遡るは時の流れ (タイムマシン)
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遡るは時の流れ

息抜きの一発ネタ。
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 ダンジョンの『上層』を二人の男女が走っていた。

 一人は金の髪と瞳を持つ少女──【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。もう一人は灰色の髪に琥珀色の瞳が特徴的な獣人の青年──【凶狼(ヴァナルガンド)】ベート・ローガ。

 遠征帰りのため、本調子とはいかないものの、過剰戦力ともいえるLv5の二人の前にモンスターは為す術なく屠られていく。

 ベートは感傷に浸りながら、体を動かしていた。

 

(もうすぐあの兎野郎と出くわす所か……)

 

 この不可解な現象に巻き込まれていると自覚したのは、一年前だろうか。

 ──ベートには未来の知識がある。

 それを聞いて信用する者など恐らく皆無と言っていい。ベート本人でさえ、他者からそんな事を言われたら、まずその正気を疑うだろう。

 しかし、現実としてベートは未来を知っている──いや、過去に戻ってきたと言うのが正しいか。

 

(ったく……どうしろってんだ)

 

 原因は不明。ベートは過去に戻る等という大それた魔法を使用した覚えはないし、ソレらしいきっかけもなかった。加えていうなら、ベートが望んだこともない。望んで過去に戻ってきたならば、ベートは間違いなく、幼少の、家族がいた頃に戻る事を選択した筈だからだ。わざわざ【ロキ・ファミリア】に加入して少し経過した後に戻ってくる必要が無い。

 

 故に、ベートは前回の流れをなぞることにした。遠征などで前回命を落とした者や危機に陥った者を救ったりはしたものの、流れ自体にさほど変化はない。

 他にも、自分と同じ境遇の者が存在しないか探ったりもした。いちいち聞いて回るわけにもいかないので、識別方法は単純。前回と違った事態になっている所を探せばいい。

 この一年で判明した明確に異なる点はいくつかあるが、元をたどれば【アストレア・ファミリア】の存続、これが原因だろう。

 

 ベートの記憶では、【アストレア・ファミリア】というファミリアはオラリオ暗黒期に壊滅している。その生き残りである【疾風】が闇派閥を軒並み潰し、オラリオ暗黒期の終幕となった筈だ。

 しかし、今回はそもそも【アストレア・ファミリア】が存続している。彼女たちが治安維持活動を続けていた結果、その余波を受けて前回と変わった世界になっているのだろう。

 

 では、何故【アストレア・ファミリア】が存続しているのか。この原因を探すのはなかなか骨が折れる。

 何せ、彼女たちは絶大な支持を集めていたのだ。話に聞いた通りなら、前回はダンジョン内で【ルドラ・ファミリア】に罠にかけられた事が原因だとされている。それさえ理解しているならば、後は簡単。闇派閥が動き出す前に捕まえる、それだけだ。

 そして、それは誰かが助言するだけでいい。『危険だから直ぐに取り締まった方がいい』と。

 だから、同じ境遇の者が見つけにくい。彼女たちと親しい者、単に平和を求める者、または彼女たち自身。容疑者が多すぎるのだ。

 

「こんな割に合わねぇ事誰がするかよ」

 そう吐き捨ててベートは探すのを止めた。元の世界に戻る手段も何もかもが不明な以上、そんな下らないことを調べるほどベートは暇ではなかった。戻れるに越したことはないが、戻れなくても別にいい。それがベートの判断だった。

 前回よりも今回の方が遥かに良い世界へと変化している。ならばベートから積極的に行動を起こすことはない。

 

 

 閑話休題

 

 

『ヴォォォォ……!!』

「向こうか……」

 

『ミノタウロス』の雄叫びを聞き届けたベートが風を切って進む。

 この場でベートがすることは何もない。アイズより遅れて到着するだけでいい。そうすれば後に世界最速兎(レコードホルダー)となるトマト野郎が出来上がる。

 そう考えながら、怪物の居る通路に出たベートの目の前には、何故か抜刀していないアイズと、何故かトマト状態になっていないベル、そして、『ミノタウロス』の魔石を手にしている()()()()()()がいた。

 状況を把握しようとベートがアイズに声をかける。

 

「おい、アイズ。何があった?」

「あの人が『ミノタウロス』を倒しちゃった……」

「ああ? なんだよ、これも余波か……?」

 

 アイズが指す『あの人』は自分たちの正面でベルに向き合っている少女──【疾風】リュー・リオン。今の自分たちと同じLv5。第一級冒険者である。

 

「無事ですか? ベル」

「は、はい! あ、あの! ありがとうございます! ……あれ、僕の名前って……」

「…………疲れたでしょう。地上まで送ります」

「でも……」

「────」

「あっ、はい」

 

 リューの有無を言わさぬ圧力にベルが顔を赤らめながら頷く。ベルの様子を見る限りでは初対面の様だが、何故か向こうはベルの名前を知っている。

 そんな二人を見て、アイズが一歩前に出た。

 

