戦国†恋姫〜巻き込まれた保護者たち〜 (やまかっちゃん)
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1話

最初は少し短めです。


「お~い、一刀伯父さん~って、げっ!好恋伯父さんもいるのかよ」

 

「会って早々に、げっ!とはなんだ、げっ!とは」

 

「そうだぞ。こんな奴でもお前の保護者の一人なんだぞ」

 

「お前はお前で何気に酷いことを言うような」

 

「だって好恋伯父さんがいるってことは恋お姉ちゃんも―――」

 

「……勿論いるよ」

 

その声は、俺のすぐ後ろから聞こえてきた

 

「うおっ!……いつも言っているけど、すぐ後ろから話し掛けてくるのやめてくれよ。心臓に悪いからさ」

 

「「「気配の察知がまだまだ甘い」」」

 

「伯父さん達が人間離れしているだけだろうがっ!」

 

「それは好恋や他のみんなだけだっ!っと、そう言えば、前回の稽古の時に言ったが今日は真剣でやるから蔵の中にあったはずだから取ってこい」

 

「はいはい、取ってきますよ~」

 

「ついでに好恋と恋も一緒に探しに行ってやってくれ」

 

「あいよ」 「…………わかった」

 

 

「あれ?好恋伯父さん達も来たの?」

 

「ああ、一緒に探してやってくれってな」

 

「……ったく、一刀伯父さんはホント、人使いが荒いんだよなぁ……」

 

「「同感」」

 

あの伯父さん、笑顔で人に無茶を強いるのが得意技なんだよな。そのクセ、妙に口が上手くて、いつのまにか乗せられたりするし。

 

 

俺達は手分けして刀を探した。

 

「それにしても……ガキの頃から気になってたんだけど、なんでこの家の蔵は、こんな中華風なんだ?」

 

「まぁ、色々事情があるんだよ」

 

いつの間にか近くに来ていた好恋伯父さんに聞かれていたようだ。

 

「母さんが事故で死んでしまってから、ガキの俺を引き取って養ってくれてるけど。………あの伯父さんはホント謎が多いおっさんだ」

 

母の兄である伯父さんは、俗に言うかなりのたらし……もといかなりの艶福家で、俺が育ったこの屋敷には五十一人もの女性や好恋伯父さんと奥さんの恋姉ちゃんも一緒に住んでいる。

 

また好恋伯父さんとは血は繋がっていないが、俺が生まれた時には、一刀伯父さんと兄弟のようにつるんでいたため、好恋伯父さんと呼んでいる。本人達曰く向こうの世界とやらで出逢い、兄弟の儀とやらをやり兄弟になったらしい。

 

また、本来稽古する時間には、好恋伯父さんも恋姉ちゃんもいないのだが、たまにこういった日のように稽古する時間にいると、好恋伯父さんと恋姉ちゃんが稽古の相手になる。

 

恋姉ちゃんも好恋伯父さんも手加減と言うものを知らないのか、いつも気絶させられてしまうため、姉ちゃんたちの稽古の中でも特に苦手だ。

 

っと、色々考え込んでいたが早くしないと、夕方の鍛錬に遅れてしまう。

 

 

〜数分後〜

 

 

「ん?これかな?」

 

蔵の奥の棚に無造作に押し込まれていた刀らしきものを手に取ってみた。掌にずっしりとした重みが伝わってくる。

 

「へぇ……重さのバランスも良いし、リーチもちょっと長めで俺好みだ。良い刀だなー、これ」

 

柄の長さも丁度良く、まるで俺用にあつらえてあったかのように、しっかり手に馴染む。

 

「お~い。見つかったのか?」

 

「ああ、あったよ」

 

刀が見つかったことで、どおやら好恋伯父さん達は、こっちに向かってきていることが気配でわかった。

 

「……と、これはなんだろ?」

 

棚にあった日本刀の横、こちらも無造作に押し込まれた丸く大きな物体があった。

 

「これなんだろ?鏡?でもガラスもはまってないし…あ、銅鏡ってやつかな」

 

辛うじて顔が映ってるような……そんな具合に小汚ない銅鏡を手に取ってみる。

 

「剣丞、見つかった刀とやらはどんな物だ?」

 

俺が銅鏡に興味を示しているうちに好恋伯父さん達が合流したようだ。

 

好恋伯父さんに声を掛けられて、俺は棚に放り込まれていた刀を手に取った。

 

 

その瞬間ーーーー。

 

「なっ!?なんだこれ………っ!?どうなって!?」

 

「っ!?くそっ!あの野郎、こうなることをわかってやがったな!!恋っ!」

 

「わかった」

 

 

辺り一面が白く閃光のように光ったあと、そこには誰も存在していなかった。

 

 

「やっぱり行っちまったか……」

 

「あれから三年……とうとうその時が来たのでしょう」

 

「ああ、凪も来たのか」

 

「剣丞は大丈夫なんでしょうか?」

 

「大丈夫だろう。俺達が教えられることは全て教えた。あとは本人次第さ。……俺のときのようにね。っと言っても好恋や恋も一緒に行ったようだから心配はないだろう」

 

「隊長が決めたように、私は私なりに全力を尽くしましたが……やはり心配です。………それにしても好恋や恋も一緒に行かせるなど、隊長も過保護すぎませんか?武力の心配が一切ないのですが」

 

「そりゃあ、私達にとって、あの子は実の子供と同じくらい大切な存在でしたけど……」

 

「ならわかるだろう?それに外史の扉は開いてしまった。……俺達もあいつも。運命を受け入れるしかないよ」

 

 

 

 

 

 

 

「申し上げます!」

 

「許す!」

 

「今川勢は現在、田楽狭間にて小休止!全軍を分散させて昼弁当を使っております!」

 

「デアルカ。………大義」

 

「はっ!」

 

「勝者の余裕……ということですかな」

 

「勝者か。あながち間違ってもおらんな」

 

「我が方は二千弱。対する義元公は一万五千ほど。軍神摩利支天といえど、この差を覆すのは至難の業でしょう」

 

「常識的に考えればあの大軍にこれだけの少数で奇襲を掛けるのは無謀を通り越して自殺行為だからな」

 

「常識などと、そんなつまらんものに縛られる者に、大業など成しえんぞ」

 

「ですが殿………」

 

「おけぃ。今やることは問答てはなく、合戦である。説教は義元を討ち取った後に聞いてやる。持ち場につけ」

 

「「はっ」」

 

「さて………これより織田久遠信長、一世一代の大博打。勝ちきってみせようではないか……!」

 

 

〜数十分後〜

 

 

「東海一の弓取り、今川殿、討ち取ったりーーー!」

 

「なんだと……っ!?」

 

「殿がお討ち死に……っ!?」

 

「ひぃ!も、もう今川家も終わりだ……!」

 

「命あっての物種だ!オラぁ逃げるぜ!」

 

「俺も!」

 

「俺も逃げる」

 

「ひ、ヒーーーッ!逃げろぉぉぉ!」

 

「ああー!こらー!逃げるなです!取って返して戦うですよ!」

 

「綾那!ここはもうダメよ!後退しましょう!」

 

「やです!綾那まだまだ戦えるです!」

 

「義元公が討たれた以上、この戦はこれで終わりよ!それに、これで私達の殿様の未来が開けるの!だから後退して殿様と合流するわよ!」

 

「むーっ、分かったです……」

 

「今こそ好機なり!織田の勇士たちよ!これより敵を追討――――」

 

「なんだ、この音は―――」

 

「な、なんだあれはっ!?殿、空を!」

 

「光の玉が天から落ちて来ているだと………!?」

 

「消えた……」

 

「……おい権六。あやつらは誰だ?」

 

「は?……っ!!」

 

「…男か?女もいるな。歳は我と同じぐらいに見えるが」

 

「久遠さま!崩れたとは言え、彼我の戦力差は未だ変わらず!今はすぐに後退すべきかと!」

 

「…デアルカ。おい猿!」

 

「は、はひっ!?」

 

「そやつらを持って帰れ。あとで検分する」

 

「あ、あの死体をですかっ!?」

 

「死体かどうかまだ分からん。やっておけ」

 

「は、はひぃ~……」

 

「権六!五郎左!疾く退くぞ!」

 

「はっ!皆の者、追い頸は諦めぃ!今はすぐに清洲に戻る!」

 

「全軍退却!速やかに清洲に戻ります!急いで!

 

「「「おう!」」」

 

「義元は討った。当面の危機は去ったが……」

 

「天から降ってきたあやつらは何かの兆しなのか……」

 

「乱れ乱れたこの世の地獄で、何かが始まろうとしている………そんな予感がする」

 



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2話

「――――――――――」

 

「………っ!!」

 

「ここは……どこだ?」

 

自分はどうやら布団に寝かせられていたようだ。辺りを見回して見ると俺の周りには、恋や剣丞も寝かせられていた。この時、なんとなく恋に対して違和感を感じていたがそれが何かまではわからなかった。

 

また、自分がいるこの部屋を見た感じだと和式だったため、ここが日本であることがわかった。

 

ただ、あの光に巻き込まれたことから、ここがどこなのかまではわからないが、ここが外史であることはわかる。

 

「……っ、おはよう」

 

辺りを見回してそう考えている内にどうやら恋が起きたようだ。

 

「……?………好恋若返った?」

 

一瞬恋が何を言っているかわからなかったが、恋に対して感じていた違和感の正体がこの時わかった。

 

恋の姿が17歳から18歳頃になっていた。見た目では、そこまで変わっていたわけではなかったため、わからなかったようだ。

 

「恋、今の俺の姿はどんな感じになっている?」

 

「………………17、18?」

 

俺もだいぶ若返っているようだ。

 

「ん?起きたようだな」

 

俺と恋が話し会っていると見たこともない女の子が部屋に入ってきた。

 

「3日間眠りっぱなしだったが、見た感じ壮健そうだな」

 

「いろいろと話し会いたいことはあるが、俺の姓名は呂飛、字は太原。真名は、好恋。本来親しい者にしか真名は教えないが助けてもらった恩があるから教えておく。俺のことは好恋と呼んでくれ」

 

「………姓名、呂布、字、奉先。真名は恋。恋のことは恋でいい。」

 

「そうか、こちらで言う諱のようなものか。ならこちらも教えておこう」

 

「聞いて驚け!我の名は織田三郎久遠信長!織田家当主にして夢は日の本の統一なり!我のことは織田久遠と呼ぶが良い!」

 

「「………………………………」」

 

「なぜ何の反応もないのだ!」

 

正直思ってもない名を聞いたためか、俺も恋も固まってしまった。

 

だが、これで俺たちがどこにいるかがわかった。どうやら剣丞は戦国時代の外史にとばされて来たようだ。

 

「すまん。思ってもみなかった名前が出て驚いた」

 

「………恋も」

 

「そうか。そういうことなら先程何も喋らなかったことは許してやろう。それに我から驚けと言ったからな」

 

「……自己紹介も済ませたことだし次の話しに移ろう」

 

「そうだな。では、今度はこちらから問おう!貴様たちは何者だ?」

 

この言葉で、一気に久遠の雰囲気が鋭くなった。だが、こちらはこれでも三国志の世界を生き抜いて身としてはこれぐらいでは身は怯まない。

 

「……今は話すことはできない。そこの男が起きた時に全てを話そう。ただ、俺が話す前にそこの男が全て話しそうではあるがな」

 

「……………………………ならば、仕方あるまい」

 

「悪いな。……それとこちらの事ばかり話しを通して貰ってばかりで悪いが、俺たちをそこで寝ている男が起きるまでここにいさせてもらえないか?」

 

「ふむ……よかろう。そこの男が起きるまでこの屋敷に滞在することを許可する。それよりも先程から貴様たちにとってそこの男のことを大切にしているように見えるが、そこの男とは、貴様らはどのような関係なのだ?」

 

「…一言で言えば、保護者だな。実際は違うが、実の子供のように思っているよ。それと恋とは、夫婦の関係だ」

 

「そうか。わかった……だが、この男が起きたあとはどのように動くつもりだ?どこか行くあてがあるのか?ないのであれば、できるだけ我の質問に答え、我の家臣になるなりして、衣食住を安定させたほうが良いのではないか?」

 

「「行くあてなどない!しかし俺(恋)たちはただ、剣丞の行く先に付いていくだけ(だ)!だが、剣丞がなにかしらで織田家の力になろうというのであれば、力を貸そう!」」

 

「「それが俺(恋)たちの役目だ!」」

 

「っ!………………そうか。ならひとまず、そこの男が起きるまでここにいるが良い!あとの話しはそこの男が起きたあとだな!」

 

どうやら俺たちが突然大声を出したせいか、久遠は驚いたようだ。俺も久しぶりに恋の大声を聞いて少し驚いている。

 

「すまないな。だが、世話になる」

 

そう俺が礼を述べると、

 

「「ぐうー」」

 

突然、俺と恋のお腹が鳴り始めた。

 

「ふむ………では、ひとまず飯を用意させよう。3日間何も食べてなかろうから腹が減っていよう」

 

「助かる」

 

「ありがとう」

 

この日からちょこちょこ久遠が顔を見せに来たが俺たちのことをしっかり話すことはなかった。

 

そして、久遠と会ってから4日後、剣丞が起きた。

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――――」

身体を包み込んでいる、ぼんやりとした靄。サラサラとした肌触りのような、でもどこかまとわりついてくるかのような、奇妙な感覚。

 

夢を見ているのか、それとも現実なのか、いまいちはっきりしない感覚は、どこか二度寝に近い気がする。

 

(なんか……良い匂いがする……)

 

砂糖菓子のような、だけど清涼感のある匂いは、缶に入った飴玉の中で、一番好きだった味を思い出させる。

 

「う、うううん……」

 

薄荷だ、この匂い……。

 

(……あれ?なんだろ……ここ、どこだろ)

 

徐々に意識が覚醒してくる。

 

「………………」

 

まぶたを開けた、と認識出来るぐらいには何となく目が覚めてきた。だけど今の状況がいまいち理解できない。

 

自分はまだ眠っているのだろうか?それにしては妙に意識がはっきりしてるし、だったら起きているのだろうか?

 

目の前はどこか暗くて、朝という感じがしない。ということは夜ってことなのか?

 

意識の覚醒を受けて、遅ればせながら、身体の隅々に意識が行き渡っていくのが分かる。

 

ああ、やっと、しっかり目が覚めてきたな、と自覚したとき。

 

「………っ!!」

 

首筋に感じる、とても細く、しかしながら硬質な感覚が、生存本能を呼び起こして、意識が一気に覚醒した。

 

「おお、起きた起きた」

 

「……おわっ!?」

 

重かった瞼が一気に開いたその先には、見たこともない女の子の顔があった。

 

「な……なぁーっ!?」

 

「剣丞、起きて早々に大きい声を出すなよ」

 

「…………うるさい」

 

近くには、好恋伯父さんと恋姉ちゃんがいるようだ。

 

「貴様、一週間眠りっぱなしだったぞ?壮健なのか?まぁそれだけ騒げれば壮健だろうが」

 

「いやそんなことより貴様に聞きたいことがある。いったいどうやって天から落ちてきた?いや、そもそもどうやって天に昇った?そこの二人に聞いても何も答えてくれないのだ」

 

「おお、他にも聞きたいことがあるぞ。あの光の玉はいったいどういう手妻(手品、奇術)を使ったのだ。あれほど強い光、我は初めて見たのだが」

 

「燃料はなんだ?荏胡麻か?それとも昨今流行り出したという、新しい菜種油というやつなのか?」

 

「え、ええと……」

 

「なんだ、油ではないのか?ではどんな絡繰りだ?いや良く考えると違うな」

 

「あの光は灯火の光のような弱々しいものではなかった。言うなれば、空に輝く日輪が如く、強い光を放っていたものな」

 

「ということはあれか?お前は仏教徒どもが言う、大日如来とやらの化身とでも言うのか?」

 

「それにしては貧相な体つきであるな。だったらやはり貴様は何者だ、という話しに戻るが」

 

「どうした?何か言ってみせよ。黙っているだけでは何が何だか分らんではないか」

 

「何か、俺たちと話していた時よりもめっちゃ喋ってるな」

 

「………………?」

 

好恋伯父さんは突っ込まなくていいからこの状態から助けてくれ!恋姉ちゃんも首傾げてなくていいから!

 

「いや、あの……」

 

俺の身体に覆い被さり、口を挟む間もなく、持論、推論を並べたてる女の子に面を食らう。

 

「君……誰?」

 

「お前こそ誰だ?」

 

「ん?……あ、そっか」

 

良く考えれば、自己紹介もしてなかった。……って、この状態で自己紹介するってのも、なんか奇妙だけど。

 

この感じだと好恋伯父たちは俺の紹介はしてなさそうだ。

 

敵意はないみたいだし、好恋伯父たちも警戒していないことから、ひとまず安心、……しても良いのかもしれない。

 

「新田剣丞。それが俺の名前だよ」

 

「新田だと?ほお。新田氏の出身か」

 

「にったし?って何?」

 

「??お前の出身ではないか。いったいどこの出だというのだ?」

 

「どこって……東京で生まれて、色々あって、今は神奈川の山手にある伯父さんの家に住んでる。だから東京生まれの神奈川育ちの、ただの学生だけど。ついでにそこにいる好恋伯父さんたちとも一緒に住んでるよ」

 

「とうきょう?かながわ?……意味が分からん」

 

「意味って……ええっ!?」

 

っていうか好恋伯父さんたちはこの状況で、顔をにやけさせているところを見ると今どんな状況か分かっていやがるな!

 

「とうきょうとはどこの村だ?京とつくからには山城国(京都)かどこかか?」

 

「それに奇妙な服を着ておるが、都ではそのようなものが流行っているのか?都振りというのは、そのようなものを言うのか?そういえば、そこの二人も貴様と同じような服を着ているな」

 

「かながわというのも分らん。都の周辺にそのような川があるなどと、我は聞いたこともないぞ?」

 

「不明な奴じゃな。とにかく我の知らんことがあるのは不愉快である。全て言え」

 

「言えって言われても……」

 

東京は東京だし、神奈川は神奈川だし……!……って、アレ?

 

(見たこともない部屋だ。それに、目の前にいる女の子の服も、なんだか変な……)

 

部屋の中は純和風の造り。知らない部屋だってことを除けば、それ自体は特に奇妙じゃないけど。

 

(……コスプレ?)

 

決定的に奇妙なのは、目の前にいる女の子の服装だ。和服っぽいのに、それ以外にも見える……特徴的過ぎて何が何だか。

 

(まぁ……可愛い服だけど)

 

「何をじろじろと見ておる。無礼な奴だ」

 

「あ、っとごめん。……あのさ、俺からもいくつか質問して良いかな?」

 

「ふむ?……まぁ良い。許す。言うてみよ」

 

「あ、ありがと……」

 

偉そうだなぁ、とも思うけれども、なぜだか声音のどこかに人を従わせる、威厳のようなものを感じる。

 

「えーっと……ここってさ、どこなのかな?あと、俺が寝てた間のことを聞かせてもらえると嬉しんだけど」

 

「デアルカ(分かった)。……まぁ一週間も眠っていたのだ。是非も無し。では我が教えて進ぜよう」

 

「ここはな。織田が治める尾張清洲の城下町であり、この部屋は我の屋敷の一室だ」

 

「おわりきよす?」

 

そんな地名あったっけ?

 

「そうだ。一週間前、我が治めるこの尾張清洲に向けて、駿府屋形の今川治部大輔が侵攻してきたのだ」

 

「我はそれを迎え撃つため、寡勢にて田楽狭間に進出し、奇襲を仕掛けて義元の首級(生首)を挙げ、勝利を得た」

 

「そのとき。そう、家臣の一人が義元の首級を搔き切った、丁度そのときだ。貴様が天から落ちてきたのは」

 

「なるほど…………………………へ?今、なんて」

 

「なんじゃ?貴様が天から落ちてきたと言ったが」

 

「う、うん……そこは何となく理解……というか、何となく分かったというか、なんだけど」

 

今川義元?田楽狭間?……それって歴史の授業で習った、いわゆるひとつの桶狭間の戦いってやつだろ?

 

(田楽とか桶とかの、細かい違いはあるけど)

 

「なんだそりゃ……?どうなってんだいったい」

 

「どうもこうも、我は事実を伝えてやっただけだ。それとも何か?我が嘘をついているとでも言うのか貴様」

 

「い、いやいやいや!そこまで言っていない!言っていないけど……状況がいまいち飲み込めないんだって!」

 

好恋伯父さんたちに状況を聞いたほうがよかったかな?

