業と艦船の輸出に力を入れている事も有り、航空船・航空艦問わず世界中で広く使用されている。

 

●民間船

 

【旅客船】

いわゆる旅客機に相当する航空船。

細長い船体と翼を持ち、揚力を[アメノトリフネ]で得ていると言う点以外では概ね旅客機と変わらない。

圧縮送風装置[オオテング]によって速力を得る。

 

【大型客船】

旅客船よりも大型で、航空機に近い形では無く船そのものの姿をしている。

 

【輸送船】

そのまま輸送船。空を航行する事以外に水上船の輸送船と変わらない。

 

【浮遊橋】

変わり種の航空船で、地上と高天原との移動に使用されている移動式の橋。

 

 

●軍用艦

 

【駆逐艦】

火力が低い代わりに、快速と小回りが利く艦隊のワークホース。

基本的に「雪型」「雨型」「風型」で艦名が付けられる。

現在の最新鋭艦は「島風型」。

 

【巡航艦】

高火力と高い防御力を持つ主力艦種。

「山」「川」の名前が艦名に採用される。

現在の最新鋭艦は「愛宕型」。

 

【戦闘艇母艦】

いわゆる空母に相当する艦、略称は「戦母」。

機械式航空機の空母の様な飛行甲板は持たず、アングルドデッキも持たない。

形状は屋形船のそれに近く、舷側のハッチから左右合計で同時に8機発艦が可能で、着艦は大きく開いた艦尾開放部から行う。

この様な形状が可能なのは、運用するのが特別滑走も着陸に距離も必要無い、戦闘飛行艇だから。

艦名は「鳳型」「瑞型」「龍型」が使用される。

現在の最新鋭艦は「瑞鶴型」。

 

【強襲揚陸艦】

海から陸へでは無く、空から陸へ戦力を展開する為の艦。

形状は殆ど水上艦の強襲揚陸艦と同じだが、舷側に揚陸地点への攻撃用の榴弾砲を装備している。

艦名には「島」の名前が使用される。

現在の最新鋭艦は「柱島型」。

 

【輸送艦】

軍用の大型輸送船。

双胴艦でハルの間にハッチからを持つ。

艦名には「半島」の名前が使用される。

現在の最新鋭艦は「能登型」。

 

【戦闘艇】

共産圏にて開発された音速戦闘機に対抗する為開発された日本皇国の主力制空機。

[アメノトリフネ]で揚力を得て、軍用の空気圧縮送風装置 [カラステング]を使用して速力を得る。

形状は機体のお腹部分が船の船底の様に成っている事を除けばほとんど航空機の戦闘機と変わらない。

音速飛行時に[アメノトリフネ]の光の翼が後ろに流れ、加速機のノズル部分から噴き出している様に見える。

現在の主力機はF-15相当の「60式制空戦闘艇(皇紀2660/西暦2000年採用)」。イギリスでの呼称はF-00「エフダブルオーかツーゼロ」。

次世代機として「78式制空戦闘艇」の調達が始まっている。

大型爆撃機は存在せず、駆逐艦がその役割を担う。

【対潜駆逐艦】

海軍では無く沿岸警備隊が保有する水上艦。

主な活動場所は海上ではあるものの、推進に[アメノトリフネ]を使用している為、航空艦に分類されている。

駆逐艦と銘打っているが、対潜戦闘極振りで全長180m殆どだが、ひゅうが型ヘリコプター搭載護衛艦に近い形状をしている。

艦名は「波型」「潮型」が使用される。

現在の最新鋭艦は「黒潮型」。



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機巧ゴーレム

機巧ゴーレム

機巧ゴーレムとは、主に英連邦及び日本皇国の陸軍が配備する装甲魔導兵器である。

機巧ゴーレムは騎兵や竜騎兵に替わる兵器として、また塹壕戦車に優越する兵器として、イギリスで開発された。

 

1919年新兵器の開発に当たって、いくつかのプロジェクトチームが発足した。

大まかに別けると、[魔法]を取り入れる事を前提として、これまでの技術を[魔法]で補助するとしたグループと、[魔法]を主軸としたグループだ。

機巧ゴーレムを開発したアレックス・ライドマン率いるチームは後者に属した。

ユダヤ系であったアレックスは開発当時、既に独自の[魔法]技術を確立させつつあったユダヤ人の導師[ラビ]*1の[ゴーレム術]に目をつけ、彼らを招聘した。

 

チームに招かれた[ラビ]ヨシュア・イブラハムは到着後早速[ゴーレム術]を披露した。

チーム最年少であったハンス・ベルモンドはその時の様子を

 

『ヨシュア師が杖で地面にאמת(emeth)*2と刻み、それを中心に魔法陣を描いた。そこに[魔力]を流し込むと土がひとりでに起き上がった!ソレはみるみる内に人の形になって、ヨシュア師が「歩け」と命じると、命じられた通りに歩き出しやがてテストの為掘られた塹壕にたどり着きいた。そして「超えろ」と命じられたソイツは塹壕を跨いだんだ!その様子にはもうチーム全員で湧き上がったよ!』

 

と語っている。

塹壕を軽々と超えて見せ、その存在を無用の長物としたゴーレムであったが、

1人の[ラビ]が作り出し維持・制御できるのは1・2体が限界で有る事。

[ラビ]からの[魔力]供給が途絶えるとたちまちに崩れてしまう事。

簡単な命令しか実行出来ず、命令を行うにも[ラビ]の声が届く距離でなくてはならず、戦闘となれば制御に集中しなければならない(じゃくてん)[ラビ]が危険である(まるだし)事。

そして何より素材が所詮土であり、最悪歩兵兵装でも撃破可能な事。

と言った問題が実際にゴーレムを使った検証で発覚した。

 

ゴーレムを使用した新兵器はお蔵入りかと思われたが、アレックスは塹壕を軽々と越える事の出来るゴーレムを諦める事が出来ず、ヨシュアと協力して[ゴーレム術]の改良に取り掛かる。

 

術式の起動ごとに土から作るのでは無く、既に形の出来上がっているものをゴーレムとする為に機体の開発を*3

[ラビ]が[魔力]を供給し続けて無くとも良いように魔力炉の搭載を。

ゴーレムを複雑に制御する為の術式の開発を。

 

様々なアイデアを次々と試した。

 

機体の開発ではどうしても「土」から離れる事が出来ず、とある日本人技師の提案で「陶器」を骨格に、金属製の強化骨格を施しその上に装甲を貼り付けた。

また、機動力を得る為に元々騎兵や竜騎兵の代替え兵器であった事から、伝説に登場するケンタウロスの姿を模した人馬一体型とした。

この時、最初は馬型ゴーレムの上に人型ゴーレムを載せるとされたが、生産性の問題や馬型の頭や人型の下半身が必要性が低いとされ、ケンタウロス型となった。

機体のゴーレム化の為の[魔力]を安定供給する為に、日本皇国と交渉して引っ張って来た魔力炉を搭載*4

ゴーレム制御術式はマリオネットを参考に開発された。

 

他のチームに遅れる事半年、アレックスのチームは機巧ゴーレムを完成させた。

 

塹壕戦車を発展させた他チームの機体と比べ、全高こそ遥かに大きくなってしまった機巧ゴーレムであったが、機動力に優れ塹壕を軽々と超えられる事、他チームのものよりも口径の大きい砲を保持出来る事等が評価され、採用が決定された。

 

【Knight-type】や【甲型】と称される機巧ゴーレムの誕生である。

 

 

 

Soldier-type/乙型機巧ゴーレム

 

乙型機巧ゴーレムとは第二次欧州大戦(第二次世界大戦)の際、市街地での戦闘で甲型機巧ゴーレムの機動性が活かせず、撃破される可能性が有るとされ*5開発が進められた完全人型の機巧ゴーレムである。

日本皇国でも開発が行われており、【太陽神の使い】こと異世界方面軍にも試作機が数機配備されていた。

 

丙型機巧ゴーレム

 

日本皇国海軍が揚陸潜水艦に搭載する為に開発した機巧ゴーレムで水陸両用機。

市街地戦闘用に開発された完全人型の機巧ゴーレム、乙型をベースに耐水圧改造を施された機体。

胸部に動力である魔力炉を持ちコクピットは腹部に有る。

推進には[カラステング]を利用したウォータージェットを使用し、腰の両側に角度変更が可能な推進器を持つ。

また、この推進器は地上でもある程度の移動能力を持つ(機体自体が空力効果を考えられていないので、飛行は出来ないが主脚で行うジャンプより高く跳んだり、咄嗟に飛び退くのに使える)。

万が一に備えてパイロットは、宇宙で使われる船外作業服(陸軍の術式甲冑がベース)を基にしたパイロットスーツを着用する。

 

 

丁型機巧ゴーレム

 

丙型をベースに、水中では無く宇宙での運用を前提に開発された機巧ゴーレム。

胸部に魔力炉を内蔵した船型パーツを埋め込む事によって[アメノトリフネ]を用いた推進が行える様になった。

長年の改良の結果遂に方向性の制御に成功した[アメノトリフネ]の光翼は後ろに流され、背中に露出したコーン状のパーツから放出される。

腰の推進器は内燃式の物に変更されている*6

 

*1
伝統的な存在では無く、[魔法]を使用する魔導師の事

*2
ヘブライ語で真理・真実

*3
どちらかと言うとこっちの方が本来のゴーレムの作り方に近い

*4
ゴーレムの骨格を陶器とする提案を行ったのが、この為にやって来た日本人技師

*5
実際に平原等で撃破された機体より、市街地で撃破された機体の方が多かった

*6
イメージとしては、ガンダムOOのGN-Xの上半身をMuv-Luvオルタの戦術機の下半身に乗っけた様な感じ。ただし胸部はジンクスじゃなくて戦術機よりの形状



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ロデニウス動乱
接触・1


クワ・トイネ公国の竜騎士マールパティマはあの日、一生忘れる事が出来ないであろう体験をした。

 

その日中央歴1639年1月24日はよく晴れた日で、彼は相棒のワイバーンと共に洋上に居た。

何故この先延々と海が続き、新天地を目指した冒険者達が只の一人も帰って来なかった場所で哨戒を行うのか、それは近年クワ・トイネと同じ大陸に存在する国家、ロウリア王国との間で緊張感が高まっている事にあった。

ロウリア王国はクワ・トイネの存在する大陸ロデニウス大陸では突出した強国で、古くから拡張政策をとり、また人間だけで構成された国家という事もあって、人間至上主義を掲げ亜人の排斥をしている国家だ。

クワ・トイネ公国や、公国と古くから同盟の様な関係にあるクイラ王国には亜人が多数存在する為、ロウリア王国との折り合いは元々悪い。

その為、軍船による迂回を行なっての偵察や奇襲に早期に対応する為、湾港都市マイハークを拠点とする公国軍第6飛竜隊が哨戒騎の数を増やし警戒を強めている。

 

「ん?ーーー!?」

 

青い空が広がっているだけで、自分達以外に何も居ないはずのそこに、ポツンと何かが現れたのを見つけた。

この空に他の何かが現れるとすれば、それは通常味方のワイバーンの筈である。

しかし、交代の時間にはまだ早くなにより、ソレが見えるのは北東の空だ。

一瞬ロウリアのワイバーンかと考えるが、直ぐに否定する。

ロウリアの運用するワイバーンでは航続距離が足りず、単独でここまでやって来ることは出来ない。

第三文明圏と呼ばれる地域では竜母と呼ばれる、洋上でワイバーンを運用する為の母艦が有るとの話だが、そんなものをロウリアや文明圏から外れたこの地域の国家が保有しているなんて聞いた事が無い。

考えている内に砂粒の様に小さな点であったソレはどんどんと近づいてきた。

近づけば近づく程点でしか無かったソレの輪郭が見え、やがてハッキリと見える様になる。

 

「なん、だ、なんなんだアレは!?」

 

味方のワイバーンでは無かった。

ロウリアのワイバーンでも無かった。

いや、そもそもワイバーンですら無かった。

ソレは巨大な船であった、マールパティマのよく知る帆船と違い帆は無く、船型もスマートな印象を受ける。

目測でも軍船より大きいその巨船が、青白い翼の様な光を広げながら、ワイバーンと遜色ない速度で

 

「船が、空を飛んでいるーー!?」

 

いくら魔法が有るとは言え、軽く見積もっても100メートル以上も有る様に見える巨大な船が空を飛んでいるというのは、目の前にあって尚現実味が無く、幻想的な光の翼が余計に非現実感を助長している。

思わず頰を抓ってみるが痛い。

急いで通信用魔法具を取り出司令部を呼び出す。

 

「至急!至急!!哨戒騎4番より司令部!」

《此方司令部、哨戒騎4番どうぞ》

 

司令部は直ぐに応答したが、マールパティマの次の言葉で通信先の通信兵は一瞬思考が止まってしまう。

 

「哨戒騎4番は未確認船を発見!尚未確認船にあっては空を飛んでいる!!」

《ーーは?

あー哨戒騎4番?未確認船に関しての情報を正確に報告せよ》

「未確認船は遠目に見て100メートル以上!羽ばたいてはいないが光の翼を広げながら、ワイバーンと変わらない速度で飛行中!!」

《哨戒騎4番、情報は正確に伝達せよ》

「だからっ!!船が空を飛んでるんだよッ!!」

 

マールパティマは必死になって叫ぶが、どうも向こう側は半信半疑である様だ。

 

《哨戒騎4番、今交代の騎を上げた。貴官は速やかに帰投しーザザッー》

「おいっ!?どうしたっ!?」

 

マールパティマが緊張と疲れから幻覚を見たか何かだと考えた司令部によって帰投が命じられたその時、通信用魔法具にノイズが入った。

 

《ザザッーザーザー》

「くそっ!なんだってんだこんな時に!!」

 

見れば飛行船はもう直ぐそこにまで迫っている。

それによってよりノイズが強くなっているのだが、空を飛ぶ巨艦の姿に目を奪われてしまっているマールパティマは、その事に気づく事は出来なかった。

目を凝らして飛行船の姿を見る。

全体的に青い色をしており、よく見れば船体光の翼が出ている所より下の方が若干薄い。

形状としてはよく知る船をひたすら長く伸ばした様な見た目で、やはり帆が見当たらない。

船体の上部には巨大な建物が建っており、前の方には棒状の何かが生えた箱がある。

 

「っ!なんだっ!?」

 

通信用魔法具のノイズが消えたと思えば、船の上の馬鹿でかい建物の様な所に人が出て来るのが見えた。

 

「何をしてるんだ」

 

その人はマールパティマの方に向かってチカッチカッと光を放って来る。

 

「くっ!?精神魔法か!?司令部!司令部!!応答せよ!!此方哨戒騎4番!!飛行船から精神魔法の様な物を受けたっ!!」

《司令部より哨戒騎4番、先程から通信が途切れていたが何か関係があるか?》

「不明だが、飛行船が近づくに連れ魔信にノイズが走った」

《わかった、哨戒騎4番不明船より直ちに離れよ。また現在精神に異常はあるか?》

「いや、今のところそ言うのは、なんだ?」

《どうしたっ!?》

「飛行船の方で動きが、あっあれは!!」

 

司令部との通信中も飛行船から目を逸らさなかったマールパティマは、いつのまにか飛行船が速力を落としている事と、艦尾の方から何かが飛び立つのを見た。

 

「白いワイバーン?」

《なんだと?哨戒騎4番今なんと言った?》

「飛行船から白いワイバーンが飛び立った!しかも滑走無しでだ!?」

 

飛行船から飛び立ったのはクワ・トイネで運用されているワイバーンと比べ大柄でずんぐりとした印象を受ける。そんなワイバーンが滑走する事もなく船からフワリと飛び立ったのは余りに衝撃的だった。

 

《哨戒騎4番、急いで離脱せよ!》

「無理だ!速い!」

 

司令部から離脱するようにと言われるが、巨体にも関わらず明らかに此方のワイバーンより速い白いワイバーンは、あっという間にマールパティマ達に並走する。

 

「人が乗っていないだと!?」

 

その白いワイバーン、よく見ると背中に人が騎乗していなかった。

目を凝らしてもワイバーンの外側に人の姿を見つける事が出来無い。

しかもそのワイバーンはどうにも生き物という感じがしない、何というか飛竜隊の基地の入り口に置かれたワイバーンの模型の様な......

その時人の乗っていない白いワイバーンから人の声が聞こえた。

 

《あーあー、隣を飛行中のワイバーンへ。此方は日本皇国海軍駆逐艦【島風】艦載機。当方に攻撃等の意思なし、言葉が通じているのならワイバーンの翼を上下に揺らして欲しい。繰り返す当方に攻撃等の意思なし、言葉が通じていればワイバーンの翼を揺らされたい》

 

それが、転移国家日本皇国とこの世界初の接触だった。



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接触・2

哨戒騎4番こと、竜騎士マールパティマからの報告によりマイハークの第6飛竜隊司令部と、その飛行船が「臨検がしやすいように」と海上へと着水した所に居合わせたマイハーク港を母港とする公国海軍第2艦隊司令部、更には両者より報告を受けたマイハーク行政府は混乱の極みにあった。

これがマールパティマ1人からの報告であれば、彼が幻覚を見たか何かを見間違えたと切り捨てる事も出来ただろうが、通信越しの彼の声は余りにも緊迫しており戯言とは言えなかったし、司令部が交代にと送った竜騎士も同じものを見たと報告し、更には着水したその船を確かに第2艦隊が臨検したとあっては、事実であると受け入れるしかなかった。

が、事実であると認識したとは言え受け入れ難い話である事に変わりは無い。臨検の為近付いた第2艦隊からの報告によれば、その船は此方の軍船の倍以上のサイズであるとの話だし、船から飛び立ったというワイバーンは飛び立つ時も降りる時も、フワリと垂直に離着陸したと言う。

極め付けはその船は発見時空を飛んでいたと言うでは無いか。

 

日本皇国の軍船だと名乗ったその船は外交官を乗せているらしく、詳しい話をする為にマイハークへと寄港する事となった。

第2艦隊の軍船では速力が合わなかったらしく、再び離水して空に上がったと言う日本の軍船はマールパティマ達との交代で上がった第6飛竜隊のワイバーンに先導され、もう間も無くマイハーク港へ到着する。

 

「見えたっ!」

 

マイハーク市政のトップ、ハガマの隣に立つ防衛騎士団の団長イーネが声を上げる。

彼女の指差す方を見れば2騎のワイバーンに先導された巨大な船が、確かに空を飛びながら近付いて来るのが見える。

 

「デカイですな」

「ええ、あんな物が空を飛んでいるなどと、この目で見ても未だに信じられません」

 

イーネとは反対側に立った第2艦隊司令ノウカの呟きに、頷きながら返すハガマ。彼らの視線の先では日本皇国の軍船が静かに着水していた。

 

 

ーーーーーー

 

日本皇国海軍第4艦隊所属 島風型駆逐艦【島風】艦橋

 

「先導のワイバーン離れます!」

「前進微速!着水用意!!」

「前進びそーく、着水よーい!」

 

見張り員の報告を受け航海長の富野が停泊の為の着水用意を命じる。

その命令を受け操舵手が航空術式[アメノトリフネ]に供給されている魔力炉からの供給魔力量を徐々に絞っていく。

 

ー【島風】は日本皇国が開発した航空術式[アメノトリフネ]を利用した航空艦だ。

日本では魔法開発の際に、古事記や日本書紀に記された神々の権能や妖怪の能力等をヒントに魔法開発を行った。

[アメノトリフネ]もその内の1つで、鳥之石楠船神(トリノイワクスフネノカミ)若しくは天鳥船神(アメノトリフネノカミ)や単純に天鳥船(アメノトリフネ)と呼ばれる古事記に登場する神の神話を基に作られた空を航行する為の術式だ。

この術式は船の喫水下の部分に仮想の海を生み出し、その上を航行する事が出来ると言うものだ。また前進と後進の命令を術式に送るだけで移動する事が出来、推進器を必要としていない。この術式により日本は空に巨大な軍艦を持ち込む事に成功した。

ただ欠点が無かった訳でも無い。

先ず1つはこの術式は「船」の形をした物にしか作用しない。その為現代に至るまであらゆる航空機に使用されているこの術式だが、それらは全て基本的に船の形をしている。

2つ目はマールパティマが目撃した様に、この術式の使用時には光の翼が形成()()()()()()。その為夜間に目立ってしまい、科学の地球(こちら)では十八番であった夜戦は、最も苦手な戦闘形態となってしまった。

もちろん日本としても光の翼を消す為の術式の改良などの努力はしたが、速力や限界高度は上がれど光の翼が消える事は無かった。

 

さて【島風】の話に戻るが、彼女は皇国海軍が建造した最新鋭の駆逐艦で、これまでの駆逐艦以上に流線型の船体を持ち本来必要無い推進器を用いる事で、これまでの駆逐艦を大きく引き離す速力を得る事に成功している。

武装は艦上部の「単装収束魔力砲」1基1門、艦底部の「剣砲」1門。

艦首に「対艦誘導弾発射管」が8基、艦上部に対空迎撃の為の「魔弾」の発射機が16基に近接防空兵装が上下に2基づつ計4基ある。

そんな彼女をネームシップとする島風型は現在5番艦の海風までの計5隻が就役しており、今後更に10隻は建造される予定であるー

 

【島風】がゆっくりと海面にその身体を下ろす。

熱いお風呂にそろりそろりと入るような着水の為、着水時の衝撃などは無い。

 

「着水完了しました」

 

操舵手が報告する。

 

「よろしい、本艦はこの位置で待機。では田中さん、内火艇を用意しますので上陸の用意を」

「ええ、行って参ります。帰りもまたお願いします」

 

艦長の沢城が隣に座っていた田中外交官に声をかけると彼は頷き席を立つと艦橋を後にする。

 

「御武運を」

 

沢城以下【島風】艦橋要員は外交と言う戦場に赴く彼の背中を敬礼を持って見送った。

 

 

ーーーー

 

クワ・トイネ公国 政治会

 

「それではマイハークからの報告を読み上げます」

 

国の代表が集まるこの会議でマイハークから送られて来た報告を外交部の若手幹部が読み上げる。

内容は以下の通り

 

1・中央暦1639年1月24日午前8時にマイハークを拠点とする、第6飛竜隊の哨戒騎が不明飛行物体と接触。

2・哨戒騎が接触したのは巨大な船でそれは空を飛んでいた。

尚、この際船側からの発光信号*1を哨戒騎の竜騎士は精神魔法と誤認するも、その後精神等に全く問題ない。

3・飛行船は洋上展開していた第2艦隊付近に着水、同艦隊より臨検を受ける。

臨検の為接近した軍船の船長の報告ではその船は帆を持たず、サイズもこちらの軍船の数倍はありどうにも鉄で出来ている様だったとの事である。

3・臨検の結果彼らは「日本皇国」と言う国からの使者であると判明し、外交官が乗船しているとの事からマイハークで詳しい話を聞く為に移動を行う。

この際、我が方の軍船の速力では飛行船を先導する事が出来ず、第6飛竜隊のワイバーンが代わって先導を務めた。

 

*発光信号とは魔法通信が通じない場合や、声を出せない状況などで使用される光の点滅を使用した通信手段であるとの事

 

日本皇国の外交官の話は以下の通り。

 

1・日本皇国は異世界からの転移国家である。

2・今回軍艦でもって押し寄せる形になったが、侵略の意思などは一切持っていなく、旧世界との繋がりが無くなってしまった為に哨戒活動を行なっていた。

3・クワ・トイネ公国との会談を望み、可能であるならば国交を結びたい。

 

「以上になります」

「ううむ」

 

クワ・トイネ公国首相カナタが思わず唸るが、それはこの場にいる全員の気持ちを代弁する様なモノだった。

突拍子も無い話だ、国家の転移など神話の話で現実に起こったなどと言われても信じられない。

しかし、実際に公国の軍船より遥かにデカイ船が今、マイハーク沖に停泊しているのはマイハークの住人の殆どが目撃している事だし、この報告を行って来たのも行政長官のハガマで、信じられないと思ったのか第2艦隊司令を始めマイハークに居る要人達の連名での署名も有った。

 

「マイハークの主要者達がこぞってこの報告は事実だと言ってきているわけだが、私としては取り敢えず会ってみても良いとは思うのだが、どうだろう?」

 

カナタの問いかけに軍務卿が答える。

 

「その様な必要はありませんぞっ首相!奴らは軍船で押し寄せ船で空を飛ぶなどと言う技術力を見せ付ける行為を行い、あまつさえ我が軍の竜騎士に精神魔法までっ!」

「それは竜騎士の勘違いであったと、報告があったでしょう。首相私も取り敢えずは直接話しをしてみるべきと考えます」

 

声を荒げる軍務卿を諌めながら、外務卿が自身の意見を述べる。

他の参加者からは大きな反対も無かった。

 

「そうだな。では会うこととしよう」

 

実際会って見なければ始まらない。

相手はどう考えてもこちらの及びもつかない技術力を持っているのに、高圧的な態度をとるでも無く寧ろ下手に出ていると言う。

これがいつ強行的な姿勢に変わるか判らないのだ。



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接触・外務局員ヤゴウの日記1

あの日の日本皇国の外交官との会談の後、クワ・トイネ公国は「国交を結ぶにしてもお互いの事を知らなさすぎる」と言う理由で、日本側に対して相互に使節団を派遣する事を要請し日本もそれを快諾。

外務局の職員、ヤゴウもその使節団のメンバーに選ばれた1人だった。

 

 

●中央歴1639年1月29日

 

今日外務局の職員に対し、新興国へ使節団を派遣する旨が通達され、私もその使節団のメンバーに選ばれた。

使節団が向かう新興国の名は「日本皇国」、そうつい先日巨大な飛行船(日本の外交官によると航空艦と言うのが正式名称だそうだ)に乗って我が国にやって来た国だ。

 

帰り際同僚に今回の使節団入を羨ましいと言われた。

まぁ、気持ちはわからないでも無い。

この世界特に我が国が存在する「文明圏外」と呼ばれる地域は、強大で強力な国が少ない事もあって、割と良く国主が変わるとか言った事態が起こる。

そう言うことが有ると都度使節団を派遣するのだ。

使節団に選ばれる事自体は名誉な事では有るのだが、羨ましいがられるかと言えばそうでも無い。

理由としては政変の煽りなどで、派遣先の国内情勢が不安定で有ることが多い事が上げられる。

治安の悪化程度で有ればまだマシで、旧支配勢力によって使節団が襲撃される事も無いとは言えず、実際に記録にもある。

他には我が国は近くの文明圏の影響を受ける事によって、それなりの文化水準にあるが、派遣先の文化水準は我が国よりも断然低い事の方が多い。

 

そして何よりメシが不味い。

 

我が国は大地の女神の加護により、家畜ですらうまいメシを食っているが、かつて使節団が派遣された先では酷い例だが、歓待の席で我が国の家畜でも食わん様な料理が出されたと言う。

もちろん、嫌がらせだとかそんなものでは無く精一杯のもてなしでだ。

なので、使節団として派遣されるのが羨ましいかと問われれば、実はそんなに羨ましくは無かったのが定例だ。

しかし、今回の派遣先は違う。

 

「日本皇国」巨大な船を空に浮かべる事が出来る国。

外交用の特別な船かと思えば、量産されている軍用艦だと言う。

 

今回の使節団派遣は歴史的なモノになりそうだ。

私も歴史に名を残せるかも知れない。

 

●中央歴1639年1月30日

 

今日使節団のメンバーが集められた。

メンバーの人数は5人、全員が外務局の人間だが内1人だけ「日本皇国の軍事力を見る」為、軍務局よりハンキ将軍が出向と言う形で参加している。

会議では今回の使節団派遣の目的が説明された。

使節団派遣の目的として最も大きいのは「日本皇国が果たしてどの様な国であるのか」だ、我が国にとって脅威となり得るのか否か。

巨大な船を空に浮かべ航行させる技術を保有している事は分かっているものの、国民性などは分かっていない。

あの船を見てわかる事と言えば戦っても我が国の海軍では勝てないかも知れないという事位だ。攻撃手段は分からないがあの巨体だ、海に降りる時に下敷きにされれば我が軍の軍船など、ひとたまりもないだろう。

故に知らなければならない。

日本皇国の人間はどの様な人間なのか?何故我が国と国交を結びたがっているのか?覇権国家なのか?ロウリア王国の様に亜人を排斥する文化なのか?その軍事力は如何程のものなのか、日本の弱点になり得る所はあるのか?細かいところまで上げればキリが無いのだが、大枠としてはこの辺りだろう。

 

日本皇国の主張する「転移国家」と言う所には些か疑問を抱かざるを得ない。

まるでムーの神話の話だ、ムー人曰く本当に有った事らしいが他の文明圏の国々からすれば御伽噺に過ぎないのだが。

と言っても、日本皇国の主張を完全に否定出来ないのもまた事実だ。日本側が本国が存在すると主張している海域は小さな群島はあっても、海流だとかの条件も悪く人なんて住んで居なかった筈だ。

例えば第3文明圏の文明国であるパーパルディア皇国の支配から逃れた人々が、運良く流れ着いたりしてそこで国を造ったとしても、あんな物が作れる様に成長するまで他の国、特にパーパルディアが気付かないなんて事が果たして有り得るのかと言うと、それはあり得ないだろう。

一瞬で成長しない限り国の成長にしろ技術の成長にしろ、段階を踏む必要性がある筈で、その間にパーパルディアが気付くだろう。

そして気付いてしまえば技術的に成長している国をパーパルディアが放置しておくとは思えない。

それこそ「古の魔帝国の遺跡」とやらがその群島に有ったとすれば、あり得ない事でも無いのかも知れないが、いや例え遺跡があったとしてもそれの解析や技術を使うのは簡単な事では無い筈だ。

 

●中央歴1639年2月6日

 

今、日本皇国からの迎えの船に乗船している。

最初にやって来て外交官を乗せて来た船で向かうのかと思ったのだが、アレは軍艦であると言う事もあって他国の人間をそうそう簡単に乗船させる訳にもいかないと、代わりの船がやって来た。

 

そして今乗っているのがその船で、最初の船よりは小さいもののその白い色と光の翼がとても美しい船だ。

「旅客航空船」と言う名の船だそうで、その名通り国内外の離れた所への旅行などの際に使用する船との事で、信じられない事に僅か2時間程度の時間で日本に着くとの事だ。

これには軍務局から出向して来て乗船前に船旅に対する文句を言っておられたハンキ様も唖然としておられた。

実際ハンキ様が仰られていた様な湿気やカビ臭さなどは無く、船内は光の精霊でも飼っているのかとても明るい。

揺れなども殆どなく離水した際に微かに揺れたかな?くらいであった。

水の節約なんかの必要も無く、それどころか頼めば色々な種類の飲み物が出てきた。

 

正直言って、この様な物を作り出す国が出来たばかりの新興国などとは考えられないし、直接彼らの船を見ていない同僚の「どうせ蛮族だ」などと言う言葉には絶対に賛同出来ない。

もしかすると、そうもしかすると、認め難い事だが、彼らから見た我々の方が蛮族に見えているかも知れない。

 

●1639年2月7日

 

信じられない程の発展具合だ。

到着したと言われ下船した我々が降り立ったのは、我が国最大の港であるマイハーク港ですら足下にも及ばないであろう、凄まじく巨大な港だった。

我々の乗って来た物と似たような形の船が大量に並んでおり、クワ・トイネの如何なる建物よりデカイのではないかと思える様な、そんな建物が建っていた。

それだけでももう十分な驚きだったのだが、我々はこの後更に驚かされる事となった。

ホテルに移動すると乗せられたのは乗って来た船よりは小柄な、それでも馬車なんかよりはよっぽどデカイ、リムジンバスと言う四角い船だった。

我々が乗り込むとスルリと動き出したバスは「それではこれより地上へ降下します」との言葉と共に空中へと身を踊らせゆっくりと降下を始めた。そして促され窓の外を見やると凄まじく巨大な、それこそ最初に見た航ですら霞む様な巨大な島が空に浮かんでいた。

 

自分が今何を見ているのか、思考が追いつかなかった。

我が国に来た船ですら停泊している姿は小島と見紛う大きさであったというのに、アレはなんだ。

最早島ではなく大地だと言っても過言では無いだろう。

そう考えた私の考えは当たっていたらしく、アレは「タカアマハラ」と呼ばれる人工の大地で、我々が最初に降り立った港がアレであるとの事だった。

ソウオンタイサクや安全面への配慮とやらで、陸地から少し離れた海の上空に存在しているらしい。

 

船だけで飽き足らず大地まで空に浮かべてしまうとは、我々は一体どこに来てしまったと言うのか。

 

●中央歴1639年2月8日

 

昨日はホテルにて日本皇国の基礎知識に関する教育を受けた。

その過程で聞かされた車という乗り物に関するインパクトは凄かった、馬車の様な車輪を持つ乗り物なのだが馬が引いておらず、程度の差はあれど1世帯に1台は保有しているとの事で、その車が走る道には常に何十台何百台と走っており、その流れを管理する信号機の指示を守らないと犯罪となってしまうとの事だ。

 

また、車の他にもチラホラと見られた「ホウキ」にも驚かされた。

見た目は掃除をする為の道具であるホウキそっくりなのに、なんとかの国の国民はそれに跨って低空を飛行しながら移動していたのだ。

驚いた他のメンバーが尋ねると元の世界では車以上に普及していて、子供でも乗ることの出来る乗り物だと教えられた。

 

一般的な乗り物だけで無く、今日は軍用の乗り物についても目にすることが出来た。

ハンキ様の要望で軍の基地を見学出来る事となり、私もそれに同行した。

昨日降り立った港と同じ様に空に浮かぶ島に案内された。

そこには、我が国に訪れた航空艦と同じ船やそれよりも巨大な船が何隻も停泊しており、彼等の言った量産されている船であると言う言葉が、偽りのない事実であるとそう認識せずにいられなかった。

 

まず案内されたのは「キリュウ」の駐機場という所であった。

そこには白く我が国のワイバーンよりも巨大なワイバーンが十数騎いた。

その大柄で力強い印象を受けるワイバーンの姿に驚いていた私たち2人は、整備責任者と紹介された軍人の説明によって更に驚愕してしまった。

彼の口から出た言葉は、彼等のワイバーンは生物では無く人工的に作り出された機械式の兵器であると言う言葉だった。

ワイバーンの品種改良なら文明圏では行なっていると聞いた事はあるが、人がワイバーンを創り出すなど聞いたこともない。

驚く私達に「証拠を見せましょう」と彼が1騎のワイバーンなら近づき、その胸部部分に何かしたと思えばパカリと開いてしまった。

手招きされ近づき覗き込むと、中が空洞になっていて椅子の様な物が見えるなど確かに生物では無いのだと、納得する他なかった。

この時点でもう十分に驚いていたのだが、続く説明で私達が見学したワイバーンは哨戒や少人数の輸送を行う為の機体で、戦闘用では無いと言う事。

陸軍が戦闘用のキリュウを保有しているが、それも現在では主力の航空戦力では無く、あくまで地上戦力に対する航空支援の為の機体であり、主力の航空戦力はまた別にあるとの事だった。

 

その主力航空戦力も見学させて貰えた。

それには、はっきり言って我が国のワイバーンは疎か、少なくともロウリアのワイバーンでは相手にもならないだろう。

人の創り出した物が音よりも速く飛ぶなど、ワイバーンでどうやって対抗しろと言うのか。

 

今日の基地見学は実に有意義であったが、精神的に凄く疲れた。



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接触・3

日本皇国の政治の中心地「政都東京」、外務省の会議室にて日本皇国ークワ・トイネ間に於ける実務者会議が行われていた。

 

日本側、痩せ型でメガネを掛けた男性が口を開く。

 

「農林水産省の日村と申します。単刀直入に申し上げますと、我が国は食料供給の半数を輸入に頼っておりまして。現在転移によりこれまで取引をしていた輸入元を喪失した状態にあります」

「つまり、我が国の食料を輸入したいと?」

 

日村はヤゴウの質問に頷くと配布した資料を開く様に促す。

 

「ねっ年間で3000万トン以上の総トン数!?」

「貴国の食料自給率は100%を超えているとお伺いしました。むろん、その資料に記載されている食料品全てを貴国が栽培されているとは考えておりません。故に貴国が輸出可能な物・量について出来るだけ速く知りたいのです。国民を飢えさせる訳にはいきませので」

 

「食料が足りず国民を飢えさせる」クワ・トイネ公国では考えられもしなかった事態だ。

 

日本皇国の食料自給率は広く平坦な農耕地を得られる「高天原」の導入によって、「日本国」のそれよりは多いのだが高天原はそう大量に建造出来る物では無く、食料供給の半数辺りを外国からの輸入に頼っている状態にある。

現在高天原の増産が計画されているが、決定して予算が付いたからと言ってすぐ建造出来る物でもないし、建造出来たといって今度は食物が一瞬で育つ訳でも無い。

備蓄食料もあるには有るがそれにも限界はある。今すぐに資料に書かれている量全てが必要と言う程緊迫はしていないが、すぐに足りなくなってくるのは明白だ。

なので、大量の食料を輸入出来る相手は是が非でも欲しいところであった。

 

クワ・トイネの使節達も資料に目を通しつつ必死に頭を回す(因みに彼らが資料を読めているのは、使節団より先行して東京入りした外務局の事務員が、日本側の担当者の口頭説明を必死になって文字に起こしたからである)。

日本が必要としているという食品の内、いくつかは見た事も無い名前のものがあり、どんなものか分からないので欲しいと言われても無理なのだが、大多数の食品は我が国だけでも供給が可能だ。

見た事も無い名前の食品についても、日本が種などを保有している分にあってはそれを提供する事も出来るとある。

そうなれば、食料と言う人間が生きていく為に絶対に必要な物に関して、日本はクワ・トイネに依存することになる。

もちろん日本もいつまでもその状況を良しとはしないだろう、リスクの分散と言う意味でも他にも輸入元を求める筈だ、ならばその前に日本とって我が国が最重要な食料輸入元となる必要がある。

 

「水産資源については難しい物が殆どです。我々が見たことの無い食品についても、ご提案頂いている様に種や苗木などを提供して頂ければ、気候等の問題で難しい物を除けばやがては可能となるでしょう。しかし、問題もあります」

「問題ですか?」

 

日本の求める食料の量はクワ・トイネにとって余裕で賄える量でしかない、問題はそれを対価に日本からどれほど引き出せるか。

 

「はい、輸出に関しては本国での話し合いの必要があり、今ここで完全にお返事はできません。もっとも輸出の許可自体は殆ど問題無く出るでしょう。しかし、我が国にはこれ程膨大な量の食料を輸出した経験など無いのです。これの程量です一度の輸送でも相当大きな船が必要でしょうが、残念ながら我が国はその様な船を保有しておりません」

「それはつまり内陸からの輸送や輸送船への積み込みの為の施設、我が国まで大量輸送を可能とする艦船の問題が解決すれば良いと?」

「そうなります」

 

タダ同然の食料だが日本からすれば重要なものだ。

技術力そして軍事力ではどうあがいても勝てそうに無い事を見せつけられた以上、クワ・トイネ公国としては日本皇国相手の外交の場では食料を武器に戦うしか無い。

その食料と言う武器を手に日本の進んだ技術、そしてロウリア王国との緊張状態を考えれば軍事に関する技術的・直接的な支援を手に入れたいところである。

 

「それならばお手伝い出来るでしょう。我が国には政府開発援助と言う制度がありまして、貴国国内のインフラ整備・湾港増強等に関しては我が国が資金を負担し整備する事が可能です。また政府では貴国へ輸送船等を提供する用意があります」

「それは本当ですかっ!?」

 

驚きを通り越して衝撃的な言葉だ。

技術的な支援をと考えていたら、全て向こうがやってくれると言う。

これ程の好条件を大した交渉期間も経ず示してくるなど、他では考えようも無い。

ここで日本の提案を鵜呑みにするのは外交官としては三流も良いところだが、かと言って頭ごなしに否定して蹴ってしまうには余りに惜しすぎる。

 

日本としてもクワ・トイネが大型船を保有していないと言うのは、実は渡に船だった。

日本皇国の主要産業は造船業であり、日本製の航空船は世界中に多くの顧客を有していた。

また、軍用航空艦を始めとする兵器輸出も盛んと言う程では無いが行なっており、インドを除くアジアの国の海軍艦艇は日本製の軍艦がおおよそ8割を占めていた。

だが、転移によってそれら顧客を全て失ってしまっており、このままでは造船業が低迷してしまう所であった。高天原の増産が計画されているのも、造船業関係者の失業率増加を防ぐ為の公共事業の面もあった。

 

そこに日本から見れば世紀クラスで古い船しか持っていないクワ・トイネ公国との接触である。

食料輸入に関しても重要項目ではあるのだが、艦船輸出に関しても日本にとって重要項目であった。

既に造船会社には民間船・軍用艦問わず、クワ・トイネ向けの輸出船の設計指示が出されており、日本としても船を欲してくれるのは有難い話だ。

 

お互いの思惑等をはらみつつ、会議はとても良好に終了した。

 

 

10日後、

両国の外交担当者の手で以下の同意事項にサインがなされた。

 

○日本皇国とクワ・トイネ公国は正式な国交樹立に向け継続した話し合いを行う。

○相互不可侵条約の締結に向けた話し合いを継続する。

○クワ・トイネ公国は日本皇国に対し必要量の食料を継続的に輸出する。

○食料輸出の為、クワ・トイネ公国内の農耕地から港にかけてまでのインフラ整備と湾港設備の増強は日本皇国責任を持って行う。

○クワ・トイネ公国から日本皇国へ向け輸送を行う輸送船は初期段階では日本皇国籍の輸送船を使用し、段階的にクワ・トイネ公国籍の輸送船を増やして行くこととする。

○また、輸送船の輸出に向けて両国間を往復する輸送船にクワ・トイネ公国人を迎え入れ、操船技術等の教育を行う。

○両国間の為替レートの整備を早急に行う。

○日本皇国は食料の一括購入の見返りとして、生活インフラの整備を向こう1年無償で行う。為替レートの整備後はレートの食料額に応じて対応を行う。

 

クワ・トイネ公国側からすれば願っても無い程いい条件で、日本と友好的な関係を築くことが出来た。

これを期に日本皇国とクワ・トイネ公国はとても親密な関係を築き、この後この世界に訪れる荒波を共に渡って行くこととなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

日鍬間で最初の実務者協議日の夜。

クワ・トイネの使節団をもてなす宴席が設けられた。

その席でヤゴウは会議では聞けなかった事を隣に座った日本の外交官田中に尋ねた。

 

「タナカ殿、貴方方は亜人についてどう思われる?」

「亜人について、ですか?」

 

ヤゴウの質問に田中は箸を止め彼に向き直る。

 

「ええ、エルフや獣人等を始めとした亜人についてです。この世界には人間主義と言うものを掲げ亜人の排除を国家で行なっている国もあります」

 

これまでの交流で日本人は温厚な人物が多いと感じているが、この話を聞いて態度が変わらないとも言えないが、聞くならば早い方が良かった。

今ならばまだ外交官がサインした合意文書しか存在しない、決裂したとしてもまだダメージは小さい。

 

「ふむ、人間主義ですか。我が国にも恥ずかしながら亜人と呼べるような普通の人間とは違う身体的特徴を持った人への偏見や、差別意識的なものがありました」

「なんと」

 

ヤゴウは田中の言葉に驚く。

日本皇国についての説明を受けた際、日本のあった世界ではほんの100年前に【魔力】が発見され【魔法】が生み出されたのだと、それまではムーと同じ様な機械文明であったと聞かされた。

それまで【魔法】だとかワイバーンだとかは空想の存在であったとも。

それでいてこの発展具合はなんだと言う思いもあるが、嘘を付いているとは感じられなかったので、自然と亜人なども居ないのでは?と考えていた。

そんなヤゴウの驚きを受け田中は説明を続ける。

 

「我が国では【魔力】の発見に伴いそれを使用する様になった世代を第一世代と呼んでいます。産まれた時から【魔法】があった世代を第二世代、そこから順々に世代を重ねていきまして。彼等が最初に確認されたのは第三世代ででした」

「彼等?」

 

田中は空になっていたヤゴウのグラスにビールを注ぎ話を続ける

 

「いわゆる【亜人】と呼ばる人々です。身体的特徴は殆ど変わらない彼等ですが、額に角があったのです。身体以外の違いでは使用できる魔力の量も多い事も挙げられます。今でこそ社会に普通に受け入らられている彼等ですが、誕生初期はそう言う訳にもいきませんでした」

「やはり差別が?」

 

今度はヤゴウが田中のグラスにビールを注ぐ。

 

「ええ、自分の子供に角が生えていた。パニックになったのでしょうね、赤子を捨てる程度はまだマシでした。酷い例では赤子と母親両方が殺された事件もありました」

「それがどうして、受け入れられる事になったのでしょう?」

 

再びビールを注ごうとした田中に手で断りながらヤゴウは尋ねる。

 

「角が生えてるだけで他は変わらない、可愛い自分達の子供だと普通に育てたご両親もおられまして、そうやって育った子供が他の子供より力が強かったり、使える魔力が多かったりと。そう言う事がわかってから捨てられて孤児院などにいた角有りの子供達を政府が保護しました。無論善意などから来るものでは無かったですが」

「・・・」

 

質問も止まったヤゴウを尻目に田中は続ける。

 

「それから数十年、第四世代・第五世代と代を重ねる毎に彼等、いつしか【鬼人】と呼ばる様になっていた彼等は数を増やしています、近いうちに数は逆転するだろうと言われる程です。それで、排斥しようにも相手が増えた、そもそも喧嘩などになったら勝ち目が無いと言う事もあって、自然的に鬼人に対する差別などは無くなっていきました。そして決定的になったのは今から70年程前の出来事です。ソビエト連邦、当時不可侵条約を結んでいた筈の国が突如として我が国に侵攻を仕掛けて来ました。それを我が国の最北の地で命懸けで食い止めたのが、当時まだ10代前半であった鬼人の少年少女達でした」

「なんと」

 

当時の日本皇国政府が彼等を保護した理由の一端を目にした気がする。

 

「彼等の行動が英雄的行動に見えたのでしょう。実際護国の英雄であった事は事実ですし、政府の行ったプロパガンダでも彼等をひたすら持ち上げましたから。以降鬼人は比較的好意的に受け入れられる様になりました。尤もその事が鬼人の多くが軍人になると言う道を作り出してしまった事もまた事実ですが。とは言えご安心下さい、我が国が亜人の方を差別したり排斥しようとしたりなど、そういう行為を行う事はありえません」

「そのお言葉を聞いて安心できました」

 

田中の話は中々に衝撃的なものだったが、日本皇国にも亜人が存在する事。彼等が亜人を差別・排除しないと知れた事はいい事だ。

 

 

 

 

「ああ、獣人の方、特に猫とか犬の獣人女性なら下手をするとカルト的人気を得るかもしれませんよ?」

「はい?」



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戦乱の声

●中央歴1639年3月22日

 

クワ・トイネ公国首相カナタは、視察に赴いたロウリア王国との国境付近の街ギムの上空を編隊を組んで飛行するワイバーンを眺めながら感慨にふける。

2ヶ月前のあの日、日本皇国の軍艦がクワ・トイネへと現れたあの日から、この国の歴史的変化は始まった。

クワ・トイネ公国そしてクイラ王国と同時に国交を樹立した日本皇国は、事前協定に則り両国に対しすぐさま政府開発援助によるインフラ整備に着手した。

その結果、大都市間を結ぶ道は土を踏み固めただけの道や簡素な石畳から、黒く継ぎ目の無いものへと変わった。

また専用の道を走る連結高速輸送船と言う、大規模かつ迅速な物資輸送が可能な輸送網の構築も勧められており、これの完成によって国全体での人の移動や経済活動が活発になり、今までとは比較にならない発展をするだろうと言う試算を経済部が上げてきている。

クイラでも同じようなインフラ整備が進められていて、あちらは日本が求める鉱物資源輸出の準備を進めていると言う。

 

日本には魔法技術の輸出も要求したのだが、「技術そのものの輸出は法的に不可能だ」と断られてしまった。

その代わりと言ってはなんだが、日本側は販売した製品の研究は指定する物以外に関しては自由に行って構わないと言ってきた。

おそらく、研究されてコピーされても日本的には大してダメージも無い古い技術だとかなのだろうが、クワ・トイネ側からすればどれもこれも生活水準を底上げしてくれるものなのだ。

生で飲む事など到底出来なかった水道の水は生で飲む事の出来る水になり、夜も明るく照らしてくれる照明魔法具やそれらに魔力を供給する大型の魔力炉(あいにくこの魔力炉の解析は禁止されている)、物を温め一瞬で水を沸かせる魔法具など。

これらは今のところサンプルだけで、区画ごとに魔力炉の設置と各家屋への魔力送信ラインの構築の必要がある為普及はまだ先の事だが、そのサンプルを見た経済部の担当者は「これらによって我が国はとてつもなく豊かになる」と放心してしまったと言う。

 

そして日本皇国が輸出したのは民生品だけでなく、兵器と軍事技術の輸出も行なっていた。

今カナタの目線の先を飛行しているワイバーンもそうだ。

アレらはクワ・トイネ公国が元々保有していたワイバーンではなく、日本皇国から輸入した機竜と呼ばれる兵器だ。

軍事目に於ける支援や兵器の販売を打診した結果だ、クワ・トイネとしては主力制空兵器である戦闘航空艇を欲したのだが、保守整備などの問題や運用形態がワイバーンのそれと違い過ぎるとの事から、比較的ワイバーンの運用形態に近いこの機竜の採用を提案された。

機竜であってもクワ・トイネが保有するワイバーンや、ロウリア王国の保有するワイバーンの性能を遥かに凌駕している事もあり、クワ・トイネは機竜の採用を決定した。

日本はクワ・トイネ向けに数種類の機竜を候補として示し、クワ・トイネはその中から皇国陸軍の採用している攻撃機竜「紅龍」を採用、現在はクワ・トイネ向けの機体の製造待ち状態で、民間の機竜レース用の機体で訓練を行なっている。

陸軍も小銃と言う弓よりも長射程の武器を輸入し、日本皇国陸軍から軍事顧問団を招き日本の進んだ戦闘方式の取り込みを行なっている。

海軍も現在水兵の半数程が日本に渡り彼らの進んだ軍艦の操船技術を学んでいるところである。クワ・トイネ向けの軍艦の整備が終わり次第、船と共に帰国して以降はこちらで訓練を続ける事となっている。

 

「凄いものだな日本と言う国は。民生技術も軍事技術もおそらく三大文明圏のそれを超えている。このまま順調に行けば我が国も生活水準において三大文明圏を超える日も、そう遠くはないのではないだろうか」

 

そして国力もいずれは文明圏のそれに届くだろうし、ロウリア王国が相手で有れば間も無く追い越すと考えられる。

 

「日本皇国が覇権国家ではなくて助かりました。彼らが国力と軍事力を前面に押し出してくれば、我が国に許されるのは早期降伏か滅亡だったでしょう」

「『植民地政策は時間経過と共に破綻する』『武力と恐怖による支配は長続きしない』と言っていたな」

 

日本皇国が植民地政策に否定的なのはそもそもが周辺に欧米列強の被植民地が多いアジアの国であった事と、最大の同盟国である大英帝国と英領インド帝国との間で起こったインドの独立戦争が凄まじいまでの泥沼となり、イギリスが東アジアの戦力をすり減らした事に起因する。

この英印戦争でイギリスがインドに配置していた陸軍戦力は壊滅し、ロイヤルネイビー東洋艦隊は半数以上がインド洋の魚礁となった。

イギリスの同盟国として、またアジア地域の国家として中立を維持していた日本皇国の介入によって、痛み分けの様な形で終結したこの戦争の発端は長年続いたイギリスによる植民地政策に対する反発が、【魔法】を得た事により一気に暴発した事にあると認識した日本は植民地政策に消極的になり、第一次大戦後に手に入れていた旧ドイツ植民地を早急に独立させている。

 

「何にせよ、日本の協力によって我が国は力を付けつつある。こうやって国境付近で新しい飛竜隊の飛行訓練も行なっている、牽制になれば良いのだがな」

 

カナタの願いは茜色に染まり始めた空に溶けた。

 

 

 

 

ロウリア王国の王都ジン・ハーク

ロデニウス大陸で最大の都市、大陸で最も発展した都市である。

少なくともロウリア人からすればこれまでも、これからも。

実際には既にクワ・トイネ公国のマイハークに抜かれつつあるのだが、彼等はそれに気付く事が出来ていない。

 

三重の強固な城壁に囲まれたロウリア王の居城ハーク城。

月の綺麗なこの夜に、ロウリア王国の行く末を決める御前会議が開かれていた。

白い鎧に身を包んだ偉丈夫、この国の防衛騎士団の将軍パタジンは王の前に跪き報告を行う。

 

「報告致します偉大なる大王陛下、全ての準備は整いましてございます」

「うむ。だが2国を同時に相手取り勝てるか?」

 

ロウリア王国国王、ハーク・ロウリア34世は威厳を持ちパタジンに尋ねる。

 

「クワ・トイネは戦いも知らない農民供、クイラは不毛の土地に住まう者共、更に亜人の数が多い2国に陛下の強大なるロウリア軍が破れる事などあり得ません」

「そうだな。して宰相よひと月程前に接触してきた、日本皇国とか言う国について報告はあるか」

 

日本皇国は同じクワ・トイネ公国とロデニウス大陸にある国として、ロウリア王国にも接触を行なっていたのだが、クワ・トイネ公国及びクイラ王国と国交を結んでいる事から、敵対国であると判断され門前払いをされていた。

最も日本側としてもその頃既にロウリア王国による亜人の迫害を知っていたので、取り敢えずと言う面が大きかったので素直に帰っている。

 

「ロデニウス大陸から北東に1000km程行った所にある新興国でございます。仮に亜人供と同盟を組んでいようと、到着するまでに何方も滅んでおりますれば、問題ございません。

また、奴らはワイバーンを見て驚いていたとの事ですから、飛竜騎士の存在しない辺境の蛮族です。仮に力の差もわからずに軍を送り込んで来たとしても、何ら問題ございません」

「ならば良い」

 

飛竜騎士は軍にとって無くてはならない職種だ。

ワイバーンの火力支援を受けられない軍ははっきりと言って弱い。

流石にワイバーンの攻撃だけで全てを壊滅させる事は出来ないが、それでもいつでも敵は頭上から攻撃されると言う恐怖とも戦わなければならない為、精神的に持たない。

ならばこそ、ワイバーンの存在に驚いていた様な蛮族など取るに足らない。

 

ちなみにその時の会話は以下の通り

『あれは......』

『ワイバーンが何か?』

『ワイバーン、(生体のワイバーンが)いるとは聞いていたが始めてみたな』

『そちらの国にはワイバーンはいないと?』

『ええ、ワイバーンなどと言う生物は生息していませんね。似た様なもの(機竜)なら有りますが』

『成る程。(似たようなもの?どうせ火喰い鳥か何かだろう、蛮族が)』

 

まぁハッキリと言わなかった日本の外交官にも問題が無かったとも言えない。その後ロウリア王国の担当者は日本を蛮族の国と見下し彼等をさっさと追い返したので、説明の機会が無かったのも確かだが。

 

「ではついに亜人供は根絶やしとなり、このロデニウス大陸は我が国の下に統一される日が来たと言う事だ。余は嬉しいぞ」

「くくくっ大王様、大陸統一の暁にはあのお約束もお忘れなき様」

 

王の前で不快にも黒いローブを被ったままの男が、気持ち悪い声でロウリア34世に囁く。

 

「わかっておるわ!!(クソが文明圏外の蛮地とバカにしおって!ロデニウスを統一し終われば次は貴様らの所だ!)将軍!!作戦について説明せよ!」

「ははっ!」

 

怒気をはらんだ王の声にパタジンは自分に向けられた怒りでは無いものの背筋を伸ばす。

 

「説明致します、ロデニウス統一作戦に投入する戦力は総兵力50万。今自作戦では本国防衛に10万を残し、40万をクワ・トイネ公国攻略へ当てます。

作戦初期段階でクワ・トイネの国境付近の街ギムを強襲コレを陥落させます、ギムには大した防備もありません前衛部隊だけで簡単に陥落するでしょう。

次段作戦においては本隊の到着を待ち、全軍でもって城塞都市エジェイを強襲コレを叩き潰します。

最終段階では一気に首都クワ・トイネを強襲陥落させます。尚道中にある街などに関しては、我が国と違い街ごとに城壁で囲むと言う事をしておらず、あっても街の中の貧相な城がせいぜいです。ですので適当な量の兵を置き囲んでおけば直ぐに降伏するでしょう。

航空戦力についてですが、彼我の戦力比は我が方が圧倒的であり彼らのワイバーンは瞬く間に空から駆逐されるでしょう。

また、同時に北方周りで4,400隻からなる大艦隊をクワ・トイネの主要港マイハークに向かわせ、隣接する経済都市マイハークを制圧致します」

 

日本皇国陸軍とクワ・トイネ公国軍務局の思惑であった、国境付近の街であるギムで機竜の慣熟訓練を行うことによって、ロウリアに警戒させ動きを鈍らせると言う思惑は、「亜人供を相手に偵察など不要」と言うロウリア王国の慢心によって破綻する事となった。

 

「食料についてはどうする?武器の増産は行なっていたが、食料の備蓄や集積は行なっていないだけろう」

「はっ、クワ・トイネはそこかしこに食べ物が溢れて、家畜すら美味い飯を食っている国です。食料補給は現地調達で十分と判断致します」

「ならばよい」

 

クワ・トイネ公国が焦土作戦を行うとは考えてもいないのは、そもそも焦土作戦と言う知識が無いのか、はたまたクワ・トイネ公国人が自分達で畑を殺す筈がないと言う信頼でもあるのか。

 

「次いでクワ・トイネの戦力ですが、掻き集めて5万程度しかありません。即応戦力にあっては1万にも満たず、長く準備をしてきた我が国の戦力を一気にぶつければ、小賢しく作戦を立てたとしても意味をなさないでしょう。

またクイラ王国に関しては基本放置いたします。あの国はクワ・トイネから食料を輸入していますので、それを止めて仕舞えば勝手に干上がります。

以上を持ってロデニウス統一作戦の概要説明となります。

6年の月日をかけた準備がついに実を結ぶ時がやってまいりました」

 

「ふふふっははっ、はぁーはっはっはっ今宵は良い夜だ!我が人生で最も良き日と言って良い!ハーク・ロウリア34世の名において、クワ・トイネ公国クイラ王国の殲滅を許可する!!我等がロデニウス大陸の覇者となるのだ!!!」

 

ウォォォォ!!!

 

まだ得てもいない勝利に酔いしれる歓声が夜のハーク城に響きわたった。



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戦乱の声・2

在クワ・トイネ公国-日本皇国大使館

 

「間違いないのですね?」

「ええ、情報部が掴んだ確かな情報です。ロウリア王国は戦争の為の行動を開始しています」

 

クワ・トイネとロウリアの国境のロウリア側で王国軍の集結を始めとする大きな動きがある事を掴んだクワ・トイネ公国は、開戦が近いと見て日本皇国への説明の為、日本担当となった外務局員のヤゴウは日本の大使館へ訪れていた。

対応しているのは在クワ・トイネ大使となった田中だ。

 

「事前にお話ししている通り戦争が始まれば、規定量の食料輸出が困難になると考えられます」

「わかりました、直ちに本国へ報告を行います。また事前協定に基づいて現在マイハークに入港している輸送船の徴発を行い、国境付近の住民の方の避難支援を行います」

「貴国の支援に感謝します。こちらに我が国の領空通航許可書を持参しております、ご確認下さい」

 

クワ・トイネ公国と日本皇国は国交を結ぶに当たって、通商条約のみならず軍事同盟条約も結んでおりこのやり取りもその条文の定める規定に従ったものである。

日鍬杭三国同盟が定める所では西方事態、即ちロウリア王国による侵攻もしくはそれに準じる直接的行動(侵攻準備)が確認された場合、日本皇国はクワ・トイネ公国及びクイラ王国に対し速やかに援軍を派遣するとある。

ただし、日本皇国にはクワ・トイネ公国及びクイラ王国に対し宣戦布告ないし、直接的な攻撃が行われ無い場合参戦義務は生じ無い。

クワ・トイネの強い要望もあり、ロウリア王国の攻撃が宣戦布告を無しに行われる可能性を考慮して、人道支援の為大使館の連絡用航空船や食料輸送の為マイハークに入港している輸送船を官民問わず、国境付近の住民の避難支援に当てる事となっている。

その為日本は入港している輸送船が少ない或いは、居ないと言う事態を考慮して大使館の連絡船と言う名目で、海軍の大型輸送艦を1隻マイハークに停泊させている。

現在マイハークには海軍の輸送艦【紀伊】と民間の輸送船団5隻が入港している。

さらに都合のいい事に、民間船団は到着したばかりでまだ積荷の積載作業前でありその船艙は空っぽである。

 

そして、ヤゴウが外務局へ帰る為日本大使館を出たすぐ後、大使館の駐在武官(在クワ・トイネ軍指揮官 海軍大佐)から命令を受けた紀伊が、避難民輸送作戦の第一陣としてマイハーク港より離水、最大船速でギムへと向かい航行を開始した。

 

 

クワ・トイネ-ロウリア国境の街ギム

 

「大板少佐出頭しました」

「どうぞ」

 

日本皇国陸軍西部方面隊機竜飛行隊遣クワ・トイネ教導隊ギム分遣隊隊長の大板少佐は、呼び出しを受けてギムの守将クワ・トイネ公国西部方面騎士団団長モイジの執務室を訪れた。

 

「訓練直前の呼び出し申し訳ない」

「いえ、緊急と伺いました。訓練中隊には待機を命じてあります」

 

促されソファに座った大板に向かいに座ったモイジは書類を手渡す

 

「つい先程総司令部から送られてきた」

「拝見します」

 

その書類には、

先日報告にあったロウリア王国軍の動きに対し、軍務局は近く侵攻が行われると判断した事。

それに対し日本皇国に同盟条約に基づく援軍の派遣要請を出した事。

事前の協定により輸送船による住民の避難作戦が行われる事。

その為に既に日本海軍の輸送艦が第一陣としてギムへと移動中である事。

ギム住民及び周辺の住民に対し避難命令を発令、西部方面騎士団は住民の速やかなる避難に全力を尽くす事。

最後に機竜飛行隊は教官・訓練兵含め全員機体と共にエジェイまで移動する事と書かれていた。

 

「我々に関係が有るのは最後ですか」

「ああ、上は万が一にも貴官らや訓練を受けた竜騎士、訓練用とは言え機竜が破壊されたり敵に鹵獲されたりと言った事態を防ぎたいらしい」

 

他にはそもそも今訓練で使用されている機竜はレース用の物を転用した民間仕様の機体であり、戦闘能力を有していない事も挙げられる。ギムに残っても出来る事と言えば偵察か敢えて敵の前に姿を見せて、その速度を見せつける事によって牽制するかくらいで、そのどちらもモイジが上げたようなリスクが無いとは言えないし、空を飛んでいるだけでその内攻撃して来ないのは「攻撃出来ないからだ」と敵に勘付かれ、完全に無視してくるだろう。

 

「では直ちに移動の用意をさせます」

「ああ、待ってくれ。そこには書かれていないが、機竜隊の移動は住民を乗せた最後の輸送船が出発してからにして欲しいとの事だ」

「ギリギリまで残れと?しかし、それでは」

「少佐の懸念もわかるが、上は早々に機竜隊が移動する事で住民がギムは見捨てられたなどと考える可能性を恐れている」

 

クワ・トイネ軍上層部にはギムで訓練中の機竜隊を戦争初期段階で参戦させるつもりは最初から無い。

とは言えギムの住民がそんな事知る訳無いし、彼らは新しい飛竜隊は大きくて速くて力強いワイバーンに乗っていると心強く思っていた。

そんな中、ロウリアが攻めてきたからと誰よりも速くその飛竜隊が逃げ出せばギムの住民は絶望してしまうだろう。

訓練用機竜に戦闘能力が無い事だって彼等は知らないのだ。

 

「面子の問題、だけではなさそうですね。住民の避難はどれ程で開始できますか?」

「既に全住民に対し布告を始めている、荷物は最小限に抑えさせるし政府からの避難命令だからそれなりにスムーズには進むだろう。が、どうしても順番になってしまうし周辺の住民も加えれば迅速に、とは行かないかも知れない」

 

ギムの住民は凡そ10万人、いくら急いだからと言って10万もの人間が同時に移動など出来ない。今回早期に動員する事が出来た輸送船6隻で同時に運べる最大数は凡そ1万。つまり単純計算でギムの住民だけでも10往復が必要となる。

 

「第一陣の出発後残った住民に関しては一時自力で東を向かわせ、途中途中でピックアップすると言うのはどうでしょう?」

「確かにそれならば、護衛という名目で機竜隊を同行させ自然に移動させられる。しかしリスクは大きくなるかも知れん」

 

ギムは城壁の建築は間に合わなかったものの日本軍の助言で土塁や簡易的な塹壕が国境側に築かれている。

街の中ならば家屋に立て籠もることが一応出来るし、西部方面騎士団の隊舎や飛竜隊の隊舎もある。しかし、東に向かって移動を始めてしまえば隠れる場所など殆ど無い。

彼我の戦力差は現在先陣が到着しだした頃と考えられる、追い付かれてしまえばひとたまりもない。

 

「では輸送作戦の指揮官の意見も聞くべきでしょう。最初に到着する我が国の海軍艦に乗船している筈です」

「では住民には兎も角避難の準備を進めさせる事としよう」

 

 

日本皇国 沖縄沖上空 皇国海軍琉球鎮守府

 

琉球鎮守府は第一次第二次英印戦争を通じて険悪な関係になったインドや、共産中国を仮想敵として配置された鎮守府で、母港とするのは空母2隻に強襲揚陸艦3隻を有する皇国海軍第5艦隊。

そして現在はクワ・トイネ公国海軍の軍人を受け入れた練習艦隊が錨を下ろしている。

この日、クワ・トイネ公国海軍第2艦隊の提督のパンカーレと参謀のブルー・アイは鎮守府長官室に呼び出されていた。

 

「それで山口長官、我々を呼び出されたのは一体」

「つい先程本省より伝達が有りました。クワ・トイネで西方事態発生の兆候ありとの事です」

「「ッ!!?」」

 

琉球鎮守府の司令長官山口中将の言葉に、パンカーレとブルー・アイは息を飲む。

西方事態とは即ちロウリア王国によるクワ・トイネ公国もしくはクイラ王国どちらもかへの侵攻を指し、クイラ王国側は天然の防塁と呼ばれる山脈により守られている事もあって、攻め込まれるので有ればクワ・トイネ公国と考えられている。

 

「くっ国はっ!どうなったのですか!?」

 

パンカーレは思わず声を荒げた

 

「落ち着いて下さい。まだ侵攻では無くあくまで兆候です。国境付近にロウリア王国が軍を集結させているとの事です」

「そっそうですか」

 

山口中将の言葉にホッと胸を撫で下ろすパンカーレとブルー・アイ。

 

「我々を呼ばれたのはそれを伝える為で?」

「ええそれもありますが本題は別です。西方事態の兆候によってクワ・トイネ公国から正式に派兵要請がありました、政府は日鍬間の軍事同盟の条約に基づいて軍の派遣を決定、国防省と海軍参謀本部は第5艦隊の派遣を決定しました。

それでこちらに出撃命令が出た訳ですが、我々は先遣隊として第10戦隊とクワ・トイネ練習艦隊を派遣しようと考えています」

「我々をですかっ!?いやしかし...」

 

クワ・トイネ練習艦隊とはその名の通り日本の操艦技術等を学ぶ為に渡航して来たクワ・トイネ公国海軍の軍人達が主体となった艦隊で、1隻の巡航艦と2隻の駆逐艦から成る。

日本皇国基準で言えば旧式艦から成る艦隊で大した戦力では無いが、この世界特にロウリア王国相手であれば圧倒的な戦力となる。

最もパンカーレが躊躇した理由は別で、

 

「我々とて日々努力をしていますが、しかし実戦を行えるかと言われれば」

「ええ、理解しています。しかし貴国の危機です、お気持ちとしては今すぐにでも飛んで行きたいのでは?」

「それは、ええもちろん、その通りです」

 

パンカーレもブルー・アイも出来る事ならば今すぐにでも国に戻りたい、しかし自分達は公国海軍の未来のための練成の途中であり、そしてそれは始まったばかりで、まだまだ実戦を行える様な練度では無い。

自分の国が侵されようとしているのだ、自分達で戦いたいが無理に着いて行っても日本皇国軍の足手まといになってしまうだけだ。

なまじ素人では無く元々海軍の軍人だからこそ解る。

それは山口中将も知っている筈だ我々の練度に関しては特に、なのにこの様な提案がなされているのは何故なのか。

 

「ロウリア王国の海軍が相手であれば、性能差から言っても現状の練度でもさして問題がないと言うのが我々の見解です。それに基本的には第10戦隊が戦闘を行います、練習艦隊は実弾演習程度に考えて頂ければ宜しいかと」

 

つまり皇国海軍の保護下で演習を行わせようと言うのが日本側の思惑である。

 

「成る程実弾演習ですか。提督、ロデニウス大陸までの航行も含め、更なる練度向上の機会を与えてもらったと考えるべきです」

「うむ、そうだな。山口長官どうか我々も参戦させて頂きたい」

「勿論です。共に戦いましょう」

 

結果として日本皇国の本格的な派兵に先行して皇国海軍第5艦隊から巡航艦2隻と駆逐艦6隻から成る第10戦隊と、クワ・トイネ海軍練習艦隊の巡航艦1隻と駆逐艦2隻の合計11隻が先遣隊として派遣される事となった。

 

 

遣クワ・トイネ派遣部隊先遣隊

 

 

大江 巡航艦 金剛型巡航艦 旗艦

羽黒 巡航艦 愛宕型巡航艦

島風 駆逐艦 島風型駆逐艦

海風 駆逐艦 同上

霧雨 駆逐艦 村雨型駆逐艦

 

クワ・トイネ練習艦隊

オオムギ 巡航艦 利根型巡航艦 旗艦

デラウェア 駆逐艦 江風型駆逐艦

マスカット 駆逐艦 同上



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開戦

●中央歴1639年4月11日午前

ロウリア-クワ・トイネ国境

ロウリア王国側東伐軍 先遣隊本陣

 

クワ・トイネ解放(・・)軍の内先遣隊が国境沿いに布陣して以降、クワ・トイネ公国の外務局からは魔法通信による国境からの撤兵要求が再三に渡ってなされているが、戦争は既に国王によって決定された事である。亜人供やそれに与する蛮族供が今更何を喚き騒ごうが無視だ。

 

先遣隊の指揮官Bクラス将軍パンドールは与えられた戦力3万について、頭の中で反芻する。

兵力3万の内訳は

歩兵20,000

重装歩兵5,000

騎兵2,000

攻城兵器等を扱う特化兵1,500

遊撃兵1,000

魔獣使い250

魔導士100

竜騎兵が150

 

歩兵が多いのは現代でも歩兵と言う兵科が無くなっていない様に、市街地や砦・城・基地などの建造物を制圧する際にはどうしても必要となってくるからだ。

だだっ広い平原が多いクワ・トイネに攻め込むに当たって、騎兵の数はもっとあった方が良いかもしれないが、まぁ先遣隊なのだこんなものだろう。

 

何より竜騎兵が150騎もいる。

 

1部隊10騎で1万の歩兵を足止め出来る空の覇者が竜騎兵だ。

本来高価な兵科である竜騎兵はロウリア国内の部隊を全て掻き集めても精々200騎だ、それが先遣隊だけで150騎。

本軍の部隊を含めれば対クワ・トイネには500騎もの竜騎兵が参加している。

この数を揃えるのには、北の第三文明圏のフィルアデス大陸の列強国・パーパルディア皇国からの援助があったなどと言う噂があるが、実際のところは表には出て来ないので謎である。

とは言え、クワ・トイネ如きに全500騎はおろか先遣隊の150騎でも明らかに過剰戦力だ。

亜人供に恐怖を与え絶望させるには都合が良いかもしれないが。

 

「明日、ギムを陥とす」

「ギムでの戦利品についてはいかが致しましょう?」

 

本陣の天幕に居並ぶ各部隊の指揮官に宣言したパンドールに、副将のアデムが話しかける。「戦利品」要するに占領したギムのクワ・トイネ人をどうするか、と言う事だ。

アデムは冷酷な騎士として知られている。

ロウリア王国の拡張期、小国を多数併合した際の占領地での残虐な行いは語るに耐えない。

 

「副将アデム、お前に任せる」

「了解致しました」

 

将軍に一礼したアデムは控えていた部下に命ずる

 

「全軍に通達せよ。ギムでの略奪は一切咎めない。人も金品も好きにさせよ、女を嬲った場合は後で全て処分する様に。それから1人も逃すな、全て殺処分しろ」

「はっ!!全軍に通達!ギムでの略奪は一切咎めず!人も金品も自由!女を嬲った場合はその後に処分!街からは1人も逃さず全て殺処分!」

「よし行け」

「はっ!!」

 

アデムの部下は命令を伝える為、直ぐさま天幕を飛び出そうとするが

 

「いや!ちょっとまて!!」

 

すんでの所でアデムが引き止める

 

「やはり全て殺すのは無しだ。嬲っても構わんが100人ばかりは終わってから解放しろ」

「解放でありますか?」

「そうだ、恐怖を伝播させるのだ、逃す100人は死なない程度に特に念入りに凌辱しろ。それから、敵騎士団の家族などがいた場合は特に残虐に処分せよ」

「りょ、了解しました!!100人程を念入りに凌辱した後解放!敵騎士団の家族は特に残虐に処分します!!」

 

部下の男はその恐怖の命令を復唱する為、さっき以上に腹に力を入れて大きな声を出す、そうでもしなければ人の心を持たないのではと思えるアデムに呑まれてしまうのではと思えたから。

 

程無くして、アデムの命令は全軍に確かに通達された。

 

 

 

●中央歴1639年4月12日早朝

 

クワ・トイネ公国国境の街ギムでは現在、住民達とギム以西からの避難民達の航空輸送船での避難作業がいよいよ大詰めを迎えていた。

後は現在乗艦作業中の日本皇国海軍の輸送艦に残っている人々が乗艦し、【紀伊】が飛び立てばギムからは少なくとも非戦闘員は1人も居なくなる。

今ギムにいるのは乗艦中の住民1,500人と、クワ・トイネ公国西部方面騎士団の歩兵2,500・重装歩兵500・弓兵200・騎兵200・軽騎兵100・魔導士30に西部第一第二飛竜隊の竜騎兵24騎。

それから機竜訓練飛行隊ギム分遣隊の教官機を合わせた5機の機竜だけだ。

だからこそ、心の何処かに油断があったのだろう。

ギムの人々は西の空に立ち昇った赤い煙を見ても、一瞬それが何を示しているのか思い出せなかった。

しかし、次の瞬間けたたましく通信用魔法具が音を立て、緊迫した声での通信が入った事により冷や水を被せられた様な気がして、背筋がスッと冷えるのを感じた。

 

「至急!至急!!こちら国境監視小屋!!ロウリアのワイバーンが越境!!続く様に歩兵数万も越境した!!ロウリアが侵攻を開始!繰り返すロウリッ ➖ブツン➖」

 

魔法通信は突如として途絶える、おそらく生存者はいないだろう。

 

「第一第二飛竜隊直ちに離陸!敵ワイバーンに当たれ!!軽騎兵!直ちに出陣!敵側面より強襲!撹乱せよ!!騎兵隊は遊撃だ!出撃待機!!重装歩兵は堀の内側に並べ!歩兵はその後ろだ!!弓兵!櫓に登れ!最大射程にて援護!!魔導士は全力でこちらを風上にしろ!日本の輸送艦に連絡!住民の乗艦作業を急ぐよう伝えろ!!機竜隊は船が出るまで待機だ!」

 

モイジの吼えるような命令に、全員が弾かれた様に動き出す。

命令は即座に全部隊に通達され、直ぐさま飛竜隊が滑走を始め大空へと飛び立つ。

 

ワイバーンを運用する従来の飛竜隊が24騎全力出撃する中、飛行の用意をしながらも一向に飛び立つ気配を見せない者達が居た。

ギムの東側に着底した【紀伊】への乗艦作業を見守る、大板少佐達機竜訓練飛行隊ギム分遣隊だ。

訓練飛行隊の内整備員達は既に【紀伊】へ乗艦しており、残っているのは乗機して待機状態にある彼等だけだ。

 

《教官殿!我々は出撃しないのですかっ!?》

《我々にも参戦の命令を!!》

「ならん、我々に与えられた命令は待機だ」

 

訓練飛行隊の訓練兵達は飛び立つ仲間達の姿を見ながら、自分達もロウリアと戦うとそう主張するが、大板は即座にそれを退ける。

現在機竜訓練飛行隊ギム分遣隊の上位指揮権はギムの守将であるモイジにあり、その彼が待機を命じた以上それは絶対だ。

そして何より

 

「我々の訓練機が民間改造品で戦闘能力を持たない事を忘れるな」

《しかしっ!それでも敵ワイバーンの撹乱などは行える筈です!!》

「くどい!命令は待機だ!」

 

大板とて訓練兵の主張は感情面を含めて理解出来る、彼だってひと月近くギムで暮らしているのだ、その間この町の人々や騎士団の兵士達と交流もあった、自分達を温かく迎え入れてくれた彼等を守りたい気持ちは当然ある。自分達が乗っているのが本来納入されている筈だった「サラマンダー(攻撃飛竜紅龍のクワ・トイネ仕様機)」であったのならば、今すぐにでも飛び立ってロウリアと戦いたい。

だが、武装の一切無いこの訓練機で出て行ったって、確かに性能差はあるだろうが攻撃手段のない事、彼を除く訓練兵の練度がまだ十分とは言えない事を踏まえれば、量で攻められれば落とされる可能性は充分ある。

クワ・トイネ政府が機竜への転換訓練を受けた竜騎士を失いたく無いと考えている以上、迂闊な行動は出来ない。

 

だが、その待つ時間は彼等に優しくは無かった。

 

《くそっ後ろにっぐぁっ》

 

《振り切れない!くそっくそっクソォ!!》

 

《地獄に堕ちろ!クソロウリア!!ぎゃあ!?》

 

《クワ・トイネに栄光あれ!!》

 

《後は頼んだぞ!!》

 

仲間達の声が、今空で戦っている仲間達の声が通信魔法具に混信する。それは断末魔であったり、ロウリアを呪う言葉であったり、クワ・トイネを讃える言葉であったり、機竜隊へ未来を託す言葉であったり。

でも暫くしてそれは全て途絶えた。

大板も訓練兵達も涙を零す、中には声を上げて泣いている者もいた。そんな彼等に1番待っていた言葉が通信越しに聞こえてきた。

 

《日本皇国海軍輸送艦【紀伊】より大板分遣隊へ、貴隊の指揮権はモイジ将軍より本艦艦長へ移譲された。【紀伊】は所定作業を繰り上げ終了、現在離陸作業中。未収容の住民にあっては小型輸送艇に収容の上、上空にて本艦へ収容する。大板分遣隊は直ちに離陸、本艦直掩へと付け。尚レーダーが西方上空にロウリア王国のワイバーンの騎影を複数探知、数100以上。交戦規定に基づき、本艦の脅威たり得る敵騎については防衛兵装にて攻撃を行う、IFFの起動を忘れるな》

 

「全機起動!離陸用意!!」

《了解!!》

 

大板の命令に訓練兵達は弾かれるように機竜の心臓に火を入れる。

民間機だがレース機とあって強力な魔力炉は、直ぐさま機竜の全身に魔力を行き渡らせる。

翼を広げ離陸用意に入った時、【紀伊】からまた通信が入った。

 

《伝え忘れていた訓練兵諸君。新たな牙と爪が、エジェイで君達を待っているぞ》

「聞いたなお前達!何が何でもエジェイに辿り着け!!いいなッ!!」

《はいっ!!》

 

そして彼等は飛び立った。

コレは確かに敗走なのだろう、けれども彼等の心は熱かった。

ただ逃げる訳では無い、散って行った仲間の仇を取る為に!

 

《ロウリアめ今に見ていろ!》



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伏龍

ーその光景は余りにも現実離れしていたー

 

あの日俺たちがギムの空で見たものだぁ?

何度も言ってるだろう、船だよ船!

船が空を飛んでやがったんだよ!なぁ!

 

ああ、オレたちが見たのは間違い無く船だったさ。

バカデッケェ船が確かに空を飛んでやがったんだ。

この国にあった軍船よりメチャクチャデカイ船がな。

あ?見間違いじゃ無いのかって?

ふん、あの時も副将様にそう言われたよ、けどなぁ!

教えてくれよ何と見間違うってんだ?

 

言い訳をしてるんじゃないかって、怒鳴られもしたな確か。

え、何の言い訳かだって?

勿論ギムの街で亜人の一人も殺せなかった事のさ。

あぁ言っとくがクワ・トイネの兵士の事じゃねぇぞ?

ギムに住んでた筈の住民の事だ。

大層楽しみにしてたからなあの副将は。

 

それがいざギムに入って見れば、守備兵以外に人っ子ひとりもいやがらなければ、空飛ぶ巨大な船を見たって報告に、ワイバーンが3騎落とされたって報告だ。

そりゃもう見事なキレっぷりだったよ。

腹いせかクワ・トイネの兵士を死体すらメチャクチャにしやがった位だったからな。

 

実際の所はどうなのかだと?

俺達が話を盛ってるんじゃないかって?

つくづく疑ぐり深いねぇ。

 

はん、言葉で信じられねぇってんなら、明日の朝一に東の空でも見てみやがれってんだ。

いやでも現実ってヤツが目に入るからよ!

