犬吠埼樹(憑依)は勇者である (夏目ユウリ)
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日常の章
ここはどこ、私は誰


なんかゆゆゆで新しいの書きたいなぁ。

TSっていいよね。


「ん…………………あれ……」

 

突如うとうとしながらも意識が覚醒する。いや、正確には覚醒しきったとはいえない。視界がぼやけているため何がどうなっているのかわからない。

 

でもそれも徐々にゆっくりと回復していく。

 

「………天井」

 

意識が唐突に覚醒して一番最初に天井が映ったとなるとまぁとどのつまり俺は寝ていたのだろう。

 

……あれ、いつ寝たんだっけ。というかなんで寝てたんだっけ?

 

んーなんかおかしい。

 

「まだ寝ぼけてんのかな…」

 

それを口に出していう時点でもう寝ぼけてなくないと思いましたけどいっか、別に。

 

俺は眠いんだ。まだまだ眠れる。

 

「というわけでおやすみ…」

 

自らにかかっていた布団を適当に頭まで持ってきて体全身をくるませる。あったかい。

 

てな感じで再び夢の世界に旅立とうと思ったその時だった

 

ガチャ

 

みたいな感じの部屋のドアが開く音がした。

 

嫌な予感。やめて!俺を起こさないで!眠いの!(切実)

 

せめてもの抵抗ということで体を覆っている布団をギュッと掴む。

 

「樹ー朝だよー」

 

どこからともなく、というかすぐ近くからとても可愛らしい声が聞こえてきた。まだまだ幼さが残っているあどけない声が。

 

「…………ぇ…」

 

思わず小声で反応してしまった。––––––というか俺の声もなんか可愛くね?

 

あれ…んん……あれ…………?

 

頭の中をはてなマークが埋め尽くす。さっきまで頭の中を埋め尽くしていたはずの眠気がどこかへ消えていってしまった。

 

「もう朝ごはんできるよーおーきーて」

 

なおも続く可愛らしい声。

 

「………ぁ〜ぁ〜……ぁ〜ぁ〜…」

 

俺のことを起こしに来ている声を多少の罪悪感はありつつも無視して小声で発声練習みたいなことをしてみる。

 

うん、なるほどね。

 

 

 

 

 

 

 

やっぱりおかしいって!!!

 

めちゃくちゃ可愛いじゃん!俺の声!

 

「早く起きないとお母さんに言いつけちゃうよ!樹が悪い子って言っちゃうよ!」

 

未だに布団の外では可愛らしい声の主が催促するかのように声をかけてくる。

 

そんなこと言われましても…

 

「樹〜お姉ちゃんが起こしに来たぞ〜。えいえい」

 

なっ!?つ、ついに実力行使にきやがった!うぉー布団引っ張らないで!てか力弱!?

 

抵抗しようにも予想以上に俺?の力が弱すぎてしゅるりと布団を剥ぎ取られてしまう。

 

ついに謎の少女によってこの俺?の身が布団より解き放たれてしまったわけだがまだ負けてない!諦めたらそこで試合終了なんです!

 

てな訳で剥ぎ取られる寸前にとっさに目を瞑って静止する。

 

「あれ?樹?」

 

案の定謎の少女は不思議そうな反応をしている。ふふふ……勝った!

 

すると謎の少女…もうめんどくさいから少女はちょこちょことベッドの周りを動き回る。にしても随分アグレッシブなこと。

 

……案外黙ってじーっとしてるのって大変なのね…

 

目をつむってるから全然状況わかんないし。

 

ぷにぷに

 

ん?

 

ぷにぷに

 

ん?ん?

 

ぷにぷにぷにぷにぷにぷに

 

多い!多い!あとくすぐったい!

 

「ゃっ…」

 

思わず声を漏らしてしまった。あぁ…ここまでの努力が水の泡に…

 

んでやっぱめちゃくちゃ可愛い。…俺の声のはずなんだけどなぁ。

 

「あ!樹起きた!」

 

これ以上は流石に嘘眠りも無理があるかと思い目を開く覚悟を決めた。

 

「ん…」

 

再び開かれる瞼の重みに耐えながら目を開く。また視界が多少ぼやけていたが先ほどよりも早くそれも治る。

 

すると目の前にはまぁ何ということでしょう。とってもとっても可愛らしい幼女がいるではありませんか。年齢的には8歳から9歳ぐらいの見た目っぽい。

あとちゃっかり心の中での呼称が少女から幼女に変わってるけどそんなことはどうでもいい。

 

「えへへ〜おはよ。樹!」

 

こっちがようやく目を覚ましたと思って満面の笑みを浮かべながら朝の挨拶をかける幼女。うわぁ…マジで可愛い…えぇ…(昇天)

 

「…………………………」

 

「?どしたの?」

 

俺が黙ったままだからだろう、幼女は不思議そうに首をかしげる。そんな何でもないような一動作すらも見事に可愛い。天使ですね。間違いない。

 

「だいじょぶ、樹?どっか痛い?」

 

すると今度は不安そうになりながら俺の額に自分の額をくっつける幼女。子供特有の温かみが額を通してじんわりと伝わってくる。

 

思わず体がこわばって、同時に急激に体温が上昇するのを感じた。

 

「大変!お熱あるよ樹!お母さん呼ばなきゃ!」

 

「え–––あっ!ま、まって!?」

 

とっさに口から言葉をなんとか絞り出し部屋の外に出て行こうとする幼女を引き止める。こんな意味不明な状態でさらに登場人物を増やされるのは困る!一回落ち着きたい!てか落ち着かせてください…

 

幼女はなおも不思議そうに

 

「でもおでこすごく熱いよ?」

 

などと純粋な意見を述べてくる。

 

「もう平気だよ…ほ、ほら、ねっ?」

 

平気アピールとして身振り手振りをしてごまかす。自然に笑えているかどうかむしろ知りたくない…おかしな笑い方になっている可能性大だから。

 

「––––そっか!」

 

ちょっとの逡巡の末になんとか納得してくれたようだ。あ、だからもう一回額くっつけようとしないで、再発しちゃう。

 

「じゃあ今度こそおはようだね!」

 

「うん…うん…お、おは…よう」

 

この世にこれたどたどしい朝の挨拶があるだろうか?でも挨拶を返せただけ偉いと思ってほしい。

 

–––––にしても本当に可愛い子だなぁ。明るい茶色のロングヘアーを後ろで二つにまとめている。俗に言うツインテール。

 

笑顔が眩しく元気で活発そうな彼女を表しているかのようだ。

 

「ほら顔洗わなきゃでしょ」

 

「うん……………うん………?」

 

しまった!ついつい見惚れてしまったせいで普通に頷いちゃった!

 

そしてそのまま抵抗する隙さえ与えずに手を握って連行––じゃなくて部屋の外に連れ出されれそうな俺。というかいつき……って言ったっけ…?

 

名前で樹となると……まぁ樹だよな?

 

へぇー俺は樹ちゃんっていうのか。いい名前だなぁ、気に入ったよ。

 

とかなんとか思ってる間にあんだけためらっていた部屋の外に出てきてしまった。

 

そして俺の目に映ったものとは!?

 

 

 

 

「いい匂い…」

 

ごく一般的な家庭の風景だった。普通のマンションとかの普通のリビング。備え付けであろう台所からは包丁で食材を買っているであろう音と鍋から立ち込めるほのかな煙がチラッと見えた。

 

ちゃんとは見えなかったけど大きめの机の上にもちらほらとご飯やらなんやらが確認できた。

 

といっても俺はそのまま洗面所に直行させられたわけだけどね。

 

「樹ー顔お姉ちゃんが洗ってあげよっか?」

 

「えっ!?」

 

「たまに洗ってあげてるでしょ?」

 

うそん。マジかよ樹ちゃん。顔ぐらい自分で洗いなさいな。

 

「い、いいよ。うん…だいじょぶ…」

 

「そっかぁ」

 

そしてなんでちょっと残念そうなの?え、洗いたかった?

 

「じゃあさきに席ついてるからね。樹も早く来てね?」

 

「うん。–––ありがと」

 

あ、今のは結構落ち着いて言えたかも。

 

そして彼女はスタコラとリビングの方へと戻っていった。

 

「はぁ……」

 

思わずため息が出てしまったが寝起きならば顔はたしかにちゃんと洗うべきなので洗面台に向き直る。

 

 

 

 

「––––––––––––え」

 

そこには先ほどまで一緒にいた幼女と同じ髪色でショートカットが可愛い幼女の姿があった。

 

 

というか

 

 

「やっぱり可愛い……」

 




この樹ちゃんは本編通りの小動物みたいで可愛い樹ちゃんになってくれるのだろうか……?


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暖かい朝食

憑依樹ちゃんの物語第2話です。

犬吠埼家に産まれたかったぜ…!


バシャバシャと水が顔を叩く音が絶えず聞こえてくる洗面所。そこではひとりの少女?が解せぬといった顔で鏡を見つめていた。

 

「……夢であってほしかった…」

 

そう一言呟く。

 

先ほどまで頑なにベッドから出てこようとしなかった割にはすんなり理解したように見えなくもないがそうではない。

 

ただ現実を受け入れた––––正確には必死に受け入れようとしているところなのだ。

 

少し耳をすませばリビングの方で自分を起こしに来た少女とおそらく母親であろう女性の会話がちょくちょく聞こえてくる。

 

会話の内容自体は別段珍しくもない、違和感などないはずの日常会話。第三者から見たら微笑ましいものですらある。

 

だか、今の俺にとっては違和感がないことが違和感なのだ。

 

「…………」

 

バシャ

 

なんとなくまた水で顔を洗い、もう十分水でビショビショの顔をさらに濡らす。

 

この水の冷たさが心までも冷たくしていくようだった。

 

「可愛いのは可愛いけどさ…」

 

ビショビショになった顔さえたしかに可愛い女の子だった。

 

でもこれ以上ビショビショにするのもなんだか気が引けてしまったので観念してタオルで拭くことにする。

 

柔軟剤の優しい香りがどこか懐かしかった。

 

人間は受け入れたくないことや認めたくない時に無理やり変なことを言ったり、変にテンションを上げようとするみたいな話を聞いたことがある。

 

………まるっきりそれだな。

 

先ほどの少女に言われた通りなら顔も洗ってその目的であるはずの目覚ましもできているからリビングの方に戻ればいい。

 

…やだなぁ。

 

心の中で素直にそう思ってしまった。

 

状況も何もない、まるっきり意味がわからないのだ。

 

自分がどこの誰でここがどこで先ほどの少女が誰なのか–––––考えれば考えるほど頭の中がごちゃごちゃになって仕方がない。

 

なんか変に体が軽い気がするし、肌も白くてすべすべでもちもちだ。

手を見てみる。手をにぎにぎしてみる。

 

「ちっちゃい……」

 

 

 

 

 

 

とりあえず少しでも一人でいる時間を得たいのでピョンピョンと可愛く跳ねている髪を直すことにする。

 

幸い目の届く範囲に櫛があったらのでそれでとかしてみる。

 

「うわぁ…こんなにサラサラしてるんだ……」

 

それはゴワゴワでもなく変な硬さもない違和感ありまくりの髪、霧吹きをしなくとも櫛が抵抗なく通っていく感覚は悪いものではなかった。

 

「むぅ、なかなか手強いな」

 

ただそれで寝癖がさらっと直ってくれるかどうかは別問題であり、いくつかの寝癖はこれだけではダメそうだ。こんな時、それこそ男だったら直接髪を水で濡らしてみたいな方法もあるにはあると思う。

 

だが今の俺は否が応でも女の子の姿であり、それでいてそんなワイルドな方法は取りたくない。……説明のつけがたい罪悪感にとらわれるのだ。

 

「えーっと…霧吹き霧吹き…」

 

いわゆる寝癖直し水?ウォーター?があったのでそれを拝借する。

 

「おぉー」

 

予想以上の効果にちょっと興奮した。

 

だがこれでやることがなくなってしまった。いつまでも洗面所にいるわけにはいかない。

 

なにせ終わったら早く来てねと言われてしまっている。

 

鏡に映る自分が苦い顔をしている。そんな顔をしていてもなお可愛いのはすごいと思うけど…

 

 

「………………………………」

 

 

 

 

「っ…………はぁーーーーー」

 

 

 

 

 

よし!戻ろう!

 

これ以上重々しく考えてても埒があかない。当たって砕けろバンザイ!(砕けてはいけません)

 

 

きびすを返しつつゴクリと生唾を飲み込む。

 

 

 

 

「あ、樹ようやく戻ってきた」

 

リビングに辿りついたところで席に座ってもぐもぐとご飯をほうばっている少女。いい食べっぷりだ。

 

「えーっと……寝癖がなかなか直らなくて」

 

「あら樹ったら自分で直してきたの?」

 

母親らしき人が台所に立ちつつ視線も変えずに一言。

 

あ、あれ…?なんかおかしかったかな?

 

「うん、…なんとなくそんな気分で」

 

「樹も明日から小学一年生だものね。えらいわよ」

 

てことは俺の年齢は6歳ってことか……6歳かぁ…

 

「別にアタシがやってあげるのにー」

 

「風もそろそろ妹離れしなくちゃかもね」

 

「えーーー。お姉ちゃんが妹の面倒をみるのは当たり前なんだよ?」

 

この少女の名前はふうちゃんというのか。えーっと風でいいのか?

名前で風ってあんまり聞いたことない気がするけど活発そうな彼女には合っている気がする。

 

 

「はいはい。風は樹のことが大好きだものね」

 

「大好きだよ〜樹〜!」

 

「うひゃ!?」

 

心臓に悪いからいきなり抱きつかないで!!ただでさえ精神が安定してないんですよ!?

 

「ほら風お行儀悪いわよ。樹も早く席につきなさい」

 

「はーい」

 

「う、うん」

 

 

机にはすでに出来立ての美味しそうな朝食が並んでいた。どうやらこの家は朝からしっかりと食べる家庭のようだ。

 

とりあえず食べるか。どれまずは味噌汁から––––

 

「こら樹。ちゃんといただきますでしょ」

 

「あ–––––いただきます」

 

「はい、よくできました。樹は偉いね〜なでなで」

 

風の少し樹よりも大きい手が優しく樹の頭を撫でる。幼少期や児童期のコミュニケーションやスキンシップの有無で人格の形成は決まるって聞くけどそれは本当なんだなぁと実感する。

 

こんな状況であってもこうやって人に笑顔で頭を優しく撫でられたら嬉しいらしい。体の中に暖かく穏やかなものをじんわりと感じた。

 

–––––––いいお姉ちゃんなんだな。

 

 

 

「んっ…くすぐったいよ…」

 

「えへへ」

 

満足そうに笑って再び食事を開始する風––––お姉ちゃん。

 

姉に習って俺も元気よく食べますかね。

 

とりあえず味噌汁を一口。

 

「…美味しい」

 

そしてご飯をパクリ。炊きたてでまだ湯気が出ている。

 

「美味しいなぁ…」

 

机に置いてあった明太子を使うとさらに美味しい。

 

焼き魚やらほうれん草のおひたしなんかもつまんで食べる。

 

あーこりゃお姉ちゃんが隣でばくばく食べるのも納得だ。食欲が刺激されるとはまさにこのこと。

 

「風は明後日から新学期でしょ」

 

「うん、次は三年生だからもう中学年だよ」

 

一年生と三年生ってことは二つ違いでお姉ちゃんは8歳か。

 

「新学期の準備とか大丈夫なの?」

 

「えーっとね、鉛筆が足りないかも」

 

「じゃあ後で買ってきなさい。お店はわかるわよね?」

 

「うん、平気ー」

 

「………………」

 

これが家族の会話ってやつか……!

 

あ、熱いお茶美味い。やっぱ日本人は緑茶だなって。

 

 

 

 

 

「ごちそーさまでした!」

 

「ごちそーさまでした」

 

姉妹揃って両手を合わせて食後の挨拶。挨拶は基本だ。古事記にもそう書いてある(ちょっとふざける余裕が出てきた気がしなくもない)

 

さて、食器でも片付けますかね。

 

自分の食器を重ねて持っていこうとすると俺の手が届く前にお姉ちゃん……今更ながらちょっと恥ずかしいな。お姉ちゃんであるのは確かなはずだから何も問題はないんだけど、こう…気持ちの問題というか、ね?(何がだ)

 

「アタシがやってあげるからいいよ?」

 

お姉ちゃんの手が自分の食器と合わせて俺の食器も手際よく重ねて台所に持っていこうとしていた。

 

「そのぐらい自分でやるよー」

 

「だーめ。樹はまだ一年生にもなってないんだから怪我したら大変でしょー」

 

食器持って行くだけでそんな心配されます…?というかそれぐらいのことだったら三年生も一年生も変わらんって。

 

あぁ…!ほら食器カタカタしちゃってるし。全く、どっちが危ないんだか。

 

俺は食器のバランスが不安定になっている部分をそっと持つ。これで危なげなくなった。

 

「この方が危なくないよ。お姉ちゃん♪」

 

「…………」

 

……もしかして気味が悪い笑い方でもしてた?

 

石像のように固まったまま動かなくなって石像のようになってしまったお姉ちゃん。はて、どうしたものか。

 

「お姉ちゃーん、お姉ちゃんー?」

 

「…………」

 

呼びかけても返答がない。ただのしかばねのようだ…後6歳児の腕力だとこれだけの食器持ったまま待機ってのも結構きついんだよなぁ。

 

母親へのヘルプも視野に入れるべきか……でもまだ母親にさらっと話しかける勇気はないっす。

 

純粋に樹ちゃんが母親のことなんて呼んでるのかわからんし。ん?風お姉ちゃんはなんでわかったのかって?

 

––––––––さぁ?

 

「樹…!」

 

「うわっ!びっくりした!」

 

めっちゃ素の反応しちゃった!

 

すると先程までただのしかばねのようだったお姉ちゃんは妙にニヤニヤした顔をして

 

「あんたは本当ッに可愛い子だねぇ!!」

 

「おばあちゃんかよ」

 

は!?またやっちまった!こんな冷静にツッコミをする6歳児がどこにいるってんだよ…!

 

「樹がお姉ちゃん思いで可愛すぎて生きるのが辛い!」

 

「そんな元気よく生きるのが辛いとか言わないの……ほらはやく持っていこ、お姉ちゃん」

 

「妹よぉ〜」

 

どんな返事してんだ。

 

「〜〜〜」

 

なんか機嫌良さげだし。

 

 

 

––ったく、可愛いシスコンお姉ちゃんじゃねーか。悪くない。




朝食はちゃんと食べた方がいいと思う派です。

感想やら評価やらどしどしくれちゃってください。

すげー喜びます!(迫真)


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朝の終わり、自らの始まり

話の進め方にかなり考えを巡らせてます。先の展開はこうしたい!ってのが結構あるんですけど間をどう進めていくかが問題ダァ…


姉妹の共同作業(食器運び)を終え勝手にちょっといい気分になっていた俺は現在再び洗面所に来ている。

 

というのも

 

『樹は歯磨きしてきなー』

 

てな感じの指令をお姉ちゃんに受けたのだ。

 

お姉ちゃんは食器洗いを手伝うみたいなので俺もと思ったのだがいいからいいからと押し切られてしまった。

 

まそんなにたくさんあるわけじゃないし三人もいても効率が悪くなるだけと考えればその通りだから別にいっか。

 

ちなみに歯ブラシはペンで名前が書かれていたのでどれが自分のなのかはすぐにわかった。ひらがなで丸っこい可愛い字で『いつき』と書いてあったからだ。

 

…問題はここからだった。

 

「!?〜〜〜〜〜!?」

 

辛い辛い辛い辛い!!!

 

なんこれ?!めっちゃ辛いやん!!

 

さて歯磨きをしようと歯ブラシを口の中に入れて磨こうとしたタイミングで強烈な辛味が口中を駆け巡った。

 

「うぇぇ……」

 

たまらず洗面台に口の中のものを吐き出した。

 

ガラガラガラガラ

 

「ぺぇっ…」

 

コップを手にとって口をゆすぐ。なんとか急場はしのいだろうか……にしても辛い…

 

原因は分かっている。––––歯磨き粉だ!

 

特に考えずに目に付いたやつを使ってしまったから気づかなかったが今俺が使ったのは大人用の歯磨き粉だった。

 

6歳児にはまだあの辛さはきつかった……あ、イチゴ味のある。それにしよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちっちゃい歯に不思議な感覚を持ちながらも歯磨きはつつがなく終了した。

 

だが–––––ここで新たな問題に直面した。

 

それもちょっとやそっとのことじゃない…

 

重大極まりない実に恐ろしい問題…

 

少なくとも歯磨き粉とかへでもないような…

 

というか今後にも大きく関わってくるやつ…

 

それは…

 

 

 

 

 

 

トイレだ。トイレに行きたい。

 

今現在心が男でも体は女の子という矛盾を抱えている。

 

そしてまぁなんだ…ほら、違うじゃんやり方がさ、うん。男と女じゃ違うじゃないですか。

 

ほら大問題。

 

とは言っても生理現象に文句を言っても仕方がない。恥ずかしいからといってじゃあ行くのやめとくか、なんてことは不可避。

 

そして我慢に我慢を重ねた結果は・・・目に見えている。

 

その結末は絶対に避けねばならない。

 

 

 

––でも6歳ってまだお漏らししてもギリ許される歳説もあるにはあるよな?

 

あれ、どうなんだろ。俺日本人のお漏らし許される平均年齢知らないしなぁ………んなもん誰も知らんか。

 

というか許される許されないの問題じゃなかった筈だ。単に俺の羞恥心の問題なわけで。

 

マジでどうしたもんだろうか……?

 

 

「どうしたの?」

 

「ぴゃぁ!?」

 

トイレに行くべきか行かざるべきか(行けよ)を考えすぎて背後から近づいてくるお姉ちゃんに気づかなかった!おま!あとちょっとで危なかったからな!尿意がさぁ!

 

「樹は悲鳴まで可愛いなぁ〜」

 

「それは私もどうかと思うよお姉ちゃん。…ってそうじゃなくて!」

 

「そうじゃなくて?」

 

「・・・なんでもない」

 

「トイレ行きたいの?」

 

「なぜバレた?!」

 

シスコン極めすぎてエスパーに目覚めたとか?シスコンすげー

 

「だってそんなにもじもじしてたらなんとなくわかるよ?」

 

「うっ……ごめん…」

 

「謝ることないのに」

 

なんとなくです。気づかぬうちにそんなことをしていたなんて…。無自覚って怖いね。

 

「ほら、こっちきなー」

 

やれやれといった感じでお姉ちゃんは俺の手を掴んでずんずん進んでいく。ちょ!あんま引っ張るとやばいから!

 

「ちゃんとトイレできるか不安なんでしょ」

 

いや、ある意味正解だけどさ。なんかベクトルが違うというかなんというか。

 

「お姉ちゃんに任せなさい!ちゃんと見ててあげるからね」

 

 

ん?

 

 

 

・・・ふむ

 

 

 

なるほど。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・はぁぁぁぁぁ!?

 

なーに言っちゃってんのヨォ!?

 

 

「お!お姉ちゃん!待って待って待って!」

 

たまらずお姉ちゃんに待ったを申し込む。

 

なんぞやと言いたげに首をかしげるお姉ちゃん。だがすぐにひらめいたかのように顔をニヤつかせ

 

「あ、もう危ない感じ?」

 

とか言ってきやがった。おいこら、張り倒すぞ。

 

「違う違う、そうじゃなくてさぁ…」

 

「はいはい恥ずかしいのは分かってるから。早く行くよ」

 

いやわかんないね!俺のこの苦悩は誰にもわからない!

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、ちゃっちゃとしちゃいなさい」

 

「…………」

 

どうしてこうなった。

 

俺が何かしたってのか?俺は女の子の姿でトイレをするのが恥ずかしくて苦悩していたはずなのになんでよりにもよってプラスアルファの辱めを与えるんだ。

 

なんで目の前で仁王立ちしてる姉の前でトイレをせにゃならんのだ。

 

 

 

だぁぁぁ!!!

 

 

もういい!パジャマのズボンを脱ぐ!パンツを脱ぐ!だけの簡単なお仕事です!

 

はい脱いだ座った耳を閉じた目をつぶった!

 

 

 

さらば羞恥心!また会う日まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「樹、着替え出しといたから着替えときなさいね」

 

「はーい」

 

「はい、でしょ」

 

「ほい」

 

「ふざけないの」

 

「はい」

 

さて終わったことは水に流すとして次なる行動に移ろう。ふむふむ着替えね。

 

部屋に戻ってきた俺は母親が出してくれた着替えを手に取りつつパジャマから私服へのシフトチェンジを図っている。

 

なんかもういいやって感じ。別にパンツぐらいはでもない。

 

ただ裸は無理–––––––と言いたいところだがそうは問屋が卸さない。

 

裸見てらんないっておまえ風呂どうすんだよってわけだ。

 

着替えで裸見られない奴が風呂で自分の体ゴシゴシ洗えるかって。無理ですよね。だから俺頑張る。

 

部屋のスタンドミラーに映るサファイア色の瞳がハイライトを失っているのはきっと気のせいだ。

 

「ざーんこくな、てんしのーてーぜー。まーどべーかーーらやがてとびたつ!」

 

気を紛らわすために某残酷な名曲を歌いながらミッション(着替え)を行う。

 

布が擦れる音がなぜかいちいち気になる。

 

「ほっとばしっるあついぱとすでーー」

 

女子というのは着替え一つにここまで苦労するものなのか?なかなか思うようにいかない。

 

「おっもいでをうらぎるなーらー」

 

えーっとーーここがこうであそこがあーで…

 

「こーのそっらをだいてかーがやっくー」

 

あ!いけそういけそう。

 

「しょうねんっよしんわになれ!!」

 

サビからの歌い終わりでスタンドミラーの前に躍り出る。っしゃ!完璧!

 

 

「うるさいわよ!樹!」

 

部屋の外から怒鳴られた。ごめんさいお母さん。

 

しかしそれに見合うかわいさ。

 

「パジャマも可愛いけど、やっぱり私服は格別ですな」

 

何がやっぱりなのかは自分でも分からん。とにかく可愛いは正義。

 

「えい」

 

意味もなくその場でくるっと回ってみる。ショートヘアーでありながらも微かになびく髪の毛。小1らしいまだまだ未発達な体各種。こんな可愛い子が将来大きくなっていったらどんな可愛い子になってしまうのだろうか?

 

現段階で可愛いのに。

 

あと何回でも言うけど声がまぁ可愛いこと。

 

この声だったら歌うのとか楽しそうだし面白そうだ。可愛い声であえていやそれ?みたいな歌を歌ってみたい。

 

「風ー樹ー行ってくるわよ」

 

部屋の外から母親…めんどいしお母さんでいっか。お母さんが呼びかける声が聞こえてきた。出かけるようだ。仕事だろうか?

 

 

 

「風?ちゃんと樹のこと見てるのよ。樹?お姉ちゃんの言うことはちゃんと聞いてね」

 

「はーい」

 

お母さんの言いつけに大きな声で返事をするお姉ちゃん。

 

「はいは伸ばさないの」

 

「ふい」

 

「風ちゃーん?」

 

「はい!」

 

「よろしい」

 

なんかさっきと似たことやってるし。姉妹は似るもんなんかね。……俺は別に姉妹でもなんでもないんだけどね。

 

この子がってだけだから。

 

「樹もよー。わかった?」

 

「うん!」

 

部屋の外にいることを考慮して大きめの声で返事しておく。

 

そしてドアがガチャと閉まる音がした。今更だけどマンションか。今更だけど。

 

すると間髪入れずに今度はお姉ちゃんの声が聞こえてきた。

 

「この後文房具屋さんに行くけど樹も来るー?」

 

やはり部屋の外からなので少し声は大きめ。にしても…文房具屋さんか。

 

一瞬の逡巡の末

 

「うん、行くー」

 

と返した。

 

「じゃあ準備するから樹もしといてねー」

 

「はーい」

 

「はい、でしょ」

 

「あ、今のお母さんの真似だ」

 

「正解〜」

 

ちょっとしたクイズに正解したのちお姉ちゃんも女の子だし色々とすることがあるのだろう。話しかけてはこなかった。

 

んで俺は準備といってもなにをすればいいのかよくわからないのでとりあえずベッドに寝転がることにした。

 

これも今更だけど姉妹で部屋別々なんだ。贅沢な使い方。

 

嬉しいけど。

 

部屋をキョロキョロと見回してみる。小1に明日からなる女の子が与えられる部屋にしては十分な広さがあるように思える部屋にはそんなにものは置いていなかった。

 

まぁそれもそうか。

 

むしろこのぐらいの年齢から自分で色々と買ってきたりして自分だけの部屋を作ってくんだもんな。

 

女の子女の子しすぎてない感じはちょっと有難い。

 

ただどれも真新しい感じがするのはどこか落ち着かなくもある。

 

 

 

そして不思議に思った。

 

いつのまにかなんとも言えない違和感が薄れてきているのに。

 

不自然な感覚が少しではあるけど落ち着いて自然になってきた気がする。

 

俺は俺だけどこの『樹」という少女も俺である感覚と言うのだろうか。

 

そういえばさっき俺は考えるよりも先にお姉ちゃんが母親の真似をしていることを指摘した。とっさに自然と会話していたのだ。それこそ姉妹みたいな日常会話を。

 

「樹………樹……」

 

ボソッと小さく自らの名前を口ずさむ。噛みしめるように、染み込ませるように。

 

「俺の……私の名前は–––––樹」

 

 

…やっぱりいい名前だなと思った。

 




そういえば花結い章終わってしまいましたね。

あの一枚絵は反則やでほんま…


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日常の始まり

犬吠埼姉妹はこの世の摂理(暴論)


一日の疲れを取るのはお風呂なんてよく?言うと思うんだけどそれはあながち間違いでもない。

 

 

「ふぅ…………」

 

湯船に浸かりながら今日一日で起きたことと得た情報をなんとなくかな整理していく。

 

ちなみにちゃんと体を洗ってから入っているぞ。え?よくできたなって?

 

恥ずかしかったですよ?

 

もちろん。

 

…頑張ってんだよ。

 

でももういいんだ。こんなのそのうち慣れていって当たり前のものになってくるんだから。…たぶんトイレとかも。個人的に着替えとかお風呂とかよりもトイレがなんか一番恥ずかしい。……やってはいけないことをやってしまっている背徳感がすごいからね…

 

 

閑話休題。

 

 

話を切り替えることにしよう。

 

何やかんやで今日1日で色々な情報を手に入れた。

 

それは例えば俺の名字が『犬吠埼』というのもだったとか、ここは四国は香川県讃州市という場所だったとか、そんなことがどうでもよく思えてしまうほどのものがあった。

 

 

 

 

曰くこの世界はもう四国の外は謎のウィルスで壊滅しており、海の沖にある巨大な壁によって四国のみが守られているらしい。

 

その壁は『神樹』という名のいくつかの神様の集合体によってつくられているとのこと。

 

そしてそんな神樹を崇め奉っている組織『大赦』が実質この四国を治めているということだった。

 

さらにどうやらそんな終末世界になってしまったのはここ数年とかの話ではなく約三百年前から。その時に元号も『西暦』から『神世紀』

へと変わった。

 

そして我が犬吠埼家の両親はその大赦に勤めているとのことだった。仕事で色々と忙しいらしく両親ともに家にいない時間も結構多いみたいだった。

 

だからあの姉はなにかと世話を焼いてくれるのだろうか?

 

小さな妹のためにしっかりしなきゃ、と考えているのかもしれない。

 

 

「樹ー着替え置いとくからねー」

 

「ありがとー」

 

こんな感じで。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう樹?気持ちいい?」

 

「うん、気持ちいい〜」

 

お風呂上がりに俺はお姉ちゃんに髪を乾かしてもらっていた。

 

別に自分でやっても良かったのだが、お姉ちゃん曰く

 

『こういうのは適当にやっちゃダメ!髪は女の命なんだから!』

 

と力説された。全くどこでそんな言葉覚えてきたのやら、あんたもまだ小3でしょうに。

 

「お客様〜お加減方はいかがですか〜?」

 

「大丈夫で〜す〜」

 

「お客様の髪はサラサラでツヤツヤでもふもふですね〜」

 

「美容師さんも髪綺麗だと思いますよー私も長くした方がいいですかね?」

 

「もちろんロングも似合うと思いますよ!でもショートはショートでとってもお似合いですよね!」

 

「あ、じゃあもうしばらくこれで〜」

 

短い方が洗うの楽だしな。女の子っぽくはないけど…そこはご愛嬌で。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おやすみ樹。あとこれ入学祝いだよー」

 

可愛い柄がついた消しゴムだった。嬉しい。

 

「ありがとうお姉ちゃん♪」

 

思わずにっこり。大切にとっておこう。…でも消しゴムを使わずとっておくのもちょっとおかしいかな?

 

 

 

 

 

小さな豆電球だけが付いている部屋の中で布団をかぶって天井を眺める。

 

気づいたら小さな女の子になってた上になんだか世界観が俺の中にある常識と所々異なっていて本当に不思議な気分だ。

 

気づいた直後はもちろん意味不明で焦ったし取り乱した。トイレも着替えもお風呂も大変だった。

 

話すこと、歩くこと、食べること、飲むこと

 

当たり前のことに逐一新鮮なものを感じた。

 

『神樹』と『大赦』そして四国以外何も残っていない崩壊した世界。『神世紀』という聞きなれない元号、俺–––『犬吠埼樹』という一個人としてでは到底収まりきらない大きすぎる世界の現状。

 

でも–––––それでも何より今の俺の頭の中にあるのは、あの明るいお姉ちゃんの笑顔だった。

 

文房具屋さんに行った後に商店街でお母さんからのお使いに一緒に行ったのだが、お姉ちゃんは商店街の人と話すときは俺と話すときとは違う目上の人に対する言葉遣いをしていた。

 

当たり前のことだ、と言えばそれで済む話だが小学三年生でそれがすでにできているのは結構すごいんじゃないかなぁと俺は思った。

 

家に帰ってからも、母親の帰りが遅いというのもあって炊事洗濯を子供ながらに頑張ってやっているのを目にした。ちなみに手伝おうとしたら断られてしまう。なんでや。(なんとなく想像はつく)

 

「お姉ちゃん…」

 

素直に尊敬してしまう。もし誰かにそんな一日で何を言ってるんだと思われてもいい。率直にそう思ったのだからきっとそれが本心なんだから。

 

今日1日を何だかんだ平和に特に問題もなく(トイレには金輪際ついてこないでほしい後お風呂一緒もまだもうちょい時間をください…)

 

……まぁそんな感じで過ごせたのはあのお姉ちゃんのおかげだった。

 

えーっと後は・・・小学生頑張ってやっていこうかなって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の午後

 

入学式が無事終わった。式には可愛いスーツを着て参列した。

 

後お姉ちゃんがなぜかついてきててなぜか泣いてた。

 

うん、卒業式じゃないんだから。

 

 

「樹ぃぃ……あんなに……あんなにしっかり座ってちゃんと校長先生の話聞いて偉いよあんたはぁ……っぐす」

 

泣くとこそこかよ。話はたしかに長かったけどね。

 

後あれだよ、あれ。

 

『神樹様に拝』って親も教師も子供もみんな目をつぶって手を合わせてたあれ。マジで宗教じみたことしてるんだ、ちょっと驚いた。

 

 

 

新しくピカピカの一年生として編成されたクラスでは早速一人ずつ自己紹介をしていくことになった。自分の名前と好きなものを何かなんでもいいから一つとのことだ。

 

造作もないことだ。

 

「ぃ、い、犬吠埼…樹…です………」

 

前言撤回。俺こと犬吠埼樹はあがり症だったようです。

 

ちなみに好きな食べ物の圧倒的うどん率、さすが香川。

 

 

んでもって現在下校中。結局あまりクラスの人と会話することもなく終わってしまった。挨拶は会話に含まれますか?(涙目)

 

真新しいランドセルが変に重く感じる。

 

隣では何かを察したのかようなお姉ちゃんの顔。校門で待っていてくれてたのだ。やっぱり心配だったらしい。

 

「だいじょぶ?なんかあったの?」

 

家に向かう足を止めて目線を俺の高さにまで合わせて優しく問いかけるお姉ちゃん。その目は少々不安げだった。

 

「…ううん」

 

首を小さく降って否定の意を示す。ほんとは結構落ち込んでいる。

 

でも何か嫌なこととか悪いことがあったわけじゃないのは事実。だから別に嘘はついていない。

 

……なのに、なんか胸がチクチクする。

 

「樹…」

 

呟くようにして俺の名前を呼ぶお姉ちゃん。

 

そして俺の小さな手をそっと包み込むようにして握った。お姉ちゃんはそれ以上何をいうでもなくするでもなかった。

 

胸が暖かくなって少し肩の力が落ちか気がする。

 

俺たちはそのまま手を繋いで帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お客様、今日もとても可愛いですよ〜」

 

「えへへ〜」

 

晩御飯を食べてお風呂に入って髪を乾かしてもらってるところで今日も美容院ごっこ。結構楽しい。

 

それと今家には俺とお姉ちゃんの二人しかいない。お母さんは入学式の後慌ただしく仕事に行ってしまった。今も家にはいない。

 

んでお風呂は二人で入った。………正確には一人だったけどお姉ちゃんが乗り込んできやがった。びびったわ!!!

 

まだまだ子供とはいえ流石に自分よりは発達している体な訳でさ…なかなか視線のやり場に困った…

 

体全身洗われるし髪も洗われるしで顔が真っ赤。お姉ちゃんはのぼせたと勘違いしてたみたいだけど…

 

「ねぇ樹」

 

「んー?」

 

「あんたにはお姉ちゃんがついてるんだからね?何にも心配はいらないからね?」

 

「––––うん」

 

 

 

 

 

 

一週間も経つとある程度生活にも慣れてきた、と思う。

 

学校でのクラスメイトとの生活はやっぱりまだ慣れないけど…それでも全然会話もしないみたいなことはない。挨拶はもちろん遊びとかおもちゃとかそういう他愛もない話をしたりもする。

 

ただ内心ビクビクしてるってだけ。

 

授業が始まり、給食も始まった。俺はサラダが苦手で鼻をつまみながら食べるのが精一杯だった。お姉ちゃんに相談したほうがいいかもしれない。

 

 

発育測定というものもあった。

 

身長体重は案の定平均より小さく軽かった。

 

「あ…体重増えちゃってる…」

 

「風はちょっと食べ過ぎなのかもね」

 

「がーーん…」

 

「でもお姉ちゃん身長は結構伸びてるよ?」

 

「あ、そっか!身長が伸びたから体重もその分増えただけか!ありがと樹!」

 

「それ違うと思う」

 

「絶対食べ過ぎね」

 

「がーーん…」

 

 

自分の身長に関してはこれからに期待することにした。お姉ちゃんほどではなくてもよく食べることは大事かもしれない。でもお姉ちゃん!あんまり野菜使わないでほしいなって…

 

 

「ねぇねぇお花見行こうよ、お母さん」

 

この生活が始まって二週間か三週間が過ぎた頃だったかにお姉ちゃんが突然そんなことを言い出した。

 

「あらいいわね。楽しそうじゃない」

 

「でしょ!樹はどう?」

 

「うん、楽しそうだね」

 

俺としてはお姉ちゃんの笑顔が見られるのが楽しいけどね。

 

「お父さんに相談してみましょうか」

 

「やったー!」

 

お父さん……かぁ。

 

実は我が父親を俺は少し苦手だったりする。

 

というのも…

 

 

 

 

 

「樹」

 

「な、なに?」

 

「学校はどうだ」

 

「う、うん。大丈夫」

「楽しいか?」

 

「は…はい」

 

「そうか」

 

 

時々家にいるときにする会話は大体こんな感じ。遠回しに心配してくれるのはなんとなくわかるけど口調がね…ちょっと怖い。

 

ちなみにお姉ちゃんは

 

 

「風」

 

「んー?」

 

「学校はどうだ?」

 

「楽しいよー。今度遠足もあるしね」

 

「遠足か。どこに行くんだ?」

 

「運動公園だよ。あのおっきい遊具とかいっぱいあるところ」

 

「あそこか……樹とはどうだ?」

 

「可愛くてたまりません!」

 

「そうか」

 

「あとあとお父さん!今度みんなでお花見行こうよ!まだギリギリ桜咲いてるし。ね?ね?」

 

「……考えておこう」

 

「よろしくねー!」

 

 

やっぱりお姉ちゃんすげーや。

 

ついでながらお花見はお父さんの仕事の都合でお蔵入りになってしまった。残念。




原作に入るまでどうか気長にお願いします。…入ってからもお願いします。


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遠足とビショビショな梅雨

ゆゆゆの戦闘シーン見ててやっぱり思うんですけど……樹ちゃんのワイヤー攻撃えぐいっす。あとめちゃカッコいい。なんか肉弾戦でもその気になれば活かせそう。


「次樹ちゃんの番だよー」

 

「う、うん…」

 

眼下に広がるのはそこらへんの公園では見かけないような長さの滑り台。そして後ろには自分の番はまだかまだかとウズウズしている同じ班の人たち。

 

俺は覚悟を決めた。(諦めた)

 

「っえい…!」

 

そしてとっさに目をつぶった。

 

「…………!!!」

 

景気良くなかなかの勢いで滑り落ちていく。滑り台特有のお尻のデコボコが体全体を振動で踏まえさせる。

 

目をつぶっているから自分が今どんな状況かわからないのが難点だがこのスピード感は怖いというよりは…………楽しい!

 

「ねぇねぇ樹ちゃん!どうだった?」

 

下まで降りきったところで同じ班の女の子に声をかけられる。

 

その瞳には期待の眼差しが浮かんでいた。

 

俺は少しおっかなびっくりしながら

 

「た、楽しかったよ…!」

 

と答えた。相変わらず内心びびったままではあるが…

 

 

 

 

 

 

 

今日は何を隠そう遠足に来ていた。比較的近所の運動公園、俺は来るのは初めてだと思ってたけどお母さんが言うにはもっと小さい頃に来ていたらしい。

 

日程としてはアスレチックエリアで遊んだ後は班対抗のドッジボール。そして昼食(お弁当)というものだった。

 

ちなみに班というのは小1から小6までひっくるめてランダムで編成された班のことだ。まぁ一年生だけでドッジボールとか成り立たなそうだもんなぁ…俺非力だし。

 

この班はアスレチックで遊ぶ時も昼食の時も固まって過ごすことになっている。

そして今はアスレチックの時間。俺は再度あの興奮を味わうために滑り台に並び直している。なかなか人の数が多いので回ってくるのは少し後になりそうだ。

 

「あ、お姉ちゃん」

 

早く回ってこないかなぁとうずうずしていると自分の前に並んでいる人がお姉ちゃんであることに気がついた。

 

お姉ちゃんは俺と同じ班なので(マジでありがたい!)近くにいることはわかってたけどね。お姉ちゃんはニコッと笑って俺の頭をそっと撫でた。ちょっとくすぐったいけど嬉しい。

 

「樹は体操服着てても可愛いわねぇ」

 

「朝から見てたでしょ?」

 

「改めて見るとまた違うもんなのよ!」

 

「えへへ…照れちゃうよ。それにお姉ちゃんも可愛いよ?」

 

「……あーこれはダメ。可愛すぎる…」

 

いちいち感慨深くなるお姉ちゃんでだなぁ。

 

「あ!この子が風ちゃんが言ってた妹ちゃん?」

 

びくっ!!!

 

「そうだよー可愛いでしょ〜」

 

「うんうん!風ちゃんに結構似てるんだね」

 

「そりゃぁ姉妹ですから!」

 

なんだ…お姉ちゃんの知り合いかぁ……あーびっくりしたぁ…

 

「こんにちは。元気?」

 

「あ…えっと……あの…」

 

お姉ちゃんの知り合いだし怖い人でもないことわかる。でもなかなか言葉が出てこない。

 

落ち着け落ち着け!こういう時はあれだ!

 

脳内で口に出す言葉をしっかり選んでそれをそのまま言えばいいんだ。うん。いわば一人脳内会議!

 

(あっと、その……犬、犬、犬吠埼………って脳内ですら緊張してんのかよ!?)

 

「…?」

 

うぅ…不思議そうな顔をしてらっしゃる…初手から躓いてしまった……気まずいよぉ。

 

 

「ほら、大丈夫だよ樹。お姉ちゃんのお友達だからさ。ね?」

 

「ご、ごめんね!なんか悪いこと言っちゃったかな?」

 

お姉ちゃんとその知り合いさんの優しさが痛い…

 

「い、樹です。犬吠埼樹っていいます…ぁ……元気、です…!」

 

「…………」

 

あぁぁぁ…そんなに黙らないでぇぇ……これでも頑張ってんだよ!?(逆ギレ)

 

 

「うん!どうぞよろしく!」

 

「……!」

 

差し出される手。驚く俺。優しく見守るお姉ちゃん。

 

…コミュニケーションって難しいね……

 

そう誰にでもなく心のうちで問いかけつつ知り合いさんの手を取り返す俺であった。

 

 

 

 

その後のドッジボールでは俺はあわあわしながらもなんと生き残った。(朗報!)

 

ろくに投げられないからかわすのに専念してただけと言われたらおしまいなんだけどね。

 

お姉ちゃんはほかの男子や上級生にも負けない動きを見せながらも俺を守ってくれた。面目ねぇ!

 

あとしつこくお姉ちゃんを狙ってやがった男子!許さねぇからな!……俺は何もできなかったけどな。

 

というか俺が生き残ったのはほぼお姉ちゃんのおかげでは……?

 

 

 

「樹ちゃんのお弁当可愛いね!」

 

「ほんとだーすごーい!」

 

「それに美味しそう!」

 

 

レジャーシートをひきつつ各自がそれぞれをお弁当を開き歓談に花を咲かせている。それは俺を含める俺の周りを例外ではなく…

 

あぁもう!いっぺんに話しかけないで!?答えにくいでしょうが!

 

「う、うん。お母さんとお姉ちゃんが作ってくれたんだ」

 

「へぇーお姉ちゃんすごいね!」

 

「自慢の…お姉ちゃんだよ…?」

 

「はい、その自慢の姉です!」

 

「お姉ちゃん!?」

 

「樹ちゃんのお姉ちゃん?」

 

「そうそう。犬吠埼風っていうの。よろしくね〜」

 

うわ!なんか恥ずかし!

 

同級生に自己紹介してる姉を見るのがなぜか無性に恥ずかしい。

 

きっとお姉ちゃんは俺が困ってると思って来てくれたのだろうがそれがわかっていてもなお恥ずかしい。

 

「樹ちゃんのお弁当とっても可愛いですねー」

 

「アタシはちょっと手伝ったぐらいだけどね?あはは」

 

「い、いいよ。お姉ちゃん。もう戻りなよ」

 

「?どしてよ?」

 

「もう!いいから戻って!!」

 

「なーーんでーーー!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

梅雨の時期に入るとその名の通り雨が多くなる。そして雨が降ると学校に行くのに当然ながら傘を使うことになる。

 

そんなある日

 

 

「姉ちゃんー……」

 

「うーどしたぁーって樹!?」

 

目の前には驚愕したような顔のお姉ちゃん。そしてここには雨でビショビショになった俺とバキバキになった傘。傘さん…おいたわしや…

 

 

「どうしたの樹!?怪我してない?!あぁこんなにビショビショになって…」

 

混乱しながらもバスタオルで体を拭いてくれるお姉ちゃん。

 

「ほっぺたこんなに冷たくなっちゃって…」

 

雨で冷えたほっぺが両手のひらで温めるようにして包まれる。そこの部分だけがお姉ちゃんの熱が伝わってきてちょっと変な感じ。でも優しさが伝わってきて、暖かい気持ちになる。

 

「とりあえずお風呂入ってきな。お湯もう沸かしてあるから」

 

 

 

「はぁ……ポカポカぁ…」

 

しっかりと頭と体を洗いつつ湯船でじっくり温まる。自分の裸を見て恥ずかしがるのはもうほとんど卒業したと言っても過言ではない。

 

ふふふ、素晴らしい成長だぜ!(まだ他人はきつい)

 

「ふんふんふーーん♪ふんふんふんふーーん♪ふんふんふーん♪ふふんふーん♪」

 

最近の流行りはこの可愛い声を生かしてお風呂でいろんな歌を鼻歌で歌うこと。なんかお風呂って無性に歌いたくなっちゃうんだよねー。

 

「樹〜今のってカ○トリー・○ード?」

 

「ぁ…うん……」

 

つい熱唱しちゃってお姉ちゃんに歌ってることがバレるのもしばしば。はずい…

 

 

湯船で温まるのもそこそこに上がってお姉ちゃんに事情を話す。

 

 

「なるほど、風で壊れちゃったか」

 

「ごめんね…お姉ちゃん」

 

「いいのよ。また買えばいいんだし。そんなことより樹が怪我しなくてよかったよかった」

 

安心したという表情で俺の頭を撫でるお姉ちゃん。お姉ちゃんはよく頭を撫でてくれる。ちょっと恥ずかしいけどそれ以上嬉しいから抵抗したりはしない。ほんま癒されるんやで…

 

しかしすぐに思い直したように怪訝そうになる。

 

「にしてもものすごい濡れっぷりだったと思うけど…」

 

あーそゆことね。

 

「えと、実は一回トラックが水たまりをすごいスピードで通ってそれがはねちゃって」

 

「なっ!?ゆ、許すまじトラックっ!!!」

 

「それと同級生の男の子が水たまりをバシャバシャしながら走って行ってそれがはねたのが当たっちゃった。…えへへ……」

 

「んなっ?!許すまじその同級生っ!!!」

 

それは同感も同感。

 

『おーい、早く行こーぜってあ……!』

 

『あーあ…俺しーらね。逃げろ逃げろ!』

 

『あ、おい!待てよー!』

 

 

てな感じで謝りもせずに走り去っていきやがった……壁の外に放り出してやろうかと思ったわ。お仕置き!って。

 

 

「でも、どうしようお姉ちゃん…傘…」

 

「ふふ、安心して我が妹。いいものがあるわっ!」

 

「??」

 

 

 

 

翌朝

 

 

「おー!よかった、サイズぴったりね」

 

「お、おー」

 

お姉ちゃんが言ういいものとはカッパのことであった。少し薄めの黄色のやつ。俺の髪色に結構近いかも?

 

「あと今日はこれも履いてきなさい」

 

「あ、これって…」

 

カッパと色が同じ雨靴だった。サイズもぴったり。

 

「どっちも昔アタシが使ってた奴でごめんね?そこまで可愛いデザインの奴でもないし。今度お母さんに言って新しいの買ってもらおっか」

 

ふむ…たしかにどちらも別段デザインが凝ってるわけでもないあくまで普通のカッパと長靴ではある。でも–––

 

「お姉ちゃんが使ってたやつ使えるのなんか嬉しいからいいや。それにほら、全然可愛いよ?」

 

両手を広げてカッパを見せつつニコっと笑ってみせる。

 

「天使やっ!ここに天使がおるっ!!」

 

 

結局傘は買ったもののお姉ちゃんの頼みで梅雨が終わるまで雨の日はこの格好で学校に行った。

 

正直周りの人たちは大体傘だったからちょっと恥ずかしかった…

 

 

あと脱ぐのめんどいっす。




樹ちゃんにお仕置きされたあと風先輩に慰められたい(戯言)


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ムカつく授業参観

前回よりちょっとだけ長いかな?

楽しんでくれると嬉しいです。


「授業参観か」

 

「う、うん…」

 

某日、俺はあまり自分から話しかけにいくことはない父親に授業参観の相談をしていた。

 

 

本来であれば母親にしたいところだったのだが、今日は母親が仕事でおらず父親が家にいるという珍しいケースだったのだ。

 

どちらかといえば母親の方が家にいる機会は多い、といっても父親と比べるとってだけで一日顔を見ない、という日もそう珍しくはない。

 

仕事がなにかと忙しいのが犬吠埼家の両親なのである。

 

そしてはっきり言ってしまえば運悪って思ってる…別に嫌いじゃないんだよ?ただ少し苦手なだけ。優しい人だってことぐらいこの何ヶ月かでわかってはいる。

 

「………」

 

授業参観についてのことが書いてあるプリントを眺めたまま身動きしないお父さん。

 

…正直気まずい。お姉ちゃんもお風呂に入っていて今リビングには俺とお父さんだけなのだ。姉ちゃん…カムバックッ!!

 

「えっと…どうかな、お父さん…」

 

耐えきれなくなりこちらからコメントを要求していくスタイル。人とのコミュニケーションは苦手なくせに会話の沈黙も苦手というめんどくさいしようを持っているのが俺こと犬吠埼樹なのだった。

 

「樹」

 

「は、はい…」

 

プリントからそっと目を離して視線だけをこちらに向けてくるお父さん。目が合ってしまい思わずびくっとしてしまった。

 

バレてないことを祈ろう…

 

「この日なら仕事も空いている」

 

「ほ––ほんと…?」

 

「あぁ、ほんとだ」

 

あ、今ちょっと笑った。……お父さんが笑ったの見るのいつぶりだろう…いや…そもそも見たことあったっけ…?

 

「作文の発表をするのか」

 

「うん、そう……だよ」

 

「そうか、–––頑張ってな」

 

「……!」

 

応援された…お父さんに?

 

なんか、なんだろう………不思議な感覚だ。

 

「…どうした樹」

 

「ふぇ?」

 

「なにか…おかしなことを言ったか」

 

「ううん……えっと…うん。大丈夫」

 

「そうか」

 

「うん、そう」

 

あぁもう。調子狂うなぁ。…たぶんこんなにお父さんと話してるだからだろうな、うん。

 

「樹––––この日母さんは来られないと思うがそれでもいいか」

 

「じゃ…じゃあお父さんだけ来るの…?」

 

「そうなるな–––嫌か––?」

 

「嫌…とかじゃないよ」

 

「そうか」

 

「………」

 

「………」

 

そして再び訪れる沈黙。正直こっちとしてはもう話したいことは全て話終わっているのでさっさと部屋に戻ってしまいたいのだが……

 

 

「ふーさっぱりさっぱり〜」

 

救世主キタコレッ!!

 

「お、お姉ちゃん!」

 

「おぉ、どうした妹よ?」

 

「お風呂空いたよねっ?!」

 

「うん、空いてるけど」

 

「じゃあ次私入るね!!」

 

「あ、はい」

 

 

そしてダッシュで風呂場に駆け込んだ。……あ…パジャマとってくんの忘れた。

 

 

 

 

 

 

 

樹が慌てるようにしてお風呂場に向かっていったのを見送ってきっとその原因であろうお父さんを見る。相変わらずな無表情に見える…は見えるけどどこか違う気もする。

 

「………」

 

「お父さん?樹となんかあったの?」

 

「…これだ」

 

「ん…あぁ授業参観ね」

 

「そうだ」

 

「はいはい。なんとなくわかった。相変わらず不器用だねぇ」

 

「…そうか…?」

 

「不器用も不器用。もうなんか不器用の極み!」

 

「………樹には後で謝っておく」

 

「あーー別にそういうんじゃないと思うけどね?」

 

「…そうか…?」

 

「とにかくっ!授業参観には行くの?」

 

「行くつもりだ」

 

「だったら平気だよ。うん」

「…なら、いい」

 

それで満足したのかお父さんはプリントを机の上に置いて仕事の書類らしきものを取り出す。相変わらず仕事熱心な父親だこと。

 

アタシは忘れていったであろう樹のパジャマを樹に届けつつそんなことを思っていた。『パジャマ忘れちゃった。えへへ…』そんなおっちょこちょいな樹も可愛いよっ!!!