 

「ふむ?我を嘘つき呼ばわりした訳ではないのだな?ならば良い。許す」

 

さっきの剣呑な表情はどこへやら。腕を組み、どこか得意げな表情を浮かべ、うんうんと頷く女の子の姿が、とても可愛く見える。

 

「……ははっ」

 

「なんだ。何をいきなり笑う?」

 

「いや、なんかちょっと気が楽になってね」

 

そうだよ。状況がどうであれ、日本語が通じるんだ。それに目の前にはとびきり可愛い女の子いる。

 

言葉が通じる。意思の疎通ができる。なら何も怖がる必要はない。

 

子供の頃、俺を引き取った一刀伯父さんさんが、良く話してくれたっけ。

 

(自分が知っている常識とは全く違う、変な世界に行ったんだって、そこで大切なものを手に入れて、色々あって今があるんだって。好恋伯父さんともそこで会ったって言っていたっけ)

 

あの時の俺は、なんだか絵本の物語のような、何となくのワクワクさと一緒に話しを聞いてるだけだったけど。今にして思うと————。

 

(俺もそんな風になっちまったってことか?……まさかねぇ、とも思うけど)

 

だけど、今、俺の目の前にいる女の子の服装や喋り方、振る舞い方なんかを見てると実感するんだ。

 

(俺が居た世界じゃない。……きっと、どこか違う世界に落ちてしまったんだってことを)

 

好恋伯父さんたちにとっては、そんなことはもう知っていることかも知れないけれども。

 

「おい貴様。さっきから何を一人でグチグチと言っている?はっきり喋れ、はっきり。我はそういう、グチグチとする奴は好かん」

 

「ごめん。……ちょっとね。なっちまったもんは仕方ないから腹をくくるかーって考えてて」

 

「腹をくくる?そういう潔いのは好きだ」

 

「そりゃどうも。……なぁ君。俺の方は名乗ったんだから、君の名も教えてよ」

 

「嫌だ」

 

「へっ?」

 

「なぜこの我の名を、どこの馬の骨とも分からん奴に教える必要があるのだ?」

 

「いや、それはその、ごもっともな事だけど!」

 

「ふふっ……まぁそうも思ったが、その間抜けた面はどうやら刺客でも何でもなさそうだ。だったら教えてやらんでもない」

 

「あ、はい。教えてください」

 

女の子が持つ独特のペースに、どうも自分のリズムってのが狂ってしまう。

 

「聞いて驚け!我の名は織田三郎久遠信長!織田家当主にして夢は日の本の統一なり!」

 

「………………あー、織田信長?」

 

「諱を呼ぶとは無礼であろう!我のことは織田久遠と呼ぶが良い!」

 

「あ、はい。……けど、ん?」

 

織田三郎信長ってのは良いけど、久遠っていう、間に入ってるのはなんだ?それも名前なのか?

 

「その……久遠ってのは何?」

 

「真の名と書いて真名と呼ぶ。通称とも言うが、まぁどちらでも良い」

 

「は、はぁ……」

 

ああ、好恋伯父さんや恋姉ちゃん、一刀伯父さんの奥さんなどの名前と同じってことか。

 

「そういえば貴様は新田剣丞といったな。どこが諱で、真名はどれになるのだ?そこにいる二人も諱と同じ意味を持つ真名を持っていたところを見ると貴様もあるのだろう?」

 

「ええとー……俺は好恋伯父さんたちとは違っていみなってのも真名ってのも持っていないよ。新田剣丞っていう名前が俺の全て。親しい人には剣丞って呼び捨てにされている」

 

「ほお。真名がないとは面妖な。……が、真名と諱が同じ地方もあるという。我も常々、その方が合理的だと考えているが、奴何せん、この世は礼に五月蠅くてたまらん」

 

「そういうの、うるさく言う人がいるんだ?」

 

「おる。そも諱というのは、親か己が仕える主君のみが呼んでいい名前だが、敵対勢力が呪いを籠めて諱を呼び捨てることもある」

 

どうやら好恋伯父さんたちの真名の意味と逆になっているようだ。

 

「諱というのはその人物の霊的な人格と強く結びついたものであり、その名を口にするということは、その人物の霊的人格を支配することが出来る、ということだそうだ」

 

「甚だ不合理で理屈に合わん。人は人だ。霊だなんだと胡散臭いことこの上ないが、この世の多くの凡人がそう信じている以上、それが常識ということになる」

 

「だから諱については普段使いでは気を遣うが、真名というのは親しい間柄ならば気安く呼んで良い名である。日常的に使いやすく、合理的だ」

 

「仕来りというのはくだらんことも多いが、まぁ通称については特に不便でも不快でもない。これはこれで構わんだろう」

 

「はぁ……」

 

「ところで剣丞。先程、貴様は良く分からんことをのたまっていたが……どういう意味だ?」

 

「へっ?」

 

「とうきょうがどうとか、かながわがどうとか言っておっただろうが」

 

久遠のその言葉になぜか好恋伯父さんは、あちゃー、というような表情をしていた。

 

「ああ、うん。それは————」

 

問いかけに反射的に口を開きそうになった俺は、引っかかりを覚えて口を閉じた。

 

(どうみても……なんか違うよな、ここ)

 

部屋に置かれた調度品といい、自信満々に織田信長と名乗った女の子といい。明らかに現代とはかけ離れた雰囲気を持っている。

 

(……一刀伯父さんに聞いた話しってのが、真実だったとするならば、だ)

 

ここは''現代ではない、別の世界''ってことになる。

 

そこでまず頭に浮かぶ単語は''なぜ?''っていうやつだ。どうして俺が?と今の現状を分かっていない中で、色々と話してしまって良いのだろうか?

 

「どうしたのだ?我の質問には答えられんのか?」

 

「あのね、織田さん」

 

「なんだ」

 

「……どうやら俺やそこにいる好恋伯父さんたちは凄いことになっているらしいんだ」

 

「凄いこと?どういうことだ。もそっと具体的に言わんと人には伝わらんぞ」

 

「ごもっともで。だけど……うーん、自分自身、現状の把握が完璧じゃない以上、なんと説明したらいいのやら」

 

もし俺が、映画やアニメなんかでよくある、タイムスリップとやらをしていたのなら。

 

現代の話しをして、歴史とやらに影響が出たりとかしないんだろうか?

 

いやするだろう。映画やアニメだって、主にそこをテーマにして作っているのも多いし。

 

だったら黙ってた方が良いんだろうけど、自分のことを説明するのに、どう言えば良いのか分からん。

 

「…………………………」

 

目の前(というか、正確には身体の上だけど)には、キラキラと目を煌めかせて、俺の言葉を待っている、織田信長と名乗る女の子がいる。

 

その瞳は、無邪気な好奇心で満たされていて、聡明な印象を受けるけれど、どこか子供っぽくも見える。

 

(……こればかりは、直感を頼るしかないかな)

 

今、目の前にいる少女は悪人には見えない。だからと言って、悪人ではないから善人であるって論法は成り立たないけど。

 

だけど少なくとも、俺たちに害意を抱いているのではないってのは分かる。

 

(なら……頼ってみるか)

 

もしこの世界が、俺たちの居た世界ではないのだとしたら、俺たちは異世界で迷子になったってことになる。

 

状況を把握し、生きる算段ができるまでは、誰かに頼るしかない。

 

正直、好恋伯父さんたちならそこらの山で、サバイバル生活をして生きていけそうではあるけれども。

 

でも今後のことも考えて、胸襟を開いて、この世界に生きている織田さんに相談してみるってのが、一番手っ取り早い方法だろう。

 

「あのさ、実は伝えたいことがあるんだ。俺自身、まだ確信は無いんだけど……」

 

「ふむ?許す。言え」

 

相変わらず偉そうな言い方。だけど不思議と怒りも湧かないのは、この子が持つ雰囲気のせいなのかもしれない。

 

「ならお言葉に甘えて。……実は俺たち、この世界の住人じゃないんだ。……多分」

 

「…………………………」

 

「あー……やっぱり信じられないよねぇ。いや分かる分かる。言ってる俺だって、何を言っているんだって自分で思ってるし」

 

「ふむ……貴様の言う通り、にわかに信じられん話だ。貴様はそれをどうやって証明する?」

 

「証明、かー。……」

 

確かにそうだ。こんな突拍子もないことを言い出したのは俺の方なんだから。俺が事実だって証明する必要がある。

 

一瞬、好恋伯父さんたちの方に目線を向けて見たが、自分でどうにかしてみせろという顔をされてしまった。といってもすぐさま証明するような案が出るわけでもなかった。

 

「……だけど、ごめん。俺にはどうやらそれを証明する手段がないんだ。……俺が言っていることを信じてくれ、としか言えない」

 

この世界にないであろう、何かしらがあれば話しは別なんどろうけど。スマホもなければ、財布も持ってきていない。

 

「……おい剣丞。我の目を見ろ」

 

「へっ?」

 

「我の目を見ろと言っている」

 

「…………………………」

 

俺の目を見つめる、まるで夜闇の中で煌々と光る炎のような瞳。

 

吸い込まれそうなその瞳は、見ようによっては苛烈に映る。だけど俺にはとても優しく、柔らかな炎に見えた。

 

「……うむ。嘘のない瞳をしている。良かろう。貴様の言うことを信じてやる」

 

「ええっ!?」

 

「何を驚いている」

 

「い、いやだって……いかにも怪しいだろっ!?ってか、どこからどう見ても俺たちって怪しすぎるだろうっ!?」

 

「いきなり、この世界の人間じゃないかもとかって!それを信じるなんて、俺が言うのもなんだけど、どうかしてるって思うんだけど……」

 

「なるほど。理屈として、その考えは正しい。……だがな剣丞。人は理屈のみでは生くるにあらず」

 

「我のような立場の者はな、瞳をみれば、その者が、どのような人物か分かる。その者が卑屈なのか。阿諛追従の徒であるのか。はたまた正直者であるかな」

 

そういえば、好恋伯父さんたちなんかも、だいたい相手の目を見れば相手が何者かは分かると言っていたな。それと同じことか。

 

「それを見抜けなければ、上は下に背かれ、下は上に潰される。それが下克上渦巻く今の常だ」

 

「下克上、か。……やっぱりここって、戦国時代の日本ってことか」

 

「戦国時代というのがどのような時代かは知らんが、今は応仁より続く乱世。戦国というのもあながち間違いではなかろう」

 

「で、だ。貴様たちが違う世界?時代?なんだか良く分からんが、そういうところからやってきたというのは、何となく理解した」

 

「だが……何のために来たのだ?」

 

「何のため……うーん……」

 

それを知りたいのは俺のほうなんだけどなー……。ひょっとしたら好恋伯父さんたちなら分かるかも知れないけど。だけど言いたいことは分かる。

 

「何のためにこの世界に来たのか。……正直、コレなんだよね」

 

両手を肩幅に広げ、ヒョイと肩をすくめてみる。

 

「なんだ?掌を見せて」

 

「お手上げって意味だよ」

 

「お手上げ?己が何故、ここに居るのか、分からんというのか?」

 

「うん、全くね」

 

「ふむ……」

 

俺の言葉を聞いて、織田さんは腕を組んで考え込む。やがて。

 

「あのさ」 「おい」

 

「ごめん、そちらからお先にどうぞ」

 

「うむ。では先に言わせてもらおう。……貴様らは、行くあてはあるのか?」

 

「ないよ。右も左も分からないからねぇ……」

 

「ないのか。……しかしその割には泰然としているな」

 

「いやー、焦っても混乱しても、現状が変わる訳じゃないからね。それに好恋伯父さんたちも一緒にいると考えると、どうとでもなるように感じられてね」

 

「現状を把握して、一つ一つ順を追って考えていけば、いつか道は開ける。……ってのが信念でさ」

 

「だから不安はあるけれど、平気なのかも」

 

鈍感な自分の精神に我ながら呆れるけど、今は図太くて良かったとさえ思える。

 

「なるほど。良い心がけだ。ますます気に入った」

 

「そりゃどうも」

 

「……剣丞。それに好恋に恋。我の家臣になれ」

 

「……………………へ?」

 

「ふーん」

 

「……………」

 

「我の家臣になれ。そうすれば飯も住む場所も、着るものも金も、我がどうにかしてやろう」

 

「おお……なんとも魅力的な提案!」

 

俺はすぐに反応したが、好恋伯父さんたちは、特に返事することなく、何故か俺の反応だけを気にしているように感じられた。

 

実際問題、このお屋敷から放り出されたら、どこに向かえば良いのか見当もつかない。

 

山があって川があって……多分、あると思うけど、そうすりゃ山菜やら魚やらを獲って、多少の飢えなら凌げると思うけど。

 

だけど————。

 

(この女の子が本当に織田信長だっていうのなら、これから待っているのは……乱世の日々なんだろうな)

 

他国に攻め入って、戦いに明け暮れる毎日。……そんな中、果たして俺は覚悟を持って生きていけるんだろうか?それに好恋伯父さんたちを巻き込んで良いのだろうか?

 

「……うーん」

 

「どうした?何に迷う?貴様ら、特に貴様にとっては破格の条件だと思うが?」

 

「全く。魅力的過ぎて涙が出そうだよ。その条件を前にして躊躇してるなんて、俺って大バカなんだろうって、今、まさに強く思ってる」

 

「思ってるんだけど。……やっぱりやめておくよ」

 

「ほお?貴様にとっては喉から手が出るほど魅力的な条件だと思うのだが、我の勘違いか?」

 

「いいや。さっきも言ったように破格過ぎて、この条件を断るのはバカしかいないって思うよ」

 

「ならば貴様は馬鹿であるのか?」

 

「馬鹿なのかもねぇ……」

 

「……言え」

 

「言えって、理由?うーん……正直、大した理由じゃないんだけど、言った方が良い?」

 

「我は聞きたい」

 

「了解。正直さ、申し出はすごく有り難いんだ。だけど……君が本当に織田信長……織田三郎久遠さんだというのなら、だよ?」

 

「その家臣になるってことは、人を殺さなくちゃならないってことだろう?」

 

「戦場では当然のことだ。特に今は応仁より続く戦乱の真っ只中。殺さなければ自分が殺される。ならば殺して自分が生きるのが当然ではないか」

 

この言葉に対して、好恋伯父さんたちも頷いていた。

 

「うん、それを否定する気はないよ。弱肉強食ってのはどの世界でも常だ。生き残るため、這い上がるためには人を蹴落とさなきゃならない」

 

「それは重々に承知してる。だけど……俺自身が、その覚悟を持てるかどうか、今は自信がないんだよ」

 

「だからしばらくは考えたい。……それが本音かな」

 

「飯はどうするのだ?あてなどないだろう?」

 

「俺も好恋伯父さんたちも体力だけは自信があるから、二、三日なら大丈夫だと思う」

 

「二、三日と言わずに山などを転々と回ればほぼ永久的に平気だぞ」 「……………慣れてるから、任せて」

 

「っと、まぁここまではとは言わないけど、どこかのお百姓さんにお願いして働かせてもらおうと思うんだけど……」

 

「あのさ、こんなことを言うの、失礼なお願いかもしれないけど……俺らを雇ってくれそうなところを紹介してもらうって無理かな?」

 

「………………………」

 

まるで俺の言葉を一言一句吟味しているように、織田さんは目を閉じて黙考する。やがて。

 

「……分かった」

 

「マジで!?ありがとう、たすか————」

 

この時、好恋と恋は、久遠の表情や仕草から、久遠の口から出る次の言葉は絶対剣丞が願っているような内容の言葉ではないなと感じていた。

 

「ならば家臣というのは撤回しよう」

 

「え。あ、うん。で、紹介は……」

 

「それは置け。………我が新たに貴様に提案してやる」

 

「提案って何を?」

 

「衣食住を満たしてやる。その代わり———」

 

「代わりに?」

 

 

 

「我の夫になれ」

 



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3話

「………………………へ?」

 

「それと好恋や恋には、貴様の直属の部下になってもらうつもりだ」

 

目が覚めてから、もう何度、度肝を抜かれただろう。あまりに肝を抜かれすぎて、お尻の穴から魂的な何かが漏れそうだ。

 

ふと、好恋伯父さんたちの方を見ると、好恋伯父さんの吹き出しそうな顔と恋姉ちゃんのこいつもかという顔が映っていた。

 

「お、夫と申しますと、それはつまり旦那様的なものというか、綺麗に言えば生涯の伴侶と言いますか、そういうことです?」

 

「そうだ。……とは言っても、本当に我と祝言をあげろとは言っておらんぞ」

 

「え、そうなの?」

 

「うむ。我には妻は居るが夫はおらん。だが、いくら子種のためとはいえ、はたまたそれが戦国の倣いとはいえ、」

 

「勢力争いの延長線上で、どこぞの誰かに恩着せがましく押しつけられる、身の程を知らん輩やうつけを夫としたくはない。だから————」

 

「ああ、なるほど。俺を夫に祭り上げて、先手を打っておこうってことか」

 

この時、好恋たちは絶対にこいつらいつかマジの夫婦になるなと感じた。

 

「そういうことだ。なかなか聡い奴だな、貴様は」

 

「ありがと。……でもさ、理屈は分かるんだけど、でもなんで俺?俺とだったら子供を作っても良いの?」

 

「た、た、た、た!」

 

「たわけもの!」

 

「だだだだ誰が貴様の子種を寄越せと言った!?」

 

「いてて……でも、今の説明を聞いてれば———」

 

そう思ってしまってもおかしくない……気がするんだけど、やっぱりおかしいのか、俺?

 

「人の話しを最後まで聞け!貴様を夫として傍に置いておけば、我を押さえつけようとする輩や、すり寄ろうとする輩が夫なるモノを押しつけようとは思わんだろうが!」

 

「……なるほど。つまりあれか。俺は男除けのお守りみたいなものか」

 

「ごほんっ。そういうことだ。……衣食住は提供してやろう。その代わり、貴様は我の傍におれ」

 

「……………………………」

 

「どうした?これも破格の条件であろう?」

 

「うん、破格だねぇ……破格過ぎて、ひねてる俺は裏があるって勘ぐっちゃうよ」

 

「………………」

 

「真意は他のところにあるんでしょ?」

 

「……どうしてそう思う?」

 

「良く考えれば分かるよ。……奇妙な登場の仕方をした、得体のしれない俺を、どうしてそんな重要そうな役割に据えるのかって」

 

「一度目の条件は、物珍しさとか、あとは憐憫の情なんてものがあったかもしれないけどさ」

 

「二度目ともなれば話しが変わってくる。……物珍しさとか憐憫から話しが変わるとするならば、それを利用するとか、はめてやろうとか、そういうのが常さ」

 

「何かしら利益を得られる目算がある。だから是が非でも手元に置きたい。……だから破格の条件を出して、手元に引き寄せようとする」

 

「この考え……ハズレかな?」

 

「ふふっ、当たりだ」

 

「うん。……じゃあさ、判断の基準にしたいから、その真意ってやつを聞かせてくれないか?」

 

「判断の基準?」

 

「そう。利用されるのは我慢できないけど、こっちにも利益があるなら、それは互助。持ちつ持たれつってことになるだろ?」

 

「一方的に利用されるじゃなくて、お互いに利益を得ようと交渉するのなら、考える価値がある。……と俺は思ってる」

 

「……良く働く頭を持っておるな」

 

「良く働いてる訳じゃなくて、ただ理屈っぽいだけさ」

 

「感情で動くときは感情で動くし。……おお、そっか俺って身勝手な人間なんだな。今、気づいた」

 

「はっ!確かにそういったフシはあるかもしれんな」

 

「まぁでも自分のことだし。状況に流されるのも悪くないけど、どうせなら自分で選んだ道を歩きたい」

 

「自分で選んだ道、か。……」

 

一瞬、どこか遠くを見るような瞳をした織田さんだったが、すぐに俺を視線を戻した。

 

「……分かった。真意を明かしてやろう」

 

「よろしくお願いします」

 

「……先ほど、我は今川治部大輔と田楽狭間で戦った、と言ったな」

 

「うん。で、そのときに俺が現れたって」

 

「そうだ。……そして我はそこを重視しておる」

 

「重視?どういうこと?」

 

「今、この日の本はまさに乱世だ。我の母、信秀より続く尾張の織田弾正忠という存在は、ついにこの間まで、とてもちっぽけなものだった」

 

「そして今川治部大輔は、"東海一の弓取り"と謳われるほどの戦上手であり、今川家は駿遠を治むる、日の本では名の知れた勢力であった」

 

「ちっぽけな織田家と巨大な今川家。戦は出会ってすぐに開戦という訳ではなく、予兆があり、準備があり、そして行動し、開戦となる」

 

「今川家が大々的に"上洛"を喧伝していたその期間、この日の本の全てが、我ら織田家と今川家の戦いに注目していたことだろう」

 

「その未曾有の戦いの最中、突如現れた謎の男。……そう貴様のことだが」

 

「その謎の男のことを、貴様であれば、どのように捉え、どのように見る?」

 

「どのように見る、か。……うーん」

 

戦いの最中に、見知らぬ男が現れる。……それってただの馬鹿じゃないの?なんて言ったら怒られそうだから言わない。

 

「……降参。分からん」

 

「勝利したのが義元なれば、また違った意味もあろうが……田楽狭間の戦、勝ったのは織田だ。ちっぽけな存在と侮られていた織田なのだ」

 

「もちろん我は小勢でも勝つ……いや、生き残るために知恵を絞り、手を打った。そして勝利を掴んだ」

 

「しかしな……世間の雀は、我がやってきたことなど毛ほども考えん」

 

「ちっぽけな織田が勝ったのは、当主である我の力ではなく、他に要因がある、とな」

 

「そして雀好みの出来事が、田楽狭間では起こっているのだ」

 

「……なるほど。俺が田楽狭間に出現した。だから織田が勝った。いや、だから勝ったと思いたい人が多いってことか……」

 

「そういうことだ。……やはり聡いなおまえは」

 

「うーん……でもさ、俺、何もしてないじゃん?勝ったのは織田さんの力なんだろ?」

 

「当然だ。……だがな、世間という庭にいる雀どもはな、そこを大空の下にある大地だと思いたがるものだ」

 

「下男が住む長屋の庭だとは気づかずにな。……なぜならそう思わないと、自分が惨めになるからな。だから雀は己の思いつきを是とする」

 

「信じたいものを信じるってことか……。稀に良くあることだよねぇ、そういうのは」

 

「ということは、雀さんたちは、その謎の男を手に入れれば勝利を掴める、もしくは何か良いことがあるって考えてしまうってことか」

 