 

 

 

●中央歴1639年4月12日昼

 

クワ・トイネ公国西部方面騎士団の必死の抵抗も虚しく、ギムはロウリア王国の手に堕ちた。

しかし、ギムの新たな支配者となった筈のロウリア兵達の顔には不満と苛立ちが目立つ、先遣隊の副将アデムなんかは特に。

 

「どぉっいう事だあぁぁあ!!何故一人も住民がいない!?」

 

アデムは仮の本陣となった西部方面騎士団の基地で怒鳴り散らしていた、誰何しているのかただ怒鳴っているだけなのか、それを受けているのは後ろ手に拘束されたモイジだった。

彼は既に自分以外は殺されギムもロウリア軍先遣隊に包囲されているのにも関わらず、笑みを浮かべている、それも勝ち誇った様なアデムを馬鹿にした様な。

 

「きっさまあぁぁぁ!!なんだっ!?その顔はぁ!!答えろ!亜人供を何処へやった!!!」

「ふん、答えるわけが無いだろう」

 

実の所アデムにも答えの一端に関しては報告されているのだが、

曰く「空を飛ぶ巨大な船を見た」とか「その船に近づいたワイバーンが突然爆発して落ちた」だとか、到底信じられる様な話しでは無く、ギムの亜人を取り逃がした言い訳をしているのだと、アデムは考えていた。

冷静になって聞いてみれば、そう証言しているのは1人2人では無く、竜騎兵にも歩兵にも其の外の兵士にも、一定以上の人数でそう言っている兵士がいる事に。更には本陣に残っていた兵士の一部にも似た様な証言をしている者が居る事にも。

極め付けにギムの東側に展開した部隊から、「まるで巨大な何かが押しつぶした様に草が潰されている」という報告が入っている事にも気付ける筈なのだが。

実際パンドールは同じ報告を聞き、得体の知れない何かが起こったと冷静になっているのだが、虐殺の命令を出したにも関わらず「亜人の一人も殺せなかった」と報告されて頭に血が上っているらしいアデムは、その事に気付く事が出来ていない。

 

「モイジ!!貴様は誰よりも惨たらしく殺してやる!!生きたままバラバラに引き裂いて魔獣のエサにしてやるッ!!」

「好きにすればいい。今更私が死んだ所で貴様らの負けは覆らん」

 

アデムは脅した積もりだったが、モイジの声は怯えの色など一切見えずどころか、覇気すら感じる。

モイジの言う通り、現在エジェイに集結中の戦力を持ってすれば、ギムを占領するロウリア軍先遣隊を被害は出るものの撃破し奪還する事は可能であり、しかもクワ・トイネ公国の戦力だけでだ、そこに本格派兵された日本皇国軍が加われば、最早敗北など万に一つも無くなる。

だが、

 

「ふっざけるなぁぁ!!貴様等亜人や亜人に与する蛮族にぃ!!我々が負けるだとぉ!?調子に乗るのも大概にしろォッ!!」

 

そんな事アデムが知る由も無いし、モイジの言葉を信じる理由も無い。ギム住民が居ないのは姑息にも早くから避難させていたから(国民を守る為の行為なので姑息もクソも無いのだが、アデムの目にはそう映る)で、西部方面騎士団は自軍の前に呆気なく壊滅している。

故にアデムにはモイジの態度も言葉も自分を煽っている様にしか感じられず、激情のまま首を刎ねてしまう。

 

「チッ!コイツを魔獣のエサにしろッ!一欠片たりとも残させるな!!」

 

思わず剣を振るったアデムは、嬲って殺すと言いながらアッサリ首を刎ねてしまった自分にも苛立ち、モイジの頭を思い切り蹴飛ばすと部下に命じた。

 

この後、ワイバーンや騎兵を用いて周辺の捜索を行ったものの、奇妙なまでに誰一人として住民は見当たらなかった。

この事から「ギムの兵は捨て駒だったのでは?」と考えたパンドールの判断により、ロウリア軍の進軍は一時的に停滞する事となる。

 

 

 

<クワ・トイネ公国空軍少尉レモーネ

 

ギムから東に50km、城塞都市エジェイにてギムから撤退してきた私達機竜訓練飛行隊の面々は、西部方面師団のノウ将軍と対面していた。

 

「諸君よくぞ生きて帰った。大板少佐彼等を連れ戻してくれた事、感謝する」

「いえ、本職はその職務を全うしたまでです」

 

将軍がギム分遣隊の指揮官である大板教官に礼を言うも、教官はそれが自分の仕事であると返す。

 

「謝礼くらい素直に受け取れば良いものを」

 

その様に将軍は呆れた顔をするが、直ぐに気を取り直して私達訓練兵達へ向き直る。

 

「さて諸君、格納庫へ行きたまえ。そこで今君達がすべき事が待っている。大板少佐、もう暫く彼等を頼む」

「「「「はっ!!」」」」

「お任せを」

 

 

将軍の前を辞すると私達5人は案内の兵士に連れられ、ワイバーン用の滑走路横に新設された格納庫へ赴く。

 

「おお少佐、みんなも。待ってましたよ」

 

そこで先に移動していた分遣隊の整備班の班長に迎えられた。

 

「ご苦労様です班長。機体は中ですか?」

「ええ、今総出で整備中です。もうすぐ終わりますよ」

 

こっちにと手招きする班長に続き格納庫に入ると、それが目に入って来た。

今年の始めまで乗っていたワイバーンとも、さっきまで乗っていた訓練用機竜とも違う、大きくて力強く見える機竜。

 

【戦闘機竜サラマンダー】それがこの機体の名前。

元は日本皇国陸軍の戦闘機竜「紅龍」、ヘリコプターと言う兵器を狩る為に作られた機体で「皇国陸軍が保有していて製造ラインが現存する中で唯一空戦能力を保有している」と言う理由で、クワ・トイネへの輸出機に決定したらしい。

暗い紅色単色で塗られた真新しい機体が4機と緑色系の迷彩が施された機体が1機、緑色の機体は胸部と翼にある国籍マークが赤色丸だから教官の機体か。

この機体を見ていると色々な思いがこみ上げてくる。

 

「さて諸君、見惚れるのは構わんがやる事があるだろう」

 

教官に言われて気付く、私達はいつの間にか機竜の姿に見惚れて動きを止めていた。

そうだ、私達は一刻も早くコイツを自在に飛ばせる様にならなければいけない、ギムの仇を取る為に。

 

「では諸君これから2時間休息とする。2時間後1500にハンガーへ集合、それまでは自由にして良いが昼飯だけはキチンと取っておく様に。以上解散!」

「「「「はっ!!」」」」

 

教官が格納庫から立ち去っても私達は動けなかった、動きたく無かった。

でも、多分このままだと私達は2時間後までこのままだと思ったんだろう

 

「そら!でてったでてった!少佐に言われたろう、昼飯は食ってこい!その後は作業の邪魔しなけりゃ好きなだけ眺めてればいい」

 

整備班長はそう言って私達を格納庫から追い出した。

 

 

 

 

●中央歴1639年4月20日

 

日本皇国海軍から派遣されて来た皇国海軍艦5隻と、クワ・トイネ公国海軍練習艦隊3隻からなる先遣艦隊8隻はマイハークへと到着した。

いい加減航空船は見慣れて来たマイハークの住民達であったが、流石に軍艦となれば話は違うらしく、多くの人が港に押し寄せたり高台に登ったりして見物したいる。目敏い人は内3隻が掲げるクワ・トイネの国旗を発見して、興奮した様子を見せている。

ただ、8隻共国旗の上に黒い紐を括り付けている理由が分かる人はいなかった。

 

➖ボォォォオー➖

 

先頭にいる一際大きな艦、巡航艦【大江】が大きな音を発した。

マイハークの住民達も聴き慣れつつある汽笛の音だ、なのでいつも通り入港の合図だと思っていた彼等は、続く行動に首を傾げた。

 

➖ドォン!ドォン!ドォン!➖

 

彼等は甲板の上の物を湾外の方に向けて、大きな音を順番に三回ずつ鳴らした。住民達はそれが何か理解出来なかったが、事前通告を受けていた湾港関係者やクワ・トイネ海軍第2艦隊、マイハーク市政長ハガマやイーネ達防衛騎士団は其々のやり方で死者に敬意を表する。

 

それは弔砲だった

 

ギムで起こった事の報告を受けた皇国海軍第10戦隊司令の命令による行動であった。

 

その後8隻は新たに航空艦用に拡張された軍港区画へ着水した。

彼等はこの後公国海軍第2艦隊司令と会議を行った後、ロウリア海軍の出撃が確認され次第迎撃の為に行動を開始するのだが、今はまだ静かにその時を待つ事になる。




伏龍
諸葛亮(公明)の若い頃の渾名。
ここではロウリアへの反撃の時を待つ
クワ・トイネ空軍機竜隊と海軍練習艦隊を指す。


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海戦

●中央歴1639年4月25日

 

ついにその時が来た。

ロウリア王国が4,400隻からなる大艦隊を出撃させたとの報告がはいり、マイハーク軍港は騒がしく動き始めた。

 

クワ・トイネ海軍練習艦隊の旗艦オオムギの艦橋で出撃準備を指示したパンカーレは感慨深げに窓の外を見やる。

右舷側に目を向けて見れば、そちらには元々自分が指揮していた公国海軍第2艦隊の軍船の姿が見える。

本来であればあの小さな軍船でロウリア海軍を相手に戦わなければならなかった、そうなればいかほどの犠牲が出ただろうか、ともすれば一隻足りとも一人足りとも生きて帰れなかったかも知れない。

 

だが、今自分が乗艦する船はどうだ、左舷に目を向ければ見える巨艦は、ロウリア海軍どころか文明圏の列強の魔導戦列艦すら圧倒的に引き離す大きさと戦闘能力を秘めている。

今までならば恐怖を覚えたであろうロウリアの4,400と言う数字も、今では全く恐ろしい物に感じない。

 

「人生とは分からんものだな」

「どうかされましたか?提督」

 

思わず呟いたパンカーレの言葉にブルー・アイが反応する。

 

「なに、日本皇国と出会えた事はこれ以上ない幸運であったなと、ふとそう思っただけだ」

「たしかに、彼等と出会わなければ我が国は間違いなくロウリアに蹂躙されていたでしょう。私も今こうして落ち着いて居られなかったと思います」

 

2人がそうやってしみじみと頷き合っていると、横からオオムギの艦長となったミドリ(最初に【島風】を臨検した軍船の船長。クワ・トイネ人で2番目に日本人と接触した人)が口を挟む。

 

「提督も参謀も軽く構えすぎですぞ。私なぞこの船での初実戦に、初めて軍船を任された時の様に震えていると言うのに」

「はっはっはっ、そんな事が言えるのです大丈夫でしょう」

 

「ほら手が震えているでしょう」と手を出しておどけて見せるミドリに出港作業を見守って居た日本皇国海軍の竹村大佐が横合いから茶々を入れる。

 

「ははは、教官のおっしゃる通りだなミドリ艦長。私とて緊張していない訳では無いさ、だが我々指揮官がガチガチに緊張している姿を兵士達に見せる訳にもいかんだろう?我々はどっしりと構えていなければならん」

「はっおっしゃる通りです」

 

そんなパンカーレ達のやりとに、緊張から動きが硬くなっていた兵士達も、いい感じに緊張がほぐれたのか硬さが取れた。

そこにマイハーク軍港管制より通信が入り、オオムギ以下クワ・トイネ練習艦隊が出港する番がやってくる。

 

「よし、クワ・トイネ航空艦隊出港せよ!」

「はっ!出港する!アメノトリフネに魔力伝達!巡航高度150へ上昇!駆逐艦にも本艦に続く様下命!」

 

パンカーレの命令を受けたミドリの指示により【オオムギ】と駆逐艦2隻は離水、先に空へ上がっていた第10戦隊と合流、隊列を整えると西へ向う。

朝早い時間であったにも関わらず、マイハークの人々は彼等を手を振って見送った。

「勝ってくれ」と、願いを込めながら。

 

 

 

目一杯広がった帆にいっぱいの風を受け進む帆船。

見渡す限り船、船、船、最早海が見えないと表現しても良いくらいだ。

これらは大量の水夫と上陸部隊を載せた、クワ・トイネ公国の経済都市マイハークを攻略する為に出撃した、ロウリア王国海軍の4,400隻からなる大艦隊だ。

 

「美しい光景だな。素晴らしい」

 

艦隊の指揮官、海将シャークンはほぅと溜め息をつき呟く。

自分の指揮するこの艦隊は、列強パーパルディアの軍事支援を受けながら6年かけて準備された、ロデニウス大陸史上最大最強の艦隊だ。

コレの進撃を阻む手立てなど、ロデニウスの国家には不可能と言って良い。

 

もしかするとパーパルディアすら、あるいは。

 

「いや、これは過ぎた野心だな」

 

パーパルディア始め列強と呼ばれる国には砲艦と言う、白兵戦の必要どころか至近距離まで近付かなくとも、船ごと沈めてしまえる兵器があるらしい。

やはり列強と呼ばれる国との間には高い壁がある、迂闊に挑むのは危険だろう。

 

ならば今すべき事はクワ・トイネ公国を陥とし、クイラ王国を陥とし、ロデニウス大陸から亜人を消し去りそして力を蓄え更に、更に強くなる事だろう。

 

そう思い東の方角を見やったシャークンの視界に1騎のワイバーンが目に入る。

 

「東からワイバーン?バカなクワ・トイネのワイバーンでは航続距離が足りない筈だ!」

 

近付くにつれハッキリと見える様になったその姿は、細部に違いを感じるがまさしくワイバーンのものだ。

だが、あり得ないクワ・トイネのワイバーンではこんな所まで飛んでこれるはずが無い。

それにワイバーンの姿に、言い様のない違和感を感じる。

 

「竜騎兵が乗っていないだと?」

 

そうだ、ワイバーンの背中に人の姿が見えない。

それによく考えれば白い体色のワイバーンなど見た事も聞いた事も無い。

未発見の新種か?そう考えるシャークンは終ぞ尻尾に、態々大陸共通語で書かれた「日本皇国海軍」の文字に気付く事が出来なかった。

 

 

《大江01より【オオムギ】へ、未確認船団を視認、総数4,000以上。ロウリア王国の国旗を確認した。警告を行うか?》

《【オオムギ】より大江01。警告の必要は無し、射程に捉え次第攻撃を敢行する》

《大江01了解。本機は観測任務へ移行する》

 

 

頭上で行われるやり取りに気付く事も無く、再び東の方角を見る。

そこには我が目を疑う光景があった。

 

「なん、なんだッあれはァッ!?」

 

光の翼を広げた巨船が空に浮かんでいた。

 

いや浮かんでいるだけでは無い、此方に近づいて来るッ!!

見た事も無い程巨大な船が、帆を張って風を受けている様子も無いのに此方以上の速度で近付いてくる。

それが水上の光景であったのなら、あるいは受け容れられたかも知れない。

しかし、その船が走っているのは水の上では無く空の上だ。

しかも1隻では無く、船先頭の一際巨大な船の後ろにそれよりも小さいが、十分に巨船と呼べる船が2隻続いている。

 

得体の知れない光景に恐怖が鎌首をもたげる。

 

《ロウリア王国艦隊へ告ぐ!!此方はクワ・トイネ公国海軍である!!》

 

突如、艦隊全ての通信用魔法具から声が響いた。

 

 

『我々が前衛をですか?』

『ええ、パンカーレ提督のご判断で戦端を開いて頂いて構いません』

『よろしいのですか?』

『勿論です。そも此度の西方事態で実際に侵攻を受けているのは貴国です。ならば、反撃の狼煙を上げる権利は、貴方方にある』

『感謝します』

 

マイハークでの会議の際、パンカーレと第10戦隊司令の山内准将との間でなされた会話だ。

これはパンカーレ達訓練艦隊に華を持たせろと言う、政府からの指示によるものだった。

 

もっとも、そんな思惑パンカーレ達は知るよしも無く、ロウリアへの反攻戦の先鋒を任された事に興奮していた。

当然士気は相当に高い。

 

「ロウリア艦隊射程に捉えました!」

「よろしい、砲撃を行う。艦長!」

 

パンカーレの命令に、ミドリが吼える様に応える

 

「全艦左90回頭!右砲戦用意!!」

「とーりかーじ!」

「右砲戦よーい!!」

 

【オオムギ】【デラウェア】【マスカット】の3隻は、ロウリア王国艦隊に対し舷側を向けひと並びになると、主砲の旋回に合わせ船体を僅かに斜めに傾けた。

 

「通信士!周囲一帯の通信用魔法具全てに対し送信せよ」

「はっ」

 

元が日本皇国海軍艦である【オオムギ】の通信魔導具は、ロデニウス大陸や第三文明圏外で使用されている通信魔法具相手では、出力が高過ぎる為まともに通信出来ない(初接触でマールパティマの通信魔法具が受信出来なかったのもこの為)ので、元々クワ・トイネが使用していた通信用魔法具が載せてあり、今回はそれを使用する。

 

「ロウリア王国海軍へ告ぐ!此方はクワ・トイネ公国海軍である!!」

 

通話マイクを受け取ったパンカーレは、声を張り上げた。

「ロウリア王国海軍へ」と言っているが、どちらかと言うと艦隊の兵士達へ向けた演説だ。

 

「宣戦布告無くしてギムを襲ったその蛮行!断じて許されるものでは無い!」

 

パンカーレの演説に合わせて砲撃の準備が進む。

 

「主砲全門照準よろし!」

「全砲への魔力伝達開始!」

「加速術式、全て問題無く起動!」

「砲撃用意よし!!」

「【デラウェア】【マスカット】両艦共に砲撃用意よし!」

 

そしてー

 

 

《この砲撃を持って、クワ・トイネ反撃の狼煙とせん!!全艦砲撃始め!!》

 

シャークンの目に此方に横を向けている巨船の上部、箱に付いた棒の先がチカッと光ったのが見えた。

その瞬間!

 

➖ドガァン!!➖

 

最前列を進んでいた軍船6隻が大きな音を立てて弾け飛んだ。

密集隊形にある他の船に、飛び散った木片や人のパーツが降り注ぐ。中には運悪く火矢用の油が付着した後に火の粉が飛んできて、攻撃を受けていないのに燃え出す船もあれば、破片などで帆がズタズタになって、航行能力が低下する船もいる。

 

「なっなんだ!?まさか!奴らの攻撃なのか!?」

 

まさか列強の魔導砲とか言うやつなのか?

いやだとしてもなぜクワ・トイネの亜人供がそんなものを!

しかし何という威力だ!あんな物どう防げばいい!?

それに此方からあちらに攻撃する手段が無い!

このままでは一方的にやられるだけだ!!

 

シャークンが思考の海に潜っている間にも、艦隊の前方にいる船が1隻、また1隻と順番に沈められて行く。

 

「はっ、いかん!このままでは!!通信士!ワイバーン部隊に上空支援を要請!!ここならまだワイバーンが届く距離だ!敵主力と交戦中と伝えろ!」

 

空を飛ぶワイバーンであればきっと勝てる筈だとそう信じて。

 

 

ロウリア王国竜騎兵隊本陣

 

「東伐艦隊旗艦より入信です。『現在敵主力と思われる存在と交戦中、敵は空を飛んでおり我攻撃手段を持たず。速やかな航空支援を要請する』以上です」

「敵主力が空にだと?何かの間違いでは無いのか?」

 

竜騎兵隊の指揮官は通信士の報告に首を傾げる。

東伐艦隊の出撃日時や速力などを考慮すれば、現在の位置でクワ・トイネのワイバーンの襲撃を受ける筈が無い。

 

「いえ、それが」

「なんだ?」

「魔信は引っ切り無しに入信しています。それから眉唾なのですが『船が飛んでいる』との言葉も」

「船が飛んでいるだと?」

 

何とも信じられない話だ。

とは言え、艦隊の船のどれかが勝手に送って来ているのなら未だしも、旗艦からの魔信であるならば海将シャークンの指示である筈だ。何かしらの行き違いや言い間違いは有るのだろうが、敵主力と当たっていて航空支援を必要としているのは事実であろう。

 

「よろしい、350騎全て向かわせろ」

「すっ全てでありますかっ!?」

「おっお待ち下さい!先遣隊に150騎が配属している現状、全騎出撃すれば本隊からワイバーンが居なくなります!」

 

指揮官の命令に幹部達がざわつき「本隊のエアカバーが無くなる」と、必死に止めようとする。

 

「全騎だ、全騎向かわせろ。敵主力ともなれば大戦果を挙げられよう、戦力の逐次投入など愚の骨頂だ一気に片を付ける」

「は、了解しました」

 

間も無くロウリア王国軍本隊に残っていたワイバーン350騎が、全て空に上がった。




はたして航空艦と水上船の戦闘は「海戦」と呼んで良いのだろうか?


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失墜

日本皇国海軍第5艦隊第10戦隊旗艦【大江】

 

シナツヒコ(対物索敵レーダー)に感!数350!魔力反応及び速力よりロウリア王国のワイバーンと思われる!」

「350騎のワイバーンか、凄まじい数だな。ふむ、流石に今のクワ・トイネ艦隊では厳しいか。艦長!我々も参戦するとしよう」

「はっ!戦列に加わるぞ!全艦戦闘速力!クワ・トイネ艦隊へ通達も忘れるな!」

 

隊司令山内准将の命令により、後方にて待機していた【大江】以下第10戦隊5隻は飛来するワイバーンへの対処と、ロウリア艦隊攻撃中のクワ・トイネ艦隊合流する為速力を上げた。

 

「【大江】より【オオムギ】へ、接近中のワイバーンへの対処はこちらで行う。貴艦隊はロウリア海軍攻撃に集中されたし」

《【オオムギ】より【大江】了解。援護に感謝する》

 

【大江】達5隻が【オオムギ】達3隻に並んだ頃、接近していたワイバーンが対空魔弾の射程に入った。

 

「対空戦闘用意!」

「対空戦闘よーい!」

 

甲板のハッチが開きその中に収められた対空魔弾の銃口が空を睨む。

 

ードイツに「魔法の弾丸」と言う民間伝承がある、それは一度放たれれば百発百中の魔弾。

その伝承を元に作られたオペラが「魔弾の射手」だ。大まかに言えば、青年が悪魔と契約し絶対に外れない弾丸を6発と、悪魔の意図した所に当たる1発の弾丸を手に入れるというお話。

そしてそのオペラを下地に(・・・・・・・)かつて第三帝国で作られた【魔法】が「対空魔弾」だ。

この対空魔弾は当初の思惑通り、対空目標に対して非常に効果的な魔法として完成した。

しかし、どちらかと言えば「呪い」の類として完成したこの魔法は、モデルとなった「魔弾の射手」の欠点まで再現してしまった。

則ち、6発までは敵に対して命中するが、7発目は自身か味方に対して命中してしまうのである。

当初対策として7発では無く、6発だけ装填した発射機構が考案されたが何故か魔法は発動せず、実験の結果7発装填していなければならない事が判り、開発者である第三帝国では最終的に最後の7発目は発射しない、という取り決めがなされた。

ただしこの方法では発射機構そのものが再利用出来ず、丸々交換しなければならないと言う弱点がある。

 

第二次大戦後、この魔法の術式を鹵獲した日本皇国とイギリスも、散々に苦しめられたこの魔法の導入に力を注いだ。

イギリスでは殆どそのまま採用し、使用後の発射機構を聖水で浄化するという方法を取っている。

ただし艦載型などは取り外し交換してと言う手間が掛かる事と、1基につき6回使う(6発を6回撃ち尽くす)と限界が来ると言う問題を抱えている。

対して、研究途中で魔弾を発射する度に「呪い」が蓄積していく事に気が付いた日本は、発射機構に「梓弓」を組み込み発射の度に蓄積される「呪い」を祓う事で寿命を延ばしている。

ちなみに「梓弓」が元々巫女が神事などで使うものであった事から、女性の手によってしか発動しない為、日本皇国軍において対空魔弾を運用するのは女性士官の役割になっているー

 

「敵ワイバーンの魔力波形入力!対空魔弾発射用意よし!」

「対空戦闘、撃ち方始め!!」

「うちーかた始め!サルヴォー!!」

 

【大江】以下5隻から、梓弓を組み込んだ弩弓状の発射機構から撃ち出され、バレル内の物体加速術式に加速され音速を超えた127mm炸裂弾(魔弾)が次々と打ち上げられる。

ロウリアの兵士は海の上に居る者も空の上に居る者も、誰一人としてその事に気付く事が出来なかった。

もっとも、気付く事が出来たとしても対抗手段を持たない彼らでは、何の意味も無い事だったが。

 

 

 

彼等は悠々と空を飛んでいた。

空を埋め尽くさんばかりの350騎ものワイバーン!

この軍勢を持って滅ぼせない敵など存在しない!

敵主力艦隊を叩くため出撃したロウリア王国の竜騎兵は誰もがそう考えていた。

海軍からの情報には要領を得ない所もあるが、所詮相手は船だ。

我々が空から襲い掛かればひとたまりもない、海軍はどうやら苦戦しているようだが、海軍が苦戦するその相手を殲滅すれば大戦果間違いなしだと。

 

だが、現実は彼等にとって残酷であった。

 

➖ドパァン!➖

 

「は?」

 

編隊の先頭を飛んでいた25騎が唐突に弾け飛んだ。

 

《なっ!?何が起こった!!》

《解らないっ!!ヤツらとつぜグギャッ》

《またやられた!!同じ数だ!!》

《くそっ!何処かに敵ワイバーンが居る筈だ!!探せぇ!!》

 

一度に25騎、その後一泊置いてまた25騎、次々と戦友達が落ちていく。

彼等は待ち伏せを受けたものと考え、周囲にクワ・トイネのワイバーンが居るものと考え目を凝らしその姿を探す。

クワ・トイネのワイバーンではここまで飛んで来られない、という事は考えない。実際に攻撃を受け仲間が死んだ、それは即ち敵が居るという事に他ならない。

 

だが、どれだけ探しても見当たらない。

高度差で有利な位置を取られたと考え上に目を向けた者達は、敵の姿を捉える事が出来ずにただ太陽に目を焼かれ、次の瞬間には弾け飛んだ。

彼等が居もしない敵を探す内にもキッチリ25騎ずつ、25頭のワイバーンと25人の竜騎兵の命が奪われて行く、あまりにも呆気なく、あまりにも単調に。

 

そうして、その数を半数以下にまですり減らされた彼等が、命からがら海軍艦隊の後方上空に達した時、漸くソレの姿が目に入った、光の翼を広げ空に浮かぶ巨大な船の姿が。

 

《なん、なんだ!?なんなんだ!アレは!》

《まさかッ!?アイツにやられたのかッ!?》

《そんなバカな話があってたまるか!!》

《だったら他に何にやられたってんだよ!!》

 

巨大な空飛ぶ船は8隻居た。

その内小麦色の3隻が海上の海軍を攻撃している様で、それらより上に居る青色の5隻は何もしていない様に見える。

 

《あの小麦色の奴をやるぞ!!》

《青い奴はどうする!?》

《先ずは味方を攻撃してるヤツらからだ!!青いのはその後嬲り殺してやるッ!!》

《よぉし!続けぇ!!》

 

彼等は味方海軍を攻撃している3隻、クワ・トイネ艦隊に目をつけそちらから撃破しようと、攻撃を集中させる為出来る限り密集隊形をとる。

 

それが命取りとなるとも知らずにー

 

 

➖斬!!➖

 

 

クワ・トイネ艦隊を攻撃しようと上昇したワイバーンは真っ二つになり、その残骸はロウリア艦隊に降り注いだ。

 

 

 

「クサナギ引き続き照射、殲滅しろ」

「アイサー!クサナギ引き続き照射します!」

 

「剣砲クサナギ」それがロウリアのワイバーンを斬り裂いた攻撃の正体だ。

[神代三剣]の一振り「草薙剣」の伝承を元に作られたこの【魔法】は、草薙剣を模した両刃剣を媒介に刀身の直線上に存在するものを薙ぎ払うという凶悪極まりないもので、鋼鉄の鎧に身を包んだ戦艦すら斬り裂いて見せるその威力に、各国は建艦構想の尽くを変更せざるを得なかった。

科学の徒であった共産圏が海ではより強固な防御能力を有した戦艦を求め、空ではより早く飛ぶ事の出来る攻撃機を求める原因を作ったのもこの兵器である。

欠点は使用時に馬鹿みたいに魔力を食う事で、速射砲並みの連射は行えない事だ。

 

巡航艦・駆逐艦を問わず艦底部に半内蔵するの形で配置されているソレが今、刀身を露わにしてその切っ先をロウリアのワイバーンへと向けている。

 

「魔力充填よし、術式回路正常作動!照射準備よし!」

 

剣が輝く

 

「クサナギ第二射照射!てぇっ!!」

 

一瞬輝きが一際大きくなり次の瞬間にはフッと消え失せる。

それと同時に又しても複数のワイバーンが切り裂かれ、血肉の雨となった。

 

 

 

何が起こったのか、それが分からなかったのはロウリア王国のワイバーン隊だけで無く、彼等の到着を心強い援軍だと盛り上がったロウリア王国海軍も。

ある程度日本の兵器について知っているつもりであったクワ・トイネ艦隊ですら、何がどうなっているのか理解できず、思わず砲撃の手が止まってしまっていた。

 

ただ、一つ分かる事は

この空からロウリア王国の誇るワイバーンは残らず駆逐されたと言う事実だった。

誰もが悟る、

 

ワイバーンは空の王者では無くなった、と。

 

そしてクワ・トイネとロウリア双方の指揮官は同時に声を上げる!

 

「全艦回頭!!撤退だ!撤退しろ!!」

「全艦撃ち方再開!!ロウリアを殲滅しろ!!」

 

双方の艦隊は同時に動く。

海上の艦隊は一斉に回頭を始め、いち早くこの戦場から逃げ出そうとする。

だが相当焦っている様で、回頭中にぶつかったりして数十隻か航行不能になり、それに巻き込まれたシャークンが座乗する旗艦が撃破された事も重なり、更に混乱が大きくなる。

上空の艦隊はそこに、狙いやすくてありがたいとばかりに次々と砲弾を撃ち込んで、片っ端から沈めていく。

とは言えクワ・トイネ艦隊の主砲は巡航艦【オオムギ】の連装砲2基も、駆逐艦【デラウェア】【マスカット】の単装砲1基ずつも、そのどちらも実弾砲である為携行弾薬数の問題もあり、多めに積み込んで来たとは言え流石に4,400隻全てを沈め得るものでは無い。

 

「提督!間も無く弾薬が底を尽きます!」

「よし!第10戦隊に砲撃への参加を要請しろ!」

「はっ!」

 

そして、クワ・トイネ艦隊からの要請によりロウリア艦隊への砲撃に参加した第10戦隊の駆逐艦4隻は、その主砲収束魔力砲(要するにビーム)でもってロウリアの軍船2・3隻纏めて吹き飛ばす。

 

やがてクワ・トイネ艦隊の弾薬が尽きた事もあって、全力逃走を開始したロウリア艦隊への追撃は行われなかった。

 

8対4,400と言う、一見後者が圧倒的有利に見える海戦はしかし、少数の側であったクワ・トイネ公国/日本皇国連合艦隊の勝利に終わる。

 

クワ・トイネ艦隊の水兵達は、下っ端から最高位の者まで、全員が歓喜に震えていた。

確かに日本皇国の助けはあった。

使用した兵器を用意してくれたのも、その使い方を教えてくれたのも、現状では脅威と言えるワイバーンを退けた力も、確かにどれも日本だ。

 

それでも、そうそれでも!

この海戦の主役は間違い無く自分達だった!

クワ・トイネは自分達の力でロウリアを退け得る程の力を確かに身に付けつつある!

 

「クワ・トイネの未来は明るい」

 

歓喜に震えるミドリの肩を叩きながら、パンカーレはそう思わずにいられなかった。

 

 

 

 

砲撃姿勢のまま止まったクワ・トイネ艦隊の足下で、漸く追い付いてきた第2艦隊と日本皇国の水上艦(沿岸警備隊)によって、漂流しているロウリア兵の救助が始まっていた。



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反応

ロウリア王国東伐軍 ワイバーン本陣

 

「おかしいだろう!何故1騎も帰ってこない!?」

 

海軍の要請により350騎のワイバーンを送り出してから、早くも3時間以上が経った。

大戦果を挙げて帰って来るはずであった彼等は未だ、ただの1騎も帰ってこない。

通信も竜騎兵達の悲鳴を最後に一切の応答が無い。

司令部には重苦し空気が流れる、確認を行おうにも通信に応答は無いし、海軍に連絡を取ってみてもどうやら指揮系統が相当に混乱している様で、要領の得ない返事しか返って来ない。

本陣に居たワイバーンを全力出撃させてしまったが為に、ワイバーンを飛ばして確認を取るという事も出来ないでいる。

 

「まさか!全滅した、とでもいうのか!?」

「あり得ません!350騎ものワイバーンです!例え敵がどれ程の大艦隊であったとしても、空からの攻撃には無力に等しい!」

「なら何故!1騎も帰って来ない!!説明ができるのかッ!?」

 

ロデニウス大陸においてワイバーンとは頂点捕食者として君臨する最強の生物だ。

故に個体数が少なく数を揃えるのはロウリアだけでは難しかった、先遣隊と本隊合わせて500騎と言う圧倒的な数は、ロウリア王国がロデニウス大陸を完全に征服する事を前提に、列強パーパルディア皇国の援助を受け6年も掛けて準備した戦力だ、正直言ってクワ・トイネ公国やクイラ王国が相手では寧ろ過剰戦力と言っても良い程だ。

 

負ける筈が無いと、そう思っていた。

飛び立って行った350騎は華々しい戦果を挙げて帰還する筈だった。

クワ・トイネの戦力など、彼等が居れば一捻り、鎧袖一触であった筈だ。

 

だが、1騎足りとも帰ってこない。

戦果を挙げたと言う報告も無い。

今では全て「筈だった」事になった。

 

「至急本陣へ竜騎士団の半数を戻せと、先遣隊へ伝えろ」

 

ロウリア王へどの様に説明すれば良いのか......

 

 

 

中央歴1639年4月28日

クワ・トイネ公国政治部会

 

「以上がロデニウス沖海戦に関する報告となります」

 

政治部会の場にて、参考人として招致されたパンカーレが報告を終える。艦隊を率いてロウリア海軍を撃破せしめた彼は今や、クワ・トイネで一躍時の人となっている。

そんな彼に首相カナタが労いの言葉をかける。

 

「ありがとう提督。君達によってマイハークは守られ、大量の敵兵の上陸も防がれた」

「お褒めのお言葉有難う御座います首相閣下。しかし、我々は我々の職務を全うしたに過ぎません。そして何より、日本皇国の助力無ければ成し得なかった事です」

 

まぁそれは確かにその通りだ。

日本の力が無ければ北の海に沈んでいたのは、第2艦隊の方だった。

とは言え確かに「力」は与えられたものだったとしても、それを使ったのは他でも無いパンカーレ達クワ・トイネ公国人だ。

教育の優先度の都合上、対空戦闘に関しては練度が足らず日本艦隊の独壇場となったが、事敵海軍の軍船相手の戦闘に関しては日本艦艦隊は要請を受けて終盤に参戦しただけで、主役は間違いなく無くクワ・トイネ艦隊であった。

クワ・トイネ海軍の今後の発展の為にも、彼らが戦い敵を下したと言う事実は重要な事だ。

 

「今回の戦果からも解る通り日本皇国の軍艦はとても強力です。海軍としては是非とも早急にある程度の数を揃えたいと考えます」

「言いたい事はわかるがね海軍司令。確かに日本の軍艦は強い、しかし強い分それに掛かる費用は従来の軍船とは比べ物にならないのだよ」

 

今回沈めたロウリアの軍船は凡そ2,100隻、合わせて鹵獲した船が300隻程あるので、ロウリア海軍は半数以上の戦力を喪失した事に成る。

とは言え未だ2,000隻程は残っており、武装した軍船が存在する以上それは脅威たり得る存在だ。

その為、海軍としてはいち早く航空艦による強力な艦隊を編成したいのだが、財務卿がそれに待ったをかける。

確かに日本皇国製の軍艦の性能は圧倒的なものだ、今回敵艦隊の2千程を逃したのも砲弾が底をついたからで、こちら側に被害が出たからでは無い。

だがその分財務卿の言う通り航空艦の値段は、それはもうこれまでの軍船とは比べものにならないものだった。

今回海戦に参戦した3隻は日本皇国がその軍事プレゼンスをアピールする為に無償で提供されたのだが、それを購入した場合の値段を聞いた時、財務卿は目が飛び出るかと思った。

買おうと思えば旗艦である巡航艦【オオムギ】一隻で、海軍の軍船全てを新造船へと更新してもお釣りが来る。

いくら様々な支援の一環として、値引きしてくれる可能性が有るとは言え、現在のクワ・トイネ公国が数を揃えて購入すれば間違い無く財政が傾く。

それに金が掛かるのは船本体だけでは無い、

 

「使用した弾薬についても、今回こそ日本が用意してくれましたが、これを自前で調達しようとするとバリスタの矢なんかとは比べ物にならない値段なのですよ」

「まあまあ財務卿、君の言い分は尤もであるが今回の戦争でロウリアを完全解体するなら兎も角、そうそう簡単に出来る事でも無い以上、ロウリア王国という国は残る。そして将来的に再び侵攻を行わないとは言えないのだ、その度に日本に頼る訳にもいかないだろう?

そうなると将来の事を考えれば今すぐに全てをは無理でも、日本製軍艦の導入は進めるべきだろう。

幸いにして、我が国向けの廉価な量産艦の用意をしてくれると言うのだ、食料関係のカードを元にそれなりの数は揃えられるだろう。それに日本のお陰で我が国の国力も増している、来年度予算では軍事予算の増額もできるだろう」

 

首相であるカナタの言葉に海軍司令は確約では無いものの、予算増額と軍艦の獲得について首相の口から出た以上、これ以上は心象を悪くすると判断して引き下がる。

尚、強力な艦隊を手に入れられると内心ホクホクの彼は、後日この場に居なかった陸軍と空軍の司令官が「海軍だけ優先されてなるものか」と、怒鳴り込んでくる事をまだ知らない。

 

「では次の話に移ろう。海では暫くは動きは無いだろうと言う事だが、陸の方ではどうなっている?軍務卿」

「は、現在日本皇国の助力を得て各地の部隊がエジェイに集結中です。首都近郊にて練成中であった魔装化混成大隊も、行軍演出を兼ねてエジェイへ移動中です。到着予定は3日後となっています。また日本皇国の援軍として強襲揚陸艦と言う輸送艦と、陸軍8,000が到着しております。反撃作戦の開始は8日後を予定しております」

 

 

 

日本皇国 皇居

 

「では此度の戦は我が国はあくまで鍬国の支援に徹する、と言う方針を崩す事はないのですね?」

「はい、この戦争はあくまでもクワ・トイネ公国が仕掛けられた戦争であります。我が国とロウリア王国との間には国交や交流も存在しない事や、我が国より供与した兵器などの運用が始まっており、それらを使用すれば少数の援軍で十分であると判断致しました」

 

内閣総理大臣の安土はロデニウス沖海戦に関する報告や、戦争の今後に関する説明の為、皇居へと参内していた。

対面に座り話を聞いておられるのは時の帝では無く、転移以降臥せりがちな帝に代わって公務を執り行っている皇女殿下だ。

 

「あい分かりました、では以降も鍬国を手助けする形で進めると陛下へお伝え致します。時に、鍬国はどこまでするつもりであるのでしょう?」

「ロウリア王国と言う国家を滅ぼす、とまでは考えていないようです。あくまでも確定的な勝利を得る事によってロウリア王国に降伏を促し、国家存続に対しなんらかの条件を付けるものと考えられます」

 

一部過激派は「ロウリア王国滅ぼすべし!」と息巻いているとの情報もあるが、首相のカナタ以下政治部会はそこまでは考えていない様だ。仮にロウリア王国と言う国を滅ぼす、つまり国家を解体したとしてその後どうするのかと言うのが問題だ。

クワ・トイネ公国とクイラ王国で分割するのか、それともかつてロウリアに滅ぼされ飲み込まれた国々を復活させるのか。

そもそもその場合、ロウリア王国人の扱いをどうするのか。

色々と揉める事は想像に難くない。

降伏させ賠償を行わせ軍を解体するか大幅に縮小させる、この辺りが落とし所だろう。

 

「成る程、いかに未だ覇権主義が罷り通る世界情勢であっても、“国を滅ぼす”と言う事はそう簡単に行えるものでは無いようですね。それとも、鍬国の方々が理性的であった事を喜ぶべきでしょうか」

「仮にギムにて住民が犠牲になっていれば、クワ・トイネ公国もロウリア王国を滅ぼすと言う選択を取ったかもしれません」

 

どのみち決めるのはクワ・トイネ公国だ、遠く離れた日本であれこれ考えていてもしょうがない、後は結果を待つだけである。

 

 

 

ロウリア王国 王都ジン・ハーク ハーク城

 

もう間も無くロデニウス大陸はロウリア王国の名の下に統一され、自分は大陸統一を成し遂げた偉大な大王として、王国の歴史を飾るハズだった。

国王ハーク・ロウリア34世はベッドの中で震えながら考える。

クワ・トイネ公国最大の港、マイハーク占領を目して出撃した海軍がその半数以上を沈められた。4,400隻もの超大艦隊であったにも関わらずだ。

それでいて相手に与えられた被害はゼロ。

その上海軍の要請で出撃したワイバーン350騎は全て叩き落とされた。

それをなした相手というのがクワ・トイネ海軍だと言う話なのだが、

 

船が空を飛んでいた

 

海軍の生き残り達の証言だ。

こちらの軍船はその船から撃ち出された閃光や光の束によって、いとも簡単に次々と撃破され、ワイバーン達は最初は突如として弾け飛び、敵船に近づくとまるで巨大な剣で斬られたかの様に落ちたと言う。

 

はっきり言って荒唐無稽で、信じられる様な話では無い。

船を沈めたと言う閃光や光の束は魔導兵器だとして、船を一撃で破壊出来る魔導など一体どれ程の魔力を必要とするのか、想像すらつかない。

仮にこれらの話が全て事実だったとして、一体何を相手にしてしまったと言うのか。

 

まさか古の魔法帝国、神話の存在が復活した?

 

いや、船にはクワ・トイネ公国の国旗が掲げられていたと言う、もし魔法帝国が復活したのだとしたら亜人ばかりのクワ・トイネに手を貸す筈がない、いの一番に滅ぼしている筈だ。

まだ亜人供が魔法帝国の遺跡を掘り当てて、技術を得たと言われた方が納得できる。

だとしても、なんの兆候も無かったと言うのは解せない。

そもそもそんなものを手に入れたのだとすれば、国境辺りで見せびらかせば此方への牽制になった筈だ。

 

漸く使える様になったから投入して来た?

 

いやそもそも亜人供だけで魔法帝国の遺跡の解析と、技術の獲得などできるものか。

まさか!神聖ミリシアル帝国が支援している!?

そんなバカな話があってたまるか!

ミリシアル帝国にとってクワ・トイネ公国などに価値なんて無い筈だ。重要な価値なんて無い筈の辺境の国に、列強国や文明国にすら行っていない兵器の輸出か貸し出しなど、する筈が無い。

いや、それともミリシアル帝国しか知らない価値があるのか?

いやいや、だとすれば名前をチラつかせるかクワ・トイネに興味が有ると言った態度を取れば良い。

何せ世界最強の国家だ、そんな国の存在がチラつけば流石に我が国だけでなく、パーパルディアだって躊躇する。

それらが無かったと言う事は、今回の件にミリシアル帝国は関わっていないと見ていいだろう。

だとすれば、一体どこの誰が......

 

そう言えば最近クワ・トイネ公国と同盟を結んだと言う国の名前を聞いた記憶が。

あれはたしか、

 

「ッ日本皇国!」

 

 

 

 

第三文明圏 列強国 パーパルディア皇国

 

 

「ロウリアの艦隊が敗れた?冗談か何かかね?」

「いえ、どうも事実の様です」

 

光の精霊の力で仄かに輝くガラス玉に照らされた薄暗い部屋の中、2人の男が話し合っていた。

話の内容は先のロデニウス沖海戦について。

 

「ロウリアは蛮地の国で海戦のやり方も極めて野蛮な国とは言え、あの辺りではそれなりの国だったのでは無かったか?それに4,400中2,000以上が、農民どものたったの8隻に沈められるなど、現実離れし過ぎだろう。“ワイバーンが手も足も出さずに落とされた”や“飛空船が魔導砲を撃った”などと言う与太話は特に」

「は、それは仰る通りなのですが。先の海戦にはクワ・トイネだけで無く、日本皇国も参戦していたとの事です」

 

「日本皇国?.......聞いた事が無いな」

「ロデニウス大陸の北東1,000km程の場所にある島国です」

「そんな所に国があったとして、我が国が気付か無い筈が無いだろう。今までそんな所に国など無かった筈だ」

「あの海域は荒れた海で我が国の魔導船を持ってしても難所です。敢えて近づこうとも考えませんから、気付かなかったのでは?」

 

「ふむ、まぁ良いだろう。そこに国が有るとして、その国が農民どもに兵器を売ったか軍を派遣したかしたとして、何だこの100発100中の大砲と言うのは。しかも古の魔法帝国の魔光弾と思わしきものを見ただと?」

「観戦武官も長年の蛮地暮らしで疲弊しているのかも知れません、折を見て交代させてやりましょう」

「その辺は任せよう。だが気に食わんな、100発100中はそんな訳が無いとしても、少なくとも大砲を保有しているのは事実だろう」

「蛮族の分際で生意気話ですが。とは言え大砲を作れる技術水準で有るのは確かです。これまで周辺国へ打って出ていない事から、漸くそこに達したのだと考えれられますが、それならばロウリア海軍が一方的にやられた、というのも理解は出来なくも有りません」

 

「だとして、まさかロウリアが敗れるなどと言う事はあるまいな?もしそんな事になってみろ、資源獲得の国家戦略が崩壊するぞ」

「海戦と陸戦は勝手が違います、大砲を乗せた船数百隻を用意できたとしても、ロウリアは人だけは無駄にいますので漸く大砲を作れる様になった国程度が相手であればその圧倒的な数で押し潰す事など容易でしょう」

 

「ならば良い。海戦に関する報告は荒唐無稽だ、このまま陛下の御耳に入れる訳にはいかん。陛下への報告は真偽を確かめてからだ、良いな?」

「はっ」




日本皇国皇女
イメージはMuv-Luvの日本帝国征夷大将軍、煌武院悠陽殿下。


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反撃

中央歴1639年4月30日

 

今要塞都市エジェイにはクワ・トイネ公国中から戦力が集結しつつある。旧来の騎士団や日本皇国から提供された武装を持ち、派遣された軍事顧問団の指導を受け練成を行なっていた魔装化混成大隊も明日には到着する。

 

反撃の準備は着々と進んでいる。

 

そんな中、機竜隊はギムからエジェイ間のまだ避難が終了していない住民、特に森の奥などに住んでいて情報伝達の遅れたエルフの疎開支援の為、哨戒飛行を行っていた。

 

《ミミズク02(マルフタ)よりファング8、9(エイト、ナイン)。3時の方向、疎開中と思われる集団を視認。その後方に騎兵隊、ロウリアの国旗を掲げている。ファング8・9は急行敵騎兵隊を排除、避難民の安全を確保せよ!》

「コピー、ファング8!」

《9!》

 

日本軍の偵察機竜からの情報を受け、レモーネ(ファング8)は僚機と共に機体を加速させる。あっという間に景色が流れ、今にも難民に襲い掛からんとするロウリアの騎兵隊の姿がモニタに映った。

 

「やらせるかっ!ファング8エンゲージ!!」

《ファング9交戦します!》

 

2機の機竜がワイバーンの導力火炎弾とは比べ物にならない威力と速度を持つブレス(収束火炎弾)を放つ!

 

 

エルフの少年パルンは妹のアーシャの手を引きながら必死に走っている、彼らの後ろには恐ろしいロウリアの騎兵がどんどん、どんどん近づいてくる!

 

「はぁはぁっ、アーシャ大丈夫!お兄ちゃんが絶対守るからなっ!」

「うん」

 

ギムとエジェイ間にある村の殆どは日本軍の協力を得て、そのほとんどが避難を完了していたのだが、パルン達の村は外との交流が殆ど無く、国側も正確な位置を把握していなかった事も有り、ロウリア王国軍の越境の情報が届くのが遅れてしまっていた。

現在日本皇国が軍民問わず、ロデニウス大陸に存在する人員輸送可能な航空船を総動員して、彼等の様に避難が遅れてしまった人々の避難支援を行っているが、ここでもまた他との交流が少ないという事が災いして、ギムでの出来事が歪んで伝わってしまった事から、パルン達の村は慌てて自分達だけで逃げ出してしまった。

 

だが、遮る物が無い平原を行く彼等は偵察に出ていたロウリア王国の騎兵隊、ホーク騎士団の第15騎馬隊に見つかってしまった。

 

「(父さんと約束した!アーシャは僕が守る!絶対に!)」

 

➖ドドドド!➖

馬の足音がもうそこまで迫っている、

 

「ひゃっはー!おいおい、そんなちんらた走ってていーのかよぉ亜人どもぉ?」

「ギムで楽しめなかった分ここで楽しむんだ、早まって全部殺すなよっ」

「おいおい外でやんのかよ!?いー趣味してんねぇ!」

 

騎兵達の下品な言葉も聞こえてくる。

騎士団とは名ばかりの盗賊・山賊崩れの連中だ。

 

「きゃっ」

「うわっ」

 

アーシャが足に躓いたのかコケてしまい、手を繋いでいたパルンも一緒に転んでしまう。

 

「うぇ、おにぃちゃぁん」

「くそっ」

 

一緒に逃げていた大人達は誰もパルン達を助ける様な様子を見せず、それどころか振り返りもせず一心不乱に走って行く。

誰だって自分の命が惜しかった。

 

「お願いします、神様ッ」

 

パルンは祈る。

太陽神に、かの神が遣わした使者に。

はるか昔、エルフが魔王の軍勢に滅亡寸前まで追い詰められた時、エルフの神は太陽神に祈った。

その声に応えた太陽神は自らの使いを遣わした。

太陽の旗を掲げた彼等は“空を飛ぶ神の船”や“絡繰の巨人”を操り、神々しく輝く光線と雷鳴の如き爆音を放つ魔導をもって、魔王の軍勢を焼き払ったと言う。

 

太陽の使いはエルフの差し出した金銀財宝を決して受け取らず、空飛ぶ神の船でこの地を去った。

 

母が聞かせてくれたお話だ、御伽噺では無く実際に有った出来事だと言う。

事実、パルンは見た事は無いが聖地リーン・ノウの森の祠に、故障してしまった為彼等が置いていった絡繰の巨人が、時空遅延式保管魔法をかけられ今なお大切に保管されていると言う。

 

もし、もしその話が本当なんだとしたら、

 

「僕はどうなっても良い!だから、だからせめて妹だけ➖ズダァン!!➖へ?」

 

迫り来る騎馬隊の先頭が轟音と共に弾け飛んだ。

 

「な、なな、なにが、」

 

先頭を走っていた第15騎兵隊の隊長、赤目のジョーヴは周囲の部下と共に跡形も無く消え去ってしまった。

集団の真ん中程に居た次席指揮官は今この瞬間まで、確かにそこに居たジョーヴ達が痕跡すら残さず消えた事に、咄嗟に指揮を執る事すら出来ず思わず馬を止めてしまう。

彼だけで無く他の騎兵達も同じく動きを止める。

彼等の視線の先には転がった亜人の子供2人と、焼け焦げた地面が映っている。

 

そんな彼等は空から狙う襲撃者にとって、格好の獲物に過ぎなかった。

 

➖ズダァン!!➖

➖ズダァン!!➖

 

連続して爆発が起こる、その度に騎兵は纏めて数騎ずつ消し飛んで行く、文字通り死体すら残さず。

逃げる事も、反撃する事も、悲鳴をあげる事すら許されず、ホーク騎士団第15騎馬隊は一人残らず殲滅された。

 

➖ギャオォォン➖

 

余りにも呆気なく、恐怖の象徴であったロウリア騎兵が消え去った事に、実感を感じられず立ち尽くすエルフ達の頭上を2機のサラマンダーが通り過ぎる。

 

「ファング8よりミミズク02。ロウリア王国騎兵を殲滅、避難民の安全を確保。現在本機から確認出来る範囲には死者は無し、怪我人については不明。避難民の収容を要請します」

《ミミズク02了解。ファング8・9は周囲を索敵、敵騎兵隊の生き残り及び別働隊の有無を確認せよ。避難民の事は我々に任せてくれ》

「ファング8コピー、索敵を行う。ファング9私は北回りで、そちらは南回りで」

《ファング9コピー。ブレイク》

 

「赤いワイバーン?」

 

二手に別れたサラマンダーを目を開き見つめるパルンの耳に誰かの声が聞こえた、

 

「東から何か来るっ」

 

つられて、其方を見たパルンの目に3隻の空を飛ぶ船の姿が映った、

 

「空飛ぶ、神の船......」

 

光の翼を広げ空を飛ぶその姿は母が聞かせてくれた、神の船そのものだった。

着陸したその側面に描かれた太陽のシンボルまで。

中から人が出てくる、全身青色の服装の見慣れない人達。

彼等はエジェイからすっ飛ばして来た、日本皇国海軍輸送艦【紀伊】艦載の高速輸送艇部隊だった。

 

「お怪我のある方はおられますか!」

 

その中の一人、指揮官が突如途轍もなく大きな声を上げる。

拡声器を使用したものだったが、人のものと思えない程のその声にエルフ達は恐怖を覚え動けない。

 

「あっあの!妹が転んでしまって!」

 

パルンが声を上げる。

するとすかさず一人の女性が近づいて来た。

 

「見せて下さいね。ああ、お嬢ちゃんちょっと染みるけれど我慢してね」

「(綺麗な人だなぁ。それに額の“角”と太陽のシンボル...)」

 

アーシャの治療を始めたその女性の横顔に見惚れるパルン。

彼女の額の角に気付いた彼は母の話の中の太陽の使者の姿の話を思い出す、彼等の中には額に黒い角を持つ人も居たと言う話を。

 

「あのっ」

「これでよし、と。どうかしました?あら、ボクも怪我してるのね」

 

声をかけたパルンの方を向いた女性は彼の膝小僧を見て、自分も怪我をしていると主張したのだと考え、こちらの治療に移ろうとする。

 

「あの、そのっお姉さん達は太陽の使いですか?」

「へ?(太陽の使い?まぁ確かに皇軍の最高指揮官は大元帥陛下だから、太陽の使いっちゃあそうだけど、よく知ってるわねこの子。それに国旗も太陽を模したものだから、子供にはそう写っちゃうのかしら?)ええそうよ、良く知ってるわね」

「!!」

 

パルン達を治療する女性ー海軍衛生兵の沢村中尉ーとしては「日本の事を良く知っているのね」と言う意味合いを持たせたつもりだったのだが、受け取る側にそれが正しく伝わるとは限らない。

 

どよどよ

 

ざわざわ

 

声が聞こえたエルフから徐々に周囲の村人へと、ざわめきが広がって行く。

突如としてエルフ達は大地にひれ伏す。

 

「え?ってこらっ今治療したばっかりなんだから!」

 

パルンやアーシャまでひれ伏すので、沢村中尉は慌てて辞めさせようとするがどこにそんな力があるのか、2人はひれ伏したまま動かない。

いくら怪我をさせない様に気を付けいるとは言え、鬼人である彼女の力に対抗している様は後ろで見ていた日本兵達には驚きだった。

 

結局、村人達を説得するのに時間をかける事になってしまった。

そんな彼等の頭上には連絡を受けた2機のサラマンダー、どこか呆れた様子で旋回を続けていた。

 

 

 

「ホーク騎士団第15騎馬隊との連絡が途絶えた。また、今なお1騎足りとも帰還していない」

 

ロウリア王国東伐軍先遣隊から更に先行してエジェイを目指すロウリア王国東部諸侯団。

その本陣で東部諸侯団を纏めるジューンフィルア伯爵が集まった諸侯を前にそう告げた。

諸侯の間に動揺が走る、何せ一部隊とは言え第15騎馬隊は100騎もの騎兵からなる部隊だ、それが連絡を絶ったばかりか1騎足りとも帰還していないなど、驚くなと言う方が無理な話だ。

 

「導師の報告では騎馬隊からの連絡が途絶える直前、東の方角でワイバーンより強大な魔力反応が確認されている。その数はおそらく2」

「では第15騎馬隊は2騎のワイバーンに全滅させられたと?」

 

敵がワイバーンを出してきたと言うのであれば解らない事でも無い、歩兵よりはマシとは言えやはり騎兵であっても、ワイバーンから逃げるのは難しい。

しかし、ジューンフィルアに対し非難めいた視線が多数向けられる。

ワイバーンで偵察しないから亜人如きに騎馬隊がやられてしまったのだと。

 

「その可能性は十分に有ると考える。しかしな......」

「しかし何だと言うのです?今回の事は明らかに候の失態ではありませんかな?」

「左様ですな。ワイバーンを上げていれば、亜人どもが幾らワイバーンを投入して来たとしても犠牲など出なかったでしょう」

「くっ」

 

諸侯達は好き勝手にジューンフィルアを非難するが、ワイバーンを偵察に使わなかったのは彼の判断では無い、先遣隊本隊の副将アデムがワイバーンを出し渋ったのが原因だ。

 

「確証のある話では無いのですが」

「何だね導師ワッシューナ」

 

東部諸侯団の導師を纏めるワッシューナが口を開く

 

「はい、導師魔信掲示板に掲載されていた内容で、余りにも荒唐無稽な書き込みだったので信じてはいなかったのですが」

「何だと言うのかね?」

 

「その、クワ・トイネの港町マイハーク占領を目した海軍の艦隊が、クワ・トイネ海軍に敗れその際、本陣のワイバーン350騎が全滅したとの話があるのです。今回ワイバーンを偵察に使えなかったのはそれが原因では、と」

「なっ」

「バカなっ、艦隊とワイバーン合わせてそれだけでクワ・トイネ全土を征服できる戦力だぞ!?」

「パーパルディアを相手にしても、防衛網をこじ開けて上陸くらいは出来るだけの戦力と力量なのだ、一湾港都市を制圧するには過剰戦力と言える彼等が、クワ・トイネ如きに敗れただと?」

 

諸侯に衝撃が走る。

先遣隊自体からワイバーンの数が減らされたのは事実だ、理由の説明は為されていなかったが、今の話が本当だとすれば辻褄が合う。

軍上層部は兵の混乱や動揺を恐れて、ロデニウス沖海戦に関する情報を高位幹部を除き規制していた。その為、前線にいる部隊にはその情報は伝わっておらず、ここに居る諸侯達もそれは同じであった。

だから、ワッシューナの言葉を信じられなかった。

 

「だが到底信じられる話では無い!」

「私の同期の書き込みです。船はいとも容易く沈められ、ワイバーンは突然爆破して粉々になり、敵に近付いたものはバラバラに切り裂かれた、と」

 

よくある戦場伝説であると、だれもがそう考える。

それ程までに突拍子も無い話だ。

だが、冷静に考えてみると第15騎馬隊が連絡を絶った際の、「ワイバーンより強大な魔力反応」と言うのも謎だ。

まさか文明国の持つワイバーンの上位種をクワ・トイネが有しているのか。

 

「とは言え、ここで足踏みをしている訳にもいくまい」

 

ジューンフィルアはそう言って、手にした命令書に目を落とす。

そこには「城塞都市エジェイの西側3kmまで進軍、陣地構築後は後続部隊の到着を待て」とある。

命令者の名前自体は先遣隊将軍のパンドールだが、実際には副将のアダムからのものだ。

ジューンフィルアは胃が痛くなるのを感じた。

 

要塞都市エジェイはその名が示すように街そのものが要塞となっている。簡易的な堀や土塁で守られていただけのギムとはその防御力も、戦力も桁が違う。

この命令が出された時点では「相手が打って出て来る事は無い」と考えられていたので、アデムがワイバーンを出し渋った事をパンドールは問題だと捉えなかった。それはジューンフィルアも同じであった。

しかしだ、状況は変わった。

 

威力偵察を行っていた騎馬隊の内、第15騎馬隊が連絡を絶ったのはギムから5km先行する東部諸侯団から更に20km程行った、ギムエジェイ間50kmの丁度半分程の位置だ。

敵がワイバーンを使って騎馬隊を倒したのだとすれば、クワ・トイネが籠城を捨ててそこまで軍を前進させている可能性も考慮しなければならない。

持ち得るワイバーンを全力で投入して先行させているとも考えられるが、それはそれでこのままワイバーンを持たない東部諸侯団だけで前進を続けるのは危険だ。

 

だが、命令に逆らう事は出来ない。

アデムの命令に逆らったらどうなるかわかったものでは無い。

自分が死ぬのならまだマシだが、間違いなくその手は家族にも伸びる。家族は惨たらしく殺される事だろう、それだけは避けなければならない。

 

「全部隊に通達、前進を再開するぞ」

 

かくして、ロウリア王国東伐軍先遣隊・先陣部隊東部諸侯団、約1万はエジェイ近郊へ布陣する為進軍を再開させた。

 

 

 

 

しかし、彼等はエジェイの城壁すら目にする事は無かった。



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砲声

クワ・トイネ公国軍とロウリア王国侵略軍との間で、ギムでの小規模戦闘とは違う本格的な軍対軍の戦闘は、攻撃側であったロウリア王国東伐軍からでは無く、クワ・トイネ/日本連合部隊の砲兵隊が榴弾の雨を降らせる事から始まった。

 

 

 

中央歴1639年5月6日

城塞都市エジェイより西に5km

 

ロウリア王国東伐軍先遣隊

先陣部隊東部諸侯団の戦闘との距離凡そ15km

 

集結したクワ・トイネ公国軍と派遣された日本皇国陸軍はロウリア軍の意表をつく為、エジェイでの籠城では無く野戦を選択した。

 

「ノウ将軍、大内田閣下がお越しになりました」

「お通ししろ」

 

野戦陣地の司令部の天幕にて、クワ・トイネ公国軍西部方面師団の将軍にして、反攻作戦の指揮官に任命されたノウはほんの2、3ヶ月前の事を思い出す。

 

日本皇国

 

突如として空を飛ぶ巨大な船で現れた彼等。

最初はその船が軍艦であったと聞き、力を見せつけてから外交を行おうとするその行動に反感を覚えもした。

だが国交が結ばれ齎された彼等の技術、特に軍事に関するソレを目にして考えが変わった、「彼等が覇権主義を唱え、他国に侵略を行う国で無くて良かった」と。

 

ワイバーンよりも速く飛ぶ人の作り出した竜。

銃と呼ばれる剣や槍の達人で無くても、敵を簡単に倒せる武器。

既存の騎兵では手も足も出ない鋼鉄の騎馬。

 

そして、空を飛ぶ巨大な船。

 

それらは非常に強力であり、「勝てない」と悟るのに時間は要らなかった。

日本皇国から提供や販売が行われたそれら兵器はロウリアとの戦争に備えて構築された、エジェイ要塞防衛線に対し優先的に配備され、日本から軍事顧問団がエジェイに派遣され教育が行われた。

そこで行われた日本人との交流の中で、ノウは日本に対する態度を軟化させていった。

顧問団が着ていた緑の服装ー野戦服と呼ばれるソレを最初は貧相だと思ったが、機能性に優れ動きやすいとあって今では顧問団にねだって手に入れたソレを愛用している。

 

「ロデニウス沖海戦と言い、先日の避難民救助と言い、日本の力を一部とは言え我が物に出来たからこそなし得たことだ」

 

過日、ロウリア王国艦隊4,400をクワ・トイネ海軍の練習航空艦隊と日本皇国艦隊のたった8隻の軍艦が撃退せしめたと言う、それも日本艦隊が主体となったのでは無く、クワ・トイネ艦隊が主体となってだ。

日本軍との直接的な交流が無ければ到底信じられない話だが、陣地の後方に存在する巨大な航空艦ー日本皇国海軍の強襲揚陸艦2隻の存在を思い出し、然もありなんと納得する。

 

 

「失礼します」

「大内田閣下お待ちしておりました」

 

天幕に入って来たのは先日派遣されて来た日本皇国陸軍部隊の指揮官だ、ノウは日本軍との交流以降クワ・トイネ軍でも使われる様になった敬礼で出迎える。

額から黒い角を生やす彼は鬼人と言うらしく、彼の率いている部隊は全てその鬼人で構成されているらしい。

 

「ノウ閣下、ついに時が来ましたな」

「ええ、兵達には随分待たせてしまった」

「我が第7師団は既に展開を終了しています、ご命令があればいつでも行動可能です」

 

頼もしいと思う。

派遣されて来た兵力は数字でこそ8,000程であったが、その大半を機動戦力が占め、むしろ彼等だけでロウリアを逆に攻め滅ぼせてしまうのでは?と思う程の戦力だ。

 

日本皇国陸軍第7師団は日本の北部の防衛を担う部隊の一つで、かつての「樺太戦役」での影響もあり鬼人が多く配置される北部方面隊の中でも唯一、全兵員が鬼人で構成されている。

今回の派遣に第7師団が選ばれた理由は上記の様に鬼人だけで構成された部隊であり、最精鋭の部隊の一つである事。

ソ連との間で結ばれた協定の結果、兵力を常駐させられない樺太において、同じ様に兵力を配備出来ないソ連軍が上陸を行った時などの有事に備え、即座に樺太に展開出来る能力を有する事。

その為に例外的に海軍の強襲揚陸艦2隻が指揮下にあり、日頃から迅速な乗艦と展開の訓練を行っている事から、ロウリア王国侵略軍の進撃に迅速に対応する為に、早急に部隊展開を終え戦闘準備が出来る部隊として、第7師団が選ばれるにいたった。

 

ノウと大内田が作戦開始までのしばしの間談笑をしていると、天幕の中に設置された日本皇国製の通信魔道具の前に座った通信兵が声を上げる。

 

「クロネコより入信!ロウリア軍の戦列、中央集団まで射線に入りました!」

 

それは斥候部隊からのロウリア軍の大半がキルゾーンに入った事を知らせるものだった。

 

「ふむ、やはり前進を続けて来るか」

「斥候の尽くを潰されて尚止まらないとは......彼等にも止まれない理由があるのか?」

 

ホーク騎士団第15騎馬隊からの音信が途絶えた後、前進を再開させた東部諸侯団は第15騎馬隊を全滅させたと思われる存在を恐れ、多数の斥候を放っていたのだが、それらの部隊はクワ・トイネ軍と日本皇国軍が放った斥候に尽く始末されていた。

当然それらの斥候も通信魔法具を有しており、定期的に通信を行なっていた。

それらからの音信が途絶えて尚、進軍を続けるその姿にノウとも大内田もなんとも言えない気味の悪さを感じた。

 

「だが、このまま見ているだけでは余計な被害も出ましょう」

「左様ですな。通信兵!全部隊に繋げ」

「はっ!」

 

ノウにマイクが渡される。

 

「全将兵に告ぐ、遂にこの時がやって来た」

 

静かに語る

 

「ギムの街を荒らし、我が物顔でクワ・トイネの土地を歩き回る不届き者どもに、鉄槌を下す時が来たのだ!!ギムで勇敢に戦い散って逝った戦友達に報いる時が!!」

 

そして、抑えていた感情を爆発させるが如く声を張り上げる。

 

「日本皇国と言う力強い友を得た事により!我等はロウリアと戦う力を得た!そして今ここに、対ロウリア反攻作戦を開始する!全将兵がその持ち得る力を遺憾なく発揮する事を願って訓示とする!」

 

遂にクワ・トイネが振り上げた拳を振り下ろす。

 

 

 

クワ・トイネ/日本皇国連合部隊砲兵陣地

 

「クロネコからの観測情報入力!」

「全門射角調整よし!射撃用意よろし!」

 

ノウの号令に最初に答えたのはクワ・トイネ公国陸軍魔装化混成大隊砲兵小隊並び、日本皇国陸軍第7師団第1砲兵大隊第1射撃中隊の合計12門のりゅう弾砲だった。

 

クワ・トイネの120mm牽引砲3門と、日本皇国の155mm自走砲9門の砲身が空を睨む。

 

「撃ち方始めぇ!!」

 

階級的には日本の中隊長の方が序列的に上だが、戦場がクワ・トイネ国内であり日本皇国軍はあくまでも援護である事もあって、クワ・トイネ砲兵隊の小隊長が命令を行う。

 

➖ダァン!!➖

 

ハンマーによって押し出された砲弾は、砲身内に展開された物体加速術式[アマツバメ]によって850m/秒まで加速され飛び出した。

 

 

連合部隊偵察隊クロネコはロウリア軍との接触を続けていた。

彼等の視線の先には整然と並び移動をするロウリア兵達の姿が見える、斥候を尽く始末して来たのだが動揺している様子が見られない辺り、末端には知らされていないのだろう。

 

時計を見ていた隊員が声を上げる。

 

「間も無く着弾する。5、4、3、2、だんちゃーく今!」

 

瞬間光が弾けた。

 

「着弾観測、命中を確認。戦果確認中......効力を認む。観測情報に基づき順次砲撃を敢行されたし送レ」

《砲兵隊了解。観測情報に基づく砲撃を続行する終ワリ》

 

通信具を持つ隊員が砲兵陣地へ連絡を入れる。

それを横目に他の隊員が思わず呟く、

 

「しかし、実物を見るのは初めてだが......エゲツない威力だな」

「ああ、人間なんて1人も残っちゃいない。規制食らうのもまぁ納得だわな」

 

彼等の視線の先の着弾地点、先程までそこに居たロウリア兵は1人も残って居なかった、死体すら残っていない。

 

 

「な、何が起こったッ!?先頭の連中は何処へ消えたッ!?」

 

ジューンフィルアには何が起こったのか理解出来なかった。

いや、ここにいる人間の誰一人として何が起こったのかなんてわからない。

導師が空からとんでもない速度で魔力の塊が飛んでくると報告した瞬間、進軍する部隊の先頭に何かが飛び込んだ。

なんだ?と思う暇もなく、光が弾ける。

あまりの光量に思わず閉じた瞼を開くと、先頭集団はその姿を消していた。凡そ1,500程の人間が跡形もなく消え去った。

死体すら残っていない理由は連合部隊の砲兵隊が発射した弾頭にあった。

今回使用されたのは通常の火薬を使用したりゅう弾ではなく、魔法弾頭と呼ばれる砲弾だった。

触発式爆炎術式弾頭(カグツチ)」がその砲弾名前だ。

この弾頭は着弾地点を中心に半径25mの円形魔法陣を展開させる。広がった魔法陣は炎を発生させる術式で、6,000度もの超高温の炎を5秒間ほど発生させる。

魔法陣より外側に被害を及ぼす事はないが、内側では人は愚か鉄すらその原型を留めない。

その効果から術式名には、生まれた時の火傷が原因で母を殺してしまった神火之夜藝速男神(ヒノヤギハヤヲノカミ)、そのよく知られる名の火之迦具土神(ヒノカグツチノカミ)加具土命から取られ命名された。

 

加害半径こそ化学式のサーモバリック爆弾のそれに遠く及ばないが、その威力の高さ故に非人道的であると、国際条約において規制され廃棄を始めようと言うところで転移が起こった。

当然第7師団に通常配備されている訳でも、クワ・トイネへ輸出された訳でも無く、今回ロウリア王国を相手に圧倒的に勝利する為と、クワ・トイネへ改めて皇国の力を見せる為、廃棄予定であった物が特別に使用される運びとなった。

 

「ジューンフィルア様!先程の魔力がまたっ!!」

「くっ全員逃げろー!!」

 

そんな時間は無かった、そもそも何処に逃げろと言うのか。

咄嗟に出た言葉だったがジューンフィルア自身、何処に向かって逃げれば良いのかなんてわかる筈がない。

そうこうしている内にも次々と魔力の塊が降ってくる。

そしてその度に光が弾け軍勢がゴッソリと消えて行く。

戦友が、歴戦の猛者達が、指揮官も一兵卒も、関係無く無慈悲にいっそ清々しいまでに、消されて行く。

その様子は最早戦いなどでは無く作業だった、効率的にロウリア軍をすり減らすと言う作業だった。

 

「亜人どもは一体いつのまにこの様な力を手にしたと言うのだ!?こんな攻撃!大魔導師数千を集めて尚不可能だ!!」

 

それがジューンフィルアが発した最後の言葉だった。

彼は部下達と同じ様に光に飲まれ、「熱い」と感じる事すらなくこの世から消え去った。

 

 

 

ロウリア軍先陣部隊1万程の「消失」の報告を受けたノウは素直に喜ぶ気持ちになれなかった。

祖国を侵さんとする驚異の一部を排除できた事は大変に喜ばしい事だし、それを成したのが自身の指揮下にある部隊であるというのも、誇らしい事である。

しかし、しかしだ......

 

「(日本皇国、これ程とは......)」

 

日本皇国の強さに関して知ったつもりでいた。

だがそれは「つもり」でしか無かった様だ。

特別な弾頭であると聞いてはいたがここまでとは思っていなかった。

もしこの力がクワ・トイネに向けられたらと思うと、

 

「(やはり彼等が敵でなくて良かった)」

 

 

 

 

こうして、ロウリア王国東伐軍先遣隊先行部隊は僅か数分の内にその尽くを殲滅された。

生き残ったのは後方に居て、最初の着弾の時点で怖気付いて逃げ出した一団だけで、その数は100人にも満たない。



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ギム

その日ギムの街は再び戦場となった。

 

 

先行していた東部諸侯団との連絡が途絶えて2日。

ロウリア王国東伐軍先遣隊の将軍パンドールはギムでの戦闘の不可解さや、先行している部隊が次々と連絡を断つ事態に、現有の戦力でこれ以上進むのは危険で有ると、ワイバーン12騎による東方の偵察を行いつつ残った先遣隊戦力をギムまで後退させ、防備を固め東伐軍本隊の到着を待つ事とした。

副将のアデムは前進を続けるべきと最後まで強固に反対していたが、ならば部隊を率いて先行するかと問われるとすごすごと引き下がった。

 

何せ全く情報が入って来ないのだ。

東部諸侯団のジューンフィルアからは偵察に出たホーク騎士団の第15騎馬隊が一切の連絡を絶ったとの報告の後、東部諸侯団は前進を続けるとの報告があって以降、報告の魔信も無ければこちらからの呼び掛けにも答えない。

東部諸侯団の移動速度から考えて、未だエジェイに到達していない筈なのにも関わらず、まるで全滅したかの様に。

 

「敵は籠城をせずに打って出たのかもしれん」

 

十分考えられる話だ。

東部諸侯団の数は凡そ1万、先行して陣地を構築する為の部隊でそのまま城攻めを出来る様な戦力では無いものの、人数に関して言えば十分に多い。

装備の差などから考えても、クワ・トイネが現時点で投入出来る戦力を野戦でぶつけられても十分に跳ね返せる筈だ。

 

「クワ・トイネが野戦を行なって勝てる戦力で有ると考えるには、東部諸侯団は大きいと思うのだがな」

「ワイバーンを前面に押し出して来たのでは無いでしょうか?」

「確かにそれならば説明はつきます、1万とは言えそのどれもが地上戦力です。いかに相手が亜人どもとは言え、ワイバーンを多数投入されれば航空戦力の無い東部諸侯団では敵わないでしょう」

 

馬の背に揺られながらパンドールは幕僚達と協議を続ける。

せめてワイバーンを10騎でも付けるべきだったか、そう考えた時血相を変えた導師が走り寄って来た。

 

「閣下!東方へ偵察に出たワイバーンの魔力反応が消えました!全騎ほぼ一斉に!撃墜されたものと考えられます!!」

「なんだとッ!?」

 

 

 

時を戻して、偵察の為離陸したワイバーン小隊12騎は前衛部隊の辿ったであろう道筋を編隊を組んで飛行していた。

偵察任務で有る為、出来るだけ散開するべきとの意見もあったが、何が起こっているのかわからない以上、連携がとれないのは危険で有るとの小隊長の判断により各騎お互いに見える位置での飛行となった。

もう間も無く東部諸侯団がいた筈の地点に辿り着く、緊張で気を引き締める竜騎士達。

そんな彼等の姿は遥か上空を航行する早期警戒管制艦の役割を担う、航空駆逐艦【霧雨】のレーダーによって、離陸した時点で既に補足されていた。

 

【霧雨】航空管制(レイニーデビル)よりクワ・トイネ機竜隊(ファング)日本皇国教導飛行隊(ハヤブサ)。敵機への攻撃許可が下りた。数12、ファングが攻撃せよ。ハヤブサは待機だ》

《ファングリーダーコピー。ファングリーダーよりオールファングス、各機一匹ずつだ!外すなよ!》

《了解!!》

《目にもの見せてやりましょう!》

《ハヤブサリーダーよりファングス。気負い過ぎるな、訓練通りやれ》

 

編隊を組んでいたファング隊12機のサラマンダーが、それぞれの目標への攻撃位置に移動する。

 

《レイニーデビル、誘導弾を使用したい構わないか?》

《オーケーファングリーダー許可する》

《ファングス、第1小隊が誘導弾を使用する。第2第3小隊はブレスを使用せよ》

《了解》

 

やがて12騎のワイバーンが先ず誘導弾の射程に入った。

 

《ファングリーダーエンゲージFOX1*!FOX1!》

《ファング2!FOX1!!》

《エンゲージ!FOX1ー!》

《4エンゲージ!FOX1!》

 

 

 

第1小隊4機のサラマンダーから空対空誘導弾が発射される。

この誘導弾は敵ヘリコプターを狩る為に開発されたもので、小型で小回りが利く。

近年配備の進む対無人装甲ヘリ用の高機動高火力の誘導弾の登場で、型落ちになりつつあったが、ワイバーン相手であれば十分だ。

 

ロウリア王国の偵察隊はソレに気付くのに遅れてしまった。

連絡の途絶えた東部諸侯団を探していた彼等の目は地上に向けられており、気付く事が出来たのが編隊最後尾で敵ワイバーンの存在を警戒していたムーラただ1人だったのが原因だ。

 

《何か来るッ!?》

《なんだ?》

 

ムーラの警告は遅かった。

彼の声に何人かの竜騎士が視線を上げ、

 

➖ダアァン!!➖

 

先頭の4騎が吹き飛ぶ姿を目撃した。

 

《な、何が起こった!?》

《わからない!突然吹き飛んだ!!》

 

混乱する彼等の視界が東の空から、自分達の騎乗するワイバーン以上の速度で突っ込んでくる、赤いワイバーンの姿を捉える。

 

《敵ワイバーンだ!》

《なんだアレ!?あんなワイバーン見たこと無いぞ!?》

《いいから攻撃しろ!》

 

彼等はワイバーンの体勢を整えさせ、導力火炎弾の発射体勢に入る。

後は敵が射程に入り次第攻撃を合図するだけ、

 

《撃ってきた!》

《バカなッこの距離でッ!?》

 

だが相手の方が速かった。

より離れた所からより高速で

 

➖ズダダァン!➖

 

より高速な攻撃が一瞬にして彼等の命を奪い去る。

 

➖ギャイィィン➖

「がッぐぁぁぁ」

 

運良く生き残ったのはワイバーンが勝手に回避行動を取ったムーラだけだった。

とは言え彼も無事とは言い難い、相棒のワイバーンは左の翼が消し飛びムーラ自身体の左側が焼けたように熱い。

 

「ーーー!!」

 

飛ぶ力を失った彼等は墜ちるしか無かった。

 

「あい、ぼう」

➖ギュゥゥン➖

 

ワイバーンがクッションになった為、ムーラにはそれ程のダメージは無い。精々が墜落の衝撃で息がしづらい位だ。

だがそれ以上に相棒の様子は酷い物だった、左の翼は付け根より少しいった所からキレイに消え去っており、墜落の衝撃で骨が折れ内臓に刺さったのか口からは血を流している。

 

「相棒っしっかりしろっ!」

➖グゥゥゥ➖

 

体の痛みを無視して、ムーラは必死に声を掛けるが弱々しい声しか返って来ない。

その声を聞いて、いや聞く前からわかっていた、相棒がもう助からない事くらい。

ムーラは治療魔法を使えないし例え命は助かったとしても、片方の翼を失ったワイバーンに待っているのは廃棄処分だ。

 

だから苦しんでいる相棒に、ムーラがしてやれる事は一つだった

 

腰に下げた剣を引き抜き、酷く痛む体に無理矢理魔力を流して立ち上がる

 

「いま、今楽にしてやるからな」

 

逆鱗を保護する鎧を取り去り剣の切っ先を突きつける。

 

「ッ!!」

 

そして一気に体重をかけた。

ズプリと手に生々しい感触が伝わる。

思えば自分で直接命を奪ったのはこれが初めてだ。

崩れ落ちる、頰を涙が伝うのを感じる。

初めての戦友だった、長い時間を一緒に過ごした相棒。

その命を自分が奪った。

 

➖ギァオォォン➖

 

ワイバーンの吠える声、生き残った味方かと咄嗟に空を見る。

 

「赤い、ワイバーン......」

 

15騎のワイバーンが編隊を組んで飛んで行く。

下から見上げるムーラの姿は見えていないのか、それとも地に墜ちた竜騎士になど興味が無いのか、こちらを一瞥たりともせずに西へ向かって飛んで行く。

ムーラは何も出来なかった、気力も起きない。

彼等の姿を見ても何も感じない。

心にあるのは相棒を喪った悲しみだけだ。

 

そうしてムーラは進軍してきたクワ・トイネ陸軍に発見保護されるまで、相棒の亡骸にもたれかかって空を見上げていた。

 

 

 

クワ・トイネの攻撃はムーラ達偵察に出たワイバーン隊だけでなく、ギムへと撤退中のロウリア軍先遣隊にも容赦なく降りかかった。

 

「ワイバーン隊に連絡!!全騎上げさせろっ!今すぐにだッ!!」

 

パンドールの命令は直様伝えられ、先遣隊に残されたワイバーン62騎はギムの滑走路から次々と飛び立ち東を目指そうとした。

だが、

 

「ギムのワイバーン隊指揮官より緊急!!飛び立ったワイバーン次々と撃墜されています!!南方より見たことも無いワイバーンが飛来!味方を攻撃しているとの事!!」

「なんだとぉ!?」

 

それはロウリアに気付かれない様、態々クイラ王国領を経由してやって来た日本皇国海軍の強襲揚陸艦による襲撃だった。

 

 

クワ・トイネ機竜隊長機(クロウリーダー)より【柱島】航空管制(ピラー)、上空に脅威無し》

《ピラー了解、これより【柱島】【猿島】は揚陸作業に入る。クロウ隊は引き続き警戒を続けられたし》

《クロウリーダーコピー》

 

ワイバーン隊の地上要員や僅かな守備兵といった、ギムに残留していたロウリア軍兵士達はその姿を呆然と見ているしかなかった。

エジェイに向かって進軍をしていた筈の軍勢が引き返して来たと思えば、偵察に飛ばした12騎が呆気なくロスト。

緊急離陸させた現有の全ワイバーンも今し方、南から飛んできた赤く大柄なワイバーンに1騎残らず叩き墜された。

 

その次は同じく南から見たことも無い程に巨大な船が、空を飛んでやって来た。

 

今はその船が地上スレスレまで降下して、陸上戦力を下ろしている。

ギムの東側の平原で堂々と作業をしており一見無防備だが、ロウリア軍は動く事が出来なかった。

そもそもギムに残留しているのは後続の東伐軍本隊との連絡用で、戦力はワイバーンが最大で歩兵戦力は皆無に等しい。

ワイバーンが居れば大抵の敵などどうとでもなるが、その頼みの綱のワイバーンは敵のワイバーンにアッサリと墜された。

そうなると、殆どがワイバーンの飼育員などで戦闘要員など50人も居ない彼等では巨大な船から、続々と吐き出されるクワ・トイネ軍を相手に戦いを挑むだけ無謀と言うものだ。

そうでなくとも、頭上ではあの赤いワイバーンがこちらを睨みつける様に旋回を続けていると言うのに。

 

 

結局、ギムに残留していたロウリア軍は碌な抵抗も出来ずにクワ・トイネ軍に降伏する事となった。

 

 

 

「全部隊揚陸作業完了しました」

 

ギムの街を奪還してから暫く、揚陸された戦闘指揮車両に座乗する大内田は報告を受け、指揮車両の3Dディスプレイにホログラム投影された情報を確認する。

 

東からギムへ向かって撤退中のロウリア王国先遣隊と正対する形で、最前列には巨大な鉄の騎兵[機巧ゴーレム]からなる、クワ・トイネ公国陸軍魔装化混成大隊戦術機甲騎兵中隊12騎が整列し、その後ろに日本皇国陸軍第7師団第1空挺機甲兵団第1中隊の機巧ゴーレム12騎が並ぶ。

 

ーー機巧ゴーレムとはラビと呼ばれるユダヤ人術者が生み出したゴーレム術式を元に、即席で生成するのでは無く工業的に作り上げ、簡単な命令しか実行出来なかったゴーレムを人が搭乗して直接操作出来る様にした兵器である。

騎兵隊や竜騎兵隊(マスケット銃を装備した騎兵)に代わる存在として開発が行われ、第一次大戦で発達した塹壕を気にせず戦える兵器という要求がなされた結果、騎兵の代替えという事で先ず馬型のゴーレムの背中に人型のゴーレムを乗せる形が提案された。

開発当初こそ、その形で収まりかけたのだがそこで予算の問題から待ったが掛かった。

曰く、

 

「馬の頭は必要か?」

「人型を乗せるのは武器を持たせられるから良いけれど、人型に足は必要無いだろう」

 

との事で。

確かに必要かと聞かれればどちらも別に必要である訳では無い。

人型の足の方は馬型が壊れた時に降りて戦えると言うメリットもあるが、開発当時は魔力炉のサイズと出力の問題から馬型の方にしか魔力炉を配置出来ない事もあって、人型だけで戦闘を行わせようと思えば大きさを現在の倍以上(最初に設計されたもので人型を入れて全高6メートル)にする必要があるとなり、最終的にはその案は諦めざるを得なくなった。

そうして必要性の無い馬の頭と人型の足を取り去った結果、現在の機巧ゴーレムの形であるケンタウロス型に落ち着いた。

 

クワ・トイネ公国陸軍魔装化混成大隊戦術機甲騎兵中隊が装備する機巧ゴーレムは、日本皇国陸軍で採用されていたイギリス製機巧ゴーレム【ガウェイン】のライセンス生産機で、日本では【錬鉄】と呼ばている。

クワ・トイネでの採用名としては【ケイロン】という。

全高8メートルで、武装は機関砲内蔵のランス。

重装甲型だが戦闘せずに走るだけなら時速180km程で走行可能だ

 

ケイロンの後ろに並ぶ日本皇国陸軍の機巧ゴーレムは【斬鉄】。

ケイロンから二世代後の純国産機巧ゴーレムで、速力に秀でており戦闘を考えない高速巡航では時速240kmで走行可能で、大太刀と突撃砲で武装しているーー

 

24騎の機巧ゴーレムの後ろにはクワ・トイネ陸軍魔装化混成大隊の機動歩兵2個中隊400名と、日本皇国陸軍第7師団機動歩兵1個中隊200名を乗せた装甲車がズラリと並ぶ。

 

「間も無く作戦時間です」

 

作戦内容は至ってシンプル。

西方へ向かって撤退する動きを見せているロウリア王国先遣隊をギムを奪還した彼等別働隊と、エジェイへ向かっていたロウリア東部諸侯団を打ち破った主力部隊で挟み撃ちにするというものだ。

また、ギムの街では同乗してきたクワ・トイネの歩兵部隊と第7師団の工兵部隊によって、向かってくるロウリア軍本隊を迎え撃つ為の準備が進められている。

 

 

 

「作戦時間ですッ!」

 

指揮車両に搭乗するクワ・トイネの士官が叫ぶ。

 

「よしっ作戦開始ッ!ランサー隊(クワ・トイネ機甲騎兵隊)及びグリズリー隊(第7師団機甲兵団)に突撃命令!!」

 

大内田の命令を受け、

 

➖ドドドド!!!➖

 

途轍も無い地響きを響かせながら24騎の鉄騎兵が駆け出した。




機巧ゴーレムのイメージはナイツ&マジックのツェンドルグ。


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壊滅

前話ラスト部分を少しだけ書き直しました


パンドール率いるロウリア王国先遣隊は恐慌状態に陥っていた。

陣地構築のためエジェイに向かって先行していた、東部諸侯団の連絡途絶に始まり偵察に出たワイバーン12騎の撃墜確実。

ギムに残っていたワイバーンも応援に駆けつける前に全て撃墜され、ギム自体も敵の強襲を受けた様子で先程からいくら呼びかけても応答しない。

 

極め付けは先程から徐々に大きくなっている地響きだ。

騎兵隊の駆ける音に似ているが、その大きさは途轍もなく大きい。

千どころか万に届く数の騎兵が突撃を行っているかの様な音、それが()()()()()()()()()()()()

そちらに残しておいた騎兵隊は居ないし、本隊が到着するのもまだ先の話だ。となればこの音を響かせているのは敵という事になる。

つまり、クワ・トイネは背後に大量の騎兵隊を迂回させたという事になる、それもこちらに気取らせる事すら無くだ。

 

「ありえん。いや、ここはクワ・トイネ国内我々の知らない道があったとしておかしく無いが、だとしても!!これ程の音を立てられる騎兵隊をクワ・トイネが有している筈がない!!」

 

とはいえ敵が近づいて来ているのは事実、うろたえつったっている訳にもいかない。

 

「対騎兵陣!騎兵隊はまだ動くな!今動いても飲み込まれて終わりだ!!」

 

パンドールの指示に従い重装甲の重装歩兵が壁を作り、歩兵の中でも長槍を持った者達が槍を構える。

陣形が完成した時、遂に迫り来る敵の姿が見えた。

 

「ん?思ったよりも少な、いやまて!なんだアレは!?なんなのだあの巨大な騎兵は!?」

 

地響きはさらに大きくなり、土煙も見える。

だと言うのに予想した騎兵の大軍の姿は無く、向かってくる騎兵の数はたったの24騎。

だがその24騎はパンドール達の見慣れた騎兵と全く違った。

まず何よりデカイ、普通の騎兵とて馬の背に人が乗る以上、人間からは見上げる必要があるがアレはそれ以上、ケタ違いにデカイ。

見た目は鎧に身を包んだ重騎兵の様に見えるが、馬の頭が見当たらず人の上半身が直接くっ付いているらしく、まるでおとぎ話に見る魔獣の様な姿だ。

だが魔獣では無い、その騎兵の左肩にはクワ・トイネ公国の国旗が描かれている、つまりアレは敵だ。

 

 

 

《目標視認!!対騎兵陣です!》

《既存の騎兵相手ならばいざ知らず、このケイロンを相手に陣を敷くのは命取りだぞロウリア!ランサーリーダーよりランサー各騎!突撃用意!》

《了解!!》

《グリズリー各騎ランサーに合わせて展開せよ》

 

隊長の命令によってランサー隊の12騎は矢印の縦棒部分に指揮官機を置かない、変則的な蜂矢陣の隊形を取る。

更にその両翼にグリズリーが6騎ずつ付く。

 

《全騎突撃!!》

 

➖ダダダダ!➖

 

号令一下

ランサー隊が構える突撃槍の内蔵型20mm機関砲12門と、グリズリー隊が両腕に構える20mm突撃砲24門が火を噴いた。

(因みに、火を噴いたと言うのは表現であり実際には両装備共に、空圧による初期加速をバレルに展開した加速術式[アマツバメ]によって加速する方式なので、マズルフラッシュは発生しない)

 

20mm通常弾が次々と吐き出される。

口径も小さく、対魔法装甲用の術式加工もされていない通常弾である為、機巧ゴーレムやロシアや中国の多脚戦車相手では基本牽制程度にしか使えないが、対人では圧倒的な威力を誇る。

 

着弾地点に居たロウリア兵が血飛沫となって消えて行く。

鎧を身に纏い巨大な盾を構えていた重装歩兵とて例外では無い、第一彼等の装甲程度では地球基準では装甲目標にすらなら無い。

因みに、地球においては非人道的であると言う理由で、対人使用が禁止されている20mm口径弾が使用された理由としては、単純に機巧ゴーレムが装備可能な銃火器で最も口径が小さいものが20mmだった為である。

もっとも、歩兵主体のロウリア軍相手に機巧ゴーレムを投入している時点で過剰戦力なので、口径の大きさなど今更であるが。

 

《全機散開!作戦通りに攻撃せよ!》

 

ロウリア軍の前衛部隊を軒並み大地のシミに変えたランサー隊とグリズリー隊は、二手に別れ敵軍を外周から削り落とす様に襲いかかった。

 

「なんだコレは、我々は一体何を敵にしてしまったと言うのだ!?」

 

パンドールには理解出来ない光景であった。

一見重装騎兵の様に見える巨大な鉄の騎兵の持つ、巨大な槍と箱の様な物がダダダダと音を発する度に、兵士達が赤い血飛沫となって死んでいく。

それだけでは飽き足らず、混乱と恐怖で動けずにいる兵士達の下へと辿り着いた巨大騎兵どもは手にした槍や巨大な剣で兵士を薙ぎ払い出した。

 

「こんな!こんな事があってたまるか!!」

 

突然誰かが叫んだ。

声の方を見ると副将のアデムとその部下達が、脇目も振らず逃げ出そうとしていた、壁にするつもりなのだろうか率いている魔獣達に囲まれている。

 

《ランサー5よりランサーリーダー、魔獣の一団を確認》

《排除可能か?》

《了解、排除します。ランサー6続け》

《了解》

《グリズリーリーダーよりグリズリー3、貴様のエレメントも向かえ》

《YES Sir》

 

だが混乱の中でも目立つその動きは直ぐに捕捉されてしまう。

 

「(くそっこのままこんなところで死ねるかッ)」

 

➖ダダダダッ➖

 

アデムの思いも虚しく4騎は魔獣の集団を挟み込む様にして銃弾の雨を降らせる。

 

《何だあのバケモノ百足、えらく硬いな》

《アレは百足蛇と言う魔獣ですよ》

《魔獣かぁやっぱいるんだなぁ》

《でも可笑しいな、アイツらを使役する方法なんて無かった筈だけど》

《ともあれ敵だ、さっさと片付けよう》

 