 

 

 

 

 

 

 

ぼんやり自分の部屋の天井を眺める。シミでも数えようかなと思ったんだけど意外とシミが無くて速攻でその遊びは終わってしまった。

 

綺麗なのはいいことだよね。

 

「なんだろう。–––この気持ち」

 

犬吠埼樹という少女としての生活はまだ一年にも満たない。だから今はまだわからないだけなのか、それともそもそも小1には到底わかりようのない感情なのか。

 

とにかくへんなうずうずが治らない夜だった。

 

というか別に今日じゃなくて明日にでもお母さんに相談すればよかったんじゃないかって今更ながら思ってきた。

 

………あの無表情のお父さん(目つきもちょっと怖い)が学校にきたらクラスメイトやその家族がどんな反応をするのか想像に難くない…うぅ、やめときゃよかったかも。

 

 

 

 

授業参観当日

 

 

クラスのみんなはどこかそわそわしていた。俺もしてるけど。

 

俺の場合はドキドキとかワクワクじゃなくて単にビビってるだけかも。

 

「ねぇねぇ樹ちゃん」

 

「なーに…?」

 

「樹ちゃん今日はパパとママどっち来るのー?」

 

パパが来るんやで…目つきが怖い…。

 

「お父さん…かな」

 

「へーあたしはねパパとママどっちも来るんだー!」

 

「えーいいないいな!わたしママしか来てくれないんだよ〜」

 

「わたしもー」

 

三者三様の反応を見せるクラスメイトたち。そんなに嬉しいもんかね、授業参観って。

 

「樹ちゃんのパパはなにやってる人なのー?あたしはねお家組み立てる人なんだ!」

 

お、おう。いきなりだね…

 

「えと…大赦の人…らしいよ?」

 

ここで疑問形なのは実際にどんな仕事してるのかほとんど知らないからだ。ちょっと気になったりはしなくもないけどたぶん二人ともあんま話したがらないと思うからいいや、って思ってる。

 

「ええー!」

 

「すっごーい」

 

「お金持ちだー!!」

 

えぇ…なんでぇ?

 

うちはごく普通の一般家庭ですよ。あんま両親が家にいないだけで。それにお姉ちゃんがいてくれるしね。

 

 

「はい、皆さん。席についてくださいねー」

 

「あ、またね樹ちゃん」

 

「バイバーイ〜」

 

「またお話し聞かせてね〜」

 

担任の先生が入ってきたことでいそいそと自分の席に戻っていくクラスメイトたち。お話しって…なんの?

 

「ま、またね〜……」

 

とりあえず小さく手を振っておいた。…あ、振り返してくれた。

 

 

 

 

 

いざ授業が始まるとクラスのみんなは男の子も女の子もそわそわしながらもピシッと着席して先生の話を聞いている。

 

男の子なんかはついさっきまで『親来るのとか恥ずかしいよねー』とか『急に風邪ひいて来れななっちゃったりしないかな。あはは』とか『授業参観なんてめんどくさいよねー』なんて言ってたりしてたけどなんだかんだお父さんやお母さんが来てくれるのは嬉しいっぽい。

 

……そんなもんなのかなぁ。

 

 

授業が始まる頃にはぼちぼちだった親の数も始まってくるとまた一人、また一人と増えてくる。それはお母さんだったりお父さんだったり、はたまた両方だったりと。

 

こっそりと自分の子供に対して小さく手を振ったりしている人もいる。

 

振られた子供は恥ずかしそうにしたり、嬉しそうにしたりと、少なくとも嫌そうな子はいない。

 

そんなことがありつつも今回の授業『自分の両親について』という題材の作文の発表は順調に進んでいく。

 

(……あれ…………?)

 

お父さんがいない。結構な数の親が教室内に入っているから初めは見つけられてないだけだと思ったけど違った。

 

(少し来るのが遅れてるのかな…?)

 

それか道に迷ってるのかもしれないな、そんな風に思うことにした。

 

 

 

 

発表はなおも進み着々と俺の番が差し掛かってくる。でもお父さんは

一向に姿を見せない。

 

周りでは恥ずかしがりながらも、あるいは堂々とはっきり作文を発表し、親たちからの惜しみない拍手を受けるクラスメイトたち。穏やかで暖かいはずのその風景がなぜか胸を苦しませる。

 

 

(もう来ないのかな。お父さん)

 

確証もなくそう考え始めた。

 

(でも別にいいよね。そもそもあんまり来てほしくないなって思ってたんだし)

 

これで後々クラスメイトたちからまた質問嵐をくらうことがなくなったと思えばいいもんだ。

 

 

 

そんなことを考えていると、前の席の子の発表が終わり自分の番が回ってきた。

 

 

 

(なんかやだな、発表するの)

 

 

唐突にそう思い始めたわけを俺は授業参観が終わった後もよく分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その晩、珍しくお父さんが家にいた。

 

「樹」

 

「ん、なにー?」

 

晩御飯後、お風呂に入ろうと思っていたところでお父さんに呼び止められる。

 

「ちょっと、いいか」

 

「?…うん」

 

 

 

 

「すまなかったな」

 

「…なにが?」

 

「授業参観に行けなくて、悪かった」

 

「あ、そのことかぁ。もうびっくりしたよ。怒られるのかと思っちゃった」

 

「…そうか」

 

「うん。–––お風呂入ってくるね」

 

「…………」

 

返事は聞かなかった。たぶんあれで話は終わりだろうし。さて、今日の入浴剤はなにかなぁ〜

 

 

 

 

 

「いいの、あなた?」

 

「…あぁ」

 

「うそ」

 

「……」

 

「ほんとーーーっに不器用なことで」

 

「風にも言われたな」

 

「当然です」

 

「……そうか」

 

「全く–––––––お茶でも飲みますか」

 

「あぁ…頼む」

 

 

 

 

(樹……あんたは本当にいい子なんだから……)

 

あの子はそんなことがあったことを一切アタシにもお母さんにも言わなかった。面倒見がいのある可愛い妹だが–––こんな一面があったのは初めて知った。

 

でもそれが果たして気遣いなのか、単に避ける、あるいは忘れようとしているだけなのか

 

まだ小学三年生の風にはそんなことまでは知る由もなかった。

 

(こうなったら……アタシが姉として一緒にお風呂に入るしかないわね!!!)

 

どうしてそうなった。

 

 

 

 

「どうしてそうなったの…?」

 

デジャブ(あたり)

 

俺はいつも通りお風呂に入っていた。さぁて今日も今日とてこのふわふわヘアーをピカピカにしてやるぜ!なんて思いながら髪を洗おうとしたところでお姉ちゃんが乱入してきた。

 

乱入はまだしもびっくりさせんのマジでやめて!変な声でちゃうから!

 

しかも俺の髪とか体洗おうとすんな!俺は子供か!

 

………

 

子供だな。…もういいや。

 

数分後

 

 

 

体も髪もピカピカにされました!!

 

そして当たり前のように二人で湯船へ。

 

ちなみに向かい合って入ってるよ。

 

「もーちょっと狭いよぉ」

 

「樹が大きくなった証じゃない〜」

 

「ものはいいようだね」

 

「樹が難しい言葉をっ!?」

 

「えっへん」

 

「あぁ……ない胸を張ったってどうしようもないでしょうに…」

 

「はぁ!?お姉ちゃんも似たようなもんだろうがっ!!」

 

「あれっ!?樹が不良になった?!」

 

あ、つい思ったことそのまん言っちゃった!最近してなかったから油断してた!!

 

「っと……冗談だよ冗談〜」

 

すぐさま自己フォローにはいる。

 

「随分気合の入った冗談だったけど…本当に不良になってない…?」

 

なってないからそんな不安そうな顔しないでって、ちょっと中身の男の部分が出ちゃっただけだからさ!………なんて言えないですよね。

 

「ジャパニーズジョークってやつだよ。あはははは…」

 

「ふーん…じゃあいいけどね」

 

「風、だけに…なんちゃって…♪」

 

ウインクまでばっちし。いやぁあざとい(自分のこと)

 

「今度は樹がおじさんにっ!?」

 

「あぁーー!そうじゃなくてぇーー!!」

 

「樹が不良でなおかつおじさんなんていやぁ〜〜〜!!」

 

「だから違うつーの!」

 

はっ!?またやっちゃった…

 

「やっぱりだぁ〜〜!!」

 

あーもうしっちゃかめっちゃかだよー(現実逃避)

 

 

閑話休題

 

 

 

 

 

「ごめんごめん、つい面白くなっちゃって」

 

「こっちはなんだか疲れたよ…」

 

「でも小1にしてそれだけボキャブラリーがあるなんて樹は将来有望ね」

 

「うーん…なんだか素直に喜べない」

 

思わず苦笑い。

 

中身が中身だからね。正体不明の男ですから。

 

ちょっと罪悪感を感じた瞬間だった。『犬吠埼樹』という少女に。

 

 

「ふふ…樹は本当にいい子ね。それに可愛い」

 

「うーん…そんなにいい子かなぁ〜?」

 

可愛いの方に関してはもう今更だしいいかなって。ほら、毎日のように言われてるからさ。

 

「ううん、とてもいい子。アタシの時はもっと怒ってたもん」

 

……アタシの時、か。

 

「お姉ちゃんの時?」

 

「うん、ちょうど樹と同じぐらいの時にね、授業参観があってそれでお父さんが来てくれることになってたんだよ?覚えてないかな?」

 

「覚えてない…かな」

 

「無理もないか〜まだ幼稚園の時だもんね」

 

「だね〜」

 

嘘だ。覚えてないんじゃない、知らないんだ。

 

「アタシさすごい嬉しかったんだ。お父さんにアタシの頑張り見てもらえるって思ってとっても嬉しかった」

 

少し前の、過去の話を懐かしそうにどこか苦い表情で語るお姉ちゃん。俺はそれをただ黙って聞いている。

 

「でも当日お父さん急に来れなくなってアタシそのあとすごい怒っちゃって、お父さんのこと困らせちゃったんだよね」

 

 

あぁ……これは…

 

 

「私と同じだね」

 

「同じって……樹は全然怒ったりもしてなかったでしょ?」

 

「ううん違うよ、隠してただけだもん…ほんとはたぶん怒ってる。なんで来てくれなかったんだろうって。私よりもお仕事の方が大切なのかなってプンプンだったよ?」

 

こうしてお姉ちゃんと話をして授業参観の時は分からなかった発表したくないって気持ちも理解できたと思う。

 

お姉ちゃんパワーってすごいなぁ。

 

 

「…………」

 

「?」

 

お姉ちゃんはなぜか鳩が豆鉄砲を食らったようなボケーっとした顔のまま固まっている。

 

 

「お姉ちゃん?」

 

「プンプン……プンプンかぁ。だよねだよね。そりゃーそうだよね!」

 

「お、お姉ちゃん?」

 

あれ?なんでいきなり元気になってらっしゃるの?

 

「えいっ!!」

 

「うぎゃ!?」

 

だぁぁー!いきなり抱きつくなって!柔らかいよすごく!?

 

「アタシも今怒ってるもんお父さんに!なんで樹の授業参観行かなかったんだぁーー!って!」

 

「–––––だね!プンプンだよね!」

 

「プンプンもプンプンよ!」

 

「だよねだよね!」

 

「そうよそうよ!」

 

「「お父さんのバーーカーーー!!」」

 

「「あ、今揃った!!」」

 

 

簡単な話だ。要はムカついてただけ。ほんとそれだけの話。

 

あースッキリした!

 

 

 

 

 

 

一方その頃、リビング。

 

「…………」

 

「元気があっていいことですね」

 

「あぁ」

 

「姉妹仲もとても良くて」

 

「そうだな」

 

「で、どうします?」

 

「……明日ケーキを買って帰ることにしよう」

 

「では、一緒に行きます。風に何言われるかわかりませんから」

 

「だな」

 




姉妹をとにかく可愛く書きたい今日この頃。


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花見とハゼ

あとあとの展開を考える上で今の日常と今後のシリアスで自分で考えてるくせに胃痛起こしそうです…。


冬の寒さが落ち着きを見せ、春の暖かさが戻り、もう冬服もしまっちゃわなきゃなぁーという季節。

 

なんだかんだありつつも(クリスマスのご馳走がケーキとチキン…じゃなくてケーキとうどんだったり年越しを迎えるのがうどんだったり、お姉ちゃんオススメのうどん屋さんが安くて早くてうまかったり)

 

犬吠埼樹として迎える二度目の春を迎え二年生になった俺は、去年できなかったお花見を家族でしに来ていた。

 

 

「んーーーうまいっ!!」

 

「相変わらずよく食べるね…お姉ちゃん」

 

満開に咲いた桜のすぐ近くでレジャーシートを広げてお弁当やら飲み物やらを広げる。お花見というのもあってかお弁当はなかなか豪華で驚いた。(嬉しい)

 

あと卵焼きが甘いのは樹的にポイント高いよ!

 

「風、あんまりがっつくと喉に詰まらすわよ」

 

「へーきへーきっ……んぐっ?!」

 

あーあー言わんこっちゃない。

 

「お姉ちゃんお茶飲んでお茶」

 

紙コップに注がれた緑茶をお姉ちゃんに手渡す。緑茶はいいよね緑茶は。

 

ごくごくごくごく…

 

(飲み方おじさんみたいだよ、お姉ちゃん…)

 

 

「っはぁ…!はぁはぁ……助かったわ樹…」

 

「いいけど……気をつけてね?」

 

「あはは…ごめんね」

 

そんなこんながありつつも桜の下穏やかに食事は進み

 

「お父さん酔ってる?」

 

「…………」

 

「お父さん?」

 

「…………」

 

「…大丈夫?」

 

「…………あぁ」

 

表情ではわかりにくいけど速攻で酔っ払うお父さんや

 

 

「樹、あなたまたちょっと大きくなったわね」

 

「それは嬉しいけど……お母さん飲みすぎじゃない…?」

 

「何言ってのこんぐらいで。まだ日本酒も開けてないのに」

 

「缶ビールだけじゃなかったんだ…あとお父さんもうダメそうだけど」

 

「あーーあの人は昔から弱いからねぇ」

 

「缶ビールをそんなポンポン飲んでて次にそんな瓶の日本酒飲もうとするお母さんが強いだけだと思う」

 

お父さんとは真逆のお酒にめっぽう強いお母さん

 

 

 

「骨つき鳥はやっぱり『ひな』が一番ね〜」

 

「えー私は『おや』の方がおいしいと思うけどなー」

 

「いくら可愛い樹の言うことでもそれは聞き捨てならないわねっ!いい樹?ふっくらした柔らかさに食べやすさそして勢いよくかぶりつける若鶏の『ひな』が一番よ!!」

 

「歯ごたえと噛むほどに滲み出る味の深さ、骨つき鳥の本当の美味しさは親鳥を使った『おや』にあるんだよお姉ちゃん!!」

 

正直言うとどっちも美味しいし好きだけど、某きのことたけのこだって散々争って割には別にみんなどっちもおいしいと思ってるでしょ?あれはどちらかといえばってこっちってだけで。

 

ちなみにたけのこの方がおいしいのは当たり前だよね?

 

 

てな感じで最終的にきのこ、たけのこ論争に発展したりした。

 

 

 

食事もそこそこにお姉ちゃんに遊びに誘われた俺は酔いで頭がポーッとしているお父さんと酔いで気分がハイになってるお母さんを尻目に

フリスビーやバトミントンに興じた。

 

 

ちなみに大体負けた。悔しいっす。

 

お姉ちゃん運動神経いいんだもん。(いじけてる)

 

 

 

 

そして何回か目の勝負をしている時にバトミントンの羽があらぬ方向に飛んで行ってしまった。

 

あ、犯人は俺です。

 

「お姉ーちゃんー羽取ってくるよー」

 

「はーい。気をつけてね〜」

 

「うーーん」

 

さて早く羽を取ってお姉ちゃんに対する作戦を考えなければ………なんて思っていたら思わぬ障害が待っていた。

 

 

 

「……………」

 

 

…うわぁ……おじさんというよりおじいちゃん…?が居る。

 

居るというか釣りしてる。

 

やだあぁ話しかけるの…かといってお姉ちゃんに今更代わりに取ってもらうのもあれだし…

 

 

あ…

 

 

おじいちゃんが羽の存在に気づいたのか顔の向きを変えた。そのまま羽を取りつつこちらを見てくる。

 

「あのぉ……えっと…」

 

「これは」

 

キリッと目を細めてこちらをさらに凝視するおじいちゃん、思わず冷や汗が出てくる思いがした。まだ春なのに。

 

「お嬢ちゃんのかい?」

 

「え・・・あ…そうです…」

 

「ふむ」

 

「あ、だ…大丈夫ですよ。取りに行きますから…」

 

おじいちゃんはたぶんわざわざ羽を取って親のところに持ってきてくれようとしたところを遮る。

 

多少ビビりながらちょこちょこと近づいていく。歩幅狭いんだよね、うん。

 

「花見か?」

 

羽を回収しつつさてもうさっさと戻ってしまおうとしたところで一声かけられる。

 

「は、ハイ」

 

語尾の音が上がったのはバレてないでほしいなって。

 

「あれは友達か?」

 

「えっ……あ」

 

なんのことかと思い振り返ってみる。

 

「おーい、どうした樹ー」

 

小走りでお姉ちゃんがこちらに向かってきていた。てか足早いね。スポーツテスト男子にも負けないぐらいだったって自慢してたもんね。

 

「あの、姉です…はい」

 

「なるほど、元気でいいな」

 

「ははっ、ですね」

 

…今普通に返事できてた…すごい…。

 

「こんにちは〜」

 

お姉ちゃんが合流した。開口一番おじいちゃんへの挨拶を忘れないあたりはさすがだ。

 

「こんにちは。––この子のお姉ちゃんだってな」

 

「そうですそうです。この子が樹でアタシが風って言います!」

 

「樹と風…いい名前じゃないか」

 

「えへへ〜ありがとうございます!」

 

コミュ力おばけめ。(血涙)

 

「結構釣れたりしますか?」

 

「それなりだな。ほれ」

 

素っ気なくバケツを差し出すおじいちゃん。お姉ちゃんと二人して中を覗き込んでみる。

 

「「おぉ〜」」

 

中にはそれなりの数のちっちゃい魚?みたいなちょっと顔がおっかないのがスイスイと泳いでいた。

 

「これなんですか?」

 

「ハゼだ」

 

「ハゼ!食べれるんですか?」

 

「うまいぞ、天ぷらとか唐揚げがいいな」

 

「へぇ〜〜」

 

コミュ力おばけめ(血涙その二)

 

てかこいつら食べれるんだ。……ふぅん〜〜

 

「なんか可愛いですね」

 

え?……え?

 

「わかるか?」

 

「なんか顔がブニョってしてて可愛いです」

 

「どうだ、やってみるか?」

 

「やってみたいです!!」

 

「よし」

 

…俺もやってみたいなぁ…

 

「お前さんもどうだ?」

 

「…!」

 

「楽しいぞ、なかなかな」

 

「はっはい。やってみたいです…!」

 

「よし」

 

 

そんなわけでおじいちゃんは急遽俺とお姉ちゃん二人分の釣竿と餌のセッティングの仕方そして簡単な釣り方の説明をしてくれるとのことだった。

 

 

 

 

「「ギャーーー!?!?」」

 

セッティングの仕方を説明してくれるのは本当にありがたいです。

 

でもその虫?みたいなのは絶対ダメ!!

 

思わずお姉ちゃんと抱き合う。でもお姉ちゃん流石に痛い痛い痛い!

跡できるから!

 

「ははっ、やっぱりイソメはダメか?」

 

いや楽しそうに笑わんで。あとその地球外生物こっち持ってこないで!!!

 

「ほら、自分でつけてみろ」

 

「「絶対イヤッ!!」」

 

「冗談だよ、つけてやるから安心しろ」

 

「「あぁ…キモいのが針に刺さってウニョウニョ…」」

 

 

お姉ちゃんと苦手なものを初めて共有できた気がしたのだった。

 

 

 

 

そしていざ釣りへ

 

 

「イェーイ!六匹め〜」

 

「…………」

 

お姉ちゃんと何か共有できるものがあってちょっと嬉しいって思ってたところで差を見せられた気分…

 

「釣れないか?」

 

みかねた様子だったのかおじいちゃんが声をかけてくれる。さっきよりも少し柔らかい表情になったわじゃないかなぁーって思ったりも。

 

「あ…む、難しいですね」

 

「そんなもんだ。お前さんの姉さんは筋がいいからな。初心者にしてはよく釣れてる方だよ、あれは」

 

「さすがお姉ちゃんだなぁ…」

 

「お!この感じは?」

 

七匹めが取れそうみたいだった。

 

「竿、見てみろ」

 

「えっ?」

 

お姉ちゃんの方に気を取られてたからか、竿がピクピクっと反応を示していることに気がつくのが遅れた。

 

「え!?何?何!?グンッって来た!!」

 

「大丈夫だ、落ち着け」

 

「これ魚?ハゼ?強いよ!?」

 

「お前さんはおっちょこちょいだなぁ」

 

落ち着け落ち着け!そーっとそーっと……えいっ!

 

感覚的にここだ!っと思ったタイミングで竿をパッと引く。

 

「ふわーっっ!」

 

「釣れたな」

 

記念すべき人生初ハゼだった。…ハゼはよくあんなの(イソメ)食べれるね。

 

 

 

 

「「ありがとうございました!!」」

 

「二人とも初めてでそれだけできれば十分以上だよ。釣ったやつは美味しく食べてやれ」

 

「「はい!!」」

 

 

通りすがりの釣りおじいちゃんに二人して手を振る。おじいちゃんも最後に少し振り返してくれた。

 

「儂はちょくちょくここに釣りに来る。だからまた会えるかもな」

 

おじいちゃんはそんなことを去り際に言っていた。

 

イソメは衝撃の気持ち悪さだったけど……またやりたいなって思った。

 

「またやりたいね樹!」

 

「うん!」

 

お姉ちゃんも同じ気持ちで嬉しかった。

 

 

そのあと釣ったハゼは家でフライに。

 

あんなにあったのにアタマとワタ取っちゃうと結構少なくなっちゃうんだなぁってどこか不思議に思ったりもした。

 

あとお母さんがハゼを捌いたら中から地球外生命体がっ!って騒いでて思わず笑っちゃった。結局お父さんが頑張ってくれましたとさ。

 

身がふわっと柔らかくて美味しかったです。

 

 

 

 

 

 




ゆゆゆいって今後どうなってくんだろう?(素朴な疑問)


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人の心、自分の心

思い切って今回話を進めてます。




香川といえばうどん、うどんといえば香川。

 

これは遥か昔西暦の時代から続く伝統のようなものであり、香川と香川県民の一種のアイデンティティとなっている。

 

一説には水不足でうどんが茹でられなくなったときはわざわざ他県から水を引いてきてうどんを茹でていたとかなんとか……何やってんだ。

 

ともあれ、香川県民はご飯派?パン派?にもまさるうどん派というものがあるぐらいうどんが生活に根付いているということだ。

 

 

しかし、そんな美味しいうどんだって全てを手打ちでなんてことは現実的に不可能であり冷凍うどんを使わなければならない場面も多く存在する。ちなみに冷凍でもすごく美味しいよ。

 

そんな冷凍うどんを作っている工場は香川県民にとっては神樹様の次ぐらいに大事なものであり、その大事なものが一体どのようなところなのか、ということを香川県民は子供の頃に叩き込まれるのだ。

 

 

 

それが

 

 

 

 

「社会科見学か」

 

リビングのソファーに寝転がりながらクラス合同社会科見学のことが書いてあるプリント片手につぶやく。

 

(クラスのみんなも楽しみにしてたよなぁ)

 

そんなことを心の中で考える。すでに香川県民としての自覚を持っているのはなんかもう、さすが香川といった感じ。

 

(というか先生すらちょっと楽しみにしてるのはどうなんだ)

 

「なーに見てんの?」

 

お風呂上がりで髪がまだほんのり濡れているお姉ちゃんが聞いてくる。片手には牛乳を持ちながら。

 

「んー明日の社会科見学のプリントー」

 

「あー懐かしいわね。アタシも行ったな〜」

 

「ふーん……どうだったの?」

 

「そうね……やっぱりうどんって最高だなって」

 

「あー……」

 

ちなみに晩御飯はうどんだった。

 

 

 

 

 

 

 

「うぉーーー!」

 

「すげーーー!」

 

「あれうどんかなー?なんかぐにょーってしてるのー?」

 

そして翌日、すぐ下で普段食べているうどんが見たこともない大きな機械で大量に作られてあるのを見てクラスメイトたちや他クラスの児童は興奮冷めやらぬ様子だった。

 

 

見学中に気づいたこと、不思議に思ったことなどを書くワークシートを書くものはほとんどおらずみんなして混ぜ合わせ練り上げ、のばして折り重ねられていく大量のうどんの生地を見ておもいおもいにコメントをしている。

 

 

(なんか取り残されてる感じ…ちょっとあるよね)

 

もちろん香川のうどんは最高にうまいし好きではある。でも言ってしまえばそれで終わる話でここまで熱狂したりはしない。

 

(だから若干居心地悪いなぁ)

 

そんなせいか心の声も増えていく。

 

皆がガラスケースに釘付けになっているのを尻目に少し下がったところ今のうちにとワークシートを書き込んでいく。

 

 

「みなさーん、そろそろ移動しますよー」

 

案内の職員さんの声で集団がぞろぞろと移動を開始する。

 

(まぁこんだけ書ければいっか)

 

書く作業を一旦中止して集団についていこうとしたときだった。

 

(ん……?)

 

女の子が1人集団が進んでいくのとは別の道をスタスタと歩いていくのがチラッと見えた。

 

先生を含む他のクラスメイトたちはスタスタと先に進んでしまっているためそのことに気がついていないようだ。

 

(……………)

 

………あれこれ俺が行かなきゃいけないやつ?

 

しかしここでもたもたしていても向こうの集団には置いていかれるし、あの子を追いかけるにしても早くしないと見失ってしまう。

 

 

「はぁ…」

 

ため息をつきつつきびしを返して集団とは逆の方向に足を進める。

 

(人と関わるのは苦手なんだけどなぁ…)

 

それが果たして中にいる俺によるものなのか、犬吠埼樹という少女の天性のものなのかは謎ではあるが、まぁとにかく苦手なものは苦手なのだ。

 

先程女の子が歩いて行った通路に入り少し小走りで探す。

 

数分もしないうちに姿を見つけた。その子はぼーっとした表情であたりをキョロキョロしていた。

 

「何してるの…?」

 

初対面の相手に対して恐る恐るになるのはもう諦めている。初対面じゃなくてもなるときはなるけど…

 

「…………」

 

「大丈夫…?」

 

「…………」

 

反応がない。ただの屍のようだ…

 

「…………」

 

「…………」

 

そして訪れる沈黙。女の子は俺の顔をじっと見つめたままだし俺は俺でどうすればいいのかわからない状況。

 

お姉ちゃんヘルプミー!!

 

「もう何も言わないの?」

 

「?!」

 

「どうしたの?」

 

「い、いや!急でびっくり…して…」

 

最初に声かけた時に反応してよ!とは言えなかった。

 

「そっか、ごめんね」

 

「ううん…大丈夫…」

 

素直に謝られるとそれはそれで反応に困だたりもする。…自分のことながらめんどくさいやつだなってすごく思う。だからこそお姉ちゃんが俺には眩しいし羨ましいんだけどね。

 

「お名前なんていうの?」

 

「えっ?……あ…犬吠埼樹…です」

 

「犬吠埼さん。犬吠埼さん。犬吠埼さん」

 

「な、何してるの?」

 

「名前覚えようと思って」

 

「そ、そっかー」

 

脈絡のない子だなぁ………ってそうじゃない。そうじゃないって!

 

俺はこの子を呼び戻しに来たんだった!呑気に話ししてる場合じゃなくって。

 

「あ、あのねっ!」

 

杏子(あんこ)

 

「……何が…?」

 

「名前」

 

「…よろしくね杏子ちゃん」

 

「うん犬吠埼さん」

 

この調子だといつまでたっても本題を切り出せないんだけど……みんなもうだいぶ進んじゃったろうなぁ…

 

「じゃあ戻ろっか」

 

「……えっ!?」

 

「戻らないの?」

 

「…戻ろっか」

 

「うん」

 

…人と関わるのって本当難しい。(特に同年代)

 

何はともあれ杏子ちゃんと一緒に集団に戻ろうと元来た道を引き返し始めたのだが

 

 

「………」

 

「とっても広いね」

 

迷った!!この工場広いよ!?(やり場のない思い)

 

「どうしよっか…」

 

「近くに職員さんもいないもんね」

 

「せめて道を誰かに聞けたらいいんだけど」

 

こうなった場合取るべき手段は単純に二つ。

 

動くべきか動かざるべきか。

 

…どうなんだ。たぶん向こう側もこっちがいなくなったのにそろそろ気づいていると思うしこのままジッとしてる方がいいのか。

 

あえてコースを進んでいってこっちから合流を目指すのか。

 

こんな風に答えの出ないことを考えてるとどうしたらいいのか不安になってくる。杏子ちゃんに顔を向ける。

 

「?」

 

首を傾げていらっしゃる…

 

ガタンッ!!

 

「!?」

 

突如大きな音がしたと思ったらあたり一面真っ暗になった。

 

「な、なんだろ…停電かな?」

 

真っ暗で何も見えないが隣にいるはずの杏子ちゃんに問いかける。

 

「…………」

 

あれ?杏子ちゃん?

 

「びっくりしちゃったね、あはは…」

 

「…………」

 

隣にいるのはなんとなくわかる。呼吸の音とかがかすかに聞こえるし。

 

ドサッ…………

 

!!!

 

「杏子ちゃん!!」

 

何かが倒れる音がした、それも隣から。

 

「杏子ちゃん!杏子ちゃん!」

 

「はぁはぁはぁはぁ…っはぁはぁ」

 

(なんで…どうして急にっ?!」

 

今わかるのは苦しそうにして倒れている杏子ちゃんがいるということだけ。どうしてこうなったのか、何をすればいいのか、何もわからない。

 

辺りが真っ暗なため周りの状況もわからず下手に移動することもできない。そもそも杏子ちゃんがこんな状態では助けを呼びに行くこともできない。

 

「杏子ちゃん!私…俺っ!どうしたらっ!」

 

「はぁはぁ……樹…ちゃん……手…」

 

「杏子ちゃん…!」

 

とっさに手を握った、彼女の口からその単語が聞こえたことだけを頼りにただ手を握った。

 

「…ありがと…ね」

 

「いいから、…大丈夫だから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんね、犬吠埼さん」

 

「ううん」

 

あれから少しして杏子ちゃんは落ち着きを取り戻し、電気も復旧した。でもまだ顔色は悪い。

 

今は2人して通路の隅に座っている。大人しく人が来るのを待つことにしたのだ。

 

「…暗いの苦手なんだ」

 

「うん。嫌なこと思い出しちゃうんだ」

 

「……」

 

人の心に踏み込むのは苦手だ。だからこういう場合もこれ以上は聞けない、黙り込んでしまう。

 

嫌なことってなに?どうして暗いのが苦手なの?そもそもどうしてみんなと離れてたの?

 

いくつか質問が思いついてもそれは頭の中で消えて口に出されることはない。

 

お姉ちゃんと話してる時のように話せない。もっともこれも勘違いで俺が勝手にお姉ちゃん相手だったら話せてると思ってるだけかもしれない。

 

……俺は俺のこういうところが嫌いだ。

 

 

「犬吠埼さん」

 

「…なに?」

 

「手繋いでいい?」

 

「…うん」

 

もう一度手を手を握る。杏子ちゃんの手の暖かさが妙に心をざわつかせた。

 

「またお話しできるかな」

 

「えっ…?」

 

「犬吠埼さんと、お話しできるかな」

 

「………………」

 

 

彼女の言葉にはいもいいえも言えないのは、たぶん–––––怖かったから。

 

人に近づくことが、他人と接することが。

 

理由とかじゃないんだ。怖いんだ。生理的に本能的に苦手で怖い。

 

それが犬吠埼樹で俺なのだ。

 

(お姉ちゃんに…会いたいな……)

 

 

 

 

 

 

 

その後程なくして先生と職員の人たちが大慌てで俺と杏子ちゃんを見つけ出してくれた。

 

俺たち2人はこっぴどく怒られ、最悪な気分のまま社会科見学は終了した。結局停電の原因は聞けなかった。…聞く気がなかったの方が正しいかもしれない。そんなことはどうでもよかったんじゃないか、と言われれば『うん』と答える気がしたから。

 

あれ以降杏子ちゃんと会う機会はなかった。クラスが同じわけでもない、特別に会おうと思わなければ会うこともないのが当たり前だから、–––会おうとは、話そうとは思えなかった。

 

 

だから俺が–––俺が彼女が家庭の事業で転校したと知ったのは小学三年生も終わり四年生になろうという時期。

 

 

 

『大赦』の名家である伊予島家へ養女に出されたことを知ったのもその時期であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




樹ちゃんの中の人が心に抱えてるものとか風先輩のありがたみとか他の勇者であるシリーズのキャラとの絡みとか、もうなんか色々とこれからって感じです。

……展開の速さとかに関してはごめんね…?

特に書いていきたいものがこの後からあるんです!


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些細な変化と祝福の日

今更になりますがお気に入り200越えとUA10000越えほんとうにありがとうございます。

なかなか原作の話に入らねーなーどうなってんだとお思いだと思いますがそこは犬吠埼姉妹の尊さでなんとか我慢のほどを…


『犬吠埼さんとお話しできるかな』

 

あの言葉がずっと心にしこりを残したまま俺は小学三年生になった。

 

なんでもないことだ。ただの子供同士のちょっとした会話。

 

でも子供だからこそ、犬吠埼樹という少女(少年)だからこそそんなことが心に残りた続けているのかもしれない。

 

 

 

あれ以降俺は余計に人との関わりが苦手になり、なおかつ避けるようになった。今までは苦手ではあっても自ら避けたりしようとすることはなかった。

 

でもそれで何か変わったことがあったわけでもないのだ。もともと学校でもそんなに誰かと話すタイプでもなかったし最低限あるいは必要な会話は十分できてるからそれでいいと思ってる。

 

家でも今までと変わらずお母さんともお父さんとも、そしてお姉ちゃんとも普通に話すしどこかに出かけたりもしてる。それはもちろん楽しくていいことだ。

 

たまにお姉ちゃんには交友関係や学校生活を心配されることはあるがそれでも軽く聞かれるぐらいなので『平気だよ』とか『問題ないよ』とか言って流してる。

 

…別に嘘言ってるわけじゃないよ?

 

それに学校が嫌だとか苦しいってわけじゃないし。

 

 

ただちょっとつまんないだけ。

 

 

 

「ねえねえ犬吠埼さん」

 

放課後なんとなく図書室に移動することもなく教室に残って本を読んでいるとクラスメイトの女の子に声をかけられた。

 

「なに?」

 

「今日わたしの家でみんなで遊ぶんだけど犬吠埼さんも来ない?」

 

「ごめん、予定があるから」

 

考えるのも決断もない。そもそも答えは一つしかないから。

 

「そっかぁ〜じゃいいや、ばいばーい」

 

「ばいばい」

 

走り去っていくクラスメイトに対して小さく手を振る。

 

 

 

 

 

「………………」

 

放課後、図書室。

 

図書室はいいところだ。静かで落ち着くし。図書館も可。図書館なんかはDVDも借りられるしね。

 

読者はそれなりに好きだ。ここで単純に好きって言わないのはめちゃくちゃ読むわけじゃないから。

 

ちょくちょく読んだり、一気に読んだりペースが結構まちまちなのである。ジャンルは小説だったり漫画だったり特別こだわったりはしていない。

 

(学校の図書室にも漫画置いてくれたらいいのに)

 

 

窓の外をぼーっと見つつ心の中で呟いた。

 

 

(やばいやばい…帰んの思ったより遅くなっちゃったな…)

 

図書室から図書館に移動して借りていたDVDを返しまた新しいDVDを借りようと選別をしていたら結構遅くなってしまった。無料で借りれるけど一度に借りれる数にも制限があるから厳選しないとなんだよね。

 

お姉ちゃんに怒られちゃうかな…?まぁ仕方ないか…

 

 

最近前にも増して忙しさを増してきている両親は今日も家にはいないそうなのでお叱りを受けるとしたらお姉ちゃんからなのが不幸中の幸だったりする。

 

(お姉ちゃんあんま人に対して強く怒れる人じゃないからな…妹の俺に対しては特に)

 

とか言いながらもその優しさに甘える生活を送っているのだからそう批判もできたもんじゃない。先も言ったように両親が家にいないことも多い犬吠埼家では小5のお姉ちゃんが家事の主戦力なのだ。

 

それこそ低学年の時からお母さんに色々と叩き込まれているので日常生活程度の家事ならお手の物、マジリスペクト。

 

対する俺は家事全般が得意ではなく、気がつけば部屋が散らかっている有様。……ちなみにここ最近で一番嫌だった出来事はお姉ちゃんと比較されたことだったりする。

 

あの男子あのあとなんか不幸な目にあってたりしないかなーってしばらく思ってた。

 

 

でもお姉ちゃんのことを親の代わりに家事してるからっておばさん呼ばわりしたあの男子は絶対に許さない。もっと不幸な目に会えばいい。

 

 

三年生になって程なくしてから男子にこんな感じでからかわれることがたまにある。

 

『無口チビ』

 

『人形やろう』

 

『犬女』

 

『外国人』

 

『グリーンアイズゴールデンドラゴン』

 

etc etc……

 

 

ツッコミどころは満載だがそれにいちいち反応してたらきりがないしめんどくさい。

 

やろうなのか女なのかはっきりしろとか犬女ってお前それお姉ちゃんの前でも言えるのか(お姉ちゃんは結構人気者)とか外国人はそもそも悪口じゃねーとか遊○王だろそれとか。

 

あとあと考えればこんな感じ。

 

でも言われてる時は別にどうも思わないし何も言わない。

 

ただ言ってくる相手の顔を見てニコッと笑えばそれで向こうはやる気もなくしたどっか行っちゃう。

 

こういうのって下手に反応しちゃうから相手がずにのるって言うけどほんとなんだなって。

 

まぁこれは男子の話であって女子の場合は少し違う。

 

 

 

『犬吠埼さんってなんであんな髪の毛派手なのかな。面白ろ』

 

『目の色も変な緑色だもんね〜カラーコンタクトってやつやってるんじゃない?』

 

『えーそれって不良じゃん。こわーい』

 

『ねえねえじゃんけんして負けた人今日遊ぶの犬吠埼さんも誘うっていう罰ゲームしない』

 

『えーやだ〜』

 

『でもちょっと面白そうじゃん』

 

『やろやろー』

 

ヒソヒソ話は隠してこそ意味があるはずなんだけどね。ちょいちょい聞こえたんだよ。

 

それかそもそも隠す気なんかないのかも。わざわざ聞こえる距離で話すぐらいだしなぁ。さっき教室で誘われた時だって教室のドアの後ろあたりでニヤニヤしてる女子が何人かいたしまぁそういうことだろう。

 

罰ゲームご苦労様。そしてご愁傷様。

 

悪いがこの髪は地毛だし目も天然ものだよ。

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

どたどたどたどたッ!

 

中に入るとどたどたと急速に近づいてくる足音が聞こえた。あーお姉ちゃんだわ。

 

「樹〜〜!!〜〜」

 

そして涙目でグニャと抱きつかれる。まぁそうなるか。

 

「ごめんごめん、遅くなって悪かったよお姉ちゃん」

 

「もうっ!心配したんだからね?」

 

「反省してるから反省してるから」

 

「そうやって繰り返す時樹嘘ついてるパターン…」

 

う……ばれたか。実のところ最近帰りが遅いこともちょくちょくある。概ね図書室やら図書館やら本屋やら古本屋やらレンタルビデオ店やらゲームショップやらに行っていて帰るのが遅いのだ。

 

…遅いといっても五時六時ぐらいの夕方だよ?

 

この時期だから六時ぐらいにはもう太陽も落ちちゃってるけど。

 

「何も寄り道するなとは言わないけど……本当に心配してるんだからね…?この時期は暗くなるのも早いんだから…」

 

「う、うん。肝に免じておきます…」

 

冗談じゃないマジの心配顔されちゃかなわないよ………自重するかぁ。

 

「あら、また難しい言葉覚えちゃって」

 

「読書は嫌いじゃないからね。えっへん」

 

「その好奇心がせめてもう少しでもお勉強の方に活かされてるといいんだけどね〜〜」

 

「はいはい。どうせ神童のお姉ちゃんには私じゃ敵いませんよー」

 

成績優秀スポーツ万能容姿端麗コミュ力十分。

 

比べるまでもなかったじゃん。

 

そうなるとまだ比べられてるだけマシなのか…?

 

「そ、そんなつもりじゃなかったのよ〜待って樹〜〜!!」

 

当の本人が家ではこれだからなぁ。お姉ちゃんのことだから猫かぶってるってわけでもないんだろうけど…

 

やれやれと思いつつ部屋に入る。

 

適当にランドセルを置いてマフラーや手袋やらを剥いで置き羽織りものをクローゼットのハンガーにかける。

 

この時期は身に付けるものが多くてなんともめんどくさい。順位にすると学校の次くらい。でもお姉ちゃんが選んでくれたものとかもあるからそれ自体は別に嫌じゃない(どっちやねん)

 

一通りの作業を終わらせてベッドに背中から倒れこむ。

 

学校から帰ると大体してることで日によって顔からだったり背中からだったりする。

 

(天井のシミってあんま増えないんだな)

 

ぼーっとしたいときは部屋の天井を見たりするのを何だかんだ小1の時からやっているのだが意外と変わらないものですごいなーって感心してる。

 

(いや、お姉ちゃんがちょくちょく掃除してくれてるおかげか)

 

部屋を見渡しても特に汚かったり散らかってたりしない。今日の朝起きたときはそれなりに汚かったはずなのに。

 

(……お姉ちゃんって神だわ)

 

勝手なことにそこであまり罪悪感を感じなくなってきたのはもうなんか人として手遅れかもしれない。…まだ小3なのにね。

 

「樹ーもうご飯できてるからおいで〜」

 

「はーい」

 

切り替えは早いお姉ちゃんだ。さっきまで涙目で抱きついてきてたのに。

 

ベッドから起き上がるのは多少名残惜しいがお姉ちゃんに呼ばれてるのだから行かないわけにはいかない。(ダジャレじゃないよ)

 

(今日は何かなーうどんかな?それとも肉うどんかな?もしかして釜揚げうどんかも?)

 

最終的にそれ全部うどんじゃねーかってなるのでワンセット。

 

リビングで準備してくれているであろうお姉ちゃんが果たして何うどんを作っているのか想像しながらドアを開く。

 

パァーーン!!

 

「!?」

 

「イェーイ!樹ー!お誕生日おめでと〜!!」

 

そこには三角帽子をかぶりクラッカーをニコニコで鳴らしているお姉ちゃんの姿があった。

 

「・・・・・」

 

「あれ?樹?」

 

「・・・・・」

 

「あ、もしかしてびっくりしすぎちゃった?だったら成功も成功。大成功ね!」

 

「・・・・あ、そっか」

 

びっくりは確かにしたけど別にそこまでじゃない。じゃあなんで固まってたのかというと…

 

「今日私の誕生日か」

 

なんでこんなお祝いムードなのか普通に忘れてたから。んで今思い出した。

 

「何よーもしかして忘れてたりしてたとか〜?」

 

「意外と意識してないと忘れちゃうもんなんだね」

 

「あ、マジで忘れてたのね!?」

 

「あははは」

 

「この歳で樹が物忘れが激しくなるなんて…うう…お姉ちゃんは悲しいわ…」

 

またいつもの小芝居入っちゃったよ。何かあることに小芝居したがるんだからなぁこのお姉ちゃんは。

 

それ学校でもやってんの?

 

とは流石に聞かないけど。

 

「はいはい。でもちゃんと思い出したからさ。いいでしょ?ね?」

 

投げやりになりながら椅子に座る。今日は俺が主役っポイしこのぐらいはいいよね。

 

「全く、変にサバサバしちゃってさ。………よぉーし!今日は飲んで食いまくるわよぉー!!」

 

「ほどほどにねー」

 

といいつつも俺自身も意外と食が進んだ。俺の誕生日とあっていつも以上に張り切って作ってくれたのがよくわかった。

 

「でもやっぱり主役はうどんなんだね」

 

「ったりまえよ!うどんはすべての食べ物の頂点に立ってるんだから!」

 

「とか言いながら骨付鳥食べるんだね」

 

「骨付鳥も美味しいわね!」

 

「『おや』の方が美味しいけどね」

 

「ふふふ…たしかに美味しい。…でも『ひな』には勝てないわ」

 

相変わらず骨付鳥の『おや』『ひな』論争は決着がつかないし。

 

「お姉ちゃん今年ケーキ二つもあるの?」

 

「ん?一つは買ってきたやつでもう一つはアタシが作ったやつよ」

 

「えっ!作ったの?」

 

「にひーどうよ?」

 

自慢げに胸を張るお姉ちゃん。最近はっきりとわかるようになってきたんだからあんましない方がいいよ?(何がとは言わない)特に男子の前では。

 

ちなみに俺はまだまだつるぺたプニプニの寸胴ボディ。…ほら、まだ小3だからね?そのうちだよそのうち。(身体的成長がしょぼいのは中身のせいではないかと疑っている)

 

このケーキの栄養は胸にいくことを信じることにしよう…

 

お姉ちゃんが作ってくれた方を一口パクリ。口の中に程よい甘さと酸味が広がっていく。チーズケーキだね、好き。

 

「うん、美味しいよ。とっても」

 

「ほんと?」

 

「すごーく」

 

「ほんとのほんと?」

 

「それはもう」

 

「ほんとのほんとのほんとのやつ?」

 

「初めて食べたよこんな美味しいケーキ!」

 

「っもう樹ったら!大好き!」

 

「私も大好きだよー」

 

ケーキが美味しいのもお姉ちゃんが好きなのも嘘偽りない真実だからこんなやりとりも私にとっては日々のかけがえのないものだったりする。時々めんどくさいのはご愛嬌。それもお姉ちゃんの可愛いところだからね。

 

ちょっと騒がしくて優しくて両親思いで妹思いでなんでもできるお姉ちゃんが俺は大好きなのだ。

 

 

 

誕生日のご馳走もあらかた食べ終え(半分以上お姉ちゃん)ケーキを二個一気に食べてしまうのはもったいないということです買ってきた分は冷蔵庫に戻し食器やらの後片付けをする。これは流石に俺も手伝ってるよ?

 

「樹は偉いわねー自分の誕生日なのに洗い物手伝ってくれるなんて」

 

「これだけの量をお姉ちゃん一人にやらすのは流石の私でも悪いと思うよ。それに普段ほかの家事だってお姉ちゃんがいなかったら回らないし……このぐらいはね」

 

今こうやって並びあって食器を洗っていてもそのスピード、丁寧さ更に置き方から何までお姉ちゃんはちゃんとしている。そして俺はその真逆。尊敬とコンプレックスのどちらも得るなんて…やるなお姉ちゃん!

 

「そこはね、アタシはお姉ちゃんだからさ」

 

その時チラッと見えたお姉ちゃんの横顔は驚くほど優しいものだった。お母さんでもここまで優しい顔を俺は見たことがなかった。

 

 

 

洗い物もひと段落し、俺が机を拭き終わった頃お姉ちゃんがニヤニヤ顔で手招きしてきた。

 

「なにー?」

 

「にひひ喜びなさい妹よ、てなわけではいこれ」

 

意外とあっさり渡してきたなーと思いつつ受け取る。

 

去年の誕生日は小芝居の時間長かったからね。ちなみに去年は今も髪につけてる花の髪飾りをもらった。気に入ってるので学校にも付けて行ってる。

 

「これって…ウォークマン?」

 

「そ、アタシが使ってたやつだけどね。なんか前に樹がいいなぁーって言ってるの覚えててね」

 

「結構前のことだと思うけど…覚えてたんだ」

 

「あったりまえよ!」

 

あったりまえなのか…たしかにいいなぁとは思ってたけど。ウォークマン、音楽聴くの好きだし暇つぶしにもなるし外界を遮断できるからすごく便利なアイテムだと思うのだ。

 

「ほんとはちゃんと新品のを買ってあげたかったんだけど…お小遣いが足りなくて…ごめんね?」

 

そりゃ小5のお小遣い程度じゃ新品のウォークマンなんて買うのは難しいだろうけど、お母さんとかお父さんに資金援助頼まなかったのか。

 

そこはお姉ちゃんなりのルールみたいなものなのだろうけど。

 

「ううん、むしろ嬉しい。お姉ちゃんが使ってたやつ使えるんだもん」

 

「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない!それじゃああとこれね」

 

ついでのように渡されたのは小さめの紙袋で中に何かコード状のものが入っている。

 

「これイヤホン……買ったの?」

 

手渡された紙袋を開けると淡い黄緑色の綺麗なイヤホンだった。

 

「どう…?樹に合ってる感じのやつないかなーって探してみたんだけど」

 

そう言いながらちょっぴり不安そうなお姉ちゃんはなんか…というかすごく可愛い。こんな感じで期待もありつつ不安もある感じでもじもじしてたら同年代の男子なんてイチコロですわ。

 

そんじょそこらの男子じゃお姉ちゃんには釣り合わないけどね。

 

こうやって普段あまり見ることのない表情のお姉ちゃんを見てるのも楽しいけど不安そうなままにさせとくのも忍びない。

 

「よっと…似合ってるかな?」

 

イヤホンを耳につけてみる。俺の小さな耳にもフィットしててつけ心地も抜群。さすが我がお姉ちゃん。

 

肝心のお姉ちゃんの反応は

 

「いいわね……イヤホンを付けた樹…いいっ!!」

 

相変わらず絶賛してくれるようだった。俺が何か着たり付けたりするとなんでも絶賛してくれるのだ。嬉しいけど『どっちの方がいいと思う?』って聞いてるのに『どっちも最高ねっ!!』って返されても困ってしまうのはよくあること。

 

 

「ありがとねお姉ちゃん♪」

 

でも自然と笑みがこぼれるぐらいには嬉しいからそれはそれで悪くないとも感じる誕生日なのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「付けてくれてるんだねそれ」

 

その後お風呂に入って(二人で)今は一服してるところ。お風呂上がりの冷たいお茶は格別。緑茶だよね、緑茶。

 

ソファーに二人で座りながらテレビを見ている時に俺がなんとなく目に入ったので言ってみたのだった。

 

「樹が初めてくれた誕生日プレゼントだもの。当然よ」

 

お姉ちゃんは首のチョーカーをいじりつつ嬉しそうだった。

 

今日は嬉しそうなお姉ちゃんがたくさん見れて幸せな日だ。

 

自分の誕生日よりも嬉しいことだ。普段なにかと忙しそうなお姉ちゃんをこんな俺があげたものが労えてるのならそんな嬉しいことはない。

 

そして何を隠そう、お姉ちゃんの首に付けてある黒のチョーカーは俺が今年のお姉ちゃんの誕生日に初めてあげた誕生日プレゼントなのだ。

 

何だかんだ溜まっていたお小遣いをフルに使って何を買おうかと雑貨屋さんで迷った挙句に『もうなんかあえて斜め上のちょっと変わったもの買おう』っていう謎の開き直りを起こして買ったのだった。

 

チョーカーを妹にプレゼントされるなんてそうないことだと思うけど気に入ってくれているようで安心したし嬉しい。

 

(ていうかこんなに1日で『嬉しい』って単語が出てくる日が果たしてほかにあるのかな……いやないな)

 

「それに樹だって髪飾り付けてくれてるでしょ?」

 

「お姉ちゃんがくれたものだもん」

 

「まさに相思相愛…四国最強の姉妹ね!」

 

「見てるテレビに影響されすぎ」

 

(相思相愛ねぇー……)

 

ちょっと恥ずかしいだけで嫌なわけじゃないけど…それは流石に恥ずかしいやつだよ…

 

 

 

 

 

 

 

 

「おやすみ樹〜」

 

「おやすみなさいお姉ちゃん」

 

テレビもほどほどに子供は早寝が大切ということで歯磨きして明日の宿題やら用意やらを済ませて互いに部屋に戻る。

 

干したてのお日様の匂いがする布団にくるまりつつもらったばかりのウォークマンにもらったばかりのイヤホンを付けて使ってみる。

 

(明日からの学校もこれで頑張れるといいな)

 

小言を言われそうな時はこれを付けていようと決めた誕生日の夜であった。

 

(来年は何をお姉ちゃんにあげようかな……何がもらえるかな…)

 

だが––––来年の誕生日を互いに祝うことが許されないことを知るよしもない夜でもあった。




今回のたぶん一応これまでのやつで最長ですね。

犬吠埼姉妹のやりとり描いてるとやっぱ長くなりますね。いいことだけど。


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鷲尾須美の章
崩壊の序章


大赦に勤めている人間でなおかつ娘が二人揃って勇者に選ばれるなんて絶対組織とか神樹様に対する忠誠心強いと思いません?(友奈ちゃんは……ほら…あの子は例外の中の例外ですしね)


とにかく何においてもその二つが絶対的で一種の盲目的な状態にさえなっちゃうもんじゃないかなぁと思って今回の話書いてます。

普通の親ならそんなことする?みたいなことでも喜んでしちゃうんじゃないかなぁーって。


犬吠埼樹として生き始めてから4回目の春を迎えようという時。

 

あるいは今年お姉ちゃんに送るプレゼントを密かに考えているころ

 

それは前触れもなくやってきた。

 

学校の終業式を迎え家に帰ってきた俺を待っていたのはお姉ちゃんではなく両親であった。

 

平日のそれも昼間にどうして仕事で忙しいはずの両親がいるのか、そんな疑問は神妙な顔つきだがどこか嬉しそうな両親の次なる言葉で消え去った。

 

『樹、あなたは選ばれたのよ』

 

『あぁ、とても光栄なことだ』

 

開口一番二人が何を言っているのか全く分からずただ呆然としていた。

 

選ばれた?光栄?

