新約 ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか? (虚無の魔術師)
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プロローグ






 

これは、遥か昔の話だ。

 

 

古今東西の神々が住む『天界』と多くの種族が生を謳歌する『下界』に分けられていた。

 

 

 

神々は娯楽に飢えており、下界に大きな興味を抱いていた。

 

 

 

 

 

 

 

その神々の中で邪悪な思想を抱く神、『黒き闇の神』は『天界』と『下界』を我が物にしようと企み、生物を襲うモンスターを無限に生み出し、九柱の神を生贄とし『九神魔王』なる存在を使い、下界を蹂躙した。

 

 

 

 

 

 

これを良しとしなかった神々は『下界』へと降り立ち、多くの種族に戦える力、『恩恵(ファルナ)』を与えた。

 

 

 

 

多くの勇者や英雄と神々は『九神魔王』との死闘の末、一体の魔王を消滅させ、残りの八体の封印に成功した。

 

 

 

 

 

そして、『黒き闇の神』とモンスター達を地下の迷宮へと封じ込めた。

 

 

 

 

 

迷宮都市オラリア歴史文書 第1章より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やぁ、僕のファミリアに入らないかい?』

 

 

 

迷宮都市オラリアを訪れた一人の青年にそう声をかけ、手を差し伸べる者がいた。

 

 

 

黒髪ツインテール、そして自分より年下とも思われる少女の言葉を、多くの者は聞こうとせず、手を取ろうとはしなかっただろう。

 

 

 

だが、その青年はその声に答え、手を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴツゴツとした石の壁の洞窟、そこは迷宮都市オラリアの醍醐味であるダンジョン、その内部だった。狭い通路から出て、広間へと変わったその場所で、

 

 

 

片手に長剣を持ったまま棒立ちの状態の青年一人を囲んでいる十匹のゴブリンは各々の腕に武器を握り、目の前の青年を殺さんとしていた。

 

 

 

トンっ

 

 

地面を踏む音が壁に反響し、小さくなって消える。音に反応し動こうとしたゴブリンだったが──遅かった。

 

 

青年は背を低くして一体のゴブリンへと突っ込み、右手に持つ青い長剣を横へと振るった。長剣はゴブリンの胴体をスラリと斬り落とし、地面と壁に鮮血を散らした。

 

 

「────GYAAAAAAッッ!!」

 

 

仲間の呆気ない死と青年の行いにゴブリンたちは怒りをみせ吠える。だが青年は膝を折り曲げ、宙へと跳躍する。直後、彼は長剣を投げ飛ばし、ゴブリンの頭部を貫いた。

 

 

 

 

 

着地する青年に襲いかかる二体のゴブリンは醜悪な笑みを浮かべる。青年の持つ長剣は離れた場所に落ちている。

 

 

青年に自分達を殺す術はないと────

 

 

そう考えたゴブリン達の肌をツンとした冷気が突き刺す。

 

 

 

 

 

 

直後、彼に飛びかかったゴブリン二体は氷像と化した。空中にいた氷像は地面はと落ち、ゴトンッと音を立てる。

 

 

 

突然の出来事に戸惑いを隠しきれないゴブリン達に青年は目を向けた。

 

 

───とっとと失せろ。

 

 

声もなくそう告げる視線にゴブリンは今度こそ困惑した。このまま戦うか、大人しく敗走するか、悩んだ結果ゴブリン達は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

武器を強く握り締め、青年へと殺到した。そのゴブリン達の選択に青年は静かに瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その数分後、彼は氷像と化したゴブリン達から魔石を取り出す作業を行っていた。

 

 

凍った胴体へとナイフを突き刺し、微かに光る魔石を掴んだ。

 

 

「……………ポーチに入るか?」

 

 

困ったように沢山の魔石が入ったポーチと手の中にある魔石を交互に見て、勿体無いからと詰め込むことにした。

 

 

 

 

 

彼はダンジョンから出た後、ギルドの換金場にてパンパンに膨らんだポーチから取り出した大量の魔石をオラリアの等価であるヴァリスへと換金してもらった。

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の稼ぎを懐に入れて自分のファミリアの拠点である廃教会へと着いた彼は妙なことに気付いた。

 

 

「………少し騒がしいな」

 

 

自分がいるファミリアは主神と自分だけしかいないのだ。主神が早く帰ってきたにせよ、外から聞こえる声は誰かと話してるようにも聞こえた。

 

 

 

 

 

 

「帰ったぞ、ヘスティア様」

 

 

 

「おぉ!丁度いい時に帰ってきたね!」

 

 

扉を開けると、勢いよくうちの主神が駆け出してきた。女神ヘスティア、今現在嬉しそうにしている青年の主神の名前だ。

 

 

青年は懐からダンジョンでの稼ぎを取り出そうとした途端、女神の言葉に引っ掛かった。

 

 

「…………丁度いいとき?」

 

 

まるで自分を待ってたという言い方の言葉に青年は気付いた。

 

 

 

女神の後ろに立っている白髪赤眼の少年に。

 

 

 

「ヘスティア様……………こいつはまさか」

 

 

女神の性格と少年の戸惑った態度から客ではないと、青年は察した。客ではない、だとすれば─────

 

 

 

「フッフッフッ、君がダンジョンにいる間に一人だけ勧誘できてね。紹介しよう、新しく僕たちのファミリアに入るベル君だ!」

 

 

「べ、ベル・クラネルです!よろしくお願いします!」

 

 

 

どや顔を見せつける女神を他所に少年ベルは緊張しながらも自己紹介をする。

 

 

 

「俺はキョウ。三ヶ月前にヘスティア様のファミリアに入った冒険者だ。よろしく頼むぜ」

 

 

青年、キョウはそう名乗るとベルの手をギュッと掴み握手をした。

 

 

 

 

これは、少年と青年が歩み、女神が記す。

 

 

 

 

──────【眷族の物語(ファミリア・ミィス)

 

 

 

だが、この物語の結末が希望か、絶望か、

 

 

 

 

それは誰も知らない。

 

 

 

 






もう一人の主人公キョウのステータスとかは次の話で分かります。




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恩恵

「はいっ!キョウ君も来たから、ベル君に【恩恵】を刻もうか!」

 

 

互いの挨拶も終わり、ヘスティアは手を叩いて声をあげた。椅子に腰かけたキョウも、そうだなと頷いた。

 

 

 

ヘスティアに促されベルは服を脱ぎ、半裸になる。ベッドにうつ伏せになるベルにキョウは語りかけた。

 

 

 

「………【恩恵】について説明させてもらうぞ」

 

 

 

正式名称 『神の恩恵(ファルナ)

 

それはファミリアの主神が自身の眷族の背中に【神聖文字(ヒエログリフ)】を刻むことにより、発現する。ダンジョンでモンスターと戦うことにより【経験値(エクセリア)】を手に入れ、強くなっていく。

 

 

 

「───というわけだが…………どうだ?ヘスティア様」

 

 

 

説明を終えた直後、ベルの背中に【神聖文字】が刻まれる。ヘスティアはその【神聖文字】を読み解き、紙へと写した。

 

 

 

「はい、これがベル君の【ステイタス】さ」

 

 

ベル・クラネル

 

Lv.1

 

力0

 

耐久0

 

器用0

 

敏捷0

 

魔力0

 

《魔法》

 

【】

 

《スキル》

 

【】

 

 

「ですよねー」

 

 

「まぁ、最初は皆そんなもんだろ」

 

 

自身のステイタスを見て項垂れるベルにキョウは肩を叩く。最初の【ステイタス】はゼロが普通だと教えられる。

 

 

「さて、次はキョウ君のステイタスだね」

 

 

同じように半裸になったキョウの背中の【神聖文字】を紙に写したヘスティアは彼に渡す。

 

 

 

 

気になったベルはキョウの握っている紙へと目を向けた。

 

 

 

 

 

キョウ

 

Lv.2

 

力 H116→125

 

耐久 I95→97

 

器用 H123→135

 

敏捷 H160→180

 

魔力 G215→248

 

 

《魔法》

 

【■■刻印】

 

・─────。

 

【■■降臨】

 

・─────。

 

《スキル》

 

氷結使い(アイス・マスター)

 

・氷属性の技を使う時の補正。

 

・氷属性の威力と耐性が上昇し、魔力消費量を減少させる。

 

 

 

「…………………え?」

 

 

キョウのステイタスを見たベルが呆けた声を漏らす。ステイタスの主であるキョウは不満をこぼす。

 

 

「チッ、能力値(アビリティ)上昇値80ピッタリか」

 

 

「どうしてこんなに………まさかだけど十層くらいに行ったわけじゃないよね?」

 

 

「十層には行ってない………………………十層には」

 

 

問い詰めてくる女神の詰問にキョウは目をそらし逃れようとする。

 

 

 

「Lv.2って…………どうやって」

 

 

「まぁ、とにかく経験を積むのが一番だろ」

 

 

 

驚愕と感嘆の視線を向けるベルだったが、Lv.2のキョウは適当に誤魔化そうとしていた。彼がそうしたのには理由がある。

 

 

彼も知っているが、昇格をしようとして命を落とす者も少なくはないのだ。

 

 

冒険者になりたいと言っていたベルも危ないかもしれない、そう思ったからだった。

 

 

 

「僕も早く、兄さんみたいに…………」

 

 

彼の耳にベルの呟きが聞こえた。その呟きの意味を問おうとしたが、夜中だということを思い出した。

 

 

「…………とりあえず、もう寝ようか!」

 

 

女神ヘスティアの言葉に二人は首を縦に降り、賛成の意思を見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダンジョンの奥深く、

 

キャンプなどが建てられた休憩場所にとある団体が休んでいた。

 

 

 

活気溢れている者達から離れた場所にその人物はいた。大木に背中をかけ、ボロボロの手記を手に取っている白髪赤眼の男が。

 

大人しい、そんな印象とは違うくらいの覇気を男は知らずの内に辺りに放っていた。

 

 

「……………何してるの?」

 

 

 

無言を貫く男に一人の少女が歩み寄ってきた。長い金髪を揺らし、感情が感じられない────人形のような少女が。

 

 

男は自らの赤い眼を細めると少女は首を傾げる。可愛げな行為に溜め息を吐いた男は手記をポケットへと押し込んだ。

 

 

 

「………ここに来る際に爺さんに預けた家族のことを思い出してな」

 

 

「心配なの?」

 

 

「………まさか」

 

 

表情を変えない少女の一言に男は苦笑いを浮かべる。その目には揺るがない決意があった。彼は地面に突き刺してあった自身の等身並みの大剣を引き抜き、肩に乗せた。

 

 

「………行くか」

 

 

「……………」

 

 

男の言葉に少女はコクリと頷いた。少女は男へと羨望の眼差しを向けて、男は何かへの渇望を抱いていた。

 

 

 

 

Lv.7 【覇皇(はおう)】ゼル・クラネル

 

 

Lv.5 【剣姫(けんき)】 アイズ・ヴァレンシュタイン

 

 

 

迷宮都市オラリアの冒険者の中でも『あの男』に並び、最強と謳われる男と、オラリアの中でも数少ない女剣士の少女は次の戦いの為に向けて仲間の元へと向かっていった。







ベルには、兄がいるんだよなぁ。


オッタル並みにヤバイ兄が。


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迷宮都市

他の小説も投稿してるんで、それも見ていただけると幸いです。


【恩恵】を刻んだ数日後、キョウはベルを連れてダンジョンに向かった。途中ベルがお世話になったという受付嬢兼アドバイザーの女性に長話をされそうになり、二人で全力疾走したのは、ついさっきの話だった。

 

 

 

 

「あのー、キョウさん」

 

 

「何だ?下の階層にはまだ行かないぞ」

 

 

様子を伺うようなベルにハッキリと告げる。彼の言葉にベルは苦笑いを浮かべ、少しの間黙り込んで口を開いた。

 

 

 

 

「キョウさんって、何で右目を閉じてるんですか?」

 

 

 

そう、ベルも対面した時から気になっていたことだった。キョウはどんな時も右目を閉じているのだ。ベルの問いにキョウはあぁ、と納得し、右目に指を向ける。

 

 

 

 

「こっち側は、『魔眼』だからなぁ」

 

 

 

『魔眼』

 

その単語にベルは心を踊らせた。彼の祖父曰く、『魔眼』は世界にも僅かにしか存在していない魔道具(マジックアイテム)の一つらしい。

 

 

 

 

 

「俺の『魔眼』は【動見の魔眼(デルス・アイ)】。数秒後の相手の動きを見切ることができるのさ」

 

 

 

 

彼はそう説明しながら、相手であるゴブリンの細い腕と首を切り落とした。そして、腕と首を失った体は地面へと倒れ込む。

 

 

 

「ふぅ、そろそろいいよな」

 

 

「はいっ!」

 

 

ゴブリンの死体から魔石を抜き取り、同じ行為をしているベルへと声をかける。ベルも頷いて答えるとダンジョンの出口へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば『迷宮都市オラリア歴史文書』って知ってますか?」

 

 

ダンジョンで集めた魔石をヴァリスへと変え、帰り道でベルはキョウにそう聞いた。

 

 

 

「あぁ、知ってるぞ。古今東西で語られる話だからな」

 

 

自分との身長の差があるベルを見下ろし、キョウは答えた。当然だろうと呟き、周りへと目を向ける。

 

 

 

「でも、あの魔王って実在すると思いますか?」

 

 

ビクッと話を聞いていた彼の肩が揺れた。ベルは嬉しそうに語るが、対照的にキョウの顔が目に見えて曇る。

 

 

 

「そう言えば、魔王ってどんな────」

 

 

「『時刻』『大海』『戦争』『死魂』『守護』『闇黒』『運命』『大地』を冠する魔王が封印されて、『凍結』の魔王は討たれたさ」

 

 

ベルの言葉を遮り、キョウは淡々と魔王についての情報を告げた。驚いたベルの前に歩み出したキョウは振り向いた。

 

 

 

 

 

 

「ベル、

 

 

 

 

 

 

 

忘れるな。魔王の脅威は終わってない(・・・・・・・・・・・)

 

 

 

「………………え?」

 

 

その言葉の意味をベルは理解できなかった。だが、キョウは表情を和らげるとそのまま歩み始める。何だったのだろう?とキョウを追いかける。

 

 

 

だが、ベルは気付いていなかった。キョウは既に気付いていた。

 

 

 

 

自分達を見つめる視線があることに。

 

 

 

 

 

 

協会へと戻ろうとしたベルをキョウはとある場所へと引っ張って連れていった。ベルは戸惑いながらもキョウの後を追うと一件の店の前に着いた。

 

 

───『トロイアの休息』

 

 

「ここは?」

 

 

その店に疑問を隠せなかったベルにキョウは何も答えずに扉を開けた。チリンッと鈴が鳴り、少し待っていると、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁーいっ!いらしゃ──────へ?」

 

 

見たことのある声と姿にベルは目を開く。目の前に立っているのは服装が違えど、自分達の主神であるヘスティアだったのだ。

 

 

唖然とする白髪の少年の肩を叩いて、黒髪の青年は目の前の女神に指を指す。

 

 

 

 

 

 

「これがうちの主神さ。バイトをする女神………………他にこんな神がいると思うか!?」

 

 

「ななな、何で君達がここにいるんだい!?」

 

 

カッと目を開き、大声を張り上げるキョウと戸惑うベルを見たバイト中の女神ヘスティアは慌てながらそう問いかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………何だ、君達は?」

 

 

その状況を見ていた金髪の男が疲れたような声で問いかける。右手に持つコップを拭くのを忘れずに。慌てていたヘスティアは後ろの二人を紹介する。

 

 

 

 

「アキ店長!彼らは僕のファミリアの団員さ!」

 

 

「ほー、まさか本当にこの女神の眷属がいるとはなぁ」

 

 

 

えへんと自慢するヘスティアを無視し、アキ店長なる男は目を細め、ベルとキョウを見やった。何か探るような視線を向けていたが、すぐに目を閉じる。

 

 

 

「君達の名前は聞いている。まぁ、座ったらどうだ」

 

 

 

「え?でも、他にお客さんは」

 

 

「生憎、ほとんどの冒険者は『豊穣の女主人』に通ってな。この店に来るのは物好きか、静かなのが好きなやつだよ」

 

 

店の中に入ると、アキ店長の説明通り誰もいない。いや、一人いるが店の隅でグガーッと口を開き、眠っていた。一つ除けば物静かな机に三人が座った。

 

 

「さぁ!バイトは終わりさ、マスター!じゃが丸くんを十個頼むぜ!」

 

 

 

「んじゃ、ヘスティアのバイト代から引かせてもらおうか」

 

 

「それでお願いしまーす」

 

 

へ?と硬直するヘスティアにキョウがハッキリと肯定する。周りの空気についていけなかったベルだったが、にやけていたキョウが声をかける。

 

 

「まぁ、お前も楽しめよ。お祝いみたいなもんだからな」

 

 

「…………はい!」

 

 

 

その後、ショックに項垂れていたヘスティアもヤケになり、朝までドンチャン騒ぎをした。

 

 

 

 

 

 

朝になり、三人を見守ってくれたアキ店長にキョウとベルが全力で謝り倒した。

 

 

 

 

 

 

 




・キョウさん魔眼持ち、中二病とか言うなよ!?

・新たに現れるキャラ、アキ店長。(後の重要なキャラ)




キョウさんのヒロイン候補。

◆リュー・リオン

◆ティオナ・ヒリュテ

◆レフィーヤ・ウィリディス


今のところ、この三人ですね。


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用事

今キョウは用事があって、ベルとは別行動をしている。本来は、ベルと共に五層まで行くつもりだったが、ヘスティアに声をかけられたのだ。

 

 

 

『ボクの知り合いがお店をやってるからね、買い物でもしてきたらどうだい?』

 

 

 

「まぁ、ヘスティア様の知り合いならなぁ」

 

 

そう言った彼は大通りから遠ざかり、路地裏の奥へと進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

「ミアハ様!いつもいつも、ポーションをただで配ってたら儲けが出ない!少しは、自重して!」

 

 

「しかし、ナァーザよ!他の者の為にも必要なこともあるだろう!」

 

 

「あわわわ!?団長、ミアハ様、落ち着いてくださいぃぃ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………何だこれは」

 

 

キョウは目の前の状況にそう嘆息する。犬人の少女と群青色の長髪を束ねた美青年が言い合いをし、その横で額にバンダナを巻いた青年が激しく混乱している。

 

 

その状況を見たキョウの決断と行為は速かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆっくりと扉を閉めて、何事もなかったかのように────

 

 

 

 

 

「待って!?帰らないで!!」

 

 

うろちょろしてたはずのバンダナの青年に止められた。このまま帰っても良かったが、何か可哀想なので買い物をすることにした。

 

 

 

 

 

「えっーと、僕の名前はカイ・ソルヴァーナ。Lv.3の冒険者です。……………それで、此方の方が僕らの主神のミアハ様で、この人が団長のナァーザさんです」

 

 

 

隣にいるミアハとナァーザを紹介しながらカイは頭を下げてきた。だが、キョウはカイの名前を聞き、思い出したことを口にする。

 

 

 

 

 

「もしかして…………あの【四元素の魔法剣士(フォーエレメント・セイバー)】か?」

 

 

 

「うわぁぁぁぁ!!?その二つ名は止めてくださいぃぃぃぃ!!!」

 

 

悲鳴にも似た絶叫をあげ、カイはガックシと項垂れる。表してみると、

 

 

 

○| ̄|_

 

 

 

みたいになる。

 

まぁ、キョウ自身も理解している。強くなりすぎた冒険者を待つのが、『二つ名』だ。別にそれが悪いのではない、

 

 

 

 

二つ名を決めるが、暇を潰した神々だからだ。娯楽に飢えた神々は、凄い二つ名をつけることがある。目の前の青年もその被害者だとよく分かる。

 

 

 

「はい、回復薬二十個とその他の道具も含めて、これで全部」

 

 

「あぁ、んじゃあ……………これくらいだな」

 

 

ナァーザから渡された袋を受け取り、支払いであるヴァリスを渡した。

 

 

「うむ、是非とも、うちのファミリアをご贔屓してくれよ」

 

 

人の良い笑みを浮かべるミアハの横に疲れたようにするナァーザと苦笑いを浮かべるカイが立っているのをキョウは視認する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダンジョンの入口前にて、ベルを探していたキョウはとある人物が出会った。

 

 

「あぁ、キョウさんですか?お久しぶりです」

 

 

「エイナさんか、お久しぶりだな」

 

 

ベルのアドバイザーであるエルフの女性、エイナに彼は答える。

 

 

 

「そう言えば、ベルはどうしたんだ?」

 

 

「えぇと、まだ帰ってきてないですけど」

 

まだダンジョンにいるのか、とキョウは首を捻った。ベルはまだ五層には行ってないはずだ、と考えていたが、

 

 

 

 

 

 

「エイナさぁん!キョウさぁん!」

 

 

 

 

 

聞いたことのある声に二人はすぐに理解できた。大声を出した少年に声をかけようと、振り向こうとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

文字通り、真っ赤な人影が迫ってきてた。

 

 

 

 

「うおわぁぁぁぁっ!!?」

 

「ひぃぃぃぃぃぃぃ!!?」

 

 

悲鳴を重ね、キョウとエイナは戦慄する。その真っ赤な人影の正体である少年、ベルは嬉しそうに声を張り上げた。

 

 

 

「アイズ・ヴァレンシュタインについて教えてください!!」

 




キャラ紹介。


カイ・ソルヴァーナ Lv.3

ミアハ・ファミリア所属の唯一の冒険者。とある出来事が原因で戦えなくなったナァーザと主神ミアハの為に、努力をしている。


二つ名の通り、四元素(火・水・土・風)の魔法と剣技を扱う。


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新たなスキル

 

「ダメじゃない、いきなり五層まで潜っただなんて」

 

 

ギルドの一室にて、眼鏡をかけたエルフの女性は目の前の冒険者を叱る。その少年、ベルは血で濡れた全身を洗い終え、彼女の説教を受けていた。

 

 

「で、でも」

 

 

「でもじゃない。どうせいつも潜ってるって言おうとしたんでしょ?それは彼がいるから許してるの。ソロのベル君が五層まで潜るのは許しません。冒険者は冒険をしてはいけないっていつもいってるでしょ?」

 

 

何があったかを纏めると、ダンジョンで受かれていたベルは五層へと降りていったところ、中層のモンスターであるミノタウロスに追い回され、死を覚悟した途端、他の冒険者に助けてもらい、何も言わずに逃げてしまい、今に至るということだ。

 

 

 

注意を受けてるベルの隣で彼と呼ばれていたキョウは静かに紅茶を啜っていた。彼も後輩を庇ってやりたいと思ってはいるが、目の前の女性の説教を受けるのは勘弁だと認識している。

 

 

「………はい、すみません」

 

 

「………本当に分かってるの?」

 

 

無論、彼女が冒険者に死んでほしくない一心なのはキョウも知っている。だが、大抵の冒険者は彼女の意図を理解しないのだ。

 

 

 

「その………それで……アイズさんのことなんですけど」

 

 

その言葉を聞いたエイナはため息を漏らした。助けてもらった人のことが気になっている目の前の少年を見て。だが、ピクリとキョウの肩が揺れるのをベルもエイナも見えていなかった。

 

 

「アイズ・ヴァレンシュタイン。【ロキ・ファミリア】所属。現在はLv.5で、剣の腕はオラリアでも上位とされ、神々から授けられた称号は剣の姫『剣姫』」

 

 

「それぐらいは僕でも知ってます。そうじゃなくて……こう趣味とか…………好きなものとか……

 

 

 

 

 

す、好きなひとが………いるのか……とか」

 

 

 

 

その時点でキョウとエイナは理解した。ベルはそのアイズ・ヴァレンシュタインに惚れているということを。

 

 

「なに?助けてもらったアイズ・ヴァレンシュタイン氏に惚れちゃったの?」

 

 

「はい!!」

 

 

即答する後輩に罪悪感が湧いてきた青年は顔をそらす。何故かというと、彼も知り合ったことがあるからだ。ていうか、たまに話をすることもある。彼は少年の為に黙秘することを誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それなら、キョウ君に聞いたらいいんじゃない?彼も話したことがあるらしいから」

 

 

「ブフゥ!?」

 

 

僅か数秒で誓いは破られた。優雅に飲んでいた紅茶を空中に吹き出し、キョウは矛先を向けてきたエルフの女性へと目を向ける。

 

 

 

「えっ!?キョウさんも話したことがあるですかっ!?」

 

 

「落ち着け、安心しろ、ベル・クラネル!俺も話したことがあるが、そういう風に親しいわけではないし、あの人も好きなひとはまだいない!」

 

 

興奮したようなベルの剣幕にキョウは戸惑いながらも、全力で否定する。それを聞き見えてきた希望に胸を踊らせるベルと荒い呼吸を整えようと深呼吸をするキョウを見たエイナは、告げた。

 

 

 

「でも現実的に考えても難しいと思うよ?」

 

 

 

ズバッと現実的な言葉がベルにダメージを与える。希望が一瞬で砕け散り、倒れ込むベルにキョウは当然だろうと頷いた。

 

 

ベルはまだLv.1にも関わらず、アイズ・ヴァレンシュタインはLv.5、絶望的な話だ。何より、ベルとアイズ氏はファミリアが違うのだ。どれだけ頑張っても難しいだろう。

 

 

(まぁ、何とも酷な話だな)

 

 

立ちあがり、項垂れたまま外へ歩き出すベルを見てキョウは心のなかで呟いた。

 

 

「ベルくん」

 

 

出ていこうとするベルを呼び止めるエイナにベルは振り向く。

 

 

「あのね、女性はやっぱり強くて頼り甲斐のある男性に魅力を感じるからめげずに頑張っていけば強くなったベルくんにヴァレンシュタインも振り向いてくれるかもよ?」

 

 

「エイナさんの言う通りだな。難しいとは言ったが、不可能とは言ってないしな。すぐにとはいかないだろうが、頑張っていけばいいさ」

 

 

二人の励ましにベルはだんだん明るくなっていった。そして出口へと駆け出すベルは声をあげた。

 

 

 

「はい!!ありがとうございます!!