彼等はお喋りしながらも引き金を弾き続ける。

魔獣が粗方地に沈んだ頃、弾代がもったいないと大太刀を引き抜いたグリズリー3が斬りかかった為、残敵の掃討は近接武器と脚による攻撃に切り替わった。

 

強力だった筈の魔獣が作業の様に簡単に排除されていく光景は、ロウリア兵達の心を折るのに十分過ぎる光景だった。

 

「こ、降伏しよう!」

「おいっ!何言ってやがる!?」

「ウルセェ!!このままじゃ虫ケラみたいに殺されるぞ!!」

「降伏したって同じだろう!!」

 

あちこちから、こんなやり取りが聞こえてきた。

個人や数人毎に固まって、ロデニウス大陸で降伏を意味する行動を取るものがチラホラ現れ出す。

見た目が派手な鎧に身を包んだ諸侯や武官達が、槍を突き付けその動きを止めようとするが、逆上した兵士達に殺されたり取り押さえられたりと、誰もその動きを止められないでいる。

 

「閣下!あちこちで兵達が勝手に降伏を!!」

「.........やむ終えん。全軍に通達降伏するぞ」

「お待ち下さい!我ら司令部部隊はまだ!」

「馬鹿者が、周りをよく見てみろ」

「は?」

 

パンドールの降伏宣言に、司令部の幹部達はまだ戦えると言いよるも促され周りを見渡す。

目に入って来たのは巨大な鉄の騎兵に蹴散らされ中を舞う兵士達、降伏を示している者は放置されている様に見える。

そして、一切攻撃を受けず健全な司令部部隊。

 

「?、ッ!?まさか!我等はワザと!?」

「そうだ、攻撃の意図が有ればとっくにやられているだろう。にも関わらず我々の周りは無傷。まぁこれ見よがしに将旗を掲げているのだ、私を捕虜にするつもりなのだろう」

 

でなければ指揮官であるパンドールがいる場所など、指揮系統を潰す為に真っ先に攻撃されていてもおかしくない。通常の騎兵ならば不可能でもあの騎兵で有れば可能だろう。

 

「降伏するぞ」

「......はっ」

 

今度は反論も起きず、すぐ様命令が伝達され司令部部隊は武器を捨て降伏を示す。そしてそれを見たまだ抗おうとしていた部隊も次々と降伏を示していく。

 

《ランサーリーダーより全騎へ、敵司令部の降伏を確認。攻撃を終了せよ》

 

作戦通りにロウリア先遣隊の司令部から目を離さず監視していたランサー隊の隊長によって、攻撃停止命令が出ると機巧ゴーレムは全騎ピタリと攻撃を止め、歩兵部隊到着迄の監視の為囲い込む様に分散する。

隙をついて逃げ出そうとした者には今後ゲリラにでもなられれば厄介なので、容赦無く銃弾が撃ち込まれる。その光景は何ヶ所かで見られ、他の兵士の心を完全に折る事となった。

 

ここに、クワ・トイネ公国ロウリア王国間の戦争での、クワ・トイネ公国国内における戦闘は終わりを迎えた。

 

 

 

クワ・トイネ公国軍野戦指揮所

 

「B軍集団より入信!ロウリア王国先遣隊は完全に降伏!現在歩兵部隊が捕虜収容中との事!尚友軍に被害無し!」

 

通信兵の報告に天幕の中がワッと盛り上がる。

バンザイをしている者や、感極まって泣いている者。

司令部に詰めている日本兵に握手を求めている者など様々だ。

その光景を見てノウも思わず頰が緩みかけるが、まだ国内に侵攻して来た敵を排除しただけだと、気を引き締める。

 

「喜ぶのは構わんが、戦争は未だ終わっていない。我々も進軍を再開!国境まで進出する!!」

「「「はっ!!」」」

 

ノウの命令を受けロウリア先遣隊東部諸侯団を殲滅した地点から西に5km程の所にいたクワ・トイネ公国軍は進軍を再開した。

 

「戦争の本番はこれからだ」

 

 

 

 

クワ・トイネ公国政治部会

 

ここでは軍務卿から戦闘の報告が行われていた。

 

「以上が戦闘の経過となります。今回の戦闘において捕虜おおよそ9,000に加え、将軍パンドールの身柄の確保に成功しました。また、我が軍の被害はありません」

「ありがとう軍務卿、軍は素晴らしい働きをしてくれた」

 

政治部会の雰囲気は明るい。

報告を行なっていた軍務卿や首相カナタの声も、安堵感を感じるものだった。

勝てる見込みの殆ど無かった戦争で、一度は国内への侵攻を許したものの目立った被害も無く、国内へ入り込んだ脅威を排除できたのだ、浮かれるのも仕方がないだろう。

 

「ただ一つ懸念事項が」

「何だろう?」

「は、日本軍顧問団には以前より忠告を受けていた事なのですが、エジェイにて敵軍を撃破した後に敵軍がいた跡の検分を行った兵士や、機巧ゴーレム隊の一部騎兵に心理的な消耗を訴える者が居ます」

 

いわゆるASD-急性ストレス障害と呼ばれる精神障害だ。

エジェイでは蒸発した人間の跡や、ドロドロに溶けた鎧をみた兵士が。機巧ゴーレム隊では自身の攻撃で消し飛んだ敵兵や、槍で弾き飛ばしたり、脚で蹴飛ばし踏み潰しぐちゃぐちゃになった敵兵を見た騎兵が、それぞれストレスを訴えていた。

 

「顧問団曰く、人の死に関わる事などで心的外傷を経験した後、体験を思い出したり悪夢を見たりして、結果過剰覚醒状態になったり、その体験に関わる事を避けたりなどの傾向が続き、一過性のものとなる者やその後長期間に渡って継続してしまう事もあるそうです」

「ふむ、彼等に対するケアをしっかりする必要があるな。とは言え我々にはそれに関するノウハウは無い、外務卿日本皇国に医者か?この場合は、まぁ兎も角人員の派遣と教育に関する依頼を行なってくれ」

「直ちに手配します」

 

カナタの指示を受け、外務卿は背後に控えていた外務局の幹部に指示を出す。

 

「では次の話をするとしよう。議題はロウリア相手にどこまでやるかという事だ、軍務卿」

「はい、現在我が軍はロウリア海軍大艦隊に続き、国内へと侵攻を許したロウリア軍の排除に成功しました。しかし、この軍勢は日本軍による高高度偵察の結果先遣隊でしか無いと判明しています。本命たるロウリア本軍は未だロウリア国内を移動、国境付近へと集結中で有りますがその数は少なくとも先遣隊の10倍が確認されています」

 

先遣隊の10倍と言うその数にどよめきが起こる。

クワ・トイネ国内へと侵攻して来た先遣隊ですら3万にも及び、現在クワ・トイネ軍が動員可能な兵数の半数以上だ。

 

「装備面においては一部部隊や派遣されている日本軍の第7師団の方が圧倒してはいますが、数の面においては依然ロウリア軍が圧倒的である事に変わりは有りません。そこで、次弾作戦として海軍を投入致します」

「海軍を?陸軍では無く?」

 

カナタや他の幹部達が首を傾げる、

 

「はい、皆様もご存知の通り海軍は3隻のみで有りますが、航空艦を保有しています。今回はこの3隻を使用します、理由としては先程も述べた通り陸軍では装備面で勝っても数では圧倒的に不利です、戦争において“数”と言うのは力ですから、装備で優っていても不測の事態が起こらないと限りません。故に陸軍はギムの西部にて防備を固めロウリア本軍を引き付けます、そしてその隙に航空艦をもってロウリア王国王都ジン・ハークへと一気に進出、ロウリア王に対し講和会談を呼びかけます」

「拒否された場合どうする?航空艦で乗り込むのであれば脅しと取られる可能性がある、徹底抗戦の姿勢を取られた場合は?」

 

脅しと取られる可能性があると言うより、まんま脅しでありそもそも軍部とてロウリア王が簡単に講和会談を受け入れるなどと思っていない。

講和会談を呼びかける事自体は本気であり、受け入れてくれるならそれに越した事は無いのだが、当然拒否された場合の事も考えている。

 

「その場合は特殊部隊を投入しハーク城を制圧、ロウリア王の身柄を確保、ロウリア軍全軍に対し武装解除を要求します。軍がこれを拒否し徹底抗戦を唱えた場合は致し方有りません、航空艦による攻撃を敢行します」



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終戦

空を見上げ唖然とした表情をしたり、恐怖にやられて喚き立てたり気絶したり。届きもしない矢を放ったり、攻撃せんと飛び上がったワイバーンが呆気なくはたき落とされる様子に更に恐怖心を募らせたりと、大混乱・阿鼻叫喚と言った様のロウリア王国軍を眼下に、9隻の航空艦がその姿を見せつける様にゆっくりと西へ向かっていた。

 

先のロデニウス沖海戦にてロウリア王国海軍を打ち破った、パンカーレ率いるクワ・トイネ海軍航空艦隊と日本皇国海軍第5艦隊第10戦隊からなる連合艦隊と、機巧ゴーレム1個小隊と両国の特殊部隊を詰め込んだ強襲揚陸艦【柱島】だ。

 

政治部会で軍務卿の説明通り、マイハーク港にて待機していた8隻とギムで合流した【柱島】は一路ロウリア王国王都ジン・ハークを目指している。

元々はロウリア軍本隊を回避して王都へ向かう予定であったのだが、国境線での戦いをなるべく回避する為に、その姿を見せつけ少しでも戦意を下げる事を目的に、敢えて国境に集結しているロウリア軍の頭上を姿がハッキリ見える程の低空を航行する航路が選ばれた。

その効果は十分にあった様でロウリア軍は大混乱だ。

 

ワイバーンを容易く排除したあの力がいつ自分達に向くかと、恐怖していたロウリア兵達であったが、結局9隻は自分達から手を出す事は無く、西へと向かっていった。

その姿に、末端の雑兵達はただ脅威が過ぎ去った事に安堵していたが、上層部はそうもいかなかった。

 

「我々を排除しようと思えば簡単に出来た筈だ、なのにそれをしなかった。そして西へ向かったという事は!!」

「ッまさか王都が狙いかッ!?」

「全軍を王都へ戻すべきだ!今すぐに!!」

「国境沿いにクワ・トイネ軍が展開している!そんな事をすれば背後から追撃を受けるぞ!」

「そもそも先遣隊は!?パンドール将軍は何をしている!?」

「言い合いなどしている場合か!兎も角王都へ報告するのが優先だ!」

 

最終的に国境に陣を構えているクワ・トイネ軍を警戒して、一先ず魔信による報告を行い、足の速い騎兵を王都へ向かわせる事になった。

それでも、ロウリア軍の陣を超えた辺りからワイバーンと然程変わらない速度まで加速したあの飛行船に、追い付くのはまず無理だろう。

ここへ来て初期の海戦にて大量のワイバーンを失った事が響き始めた。

 

 

 

ロウリア王国 王都ジン・ハーク

 

ジン・ハークでは、東伐軍からもたらされた「9隻の巨大な船が空を飛びながら西へ向かった」との報告に基づき、急ピッチで迎撃の用意が進められていた。

最初報告を受けた通信兵は表面だけ聞けばトチ狂った様にしか聞こえない報告を信じなかったが、しつこくまくし立ててくるので上官へと報告した所、先の海戦の事を知っていたその上官によって直ちに軍上層部へ伝えられ、ロウリア軍最高指揮官パタジンの命令によって防衛の準備がいそぎ始められた。

 

とは言えロウリア軍は既に航空戦力であるワイバーンの一切を失っている。しかも、海戦の結果や東伐軍からの報告が正しいのならば仮にワイバーンが数十、いや数百残っていようが関係ない、おそらく抵抗すら出来ず撃ち落とされるだろう。

その為、常設以外にも倉庫に眠っていた対空バリスタを引っ張り出したり、ありったけの弓を歩兵に持たせたりしているが、ワイバーンすら歯が立たない相手にどれだけ役に立つのか。

 

「だがそれでも、我々はココを守りきらねばならん。兵の配置はどうなっている?」

「はっ現在取り急ぎ配置を行なっておりますが、いかんせん兵の数に対して弓の数が足りません。また、誠に遺憾ながら兵達の士気も良いとは言えない状態です」

 

パタジンの質問に渋い顔をしたミミネル将軍が答える。

 

「兵の士気が低いだと?どう言う事だ?」

「今王都に居る兵は謂わば居残りです、旨味のある東征へ参加出来ず王都防衛へと回された事に、内心的には不満を覚えている者もいない訳ではありません。そこに、空飛ぶ船が侵攻してきたなどと言う眉唾の情報での防衛配備ですので......」

「嘆かわしい話だな、奴等には王都をひいては陛下をお守りすると言う自覚も誇りも無いと言うのか」

 

溜息を吐くパタジン。

もっとも、貴族であり代々軍高官を輩出する家系に生まれた彼にも兵士達の気持ちは理解は出来ないが、わからないものでは無かった。

彼らの多くは「ロデニウス大陸の統一」という一大事業に携わる事を望んで、軍の門戸を叩いた平民達だ。

それが、住んでいる地域の領主で部隊の指揮官でもある貴族が政治的な理由か何かで、自分達には全く関係の無い所で侵攻部隊から外された結果、居残りとなってしまった。

そこに加え、彼らにとって王とは雲の上の存在だし、確かに統治者ではあるものの直接の関わりなんてモノは無い。

顔も見た事が無ければ名前だって知らない者の方が多いだろう、民にとって王とは悪政さえ敷かなければ誰が王で在ろうとぶっちゃけ関係無いのだ。そんな王を守る為に奮起しろと言った所で、表面的には従うであろうが、本当に死に物狂いで王を守ろうとするかと言えばそうは行かないだろう。

 

自分達の直接の統治者である部隊指揮官の貴族の指示に従って、防衛の準備を行っているだけマシだろうと考えるしかない。

 

そうして何とか敵が姿を見せる前に体裁を整える事が出来たが、光の翼を広げ東の空に浮かぶ9隻の航空艦の姿を見た彼らの多くは「無駄な足掻きの準備なんてせずに逃げ出すべきだった」とそう考えた。

パタジンですら「王を脱出させるべきであった」と、一目で勝てない事を悟ってしまった。

 

 

 

ハーク城の謁見の間では急遽政府高官達が集められ会議が開かれていた。

議題は空を飛ぶ巨大な船でやって来たクワ・トイネ側から打診された講和会談について、受けるべきか断るべきか。

断った場合、王都上空に待機している飛行船が王城へ対し攻撃を行う可能性が高く、その際纏めて王都そのものへ攻撃が行われる可能性もある。国境へ展開している東伐軍本隊に対しても攻撃が行われるだろう。

対して受けた場合。賠償なりと言った要求は当然あるだろうが、そこまで大きくは無いと考えられる。

というのも、今回の戦争においてクワ・トイネ側に出た被害は戦争初期のギム攻略戦で出た数百名程度の、しかも職業軍人に限られた被害だった。

その後の侵攻や会戦においても、陸も海も被害が出たのは()()()()()()()である。

人的被害も軍船や装備等の物的被害も被ったのはロウリアのみだ。

国民への被害がギムの住居程度である以上、クワ・トイネもそれ程厳しい追及はして来ないと考えられる。

何より、その場合40万以上の兵士がそのまま残る事になる。

勿論武装解除はさせられるであろうし、何よりワイバーンが全滅しているのは痛いが、“数”が残る事は悪いことでは無い。

 

ならば講和をしようという風に簡単に行けば良かったのだが、事はそう簡単には行かない。

 

「講和など以ての外です!第一これでは降伏と変わらないではありませんかっ!」

 

ミミネル将軍が声を荒げる。

確かに彼の言う通りであった、海軍の軍船の半数を失い、国境を超えた先遣隊はおそらく壊滅。500騎も居たロデニウス史上最強であった筈の竜騎兵隊のワイバーンは、最早1騎足りとも残っていない。

そんな状況で、国境に展開する30万の軍勢の頭上を悠々と飛び越え、巨大な飛行船に乗ってやって来た上での講和会談の提案だ。

事実上の降伏勧告と言っても過言では無いだろう、少なくともロウリア政府の大半はそう受け取った。

とは言え、

 

「ではどうすると言うのだ?彼等を相手にどう戦うと?残っていた所で役には立たないだろうが、ワイバーンは全て失われている。残された対空兵器と言えばバリスタに手持ちの弓、魔導師達の対空魔法。

それらもワイバーンが相手であればあるいはと言った物でしか無い、そんなものがあの巨大な船に効くとでも?」

「それは敗北主義ですぞ!パタジン閣下!!」

 

パタジンが理性的な意見を述べるが、王都が直接危機に陥っていると言う状況に、頭に血が上り興奮状態にあるミミネルが噛み付く。

パタジンは努めて冷静に反論しようとするが、横から割り込んできた声に言葉を呑み込んだ。

 

「パタジンの意見が敗北主義だと?馬鹿な事を言うな、理解していないのであればハッキリ言ってやろう。この戦争は既に我らの負けだ」

「なっ」

「陛下ッ!?」

 

それは王座に座ったハーク・ロウリア34世の言葉だった。

彼は戦争が始まる前、クワ・トイネ侵攻に関する説明を受けていた時の威厳ある姿からは想像付かない程やつれていた。

 

「王家の手勢が持ち帰った情報だ、クワ・トイネ公国には日本皇国が協力している」

「それは存じておりますが、1000kmも離れた国のそれもワイバーンも知らない蛮族など、」

「ふんっ日本皇国が蛮族だと?この期に及んで何の情報収集もしていない訳か、怠慢だな外務卿」

 

何も理解していない様子の外務卿の発言に、ハーク王の口調に怒りが混ざる。

 

「それは軍も同じだぞ、パタジン」

「はっ重々承知しております。今まで大した戦力を有していなかったクワ・トイネ公国が、我が国が時間をかけて用意した戦力を上回る、それも短時間の内にです。となればここ最近になって聞こえる様になった日本皇国と言う国、何の関与もしていないとは言えますまい」

「その通りだ。今も我等の頭上にいるあの巨大な飛行船に加え、クワ・トイネ国内へ侵攻したパンドール率いる先遣隊はクワ・トイネが使役した巨大な鉄の魔獣によって壊滅させられたとの情報がある」

 

パタジンとハーク王の会話は続く

 

「鉄の魔獣、神話に登場するゴーレムの様なものでしょうか?だとするとあの巨大飛行船もまた......」

「そうだ、日本皇国......古の魔法帝国の遺跡を多数見つけたか、あるいは唐突に現れた事から考えて、古の魔法帝国そのものか」

 

しんと静まり返った室内に、誰かが唾を飲んだ音が嫌に響く。

 

「講和を受け入れる。講和と称している以上、国を滅ぼすと言うことは無いであろう。よいな?」

「「「はっ」」」

 

 

ハーク城の前庭にて行われた講和会談にはロウリア王国側からは、国王ハーク・ロウリア34世以下パタジンを始めとする政府首脳陣が参加し、クワ・トイネ側からは外務卿リンスイ以下外務局員達と、オブザーバーとして日本皇国駐クワ・トイネ大使田中以下外務省職員と、日本皇国陸軍の特殊部隊員が数名、それとは気づかれない様大使館職員として参加した。

 

クワ・トイネ公国側からロウリア王国へ提示された講和の条件は以下の通り。

 

○ロウリア王国はクワ・トイネ公国侵攻の謝罪を行う。

○クワ・トイネ侵攻の為に編成された軍はその全てを武装解除し、今後10年間国軍の保有はコレを認めない。

ただし魔獣・盗賊対策などの為の自衛手段の保有は認める。

○クワ・トイネ-ロウリア間の国境線から西側20kmを完全非武装地帯とする。

○ロウリア王国はクワ・トイネ公国は対し、賠償として国内の亜人奴隷3万人を引き渡す事。

○捕虜返還に関しては別途個別に交渉を行う。

○10年間の間日本皇国軍の駐留を認める事。

 

他にも細かい要求はあったが、大まかなところはこれくらいであった。

厳しい要求、国家解体までは行かなくとも国王の退位や指揮官の処刑、国土割譲や莫大な賠償金の支払いを要求されると考えていたロウリア王国にとって、この要求は想像もつかない程に軽い物であった。

無論クワ・トイネの政治部会で要求内容の話し合いが行われた際、ロウリアが予測していた様な厳しい要求も候補として上がっていて、賛同も多かった。

では何故そうならなかったのかと言えば、そもそも被害らしい被害を殆ど受けていない事に加え、今までまともな対外戦争を行った事の無かったクワ・トイネ公国が、参考人として招致した日本皇国の駐在大使田中が伝えた、さるお方の言葉が理由であった。

 

曰く、「クワ・トイネの友人達が理性的である事を望む」と。

 

更に仮にロウリア王国を解体したとして、その後の統治をどうするのかと言う問題

(ロウリア王国と言う国家を解体したところで、そこに住むロウリア人が居なくなる訳では無く、クワ・トイネ公国の人口よりも圧倒的に多いロウリア人、しかも恐らく過半数以上が非協力的な人々を統治するのは骨が折れる上、そもそもロウリアに特筆して欲しい資源がある訳でもなく、唯一人の数は労働資源と言えるがそれは先に述べた様に、協力的であるとは言えないであろう)

もあり、結果的に国家解体や国土割譲を要求しない事となった。

 

最終的に纏まった要求内容は上記の通りで、謝罪は当然の事として、武装解除や10年間の国軍保有を禁止したのは、容易に再びクワ・トイネへと侵攻出来なくする為であり、国境線から西側20kmの非武装地帯化は非武装地帯とされるのはロウリア側だけであり、クワ・トイネ側は国境線に戦力を配置出来、仮にロウリアが非武装地帯の外側に軍を集結させたとしても、砲兵隊の射程に捉えている為、即座に攻撃可能とする為である。

亜人奴隷の引き渡しは賠償金の代わりとして提示されたもので、日本皇国との交流により急速に発展する国内での人手不足を補う為と、一応同胞たる亜人の解放と言う名目もあり、引き取った後は一クワ・トイネ公国人として扱う予定である。

とは言え、現在ロウリア国内にいる亜人奴隷は相当数に上ると予想(ロウリアも総数を把握しているとは思えない)される事に加え、奴隷全てとなると逆にクワ・トイネ側のキャパティが足りない事と、確かに彼等は亜人であり同胞と言えるが、元々はロウリアに併合されたロデニウス西部諸国の国民やその子孫であり、クワ・トイネ公国が態々助け出す義務は無いと言う政治的判断からだった。

 

捕虜返還は実際にクワ・トイネへ侵攻した部隊の指揮官であったパンドールの返還は論外であるが、その他の捕虜はそのまま保有している理由など無いので、こちらの返還交渉において金銭の入手を行うつもりである。

 

日本皇国軍の駐留は監視と威圧の為で、最初こそ日本皇国軍だけの駐留だが徐々にクワ・トイネ公国軍部隊の駐留を行い、最終的には完全に入れ替える予定である。

 

 

クワ・トイネ公国の要求に対し、ロウリア王国は3時間の会議の後返答した。

 

○謝罪要求に対しては全面的に非を認め謝罪を行う。

具体的な謝罪方法に関しては要相談を行いたい。

○武装解除は全面的に受け入れるが、今回直接戦争に関わらなかった西南部の諸侯などの反乱が無いとは限らない為、それの対策の為の戦力保有は認めてもらいたい。

○国軍の保有に関しても、反乱対策の為の戦力保有を認めてもらいたい。

○国境線から西側20kmの非武装地帯化はそのまま受け入れる。

○亜人奴隷は健康状態の良いモノの選定を行い早急に引き渡す用意を行う。

○捕虜返還は平民兵に関してはロウリア王国が一括にて交渉を行い、貴族や元々貴族の領軍であった兵に関しては、それぞれの貴族家が交渉を行う。

○日本皇国軍の駐留は基地建設などに、ロウリア王国人の雇用を行なってくれるのであれば、全面的に認める。

 

以上の反対提案を踏まえ、両国間での会議が行われた結果、講和条約は以下の通りに纏まった。

 

○ロウリア王国は現王ハーク・ロウリア34世の退位と、公式の謝罪文書を持ってクワ・トイネ皇国への謝罪とする。

○武装解除及び国軍の保有に関しては反乱等への対策の為、国が軍を有していると主張できる程度の、防衛のための最小限の戦力「国防軍」保有を認め、その指揮権は駐留軍の司令部が有し出動に関してはロウリア王国政府からの要請を受け審議の後行われる。

○クワ・トイネ-ロウリア間の国境線西側20kmを完全非武装地帯とし、この地域では狩猟等の生活に必要な武器保有以外の一切を認めない。

また、魔獣・盗賊対策は駐留軍指導の下国防軍によって行われる。

○引き渡される亜人奴隷の輸送や王国政府が一括交渉を行う分の捕虜輸送は、クワ・トイネが引き受ける。

貴族や領軍兵の返還交渉は駐留軍基地内に開く窓口にて行う。

○基地建設は基本的に日本皇国から受注したクワ・トイネ公国が行うが、肉体労働を始めとした雑用業務においてロウリア人を一定数雇用する。

 

 

中央暦1639年6月1日

「ハーク講和条約」にクワ・トイネ公国及びロウリア王国が署名

ここにロウリア王国の侵攻に始まった戦争は終結した。




講和会談のとある会話。
「ところで、日本のお方にお尋ねしたいのですが」
「何でしょう?」
「あなた方は古の魔法帝国かそれに関係する方々とお見受けしますが、何故亜人の多いクワ・トイネにご助力なされたのでしょうか?」
「はい?古の魔法帝国ですか?」
「遥か昔神話の時代に繁栄した大帝国ですよ、ご存知でしょう?彼の国は我が国と同じ様に亜人を奴隷としていたと言います」
「いいえ、我が国はその様に呼ばれる国家ではありません。そもそも我が国が魔法技術を手に入れたのはここ100年の事ですから」
「ヒャッ100年ですと!?まさかそんな...ああッ100年前に魔帝の遺跡を掘り当てたと言う事ですか?」
「いえ、我が国の魔法技術は殆ど我が国が開発したものです。中には他国が開発したものを輸入したものもありますが」
「なっそんな事が......」
「それに亜人と呼ばれる存在は我が国にも居ますし、彼等は奴隷などでは無くちゃんとした国民です。かくいう私も片親は亜人でしてね、あまり目立たないのですが、我が国の亜人の象徴である角も有りますよ」
「本当に、古の魔法帝国とは何の、何の関係も無い、と?」
「ええ有りません。ところで、出来ればその古の魔法帝国なる存在について、詳しくお聞かせ願えませんか?」
「我々の知る事で宜しければ」


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戦後

ロウリア王国クワ・トイネ公国に敗れる。

この情報は瞬く間に世界中に広まっていった、なんて事は無かった。

はっきり言って文明圏外の辺境の地での出来事だ、大半の国家特に文明国や列強国の大半からしてみれば、関係は全く無いと言って良い。

だが、ロウリア王国やクワ・トイネ公国と関わりのあったロデニウス大陸周辺の文明圏外国には、驚きと共に広がっていった。

周辺国家にとって、ロウリア王国は頭一つ抜き出た大国であったし、クワ・トイネ公国が軍事的に強いと言う話を聞いたことも無かった。

だと言うのに今回の戦勝、しかもクワ・トイネ側に被害は殆ど無く、圧勝であったと言う。

 

信じ難い話であり誤報か何かか、局地的に勝利したクワ・トイネが国民を鼓舞する為に話を盛ったのが流れてきたと考える国も多かった。しかし、いつまで経ってもクワ・トイネ公国が滅びたと言う話は聞こえて来ないし、クワ・トイネ公国やクイラ王国との貿易は続いているが、ロウリア王国との貿易が減少していっている事から、漸く「事実であるかもしれない」と認識される様になって来た。

 

そしてそれは噂から確信へと変わっていき、周辺国家に衝撃を与える事となる。

 

「何故クワ・トイネ公国はロウリア王国に完勝できたのか」

 

と。

そこにはある国が関わっていると言う、その国の名前は「日本皇国」、彼の国がクワ・トイネ公国に力を与えたと。

各国は半信半疑ながらも、クワ・トイネ公国の勝利と言う事実に、こぞって日本皇国との接触を求める様になる。

 

その中には文明圏外国の雄 アルタラス王国も含まれていた。

 

 

第三文明圏 列強パーパルディア皇国 国家戦略局

 

「ロウリア王国が負けただと?」

 

パーパルディア皇国国家戦略局・文明圏外国担当部南方課課長のイノスは部下である係長パルソの報告に、一瞬何を言っているのか理解が出来なかった。

 

「何を言っている?ああ、油断しきっていて局地戦で負けたか?ふん、数だけはあっても所詮蛮族か」

 

そう思ってしまうのも仕方が無いだろう、ロウリアの力はパーパルディアからしてみれば取るに足らないが、あの大陸では頭一つ抜き出ている。

まずその人口からしてクワ・トイネ公国とクイラ王国を圧倒しているし、対外戦争の経験が無い両国と違いロウリアは大陸西部の統一において戦争を繰り返して来た分、経験値や戦略面において優っている。

それに加えて、今回はパーパルディア皇国がロウリア王国からすれば莫大な、パーパルディアからしてみても相当な支援、国家予算の1%のに始まり陸軍数万に数百のワイバーンの派遣、魔導砲すら載せていない様な旧式ではあるものの船の建造支援等を行った。

そうやって6年かけて準備されたロウリア王国による大陸統一戦争が、ロウリア王国の敗北によって集結した等、どうして信じられようか。

 

「いえ、ロウリア王国より通達のあった事実です。去る中央歴1639年6月1日、ロウリア王国王都ジン・ハークはハーク城にて講和文章にロウリア王国国王及びクワ・トイネ公国外務卿両名の署名がなされ、『ハーク講和条約』が結ばれ両国は完全に終戦状態となりました。また、講和とはなっていますが全体的にクワ・トイネ公国側が有利な条件で、実質ロウリア王国の降伏であったと派遣している局員から報告が上がっています」

「馬鹿な!?あり得んだろうがッ!!ロウリアが事実上の降伏?一体何がどうなったらそうなる!?」

 

思わず声を荒げるイノスにパルソは首を振る。

 

「目下調査中です。ただ、局員は講和会談の場には立ち入れなかったのですが奇妙な報告をしてきています」

「奇妙な報告だと?」

「はい、なんでも王都上空に巨大な飛空船らしきものが9隻現れ、講和会談中ずっと王城を取り巻く様に静止していたと。また、それらは木造では無い様に見え帆が見当たらない代わりに、甲板上に魔導砲の様なモノが見えたと」

「百歩譲って飛空船は構わん、我が国の属国であるパンドーラ大魔法公国等の魔法文明国の一部は保有している。だが木造で無ければ帆も無い、更には空中で静止した上に魔導砲を載せていただと?一体何の冗談だ?」

 

飛空船とは読んで字のごとく空を飛ぶ船だ。

パンドーラ大魔法公国の様な魔法文明国によって、軍事利用を目的に開発が行われていたもので、現在では少数が高速の輸送船として使用されている。

その形状は普通に水に浮かんでいる帆船と変わらない姿をしており、空を飛ぶ事は出来るもののあくまでも「飛べる」だけであって、停泊などは水の上で行うしかなく、離着水にある程度の距離を取る必要があり、当初期待された「敵陣の後ろに軍を降ろす」といった運用は難しいと判断された。

また、魔導砲を載せることも検討されたが、頭上から攻撃出来るというアドバンテージはあるものの、タダでさえ狙って当てられない魔導砲を上から下に向かって狙いを付けるのは難しく、魔導砲自体を斜めに取り付けるだとか、砲撃の際に船体を斜めに傾けるといった方法が検討されたものの、技術的に難しいと結局採用にはいたらず。

ならいつもの様に数を増やして「砲弾の雨を降らせば」となったのだが、今度は大量の魔導砲とその砲弾の重量によって「飛び上がれない」という結果に終わり、更にパンドーラ大魔法公国で「無理に空を飛ぶ船にこだわらなくとも、その技術を応用して足の速い軍艦を作ればいいのでは?」という意見が出された事により、以降そちらの方に開発がシフトして行き、結果的に飛空船の軍艦は誕生しなかった。

 

それがパーパルディア皇国を始め文明圏国家においての常識であり、今回とそして前回の海戦に関する報告にある様な「空中で停止する」「魔導砲による攻撃を行い、しかもそれが百発百中」などと言った報告は眉唾を通り越してふざけているとしか思えない報告だった。

だからこそイノスは「訳のわからない報告」よりも、目下問題となり得る事項の確認を優先させた。

 

「そんな事よりも、派遣した陸軍3万と竜騎士隊200騎はどうなった?まさかとは思うがやられてはいないだろうな?」

「それが......竜騎士隊のワイバーンは全て撃墜されたとの事です」

「ばか、な......全て?全てだとッ!?1騎2騎ならばまだしも、辺境の蛮地で蛮族のワイバーンに我が皇国のワイバーン200騎が全て墜とされただとッ!?冗談もほどほどにしろッ!!」

 

イノスの怒鳴り声にパルソは身を竦める、とは言え報告している彼としてもイノスの言いたい事は分かる。

今回の竜騎士隊のロウリア王国への派遣は「蛮族の国に行く」という事もあって、素行の余り宜しくない竜騎士達への懲罰を含めたものであり、その練度は皇国竜騎士隊全体からみれば高いとは言えないものであったし、配備しているのも通常種のワイバーンであったが、それでもパーパルディア皇国基準での話だ。

竜騎士もワイバーンも文明圏外のそれよりも、練度性能共に上位である。

確かに1騎2騎ならば蛮族のワイバーンが、死に物狂いで群がって攻撃すれば墜とされる事もあるだろうが、派遣した200騎全てが墜とされるなどあり得ないし、有ってはならない事だ。

 

「現地の局員は竜騎士隊の地上指揮官への聞き取りで、派遣部隊200騎全ての撃墜は間違い無いと確認したとの事です。また、ロウリア王国の竜騎兵隊指揮官への聞き取りでも、ロウリア王国に展開していたワイバーン全てが撃墜された事は確実であると」

「馬鹿な、そんな馬鹿な事があるか...文明圏外の蛮族に、我が皇国の竜騎士が1騎残らず?」

 

余程ショックが大きかったのだろうか、うわ言のようにブツブツと呟くイノスにパルソは報告を続ける。

 

「ロウリア王国はハーク講和条約への署名を持って、遠征軍の大多数の武装解除を始めています。また、ロウリア王国は今回の我が国の“投資”に対する返済の一部を国内の亜人奴隷ほぼ全てで行いたいとの事で、派遣軍の撤退に合わせて亜人奴隷の輸送を行う為の輸送船の派遣を要請しています」

「返済を亜人奴隷でか、まぁある程度の額にはなるか......ん?いや待て、クワ・トイネは亜人の多い国では無かったか?それをクワ・トイネが許すのか?」

 

パルソの報告に取り敢えず持ち直したイノスは頷きかけるが、クワ・トイネがロウリアが亜人を切り売りする事を許すのかと首を傾げる。

 

「は、それがどうも同じ亜人ではあっても元々は他国の者であったと、賠償金代わりの一部奴隷の引き渡し以上には亜人奴隷に関しては何も言って来なかったとの事です。ただ、クワ・トイネの後ろにいる日本皇国が“奴隷”という存在に難色を示したようで、日本の不興を買いたくないと、国内の奴隷総数をある程度でも把握される前に、我が国へ支払う事によって()()()()()にしたい様です」

「ふん、群れの者以外はどうでも良いか、所詮は獣だな。それにしても日本皇国......文明国クラスの国ではあると思うが、ロデニウス大陸への進出は奴隷を求めてのものではなかったのか?」

 

イノスは日本皇国は最近魔導砲を製造できるようになった、新興の文明国で国力の増大の為ロデニウス大陸へと進出したものと考えていた。それがロウリア王国の奴隷の存在に難色を示すというのはどう言う事であろうか?普通喜び勇んで奴隷を接収するなり、戦争で負けたロウリア人を奴隷にするなりする筈である。

 

「訳がわからんな。兎も角竜騎士隊に関する情報を最優先で集めさせろ。ロウリアの提案はそのまま進めて➖バタン!!➖

 

情報が少な過ぎて日本皇国の考えなど読めない為、取り敢えず今必要な指示を出そうとしたところに、慌てた様子の局員が飛び込んできた。

 

「何事だ!」

「ロウリア王国派遣チームからの、きっ緊急連絡です!!陸軍の派遣部隊が、ロウリア王国遠征軍の一部と共に戦争継続を訴え王国東部の城塞へと立て籠もりましたっ!!」

「「なんだトォッ!!?」」

 

 

 

ロウリア王国三大将軍の1人スマークは困り果てていた。

その原因は彼の視線の先にある城塞に立て籠もる一団にあった。

 

自身が率いる遠征軍の頭上を例の巨大な空飛ぶ船が、悠々と通り過ぎて行った翌日、総司令官パタジンからの直接の魔信により祖国がクワ・トイネ公国と講和した事を知った、それが殆ど降伏同然である事も、合わせて講和の条件として軍の武装解除を行う事も。

武装解除命令に基づき各部隊の指揮官を集めると、当然と言うべきか反発の声が上がった。

ただ意外な事にその声は然程大きいものでは無かった。

いや、意外では無いのかも知れない、何せ遠征軍本隊に居た人間は指揮官から雑兵に至るまで、全員があの空飛ぶ船を直接見ている。

そして、僅かに残っていたワイバーンが呆気なく墜とされる様も。

 

あの力が自分達に降りかかってくるかも知れない

 

そう考えるだけで恐ろしかった。

ワイバーンをあれほど簡単に撃墜する力が地上に向けられれば......想像するだけでもゾッとする。

だからこそ、スマーク自身としては降伏と武装解除に反発の声が僅かとはいえ上がる事に驚いた。

確かに自分達は未だに一戦もしておらず、敵の力を直接向けられ被害を被った訳では無い。

しかし、海軍の要請で飛び立った竜騎兵隊は結局1騎も帰って来なかったし、同じ三大将軍の1人パンドールが率いていた先遣隊は音信不通となっており、恐らく全滅したか或いは降伏したものと考えられる。

極め付けはあの空飛ぶ船に、国境線のクワ・トイネ側に展開した巨大な鉄の騎兵に見たことも無い兵器の数々。

さらに言えば講和文章に署名したのは国王陛下ご自身だ、ここまでの条件が揃ってなお継戦を訴えるのは相手の印象を悪くするどころか、国王陛下への反逆とも取られかねない。

そんな状態で何故継戦を主張するのかと疑問に思い確認してみれば、何の事は無い継戦を訴えていたのはロウリア王国の部隊では無く、パーパルディア皇国から派遣されている部隊だった。

 

「辺境の蛮地に派遣されたのを略奪や陵辱を楽しみに我慢していたのに、ロウリアが勝手に負けて武装解除して帰れと言うのは認められるか」

と言うのが彼らの主張だった。

何の役にも立たなかったくせにいい迷惑である。

「国境のクワ・トイネ軍など所詮虚仮威しの案山子で、実際に戦えば鎧袖一触だ」とも豪語しているが、「なら勝手に突撃でも何でもしてくれ、何で籠城してるんだよ」と言うのがスマークの本音だった。

まぁ実際に突撃をした場合、彼等がパーパルディア軍の旗を持たない以上ロウリア軍が行った事になり、クワ・トイネ軍に犠牲者がでようものなら、自分の極刑は免れないであろうから、馬鹿正直に突撃しなかった事に感謝もしているが。

最も城塞を占拠された事や、自軍からも少数とは言え離反者出してしまった事の責任を問われる事は間違い無いであろうが。

 

「スマーク様、パタジン総司令よりの通達です。『城塞の包囲は王国軍3万で継続、その他の各諸侯軍は直ちに武装を解除した後帰還させよ』との事です」

「包囲部隊が大幅に減る事になるがそれは?」

「武装解除の監督の為越境するクワ・トイネ公国軍及び日本皇国軍が包囲に加わるとの事です」

「我が国の恥、とは言いたく無いが国内で起こっている事を他国に任せる事になってしまうとは......これが敗戦か」

 

戦力的には自分達でも十分対処可能であるのに、武装解除が優先され他国の軍にその役割を奪われる、これ以上無い屈辱だった。

祖国が初めて経験する「敗戦」に、この先国民は耐えられるのか不安になりつつ、スマークはパタジンの命令を伝える為指示を出すのであった。



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接触

「コレで一先ずの戦後処理は終わりか」

 

ロウリア王国より引き渡された亜人奴隷の解放証へのサインを終えたカナタはほっと一息ついた。

籠城を続けるパーパルディア皇国軍3万という決して小さく無い問題が残っているものの、アレはどちらかと言うとロウリア王国の問題であって、講和条約で設定された非武装地帯よりも西側である以上、クワ・トイネ公国が直接関わる必要がある問題では無い。

 

日本皇国から聞いた話ではロウリアが戦争の為にパーパルディアから受けた援助への返済に関する協議の中で、彼らに関する話もしようとしているのだが、どうにも反応が良くないらしい。

ロウリア側は自分から言い出す事は無いが、返済の一つの手段として「領地の一部割譲を行い彼らをそこへ移す」という事も覚悟していたのだが、どうにもパーパルディア側が彼らを既に居ない者として扱おうとしている節があると言う話だ。

そうなるとロウリア側からはどうしようも無くなってしまう、パーパルディアが彼等を居ない者として扱うからと言って、「君達は祖国から見捨てられた」と教えて取り込もうにも、プライドだけは高いパーパルディアの兵士がそれに応じるとは思えないし、そもそもそこまでして人口を増やす必要もない。

そして、実際に彼等を殲滅すると言う訳にもいかないだろう。

遠征軍のほぼ全てが武装解除された現在、僅かに残った国防軍には籠城する3万の敵を撃破する力など存在しない。

日本皇国軍に依頼すればそれこそ一瞬で片がつくだろうが、虐殺に等しい行為を行ってくれるとは思えない。

現状ですら日本からの指示でロウリア国内の継戦派に見せかけて、食糧の提供などを行なっているのだ。

その為の食料をクワ・トイネから買い上げてくれているので、臨時収入があって有り難いのだが、少し甘いのでは無いかとも思う。

まぁ外交の手札として使うつもりであろうし、列強パーパルディアの戦力が大陸内へ拡散してしまう事よりは1箇所に固まっており、最悪の場合日本皇国軍の攻撃で容易に殲滅可能である現状は悪くは無いのだが。

 

それに近々日本が根本的解決に動くらしい。

 

 

 

 

フィルアデス大陸南東沖 上空1,000ft

 

朝日を受け鈍く輝く黒塗りの巨船が7隻、光の翼を広げながら優雅に空を泳いでいた。

 

太陽の旗をはためかせながら航行するその船団は日本皇国の派遣した特別艦隊で、目的地は第三文明圏の列強パーパルディア皇国。

 

中央に平べったい艦形をもつ戦闘艇母艦を据え4隻が周囲を取り囲み、2隻が戦母の下方を航行する所謂「立体輪形陣」や「独楽型陣」と呼ばれる陣形だ。

ただしこの陣形を組む際、基本的な機動艦隊は下方の艦艇は1隻のみであり2隻が付く事は無い。

では何故この艦隊は下方に2隻を配置しているのか、その理由は先頭を航行する艦艇にあった。

 

日本皇国海軍近衛艦隊【戦艦秋津洲】

 

それが彼女の名前だ。

 

 

ーー【戦艦秋津洲】 彼女は大日本帝国海軍の時代に、航空艦技術獲得以降唯一建造された「戦艦」だ。

 

建造当時、航空艦の開発によって高度差によるアドバンテージを得た事と、剣砲クサナギの完成により巨大で金食い虫な戦艦を建造する必要が殆ど無くなった大日本帝国であったが、初期の[アメノトリフネ]では現在程の高度を航行する事が出来なかった。

また、日本からの[アメノトリフネ]の提供を受けて航空艦を建造していたイギリスを除き、列強の多くでは航空艦の登場により航空機に力を入れ出したとはいえ、艦艇としては大艦巨砲主義が主流であり、大型戦艦の建造競争が行われていた。

それらの事情や、戦艦はその時点で保有している建艦能力の粋を集めたものでもある事や、軍事知識に疎い一般人にも巨大な船体にデカイ大砲を乗せた戦艦は分かりやすく強い船であった事などから、一隻のみではあるものの建造が認められる事となった。

 

そうして建造されたのが【秋津洲】であった。建造当時大日本帝国が持ち得たあらゆる最新技術が惜しげも無く使用され、就役当初こそ[アメノトリフネ]の出力不足が原因で、水上航行しか出来なかったが、武装面では主砲として採用された試製魔力砲や、副砲として配置された剣砲クサナギ、防御面においては出来たばかりであった魔法障壁[ヤタノカガミ]を採用した事も有り、就役時点で間違い無く単艦戦闘能力に於いて最強の戦艦であった。

現在【秋津洲】は唯一の海軍近衛艦隊艦艇として海軍に在籍している。

 

また、友好国での観艦式や王族に関する式典等に招待された時には【秋津洲】を旗艦としその時の最新鋭艦で編成された臨時編成艦隊、通称「祭祀艦隊」が編成され派遣される事になっているーー

 

 

今回艦隊が派遣されるに至った理由は早い話が「砲艦外交」だ。

 

「砲艦外交」とは外交を行うに当たって、軍艦を始めとした軍事力を用いて間接的な威嚇を相手国に与える事により心理的圧力を掛けつつ、国家意思を示し外交交渉を有利に進める為の外交手段である。

この世界でも列強国は勿論、文明国や文明圏外国であっても普通に行われている行為であり、日本皇国も地球において砲艦外交はされる側もする側も経験していた。

 

最も今回は相手を威圧するという目的よりも、相手に舐められない為という目的の方が大きい。

と言うのも、クワ・トイネ公国とロウリア王国がパーパルディア皇国が「列強」であると言う事を殊更主張しており、ただ外交官を派遣しただけではろくな対応をされない可能性があると考えられる為だ。

通常の艦隊だけでなく【秋津洲】が組み込まれ祭祀艦隊編成での派遣となったのもその一環である。

木造の戦列艦が主力だと言うパーパルディアにとって、戦艦はサイズだけでも相当脅威に見える筈だし、魔導砲なる火砲を有しているならばその主砲を見れば、ある程度の力は想像が出来るであろう。

更にはロウリア王国が最初日本皇国を侮った(言い方による行き違いがあったとは言え)理由であるこの世界においての軍事的ステータスのワイバーン、コレに相当する兵器である機竜と戦闘艇を普段はまずしない戦母の上部甲板へ駐機する事によって、外から見える様にしている。

 

これでこちらの事を侮るのであればパーパルディア皇国は情報には無い、「これ以上の戦力を保有している」もしくは「戦力分析もろくに出来ない」かのどちらかだ。

 

スワロウ1(CAP機)よりオールドレディコントロール(秋津洲FIC)、パーパルディア皇国軍と思わしきワイバーンと接触した》

 

 

 

 

 

パーパルディア皇国 皇都エストシラント

軍港に隣接する海軍総司令部は今蜂の巣を突いた様な騒ぎになっていた。

始まりは第1艦隊の竜母所属の竜騎士からの通報だった。

 

曰く、「ムーの飛行機械と思わしき飛行体を発見した」

 

通報を受けた第1艦隊は当初その事を然程問題視していなかった。

と言うのも、パーパルディア皇国とムー国は国交を結んでおり、パーパルディアの国内にもムーの飛行機械が使用する為の空港なるものが存在する。

その為、ムー国人の移動などの為飛行機械が飛来するのはそう珍しい事でも無かった。

だからこそ「何時もの事だ」と誰も対して気にもしなかった。

ただ1人ふと気になってムーの飛行機械の飛行予定を確認した航空司令が、「今日ムーの飛行機械が来る予定なんて無い」事に気付くまでは。

この世界は古くからワイバーンや火喰い鳥の存在もあって「制空権」や「領空」という概念が存在した。

故に、例えそこそこ良好な関係を築いているとは言え、相手国の許可無しに領空へワイバーンなどを侵入させるのは問題行為である。

まともな通信魔法具を持たない文明圏外国であればいざ知らず、パーパルディア皇国とムー国は列強国だ、両国間を直接繋げられる通報魔法具を有している。

だからこそ例え元々の予定に無かった飛行であっても、事前に通知する事は出来る筈である。

そして、改めて考えてみれば通報してきた竜母は大陸南西部では無く、()()()()()を航行中の竜母であった。そんな方向からムーの飛行機械がやって来る筈がない。

 

さらにそこに新たな情報が入る、

「発見した飛行体はムーの飛行機械と違って高速回転しているプロペラが無く、後ろから二条の光を出しながらワイバーンロードよりも速く飛んでいる」

 

速度に関しては如何にワイバーン通常種よりも高速を出せるロード種と言えど、ムーの飛行機械よりは残念ながら遅いので驚く事では無いが、問題はその後であった。

「光を出しながら飛んでいる」飛行体......艦隊司令はそんな特徴を持つ飛行体を一つしか知らなかった。

即ち、列強第1位神聖ミリシアル帝国の天の浮舟だ。

ミリシアルの天の浮舟に関しても、外交関係でムーの空港を利用して飛来する事はあるのだが、そこでも通報が南東にいる竜母から行われていると言うのが問題になる。

何故ならムーもミリシアルもパーパルディアから見て西に存在する国家だ、東からやって来るなんて事がある筈が無い。

 

そこに、混乱する艦隊司令部にとどめを刺す様な情報が入った。

 

「巨大な飛行船が7隻、東の方角からやって来た。その船団は日本皇国と名乗り、パーパルディア皇国との国交樹立を求めている」

 

との事であった。

そんな報告があったのが1時間前、唖然とする第1艦隊の頭上を悠々と通り過ぎエストシラント沖にその7隻が着水し、エストシラントの街全体が見たことも無い飛空船に大騒ぎになる中、海軍総司令部にとんでもない知らせが飛び込んだ。

 

「完全武装の神聖ミリシアル帝国艦隊が現れた」

 

最早意味不明な状況である。

東から現れた巨大な鉄製と思わしき飛空船をもつ未知の勢力「日本皇国」だけでも面倒ごとだと言うのに、よりにもよって世界最強の海軍の来訪である。

しかもこれ又事前の告知も無く、さらには稀に寄港する事もある地方艦隊などでは無く、れっきとした主力艦隊であると言う。

海軍司令バルスは頭痛を覚えた頭を抱えずにはいられなかった。

 

 

 

パーパルディア皇国外務局監査室に所属し、現在第1外務局へ出向している皇族女性レミールは、ハッキリ言って今の状況を面白く思っていない。

無論勤めて顔には出さないが、隣に座った第1外務局長のエルトはそんなレミールの気配を感じ取ったのか、チラチラと顔色を伺ってくる。

彼女が不機嫌な理由は今彼女の眼前に広がる光景に有った。

 

列強国第1位の神聖ミリシアル帝国()()()()と、文明圏外からやって来たと言う日本皇国の大使との会談が今、彼女の前で行われていた。

 

“最強”たるミリシアルの外務大臣が態々他国まで出向いて、文明圏外国の大使と会談していると言う事には驚きと混乱があったが、会談そのものは別にレミールの機嫌を悪くする要因では無かった。

では何故彼女が不機嫌になっているのかと言うと、会談が行われているこの場所にあった。

 

パーパルディア皇国第1外務局大会議室

 

そこが会談の行われている場所であった。

つまり、この場所の主はレミール達パーパルディア皇国である。

いくらミリシアル帝国であろうと、他国の施設を勝手に使う事など出来る筈も無く、この会議室が使用できているのもミリシアルの強い要請に、パーパルディア側が折れた結果だ。

また、エルト以下第1外務局の人員が臨席しているのも、ミリシアルからの要望があったからだ。

 

ーだと言うのに、これはどう言う事だ!

 

いざ会談が始まればミリシアルがパーパルディアへ話を振る事は一切無く、日本皇国も元々パーパルディアとの国交を求めてやって来たと言うのに、ミリシアルとの会話に夢中になっている。

まるでこの場にパーパルディアの人間などいないかの様な扱いだ。

 

ー何故皇国がこの様な仕打ちを受けなければならない!!

 

その怒りのせいか、レミールの耳には両者の会話内容は全く入って来ず、ミリシアル帝国の外務大臣が態々出向いて来た理由を知る事無く、彼女は神聖ミリシアル帝国と日本皇国への怒りを募らせて行く。

 

 



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会談

この世界にあって“最強”と言える国家はどの国か?

そう問われた時、大人も子供もこぞってこう答えるだろう、

「神聖ミリシアル帝国」と。

ミリシアル帝国は国の発展具合において、経済力も軍事力も他の追随を許さない。

だからこそ、帝国は外交の場面でも余裕を崩さない、

 

()()()()()()

 

 

 

神聖ミリシアル帝国の外務大臣-ペクラス、彼は無理を言って借り入れたパーパルディア皇国第1外務局の会議室で酷く緊張していた。

 

何せこの会談で世界の行く末が変わってしまうかも知れない。

 

始まりは酒場での商人達の噂であった。

第三文明圏の外、ロデニウス大陸であった戦争での噂話だ。

 

曰く、「クワ・トイネ公国とその同盟国である日本皇国は4,400隻ものロウリア王国艦隊をたったの8隻で壊滅せしめた」と言う。

初めは笑い話にもならないと誰も本気になどしていなかった。

それはそうであろう、我が国神聖ミリシアル帝国が誇る世界最強の海軍であればロウリア王国の魔導砲すら持たない通常帆船など鎧袖一触、それこそ噂話にあるように8隻で4,400を壊滅させるなど容易い事だ。

しかし、噂に出てくる国-クワ・トイネ公国は高級果実の産地として知られてはいるものの、所詮は「周囲の文明圏外国よりは豊かな生活をしている」程度の文明圏外国だ。

なんの被害もなく一方的に大艦隊を壊滅させられる様な力など持っていよう筈も無い。

もう一つの日本皇国なる国は初めて聞く名前だが、クワ・トイネの同盟国であるならば文明圏外国だろう。

となれば同じ様に強大な海軍など存在しないだろう、噂は所詮噂で広まっていくにつれ尾ひれが付き、数字が大きくなっていったのだろうと誰も本気になどしていなかった。

 

当然政府にそんな噂話が報告される様な事も無く、気が付けばロデニウス大陸での戦争はロウリア王国の実質的降伏によって終結していた。

その事自体はミリシアルが気にする様な事では無い。文明圏外国の、それも東の果ての様な場所で起こった戦争など影響など出ようはずも無いから。

だがその態度は新たに流れてきた二つの噂によって覆される事になる。

 

「飛空船とは比べ物にならない程巨大な空飛ぶ船を見た」

「光の翼を見た」

 

この二つの噂は元々は一つのものだったのだが、伝わる過程で二つに分かれてしまっていた。

当然噂を聞く側でしか無かったミリシアルがそんな事を知る由もなく、偶々仕事終わりに立ち寄った酒場でこの噂を聞いた情報局員は飛び上がりそうになった。

 

一つ目の噂はまだ良い。

いや、事実とすれば軽く流せる様な話では無いのは確かだが。

巨大な飛行艦など現在帝国が実用化しようとしている“アレ”位で、帝国ですら難航しているそれを他の国、例え列強2位のムーであっても早々建造・実用化など出来るとは思えないが、飛空船という前例は有る。

だから何処かの魔法文明国が巨大な飛空船を作り出す可能性は絶対に無いとは言えない。

 

そんな事よりも問題なのは二つ目の噂だ。

「光の翼」ミリシアル帝国にとってその単語で連想する存在など一つしか存在しない。

即ち、古の魔法帝国ことラヴァーナル帝国の光翼人だ。

彼等は非常に傲慢な種族で、自分達以外の種を全て下等種族と見下し人としてすら見てなかった。

高い魔力と知能を持ち高い文明を築いた彼等は驕り高ぶり、やがて神にすら弓引いた。

神々はその様に彼等の文明そのものを滅ぼす為行動を起こしたのだが、それに対し彼等は自分達の大陸に結界を貼り未来へと転移すると言う、まさに魔法技術の極致とも言える大魔法を行使し神罰から逃れたと言う。

『復活の刻来たりし時、世界は再び我らにひれ伏す』と言う不壊の石板を残して。

僅かに残った彼等を吸収/絶滅させて出来たのが神聖ミリシアル帝国だ。

だからこそ、神聖ミリシアル帝国は彼等の復活を誰よりも恐れていると言える。

そして、復活を恐れる光翼人の特徴が、()()()使()()()()()()()()()()()()()()()と言うものである。

 

だからこそ、神聖ミリシアル帝国はこの噂に反応した、それも過剰反応では無いかと言うレベルで。

即ち第三文明圏外国ロデニウス大陸への海軍主力艦隊派遣である。

派遣人員の中に外務大臣であるペクラスがいるのも、外交官では判断出来ない状況となる可能性がある事を考慮した結果である。

実際政府は()()()()()()()()()()()()すら有ると考え、全軍に対し即応待機命令を出しているし、それによってミリシアルは緩やかに準戦時体制へと移行しつつある。

後々思い返せば全くもって無駄な行動だったし、艦隊派遣が逆に刺激してしまう可能性もあった訳だが、「光の翼を見た」と言う複数情報にパニックになっていた政府に当時その事に気付ける人物はいなかった。

冷静に考えれば現地国家であるクワ・トイネ公国と同盟を結んでいたり、ロウリア王国を滅ぼしていなかったり、そもそも国名からして違う等、判断する要素は幾らでもあったのだが。

 

兎にも角にも、慌てて出撃したミリシアル艦隊は補給の為立ち寄ったパーパルディア皇国の首都エストシラントの港に停泊する巨大艦を目撃する。

どう見たって重武装の巡洋艦と駆逐艦、甲板の状態から空母と思わしき艦艇、極め付けは神聖ミリシアル帝国海軍が誇る最新鋭にして世界最大最強の戦艦「ミスリル級戦艦」よりも巨大な戦艦。

一瞬まさかパーパルディアが建造したのかと思ったが、湾内を見れば戦列艦や竜母が停泊しておりそれは無いと判る。

ムーかとも考えたが、マストに飜るのはムーの国旗では無い、「では一体何処の」そこまで考えたペクラスの脳裏に閃くものがあった。

即ち「日本皇国」の艦艇では無いかと。

 

すぐ様パーパルディアに確認を取ると、相手は確かに日本皇国と名乗っているとの事だ。

そのまま会談の仲介と部屋の貸し出しを要請した。

最初は渋っていたパーパルディアであったが、ごり押しした結果折れてミリシアルと日本の会談の場を用意する事を了承した。

 

そして今に至る。

 

パーパルディアの職員に案内され日本皇国の外交官が会議室に入って来た。

ペクラスは向かい側へと着席した人物を失礼にならない程度に観察する。

まず目が行くのはその服装だ、外交官と言うのは他国に赴いたり他国の外交官を出迎えたりする事から、国力を示す為基本的に着飾ったものが多い、質素な服装だと舐められるからだ。

例外はミリシアルとムーで、両国では近年政府関係者や外交官の正装としてスーツと呼ばれる服装が用いられる事が増えていた。

他国の外交官と比べスーツはシンプルなデザインだが、ミリシアルもムーも国力を示すのに服装を使う必要性は低い。

誰だって列強の1位2位の両国の国力が高い事は知っているし、その国の外交官の服装がシンプルだからと馬鹿にした態度は取らない。

なので、着飾るよりは生地や仕立ての技術をさり気無く見せると言う方向へとシフトしているのだ。

 

日本の外交官の服装はスーツだった。

 

それも一目見て上質だと判る生地だ。

外務大臣であるペクラスが身につけているものとそれ程差が無いように見える、それをよくよく見れば対面の男だけでなく、向こう側の人員の全員が同じ服装をしている。

それはつまりそれ程の余裕があると言う事だ、パーパルディア皇国との交渉の為用意したとも考えられるが、だとしても揃えられると言うだけで意味がある。

そして、その事に気付かないものはミリシアル側には居ないし、居合わせるパーパルディアにも日本人の服装が一見質素だからと馬鹿にする者は(若干一名を除いて)居ない。

 

それから顔に目をやる、黒い髪を七三訳にしており眼鏡越しに鋭い目つきが伺える。だがその瞳にこちらを見下す様な色は見受けられず、ただ真剣にこの場に挑んでいると言うのが伝わって来る。

 

「突然の申し出にも関わらず、話を受けて下さった事感謝します。改めて自己紹介させて頂きましょう、私は神聖ミリシアル帝国外務大臣ペクラスと申します」

 

日本側が全員着席した事を確認したペクラスが、この場のホストとして口を開く。

 

「いえ、世界最強と名高い神聖ミリシアル帝国との会談をこうも早期に行える事は我が国にとっても願っても無い事です。私は日本皇国外務省の朝田と申します」

 

朝田と名乗った外交官の声音には矢張りこちらを見下したり、人とすら見ていなかったりと言った色は見当たらない。

というかそもそも彼等が本当に古の魔法帝国だったならばこの会談自体成し得なかった事だろう。

仮に会談を行えたとしても、それは一方的なものになるだろう。

ここまで来ると流石にペクラスも「あの噂話だけで『古の魔法帝国復活では!?』となってしまったのは早計だったか」と思える様になっていた。

そうして考えてみれば「そうでは無い」と判る要素はいくつかあった。

だが、日本皇国が神聖ミリシアル帝国と少なくとも海軍に置いては同等か、下手をすればそれ以上の力を持ち得るのは港に停泊する艦隊を見れば明白だ。

それが建造したものなのか、何処かから手に入れたものなのかは判らないが、それでも保有しているという事実は変わらない。

だからこそ、憶測では無く直接尋ねる。

 

「単刀直入にお伺いしたいのです、貴国は古の魔法帝国と呼ばれる存在と何か繋がりがあるのでしょうか?」

 

 

 

パーパルディア皇国第1外務局長エルトはこちらの存在を半端無視する形で話を始めたミリシアル帝国外務大臣に、どうにも機嫌が悪くなっている様子のレミールを気にしながらも、眼前の会話に集中していた。

ペクラスが質問した「古の魔法帝国」、その存在はエルトとて知っている。御伽噺の様な話だが太古の時代に間違い無く実在した存在で、その事は彼等の技術を利用していると言うミリシアルの存在が証明している。

「東の文明圏の外からやって来た連中が、古の魔法帝国と関係する筈が無いだろう」と普通なら言いたくなる所だが、彼等が乗って来た船を見ていたエルトとしては頭から否定は出来ない。

何せ彼等は飛空船とは違う、ミリシアル帝国の軍艦と変わらないものに乗って空からやって来たのだから。

 

エルトは朝田の顔色が変わったのに気付いた。

一瞬聞かれると都合の悪い質問であったのかと思ったが、どうにも違う様だ。

彼の顔は何というか「またその話か」とでも言いたげに見える。

 

「古の魔法帝国、ですか。以前ロウリア王国の方に話を伺いました。何でも遥か昔に存在した超大国で、優れた魔法文明を有していたとか。そして、我が国の魔法技術の幾つが非常に似通って見えると」

 

そこで一旦言葉を切りペクラスの目をまっすぐ見て続ける

 

「結論から申しましょう。我が日本皇国は古の魔法帝国なる国家とは何の関係もありません。我が国は異世界からの転移国家です」

「「異世界からの......転移国家」」

 

ペクラスとエルトは思わず声に出してしまう。

朝田はチラリとこちらを見たが、エルトの様子に口を挟むつもりでは無かったのかと、直ぐペクラスの方へと視線を戻した。

その仕草に隣のレミールがまた憤っている、気にしている様子は無いが隣に座るエルトだけで無く、ペクラスと朝田も気付いているだろう。「今すぐに叩き出してしまいたい」と思うが相手は皇族だ、行動に移す訳にはいかない。

ミリシアルと日本に外交の場に「未熟者を臨席させる国家」と取られるかも知れないと思うと頭が痛くなるエルトであった。

 

そんな彼女の苦労を他所にペクラスと朝田の会話は続く。

 

 

異世界からの転移国家。

俄かには信じ難い話だがそもそもの話、古の魔法帝国は未来へと転移したと言うし、列強2位にしてこの世界で普遍的に広まっている魔法技術とは別系統の技術、即ち「科学」を扱うムー国の存在する大陸ムー大陸は遥か昔に異世界からやって来た大陸だと言う。

 

「では貴国の技術は古の魔法帝国とは何の関係も無いと、そうおっしゃるのですか?不確かな情報で申し訳無いが、光の翼を見たと言う証言もあるのです」

 

少なくとも頭ごなしに否定できるものでも無い、そう判断したペクラスは次の質問を行う。

日本皇国の技術、即ち巨大な飛空船とパーパルディアへ着くまでに新たに入った情報である、巨大な鉄の騎馬。

特に後者に関しては「ゴーレム」と呼称されていたとの未確認情報もある。

今掴んでいる情報は日本が古の魔法帝国の技術をミリシアルと同じ様に再現しているか、或いはそれ以上に扱いこなしている事を示している。

そして光の翼。

 

「ええ、我が国の【魔法技術】はその誕生から100年程しか経っておりません。現在使用されている【魔法】に関してもこの100年で開発されたものです」

「100年?たったの100年ですと?」

 

信じ難い数字だ。

ミリシアルですら長い時間をかけて漸く古の魔法帝国の技術をモノにしたと言うのに、僅か100年であれ程の技術を手に入れるなど。

 

「我々の世界は元々【魔力】発見以前は科学が発展途上にある世界でしたが、今から100年前の【魔力】発見以降我が国や同盟国では【魔法】が開発され、以降進化発展を続けながら今に至ります」

「・・・・・・」

 

ペクラスの沈黙を他所に朝田は続ける。

 

「我が国の【魔法】は我が国の『神話の再現』を目指して開発が行われました」

「神話の再現ですか?」

「ええ、正確には神話に登場する神々の『権能』や『逸話』、神話に記述のある『出来事』などの模倣を行ったのが我が国の魔法です」

「神々の、権能を......」

 

神々の力の再現などペクラスは疎か、この世界の人間には想像もつかない事だ。

古の魔法帝国の技術を再現しているミリシアルは似た様な所が有ると言えるが、あくまでもそれは実際に存在した技術だ。

超常の存在である神の力の再現/模倣など......

 

「結果として、我が国は前世界において魔法文明国家の中でも突出した魔法技術を得る事ができ、現在では民間軍事問わずありとあらゆる場面で魔法が使用されています。光の翼はソレが貴方方にとってどう言う意味を持つのかは存じ上げませんが、我が国関係で光の翼と言うと、恐らく航空艦の航空術式[アメノトリフネ]の副次効果で発生する光の翼の事でしょう」

「.........それは、なんとも」

 

漸くそれだけを絞り出した。

突拍子も無い話、そう神々の権能の模倣など想像もしないしまして挑戦しようとも普通は思わないだろう。

それがあろうことか日本皇国はそれに挑み、そして成功していると言う。

そして光の翼に関しても種族的特徴では無く、航空艦の術式の特徴であると言う。

朝田の様子には嘘を言っていたり、此方を騙す様な様子は見られない。その眼差しは何処までも真剣で「事実しか語っていない」とありありと伝えてくる。

 

「ですが、実のところ本当にこの世界で古の魔法帝国と呼ばれる国家と完全に関係が無いとは言い切れないかもしれません」

「それは一体どう言う事でしょう?」

 

どう言う事だ?今しがた自分で否定したばかりだろうに。

 

「ロウリア王国からの情報では古の魔法帝国は神罰を逃れる為転移を行ったと有ります」

「ええその通りです、彼らは巨大な儀式魔法を行使して未来へと転移したと言います」

「“未来への転移”と言う情報がある以上、可能性としては低いですが古の魔法帝国が()()()()()()()()()()()()()()()も存在するのです」

 

古の魔法帝国が異世界から来たと言う日本皇国の神話と関係するかもしれない?いかん混乱しそうになってくる。

 

「我が国の魔法開発の噂話と言いますか、都市伝説じみた話なのですが。『神話とはかつて実際にあった出来事であり、そこに登場する神々こそ太古の昔【魔法】を操った我等の祖先である』そう言った話があるのです」



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魔法

日本皇国における【魔法】の開発は日本の神話、そこに登場する神の権能やエピソードを模倣し再現する事によって行われた。

 

何故魔法の開発において神話の模倣と言う選択が成されたのか、公式発表では「【魔法】の開発過程【魔力】の研究に於いて、無理に現在の科学技術に合わせるのでは無く、()()()()()()を作り出した方が効率的であると判断された為」となっているが、非公式な話として

 

「我々は導かれる様に神の権能の模倣を行った」

 

と、当時の研究者の1人が証言したと言う話がある。

あくまでも噂話程度のものなのだが、その証言を行なったと言う研究者が魔法開発の第一人者として知られる人物であった事もあり、この証言を元にした主張がある。

 

「魔力再発見説」

 

それが現在魔法学会やネット上で主張されている。

主張の内容はそのまま「人類は【魔力】を始めて発見したのでは無く、太古の昔使っていた物を改めて発見したのだ」と言うものである。

その主張が根拠とする所の一つが上記の証言であり、結果として神の権能の模倣を行った事により、同時期にに魔法研究を始めたイギリスよりも先に【魔法】の実用化に至った事実である。

 

「我々の文明の発展する前に存在した所謂超古代文明は【魔法】を使用していた文明だった。その文明が何らかの理由で滅んだか【魔法】力を失った際に、未来の子孫などが再び【魔法】の力を得た時、それをスムーズに物に出来る様残したものが神話である。そして、それを資料に魔法開発を行った事によって、想定していたよりも容易に【魔法】の開発を行う事が出来た」

 

と言うのが魔力再発見説の主張である。

この説が始めて発表された際、世間ではまともに相手にされなかった。

当時から「アトランティス大陸」だとか「ムー大陸」だとかと言った、所謂超古代文明の話はあったが幾ら何でも荒唐無稽な話である。そもそも古事記にしろ日本書記にしろ編纂された時期はどちらも西暦に入ってからの事で、超古代文明文明と言える様な時代では無い。

もっとも説の支持者によると大切なのは「神話の内容」そのものであって、言い伝えられてきたそれを纏めたものでしか無い古事記と日本書記自体は関係無いと言うのが反論であった。

なんにせよ再発見説支持者の扱いは長年、陰謀論者と同じ様な扱いだった。

 

ところが、長年の間単なる空想として扱われていたこの説は近年、有力な説として注目されてきている。

と言うのも、超古代文明の証拠とも言えるものが発見され出したのだ。オーパーツや時代が特定出来ない遺跡などが超古代文明の魔法遺物では無いかといわれている。

オーパーツとは場違いな工芸品と呼ばれる、発見された地層等の時代では作り出せない筈のものであり、今までその用途は全くわからないものが多かった。

ところが魔法技術の進歩により、それらが【魔道具】であると言う事が分かった。

また遺跡に関しても、描かれた壁画や彫刻が【魔法陣】であると判明し、「遺跡そのものが大規模な【儀式魔法】の為の【魔法陣】では無いか?」と考えられている。

 

そして、日本皇国が異世界へと転移する2年前、超古代文明の決定的な証拠とも言えるものが南極で発見されていた。

 

即ち冷凍遺跡の発見である。

 

南極が北極と違いその分厚い氷の下に大陸を持つ事は1820年、ロシアの探検家によって判明していたが、2年前の日英共同チームによる探知魔法を使った調査によって氷の下で、魔力に対する反応が確認された。

更なる調査の結果、魔力に反応があった地点を中心に半径15キロにも及ぶ巨大な円形都市の遺跡が発見された。

 

この発見に再発見説支持者は「超古代文明、古代魔法文明の存在を裏付ける確固たる証拠だ」と大いに歓喜した。

それまで彼らの学説を否定してきた学会も、この発見以降“手の平を返して”とまではいかないが、頭から否定出来ない状況になった。

何せ物的証拠が出て来てしまったのだ。

これが「氷の下の遺跡」だけであれば「まぁ超古代文明は存在したね」で済ませられるのだが、発見のきっかけとなったのは探知魔法に反応した魔力に対する反応だ。

調査によれば「反応したのはなんらかの【魔法陣】もしくは【魔道具】で、僅かな反応だけで起動しなかったのは探知魔法の魔力に反応した為と考えられる」との結果が出ている。

 

その後、氷の下を探る専用の術式まで開発した英国によって、冷凍遺跡が「自然地形では無く完全に人工物であり、その構造に【魔法陣】的要素を認める」「また、魔力に関する反応を観測した結果、多数の【魔道具】も残されているものと考えられる」と発表された事により、正体不明の古代魔法文明の存在は確固たる全世界に認められる事実となった。

 

この事から、「神話に隠されたギミック」は別として、神話で描かれる神は古代の魔法文明の人々であり、彼等の権能とされるものは彼等が使用していた【魔法】である可能性は限りなく高いと考えられる様になった。

再発見説の否定派としても否定しようにも、「事実として神の権能の模倣が()()()()()()()()()以上、絶対に有り得ない」と言えない状況にある。

 

つまり、遥か昔神の神罰から逃れる為、大規模な転移魔法を使用したと言う古の魔法帝国が、()()()()()()()()()と言えなくも無い訳である。

もっとも、記述にある「未来へ転移した」と言うのが事実であれば全く別の魔法文明である可能性の方が大きいと考えられる。

 

 

 

「以上が日本皇国の見識であります陛下」

 

神聖ミリシアル帝国謁見の間にて、第三文明圏から帰還したペクラスは日本皇国との会談によって得た情報を皇帝ミリシアル8世へと報告していた。

 

「つまり日本皇国は転移国家であり、彼等の魔法技術は彼等の世界の神の権能の模倣であり、彼等の世界の古の魔法帝国の様な存在とは関わりがあるかも知れないが、少なくとも我等が言う所の古の魔法帝国とは関係が無い可能性の方が高いと言う事だな?」

「はっその通りであります」

「ううむ」

 

ミリシアル8世にとっても、神の権能の模倣と言うのは到底信じられないものだった。

だが、報告を行なっているペクラスの眼差しは真剣そのものだし、そもそも皇帝たる自身に対して、虚偽の報告は行わないだろう。

直接日本人から話を聞き、その内容が真実であろうと判断したからこそ、報告しているのだ。

それに加えて、

 

「(この空に浮かぶ巨大な軍艦......これが、海軍艦艇等と同じ様に量産されたものとは。発掘品を何とか稼働させようとしている我が国よりも、技術力は上と見るべきか)」

 

彼の手にはペクラスの持ち帰った日本皇国遣パーパルディア艦隊が、離水し上昇する様子を写した魔写があった。

それだけで無く、ペクラスは日本の大使の好意によりミリシアルが誇るミスリル級魔導戦艦よりも巨大な戦艦へと乗船したと言う。

 

「ペクラスよ、日本の戦艦はどうであった?」

「はっ、詳細の説明まではしてもらえませんでしたが、全長と主砲に関しての情報は得られました。それによると、戦艦【アキツシマ】の全長は325m、主砲は51cm連装添火高収束魔力砲が4基8門との事です。また、戦艦として決戦距離にて自己の主砲の直撃に対する防御力も保有しているとの事です」

「その収束魔力砲と言うのは何だ?」

「はい、何でも魔力を収束し純粋な破壊エネルギーとして放つ兵器で、日本皇国海軍の全戦闘艦艇に口径は違えど採用されているとの事です。また、この兵器は権能の模倣では無く、完全に1から()()()()()魔法であるとの事です。

会合地点がパーパルディア領であった為、残念ながら実射を目にする事は出来ませんでしたが、アキツシマ艦内にあった資料映像にて、以前装備していたと言う46cm砲の発射映像を見せて頂きました」

 

そこで一旦言葉を切り、深呼吸をすると続ける

 

「その様子はまるで、対空魔光砲を主砲クラスにまで大型化したものの様に見えました」

 

ペクラスは-シン-とその場が静まり返る音を聞いた気がした。

それほどまでに静まり返ったのだ、そして次の瞬間。

謁見の間は怒号に包まれた。

 

ある者は悲鳴を

ある者は否定の声を

 

ペクラスは仕方がない事だと思った、自分だって映像を見た時その光景に唖然として、朝田大使に肩を揺すられるまで固まっていたし、今は皇帝陛下すら目を見開いて固まっている。

 

特に動揺しているのは海軍関係者と魔帝対策省関係者だ、前者はそんな化け物が本当に存在しているのだとすれば現状で世界最強のミスリル級魔導戦艦ですら歯が立たないと言う恐怖から。

後者は自分達ですら再現に四苦八苦している飛行する軍艦を量産していると言う事と、主砲クラスの対空魔光砲と言うもはや理解の外側にある兵器をあろう事か生み出したと言う事に。

 

数分間混乱が続き、漸く復活した皇帝によって場は収められた。

 

「ペクラスよ、これから我が国はどうするべきだと考える?」

「はっ、誠に遺憾ながら我が国の技術は古の魔法帝国の技術の再利用に過ぎず、新たな物を創り出している日本皇国に劣るものと考えられます」

 

周囲から非難の声が上がるが、ペクラスはそれを無視して続ける。

 

「さすれば日本皇国とは友好的な関係を築き、その技術を少しでも手に入れるべきと考えます。幸いにして日本皇国も我が国との国交の樹立や技術交流には前向きで、更にはかの国は造船業を国家産業としており、我が国への航空艦輸出も今後の交渉によってはあり得るとの事です」

 

今度はあちこちで息を飲む音が聞こえる。

航空艦の輸出、表面だけを見れば国内の造船業に打撃を与えかね無いが、購入した航空艦の魔法術式の解析が出来れば自国でも生産が出来る様になるかも知れない。

 

「良かろう。ペクラスよ何としても日本皇国と友好関係を築くのだ、必要であればかの国を新たな列強として迎え入れて構わない」

「はっ!必ずやご期待に応えてみせます」

 

皇帝の聖断は成された。

以降神聖ミリシアル帝国は日本皇国との国交の樹立、技術交流や軍事交流を含めた同盟関係の構築へと邁進する事になる。




2013年に衛星ランドサット8号が南極で、遺跡らしきものを撮影したとか言う話が有りましたね確か。





あと、ラヴァーナルって元々別な世界から来たっぽいらしいですね?


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新世界進出
アルタラス


このお話から新章となります。


日本皇国にとって造船業は重要な収入源である。

高速の旅客船は世界シェアの半数を占めていたし、軍用艦艇も魔法同盟陣営において広く採用されていた。

 

それが異世界へと転移した事によって、全ての販売先を一気に失う事になってしまった。

これはとんでもない損失である。

建造途中であったもので、海軍艦艇や国内向けのものは問題無いが、他国からの発注により建造していた分に関しては引き渡し先が無くなってしまった、これは由々しき事態だ。

完成間近であったもので、民間向けの物は発注済みで建造待ちであった分に回し、同盟国向けの軍艦も次年度の予算から支払う形で海軍が引き取り、着工して直ぐのものや未だ建造が始まっていなかった分に関しては一時的に凍結する事で対応している。

因みに、クワ・トイネ公国とクイラ王国へ引き渡された6隻はここから捻出されていた。

 

ただ、一時的にはこれで良いかもしれないが、問題は販売先を失った事により以降の発注が国内のみに限定されてしまう事である。

そうなってしまえば収益はガタッと落ちるし、失業者も多数出てしまう事になる。

その分のリソースの幾らかを【高天願】の建造へ回しているが、限度がある。

 

故に日本皇国は現在、国家を上げて新世界の各国へ対する艦船のセールスを行っていた。

 

 

 

日本皇国東京都航空都市武蔵野

帝国造船第一建造ドック

 

 

ー常識が音を立てて崩れて行くのは一体何度目だろう?

 

アルタラス王国王女ルミエスは目の前の光景に日本の地にやって来てから、何度目とも知れぬそんな感想を抱いた。

そこには鋼色の液体で満たされた縦200m×横50mのプールが有った。

プールの上部、空中に書いてあるのか全く解らないが、複雑な構成の魔法陣が浮かんでいる。

その魔法陣が赤い光を発したかと思えば、鋼色の液体の方にも変化が起こる。

魔法陣に呼応して赤く光ったと思えばゆっくりと、一部がせり上がり出す。

 

「ご覧頂いている様に、我が国の造船過程において、基本的な船体の製造には全く人手を必要としておりません」

 

案内に付いている帝国造船の職員が、「此方をご覧下さい」と大きなモニターを指差す。

各国の使節団はモニターの存在と、そこに映し出された映像に驚きの声を上げるが、映像が進むにつれ段々と静かになって行く。

そこに映し出されているのは目の前で行われている建造を早送りした映像だった。

右上に表示されている日数が3日目となった時光が消え、幾分か水位の下がった鋼色のプールには巨大な力船の船体が浮かんでいた。

 

まるで船が鋼色のプールから生えて来たかのような光景、ルミエスは自身が王国の代表としてや王族としてどころか、そもそもうら若き乙女がしちゃいけない様な顔になっているのが分かった。

だが誰もそれを咎めない、と言うか気付いてすら居ない、だってアルタラス王国の使節団もそれ以外の国の使節団も、ルミエスと同じ様な顔をしていたから。

 

「この様にして製造された船体は自動的に次の作業スペースへと移動させられ、そこで人の手によって船体内へと別ラインで作られたパーツが取り付けられます。そして同じ様に別ラインで製造された艦橋を接続して塗装を施せば完成となります」

 

最早おどろきを通り越して意味不明だ。

 

ー[アメノマヒトツノカミ]それがこの造船に使用されている【魔法】だ。

術式名の由来となった天目一箇神は製鉄・鍛治の神である。

そしてその神の名を冠するこの術式は大規模な魔法陣こそ必要とするものの、自在に金属を操る事ができる。

建造の手順はこうだ、

1・先ず鋼鉄を[アメノマヒトツノカミ]の単体稼働によって液状化させる。

2・次に液状化した鋼鉄に魔力を混ぜ込む。

3・魔力を含ませた液状鋼を建造ドックへと流し込む。

4・建造する艦艇の設計図を重ねた[アメノマヒトツノカミ]の魔法陣を起動させる。

5・船体・内装・艦橋・武装と言った風に別々に製造されたパーツを接続、機関を配置して内装を整える。

 

言ってしまえば巨大な艦船模型を作っている様なものだ。

 

実は機関-魔力炉の配置と生活の為の内装を整える以外の作業を完全に自動化する事も出来るのだが、雇用の確保の為にも各パーツの接続などに関しては人が行う様にと定められているー

 

『ご覧頂いた映像は今製造されている船体と同じ物になります。この船体は中型輸送船で完成までには3日間、その後の別パーツを合わせての建造には更に3日を要します。またこのサイズの船ですと建造に関わる工員は30名程となります』

 

ルミエスを始めこの世界の人々には全く想像も付かない話だった、彼女達の常識では造船というのは質の良い木材の確保・加工から始まって、大勢の船大工が関わり、そして時間が掛かるものだった。

それも全長180mもの巨大な船(説明を行った者は中型輸送船と言ったが、この世界の人々からすれば十分に巨艦だった)の建造に合計で6日しか掛からず、建造に関わる人員も50人にも満たないなど、はっきり言って何故そんなことが可能なのか全く理解出来ない。

 

 

アルタラス王国はフィルアデス大陸南方にある島国で、人口1,500万人程の王制国家である。

位置的には第三文明圏の外側に位置し、国家のクラスとしては文明圏外国として扱われているが、その国力と文明水準は通常の文明国と遜色無い。

と言うのも、国内に世界有数の魔石鉱山を有しているからで、そこから産出する魔石で世界中、それこそ文明圏外国や文明国のみならず、列強国との取引を行なっているからである。

世界が違えど、資源国が豊かなのには変わらない。

 

そんなアルタラス王国であるが、その位置と国を豊かたらしめている魔石鉱山の存在によって、第三文明圏の列強国パーパルディア皇国に狙われている。

現状は技術との交換に屈辱的と言える要請を飲んでいるが、それもあくまでも僅かながらとは言え技術が手に入るからだ。

しかし、その領土拡張の野心を隠そうともしないパーパルディアが、いつその牙を剥くか分かったものじゃない。

 

だからこそ、アルタラスは常に対パーパルディアを考え力を付けようとしており、他の文明国圏外国が持ち得ない魔導戦列艦の配備や、風神の矢と言った独自の兵器の配備も行なっている。

もっとも、それらは「パーパルディア皇国軍を破る為」と言うよりも、「パーパルディア軍の侵攻に対し、無視できない程度の流血を行わせる能力を有することで、本格的な侵攻を躊躇させる」事を目的としている。

最初から勝利を捨てている様な方針だが、列強国であるパーパルディア皇国と文明国程度の国力を持つだけの文明圏外国であるアルタラス王国とでは、最初から戦争での勝利を諦める程の国力差がある。

アルタラス王国にとっての勝利とはパーパルディア軍を破る事ではなく、侵攻を受けない事だ。

 

そんな状況で日本皇国と出会えた事は幸運だった。

 

 

アルタラスにやって来たのは日本皇国と神聖ミリシアル帝国の駆逐艦2隻で、パーパルディア行きの帰りの事であった。

日本が駆逐艦1隻のみを分派したのは単純にパーパルディア相手と違い、戦艦を含む艦隊での来訪は過剰で有ると判断されたのと、道案内と取次を兼ねて外交官を乗せたミリシアルの駆逐艦が1隻、同道してくれたからであった。

もっとも、ミリシアルの駆逐艦がやって来た事や日本皇国の紹介が非常に友好的なものであった事から、別の意味でアルタラスをビビらせる事になったのだが。

 

とは言え、世界最強の国家である神聖ミリシアル帝国が太鼓判を押す日本皇国との出会いは神の思し召しとすら言えるものだったと、友好のための使節として日本を訪れたルミエスは思った。

 

 

 

そんなルミエスは帝国造船の造船所見学の後、ホテルへ向かう使節団と別れ別の場所に案内されていた。

 

その場所とは皇居、そして彼女を招待したのは眼前に佇む白と朱の、一見フェン王国の女性服に似た装束を見にまとった、同じ年頃か少し下位に見える少女、まるで精巧に作られた人形の様に整った容姿を持つ彼女は

 

「ようこそおいで下さいましたルミエス皇太女殿下。わたくしは日本皇国国王が長子、壱夜と申します。本日は突然の招待にも関わらずお越し頂いた事感謝致します」

 

そう、日本皇国の皇女殿下であった。

宮内府経由で外務省からアルタラス王国の使節団に、同じ年頃の王女が居ると知った壱夜は同じ様に国政に関わるルミエスと会ってみたいと、ルミエス側が問題無ければ是非お茶にお誘いしたいと招待し、ルミエスが是非にと答えた事で、この会合が実現したのであった。

 

「アルタラス王国皇太女ルミエスと申します、本日はお招き頂き有難うございます壱夜殿下」

「どうぞおかけ下さい、本日は我が国のお茶をご用意致しました。お口に合うとよろしいのですが」

 

促されルミエスが椅子に腰掛けると、控えていた侍従がお茶の注がれたティーカップを静かに配膳した。

澄んだ緑色のお茶だ。

 

実はルミエスが招待に応じると言う連絡が入ると、大喜びして張り切ってお茶の席を立てようと準備を命じた壱夜であったが、えらく上機嫌な様子の娘にどうしたのか尋ねた皇后に、西洋文化に近い文化で日本文化を知っている外国人なら兎も角、全く知らない相手にいきなりお茶席で正座させるのはどうかと言われ、泣く泣くテーブルでのお茶会に変更していたりする。

お茶席はまたいずれという事で、テーブルでのお茶会には納得したものの、緑茶と和菓子を出す事は譲らなかったのだが、湯呑みも使った事など無いのでは?となり結局ティーカップ で緑茶を出すと言う

なんとも違和感ある形になってしまっている。

 

「ほぅ。っ申し訳ありません、何とも落ち着く感じがしたもので、つい」

「いえ、お口にあった様でなによりです」

 

壱夜は緑茶を気に入った様子のルミエスに嬉しそうに微笑む。

恥ずかしそうにしていたルミエスだったが、ふとある事に気がついた。

 

「壱夜殿下はどうして瞳を閉じておいでなのでしょう?」

 

そう、壱夜の目はずっと閉じられている。

思えば最初から開かれていなかった。

 

「そうですね、先ずはせっかくお越し頂きながら瞳を閉じたままである事を謝罪致します、申し訳ございません」

「いえ…その様な」

 

別に咎める意図などなく、ふと疑問に思って尋ねてしまっただけのルミエスは壱夜の謝罪に慌てるが、続く言葉に

 

「わたくしが瞳を閉じているのは見えなかったり、悪かったりといった訳では無くその逆なのです。今もルミエス殿下のお顔はしっかりと見えておりますよ」

「え?」

 

目が点になった。

 

 

「わたくしの瞳に付いて御説明する前に、“種”としてのわたくしの事をお話し致しましょう。

ルミエス殿下は我が国にお越しになられてから、【鬼人】の者とはお会いになられましたか?」

「はい、我が国の使節団を、ご案内下さった外交官の方が鬼人のお方でした」

 

ルミエスの返答に頷くと続ける

 

「では鬼人の額に角がある事はご存知とは思いますが、その色は覚えておいでですか?」

「......たしか、黒色であったかと」

 

ではわたくしの角をご覧下さいと自身の額を指差す

 

「紅い角」

「ええ、その通りです。わたくしは鬼人の中でも【紅鬼】と呼ばれる存在なのです」

 

お茶を一口、口を湿らせて続ける

 

「我が国と言うより、地球の人類が魔力を持つ訳では無いと言うのはお聞きになられたと思います」

「はい、ですが壱夜殿下は」

「その通りです、わたくし達紅鬼は魔力を保有しています」

 

基本的に地球人は魔力を有している訳では無く、魔力を扱う手段を有しているだけである。

日本の鬼人やイギリスのエルフは普通の人と比べ、魔力への親和性が高く魔力運用能力が高いが、それでも魔力を有している訳では無い。

しかし、何事にも例外と言うのは存在し【紅鬼】と【ハイエルフ】がその例外で、彼等は魔力を有している。

 

「魔力を保有しているのが、2つある紅鬼の特徴の1つです。そして、もう1つが【固有能力】の保有です」

「固有、能力ですか?」

 

いまいちピンとこない様子で首を傾げるルミエス、

 

「はい、より正確に申し上げれば1人につき1つ、()()()()()()()()()()()()()()魔法を使う事が出来るのです。そしてそれらは現在の我が国の魔法技術では()()()()()()のです」

「??」

 

余計に分からなくなってきた。

魔法陣を必要としない魔法は聞いた事が無い。

量産が出来ないと言うのは誰でも使えるように出来ないという事だろうか?