 

意味がわからず俺はすぐに聞き返した。

 

『ま、待って…なんの話してるの?』

 

当然の疑問だ。なにせ両親の言葉には主語がない。ただ表情を変えることがほとんどないお父さんの顔つきが普段と違うのは妙な不安を感じて仕方がなかった。

 

俺の疑問に両親はすぐに答えた。

 

『あなたは上里様のところにお声掛け頂いたのよ』

 

お母さんは若干興奮気味に続ける。

 

『本当にすごいことだわ。よりにもよってあの上里様に』

 

お父さんは紙面を合わせるように屈んで俺の肩を強く握った。

 

こんなにも表情を変えるお父さんを見たのは初めてで俺は思わずビクッとした。

 

握られた肩が痛くて『痛い』と言ったその主張を無視してお父さんは言った。

 

『いいか樹。お前はまだ子供だから詳しいことは知らないだろう。でもそれでいいんだ。とにかくとても光栄で名誉あることなんだぞ』

 

『お母さんとお父さんのこ務めている『大赦』の最高権力を持つ名家なのよ』

 

興奮を高めながら俺のこともそっちのけですごいことだ、光栄だ、名誉だ、ありがたいことだ、と言い続ける両親に俺は先ほどまで抱いていた不安にプラスして恐怖を覚え始めた。

 

二人の言っていることがわからなくて、どうしたらいいのかわからなくて怖かった。

 

『わかんないよ……二人が何言ってるかわかんないよ…』

 

二人は突然どうしてしまったのだろうか、そう思った。いつも通り学校に行ってつまらない学校生活を送ってようやく春休みというタイミング。

 

本当にいつも通りの日常を送っていただけのはずなのにこの二人だけはまるで非日常の中にいるみたいだった。

 

両親は『なぜわからないのか』とでも言いたげに、聞き分けがない子供に諭すように言葉を俺に投げかける。

 

『今朝上里様の方から連絡があったんだ。そちらのご息女の樹さんを養女として引き取りたいとな』

 

「お父さんとお母さんも突然のことでとても驚いたわ。でもあの上里家ですもの。間違いはないわ』

 

 

 

お父さんのその言葉の意味を俺はしばらく頭の中で反復していた。

 

上里家。養女。引き取りたい。

 

(樹…………樹は俺の名前だ。三年前のこの時期から俺がずっとなのってきた俺の名前で…………大好きなお姉ちゃんがいつも笑顔で呼んでくれる名前で…………)

 

その俺を………引き取りたい……

 

そんな難しい話をされているわけではない。でもそれがあまりにも唐突すぎて、意味がわからなくて、おもわずなんどもなんどもなんども反復する。

 

でも解決も納得も何もない。本当に訳がわからないから。

 

そんな俺を見かねてなのか、両親は互いに顔を見合わせて意図的–––––かどうかはわからないが俺を応援するような言葉を放ってきた。

 

『樹が困惑するのはわかるわ。突然のことだものね。でも心配しないでいいのよ?』

 

『あぁきっと今よりもずっと有意義で人に褒められることなんだぞ。生活だって今の何倍良くなるしお前を不自由におもわせることはあるまい』

 

『ご先祖様もきっとお喜びになっているわ。何代にもわたって『大赦』に務めてきてついにその努力が認められたのだから』

 

『神樹様に我々の功績が認められたに違いない』

 

『そうよ。これも神樹様のお導きだわ』

 

 

そう言って二人は手を合わせて祈りを捧げるように地に頭を付けだした。

 

『感謝いたします!!』

 

『誠に感謝いたします神樹様ぁ!!』

 

特別好きって訳でもない。でも二人とも優しくていい人だとは思っていた。

 

少なくともこんな風に取り乱すような人たちではないと思っていた。

 

神樹様を祀っている大赦に二人が所属してあることは知っていたし、この世界で生きているものは皆等しく神樹様について小さな頃から教わるから俺だって人並みには神樹様についてだって知っている。

 

朝のホームルームの時や集会の時給食の時には祈りを捧げてもいる。

 

礼の気持ちが全くないわけではない。でも前から、そして未だに現実味がない話だと思っていて宗教みたいだなぁぐらいにしか考えていなかった。

 

でも両親は今こうして手を合わせて地に頭を付け大声で感謝を伝えている。

 

当の本人が何も言えずにいるのも知らずに二人だけで興奮しきっている。

 

それが常識なのか、大赦に所属する二人だからこそなのか、それとも俺がこの世界で生きている年数が少ないからなのか。

 

それはわからない。もしかしたら自分の反応がおかしいだけで学校の先生やクラスメイトたち、地域の商店街の人たちもこれはとても光栄で名誉あることだと言うのかもしれない。

 

ただ俺がおかしいだけで、俺が変なだけで、俺が歪なだけで。

 

 

 

 

『風もとても喜ぶだろう』

 

『ええ本当に。妹が立派になったと喜ぶでしょうね』

 

 

 

喜ぶ……

 

 

お姉ちゃんが……

 

 

俺は今こんなにもたまらなく不安でいっぱいなのに。

 

 

それでもお姉ちゃんは

 

 

いつものように眩しい笑顔で喜ぶのだろうか。

 

 

『すごいことよ樹!おめでとう!!』

 

 

 

(お姉ちゃんに褒められるんだから……嬉しいことなのかな)

 

 

俺はそんな風に思うことでしかこの場で自分を納得させられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな…ふざけないでよっ!!」

 

「何度言わすの風!これはとてもありがたいとことなのよ!」

 

「意味わかんないもん!なんで…なんで樹が…!」

 

「風。お前なら樹よりも良くわかるだろう?これがどれだけすごいことなのか」

 

「知らない知らないっ!!そんなの知らないっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

リビングの方からこうして言い合いをしているのが聞こえてくる。

 

お姉ちゃんはあの後程なくして帰ってきた。その頃には両親も少し落ち着きを取り戻しお姉ちゃんにある程度冷静に事情を語った。

 

お姉ちゃんの反応に関しては……もうずっとこんな感じだった。

 

両親は俺に声がかかったことを褒め称えそれをお姉ちゃんにもわからせようとしている。しかしお姉ちゃんはそもそもこのことを受け入れようとしない。

 

話は平行線を描いたままだった。

 

俺はその場にいることが耐えきれなくなり今こうして逃げ出して自分の部屋にこもりイヤホンをつけて寝転がり続けている。

 

夜も深まり外はすでに暗い中電気もつけていないため部屋の中は全くらで何も見えない。でもそうでもないと落ち着かないからこれは好都合だった。

 

(イヤホンつけて音楽聴いてても聞こえてくるんだから……よっぽど大声なんだろな……)

 

どこか他人事のように自分のことながら思ってしまう。

 

 

もっと音量を上げれば何も会話が聞こえてこなくて済むのにそれをしないのはきっと聞きたい気持ちもあるから。

 

「お父さんもお母さんもおかしいよっ!樹が!!家族が他の家に行っちゃうんだよ!?」

 

今まで聞いた事のないようなお姉ちゃんの絶叫、…なんでだろうな……自分のことを思って言ってくれてるはずなのにもうやめてほしいって思っちゃうな。

 

「上里家に引き取られるならそれは樹の幸せにもなる。大赦のトップツーの片割れなんだぞ」

「ねえわかるでしょ風。これがあの子の幸せなのよ?神樹様に最も近い上里家の人間になれるんだから」

 

「だってうちは普通の家族なのにっ…!なんでそんな大きな家から引き取りたいだなんて……!」

 

「樹みたいな子でも役に立てることがあるのよ。それをきっと上里様は見抜いてくださったの」

 

「そんなのおかしいよっ!!樹のこと見たこともあったこともないくせに!!」

 

「上里様がきっと神樹様のお声をお聞きになったんだよ。それで樹が、弱いあの子でも役に立てることがあると–––」

 

「みたいなって…弱い子って……なんでそんな酷いこと…」

 

「風だってわかるだろう。あの子は悪い子ではないが、弱く脆い」

 

「きっとあの子にとっていい経験になる。大赦のため神樹様のために何かできる子になってくれるはずなのよ」

 

 

 

 

 

 

 

大赦の最高権力を持つ上里という家から俺を引き取りたいっていう願いがきたのはわかった。でもなんで俺なんだ。見抜いた?お声をお聞きになった?俺は人付き合いが苦手でそんな自分が嫌いでお姉ちゃんがいないとまともに日常生活すら送れないような人間なのに、なんで…なんでそんな。

 

俺はお姉ちゃんだけが必要としてくれてる人間で、でもそれで満足でみんなに慕われててなんでもできるお姉ちゃんに愛されてるだけが取り柄なのに

 

–––––なんでお姉ちゃんじゃなくて俺なんだ。

 

俺はお姉ちゃん以外の人に必要とされたことなんてないのに。

 

 

今だってこうして両親に遠回しにいなくても困らない子だって言われてるようなものなのに。

 

 

(なんで俺なんだ–––––)

 

 

「でも…!でもでもっ!あの子が……樹本人が嫌だって言ったら……」

 

「嫌だなんて言うものか。あの子はわたしたちの子だ。代々大赦に、神樹様に使えてきたわたしたちの家の子なんだぞ」

 

「それに––これはもう決まったことなのよ。上里様がお決めになったことなの」

 

「そんな…………そんな…ことって……」

 

「風、樹が心配なのもわかるがお前だってもう六年生になるんだろう。だったら妹のことばかり心配してないで自分のことを少しは考えたらどうなんだ」

 

「そうよ、いつも樹にばかり構ってばかりで最近成績が落ちてきてるのだってそのせいなんじゃないの?」

 

「でも…だって樹は……アタシの妹で…」

 

「その妹がこれから立派になるんだ。お前も胸を張って将来のために努力しなさい」

 

「そうしたら樹のようにどこか名家から誘いが来るかもしれないわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドア越しのリビングからお姉ちゃんの泣き叫ぶ声が聞こえる。

 

両親はお姉ちゃんをなんとかして泣きやまそうと躍起になっている。

 

そして俺は–––––

 

俺は–––––

 

何もしなかった。何もしたくなかった。何も聞きたくなかった。

 

ただウォークマンの音量を上げて耳をふさぐことしかしなかった。

 

 

逃げたかった–––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、気味が悪いほどに話は早く進んんでいった。

 

翌日にも引越しの準備は整いその日の夜に迎えの車が到着。

 

結局俺は準備が整い迎えが来るまで部屋を一歩も出ることはなかった。ずっと耳を塞いで布団に入り込んだまま

 

水分もとらず食事もとらず誰とも話さず

 

ただ耳だけを働かせていた。いや、どんな音楽を聴いていたのか記憶がないから単に聴いていただけで覚えてなどいない。だから働かせてたのではなく放っておいただけ、付けっ放しにしていただけ。

 

 

引越しの準備といっても自分の部屋にはもともとあまりものはない。いくつかお姉ちゃんが俺に気を遣って買ったものが少々ある程度。大切にしてるものなんてないし、これがないとダメってものもない。

 

だから持っていくものなんてほとんどない。

 

俺はとっくに充電が切れているウォークマンのイヤホンを耳につけたまま部屋を出た。

 

それだけはなぜか、不思議と置いていこうとしない。

 

 

その理由を考えることももうしていない。

 

すでに家の外には迎えの車が来ており両親は誇らしそうに俺を見ている。

 

「頑張るのよ樹」

 

「立派になるんだぞ」

 

返事はしない。聞きたくないから。

 

俺はそのまま馬鹿でかい車の後部座席に乗せられた。

 

 

結局お姉ちゃんは最後まで俺に顔を見せることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「到着いたしました。どうぞ、こちらへ」

 

「はい」

 

車で何時間かゆられたころ目的地となる上里家の本邸に到着した。大きく立派な門をくぐるとそこには広大な日本庭園が広がり、さらにその奥には平安時代の貴族屋敷あるいは皇族の屋敷を思わせるほど大きく両翼に広がる平屋の和風建築、他にも何棟かにわたる同じくこれも

和風の平屋が建っている。

 

執事らしき人に案内されながら玄関にいくと玄関だけでも一般家庭のリビングなんかよりも軽々大きく内装も豪華であった。

 

長い廊下にはあちこちに洋風、又は和風の部屋と幾多もの曲がり角があり家主であろうと道に迷ってしまいそうなほどである。

 

数分歩いた先の部屋に通される。どうやら客間のようであった。

 

 

そこではひとりの人物が椅子に腰掛けて待っていた。

 

 

 

「君が『犬吠埼樹』か。座りたまえ」

 

「はい」

 

言われた通りに椅子に座る。

 

「君も聴いているだろうが今日から君は『上里』の人間になる。三百年前––––西暦の終わりから神世紀の始まりを支え今日まで『大赦』の要となってきた偉大なる上里家のだ」

 

「はい」

 

「本来であれば君のような一般の家の人間がなれるものでない。だからこそ君に望むものはない」

 

「はい」

 

「ただ–––然るべき時のために居さえすればそれで構わない。–––––いいかね」

 

「はい。わかりました」

 

「よろしい–––ではこれで失礼する」

 

 

上里家当主のその視線の先にはだらしなくイヤホンが耳につけられたままの樹がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(風呂大きかったな。食事も豪華だったし)

 

用意された部屋のベッドに寝転がりながら風呂や食事のことを思い出す。

 

風呂は大理石のものや檜風呂など多種にわたるもので構成されておりサウナや露天風呂まで備えていた。

 

食事は今回出されたのは全体的に和で構成されたものであった。

 

ただどちらにしても広さと人数が比例していない。自分一人でホテルを使っているようなものだ。

 

執事らしき人に案内されながら食事会場に移動しその後お風呂場に案内され入浴し明日にでも本邸のほかの施設の説明をするとのこと。

 

今日から自室になる部屋は無駄に広くて大した荷物もない俺は完全に持て余していた。少量の段ボールと下着や衣服がすでに入れられているクローゼットや箪笥。それ以外は何も手をつけていない、真新しい汚れもシミも一切ない部屋。

 

今自分がいるのが今後自分が使っていく部屋であるという自覚が全く湧かない、ホテルにでもいるような感覚。

 

(ホテルでもこんなに居心地悪いことないか)

 

天井を見上げつつそう思う。イヤホンから聞こえてくるウォークマンの曲が変わった。

 

(シミひとつない–––知らない天井だ)

 

荘厳なシャンデリアがぶら下がっているのはなかなか強烈で違和感の塊のようである。

 

(当たり前か、この家に知ってる場所なんてどこにもないもんな)

 

ほんの昨日までごく一般的な生活を送っていたはずだったのに昨日の今日でこれなのだから訳がわからない。

 

(なんでここにいるんだろ)

 

(なんで俺は捨てられたんだろ)

 

(あの人はなんでよりにもよってお姉ちゃんじゃなくて俺にしたんだ。なんで俺なんだ)

 

(学校ではクラスメイトに馬鹿にされて、家では全く役に立たなくて)

 

(あれが義父さん?あの人が義父さん?あんな俺のことを同じ人間とも思ってなさそうな人が義父さん?)

 

脳裏に浮かぶのはその眼鏡の奥に隠された冷たい視線。

 

(–––でももうそんなの関係ないのかな。血の繋がった父親と母親に捨てられるぐらいなんだしな)

 

自分の子として大切に育てられてると思っていた。それ自体はあながち間違いでもないかもしれない。でもそれ以上に彼らには大赦と神樹様が大事だったというだけ。

 

自分の子供は利用できるものなら、使えるものなら迷わず使うし捨てる。むしろそれが喜びであり誇りである。それがあの両親であり、人間なのだ。

 

(大赦ってなんなんだ…神樹様ってなんなんだよ)

 

あの両親をあんなにしてしまうその二つの存在が俺には何もわからない。

 

(俺は何も知らないんだな)

 

当事者が一番何もわかっておらず、何も知らされていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

(お姉ちゃんは今どうしてるんだろ)

 

どんな顔して会えばいいかもわからないくせにそんなことを考え始めた。

(またそのうち会えるかな)

 

その願いは長く叶うことはなかった。

 

 

 

 

 

そして–––俺は、上里家の人間として出会うことになる。

 

 

上里家とともに三百年もの間大赦ならびに神樹、さらに言えば人類そのものを支えてきたもう一つの名家

 

乃木家の一人娘–––––乃木園子に俺は–––犬吠埼樹は出会うのだった。




わすゆキャラと樹ちゃん(憑依)

お楽しみにっ!


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変わらぬ学校出会いの屋敷

わすゆ編にいよいよ入っていきますよ。(たぶん)

てな訳で今回はあのみんな大好き(僕も大好き)なあの子が出てきます。




「上里樹です。…よろしくお願いします」

 

慣れなんて一ミリも感じていない新しい苗字を名乗る。下の名前までいじられることがなかったのが唯一の救い。

 

(いや、そもそももうそれもどうでもいいことなのかな)

 

そしてあたりを包む静寂。普通自己紹介というのはこの後続く何かがあるものだがそんなものを俺は用意していない。

 

「はい、皆さん拍手〜」

 

そんな静寂に耐えきれなくなったのか、担任の教師の先導で小刻みに小さな拍手が送られる。もっとも、送られる側はちっとも嬉しくないのだが。

 

「さ、上里さん席について」

 

「…」

 

会釈だけして新しく用意された自分の席に着く。一番後ろの窓際、それが俺に用意された席。黙っていても何もしなくても変に悪目立ちしない席。

 

「それじゃ朝のホームルーム始めますよ」

 

席についた途端担任の話し声がどこか遠くなる。

 

 

あんな何もしない春休みでも全てが全て無意味だったわけでもない。あの広すぎる家も自分が生活していく分には慣れてきたし、そもそも部屋から出ることがほとんどないから困ることもない。

 

 

あんな義父さんとも初日に会った時以外一度たりとも会っていない。

 

 

春休みを通して自分の殻にこもるのは得意になった、こうしてただ外の景色を眺めているだけでいい。

 

 

少なくとも目の前の現実には向き合わなくて済む。

 

 

 

 

 

 

『神樹館小学校』

 

この世界全て–––つまり四国を守る神樹を崇め奉っている組織『大赦』によって作られた歴史ある学校であり在校生は皆親がなんらかの大赦関係者であるのはもちろんのことやはり比率として皆名家と呼ばれるであろう家の子供たちである。

 

とどのつまりお坊ちゃん、お嬢ちゃん学校であり、皆礼儀正しく非行に走るような子供はいない。

 

樹が前に通っていた普通の市立小学校とは違い全児童統一の制服も着用が義務付けられていてお堅いイメージはどうしても拭えないのが世間のイメージであった。

 

見たこともない建物、見たこともない制服に鞄。見たこともない先生に児童たち。全部知らないもので埋め尽くされているこの空間ほど抜け出したいものはなかった。

 

ただ変わらないのは空の青さだけ。

 

 

(なんで空って青いんだろうな)

 

仕方ないのかな。誰かが言ったことだから、空は青いって。

 

(なんで俺学校なんて来てるんだ)

 

それは行けと言われたから、命令されたから。

 

誰に?

 

(あの人(義父さん)に、そうだあの人(義父さん)に言われたんだ。だから俺は今ここにいる)

 

でも直接言われたわけでもない。ただそういう風に手配されてたからそうなっただけ。

 

今日はすでに神樹館小学校の始業式から数日経っている。だけど俺がこの学校に来たのは今日が初めて。

 

学校に行くのを放棄していたわけじゃない。学校に行くという考えがそもそもなかったんだ。

 

でもこうして何日か経った末に結局俺はここにいる。

 

 

じゃあ俺が学校に行くのが嫌だと言ったら行かなくても良かったのだろうか?

 

(でも俺は学校に今いる。転校生として小学四年生としてこの学校にいる。なんで来てるんだ)

 

行かなくていいんだったらそれでもいいじゃないか。悪いことなんてないじゃないか。

 

(逃げたっていいじゃないか)

 

学校に行けと無理にでも言われてたらどうしたんだろう。俺はどうしたんだろう。おそらく今みたいに来ているに違いない。

 

(だからなんで来てるんだよ)

 

無意味なのに?

 

(嫌だから)

 

何が?

 

(あの家にいるのが)

 

どうして?

 

(息苦しいから)

 

だったら学校は?

 

(そうだよ…!結局学校に来たって変わらないじゃないか…!)

 

だったら–––

 

(でもあの家にいると俺は息が詰まりそうで–––––!)

 

 

 

キーンコーンカーンコーン。

 

「では今日はここまでにしましょう。号令を」

 

ホームルームルーム後の一時間目の授業が終わりつぎの授業までの休み時間となる。

 

ほかのクラスメイトたちが思い思いに雑談や歓談を楽しむなかただ一人耳にイヤホンをつけたまま誰とも話そうとしない樹の姿がそこにはあった。

 

本来転校生というのはほかのクラスメイトたちからすれば注目の的であり大なり小なり質問やらが飛んでくるのが世の常のはずだがそれが樹に限って言えばなかった。

 

無論樹自身が何も行動しようとしない、自ら他人を寄せ付けようとしない態度だから、というのも大きいがそれ以上に『上里』の名前がクラスメイトたちを遠ざけていた。

 

神樹館小学校に通うもので上里家を知らない子供などいない。

 

自分たちの通う学校の名前に付けられている神樹を管理する、四国の絶対的組織である大赦において『乃木家』と並び立ち最高権力を持っている『上里家』の子であるために周囲から近づき難い存在として見られているというわけだ。

 

しかもほんとうの子じゃない、あくまで養子として上里家につい最近入ったという話は児童たちはもちろん教職員たちをも樹に接するのを躊躇させる。

 

しかも樹は本来神樹館小学校とは縁もないような一般家庭の子供、両親は大赦職員であるがどちらもあくまで一般の職員であり家柄にしたって長年大赦に使えてきた家ではあるがあくまで普通。

 

少なくとも上里家に関係があるような家では全くないため教職員からしたらそこも不審、又は怪しいところなのだろう。

 

 

 

 

(そりゃおかしいよな。俺は本来ここにいるべき人じゃないんだから)

 

音楽に耳を傾けつつ思う。周囲のクラスメイトは新年度が始まってから数日後にいきなり転校してきた樹に話しかけることこそしないがやはり気にはなるといった風な視線を皆向けている。

 

中にはヒソヒソ話を繰り広げるグループも。

 

 

(またそのうち陰口叩かれるようになるのかな。この学校でも言われるんならよっぽどだな)

 

 

俺は空を見ながら曲を切り替えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

転校してから一週間も経つと否が応でも慣れというものはでてくる。

 

だがここでいう慣れとは樹のことではなく他のクラスメイトのことではあるが。

 

 

この一週間の間に何人かの勇気ある、又は積極性のある子は樹に接触を試みてあえなく散っていった。

 

誰に話しかけられようとも樹は取り合わなかった。

 

前の学校にいるときなら笑って軽く返すぐらいのことはしていたはずなのにそれすらも放棄していた。クラスの人間とコミュニティーを築くことを放棄しているかのようだった。

 

クラスメイトたちの間には一週間であの子には触れない方がいい、そっとしておこう、というような共通認識が出来上がっていた。

 

担任もそれを良しとして何か言うことはなかった。

 

複雑な家庭や本人の事情だろうから仕方ない、次第に良くなるだろうと。

 

 

 

 

 

 

 

 

(青い空って好きじゃないんだよな。嫌なこと思い出す方が多いから)

 

(–––じゃあなんでわざわざ空がよく見えるところに来てるんだろ)

 

(一人になりたいからかな)

 

 

 

午前中の授業を終え樹は昼食を取っている。児童のために開かれた屋上で。ただ、使う児童はほとんどいない。その証拠に樹はこの屋上に来始めてから自分以外の誰かを見たことがない。

 

今日もあの家の専属料理人が作ったであろう軽食を何も考えずに胃に詰め込んだ。食事を楽しみたい気分でもなんでもないけどそれでも人間は食べなければ生きてはいけない。

 

 

(こんな生活送ってちゃ生きてても仕方ないよな)

 

 

でも食事は欠かさず取っている、だったらまだ俺は死にたいとまでは思っていない。

 

(何考えてんだ。たかがこの程度で生きてても仕方ないって–––––バカみたいだ)

 

 

校内から予鈴が鳴る音がした。昼休みもそろそろ終わり、午後の授業のために戻らなければならない。

 

 

仰向けになっていた体を起こす。そして立ち上がる前にふと思った。

 

(お姉ちゃんも今、学校行ってるところなのかな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

週末、学校もないため部屋から出る理由もなければ出たいとも思わない。

 

でもこうして俺は車に揺られてる。春休みに入ったばかりの頃、俺が初めてあの家に行った時に乗っていたのと同じリムジンで。

 

同じ車にあの人(義父さん)も乗っている。初日の夜以降久し振りに見た顔だった。

 

「…………………」

 

「…………………」

 

二人の間に一切の会話はない。上里家当主は出掛けるに際しておめかしをした樹に対してもなんのコメントもなくただ一言『久し振りだな、学校は行っているのか』と言うだけだった。

 

『はい』とだけ樹は返してそれ以上話が広がることはなかった。でも話しかけられるとは思っていなかったのでなんだか変な気持ちがした。

 

 

 

そしてやはり樹の手にはウォークマンが握られ耳には樹の瞳の色と同じ色をしたイヤホンがつけられていた。

 

 

 

 

 

 

乃木家本邸は上里家本邸と同じぐらいに豪華であった。基本的なつくりは上里家本邸と同じように和風建築であり門をくぐると広大な広場または庭園があり、少し違うところがあるとすれば貴族屋敷というよりは武家屋敷と呼称するのが正しいであろうということぐらい。

 

西暦の時代京都府と呼ばれていたかつての都の観光名所であった『二条城』を感じさせるつくりであったがこの時代にそれを感じれるような人間は一人たりとていない。

 

何人もの執事の人に案内されながら客間に移動する。樹はずっと上里家当主の少し後ろを歩いていた。

 

そこでは三人の人物が上里家当主と樹を待ち構えていた。

 

乃木家当主とその奥方、そして一人娘。

 

その一人娘は父親の隣で優しい笑みを浮かべており上里家当主の少し後ろをとぼとぼと歩いてくる樹に気づくと小さく手を振ってきた。

 

(なんだ…この子)

 

そんなことを思いながらもとっさに手を振り返していた。

 

するとその一人娘はすごく嬉しそうにするのだった。

 

(変な子…)

 

 

「久し振りですね、どれぐらいだったかな」

 

「ええおよそ二ヶ月弱ぶりです」

 

「もうそんなにか。いやはや時が過ぎるのは早いもんだ、特に歳をとるとね」

 

「本当に」

 

当主同士障りのない会話からスタートする。一人娘はまだニコニコしてる。なんなんだこの子…

 

「園子挨拶なさい」

 

すると乃木家当主は一人娘に対して自己紹介をするように言うのだった。

 

園子、そう呼ばれた一人娘は少し前に出て手を前に合わせてゆっくりと丁寧にお辞儀をし

 

「お久しぶりです上里様。お元気でしたでしょうか」

 

それはそれはお淑やかになおかつ上品に言うのだった。

 

「はい、園子お嬢さまの方もお元気そうで何よりです–––––––––樹。挨拶しなさい」

 

「えっ……?」

 

思わずあの人–––義父さんの顔を見る。視線が合った。心がビクンッと震えたのがわかった。

 

(目があったの…初めてだな)

 

「樹」

 

(俺の名前覚えてたんだな、この人(義父さん)…)

 

「樹、どうした」

 

上里家当主のかける言葉が頭の中に入ってこない。それは自分の名前を覚えていて呼ばれるなんて思っていなかったから。

 

 

 

「どうしたの?」

 

「……!」

 

乃木家の一人娘––––乃木園子の一言で目が覚めた。

 

現実に戻ってくる感覚、焦ってどうすればいいかわからなくなる感覚が身体中を支配していく。

 

「あ…えっと……」

 

自分の名前とよろしくお願いします、ただそれだけ言えばそれでいいのにそんな言葉すらも突っかかって喉から出てこない。

 

「その…俺…ち…違う、あの……私…」

 

一つの焦りはもう一つの焦りを生み悪循環を起こす。

 

すると嫌なことばかりを考え始める。

 

あの人(義父さん)は乃木家当主は、乃木園子はどんな顔してるんだろ、挨拶一つまともにできないダメな子供だ、そう思ってるな違いない。

 

あの人(義父さん)は幻滅しているに決まってる。乃木家当主は不審に思ってるに決まってる。乃木園子は–––––あの子はどんな顔してるんだろ––

 

 

 

 

「大丈夫」

 

いつのまにか下に向けられていた視線、そこにはだらしなく力なく震えている俺の両手をそっと合わせて優しく握る乃木園子の姿。

 

 

 

「ね、何も怖くないんだよ。大丈夫だから」

 

(あったかい……お姉ちゃんみたいだ…)

 

逃げ出したい気持ちとお姉ちゃんの手のように暖かい乃木園子の手。

 

俺はこの一瞬逃げ出したい気持ちよりもそんな暖かい手をくれる彼女の顔が見たくて、少しだけ視線を上げる。

 

「初めましてだね。お名前教えてくれる?」

 

 

背が彼女に比べて小さい俺に視線を合わせるためにしゃがんで先程俺が手を振り返した時と同じような微笑みでそう聞いてくる。

 

 

(これもだ。お姉ちゃん……みたい…)

 

こうして同い年の子と比べても背が小さい樹のために風は度々しゃがんで視線を合わせて話をしていた。

 

これはそれとまるっきり同じで、同じ視線で同じ暖かさで同じ微笑みで、同じ嬉しさだった。

 

 

「……上里樹…です…」

 

自信なんてこれっぽっちもない、怖くて怖くて–––それでも樹は自分の名前を名乗った。

 

 

「樹・・・樹ちゃんかぁ〜」

 

園子は噛みしめるように樹の名前を反復する。まるで名前を呼ぶのを嬉しがるかのように。

 

そしてすぐに何かを考えるように首を傾げて

 

 

 

「そうだね〜じゃあ、イッつんだね!」

 

 

(イ……イッつん…?)

 

この人のこのはまだ何も知らないが、なかなか面白いセンスの持ち主であることはよくわかった。

 

そして嬉しかった。こうやって自分のことを笑顔で呼んでくれる人がお姉ちゃん意外にもこの世にいたんだって、そう思えたから。

 

そう思えさせてくれた少女に、乃木園子に––––

 

 

大切な友達となるこの少女に始めて名前を呼んでもらったこの日を樹は忘れることはないだろう。

 

それはこの暖かさが保証してくれる、そんな気がした。

 

 




次は交友回になるのかな?

ほかの主要キャラたちの登場も近いと思うのでそれもお楽しみに。



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お嬢様の部屋とぬいぐるみ

今回の話に直接関係あるわけじゃないんですけど、原作の樹ちゃんってめちゃくちゃメンタル強いですよね。

おそらくメンタルがチタン合金で出来てるなと思うんですけど、何気に勇者であるシリーズの中でもトップクラスだと思うんです。

勇者部の中ではそのっちの次に強いんじゃないかなって。

ちなみにこの作品の樹ちゃんはあんまメンタル強くないです(白目)

あとお気に入り300超えありがたとうございます。感謝感激雨あられ。

評価つけてくれたり感想くれる人もありがとうございます。


「こっちが私のお部屋だよ〜ほらほら〜」

 

「ま、待って……ください…!」

 

長い廊下を手を繋いだ状態でぐいぐい引っ張られる。そして思った以上に力が強い。

 

先ほどのやりとりの後『大人同士で大事な話があるから』と園子と樹は二人で遊んでなさいと言い渡されたのだった。

 

樹としてはあの人(義父さん)がなんて言うか怖かったが何も言われなかったのでとりあえず言う通りにしている。

 

「園子様……ちょ、ちょっと……ゆっくり…」

 

引っ張られる勢いに耐えきれなくなり思わず懇願する。普段全くと言っていいほど運動をしない樹にとってはこの廊下を走る程度でも十分な運動になってしまうのだ。

 

すると園子はピタッと立ち止まった。

 

(あれ……なんか変なこと言っちゃったかな…)

 

養子として上里家に行く前から他人の顔色を伺う癖はあったがそれがここ最近でさらに酷くなっているのがこんなところでも発揮されている。当の樹本人はあまり意識したことはないが無意識に他人の言動や行動を怖がる癖がこの少女(少年)にはあるのかもしれない。

 

それがこんな時でも発揮され心の奥底で不安を感じていた。

 

何を言われるのかと。

 

「別に敬語じゃなくていいんだよ〜?」

 

語尾を伸ばしてのんびりを形にしたような喋り方をする園子。そんな独特の喋り方に思わず反応が遅れる。

 

(さっきとは別人みたいだ…)

 

先ほど樹の手を取っていた時の園子はまさしく優しいお姉さんであり、樹にとってはすでに一ヶ月近くあっていない姉を感じる程であったはずなのだが今は全く変わってしまっていた。

 

「あれ?イッつん?」

 

ぼーっとしたまま反応が遅れている樹に再度呼びかける園子。しかしなおも樹は反応を返さない。ならばと園子は樹の顔の前で手を振ったり顔を覗き込んだりしてみる。

 

 

「おーい。イッつーん〜」

 

「…………」

 

それでも樹は反応しない。園子は考えそして決めた。そこからはこの少女の行動は早い。

 

「えいっ〜」

 

「……!?」

 

ぼーっとしていたところ突然の刺激を加えられて驚く樹。無論刺激と言っても可愛いものだが。

 

「えへへ〜驚いた?」

 

「……ひゃい」

 

両頬を軽くつねられてちょっと面白い顔になったまま樹は答える。

 

「でもようやく気づいたね〜イッつんが全然反応してくれないからびっくりしちゃったんよ」

 

樹の両頬から手を離しつつ朗らかに言う園子。

「え…?……あの…もしかして無視しちゃってましたか…?」

 

恐る恐る問う樹。問われた園子は顔色一つ変えずに答える。

 

「もう完全に自分の世界に入り込んじゃってたね〜

 

「うっ……すみません…」

 

「謝ることないのに〜」

 

「そ、そうですか…?……すみません」

 

「また謝ってるよ?」

 

「えっ………あ……」

 

気づいたら終わらないループみたいになっていた。

 

 

閑話休題

 

 

 

 

「あれー?なんの話ししてたんだっけ〜?」

 

「な、なんでしょうか…ね…」

 

「あ、今のイッつんの反応で思い出したよ〜そうそう敬語だよ敬語〜」

 

「敬語……」

 

なんだろう……もしかして使ってる敬語に間違いがあったとか不快だったとかそういうのだろうか…

 

「歳だって一つしか違わないんだし敬語なんてなくていいんよ〜」

 

「でも…園子様は乃木家のお嬢様ですし…」

 

「それだったらイッつんだって上里のお嬢様だよ?」

 

「私は……養子ですから…」

 

こんな風におめかしして四国一の名家である乃木家にこうしているのだって、本来自分のような人間じゃないはずだというような負い目がどうにも抜けないからこその言葉だった。

 

「本当の子供だとか養子だとか、そんなの関係ないんだよ?イッつんはイッつんなんだから。–––ね?」

 

根拠も何もない言葉ではある。でもそれもさも当たり前のように自信満々に言うのだから変に説得力があるように聞こえる。

 

 

 

(またお姉ちゃんみたいだ…)

 

「もちろん無理にとは言わないよ?でもお友達として話すなら敬語はないと嬉しいなーって思うんよ」

 

「……お友達…」

 

その言葉は犬吠埼樹として生きていて自分が使ったことのない言葉であり、その対象となる人物も樹にはいなかった。

 

「えへへ、勝手だよね〜でも私はイッつんとお友達になりたいなーって、そう思ったんよ」

 

相変わらず朗らかな笑みを浮かべてはいるが今度はどこか自信がなさげに見える園子。それはこの乃木園子という少女にもこれまで友達と呼べる存在がいなかったことが大きいと言える。

 

だからこの発言だって飄々と言っているように見えるかもしれないが園子からしてみれば勇気を出しているのだが無論それが樹には対して伝わることはない。

 

樹は他人の感情の機微がわかるほど人と多く接してこなかったのだから。

 

(この人は本当にいい人なんだろうな…私とは違う)

 

自分でも形容する言葉がそれしか出てこないのは語彙力の低さを感じざるを得ないがそれでもそう思った今の気持ちは確かだと思うから。

 

「私なんかでよければ…」

 

下を向きながらこれまた自信なさそうに小さな声ではあるが園子にとって嬉しい返事を樹はするのだった。

 

「イッつん––––」

 

「……?」

 

園子は先ほど樹の両頬をつねった時のように、しかし今度はずっと優しく頬に両手で触れながら

 

「えいっ!」

 

と半ば無理やり樹の顔を上げさせた。

 

「イッつんはすぐ下向いちゃう癖があるんだね」

 

「ごめっ……うん…」

 

とっさに『ごめん』と出かかった言葉を引っ込める。

 

「それを悪いとは言わないよ?でも–––せっかくの可愛いお顔がもったいないよ–––?」

 

樹の顔を両手で持ち上げて至近距離なおかつ耳元で園子は囁いた。

 

「…………」

 

「あはは〜流石にちょっとわざとらしかったかな〜?」

 

「…………」

 

「こないだ読んだ小説にそんなシュチュエーションがあったんよ。それが忘れられなくてついつい試してみたく……イッつん?」

 

「…………」

 

「あ、イッつんの顔がさくらんぼみたいに真っ赤っかに」

 

手のひらから熱を感じるほどの体温、恐ろしい上昇率である。

 

「…………」

 

「イッつん〜大丈夫?」

 

流石に真っ赤で黙ったままなのが心配になったのか園子は声をかける。

 

すると樹は掴まれたままで顔が動かせない状態のままなんとか視線だけでもそらそうとしながら––––

 

「…もぅ……恥ずかしいよ––––バカ…」

 

でも完全に目をそらすことも出来ずに視線を彷徨わせながらそんな文句を吐露する。未だに顔はさくらんぼの赤のようにあるいはリンゴのように赤みを帯びており口元はむにゅっと恥ずかしさを表すかのように強く結ばれている。さらに手元にまで視線下げてみると落ち着かなさそうに指と指をもじもじさせている。

 

そして園子は思った。

 

(あざと可愛いっっ!!これは新ジャンルなんよ〜〜!!)

 

(しかもこれをわざとやってるわけじゃないとするなら…いやこの状況でわざとこんなことをやってのけるなんて不可能なんよ。うん)

 

勝手に脳内会議を行って勝手に結論を出す園子であった。

 

「……あーーこれはすごいんよ。うん」

 

「…?何が?」

 

「いや、いいんよ。イッつんは気にしなくて。それよりほら、立ち話もこれ以上なんだし–––はやく私の部屋行こ?」

 

「う、うん…でもどうしていきなり真顔なの?」

 

「なんでもないんよーちょっとというかものすごくビビッときただけだからね」

 

「そ…そうなんだ」

 

「そうなんよ〜」

 

なぜか真顔で、しかもその後すぐにやけ顔になる園子と一緒に園子の部屋を目指す。

 

(むぐぅ…重い…そしていい匂い…)

 

なぜか後ろからハグされた状態で。

 

 

(でもやっぱりお姉ちゃんみたいで落ち着く……かも…?)

 

 

恥ずかしさと嬉しいみたいなのがごちゃまぜな不思議な感覚を樹は味わうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は移って園子の部屋。それは乃木家のお嬢様の名に恥じない見事な装飾が施され、家具はどれも園子の可愛らしい女の子らしさを表しているかのように女の子向けのようなガーリーな作りでなおかつ高級感漂うという仕様。

 

広さは上里邸の樹が使っている部屋とほぼ変わらないぐらいだと思うがなによりも違うのはその生活感だった。

 

この部屋には園子が普段ここで日常生活を送っているのがよくわかる、つまり園子の物が溢れている部屋なのに対して樹が使っている部屋はまるでどこかの部屋を借りてるかのような–––本当に日常生活で必要なものしか揃っていない部屋であるがゆえにこの生活感の違いが出るのであろう。

 

(あの家に来てから何も自分で買ったことなんてないもんな……いや、前の家の時からだったほとんどなかったか…)

 

前の家–––犬吠埼家に住んでいた時はそれでも生活感がある部屋ではあったのだ。

 

でもそれはあくまで姉である風が樹に気をきかせて買うように進めたり時には自分の小遣いで買い与えたりしたものがほとんど。

 

それでも自分の部屋に自分のものがたくさんあるのはなんだか落ち着く気がしして、辛いのとか苦しいのとかを紛らわせてくれる気がしたから別に嫌じゃなかった。

 

(お父さんとお母さんに何か買ってもらったこともほとんどなかったのかな。俺って)

 

でもそれは俺が自分で言い出さなかったから。自分の思いや考えを伝えなかったからで–––––

 

 

 

「ねえイッつん?どうかな私の部屋?」

 

「……うん。すごく可愛いと思うよ」

 

隣にはニコニコしながら自分の部屋の感想を問う園子の姿。樹の返答にも満足したようでとても嬉しそうだ。

 

(今は…そんなこと考えなくていいか)

 

自分がいるのはあの寂しい部屋じゃないのだから。

 

 

「ここで園子……様は生活してるんだね」

 

「む〜〜〜ダメだよイッつん!!」

 

「……やっぱり…?」

 

『やっぱり』ってのは今のやりとりで何がダメだったのかなんとなく察したから。

 

園子は頬を膨らませて不満の気持ちをわかりやすく表現する。

 

(感情表現が豊かな人だな…こんなとこまでお姉ちゃんみたいだ…)

 

「敬語なしなんだから『様』ももちろんなしだよ?」

 

(まぁ…そうなるよね…)

 

「えっと…じゃあ……」

 

「うん」

 

「その……」

 

「うんうん」

 

「こ……」

 

「うんうんうん」

 

「ちゃん……」

 

「じゃ今度はそれを連続で繋げて言ってみようか?」

 

(なんでさっきみたいな真顔なんだろ…)

 

園子の表情変化はあまり意図がわからないことも樹には多い。無論出会って一日もたっていないのだからそんなものであると言ってしまえばそんなものだが。

 

「…園子ちゃん……」

 

「もぉ〜可愛いなぁ〜もじもじイッつん〜」

 

「か、からかわないでよ」

 

「からかってないよ〜心の底から思ってるんよ〜」

 

「…それはそれで恥ずかしいかも」

 

「なはは〜あ、そうだ!イッつんにいいもの見せてあげるよ!」

 

「いいもの?」

 

園子は樹を部屋のある一角に案内する。その一角にはぱっと見では数え切れないほどの大小さまざまな種類のぬいぐるみが置かれていた。

 

(数もすごいけど…なんかどれもちょっと変な見た目…)

 

なんとなく近場に置かれていて、目を引いたデザインのぬいぐるみを持ってみる。

 

(あ…許可取ってない……勝手に触っちゃった…)

 

こんなだけ数があるんだしきっと大切なものなのだろう。それをつい勝手に触ってしまったという罪悪感に襲われる。

 

(怒ってないかな……?)

 

ミチラッと横目で園子の様子を伺う。

 

「お、目の付け所がいいねえイッつん!それはねえサンチョって言うんだよ〜」

 

「さ、サンチョ?」

 

(というか怒ってないの…かな……?)

 

園子が何も言ってこないのだから…大丈夫なのかもしれない。

 

「私の一番のお気に入りの子なんだぁ〜可愛いでしょ〜?」

 

さぁ感想を!と視線で熱く訴えかけてくる園子。

 

改めてまじまじとサンチョを見てみる。比較的縦長で大きめの猫?のぬいぐるみであるサンチョ。

 

「可愛い」

 

なんで名前がサンチョなんだとろうとか色や大きさが違う似た奴にも名前はあるのかなとか疑問も数多くあるけどとにかく可愛いとは思う。

 

「もふもふ、だね」

 

「でしょ〜もふもふで気持ちいいんだよね〜」

 

「寝るときとか良い抱き枕になりそう」

 

「そうそう!そうなんよ〜!サンチョ抱いて寝ると大抵よく眠れるし変な夢見れるんよ〜!」

 

(……それは良いことなのかな…夢ってあんまり良いイメージないんだよな)

 

「そうだ、イッつんがよければそれあげるよ〜」

 

「えっ?で、でも大事なぬいぐるみなんでしょ?」

 

「ぬふふふふ…心配には及ばないんよ〜ほら!」

 

すると園子はどこからともなくもう一匹サンチョを召喚した(取り出した)

 

「もう一匹いたんだ…」

 

「まだまだいっぱいいるんよ〜だから気にしなくてもいいよ。むしろイッつんにもらってほしいな」

 

「……………」

 

胸のあたりで抱いているサンチョを見てみる。

 

(つぶらな瞳しやがって…可愛いなぁ)

 

 

正直結構惹かれるものがあった。

 

(これがあればもう少し夜も眠れるようになるかな)

 

 

そうなるといいなと思いつつサンチョを抱く力を強くする。ぎゅーっと抱きしめられ分もふもふのサンチョはちょっと面白い形に変形した。

 

「–––うん、嬉しいな。ありがとう園子ちゃん」

 

「えへへ〜どういたしまして〜」

 

樹と園子は互いにサンチョを抱きしめつつ笑い合う。

 

(サンチョ…なんか懐かしい感じがする……匂い…お姉ちゃんの匂い……園子ちゃんの匂い……)

 

そんなことをつい考えてしまったのは園子ちゃん本人には内緒だ。




そのっちとイッつんの初日の交友はもう少し続くんよ。

わっしーとみのさんはもう少し待っててね。

そしてお前ももう少し待ってろよな…シリアス……


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嬉しい友達嫌いな義父さん

小そのっちと小イッつんが戯れてたらちょっと姉妹に見えてきません?

私は見えます(迫真)




「だはぁ〜また負けちゃった〜」

 

「あはは、たまたまだよ」

 

何回目かの対戦を終え脱力するかのようにコントローラーを手放す園子。樹は表情を崩すことなくケロッとしている。

 

「にしてもなんか意外かも〜イッつんゲーム得意なんだね」

 

再戦の準備をしつつ園子が言う。何も言わずに準備を始めてくることについてのツッコミはもう放棄している。

 

(園子ちゃんって意外と負けず嫌いなのかな?)

 

そんなことを思いつつこちらも再戦の準備を整えながら園子の質問に返答をする。

 

「得意って言えるほどじゃないよ。ただ暇つぶしに多少やってたぐらいだから。…最近はほとんどやってなかったし」

 

『最近』というのはつまり上里家に来てからのここ一ヶ月弱のこと。前の家では一人でのプレイはもちろんだが風ともそれなりにやっていた。ちなみにほとんど樹が勝っている(風が弱い説)

 

「ふーん、あ、今度は私ルカリオ使お〜」

 

「じゃあ私はスネークで」

 

「イッつんはキャラのセレクト渋いね〜」

 

「そうかな?あんまり意識したことないけど…」

 

たしかに小学四年生の女子がス○ブラするときにスネークはあまり使わないだろう。

 

(…中身がちょっと特殊だからなぁ)

 

理由があるとしたらそこなのだろうけど。こればっかりは無意識だから仕方がない。

 

「でもかっこよくない?『待たせたな』って」

 

「あ、今の声真似ちょっと似てる〜『待たせたな』」

 

「園子ちゃんもちょっと似てるかも」

 

「『ありがとな』」

 

「おおー似てる似てる」

 

「『待ってろよ』」

 

「マイナーチェンジしたね」

 

 

小5、小4の女子二人がスネークで盛り上がる瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

互いのキャラを選びつつ次はコンピューターのキャラを二選ぶことに。

 

「じゃあ次選ぶの私だね〜どーしよっかなあ〜」

 

ご機嫌そうに残りのキャラを選ぶ園子。その姿は鼻歌まじりでとても楽しそう。

 

「なんか…楽しそうだね、園子ちゃん」

 

緊張感が溶けた空気感だからだろうか、思ったことがそのまま口に出てしまった。

 

普段の学校生活で同年代の子と接している時にはありえないことである。

 

(少しは普通に話せてるのかな)

 

「うん、すっごく楽しいよ。誰かとゲームしたの初めてだからさぁ〜」

 

「…そうなんだ」

 

「仕方ないことなんだけどね〜乃木の娘ってだけで大人も子供も遠慮しちゃうから」

 

「………………」

 

(こういうの…苦手だ…)

 

誰かの、他人の事情をあるいは心を知るのが怖いと感じてしまうのは昔から変わらない犬吠埼樹という人間の特徴だった。

 

(やっぱりダメダメだな)

 

普通なんてまだまだ夢のまた夢、そんなことを樹は思い考えようとしていた。

 

「でももう大丈夫なんよ〜だってイッつんがいるもん」

 

「えっ……?」

 

「これまではいなくても、今はいるから。初めてできた友達とこうやって遊べてるんだから–––いいかな〜って」

 

照れ隠しをするかのように頭をかく仕草をする園子。ふざけているのか本当に恥ずかしかったのかの見分けなんて樹にはつかないが少なくとも嘘をついているとは思えなかった–––思いたくなかった。

 

(強いな…園子ちゃんは)

 

超名門の家柄で友達が一人もできたことがない。似ているようで似てない二人、それが園子と樹。無論樹はあくまでただの養子で園子は生まれつきのお嬢様ではある。だがそのことを度外視しても樹からしたら園子はとても強い–––心が強い。

 

樹にはこれまでかけがえなのない存在だったはずの風がいた。こうしてゲームするのも外で遊ぶのも何度も二人でやったことだ。

 

でも一人っ子の園子にはそんな相手すらいなかった。

 

(なのにこんなに違うんだもんな、本当にすごいよ)

 

風に対して感じていた劣等感と似たようなものが少しだけ胸の中でうごめいた。

 

(そんなとこまでお姉ちゃんと似なくていいのに…)

 

今の樹にできるのはその劣等感を顔に出さないようにすることぐらいなものだった。

 

「私も…ね、友達今まで出来たことなかったんだ」

 

「だったら一緒だね〜私とイッつんは〜」

 

初めて出来た友達の初めての友達が自分なのが嬉しいのかまたにっこりと可愛らしい笑顔を見せる園子。

 

(違うよ…園子ちゃんは俺なんかとは違う…)

 

(俺はもっと、もっと弱い人間だから)

 

 

 

「じゃあ次のコンピューターはピカチュウとミュウツーにするんよ〜」

 

「…ポケモン好きなの?」

 

一つの画面の中でスネークとルカリオとミュウツーとピカチュウがバトルロワイヤルしてるのは結構シュールだった。

 

ちなみに園子がギリギリ勝った。樹の劣等感が心なしか深まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ねえねえイッつんの髪いじってもいーい?』

 

ス○ブラ意外にもいくつかのゲームをプレイしてそろそろゲーム以外のなにかをやろうとなった時園子がそんなことを言い出した。

 

(園子ちゃんの行動は読めないなあ)

 

ぼんやりとそんなことを考えながら断る理由もないので首を縦に降る樹なのだった。

 

 

豪華でお洒落な姿見の前に座らされどこからともなく出してきた沢山の髪いじりグッズ(正式名称がわからない)を手に不敵な笑みを浮かべる園子。

 

(なんか変な髪型にされないだろうか…?)

 

一瞬そんな不安がよぎる。

 

(でも考えてみたら髪型なんてこだわったことなかったか)

 

樹は、この少女又は少年は犬吠埼樹として生活してきて髪型を変えたことがない。

 

今のショートヘアーだって単に短い方がなにかと楽だからというお世辞にも女の子らしい理由とは言えない。

 

でも別にこのショートヘアーが気にいってないわけでもない。

 

(お姉ちゃんが好きって言ってくれるし……今はどうかわからないけど…)

 

『樹はもちろんロングも絶対似合うけど、あたしはショートの方が好きかな』

 

いつだかに風が言っていたことを樹はずっと覚えていた。おそらく言った本人も覚えていないだろうそんな他愛もない言葉を。

 

「お客さん〜今日はどうしゃあしょうかあ〜?」

 

櫛で丁寧に樹の髪をとかしながら園子は美容師風に尋ねる。園子からしてみればただ単にふざけているだけなのだが樹は違う。

 

(当たり前だけど、最近やってもらってないな)

 

風にこんな感じでよく髪を乾かしてもらったり寝癖を直してもらったりしていたのを思い出す。

 

時には今みたいに理由もなしにただいじりたいだけ、みたいな時もあったりした。

 

(やっぱり似た要素多いのかな?)

 

鏡に映る自分のすぐ後ろにいる園子の姿を見る。上機嫌に樹の髪をとかしていくその姿は楽しそうでもありつつやっぱり乃木家のお嬢様というのを表しているかのように可憐で清楚である。

 

(お姉ちゃんは、お嬢様ってタイプじゃないよな)

 

冷静に分析してるがちょっと酷いことを言ってるのに樹は気づいていない。

 

「ありゃ、お客さん最近あんまり手かけてないでしょー?」

 

(……なんでちょっとチャラいんだ?)

 

「そうですね…最近あんまりかもです」

 

変にチャラい美容師さんはほっておくとしても言っていることは正解だった。もともとあまり気を遣ってなかった上に気を遣ってくれる存在とも離れてしまったため正直今の髪は艶が足りてないに違いない。

 

(いいシャンプーとかリンス使うだけじゃダメなんだなあ)

 

上里邸のお風呂にあるやつの方が前の家にあるやつよりもずっといいものにもかかわらず、体感できるぐらいダメになっているのだから後からどれだけ手をかけるかによって随分と変わってくるらしい。

 

「ありゃ〜そりゃーいけませんぜー」

 

(チャラ男から八百屋の大将になっちゃってる)

 

「あはは、やっぱりダメですかね?」

 

「髪は女の命ですぜ〜?きちんと手入れせにゃあかんですわ、ええ」

 

(八百屋の大将が地元のきつい訛り使ってだけだよもはや)

 

「こうなんですかねえ〜キューティクルが痛んでくるんですわ、はい」

 

「そうなんですか、キューティクルが」

 

「ええ、ええ」

 

「それは大変ですね」

 

「ほんまになあ」

 

「でもごめんなさいね。髪短いからいじるにもあんまりいじれるところないですよね」

 

たんなら想像でしかないけど髪ってのはやっぱり長い方がなにかと髪型を変える上で融通がきくと思ったりする。

 

(そもそも短いと結んだりできないし)

 

「いやいや、短いのには短いので色々といじりようなあるんでっせぇ?結んだら編み込んだりしてもいいし、ふわふわにしてもまきまきにしても可愛いんだから〜」

 

「へぇー」

 

(色々あるもんなんだなあ。中身がお世辞にも純粋な女の子って言えないからこういうのよくわかんないんだよな…)

 

「例えばほら、こんなの」

 

「あ、可愛い」

 

「他にはこんなのも」

 

「わあ、おしゃれ」

 

「ここをこうして〜こう」

 

「なんだか難しそう…」

 

「こんなのは如何かな?」

 

「モデルさんの髪型みたいだね、すごーい」

 

 

どれもなんて名前の髪型なのか知らないし、やり方も間近で見てるはずなのにわからないので感想が基本的に単純なものになってしまう……園子ちゃんはつまらない思いをしていないだろうか?

 

 

 

「じゃあじゃあ〜これなんてどうどう?」

 

(大丈夫そう…なのかな…?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

園子による樹の髪の毛いじりも程も最終的に小さな三つ編み?を編み込む?みたいなのに収まり外を気づけばもう日が落ちてきていた。

 

(夜になるのを早く感じるの、久しぶりだ)

 

大人同士の大事な話し合いも終わりを告げ、もうそろそろ家に帰らなければならない時間となる。

 

(また帰らなくちゃいけなのか。あの家に)

 

(またあの人(義父さん)と顔を合わせなきゃいけないのか)

 

太陽が落ちて明るかったのが暗くなるのと同じものを樹は感じていた。

 

でも

 

 

「また遊ぼうね〜イッつん」

 

こうして当たり前のようにまた会って遊ぶことを前提に話す園子がいるなら少しは気も紛れるかもしれない、そう思い込むぐらいは樹にもできた。

 

 

「うん、また遊ぼうね。園子ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

「それではまたの機会に」

 

「ええ、今後も大赦と神樹様のために、ひいては人類のために尽力していきましょう」

 

 

 

 

あの人(義父さん)とともに車に乗り込む。後部座席の窓ガラスから外を見ると園子が笑顔で手を振っている。

 

(またね)

 

心の中でそう言いつつ樹も小さく手を振り返した。

 

数時間前に始めて会った時の戸惑いながら振り返した手ではない。いや戸惑いはある。誰かに笑顔で手を振られるなんてことこれまで経験したことなかったから。

 

でもその戸惑いは怪訝なものから、嬉しいものに変わっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

(やっぱり寂しい部屋だな)

 

食事とお風呂を終え、すでに暗くなった自室でベッドに寝転がる。ついでだが園子にセットしてもらった髪型を崩すのが妙に名残惜しかった。

 

(明日はまた学校、あるんだよな)

 

曲が切り替わった。

 

(楽しかったな。園子ちゃんと遊ぶの)

 

(楽しみだな、また園子ちゃんと遊ぶの)

 

寝返りを打つ。持て余している部屋のスペースが変に目につく。

 

 

(あの人(義父さん)–––何も言わなかったな)

 

乃木家当主と客間で面会をした時に挨拶を促されて以降上里邸に戻ってから二人の間に会話はない。

 

(でも、でも始めて俺から話しかけたんだ…!)