 

 

 

 

 

 

 

 

エイナさん、大好き!!」

 

 

とんでもない言葉に二人は呆然とした。硬直していたキョウはベルの後を追いかけていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ファミリアに戻ったベルはヘスティアに先程のことを話した。馬鹿野郎と思ったが、既に遅し。ベルはまたヘスティアからも注意を受けていた。

 

 

「あ、そういえば僕オラリアでも有名だっていうお店に夕食を誘われたんですけど、二人とも行きませんか?」

 

 

「おう、俺は暇だから行くぞ」

 

 

「んー、悪いけど今日はバイトが大変でね。行かないとアキ店長に怒られるからさ」

 

 

ベルの誘いにキョウは応え、ヘスティアは断った。ベルは主神が行かないことにショックを受ける。

 

 

 

「まぁとりあえず、ベルくんのステイタスを更新しようかい!」

 

 

 

そう言ってベルのステイタスを更新しようとしたのでキョウは少しの間、部屋から出ていた。

 

 

 

その後、部屋に戻るとベルのステイタスを目に入れた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ベル・クラネル Lv.1

 

力I3

 

耐久I2

 

器用I1

 

敏捷I3

 

魔力I1

 

《スキル》

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「あ?」

 

キョウは眉をしかめる。能力(アビリティ)上昇値に文句はない。他のところにおかしなところがあったのだ。

 

 

「あの、神様?ここにスキルの欄の跡みたいなものがあるですけど」

 

 

「あぁ、残念だけど間違いさ。ちょっと手元が狂ってしまってね」

 

 

「そうですか…………少しの期待したんだけどなぁ」

 

 

疑問を浮かべたベルの言葉にヘスティアはそう告げたが、その様子を見たキョウは確信を得た。

 

 

 

 

 

何かを隠してると。

 

 

「ベル、少し外で待ってろ。ヘスティア様と話がある」

 

 

突然のことにベルは戸惑っていたが、すぐに頷き部屋から出ていった。その様子を見届け、気配が消えたのを理解すると口を開いた。

 

 

 

「さて、ヘスティア様。包み隠さず話してもらおうか」

 

 

「…………やっぱり気付かれてたかい」

 

 

当然、と頷くキョウにヘスティアは一枚の紙を手渡した。内容はさっきのベルのステイタスと同じだったが、スキルのところには文字があった。

 

 

 

 

 

「【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】?」

 

 

見たこともないレアスキルにキョウは驚愕するが、スキルの特性に言葉を失う。

 

 

───早熟する

 

───懸想(おもい)が続く限り効果持続

 

───懸想の丈により効果向上

 

 

誰かへの想いを糧にすることで成長する。その説明にキョウは絶句し、少し前のことを思い出す。

 

 

 

『なに?助けてもらったアイズ・ヴァレンシュタイン氏に惚れちゃったの?』

 

 

「………そういうことか」

 

 

何となく理解した。ベルの『剣姫』への想いにより、レアスキルが発現した、そう意味かと。

 

 

「キョウくんにもお願いだけど、ベルくんにこの事を言わないでほしいんだ」

 

 

「あぁ、分かってるさ」

 

 

女神の悔しそうな顔を見るに嫉妬してると考えたキョウは立ちあがり、外へと出ようとする。

 

 

 

 

 

「キョウくん」

 

 

 

ヘスティアの声に足を止めた。その声には少し悲しそうな感じがあったからだ。

 

 

「君は、僕のファミリアに入って、良かったかい?」

 

 

後ろから聞こえる声にキョウ立ち尽くす。そして、口を開いた。

 

 

 

「あんたは、俺を認めてくれた」

 

 

ボソリと告げられた言葉にヘスティアは顔をあげる。彼は振り返らずに言葉を紡いだ。

 

 

 

「『あの一族』としてではなく、キョウとして認めてくれた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「使命を果すまで、俺はこのファミリアにいるさ」

 

 

そう言ってヘスティアへと振り返る。精一杯の笑顔を見せるとそのまま部屋から出ていった。





キョウはアイズとは知り合いです。少し話したこともあります。



キョウの最後の発言はいろんな見方ができるんですよね。



面白かったら、評価や感想などよろしくお願いします!!


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豊穣の女主人

お気に入れしてくださった方々、評価してくださった方々。


何ヵ月もの間、お待たせしました。


この話を読んいただけることを心から感謝いたします。


ヘスティアとの話を打ち切り、部屋から出てきたキョウはベルに色々と聞かれたが、聞かれたくないこともあったのではぐらかした。

 

 

 

「なぁ、ベル。ここなのか?」

 

 

「はい、そうだと思うんですけど…………」

 

 

二人が立っているのは酒場らしき店の前。好奇心を含んだベルに対し、キョウはひきつった笑みを浮かべ、まさかなと呟く。

 

 

そんなキョウに看板を見たベルがハッキリと告げた。

 

 

 

「んーと、『豊穣の女主人』っていうそうですよ」

 

 

 

 

 

 

 

豊穣の女主人

 

宮都市オラリオに存在する、主に冒険者向けの酒場であり上級冒険者から木端冒険者が毎日のようにたくさん訪れる人気店だ。

 

 

出される料理や酒が美味しいのは勿論のこと、働いてる従業員がみな女性であり容姿のレベルも高いのが人気の理由の一つでもある。そして、キョウの知り合いが働いている場所だ。

 

 

 

「あっ、ベルさんにキョウさん。来てくれたんですね!」

 

 

銀髪のウェイトレスの少女がにこやかな笑顔で二人のもとに走ってくる。

 

 

 

「こんばんは、シルさん!………………どうしたんですか?」

 

 

 

「……………………やっぱりか、ハァ」

 

 

 

全てを理解したキョウは呆れ果てるくが、諦めたのか深いため息を漏らす。その様子にベルは不安そうな視線を投げ掛ける。

 

 

語ることもないと沈黙を通すキョウと急に不安になり始めたベルを他所にシルは二人を案内した。

 

 

「はい!お待ちしていました お客様二名入りまーす!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこの坊や!なんでもアタシ達を泣かせるほどの大食漢なんだってねえ! 期待してるよ!」

 

 

「…………………え?」

 

 

豪快に笑い声をあげる大柄の女性にベルは呆然となる。この女性 ミアさんは『豊穣の女主人』の女将なんだが、大抵の人は冒険者みたいだなぁという印象を抱く。

 

まぁ、昔はそうだったのだが、今は今。そんなことはどうでもいい。

 

 

「あぁ、知ってたよ。お前もそうだったのか………俺がいればこんな事にならなかったのになぁ、チクショウが!!」

 

 

そんなベルの隣でキョウは頭を抱える。我に戻ったベルはどういう事かとシルを問い詰めようとする。彼女は可愛らしい仕草をして誤魔化そうとするが、生憎ベルは惑わされなかった。

 

 

 

………実を言うと、このキョウも犠牲者1号である。ルーキーだった頃道端で出会った彼女にお店に誘われ、今この状況と同じことになっていたのだ。

 

 

 

「………なるほど、貴方の仲間ですか」

 

 

「おっ、誰かと思えばリューか」

 

 

そんなベルを他所にエルフの少女から話しかけられたキョウは気さくに振る舞う。

 

 

彼女はリュー・リオン。『豊穣の女主人』の店員の金髪のエルフ。基本的に無表情で必要のないことは話そうとしないが、一部を除く者たちへの態度は柔らかくなるという。

 

多少の間、最近はどうかという世間話をしていたけどキョウとリューの二人だが、チラリと厨房の方を見たリューが会釈する。

 

「では私は戻ります。早く仕事をしないと怒られるので」

 

「おう、それじゃあ。頑張れよ」

 

奥へと行くリューに手を振り別れたキョウは店の中を歩き回り、ベルのいる机へと向かった。

 

 

食事が来るのを待つ間、周りを見て緊張してるのか背筋が伸びているベル。まあ、冒険者に成り立てだからと当然かと納得したキョウは少し思い悩んだ。

 

 

 

───アイズに惚れてる………………ねぇ?

 

 

「そうだ、ベル。ちょっといいか」

 

水を飲み干し、ニヤリと笑ったキョウ。料理を待っていたベルの肩にガシッ!と腕を掛けた。

 

突然のことに驚くベルにキョウはソッと耳打ちする。

 

「内緒にしてくれるんなら、明日ちょっとだけ下に行くけど、どうする?」ヒソヒソ

 

「え!?…………さ、流石に怒られるんじゃ」ヒソヒソ

 

「おいおい、俺の同伴だぞ?それに六階から七階だし、居る時間も少なめだ。張りつめずに気を抜けよ、後輩。アイズに近づく為にも、強くなりたいんじゃないのか?(悪ぃ、ヘスティア様。やっぱ、ベルの恋に手助けするわ)」ヒソヒソ

 

うっ………と困り果てたベルが首を縦に降るのは数秒後の話だった。よし、交渉成立!そんじゃ、飯にしようぜ!と申し立てるキョウは凄く楽しそうだった。

 

 

パスタや揚げ物など色々な料理がどんどん運ばれる中、それを見た二人はいただきますと料理を食べ始めた。

 

 

 

(キョウさんって、アイズさんの知り合いなんだよね?…………………会えることとか出来ないのかなぁ)

 

 

(アイズに恋してる、かぁ。俺的には応援するが…………………『あのファミリア』の連中が黙ってるとは思えないからなぁ)

 

 

一目惚れしているアイズ・ヴァレンシュタインの事を考え、羞恥に顔を染めるベル。

その事を理解していながら、不穏な事を考えているキョウ。

 

 

他の客たちの喧騒の声が響き渡る中、店員の猫人が高らかと叫ぶ。

 

 

「ご予約のお客様、ご来店にゃ!」

 

 

その言葉にキョウは耳を貸さなかった。飲み物をイッキ飲みしながら、彼は周りに視線を向ける。

 

 

 

その視線の先にある入口から複数の団体が入ってきた。他のファミリアかと思ったキョウは直後に、うげぇと嫌そうな顔をする。

 

 

彼らが掲げているのは道化のエンブレム。そう、キョウが先程まで考えてきた『あのファミリア』。オラリア最高峰のロキ・ファミリアだった。




キョウさんのファミリーネームがまだ出てないのには理由があります。後何話かでそれが明らかになります。


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ロキ・ファミリア

さて、今回は原作を読んでいる方は知っているであろう話です。

今回の話は読む人によっては不快と思うかもしれないので、注意してください。


それでもいい方はどうぞ。


店に入ってきた団体を見て、冒険者たちがざわめき始める。

 

「ロキファミリアじゃねぇか」

 

「あれが…巨人殺しの…」

 

「第一級冒険者のオールスターかよ…」

 

客の誰もが彼らの姿に戦慄する。それも当然だ、彼らはこのオラリア最高峰のファミリアの一つ。気圧されるのも納得できないものではない。

 

 

 

ロキ・ファミリアを見ていたベルとキョウの視界に金髪の少女が映った。

 

アイズ・ヴァレンシュタイン。ベルが一目惚れしたという人物。今ベルがどんな反応をしてるかは隣を見れば分かるが、予想がつくしそもそも興味がないのでほっておく。

 

 

アイズ本人に声を掛けようかと思ったが、生憎あのファミリアにはいい思い出が少しもないので、ベルには悪いと思うが、無視を決め込むことにするキョウ。

 

それは英断と呼べるものだろう────この先の騒動が悪化せずに済むのだから(酷くならないとは言ってない)。

 

 

「そうだ、アイズ!お前のあの話を聞かせてやれよ!」

 

 

宴を始めていたロキ・ファミリアの連中の一人、狼人(ウェアウルフ)の男が声を張り上げた。上機嫌そうに声をあげた男は近くにいたアイズに絡みながら、続けた。

 

 

「あれだって、帰る途中で何匹か逃がしたミノタウロス!最後の一匹、お前が5階層で始末しただろ!?そんでホラ、その時にいたトマト野郎。

 

 

 

いかにも駆け出しっていうようなひょろくせえ冒険者(ガキ)が!」

 

 

─────あほくさ、何が楽しいんだか。

 

狼人の男の言いたいことが読めたキョウは興味をなくし、料理に手をつけようとする。だが、耳に入った単語が気がかりだった。

 

 

(……………ミノタウロス、トマト野郎、逃げた……)……………ベルの事か?)

 

そう思い、隣を見る。先程前まで、楽しそうにしていたベルは俯き、体を震わせていた。

 

 

「抱腹もんだったぜ、兎みたいに壁際へ追い込まれちまってよぉ! 可哀想なくらい震え上がっちまって、頬を引き攣らせてやんの!」

 

「ふむ、それで?その冒険者どうしたん?助かったん?」

 

「アイズが間一髪のところでミノを細切れにしてやったんだよ、なっ?」

 

「…………」

 

その後の話を聞いたキョウは分かりやすくまとめてみた。ロキ・ファミリアは遠征の帰還中にいたミノタウロスの群れとの戦闘に入るが、一部のミノタウロスが逃亡し、上層にまで逃げていった。

 

そして、ベルの前に現れ、アイズが仕留めた。

 

 

「それでそいつ、あのくっせー牛の血を全身に浴びて……真っ赤なトマトになっちまったんだよ!くくくっ、ひーっ、腹痛ぇ……!」

 

「うわぁ……」

 

「アイズ、あれ狙ったんだよな? そうだよな? 頼むからそう言ってくれ……!」

 

「……そんなこと、ないです」

 

「それにだぜ?そのトマト野郎、叫びながらどっか行っちまってよぉ…くくっ!うちのお姫様、助けた相手に逃げられてやんの!」

 

「アハハハッ! そりゃ傑作やぁー! 冒険者怖がらせてまうアイズたんマジ萌えー!」

 

 

どっと周囲が笑いに包まれる。

今のベルの気持ちはこの場にいる誰も理解できないだろう。安易に理解できるなどと言ってはいけない。他人は他人、抱く感情は同じな訳ないのだから。

 

 

その後も第一級冒険者 ベート・ローガは酔っ払った勢いでベルの事を馬鹿にしていく。やりすぎだと仲間が注意をするが、ベートは止まろうとしない。

 

 

「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇ」

 

ベートの言葉が引き金になったように、さっきまで顔を俯かせて無言だったベルが突然席を立った。だが、隣に座っていたキョウが彼の腕を力強く掴んだ。

 

 

「悔しいか、ベル」

 

問い掛けるが、返答はない。引き留めることはしないべきかもしれない、だが止めなければならない。ベルはもしかしたら、ダンジョンに行こうとするのかもしれなかったからだ。

 

 

「ホームに戻っとけ。後で付き添ってやる、俺も少しやることがあるからな」

 

掴んだ手を離すと「………………はい、ありがとうございます」そう、呟き出口から走り去った。

 

 

はぁー、と深い溜め息を吐いたキョウは立ち上がり、不安そうにベルを目で追っていたシルに声をかけた。

 

 

「─────シルさん、こいつは料理代、そして迷惑代だ」

 

「え、あの…………迷惑代って」

 

「今かける、ミアさんにも悪いって言っといてくれ」

 

 

戸惑っているシルに代金を渡し、自分の机にある二つのジョッキに水を入れてもらう。一つを飲み干したキョウはまだ笑っているベート、『駄犬』を見た。

 

 

「…………………チッ、クソが。胸糞悪ぃなぁ、オイ。いつぶりだ?こんなに苛ついたのは」

 

 

ビキビキと空気が冷えていく。

辺りにいた冒険者はそれに気づき、そして言葉を失った。

 

声をかけずらい雰囲気を放ち、キョウはバキリと首を鳴らした。その顔は、お世辞にも良いと言えるものではない。

 

 

 

────心底不愉快、反吐が出る。

 

 

 

スタスタとロキ・ファミリアの方、正確には『駄犬』の方へと向かっていく。片手に水の入ったジョッキを持ちながら。

 

 

「イヒヒッ、イーヒッヒッヒッ!駄目だ!やっぱり笑いが止まらねぇ!誰か、ちょっと水くれぇ!」

 

 

腹を抱えながら笑うベート。彼のやり過ぎととれる態度にロキ・ファミリアの皆は失笑するだけ、彼が絡んでいたアイズも入り口の方を凝視していた。

 

そして、アイズが立ち上がろうとしたと同時にキョウは行動を起こした。

 

 

 

 

 

バシャッ。

 

 

「───水、くれてやったぞ。おら、飲めよ」

 

 

空気が、止まったような錯覚だった。

 

カランッ!と空になったコップを地面に投げ捨てる。後ろから水をかけた、単純なことをしたキョウは水で濡れたベートを見下ろす。

 

幸いにも、水はベートだけにしかかかっていない。だが、それだけでも、重大な問題だった。

 

 

「……………………………何だ、テメェ」

 

 

うって変わり、静かになったベートがこちら睨みつける。怒りを抑えているのだろう、返答次第では激情し殴りかかってくるかもしれない。

 

だが、そんなこと知ったことではない。

 

「おいおい、まずは感謝じゃあないのか?水をくださってありがとうございます、とかそんなのも言えないのかよ。駄犬クン?」

 

火に油を注ぐかのように、挑発をする。

 

 

「──ふざけやがって。テメェ、何者だ?何処のファミリアか知ってて言ってんのか?あ゛ぁ!?」

 

「テメェが『トマト野郎』と抜かした奴の先輩だが、それが何か?」

 

キョウの言葉にロキ・ファミリアの面々は目を見開く。団長のフィンを含めた第一級冒険者たちも嘆息しながら、額に手を置く。やってしまった、と。

 

 

 

だが、ベートは違った。

先程見せた怒りが鳴りを潜めたかと思うと、嘲笑うように告げる。

 

「ハッ!だったらあのガキに言っておけ!二度と冒険なんざするんじゃねぇってな!」

 

「呆れた、穏便に済ませてやろうと思ったのに………いいだろう。アホなテメェにも分かるように指摘してやるよ」

 

その態度に本気で呆れたキョウはベートを罵倒する。んだと!?と食いかかろうとする駄犬を人差し指を向け制止し、キョウは自分の言いたいことを説明した。

 

 

「ミノタウロスを逃がしたのはテメェのファミリアの失態だろ?それなのに自分たちは反省するどころか、レベル1の冒険者を酒のつまみのように笑って……………ハッキリ言って、恥ずかしくないのか?」

 

 

彼の発言に同じように笑っていた冒険者たちが否定にしにくそうに顔をそらす。酒が入っている者も少なくはなかったが、酔いが覚めていたようだった。

 

不愉快そうになるベート。だがキョウは敢えて続けた。

 

「レベル1がミノタウロス相手に勝てる訳がない、逃げるのが当然、むしろ懸命な判断だ。テメェはそれを何で笑う?………あぁ、もしかして逃げた事自体がおかしいのか?流石は第一級冒険者。高いのはレベルだけじゃくて下らないプライドもなのかー、スゴイネーパチパチ」

 

「ッ!!ふざけてんじゃねぇぞ!!」

 

 

凄まじいくらいの煽りを見せるキョウにベートの怒りの炎が再点火した。今にも掴みかかる勢いで近づくが、それでもキョウの言葉は止まらない。

 

 

ぶち切れてるのは彼も同じだ。比べるつもりはないが、奴よりもこの怒りは確実なものだ。

 

 

「おいおい、そんなにキレるなよ。“ゴミをゴミと言って何が悪い”ってテメェもそう言ったろ?俺もそうだと思うぜ、今のテメェに凄くピッッッッタリな言葉だしなぁ!!?」

 

 

その瞬間、ベートの中で何かが切れた。

目にも止まらぬ速さでキョウへと突っ込む。そして、レベル4としての力を拳に込めて、自分を嘗めてきた相手の顔を殴り飛ばそうとする。

 

 

 

 

しかし、その拳は受け止められた。

キョウではない、Lv2に出来るわけがない。ハッとしたようにベートは横を見て、固まった。

 

白髪の男、ロキ・ファミリアの中でも最強と称される男の行動にベートは怒り任せに叫ぶ。

 

 

「離せ!ゼル!この格下だけはぶちのめ───」

 

「黙れ、ベート。これ以上ファミリアの醜態を晒す気か?感情に任せて勝負を吹っ掛けるのは勝手だが、非があるのは我々だ。大人しくせねば、然るべき対処を取ることになるぞ」

 

「───チッ!」

 

 

白髪の男性、ゼルに諫められ、ようやく引き下がったベート。不満そうに睨んでくる彼に、キョウはハン!と鼻を鳴らす。そして、ゼルと呼ばれた男に目を向けた。

 

 

(もし攻撃してきら、空気を凍らせて窒息させてやろうと思ったが………………それを知ってて止めたな、あの【覇皇(はおう)】)

 

 

二人しかいないレベル7の名は伊達じゃない。その脅威と恐ろしさを再確認したキョウは薄く笑った。

 

いずれ自分が越えるべき壁の重さを、理解したように。

 

 

 

「おっ、もしかしてキョウやないか?」

 

そんな彼に声をかけたのは、ロキ・ファミリアの主神 ロキだった。糸目をピクリと動かし、キョウの元に駆け寄る。

 

 

「お久しぶりです、ロキ様。前会ったときには、お世話になりました」

 

 

敬語に直したキョウはロキに頭を下げる。突然の事に驚いてるファミリアの眷属をおいて、ロキは話を切り出してきた。

 

 

「……まさかやけど、ベートが話してた駆け出しの冒険者(こども)が、自分ところの新しい眷族(こども)の事やったんか?」

 

「まぁ、そうですね」

 

 

あちゃー、と頭を抱えるロキに眷属の皆は疑問を抱いた。

 

何故、他のファミリアの眷属である彼とあそこまで親しげに接っしているのだろうか?と。

 

 

かつて、キョウは元々オラリアの外からロキ・ファミリアに所属する為に来たのだ。自分の師事していた先生からの推薦でロキ・ファミリアの拠点に向かったのだが、

 

 

『お前みたいなガキが、ロキ・ファミリアに入れる訳がないだろ!』

 

『とっとと失せろ、他のファミリアにでも行ってこい』

 

先生直筆の手紙を見せようとしても聞き入られず、門前払いをされたという忌まわしい過去があった。

 

その後、すぐにヘスティアに勧誘されファミリアに入ったが、それを知ったロキは心から悔しがったらしい。

 

小人族(パルゥム)の少年、記憶通りならロキ・ファミリアの団長 フィン・ディムナが微笑みながらロキに語りかけてきた。

 

 

「えらく気に入ってるみたいだね…………彼はそこまでの人物かい?」

 

 

「当たり前やで!キョウはなぁ、あの『滅魔(レギオン)の「ちょっと、ロキ様!?」──────あ」

 

 

当然と言わんばかりに胸を張って余計な事をばらしたロキを慌てた様子でキョウは咎めるが、遅かった。

 

その単語を聞いたロキ・ファミリアの面々、それだけではなく周りにいた冒険者もざわめき始める。

 

 

「おい、今『滅魔(レギオン)』って…………」

 

「それって、あれだよな?確か『魔王殺しの一族』だったよな?最強揃いの一族」

 

「そ、それは昔だろ!?今はそんなに強くないねぇんじゃねぇか!?」

 

「………でもよぉ、今まで冒険者になった『滅魔(レギオン)』の奴等は全員、氷使いで最低でもレベル4は越えてるって」

 

 

 

滅魔(レギオン)。オラリアでは知らぬ者はいないとされる一族の名前。かつて、ヘラ・ファミリアに所属していた英雄 オールド・レギオンが『凍結』の魔王を倒した事から、その一族は伝説のように有名になっていた。

 

 

「ロキ様?」

 

「…………………つい口が滑ったわ、悪いなぁ」

 

本気で謝っているとは思えない謝罪にジト目で見るキョウ。そんな中、「ぐおおおおおおお!!?」という悲鳴が聞こえた。

 

 

ロキ・ファミリアの席を見れば、諸悪の根源とされたのかベートが口も縄で縛られ、全身を縛られ宙ぶらりんに吊り下げられている。

 

 

「キョウもすまんなぁ。自分のとこの眷属(こども)を馬鹿にして。その分はやり返してええんやで?」

 

「…………いえ、ベートとかの言いたいことは理解できなくもないです。その意図もどういうものかも」

 

 

え、とロキ・ファミリアの全員が固まった。理解されると思っていなかったのか、ベートも驚いたように此方を見てくる。

 

だがしかし、勘違いしていけない。

 

 

 

「でも腹立ったんで、有罪(ギルティ)。ベルの分は勿論、精神的に苦しめる方の罰でお願いします」

 

正論なのは理解できる、彼の心理もよく分かる。でも馬鹿にしたから許さん。そんな考えを決定したキョウはニッコリと笑いながら親指を下に向け、判決を下した。

 

 

 

その後、ベート・ローガがどういう風になったのかについては、黙秘権を使用させてもらうことにする。

 

 

 

 

そろそろ帰ろうとしたキョウの肩を叩く人物がいた。見れば、ベートの一撃を止めたゼルと言う冒険者だった。

 

「すまない、先程はベートが迷惑をかけた。俺から謝罪しよう」

 

「…………アンタは」

 

「ロキ・ファミリア所属、レベル7ゼル・クラネルだ。キョウだったか?俺の弟が世話になっている」

 

 

 

 

「……………………………………………………………………………………………………………………………へ?」

 

長い沈黙を経て、キョウはゼルを見た。ゼル・クラネル、ベルと同じ姓を名乗った。そして俺の弟、という発言からキョウは一つの可能性を考える。

 

 

まさか、ベルの兄って────この人か?

