ドラゴンクエスト ~勇気に願いを~ (へっぽこビルダー)
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風の便り
その日はいつもより風が騒がしい日だった。
土の香りを乗せた風が舞うモンゾーラ王国に、一通の知らせが届いた。
「魔王の猛攻激しくムーンブルク陥落したり。」
その知らせに緑の田畑の中に白亜の城壁を誇るモンゾーラ城は恐怖と疑念に包まれていた。
「おい聞いたか、ブレイブ。」
モンゾーラ城の見張り台に一人の青年が駆け込み、見張り台の中の青年に話しかけてきた。
「ムーンブルクの話か?」
「そうだ、ついに落ちたらしい。」
「ここも大丈夫だろうか?」
「まぁここには、創造神シドー様の作りし恵みの大樹があるんだ、どんな魔物だって、大樹様がお守りしてくれるさ。」
「恵みの大樹ねぇ。」
ブレイブと呼ばれた青年は顔を見上げた。
そこには、モンゾーラ城の中庭を突き抜け、モンゾーラ上の天井よりも高くそびえたつ大樹がモンゾーラ城を優しく見下ろしていた。
ブレイブは見上げていた目線を西の海の方へ戻すと、小さな影が海の上に見えた。
「すまない、望遠鏡を取ってもらえないか?」
「ああ、ほいよ。」
ブレイブは手渡された望遠鏡を覗く、そこには木で出来た大きな帆船が映った。
「見慣れない船――、あの旗は魔王軍か!一隻だけじゃない、三隻もだ!!」
ブレイブは大きく叫んだ。
彼の望遠鏡には、まがまがしい魔物が描かれた紫色の大きな旗を掲げ、船上に魔物達を敷き詰めた船が三隻映し出されていた。
「どうしたブレイブ?」
「敵襲だ!魔王軍三隻、西の船着き場の方だ!!」
「なんだって!」
ブレイブは、見張り台に取り付けられた鐘を大きく鳴り響かせた。
カーン、カーン、カーン。
モンゾーラ城の内部が急にあわただしくなり始める。
見張り台に居た二人は、急いでモンゾーラ城の城内へ駆け込むと一際立派な鎧を着こんだ男が見張り台の入り口に立っていた。
「どうした!?」
「隊長、敵襲です!敵は魔王軍三隻、西の海から船着き場へ上陸する模様です!」
「報告御苦労!お前たちは装備を整えてこい!」
「了解!」
二人は力強く敬礼をすると、兵士詰め所へ駆け込んだ。
「何があった!?」
詰め所では、他の兵士たちが二人を取り囲んだ。
「魔王軍だ!西の海からやってきやがった。俺達は迎え撃つぞ!」
ブレイブの横で、一緒に降りてきた青年が声をあげた。
「魔王軍だって!」
それを聞くな否や、ブレイブたちを取り囲んでいた兵士たちは一目散に装備を整え始めた。
ブレイブも自身のロッカーから支給品の銅の剣と松明を腰に下げ革の鎧を着た。
そこへ詰め所に隊長が入ってくる。
「準備できたなお前たち!それでは作戦内容を説明する!敵は西の海から侵入してきた魔王軍三隻、乗っている魔物の数は推定30匹と思われる、種類はおおきづちやマンドリルが確認されている。我々は偵察隊として真っ先に船着き場へ進軍、後続との伝達ができ次第、敵背後から後続の味方と挟撃を計る。特にマンドリルは強敵だ、絶対に一人では戦うなよ。」
そう言って隊長は兵士たちを見回した。
「それでは、出撃する!」
その声と共に隊長を先頭にブレイブを含む兵士たちはモンゾーラ城を出た。
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魔王軍襲撃
兵士たちは、レタス畑のわき道を西へと駆け抜け、船着き場が見下ろせる高台へと陣取った。
魔物達は丁度、船から降りているところだった。
「おおきづち、マンドリル、ドラキーにアンデッドマンか、厄介だな。」
ブレイブの前で屈んだ兵士が、毛むくじゃらの体に大きな木槌を持った魔物、茶色の体毛に派手な顔をした大柄な猿の魔物、こうもりの魔物に、剣を持ち鎧を着た骸骨の魔物を見ながら言ったのを聞きブレイブは頷いた。
「もうじき、後続の部隊が到着する、我が隊は戦闘が始まり次第船を襲撃し、混乱を起こす。
それから、混乱に乗じ敵背後を強襲する。」
声を抑えながら隊長が兵士たちへ命令をした。
そこで、わぁ!と声が轟いた。
ブレイブがそちらを見ると、仲間の兵士たちが、上陸中の魔物へ吶喊していた。
「始まるぞ!」
ブレイブの耳に仲間の息を呑む声が聞こえる。
「作戦開始!」
隊長の声を潜めながらも力強い声が兵士たちの耳に届く。
ブレイブを含む兵士たちは、音をたてぬように、されど急ぎ足で船の方へ駆け抜けた。
ブレイブは岩の影に隠れながら様子を窺うと、丁度彼の見ている船から最後の魔物であるアンデッドマンが降りてきているところだった。
ブレイブは石を投げた。
石は綺麗な放物線を描き、アンデッドマンの骨の頭に当たりコンと子気味の良い音を鳴らした。