 

 

 

車を降りて本邸の中に入る前に樹は当主に今日のことを伝えようと思った。

 

それは今日の感謝のこと、乃木家に連れて行ってくれてありがとうと言おうと思ったためだ。

 

それが顔見せだろうと構わない。園子という人生で初めての友達を得られたんだからいい。

 

『と…義父さん…!』

 

樹のことなど気にする様子もなく本邸の中に入っていこうとする当主を呼び止める。樹は初めて自分の口から当主のことを『義父さん』と呼んだ。

 

呼んだ瞬間ドキッとして鼓動が早くなり、緊張して手に変な力が入ったのを感じた。

 

『…………』

 

返事をすることもなく視線を樹に向けることもなく当主はその場で立ち止まる。

 

『今日は…その…!……ありがとう…!』

 

たどたどしく、言葉足らずではあるが、それでも精一杯感謝を言葉にして伝えようとした樹。

 

その『ありがとう』には初めて当主の方から樹に対して呼びかけ、名前を呼んだことに対する『ありがとう』でももしかしたらあったのかもしれない。

 

 

 

 

『…………』

 

『義父さん……?』

 

伝えることは伝えたはずだった。だからあとはその返答をどんな些細なものでももらえればそれで満足だった。それがほんの一言でもいい。

 

ほんの一言でももらえれば自分引き取ったことを『よかった』と思ってくれてると樹は思い込めるから。

 

自分が今ここにいることに少しは自信が持てる気がしたから。

 

自分はここにいてもいいんだ、そんな風に考えることもできたかもしれないから。

 

必要とされてる、大事にされてるって感じられるから。

 

『義父さん………!!』

 

再度呼びかける。

 

『…………』

 

返答はない。

 

『義父さん…!!』

 

また呼びかける。

 

『…………』

 

返答はない。身じろぎひとつしない、反応すらしていない。

 

 

(なんで反応しないんだよ…なんで答えないんだよ…初めて俺から義父さんって呼んでるじゃないか……ありがとうって言ってるじゃないか……)

 

(義父さんが俺を選んだんだろ…だから俺はここにいるんだ……だったら少しぐらい答えてくれたって………!!–––––)

 

 

 

 

 

 

『…………』

 

振り返ることさえなかった。振り返って視線を合わせることすらなく暗い夜の闇に当主の足音だけが響く。

 

そして静止する間も無く無慈悲に玄関の扉が開かれ–––閉じられた。

 

そこに樹を一人残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曲が切り替わる–––––

 

 

(なのにあの人(義父さん)はなんで…なんであんな……っくそ…あんな態度とるんだったら……話かけないでくれよ…勘違いさせないでくれよ…!!)

 

 

目の前に置かれていたサンチョを胸の中で抱きしめる。もふもふで抱き心地がとてもいい。

 

 

 

 

 

(やっぱり園子ちゃんの匂いだ…………)

 

 

 

 




・上里樹
戸惑ったり嬉しかったり楽しかったり、でもやっぱり辛いし嫌いだったりする精神が安定しない子。素質はあったとしてもやっぱり環境が悪いよね。環境が。でもサンチョは園子ちゃんの匂いがして落ち着くからあの夜はなんとか眠れたみたい。


・乃木園子
何気に初めてお友達ができました。普段そんなゲームとかしないけど何回かやってたら勝てちゃった。うーむ天才。早くできたばかりの友達とまた遊びたい。「あ、いいこと思いついたんよ〜」




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嫌な生活会いたい君

ああ…ついに神樹様(ロリコンクソウッド)のお役目が始まってしまう……

あ、ちなみに今回は始まらないです。次回ね、次回。

今回はまだそのっちのターン。


「やっぱり好きになれないや、この天井」

 

朝、自分でも思っていたより眠れていたようでホッとした。

 

でも

 

 

『義父さん………!』

 

『…………』

 

 

 

「っ……くそ…なんで起きて早々あんなもの思い出さなきゃ……」

 

昨夜の当主との出来事が頭をちらついて離れない。よく眠れたかもしれないが、気分は最悪の朝だった。

 

(義父さんのせいだ。義父さんのせいでこんな思いしなくちゃならないんだ)

 

わかってる。あんな人に何かを求めるなんて、自分との対話を求めるなんて意味がないってわかっとんだ。

 

昨日のことでよくわかった。

 

なのに––なのになのになのに俺は

 

 

 

 

 

 

「あの」

 

「なんでしょう?」

 

「義父さんって…」

 

「当主様なら早朝にお出かけになられました」

 

「…そうですか」

 

 

俺はあの人が今どこにいるのか、まだチャンスはあるかもしれないなんて思ってる。例えば朝食の時に、話せるかもしれないなんて思ってるんだ。

 

今日も変わらない。何にも変わっていない、一人だけの食事。食器の音だけがする食事。

 

(そのうちこれも当たり前になってくるのかな–––もう当たり前なのかな)

 

朝の支度も一人。服を制服に着替えて髪を適当に整えて歯を磨いてランドセルを背負って一人で玄関を出る

 

「行ってきます」

 

返事が返ってくることはない。あの人(義父さん)はいないんだ。

 

(いたとしても変わらないか)

 

これまでだってそうだったんだ。だから今日も変わらない。

 

自然と下がった視線に気づかぬままイヤホンを耳につけて曲を再生する。

 

あまり充電ができていないから学校に向かう途中で切れてしまうかもしれないのだけが懸念だ。

 

時間の潰し方がほかにないから。

 

心を塞ぐ手段を失ってしまうのは–––とても怖い。

 

 

 

「ヘイ!イッつん!!」

 

「……えっ…」

 

聞こえてくるはずのない声に瞬間反応が遅れる。でもそれは書きたいと密かに思っていたはずの声で。

 

(幻聴なんて、シャレにならないな)

 

だからって都合よくこんなところにいるはずないんだからこれはきっと俺の妄想、都合よく現実を見ようとしている俺の心なんだ。

 

(馬鹿馬鹿しい)

 

「へいへいカノジョ〜無視はないじゃないのか〜い?」

 

幻聴の声が今度はさっきよりも近いところで聞こえてきた。

 

(精神科でも受診すべきかな。でもやだなあの人(義父さん)にそんなこと相談するの)

 

(だからってほかに相談できる人なんていないけど)

 

 

 

 

 

「レッツエンジョイ!スクールライフ!!」

 

「……!?」

 

下げていた視線が無理やり持ち上げられた。

 

驚いたしビビった。でもそれよりもずっと

 

 

 

「昨日ぶりだね…園子ちゃん」

 

「にひひ〜嬉しい?」

 

樹の顔から手を離しつつしてやったらと言った笑顔で問う園子。当然ながら初めて見る神樹館小学校の制服だった。

 

 

「うん、嬉しい–––かな」

 

「んー?疑問形なの?」

 

「よくわかわないんだ」

 

「–––そっか〜」

 

…本当にダメだな、せっかく園子ちゃんが会いにきてくれたのにこんな風に気を遣わせるなんて。

 

(よくわからないんじゃないだろ。……もっと言うことがあるはずだろ)

 

「イッつん!」

 

「は、はいっ!?」

 

突然名前を叫ばれて思考が停止する。

 

「そんなに難しく考えなくていいんよ?ただ私がイッつんと一緒に学校に行きたくて迎えにきただけなんだからね?」

 

「……園子ちゃん」

 

「ほらほら、笑って笑って!無理にでも笑えば後から気持ちは付いてくるもんなんよ〜!」

 

「園子ちゃんは、…よく笑ってるよね」

 

「笑顔の方が相手も自分も楽しいんよ〜」

 

「ふふ、そうだね」

 

(ほんとに…その通りだよ。––––だから君は強いのかな)

 

 

 

 

 

 

 

「♪〜♪〜♪〜〜」

 

「登校してるだけなのに妙に楽しそうだね。園子ちゃんは」

 

リムジンの後部座席で流れている音楽に合わせて鼻歌を歌う園子。基本的に学生であれば行くのがめんどくさいと思うはずの学校に向かっている途中とはとても思えないほど上機嫌である。

 

「友達と登校するのって初めてなんよ〜!」

 

「それだったら……私もかな」

 

園子にしろ樹にしろそもそも友達が今まで一人としていなかったのだから当然のことではあるのだが。

 

「互いに初めてを捧げ合うなんてなんか嬉しいんよ〜ぐへへ〜」

 

「言い方がなんか語弊を生みそう…」

 

「まあまあそんなこと気にせず!イッつんも一緒に歌うんよ!」

 

「……えっ?」

 

「ほらほら!次のサビに一緒に合わせて、ささっ」

 

「う、うん。やってみる…?」

 

「いくんよ〜?せーの」

 

 

 

 

「「♪〜〜〜♪〜〜」」

 

意外と合うもんである。

 

 

「イッつん歌うまい〜」

 

そして樹の意外な特技が判明した瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(そりゃ乃木家のお嬢様と一緒に登校してたらそうなるよな…)

 

あの後車から降りてきた園子と樹の姿は同じく登校中の他の児童達をざわつかせた。

 

二人に何かおかしな点があったとかそういうわけじゃない。この二人が揃って登校してくることが驚きというわけだ。

 

『大赦』のトップツーの乃木家と上里家、その一人娘が揃ってそれも仲が良さそうにしているのだから無理もない。

 

(なんかいきなり静かになったな)

 

樹と園子は学年がひとつ違う。すると当然のことながら教室どころか階も違う。

 

『イッつんバイバーイ〜』

 

そんなことを言いながら園子はスタスタと樹と別れていった。別れ際でさえもなんだか楽しそうなのはよくわからない。

 

(別れ際なんて本来寂しいはずなのに、なんであんまり寂しくなかったんだろう)

 

自分の席について相変わらずクラスメイトたちと会話をすることもなくぼーっと空を眺める。

 

車の中で使わなかった分、ウォークマンの充電がまだ多少あったのは良かった。

 

(俺はお姉ちゃんと別れた時寂しかったのかな。お姉ちゃんは…やっぱり寂しかったのかな)

 

思いだされるあの夜のお姉ちゃんの絶叫。耳と心を塞いで閉じ篭ったままここまで逃げてきた俺でもあの夜のお姉ちゃんの叫びはしっかりと覚えている。

 

(寂しいって思ってくれることって、いいことなんだろうか)

 

でも、あんな気持ちを味わうぐらいなら別れなんて無い方がいいに決まってる。

 

(別れは寂しいもの。でもさっき園子ちゃんと別れた時はそんなこと全然思わなかった)

 

(園子ちゃんとも––––いつかは別れるんだろうか)

 

あのお日様のような輝かしい笑顔のあの女の子とも–––俺はいつか別れる時が来るのだろうか。

 

それ自体別に珍しいものでもなんでもない。人と人との関わりというのは出会いと別れによって成り立っている。出会いがあればそれと等しく別れがある。

 

そして別れは、この世の中に溢れている別れは基本的に寂しいものだ。

 

だからいつかはそんな寂しい思いを––辛い思いをする日が訪れる。

 

(そんなの)

 

わかっている。血を分け合ったお姉ちゃんとすら突然別れる時が来たんだ。友達なんて、もっと別れが訪れやすい存在じゃないか。

 

(だったら–––出会わない方が良かったりもするのかな)

 

寂しい思いを、悲しい思いをすることを避けられないのなら、そもそも出会わなければいいのかもしれない。

 

そうすればそんな思いをしなくて済む。

 

(でも、それは–––)

 

 

それは生きる歓びを放棄することに他ならない。『生きる』ということは誰かと出会いそして関係を深めることだから。

 

 

そうして人は成長していく。大人になっていく。

 

 

『樹みたいな子でも役に立てることがあるのよ』

 

『弱いあの子でも役に立てることがあるんだ』

 

『然るべき時にそこにいるだけでいい。–––君にはほかに何も期待していない』

 

 

空を眺める自分の顔が歪んだのがわかった。園子ちゃんと一緒に登校してきた喜びがなんだか失われていくみたいだった。

 

 

(あんなのが大人なんなら––––俺は大人になんてなりたくない)

 

(大人にさえならなければ園子ちゃんと別れなきゃいけないこともないのかもしれない–––)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい眺めだね〜」

 

「そうかな?…あんまり意識したことなかったよ」

 

昼休み、つまり昼食の時間。

 

樹は今屋上に園子と二人で来ている。相変わらずここの屋上には人がいない。

 

(まさかお昼まで誘いにくるとはなあ…)

 

物珍しそうに辺りをキョロキョロと見渡してはしゃいでいる園子の少し後ろで苦笑いを浮かべる樹。

 

午前の授業を終えていつも通り一人で屋上に行こうとした時突として園子が教室のドアを開いて入ってきて開口一番

 

 

『イッつん、お昼ご飯一緒に食べよ〜』

 

と言ってきたのだ。

 

樹自身も当然驚いたがそれ以上に周りのクラスメイトたちが驚いていた。何しろあの乃木家の一人娘がいきなり自分たち下級生の教室を訪ねてきたのだから無理もない。

 

それもクラスの誰とも話そうとしないあの樹に対してなら尚更である。

 

(ほんとに読めないな園子ちゃんは)

 

「イッつんよくこんないいところ見つけたね〜」

 

「この学校に来てすぐの時になんとなく思いついたんだ。屋上使えるんじゃないかってね」

 

「おおーイッつん天才だあ〜」

 

「…そんなんじゃないよ」

 

「またまたご謙遜を〜」

 

「もう…」

 

 

(ただ一人になりたかっただけだと思うんだけどな。ここなら空もよく見れるし)

 

(好きじゃないはずなんだけどな、青空なんて)

 

だけどこうしてそれを求めてここに来ている。

 

(今は園子ちゃんも一緒だ。園子ちゃんは好きなのかな、青空って)

 

そんな自分でもよく意味がわからないようなことを考えながら園子とともに昼食の準備をしていくのだった。

 

 

 

 

「園子ちゃんのはやっぱり豪華だね。なんか大きな海老いるし」

 

これって伊勢海老ってやつか?でも伊勢ってもうないよな?

 

「んーなんだろうね、この海老さん。美味しいけど名前わかんないや。もぐもぐ」

 

「あはは、そっか」

 

美味しそうに頬張る園子。お嬢様として育てられてきたからか決して下品でも汚くもないのにしっかり食べてる印象が得られるのはすごいと思う。

 

 

「イッつんはそんだけで平気なの?もぐもぐ」

 

園子が樹が持っているサンドウィッチを見ながら言う。

 

「私はそんなに食べられる方じゃないから、こんぐらいで別にいいかなって」

 

サンドウィッチが嫌いなわけでもないし量も満足してる。ただ食に対するこだわりが薄いだけ。

 

(こういうのの方が楽だし)

 

「もぐもぐ。ねえねえイッつん、分け合いっこしようよ〜」

 

「分け合いっこ?園子ちゃんのはお弁当とこれを?」

 

「正解〜」

 

園子の昼食と自分の昼食を目で見て比べる。…比べるまでもなかった。

 

「でも…これとそのお弁当のおかずじゃ釣り合わないよ?」

 

「むーそういうことじゃないんよーイッつん。こういうのはそれ自体に意味があるんだから〜」

 

「そういうもんなの?」

 

「そんなもんなんよ♪」

 

(そんなもんなのか…)

 

「えーっと…じゃあ……これ…どうぞ……」

 

食べかけのサンドウィッチを園子に向けて差し出す。そして気づいた。

 

(いや、なんで食べかけ渡したんだ!)

 

食べかけなんて汚いっ!イヤッ!ってなる未来しか見えてこないじゃないか……こんなことで園子ちゃんに嫌われることになるとは思わなかった…

 

「はむ」

 

「ふえっ?」

 

目の前にはパクリと食べかけのサンドウィッチにかぶりつく園子の姿が。

 

「美味しい〜♪〜」

 

「……どうも」

 

 

「じゃあ今度はイッつんの番だねー何食べたい?」

 

豪華はお弁当箱を指しつつほれほれと急かしてくる園子。

 

(何が何だかわかんない…料理名知らない…)

 

「な、なんでもいいよ」

 

「んーじゃあ私の好きなこの海老さんあげるよ〜はいあ〜ん」

 

「…しなきゃダメかな…?」

 

箸で海老をつまみつつなぜか自分も口を開けて樹に差し出そうとする園子。

 

「だ〜め♪」

 

「…はい」

 

この笑顔の圧力はさすが乃木家の一人娘といったところ。

 

「じゃあもう一回ね〜はいあ〜ん」

 

「あ、あーん…」

 

戸惑いを隠せないままなんとか物をキャッチする。海老の旨味が途端に溢れ出てきた。

 

「どうどう?お味の方は?」

 

「お、美味しいよ。とっても」

 

とてもお弁当の海老とは思えない旨さ。園子はこれを毎日食べているのか…

 

「へへへ〜そっかあ〜よかったよかった」

 

「…園子ちゃんはご飯食べるのも楽しそうだね」

 

自分が上里の家に引き取られてから家だろうと学校だろうとどこだって食事は楽しいものじゃなかった。ただ生きるための栄養補給だった。

 

そしてなんでじゃあ生きてるんだろってなって馬鹿馬鹿しくなるまでがワンセット。

 

それも含めて決して楽しいものでも心安らぐものでもなかった。

 

(でも今は、安らいでるのかな)

 

(笑えてるのかな)

 

 

「誰かとこうやって食事するのって園子ちゃんは好き?」

 

ちょっと怖かった。こうやって誰かに何か聞くなんて生きてきてほとんどなかったから。

 

それがましてや友達になんて経験がない。

 

反応を見るのが、返答を聞くのが怖い。

 

 

人と話すのは怖いことなんだ。

 

 

「どうだろうな〜あんまり考えたことなかったかもね〜」

 

「––そうだよね、ごめんね。変なこと聞いて」

 

「でもイッつんとこうやってご飯食べるのは楽しいよ?」

 

「…………」

 

「あれーイッつん?どうしたの〜?」

 

(昨日感じた劣等感みたいなの、やっぱ本物だ)

 

(俺はそんな風にすぐ考えれなかったよ、園子ちゃん)

 

 

 

「ううん、––––また一緒に食べようね、園子ちゃん」

 

「もちろんなんよ〜♪あ、あと学校一緒に帰ろー」

 

「わかった、––待ってるね」

 

 

 

この日以降樹は登下校、そして昼食を毎日共にすることとなった。

 

夜眠る時、朝起きる時どっちも嫌いだし嫌なことを考えてしまう。

 

あの家は好きじゃないし、あの部屋も好きじゃない。

 

学校に相変わらず居場所はないし、クラスはとてもつまらない。

 

相変わらず幸福とは言えない嫌な生活だ。

 

 

けど、けど君がいることはとても嬉しいことだと思うから。

 

「おーはよイッつん♪」

 

だからまた明日も会えるといいな。

 

「おはよう、園子ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

大赦本部から園子と樹が呼び出されたのは、そんな変わらない日常だったはずのある日のことだった。

 

それは新たな出会いと新たな日常の始まり、その序章であることを少女(少年)はまだ知らない。

 

 

 

それが過酷な運命であることも–––––




・イッつん
相変わらず自分という存在がコンプレックスな少女(少年)。園子ちゃんといるときは楽しことも嬉しいこともあるけど反動で一人でいる時の病み具合が高まる。園子ちゃんといても病む時もある。劣等感は捨てきれない。

・園子ちゃん
行動が読めない系女子。基本的に活発だし明るい子。でも意外と他人の心を読んだりできちゃう子でもあったり。初めて出来た友達は生きるのが不器用そうでなにかと心配。


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無知そして前日

わすゆが再放送されてるらしいですね。この憑依樹ちゃんの物語もようやくわすゆ本編に入っていきそうなので復習も兼ねてわすゆ見直そうと思います。

メンタルと涙腺がボロボロ不可避……みんな可愛いよ…うん…。


(相変わらず慣れないな、この車)

 

窓の外を眺めつつなんとも言えない心境だった。

 

(大赦…あの人(義父さん)の仕事……俺は何かやらされるのか?)

 

曲が変わる。

 

(いや、そもそも何かやらされるために俺はここにいるのか。…あの人(義父さん)に利用されるために…)

 

(じゃなきゃ俺を引き取ることなんてしないもんな)

 

 

園子と登下校を共にし一緒に昼食を食べる。そしてたまにあの人(義父さん)の付き添いで乃木家に行って二人で遊ぶ。

 

そんな生活をしばらく続けていた矢先、突然の大赦からの呼び出しであった。

 

直接あの人(義父さん)に来いと言われたわけでもないけどきっとこれはそういうことなんだと思う。

 

(でもそんなの……虫が良すぎるよ、……義父さん)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…暇だな」

 

神樹館小学校五年生の三ノ輪銀は暇をしていた。

 

突然の大赦という両親が勤めている組織に呼び出されこうして来てみてある一室に通されたものの

 

 

「何も起きないし誰も来ないのはなんでなんだ〜正座やっぱ苦手だし…」

 

 

部屋には自分以外誰もおらず大赦の職員からは『少々お待ちください』としか言われていない。

 

ここに誰が何人どんな理由で来るのか何も知らない状態である。

 

(あ、何も和室だからって正座してなきゃいけないわけでもないのか)

 

部屋に通されてからまだ十分少々だが小学五年生のわんぱく少女にはたったそれだけの時間でも厳しいものがあった。

 

(うーん、体育座りでいっか)

 

いいはずがないのだがそこは無垢な少女。他人の目もないため気にせず体勢を変えられる。

 

「やっぱこっちの方が楽だよな」

 

(にしても………暇だなぁ)

 

わんぱく少女の銀ではあるがそれでも良識のある子供。やっていいこととダメなことの区別ぐらいつく。例えばこういう場では静かに大人しくしていなければいけないこととか。

 

 

(でもあたしはじーっとしてるのが苦手なんだよぉっ!!)

 

正座から体育座りに変えたはいいもののそれもやはり落ち着かなくてとりあえずその場に立ち上がって準備運動の要領で体を軽く動かしてみる。

 

もちろん音が立たない程度に、うるさくならない程度に。

 

 

(あたし以外には誰が来るのかな?)

 

銀はそんなことを考えつつ体を動かすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちらのお部屋でお待ちください。上里様」

 

「はい。……あの」

 

「なんでしょう?」

 

「もう中に誰かいますか?」

 

「ええ、お一人おられますが。ほかにもあと上里様を除いて2名、もうすぐご到着との連絡をいただいております」

 

「…そうですか」

 

 

大赦の施設に到着したものの肝心のあの人(義父さん)はおらず、ただ何も聞かされずにこの部屋で待っていろと言われる。

 

(やっぱり義父さん…いないんだ)

 

(こんな時ですら会うことも、言葉をくれることもないんだね)

 

念のため先客がいるかどうか確認はしたがいようといまいと特別変わることはない。

 

(どっちにしろ話すつもりなんてないんだし)

 

そんなことを思いつつ襖を静かに開くのだった。

 

 

「んーーーっしょっと」

 

「…………」

 

そこには自分と同じぐらいの歳であろう少女が準備運動?みたいなことをしていた。なぜか、なぜが準備運動。

 

(えっ、……はっ?)

 

そりゃあ中に人がいるとは聞いたけど普通和室で準備運動してる人がいるとは思わない。…筈だ。

 

心の中で絶句し、言葉を失う。

 

(このまま襖閉めちゃダメなのかな…)

 

そんなことすら思い始めていた。

 

すると

 

 

「んーー?あ、やっと来た!」

 

こちらに気づくとなぜかその準備運動の少女は嬉しそうに声を上げる。

 

「っていけないいけない…静かにしなきゃ…」

 

そして自分で手を当てて口をふさぐ。

 

まぁたしかにちょっとうるさかったけど。

 

(なんだか忙しい子…)

 

樹唯一の友達である園子もどちらかというと元気な女の子であるが、それでも基本的にはのほほんとのんびりしたタイプの子であり、動作や動きが世話しなかったら忙しかったりするタイプではない。

 

そのため自分から発言したり行動することが少ない樹としては気が楽なのだ。

 

 

「ん、どったの?そんなところでぼーっとして」

 

あっけにとられてる樹に気づいたのか声をかける銀。樹としてはあなたの方がどうしたの?と言いたいところではあったがそれを口に出してサラッと言えるほど樹は人と話すのが得意じゃないし、好きでもない。

 

(友達でもない人とスラスラ喋れないよ、俺は)

 

 

 

「……なんでもないです。ごめんなさい」

 

それだけ言って和室の中に入り用意されていた座布団に座る。

 

正座が苦手じゃなくてよかった。

 

「……すげえ〜」

 

(…何が…?)

 

なぜか準備運動の少女に羨望の眼差しで見つめられる。俺は何もしてないんだけど…

 

すると準備運動の少女はとなりの座布団に座る。なぜか体育座りで。

 

(違和感すごいな…)

 

和室と座布団と体育座り、非常にシュールである。

 

「よく普通に正座できるなあ〜って、あたしなんかもう全然でさ。すぐに足が痺れちゃうんだよね」

 

「そう…ですか」

 

なんて答えればいいのかわからないから返事が素っ気なくなる。

 

(気を悪くされても仕方ないよな)

 

「あたしの名前三ノ輪銀ってんだ、よろしく!」

 

笑顔で手が差し出される。

 

(気にしないのかな)

 

普通なら気を悪くしそうなもんだが。というかこれまでされてきた、前の学校でも今の学校でも。

 

「上里樹です、…よろしくお願いします」

 

差し出された手を握る。

 

(園子ちゃんの手よりも…なんか強いな)

 

園子がそっと樹の手を握ったのに対して銀はギュッとしっかり握ってきた。

 

(でも、––––あったかいな)

 

園子の手が暖かくてなんだか安心できたように銀の手もまた、感覚は違えど暖かかい。そして園子よりも小さい。下手したら樹と同じくらいなんじゃないかと思うぐらい小さい。

 

(同級生かな)

 

「その制服は神樹館だよね。何年生?」

 

「えっと、四年生です」

 

「お、じゃあ一つ下だな。あたし五年なんだ」

 

「えっ年上?」

 

思わず口からぽろっと出てしまった。てっきり同級生かとばかり…

 

 

「もしかして年上だと思ってなかったろ〜?」

 

ニヤリ顔で詰め寄ってくる樹に詰め寄る銀。樹としては事実そうなので弁解のしようもない。

 

「いっいや、えーっと…」

 

 

 

 

「失礼しまーす〜」

 

 

樹の謝罪とほぼ同時に樹はもちろん銀もまた聞き覚えがある声が襖が開くとともに聴こえてきた。

 

ここ最近よく聴いているその声に思わず反応する。

 

「園子ちゃん!?ど、どうしてここに…」

 

「あ、イッつんだ〜」

 

驚きと動揺が隠せない樹に対して園子はどこか樹がここにいることがわかっていたかのような落ち着いた反応だった。

 

そしてそんな園子の後ろには

 

「乃木さん、入り口で立ち止まってお話ししないでください」

 

もう一人黒髪の少女が立っている。

 

(だ、誰…?)

 

「ああ、ごめんね鷲尾さん、よいしょっと〜」

 

(あれ…知り合い?)

 

少なくともはじめましてというか感じではない。すると樹の隣で座っている銀が今度は反応した。

 

「園子と鷲尾さんじゃん。二人も呼び出されてここに?」

 

「そうなんよ〜にしても久しぶりだね〜ミノさん」

 

(え…こっちも…?)

 

自分以外がみんな知り合いでさらなる驚きと困惑が隠せない樹。名前のつけようのない不安感と居心地の悪さが自らを支配し始める。

 

「ほんとほんと、園子は三年生の時ぶりで鷲尾さんは去年一緒だったよな」

 

「ええそうね、三ノ輪さん久しぶり」

 

「おうっ!よろしく!」

 

「…………」

 

居心地の悪さが上限を迎えそうだ、この分だとこの三人は学年が同じで過去に同じクラスにもなったことがある顔見知り。

 

比べて自分はここ最近転校してきたばかりで三人とも学年が違う。

 

不幸中の幸いとしては園子がいることだが…それを鑑みたとしてもとてもここにいたいとは思えない。

 

「というか園子、上里さんと知り合いなの?」

 

「うん、友達なんよ〜」

 

「乃木さんのお友達…」

 

三人の視線が一気に樹に集まる。

 

嫌な汗が背筋を伝う感覚がした。正直やめてほしい。

 

(と、とりあえず何か…何か言わないと……)

 

だけど何を言えばいい。友達が一人、初対面が二人という微妙なバランスのこの人員に一体何を言えばいい。

 

園子のニコニコの笑顔の視線、銀の興味しんしんといった視線、須美の変わったものでも見るような視線。

 

三者三様とはまさにこのこと。

 

 

「上里樹です…よろしくお願いします…」

 

考えた末に出たのはほんの数分前に銀にも言ったのと同じものだけ。

 

普段から重々承知しているつもりでいたが今日は特に自分の頭の回転の遅さを思い知る日となった。

 

 

そしてまた自然と視線が下がっているのに気づく。

 

(園子ちゃんに言われても治らないなんて重症だな、これ……)

 

 

 

「鷲尾須美といいます。神樹館小学校五年生で、クラスでは学級委員長をしています。以後よろしくお願いいたします」

 

小学生の女の子とは思えないほど丁寧に挨拶をする須美。

 

「よろしくね〜イッつん〜」

 

なぜか改めて挨拶をする園子。

 

「いやお前友達なんだからよく知ってるだろ」

 

キレのあるいいツッコミを入れる銀。

 

「…………」

 

困ったらとりあえず黙っておくことしかできない樹。

 

その様は三者三様と言うよりは、四者四様と表すのがふさわしいのかもしれない。

 

 

 

 

 

–––––大赦の神官による今回の四人の招集の説明がなされるのはこの後すぐのことだった。

 

 

四人はあれ以上の自己紹介をする時間もなく大人しく用意された座布団に座らされた。

 

 

『安芸』

 

そう名乗って入ってきたのは眼鏡をかけた理知的な女性であり、この施設内で何人か見たおかしな仮面をつけた神官ではなかった。

 

服装も巫女服の様な仰々しいものではなく、どちらかというと先生みたいなスーツっぽい感じの服装でてっきりあの仮面の人が来るのかと思っていた一同は少々呆気にとられる。

 

 

呆気にとられている四人を気にする様子もなくその安芸という女性はここに四人が集められた経緯を語り始める。

 

 

今日、四国は神樹様の結界によって守られており、結界の外の世界は恐ろしいウイルスによってすでに崩壊を遂げている。

 

そしてその崩壊した世界から人類と神樹様を滅ぼすべく『バーテックス』と呼ばれる謎の生命体が襲来してくるという『神託』が神樹様より降ろされた。

 

さらにはこれを神樹様のお役目として迎え撃つ戦力となるのがこの、ここに集められた四人なのだと安芸は言うのだ。

 

にわかに信じられる話ではない。しかし嘘をついているとかそんなことがあるはずもないのだ。

 

ここはこの世界そのものといっても過言ではない神樹様を祀っている組織大赦であり、その大赦が神樹様と人類に危機が迫っていると言っている。

 

これが冗談でもなんでもないことは神樹館小学校という大赦お抱えの学校に通っている四人にはよくわかった。

 

しかし–––わかっていてもそれを受け入れられるのかどうかは全くの別問題であり、心の問題である。

 

須美はすでに話の内容を承知しているのか全く表情が変わらず、動揺するそぶりを見せない。

 

銀に関してはそもそも話の内容をきちんと理解できたのか見ていて不安になる程ポカンとしている。

 

園子は普段彼女があまり他人に見せることはない訝しげな様子。

 

そして樹は––––

 

 

(おとぎ話みたいだな)

 

そんなことだけを考えていた。あまりにも現実味がなさすぎて、どうしたらいいのかもわからなくて。

 

そして一つの冷たい視線とその視線に比例する冷たい声が脳裏をよぎる。

 

(義父さん–––)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上里に家に来て、そして神樹館小学校に転校してからもう一年が経つ。

 

あれ以降、例の『お役目』の話が持ち出されることもなく時は過ぎ去っていった。

 

園子からもその話題が出ることは一度たりともない。

 

何も変わらないのなら、それでももういい。

 

そうとすら思っていた。

 

この嫌な環境だって時間が解決してくれることなんてなくて、相変わらず嫌なままで、でも別に楽しいことが一切ないわけでもない生活。

 

ぬるま湯に浸かっているのはいい気分ではないが同時に悪い気分でもない。

 

自分から環境を変える勇気も自らを変える勇気もない俺にはぬるま湯に浸かって日々を過ごすことが精一杯なのだ。

 

それが今の俺の心の許容範囲。

 

小さくて狭い、嫌な自分。

 

ぼーっと見上げていた天井から体ごと視線をそらす。

 

曲が変わる。

 

(明日も自分が行く教室に園子ちゃんがいるのか…変な感じだ)

 

 

でもそれは本来ありえないこと。園子と樹は歳が一つ違うのだから当然学年も違う。

 

しかし今、園子と樹は同じ六年二組であり、また銀と須美も同じクラスである。

 

順当に進級していくのなら今年樹は五年生の年のはずなのに六年生としてあの六年二組の教室にいる、それはなぜか。

 

(あの大赦って組織……それか義父さんか)

 

裏からなんらかの手が回されてるのは想像に難くない。

 

(『お役目』のため…じゃあそのお役目ってなんなんだよ)

 

未だにプラスの情報を知らされていない樹からしたらそう思うのも当然であった。

 

 

(敵?迎え撃つ戦力?)

 

視線をウォークマンのすぐ近くに置かれているスマホ端末に移す。

 

どこからみても世間一般に溢れている普通の端末にしか見えない。

 

 

 

しかしこれは大赦のあの神官––––『安芸』と名乗って樹たち四人にお役目の説明をしさらには樹が所属する六年二組の担任教師でもあるあの女性から四人に直接手渡されたものである。

 

つまりは大赦からの直送品ということ。

 

しかも樹に関しは今日も今日、安芸先生から手渡されたばかり。

 

そう、あくまで樹に関しては。

 

 

しかし樹はそれを知るよしもない。

 

(園子ちゃんは何か知ってるのかな…お役目のこと)

 

もう一年の付き合いになる友達の姿を思い浮かべる。しかし会話の中でそんな節はほとんどなかったと思う。

 

園子が樹と同じく単に何も知らないだけならそれはもういい。

 

でも何かを知っていてそれでもあんな風に変わらず樹に対し笑顔で接しているのなら–––

 

 

(結局俺は何もわからないし、知らない)

 

わかりたくないのか、わかりたいのか。

 

知りたくないのか、知りたいのか。

 

 

今の自分がわからなくて、知らないことだけはわかる。でもそれをどうしたいのかは自分ですら–––あるいは自分が一番わからない。

 

それが強制的にわからせられるのは––––明日の話。

 

それもわからずに、知らずに樹は目を瞑った。




・樹
あの人(義父さん)に引き取られた理由は『お役目』のためというのはなんとなくわかった。でも結局新たな謎が増えただけで別にどうもならなかった。尚一年間園子以外基本全て嫌いな環境で育ったため前にも増して色々と脆く弱くなっている模様。

・園子
『全然セリフがないんよー』
次回ね、次回。(たくさん喋るとは言ってない)

・銀
『全然セリフがないのはなんでなんだー!!』
むしろ君はある方です。

・須美
『名前名乗っただけ…』
初登場にして恐ろしいまでのセリフのなさ。
ごめんねわっしー。


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バーテックス、襲来

今回過去最大の文字数です。まぁそんなこと言っても八千ちょっとなんですけどね…




「…………」

 

今日も学校へ行く。肌に合わないあのお嬢ちゃん、お坊ちゃん学校。

 

でも今日はそこまで憂鬱でもない–––筈だ。

 

 

「考え事中〜?」

 

すぐ隣から相変わらずほわほわで柔らかい声の少女がいる。

 

どうやら気づかぬうちにそんな顔になっていたようだ。

 

(園子ちゃんと一緒にいる時ぐらい忘れた方がいいよな。その方が楽だ)

 

同時に心のどこかでピキッと嫌な感じがする。

 

 

 

また、逃げてる。

 

 

 

(わかってるよ…そんなこと)

 

 

 

 

「イッつん?」

 

「…ごめん、ちょっとね」

 

ここで『平気』とか『大丈夫』とか言えないのは自分の心の弱さにしか今の樹には思えない。そんなことすらも自分の弱さに感じてしまう。

 

『そんなことない』そう言ってくれる人が身近にいてくれないのも問題ではある。でもそれ以上に––––

 

自分の弱音や弱気なところを隠そうとする、隠蔽しようとするのが何より樹の問題だった。

 

その気になれば園子なんかはいくらでも弱音を聞いてくれるだろうし、アドバイスもくれるだろうし、慰めてもくれるだろう。

 

–––それをしないのは

 

 

(怖い。俺は怖いんだよ…自分の心も他人の心も)

 

万が一、万が一園子が樹の弱音や弱気を聞いて自分を助けてくれなかったらどうしよう。慰めてくれなかったらどうしよう。何も言ってくれなかったらどうしよう。

 

悲しい顔をさせてしまったらどうすればいい。何も言えない微妙な顔をさせてしまったらどうすればいい。

 

もう話しかけてくれなくなったら嫌だ。遊んでくれなきゃ嫌だ。名前を呼んでくれなくなったら嫌だ。笑顔が見られなくなったら嫌だ。

 

そんなことになったら俺は、自分がどうなってしまうのかわからなくて怖い。

 

その時どんな気持ちになるのか、何を考えるのか、何をしてしまうのかが怖い。

 

(お姉ちゃん……)

 

 

 

 

 

 

 

昨夜、なかなか寝付けなくてふと手を伸ばした先にあった端末。

 

当然端末であるのだから電話をすることができる。

 

あくまで『お役目』のためにと渡されたま端末ではあるが電話で連絡を取ることがダメなわけもない。

 

その気になればもう一年あっていないことになるお姉ちゃん–––風に連絡を取ることができるかもしれない。

 

こちらから会いに行くことも、向こうからこちらに会いに行くことも『上里家』に禁じられ、勝手に家の敷地外に出ようとすれば止められる。

 

固定電話は自分が行動できる範囲に置かれておらず、執事やメイドの人にこっそり連絡を頼もうとしても拒否されてしまう。

 

そんな樹でも、これさえあれば風に–––お姉ちゃんに連絡が取れる。あの声で自分の名前をいつも明るく呼んでいたあの優しいお姉ちゃんに。

 

「お姉ちゃん…風お姉ちゃん…」

 

口に出して『お姉ちゃん』と言ったのは随分久しぶりかもしれなかった。

 

心の中で時折声や姿を想像して自分を慰めようとすることはあっても口に出してしまうと直に会って話したい、頭を撫でて欲しい、抱きしめて欲しい。そんな思いが溢れて出てきてしまう予感がしてる。

 

だったらせめて、電話口でもいいから声をかければ、一言でも何か嬉しくなるような言葉をもらえれば明日園子と話すときも少しは笑顔でいられる。いられる気がしている。

 

 

 

園子を風の代わりとして見なくて済むかもしれない。そう思ってしまっているダメな自分を止めることができるかもしれない。

 

 

「お姉ちゃん」

 

震える指で端末にあの家の電話番号を入力する。覚えていてくれてよかった。

 

真っ暗なこの部屋の中で端末だけが光を放ってその存在を主張する。

 

「お姉ちゃん––」

 

一つ一つ、ゆっくりとすべての番号を入れ終わった。

 

端末はそれに合わせてブルルッと音と振動を始める。

 

それを耳に当て、ジッと待つ。

 

「…………」

 

こんな嫌な待ち時間もそうない。手が震えて動悸が早くなる。冷たい汗が背筋を伝う。

 

あくまでかけているのは固定電話に対してだからお姉ちゃんがでる保証はない。実の父親や母親がでる可能性も十分にある。

 

こんな時間なんだからむしろその可能性の方が高い。

 

(そしたら––何を言えばいいのかな––––)

 

怒られるだろうな。

 

それだけはわかった。

 

 

『おかけになった電話番号は現在使われておりません』

 

『繰り返します。おかけになった電話番号は現在使われておりません』

 

 

「–––––––––」

 

端末を静かに耳から離した。まだ画面は明るいままだ。

 

 

「どこにいるんだろ、お姉ちゃん––––」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございま〜す」

 

「…………」

 

 

園子が前、樹がその後ろに張り付くようにして教室に入る。

 

「あ、おはよう乃木さん」

 

「今日もポワポワしてるねーサンチョちゃんも元気?」

 

何人かの女子が園子と連れているサンチョに話しかける。無論サンチョに対しては可愛い冗談程度のものではあるのだろう。

 

だが

 

「スィ、ムーチョ」

 

園子がサンチョの尻尾を引っ張るのと同時にサンチョが喋ったのだ。

 

「えっ!?その子喋るんだ!?」

 

「しかもめっちゃダンディ!」

 

「なんか麻婆豆腐とか好きそうな声!」

 

衝撃の新事実にきゃっきゃと園子の周りで騒ぎ立てる女子たち。

 

「ねえねえ乃木さん、私も引っ張ってみていい?」

 

「あ、私も私も!」

 

「ずるーい!あたしも触ってみたい!」

 

可愛らしい見た目に反してダンディで渋い声を出すサンチョに群がる女子たち、その様子を園子はニコニコ顔で眺めながら

 

「いいよ〜はい、どうぞ〜」

 

と、快く女子たちのお願いを快諾するのだった。

 

 

「…………」

 

(教室の入り口でやることもないだろ…くそっ…)

 

苛立ちを隠すようにそそくさとその場を離れて自分の席に座りイヤホンをつけてホームルームが始まるまで時間を潰そうとする。

 

 

「おはようございます、上里さん」

 

…このクラスで樹に自分から話しかけてくるような人は園子以外には基本二人しかいない。

 

「はい––おはようございます。鷲尾さん」

 

樹、園子とともに神樹様の『お役目』に就くことなっているクラスの学級委員長である『鷲尾須美』

 

長い黒髪が綺麗で、なおかつ小学六年生にしては異例の発達を遂げている体を持っている女の子。性格はどちらかというと大人しめで落ち着いている。

 

といっても園子みたいにのほほんとマイペースなわけでもなく、シャキッとしてなにかと物事を考えながら生きているタイプ。そうでなければいけないと自らに課しているタイプとも言える。

 

「今日も音楽ですか?」

 

「はい、…ダメですか?」

 

「ダメではないですけど、飽きないんですか?」

 

「別に–––」

 

視線をそらす。まだ下を向いていないだけ妥協点だろうか。

 

(どちらにせよ、ダメか)

 

「そうですか。…今日も乃木さんと一緒に来たんですね」

 

「…まあ」

 

「仲がいいんですね」

 

「……」

 

「照れることないじゃないですか。いいことですよ」

 

「…どうも」

 

この人は、鷲尾さんはよく話しかけにこれるなと正直思う。『お役目』のことを考えてコミュニケーションを取るためにしているのは別にわかる。

 

でも、それにしたってよくもまあ飽きもせず毎日話しかけてくるなと思うのは別の話だ。

 

(嫌いとかじゃないけど)

 

 

キンコーンカーンコーン。

 

予鈴がなった。その音に合わせておもいおもいに交友を深めていたクラスメイトたちはいそいそと自分たちの席に座っていく。

 

「では、また」

 

須美が微笑を浮かべて自分の席に戻っていく。

 

「…………」

 

返事をする前に戻っていってしまった。

 

今度こそイヤホンを……付けたかったのだが予鈴がなったということはすぐに先生が来てホームルームが始まるということ。

 

 

(…園子ちゃん、また寝てる)

 

樹と須美が話をしている間に先ほどの女子たちとのやりとりを終えたらしい園子は自分の席に座って爆睡していた。

 

(相変わらず寝つき良いな、園子ちゃんは)

 

もっとも園子が暇さえあればよく寝ているのはこのクラスはもちろんおそらく神樹館小学校に所属している児童なら誰もが知っているようなことである。

 

それほど園子はよく寝てる。

 

「すぴー…すぴー……)

 

(あんな綺麗な鼻ちょうちんが出来ることなんてあるんだ…)

 

机に突っ伏して心地好さそうに眠る園子、その姿は悩みなど一つもなさそうなほど安らかで

 

(羨ましいな…)

 

そう思わざるを得なかった。

 

 

「すぴー……わあ!?」

 

(あ、弾けた)

 

鼻ちょうちんが勢いよく弾けその音にびっくりする園子。

 

「ごめんなさい〜お母さん〜!」

 

起きたのと同時に両手を合わせてなぜか謝罪。

 

(どんな夢見てたんだろ…)

 

「って…あれ?家じゃない?」

 

ようやく夢から現実に戻ってきた園子に対して隣の席の須美がやれやれといった様子だ。

 

「乃木さん、ここは教室で朝の学活前よ」

 

「てへへ〜鷲尾さんおはよう〜」

 

「おはようございます」

 

この教室では定期的に見られる出来事。これを見ていると今日も1日が始まったんだなと思ったりもする。

 

(あの二人は、どれぐらい仲良いんだろ…)

 

キーンコーンカーンコーン

 

 

始業を伝える鐘がなる。それとほぼ同時に一人の若い女性教師が教室に入る。

 

「皆さん、おはようございます」

 

安芸先生。前に樹たち四人に『お役目』の説明をし、四人がそれに選ばれたことを伝えた大赦の神官。

 

そして神樹館小学校六年二組の担任教師。

 

 

「はあ…はあ…」

 

教室の外から息を切らして走ってくる少女が一人。樹に話しかけてくるもう一人の少女、三ノ輪銀。

 

「はざーす。は〜間に合った〜〜んがっ!?」

 

「三ノ輪銀さん、間に合ってません」

 

安芸先生は生徒名簿でちょこんと軽く銀の頭を叩く。

 

「いったー!先生いったー!」

 

手をブンブン振って抗議する銀。そしてまたいたものだ、とばかりにクラス中に穏やかな笑いが生まれる。

 

(三ノ輪さんは相変わらず元気だな…というかまた何かトラブルにあったのか)

 

銀が遅刻してくるのはそう珍しくない。前に本人が話していた。自分はどうにもトラブル体質で登校中とかに色々と足止めを食らってしまう、と。

 

「早く席に着きなさい」

 

 

「ミノさんは相変わらずだな〜」

 

クラスメイトたちの笑い声の中で園子の声は妙にはっきりと耳に入る。自分でも思うけど厄介な仕様だ。

 

「ねえ銀ちゃん、今日はなんで遅れたの?」

 

「六年生になると色々もあるんさ」

 

「ええ?」

 

(色々…ね)

 

視線を銀に向けつつ内心思う。

 

(また何か人助けだろうな)

 

「のわっ……教科書、忘れた……」

 

樹の席からチラッと見える銀の席に置かれたランドセルには見事に何も入っていなかった。

 

(重さで気づけよ)

 

「それでは今日日直の人」

 

「はい」

 

安芸先生の応答に元気よく答える須美。一方銀は無い物ねだりでもするかのようにランドセルを揺すったり、口の部分を下に向けたりしている。

 

「起立」

 

須美の号令に合わせてクラス全員が立ち上がる。

 

「礼」

 

今度は安芸先生の方に向かって頭を下げる。

 

普通ならこれで終わりでそのまま座るのが当たり前。でもこの世界では違う。

 

もっとも流石にもう慣れたが。

 

 

クラス全員が礼をした頭をあげて体の向きを変える。

 

そして両手を合わせて目を瞑る。

 

『神樹様のお陰で今日も私たちがあります』

 

「神棚に礼」

 

これで毎日の『神樹様に拝』も終わり。

 

今度こそこのまま席に座る–––––––はずだった。

 

 

 

 

 

 

「あっ…」

 

「んっ…?」

 

「んあ…?」

 

須美、銀、園子が異変に即座に気づく。

 

そして樹もまた、異変に気付いた。

 

「えっ……な、なんで……」

 

時が止まっていた。

 

意味がわからないと思う。それはそうだろう。樹自身だってわかっていないのだから。

 

「みんな…なんで……どういう…」

 

何をすればいいのか、どうすればいいのか分からず辺りをキョロキョロするしかできない。

 

「これって…」

 

銀が振り返しつつ須美に問う。

 

神妙な顔つきをみせる須美、そして突如流れ始める多数の風鈴の音。まるで細かに直接響かせているような、嫌な音だ。

 

 

そして須美は園子の方を向きつつ頷き、真剣な表情でこう言った。

 

 

「きたんだ」

 

 

 

「私たちがお役目をする時が」

 

 

 

まるで須美のその言葉を待っていたかのように、世界は変化を遂げ始める。

 

大橋から四国–––すなわち全世界が光に包まれ始めた。

 

「うぉきたきた!」

 

「眩しい〜!」

 

「っく…!」

 

それは樹たちの教室も例外ではなく、全てがその光に包まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眩しさに思わず閉じた目を開くと、––––そこには見たこともない景色が広がっていた。

 

 

 

「うわあー!すげー!」

 

「初めて見た〜これが」

 

「神樹様の結界」

 

 

感心するように言う三人。しかし樹は一人困惑と混乱を極めていた。

 

 

「これが…お役目……?」

 

震える唇から言葉が漏れる。

 

「そうよ、これが私たちが神樹様から仰せつかった大切なお役目よ」

 

自信満々、そんな言葉が似合う雰囲気を今の須美は醸し出していた。

 

「ん、どうした、上里さん」

 

銀が様子がおかしい樹に気づく。

 

「…イッつん」

 

園子はなんとも言えない複雑な表情。それは樹の性格を、立場を、これまでの人生をある程度知っているだからこその反応。

 

「…………」

 

樹は沈黙したままだ。それでも体が震え、手が震え、唇が震えていれば誰だってそれが異変だと気づく。

 

「ど、どうかしたの上里さん?もしかして体調が悪いとか…」

 

「うおまじか。タイミング悪いなあ。あ、別に上里さんを責めてるわけじゃないからな」

 

 

 

 

巨大な樹木に埋め尽くされた世界。これこそが樹海化。神樹様を狙う敵を迎え撃ついわばバトルフィールドのようなもの。

 

 

それはまるで樹木の海のようにどこまでも広がっており、遠くに見えるのは唯一他の建物のように樹木になっていない瀬戸大橋。

 

そして–––うっすらと影だけ見える巨大な樹。

 

それこそが『神樹様』

 

四国、すなわちこの世界を、人が住む世界を守る地の神様の集合体。

 

 

 

 

さらには

 

 

「あれが……」

 

「私たち、人類の敵……」

 

 

結界の外側と四国をつなぐ大橋、その上を悠々と進む存在。

 

大きな青色のゼリーのようなものを体の中心として左右に水色のこれまた大きなボール状のものが二つ。青色のゼリーのようなものの下と上にはそのままゼリーの中に繋がっている白い触覚のようなものがある。見たことも聞いたこともないようなシルエット。

 

『バーテックス』頂点という意味を持つ人類の敵。

 

バーテックスがこの大橋を渡りきり神樹様の元に達したとき、神樹様は滅び、結界を失った人類はそのまま滅びの時を迎える。

 

 

そして敵がこうして現れた以上、これ以上無駄話に華を添えている時間はない。

 

 

須美、銀、園子の三人は互いに顔を見合わせ端末を取り出す。その画面の中心には花のマークが描かれたアイコンが表示されており、事前に説明されていたであろう三人は迷いなくそれを押した。

 

 

その瞬間、スマホから花弁が溢れ出始め、光とともに三人の体を煽っていく。

 

須美は菊、銀は牡丹、園子は青薔薇

 

それぞれモチーフの花の色合いを持った服装へと変化する。

 

これこそが勇者として戦装束であり、三人が勇者である証明である。

 

「おーカッコいいな!」

 

「ミノさんに会ってるんよ〜」

 

はじめての勇者への変身ということもあり、銀と園子は興奮を隠しきれていない。

 

「もう二人とも、これは遊びじゃないのよ?」

 

そう言いながら須美も自らの勇者服をキョロキョロと眺めている。

 

 

皆、今まで味わったことのない非日常に小学生らしく胸を躍らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

ただ一人、樹を除いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんで––––なんで–––

 

 

 

 

「なんでみんなそんなに平気そうなんだよ……」

 

震える声で樹が呟く。しかしあまりにも小さいその呟きは三人には届かない。

 

 

楽しそうにしていた三人の視線が即座に集まる。樹は未だに神樹館小学校の制服のまま佇んでいた。

 

「上里さん、体の調子が悪いのなら無理にとは言わないわ。でも変身はしておかないとここじゃ危ないわよ」

 

「そうそう。敵ならこの銀様がバシッと倒してきてやるからさ!」

 

「もう!いい加減なこと言わないの三ノ輪さん!」

 

「ええー!?真剣なのに!」

 

先程から樹の様子がおかしいのは体調が悪いからと疑ってやまない須美と銀。無理もないことだ。二人は樹の人となりを知らないし、その境遇など知るよしもない。

 

それに樹以外の三人はあらかじめ大赦から神樹様のことやバーテックスのこと、樹海や大橋のこと。さらには勇者へと変身方法から各々の武器の扱い方を知らされており個々にではあるが訓練も施されていた。

 

樹だけは、樹だけは一番最初に四人で安芸先生から説明された時以外何も知らされず、なんの訓練も受けていないのだ。

 

さらに樹を除く三人は樹が何も知らされず、何も訓練を受けていないという事実を知らない。

 

樹は自分以外の三人がきちんと情報を与えられ、訓練を施されていたという事実を知らない。

 

 

 

三人と一人の間に理解と現状把握の誤差が大きすぎるのだ。

 

 

 

「イッつん……大丈夫…?」

 

言い合いを繰り広げる須美と銀を尻目に園子は樹のそばによる。

 

樹の視線は下を向いており近くに寄ってもその表情はうかがえない。

 

樹は視線を落としたままポツリと口を開く。

 

 

 

「ねえ園子ちゃん……私にみんなと同じように変身してあれと戦えっていうの…?」

 

この言葉は今あくまで園子に向けられているが、本当はきっと違う。

 

 

(俺にあんなバケモノと戦えってのかよ……義父さん………)

 

自分の言いたいことだけ言って、あとは何もしない。こっちが何か言っても何も返してはくれない。感謝を伝えても見向きさえしてくれない。

 

俺をお姉ちゃんの元から無理やり引き剥がしたくせにその責任も取らない。

 

俺をお姉ちゃんの元に返してもくれない、あの義父さんのために戦わなくちゃいけない。

 

そんなのって––––

 

 

震えていた手に力がこもり始める。困惑や混乱に怒りが混じり始めた証拠だ。

 

 

 

「イッつんの考えてる通りだよ」

 

そして園子は質問に答えた。躊躇もせずいたって冷静に。まるで先程まで樹を心配そうに見ていたことが嘘だったかのように冷酷告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「イヤだよそんなのっ!!!なんなんだよいきなり!!義父さんは俺に何もしてくれないくせにっ!!」

 

樹はそう叫ぶとともに顔を上げる。その目には涙が浮かんでいた。

 

 

「……イッつん。イッつんはね、必要だからここにいるんだよ」

 

 

今自分が義父さんに言ってるのか、園子に言っているのかわからない。でも園子の返答が自分が求めるものじゃないのだけはわかる。

 

–––何を求めているかもわからないくせに。

 

自分でも知らない心のどこかで誰かがそう呟いた。

 

 

 

 

 

「なぜ……俺なの………」

 

涙とともにあげていた視線を再び下げる。何粒かの雫が樹海に滴り落ちる。

 

自然と一人称が『私』から『俺』になってしまっていることを気にするものは今ここにはいない。

 

須美も銀も何がなんなのかわからない、そんな表情を浮かべている。

 

 

「他の人には無理なんだよ、イッつんと私たちにしかできないことなの」

 

園子は変わらず告げる。自分が今樹に伝えられることを。事実だけを。

 

 

「無理だよそんなの…!見たことも聞いたこともないのにできるわけないよ…!!」

 

この樹海も迫ってくるバーテックスも、隣で変身する三人も、全てが樹にはわからない。

 

 

「大丈夫、私たちがちゃんと説明するから」

 

園子はなおも諭す。そこには樹に対する優しさを感じることはできない。

 

「そんな……できっこないよ…!あんなのと戦えるはずがないよっ!!」

 

 

樹の叫びが涙とともにこだまする。

 

しびれを切らして銀が口を開いた。

 

「…なあ、とにかく早くあいつを倒しに行かないやばいんじゃないの…!」

 

しかしその口調はいつもの元気少女のものではない。同じクラスのクラスメイトになってから多少なりとも話したことがある間柄ではあったが聞いたことも想像したこともなかった樹の叫びと涙。

 

それが今目の前で見せつけられている。

 

「…そうね。三ノ輪さんの言う通りだわ。もう行かないと…!」

 

須美も時間と余裕がないことを伝えるがその口調にも覇気はない。やはり樹を気にしている。

 

 

 

 

「イヤだよ…こんなの…こんなのないよっ!!」

 

樹は否定する。今自分ができることを。今自分がしなければいけないことを。

 

それを肯定する役目を持つものは、今ここにはいない。

 

園子にできるのは自分の気持ちを伝えることだけ。

 

「イッつん…何のためにイッつんはここにきたの…?」

 

園子は自分がずるいことを、酷いことを言っていると自覚した上で言葉を紡いでいる。樹には他人に対する、特に自分を無理やり引き取ったはずのお義父さんに対する承認欲求があることをわかっていてだ。

 

「……っ!」

 