「うむ。……そして残念ながら、我もうつけの一人だ。貴様に霊験があるとは、話している今となっては、これっぽっちも思いはしない」

 

「だが他人に盗られるとなれば……少し惜しくも感じる。だから傍で監視したいのだ」

 

「他国に、計算できない脅威はやりたくない……そういうことだね?」

 

「……飾っても始まらんか。そういうことだ」

 

「なるほど。……良く分かった」

 

つまり、もし俺がこの屋敷を出たあと、隣国で召し抱えられたりしたら、俺自身がどれだけ否定しようとも、

 

何とく霊験あらたかじゃないかなーってんで、隣国の人たちに崇められたり、テンションが上がったりするかもしれないから、ぶっちゃけ邪魔だってことだな。

 

(ま、隣国が強いとか、テンション高いと面倒事も増えそうだしねー……)

 

ということは、だ。破格の条件を袖にした瞬間、俺は織田さんにとって超危険人物ってことになってしまう、と。

 

(なるほど。……最悪、殺されるなこりゃ)

 

ジッと俺を見つめる女の子の瞳は、優しくも見えるし苛烈にも見える。

 

何より、一度たりとも俺から目を離そうとしないこの子は、きっと強い意志を持っていると推測できる。厳しさと優しさ、両方を兼ね備えた目だ。

 

(……あ)

 

そのあと、チラッと恋姉ちゃんを見て確信を得た。

 

姉ちゃんたちの目に似てるんだ、この子の目は。

 

(こりゃ……ダメだ。きっと逃げられない)

 

そう直感的に思ってしまうほど、久遠と名乗る少女の存在感――オーラと言っても良い―――は、圧倒されるほどに強かった。それに、好恋伯父さんたちのことを思うと断ることは考えられなかった。

 

「……分かった。そういうことならさ。遠慮無くご厄介になろうと思う。それで良いかな?」

 

「………………………」

 

「え、なに?俺、何か変なこと言った!?」

 

「……コロリと意見を変えたな」

 

「俺たちのことは気にしなくていいのになぁ」

 

「………(コクコクッ)」

 

どうやら好恋伯父さんたちは、俺が考えていたことが分かったらしい。

 

まぁ、実際好恋伯父さんや恋姉ちゃんならそういう状態になってもどうとでもなるかもしれないと、稽古の時の様子からそう感じてしまった。

 

「あ、うん。だって筋が分かれば、あとは俺がどうするか決めるだけだろ?」

 

「それに、そこまで本心を伝えてくれたってことで、君のことを信用できそうだなって思ったんだ」

 

「どういうことだ?」

 

「人を利用してやろう!って考えてる連中は、ほぼ全てがさ、良いことしか言わないし、言葉の使い方もさ、どこか軽いんだよね」

 

「だけど君は違った。客観的に現状を伝えてくれたし、きっちりと理由を説明してくれた」

 

「そういう人は信じられる。……と俺は思ってる」

 

「我は善人などではない。もっと他の……おまえにとって都合の悪いことを考えているかもしれんぞ?」

 

「そう?無いと思うよ」

 

「なぜ、そう言い切れる?」

 

「んー……さっきさ、織田さんが言ってただろう?目を見れば分かるってさ。そういうことだよ」

 

俺は目を覚ましてから今まで、それなりに長い時間、俺と織田さんは相対して喋っていた。

 

その中で織田さんはただの一度も、俺から目を逸らさなかった。

 

俺の反応を窺う……そんな様子と一緒に、自分の発言に強い自信を持つ、きらきらと夜天の星のように煌めく瞳で俺のことを見ていたんだ。

 

ただそれだけ。直感的なものだけど、俺は自分の直感を信じる。

 

「まぁそれだけじゃなくて、その……俺なりの打算ってのもあるけどね」

 

「あって当然だ。打算もなく生きているとぬかす奴は、舌を引きちぎって無残に死ねばいい」

 

「苛烈だねぇ……」

 

「耳触りの良い、綺麗事を並べ立てる輩が好かんだけだ。……で?」

 

「で、って。ああ、打算のこと?んー……簡単なことなんだけどさ」

 

「見知った人の傍の方が、気楽かなーって」

 

「……はぁ?それだけか?それがおまえの打算なのか?」

 

「え、うん……」

 

「………………………」

 

「いや、そんな胡散臭そうに見られても」

 

「胡散臭いにもほどがあるわ!」

 

「ですよねー……ははっ」

 

ストレートな物言いに、思わず笑いが溢れてしまう。

 

「だが、まぁ良いだろう。貴様が尾張に居ると決めたならばな」

 

「うん。お世話になります。織田さん」

 

頭を下げたと同時に、

 

一息ついたか、早くエサを寄越せや!と自己主張の激しい腹の虫が、盛大な抗議の声を上げた。また、俺以外の所からも聞こえ、そちらを向くと好恋伯父さんたちが、薄ら笑いをしていた。

 

「あ、あははははは……」

 

「ふむ。皆、空腹か。さもあろう。特に貴様は一週間、寝込んでいたのだからな」

 

「待っておれ。今すぐ飯の準備をさせよう!」

 

「よろしく頼みます」

 

「うむ!我はまだ公務が残っておる。夜にでも、もう一度、話しを聞かせよ。絶対だぞ!約束だからな!」

 

「はいよ。了解したよ」

 

「よし、では我は行くが、貴様はここで大人しくしておれよ!いいな!」

 

「……やれやれ。猫みたいに機敏な子だなぁ」

 

猫みたい、というか、なんだろう?どちらかというと、チーターとか豹みたいな感じ?

 

「とにかく台風みたいな子だったな。……」

 

久遠が立ち去った襖を見つめながら、身体をグッと伸ばしてみる。

 

「ふむ……五体満足、どこも怪我はなし、と」

 

腰を捻ったり、前屈したり。身体を機能が低下していないかを、軽くチェック。

 

「異常なし。……なら大丈夫だろ」

 

これでも姉さんたちに散々鍛えられてて、運動神経には自信がある。もし事態が急変したとしても、逃げることは出来るだろう。

 

逃げる前に好恋伯父さんたちが対処してしまう気もするが。

 

一通り、身体チェックや持ち物の確認なんかを行ったあと、好恋伯父さんたちと話し合うことにした。

 

「好恋伯父さん、今の状況って一刀伯父さんが言ってた、違う世界っていうところなんでしょ?」

 

「なんでそう思う?」

 

「なんとなくそんな感じがしたから」

 

「まぁ簡単に説明すれば当たりだな」

 

「そっか……帰れるの?」

 

「どうだろうなー?帰れる可能性もあれば帰れない可能性もある。外史とはそういうものだからな。それよりも重要なことは、これから剣丞はどう行動していくつもりなのかってことだ」

 

「……まだ、よくわからない。だって好恋伯父さんたちは今の状況をよく分かってるかも知れないけど、俺にはまだまだ分からないことが多すぎる」

 

「……そうだな。でも自分が選択した道を歩いていけ。誰かに相談してもいい、でも最後は自分で決めろ」

 

「その道が後悔する道だったとしても俺たちはお前に付いていく。それに何があっても助けてやるから自分のやりたいようにやってみろ!」

 

「…なんでそこまでやってくれるんだよ。一刀伯父さんとも違って血も繋がってないのに」

 

「確かに俺たちはお前とは血は繋がってないし、一刀よりも関係はあまりないかもしれない」

 

「…………それに、一刀と違って、あまり関われなかった」

 

「「でも、俺(恋)たちはお前(剣丞)のことを実の子供のように思ってる!」」

 

「「だから苦しい時や大変な時は俺(恋)たちを頼れ!なんとかしてやる!」」

 

「あ、ああ、ありが、とう」

 

くそっ、久しぶりに涙が。でもそっか、俺のことをそんな風に考えてくれていたんだ。

 

「そんな訳だから俺たちのことはあまり気にするな。俺たちはそうそう何があってもどうってことはないと思うからよ」

 

「………(コクッ)」

 

「分かった、なら今はまだ何も聞かない。今はまだここが好恋伯父さんが言っていた外史?とやらっていう場所だってことが分かっただけでも有難いから」

 

「そうか。だが、さっきも言ったが、何かあったら相談しろよ。それとこれからは俺と恋でより難易度を上げて稽古してやるからな」

 

「えっ!?………それよりも外はどうなってんだろ?」

 

俺は無理やり話しを変えることにした。

 

「おおっ、絶景かな!」

 

外を見てみると庭の広さが、神奈川の家と同じぐらいの広さ……いや、こっちの方がちょっと大きいかな?

 

「日本庭園の見本!って感じの庭だなぁ」

 

池には鯉やらが泳いでいるし、松の良い枝振りで風情を醸し出している。

 

「……やっぱり、電線とかビルとかが見えないな」

 

「そりゃあ、ここはもうほとんど異世界のうえに過去の世界っていう状態だからな」

 

「そういえば、織田さんが言っていた尾張清洲……尾張って言えば確か名古屋とかその辺りだっけ?平野が多いって聞くけど、川はありそうだし、なんとか自炊は出来そうだ」

 

「うう、明命姉ちゃんにサバイバル訓練受けてて良かった……あまり思い出したくはないけどって、ん?」

 

今、考えると、なんで俺、そんなことをしていたんだろう……。

 

「他にも、剣術、槍術、棒術、体術とかの戦闘術から、政略軍略から料理、裁縫、服飾デザインに家事、サバイバル術、操船術。薬学もそれなり。工作だって得意だし」

 

そういう意味では、俺は知らず知らずのうちに英才教育を施されていたのかもしれない。

 

「ん?知らなかったのか?」

 

「どうして伯父さんの傍に、五十人近くの女性で、しかもそれぞれが何かしらのエキスパートな天才が居るんだろうって思ってたけど……」

 

今なら信じられるなぁ……。

 

「というか、好恋伯父さんは何やってるんだよ!」

 

「何って?見て分からないか、膝枕だよ」

 

「いや、それは分かるけど、なんで今やってるの!それに普通逆じゃないの?なんで好恋伯父さんがやって恋姉ちゃんがやられてるんだよ」

 

「これが家の常識だ。それにこの甘えたがりな恋が見れて俺としてもそっちのほうが良いからこれで良いだよ。な?恋」

 

「…………うん……でもあとで、交代でやる」

 

「……ごちそうさま」

 

なんで俺、伯父さんたちの惚れら気見せられてんだろう?確かに見た目は何故か若返っている伯父さんたちだから変ではないんだろうけど。

 

なんか親のイチャイチャを見てる息子の心境ってこんな感じなんだろうなぁ。

 

「それにしても……やっぱりあのおっさんは食えないおっさんだ。……多分、こういうのも見越してたんだろうし」

 

「そりゃそうだ。あいつも同じようなことを経験して苦労してきたからな。子にはやっぱり同じ苦労はしてほしくないっていう親心だよ。その分、色々と厳しかっただろうけど」

 

ただの蕩しじゃなかったんだな……。尊敬はしないけど、一応感謝だけしとこう。

 

「伯父さんのが、ポロッともげますように」

 

「おいやめろ!変なことを言うな!」

 

などと考えていると―――。

 

「あの……お客様。よろしいでしょうか?」

 

襖の向こうから。女の子の声が聞こえてきた。

 

「あ、はい。どうぞ」

 

極力、音を立てないようにしながら開かれた襖の向こうに、女性の頭らしきものがあった。

 

「ただいま、お食事をお待ち致しました」

 

「あ、どうも……」

 

三つ指をつき、頭を下げている少女らしき人物に、思わずこちらも丁寧に三つ指ついて頭を下げてしまう。

 

「………………」

 

顔を上げ、足つきのお盆を捧げ持って入ってくる女の子の、あまりの綺麗さに思わず息を飲む。

 

「給仕を承ります、私、織田三郎が妻、帰蝶と申します。ふつつか者ではございますが、よしなに」

 

「あ、どうも。はじめまして新田剣丞です。……なんかお世話になってしまって申し訳ないです」

 

「いえ。久遠より言いつかっております。……ではただいまお給仕を――――」

 

「あ、いやあの……飯は一人で食べられますから大丈夫ですよ。お気遣いなく」

 

「ですが……」

 

「いえいえホント、気にしないでください。……それよりあの……ご飯を……」

 

「……す、すみません。節操のない腹の虫で」

 

「いえ。……」

 

正統派美少女という表現がしっくりくる、帰蝶と名乗った少女は、その表情に笑顔も浮かべず、そっとお盆を俺の近くに置いてくれた。

 

「ではいただきます」

 

両手を合わせて、おかずやご飯に箸を伸ばしていく。

 

「……………………」

 

「………………もぐもぐ」

 

「……………………」

 

「………………(やりにくいなぁ)」

 

「……………………」

 

「あのー……なんでしょう?」

 

俺が飯を食っている様子を、あからさまな警戒と共にジーッと見つめられて、甚だ居心地が悪い。

 

「……久遠の夫になるのですか?」

 

「え、あ……はい。まぁ夫って言っても、どうやら俺はただの魔除け代わりみたいですし」

 

「利害は一致していましたから、織田さんの申し出は、有難く受けさせてもらいました」

 

「……あなたに久遠の夫が務まるとは思えませんが」

 

「…………………」

 

ストレートだなぁ。敵意を隠そうとしないし。こういうタイプ、苦手なんだよなぁ……。

 

「あなたにあの子の何が分かるのです?……気楽な気持ちで受けたのならば、すぐに撤回し、この国から出て行ってくれませんか」

 

「…………………(モグモグ)」

 

「ちょっと、あなた。私の話し、聞いてるの?」

 

「あの」

 

「何でしょう?出て行くつもりなりましたか?」

 

「ご飯、おかわりもらって良いですか?」

 

「あ、俺たちのもお願いします」

 

「………………(コクッ)」

 

「え!?あ、……どうぞ」

 

差し出したお椀を両手で受け取り、お櫃からご飯をよそってくれる、帰蝶と名乗った少女。

 

(お椀の受け取り方といい、ご飯のよそい方といい、丁寧にやってくれるなー……)

 

ということは、だ。俺に出て行け、と言うのは、感情的なところからの発言じゃなくて、もっと理性的な判断ってことだろう。

 

(気組みを外してみたものの……どう対応したものだろうなー……)

 

織田久遠の妻と名乗ったからには、この女の子も、織田家中で偉い立場の人だろう。

 

その人が理性的な判断から、俺に約束を反故にし、この国から去れ、というなら、それを一考しなくちゃならないだろう。

 

(だけど……織田さんとの間では、もう話しが付いてることを、第三者に言われたから反故にするっていうのも違うよな……)

 

添えられたたくあんを口に放り込み、その歯ごたえを楽しみながら、更に考える。

 

(かといって……適当に誤魔化して、って雰囲気でもないし、そんな手が適用しそうにもないよなぁ)

 

織田さんに似た、力強い瞳。俺の一拳手一投足を見逃すまいと、ジッと俺を見つめるその瞳の奥には、意志の強さと知性の光が見てとれる。

 

(こういう人には、自分の考えをストレートに伝えるのが一番良い気がする……)

 

お箸を置き、お茶を飲み干したあと、俺は帰蝶と名乗った少女に向き直った。

 

「ごちそうさまでした」 「「ごちそうさまでした」」

 

どうやら好恋伯父さんたちも食べ終わったようだ。

 

「あ、はい……」

 

「で、さっきのことなんですけど」

 

「……(コクッ)」

 

「あなたの言う通り、俺はまだ彼女のことを何も知らないです」

 

「だけどそれを理由にして、あなたの言うことを聞いてこの国を出て行けば、それはそれで俺は彼女と交わした約束を破ることになります」

 

「彼女に筋を通した上で出て行くという選択肢を選ぶならば、俺自身も納得しますし、織田さん……久遠さんも納得してくれると思います」

 

「だからこの件に関しては、久遠さんがお帰りになってから、改めて三人でお話しをする……ってことで、どうでしょうか?」

 

「それは……そうですね」

 

「分かってくれましたか」

 

「……分かりました。では久遠が公務から帰ってきてから話しましょう」

 

「そうしましょう。……ふぅ、ご理解頂き、ありがとうございます」

 

そういって、ペコリと頭を下げた俺を見て、帰蝶さんが口を開いた。

 

「あなたの頭は、よほどにお安いのですね」

 

「へっ?」

 

「先ほどから頻繁に頭を下げていらっしゃいますから。……男ならばもっと凛とされていればどうです」

 

「男とか女とか意識したこたないなぁ。お礼を言うときは頭を下げて、感謝の気持ちを身体一杯に表してお礼しなさいってのが、両親からの教えだったもんで」

 

この時、傍にいた好恋伯父さんたちは、ゆっくりとだけども確かに頷いていた。

 

「感謝をするのに男も女も実際ないからな」

 

「…………当たり前」

 

「ぁ………」

 

「それにお礼に安いも高いもないと思うから、俺はこれで良いんですよ、うん」

 

「……難癖でした。すみません」

 

「あ、いやいや。別に怒ってないですし、何とも思っていませんから、大丈夫です」

 

逆に、謝られてことにこっちが驚きですよ、……とは、さすがに口が裂けても言えない。

 

「まぁ人それぞれってことで良いんじゃないかな?」

 

「あ……ありがとう、ございます……」

 

悔しそうとも取れるし、恥ずかしそうとも取れる、そんな口調で頭を下げる帰蝶さんの首筋は、色の白さが際立つほどに真っ赤に染まっていた。

 

「そ、それでは私はこれにて失礼致します。久遠が戻り次第、お声掛けますので、しばしの間、おくつろぎください」

 

完璧な所作で――だけど早口で―――そういったあと、帰蝶さんは食べ終わった食器を持って、部屋から出て行った。

 

「ふぅー……何とか乗り切ったかなー……」

 

帰蝶が出て行く後ろ姿を見送ったあと、緊張で凝り固まった肩を揉みほぐす。

 

「帰蝶の最初の態度にお前、実際少し苛立ったろ?」

 

「まぁ……でもあの女の子のいってることの方が、実はもっともなことなんだよなぁ……」

 

「どこの馬の骨ともしれない男が、自分に近しい人の傍に突如現れた。しかも便宣上、夫という役割を演じる……」

 

「そりゃあ、誰でも嫌がるわな」

 

「しかも久遠さんの様子じゃ、妻だっていうあの子に何の相談もしてないようだし。そりゃ排除したくもなるってもんだよなぁ……」

 

「だけど久遠さんは、訳も分からない俺たちを受け入れてくれたんだ。だったらこの件は久遠さんの判断に任せよう」

 

「俺たちは剣丞のついでのような気もするがな」

 

「……………(コクッ)」

 

「そうかなー?……」

 

「それにしても……目が覚めてから、怒涛のように色んなイベントが続くよなぁ」

 

これが恋愛ゲームとかだったら、俺はあの子とフラグが立つんだろうか?無理だろ。ああいうタイプに好かれた試しがないし。

 

何故かこの時、好恋たちには、その考えは後々のフラグじゃないかという考えを今剣丞がしているのではないかと感じ取った。

 

「……いや、今はそんな与太を考えてる場合じゃない」

 

「「やっぱりか」」

 

「えっ?何が?」

 

「「いや、なんでもない」」

 

「とりあえず、さっきも聞いたが剣丞はこのあとどう行動していくつもりだ?」

 

「今、一番大切なこたは……どうやって元の世界に戻るかだよなぁ」

 

どうすれば元に戻るのか。好恋伯父さんは戻れる可能性もあれば、戻れない可能性もあると言っていた。

 

「でも今それを考えたところで、どうにかなるかというとどうにもならないんだよな」

 

どうやってこの世界に来たのか。それは置いておく。戻れるかどうか。これも置いておく。とすれば。

 

「……そもそも俺がこの世界に来た意味ってなんだろう?」

 

…………………。…………………。……………。

 

「……全く分からん」

 

好恋伯父さんたちなら何か知ってるかもしれないけど、これは何となく自分で知る必要があるような気がする。

 

「今は逆に自分からは行動しないことにするよ」

 

「ほう。……それはその時の状況に流されるってことか?」

 

「ああ、今変に動いてもロクなことにならない気がするんだよ。だからその時の状況によっての最善の道を選ぶ必要があると思う」

 

「それが今のお前の考えなんだな?」

 

「ああ。……」

 

「なら分かった。それじゃあ、今はそういう風に動くとしよう」

 

「ありがとう。話しは変わるんだけどいいかな?」

 

「ああ、いいぞ。どうした?」

 

「女の子の久遠さんの妻が、これまた女の子の帰蝶さんって……どういうことだろう?」

 

「女の子同士で結婚するのが、この世界の風習なのか?いや、けど俺が夫なるんだから、それは違うか?」

 

「すまん、それは俺にも分からん」

 

「そうだよね。……あれ?でも俺が久遠さんの夫になるなら、帰蝶さんと俺の関係はどうなるんだろ?」

 

「「「…………………………」」」

 

「よし分からん。あとで聞こう。……つーか、分かるこたなんて全くないな」

 

かんがえるだけ体力の無駄だ。ならいっそ。

 

「寝るか。何かあったとき、最後に役立つのは体力!コンディションを整えておくのが一番だ」

 

「また、寝るのか?」

 

「うん。好恋伯父さんたちはこのあとどうするの?」

 

「俺たちは、またお前らが言うイチャイチャをしてるよ」

 

「……………(コクッ)」

 

「そっか。……もう知らね」

 

そうと決まれば話しは早い。なんだって、さっきまで俺が寝ていた布団があるんだからな!