 

冷や汗をかくキョウは、目の前に立つゼルの容姿を確認した。

 

背中に担がれた身の丈に及ぶくらいの大剣。

 

服の外からでも分かるくらいにガッシリとした体格。

 

草食獣を見下ろす肉食獣の如く、穏和とは言い難いくらいに鋭い目付き。

 

全身から発せられる凄まじく押し潰されそうな重圧。

 

さぁーて、これらの特徴も含めて、兄弟のベル君と比べてみよう☆

 

 

「に、似てねぇ………」

 

「安心してくれ、自覚はある」

 

あまりにもオブラートとは言い難い言葉が口から漏れる。ゼルはそれに反論するどころか、あっさりと肯定していた。

 

 

「ついでで申し訳ないが、弟に言ってくれないか?アイズがお前を気にかけてると」

 

「あ、あぁ」

 

やっぱり家族が大事なのかという考えとアイズがベルを気にしてたという驚きに左右されながらも、キョウは彼らに頭を下げ、店から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

バレた。

 

バレてしまった。

 

冷静さを保っているが、内心は非常に焦っていた。

 

自分が魔王殺しの一族、『滅魔(レギオン)』の生き残りだと言うことが。《キョウ・レギオン》が、自分(キョウ)として生きたかった。呪われた血(レギオンという名)で見られたくなかったから。

 

だから、ここまでファミリーネームを隠してきたのだ。

ギルドに頭を下げ、神ヘスティアにも黙ってもらうように頼んだ。しかし、無駄になった。

 

 

 

だがバレたならバレたで、これからの行動を考えればいい。そんなこと、自分の望みに比べれば、臆することはない。

 

 

「全ては一族の宿願────残る魔王を殺す為に」

 

 

体の中で疼く呪われた血、激しく鼓動する心臓の痛みを抑える為にキョウ・レギオンは自分の胸元に手をやり、ニヤリと笑う。その笑みには、消えない妄執があった。

 

 

 

 

 

 

 

ダンジョンの入り口。

物静かになり、誰一人も出入りすることもなくなったそこから、人影が現れた。

 

 

「…………………やはり、封印の影響か。力が戻らん」

 

金髪を長く伸ばした男。ボロボロの布切れを纏ったその男は靴も履いてない素足で歩き、バベルの塔から抜け出した。

 

そして、辺りを見渡し、空高くに目を向けた。彼はこのオラリアにいる『神々』に敵意を放ち、鋭く呟いた。

 

 

「貴様らの封印はいずれ解く、何としてもだ。その間、短い平和を謳歌しているがいい」

 

 

それだけ告げると、男はその場から立ち去った。いや、その場にいるのは人ではない、何か恐ろしいモノが人の中で動いているのだ。

 

もしも神々が対面していれば、そのモノの正体が気付けただろう。

 

 

 

────魔王、闇の神が作り出した九柱の眷属。世界に破滅を与えた巨大な災厄。その内の一体が、封印されていたダンジョンから解き放たれた。




ベルについてですが、一人でダンジョンには行ってません。この後、帰ってきたキョウと一緒に一夜漬けでダンジョンに潜ってました。

自分の小説ではこういう風な展開にさせていただきました。不満があるかもしれませんが、何卒勘弁していただきたいです。


次に新たに判明した『滅魔(レギオン)』について説明します。


本編でも話したように、ヘラ・ファミリア所属のオールド・レギオンが『凍結』の魔王を倒した以降から伝説へとなっていきます。


滅魔(レギオン)』の一族の者たちが、全員氷使いであることには間違いありません。オールド・レギオンは違いましたが。


最後のは………………何も言わなくても大丈夫ですよね。


こう言うのも何ですが、感想と評価も欲しいので、出来ればよろしくお願いします!


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祭りの前

何ヵ月も置いてて、年も明けてしまいました!お待ちしていた皆様、すみませんでした!(誠意ある謝罪)


今月は投稿頻度が(前よりかは)上がると思うので、よろしくお願いします!


徹夜でダンジョンに潜った事を女神ヘスティアに報告して叱られたキョウとベル。無茶をしないでくれ、とそう言われた事が悲しかったのか、トボトボと元気なく歩くベル。同じく横を歩いていたキョウが目尻を押さえたりしながら話した。

 

「そんな気張るなってベル。冒険者ってのは無茶するものだ。命は大事にすべきってエイナさんの言葉は納得だが、無茶を通さなきゃいけない時もあるさ」

 

「そうですか?………でも、迷惑をかけるには」

 

「おいおい、俺たちは同じファミリアだぞ?迷惑なんて掛けられようが文句は言わないさ」

 

その言葉に納得したベルにキョウは自嘲に明け暮れていた。

 

自分の出生も願いも明かさないくせに、何が同じファミリア──仲間だ。何もしないのに綺麗事だけは偉そうに語るな、と。

 

そんな最中、大きな道を進む二人は辺りでざわめく人々に目を剥きそうになる。しかしキョウだけは何かに気づいたように頷く。

 

「あぁ、そういえば………もうすぐだったな」

 

「?何がですか?」

 

「そうだな、少し前に来たベルは知らないのも無理はないな。オラリアでは定期的に─────、

 

 

 

悪い、ベル。少し頼みがあるんだが、良いか?」

 

会話の途中でキョウは鋭い視線を人の波に向ける。怪訝そうに覗き込もうとしたベルに、変わらない声音で呼び掛けた。

 

当然、その声に先程までの穏和さは残っていない。

 

「俺のとこのお得意様の《ミアハ・ファミリア》ってファミリアがある。そこの団員の人に、俺の名を出してくれ。頼んでたポーションをくれるだろうしな」

 

「あ、あの………キョウさんは?」

 

「用事があるのを思い出した。──頼まれてくれるよな?」

 

半ば強引にベルをその場から立ち去らせたキョウ。不安そうに 大丈夫ですよね?と聞く少年に軽く応酬を返しておいた。

 

そして、少年のいなくなったその時だった。

 

「よぉ、『氷刃剣(アイスエッジ)』。ちょっと良いか?」

 

スッと、複数人の男たちがキョウを囲んできた。周りも人混み故に不審がられてはいないが、一部の者たちは怪しそうに此方を見るが、すぐに視線を反らす。

 

この男たちは冒険者だ。レベルは1くらいが妥当だろう。

 

「…………何だ?揃いに揃って、買い物にでも行くのか?」

 

 

「茶番はいい、本題を言わせてもらう」

「俺たちんとこの神様が、お前を入れたがってんだが……勿論、来るよなぁ?」

 

 

チッ、と露骨に舌打ちをする。これだ、自分の正体を知った途端、明らかな様子でファミリアに勧誘してくる。(にしてもコイツら、もう少しマシな勧誘の仕方は無いのかと思うのだが、一々考えても無駄だと割り切る事にする)

 

それが、反吐が出る程に腹が立つというのに。そんなキョウの怒りに男たちは気付かない。

 

無視して男たちの横を通り過ぎようとしたキョウの肩を男の太い手が掴む。キョウはギロッ!と睨み、諦めた嘆息する。

 

たったそれだけの行動で、男の野太い腕が氷に包まれていく。凍結は肘の部分だけで収まるが、男たちは戸惑いの声をあげていた。

 

キョウはそれらを一瞥し、酷く冷えきった声で告げる。

 

「今回は見逃してやる、失せろ」

 

すぐに氷結を溶かしてやると凍っていた腕を抱える男に続いて、取り巻きらしき男たちも逃げていった。くだらないと鼻を鳴らすキョウは、再び道を歩き出す。

 

 

どいつもこいつも、自分を滅魔(レギオン)としてしか見ない。打算ばかり考えて此方に来る。不愉快、イライラが止まらない。

 

誰もが、キョウという青年を見ようとしない。見ているのは結局『滅魔』だけ。

 

「……………ハッ」

 

 

元からキョウの信頼できる者たちは、ヘスティア・ファミリアと少数の者だけだった。その事実に乾いた笑いが込み上げてくる。

 

ダンジョンに潜ろう。この空虚を満たそう、早く強くなろう。そしてこの身を縛る使命を果たす、その暁には─────。

 

 

決意を胸に、いや魂に刻み込み、キョウは歩み出そうとした。

 

 

 

 

「あー!キミはあの時のー!」

 

「……?」

 

突然響いた大声にキョウは眉をひそめる。声の方向を見ていると、アマゾネスの少女たちが立っていた。何か覚えがある事に気付き、心の中で呟く。

 

(………ロキ・ファミリアにいたよな、あの()たち)

 

一瞬、別の誰かの事だろうと思いそのまま立ち去ろうと思ったが、それをすぐに止める。彼女の身体、そして指先な此方の方に向いていた。明らかにキョウを呼んでいた事を理解する。

 

そのアマゾネスの少女、天真爛漫というべき明るさが目に見えて分かる。昔遠征帰りの時見ていたキョウは、大剣を使っていたと覚えている。

 

「あの時の………ベートに喧嘩を吹っ掛けた冒険者、だったかしら?」

 

もう一人もアマゾネスの少女、いや雰囲気なら女性と言った方がいいのかもしれない。隣の少女とは違い、落ち着いた人物。だが、昨日の『豊穣の女主人』で団長であるフィンに熱烈な奉仕行為(酒を飲まして酔わせようとしていた)をしていた人だった。

 

二人ともロキ・ファミリアの人間だ、何故こんなところにいるのだろうか。そう思っていたら、

 

 

「………久しぶり、キョウ」

 

後ろから声を掛けられた。ゆっくりと振り替えれば、見知った金髪の少女。

 

アイズ・ヴァレンシュタイン。ベルの憧れ、というか一目惚れの人物。その美しさからファンもいるとか、いないとか。

 

少しの間にアマゾネスの少女たちが近付いてくる。あ、同じファミリアの冒険者だからな。と思う内にあることに気付いた。

 

────あれ?逃げられなくないか?

 

「あれー、アイズ。この人と知り合いなの?」

 

「……うん、前にジャガ丸くんを奢ってくれた。何回か」

 

「えっ!?アイズさんに奢った!?」

 

………何か騒がしいのがいるなぁ。

 

と思い、見てみたらそこにはエルフの少女がいた。彼女もロキ・ファミリアの人間なのは覚えている。だが、他の奴等が個性豊か(解釈を任せる)過ぎて、

 

「ねー、エッジくん。何もすることないの?」

 

「……エッジ?」

 

「『氷刃剣(アイスエッジ)』って呼ばれてたよねー?」

 

「あの………俺の名前はキョ「皆ー、エッジくんも連れて行っていいよねー?」って話聞いてないッ!?」

 

あまりにも無邪気なアマゾネスに振り回される。ここまで翻弄されるのは生涯で初めてだった。

 

……不味い、このままじゃよく分からん事に巻き込まれる。そんな予感に駆られたキョウはすぐさまこの場から立ち去ろうとする。

 

しかし忘れてはならない。ここにいるのは格上の冒険者たちなのだ。

 

 

「…………ジャガ丸くん」

 

「あ、アイズ?何で俺の腕をガッシリ掴んでいるのでしょうか?詳しい説明を頂きたいのですが……」

 

「ジャガ丸くん」

 

「あっ、ハイ。ジャガ丸くんが食べたいんですね。分かりました後で奢りますので、その腕を離してくださいませんか」

 

返事はない。

人形のように麗しい顔を向けてるが、彼女の中ではジャガ丸くんしかない。

 

可愛らしい顔を向けているが、今もなお彼女の腕はキョウの腕をガッシリとホルドーしている。ミシミシと音が鳴りそうなので、一刻も早く離してほしいと思うキョウ。

 

なので、最もまともそうな人────ティオネと呼ばれてた女性に助けを乞うことにした。

 

 

「………まぁ、別にいいんじゃない?そんな問題になることじゃないし」

 

しかし現実は非情。簡単に折れた、いや妥協したと言った方が正しいのか。

 

「……………」

 

最後に残ったエルフの少女は───無理そうだった。助けてくれるどころか、警戒したような目付きを此方に向けてきている。

 

頭を押さえたくなる衝動を押さえ込み、キョウは冷静な様子で少女たちを見据える。

 

(───これが《ロキ・ファミリア》の冒険者たち、か)

 

改めて、キョウは自覚させられる。彼女等は全員レベルは4、もうすぐ5になる者もいるだろう。そして、いずれはキョウが越えなければいけない壁を越えた者達。

 

しかし、

 

(…………いや、()というか、個性が強すぎないか?)

 

呆れたというか、諦めたように少女たちに連れられたキョウは心の奥底で呟いていた。

 

 

 

 

 

 

「《ミアハ・ファミリア》ってここ、だよね?」

 

半信半疑で自分に問いかけるベルだが、勿論答えが返ってくる訳がない。間違ってたらどうしよう、そう思いその建物の前でそわそわとしていた。

 

すると、ベルの目の前で扉が勢いよく開けられた。

 

「はーい、いらっしゃいませ!お客様───ん?」

 

それと同時に大声で叫ぶバンダナの青年が言葉を途中で止める。ポカンとしたようだが、その目はジッとベルを見定めるようだった。

 

少しの沈黙の後に、彼は思い当たったように話してきた。

 

「もしかしなくても、君は《ヘスティア・ファミリア》に入ったっていう新人くんだよね?ミアハ様から聞いてたんだけど」

 

「は、はい!ベル・クラネルです!」

 

負けないくらいの大きな声で返したベル。それに青年は笑顔を浮かべ、胸を片手で叩く。

 

「僕はカイ、カイ・ソルヴァーナ。《ミアハ・ファミリア》Lv3の冒険者さ。今日は非番でお使いをしてるんだけどね」

 

軽めの紹介だったが、ベルはビクッ!と体を震わせる。

 

Lv3、自身の先輩であるキョウよりもカイという青年は上にいる。その事実を理解してしまったのだが、カイは気にしないでねと付け足す。

 

そんな応酬の最中、ベルはあ!と口に出した。思い出したのだ、何故ここに来たのかを。

 

「えぇと、キョウさんからポーションを貰ってきて欲しいって頼まれたんですけど」

 

「あっ!そうだった、確かに頼まれたよ!お代は既に出されてるから!祭の準備に少し時間が掛かるから待っててね」

 

ナァーザ団長!予約されてたポーションの準備をお願いしまーす!と扉の奥に叫ぶカイ。何かの合図で返事したのか、彼は満足そうにしていた。

 

そんな中、ベルは首を傾げる。先程の会話の途中の単語に疑問があったからだ。

 

「………祭?」

 

「そうさ!年に一度だから、皆も楽しみにしてるやつだよ!」

 

ベルは興味深そうに目を輝かせる。年に一度、それを聞いてたベルは忘れていたが、キョウが話そうとしていたことと同じじゃないかと。

 

そんな様子を気にせず、カイは声高らかに口にした。

 

「『怪物祭』、オラリアで行われるギルド主催のお祭りさ!」

 

 

 

 

 

 

迷宮都市オラリア。

そこで一番の建造物とされる、巨塔バベル。

 

その最上階、上質な部屋で一人の女性が窓際から街を見下ろしていた。正確には、別々の場所にいる少年たちに。

 

女神 フレイヤ。神々すら見惚れる美の女神にして、《ロキ・ファミリア》を抜いてオラリア最強とされる《フレイヤ・ファミリア》の主神。

 

彼女は両目をゆっくりと伏せ、呼び掛けた。

 

「───ねぇ、オッタル」

「ハッ」

 

影から、二メートルを越える大男が姿を現す。ただの人間ではない、獣の耳を生やす猪人(ボアズ)

 

そして、《フレイヤ・ファミリア》の主力とも呼べる存在でもあり、オラリアで二人もいるLv7、その一人であった。

 

 

「私が今、何を考えてるかしら分かるかしら?」

「………フレイヤ様の申されていた例の冒険者たち、それとも迷宮から現れた魔王でしょうか?」

「えぇ、両方よ。でも今は彼等────魔王について、かしら」

 

美の女神 フレイヤはオラリアに存在する神々の中で、封印から抜け出した『魔王』に気付いた一人、いや一柱だ。

 

他の神々も気付いているだろう。迷宮を見張るギルドの主神、考えの掴めない優男の神────そして、魔王との戦いで生き残った隻眼の神。

 

今のフレイヤにはどうでもいいものだった。それよりもと、後ろに控える従者に緩やかな声をかけた。

 

「オッタル、オラリアは復活した『魔王』に勝てると思う?正直に答えて良いわ」

「───今の戦力のままでは難しいかと」

 

低く静かな声音で、オッタルはそう結論付けた。オラリアで最強の一角と謳われる《フレイヤ・ファミリア》、その中でも群を抜く強さを誇る、彼が。

 

「封印から解き放たれた『魔王』なら倒せる可能性はありますが、太古の英雄と神々が封印を選ぶほどの存在。我々で倒せるのなら苦労はしないでしょう」

 

そうよね、とフレイヤは呟く。

『魔王』、このオラリアに存在する神々はその存在を知れど、強さを理解してる者は多くない。

 

現在の戦力では、全ての『魔王』に勝てはしないだろう。しかし例外が一人いるのだ、このオラリアに。

 

「そして、その内の一人がこのオラリアに潜んでる。本来の力を取り戻そうとしてるみたい………ロキもいずれは気付くかもね、何なら手を貸すのが最善ね」

 

口にしながら、クスクスと微笑む。同時に首を横に振っていた。それが何を意味するか、彼女に忠誠を誓うオッタルはすぐに察した。

 

教えるつもりはないのだろう、理由は単純。その気じゃないから、それだけ。

 

神々(私たち)は何時だって子供たちの思い通りにならないものよ?

 

 

『彼』が力を取り戻そうとしたって今は関係ない、それ以上に優先したいことがあるの」

 

 

そう言って、フレイヤは窓際から動いていた。スッと手を上げるとオッタルは無言で頭を下げ、その場に立っている。

 

最後に窓の向こうに笑みを投げかけ、フレイヤは扉に手を掛けた。



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怪物祭

1ヶ月くらい空いたかな…………けど、早く投稿できたから……………大丈夫、だと思う(不安)


少年は、たった一人で立っていた。元々、村のあった場所で、一人だけで。

血塗れになりながら、大きな穴に何かを落としていた。

 

人だ、死んでしまった人。焼けたものもあれば、串刺しにされたものもある。しかし少年は構わず、死体の足を引っ張り、穴の中に落としていた。

 

少年のいた村は滅ぼされた。滅ぼしたのは、冒険者と呼ばれる存在。何かを探していたらしく、村の住人を皆殺しにしても執拗に探し回っていた。見つからなかったのにも関わらず、満足そうに冒険者たちは立ち去っていったのだ。

 

そしてそれを、少年は木箱の中で泣きながら見ていた。両親に言われるがままに逃げ、姉代わりの少女に促されて身を隠し──────その結果、皆殺されたのだ。

 

生存者はいなかった。無抵抗な老人や子供、赤ん坊すら殺されていた。両親や少女は分からなかった、焼かれた死体が多く、判別のしようがない。

 

それでも、と少年は穴を掘り、死体を落とす。これが墓の代わりになると思い、涙すらも枯らした少年は、虚無の心で亡くなった皆の冥福を祈るしかなかった。

 

 

この世の地獄と称しても良い世界。そこに一人の生者が脚を踏み入れる。

 

 

『酷いわね、この有り様。野党の襲撃には見えないけど』

 

フードを被り、顔を隠した謎の人物。声からしても女性なのは分かる。しかし何かが違った、少年が出会ってきた人々とは根本的に違う───そう直感を抱かせるナニかが。

 

『─────ねぇ、貴方一人?』

『………………』

『手遅れ、みたいね。それと貴方、名前は何て言うの?』

 

コクリ、と子供は頷く少年に女性は悲しそうに目を伏せながら、そう聞いてきた。

 

自分の家族の死を受け入れるように、悲哀に満ちた顔つきに少年は何か、心がざわめくような感じがする。

 

同時に、その問いに答えていた。

 

『キョウ………レギオン………』

『………そう、貴方なのね』

 

女性の反応は落ち着いたものだ。宝玉のように神秘的な瞳がキョウという少年を見据える。

 

それに、キョウの荒みかけてた心も平静を保ってきた。その様子を理解したのか、女性はしゃがみこんでキョウの目を見つめる。

 

『私は■■、こう見えてもオラリアから来たのよ。ある人を追いかけてたんだけど…………』

 

クスクス、と優しく笑いかける。その女性の眼には、慈愛と好奇が写り出ていた。

 

『貴方、気に入ったわ』

『…………何が?』

『少しだけ鍛えてあげる。貴方にその気があるなら、オラリアでもやっていけるように。でもその前に聞かせてくれる?