「あの、危ない思いをさせてごめんなさい。リオンさんもありがとうございます」

「いえ、こちらこそありがとうございます」

「……?」

 

 アイズは会話に若干の違和感を覚えたものの、気のせいだろうと首を振るった。

 リューとベルが横を通過する。何故かベルの手を繋いでいるが、深くは考えなかった。【疾風】は他人との接触を好まないという話は間違いだったのか、と。

 真っ赤になっているベルに負けず劣らず、耳まで赤くなったリューが何故かアイズを見て、そしてベルを見て顔をほころばせたが、そんな事もあるのだろうと思って。

 

 最後に、リューとベートの視線が交差した。

 

 ◇◇

 

 

(おかしい……絶対あの女怪しい)

 

『豊穣の女主人』にやって来たベートはウェイトレスをしているリューをじっと見た。遠征帰りの打ち上げを『豊穣の女主人』で行うと主神(ロキ)が宣言したため、渡りに船だとベートも参加した。

 どういう訳か、ここは【アストレア・ファミリア】の構成員(メンバー)が偶に仕事を手伝いに来ている。勿論、リューもその一人であった。

 

 ベートとリューに接点らしい接点はない。お互いにファミリアの幹部のような立ち位置にいる分、顔と名前、人となりは覚えているが口が悪く、粗暴だと知られているベートと高潔なエルフであるリューでは、相性が悪い事くらい誰が見ても明らかだったからだ。

 そう、高潔であれば。

 

「ベル、美味しいですか?」

「はい! すごく美味しいです!」

「ふふっ、まだまだありますからね」

 

(おい、これどうすんだ)

 

 ──完全に恋に落ちていた。高潔さなど彼方へ放り投げて恋する少女に変貌している。

 リューとベルが隙間なくくっついている。他のウェイトレスも何事かと手を止めるほどだ。そのうち『あーん』でもしそうな勢いである。

 ベルもご飯よりもどこに視線が向かっているのかを考えれば、彼の気持ちを推し量れるというもの。

 

「ベートさん、まずはご一献!」

「メシ食いましょーよ!」

「ベートさん、こっちにもあるッスよ!」

「うるせぇぞテメーら! ちょっと向こう行っとけ!!」

 

 目の前に出された酒を乱暴に煽り、怒声を浴びせる。それでも全く怯まないファミリアの面々を見て、ベートは大きく舌打ちした。

 

(こっちも面倒な事になりやがって……!)

 

 ここに居るのはベートに命を救われた者たちだ。それ以来何かとつけてベートと行動を共にしようとする者が増えた。要は前回より打ち解けるのが若干早かったという事だ。まあ、以前と変わらずエルフを筆頭にした大部分に悪い印象を持たれているが。

 

(そんで、ここからどうすんだ?)

 

 横で騒ぐ少年少女を視界から排除し、思考する。

 もはや、こうなってしまっては前回の跡をたどることは不可能だろう。本来なら、ここでベートはベルのことを『弱者』として貶す役割を担っていた。それでこそ、『強者』に、世界の摂理に歯向かおうとベルは立ち上がるのだ。

 

 決して口には出さないが、ベートはベルを高く評価していた。

 彼が初めてだったのだ。『弱者の咆哮』を上げて、ベートに魅せてみせた人間は。

 しかし、今回はそれが出来ない。己のファミリアの不始末を他派閥に尻拭いさせた挙句、その被害者を貶すなど、いくらベートでもする気にはなれない。まして、酔っていなければ尚更だ。

 

 では、このまま放っておいて、ベルは強くなるのか。それに対してベートは否──とは答えない。何せベルは一月足らずでランクアップする少年だ。冒険者としての資質は十分ある、それがベートの認識だ。あと彼に必要なのは、きっかけと彼を導く師の存在。それをリューが用意できるのか。

 

 別段、ベルが強くなってもベートに何か得がある訳でもない。極論、ベルが冒険者を止めたとしても何の問題もないのだ。

 しかし、そう割り切れるものでもない。ベートは知っているのだ。ベル・クラネルという少年の輝きを。だから気に食わない、それだけだ。

 そんな時、ベートが思慮に思慮を重ねている最中、二人の会話を優れた五感を持つベートが拾った。

 

「えっ!? リューさんってあの!?」

「はい、よろしければ手ほどきしましょうか?」

「いいんですか? 他派閥にそんなことして……」

「ベルなら問題ないでしょう。アストレア様にも許可は貰ってます」

「あ、ありがとうございます!」

「では、明日から。頑張りましょうね」

 

 はい! と元気よく返事をするベルの頭に兎の耳をベートは幻視した。

 どうやら杞憂だったらしい。熟考していたのが馬鹿みたいだ。

 リューの師としての実力などベートに知る由もないが、アイズよりはマシだろう。それくらいは理解できる。

 詳しくは知らないが、前回は『戦争遊戯(ウォーゲーム)』の時にアイズとティオナがベルの指導を行っていた筈だ。あの二人は隠しているつもりだったのかもしれないが、アレを見抜けていない者はあの場にはいなかっただろう。