アンデッドマンが石が飛んできた方に気を取られているうちにブレイブはアンデッドマンの死角を駆け抜け、敵の船に乗り込んだ。
ブレイブは真っ先に船の内部へ駆け下りた、目的地は船の武器庫である。
武器庫を見つけたブレイブは武器庫内を見回すと、彼の予想通り、大量の火薬と予備の大砲が置いてあった。
さっそく火薬を一か所にまとめ、大砲に付けられていた導火線を火薬の近くに結び付ける。
そうして、その先に持ってきていたたいまつで火を付けようとしたところ、「ふーん、この船に火を付けようというのね?」という声を聴き、咄嗟に飛び退き声の方を向く、そこにはまだ幼さの残る顔立ちをした少女が立っていた。
ブレイブは彼女を知っていた。
「姫!?」
ブレイブは素っ頓狂な声をあげると、姫と呼ばれた少女は人差し指を立てて、シー、と言いながらブレイブの口を塞いだ。
「そんな声を出しちゃ、見つかっちゃうわよ?」
「で、ですが、リーン姫、なぜ貴方がこんなところに?」
一所懸命に声を押し殺したブレイブが少女に問いかけた。
「あら、勉強、勉強、勉強で退屈な時にとっても面白いことが起きたのよ、見物しない訳が無いじゃない。」
ブレイブの顔はみるみる内に青くなってゆく、それもそのはずで彼女はリーン姫、このモンゾーラ王国唯一の正当な後継者なのである。
「戻りましょう姫、ここは危険です。」
「そうね、でも貴方、自分の仕事は最後までやらなくてもいいの?」
そう言いながらリーン姫は導火線を指差した。
ブレイブは指を指された導火線と見て、再び姫に視線を戻した。
ブレイブは頭を抱えた。
「――姫、危ないので下がっていてください。」
「それだけでいいの?」
ブレイブはまじまじと姫の顔を見て、ため息をついてから、「外に魔物が来ていないか見ていてください。」と言った。
「ええ!そうね、分かったわ。」
姫はまるで正解と言わんばかりに上機嫌に武器庫の外へ出て行った。
ブレイブは導火線に火を付けると、武器庫を後にして、姫と合流した。
二人が甲板に出たと同時にドン!と大きな音が船全体を揺らし、黒い煙が船の下の方から上がり始めた。
呼応するかの様に他の二隻の船からもドン、ドン、と音が鳴り響く。
「いいわね、こういう派手なの!」
隣ではしゃぐ姫をいわゆるお姫様抱っこで担ぎ上げるとブレイブは船に備え付けられた救命用の小舟に乗り込み、船からの脱出を図った。
小舟の上でブレイブは考える。
――姫がここにいる以上戦場に彼女を連れてゆくべきではない、だからこのまま南下し、城からは遠くなるが、南の砂浜から上陸するべきか。
さっそく南へ進路を取った。
「あら、どこへ向かう気?」
当然、姫の非難の声が上がるがそれを無視してブレイブは櫂を漕いだ。
姫はむすっとした顔でブレイブの顔を覗き込んだ。
「兵士、貴方の名は?」
「――ブレイブです、姫。」
「そう、ブレイブ、命令よ、今すぐあそこに船をつけなさい」
そう言って姫が指さす場所は、戦場の真っ最中である。
「姫、その命令は聞けません、危険すぎます、ご自分の身の安全をお考え下さい。」
「へぇー、兵士のくせに私に盾突く気?」
「貴方に何かあった場合の方が、私にとって良くないのです、姫、ご理解を。」
ブレイブと姫が小舟の上で言い争っている最中、岸にいたこうもりの魔物ドラキーが彼らの乗った小舟を見つけてしまう。
――敵だ。
ドラキーが気が付くやドラキーの目の前に魔方陣が浮かび上がり、その中から小さな火の玉が飛び出した。
メラと呼ばれる火の魔法である。
火の玉は真っ直ぐ飛び、ブレイブたちの乗る小舟に当たった。
「きゃぁ。」
突然小舟が大きく身を揺らし、姫が悲鳴を上げる。
ブレイブは即座に岸を見るとすでに二発目のメラが飛んできている最中である。
慌てて姫を担ぐとブレイブは海へ身を投げた。
「もう最悪よ、びしょびしょじゃない。」
服の水を絞りながら、姫は悪態をついた。
しかし、ブレイブはそれには答えず、岩陰から顔をのぞかせ、周囲を見回していた。
何故なら、二人は鎧を着ていたのである、そんな恰好で遠くまで泳げるはずもなく、彼らが今いる岩場は戦場の隅っこで、いつここ魔物が現れてもおかしくない場所であった。
「姫、鎧は脱がない方が良いかと。」
「な、こんなびしょびしょのを着ていろっての?風邪をひくわ、馬鹿じゃないの!?」
「身の安全が一番です姫。」
「身の安全、身の安全って、あんたねぇ、それしか言えないの!」
周囲を見渡していたブレイブはチッと口を鳴らした。
「なによ?」
「見つかりました、姫、敵が来ます!」
そう言ってブレイブは剣を抜いた。
ほぼ同時に「いたぞ!」という声と共に骸骨の騎士、アンデッドマンが二体とドラキーが一体ブレイブたちの前に現れた。
ブレイブは考える。
――俺一人でやれるか?