 

 

 

 

貴方は何をしたいのか、貴方自身の目標を』

 

余計なお世話だ、と言おうとしたが、喉の途中で固まったその言葉をゴクリと呑み込む。

 

純粋な疑問が、女性の口から、自分自身に問いかけられてきたのだから。

 

 

自分は─────何が、何を、何の為にしたいのか。

 

それに対して、キョウは意を決して自分の思いを口にした。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

「…………美味しい」

「俺がいる意味ないだろ……」

 

すぐ近くでジャガ丸くんを頬張るアイズを横目に、キョウは恨めしそうに頭を抱えそうになる。そうしたいのは山々だが、失礼なので絶対にしない。

 

もしアイズたちに捕まらなければ、今頃迷宮でモンスターたちを狩っていたところだろう。

 

現状に文句を言っても変わらないので仕方ない、と諦める。今はこの場をやりきるしかあるまい。(と言いながら、冷静にこの場から逃げようと画策しているのだ、この男は)

 

「ねぇねぇ、エッジくん!質問していいかなー?」

「だからエッジじゃ……………はい、お好きにどうぞ」

(あぁ、妥協しましたね)

 

もう否定しても無駄だと分かったのか、キョウはゲンナリとした様子で答える。

 

「エッジくんの右目って魔眼なんだよね?」

「あぁ、そうだけど」

「その魔眼って一体何処で手に入れたの?オラリアでも滅多に見ない物だよね?」

 

好奇に目を輝かせるティオナに質問に、他の三人が此方を向いた。

 

『魔眼』、オラリアではキョウしか所持していないとされる魔道具の一品。そもそも、このオラリアでは存在しない代物で、これを売却すれば何億もの富が手に入るだろう。

 

勿論、売り出すつもりはない。今の所、ファミリアは借金してる訳でもないし、そもそも『これ』はキョウにとって大切な代物なのだから。

 

 

「オラリアに行く前に貰ったんだよ、母親代わりの先生からな」

「母親代わりの、先生?」

 

キョウの言葉に、レフィーヤが声を漏らした。

 

確か、主神のロキから詳しく聞いた時、『先生』と呼ばれる何者かからの推薦があったらしく、通常通りなら《ロキ・ファミリア》の一員となっていたことだ。

 

「俺に多くの事を教えてくれた人だ。オラリアへ行く前に修行を重ねてくれた、俺のことを心配してくれておるだろうな」

「…………良い人なんだね」

「あぁ、俺の貞操を狙わなければな───」

「ち、ちょっと待ってください!?」

 

遠い目のキョウの付け足したような呟きはその場の全員が耳にしていた。代表するように顔を真っ赤にしたレフィーヤが大きな声で呼び止める。

 

少しの静寂のあとに、キョウは先程の発言に気付く。申し訳なさそうに口を閉じていたが、すぐに平静を保ち、

 

「───それと先生は修行の仕方が笑えない。対人戦闘は戦争でラキアの兵士とやってこいとかモンスターの代わりに………」

「反らしましたね!?話を反らしましたよね!?」

「そうだよ反らしたよ!ここでする話じゃないからな!何で俺は女性の前で痴態を話さなきゃならない!?」

 

「それよりも貴方、ラキアの兵士と戦ったの?恩恵無しで?」

「魔眼や氷結使えるから大丈夫よ、もしもの時は私が助けるからって言われて投げ出されたな」

「………やっぱり大変な生き方をしてるのね」

 

普通じゃないと呆れるティオネに、キョウは苦笑いを浮かべるしかない。レフィーヤはしぶとく聞いてくるが、何とかはぐらかした。

 

…………内容的に女性に話すべきとは思えない。意外にもキョウは懸命な判断を取れたのだ。

 

 

 

「────それで?用はもう済んだし、帰るぞ」

 

「いや何でこの状況で言うんですか!!」

 

…………いや、全然取れてなかった。

やはりレフィーヤが騒いでいたが、キョウはそのまま全速力で走り去った。追いかけては来ない、当然だ。じゃが丸くんを食してる最中を狙ったのだから。

 

 

 

 

 

そして数分の間、必死に走っていた。もう一度見つかれば、今度こそ目的を果たせなくなるからだ。

 

「あーあ、時間をだいぶ無駄にしたな。これじゃあ今日は迷宮に潜れないか?」

 

酷く落胆しながら、キョウは巨塔バベルまでの道筋を進んでいた。勿論、迷宮に行くつもりなのだ。アイズたちの妨害(本人たちはその気はないが)により邪魔をされたが、まだ間に合わない訳ではない。

 

「ん?」

 

見れば、多くの人々の悲鳴が聞こえてくる。少し先では、逃げ惑った人の波が此方に向かってきていた。

 

「おいおい、何だこの状況は」

「知らないのか!この先にモンスターが出た!幸い被害者は出てないが…………」

「モンスター?何でこんな場所にいる?」

「ガネーシャ・ファミリアのテイムしていたモンスターたちが脱走したんだよ!アンタも早く逃げろ!」

 

慌てながらも説明してくれる男に感謝の意を述べてキョウはそのまま直進していく。人気の無くなった大通りで、一体のモンスターが暴れていた。

 

 

「………やっぱりな、脱走したヤツか」

 

拘束用の鎖や首輪などが見える事からそう判断する。近くの店を破壊していたモンスターの鋭い目つきが、此方を捉えた。

 

浴びせられる敵意にキョウは僅な笑みを浮かべ、長剣を鞘から引きはなった。その直後、周囲の空間が冷え始める。触れたものを体の隅々まで凍らせるようは冷気を放ちながら、キョウはその場に立つ。

 

自らの二つ名『氷刃(アイス・エッジ)』に違わぬ程冷たい表情のまま、彼は吐き捨てた。

 

 

「────選べ。誰も傷つけずに下層へと逃げ戻るか、それか俺の経験値(エクセリア)になるか」

 

モンスターの少しは躊躇はしたものの、唸り声をあげて襲いかかってきた。萎縮してしまった己を奮い立たせる行為、もう一度殺気を向けるのは意味がないだろう。

 

警告はした、そう呟く。冷気の中心に立つキョウは長剣を振り上げ、地面に突き立てる。

 

 

 

勝負は───それだけで終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

女神 フレイヤはある青年に興味を持っていた。

 

 

白い兎のような少年に向けたのが恋慕なら、その青年に向けたのは慈愛だ。恋慕が一人の女性として向けたものなら、慈愛は女神として向けたものである。

 

フレイヤは一度見たことがあった。その青年の、魂を。

 

 

氷のように冷たく、そして禍々しい黒さを持つ氷の魂。

 

────に、見えるが違う。その眼で多くの魂を見てきたフレイヤは、その本質に気付いた。

 

氷の内側にあったのは、真っ白で透明な魂。穢れなど何一つもなく、だが何かに染まりやすい色。ベル・クラネルとは違った意味で、純粋なのだ。

 

『そう、怖がってるのね。自分が何かの拍子に歪んでしまうのを。だから氷という偽りで自分を覆ってる、自分が誰かと触れ合い、壊れないように』

 

「魔王」を滅ぼすという果たさなくても構わない宿命でその身を縛り続け、いつの日か呪いとなっていた。キョウ自身には解けない、呪縛へと。

 

 

『………可哀想な子、そして悲しい子。』

 

沈黙の後に彼女はそう評した。

 

魂を包み込む氷はすぐに解けるだろう。彼が何かを切っ掛けに心を許したその時、その魂が露になる。そうなれば無数の悪意に晒されることになる。あの硝子のように繊細で、綺麗な魂が。

 

そしてこの世界はきっと、彼に悲劇と試練を与えるだろう。それらは彼を苦しめ、いずれは完全に壊すかもしれない。

 

『なら、私は見守るわ。貴方という人間の───在り方を』

 

珍しく、フレイヤは儚げに告げた。

 

だが、もしも。

あの青年を捨て駒のように利用する者がいるなら、故意で彼を壊す者がいるならば───────、

 

 

 

 

 

 

騒動の最中、静かに暗躍する存在が、オラリアに存在した。

 

「フム、長い間に文明は発展したものだ。建物も質は良くなっている────最も、生き物の質は落ちてるがな」

 

ヒタヒタ、と男は素足で街中の道を歩いていた。今現在、オラリアではモンスターの脱走騒ぎがあったばかり。当然、ここの付近にもモンスターがいるかもしれないと連絡があった。

 

だが、男は関係ないと言わんばかりに逃げる人々とは逆の方に進んでいた。不自然そうな顔をする者もいたが、自身の安全を優先し、無視するのが多くだ。

 

しかし、そんな男に声をかける者もいた。

 

 

「お、おいアンタ!ここにいると危ねぇぞ!早く逃げろ!」

「…………フム、私のことか?」

 

それは、二人の冒険者だった。

周囲の一般人を守る為に動いている者たち。身を案じた故に掛けられた言葉に、男はピクリと反応する。声をかけられるまで、

 

そして同じように冒険者の二人は気づかない。彼等を認知した時、僅かに『不快感』が滲み出ていたことに。

 

それが彼等にではなく、彼等の中に流れる『力』が起因してることには。

 

 

「人間、質問しよう。私が何に見えるかね?」

「はぁ?お前何言ってんだ、さっさと逃げろってんだよ!」

「────やれやれ、ここまで衰えたか」

 

「ちょっと、一般人に構ってる場合じゃないって!早くモンスターたちを倒さないと他の人たちが殺されるよ!………ねぇ、聞いてる?」

 

 

強面の大男は何も言わなかった。代わりに、ドチャ!と生々しい音がする。

 

呆然と近くを見た猫人の女性は目を剥いた。見慣れたズボンを来た下半身が転がっていた。断面から鮮血を噴いて、血の池を作っていた。

 

 

 

「……………は?」

 

「やはり足らんな。失った力を再生させるには足らんよ、もう少し能のある人間が欲しいものだ」

 

その男────封印から放たれた『魔王』は冷静に酷評する。ボロ布で隠れた彼の体から、ボリボリバキ!と噛み砕くような咀嚼音と真っ赤な液体が流れ落ちていた。

 

そして、何かが足元に落ちる。人の腕だ、何かの装備品を纏っている男性のもの。

 

ちょうど、自分の仲間と同じような────?

 

 

「ああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァ!!?」

「喧しい」

 

女性は絶叫しながら、弓矢を構える。仮にも冒険者、恐怖を感じながらも体は反射的に動いていた。

 

それに対し、『魔王』はつまらなさそうにため息を吐く。放たれた矢を片手で防ぎ、もう片方の手には先程の大男の剣が握られている。

 

ザシュ!と矢が生身の腕を貫くが、彼は顔色を買えない。一瞬で女性の目の前に歩み寄り、彼女の胸元の下に───死なない程度に突き立てる。

 

「ぃ!──うあ!?」

「最近食ってばかりでな、10人くらいだったか?とにかく人間の味には飽きてきたのだよ」

 

猫人の女性を剣で固定した『魔王』は腕から矢を引き抜く。ドバドバと溢れる血に関心を見せず、剣を血に濡らす。すらりと流れるように刀身を伝い、女性の傷口に血が流れ込む。

 

 

「あ、………ごぁぐぇ!?」

 

突然、女性は赤い塊を噴き出した。

『魔王』の血が入り込んだ、傷口を中心に血管が浮き出していく。そして女性の体は変じていく。苦しさに涙の滲んだ叫び声も、最早人の言語ではない───別のナニかへと変わり果てて。

 

「お前には一仕事してもらおう、せいぜい役に立てよ」

 

直後、女性だったナニかは人のものではない絶叫を響かせながら、地面へと潜っていった。『魔王』の命令に応えるように、街のどこかへと進んでいく。

 

クツクツ、と押さえるような笑みを浮かべる彼はある物を見つける。

先程の影響で破壊された店、武器屋だと思われる。そこに並べてあった細剣(レイピア)。ルーキー用に作られた脆い代物。

 

軽く手にとって振るってみた、扱い方は理解している。欲を言えばこんなボンクラよりも性能の高い武器が欲しいが、今は文句を言っても仕方がないだろう。

 

手元のレイピアを軽く振り回し、人気の失せた街道を堂々と闊歩する。

 

「さて、我ら『魔王』の恐怖を、今一度知らしめるとしよう。無知で愚かな人間、そして天井から降り立った不遜なる神々へ。

 

 

その先陣を改めて切ろうか、この『守護』の魔王 フレウルスがな」

 

八柱の一体、『守護』のフレウルスは軽い様子で言い放った。そして戦いと悲鳴に包まれるオラリアを闊歩する。

 

だが、彼はまだ気づいていない。

 

このオラリアに、自分たちの同胞を滅した宿敵、『レギオン』の血筋がいることに。



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レギオン

だいぶ期間が空きましたね…………申し訳ないです。


「─────これで、3匹ッ!」

 

飛び掛かるモンスターを長剣で切り捨てる。氷のように透き通った剣は流れる雫のように緩やかに、モンスターの胴体を軽く通った。

 

 

スパァッ!! と。

分断されたモンスターの体から魔石が落ちる、しかしわざわざ拾うつもりはない。通常なら手に取って回収するが、今はそうしてる暇すらないのだ。

 

 

モンスターがこの街の何処に散らばってる。だからこそ早く仕留めなければならない。魔石に拘っていては好機を逃してしまう。

 

しかし離れた方から歓声が響いた。誰かが他のモンスターを倒したのだろう。興味は無かったが、歓声に混じった声の内容が耳に入ってきた。

 

 

「…………アイズか」

 

自分よりも格上の少女、そしていずれは越えるべき壁。彼女の活躍を聞いた直後、キョウは自然と落ち着いた様子だった。彼女が戦ってるならさほど心配はいらないだろうと。

 

 

 

 

 

───同時に、アイズを妬ましく思った。

 

 

 

もし彼女よりも強ければ──────、

 

 

 

苛立たしげに舌打ちを吐き捨て、彼は考えを改める。

違う、嫉妬してるのではない。僅かにそれがあるのは否定しないが、自分の本心とは正確ではない。彼の心にあるのは、強さへの貪欲さだ。

 

 

(…………この場で考えることがそれか。違うだろ、モンスターを倒して人々を助けるのが重要だろうが!)

 

 

奮い立たせるように自分に言い聞かせる。揺れる心を何とかして押さえた。そして人々を守る為にキョウはモンスターたちを相手していた。

 

 

 

 

 

 

 

そしてそれから数十分。

キョウは壁に寄りかかりながら歩いていた。尋常じゃない程に疲労している、それは沢山のモンスターたちを相手にしていたからだ。

 

 

「……………チッ、まだこの程度かよ」

 

キョウは顔に飛んだ返り血を手の甲で拭い、自らの手を見た。僅かに身震いする手は色白くなりかけている。

 

 

全てを凍てつかせる冷気をキョウは完全に制御できていない。十五分の戦闘は可能だがそれ以上の行使は出来なかった。かつてそうした結果、六日間も凍傷と神経系統の麻痺で動けなかったのだ。

 

現に、彼の表皮温度は普段の体温を軽く下回っている。氷水に触れたような鋭い冷たさが空気に染み渡ろうとしていた。

 

 

そんな中、目の前に誰かが降り立った。建物の屋上を渡って来たのだろう、軽々とした様子の人物────アイズを見たキョウは呼吸を整え、口を開いた。

 

 

「………………アイズか、もうモンスターたちは倒したのか」

「うん、九体は倒したけど最後はキョウに取られた」

「そっか、そりゃあ自慢できるな。まぁ偉そうには言えないが」

 

軽口にアイズは顔を変えなかった。本当に喜怒哀楽といった感情が無いように見えてしまうが、キョウはそんな事は無いだろうと改めて断ずる。

 

 

 

「……………なぁ、気づいたか?」

「うん、なんとなく」

 

二人は何を言いたいのか理解していたのだろう。キョウは片手の指で数を示し、アイズは「六、七体」と呟いた。

 

 

そして二人は互いを見合った。

 

 

「《ガネーシャ・ファミリア》が逃がしたのは十匹近くだ。だが俺たちが潰したモンスターの数は、最低でも十匹以上いってる」

「…………冒険者の皆はまだ戦ってる。他にも逃がしてたのかも、けど─────」

 

何も言わなくなったアイズの視線の先を見つめる。そこにあるのは巨大な塔、バベルの入り口だった。彼女が示す意味を理解したキョウは、思わずといった様子で顔をしかめた。

 

 

 

「じゃあなんだ?迷宮から出てきたとでも言うのか?ギルドがいるのにそんな真似する奴がいるかよ」

 

自分から言い出してすぐに口を閉ざした。可能性としては有り得る話だ。むしろそれ以外の事を言われても納得出来る訳がない。

 

 

 

 

(……………まさか)

 

嫌な可能性が脳裏に浮かんだ。その妄想を打ち払うようにキョウは髪をかきむしる。それでも脳裏の内側に過ってくる。

 

 

────自分達が倒したモンスターは、誰かが生み出したのでは?、と。

 

 

 

 

 

その後、アイズと共にティオナ達と合流した。ティオナからは途中でどっか行ってたよねー!とか言われ、必死に誤魔化す事しか出来なかった。元気そうに笑ってるアマゾネスの少女は怒ってるのかよく分からず、本当に困る。

 

 

因みにレフィーヤからは凄い睨まれた。アイズと一緒にいたのがそこまで気に入らないのか。

 

 

「なぁ」

「…………何ですか」

 

ティオナとティオネがアイズといる今を狙い、率直にキョウは声をかけてみた。彼女はあからさまに不機嫌そうな声音だったが、キチンとした性格らしくちゃんと聞いてくれる。

 

 

 

「前から思ったんだが…………お前、アイズの事好きなんだろ」

 

図星だったのだろう。そんな事を言われたレフィーヤは呆然とした後、すぐさま顔を真っ赤にして訂正してきた。

 

 

「な、なななな何を言ってるんですか!だ、第一アイズさんが好きと言っても私は────」

 

「痛い痛い、本気で痛いから」

 

ドゴッ!ドゴッ! と肘で殴られた。エルフの女の子とはいってもLv差がある以上、ダメージはあるにはある。平静を保ちながらもキョウは素直に訴え掛ける。

 

 

「まー、俺にはとやかく言うつもりもない。ただ羨ましく思うだけだ」

「………羨ましい?」

「どんなに差があっても追いつこうとするお前やベルが。端から見れば無理だと言われるのは決まってるのに、それでも諦めないお前らが」

 

話の途中でキョウは別の方を見ていた。視線の先をレフィーヤが凝視すると、自分が憧れを抱く剣姫がそこにいる。どういうことか聞こうとして彼女は彼の口にした言葉を耳にした。

 

 

 

「俺は諦めた。…………“オレ”が無理だと思ったからな」

「…………?」

 

意味ありげな言い方にレフィーヤは顔をしかめる。どういうことかと聞き返そうとしたが、それは無意味だった。

 

 

 

 

────ドクンッ!

 

心臓が大きく鼓動する。他ならぬキョウは思わず息を止めるが、それだけでは終わらない。

 

 

 

 

 

「──────見事だ、人間ども」

 

 

パンパン、と乾いた音が響く。拍手の音と気づくのにはそんなに掛からなかった。歓声に湧いてた広場を静寂へ、すぐに殺気が溢れる戦場へと切り替える。

 

発言からしても一般人とは言えない。それにこの場にいた冒険者たちはすぐに理解できた。

 

 

「我が血を与えた傀儡をこうも殲滅してみせるとは、称賛しよう。そして呆れよう─────数百年経っても未だこの程度か、とな」

 

 

生理的に吐き気を催す程の威圧感、このオラリア最強を遥かに越えるであろう強大かつどす黒いオーラ。

 

目の前に現れた男は人間でも無ければモンスターでもない。無数の戦場を越えてきた神と相対したような感覚、常人であれば恐怖のあまりに失神しかねないが、そうならなかったのは彼等が熟練の冒険者であったから。

 

 

その場にいたキョウは例外とは言え、すぐに気づけた。全身の血が激しく沸騰していたのだ。熱を帯びた溶岩のように、同時に全身を冷気が帯び始める。

 

 

 

自身の『滅魔』が反応した。この事実を理解できないほど温くはない。今まで感じたことの無い疼きを胸に抱くキョウ・レギオンは改めて目の前の存在を見る。

 

 

 

「お前は………」

 

「始めましてだな、今代の『滅魔』。我等と我等の神を地の底へと落とした忌まわしき一族の末裔よ。

 

 

 

 

 

私は『守護』のフレウルス、『九神魔王』の一柱。お前たちに挨拶をしに来た。光栄に思え、人間ども」

 

ついに、この時が来た。一人は息を呑み、一人はニヤリと禍々しい笑みを見せる。

 

 

何百年も継承されてきた魔王殺しの一族と何百年も生きてきた魔王の一人。本来なら一生起こることがない筈であろう奇跡、いや悲劇が始まりを迎えた。

 

 

 

 

 

「……………魔王」

 

キョウは静かに呟き、広場に木霊する。『魔王』、地上にいる神々すら怖れる名を口にした男に激しい敵意が殺到する。

 

 

その男は、金色の髪を腰まで伸ばしていた。光に照らされたような艶のある金髪は何故か既視感がある。その場の全員が意識のままに誰かを見た。

 

 

「………?」

 

アイズは一人だけ首を傾げる。そう、何故か彼女と雰囲気が似ていた。知り合い程度のキョウがこのような判断が出来る以上、《ロキ・ファミリア》の面々の抱く気持ちも同じだろう。

 

 

 

 

(この場にいるのは第一級冒険者三人、後方支援出来るのはレフィーヤ一人、そして俺。この面々で勝てるか?何とか倒せるか?)

 

 

冷静に頭を回し状況を解析しながら情報をまとめあげる。決死に策を考え抜こうとしていた途端、それを糾弾する者がいた。

 

 

他ならぬ、自分自身。いや、“もう一人の自分”だ。

 

 

(倒す?何ふざけた事を考えてる!?そう簡単に倒せるなら数百年、数千年も昔から魔王は滅ぼせてる!)

 

自分が抱いた甘い考えを真っ向から否定した。魔王たちの事など、彼等を滅ぼす為のレギオンであるキョウがよく分かっているのだ。

 

 

現状を変える為に、キョウは行動を起こすことにした。目の前の魔王を見詰め、あることを聞く。

 

 

「────今回の騒動も、お前が黒幕という訳か?」

「人に飼われ、ましてや神に使われるモンスターなどに用はない。私は力を取り戻しに来ただけに過ぎない…………神の力を有する人を喰らうことでな」

 

 

難しい言い回しを理解できる者はあまりにも少なかった。しかしこの場にいる者の大半────冒険者達は青ざめた。

 

 

「まさか、冒険者(私たち)を!?」

「聡いな。所詮人間とはいえ神の恩恵を宿してる身、封印により縛られた我等の力を回復させるにはな」

「………アンタ、一体何人殺したの……!?」

「迷宮で十人地上で十人、合計二十人だ。全員大した力が無かった」

 

平然とティオナの問いに返した。淡々とどんな人間を殺したのかを説明する目の前の男に冒険者たちは言葉を失い、怒りを露にするしかなかった。

 

 

「気にする事では無いだろう、世界中では一日に百人が死ぬ。それに比べれば実に易い話だ、お前たちもモンスターを何百も何千も殺してるであろう?」

「………!」

「命に優劣は無い、それは真理だ。だから私も命に大差はつけない。モンスターも人も平等に生かし殺す、それが私という存在だ」

 

 

これが『魔王』。

数百、数千年も生きてきた怪物。僅かにしか生きていないアイズ達とは考え方が根本的に違う。

 

この存在は不味い、放置すれば多くの人を殺す。冒険者ではない一般人、老人や赤子だろうと、顔色変えずに殺戮を実行する筈だ。

 

 

 

 

(アイツは力を取り戻しに、と言ってた)

 

キョウは冷静に推察していた。どうすることで『魔王』という現状の脅威を突破できるかと。

 

 

(つまり本来の力が消えているという訳だ。それならチャンスは───いや、分からない!どのくらいの強さにまで弱っているんだ!?)