 

 くだらねぇ、そう呟いてベートは夜風に当たろうと店の出口へ向かった。どうやらここでもベートの出番はないらしい。

 

 

 ◇◇

 

 

「──待ちなさい。【凶狼(ヴァナルガンド)】」

 

 店を出たベートの背後から、涼しげな声が聞こえた。振り返ると、そこには緑を基調としたウェイトレスの服を着たリューがいた。どうやらいつもの自分を思い出したようだ。先程の少女の面影はなくなっていた。

 

「ああ? なんだよ」

「貴方も()()ですか?」

「──やっぱりテメーか」

 

 半ば確信していることだったが、やはり、正解だったらしい。改めてリューに向き合うと、ベートが口を開いた。

 

「お前は何か知ってんのか」

「いえ、私も気付けば戻っていました。だから過去を──現在(いま)を変えました」

 

 そう口にするリューの瞳には、若干の後悔の色が見られたが、それ以上に安堵や喜びの感情が表れていた。

 

「じゃあ、お前は他にこの現象に巻き込まれてるやつを知ってるか?」

「はい。貴方もよく知る人のはずです」

「……どういう事だ。まさか俺らのファミリアにまだいるってか?」

「そう言ったつもりですが」

 

 知らないんですか、と言外に告げられてベートは停止した。

 他に逆行した者がいる? 誰が?

 動揺を表に出さないように注意しながら、再び尋ねる。

 

「誰だそいつは。いつから知っていた」

「私が出会ったのは丁度、貴方たちが遠征に向かう前でしょうか。酷く動揺していたので、声をかけたら話を聞かされました。内密にして欲しいとの事だったので、誰かまでは伏せますが」

「チッ、まぁいい。じゃあ、最後だ。テメーは何がしてぇんだ。どうして兎野郎を助けた」

「どうして、ですか……」

 

 リューが口ごもる。今のベートの複雑な感情がこもった瞳に射抜かれ、嘘をつくのは憚られた。だから、リューは自身の気持ちを正直に話すことにした。

 

「私は、彼に救われました。彼が私を闇から光の射す方へ導いてくれたのです」

「……」

「それからでしょうか。彼を想うと胸が苦しくなったのです。そして、思った。これが恋だと」

「……あぁ?」

「アリーゼたちにも相談しました。それで、行動を起こした。誰かに取られる前に、私が彼を──」

「──おい何やってんだ」

 

 思わずベートは頭を抱えた。それだけの理由でベルを助けたのか、と。

 やはり、いつの間にか前回の【疾風】はどこかへ行ってしまったらしい。高潔、貞淑で知られているエルフとは思えないほどだ。今もリューは顔を赤らめながら、モジモジしている。テメーはそんな奴じゃなかっただろうが、と叫びたい気分だ。

 

「──【疾風】」

「はい」

「お前の言ってる奴はアイズじゃねぇんだな」

「……はい、違います」

「……そうかよ」

 

 それだけ確認して、ベートは店に戻った。見事にベルの師のポジションを奪われたアイズであるが、考えてみればそれも良い事だと思える。

 何かと勘違いするファミリアの者(馬鹿ゾネス)がいるが、ベートは別にアイズに惚れ込んでいる訳では無い。ただ、飽くことなく強さを求め続ける彼女が、自分の求める理想だっただけだ。

 それを踏まえると、ベルとの接触がなくなるのはある意味ベートの求める展開だ。これ以上、心を許せる者を増やしても彼女が立ち止まる危険を増やすだけに思えた。

 

 そして、自分の座っていた場所に戻ろうとした時、

 

「ア、アイズたん? ちょっと待って無理死ぬ死ぬ死ぬ!!」

 

 ロキの悲鳴が聞こえた。

 横を見れば、アイズがロキの首を締めにかかっている。

 

「アイズさん! ロキが死んじゃいますよ!? 相変わらずお酒は弱いんですね……」

「ちょっとアイズ、何してんの!?」

 

 レフィーヤやティオネたちも騒ぎ出した。アイズの目は焦点が合っておらず、手元からは酒の匂いのしたジョッキが空になって置いてある。

 

「ったくよォ、何やってんだよアイズ」

「ベルが……私のベルが……」

「ベル? あの兎野郎がなんだよ。…………ん?」

 

 アイズが勢いよくベートを見つめてくる。信じられないものを見たような目付きだ。

 ベートも気付いた。何かがおかしい、と。

 

(なんでアイズが兎野郎のこと知ってんだ?)

 

 今回は助けた相手が違う。接点はない筈だ。では、どうして。

 そこまで考えて、思い至った。

 

(おいおい、まさか……)

 

「ベートさん、どうしてベルのことを知ってるの?」

 

 すっかり酔いの醒めた目で、掴みかかるような体勢でベートに迫る。

 

お前(アイズ)も戻ってきたのかよォォ!!)