樹は思わず視線をそらす。ずっと見ていても飽きないと思っているはずの見ていて落ち着くはずの園子の顔から視線を逸らしてしまう。

 

「ダメだよ逃げちゃ。お義父さんから、何より自分から」

 

園子は間違ったことを何一つ言っていないし、今彼女ができる最大限のことをした。それができるのが乃木園子という少女なのだ。自分で自分を作り上げることができる心の強い人間だ。

 

(ごめんね、イッつん…本当にごめんね…)

 

でも園子は優しい子なのだ。強い人間にもかかわらず–––いや、強い人間だからこそ人は優しくなれるのかもしれない。

 

だからこそ良心を傷つけながら、自らも苦しみながらそれでも樹を思って言葉を発し続けた。

 

勝手なこと、樹が辛い思いをするとわかっていて。

 

それでも–––今の日常の中で見る樹の表情よりはきっといい顔が、笑顔が増えてくれると信じて。

 

時折とても悲しそうだったり、泣きそうだったりするあの樹の表情がなくなってくれると信じて。

 

 

 

 

 

樹には園子が言っていることが正しいことぐらいわかっている。

 

でもわかっているからといってそれができるなんてわけもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わかってるよ!でも…でもっ……できるわけないよっ!!」

 

 




今回で初戦闘が終わると思ってたら全然そんなことなかったよ。

これ以上な長くしすぎちゃうのもなんなので、肝心の初戦闘は次回からということで、すんません…


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襲来、その結末

前回八千文字以上とかなんとか言っといて今回一万字超えちゃいました。

……読みにくかったらすいません。

あとUA20000越え誠に感謝です。

※修正というか最初の方の樹と銀の会話のシーンに結構プラス加えました。そこを含めて再度物語をご確認くださればと思います。思っきし大事な心情描写書いてなかったことに気づいたんや…


『ただ–––然るべき時のために居さえすればそれで構わない。––––いいかね』

 

 

何が居さえすればだよ……居るだけで何もできないんじゃ意味ないじゃないか。

 

 

(やっぱり俺は、いらない人間なんだ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「任せとけって!」

 

「えっ……」

 

意外にも、樹にさらなる声をかけたのは園子ではなく銀だった。

 

 

 

 

「なんか難しい事情が色々あるっぽいけどあたしにはそういうのはわかんないからさ」

 

「…………」

 

当然のことだ。銀は樹の事情をほとんど知らないのだから。樹にしたって何もそこを責めようとは思わない。

 

自分から自分のことを話したこともないのだから、当たり前だとそう思っている。

 

「だからさ、あたしに任せとけって!。上里さんの出る幕がないぐらい速攻で片付けてくるからさ!」

 

銀は樹の前に立ちつつ、にこやかにそう宣言する。

 

(そんなこと……できるのかよ…)

 

あの『バーテックス』とかいうバケモノがどれほどの強さかなんて想像もできないが、銀一人でどうこうなる相手とはどうにも思えないのだ。

 

銀だけじゃない。須美だって園子だって誰がいたってあんなでかい、常識では考えられないような生き物かどうかすらもわからないようなやつを倒せるとは思えない。

 

ましてはこれは勇者のお役目としての初戦闘なのだ。

 

あらかじめ情報を与えられ鍛錬を施されているからといって不安や恐れはきっとある。

 

なのに–––

 

 

「なんでそんなことが言えるんだよ…なんでそんな笑えるんだよ…」

 

上里樹という可愛らしい見た目の小さな少女からはとても想像できないような口調。

 

しかし銀は気にせず続ける。

 

「うーん、まああれだ。あたしはお姉ちゃんだからな」

 

銀はそう言いながら自分より少し背の低い樹の頭に優しく手を置いた。

 

「そして上里さんは本来年下の後輩だからな。年下の妹分のために年上が頑張るのは当たり前だろ?」

 

「……三ノ輪…さん」

 

「ほれほれ、だからもう泣くな。なっ?」

 

 

 

 

あ––––––––––––––––––

 

 

意味がわからない、理由がわからない。そう感じていた銀の笑顔が突然眩しいものに見えた。

 

 

そしてその眩しさが自らのとても懐かしいものを蘇らせてくれたのを感じ始めると、もう止まらなかった。

 

 

「みの……ゎ…ざぁん…」

 

 

すでに一部が壊れ始めていたダムがそのまま決壊していくように樹は大粒の涙を零し出した。

 

すすり泣きや声だけじゃない、大粒の涙。こんな涙はいつぶりだろう。

 

 

「どわぁ!?なんか余計に涙増えてない!?おぉよしよし、上里さんは何も悪くないんだからな、よしよし」

 

銀は慌ててさらに樹の頭を撫でる。今度は少しわしゃわしゃするように。

 

 

俺はこの時始めて、嬉しい時も人は涙を流すんだと知ったんだと思う。

 

これまで辛くて苦しくて悲しくて怖くて––––そんなことばっかりで、多くの負の感情を味わうたびに涙を流したり、その流す涙さえも最近は見失ったりしていた。

 

 

だからさっき俺は泣いたんだ。自分という存在のちっぽけさに嫌気がさして、周りの環境とか人間とか園子ちゃんに当たり散らしてしまう自分がたまらなく嫌で仕方なくて。

 

何度思ったかもう数えてもいないほど自分という存在が嫌になりそうで、涙を流して泣いていたんだ。

 

 

いるなんて思ってなかったんだ。

 

 

こんな風に自分のために『頑張るって』言ってくれる人が。『何も悪くない』って言ってくれる人が俺にはいなかったんだ。

 

お姉ちゃんと離れ離れになってしまってからいなかったんだ。もう自分の目の前にそんな相手が現れてくれるなんて、自分から言わなくても自分の存在を認めてくれる人がいるなんて思わなかった。

 

 

こんなにもわかりやすく直接心に感情に伝わって響き渡るなんて忘れていたから

 

 

嬉しい––––ただひたすらに嬉しかった。

 

 

誰かに言われなくてもこれが『悲しいから流れる涙』じゃなくて『嬉しいから流れる涙』ってわかったんだ。

 

 

 

第三者から見ればこんな些細なことで、もう思われるかもしれないし事実そうなんだろう。

 

しかし人間というのは時として自分でも思いもよらないような些細なことで救われることがある。

 

救われた本人も救った本人も気づかないうちに。

 

 

 

 

 

 

 

 

泣きやませようとしたはずの銀の行為でむしろ涙の粒の量が増えていく樹と慌てながらも優しくわしゃわしゃと頭を撫で続ける銀。第三者から見てみれば一体どんな状況なんだとと言わざるを得ない状況ではある。

 

でも、少なくとも今ここにいる少女たちはその光景を変なものだとは思わない。

 

そう、変だとは思っていない。–––変だとは。

 

「ミノさん、鷲尾さん。先、行くね」

 

樹と銀のやりとりの一部始終を眺めていた園子はそれだけ言って複数の矛先が浮いた状態の槍を手に一人飛び出していった。

 

その言葉には樹の名前は含まれてはいなかった。

 

「ちょ!ま、待ちなさい乃木さん!三ノ輪さん、上里さん私も行くわ。…上里さん無理はしちゃダメよ。それに、…私もお姉さんなんだしね」

 

最後に一言恥ずかしそうに付け足しながら須美も弓を手に園子の後を追う。

 

 

「園子ちゃん……鷲尾さん……」

 

一人飛び出していった園子、その後を追っていく須美を眺めつつ樹が名前を呼ぶ。

 

園子はかなりの勢いで飛び出していってしまったため表情が伺えなかったがどうあれ樹を気遣ってくれていたのだけはわかった。須美も同じく。

 

(みんな…すごいな……)

 

他人に対して常に感じてきた劣等感それに似たものをまた感じている。

 

でも不思議だ。

 

(あんま嫌なものじゃないな、これは…)

 

似て非なるもの。そんな表現があっていると思う。

 

 

「さて、じゃああたしも行くかな!」

 

撫で続けていた樹の頭からそっと手を離して背を向けつつ身の丈ほどもありそうな斧を二つ取り出す。

 

(なんでだろう、自分と変わらないぐらい小さな背中なのにすごく心強い––––)

 

「上里さんここを動かないでな。すぐに戻ってくるからさ!」

 

そして銀は園子と須美、倒すべき敵であるバーテックスの元へと跳躍しようとする。

 

「ま–––待ってっ…!」

 

 

とっさに飛び出していこうとする銀の勇者服の袖を掴んでしまった。

 

 

何してんだ、自分でもそう思う。

 

意味のないことだってわかってるし、むしろ邪魔をしてるだけってわかってる。

 

「い、行かないで…三ノ輪さん…」

 

でも止めることはできない。まだ残っているのだ。銀に優しく頭を撫でてもらった暖かさと感触が。

 

そしてその手が離れた時に、忘れていた、掻き消されていた怖さを思い出しそうになって。

 

人の暖かさを求めてしまう。優しさにまた触れたいと感じてしまう。

 

(情けないな、これでも中身は男なのに)

 

でもその情けない気持ちよりも銀の言葉と表情と背中にすがりたかった。

 

たとえ銀本人になんと思われようと構わないから。それが自分にとって悲しい事でも。

 

 

 

 

 

「銀––––」

 

「え……」

 

樹に勇者服の袖を掴まれた状態で振り返りつつ銀が微笑む。

 

「銀でいいよ。上里さん」

 

「–––だったら、私も樹で…いいよ」

 

この苗字、好きじゃないし。それだけは言えなかった。

 

 

掴んでいた銀の勇者服の袖から手を離しながらそれを少し後悔した。

 

 

「へへっ、またな樹」

 

 

そう言い残して今度こそ銀は跳躍していった。

 

すでに前線では園子と須美がバーテックスとの戦闘を開始している。

 

 

「––––––」

 

猛スピードで駆けていく銀の姿を樹は目で追う。

 

「銀ちゃん––––」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘は樹が心配そうに皆を見つけながらも続いていく。

 

 

 

 

 

「ごめん!遅れた!」

 

銀が前走力で前線に駆けつけ遠距離から弓矢で支援を行う須美に声をかける。

 

「ええ構わないわ。…それより」

 

「樹なら大丈夫だよ。あいつはそんなやわなやつじゃないって」

 

「そうかしら……根拠は?」

 

「勘だよ。勘。勇者の勘ってやつ」

 

「随分と適当ね。…私は心配だわ」

 

 

なぜか不安げな様子を見せることもなく答える銀と反対にとても不安そうな須美。もっとも先ほどの樹の様子ならばそれも仕方のないことではある。

 

「とにかく今はあいつを倒さないと、だろ?」

 

諭すように須美に目をやる銀。

 

「んじゃ行くかっ!」

 

そして須美の返答を聞くこともなく勢いよくバーテックスに向かっていく。

 

 

「もう、全く」

 

須美はため息を吐きつつ勇者の力によって自動で作られる新たな矢を用意して構える。

 

 

 

 

 

 

 

園子は一人武器である槍を手にバーテックスの注意を削ぐかのように全身を駆け巡って攻撃をしている。しかし決定打が与えられていない。

 

(硬いなあ……もうっ!!)

 

自分が狙われないようにするのはもちろんのこと、遠くで援護してくれる須美に狙いがいかないようにもしなければならず、戦況は停滞。

 

アクエリアスは左右に付いている水色の球から発射される激しい水流攻撃によって園子を狙い続ける。

 

 

それを落ち着いてかわしつつ次なる攻撃を加えようとした時

 

 

「園子ーー!助太刀に来たぞー!」

 

 

「ミノさん!、気をつけて!」

 

「へっ?……おわ!?なんだこれ!」

 

園子の忠告が一歩遅かった。

 

 

「っぐわあ……!!」

 

アクエリアスの中心部分の青色の形状の上に伸びている触覚のようなものから大量の水球が銀を襲い、かわしきれなかったいくつかの水球によって地面に弾き飛ばされてしまう。

 

 

「ミノさん!!」

 

着地をしつつ園子は銀が弾き飛ばされた方を見つつ叫ぶ。今のはなかなかの勢いがあった。

 

 

しかしバーテックスは手を休めることはなく再び攻撃を行う。

 

今度の狙いは銀に気を取られている園子だ。

 

もはやビームといっても差し支えない水流が園子に向けて発射される。

 

 

「っ!?ひゃあ!?」

 

水流をかわしきれず下の地面に勢いよく園子が落下する。

 

 

 

アクエリアスの次の狙いは須美だ。

 

 

「二人ともっ!」

 

自身に向けられる水球を丁寧にかわしながら走りつつ矢を放つ。

 

その一発がアクエリアスの体の一部を破壊した。

 

「やった!……あ!」

 

しかしその破壊した部分も即座に回復してしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「園子ちゃん!銀ちゃん!鷲尾さん!」

 

 

須美よりもさらにバーテックスから遠く離れたところで苦戦を繰り広げる三人名を呼ぶ樹。

 

すでに銀のおかげ、かどうかはわからないが涙は止まっている。

 

 

銀の言葉を疑っているわけでもないし、園子のことも信じてるし、須美はあの中で一番お役目に対する意識が高い。

 

しかし銀が水球に弾き飛ばされ、園子は水流があわや直撃するところだった。

 

須美の矢もあれだけでは決定打には到底なり得ないでいる。

 

 

 

「っ……!本当になんなんだよあれ…!」

 

落ち着きを取り戻そうとしていた心がまたざわつき始めだした。

 

 

歯痒かった。今こうしてただ立っているだけの自分が。

 

そう思いながらも恐怖を忘れられない自分が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーーどりゃっ!」

 

銀は弾き飛ばされてもなお体につきまとってきた水球の最期の一つをようやく斧で潰すことに成功した。

 

「はぁはぁ…あー!もうっ!」

 

息を切らしつつ双斧を構え直しアクエリアスを睨みつける。まだまだ戦意は落ちていない。

 

 

しかし今アクエリアスが狙っているのは銀ではなく、園子。

 

チャージでもし終わったのか水流攻撃を園子に向ける。

 

 

「乃木さん!」

 

「やばいっ!」

 

須美と銀は園子の元へと駆けつけようとするが

 

 

 

「はっ!?……」

 

 

遅かった。体勢を立て直すまもなく水流は園子に直撃。

 

 

 

 

 

「園子ちゃんっ!!」

 

樹の叫びはこの距離では誰にも届かない。

 

 

 

 

 

 

銀と須美も息を飲んだ。声に出さずとも共に背筋が冷たくなった。

 

 

 

あの勢いの水流をまともに受けていたら命がどうかはともかく大怪我は免れまい。

 

 

 

「これっ!盾になるんだったー!」

 

激しい水流が直撃しつつも園子はなんとか持ちこたえていた。

 

園子の持つ槍のいくつか浮いている矛先が展開しバリアのようなものを展開していた。

 

 

 

 

「よかった……」

 

樹は内心ホッとしつつも焦燥感を募りつつあった。

 

 

 

須美も息を吐きつつこの隙にと、アクエリアスを狙えるところに出て弓を構え直す。

 

すると弓の周辺に大きな菊の花弁が現れ、一枚一枚の花弁にエネルギーを灯していく。

 

一枚、また一枚と徐々にエネルギーが溜まっていく。

 

 

「早くっ!」

 

須美は時間を気にしている。園子がまだ水流を受けたままなのだ。

 

 

「これ、台風のすごいのみたいっーー!」

 

本人はいたって平気そうだがあの盾だって永遠に使えるはずもない。急がなければ。

 

 

「これ、なんとかしてくれ!」

 

銀も助けに行きたいところだが一定数出し続けられている水球に翻弄されて近づかずにいる。

 

 

「私がっ!」

 

 

溜まったエネルギーを込めた矢を放つ須美。

 

その矢は一直線にアクエリアスに向かっていくが、なんとあの水球が横に重なり須美の矢の勢いを殺してしまった。

 

「なっ!?そんな…!」

 

渾身の一撃が簡単に止められてしまい混乱が隠せない須美をアクエリアスは見逃さずに攻撃する。

 

 

「きゃ…きゃぁぁぁぁ!!」

 

 

水球の一つに弾かれ須美が落下する。

 

「鷲尾さん!わっ!ひやあぁぁ!?」

 

落下した須美に気を取られた園子も槍を持つバランスを崩してしまい、吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ……二人とも……!」

 

バーテックスは自信を攻撃してくる存在がいなくなったと知ると悠々と進行を再開する。

 

バーテックスが進行していく場所が美しい樹木が火山のマグマのように朽ちていく。樹海が荒らされ現実世界に干渉をしている証拠だ。

 

 

余裕が少しずつなくなってくる。

 

今はまだ現実に大きく影響が出てしまうほどではないが、それも時間の問題。

 

 

 

 

 

樹は力無く広げられていた腕を持ち上げ手のひらを見る。

 

 

か細くて、弱々しくて、これまで何も出来ずにいた手。

 

 

自分の無力を嘆き、それでも何も出来ずに逃げ出して、逃げ続けてきた自分。

 

対照的に同年代にもかかわらず逃げずに脅威に立ち向かっていく少女たち。

 

自らの端末を取り出す。画面中心には鳴子百合の花が。

 

 

樹はギュッと力一杯目を閉じた。

 

 

「逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ–––––」

 

自らを鼓舞するように、勇気付けるように唱える。

 

自分がこれまで逃げ続けてきた分今ぐらいそうじゃなくてありたいという願いと共に。

 

 

「逃げちゃダメだっ!」

 

 

同時に端末をタップした。

 

 

瞬間、端末から花弁が溢れて先の三人のように樹の体を包み込む。

 

 

樹は鳴子百合がモチーフ。

 

 

その姿は三人とは違いふわふわのスカートを着用しどこか賢者を思わせるゆったりとした装いである。

 

 

変身が完了した。

 

 

自分の変身後の姿が気にならなくもないが、今はそれどころではない。

 

「園子ちゃん…!銀ちゃん…!鷲尾さん……!」

 

 

戦い方も動き方も何もよくわからないが、感覚に任せて駆け出し、跳躍する。

 

「っす、すごい!」

 

自分でも驚くほどの人間離れした動き。

 

「これが–––勇者の力––」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

須美は考えていた。

 

自分の矢では威力が足りない。銀は威力はあるが近づけない。園子はどう扱えばいいのかわからない。

 

しかしそう考えている時間もない。

 

こうして思考している間にもアクエリアスは神樹様を目指し進行中なのだ。

 

「一体…どうしたら…」

 

須美は戦意を喪失しかけていた。そこを狙うかのようにアクエリアスは再び須美に向けて水球を放つ。

 

 

「危ないっ!」

 

銀が須美を押し倒し、間一髪須美がくらうことはなかった。

 

「動いてないと危な––」

 

須美に忠告しようとする銀を水球が襲った。それに顔に直接。

 

「三ノ輪さんっ!」

 

 

 

 

「銀ちゃんっ!!」

 

 

できる限りみんなに追いつこうと必死で跳躍を続けていたところで銀ちゃんがバーテックスの水球に捕まって呼吸ができなくなっているのを見つける。

 

 

「銀ちゃん!」

 

すぐに駆け寄って水球を引き剥がそうとする。

 

「なんだよこれっ…!ぶにょぶにょしやがって!」

 

しかし水球はすごい弾力性を持っておりどんなに引き剥がそうとしても潰そうとしてもぶにょぶにょするだけ。

 

(このままじゃ銀ちゃんが窒息死しちまうっ!)

 

 

 

「う、上里さん!?」

 

少し離れたところで鷲尾さんが驚きを隠せないでいる。気持ちはわかるけど……!

 

 

「鷲尾さん!手伝ってくれっ!」

 

今は一刻を争う自体だ。すでに銀ちゃんは水球の中でもがき苦しんでいる。

 

「わ、わかったわ…!」

 

鷲尾さんも今はそれどころではないとすぐに理解してくれ、銀ちゃんから水球を引き剥がそうとするのを手伝ってくれる。

 

 

「…っくそ!」

 

思わず汚い言葉が出てきてしまう。自覚はあるけど気にしてられない。

 

 

とにかく早くしないと銀ちゃんがこのまま苦しんで–––

 

「んあっ!!」

 

いたはずな銀ちゃんは突如目を見開いた。

 

「えっ…?」

 

「ぎっ銀ちゃん!」

 

そして一気に––––

 

 

「んぐっ…んぐっ…んぐっ…んぐっ…」

 

水球の水をすごい勢いで上を向きながらゴクゴクと飲み始めた。

 

 

「えーー……」

 

嘘でしょ…と言いたげな風に目を細める須美に対して

 

 

「すごい、銀ちゃん!」

 

樹はめちゃくちゃ感心していた。

 

 

「ミノさん大丈夫?」

 

意識が覚醒して駆けつけた園子が心配の声をかける。

 

「んぐっ…んぐっ………ぷはぁっ!」

 

かなりの量の水量だったと思うがついに全て飲み干してしまった。

 

「銀ちゃんカッコいい!」

 

「え?」

 

隣から須美の疑問の声が上がるが樹は気がつかない。

 

「というか…全部飲み干しちゃったのね…」

 

「はぁ…はぁ……っ神の力を得た勇者にとって水を飲み干すなど造作もないのだー!……気持ち悪い…」

 

飲み干した直後は大口を叩いた銀だったがすぐに口を押さえて本音を吐露する。あの量を一気に飲み干してしまったのだから無理もないが。

 

「銀ちゃん大丈夫か!?どっかおかしくなってないか!?」

 

「まず今の行動がおかしかったと思うのだけれど…」

 

「ミノさんすごーい、お味は?」

 

実に三者三様である。

 

「最初はサイダーで…途中でウーロン茶に変化した…」

 

「まずそうぉ〜…うえぇ〜」

 

「銀ちゃん、体の方は平気なのか?」

 

樹は未だに口元に手を当てている銀に駆け寄る。先ほどの銀と樹の立場が入れ替わったようだった。

 

「あはは…不味かったけど体は全然……ってあれ樹!?」

 

「うん……その…色々……ごめんな…」

 

「いや、それは別にいいんだけど……なんか口調が…?」

 

 

「そ、そんなことより!バーテックスッ!」

 

須美がハッと思い出しかように後ろを振り向く。

 

「あいつはヤバイな…」

 

切り替えたかのように銀もアクエリアスに視線を向ける。

 

「分け御霊の数がすごい…」

 

銀が瞬時に真剣な表情になるのを見て樹もまたバーテックスを見上げる。

 

 

(…やっぱり怖い……なんなんだよあのサイズ…)

 

こうして近くで見てみるとよりその大きさと異形な形状が際立って恐ろしく不気味に思える。

 

「出口が近いんだ…追撃をっ!」

 

「でも、効かなかったもんね」

 

とっさに飛び出そうとした須美と冷静に言葉を告げる銀。

 

先ほどの戦闘で三人はそれぞれ各個撃破されても足も出なかった。

 

「でも早くしないと奴が大橋から出てしまうわ!」

 

「出たら撃退できなくなるもんな…根性でもう一回…!」

 

そう––時間がない。すでにアクエリアスは四人よりも先に進み神樹の元へに着々と近づいている。

しかし須美にも銀にもめぼしい作戦や案は浮かんでこない。

 

 

(あんなのどうすればいいんだ…どうすれば…どうすれば…)

 

それは樹も同じくだった。先ほどの戦闘を客観的に眺めていたのだから案の一つでも出したいところなのになにも浮かんでこない。

 

(やっぱり俺は役立たずなのかっ…!くそっ…!)

 

内心で何度目かわからない悪態をつく。

 

「あ!ピッカーンと閃いた!」

 

「園子ちゃん…?」

 

この状況でなにを閃いたというのだろう。樹は不安げな視線を園子に送る。

 

その不安げな視線が伝わったのだろうか。

 

「安心してイッつん。自信、あるよ」

 

そんなことを堂々と言ってみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

作戦はこうだった。

 

まず須美が矢を放ちアクエリアスの注意を神樹からこちらに変える。そしてアクエリアスの水球や水流攻撃を園子の槍を盾状にして防ぎつつ前進。

 

しかし水球はともかく水流の攻撃は威力が凄まじく園子の槍の盾も危うい状態が続く。

 

先ほどの戦闘で盾ごと吹き飛ばされた園子の姿が樹の脳裏に蘇る。

 

(やっぱりこのままじゃ…)

 

そんな不安な気持ちに駆られる。

 

それに唯一の友達が苦しそうにしながら自分たちを守っているのだ。

 

勇者に変身したにもかかわらず結局なにもできていない自分が歯痒かった。

 

そしてまた目をそらす。

 

また逃げ出しそうになる。

 

また、向き合うのも立ち向かうのも嫌になりかける。

 

 

 

「樹っ!!」

 

ハッとした。そうだった。隣には銀ちゃんがいるんだった。

 

「勇者は根性だ!押し返すぞぉ!!」

 

 

「う、うん……!」

 

不安な心に再びなんとか喝を入れ直す。銀ちゃんのお陰でまだギリギリ持ちそうだ。

 

「おーえす!おーえす!ほら!樹と鷲尾さんもっ!」

 

「えっ?」

 

「わかった…!おーえす!おーえす!」

 

「わ、私も…!おーえす!おーえす!」

 

銀に言われて樹も、それにつられて須美も声を出す。

 

園子も盾で三人を必死に守りながらも自らも声を出す。

(イッつんは!私が守るっ!)

 

 

後ろでぎこちなくも声を出して自分を押してくれるもう一年の付き合いになる友達のためにも、園子は力を振り絞る。

 

そして徐々に、また徐々にアクエリアスに近づいていく。

 

ここからが作戦の最終段階だ。

 

 

合図は須美が出した。

 

「今っ!」

 

「「突撃ー!」」

 

銀と園子の声が重なる。

 

そして樹は

 

 

須美とともに、支援として残る。

 

自らの勇者としての力の使い方なんて知らないはずなのに、誰にも教えてもらったことなどないはずなのに。

 

頭の中がぐしゃぐしゃにかき回される感じがして––––直接誰かがその全てを教えてくれた。––––そんな気がした。

 

だから残ることを選んだ。

 

 

樹、須美。銀、園子の二組に分かれる。

 

「鷲尾さん!」

 

今度は園子の合図だ。

 

「狙いづらいっ…!」

 

須美が空中で体勢を崩しながらも数本の矢を空中で放ちいくつかの水球を潰した。

 

しかしまだ水球は残っている。これを残したままでは同じく空中に投げ出されておりなおかつさらに接近しなければならない銀と園子が危ない。

 

 

「こんのっーーーー!!」

 

右腕を前に突き出すようにして目一杯伸ばす。

 

樹の右腕には蔦が巻きついたようなわっか状の飾りが付いており、そこに付いている花からワイヤーを射出することができる。

 

 

四つの花から放たれた緑色のワイヤーはものすごい勢いで水球に向かっていきその一つ一つを絡め潰した。

 

 

これで道が開けた。

 

 

「ミノさんっ!振り回すよ!!」

 

 

「やっちゃえ!!」

 

 

「うんとこしょーーー!!」

 

 

 

「上里さんもう一度!」

 

「うん!」

 

須美と樹は同時に矢を、ワイヤーを放ちさらなる梅雨払い。

 

 

「銀ちゃんっ!!」

 

重力の法則に従い落下していく中樹が声を絞り出す。

 

 

「うおおおおおお!!!」

 

 

園子の手から離れた銀はもう一つの斧を取り出す。斧は銀の声に呼応するかのように急速にエネルギーを増していき炎を纏う。

 

落下の勢いを合わせ、一気に突っ込んでいった。

 

 

アクエリアスの体は全体が水で出来ており、ちょとやそっとの炎では消されてしまうだけ。

 

しかし銀の炎はそんなやわなものではない–––––

 

彼女自身の熱い心を込めた紅蓮の炎はアクエリアスの水色ボールを即座に蒸発させた。

 

 

しかしまだ、終わらない。

 

 

 

着地と共に間髪入れずに銀は思い切り跳躍してアクエリアスに向かう。

 

「行かせるかあああああっーーーー!!!」

 

 

銀の今度の狙いはアクエリアスの体の中心部。

 

目にも留まらぬ速さで乱撃を加えアクエリアスの下部の触覚のようなものが木っ端微塵に粉砕され、さらにもう片方の水色ボールも蒸発した。そのまま青色のゼリーのような部分にも乱撃を加える。

 

 

「おおおおおおっらっ!!!」

 

 

しかしこの部分が異様に硬い。これだけの乱撃を加えているにもかかわらず壊れる気配がない。

 

 

「銀ちゃん!!」

 

 

銀は青色のゼリー部分に跳ね返され地面に叩きつけられ、樹が叫ぶ。

 

 

「どうだあああっ!!」

 

銀が拳を天高く突き上げる。

 

アクエリアスは中心部のごく一部を残してほとんど崩壊している。

 

 

皆がようやく終わったと、そう思った。

 

辛くも初戦闘でなんとか勝利を挙げることができたと。

 

 

 

 

「そんな……!」

 

「まだ動けるなんて……」

 

 

須美と園子の悲痛な声が上がる。

 

銀はたしかにその猛烈な攻撃によりアクエリアスに多大なダメージを与えやつを追い込んだ。

 

そう、追い込みはした。しかしまだ足りなかった。

 

あともう一撃でもやつにダメージを加えることができれば神樹様の力によりアクエリアスを消してくれるはずだった。

 

通称『鎮花の儀』により神樹館小学校六年生の勇者たちの初戦闘は終わりを告げるはずだった。

 

しかしあともう一歩、どこか、何かが足りなかった。

 

 

 

「くそっ…!んっ…!」

 

銀は自らの手で今度こそとどめを刺そうとするが、最後に跳ね返され地面に叩きつけられた衝撃がまだ体に残っており、頭がフラフラする。

 

起き上がろうにも自分の体がついてこない。

 

 

須美はただ傍観していることしかできない。

 

彼女は銀ほどの衝撃もおっていなしどちらかというと怪我も少ない。

 

しかし、今彼女がついていっていないのは心だ。

 

もう終わった、ようやく終わった、三ノ輪さんが決めてくれた。

 

その安心感に一度完全に張り詰めさせ続けていた心を解いてしまったのだ。

 

しかしまだ終わっていなかった。あれだけやっても敵は消えてくれない。

 

頼みの綱だった銀もすぐに動くことができず、どうすればいいのかわからない。

 

一種の思考停止状態に追い込まれていた。

 

 

 

 

そして園子は

 

 

いち早く

 

 

気づいていた。

 

 

 

 

「イッつん!?」

 

 

 

勇者たちの猛攻をなんとかしのいだアクエリアスは移動を再開し始めたタイミングだった。––––樹が動き出したのは。

 

 

ワイヤーを射出しアクエリアスの残された体の青色のゼリーのような部分全体に巻きつけそれを引き戻す勢いを利用して一気にアクエリアスの直上に。

 

その高さは先の銀の猛攻の時の跳躍よりもさらに上を行き、樹はワイヤーを即座に回収する。

 

 

法則に従い猛スピードで頭から落下する樹。

 

 

しかし異様なまでに、怖いまでにその顔に焦りや狼狽えの色はない。

 

むしろすべての色を持たない、何かに塗りつぶされてしまったかのようなものさえ感じる。

 

その瞳だけは––––紅くまるで血に染まったかのように輝いていた。

 

 

 

そしてこれは、樹の勇者システムを作り上げ組み込んだであろう大赦ですら予期せぬ使い方であろう。

 

 

樹はワイヤーを再び射出したと思ったら、それを即座に纏め一本の片手剣を創り上げた。

 

 

 

 

「ああああああああああーーーーー!!!!」

 

 

咆哮とも取れるレベルの唸り声のような声と共に樹はその創り上げた片手剣を振りかざす。

 

アクエリアスももちろん黙って見ているだけではない。

 

すぐさま大量の水球を樹に向け放出する。その数はこれまでに放出してきた水球の数を合わせたほどの多さ。

 

 

しかし、その全てをかわすあるいはワイヤーの片手剣で潰す。

 

 

 

 

「––––––––––––––!!!!」

 

 

 

凄まじい轟音が樹海を揺らしアクエリアス・バーテックスの体を切り裂いた。

 

 

本来であればある一定の以上のダメージしか今の勇者の力では与えることができず、倒しきることなど到底不可能なはず。

 

 

だからこそ神樹様による『鎮花の儀』がある。

 

 

しかしアクエリアス・バーテックスはそれを待たずして、眩い煌めきと七色の花弁を撒き散らしながら形状崩壊を遂げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのほんの数分にも満たない間の戦闘を園子、銀、須美は開いた口が塞がらない状態のまま見続けた。

 

 

 

「あれが勇者の…」

 

 

 

「本当の姿……?」

 

 

 

 

こうして––––勇者は三百年ぶりに襲来した『バーテックス』をしのいだ。

 

 

 

 

鎮花の儀を待たない『御霊』ごと破壊し尽くすという完全勝利によって。




勇者はバーテックスに勝った。だがそれはすべての始まりに過ぎなかった。新たにできた友達とひと時の安らぎを得ながらも再度襲撃してくるバーテックスを迎え撃つ勇者たち。しかしそこには連携不足が見うけられ……?

果たして人類の存亡を背負わされた少女四人––––あるいは少女三人と少年一人の運命やいかに。

次回『タイトル未定(ごめんね)』

さぁて次回もぉ!サービスサービスぅ!


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醤油豆ジェラートの価値は

今回も一万字超えてます。

流石に今後毎回の超えてくることはないと思うんですけどね…どうもここまで書きたいと思ったところまで書いてくるとやっぱ増えちゃうんですよね。悩ましい。


『あなたの名前は樹–––––––』

 

 

『ちがう』

 

 

『犬吠埼–––––樹–––––––』

 

 

 

『ちがう』

 

 

 

『上里––––––樹–––––––』

 

 

 

 

『ちがう』

 

 

 

 

『では––––あなたは誰–––?』

 

 

 

『私は……』

 

 

『俺は……』

 

 

 

 

 

『あれ–––––()って誰だ–––––』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「樹っ!」

 

 

 

戻ってくるのは唐突だった。

 

 

 

「…………」

 

あれ、ここ–––どこだ?

 

そもそも俺は何を––––

 

 

 

「おい、樹ってば。大丈夫か?」

 

「…………銀ちゃん…」

 

肩が揺すられる感触がして、横にはどこか心配そうな銀ちゃんがいた。

 

 

「銀ちゃん……怪我…してる」

 

銀は初戦闘にもかかわらず超近距離での戦闘スタイルとその奮戦によって樹を除く三人の中で一番怪我をしている。

 

切り傷や擦り傷が主なものではあるがおそらく打撲などもしているだろう。その姿は年端もいかない少女が普通負うような傷ではない。

 

 

「いやぁ、あたしは大丈夫だけどさこのぐらい。樹は…その……大丈夫なのか…?」

 

銀はへっちゃらそうに自らの体を撫でつつその心配そうな表情を解く気配はない。

 

無理もないことだ。

 

 

あんなものを見ては。

 

 

 

しかし、当の樹本人は

 

 

「え…なんのこと?」

 

銀ちゃんが何を言ってるのかわからない。

 

少し遠くには大橋が見えて、目の前には祠がある。

 

見たことも聞いたこともない場所だ。

 

 

 

「なんのって……覚えてないの…?」

 

鷲尾さんも銀ちゃんと同じく心配、そして不安が見えた。

 

 

「–––––なんのこと?」

 

 

わからない。本当にわからないんだ。

 

 

なんなんだよ、一体。

 

なんでそんな顔するんだ。

 

やめろよ、そんな顔で俺を見ないでくれ。

 

 

俺が一体何をしたって––––

 

 

 

 

「お疲れ〜イッつん」

 

 

「…園子ちゃん」

 

 

「いきなりいろんなことが重なりすぎて混乱しちゃったんだよね。無理ないよ」

 

園子は樹の前にしゃがみ、樹の手を取って微笑みを浮かべる。

 

 

それはまるで樹と園子が初めて出会った時の再現のようで

 

 

(やっぱりあったかいんだな)

 

 

樹はその暖かさにすがるように園子の手を握り返す。

 

 

「イッつんは私たちと一緒に神樹様のお役目で勇者になってバーテックスって敵と戦ったんだよ?」

 

 

神樹様––お役目––勇者––バーテックス–––

 

 

「……そっか…そうだよね。…そうだったよね」

 

なんで忘れてたんだ。こんな衝撃的なこと。

 

 

そうだ–––戦ったんだ、バーテックスと。人類の敵と。

 

 

 

 

 

 

 

 

バーテックス––––?

 

 

 

人類の敵。神樹様もろとも人類を滅ぼそうとする倒すべき敵。でかくて怖くて強くて恐ろしいもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ…あああ………」

 

 

「イッつん落ち着いて。もう大丈夫だから。何もないよ。大丈夫」

 

 

脳裏をよぎり、フラッシュバックが止まらない。

 

 

場面が一つ一つ高速で切り替わるように頭の中をあの異形のバケモノが現れては消えてく。

 

 

「違うんだよ、園子ちゃん……逃げちゃダメだ…逃げちゃダメなんだよ」

 

 

「いいから、今は休んで。私がいるよ、だからお願いだよイッつん。大丈夫だから」

 

 

 

 

 

 

 

 

逃げちゃダメだ。逃げたらなにもかも失うんだ。

 

 

自分がなにを持っているのかもわからないのになにかを、あるいは全てを失うんだ。

 

 

俺はそれがたまらなく怖い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんかごめんね〜ミノさんも鷲尾さんも」

 

あの後、すぐに大赦による迎えがよこされ四人は安芸先生が運転する車で移動している。

 

 

「それはいいけど、本当に大丈夫か?」

 

銀は園子よりも少し下に視線を向けながら言う。

 

 

そこには園子の膝枕でスヤスヤと眠る樹の姿があった。樹海から大橋に戻ってきたときのような錯乱はすでに収まりその寝顔は悪いものではない。

 

 

「…たぶん疲れちゃってたんよ。ゆっくり休めば平気だと思う」

 

園子は微笑みを絶やさず樹の髪をそっと撫でる。

 

 

「でも…どうして覚えてないのかしら…自分がやったことなのに…」

 

須美はスヤスヤと眠る樹を見ながらもまだ心配と不安を織り交ぜたような心境だった。

 

彼女の脳裏にはあの樹の戦闘が脳裏に焼き付いて離れない。

 

銀のあの猛烈な乱撃をも上回るスピード、あれだけの量の水球ももろともしない回避運動、ワイヤーを剣のようにして落下の勢いのまま御霊ごと切り裂いた破壊力。

 

 

口ぶりからして樹は正規の説明や訓練を受けておらず、あの実戦の場で勇者としての力を初めて使ったはず。それにもかかわらずあの動きはなんだ。

 

 

あんな動き–––銀でも園子でも、当然須美には到底出来ない芸当。

 

 

(上里樹さん…)

 

大赦の名家の中の名家である上里家に養子として迎え入れられ本来一つ下の歳でありながら同学年。物静かだけど乃木さんと話している時なんかは穏やかな顔も見せている。

 

それが須美の樹の印象だった。

 

それが今日は樹の多くの面を初めて見た、あるいは見てしまったと言うべきか。

 

(でも、一緒に攻撃したあの瞬間はなんだかとても気持ちが良かった…)

 

二人して空中で園子と銀を援護するために弓矢、ワイヤーを飛ばしたあの瞬間はなんだか連携が出来ているみたいで良かったと思う。

 

 

(連携…)

 

須美は一人今後も続く戦いのためのことを考え始めた。

 

 

 

 

 

「ねえ二人とも、お願いがあるんよ」

 

園子は樹が起きる気配を見せないことを確認して銀と須美に言う。

 

「お願い?」

 

「何かしら?」

 

園子は二人の顔を交互に見て、一呼吸起きつつその内容を話す。

 

「あのね、今日の戦闘でイッつんがあのバーテックスを最後に倒したことは言わないでほしいんよ」

 

瞬間その場が静止する。

 

須美は自分でもわからぬうちに息を飲んだ。

 

銀は

 

「それは……なんでか聞かない方がいいか?」

 

「–––うん。そうかな」

 

「…ふむ。–––わかったよ」

 

「ありがとね、ミノさん」

 

意外すぎるほどあっさりと園子のお願いを聞き入れた。

 

 

(なんだか…二人ともまるで昔からの友達のよう……)

 

須美に関してはお願いそっちのけでそんなことを考えている。

 

しかし何も須美が考えていることはあながち変なことでもないのだ。

 

 

(やはりここは私が…)

 

 

「鷲尾さんもそれでいーい?」

 

「…………」

 

「須美さーん」

 

「…………」

 

「須美すけー」

 

「…………」

 

園子がふざけて呼び方を変えてみても反応を示さず難しい顔をしたままの須美。

 

みかねた銀は須美の耳元に口を持ってくると

 

「おいこら、須美さんやー」

 

と囁くようにして呼びかけた。

 

 

「ひゃ!?な、何するの!?」

 

突然の驚きとくすぐったさでビクンと大きく反応する須美。心なしか頬も赤みを帯びている。

 

「何って、お前さんちゃんと園子の話聞いてたかー?」

 

「うー鷲尾さん家の須美さんったらひどいわ〜!こっちが真剣にお願いしてるのに他のこと考えてたなんて〜!」

 

「ホントざますなあ〜園子さんや〜」

 

「ねえねえ〜」

 

「…………」

 

特に意味を持たないであろうショートコントに少々呆気にとられながらも須美は先程の園子の話を忘れたわけじゃない。

 

 

「…わかってるわよ。黙っておけばいいんでしょ、もう全く…」

 

 

須美がプイッとそっぽを向きながらも皇帝の意を示す。

 

「ふふ、ありがとね鷲尾さん」

 

「サンキュな鷲尾さん」

 

 

 

「本当に全くよ…全く…」

 

 

そんなことを言いながらも顔がにやけているのに銀も園子も気づいている。気づいていないのは須美自身だけ。

 

そんな須美の様子を見て銀と園子もまた笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「広いわね……」

 

須美はその一人で使うには持て余すであろう広さを持つ部屋を見て一人驚嘆する。

 

「それはとってもふかふかだわ」

 

自分が腰掛けているベッドはそれはもう低反発もいいところといった感じの寝転がらなくとも最高級のものだというのがよくわかる。

 

 

部屋自体の装飾や家具なんかもまとまりがありつつ、豪華でおしゃれな雰囲気が保たれており実に見事なものだ。

 

須美自身も鷲尾家という大赦の名家の一つの娘であり、お嬢様というのは変わらないがそれでもやはり天下の上里家には敵わない。

 

この部屋にたどり着くまでもいくつかの門をくぐり庭園を抜け、ようやく本邸にたどり着いたかと思ったらその本邸の中も恐ろしく広く複雑でまるで迷路のよう。

 

もし一人この家のどこかに行こうとするのならば絶対に道に迷うだろうな、そんなことを須美は思いつつこの部屋の主人でありこの家の一人娘が眠っているベッドの中心を見た。

 

 

(変な夢でも見てないといいけど)

 

 

 

 

さて、なぜ須美が上里家の樹の部屋にいるのか。

 

事の発端はこうである。

 

 

 

安芸先生によると樹海化中は現実世界の時間は止まっているため戦闘が終わった後はそのまま学校に戻って授業に合流する……はずだったが今回は初戦闘ということもあり四人とも家に帰って体を休めろとのこと。

 

それは別にいい。

 

ただここで問題になったのは、樹のことだ。

 

今はなんとか眠って落ち着いているけどまだ色々と心配なことが多い。

 

そして三人は心優しく誰かを思いやり助けたいと思う、まさに勇者にふさわしい少女たちなのだ。

 

 

ということで誰か樹に付き添おうということに。

 

 

しかし園子は親が許さない、銀は今日は両親ともに家におらず弟たちの面倒を見なければならない。

 

そこで須美は自ら名乗りを上げ樹に付き添うことにしたのだった。

 

須美はお嬢様ではあるが鷲尾家の両親はそれなりに融通が利く人たちなのだ。それに大人の都合で本来の家から鷲尾家に養子となった–––なってしまった須美には出来るだけ好きにさせてあげたい、そんな思いがあるのだ。

 

 

須美はそんな風にして自分を気遣ってくれる両親は優しい人たちであり、いい人たちだと思っている。

 

 

さらには鷲尾家の朝食を自らが作ることにより洋食から和食に半ば無理やり変えさせるなだといった行動力も鷲尾須美という少女は備えている。

 

 

 

そんなこんなでいろんな要素が重なった結果、須美は樹の部屋で樹のベッドで樹が眠っている姿をぼーっと眺めている。

 

 

 

(それにしても盲点だったわ……やることがないなんて…)

 

樹は寝ており他には人はいないため話し相手もいない。樹の部屋のものを勝手に漁るような真似もできない。

 

要するに完全に手持ち無沙汰。

 

 

そしてやることがなくて、なおかつ疲れがたまっていると人間というは自然と

 

 

(……眠い)

 

眠くなってくる。

 

こうしてやることもなくぼーっとしているとほんの数時間前の戦闘での肉体的あるいは精神的疲れが急激に出てくる。

 

 

そして今自分が座っているのは最高級のもふもふ低反発ベッド。

 

これが人間の三大欲求の一つ––––––睡眠欲を刺激してならない。

 

 

(あぁ……ダメなのに……こんなことしてはいけないのに……)

 

頭ではわかっていても体がゆうことを聞いてくれない。

 

原始的な欲求にはいくら自分に厳しい須美でも敵わない。

 

吸い寄せられるようにしてベッドの中心部分、樹の寝ている隣に寝転がり掛け布団の中に潜り込む。

 

 

(あったかい……それに何かしらこれ…どこかで見たことあるようなぬいぐるみ……いい抱き心地だわ…)

 

須美は樹が園子からプレゼントされたサンチョを抱きしめる。園子お墨付きだけあって抱き心地は最高。

 

(上里さん……)

 

すぐ近くに樹の顔があり、寝息までもが聞こえてくる。

 

 

「捨てないでお父さんお母さん…俺を捨てないで…」

 

 

「えっ…」

 

スヤスヤと眠っているはずの樹が唐突に口を開いた。

 

(寝言かしら…?)

 

 

「義父さん…俺を見て…」

 

 

(ん……?俺……?)

 

樹は紛れもなく女子であるはず。なのに・・・俺?

 

 

気になるところではあるが須美自身もどんどんと高まってくる眠気に思考力が薄れていく。

 

 

「お姉ちゃん…会いたいよ…」

 

 

その言葉とともに樹の瞳から雫が落ちる。

 

「助けてよ……お姉ちゃん…」

 

また落ちる。一度出始めると抑えが効かなくなってしまうもの、それが涙というものだ。

 

 

 

「……樹ちゃん」

 

 

須美は滴り落ちるその雫をそっと手で拭うことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

どれだけ寝ていたのだろう。そもそもここは…

 

 

「俺の部屋か…」

 

いつの間にか自分の部屋に帰ってきていたようだ。

 

「……っ!?」

 

いやいやいやいや。びっくりした……!

 

 

「なんで鷲尾さんがここにいんの…?」

 

なぜか鷲尾さんが俺の部屋の俺のベッドの隣で寝ている。なぜか。本当になぜか。

 

しかも爆睡である。

 

とても他人のベッドで寝ているとは思えない寝っぷり。

 

綺麗に寝息までたててらっしゃる。

 

 

「……可愛い」

 

思わずぽろっと口から出てしまった。

 

彼女の人となりを表すかのような艶やかな黒髪。まつ毛ぱっちりお目めくりくり……ダメだ混乱して語彙力が落ちてきてる…

 

「やっぱり中身は男なんだよな…」

 

ものすごく今更ながらにこういう時それを実感する。はじめのうちは園子との触れ合いだってだいぶ緊張していた。というか今でもしてるけど。

 

しかし園子とだってここまで近い距離で接することはなかった。しかも鷲尾さんとは言ってしまえば同じクラスのクラスメイトというだけしか俺には接点がない。そんな女の子とかの距離で同じベッドで向かい合って寝ていれば……意識もしてしまう。

 

「というか…接点他にもあるか」

 

 

『勇者』

 

人類を守る神樹様を狙うバーテックスから神樹様ならびに人類を守るための存在。

 

 

普通では到底あり得ない接点が鷲尾さんと俺にはあるのを思い出す。

 

ほんの少しではあったがともに戦いもした。

 

(ほとんど役に立ってなかったけどな………てかサンチョ)

 

いないと思ってたら鷲尾さんが持ってたのか。あの鷲尾さんも籠絡させるとは、さすがサンチョ。園子ちゃんのお気に入りだ。

 

 

「…………どうしよう」

 

自分でもどれだけ寝たかわからないほど寝たはずだから正直二度寝って感じでもない。しかしこのままでは動くに動けない。

 

 

少々罪悪感はあるが致し方なし。

 

「わ、鷲尾さーん。起きてー」

 

普通に声で起こすことにした。

 

だって体とか気安く触らないし…

 

「ん…ぅん……」

 

まあそんなすぐに起きたら苦労はしないか。

 

「鷲尾さん。ごめんだけど起きてー」

 

「んん……樹ちゃん…」

 

「い、樹ちゃん…?」

 

鷲尾さんの夢の中に俺が出てきているのだろうか。

 

「いいのよ…我慢しないで……ほら、おいでおいで…」

 

「…………」

 

なんだか寝言が随分鮮明になってきた。

 

「だって……私だって…お姉さんだもの…」

 

 

…お姉さんか。銀ちゃんもそんなこと言ってたな。園子ちゃんも前に言ってた気がする。

 

 

 

「……俺は逃げちゃダメなんだよ、鷲尾さん」

 

 

逃げたらこうして自分のことを思ってくれる人たちさえいなくなってしまう。失ってしまう。

 

だから–––

 

 

「…逃げちゃダメだ」

 

「ふぇ……?」

 

「あ…」

 

どうやらようやく目が覚めたみたいだ。まだうとうととしてはいるけど。

 

 

「…ここ……どこぉー……」

 

というか寝ぼけている。普段の凛とした丁寧な言葉遣いが綺麗サッパリ。

 

「えーっと、私の部屋です…」

 

馬鹿正直に言ってしまった。…他にどうしろっていうんだ。

 

 

「へやぁ……」

 

「うん…部屋」

 

「誰のぉ…」

 

「私の…」

 

「…………」

 

「…………」

 

あれ?なんで黙るの?

 

「鷲尾…さん?」

 

「ごめんなさい……勝手にあなたの布団で寝てしまって…」

 

「え、あー。別にいいけど…」

 

「ありがとう…」

 

「うん…」

 

というか目、覚めたんだ。今度こそ完全に。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

そして再度おとずれる沈黙。そしてこんにちは気まずさ。

 

 

 

 

 

 

 

(こんなのじゃダメだわ…私は年上のお姉さんなんだから…!しっかり話をリードしないとっ!)

 

 

年上のとして後輩の少女を困らせるわけにはいかない。ここはバシッと決めなければ!

 

 

 

「うっ上里さん…その…どうかしら、体の調子は?」

 

(しまったっ…!私自身あまり人と話すの得意なわけじゃないんだった…!)

 

 

そもそもろくに友達もいない須美なのであった。

 

 

「そうだね…体は平気だけど……ちょっとお風呂行きたいかも」

 

 

長時間寝ていたわけだしなんだか体がベタベタする気がする。気分的にも少しはすっかりするかもだし。

 

 

 

 

 

「あ、だったら一緒に入りましょうか!!」

 

 

「いやなんでっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カポン。

 

 

 

「はあ、極楽ね」

 

「……そうだね」

 

 

体を互いに洗い(なぜか俺の体は鷲尾さんに洗われた)浴槽に浸かる。

 

 

疲れていた体にお湯が染み渡るようで極楽なのは確かかもしれないが正直それどころではない。

 

 

(中身のせいで悪いことしてるわけじゃないのに無性に悪いことしてるみたいだ…隅々まで洗われたし…)

 

 

 

「どうかしたの上里さん。私のことじっと見たりして」

 

「え、……あーうん。気にしないでくれると嬉しいかな…」

 

「?」

 

 

(まさかあなたの胸に視線を向けていました、なんて言えるわけがない……絶対に…)

 

 

目の前に、何も隠されることもなく堂々と鎮座しているそのブツは中身が一応男である樹に効果抜群。離したくとも視線をそらすことができない恐ろしい吸引力を誇っている。

 

 

(というか鷲尾さん、見かけによらず行動力すごいなぁ)

 

部屋から風呂場に連れてこられて服を脱がされて体を洗われるまでの手際の良さは反論の余地を挟む余裕がないほどだった。

 

 

されるがままとはまさにこのこと。

 

 

 

しかし樹は思い知ることになる。自分が思っているよりもずっと須美の行動力は恐ろしいものがあるということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「上里さんの髪ふわふわでとても触り心地がいいわ。どんなケアをしてるのかしら?」

 

「べっ別に何もしてないけど…」

 

「何もしてなくてこのふわふわ感なの!?……若いって素晴らしいわね」

 

「一歳しか変わんないけどね…」

 

 

お風呂上がりに丹念に髪を乾かされたり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうかしら、お口に合うといいのだけれど」

 

「すごい美味しい……鷲尾さん料理上手なんだね」

 

めちゃくちゃ美味しい和食を提供されたり

 

 

 

「和食意外にも洋食とか中華とかも作れたりするの?」

 

「そんなもの邪道だわ、邪道!日本人は和食を使ってこそよ上里さん!」

 

「う、うん…?」

 

鷲尾さんの和食に対するよくわからないこだわりを知ったり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「食後はしっかり歯を磨かなければダメよ。優しく丁寧に、そして素早くよ」

 

「そ、それはわかるんだけどさ…」

 

「ごめんなさい、くすぐったかったかしら?」

 

「そもそもなんで鷲尾さんが私の歯を磨いてるのかなぁ……って…」

 

「なんでって…食後の歯磨きは基本よ?」

 

「うん、そういうことじゃない…というかくすぐったい…」

 

「我慢して、私が体同様歯もピッカピカにしてあげるわっ!」

 

「ふぁ…だ…ダメぇ…」

 

「は、破廉恥なのは禁止よ禁止!」

 

わふぃほふぁんほひぇいふぁほ!(鷲尾さんのせいだよ!)

 

 

時間をかけて歯をツルツルピカピカにされたり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「痛くないかしら、平気?」

 

「うん…痛いというか…むしろ気持ちいいかも…」

 

「ふふっ、嬉しいわ」

 

「よく人に耳かきできるね、怖かったりしないの?」

 

「怖いだなんて、むしろ楽しいのよ結構…いい獲物を見つけた時なんかかなり興奮するわね」

 

「お願いだから興奮しすぎてグサってならないようにしてね…」

 

「じゃあそろそろ奥の方、いくわよ、…っえいっ!」

 

「ねえ私の話聞いて…って痛っ!?」

 

 

気持ち良かったら、時々痛かったりする耳かきを施されたり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……やっぱり何度見ても泣けるわ…坂○上の雲…」

 

「たしかにとてもよくできた歴史ドラマだよね。登場人物も魅力的だし」

 

「そうなのよ!そうなのよ!わかってじゃない上里さん!」

 

「まぁ…見たことあるからね、昔」

 

「名作は何度見ても面白くて泣けるものなのよ。うんうん」

 

「セリフまわしが良かったりするんだよね」

 

「それもあるわっ!」

 

「鷲尾さん好きなシーンとかある?」

 

「ありすぎて絞りきれないけどやっぱりこれは外せないわね………そこから旅順港は見えるかっ!」

 

「あーあのシーン」

 

「見えまーす!丸見えでありまーす!各艦一望のもとに収めることができまーすっ!」

 

「BGMのタイミングが絶妙だったな〜」

 

「バンザーイ!バンザーイ!」

 

 

久しぶりに見た歴史ドラマで語らったりした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、そろそろ帰るわね。夜も更けてきたし明日も学校だしね」

 

「え、うわ、もうこんな時間だったんだ」

 

「今度はまた何か別の作品で語らいましょうね、上里さん」

 

「……まあ…いいかもね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあまた学校でね、もういい時間なんだからすぐ寝るのよ?疲れは自分が思ってるよりも溜まっているものなんだから、体冷やさないようにちゃんとあったかくしてね?上里さんの体どちかというとひんやりしてるんだから、風邪ひいちゃうわ」

 

本邸の玄関口、すでに到着していた鷲尾家の車に乗り込みつつ須美は樹に口うるさく言う。

 

 

「……………………」

 

 

 

 

「…鷲尾さんってさ」

 

「?」

 

「お母さんって感じする。–––お母さんみたいなだなって…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曲が変わる。

 

 

 

相変わらずの天井、相変わらずちょっと寂しい部屋。

 

(ちょっと?)