 

それでも確信的な所までは進めない。魔王を殺したのは自分の祖先、オールド・レギオンのみ。それ以降のレギオンは誰一人として魔王を殺すことが出来ずに死んでいる。

 

 

その事実が魔王の強さを証明していたのだ。全てのレギオンが死んだ、それならオラリアに向かった自分の父も─────

 

 

 

「安心するといい、今回は挨拶だ。お前たちに僅かにも興味がある訳だしな」

 

 

殺気立つ冒険者達に向けて、フレウルスは答えた。チラリとアイズ、そしてキョウ達を目に写していく。一通り観察を終え、興味を失ったように意識を外す。

 

 

「今は手出しはしない、この程度で相手するのも多勢には少し骨が折れる。一部の神どもはとっくに私に気づいてるかもしれないからな」

 

 

一歩後ろに退いたことで全員が安心した。口調からしてフレウルスは本気で殺そうなどといった考えは見られない。このまま何処かへと立ち去るのだろう。

 

 

 

 

だが、違った。そもそも、魔王を常識で捉えた考え方で納めるのが間違いだったのだ。

 

 

 

「…………まずは、その前に────」

 

フレウルスが片腕を持ち上げる。ボロボロの布切れから見えたのは刀身の細い剣────レイピアだった。しかしアイズたちように鍛冶師が鍛えた物ではなく、道中の武器屋で売られてるような量産品。

 

 

そんな軽物を、粗品を、フレウルスは静かに突きつける。次に死ぬ人間を食事を選び出すような、軽々しさで。

 

 

 

「殺せる者だけでも殺しておこうか───」

 

その先にいたのは、身構えているキョウ…………厳密にはその隣、レフィーヤだった。レイピアを鋭く構える姿に何かに気づいたアイズたちが飛び出すが──────その動きが止まってしまう。ある言葉を聞いてしまったから。

 

 

 

 

 

「───【起動せよ(テンペスト)】」

 

アイズたちだけではなく、レフィーヤも動きを止めて目を見開いた。キョウは慌てて叫び、フレウルスはニヤリと笑う。

 

 

レイピアから放たれたのは、一筋の風だった。剣姫が纏い、放つような大きな風ではなく、人の肌を優しく撫でるような小さな風。しかし一本の剣先へと凝縮されたそれは、彼女が使う魔法を何倍も越えていた。

 

 

一気に数メートルもの距離を詰めた風が迫る。勢いを殺すこと無く、動くのが遅れたレフィーヤの胸部、より正確には心臓を────

 

 

 

「………………レフィーヤッ!」

 

大きな声と共に肩に強い衝撃があった。

思わず唖然としていたが、横から突き飛ばされたとレフィーヤが判断したのは地面に尻餅をついた時だった。しかしレフィーヤも同時に見てしまう。

 

 

 

レフィーヤを突き飛ばすことで、風の刃の前へと出てしまった青年の姿を。彼は自分自身疑問を抱いたような顔をしていたが、仕方ないといった笑みを隠さなかった。そして─────

 

 

 

 

 

 

 

トスッ!

 

風の刃はキョウの肩を貫いた。射線上にある建物も同じように削りポッカリとした穴を開ける。本来なら骨がある筈だが、それすらも穿ったのだろう。

 

 

 

「が、ァぁぁぁああァァッ!?」

 

尋常じゃない激痛にキョウは悲鳴をあげた。傷口の血管が黒く浮かび上がりおぞましいものへと変じていく。しかしそれを押さえるようにビキビキと身体から響いている。

 

────先程の攻撃よりも、自らの身体に苦しめられてるという印象があった。

 

 

「「キョウ!?」」

「………っ!」

「…………………おや」

 

ティオナとティオネの二人は彼の名を叫び、アイズは思わず息を呑む。攻撃したフレウルスは少し唖然としていたが、すぐに我を取り戻した。

 

 

その上で、何故か困ったような顔を浮かべる。

 

 

「これは…………やってしまったな。つい殺しかけた、滅魔(レギオン)はまだまだ必要だと言うのに」

 

そう言いながら、フレウルスはレイピアを構え直す。大量の出血をするキョウを何とかしようとするレフィーヤに向けて。

 

 

 

「それ以上は見過ごせないわ!」

「こんのぉ!!」

「………っ!」

 

「おっと」

 

好き勝手する魔王を見逃せないアイズ達だったが、レイピアの矛先がスッと別の方に向けられた。それを目にした彼女たちの動きは止まる。

 

 

何故なら人々が避難していると思われる場所に向けられていたのだ。微弱な風を帯びた状態の、すぐにでも建物を貫通する破壊の旋風を引き起こす剣先が。

 

 

「お前たちを相手にするのも悪くないが……………良いのか?この程度の距離なら逃げ惑っている人間どもに攻撃する事など造作にも無いぞ?」

「………何をしたいの?貴方は」

「挨拶と言ったろう、そして我等のする事は変わらん」

 

 

直後、フレウルスはレイピアから嵐の刃を射出した。荒れ狂う一撃は近くの建物の壁を削り、辺りに甚大な被害を残していく。

 

 

 

「迷宮に封じられし我等が神の復活、その時は刻々と迫り来る」

 

 

魔王を中心とした崩落の中で、凛とした声が響き渡る。フレウルスは風に耐えきれずに壊れたレイピアの残骸を捨て、アイズを瞳に捉える。

 

 

美形の顔に笑みが彫り刻まれる。それを目にして顔をしかめるアイズに、彼は両手を大きく広げる。まるで歓迎するかのように宣告しながら。

 

 

「十柱なる魔王の降臨により、近い内に果たされん。精々醜く足掻き、そして絶望するがいい」

 

 

瓦礫の雨の中でフレウルスは最後にそう残した。真上からの崩落により、魔王の姿を消失させた。凄まじいスピードで逃げたのかも分からない、そう思わせる動きだった。

 

 

 

 

 

「キョウさん!?大丈夫ですか!?」

 

慌てた様子で叫ぶレフィーヤにティオナとティオネが駆け寄る。肩に開いた穴から血が溢れて服や地面を汚していた。キョウ自身も苦しそうに呻き、声をあげられずにいる。

 

 

 

アイズは呆然と魔王の消えた場所を見つめていた。理由は無いが、彼女はフレウルスと名乗る魔王に違和感を抱いていた。

 

 

自分の事を知る誰か、少なくともそれは確かだ。彼が最後に向けて、何かの感情が籠った眼からして。

 

 

 

こうして、『怪物祭』は終わりを迎えた。表面上はモンスター達の暴走だけで終わり、復活した魔王による傷痕が残った状態で。




次回ぐらいにキョウさんの紹介を載せます。


感想や評価、お気に入りなどよろしくお願いします!………モチベーションに繋がる筈なので。


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魔を滅ぼす血

早く投稿できて………良かった。これからも少しずつ投稿していきたいと思います………。


因みにキョウさんの情報は後書きに。


意識が少しずつ覚醒する。キョウは瞼を開くと、見知らない天井がそこにはあった。一瞬首を傾げながら身体を起こし、肩を動かそうとる。

 

 

ズキッ、と。

 

 

「─────っ」

 

思わず顔をしかめて肩に目線をやる。白い包帯に巻かれたそこには赤いものが僅かに滲んでいた。それだけで何があったのかを思い出す。

 

 

(………あの時、俺はレフィーヤを庇って──)

 

魔王を、逃がした。

一族の宿命を果たす好機を逃してしまった事にキョウは何も複雑な感情だった。奴を殺せばキョウのLvは格段と上がっていた筈、魔王とはそういう存在なのだから。だが、今のままでは確実に勝てるとは言えない。

 

 

「…………無力だ、俺は」

 

嘆くしかなかった、自分の力の無さを。あと少し強ければレギオンを縛りつける宿業を終わらせることが出来たのに。

 

 

雑念を振り払うようにキョウはベッドから降りようとして気づいた。ベッドの隣に座っていた人物に。

 

 

 

「………レフィーヤ?」

 

『剣姫』 アイズに憧れるエルフの少女 レフィーヤ。彼女が何故か椅子に腰を掛けて静かに眠りこけていた。その状態から何がどうなのかは判断できるが、意外だったので呆然としていた。

 

 

 

………俺を見てくれていたのか?

 

 

 

「──────ん、ぁ」

 

すると、ちょうどいいタイミングでレフィーヤが目を覚ました。寝惚けているのか目の前にいるキョウに気づかず目元を擦っている。

 

 

しかし、眠気に誘われてる目がキョウの姿を捉えた。一瞬、とろーんとしていた彼女も徐々に何も言わなくなる。

 

 

「……………」

「…………えーと、おはよう?」

 

何というかそんな言葉しか出なかった。直後に激しい怒りなのか顔を真っ赤に染めたレフィーヤは顔を隠して全力で部屋から出ていった。

 

 

ポツン、と。一人残されたキョウは頭を抱えた。何を間違えたのか検討が付かない青年は少しの間、悩み続けていた。

 

 

 

 

 

それから数分後。ようやく落ち着いたキョウは現状を確認することにした。

 

 

部屋からして自分達のホームではない。こんな立派な部屋を《ヘスティア・ファミリア》になってから見たこともない。ならばつまり、

 

 

「───失礼するよ、キョウ・レギオン」

 

外から聞こえる声に続き扉が開けられる。普通の冒険者よりも小柄な金髪の少年らしき人物────正確には小人族(パルゥム)の男性が現れたのだ。

 

 

初対面ではない、少し前にこの人物に出会っている。

 

 

「────フィン・ディムナ、いえフィン団長」

「そう畏まらなくてもいい、君には借りがあるからね」

 

丁寧な言い方に変えられたフィンは手を挙げるようにして止めていた。それなら仕方ないとキョウは平伏しかねない態度をすぐに解く。

 

 

「怪物祭でレフィーヤを庇ってくれた件だよ。《ロキ・ファミリア》の団長として君には礼を言いたい」

「…………身体が勝手に動いただけだ」

「それでも、だ。君は事実上彼女を助けてくれたんだからね」

 

余裕を崩さないLv6の冒険者にキョウは凄いなと思う。僅かに感じられる強さからして、やはりファミリアを束ねる団長は伊達ではない。

 

 

 

コンコン、と扉を叩く音が響く。

 

 

「───失礼するぞ」

 

部屋の中に入って来たのはキョウも知る有名人だった。翡翠の色をした髪を伸ばしたエルフの女性。確か、《ロキ・ファミリア》の幹部である彼女はこう呼ばれていた筈だ。

 

 

「………『九魔姫(ナイン・ヘル)』、リヴェリアさんか」

「私を知っていたのか、会ったことは無い気がするが」

「アンタ程の有名人を知らない奴はオラリアにはいないだろうさ」

 

何せ《ロキ・ファミリア》にしてエルフの王族、ハイエルフ出の人物なのだから、と付け足すとリヴェリアは悩ましいという風な顔をしていた。

 

コンプレックスでもあるのかと思うが、あくまで口にはしない。他人の個人情報を知りたがるような人間ではないからだ。

 

 

「ま、話を変えるけど………君も少し聞きたいことがあるんじゃないのかな?」

「…………例えば?」

「グロウス・レギオン。僕たちと同じ《ロキ・ファミリア》の一員だった君の父親について、とか」

 

 

キョウの父親、彼が幼いの頃に『一族の宿願』の為にオラリアへ向かった人物。キョウが覚えてるだけでも、物静かな人と聞いていた。

 

 

そして、

 

「…………親父の訃報は前に聞いた。数年前にダンジョン内でモンスターに殺されたってな」

 

父親の訃報を知ったのは十歳の頃だった。故郷が焼かれる数日前、その報せに母親が泣き崩れながら教えてくれたのだ。

 

 

しかしフィン達の反応はキョウの予想とは少しおかしかった。リヴェリアと名乗っていたエルフの女性は一瞬だけ悲しそうに顔を歪め、フィンも表面上は変わっていないが拳を握り締めた。

 

 

何かあるのか、とキョウは僅かに推察する。しかし問い質そうとは思えなかった。背中を預け戦ってきた彼が隠さなければならない事情ならば、キョウはそれを受け入れる。例え、自らが憧れていた父親の本当の死因を話さなかったとしても。

 

 

 

 

「────キョウ・レギオン、すまないが包帯を取ってみてくれ」

 

突然、リヴェリアから声をかけられてキョウは少し戸惑う。が、此方を見つめる芯とした眼にすぐさま肩に巻かれた包帯を巻き取った。

 

 

「…………」

「やはりな」

 

それを見たフィンは目を見開き、リヴェリアは目を細めて観察し始める。そしてキョウが目を向けると、

 

 

 

 

 

 

「───治ってる?」

 

傷口は塞がっていた。包帯に染み付いた血の痕からして穴が空いていたのは事実だ。しかしまるで内側から急速的に再生したかのような痕が残っている。

 

 

「………不本意だったが、君の『神の恩恵(ファルナ)』を確認した。このようなものがあってな」

 

自分で語っていて本当に不本意なのか顔をしかめるリヴェリアはある事が書かれた紙をキョウに手渡す。その内容は、

 

 

 

《スキル》

【滅魔の血】

・器の血の濃さに比例し早熟する。

・魔法や魔王に対する超高補正及び肉体の一時的強化。

・肉体の破損を再生させる。死亡してなければ発動可能。

・解析不可能。

 

 

 

「……………ッ」

 

改めて目にしたキョウは息を呑み干す。このスキルはキョウも認知してなかったもの、つまり新しく発現したものだ。ある意味ではデタラメなスキルであるというのに………。

 

 

「解析不可能…………」

「それ以上は無理だった。神聖文字(ヒエログリフ)が文字化けして、本来ある言葉とは別のものになっていた」

 

努力して調べてみたが読み解けるものではなかった。多分ロキでも無理だろう、とリヴェリアは付け足した。女神であるロキすらも不可能なら、この世界にこれを読み解ける神は少数程度な筈だ。

 

 

話を聞いてたフィンは難しい事を考えながら、口を開く。

 

「ファミリアの情報をあまり話す気はないんだけど…………グロウスや君の祖父、曾祖父もオラリアに来て同じスキルを発現していたらしい」

「………」

 

では、これがレギオン固有のスキルか。

キョウは最早ベルが手に入れたスキルと同じくらいに高性能のスキルに驚愕を抑えきれなかったが、同時に僅かな疑問も湧いた。

 

これ程凄まじいスキルを持つ父達が何故魔王を倒せなかった─────?

 

 

「……………君のスキルについては秘匿する。もし外に漏れた場合、僕たちが責任を取ることを約束するよ」

「あぁ、分かった」

 

キョウは立ち上がり、丁寧に添えられていた自分の服に着替える。肩を鳴らすと少し痛むがそれだけで、あの時より和らいでいた。

 

 

「それじゃあ、世話になりました。主神や後輩が心配なんで帰ります」

「そうかい、なら気をつけた方がいいよ。また魔王に襲われるかもしれないからね」

 

軽口を言い、キョウは《ロキ・ファミリア》のホームから去った。途中、酔っ払ってるらしきロキに「キョ~~ウ、ウチのファミリアに入ってや~~~っ!!」と絡まれたが、すぐにリヴェリア達に回収されてった。曰く禁酒にするとか……………いと哀れ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーと、ただいま?」

「───な、何をしてたんだ君はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

「神様!?落ち着いてください!」

 

ホームに帰った途端、自分を心配していた女神から雷を落とされたキョウ。白髪の少年が引き留めようとするが、手遅れだったので本気の説教を食らった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の昼時、オラリアだけではなく世界中に魔王の復活が伝えられた。太古から語られてきた恐ろしい厄災の再臨を。

 

 

 

 

 

 

迷宮十九層。

安全階層(セーフティポイント)十八階層、別名『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』のすぐ真下の階層。

 

 

広場の中でフレウルスはスタスタと歩いていた。迷宮から生み出されたモンスター達は怯えているのか姿を見せようともしない。

魔王という、上位種の存在を本能で分かるのだろう。

 

 

 

しかし、フレウルスが突如顔をしかめた。理由は単純、自身の目の前に複数の人影が列を為すように並んでいたのだ。

 

 

「……………お待ちしていました、『守護』の魔王 フレウルス様」

 

黒と白、二つの色の装束を纏う者達の中から白髪の男が歩いてくる。ニヤリと笑みを隠そうとしない男が膝をつくと、後方の装束も同じように敬意を表し跪く。

 

 

魔王フレウルスは眼球だけを動かして見下ろす。見定めるように細めた視線が白髪の男へと戻った。

 

 

「お前たちは?ただの人間ではあるまい」

「私はオリヴァス、闇派閥(イヴィルス)の使者として貴方様を迎え入れようとの話です」

 

 

本来、オリヴァスと名乗る男の口調はこんなものではない。彼自身、目の前の相手の事をよく理解しているのだ。

 

 

下手に機嫌を悪くすれば容赦なく襲いかかるかもしれないから。オリヴァスは魔王を怒らせないように、勧誘しようとする。

 

 

「世界を混乱と破壊に導く九神魔王の一柱。オラリアと全面的に挑むのに貴方様を誘わない訳にはいきません!」

 

ふむ、とフレウルスは顎を擦る。

 

 

「所でオリヴァス」

「………?何でしょう────」

「────魔王が人間如きの話を聞くと思うのか?」

 

 

直後、グチャッ!! と肉を喰らうような生々しい音が迷宮の広場に轟き響く。

 

 

そもそもの話、魔王は人の話など聞く訳がない。彼等にとって人間は害虫同然。力を入れて排除はするが、彼等の声に耳を貸す事はあっても聞くなどは決して有り得ない。

 

 

悲鳴と戦闘音、木霊する様々な悲劇はすぐに鳴りを潜めた。時間はたった数秒、一分もかかることは無かったのだ。

 

 

 

 

 

「……………」

 

そこは地獄よりもおぞましい所だった。床に壁や天井、全てが血という赤に染め上げられている。真上から滴る血は生々しく、肉片が残っていた。

 

 

そして、無数の肉塊を黙々と喰らう怪物。フレウルスと名乗る男の背中や腹から伸びた異形の竜たちは味わうように死骸を貪り喰っていた。中には一つの死体を奪い合い、引きちぎって食すモノもいる。

 

 

それらを眺めながら、フレウルスは両手を見た。彼等も神の恩恵を宿す人間、僅かであろうとも少しずつ力が増幅する感覚が溢れてくる。

 

しかし、

 

 

「………………足りない」

 

だがそれでも満足し得るものではなかった。少し前、地上で会った冒険者たち、彼等みたいなものが欲しいが、我が儘は言えない。

 

 

「───しかし、手足が欲しいな。私の言う通りに動ける手駒が」

 

魔王とは言え、あくまでも全能ではない。圧倒的な力があろうと手を出す必要もない小事を進んで片付ける配下が欲しいと彼は思っていた。

 

 

だからこそ、考えを改めた。

 

 

「近くの冒険者とやらでも探すか、手駒になれる者を」

 

普通の雑魚ではない、その他の冒険者を圧倒できる強さの人間を。

 

 

『守護』の魔王は今度こそ迷宮の闇の中へ消えていった。同時に血塗れの部屋は一瞬で綺麗に戻る。まるで証拠を跡形もなくかき消すように。




データ:1

キョウ・レギオン

《ヘスティア・ファミリア》所属の冒険者。17歳。二つ名『氷刃剣(アイスエッジ)』。

とにかく冷静な人物であるが、二つの側面を有している。通常のように冷静さもありながら優しさもある側面と、冷酷な程冷たくなり合理的に物事を進める側面。


魔王殺しの一族 レギオンの末裔で、全ての魔王を滅ぼすという一族の宿願の為に冒険者になった。幼い頃、レギオンが原因で両親と故郷を失った事から、何が何でも使命を終わらせる事を望む。



『ステータス』

力 D 509
 

耐久 E 482


器用 E 460


敏捷 F 354

 
魔力 D 546


《魔法》

【──刻印】

【──降臨】


《スキル》

氷結使い(アイス・マスター)
・氷属性の技を使う時の補正。
・氷属性の威力と耐性が上昇し、魔力消費量を減少させる。

【滅魔の血】
・器の血の濃さに比例し早熟する。
・魔法や魔王に対する超高補正及び肉体の一時的強化。
・肉体の破損を再生させる。死亡してなければ発動可能。
・解析不可能。



《人間関係》

▪ベル
自分の後輩。アイズへの恋心を知り、純粋に応援している(理由は他にもある)

▪ヘスティア
自分を勧誘した女神としてだけではなく、心から認めている。しかしぐうたらな性格などに呆れ、説教した事もあったらしい。

▪アイズ
キョウがLv2になった直後に出会った事から交流がある。どちらかというと知り合いや、友人に等しい仲らしい。

▪ロキ
オラリアに来る前から彼女に勧誘されていた。しかし手違いによりファミリアに入れず、《ヘスティア・ファミリア》に所属することになる。

元々所属していたキョウの父、グロウス・レギオンのこともあり、キョウを本心から気にしている。





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平穏は続くばかり

ギルドによる『魔王復活』の話は、世界中に広まった。同時に様々な混乱が巻き起こる。それは世界規模によるもので、かつての事件を大きく上回っていたりもする。

 

 

太古から魔王の恐ろしさを語り継ぐ者達は、いずれ来たる脅威に備えを始める。鍛えることで大切な人を守ろうとする者もいれば、諦めて静かに過ごそうという者もいる。

 

 

 

預言者を騙る者は世界の終わりを叫ぶ。いずれ複数の魔王が地上へと現れ、世界を混沌に呑み込むと。

 

 

 

ある国にいる軍神(脳筋)は『フハハハハハ!魔王が何するものか!オラリアへの侵攻は変わらんぞー!』と言い、戦争の準備を行う。自身の国の配下達を困らせる形で。

 

 

 

 

一方、その騒ぎの中心であるオラリアの状況は───。

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ皆見物だよー!ウチの商品を買わないかーい!」

 

「誰かー!誰かー!俺の派閥(ファミリア)に入ってくれる子はいないかなー!?」

 

「………武器の整備、何でもします」

 

────大して変わってはないかった。

 

少しばかり喧騒が大きいだけで、人々は余裕というものを実感している。それは目先の脅威に怯えているとは全くもって思えない。

 

 

 

 

「────」

 

目の前に広がる景色に、知人達からは兎の印象があると言われる少年 ベル・クラネルは呆然としていた。

 

 

 

『魔王復活』、オラリアだけではなく世界中に知らされたその事実。それから数日もする今、オラリアにいる人々は恐れる素振りすらない。

 

 

 

ベルも祖父からも魔王の恐ろしさを伝えられてきた。数々の英雄達ですら圧倒する最強の存在達。もし彼等が封印されていなければ、この世界は魔王によって滅ぼされていたと。

 

 

当時のベルは不思議そうにしていたが、祖父は真剣な顔で言っていた。近い頃に魔王達が目覚めるかもれない、と。冗談とは思えない顔だったが、それでも有り得ない。そう思ってた矢先、本当にそうなるとは思ってもいなかった。

 

だからこそ、

 

 

 

「…………そんな凄い人が復活したのに、何でこんなに変わらないんだろう?」

「実感が無いのだからな。仕方ないと言えばそうだろう」

 

独りでに呟いていたベルに、横から

 

 

「ミアハ様!?ど、どうも!」

「うむ、そう畏まらなくても良いぞ。ほら、ポーションなどいるか?」

 

慌てて頭を下げるベルについでと言わんばかりにポーションを渡すミアハ。無論、タダで。

 

それを知っている眷属の二人、特にナァーザはまた不満そうにして、カイは困ったように笑うしか出来ないのを分かっているのだろうか。…………この事からして、絶対に気づいてないと思う。

 

 

「あの………さっきの話って、どう意味ですか?」

「……………」

 

 

 

「突然、実在すら確かではない存在が現れた。太古から封印されてた彼等は世界を滅ぼそうとしている、危険だから気をつけてください…………などと言われて、子供達が納得するだろうか」

 

神であるミアハの言うことが正しいのだろう。

数十年程の寿命である人間達からすれば、数えるのも億劫なほど昔から存在してるもの。そんなものが突然現れたと言われても、実感が沸く筈がない。

 

 

 

「だが、すぐに理解するとは思うぞ」

「………?」

「魔王達の目的は全ての生き物の殲滅でもあるらしい。それなら、我等神や子供達も敵にされるのは道理だからな」

 

普段から穏和なミアハとは比べ物にならないくらい、敵意に満ちていた。よく分からなかったベルだったが、並々ならぬ因縁があるのかも、と半ば勢いに任せて自身を納得させる。

 

 

 

しかし、ベルはやはり気づけなかった。

 

 

 

 

 

 

「……………お前は今も地の底で眠っているのか、ネルヴァよ」

 

懐かしむように誰かの名を呟くミアハ。その姿は哀愁が漂っていた。独り言が、喧騒に紛れてかき消えてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方で。

迷宮に潜らず、後輩の少年と別行動しているキョウ・レギオンはある場所に来ていた。

 

 