 

 

 

 




ベート・ローガ:原作開始一年前くらいに逆行。今作が続くことがあれば苦労人になっていただろう。アイズとリューの双方から話を聞かされて胃が痛くなってそう。

リュー・リオン:ファミリア壊滅前まで逆行。すぐさま【ルドラ・ファミリア】を取り締まって窮地を乗りきる。今作の勝利者。一番キャラ崩壊してるよ君。【ロキ・ファミリア】の遠征帰りを狙ってベルの心を射止める策士。このリューさん原作二十巻くらいから来てそうだな。

謎の逆行者:リューが言ってた人。出した意味は全くない。文字数を稼ごうとしたら出てきた凄い人。今作が続くことがあれば友の窮地を救うことがあったかもしれない。しかし、リューたちが軒並み闇派閥を潰しているから、原作通りの事件が起こることは無いかもしれない。

アイズ・ヴァレンシュタイン:誤って酒を飲んだら逆行した。なんでだよ。策士によってベルを取られた。今作が続くことがあれば、ベルの心を再び取り返そうと努力してそう。これがNTRッッ!

ベル・クラネル:オラリオの中でも指折りの実力者(美人)に惚れられてる。逆行していないから、原因が全く理解出来ていない。勿論レアスキルは手に入れているから、レコードホルダーになる兎。外堀をめちゃくちゃ埋められることになるだろう。



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ベート・ローガの憂鬱

続いた
特にストーリーを求めて書いている訳では無いので、飛ばし飛ばし逝くよ。戦闘シーンとか書くとエタるからね。


「ベートさん、見てください」

「……何度目だこの記事見るの」

「もっと、よく見てください」

「見たっつってんだろうが!」

 

 たまらずベートが叫ぶ。アイズが手に持っているのは、一枚の張り紙。

 

 ──所要期間、一ヶ月

 ──ベル・クラネル、Lv2到達

 

「それで、今回はどうやってランクアップしたんだ?」

「前と同じ、ミノタウロスを撃破したらしいです」

 

 つくづく縁がある奴だ、と口には出さず、内心思う。

 今回はベルが『ミノタウロス』と戦うのがベートたちの遠征開始日ではなかった。おかげさまで遠征は滞りなく進んだ。前回と変わらずイレギュラ──―闇派閥(イヴィルス)によって宝玉を埋め込まれたモンスターとの戦闘──はあったものの、何名かは二回目となる戦いだ。苦戦は強いられたが、犠牲を出すことなく勝利し、先にランクアップしたアイズ以外のLv5だった眷属も無事ランクアップした。

 

 張り紙に載っている精微なベルの似顔絵を見て、アイズの顔が心なしか緩む。ベートはそれが気に食わなかったのか、少々の苛立ちを孕ませ、口を開いた。

 

「まァ良かったじゃねぇか、アイズ。お前がいなくても兎野郎は強くなってんだからよ」

「良くないっ……です」

 

 先程とは打って変わって、アイズが不満げな表情を見せる。

 

「ベルがランクアップしたのが、前より遅い。私が教えた方が、ベルのためになります……!」

「はぁ? せいぜい一週間だろ、大差ねぇよ」

「あります……!」

 

 ベートが呆れたとばかりに、大きく息を吐く。

 アイズはどうやら、その数日の遅れが気に入らないらしい。本来、ランクアップ──器の昇華──には、多大な時間を要する。今までの最短記録であったアイズのランクアップでも一年。そう考えると、数日の差など誤差の範囲だとベートは思っていた。

 

「あの人もベートさんと同じことを言った……。ベートさんはどっちの味方ですか……!」

「──ちょっと待てアイズ」

「はい?」

「お前、まさか言いに行ったのか……?」

 

 掠れた声でベートが尋ねる。今、彼女が聞き捨てならない事を口走った気がした。

 あの人も同じことを言った? あの人? アノヒト? 

 もしかしなくても、それが【疾風】だと理解してしまったベートは、嘘であって欲しいと希望を込めた瞳でアイズを見つめる。

 このままでは、またこの二人のくだらない諍いに巻き込まれてしまうのだ。そんなもの御免こうむりたい。

 しかし、現実はいつも非情で、

 

「もちろん……」

 

 アイズは、やってやったとばかりに、手を小さく握り締めていた。見事なドヤ顔である。子供じみた自尊心が満たされているのが手に取るように分かった。巻き添え確定、ベートはガックリと肩を落とした。

 

 なお、そんな間にも、ベルはリューに連れられて【アストレア・ファミリア】のホームに入り浸り、外堀を埋められている。勿論、ヘスティアも籠絡済みである。【策士】リュー・リオンは抜かりない。

 ヘファイストスの館を追い出された後、ジャガ丸くんを、宿を、【アストレア・ファミリア】との繋がりをリューに与えられたヘスティアである。既にリューを信頼している。前回のアイズとは違うのだ。

 

(どうする……!? こんな時、フィンなら、ジジイなら、ババアならどうする……!?)