 

俺はずっととても寂しい部屋だと思ってたはずなのに。

 

(鷲尾さんがいたからか…まだ残ってるんだ)

 

園子ちゃんがきた時も思ったことだが、さっきまで誰かがいたはずなのにもう今はいない。当たり前のことのはずなのにこうして今一人でいるのがなんだか変な感じがする。

 

 

「…なんであんなこと言っちゃったんだろ」

 

 

年齢は一つ上とはいえ学年的には同じである女の子にお母さんみたいなんて褒め言葉でもなんでもない。

 

というか遠回しに老けてるって言ってるようなもんだし。

 

 

(でも鷲尾さんの言う通り……やっぱりまだ疲れてるのかな…)

 

 

そんなことを考えている間に眠気はふとやってきた。

 

 

だったら今は、それに身を任せればそれでいいのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『バーテックスも勇者もお役目も神樹様も、よくわからないんだ』

 

 

『ーーーーーーーー』

 

 

『わからないんだ。自分がここにいる意味が』

 

 

『ーーーーーーーー』

 

 

『それもわかるようになるのかな。ここにいれば』

 

 

『ーーーーーーーー』

 

 

『また勇者になればいいのかな。お役目ってやつをやっていればいいのかな』

 

 

『ーーーーーーーー』

 

 

『またあのバーテックスっていうバケモノと戦えばいいのかな』

 

 

『ーーーーーーーー』

 

 

『逃げなければいいのかな』

 

 

『ーーーーーーーーー』

 

 

『そしたらここにいる意味がわかるのかな』

 

 

『ーーーーーーーーーー』

 

 

『あの三人も俺を見捨てないでくれるかな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっーと……今日という日を無事に迎えられたことを大変うれしく思います。本日は大変お日柄もよく神世紀298年度、勇者初陣の祝勝会ということで、皆様の今後ますますの繁栄と健康明るい未来を応」

 

「かたっ苦しいぞぉーかんぱーい!」

 

「むっ…」

 

「えへへ〜ありがとね須美すけ。私もね須美すけを誘うぞ誘うぞって思ってたんだけど、でもなかなか言い出せなかったからすごく嬉しいんだよ〜」

 

 

「鷲尾さんから誘ってくることなんて実は初めてじゃない?」

 

「実はそうなんだよ〜」

 

「合同練習もなかったしな。なのにあたしら初陣よくやったんじゃない?」

 

 

 

翌日の放課後、場所は総合ショッピングモールであるイネスのフードコートにて、文字通りの祝勝会が須美、園子、銀、樹の四人で行われていた。

 

 

意外にもこれを言い出したのは須美であり、銀と園子は迷うこともなく賛成、樹に関しては自分はそもそも行ってもいいのだろうかなどと考えていたら当たり前のように園子と銀に連れてこられたのだった。

 

 

買った飲み物を一口含む。

 

 

 

 

 

(よくやった……よくやったのかな…)

 

 

 

「な、樹!」

 

「え…私も……?」

 

「イッつんがいてくれて助かったんよ〜」

 

「そうそう。心強かったぜ、樹」

 

「ええ。一緒に援護してくれたでしょ。上里さん」

 

 

三人は嘘偽りのない言葉と笑顔を樹に表す。

 

 

 

 

 

「そう…かな」

 

 

こんな風に言ってもらえるなんて思ってなかった。

 

(…だったら…次こそは……)

 

 

あの時のように、初めて勇者に変身した時のように自らの小さくてか細い手を見つめる。

 

 

(逃げちゃダメだ)

 

 

「そうだよイッつんは頑張った頑張った〜偉いんよ〜よしよし〜」

 

「お、じゃああたしも。よしよし〜」

 

「わっ私も。えっと、よしよし」

 

 

同時に樹の頭を三人で撫でる。第三者から見たら少しシュールかもしれない。

 

 

「……なにも三人で同時にやることもないと思うんだけど…」

 

周り結構人いるんだし、恥ずかしさがすごいし……もはや今更な気がしなくもないけど…

 

 

 

 

閑話休題

 

 

 

 

「じゃあわっしー!どう?」

 

 

(もうまんま鷲なんだな…わっしー…相変わらず園子ちゃんのあだ名のセンスはすごいな。目シイタケみたいになってて嬉しそうだし)

 

 

「まぁ、それでいいかな」

 

 

「よし、じゃああたしのことは銀って呼んでよ!三ノ輪さんはよそよそしいなー」

 

「そうだね〜」

 

「あの…だったら私も樹って呼んでほしいかな」

 

 

「え、えっーと…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はふー幸せーほうじ茶&カルピー味大正解。ミノさんとイッつんのは?」

 

「醤油豆ジェラート!」

 

「なにそれぇ〜でも美味しそうだね〜」

 

「ほうじ茶&カルピーも十分なにそれな気がするけどなぁ。私はソーダ&ラムネ味だよ」

 

(まずカルピーってなに?そしてジェラートでほうじ茶って……まぁ醤油豆よりはまだ想像できるけど)

 

 

「ソーダ&ラムネ味って…」

 

「なにが違うんだ?」

 

「・・・わかんない」

 

 

考えたこともなかった…とりあえずこの二つ組み合わさっててまずいことはないだろうって感じで選んじゃったし。

 

実際美味しい。美味。

 

 

 

「須美ちゃんのは何味だったっけ?」

 

 

「ほろにが抹茶味よ。二つの味が織りなす味の調和が絶妙だわ」

 

「あはは…コメントが小学生じゃないよね」

 

なんで三人とも味のセレクトが独特なんだろう。というかなんでそんな味が売ってるんだあのお店。

 

 

「あーん」

 

「な、なに?」

 

「そんなに美味しいなら、あーん」

 

「ぁ……えと、こういうのは初めてで…」

 

「はむ、うーん美味しい。はじめての共同作業だね?」

 

「ええ!?」

 

 

 

 

「なあなあ樹」

 

「なに銀ちゃん?」

 

「あたしたちもはじめての共同作業やろうぜっ!」

 

「…絶対に使い方間違ってると思うんだよ、それ」

 

「なはは〜細かいことは気にすんなって!ほら、あーん」

 

「…………」

 

(醤油豆か…)

 

一抹の不安を覚えざるを得ないのは確かである。

 

「いっいただきます」

 

はむ。

 

もぐもぐ

 

「あ、美味しい」

 

はじめて食べる味だし、なんか変な味だとは思うけどとにかく美味しい。…本当によくわからない味ではあるけど。

 

 

「だろー!樹はわかってくれるかー嬉しいなあ〜」

 

「あんま人気なかったりする?醤油豆味」

 

「…………」

 

「…はい銀ちゃん」

 

聞いてはいけないことを聞いてしまったお詫びの気持ちも込めて自分のジェラートを差し出す。

 

「…サンキュ。お、うまいな。うん……醤油豆…ぐすん…」

 

「こ、今度買うときは醤油豆味にするよ!」

 

「ありがとな。…樹は優しいな」

 

「うん!もう一口どうかな!」

 

「樹の優しさが胸に染みるよ、……ぐすん」

 

「ごめんよ銀ちゃん…ごめん…」

 

「いやいやいいんだよ。たしかにマイナー中のマイナーだもんな……樹もどう…?」

 

「うん食べるよ食べる。ぜひ食べさせてください」

 

「無理はすんなよ…醤油豆だからな…ははっ…」

 

「私醤油豆ジェラート大好きだよっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして今日は好物が一つ増える有意義な日となった。……醤油豆はともかくとして、また来たいと思ったのは本当のことをだった。

 

 

この三人と。




あれ?前回の予告と全然違うんだけど。

2回目の襲来のこと一切書かずに終わっちゃった…



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叫び、そして病

ちょっと遅れちゃいました。難しいですね小説書くのって。話を進めるごとにつくづくそう思います。





・神樹館小学校勇者四名の記録書

 

・鷲尾須美

 

弓矢を主武装とし遠距離からの支援が主な役目。弓矢はリーチがある分ある程度の余裕を持って攻撃なおかつ危険を減らせるが威力不足は否めない。何本かの矢を同時に放つことによる牽制や梅雨払いをすることも可能。

 

個人としては真面目で責任感が強く四人の中で誰よりもお役目に対する意識が高い。しかし反面精神的に少々脆い疑いがある。

 

 

 

・乃木園子

 

槍を主武装とした中距離又は近距離での直接攻撃あるいは支援も行うことができるオールラウンダー的な役割を果たす。その槍は複数の矛先が浮いた状態にあり多方面にわたる使用が可能。盾としても使用することができ攻撃のペースも速く比較的扱いやすい武器である。

 

 

人物としては行動が予測できないマイペースなところがやや強い傾向にある。あの乃木家の一人娘ということもありお役目に対する理解は早いが意識の強さなどに関しては測りかねる。

 

 

 

・三ノ輪銀

 

双斧を主武装とする完全近距離戦闘スタイル。双斧は一撃の重みが大きくその分敵に与えるダメージも大きいがかなり接近しての攻撃をしなければならず敵の反撃を受けやすく攻撃の時に隙が生まれやすいため注意が必要。支援とうまく組み合わせていかなければ怪我も承知の力押しになってしまう恐れはある。

 

 

人間としては元気ハツラツで明快な性格をしておりコミュニケーション能力にもあの四人の中で最も、あるいは唯一長けている。お役目に対する意識などについてはまだ不明。

 

 

 

・上里樹

 

ワイヤーを主武装とするがはっきり言ってしまえば扱いが難しい武器である。しかしうまく使えば支援にも攻撃にも使うことができる可能性を秘めていると思われる。ワイヤーをばら撒くようにして鷲尾須美の弓矢のように使うこともできれば敵に巻きつけ行動を封じる制限すあるいは刺すなどして移動手段とすることも。しかも報告によるとワイヤーを束ねて即席の剣のようなものを創り出せることも確認。近距離でもあるいは戦えるであろう。

 

 

人となりはややナイーブで内向的。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・勇者四名による戦闘報告書

 

・初戦闘ならびに敵バーテックスは水瓶座、通称アクエリアス・バーテックス。

 

・動きは遅いが触覚のような部位から出される水球と左右に付属する青い球体からの水流攻撃の使い分けが厄介である。

 

・初戦闘ということもあってか苦戦を強いられたが乃木園子の作戦と指揮。鷲尾須美の支援。三ノ輪銀、上里樹らの奮戦によって撃退。

 

・負傷者–––––––鷲尾須美、乃木園子、三ノ輪銀、いずれも軽傷。

上里樹、無傷。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

一通り書き終えた記録書ならびに報告書が映し出されたディスプレイを見つめたままキーボードから手を離す。

 

 

しかしこれで仕事は終わりではない。鍛錬のことや計画されている合宿のこと、バーテックスの今後の襲来予定、勇者システムなどについ

の確認や相談のために諸々顔を出さねばならないし身を通しておくべき資料もある。

 

さらには大赦の人間とは別に神樹館小学校六年二組の担任教師としての業務も控えている。

 

 

文字通り仕事は山積みと言ったところだった。

 

 

 

「…疲れた」

 

 

そんな事実確認を頭の中でしつつも椅子にもたれかかりつつそう呟く。

 

 

こんな弱音など他の他人がいるようなところでは絶対に見せないが心配せずとも今はここにいるのは自分一人。

 

 

ともすればそんな弱音の一つや二つも出てくるもの。

 

 

「……お風呂入りたいわね」

 

 

そもそも今は何時何分何秒だったろうか。しばらく時間を確認していなかったので検討がつかない。もうとっくに日は暮れていると思うが。

 

 

ともかくとしてまず片付けなければならない仕事がある。お風呂にも入りたいし欲を言えばそのまま寝てしまいたいが……とりあえずコーヒーでも入れることにする、と決めた瞬間––––

 

 

「…!?」

 

突然何か冷たいものが頬に当てられとっさにそちらの方を振り向く。

 

 

そして一瞬で安心…したくなかったがとりあえず安心した。

 

 

 

 

「久しぶりですね、一年ぶりぐらいかな?」

 

そこにいたのは冷たい缶コーヒーを手に小さく笑みを浮かべる青年だった。それも見覚えのある、というかありすぎる人物。

 

 

「…そうね。もう、そんなになるわね」

 

「いやはや時が経つのは早いものです」

 

「何しに来たの、三好くん」

 

「もちろんあなたに会いに」

 

「なぜ」

 

「私が会いたいと思ったからです」

 

「そう、私は全く思っていないけど」

 

 

その言葉を最後に再度仕事に取り組もうとディスプレイに目をやる。

 

 

「相変わらず冷たいですね安芸さんは。––––まぁ僕はそんな安芸さんだから好きなんですけどね」

 

 

「……あなたも相変わらずね三好くん」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

「褒めてないわ、これっぽっちも」

 

 

「でもですよ」

 

 

「あなたってそこまで変態だったかしら」

 

 

「安芸さんになら変態呼ばわりされてもいいかもですね」

 

 

「…そう」

 

 

これ以上やってられないとばかりにそっけない返事を取る。そんな彼女の視線に映し出されているのは先のアクエリアス・バーテックスとの初戦闘において勇者システムの戦闘記録機能によって記録されているデータである。

 

 

 

「これが三百年ぶりの敵と戦闘を繰り広げた勇者たちですか」

 

躊躇することもなく近づき興味深そうにディスプレイを除く。

 

 

「言っておくけどここ監視されてるわよ」

 

 

「ご心配なく。すでにダミーが走ってます」

 

 

「そんなところまで相変わらずなのね…」

 

 

「負け戦がしたくないだけですよ。–––なるほどね」

 

 

本当にわかっているのか、それともハッタリなのか。そんな区別もつかないような表情でディスプレイを見つめる三好。

 

 

「…………」

 

安芸はそんな三好の横顔をバレないように視線だけでそっと見ていた。

 

 

「それで、実際のところはどうなんですか。勇者四人の方は」

 

 

「そうね……言ってしまえばまだまだ問題は多いわ。彼女たちには何より連携が足りていない。メンタル面においても不安な者もいるし、この状態で戦いを続けていくのは難しいでしょうね」

 

 

「上里樹…ですか?」

 

 

「…彼女に関しては未知数なところが多いわ。この報告書では三ノ輪銀との奮戦によって撃破なんて書いてるけど、本来鎮花の儀によって撤退させることが精一杯なはずの敵を上里樹が一人で倒しきってしまった。……というのが真実よ」

 

 

「へえそんなことが」

 

 

「さらに不可解なのがバーテックスにとどめを刺した時の彼女の戦闘データが一切記録されていないのよ。他の三人の証言によるとその時のことを本人はよく覚えていないとのことだし…」

 

 

戦闘後程なくして意識を失ってしまった樹を除く三人に聴取を行い聞かされたその結末は安芸を非常に驚かせた。

 

初戦闘において予想以上の戦闘に対する拒否反応を見せながらも途中からはなんとか変身に成功し戦列に参加。ところどころでワイヤーによる支援も見せながらも積極的に行動、攻撃することはなし。

 

 

しかし三ノ輪銀の捨て身の猛攻も虚しく敵がまだ倒れないとなった途端に人が変わったかのようだったそうだ。

 

 

 

 

「ワイヤーを束ねて即席の剣にするなんて…馬鹿げてるわ」

 

 

「大赦の技術部もびっくりですねえ、本当に」

 

 

「随分と軽く言ってくれるじゃない」

 

 

「小言でも言われました?」

 

 

「それは今後言われる予定よ」

 

 

「それは難儀なことで………ちなみに上里樹が事前に何も知らされていなかったのはご存知で?」

 

 

「–––––ええ、つい先ほどね」

 

 

「上層部はなんと?あなたのことだがらもう問い合わせる、又は問い詰めたんでしょう?」

 

 

「なんの反応もなし。聞く耳なしだったわ」

 

 

「安芸さんがこの役目を引き継いだのは」

 

 

「一週間前よ」

 

 

「なるほどね。––ひどい話です」

 

 

「…そうね。––––大赦の中に彼女が『上里』の名を名乗り、あの家の一員であることを受け入れられない、阻止したい者が一定数いるようね」

 

 

 

「ただの平凡な家から突如として検出された勇者適正の高さだけで名家の中の名家である上里家の敷居をまたぐなぞ恐れ多くふさわしくない、といったところでしょうか」

 

 

「それにもう一つ…」

 

 

「そもそも上里家自体を、というわけですか」

 

 

「ええ、–––あの家を蹴落として自分の家を…というわけ」

 

 

「それにしたって、小学生に対する悪意としては度を越しすぎなんてものではありませんね」

 

 

「大人だってそうだわ。–––命が危なかったのだから」

 

 

「社会の汚い大人たちの都合や争いで子供に辛い思いをさせるのは気がひけるなあ」

 

 

「でもそれにすがることでしか私たちは生き残ることはできない」

 

 

「子供を犠牲にしてでも、ですか」

 

 

 

「……そうならないようにするのが私たちの仕事よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…楽しかったよな」

 

 

天井がその問いに答えてくれることはない。誰も答えてくれることはない。ただの独り言、自己満足だ。

 

 

「楽しかったはずなんだよ」

 

 

思い出されるのは三人の同級生の少女たちの笑顔と笑い声。

 

 

あんなのいつぶりだったろうか。園子ちゃんと二人で食事をしたりおしゃべりをしたりすることはこの一年ほどでそれなりに回数を重ねてきた。

 

 

決してその時が楽しくなかったとかそういうんじゃない。園子ちゃんも笑顔だったし俺も……俺もそうだったはずなんだ。

 

 

でもあれは何か違う–––なんだかもっとずっと、少なくとも決して悪い者じゃなくきっと良いものなんだ。

 

複数の人と何かをしたりすることが楽しいなんて初めて知ったし、今もまだその余韻は残ってる。

 

いくつもの嫌な、悪い記憶の中に光を与えてくれてるかのように残ってる。

 

 

 

 

「だったらそれでいいじゃないか…」

 

 

でも同時に思うのだ。理由もなくそれでいてどうしようもなく

 

 

 

『自分は本来そこにいる人間じゃない』

 

楽しいし、嬉しい、なのにどうしようもない疎外感を感じてしまう。

 

 

『もうあの空間に入る余地はない』

 

自分の性格とかこれまでの経験でそう感じる、最初は自分もそうだと思った。

 

『もうあの空間は––––完成されたものだから』

 

でもそうじゃない。言ってしまえばそれは頭に直接とか本能に訴えてくるとかそんなレベルの話。三人で出来ている、出来上がっていたところに俺が半ば無理やり入っているような状態。

 

 

 

「違う…違う違う違う……」

 

三人の輪に一人付属品かのように付いている状態。異物で別に必要ないもの。なくなっても困ることはないしむしろそれで本来あったはずの当たり前だったはずの空間になる。

 

 

「みんな言ってくれたんだ」

 

 

『イッツンがいてくれて助かったんよ〜』

 

 

『そうそう。心強かったぜ、樹』

 

 

『ええ一緒に援護してくれたでしょ、上里さん』

 

 

 

 

「みんなああやって言ってたんだ。楽しかったんだよ」

 

 

 

『そうやって考えたくないことから–––嫌なことから逃げ出すんですね』

 

 

 

 

「いいじゃないか…考えたくないことから…嫌なことから逃げ出したって……」

 

 

 

『そうやってまた自分のことばかり考えてる。自分と他人の間に勝手に距離を作って』

 

 

 

「自分のことばかり考えたっていいじゃないか……他人の気持ちなんて簡単にわかるわけないんだから…」

 

 

 

『それも逃げてる証拠。あなたはわかろうとしてないだけ。楽しいことにすがり付いていたいだけでしょう?』

 

 

 

「…嫌なんだよ。苦しいのも辛いのも悲しいのも…楽しいことをやってたいよ……」

 

 

 

『楽しいこと––––楽しいことだけをやっていられる。そんな都合のいいことあると思いますか?』

 

 

 

「知らないよ!そんなの!!」

 

 

 

『………………』

 

 

「考えたくないことから、嫌なことから逃げ出して……楽しいことだけやってて…何が悪いんだよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…っ!?」

 

 

知ってる天井だ。知ってるけど…嫌いな天井。

 

悪夢を見た、そういうことなんだろうか。

 

 

内容も何も覚えていないけど––––

 

 

嫌なことものだったことはなんとなくわかった。

 

 

「…またか」

 

 

ここ最近時折見てしまう。内容も覚えていないのにそれが悪夢だったとわかる夢を。

 

 

どんな夢だったか何もわからない分余計にタチが悪い。

 

 

 

そこにはただ嫌だったことしか残らないから。

 

 

 

「……サンチョ」

 

 

サンチョをこうして抱きしめていると気が少し紛れる、そんな気がしている。

 

 

園子ちゃんの匂いも、須美ちゃんの匂いも感じることができるから。

 

 

全てを知っていても、全てを理解していないこの部屋の中でサンチョだけは自分が見て感じてきたことが残ってる。

 

 

 

「銀ちゃんの匂いは…きっと優しくて強いんだろうな…」

 

 

周りに人がいたらさぞキモチ悪がられるような発言だとしても樹の精神を安定させるためにこんなことすら大事なのだ。

 

 

こんなことでしか自分を慰めることができない。

 

 

他人が怖くて自分の殻にこもっていても

 

 

寂しさを感じると他人を求めてしまう。

 

 

 

 

「……逃げちゃダメだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっす!おはよう樹!」

 

 

教室に入って開口一番、聞いていて安心できる数少ない声が樹の耳に届く。

 

 

「おはよう銀ちゃん。––今日も元気だね」

 

「なはは〜まあな」

 

今日も昨日と変わらない眩しいほどの笑顔。これを毎日見るために俺は学校に来ているんじゃないかと錯覚しそうになる。

 

 

「それに今日は遅刻してないし」

 

「うぐっ…それを言われてしまうと痛い…」

 

お腹を抑えて苦しそうにする銀。樹からしてみたら苦しそうな銀など見たいはずもない。

 

「ご、ごめん」

 

「あ、冗談だから気にしなくてもいいぞ?それに遅刻するのはあたしが悪いんだしな」

 

「そっか……ごめん」

 

「うんうん…っておい、またごめんって言ってるぞ」

 

「あ・・・・ごめん」

 

 

そしてこりもせずまた謝ってる。こんなことで銀ちゃんを呆れさせてしまったらどうすればいい。弁明のしようもない…

 

 

 

 

 

「樹は優しいんだな。自分が悪くもないのに謝るなんてさ」

 

 

「……銀ちゃん」

 

銀は優しくて正しい人間だから。だからこんな風に言ってくれてる。

 

 

でも

 

 

 

「そうそう〜イッツンはとっても優しい子なんよ〜ね、わっしー」

 

 

「そうね、上里さんの優しさは国防を担うものとしてとても大切なものよ。もっと自分に自信を持っていいわ」

 

 

どこからともなくひょっこり現れた園子と須美。二人とも銀と同じく

見ていて飽きずそして時に辛くなるほどの優しい瞳だ。

 

 

「な?あたしの言った通りだろ?」

 

 

「というか三ノ輪さん、あなた上里さんに何を言ったのよ」

 

 

「ええ!?別にそんな変なこと言ってないって!」

 

 

「嘘おっしゃい!可愛い後輩に悲しそうな顔させておいて!」

 

 

「そうだよミノさん〜こんな可愛いイッツンを悲しませたらダメなんよ〜?」

 

 

「ひえ〜園子までそっちに付くのかよー!可愛い樹ー!助けてくれ〜!」

 

 

「はっ恥ずかしいからやめてよ…!」

 

 

 

 

三人して樹に対して可愛い攻撃を加えつつ樹の顔が羞恥に染まったその時

 

 

時間が止まった。

 

 

いち早く気がついたのは園子だ。

 

 

「時間、止まってるよ」

 

先の時と同じく四人の他にも大勢いたクラスメイトたちは表情一つ動かすことはなく固まっている。黒板の上にかけてある時計は時を刻むのを忘れたかのように沈黙し、四人以外の全てが停止した。

 

 

「…来たのね二体目の敵が」

 

 

須美は園子のボソッとこぼした言葉を聞き逃さなかった。意識を切り替えるかのように目を細める。

 

 

「よっし!じゃあ行くか!」

 

 

銀もやる気満々だ 。これから世界の命運をかけた恐ろしい敵との戦いが始まるにもかかわらず。

 

 

「出撃、いいわね上里さん」

 

須美は先の戦闘のこともあってか心配するかのように樹に声をかける。

 

 

 

「–––––––––うん」

 

 

2回目の戦闘が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「南無八幡……大菩薩…!!」

 

須美が必殺技でも出すかのようにしながら吹き乱れる空中で矢を放つ。

 

 

しかし回転によって生まれる強烈な竜巻によってその勢いを失い矢は力無く地に落ちる。

 

 

「そんな…っきぁ…!!」

 

 

須美は何も支えがない空中を吹き飛ばされる。いくら勇者といえど空を飛ぶことは叶わない。

 

 

 

 

戦況はまたも危うかった–––––

 

 

 

二体目の敵バーテックスは天秤座の名を冠するリブラ・バーテックスであった。

 

リブラは左に巨大な分銅、右に三つの小型の分銅をぶら下げ、その名の通り天秤のようである。

 

奴はその分銅を体を軸に回転して強烈な突風を吹き起こしながら振り回す。

 

 

アクエリアスの時のように自ら神樹様に向かった行く様子は今のところ見受けられないがそれでも回転による竜巻は四人の勇者たちを自らに近づけさせないことには効果抜群だった。

 

 

園子の槍を支えにして園子の背に銀、銀の背に樹、さらに樹の背に須美がしがみつくようにして風をなんとかしないでいたが徐々に侵食されていく樹海を見てしびれを切らした須美は樹の背から手を離し竜巻によって巻き上げられた状態のまま先ほどのように矢を放ったのだった。

 

 

 

しかし結果は効果なし。

 

 

 

リブラは吹き飛ばされていった須美には目をくれず次なる狙いに目をつけた。

 

 

 

「っ危ない!!」

 

 

園子はとっさに危険を察知し支えにしていた槍を盾状に展開する。

 

 

リブラは園子めがけてその分銅を力任せにぶつけ始めた。

 

 

 

「っうぅ……!」

 

風に乗った分銅の重みに園子の顔が歪む。一回二回と分銅をぶつけられ必死に槍を持っているその手からは血が滲み出した。

 

 

「っく…!」

 

銀は園子の背からも伝わってくる衝撃に奥歯を噛み締めながらもどうするべきか考えていた。

 

風と分銅によって全く近づくことが叶わないように一見すると見えるが、まだ可能性はある。

 

 

台風の目だ。台風はその中心部分においては風が吹かないのと同じようにリブラに関しても中心部分においてなら十分に攻撃をすることが可能かもしれない。

 

 

銀はそのタイミングを見計らっていた。

 

 

下手に飛び出せば竜巻に吹き飛ばされるか、分銅をじかに受けて叩きつけられる羽目になってしまう。

 

 

ここぞという時に一気に飛び出さなければならない。その時は自分の後ろにいる樹にも協力してもらって一気に叩く。

 

 

(悪い園子…!もう少し耐えてくれ!)

 

銀は心の中で園子に済まなく思いつつ巨大な敵を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(中心部分…中心部分…中心部分……中心部分……)

 

 

『また逃げるんですか?』

 

 

 

(……逃げちゃダメだ)

 

 

 

 

「!?っ樹!」

 

 

銀の驚きを隠せない声がこの竜巻の中でも園子に聞こえてきた。

 

 

「イッツン!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ…!」

 

 

 

樹は銀の背から手を離し先ほどの須美のように竜巻によって空中に巻き上がる。

 

 

須美は空中で自らの動きをコントロールすることはできないが、樹は違った。

 

 

腕を突き出してワイヤーを放ち、リブラの胴体に絡ませた。

 

 

「っぐぅ–––––」

 

 

身体中に竜巻を受けながらも上昇して風が吹いていないと思われる頭上を目指す。

 

 

しかしリブラの動きが樹よりも早かった。

 

 

 

「避けろ樹––––!!」

 

 

 

どこからか銀の叫び声が耳に入ってきて–––受けたこともないような衝撃を感じたのはほとんど同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…………逃げちゃダメだ…逃げちゃダメなんだ…)

 

 

 

 

樹は強く叩きつけられた体を無理やり起こして胸の中で唱え続ける。

 

全身に受けた衝撃のせいでふらつく視線をリブラだけに向け何度も何度も。

 

 

 

「上里さん!大丈夫!?怪我は!?」

 

 

心配して駆け寄ってきた須美の言葉にも今の樹の耳には届くことはない。

 

 

今樹を支配しているのはただ一つ

 

 

 

 

「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ…」

 

 

「上里さん!一度後退して体勢を立て直しましょう。二人とも合流しないと危ないわ」

 

 

須美の言うことは正しい。ここで一人突撃していってもどうにかなることなんてないだろう。

 

 

「逃げちゃダメだ–––逃げちゃダメだ–––」

 

 

「上里さん?聞いてるの上里さん!」

 

 

 

 

 

「–––––––––!!」

 

 

 

「…!?待って上里さん!ダメ!」

 

 

須美の制止の声––––そして

 

 

 

 

 

「うわああああああっ!!!!」

 

 

 

樹の叫び声が虚しく樹海にこだまする。

 

 

 

リブラだけを目に据えて樹は駆け出し跳躍していく。

 

 

再びワイヤーを放ちリブラの胴体に絡ませそれを巻き取ることで一気に接近。

 

 

リブラはもう一度樹をたたきつけようと分銅を振り回す。

 

 

しかしもう樹が分銅に叩きつけられることはなかった。

 

 

ワイヤーの巻き取りを調節して風の吹き荒れる中分銅をかわしリブラに迫る。

 

 

そして狙うべきは先と同じく竜巻の影響を受けない頭上。その中心部分。

 

 

 

しかしここに来て分銅を振り回すスピードが増しその全てが樹に向けて振るわれ、–––––––ワイヤーで繋がったままの樹に直撃する。

 

 

 

 

 

 

「うっ…!?」

 

 

再度直撃をくらい激痛が全身を襲う。しかし今の樹はワイヤーでリブラと繋がったまま。

 

 

分銅が直撃した衝撃を利用し今度こそ頭上に到達した。

 

 

 

 

「がああああっっーーー!!」

 

 

 

樹はワイヤーを即座に変形させとっさに大型のナイフのようなものを創り出しリブラの頭上からしがみつくようにして思い切り突き刺した。

 

 

 

「あああああああぁーーーーーーー!!!」

 

 

突き刺した部分から閃光がほとばしり金属を切るときのような不快な音が鳴り響く。

 

 

 

リブラは頭上でしがみつくようにしてナイフを突き刺す樹を振りほどこうと竜巻を起こしていた回転をさらに早める。

 

 

 

樹に回転によって生じる猛烈な吐き気が襲いかかる。

 

 

 

(気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い–––––痛い苦しい気持ち悪い––––)

 

 

 

三半規管に感じたこともない嫌悪感が生まれ胃の中のものを全て吐き出しそうになる。

 

 

 

「あああああああああぁぁぁーーーーーーーーーー!!!!」

 

 

その気持ち悪さ、嫌悪感、苦しさを紛らわすかのようにさらに激しい絶叫をあげる。

 

 

さらに樹のその絶叫に呼応するようにしてワイヤーで創り出したナイフがその緑の輝きを放ちつつ徐々に巨大化していく。

 

 

 

「るあああぁっーー!!!っああああぁ!!!」

 

 

ワイヤーのナイフを握る両手にさらに力を込めて深く––––深く突き刺す。

 

 

ナイフはリブラの胴体を着々と抉っていくが樹を苦しめるその回転は止むことを知らず竜巻が唸り上がっていく。

 

 

 

 

 

 

「うっ…!!うううぅっ……!ああぁぁぁぁ…!!」

 

 

 

 

リブラと樹の我慢比べのようなこの状況––––先に根をあげそうになったのは樹。

 

 

 

「あぁ…っ!…ああぁ……!」

 

 

 

ナイフに込める力が弱まり始め視界が薄く狭くなってきた。

 

 

リブラがまだ倒れる様子はない。

 

 

 

「あぁ…ぁ…ぁぁ…!……!」

 

 

 

 

 

樹の絶叫はか細い悲鳴へと変わっていき活動限界を表していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銀の双斧によるトドメの一撃が加えられたのは樹の変身が解ける寸前であった。

 

 

 

斜めに敵を切り裂くその一撃で二体目の敵リブラ・バーテックスは戦闘不能に陥り、鎮花の儀によって壁の外へと撤退させることに成功。

 

 

勇者たちの勝利となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う…っううう……うぷっ…おえぇえ……!」

 

 

 

 

神樹館小学校の制服に戻っている樹の口からビシャビャシャと吐瀉物が吐き出される。

 

 

 

あの回転を受け続けたことで三半規管はすでにボロボロになっていたのだろう。

 

分銅をくらった痛みや、今でも残っている恐怖、苦しみ、気持ち悪さが諸々ストレスとなっていたのもあるかもしれない。

 

 

 

「はぁ…っはぁ……はぁはぁ…っうううぅ………」

 

 

 

荒い呼吸と嗚咽を繰り返しながら震えている自らの体を抱く。

 

 

 

園子との出会いに救われて、銀の言葉に救われて、須美の献身に救われて。

 

 

三人といるのはなんだか楽しくて嬉しくて。

 

 

三人と居たいから勇者になった。

 

 

戦った。

 

 

 

そして逃げないで頑張った結果、またこんな思いをしている。

 

 

吐いて嗚咽して震えて、自分の体を必死に抱いて––––銀に頭を撫でてもらった時の『嬉しい涙』じゃない––––『苦しい涙』が出てくる。

 

 

 

三人と居たいと思うからお役目をする、でもお役目をすると嫌な思いをしてしまう。

 

 

 

(逃げちゃダメなんじゃない。そもそも逃げれるところなんてどこにもないんだ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嫌なんだよ、勇者になるのが」

 

 

 

「神樹様に選ばれた大切なお役目だから、名誉なことだから、世界を守るためだからうまくいくのは当たり前。だからだれも褒めてくれない」

 

 

 

「失敗したらみんなに嫌われる。ひどけりゃ死ぬだけ」

 

 

 

「なんで俺はここにいるんだ?」

 

 

 

「わかってる。三人と居たいから俺はここにいる。それでも思っちゃうんだ。どうしようもなく、なんでここにいるんだろうって」

 

 

 

「変わったこともあったんだ。いいこともあった。でもやっぱりこんな思いをすることは避けられない」

 

 

 

 

 

 

『でもあなたは生きたいと思ってる。違いますか?』

 

 

 

 

 

 

「生きる?」

 

 

 

 

「なんで生きてるんだ俺は」

 

 

 

 

「生きていてもしょうがないと思ってたじゃないか」

 

 

 

 

「お父さんもお母さんも、義父さんも安芸先生だって–––––だれも俺がいらないんだ」

 

 

 

 

「勇者にならない俺は必要ないんだ」

 

 

 

 

「だから俺は勇者になるしかないんだ」

 

 

 

 

「だから俺はここにいられるんだ。あの三人とも居られるんだ」

 

 

 

 

「だけどっ…!勇者になると俺は……………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四人の勇者たちの勝利を迎えたのは満点の青空ではなく

 

 

 

 

体も心も–––––どこまでも冷たくするような大粒の雨たちであった。

 

 

 

 

 

そして、鳴子百合の勇者は逃げ出す。




アニメでは冒頭だけでさらっと終わった戦闘がかなり長くなってしまいました。

そしてほのぼのとかキャッキャウフフも早く書きたい。…でもほのぼの書いてたらシリアス書きたくなるんだろうなって。


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心の持ちよう、逃げ出した後

ゆゆゆとリリスパのニコ生見てたんですけど………おいおいおいおい、赤嶺ちゃんの私服でてきちゃってんじゃんか…嬉しい…可愛い…。(嬉しくて妙に冷静になってる感じ)

後ゆゆゆいの公式ファンブックも時間的には今日発売ということで。

しかも花結いの章の最終話のさらに後の話もあるみたいだし!


六月には二周年ニコ生もあるとのことで、ワンチャンのわゆアニメ化もっ!?


大粒の雨と大量の雲により午前中にもかかわらずすでに辺り一面黒く、そして濁ったかのような景色。

 

 

そんな中大赦所有の車で学校へと帰還する四人の勇者たち、そして安芸先生の姿。

 

 

 

しかしそれは勝利の喜びに満ちたものではなくむしろ今後の戦いへの不安を募らせる雰囲気であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして一人で突撃していくようなことをしたの、上里さん」

 

 

無言がしばらく続き、雨音だけがしていた車内で唐突に須美は樹の方を見ずに問いかける。

 

 

 

「ごめん」

 

 

樹の視線は車に乗った時からずっと顔ごと下を向いたままであり他の三人からは樹が今どんな顔をしているのかわからない。

 

 

 

「一人で攻撃したって危険なだけだってわかるでしょう?」

 

 

須美は間違ったことは言っていない。事実樹の状況はかなり危なかった。大怪我をしていないのが不思議なほど。

 

 

「うん」

 

 

しかし樹の返答はあくまで淡白なものだ。須美は構わず続ける。

 

 

 

「それに私言ったじゃない。一度後退して二人と合流しようって」

 

 

これも間違いじゃなく、四人で協力してことに当たればもっと楽に勝てたに違いない。

 

 

 

「ごめん」

 

 

 

ほんの数秒前のものとまったくもって変わりない謝罪。トーンも口調も全て同じものだ。

 

 

 

「今後こういうことが無いようにしてほしいわ」

 

 

 

 

「うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しびれを切らしたのは須美の方だった。

 

 

「あなた本当にわかっているの!?」

 

 

樹の方を見ながら声を荒げる須美。

 

 

 

「おい、須美」

 

 

「落ち着いてわっしー、ね?」

 

 

干渉せずに見守っていた銀と園子も思わずそれを破った。

 

 

「二人は黙っていて!」

 

 

しかし須美は止まらない。

 

 

普段の彼女ではあり得ないような口調で銀と園子の制止の言葉を遮る。

 

 

「上里さん答えて!」

 

 

樹の真意を問いただそうとする須美、その瞳には怒りの色が浮かぶ。

 

 

 

 

「わかってるよ須美ちゃん。…もういいじゃん勝ったんだから」

 

 

 

しかし樹の返答はその怒りの色をより濃くするものにしかならない。

 

 

 

「また戦えばいいんでしょ、もちろん戦うよ。勇者になってね」

 

 

 

「上里さんっあなた–––––––!!」

 

 

 

その言葉が言い終わる前に須美の手が隣に座る樹の胸元、つまり胸ぐらへと伸びる。

 

 

「須美っ…やめろ、バカ」

 

 

「言ったでしょ三ノ輪さん…黙っていて」

 

 

銀は再度須美に制止を求め、しかし須美はそれを拒絶する。

 

 

 

「わっしーやめて、お願い」

 

 

「乃木さんもよ…あなたも今は口出ししないでちょうだい」

 

 

園子の悲痛そうな制止も須美は聞き入れない。

 

 

須美はその瞳をずっと樹に向けたまま。

 

 

 

「………………」

 

樹は胸ぐらを掴まれていながらも須美に対して目を合わせることはない。

 

 

「っ……………」

 

須美は思わず舌を鳴らした、自分でも気づかぬうちに。

 

 

 

 

 

 

「上里さん、あなたは先に帰って休んでいなさい。いいわね?」

 

 

運転席に座る安芸先生の有無を言わさぬような一言。

 

 

 

「はい」

 

 

樹はただ一言頷くだけ。

 

 

異を唱えたのはむしろ須美の方だ。

 

「安芸先生っ!ですが!」

 

 

「鷲尾さん」

 

 

「……はい」

 

 

須美は賢い子だ。これだけで安芸先生が何を言いたいのかぐらいはよくわかった。樹の胸ぐらから手を離して座り直す。

 

 

 

 

雨はさらに酷くなり雨音は車内にまでよく届くようになっていく中窓ガラスを眺めながら銀は誰にもバレないよう小さくため息を漏らす。

 

 

(そんな簡単にいくわけない…か)

 

銀はなんとなくだが、樹という少女の危うさに見抜いていた。

 

付き合いの長さは園子よりもずっと短いがそれでも園子と同等あるいはそれ以上に樹の深く暗いところまで。

 

 

 

 

 

(イッツン…)

 

 

園子は戦闘の時以上に真剣な眼差しで樹のことを横目に見つめる。

 

 

その胸の内には銀や須美よりも樹と長い付き合いであるはずの自分が今彼女にかけてやれる言葉がないことへの申し訳なさだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

安芸先生の元へある連絡がきたのはその日の夜、雨も落ち着きを見せた深き闇が包み込む時間である。

 

 

 

「家出……無理もないわね」

 

 

 

安芸先生は一人携帯端末を手に持ったまま呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうしてイヤホンをつけて音楽を聴いていると雨の音も電車の音も人の話し声も何も聞こえない。

 

 

何も聞かなくて済む。

 

 

 

(なんでこんなことしてるんだろ)

 

 

家にも帰らず行きたい場所もなく、そもそも目的だってない。

 

 

(やっぱりあの家に居たくなかったのかな)

 

 

どうせ義父さんはあの家には居ない。

 

 

(居たとしてなんなんだよ。何も話すことも話しかけられることもどうせないんだ)

 

 

 

曲が変わる。

 

 

 

樹は一人家に帰らず電車にその身を預けていた。

 

 

正確に言えば家には一度帰った。しかしその後すぐにフラフラと抜け出したのだ。

 

 

不思議と誰にも止められることはなかった。

 

 

自分が渡されていたお金の全てとウォークマンだけを持ってほとんど手ぶらの状態。

 

 

勇者システムが搭載されている本来であれば片時も手放してはいけないはずの端末も置いてきてしまっている。

 

 

先の車内の時と同じように視線を顔ごと下に向けただ音楽にだけ耳を傾ける。

 

 

 

端の席に座ったままもうかれこれどれほどの時間こうして電車に揺られているのか、樹自身もわかっていない。

 

 

 

周りには多くの人がいた。

 

傘と雑誌を持っている人や、腕を組んで居眠りをしている人。

 

仕事終わりのサラリーマンや学校終わりの樹よりも年上であろう学生も多い。

 

 

それが次第に減ってきて親子連れが姿を見せる。子供の方は電車の窓から外を見て時折感想をあげていた。

 

 

 

そんな親子連れをいなくなると樹と同じぐらい長い時間乗っていたであろうおじさんや少数のOLと思わしき人がいるだけとなる。

 

 

 

さらに時間が経ちいくつかの駅を超えていった頃には、見渡す限り電車内には樹以外に人の姿はなかった。

 

 

 

 

 

曲が変わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

知らない人、知らない街、知らない風景。

 

 

(ここ、どこだろう)

 

大粒の雨もすでに大量の雲とともに去り、雨が去ったことにより現れたかのような夜の闇の中、人工の光がギラギラと輝くを放つ街を歩く。

 

歩いて歩いて、目的もなくあてもなくただ歩いて––––

 

 

(もうすぐ充電切れちゃうな)

 

 

もうかれこれ何時間も使い続けているのだから仕方ない。

 

 

街は賑わいを見せ、多くの人のその賑わいに乗っかるような笑顔と笑い声。

 

樹は一人黙ったままそんな街の中を歩く。

 

 

 

(疲れた)

 

 

長い時間電車に乗り続け、あてもなく歩き続けた体はすでに限界を迎えつつあった。

 

 

 

しかし帰ろうにも道も何もわからない。

 

 

 

(お腹すいたな…)

 

 

 

 

結局その日は捨てられていた段ボール包まって公園で眠った。

 

 

 

翌日、古びた小さなバスに乗った。

 

 

(何もないな…)

 

 

昨日まで数え切れないほど見てきたはずの人も建物も次第に見えなくなっていき代わりに豊かな自然が顔を覗かせる。

 

 

(こんなに違うもんなんだな)

 

 

自分以外誰も利用客がいない車内で樹は終点の停車場までひたすら外の見慣れない世界に目を向け続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠ざかっていくバスの音が少しずつ小さくなっていきすぐに聞こえなくなった。

 

 

 

イヤホンは外している。

 

 

ウォークマンの充電がすでに切れてしまっているのもあるが、それ以上にここではする必要があまりないと思った。

 

 

(何でだろう)

 

 

理由もなく。

 

 

 

そしてまた歩く、昨日歩いた町並みとは全く違う田舎の田んぼ道。

 

 

人の声が一切聞こえない、聞こえるのは鳥がさえずる声だけ。

 

 

大きな雲の塊がいくつか風に乗って青空を緩やかに流れる。昨日とは打って変わったような快晴。

 

 

 

同じ世界で同じ空間のはずなのに、なんだか違う世界に来たようだ。

 

 

 

しばらくして田んぼ道を抜けると花畑にたどり着いた。辺り一面名前もわからない花だらけで少し驚いた。

 

 

(名前…なんて言うんだろうな…)

 

中央に人が通れる道があったのでそこをとぼとぼと進む。

 

嗅いだことのない不思議な香りが鼻腔をくすぐる。少々むず痒くなった。

 

 

 

花畑を抜けた先には切り立った崖のようなところがあり、そこからはほかの山々や棚田が霧に見え隠れしていた。

 

 

(街……俺はあそこから来たのか…)

 

 

柵の向こう側、崖のギリギリのところに座り込みつつ樹は肌を打つかのような風に顔を埋めた。

 

 

 

(ここから落ちたら、死んじゃうんだよな)

 

 

例えば今突然足元が崩れたり、ひときわ強い風が吹いたりして体のバランスを崩したら–––––

 

 

 

(あの三人は…俺が死んだら悲しむのかな)

 

 

 

(……きっと悲しむ…銀ちゃんも園子ちゃんも須美ちゃんも優しくていい子で……)

 

 

 

 

 

(会いたいなあ…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きた?」

 

 

 

「…………」

 

 

「まだぼーっとしてる?」

 

 

「……………」

 

 

「というかなんであんなところで座ってたの?死ぬよ?」

 

 

「…………誰?」

 

 

「しかも忘れられてると。…まぁだいぶ久しぶりだし無理もないけど」

 

 

 

女の子がいた。表情に変化が見られないポーカーフェイスでもしているかのような女の子。

 

 

「とにかく中入んなよ。そこ、危ないよ」

 

 

「…うん」

 

 

促されて改めて自覚する。

 

 

(何してんだろ、俺)

 

 

「はい」

 

「……?」

 

 

唐突に出される手。いきなりのことに驚きが隠せない樹。

 

 

数秒の沈黙が互いの間に生まれた。

 

 

 

「いや、手」

 

「…あ、うん…ありがとう…」

 

 

その手が危ないからと支えの意味で差し出された手だと理解するのに数秒かかってしまった。

 

 

(本当に何がしたいんだよ…)

 

自分で自分が嫌になるとはこのこと。

 

 

(今更か…)

 

 

そう思いながら差し出された手をそっと握る。

 

 

「冷たい…」

 

今度は逆に頭の中で考えるよりも先に出てきた反射的に言葉が出てきた。

 

 

正直名前も知らない女の子に対して言うべきことはではない。というか普通に失礼な気がする…

 

 

「冷たくて悪かっーたーね。心は暖かいとかそんなところで納得しといてよっと」

.

何も気にしていなさそうなその子に引っ張られて柵の中に戻る。するとなんだか妙な安心感が湧いてきた。

 

(やっぱり死にたくなんてないのかな)

 

 

 

「伊予島杏子」

 

 

「へっ…?」

 

 

「私の名前。伊予島杏子っていうの」

 

 

「伊予島…杏子……」

 

 

「そ、杏子」

 

 

「杏子……杏子…………あ……」

 

「思い出した?」

 

 

彼女のひんやりとした手の感触を感じながら改めて顔をよく見つめる。

 

いや正確には顔というより彼女のその亜麻色の長い髪、翡翠色の瞳、白い肌。

 

 

長い髪といっても今は大きめのお団子にしているが…やっぱり見覚えがある。

 

 

…もう三年も前のことになるだろうか。

 

 

しかしそれはお世辞にもいい記憶ではない、そう思う。

 

 

彼女がどう思っているのかなんてわからないけど、俺はそう感じている。

 

 

 

 

「杏子ちゃん…」

 

 

「久しぶり犬吠埼さん」

 

 

 

ポーカーフェイスを貫く彼女の手のひんやりとした感触がなんだか強くなった気がしないでもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はいこれ、あったまるよ」

 

 

「あ、ありがとう…」

 

渡されたのはココアだった。…ココアなんて飲むのいつぶりだろう。

 

 

「…美味しい」

 

こうして暖かいものを飲むと自分の体が自分で思っていた以上に冷えていたことがわかる。

 

だからこそ美味しさもきっと倍増されている。

 

 

「ねえ、もっと火に近づきなよ。大丈夫、もし燃え移ったらちゃんと消化するから」

 

 

「…できれば燃え移らないようにしたいかな」

 

 

「そりゃそうだね。まぁいいからいいから」

 

 

「…うん」

 

 

本当に燃え移ることがないよう気をつけながら火に少し近く。

 

 

(……あったかい)

 

 

「はいそれからこれとこれと、これも被っとこうか」

 

そうして着せられたのはニット帽にマフラーに手袋。

 

 

「…むぐ…苦しい」

 

 

「この時期でも夜は冷えるからね。そんなかっこでいちゃ風邪ひく」

 

 

「…昨日はこの格好で寝て過ごしたんだけどね」

 

 

「大馬鹿者か。何そんな危ないことしてんの」

 

 

「………ごめん」

 

 

「…どう、寒くない?」

 

 

「うん。…あったかいよ」

 

 

「そか。じゃあいいや」

 

 

 

どこかぶっきらぼうに返しながら杏子は木の棒で焚き火を弄る。

 

 

しばし訪れる沈黙。でもこの沈黙が俺の中ではこの一日ちょっとの間当たり前だった。

 

 

 

あたりはすでに暗くなり、目の前の焚き火だけが灯りとなって存在を主張している。

 

 

その焚き火の中央に吊るすようにして置かれているのは飯盒。

 

 

樹の向かいの側に座る杏子のさらに後ろには比較的大きなサイズだと思われるテントが張られている。

 

さらに今着ている衣服類に手に持っているココア、目の前で火を通している最中の飯盒。

 

 

 

「キャンプ…好きなの?」

 

 

 

「んー……まあね。趣味かな」

 

 

杏子は焚き火を弄りつつ表情を変えずに答えた。

 

 

「一人…?」

 

 

「見ればわかるでしょ。ソロキャンってやつ」

 

 

「…何それ?」

 

ココアを一口飲みつつ聞きなれない単語にはてなを浮かべる。

 

 

「ソロキャンプだよ。ソロキャンプ」

 

 

「そんなのあるんだ」

 

 

「意外と流行ってるらしいよ。知らないけど」

 

 

「ふーん…」

 

 

 

そしてまた沈黙が訪れる。話し声がなくなると焚き火の音とか虫の鳴き声とかが鮮明に聞こえてくる。

 

どれも嫌いじゃない。

 

 

 

「ねえ杏子ちゃん」

 

 

「どした?」

 

 

「暑い…」

 

 

「あーちょっと着せすぎたか。ごめんごめん」

 

 

するとなぜか腰を上げてこちらの方に来る杏子ちゃん。手際よく防寒類を回収していく。

 

 

「自分で脱げるよ」

 

 

「だったらなんでわざわざ私に言ったの?」

 

 

…それは盲点だった。暑いなら自分でさっさと脱いでしまえば良かっただけなのに。

 

 

どうして俺は杏子ちゃんにそれを言ったんだろう。

 

 

「…わからない」

 

 

結局自分でもよくわからなかった。

 

 

「犬吠埼さんって意外と甘えんぼだったりする?」

 

 

「……そうかもしれない」

 

 

前の家で………お姉ちゃんと一緒に暮らしてた時はそれはそれは甘えんぼだった…と思う。

 

お姉ちゃんは綺麗でそれでいて可愛くて、炊事洗濯ができて勉強ができて、運動ができて、コミュニケーション能力が高くて…あと胸が大きくて身長が高くて。

 

 

そんなお姉ちゃんに俺は甘えきりだった。今だからこそそれを実感する。

 

 

 

 

「いや肯定するんかい」

 

 

「えへへ…肯定しちゃった」

 

 

杏子ちゃんにもツッコまれてしまった。ぐうの音もでない。

 

 

「…あざとい」

 

 

「どういう意味?」

 

 

「いやなんでもない。それよりご飯、食べるでしょ?さっきからお腹の音鳴りっぱなしだし」

 

 

杏子のその発言に呼応するように樹のお腹の虫が鳴った。小さくだがはっきりと。

 

 

 

「…ごめん」

 

 

 

「生理現象だから無理もなし。はいお箸」

 

 

「あ、ありがとう」

 

 

なんだがはぐらかされた気がしないでもないがお腹が空いているのは本当なのでおとなしくお箸と飯盒を受け取る。

 

 

出来立てホヤホヤ、温かみに溢れたご飯だった。

 

 

それから……食べてる最中にちょっとだけ涙が出てしまったのはバレてないと嬉しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、なんであんなところにいたの?」

 

 

 

食後、近くの川で軽く水浴びして歯磨きして寝巻きに着替えて今はテントの寝袋の中。

 

 

互いに背中を向けあっているため杏子ちゃんの顔は見えない。

 

 

「…唐突だね」

 

 

「さっき犬吠埼さんのキャンプがどうたらこうたらみたいな質問に答えたでしょ。だったら今度は犬吠埼さんが私の質問に答える番じゃない?」

 

 

杏子ちゃんの言っていることは屁理屈のような気もするし正論のような気もする。

 

 

 

「……逃げてたんだよ」

 

 

でも俺は質問に答えた。自分で逃げていることを言葉にして認めてしまった。

 

(あれだけ逃げちゃダメだ、なんて言ってたのにな)

 

 

 

「逃げてきた・・・・お役目のこと?」

 

 

『お役目』その言葉が杏子ちゃんの口から出てくると思わなくて体が震えた。

 

 

「知ってるんだね。お役目のこと」

 

 

「これでも伊予島家の娘だからね。それぐらいは」

 

 

『伊予島家』樹は初めてその名を聞いたが大赦界隈では知らない人はいない名家。

 

約三百年も前のこと、西暦末期の時代に勇者を輩出したことによりこの神世紀の世の中でも『乃木家』『上里家』につぐ発言力を持っている。

 

 

 

「そっか。…杏子ちゃんってお嬢様なんだね」

 

 

「上里家の娘さんにそれを言われちゃおしまいだよ。樹お嬢様」

 

 

当然杏子からしたら冗談で言ったことなのだろうが、樹はあまり冗談と冗談じゃないものの区別がわかる器用な少女ではない。

 

 

「そんなんじゃないよ、私はほら……養子だし」

 

 

「そんなこと言ったら私も養子だけどね。しかも私は『お役目』に選ばれなかったわけだし」

 

 

「選ばれない方がいいよ。……お母さんが心配するから」

 

 

ここで『お父さん』をいれないのは樹の養父に対する些細な反抗心の表れかもしれない。

 

 

 

「ああ、それなら大丈夫。私そういうのいないから」

 

 

「……………」

 

 

「犬吠埼さんと同じだよ」

 

 

 

厳密に言えば樹には母親はいる。前の家の、犬吠埼家にいるはずなのだ。

 

樹の前の家の事情まで杏子が知っていることはないはずだからおそらくこれは今の上里家のことを言っているんだと思う。

 

 

(俺と同じ…)

 

でも樹からしたら今の自分に親はいないと同然だった。

 

 

実の両親には捨てられて、養母はそもそもおらず養父ももう長いことあってもいなし会話もしていない。

 

 

だから

 

 

(俺と杏子ちゃんは…同じ––––––)

 

 

そう思った瞬間、躊躇していたはずの言葉がスルスルと出ていくのを感じた。

 

 