しかし、アンデッドマンが動き出すのを見て思考を中断し、アンデッドマンへ駆け寄るとアンデッドマンが振り下ろした剣を受け止める。しかし敵は一体ではない、もう一体のアンデッドマンが姫の方へ行ってしまう。
――しまった。
ブレイブが悔やむがもう遅い、アンデッドマンは姫へ剣を振り下ろす。
ヒュンと風切り音を鳴らした剣先は、――砂浜を切り裂いた。
直後、剣を振り下ろしたアンデッドマンの横腹に鋭い蹴りが刺さる。
姫は軽やかにアンデッドマンの斬撃を回避すると、舞を舞うかのようにそのまま、まわしげりを放ったのだ。
「まったく、舐めないで頂戴、そんなのに当たるわけがないでしょ?」
むっとした表情の姫がなかなか堂に入った構えをして、今しがた蹴り飛ばしたアンデッドマンを見据えていた。
その様子に、ブレイブと、彼と打ち合っていたアンデッドマンは驚愕で固まっていた。
ブレイブは思わず対面のアンデッドマンと目を合わせた。
一瞬の間の後、アンデッドマンを見て思考が復活したブレイブは即座に相手の剣を弾き飛ばし、一太刀お見舞いすると、後ろに飛び退き姫の横に寄った。
「――姫、戦えるのですか?」
「あら、考えなしにこんなところに来るわけないじゃない。」
「姫、いのちをだいじに、です。」
「はいはい、身の安全ね。」
ドラキーから放たれた火の玉を二人は簡単に避けるとそれぞれのアンデッドマンへ向かった。
ブレイブはアンデッドマンの斬撃をすれすれで回避し、そのままの勢いでアンデッドマンを切り裂くと、ぐぉーと悲鳴を上げアンデッドマンは黒い煙となって消えた。
ブレイブが姫の方を見ると姫も美しい突きを見せ、アンデッドマンを倒していた。
最後に残ったドラキーは自身の不利を悟ると一目散に逃げようとする、しかしそこへ、姫が大きく走り込むと、跳び上がり、とびげりを放ってドラキーは一撃で倒された。
「ほら、なんてことないじゃない?」
パンパンと手を払って姫がブレイブの方を向いた。
ブレイブはあきれ顔で姫に言い返そうとしたその時、キキィッ、と声が響き、岩の影から姫の後ろに大猿が姿を現す、マンドリルだ。
「姫!危ない!!」
ドラキーを倒したことで気が抜けていた姫はマンドリルの振り下ろした拳を避け切れない。
ゴッと鈍い音を上げ姫は大きく吹き飛ばされた。
「姫!」
ブレイブはマンドリルへ走り込んだ、今は姫の無事を確認するよりもマンドリルを倒さなければ。
マンドリルへ駆け寄ったブレイブは疾風のごとく剣で突き刺した。
もちろん、マンドリルがこれでやられるほどやわじゃないことはブレイブも承知だ。
マンドリルは、ブレイブの方を向いた。
――狙い通りだ。
マンドリルの攻撃はとても強く当たればひとたまりもない、だが当たらなければいいのだ。
ブレイブは避けることに専念をして、その大振りな一撃の後隙を決して見逃さないように攻撃を丁寧に放つ。
一撃、二撃、隙をついて攻撃を当てるが、マンドリルの固い皮膚に攻撃が通っている気がしない。
ブレイブは距離を取って思案する。
――どうする?姫の無事が分からない以上、姫を担いで逃げるべきか?いや逃げ切れるか?
マンドリルはその図体に似合わずかなり機敏だ、それは相手にしているブレイブが一番良く分かっていた。
――厳しいな、やはり戦うしかないが、あと何回切りつければいい?