 

 そんな現状をアイズ()全く知らない。脳をフル回転させ、自分の被害を限りなく減らそうとする。こんなどうでもいいような出来事で、先達たちの偉大さを思い知ることになるとは露にも思わなかった。今度からは、フィンたちになるべく反抗しないようにしようとベートは心に誓った。

 そして、偉大な団長たちの背から解決策を授かり、ベートは、

 

「俺はどっちの味方でもねぇよ。それはテメーの力()()で勝ち取る問題だろうが」

 

 そう言葉を残して、颯爽と部屋を後にした。ベートはフィンの背中から学んだのだ。大局を見た。少しの犠牲には目を瞑った。失うのはアイズの好感度、得るのは自身の平穏。『民衆の英雄』であり、『異端の英雄』ではなかった、『奸雄』としてのフィンの判断を参考にした。

 

 この後に待つもう一つの試練を前に、体力を使い切る訳には行かないのだ。しかし、それも今のベートには乗り切れる気がした。ガレスのように大胆に、それでいて、リヴェリアのように冷静に対処すれば道はあると信じて。

 

 

 ◇◇

 

 

「なるほど……助かりました【凶狼(ヴァナルガンド)】」

「あァ、じゃあな」

「──いえ、まだ待ってください」

「待たねぇ。後のことは全部テメーの仲間に頼れ。俺とお前は赤の他人だろうが」

 

 ぶっきらぼうにベートが言う。ギルドに向かう途中でリューに捕捉されたベートは、そのまま『豊穣の女主人』に足を運んだ。

 リューとベートは一週間に一度ほど、顔を合わせて情報交換を行っている。するのは前回の世界で身近に起こった事件の共有だ。

 世界が変化しているとはいっても、どうやら食人花やレヴィスなどの脅威は消えてなかった。案外、そういった悪も無くなっているかと考えていたが、そこまで都合はよくないようだ。

 

「まだもう少しだけ……」

 

 情報交換も終わった事で、さっさと目的を果たそうとするベートをリューが引き止める。普段のベートなら、こんな事を気にも止めず背を向けて歩き出しているが、そういう訳にもいかない。

 以前、ベートはリューの相談をガン無視して、ろくに話も聞かなかったことがあった。その結果、待っていたのはリューの暴走。そして、それを知ったアイズの暴走である。

 荒れるアイズ。黄昏の館に乗り込んでくる【アストレア・ファミリア】。地獄を見たベートは二人に協力することになった。

 椅子に座り直したベートが舌打ちをして、口を開いた。

 

「チッ、なんだよ」

「ベルの事なんですが」

「そんな事は分かってんだよ! その先を言え、先を」

「ランクアップしたので、彼にプレゼントをしようかと思ったのですが、同性の貴方から何か案をと……」

「知るか! そんなのテメーで考えろ!!」

「……む。では、料理の試食を──」

「帰る」

 

 座り直したのもつかの間、すぐさまベートは逃走を計った。

 ──女性の手作り料理。それは男のロマンである。ベートとしては、大層なものとは思わないものの、一般的にソレは好まれる傾向にある。おそらくベルもその類いに入っているだろう。

 しかし、それは『美味しい』が前提である。中には、美味しくなくても愛があればOKという意見もあるが、当然ながらベートとリューの間に愛も恋も存在しない。お互いに逆行者として奇妙な関係を築いてはいるものの、所詮そこ止まりである。友達ですらないのだ。

 

 では、リューの料理はどうなのか。

 ──余談ではあるが、【ロキ・ファミリア】の女性は料理上手な者が多い。料理を作ることは少ないが、リヴェリアもレフィーヤもファミリア内では結構な腕前である。そんなファミリアで暮らしているベートが『エルフは料理が上手い』と先入観を抱いてしまうのは無理のない話だった。

 だから、リューの料理をベートは食べたのだ。その時の衝撃といったら、筆舌に尽くし難い──とまでは言わないが、決して美味ではなかった。当然、ベートはその料理に対して散々な評価を下した。

 曰く、今まで食べたエルフの料理の中で最低クラス。

 曰く、戦闘以外に興味を示していなかったアイズと同レベル。

 並の女性なら泣いて文句を言う所であるが、リューは挫けなかった。その後も修練を重ね、徐々に成長していた。そして、練習量に比例して、微妙な味の料理が量産されている。今回の試食というのも、それを食べるのだろう。

 

「逃がしゃしないよ、小僧」

「なっ──」

 

 しかし、店の出口には『豊穣の女主人』の店長、ミア・グランド。歴戦の猛者の王気(オーラ)を放つ強者が、ベートの逃走経路を塞いだ。

 他にも複数のウェイトレスがミアの後ろに追従し、犠牲者(なかま)を作ろうとしている。

 

「こっちは、そこのポンコツエルフ作の料理を食べなきゃいけないんだよ」

「人手は多いに越したことがないニャ!」

「なんで俺なんだよ! こいつのファミリアを呼びやがれ!」

「アリーゼたちは既に……。それと、私はポ、ポンコツではない。訂正してもらいます」

 