 

 

 

 

「………どうすればいいのかわからないんだよ。お役目は怖い。怖くて怖くて…でも逃げることもできないんだ…」

 

 

この言葉に今の樹の全てが込められている、そんな悲痛な本音。

 

 

 

そんな悲痛な本音に対する杏子の返答は樹が全く予期していないものだった。

 

 

 

 

「嫌ならやめればいいよ」

 

 

杏子はさらっと悪びれもなくそう言った。

 

 

「やめればいいって…」

 

胸がキュッと締め付けられる気がする。三人の顔が思い浮かんだ。

 

 

 

「詳しくは知らないけど、お役目に就いてる人って犬吠埼さん以外にも三人のいるんでしょ。乃木先輩と鷲尾先輩と三ノ輪先輩、だったっけ」

 

 

先輩……そっか。

 

 

俺はあの三人よりも一つ年下なんだよな。

 

 

 

「……………」

 

ここでの無言は肯定の証。黙る樹に構わず杏子は続ける。

 

 

「何も無理して犬吠埼さんがやることはないでしょ、犬吠埼さん一人しかできないってわけでもないんだしさ。一人ぐらいいなくたって平気だって自分で思っちゃってもいいと思う」

 

 

 

「…でも……そんな無責任なこと…」

 

 

許されるのだろうか。第1あの三人はそしたら…どう思うのだろうか。

 

 

 

 

「無責任も何も、年端もいかない子供に世界を守るため、人類を守るために頑張れ、なんてのがおかしいんだよ。それがいくら神樹様の意思だとかなんとか言ったとしてもそんなの言い訳な訳で、結局やってることは酷いことなんだから」

 

 

「酷いこと……」

 

 

 

「酷いことだよ」

 

 

 

「でも…園子ちゃんも須美ちゃんも銀ちゃんも全然嫌じゃなさそうで……」

 

 

 

「それはその三人がどうかしてる。犬吠埼さんが思ってることは何もおかしなことじゃない」

 

 

 

「……………」

 

 

 

おかしいのは自分じゃなくてあの三人……そんな考え初めて知った。

 

 

だってみんながみんな言うんだ。

 

 

お役目に選ばれることは素晴らしいことなんだって。

 

 

みんなが言ってる。クラスメイトも先生も。

 

 

 

でも杏子ちゃんはそうな風に思っていない。

 

 

 

 

どっちが正しいのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ自分でお役目をする『理由』があるなら話は別だけど」

 

 

「…理由……」

 

 

「そ、理由。意味。目的。色々あるけど」

 

 

「……………」

 

 

「結局は自分次第だからね。自分で自分に納得いってるならそれが一番なんじゃない。この際それが妥協でもなんでもさ」

 

 

「あんなこと言っといてなんだけど」

 

 

そう杏子ちゃんは付け加えた。

 

 

 

「杏子ちゃん…無責任だね」

 

 

「ははっ、だね」

 

 

「…うん。本当に無責任でどうしようもないよ」

 

 

「そこまで言うかね」

 

 

「でも…それぐらいでいいのかもしれないね。…私もどうしようもない人間だから」

 

 

「…んじゃ、どうしようもないやつ同士おとなしくそろそろ寝ますかね」

 

 

「もう……おやすみ」

 

 

「はいよーおやすみー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 

イネスのフードコートにて鷲尾須美は重いため息をこぼした。

 

 

「須美ーしつこいぞー」

 

 

「だって三ノ輪さん…私は…私は後輩にあんなことを…」

 

 

「ねえねえミノさん、醤油豆味ちょっとちょーだい〜」

 

 

「ん、いいぞ、ほれほれ〜」

 

 

「ん〜相変わらずよくわかんない味〜」

 

 

「…………はぁ」

 

 

銀と園子の二人も須美のテンションの差は側から見ても違和感がすごいものがある。

 

 

須美も今日のジェラートはなんだかあまり美味しく感じなかった。

 

 

 

「わっしー」

 

 

「…何かしら?」

 

 

「はい♪」

 

 

「…あーん」

 

 

園子が差し出したジャラートをなんとも言えない表情をしつつもパクリと食べる須美。

 

やっぱりイマイチおいしいと感じられない。

 

 

「あんまり美味しくない?」

 

 

園子が小首を傾げつつ言った。須美からしてみればそんなことを聞かれるとは思っていなかったから少し驚きだった。

 

 

「…ええ」

 

須美は正直に答える。

 

 

するとなぜか園子は少し笑った。

 

 

「実はね、私もなんだ〜あんまり美味しくないの」

 

 

「…乃木さん」

 

 

 

「気持ちはみんな一緒ってか」

 

醤油豆ジェラートを頬張りつつ銀が苦笑いで言う。

 

 

「三ノ輪さんも…?」

 

 

「まあな」

 

 

「やっぱりイッツンもいてくれないとつまんないよね〜」

 

 

「うう…やはり私のせいで……」

 

 

「んー……須美がああしてなくてもいずれあんな風になってたと思うけど」

 

 

「そうだねーむしろ大事なのはここからじゃないかな」

 

 

「二人とも…」

 

 

 

何も須美だけが落ち込んでいるわけではない。

 

 

銀も園子も少なからずあんな感じになってしまったことを後悔しているには違いないのだ。

 

 

違うとすれば須美は後悔を募らせるばかりだが、銀と園子は今後のことを考えている。

 

 

この違いはかなり大きいものだ。

 

 

「それでさ、須美はどうしたい?」

 

 

「……謝りたいわ。謝って…またやり直したい。…三ノ輪さんは?」

 

 

「––––アタシは、もうあいつに無理させないようにしたい。––––園子は?」

 

 

「私もミノさんと一緒だよ。イッツンにもうあんな顔させたくないからね」

 

 

 

「…でも許してくれるかしら。上里さん」

 

 

須美が不安を物色しきれないように視線を落とす。

 

 

「うーん…そもそもイッツン怒ってなんてないと思うけどなー」

 

 

「どうしてそう思うんだ?」

 

 

「えっとね、イッツンだったらむしろ今頃自分が悪いことしちゃったって思ったりしてるんじゃないかなーって」

 

 

「だからどうしてそう思うのよ?」

 

 

須美と銀の視線が同時に園子に向けられる。

 

 

 

「だってイッツン、優しい子だから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「犬吠埼さん、悪いけど起きて」

 

肩を揺さぶる感触に気がついてまだ少し重い瞼を持ち上げる。テントの中だから外の様子はわからないが、おそらくもう朝にはなっていると思う。

 

 

「……何」

 

 

「起こされて苛立ってるのはわかるけど、あなたにお客さん」

 

 

別に苛立っているつもりはなかったけど…

 

 

「…お客さん?」

 

 

 

「そ、なんだが気味が悪い仮面集団。こう言ったらわかる?」

 

 

そんな特徴的な集団、一度見たら嫌でも忘れない。そして心当たりはいくらでもあった。

 

 

 

「…ごめん。迷惑かけたよね」

 

 

「いやいやーなんのなんのー」

 

 

「ふふっ、なにそれ?」

 

 

「遠き過去この日本にはそんな言葉遣いをしている侍なんていう人たちがいたとかいないとか…」

 

 

「ふーん…」

 

 

「…いいから早く帰れ帰れ。いつまでも外にあの仮面集団待たせてたらこっちが気味悪くてやってられん」

 

 

ちょっと恥ずかしそうにする顔を背ける杏子ちゃん。というか言葉遣いに関して言えばそもそも杏子ちゃんはだいぶ変わってる方だと思うけどね。

 

 

やってられん、とか言わないよ普通の女の子は。

 

 

…外と中身があべこべの俺が言うのもなんだけど。

 

 

そんなことを思いつつもテントから外に出てみる。

 

 

(本当にこの見た目で出歩いてるんだな…普通に怖い…)

 

 

過去に大赦の施設に行った時に見たのとまんま同じ姿の人たちが数名テントの周りを囲むようにして立っていた。

 

 

 

(いい天気だ……この仮面たちはなんか嫌だけど)

 

 

幸いなのが霧一つ、雲ひとつない快晴だったことだろうか。

 

 

 

「上里樹様、ですね?」

 

仮面の一人が低い声で確認をする。といってもここまできてるぐらいなんだから本当は確認するまでもないんだろうけど。

 

 

「はい」

 

一言だけ、短くそう答える。

 

 

「どうか我々とともに上里様の屋敷にお戻りを。上里樹様、どうか」

 

 

そんなことを言いながら深く頭を下げる仮面。周りを囲っていた仮面たちもそれに合わせるように頭を下げた。

 

 

なんとも仰々しいことになっている。

 

 

(自業自得、か)

 

 

「はい」

 

先と全く変わらず、はいとだけ。

 

 

「ご理解がお早くて助かります」

 

仮面たちはまるで事前に打ち合わせでもしてたかのように、寸分たがわず同時に頭を上げ直す。

 

 

 

「…すいません。少しだけいいですか?」

 

帰る前に少しだけ時間が欲しい。ちゃんとお礼ぐらいは言いたいから。

 

 

「もちろんでございます」

 

 

了承は得た。後ろを振り返るとまたポーカーフェイスをしている杏子ちゃん。

 

 

 

「色々とありがとうね。助かった」

 

 

「そうかい。そりゃ何より」

 

 

「やっぱり変な言葉遣いだね」

 

 

「ほっとけ」

 

 

「じゃあ、ほっとくね」

 

 

「それでよし。…ま、お仲間とも仲良くやってくだされ」

 

 

「…うん……もうちょっと、頑張ってみるよ」

 

 

「ほどほどにね」

 

 

ほどほどに。適当かもしれないけど、大事な言葉だと今は思う。

 

 

 

 

(ほどほどに…か)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久しぶりにと言ってもたったの二日だけど、なんだがすごく久しぶりに帰ってきたきがする。

 

 

(この家に特別思うことなんてないけど、早くあの三人に会いたい…)

 

 

何だかんだ二日も一切会わないでいることなんて初戦闘の時以来なかった。

 

 

(早く会いに行って、それでちゃんと謝ろう。それで––––––––––)

 

 

 

それで、そのあとに続くはずだった言葉はそこで途切れることとなる。

 

 

だって––––

 

 

「なんで…三人とも…」

 

車から急いで降りて瞳に捉えた、会いたかった人たちに駆け寄る。

 

 

 

「っわっぁ!?」

 

 

しかし焦っていたのかバランスを崩して思い切り転んでしまった。

 

 

 

「樹!」

 

「イッツン〜」

 

「上里さんっ!?」

 

 

三者三様の反応を見せながら三人は樹に駆け寄る。

 

 

「イテテ…っ何してんだほんと…」

 

 

なんで自分から駆け寄ろうとしていたはずの人たちが逆にこっちに駆け寄ってくることになってしまうのか。自らのドジを恨んでならない。

 

 

「上里さん大丈夫!?怪我は!?どこか痛いところはない!?」

 

 

いち早く駆けつけた須美が樹のあちこちをペタペタ触りながらまくりたてるように早口になる。

 

 

「ここ擦りむいてるじゃない!ばい菌が入る前に治療しないと…!」

 

 

たしかに軽く擦り傷程度のものはあるけどそこまで痛いわけでもない。ぶっちゃけ大げさ。

 

 

「あ、私バンソーコー持ってるんよ〜」

 

 

「おおナイス園子!」

 

 

「その前に洗って消毒しちゃわないと……上里さん近くに水道とかあるかしら?」

 

 

三人してわちゃわちゃしちゃって……二日ぶりに会ったってのに全然そんなこと感じさせないじゃんか…

 

 

 

「?上里さん?」

 

 

「どこか痛む?イッツン?」

 

 

「アタシがおんぶしてやろーか?」

 

 

勝手にいなくなって、勝手に帰ってきて…なのにこうやっていちいち心配してくれてさぁ……

 

 

 

「いいえ三ノ輪さん。ここはあの時の責任を取って私が上里さんをおぶるわ」

 

 

「あー私も私も〜イッツンおんぶしたいんよ〜」

 

 

「いやこれそういうやつじゃないだろ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんなっ…!」

 

 

樹の呼び止める言葉に三人の謎の言い争いがスッと収まり注目が樹に集まる。

 

 

 

 

いう言葉は、言うべき言葉は決まっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「た、ただいま…」

 

 

しっかり準備していたはずの言葉なのにこうして弱々しくなってしまうのは、ある意味樹らしいと言えなくもない。

 

 

 

 

 

それに、須美も園子も銀も–––––そんな樹と一緒にいたいと思うから。

 

 

 

 

「「「おかえりなさい!!!」」」

 

 

 

 

顔を見合わせ、迎えの言葉を送るのだった。




次回からはまたほのぼのやね。

いっぱい書くぞー。


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合宿、心、重ねて

予想以上に長くなっちゃったから、まだ次回も少々合宿続きます。次で二話が終わるぐらいかな?




「歩き回って気が済んだかしら、上里樹さん」

 

 

「…はい…あの……なんとか」

 

放課後の教室、なんとも言えない微妙な表情の樹と普段通りの落ち着いた表情の安芸先生の姿があった。

 

 

 

「そう、それなら良いわ」

 

 

「…あの、やっぱり怒ってますか…?」

 

 

「いいえ。怒ってないわ。心配していただけよ」

 

 

「そ…そうですか…」

 

 

「そうよ」

 

 

「「……………」」

 

 

そして訪れる互いの沈黙。そういえば樹も安芸先生もそこまで口数が多い方ではなかった。よりわかりやすい言い方をすれば普通に不器用とも言える。

 

 

 

互いに探り探りで次に何を言うべきを探す中、樹の左右には苦笑いを浮かべる銀と須美、ニコニコしている園子がいる。

 

 

 

先に動いたのは安芸先生の方だった。

 

 

 

 

「もうその話はいいわ。–––––それより今はお役目のことよ。いいわね上里さん?」

 

 

四人よりもずっと年上の大人らしい話の転換。

 

 

「…はい」

 

 

樹もおとなしく従う。

 

 

 

「もう気にすんなって」

 

 

銀がそう言いながら樹の肩をポンっと軽く叩く。その笑顔からは優しさが溢れているかのようだ。

 

 

「ありがとう…銀ちゃん」

 

 

「へへっ〜」

 

 

樹も笑みをこぼした。

 

 

 

安芸先生は改めてもう一度四人全員を見渡し一呼吸つくようにして言った。

 

 

 

 

「ゴリ押しにもほどがあるでしょう!」

 

 

それはなかなかに語気が強い言い方。

 

 

 

そして樹は思う。

 

 

 

(やっぱり怒ってるんじゃ…)

 

 

前回の戦闘においてゴリ押しなんて言われたら十中八九自分のことだという自覚はある。

 

今更ながらにありすぎている。

 

 

 

「特に上里さん。あなた毎回あんなことしてたら命がいくつあっても足りないわ」

 

 

勇者システムの戦闘データの記録を端末で見つつ安芸先生が眉をしかめる。

 

 

「お役目が成功して、現実への被害も軽微なもので済んだのはよくやってくれたけど…」

 

 

内心うなだれていた樹はその言葉にピクッと反応する。

 

 

 

「被害って…大丈夫なんですか……?」

 

 

恐る恐る口を開く。それは完全に盲点というか…そもそも樹の頭の中にない、知らない情報だった。

 

 

 

「ええ、言ったようにだいぶ軽微なものだから気にしなくていいわ」

 

 

「………はい」

 

 

安芸先生がそういうのだから、そうなのだろう。

 

 

(というか…詳細を知ったとしても俺に何ができるっていうんだ)

 

 

 

 

「話を戻すわよ。いい?四人とも。あなたたちの弱点は連携の演習不足よ」

 

 

連携の演習、ごもっともな意見である。

 

 

樹を除く三人に関してはちょくちょく個々の鍛錬や演習はあったが合同でのものはこれまで一度もなかったし、樹に限っては個々のものすらなかった。

 

 

これまでの二回の戦いでそれが如実に表れているのは言うまでもない。

 

 

初戦闘での樹の変身拒否や二回目での単独先行、これなどはそれの最たるものである。

 

 

 

「まず四人の中で指揮をとる隊長を決めましょう」

 

 

隊長、という言葉が出たことによりわかりやすく反応するした人がいた。

 

 

 

(隊長…私だわっ…!)

 

鷲尾須美、その人である。

 

 

そう思うのもまあ無理はないことではある。クラス委員長を務めこの四人の中でも人一倍責任感があり真面目でありなおかつお役目に対する思いや意識も高い。

 

 

しかも須美はそれを幼いながらに何となく自覚しているのだ。

 

 

制服のスカートに置かれている両手に込める力がぎゅっと強くなり自らの名前が呼ばれるのを待つ須美。

 

 

 

 

 

 

しかし安芸先生が隊長に選んだのは意外な人物であった。

 

 

もっとも意外だと思っているのは実は須美だけであるが。

 

 

 

 

「乃木さん、隊長を頼めるかしら?」

 

 

安芸先生が隊長に選んだのは園子である。

 

 

「え、私ですか?」

 

 

園子は自分でも少し驚きながら園子以上に意外そうな表情の須美の方を見て、そして逆側にいる銀と樹を見る。

 

 

「アタシはそういうの柄じゃないから、アタシじゃなけりゃどっちでも」

 

 

 

「私は……園子ちゃんが隊長、いいと思うかな」

 

 

銀と樹、いずれも反対意見はない。むしろ樹は賛成をしているようにも聞こえる言い方。

 

 

(園子ちゃんが一番そういうの上手だろうなぁ……たぶん)

 

 

根拠はないけど確証はある、そんななんとも言えない賛成ではあるが。

 

 

 

一方唯一意外そうにしていた須美は

 

 

(そうか…乃木家は大赦の中で大きな力を占めている。こういう時もリーダーに選ばれる家柄なんだ。上里家も乃木家とのツートップだなんて言われているけど、実質は乃木家のサポート的役割の家柄と考えれば上里さんも賛成するのは当然だわ)

 

 

 

少々、というかだいぶ自分の中で勝手な結論を出していた。

 

 

「私も乃木さんがリーダーで賛成よ」

 

 

「わっしー……」

 

 

ともかく須美も反対することなく園子に賛成の意を伝える。

 

 

 

(でも実際は私がまとめないと…うん頑張ろう!)

 

 

内心は真逆のことを考えてはいるが。

 

 

(須美ちゃん…こういうのやりたがりそうなのに、いいのかな?)

 

 

樹はそんなことをぼけっと考えた。

 

 

 

「決定ね。…神託によると次の襲来までの期間は割とあるみたいだから、連携を深めるために合宿を行おうと思います」

 

 

手元の資料の束を眺めつつ安芸先生が告げる。

 

 

 

「「「合宿?」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

合宿日当日の朝

 

 

 

「俺の寝癖なんであんな手強いんだろうなぁ…イライラするし、時間食うしさ、もう…」

 

 

(というかやっぱり女の子の髪って多くて大変なんだよな。短髪だろうと普通の男子よりも絶対多くて繊細なわけだし…)

 

 

 

朝食をとるために食堂に移動しながら独り言を漏らす。完全に治りきっていない寝癖とともに。

 

 

「でもこの後三人に会えると思えばこのぐらいまだヘッチャ……ラ……」

 

 

急に語尾の言葉がおかしくなったのは別にふざけてるわけでも体調が悪くなったからでもない。

 

 

…ある意味体調は悪くなりそうだけど。

 

 

 

 

「久しぶりだな、樹」

 

 

 

食堂では意外な…意外すぎる人物が先に朝食をとっていた。

 

 

というかこの人が何か食べているところなんて初めて見た気がする。

 

 

…別に見たくもなかったけど。

 

 

「…なに、してるの義父さん」

 

 

そもそも義父さんに会うのが久しぶりだし、…会いたいなんて全く思ってないけど。

 

 

 

「見ての通りだ。食事を取っている」

 

 

相変わらず…違うな。いつもと変わらない和らげるところを見たことがない視線だけをこちらによこしてそう返答する義父さん。

 

 

(そんなの見ればわかるけどさ…)

 

 

じゃあなんでそんな見ればわかること、聞いたんだろ。

 

 

(話するのやっぱり下手くそだ……とりわけ義父さん相手だとより…)

 

 

 

「お前も食事を取りに来たのだろう。早く座れ」

 

 

「っ…わかってるよ。言われなくたって」

 

 

語調が無駄に強い感じがしてつい舌打ちをしてしまう。義父さんと話ししてるといつもこんなんだ。

 

嫌な気分になるし心がざわざわするし、疲れるし、めんどくさいし、何考えてるか全然わかんないし…

 

 

 

(これから合宿だってのに…ついてない…)

 

 

 

溜息を吐きながらもおとなしく自分の席に座る。一般家庭などではまず目にすることのないとても長いダイニングテーブルの両端に互いに座る上里家当主と樹。

 

 

これだけ距離があればたとえ二人だけの食事だとしても下手に会話する必要も感じないからそこだけは助かる。

 

 

 

「いただきます」

 

 

手を合わせて食事のマナーとも言える挨拶をする。

 

 

(なんとなくだけど須美ちゃんとかこういうのはすごいちゃんとやってそうだなぁ・・・園子ちゃんはわからないけど、銀ちゃんは元気よく言ってそう)

 

 

 

こんなことを頭の中で考えていられるだけまだだいぶマシな方ではあるかもしれない。

 

 

 

(……早く食べちゃお)

 

 

食事をさっさと終わらせて集合場所まで行くことを決意する樹。

 

 

そこから互いに言葉を発することなくしばし時は進む。

 

 

そしてそれは樹が集合時間を気にして時計を確認した時だった。

 

 

 

 

 

 

 

「話には聞いている。よくやったな、樹」

 

 

「えっ……」

 

 

食事に集中していた樹がとっさに顔を上げる。

 

 

 

そして目が合った。樹は思わず固まる。

 

 

(義父さんと目が合うなんて…初めて、だよな…)

 

 

これまで一度たりとも見てもらえず、返してもらえなかった自分が、初めて見てもらえた。樹はとっさにそう感じた。

 

 

同時に感じたことのない落ち着かなさに取り憑かれたようでもある。

 

 

 

「どうかしたか、樹」

 

 

「ぁっ・・・・・はい」

 

 

 

むしろ視線を逸らしたのは樹の方であった。『はい』と答えながらも心ここに在らずといったようである。

 

 

そんな樹に構わず当主は話を続ける。

 

 

「安芸家のお嬢様から話は聞いている。今日から合宿らしいな」

 

 

こんな風に当主の方から話を広げていくのも初めてのこと。

 

 

「うっ…うん。一応、……そう」

 

 

樹は泳ぎに泳ぎまくっている視線でしどろもどろに答える。

 

 

 

 

 

 

 

すると樹と当主の二人だけだった食堂にひとりの執事らしき人が静かに扉を開けながら入ってきた。

 

 

 

 

「樹様、乃木園子様がお待ちになっておられます」

 

 

 

「えっ!?そ、園子ちゃんがっ!?」

 

 

ただでさえ色々と困惑している状況の中でさらなる困惑要素が追加されてしまった。

 

 

 

(一緒に行く約束とか特別してなかったよな…?それとも俺が薄情で忘れているだけの可能性もなきにしもあらず…?)

 

 

 

「どうなさいますか。先に行っておいてもらうように私めから」

 

 

「すっすぐ行きます!すぐ行くから大丈夫です!!」

 

 

「では少々お待ちいただくようにお伝えいたします」

 

 

 

そう言い残して執事の人はすっと食堂からいなくなる。そして再び樹と当主二人だけの空間となる。

 

 

「…えっと、……ごちそうさまでした」

 

手を合わせて食後の挨拶をする。

 

 

(早く荷物とってこなきゃ)

 

 

未だに食事を続けている養父のことは多少気になるが園子を待たせてしまうのも忍びないのでもう気にしないようにすることに。

 

 

スタスタと心なしか早めに歩き、扉を開ける。

 

 

 

 

 

「と、義父さん…!」

 

 

そのまま食堂を出ていく前に樹は背を向けた状態で呼びかける。

 

 

「……………」

 

 

しかし反応はない。でもそれで構わない、想定していたことだから。

 

 

 

「い…行ってきます…」

 

 

 

「……………」

 

 

 

今日何度めかわからない沈黙。

 

 

(やっぱり…それは無理か)

 

 

高望みしすぎたかな。そう思いつつ樹は扉をそっと閉めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、おはようイッツン〜」

 

 

園子はいつ見ても可愛い笑顔で手を振りながら樹を待っていた。樹も小さく手を振り返しつつ答える。

 

 

「おはよう園子ちゃん。ごめんね、待たせちゃったかな?」

 

 

「そんなことないんよ〜そもそも私が勝手にイッツンのこと迎えに来ちゃったんだしね〜」

 

 

「ううん、嬉しいよ。…でもなんで来てくれたの?」

 

 

樹が約束を忘れていたという人として最悪な可能性は消えたが今度はでもどうして?という素朴な疑問。

 

 

その理由がよくわからない樹に園子は絶えず笑顔を見せながら言う。

 

 

「もちろんイッツンと一緒に行きたいなぁって思ったからだよ〜そこに特別な理由なんてないし、いらないと私は思うな〜」

 

 

「・・・そうかもしれないね。・・うん、私も園子ちゃんと一緒だったら嬉しい」

 

 

樹は園子のこういうところがとても望ましく、好きだと思っている。

 

 

(やっぱり笑顔の園子ちゃん、可愛いなあ・・笑顔じゃなくても可愛いけどさ)

 

 

 

「えへへ〜私も嬉しいんよ、ってあれーイッツン寝癖ついたまんまだよ?直すの忘れちゃったの?」

 

 

園子が樹の髪の一部を見つつ、小首を傾げる。

 

 

(そこに気づいてしまったか…いやぁまあ気づくか普通)

 

 

「ちょっと今日のは手強くて手こずっちゃってさ。全部は直しきれなかったよ。あはは」

 

 

ぴょこんと跳ねたままの自分の髪を指でいじりつつ苦笑いの樹。対して園子は何か閃いたような表情を浮かべる。

 

 

「むふふのふ。イッツン、そんな時は私にお任せなんよ!」

 

 

「へっ?」

 

 

「ちょれいっ!」

 

 

「わあっ!?」

 

 

「イッツン目ー瞑ってて〜」

 

 

「え、なんで?」

 

 

「お願ーい」

 

 

「あ、うんわかった」

 

 

園子は見るも止まらぬ速さでどこからともなく櫛やらなんやらを出してきて美容師顔負けの丁寧さでなおかつささっと樹の髪をいじってみせる。

 

 

そして数分も経たぬうちに

 

 

 

「はい完了〜!」

 

 

どうやら作業は終わったらしい。

 

 

「あ、ありがと。寝癖直してくれたの?」

 

突然だったのでびびったが要はそういうことだろう。たしかに園子には何度か髪をいじってもらったりいじられたりしたことがある。

 

そして園子はそういうがすごく上手。

 

超がつくほどのお嬢様でありながら普段から自分で自分の髪の手入れをしっかりやっているだけのことはあるだろう。

 

世間一般の女子と比較してもそこらへんに関しては疎かにしがちな樹からしたらそれはとても尊敬に値するもので、言ってしまえばその能力は羨ましい。

 

 

 

(中身がそういうのに無頓着男じゃせっかく持ってるものでも持て余すからな…自分ながらに結構綺麗な髪してると思わなくもないけど)

 

 

「とりあえずはいこれ、鏡見てみて〜ニヤニヤのニヤ〜」

 

 

「何かな、その変な語尾は…」

 

 

ニヤニヤしてるってことを言いたいんだろうけど…それ自分で言っちゃうんだ。

 

園子のニヤニヤ顔は経験上あまりろくなことにならない。…ちょっと言い方悪いけどなにかとこのお嬢様ははちゃめちゃなのだ。

 

 

想像の上とか斜め上を行くというかなんというか。

 

 

ともかく手渡された手鏡で自らの姿を確認する。

 

 

 

 

「・・・へぇーリボン可愛い・・ってなにこれデカッ!?」

 

 

「イッツンとっても似合ってるんよ〜!可愛い〜〜!」

 

 

手鏡を見つつ驚愕する樹とキャッキャキャッキャと嬉しそうな園子。側から見たら微笑ましいものに見えるかもしれないが、なにぶんリボンがでかい。可愛いけどね、可愛いけどさ。これはちょっと…

 

 

 

「恥ずかしいよ園子ちゃんっ!」

 

(中身がこんなだから余計にね)

 

 

というかどのタイミングでこんなでかいリボン出したのさ…気づかない俺も俺かもだけど…

 

いや、なんか髪をとかしてる以外に布の感触を多少感じたりはしたよ?…まさかこんなでかいリボンだとは思わなくて…

 

 

 

「でもてもリボンが似合う人なんてなかなかいないと思うから凄いことなんよ〜?」

 

 

園子が指を左右に振りつつそんなことを言う。…そうなの?

 

 

「そもそもこの世にこんなでかいリボンつけてる人いるのかな…」

 

 

「まあまあ可愛いは正義だからね。仕方ないんよ」

 

 

「正義かぁ、それじゃ仕方な……くはないけど…もういいかな。寝癖直も直してくれたしね。ありがとね園子ちゃん」

 

 

「どういたしました〜じゃあそろそろ集合場所行こーか〜」

 

 

「そだね。何だかんだ結構時間使っちゃったし」

 

 

と言っても園子がそれなりに時間に余裕を持って上里邸を訪ねたこともありぼちぼち歩き出せば十分間に合う時間ではある。

 

 

(でかリボン…目立つだろうなぁ…恥ずかしい…けど園子ちゃんがつけてくれたやつだし嫌ってわけじゃ・・複雑だ・・・)

 

 

男心なのか女心なのかどっちかわからないけどとりあえず複雑な心境な樹であった。

 

 

「あ、イッツン手ー繋ごー」

 

 

「また唐突だなぁ」

 

 

「イッツンは嫌?」

 

 

「…嫌じゃないよ。–––ほら」

 

 

園子が手を差し出す前に樹はちょっとやり返す意味合いも込めて少しだけ強く園子の手を掴んで握った。

 

 

 

「おぉ〜イッツンイケメン〜」

 

 

なんだか喜んでいいのだろうか、それは…。

 

 

「じゃあじゃあ〜えいっ!」

 

 

「ふぁっ!?」

 

 

園子は樹が握ってきた自らの手の指を樹の手の隙間に絡ませるようにして繋ぎ直す。

 

 

そう、俗に言う––––––恋人繋ぎである。

 

 

「この方があったかくていいね〜」

 

 

おっかなびっくりしてる樹とは対照的にめちゃくちゃ楽しそうな園子。内心イジリがいがあるとでも思っているのかもしれない。

 

 

(イッツン顔真っ赤にしちゃって可愛い〜)

 

 

というか思っていた。完全に。

 

 

 

「そ、園子ちゃん…これは流石に…」

 

 

「よーし!じゃあレッツゴ〜!」

 

 

「こ、このまま行くのっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして結局恋人繋ぎのまま集合場所まで歩いて行った二人なのだった。

 

 

 

 

…でかリボンも相まってマジで恥ずかしかったけど……ちょこっとだけ役得かなぁと思わなくもなかったこともなくはないのかもしれない……ちょこっとだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バスに入ってきたときにあんな手の繋ぎ方してたのとそのリボン付けてたのはそういうわけだったのね」

 

 

呆れたように須美が言う。一方の樹は苦笑い。

 

そして園子は

 

 

 

「しかも肝心の乃木さんは夢の中だなんて…本当に読めない子だわ」

 

 

須美にもたれかかりながらすぴーすぴーと寝息を立てつつ夢の中の住人となっている。

 

ご丁寧に鼻ちょうちんまで浮かべて。

 

 

 

「なんかごめんね須美ちゃん」

 

 

「別に上里さんが謝ることじゃないわ。バスに意気揚々と乗り込んだと思ったら途端に寝だす乃木さんはもちろん、なんというか…すごいけど」

 

 

「あはは、だね」

 

 

 

苦笑いしつつも悪く思っていなさそうな樹とむむむっと目を細める須美。

 

 

 

「…ねえ、上里さん」

 

 

「なに?」

 

 

「上里さんと乃木さんって確か付き合い長いのよね?」

 

 

「えっと、一応もう一年にはなるのかな」

 

 

今でも鮮明に思い出せるあの日のこと、お役目やらなんやらが出てくるまで嫌なことがあってもそこまで腐らずに学校行ったり、日々を生きられたのは間違いなく園子ちゃんのおかげだ。

 

 

「そうよね、そうなのよね」

 

 

うん、そうだ。

 

 

でもなぜそれを須美が気にするのだろうか。

 

 

 

「それがどうかしたの?」

 

 

「…ちょっと不思議なのよ。前々から思っていたけど上里さんと乃木さんってあまり性格とか行動とか似たタイプではないでしょう?それなのにとても仲が良いからそれで少しだけ気になって」

 

 

なんだかどこか納得がいっていないような須美の表情。まぁ須美の言いたいことはわかったし、理解もできる。

 

 

(というか俺自身がよくわかってないんだよね)

 

 

でも強いて言えることがあるとすれば

 

 

 

「それは園子ちゃんがとても優しくてとても強い人だから、かな。…どっちも私にはないものだよ」

 

 

園子のことを言うつもりだったのにいちいち自分に対する皮肉めいたことを言ってしまうのは自分でも自分が嫌だと思っているところである。

 

 

しかもこういうのは相手も嫌な気持ちにさせてしまう。

 

 

(なんで余計なこと言っちゃうんだろうなぁ……はぁ…)

 

 

心の中で一人落ち込むのは樹にとってはもはや日常茶飯事であり、いわば慣れである。

 

 

…落ち込むことに慣れるというのはだいぶ良くないことだが。

 

 

 

「それって二人の仲が良いこととそんなに関係あることなの?」

 

 

樹の言いたいことはどうやらあまり須美には伝わっていないようだった。

 

 

「えっとね。…そうだな。言い方を変えると園子ちゃんの優しさと強さに甘えてるって感じ、なのかな」

 

 

(なんかこれはこれで分かりづらい気がする…)

 

 

 

 

「んー……よくわからないわ」

 

 

「ごめんね?うまく説明するの難しくて」

 

 

樹を手を合わせて謝罪する。

 

 

でも理解できないならその方がいいと樹は頭の片隅で思った。

 

 

 

「でもね上里さん。わかることもあるわ」

 

 

「?」

 

 

よくわからないといった顔から今度は逆に自信を持って、須美は宣言する。

 

 

「あなたは優しくも強くもない人なんかじゃありません。同じ勇者の一員として、少なくとも私はそう感じているのよ?だからそれを知っていてほしいわ」

 

 

 

小学生にしてはちと成長ホルモンが出すぎであろう胸を張りつつ須美が言う。

 

樹はポカーンした表情で須美の言葉を全て聞いた上で

 

 

「・・・・ありがとう。須美ちゃん」

 

 

お礼の言葉を言いつつ

 

 

 

「お礼を言ってくれるのは別にいいけど…なぜ私の胸を見ながら言うのかしら?ん?」

 

 

 

須美の張られた胸を凝視していた。

 

 

 

「ご、ごめん。なんだかどうしようもなく目が離せなくなっちゃって」

 

 

 

「わざわざそんなことまで言わなくていいのっ!!エッチ!!」

 

 

 

樹の中身の本能がだいぶ出てきているみたいである。

 

 

(だって…須美ちゃん胸張ると…うん、すごい)

 

 

 

園子の行動の読めなさと須美の発育の良さを改めて感じた暖かい朝であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んで結局樹も寝ちゃったのか?」

 

 

「本当にもう…乃木さんだけに留まらず上里さんまでなんて」

 

 

「「すぴー……すぴー……」」

 

 

須美の両肩で息のあった呼吸の取り方をする園子と樹。流石に樹も園子と付き合いが長いだけあるのだろうか、そういうところが少しうつってしまったいるのかもしれない。

 

 

「でも二人ともスヤスヤ気持ちよさそうに寝てるし合宿所に着くまで寝かせといてやるか」

 

銀が気を利かせるように小声で話す。わんぱく元気少女でありながらこうした気遣いができるのは銀の特徴である。

 

 

「ところで三ノ輪さん十分の遅刻よ!遅い!」

 

 

 

「今更!?・・いや、遅刻したアタシが悪いんだけどさ」

 

 

鋭いツッコミができるのも銀の特徴である。

 

 

ちなみに銀のツッコミの声で二人とも起きた。

 

 

 

(やっぱり私がしっかりしないと…この美しい国を守るために!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

合宿所は海水浴場に面した借ロッジ、つまり大赦の貸切。

 

 

そんな海水浴場の砂浜には勇者に変身した四人と、着替えを済ませた安芸先生の姿があった。

 

 

 

「お役目が本格的に始まったことにより、大赦はあなたたち勇者を全面的にバックアップします」

 

 

ジャージに帽子というまるで安芸先生も訓練に参加するかのような格好である。

 

 

「家族のことや、学校のことは心配せず頑張って」

 

 

「「「「はい!」」」」

 

 

四人の元気の良い声が重なる。

 

 

しかし樹は一人ぼんやりと考えていた。

 

 

(家族のこと、か)

 

それはまだまだ記憶に新しい今朝の出来事。

 

 

(義父さん、合宿のこと知っててくれたんだな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

早速訓練が始まった。

 

 

「準備はいいっ?この訓練のルールはシンプル。あのバスに三ノ輪さんを無事到着させること。お互いの役割を忘れないで」

 

 

 

安芸先生の声が少し離れたところから届く。

 

 

 

園子が一番前、その少し後ろに銀、銀のすぐ隣に樹。

 

 

一人離れたところに須美という布陣となった。

 

 

 

(なんかすごい絵面…)

 

 

樹たち勇者の眼前に広がっているのは、見たことのない形のボールが飛び出すという機械、それも大量の。

 

ボールの大きさはバレーボールぐらいらしいので、ピッチングマシーンのバレーボール版と思えばいいのだと思う。

 

 

どっちにしろなかなかにシュールなのだが。

 

 

 

 

 

「いくよーっ!」

 

 

園子が槍を構えつつ後続に伝える。

 

 

「うまく守ってくれよ!」

 

 

それに銀が元気よく答え、そして樹の方を見つつ

 

 

「頼むな」

 

と小声で言った。

 

 

「…うん。–––頑張る」

 

樹は改めて腕に力を入れ直す。

 

 

 

「私はここから動いちゃダメなんですかー?」

 

 

「ダメよー!」

 

 

須美の疑問に即座に答える安芸先生。

 

 

 

「須美のやつ、もしかしてこっちで一緒に戦いたかったり?」

 

 

「銀ちゃん、始まるよ」

 

 

「おぉよっし!やるぞ!」

 

 

 

 

 

 

「はい!スタート!」

 

 

安芸先生がスタートの合図で手を叩き、パチンという音が四人にもしっかりと聞こえた。

 

 

 

「いっくよーー!!」

 

 

さっきよりもさらに元気よく園子は声を張りつつ槍を盾状に展開しつつ走り出す。

 

 

続くようにその後ろを銀と樹が盾の中に入りながら追う。

 

 

 

走り出してすぐに勢いよくボールが一つ二つと怒涛の勢いで飛んでき始めた。

 

 

カチン!カチン!

 

 

園子は走りながらも盾を左右に振って後続に襲いかかるボールを弾く。

 

 

「ここからジャンプしちゃダメなのかあ?」

 

 

冗談っぽく銀がバスを見上げる。

 

普通の人間であればどう頑張ろうとここからあの高さのバスまで届かせることなど不可能だが勇者の並外れた身体能力ならば無理はないし、銀がその気になれば十分余裕で届く高さではある。

 

 

しかしこの訓練の趣旨はそういうことではない。

 

 

いかにして一番のアタッカーである銀を敵の元へと安全に届けられるか、そういうことに焦点を置いた訓練なのだ。

 

 

 

「ずるはダメだよー」

 

 

「銀ちゃん、それじゃ意味ないよ」

 

 

「あ、はい」

 

 

 

つまり銀は安易に飛び出すことはできない。

 

 

 

 

あたりに飛び散るボールは園子の盾に跳ね返されるか、あるいは須美の矢、樹のワイヤーによって潰されていく。

 

 

一見比較的順調に見えた。

 

 

 

しかし須美の放った矢の一本が狙いをそれボールを外れる。

 

 

 

「らくしょ…っぐわ!?」

 

 

らくしょー、と言おうとしたそのタイミングで銀の額にボールが直撃した。

 

 

 

「アウトーー!」

 

 

銀にボールが当たってしまったことによって装置が一度停止。

 

 

樹や園子も足を止める。

 

 

「ごめんなさい!三ノ輪さん!」

 

 

遠くで須美が漁ったように声をあげた。

 

 

「どんまいだよ!わっしー!」

 

 

 

「大丈夫銀ちゃん?」

 

樹はボールが直撃した額を触って怪我がないか確かめる。

 

 

「ん平気平気。っそれより須美〜呼び方も硬いんだよ。銀でいいぞ、銀で」

 

 

「私のことはそのっちで〜はい、呼んでみて〜」

 

 

「じゃあ私も樹で…」

 

 

この機会ににと前言った時は受け入れられなかった名前、あだ名呼び。

 

 

「うっ…」

 

 

しかし須美はまだ抵抗感があるようだ。

 

 

「はいっ!そう一回!ゴールできるまでやるわよ!」

 

 

 

 

「うひぁー、こりゃなかなかきつそうだな。前言撤回する」

 

 

「気長に頑張ろ〜」

 

 

「怪我には気をつけてね銀ちゃん、園子ちゃんも」

 

 

最初からやり直しをするためにスタート地点まで戻る三人。樹からしたら一番前で盾を構える園子とボールに狙われている銀が危なくないか、という心配がつきまとう。

 

 

「そりゃ気をつけるけどさ、気をつけるのはお前もだぞ樹?」

 

 

「?私?」

 

 

「私?、じゃないよイッツン。ミノさんの言う通りだからね?」

 

 

「う・・うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『この合宿中は四人一緒に行動すること。1+1+1+1を4ではなく10にするのよ』

 

 

 

 

 

 

 

てな訳で今日の分の訓練も終わり、今晩の夕食を4人でとっている。

 

魚や蟹などが中心の懐石料理というなかなか贅沢な品揃え。

 

もっとも銀を除く三人、特に園子と樹はお嬢様中のお嬢様なのでこういう料理も別に珍しいものじゃない。

 

 

(うん。美味しい、というか園子ちゃん…やっぱりサンチョ連れてきてる。本当に好きなんだなぁ)

 

だからせいぜい感じたとしてもこの程度のもの。というか後半料理関係ない。

 

 

 

(もぐもぐ〜お魚お魚〜)

 

 

(これ美味しいわね…作り方後で教わりに行こうかしら)

 

 

(うぉぉぉ!うまい!うまいゾォ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わっしー荷物あれだけ?少なくない?」

 

 

「そうかしら?」

 

 

「そんなこと言ったら樹だいぶ少ないよな。下手したら須美より少ないじゃないの?」

 

 

「えと、そんなにものとか必要ないかなって」

 

 

銀、園子、須美、樹、同い年の女子でもここまで荷物の内容や量に差が出てくるものだろうか。

 

 

 

「ミノさんお土産買うの早すぎ〜」

 

銀は訓練後両親や弟たちにともう旅館のロビーの売店でお土産を買ってしまっていた。

 

 

「そういう園子の荷物はなんだ…?」

 

 

園子の荷物はそもそも家からこれ持ってきたの?と言いたくなるようなレパートリーである。なぜか家庭用のプラネタリウムらしきものがあるのは流石に気のせいだと思いたい。

 

 

「どこからツッコんでいいかわからないわ…」

 

 

 

「臼でおうどん作るんよ〜」

 

 

「絶対ダメよ、乃木さん」

 

 

「えーわっしーのケチンボ〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うりゃあああっぐえ!?」

 

 

「アウトーー!もう一回!」

 

 

「銀ちゃん顔赤くなってるよ!治療しないと!」

 

 

「大変だ〜!消毒消毒〜!」

 

 

「こんぐらい平気だってば!」

 

 

「三ノ輪さん!大丈夫?消毒しなきゃ!」

 

 

「お前もかっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こうして神樹様はウィルスから人類を守るために…」

 

 

(うぅ〜くっ…合宿なら勉強しないで済むと思ったのに〜……)

 

 

 

訓練が入っていない時間は本来学校でやる授業と勉強時間となる。もともと真面目で勉強も苦手ではない須美はしっかり集中し、授業を受けているが勉強があまり得意でもなく好きでもない銀からしたら残念なことだった。

 

 

(銀ちゃん…しんどそう。やっぱ勉強とか好きじゃないんだ)

 

 

横目にうなだれている銀を眺めつつチラチラと教科書を読む。ちなみに樹は勉強が好きではないが苦手でもない。

 

 

 

「すぴー……すぴー……」

 

 

園子はまた鼻ちょうちんを浮かべつつ居眠りし、船を漕いでいる。

 

 

(園子ちゃん、これで頭すごい良いんだからなあ)

 

 

 

「ところが、何が起こったのか。乃木さんは答えられる?」

 

 

 

「わあ……はいーバーテックスが生まれて私たちの住む四国に攻めてきたんですー」

 

 

「正解ね」

 

 

 

((あれで聞いてたんだ……))

 

 

 

(睡眠学習、ってやつなのかな?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カン!カン!

 

園子が適切に盾で処理。樹もワイヤーを巧みに操り銀にさらに近付こうとするボールを確実に潰す。須美の矢の的中率も着々と上がってきた。

 

 

 

「っおっしゃ!」

 

 

 

銀はいいところまで近づいていき、一気に飛び出す。

 

 

 

「これでっ!」

 

 

飛び出しながらも双斧で周りのボールを破壊して目標のバーテックスに見立てたバスにこれまでで一番近づいた。

 

 

「どーーっだ!…っぐ!」

 

 

 

「アウト!」

 

 

 

後もう少しと言ったところで後頭部にボールを受けてしまう。

 

 

しかし確実に、個々のレベルアップはもちろん連携も取れてきている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦いにおいて欠かすことのできない要素は集中力。

 

 

集中力を高めるのにうってつけと言ったら坐禅を組むこと。

 

 

 

ということで皆で座禅を組むことに。

 

 

 

静かな一室に4人が目を閉じジッと足を組んで耐えている姿がそこにはあった。

 

 

 

「すぴー…すぴー…」

 

 

 

「……………………」

 

 

 

「うぅ…うぅんんん…くぅぅ〜……うぅぅ……」

 

 

 

(園子ちゃん、やっぱりまた寝てる。…銀ちゃん本当に辛そう。須美ちゃんはすごいな微動だにしないで)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

矢が当たり、盾が弾き、ワイヤーが絡めとり潰す。

 

 

この合宿で何度も何度も繰り返し訓練をして反省点を述べやり直しをし、擦り傷に切り傷に痣などをところどころ作りながらも…

 

 

 

ついに道が開けた。

 

 

あとは斧が本体を叩き潰すのみ。

 

 

 

 

「サンキュッ!!」

 

 

 

眼前に迫り来るボールに警戒を解かずに跳躍、銀の狙いはバスのみだ。

 

 

「樹!!」

 

 

 

「っ!!」

 

 

最後の最後、須美の矢では間に合わない、当てることができないボールの梅雨払いは樹の仕事。

 

 

 

空中では双斧も満足に使うことはできない。周りの邪魔なものを排除しようとするとどうしても空きが生まれるし、肝心の本体への攻撃のチャンスを見失う。

 

 

だからこそのワイヤーだからこその樹。

 

 

 

潰す、絡め取る、放り投げる。

 

あらゆる使い方で銀にボールを近づけさせない。

 

 

 

そのために樹は銀と共に跳躍した。そして自らの仕事を果たす。

 

 

 

「銀ちゃんっ!!」

 

 

 

 

 

「おりゃぁーーーーーっ!!」

 

 

 

 

気合いのこもった一撃。ようやくたどり着いた到着点。

 

 

 

 

 

「ごぉーーーーっる!!」

 

 

 

銀の双斧がこれまでの鬱憤を晴らすかのように目標だったバスを跡形もなくバラバラの粉々にしていく。

 

 

これをバーテックス相手にできればさぞ気持ちが良かろう。

 

 

 

しかし、今はそんなことは関係ないのかもしれない。

 

 

 

「「「やったーーー!!!」」」

 

 

樹、園子、須美の喜びの歓声が舞う。

 

 

 

樹は勇者のお役目関係のことで初めて感じた、達成感というものを心の中で噛み締めながらワイヤーで空に舞う銀を引き寄せる。

 

 

 

「やったな樹!!」

 

 

 

なし崩し的にお姫様抱っこのようになってしまっているからかもしれないが

 

 

 

その時の銀の笑顔はなんだか余計に可愛く見えて仕方がなかった。

 

 

 

 

 




次回もまだまだ書きたいシーンとかいっぱいあるから早く書くぞっ!頑張れ俺!


ゴールデンウィークはまだ終わってないだろ!


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初めての味、その夜

今更なんですけどUA30000越え感謝です。多くの人に見てもらえることはとてもありがたいことなので、今後もぼちぼちながらによろしくお願いします。


合宿最終日、何度も何度も繰り返す訓練によって身体中に擦り傷切り傷、打撲にマメとボロボロになりながらも

 

 

4人の勇者たちはこの訓練のクリア条件であった銀を無事にバスまで届けるという目標を達成した。

 

 

 

「お疲れ様4人とも。最終日までかかってしまったけれど、それでもよくこの訓練をクリアしてくれたわ」

 

 

勇者4人を前にして安芸先生は表情を変えずにそう告げる。

 

 

それを聞いた勇者たち4人の表情は色々な意味が込められているものだとは思うが、ともかくホッとしているようだ。

 

 

「いやあ〜アタシは三人に届けてもらっただけだからなぁ」

 

 

銀が三人の方を向きつつ言う。穏やかな表情ではあるがこの訓練で一番ボールを見に受けたのは銀であり、その分4人の中で最も多くの怪我をしている。

 

 

そもそもこれまでの二回の戦いでの怪我もまだ癒えきっていない状態なのだ。

 

 

 

「そんなことないんよ〜そもそもミノさんありきの訓練なんだしね〜」

 

 

「お、嬉しいこと言ってくれんじゃんか園子!」

 

 

「危なっかしいところはまだまだあるけどね〜」

 

 

「そうよ三ノ輪さん。やっぱりあなたはどうしても突っ込みがちだわ」

 

 

「あれ!?褒められてたはずじゃ!?というか須美まで加わってきてるし!」

 

 

「本当のことでしょう?この合宿中何度も何度もあなたが地面に転がる姿を見てきたんだから」

 

 

須美はどこか子供を叱る母親のように言う。

 

 

 

(やっぱりお母さんみたいだ。須美ちゃんって)

 

 

樹は1人そんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

「うっ……そ、それは…」

 

 

「ミノさんミノさん。わっしーは心配してるんよ。これはね、ちょっと恥ずかしがってるだけで」

 

 

言い返せない銀にヒソヒソと耳打ちする園子。

 

 

(須美ちゃん可愛い…)

 

 

ちなみに樹には聞こえてしまっていた。

 

 

 

「ちょっと乃木さん・・なにを言ってるの・・?」

 

 

怪しいとばかりに須美がムムムと目を細める。そんな須美に対して銀は

 

 

 

「・・・ありがとな!須美!」

 

 

なぜか改まってお礼をする。

 

 

「・・・?どういたしまして?」

 

 

須美も何のことだから分からずはてなマークを浮かべている。

 

 

 

 

「わっしーもだけどイッツンもとってもすごかったんよ〜ワイヤーをこう、ビュンビュンクルクル〜って」

 

 

園子が動きも交えてダイナミックに説明する。後なぜかいつのまにか樹を背中から抱きしめる、…というか樹の背中に体を預けてだらーっとしていた。

 

 

「いや・・私は…その…自分ができることを頑張ってしようって…後園子ちゃん近い…」

 

 

「えー?そう?」

 

 

「これ以上ないってぐらい近い…」

 

 

今の園子は樹の肩に顔を埋めるようにもぞもぞしているためものすごく近い。すぐ後ろ、あるいはすぐ隣に園子の整った綺麗で可愛いニコニコの顔があって抱きしめられているから当然体も密着した状態だし……もうなんか色々すごい状態なのだ。

 

 

(女の子って何でこう甘い香りがするんだろうなぁっ……!!)

 

 

 

「まあまあお気になさらず〜」

 

 

「気にするよ!!」

 

 

「でもイッツンがとっても頑張っててすごく頼りになってたのは本当のことだよ?ねーミノさん」

 

 

 

樹を背中から抱きしめたまま銀に話をふる園子。その顔はだらーっとしながらにやけ顔でなんともだらしがない。

 

 

(そんな園子ちゃんも可愛いけど・・・・そろそろ離れてくれないと理性ならなんやらがやばい気がする…っ!!)