 

「という訳で、おやすみなさーい……」

 

「「おやすみなさい」」

 



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4話

(うーん……)

 

なんだろう?隣の部屋に人の気配がしてる。

 

(……衣擦れの音とか、声を聞いてる限り、四人ってところか……)

 

(ふむ……一応、備えておこう)

 

「好恋伯父さん恋姉ちゃん、おはよう」

 

「「おはよう」」

 

「どうする?」

 

「そうだな。とりあえず気づいてないふりだけしておこう」

 

「……分かった」

 

 

 

 

 

 

 

「全く……。我らに何の相談も無しにそのようなことを決定されるとは」

 

「別に構わんだろう。壬月たちが心配するような男ではないぞ?」

 

「何を根拠にそのようなことを判断されるのです?」

 

「うむ。瞳だ。瞳の色、そして瞳の奥の力強い意志が見てとれる。他の者とは全く違う強さなのだ。だから我は奴を信じた」

 

「……い、意味が分かりませんよ、久遠さま」

 

「家老の二人の言う通りよ久遠。私に何の相談もせず、あんな不審の者を近づけるなんて!」

 

「ふむぅ……なぜ貴様らに分からんのか。我は、なかなか骨のある男と見ているのだがな」

 

「しかしながら出自も分からず、ましてあの様な不明な現れ方をした者を、簡単に信用する訳にもいきますまい」

 

「織田上総介様の家老として、私も壬月さまのご意見に賛成ですわ」

 

「頑迷な奴らだ。ならば貴様ら自らの目で、とくと検分すれば良かろう」

 

「そうさせて頂きましょう」

 

「ただし!試した後、少しでも認めるところがあるのならば、今後一切の口出しを禁ずるぞ?良いな?」

 

「「御意」」

 

「結菜もそれで良いな?」

 

「ええ。あいつが何者か分かれば、私だって無用の警戒をしなくて済むしね」

 

「よし。……で、奴はどうしている?」

 

「さっきまで眠ってるみたいだったけど?」

 

「ならば丁度良い。その寝込みを襲うとしましょう。殿が仰るほどの男ならば、難なく対処してみせるでしょう」

 

「……悪趣味な奴らめ」

 

「よろしいですな?」

 

「我は我が眼を信じておる。好きにせぃ」

 

「はっ。では失礼仕る」

 

「麦穂。私が合図をしたら、襖を開け放ってくれ。抜き打ちをかける」

 

「了解です。では……」

 

「……三、二、一……今だ!」

 

「せえぇぇぇぇぇぇぇいっ!!!!!」

 

「な、いないっ!?」

 

「そんな、一体どこに……っ!?」

 

「やれやれ、あっぶないなぁ。問答無用で寝込みに抜き打ちとか、完全に殺す気じゃないか」

 

「!?そこですっ!」

 

「のわっ!?だから危ないってばっ!」

 

「きゃっ!?」

 

横殴りに繰り出された刀をくぐり抜け、女性の手首を捻りあげて、畳に押しつける。

 

「痛っ……!」

 

「ごめんね。だけど俺も死にたくないから、ちょっとだけ我慢してくれると嬉しいかな……」

 

もう一人の女性の動きを注視しながら、畳に押しつけた女性に謝罪する。

 

「そりゃそうだ。正直こっちは少しでも剣丞の経験になると思って手は出してないが、もし剣丞の身に何かあったらこっちも手を出させてもらうぞ。そちらは真剣だしな…」

 

「…………(コクッ)」

 

好恋伯父さんたちは、押しつけていない女性と対角線の位置でいつでも動けるようにしていた。

 

「はっはっはっ。やるな剣丞」

 

「やるな、じゃないってば。これってどういうことなの、久遠さん?」

 

「どうもこうも。……どうせ貴様らのことだ。隣室での会話を聞いておったのであろう?」

 

「当たり前だろ。まだ安全がしっかり確保出来ていない場所で気ぬくような奴には育ててないからな」

 

「ある程度はね。……でもいきなり一刀両断の勢いで襲いかかってこられるとは思ってなかったよ」

 

「はっ。その割には用意周到だったではないか。布団の中に枕や焼き物を入れて擬態し、自身は部屋の隅で息を殺して待ち受けていたのであろう?」

 

「ご名答。でも息を殺していたけど、好恋伯父さんたちの存在感の方が強くてより分からなかっただけな気もするけど」

 

そう、襖が開けられて斬りかかれた瞬間、好恋伯父さんたちは、殺気染みた空気をとっさに出したため斬りかかった相手は一瞬だったが、そちらに気を反らした。

 

「貴様ぁ!どこの草だっ!?」

 

「草って確か忍者のことだっけ?……違うと言えば違うけど、似たようなことは教えられたかもなぁ……」

 

「明命の奴が確かに教えていたな。良かったな剣丞、早速稽古の力が発揮してきたぞ」

 

「……あまり嬉しくない」

 

「ほお。身のこなしも良くら機転も利く。草の真似事をしながら、その体捌きは武士の組み討ち術そのもの」

 

「ホント、こうやって見てみると俺たちって剣丞に色々なことを教えてきたよな」

 

「…………(コクッ)…………でも、そのおかげで今がある」

 

「どうだ壬月、麦穂、結菜!なかなかの武者振りではないか!我の目に狂いは無かったであろう!」

 

「はは……すっげー自慢げだなぁ」

 

「ぐうの音もでんか?よし剣丞。おまえに危害は加えさせん。麦穂を離してやれ」

 

「……………………」

 

久遠さんの言葉を疑う訳じゃない。だけど相手は人を殺せる武器を持ったサムライが二人もいるんだ。慎重には慎重を重ねたい。

 

「大丈夫だ。我の名にかけて約束しよう」

 

「………………了解」

 

久遠さんのまっすぐな言葉を信用し、俺は組み敷いた女性をそっと立たせた。

 

「痛かっただろう?ごめんな」

 

「いえ……」

 

差し伸べた手を取って立ち上がった麦穂と呼ばれた女性が、手首をさすりながら離れていく。

 

「それで?そっちの怖いお姉さんの判定はどう?」

 

「うむ。どうなのだ、壬月」

 

「……剣技、体捌きに優れ、しかも草の真似事をしてみせるなど……」

 

「なかなか良い武者振りであろう?」

 

「怪しすぎるに決まっているでしょう!」

 

自慢げな久遠さんの表情とは対照的に、壬月と呼ばれた女性は警戒心を顕わにして叫んだ。

 

「ですよねー」 「そうなるわな」 「……(コクッ)」

 

「自分で認めるな、貴様ら」

 

「いや、常識的に考えて、そっちのお姉さんが言っていたことは、至極、正論だと思うよ?」

 

「そもそもが変な登場の仕方をして、しかもどこから来たのかも分からない」

 

「あげくの果ては、忍者みたいって思われたなら、そりゃ信用なんて出来ないってのが人情だと思う」

 

特に二人は織田信長である久遠さんの、腹心の部下のようだし。警戒するのは当然だろう。

 

「で、どうしよう?俺はどちらでも」

 

好恋伯父さんたちも多分どちらに転んでもどうにかすると思うし、さっき気にするなって言っていたから大丈夫だろう。

 

「我に決めろというのか?」

 

「俺はここに居る、他の人たちのことを良く知らないし。久遠さんの事情もよく分からない。……余計な口は出せないだろうし、そもそも口を出しちゃいけないだろう?」

 

「……食えん奴だ」

 

「えー!俺なんてまだ食べやすい方だよ。世の中には煮ても焼いても食えない人がたくさんいるんだから。特に俺にとっての代表格なんてすぐ近くにいる二人だし」

 

「お前が俺らのことをどう思っているかよく分かった。……明日からの稽古覚えてろよ」

 

「……………(ニッコリッ)」

 

「ヤベー!恋姉ちゃんがニッコリしてるし、そのわりに、頭に怒りマークが見えてるよ!ごめん、ごめんなさい恋姉ちゃん」

 

「俺には謝罪ないんかいっ!」

 

「はぁー、そう貴様は言うがそういう、飄々とした態度を取るやつに、食える奴など居た試しがないわ」

 

「心外だなぁ。素直な子なのに俺」

 

「「嘘つけ(つき)!」

 

「でもさ、お世話になりたいってのは本心だよ?さっきの話しを聞いて、君の本音は充分理解しているからさ」

 

「だからまぁ……望みが叶うように願いつつ、あとは君にお任せってことで」

 

「ふんっ、やっぱり食えん奴だ、貴様は」

 

「まぁ良い。壬月、麦穂。貴様らの結論を言え」

 

「即刻、追放すべきかと」

 

「その理由は?」

 

「試してみて、この男が更に不審に思えた故」

 

「じゃあどうすれば良かったのかね?」

 

「好恋伯父さん、今は黙っていた方が良いよ」

 

「…………(コクッ)」

 

「はいはい、っうぐっ!?」

 

好恋伯父さんが適当に返事をした瞬間、肘で好恋伯父さんの横腹をど突く恋姉ちゃんを俺は見てしまった。

 

「それはどの辺りがだ?」

 

「初撃を躱した知恵の回り方。そして麦穂の一撃をかいくぐっての身のこなし。こやつは明らかに草としての訓練を受け、しかもかなりの腕前と見ます」

 

「殿のお側に置いておくには危険すぎます。身中の毒となる可能性が高い、と判断致しました」

 

「デアルカ。……麦穂はどうだ?」

 

「私は、その……」

 

麦穂と呼ばれた女性が、チラリッとこちらに視線を投げてくる。

 

「……身のこなしから見てかなりの使い手。……となれば夫云々を抜きにして、久遠さまの側仕えとして使うのならば宜しいのではないでしょうか?」

 

「それにそちらにいらっしゃる二人の方が強いと見えます。下手に手放すのは痛いかと」

 

「な……麦穂っ!?貴様も反対だったのではないのかっ!?」

 

「無論、今は不明な点が多すぎるため、まだ様子を見なければなりませんが……」

 

「ですが壬月さま。先ほども言いましたが、これほどの使い手を他国に追いやるはお家にとってご損ではありませんか?」

 

「結菜。おまえはどうだ?」

 

「……私はまだ反対。この者たちの真意が見えないわ。取り入った後、隙を見つけて悪事を働くことも考えられる」

 

「母、道三が美濃でやったように、この下克上の時代、不明の者を側に置くには、細心の注意を払った方がいい」

 

「全くもってその通りだね」 「同感だな」 「……(コクッ)」

 

「……やけに他人事だな、貴様らは」

 

「だって俺がそっちのみんなと同じ立場なら、同じ心配をしてると思うし。……なぁ、やっぱり俺ら、出て行った方がいいんじゃない?」

 

「いや。貴様、貴様らを手放すつもりはない。……壬月、結菜。先ほど約束したな。こやつに少しでも認められたところがあれば、口出しはさせんと」

 

「は……」

 

「体捌きと機転について、認める発言をしたな、壬月」

 

「は……」

 

「ならばそれは認めたということだ。……今後、剣丞に対しては口を出すこと、まかり成らん」

 

「し、しかし殿!」

 

「くどい。約束は守れ」

 

「は……」

 

「結菜、おまえもだ。良いな?」

 

「嫌よ。……この人が信用できると判断するまで、私は疑いの眼差しを持って接するつもり。それが妻としての役目だから」

 

「恋、妻ってそんなもんか?」

 

「…………多分?」

 

「貴様は――――」

 

「いや、それで良いんじゃないかな?逆に言えば、信用出来れば、ちゃんと接してくれるってことだろうし」

 

「………」

 

「良いのか、貴様はそれで?」

 

「全然構わないよ。袖すり合って即信用!ってのもどだい無理な話しだし」

 

「言葉を交わした数も少なければ、俺が働いているところを見てもらった訳でもないのに、信用なんて出来るはずがないんだ」

 

「少しずつ信用されるように、俺らが頑張れば良い話しなんだから、別にそれでいいよ」

 

「……分かった。貴様が良いというのならわ我も構わん。ではこれで決まりだ。……良いな、皆の者」

 

「「はっ」」

 

「家中への披露は明日行う。……剣丞、それに好恋に恋、貴様らも今日はゆっくりしておれ」

 

「分かった。……けど、もう充分寝ちゃったからなぁ。散歩に行ってきても良いかな?好恋伯父さんたちはどうする?俺みたいに寝て無かったと思うけど」

 

「うーん、たかが散歩だしなー。でも何か嫌な予感するし今回は俺は付いて行くよ。恋はどうする?」

 

「…………行く」

 

「そういうわけでちょっと散歩に行ってくる」

 

「構わんが、もう夜だぞ?」

 

「うん、まぁあまり遠くには行かないようにするよ。ただその辺を見て回りたいんだ」

 

今、自分がどんなところに居るのかも気になるし、周辺の地理を把握しておかないと、正直、落ち着かない。

 

「ふむ。……ではちょっと待っていろ」

 

そういうと、久遠さんは部屋を出て行き―――やがて一本の刀を持って戻ってきた。

 

「これを持っていけ」

 

「これは……?」

 

なんか見たことある刀だなぁ……。

 

「それ、お前が蔵で見つけた刀だな。…………それが鍵か……」

 

「貴様が空から落ちてきた時に抱えていた刀だ。……貴様の物ではないのか?」

 

「……ああ、そういやそうだな。多分、俺のだと思う。ありがとう」

 

久遠さんから刀を受け取る。ずっしりとした重みな、掌から伝わってくる。

 

(俺と一緒にこっちに連れてこられたのか?それともこの刀が俺をこの世界に連れてきたのか?)

 

(どっちにしろ、元居た世界からこっちに来たのは、俺自身と好恋伯父さんに恋姉ちゃん、そしてこの刀か。よろしく頼むぜ相棒)

 

「なかなかの業物のようだが、銘が分からんな。誰の作の刀なのだ?」

 

「俺も良く分からないんだよね~……」

 

「そうか。……まぁ良い。気をつけて行け。夜は危険な輩が多いからな」

 

「好恋伯父さんたちもいるから多分平気だけど。忠告ありがとう。それじゃちょっと行ってくる!」

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ、落ち着かん奴だな」

 

「殿……本気なのですか?」

 

「剣丞のことなら、決着したはずだぞ」

 

「それはそうですが……しかしながら、奴はやはり得体が知れませぬ」

 

「田楽狭間に突如舞い降りた、天より落ちたる人の子。……何故、あの方はあの場に顕現したのでしょうか」

 

「それだ。我が気になっているのはそこなのだ。それに付き従うが如く居るあの二人のこともな、本人たちは保護者だとかと言っていたが」

 

「というと?」

 

「なぜ、奴は我の目の前に現れたのか。……神も仏も信じはせんが、どうにも引っかかるのだ」

 

「何かの縁があるとでも?」

 

「縁があるのか、因となるのか。……しかし我らの道を切り開いた田楽狭間に顕現したということに、何かしらの意味があるのかもしれん」

 

「それにな。あのような不明な現れ方をした剣丞に、霊験を感じる奴らもおろう。そのようなうつけ共に奴を盗られるのは癪に障る」

 

「確かに……敵対勢力に担ぎ上げられると、甚だ面倒なことになりますな」

 

「そういうことだ。ああいう訳の分からん者は、手元に置いて監視か管理をするのに限る」

 

「なるほど。いざという時、手元にあれば、処分も容易いですな。……分かりました。そういうお考えなのであれば私も賛同致しましょう」

 

「麦穂の言う通り、あれほどの使い手を他国に盗られるのは、やはり我が国の損失でもありますからな」

 

「しかし……あのお方は一体、何者なのでしょうか。それに付き従うあの二人も」

 

「それは追々分かっていくだろう。……結菜、奴らはしばらくこの屋敷で預かる。世話をせい」

 

「はいはい。……全く。もっと前に相談してくれれば良かったのに」

 

「我も忙しかった故、時間が無かったのだ。すまぬ」

 

「もう良いけどね。……次からはちょっとしてよ?」

 

「うむ。それとな、結菜。奴らのことはお前自身の目でしっかりと観察してくれ。何か分かったら教えて欲しい」

 

「了解。じっくり観察させてもらうわ」

 

「頼む。それと奴らが帰ってきたら、風呂を馳走してやれ。いつ帰ってくるか分からんがな」

 

「そっちも了解」

 

「そういえば……昨今、市井では怪事件が多発しておりますが、あの方たち、大丈夫でしょうか……」

 

「例の人肉を食べるという鬼のことか。……その後、どうなっておるのだ?」

 

「目明かしを使って調査しておりますが、詳しいことは分かっておりませぬ。それに使っていた目明かし共が、次々と姿を消しておりまして……」

 

「殺されたということか?」

 

「恐らく」

 

「デアルカ。……麦穂」

 

「畏まりました。数人連れて、彼の人たちをお迎えに上がりましょう」

 

「ふむ。では私も付き合おうか」

 

「あら。鬼柴田様が同行して下さるなら、千人力でございますね」

 

「抜かせ。おまえとの対戦では五分ではないか」

 

「うふふ……では殿。行って参ります」

 

「うむ。我はもう休む故、剣丞たちのことは頼む。……では明朝、評定(会議、相談の場)の間で会おう」

 

「「はっ」」

 

「……久遠。くどいようだけど、本当に良いの?」

 

「……逆に聞こう。結菜よ、彼奴らは我の命を狙う悪党だと思うか?」

 

「それは……正直、そこまで危険だとは、もう思ってないけれど……」

 

「デアルカ。蝮の娘として、おまえも様々な輩を見てきたはずだ。そのおまえが危険を感じないのは、つまり」

 

「安全だ、と言いたいの?」

 

「安全かどうかはまだ分からんが、危険ではない。……彼奴らと離していて、我はそう確信した」

 

「やれやれ……そういうとこ、パッと分かっちゃうのは、敵わないな」

 

「彼奴らとじっくり話してみれば、自ずと感じ取るところもあろう。……頼むぞ、結菜」

 

「はぁ……分かってるってば」

 

「うむ。頼りにしているぞ、結菜」

 

「頼りにされてあげましょう♪で、久遠。これからどうする?お風呂にする?ご飯にする?」

 

「剣丞たちが帰ってくる前に風呂に入るとしよう。付き合え結菜」

 

「うん♪」

 



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5話

「……うーん、こうやって外を歩いてみると、知らないところに来たって実感が湧くなぁ」

 

「そんなもんか?」

 

「そんなものなんだよ、好恋伯父さん」

 

月の光に照らされた町並みは、京都の映画村にあるよりも、もっと簡素で、もっと粗末だけど、何となくリアリティに富んでいた。

 

コンクリートで舗装されている訳でもなく、小石がそこらに落ちていて、歩く度に特徴的な響きを足音に付加している。

 

「確かに何となくこの感じは懐かしいなぁ」

 

「……………(コクッ)」

 

「外灯もなければ、電線電柱の類いも一切無し、か。……まぁ逆に言うと、月明かりがこんなにも明るいものなんだってのを知れたから、得した感じもするけど」

 

空に浮かぶ満月は、神々しいばかりに清洲の町を照らしている。

 

「建物は全て木造。瓦がある屋敷っぽいのやら、板屋根の建物とか。多種多様ってやつだな」

 

「はぁ~……なんか大変なことになったって、辛い現実を突きつけられてる気分だ……」

 

「けどまぁ、嘆いていても、その大変なことが片付く訳でもないし、事態が好転することもない」

 

「一つ一つ、考えていくしかないんだよな。……分からないことだらけだとしても」

 

考えるのを止めてしまっては、それこそ何も解決しないんだし。

 

「その通りだな。だからこそ今俺たちは何をしていかなければいけないかを選択していかないといけない」

 

「……俺が考えなきゃならないことは……一つ、元の世界に戻る手立てを考える。一つ、何としても生き残る。当面はこの二つって訳か」

 

何故、この世界に俺が来たのか。何故、俺だったのか。

 

なんて、原因を考えるよりも、分かりやすい目標を立てるのが先決だ。

 

「一つ目はまだ何も考えられないけど、二つ目については何とかなりそうかな……」

 

「俺たちもいるから大丈夫だと思うぞ」

 

そうだよな。それに俺自身も武芸全般、サバイバル技術全般、ガキの頃から姉さんたちに仕込まれてる。

 

「元の世界の一般人相手なら、そうそう引けを取ることはないけど……こっちの世界では大丈夫かな」

 

「大丈夫なように稽古をしてやるから安心しろって」

 

「稽古中に死なないか、逆に心配になってきたわ!」

 

「それにしても……我ながら思うけど、動じてないよなぁ俺……」

 

元々、淡泊な性格ってのもあるんだろうけど、こういう事態になっても、パニックにならないってのは、良いことなのか、悪いことなのか。

 

「悪いってことはないんだろうけど。……うーん、こんな淡泊な奴だから、彼女の一人も出来ないんだろうな」

 

伯父さんみたいな蕩しにならのは嫌だけど、やっぱり可愛い彼女の一人は欲しかったよなぁ。元の世界で。

 

「はぁ……若い身空でこんな異世界に放り込まれた童貞なんて、世界広しといえど、俺くらいなもんだ」

 

「いや、おまえが言っている伯父さんの一刀もおまえと一緒で、こっちに来た時は童貞だったぞ」

 

「…………あんな女蕩しなのに……嘘だろ!」

 

「いやいや、ホントだって。なぁ恋?」

 

「…………(コクッ)」

 

「マジか~…………ってなんだこの音?」

 

いつのまにか虫の鳴き声はぴたりと止まり、何かを咀嚼しているような奇妙な音が聞こえてくる。

 

「っ!?………恋!」

 

「…………(コクッ)!」

 

「…………………」

 

「剣丞、覚悟だけは持っておけよ」

 