 どうやら【アストレア・ファミリア】の眷属は既に被害者の立場にあるらしい。彼女たちとも大した縁はないが、何故か仲間意識を感じた。

 

「クソが……!」

 

 力なくベートが呟く。どちらかに肩入れしてはいけず、どちらにも反応しないことも許されない。これは、二人に平等に接し、情報交換の架け橋となっているダブルスパイベート君の避けられない試練である。

 もはやこれまで。運ばれてきた大量の料理を前に、確かにベートは戦慄した。そして、ファミリアの先達のことを思い浮かべながら──一気に料理をかき込んだ。

 そのまま料理を平らげたベートは口数も少なげに店を後にし、誓った。

 

(──しばらくはギルドと店の通りには近寄らねぇ)

 

 まだ時間は昼過ぎといったところだが、今日の夕餉を食べることはないだろうと思えた。というか、食べる気がしなかった。口に何も入れたくはなかった。

 

 ──しかし、まだベートは知らない。館に帰るとアイズが料理の練習をしていて、その味見役になることを。そして、その影響で、次の日に寝込むことになることを。

 




ベート・ローガ: 二人の高度(笑)な恋愛頭脳戦(大嘘)に巻き込まれた可哀想な狼。そろそろこいつもキャラ危ないな。

リュー・リオン: 料理の練習中。

ヘスティア: リューに篭絡された。まあ、バイト始めるまでは駄女神だったらしいしね。こんなもんでしょ(適当)

アイズ・ヴァレンシュタイン: 勝ち目ある? 無理じゃない?

ベル・クラネル: 原作通りのイベントをこなしつつ、無事Lv2へ。【アストレア・ファミリア】でハーレムとか作らないよね? 大丈夫?


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第一次神会対戦

二回目があるとは言ってない。


 神会(デナトゥス)。それは神々が情報交換を行う場。

 しかし、神はそんな事に興味はない。彼らの関心ごとは──

 

「じゃあ、次はお待ちかねの──命名式や」

「よっ! 待ってました!」

「このために今日は来たんだからよー」

「お前ら、頼むからじっとしててくれよ!? 今回は俺の子が居るんだ!」

「なぁに、俺たちに任せとけ。お前の眷属は──カッコイイ二つ名付けてやらねぇとなァ!」

「チクショォォォォォ!!」

 

 司会のロキの言葉を皮切りに、神々が悲喜交々の声を上げる。このバカ騒ぎこそが神々の真骨頂。退屈を嫌う本性があらわになる、その瞬間。

 

(これが、神会ッ……!)

 

 そんな彼らを見て、ヘスティアが小さく呻いた。この会合に参加するための条件は、眷属がランクアップした経験があることである。故に、眷属が初めてランクアップしたヘスティアは、当然ながら、初参加である。

 

(大丈夫、無難な二つ名を取ってきてやるぜ、ベル君!)

 

 ヘスティアが内心、そう決意している最中も会議は続く。ロキやフレイヤ、アストレアといった実力のある派閥はこの会議でも多大な影響力を有し、基本的には主神が望んだ、または無難な二つ名が付きやすい。

 しかし、

 

「決まりやな! アンタのとこのカーラの二つ名は──【暗黒微笑(ダークネススマイリング)】や!」

「Foooooooooo!!」

「ウソだろォォォォォ!? 早まるな、考え直してくれェェェ!!」

 

(これが、地獄か……)

 

 このように、大派閥ではない、所謂弱小ファミリアでランクアップした者が現れると、神々の格好の餌食となる。

 神は他派閥の眷属にイタい二つ名を与えることで、日々のストレスや退屈をしのぎ、冒険者たちは神の独創的すぎる命名センスに感嘆の声をもらす。まさにwin-winの関係である。二つ名を付けられた眷属の主神以外は、だが。

 

 倒れ込んだ男神を見て、ヘスティアは合掌した。ヘファイストスの話によると、再びランクアップした際に、二つ名が変更になることがあるそうなので、その時まで頑張ってくれたまえと無責任なエールを贈る。ヘスティアも明日は我が身──というより、次は我が身である。他のことに気を取られている場合ではなかった。

 

「次は──ドチビのとこのちんちくりんか」

 

 ロキがそう口にした瞬間に、一斉に視線が集まる。視線を一身に引き受けたヘスティアは最後の抵抗とばかりに、大きく胸を張った。

 

 ◇◇

 

(あんのドチビ調子乗りやがってぇ……!)