 

 

姿形が女の子だとしても男としての本能は消えたりなんてしないんだなぁーと強く樹はその身をもって強く実感する。

 

 

 

 

「そりゃもちろん。樹には何度も助けられたし事実頼りにしてるよ」

 

 

「私もよ上里さん。あなたのおかげでより集中して支援ができてるわ」

 

 

 

「…2人とも…そんな、私は…」

 

 

 

2人の言葉は嬉しい。でもやはりどこか素直に喜びきれない自分もいる。…そしてやはり園子は抱きついたまま。…くすぐったい。

 

 

 

 

「そんな、じゃないわ上里さん」

 

 

三人の言葉を受け入れきれない樹に安芸先生が口を挟む。

 

 

 

「あなたはよくやっていたし、頑張っていた。それは座って見ていた私にも伝わってきています」

 

 

安芸先生は普段と変わらない表情で普段と変わらない、何事にも落ち着いていてしっかりしているといった雰囲気を感じさせつつそんなことを言う。

 

 

 

 

「…安芸先生……あの…私は………」

 

 

 

樹の言葉はそこで途切れる。しかし途切れさせようとして途切れさせているわけじゃない。

 

 

純粋になんて言えばいいのかわからない、言葉が出てこないのだ。

 

 

 

「「……………」」

 

 

 

なんだかどこかで見たことがあるような既視感がある光景。樹も安芸先生も黙り込む。

 

 

 

しかし前の時、合宿の話をした時と同じようにこの状況で先に行動したのは安芸先生の方。

 

 

 

それもこの場にいる誰しもが想像できないようなことだった。

 

 

 

 

「えっ、ちょマジ!?」

 

 

「な、なんてことなの……!」

 

 

安芸先生のまさかの行動に銀も須美も驚きを隠せていないようである。

 

 

 

「イッツンすごーい〜〜」

 

 

そしてなぜか園子は感心したように目を見開く。心なしかその開かれた瞳にはキラキラと輝くものがあるように見えた。

 

 

 

「……先生…?」

 

 

しかし当の樹は周りの三人とは違い驚きよりも困惑が勝ってしまっていたためかなんだか変に冷静になれてしまう。

 

 

「………………」

 

 

樹の呼びかけにも応じない安芸先生。あまり口数が多い方ではない人だが呼びかけられて無視するような人ではない。

 

 

 

「なあ須美見たことあるか。安芸先生が誰かの頭撫でてるところなんかさ」

 

 

「いいえ見たことないわ。これは革命よ」

 

 

 

頭を撫でる。つまりなでなで。

 

 

 

「安芸先生…?」

 

 

「…………」

 

 

やはり樹の呼びかけには応じない安芸先生。しかし樹の頭を撫でることを止めることもしない。ちょっと不思議な光景である。

 

 

 

(安芸先生の手…園子ちゃんとも銀ちゃんとも須美ちゃんとも違う……大人の手だ・・・)

 

 

 

そんな安芸先生の手は少しひんやりとした冷たい手、でも撫で方は割れ物を扱うかのように優しい。それこそ怖がっているのかと思うほど。

 

 

 

「…嫌じゃないかしら」

 

 

ポーカーフェイスを崩さずになんだかちょっと今更な気もする質問。

 

 

「べ、別に…」

 

 

樹も素っ気なく答えてしまう。『嫌じゃない』そう答えるのが少し恥ずかしい。

 

 

 

「………よしよし」

 

 

「「「!?」」」

 

 

 

 

安芸先生の意外な一面というか初めて見る顔を見た合宿最終日の訓練。

 

 

あと何だかんだ他の三人も撫でてもらっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ」

 

 

何気なく息を吐く。別に落ち込んでるわけじゃない。

 

 

 

「涼しいな」

 

 

こんな独り言を拾う者も周りにはいない。家以外ではここ最近なかった1人だけの時間。

 

 

高台のような場所で備え付けられていたベンチに座りつつ上を見上げる。

 

 

(星・・・・)

 

 

そこには一つ一つは霞んで消えてしまいだが、それらが集まり美しい光を放つ星々の姿。

 

 

 

(綺麗…)

 

 

ここら辺は言ってしまえばどちらかというと田舎の方であり、その分星がよく見える。

 

 

しかし…星を綺麗だなんて感じるのなんて久しぶりな気がする。

 

 

そもそもこうして夜空を見上げることなんてあまりなかったのでないだろうか。

 

 

下を向いてばかりの自分だからこそこんなちょっとしたことでもどこか特別なものを感じてしまう。

 

 

(少しは余裕も出てきたのかな・・・)

 

 

今度は遠く遠く、こうして見渡す限り終わりなど見えない海を眺める。

 

地平線がどれほど先まで続いているかなんて知らないけど…こうして目で追っている分には四国全土を包み込んでいる結界もその存在に気づくことはない。

 

 

 

(波の音って意外と聞こえるもんなんだ。知らなかったな)

 

 

 

波はそれはそれは穏やかであり荒れる雰囲気など微塵もない。しかしたしかに波と波がせめぎ合う音が聞こえては消えまた聞こえる。

 

 

 

(須美ちゃんの胸…やっぱりすごかった…)

 

 

こうして自然の音と風呂上がりの火照った体を心地よく冷ましてくれる風に当たっていると妙に頭の中が落ち着いてきてろくに落ち着いていられなかった先ほどの温泉のことを思い出してしまう。

 

 

無論中身のせいというのは大いにあるが。

 

 

(銀ちゃんがああして拝もうとするのもわからなくない…というか同性ですらあそこまで魅了させる須美ちゃんの胸はすごい…)

 

 

須美の小学生にしては発達が良すぎるおもちを拝もうとする銀とそれを阻止しようとする須美の取っ組み合いはなかなか刺激的だった……なんとか顔背けて頑張ったけど…

 

 

(そして須美ちゃんが目立ちすぎてるからわかりにくいけど…園子ちゃんもなかなかいいものを持ってるし、将来性も抜群だった…)

 

 

銀と須美がわちゃわちゃとはしゃいでいる時に園子に話しかけられていた時に否応なく見えてしまったあれやこれやは未だに頭に焼き付いている。

 

しかも園子の距離感がまぁ近い。

 

 

というか園子は基本的に距離感が近い。

 

 

 

 

 

 

 

『そ、園子ちゃん恥ずかしいからちょっと離れてくれると嬉しいかなって……ひゃっ!』

 

 

『ぐふふ〜くすぐったかった?』

 

 

『園子ちゃんっ…!色々その、見えちゃうから!というかくっついちゃってるから!』

 

 

『女の子同士なんだし問題無しなんよ〜!』

 

 

『ちょ…!やめっ……きゃあぁぁぁーーー!?!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思い出すと今でも顔から火が出そうに…うう…」

 

 

ギリギリのところで安芸先生が入ってきてくれたおかげでその時はなんとかことなきをえたがあともう少し安芸先生が入ってくるのが遅れていたら本気でやばかった。

 

 

 

「にしても・・・」

 

 

視線をチラッと自分の胸部、つまり胸の位置に固定する。

 

 

もうこの女の子の体と男の中身というチグハグな体で何年か曲がりなりにも生きていた。

 

 

今更自分の体でどこか違和感とかそういうのはない。

 

 

というか普通は自分の体を普段からいちいちきにする人などそういない。…俺が普通じゃないと言われてしまえばそこまでなのだが。

 

 

ともかくとして、要するに…なんというか俺は女の子なわけだ。

 

 

だから胸だって当然ある。あらったらある。

 

 

お風呂に入る時や着替えをする時なんかはもちろん見ている。というか見える。

 

 

 

––––だが直に触ったことがあっただろうか?

 

 

直接、この手で、しっかりと。

 

 

 

(・・・・・)

 

 

 

そんなわけで触ってみた。

 

 

 

直に両手でしっかりと。

 

 

さらに触るどころではなく揉む、揉みしだく。

 

 

 

そこにはたしかに先ほど温泉でみたものと同じものが付いていた。たしかにだ。

 

 

……でも

 

 

 

 

 

 

「・・・・ちっちゃ・・」

 

 

 

小学生の胸に、それも自分のに何を期待しているんだと思うかもしれないがまぁ小さい。揉んでみてようやく『ああ、付いてるな』ってわかるぐらい。

 

 

弾力がどうこうとか張りがどうだとかマシュマロやらおまんじゅうやらなんて微塵も感じない。

 

 

(須美ちゃんとか園子ちゃんって改めてすごいんだってのがよくわかるなぁ………)

 

 

そんなことを考えながらも揉むことをやめはしない。

 

 

「・・銀ちゃんと同じぐらい・・?」

 

 

 

もしかしたら銀よりは少し大きいかも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は何してんだ・・」

 

 

結局あれから数分ぐらい揉み続けていた。

 

 

「はぁ……」

 

 

世に言う賢者タイムとはこのことを言うのだろうか。…樹はそんな言葉知る由もないが。

 

 

 

 

「………………」

 

 

 

なんとなく、イヤホンをつけて再生する。

 

 

 

音量を下げて小さめにすれば周りの自然の音も聞こえてくるまま。

 

 

一人でいるときというのはどうにも自然の音が耳に聞こえて残りやすい。

 

 

静かなのも一人でいることも特別好きなわけじゃない。ただ楽なだけ。

 

 

 

でもたぶんこうしてぼーっと海や星空を眺めながら一人でいることは好きなんだと思う。今、そう実感した。

 

 

 

 

 

「こんなところにいたのね」

 

 

すると背後から声が聞こえてくる。しかし声の主はすぐにわかった。

 

 

「わ、びっくりした…なんだ須美ちゃんか」

 

 

イヤホンを外しつつ振り返ると浴衣姿の須美がいた。

 

 

 

「なんだとは何よ、もう。心配したんだから」

 

 

…そういえば誰にも言わずに旅館を出てきてしまったんだった。

 

 

 

「ご、ごめん」

 

 

「夜景を眺めるのもいいけど、せめて私たちに一声ぐらいかけてからにしてちょうだい」

 

 

 

「あはは…はい」

 

 

 

「わかればよろしい」

 

 

 

満足そうに頷く須美。言い方は少しあれかもしれないがわざわざ探しに来てくれたんだろうからそこはちょっと申し訳ないし、嬉しくもある。

 

 

 

(誰かに探してもらえるのって…嬉しいことなんだ)

 

 

 

自分勝手な考え。だけど嬉しいものは嬉しいてつい頬も緩む。

 

 

 

「?何笑ってるの?」

 

 

「ううん・・やっぱり須美ちゃんはお母さんみたいだなーって」

 

 

「・・前にもそんなこと言ってたけどそれ褒めてる・・?」

 

 

「え?・・・うん。そのつもりだけど。あ、須美ちゃんも座りなよ。はいここ」

 

 

樹は自らの隣、ちょうど須美一人分ぐらいなら座れるスペースを手で軽く叩く。

 

 

 

「……まぁいいけど」

 

 

須美はどこか納得できなさそうにしながらも言われた通り樹の隣に腰を下ろす。ちょうど須美が一人座れる分ほどのスペースだったこともあり二人の距離は肩が触れ合ってしまいそうなほど近い。

 

 

 

「このベンチちっちゃくないかしら?」

 

 

「ぎゅうぎゅうだね」

 

 

 

すぐ隣から風呂上がりの須美ちゃんの女の子の匂いがする。でも不思議とあまり緊張する感じはしない。

 

 

 

 

「綺麗ね、星空」

 

 

須美が夜空を見上げつつ呟いた。樹も再度見上げる。

 

 

「ほんとだね。…とっても綺麗でキラキラしててまるで須美ちゃんと銀ちゃんと園子ちゃんみたい」

 

 

 

…ちなみに樹は自分の今のセリフがちょっと恥ずかしい系のセリフであることをあまり理解していない。

 

 

 

でもそんなことが気にならないほど、樹にとって彼女たちは眩しくて眩しくて、光そのものと言ってよかったのだ。

 

 

 

(じゃあ––––––自分は、俺はなんなんだろう––––)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曲が変わる。

 

 

 

 

すでに室内は暗く、音もない。

 

 

先ほどまではしゃいでいたのが嘘かのように静かな夜だ。

 

 

 

 

(無理もないよね。みんな疲れてるんだろうし)

 

 

樹は布団の中で一人そんなことを考える。疲れの度合いで考えれば樹も十分疲れているはずだが、なんだか変に眠れない夜になってしまった。

 

 

 

あの後結局須美ちゃんとしばらく星空を眺めたりしながらあの星はこういう名前であれとあれは繋がっててみたいなことを話した。

 

 

…話たと言っても全部須美ちゃんが教えてくれたやつだけど。

 

 

というか星になんか綺麗以外の感想なんて思いつかなかったし、そんな詳しくなりたいわけでも好きなわけでもないけど、須美ちゃんに説明してもらえるなら悪くはなかった。

 

 

そして須美ちゃんの知識の豊富さに驚かされたというか…本人は基本的なことだって謙遜してたけど…その基本的なことすら知らない人もいるわけで…俺のことだけど。

 

 

 

てな感じで須美先生に色々と教わっていたら銀ちゃんと園子ちゃんが来てくれたのだ。なんでも俺を探しに行ったはずの須美ちゃんまでもが帰ってくるのが遅かったから、だそうだ。

 

 

 

 

最終的に四人で星を見ながら話をしていたら戻るのが遅くなって安芸先生に大目玉を食らってしまった。

 

 

 

 

曲が変わる。

 

 

 

 

(…そっか…明日はもう家に帰るのか)

 

 

 

家…上里家…………義父さん…

 

 

 

 

 

 

 

(お姉ちゃん…また電話してもでないのかな)

 

 

 

 

また明日にでも電話してみようか。そんなことを考えつつようやく訪れ始めてくれた眠気に身をまかせる。

 

 

 

 

 

「………?」

 

 

訪れかけていた眠気に身を任せきる寸前、ゴソゴソと何かが動く音がして意識が多少回復する。

 

 

 

(トイレ…?)

 

 

普通そんなとこだろう。

 

でも違った。

 

 

 

 

「・・・・・えっ?」

 

 

 

なぜか自分一人しかいないはずの掛け布団の中にもぞもぞと何かが入ってきた。…え?

 

 

 

(お、おばけ・・?)

 

 

 

おばけはまずい。まずい……本当にまずい。

 

 

 

しかもおばけ?は布団の中に入ってくるにとどまらずなおも樹の方へと近づいてくるではないか。

 

 

 

(ど、どうしよう!?須美ちゃんに起きてもらって悪霊退散的なことをしてもらうしか…)

 

 

 

 

「樹、少しいいか?」

 

 

 

「ご、ごめんなさい……!」

 

 

 

「へ?」

 

 

 

「ん?」

 

 

 

 

 

・・・・あれなんか知ってる声だったような・・おばけの知り合いなんていないはずなんだけど…

 

 

 

「あーアタシだよアタシ」

 

 

 

「・・銀ちゃん?」

 

 

背中合わせで顔はわからないが間違えようもない。この声は銀のものだ。

 

 

(おばけじゃなくてよかった……でもどうして銀ちゃんが…?)

 

 

 

「そそ銀だよ。悪いな、こんな時間に」

 

 

「それは…いいけど。どうしたの?」

 

 

「んーまぁなんとなくな」

 

 

「なんとなく・・」

 

 

「うん。なんとなく」

 

 

 

軽い感じでそう答える銀。わざわざ向こうから来てこうして一つの掛け布団の中で背中が合わさる距離まで来ているのだから何かしら用はあると思うのだが……

 

 

 

「ちょっとだけいさせてくれればいいからさ。頼む」

 

 

普段と何一つ変わらない口調で銀は樹に言う。

 

 

(頼む…か)

 

 

銀に頼みごとをされるなんて初めてだ。だから…その…なんて言えばいいのかな。

 

 

「・・うん。わかったよ」

 

 

「サンキュ」

 

 

 

 

曲が変わる。

 

 

頃合いかと思い樹はイヤホンを耳から外した。

 

 

やはり旅館の部屋とはいえこうも海沿いだと無音とはいかないのは仕方ないが、今はそれ以上にすぐ近くの銀の身じろぎの動作やちょっとした呼吸の音が気になってしまう。

 

 

それでいて銀の背中はとても小さく、とても暖かい。

 

 

 

「樹の背中ちょっとひんやりしてるな」

 

 

 

「…ご、ごめんね。冷たいかな…?」

 

 

 

「いや、全然。むしろ気持ちいいかも。それにほら、体が冷たい人は心があったかいって言うだろ?」

 

 

 

「……でもそれだと銀ちゃんの心が冷たいことになっちゃうから違うと思う」

 

 

 

「ありゃ、そうなっちゃうのか」

 

 

 

「銀ちゃんはたぶん体も心もあったかいんだよ。とっても」

 

 

 

「…なんかちょっと恥ずかしいな」

 

 

 

「ご、ごめん」

 

 

 

「別に謝ることないさ。褒めてくれたんだから、嬉しいよ」

 

 

曲が変わる。

 

そういえば本体を止めておくのを忘れていた。

 

 

 

 

 

「…銀ちゃんも褒められたら嬉しい、って思うんだね」

 

 

 

「そりゃな。…樹は思わないのか?」

 

 

 

「…どうなんだろう」

 

 

 

「––––じゃあさ、樹はどうして勇者になるんだ?」

 

 

 

「……………」

 

 

 

 

「–––––ごめんな急に。答えたくなかったら無理に答えなくていいよ」

 

 

 

 

「……………」

 

 

 

 

「たださ、一応聞いておきたかったんだよね」

 

 

 

そう言ったから銀は黙ってしまった。

 

 

曲が変わる、もう充電が切れそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

「人に、褒めて欲しいのかな」

 

 

 

「…………」

 

 

 

それは三人といたいという以外の理由。意味。目的。訳。

 

 

どれかはわからないし、本当にそうなのかもわからない。

 

 

けど『嬉しい』と感じた、思ったことは本当でこの気持ち––––この気持ちをまた味わいたいと思ったから。

 

 

 

 

「合宿の初日にさ、義父さんが褒めてくれたんだ。『よくやったな』って言ってくれてね、初めて褒められて…」

 

 

 

「…そか。お義父さんに」

 

 

 

「うん。…ろくに普段話さないしそもそも合わないのに、褒められて嬉しいと思った。……安芸先生も『頑張った』って言ってて…それが嬉しくて」

 

 

 

「頭撫でてもらったもんな」

 

 

 

「…うん。………義父さん俺のこと認めてくれたのかな。安芸先生も……認めてくれてるのかもしれない」

 

 

 

樹は自分の眼前に横たわる細くて小さな手を軽く握ったり開いたりする。

 

 

今まで何もつかんで来れなくて、あったはずのものもこぼれ落ちて、それでもまだ自分の手のひらには掴めるものが…掴んでいるものがあるのかもしれない。

 

 

 

樹は拳を強く握った。

 

 

 

 

 

「–––樹。こっち向いて」

 

 

 

「え?」

 

 

 

「いいから」

 

 

 

「は、はい」

 

 

 

ちょっと語気が強めに感じる銀の言葉につい応じて背中を向けていた方に体を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

体の向きを変えたと思ったら何故か銀ちゃんに抱きしめられていた。…なんだか最近よく抱きしめられている気がする。

 

 

 

 

 

 

「・・・・銀ちゃんいい匂い」

 

 

 

「っておい、こら」

 

 

 

「だって…落ち着くんだもん。銀ちゃんの匂い」

 

 

 

「むふふ〜だったらアタシも樹の匂い嗅いぢゃうぞ〜」

 

 

 

「銀ちゃんにならいいかも…」

 

 

 

「いいんかい」

 

 

 

「えへへ。なんちゃっ…ぴゃっ…!?…ん……」

 

 

 

なんちゃって、と言い終わる前に銀が樹をクンクンする。クンクンする事で銀の鼻やらなんやらが樹の肌に当たったりしてこそばゆい。

 

 

 

「おー樹もいい匂いじゃん。なんかこう・・ふわふわしててもふもふしたくなる匂いだな」

 

 

 

「銀ちゃんっ…く、くすぐったい…!」

 

 

 

「お、ほれほれ〜ここがええんか〜うりうり〜」

 

 

「ここがええんか〜〜」

 

 

「ちょっ…ダメッ……!」

 

 

「「ほれほれ〜〜〜〜」」

 

 

 

「い、いつのまに園子ちゃんまでっ!?」

 

 

 

先ほどまでサンチョに抱きついてぐっすり眠っていたはずの園子が気づかぬうちに銀に加わっている。

 

 

 

「乙女たちの桃色パラダイスあるところ園子あり!なんよ〜!!」

 

 

 

「い、意味わかんないよぉ!たっ助けて須美ちゃんっ……!!」

 

 

 

二対一。多勢に無勢。樹はこの騒ぎで起きてしまったのであろう須美に助けをこう。

 

 

 

「………………」

 

 

案の定須美も起きてしまっていた。

 

 

 

「?須美ちゃん?」

 

 

しかしどこか様子がおかしい。なんというか…目が虚というか…ぼーっとしてるというか…とらんとしてるというか…

 

 

 

「・・・上里さん・・あなたのパンツが見たいわ」

 

 

 

「は?パンツ?」

 

 

 

「ええ・・・それからブラも」

 

 

 

「へ?ブラ?」

 

 

 

「というか樹ってブラしてんの?」

 

 

「イッツンブラしてないよね〜」

 

 

「たしかにしてないけどなんで園子ちゃんがそんな事知ってるの!?というか須美ちゃん寝ぼけてる?変なこと言ってないで助けて!」

 

 

 

再度須美へ助けを求める樹。今この瞬間にも銀と園子の二人にもみくちゃにされているせいで来ていた旅館の浴衣がはだけてちょっと目が当てられない様相となっている。

 

 

 

 

ここで須美に二人を止めてもらわなければよろしくない展開へと移ってしまう恐れも…

 

 

 

 

 

「安心して上里さん・・優しくするから・・三ノ輪さん乃木さん拘束して」

 

 

 

「「サーイエッサー!!」」

 

 

 

「適正言語なんて許さないわよっ!」

 

 

 

「「了解であります!!」」

 

 

 

「それでよし!」

 

 

 

「よしじゃないよ!」

 

 

 

 

とか言ってる間にはだけていた浴衣の帯で手首を拘束させる樹。さらには両サイドを銀と園子にがっしり掴まれており逃げ出すことも叶わない。

 

 

 

「そんな…銀ちゃん園子ちゃんどうして……」

 

 

 

「安心しろ樹。きっと悪いようにはしないならないからさ」

 

 

「私たちを信じてイッツン」

 

 

樹の両サイドを抑えつつ二人はキメ顔で樹を諭す。

 

 

 

「安心もできないし信じられないよぉ…」

 

 

 

前も隣も自分も狙う存在だと嫌でも理解し逃げ道が断たれたことを樹は悟る。

 

 

 

 

「可愛いわ上里さん……私の着せ替え人形にしちゃいたいぐらい…」

 

 

「ええ…コワ…」

 

 

「わっしー猟奇的〜」

 

 

 

いろんな意味合いにも取れそうなセリフを吐きながら須美はゆらゆらと樹に近づきその両頬を支えるように両手を置き、樹の目を見つめる。

 

 

 

「・・・・いただきます・・」

 

 

「んーーー!?んーーー!?」

 

 

恐ろしいセリフを言いながら樹の唇へと迫る須美。須美の両手が樹の両頬を支え…というか押さえつけているためうまく喋れない。

 

 

 

 

 

 

 

「えっちょ!?キスすんの!?」

 

 

「きゃーーー!!わっしー大胆ーー!!」

 

 

 

まさかキスをしようとするとは思わなかったのか驚きを表す銀と興奮値MAXの園子。

 

 

 

 

樹は耳まで真っ赤にしながらただその時が来て、終わるのを待ち、目を力一杯瞑ってせめ視覚だけでも誤魔化そうとする。

 

 

 

 

(なんかこの合宿こんなんばっかだった気がする………)

 

 

最後に心の中でそんなことを考えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたたちっ!今何時だと思ってるの!」

 

 

 

鬼の形相で室内に入ってきた安芸先生のお叱りの言葉と須美と樹の唇が重なったのはほぼ同時。

 

 

 

 

(柔らかい…)

 

 

 

その感覚を最後に樹の意識は沈んでいくのだった。




次回でアニメでいうところの二話までが終わるかと。

色々書きたい展開もそこに合わせてあるので是非お楽しみに。


あとわすゆ再放送終わりましたね……辛い…でも面白い……やっぱり辛い…


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心のかたち、人のかたち、気持ちのかたち

思った以上に更新が遅れてしまいました…(陳謝)

テストがあったりそもそも疲れてたりモチベが上がらなかったり、何度か書き直しをしたりしたらこんだけ空いちゃいましたね。


でもちょくちょく読んでくださる方も多くUA35000を超えたようで。…嬉しい。


連携力アップのために行われた強化合宿も無事?終えしばらく経ったある日。

 

 

樹は銀にお呼ばれされて休日に三ノ輪家を訪れていた。

 

 

 

 

 

「樹ーなに食べたい?」

 

銀が台所で準備しつつ樹に言う。そんな樹の目の前には冷えた麦茶が置かれていた。

 

 

「な、なんでもいいよー」

 

 

少し語尾を伸ばすように返答するのは樹がいるのが居間で台所とは少し距離があるから。

 

 

 

「んじゃ鉄男は?」

 

 

銀の言う『鉄男』とは銀の二人いる弟のうちの上の弟のこと。

 

 

 

「俺焼きそばー!」

 

 

その鉄男はそう返答しつつゲームのボタンをピカピカとせわしなく押している。

 

 

(○リオカートかな?)

 

 

樹は鉄男がプレイしているゲームのテレビ画面を眺めながら『犬吠埼』の家にいた頃にやった時のことを何となく思い出していた。

 

 

(お姉ちゃん弱かったなぁ)

 

 

 

 

「また焼きそばー?よく飽きないね〜」

 

 

「いいだろ好きなんだから!。ったくうっさいなぁ」

 

 

「ごめんごめん分かったよ焼きそばね。樹もそれでいいかー?」

 

 

「う、うん」

 

 

「おっけー」

 

 

 

どこか楽しげに言う銀とぶっきらぼうながらも『好き』と素直に伝えている鉄男。今のちょっとした会話だけでもこの二人の姉弟間の良さはなんとなく伝わってくる。

 

 

 

 

(銀ちゃん…なんだかすごいお姉ちゃんだ)

 

 

 

声が聞こえなくなり料理をし始める音が聞こえ出した台所をぼーっと眺めていると予想外の声が聞こえてきた。

 

 

 

「飲まないの?」

 

 

それは先ほど銀との姉弟間の良さを垣間見たばかりの鉄男だった。今はゲームを中断し体をこちらに向けてきている。

 

 

 

「…えっ、あ!、うん…ありがとう」

 

 

正直ご飯ができるまでゲームに集中しているだろうと思っていたから驚いてしまった。

 

 

 

 

「いやだから飲まないの?」

 

 

 

「あ!そ、そうだよね。うん…いただきます」

 

 

なんとなく飲まずにそのままにされていた麦茶をごくっと一飲みする。程よく冷えたそれはスッキリと喉を潤していった。

 

 

 

「…美味しいね!」

 

 

 

「そりゃね」

 

 

 

「…だよね」

 

 

……なんだろう。もしかして嫌われてしまったのか…今日が初対面とはいえもしかして銀ちゃんから何か聞かされていないとも……いや銀ちゃんはそんな人の悪口を言うような人じゃないのは分かってるけど。

 

 

 

 

「あとなんで正座?」

 

 

 

「・・・・なんでだろう」

 

 

そういえば正座だった。…誰かの家に上がるのなんて園子ちゃん家以外経験がないからだろうか。

 

 

 

「なにそれ。変なの」

 

 

 

「あはは…ほんとだね」

 

 

ぐうの音も出ない指摘に思わず苦笑いが溢れる。

 

 

とりあえず麦茶でも飲もうとしてもう飲み切ってしまったことに気づいて再度苦笑い。

 

 

自分でも何してるんだという感じだ。

 

 

 

 

「ねえ」

 

 

「な…何?」

 

 

「今暇?」

 

 

「…たぶん」

 

 

「やらない?」

 

 

そう言いながら鉄男が取り出したのはもう一つのコントローラー。どちらかというと鈍い部類に入るであろう樹でもこれの意味するところはわかる。

 

 

「…いいの?」

 

 

「嫌なら別にいいけど…」

 

 

「あ、ううんそうじゃなくて・・」

 

 

「まいいや。はいこれ」

 

 

「あ、ありがと」

 

 

正座を解いて鉄男の隣に座りコントローラーを受け取る。○リオカートをやるなんて本当に久しぶりだ。園子ちゃんの家ではどうだったかな。あの家にはそれはそれはいろんなゲームがあるからあまり記憶があてにならない。

 

 

(お姉ちゃんとは何度もやってたからその時の感覚が残っていれば…)

 

 

 

そんなことを思いつつキャラ選択へと移る。

 

 

 

「私はノコノコにしようかな」

 

 

あまり悩むこともなく即決だ。使い慣れてるといえば慣れてるし。

 

 

 

「…ゲームとかするの?樹さんって」

 

 

画面を見つつ樹に話をする鉄男。ちなみに選んだキャラはクッパ。

 

 

 

「えーっと、一人ですることはあんまりなかったかな。お姉ちゃんとか友達とはそれなりに」

 

 

 

「樹さんお姉ちゃんいるんだ」

 

 

「うん私の二つ上で」

 

 

「その人は強い?」

 

 

「…弱…かったねぇ」

 

 

「樹さんが強いんじゃなくて?」

 

 

「・・考えたことなかったかも」

 

お姉ちゃんとやってた時はあんまし負けた記憶ないけど、園子ちゃんとやる時は普通に負けるし…どうなんだろ。

 

 

「まぁいいや。ステージどこにする?」

 

 

「鉄男くんの好きなところでいいよ」

 

 

「んーそれじゃここで」

 

 

鉄男が選んだのは火山がグラグラしてる感じのコース。何度かやったことのあるがちょっと難しめのところだと記憶している。

 

 

「ここは落ちないようにしようとするのが大変だよね」

 

 

 

「ふふっ、悪いけど手加減はしないよ。女子相手だからって」

 

 

少し口元をニヤリと歪めつつ自信ありげに鉄男が言う。

 

 

「・・・?」

 

 

 

「いやなんで無反応なの」

 

 

「あ、私のことか」

 

 

「樹さん以外に誰がいるっての。大丈夫?ボケてる?」

 

 

生きていき他人の男子に女子として扱われた経験がなかったため思わずぽかんとしてしまった。

 

 

「あーごめん。平気だよ、うん」

 

 

 

(中身はあくまでどこぞの男なのに見た目は女の子なんだもんな。そりゃ『女子』として扱われて当然なんだけども…)

 

 

 

(なんか申し訳ない気持ちになるな…)

 

 

 

「……樹さんってモテたりする?」

 

 

「・・・・ふぇ?」

 

 

「いやなんでもない。忘れて」

 

 

「い、いやでも…」

 

 

「さぁやろう!!ほら始まるよ!」

 

 

「?…うん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりにやったけどやっぱり楽しいなー単純かつ奥が深い感じっていうのかな。まぁ○リオのゲームってそういうのは多い気がするけどね」

 

 

 

「……負けた・・だと…」

 

 

 

うんうんと頷きながら笑顔で何故か○リオゲーム全てのイメージを語る樹と負けたダメージが深いのかうなだれる鉄男。

 

 

なかなかに両極端な絵面である。

 

 

 

 

 

「樹さん普通にうまいじゃん!?めちゃくちゃ普通に負けたんだけど!」

 

 

 

「?ゲームなんて勝ったり負けたりするもんだよ」

 

 

 

「うぐっ…それは確かにそうだけど…なんか悔しいっ!学校のやつらに負けるよりも悔しい!」

 

 

 

「じゃあもう一回やる?」

 

 

 

「……じゃあ今度は樹さんがステージ決めていいよ。さっきは俺が決めたしね」

 

 

 

「えーっとね、じゃあここで」

 

 

樹が選んだのはレインボーなロード。コースを通して両側に壁がなく落ちやすいステージである。

 

 

 

「うっ…よりによってそこかぁ」

 

 

 

「変えようか?」

 

 

 

「いややろう!樹さんの選んだステージで樹さんに勝って前の負けを帳消しにしてやるっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりここは落ちないようにするのに集中力使うなーうまく加速できれば流れに乗れるんだけどね」

 

 

 

 

「……………」

 

 

 

既視感のある絵面が昼間の居間に広がる。

 

 

 

 

「あーーー!!なんかわかんないけど悔しいぃ!!樹さんもう一回だ!もう一回!」

 

 

 

「その前にご飯食べちゃいな〜ほら鉄男持っててー」

 

 

「えーーー!これからって時だったのに!ねえ樹さん!」

 

 

料理を終えたらしい銀が手伝いを促すと分かりやすく鉄男はわかりやく嫌がるそぶりを見せる。

 

 

 

「て〜つ〜お〜〜……?」

 

 

 

「はいはい今行きますよ、今」

 

 

 

(一瞬で素直になった…これが銀ちゃんのお姉ちゃん力…)

 

 

 

改めて銀に関心しているとどこからともなく声が聞こえてきた。

 

 

それも泣き声らしきものが。

 

 

 

「あ、金太郎起きちゃったか。やばいやばい」

 

 

台所では未だに作業中の銀はとっさにそれを切り上げて小走りで泣き声のするの方に向かっていく。

 

 

 

 

「樹さんー食器持ってくの手伝ってくんなーい?」

 

 

 

「わっわかった」

 

 

 

当たり前のことのようにスタスタと動く二人を尻目にあたふたしていた樹はとりあえず鉄男の言う通り食器運びを手伝う。

 

 

「鉄男ー!ミルク作ってあるから持ってきてー!」

 

 

 

「最初から持ってけよー!」

 

 

 

「忘れたんだよバカー!」

 

 

 

「バカ姉ちゃんはしょうがないなぁ〜!」

 

 

 

悪態をつきながらもしっかり哺乳瓶に用意されていたミルクを持っていく鉄男。

 

 

「樹さん、悪いけどそこのタオルで机拭いといてくれる?」

 

 

「・・・・・」

 

 

「樹さん?」

 

 

 

「・・あ・・うん。わかった」

 

 

 

「?よろしくー」

 

 

 

あっけにとられたようにしている樹を不思議に思いつつも鉄男は銀ともう一人の弟である金太郎のところにミルクを届けに行った。

 

 

 

 

先ほどまで慌ただしかった台所が突然静かになり、変な感じがした。

 

 

 

少し遠くではぼんやりと銀と鉄男の会話が耳に入る。

 

 

 

(家族・・・か)

 

 

 

 

樹はタオルを手に取り机を拭いていく。使い古されつつあり汚れや傷、はたまた落書きの跡が所々にある机、用意されていた食器を運んでいると同じような食器でも色や柄でこれが家族内で誰が使っているものなのかなんとなくわかる。

 

 

 

これだけのことでもいたるところに家族の色が目についてなんだか痛い。

 

 

 

でも焼きそばのいい匂いがそれを和らげてもくれるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「いただきますー!!」」

 

 

「いっ…いただきます」

 

 

 

下の弟の金太郎も無事寝つき三人での食事が始まる。

 

「樹さーんドレッシング取ってー」

 

 

「えっと…あ、どうぞ」

 

 

「サンキュー」

 

 

樹側に置かれていたドレッシングを鉄男に手渡しながらコップに注がれている麦茶を飲む。さっきも飲んだ全く同じやつ、でも美味しい。

 

 

 

(焼きそばなんて本当に久しぶり……前食べたのっていつだったかな)

 

 

 

 

「樹?冷めないうちに食べちゃえよ?」

 

 

「いや…あの…」

 

 

「安心しなよ樹さん。姉ちゃんこれでも料理それなりにできる方だからさ」

 

 

鉄男が勢いよく焼きそばを頬張りながら言う。これでも、と言う割には美味しそうに食べるものだ。

 

 

 

「『それなり』は余計だろうが〜こいつめ〜」

 

 

「だあー!やめろバカ姉ちゃん!」

 

 

「こいつめこいつめ〜〜」

 

 

ニヤリと笑いながら鉄男の頭をわしゃわしゃと撫でグリ回す銀。

 

 

こいつとかバカとか、そんな言葉が悪い意味で聞こえないのはこの二人の中の信頼関係というか気兼ねがないというか…そういう感じなのだろうか。

 

 

 

 

「こういう食事…慣れてなくて」

 

 

 

「むっ!ダメだぞ、好き嫌いしちゃ!」

 

 

机に身を乗り出して樹に顔近くまで迫る銀。そこには両親が大赦の職員として休日だろうと出勤が絶えない三ノ輪家の台所を預かる料理人としての顔があった。

 

 

 

 

「ち、違うよ!?そ…そういうんじゃなくて…」

 

 

樹は少しのけぞりながらも首を左右に振る。

 

 

 

「–––楽しいか?」

 

 

 

「え?」

 

 

 

「こうして他の人と食事するの」

 

 

 

「…うん。その–––楽しい…かな…」

 

 

最後にこうやって家族団欒のような食事をしたのはもう一年以上前。上里の家に来てからはほとんど一人でここよりもずっと広い所で食べていた。

 

 

話し声も笑い声も聞こえず、聞こえてくるのは自らの食器の音だけ。

 

 

 

だからこういう食事–––楽しいはずだし嫌いなはずもないのに心が落ち着かなくて笑っていられない。

 

 

またそれが銀や鉄男に対して申し訳ない。

 

 

そうした時の相手の表情を見るのが怖くなってしまう。

 

 

それに逃げたくないのに逃げたいと思ってしまう。

 

 

 

(あぁ…またこれだ…)

 

 

自分でわかっていてもどうにもできないこの感情の淀み。胸がざわざわして手に力が入らなくなる感じ。

 

 

もうなんども味わってきたものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えいっ」

 

 

「!?」

 

 

心が沈みかけていたその時、どこからともなく…というか目の前のから手が伸びてきて樹の頭をわしゃわしゃというかぐしゃぐしゃというか、ともかくそんな感じで銀が撫でグリ回す。

 

 

先ほど鉄男にした時よりも心なしかパワーが込められてるようなそんな力強さがある。

 

 

 

「ぎ、銀ちゃん!?」

 

予想外すぎる銀の行動に思わず大声が出る樹、どういうことなのかと思わず顔を上げてみると–––

 

 

 

 

 

 

「くえっ」

 

 

 

「ぶっ!!」

 

 

 

 

なぜか変顔をしている銀がいた。

 

 

そして樹が吹いた。…何も口に含んでなくてよかった。

 

 

 

 

「うわあ出た。姉ちゃんのなんとも言えない変顔」

 

 

吹き出した樹の隣では鉄男がやれやれといった風に感想を言う。…え、これよくやってるやつなの…?

 

 

 

しかし鉄男は慣れているから?なのか平気そうだが樹にはクリーンヒットした。

 

 

 

「クフッ…!ククククククッ……!」

 

 

吹き出した後もあのなんとも言えない変な顔が消えなくて笑いが止まらない。抑えようと口元に手を当てているが今度は笑いすぎて涙まで出そうだ。

 

 

 

「あ、ようやく笑ったな」

 

 

 

すると変顔をやめた銀が満足げに微笑む。

 

 

「ど、どういうこと…?」

 

 

しかし樹にはやはり意味がわからない。

 

 

 

 

「無理にでも笑えば、気持ちは後からついてくるもんだぞ」

 

 

 

「逆に、暗い気持ちの時に、暗い顔をしてるとどんどん気が滅入っちゃう。だろ?」

 

 

 

「うんうん、その通り!」

 

 

鉄男の補足に気持ちよく頷く銀。

 

 

 

 

「だからってどうして…そんな–––」

 

 

 

次に続く言葉を樹は言うことができない。躊躇ってしまったのか、そもそも後に続く言葉が思いつかなかったのか–––自分でもよくわからない。

 

 

 

 

「見たかったんだよ。お前の笑顔が」

 

 

「えっ…?」

 

 

 

(俺の…笑顔……)

 

 

そっか。そんなに俺は暗い顔してたか。……そっか。

 

 

 

「友達が暗い顔してるのを喜ぶ人間なんてこの世には一人もいないぞ。な?、鉄男」

 

 

 

「まあそうだね。…あ、おかわり」

 

 

「ってこらマイブラザー!このタイミングで!?」

 

 

「いいだろーべつに。ほら樹さんも食べなよ。上里みたいな超がつく名家の料理と比べちゃうとあれだけどこれはこれでありだと思えるはずだから。焼きそばに関しては」

 

 

 

 

「お前はいちいち一言二言余計なんじゃいっ!どれぐらいいる!」

 

 

 

「おんなじぐらい」

 

 

 

「あいよ!」

 

 

 

投げやり気味に銀が鉄男の皿を持って追加の焼きそばをよそいに席を立つ。

 

 

樹にもう一度微笑みかけながら。

 

 

 

 

(友達………)

 

 

 

 

(そうだよな…俺が落ち込んでるところなんて誰も見たくない……ましてや–––友達、俺のことを友達と言ってくれる人たちに…そんなところもう見せたくない–––)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーしよしよし。ほらほら泣くなって、お前はこの銀様の弟だろー」

 

 

「金太郎くん…えと…あのベロベロバ〜〜」

 

 

昼食を食べ終えしばらく三人でゲームをしていたのだが『案内したいところがあるから行こう!』と銀ちゃんに誘われて『イネス』なるところに行くことになったのだが、その前に銀のもう一人の下の弟である金太郎くんが泣き出してしまったのだ。

 

 

まだまだ赤ん坊でとても可愛い。どこか側にも鉄男にも面影があるのはさすが姉弟。

 

 

 

「うぅっ……ぅー…」

 

 

 

「ほらほら高いたかーいっと。それから泣いていいのは母ちゃんに預けたお年玉が帰ってこないと悟った時だけだぞ〜」

 

 

 

「なかなかに辛い経験だね…」

 

 

 

しかしそんな銀の辛い実体験でも金太郎は泣き止むそぶりを見せない。

 

 

それどころかぐずり中が始まってしまった。

 

 

 

「ど、どうするの銀ちゃん…?」

 

 

「ふふ–––案ずるな樹。そっちがそうくるならこっちにだって手はあるのだよ!」

 

 

 

そうして銀が取り出したのは振るとカラカラと音がなるおもちゃ。

 

 

 

 

「ほれほれ〜〜」

 

 

 

するとなんということでしょう、効果は抜群。

 

 

 

ぐずり泣きがすぐさま収まり晴れやかな笑顔へと早変わり。

 

 

 

 

「おお泣き止んだ!偉いぞマイブラザー!」

 

 

 

「おおー銀ちゃんすごい」

 

 

「へへっ〜それほどでも〜あ、樹も使ってみるか?」

 

 

そう言っておもちゃを銀は樹に渡す。

 

 

「い…いいの?」

 

 

「うん、もちろん」

 

 

 

樹としては赤ちゃんをあやした経験などないのでだいぶ不安が勝るのだがこんなつぶらな瞳に見つめられてしまっては仕方がない。

 

 

 

 

「金太郎く〜ん…ほらほらカラカラ〜〜」

 

 

 

努めて笑顔を作りつつおもちゃを左右に振る。まあもうぐずり泣きはやんでるわけだしそんなどうこうしなくても別に平気だとは思うんだけど。

 

 

 

 

「びぇええええぇーーー!!」

 

 

 

「ええーー!?なんでなんでなんで!?」

 

 

 

なぜかぐずり泣きというか大泣きになってしまった。逆戻りどころかむしろ悪くなってる……

 

 

 

 

「樹っ!こうなっちゃ致し方ない!」

 

 

 

「なっなにかいい方法があるの銀ちゃん!」

 

 

 

「変顔だっ!」

 

 

 

「そうはならないと思うんだけど!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わあ〜二人とも楽しそうだね〜」

 

 

 

「上里さんのあれはどういう顔なのかしら…」

 

 

 

「別に変顔に意味なんてないんじゃないかな〜?」

 

 

 

「・・たしかに」

 

 

 

生垣の裏に隠れて望遠レンズっぽいものの持ち手を伸ばして上から、生垣の隙間から銀と樹のやりとりを除く二人。

 

 

 

アカの他人から見たらもはやただの不審者だがこんな状況になっているのにも一応理由がある。

 

 

 

事の発端はこうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 

 

『三ノ輪さんの普段の生活をのぞいてみましょう』

 

 

『んーどうして?』

 

 

『三ノ輪さんは流石に遅刻が多すぎると思うの。でも別にそんなことを平気でするような人にも見えないし…』

 

 

『おお〜わっしーミノさんのこと信頼してるんだねぇ」

 

 

 

『なっ!?い、いや別にそういうんじゃ…ないわけでもないけど………と、とにかく!どちらにせよ遅刻は良くないことよ。原因があるならそれを知っておかなければならないわ。乃木さんもそう思わない?』

 

 

 

『ん〜〜そうかも〜?』

 

 

 

『決まりね。じゃあ今度の休みの日二人で三ノ輪さんの家に行ってみましょう。もちろん三ノ輪さんには気づかれないように』

 

 

 

『おお!わっしーと二人で休日デート!』

 

 

 

『バカなこと言ってないの、もう』

 

 

 

『えへへ〜〜。ん!そうだ、だったらイッツンも誘って三人でお出かけしようよ〜』

 

 

 

『上里さんも誘ってみたのだけどその日はすでに予定があるそうよ』

 

 

 

『あーそれじゃあしょうがないね』

 

 

 

『手を合わせてこれでもかというぐらい謝られたわ…』

 

 

 

『イッツンらしいね〜』

 

 

 

 

てな訳で須美と園子の二人はこっそりお忍びで三ノ輪家を訪れる…のは流石に普通に不法侵入なのでそんなことはしない。

 

 

仮にも二人は勇者であり、須美は筋金入りの真面目っ子なのだ。

 

 

 

…だからってピンポンダッシュが恐ろしいことなのはわかるが・・望遠レンズみたいなやつで家の外から中を覗くのはいいという結論に至るのはちょっとどうかと思うが…

 

 

というかそれの方がむしろ恐ろしいことなのでは…?

 

 

 

 

 

『もしかしてその予定ってミノさんのお家に行く予定とかだったりして〜』

 

 

 

『あはは、もしかしたらそうかもしれないわね』

 

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか本当に三ノ輪さんの家にお呼ばれされていたとはね」

 

 

 

「ほんとほんと、びっくりだよ〜」

 

 

 

あいも変わらず生垣の外から覗き見を続行中の二人。…よくバレないものである。

 

 

 

 

「それにしてもすごいね〜ミノさん。弟たちの子守してるんだ〜」

 

 

 

「世話が大変ということなのかしら?」

 

 

しかしそれにしたって学校を遅刻するほどのこととは思えない。何か他にも理由はあるのでは、と須美は思った。

 

 

 

 

「イッツン髪だいぶ伸びてきたね〜もうそろそろ切るのかなぁ?」

 

 

 

「そうねぇ、私としては長い髪もとても似合ってると思うけ・・・ってそうじゃないでしょ」

 

 

 

「わぁ〜ノリツッコミだーさすがわっしーだね」

 

 

 

「なにが流石なのかわかんないけど・・」

 

 

 

「せっかく長くなってきたんだから他の髪型試してみてほしいよね〜」

 

 

 

「……はぁ、まあそうね。上里さん髪の手入れとか特別なことはしてないって言ってたけどそれであれだけのものがあるならもったいないかも」

 

 

 

「でしょでしょー私が色々弄ったりはするんだけどあんまりお気に召さないみたいだし」

 

 

 

「ほどほどにしてあげなさいよ」

 

 

 

「はぁ〜い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「赤ん坊まで固まるような変顔なんてななかなすごいぞ樹、うん」

 

 

 

「それ絶対褒めてないよね銀ちゃん…」

 

 

 

「いやいや、むしろ逆に凄いっていうか滅多にみられるもんじゃないというかさ」

 

 

 

「嬉しくない…」

 

 

本人的には悪意など全くないであろう銀の励ましが逆に辛い。変顔なんて二度としたくない、というかしない。

 

 

 

内心『しょぼん…』としている樹と金太郎に対して『お前あんな顔できたのか〜姉ちゃんびっくりしちゃったぞ〜』なんて言ってるところに鉄男がやってきて銀の頭を軽く小突いた。

 

 

 

 

「姉ちゃんいつまで金太郎に構ってんのさ。ブラコンもいいけど出かけるならさっさと行って来いって。樹さん困ってんだろ」

 

 

 

 

「ふん!な〜に男の子ぶっちゃってさ。そもそも鉄男は樹とは初対面だろうが」

 

 

 

「なっ!?べ、別にそういうんじゃねーよ!!変なこと言うなっての!」

 

 

 

「そりゃーあんたみたいなタイプはなかなか女の子に好かれることなんてないだろーしわからなくもないけど〜なあ〜樹〜?」

 

 

いやらしい笑みを浮かべつつなぜか樹に話を振る銀。

 

 

しかし樹にはイマイチ話の主旨が理解できていない。

 

 

 

 

「?鉄男くんはいい子だと思うよ?」

 

 

 

「……っ!?樹さんまでバカなこと言ってんなよな!もう!」

 

 

 

「ご、ごめんね」

 

 

 

「あ…ちが…こ、こっちこそごめん」

 

 

 

「「…………」」

 

 

 

なんでも言えない空気ができてしまった。この場合たちが悪いのは二人とも悪くないというところ。

 

 

 

「はーよしもう行こう樹。ほら鉄男、金太郎頼むよっと」

 

 

 

そんな状況を見てなのかはわからないが、銀が出発を諭す。

 

 

樹としては結局よくわからないままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ミノさんとイッツンお出かけするみたいだよ」

 

 

 

「大変だわ!隠れなきゃ…!」

 

 

 

「あーまだするんだね〜」

 

 

「当然よ」

 

 

「りょ〜かい〜」

 

 

 

こうして二人の尾行の続くていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ミノさんとイッツンどんなお話してるんだろうね〜」

 

 

「ちょっと気になるわね」

 

 

買い物に出かけたらしい二人を追って木の陰や物陰に隠れながらある程度の距離を維持する。

 

 

できる限り近づいてはいるがこれ以上近づくとバレてしまう恐れがあるため流石に銀と樹の会話の内容までは聞き取れない。

 

 

 

 

「わ〜ミノさんがイッツンの髪触ってる〜!」

 

 

「ちょっと乃木さん。大きな声出しちゃダメ」

 

 

 

「うひょ〜!イッツン照れてる照れてる〜赤くなっちゃってるんよ〜!」

 

 

 

「は・な・し・を聞きなさい」

 

 

 

 

尾行といいつつ園子がことあるごとに興奮を隠しきれていない。バレてしまわないか心配になる須美だった。

 

 

 

 

 

「んー?わっしーみてみて」

 

 

 

「あれは・・道を尋ねられたのかしら?」

 

 

程なくして園子の興奮も収まりなんとかバレずに済んだ二人だったが、今度は銀と樹がお爺さんに声をかけられ手を引いて道案内をしているのを発見した。

 

 

 

しかし道案内といっても樹に関しては銀の少し後ろでおどおどしてるだけで何かしているわけでもない。

 

 

基本的に樹は人見知りなのだ。

 

 

しかし

 

 

 

「あ、イッツンなんか言ってる」

 

 

「お爺さんも何か言ってるわね」

 

 

 

園子と須美の二人の目には落ち着かないながらも言葉を口にしお爺さんの去り際には頭を下げている樹と手を振る銀の姿が映った。

 

 

 

「ミノさんもイッツンも可愛い〜」

 

 

「困っている人を放っておかないのは偉いわね。とても素晴らしいことだわ」

 

 

明らかに違う意味でだが二人ともそんな銀と樹の姿に関心していた。

 

 

 

 

しかしこれで終わりではなかった。

 

 

 

「また聞かれてるわ」

 

 

「今度はお姉さんだね」

 

 

園子の言う通り大学生あるいは新人のOLぐらいの女性から道を聞かれている。

 

 

 

今度も銀がしっかりと説明し、女性も笑顔で立ち去っていった。

 

 

 

 

「ミノさんしっかりしてるね〜」

 

 

 

「というか上里さんってここら辺の立地あまり詳しくないんじゃないかしら?」

 

 

 

「あーそうだね。イッツンこの街に越してきてからまだ一年ちょっとだしねー」

 

 

 

 

 

しかし、まだまだ終わらない。

 

 

 

 

 

「道を聞かれなくなったと思ったら今度は自転車…?」

 

 

 

「倒れたやつ起こしてるねー」

 

 

 

ちょっとした自転車置き場らしきところの自転車を二人で起こしている。別に自分たちが倒したわけじゃないんだからわざわざやる必要なんてないと言ってしまえばそれまでだが銀も樹も嫌そうなそぶりを全然見せない、むしろ笑顔だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

さらにはこんなことも

 

 

 

 

「ミノさん捕まえた〜」

 

 

 

「上里さんが前に出て進路を塞いで犬が止まった隙を三ノ輪さんが捕える・・・見事な連携ね」

 

 

 

「よかったね〜わんちゃん〜」

 

 

 

飼い主の手を離れてしまった犬を道路に飛び出してしまう前に捕まえるというよっぽど起きないような出来事まで。

 

 

 

 

「ミノさんってトラブルに巻き込まれやすい体質なのかな〜?」

 

 

「やっぱりここまでの出来事は三ノ輪さんによるもの・・」

 

 

「イッツンはあんな感じでトラブルに合ってるのみたことないし」

 

 

「うーん…これも勇者だからかしら」

 

 

 

 

犬の頭を二人で撫でてなにかを呟く二人を尻目に須美と園子の考察は捗っている。

 

 

 

「なんて言ってるのかしらね」

 

 

「たぶんだけど、『もふもふ〜』って言ってるんじゃないかなあ」

 

 

「ふむ、たしかにあれはかなりもふもふそう」

 

 

「私も触りに行きたーいー」

 

 

「だーめ、尾行を続けるのよ」

 

 

「ぶーケチンボ〜」

 

 

駄々をこねる園子を引っ張りながら二人の後を追っていくと、どうやらようやく目的地に着いたようだ。

 

 

『イネス』ここら辺に住む人なら誰もが知っているショッピングセンター。

 

 

 

中に入っていく二人をコソコソと須美、園子も追いかける。

 

 

 

「これって周りの人からはどんな風にみえてるんだろーね〜」

 

 

「あまり気にしちゃダメよ。尾行に支障が出るわ」

 

 

「イエッサー」

 

 

「せめて小隊長とかにして」

 

 

「はっ小隊長殿!」

 

 

 

 

 

 

 

 

そこからも・・・

 

 

 

「あれは迷子かな?」

 

 

「上里さんが何か話しかけてるわね」

 

 

「あ、迷子の子笑ったよ。イッツンなに話してるんだろうねぇ」

 

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

「喧嘩の仲裁!?」

 

 

「よくやるね〜〜あれ、イッツンどこ行ったんだろ?」

 

 

「戻ってきたわ。飲み物を買いに行っていたみたいだけど…」

 

 

「飲み物の取り合いしてたみたいだね」

 

 

「ほんとだわ。三ノ輪さんが両方にお説教中みたい」

 

 

「お姉ちゃんだなあミノさん」

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 

 

「ねえ乃木さん」

 

 

「なにー?」

 

 

「私ここまで見てて思ったの」

 

 

「わっしーも?奇遇だねえ〜」

 

 

「ええ、たぶんこれって巻き込まれてるというより・・・放っておけないのね」

 

 

 

「ミノさん優しさに溢れてるしイッツンも嫌な顔せず協力してて見てて微笑ましいんよ」

 

 

 

主婦らしき人がばらまいてしまったリンゴやみかんを二人でせっせと拾い集めているのを見て今日ここまでのを総評を下す須美と園子。

 

 

トラブルに対する遭遇率の高さはもちろん天性の優しさというか他人を放っておけない銀の人となりがよく表れている。

 

 

 

 

「そして上里さんは・・」

 

 

 

「友達の力になってあげたいんだろうね」

 

 

 

 

樹は周りが見えるタイプじゃないし、銀と違って何事にも余裕がない。フレンドリーでもなければコミュニケーション力もない。

 

 

 

でも友達のことを思い友達が何かしているならその手伝いをしたい。何か役に立ちたい、狭い視野だとしてもせめてその視野に入る人たちぐらいは助けたいのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええ!?じゃあ二人とも家の前から見てたっての?」

 

 

 

「なんか恥ずかしいね…」

 

 

「なぁ…〜」

 

 

 

びっくり恥ずかしといった感じで銀と樹はジェラートをひと舐めする。二人は三ノ輪家ですでに昼食をとっているためここではデザートだ。

 

 

 

 

「恥ずかしくなんかないよ二人とも偉いよ」

 

 

「いつも遅れる理由はこれだったのね」

 

 

「言ってくれればいいのに〜」

 

 

銀と樹の向かいに座る須美と園子はそういえばまだお昼食べてなかった、ということでうどんに舌鼓をうっていた。

 

 

 

 

「それはなんかほかの人のせいにしてるみたいで、なにがあろうと遅れたのは自分の責任のわけだしさ。もっとも今日は樹に迷惑かけちゃったかもしんないけど」

 

 

 

「そんな––迷惑なんかじゃないよ」

 

 

 

「ん、そうか?」

 

 

 

「…ここ最近銀ちゃんにはお世話になりっぱなしだしさ…ちょっとでもなにか銀ちゃんのすることを手伝えてるなら––私は嬉しいよ…?」

 

 

 

「・・・・困ったな。また、照れちゃった」

 

 

 

「イッツンイケメン発言なんよーミノさんもイケメンだからイケメンコンビだね〜」

 

 

 

「乃木さん…女子にイケメンっていうのはどうなのかしら・・・」

 

 

 

「じゃあ二人ともイケメンだし可愛い!」

 

 

 

「そ、その辺でやめてくれ園子…はっ恥ずかしい…!」

 

 

 

「しかも照れてるミノさんはさらに可愛い!」

 

 

 

「くぉっ!樹ーなんとかしてくれぇー!」

 

 

 

「私!?」

 

 

「上里さん今日は何味を食べてるの?」

 

 

 

「ぇ、あ、っと今日はね」

 

 

 

「救援拒否!?というか須美もなんでこのタイミングで!?」

 

 

 

「…別に少し面白いなって思ったわけじゃないのよ?なんとなく。そう、なんとなくね」

 

 

 

「絶対思ってんじゃんか!!」

 

 

 

「イッツンジャラートちょーだい〜」

 

 

 

「うん、いいよ。はいアーン」

 

 

 

「アーン。ん〜美味しい〜」

 

 

 

「だーもうしっちゃかめっちゃかだあ〜〜〜」

 

 

 

「こら三ノ輪さん、公共の場なんだからもう少ししずか・・に・・」

 

 

 

静かに、そう須美が言い合える前に皆が異変に気付いた。

 

 

 

 

世界が止まっていた。

 

 

 

「本当についてないな今日も、せっかくの日曜が台無しだっての」

 

 

 

「………銀ちゃん」

 

 

 

「よっと…!・・・・いっちょ頑張りますか!」

 

 

 

 

「……うん。––––––頑張ろうね」

 

 

 

勇者たちの三度目の『お役目』が始まる。

 

 




原作ではほとんど喋ることがなかった銀ちゃんの上の方の弟『鉄男』くん。今後彼がどれだけ出てくるかは未定です。


弥勒蓮華ちゃんのお姿が早く見たい(遺言)


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