 

「量産が出来ないと言うのは即ち、その魔法の発動にいったいどの様な術式を組み、どの様に魔法陣を描けば良いのかが分からないと言う事なのです。技術的に再現が出来ない、故に【固有能力】と呼ばれています。そして、わたくしの瞳もその1つなのです」

「壱夜殿下の瞳がですか?」

 

壱夜はルミエスの疑問に頷くと、片目だけ開く。

開かれた瞳は紅い輝きを放っていた。

 

「わたくしの能力は【魔眼】と呼ばれるものの一種で、その能力は“ありとあらゆるモノを見透す”と言うモノです」

「ありとあらゆるもの見透す、ですか?」

 

開いていた瞳を再び閉じる

 

「“ありとあらゆるモノ”それには遠方や遮蔽物の向こう、未来や過去、そして人の思考すら含まれます」

「ッ!?未来と過去が見えるのですか!?」

 

思わず声を上げたルミエスに、壱夜は深く頷き答える

 

「はい瞳を開いている状態でなら。ですから、普段はこの様に瞳を閉じています、誰だって頭の中を覗かれるのは気分が良く無いでしょう?わたくしはこの状態でも見ようと思えば景色を見る事は出来ますから」

 

二の句が継げないとはこの事か。

エモール王国が空間の占いと言われる“予言”とも言える占いを行なっていると聞くが、それも豊富な魔力を有する竜人族の中でも優秀な者が数十人集まって行うものの筈だ。

それを1人で行えると言う事か。

それに、思考が見えると言うのなら、彼女相手には何一つ隠し事が出来ない事になる。

 

無論、壱夜の言ったことが全て真実とは限らず、ブラフと言う事もあり得る。

しかし、ここは外交の場と言う訳では無い。

姫が2人、お茶会をすると言うのは王室外交の気はあるが、それにしても外交を考えるならば「未来と過去を見れる」と言う情報だけで良い筈だ、人の思考が見えるなど態々言わずに隠していた方が有利だ。

 

瞳を閉じていれば思考が見えないと言うのも、事実かどうか分からないが、「しかし」とルミエスは考える。

 

「お話し頂きありがとうございます、壱夜殿下」

「いえ、隠し立てする事は誠実では無いと、そう思ったものですから」

 

やはりそうだ。

外交官としてそれなりに場数を踏んでいるルミエスの勘が告げる、眼前の少女は「外交慣れしていない」と。

聞いた話では内政家としては優秀だが、本格的な外交の場には出た事が無いと言う。

あくまでも王室の交流程度のもの位なのだろう。

外交交渉と言った、言葉での戦争を経験した事が無いのだと思う。

今話したのは一重に「後から知られて嫌われたく無い」からだと、どこか不安そうな顔に書かれている。

彼女は只々、ルミエスに対して誠実であろうとしているだけだ。

 

「壱夜殿下、1つお願いがあるのですが」

「なんでしょうか?」

 

何を言われるのか、もしかして嫌われたのか、と不安そうな顔が微笑ましくて、思わず笑みが溢れる。

ルミエスは優しげな笑みを浮かべて告げる

 

 

「私とお友達になって頂けませんか?」

 

 

 

 

アルタラス王国使節団の帰国後、日本皇国とアルタラス王国間の国交の樹立と軍事同盟の締結が発表された。

主な交易品はアルタラス側が魔石を日本側が魔法技術を。

また軍事同盟に基づいて、アルタラスへの航空艦の輸出も決定され、新世界向けに新規設計された航空戦列艦の初期ロットの輸出先も、アルタラス王国に決まった。

それはパーパルディア皇国の脅威を考慮してのものだった。

ただし、裕福なアルタラス王国とは言えど、日本皇国製航空艦を幾ら廉価な航空戦列艦とは言え、一気に数を揃える事は難しい。

そこで、先ず海軍旗艦として航空艦を1隻購入し、徐々に航空戦列艦を増やして行く事になった。

また其れまでの繋ぎとして戦力増強の為、既存の魔導戦列艦を日本の技術で強化する事と決まった。

 

それから、アルタラス王国の王女ルミエスの日本皇国への留学も決まり、日本皇国皇女壱夜の通う大学へと編入する事になった。




お気に入り登録して頂いている皆様、
評価を付けて下さっている皆様に感謝を。

皆様の応援のおかげで、無事1つの章を描き切る事が出来ました。
日本皇国の新世界での戦いはまだまだ始まったばかりです。
というか原作と違い日本はまだまともに“戦争”をしていません、ロデニウス戦役での主役はあくまでもクワ・トイネとロウリアでしたから。

日本皇国はこの先、主体となって戦争をするのか?
直近としてはパーパルディア皇国は?
その先のグラ・バルカス帝国は?

もし少しでも気になりましたら、この先もどうぞお付き合い頂きます様、お願い致します。


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ロデニウス

日本皇国との国交の樹立、技術の獲得による発展具合において、最も進んでいると言えるのはやはりロデニウス大陸諸国だろう。

 

最も最初に日本と接触し、幾らロウリア王国の脅威が迫っていたからと言って、側から見れば異様な速さで国交の樹立や技術の導入を行なったクワ・トイネ公国。

そのクワ・トイネの仲介で日本と結んだクイラ王国。

両国はそれぞれクワ・トイネは食料をクイラは地下資源をカードに、上手く日本と交渉を行う事によって、他国と比べ日本からの技術提供で有利な立場にあり、この世界の国家向けに新規設計された航空戦列艦とは違う、地球仕様の航空艦を有しているのはこの2国だけである。

最近そこに魔石と言うカードを持つアルタラス王国も加わったが、アルタラスの航空艦が1隻なのに対し、クワ・トイネとクイラは3隻ずつ保有している点も両国の優位性示している。

もっとも、クワ・トイネとクイラが「提供を受けた」のに対し、アルタラスは「購入した」と言う違いはあるのだが。

 

区画毎に設置された魔力炉から供給される魔力によって、街は夜でも明るく照らされ、各家庭でも家庭用魔道具によってその生活はとても便利になっており、国民の殆どが「以前の生活には戻れない」と言っている。

他にも彼らの暮らしを便利にしている物に自動車がある。

エネルギー源に魔力を使っている事以外、科学製の自動車と変わらないコレは値段や未だ自動車が走る為の道路の整備や、法の整備が整っていない事もあって、両国共街中では普及していないが、どちらの国でも農作物や鉱石を運搬するのに大活躍している。

また、クワ・トイネでは農耕の為の機材を導入する事によって、畑を耕したりできたものを刈り取るのが楽になり、クイラでは掘削の為の機材導入で、鉱員の安全性を向上させる事が出来た。

 

軍事面においては、目に見えて脅威であったロウリアが一時的にとは言え牙を抜かれ、この先10年間は日本皇国軍が文字通り睨みを効かせるとあって、そうそうに再侵攻を企てる事も無いだろうと判断され、戦前程の急いだ軍拡ではなく、ゆっくりとでも着実な軍拡へとシフトチェンジしている。

とは言えロウリア王国は国家が解体された訳では無く、現状は大規模な武装解除と軍縮を行なっているものの、クワ・トイネやクイラが配備を進めるものと比べて型落ちではあるものの、日本皇国製の武装で身を固めた「国防軍」が小規模ながらも存在している。

国防軍の指揮権は現状日本皇国軍が有する形となっているものの、ゆくゆくはロウリア王国政府へと返還される予定となっている。

つまり、ロウリアの牙は一時的に抜かれた状態ではあるが、いずれは復活するのだ。

そしてその時の指導者が再び「ロデニウス統一」とまでは行かなくとも、現在非武装地帯とされているクワ・トイネ-ロウリア国境の西側20kmの奪還に動かないとも限らない。

 

ロウリアに対しても日本の開発援助が行われている以上、その時の力関係がどうなっているかは分からないし、仮にロウリアが再侵攻を行なった時、今回の戦争程日本が助力してくれるとも限らない。

だからこそ両国ともに軍拡に勤め、クワ・トイネは避難のため人が1人もいなくなったギムの要塞化を進め、クイラは山岳要塞の建設を行なっている。

 

 

軍民共に成長著しいクワ・トイネ公国とクイラ王国、それに対して成長率という点では劣るものの、ロウリア王国も又日本皇国の援助等も有って全体的に成長傾向にある。

 

クワ・トイネとクイラではせっかくロウリアの脅威が減ったのに、日本が援助することによって再び勢いづく可能性がある事を問題視する声もあったが、日本としては海戦以外で大きな敗北をしていないのにも関わらず、実質的には降伏とされる様な条件で終戦した事。

和平の条件として大多数の亜人奴隷を手放す事になった事--コレには多くの国民、特に奴隷を扱っている商人の反発が強かったが、新王は編成されたばかりの国防軍の動員を要請し、強引に奴隷解放を行なった--や、他国の軍が我が物顔で王都近郊に居座っている事。

更には奴隷解放に動員された国防軍の指揮権が、ロウリア王政府では無くその駐留軍にある事。

それらに対する持つ貴族や民衆の不満を逸らすのが目的だ。

 

実際貴族の、特に今回の戦争に殆ど参加していなかった西部方面の貴族や、現在は小身ながらもクワ・トイネ公国とクイラ王国制圧の後、加増が確実視されていた貴族の反発が大きい。

だからと言って彼らの声を尊重して再び東征を行う訳にもいかない。

そんな事をすれば今度はクワ・トイネ公国軍では無く日本皇国軍が出張って来るだろうし、“支援を受けた”クワ・トイネにすら勝てなかったし、自国の戦力と同等のモノを輸出しているとも思えないし、先ず間違いなく圧倒的に強力な筈だ。

「そんな日本軍と“敗戦後”直ぐに戦ってみろ、今度こそ国が残らないだろう」と言うのが、退位したハーク・ロウリア34世に代わり王位に就いたアーク王の意見だ。

--アーク王は前王ハークの弟で、まだ幼く立太子も終えていないハークの嫡男に代わり、繋ぎとして即位した王だ。

ハークの嫡男が成人した暁には譲位を行う予定となっている--

 

「戦争に負けたのに属領含め国のほぼ全てが残っているのは本来あり得ない事だ。その上そこにどんな意図があれど、日本皇国は国を豊かにする為の援助をしてくれると言う。

だと言うのに、負けた事が認められないと兵を起こし、東進する様な事をすれば間違いなく日本を怒らせる事となる。

今、実質的に宗主国となった日本皇国を怒らせて得になる事など何一つ無いのだ」

 

と言うのは即位後最初の御前会議で、日本皇国の開発援助を受け入れるかどうかの話し合いを行なった時の言葉である。

彼のこの言葉で日本皇国の開発援助受け入れが決定した。

結果として言えばこの選択は大正解であったと言える。

何せ、徐々にとは言え生活は豊かに便利になっているのだ、この時点で国民の反発は殆ど消えた。

そうなってしまえば小身で領民との繋がりの強い貴族は彼等の意見を無視できず、更には自分達の生活も向上しているので文句も言えなくなっている。

正直クワ・トイネかクイラで新領地を得て、反抗的な住民を抑えながら自費で開発を行うよりは、旧来の領地でよく知る領民達を使い、更には国からの援助が有る状態での領地開発の方が、はっきり言って楽である。

大身の貴族でも民が戦争を嫌えば、基本小規模な私兵しか常設していない為兵が集まらなくなってしまい、戦争の為の戦力を準備するのが難しい。

 

当然それでも「新王は飼い慣らされている」と反発を強め、「そもそもの譲位すら不当なものである」と、退位したハークを担ぎ上げようとする勢力も居た。

その為「自分が国内にいると余計な混乱を招きかねない」と考えたハークは日本皇国に相談した上で、日本皇国領台湾自治区へと移住を行なった。

 

アーク王はそういった勢力に対し弾圧こそ行わなかったが駐留軍へ依頼を行い、全貴族を集めた上で国防軍の“演習”の視察を行なった。

今まで見たことも無い武器の姿や威力に、さしもの貴族達も閉口せざるを得ず、内心「虎の威を借る狐が」と思いこそすれ、下手な事を言えばこの力が自分に向けられるかも知れないと、表向きは大人しくなった。

 

この時点でロウリア王国内に残った大きな問題は後2つとなった。

1つは敗戦による各属領に於ける独立運動の活発化だ。

コレに関しては日本皇国による開発援助の幾らかを属領に回したり、日本の先例に習った自治区化や経済特区の設立をチラつかせる事により、火種の状態で抑える事に成功している。

 

さて、残るもう一つの問題だが......

 

「陛下、先程日本皇国軍より連絡が有りました。クルール城塞に立て籠もって居たパーパルディア皇国兵を乗せた船が飛び立ったとの事です」

 

そう終戦後「敗戦を認められない」と城塞に立て籠もって居たパーパルディア皇国派遣軍約3万の動向であった。

「辺境の蛮地に派遣されたのを略奪や陵辱を楽しみに我慢していたのに、ロウリアが勝手に負けて武装解除して帰れと言うのは認められるか」と主張して籠城を続けて居た彼等であったが、実はそれはあくまでも表向きの理由、より正確には末端の兵士達の理由であった。

指揮官達の懸念は「国の命令では無く国家戦略局の独断による派兵で、なんの戦果も挙げる事無く帰国すれば罰則は免れない」と言うもので、おめおめと帰れば下手をすれば処刑されるかも知れない。

 

ところがそこに、日本皇国と接触したパーパルディア皇国政府から出された「政府が把握していなかった派兵に関して、責任は全て国家戦略局に有り。派遣軍は指揮官から末端に至るまで処分を行わない。直ちに帰国すべし」との命令を受け漸く帰国を受け入れたのである。

最もその事を通達した際、指揮官と兵士の間でイザコザがあったらしく、結果として数百人単位の死者が出る事になってしまった。

 

「漸くか。それで?共に立て籠もって居た我が国の者達はどうなった?」

 

アーク王の質問に報告を行なった文官が返答する。

 

「は、一部のパーパルディア兵と共に開城に断固として反対し、武器を取って司令部を恫喝しようとした為、戦闘の結果全員が死亡したとの事です」

「......そうか」

 

問題が解決した事自体は喜ばしい事だが、戦争で死ななかったロウリアの若者達が、一応は味方であった筈のパーパルディア兵に殺されたと言うのは、あまり好ましいでは無かった。

中には指揮官に命令されるまま籠城を行なった兵士もいただろう、だからこそ開城時の反対派との戦闘で()()()()()()()など、到底信じられなかった。

パーパルディア兵とて賛成派と反対派が居たのだ、ロウリア兵の賛成派が居なかったとは思えない。

そう考えると、籠城が始まって直ぐにあまり乗り気では無い者や、ただ命じられるまま付いてきただけの者は殺されていた可能性も充分有りえる。

とは言えそれを確かめる術は無いし、パーパルディア兵を捕まえて問い詰める訳にも行かない。

とりあえず回収出来て身元のわかる遺体は故郷に返してやるよう指示を出すと、次の政務に取り掛かる。

 

「来週末に予定されている例の式典ですが、クワ・トイネ公国大統領とクイラ王国国王からも、参加すると御返事を頂きました」

「そうかそれは良かった、では出来うる限りの持てなしの用意を。

護衛に関しては両国の兵士を受け入れると伝えてくれ」

「はっ畏まりました。それから式典に関してもう一つご報告が」

「うん?他に何かあったか?」

 

式典への参加に関して、ロデニウス大陸周辺の国家からは既に返答は来ていたし、クワ・トイネ公国とクイラ王国に関しても今しがた参加と報告を受けた。

他に何かあったかと、アーク王は首を傾げる。

 

「はい、日本皇国からの連絡で......皇女殿下が式典にお越しになるとの事です」

「なんだと?」

 

 

 

 

中央歴1639年9月10日、ロウリア王国湾口都市ハルヴェは喧騒に包まれて居た。

ロデニウス大陸諸国のみならず、第三文明圏の外文明圏外国である東方国家群からの使節が多く集まっていた。

彼等の集まる埠頭には各国の政府首脳や王族の姿も見え、更には日本皇国の皇女の姿も有るとあって、周辺には日本皇国軍による厳重な警備が敷かれており、頭上には日本皇国海軍の軍艦が睨みを利かせている。

これから行われるのはとある式典であった。

 

『御集りの皆様、大変長らくお待たせ致しました。ただ今より日本皇国帝国造船、ロウリア王国支社ハルヴェ造船所の落成式を執り行いたいます』

 

拡声器によって会場中に届けられたアナウンスに、あちこちから拍手が起こる。

 

『では先ず帝国造船社長山代よりご挨拶致します』

『えーお集まりの皆様初めまして、帝国造船の山代と申します。えー今回ロウリア王国に造船所の開設をさせて頂くにあたりまして、えー多くの方々に多大なご支援を頂きました事、お礼申し上げます。

えーこの造船所ではですね、東方国家群の皆様向けの航空戦列艦の建造が主に行われ、えー工員にはロウリア人の方を多く採用する予定となっております。我が造船所がロウリア王国の更なる発展にですね、えー寄与する事を願っております』

 

山代社長の演説に会場、特にロウリア王国関係者の座る席が沸き立つ。

そうこの式典は日本皇国の造船会社【帝国造船】がロウリアに開設する造船所の完成式典であった。

“敗戦国”であるロウリア王国に造船所を開設する事に、クワ・トイネ公国とクイラ王国で反発が無かった訳では無いが、食料や鉱物を有する両国と違い目立った特産が無く、敢えて言うので有れば人口が多いだけのロウリアが、特産品を求め再び戦争を起こす可能性を出来うる限り減らそうと言うのが、日本の思惑である。

また、この造船所では[アメノマヒトツノカミ]での船体パーツ製造は行われず、日本国内で生産されたパーツを運び込んで組み立てる事になっている。

 

『続いてロウリア王国国王、アーク陛下よりご挨拶頂きます』

 

壇上を降りた山代に代わり今度はロウリア王アークが壇上に上がる。

 

『私はロウリア王国国王アークであります。此度の造船所開設にあたりまして、日本皇国へは感謝してもしきれません。誠に有難うございます』

 

アーク王はそう言って会場で最も警備の厚い場所、即ち日本皇国皇女の座する方へ向き直ると深々と頭を下げる。

その姿に会場にどよめきが起こる、何せ一国の王が頭を下げたのだ。

確かにロウリア王国は敗戦したし、今の発展や造船所の開設は当然日本の力無くしては有り得ないものだ。

とは言え王位にある者が、皇族とは言え皇女へ対し頭を下げた事に驚いたのだ。

 

『また、クワ・トイネ公国クイラ王国の方々には我が国に日本の造船所が出来る事に関して、複雑な思いを抱く方もいるでしょう。建造された軍艦を使い、我が国が再び戦争を起こすのでは無いかと』

 

今度は会場は静まり返る。

今回の話を聞いて、クワ・トイネとクイラならずとも誰もが一度は考えた可能性だ。

今後造船所には各国からの発注が集中し、多くの航空戦列艦が建造される事になる。

完成した戦列艦を発注国へ引き渡さず、ロウリア王国が使用すればたちまち文明圏外国では太刀打ち出来ない、強力な海軍の誕生だ。

 

『その懸念は最もです、我が国は長く侵略を繰り返し領土を拡張してきました。そのような国が一度負けたからと言って、再び力を手にした時絶対に領土拡張へと動かない等誰が言い切れるでしょう?少なくとも私には無理です』

 

ロウリア王国が再び戦争に走るかも知れないと言う、他ならぬロウリア王の言葉にどよめきが起こるが、アーク王は続ける。

 

『故に!我が国は変わらなければなりません。我が国は今後5年を目安に日本皇国に倣い立憲君主制への移行を行い、法整備を進めてまいります。新たに制定される法では戦争に関する規定が、厳しく設けられる事となるでしょう』

 

 




「台湾自治区」
日本皇国領ではあるが、日本皇国籍か中華民国籍を有する者であれば、通行自由な経済特区。
日本皇国人と中華民国人が1.5:1位の割合で在住。
市民権を持つ両国の国民から自治区長が選挙で選ばれ、現在の自治区長は中華民国人。
最近ロウリア王国前王、ハーク・ロウリア34世が内戦を回避する為移住した。

日本皇国は立憲君主制。
君主は帝。

いつも感想を書いて下さっている方ありがとうございます。
連絡事項なのですが、感想返しにて思わずネタバレなんかをしてしまうのを防ぐ為、これからまた暫く感想返しを控えさせて頂きます。
語りたがりなので、質問されれば答えたくなっちゃうんです。
感想返しの復活は第2章終わりから、第3章冒頭の辺りになると思います。
勿論その間も頂いた感想はキチンと目を通しますので、この間も感想を頂ければ幸いです。


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プライド

「あんなものは所詮張りぼて!辺境の蛮族が精一杯自分を大きく見せようと虚勢を張ったに過ぎん!!」

「所詮は蛮族の浅知恵!底が見えているわッ!」

 

「ではミリシアルが態々やって来た理由はなんだと言うのだ!!あの会談の内容は!!」

「そもそも!あんな巨大なモノを()()()浮かび上がらせる事が蛮族に出来ると言うのなら!何故我がパーパルディアがそれを有していない!!」

 

「貴様らッ!蛮族の肩を持つのかぁ!?」

「そう言う貴様は彼らの船を!ミリシアルの対応を見て日本皇国を蛮族と侮れるとは!随分とオメデタイ頭をしているな!!」

 

パーパルディア皇国皇宮内にある大会議室はそれはもう荒れに荒れていた。

今ここにはパーパルディア皇国の第1から第3までの各外務局局長以下職員と情報局関係者、皇国軍最高司令官アルデ以下軍関係者に皇帝ルディアスの相談役ルパーサまでもが集まって会議を行なっている。

議題はつい先日接触した「日本皇国」について。

 

日本皇国はつい先日接触したばかりの()()()で、東の果て文明圏外からやって来た列強は当然、文明国にすら劣る蛮族の国家である.........

 

今までのパーパルディアの常識であればそれで間違い無い筈であった。

これまで通り国交を行う条件として、治外法権を認めさせ奴隷や適当な土地を献上させ、すでに価値のない技術をくれてやれば馬鹿のように喜ぶだろうと、話を聞いた外交に関わる人間全員がそう思っていた。

 

しかし

 

日本皇国使節の到着によってその「当たり前」はあっけなく崩れ去った。

要因は二つある、先ず一つが彼等の外交官が乗ってきた船だ。

パーパルディア皇国は今、技術の粋を集めて建造した【ヴェロニア】を建造中だ。

この船は性能向上によって離陸距離が伸びたワイバーンオーバーロードを運用する為の竜母で、全長130mにも及ぶ全長を持ち木造船建造技術の限界を迎えた第三文明圏最大の艦艇だ。

だが、日本皇国の艦艇は最も小さな艦ですらその【ヴェロニア】を上回る巨体で、最大のものに至ってはその小さい船の倍ほどのサイズをしていた。

【ヴェロニア】自体まだ進水すらしていないので、実際に並べて比べた訳では無いけれども、最も巨大な艦と並べれば「小船に見えるのではないか」と言うのが、あの日エストシラントで日本艦隊を見た海軍軍人達の正直な気持ちだ。

 

そしてもう一つ、日本皇国が訪ねて来たのと時を同じくして世界最強の国家神聖ミリシアル帝国、それも外交官では無く外務大臣が態々()()()()()()()()()()()()()

ミリシアルは外交において基本的には自ら出向くと言う事をしない、大抵の場合ミリシアルとの国交を求める国がやって来るのだ。

例外としては新たに列強と認められた国にその通達を行う時や、列強国を始め高い国力を持つ11の国が集まって行われる、「先進11カ国会議」への参加打診などである。

ただ、それだって態々外交のトップである外務大臣がやって来るなんて事は無い、精々ちょっと偉い外交官程度だ。

 

だと言うのにミリシアルは今回、日本と会う為だけに外務大臣を派遣した、しかも滅多に国外に出さない主力艦隊に乗せて。

神聖ミリシアル帝国の誇る主力艦隊の軍艦は列強2位であるムーのものすら引き離し、正に世界最強の海軍と言えるものだ。

今回パーパルディアへと現れた艦隊には最大最強のミスリル級は含まれていなかったが、それでも今のパーパルディアが逆立ちしたって勝てる相手では無い。

 

だがそんなミリシアル艦隊すら日本艦隊の前には霞んでしまった。

何故なら、船として当たり前の海上航行でやって来たミリシアルと違い、日本の艦隊は()()()()()()()()()()()からだ。

 

「空を飛ぶ船」と言うのはパーパルディアにとっても珍しくは有るが、既知の存在である。

しかし、それはあくまでも空を「飛ぶ」物であって、海上と同じ様に「航行する」物では無い。

離着水にはある程度の距離が必要だし、空中でピタッと止まる事などとてもできやしない、それが空を飛ぶ船「飛空船」に対する常識だった。

そしてそんな常識を軽々と撃ち破ったのが日本艦であった。

エストシラントを母港とする第1〜第3までの海軍将兵、そしてエストシラントに住む皇国人や他国の人間の見守る中、徐々に速度を落とし空中で完全に停止してから、あろう事か垂直に海面へと降り立った。

皇国が誇る100門級魔導戦列艦フィシャヌス級や、ミリシアル艦すら超える大きさの巨艦がだ、目撃者達に与えた衝撃はとんでもないものだった。

近付いた戦列艦がそれこそ小舟に見えるその姿に、多くの者は自然と恐怖を覚えた。

 

日本艦は1隻を除き砲と思わしき物を少数しか持っていなかった為、舷側に多数の魔導砲を並べた戦列艦を見慣れた市民の中には「攻撃力は大した事は無い」と考えた者も多数居たし、技術者の中にも「命中率の悪い魔導砲を少数しか配備していないので脅威にはならない」そう考えた者も居たが、冷静に考えられる者は違う考えをもった、即ち

 

「命中精度が高いから少数でもいいんじゃ無いか」

 

そう考えたのだ。

事実、列強1位のミリシアルも2位のムーも、戦列艦と比べれば軍艦の砲門数は圧倒的に少ない。

その事で2国を馬鹿にしたりしないのは彼等が列強国で、技術力が高いと誰もが知っているからだ。

そして、彼等と同じ様に少数の砲しか持たない日本艦も、高い技術力に裏打ちされた無駄を省いた結果なのではないか?と。

加えて言えばエルト達各外務局の局長クラスはミリシアルと日本の会談の後、招かれた日本艦の中で砲門数の少なさなど全く問題にならないモノを見ている。

 

だからこそ、日本皇国に対して「文明圏外の蛮族による新興国」等と見下し、これまで文明圏外国や通常の文明国相手に行って来た外交方針を踏襲するのは危険だと判断した。

神聖ミリシアル帝国が態々会いにやって来て、気を使う様な相手を何かの拍子で怒らせる様な事が有ればどうなるかわかった物では無い。

 

とは言え、誰も彼もが同じ様に考えられる訳ではなく、旧来の常識や認識を引き摺り日本皇国を見下す者も居る。

そんな者達はエルト達の方針を「弱腰外交だ」と罵り、日本皇国と他の列強国と同様の内容での国交開設をと考えていた外務局の計画に横槍を入れ、頓挫させてしまった。

その結果日本がパーパルディアから帰った時点では国交に関する取り決めは疎か、関連する話し合いに関する調節すら出来ていなかった。

 

そして今、多数の省庁の人間が集まって日本皇国の国力分析や戦力評価、そしてどの様に関係を構築するかの話し合いが行われているが、意見は「日本皇国の力を認める者」と「あくまでも日本皇国を文明圏外とする者」とで真っ二つに割れ、会議は遅々として進んでいない。

 

そんな中、会議での決定を待たず、独自に動きを見せる物が居た。

 

 

 

パーパルディア皇国第3外務局局長執務室

 

「対日本方針会議は又喧嘩別れで終了、全くもって話にならんな」

 

今日も又会議はあまりにもヒートアップしてしまった為、何の決定も下す事なく終了した。

皇宮から引き上げて来た第3外務局長のカイオスは執務室に入るなり溜息をついた。

 

日本皇国の力を内心思う所はあっても認めている者達と、如何あっても文明圏外にそのような国がある事を認められない者達。

前者の多くは例のミリシアルと日本の会談に居合わせた者や、エストシラントに総司令部を持つ海軍の人間だった。

翻って後者は陸軍や皇族に貴族などの、彼等を直接見ていない者達だった。後何気に海軍も割れていて海軍軍人の中でもワイバーン乗りの竜騎士達は「奴らの船に乗っていたワイバーン擬きは身じろぎひとつしなかった、アレは蛮族が見栄を張って作ったハリボテだ」「奴らの船などデカイだけで、良い的だ」と笑う者が多かった。

幸いなのは上層部は冷静で「ミリシアルやムーの軍艦に似通った日本艦は脅威たり得る可能性がある」と考えている事だろうか?

 

「国家戦略局がロデニウスでの戦争に関わっていたとはな。しかもそこで派遣した竜騎士隊は恐らく日本に全滅させられた......」

 

先日第1外務局と情報局が掴んだ情報だ。

事の発端はパーパルディア皇国を訪れた日本皇国の本来の目的の一つ、「ロウリア王国内にて籠城するパーパルディア皇国兵3万の処遇について」。

日本側としては彼等に対するパーパルディア側の消極的な姿勢に対し、どうするつもりなのか?と尋ねただけのつもりだったのだが、尋ねられた外務局としては寝耳に水だった。

 

「ロウリア王国に皇国兵がいる?それも3万、しかも籠城している?」

 

誰もが首を傾げ、日本から提供された資料に目を通して漸く理解した。

そこからは流石と言うべきか早かった、すぐ様情報局へ連絡が行き国家戦略局への立ち入り調査を始め、ありとあらゆる書類がほじくり返され、結果として国家戦略局の独断が判明した。

まあ、国内の書類を漁らなくとも日本が持って来たロウリアに残っていたと言う資料だけでも、十分すぎる証拠だったのだが。

この事は直ちに皇帝ルディアスへと報告され、国家戦略局で主導した人間イノスとパルソは即座に召喚され、御前会議での詰問が行われた。

皇帝直々の呼び出しに、覚悟して会議に望んだイノス達は予想通り皇帝の叱責を受けた。

イノス達は国家予算の補填に関して自身の資産の殆どを献上し、その他の損失(主に派遣されていた200騎の竜騎士)に関しても、ロウリアからの借金返済と合わせ後始末の用意は出来ていると報告し、どうか自分達の首だけで済ませて欲しいと、それはもう見事な土下座をしてみせた(実に無様であった)

 

そんなイノス達に対しエルトの取り成しもあり、皇帝ルディアスは寛大な様を見せ、部内全員に1年間の俸給の3割減、国家予算持ち出しに関わった財務局員の降格で事を収めた。

というのも、ロウリアに派遣されていた竜騎士隊に配備されていたワイバーンは「原種」と呼ばれるもので、パーパルディア皇国軍では既に旧式化が始まっていた事、派遣された竜騎士達も練度も高くなくて、素行に問題があるもの達だった事。

派遣された陸軍部隊も何故か籠城しているらしいが、ほぼ無傷で残っている事。

結果としてパーパルディア皇国が失ったものと言えば、練度が低く戦力価値の低い竜騎士達(最も諸外国、文明国や文明圏外国からすれば十二分に脅威)と国家予算の2%だけであり、国家予算に関してはイノス達の資産や減給分、そしてロウリアからの借金返済で補填可能であった事が理由だ。

 

ただ、騒動自体は大体丸く収まったのだが問題はいくつか残った。

一つは今尚ロウリア王国で籠城を続けると言う陸軍3万の処遇だ、この事に関してはあまり長い期間放置する事によって、仮に暴発する様な事があれば現在ロウリアの宗主国の様な立場にある日本皇国が、どう言う動きを見せるかわかった物じゃないと言う外務局3局長の働きかけもあり、早期に人を派遣して帰還に着いて話し合う事となり、最終的には皇帝の命により帰還が決まった。

 

そして、もう一つが練度が低い原種のワイバーンとは言え、列強国であるパーパルディア皇国の竜騎士が、文明圏外で()()()()()()()と言う事実とである。

この事に付いて議論は紛糾したがカイオスはコレに日本が関わっていると確信していた。

 

「とすると、フェンへの監察軍による懲罰は計画を練り直す必要があるな。攻撃対象に関して徹底するべきか」

 

カイオスの手には今朝上がってきたばかりの報告書があった。

そこには「フェン王国主催の軍祭に、日本皇国が軍艦を派遣する」とそう記されていた。

そうなった経緯は不明だが、問題なのは日本がフェンに軍艦を派遣すると言う事実だ。

 

フェン王国とはパーパルディアの東側210kmにある島国だ。

パーパルディア皇国で文明圏外国を担当するカイオス率いる第3外務局は、そのフェン王国に対し国土拡張政策の一環として、王国南部縦20km横20kmの森林地帯の献上を求めた。

第3外務局としては土地献上の実績が出来ればそれでよかったし、フェンにしても開拓もしていない様な土地を献上する事で、懐が痛ませずパーパルディアへの忠誠を示す事が出来、準文明国扱いで技術を手に入れられ、パーパルディアの同盟国として周辺からの侵略の危険が減ると言う、国土は発展して国は富むと言う実に素晴らしい提案だった、筈なのに。

 

フェンは愚かにもその申し出を断ったのだ。

さらには代案として示した同地の489年の租借に関しても、フェンは断ってきた。

フェン王国の剣王シハンはとても丁重に断ったのだが「はいそうですか」と、引き下がれる筈もなかった。

 

だからこそ「列強の顔を潰された」として、第3外務局は指揮下にある監察軍、その東洋艦隊を派遣してフェンへと懲罰を与える事を計画していた。

その実行日は奇しくも軍祭の日であった。

フェンへの懲罰だけでなく、集まって来る他の文明圏外国への牽制、皇国の力を見せつける事を目的にこの日が選ばれたのだったが、

 

「日本皇国が参加するとなれば話は別だ。まかり間違って日本艦を攻撃する様な事があれば......」

 

日本皇国の反感買うのは間違い無いし、最悪の場合神聖ミリシアル帝国が介入してくる可能性がある。

それも中立的立場では無く、大いに日本寄りの立場としてだ。

あの日のミリシアルの日本への態度はカイオスにそう判断させるほどに丁重なものだった。

だがフェンへの懲罰そのものを中止とする事は出来ない、何せ皇国の列強国としての威信がかかっているのだ。

 

「かと言って東洋艦隊は既に出港している、今更日付を変えるのは難しい、となるとやはり攻撃目標をフェン王国へと集中させるしか無いか」

 

そう考え、東洋艦隊に対し新たに発する命令書の制作に入ろうとしたカイオスに凶報が届けられた

 

「失礼します!!カイオス様!!緊急事態です!!」

「何事だ?」

 

ノックもせずに執務室へ飛び込んできた局員に眉をひそめつつ尋ねる。

 

「先程、監察軍司令部に押し掛けたレミール様が強引に東洋艦隊に対し、『フェンの軍祭へ参加している日本艦艇へ攻撃せよ、コレは皇国の威信をかけた命令である』と命令を発したと報告が!」

「なんだと!?」

 



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流血

なんか、皆さん何だかんだレミール好きですよね。











冒頭レミール視点


『皇国の威信をかけた命令だ』

 

そう言った自分の言葉に偽りなんて無かった。

心からそう思ったからこそ、あの時ああしたのだ。

 

そう思いながら朝陽を背にゆっくりとエストシラント港へと降下する日本皇国艦を謹慎を命じられ、近衛によって封鎖された屋敷のバルコニーから眺める。

 

あの日、ミリシアルと日本の会談の場に居合わせた時はパーパルディア皇国で行われている会談であるにも関わらず、まるで会話に混ぜられる事なく蚊帳の外に置かれた事に酷く憤った。

だが頭に上っていた血はミリシアルの外務大臣達や外務局の局長達と招かれた日本の軍艦に乗った時、サァッと引いていった。

 

あの戦艦と呼ばれた船はそれ程迄に衝撃的な存在だった。

 

遠目に見るだけでもとんでもない大きさだと分かる戦艦は、近付いて見れば文字通り桁違いの大きさだった。

同じ様に皇国の戦列艦や竜母よりもデカイ軍艦に乗って来たミリシアルの一行すら、驚愕していた程なのだから。

案内された船内はとても船の中とは思えない程に清潔で明るかった。

皇国海軍でも衛生面には気をつけているがここまででは無いし、明るさもまるで昼間の様に照らす事は出来ない。

 

そして何より衝撃だったのが、その戦艦の主砲の発射を写した記録映像だった。

ミリシアルやムーの旋回砲塔と同じ様に回転した馬鹿でかい()()()の魔導砲から撃ち出されたのは砲弾では無く、黄緑色の光の帯であった。

撃ち出された光の帯はこれまた巨大な鉄製と思わしき標的船に、全て着弾しソレを呆気なく消しとばした。

その映像を「作り物だ!」と言えたら、どれだけ楽だっただろうか。

だが仮に「作り物の映像だ」と断じたとして、それはつまりそんな映像を作る技術がある事になる。

その点だけでも皇国の技術を上回ると認める事になる、只でさえ()()()()()()などミリシアル以外に実用化出来ていないと言うのに。

 

だからこそ、日本皇国を「列強国と同格である」と扱い、他の列強と同様の内容での国交開設の準備を始めた3局長の判断を愚かしい事だとは思わなかった。

だが、同時にそれは危険な事だとも思った。

 

 

 

 

「皇国の力を見せつける必要が有る」

 

そう考えたからこそ、行動に移した。

 

 

 

 

遡って中央歴1963年9月25日フェン王国

この日、フェン王国が主催する軍祭は例年にない盛り上がりを見せていた。

その要因こそ首都アマノキ沖合に浮かぶ巨大艦、即ち日本皇国海軍の軍祭参加である。

 

フェン王国は魔法を、より正確に言えば魔力を持たない者達の国だ、だからこそ国民全てが剣を学び、腕が立つ者であれば卑しい出の者でも尊敬を受け、反対に例え王族であっても剣士として見る所が無い者は軽蔑される。

正に剣に生き、剣に死ぬ国だ。

だが魔法を持たない弊害として、通信用魔道具などと言った便利な道具を使う事ができず、直ぐ隣に存在するガハラ神国に生息する風竜の存在によりワイバーンが寄り付かず竜騎士も存在しない。

 

パーパルディア皇国の提案を拒否した為、戦争となるかも知れないとなった時、ガハラ神国の紹介で日本皇国と接触した。

それは正に天啓であった、暗く閉ざされて行くフェンの未来に、光明どころか太陽の光が降り注いだ様なものだった。

何せ日本人はフェンの民と同じく、魔力を持たないにも関わらず、とんでもなく高度な魔法を操っていると言うのだ。

普通ならば一笑に付す所なのだが、他ならぬガハラ神国からのしかも、神王ミナカヌシの名前でのお墨付きだ。

だからこそ、日本の外交官と謁見した際、剣王シハンは「各国の軍事関係者の集う軍祭で、日本皇国の力を見せて欲しい」と頼み、日本がそれを快諾した為今回の艦隊派遣が成ったのだった。

 

フェン王国へとやって来たのはフェンの民だけで無く、集まった文明圏外国や噂を聞きつけて少数ながらやって来た文明国の人間ですら、見た事が無い巨大な戦船。

そしてその軍艦は魔導砲を1門しか持たない(駆逐艦と言うらしい)にも関わらず、標的船として用意されたフェンの軍船3隻をそれぞれ一撃で、綺麗さっぱり消しとばして見せた。

そんなものを堂々と見せつけられては、眉唾であった日本皇国への認識も大きく変わろうと言うものである。

 

 

だが日本皇国にとって、メインは自国艦では無かった。

 

【航空戦列艦】、つい先日ロウリア王国ハルヴェに開設した日本皇国帝国造船の造船所、そこで建造された第一弾の試製艦のお披露目、それが日本にとってのメインイベントであった。

 

「あれが日本皇国が諸外国向けに開発したと言う、新たな戦列艦か」

 

そう呟いたシハンの視線の先にはゆっくりと空中へと浮かび上がる2隻の航空戦列艦の姿があった。

その見た目だが、まず大まかな形はパーパルディア皇国の戦列艦とそう変わら無い様に見える。

大きさは先に攻撃を見せた日本の駆逐艦と比べると、半分程も無い様に見えるが、それでもフェンの軍船と比べればデカイ。

そして一番の特徴は2隻共に2本、マストの様なものが立っているが、そこには帆が張られていない事だろう。

海上から完全に空中へと浮かび上がった戦列艦は駆逐艦よりも慎ましいが、光の翼を広げて空を航行し始める。

 

「ご覧頂いております様に、航空戦列艦は低出力とは言え我が国の航空艦の根幹と言える航空術式[アメノトリフネ]を標準装備しており、最高高度は300m、最高速度としてはワイバーンより少々劣る200km/hでの航行が可能となっております」

 

居並ぶ各国の海軍関係者向けに、日本の技術者が説明を行うが正直あまり耳に入っていない、皆んな自由に空を走る船の姿に集中してしまっている。

やがて湾内を高度を変えつつ一周した2隻は元の位置に戻ると空中に停止、そして舷側が何ヶ所かパカリと開いたかと思えばその中から魔導砲の砲身が飛び出してきた!

 

「なんと!?」

「戦列艦と言いつつ魔導砲の姿が見えないと思えば!!」

「手前側、片側の砲門数12門のものが最も廉価なモデルに。奥側、片側砲門数6門のものが最も高価なモデルとなっています」

 

➖ダダァン!!➖

 

技術者の説明に合わせる様に2隻は順番に砲撃を行った。

 

「おおっ!!」

「素晴らしい!」

「ん?何故砲門数の多いものの方が安く、砲門数の少ないものが高価なのだ?」

 

砲撃の様子に興奮する者を横目に、

普通沢山砲を載せている方が高くなるのでは?そう思ったシハンがそう尋ねると、技術者は笑みを浮かべて言う

 

「見ていれば分かりますよ」

「?」

 

その言葉にシハンが首を傾げた瞬間

 

➖ダン!ダン!ダン!ダン!➖

 

「何だと!!」

「魔導砲を連射した!?」

 

そう言って驚くのは数少ない文明国人達だった。

彼らにとっては魔導砲と言うのは一発撃てば次を撃つのに、それなりに時間が掛かるものと言うのが常識であった。

それが、あの航空戦列艦と呼ばれる船は間髪おかずに連射して見せた。

実を言うと駆逐艦も連射していたのだが、色々と違い過ぎる為その事に目が行く暇が無かった。

しかし航空戦列艦はその名称、そして形状からして彼等の知る戦列艦と殆ど変わら無い。

だからこそ、その船が搭載する魔導砲が連射を行った事に驚いたのだ。

 

「ご覧頂いた通り、砲門数の少ないモデルは連射が可能となっております。最も高価な片側6門の12門級であれば今ご覧の様に、1門につき最大5連射が可能となっております」

 

日本皇国は航空戦列艦の設計の際、購入者の国力の差に合わせ数種類のモデルを用意する様指示を出していた。

その要求仕様に答えて帝国造船が用意したのは以下の通り、

 

【12門級】

片舷につき5連射が可能な実弾砲を搭載。

レーダーを搭載し、レーダー連動射撃が可能。

 

【16門級】

片舷につき3連射が可能な実弾砲を搭載。

簡易レーダーを搭載。

 

【22門級】

簡易レーダー搭載なれど連射は出来ない。

 

【24門級】

レーダーは無く測距儀にて照準。

ただし砲身にはライフリングが施され、パーパルディアの魔導砲より高い命中精度と射程を持つ。

 

この様に購入する国の国力や要求に合わせて4種類を用意した。

パーパルディアどころか、文明国が保有する戦列艦と比べて圧倒的に少ない砲門数だが、この軍祭で日本艦の命中精度を見た者達には決して貧弱には見えなかった。

 

命中精度の低い魔導砲を「下手な鉄砲数撃ちゃ当たるの精神の下」を増やす事で何とか誤魔化している自分達とは違うのだと、嫌でも理解させられたから。

 

 

 

日本皇国海軍軍祭参加艦、駆逐艦【天津風】CIC

 

「方位2-7-1飛行物体探知、数30。時速350kmで真っ直ぐ此方へ向かって来ます」

「西側からの飛行物体だと?パーパルディアか?」

 

レーダー士官の報告に【天津風】砲雷長佐々木少佐は首を傾げた。

フェン王国の話ではパーパルディア皇国軍祭への参加予定は無かった筈だ。

しかし、西からこの速度で飛んでくるものなどパーパルディア皇国のワイバーン、それも恐らく話に聞く品種改良されたワイバーンロードとか言う奴だろう。

 

「フェン王国に確認を取れ」

「はっ」

 

CICから報告を受けた艦長の梅木大佐の命令で、陸上にいる外交官を通してフェン王国への問い合わせを行うも、返答は無かった。

 

「どういうつもりだ?」

「パーパルディアのワイバーン変わらず接近中」

「通信、あちらの通信魔道具に割り込めるか?」

「はっ先程、母艦と思われる存在との通信を探知、通信方向的に内容までは分かりませんでしたが、周波数の特定には成功しました」

 

梅木は制帽を深く被り直すと命ずる

 

「よろしい、フェンが答えないと言うので有ればあちらさんに尋ねるとしようか」

 

 

パーパルディア皇国監察軍東洋艦隊の竜母から飛び立った、ワイバーンロード30騎からなる飛行隊はフェン王国への懲罰行動の為、フェンの首都アマキノに向け飛行中だ。

今あそこではフェン王国主催の軍祭が行われており、文明圏外各国の武官が揃っている。

それらの前で皇国に逆らえばどうなるか、見せつける為にこの日が選ばれた。

元々は20騎のワイバーンロードによる先行攻撃のの予定だったのだが、直前に入った「新たな命令」の為更に10騎、数が増えている。

 

「フェンの軍祭に参加している日本皇国艦へと攻撃せよ」

 

監察軍司令部からの魔信による命令であったが、どう言う訳か監察軍の指揮官を持つ第3外務局カイオス局長からの命令では無く、外務局監査室の所属で現在は第1外務局に出向している、レミール媛からの命令であった。

本来で有れば正規の指揮権を持たない彼女からの命令など、いくら皇族であったとしても無視されるか、指揮権を有する人物へと確認を取ると言うのが官僚制組織においての正解である。

 

だが、監察軍東洋艦隊の提督ポクトアールは熱心な皇室の信奉者であり、それと同時に相応の出世欲を持った人物であった。

元々フェン王国への懲罰は皇国の威信をかけたものではあったが、皇族たるレミール媛が直接「皇国の威信をかけた命令だ」と言ったのが、「日本皇国艦への攻撃」だ。

であれば彼女の命令をつつがなく熟せば覚えもめでたくなるだろう、もしかすると監察軍指揮官から皇軍の指揮官へとなれるかも知れない。

そう考えたポクトアールは確実性を期す為、予定よりも多いワイバーンロードを空へ上げたのだった。

 

間も無くアマノキを目視範囲に捉えると言う頃、竜騎士達の持つ通信魔法具が音を拾った。

 

《接近中のパーパルディア皇国ワイバーン飛行隊へ、此方は日本皇国海軍駆逐艦【天津風】。本艦のレーダーが貴飛行隊を捉えたが、フェン王国からは軍祭にパーパルディア皇国が参加するとの通達は受けていない。

如何なる目的を持った飛行か応答ねがう》

 

「馬鹿なっ!文明圏外の蛮族がこの距離で我々を捉えただと!?」

 

日本皇国を単なる文明圏外国だと思っていた彼らは目視範囲の外で、しかも()()()()()()()()捕捉された事に驚く。

情報の伝達が正しく行われていれば良かったのだが、東洋艦隊が本拠地を置く東部地域には、日本との接触自体あまり正確には伝わっていなかった。

と言うのも、同時に起こった神聖ミリシアル帝国の来訪の方が民衆の興味を引いたからだ。

エストシラントから離れる毎にミリシアルの話は尾ひれがついて大きくなっており、相対的に日本の話は聞かなくなって行く。

そして東洋艦隊によるフェン王国への懲罰が決まった頃には日本皇国の影も形も無かった(正確には国家戦略局以外知らななかった)事、軍祭への日本皇国参加の報が入ったのがごく最近で、指示を出す前にレミールがやらかし、そのせいで小さく無い混乱が起こってしまった為、最悪な事に彼等の認識を訂正する暇が無かった。

 

「見えたぞ!アマノキだ!」

「こちらは当初の予定通りフェンの王城を攻撃する、各騎続け」

 

先ず10騎が当初からの予定通りフェン王国への懲罰の為、国のシンボルとも言える王城を焼く為に分派する。

 

「では我々は日本の船を攻撃するぞ!」

「でもどれがその日本の船なんです!?」

 

実は伝わっていない日本に関する情報の中には国旗も含まれていた。

その為彼等は誰が日本艦(攻撃対象)なのか分からなかったのだが、

 

「分からんが、取り敢えずあのデカイのからだ!!」

「了解!!」

 

「目立つものから攻撃して恐怖を与える」という選択だったのたが、彼等は不運な事にアタリを引いてしまった。

 

《こちら【天津風】当艦に接近中のパーパルディア皇国飛行隊!直ちに引き返せ!》

「そうか貴様が日本か!」

「口だけは達者な蛮族が!!焼き尽くしてくれる!」

「導力火炎弾用意!!」

 

号令に合わせてワイバーンロードは導力火炎弾の発射用意に入る

 

 

 

「パーパルディア飛行隊更に接近!!」

「ッ!!魔力収束探知!導力火炎弾発射体制に入った!!」

 

【天津風】CICでは怒号が飛び交う

 

「艦長!」

「奴さんやる気だな......対空戦闘用意、ただし発砲まて」

「対空戦闘用意!!」

「たいくーうせんとぉーよぉーい」

 

梅木の命令に慌ただしく、それでいてスピーディに対空戦闘の準備が進む。

 

「砲雷長、敵さんの攻撃の威力を見たい。“鏡”の展開用意」

「艦長」

 

敢えて相手の攻撃を受けると言う梅木に佐々木の声は硬くなる。

いくら“鏡”と言えど相手の攻撃は未知のものだ、何らかの不具合が生じたり、そもそも効果が無かったりするかも知れない。

 

「なに、責任は私が取るよ砲雷長」

「はっ、[ヤタノカガミ]展開用意!」

「[ヤタノカガミ]展開用意します」

 

佐々木の指示により船体表面に刻まれた魔法陣に魔力が流される。

 

「ワイバーン急降下!攻撃きます!!」

「[ヤタノカガミ]展開!!総員衝撃に備え!!」

 

 

隊列を組んだワイバーンロード20騎が一斉に導力火炎弾を発射した。

文明圏外はおろか文明国の戦列艦であったとしても、撃沈は免れない圧倒的な攻撃、目にしていた者達は「いかに日本皇国の軍艦であっても、ひとたまりもないのでは?」そう考えた。

 

船体を包むように現れた黄金色の膜が導力火炎弾をはじき返すまでは

 

「は?」

 

誰が発した言葉だっただろうか?

陸地から見ていた者達か

或いは攻撃を行った竜騎士達だったろうか?

それとも全員だったのか。

 

そして彼等は皆一様に次に見た光景に言葉を失う。

はじき返された導力火炎弾はそれを放ったワイバーンロードに襲いかかり、その全てを撃ち落とした。

 

更にその光景を頭が理解するより速く、日本艦が放ったナニカがフェンの王城を攻撃していた残りの10騎も叩き落とした。

 

 

 

 

 

「竜騎士隊との通信全て途絶!」

「なんだと!?」

 

通信士の報告にポクトアールは思わず声を上げる。

難しい任務では無かった、と言うかフェン王国や集まっている文明圏外国、或いは少数の文明国など20騎のワイバーンロードがいれば圧倒するなど容易い事だ。

 

それでもレミール様の期待に応える為、万全を期して20騎を予定していたのを30騎に増やした。

だと言うのに、一体これはどう言う事だ......

 

嫌な予感がする

 

だがこのまま引き返す訳には行かなかった。

竜騎士隊との通信が途絶えたと言う事は信じたくは無いが、彼等は落とされたと言う事だ。

皇国のワイバーンをそれも原種では無くロード種を撃墜した者があそこにいる。

監察軍東洋艦隊の出撃理由が、皇国の威信をかけたフェン王国懲罰である以上、そんな存在を許して置く訳にはいかない。

 

艦隊は皇国に楯突く愚か者を殲滅する為、風神の涙を全力で使用し帆をいっぱいに張り東へと走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

《応答せよ!監察軍東洋艦隊!直ちに応答せよ!こちら第3外務局監察軍司令部!!》




原作にしろ本作にしろ、やらかしが目立つレミールですけど、それでもパーパルディア皇国を思う気持ちってのは本物だと思うんですよね。
やらかした事自体は擁護出来ないですけど。
いや、本作での越権行為は駄目として、原作では情報不足のせいで、覇権主義がまかり通る世界での常識で動いただけだからまだワンチャン。
アレには日本にだって責任はあると思う。


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衝突

パーパルディアのワイバーンロードが堕ちて行く。

ソレを目にする者達にとって、その光景は心で望みながらも頭では“無理”だと諦めていた光景だった。

 

第三文明圏やその周辺の国では誰もパーパルディアのワイバーンロードには敵わない、それが長年の常識であった。

同じ様にワイバーンロードを運用する列強や文明国であれば対抗は可能だが、それでも倒しきるのには相当の犠牲を要する。

一方的に勝ちを得られるのは世界のツートップ、神聖ミリシアル帝国とムー国だけだと考えられていた。

 

第三文明圏の文明国や東方の文明圏外国にとって、間違い無く力の象徴であったワイバーンロード、ソレを日本皇国の軍艦はいとも容易く叩き落としてしまった。

しかも意味不明な事に、日本艦を攻撃した20騎は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()落ちた。

攻撃の直後、日本艦を覆った黄金色の輝きが原因であろうと言う予想は立つが、それが一体どう言ったものなのかは誰一人として理解出来ない。

 

だが

 

巨大な軍艦や既存のものとは比べ物にならない力を持つ航空戦列艦、この2つに続いてワイバーンロードすら寄せ付けない様を見せ付けた日本皇国の力は、最早誰一人として疑うものでは無くなった。

 

唯一の懸念としては今でこそ友好的な姿勢の日本皇国であるが、その態度がいつ変貌するとも限らないと言う事だろうか。

日本にとって重要な食料や資源を持つ、クワ・トイネ公国-クイラ王国-アルタラス王国ならば未だしも、その他の国には日本に対するカードは無いに等しい。

 

日本皇国への対応は慎重に行わなければならない。

 

 

 

各国の使節や武官達が決意を持つ中、会場の一角で険悪なムードが漂っていた。

 

「日本皇国には此度の災禍を払って下さった事、御礼申し上げる」

 

フェン王国国王シハン以下、王国騎士長マグレブを始めとしたフェン王国の面々が、日本皇国の外交官島田に頭を下げる。

国王以下の国家の重鎮達が揃って頭を下げるなど先ず無い事だが、如何あっても自分達では敵わないパーパルディアのワイバーンロードを、いとも簡単に叩き落とした相手を怒らせる訳にはいかないと慎重になっている。

 

「いえ、海軍は降りかかった火の粉を払ったに過ぎません。それよりも、何故パーパルディアのワイバーン飛行隊が現れ攻撃を行ったのか。また、現在西方200kmを東進する艦隊について、何かご存知であればお聞かせ願いたい」

「勿論だとも。ただ、流石に此処では問題なので移動願いたい」

 

シハン王直々の案内に従い一行は来賓室へと向かう。

通された来賓室は豪華な部屋では無かったが、おくゆかしさと趣があり全体の質は高く、外交を行う部屋として申し分なかった。

 

「では日本の皆様にご説明致します」

 

全員が席に着いたのを確認すると、騎士長マグレブが話し始める。

 

「先程我が国の城を焼き、日本海軍艦へと攻撃を行ったのはご指摘の通りパーパルディア皇国のワイバーンロードと見て間違いありません。また、現在東進中だと言う艦隊はパーパルディア皇国監察軍東洋艦隊と思われます」

 

相手に関しては理解できた。

マグレブの語り様は仮定の様な話し方だが、その声音は確信している様に思える。

フェンの者がシハン王を含め誰も異論を述べないと言う事は、パーパルディア皇国による攻撃と見て間違い無いのだろう。

実際【天津風】が呼びかけた際もパーパルディア皇国のワイバーン飛行隊と仮定して呼びかけたそうだが、反応は無かったものの訂正等も無かったと言う。

 

だがこの様子......まさか最初から攻撃が有ると予想していた?

 

「下手人が間違い無くパーパルディア皇国で有ると言うのは理解できました。では何故彼等が此処に現れ、貴国の王城と我が国の駆逐艦へ攻撃を行ったのか。態々場を移したのです、わかっておられるのですね?」

「はい、ワイバーンロードによる襲撃、それと現在こちらに向かっていると言う艦隊による攻撃、コレら一連の行動は我が国に対する懲罰行動と考えられます」

 

「懲罰行動」主権国家たるフェン王国を相手に随分と尊大な事だと思うが、おそらくこの世界の常識としては可笑しな事では無いのだろう。

 

「パーパルディアの懲罰行動の根拠は我が国がパーパルディア皇国第3外務局から提示された、土地の租借等に関する提案を全て蹴った事に有ると考えられます。その事で国の顔に泥を塗られたと考えたものと思われます」

 

そんな事でと思うが、列強であるパーパルディア皇国と、この世界の主流である魔法を扱えないフェン王国を始めとする文明圏外の国とでは、それが許される程に力の差がある。

多くの属領や属国を抱えると言うパーパルディア皇国としては、舐められる様なことがあってはならないと考えたのだろう。

 

だが、フェン王国への懲罰としての攻撃であったので有れば、何故【天津風】への攻撃が行われたのか?

襲来したワイバーンの数は30騎、その内フェンの城を焼いたのは10騎で【天津風】を攻撃したのが20騎と、主目的である筈のフェンへの懲罰以上に【天津風】、あるいは日本皇国への攻撃を優先していた様に思える。

そこに一体どの様な意図があったのか......

 

「大使殿、状況は我が国にとって危険な状況となった。30騎ものワイバーンロードが落ちた以上、今こちらに向かって来ていると言う監察軍は全力で攻撃を行うだろう。

ついては直ぐにでも貴国との国交開設を行いたい。無論軍事同盟も含めて」

 

島田の思考をシハンハ王が遮る。

フェンとしては一刻も早く同盟を結び、日本の力を得たい様だ。

あわよくば今回の監察軍襲来に関しても、こちらに丸投げしようと考えているのだろう。

 

「貴国は既に戦争状態へ入ったものと認識します。我々の権限では既に戦争状態にある国家との国交開設や、同盟締結に関する交渉を行う事は出来ません」

 

これが国交が樹立し、軍事同盟も結んだ後であれば日本皇国はフェン王国に対して最大限の助力を行うだろう。

だが、国交樹立の前に()()()()()()()()()()()()()、そこに軍祭に集まる文明圏外各国の戦船と並べると、確実に異彩を放ち襲撃を仕掛けるであろうパーパルディア監察軍の目を引くであろう、日本皇国海軍を招いた事は明らかに、日本を戦争に巻き込もうとしている様に感じられる。

 

日本としては国交樹立に関する実務者協議すら行われていない事を除けば、別にパーパルディア皇国に対して然程思う事もない。

パーパルディアがここ10年来力を入れていると言う拡張政策や、属州や属国に対する行いを耳にはしているが、今のところ直接パーパルディアで手に入れた情報も少ない事から、かの国の全体像と言うのは見えていない状態にある。

勿論、拡張政策や覇権主義がまかり通る世界で、「列強」とされる国である事を踏まえて、丁度いい位置にあるフェン王国とガハラ神国に目を付けてはいたが、あからさまに戦争に巻き込もうと言うフェンの姿勢は、あまり面白くないのも事実である。

 

「我が国の艦艇に対する攻撃が行われた以上、相応の行動は行いますが、国交等に関する事は一度本国で協議を行った上で、お返事させて頂きます」

 

 

 

《応答せよ!監察軍東洋艦隊!直ちに応答せよ!こちら第3外務局監察軍司令部!!》

 

「こちら東洋艦隊旗艦オルフィン、司令部どうぞ」

《私は第3外務局局長のカイオス・フォン・ヴェルンフトだ》

「きょっ局長閣下!?」

 

フェン王国へと向かって進撃を続ける監察軍東洋艦隊に、本国の監察軍司令部より緊急の魔信が入った。

対応した通信兵は相手が第3外務局局長のカイオスである事に、飛び上がらんばかりに驚いた。

まぁ、監察軍の行動はカイオスの命令によって行われるが、そのカイオスから直接魔信が入るなんて事はまずあり得ず、専門職とは言え一兵卒にしか過ぎない自分が組織のトップと直接会話するなど、あり得ないと思っていたので仕方がないだろう。

 

《通信兵、直ちにポクトアール提督を呼びたまえ》

「提督をでありますか?」

《そうだ、早くしろ!》

「りょっ了解しました!直ちに!」

 

弾かれた様に席を立ち、艦橋に居るポクトアールの元へ走って行く。

 

暫くして、訝しげなポクトアールを伴って通信室へと戻ってきた通信兵は、通信用魔法具の会話装置を差し出す。

 

「東洋艦隊提督ポクトアールであります」

《第3外務局長ヴェルンフトだ》

「は。して閣下どの様な御用向きでしょうか?我が東洋艦隊は現在フェン王国への懲罰任務に従事中でありますが」

 

これまで他の文明圏外国などに行ってきた懲罰では、粗方の方針が伝えられれば後は現場の裁量に任され、監察軍司令部やましてトップであるカイオスが追加で何かを命じてくるなんて事は無かった。

 

《その事でだ、提督。先日本来の指揮系統から逸脱した正当性の無い命令が発せられたが、何故そちらから折り返し確認が無い?》

「ッ! そ、それは」

《それは?》

 

言うまでもなく、レミール媛から発せられた「日本皇国の艦艇を攻撃せよ」という命令だ。

例え監察軍司令部からの魔信をつかっての命令であっても、命令を行なったのが指揮権を持たないレミールであった時点で、ポクトアールには報告と確認の義務が生じる。

混乱のせいで命令の無効を伝達出来なかった司令部やカイオスにも非はあるが、義務を果たさなかったポクトアールにも当然非はある。

むしろ、正当性の無い命令を既に実行してしまっている以上、彼の罪はより重いと言えるだろう。

 

《どうした?提督、それは一体なんだと言うのだね?》

「はっ、いえ、それは」

《まさかとは思うが貴様ー

 

答えられずしどろもどろになるポクトアールに、嫌な予感を感じたカイオスが語気を強めたその時、

 

 

《航行中のパーパルディア皇国監察軍に告ぐ、此方は日本皇国海軍である。先のワイバーン飛行隊による攻撃の意図を問う、直ちに停船し応答セヨ》

 

強力な魔導による割り込みだ、カイオスの声は掻き消され、オルフィンだけでなく東洋艦隊の艦艇全ての通信用魔法具から、日本皇国海軍を名乗る者の声が響いた。

 

 

 

巡航艦【妙高】CIC

 

「繰り返す、此方は日本皇国海軍である、直ちに停船し先の攻撃の意図を説明されたし!!」

「相手側からの反応ありません」

 

パーパルディア皇国のワイバーン飛行隊による攻撃を受けて直ぐ、フェン王国沖合にいた日本皇国海軍は、接近しつつあるパーパルディア監察軍と考えられる艦隊に対応する為、【妙高】と駆逐艦【吹雪】を派遣した。

 

西方を警戒しているフェン王国海軍船を横目に、望遠カメラがパーパルディア監察軍と思わしき木造帆船22隻を捉えた為、通信魔導具による呼びかけ(ロデニウス大陸の通信用魔法具と違い、パーパルディア皇国製の通信用魔法具であれば、一応通話可能であるのは確認済みであったので日本皇国製の通信魔導具が使用された)を行った。

 

だが相手側からの反応は無い。

それではと【妙高】艦長の大谷大佐は呼びかけを次の段階へと移す、

 

「再度通告する。直ちに停船し先の攻撃の意図を説明されたし。返答がないもしくはこれ以上進撃を続ける場合、先の攻撃は宣戦布告であると見なされ、我が軍はそちらに戦闘の意思ありとして対応を行う」

 

 

 

その頃、監察軍東洋艦隊は大混乱の最中にあった。

 

最初にソレが見えた時はフェン王国の海軍だと考えた。

蛮族の弱っちい軍船がひ弱な抵抗をしようと集まっているのだと。

だが、その姿がだんだんと大きくなって行くにつれそんな考えはしぼんでゆき、ついには消えて無くなった。

尋常じゃない速度で近づいてくるソレは遠目に見える時点でハッキリと分かる程に巨大だった。

そしてその巨大艦は海の上では無く、空の上にいた。

 

見上げる程の高さでは無く、戦列艦がギリギリ入るか位の高さではあったが、それでも空に浮かんでいるのは紛れも無い事実だ。

 

そこに加えて高出力の魔導のよる通信だ。

 

《これ以上進撃を続けるのであれば、先の攻撃を宣戦布告とみなし交戦の意思ありとして対応する!》

 

そこで漸く艦橋に上がってきていたポクトアールが正気に戻った。

彼の常識ではあれ程に巨大なモノが、飛空船では絶対に失速して墜落する速度で空に浮いているなど、意味不明過ぎて固まってしまっていたのだった。

正気に戻ったポクトアールは聞こえていた言葉を反芻し、とある単語に気付いた。

 

日本皇国海軍

 

即ち、レミールの攻撃命令の対象だ。

「皇国の威信をかけて」と命じられた以上、全て撃墜され失敗した可能性大のワイバーンロードによる攻撃だけでは、命令を達成したとは判断されないだろう。

 

少なくとも1隻は沈めなければ

 

そう考えたポクトアールは命令を出す。

 

「こっ攻撃しろっ!奴らを撃沈するのだ!!」

「「!!?」」

 

ポクトアールの命令に、周囲にいた幹部や水兵達は目を見開く。

 

「そ、それはできません」

「できないだと!?巫山戯るなッ!命令だぞッ!!」

 

艦隊の砲戦を指揮する幹部が代表して声をかけるが、それに激怒したポクトアールは彼の胸ぐらを掴み上げる。

 

「せっ戦列艦の、魔導砲は上にっ、向かっては撃てない、のです」

 

苦しげにそう言われ掴んでいた手を離す。

ポクトアールとてそんなことは分かっていた、分かっていたのだ。

だが、正規の命令権を持たないレミールの命令を勝手に受諾し、既に実行に移し、それに失敗してしまっている以上このまま帰っても、艦隊司令を解任の上、罪に問われることは間違いない。

だからここは日本皇国艦への攻撃を十二分にこなし、レミール媛のご威光に縋るしか無いと、ポクトアールは考えていた。

尚、彼の頭からは越権行為を行ったレミールも、何らかの罰則を受けるであろうと言うことは、綺麗サッパリ抜け落ちていた。

 

「ならワイバーンだっ!ワイバーンロードを上げろっ!!」

 

砲撃が無理だと悟と、今度は航空司令に向かって命令する。

 

だが、

 

「それも不可能です提督」

「何故だッ!?お前が!我々が乗っているのは何だ!?竜母だろうが!!」

「本艦のワイバーンロード搭載数は10騎です。それらは先のアマノキ攻撃時に全て出撃しており、今尚帰還していません」

「あ......」

 

そう、東洋艦隊旗艦オルフィンは旧型の竜母だ。

ワイバーンを運用していた頃ならもう少し乗ったのだが、ワイバーンロードへと切り替わってからは控えを合わせて、10騎しか搭載できなくなった。

それを本土から飛来した20騎と共に、フェンにはワイバーンがいない事を良いことに、直掩を残さず全て攻撃に回したのは他でも無いポクトアールだ。

 

ポクトアールと幹部達が問答をしている間も、停船も転進も命じられていない艦隊は、最大船速のままフェンへ向かっている。

 

「くそっくそっ!なにか、なにかっ」

「提督兎も角どうするかのご指示を」

「どうするかだとッ!?決まっている攻げ➖ドカアァン!!➖なんだつ!?」

 

ポクトアールが兎に角攻撃しろと命じようとしたその時、艦隊の前方の海面が突然爆発した。

そして、また通信用魔法具が言葉を紡ぐ

 

《我が国は貴国の行動を交戦の意思がある宣戦布告であると認め、自衛の為の行動を取る事を宣言する》

 

 

こちらに対する攻撃手段を持たない様な相手に対して自衛もクソも無いが、すぐ近くにいるフェン王国海軍に攻撃されて全滅でもさせられれば後々面倒だし、既に本国からはパーパルディアの動きによっては撃沈せよと命令が出ている。

である以上

 

「攻撃せんわけにはいかんわな、砲術長」

「は。砲戦用意!」

「砲戦よぉーい!!」

 

【妙高】の艦首側に2基配置された205mm連装収束魔力砲が旋回し、パーパルディア皇国監察軍の艦隊を捉える。

命令が伝達された【吹雪】でも同じ様に単装砲が旋回・照準を行なっている。

 

「【吹雪】による威嚇射撃、その後通告を行った上で攻撃を行う」

 

【吹雪】がパーパルディア艦隊の鼻先に127mm砲を叩き込む。

そうすると、艦隊はまるで統率を失ったかの様にバラバラに、それこそ自分達だけでも助かろうと言わんばかりに、其々の船が勝手に動き出した。

 

「主砲、目標パーパルディア皇国艦隊。撃ち方始め」

「主砲、目標パーパルディア皇国艦隊!うちーかた始め!!」

「うちーかた始め!!」

 

5条の光がパーパルディア監察軍東洋艦隊を焼き尽くす。




カイオスさんの家名はオリジナル、何となくふと思い付いた文字を並べただけなので、意味とかは無い。

原作では監察軍が竜母を持っていると言う描写は無いですが、ここでは東洋艦隊は旧型のものを東洋艦隊1隻保有している事にしました。


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ふたつの皇国・1

パーパルディア皇国皇宮パラディス城で御前会議が開かれていた。

会議の内容は「日本皇国について」。

現在最優先とされるのは第3外務局隷下の監察軍による、フェン王国懲罰の折に起こった日本皇国との戦闘に関してだ。

 

日本を文明圏外の極東の蛮族だと決め付けていた者達ですら、「監察軍東洋艦隊の全滅」と言う事実からは目を逸らさないでいた。

何せ東洋艦隊に対して行われた勧告は全て、監察軍司令部にも届いていたのだから。

第3外務局長であるカイオスが直接通信用魔法具での通話中、強力な魔導による割り込みが行われた。

以降、こちら側からの魔信は届かなくなったが、余程強力だったのだろう、あちら側即ち日本皇国からの魔信は東洋艦隊のみならず、司令部にも届いていた。

 

『我が国は貴国の行動を交戦の意思がある宣戦布告であると認め、自衛の為の行動を取る事を宣言する』

 

との魔信が入って以降、日本側が魔信を行わなくなったのか通信用魔法具は沈黙した。

この事からカイオスと監察軍司令部は東洋艦隊が壊滅したか、そうで無くとも遠距離魔信が出来ない状態にあると判断した。

無論、「型落ちの装備を使っている監察軍と言えど、蛮族如きにやられる筈がない」と言う意見と言うか現実逃避もあったが、「ならば現時点で東洋艦隊からの連絡が一切無いのは何故なのか」と問われれば閉口するしかなかった。

事実として日本側の宣言以降、東洋艦隊からは一切の連絡が無く、こちらからの呼びかけにも全く答えない。

そうなるとやはり壊滅か連絡を行えない状態に有ると考えられる。

だが、東洋艦隊が母港としていたデュロの司令部からも艦隊帰還の報告が無い以上最悪を想定し、「一隻残らず沈められた」と考えるべきだろう。

 

「皇帝陛下御入室!!」

 

近衛兵の声に出席者全員が立ち上がり最敬礼を行う。

 

「よい、皆席につけ」

 

皇帝ルディアスの命に全員が席につく。

これで会議の出席者全員が出揃った。

 

会議の出席者は以下の通り

皇帝 ルディアス

皇帝の相談役 ルパーサ

 

第1外務局局長 エルト

第2外務局局長 リアス

第3外務局局長 カイオス

外務局監査室室長 イレーネ

情報局局長 エマスタイン

国家戦略局局長 アレクセイ

臣民統治機構長官 パーラス

 

パーパルディア皇国軍最高司令官 アルデ

パーパルディア皇国海軍最高司令官 バルス

パーパルディア皇国陸軍最高司令官 アルゴス

 

先進兵器開発研究所所長 ウルトヴァーム

 

及び各機関幹部職員複数、

 

参考人 レミール

 

錚々たる面子である。

パーパルディア皇国という国を動かす者達と言って然るべきメンバーだ。

 

「それではこれより御前会議を開始致します。今回の会議で取り上げる主な議題は『フェン沖海戦』に関するモノです」

 

会議の進行役を務めるエルトが口を開く。

エルトの言葉に会議のテーブルでは無く、部屋の隅にいるレミールがピクリと反応するが、それを気にせず続ける。

 

「ヴェンフルト第3外務局長、フェン沖海戦に関する報告をお願いします」

「はい。では皆様、お手元の資料をご覧下さい。去る中央歴1963年9月25日、我が第3外務局隷下の監察軍東洋艦隊は監察軍司令部が発令したフェン王国懲罰の為、中型竜母を含む22隻の艦艇とデュロより飛び立ったワイバーンロード20騎をもって、フェン王国の軍祭を強襲致しました」

 

エルトに促されたカイオスは立ち上がり説明を行う。

 

「この懲罰行動はこれまで文明圏外の蛮国に対して行われてきたものと変わらず、我が国の力を見せつける為のものでありました。故に、愚かしくも我が国の提案を蹴った()()()()()()()()()行われるもので、軍祭に参加する他国へと直接的な被害を与える予定はありませんでした。

しかし、攻撃当日となって本来の指揮系統を逸脱した命令が東洋艦隊へと行われ、あろう事か東洋艦隊指揮官ユリアス・フォン・ポクトアール提督はこの命令を受領、軍祭に参加していた日本皇国艦艇への攻撃を行ったものと思われます。

尚、これを断言できないのは現在に至っても東洋艦隊と連絡が付かず、確認のしようが無い為です。

ですが、直後の日本皇国の動きからも攻撃は行われたものと考えて、間違い無いものと思われます」

 

越権命令の下りで、複数の視線がレミールに刺さる。

 

「その後、監察軍司令部より私が直接通信用魔法具にて、東洋艦隊ポクトアール提督へと魔信を行なっていた際、フェン王国首都で軍祭の開催地であったアマノキからやって来たと思われる日本皇国海軍艦が東洋艦隊と接触、高出力の通信用魔法具による勧告を行いました。この勧告は日本魔信の魔導出力がこちらの物よりも強力であった為、司令部でも傍受する事が出来ました」

 

内容に関してはお手元の資料にと言うと、全員が資料に目を落とす。

そこには

『航行中のパーパルディア皇国監察軍に告ぐ、此方は日本皇国海軍である。先のワイバーン飛行隊による攻撃の意図を問う、直ちに停船し応答せよ』

『繰り返す、此方は日本皇国海軍である、直ちに停船し先の攻撃の意図を説明されたし』

『再度通告する。直ちに停船し先の攻撃の意図を説明されたし。返答がないもしくはこれ以上進撃を続ける場合、先の攻撃は宣戦布告であると見なされ、我が軍はそちらに戦闘の意思ありとして対応を行う』

『これ以上進撃を続けるのであれば、先の攻撃を宣戦布告とみなし交戦の意思ありとして対応する』

『我が国は貴国の行動を交戦の意思がある宣戦布告であると認め、自衛の為の行動を取る事を宣言する』

 

と記されていた。

 

「尚これらの呼びかけに対し、東洋艦隊側からの返信は有りませんでした。そして最後の宣言の後、巨大な爆音を拾って以降東洋艦隊からの連絡は途絶。今現在に至るまで東洋艦隊からの魔信も、艦隊が母港としていたデュロからの帰還の報告もありません」

 

そこまで話すとカイオスは座る。

カイオスが椅子に腰掛けるのと同時に、あちこちから囁き声が聞こえ始める。

報告の内容に関して隣同士で話あっているのだろう。

だがそのざわめきも、再びエルトが口を開くと収束する。

 

「第3外務局長、つまり監察軍東洋艦隊は壊滅したと?」

「デュロに数隻残ってはいますが、『艦隊』と言う括りで見るのであれば、壊滅したものと監察軍司令部では判断しています」

「壊滅、壊滅ですか、蛮族を相手に壊滅とは......皇国の恥ですなぁ」

「アルデ軍総司令、皇国の軍を司る役職に有るとは思えないご発言ですな」

「なんですと?」

 

監察軍を馬鹿にしたような発言をした皇国軍最高司令官アルデ・フォン・ブラキウムとカイオスが険悪な雰囲気になる。

アルデとしては文明圏外国相手に壊滅したなど、古い装備を使っている監察軍と言えどパーパルディア皇国の軍事組織として、あってはならない失態だと言う考えだし。

カイオスとしてはこの期に及んで日本皇国を蛮族扱いしようとする、アルデのその考え自体が理解できなかった。

第一に

 

「よろしいでしょうか?ヴェンフルト局長」

「何でしょうアードナー海軍司令」

 

そんな雰囲気を壊すように、海軍総司令官バルス・メルクル・アードナーが声をかける。

 

「東洋艦隊からは『攻撃を受けている』や『救援を求める』と言った魔信は無かったのですか?」

「ええ、有りませんでした。最も日本皇国がどの通信用魔法具に繋いだままにしていて、そのせいでこちらに届かなかったと言う可能性も、否定はできませんが」

「成る程、ありがとうございます。つまり、日本皇国には30騎のワイバーンロードと22隻の軍艦をモノともしない力があると。そう言う事ですな?」

「とは言い切れません。東洋艦隊の被害状況が解らない事と同じくらい、日本軍側の被害状況に関しても解ってはいないのです。圧勝したのか、それとも刺し違えたのか......」

 

とは言うものの、刺し違えたなどと言うことは無いだろうとカイオスは思っていた。

以前エストシラントに現れた日本皇国海軍艦、乗艦した【アキツシマ】は規格外の化け物であったし、それ以外も【アキツシマ】を作った国が作り出したものだ、大きさも巨大だったしその力も相当のものだろう。

そしてそう考えていたのはカイオスだけでは無い。

質問を行なったバルスもあの日、エストシラントの港で日本艦を見ていたのだ。

 

あんなものが相手では監察軍はおろか海軍であっても怪しい

 

それがバルスの考えだった。

生憎と彼はカイオス等とは違い、例の資料映像は見ていないが、長年海軍で生きてきた者としてそう判断していた。

まず第一に相手に対する攻撃手段が、現在の皇国海軍の戦列艦には存在しない。

今の艦載魔導砲に仰角を付け、空を狙わせるなど夢のまた夢の話だ。

そうなってくると期待するのは竜騎士だが木製帆船ならば兎も角、どうも完全に鉄製に見える日本艦相手に、導力火炎弾がどれほど効くか解ったものじゃないし、そもそも空を行く船だ、「空を飛ぶ敵」に対する対策が無いなどとは考えられない。

 

「ふむ、ヴェンフルト局長。必要ならば東部に展開する艦隊から戦力を抽出し、交戦海域の調査を行わせますが?」

「申し出は有難いのですが、それは悪手と言えますアードナー司令」

「どう言う事でしょう?」

 

バルスとしては既に相手は移動しているであろうが、残骸程度は見つかるだろうし、それを確認すれば東洋艦隊がどうなったか判るだろうと判断しての申し出だったのだが、

 

「このタイミングでの皇国海軍の派遣は、更なる戦力の投入と見られら可能性が極めて高いと考えます。なにせ日本は一連の事態を我が国による宣戦布告と捉えています。宣言では『自衛のため』としているので今すぐに軍事行動に移す事は無い、そう考えられますが、ここで東洋艦隊が“先遣隊”であったかの様な行動をとる事は、彼等に宣戦布告が行われたと確信させる事に繋がりかねません」

「むぅ」

 

そう言われれば納得できる。

公的な宣戦布告の交付が有った訳でも無く、東洋艦隊からそう取れる発言も無かった様だし、宣言を見るに東洋艦隊への攻撃は現実的な脅威の排除と捉えるべきだろう。

となると、今日本皇国はコレが本当にパーパルディア皇国からの宣戦布告だったのか、それとも何か別の意図があったのかと考え、こちらの出方を伺っていると考えらる。

そこに監察軍よりも上位の装備を配備している皇国海軍が、徒党を組んで迎えば彼等は、「やはり宣戦布告であった」と確信するだろう。

 

「仮にその日本が宣戦布告と捉えたとして、我が皇国軍が負けるとでも仰りたいのですかな?ヴェンフルト局長」

 

納得してうんうん頷いているバルスを横目で睨みつつ、アルデがカイオスに噛み付いた。

何言ってんだコイツ的な視線が3つの外務局関係者や、海軍関係者から向けられるが彼はそれには気付かない。

 

「監察軍を預かる身では有りますが、軍事に精通している訳では無いので、専門的な判断が出来るわけでは有りませんが、少なくとも日本皇国の海軍力に関して言えば、神聖ミリシアル帝国の外務大臣が自国と同等、あるいは上回ると判断した事は存じ上げています」

「なっ」

 

あちこちから息を飲む音が聞こえる。

世界最強の国家の要人が、例え軍事の専門家では無かったとしても、他国に弱みを見せてはいけない人物である外務大臣が、自国よりも上かもしれないなどと認めたというのは、衝撃的だった。

因みに、ペクラスがカイオスにそう語った訳では無く、思わずこぼしたのを聞き逃さなかっただけである。

カイオスとしては語って聞かされるより、思わず漏れた本音である方が信憑性が高いと思っているので、この事はおそらく間違いの無い事実であろうと認識している。

 

「バカな、文明圏外の蛮族がそんな力を持つはずがー「彼等は転移国家なのだ」レミール様?」

 

否定しようとしたアルデを部屋の隅から来た声が遮る、レミールだ。

 

「彼等は異世界から転移して来た国家だ、我が国から見て東、今まで何も無いに等しかった岩礁海域に国土ごと」

「その様な事がありましょうか?転移国家などと、そんな馬鹿げた話が」

「では彼等の力をどう説明する?我が国が誇るフィシャヌス級戦列艦や超F級戦列艦を軽々と上回る巨艦を平然と空に浮かべ、搭載された魔導砲は我が国の物より巨大だ。それに彼等は“天の浮舟”すら持っていた。まさか、資料に目を通していないとは言うまいな?アルデ」

「そっそれは......」

 

実は読んでいなかった。

日本皇国がエストシラントへと訪れたあの日、アルデは皇帝ルディアスの聖都パールネウス視察に同行しており、エストシラントに居なかった。

その為後から日本皇国に関する資料を渡されたのだが冒頭、日本皇国がフィルアデス大陸の東方に位置する国家だと記述された所だけを読んで、「態々東の果ての蛮族の新興国家の資料など読まなくてもいい」と判断したからだ。

 

「レミールよ」

「はい陛下」

 

アルデを詰問するレミールに、ここまで沈黙を保っていた皇帝ルディアスが声をかける。

 

「お前が日本皇国なる国の力を正しく把握していると言うので有れば、何故越権行為を行い攻撃を仕掛ける様な真似をした?ポクトアール供が本当に壊滅していた場合、お前の命令の所為で死んだとも取られかねんぞ?」

「はっ、それは重々承知しています。私はあの日、日本皇国がこのエストシラントを訪れた際、日本皇国と神聖ミリシアル帝国による会談の場に居合わせました」

 

レミールは長机の端、誰も座っていなかったルディアスの正面へと移動すると、彼の目をしっかり見つめ話し始める。

 

「最初こそ、皇国の地で会談を行いながらも、まるで我々がいないかの様に話に没頭する2国に対し、怒りすら覚えました。

それは日本の招きで彼等の軍艦に乗船するまで続いていました。

ですが、乗船した船、戦艦【アキツシマ】と呼ばれたあの巨艦に一歩足を踏み入れた時、その怒りが小さくなっていくのを感じました」

 

一旦言葉を切り、深く深呼吸をする。

 

「その時、私は心のどこかで......彼等を恐れ始めたのだと思います」

 

 

 

 

 

 

 



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ふたつの皇国・2

「その時、私は心のどこかで......彼等を恐れ始めたのだと思います」

 

レミールのその言葉に会議室は静まり返る。

皇帝の視線がやや険しくなるが、彼女は臆さず続けた。

 

「フィシャヌス級や超F級はおろか、建造中のヴェロニアを遥かに上回る巨体。対魔弾鉄鋼式装甲の木造船に装甲を貼り付けたものでは無く、金属製であると思われる船体。

艦内は明るくとても清潔で、見せられた魔導砲は砲身を含めると戦列艦よりも巨大。ミリシアルの色付き映像よりも更に彩度の高い記録映像と、そこに写っていた()()()()()()()()()()()であると言う、主砲の圧倒的な破壊力。

そしてその巨艦を容易く空に浮かべる魔導。

これらに加え、先程ヴェンフルト局長が証言した通り、ミリシアルの外務大臣が自国よりも上かもしれないと思わずこぼした事実。

私だけでなく居合わせた全ての者が、日本皇国は蛮族や新興国家などでは無いと、そう確信した筈です」

 

チラリと自分達を見るレミールに、神妙に頷くエルト達外務局3局長に情報局長。

特にエルトからの要請で、日本皇国やロデニウス大陸の情報収集に力を入れていた情報局長は何度も頷いている。

彼としても集まった情報は眉唾ではあったが、では部下が集めて来た情報を頭から否定するのかといえばそんな事は無い。

1人2人の持ち帰った情報なら兎も角、数十人の持ち帰った情報だ。

精査の必要はあるし、中には欺瞞情報も含まれているだろうが、概ね事実であると捉えていた。

 

「故に、第1外務局を中心に進む日本皇国との対列強級での外交姿勢を否定するつもりはありませんでした。ですが......ですが、このままでは危険だと考えたのです」

「危険だと?どう言う意味だ?」

 

ルディアスの問い掛けに、いつのまにか置かれていた水で唇を湿らせると

 

「我が国とて日本皇国に関する全てを知っている訳ではありません。あくまでもエストシラントを訪れた海軍艦艇と、そこから予測される技術、そして日本人がどちらかと言えば人当たりの良い人物であると言う事ぐらいです。

我が国......の一部は日本皇国の力の一端を知っていますが、客観的に見れば日本皇国は文明圏外にある新興国家なのです、多くの人はどうしても最初にそこに目が行く。

ではその様に捉えられる国家を列強たる我がパーパルディア皇国が、最初から列強扱いすればどうなるでしょう?