好恋伯父さんの話しを聞きながら、無言のまま、周囲に気を配り、腰に佩いた刀に手をやった。

 

好恋伯父さんたちも身構えながら辺りを見回している。

 

「……音の聞こえ方からして、音源は周囲十メートル四方のどこかってとこか」

 

「しかも移動せず、一箇所に留まったまま、音を出し続けてる……」

 

耳に入ってくる音は、高音と低音を混ぜた湿度の高い音に聞こえる。

 

「口を開けたまま物を食べるのは、マナー違反なんだぞ気持ち悪い……」

 

「そんなのんきなことを言ってる場合じゃないぞこりゃあ」

 

全身、総毛立つような不快感を我慢しながら、音の方へと向き直る。

 

「この路地の向こうか……?」

 

「これは確実にいるな」

 

「…………(コクッ)」

 

建物と建物の間、ちょうど月光が差し込まない道の向こうから音は聞こえてきた。

 

「音からして、肉に鋭い何かを突き刺して抉ったり……考えたくないけど、もぐもぐしている音だろうな、これ」

 

「そこまで分かってるなら、今どんな状況なのかも想像できるんじゃないのか?……それでも行くか?」

 

正直、もう嫌な予感しかしない。だけど……もし俺が行かなかったことで、最悪な事態を迎えてしまったら寝覚めが悪い。

 

「覚悟、決めるしかねーよな……」

 

可能な限り気配を消し、音を立てないように注意しながら、忍び足で路地を俺らは進む。

 

 

 

 

 

 

 

暗闇の中、人らしき影が地面にしゃがみ、一心不乱に何かをしていた。

 

ピチャピチャと液体が滴る音と共に、ゴクリと何かを嚥下する音も聞こえてくる。

 

そして――――その影がこちらを向いた。

 

「………っ!?」

 

目と目が合い、思わず息を飲む。

 

禍々しく煌めく瞳。暗闇の中でもはっきりと分かるほど、不快感を呼び起こすヌメリを帯びた肌。

 

そんな姿形よりも更に目を引いたのは、歪んだ笑みを浮かべた口元に見える。大きな犬歯だ。

 

牙と言っても差し支えないそれは、赤い液体を滴らせていた。

 

「なんだこいつ……」

 

「どこからどう見ても化け物の類だろよ!」

 

見たこともない不気味な姿の"ナニか"に圧倒され、腰に手をやったまま、ジリジリと後ずさる。

 

好恋伯父さんたちは、ただ身構えながらその化け物の様子を見ていた。

 

と、腰に佩いていた刀が、うっすらと光を放っているこたに気付いた。

 

「なんだこの刀……光ってる?」

 

「ッチ!?その刀はそういう代物か!」

 

好恋伯父さんが何かを言っているが、今は刀に気を引かれていたためよく聞こえなかった。

 

ゆっくりと明滅するその刀の光に、目の前の"ナニか"が興味を示したようにこちらに近づいてきた。

 

「いやいや、勘弁してくれよ……」

 

「あまり弱気になるな!下手に弱気になるとこいつに襲われるぞ!」

 

こちらの様子を窺い、隙あらば飛びかかる気配を見せる目の前の"ナニか"。

 

(左右は壁……。道幅は刀を振り回すにはちょっと狭い感じ。となれば、基本は突きで対応するしかない)

 

(逃げ道は後ろのみ……。うーん、大通りに戻った方が良いのかな)

 

(けどこいつ……足の筋肉の付け方で、すばしっこそうなのが見てとれるんだよなぁ……広いところだと逆に不利か……?)

 

相手から片時も目を離さず、脳味噌の端っこの方で状況を整理する。

 

と、そのとき。"ナニか"の後ろに、女性の足とおぼしきものが、視界に飛び込んできた。

 

「人が……」

 

「剣丞!あまり見るな!お前にはまだ早い!」

 

そう好恋伯父さんに言われたが、自分の視界に入ってきたものをすぐさま理解してしまった。

 

人?いや。違う。良く見ると上半身が――――無い。

 

「おまえ、食ったのか!人を!」

 

「誰だよおまえ!何なんだよおまえ!人なのか?獣なのか?」

 

「熱くなるな!剣丞!冷静になれ!」

 

好恋伯父さんに言われたことで、少し落ち着きを取り戻し、警戒しつつ、すり足で相手との距離を詰める。

 

今、心の中にあるのは、未知の存在との立ち合いへの、震えるほどの恐怖。

 

だけど、それと同時に、無残に殺された人の無念と、再度燃えるような怒りが沸き上がる。

 

「グルルルルルル……」

 

俺の怒りを察したのか、"ナニか"は口を歪ませ、臨戦態勢を取る。

 

距離を詰める俺を観察し、隙を窺う素振りを見せる。しかし、俺の前にいる二人にも気を抜いてるわけではなさそうだ。

 

「次は俺を食いたいのか?……いいよ来いよ。返り討ちにしてやるからさ……!」

 

緊張から手に汗を掻き、ともすれば脱力して取り落としてしまいそうになる、刀の柄を握り直す。

 

瞬間、"ナニか"が俺に飛びかかってきたが、上手く刀を持つ手に力が入らず取り落としてしまいそうになった。

 

そして、そこから慌てて刀を振り下ろしたため"ナニか"の犬歯にぶつかり刀を弾かれてしまい、その衝撃で刀を地面へと落としてしまった。

 

「ッチ!剣丞の馬鹿!……間に合えっ!」

 

「……!!急ぐ!」

 

"ナニか"はその気を逃さず俺ののど元を狙って牙で噛みついてきた瞬間、咄嗟に目をつぶってしまった。

 

それから、いくらたってもこない衝撃に恐る恐る目を開けるとそこには左腕を食われ、もう片方の腕で"ナニか"を押し止めていた好恋伯父さんがいた。

 

「なっ!?好恋伯父さん!」

 

「おいおい、咄嗟に何があっても目をつぶるなと稽古の時、散々言っただろうが」

 

「好、好恋伯父さん!う、腕、腕が!」

 

「ちっとばっかし痛いが、お前を守るために腕の一本や二本なんて惜しくはねぇよ。っとぉ!」

 

「グッガァァァッ!」

 

好恋伯父さんはそう言うと、右腕で"ナニか"を思いっきり殴り飛ばした。

 

殴り飛ばしたことにより左肩から先が失くなってしまったが、失くした本人はあまりそのことに対して関心が無さそうだった。

 

「好恋伯父さん!ひとまず後ろに下がってないと!」

 

「ああ?たかが片腕が失くなったぐらいでこの場から退けるかよ!」

 

「…………治療、優先」

 

恋姉ちゃんも好恋伯父さんの片腕が失くなってしまったというのに何故か平然として、好恋伯父さんに近づいていった。

 

「ッチ!仕方ねぇな。剣丞、念のため化け物の様子を見ておけ!その間に治療を済ましちまうからよ」

 

「治療ってこんなところじゃできないだろ!」

 

「そういや、剣丞には見せたことがなかったな。俺と恋は少し他の人とは違ってな、化け物じみた力があるんだよ」

 

「化け物みたいな力?」

 

「そうだよ。まぁ見てなって」

 

そう言った好恋伯父さんは何故か突然恋姉ちゃんとキスを始めた。

 

「はむっ…んっ❤…んちゅっ❤…んっんっ❤」

 

「な、な、何をやってるんだよ!」

 

好恋伯父さんたちが、キスを始めて数秒後、好恋伯父さんたちはキスを止め、俺に説明をしてくれた。

 

「何もふざけたようなことはしてねぇよ。俺の腕を見てみろよ」

 

「腕って、好恋伯父さんの腕はさっき"ナニか"にやられて…………はぁ!?な、なんで腕があるんだよ!」

 

「見て分かってもらった通り、俺と恋はお互いの体液を交換をすることによって身体を再生させることができるんだよ」

 

「さらには、死んでいても片方が生きてて体液を死んだ方の体内に入れれば生き返れるんだよ」

 

「だから俺らを殺したかったら、全身を消滅させるか、もしくは、両方を同時に殺さないと死なないんだよ」

 

「もちろん、その時の対策も打ってあるがな」

 

「グルルルルルル……」

 

俺は今の出来事が現実離れし過ぎて、"ナニか"の存在を忘れていたが、唸り声でまた、"ナニか"の存在を気にし始めた。

 

「そういえば、さっきの"ナニか"は!」

 

「それならさっきからこっちの様子を窺ってるよ」

 

少し離れた位置に何故か、隙だらけだったはずの俺らを襲うことなく様子を窺っていた"ナニか"がいた。

 

「……なんであいつは襲ってこないんだ?」

 

「それはな、俺が腕をやられた時から恋がかなりの殺気や怒気を、あの化け物にぶつけているからだよ。この中で今さっきの出来事に一番、頭に来ていたのは恋だからな」

 

「当たり前、自分の子供以外にも夫を傷つけられて平然としていられるほど恋は人間ができてるわけでもないし、優しくもない」

 

「こんなに喋ってる恋姉ちゃん、初めて見た」

 

「恋は感情的、特に本気で怒りの状態だとよく喋るんだよ。俺も初めて恋が激昂した時は驚いたなぁ。あの時の相手は確か人食い熊だったかな」

 

……というか、好恋伯父さんたちは熊とも殺り合ってるのかよ。

 

「正直、このままこの化け物をこの手でぶち殺したいけど、今はこの気持ちを抑える。剣丞に相手をさせないと意味がないから」

 

「……えっ?」

 

「そういうわけで、もう一回あの化け物とやり合え。今度はしっかり落ち着いて動けよ」

 

「………うん。もう大丈夫。次は勝つ!」

 

「よしっ!その調子だ!恋、その化け物が動けるようにしやれ!」

 

「…………(コクッ)」

 

俺は今一度刀を拾い、刀の柄を握り直した。

 

そして、"ナニか"も動けるようになったため、先ほどのことから二人よりも俺を狙うことにしたようだ。

 

「…………………」

 

「…………………」

 

視線を固定せず、ポジションを変えながら、俺と"ナニか"はそれぞれの動きを窺う。

 

その動きが止まり――――"ナニか"が先に動いた。

 

「ヴゴゴォォォゥゥッ」

 

耳をつんざく咆哮を放った瞬間、俺の視界から"ナニか"が消えた。

 

「マズッ……っ!」

 

予想していたよりも数倍も早く動いた"ナニか"は、相対距離を一気に詰めて、鋭い牙で俺ののど元に食らいついてくる。

 

「くっ!」

 

正眼の構えから一転、"ナニか"の首元に向けて、袈裟斬りを放つ。だが――――。

 

「なっ!?」

 

俺が振り下ろした刀に、のど元を狙ってきた牙で噛みつき、俺の動きを制限しようとする"ナニか"の動きに、戦慄が走った。

 

「まず……」

 

刀を口で固定される前に、蹴りを繰り出して、相手との距離を取るように後ろに飛び退る。

 

「へっ……今度は思い通りには行かせるかよ」

 

再び俺が距離を取ったことに苛立ったのだろうか。"ナニか"は怒りの咆哮を放ち、俺を睨み付ける。

 

「動きは速いけど、攻撃は基本、力任せ、か……」

 

「さっきよりは化け物の動きが見えてるようだな」

 

「…………剣丞は、やればできる子」

 

"ナニか"の行動パターンから、奴にとって両手は、地を駆けるための道具でしか無いのが分かる。

 

「所詮ケダモノってことか。……なら対処法はある」

 

「けど、厄介なのはあのスピードだな……」

 

「って迷ってる暇はねーか!」

 

「また牙で……って、しまった!」

 

突然、距離を詰めてきた"ナニか"の動きに、反射的に繰り出した突きを、その鋭い牙で受け止められる。

 

「グルルルルッ……!」

 

「ちょっ……!」

 

「ごふっ!」

 

咥えた刀ごと、空中に放り投げられ、民家の壁に叩きつけられる。

 

「ごほっ、ごほっ、ごほっ!くぅ、効いたぁ」

 

「グルルルルルッ……!」

 

「ちょ、まっ、いきなり、エンジン全開かよ!」

 

目で追うのがやっとのスピードで繰り出される"ナニか"の攻撃。

 

一撃一撃が重く、致命傷を予感させる鋭さだ。

 

「ちっ、何とか凌いでるけど、このままじゃ――」

 

 

 

 

 

 

 

「この音は剣戟の音……!?急ぎましょう!あの方たちかもしれません!」

 

「待て麦穂!……しばし様子を見る」

 

「そんな!」

 

「落ち着け。あの様子ならばそう簡単にはやられはせんだろう。どうやらお付きの者も手は出してはないようだからな。……奴の真の実力を推し量る」

 

「殿のご命令に逆らうことになりますよ?」

 

「承知している。だが織田家の家老として、奴の実力を見極める必要がある」

 

「分かりました。しかし……大丈夫でしょうか?」

 

「分からん。が……他国に行かせるには惜しい人材だと言うならば、この程度の難局は乗り切ってもらわんとな」

 

「意地悪ですよ、壬月さま……」

 

「私とて、好きでこのような振る舞いをしている訳ではない。しかし殿の身辺を守るのも我らの務め。彼奴ら、特に彼奴の力をこの目で見る、絶好の機会を利用せん手はない」

 

「……危なくなったらすぐに助けに入ります。そのおつもりでいてください」

 

「分かっている。……」

 

 

 

 

 

 

 

「ん?あの家老とやらの二人も来たようだな。だが、…………剣丞の実力を見るつもりか?」

 

「………………(コクッ)」

 

「はぁ、はぁ、はぁ……強いなおまえ」

 

「グルルルルルッ……」

 

「人間様みたいな形をしているのに、言葉も話せないってか。……ホント、何者だよおまえはよぉ……」

 

「……………」

 

俺の問いかけには反応せず、"ナニか"は俺の隙を見つけようと、うろうろとポジションを変える。

 

「……人のようで、人じゃない。獣のようで獣じゃない。……こいつ、鬼ってやつなのか?」

 

見た目といい、人を食う所行といい、日本古来から伝わる鬼ってのに酷似している気がする。

 

「けど戦国時代の日本に鬼が居たなんてこと、聞いたことがないぞ……」

 

鬼らしき"ナニか"は、右にポジションを移しては飛びかかろうとしたり、左にポジションを移しては、詰め寄ろうとしたり忙しい。

 

「獲物を狙う獣そのものの動きしやがって。……さっさとどっかに行けよ、もう……」

 

毒づきながら、鬼らしき"ナニか"を見ると、まだまだ元気一杯だ。

 

「相手はまだまだ体力に余裕がありそう。だけど俺は疲労が蓄積してる。となりゃ……やれることは限られてるか」

 

「前に出て、死中に活を拾うしかない……!」

 

踏ん張った足にグッと力を入れ、圧縮されたバネのように腰を溜める。

 

両手で握った柄の具合を確かめて、呼吸を整える。

 

「んじゃ、そろそろ終わりにしましょうか……!」

 

「うおおおおぉぉぉぉぉ!」

 

渾身の力を両手に籠めて地面を蹴りつけ、会心の速度で繰り出した突きが、ケダモノのみぞおちの辺りに吸い込まれた!

 

みぞおちを吸い込まれた剣先が、背骨らしきものを掠めながら背中へと貫通する。

 

「……よしっ!」

 

「まだだ!気を抜くな剣丞!」

 

刀身を通して伝わってくる鈍い感触に、俺は勝利を確信した――――そのとき。

 

「ゴルルルルルゥゥゥッ……!」

 

耳をつんざく咆哮をあげた鬼が、その太い腕を横に薙いで俺を突き飛ばす。

 

「くっ……!」

 

強かに背中を打ちつけたられたが、俺は痛みに堪えてすぐに立ち上がり、態勢を立て直す。

 

「手応えはあった……なのに……っ!」

 

鳩尾に入った剣先は確かにこの鬼を貫いたはず。その手応えは確かにあったんだ。

 

それなのに、目の前の鬼は膝を付くことさえもせず、苛立った声を上げるだけ。

 

「……化け物かよ」

 

確かにこいつは化け物だ。今の俺に、目の前の相手を倒しきることが出来るだろうか。

 

(……出来るかどうかじゃない。殺らなきゃ殺られるんだ)

 

「……………」

 

(さて……どうするか)

 

相手はそれなりに傷付いてるけれど、動き自体は鈍っていない。ともならば。

 

(傷を負わされたことで、俺の力を認め、余力のあるうちに逃げるか。それとも―――)

 

「……っ!!」

 

鬼はまるで狼の遠吠えのように、夜空に向かって咆哮する。すると、その咆哮に答えるように、夜空に響く声が二つ。

 

「やっぱり仲間を呼ぶのかよ!」

 

「ギャッ!ギャッ!ギャッ!」

 

「グルルルルッ……」

 

「くっ……」

 

(見た目が殆ど同じ鬼が二匹追加か。…絶望するつもりはないけど、圧倒的不利ってやつだな……)

 

新しく現れた二匹は、俺との距離をじりじりと詰めてきている。少しでも隙があれば飛びかかろうって姿勢だ。

 

(どうする……好恋伯父さんたちに頼むか……っ!)

 

どうすれば切り抜けられるのか。ただそれだけを必死に考えていた、そのとき。

 

「誰か来るな」

 

「……(コクッ)」

 

「ひゃぁーーーっはぁぁぁーーーーーっ!」

 

「……っ!?」

 

静寂を切り裂くかのような高い声。その声が響き渡ると同時に、俺の傍を黄金の旋風が走り抜けていった。

 

「汚物は全殺だぁぁぁーーーーっ!」

 

物騒な雄叫びを上げながら現れた金色の暴風が、背丈の倍はあろうかという棒を振りかざし、事も無げに一閃を繰り出した。

 

「おら、次ぃ!」

 

「なっ……」

 

突如現れた金色の暴風―――その正体が分かり、俺は言葉を失ってしまった。

 

「おんな……のこ?」

 

身の丈の二倍はあろう長い槍を軽々と掲げ、夜風に髪を靡かせて仁王のように立っている姿が、月光を浴びて、やけに鮮明に網膜に焼き付いた。

 

「ぁんだよ、手応えねぇなぁ~……」

 

「グ、グルルッ……」

 

「はぁー、つまんね。……お前もさっさとぶっ殺してやるから、そこで大人しくしとけ」

 

可憐な外見とは裏腹に、乱暴な口調で言い放った少女が、掲げた槍を無造作に――だが目にも止まらぬ速さで――鬼に向かって振り下ろす。

 

「ギャァァァーーーーッ!」

 

「チッ!避けやがって……往生際が悪いぞ、野郎!」

 

「ギャァァァーーーーッ!」

 

少女の槍の苛立ったを後ろに飛び退って避けた鬼が、悔し紛れの咆哮を放つと、身を翻して駆け出した。

 

「あ!てめ!待ちやがれ!」

 

「気を抜きすぎだクソガキが」

 

「母っ!」

 

「戦場では最後まで気を抜くなと、いつも言ってるだろうがよ。……それとぉ!」

 

「戦場で後ろを向く奴ぁ死あるのみだぁ!」

 

殺気なんて言う生易しいものじゃない。心臓を鷲掴みにされたような、総毛立つ殺意と共に、突如現れた女性が一閃を繰り出した。

 

空を裂く鈍い音と共に繰り出された一閃は、逃走を図っていた鬼を切り裂くのではなく、無慈悲に叩き潰した。

 

「「「……………」」」

 

「なんだぁ孺子(こぞう)?貴様ら、どこの組のもんだコラ?」

 

「おっ?なんだコラ?やんのかコラ?いつでもやってやんぞコラぁ!」

 

「なんでこんなに喧嘩腰なんだよ?」

 

「…………?」

 

「あ、いや、俺は―――」

 

「待て待て!その喧嘩、少し待て!」

 

「待ってください、桐琴どの!」

 

「あん?なんだぁ?権六と五郎左じゃねーか。貴様らこんな夜分に何をしてるんだ?」

 

「少し理由があってな。こやつらを呼びに参ったのだ」

 

「こいつらを?……おい孺子。腐っても織田の家老様を迎えに来させるなんざ、てめぇら何者だ?」

 

「母ぁ!こいつら怪しいぜ!殺っちまおう!その方が面白ぇ!」

 

「さっきから口うるせぇガキだなーおい!流石に売られた喧嘩は買うぞクソガキが!」

 

「……好恋、少し落ちついて」

 

「待て待て!早まるな!こやつらは殿の客人だ!」

 

「殿のぉ?」

 

「そうよ、小夜叉ちゃん。この方たちは久遠さまのお客人。……田楽狭間のね」

 

「田楽狭間と言やぁ……ほぉ~。ということは、この孺子が例の?」

 

「うむ。殿がいたくご執心でな。……こやつを夫にするなどと言って聞かんのだ」

 

「こいつがぁ?こんな弱っちい奴に殿の夫が務まるのかねーっ!?」

 

「腕は確かよ。壬月さまの抜き打ちを避けたらぐらいですもの」

 

「そんなのオレだって余裕で出来らぁ」

 

「……あん?」

 

「なんでぇ?殺るか?」

 

「……………。まぁとにかくだ」

 

「そういうことだ、森の。手を出すな」

 

「ふーむ……」

 

桐琴と呼ばれている女性が、俺の顔を下の方から舐めるあげるように覗き込む。

 

「………………」

 

別に険しい表情をしている訳でも、威嚇の声を出してる訳でもない。

 

ただ無言で見つめられているだけなのに、みぞおちの辺りに痛みが走り、全身から力が抜けていく。

 

「……………ふんっ。まぁいい」

 

「おい、権六。殿がこやつに執心しとるんだな?」

 

「ああ。どうしても夫にすると言ってな。森の。貴様もやめるように説得してくれんか?」

 

「……殿が良いと言うなら、きっと良いことなんだろうさ。ワシらがとやかく言うのは筋が違うだろう」

 

「それに森一家って得物は、殿という使い手に使われるのが仕事だ。殿が決めたことなら異は唱えん」

 

「やれやれ……森も賛成という訳か」

 

「賛成も反対もねーよ。殿がやるってんなら、オレらぁそれに従うだけだ」

 

「そういうこった。……おう、クソガキ!興が削がれた。帰って酒だ!」

 

「応よ、付き合うぜ、母ぁ!」

 

「………………」

 

あの人たちは一体、何だったのだろう?突如現れ、好き勝手に値踏みされて、さっさと立ち去っていった。嵐のような二人の女性。

 

「ふんっ、貴様でも呆けることがあるんだな」

 

「いやいや。何かあったら人並みに呆けちゃうけどさ。……あの人たちって一体ナニモノ?」

 

「あれは森家の当主で、名は森三左衛門可成どの。娘の方は森長可ちゃんですよ」

 

「はぁ……」

 

もりさんざえもんさんと、もりながよしちゃん、か。

 

(何にしても……)

 

この世界に来て、たった数時間で、人じゃない奴に出会うわ、目線だけで殺されそうなほどの殺意溢れる人物に出会うわ。

 

可成さんとか長可ちゃんなんて、人間のようで人間でない少し人間っぽい人、だったもんな……。

 

(退屈しそうにないな……なんて言うのはタダの格好付けだけど。正直、俺一人だったらこの世界で生き残れるのか自信が無くなってたな……)

 

「あー……ところで、ええと……」

 

久遠の屋敷で、俺に抜き打ちを掛けてきた人と話しを続けようとして……名を知らないことに気づく。

 

「丹羽五郎左衛門尉長秀。通称は麦穂と申します。以後、お見知りおきくださいませ」

 

「あ、どうも。俺は新田剣丞です。こちらの二人は―――」

 

「姓名は呂飛、字は太原、真名、そちらで言う諱は好恋。剣丞、自分の名前くらいは自分で名乗るぞ」

 

「……姓名、呂布、字、奉先、真名は恋。……よろしく」

 

「私は柴田権六勝家。通称は壬月という」

 

「新田剣丞。さっきはどーも……」

 

挨拶しながら、壬月と名乗った女性から距離を取る。

 

「別に距離を取る必要はないぞ。剣丞」

 

「そう警戒せんでいい。今日はもう、抜き打ちで襲う真似はせん」

 

「今日はもう、って言うことは明日はするの?」

 

「状況次第ではな」

 

「……了解。その言葉を信じますよ」

 

警戒を解き、俺は刀を鞘に戻した。

 

「ところで、ついさっきまで、ここに何か変なのがいたんだけど……」

 

(……あれ?死骸が無くなってる……?)