白い巨塔、バベル。オラリアの中心部にある天にそびえ立つ建物。その上に位置する階層にある、《ヘファイストス・ファミリア》の武具屋に来ていたのだ。

 

 

目的は二つ、一つは新しい装備を調達すること。キョウは比較的に防具をあまり着ないので、自分の丈にあったものでも手に入れようと考えていたのだ。

 

そして、二つ目は……………。

 

 

 

 

「─────久しぶりね」

 

店の中へと入る前には、一人の女性がいた。いや、人間の女性ではない、むしろ格上の存在、神なのだ。

 

 

「ヘファイストス様、お久しぶりです」

 

鍛冶神ヘファイストス、オラリアで数ある鍛冶師のファミリアの主神。そして多くの鍛冶師が越えるべき目標とされる神物(じんぶつ)である。

 

 

そもそも、普段なら神が出てくる筈がないのだが、今回は例外中の例外なのだ。

 

 

何故なら、キョウの目的の一つが神ヘファイストスに呼ばれた事なのだから。

 

 

 

「耳にした話だけど、ヘスティアの眷属(子供)が増えたらしいわね。どんな子かしら?」

「兎、それが最初の印象ですね」

 

興味があるらしい女神にキョウは自身の感想を素直に話した。言われたヘファイストスは「………兎?獣人の子かしら?」と首を傾げる。余計な風にこじれているのを、一々弁明しようとしない。

 

 

更に話を続けていると、少し面白そうな事が分かった。

 

 

「実を言うと、私にも眷属の子が入ったのよ。少し意地っ張りだけど、貴方と新しく入ったって聞いた子にも紹介しようと思うの…………どうかしら?」

 

なるほど、とキョウは納得した。新入りであるベルや少し手慣れただけのキョウにパーティーを組ませるもしくは、専属となる鍛冶師として紹介のだろう。………純粋に紹介したいだけの可能性もあるが。

 

別にキョウとしては断る理由もなく、了承しようとしたら─────。

 

 

 

 

「────いや、主神様。そこの者は貰い受けよう」

 

真後ろの方から声が投げかけられた。

振り替えると、扉に背中を預ける女性がいた。主神と同じように眼帯をする紅の袴を纏うその姿から、極東の人間だと判断する。

 

 

話の途中に入ってきた彼女にヘファイストスは吐息をつく。疲れたというよりも、自然と出たものだ。

 

 

「椿、四時間くらい工房にこもるんじゃなかった?」

「少し気が変わってな。手前は鍛冶師としての腕は問題ない…………だから構わんだろう?」

 

 

椿と呼ばれた女性は此方に歩いてき、意味深な眼をキョウに向ける。その視線にキョウは何かの違和感を感じていたが、答える前にヘファイストスが額に手を置きながら。

 

 

「そうね、貴方が言うなら仕方ないわ」

「え、俺の返事とかは無いの────えぐぅっ!?ちょ、ちょっと待て!そんなっ、持ち方………すんなぁ!!?」

 

 

よし、そうと決まれば行くぞ! と首元の襟を掴まれ、強引に引き摺られていった。ジタバタと抵抗するがやはり格上なのか全然引き剥がせない。

 

 

…………あれ、これデジャヴだな。アイズやティオナ達の時を思い出す………。

 

彼はそんな事を脳内で考えていた。自分より強い女性に力ずくで連れてかれながら。

 

 

 

 

 

彼女の鍛治場───『工房』に連れてこられたキョウは、容赦なく投げ入れられる。自身の扱いに最早泣きそうになりながらも、キョウはゆっくりと起き上がる。

 

 

「さて、手前がこれからお主の専属の鍛冶師(スミス)になろう。これからは好きに武器や防具を頼むがいい────勿論、お主が手に入る素材でからだぞ?」

 

ニヤニヤと笑みを隠さない椿にキョウはほぼ理解した。この人は自分で遊んでるんだなぁ、いや、そういう性格なら仕方ないが………と、煮え切らないような感じだったが、考えても意味はないだろう。

 

 

だがそれでも、気になることは気になる。

 

 

「俺の専属鍛冶師(スミス)になってくれるのは嬉しいんだが……理由は何なんだ?特に需要は無いと思うが────」

「レギオンの一人でありながら魔王と相対して生きてる。その時点で気にはなってたが……………実際に見て分かったわ、いずれはLv5以上の逸材になるとな」

 

 

過大評価、とは言えなかった。

レギオンの末裔は例外なく全員がLv4以上に至っている。現にキョウには二ヶ月でLv2に上がった功績があるのだ。

 

 

「ま、他にも理由はあるがな」

「…………?」

「お主の父親、グロウスの奴と縁があったと言えば分かるか?」

 

一瞬だが、キョウは驚きもした。まさか自分の父親がここまで多くの者に関わってるとは思っていなかったのだ。

 

 

「手前も奴とはパーティーを組んでたな。なんせ手前の前に現れた途端、『武器をうってくれ』と一言。面白そうだったから勝負したが、見事に完敗だったわ」

「へぇ………なるほど」

「そういえばあったが、新しく出来た武器を『すまない、壊れたから新しいの』とな。………やはり《ロキ・ファミリア》は鍛冶師泣かせだぞ。他にも言うと、よく女に好かれていたな」

「誰だそいつ」

 

途中から自分の浮かべる父親の図とは違すぎて、辛辣な言葉が漏れた。何と言うか幼い頃の記憶の父は基本的に大人しく母に優しかった気がするが…………もしや、尻に敷かれてたんじゃないだろうか。

 

 

 

「だからこそ、不思議でならんかった」

 

ふざけた様子が鳴りを潜め、椿は壁に立て掛けてある剣を見た。キョウもつられるように見て、その剣に父の名前が彫ってあるのに気づいた。

 

その剣の鞘に、大きな赤いシミが染み込んでいたのを見て、キョウは息を呑む。続けるように、椿は話した。

 

 

「手前を軽く越えるような男が、モンスターに倒されたなどと……………深層の階層主ならともかく、一介のモンスター如きに遅れをとる筈がない。

 

 

何かを隠してる。《ロキ・ファミリア》も、ギルドも、オラリアも」

 

鍛冶師としてだけではなく、冒険者としての彼女の断言。それは他の誰よりも重い事実であった。

 

雰囲気を重くした本人である彼女はニカッと笑い、ドカッ! と椅子に腰を掛ける。大方、女性の動きには見えないと思うが、今はどうでもいい。

 

 

「さて、お主はどうする?専属の件、何なら断っても構わんぞ、拗ねてしまうと思うが」

 

面白そうに笑う女性の言うことが本当か、図りかねていたキョウは頭をかいた。

 

Lv2の冒険者としては、《ヘファイストス・ファミリア》の団長が専属鍛冶師になってくれるのは、嬉しい話だ。断る理由なんて何処にもない。

 

 

 

「よろしく頼む…………えっと」

「さんは好まん、椿でいい」

「そっか、なら椿。これからもよろしく」

 

互いの手を握り、友好を示し合う。慣れない感じにキョウは戸惑いながらそれを受け入れた。

 

 

冒険者を始めて生涯手を取り合うであろう専属鍛冶師(スミス)。自分が進んできてると我ながら思ったキョウだった。

 

 

 

 

 

「ていうか服着ろよ、何で下着なんだアンタは」

「これはサラシだが…………何だ?気にでもなるのか、お主も男だなぁ?」

「…………まぁそうですけど、そうですけどぉ!!」

 

本当に楽しいのか、笑いながらからかってくる椿。豊満な胸を覆うのは何枚も巻かれた布のみ、目に毒とも言える姿にキョウの心の中は気が気ではなかった。彼とてやはり男、こういう煩悩に襲われることも暫しある。

 

 

 

 

それを抑えられたのは脳裏に浮かぶ先生との過去の思い出────。

 

 

 

 

 

『キョウ、貴方に教えてあげる。ハーレムとかセクハラは、百歩譲って認めるとして…………いや、認めらんないけども。それでも浮気とかは絶対駄目。私が許さない。そんな事したら何処にいても天罰を落とすわ。……………今も若い女の子達の尻や胸見て笑ってるでしょう、あの人のようにね』

 

 

 

────すぐに蓋をして封印した。

そう言えば師匠である先生のあの事が原因で人一倍敏感になったのだ。まさにトラウマに近い。何と言うか少なくない女の子達から言い寄られてた時、偶然か分からないが刃物が飛んできたことがあった。

 

必死に逃げ帰った後、先生から『楽しかった?』と聞かれたのが、もう恐怖でしかなかった。オラリアにいたとしても、天罰が落とされないか心配である。

 

 

 

…………ていうか何故天罰?そんな神みたいな事を言うなんて─────(特殊な力により抹消済み)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてキョウが帰ろうとしてる時、ベルはまた問題に巻き込まれていた。

 

 

「あ、あの………この子に、何をするんですか……?」

「うるせぇぞガキッ!今すぐ消え失せねぇと、後ろのそいつごと叩っ斬るぞッ!!」

 

 

路地裏で必死に逃げる小人族(パルゥム)の少女と、彼女に斬りかかろうとした冒険者の男。ベルはその間に入り、少女を庇ったのだ。

 

邪魔をされた事で激しく激昂する男はベルに狙いを定める。そして剣を振るい、飛びかかろうとした。

 

 

 

しかし、その前に。

 

 

 

 

「止めとけよ、やるだけ無駄だぞ」

 

スッと。

横から入った青年───キョウが平然と告げた。目の前で殺気立つ冒険者に物怖じしないように。

 

 

冷たさのある瞳の視線に気圧されたのか一歩後ずさる。だがすぐに自身を奮い立たせる。威嚇するように怒鳴り散らした。

 

 

「次から次へと………!?今度は何だァ!?」

「落ち着けよ小悪党、俺の連れに好き勝手するなって話だよ。今ならサービスだから無傷で見逃すぞ?」

 

気取るようにキョウはスラスラと話していた。その事にポカンとするベルに少女も唖然としている。

 

 

「ごちゃごちゃわけの分からねぇことをっ……!ブッ殺されてぇのかぁッ!あぁ!?」

 

 

 

 

 

 

「─────なるほどなぁ、残念だ。一応警告はしたんだがなぁ」

 

 

呆れたように息を吐くキョウが歩み出したその時、その場が凍りついた。

 

 

比喩ではなく、本当の意味で。真後ろにいるベルと小人族の少女以外の全てを。白い雪のような氷が、幻想的な世界を作り出していた。

 

そして、抜かれていた剣は腕ごと空中で氷に包まれていた。凍てつく冷気そのものが男の動きを抑制する鎖のように、頑丈に絡み付く。

 

 

「て、テメェ!? 何しやがった!?」

「凍らせたんだよ間抜け、生き物は凍らせやすいんだ。なんせ汗をかいたり水分があるからな」

 

淡々と事実を語る青年に恐怖を覚えたのか男は顔を真っ青になる。しかし、キョウはそれで終わらせるつもりは無いらしい。

 

身動きを取れない男の目の前に近づき、耳に顔を寄せた。凍りついた腕の表面を掴みながら、ヒッソリと囁くような声量で呟く。

 

 

「教えてやるよ、凍った手足を砕くのには力は入れないんだ。それくらい分かるだろ?」

「………ッ、………!!?」

 

 

喉元がひきつり、呼吸が荒くなっていた。

男はようやく現状を理解するに至る。今、魂を刈り取る死神に首を狙われている状況だと。何時殺されても可笑しくない恐怖に、男は何も出来ずにいた。

 

 

 

しかし。

 

キョウが力を入れた途端、辺りを包んでいた氷はすぐに消え去った。全てが魔法や手品の類いのように。ようやく氷の拘束から解放された男は腰を抜かしたのか尻餅をついて倒れ込む。

 

そんなキョウは背中を向けて、眼中が無いというように手を振る。早く行けと促すように。

 

 

「今はサービスで見逃すって言ったろ。ほれ、さっさと消えろよ」

「くっ、くそがぁ!?」

 

逃げ出すように男は路地裏の外へと走っていった。その背中は怯えきったもので、キョウは心底興味すら無いのか見向きすらしない。

 

 

周りを見たキョウはそこで気づく。先程までベルが庇っていたらしき少女が消えていたのだ。逃げたと判断するが、深追いをするつもりもなかった。

 

 

 

「…………ベル、帰ろうか」

「………は、はい!」

 

慌てて着いていくベルと一緒に、キョウは自分達のホームへと帰った。

 

 

 

 

「あ、そういえばバベルで神様に会いましたけど、バイトしてました!」

「あのバイト神………っ!もう少し面子をだなぁ!!」

 

取り敢えず後で話すか、と考え込む中、キョウはあることを考えていた。あまりにも、どうでもいいことなのだが。

 

 

 

 

 

……………ん?何故ヘスティア様がバベルで働けるんだ?そもそも何でそんな事を?

 

 

 

キョウは不思議そうに思いながら、ベルの腰元にあるナイフを見た。何かレアそうなものだと感想を残したが、それ以上何も興味が沸かなかった。

 

 

 

 

この事を後に激しく後悔するのは、少しと言うかだいぶ先の話。




キョウさんの名前の由来は強くなる、強(きょう)と今の時代を生きる、今日(きょう)を生きると掛けて、キョウとしました。



…………まぁ、もう一つの理由としては今日投稿したいと考えて決めたんですが。

キョウ「おい作者」


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サポーター

冒険者の朝は早い。何故なら迷宮に潜る為の時間をキチンと取っておきたいからである。それは弱小ファミリアなら当然の事、一級ファミリアでもすることなのだ。

 

 

そんな朝早くから、一人の少女が《ヘスティア・ファミリア》のホームに来ていた。

 

 

 

「…………本当に、ここにいるんですよね?」

 

橙色の髪をまとめたエルフの魔導士、レフィーヤ・ウィリディスはボロボロの教会の前でそう困惑していた。

 

 

 

(キョウ、さん………いや、レベル下ですからキョウで良いですよね。………………やっぱりキョウさんで。今度こそ、あの人にお礼を言わなくちゃ!)

 

そう息巻くレフィーヤの目的はキョウに会うことだった。より正確には、怪物祭の時に魔王から自分を助けた代わりに負傷したキョウにお礼を言うことなのだ。

 

実を言うと、前に言うチャンスはあったのだ。意識の覚めなかったキョウを近くで待っているというチャンスが。

 

 

 

しかし、自分もつい寝てしまい、気づいた時にはキョウに寝顔を拝まれていたのだ。困ったような笑み(仮定)を向けられたレフィーヤは全ての事を自覚してしまい、羞恥のままに逃げ出してしまった。

 

 

 

この事実を知った《ロキ・ファミリア》の面々からは凄い笑われた。特にロキとティオナは大爆笑で、フィンやリヴェリアからもクスクスと笑われてしまった。最も、アイズが少し笑ってた時は泣きそうになったと言っても過言ではない。

 

 

レフィーヤとしても、このまま何も言えないのは不満しかなかった。彼女の性格は真面目なものの為、ちゃんと礼を言えないのは歯痒かったりする。

 

 

なので、《ヘスティア・ファミリア》の場所をハーフエルフの受付嬢から何とか聞き出し、この教会に着いたのだ。決心と共にレフィーヤは教会の中へと進み、ある扉を見つけ出した。

 

 

(………まずはアポを取ります。主神の女神様からでも話を聞いて、あの人に時間を取って貰って、その時にちゃんとお礼を言えば良いんです!)

 

脳内で考えをまとめたレフィーヤは深呼吸をする。そして、中にいるであろう女神と話すために扉をノックした。

 

 

コンコン

 

 

…………

 

 

「…………」

 

 

 

コンコンコン!

 

 

………………

 

 

「………………」

 

 

 

 

 

 

コンコンコンコンコンコンコンコン!

 

 

………………………

 

 

 

(む、無視されてる!?いや、そんな訳がないです!朝早くと言えど皆起きてる時間なハズ!)

 

必死に扉を叩いてるにも関わらず、全然返ってこない返事にレフィーヤは激しく戸惑った。だからこそ、正常な判断が出来なかったのだろう。

 

 

扉を押してみると鍵は無かった。ノックはしたのなら入っても良いという大義名分はある。最早、無茶苦茶な考え方をする少女は勢いよく扉を開け放った。

 

 

「すみませーん!!《ヘスティア・ファミリア》のキョウさんに用がありま──────え?」

 

 

そして、呆然としていた。まぁ無理もないだろう。

 

 

 

 

何せ中には誰もいなかったからだ。眷属である青年は勿論、その女神すらも。

 

 

「だ、誰もいないーーーっ!!?」

 

一人絶叫するレフィーヤだが、彼女は知らない。キョウやベル達が迷宮に向かっているこの時間帯、女神であるヘスティアもバイトに行っていることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄さん、お兄さん達。白い髪のお兄さんと黒い髪のお兄さん。サポーターに困ってはいませんか?」

 

一方で、キョウは静かに深呼吸をしていた。理由は目の前にいる少女が原因だ。ベルと話していた時、突然声をかけてきたのだ。

 

 

「………前に会ってないかな?」

「?リリは冒険者様方とは初対面ですよ?」

 

リリルカ・アーデ、そう名乗った少女は自分をリリと呼んでいる。背丈は普通の人間より小さくキョウやベルよ腹までの高さだ。

 

 

「リリルカ、少し聞くが────お前小人族(パルゥム)か?」

「リリは犬人(シアンスロープ)ですが、どうしてですか?」

 

観察するようなキョウの詰問にリリは不思議そうに返した。あっさりとした対応にキョウが困惑している中、ベルは彼女に頼んでフードを脱いでもらった。

 

 

「───」

「………へっ?」

 

やはりそこにあるのは犬の耳だった。ピョコピョコと動くその耳は、偽物とは微塵にも思えない。二人とも呆然として固まっていた。

 

 

 

「これでよろしいでしょうか?」

「………あぁ、悪いな。それとサポーターだったな、俺達は構わないぞ?ベルは?」

「え!?ぼ、僕も大丈夫………です!」

 

すぐさまフードで耳を隠すリリが聞いてきた。納得したように振ってくるキョウにベルは慌てながらも受け入れる。笑顔になったリリルカはキチンとお辞儀をする。

 

 

 

「それじゃあよろしくお願いします!リリも頑張りますので!」

「う、うん!此方こそよろしく、お願いします!」

 

 

互いに挨拶をして、先を進む二人。

 

 

 

「……………」

 

ただ一人、キョウは例外だった。楽しそうにかつキチンと話し合うベル達を見つめている。いや、正確には犬人(シアンスロープ)の少女、リリルカ・アーデを。

 

 

(人混みの中から俺達を見つけ出した…………いや、ベルの方か?何故よりによってベルを………………ん?)

 

ある事に気づき、キョウはより一層目を細める。警戒しておくか、と心中に納めると同時に顔疑われないように表面上を整え、ベルとリリルカに近づいていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

現在、ダンジョンの七階層。

ベルとキョウ、そしてサポーターのリリルカはそこに潜っていた。

 

 

 

彼等が相手にしているのは、複数のモンスター。特に虫の印象がある個体達、紫色の蛾のような『パープル・モス』に、一回り大きな蟻『キラーアント』。

 

 

それらを前に、キョウは軽々と長剣を振り回す。表面に氷を滑らせることで凄まじい程の切れ味を誇る剣は、スパスパと甲殻を持つキラーアントを切り裂いていった。

 

 

(そろそろ使っておくか────!)

 

手の調子を確かめるようにして、群れているキラーアント、その前方にいるキラーアントに狙いを定める。

 

 

そして、

 

 

 

「【アイスブレイカー】!」

 

長剣を持たない方の手に氷が包み込んでいき、ガントレットとなった拳でモンスターの群れの先頭にいるキラーアントを殴る。

 

それと同時に、砕け散ったガントレットが氷の破片と化し衝撃波と共にモンスター達に襲いかかった。破片はどれも脆いがどれも鋭く、範囲内にいるモンスター達を串刺しにしていく。

 

 

【アイスブレイカー】

彼が編み出した強力な技の一つ。氷の外装で殴った直後、外装の中に収まっている冷却した空気を解放することで、破片を爆弾のようにして飛び散らす技。

 

 

多数の敵を倒すのに長けているこの技にも、キチンとした弱点がある。

 

 

「………っ!」

 

ビギ! という右腕に走る痛みにキョウは顔を歪めた。空気が破裂する衝撃を近くで受けた腕にダメージが来たのだ。これで魔力や耐久のステータスも鍛えられるが、同時に腕も使い物にならなくなる可能性も秘めた、正に諸刃の刃なのだ。

 

 

「フッ!」

 

少し離れた方ではベルがキラーアント相手に素早い動きで圧倒していた。普通の冒険者で一ヶ月も無い内にこれ程強くはなれないが、キョウと同じように成長速度が速いベルは例外だった。

 

 

 

 

「わぁ~!ベル様キョウ様お強い~!」

 

おだててるのか本気なのかよく分からない声に二人は苦笑いを浮かべる。そしてキョウは周りを見渡し、死体の数をよく把握していく。

 

 

十分かと、彼は判断した。

 

 

 

「ベル!そろそろ下がれ!一掃するぞ!」

「はっ、はい!」

 

後ろからの声にベルはちょうど良くキラーアントに止めを差してすぐにキョウの後ろに下がる。同胞を殺された事に怒る蟻の軍勢が怒涛の勢いで襲いかかる。

 

 

 

 

スーッと息を吐き、キョウは冷気を帯びる。しゃがむと同時に地面に手を当てて─────解き放った。

 

 

「【アイスオブウォール】!」

 

巨大な氷の波を引き起こす。それらは災害のように大きく広がっていき、モンスター達の攻撃からキョウ達を分断した。

 

 

「…………氷は解除できる。今の内に魔石を拾おうか」

 

コクンと呆然としていたベルとリリが頷く。それから全員ですぐにモンスターの亡骸から魔石を回収し始めた。

 

 

 

 

 

 

それから少し後。

モンスターの亡骸から魔石を回収する作業をしている間の事だった。

 

「………あのさ、リリ。そのベル様っていうのは止めてほしいんだけど……」

「すいません、そういう訳にはいきません。リリはサポーターですので。冒険者様とは違いますから」

 

おだてるような扱いに困るベルにリリは断固として譲らなかった。自分が下の人間だと、言い聞かせるような言い方を平然とする。

 

 

「でも、そんな事は」

「────あるんだ、嫌な話だがな」

 

ない、と言い切ろうとしたベルの言葉を遮り、キョウさ呟いた。思わず見つめてくるベルに何も反応することなく、キョウは血に濡れた長剣を拭いていた。

 

 

「いるんだよ、サポーターだからって言って見下してる馬鹿な同職が」

 

ここだけは呆れるような声音。心から見下す声は、まだ続いた。

 

「サポーターは後ろにいるだけで金をせびるセコい連中だって、考え方だ。そういう類いの奴等はサポーターに暴力を振るったり、タダ働きをさせる。挙げ句の果てにはモンスターの的にする奴等もいる」

 

ふざけた話だ、とキョウは忌々しく吐き捨てた。何も言えなくなるベルの後ろで、リリは見えないように俯く。

 

 

 

「………貴方達だって、きっと同じですよ」

「ん?どうしたのリリ?」

 

ボソリと呟くリリの声が聞こえたのか、ベルが気になったらしく聞いていた。リリは何でもありません!と元気そうに首を振り、魔石を回収していた。

 

 

 

 

 

 

そして迷宮から出ていった後も、一悶着があった。しかしそんなに重要なものではない。

 

「い、いただけませんよ!全部お二人に渡します!」

「ええっ!駄目だよそんなの!」

「いや!最初の時は大丈夫です!これから少しずつでも貰えれば嬉しいので!」

 

そう言い認めようとしないリリにベルは不満げだったが、キョウの「正当な対価で組んだんだ。約束ぐらい守れ」というある意味では脅しにも似た言葉にリリはほぼ強制的に頷かされた。

 

 

 

す、凄いと感激して尊敬の眼を向けるベルに、間違ってるんだよなぁと心の中で思うキョウであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、たった一人でキョウは夜道を散歩していた。ヘスティア達には夜風に吹かれてくると言ってある。今頃寝ているであろう少年と女神の事を気にしていたキョウは、

 

 

(今、重要なのはリリルカだな。何か引っ掛かる所がある)

 

 