神聖ミリシアル帝国の艦隊が我が国を訪れたのは、日本皇国の来訪よりも国内外に広がっているでしょう、そしてミリシアルと日本が親しくしていると言うのも、その内に広まって行くと考えられます。

となればミリシアルの圧力に我が国が屈したと、そう考える者が出てこないとも限りません」

「だから東洋艦隊を生贄にしたと?そう仰るのですか?」

 

カイオスは思わず口を挟む。

自分の声が酷く低く聞こえた、

 

「そう、言えるな」

「貴女はッ!!」

「日本皇国に我がパーパルディア皇国の力を見せると言うのもあった。世界最強の神聖ミリシアル帝国と接触している彼等は、同じ列強と言えども国力に差があるものだと考えるだろう。

我が国を見くびる可能性もあると考えた」

「他にもやり様はあった筈です!!犠牲者を出さずに終わらせる方法もあった筈だ!!それにコレが開戦に繋がるかもしれないっ!第一にッ監察軍がパーパルディアの力を示す指標になると!本気でお考えかッ!?」

 

カイオスは声を荒げる。

致し方無い、死んだのは、生贄とされたのは彼の部下なのだ。

指揮官のポクトアールは兎も角、末端の兵など話した事も無ければ顔や名前すら知らないが、それでも彼の部下なのだ。

 

「カイオスよ落ち着け」

「ッ申し訳、ありません陛下」

「良い。だがレミールよ、カイオスの申す通りだ。お前の行動によって、死なずに死んだであろう者達が死んだ。このまま本当に開戦となるやも知れん」

「はい、処分は如何様にも。ですが早々開戦とはならないと考えます」

「国を思っての行動であったのは間違い無い。今就いている役職全てから外す、暫く謹慎していろ。下がれ」

「はっ失礼します」

 

処分が下され、レミールは一礼すると会議室を退室する。

甘い処分だと思うも者も居るかもしれないが、それでもレミールは皇族だ。

監察軍の22隻と水兵、竜騎士30人とワイバーンロード30騎の損失()()で重い処分など下らない。

ルディアスとしても口ではいたずらに人死にを出したと言っているが、問題と考えているのは越権行為だけだった。

 

「それで、エルトよ。日本皇国は何かを言ってきているのか?」

「はい陛下、一連の自体に関しての会談を求めて来ております。現在我が国と日本皇国の間には国交はおろか、対話の席すらありませんので、神聖ミリシアル帝国の大使館経由でになりますが」

 

そう、エルト達の計画に横槍が入った為に現在でもパーパルディアと日本の間には、国交も直接の外交ルートも存在しないので双方共に国交があるミリシアルを経由して、「事情の説明と今後の話し合いの為の場を設けたい」と連絡があった。

 

「ミリシアル、ミリシアルか」

「陛下?」

「可笑しいとは思わんか?エルト?他の者もだ」

 

ルディアスのいきなりの問い掛けに全員が首を傾げる。

 

「どう言う事でしょうか陛下」

「日本の来訪と同時に現れたミリシアル艦隊。ミリシアルの船と似通った外観の軍艦に天の浮舟。そして、事が起こって直ぐにミリシアル()()での連絡。都合が良すぎるとは思わんか?」

 

確かに日本の行動にミリシアルが関わっており、彼等の装備がミリシアルのそれにいくらか似ているのは事実だが......

 

「まさか陛下はミリシアルが裏で糸を引いている、と?」

「馬鹿な」

「それはいくらなんでも」

 

ミリシアルがパーパルディアの拡張政策、特にルディアスが即位してからの性急過ぎるとも言える拡大に、あまり良い顔をしていないのは確かではあるが、かと言ってこれまで手を出してくるどころか、口を出してくる事も殆ど無かった。

神聖ミリシアル帝国はずっと古の魔法帝国の復活に怯えている、であれば列強たるパーパルディア皇国の成長は歓迎すべき事であり、それ故に強引な領土拡大に対して何も言ってこないのであろうと、パーパルディア上層部では考えられていた。

 

 

実際のミリシアルのパーパルディアに対する評価は

「いるいないとではいる方がマシだが、だからと言ってパーパルディアが必要かと問われれば必須であるとは言えない」

「そもそも現在のパーパルディア皇国の拡張政策は、本国の()()だけの為のものであり成長とは言えない」

と言うものである。

ぶっちゃけて言えばミリシアルとパーパルディアとでは同じ“列強国”とされてはいても、国力や技術力、そしてそれらに裏打ちされた軍事力に於いて隔絶した差が存在しており、対魔帝戦を考えた際パーパルディアでは自分たちの使う技術の所謂「本物」を使う魔帝相手では、戦力としてアテになるとは考えられていなかった。

当然パーパルディアにそれを知る人物など居る筈もなく、まさに知らぬが仏である。

 

 

「ミリシアルはこれまで他国に対して、兵器の輸出をして来ませんでした。それをここに来て覆し、本国にすら配備されていない様な軍艦を用意し、などと回りくどいやり方をする必要がありましょうか?もし本当にミリシアルが我が国の拡張政策に歯止めを掛けようと言うのであれば、その様な回りくどいやり方では無く直接言ってくれば良い事でしょう。

内政干渉だと突っぱねる事は容易ですが、さりとてかの国の軍事力をちらつかされれば、我が国とて強気ではいられますまい」

「第3外務局長殿は我が軍が簡単に負けるとでも仰りたいのか!?」

 

皇帝の懸念を受けて発言したカイオスにすぐさまアルデが噛み付く、

その様にため息をつきそうになるが何とか飲み込み

 

「まさか陛下よりパーパルディア皇国の軍事を預かるお方が、よもやまともに彼我の戦力差を分析出来ないとは仰いませんな?」

 

そう切り返した。

そう言われればアルデも二の句を継げない。

ミリシアル海軍が配備する魔導砲はこちらの戦列艦の物より巨大で強力なのは間違い無いし、ワイバーンロードは勿論漸く生産にこぎ着けたワイバーンオーバーロードでも、ムー国の航空機械には抵抗出来ると確信しているが、では天の浮舟相手ではどうかと言われれば不安が残る。

 

「話が逸れたな、ミリシアルを相手に“今”戦えるかの議論はまた別に行えば良かろう。エルトよ日本との会談を行え、方針は一任する好きに致せ」

「陛下、それは」

「ふん、面白く無いのは余とて同じよ。いずれ我がパーパルディア皇国こそが世界を統べるとは言え、現実として今はまだミリシアルの方が強いのは確かだ。下手に刺激をせず、今は顔を立てると言う寛容さを見せてやれば良い」

 

 

 

 

 

 

神聖ミリシアル帝国在パーパルディア皇国大使館、パーパルディア皇国の首都エストシラントに存在するその施設で、日本皇国とパーパルディア皇国ふたつの皇国による二度目(実質的には初めて)の会談が行われた。

この場所が選ばれたのは()()ミリシアルが中立の立場にあるから(パーパルディアから見れば日本寄り)だ。

 

会議室では緊張した面持ちのエルト達が日本側の到着を待っている。

 

「失礼します、日本皇国の皆様をお連れいたしました」

 

大使館職員に案内され日本の外交官達が入ってくる、先頭はいつか見た顔、以前にも訪れた朝田と言う外交官だ。

 

「ようこそおいで下さいました」

「お待たせしてしまった様で、申し訳ありません」

 

立ち上がって出迎えたエルト達に、遅くなったと頭を下げる朝田。

実際の所約束の時間までにはまだ少し有るので、彼には全く非は無いのだが、律儀なのだとそう思う。

 

「約束の時間までにはまだ少し有りますが、双方揃いましたので早速会談を始めたいと思うのですが?」

「ええ、問題ありません」

 

エルトの確認に頷いた朝田は早速切り出す。

 

「ではこちら側より問題提起させて頂きます、我が国は先のフェン王国軍祭に於ける、貴国監察軍による行動の意図をお伺いしたい」

「勿論です。我が国の恥を晒す様で非常にお恥ずかしい話ではありますが、フェン王国軍際においての監察軍の行動は功を焦った者による独断行動であり、パーパルディア皇国として日本皇国に対して開戦の意思を持つ訳ではありません。」

 

じっと朝田の目を見て告げる。

言葉の内容に嘘は無い。

レミールの行動も、本来の指揮系統への確認を行わず従ったポクトアールの行動も、功を焦ったと言えなくは無いのだ。

同じ様にじっとエルトの目を見ていた朝田は1つ頷く。

 

「貴国に開戦の意思が無いと言うのは理解しました。ついては、事態の終息に関してなのですが」

 

きた、身体が僅かに強張る。

 

「我が日本皇国としては今回の()()は不幸な事故であったと、そう認識しております」

「不幸な、事故ですか」

 

あんまりにもあんまりな認識である。

朝田の言い方、声音から「軍事衝突にしたく無い」のでは無く、「軍事衝突と言うまでも無い」と考えているのだと察せられた。

つまり、監察軍程度では全く脅威として認識されていない。

いち皇国臣民としては思う所が無い訳では無いが、列強国との外交で鍛えられたエルトの面の皮はその僅かな憤りを見事に隠して見せた。

 

それにこの流れはある意味好都合と言える。

「フェンでの日本艦艇に対する攻撃は功を焦った者による独断だ」と説明したが、何故日本艦艇に対する攻撃が“功”となるのか、その説明をしていない。

このまま行けば功を焦った者=ポクトアールとして収められる公算が高いが、そこに突っ込まれれば背後にいるレミールに気付かれるかも知れない。

準軍事組織である監察軍のいち艦隊司令の独断では無く、その背後に皇族が居たと知れれば、「開戦の意思はない」と言う言葉にも疑問が生じるだろう。

 

もっとも、それもポクトアールが生きて日本に捕縛されていなければの話だ。

いや、ポクトアールだけで無く「レミールの命令」を知っている誰かが、日本に話していないとも限らない。

 

汗が気持ち悪い、

朝田が再び口を開くまでの間が、嫌に長く感じる。

 

 

朝田は眼前の如何にもやり手と言った容貌の女性、エルトが酷く緊張しているのを感じていた。

表面上は上手く取り繕っている様だが、鬼人である朝田の高い身体能力、その中でも外交官の道を選んだ事で()()()()()()()嗅覚が、緊張からくる発汗の増加を嗅ぎ分けていた。

女性の心理状況を臭いで推し量るとか変態チックな気がしないでも無いが、日本皇国の外交官の必須スキルであり、実際外交の場でそれなりに役に立つ以上、文句も言えない。

 

臭いの種類から何かを隠している・嘘を付いているのどちらかだと思うが、おそらくは隠し事だろうと辺りを付ける。

監察軍東洋艦隊の生き残りから「日本皇国艦艇への攻撃命令が出される前に、本国からその旨の命令があったらしい」と言う証言を引き出している、おそらく隠そうとしているのはその「本国から命令を出した者」だろう。

 

その誰かを隠したいのはその者が、変えの効かない人材であるか、あるいはこちらに対しそうやすやすと「主犯だ」と提示できない様な、「高位の者」であると思われる。

 

まぁ実のところそれがどちらでもあろうと別に問題は無い。

フェン軍祭での一連の事態で、直面した派遣艦隊や使節団には一切被害は出ていないのだ。

フェン王国の王城天守閣は焼かれたが、それは別にどうでもいい。

問題なのはどちらかと言えば一方的に被害を出したのはパーパルディア皇国側である事だ。

監察軍は正規軍では無いとの事だが、大型帆船22隻からなる艦隊の艦艇と人員凡そ数千、30匹のワイバーンロードと同数の竜騎士、決して小さな被害では無い筈だ。

 

そこに関してエルトが何も言ってこない以上、追求を厳しくして逆にココを突かれれば面倒だ。

東洋艦隊に触れない以上、隠したい者は彼等を切り切り捨ててでも隠したい程の者、おそらくは高位貴族、最悪皇族というのもあり得る。

そうなってくると話はややこしく、非常に面倒な事になるだろう。

そんな事は望んでいない以上、全ての責任は死んだ東洋艦隊司令官にあったとしておくのが無難だ。

 

「監察軍東洋艦隊の指揮官の死亡は確認されています。ついては責任者死亡という事でこの件は手打ちとし、我が国は再びこの様な事が起こらない様、友好関係の構築を望みます」

 

 

 

 

そうして、日本皇国とパーパルディア皇国の間で発生した()()()()()()()()は不幸な事故であったと処理された。

日本に捕縛されていた東洋艦隊の生き残りは、パーパルディアへと移送された後、僅かに生き残った幹部クラスの者は「ポクトアールの独断を止められなかった」として処罰された。

 

日パ両国は国交樹立に当たって双方共に使節団を派遣、最終的にパーパルディア皇国は日本皇国を「列強と同格である」と遇する事となり、第三文明圏のみならず周辺国家に小さく無い衝撃を与える事になった。

尚、国交の樹立後パーパルディアから皇族が1人、日本へと留学したとされているが、それが誰であったのかは公開されていない。

 




もう1つの当事国であるフェン王国は蚊帳の外だが、日本もパ皇も全く気にしていない。


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閑話・・・帰還

注意
「日本国召喚-外伝-新世界異譚」に関するネタバレを含みます。


「太陽神の使い」

その呼称と日本皇国が初めて接触したのはロウリア戦役時、疎開の為東へ向かっていたエルフの一団を、ロウリア王国騎兵隊の攻撃から守った時であった。

以降、クワ・トイネ公国各地で日本皇国の国旗を見た人々--主にエルフ--が旗を「太陽神の使いの旗」と呼び、皇国軍を「太陽神の使い」と呼ぶ様になった。

最初こそ、太陽を模した旗を掲げる日本を「太陽神の使い」だと持て囃しているのかと考えられていたのだが、クワ・トイネ政府から古い「神話」の話を聞いた事によってその考えは改められた。

 

曰く、神話の時代

北の大地から現れた「魔王」によって人類は追い詰められていた。

人類は全ての種族が手を取り合い、存続の為戦っていたが徐々に徐々に追い詰められて行った。

 

人類最後の地とすら呼ばれたロデニウス大陸

 

そこに住まうエルフ達は遂に最後の手段に打って出た。

聖域たる神森にて自分達の信仰する“神”に救いを請うたのである。

エルフの神--豊穣の女神は自らの“名”を捧げ、子らの願いに応えた。

そして、いよいよ滅びの時かと思われたその時、彼等は現れた

 

天に輝く太陽の旗を掲げて

 

彼等「太陽神の使い」の圧倒的な力によって、魔王の軍勢は次々と破られ、遂に反撃に出た人類は少しずつ少しずつ魔王軍を押し返し、北の大地にて人類を守る壁を築いた「太陽神の使い」は役目を終え帰っていった。

 

そして魔王は勇者の手によって封じられたという。

 

この話は別を聞いた日本人は殆どが、「神話の話だ」としか捉えなかった。

偶々似た様なもの特徴を持つ神話の存在と、ロウリアの魔の手から救ってくれた日本とを重ね合わせて居るだけだと。

だから、「太陽神の使いが残していった鉄巨兵が残されている」と言う情報には心底驚かされた。

 

興味を持った考古学者が日本政府を通してクワ・トイネ政府に、調査させてほしいと願い出た。

本人としては場所がエルフの聖地だとされている事もあり、ダメ元ででの要請だったのだが、意外な事にあっさりと許可が出た。

 

それは、日本がロウリアから救ってくれたという感謝と、いつか「返さねばならない」と言い伝えられていたからだった。

 

 

好奇心を隠しきれず、喜び勇んでクワ・トイネへと乗り込んだ考古学者であったが、現地にて彼を出迎えた者に仰天する事になる。

 

 

 

クワ・トイネ公国、エルフの聖地リーンノウの森

 

日本皇国()()()の小型輸送飛行艇にて森へとやって来た考古学者--中村の一団は、森の入り口にて出迎えてくれたエルフ2名に案内されながら森の中を歩いていた。

クワ・トイネに来て、航空船から降りるまではワクワクが止まらなかった中村は現在、背後から聞こえてくる会話に戦々恐々としていた。

 

「うーん、森の様子は大分違いますが、なんと言いますか雰囲気は変わらん気がしますなぁ()()殿()

「そうだな()()、空気感と言うのかな?こう神聖な気配と言うのは変わらず感じられるな」

 

会話をしているのはどこか和服の様なデザインの軍服をキッチリ着こなした壮年に()()()鬼人の男性2人、日本皇国近衛軍の予備役()()と予備役()()だ。

どう言う訳かマイハーク港にて中村達を待ち構えていた彼等は、驚く中村達を飛行艇に押し込むとさっさと飛び立った。

事情の説明を求める中村に帰ってきた言葉は「勅である」の一言。

 

それで言外に「聞くな」と言われた事を察した中村は以降質問はしなかったが、同時に何故ここで帝が出て来るのか全く解らず、更には森に入ってからの2人の会話、何故か中将は少将を少尉と呼び、少将は少将で中将を中佐殿と呼ぶ。

しかもなんか、この森を知ってるみたいな会話をしている。

 

「到着しましたよ」

 

案内をしてくれているハイエルフが立ち止まり、女性の方--ミーナが中村達を振り返る。

彼女が指差す方には草で出来たドーム状の建物がある。

 

「おお...」

「......これは」

 

中将と少将が感嘆とは違う声を漏らす、

 

「この中にはエルフ族の宝が収められています。ご存知と思いますが神話の時代、迫り来る魔王軍より我らの祖先を救った太陽神の使いが、残していった鉄巨兵です。当時のエルフは戦いが終わった時に返還すると約束し、今では失われた時空遅延式魔法を用いて鉄巨兵を保管しました」

「いや、ドキドキしますな。神話が実際にあった話で、しかもその証明が今もなおココにあるとは」

 

中将達の会話で精神を削られつつあった中村は努めて明るい声を出した。

そんな姿にクスリと笑ったミーナは草に手を当て、何やら呪文の様なものを呟いた。

すると草がひとりでに動き出し、人が通れる穴が開いた。

 

「どうぞ」

 

促され一同は建物の中へと足を進める

草の建物は隙間もなく、中には光が届かない筈なのに光のカーテンがあり明るい。

光のカーテンを潜りその向こうへ、

 

「これが、我らエルフの至宝。太陽神の使いの鉄巨兵です」

 

両手を広げ紹介するミーナの背後、巨大な巨人が鎮座していた

 

「な、これは!?」

「乙型!?いやしかし!見たこと無い型だぞ!?」

 

とても驚いた様子の日本人達をミーナは不思議に思い尋ねる

 

「どうされました?確かにこの鉄巨兵は太陽神の使いの残したもので、この世界の物では無いエルフの宝ですが。何かそれ程に驚くものなのでしょうか?」

 

中村達にはミーナの声は届かず、彼等は固まってしまっている。

そんな中、違う動きを見せる者が2人。

 

「どうかね?少尉」

「はっ、間違い有りません」

 

中将と少将だ。

彼等は固まっている中村達を追い越し鉄巨兵に近づく。

 

「試製乙型機巧ゴーレム第四号機《村正》で間違い有りません。当時と、小官が最後に見た姿と全く変わりません」

「そうか......やはりそうだったか」

 

2人の様子に中村達だけでなくミーナ達も首を傾げ、間に入っていけない空気を感じ、何も言えないでいる。

 

「75年...いや神話の時代って位だ、お前にとっては数千か、もしくは数万年ぶりか?」

 

少将はそう呟きながら更に鉄巨兵、否、日本皇国製完全人型の機巧ゴーレムの試製機《村正》に近づき、そっと手を触れた。

エルフの至宝であるソレに勝手に触れるのは、例え日本人であっても許せる事では無い、その筈なのに......ミーナ達は彼の雰囲気に、何も言えない、

 

「随分待たせてしまったなぁ。だが、約束通り迎えに来たぞ」

 

 

 

 

 

 

 

後にエルフと日本皇国皇室との交渉によって、《村正》は正式に日本へと返還される事となった。

 



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閑話・第二文明圏

日本皇国がロデニウス大陸での戦争に介入し、ロウリア王国が降伏したのとほぼ同時期。

第一文明圏を挟んで反対側、第二文明圏でも戦争が起こっていた。

 

主役となった国は五大列強国の1つであるレイフォル国。

そしてもう1つが日本と同じくこの世界に突然姿を見せた新興国、グラ・バルカス帝国(第八帝国)

 

当事者達以外に知りようも無いが、第八帝国は日本と同じく異世界からやって来た帝国だった。

転移当初こそ事態に混乱していた第八帝国であったが、周辺に存在するのが自分達基準で言えば、国家とも言えない様な国々であった事から嬉々として侵略を開始、瞬く間に周辺国を飲み込んだ。

ある程度侵略が進んだ所で“文明圏”の存在に行き当たり、融和姿勢を取るべきと主張する皇族や、軍部の慎重派による提言もあり一時外交による世界進出へと舵を取った。

 

しかし事件は起こった、

 

「余の血族たる皇族を一方的に捕縛し処刑するなど、断じて許される事では無い。これは我がグラ・バルカス帝国に対する挑発である。殲滅せよ、パガンダなる国家を情け容赦無く殲滅せよ」

 

これは事件の報せを聞いた皇帝グラ・ルークスが、政府関係者・軍関係者を帝王府へ呼び出し発した言葉である。

事の発端は第二文明圏の文明国--パガンダ王国によって外交官であった第八帝国の皇族が処刑された事にあった。

 

皇族の中でも穏健派であったハイラス王*1は特別顧問として、第二文明圏の文明国と接触する外交使節に同行していた。

列強国であるレイフォルの筆頭保護国であるパガンダ王国との接触は、第八帝国にしては「惑星ユグドの人間が聞いたら耳を疑うレベル」な程温和な挨拶から始まった。

第八帝国としてはこれまで制圧した国の傾向から、いきなり飛び抜けて強いとは言わないまでも文明国とされる国。更には背後に“列強”などと呼ばれる国が有る事から、多分に警戒しての行動であった。

加えて、この新世界において第八帝国の名と力はそれ程広まっていない事も理解しており、従来の様な高圧的な外交では反発を生みかねないと、ある程度下手に出た外交を行ったのだが......

 

それをパガンダは勘違いした、

 

「所詮西の蛮地でチョット力を付けただけの新興国、蛮族に過ぎない」

 

と。

故にパガンダの王族であり、外交長の立場にあったドグラスは高圧的で傲慢な態度で接し、第八帝国を散々に侮辱した挙句、頭がおかしいとしか言い様の無い国交の条件を示した上に、外交局や自身に対するバカの様な賄賂を要求した。

これに対しハイラスが

 

「先程からの我が国に対する礼節に欠ける態度に言動、これ以上は座して聴くには目に余る。貴国は外交相手に最低限の礼を示す程度の品格も無いのか」

 

と、苦言を呈した。

ハイラスとしては国と国とのやり取りである以上、自国に誇りを持つ事は結構だが、ある程度相手を尊重する必要があるとの考えの下での発言だったのだが。

残念な事に相手が悪かった。

 

ドグラスは列強レイフォルの保護国であるパガンダ王国の王族として生まれた事を誇り思う程度なら兎も角、無駄にプライドだけが高く「俗物」とはまさにこの事だと示す見本の様な男だった。

文明圏外国人を「利口な猿」程度にしか思っておらず、彼らの国を「猿の群れ」だと本気で思っており、常日頃からレイフォルの権威と軍事力を傘に傲慢な態度をとっていた彼は、

 

猿が自分に刃向かうなどと、カケラも思っていなかった。

 

故にハイラスの言動に激怒した。

側から見ていればどう考えたって、相手の事をよく知りもしないのに見下したドグラスの方が悪い--100歩譲って“文明圏”と言う単語に必要以上に警戒した第八帝国側の失策とも言えなくも無い*2--が、残念ながらそんな理屈ドグラスには通用しない。

激昂したドグラスはそのままハイラスを拘束すると、あろう事か不敬罪で公開処刑してしまった、ご丁寧に第八帝国の外交官達に見せ付けながら。

 

ハイラス処刑の後、強制的に国外退去させられた外交官達は怒りと、ハイラスを守る事も亡骸を回収する事も出来なかった無力感を胸に帰国、御前会議にて起こった事を余す事なく皇帝へと報告した。

 

皇帝グラ・ルークスは激怒した、そして怒鳴り散らした。

文明圏外国の制圧の際も相手国に熟考の時間を与え、併合や植民地化した後も現地人に合わせた統治を行う提案をし、正に帝王として相応しい大器と慈悲深さを持つ彼は滅多な事では怒りはしない。

例え怒ったとしても、それは静かなモノであり決して声を荒げる様なモノでは無かった。

故にその怒り様に周囲の者は驚いた。

だが考えてみれば当然だろう、其々の主義主張の違いはあれどそれでも血の繋がった存在だ。

それが一方的に理不尽な理由で殺され、その死を辱められたとなれば怒らない方がどうかしている。

 

皇帝は外交官達にも苛立ちを覚えたが、それ以上にその怒りはパガンダ王国、そしてその宗主国であるレイフォルに向けられた。

皇帝の命を受けすぐさま帝国軍が動き出す、パガンダ王国の存在するパガンダ島は帝国海軍によって蟻一匹逃がさない海上封鎖が行われ、封鎖線を突破しようとした船は軍民問わず、パガンダ籍かそうで無いかに関わらず全て沈められた。

パガンダ海軍をあっという間に排除すると、ハイラス達がドグラスと会談を行ったパガンダ最大の港湾都市である王都に、陸軍兵が上陸した。

パガンダ人は軍人か民間人か、貴族か平民か、一切確認される事もなく目に付いた者から撃ち殺された。

これには第二文明圏の他国人、それこそレイフォルの商人なんかも巻き込まれたが、その事が考慮される事は一切無かった。

また、王都以外の港町は戦艦の砲撃に晒され、内陸都市は空母から飛び立ったシリウス型爆撃機による爆撃や、アンタレス型艦上戦闘機の機銃掃射によって蹂躙された。

王都にのみ陸軍が上陸した理由としては奪われたままのハイラスの亡骸を奪還する事が目的であり、その他の都市に関しては「価値のないもの」とされ、皇帝の殲滅命令に基づき徹底的に破壊された。

 

結果、僅か7日の内にパガンダ王国は歴史上の存在となった。

 

 

王都を制圧し、無雑作に埋められていたハイラスの亡骸をなんとか回収できた第八帝国はドグラスを始め、パガンダの王族を考えつく限り最も残虐な方法で処刑すると、パガンダの通信用魔道具による魔信を利用し、第二文明圏の全ての国に対し宣戦を布告した。

 

 

 

 

第二文明圏の列強の内の1つ、レイフォルの艦隊--竜母と100門級魔道戦列艦を含む主力艦隊43隻が、風神の涙と呼ばれる魔道具から生じる風を帆いっぱいに受け南へと急いでいた、「突如自国の筆頭保護国であるパガンダ王国を強襲し、あまつさえ第二文明圏全てに宣戦布告した第八帝国なる蛮族」殲滅の為である。

まず最初にパガンダ王国沖合にいる艦隊の殲滅を行い、その後本国へと乗り込む。

将兵達には皇帝の名で、蛮族を殺すも犯すも自由であると告げられていた。

 

「将軍!西方を偵察中の竜騎士より入信!敵艦を発見との事!!」

 

竜母から飛び立った偵察騎からの報告だ、

 

「詳細は!」

「はッ敵は1隻、されど......300mを超える巨体で帆を張らずに航行中!!またとんでもなく巨大な“砲”を搭載しているとの事です!!尚、偵察にあっていた竜騎士は魔信の後応答を途絶しています」

 

報告に将軍バルが顔を顰める。

レイフォルの誇る艦隊相手に1隻などただのカモだが、船の大きさと巨大な砲とやらが気にかかる。

報告を行った竜騎士が以降応答しない事もだ。

船のサイズや巨大な砲など、見間違いか錯覚では無いかと思うのだが、肝心の竜騎士が魔信に応答しない為、問いただす事も出来ない。

敵は蛮族であるハズだが......しかし、あっという間にパガンダは制圧されている、少なくともパガンダよりは強いという事だが......

 

そこまで考えてバルは頭を振る。

例え第八帝国とやらがパガンダよりは強かろうが、それでも列強たるレイフォルの敵では無い。

 

「竜母に下命、艦隊直掩3騎を残し他全てを攻撃に向かわせよ!艦隊も敵艦に進路を取れ!!」

「はっ!!」

 

艦隊は波をかき分け一斉に進路を変える、その様は一糸乱れぬ動きで、他に見ている者がいれば「流石は列強の海軍だ」と感心しただろう。

竜母からは次々と攻撃隊のワイバーンロードが飛び立つ。

彼等は綺麗な編隊を組むと、西へと向かった。

 

 

「艦長、対空レーダーに反応あり。こちらに向かっているレイフォルの艦隊より航空目標が現れました。数40、約350km/hにてこちらは向かっています」

 

グラ・バルカス帝国国家監査軍所属・超弩級戦艦【グレードアトラスター】の航海艦橋で、レーダー士官から上がってきた報告を副長が艦長へと報告する。

彼等は今、【グレードアトラスター】単艦にてレイフォル艦隊と相対せんと東進していた。

 

超弩級戦艦【グレードアトラスター】

第八帝国の造船技術の粋を集めて建造された戦艦だ。

全長263.4m全幅38.9mもの巨体で、主砲には46cm三連装砲3基9門を持ち、ハリネズミの様に配置された三連装高角砲が空を睨む。

主砲はレーダーと連動した砲撃を可能としており、最大射程にして40kmにも及ぶ。

高角砲も近年開発された近接信管を使用した砲弾を使用し、数年前までの時限式信管とは比べものにならない命中率を叩き出す。

防御面においても、当然“戦艦”の定義たる「決戦距離で自艦の砲撃に耐える」をクリアしており、最重要区画は46cm砲の砲撃に耐え得る防御力を持つ。

中央に聳えるまるで城郭の如き艦橋もあって、正に浮かぶ要塞と言っても過言では無い。

前世界では、否!この世界に於いても間違いなく最強の戦艦だ。

 

「例のワイバーンとか言う飛び蜥蜴か」

 

【グレードアトラスター】艦長のラクスタルは報告を聞き、先のパガンダ王国殲滅戦を思い出す。

確かあの時もパガンダ王国近衛竜騎士団とか言うのと制空戦が行われたが、せいぜいが230km/hくらいしか出ていなかったワイバーンでは先進的な低翼、スマートな機体形状、そして徹底的な軽量化によって550km/hもの高速と旋回性能を持ち、高威力の20mm機銃に合わせ、信頼性の高い7.7mm機銃で武装を施した我が国の最新鋭戦闘機アンタレスの前には、手も足も出なかった。

 

口から火を噴くのには驚かされたが、速度も遅く回避が容易だし、230km/hの低速しか出ないのでは高い練度を誇る帝国飛行兵の前では的でしか無い。

実際に戦闘では竜騎士団側は全騎撃墜されたのに対し、アンタレスは1機たりとも落とされていない。

まぁ飛行兵としても、あんなものに落とされるのは恥以外の何者でも無いだろう。

 

「350km/hと言うのは、仮にも“列強”などと名乗る国であると言う事かな?」

「野蛮な世界とは言え列強などと称しているのです、それで格下の国と同じ装備では示しが付かんのでしょう。まぁ、我々としてもパガンダと同じ装備を出されてきても、興ざめも良いところですが」

 

副長の言葉に苦笑するラクスタル、しかし頭の中では冷静に分析している。

敵には攻撃機も艦爆も無い様だし、おそらくワイバーンの炎もよっぽど当たり所が悪く無い限り大丈夫だろう。

駆逐艦とかであれば魚雷や爆雷の誘爆などが怖いが、戦艦の露出している可燃物など、せいぜいが木製甲板程度だ。

とは言え万一と言うのはあり得るし、こちらにも上空支援は無いのだ、近接信管で対空射撃命中率が上がったとは言え、100発100中では無いのだ、見張り員などに死傷者が出てしまう可能性も捨てきれない。

 

「方位0-9-3!対空目標を視認!!距離31km!!」

 

大型の双眼鏡を覗いていた見張り員が声を上げる。

ラクスタルは窓に近づき双眼鏡を覗き込む、東の空に小さな黒い点が辛うじて見えた。

相手が低速である為、その姿は中々大きくならない。

 

「対空戦闘用意!」

「対空戦闘用意!!」

「対空戦闘!!対空砲要員は配置につけ!!」

 

ラクスタルの号令一下、【グレードアトラスター】艦内は俄に騒がしくなる。

伝声管を伝って各所に命令が届けられ、対空戦闘を報せるブザーが鳴り響く。

 

「艦長、対空主砲弾の使用を具申します」

 

砲術長の意見具申だ。

今回試験的に近接信管を用いた新型の対空主砲弾を搭載している。

あまり近くなると使用出来ない為、使うのなら30km程である今の距離で使用するのが望ましい。

 

「よかろう、対空主砲弾を使用する。主砲砲戦用意!」

「はっ!主砲砲戦用意!主砲1番2番に対空主砲弾装填!斉射でいきます」

「うむ」

 

主砲の砲撃を報せるブザーが鳴り響き、見張り員を含め艦外に居た者が艦内へと退避する。

同時に主砲がゆっくりと動き、6本の牙が空を睨んだ。

 

「射撃用意よし!」

「艦長、射撃用意整いました」

 

砲術長の報告に頷くと、ラクスタルは声を張り上げる。

 

「主砲撃ち方始め!!」

「主砲撃ち方始め!テェェーー!!」

 

轟音

 

46cm砲6門が一斉に火を噴く

凶弾が敵を殲滅戦と飛び出した。

 

 

 

レイフォル海軍竜母機動部隊所属のワイバーンロード40騎からなる竜騎士隊は、敵艦への攻撃の為隊列を組み飛行していた。

敵は信じられない程の巨大艦との事で、竜騎士の数を考えれば散発的に攻撃を行っても、攻撃が外れる確率は少ないと思われるが、対艦攻撃の定石通り密集隊形をとっている。

 

さて、基本的に竜騎士となれる者は目が良い、

 

「!?なんだ!?」

 

1人が異変に気付く。

向かう先の空にポツポツと黒い点が現れた

 

「何かくrー!?」

 

爆音と閃光

 

前衛編隊20騎に飛び込んで来たナニカが、猛烈な爆発を起こした。

空に信じられない大きさの火の花が咲いた。

 

「なッ何が起こったぁぁ!?」

「散開だ!散開しろぉぉぉ!!」

 

前衛編隊が突如として肉片すら残さず消え去った事態に、後衛編隊は混乱するが、このまま固まっていれば前衛の二の舞いになるかも知れないと気付いた者が声を張り上げ、密集隊形を解く。

 

「見えたぞ!!」

 

そうしているうちに、視界に船が映った。

帆を張っていない巨大艦、間違いない敵だ!!

 

「前衛の連中の仇だ!!全騎突撃ぃー!!」

「ウオォォォ!!!」

 

編隊長の号令一下、彼等は敵艦を撃沈せしめんと、勇猛果敢に突撃を敢行した。

 

しかし

 

「くッ、何という物量だ!?」

 

隣国で列強の一角であるムー国、かの国の対空砲火ですら敵わないのではないかと思える程の対空攻撃。

神話の語る古の魔法帝国の“対空魔船”では無いかとすら思える程の光の雨。

1騎、また1騎と光に絡め取られて堕ちていく。

この光はどうにも直撃だけで無く、掠めたり近くを通っただけでも爆発して殺しに来る様だ、

 

「クソッ!クソッ!クソォォ!!!」

 

僅か10分の後、空に飛んでいる者は居なくなった。

 

 

レイフォル艦隊旗艦【ホーリー】

 

「竜騎士隊通信途絶!攻撃隊は......全滅したものと思われます」

「何だとぉ!?貴様ッ!本気で言っているのかぁ!!」

 

通信士の報告に将軍バルは声を荒げる

 

「まっ間違い有りません!『我突撃を敢行す』の入信の後、攻撃成功の報告も無く、こちらからの呼び掛けにも全騎一切答えません!編隊長だけでは有りません!全騎!全騎なのです!!」

 

通信士の必死の叫びにバルも事態が事実であると受け止める、

 

「おのれ!おのれぇ!!全艦に通達!速力を上げよ!!文明圏外の蛮族に!!列強が!!栄えあるレイフォルが破れるなど有ってはならんのだ!!魔導砲の肥やしにしてくれる!!」

 

 

 

竜騎士達を叩き落とし、レイフォル艦隊へ向けこちらも増速した【グレードアトラスター】を海中から見つめる目があった。

 

日本皇国海軍第三潜水艦隊ー揚陸潜水艦【伊470】

 

「気付かれた様子は?」

「ありません、[消音結界]は問題無く作動していますし。対象艦は魔力感知計を装備していない様子なのに加えて、どうやらパッシブソナーの感度はそれ程良く無い様子で。アクティブに関しては、打って来なければ測りようがありませんが」

 

彼等は【グレードアトラスター】が主砲を発射する少し前にここに来て、それ以降静かに潜んでいた。

 

「まぁ気付いていないと言うのなら、問題は無かろう。潜望鏡収納、深度30へ、追いかけるぞ」

「アイサー」

 

潜望鏡を収納した【伊470】はゆっくりと【グレードアトラスター】の後を追いかけ始める、目的はあの戦艦の性能調査だ。

【グレードアトラスター】が対空戦闘を開始する少し前から覗き見していたが、実を言うと偶然の出来事であった。

彼等が遠路遥々第二文明圏までやって来たのは、ムー国の調査が主目的であった。

クイラ王国にあった「油井」が理由であった。

現地においては利用価値のない物であるはずの石油を、小規模とは言え採掘している事に驚いた日本がクイラへと尋ねた所、列強の1つムー国の名が出て来た。

詳しく聞けばそのムーと言う国は魔法を使わない機械文明で在るらしく、クイラからも小規模ながら石油の輸入をしているのだと言う。

 

機械文明と聞いて日本人が最も最初に思い付いたのは、共産主義だった。

勿論日本皇国をはじめ、英連邦王国や魔法同盟各国とて一切機械、即ち科学を使用していないかと言われればそんな事は無いのだが、それでも「文明」という括りで考えれば「科学文明イコール共産圏」という方程式が出来上がってしまっている。

 

共産主義の否定する[魔法]と君主のツーコンボを決めている日本皇国は、ソ連崩壊に至るまで半世紀以上バチバチに睨み合っており、転移直前には同じく共産主義を掲げる中国共産党と、戦争秒読みとすら言われていた程には相容れない存在だ。

勿論、地球においてはそれこそ長い付き合いがあり、笑顔で握手しつつ後ろ手にナイフを隠す位の事はやっていたが、この未だ力が全てみたいな所のある新世界において、よりにもよって“列強”などと呼ばれる国家が共産主義を掲げていた場合、それが出来るか怪しいと、少なくとも日本政府は考えた。

 

後々になって考えてみれば、クイラからの情報に共産主義を匂わせるものは無かったし、日本と同じく君主のいる神聖ミリシアル帝国との関係も悪くない、と言うのだから全くの早とちりであったのだが、まぁ転移直後の混乱期の事だったので、致し方無いと言えば致し方ない。

 

そんなこんなで数隻の潜水艦が、秘密裏に第二文明圏へと派遣された。

彼等は「新世界の国家に潜水艦の存在に気取られない様、一層の隠密行動に努めるように」とのオーダーと、海域データの全く存在しない海を手探りで進むという無茶を成し遂げ、第二文明圏の東海岸にてムーに関する情報収集を行っていた。

そんなおり、第二文明圏の全ての国家に向けた宣戦布告を、ついでとばかりにムーと同じ列強とされるレイフォルの調査を行なっていた【伊470】が傍受した。

そして、第二文明圏の海軍の戦闘能力を直接測れるチャンスでは?と考え、魔信の発信源に向かっていた所、単艦で東進する【グレードアトラスター】に出くわしたという訳だ。

 

「ソナー、僅かですが西進してくる音を捉えました。数10以上、おそらくレイフォルの艦隊と思われます」

 

【グレードアトラスター】をストーカーする事暫く、ソナーから報告が上がる。

 

「対象艦転身。右っ腹を艦隊に向ける様です」

「砲撃する気、でしょうな」

「だろうなぁ、レイフォルの艦艇は確か木造帆船だったよな?」

 

艦長の質問に資料を確認した副長が答える。

 

「はい、潜望鏡にて停泊しているモノを確認したのと、密かに上陸した特殊部隊からの報告では木造の戦列艦です。上陸隊からの報告では何やら薄い鉄板か何かを張り巡らせではいる様ですが」

「第二次欧州大戦型戦艦と戦列艦の戦闘ですか、いやはやなんとも」

 

水雷長が苦笑しながら言う。

 

「そうとは限らんぞ?あの戦艦は確かに46センチかそこらの砲を装備しているが、レイフォル側の包の威力が判らん。この世界にも[魔法]はあるんだ、存外に見た目からは想像もつかん攻撃をするかも知れん」

 

そう言った艦長は潜望鏡深度に付く様に指示を出す。

ゆっくりと浮上した【伊470】は潜望鏡深度にて停止する。

 

「潜望鏡を上げろ、映像はモニターに、見学会といこうか」

 

 

 

木造帆船ばかりで、列強と粋がる国ですら戦列艦程度の遅れた世界で、まさか自分達以外に潜水艦を保有している国が有るとも、しかも先程からずっと見られているとも、思いもしない【グレードアトラスター】は射程に捉えたレイフォル艦隊を攻撃しようとしていた。

 

レイフォル艦隊に対し右舷側を向けた【グレードアトラスター】の3基の主砲と、右舷側の副砲1基が旋回し砲口を突き付ける。

相対距離約5km、レーダーに連動した照準を行う【グレードアトラスター】にとってはこの距離は最早必中距離と言っていい。

 

「敵艦こちらに舷側を向けています!!」

「大型の魔導砲と思わしきモノがこちらに!まさかッこの距離で届くのか!?」

 

だが、レイフォルにとっては漸く敵艦の姿をハッキリ捉えた程度の距離、敵艦があまりにもデカく実際の距離よりも大きくは見えるが、それでもこんな距離で撃っても当たる筈がない。

 

「ありえんっこんな距離で当たる筈があるか!我等強大なるレイフォル艦隊の姿に気圧された蛮族が、焦って早っているだけだ!!砲艦を前面に押し出せ!!我が国の炸裂式魔法付与砲弾の味を、タップリと味あわせてやるのだぁ!!」

 

砲艦が前へと出る、43隻による一斉攻撃、いくら巨大とは言え単艦で凌げるものではない。

むしろデカイ分良いマトである。

だが

 

「てっ敵艦発砲!!」

 

巨大な爆炎と黒煙で一瞬敵の姿が隠れる、

 

「子供騙しだ!臆する事なくススメェ!!」

 

➖ドカアァァン!!!➖

 

凄まじい音と共に、先頭の5隻の前後に水柱が立つ。

その内の3つは信じられない程高くまで上がった、水柱に一番近い艦がそれでバランスを崩す程だ。

 

「なっなんだ!?この威力は!?」

「射撃でこの精度だと!?」

 

レイフォル艦隊の驚きなど知った事かと、副砲が再び火を噴いた。

 

「もう次を撃って来ただと!?」

 

再び水柱が立つ、そして今度は水柱だけでは無かった

 

「戦列艦【ガオフォース】被弾!!!」

 

80門級戦列艦の【ガオフォース】が、運悪く1発被弾してしまった。

たかが1発と楽観はできなかった、【ガオフォース】に当たった15cm砲弾は、その防御--対魔弾鉄鋼式装甲を易々と食い破り、最悪な事に弾薬室で暴威を振るった。

 

「あぁ!!【ガオフォース】がぁ!!」

 

轟沈だ、

 

「オノレェ!!全艦全速にて突撃せよ!!ヤツを仕留めるのだ!!」

 

風神の涙を限界まで酷使して、更に速力を上げる、

だがそうこうしている内に、今度は主砲が再び火を噴く。

今度は3隻が狙われた、

 

「戦列艦【トラント】轟沈!それに、あぁ!【レイフォル】が!戦列艦レイフォルが!!」

 

狙われた3隻の内幸運な事に生き残ったのは1隻、残りの2隻は水柱が消えた後、もう何処にも居なかった。

 

「ば、馬鹿な、【レイフォル】までもが」

 

100門級戦列艦【レイフォル】。

国の名を戴くこの艦は最新式の対魔弾鉄鋼式装甲を装備し、世界最強だと国内では謳われていた......

それなのに、蛮族の巨大艦のたった一度の攻撃で、たった1つの砲弾で、跡形すら残さず消え去った。

しかも、相手はこちらの射程の遥か外から攻撃して来ている。

 

砲撃の音が続く

 

現実はゆっくりと絶望する時間すら与えてはくれない。

1隻、また1隻と撃沈されて行く。

最高の艦に乗った歴戦の猛者たちが、なす術なく、たったの1発も打ち返す事すら出来ずに死んでいく。

風神の涙を目一杯、限界以上に使っているのにも関わらず、彼我の距離は縮まら無い。

 

「ちくしょうガァァ!!......ちくしょう、ちくしょう!」

 

気付けばバルの座乗した【ホーリー】以外、1隻も残っていなかった。

おそらく【ホーリー】が残されたのは大将旗を掲げているからだろう。

絶望させてから沈めるつもりなのか、もしくは降伏するのを待っていたのか......どちらにせよ、

 

「降伏旗を掲げよ」

 

俯いたまま命じるバル、【ホーリー】のマストから大将旗が下され、代わりにこの世界で降伏を意味する旗が掲げられる。

 

「おのれぇ、蛮族めタダで済むと思うなよ」

 

バルが、ボソリとつぶやく

 

「敵艦近付きます!」

 

巨大艦がゆっくりと近付いて来る。

ガバッと顔を上げたバルが、艦長を見て言う

 

「やつとの距離が必中距離になり次第、全門をもって蛮族を攻撃せよ!」

「なっ!?」

 

信じられない命令に全員が驚きを隠せない。

降伏を装った攻撃など、

 

「お待ち下さい!その様な真似をすればレイフォルの名に、陛下のお顔に泥を塗る事になりま➖パァン➖」

「ッ!?」

「参謀は敵の凶弾にて名誉の戦死を遂げた、良いな?」

 

バルは1人反対を口にした参謀の頭をピストルで撃ち抜くと、艦長へと向き直る。

その顔は狂気が滲み出ていた

 

「艦長、砲撃だ。我が国の炸裂式魔導弾を至近距離で食らえば、浮いていられる船など有りはしない。相手は1隻だ、沈めてしまえば我々が喋らなければ誰にもバレやしない、死人に口なしだ。それとも何かね?キミはこのままオメオメと蛮族の虜囚になると?」

「ッ砲撃...用意!」

 

バルの眼力に押されて......いや、それだけでは無い。

艦長の中にも少なからずバルと同じ思いはあったのだ、命令を受け砲撃の為動き出した水兵達の中にも。

 

「くくっそうだ馬鹿面晒して近付いてこい。俺の艦隊を沈めてくれた代償、しっかりと払ってもらうぞ!」

 

近付く【グレートアドラスター】の姿にほくそ笑む。

甲板上の動きを全て見られているなど、思いもせずに。

 

 

ラクスタルは双眼鏡を手に【ホーリー】を見ていた。

彼の目には降伏旗を掲げていながら、片側の魔導砲を忙しなく動かしている様子が映っている。

その動きは照準を付けようとしている様に見えた。

 

「ふん、降伏を装っての攻撃か。列強などと言いつつ、その程度か」

「直ぐにでも沈めますか?」

 

砲術長の確認に首を横に振る

 

「そうだな...いや、撃たせてやろう」

「正気ですか?」

 

遠慮のない砲術長に苦笑しながら答える

 

「正気だとも。奴らの防御力の程はわかったが、攻撃力がわからん。一度くらい食らってみても良いだろう」

「しかし、」

「キミの懸念もわかるさ。魔法とやらがある世界だ、どんな攻撃をして来るかわからんと言うのだろう?」

「わかっておいででしたら何故?」

 

砲術長の懸念も最もだ。

これまで魔法とやらが脅威となった事は無かったが、今回の相手は“列強”なる存在だ。

攻撃に関しては想像もしない攻撃を行って来るかもしれない。

しかしだ、

 

「砲術の専門家としてのキミの意見を聞きたいが、これまでの事例を踏まえた上で、アレがこの【グレードアトラスター】の装甲を食い破る力を持つと思うかね?」

 

片舷50門の大砲、字面だけ見れば脅威であるが

 

「これまで軍事力を見た国で、最も進んでいたのがパガンダです。が、そのパガンダの砲兵器はごく初期のものでしたし、今回の相手であるレイフォルも、パガンダと比べても多少大きいだけの戦列艦、技術的にそこまで離れているとは思えません。さらに攻撃は真横から来ます、よっぽどでない限り【グレードアトラスター】の装甲が破られる事は無いかと」

「では、やはり撃たせてやろう。便衣兵など絶望させてから殺すくらいで丁度良い」

 

ラクスタル達がそんな会話しているうちに、レイフォル側の射程に入った。

 

そして、

 

➖ダダァン!➖

 

【ホーリー】の50門の魔導砲が火を噴いた。

砲弾の殆どが【グレードアトラスター】に着弾し

 

➖ババババン!➖

 

次々と炸裂した。

バル達の視線が砲撃の噴煙と炸裂弾の煙で塞がれる。

 

「はははぁ!見たか蛮族め!!これがレイフォルに逆らったもののまつ、ろ......!?」

 

煙が晴れるとそこにはゆっくりと【ホーリー】に砲口を向けんとする【グレードアトラスター】が。

 

「敵艦健在!!」

「馬鹿な、炸裂魔導弾50発の直撃を受けて、健在だと!?」

 

その姿に慌てるバル

 

「主砲砲撃用意よし」

「撃て」

 

撃ってしまった以上、ラクスタルが容赦する理由も無く

 

「このッ!この化け物がぁぁぁ!!」

 

撃ち出された46cm砲弾は【ホーリー】も、当然乗っていたバル達も、一切合切をこの世から完全に消しとばした。

 

「砲弾の数はどれ程残っている?」

「全門共に70発ずつです」

「ふむ」

 

ラクスタルは伝声管に近寄ると副長を呼び出す

 

「副長レイフォルの首都は海に面しているので間違いなかったな?」

『は、間違い有りません。ここから東に350km程です』

「砲撃でお仕置きだ。最大船速で東へ向かえ」

『はっ!』

 

ラクスタルの命令を受け、【グレードアトラスター】はレイフォルの首都砲撃の為、再び東へと舵を取った。

 

 

 

【伊470】指揮所

 

「大口径実弾砲の砲撃というのは、こうなんとも言えない凄まじさがありますなぁ」

「まぁ魔力砲とは違った迫力はあるな。で、どう見る?」

 

戦艦の砲撃になんとも言えない興奮を覚えているらしい水雷長に、キミは水雷屋では?と苦笑しつつ艦長は副長に話しかけた。

 

「は、砲撃の仕組み自体は発砲炎と噴煙から考えるにおそらくは火薬式のものでしょう。威力に関しても46cm砲弾相当の破壊力はあるものかと」

「ふむ、照準に関してはどう見る?」

「かなりスムーズに照準を合わせていましたから、おそらくレーダー連動射撃はできるものかと」

 

総評として、大型戦艦の、性能は欧州大戦終結時のソ連戦艦【ウラジミール・レーニン】クラスであろうとされた。

 

「で、あの船また東に向かっているが、何をするつもりだ?」

「ここから真東と言えば、確かレイフォルの首都ですが......」

「追いかけてみようか」

 

 

 

 

中央歴1639年6月21日

第二文明圏の列強国レイフォルは、首都レイフォリアを襲ったグラ・バルカス帝国の戦艦【グレードアトラスター】による全力砲撃によって、皇帝以下政府要人が軒並み死亡。

国軍も次々と降伏し、レイフォルは亡国となる。

以降第八帝国からの入植が行われる事となる。

 

【グレードアトラスター】

その名は単艦にて列強レイフォルの艦隊を全滅させ、更にはその足でレイフォルの首都を焼き降伏せしめたとして、世界最大最強の戦艦として伝説となった。

その事に特に恐怖したのは第二文明圏の国々であったが、恐怖はあっという間に世界を巡り、“列強”の陥落は世界を激震させた。

 

 

*1
第八帝国における成人皇族の称号。女性は女王

*2
自国艦船では不必要に警戒されると考え、制圧した文明圏外国の帆船に途中で乗り換えた



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日本とムー

前話、潜水艦の艦名を【大鯨】から【伊470】へと変化しました。


第二文明圏、列強第2位の国ムー。

その首都オタハイトの軍港、ムー統制軍マイラスは岸壁に立ち海の方を眺めていた。

その視線の先には臨時で増設された浮き桟橋に、一隻の艦艇が接舷しようとしているのが見えた。

黒一色の流線型の船体は付近に停泊するムー海軍の艦艇とは似ても似つか無い。

それもその筈で、その船が掲げる旗はムー国やムー海軍の旗では無い、白地に太陽を模した赤い丸と十六条の放射線、日本皇国の十六条旭日旗だ。

 

日本皇国海軍 伊号第470型揚陸潜水艦4番艦 【伊473】

 

それがあの船の正体であった。

何故日本皇国の潜水艦がムーの軍港に入港しているのかと言うと、ムーと日本の間で結ばれた協定によるものだった。

 

 

日本皇国は神聖ミリシアル帝国と国交を樹立した事で、相当な規模の市場に参入する事が......

 

出来なかった。

 

と言うのもミリシアルの購買層、即ち国民の大半が日本の技術力を信用していなかったからである。

軍事技術の一部とは言え、直接見聞きした外務大臣のペクラスを筆頭に、遣日艦隊に同行していた魔帝対策省の古代兵器分析戦術運用部のメテオスなどは、各々思う所はあるものの日本の技術を認めていたし、彼等の報告を受けた皇帝ミリシアル8世や政府の者達は、日本の技術をある程度把握していたが、それらの情報は全ての国民に対して余す事なく全て公開された訳では無い。

 

加えて、日本皇国は客観的に見て、ミリシアルが「列強国家」として認める程の何かを成し遂げた訳では無く、多くの国民にとっては第三文明圏よりも更に東、文明圏外の新興国家と言う認識しか無かった。

皇帝の決定である以上、明確に反対する事はしないが、それでも政府の方針に不満があった。

パーパルディア皇国やレイフォル国の様な「列強と言っても格が低い」国家と違い、態々口に出して「蛮族」などと呼ぶ事は無かったが、文明圏外国を普通に見下しているのは同じなのだから。

 

その為、大々的にミリシアルの市場へ参入出来ず、僅かな取り引きだけしか出来て居ないのが現状だ。

尤も、日本としては200m超えの戦艦を動かす事の出来る機関を有しているのに、何故か漁船は帆船だったり手漕ぎだったりしている事に首を傾げつつ商機を見ているし、ごく僅かな日本企業と取引しているミリシアルの商人は日本の製品が、大量に市場に出回る様になるのも「時間の問題だ」と考えているのだが。

 

とはいえ、ミリシアルの人々が日本製品を認め本格的に取引が始まるのを待っていられるかと言うと、そう言う訳にはいかない。

造船業こそ、第三文明圏の文明国や文明圏外国からの注文で、嬉しい悲鳴を上げているところだが、その他の製品に関しては供給先を確保できていない状態にある。

ロデニウス大陸を始め、文明圏外ー大東洋諸国の国々に関して言えば日本製品が席巻しつつあるが、市場規模という点で言えば日本の供給能力と比較すると貧弱極まり無い。

文明国との取引も増えつつあるが、こちらもやはり地球の国々と比べれば......となってしまう。

開発援助などで各国の国力増強に手を貸してはいるが、各国の市場が日本の供給力に耐えられる様になるのはまだ暫くは先で有ろうと考えられていた。

 

パーパルディア皇国と国交を結ぶ事もできたが、この国はこの国で素直に日本製品を輸入する事は無いだろう。

海軍は航空艦に興味を示しているとの情報もあるが、周辺国から出来れば売らないで欲しい(お願いだからやめてくれ)との打診もあるので、パーパルディアの国家方針と合わせて考えても、やはり難しいと言わざるを得ない。

結局パーパルディアでもミリシアルと同じ様に、小規模な取引だけが行われている。

 

そこで目を付けたのがムーであった。

列強という事もあり、ミリシアルと同じ様に国民単位では日本の事を認められない者もいるだろうが、列強2位の国家の市場だ、多少でも市場に参入できれば御の字である。

潜水艦隊による情報収集とミリシアルからの情報によって、ムーが共産主義かも知れないという懸念は払拭(共産主義どころか王制国家)されていたので、ミリシアルに仲介を申し込み接触を行った。

 

 

マイラスは外務省からの命令で日本の技術力を測る為、ムーへやって来た日本の特使の観光案内を行った。

統制軍の第1種総合技将の資格を持つマイラスの下には、ロデニウス大陸でのクワ・トイネ公国・ロウリア王国間の戦争の情報ーより正確に言えばそこに投入された航空艦の情報ーは入っていたし、在パーパルディア大使館からは、パーパルディアを訪れた【秋津洲】以下祭祀艦隊の情報も入っていた。

加えてミリシアルからの「日本皇国の国力/技術力は列強として申し分無いものである」とのお墨付きだ。

正直言って気が重かった。

 

マイラスは普段ミリシアルの兵器の解析等も行い、現在は第二文明圏全体に対して宣戦布告を行った国家、グラ・バルカス第八帝国の兵器解析も行なっている。

第八帝国も第八帝国で、例の戦艦【グレードアトラスター】を見ただけで、ムーの誇る最新鋭戦艦【ラ・カサミ】ですら敵わないのでは無いかと思えたが、【秋津洲】を捉えた魔写の与えた衝撃は【グレードアトラスター】以上だった。

【グレードアトラスター】よりも巨大な艦が空に浮かんでいるなど、はっきり言って理解の範囲外だ。

 

ムーにも飛行船はあるが、アレはあくまでも浮かぶことを前提に設計されているものだ。

明らかに水上艦と同じ形状をしているものが空に浮かぶ等、日本皇国が魔導文明国家だと聞かされても、どう言う理屈で浮かんでいるのか全く解らない。

下手をすると同じ魔導文明国家であるミリシアルよりも上では無いかとも思える相手に、「ムーの技術力を知らしめろ」と言われれば、気が重くなるのも仕方がないだろう。

 

結果から言えば、日本人達は【ラ・カサミ】にも最新鋭戦闘機マリンにも対して驚かなかったし、車にも乗り慣れている様だった。

それどころか日本から見れば【ラ・カサミ】が100年、【グレードアトラスター】ですら70年は前の旧式になると言われ、戦闘機(日本では戦闘飛行艇と言うらしい)に至っては音速を超えると教えられ、マイラスの方が大層驚いたくらいだ。

 

唯一日本人が驚いたのはムーが元々この世界にあった国ではなく、1万年の昔に異世界から大陸ごと転移して来た国家だと告げた時だ。

ミリシアルからの情報にもあったが、日本皇国もまた転移国家で、しかもムーと日本の居た世界は年代こそ1万2千年の開きがあるものの、同じ世界だったのではと言う話になって、またもやマイラスは驚かされる事になったのだが。

その事もあって、ムーと日本の国交は比較的あっさり結ばれた。

 

その過程で日本側がムーに対して、主に対グラ・バルカス帝国を見据えた、第二文明圏以西での潜水艦の活動の為の母港を求め、ムーは潜水艦建造の技術協力を条件に港の使用を認めたのであった。

 

 

 

潜水艦という軍艦の話を初めて聞いた時、マイラスはその存在をとても恐ろしく感じた。

海に静かに潜み攻撃を行ってくる船、今のムーには探知する事も撃沈する事も難しい存在だ。

しかも、日本皇国の話ではよりにもよって()()グラ・バルカス第八帝国は、推察される技術力的に潜水艦を保有している可能性が高いとの事だ。

第二文明圏全てに対して宣戦布告している第八帝国が、潜水艦をもって海軍艦のみならず、商船などの民間船へと攻撃を行えば、ムーはそれに対抗する事も出来ず、ただ船が沈められて行くのを指を咥えて見ているしか無い。

 

だからマイラスを始めムー海軍の者は潜水艦の話に震え上がったのだが、その話を語って聞かせた日本は潜水艦を厄介な存在とは考えていても、明確な脅威としては捉えていない様子であった。

それもその筈で日本の艦船で海上を航行しているものは、漁船か敢えて海上を航行する豪華客船、沿岸警備隊の艦艇位のもので、沿岸警備隊に至っては潜水艦を狩る側の存在だ。

 

日本曰く、地球において潜水艦は一度廃れかけた兵器だと言う。

それは矢張り日本の航空艦が齎した影響で、軍艦にしろ輸送船にしろ海上ではなく空を航行する様になった事で、潜水艦による通商破壊は困難になった。

魚雷による攻撃は当然当たりっこ無いし、浮上して対空砲なんかで攻撃しようにも、仰角の問題でそもそも狙いをつけられない。

 

勿論、日本や早期に航空艦の技術を得る事が出来たイギリスを除けば、大半の国が軍艦といえば海の上を行くものだったし、現代でも海軍イコール水上艦の国が無くなった訳でも無いので、結局潜水艦が姿を消す事は無かったと言う。

その任務は情報収集や通商破壊だけでなく、特殊部隊等が敵地に秘密裏に上陸する際に使われたり、弾道ミサイルなる超長距離兵器の発射母艦になったりとの事だ。

 

第二文明圏以西で活動している伊号第470型揚陸潜水艦は、「揚陸」の名が示す通り敵地への陸戦部隊揚陸を行う為の潜水艦だと言う。

日本皇国海軍の最新鋭潜水艦で、形状は細長いヒマワリの種の様な形で、中央やや後ろ寄りに一体型の流線形艦橋を持つ。

船体中央に二ヶ所格納庫を持ち、合計4機の機竜(ワイバーンを模した人工の竜らしい)を格納でき、両舷に配置されたドライチューブに片舷2機、合計4機の乙型機巧ゴーレムなる兵器(人が中に乗って直接操作するゴーレムで、まさかの水中で行動が可能だと言う話)を搭載可能だと言う。

また自衛兵装として魚雷と、揚陸支援用の対地ミサイルを装備しているとの事で、もし仮に敵対したとすれば一隻でムー海軍を蹴散らしてしまいそうなこの潜水艦だが、実を言うと情報収集は専門では無いと言う話だ。

 

勿論隠密性は地球基準でも高レベルであるとの事だが、情報収集が専門の巡航潜水艦と比べれば隠密性と、情報収集能力そのものが劣っていると言う。

では何故そんな潜水艦が第八帝国の情報を探っているのかと言うと、実は日本海軍にとっては最悪な事に、保有する巡潜の約半数を転移によって失ってしまい、残ったものは本国周辺から容易に動かせる状況では無く、仕方なく揚潜を外地の情報収集に使っている状態だと、伊471の艦長がため息混じりに教えてくれた。

機密ではないのかと思ったが、おそらく知られた所で問題は無いと考えているのだろう。

また、彼の話はブラフである可能性もあるが、巡潜よりも隠密性に劣ると言う揚潜ですら、ムーだけで無くミリシアルでも、第八帝国でも探知出来ないのだから、実は揚潜は見せ札で巡潜も潜んでいたとしても、見つける事などできないのだから。

 

「日本が売ってくれる技術を元に一刻も早く第八帝国の潜水艦に対抗する術と、潜水艦の獲得を目指さないとな」

 

日本は魔法技術を根幹とする国で、それだけ聞くと魔力探知レーダー等一部には魔法を取り入れているとは言え、科学文明であるムーがそのまま技術を取り入れる事は難しい。

日本の兵器などのコンセプトを科学に置き換えていかなければならない為、ただ単に進んだ技術を取り入れるより大変だろう。

もちろん日本にも科学技術はあり、幸いな事に潜水艦はほとんど魔法では無く科学で作られていると言う。

 

理由としてはこの世界と同じ様に地球でも魔力を探知する技術が発達しており、魔力炉という魔導機関を搭載していては炉が生成する膨大な魔力が簡単に探知されてしまうので、ディーゼル機関と大容量バッテリーを載せているとの事だ。

ムーで姿を見ることができる伊470型であれば、魔力炉を搭載しているのは機竜と機巧ゴーレムだけで、それらは揚陸時にしか起動し無い為、普段は探知される事は無い。

また、隠密性の要である[消音結界]と言う自艦が発する音や敵艦のソナーの反射を消滅させる結界魔法は、海中に溶け込んでいる魔力を使用して発動しているらしい。

その程度であれば魔力を持つ海中生物の発する活性魔力(日本での何かに使用された魔力の呼称)と、大して変わらないらしい。

 

そんな訳で、ムーは日本からディーゼル機関と大容量バッテリー、潜水艦の船体構造に関する情報、[消音結界]用の加工が施されたタイルを手に入れる事になった。

ムー海軍は日本潜水艦の隠密性の要である[消音結界]を、術式そのものでは無く加工済みのものとは言え、平然と提供してきた事に驚いた。

驚く彼等に対して何ともなさそうな日本側担当者の顔を見て、おそらく特定の音、それこそ日本艦のソナー音は消失し無い細工がされているのだろうと当たりを付けたが、ならば[消音結界]の導入を諦めるか?となると、諦めるには魅力的に過ぎた。

結局ムー海軍は日本海軍に対して潜水艦が丸裸になる可能性を飲み込み、[消音結界]の導入を要求した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




民間でだが、はやくもムー国内に残された資料や、日本にあった資料を元に、アトランティスに関する考察、日本の魔法のルーツに関する考察が早速行われている。


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考察様々

惑星

 

「惑星の内部がスカスカなのかもしれない」派と「異世界なんだから、地球の常識が当てはまるかよ。俺たちが小さくなったんだ」派による論争は、科学者達のみならずネット上にも広がりを見せつつある。

 

ぱっと見の印象だと、正直何の事だと言いたくなる字面だが、割と真面目に議論されている。

この論争は日本皇国が転移した惑星の大きさが、水平線の遠さから一周約10kmと地球の倍以上の大きさがありながら以下の様に

 

・重力加速度9.8065m/s^2

・気圧平均1015hpa

・大気組成もほぼ同じ

・自転速度は24時間

・公転周期は1年365.5日でやや長い

・太陽迄の距離も役1.5億kmでほぼ同じ

 

と、地球とサイズ以外は地球とほぼ変わらない事が原因で起こった論争だ。

これには多くの科学者が頭を抱えた。

だが、彼等とて科学しか無い世界に身を置いていた訳ではなく、むしろ近年の科学者は「[魔力]と[魔法]がある事を前提として」考察するのが基本となっている。

人類が[魔力]を使うようになり活性化した[魔力]の影響は、人類に亜人を産んだのみならず、他の動植物や物理法則にすら影響を与え始めていた。

そうして[魔力]と[魔法]がある事を前提として考えた結果、「正真正銘の異世界である以上、地球における科学知識で考察するべきではない。重力加速度や自転速度等に変化が無い以上、惑星が大きいのではなく、惑星以外の全てが地球の2分の1しか無く、我々も転移時にそちらに合わさったのだ」という仮説を立てた。

 

当然ながら反論する研究者もいて、そんな彼等が「重力加速度等に変化が無い以上、日本列島や人が2分の1の大きさになったなどあり得ない。惑星の内部がスカスカなのに違いない」と反論した。

 

この議論はいつのまにか一般人の間にも広がり、日夜ネット上で議論が交わされている。

今の所双方の意見はとんとん位の支持を得ている。

ただ、前者も後者も何方も共に「異世界だし」「地球より[魔法]の歴史が古いし」「地球とは違って魔法生物みたいなのがいる世界だし」「やっぱり、なんと言っても異世界だから」と言う、「異世界だからそう言う事も有り得る」と言う理由での支持だ。

後者の仮説に対しては、冷静に考えてみればあらゆるデータから現実味が高く、「[魔法]は[魔法]。科学は科学。地球で[魔力]の活性化が物理法則に若干の影響を与えていたとしても、重力加速度等の法則が大きく変化することはない」と冷静な人達から一定の支持を得ている。

 

人造の星

 

日本皇国の有する宇宙ステーション【天津神】は、海抜高度540kmに浮かんでいた。

日本は異世界への転移によって、保有していた人工衛星のほぼ全てを失った。

新しい世界、それも地球よりも巨大で有ると言う事もあり、宇宙からの眼を失った事は早急に解決しなければならない問題であった。

幸いにして日本の人工衛星の打ち上げはロケットを用いた者ではなく、輸送船を用いて宇宙空間へと持ち上げ、その後打ち出して軌道に乗せると言うものであるので、大気圏を突破する為にロケットの新規開発などは必要無かった。

 

さて、人工衛星を失った日本であったが、宇宙に保有する施設の全てが完全に失われた訳ではなかった。

それが【天津神】である。

【天津神】は航空都市と比べれば小型であるものの、[タカアマハラ]を利用しており、宇宙空間での様々な実験などに使われる半官半民の宇宙ステーションだ。

転移当時には158名のスタッフが滞在していた。

また、その位置も日本の直上である事もあり、転移時に「日本皇国領」だと判断され地球に置き去りにされなかったのでは?と考えられる。

何はともあれ、決して安くはない金が掛かっている上に、優秀なスタッフを抱えたまま【天津神】が失われる様な事にならなかったのは、日本皇国にとって僥倖と言えた。

 

日本政府は【天津神】が変わらず頭上にある事を確認すると、地球では条約だとか国際関係だとかで阻まれていた計画を実行に移した。

【天津神】の軍事拠点化とそれに伴う海軍軌道艦隊の配備である*1

 

とは言っても、現行の航空艦では気密性だとか酸素の問題もあり、本格的に宇宙空間で運用する事は出来ない。

潜水艦は気密性だとか酸素の問題をある程度クリアしているが、潜水艦は宇宙に上がる為の足、即ち[アメノトリフネ]を持たない。

なので潜水艦の設計を元に、専用の航宙艦の建造が行われる事となり、予備の人工衛星と地球では既に宇宙である高度、海抜高度150kmに駆逐艦を巡航させる事で本格的な軌道艦隊までの繋ぎとした。

また、航宙艦の就役までの間に【天津神】も本格的な要塞化が行われる事となり、現在絶賛拡張工事中である。

 

 

 

 

拡張工事が行われている【天津神】であったが、宇宙での研究拠点という役割を終えた訳ではなく、外殻にて拡張工事が行われている間にも、研究は継続して行われていた。

もっとも今のところ、どこの研究室も地球との違いがどれほどの物なのかの確認と、観測されたデータ等を基に実験内容の練り直しなどに、てんやわんやしているのだが。

 

そんな中、政府直営の研究室の1つに地上からの客人の姿があった。

 

「こうしてこの場所に立って尚信じがたい。一歩“外”に踏み出せば、人間などあっという間に死んでしまう、そんな世界に。よもや人の暮らせる施設をそれもこんなにも巨大なものを作り上げた等など」

 

工事中のエリアの反対側、工事の内容が解らない位置にある展望窓から、星の海を眺めてそう呟いたのは、神聖ミリシアル帝国魔帝対策省-古代兵器分析戦術運用部のメテオス・フラッグマンである。

ミリシアル人である彼が何故【天津神】にいるのか、それは両国の交流の最中、在日ミリシアル大使館の職員がたまたまテレビで、人工衛星の軌道投入の報道を見た事に始まる。

 

神聖ミリシアル帝国はかつて過去の世界に存在したラヴァーナル帝国、通称古の魔法帝国の残した遺跡や遺物を調べ、その過程で手に入れた技術を()()して運用している国家だ。

もっとも、古の魔法帝国の技術のその全てを「十全に扱いこなせている」とは言えない状況ではあるが、模倣であってもその技術は他国を圧倒し、ミリシアルは世界最強の国家として君臨してきた。

ただそのことに満足している者は、立場が上がるにつれて減っていく。

それは政府に「魔帝対策省」なる省庁が存在する事からも分かるが、神聖ミリシアル帝国と言う国がいずれ復活するとされるラヴァーナル帝国を打倒する事こそを国是としているからだ。

現行のミリシアル帝国軍ではラヴァーナルを相手に、自信を持って「勝てる」とは言えない。

相手は自分達が使っている技術の“本物”を持っている、理論は解らないが何とか飛ぶ様には出来たので、その形で量産しているだけの天の浮舟。

最近になって漸く実践投入できるかできないか程度には、稼働させられる様になった空中戦艦。

 

そられは現状、他の列強すら圧倒する力ではあるが、やはり本物に敵うかと聞かれれば......

 

加えて新たに国交を結んだ国、即ち日本皇国の存在が、政府指導者層に危機感を覚えさせていた。

民間に対して広く開示された訳ではないが、日本の技術力の高さは政府関係者であれば知る事ができた。

 

自分達とは違い、ラヴァーナルと同じ様に自ら新たな技術を生み出している日本に、嫉妬もした、認められない気持ちもあった。

長年世界最強の国家として君臨してきたと言う自尊心が、認める事を邪魔した。

 

だが、認めざるを得なかった。

 

軍事技術だけでなく、街中のその辺に転がっている様な技術ですら、圧倒的に上だった*2

そしてそれは、ラヴァーナルの技術を解析する魔帝対策省の研究者達にこそ良く分かる事だった。

だからこそ彼等は、自国が保有し日本が持たない技術を対価にしてでも、「技術交流をするべきである」とそれはもう声高らかに訴えた。

 

流石に政府内部にも訝しげな声もあったのだが、あまりにも魔帝対策省がシツコイので、皇帝ミリシアル8世の鶴の一声によって、日本があるモノについて、解析できるかどうかで日本と本格的に技術交流をするか判断する事となった。

その形であるモノの名を「僕の星(しもべのほし)」、ラヴァーナル帝国が開発したと記録に残る、宇宙に浮かぶ人工の星である。

 

その僕の星に関する情報を日本へと開示しろと指示を得た所で、大使館職員が目撃したのが日本皇国宇宙開発機構による、人工衛星の軌道投入のニュースであった。

 

「既に日本は宇宙にすら勢力を伸ばそうとしている」

 

これは慌てた大使館職員が本国へ送った緊急伝だ。

この報せの詳細が届くと、ミリシアル政府は大騒ぎになった。

僕の星に関して「解析できるかできないか」とかそんなレベルの話ではなく、既に日本は僕の星を保有していると言うのだ。

 

再び議論が交わされ、最終的には「核心的技術は除くとしても、日本皇国との技術交流を積極的に行う」事とされた。

その手土産的に日本にラヴァーナルの僕の星についての情報が渡された。

日本皇国は人工衛星の軌道投入に際して、「惑星の準同期軌道上を何らかの物体が周回している」というのは分かっており、同じ様なサイズのものが複数ある事から、神聖ミリシアル帝国の人工衛星かと考えていたのだが、そのミリシアルからまさかの数万年前の古代文明の物だと知らされ、流石に驚きを隠せなかった。

 

ミリシアルの記録にも、何の為に作られたのか、どうやって作られたのかといった記述は無いらしく、「古の魔法帝国の復活」という脅威に対して前のめりなミリシアルの猛アピール(主に魔帝対策省)もあり、ラヴァーナル帝国の技術を良く知るミリシアルと、既に似た様な技術を持つ日本という2方面からの視点での共同研究が決定、その拠点として【天津神】が選ばれたのだった。

 

 

僕の星の研究は何基か見繕って【天津神】に持ち帰り、施設内での分解が予定されていたのだが、その打診を受けた【天津神】の研究者が、人工衛星であると認識した上でキチンと観測を行った結果とんでもない事が判かった。

 

僕の星は今なお稼働を続けていたのである

 

最初は何かの間違いかと思われた。

しかし、何度かデータをとり解析すると、やはり稼働しているとしか考えられなかった。

微弱では有るが、規則的に魔力が使用されている反応があるのだ。

これが、確認された僕の星の1基2基での事であれば「偶然」や「クマムシの様な生物が(異世界なんだから)魔力によって宇宙空間でも生存している(そういう事もある)」と言ってしまう事もできるが、活性魔力が観測されたのは確認された僕の星、34基全てでの事であった。さらに加えてそれらが相互に何らかのやり取りを行なっている事も分かっている。

ただでさえ、製造されてから数万年は経つであろうとされるものが、未だに準同期軌道に浮かび続けているだけでも信じられないのに、未だに生きているなどもはや理解不能である。

 

「ですので、我々としては僕の星が一体どう言う目的を持った物なのか、少なくとも現在でも使用されている魔力をもって、何を稼働させているのかが確認されない限り、不用意に回収を行う事は危険であると考えます」

 

【天津神】の一室、僕の星研究が持ち込まれた国営第四研究室にて、室長の宮野がモニタに表示されたデータ等を指しながら、ミリシアルの研究者達に説明を行なっていた。

ミリシアルの研究者の1人が手を挙げる。

 

「残念ながら我々には僕の星は勿論、貴国の保有される人工衛星に関する運用の知識というものが存在しません、なので僕の星がどの様な目的で作られたものなのか、と言うのを想像するのは難しい。僕の星と類似したものである人工衛星を運用されている貴国としては、どの様な目的を持ったものであると考えておられるのか、お聞かせ願いたい」

「ええ、勿論です。では先ず人工衛星について簡単にご説明しましょう」

 

宮野がそう言ってモニターを操作すると、数種類の人工衛星を写した写真が表示される。

 

「これらは転移前、我が国が運用していた人工衛星です。ご覧の様に一言で人工衛星と言っても複数の種類があり、見た目は勿論その機能も違って来ます。生活に関わりのある気象衛星や、軍の運用する軍事衛星等があります」

 

気象衛星は兎も角、軍事衛星と聞いて眼の色を変えたミリシアル人が数人いるが、取り敢えずスルーする。

 

「我が国が運用していたものではありませんが、軍事衛星の1つにGPS衛星と呼ばれるものがあります。これは全地球即位システムと呼ばれる、衛星測位システムを構築する衛星で、地球上で現在位置を測定する為の物です」

 

モニターにはGPS衛星のCGモデルとその軌道モデルが表示される。

 

「GPS衛星はこの様に高度20,200kmの準同期軌道と呼ばれる軌道を周回していおり、我が国が地球にあった時点での運用数は31基。

全て同じ、と言う訳ではありませんが、同程度の衛星軌道にあり、尚且つ基数も近しい事から、我々は僕の星にはGPS衛星と同じかもしくは似通った役割があったものと考えています」

「それは、一体どの様に使うものなのでしょう?」

「そうですね、あくまでもGPS衛星の場合ですが、簡単に説明するとGPSとは地球上の何処にいても自身の位置を瞬時に割り出す事が出来るシステムです。GPS衛星の発信する情報を受け取りその情報から高度な計算機が計算を行う事によって、自身の位置情報を割り出します」

「成る程、そのGPS衛星と僕の星が似ていると?」

「ええ、もっとも現状入手可能な情報からの推測ではありますが。GPS衛星の運用高度は高度20,200kmで、僕の星が存在するのは高度20,250km。運用基数はGPS衛星が全部で31基、確認された僕の星の数は34基と、あくまでもこの2つのデータが近しいと言うだけです」

 

この推測通り、僕の星なるものがGPS衛星と同じ物であればサクッと回収して、分解して調べたい所ではあるが、相手は数万年間存在し続けると言うトンデモ存在だ。

迂闊に手を出して、防衛機能が作動したりすれば目も当てられない。

 

「ふむ、防衛機能に関しては気にし過ぎても、仕方がないのではないでしょうか?」

 

宮野の話に耳を傾けつつ、資料を読みふけっていたメテオスが声を上げる。

 

「それは何故でしょう?」

「いえ、ラヴァーナル帝国は基本的に自分達以外を見下した種族だった、というのもありますが、奴らは転移に際して【魔王】という遺産を残していきました、その魔王自体は【太陽神の使い】によってグラメウス大陸へと押し返されました。そしてトーパ王国に残る神話ではグラメウス大陸とフィルアデス大陸を隔てる壁を作った後、4人の勇者によって封じられたと言います。しかし、魔帝はその事を知らず、魔王によって人類は滅ぼされるか、そうでなくとも発展など出来る筈がないと考えているのではないでしょうか?」

 

魔王はグラメウス大陸から現れたという、それは偶然置いて行かれたのではなく、わざと置いて行かれたのだとも考えられる。

それに、宇宙に浮かぶ僕の星にかける保険とは一体どういうものなのか。

光翼人とやりあったというインフィニティドラグーンすら、空力の及ばない宇宙に至る事は出来なかったという。

ミリシアルも日本と接触するまでは、宇宙に関しての知識は空力が通じない場所、僕の星が浮かぶ場所、程度の知識しかなかった。

つまりラヴァーナル帝国の遺跡にすら、僕の星以外に宇宙に関する物が残っていないのだ、無論そういったものは本国の外には持ち出されなかったとも考えられるが。

どちらにしろミリシアルの常識では、平然と地上と宇宙を行ったり来たりする日本がオカシイのだ。

 

「警戒をするに越した事はありませんが、警戒しすぎて身動きが取れなくなるのもよろしくはないでしょう」

「そうですね、ではこちらの船外作業チームに僕の星回収を依頼する事としましょう。十分な安全対策を取った上で、精密分析する事とします」

 

 

 

*1
宇宙条約で宇宙に兵器である航空艦を配備出来なかったのは勿論、宇宙空間での全長50m以上の艦船の運用も禁止されていた。これは宇宙条約締結時に航空艦技術を有していた日本皇国と連合王国に、頭上を抑えられるのを避けたい各国の圧力によるものである。

*2
個人的なものでも、日本人の方がミリシアル人より繊細な魔力制御ができた。




僕の星の数とか高度は独自設定


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北の大地へ・1

時系列を間違っていたので差し込みです。
この後にも何話か「北の大地へ」のナンバリングで更新します。



グラメウス大陸

第三文明圏を構成するフィルアデス大陸の北東側、細い地峡で繋がった不毛の大陸。

遥かな昔この大陸より【魔王ノスグーラ】が現れ、世界を滅さんとした。

魔王は種族間連合と【太陽神の使い】に敗れ、グラメウス大陸へと逃げ帰り、フィルアデス大陸と繋がる地峡には【世界の扉】と呼ばれる城壁が築かれ分断された。

以降、魔王との最後の戦いに挑んだ勇者と彼等に付き従った勇敢な戦士達を除き、人の立ち入らない魔物の世界である。

 

 

 

「新世界のフロンティアか!?」

そんな見出しの新聞が発行される程度には神聖ミリシアル帝国との交流と共同の研究の場で、グラメウス大陸の存在を知った日本皇国はざわついた。

寒冷地帯で不毛な大地だと言うがこの世界の誰も、それこそ列強から文明圏外国に至るまで、領有権を主張していない広大な大地だ。

日本政府()()()()()()統治の問題などから、広い新領土が欲しかった訳では無かったが、そこに有るかもしれない手付かずの地下資源の存在を夢想した。

 

地下資源自体はクイラ王国との取引で、安定した量の輸入が約束されてはいるものの、日本と国交を結んだ国の多くで今、地下資源--特に鉄の需要が増している。

日本による開発支援や航空戦列艦の売り出し等が理由だ。

文明圏外国や文明国は勿論、列強ムー国にパーパルディア皇国の一部(主に皇国海軍)でも、日本製鋼材の輸入を希望する声が上がっている。

外貨獲得や資源を独占すると起こるであろう国際社会からの反発の事を考えれば、その事自体は悪い事では無い。

が、日本としても新しい[タカアマハラ]の建造や【天津神】の増築に、海軍軌道艦隊の艦隊獲得などで鉄資源は大量に消費する予定だ。

クイラでの産出量を上げれば対処でき、クイラ政府としても輸出額が増えるのは歓迎するところなのだが、資源の枯渇を恐れた日本によって、採掘量の急激な増加にはストップが掛けられた。

加えて、地下資源の全てをクイラ一国に依存するのはどうなのか、と言う考えもあってグラメウス大陸の調査/開発に前向きになって行く。

 

 

 

グラメウス大陸への進出を決定した日本皇国であったが、この大陸は人間とは決して相入れる事の無い魔物が蔓延り、【魔王】などと呼ばれるモノが封じられているとされる大地だ。

加えて言えばあの神聖ミリシアル帝国が、手を出さずに放置している大陸でもある。

いきなり調査団を送り込む事はしなかった。

 

先ずはグラメウス大陸に関する情報を更に集める事から始めた。

そこで目を付けたのがトーパ王国だった。

フィルアデス大陸北部、グラメウス大陸と繋がる地峡のおおよそ中間地点、南北に存在する細い地峡で繋がった島国で、アルタラス王国と同じく文明圏外国としては軍事力を有している国家だ。

「自分達こそ人類の守護者であり文明圏だとか、列強国だとか言って繁栄を謳歌出来ているのは、トーパ王国があってこそだ」と豪語する彼等ならば、グラメウス大陸とそこに棲息する魔物についての知識は豊富に有るだろうと考えた為だ。

また、実際にグラメウス大陸へと進出する際、直接乗り付けて安全地帯の確保を行ったとして、魔物が逃げ出したりしてトーパに殺到して万が一にも【世界の扉】が破られでもしたら、世界中から非難の目が向けられるだけでは済まないだろう。

そこで国防総軍はトーパに本拠地を置かせてもらい、そこから制圧地域を広げていくと言う計画を立てた。

 

 

さて、この日本皇国によるグラメウス大陸開発計画は日本皇国外務省からトーパ王国の外交部に伝えられた。

 

「グラメウス大陸の調査と開発を計画していて、その障害となり得る魔物に関する知識を教えて貰いたい。また、軍の戦闘によって逃げ出した魔物等が貴国へと殺到する可能性もあるので、防御を固める為にも【世界の扉】周辺の土地を一時的に貸して欲しい」

 

と言う内容だったのだが、コレを伝えられた時トーパの外交官達はハッキリ言って日本人の正気を疑った。

グラメウス大陸はトーパは勿論、他の文明圏外国や文明国、列強国すら領有を主張していないので、あくまでも“手付かずの土地”と言う側面だけで見れば、日本が好き勝手に切り取ろうが自由だ。

だが、グラメウス大陸はただの手付かず土地では無い、無数の魔物が蔓延るからこそ手付かずな土地だ。

ゴブリンこそ【世界の扉】の上から矢を射掛ければ容易に倒せるが、オークとなると騎士10人が組織的に動いて漸く倒せる様な怪物だ。

しかも、そのゴブリンとオークとて10年とか100年とか言った間隔で、ふらふらっと【世界の扉】の付近へと迷い込んで来る位だ。

【世界の扉】が作られ、4人の勇者と魔王討伐隊の10,000人を見送り、旅立ちの時の「1年経っても帰らなければ迎えに来てくれ」と言う約束通りに勇者達と討伐隊の捜索が行われて以降、グラメウス大陸奥地へは誰一人として足を踏み入れておらず、どれ程の魔物が棲息しているのかはトーパですら分からないのだ。

 

そして何と言っても【魔王ノスグーラ】の存在がある。

唯一グラメウス大陸から帰還した勇者ケンシーバの伝えた事によると魔王を倒しきる事が出来ず、彼を除いた3人の勇者が命を賭して封印したのだと言う。

つまり、いつかは魔王が蘇ってしまうかも知れないのだ。

 

そんな場所に態々本当にあるのかも分からない地下資源を求めて行くなど、正気を疑ってしまうのも仕方が無い事だろう。

 

そう言った事をトーパ外交官は日本外交官にやんわりと伝えた。

トーパも航空戦列艦や歩兵用装備の購入を行なっていて、日本の力を全く知らない訳では無いのだが、それでも【魔王ノスグーラ】に対する遺伝的恐怖は彼等を容易に死地へと送り出す事を吉とはしなかった。

 

日本人にもトーパ人の思いは良く伝わった。

彼等が自分達のことを思って反対していると言う事は。

 

 

だからって諦めるかと言われればそんな事は無いのだが。

 

 

 

 

中央暦1639年10月20日 トーパ王国

 