 

 自身の双丘を大きく主張しているヘスティアを見て、ロキが毒突く。

 抜かれることはないとタカをくくっていたアイズの記録を軽々と更新されたのだ。よりにもよって、犬猿の仲であるヘスティアに。

 隠蔽や工作などを行っていたならば、まだ理解できるのだが、

 

「ドチビ、ほんまに反則(チート)使ってないんやろうな」

「つ、使ったわけないだろ! ベル君はちゃんと自分の力でここまで来たんだ!」

 

 犬猿の仲とは言ったものの、ロキもヘスティアの人となりは十分理解している。その彼女が言うのであれば、ベル某は本当に一月ほどでランクアップしたのだろう。

 ならば、ロキに残されたヘスティアへの嫌がらせの手段はイタい二つ名を与えることだけなのだが……。

 

(……あかん! そんなんした日にはウチがアイズたんに殺される! )

 

 アイズに対する恐怖でその考えを振り払う。なんでこんなことになったんや、とロキは思わずにはいられなかった。

 

 ▶▶

 

 時は神会の前日まで遡る。次の日に始まる神会に思いを馳せているロキのもとに、二人の眷属が訪れた。

 

「おー、なんやアイズたんとベートか。急にどないしたん?」

「俺は付き添いだ。何でも、アイズが言いたいことがあるんだとよ」

 

 ほとほと嫌そうな顔をしているベートに対して、アイズの表情は真剣そのものだ。部屋に入ってきた二人に椅子を用意し、ロキ自身もベッドに腰掛ける。深刻な面持ちのアイズを見て、どんな話だとロキも身構える。

 

「あの、ベルがランクアップしたから、ちゃんとした二つ名を付けてあげて欲しくて」

「ベルぅ? ウチのファミリアにはそんな名前の奴おらんかったはずやけど」

「ちげーよ、アイズが言ってんのは他派閥の冒険者のことだ」

「ヘスティア様の眷属で……」

「ヘスティアやと!? あのドチビのとこの子がランクアップしたんか!」

 

 衝撃のあまり、ひっくり返りそうになるのをなんとかこらえる。

 出来立てホヤホヤの弱小ファミリアから、ランクアップした者が現れたとなれば、神々の大きな関心を引くだろう。

 しかし、今のロキにはそんなことよりも気になることがあった。

 

「で、アイズたん。ドチビの眷属とどういう仲やねん。まさか、男か!? 恋とか言わんよな!?」

「そんなこと……」

「いや、どんなこと!? 答えになってないやろー!」

 

 ロキの怒涛の質問ラッシュにアイズがおののく。答えに窮したアイズはベートの方をチラリと見た。代わりに答えてと言わんばかりのアイズに、ベートは若干イラッとしながらも答える。

 

「遠征帰りに兎野郎に迷惑がかかったから、その罪滅ぼしに何かしたいってコイツが言い出したんだよ」

「なるほどなるほど。じゃあイタい二つ名を付けたりしたら……」

「斬ります」

「────分かりました」

 

 ロキは思わず敬語で答えた。

 

 ▶▶

 

(ちゃんとしたのってどんなんや……? 無難なやつならセーフか)

 

 あの時のアイズは、変な二つ名であれば容赦しないと、金の瞳が雄弁に語っていた。あの後、ベートに泣きついて二つ名を一緒に考えてもらった。勿論、フィンたちも呼んで大ごとに発展したが、ロキとベートの安全がかかっているのだ。睡眠時間は大幅に削られたが、いくつか無難な案が思い浮かんだ。

 

「案がある奴はどんどん言ってってなー」

 

 司会としての仕事をこなした後、再び思考に時を費やす。

 ロキとヘスティアの仲は神々の間では割と有名な話である。そのロキが先陣を切らなかったことに疑問を浮かべつつも、神は思い思いの案を述べていく。

 

(さてと、ここからどうやって場を誘導するか……)

 

 ロキはこの大喜利大会のような会議を、どうにか無難な命名式に戻す必要がある。しかし、彼女はヘスティアのために下手に出るなどゴメンである。そこで、司会の立場を存分に利用して、場の意見を纏める感じで無難な二つ名を付けることを画策した。

 

「そや、ドチビ。自分なんかいい案ないんか?」

「えっ! 良いのかいロキ!」

「ドチビの子で最後やし、ウチらも疲れてんねん。聞くだけ聞いたる」

 

 ヘスティアが歓喜に満ちた表情を浮かべる。ヘファイストス等の親交がある神には、無難な二つ名のために協力を要請しているが、まさかロキからこんなチャンスを振られるとは思いもしていなかった。

 

「じゃあ、無難なやつで! 【リトル・ルーキー】とか【白兎】とかそんな感じの!」

「エラく普通やけど……まあ、別にいいか。皆もええよなー」

 

 よく言ったとロキが内心拍手する。

 ロキもヘスティアがイタい名前より、無難なものの方を求めていることくらいは理解している。敢えてヘスティアに発言権を与え、その案を採用しようという魂胆だ。

 このロキの行動に違和感を覚える者がいようとも、それを口に出す者はいない。鬼気迫った顔をしたロキに、そんな指摘をしようものなら後で何をされるか分からないのだ。自分から最大派閥に喧嘩を売るような真似をする神は──

 

「あら、どうしたのロキ? あなたらしくもない」

 