マンドリルの跳躍を目視して、思考を中断し、回避に専念する。
ブレイブは剣を握る手に力を込めマンドリルに向かって走り込む。
マンドリルの脇を抜けるように一閃切りつけ、反対側へ抜ける、そのまま体を反転、マンドリルの腕が振り上がっているのを見て後ろに跳ぶ、マンドリルの拳は地面に刺さり、地面を砕いた。
「ウキャァ!」
しぶといブレイブにしびれを切らしたのであろうマンドリルが大声をあげた。
先ほどより明らかに荒々しい感情任せの攻撃がブレイブを襲う。
――くそ、隙が無くなった。
一打、二打と地面を砕きながら繰り出される致命をまぬがれない連撃がブレイブを追い詰める。
ブレイブは必至で避け続けた。
しかし、ブレイブの背が岩にぶつかった、ついに退路が断たれたのだ。
マンドリルの痛恨の一撃がブレイブに振りかざされる。
その瞬間。
「おりゃぁー!」
ブレイブの耳に女性の掛け声が聞こえると同時に、コマ送りの様に姫の飛び蹴りが目に映り、マンドリルが視界から消えた。
「――姫!?」
ブレイブは目を見開いて、目の前の少女を見た。
「悪かったわね、でも、これでおあいこでしょ?」
ポンポンと服の埃を払い、悪戯っぽく笑いながら、姫はブレイブにウインクをした。
ブレイブは姫が無事だったことに安堵し、それから気合を入れなおした。
まだマンドリルは倒れていないのだ。
ブレイブがマンドリルの方を向く、やはり奴は健在だ。
しかしその姿は先ほどより精彩に欠けていた、疲れが出てきたのだ。
姫と目配せをする。
――今なら、二人で奴を倒せる。
確信をもって二人はマンドリルへ駆け出した。
ブレイブが切りつけ、姫が打撃を与える、そこには先ほどでは感じ取れなかった、効いている感覚が今度こそ確かに感じ取れた。
ブレイブと姫の連携に次に追い詰められたのはマンドリルである。
疲労困憊のマンドリルに勝機は無い。
「姫!」
「ええ、これでとどめよ!ハァ!!」
姫が繰り出した正拳突きはマンドリルをとらえ、マンドリルは力なく崩れ落ち、消えてゆく。
はぁはぁと二人は息を整えると、姫が掌をブレイブに差し出した。
ブレイブは困惑した顔を見せると、「ハイタッチよ、ハイタッチ。」そう言って、もう一度掌を差し出す。
ブレイブは困惑した表情のまま自分の掌を彼女の掌に打ち付ける。
パンと小気味良い音が鳴った。
「うん、やっぱりいいわね。」
「姫、これは?」
「あら、うちの王家に伝わる何かを成し遂げた時にやる作法よ。ご先祖様が、シドー様を真似て始めたのが起源とされる由緒正しきものなの。」
「――そうですか。」
ブレイブにはどのあたりが由緒正しいのか分からなかったが、何となく気持ちは良かった。
「そういえば、姫、お体の方は?」
「大丈夫よ、モンゾーラ産の薬草は良く効くの。」
そう言って、姫は腰袋から薬草を取り出した。
ブレイブは安堵の息を吐く。
「それじゃ、行きましょうか?」
ブレイブは姫の言葉にうなずき、二人は岩場の外へ向かった。
二人が戦場へ来ると、戦闘はモンゾーラ側が優勢で、ほとんどの魔物たちが倒されていた。
ブレイブは、兵たちの休息場所を示す旗を見つけ、そこへ姫と共に向かった。
「姫!なぜこのような場所に!?」
休息所に居た隊長が、いの一番に驚愕の声をあげた。
周囲の目がブレイブたちに注がれる。
「あら、お散歩よ、お散歩。ほらいい天気じゃない?」
「――あー、ブレイブ無事帰還しました。」
口をあんぐりと開け硬直する隊長へ二人は各々の返事を返した。
「ど、どういうことだブレイブ!説明をしろぉ!!」
硬直から復活した隊長は、すぐさま顔を真っ赤に染めて、くわっと大声をあげた。
「船の破壊作戦を実行中に姫を保護いたしましたので、独自に作戦内容を姫の護衛と変更し、ただいま帰還いたしました。」