彼は最初から疑問を抱いていた。朝から自分達に声をかけてきたリリルカ・アーデという少女。手慣れた動きの彼女が、何故自分達の所に来たのかが引っ掛かったのだ。

 

 

それと同時にあることを思い出す。それはリリルカに会う前、ベルと話していた事について。

 

 

『神様が友達の神様に頼み込んで作って貰ったらしいです。僕だけが使えるとか言ってましたけど』

『なるほど、ヘファイストス様か』

 

キョウも観察してみたら、それは普通の代物とは違う一級品を越えるものだ。なんせ鞘や刀身に神聖文字が刻み込まれている、ヘファイストス神自らの作品だろう。

 

 

(非常に気になるんだが…………もしやヘスティア、そのナイフが理由でバイトをしてたって話か?いや、それはこの際いい)

 

議題として重要なのはヘスティアのバイトではない、ベルのナイフ。それは他の者から見ても高価な物と判断できるだろう。が、すぐに無視することにした。どうでもいい議題なので(実はどうでも良くはないのだが、彼は気付かない)

 

 

気のせいかは分からないが、キョウはリリルカに警戒を抱いて良かったと思っている。彼女が怪しげな視線をそのナイフに向けていたのだから。

 

 

 

(そういえば、あの小人族(パルゥム)の子もベルのナイフを見てたな。あの光に目を取られてた…………リリルカも、何故か見てる節がある)

 

 

少しずつ、情報というピースを重ね合わせる。真実のパズルを完成させる為の準備が整っていく。

 

 

(偶然、とは言えないな。ナイフを狙ってるか、もしくは俺たちと接触する事自体が目的か─────しかしリリルカは犬人族だ。変装してないのはベルが実証済みだ……………待て)

 

そこまでしてキョウは考察を止めた。下手に考えを深めては常識に囚われて正解に辿り着けない。まずは自分が知らない情報を手に入れ、ピースに合うか確認しなければならない。

 

 

(まずは《ソーマ・ファミリア》だ。そこからリリルカについて調べれば、少しでも分かるはず────)

 

それ以上の思考は一瞬で途切れる事になった。突然、声をかけられたから。

 

 

 

 

 

 

「─────待っていたぞ」

 

 

ゾワッッ!!! と。

心臓を直で握られるような感覚をキョウは味わった。思わず足を止めて道の真ん中に立ち尽くす。恐怖はあった、持ちこたえられたのは経験していたからだ。

 

 

 

Lv2になる、あの日に。出会うと同時に、剣を向けられ、死にかけたあの日。

 

 

 

スッと暗闇の中から人が姿を現す。元々その場にいたのか分からないが、問題はその人物だった。

 

 

「ッ!!!」

 

その姿を視認したキョウは咄嗟に身構えた。腰の鞘から長剣を引き抜き、全身に冷気を纏わせる。意味がないと自覚はするが、それでも何かは出来ると思っていた。

 

 

 

 

その人物は、男だった。

 

その男は二M(ミドル)を越える体格猪人(ボアズ)だった。背中には二本の大剣を携えてるが、簡単には使わないだろう。

 

 

そしてその男は、今現在オラリアに二人しかいないLv7であり、【猛者(おうじゃ)】最強の冒険者の一人。

 

 

同時に、キョウがLv2に昇れた理由にして元凶。

 

 

 

「久しいな、キョウ・レギオン」

「────オッタルっ!!」

 

 

最強のファミリアの団長である男 オッタルは落ち着いた声音で彼の名告げ、はからずも因縁のあるキョウは喉を震わせながら睨みつける。

 

 




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魔法発現

今回は短いですけど勘弁


猛者(おうじゃ)】オッタル。

 

 

 

少し前、キョウがLv2へと昇格する前の日に出会った男。同時に昇格する原因となった人物。

 

 

人気の無い迷宮にて遭遇したオッタルにキョウは抵抗も出来ずに半殺しにされた。得意の氷も紙細工のように引き裂かれ、地に叩きつけられたのだ。

 

 

当時は何とか最後の足掻きとして彼の右手の甲にあまりにも小さな傷を付けることが出来た。直後に容赦の無い一撃で腹を蹴られたのは今でも忘れられない。

 

 

それが偉業と見なされたのかキョウはLv2にへと昇格を許された。事実を知ったギルドや冒険者達も文句を言う者は一人もいない、何せオラリア最強の一角を相手にしたのだから。…………受付嬢のエイナとその友人は気絶しかけてたが、本当に申し訳ないと思う。

 

 

 

そんなかつての思い出に浸っていたキョウは、一瞬も油断をしなかった。前の自分とは違うとは言え、未だ次元が違う相手なのは間違いはない。

 

 

 

(───気を許せば死ぬ!今度は遅れを取るなっ!)

 

 

「…………なるほど」

 

たった一言があまりにも重かった。耳にしていたキョウの全身が震え、大量の汗が噴き出している。

 

 

にも関わらず、片手で倒せる相手に、オッタルは観察するような目を向けていた。それでいて続くであろう言葉を紡ぐ。

 

 

「成長したようだな、キョウ・レギオン。前に戦いより良い眼をしている」

「…………お前のせいでな、半殺しにされたら嫌でもこうなるんだ」

「そうか、だが成長は出来た」

 

純粋な賞賛に皮肉を返すが、大した反応はしなかった。やはりこれが強者かと再確認し、キョウは目を細める。この状況を理解しどのように動くのが最適かを決めようとしてる中、

 

 

 

「悪いが、戦うつもりはない」

 

オッタルの制止にキョウはピタリと全ての行動を止める。油断させようとかそういうものが無い、本気の意味での言葉だったのだ。

 

 

「願うならば相手するが、あの方の命令を与えられてはいない。それに今回は、これを渡しに来た」

 

何?と顔をしかめるキョウにオッタルは何かを放り投げる。幸い、Lv7の力を使ってはいないらしいので、キョウも普通に掴み取ることが出来た。

 

 

 

分厚い本だった。何処ぞの書庫にでも収まってるような古びた教典に似た厚さの頁を束ねる謎の本。それが何なのかはオッタルの口から語られた。

 

 

魔導書(グリモア)だ、ベル・クラネルに渡せ。魔法を使えるようになるだろう」

 

 

言われたキョウはギョッとして手の中にある本を見る。重い本は価値があるとだけではなかった。

 

 

魔導書(グリモア)

別の意味は、魔法の強制発言書。

キョウもあまり魔法については詳しくないのでよくは分からないが、二つ程の『発展アビリティ』が無ければ作れない─────Lv3以上の職人が作る代物。

 

しかも、オッタルは今誰かの事を告げた。そう、自分の後輩である少年の名前を。そして彼に、この本を渡せと。

 

 

「…………何が狙いだ、お前がそこまでする理由は」

「全ては、あの方が望むままに」

 

それ以上の事は聞けなかった。まるで闇夜に隠れるようにオッタルは姿を消していたのだ。その存在すら無かったと言うように。

 

 

一人残されたキョウは手に持つ魔導書に視線を落とす。これをベルに渡そうとする誰かについて。

 

 

思い当たるのはただ一人、いや一神。オッタルが所属する都市最強のファミリアの女神にして、オラリアでも有名な美の女神。

 

 

「────フレイヤ様、か」

 

 

 

 

 

 

「ふふっ、『それ』をあの子にお願いね」

 

巨塔からその光景を見下ろしていたフレイヤ。彼女はやるべき事を果たそうとする青年に微笑みを向ける。多くの子供に焦がれる純粋な願望とは違う、女神としての優しき慈愛の含まれた表情を。

 

 

 

 

 

 

「ただいまー、ベルはいるかー」

「あ、はい。ここです」

 

扉を開いたキョウは机の所で座っている少年を見つける。ホームにいち早く帰ってきていたベル、何もする事がなく暇そうな少年にキョウは声をかけた。

 

「…………おいベル」

「ん、何ですか?」

 

そして、すぐさま本を渡す。オッタルから貰った魔導書(グリモア)を。

 

「少しこれを読んでみろ」

「え、えぇ?どうしたんですか急に」

「良いから早く」

 

不思議そうに此方を見てくるがキョウはごり押しと言わんばかりに進める。何とか押し通されたベルは困りながらも魔導書を読んでいった。

 

 

 

それを読み終えたベルは少しうっとりとしていたが、すぐに頭を軽く叩いて目を覚まさせる。ハッとしたベルが困惑していたが、キョウはそろそろかと扉前で待機していた。

 

 

 

 

「たっだいまーっ!バイトは疲れるぜー!」

「ヘスティア様、早速だがベルのステータスを見てくれ」

「おおうっ!?本当に早速だな君は!」

 

扉をぶち破る勢い(比喩です)で現れたヘスティアを手際の良さで回収したキョウはスタスタと恩恵の更新に移る。

 

上着を剥がれて寝っ転がるベルの恩恵にヘスティアが指先から神血(イコル)を垂らした。それを目にした彼女の顔が険しくなる。

 

 

「………また伸びたよ、良かったねベル君」

「え、えぇ………?」

 

ベルが恐る恐ると言った様子なのも無理はない。背中の上に乗っている女神は不機嫌そうな声だったのだ。横からそれを見ていたキョウは呆れながら思った。

 

………あぁ、また例のスキルか。

 

 

キョウとしてイチャイチャ(違う)のもどうでもいいが、時間が時間なので助け船を出すことにした。

 

 

「違うヘスティア様、下見ろ下」

「ん?下?」

 

促されたヘスティアが不承不承と目線を下げると何も言わなくなった。そしてキョウも同じところを目にして納得したように頷く。

 

ベルだけが一人、困惑したように二人の返答を待っていたが、

 

「………魔法」

「え?」

「魔法が発現した、良かったなベル」

 

 

直後、驚愕の絶叫をあげたベルが起き上がり、ヘスティアが投げ出された。幸い、キョウの方向だったのが奇跡だった。

 

「や、やるなベル君………僕をこうも放り投げるとは」

「おい我に返ったら起き上がれ。この状態、普通にヤバイぞ」

 

 

 

 

 

 

 

その後、ベルは魔法を使えるようになった事に子供のように興奮していた。まぁキョウからは分からなくも無いと納得されていたが。

 

 

 

そして皆が寝静まってすぐ、ひょっこりと起きたベルがバックパックを持って外へ出ていってから少し後。

 

 

ベッドで寝ていた筈の二人が起き上がった。互いの顔を見て、息を吐く。

 

 

「行ったな、ベル。やっぱり想像以上に待ちきれなかったか」

「………追わなくてもいいのかい?」

「アイツだって馬鹿じゃない。そんな深い所で試し撃ちはしないだろうさ…………少し不安な所はあるが」

 

 

新しく発現したベルの魔法、【ファイアボルト】。詠唱式の無い速攻魔法と思われるもの。自分の魔法の力を試したくなったのであろう少年を脳裏に思い浮かべ、キョウは自らの心境を漏らす。

 

 

 

「さぁ話すんだ」

 

そして、ベッドの上で腕を組む女神が真剣な顔で詰問する。キョウはあー、と思いながら、机の上の本を手に取る。

 

 

「ベルくんに魔法が発現するのを知ってたみたいな態度じゃないか。何か知ってるなら答えてもらうよ!」

「これ」

 

詰問が来ると同時に、適当に本を投げ渡した。咄嗟に受け取ったヘスティアは訝しげに表紙を見つめていたが、すぐに動きを止める。

 

 

魔導書(グリモア)………!?」

「そうだ、オッタルからベルに使えって渡された」

 

唖然として固まるヘスティアだったが、キョウの返した言葉にピクリと反応した。その話の途中に出てきた名前に。

 

 

 

「………オッタルって、前に君を痛めつけたって冒険者じゃなかった?フレイヤの所の」

「あぁ、今日会ってきた。というか出会った」

「………………またやられてないよね?」

「そしたら重傷者として《ディアンケヒト・ファミリア》の聖女様に怒られてるから。俺あの人苦手だし」

 

 

 

使い物にならなくなった魔導書の頁を捲っていき、完全に価値がないと判断したキョウは部屋の隅にある本棚の端に仕舞う。無価値だろうと一応勲章として置いておくべきでもあるかという考えもあるが、キョウ本人の几帳面さが出ているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────あ、今ベルとアイズの距離が近くなった気がする」

「な、何だってぇぇぇええええええええ!!?あ、あのヴァレン何某君がベルくんとぉぉぉおおおおおおおお!!?」

「うるせぇうるせぇ、ていうかヴァレン何某ってアイズの事か?」

 

何処から電波を感じ取ったのか平淡と告げるキョウにヘスティアが勢いよく食いかかる。胸元を強く持ち上げてくる女神を軽くあしらいながらキョウは素直に聞き返した。

 

 

 

 

そして少し経った後、明らかに落ち込んだベルがホームへと帰ってきたのを見てキョウは思った。

 

 

 

─────あ、また駄目だったんだな、と。

 




最後の奴は懸命な方々なら分かると思います。


膝枕、されてましたね。


因みにキョウさんはベルとアイズをくっつけようとしてるのである意味ではヘスティア様達への裏切り行為(本人からしたら自力で頑張れという意味の裏返し)なのですね、はい。


そんな訳で高評価、感想よろしくお願いします!


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打算と信頼

「なぁベル、一体何があったんだよ?」

「うぅ~……………」

 

少年は答えてくれない。帰ってきてから何一つ変わってはない。トマトのように羞恥に顔を染めるベルはどうしようもない呻き声をあげていたが、キョウはその理由をある程度察していた。

 

 

 

(…………アイズ関連、いやアイズだな。出会っただけであんな風にはならない─────まさか胸でも揉んだか?)

 

絶対に違うのだが、間違ってる訳ではないのが余計に困る。そう考えていたキョウも途中ですぐに無いな、と断定する。

 

 

 

もしあったとしたら、ベルは多くの冒険者(主に《ロキ・ファミリア》)の怒りを買うことになる。それに、天然というか経験無しのベルがそれをするのは絶対に無い。キョウ本人、同じ状況になったら腹でも斬ることだろう。

 

 

そう思ってると思い出したようにベルがベッドから飛び起きた。そして困惑しながら机の上にある物を持ち、キョウに不安そうな視線を向ける。

 

彼は少し驚いていたが、すぐに改めた。分厚い本は、昨日ベルの為に使った物だからだ。

 

 

 

「魔導書の事、ヘスティア様に聞いたのか?気にするな、貰い物だし」

「え、でも…………お金とか払ったりとかするんじゃ」

「してないしてない。お前の事を()()()()()()()()()()()()先輩が募金がてらにくれたんだよ」

 

あながち嘘ではない。一応偶々知ってたっぽいし、頂点に位置する人(猪だけど)でも先輩ではある。間違いなく、女神様が関係してるけど、嘘は何一つついてない。

 

 

 

「それはそうと、お前アイズに会ったんだろ?」

 

最早遠慮というものがありはしない程の容赦なさにベルは戸惑っていた。だが数秒後に観念したように項垂れる。

 

 

「ア、アイマシタ………」

「───何をされた?安心しろ、誰にもチクらないから」

「……………………………膝枕を」

 

吹き出しそうになったが、必死に堪えた。全てを悟ったあまり、感情が爆発するのを押さえ込む。この後輩は憧憬、というか恋慕を抱く少女に膝枕をされて、混乱と羞恥で逃げてきたのだ。

 

 

後輩とあの少女が結ばれるのは難しいな、とキョウは密かに頭を抱えた。

 

「ったく、アイズには感謝しろよ?膝枕をしてくれるなんて、普通なら有り得ないぞ。俺だってそんなに優しく無いし…………………何だその顔?」

 

適当に話していたら、ベルが物言いたげな顔を浮かべている。何か反論でもしたいのかと不思議に思ってはいたが、

 

 

 

「キョウさんも優しいですよ。僕や神様の為に色々してくれて…………」

「…………冗談は止してくれ」

 

あまりの純粋っぷりにキョウは心が痛むと笑った。本心ですよと言うベルは気付くことが出来なかった。

 

 

 

 

そう言ったキョウの顔が曇っている事を。何故か何も言えず、ただ諦めたような笑みだった事を。

 

 

 

 

 

 

ホームを発ったベルは先に行きます!と行って飛び出した。キョウも準備をしてから、ゆっくりとベルを追いかける。そして、何時もの待ち合わせ場所である広間にたどり着いた。

 

 

広場に足を踏み入れようとして、すぐに止める。彼の視線の先にある光景が原因だった。

 

 

見知った二人が何か言い争っているのだ。

 

 

 

「─────っ………!」

「────ぁ………!」

 

一人はベル。しかし普通と様子が違う。今までに無いくらいの怒りを表面に剥き出し、相手を睨む。そして相手の方は─────、

 

 

 

 

(アイツ、あの時の────)

 

そう。少し前、少女を庇っていたベルに襲いかかろうとしていた冒険者の男だった。男も顔を凄ませ、ベルと睨みあっていたが、やがて立ち去ろうとする。

 

 

興味があったキョウはすれ違いざまに男の襟を掴み上げる。思わず振り向く男の顔が、敵意に満ちたのがよく分かった。

 

 

「ッ、テメェは────」

「おっと落ち着け。俺も今回はやりに来た訳じゃない。少し気になってな」

 

慌てて退こうとする男を呼び止め、キョウは少し話を聞こうとした。ゆっくりとリリルカの元に向かったベルに気づかれないように男を連れて近くの建物に隠れる。聞こうとするその前に男は顔つきを引き締める。

 

 

「────期待はしてねぇが、テメェ。あのサポーターを嵌めるのを手伝え」

「あのサポーター、リリルカか。お前の狙いは彼女か?」

 

前から抱いていた疑心が芽を広げた。キョウは思わず、少し離れた所にいるベルとリリルカを見る。二人は此方に気づいてはいない。人混みや物陰で上手く隠れているからだ。

 

 

「話の前に聞かせろ。お前が追ってたのは小人族(パルゥム)だろう。だが俺達のサポーターは犬人(シアンスロープ)……………もしかしてだが、あの娘は協力者でもいるのか?」

「違ぇな、あのガキは変身する魔法を持ってやがんだよ。それも正確に見分けがつかないようなモンをな。俺もあの時、それを使うのを見てなかったから分からなかったぜ」

 

 

昔の事を思い出したのか忌々しく顔を歪める男にキョウはなるほど、と考え込んだ。正確すぎる変身、それも触っても違和感が無いほど。

 

 

彼女の魔法は相当の価値と性能がある。それを利用した行い、流石としか思えない。キョウは判断し、心の中でリリルカに賞賛を贈った。

 

 

「狙いはベルか、確かにまだまだ未熟だが………」

「あのチビはいつもそうだ。ルーキーやそこら辺の冒険者ばかり狙っては奪い、それを繰り返す。気付かれた時には全てを奪い取って逃げるって訳だ」

 

 

そうやって、彼女は生きてきた。どんな冒険者もリリルカを追うことは出来ず、ただ諦めるしかなかった。姿を変える少女を追い詰めるなど難しい話だ。

 

 

 

そして最悪の場合、利用した後の冒険者を迷宮の手によって口封じする。わざとモンスター達を誘き寄せ、殺させる技術も持ち合わせている筈だ。

 

 

「───で?お前はどうやってリリルカを追い詰めるつもりだ?まさか襲撃の手伝いをしろなんて馬鹿な真似は言わないよな?」

「そこまで言わねぇよ…………ただテメェの仲間、あの白髪のガキを囮に使わせろ。あのサポーターが裏切る時まで」

 

話を聞いていたキョウはチッと舌打ちをした。そういうことか、と。

 

 

 

彼等にとって自分達は餌だ。リリルカという標的が本性を現し逃げようとする時に襲えるように、マーキングする。

 

その為にわざと罠に掛かれと、彼女のお得意に引っ掛かれと言うのだ。

 

 

「安心しな、テメェはあのチビを孤立させればいい。後は『俺達』がサポーターを捕まえてやるからよぉ」

 

(………『俺達』?)

 

 

不信そうに男を観る。話は理解できるが、信用できるかと言われれば別だ。そのまま利用され、殺される可能性もある。

 

だが、リリルカはきっとキョウ達を裏切るだろう。いずれ、いやすぐにも。

 

 

 

 

 

 

冷静に、冷酷に考えて────キョウは決めた。

 

 

「良いぜ乗るさ、その企み。俺が一役買ってやるよ」

「……………マジかお前?」

 

今度こそ、男は目を見開き絶句した。相当信じられなかったのかもしれない。何なら一応試しにやってみるというぐらいの気軽さだったのだろう。

 

 

 

だからこそ、そんな策略を了承されるとは思わなかったのだ。だがキョウにとってどちらでも良かった。

 

 

 

何時裏切るか分からない、そんな危うい者に優しくする程─────彼もお人好しではない。

 

 

「条件がある、ベルが殺されそうになった場合は俺が出る。そのサポーターも無力化してお前に渡してやる。そしてもう一つ、俺が手を組んだ事は誰にも話すな。これらが守れるなら分け前はお前の方が多くていい」

 

あくまでも合理的に、彼は話を進めていく。決して自分達側の利を捨てることなく、商談の交渉のように有利にしようとしていた。

 

 

結論は決まった。彼女が裏切ったその時、キョウは合図を示す。通路内に待ち伏せする彼等にでも分かるような大規模な氷攻撃を起こし、彼等にリリルカを捕まえさせる。

 

処遇は彼等に任せる、分け前は8:2でもいい。そう提案すると案外あっさり話は進んだ。

 

 

男、話のついでにゲドと名乗った男はキョウに向けて笑みを向ける。ほくそ笑んだ顔は、嬉々として歪んでいた。

 

 

「意外だな、あのガキは嫌がったからお前も同じかとヒヤヒヤしたぜ」

「ベルは仕方ない。アイツは甘いからな、情に絆される………だが俺は違う。リリルカがベルを裏切るなら、俺もアイツを切り捨てよう」

「…………ヘッ、てめぇはよく分かってるじゃねぇか。飲み込みが早くて助かるぜ」

 

まぁな、とキョウは自分の事を認めた。きっとこれを知ればベルは失望するだろう。あの言葉を取り消すことに変わりはない筈。

 

 

しかしそれでも、キョウは考えを改めるつもりはなかった。

 

 

「じゃあ頼むぜ…………俺達はテメェらが潜ってる間を待ち構えてるぜ。お前らは何とか生き残ればいいしな」

「あぁ、任せたよ」

 

ゲドと別れた後、すぐに二人と合流する。少しばかり世間話をした後に迷宮に潜る為にバベルへと歩いていく。その時、間違いなく聞こえた。

 

 

 

 

 

「………もう、潮時かぁ」

 

その声を聞いた自分を深く呪った。少女の失望と達観。そんな声を聞いてしまった時に、自分が感じたこと。

 

 

 

 

 

────あぁ、良かった。自分は間違ってなかった、と。

 

 

 

まるで免罪符でも求めるかのような在り方に苛立ちが募る。そんな生半可な考えをする自分に、怒りが消えることがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

そして、次の日。

 

ダンジョンでの戦闘は問題なかった。リリルカはすぐにも裏切る程短絡的ではないらしい。理知的というか狡猾的、こういうものに慣れたような際どさが感じられた。

 

 

日に日に、次第にベルも疑問を抱き始めていたのだろう。リリルカもそろそろ動き出す筈。キョウは僅かにも可能性を頭に収め、考えを働かせていた。

 

 

 

 

そんな中、ついに動き出した。

 

 

 

「お二人様、今日は十階層まで行ってみませんか?」

 

 

リリルカは違和感なく、そう提案してきた。硬直するベルに彼女は、ベルとキョウの二人は十階層を踏破できる実力があると説明した。

 

 

その話を聞いたキョウは気づかれないように彼女の意図を悟った。彼女は自分達を『裏切る』つもりなのだ。決して追われないように、迷宮で撒こうと考えている。

 

 

 

────潮時か。図らずも、リリルカと同じことを考えたキョウはそう判断した。内心を知ってか知らずかリリルカは十階層に行くのを勧めてくる。

 

 

先日の交渉の為にも仕方ないかと。キョウはあっさりと受け入れた。

 

 

「確かにそうだな。今回ぐらいは良いだろう」

「えぇ!?キョウさんも!?」

「安心しろ、ベル。いざとなれば逃げればいい。そうだろ、リリルカ」

 