「これは、凄いな」

 

【世界の扉】を護るトーパ騎士団の騎士モアは、隣に立つ傭兵のガイへと話しかけた。

 

「最初に話を聞いた時には、正直馬鹿な事を言ってると思ったんだがなぁ」

「ああ、如何やら日本皇国とやらは本気らしい」

 

 

彼等の視線の先、【世界の扉】の()()の平野に“要塞”が建築されつつある。

多くの人員が忙しそうに働き、頭上には日本皇国海軍の駆逐艦が張り付き、グラメウス大陸へと睨みを利かせている。

作業を行なっているのは主に日本だが、既に構築された簡易陣地に翻る旗は、日本皇国の物だけではなかった。

 

「あの太陽の旗が日本皇国の国旗で、その側にあるのが確かクワ・トイネ公国とクイラ王国、それからロウリア王国だったか?」

「ああ、もう1つの旗は見た事ないが、その3つに関しては間違いない筈だ。そんな事よりもパーパルディア皇国の国旗に、神聖ミリシアル帝国の国旗まである」

 

他にもネーツ公国を始めトーパ王国と国交のあるフィルアデス大陸北部のいくつかの国家の国旗もあるのだが、2人にとっての1番の驚きは日本のグラメウス大陸進出に列強国が2カ国も賛同している事だった。

 

「列強国まで参加するなんて、勝算が有るって事か?」

「少なくとも日本皇国には2つの列強国を動かせる影響力があると言うことだ。そんな国が本腰を入れてやると言うのだから、何かしらの勝算はあると言う事だろう」

 

パーパルディアはそれ程でも無いが、ミリシアルは相当に大規模な部隊を派遣して来ている。

グラメウス大陸への進出に当たって、日本は幾つかの国に声を掛けた。

目的はグラメウス大陸での安全確保の為だ。

資源を求めて進出するのだが、「島」や「地域」であれば日本だけで対処できるが相手は「大陸」だ。

いくらなんでも日本単独で全てを抑えるのは数的に無理がある。

そこで先ず世界最強の国家である神聖ミリシアル帝国へと声を掛けた。この世界最大の軍事力を有するミリシアルとなら、グラメウス大陸の完全制圧は出来なくとも、日本単独よりは広い範囲の制圧が可能だ。

 

ミリシアルとしては最初にこの話を持ちかけられた時、実はさほど乗り気では無かった。

確かにグラメウス大陸にあるかもしれない地下資源に、興味が無い訳では無いのだが、あくまでも「あるかもしれない」である事に加えてトーパと同じく、やはり【魔王】や古の魔法帝国に対する恐怖感というものが、どうしてもついて回ったのだが。

 

「古の魔法帝国とやらが作り出したという【魔王】一体に怯えていて、それを作り出した帝国そのものに勝てるつもりでいると?」

 

実際にはもう少し丁寧な言い回しだったが、意訳すればそのような事を日本に言われたミリシアルは酷くプライドを刺激された。

「いずれこの世界に帰還するラヴァーナル帝国を打倒する」事こそを国是とする神聖ミリシアル帝国にとって、それは受け入れ難い事であった。

最終的に皇帝の決定の下、「グラメウス大陸に残っているであろう、ラヴァーナルの遺跡等の発見と回収」を名目に、日本皇国による【新大陸開発協定】へと参加する事となる。

 

また、もう1つの列強国であるパーパルディアであるが、こちらは勢力圏とは言えないものの、影響力を持つ地域の側で軍を動かす事から、話を通す事なく進める事で要らぬ勘繰りをされない様にと話をもって行った所、外務局等の「日本皇国の戦力データを取りたい」との思惑もあり、少数だが部隊が派遣される事になった。

 

それから、モアとガイに判らなかった日章旗の側にある旗は地球の国際連合の旗であった。

何故そんなものが有るのかと言えば「日本皇国が制圧した地域を将来的に“国連主導の国家”として独立させる」為の実績作りが目的であった。

 

それは日本国内の“難民”問題に端を発する。

 

 

 

 

“難民”、それは様々な理由で日本皇国で新年を迎えようとしていた外国人達の事をさす。

彼等は日本の転移に巻き込まれ、本国に帰る事が出来なくなってしまった。

現在は各国大使館や日本政府が支援を行なっているが、本国が存在しない異世界である以上、資金源の存在しない大使館の資金には限界があるし、日本としてもいつまでも“難民”として抱えていられる余裕は無い。

“難民”の数はおおよそ250万人以上、その大半が観光客でありな当然日本国内に生活基盤を持たない。

人道的見地から支援を行なってはいるが、このまま唯々支援を続けると言うのは負担でしかないし、国民の批判を浴びかねない。

今でこそまだ不満は大々的に政府へと向かってはいないが、転位から既に半年以上経ち日本政府と大使館連との間で行われた取引で用意された働き口で働いている人々は兎も角、「自分達は日本皇国に巻き込まれた被害者だ」と労働を拒否しておきながら支援は受ける、と言った者達に対してネット上ではかなり過激な意見も出て来ている。

 

「排斥運動が表面化するのも時間の問題である」との意見もある。

 

排除する事自体は不可能では無いが、その過程で暴動は起こるであろうし、もし地球に戻る事が有れば排除した人々の国との間に問題を抱える事になる。

あと国内の人権団体とかも大騒ぎするだろう。

そんな時に降って湧いたのが手付かずの土地--グラメウス大陸の存在であった。

魔物こそ存在するが、人が誰も住まない誰の物でも無い土地。

日本政府は大使館連に対して、この新大陸での建国を提案した。

 

先ず日本皇国が土地を確保(当然魔物の排除と安全圏の確保も含まれる)し、居住区を整える。

その後、日本国内に居る外国人に「いつか地球に戻る可能性を待って、日本皇国に帰化する」か「新たなフロンティアで生活を始める」かの選択を行なってもらう。

そして帰化を選ばず移住を選んだ人々を入植させる。

そこではグラメウス大陸の地下資源やクワ・トイネ公国では育ち難い寒冷地の作物等の栽培を主産業とする。

尚、居住区等の整備費用に関しては毎年定額で返済する。

 

と言う提案であった。

 

これに大使館連は飛びつく、事はしなかったが慎重な様子を見せながらも肯定的であった。

グラメウス大陸は誰も住まない土地であるとは言うが、枯れた土地であると言う。

地下資源や寒冷地作物を産業とすると言っても、地下資源はあるかどうか判らないし、作物も育つかどうか判らない。

そんな所に、住む場所は用意してやるから移住しろと言われても「はい分かりました」とはいかない。

それに「建国」とは言うが、それぞれの大使館が日本にいる国民を集めてそれぞれバラバラに建国するのでは無く、「纏めて1つの国とする」と言う提案であった事と、初期費用を全て日本皇国が負担する以上、毎年定額での返済と言っても返済期間中は日本の言いなりとは行かずとも、属国に近い扱いになるだろう。

 

そうして返済期間が終わった頃には、日本皇国の属国と言う立場は内外共に揺らがないものになっている可能性も高い。

かと言って「帰化」したとしても、結局はグラメウス大陸の開発に送り込まれる可能性が高い。

それならばまだ多数の国のごった煮の様な国でも、「主権」の約束されている建国の方が幾分かマシだ。

 

結局、大使館連は「グラメウス大陸に取り敢えず地下資源が無ければ話にならない」とし、各大使館の駐在武官やとある理由で台湾自治区に入港していた米海兵隊を中核に“難民”から志願者を募り、一応「グラメウス大陸の制圧に参加した」と言う実績を作る為に「国連軍」として派遣する事とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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北の大地へ・2

「よし少尉、まずはメイン炉から起動させろ」

「了解。一号魔力炉起動させます」

 

日本皇国陸軍機巧ゴーレムパイロット、二橋少尉は開かれたコックピットハッチから覗き込む機付長の指示に従い、乗り込んだ機体の一号魔力炉を起動させる。

 

➖キィィィン➖

 

僅かな振動と甲高い音。

計器の魔力炉の稼働状態を知らせるモニタが正常な緑に点灯する。

 

「一号魔力炉起動確認」

「起動確認。魔力炉の安定稼働問題無し」

 

モニタに表示される魔力炉の稼働率は50%--アイドリング状態だ。

起動した魔力炉は今、少量の魔力を精製し機体全体に循環させているところだ。

 

「続いてサブ回せ」

「二号三号魔力炉起動」

 

腰部にマウントされた二基の推進器用の小型魔力炉を起動させる。

 

➖キィィィン➖

 

メインと同じ様に甲高い音と共に魔力炉が起動する。

 

「二号三号起動」

「起動確認、バーナー吹かせ」

「了解、バーナー点火」

 

➖ゴォォォ➖

 

二基の推進器が噴射口から炎を吐き出す。

元々丙型機巧ゴーレムで使用されていた水中推進用の推進器はウォータージェットであったが、二橋少尉の乗るこの機体ではジェット推進に変更されている。

 

《推進器正常稼働確認》

 

機付長のインカムに他の整備員からの報告が入る。

 

「よし、推進器正常。続いて[アメノトリフネ]抜錨」

「[アメノトリフネ]抜錨します」

 

[アメノトリフネ]--日本皇国が保有する空を飛ぶ為の術式。

これまでこの術式が使用されて来たのは航空艦が中心で、機巧ゴーレムでは乙型用の簡易飛行ユニットは存在したが、機体に組み込まれるのはこの機体が初めてだ。

 

「[アメノトリフネ]抜錨」

《[アメノトリフネ]起動確認、光翼形状制御正常作動確認》

「光翼形状制御確認了解」

 

従来であれば起動と共に光翼が広がる[アメノトリフネ]であったが、日本皇国はこの頃漸く光量は抑えられないものの、ある程度の「翼の形」の制御に成功していた。

この機体では本来横方向に広がる光翼を後ろへと流し、背部のコーン状のパーツから光が溢れ出る様に見せている。

 

「よし少尉、ハッチ閉じろ」

「了解」

 

機付長が身を引くのに合わせてコックピットハッチを閉じる。

コックピット内は計器のモニタが僅かに光っている程度で薄暗い。

 

《GS-X01起動せよ》

「GS-X01起動します」

 

通信機越しの指示に従い、魔力炉の出力を上昇させる。

ゆっくりと循環していた魔力が、速度を上げて機体中を駆け巡る。

 

《GS-X01起動確認。最終確認を行う》

 

 

 

中央暦1639年11月

 

日本皇国が主宰するグラメウス大陸開発、その第一段階である大陸南部の制圧は順調に進んでいた。

現在グラメウス大陸からトーパ島へと続く地峡の入り口を塞ぐ形で建築された要塞【ポラリス】*1を起点に、地峡の先の大陸南端部の完全制圧が行われている。

 

懸念されていた魔物の存在であるが、今の所大した脅威にはなっていない。

ゴブリンは日本皇国陸軍と、“数”を求めて動員されたロウリア兵の歩兵装備で十分対処できたし、オークもランチャー等を使えば問題は無かった。

神聖ミリシアル帝国の部隊やパーパルディア皇国の部隊でも、ゴブリンであれば然程苦戦すること無く倒している。

オークに関してはパーパルディアは少々損害を負った様だが、ミリシアルの方は多少苦戦したものの今のところ犠牲は出ていない。

自分達だけがオーク相手に損害を出した事が恥だと思ったのか、パーパルディアは本国に連絡してワイバーンロードやリンドブルムを投入しようとしていた様だが、そもそもそれらの種の生存に適さない気候である事もあって、上手くは行っていないらしい。

 

さて、肝心の地下資源についてだが、今のところ川で砂金が見つかった程度の報告しか上がっていない。

その砂金もおそらくは北に見える山脈から流れて来たものと考えられており、南端部の次はその山脈の制圧が行われる予定だ。

 

そうなると、未だ姿を見せない地下資源よりも「お互いの装備」の方に目が行く事になる。

 

 

 

要塞【ポラリス】日本皇国区画の会議室、そこでは日本皇国軍グラメウス大陸派遣軍の総司令官の野坂中将以下、派遣軍の幹部達が集まって【新大陸開発協定】へと参加しているロデニウス三国を除く他国、特に“列強”である神聖ミリシアル帝国とパーパルディア皇国の装備に関する調査報告がなされていた。

 

「では、報告を始めてくれたまえ」

「はっ了解しました。では皆様お手元にお配りした資料をご覧になりながらお聴き下さい」

 

野坂中将の開始の言葉に従い、国防省防衛装備局の坂上少佐が立ち上がる。

 

「まず、この報告はあくまでもそれぞれの部隊を観察して得られた情報であり、多分に推測を含む事を念頭に置いて頂きたいと思います」

 

ミリシアルは同盟国で、パーパルディアとも表面上は友好的ではあるが、さすがに兵器に関する情報を開示してくれる程の仲では無い。

今回報告されるのは情報部の人員が両国の部隊の戦闘を観察して得た情報を、坂上少佐達国防省防衛装備局からの出向員が分析したものだ。

 

「では最初にパーパルディア皇国から報告します。パーパルディアが現在グラメウス大陸へと派遣しているのは主に陸軍からなる部隊です。

主力はマスケット銃を装備する歩兵と携行用魔導砲を運用する砲兵となっています」

 

正確にはマスケット銃装備の兵士も魔導砲を運用する兵士も、パーパルディア陸軍の中での区分は単純に歩兵なのだが、編成に関して確認はしていない為、日本は後者を砲兵と認識していた。

 

「パーパルディア陸軍の主力たる地竜リンドヴルムや、彼らが空の王者と豪語するワイバーンロードが投入されていないのは、この2種が生物であり、変温動物で有るが為にこの北の地には合わず、運用に支障が出ると判断されたものと思われます」

 

コレもパーパルディア部隊が正直に話した訳ではなく、トーパ王国にワイバーンが居ない理由を尋ねた時に知った情報からの推察だ。

 

「よって、パーパルディアに関する主な報告はマスケットと魔導砲となります。

まずマスケットからですが、コチラは我々の知るマスケット銃とほぼ同じと考えられます。

前装式で射程は凡そ100〜300メートル程、回収できた銃弾は球形で線条痕は無かった為に銃身にライフリングは施されていないものと考えられます。

使用されている火薬に関しては少なくとも黒色火薬でない事は確かで、点火にも火縄等を使っている様子が見受けられない為、雷管式かあるいは魔法式のものである可能性が高いと考えられます」

「魔法式と言うと、我が国の小銃などに使われている[加速術式]の様なものかな?」

「いえ、発砲の際に発火炎が確認されていますので“何か”を燃焼させているのは間違い無いかと。解析チームでは属性魔石を利用したものでは無いかと考えています。これですと、火縄は勿論雷管を叩くための撃鉄も必要無く、銃手が魔力を流すか引き金を引く事で魔力供給される仕組みとする事が可能で有ると分析しています」

 

詳しくは資料に記載されているが、解析チームはパーパルディアの使用しているマスケットに撃鉄らしきものが存在している事から、「撃鉄が落ちる事によって発火の為の術式が完成するか、あるいは雷管式の様にその衝撃そのものが発火の為のトリガーとなる」と考えている。

 

なお、使用されている火薬については属性魔石火薬では無いかと考えているものの、その方式が爆発を発生させる魔石が組み込まれているのか、魔石そのものが爆発するのかは判っていない。

 

「続いて魔導砲ですが、コチラも大きさこそ大きくなっていますが、前装式な事や火縄が確認できない事から、マスケットと仕組み的には変わらないものと考えられます。

射程は凡そ1km、使用されている弾頭はマスケットと同じ球形で、同じくライフリングは確認できません。

威力に関してはゴブリン程度であれば数匹纏めて吹き飛ばす事が出来、オークに対してもそれなりのダメージを与えられる様です。

もっとも、後者に関しては当てられればの話ではありますが」

 

パーパルディアの魔導砲は砲身が短く照準器なども無い為、狙って当てるなどと言う事はまず不可能だ。

射程1kmと言うのも「飛んでいって当たれば威力を発揮する距離」でしか無く、どうにか狙って当てられる距離まで引き付けて撃つ/密集している標的に叩き込む/数撃ちゃ当たるの精神で大量に並べて飽和攻撃をする、と言うのが基本的な運用方法だ。

 

パーパルディアが主に相手している()()である文明国では魔導砲の運用に至っている国は少ないし、文明圏外国に至ってはその存在すら知らない事も多く、軍勢の鼻先にでも叩き込んでやれば恐れをなして大混乱を起こすのが常で、5・6匹のゴブリンが吹き飛ばされた程度では怯みもせずに突っ込んでくる魔物相手にはその常識が通用せずに、少々の被害を出している。

 

「運用方式についてですが、マスケット兵は所謂戦列歩兵の様な運用方式では無く、3人ひと組をまた3組用意し良く引きつけ組み毎に代わる代わる撃つ、と言う方式を採っておりさらにそのマスケット兵を守る兵が配置されています」

 

これに関しては日本の知らない所だが「今回の戦場においては」と言う枕詞が付く。

戦列歩兵は人間の軍相手なら威力を発揮するが、それは相手が陣形を組んでいるからだ、魔物は群れているとは言え人間の軍よろしくしっかりとした陣形を組んだりはしない。

それこそ【魔王】が復活して魔物を統制でもしない限りは。

 

だからパーパルディア部隊の指揮官は部隊を再編し、3人組を3つ纏めて1つの部隊とし3人づつ魔物の小集団を良く狙って撃つ部隊と、それを守る槍持ちの兵という方式をとっている。

また、中規模集団に対しては並べた魔導砲での砲撃の後、マスケットで攻撃すると言う方式とし、大規模集団に関しては「次弾発射に時間のかかる自軍では対処は難しい」と割り切り、日本部隊やミリシアル部隊に任せると言う方針だ。

 

無論、その状況を面白くは思っていないが、生態的な問題とは言え本国がワイバーンロードやリンドヴルムの投入を許可しない以上、現状を甘んじて受け入れるしか無いと言う判断だ。

 

「ふむ、パーパルディア皇国は仮にも“列強”とされる国家、その程度は当然か?にしてはミリシアルと大部差がある様だが......」

 

同じ様に“列強国”とされていても、神聖ミリシアル帝国とパーパルディア皇国との間には相当な技術格差が有る事は、詳しく報告を聞かずとも良く観察していれば判る事だった。

何せこのグラメウス大陸に部隊を派遣して来た手段からして、パーパルディアが造風による自走を行なってはいても木造帆船なのに対し、ミリシアルは形状からして日本のものに近い形をした金属製の船だった。

 

「では、続けて神聖ミリシアル帝国に関する報告を行います。

ミリシアルは列強第1位の国家とされる事もあり、先程閣下がご指摘された様に同じ列強であるパーパルディアを大きく引き離しています」

 

その分かりやすい例が先程上げた艦船であり、

 

「前装式マスケットを使用するパーパルディアに対し、ミリシアル歩兵が持つのはセミオート式のライフルで、回収できた弾頭もライフル弾で線条痕も確認できました。

装弾数は8発で、おおよそM1ガーランド小銃に相当するものと思われます。炸薬に関してはパーパルディアと同じ様に魔法式と思われます」

 

流石は列強第1位と言ったところか小銃性能においても、パーパルディアを大きく引き離している様だ。

もっとも、彼らの持つ小銃の形状が性能的に同一と思われるM1ガーランド小銃に似た形では無く、自動小銃に近い形状をしているくせにセミオート式小銃だという日本から見れば意味不明な事になっているのだが。

 

 

 

要塞【ポラリス】神聖ミリシアル帝国区画 会議室

 

軽い報告会と言った様相である日本皇国と違い、此方の会議室はお通夜の様な沈んだ様子であった。

 

「まさか、あの情報が全て本当だったとは」

 

神聖ミリシアル帝国グラメウス派遣軍司令のチョーク少将は何とか絞り出したと言った様子でそう呟いた。

彼以下の派遣軍司令部は事前に日本皇国に関する情報を開示され、現在ミリシアル政府が把握している限りの軍事力について説明を受けていたのだが。

 

「誰が信じられると言うのだ、ミスリル級よりも巨大な船が空を飛ぶ上に、垂直に上昇下降するなどと......」

 

正確には日本の航空艦は空を「飛んでいる」のでは無く、魔法で作られた仮想の海を「航行している」のだが、彼らと言うかミリシアルはそこまでは知らない。

 

正直言って少将達は日本に関する情報を完全には信じていなかった。

態々軍務大臣と外務大臣が出向いて来て行われた説明だった為、全てを否定すると言うわけにもいかなかったが、世界最強の国家の軍人であると言う高い誇りを持つ彼らに、極東の文明圏外の名も聞いた事のない様な新興国の軍が自分達と同レベル、あるいは超えるかもしれない装備を保有しているかも知れないなどと言う事は、受け入れ難い事であった。

 

半信半疑で口には出さないが、軍務大臣と外務大臣の気は確かかと思いながらグラメウスの地を踏んだ彼らは一瞬にしてプライドを打ち砕かれた。

 

「日本軍の装備について、わかっている事は?」

「あくまでも情報部の見聞きした範囲で、ではありますが」

 

チョーク少将に問われ、情報部のライドルカが立ち上がる。

 

「先ずは海軍艦艇から。事前の講習会でもあった通り、彼らの軍艦はその悉くが空を航行します。その仕組みに関しては判明しておりませんが、彼らの軍艦が航行している時に発している“光の翼”が関係していると考えられます」

「魔帝対策省が管理している()()とは違うモノなのかね?」

「詳しくはご説明出来ませんが、全く違うものであると言えるでしょう」

 

チョーク少将の疑問に、魔帝対策省から出向して来たワールマンが答える。

チョーク少将の言うアレとは古の魔法帝国の遺物で、今魔帝対策省が必死になって戦力化しようとしている兵器の事だ。

機密事項の塊な為、例え相手が軍の高官であっても詳細を語る事は出来ないが、実のところこの場において1番ショックを受けていたのは間違い無くワールマンであった。

 

発掘兵器は確かに強力だ、世界最強たる帝国が保有するのに相応しい兵器だ。

だが問題が無い訳でもない。

ひとつは空を飛ぶ巨大兵器であり、様々な強力な装備が搭載されているが故の燃費の悪さ。現状の稼働実験だけでも相当な予算が吹き飛んでいる。

ひとつは何よりもその兵器が()()()()であると言う事、つまり自分達で作り出した訳では無い。

発掘された数こそが絶対数であり、数を増やすには現状新しく発掘するしか無い。

時空遅延式魔法と言う対象をそのままの状態で保存する魔法がかけられていた為、ほぼ損傷も劣化も無い状態で発掘されたのも悩みの種であった。

同じく発掘品をレストアして使用している天の浮舟は、綺麗な形で残っているものが少なかった為内部構造を確認する事ができたが、こちらはなまじ綺麗な状態で残っていたが為に、その希少性から()()()()()()()()()()()()分解等を行う事は許され無かった。

 

その為内部構造に関しては不明なままであり、建造に使われたと思われる技術力の高さからも「量産化は夢のまた夢」と言うのが現在であった。

ただ他国が到底対抗できるような兵器では無い為、それでも切り札としては問題ないと考えられていたが。

 

「仕組みは兎も角、あのようなモノが当然のように量産されているというのは、間違い無く脅威であろう」

 

チョーク少将の言う通りだ。

ミリシアルですら、発掘品を解析してなんとか使えるようにするのが精一杯であると言うのに、日本皇国は自ら生み出し量産している。

敵対する事になった場合の脅威は勿論「列強1位の座」を脅かす脅威であると言える。

 

「攻撃性能や防御性能に関しては現状航空艦が直接戦闘を行う場面がない為残念ながら不明ですが、少なくとも回転砲塔を搭載しているのは間違い有りません」

 

魔導砲の時点で列強や一部文明国しか保有していないが、回転砲塔となるとミリシアルとムーしか保有しておらず、それだけでも少なくともパーパルディアやレイフォルよりも性能が上の魔導砲を有すると判断できる。

 

「航空艦に関しても問題ですが、性能が判明しているモノとしては歩兵の小銃の方が問題であると言えます。彼らの小銃は形状こそ我が国のモノに近しい形をしていますが、我が国のモノを圧倒する連射が可能で、装填はクリップでは無く箱型の物を交換して行っている様です」

 

日本側の会議でも挙げられていたが、ミリシアルの運用する小銃はアサルトライフルに近い形をしているくせに、セミオート式という有様だ。

これは例に漏れず元となったのが古の魔法帝国の遺物であり、自動装填の機構を自力で再現出来なかった為、装填機構ごと簡略化してセミオート式として完成したという背景を持つ為である。

 

「射程に関しては?」

「は、およそ500〜600m程かと」

「そちらでも負けているか......」

「それだけで無く、日本軍の歩兵は携行可能な魔導砲を保有しており、それを使用していとも簡単にオークを駆除しています」

 

はぁ

と、誰ともつかずため息を吐く。

 

だか日本に関する報告はまだ終わらない。

 

「続いて日本が【機巧ゴーレム】と称する大型兵器に関してです」

「......アレか」

 

全長10m程の大型ゴーレムで、日本皇国の保有する機甲戦力であると言う触れ込みだが。

 

「我が国の陸軍の秘密兵器と言える2足歩行兵器よりは小柄ではありますが、装備する兵器は日本歩兵のモノを大型化したと思われるもので、その攻撃力は圧倒的です。そして、やはり量産兵器であると言うのが1番の問題でしょう」

「我が国では本土防衛、それも帝城を守るものとして運用しているの様なモノを12機も派遣して来る、と言う時点で彼らにとってアレが通常兵器であると言うのは間違い無いのだろうな」

 

ここでもミリシアルの兵器の多くが、自ら生み出したものではなく古の魔法帝国の技術をリバースエンジニアリングして使用していると言う事がついて回る。

世界基準では高度な技術ではあるが、やはり完全に理解して使いこなしている訳では無いと言うのが痛い。

 

「認め難い事ではありますが、日本皇国の技術は少なくとも軍の装備に関しては、我が国を上回るものと考えるべきかと」

 

「軍の装備」と限定したのはライドルカの精一杯の強がりであった。

 

 

要塞【ポラリス】より北に30km程行った地点に、日本皇国陸軍の偵察部隊が居た。

 

「げぇ、うじゃうじゃいやがる」

「ザッと見ただけでも、5,000を下回らない感じですかね?下手すりゃ万に届くかも」

 

双眼鏡を覗く彼らの視線の先には魔物の大群が居た。

ただの“群れ”であれば問題はそれ程大きくは無いのだが......

 

「アレは“群れ”なんかじゃ無いな」

「ええ、あれは完全な“軍”です。ヤツラ統率されてやがる」

 

そう、南下する大量の魔物は「偶々纏まって南に向かっている」と言う様子ではなく隊列を組み行進していた。

 

「ゲームやら漫画でお馴染みのゴブリンキングやらオークキングでも出たか?」

「ゴブリンにオーク、それから見た事ないヤツにオークよりゴツい赤とか黄色のヤツまで。どっちかと言うと【魔王】じゃないっすかね?」

 

顔を見合わせる。

彼らも事前にここグラメウス大陸に関する話を聞いていた。

あくまでもお伽話だと思っていたいたのだが......

 

「いやいやいや、うっそだろ!?そんな事あるのか?」

「いやでも、現状の状況的には!」

「取り敢えず本部に通報だ!判断はお偉方にやって貰おう」

 

 

 

 

*1
北極星 参加している米海兵が星型の要塞を北の大陸にある事からそう呼んでいたのが広まった



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【魔王】

要塞【ポラリス】大会議室

 

「やはり【魔王】が復活したと考えるのが妥当かと思われます」

 

トーパ王国から派遣されている文官がそう言った。

日本皇国が放った偵察部隊が遭遇した5,000を超える魔物の軍勢。

ただ魔物が集まって群れているのでは無く、統率の取れた“軍”の様に動いているとの報告に、【新大陸開発協定】に参加する全ての国の要人が集まり会議が行われている。

 

「【魔王】と言うのはトーパ王国に伝わる伝説の中の存在と、同一の存在であると考えてよろしいか?」

 

日本皇国の代表、野坂中将が資料をめくりながら尋ねる。

 

「はい全く同じ存在でしょう。伝説に曰く、勇者達は【魔王ノスグーラ】を倒し切ること叶わず、3人の勇者達が命を賭した封印術で封じたと言います」

「つまりはその封印が解けたと言うわけだ」

 

神聖ミリシアル帝国のチョーク少将が、どこか怯えの色が見える声音で呟いた。

 

「勇者というのがどれ程の存在であったのかは解りかねますが、それでも常人よりは優れていたであろう人物が3人、命を賭して行った封印が解けるとは」

「いや、【魔王ノスグーラ】が現れたのは数万年は前の事でしょう、今日まで持っただけでも十分でしょう」

「問題はその封印が解けたのが、時間経過によるものなのか、或いは()()()()()()()()()()です」

 

日本皇国軍の参謀、和久田大佐の言葉に場が静まりかえり、

 

瞬間

 

「まさか!?何者かが【魔王】の封印を解いたと!?」

「馬鹿な!ありえん!!そんな事をして何の得になるのだ!!」

「封印を解いた者がいたとして、その者はその場で殺されて終わりだぞ!?」

 

沸騰した。

この会議に参加する日本人以外の人々が、次々に「有り得ない」と声を上げる。

彼らにとって、そして特に古の魔法帝国を良く知るミリシアルや【魔王】について多くの文献の残るトーパ王国にとって、そんな進んで「人類の敵になる」かのような行為をする者がいるなどと考えるのは、あり得ない、あってはならない事だった。

 

そんな様子に和久田大佐は小さく肩をすくめる。

 

「ですがかつて人類を滅ぼさんとした【魔王】が、我々がこのグラメウス大陸に居る瞬間に復活したかもしれない、と言うのは些か出来すぎているでしょう。確認された軍勢の規模や、【魔王】が封印されたと言う大陸最北の地からの移動も考えれば、それこそ我々がこの地に上陸した頃に封印が解け、準備を行いながら南下しているのは間違い有りません」

 

誰かが【新大陸開発協定】のグラメウス大陸上陸に合わせて、【魔王】の封印を解いたと考えるのも、状況証拠的にはおかしくは無いと言う事だ。

和久田大佐はチラリとミリシアル陣営を見る。

聞くところによると神聖ミリシアル帝国と言う国は、転位した本国から取り残されたラヴァーナル帝国の光翼人を取り込んだ歴史があると言う。

その取り込んだと言うのが、どの様な形での取り込みであったのかはわからないが、その過程で「国自体は国是として打倒ラヴァーナルを掲げてはいても、個人的にラヴァーナルに傾倒する者が居ないとは限らない」と言うのが、日本皇国の考えだ。

 

「封印が解けた要因については後で考えるとして、問題は現在南下して来ている魔物の軍だろう」

 

騒がしくなった室内に、パーパルディア皇国陸軍のジャオ副陸将の低い声が響く。

彼の言う通り周囲の魔物を取り込みつつ移動している様で、その移動速度はかなりゆっくりとしたものだが、間違いなく此方へと近づいているのだ。

 

「魔物がココへと到達するのに要する時間は?」

「は、現在の移動速度から考えて、後12時間程で到達するものかと」

 

要塞【ポラリス】では現在急ピッチで防衛の準備が進められている......のだが。

実を言うと要塞で防衛戦を「しなければならない」と考えているのは、日本皇国以外の国だけであった。

この会議自体、ただ情報を共有する為だけに開かれたものだった。

 

「【魔王】が現れたとなると、オーガや赤竜と言った伝説の魔獣も現れる可能性が高いだろう。最悪、この要塞の破棄も......」

「いえ、その心配には及びません」

 

自分達がそれ程労力を掛けた訳では無いが、それなりの資金を出して建造された要塞を破棄しなければならない可能性に、顔をしかめるチョーク少将の言葉を野坂中将が否定する。

 

「どう言う事ですかな?」

「我が国の海軍を投入します。おそらく魔物達が【ポラリス】の姿を目視する事すら無いかと」

 

 

 

「......ハァ」

 

北へ向かう日本皇国海軍の巡航艦【霧島】の艦橋、ゲストシートに座る神聖ミリシアル帝国海軍から派遣された観戦武官タロルテは、周りに聞こえない様に気を付けながら、小さくため息を吐いた。

 

彼はミリシアルの【新大陸開発協定】への参加に伴い、海魔への警戒の為派遣された艦隊の参謀で、トーパ王国西方沖に停泊する艦隊にて本国とグラメウス大陸の補給路護衛の為の、艦艇のローテーションを管理していたのだが。

「魔物の“大軍”が南下しつつある」という話が聞こえて来たかと思えば。あれよあれよと言う間に、派遣軍総司令のチョーク少将の命令によって、日本皇国海軍の艦艇へと観戦武官として乗船する事になっていた。

 

「魔物の軍が要塞へと到達するの待たず、守勢では無く攻勢に出る」という方針は誠に遺憾ながらも、日本皇国軍の戦力をもってすればおそらく不可能な事では無いのだろう。

が、内陸を南下してくる魔物に対処するのに陸軍からの観戦武官なら兎も角、何故海軍から観戦武官が派遣される事になったのか、最初は理解できなかったのだが、いざ指定された場所に赴いて思い出した、

 

「ああ、こいつらの船って海じゃ無くて空に浮かんでたな」

 

と。

正直、海の上では無く空の上に居るのなら海軍じゃなくて空軍なんじゃ?と思わなくも無いのだが、日本皇国が海軍だと言っている以上彼らは海軍で、その海軍が主戦力となるという事だからミリシアルが海軍から観戦武官が派遣するのも、さもありなんと言ったところか。

 

「ため息を吐くと幸せが逃げるそうですぞ?」

「はぁ?」

 

出来るだけ小さくなる様に心がけたのだが、どうやら聞こえていたらしい。隣に座るパーパルディア皇国の観戦武官シューラントが声をかけて来た。

 

「いや何、日本兵がね、ため息を吐くと幸せが逃げるのだと言っていたのですよ。まぁため息を吐きたい気持ちも解らんでは無いですが」

 

シューラントは陸戦兵を運んで来た揚陸艦の艦長で、自分から手を挙げて観戦武官となったらしい。

圧倒的な存在感を放つ日本艦に触れてみたいと言う気持ちからのであったが、そんな彼でも見聞きするのと体験するのとではやはり違ったらしい。

 

日本皇国の出現によって「その立場が脅かされる」事に対する危機感は、ミリシアルよりもパーパルディアの方が現実的だ。

政府役人や貴族たちのどれ程がその危機感を抱いているかは知らないが、少なくとも外務局3局長や海軍司令長官シウス以下の海軍司令部及び第1〜第3の艦隊では、現実的な脅威であると捉えられている。

 

今比べられる兵器は海軍艦艇と、日本がグラメウス大陸で展開する一部兵器についてだけだが、その時点で日本の技術力がパーパルディアのそれを大きく引き離しているのは明らかだ。

そうなると、上位列強との間にも差の有るパーパルディア皇国を列強から降ろして、新たに日本皇国を第三文明圏の列強国とするという動きが出てこないとも限らない。

 

いや、実際にフィルアデス大陸の文明圏外国では技術提供に領土や奴隷を要求してくるパーパルディアから離れて、日本に近づこうとする動きも見られているらしいし、ロデニウス大陸を中心とした第三文明圏の南東地域は、既に日本皇国の勢力圏と言っていい。

 

ミリシアルの立場としても正直言って、パーパルディアなんかよりも圧倒的に日本の方が列強と呼ぶに相応しいと感じる。

パーパルディア皇国とて、第三文明圏にあっては突出した国力を誇る国ではあるのだが、その国力の源は「搾取」だ。

属国・属領・同盟国という名の準属国からの搾取で、パーパルディアだけが繁栄している。

今以上の繁栄を求めれば更なる属国や属領を得るほか無いが、周囲は徐々に日本の勢力圏に囲まれつつある。

仮にパーパルディア皇国を列強国に据え置いたまま、日本皇国を新たな列強国として迎え入れたとして、パーパルディアがナンバーツーに転落してしまうのは避けられ無いだろう。

 

素直に日本皇国を認めて、搾取ではなく国内の開発による国力増強を図れればいいのだが、タロルテから見ても無駄にプライドが高く、「搾取による繁栄」に慣れきっているパーパルディア人にそれが簡単に出来る事だとは思えない。

 

そんな背景もあって、シューラントも胸の内は複雑なのだろう。

パーパルディア皇国人としてのプライドはあるが、かと言って現実的であるべき軍人として、目で見て体験までしている事を否定する事は出来ないと言ったところか。

そんな事を考えていると、CICとか言う戦闘指揮所からの命令がスピーカーを通じて伝えられた。

 

《偵察機が目標を視認、全艦対地戦闘用意!》

 

 

 

日本皇国海軍遣グラメウス艦隊第一任務部隊 旗艦【霧島】CIC

 

「目標情報入りました。敵軍の総数、推定2万!情報にあったオーガと思われる個体も確認との事。また、地龍に類似した大型竜種とそれに騎乗する人型の魔物も確認されました!」

「トーパ王国からの情報から考えて、恐らく【赤竜】と【魔王ノスグーラ】かと思われます」

 

偵察機からの情報を通信士の報告を聞き、艦長が手元の資料をめくりながら隣に座る隊司令に話しかける。

 

「【魔王】が復活した、と言うのは事実だったと言うことか」

「はい。とは言え直接聞いて確認する訳にもいきませんので、あくまでも手に入る情報から考察して、にはなりますが」

「ふむ。よろしい、作戦行動に入る。全艦に対地砲戦を下命せよ」

「はっ!全艦に対地砲戦を下命します!」

 

 

 

「まさかアレは!?バカな!!人間どもめッ()()呼んだと言うのか!!?」

 

艦隊が【魔王ノスグーラ】の存在を確認したのと同時刻、ノスグーラもまた偵察機を捉えていた。

空を飛ぶ機竜の姿に最初は「ワイバーンが飛んでいるな」と思っただけであったが、一瞬の後はっと気付いた。

 

「この北の大陸にワイバーンが飛んでいる筈がない」と。

 

自身の騎乗している【赤竜】や上位の【竜】達で有れば、ここでも問題無く活動できるであろうが、所詮下位の生物でしか無いワイバーンでは不可能な話だ。

では一体アレは何なのか、そう考えた時ノスグーラの脳裏に浮かび上がるものがあった、すなわち

 

「太陽神の使い」

 

かつて、人類を南のロデニウス大陸まで追い詰めた時、エルフの願いに応えた神によって召喚された存在。

自分を生み出した偉大なるラヴァーナル帝国の光翼人様に課せられた、人類の間引きと将来の為の家畜としての管理。

その目的はもう間も無く達成しようと言うところであった、だが召喚された太陽神の使いはそれをいとも簡単にひっくり返した。

 

既に万年単位で時間が経過している様だが、封印されていたノスグーラからすればそれ程昔の事でも無い。

だからこそ鮮明に思い出せる、こちらの操るワイバーンを凌駕し、いとも簡単に空から駆逐して見せたあの金属の竜の姿を。

その翼に描かれた「日の丸」を。

 

「おのれっ!あの下種め!!これが本当の狙いであったか!!!」

 

忌々しいと、自分を目覚めさせた者の事を思い浮かべる。

ダクシルドと名乗ったそいつは、分不相応にも「ラヴァーナル帝国の光翼人の子孫だ」と無様な実体翼を見せつけながら、ノスグーラを従属させようとしてきた。

本来なら「光翼人様の子孫」だと語った時点で、万死に値するが封印から解かれた事で気分の良かったノスグーラは、褒美と称して殺す事をしなかったのだが。

 

「最初から我を完全に殺す為に目覚めさせたなッ!?」

 

「この世界に戻られるラヴァーナル帝国の為に」などと嘯いておきながら、いざ人間の世界に向けて侵攻しようとした所に現れた【太陽神の使い】。

復活した直後を狙わなかったのは大陸各地に潜んでいたレッドオーガ達をも纏めて片付ける為だろう。

 

「マラストラス!あの下種を探し出して我の前に連れてこい!!この手で縊り殺してーッ!!

 

➖ズザァァアン!!!➖

 

剣で斬り付けられた様な感触と共に意識が途切れた。

 

 

 

《01よりCIC、全弾命中を確認。戦果確認中......ッツ!?》

「CICより01、どうした!?」

《嘘だろ!?対象【魔王】の生存を確認ッ!!攻撃を受けた!!》

「なッ!?」

 

着弾観測を行なっている偵察機からの報告に【霧島】のCICがざわめく。

 

「よもや[クサナギ]の直撃を受けて生きているとはな」

「流石は人間を滅ぼしかけた存在、という事でしょうか」

「だな、魔物の軍もまだ残っている。各艦砲撃を継続、本艦も主砲砲撃に切り替えろ」

「はっ!」

 

初手で最も厄介だと思われる【魔王】へ[剣砲クサナギ]で攻撃を行った【霧島】も主砲による砲撃に移り、全5隻合計8条の魔力砲が魔物の軍勢に降りかかる。

 

 

「【太陽神の使い】めッ!調子に乗るなッ!!」

 

左脇腹から下を完全に斬り落とされながらも生きていたノスグーラは、魔力を練り上げ【魔王炎殺拳奥義・炎殺黒鳳波】をもって空を飛ぶワイバーンもどきを攻撃すると、エンシェントカイザーゴーレムを呼び起こす詠唱を行う。

 

「魔力の急激な活性化を確認!地面へ作用している模様!!ゴーレムと思われる!!」

「即席のゴーレムなんぞ、と言いたいところだが......」

「我々の常識とイコールとは限りません」

 

大地が盛り上がり、岩が形を変えて行く。

 

「ゴーレムの形成を確認!推定17m!!」

「甲型の倍以上の大きさか。砲撃を集中させろ」

 

魔物の軍勢に対し、満遍なく降り注いでいた光条がエンシェントカイザーゴーレムに集中して降り注ぎ、あっという間に削り殺された、

 

「ぐっエンシェントカイザーゴーレムを持ってしても、僅かな時間も保たないかッ!?」

 

ノスグーラの跨る赤竜は力場を発生させ、自身に飛んでくるモノを弾く事が出来るのだが、この攻撃の前には無力な様であった。

そうでなくとも、最初の謎の攻撃で瀕死なのだが。

 

気がつくと万を超えた魔物の軍勢はもう、僅かな数しか残っていなかった。

 

「掃討戦に移行する」

「はっ!アルゴス隊に前進命令!掃討戦を行う!」

 

命令を受け、後方に待機していた輸送艦から12機の機巧ゴーレムが戦場へと降り立った。12機中9機は市街地戦用の乙型に飛行ユニットを取り付けたモノだが、残る3機は飛行ユニットを内蔵する【ポラリス】周辺でテストを行なっていた試製丁型機巧ゴーレム(GS-X01)だ。

12機は低空にホバリングすると、砲撃を生き残った魔物へと容赦なく銃撃を加える。

 

「二足歩行兵器だと!?光翼人様のゴーレムを何故【太陽神の使い】が!?」

 

その姿に驚くノスグーラに対しても、75.6mm弾が雨霰と降り注ぐ。

 

「おのれ!おのれえぇ!!」

 

【魔王炎殺拳奥義・炎殺黒鳳波】で反撃しようにも、もはやそれを為す為の魔力も残っていないノスグーラはズタズタに引きちぎられ、その命を散らした。

 

「【太陽神の使い】よ!下種どもよ!!我を倒した位でいい気になるなよ!!

近く光翼人様の帝国が復活される!!そうなればお前達などお終いだ!!最強のラヴァーナル帝国軍の前にはお前らなど無力だ!!人間に待っているのは奴隷となる未来だけだ!はーはっはっはっ!!!」

 

それが【魔王ノスグーラ】の最後の言葉だった。

 

 

 

 

 

 

「以上が対【魔王】戦の顛末となります」

 

日本皇国皇居にて、皇女壱夜は和装の老人から報告を受けていた。

 

「【魔王】は完全に滅んだのですね」

「はい間違い無く」

 

壱夜は一瞬だけ北の方角へ視線を向け、直ぐに老人の方へと戻す。

その瞳は閉じられていない。

 

「1つ、疑問が」

「なんでありましょう?」

「此度の事を鑑みれば“当時”であっても、【魔王】を倒しきる事は不可能では無かったと思うのですが?」

 

老人は壱夜の疑問に頷く。

確かにかつて秘密裏に軍が異世界へと派遣された時、既に航空艦も[剣砲クサナギ]も存在していた。

であれば、“当時”の時点で【魔王】を殺す事も不可能では無かった筈だが。

 

「かつての部隊が使用した艦艇は全て秘密裏に用意されたものでした。それらは書類上諸外国への輸出艦として建造されたのです。故に動力こそ魔力炉でありましたが、[アメノトリフネ]は勿論[剣砲クサナギ]も搭載されませんでした。

また“派遣先”の様子もわかりませんでしたので、対地支援の可能性も考えられ、主砲には魔力砲では無く実体砲が採用されました。つまり、派遣部隊の艦艇は通常の水上艦となんら変わらなかった訳です」

 



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火種

パーパルディア皇国はフィルアデス大陸の覇者たる列強国である。

特に現皇帝ルディアスが即位して以降、皇国はその強大なる軍事力を持って国土を広げ多くの国を併合ないし属国化させて来た。

 

陸戦の王たるリンドヴルム、優れた魔導技術によって生み出された空を支配するワイバーンロードとそれに続くべく開発されているワイバーンオーバーロード。

文明国でもほとんど保有せず、文明圏外国に至っては存在すら知らない事もある魔導砲と、その魔導砲を100門以上搭載した海の女王たる魔導戦列艦に、最強の空戦力を海上でも展開できる竜母。

 

それらのもつ圧倒的な力によって、パーパルディア皇国は第三文明圏において揺るぎ様の無い地位を得ていた。

 

 

 

 

日本皇国が大々的に「グラメウス大陸の開発」を宣言した頃。

 

「今度はシオス王国が、か」

「はい。アルタラス王国、トーパ王国に続くような形で既に10ヵ国になります」

 

パーパルディア皇国皇都エストシラント、第3外務局の局長室で第三外務局長カイオスが大きなため息を吐いた。

それというのもここ最近、パーパルディアとの関係を切ろうとする国が、文明圏外国を中心に増えて来ている事が原因であった。

 

「シオスもまた同じ理由でか?」

「はい、『我が国は日本皇国の開発援助を受けられる事になった』と」

 

頭の痛い話である。

日本皇国--今年に入ってから接触した文明圏外の新興国。

本来であれは列強国であるパーパルディアにとってフィルアデス大陸の東、世界の果てとも言っていい所にある新興国など取るに足らない存在でしか無い筈であった。

だが、かの国は決して軽く見る事が出来る様な存在では無かった。

 

「異世界から転移して来た国家である」と言う眉唾な話は一先ず置いておくとしても、皇国海軍の誇る300門級魔導戦列艦すら遥かに超える大きさの船を空に浮かべ、型落ちの旧式装備すら簡単に蹴散らして見せた日本皇国海軍。

それだけでも十分に脅威であると言うのに、世界最強の国家である神聖ミリシアル帝国が「警戒」し「友好的な関係」を築こうとしている。

あのミリシアルが()()()()()()()()()としてだ。

 

大々的に宣伝されている訳では無いが、そう言う事は何処からか漏れるもので、東洋地域の文明圏外国はもとより第三文明圏の文明国すらも日本皇国と関係を繋ごうとしている。

「あのミリシアル帝国が認める国」と言うのもあるが、第三文明圏やその周辺の国々にとって、日本はパーパルディアと比べて遥かに付き合い易い国だった。

彼らから見て圧倒的な国力を持つにも関わらず、高圧的な態度をとる事はないし、円借款によって行われる開発援助は返済は求められるものの低金利だし、間違っても返済に奴隷やら土地やらを要求される事は無い。

 

パーパルディアの下で技術の為に奴隷や土地を差し出し、当然の様に見下される屈辱に耐え、何時攻められて併合されるか分からない恐怖を抱いて生きていくよりも。

日本の下で日本のそれ程きつくない要求に答えながらも、独立を保つほうがよっぽど良い。

その様な理由もあって日本と国交を結び、開発援助を受けられる様になった事をキッカケに、パーパルディアとのこれまでの関係を終わらせようとする国が次々と現れていた。

 

「今でこそ文明圏外国のみですが、このままでは文明国も同じ事を言い出さないとは限りません」

「かと言って、それに対抗するには我が国も方針を転換せざるを得ないだろう。簡単に出来る事では......いや、まず不可能だろう」

 

カイオスは首を振りながらため息を吐く。

現在パーパルディアの影響下にある国がこれ以上離れない様にする為には、これまでの様に旧式技術に奴隷や土地といった重い対価を要求するのでは無く、日本の様にその国にとって負担にならないものへと変え、短期的に搾り取るのでは無く長く取引が続く様に、そして相手を成長させる事によって取引量を増やす様にしていくべきだ。

 

が、そんな事が出来るのならカイオス達外務局三局長は頭を抱えていない。

長く続いて来た慣習と言うものは簡単に変えようが無いし、そもそも文明圏外の蛮族相手に譲ってやる理由が分からない、と言うのが殆どのパーパルディア人の考えだ。

 

 

 

 

パーパルディア皇国 皇都エストシラント 

とある陸軍系貴族の屋敷で開かれている夜会の場でも、第三外務局と同じ話題が話されていた。

 

「蛮族共が我が皇国の()()を跳ね除けようとしているとの事」

「卿もご存知でしたか。アルタラスやトーパがその筆頭の様ですな」

「文明圏外の蛮族にしては多少マシとは言え、皇国の庇護を跳ね除けようとするとは。やはり所詮は蛮族ですな」

 

場が笑いに包まれる。

彼らにとって、文明国や文明圏外国に対し奴隷や土地を要求し、その見返りとして僅かばかりの技術をくれてやるのは「皇国による庇護」と言う認識であった。

僅かばかりの奴隷と土地と交換でパーパルディアからすれば枯れた技術だが、蛮族には到底生み出せない技術が手に入るのだし、奴隷と土地も偉大な皇国の為に使われるので有るのだから光栄に思うべきだとすら、本気で考えている。

 

「とは言え由々しき事態で有る事に変わりはありません」

「何、どうせ連中は口が達者なだけだ。見せしめに1国か2国程攻め滅ぼしてやれば、慌てて頭を下げてくるだろう」

「だが、その様な国の背後にはニホンが居ると聞く」

「何を言うかと思えば、何やら外務局はそのニホンとやらを過大評価しているようだが、所詮は文明圏外の蛮族だろう」

 

日本皇国の名は彼等陸軍系貴族も知ってはいた。

だが、ミリシアルが“対等”かのような扱いをしている事や、将来的に軍事同盟へと発展する事を前提に交渉を行なっている、などと言った噂を鵜呑みにする事は出来なかった。

日本皇国の場所--「文明圏外の国である」と言う事が彼等の認識を鈍らせていた。

中には「飛空船を軍用化している事に、外務局と海軍、ミリシアルも過剰反応しているだけだ」と言う者もいる。

 

もっとも中には外務局や情報局がかき集めている情報についても、開示されている分については目を通している者もいる。

アルタラスやトーパと言った、パーパルディアから離れようとする国家の背後に、日本皇国がいると指摘した皇都防衛軍陸将のメイガ・フォン・デバールスも、その内の1人であった。

 

皇都エストシラント防衛基地の司令官である彼は、最初のコンタクト以来何度か港を訪れた日本皇国の航空艦を遠目にではあるが目にしていた。

基地司令故そう簡単に基地から離れる事もできない為、若手の参謀を物見に行かせたのだが、彼が持ち帰った情報は日本の事を「文明圏外の国」と決め付けてしまう事を躊躇わせる内容だった。

先ず港から離れているにも関わらず、周囲を飛ぶワイバーンと見比べても大きく見えた船は、間違い無く海軍の魔道戦列艦や竜母を遥かに超える巨艦で、同時に来航したミリシアル海軍の艦艇と比べても遜色無いどころか、勝る大きさの船もあったと言う。

そんなものが、風を受ける帆もなく走り、更には飛空船にはできない垂直の上下移動までして見せたと言う。

 

若手参謀も正確な性能までは当然知る事は出来なかったが、彼は何人かの政府関係者が一際大きな船(ミリシアルの大型艦に似た形状の船)に乗り込んで行くのを目撃している。

その様な報告を受けたメイガも政府の誰か、おそらく外務局の局長達辺りが直接日本の技術に触れた故に、今の日本に対する態度があるのだと考えていた。

 

「ですが皇帝陛下は外務局に全てを任せておられます」

「ふんっ分かっている!だが直接手を出さなければ良いのだろう?」

 

若い貴族が皇帝ルディアスが日本皇国に対する対応を、外務局に一任している事を指摘し、これに異を唱えるのは皇帝の意思に反すると言外に告げると、大将リージャック・フォン・ターリジンが面白くなさそうに答える。

 

「要するに、要するにだアルタラスなりトーパなりだけを潰せば良いのだ、ニホンを直接相手取る事はない。何、文句を言ってくる様ならアルタラスの魔石を多少なり、奴らが欲しがっているトーパの【世界の扉】なりをくれてやれば良い」

「その通りですな!いや流石はリージャック閣下!」

「さようさよう。所詮は文明圏外国、餌をくれてやれば満足するでしょう」

「多少の力はある様ですが、それで勘違いをして皇国に殴りかかってくる様な事が有れば、その時存分に殴り返してやればよろしい。なに、相手から攻撃してくるのです、よもや外務局も文句は言えんでしょう」

「むしろ、顔を潰されるのは奴らです。率先して潰しにかかるのでは?」

「はっはっはっ確かに!その通りですな!」

「「・・・・・・」」

 

リージャックの言葉に一気に場が盛り上がる、集まった貴族達が思い思いに好き勝手な事を言い募る。

その様子をメイガと、皇帝の意向を指摘した若者だけが冷めた目でみていた。

 

 

 

 

中央暦1639年10月30日 アルタラス王国

 

「これは.....奴ら正気か?」

 

アルタラス王国の国王、ターラ14世はとある書状を手に怒りに震えていた。

それはパーパルディア皇国から送られてきた来年度分の要請文だ。

アルタラス王国は既に来年度から「パーパルディア皇国との従来の方式による取引は一切行わない」と正式に通達している。

その発言の裏に、日本皇国の存在がある事を掴んでいる第3外務局は、日本とアルタラスの関係がどれ程深いのかを探ると同時に、必要以上に刺激しない為に「せめて魔石の売買だけでも」と交渉を進めようとしていたのだが。

 

どうにも欲というものは、人に本来あり得ざる行動を取らせるらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 



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火種・2

パーパルディア皇国 皇城 大会議室

 

「であるからして、早急なる属領並びに属国に対する引き締めが必要であると、我々は考える次第であります」

 

この日、各大臣を始め外務局3局長・皇軍最高司令官・陸海軍司令に陸軍の将軍達・臣民統治機構長をはじめ各局幹部が集まって会議が開かれていた。

議題は

 

【日本皇国の台頭による第三文明圏並び周辺文明圏外国の動きに対する対処】

 

であった。

要するに日本皇国に近づいて、パーパルディア皇国から離れていこうとする国家に対してどの様に対処するか?と言う話し合いだった。

とは言え、現状で動きを見せているのは文明圏外国が殆どで、それらの国々とこれまでの「旧式技術と奴隷・土地との交換」という取引が崩れても、そこまで大きなダメージがある訳では無い。

損失の分は属領辺りから更に搾り取れば良いだけの話だ。

 

なのだが、それはあくまでも()()()()()()()()()の話である。

つまるところメンツの問題である。

「偉大なるパーパルディア皇国がポッと出の新興国より下に見られている」と言うのが、この会議を主導した陸軍派の貴族達の言い分であった。

この会議はその主張に、この流れが文明国や属国、最悪属領にすら広がっては困ると考えた外務局側の考えも合わさって実現したものだった。

パーパルディアを追い越せるのであればなりふり構わない可能性のあるリーム王国の存在や、表面的には従順である属国や属領に関しても、腹の底では何を考えているのかわからない。

 

仮に属領で独立運動なんかが起こって、早急に制圧が行われたとしても、属領の民が自棄になって農耕地に火を放つなどして荒そうものなら、皇国は食糧生産等の面から大ダメージを受ける事となる。

その為にも「属国と属領に対する締め付けが必要だ」と言うのが一致した意見であった。

 

ここで、現在の締め付けを緩めるなり、属領を属国扱いにするなりと待遇改善を行ったりといった考えが出てこない辺りが、力で支配して来たパーパルディア皇国と言う国家の限界であるのかもしれない。

彼らにとっての繁栄とは即ち他者からの搾取によって成り立つものだ、搾り取れるものが少なくなってくれば、新しく搾取相手を得れば良い。

相手を成長させ安定して長くと言う風には考えられない。

 

「属領や属国に対する引き締めが必要という事には同意します。しかし、では如何するのかというのが問題です」

「第1外務局長殿の仰る通りです、属領で弾圧等を行うのは簡単ですが、そうすると生産能力に問題が生じる可能性があります」

 

言外に「何をしでかすつもりだ」と言うエルトに、臣民統治機構機構長のパーラスが同意する。

とは言えこちらはエルトと違い、下手に属領にテコ入れをされることによって()()()()()()()()()が露呈するのを恐れての事だったが。

 

「第3外務局としては身内の恥を晒すようですが、()()によって頓挫してしまったフェン王国への懲罰を再度行うのも手であるかと考えますが」

 

カイオスの提案にエルトとリウスは驚いた。

それもその筈「フェン王国への懲罰は国家監察軍東洋艦隊の()()によって、一時頓挫してしまった」となっているが、実際には監察軍東洋艦隊がフェンの軍祭に居合わせた日本皇国艦隊によって撃破された事により、実行不可能となっただけだ。

 

「フェン王国は日本皇国と関係があるのではありませんか?そちらより北西か南西の国にした方がよろしいのでは?」

 

情報局長のエルスタインが何故態々日本の気を引きかねない相手を、それも監察軍の指揮官であるカイオスが選ぶのか不思議そうに尋ねる。

 

「確かにフェン王国と日本皇国は軍祭に招き招かれる程度の仲ではありました。しかし、先の一件により両国の関係はそれ程良いものではない様なのです」

 

先の一件とは言うまでもなく監察軍による軍祭強襲である。

この襲撃で実際に被害にあったのはフェンの王城の天守だけで、日本は勿論フェンもその他の集まっていた各国の使節にも、人的被害は出ていない。

だが、日本皇国にとって被害が出たか否かは関係がない様だ。

カイオスが掴んだ情報によると、日本政府は「フェン王国はパーパルディア皇国による何らかの軍事行動が有る」と()()()()()()、おそらく標的にされる可能性の高い軍祭を敢行し「日本皇国を初め文明圏外各国の使節を招いた」事と、「日本を矢面に立たせようとした」事実を問題視していた。

身も蓋もない言い方をすれば「何勝手に関係のない戦争に巻き込もうとしてくれたんだ」と言う事で有る。

パーパルディア皇国による要求がどれだけ厳しいもので、主権国家として受け入れて難い事であったとしても、軍祭が行われた時点では日本皇国とフェン王国と言う二つの国の間には「条約は愚かまともな国交すら無かった」のである。

 

フェン王国の思惑通りであったにせよ、結局行動したのは自分達だと言う意見もある様だが、それでも「フェン王国は容易に信用できる相手では無い」との意見が大きいらしい。

 

「今現在に至っても、日本皇国とフェン王国との間には僅かな商取引は有る様ですが、武器等の売却も行われておらず、軍事に関わる同盟や条約も結ばれてい無い様なのです」

 

フェン王国としては小国で有る自分達がなんとか生き残る為にとった行動であったのだが、大国である日本皇国からすると残念な事に受け入れ難い行動ではあった様だ。

しかも、現在なんの行動もとってい無いが、事実上パーパルディア皇国とフェン王国は戦争状態にあると言っても良い。

日本からしてみればそんな国と国交を結び、軍事条約を締結する意味など殆どない。

また、カイオスも掴めなかった事ではあるが、フェンに何かしら日本がどうしても必要とするものがあるのならまだしも、時代劇の風景が広がっている程度で、パーパルディアに取られると困る様なものは無い。

対パーパルディアの防波堤に出来なくもないが、それなら隣の友好的なガハラ神国で事足りるという事もあり、現状日本政府としてはフェン王国に肩入れする理由が殆どない訳だ。

 

カイオスの言葉にエルト達比較的日本皇国について知っている面々が、納得顔で頷く。

反対に陸軍司令のアルゴスとパーラス、それからアルデが面白く無さそうに顔を歪める。

 

「あ.「失礼しますッ」何事か?」

 

その様子に何やら嫌な予感のしたエルトが声をかけようとした瞬間、何者かが会議室へと飛び込んで来た。

それはどうやら第3外務局の局員らしく、足早にカイオスへと近づくとメモを手渡した。

 

「バカな」

「いかがされたかな?第3外務局長殿?」

 

メモに目を落とし、思わずといった風に言葉を漏らしたカイオスに、アルデが何やら含むものがありそうな口調で尋ねる。

 

「アルタラス王国が我が第3外務局の出張所を制圧、駐在員のカスト・スカミゴ以下局員を拘束、強制送還処置をとると共に国内のパーパルディア皇国資産の凍結、パーパルディア船籍の船舶の入港禁止処置を取ると通達してきたとの事です」

「「なっ!?」」

 

明確な宣言こそされてい無い様だが、アルタラス王国からパーパルディア皇国へ対する事実上の宣戦布告であった。

アルタラス王国は上質の魔石が産出すると言う点で、パーパルディア皇国にとってもある意味重要な国だ。

日本皇国との関係が深まるにつれ、アルタラスがパーパルディアから離れようとしている事は明白であり、第3外務局は王国に対し比較的融和的な態度へと舵を取ろうとしていた。

そんな中、突然行われた事実上の宣戦布告。

 

「一体何が......」

「アルタラスで何が起こったというのだ」

「カイオス殿、速やかに調査を」

 

第3外務局の動きを知っていたが故に、驚きを隠せないエルトとリウス。

そんな彼等はアルデとアルゴスの口元が、醜く歪んでいるのに気が付けなかった。

 

 

 

時間を少々戻し、視点をアルタラス王国へー

 

 

◆パーパルディア皇国はアルタラス王国に要請を行う

 

1つ、アルタラス王国はパーパルディア皇国に対し、魔石鉱山シルウトラスを割譲する事。

 

1つ、アルタラス王国は日本皇国より入手した技術に関して、パーパルディア皇国に開示する事。

 

1つ、アルタラス王国は王女ルミエスを奴隷としてパーパルディア皇国に差し出す事。

 

 

以上3項目について、2週間以内の実行を要求する。

パーパルディア皇国は武力の行使は、お互いにとって悲劇たりえると認識している。

 

 

 

「何が『お互いにとって悲劇たりえる』だ!!」

 

何度読み返しても書かれている事は変わらず、読み間違いという事もない事がハッキリと分かったターラ14世は声を荒げた。

現皇帝ルディアスの即位以降、パーパルディア皇国は領土拡大・勢力拡大の為文明国や文明圏外国に対して土地の割譲を迫っているのは周知の事であった。

が、その際に要求される土地はその国家にとって大した価値もない土地や、パーパルディアが有する事によって双方に利がある様な土地であった。

 

さらに、アルタラス王国はこれまで進んだ技術を得る為、国力に於いて圧倒的な差があるパーパルディアに飲み込まれ、主権を失う事を避ける為に屈辱的と言える要求を飲んできた。

この文書で要求されている魔石鉱山シルウトラスは、アルタラス王国最大の魔石鉱山にして、世界でも五本の指に入るほどの規模そして高品質の魔石を産出する鉱山であり、アルタラスの経済を支える中核である。

 

これまでアルタラスはパーパルディアの要求を飲み、本来この鉱山で産出されるレベルの魔石ではあり得ない程の安値で、パーパルディアへと輸出していた。

また、高純度の天然魔石に価値を見出した日本皇国との取引により、パーパルディアから得ていた技術よりも、更に進んだ技術を手に入れる事に成功している。

それに、現在パーパルディアの目から隠す為にロデニウス大陸で完熟訓練中の航空艦の取得も、魔石があったからこそ他の文明圏外国と比べて優先的に行われた。

そんな、これからのアルタラス王国にとってはこれまで以上に必要不可欠となり得る魔石鉱山を奪われれば、アルタラスの国力は大きく落ちて行く事になる。

 

「魔石鉱山は我が国の国力を落とす為としても、日本皇国の技術を開示しろだと?我が国に誇りを捨てろと、日本を裏切れと言いたいのか!?それに加えてルミエスを奴隷として差し出せだと!?それに一体何の意味がある!!何の利がある!!」

「日本皇国の技術を開示させ、戦争が起こった際、日本が我が国側に立って参戦するのを防ぎたいのでは?」

「パーパルディアに対し日本の技術を開示すれば、陛下の仰るとおり日本を裏切る事になります。その時果たして日本が手を差し伸べてくれるか......」

 

「ルミエス様に関してはおそらくは我が国の人心を王家から離す、あるいは人質として使うつもりなのでは」

「単純に絶対に飲めない要求をしてきた、という可能性もありますが」

「つまり、パーパルディアは戦争を望んでいるのか......」

 

怒り心頭といった様子のターラ王に大臣達が意見を述べる。

彼らの言う通り、最初からアルタラスを反発させようとしている様にしか見えない。

最初から“戦争”へと持って行こうとしている様に感じる。

 

「ライアル第1騎士団長!!」

「はっ!」

「全軍に厳戒令を出せ!!」

「御意!!」

 

命を受けた王国第1騎士団団長ライアルは王に一礼すると、一目散に駆け出した。

 

「ボルド海軍長!」

「はっ!!」

「ロデニウスで訓練中の航空艦艦隊を急ぎ呼び戻せ!!」

「御意ッ!」

 

王国海軍長のボルドも命を受けると王に一礼、打ち出された矢の様に部屋を飛び出した。

 

「タルラ外務卿!」

「はっ」

「パーパルディアの出張所へ行くぞ」

「御意。如何されます」

 

外務卿のタルラは頭を下げると王に対し問いかける。

 

「近衛を連れてゆく、場合によっては出張所を制圧する」

「よろしいのですか?」

「よい、幸いな事にルミエスも、次代のアルタラスを担う優秀な若者達も揃って日本皇国に居る。ならば彼らの将来の憂いを取り去ってやるのが我等の役割だ。違うか?」

「御意」

 

タルラはもう一度深々と頭を下げた。

部屋に残っていた他の大臣達も同じ様に頭下げている。

彼等はターラ王が戦争を決意したのだと、そう確信していた。

 

 

 

 

 

「ああ、待っていたぞアルタラス王」

 

パーパルディア皇国第3外務局アルタラス出張所の駐留大使執務室へと通されたターラ王を待っていたのは、駐アルタラス大使のカストであった。

椅子に座ったまま足を組み立ち上がって出迎えることをしないその態度は、凡そ一国の王を出迎える態度では無かったが、そんな事は今更だ今はどうでもいい。

 

「“来年分の要求”についてお伺いしに来ました」

 

日本皇国と国交を結び高純度の魔石を対価とした開発援助を受けられる様になった時点で、パーパルディア皇国には来年からは従来通りの「技術提供の見返りとして貢物や奴隷の差し出し。不平等な価格での魔石の取引はしない」と伝えてある。

パーパルディアとしてもアルタラス産の魔石の取引が無くなるのは痛いのか、最近では態度を軟化させ「なんとか魔石の取引だけは続けられる様に」と交渉が行われていた筈だ。

 

だというのに、突然掌を返したかのような要求。

それもこれまでとは比べものにならない様なふざけた内容の要求だ。

書類の責任者として記載されていたのは眼前のこの男。

 

「貴国と我が国との交渉をご存知ない訳ではないでしょう?」

 

両国間の交渉は高度な政治的判断を含む他の事で、パーパルディアの第3外務局本局からやって来た局員との間で行われていた為にこの男は直接関わってはいないが、アルタラスに駐留する大使として知っていない筈が無いのだ。

 

「だからどうした」

「なっ!?」

 

ターラ王の言葉をうっとおしそうに聞いていたカストは、威圧的にそういった。

 

「まさか、文明圏外の蛮族が偉大なる皇国と対等に交渉などと、本気でそんな事ができると思っていたのか?」

「なにを」

 

心底バカにした様な口調だ。

 

「貴方は本国の決定を無視するおつもりか!!」

「本国の決定は書類にあった通りだ」

 

実際にはそんな事は無い。

カストの所属する第3外務局の局長であるカイオスからはその様な命令は出ていない。

カストにこの様な内容の要求書をしたためる様に命じたのは第3外務局副局長の男であった。

 

その理由は単純、権力争いだ。

 

アルタラス王国を始め日本皇国と国交を結び、それなりの関係性を築いている文明圏外の国家に対して、カイオスはこれまでの抑えるつける様な関係性とは違う関係へとシフトさせようとしていた。

全ては日本の機嫌を損ねない為に。

 

だがその姿勢を第3外務局の局員全員が、素直に受け入れていた訳では無かった。

“あの日”日本の航空艦を直接見たものは多かったが、乗り込んだ者と言えばごく僅かで、日本との交渉は第1外務局へと移管された為、日本皇国という国に直接触れた事のある局員は殆どい無い。

 

そんな彼等は良くも悪くも......いや、この場合は最悪な事に「文明圏外国を相手にする第3外務局の局員」であった。

つまり、どうしても日本皇国が「第3文明圏の外、文明圏外にある国家である」という先入観が拭えなかったのである。

そういった者達にとって、カイオスの態度は到底受け入れられる物ではなかったのだ。

 

故に、陸軍派の貴族達の企みに賛同した、してしまった。

 

 

怒りに震えるターラ王に、思い出したかの様にカストが告げる。

 

「ああ、そうそう貴様の娘は来年と言わずにすぐ差し出せよ?副局長閣下にお贈りするに足るか、味見せんとならんからなぁ」

 

その表情(かお)はどこまでも欲望に塗れたモノであった。

 

「ふ、ふざ...」

「ん〜?」

「巫山戯るな下郎がぁ!!」

「なっナァッ!?」

 

歳をとったとは言え、生粋の武人であるターラ王の怒号に、でっぷりと腹の出た生粋の豚貴族であるカストは椅子から転げ落ちた。

そんなカストに一瞥をくれると、ターラ王は踵を返し部屋を出て行く。

 

「ま、まて!キサマ!どういうつもりだ!!蛮族の王が!!パーパルディア皇国の大使に!皇帝陛下の意思の代弁者である俺に!その様な態度許されると思っているのかぁ!!」

 

歩き去るターラ王の背中に何か騒いでいる様だが気にせず進む。

カストの声に衛兵達がやってくるが、ギロリとひと睨みしてやるとすくんだ様に足を止めた。

列強国の兵士と言えど、所詮他国のそれも文明圏外国の外務局出張所に配置される様な兵士だ、国の威を借るだけで大した技量も無い。

何事も無く門へと辿り着いたターラ王は、外で待っていた近衛部隊へと命じる。

 

「この建物を直ちに制圧せよ!」

「はっ!!」

 

王の命令を受けた近衛兵達が出張所へと雪崩れ込む。

当然衛兵達が止めようとしてくるが、アルタラス王国軍でも精鋭を集めた近衛部隊だ、あっという間に蹴散らされ大した時間も掛からず、出張所は王国の支配下に置かれた。

 

「パーパルディア皇国に国交断絶を通達する、その豚は国内に置いておくのも腹立たしいし、この国をその豚の汚い血で汚したくも無い、港に停泊している連絡船に叩き込んで即座に送り返せ!!」

 

 

 

 

カイオスの命を受け交渉の為、アルタラス王国へとやって来ていた局員が、重要書類受け取りの為、本国へと帰国していた隙に起きた悲劇であった。

 

 



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政治

国交の断絶を通達し、駐留していたパーパルディア皇国第3外務局の大使の強制送還を行ったアルタラス王国は、ただちに国内からのパーパルディア排除に乗り出した。

カストは勿論、第3外務局の出張所の職員は衛兵から飯炊き雑用に至るまで、全て本国へと送り返した上で出張所の建物は破壊した。

魔石等の商取引で訪れていた商船なんかも、悉く港から叩き出し入港は勿論、領海内への再侵入を禁止しそれを破った場合は拿捕ないし撃沈すると通達する程徹底したモノで、

 

それは最早、事実上の宣戦布告であった。

 

いくら第3外務局が態度を軟化させていようが、パーパルディア皇国の顔面に泥を投げつけるがごとき行為を皇帝が許す筈が無い。

皇帝は大なり小なり日本皇国の存在を気に掛けているという話だが、かと言って文明圏外の蛮族とするアルタラス王国の行為を許すかどうかは別だ。

すぐにでも監察軍ないし皇軍が送られてくるであろうと、アルタラス王国は直ちに戦時体制へと移行。

パーパルディアと面する北部沿岸部の揚陸可能な地点の沿岸要塞へと陸軍が集結し、海軍も従来帆船に日本の技術によって改造が施された魔導戦列艦がル・ブリアス沖に集結。

その国ごとの教導を面倒に思った日本の提案によって、ロデニウス大陸で一元的に行われていた操艦訓練に参加していた航空駆逐艦1隻以下5隻の航空戦列艦も直ちに呼び戻された。

 

さて、パーパルディア皇国へと事実上の宣戦布告を行ったアルタラス王国であったが、一つ重要な事を忘れていた。

それが何かと言うと、日本皇国との軍事同盟の内容である。

 

アルタラス王国と日本皇国との間で結ばれた軍事同盟の定める所では、「両国が第三国から宣戦布告を受けた時、参戦の要求が行われた場合には直ちに参戦する義務が生じる」としている。

 

つまり、受け身の戦争の場合のみ要請に基いた参戦義務が生じるのであって、能動的な戦争の場合では参戦の“義務”にはならない。

今回の場合、きちんとした外交文書等による宣戦布告は行われてい無いものの、国交断絶と領海内への侵入船の拿捕ないし撃沈と通達を行ったのはアルタラスの方でパーパルディアでは無い。

 

「宣戦布告はアルタラス王国から行われた」となる訳だ。

 

ターラ14世は命令を行った時こそ頭に血が上っており、この事を失念していたのだが、基本的な命令を出し終わって少し落ち着いて冷静になった時、宰相から指摘されてこの事を思い出し頭を抱えた。

とは言え、今更出した命令を無かった事にはでき無いし、そんな事をパーパルディアが許してくれる筈も無い。

なので、日本皇国へとパーパルディアからの要請文を差し出し、恐る恐るお伺いを立てる事になる。

虫のいい話だが、「この要請文がパーパルディア皇国からの事実上の宣戦布告である」と解釈され、先に宣戦布告を行なったのはアルタラスでは無くパーパルディアであると判断される事を祈って。

 

 

「成る程、アルタラス王国の仰る所は理解しました」

 

日本皇国外務省アルタラス王国担当の鈴原は、アルタラス王国の駐日大使と現在日本の大学に留学中であるルミエス王女から、とある説明...いや、“嘆願”を受けていた。

 

内容は「対パーパルディア皇国戦において、軍事同盟に基づいて支援を要請する」と言うものだった。

日本皇国とアルタラス王国間で結ばれた軍事同盟では、戦争が起こった際に「要請を受ける事によって参戦の義務が生じる」が、それは翻って「要請のない限り参加する義務は無い」という事で、パーパルディア皇国との間で戦争が起こると言うのであれば普通に“要請”とすれば良い。

 

それが、2人がさも“嘆願”であるかの様な態度で挑んで来たのか疑問であった鈴原だったが、聞き進める内に2人の態度について得心した。

現在アルタラス側からもパーパルディア側からも明確な「宣戦布告」はまだ(・・)なされていない状態だ。

しかし、アルタラスは既に国家全体で戦時体制へと移行を始めており、ロデニウス大陸で教導中の航空艦隊を本国へ移動させている。

対するパーパルディアに関しても、アルタラスと同じ様に戦時体制へ移行すると言った様な事は無いが、どうにも西海岸に展開している海軍艦隊と、一部陸軍部隊に動きが有ると【天津神】から報告が来ている。

 

それらの動きが始まったのが、アルタラス王国がパーパルディア皇国との国交断絶を宣言してからだと言うのだ。

宣言に合わせて、アルタラス国内に居たパーパルディアの大使が強制送還されており、国内に滞在していたパーパルディア商人は追い出され、今後一切のパーパルディア船籍の船の領海侵入を拒絶したと言う。

 

確かに、見方によってはアルタラス王国が宣戦布告をしたともとれかねない行動ではある。

とは言え、アルタラス王ターラ14世が何の理由も無くその様な事を行った訳ではなく、どう好意的に受け取っても「有り得ない」と言うか、そもそも好意的に受ける等不可能である“要請書”が、パーパルディアから通達されたのが理由だと言う。

 

アルタラス王国がパーパルディア皇国に朝貢していた事は、鈴原も知ってはいたが、提示された要請書に書かれた内容はアルタラスの主要産業である魔石鉱山の差し出しに始まり、アルタラスが正当な対価を持って日本から得た技術の開示、極め付けは王女ルミエスの奴隷化と、アルタラスによる誇張の為の改変等が行われていないとすれば、確かに正気を疑う様な内容だ。

パーパルディアに滞在している外務省職員からの報告では、近頃文明圏外国を担当する第3外務局は、日本皇国と関わりのある国に対する態度をある程度軟化させているとの事だったが、この態度の変わり様は一体何なのか。

それこそ「アルタラスが日本の威光を借りてパーパルディアと決定的に決別しようと考えて仕組んだ」と邪推してしまいかねない程の掌返しだ。

 

「我が国の行動がそのまま戦争の引き金を引きかねない行為であった事は重々承知しております。我が国は長年パーパルディアの暴圧を受けてきました、今より進んだ技術を手に入れる為、逆らったとして相手になどならない現実。それらを前に、私達は耐えてきました」

 

資料に目を落としたまま考え込む鈴原に、ルミエスが静かに語りかける。

 

「パーパルディアが領地を求める事は他国からの話で知ってはおりました。しかし、それらはその国にとっても利の有る場所であったのです、我が国に提示された様な国の財源の根幹に関わる場所が求められた事はこれまで有りませんでした」

 

他国で行われた領地の差し出しが、二つの国にどの様な利をもたらしたのかは解らないが、確かにアルタラスが要求された魔石鉱山は王国の財源とも言える重要なもので、ここがパーパルディアに抑えられるのは正直なところ日本としても面白く無い。

アルタラスは適正価格で輸出してくれているが、パーパルディアがふっかけてこないとは限らない。

 

「また、貴国から日本皇国から購入(・・)した技術を開示せよなどと言う要求は、断じて受け入れ難い事です。その様な事をしてしまえば、我が国に貴国を裏切る事になってしまいます」

「ご自身の事に関しては、どの様にお考えですか?」

「スズハラ殿!!」

 

駐日大使が声を荒げる、デリカシーの無い質問だと言うのは重々しょうちしている。

しかし、それでも鈴原はルミエスの意思を確認したかった。

これがもし、アルタラス王国による狂言であった場合、ルミエスが日本皇国に留学中と言う、ある意味絶対的に安全な場所にいる事を良い事に組み込まれたという可能性もあり、それ程重く受け止めていない可能性もある。

 

「私の事はそれでも構わないのです」

「殿下!?」

「私の身ひとつで民を守れるのであれば、私ごときパーパルディアに身を捧げましょう」

 

「皇族の誰かとの婚姻」ならまだしも、要求されているのは「奴隷化」だ。

しかも、駐アルタラス大使の言では国として、あるいは皇帝が望んだ訳ではなく「大使が上司への貢物として個人的に求めた」ものだった。

どう考えても、一国の姫君に対する要求では断じて無いし、まともな扱いを受けられるとは到底考えられない。

 

にも関わらず、彼女は「それでも構わない」のだと言い切った。

その瞳は真っ直ぐで、ただ国の事を考えている様に見える。

あるいはアルタラスの謀った事であったとしても、彼女自身は何も知らされておらず、彼女にとっては間違いなくパーパルディアの暴挙であるのかもしれないが。

 

「不躾な質問失礼致しました。ルミエス殿下の御覚悟この鈴原しかと見せて頂きました」

 

そう言って頭を下げる。

裏側がどうであろうと、彼女の覚悟は本物だった。

 

「いえ、構いません。それでスズハラ様」

「この場で即座にお応えする事はできません。なんと言っても“戦争”の事ですから。ですがすぐ様政府へと掛け合いましょう、場合によってはお2人には直接政府と話していただく事になるかと思います」

「わかりました。どうぞ宜しくお願い致します」

 

一先ず「アルタラス王国が宣戦布告した」とされなかった事に安堵しつつ、ルミエス達は深々と頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

「なかなかに上手く行ったでは無いかアルゴス」

 

アルタラス王国による事実上の宣戦布告と言う報告に、慌ただしく終わった会議。

事実確認と調査の為に慌てて動き出したカイオスとエルスタインを横目に、ゆったりとした動きで部屋を移ったアルデは上機嫌だった。

 

「ははっ第3外務局の副局長殿が上手い具合にやってくれましてな」

「成る程。次期(・・)外務局長の椅子でも約束してやったのかね?」

 

メイドに注がせたワインを片手に尋ねると、アルゴスは大きく頷いた。

 

「ええ、現局長殿は何やらお疲れの様ですからなぁ。まぁ、もっとも?あくまでも口約束(・・・・・・・・)ですがな」

「はっはっはっ、確かにな。ま、奴が従順でいれば今後も使ってやれば良いさ」

「おっしゃる通りですな」

 

楽しそうに、嬉しそうに笑い合う2人。

 

「して、この後の動きはどうなっている?」

「既にアルタラスへ上陸予定の部隊へ移動命令を出しております。輸送手段に関しては賛同してくれた海軍第4・5艦隊が受け入れ準備を進めております」

 

パーパルディア皇国軍内部において、陸軍では日本皇国の航空艦に対する知識をそれなりに持つメイガの指揮する皇都防衛軍を除く全ての陸将達が、彼らの企みの賛同者であった。

海軍に関しても、皇都エストシラントの港を母港とする第1・第2・第3艦隊に関しては、直接航空艦を見た事と日本の航空艦の導入を求めているバルスのお膝元である事もあって、最初から声をかける事はなかったが。

直接航空艦を見たことの無い西部の第4・第5・第6艦隊と、東部の監察軍東洋艦隊と同じくデュロを母港とする第7第・8艦隊はそれぞれの思惑から彼らに賛同者した。

第4・第5・第6艦隊はバルスへの敵愾心を持つ貴族指揮官が多い事から。

第7・第8艦隊は下に見てはいても同じ場所を家としていた東洋艦隊を撃破した日本皇国に思う所あって。

 

「我らは偉大なるパーパルディア皇国、世界の頂点たる列強国だ!他者の顔色を伺うなどあってはならん事だ!!」

「さよう、卑怯な奇襲(・・・・・)で旧式の監察軍を破ったからといい気になっている蛮族におもねる必要など断じて有り得ません」

「そして我らは陛下のお心を惑わす奸臣共を排除する」

 

彼等はフェン事変において、監察軍東洋艦隊が撃破された事を話の途中で日本が奇襲を行った事によるとしていた。

そもそもこちら側が先に手を出したと言う事を棚に上げて。

そして、皇帝ルディアスが日本皇国への手出しを慎めと言ったのは、彼らの言うところの奸臣が唆しての事であると決め付けていた。

 

「アルタラスを滅ぼし、奴らが肩入れしているロデニウス大陸を滅ぼしてやれば、愚かな蛮族と言えど皇国の力を思い知り、自らの行いを恥じ入り許しを求めてくるだろう」

「許す代償は技術の献上と全ての国民の奴隷化と言った所ですかな?」

「はっはっはっそれはいい!!」

 

上機嫌になったアルデはグラスを持ち上げる。

アルゴスもそれに合わせてグラスをもちあげ、

 

「偉大なる世界帝国パーパルディアに!」

「パーパルディア万歳!!」

 

 

 



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激昂

 

 

パーパルディア皇国第3外務局 局長執務室

 

「さて、カスト。戻って来て早々ではあるが、何が有ったのか話してもらおうか」

 

カイオスはアルタラス王国から強制送還され、エストシラントに到着したばかりのカストを即座に呼び出していた。

 

「も、勿論です局長閣下」

 

帰還早々にカイオスに呼び出される、までは()()()()()()()であったが、何故かその場に第1外務局長のエルトと第2外務局長のリウスまでいた事で、カストは酷く緊張していた。

 

「アルタラス王国の国王が、突如出張所を訪れ軍をもって制圧を行ったのです!私を守ろうとしてくれた衛兵は数名、斬られてしまいたした!そうして奴らは私達を拘束すると、港に停泊していた連絡船に我々を押し込み、軍艦で追い立てたのです!」

 

カストは身振り手振りを交え、まるで演劇の役者かの様に語った。

 

「では、何故アルタラス王国がその様な行動に出たのか。心当たりはあるかね?」

「調子づいたのでしょう。ニホンなどと言う国の後ろ盾を得たからと来年度の朝貢をしないなどと言い出し、それに対し我が国が譲歩したからと、自分達はパーパルディア皇国から譲歩を引き出せるのだと勘違いし、思い上がったのでしょう」

 

自分がアルタラス王へと送りつけた要請書の事など、おくびにもださずまるでアルタラス側に非があるかの様に語る。

カイオスはその言葉に「蛮族風情に譲歩の姿勢を見せるからつけあがったのだ」と、アルタラスだけで無く、その様に指示を出したカイオスへの非難が含まれている事に気が付いた。

 

「皇帝陛下のご温情を蛮族共は勘違いをしたのですね」

「デミトラ」

 

カイオスの後ろに控えていたメガネを掛けた男が声を発する。

第3外務局副局長のデミトラだ。

 

「皇帝陛下のご温情を勘違いしたとして、何故外務局の出張所の強制排除に国交断絶と事実上、宣戦布告とも取れる様な行動に出る?これまで我が国に差し出した奴隷の返還を要求してくる、と言うのであればまだわかるが」

「さて?アルタラス王国が実際に何を考えているのかなど、どうでもいいではありませんか。重要なのはアルタラスが我がパーパルディア皇国に対し宣戦布告を行った。それのみです」

「アルタラスはまだ宣戦布告はしていない」

「“事実上”のなどと言って濁していますが、アルタラスの行いは紛れもなく宣戦布告でしょう」

 

カイオスの視線が、エルトのリウスの、そしてこの部屋にいる者全ての視線がデミトラへと向けられる。

ただ1人を除いて。

 

「国家間のやり取りだ、正式な文章が交付されない限り宣戦布告とはならない。今はまだ最後通牒の段階だ」

「国家間の正式なやり取りなど、列強国か百歩譲って文明国との間での事でしょう。アルタラス王国は文明圏外国です。ご納得頂けないのならば言い換えましょう。アルタラスはパーパルディアに叛逆したのです」

 

全員の視線が、意識が、カイオスとデミトラのやり取りに向けられ、自身から外れた事を確認したカストはゆっくりと扉へと近づく。

 

「アルタラス王国は主権を持つ歴とした独立国だ、我が国の属国では無い。である以上、外交は正しく行われなければならない」

「蛮族の献上品に対して多少の褒美をやるのが、列強国たる我が国と文明圏外国との正しい外交であったと記憶しておりますが、私の勘違いだったでしょうか?それともそんなに日本皇国へおもねる事が大事ですか?」

「なんだと?」

 

小馬鹿にした様なデミトラの台詞にカイオスは眉をひそめ、エルトとリウスもまた怪訝そうにしている。

 

「貴方は...いえ、貴方方は口を開けば日本日本と。皇帝陛下へと日本を擁護するかの様な奏上を行った事と言い、日本と関係のある蛮族共に対する譲歩を行おうとしたりと。まるで日本の意を受けて動いているかの様ではありませんか」

 

芝居がかった仕草で手を広げ、やれやれと言わんばかりに首を振るデミトラ。

 

「我々が日本の意を受けているなどと、言い掛かりにも程がある!!」

「事実などどうでもよろしいのです。要するに()()()()()と言うだけで充分なのですよ」

 

思わず声を荒げたリウスに対しデミトラは、それが事実であるか、言い掛かりであるかは関係が無いと吐き捨てる。

 

「お三方は最近お疲れの様です。少し、お休みになられてはいかがですか?」

 

➖バン!➖

 

勢いよく扉の開く音がした。

カイオス達が思わずそちらへ目をやると、扉を開いたカストと完全武装の衛兵の姿があった。

衛兵達は素早く部屋の中に入るとエルトとリウス、第1外務局長と第2外務局長である2人に武器を向け、同行していた2人の秘書にも同じ様に武器を向けた。

 

「これはなんのつもりだ!!」

 

勢いよく振り返り、椅子から立ち上がりデミトラへと掴みかかろうとしたカイオスの視線に、突きつけられたピストルの銃口が飛び込んで来た。

 

「お静かに」

「デミトラッ!キサマ!!」

 

デミトラは額へ突きつけたピストルの引き金に平然と指を掛けており、

立ち上がろうにも立ち上がらずカイオスはそのまま椅子に戻る事となった。

 

「クーデターのつもりか?」

「クーデター?何を言うのかと思えばクーデターと?これはクーデターではありませんよ、我々は陛下の御心を惑わす奸臣を排するのですから、クーデターとは言わないでしょう」

 

絞り出す様に言葉を発したカイオスに対し、デミトラはなんでも無いかの様に答える。

 

「我々が陛下のお心を惑わしただと?」

「ええ、東の果てに現れた蛮族の国家を他の文明圏外国よりはマシかも知れませんが、それを殊更大きく語りまるで文明国、いや列強国かの様に扱い。あまつさえ蛮族共に甘い対応をする許しを得るなど。

これを奸臣と言わずなんと言います?」

「貴様それでも外務局の副局長かぁ!!今の文明圏外国の情勢を何も知らないとでも言うつもりかッ!!第3外務局長の副局長がッ!!」

 

カイオスの怒鳴り声にもデミトラは涼しい顔のままだ。

 

「存じていますよ。日本は必死になって武器を配っている様ですね」

「は?」

「確かに、多少なりとも技術があるのは確かな様ですね。ですが、日本は圧倒的に数が少ない。何せ奴ら島国です、大陸国家である我が国と比べれば悲しくなる程の数しかいないのでしょう。

だからこそ、必死になって仲間を作り、自分を大きく見せようとしている」

「何を、言っている」

 

デミトラの主張はカイオス達には点で理解出来ないモノであった。

確かに日本皇国と言う国は島国ではあるが、イコール人が少ないという訳では無い。

と言うか、純粋パーパルディア皇国人が大凡7,000万程なのに対して、日本人は億を超えている、圧倒的に負けているのはこちらの方だ。

軍人の数こそ確かにパーパルディア皇国軍の方が多いかもしれないが、それは日本皇国軍の方が進んだ技術を有する為に、なんの生産性も無い軍人を馬鹿みたいに「兎に角数を揃える」なんて事をしなくても良いからだ。

 

諸外国に売り出されている兵器に関しても、日本からしてみれば鎧袖一触で蹴散らせる様なものでしかなく。

まともに戦力として数えていない可能性の方が遥かに大きい。

 

そんな事は第3外務局が文明圏外国から集めた情報や、日本皇国の登場以降協調を図ってきた第1・第2外務局から回されてきた情報にキチンと目を通していれば、問題なく知ることの出来る情報だ。

副局長であるデミトラの権限で閲覧できる資料に、それらは間違いなく書かれているのだから。

 

「最初に神聖ミリシアル帝国を利用し、必要以上に自分達を大きく見せてしまったが故に、我が国に攻め込まれてしまえばメッキが剥がれ、あっという間に滅んでしまうからこそ、必死になって防波堤を築こうとしているのですよ奴らは」

 

得意げに語るデミトラの声が遠くに聞こえる。

カイオスは目の前が真っ暗になった様に感じた。

 

 

 

 

文明国でも余り見ない、列強国と比べても勝るとも劣らない大きな建物。

幅広く取られた道路には、馬の引かない馬車の様なものが行き交い。

夜であると言うのに昼間と変わらない程に明るい。

 

暗転

 

馬の下半身に人の上半身を持つ巨大な鉄騎兵が、隊列を組み大地を揺らしながら駆け抜ける。

その姿は雄々しく力強い。

分厚い鎧に身を包んだ鉄騎兵が左手に持つ盾にはクワ・トイネ公国とクイラ王国の国章が刻まれている。

 

ふ、と上空に視線が移り、空を駆るワイバーンの姿が映る。

否、ソレは生物のワイバーンでは無く、絡繰仕掛けの人工の竜。

編隊を組む絡繰の竜の翼をにはクワ・トイネにクイラ、更にはアルタラス王国や幾つかの文明圏外国の国章が刻まれている。

 

再び暗転

 

再び明るくなると、光の翼を広げ先導する巨大艦に続き空を行く10隻以上の戦列艦。

「我こそは空の女王」と言わんばかりのその姿は、紛れもなく強大な艦隊そのものだ。

帆の張られていないマストには文明圏外国の国章が揺れている。

 

艦隊が速度を落としたかと思えば徐に舷側の小窓を開き、そこから魔導砲が迫り出して来た。

 

➖ダダダン!➖

 

一矢乱れぬ砲撃だ。

しかも!