隊長の怒鳴り声に弾かれるかのように説明をするブレイブだが、当の姫は「何か予備の服は無い?」などと近くの兵士に声をかけ、我関せずと、岩陰で着替えを始める始末であった。
「なぜ、姫がいると聞いているのだ!」
「ですから、姫が勝手に城を抜け出したのです隊長、断じて私の仕業ではありません。」
「――しかぁし!――」
更にブレイブを問い詰めようとする隊長の肩をトントンと叩いた。
「戦闘終了したみたいよ、帰還しなくていいの?」
隊長はその言葉を聞き、周囲を見渡すと、すでに魔物は全滅していた。
「ブレイブ、話は後だ、――全部隊に告ぐ帰還せよ。」
隊長はそう命令してから、モンゾーラ城へ帰還を始め、ブレイブたちモンゾーラ兵もその後に続いた。
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モンゾーラ使節団
魔王軍迎撃から数日、ブレイブは目まぐるしくイベントに追われていた。
というのも先の作戦で、おてんば姫を体を張って守り切ったことがなぜか表彰され、見事上級兵士と認められたのである。
上級兵士と言っても仕事の内容自体にはそう変わったことは無かったが、舞踏会のようなイベントに上級兵士は出席が義務付けられているため、慣れない社交辞令にブレイブは日夜へとへとであった。
そんな毎日を続けていたブレイブへ突如王宮からの呼び出しがかかった。
玉座に招かれたブレイブは、モンゾーラ王の前に頭を垂れた。
「久しぶりじゃのう、兵士ブレイブ。其方の昇進式以来か。」
「は、ご期待に沿えるよう日々努力しております。」
「そう固くなるでない。――まぁ良い、それでは本題に入ろうかの。」
「まずは、先の我が娘の護衛見事であった、聞くところによるとあのマンドリルさえ、一人で倒したと聞く。」
姫が武術を扱えるというのは秘密となっている為、先の戦闘は全てブレイブ一人の功績となっていた。
「そして、ムーンブルクの陥落の知らせじゃ。」
「儂は、より各島との関係をを強め同盟を結ぶべきと判断した。ゆえに我が娘を中心とした使節団をシドー王国へ派遣するつもりである、其方もその使節の一員として、娘の護衛をしてもらおうと思う、良いな?」
「は、ありがたく拝命させていただきます。」
「うむ、よい返事じゃ。」
そう言って王は近くの大臣へ目配せをする。
大臣は一呼吸置くと、「兵士ブレイブ、詳しい話は追って説明する今日はこれで帰りたまえ。」そう言った。
ブレイブは王へ一礼すると、玉座を後にする。
――なんだか大変なことになってしまったな。
ブレイブは何か大きなことが起きそうな予感を感じ、胸中は穏やかではなかった。
数日前に出港式を済ませ、ブレイブは今シドー島へ向かう船の上に居た。
ブレイブの目の前では姫が子供の様にはしゃいでいて、今にも海へ落ちて行かないか気が気ではなかった。
彼らが向かうシドー王国は、世界の中央にある島とされており、創造神シドーが一番初めに作った島ともいわれている。
中央に創造神シドーを祭るシドー教の総本山であるシドー神殿があり、北西の雪に覆われた地域にシドー王国の城が存在し、北東の草原にはモンゾーラほどではないが、大きな農村が広がり、南東の砂漠には巨大なピラミッドが商業拠点として大きく栄えている。
ブレイブたち使節団の目的はシドー王国とシドー神殿に向かい、現状の世界情勢の確認と同盟の強化であった。
「ブレイブ、シドー島ってどんなところなのかしらね、楽しみだわ!」
「まずは、島の中央のシドー神殿へ向かう予定になっています。」
「シドー島から来た商人が言っていたのだけれど、山のてっぺんにある豪奢で大きな神殿らしいわ。金とか宝石とかふんだんに使われているのかしら!」
――姫は使節の目的を理解しておられるのだろうか?