 

「変、とは?」

 

「人なのか、獣なのか分からない生き物。……多分、人を食ってたんだと思う。ほらそこに」

 

道の端に無残な姿を晒している、人だったものの肉塊を指さす。

 

「あれって何?ここには、あんな変な生き物が居るっていうの?」

 

「何、と問われれば、分からんとしか答えようがない」

 

「ですが、私たち、人を食らう妖の存在として、奴らのことを鬼と呼んでおります」

 

「鬼か。やっぱりあれは鬼って認識で良いのか」

 

納得……したんだけど、どこか引っかかる。

 

「……って、ちょっと待ってよ。今、奴らって言った?ってことは俺な鬼と殺り合ってるのを見物してたの?」

 

「おまえは気にする余裕がなかったから気づかなかったかもしれないが、途中から見物してたぞ?」

 

「………(コクッ)」

 

「好恋伯父さんたちは気づいていたのかよ!」

 

「うむ。貴様の力を推し量るために、隠れて検分しておった」

 

「えー!ちょっともう、最悪なんだけどそれ。さっさと助けてくれても良いじゃん!」

 

「それじゃあ、おまえの稽古にならないだろ。それにこういう命のやりとりも大切な経験になるからな」

 

「まぁ、そうだけどさ」

 

「ふん。貴様ほどの腕があるなら、助けなど不要であろうに」

 

「いやいや、それはそれ、これはこれ、でしょうに。それに初めての経験で怖かったんですからね」

 

「抜かせ。それでも殺されもせず、無事ではないか。そんなことはただの人にはそうそう真似できんことだ。貴様……それほどの腕前、どこで手に入れた?」

 

「どこって。一緒に住んでた伯父さんたちとその奥さんたちに色々と教えてもらったんだ」

 

「その奥さんたちは、俺にとっては姉みたいなものでね。良くしてもらったんだ」

 

「奥さんたち?また訳の分からんことを言う」

 

「ですよねー。さすがに五十人近くの奥さんとか、何の冗談かって誰でも思うよな。でもさっき言った伯父さんの一人とその奥さんはここにいる二人だし」

 

「「はぁー……」」

 

何故か好恋伯父さんたちは、昔のことを思い出しているのか深いため息をしていた。

 

「だけどまぁ……今はとにかくさっきの奴のことだけど。仲間が居るようだけど大丈夫なの?」

 

「あまり大丈夫ではないかもしれんが、どこに潜んでいるのかさえ皆目見当ながついておらん」

 

「それに夜、食事をしたら、しばらくは出てこんのだ。……捨て置くしかあるまい」

 

「食事……ねぇ……」

 

人間がエサって言うんだから、笑えないよホント。

 

「じゃあ次に出てくるのは、あいつのお腹が空いたときってことか」

 

「恐らくな。常日頃から探索に人を割いてはいるし、何匹か成敗もしたが……」

 

「一体、何が目的なのか、どういう存在なのか、なかなか判明しません。……気長にやるしかないでしょう」

 

「でも人が食べられてるんでしょ?ならさっさと対策しないと……」

 

「分かっておる。すぐに解決するならば手も打つが、それも出来んとなれば……」

 

「手をこまねくしかない、か……」

 

「我らも精一杯のことはしておりますが……。今のところは夜の外出を控えろ、と下達するしか出来ませんから」

 

「畿内を中心に噂を聞いていたが、昨今ではこの尾張や美濃にまで出現しているという。一体何者なのやら……」

 

不機嫌そうな表情なのは、己が何も出来ない悔しさなのだろう。まっすぐな人たちなんだな。

 

「ところで、二人はこれから帰るところなんです?」

 

「いえ。久遠さまに頼まれて、あなたたちをお迎えに参ったのですよ」

 

「あ、そうだったんだ。……ありがとうございます」

 

「悪いな、わざわざ」

 

「……ありがとう」

 

「刺激的な散歩も、充分楽しめたであろう?屋敷に戻るぞ、孺子ども」

 

「孺子って。まぁ良いけど。……了解」

 

「下手すると俺らは年上なんだけどなぁ」

 

「…………若返って、少し嬉しい」

 

「あれっ?恋ってそういうこと気にする感じだったけ?」

 

「……若返れば、もっと長く好恋といられる」

 

「嬉しいこと言ってくれるじゃないか。俺も同感だがな」

 

「ちょっと!人前なんだからイチャつくのは止めてくれよ!恥ずかしい!」

 

「お二人は仲が良いのですね」

 

「これでも夫婦なのでね」

 

「「へぇ(ほぉ)〜」」

 

「ああ、もうー!早く行きましょうよ!」

 

こうして――――俺らは壬月さんと麦穂さんに連れられて、久遠さんの屋敷に戻った。

 

屋敷ではお風呂が用意されていたので、びっしょり掻いたていた嫌な汗を、熱い湯水で洗い流す。

 

「……なんだか色んなことがあったなぁ」

 

織田信長と名乗る女の子との出会い。そしていきなりの求婚(というのだろうか、あれは?)と、鬼との遭遇。

 

「はぁ…俺、この先、どうなってくんだろ……」

 

それと風呂の中まで、二人でイチャつくのはどうなんだろうか?仲が良いのは良いことなんだろうけどさ。いや、ホント。

 

 

 

 

 

 

 

「アラカガガスエメガアラワレタカ……ゲンキドクナリ……」

 

「トウセイノウツワキタレリ……」

 

「シュクガンタルシカイヘイテイガタメ、カミノミチカラヲテンニシメス……」

 

「キタレリ……ワガホコ……ワガツルギ……」

 

「イマコソゴウイツノトキナリ……」

 

「ダガ、アラカガガスエメトトモニアラワレタ、アヤツラハ、ナニモノダ?」

 

 



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6話

次の日――――。

 

「…………」

 

パチッと目を開けると……昨日と全く同じ風景。

 

「ですよねー……はぁ」

 

「おはよう剣丞。起きて早々にため息とは、どうした?」

 

「………おはよう」

 

「二人ともおはよう。……いや、特になんかあったってわけじゃないんだけどね」

 

二人とも俺よりも先に起きていたようだ。

 

そのあと、俺はごそごそと布団から這い出しら畳んで置いていた服に着替える。

 

「うーん……ちょっと汚れるなぁ……」

 

学校から帰ってすぐ、蔵に行かされて、んでもってこの世界に来て、鬼と戦って……。

 

「俺の一張羅なんだから、大事にしないと……」

 

クンクンッ。

 

「汗臭くはないからまだいけるかな。……けど洗濯とかどうしよう」

 

「…………洗濯、あとで、やっておくよ?」

 

「一応その服以外にも着なれておけよ」

 

「分かってるよ。それと恋姉ちゃんありがとう」

 

「起きろ剣丞!」

 

勢いよく襖が開くと同時に、久遠さんと帰蝶さんの二人が姿を現した。

 

「――――と、なんだ。起きてるではないか」

 

「お陰様で昨日はぐっすり寝たからね。久遠さんも朝が早いね」

 

「惰眠を貪るほど無駄なことはないからな。……それと剣丞」

 

「我のことは久遠で良い。仮にも夫という立場になるのだからな、貴様は」

 

「了解。じゃあ久遠って呼ばせてもらうよ」

 

「じゃあ改めて。おはよう久遠」

 

「うむ!おはようだ、剣丞!それに好恋、恋もおはよう」

 

「「おはよう」

 

満面の笑顔で返された挨拶は、凛としていて、聞いていてとても心地が良い。

 

「で俺らは今日、どうしたら良いの?」

 

「今日はお城で久遠を前にして評定が開かれます。あなた方のことはそのとき、家中の者にお披露目することになるでしょう」

 

「おまえを夫にする、とお披露目するのだ……ふふっ。また好恋と恋も剣丞の直属の部下としてお披露目するつもりだ」

 

「なにその笑い方。……怖いんだけど」

 

「織田の家中は武闘派が多い。納得のいかないことは腕っ節で解決するのが常だ。覚悟しておけ?」

 

「うへ、マジで?……けど俺らのご飯と住処のためにも、納得してもらわないとなぁ……」

 

「おお!いいなそれ、何か気が合いそうなやつが多そうだな」

 

「…………楽しそう」

 

「そこは己でなんとかせい」

 

「投げっぱなしですかっ!?……まぁ何でもかんでも久遠任せってのも情けないし。了解。自分なりに何とかやってみるよ」

 

「じゃあ、認められなかったら稽古の難易度を上げるからな」

 

「ええー!……それはちょっと」

 

「男に二言はなしだろ。剣丞」

 

「分かったよ。やってやるよ」

 

「ふふふ、うむ。良い覚悟だ。……では行くぞ」

 

「え、もう?あのぉ~……朝ご飯は?」

 

「そんなもの、評定の後で食えばいい。……ほら早くせい。行くぞ!」

 

「ふぇぇぇぇ~い……」

 

「ちゃっちゃか済ませるか」

 

「………………ご飯」

 

久遠に連れられて、朝の城下町を、お城に向かって歩いて行く。

 

道行く人たちは皆、久遠の姿を見ると、すぐに頭を垂れて恭順の意を示す。

 

(やっぱ、偉い人なんだなぁ、久遠って……)

 

正直、俺の目にはただの可愛くて、でもちょっと偉そうな女の子……ってぐらいにしか映らないんだけど。好恋伯父さんたちは、どうなのかな?

 

「そういや久遠。評定って何をするんだ?」

 

「評定とは、領地の施政のため、家老や侍大将たちから意見や提案を聞く場だな」

 

「ふーん……家老は偉い人ってのは分かるんだけど、その侍大将ってのには、どんな役目があるの?」

 

「立場や役職、ということになるか。大まかに言えば、足軽が居て、その足軽を数人から数十人纏めるのが、足軽組頭という」

 

「その足軽組頭を数人纏めるのが侍大将で、その侍大将を纏めるのが家老や部将……といったところか」

 

「なるほどね」

 

主任、課長、係長に部長、そんな感じか。

 

「そのほかに納戸役や祐筆、台所役など、多くの役職があるが……当家ではそんな感じだと思っておけ」

 

「当家ではってことは、じゃあ他のお家では違うところがあるの?」

 

「当然だ。他家には他家の状況があれば、事情もある。それに即した組織になっているだろう」

 

「我が織田家は、室町より慣例である寄親寄子に頼らず、迅速に動けるように体制を変えたからな。他家とはかなり違う形になっているであろう」

 

「また分からない言葉が出てきた。その寄親、寄子ってのはなに?」

 

学校の授業でうっすら聞いた記憶はあるんだけど。

 

「寄親とは、大名に協力している有力豪族のことだ。その下に、更に規模の小さい勢力がつく。それが寄子だ」

 

「寄子は普段、小作人を使って田を耕したり、領地の運営をするのだが、一朝事あるときは、小作人を足軽にして寄親の下に集う」

 

「寄親はその寄子をまとめ、大名の下に集う。それを大名がまとめて軍とするのだ」

 

「へ~。あれ?じゃあ大名直属の兵って居ないの?」

 

「居るが少数だな。なぜと言えば、兵を養うために銭が掛かる。多くの兵を常に雇っておけるほど、銭に余裕のある家は少ない」

 

「うへ、世知辛いねぇ。……けどさ、それだと寄親って人の発言力が強くなって、たまったもんじゃなくない?」

 

「……聡いな。そういうことだ。だから我はその制度を撤廃したのだ」

 

「ということは、織田家って結構お金持ち?」

 

「尾張は地味肥え、八方に道が繋がっている。米も出来れば人も動く。人が動けば銭も動く。銭が動けば矢銭が入るからな」

 

「特に尾張は津島という、銭のなる木を持っておる。他家より銭は豊富だ」

 

「なるほど。恵まれてるねぇ、尾張って」

 

「恵まれてるからこそ、他家に翻弄されぬように、力を持たねばならんのだ」

 

「それで俺を夫に祭り上げようってことか。なるほど。繋がったよ」

 

「他家の糸がついた夫など、ぞっとする」

 

「ふむ。……俺の役割、やっと腑に落ちた」

 

久遠は俺を側に置くことによって、他家の口出しに左右されない国を作りたい。そういうことだろう。

 

「デアルカ。もうすぐ城につく。心構えをしておけ」

 

「あいよ」

 

「なんかここ最近、俺らって空気だよな。……口出ししないようにしてるからしょうがないけど」

 

「…………そんなもの」

 

それからしばらく、久遠と雑談をしながら歩いていると、前方にまばゆいばかりのお城が見えてきた。

 

「おおおー!立派なお城だなぁ!」

 

大きな橋の向こうに、立派そうに見える城門。それに小ぶりながらも堂々とした本丸が見える。

 

「ふっふっふっ。そうだろうそうだろう。清洲の城は尾張でも一、二を争う名城だからな」

 

「恋だったらこの城、どう落とす?」

 

「…………正面から落とす」

 

「だよなぁ、虎牢関よりは脆そうだし」

 

「………………いつか一人で、城落とし、してみたい」

 

「だな!」

 

なんか後ろで好恋伯父さんたちはが物騒な話しをしていたが、俺は聞かなかったことにした。そして、久遠たちにも聞かれてないことを祈る。

 

「うん凄い。けど……思ったより小さいね」

 

「確かに大きいとは言えんが、それでもかなりの広さがあるんだぞ?」

 

「そうなんだ?へぇ……中に入るのが楽しみだな」

 

「のんきな事を。家中の猛者たちとの喧嘩の覚悟は出来ているのか?」

 

「まぁ殺し合う訳じゃないんだし、何とかなるんじゃないかなーと」

 

好恋伯父さんたちほど強くなければ、何とかなる気がする。

 

「……大物なのか、馬鹿なのか」

 

「馬鹿に一票投じるね」

 

「自分で言うな、うつけめ。……では行くぞ」

 

「自分で言うか普通」

 

「………馬鹿じゃない、阿保」

 

「しばらくここで待っておれ。時が来れば呼ぶ」

 

そういって久遠は部屋を出て行った。

 

「へぇ~……」

 

やることもなく、部屋の調度品なんかを念入りに観察する。

 

「あら?久遠の屋敷より庭が狭い。……まぁそれでも充分広いんだけど」

 

だだっ広い平地、って訳じゃなく、あちこちに松が植えられてたり、生け垣があったり。

 

「攻められたときのことを考えて、障害物代わりになってるのかな?」

 

一通り庭を見て、色々思考を巡らせていたんだけど……若干、飽きてきた。

 

「そういや……久遠は家中の猛者たちとの喧嘩、とかって物騒なことを言ってたけど」

 

「いや、でも家でも何かあれば武闘派の奴らは何かと決闘で決めてたろ」

 

「そういやそうだった」

 

よくよく考えれば、どこの馬の骨とも分からん奴が、いきなりオラが大将の夫だー!なんて言っても、はいそうですかと納得できないだろうけど。

 

「でもそうすると何で決めるんだろ?流石に殴り合いじゃないだろうし」

 

「家と同じじゃないのか?」

 

「やっぱりそうか~……」

 

気が進まないなぁ……。家でもそういうの得意じゃなかったし。だけど、それが出来なければ、ご飯とお家が遠のいていくし。

 

「……俺は俺として、誠心誠意対応すりゃ、きっと分かってもらえるだろ」

 

「そんなに甘くないと思うぞ。まぁ、やれるだけやって見せろ。そのあと、俺らも参加してもいいか聞いてみるからよ」

 

「もしかしたら、武力的な意味で好恋伯父さんたちが雇われて、俺がついでになるかもな、そうなると」

 

「そうかもな、でも出来るだけ自分の価値を示して見せろよ!」

 

「分かってるよ。……」

 

もうやることはやった。じゃああとは……。

 

「少しまた寝るわ」

 

「はいよ。俺らもぐだぐだ時間潰してるわ」

 

「…………今度は、恋がする」

 

俺が眠ろうとした時に最後に見たのは好恋伯父さんが恋姉ちゃんに膝枕されるところだった。

 

 

 

 

 

 

 

「剣丞も寝ちまったな」

 

「…………さっきの話し、本気?」

 

「それは勿論、久しぶりに身体を動かしたいしな」

 

「………嘘、親心でしょ?」

 

「…………やっぱり恋には分かるよな。……そうだよ、子がやられたなら親としては敵討ちをしてやりたいし」

 

「…………同意、それに強さ調べも」

 

「だな、俺たちの力がどこまで通じるのかも試したいし、あの乱世では俺たちは最強の座にいたことだし今回のはいい機会だよ」

 

「…………楽しみ」

 

「……俺もだよ」

 

結局、何だかんだ言っても俺たちは武人なんだよ。あいつらのことを戦闘狂なんて言える立場ではないし、言うつもりもない。ホント、このあとが楽しみだよ。

 

俺たちは身体を動かしたくて、うずうずする気持ちを抑えつけて、ただひたすらその時はまだか、と身体を滾らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

「剣丞どの……剣丞どの……!」

 

「ふぁぁぁぁぁ〜……あふぅ……。ん〜……あれ、麦穂さん?」

 

「おはようございます。……一晩ぶりですね」

 

「あ、はい。先日はどうもありがとうごさいました」

 

「そ、そんな……私は何もしておりません。剣丞どのお一人で鬼を追い払ったのですから」

 

あの場合、一人だと鬼に殺られてたと思う。好恋伯父さんも恋姉ちゃんも居なかったと思うと、ぞっとする。

 

「でもやっぱり、麦穂さんと壬月さんの足音がなければ、どうなってたか分かりませんし……ありがとうございます、ですよ」

 

「あ、ええと、その……こ、こちらこそありがとうございます」

 

「それで麦穂さん、俺に用事です?」

 

「あ、そうですね。失礼しました。久遠さまがお呼びでございます。お早く」

 

「お、いよいよかー。了解です」

 

「「………………」」

 

頷き、床に転がしていた刀を取って部屋を出る。

 

何故か好恋伯父さんたちは、無言だった。そして、雰囲気が少し不気味に感じた。

 

「ううー、緊張するなぁ……」

 

「ふふっ……そんな柄でもないくせに」

 

「あ、ひどいこと言いますね、麦穂さん。……笑い事じゃないんですよ。だって壬月さんみたいな達人が一杯いるんでしょ?」

 

「そんなことはありませんよ?壬月さまは織田家一の家老の責任感もあって、剣丞どのにはきついように見えますけれど……」

 

「本当はお優しく、面倒見の良い方ですよ。他の家臣たちもみんな優しく、良い子たちばかりです」

 

なんだろ?好恋伯父さんたちの方から、少しがっかりするような感じが伝わってきた。

 

「話半分に聞いてます」

 

「あら。私の言葉をお疑いになられるのですか?」

 

「そういうんじゃないですけど。自分の目で見てみないことには、何も分からないですからね」

 

「それはそうですね。うふふ……」

 