 

➖ダダダン!➖

 

次を撃つまでの時間が短い。

 

また暗転

 

明るくなると、巨大艦で編成された艦隊の姿が映る。

先頭を行く一際大きな船には太陽の旗(ライジングサン)が翻り、クワ・トイネ、クイラ、アルタラスの旗を掲げた船が続く。

甲板上の魔導砲が回転(・・)する。

そして

 

➖ダン!ダン!ダン!➖

 

間違いなく連射した!

それだけでは無い、先頭を行く船の魔導砲からは光り輝く光線の様なモノが発射された。

その姿はまるで、古の魔法帝国の対空魔光砲をより強力にしたかの様だ。

 

 

「・・・・・」

 

巨大艦の砲撃を最後に終わった映像を無言のまま、また一から再生する。

彼、パーパルディア皇国皇帝ルディアスはもうこの映像を何度も何度も見返していた。

神聖ミリシアル帝国製の撮影魔導具で撮られたこの映像は、パーパルディア皇国の皇帝子飼いの影によって、ロデニウス大陸で撮影されたものだった。

 

第3文明圏の外、東の果ての蛮地に突如として現れた新興国家【日本皇国】。

文明圏外の蛮族である筈のその国は、世界第一位の列強国神聖ミリシアル帝国が“対話”を求めて自ら訪れ(・・・・)、その魔導技術は文明圏外国の国力を引き上げ、その軍事力を一足飛びに強力なものとした。

 

特に関わりの深いクワ・トイネ公国とクイラ王国に至っては既に、文明圏外国の枠を飛び越え、文明国のそれに届くどころか追い越さんとするばかり。

文明国の中にも、日本皇国と国交を結び国力を伸ばさんとしている。

特にパーパルディアの北東に位置するリーム王国は日本主催の【新大陸開発協定】にも参加しており、国力を伸ばす事に貪欲な様だ。

 

掴んだ情報によると未だ、日本とリームの間では航空艦の輸出に関しては合意がなされていない様ではある*1が、日本の巨大艦でなくとも、文明圏外国が導入しつつある航空戦列艦でも数を揃える事が出来れば、リームは虎視眈々と狙っている北方の属領へと手を出して来かねない。

だと言うのにも関わらず、今足下がぐらつきつつある。

 

 

「陛下。()()それをご覧になっておられたのですか」

「ルパーサか」

 

相談役とは言え、皇帝の私室に断りもなく入って来たルパーサを咎める事も無く、ルディアス帝の視線は映像から離れない。

指摘された通り、映像が届けられてから時間が有ればずっとこれを見ている。

 

「以前、日本の裏にはミリシアルがいるのではないか?と言った事を覚えているか?」

「はい。日本の関わる出来事に、何らかの形で帝国が関わっていた事から、タイミングが良すぎると仰られていました」

「だが、これを見て確信した。ミリシアルは何も関わっていない」

 

いずれ追い越し、パーパルディア皇国こそが世界の頂点へと立つ。

皇帝に即位してから、幾度もそう明言して来た。

「だからこそ」と言うべきだろうか、ルディアス帝は国で1番神聖ミリシアル帝国と言う国について知っているつもりでいる。

領土を広げ、国を大きくして尚、手の届かない背中。

それ程までにミリシアルは偉大で強大な国だ。

 

圧倒的な技術力を持つ彼の国は、その技術を外へ出す事が殆どない。

この映像を撮った撮影魔導具も影が密輸したものだ。

軍事技術に至っては尚更だ。

技術そのものは当然として、出来上がったものすら数世代レベルで旧式となった物が、裏で流れているかどうかと言った程度。

陸軍が密輸した対空魔光砲も、たった一つの型落ち品を密輸するのにかなりの労力を必要とした。

 

そんな国が裏にいて、その技術を使用しているのだとしたら、兵器の輸出なんて事は先ず行われないだろう。

だか、日本皇国と言う国は積極的に兵器の輸出を行なっている。

 

それに、ミリシアルに詳しいと自負するが故に、ルディアス帝は断言出来た。

日本皇国の技術はこと軍事技術に関して言えば、神聖ミリシアル帝国のそれを超えているであろうと。

いや、軍事技術で超えているのであれば、民生技術に関しても超えていると考えて然るべきだろう。

 

「勝てると思うか?ミリシアルの背中にすら届かんのだ。その更に先を行く日本の背中は、見えすらしない......勝てると思うか?」

「陛下......」

 

その言葉はルパーサに話しかけると言うよりは、自分自身に問いかけているかの様だった。

 

「それで、ルパーサよ何か用があったのでは無いか?」

 

ルディアス帝は漸く映像から顔を逸らしルパーサを見る。

 

「はい。アルデ皇軍総司令官殿が謁見を願っております」

 

 

 

 

「つきましては皇帝陛下、アルタラス王国を討ち滅ぼします故、どうか号令を頂きたく」

 

アデルは恭しく頭を下げた。

第3外務局副局長のデミトラから「事は成った」との一報を受け、「アルタラス王国からの宣戦布告」に関する報告をルディアス帝へと奏上し、「アルタラス王国討伐」の勅命を願っている所だ。

 

アルタラス王国軍など別に監察軍でも蹴散らせるが、今回は「見せしめ」の様も含む。

その為、皇軍を持ってより圧倒的に、より残虐的に殺す必要がある。

既にデミトラが半数以上を掌握している監察軍と違い、皇軍を動かすには皇帝の赦しが必要となる。

 

「アルタラス王国は真に宣戦布告を行なったのか?」

「は、第3外務局副局長のデミトラが確認しております」

 

()()であればアルタラス王国の行いに激怒したルディアス帝は、早々にアルタラス討伐を命じる筈であった。

どうにも慎重な様子を見せるルディアス帝に内心首を傾げながら答える。

 

「あの国にはムーの作った飛行機械用の滑走路があった筈だ、そこにいるムー人についてはどうする?」

 

なる程、皇帝の懸念はムーだったか。

 

「は、それにつきましては既にムーの大使館へと連絡済みで、戦争が終結する迄は国外へと退去させるよう要請しております」

「では日本皇国に付いてはどうだ。彼の国の人間もアルタラスには居た筈だな?」

「は、いえ...」

 

日本皇国、忌々しい名前が聞こえた。

 

「どうした?」

「いえ、日本皇国には、未だ通達は行なっておりません」

 

と言うかするつもりなんて無かった。

今回アルタラス王国を選んだのには属国や属領などに対する見せしめだけでなく、「日本に手を出させる」という目的もあったからだ。

皇帝から「手出し無用」とされてしまっている以上「アルタラスに居る日本人が巻き込まれて、それに怒った日本が戦争を仕掛けてくる」というのが理想的な形だ。

 

日本人が逃げ遅れたのはアルタラスの責任で、巻き込まれてしまった事は悲劇であるが、致し方ない事であったが別に「日本人を狙って殺した訳では無く」こちら側から「手を出した」訳では無い。

最終的に戦争を仕掛けてくるのは日本で、パーパルディアは仕方無く応戦しこれを撃破し併合する。

 

これがアルデ達の描いたシナリオであった。

もし、これをカイオス達が知れば「日本皇国の能力を一切考慮しおらず。また、日本皇国とアルタラス王国の間で結ばれた軍事同盟すら完全に無視した*2」馬鹿の描いたシナリオだとこきおろしただろう。

 

「何故ムーと違って、日本皇国には通達を行わない?」

「ムーは列強国であります、しかし日本は!」

「文明圏外の蛮国であると?」

「は」

 

ルディアス帝の鋭い視線がアルデへと突き刺さる。

 

「お前は、なんの資料も読んでいないのか?情報局が上げてきた報告も、第1外務局の報告も、軍事関係は優先してお前に届けられている筈だろう?それにだ、グラメウス大陸に派遣している部隊からの報告も、そろそろ入って来ている頃では無かったか?」

「は...それは、いえ...」

 

ルディアス帝に指摘された通り。

日本皇国に関連する資料と銘打たれている物は勤めて目を通さずにいた。

いや、最初の頃こそ目を通していたのだが、そこに書かれていたのはどれもこれも眉唾で。

自国はおろか、かの神聖ミリシアル帝国に関する資料でも見た事の無いような事が書かれており、どうにも胡散臭くなって読むのを辞めてしまった。

陸軍派の計画に賛同してからはより一層、目を通さなくなった。

 

「アルタラスに手を出せば確実に日本は出てくる。そう成った時どの様にして勝つつもりだ?」

「こ、皇帝陛下が何を仰います!!我が皇軍は世界最強の軍!日本軍など容易く蹴散らしてご覧に「何が容易くだたわけが!!」

ひっ」

 

アルデのなんの説得力も無い言葉はルディアス帝の怒鳴り声にかき消される。

 

「お前は日本皇国軍の何を知っている!リンドヴルムより間違いなく強力なあの鉄騎兵の力を!ワイバーンロードよりも強大な!あるいはオーバーロードよりも強大かも知れない絡繰の竜の力を!何よりも、あの空飛ぶ軍艦の力を!お前は知っていると言うのか!?今の発言は!それらを全て完全に把握した上での発言だろうな!?」

 

ルディアス帝は玉座から降り、アルデに詰め寄って捲し立てる。

皇帝らしからぬそんな姿は長年使えるルパーサですら、一度も見た事が無かった姿であった。

 

「良いか!アルタラス王国を攻める事は許さん!!国交の断絶で魔石の輸入が途絶えるのは痛いが鉱山は他にもあるのだ!あの国から攻めてくるメリットなど無いのだから放っておけ!!」

*1
皇帝の影は詳細までは掴めなかったが、あくまでも国力に見合った航空戦列艦の輸出を前提としている日本皇国に対しリーム王国が航空艦、しかも国力に見合わない大型巡洋艦の輸出を求めている為に、交渉が難航している

*2
パーパルディア皇国は日ア軍事同盟について把握していたが、その内容までは完全に把握しておらず。どちらかが戦争状態になればもう片方も自然と参戦してくると認識していた




ウチのルディアスさんはこんな風になりました。

いや、原作でもミリシアルにはまだ届かない的な事言ってたから。
多分、冷静に分析出来る時間と情報さえあれば、まともな判断出来る人だとは思うんですよね。


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火種は燃え上がり

「余はカイオスを呼んだのだが?」

 

己の叱責にアルデがすごすごと引き下がっていった後、ルディアス帝は直ぐに第3外務局へと連絡させカイオスを呼び出していた。

アルタラス王国へ直接対応している第3外務局の把握している情報を聞く為であったのだが。

今、ルディアス帝の前で膝をついているのはカイオスではなく、副局長のデミトラであった。

 

「は、カイオス局長におかれましては急病でお倒れになりまして。陛下のご質問には私がお答えする様にと、仰せつかりました」

 

実際にはカイオスはエルトとリウスと共に、第3外務局で軟禁されているのだが、馬鹿正直にそれを話す訳にもいかない。

予定通りに事が進んでいれば、文明圏外の国に迎合しようとする奸臣を排したと、胸を張って報告していた筈なのだが。

アルデが叱責され、アルタラス王国への出兵も許可されなかった事から、どうにも思った通りの状況では無いと判断し、カイオスは病気療養に入ったと説明する事になった。

 

「そうか。では変わりにアルタラス王国の一連の動きに関して、第3外務局が掴んでいる内容を説明せよ」

「は!去る11月15日、アルタラス王国軍が第3外務局の出張所を()()し衛兵数名を殺害、駐アルタラス大使カストを拘束、第3外務局の保有する連絡船をもって「その様な事を聞いているのでは無い!」ッ!」

 

アルタラス王国軍が第3外務局出張所を制圧して、大使等を強制送還して国交断絶を通達して来たなんて事は、既にアルデからさも「アルタラスが先に手を出して来たのだ」と言わんばかりの言い回しでもって聞いている。

 

「現状に至るまでの経緯は既に聞いている!余が聞きたいのは何故アルタラスがその様な行動に移ったのかと言う事だ!」

「あ、アルタラス王国は日本皇国の後ろ盾を得た事により増長し、来年度からの朝貢に関する陛下の御慈悲を過大に捉え、自分達は皇国に対してもの言える存在であるのだと、思い上がったが故の行為であると、第3外務局では判断しております」

 

デミトラはルディアス帝の剣幕にビクビクしながら答える。

 

「余は日本皇国に関する事柄は、外務局長達へと一任している。我がパーパルディアと文明国や文明圏外国で行われて来た、献上品に対する技術の下賜に関して、日本との国交があるからと来年度から行わないと言い出した国への対応含めてだ。

そしてアルタラスもまた、同じ様に我が国とのやり取りを無くすと通達して来ていたな?それに関して第3外務局は高純度魔石の輸入だけは確保しようと協議をしていた筈だ。

カイオスの途中報告ではアルタラスが日本へと輸出している金額での魔石の購入と言う方向で話が纏まりつつある。

そう聞いていたのだが?」

 

客観的に見て、パーパルディア皇国と日本皇国の技術力は圧倒的に日本皇国の方が高い。

日本皇国は他国に対して寛容であり、法的に輸出が認められていない技術はあるものの、金額的に購入可能なものであれば普通に売ってくれる。

それだけで無く、さらに多くの物を購入出来る様になるための国内開発にも、気前よく金を出してくれるのだ。

例え売却される技術の大半が民生用のもので、日本から見てみれば少々古臭いものであったとしても、土地や奴隷を差し出し、屈辱的な思いをして手に入るパーパルディアの技術よりも()である。

であれば多くの国がパーパルディアから離れて行こうとするのも、あるいみ当然と言えば当然だろう。

 

影響力の低下という面では問題であるし、メンツが潰されているという思いも無い訳では無いのだが、その様な国は大半が文明圏外の国である為、ルディアス帝としてもそこまで深刻には受け取っていない。

第1外務局からは日本皇国はパーパルディア皇国の属領や属国に対し、手を出す事は無い*1とハッキリ明言したと報告を受けている。

 

ルディアス帝とて「日本皇国は文明圏外の新興国である」という情報しか受け取っていなければ、この様な事は断じて受け入れ難いものであったが、幸いにしてと言うべきか日本皇国という国は、最初の接触からしてインパクトのあるものであった。

日本の勢力圏であるロデニウス大陸へと送り込んだ私的な間諜(皇帝の影)からの報告でも、その力の一端は感じ取る事が出来る。

 

故に文明圏外の国々対するカイオスの融和的方針を咎める事は無かった。

 

「にも関わらず、アルタラスが此度の様な行動に出たのは、それ相応の理由があっての事であろう。何故それを第3外務局が把握していない?」

「そっ、それにつきましては...いえ、その...」

 

答えられない。

答えられる筈がなかった。

どう見ても、日本との戦争を望んでいないと思われる皇帝に対して、まさか馬鹿正直に「日本とアルタラスに先に手を出させる為に、アルタラスが到底受け入れられる筈の無い“要求”をカイオスが行なっている交渉を無視して行なった」などと、答える訳にはいかなかった。

 

そんな事をすれば最後、間違いなく罷免されるし下手すれば反逆罪で投獄されるかもしれない。

そうなれば、アルデや陸軍派貴族達は間違いなくデミトラを切り捨てるだろう。

 

「もう良い。やはりお前では無くカイオスに尋ねるとしよう」

「で、ですがその、カイオス局長は、病気療養に......」

「ならば見舞いも兼ねればいいだろう」

 

不味い不味い不味い。

デミトラは必死に考えを巡らせる。

ルディアス帝が本気でカイオスの見舞いも兼ねて、話を聞きに行こうとするのであれば、当然カイオスの屋敷に先触れが出されるだろう。

そうなれば、彼が屋敷に帰っていない事も、急病で倒れたなどと言う連絡が無い事もバレてしまう。

屋敷の使用人を抱き込めているならまだしも、彼らはカイオスの信頼厚い者達だ、金だなんだで抱き込める様な相手では無いし、変に接触すればそこから計画が漏れかねないと、接触すらされていない。

 

どうすればいい?

 

ルディアス帝の先触れに先んじて使用人に手を回す?

 

いや、無理だ。

難しいからと今まで接触も無かった相手、城からの使いより先に屋敷につく事はできたとしても、僅かな時間しか得られないだろう。

となると、その僅かな時間で使用人を抱き込むなど不可能。

 

いや、味方につけるのが無理ならば脅すのはどうだ?

 

だめだそれも無理だ。

脅すとなればそれなりの“武力”が必要になる。

そのためには一度第3外務局に戻って、こちら側に付けた衛兵を連れて屋敷に向かわなければならない。

そんな事をしていればどうしたって、屋敷に着くのは先触れより後になってしまう。

 

城の衛兵を使えれば良かったのだが、彼等の中でこちら側に居るのはほんの僅かな数だけで、しかもその僅かな数の衛兵はアルデの側に居る。

アルデの下に行って衛兵を貸してくれるよう頼む事をしていれば、第3外務局に戻るのと対して変わらない時間が掛かる。

しかも、城の衛兵を連れ出したとなればたとえ間に合ったとしても、疑念の目を向けられるのは間違いない。

 

まてよ?

さっきルディアス帝は「アルデに聞いた」と言っていた。

実際に計画ではアルデがルディアス帝に、アルタラスとの開戦の許しを得ていた筈だ。

だがアルデからは計画進行の連絡が来ず自分が、正確にはカイオスが呼び出されている事と、ルディアス帝の態度から察するにアルタラスとの開戦は許されていない。

となると、アルデは陸軍司令と共に「計画の変更」を行う筈だ。

 

計画が変更されるとなると、想定されるのはルディアス帝の押し込め・暗殺・他の皇族を担いだクーデター。

兎も角、他国の影に怯えて文明圏外の蛮族の行動を許すルディアス帝に「皇帝の資格無し」と行動する可能性が極めて高い。

何せ、陸軍とこちら側に付いた海軍の艦隊は許しが得られる事を前提に()()()()()()()()()()()()()、最早後戻りは出来ない。

 

ならば、ならば先んじて行動に移すか?

自分がここでルディアス帝を......

 

 

深い思考に嵌り周囲への注意が疎かになっていたデミトラは、その瞬間まで謁見の間に新たな人物が入って来た事に気付け無かった。

 

「随分と考え込んでいるじゃないかデミトラ」

「は?」

 

肩に手を置かれ、話しかけられるその瞬間まで。

その声に、この場で今、聞くはずのない声に、デミトラの思考は一瞬にして現実に戻された。

 

「ば、ばかな......」

 

恐る恐る振り向いたその先には、第3外務局で軟禁されている筈のカイオスの姿があった。その背後にはエルトとリウスの姿まで見える。

 

「な、そんな!誰が裏切った!?」

「裏切ったのはお前だろう?私を陛下を、何よりもこの国を」

 

思わずと言った様子で声を荒げるデミトラに、カイオスは静かに語りかける。

 

「裏切っただと?私が?ちがう!!私は、私達は!!この国を正そうとしただけだ!!蛮族に迎合し!陛下のお心を惑わせる貴様ら奸臣を排するのだ!!」

 

そんなカイオスの態度が癪に触ったのか、立ち上がり一気に捲し立てるデミトラ。

 

「裏切ったのは私では無い!貴様らだ!貴様らが国を!臣民を裏切った!!そして、それは皇帝ルディアス!!貴方もだ!!」

「貴様ッ!!」

 

カイオス達だけでなく、ルディアス帝にも噛み付き、詰め寄ろうとするデミトラ。

咄嗟にカイオスとリウスによって押さえ付けられる。

それでもデミトラは口を閉じ無い。

 

「貴方が!貴方こそが裏切った!!誰よりも誇り高かった!!誰よりも苛烈だった!!そんな貴方の今の姿は何だ!!日本皇国など等いう文明圏外からやって来た聞いた事もない様な国に遠慮し!!その影に怯えて蛮族共の行動を赦そうとする!!

本来の貴方であれば!文明圏外国の台頭など等!許す筈が無かった!!愚かしい蛮族の愚かな行動を!赦す事など無かった!!

違うか皇帝ルディアス!!違うと言えるのかぁ!!」

 

デミトラの叫びが謁見の間に響いた。

 

 

 

「陛下はアルタラスとの開戦をお認めにならなかった、と?」

「ああそうだ、酷く日本軍を恐れ、アルタラスから攻めてはこないのだから捨て置けと」

 

アルデの言葉に、アルゴスは信じられないとばかり頭を振る。

 

「まさかそこまで()()()()おいでだったか......」

「その様だな」

 

2人揃って溜息を吐く。

日本皇国に迎合したカイオス達奸臣によって、ルディアス帝が誑かされた。

それが彼等にとっての真実だった。

 

彼等のルディアス帝に対する忠誠は確かに本物ではあった。

彼等はルディアス帝の即位によって引き立てられ、現在の地位についたのだから。

この10年で、「大国」でしか無かったパーパルディア皇国をさらに大きくして来た。

「大国」から「列強国」と呼ばれる国へと押し上げた。

ルディアス帝は間違いなく覇者であったから、若い皇帝に使われる事も苦では無かった。

 

だがいつからだろう?皇帝への忠誠だけで無く、「自身の利益」を求める気持ちが大きくなっていた。

ルディアス帝が「きちんと報告された事」を割とそのまま鵜呑みにする事をいい事に、征服地で行われている皇帝が許した事以上の行為にも、「利益」次第ではだまっている様になった。

 

そうして得られる富と、フィルアデス大陸で最強の「列強国」である自分達へと向けられる周囲の恐れと畏れを含んだ視線に、優越感を感じソレに酔う様になった。

 

自分達の利権と優越感を守る為にも、パーパルディア皇国と言う国は覇者であり続けなければならい。

それが彼等に共通した認識であった。

属領や属国の蛮族など、搾取の対象でしか無い。

蛮族同士の関係性に考慮し、その連携に()()()()()情報し、まるで()()()()()()()()扱うなどあってはならない。

だから到底、ここ最近の外務局の動きを認める事も受け入れる事も出来はしないし、それを許容しているルディアス帝にも不審の目を向けるのも仕方が無い事であった。

彼らにとってルディアス帝と言う人物は自分達と同じ様に、あるいは自分達以上に蛮族に対して容赦の無い人物の筈であった。

 

「陛下は、陛下は変わってしまわれた」

「それもこれも蛮族やミリシアルに迎合する愚か者共のせいだ!」

 

ルディアス帝にとって不幸だったのは、彼自身が優秀であり過ぎた事だろう。

正しい情報さえ掴めれば多角的に物事を見る事が出来、理想を掲げても現実を見る事が出来る彼は、無意識の内に他者にもそれが出来るのだと考えてしまっていた。

自分が見出し、実際に優秀であった者達ならば、自分と同じモノを見る事が出来同じ様に考える事が出来ると。

 

だが彼の指導によって得た「勝利」が、多くの者の目を曇らせた。

 

アルデ達だって、かつてはきっとその様に出来たのだろう。

しかし、度重なる勝利が、上を目指すのでは無く下を踏み付ける事に満足を得てしまった彼等は、いつの間にかルディアス帝と同じモノを見ている様で見ていなかった。

 

変わってしまったと言うのであれば、それはきっとアルデ達のほうだろう。

 

「まぁ、既に奴らは排した。流石に殺す事は()()出来ないが➖バタンッ!!➖なんだッ!?」

 

今はまだ出来ないが、いずれエルト達を殺してしまおうと言い掛けたアルデの言葉は、何者かが勢い良く扉を開けた音に遮られた。

怪訝な目を向けるアルデとアルゴス。

仮にも王城内の皇国軍総司令官の執務室、その奥にある私的スペースだ、許しもなく入って来れる者などそうはい無い。

転がり込む様に入ってくるとなれば尚更に。

 

「なんだ貴様!」

 

入り込んで来た者の姿、本来なら入ってくる事すら許され無い様な存在である衛兵に、アルゴスが声を荒げる。

 

「まあまて、アルゴス。見た事がある顔だ、確か謁見の間の守衛に紛れ込ませた者だ。なにがあった?」

 

その衛兵が自身が抱き込んだ物だ者だと気付いたアルデが問う。

 

「きっ緊急です!デミトラが謁見の間にて暴露し(はき)ました!謁見の間には第3外務局にて幽閉されている筈の各外務局長の姿も!!皇帝陛下は皇都防衛軍にお二人の身柄を拘束する様御命令なされました!!」

 

「「なっ!?」」

 

想定外の事態である。

デミトラが召喚された事は知っていたが、寧ろ彼がカイオスのやっている事を含め糾弾し、自分達の正当性をルディアス帝へと訴えてくれれば良いと思っていたのだが。

生憎と、アルデ達の期待に応えられるほど、デミトラは役者では無かったらしい。

 

「アルデ閣下!どうなさる!?」

「周囲に待機している者を集めろ!我々が抜け出す時間を稼ぐのだ!!」

 

アルゴスに問われたアルデは開いたままの扉の向こう、執務室に待機するこちら側の衛兵達に命令を下す。

報告に来た衛兵の言葉に驚愕の表情を浮かべていた彼等は、その命令を受け弾ける様に動き出した。

 

 

 

カイオス達の登場によって、感情を爆発させたかの様にルディアス帝に詰め寄ったデミトラは一転、慟哭しながら自分達がどれだけ国を皇帝を思い行動しようとしたかを語った。

アルデ達にとって余計な事に、何を行ったのか、計画の中心が誰であるのかもしっかりと。

 

ルディアス帝達自身、デミトラの訴えに感じ入る事が無いでも無かったが、ルディアス帝は赦す事なくカイオス達を()()()()()皇都防衛軍に対し、アルデ及びアルゴス以下エストシラントにいる計画派の拘束を命じた。

 

皇帝の命を受け、計画の芽を知っていながらも報告出来なかったら事を謝罪すべく、自ら皇城へとやって来ていたメイガはすぐ様動いた。

皇城内の衛兵全てを信用する事が出来なかった為、カイオス達の護衛と、最悪の場合を想定し皇帝の護衛の為連れて来た兵士に謁見の間の防備を固めさせると、念の為城門から入ってすぐの所に待機させていた部隊に、アルデ達皇城内にいる計画派の制圧を命令。

また、皇都防衛軍の基地に対して、エストシラントを遠巻きに包囲を命じた。

包囲を遠巻きとしたのはエストシラントの市民に、突然皇都防衛軍が皇都を包囲、しかも外向きで無く内向きに包囲するとあっては要らぬ不安感を与えてしまうと判断した為であったのだが、残念な事にこれは失策となってしまう。

 

 

「急げ!急げ!!」

 

皇城へと突入した皇都防衛軍部隊は順調にアルデの執務室へと向かっていた。

アルデ達が何処にいるか迷う事が無かったのは、皇帝が拘束を命じた瞬間に報告へと走った怪し過ぎる衛兵を「アルデ達の居場所がわかればありがたい」と、拘束させず追いかけてさせたからだ。

 

執務室まであと少し、ここまでは一切の妨害が無かった。

つまり相手は防御を固めたか、あるいはやけになって皇帝の命を狙いに行ったかなどちらか。

そう考えた部隊長は声を張り上げる、すると先頭を走っていた兵士が声を上げる。

 

「前方!バリケード!!ッ!?伏せろー!!」

 

➖パパパンッ➖

 

パーパルディア皇国軍の兵士であれば聴きなれたマスケットの発砲音。

 

「ぎゃっ!」

「ぐあッ」

「ガァッ!」

 

咄嗟に伏せられなかった何人かが凶弾に倒れる。

 

「くっ盾持ちは前にでろ!!」

 

部隊長の命令に、盾を持っていた為に少し遅れていた兵士達が前に出て壁を作る。

 

「撃ち返せ!!」

 

➖パパパンッ➖

 

命令一下、兵士達は起き上がり、膝立ちになって盾の隙間から発砲する。

 

「ぐっ」

「ぎゃァッ」

 

しっかりとしたバリケードが築かれている為に、被った被害と同等とは行かないものの、相手側にも被害を与える。

 

「これは完全な反乱だぞ!!メイガ閣下へご報告しろ!!」

 

後ろの方に居た兵士が片道を引き返し姿勢を低く走り出す。

 

➖パパパンッ➖

 

部隊長の声はバリケードの向こう側にも聞こえていたであろうに、衛兵達は変わらず撃ってくる。

元からそういう覚悟であったのか、それとも開き直っているのか。

 

「くそったれが!撃ち返せ撃ち返せ!!」

 

➖パパパンッ➖

 

バリケードは有るが、やはり練度の差であろうか。

どちらかとと言えば室内での近接戦に長けた衛兵は徐々に、マスケットを撃つ事を専門とする防衛軍に撃ち負けて行く。

衛兵が相手になる可能性が高いと、マスケットを装備した部隊で先行して正解であった。

暫くして反撃が無くなった。

 

「前進しろ、ゆっくりでいい」

 

盾持ちを先頭に、ゆっくりジリジリと近付いて行く。

バリケードの向こうから起き上がってくる気配は無い。

やがてバリケードまで辿り付き、一部をどかして内部に入り込むと、油断する事無く1発ずつ頭に叩き込む。

 

「制圧を確認」

「よし、続いて室内を制圧、皇軍総司令官閣下及び陸軍総司令官閣下を拘束する」

 

緊張した面持ちで扉へと近づく。

外にいた衛兵達が全てとは限らないのと、仮にも自分たちの遥か上の上官が相手である事が、若干彼等の動きを固くさせる。

 

盾を持った兵士2人を先頭に、その影からマスケットを構えて突入なら姿勢を取る。

最後尾の部隊長が準備が整った事を確認し、ハンマーを持った筋骨隆々な兵士に頷く。

 

➖バンッ➖

 

思いっきり叩きつけられたハンマー、鍵がかけられていたり、扉の前に何かが置かれている様な事は無かったらしく、勢い良く開く。

 

「行けっ!」

 

すかさず室内へと雪崩れ込む。

 

「動くなっ!」

 

声を張り上げるが、執務室にはアルデの姿もアルゴスの姿も無い。

 

「奥だ」

 

不自然に開いたままの私的スペースへと続く扉。

そこから中へと踏み込むと、そこにもアルデ達の姿は無く、代わりに年若いメイドが1人。

 

「ッまてっ」

 

怯えた様子のメイドが手にしたモノに気付いた誰かが声を上げる、彼女の手には一振りのナイフ、その切っ先は彼女自身の喉に向けられている。

 

「早まるなっ!」

 

部隊長が止めようと動くが、一歩遅く。

ナイフは彼女の喉へと突き刺さり、身体が崩れ落ちる。

 

「くっ衛生兵ッ!」

 

幸いにして、深くは刺さっていない様子だ。

おそらく覚悟を持ってやった訳ではなく強制されたのだろう、彼女の手つきに躊躇いがあったおかげだ。

メイドを駆け寄った衛生兵に任せ、部隊長は部屋の調査を命じる。

アルデ達の姿がない以上、ここからは既に逃げられている。

この執務室は角部屋で有る為、バリケードの向こう側から逃げたと言うのは考え難く、となるとこの部屋の何処かに隠し通路の類がある筈だが......

 

 

 

 

結果的に、あの後アルデ達が皇城内で発見される事は無かった。

 

既に皇城からは逃げ出したものとして、皇帝の許しを得て慌てて包囲を縮めた皇都防衛軍や、あちら側に付かなかった衛兵を使ってエストシラント中を捜索したが、それでも彼等を発見拘束する事は叶わなかった。

 

 

翌日、皇帝の命令として全陸軍に対し国内での捜索命令が出される事となったのだが、その命令が発せられるその直前。

皇国全土に対する広域通信が行われた。

 

発信源は聖都パールネウス

 

発信者はパーパルディア皇国租領王シルディウス

 

発信内容はルディアス帝の政策の否定と

ルディアス帝を排し自身が皇帝となるという宣言

 

かくして列強国が一角

パーパルディア皇国を二分する内戦が始まった。

 

*1
日本皇国としては属領・属国含めパーパルディア皇国として認識している。故に、それに手を出すのは内政干渉であるという判断を下した。



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対岸の火事か、それとも......

「パーパルディア皇国にて内戦勃発」

と言う一報に、

日本皇国政府と国防総軍は我が耳を疑い。

アルタラス王国王ターラ14世はポカンとした表情で聞き返し。

リーム王国は千載一遇のチャンスに湧いた。

 

 

日本皇国としては既にパーパルディア皇国の市場に参入出来ているならまだしも、漸くその兆しが見えて来た程度の段階である為、周辺各国へと飛び火さえしなければ然程問題なかった。

懸念事項としては西海岸で陸軍部隊を乗船させていた艦隊だが、コレがアルタラスを侵略する為の戦力なのか、海側からエストシラントを強襲する為の戦力なのか、今一判断がつかない事が挙げられる。

 

内戦を起こす前に外に敵を作るような真似をするとは考えられず、状況的にコレは元々アルタラスへと侵攻する為の戦力であったと考えられるが、内乱へと至った現状においてそのままアルタラスへと派遣される可能性は()()()()()()()無い筈だ。

とは言え宇宙から俯瞰的に見下ろしているだけなので、そもそも内乱自体どの様に別れているのか判らないし、この戦力がどちらに付いているのかも現状判らない。

一応、一連の事態に合わせて「邦人保護」を名目にアルタラスへと海軍一個戦隊(巡航艦1隻と駆逐艦4隻)が派遣されている為、最悪の場合でもアルタラス王国海軍の航空艦と航空戦列艦と合わせれば、問題無く対処出来ると判断され、監視を継続というところに収まった。

 

結局パーパルディアの内戦に対応して、日本政府が指示したのは外交官の速やかな帰国で、国防総軍が新たに指示したのがグラメウス大陸に居るパーパルディア部隊の監視だけであった。

まぁ帰国を指示した外交官からの報告で内戦の構造を知ると「現政権(皇帝派)に倒れられると困る」と、なんとか皇帝派を援護する口実作りに頭を悩ませる事になるのだが。

 

 

日本皇国が提供してくれる情報から、パーパルディアは攻めて来る気満々だと確信していたターラ王は内戦勃発の報告に、一瞬理解が追いつかなかった。

それはそうだろう、パーパルディアは明らかにアルタラスに喧嘩を売ってきたし、アルタラス進攻部隊と思わしき戦力の移動も確認されている。

迎え撃つ為、戦力を集結して待ち構えていたのだが、まさかのコチラを放置しての内戦だ、ターラ王がポカンとしてしまうのも仕方が無いだろう。

とは言え、パーパルディアの脅威が完全に去ったと言う訳では無いのがもどかしい。

日本はアルタラス進攻部隊と思われる陸軍部隊は乗船した船から降りておらず、艦隊自体今にも出港しそうな姿勢を見せていると言ってきている。

日本軍はこの戦力が皇帝派か反乱側かの判断は付けられないが、内戦が起こっている現在の状況において、どちら側の戦力であったとしてもアルタラスへと侵攻してくる事は、まずあり得ないだろうと判断している様であるが......どうにも嫌な予感がしてならない。

 

ターラ王の懸念は続けて齎された情報にあった「陸軍は皇都防衛軍を除き反乱側にある模様」と言う情報を見て、さらに強くなる。

反乱側の陸軍戦力を乗せたままの海軍艦隊が、皇帝派にあるとは考え難く、この艦隊が陸軍の排斥に動いたり、同じく西部海岸に居る他の艦隊が陸軍を乗せた艦隊を放置している以上、西部3個艦隊は全て反乱側にあると考えるべきだ。

今の所東部の2個艦隊は動きを見せていないとの事だが、最悪皇帝派にはエストシラントの3個艦隊だけしか付いていない可能性もある。

 

そうすると、戦力的に見て皇帝派はジリ貧で、反乱側は余裕がある事になる。

皇都防衛軍と皇都3個艦隊はおそらく装備・練度共に他の部隊よりも高い筈であるが、それでも多勢に無勢である。

それに反乱側は皇都の艦隊を無視しても何ら問題無いのだ。

陸上戦力で圧倒している以上、エストシラントを含む皇帝派をジリジリと締め上げていけば良く、態々海軍を動かす必要も無い。

皇都の艦隊が西部あるいは東部の艦隊を討伐に動くかもしれないが、幾ら最新の装備が優先されている皇都艦隊であっても、1個艦隊ないし2個艦隊で同数や上回る数の艦隊を相手に、無傷で勝利出来る筈もなく。

確実な勝利を求めるならば全力出撃しかないが、そうすると討伐対象にならなかった方の艦隊が、エストシラントに陸軍兵士を満載して押し寄せるだろう。

そうなってしまえば最早、皇都防衛軍だけで守り切れる筈もなくあっという間にエストシラントは陥落するだろう。

となると、皇帝派は容易に艦隊を動かす訳にはいかなくなり、結果として反乱側の艦隊は自由に成る。

 

ならばその自由になった艦隊と、余裕のある陸軍戦力でもって、アルタラスへ進攻して来る可能性が全く無いと言い切れないのが、パーパルディア皇国人と言う人種だ。

何せ連中は「アルタラス王国なぞ片手間で制圧出来る」とか本気で考えているだろうし、既にアルタラス攻めをするのだと考えているであろう準備済みの兵士達は「同国人同士で殺し合うよりは文明圏外国で好き勝手やりたい」と考える可能性が非常に高い。

 

そう考えるといよいよもって、アルタラス侵攻が後回しにされる可能性は限りなく低いとターラ王は確信する。

故にアルタラス王国軍へはパーパルディアが内戦に入ったとしても気を緩める事なく厳戒態勢を維持する様にと指示が出された。

 

 

パーパルディア皇国の内戦に、頭を抱えたのが日本皇国とアルタラス王国であったとすれば、歓喜したのがリーム王国であった。

リーム王国はパーパルディア皇国の北東部に位置する文明国で、フィルアデス大陸の第三文明圏内序列では、パーパルディアとその属国パンドーラ大魔法公国に次ぐ2位の地位にいる。

軍需産業に力を入れており、第三文明圏及びその周辺国家の中では列強であるパーパルディアを除けば最強クラスと言える国家で有るのだが、そのすぐ南にパーパルディア皇国が存在する事によって、その拡大を阻まれてきた歴史がある。

 

また、文明圏と圏外の境に位置する事から、常日頃から南のパーパルディアに劣等感を感じ、北のマオ王国に対して優越感を感じる事で心のバランスを保っている国民性な国なのだが、野心と言うものに事欠かない国でもある。

領土拡張の機会を虎視眈眈と狙っており、パーパルディア皇国での内戦というニュースは正に千載一遇のチャンスと言えた。

 

パーパルディア中に張り巡らせた諜報網から、陸軍は皇都防衛軍を除いて反乱側にあり、そちらには戦力的余裕もある事は分かっているが、それでも「内戦」だ。

一つの国の中で同国人同士が殺し合うのだ、減るのはパーパルディアの兵士だけ、強敵が自分達で勝手に戦力を減らしてくれるのだからありがたい事この上ない。

「パーパルディアの全土を制圧」などと言うのは流石に夢を見過ぎだが、直接接する属領とあわよくば皇国の工業都市であるデュロを落とす事ができれば、パーパルディアの技術とその生産設備をそっくりそのまま手に入れる事が出来る。

 

問題はそのデュロにある皇国陸軍三大基地だ。

日本皇国との交易で手に入れた新兵器があれば、装備で本国軍に劣る属領統治軍を退ける事は程難しく無いと考えられるが、デュロにいるのは正真正銘の皇国軍で、しかも相手は基地と言う名の要塞の中に居る。

仮に日本製の武器を使用したとして、容易に落とせる様な相手では無い。

そしてこの基地の部隊はリーム軍がデュロにまで到達する前に、或いはリーム軍が南下を始めパーパルディア皇国領内に足を踏み入れた時点で、迎撃の為北上して来る可能性が高い。

双方ともに総力を上げた内戦ならば兎も角、反乱側は皇帝派に対して戦力的に優位で余裕があるのだから。

 

そこで、属領を一つ落とし防備を固めてデュロの部隊がどう動くか様子を見よう、という方向で話が纏まろうとした。

 

したのだが

 

デュロの間諜からデュロを泊地とする皇国海軍第7艦隊と、陸軍に大々的にでは無いものの動きが見られるとの報告が入った。

最初はエストシラント攻略の為の動きだと考えられたのだが、報告には兵士達がしきりに「日本」と口にしているとあった。

 

何をもってしてパーパルディアの内戦に日本皇国が関わってくるのか、ハッキリ言って全く判らなかったのだが、リーム王国はコレを天啓と捉えた。

パーパルディアは一度日本に邪魔をされる形でフェン王国への懲罰行動を失敗している。

アレを行ったのは第3外務局隷下の国家監察軍であったが、列強国の威信が傷付けられた、というのは確かな事だ。

あの事件がきっかけで、多くの国がパーパルディアにそっぽを向き日本へと近付いた。

 

だが、今日に至るまで監察軍の指揮官である第3外務局長も皇帝も、日本への報復行動には出なかった。

フェンで何が起こったのか、よく分かっていないのならば未だしも、しっかりと把握していたにも関わらずだ。

それが日本皇国に対して肯定的な、あるいは融和的な外務局への、ひいては外務局の行動を許す皇帝への不満となって内戦へと発展した。

 

因みにリーム王国人は、結果的に軍のほぼ全てに叛逆された皇帝ルディアスを「ざあまみやがれ」と笑った。

 

と、それは兎も角。

人と言うのは余裕があると、いらない欲が出てくるものである。

陸軍のほぼ全てに、海軍の半数以上を掌握した反乱派はだからこそ欲を出したのかもしれない。

あるいは日本側に話の通じる外務局に助力しようと言う動きがあるかもしれないと、冷静に判断しての戦略的な行動なのかもしれないが。

 

どちらにせよ反乱派が直接か()()()()()()「フェン王国への懲罰」を行うという形でかは分からないが、日本に対して何らかの牽制を行おうとしているのは、間違い無いと見ていいだろう。

日本とフェンの関係性が必ずしも良いものではないというのはリームも掴んでおり、フェンへの侵攻があった場合日本が動くと言い切れない所もあったのだが、「一度は救った国を見捨てた」と取られるのを日本が嫌がれば動く可能性は侵攻を防ぐにしろ、侵攻後にしろ十分に有り得る。

 

また、反乱派の牙が直接日本、あるいは()()()()()()()*1であるロデニウス大陸へと向けられたとなれば、報復にデュロの基地を焼き払う位はやってくれるかも知れない。

そうでなくとも直接動いた艦隊と、輸送船に乗船しているであろう陸軍兵士の行き先はあの世へと強制変更されるだろう。

 

そうなればデュロを落とす際の最大の障害が消える事になる。

 

そう考えたリーム王国は、最終的に戦争の準備をしつつ動きを見せるデュロの部隊の動向を注視しつつ、属国と属領の地下組織を煽り、日本に対する動きが本当にあった場合には日本に働きかけ、障害を排除してもらう様持って行くと言う方針を固めた。

 

 

 

 

 

パーパルディア皇国で内戦が勃発して数日。

グラメウス大陸の要塞【ポラリス】にて日本皇国及び神聖ミリシアル帝国の将官級による会食が行われた。

日本皇国派遣軍司令官の野坂中将はその場で、非公式かつミリシアルの指揮官チョーク少将の私的な発言として

 

「ミリシアルは日本がパーパルディアの内戦に介入したとして、コレを非難する事はない」

 

と告げられたと本国へと報告している。

 

 

 

*1
リーム王国の主観、というか側から見ると少なくともロウリア王国は日本の属国に見える




何やら飛び火してきそうな日本とアルタラス。
新しい薪をくべる気満々のリーム。


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アルタラス島沖大海戦・1

アルタラス島沖大海戦

 

「これはパーパルディア皇国の誇りを賭けた闘いである」

 

これはアルタラス島沖大海戦前にパーパルディア皇国海軍司令バルス将軍が、皇国海軍第1・第2・第3艦隊の将兵へ向けて行った演説の一部である。

 

パーパルディア皇国の内戦中、戦力に余裕のあった反乱派がかねてより立てていた計画通りにアルタラス王国へと侵攻した事によって、パーパルディア皇国海軍の内、皇帝派であった第1から第3艦隊と反乱派の第4・第5艦隊の間で始まり、最終的にアルタラス王国海軍及び日本皇国海軍の一部戦力が入り乱れて戦った海戦がアルタラス島沖大海戦である。

 

この海戦が、始まりはあくまでもパーパルディア皇国の内戦でしか無かった戦争を、他国が直接関わる第三文明圏全体に影響を与える戦争へと変わったきっかけであった。

 

 

 

パーパルディア皇国がまだパールネウス共和国と言う国であった頃、議事堂として使用されていたパールネウス宮殿。

パールネウスがパーパルディアとなった時に、一度取り壊そうという動きもあったが、腐敗した共和制を叩き潰して強い国パーパルディア皇国を作り上げた偉大なる国父たる初代皇帝が演説を行った場所として、聖地として残される事となり、現在では聖都パールネウスを治める租領王が政務を行う場所となっている。

 

 

ー因みに、今となっては歴史家程度しか覚えていない事だが「パールネウス宮殿」と言うのはパールネウス共和国時代から続く呼称で、元々はパールネウスの地で共和制が生まれる前にあった王国の王宮だった頃の名称だけが残っているー

 

 

そのパールネウス宮殿の中庭で立食パーティーが開かれていた。

主催者は続々とこの地にやって来た陸軍系貴族や、属領統治機構の幹部達から立て続けに挨拶を受けている40代位の男性。

名をシルディウスと言いパールネウス租領王の地位にあり、前皇帝の弟で現皇帝ルディアスの叔父にあたる人物だ。

そして、

 

「感謝するぞアルデ、アルゴス。卿らのおかげで()はこの窮屈なパールネウスから出る事ができる」

「我ら一同シルディウス()()へ忠誠を誓います」

「陛下のお力でどうか偉大なる皇国をあるべき姿へと」

「うむ」

 

現皇帝ルディアスへと反旗を翻したアルデとアルゴスをはじめとする陸軍系貴族達が担ぎ上げた人物である。

シルディウスは「租領王」と言う位こそ持つが、ルディアス帝に忠実な家臣と言う訳では無かった。

前皇帝が崩御した時、当時皇太子であったルディアスは未だ20歳前の若者であった。

その為シルディウスは「若い甥を補佐する」という名目の下、実質的にパーパルディア皇国の実権を握ろうとした。

シルディウスにとって誤算であったのは「若僧」と侮っていたルディアスが、予想外に優秀であった事だった。

なんとか後見人という立場こそ得たものの、ルディアス帝は即位して間もなくシルディウスが干渉する暇もなく皇国を掌握、「父を亡くして直ぐの自分の為尽くしてくれた叔父に感謝を示す」としてこれまで空席であった「パールネウス租領王」の地位を贈り、「父と共に私の統治を見守って欲しい」とパールネウスに封じた。

 

これはシルディウスの野望を察したルディアス帝による策謀であり、それを察したシルディウスは当然反論しようとしたが、幾ら皇帝の叔父とは言え何の実行権力も持たない身で、絶対者である皇帝の命令、それも側から見れば美談と取られるような仕置きに反論出来る筈もなく、渋々とパールネウスへと移った。

 

それから10年。

彼は甥の「父と共に見守って欲しい」という言葉のまま、ルディアス帝の統治を黙って見てきた。

だが、「10年で大きく版図を広げた賢帝」と称されるルディアス帝を彼だけは認めていなかった。

「皇国の足元にも及ばない蛮族を踏み潰す程度の事は誰にでも出来る」というのが彼の自論であった。

 

とは言え彼に「ルディアスを引き摺り下ろして自身が皇帝になる」という考えがあった訳では無い。

自分がどう思おうと、実績があり支持されているのはルディアス帝だ。なんの実績も無い自分が甥を排して皇帝になるなど、不可能であると分かっていた、ほんの少し前までは。

 

盤石と思われたルディアス帝の統治に影がさしたのだ。

しかも皇帝は自ら多くの者の支持を失う様な真似をした。

 

とは言え、普通であればそこでシルディウスが動く事など出来無いのだが、「()()に操られたルディアス帝が武力を持って()()を排除しようとした」事で、辛くも逃げ出した「パーパルディア皇国の信の中心」たるアルデ達がパールネウスにやって来た事によって、状況はガラリと変わった。

陸軍のほぼ全てと海軍の半分以上が手元に転がり込んで来たのだ。

 

シルディウスは早速アルデ達に接触し、担ぎ上げる人物を必要としていたアルデ達も、シルディウスの誘いになる事となり、ここに「真なるパーパルディア」を称する皇国軍のほぼ全てを掌握した反乱軍が誕生する事になった。

 

「して、アルデよこの後はどう動くのだ?」

 

既にパーパルディア全土に対して「現皇帝ルディアスに皇帝たる資格無し」という旨の演説と、「真なるパーパルディア」である自分達が現在エストシラントを占拠している偽帝と皇国の奸臣を排除するという宣言を行い、陸軍の大半の戦力がエストシラント包囲に向けて動いている。

が、軍事の専門家では無いシルディウスにはこれらをどう動かすのかを想像も出来ていなかった。

問いかけにアルデが答える。

 

「はい、先ずはエストシラントを完全に丸裸に致します。エストシラントの完全包囲の為には皇都防衛軍と海軍第1から第3までの艦隊を排除する必要があります」

「排除するのか?いや、しかし......」

「陛下のご懸念も最もであります。皇都防衛軍と3艦隊がルディアス側に付いたとは言え、それを決めたのは奸臣たる指揮官達であって、将兵達にはなんの罪もありません。ですから、皇都防衛軍については大軍を持って引きつけます。どの道エストシラントに全軍が入る事は出来ませんから」

「うむ、身動きを取れない様にすれば彼等とて容易には動けないと言うことか。或いはメイガの首を持って恭順してくるやも知れんな」

「は、仰る通りに御座います」

「流石は陛下、御慧眼お見事に御座います」

 

シルディウスは軍事の専門家に褒められた事で嬉しそうに何度か頷くと、続きを促す。

 

「続いては海軍ですが、此方に関しましては釣り出しを行います」

「釣り出しとな?」

「はい、ルディアスや外務局の局長派はどうもアルタラス王国が大事で仕方がない様子ですので、奴等を餌にエストシラントからの釣り出しを行うのです」

 

より正確に言えばアルタラス王国が大事と言うよりは、その背後にいる日本皇国との関係が大事であるのだが、今はどちらでも良かった。

要するにアルタラス王国が餌として使える事が重要なのだ。

 

「現在すでに第4艦隊と第5艦隊が、陸軍部隊を乗せ出港を始めています。その事は直ぐにでもエストシラントにも伝わるでしょう、目的地も合わせて。そうすればアルタラスが大事なルディアス派はコレを静観する事は出来ません」

 

得意げに語るアルデ。

だが、彼の考えは完璧とは言えなかった。

それは日本皇国の事を意図的にか、あるいは無意識にか除外していたからだ。

状況が常に自分達にとって良い方に動いてくれるとは限らない。

そもそもこうして反乱を起こしてパールネウスでシルディウスを担ぎ上げている状況自体、自分達の描いたシナリオ通りに事が進まなかった為である事をアルデ達は忘れていた。

 

確かにルディアス派にとって、現状においてアルタラス王国に手を出されるのは静観し難い事では有るのだが。

そうなったらそうなったで、逆に都合が良いとも言えた。

言わずもがな「アルタラス王国が直接的に手を出す前に、反乱勢力とは言えパーパルディア皇国の方から手を出せば、日本皇国が出張ってくる」為である。

 

アルタラスを攻めたのは反乱派で自分達では無いとしっかりアピールできれば、日本の牙はアルタラスへ進軍する艦隊のみに向けられる、かもしれない。

そうなれば労せず敵の戦力を削る事ができる訳だ。

場合によっては日本軍が“根元”を叩く為に動く可能性もある。

そうして叩かれるであろう戦力が同じ国の民であったとしても、極論的に「パーパルディア皇国」という国の滅びを回避する為にも、呑み込まなければならなかった。

だが、アルデ達にはその発想は無かった。

 

「エストシラントを母港とする第1から第3艦隊そのいずれか、おそらくアルタラス侵攻軍と同数が出張ってくるでしょう」

「素人意見なのだが、確実に止めようと思えば同数では難しいのではないかな?」

「は、おっしゃる通りではあります。が、かと言って奴らはエストシラントを空にするわけにも行きますまい。そんな事をすれば東方艦隊がエストシラントを強襲する事位は想像出来るでしょう。最も、そうなれば此方としては楽ですので、有難い話ではありますが」

「成る程な。アルタラス侵攻軍を止めに来た艦隊にも降伏勧告は行うのか?」

「無論です。指揮官クラスは赦す訳にはいきませんが、水兵達は従っているだけです」

「仮にだ、下って来なかった時は?」

「致し方ありませんな」

 

そう言ってアルデは悲しそうに頭を振る、無論本気で悲しんでなどいないが。

 

 

 

パーパルディア皇国 皇都エストシラント

 

「第3艦隊より順次出港始まりました!」

 

エストシラント湾内、竜母ヴェロニアの艦橋で通信兵がパーパルディア皇国海軍司令長官バルスにそう報告する。

 

「うむ。第1艦隊と第2艦隊はどうか?」

「は、何方も既に出港準備は完了。第3艦隊の次に第2艦隊が、その後に第1艦隊が出港します」

「全艦に再度通告せよ列強国の海軍たる練度をしかと見せつけよと」

「はっ!」

 

通信兵が下がるとバルスは湾内を動く艦隊に向けられていた視線を()()()へと向けた。

そこには出港の補助をする為竜母から飛び立ったワイバーンロードと、そして圧倒的な存在感を誇る巨大な軍艦が浮かんでいた。

 

日本皇国海軍戦闘艇母艦【瑞鶴】

 

他にも日本皇国海軍の艦艇は居るが、やはりあの船が1番目立つ。

近年開発されたワイバーンオーバーロードの伸びた滑走距離を補う為、従来の竜母の延長では無く、竜骨から新設計された結果木造船の限界点と言われた巨大竜母ミールよりも更に巨大な、130mというサイズにまで至ったこのヴェロニアよりも、目測だが三倍位はデカいのではないかと思えるその巨体。

しかもよりにもよってあの船は竜母と同じく航空戦力を運用する艦種であると言う。

 

強力な航空戦力による制空線の確保こそ、海戦において重要であると理解しているパーパルディア皇国海軍軍人にとって、日本海軍の力をまざまざと見せつけられた様な気分だ。

 

 

そもそも何故、日本海軍がエストシラントにいるのか?

それは2日前の事であった。

突然第1外務局を訪れた日本の外交官から、日本海軍がエストシラントへ入港する事の許可を求められた。

来航の理由は「パーパルディア皇国にいる外交官の安全確保」であった。

内戦勃発によって外交官を国外退去させる為の迎えが来るのだと思ったエルトは、忙しさもあってキチンと話を聞く事も無く許可を出した。

そして今朝方来航した“艦隊”を見て卒倒した。

 

何せ、せいぜい軍艦が1隻来るくらいだろうと考えていた所に、アホみたいにデカい航空戦力の母艦を始め、一番小さい船ですらヴェロニアとそう変わらない艦隊がやって来たのだ、疲労も合わさって倒れてしまうのも無理なかった。

 

倒れたエルトの代わりに慌ててカイオスが問い合わせると、帰って来た返事は

 

「内戦こそ起こったが、現状エストシラントが直接的に脅威に晒されている訳では無く、外交官は引き続き国交開設の為の交渉を行う為、貴国への残留が決まった。が、それでもやはり貴国は内戦下にある為に、我が国の大事な国民である外交官を守るために()()()()()()()()を派遣させて頂いた」

 

と言うものであった。

しかもそう伝えてきた外交官は「許可は取ったぞ」とでも言いたげな雰囲気だった。

はっきり言って、表面だけ読み取れば「何言ってんだ?コイツ」となるが、カイオスはその裏に隠されたメッセージに気付いた。

つまり日本皇国は反乱派が勝利して、パーパルディアの実権を完全に握る事を歓迎しないと言う事だ。

 

確かに、アルデが率いる反乱派は日本皇国の事を決して好意的に受け入れる事は無いだろう。

それどころか、多分率先して殴りかかるに違いない。

国を完全に制していない現在ですら、既に日本の同盟国であるアルタラスへと侵攻軍を差し向けようとしているのだから。

 

そして戦力分析で日本は皇帝派が反乱派に敗れると判断した。

日本からしても、新たに皇国を動かす事になる元反乱派とは絶対にそりは合わないし、そうなるとおそらく“戦争”の必要があるとも判断したのだろう。

戦争そのものを嫌ったのか、あるいは()()に日本に対して恨みしか無い様なパーパルディアと付き合うのを嫌ったのかはわからないが、少なくとも日本は皇帝派に肩入れする事を決めたのだと、カイオスはそう判断した。

 

本気で外交官の安全確保の為だけであれば多分駆逐艦とか言う船が1隻でもあれば問題はない筈だ、というかさっさと国外退去すれば良い筈だ。

それがやって来たのは竜母艦隊と同じ様な、それでいて圧倒的に強力だとわかる艦隊で、外交官が国外退去する様子も見られない。

しかもその艦隊の司令部が到着早々「外交官の安全確保の為に自衛を行う様な事が起こった際に()()()()()()()()()()()ので、エストシラントを守るワイバーンの[魔力]を観測、登録させて欲しい」や「戦闘艇のパイロット達が友好の証に、竜騎士達に贈り物をしたいと言っている」などと言い出さないだろうし。

外交官も外交官で、「エストシラントへと反乱軍が取り付いた場合、我々の安全確保の為()()が部隊を展開させる事の許可を頂きたい。尚その際には、エストシラントへの被害を出さない為にエストシラントの()()()()へと部隊を展開させたいと陸軍は考えています」なんて事を言う事も無いだろう。

 

「誤射があってはいけない」と言う以上、皇都を守るワイバーンが残っている時点で自衛(戦闘)を行うつもりであろうし。

戦闘艇なるムーの飛行機械やミリシアルの天の浮舟の様な航空兵器のパイロットが、竜騎士に贈りたいと言っているものはどうもワイバーンに装備する目立ちやすいスカーフの様なものらしく。

それは明らかに「敵味方の判別をし易くする為のものでは無いか」と言うのが、皇都防衛軍のメイガ司令の考えだ。

外交官の言う陸軍に関しても、エストシラント内部で外交官の泊まるホテルを守るのでは無く、エストシラントの外で反乱軍を迎え撃つと言うのは、明らかに「外交官の安全確保」と言うものを超えた行為だ。

 

 

カイオスは直ぐ様自身の考えと共に、日本の要求をルディアス帝へと伝えた。

考え様によっては「日本皇国に守ってもらう」様な形になり得る事であったが、反乱派が勝利して日本に正面から敵対した結果、悉くが焼き払われてパーパルディア皇国と言う国が無くなるよりはよっぽど良い。

 

カイオスの奏上に、ルディアス帝はひととき瞑目すると一言。

 

「委細まかせる」

 

とだけ告げた。

葛藤があった事は間違いが、カイオスが言うことももっともであるし、何より今は列強のプライドだどうのと言っていて良い状況でも無い。

 

ルディアス帝の下知が下ると直ぐ、エストシラント防衛の要たる皇都防衛軍と皇国海軍総司令部の間で会議が行われた。

内容は「日本軍がエストシラントにいる事を前提とした上でどの様に動くか」で、問題点としてはエストシラントに向かって集結しつつ南下する反乱陸軍と、既に陸軍部隊を乗せて出港した海軍第4第5艦隊、その何方を優先するかが話し合われた。

 

元々アルタラス王国へと向かう第4第5艦隊に関しては、これに対処しようとするとエストシラント港の守りは極端に弱くなり、残る3個艦隊の襲来が有れば間違い無く落ちるであろう為に、どうする事も無く捨ておこうと言う意見があった。

が日本軍がいるとなると話が変わってくる。

「外交官の安全確保の為に」などと言う理由を掲げている以上、陸からの戦力のみならず海からの戦力に関しても排除する方向で動くだろう。とすると、2個艦隊で動いていて更に海戦ではお荷物である輸送船を連れているアルタラス侵攻軍を確実に止めるのに、第1第2第3艦隊の全てを出撃させる事も可能となる。

 

海軍参謀マータルのこの意見には当然反論が上がった。

 

「それこそエストシラントの守りを日本に完全に委ねる事になる。そもそも日本の事をどこまで信用できるのか?」

あるいは

「アルタラスの防衛は放っておいても、アルタラス王国軍と日本軍がやるのではないか?」

と。

実際の話、パーパルディア皇国と日本皇国とは現状「軍事同盟」は愚か、陸軍派貴族達の横槍のせいで「まともな国交」すら結べていない状況である。

そんな状況下で、いかに緊急事態であるとは言え日本の事をどれ程信じて良いのかはわからない。

 

それらの意見にマータルも反論する事は無く、会議はアルタラス侵攻軍に関しては日本に対し情報を渡すだけで、直接皇国海軍を動かす事はしない、と言う形で纏まりかけたのだが。

 

「日本が態々あれほどの戦力をエストシラントに送り込んで来たのは、アルタラスに向かう反乱軍に関して我々が対処できる様にする為ではありませんか?」

 

第3艦隊の提督アルカオンが感情を押し殺した声でそう言った。

静まりかえった室内を見回し彼は続ける。

 

「暗に日本は『どの様な形であれアルタラス侵攻の引き金を引いたのはそちらなのだから責任を取れ』といっているのでは?」

 

 

会議は続けられた、

結果

「パーパルディア皇国海軍は皇国の誇りを守る為、全力を持ってアルタラス王国を侵略せんとする者を排除する」

事を決議。

その為の戦力として海軍第1第2第3艦隊が出撃する事となった。

 

 

 

 

 

 




日本皇国海軍機動艦隊
私達は我が国の(おい、お前らの)外交官を守る為に来ました(責任だろうがよ)あ、敵が被害をもたらす前に(敵がエストシラントに来たら)対処しますので(潰してやるから)場合によっては一緒に戦いましょうね(さっさと対処しろや)(ニコニコ)((ピキピキ))


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アルタラス島沖大海戦・2

中央暦1639年11月25日

 

〈〈ミール3番騎より航空司令部!第4艦隊と思われる艦隊を発見した!!現在相手側の竜騎士と交戦中!!尚輸送船は見られない!〉〉

〈〈航空司令部よりミール3番よくやった!貴官の現在位置は?〉〉

〈〈位置は南せぇッー---〉〉

〈〈ミール3番?応答せよミール3番!竜騎士カーロ!!応答されたし!!応答しろ!カーロ!!〉〉

 

 

パーパルディア皇国海軍第3艦隊旗艦【ディオス】

 

「報告します!ミール所属の竜騎士カーロが第4艦隊との接触を報告。位置報告中に魔信が途絶、撃墜されたものと思われます」

「竜騎士カーロに感謝しよう。彼のおかげで相手より速く、それもアルタラス王国の領海に近付き過ぎる前に発見できた」

「はい。彼は何方の方向へ偵察に向かっていた?」

「はっ南西方向です、報告の時間から考えておそらく彼我の距離は200km程かと思われます」

「距離から言って初戦はやはりワイバーンによる航空戦となります」

 

参謀の言葉に第3艦隊司令アルカオンは一つ頷くと指示を出す。

 

「第1艦隊のバルス長官へと第4艦隊発見を報告!輸送船は未発見なれば第5艦隊は後方に居るものと思われる旨合わせて報告せよ。竜母艦隊各艦に伝達!直ちに竜騎士隊を発艦させよ!敵がこちらの位置を完全に掴む前に先手を取る!!」

 

アルカオンの命令一下第3艦隊各艦、特にワイバーンを載せた竜母が慌ただしく動き出す。

航行の為には絶対に必要ながら、ワイバーンの発艦の邪魔になる帆が畳まれ、飼育員に手綱を引かれて甲板に上がって来たワイバーンロードに竜騎士達が乗り込んで行く。

 

「回せー」

 

甲板要員によって甲板に埋め込まれた魔石を利用した魔法陣に魔力が流され、甲板上に自然のものでは無い風が吹き始める。

この風が、性能の向上によって要求される滑走距離が伸びたワイバーンロードが、如何しても十分な滑走距離を得る事の出来ない竜母から発艦する為の補助となる。

 

「発艦はじめー!」

 

指示員の声を受けワイバーンロードが次々に飛び立って行く。

普段であれば相手がどんな存在であれ、敵を屠らんと飛び立つ竜騎士の背中には竜母乗組員達から声援が送られるのだが。

 

「・・・・・・」

 

誰もが無言の敬礼で見送った。

その光景を見たアルカオンは隣に立つ参謀へと語りかけた。

 

「辛いものだな、彼等には真っ先に仲間だった者と戦って......いや取り繕っても仕方あるまい。彼等は我々の誰よりも速く、かつての仲間と殺し合うことになる」

「はい、彼等には辛い思いをさせます。ならば我らだけでも彼等を誇りに思ってやらねばなりません」

「うん、君のいう通りだな」

 

空を見上げれば艦隊上空を旋回しながら編隊を組んでいた竜騎士隊が、南西の空へと向かっていった。

 

 

 

〈〈間もなく中間地点!!〉〉

〈〈相手側も既に竜騎士隊が上がってきている可能性が高い!各位十分に警戒せよ!〉〉

〈〈はっ!!〉〉

 

第3艦隊から発艦した竜騎士隊は各竜母毎に編隊を組みながら、()()()発見の報告があった方角へと向かっていた。

飛び立って既に数分が経過している、相手の第4艦隊も間違い無くこちらを抑える為に竜騎士隊を繰り出しているだろう。

ワイバーンロードの手綱を握る手に力が入る。

 

その時、竜騎士達が装備する通信魔導具が広域での魔信を受信した。

 

〈〈この通信を聞く全ての者へ告げる。私はパーパルディア皇国海軍総司令官バルス・メルクル・アードナーである。我が皇国海軍の精鋭たる皇都艦隊の将兵諸君の中には、『何故自分達がエストシラントの防衛を放り出して、文明圏外国であるアルタラス王国を守る為に戦わなければならないのか?』そう考える者もいるであろう。

 

諸君のその疑問に今答えよう。

 

何故、我々がアルタラスを侵略せんとする者を討伐するのか?それはこの戦いが決して()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!

 

この戦いの原因は、そしてひいては我々が今対面している“内戦”と言う皇国始まって以来の未曾有の事態の始まりこそ、アルタラス王国にあるのである。

ルディアス皇帝陛下はアルタラスに対して融和的な姿勢をとらんとする第3外務局の動きを認めておられた。

しかし!その第3外務局の中に、皇帝陛下のお心を理解できない愚か者が居たのだ!!

その愚か者は自身の権益だけを固守せんとする反乱者達と手を組み、陛下のご意志とは全く異なる要望をアルタラス政府に突き付けた。

 

愚か者は利益なき国土の差し出しを要求し、アルタラス王国王女を個人的な奴隷として差し出せとのたまい、友を裏切れと要求した。

 

全ては己の欲望を満たす為アルタラスを怒らせ、戦争を仕掛けさせる事によってアルタラスの全てを手中に納めんと欲したからである!!

 

諸君!この戦いは!祖国と皇帝陛下への忠義を失した者達によって引き起こされたものである!

しかし!他者からしてみれば『どちらもパーパルディア皇国』である事に変わりは無い!!

ならば!反乱者達によってアルタラスが滅ぼされれば!皇帝陛下の御尊顔に泥を塗るどころか!

我がパーパルディア皇国は列強国いちの笑い者となるだろう!!

 

心せよ!これはパーパルディア皇国の誇りを賭けた戦いである!!!〉〉

 

 

バルスの訓示だった。

彼の言葉に有った様に、皇帝派の艦隊の兵士達の多くはアルタラスへ侵攻しようとする反乱派の艦隊の行動を阻みアルタラスを守る、と言う事に疑問を抱いている者も多かった。

 

「エストシラントが、陛下が危機に陥っている状況で、どうして俺たちがそんな事をしなければならないのか」

 

と。

海軍幹部達の中にも同じ様な考えを持つ者も居た。

日本皇国海軍にケツを蹴られる様な形で艦隊の出撃こそ行ったが、その事にも不満を覚えている者は確かにいた。

 

だが、バルスの訓示がその不満を上塗りした。

 

「アルタラス王国が攻め落とされれば皇帝陛下の御尊顔に泥を塗り、パーパルディア皇国が笑い者になる」

 

などと言われて奮い立たない程度の忠誠心の持ち主は、出撃が決まった時点で逃げ出していた。

今ここにいるのは指揮官クラスから末端の水兵に至るまで、皇国と皇帝ルディアスへの忠誠心に厚い者達である。

 

「皇帝陛下万歳!!」

「パーパルディアの誇りを守れ!!」

()()()()に死を!!」

 

などと言った言葉が艦隊のあちこちから上がる。

先鋒を務める竜騎士達は今一度強く相棒の手綱を握り直す。

その時ー

 

〈〈敵編隊視認!!〉〉

 

遂に接敵した。

 

〈〈第4艦隊所属の竜騎士へ告ぐ!!貴官らにも今のバルス総司令のお言葉は聞こえていた筈だ!!今ならばまだ間に合う!我が方へ帰順せよ!!〉〉

 

バルスの訓示は指向性を持たせず、送信範囲に存在する全ての魔導通信具へ向けて発信されていた。

故に、今対峙した竜騎士隊も距離的にはギリギリだろうが第4艦隊も、確かに聞いていた筈だ。

第3艦隊の竜騎士を纏める彼は、そこに一縷の望みをかけて語り掛けた。

 

しかし、帰ってきたのは

 

〈〈敵編隊導力火炎弾統制射撃態勢!!〉〉

 

あからさまな拒絶であった。

 

〈〈貴様らには!誇りは無いのか!!〉〉

〈〈誇りを捨てたのは貴様らの方だ。()()()()()()()()()()()()としての誇りを〉〉

〈〈誇りを捨てて蛮族に尻尾を張る者など、我らは皇帝として認めん〉〉

 

その言葉と共に第4艦隊竜騎士隊(4thFDK)*1が、一斉に導力火炎弾を放った。

 

〈〈クソッタレェ!!全騎散開!迎撃せよ!!祖国の誇りを守れ!!〉〉

 

第3艦隊竜騎士隊(3rdFDK)は一斉にバラけて4thFDKの攻撃を躱しに入る。

先手こそ取られてしまったが、頭を取られなかった事と、3rdFDKが皇都の主力艦隊に属する精鋭部隊である事が手伝って、なんとか初弾で撃墜される者は出なかった。

 

〈〈航空司令部!我接敵ス!!敵編隊の数は凡そ同数!!〉〉

〈〈航空司令部より全竜騎士へ、武運を祈る!誇り高き竜騎士の力を見せつけろ!!〉〉

〈〈オォォー!!〉〉

 

二つの竜騎士隊がぶつかった。

さっきのお返しとばかりに、3rdFDKから放たれた導力火炎弾が4thFDKを襲う。

 

〈〈反逆者が!墜ちろ!!〉〉

〈〈クッ!墜ちるのは貴様だ!売国奴共!!〉〉

 

第3艦隊と第4艦隊に配備されている竜騎士の数は、双方共に定員240騎とされている。

主力艦隊の一角である第3艦隊側が定員を満たしているのに対し、神聖ミリシアル帝国に近い西部方面の艦隊である第4艦隊側は、定員を割っていたのだが、現在は出撃せずに母港に残っている第6艦隊から数隻の竜母が派遣されており、その実数は第3艦隊と変わら無い数となっていた。

 

双方共に直掩に索敵の20騎を除いた100騎を残し、この場でぶつかるのは120騎ずつの合計240騎のワイバーンロード。

3rdFDKによる導力火炎弾での攻撃は先程と同じ様に、4thFDKの頭を取れなかった事から、位置関係の優位性は無かったが、3rdFDK程の精鋭部隊ではなかった4thFDK側には幾らかの撃墜騎が出た。

 

そして、どちらも初手で導力火炎弾を使用した事によって、次弾を撃てる様になるまでのインターバルが出来た。

 

➖ギャオォォン!!➖

 

そうなると、射程の短い火炎放射の撃ち合いかあるいはワイバーンロードによる直接的な格闘戦が行われる事になる。

 

〈〈死ねぇェ!!〉〉

〈〈ギャァッ〉〉

〈〈ヘンドリックッ!〉〉

 

ある者は真上から襲い掛かって来たワイバーンロードの鋭利な爪によって引き裂かれ。

 

〈〈相棒!ヤレッ!〉〉

〈〈アッ、わ、ワワァァ〉〉

 

ある者は跨った相棒が羽を喰いちぎられた事によって共々海面へと落ちて行く。

 

〈〈放てっ〉〉

〈〈ギャァ!熱い熱いッ熱いィィ!!〉〉

 

ある者は背後上空を取られて、火炎放射によって焼き殺された。

 

 

〈〈ガアッ!なっなんっ!?〉〉

〈〈うおっ!?うわぁぁ!!?〉〉

 

竜騎士の戦闘は射程のある導力火炎弾での戦闘で凡そ500m程。

射程の短い火炎放射や格闘戦ともなると当然ではあるが、交戦距離は短くなる。

と言うか格闘戦になるとワイバーンロード同士が接触している。

 

3rdFDKは先制攻撃を躱す為に散開した後、統制射撃を行う為に密集陣形を取っていた4thFDKへと突っ込んだ。

無論4thFDKも躱す為に編隊を解いたものの、そこに3rdFDKが突入して来た為にそれ程広域にバラける事にはならなかった。

その為それ程広く無い空域で、200騎以上ものワイバーンロードが入り乱れて戦う事になり、周囲に注意をはらう余裕の無い者達が接触を起こし、諸共に堕ちていく事となる。

 

そうしている内に双方共に再び導力火炎弾を撃つ事ができる様になったのだが、余りにも敵味方が入り乱れている為、使用が躊躇われた。

そしてー

 

〈〈残存敵騎僅か!!〉〉

〈〈押し潰せぇぇぇ!!〉〉

 

練度とやはり初手で数騎が堕ちた事で、数的有利を握った事によって戦況は3rdFDKの方へと傾く。

 

〈〈列強!パーパルディア皇国!バンザァァイ!!〉〉

 

最後の敵が堕ちて行った。

 

〈〈・・・・・・〉〉

 

後味の良い物では決して無かった。

勝利の余韻に浸る気分にもなれない。

 

〈〈残存数は?〉〉

〈〈30程が堕ちました。残っている者の中にも飛んでいるのがやっとな者が殆どです〉〉

 

勝利したとは言え、同等の性能を誇るワイバーンロード同士がぶつかったのだ、3rdFDK側の被害も甚大なものだった。

まともに動けるのは20騎ほど、その20騎にしても戦闘での疲労がある。

流石にこのまま健全な120騎が待ち構える第4艦隊直上の制空権を奪取するのは不可能だろう。

 

〈〈最早飛ぶことも厳しい者は着水せよ、間も無く艦隊の先鋒が来る頃だ、拾って貰え。それ以外の飛べる者は竜母へ帰還する〉〉

〈〈敵艦隊の制空権はどうされます?〉〉

〈〈我々では不可能だよ〉〉

 

指揮官がそう言って息を吐いた時、3rdFDKでは無い部隊から通信が入った。

 

〈〈第3艦隊竜騎士応答せよ、諸君には帰還命令が出ている〉〉

〈〈北方より編隊接近!!〉〉

〈〈ッ第1艦隊竜騎士隊!!〉〉

 

着水する者のサポートの為、大分高度を下げていた3rdFDKの頭上を第1艦隊竜騎士隊(1stFDK)の240騎からなる編隊が通り過ぎて行く。

 

〈〈第1艦隊竜騎士隊長より第3艦隊竜騎士隊諸君へ。諸君らはよく戦った、胸を張って艦隊へと凱旋せよ。後は我等が引き継ぐ!〉〉

 

こうして皇帝派と反乱派の初戦は皇帝派の勝利に終わった。

 

 

 

 

 

パーパルディア皇国海軍第4艦隊

 

「竜騎士隊との通信途絶!!こちらからの呼びかけに一切応答しません!!」

「予想は出来た事です。相手は皇都エストシラント港に籍を置く主力艦隊のいずれか。同数程度が相手では部が悪いのはわかり切った事でした」

「直掩騎を残した事が間違いであったとでも良いだけだな?」

 

第4艦隊航空参謀のザクスヘンは批判する様な事を口にした若手参謀リケルを睨みつけた。

 

「いっいえ、そう言う訳では......」

「ではどう言う訳かね?」

「そっそれは、その......」

「まぁまぁその辺にしといてよ」

 

リケルに詰め寄るザクスヘンを第4艦隊司令デュヘランが諫める。

 

「しかし閣下、コヤツは」

「航空参謀はセオリー通りの命令を下しただけだろう?第一、こっちの100騎が全部堕ちたって事は相手にだって相当の被害を与えてるんじゃ無いのかい?」

「はっ、それはまぁ間違い無く」

 

パーパルディア皇国海軍では同等の力を持った相手と戦う際には、索敵を除き直掩騎として100騎の竜騎士を残す事としている。

今回の空戦においては第4艦隊も第3艦隊も双方共にそのセオリーに則って100騎を直掩騎として残していた。

リケルとしては第3艦隊側がセオリーに従い行動すると読み、それ故に全力で当たれば勝てると訴えた。

しかしザクスヘンによって「それは臆病者の考えだ」と却下されていた。

 

なのでこの場合、リケルの主張が正しいのだが、ここで相手の機嫌を決定的に損ねる様な事をすれば()()されかねない。

リケルは黙るしか無かった。

 

「まぁ兎も角、相手の竜騎士戦力も削れているだろうから、お次は艦隊戦となる訳だ」

「艦隊戦まで仕掛けてくるでしょうか?」

 

どこかお気楽そうに言うデュヘランに、リケルが不安そうに尋ねる。

 

「仕掛けてくるでしょ、もう竜騎士達が殺し合ったんだ。今更やっぱり辞めますって訳にはいかないさ」

「ふん!今更臆病風に吹かれたか?なぁに相手がいくら主力艦隊とは言え、我が艦隊とやり合っている横から第5艦隊が殴りかかればひとたまりもないわ!」

「そうそう、相手も竜騎士を減らしてるんだ、第5艦隊の竜騎士が襲い掛かるだけでも、それはもう見事に混乱してくれるだろうさ」

「はぁ」

 

デュヘランとザクスヘンの言う通り、皇帝派艦隊の偵察竜騎士を落とした時点で、第4艦隊は後方で輸送艦隊を護衛している第5艦隊を呼び寄せて居た。

流石に全艦とはいかなかったが、竜母を含む3分の一程度の艦艇が第4艦隊と戦う皇帝派艦隊の横っ面を思いっきり殴り付ける!

そうして一気に「蛮族に尻尾を張った愚かな偽帝に従う間抜けども」を叩き潰す!

 

と言うのが彼等の立てた作戦であった。

が、残念ながら彼等の思惑通りに事は進まない。

 

「哨戒中の竜騎士より入信!北方より大編隊!その数凡そ200以上!!」

「「なっ!?」」

 

デュヘラン達第4艦隊司令部は、()はせいぜい増強された一個艦隊程度であると考えていた。

情報収集を怠った、と言えばその通りなのだが。

もっとも列強国たるパーパルディア皇国の海軍が、他国の海軍に皇都の守りを任せて、3個艦隊が総力を上げて出撃してくるなどと誰が予想ができようか。

仕方がないと言えば仕方がない。

 

ともかく彼等は、最初の航空戦で相手にも損害を与えているである以上、次の航空戦は直掩騎100騎ずつの戦闘になるだろうと予想していた。

そこに200以上などと言う1個艦隊の竜騎士のほぼ全力出撃と言える空襲を受けるなど、予想もできなかった。

 

「ザッザクスヘン!さっさと残りの竜騎士をあげろぉ!!」

「はっはったっだちに!」

「いえっ!もう間に合わない!!」

 

予想外の事態に司令部が混乱する中飛来した1stFDKの竜騎士は4thFDKに対し、哨戒の20騎と空中待機していた50騎の倍となる150が襲い掛かり、残る90騎が対艦攻撃姿勢に入った。

 

〈〈反逆者共に告ぐ!死をもって陛下へお詫びするが良い!!撃てぇ!!〉〉

 

通信と共に放たれる導力火炎弾。

90の煌めきは、混乱して右往左往するだけの第4艦隊へ無慈悲に叩き付けられた。

*1
4th Fleet Dragon Knight's




【アルタラス島沖大海戦】とか言いながら、実はまだアルタラス王国領海に入ってもいないと言う......