姫の様子はまるで浮かれた旅行者であり、これから世界の情勢について話し合う大事な使者には到底見えなかった。
船に三日ほど揺られると甲板から島影が見えるほどの距離まで来ていた。
船着き場からずらりとレンガ造りの建物が色鮮やかに広がって、木造建築が主流の茶色や黄色一辺倒なモンゾーラとは大違いである。
「わぁ!すごいわ、まるで城下町じゃない、これで港町だなんて信じられる!?」
相変わらずのハイテンションな姫ではないが、この光景にはブレイブも少なからず感動していた。
近づけば近づくほど、町の喧騒が聞こえてくる。
船上から見えるだけでも、見たこともない商品がいくらでも見つけられ、シドー島がどれだけ活気づいた街なのか否応にも知ることが出来た。
「これでも、最近は魔王の影響で商人の行き来が減っているのさ。」
ブレイブの後ろに居た船長が声をかけてきた。
「こんなに活気づいているのに?」
「表向きはな、だが、憲兵の人数は増えたし、魔物の襲撃も増えている。商売しづらい時代になっちまったもんだ。――さてと、そこをどいてくれねぇか、そろそろ入港の準備をしなきゃならねぇ。」
ブレイブは船長の言葉に、その場を離れたあと、ふとモンゾーラの方角を見た、そこには青い海が広がっていた。
――まさか、モンゾーラを離れる日が来るなんてな。
ブレイブは緑の大地に少し後ろ髪を引かれながら、港町の喧騒に心を躍らせることにした。
姫を含む女性の使者たちが、港町をたった一日で離れることに抗議を申し出るというハプニングがあったものの、使節団のリーダーを任された男が何とか場を宥め、無事計画通りにシドー神殿の前に使節団は辿り着いた。
美しい白い壁で彩られ、立派なステンドグラスが威厳を主張させた巨大な建物、それがシドー神殿であった。
施設の男たちはその重苦しい雰囲気に自然と姿勢を正し、女たちは豪奢なステンドグラスにうっとりと、目をくぎ付けにされていた。
「ゴホン、良くいらっしゃいました、モンゾーラの使節の皆さん、私はこの神殿で神父やシスターたちの長をさせてもらっている、レドウィグと申します。」
そこには、白髪交じりの頭を揺らした老人がにこやかに立っていた。
「は、レドウィグ殿、此度はよろしくお願いいたします。」
「ははは、そうかしこまらずとも良いですよ、長と言っても便宜上です、教義では我々神父やシスターに階級というものはないのです、とはいえ、それでは不便なことがあるため、長を名乗らせてもらっているだけですから。」
使節団のリーダーとレドウィグが会話を始めた。
「シドー教は神父間では上下関係はないが、聖女と呼ばれる女性だけは明確にシドー教団にて最高の地位に存在している――うん、勉強したとおりだわ。」
ブレイブはつぶやかれた声の方を見ると、姫が手帳を開いているのを見つけた。
「あら、ブレイブ、これが気になるの?」
視線に気が付いた姫が手帳をひらひらと振りながら、ブレイブに問いかけた。
「モンゾーラに居た時に勉強してきたの」
そう言って、手帳を開いて見せた。
そこには、「聖女はシドー教最高権力者ではあるが、シスターとは呼ばれない、聖女は代々ルルという名前を継承している。」と書かれていた。
「それでは皆、これから聖女ルル様へ謁見させてもらう、粗相のない様に。」
使節団のリーダーが声をあげ、神殿内へ歩いて行く。
ブレイブたち使節団はその後をついて行った。
神殿の中も外観に負けず劣らず立派なものであった、赤いじゅうたんが床に敷き詰められ、四方を大きなステンドグラスに囲われ、宝石の様に丁寧に磨かれた石の十字架が目を引く赤い布がかぶせられた教壇に鎮座していた。
そして一際目を引くのが、こん棒とハンマーをクロスさせたとても大きな石のレリーフである。
「こん棒とハンマー?」
ブレイブは教会に似つかわしくない二つの道具に首を傾げた。
モンゾーラの教会ではこん棒もハンマーも見たことが無かったし、こん棒もハンマーも神聖な物のイメージではなかった。
思わず口に出ていた言葉にレドウィグが気付いた。
「こん棒がシドー様を表すのです。」
「シドー様がこん棒?」
姫も興味津々と話に入り込んでくる、彼女も知らなかったらしい。
「ええ、今ではほとんど知る者もおりませんが、ここシドー神殿はそもそも創造神シドー様だけを祭る場所では無いのです。」
「どういうことですか?」
ブレイブの言葉にレドウィグはにこやかにうなずく。
「シドー神殿は、創造神シドー様と伝説のビルダー様と共に、人々がモノづくりのすばらしさ、楽しさを伝えるために建てられた神殿なのです。そして二人の功績を讃える者たちにより教団が出来上がり、神殿は二人を祭るための建物に変化したのです。」
「ビルダーとは何ですか神父様。」
珍しくかしこまった声で姫がレドウィグに聞いた。
「世界でモノづくりを広めた者たちのことです、そして伝説のビルダー様はシドー様にモノづくりとは何かを教えた偉大なお方ですよ。」
「そのビルダー様がハンマー?」