「そういえば麦穂さんって――――」

 

「剣丞どの。私のことは麦穂と呼び捨てにしてくださいませ。あなたは久遠さまのお側に仕える方なのですから」

 

「いや、さすがにそれは出来ませんよ。麦穂さん、俺より年上っぽいし。逆に麦穂さんの方こそ、俺のことは剣丞って呼び捨てで――――」

 

「いえ、それはなりません。久遠さまの夫ということになるのですから、私からすれば主筋にあたります。今まで通り、剣丞どのとお呼びさせて頂きます」

 

「……分かりました。ありがとう麦穂さん」

 

「ふふっ……」

 

「どうしたんです、急に笑って」

 

「その……好青年だなと思って、少し可愛く……い、いえいえ!何でもありませんよ!」

 

「……そうですか?あ、そういえば麦穂さんに聞いてみたかったんですけど」

 

「何でしょう?」

 

「麦穂さんは俺が久遠の夫になるの、反対じゃないんですか?」

 

「そう……ですね。当初は反対でしたけど、今になれば久遠さまの仰っていた言葉の意味が分かりますから」

 

「何か言ってたんですか?久遠」

 

「目を見れば、剣丞どのの為人(ひととなり)が分かると。」

 

「あ、そういやそんなこと言っていたなぁ……」

 

「剣丞どのと向き合い、言葉を交わしたときに、直感的に悟ったのです。この方は悪い方ではない、と。またそれに従うお二人のことも」

 

「逆に言うと良い人でもないってこと?」

 

「そ、そういうこと言うの、意地悪です……」

 

「あははっ、ごめんなさい。ちょっと言ってみたかっただけです。……でもありがとうございます」

 

「麦穂さんがそこまで信用してくれるのなら、その信用に応えなくちゃいけないですね」

 

「はい。期待しておりますよ、剣丞どの」

 

「はい、頑張ります」

 

「では……こちらが評定の間となります。……剣丞どの、準備は宜しいですか?」

 

「ちょ、ちょっと待って下さいね。スー……ハー……スー……ハァー……」

 

襖の前で深呼吸を繰り返し、ともすれば臆病風が吹き出しそうなのを必死に抑える。

 

好恋伯父さんたちは、こういうことに慣れているのか自然体だ。

 

「……よし。もう大丈夫です」

 

「では参りましょう」

 

(うっ……)

 

襖を開けた瞬間、どれだけひいき目に見ても好意的には見えない、いくつかの目が、一斉に俺らを見てくる。

 

特にやはり俺に対して視線が集中している。

 

(こ……これは予想以上に居心地が悪いなぁ……)

 

「どうした剣丞。そんなところに突っ立っておらず、こちらに来い。それと悪いが好恋と恋は、雛の右側に座ってくれ」

 

自分の横のスペースをポンポンと叩き、俺らを呼ぶ久遠の表情は、笑いに堪えるのに必死だ。

 

(くっそー……後で断固抗議してやるぅ……)

 

「失礼します。……」

 

心中では久遠に向けて盛大に文句を言っているが、それを表情や仕草には出さないよう、細心の注意を払い、久遠が指し示す場所に腰を下ろした。

 

好恋伯父さんたちは、先ほど久遠に指差された薄紫色した髪の女の子の隣に座った。

 

「皆の者。こやつが我の夫となる男、新田剣丞だ。存分に引き回してやってくれ。それと雛の隣にいる男が、剣丞のお付きの者で、呂飛太源好恋、その隣にいる女が呂布奉先恋だ」

 

名を呼ばれた瞬間、好恋伯父さんたちはお辞儀をした。

 

「ほれ、貴様も何か言え」

 

「何かって何を?」

 

「自己紹介ぐらい自分でしろと言っている」

 

「あ、ああ。自己紹介ね」

 

「えー……新田剣丞です。天から落ちてきて久遠……こちらにいらっしゃる織田三朗久遠さんに好恋伯父さん共々保護されました」

 

「何の因果か、久遠さんの夫になることが決まりましたので、皆様、今後とも、どうぞよろしくお願いしま――」

 

「ふざけるなぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!」

 

「例え殿がお認めになってもボクは認めないぞ!」

 

「控えよ、和奏。御前であるぞ」

 

「でも壬月さま!いきなり出てきたこんな奴が、殿の夫とかって、どう考えても――――!」

 

「その件については後にしろ」

 

「むー……」

 

「まぁ確かに佐々殿の意見も分かりますよー。雛もそう思いますしー」

 

「佐々殿、滝川殿の意見に犬子(わんこ)、じゃなかった、この前田又左衛門犬子も同意見だよ!」

 

「犬子ちゃん、無理して言葉遣いを改めなくても良いですからね?」

 

「えへへ、ごめんなさーい」

 

「という訳で、我ら三若は反対の立場ってことでー」

 

「そうそう!やっぱ雛も犬子も分かってるなー。さすが相棒だ!」

 

「まぁ、久遠さまがお決めになったことだから、認めるしか無いんじゃないかなーって、雛は思ってるけどね」

 

「なに軽く言ってんだよ雛ぁ!久遠さまの夫と言えば、政戦両略で尾張にとって重要な位置にあたるんだぞ!」

 

「それをどこの馬の骨とも分からない奴が、いきなり出てきて夫になるとか、そんなの認められるかー!」

 

「そうだそうだー!」

 

「……というのが家中の意見ですが」

 

「ふむ……まぁそうなるだろうとは思っていたが。……おい和奏」

 

「はい!」

 

「どうすればこやつを認める?」

 

「ボクより強ければ認めてやります!」

 

「え、結局それなの、和奏~……」

 

「まぁ和奏だし」

 

「強ければ、か。……ならば簡単だな。剣丞、和奏と立ち合え」

 

「…………」

 

「どうした?やらんのか?」

 

(あのなぁ……そんなに簡単に言うなって。相手の強さだって俺はまだ何も知らないんだぞ?)

 

(心配ない。勝てんまでも負けなければ良いのだ。あの和奏という奴は曲がったことが嫌いな奴でな)

 

(逆に言えば、まっすぐにぶつかってくる奴のことを気に入る傾向がある)

 

(だからまっすぐにぶつかって、熨されてしまっても問題は解決するであろう)

 

(解決って、痛い目見るのは俺なんだけど……)

 

(我の夫になれるのだ。それぐらいは我慢しろ)

 

「はぁ~……分かった。精一杯やってみるよ」

 

「うむ。よくぞ申した。それでこそだ。……ああ、言い忘れておったが」

 

「なに?なんかあるの?」

 

「死なんようには気をつけろよ?葬式は好かん」

 

「それは相手さんに、殺さないように気をつけろって言ってください……」

 

何かアドバイスでもくれるのかと思って、言われた言葉が死なないように気をつけろとか。どんだけサバイバルなんだ、織田家中は!

 

「……一ついいか?」

 

急に好恋伯父さんが手を上げて聞いてきた。

 

「うむ。許す!申してみよ!」

 

「その決闘、俺と恋も参加していいか?勿論、剣丞が終わった後でいいし、休憩を途中で挟んで、体力を回復してくれて構わない」

 

「ふむ。……何故、わざわざ参加する?」

 

「いや、もしも剣丞が合格を貰ってもそのお付きの者までも認められないとなるとまたやるのは面倒だからな。良い機会だからまとめて、殺り合えば話しは早いだろ?」

 

「……なるほど、よかろう。許す。好恋や恋も参加せよ!」

 

「無理な申し出に助かる」

 

「いや良い」

 

「……あのー、ここじゃ狭いと思うんだけど」

 

「なら庭でやりゃ良いだろ!」

 

「庭、かー……」

 

正直な話、俺としてはそっちの方がやりやすいんだけど……。

 

(絶対、後から難癖つけられそうださなぁ……)

 

木が邪魔だっただの何だのと。目の前の女の子―――わかな?ちゃんかな?――は負けず嫌いっぽいし。

 

(春蘭姉ちゃんにそっくりのテンションなんだよな。……となれば、万が一俺が勝てたとしても、木が邪魔をしたからだ!って再戦を要求してくると思うんだ)

 

ならば最初から、相手のやりやすい場所で戦った方が無駄がすくない。

 

「いや、庭も広いんだけど、障害物が多すぎて、戦いづらいというか……」

 

「なんだそりゃ!?贅沢な奴だなー!」

 

「そうだぞ剣丞。これから殺り合うって時に、ごちゃごちゃうるせぇぞ!」

 

「いや、なんで好恋伯父さんの方が俺より殺る気なんだよ!って、うわっ!恋姉ちゃんも殺る気満々だよ!」

 

この人たちこんなに戦闘狂だったけ!?

 

確かに家に居る時も、他の人同士で決闘になった時に自分たちは関係ないのに何故か参加して、結局、勝ち上がって好恋伯父さんと恋姉ちゃんで殺り合ってたけどさ!

 

「ならば我の屋敷の庭にすれば良い。……ああ、この際だ。他の立ち合いたい奴は居れば進み出よ」

 

「私も立ち合いとうございます」

 

「げっ……」

 

壬月さんが来た。しかも結構な殺気をまき散らしておあでですよ。……俺、マジで生きてられるかな。

 

「ほぉ!それは楽しみが増えたな!」

 

「…………(コクッ)」

 

でも好恋伯父さんたちも、かなりの殺気をまき散らし始めちゃったよ。

 

「犬子も!犬子もやりたいです!」

 

「あ、じゃあ雛も一応、参加しまーす」

 

「では私も参加させて頂きます」

 

「壬月は分かるが、麦穂もか?」

 

「私は剣丞どののことを認めておりますが、武士として一度お手合わせ願いたく……」

 

「ふむ。良い。許す」

 

「ちょっと久遠さん……?そんな簡単に許されも、実際にやるのは俺なんだけど?」

 

「なぁにたかが五人だ。何とかせい」

 

「はぁ……まぁ頑張るけどさぁ……」

 

何だか事が大きくなってきたことに、激しく頭を抱える俺をよそに。

 

「では時間が惜しい。さっさと移動するぞ」

 

「よーし!ボクがサクッとぶっ飛ばして、おまえなんか追い出してやるからな!」

 

「はぁ。追い出されるのは嫌なんで、何とか頑張らせてもらいますけど……」

 

はぁ~……どうなるんだろう、俺……。

 



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7話

皆で久遠の屋敷に移動すると、そこではすでに試合の準備が整っていた。

 

「手回しの良いことで……」

 

「先ほど先駆けが参りましたもので。……まぁ精々、頑張れば良いんじゃない?」

 

「棘のある応援だな~」

 

「当たり前でしょ?」

 

「そりゃそうだ。まだ俺のことを認めてくれてないんだから、こうなるのも仕方がないよな」

 

「……そんな殊勝なこと言って私に取り入れるつもり?そんなのには騙されないんだからね」

 

「そんなつもりはないよ。……俺は現実を受け入れて、その中で精一杯やるだけさ」

 

侍女らしき少女から渡された刀を受け取り、一歩、前に進み出る。

 

「どれだけ言葉を尽くしたかじゃなくて、どう行動するか。その背中を見て、俺って奴を分かってもらうのが、一番深く分かってもらえるって思うから」

 

「たがら今は疑ってもいいし、敵意を向けてくれても構わないけど……しっかり見ておいてよ」

 

「……ええ。しっかり見せてもらうわ」

 

「ありがたい。君の言葉を受け止めて、俺は全力以上のものを出してみせるよ」

 

「おお!カッコいいこと言うな!」

 

「今は茶化さないでくれ!」

 

「両者、位置につけ!」

 

「謝るなら今のうちだぞ!」

 

「なんで謝らなきゃならないんだよ?」

 

「ボクに勝てる訳ないからに決まってるだろ!」

 

「黒母衣くろほろしゅう筆頭(和奏が率いる久遠近侍のエリート部隊のようなもの)、人呼んで織田の特攻隊長、佐々内蔵助和奏成政!」

 

「新田剣丞」

 

「へへっ、良い度胸だよ、そこは認めてやる!」

 

「ありがとうと言っておくよ。で、そっちの得物は何なんだ?刀か?もしかして拳?」

 

「見て驚くな!おい猿!ボクの槍を持ってこい!」

 

「は、はいぃぃぃ~!」

 

猿と呼ばれた少女が、槍らしきものを持ってくる。

 

「槍かよ!?」

 

「ただの槍だと思うなよー!この槍は国友一貫齋(近江国友村に住む鉄砲鍛冶)の絡繰り鉄砲槍!」

 

「鉄砲って、反則だろそれ!?」

 

「へへん。ただの打刀でボクとこの槍に勝てると思うなよ!」

 

「ちょっと久遠!何とか言ってくれ!さすがに鉄砲はないだろって!」

 

「そうか?」

 

「えええっ!?問題大ありじゃんかー!」

 

「弾丸くらい切ってみせろ剣丞!」

 

「好恋伯父さんは人間離れしてるだけだろー!」

 

「では尋常に始め!」

 

「一発で仕留めてやる!そりゃーーーーっ!」

 

パァンッ

 

「のわっ!?あぶねっ!?」

 

槍先から放たれた弾丸が、足の親指2センチのところに着弾して砂煙が舞い上がる。

 

「い、いきなり発砲とか、これのどこが――――って、何やってんだ?」

 

これのどこが喧嘩だよ!と強く抗議しようとした、その対象が、槍の穂先を覗き込み、なにやらシコシコと棒のようなものを出し入れしていた。

 

「ん、一発撃ったから、筒の中を掃除して、玉薬を籠めなきゃダメなんだよ。んしょ……んしょ……」

 

「――――――」

 

めっちゃ隙だらけだった。普通に槍の腕もたつだろうに。

 

「あああ!玉薬が溢れたーー!何するんだよぉ!」

 

「アホかー!鉄砲じゃなくて普通に槍で勝負しろよ!まぁ、これでもう鉄砲は撃てないだろうけど」

 

「ぐぬぬー!卑怯だぞ!」

 

「いやどっちがだよっ!?」

 

確かに家にも飛び道具使ってきた人たちは居たけどさ!でもさ一応、これって御前試合だろうが!

 

和奏と名乗る少女の懐に飛び込むため、思い切り地面を蹴って飛ぶ。

 

「くそー、懐に入れさせると思ってんのかー!」

 

懐に飛び込もうとする俺に、そうはさせまいと、速度のある突きを繰り出す和奏。

 

「くっ……やっぱりこの子、言うだけあって強い……!」

 

突きの速度もさることながら、槍のしなりを計算して、不規則な軌道で急所をついてくる。

 

(流石、武将としてこの世界を生き抜いてるだけはある。そして、刀持ちとの間合いの取り方も心得てる。……結構、厳しいぞこりゃ)

 

繰り出される槍を何とか凌ぎながら、相手の技量を推し量る。

 

(だけど……結構荒削りだ。まだ洗練されきってない上に、姉さんたちほどの怖さがない)

 

怖さ……というか、野生の恐怖というか。確かに強いけれど、繰り出される攻撃に籠められた圧倒的な技量の差というものは感じないんだ。

 

まぁ、恋姉ちゃんとかの場合は、技量なんかもあるけど圧倒的パワーでこちらの全てを無効化するんだからそれと比べたら全然怖くない。

 

(恋姉ちゃんに比べたら全然敵うレベルだろ。これなら付け入る隙があるはず……!)

 

「そらぁぁぁぁ!」

 

気合いと共に突き出された槍の横っ面に、刀の背を叩きつけて一気になぎ払う。

 

「わわわっ!」

 

重い槍を抱え、そこに横への衝撃を受けた和奏が、一瞬だけバランスを崩した。

 

「今だ!」

 

三歩、四歩と飛ぶように走り、和奏の懐に入り込んだ俺は、下から上に向かって肘を突き上げた。

 

「ぎゃんっ!」

 

肋骨の一番下を掬い上げるようにヒットした左肘に、更に力を入れて、和奏の華奢に見える身体を宙に浮かす。

 

そしてそのまま――――。

 

「よっ!」

 

気合いの声と共に浮かせた和奏の身体を空中で固定し、刀を握った右拳を、みぞおち辺りにめり込ませた。

 

「…………………………!!」

 

声にならない悲鳴をあげて、和奏は気絶する。

 

「手荒れでごめんな。……けど、ホント、危なかったからさ……」

 

気を失った和奏に謝りながら、頭を打たないように身体を支えてゆっくりと地面に横たわらせる。

 

「ふぅ~……まさか鉄砲とやりあうとは思わなかったけど……これで何とか一勝ってとこかな」

 

「「「――――――――」」」

 

「うむ!良い手際なり!」

 

「褒めてくれるのは嬉しいけど、何でもありってのは最初から言っておいて欲しかったなぁ……」

 

「確認しなかった貴様が悪い」

 

「そうだぞ剣丞!戦いにおいては卑怯くそもないからな」

 

「……ごもっともで」

 

 

 

 

 

 

 

「恋、今の戦い見てどう思った?」

 

「…………剣丞も、まだまだ」

 

「それに、思ったよりも弱いな」

 

「……でも、これから強くなる」

 

「まだまだ若いってこったな。それと今の戦いを見る限りだと、これからはより一層稽古していかないと、剣丞は他の人間に強さ的に埋もれることになる」

 

「…………厳しくしていく」

 

「……さて、次が始まるようだな」

 

俺たちが話し合っていると、剣丞の前に一人の少女が進み出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

「次は雛の番だねー。……でも和奏ちんが負けたのに雛が勝てるとは思えないんですけどー」

 

「グダクダ言っとらんで、さっさと仕合えぃ」

 

「ぶー……相変わらず怖いですよ壬月さまー」

 

「ええと……次は君とってことで良いのかな?」

 

「はいはいー。和奏ちんとの立ち合いは見せて頂きましたよー。なかなか強いですね、お兄さん」

 

「お褒め頂きまして、ありがとう」

 

「普通だったら負けるかなーと思うんで、雛、ちょっとだけ本気出しちゃいますね」

 

言いながら、両側面に佩いた刀をスラリと抜刀する。

 

(……なんだ?なんか変な感じだな……)

 

小太刀を両手に構える雛という少女。和奏よりも隙が少ないところを見れば、慎重な性格なんだろうと推察できる。

 

(だけど得物は小太刀。俺が持っている、一般的なサイズの日本刀よりリーチが短いんだよな。……どうやって仕掛けてくるのか)

 

相手の仕掛けを待つのが得策か、相手に先に仕掛けた方が有利になるのか。と考えているうちに、雛の周囲に白い靄が発生する。

 

「なんだあれ―――――あっ!」

 

「成る程、この世界にも氣はあるのか。剣丞も気づいたようだな」

 

あれは凪姉ちゃんが良く使っていた氣って奴だ!そう思った瞬間、俺の目の前から雛の姿が消えた。

 

「な―――!?後ろかっ!?」

 

背後からの殺気を感じて、慌てて飛び退る。

 

「ありゃー、外したかぁ……」

 

「ど、どうなってんだ、こりゃ……」

 

一瞬にして背後に回られた。しかしも音を立てずに。

 

「神行法みたいなものなのか?……」

 

確か明命姉ちゃんが、氣を使った歩行術の一つにそういうのがあるって言っていたな。

 

「んじゃ、もういっちょ行くよー!」

 

「……………」

 

刀を構え、周囲の気配を察知するために、全身の神経を研ぎ澄ます。

 

 

 

「そういえば、剣丞の奴はやけに気配察知だけは上手かったよな」

 

「……明命と思春の稽古の賜物」

 

「あの二人もやけに剣丞の稽古は張り切っていたから、こうもなる、か」

 

 

 

「後ろっ!」

 

「きゃんっ!」

 

「あいたたたたー……」

 

「……何とか当たった……けど、その技なにっ!?」

 

「これは滝川家お家流(武士が使うスキルのようなもの)、頑張って足を早く動かせば、速く動くことが出来るの術!」

 

「……えっ?そんな名前の技名なの?」

 

「阿保。滝川家お家流、蒼燕瞬歩、だ」

 

「ふふふ、それーです」

 

「お家流ねぇ……魔法みたいなもんか……」

 

「いや、魔法って。それは流石に違うんじゃないのか?」

 

「それぞれの家門に伝わる秘技だとでも思っておけ」

 

そういうところも、なんというか史実とかけ離れてるよな。

 

「よし。技の正体が分かったところで仕切り直しだ」

 

「じゃあもう一回いくよー!」

 

「………………」

 

「……見えない相手にどうする剣丞」

 

「消えたって訳じゃないし、何とかなる――――」

 

「剣丞くんお覚悟ーーーーー!」

 

「よっ!と」

 

「あーん!当たらないよー!」

 

嘆きを漏らしながら、雛は再び姿を消した。

 

「………」

 

次の攻撃に備え、俺は鞘を抜き去り、片手に持つ。ちょうど、刀と鞘を二刀流で持った形だ。

 

「……………」

 

周囲の物音や状況。そして雛が発している殺気――というか、何となくのプレッシャー――を見逃すまいと、意識を集中する。

 

「そこっ!」

 

背後の雰囲気の変化に、俺は左手で持った鞘を思い切り振り抜いた。

 

「おっ、当たった」

 

「きゅうぅぅぅぅぅ……」

 

「よし。これで二人抜き……」

 

「ふむ……姿が見えない相手に良くぞ勝てたな。……どうして分かった?」

 

「この子、素直な子なんだろうね。殺気が後ろからばかりだったからさ。あとは……勘かな?」

 

「素直というか、何も考えてないというか。……これでも甲賀出身なのだがな」

 

「へぇ。で次は誰?」

 

「ふっ。余裕だな」

 