竜騎士達の空戦は色々と相違点はあるけれど、殺して殺されてと言うイメージとしては「戦闘妖精・雪風」OVAの冒頭、グール隊パーピー隊とジャムの空戦。

通信の色

艦隊からの通信
3rdFDK
1stFDK
4thFDK


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間話・御転婆なお姫様達

➖ガァァンッ!!➖

 

突進の勢いが乗ったランスとそれを弾いた長刀がぶつかり合う音が響く。

そのまま弾かれる様に距離を取る灰色とオレンジで塗装された二騎の機巧ゴーレム。

 

場所は日本皇国陸軍富士演習場

 

〈〈素晴らしいです。今日初めてお乗りになったとは思えない程です、()()()()()〉〉

〈〈そう言う()()()は流石ですねっ〉〉

 

そこで2人のお姫様が機巧ゴーレムに乗ってぶつかっていた。

どうしてこんな事になったのかと言うと、ルミエスの好奇心が原因であった。

元々ここ富士演習場では、アルタラス王国で設立される予定の機巧ゴーレム運用部隊、鉄騎兵隊が訓練を受けていた。

 

その訓練を視察に訪れるルミエスを壱夜が案内する事になったのだが、大地を駆ける機巧ゴーレムの姿を見たルミエスが、操縦に関して興味を示し何をどう思ったのかポツリと一言

 

「操縦してみたいなぁ」

 

と呟いた。

 

それを耳聡く聞きつけ、ルミエスが機巧ゴーレムに興味を持ってくれた事に殊更喜びを見せた壱夜によって、空いている訓練機が用意されそうになったのだが、ルミエスには彼女の運動音痴っぷりを良く知る彼女の護衛騎士であるリルセイドの必死の説得。

壱夜も壱夜で、比較的頻繁に実機を乗り回している壱夜ならともかく、他国の王女に怪我でもされたら大事だと焦った護衛を兼ねる侍従の女性、千草(近衛軍士官の紅鬼)による説得が行われた。

 

「でっ殿下?その、殿下は機巧ゴーレムをご覧になるのは、初めてになるわけですし。それに、そう!ゴーレムの操縦には適性が必要だと!伺いました!!([ホウキ]*1にもまともに乗れなかった貴女があんなものいきなり操縦できる訳ないでしょう!?)」byリルセイド

 

「殿下、機巧ゴーレムの操縦は訓練兵でもいきなり実機を使用はしません。ここは一先ずシミュレータで擬似体験して頂くのは如何でしょう?(子供の頃から[ホウキ]感覚で乗り回していた貴女とは違うんですよっ!?)」by千草

 

 

当然、副音声の方はお姫様2人には聞こえてはいなかったが、まぁ確かに最初から実機を動かすなんて事は余程の事が無ければ無い。

流石の壱夜とて最初はシミュレータから始めた(実は勝手に動かそうとして怒られた)

ルミエスだって一応、自分の運動能力の事はキチンと把握している。

むしろどうして突然「乗ってみたい」などと言い出したのか、自分で自分の言葉に驚いていたりもする。

 

そんなこんなで取り敢えずシミュレータでとなり、用意されたシミュレータで壱夜の操縦で一先ず動きを体験した後、実際にルミエスが動かしてみる事になったのだが、結果として大半の人の予想を裏切る事となる。

 

実機で2人が模擬戦をしている事からも、察しが付いているとは思うが、そうルミエスは機巧ゴーレムの操縦に関して、高い適性を叩き出したのだ。

これにはアルタラス側は全員驚いた。

それこそ当事者であるルミエス自身も。

 

アルタラス側の反応で、何となくルミエスは運動が苦手なんだろうと辺りを付けていた日本側もこの結果には驚いた。

約1名とてもいい笑顔の壱夜を除いて。

 

その後、シミュレータでの模擬戦(相手は勿論壱夜)を経て「じゃあそろそろ実機で」と自然な流れの様に実機搭乗へと移行しようとしたお姫様2人。

流石にその日は時間も無かったのでまた後日となった。

できればそのまま忘れて欲しいと言うのが周りの大人達の本音だったのだが、残念な事にしっかり覚えていたお姫様達によって、今日の実機搭乗が予定にねじ込まれたのであった。

 

 

「驚きました。いえ、その、貴女方の反応からルミエス殿下は運動がお得意では無いものと思っておりましたから」

「あ、いえ。間違いなくその通り、の筈なのですが......」

 

管制室から模擬戦を見守っていた千草とリルセイド。

千草の遠慮がちな言葉にリルセイドが答えるが、その声音には隠しきれない困惑があった。

 

〈〈では壱夜様!これはいかがですか!!〉〉

 

ルミエスはそう言うと、搭乗する機巧ゴーレムに流れる魔力を変質させる。

 

「ルミエス様?一体何を?」

「ッまさか!?」

 

ルミエス機が手にしたランスに、変質した魔力が渦巻く様に集まる様にリルセイドが首を傾げ、千草が驚愕の声を上げる。

 

➖轟!!➖

 

ルミエス機のランスから勢い良く炎が噴き上がる。

 

「あれは、ファイアーランス?」

「ゴーレムの[魔力回路]を利用した[攻勢術式]の発動。まさかこれ程とは」

 

機巧ゴーレムは[魔法]による産物ではあるが、その武装はザ・魔法と言った様なものでは無く、機巧ゴーレムサイズに大型化された重火器や近接戦装備だ。

機巧ゴーレムが開発された当時、[魔法]によって直接攻撃する今日で言うところの[攻勢術式]はまだ開発途上であった。

その為最初期の機巧ゴーレムは機関砲を腕に取り付けて武装としていた。

[攻勢術式]の開発後、武装として[魔法]を採用しようと言う動きはあったものの、その頃に成ると[対魔装甲]などと言った「魔法に対抗する為の技術」も進歩しており、大した威力を持てなかった初期の[攻勢術式]ではそう言ったものに減衰させられ、十分な威力が得られ無い可能性もある*2とされ、結果として機巧ゴーレムの武装としてはサイズアップした歩兵装備の様なものに落ち着く事となった。

 

のだが、それは機巧ゴーレムに乗った状態では[攻勢術式]が使用出来ないという訳では無かったりする。

 

機巧ゴーレム胸部に搭載された[魔力炉]によって精製された[魔力]は、全身に張り巡らされた[魔力回路]を伝って機体全体に行き渡り、機体の動作と構造強化を行う。

その[魔力回路]を利用して、パイロットが使用できる[攻勢術式]を機巧ゴーレムで使う事が出来るのだ。

 

当然、簡単な事では無い。

 

と言うのも[魔力炉]で精製される[魔力]と、個人で運用できる[魔力]は別物とまでは言わないが“質”が違うのである。

それは[魔力]を“運用”する日本人でも、[魔力]を“保有”しているこの世界の人類でも同じ、と言うよりこの世界の人々の方が[魔力]の個人差は大きい。

そして、[魔力炉]で精製され[魔力回路]を流れる[魔力]の量は人が使えるものより遥かに多く、[魔法]を発現させる前の[魔力]には大きい物と小さい物をぶつかり合わせれば、大きい方に飲み込まれるという性質がある。

 

つまり川の激流の様に流れる、質が全く違う[魔力]の中に、自分の[魔力]を流し込み、かつその激流に飲み込まれる事なく[魔力回路]を利用して、[攻勢術式]を発動するのに必要な「術式回路](魔法陣)を形成し、その[術式回路]に機体の[魔力]を流して[魔法]を発動する必要があると言う訳だ。

 

要するに何が言いたいのかと言うと、これは普通ベテランの中でも才能がある者が使う様な高度な技術で、初めて機体に乗ったルミエスが教えられてもいないのに使用できる様な技術では無い、と言う事だ。

実際リルセイドと千草以外にも見学していた日本皇国陸軍富士教導隊の隊員は驚愕しているし、アルタラス王国鉄騎兵隊の隊員に至っては唖然としている。

 

 

〈〈ふふ、ふふふ、本当に、ええ、本当に素晴らしいですわルミエス様っ!!〉〉

 

そんな中、唯一()()()()()()()()()()が上がる。

勿論の事、対峙する壱夜だ。

 

〈〈その様な事をなさるのであれば、わたくしも応えない訳にはいかぬではありませんかっ!!〉〉

 

その声と共に、壱夜機の魔力も変化する。

ルミエスのそれより淀み無く、壱夜機が手にもつ長刀に[魔力]が集まり、そして

 

「黄金の剣?」

「殿下!?いけませんっ!」

 

黄金に輝く剣

日本皇国軍が世界に誇る理不尽魔法[クサナギ]だ。

無論、機巧ゴーレムそれも訓練機に搭載されている[魔力炉]からの[魔力]を利用して発動している為に、膨大な[魔力]を精製する艦艇用[魔力炉]を使用した艦載のものと比べれば、威力は遥かに弱いのだが、機巧ゴーレムを防御ごと斬り裂く程度ならばわけない。

 

壱夜の技量で、相手がタダの素人であれば武装を狙って斬り裂く事は難しい事ではない為、そこまで心配する必要は無いのだが。

素人とは思えない程の技術を持っているとなると逆に危ない。

しかも、相手は日本軍の新兵では無く他国のお姫様で、王位継承権1位の王太女というおまけ付きだ。

何かあっては国際問題になる。

 

 

〈〈参ります!!〉〉

〈〈きませい!!〉〉

 

炎の槍と化したランスを構えたルミエス機が突撃の態勢を取り、壱夜機は黄金の剣を上段に構えて待ち構える。

 

グッとルミエス機の四脚に力がこもり、いざ飛び出さんとしたその時。

 

〈〈そこまでっ!!!〉〉

 

〈〈ッ!!〉〉

〈〈キャッ!〉〉

 

咄嗟にアナウンスマイクに飛び付いた千草によって静止された。

 

〈〈両殿下、もう十分に動かれた筈です。これ以上は以降の予定に問題が生じかねません、ここまででおやめになっては如何でしょうか?〉〉

 

思った以上に、なんならシミュレータよりも生き生きと動いたルミエスにテンションの上がった壱夜によって、いつの間にか模擬戦となってしまっていたが、最初はただ「実機で動いてみる」と言うだけだった。

 

〈〈いつの間にか熱くなり過ぎてしまっていましたね〉〉

 

あははと苦笑混じりに言うルミエス。

 

〈〈はい。お恥ずかしい限りです〉〉

 

壱夜も同意するが、その声音はどこかつまらなそうであった。

 

 

 

 

 

あの後、壱夜は「機会があれば再戦を」とルミエスにねだったが、アルタラス王国を取り巻く情勢がそれを許さなかった。

パーパルディア皇国によるアルタラス王国への理不尽な要求により、アルタラス・パーパルディア間に戦雲が立ち込めた事が原因だ。

アルタラス王ターラ14世の命令によって、戦時体制へと移行したアルタラス王国軍は、日本皇国の教導の下錬成中の航空艦に加え、機巧ゴーレムを運用する部隊、鉄騎兵隊も本国へと召集した。

 

その際、ターラ王は娘ルミエスに日本皇国に残る様にと伝えたのだが、ルミエスは1人安全な場所にいる事をよしとせず、鉄騎兵隊と共に祖国防衛の為帰国する事を選んだ。

 

 

そして今、ルミエスは壱夜から贈られた機巧ゴーレムに搭乗し*3、鉄騎兵隊を率いてパーパルディア軍を待ち構えていた。

 

 

 

 

 

*1
空飛ぶ箒 日本皇国における自転車みたいなもの

*2
因みにこの頃既に[魔力砲]は完成していたが、消費魔力がバカ高く、機巧ゴーレムに搭載された[魔力炉]では到底賄えなかった

*3
娘がまさかそんな物に乗れると思わなかったターラ王は、その姿に卒倒した



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アルタラス島沖大海戦・3

第1艦隊竜騎士隊(1stFDK)が第4艦隊へと襲いかかった。

 

先にも述べた様に、パーパルディア皇国海軍において同等の相手と戦う場合、竜騎士隊の攻撃時の運用は基本的に哨戒に着く20騎と100騎の直掩騎を残して、120騎をもって行われる。

その為、先程第3艦隊竜騎士隊(3rdFDK)と戦った部隊が全て撃墜された第4艦隊竜騎士隊(4thFDK)にしても、20騎の哨戒騎と100騎の直掩騎が残っていた事になる。

 

とは言え、その150騎全てが艦隊上空にあったのかと言うと、そうではなかった。

4thFDK直掩騎120騎の内、艦隊上空を飛行していたのはその哨戒20と直掩50の合計75騎。

75騎の竜騎士達は艦隊が第3艦隊後方にあるからと、艦隊の保有する全竜騎士240騎を投入して来た1stFDKの前に呆気なく蹴散らされ、残る50騎も優先的に狙われた竜母と共に飛び立つ事もままならず、爆炎の中に消えた。

 

そうなって来るともう第4艦隊には一瞬にして空を支配した1stFDKに対しなす全ては殆どない。

意外に思うかも知れないが、パーパルディア皇国海軍の艦艇には対ワイバーン用の兵装というものが存在しない。

それはひとえに

 

「蛮族共のワイバーンが、我が国の誇るワイバーンロードの防空網を突破し艦隊は肉薄する事などあり得ない」

 

と言う奢りから来る物であった。

無論、文明国や文明圏外国のワイバーン相手であれば確かにそれで良いものの、パーパルディア皇国が仮想敵国と定めるムー国の飛行機械や、世界最強の国家たる神聖ミリシアル帝国の天の浮舟相手にはそんな事を言っていられるはずも無いので、ミリシアルから対空魔光砲を密輸入して対空兵装の研究は行われていたが、現状のパーパルディアの技術では対空魔光砲の製造・量産など夢のまた夢である。

そうなると、バリスタなんかの対空兵装を装備すると言う話も出てくるのだが、それでは結局飛行機械や天の浮舟相手では嫌がらせにもならず、その他の相手にはそもそも接近される事も無い為、結局は装備される事はなく、対空魔光砲の研究を続けつつワイバーンロードに更なる改良を加え、空戦にて対抗すると言う方向へと舵をとっていった。

 

その結果が、海軍艦艇の持つ対空兵装が水兵のマスケットくらいと言う、ミリシアルやムー、日本皇国からすれば耳を疑う様な現状であった。

そのマスケットにしても、運良く竜騎士に当たるか、さらに運良くワイバーンロードの目にでも当たらない限り、無力化する事は難しい。

空中にあった75騎が多少なりとは削ったとは言え、相手はそれでも200を超える数がある。

第4艦隊の艦艇は次々と爆炎に飲まれていく。

 

更にそこに増速してきた第3艦隊の魔導戦列艦からの砲撃が加わる。

 

 

 

「パーパルディア皇国海軍、皇帝派艦隊と反乱艦隊は砲撃戦へと移行したものと思われる!」

 

アルタラス王国海軍旗艦【エルム・アルタラス】のCICにレーダー士官の声が響く。

 

【エルム・アルタラス】はアルタラス王国が日本皇国から購入した航空駆逐艦だ。

艦名はアルタラス王国の言葉で「アルタラスの栄光」となる。

 

元は日本皇国海軍の最新鋭艦である【島風型駆逐艦】から見て3つ程前の艦級で、島風型の就役に伴い退役したものがレストアされアルタラス王国海軍へと売却された。

売却額は元々退役後には標的艦となる予定で既に武装などが取り外されていた事もあり、退役前より多少グレードダウンした状態に再武装された上でほぼ捨て値の様な値段で、アルタラス王国は上質の魔石の日本皇国は対する輸出優遇の確約と現物の魔石で支払いを行った。

が、それでもアルタラスからすれば相当の負担であり、結果として希望していた魔導戦列艦全ての航空戦列艦への変更は見送られる事になり、航空戦列艦は最低グレードの物を5隻購入、魔導戦列艦は半数を日本の技術支援を受けて強化。

残る半数と魔導戦列艦では無い艦艇に関しては維持費削減の為、非魔導艦は【エルム・アルタラス】以下航空艦隊の標的艦になり、魔導戦列艦の方は魔導戦列艦を持たず、航空戦列艦をまとまった数購入する財力も無い文明圏外国へと格安で売却された。

 

そうして何とかギリギリで編成されたアルタラス王国海軍航空艦隊は、日本皇国海軍が航空戦列艦購入国に対してロデニウス大陸にて行っていた合同教導に参加していたが、パーパルディア皇国との決定的決裂からの事実上の宣戦布告を行った事により、急遽アルタラス本国へと呼び戻されていた。

 

到着した日には式典が開かれ、国中から王都ル・ブリアスに集まった国民達に、その姿と艦首に描かれたアルタラス王国の国旗を見せつけ、国民達はその姿に大いに沸き立った。

 

式典の後、日本からの情報でパーパルディア海軍第4艦隊第5艦隊からなる侵攻軍が出港したことを知ると、侵攻軍は大量の戦力揚陸させる為、王都より北に40kmの地点にある長く続く海岸線を狙って来るものと想定し、アルタラス海軍は海軍軍長ボルドが直接指揮を執り【エルム・アルタラス】以下6隻からなる航空艦隊を展開させていた。

 

【エルム・アルタラス】CICのディスプレイに表示される海図には、レーダー情報がオーバーレイされボルドや艦長のイグノア以下、幹部達がそれを覗き込む。

 

「皇帝派は約束を守った、という事かな?」

「は。現状の動きを見る限り、そう考えても宜しいかと」

 

ボルドの言葉にイグノアが頷く。

彼らの視線の先、海図に表示されるレーダー情報によると、先ず東進してきた反乱派に属する第4艦隊と思われる艦隊に、南下して来た皇帝派と思われる艦隊の後方から現れた竜騎士隊による空襲の後、反乱派艦隊と皇帝派艦隊は同航戦による砲撃戦を始めている。

 

「ふーむ」

「どうかなされましたか?」

「いや、うん。我が目で見ても未だ何とも信じ難いな、とな?」

 

首を捻ったボルドにイグノアが声を掛けると、彼は苦笑しながらそう言った。

ボルドが言いたい事はイグノアにもよく分かった。

日本皇国を通して、パーパルディア皇国第3外務局から

 

「アルタラス王国へと侵攻せんとする者達の行動には、皇帝陛下ならび第3外務局の意思は全く介在していない。

貴国と我が国との間で起こった出来事は全て皇国と皇帝陛下へ叛逆した者によって企てが原因であり、我がパーパルディア皇国は全力を持って叛徒の試みを阻止せんとするものである。

パーパルディア皇国はアルタラス王国との対話を望む」

 

と言った旨の新書が届けられた。

当然、これを受け取ったアルタラス王国国王ターラ14世以下、王国首脳部はまともに受け取らなかった。

正確に言えば「皇帝の意向とも第3外務局の方針とも違う思惑」が働いて、あの様なふざけた「要求」が為されたのであろうという事はなんとなく理解した。

実際の所、パーパルディア本国からやって来ていた第3外務局の局員は、これまでのパーパルディア人の態度からは考えられない程丁寧な態度であった。

そして交渉の内容も同じ様に、これまでのパーパルディアからすると考えられない様なものであった。

例えその態度のその交渉内容の裏に、第3外務局ややって来た局員の「アルタラス王国のバックにいる日本皇国に対する畏れ」が見え隠れしていたとしても、彼らはアルタラス王国を取るに足らない蛮族の集まりでは無く、一つの国として尊重していた。

皇帝もその動きに起こる事も、第3外務局局長を罷免する事も無く黙認していた。

 

だと言うのに手のひらを返したかの様な「要求」。

そこに皇帝の意思も第3外務局の意思も介在していなかったと、そう言われれば納得し得る所も確かにあった。

 

しかし

 

だが、しかし

 

「我がパーパルディア皇国は全力を持って叛徒の企みを阻止せんとするものである

 

この一文だけは正直信用ならなかった。

パーパルディア皇国は現在、親書をよこした第3外務局が属する所の皇帝派と、皇国租領王とか言う皇族を担ぎ上げた貴族を中心とした反乱派に別れて内戦中だ。

聞こえてくる話によれば未だ本格的な軍事衝突は起こっていないようだが、戦力に乏しい皇帝派からすれば反乱派がアルタラスに侵攻すればその分“敵”の数が減るのだから、どちらかと言えば歓迎する事なのでは無いか?と言う疑問から来るものだった。

 

それにいくら二つに別れて争っているとは言え同じ国の人間同士、好き好んで殺し合いをしたいとは思わない筈だ。

 

「叛徒の企みを阻止する」と言われても素直に信用出来ない。

今更言葉や皇帝の威光なんかで反乱派の侵攻軍が止まるとは思わないし、それを止めようと思うと実力行使しか無くなる。

艦隊に対する実力行使となると、穏便に済ませるとして同数の艦隊で進路を塞ぐかぶつけて止める位だろう。

もっとも、それで上手く行くとするならばそれは侵攻軍が大人しく皇帝派の軍門に降った時ぐらいのものだ。

無抵抗なんて事がある筈ない。

 

そうなると、止めるには戦闘をもって侵攻軍を粉砕するしか無くなる。

同じ国同じ海軍の仲間同士で、殺し合わなくてはならなくなる。

もしかすると、それが内乱最初の本格的な軍事衝突となり、本国側でも本格的な戦闘が始まる引き金になるかも知れない。

 

政治的な判断が出来る海軍上層部は兎も角、末端の水兵達がそれを受け入れらるとは到底思えなかった。

例えばそれが皇帝を守る為であるならいざ知らず、守る対象はこれまで散々蛮族と見下して来たアルタラス王国だ。

「そんなのはごめん被る」と反乱派に奔ってしまう兵士が出てもおかしく無いだろう。

 

そもそもこの親書すら欺瞞で、「アルタラス侵攻を止める」言って艦隊を出撃させ、西から来る艦隊と合流させてアルタラスを侵攻する腹づもりである可能性も無いとは限らない。

第3外務局と皇帝が融和策に舵を取っていたのは確かではあるが、しかしその時点から既にこちらを欺くつもりであったとも考えられる。

 

第3文明圏やその周辺の文明圏外国にとってパーパルディア皇国とは、そう簡単に信じられる様な相手では無いのだ。

彼らが如何に言葉を重ねようと、これまでの蛮行の数々がそれを塗り潰してしまう。

第一に昨今の融和策にしても、パーパルディアという国が方針を完全に転換したと言うよりは、アルタラスを筆頭に文明圏外国の背後に日本皇国の影が見え隠れし始めたからだろう。

 

兎も角「信用」するのは難しかった。

 

「交戦中のパーパルディア海軍、反乱艦隊皇帝艦隊共に間もなく先頭が我が国の領海へと侵入します!」

 

故にアルタラス政府は未だ正式な回答を行なっていなかった。

 

「皇帝派は宣言通りに動いた。まぁ傍受した魔信によればアルタラスでは無く、自分達の誇りとやらを守るためらしいが......」

「一応、我が国へと侵攻している敵を押し留めているのは事実です」

 

パーパルディア皇国海軍の皇帝派に属すると見られる艦隊は、政府の宣言通り反乱艦隊に対して容赦なく襲い掛かった。

「皇国海軍の誇りを守るため」とはしているが、実質的にはアルタラス王国を守る為に本来は仲間である存在と戦っている。

 

「あちらさんは誠意を見せた。ならば我々もそれに応えるべきだと思うが?」

「あの2つの艦隊のどちらがどちらに属するのか、正確に見分ける事はできません。であれば我が国の領海を侵犯した者を纏めて叩いたとしても、言い訳は立つでしょう」

「ほう」

 

攻撃対象から皇帝艦隊を除くべきかと言うボルドの問いかけに、イグノアは鋭い視線でディスプレイを見ながら返す。

その言葉にボルドが興味深そうな視線を送り、CICに居る士官達からも視線は感じないものの、こちらの言葉に意識を傾ける気配を感じる。

何より背後に静かに佇む、急遽の実戦投入に際して補助を目的に乗船したままの、日本皇国海軍の教官からの視線が厳しいものに変わるのを感じた。

 

「しかし、それでは後々政治的に問題になります、なんと言っても相手は共闘したいと言ってきているのですから。

また、パーパルディアの戦力が削れる、と言うのは歓迎すべき事態では有りますが。それが過ぎて皇帝派の戦力が著しく削れ、これまでと変わらない、いえともすればこれまで以上に苛烈な思想を持つ反乱派が覇権を握る事となれば、我が国のみならず周辺国家にとっても大きな脅威であると言えるでしょう。

提督、日本海軍からの情報では南下してきた艦隊が皇帝艦隊です、警告の後東進してきた反乱艦隊のみを攻撃すべきだと具申します」

 

イグノアの言葉を受け、ボルドは一瞬瞳を閉じて思考する。

確かに彼の言う通りパーパルディア皇国全体の戦力が削れるのは正直言って、諸手を挙げて歓迎したい事態だ。

だが、だからと言って反乱艦隊と纏めて皇帝艦隊を攻撃して沈めてしまう、という訳にもいかない。

なんと言っても相手は態度を軟化させ融和姿勢をとる皇帝派に属している、そんな存在をここで沈めてしまえば皇帝派の態度を変えてしまう可能性が高い。

 

「よろしい。レーダー!両艦隊の魔力反応は!?」

「は!既に分類済みです!」

「よし!火器管制!!皇帝艦隊の魔力反応を攻撃対象から除去せよ!通信!航空戦列艦各艦にもその旨打電!!」

「「アイサー!!」」

「全艦砲撃戦用意!!警告射撃の後、侵略者供を排除する!!」

 

【エルム・アルタラス】以下、アルタラス王国海軍航空艦隊が動き出す。

 

 

 

 

 

 



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アルタラス島沖大海戦・4

パーパルディアの竜母艦載数に関して。
web版を読み返していたら、アルタラス侵攻艦隊で240騎となっているのを普通に見落としていたので、「アルタラス沖大海戦・2/3」での竜騎士の数を変更しました。


「第4艦隊はまだ降伏する様子をみせないのか!?」

「は、未だその様な動きはありません」

 

第3艦隊司令アルカオンは徐々に焦りの気持ちが大きくなって行くのを感じていた。

第4艦隊は旗艦が既に沈み、どうにも第4艦隊のみならず第6艦隊辺りから増援を得ていたようだが、それも含めて殆どが轟沈。

残っている艦も無傷と言えるようなものは最早1隻も無かった。

 

だと言うのに、勝手に逃げ出した一部の水兵を除き第4艦隊全体としても、戦列艦1隻単位ですら未だに降伏しようとする動きを見せていない。

どころかアルタラス王国領海が最早目と鼻の先となった事ここに至って、更に増速しようとする動きを見せている。

 

「何故だ!何故降伏しないッ!?連中の勝ち目など既に有りはしないというのにッ!!」

 

アルカオンは思わず声を荒げる。

このままであれば時間が経てば第3艦隊は最初の航空戦の後、後方に下がって回復した竜騎士達を再び投入できるようになるし、第4艦隊の退路を断つような形でこちらに向かっている第2艦隊が到着する。

そうなれば第4艦隊はもう終わりだ。

 

そうでなくとも、このまま進み続ければもう間も無くアルタラスの領海を侵犯する。

アルタラス王国はパーパルディア皇国船籍の艦船に対する強行姿勢を撤回してはおらず、領海侵犯を行えば容赦無く攻撃してくるものと思われる。

それも、日本皇国から購入した兵器を使って。

 

従来通りのアルタラス海軍の装備であれば、死に体とは言え第4艦隊からすれば大した事のない敵であったかも知れないが、第3外務局経由で入って来た情報によれば、アルタラス海軍は日本皇国海軍の軍艦を購入していると言う。

 

「一方的に殲滅される」と言う可能性もあった。

 

「提督!先頭艦が限界点に近付きますッ!!」

「くっ!」

 

現在第4艦隊と同航戦を行なっており、このまま進み続ければ第3艦隊もまた、領海侵犯を行なってしまう事になる。

限界点はアルタラス領海にギリギリ入らず進路変更できる位置だ、ここを超えると進路の変更にはどうしてもアルタラス領海に入る事になってしまう。

 

「提督......」

「ッ全艦に転進命令、取り舵をーー」

 

アルカオンが進路変更の命令を出そうとしたその時、第3艦隊・第4艦隊問わず、全ての通信用魔法具が声を発した。

 

〈〈接近中のパーパルディア皇国海軍艦隊、皇帝派艦隊及び反乱艦隊両艦隊に通達する!こちらはアルタラス王国海軍である!!現在我がアルタラス王国はパーパルディア皇国船籍の艦船の領海入りを認めてい無い!直ちに戦闘行動を中止し、当海域より離脱せよ!!〉〉

 

「「アルタラス王国海軍!!」」

 

アルタラス王国海軍航空艦隊旗艦【エルム・アルタラス】からの警告だ。

 

〈〈繰り返す、アルタラス王国はパーパルディア船が領海内に入る事を認めてい無い!直ちに戦闘行動を中止して当海域より離脱せよ!!なお離脱に伴う転進での一時的な領海侵入を特例にて認める。正し進路変更せず領海を侵犯し続けた場合、実力を持って排除する!!〉〉

 

その言葉と共に

 

➖ドドォォォン!!➖

 

轟音と共に水柱が立ち昇る。

 

「撃ってきたか!!」

「全艦に転進命令!!取舵!!先頭艦からでなくて構わんッ!急ぎ転進せよ!!」

 

アルカオンの命令はすぐ様伝達され、第3艦隊各艦は衝突に気を付けながら各個に転舵を開始する。

しかし

 

「第4艦隊転進の様を見せずッ!」

 

第4艦隊は変わらず、そのまま突き進んで行く。

いや、中には数隻ほど離脱しようとする動きを見せているが、あろう事か進み続ける艦からの砲撃に晒され沈んで行く。

 

「馬鹿なっ!?何をッ一体何を考えている貴様らァァ!!」

 

 

 

「皇帝派艦隊の転進を確認、全艦我が国の領海への進入経路から外れつつあります」

「反乱艦隊動きを見せず!尚もこちらへ向け進行中!!」

 

レーダー要員の報告を受け即座に命令が下される。

 

「主砲撃ち方ハジメッ!今度は外さんでいいッ望み通り沈めてやれっッ!!」

「航空戦列艦に命令!敵艦隊側面に付き砲撃せよ!」

「うちーかたはじめっ!てぇッー!!」

 

【エルム・アルタラス】以下、アルタラス王国海軍の航空艦隊が砲撃を開始する。

【エルム・アルタラス】の54口径127mm単装魔力砲が第4艦隊の頭を押さえる様に撃ち込まれ、海上を行くパーパルディアの魔導戦列艦とは比べ物にならない速度で側面に回り込んだ航空戦列艦5隻60門の105mm実()魔導砲が火を噴き被弾した艦は呆気なく沈んで行く。

 

 

「アルタラス王国海軍、第4艦隊への攻撃を開始しました......」

「なんと、なんと言う......」

 

その光景は目にした第3艦隊全員の心に重くのしかかった。

第三文明圏最大最強であった筈のパーパルディア皇国が生み出した魔導艦が、ワイバーンによる空襲と同格の相手との撃ち合いによって消耗していたとしてもなお呆気なく沈んで行く。

 

それを行なっている相手は、同格の列強国レイフォル国や格上である神聖ミリシアル帝国やムー国では無い。

見下し、文明圏外の蛮族にしてはそれなり、程度としか評価していなかったアルタラス王国だ。

彼らが使っている兵器は彼ら自身が作り出した物ではなく、日本皇国から輸入されたもので、アルタラス王国自身がパーパルディア皇国を上回る技術力を手に入れたというわけではない。

だがしかし「購入し運用出来るだけの資金力」をアルタラスが持っていると言う事は間違いない。

 

「......アルタラスの艦は全てあの巨大艦か?」

「いえ、日本のものと同等の巨大艦は1隻だけの様です。残りの5隻は例の航空戦列艦かと」

「......慰めにもなん、な」

「は.......」

 

【航空戦列艦】第2外務局が掴んだ情報によれば、性能としては日本の巨大艦には遥かに劣る様ではあるが、しかし「空に浮かんでいる」という事実は如何ともし難い。

アレを相手にする場合、艦載魔導砲ではどうやっても狙えない以上、攻撃はワイバーンで行う事になるであろうが、果たしてワイバーンの攻撃で沈むのか怪しい所だ。

 

第三文明圏のパワーバランスが変わる。

パーパルディア皇国が頂点に君臨していたその力関係が変わってしまう。

そう言う確信を抱いてしまう光景がアルカオンの眼前に広がっていた。

 

 

 

「本艦の砲撃、問題なく敵艦に命中!!」

「【ディバイン】以下航空戦列艦各艦も順調に砲撃中!」

「敵艦隊残り数隻のみです!」

 

それらの報告にボルドやイグノア達幹部達はホッと胸を撫で下ろす。

性能的には自分たちの乗る【エルム・アルタラス】や【ディバイン】以下の航空戦列艦はパーパルディアの魔導戦列艦とは隔絶した性能と、高位置を取れるという優位性を持っている事に加え、現在の「装備が充足されていない」航空戦列艦にとって重大な脅威となり得るワイバーンが存在しないとは言え、この航空艦隊は訓練未了で実戦を迎えているのだ、不安が無い訳ではなかった。

 

「敵が、既に幾らかすり減らされていた事を踏まえても、及第点と言った所かな?」

「はい。とは言え性能差は歴然ですから、出るべき結果が出た、というのが実際の所かと」

 

ボルド達の声音に安堵が混ざる。

練度に不安はあったものの、水兵達は問題なく船を操って見せ敵艦隊こと、パーパルディアの反乱艦隊は間も無く掃討される。

ボルド達の心が軽くなるのも仕方が無かった、が。

 

「ボルド提督」

「ッ!何でしょう大高教官殿」

 

それに水を刺すかの様に、日本海軍から出向している教官が声をかけてきた。

 

「情報にあったもう2個艦隊の動向はどうなりましたかな?」

「あッ!!」

 

完全に忘れていた。

それ程までに眼前の敵に集中していたというか、航空艦隊としての初の実践を迎えるに当たっての緊張が大きかったというか。

 

「通信!!【神通】に連絡して情報を!それからパーパルディアの皇帝派艦隊にも通信を繋げろ!!」

 

ボルドは慌てて同じ様にアルタラスを目指している筈の艦隊について、邦人保護の名目で出張って来ている日本海軍の旗艦と、反乱艦隊を抑える為にと出撃したパーパルディアの皇帝派艦隊に対し、情報が無いかと問い合わせる指示を出すが。

 

「ッ!?待って下さい!!【神通】より緊急伝!!」

「何だと?」

「読み上げます!『急!【神通】ヨリ【エルム・アルタラス】ヘ。アルタラス島西方ヲ周リ港湾都市マ・ハーコヨ*1ヲ目指スモノト思ワレル艦隊ヲ確認。現在総数計測中ナルモ、パーパルディア皇国海軍1個艦隊並ビ多数ノ輸送艦ヲ含ム艦隊ト認ム!!』」

 

 

 

*1
王都ル・ブリアスの南方、アルタラス島のくびれの様な部分の南部に存在する港湾都市



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マ・ハーコヨ防衛艦隊

注:連続投稿です。この前に1話あります。


港湾都市マ・ハーコヨ湾内

日本皇国海軍遣アルタラス隊旗艦【神通】

 

遣アルタラス隊と称されるのは巡航艦1隻駆逐艦4隻からなる第3艦隊第18戦隊で、彼らはアルタラス王国とパーパルディア皇国の関係緊張に合わせ、アルタラス王国に滞在する邦人保護を名目に派遣されていた。

日或軍事同盟*1に基づいての派遣ではなく、あくまでも「邦人保護」を名目としているのは現在の緊張事態が、確かにパーパルディア側からのふざけた内容の通達があったからとは言え、強硬策に出たのがアルタラス側であった事から、日或軍事同盟が定める所の参戦要項、つまり「相手側からの宣戦布告」と言う条件を満たしているとは言えない状況に有るからだ。

 

また、アルタラス王国は勿論、パーパルディア皇国も反乱軍に関しても正式な宣戦布告は行っていないので、パーパルディアの反乱艦隊がアルタラスへと侵攻して来ている現状にあっても、同盟に基づく正式な参戦の為の派遣とはなっておらず、未だ邦人保護を目的とした“自衛の為”の戦力と言うなんとも微妙な立場のままで有る。

 

「が、陸上戦力に加え相当数の航空戦力を有する艦隊が向かって来ていると言う以上、自衛の為の戦闘を行なっても怒られんだろう」

「そうですな、相手が撃ってくるまでは大人しくしていろと言われている訳でもありませんから。脅威である以上排除しても問題無いかと」

 

18戦隊隊司令の榊准将は【神通】艦長の玉川大佐の言葉に頷くと続けて

 

「しかし、連中が此方を狙って来るとはな。王都北部の海岸線を目指していた1個艦隊は囮か」

「おそらくそうかと。奴らが囮だとすると皇帝派の艦隊に殴りかかられようが、アルタラス王国の航空艦隊があらわれようと、引こうとしない事に頷けます」

「だとすると、このマ・ハーコヨに我々がいたのは行幸と言った所かな?」

 

何故第18戦隊が王都であるル・ブリアスでは無く、マ・ハーコヨに展開していたのかと言うと、やはり「邦人保護」を名目としているからだった。

というのもこのマ・ハーコヨが元々南方の国々との貿易や、魔導戦列艦の建造を行うドッグを有する都市であったところを、日本皇国からの援助を受けて拡張され、日本の技術によるアルタラス海軍艦艇の改装が行われている事もあって日本人の在留者多い。

その為、在留者の少ないル・ブリアスよりかは派遣の理由に沿った都市であった。

もっとも、ル・ブリアスにも大使館の大使以下職員や、民間からの在留者もマ・ハーコヨに比べれば少ないが居ない訳では無いので、駆逐艦が1隻ル・ブリアスに居る。

 

「司令、そろそろ」

「うむ全艦に通達、直ちに出撃マ・ハーコヨ前面に展開せよ。アルタラス王国軍司令部と王国政府並びマ・ハーコヨ港湾管理局、それから我が国の大使館にも通達を」

「はっ!!出撃する!![アメノトリフネ]抜錨!!浮上航行用意!!」

「[アメノトリフネ]抜錨します!」

「【神通】よりアルタラス軍司令部へ、本艦以下第18戦隊はーー

 

邦人保護の名の下に日本海軍は動き出した。

 

 

 

 

「急げ!!敵は待ってはくれんぞ!!」

「改装が終了していない艦も出られる状況ならば全て出せ!!」

 

マ・ハーコヨのドッグ区画では、アルタラス海軍の水兵達が慌ただしく走り回っていた。

マ・ハーコヨで改装された王国海軍艦艇の内、既に改装の終わっている艦で水兵の訓練が有る程度終わっている艦は戦力集中の為、王都沖合に展開しているが、王国海軍が保有している全ての艦艇を一斉に改装終了出来る筈もなく、まだ半数ほどがマ・ハーコヨに残っている。

もっとも、その内の全てが出撃出来る状態にある訳では無いなので、現在ドッグに入っていない11隻が次々に出撃していく。

 

マ・ハーコヨ防衛艦隊臨時旗艦 魔導戦列艦【シディ】

 

「タランド提督!間も無く全艦出撃完了しますっ!!」

「うむ」

 

マ・ハーコヨにある王国海軍艦艇艦長の中で、最も位が高い為に臨時の指揮官となったタランドは副官の報告に頷く。

海を睨み付ける彼の目に映るのは、日本皇国の技術によって強化された魔導戦列艦達だ。

日本製の推進装置を付け、簡易生産された実体魔導砲を載せた彼女達は単艦の性能ならば、パーパルディアの魔導戦列艦に勝るとも劣らない戦船へと生まれ変わっていた。

 

「だが、数の差は如何ともし難い。我が方圧倒的不利に変わりは無い」

「はい、日本艦隊からの情報では純粋な戦闘艦のみで300以上。その中には当然ですが竜母も10隻以上含まれます」

 

数の差は圧倒的で、さらに言えば艦の性能的には戦えるモノとなっていても、つい最近になって漸くその性能の艦に触れた王国海軍の水兵達と、ずっとその性能の鑑で訓練し戦って来たパーパルディアの水兵とでは、その練度に圧倒的な差がある。

艦の性能上は1対1なら間違い無く戦えるものであったとしても、現状ではまともに戦えるか怪しいものだ。

 

「だとしても我等は戦わねばならぬ、我が祖国を守る為に」

 

タランドが決意を固めた所に、通信兵がやって来る。

 

「報告!日本皇国艦隊からです!!」

「なんだ?」

「はっ『ワレ、マ・ハーコヨに滞在スル邦人保護ノ為出撃ス。敵航空戦力ハオ任セヲ』以上です!」

「おおっ!!彼等も動いてくれるか!!」

 

報告を受け日本艦隊が停泊していた方を見ると、4隻の巨大艦が光の翼を拡げながら空に浮かび上がりつつ有るのが見えた。

その姿はとても力強く、頼もしく見える。

無論、彼等はマ・ハーコヨに滞在する日本人を守る為に動いている事は十分承知している。

しかし、主力である航空艦隊に大多数の改装魔導戦列艦が王都側にいる上に、航空戦力であるワイバーンも殆どが王国北西部、敵が上陸して来ると思われる海岸線にて、機巧ゴーレムの部隊である鉄騎兵隊と共に待機している現在、日本艦隊の参戦はこの上なく有難いものであった。

 

また北部での海戦もほぼほぼ終了し、残る敵艦の殲滅や降伏の受け入れは王都沖に最終防衛線として展開していた通常艦隊と、反乱艦隊と戦っていたというパーパルディアの皇帝派艦隊に任せ、航空艦隊は急ぎ南下中であると言う。

 

「司令、勝てます!この戦い!」

「ああ、我等アルタラスの総力を持って我が国を貪らんとするイナゴ共に鉄槌を下すのだ!!」

 

タランドはそう言うと通信兵に通信魔導のマイクを持って来るように指示する。

持ってこられたマイクを手に、艦隊の全てに通信を繋がせると演説を行う。

 

〈〈マ・ハーコヨ防衛艦隊臨時司令官タランドである!我がアルタラス王国は今まさに危機に瀕している!!敵は強大なる列強国の艦隊であり、残念ながら我等の増強された戦力を持ってしても互角とすら言えない程の戦力差がある。

 

だが!隣を見よ!周囲を見渡せ!共に戦う戦友達を!力強く美しい我等の艦隊を!!

 

王国海軍の新たなる力である航空艦隊が大急ぎで此方を目指し、頼もしき友たる日本艦隊も力を貸してくれる。だが!だからと言って!!彼等に任せきりにして良いのだろうか?

否そんな筈はない!!航空艦隊に力で劣ろうと、我等も王国を守る剣であり盾である!!

 

諸君!戦友諸君!!

我等の力で勝って見せようでは無いか!!〉〉

 

ウオォォォ!!!

 

タランドの演説が終わると、艦隊のあちこちから鬨の声が上がる。

マ・ハーコヨ防衛艦隊の士気は高い。

 

 

 

【神通】CIC

 

「王国海軍のやる気は上々な様だな」

「はい、王国軍はほぼ全ての戦力を持って王都北部の平原に防衛線を構築。近衛である騎士団も王都前面に最終防衛線を構築しており、ここマ・ハーコヨが陥落すれば、時間こそ掛かるものの相当の戦力が上陸を果たす事になります。

既に北部からの敵軍の上陸の可能性は殆ど無くなっているとは言え、陣地転換には時間が掛かります。

彼等も急ぎ南下するでしょうが、それまで王都までの道はガラ空き、途中にある街や村は焼かれる事になるでしょう」

「正に最後の守りといったところか」

 

実際には北部での海戦を終えた航空艦隊が南下しているとの情報が入っているが、マ・ハーコヨ防衛艦隊がまともに抵抗も出来ずにやられてしまえば間違い無くマ・ハーコヨは蹂躙されるだろう。

加えて航空艦での対地攻撃は強力ではあるが、その分人質でも取られようものならばどうしようもない。

航空駆逐艦である【エルム・アルタラス】にしろ航空戦列艦にしろ、その砲撃は敵を人質ごと吹き飛ばして余りある威力がある。

マ・ハーコヨにしろ、王都までの道のりにある街や村にしろ、住人を盾に立て篭もられたら少なくとも海軍では手の出しようも無い。

 

「また、連中がマ・ハーコヨに上陸すれば犠牲になるのはアルタラスの人々だけではありません。アルタラスに滞在する日本人もまた犠牲になるでしょう。いえ、パーパルディアの内戦の起こりを考えると、アルタラス人よりももっと悲惨な目に遭う可能性も......」

「そうだな。我々はそれを断固として防がねばならない」

「はい。では司令」

 

玉川艦長の言葉に榊准将は制帽を被り直すと一つ頷く。

 

「ああ、始めようか艦長」

「はっ!観測!!敵艦隊の竜母は捕捉しているな!」

「はい問題無く」

 

【神通】の対物索敵レーダー、結界魔法[シナツヒコ]は既にパーパルディアの第5艦隊と思わしき艦隊を捉えている。

レーダー画面が埋まりそうな程の大艦隊であるが、[シナツヒコ]はその中から問題無く竜母を見分けていた。

アルタラスのワイバーン戦力など大した事は無いと考えているのか、追撃してきているであろう皇帝派の第1・第2艦隊を警戒してか艦隊後方に八割の竜母を配している様だ。

尚、王国海軍航空艦隊経由でパーパルディアの第3艦隊から齎された情報によると「第5艦隊は第4艦隊からの救援要請に対しそれなりの戦力を差し向けた」と言う話であったが、どうもブラフであったらしく、なんならパーパルディアの通常の艦隊数より多い様だ。

第4艦隊は徹頭徹尾“囮”であったらしい。

当の本人達がそれを承伏していたかどうかは不明だが。

 

「先ずはアルタラスにとって驚異度の高い前衛の竜母と大型戦列艦を撃つ、全艦対艦誘導弾発射用意!砲雷長!」

「はっ。艦首発射管[スサノヲ](火器管制)接続1番から4番攻撃用意!!」

「艦首発射管[スサノヲ]接続、1番から4番攻撃用意ーー用意よし!」

 

【神通】と他の3隻の艦首に配置された対艦誘導弾に目標情報が入力される。

最初の攻撃は3隻の駆逐艦が全力射の4射づつと、【神通】が2発余裕を持たせた同数の4射で合計16発の対艦誘導弾による攻撃。

これにより先ず初撃にて前衛に展開する竜母の全てと大型戦列艦を平らげる。

 

「発射扉開け」

「発射扉開きます」

 

潜水艦の魚雷発射口の様に、艦首の一部が艦内へと沈み込み対艦誘導弾を内包した穴が顔を見せる。

 

「対艦誘導弾攻撃始めます」

「よし」

 

艦長が頷くのを確認すると、砲雷長は力の限り叫んだ。

 

「対艦誘導弾攻撃始め!」

「対艦誘導弾攻撃始め!よぉーい、てぇっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
日本皇国・或多羅洲(アルタラス)王国軍事同盟



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マ・ハーコヨ防衛艦隊・2

「間も無くアルタラスのワイバーンの作戦行動半径!!」

「うむ。対空魔振感知器に反応はまだ無いか?」

「は、それがその......」

 

第5艦隊司令にしてアルタラス侵攻部隊の総司令を務めるシウスの問いかけに、彼の乗艦である120門型超フィシャヌス級魔導戦列艦【パール】の艦長が言いづらそうに答える。

 

「何かあったのか?」

「はい、少し前から対空魔振探知器の受信器が飽和状態を起こしておりまして」

「飽和?どう言う事だ?」

 

対空魔振探知器とは[魔素]を利用して空を飛ぶワイバーンをできる限り遠くに居る時点で発見する為に作られた、[魔素]が消費され[魔力]が精製・使用されている状態を感知する対空レーダーだ。

[魔素]を使用しているものが空にあれば、探知範囲内であれば捉える事ができ、それを持って周辺国に対し優位に立っているのだが、今回に限ってはそれが裏目に出てしまった。

 

「原因は?」

「不明です。一度起動し直してみましたが変わらず」

 

彼らに原因がわからないのも無理は無かった。

そもそもからして、この現象を引き起こすこととなった原因である日本皇国艦隊としても、この様な現象が起こるとは想定外であったのだ。

そう、パールディアの誇る対空魔振感知器を所謂ホワイトアウト状態にせしめたのは、日本艦隊の対物索敵レーダー[シナツヒコ]が原因であった。

 

 

[シナツヒコ]と名付けられたこの[魔法]は、[結界魔法]に分類される[魔法]だ。

[術式]を展開する航空艦を中心に半径150kmの球状結界を展開し、その中で動く空気の流動、風の動きを掌握し結界内に存在する“動くもの”全てを大小問わず補足する。

 

[術式]の作動中、結界内にある[魔素]は常に少量ではあるものの消費され続ける。

今起こっているのは、それを探知した対空魔振探知器が空間中のあちこちで消費される[魔素]を感知し続けている事に加えて、本来ならば対空魔振感知器で感知する事が想定されていない膨大な魔力反応、つまり航空艦の[魔力炉]が消費する[魔素]と発する[魔力]によって、飽和状態を起こしホワイトアウトしていると言う状態である。

 

地球の国家であれば、魔法陣営にしろ科学陣営にしろ[魔力]の探知以外の索敵手段を持っているし、[結界魔法]に使われている[魔力]を特定して、レーダーからは除去する技術もあった。

が、パーパルディアの対空魔振感知器ではそれが出来ない為に、日本としてはただの索敵手段である[シナツヒコ]が、意図せぬジャミングの役割を果たしていた。

 

 

「故障、いや本艦の対空魔振感知器だけか?」

「いえ、他の搭載艦からも同様の報告が挙げられています」

「......敵による何らかの工作か?」

「まさか!?蛮族共にそんな事が出来得る筈がありません!!」

 

【パール】1隻が搭載する対空魔振感知器が、この様な状態になっているのならば兎も角、艦隊に所属する対空魔振感知器を搭載した艦全てが同じ様になっているともなれば、故障では無く何らかの外的要因が加わった結果かと首を捻るシウスに、まさかそんな事が有る筈が無いと艦隊参謀が首を振る。

 

「蛮族、アルタラス王国で無くとも“偽帝”ルディアスに与した皇都の艦隊、と言う可能性もある」

「いえ、ですが。対空魔振探知器の受信器を飽和させる装置が開発されたなどと言う話はてんで聞いた事が有りません」

「中央の連中が隠していた、と言うのも十分にあり得る。まぁいい、対空魔振探知器が効かぬのならば竜騎士達に目視で探させよ。取り敢えず通常の索敵に加えて50騎ほどを上げろ。航空参謀、運用については任せる」

「はっ!」

 

シウスの命令を受け、艦隊の前衛に展開する竜母からワイバーンロードが飛び立たんと準備を始めた。

しかし、彼等がその翼を広げ大空へと飛び立つことは二度と無かった。

 

ドカァァン!!

 

空の彼方から飛来した必殺の飛槍が、前衛の竜母4隻と12隻の魔導戦列艦を容赦無く吹き飛ばした。

その中にはたまたまではあったものの、前衛中央に位置した【パール】も含まれた。

 

 

 

「対艦誘導弾第1波全弾着弾!目標艦全艦の爆沈を確認!!」

「ッ敵艦隊内での通信量増大!現在解析中ーー解析出ました!第1波攻撃目標に敵艦隊旗艦が含まれていた模様!!」

「おおっ」

 

【神通】CICは俄に沸き立つ。

全くもって狙った結果では無く、ただ大型でアルタラス海軍の脅威となり得る敵艦を優先しただけであったが、それが結果的に敵艦隊の指揮の混乱を齎したと言うので有れば、ラッキーパンチだったと言えるだろう。

 

「流石に大国、それも列強とされる程の国家の仮にも正規軍である以上、指揮系統の移行は問題無く行われるとは思うが」

「いえ、どうでしょう?我が国はこの世界の軍事事情の全てを知った訳では有りませんが、少なくともパーパルディアは勿論、上位列強とされる神聖ミリシアル帝国やムー国ですら、長距離攻撃が可能な対艦誘導弾を保有していないのは間違いない様ですからあるいは」

「ふむ。余りにも未知の攻撃過ぎて混乱が大きくなる可能性があると?」

「は。可能性としては無くは無いかと」

 

この世界において対艦攻撃というと、艦艇どうしであれば艦砲で。

航空攻撃ならばワイバーンかミリシアルの天の浮舟かムーの飛行機械による、命中率もそんなに良くない攻撃位なもので。

敵艦の姿すら見当たらない様な状態で、突然艦艇が爆発した様にしか見えない誘導弾による攻撃は確かに、彼らにとっては未知過ぎるものかもしれない。

 

「まあ、敵が混乱してまともに戦闘出来ない状態になってくれるのであれば、ありがたい事に変わりない。アルタラス艦隊がぶつかるまでに出来るだけ数を減らすとしよう」

「はい、出来ることをやらずに悪戯に被害を出す訳にもいきませんから」

 

旗艦を含む大型の魔導戦列艦と、複数の竜母を一瞬にして沈めたとは言っても、押し寄せる敵艦隊の数は未だ300を割らない。

そんな数の敵が相手では、マ・ハーヨコに残されているアルタラス艦隊がどれだけ装備面で対等であっても多勢に無勢。

敵を幾らか食い潰せても、艦隊全滅と言うのも十分に有り得る。

 

「艦長、誘導弾第二射を後方の竜母に。小物相手は艦砲で良いだろう」

「では後方の竜母を叩き、敵が近づくのを待って艦砲による攻撃に切り替えます。砲撃の目標は、そうですな次席指揮官の乗っていそうな大型艦を優先して狙う、と言うのはどうでしょう?」

「うん、それで行こう」

 

即座に敵艦隊の後方を固める竜母に対して、対艦誘導弾による攻撃が実施される。

旗艦を含む複数艦艇の突然の轟沈に、混乱の最中にあった竜母達は結局哨戒に飛んでいた少数のワイバーンロード以外を空に上げることも叶わず、船も人もワイバーンも諸共冷たい海に沈んで行った。

 

 

 

アルタラス王国海軍 マ・ハーヨコ防衛艦隊【シディ】

 

「【神通】よりッ!敵竜母を殲滅との事!!また、第一次攻撃にて敵旗艦と思わしき艦艇を撃破!!敵艦隊は現在混乱中との事!!!」

 

「「「おお!!」」」

 

通信士の殆ど叫び声みたいな報告に、聞いていた幹部たちが歓声を上げる。

 

「未だ哨戒に飛んでいたワイバーンは残っている様ですが、それもじきに撃墜されるでしょう。上空の脅威は取り除かれました」

「うむ、これで我が方の不利な条件が一つ減った」

 

参謀の言葉にタランド提督は大きくうなづいた。

 

「しかし、敵旗艦撃破とは本当なんでしょうか?」

 

流石の日本でも、最初の攻撃で旗艦を撃破し得るなどとは思っても見なかった【シディ】の艦長が首を傾げる。

 

「ふむ、その辺り日本はなんと言っているのだ?」

「は、日本艦隊としても、我が軍にとっての脅威である竜母と大型の魔導戦列艦の排除を優先した結果で、意図して行ったものではなかった様です」

「なるほどなぁ。で、敵の混乱は間違い無いのか?」

「それは間違い無い様です。傍受した魔信では次席指揮官は誰かを問う魔信が殆どだとか。しかし、その次席もどうやら竜母やその他の大型艦と共に沈んだらしく」

「指揮系統の回復には時間を要するか!」

「おそらく」

 

アルタラスにとっては実に都合の良い話しだが、それは最初の旗艦撃破は兎も角、第二次攻撃以降第18戦隊が敢えて指揮権を引き継げる位の者が乗っていそうな大型艦を優先して狙っているのが原因だった。

最もその選別方法は「相手は砲門数イコール正義みたいな、多砲門の戦列艦を運用しているから、砲門数を大きく出来る大型の艦艇に乗ってる奴の方が偉いだろう」と言う考えからくるわりとイイカゲンなものだったが、それで結果は出ている様なので榊准将はそれでよしとしていた。

 

「通信!!全艦に通達せよ、全艦全速前進!!」

「はっ!!」

 

兎も角、敵が混乱してくれているのであれば有り難いに越した事は無い。

タランドは大きく声を上げる。

 

「では提督!いよいよ!」

「そうだ!!敵に突入して暴れ回る!!奴らどうせ我々の攻撃が自分達に通じるとは思ってもいまい!改造魔導艦をもって最大射程で一斉射!その後敵艦隊に入り込み暴れに暴れまわるぞ!!」

 

べつに自らを犠牲にしてでも一矢報いるとかそう言うことでは無い。

敵は現在混乱している、その上長年格下として見下してきたアルタラスの攻撃によって被害が生じれば、更なる混乱を齎す事が出来るだろう。

 

「【神通】より『貴艦隊ノ突撃ニ合ワセ本戦隊ハ援護ヘ移行スル。貴君ラノ武運ヲ祈ル』と!!」

「華を持たせてくれるか!!有難い!!」

 

日本艦隊としては別に、全て自分達で終わらせても良い筈だ。

というかそうした方が圧倒的に早く終わるし、犠牲も出ないだろう。

混乱しているとは言え、相手は強大なパーパルディアの腐っても正規艦隊の一つ。

間違い無くアルタラス艦隊では犠牲が出る。

 

()()ここはアルタラスの海で、この戦いはアルタラスを守る為の戦いだ。

邦人保護と言う目的はあるものの、だからと言って全て自分達だけで終わらせるのは()()と考えた榊准将の判断だった。

全滅でもされれば政治的に問題になりかねないが、要はやりようである。

適度に高脅威目標を撃破(えんご)してやれば問題無いだろう。

タランドとしてもそれは有難かった。

彼我の戦力差を鑑みれば日本の手を借りれる事は、有難いし恥ずかしい事だとは思わない。

 

が、かと言って軍人として、アルタラスを守らんとこの道を選んだ一人の武人として、思う所が無いのか?と問われればそん事は決まっている、悔しいに決まっているし、恥ずかしいに決まっている。

お前達では国を守る事も出来ないと言われて、悔しく無い軍人となんて居る筈がない。居てたまるか。

 

だからこそ、手伝いを受けていようが。

振るう力が与えられたものであろうが。

自分達の手でやる事が重要なのだ。

 

「日本艦隊の指揮官は話の分かる武人の様だ!気合を入れよ!彼等にアルタラス海軍の武勇を見せるのだ!!」

「「「おうッ!」」」

 

マ・ハーヨコ防衛艦隊は全速で敵艦隊へと向かって行く。

 

 

 



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マ・ハーヨコ防衛戦

〈〈全艦に告ぐ、我がマ・ハーヨコ防衛艦隊はこれより、敵艦隊に対して突撃を敢行する。

我等の役割は混乱している敵艦隊を引っ掻き回し、更に混乱を大きくすることだ。

我等が敵の混乱をより大きくすれば、それだけ南下中の航空艦隊が仕事をし易くなる

如何に日本海軍の援護が有ろうとも、犠牲無くして済む事は無いであろう。

我々の、はたしてどれ程が生きて戻れるかも分からん。

であればこそ、私は戦友諸君に頼まねばならない。その命、どうかここで使って欲しい。〉〉

 

「「「アルタラス王国万歳!!!」」」

 

〈〈全艦突撃せよ!!〉〉

 

【シディ】を先頭にマ・ハーヨコ防衛艦隊は混乱の最中にある、パーパルディア艦隊へと突撃する。

 

「前方よりアルタラス王国海軍ッ!!」

「出て来たか!!おいッ攻撃用意をしろッ!!右回頭ッ砲戦用意!!」

 

彼等の姿を認めたパーパルディア艦隊の先頭の方にいた戦列艦達が、バラバラに動き始める。

しかしそれは、統一された意思の下での行動では無く、混乱の最中「最も早く敵を沈めればそれを持って自身が全体の指揮官となれる」と考えた各艦長の独断によるものだった。

 

「敵艦隊前衛の戦列艦が回頭ッ!!こちらに艦腹を向ける様子ッ!!砲撃準備と思われる!!」

「よしッ!敵の度肝を抜いてやれッ!!奴らは俺たちの攻撃が届きやしないと思ってる筈だ!!」

 

彼我の距離は間も無くパーパルディア側の艦砲の射程に入ると言った距離。

従来ならば、アルタラスで豊富に採れる魔石を利用した兵器である「風神の矢」や、魔石で得た富で揃えた魔導砲のどちらもまだ射程には届いていない距離だ。

しかし。

 

「風神の神弓に風神の矢を装填!攻撃用意!!」

 

元々風神の矢という兵器は先端の鏃に爆裂魔法を封入した魔石を用い、中間部分に設置された螺旋形状の帆に風神の涙からの風を当て、射程距離を伸ばすというものだった。

発射方式は通常のバリスタという事もあり、射程が伸びているといっても精々が射程2km程度しか無かった。

日本の技術を用いた魔導戦列艦の改装計画が出来た時、船体と魔導砲の改装に加えて、風神の矢を誘導できないミサイルみたいなものだと捉えた日本側はその改良案も提案した。

 

その改良案にアルタラス海軍が飛びつき、そうして生まれたのが「風神の神弓」だ。

従来のバリスタから大きく形を変えること無く、新型魔導砲にも採用された日本の実体砲にも使われている加速の術式を使用し、有効射程を倍以上の5kmまで伸ばし、ついでに速度も上がっている。

さらに鏃を魔石そのままでなく鉄で覆う事によって、上がった速力と相まってかなりの貫徹力を持つに至り、日本のメーカーによればパーパルディア艦船の木造の船体の上に貼った装甲程度であれば貫通して、内部で爆裂魔法が炸裂できるであろうとの事だ。

 

「風神の矢攻撃用意よし!!」

「撃てぇぇッ!!」

 

ーバシュゥゥッ!!ー

 

引き絞られた弓に弾かれ、加速術式によって加速を重ねた風神の矢はとてつもない速さで敵艦を屠らんと飛び出した。

 

 

「アルタラス艦隊より飛翔体!!」

「なにっ!?魔導砲か?」

「いえっ敵艦は此方に艦首を向けたままです!おそらく艦首の大型バリスタによる攻撃かと!!」

「ふんっなんだ威嚇のつもりか?」

 

アルタラスの魔導戦列艦も、性能が低かろうと形状としてはパーパルディアの魔導戦列艦と変わらず、魔導砲を撃とうと思うと相手側に舷側を向ける必要がある事に違いは無い。

第一魔導砲を仮に艦首に配置していたとしても、アルタラス如きの魔導砲がまだ此方の砲撃すら有効打にならない距離で撃ってきた所で、少々の威嚇にしかなりやしない。

「魔導砲ですらそれなのだから大型のバリスタなんぞ」と、見張りの報告を聞いた誰もが思った。

 

ーズダァンッッ!!ー

 

「なッなぁッ!?」

「砲艦【ラッツィ】被弾!!」

 

その時砲撃のために舷側を向けていた砲艦の一隻が運悪く被弾、そして

 

ードドォォォンッー

 

「ああ、そんなッ」

 

運の悪い事に砲撃の為アルタラス艦隊に舷側を向けていた為、砲列甲板に風神の矢が飛び込みそこで鏃の爆裂魔法が炸裂。

その爆発が魔導砲の火薬に引火、大爆発をおこし吹き飛ばされたマストが空高く舞い上がった姿に、彼等の楽観的な考えは粉微塵に吹き飛ばされた。

 

 

「敵砲艦一隻撃破!!」

 

「おお」と感嘆の声が上がる。

今までであれば「一矢報いれれば」という程度であったのが、一隻とは言え撃破せしめたのだ、艦隊の士気は大いに上がった。

もっとも、中には撃破出来たのが一隻だけだという所に、苦い顔をしている者もいた。

 

「命中は1発だけか」

「威力は兎も角、命中率に関しては据え置きですから」

 

風神の矢は改良されたとは言え、それはあくまでも発射能力の強化のみであり、自動装填装置も無いので一回一回人力で装填し、レーダーなんて搭載していないので射手が目測(望遠鏡有り)で狙って撃つ。

その為残念ながら連射なんて出来ないし、命中率もそれ程よろしくない。

むしろいきなり一隻食えただけ十分過ぎる戦果だ。

 

「兎も角、あるだけ撃ち続けよ。まぁ当たらんでもいい、此方が奴等の懐に入り込むまで砲撃をさせない様牽制できればそれで良い」

「はっ」

 

 

実の所、風神の矢は魔石を使い捨てるという事もあって、いかに魔石が豊富に取れるアルタラスであっても数をそこまで大量に用意できる訳では無い。

その為まともに当てられないというのは問題ではあるのだが、初撃にて一隻を撃沈せしめた事実はパーパルディア側に相当な動揺を与えており、それを成した攻撃が飛んでくる事で砲撃準備に乱れが生じているのは間違い無かった。

 

ドドーン!ドドーン!と海面に水柱が立ち、運悪く被弾した砲艦や戦列艦が傾く。

 

「なっ何なんだ!?コレは!!?」

「何故だッ!?何故蛮族如きの攻撃がこうもッ!?」

 

パーパルディア反乱艦隊の誰にとっても理解し得ない状況が続く。

艦隊首脳陣は軒並み居なくなり、各艦の最高位者である艦長達ですら何が起こっているのかが、全くわからない。

何故、蛮族の攻撃、それもバリスタなんぞの攻撃でこうも容易く皇国の魔導戦列艦が沈むのか。

上が混乱していれば当然下の水兵達も混乱するし、何より輸送艦に詰め込まれた陸軍兵士の混乱は大きかった。

彼等は海戦の事なんてこれっぽっちも知らない、あくまでもお客さんにしか過ぎない存在だ。

「もう間も無く蛮族の領海に入り、奴等の海軍を蹴散らすだろう」という情報程度は指揮官達には伝わっていたが、実際に起こっている事はどうか。

 

蛮族を蹴散らすどころか此方が蹴散らされているでは無いか

 

竜母達はいきなり爆発するし。

空から光が降り注いだかと思えば戦列艦が爆発する。

そして極め付けに、蛮族の艦隊が突っ込んできて攻撃してきたと思えば、戦列艦や砲艦が爆発していく。

頭がおかしくなったのかと思いたくなる。

 

「一体何が起こっているんだ?俺達は蛮族の国に攻め込んで、それを蹂躙しに来た筈だろう?」

 

陸軍指揮官の誰かがポツリとこぼしたその言葉は、反乱派の将兵全員の疑問と困惑を表したものだった。

 

 

 

「風神の矢!最後の斉射終えました!!」

「よろしい!!では全艦に通達!!敵艦隊の中に突っ込むぞ!!速力を上げろぉ!!」

「ヨーソロー!!」

 

【シディ】を先頭に、更に速力を増したマ・ハーヨコ防衛艦隊がパーパルディア反乱艦隊の陣形の中に入り込む。

艦隊の前衛で砲撃準備をしていた艦は幾つもの落伍艦を出し、そしてその事態に対する大きな動揺のため動けない。

マ・ハーヨコ防衛艦隊は一切の反撃を受ける事なく敵の懐に入り込む事に成功した。

 

「全艦!魔導砲砲撃始めッ!!指示は待たんで良いッ!!各艦毎に装填が済み次第撃って撃って撃ちまくれぇ!!」

「右も左も、前も後ろも敵!敵!敵と!!的が選り取り見取りで大変よろしいですなっ!」

「ああ!我らの訓練は十分に終わっているとは言えんッ!外す心配が少なくて結構!結構!!」

 

➖ドドン!➖

➖ドドン!➖

 

マ・ハーヨコ防衛艦隊は兎も角目についた敵艦相手に、撃って撃って撃ちまくる。

当然各艦毎の狙いの振り分けなんてされていないので、狙われる敵艦はバラバラだ。

運良く一隻からも狙われない艦もあれば、数隻から馬鹿みたいに集中放火を浴びる艦もある。

そうなった艦は悲惨で、従来通りの球形砲弾では無く椎の実型の砲弾は、パーパルディアの魔導戦列艦の薄い鉄板装甲を突き破り内部で炸裂、1発でも最悪なのに複数から狙われたせいで複数発が炸裂し、その爆発が自身の抱える爆薬に引火、跡形も無く消し飛んでしまった。

 

 

「何をしているッ!!蛮族にこれ以上好きにやらせるなァッ!!反撃だッ!!撃ち返せッ!!」

「ッお、お待ちください!!この状況で撃てば味方に!!」

 

反撃せよという艦長に砲術長が待ったをかけるが、鬼の形相をした艦長に胸ぐらを掴まれる。

 

「ではお前は!このまま蛮族に好き勝手させると!?そういうのか!?」

「いえッ!!その様なつもりは有りませんッ!!ですがッ!統制もせずに各艦毎に自由に撃てば!最悪味方に更なる被害を齎す可能性があります!!」

「そんな事は分かっているッ!!だがヤツラの数を見よッ!!大した数では無いッ!!ならば早々にカタを付ければ味方の被害は少なく出来るッ!!違うかッ!?」

 

そんな光景が艦隊のあちこちで見られた。

中には艦長と砲術長の立場が逆な艦もある。

敵艦隊の砲撃に晒される味方の犠牲を致し方無いものとし、周囲の艦で完全に包囲して逃げ場を無くしてから一網打尽にするか。

それとも、自身の攻撃が味方を沈める可能性を呑み込んだ上で、早々に決着を付けるか。

 

どちらにせよ被害が出るし、こうして言い合っている間にも、敵の攻撃による被害は増える一方だ。

 

➖ドドン!!➖

 

「あっ!!」

「くぅッ!!」

 

その時、一隻の砲艦が砲撃を行った。

覚悟を決めた艦長による指示かそれとも、痺れを切らした砲術長の指示か、あるいはその逆かも知れないし、もしかすると我慢が効かなくなった砲手による独断であったのかも知れない。

 

➖ドカァァン!!➖

 

そうして放たれた砲弾はマ・ハーヨコ防衛艦隊の戦列艦の一隻に吸い込まれるように当たった。

 

「戦列艦【ペトート】被弾ッ!!落伍しますッ!!」

「【ペトート】より旗信号!!『ワレ、戦列ヲ離レル。戦友諸君の武運ヲイノル』!!」

「良く戦ったッ!!」

 

1発放たれてしまえば、あとはもう連鎖的にパーパルディア反乱艦隊による砲撃が始まった。

 

➖ドドン!➖

➖ドドン!!➖

➖ドドン!!!➖

 

一隻数十もの魔導砲からなる砲撃だ。

百発百中とは行かなくとも、ほぼ全方位を囲まれている状態での砲撃で、マ・ハーヨコ防衛艦隊には直ぐに被弾する艦が出る。

 

「【トレッタ】【ベルーン】被弾!!足行き止まるッ!!」

「あァッ【カラフェル】がぁっ轟沈しましたぁッ!!」

「足を止めるなッ!!進み続けろッ!!」

 

次々と落伍艦が出るがマ・ハーヨコ防衛艦隊は止まらない。

空から正確に降り注ぐ日本艦隊からの砲撃によって開かれる開口部に飛び込み、こじ開けて進み続ける。

 

 

「マ・ハーヨコ防衛艦隊、損耗率50%ッ!!」

「司令、流石に止めるべきでは?」

 

レーダー上に映るマ・ハーヨコ防衛艦隊が数を減らして行く様子に、【神通】艦長の玉川大佐が18戦隊司令の榊准将に進言する。

 

「うむ。【シディ】から救援の要請は来ていないんだな?」

「は、今のところ何も」

「ではこのまま、彼等の行き道を開く事を続けよう」

「しかし......」

 

玉川艦長の懸念も最もだ。

敵の数は多いが[魔力]が精製できる環境であれば弾切れを気にする必要は無く、敵艦はどれもこれも1発当たるかもしくは掠らせる程度でも、撃沈ないし戦闘力を喪失させる事ができる。

 

数が多く殲滅に時間がかかり、その内にやられてしまうというのなら、いっそ間に駆逐艦を割り込ませればいい。

収集したデータから予想されるパーパルディアの魔導砲の威力ならば、[ヤタノカガミ]を展開する必要もないだろう。

 

つまり、救おうと思えばいつでもマ・ハーヨコ防衛艦隊を救う事ができるのだ。

「できるのに見捨てた」そう言われて批判を受けるのは勘弁だ、と言うのが玉川艦長の正直な意見でだった。

 

「艦長の言いたいこともわかるさ。が、我々はあくまでも『邦人保護』という名目の下、ここにいて戦闘を行なっている」

「矢面に立つのはアルタラス海軍でなければならないと」

「そもそもからして、先制で竜母やら大型戦列艦を殺ったのも、グレーと言えばグレーだろう。禁止されてはいなかったから何か問題になる事は無いだろうが」

 

18戦隊の行動は邦人に何らかの危害を加える可能性がある』パーパルディア反乱艦隊から『邦人を保護する』事を言い訳にした、防衛行動としての行動だ。

その行動自体マ・ハーヨコ防衛艦隊にとって、敵があまりにも強大であるからこそ歓迎されているが、裏を返せば「マ・ハーヨコ防衛艦隊は戦力として当てにならない」と言っている様なものだ。

 

そもそも日本皇国とパーパルディア反乱派は、現時点において別に戦争状態にある訳では無い。

しかも日或軍事同盟での「参戦」に関する条項に関して、今尚「アルタラスから宣戦布告したのか、パーパルディアから宣戦布告したのか」で外務省は揉めているらしい。

まぁ、おおかた「パーパルディア反乱派を()()()()()()()()()事で危険な武装組織としアルタラス王国防衛の為に同盟に基づく戦力派遣を行う」と言う形に落ち着きつつある様ではあるが。

 

「政治の話ですか......」

 

政治で死ぬ兵士が増えるなど、と玉川艦長はため息を吐く。

 

「そう、政治の話だ。最も?我々の出る幕は無くなった様だがな」

 

 

➖バシュゥゥ!!➖

 

 

戦場に1条の光線が走り、数隻のパーパルディア反乱艦隊の艦隊が文字通り吹き飛ぶ。

日本皇国製収束魔力砲による攻撃だ。

だが、それは今まで攻撃を続けていた日本皇国海軍18戦隊から放たれたものでは無い。

彼等は戦場の東側に布陣している。

今の砲撃は()()()のものであった。

 

 

〈〈こちらアルタラス王国海軍航空艦隊旗艦【エルム・アルタラス】。我等航空艦隊はこれより戦闘に参加す〉〉

 

 

 

 



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航空艦隊(騎兵隊)

アルタラス王国を侵攻せんとする、パーパルディア皇国反乱派に属する艦隊と、防衛の為出撃した港湾都市マ・ハーヨコを母港とするマ・ハーヨコ防衛艦隊がぶつかり合う戦場に、北から1条の光線が走った。

 

その光線、日本皇国製収束魔力砲による砲撃は見事にパーパルディア反乱艦隊の魔導戦列艦に突き刺さり、その艦体を吹き飛ばした。

 

「騎兵隊の到着、だな」

 

「こちらアルタラス王国海軍航空艦隊旗艦【エルム・アルタラス】。我が航空艦隊はこれより戦闘に参加す」

 

 

 

時を少々戻して。

マ・ハーヨコにパーパルディア反乱艦隊接近の報を聞き付けた、アルタラス王国海軍航空艦隊は先程までの戦闘の後始末をパーパルディア皇帝派の第3艦隊に押し付けると即座に南下。

全速力でマ・ハーヨコを目指していた。

そこにマ・ハーヨコに展開する日本皇国海軍18戦隊からの情報が齎される。

 

「日本皇国海軍第18戦隊より入信!」

「読み上げろ!」

「ハッ!読みますッ『発【神通】宛【エルム・アルタラス】。マ・ハーヨコ防衛艦隊ハ勇猛果敢ニ敵艦隊ニ対シ突撃ヲ敢行』!!」

 

通信士が読み上げた内容に【エルム・アルタラス】のCICは騒然となる。

マ・ハーヨコにはそれなりの数が展開しているが、それらの艦艇は凡そ半数程度も改装が済んでいなかった筈だ。

日本の技術で改装された魔導戦列艦は一対一ならばパーパルディア製魔導戦列艦相手でも劣らないとされているがそれでも数が数だ、突撃をしたところで押し潰されるのは目に見えている。

 

「詳細データ来ました!!」

「内容はッ!?」

 

そこにデータリンクを通して、突撃に至るまでの流れと、現在の動きが共有される。

 

「マ・ハーヨコ防衛艦隊は18戦隊の先制攻撃による敵竜母及び、大型戦列艦の撃破による指揮系統混乱に乗じて突撃した模様!!」

「なるほど、航空戦力が展開される前に竜母を潰し。更に大型戦列艦を優先して潰す事によって指揮官級の将校を潰し、指揮系統の混乱させたのか」

「たしかにそれならば、マ・ハーヨコの艦隊が突撃すれば、混乱は更に大きくなりますか」

 

情報に海軍司令ボルドや【エルム・アルタラス】艦長イグノアが感心した様に何度も頷く。

実の所、最初の攻撃で偶々旗艦を潰せた事に始まる、行き当たりばったりな行動ではあったのだが、まぁ態々そんな事は伝えないので、彼等の感心は大きくなる一方だ。

 

「マ・ハーヨコ防衛艦隊の指揮官はタランドだったな。艦長、奴が敵の混乱を大きくする事を目的としているのはどう言う事だと思う?」

「は、つまり我々を待っているものかと。18戦隊が防衛艦隊の掩護、進路を塞がれない様にと進路前方の艦のみを選んで撃破しているのも、また我々を待っているからかと」

 

軍人としてでは無く、あくまでもいちアルタラス王国人として言わせて貰えるならば、そんな風に選んで攻撃するくらいなら、とっとと全部沈めてくれ。

ボルドの脳裏に浮かんだそんな考えは海軍のトップに立ち、政治の事も考えなければならない立場にもある軍人としての己が、即座に否定する。

 

竜母や戦列艦を吹き飛ばしておいてどうなのか?と言う話ではあるのだが、日本皇国はパーパルディア反乱派とは別に戦争状態に無く、本格的な参戦は憚られる。

というか実はそもそもからして、アルタラス王国だって、果たして国家間での戦争状態にあると言えるのかは微妙なところなのだが。

なんたって、皇帝ルディアスを頂点とする所謂現状での皇帝派をパーパルディア皇国正統政府と認識する日本皇国とアルタラス王国にとって、反乱勢力は国家では断じて無いのだから。

 

とは言えそのおかげで、今まで曖昧であったアルタラスが宣戦布告したのか?パーパルディアが宣戦布告したのか?と言う、日或軍事同盟の参戦要項に関する問題は解決に向かいつつあり、間も無く日本軍の本格参戦もなされるだろうと予想されるが、しかし。

 

「日本の参戦を待っていていい筈が無い、か」

「故にこそ、タランド提督は突撃と言う選択を取ったのかと」

 

戦場になっているのはアルタラスの海だ。

国家ですら無いならず者たちが蹂躙せんと押し寄せているのは、我らが故郷、我らが祖国アルタラス王国だ。

結局の所は他国である日本におんぶに抱っこなんて事が許される筈もない。

 

「間も無く主砲の最大射程ッ!!」

「航空戦列艦は?」

「まだ暫くかかりますッ!!」

 

日本皇国海軍が使用していた艦艇である【エルム・アルタラス】と取り敢えず空を航行できて、魔導砲が撃てれば良いとされた程度である航空戦列艦とでは、速力差はいかんともし難く。

仕方なく【エルム・アルタラス】が先行する形となっていた。

 

「待ちますか?」

「待たん」

 

イグノアの問いかけにボルドは即答する。

 

「確かに火力を考えれば、航空戦列艦を待った方が良いのは間違い無い。が、手が届く距離にいるのだ、これ以上仲間が散っていくのを黙って見ているなど出来るものか。違うか?艦長?」

「はっ、愚考でした」

 

ボルドは軽く頭を下げるイグノアに頷くと命令を発する。

 

「では艦長、我々も戦列に加わるとしよう」

「はっ!対海上戦闘用意!航海長高度下げ!戦闘高度!!」

〈〈高度下げます!戦闘高度まで降下!!〉〉

〈〈よーそろー戦闘高度まで降下!!〉〉

 

先ず、艦橋に命令が伝えられアルタラス島中央部の山脈を超える為、高く取っていた高度が戦闘高度まで下げられる。

 

「砲雷長!初弾から当てて見せろ!出来るな!?」

「お任せをッ!!」

 

最悪第3艦隊に当たっても、何だかんだと言い訳のしようはあった第4艦隊との戦闘とは違い、いま渦中にあるのは完全な味方艦隊。

万一にも誤射があってはならない。

 

「主砲砲戦用意ッ!!レーダー連動射撃!」

「主砲砲戦用意!レーダー連動射撃!」

 

【エルム・アルタラス】艦首に装備された127mm収束魔力砲が起動し、レーダー魔法[スサオノ]からのデータを基に照準を合わせる。

 

「砲撃用意よし!」

「主砲撃方始めぇ!!」

「うちーかた始めぇ!!」

 

➖バシュゥゥ➖

 

放たれた一条の光線は寸分違わずパーパルディアの魔導戦列艦を吹き飛ばした。

 

 

北からの砲撃で魔導戦列艦が吹き飛ぶ姿と、それを成した北の空に浮かぶ大型艦の勇姿は【シディ】のタランド達にもよく見えた。

 

「提督っ!!」

「間に合ってくれたかッ!!」

 

航空駆逐艦【エルム・アルタラス】を旗艦とする航空艦隊が全速力で此方に向かって来ているのは知ってはいたが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

だが、彼らは我々が全滅する前に来た、来てくれた。

覚悟は有った、けれど生きている事を喜ばない理由は無い。

 

 

〈〈マ・ハーヨコ防衛艦隊の奮戦に敬意を表す。後は我々に任せ貴艦隊は離脱されたし〉〉

〈〈【神通】より【シディ】へ我々にはマ・ハーヨコ艦隊脱出掩護の用意がある〉〉

 

 

空にある力強い友人達の言葉、タランドの涙腺が思わず緩みそうになる。

 

「ッマ・ハーヨコ防衛艦隊は離脱するッ!!【神通】に離脱支援を要請!!」

「はっ!残存艦に通達!!離脱する!!」

「マ・ハーヨコ防衛艦隊旗艦【シディ】より【神通】へ、我離脱する支援求む。繰り返す我離脱する、支援求む!」

 

【神通】へと離脱支援を要請した瞬間、【エルム・アルタラス】の登場に最早意地になったのか、せめてマ・ハーヨコ防衛艦隊だけでも叩こうと考えたのか距離を縮めて来ていた敵艦が、次々と降り注ぐ魔力砲の光線に捕らえられ爆散した。

更に急速に高度を落としたマ・ハーヨコ防衛艦隊の前後左右を囲う様に着水する。

 

〈〈【神通】より【シディ】へ、我の先導に従われたし〉〉

「了解した、貴軍の援護に感謝する!!」

 

こうして、最早パーパルディア製の魔導戦列艦ではでも足元出せない存在に守られて、マ・ハーヨコ防衛艦隊は悠々と戦闘海域を離脱して行く。

それでも、生き残った艦艇は【シディ】を含めたったの3隻。

残る8隻は己の役目を全うし沈んで行った。

 

「総員に通達、手の空いている者は皆英霊となった戦友に敬礼を捧げよ。【カクラン】と【レテム】にも通達せよ」

 

タランドの指示で艦を走らせる為の必要最低限を除いた生き残った兵士達は整列し、日本艦艇の隙間から見える戦場に対し敬礼する。

 

➖ボォォォォォ➖

 

その様子を見た榊准将の指示で【神通】が弔笛をならした。

それはアルタラス王国海軍臨時編成艦隊マ・ハーヨコ防衛艦隊の戦いの終わりを告げる音だった。

 

 

 

 

 

マ・ハーヨコ防衛艦隊の戦いは終わったが、【エルム・アルタラス】及び到着した航空戦列艦からなるアルタラス王国海軍航空艦隊の戦いはむしろこれからだ。

彼らはマ・ハーヨコ防衛艦隊の離脱の際、日本艦隊によって行き掛けの駄賃とばかりにボコボコにされたパーパルディア皇国反乱派の残存艦隊に襲いかかる。

 

〈〈敵艦隊への攻撃は【エルム・アルタラス】が主となって行う。各航空戦列艦は敵を牽制しつつ、残弾の許す限り散発的に砲撃を行え。優先は敵魔導戦列艦以下の先頭艦、後方の輸送艦は後回しで構わん〉〉

 

とは言え、魔力を収束して撃ち出す魔力砲を搭載している【エルム・アルタラス〉と違い、航空戦列艦が搭載しているのは実弾を撃ち出す魔導砲だ。

5隻ともに反乱派第4艦隊との戦闘で相当数の弾頭を消費しており、当然ではあるが補給をしてくる時間なんて殆どなかった。

その為、ボルドは航空戦列艦には積極的に攻撃せず敵を牽制しながら、時折砲撃を行う様に指示を出した。

 

航空戦列艦の残弾が少ない事を知らない敵は急速に距離を縮めたり、頭を抑える様に動く航空戦列艦の動きに大慌てとなり、次々と【エルム・アルタラス】の砲撃や航空戦列艦が時折行う砲撃によって沈んで行く。

 

「このまま行けば殲滅も時間の問題か」

「敵の脅威がもう如何程か下がれば航空戦列艦は着水させて、マ・ハーヨコ防衛艦隊の撃沈艦の生存者捜索をさせましょう」

「そうだな。彼等は皆勇者だ出来るだけ早く引き上げてやらねば」

 

ボルドとイグノアがそんな会話をしている頃、パーパルディア反乱艦隊の後方に居た輸送艦でも輸送艦隊の指揮官と、乗り込んだ陸軍の指揮官との間で話し合い、では無く罵り合いが起こっていた。

 

「今すぐに引き返せっ!!敵は戦闘艦を優先して狙っているのだろうっ!?ならば此方に矛先が向く前に撤退すべきだ!!」

「貴様ッ!!友軍を見捨てて逃げろと言うのかっ!?」

「逃げるとは言っていないッ!!戦力温存の為にも撤退すべきだと言っている!!」

「それを逃げると言っていると言うんだ!!」

 

直ちに撤退すべきだと主張しているのは陸軍の指揮官で、それを否定しているのは輸送艦隊の指揮官だ。

前者は船上では何もできないが故に、このまま反撃すらまともに出来ていない海軍に巻き込まれて戦力を損耗するのはまっぴらごめんで、後者は戦闘艦と輸送艦という違いはあれど、目の前で沈んで行っているのは紛れも無く同じ海軍の仲間だ、見捨てるなんて事は出来なかった。

だが、だからと言ってこの場に腹に陸軍将兵や、大型の生物であるリンドヴルムやら牽引式魔導砲やらを抱えた鈍重な輸送艦がこの場にいたとしても......

 

「何が出来ると言うんだ!輸送艦が!!貴様等がここにいて!!空に浮かぶあの敵を相手にッ!!一体何が出来るッ!?」

「くっ、だが、一矢報いる事は出来るッ!!」

「純粋な戦闘艦すら反撃すらできていない様な相手にッ!!たかが輸送艦がどうやって一矢報いる事が出来ると言うんだッ!!陸軍軍人たる俺だって輸送艦の武装が大したものではない事位知っているぞ!!」

 

パーパルディア皇国海軍の輸送艦の武装はほぼ無いに等しい。

基本的に水兵が扱うマスケットが30丁あるか無いかで、船によっては大型のバリスタを1基2基載せているかいないかと言った有様で、魔導砲に関しては一門たりとも搭載していない。

これは、パーパルディア海軍にとって輸送艦を活動させる海域と言うのは、既に友軍艦隊によって制海権が完全に確保された海域であると言うのが大前提にある為で、輸送艦が独自に防衛戦闘を行うなどと言った状況が発生するなどとは、一切考えられてなどいなかった。

無論揚陸もまた、ワイバーンが上空から焼き払い、魔導戦列艦や砲艦がしこたま砲弾を撃ち込んだ後に、悠々と揚陸すると言うのが彼等に持っての常識であり、強襲揚陸なんてシュチュエーションなんて全く考慮されていないので、輸送艦は本当に大勢を乗せられるだけの大型艦にしか過ぎない。

 

「だがなッ!蛮族相手に背を向けて逃げるなど!!」

「現実が見えんのかッ!?貴様はッ!?アレのどこが蛮族だ!!我が皇国の海軍が蛮族の海軍を屠るかの如く、我等の海軍を殲滅するアレの!どこが!!蛮族だ!?」

 

陸軍指揮官にとっても、認め難い光景である事は確かだ。

第三文明圏において、皇国の誇る強大なる海軍は圧倒的な存在であった筈だ。

だが、皇国海軍を絶対者せしめていた象徴の一つであるワイバーンロードを乗せた竜母は早々に排除され、哨戒に飛んでいた者を除きただの一騎たりとも竜騎士を空にあげる事は叶わず。

蛮族の軍船如きでは傷一つ付ける事など出来ず、蛮族の手の届かない距離から攻撃する事の出来る魔導砲を載せた魔導戦列艦は、突入して来た敵艦隊に翻弄され、幾らかは沈めたようだが今となっては一切の抵抗を許されず、ただ沈められて行く。

 

「貴官があの光景を受け入れられないのは理解できる、俺だって実際にはそうだ。だがな、我々は指揮官だ、兵の命を預かる立場にある将だ。己の感情だけで判断する事は許されん」

 

 

たとえ認め難くとも、たとえ受け入れ難くとも

それでも、指揮官として目の前の光景を理解しない訳にはいかなかった。

 

「ぐっうぅ.......わかった、輸送艦隊全艦に通達ッ!!直ちに反転!当海域を離脱するッ!!第5第6の残存艦にも通知しろッ!!」

「貴官の決断に敬意を表そう」

 

拳を血が滲む程に強く握り締め命令を発した輸送艦隊指揮官、陸軍指揮官は彼の判断に安堵した。

 

「安心するのはまだ早いぞ。言っておくが輸送艦の足は遅い、戦闘海域とは未だある程度距離が有るとは言え戦闘艦の数は大きく減っている。いつ奴らが此方へ喰らい付いて来るかわかったものでは無い」

「もちろん、理解しているとも。敵が、海上では何の役にも立たない我々を乗せているだけの輸送艦を、見逃してくれる事を祈るとしよう」

「ふんっ」

 

暗くなっている雰囲気を和らげる為か、冗談めかして言った陸軍指揮官を一瞥して輸送艦隊指揮官は操艦指揮の為離れて行った。

陸軍指揮官は離れていくその背中から目を逸らし、戦場の方へと視線を向ける。

 

「なに、希望はあるさ。アルタラスにとって我々は見逃しても良い存在の筈だ、それに彼方にも余裕は無いと見える」

 

先程までいた4隻の巨大艦と入れ替わった巨大艦は兎も角、戦列艦の様な形状の5隻は殆ど攻撃をしていない様に見える、舷側にはいくつかの魔導砲が顔を覗かせていると言うのに。

おそらく、あの6隻は北に向かった第4艦隊とやり合ってから此方にやって来たのだろう。

彼方の結果は判らないが、彼等がここに現れたと言う事は第4艦隊は負けたと言う事だろう。

幸いなのはそのおかげで、敵の残弾が殆ど無くなっている様だと言うところだろう。

まぁ巨大艦は謎の光線で次々と味方艦を沈めて行っているのだが。

 

「問題はルディアス帝に付いた艦隊か。帰り際に遭遇する可能性は高いが、まぁ問題無い。我々はここで生き残った、ならば()()()()()()()()()

 

小さく呟かれたその言葉は騒がしくなった船内の喧騒にかき消され、呟いた本人以外の耳に入る事は無かった。

 

 

 

 

 



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