「ええ、ハンマーこそモノづくりの真理、破壊と創造の象徴なのです。」
ブレイブの言葉にレドウィグは力強くうなずいた。
「ここが聖女の間になります。」
神殿の中でひときわ大きな扉の前でレドウィグが立ち止まった。
レドウィグの指示で、扉の前に居た衛兵がゆっくりと扉を開けてゆく。
「初めまして、私が聖女ルルよ。」
力強い眼差しをした妙齢の婦人がこちらを見つめていた。
「初めまして、我々はモンゾーラから参りました。」
「ええ、聞いているわ。」
使節団のリーダーと聖女が会話を始める。
暇であるブレイブは粗相のない様に姿勢を正しながら周囲を見回した。
部屋の中は思ったよりも女性らしい物は無くどちらかと言えばクールな雰囲気を醸し出していて、付きの者たちも必要最低限というべき人数しかおらず、とても合理的な性格の持ち主であることが窺えた。
「――そう、ついに魔王の手がモンゾーラにまで及び始めたのね。」
「はい、モンゾーラの魔王軍は無事、我々だけで撃退できましたが、これからはもっと強力な魔物が現れないとも限りません、だからこそ各国間の関係を密にし同盟を結びたいのです。」
「その心配は実に正しい物だわ。我々シドー教団としてもぜひ力になります。」
「ありがとうございます、聖女様。」
「では、同盟の証に我が教団でも腕の立つ僧侶を貴方の使節団に同行させてもらえないかしら?」
そう言って、近くの付き人に指示を出すと、一人の女性が聖女の間にやってきた。
彼女は青白い肌に目元にはっきりとした隈を付けたひょろひょろした容姿をしていた。
「紹介にあずかりました、シドー教団の僧侶をしています、グノアと申します。」
しかし、見た目に似合わぬはっきりとした通る声で彼女はあいさつをした。
「この度の謁見誠に有意義なものとなりました。それでは我々はこれからシドー王国へ向かおうと思います。」
グノアが使節団の方を歩いてくるのを見て、使節団のリーダーは聖女へ言葉を交わす。
「ええ、私たちの同盟に幸が有らんことを。」
使節団を祝福する聖女に頭を下げ、使節団はシドー神殿を後にした。
神殿を北に進むと、雪が舞い始めた。
「真っ白だわ!見て見て、真っ白!すごいわブレイブ!」
モンゾーラの使節団はその白に覆われた世界に目を見張った。
モンゾーラは温暖な気候であり、冬が無いため使節の殆どが雪を見たことが無かったのだ。
ある者は恐る恐る雪を手に取りその冷たさに驚き雪を放り投げたり、あらかじめ使節団に用意してあった初めて履くブーツで雪を踏んで沈み込む感覚を確かめたり、姫は雪玉を作ってブレイブに投げつけたりして各々初めての雪を楽しんでいた。
「姫、結構痛いです。」
ぼす、ぼす、と白い雪玉がブレイブへ当たっては砕けた。
あはは、と楽し気に雪玉を作っては投げ、作っては投げてくる姫に内心イライラしていたブレイブの横へグノアがやってくる。
「投げ返せばいいじゃない、貴方も。」
「――万が一、姫に何かあってはいけないので遠慮します。」
「そう。」
グノアはそう言うと、唐突に雪玉を作り始める。
ブレイブはいぶかしんでそれを眺めていると、グノアは、姫が雪玉を作るために後ろを向いて屈んでいる背中へ雪玉を投げつけた。
姫はびっくりして立ち上がり、こちらを見てくる。
するとグノアはあろうことか無言でブレイブを指差した。
「へぇブレイブ、やってくれるじゃない。」
そう言っていたずらっぽい笑顔を見せると雪玉を思いっきり投げつけてくる。
ばすっ、と先ほどより強い音がブレイブから響く。
「痛!待ってください姫!私では、――痛。」
姫は、それはもう楽しそうな笑顔でブレイブへ雪玉を投げまくった。
「雪玉は強く握って作るといいですよ姫。」
グノアも心なしか楽しそうな声でそんなことをいうものだから、ブレイブは、味方はいないのかと嘆きながら、姫から逃げ回る羽目になるのであった。
初めての雪を堪能した使節団は荘厳極まる城門の前に立ち、先ほどまでの浮かれた気分が嘘の様に静まり返っていた。
城の周囲には過剰とも思われるほどのたくさんの魔法で動く罠が仕掛けられ、城門からも様々な大砲や大弓が顔を覗かせていた。
「良くいらっしゃいました、私は皆さまの案内を王から承っているローと申します。それでは中を案内いたしましょう。」
城門の前で、派手で立派な鎧を着て、大きな宝石がはめ込まれた剣を腰に下げた騎士が使節団に頭を下げた。
彼は手で何か合図をするとガラガラと門の鉄の扉が重々しく開いて行く。
「では、こちらへどうぞ。」
武骨な石のタイルの上をカツカツと足音を立てて歩く使節団一行は、ローに連れられ城の中の応接間へ案内された。
「こちらにお座りになってお待ちください、準備が整い次第お呼びいたします。」
ローは頭を下げて部屋を出て行った。
「ローの腰に下げている剣が魔法剣だとしたら、おそらく彼は魔法戦士よ、初めて見たわ。」
姫がブレイブに言った。
――あれが魔法戦士。
魔法戦士とは、高い格闘技術だけでなく魔法にも精通した上級職業である。