心にも無い事を、信頼してない相手に言う。笑顔で頷く少女も、きっと同じように思っている筈だ。一度疑った以上彼女を信用する事は不可能に近い。

 

 

 

「それじゃあ行きましょう、お二人様」

 

 

先に進む二人の背中を見つめ、ピタリと足が止まる。唐突に、頭の中に声が響き渡ったのだ。

 

 

 

 

────キョウさんは優しいですよ。僕や神様の為に色々としてくれて…………。

 

 

 

 

 

「いいや、違う。俺は優しくなんかない、ファミリア(家族)を守る為なら邪魔する敵を排除する────どんな手を、使ってでも」

 

 

反復する言葉を喉の奥に呑み込み、二人に着いていく。そうだ、これでいい。冷徹な心は考えを改めず、ただ冷たくある。

 

 

 

誰かを守るために誰かを切り捨てる、キョウは自分の中にある違和感を氷の奥底に閉じ込めた。見て見ぬふりをするように。




キョウさんはあくまでも合理的な人です。一時期共にいた人間でも仲間でなければ、裏切った場合は容赦なく切り捨てます。本人はそれに疑問を抱いていますが、正しいから仕方ないと諦めてるんですね。


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潮時

出来が、悪いと思う(切実)


彼等は順調に目標の十層へと進んでいた。途中、前の階層より強めのモンスター達が出現していたが、キョウを中心に一掃されていた。

 

 

勿論、ベルも戦っていることから、進むのが速かった。高火力のキョウと俊敏なベル、浅いながらも二人のコンビネーションだからこそだ。

 

 

 

そして、無事に十階層へと辿り着いた。

 

 

 

「霧………」

 

視界の全てを覆いそうな真っ白な靄。朝明の麓付近だとこういうのが多いのは知っているが、迷宮でもこういう仕組みは再現されている。

 

 

 

警戒するべきなのは、その霧。毒や有害なものは無いが、その存在だけが厄介なのだ。

 

 

「気をつけておけよ」

 

 

振り返る事なく、キョウは声をかける。その手は腰に帯刀した束に置かれ、今にも戦えるように構えられていた。

 

 

「ここら辺からは大型が出てくる。しかもこの視界を覆う霧だ、油断すればすぐにやられるぞ」

 

似たような事が合ったと呟くキョウにベルは青い顔をした。大型モンスターに不意打ちを受けた冒険者の話らしいが、詳しく聞く気にもなれない。

 

 

霧の漂う通路を抜け、彼等は広々としたルームに着いた。しかし白い草原が広がり、枯れ木が立っているだけの、他のモノは見えない。

 

 

 

霧の向こうで揺らぐ、大きな影以外は。

 

 

「………オーク」

 

三メートルに近いずんぐりと丸まった太い体型の豚頭。見た目に反してギロギロと光る黄色い眼は獲物である人間を捕らえたようだった。

 

 

豚らしき雄叫びを響かせるオークに、ベルは新しく手に入れた武器を構え直す。それを静かに見据えていたキョウに、

 

 

「キョウ様!新しいオークが!」

「…………チッ、やっぱり狙いに来るか」

 

リリルカの叫びと共に視線を向ける。其方からはオークが巨体を揺らして歩いてきていた。しかしそれだけではなく、コウモリなどの雑魚までも着いてきている。

 

 

無言で長剣を引き抜いたキョウはリリルカを見ずに声をかける。彼は一瞬、ベルの方を見て告げた。

 

 

 

「リリルカはベルの援護を。群れは俺が片付ける」

「じゃあ、キョウ様は?」

「俺一人で十分、対処はできる」

 

 

分かりました! とリリルカはベルの方に向き直る。ゆっくりと間合いを詰めていくキョウに、オークは近くの枯れ木に手を伸ばした。

 

 

天然武器(ネイチャーウェポン)

迷宮がモンスター達に提供する自然に出来た武器。棍棒という本来の武器へと変化することが出来るそれは、十階層の特徴の一つ。

 

 

警戒の必要はある。武器の有無でモンスターの能力が上下するのだから。

 

 

 

「させるか!」

 

しかしその前に、キョウは地面を踏み抜いた。ダァンッ! という音に続いて足元から冷気が地面を凍らせていく。

 

そしてオークが掴もうとしていた枯れ木を氷結へと変える。慌てて手を退いたオークの眼前で砕けた天然武器。

 

 

 

どうせ再生するだろうが、先に倒せれば関係ない。そう断じたキョウは、取ろうとしていた武器を壊された事に怒るオークを目にする。ただ観察するように目を細め、凍える長剣でオークの二本足を切り捨てた。

 

 

ずんぐりとした巨体を支える柱を失い、倒れるオーク。キョウはその直後に頭部に剣先を突き立てた。悲鳴をあげる暇もなく、一撃で砕く。

 

 

絶命したオークから離れようとした途端、棍棒を振り回して突進するもう一体のオーク。距離は離れていながらも、大柄での疾走は少しずつ距離を積めてきている。

 

 

 

「邪魔だ───」

 

キョウは腰を低くして突貫したかと思えば長剣をオークの頭部へと突き立てた。それで終わることなく、剣が冷気に包まれて、オークの上半身後と完全に吹き飛ばす。

 

他にも寄ってきたモンスターは彼が掌から放った氷の衝撃波、【アイスブレイカー】で削り取る。砕け散る透き通った破片と共に灰が霧へと消えていく。

 

 

 

 

粗方モンスターを排除して落ち着いたキョウ。軽い安堵から深呼吸をしていたが、

 

 

 

 

「リリ───!?」

 

少年の悲鳴に近い声が耳に入る。慌てて振り返るとベルが困惑したように、辺りを見渡していた。キョウは同じように左右を見ていたキョウは枯れ木の根本にある物を見つける。

 

 

 

「…………クソ」

 

 

脂ぎった生々しい血肉。彼はそのアイテムを知っている。冒険者がよく行く道具屋で売られているトラップアイテム。

 

 

それの効果は確か─────

 

 

 

(モンスターを誘き寄せる…………なるほど、それがリリルカの手段か!)

 

 

 

「───ごめんなさい、ベル様。もうここまでです」

「リリ、なに言ってるの!?」

 

思考に明け暮れていたが、すぐにベルの視線の先を見る。離れた場所にリリルカは振り向いて首を傾ける。小さい笑みを浮かべ、彼女は寂しそうに。

 

 

「ベル様は人を疑うことを知った方がいいですよ。既に勘づいてたキョウ様みたいに」

「………、」

 

一瞬向けられた視線にキョウは眼を細める。一瞬だけ、見えてしまった。此方を見つめるリリルカの顔を。

 

 

 

思わず顔をそらしたキョウは、霧の中から出てきた四つの影を認視する。四体全てがオーク。他にも来ているらしく、白い靄に多くの動きがあった。忌々しげに舌打ちをするキョウは既に逃げたであろうリリルカのいた場所を睨む。

 

 

二人ともオークに負ける実力ではないが、多勢を撃退するにはより多くの時間が有する。その間にリリルカは姿を消しているだろう。

 

 

 

 

 

「キョウさん!この場をお願いして良いですか!?僕はリリを─────」

 

その前に、キョウはベルの腕を掴んだ。走り出そうとしていた状態からバランスを崩して倒れそうになるが、掴まれた事が幸いして何とか大丈夫だった。

 

 

しかしそれでも掴む力は弱まらない。寧ろ逃がさないというように力が込められている。

 

 

「離してください!キョウさん!リリが、リリが向こうに───!!」

「いや、その必要はない」

 

切って捨てるような言い方にベルは眼を剥いて呆然とする。今まで見たことも無いくらい冷酷、同時に自嘲するような歪んだ顔を青年は浮かべていたのだ。

 

 

直後、足元から氷を発生させる。無数の冷気の槍がモンスター達を貫いていき、一匹残らず殲滅する。その光景が後ろにありながらも、キョウは顔色は変化しない。

 

 

それに気付いているのか、いないのか、彼は語り始める。自分でも恐ろしく冷たい声音で。

 

 

「リリルカ・アーデは俺達を裏切った。モンスターをけしかけて事から確定だな、あいつらの情報は間違ってなかった」

 

 

あいつら。

それが何を示しているのかはベルにも理解できた。リリを追っていた冒険者の男。ベルも何度か絡まれたからこそ、すぐに思い当たる。

 

 

 

「っ!?あの人達の事を信じるんですか!?」

「なら何故リリルカを信じられる?あいつは何故俺達のサポーターになりたいと望んだ?決まってる、良いカモと思ってたからだ。

 

 

 

 

だからこそ、俺はあいつを切り捨てた。裏切られるくらいなら、いっそのこと裏切ってやろうと、そう思った」

 

キョウは、リリルカがベルや自分の分け前を狙ってるだけではない、騙し取ろうとしてるのに気付いていた、と話す。

 

 

彼女がこんな真似をしなければ自分も裏切る事はしなかった。彼女が利用してきた事が理解できたから、キョウは今回の行為を選んだのだ。

 

 

目の前にいる少年の顔など見ずに、自嘲気味に笑う。そのまま、自らを貶める言葉を紡ぐ。それが自分にとって相応しいと言わんばかりに。

 

 

 

「軽蔑したかベル?俺はこういう男なんだ。仲間の為なら他人を切り捨てることすら辞さない、そんな奴が優しくなんか無いだろ」

 

 

きっとベルは失望するだろう。尊敬していた青年のやり方に、騙されたからと言って辛い目に合っていたであろう少女を見捨てた────非情な人間なのだと、理解するハズだ。

 

 

キョウ・レギオンは半端者なのだ。優しさを向けたかと思えば冷酷さを見せる、どうしようもない人間。自分という男が何処までも浅ましく思えてくる。

 

 

 

 

しかし、ベルの反応はキョウにとって予想外だった。

 

 

 

 

「それでも、僕はリリを助けに行きます」

「………理解できなかったのか?何でそこまでする?お前があいつを助けようとする、理由はなんだ?」

 

問い詰めていた訳でも、苛立っていた訳でもない。純粋に知りたかった。ベルがそこまでするのに、どんな理由があるのか。

 

知ることが出来れば、キョウは満足できるかもしれない。

 

 

「よく、分からないです、けど…………」

「?」

「僕には無いです。命を掛けてリリを助ける、上手い理由は。けど、理由が無きゃ、助けちゃ駄目なんですか?」

 

 

 

……………は?

 

言葉の内容に、ただ困惑した。ベルが何を言っているのかは分かるが、問題なのは意味だった。

 

 

理由がない、それでも助けたい。その言葉にキョウは心から納得していた。確かに、それも良いかもしれないと。

 

 

しかし、自らの口から出たのは────正反対の言葉。

 

 

「それは────異常だ」

「………はい」

「お前は、それでいいのか!?自分が殺されるかもしれなかったんだぞ!?あいつはお前を騙した!俺もお前を騙したんだ!なのに、何でだ!?何でそうやって助けることが出来る!?どうして、なんだ!?」

「よく分からないです。ちゃんとした理由なんて、僕には無いです。そうしたいから、僕は────」

 

 

ベルはそう言いきり、走り去っていった。上層へと進んでいくその背中を、キョウはただ見つめていた。見つめることしか、出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……………クソ、馬鹿だ)

 

 

 

 

「馬鹿だ、俺は」

 

 

苛立たしそうにキョウは吐き捨てる。彼はその場に立ち尽くすだけ。強く歯噛みし、必死に苦悩し続けていた。

 

 

 

 

そして、そして───────




解説をしますが、キョウ・レギオンには二面性があります。それは日常生活に出てくる程、異質と言えるものです。

ベルや皆と接している時の青年としての一面。レギオンの使命を果たそうと冷酷に振る舞う一面。キョウさん自身、それをよく理解してるので自分を自嘲することが多いです。


その二面があるからこそ精神的な弱さが目立つんですよね。


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リセット

────あぁ、なんて様なんだろう。

 

 

地面に転がったリリルカ・アーデは静かに思っていた。目の前、いや視界全てから迫ってくるモンスターの群れを前に、彼女は笑いそうになる。

 

 

 

 

 

 

かつて自分が騙し、そして姿を見せてしまった冒険者の男に待ち伏せされていた。男はリリに不満のぶつけるようにひたすら蹴りながら、

 

 

『残念だったなぁ?お前の事が筒抜けでよぉ、俺一人じゃあ到底無理だったが、やっぱり協力者はいる方がいいなぁ?』

『………きょ、りょく……しゃ?』

『キョウって黒髪の冒険者だ!お前が散々騙してたのに気付いてたらしくてなぁ、俺に手を貸してくれた訳だ!』

 

思わず、笑いが漏れた。

まさか裏切っていた青年も、自分の事を相手に売ったのだと。

 

 

それを悪いとは思うことも出来ず、リリは受け入れていた。他ならぬ、騙して彼らの利益を奪ったのは他ならぬ自分自身だ。

 

 

このまま殺されるかもしれない、そう思うリリは他に現れた男を目にした。

 

 

『派手にやってんなぁ、ゲドの旦那ァ』

 

リリを脅して金を奪い取ろうとしてきた者達、彼等はリリと同じく【ソーマ・ファミリア】の冒険者。そのリーダー格である中年の獣人、カヌゥに機嫌よく話しかけるゲド。

 

 

 

そんな彼に、カヌゥはとんでもない事をした。彼は隠し持っていたモノを放り投げながら、

 

 

 

『ゲドの旦那、奪ったもん全部置いてってくれねぇですか?』

 

淀んだ瞳を、同業者に向けた。リリはその眼をよく知っている、金に執着する貪欲なものだ。そして彼女の目の前に、放り投げられたモノが蠢く。

 

 

 

キラーアント。

七階層に存在する群れを為すモンスター。しかしそれは下半身を失い、瀕死と言うべき状態。悶え苦しむようにキラーアントは独特の悲鳴をあげる。

 

 

恐怖に絶句するゲドは、キラーアントの性質をよく経験していた。瀕死のキラーアントは仲間を呼ぶフェロモンを撒き散らす。生殺しにした場合、その仲間が徒党を組んで襲いかかってくるのだ。

 

 

ソロでなら勿論、パーティーを組む者にとっても、危険でしかない特性。しかもカヌゥの仲間が何匹もの瀕死の蟻を地面に転がす。どれ程の群れが引き寄せられるのか、想像もしたくない。

 

 

 

恐慌しかけたゲドは命を優先して奪った物を放り捨てながら出口の一つへと走り去っていく。その後、何度か悲鳴が聞こえて以降、何もしなくなる。

 

 

カヌゥ達の目的はリリの騙し取ったもの。それと彼女から金の在処を聞き出した。その間はキラーアントから守っていたが、それを終えるとカヌゥはリリを軽い身体を持ち上げて、

 

 

 

『最後の最後まで、俺達の為に役立ってくれよ。サポーター?』

 

笑いながら、リリをキラーアント達の方に放り投げる。大勢の群れで迫っていたモンスターがリリに反応し、ゆっくりと迫っていた。

 

 

 

リリルカ・アーデは、冒険者を信用したくないと思った。こんな風に利用されるのが自分のしてきた事に対する因果応報なんて、絶対に認めたくなかった。

 

 

 

少なくとも、あの二人は違った筈だ。

 

リリが知るような冒険者とはかけ離れたあの二人。ベルとキョウ。片方は彼女を間接的に追い込んだとも言えるが、そもそも自分が騙さなければ彼もこんな事はしなかっただろう。

 

 

きっと天罰なのだ。彼等の好意を、期待を裏切った自分への。それならば仕方ないと、リリは受け入れられそうだった。

 

 

 

これで終われる。長い苦しみから解放され、ようやく自分をリセット出来る。心からリリは笑った、泣き笑いというべき顔で。

 

 

 

 

 

 

「ファイアボルトオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 

爆炎が、ルームに広がる。群れを為していたキラーアント達は突然の攻撃に困惑しながら焼かれるしかない。雷のように轟き、目の前の障害を薙ぎ払う炎。その中から、一人の少年がモンスターの壁を打ち破ってきた。

 

 

 

ベル・クラネル。

リリが騙した筈の少年が決死の表情で蟻の群れを突破してきたのだ。理由は簡単だが、リリにとって分からない。

 

 

───自分を助けに来たなんて、認められる筈がなかった。

 

 

 

キラーアント達もすぐに正気を取り戻すと、標的をリリからベルへと切り換える。その物量でベルを周囲から押し潰し、圧倒しようとしていた。

 

 

 

 

 

しかし、そんなキラーアントの真後ろ。先程ベルが現れた通路の方角から、青白い槍が飛び出す。冷たい刃が切り裂き、灰へと変える。

 

 

 

奥底から、一人の青年が現れる。ユラリと、無気力そうに揺れながら。

 

 

 

 

「───キョウ、さん?」

 

 

ベルの呼ぶ声に、キョウはピクリと反応した。近くにいるモンスターを切り裂き、凍らせて行きながら、彼はベルの元へと辿り着く。

 

 

 

少年の視線に、キョウは僅かに沈黙していた。意を決して口を開いたのは、すぐの話だった。

 

 

「…………俺も、何をしたいのか分からない」

「………、」

「───行け、お前がやると言ったんだ。こんな事は俺に任せてな」

 

 

はい、と応じたベルはリリの元へと向かう。その背中をずっと見届けていた。そしてすぐさま目の前の標的を睨み付ける。

 

 

 

ギチギチギチギチ、と口を鳴らす蟻の一群が動き出す。その内の数匹がキョウを通り過ぎて後ろに向かおうとしていた。ベルとリリルカに、近づこうと。

 

 

 

「おい、待てよ」

 

しかし、今のキョウはそれを許さない。氷のように鋭い威圧を放ち、蟻達の敵意を自分に集める。同胞を殺したキョウへと、集中する。

 

 

「お前らの相手はこの俺だ。たった一人が相手だぞ?」

『───ギィッ!!』

「殺してみろ。それが出来ないなら失せろ、臆病者が」

 

 

嘲りを向けた直後、キラーアント達が一斉に突貫する。彼に激しい怒りを抱くようにも叫び声が鳴り響き、高らかと共鳴する。

 

 

圧倒的な群れを前に、キョウはヒンヤリとした冷気を帯びる。これを使うのは得策ではないと、彼自身が知っている。なんせ凍結を纏わせ、自分自身をも冷やす危険な技。

 

 

 

それでも、キョウは躊躇することはなかった。容赦なく自らの命を削りかねない技を行使していく。

 

 

 

「────」

 

 

 

氷が舞い、氷が散る。

 

キョウは鋭い長剣を振るい、より多くのキラーアントを氷像へと変える。唯一負けている物量、それによって為された壁に、キョウは勢いよく地面を踏みつける。

 

 

足元から発生した氷が、波となり前方を飲み込む。ただ凍らせるだけではなく、氷の牙がモンスター達を容赦なく噛み砕いていく。

 

 

徐々に削られていくキラーアント達を横目にキョウは後ろを見た。そこではリリルカが、ベルを問い詰めていた。

 

 

───どうして、自分なんかを助けたのかと。

 

 

思わずキョウは顔を歪める。自責に念に駆られながらも戦う手を止めることはない。そんな彼の耳に、ベルの声が聞こえた。普通なら聞こえる筈が無いが、何故か耳に入ってきたのだ。

 

 

 

 

───僕、リリだから助けたんだ。

 

 

 

───上手い理由なんて見つけられないよ。リリを助けることに、理由なんて………

 

 

 

 

「────ハッ」

 

 

理由なんて無い、自分の問いと同じ事を言った少年にキョウは咄嗟に笑っていた。自らの口から溢れた感情に不思議に思いながらも、口角を緩ませる。

 

 

 

この先には行かせない。キョウは決意する。自分を裏切り、同時に裏切られた少女の嗚咽と、少年の思いを耳に聴きながら、キョウは改めて決意した。

 

 

 

彼等を守るのは他ならぬキョウの贖罪。苦しみ続けてただそうするしかなかった少女を、仕方ないと切り捨ててしまったキョウ・レギオンがしなければならないこと。

 

 

謝ろう、彼は思う。少年とあの少女に。自分のしたことを、心から謝ろう。その為にも、全員が生きて帰らなければならない。

 

 

ピシリッ! と脳内に響く。表面を覆っていた氷が砕け、剥がれていく音。あまりにも軽い音はある事を意味していた。

 

 

女神フレイヤが見ていた魂。分厚い氷に包まれていた彼の魂が僅かにだが姿を見せる。少ししか無いが、それでも氷の膜が融解したのは間違いない。

 

 

 

────彼の心の変化。迷宮の上、バベルの上で慈愛ある女神は小さく笑った。その変化を喜ぶと同時に、寂しそうに。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、『ダレカ』は小さく笑う。禍々しい色をした八本の鎖が繋がった、同じ数ある槍によって全身を拘束された『ダレカ』が。

 

 

いずれ来る未来を楽しむように、そして姿の見えない誰かを憐れむように、ただ笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの出来事から数日が経つ。

 

西方のバベルの門の付近。数多くの冒険者が通り過ぎるその場所に、ローブを着込む少女が座り込んでいた。

 

 

 

リリルカ・アーデ。

あの時、自分を助けてくれた二人から離れた彼女は行く宛も無く彷徨っていた。【ソーマ・ファミリア】の仲間達はリリを死んだと決めつけたらしく、その存在を気にした様子はなかった。

 

 

 

どうするべきか、彼女はそう思い悩んでいた。だからこそ、自分の元に近寄ってきていた人物に気付けなかった。

 

 

 

 

 

「サポーターさん、サポーターさん。冒険者を探していませんか?」

「えっ?」

 

 

顔を上げると、そこには見知った白髪の少年がいた。その後ろには同じく知っている青年が付き添うように立っている。

 

ただ呆然とするしかないリリに、ベルは優しく笑いかけた。

 

 

「混乱していますか? でも、今の状況は簡単ですよ?サポーターさんの力を借りたい半人前の冒険者の二人が、自分を売り込みに来ているんです」

 

リリは思わず隣にいる青年の方を見る。彼は申し訳ないようにしていたが、すぐに困ったように笑う。それは受け入れているかのようにも感じられた。

 

 

ベルは恥ずかしそうに、右手を伸ばす。

 

 

「また僕たちと一緒に、ダンジョンへもぐってくれないかな、リリ」

 

 

たったそれだけの言葉が、どれだけ嬉しかったか。リリは頬を赤く染め、涙ぐんだ瞳で二人を見て、

 

 

 

 

「───はいっ、お二人様、リリを連れていってください!」

 

 

ベルとリリ、キョウの三人。彼等の関係がリセットされ、新しく始まる。

 

 

 

 

 

 

 

彼等がそうしてる間、十二階層で一人の青年が戦っていた。四つの色が混じった剣を振るい、それに応じるように四色の魔法が周囲のモンスターを殲滅していく。

 

 

 

彼の名は、カイ・ソルヴァーナ。

四元素の魔法剣士(フォーエレメント・セイバー)】という痛々しい二つ名を持つ青年は、普段のような穏和さとは全く違う様子だった。鬼気迫るような、どちらかと言うと自分自身を追い込むような。

 

 

 

モンスター達を片付けた後、彼はボロボロの身体だった。腕は焼け、顔にも切り傷が残っている。そんな重体にもかかわらず、カイはポーションを軽く飲んだ。それだけを終えると、すぐさま魔石を剥ぎ取って立ち去っていく。

 

 

 

 

「………もっと、もっとだ」

 

 

 

深層へと進む彼の姿は、危なっかしい所ではない。寧ろすぐにも死ぬかもしれない。それでもカイは足を止めることは無かった。

 

 

 

「もっと────強くならなきゃ、強くならなきゃいけないんだ………!」

 

 

 

全てはファミリアの、自分を受け入れてくれた主神と団長の為に。そして、自らが冒した、弱さ故の罪を償う為に。カイ・ソルヴァーナは死地へと自ら進んでいった。

 

 

 

 

 

 

彼の後ろ姿を興味深そうに見つめる存在の視線に気付かず。薄い金髪を揺らし、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

「─────彼は、いいな」




リリとの話は終わりました。キョウさんは後で土下座(極東の人から教わった奴)でリリに謝るらしいですね(他人事)


ベルの宿敵がいるように、キョウさんの敵も作らなければならない………!!魔王殺しになる人なんだから、ミノタウロス並もしくは以上の奴にしないと!!(無茶振り)


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