「そうでもないよ。めちゃくちゃ疲れてる」

 

 

 

 

 

 

 

「……今回はどうだった?」

 

「…………この結果は、当たり前」

 

「今回は剣丞との相性が良かったんだろう」

 

「…………それ以外もある」

 

「まぁ、普通一回やってばれた技を多用はしないよな。それに何回も使えばばれてなくても、そのうちに慣れて対処される。……って、ことだろ?」

 

「…………(コクッ)」

 

「さてさて、次はどうなるかな?」

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ次は犬子の出番!良いですか、久遠さま!」

 

「許す。存分にやれぃ」

 

「やった!へへっ、織田赤母衣衆(犬子が率いる久遠近侍のエリート部隊のようなもの)筆頭、前田又左衛門利家、通称犬子が剣丞どののお相手をいたしまーす」

 

「新田剣丞です。よろしく」

 

「では両者構え!」

 

「始め!」

 

今回の戦いはなんというか、ほとんど剣丞による攻撃で終わってしまい、犬子は特に何かをやる前に終わってしまったので、戦いの様子は省略する。

 

「きゅぅぅぅぅ~……」

 

「勝者、新田剣丞!」

 

「これで三人抜きか。……やるとは思っていたが、なかなかどうして。強いな剣丞」

 

「ギリギリなんとかなってるってだけだよ。運が良かっただけさ」

 

「勝負とは得てしてそういうものだ。そしてその勝負に勝つ者こそ、真の強者と言える。……謙遜もときには厭味にもなるぞ?」

 

「そういうつもりは無いんだけどね。……で、次はどうするの?」

 

「次は私がお相手仕りましょう」

 

「麦穂さんですか。……」

 

ゆらりとして、まるで気負いもない麦穂さんの立ち姿を見て、俺は警戒水位を上昇させる。

 

「……」

 

「ふむ……一見して麦穂の技量を見抜くか」

 

「お優しい顔して、麦穂さまはお強いですもんねー。雛、一度も勝ったことないですし」

 

「麦穂さま、ボクの仇、頼みますよー!」

 

「犬子のもついでによろしくですー!」

 

外野の応援にニコッと笑顔を浮かべて応えたあと、麦穂さんはすぐに真顔に戻る。

 

「………………」

 

「………………」

 

ジリジリと増していく緊張感。まるで時間が止まったように、俺も、麦穂さんも微動だにせず、相手の立ち姿を漠然と見つめる。

 

先手を取るか。先に手を出せて後の先を取るか。

 

意識を思考に寄せては身体の動きが鈍る。だが身体の動きを優先させては、太刀行きの組み立てが出来ない。

 

常にどちらにも等分に意識を配っておかないと、一瞬で勝負が付くだろう。……なんてことを考えてしまったから、

 

(あ……まず……)

 

思考のバランスが崩れた。そう思った瞬間、麦穂さんが動いた。

 

「やぁ!」

 

短く、しかし気合いの乗った声と同時に地面を蹴った麦穂さんが、まるで地表を滑るようにするすると間合いを詰め、流れるような突きを放ってくる。

 

「…………!!」

 

紙一重、ギリギリで身体を横に捻って、その一撃を避けるが、

 

「はぁ!」

 

柔らかな、しかし鋭さを感じさせる気合いと共に、次々に攻撃を繰り出してくる。

 

横撃、斬撃、右袈裟から来たと思ったら、掬い上げるように下から上に。

 

縦、横からの攻撃を掻い潜れば、突きを入れてリズムを変えて攻めてくる。

 

「このままじゃ……!」

 

すでに三戦して疲れてる今の俺じゃ、いつかは体力が無くなり、麦穂さんに叩きのめされるだろう。

 

(一か八かだ……!)

 

珍しく大振りで振り下ろされた刀を間一髪でいなし、そのまま腰を回転させて麦穂さんの側頭部に一撃を叩き込む。

 

否。叩き込もうとした。しかし――――。

 

「その攻撃は読んでいましたよ」

 

会心の一撃、そんな自信を持って繰り出した一撃を、麦穂さんはいとも簡単に受け止め、受け流してしまった。

 

「……刀の戻しがむちゃくちゃ速いですね」

 

あの一撃を刀で受け流されるとは……そんな驚愕を抑えながら、麦穂さんに賞賛の言葉を贈る。それぐらいに、自信ありの一撃だったのだ。

 

 

「今までの戦いの中で、今のがあいつにとっての良い一撃だったな」

 

「…………(コクッ)」

 

「この戦い、あいつはどう乗り越えるつもりかな?」

 

「…………正直、嫌な予感しかしない」

 

「あ、やっぱり?俺もそんな感じしてるんだよ。……大丈夫かな?」

 

「…………心配」

 

この時、俺たちはこの後あまり良いことが起こるとは思えなかった。

 

 

「いくつもの可能性を考え、それに備える。……私の得意とするところですから」

 

「攻撃を読んでるって、そういうことですか。……こりゃ強敵だなぁ」

 

いくつもの過程が続いて導き出される、一連の行動。その行動パターンを、可能性の高い順に考え、読み切り、その対処法を準備する。

 

そんなことが出来るのかは分からないけれど、事実として俺は麦穂さんに一撃を入れることが出来ない。

 

「うーん……どう攻めれば良いのか……」

 

麦穂さんを観察すると、構えは泰然自若。刀なんて構えてるとは思えないほど自然な立ち姿だ。隙なんてありそうもない。

 

「……やっぱ……アレしかないかなぁ」

 

しかしアレをやるのは諸刃の剣だ。この戦いには勝てるかもしれないが、ダメージは後々、自分に跳ね返ってくる。

 

好恋伯父さんたちがいる今は、特に怖い。主に恋姉ちゃんに対してだが。まぁ、下手すると好恋伯父さんも切れるかもしれない。

 

あの二人は戦いに対しては少し神聖な物としてとらえてる節があるから。

 

「だけど負けるのも癪だし。どうせなら勝ちたいし。……やるしかない!」

 

そうと決まれば先手を打つ!

 

「その行動も読んでいましたよ、剣丞どの!」

 

一気に距離を詰めた俺に向けて、麦穂さんが鋭い一撃を放つ!

 

「甘い!」

 

肩口に吸い込まれようとしていた斬撃を紙一重で避けた俺は、麦穂さんの横にポジションを移して、アノ技を繰り出した。

 

「えい!」

 

「ひゃっ!?」

 

「きゃ………きゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「……隙あり」

 

「あう……」

 

「よし。これで俺の勝ち――――」

 

「うわぁぁぁぁ!こいつサイテーだぁぁー!」

 

「ひどい男の人ですねー。雛、気をつけないと妊娠させられちゃいそうですー」

 

「女の敵ー!色情人間ーーー!スケベー!」

 

「……グスンッ」

 

「い、いやいやいや!こ、これはその、麦穂さんの隙を突くにはこうするしか方法が無かったから、致し方なく、ですね!」

 

「女の敵だな」

 

「……おいおい。まぁ、確かに命懸けの戦いに卑怯もくそもないし、勝つためには何でもやれとは、教えてきたが…そういうことは教えたことなかったんだけどなー」

 

「確かにそう。…でも許さない!ぶちのめす!」

 

「あーあ、恋が切れちゃったよ。おーい剣丞!恋がかなり怒だから覚悟しといた方がいいぞー!」

 

「あぅ……ごめんなさい……」

 

散々っぱら皆に責められて、さすがに心が折れた。それに恋姉ちゃんの怒りが久しぶりに俺に向けられてるし。

やっぱりこの技は封印すべきだった……っ!。

 

「剣丞どの……責任、取ってもらいますからね……」

 

「あああああ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、そんなに泣かないでぇ……」

 

宥めながらも、年上の女性である麦穂さんの、ウルウルとした瞳が、なんだかすげー可愛い!と思ったのは、内緒にしておこう。

 

「あいつホント反省しているのかね?」

 

「説教は容赦しない!」

 

でも、好恋伯父さんたちには、ばれてるようだ。

 

「ごめんなさい。今度、お詫びに何でもしますから、それで機嫌を直してください」

 

「本当に……?」

 

「約束しますよ」

 

「なら……許してあげます」

 

涙をゴシゴシと拭い、麦穂さんはどこか名残惜しそうにその場を離れた。

 

「ふむ……四人抜きか。これで皆も剣丞の力を認めざろう得んな。……なぁ壬月よ」

 

「さてそれはどうですかな。……猿!」

 

「は、はいっ!」

 

「得物を寄越せ」

 

「はい、ただいまー!」

 

元気一杯に答えた女の子が、どでかい大八車を曳いてくる。

 

そこには、これまたどでかい斧が乗っていた。香風姉ちゃんの武器の系統に似ていた。

 

「……ふっ!」

 

軽い気合いの声を発した壬月さんが、大八車から、その斧を取り出した。

 

「よし」

 

「よし!じゃねーーーー!」

 

「なんだそりゃ!?なんでそんな巨大な斧を軽々持って、鼻歌交じりにヨシとか言えるのっ!?」

 

「私の得物だ。何か文句でもあるのか?」

 

「文句というかなんというか……!」

 

唖然呆然してて、何がなんやら。つーか、そんな巨大な斧の一撃を食らったら、スプラッタホラーを地で行くことになるんじゃないの!?

 

「人と戦うために使うものじゃないでしょそれ。……一体何キロぐらいあるんだか……」

 

「さっきからブツブツとうるさい奴め。貴様に敬意を表して我が柴田家の家宝、金剛罰斧を出してやった。光栄に思え」

 

「光栄……過ぎておしっこちびりそうですよ俺」

 

「そんなに大きいの、本当に使えるの?」

 

「舐めてもらっては困るな」

 

まるでライブハウスで聴くベースとドラムのコラボレーションのように、ものすごく重低音で風を切り音を響かせる壬月さんの斧。

 

それと共に立っているのがやっとなほどの風圧が、俺に襲いかかってくる。

 

「……………………久遠」

 

「問題なかろう」

 

「問題おおありですってばーーーっ!」

 

「好恋伯父さん!」

 

「頑張れよー」

 

駄目だ。好恋伯父さんだと喜んで相手しそうだもんな。

 

「………恋姉ちゃん」

 

「は?」

 

「いえ!何でもありません!」

 

恋姉ちゃんはもっと駄目だった。下手すると恋姉ちゃんに殺られる。

 

「ふむ。ならばおまえも得物を変えるか?」

 

「………………」

 

普通の斧と刀なら、刀の方に分があるけど。リーチといい、重さといい、明らかに普通じゃない。

 

「確かに槍とかの方が良いかもしれないけど……。やっぱりいいや。俺はこれで」

 

「一番馴染んでると言えば馴染んでる得物だし。……得物の大きさで勝ち負けが決まる訳じゃない」

 

「ふっ、その意気やよし!この柴田権六壬月勝家、全力でお相手致そう!」

 

「あ、いや、そこまで全力じゃなくても大丈夫なんですけど……」

 

「心配いらん。全力で相手をしてやろう」

 

「あのぉ、得物の差もありますし、ちょっとぐらい手を抜いてくれても……」

 

「大丈夫だ。全力で相手をしてやろう」

 

「もしかして、本気で殺そうとしてません?」

 

「問題ない。全力で相手をしてやろう」

 

「問題だらけなんですけど!」

 

「……ちょっ!この状況で氣まで使うのかよ!?」

 

「参るぞ、孺子!おおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

「ぐおっ!」

 

やっべ!危なかったぞ今のマジで!

 

どうにか後ろに飛び退がり、勢いを殺すと共に刀で流したため、どうにか防ぐことができた。

 

でも次はないと思う。刀で受け止めてたら下手すると死んでたぞ!

 

「ほぉ!今のを防ぎきるか、ならば次はどうだ!はぁっ!」

 

「がはっ!」

 

「こっちに来るなこりゃ。……よっ!と」

 

まだ上手く先ほどの衝撃で立てない所を今度は横になぎはらわれたため、好恋伯父さんの所まで吹き飛ばされた。

 

そして、好恋伯父さんに受け止めてもらったと同時に俺の意識は遠ざかった。

 



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8話

今回は短めです。


「ふむ……五割の力でのびてしまうとは情けない」

 

「阿保。貴様の一撃を受けて、五体満足でいるだけマシであろうが」

 

「確かにそうかもしれませんな。……攻撃の瞬間、地面を蹴って飛び退がりながら、身体の中心線を刀でしっかり守っておりました。なかなかに、やる」

 

「うむ。なかなかの腕前であろう?」

 

「認めましょう。……他の者はどうだ?」

 

「私はもともと認めておりますから」

 

「雛も異議なーし」

 

「ちぇーっ。壬月さまがそう仰るなら、ボクも納得さてやりますよ」

 

犬子はねー、立ち合ってみて、この人、結構優しい人だなーって分かったから賛成ー!」

 

「なんだよそれ。嗅覚かよ」

 

「そうだよ。犬子の嗅覚は確かだよー」

 

「……だそうです」

 

「よし。ならば決まりだな。……結菜も良いな?」

 

「……………」

 

「結菜」

 

「まだ……認めてあげない」

 

「そうか。……ならば仕方ない。もともと、お前は自身の目で見て確かめるという約束だったからな。好きにせい」

 

「……(コクッ)」

 

「でも殿ー。こいつを夫にするって本気なんです?」

 

「本気だ。……が、何か懸念でもあるのか?」

 

「いや、いくら他家からの政略結婚の申し込みを袖にするための道具とはいえ、殿、可愛いから、こいつが変な気を起こすじゃないかなーって」

 

「我の相手が、こやつに務まるとは思えんが」

 

「そこはほら、若い男女ってこともあるし」

 

「そうなればなったで、本当の意味で夫にしてやっても良い。その覚悟はあるぞ」

 

「なっ!?」

 

「なんだ?」

 

「べ、別に。……ふんっ!」

 

「……??」

 

「まぁ結菜さまのおむずがりは置いておきましょう」

 

「こら壬月!」

 

「おけぃ」

 

「むーっ……」

 

「あー、すまん話し合いの中を遮って悪いが、この後の俺らの相手はどうするつもりだ?」

 

「……すまん、忘れてた。そうだったな。……どうするか」

 

「なんなら殿、このまま私が相手をします」

 

「そうか。好恋もそれで良いか?」

 

「もちろん大丈夫だ。ただ、そろそろ恋の我慢が限界っぽいから最初は恋が相手をするよ。俺としては剣丞のお詫びに麦穂さんの相手をするよ」

 

「そうですか?……ならお願いいたします」

 

「なら決まりだな!そちらは武器はどうする?」

 

「あるから問題ない」

 

そう言った恋は、自分の背の中に手を入れると、物理的に無理があるはずの方天画戟を取り出した。

 

「「「「「「「なっ!?」」」」」」」

 

俺と恋の方天画戟は真桜のやつに改造してもらっていつでも取り出せるようにしてもらっていた。俺ももう出しておこう。

 

「貴様らはなんというか……やはりどこかおかしいな」

 

「そうか?」

 

「まぁ、良い。……では試合を始めるとしよう」

 

こうして、恋と勝家による試合が始まった。

 

 

「ふむ……儒子よりはどうやら強いようだな」

 

「…………全力でかかってこい」

 

「その意気やよし!いくぞぉぉぉぉぉ!!!」

 

勝家は、先ほどの剣丞との戦いよりもより濃い氣を纏っていた。

 

「…………この、程度?」

 

「なっ!?」

 

勝家の全力の振り下ろされた斧を、方天画戟を片手で持って受け止めていた。

 

「ほぉ!あの壬月の一撃を難なく受け止めるか!なかなかやるではないか!」

 

「……これだけでも他国に手放さくて良かったと思いましたよ」

 

「…………」

 

「「「」」」

 

久遠と麦穂さんはそれぞれ今の感想を述べ、結菜はただ、ひたすらその戦いを眺め、三若の三人はポカーンとした顔で驚きを隠せていなかった。

 

「……耐えてね」

 

「ぐっ!?」

 

恋は、受け止めていた斧を上にはねあげ、すかさず一気になぎ払う。

 

勝家はどうにかはねあげられた斧を戻し、恋の攻撃を受け止められたが、あまり衝撃を逃がすことができず、片足をついてしまった。

 

「……どうする?」

 

「くっ!まだまだぁぁぁ!」

 

「うん、ならこれで最後」

 

「ぐはっ!」

 

そう言った恋は、方天画戟を勝家に投げつけ、勝家が方天画戟に気を配っていた間に懐に入り、みぞおちにおもいっきり殴り勝家を気絶させた。

 

「……見事なり!和奏!壬月を介抱してやれ」

 

「は、はい!」

 

「まさか壬月さまがやられるとは、剣丞どのといい、好恋どのたちといい、久遠さまは良い者たちを拾われました」

 

「ふっふっふっ!そうだろそうだろ。……よし!次の試合を始めよう」

 

「先ほどは剣丞のやつがすみませんでした」

 

「いえ、剣丞どのにももう謝ってもらいましたからお気になさらず」

 

「いや、これは保護者としてきっちり謝罪させて頂きます」

 

「そうですか、ならその謝罪、今の試合で全力でお相手いただければ、それでとんとんとしましょう」

 

「ありがとうございます」

 

「ふむ。では両者構え!」

 

「始め!」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…ふっ!」

 

「くぅっ!」

 

最初は、剣丞の時と同じように睨み合いをして相手の出方を見ていたが、こちらから仕掛けることにした。

 

麦穂さんもこの攻撃をやはり読んではいたようだが、衝撃の大きさまでは読み切ることができずにいたのか、先ほどの勝家のよりも大きくぶっ飛ばされていた。

 

「ぅぅ、まさかここまで力が強いとは……」

 

「どうした?もう終わりか?」

 

「いえ、まだやれます!」

 

「そうか……恋!頼んだぞ!」

 

「………(コクッ)」

 

麦穂さんの方向を見ながら恋に対してそう告げた。

 

「よそ見とは、余程余裕なのです、ね!」

 

俺が恋に告げた瞬間、麦穂さんは舐められたと思ったのか、激昂しながら俺に斬りかかってきた。

 

「おお!いいねいいね。だけどまだまだ甘いぞぉぉぉ!」

 

麦穂さんの攻撃を受け止め、それをまた振り払った。

 

「今度はこっちからいくぞぉぉぉぉ!!!」

 

「ひっ!」

 

俺の迫力に負けたのか、麦穂さんは小さな悲鳴をあげた。

 

(うーん、この試合はここまでかな?)

 

「せやぁぁぁぁ!!」

 

「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「……大丈夫?」

 

俺はまた方天画戟を横になぎ払い麦穂さんをぶっ飛ばし、ぶっ飛ばした麦穂さんは恋に受け止めてもらった。

 

「勝負あり!我の家老がことごとくやられてしまうとは驚いた。好恋たちも力は申し分なし!」

 

「はぁ、はぁ、はぁ。私は負けたのですね」

 

「……ところで、剣丞どのの扱い、どうされるのです?夫という形で傍に置くのは構いませんが、働かざる者、食うべからずとも言います」

 

「何らかの役をお与えになった方がよろしいかと」

 

「一応、服案はあるのだが……」

 

「殿ぉー!たった今、佐久間様の部隊が墨俣よりご帰還されましたー!」

 

「デアルカ。……おい猿!」

 

「は、はひっ!?」

 

「貴様もそろそろ武士として名乗りをあげても良い頃合いであろう、剣丞の下に付き、功をあげよ」

 

「えっ!?あ、あの、じゃあ私……」

 

「うむ。小人頭を免じ、今日より武士となれ」

 

「あ、あ、ありがとうございましゅ!」

 

「うむ。剣丞隊第三号として励むが良い。まずは剣丞を介抱せい。目覚め次第、四人で城に来い。沙汰をあたえる」

 

「はいっ!」

 

「悪いな、お嬢さん。剣丞のことを頼む」

 

「……お願い」

 

「はいっ!任せて下さい!」

 

「「ありがとう」」

 

「これにて剣丞、好恋、恋の検分を終える!皆は評定の間に場に移し、墨俣よりの報せを聞け」

 

「「「御意!」」」

 

 

 

 

 

 

 

「ん……?なんだ……?」

 

「地面が揺れて……」

 

「地震!地震だぁーっ!」

 

「揺れが止まった……。ふぅ……急になんだってんだ、全く……」

 

「一葉さま!」

 

「騒ぐな。地震であろう。気付いておる」

 

「御身にお変わりは?」

 

「死んでしまいたくならほど無聊であるが、その他は特に何もない。……おまえはどうだ?」

 

「はい。私も特に変わりはございませんが……町は大丈夫なのでしょうか……?」

 

「当地では大きな混乱はござらん。しかし噂では大和辺りの被害がひどいとのこと……調べますか?」

 

「ふむ……地、揺れるは凶兆とも言うが。……手空きはおるのか?」

 

「釣り好きの古狸の他、腐れ坊主に主税助が妙な動きをしておりますれば、あまり空いている者は居らず。ご所望あらばそれがしが赴きますが……?」

 

「……いや、良い。貴様には魍魎の巣を見張って貰わねばならん」

 

「御意。引き続き身張り番をしておきましょう」

 

「それではそれがし、これにて失礼致しまする」

 

「…………………」

 

「お姉さま……?」

 

「……凶兆であれ、吉兆であれ。憂き世より投げ出され、置物となった余には、もはや是非もない」

 

「そんな悲しいことを仰いますな」

 

「悲しい、か。そのような心さえも、どこかに置き忘れてしもうたわ」

 

「……余を二畳の屋敷より連れ出してくれる者が、この天地のどこかに居てくれることを切に切に願う」



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