今のブレイブにとって遥か高みに居る戦士ローへ羨望を抱くブレイブであった。
「ほう、一目で魔法剣を見抜くとはなかなかの慧眼の持ち主じゃな、お嬢さん。」
虚空から響いた声に使節団は皆はぎょっとした。
ブレイブと姫が声のした方を見ると、薄く輝くまるで幻のように揺らめいたおおきづちが宙に浮いているではないか。
「しろじい様!」
グノアが声をあげる。
「ふむ、久しぶりじゃな。」
しろじいと呼ばれたおおきづちはグノアにウインクをする。
「なぜ、このようなところに?」
「いやはや、面白い者たちがいると思ってのう、楽しそうだからついてきてみたのじゃ。」
「グノア、この方は?」
姫がグノアに説明を求めた。
「この方は、しろじい様、精霊のようなものらしく、ここシドー島の守り神だとレドウィグ様が言っておりました。」
なんだか腑に落ちない返答に、ふーんとうさんくさげな眼差しをしろじいへ向ける姫。
「む、信じておらぬな、儂はすごいのじゃぞ、シドーの師匠で、儂がいなかったらこの世界は生まれておらんのだからな!」
そう言って胸を張るしろじい。
「なんというか、突拍子が無さ過ぎて、何とも言えないわ。」
「ですよね、私もそう思います。」
しろじいの説明したグノアさえもそう言い放った。
「グノアちゃんまで!?」
およよ、と泣きまねをするしろじいは、「みんながいじめるのじゃぁ」と言って消えてしまった。
「なんだったの?」
姫が疑問を口にする。
「おそらく、本当に遊びに来ただけだったのでしょう。」
グノアが言ったところで応接室の扉が開く。
「お待たせいたしました、こちらへどうぞ、玉座へ案内いたします。」
部屋の外でローが案内をした。
使節団はしろじいの来訪で緩んだ気を再び引き締めローの後について行った。
「よくぞ参った、モンゾーラの使節団よ。」
モンゾーラの玉座より、より機能的で武骨な雰囲気を醸し出すシドー王国の玉座には鎧の上から、煌びやかな服を羽織り、戦士然とした雰囲気を隠さずに堂々と王座に座る王が使節を出迎えた。
「たびたびの歓迎、誠にありがとうございます。」
使節のリーダーではなく、今回は姫が堂々と頭を下げた。
「うむ、其方と会ったのは、十数年前のモンゾーラへの視察以来か、大きくなったな、リーン姫よ。」
「いえ、私もまだまだ若年の身、学ぶことばかりであります。」
「ほう、あの元気をそのまま人の形にした幼き少女がここまで立派になるか、時間の流れとは早い物だな。」
「本題に入りたいのですが?」
「うむ、分かっておる、答えは同意じゃ、むしろ遅かったぐらいかもしれぬ。」
「遅かったとは?」
「そもそも、同盟の依頼はシドー王国の王たる私から話をするべき事であった、しかし、今の私の力及ばず、オッカムル島では商人たちの独立運動が顕在化しその対処で手いっぱいになってしまい、モンゾーラの手を借りることになってしまった。真に申し訳ないと思う。」
「オッカムル島の独立運動ですか?」
「うむ、今のオッカムルでは明確な支配者がいないのだ。先代のオッカムルの支配者が跡継ぎなくこの世を去ってしまってな、今はその後釜になろうと力を持った商人たちがオッカムルの自治権を各々に主張し、オッカムル島は分裂しているのだ。」
「それでは、オッカムル島との同盟は!?」
「うむ、この問題が収束しないことには真の同盟には至らないだろう。」
「なんとしてでも、オッカムルの指導者を擁立するべきでは?」
「うむ、平時ならそれでも良いだろう、だが今の懸念事項はそこではない、魔王だ。」
は、と息を飲む声が使節団の中から上がる。
「そう、魔王の脅威がある中、強引に立てられた指導者なんかについて来るものはいるかな?万が一でも魔王側へつくものが出てくるようであれば、こちら側の不利にもなりかねんのだ。」
王は頭を振ってから話を続けた。
「我々シドー王国としても手を尽くしておるのだが、なまじ商人たちは手堅い、難航しておる。」
「――我々がオッカムルへ参りましょう。」
少しの間の後、姫は快活に答えた。
「何?」
「我々の目的は各島との同盟です、それはもちろんオッカムルだって含みます、なら我々がオッカムルへ向かってもおかしくはないでしょう?」
「オッカムルの統一を手伝ってくれるのか?」
「統一までするかは分かりませんが、オッカムルが手を取り合って魔王と対抗してもらえるまでは尽力します。」
「そうか、それは良い!――そうだ、其方達使節団に兵を貸そう。」
そう言ってうんうんとシドー王国の王は頷いた。
「話が決まったようなので我々はこれからオッカムルへの準備をいたします。」
「うむ、後のことは追って連絡しよう。」
「ありがとうございます。」
玉座を後にした使節団は、今日はシドー城で一夜を明かした。
こんな感じで物語を進めていくつもりですが、書き置きが尽きたので、ここからは不定期投稿になります。
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