 居た。【ロキ・ファミリア】と最大派閥の名を争っている、世界最高位の階位(レベル)の眷属を有す【フレイヤ・ファミリア】。その主神たるフレイヤは当然のように発言した。

 

「なんや、フレイヤ。じゃあ自分になんかいい案があるんか?」

「いいえ。でも、無難というのは少し物足りなくないかしら。少しばかり刺激が欲しいわ」

 

(この色ボケ女神ィ……)

 

 ロキの顔が盛大に歪む。せっかくまとまりつつあった場が、フレイヤの一声で再びざわつき始めた。単身ロキに歯向かうのは誰もが遠慮するところだが、フレイヤという後ろ盾があれば話は別だ。刹那のスリルを求めて、我先にと案を出していく。

 

 この時点で、会議の勢力は三つに別れた。一つ目はロキについた、無難な二つ名を良しとするグループ。二つ目はフレイヤについた、それを良しとしないグループ。そして、三つ目が対立する神々を見て、中立の立場をとったグループだ。ヘルメスなんかは真っ先に中立の立場をとり、ニヤニヤと笑みを浮かべている。

 

(あと誰か、こっちにつくやつがいたら……!)

 

 場は均衡状態を保っていた。中立派からどちらかのグループに属することがあれば、それでこの勝負は決着がつくだろう。負けたらどうなるか分からない以上、ロキとしてはこの際ヘルメスでもいいから味方して欲しいくらいだった。

 すると、そこに、

 

「──少し、いいでしょうか」

 

 中立を保っていた一柱の女神が手を挙げた。下界の子のみならず、神すらも魅了する美貌を持つフレイヤとは違ったタイプの美人。凛とした雰囲気を纏った『正義』を司る女神──アストレアが戦いに参戦した。

 

「アストレアにも聞いとくわ。無難なものか変なもの、どっちがいいと思う?」

 

 先手必勝。ロキがアストレアに尋ねる。お前はどっちの味方だと。【アストレア・ファミリア】は人数こそ多くないものの、第一級冒険者が複数名在籍している力ある派閥である。ロキもフレイヤも一目置いている彼女に勝敗は委ねられた。

 アストレアはやや困ったような顔を浮かべながらも、やがて口を開いた。

 

「そうですね……。私は無難なものではなくても良いと思います」

「えっ!? そんな……」

 

 ヘスティアが泣きそうになる。ロキもヘスティアと同じ思いだ。彼女は今、こちら側にはつかないと宣言したのだ。

 しかし、アストレアは「でも」と話を続けて、

 

「変な二つ名を付けてしまうのは、ベルがかわいそうです。フレイヤ、貴方も分かってくれますね?」

 

 フレイヤに向き直して、そう言った。フレイヤも別にベルにイタい二つ名が付いて欲しい訳では無い。ロキにちょっかいを出した後は、それらしいものに誘導するつもりだったのだ。特にアストレアの発言を訂正することもないので、素直に頷く。

 

「アストレア、あなたはこの子の二つ名の案を持っているの?」

「はい。話に聞いた所によると、ベルは非常に純粋で夢見る少年のようです。そうですね、ヘスティア」

「う、うん」

「ならば、彼はカッコイイ二つ名を求めていることでしょう」

 

 物語の英雄のような、そうアストレアは付け加えた。

 神が皆一様に考え込む。そんな二つ名を与えたのは何年前だっただろうか、と。

 

「英雄ねぇ……偶にはそういうのもいいか」

「おーい、ヘスティアー。こいつの特徴ないのかよ。戦闘スタイルとか、そんな感じの」

「うーん……」

 

 寄せられたいくつかの質問に悩む。当初予定していた流れとはだいぶ異なっているが、このままなら酷いことにはならなそうだとヘスティアも安堵した。

 そして、ヘスティアが素直に質問に答えようとすると、

 

「ベルは武器にナイフを用います。彼は速さに特化していて一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)の戦法らしいですよ」

「アストレア、キミ詳し過ぎないかい!? そこまでボク教えてないよね!?」

 

 何故かアストレアが答えた。思わずヘスティアも突っ込む。アストレアは意味深な笑みを浮かべている。

 

「それで、私の案でしたね──」

 

 結局、彼女の意見が採用された。

 

 

 ◇◇

 

 

「あ、神様! おかえりなさい」

「ただいま、ベル君」

 

 神会でヘトヘトになったヘスティアをベルが迎え入れた。ホームである廃教会は未だに二人きりの空間であり、閑散としている。

 

「か、神様っ。僕の二つ名決まったんですよね!」

「うん、決まったよ」

 

 ベルの顔が分かりやすいほど明るくなる。何かと彼の周囲は大変なことになっているが、当の本人は英雄に憧れる少年である。純粋なのだ。

 

「それで、何になったんですかっ」

 

 待ちきれないとばかりに、ヘスティアの傍にベルが近寄る。ヘスティアは苦笑しつつも、決定したベルだけの二つ名を告げた。

 

「ベル君の二つ名は──【韋駄天(アキレウス)】だってさ」




ベート・ローガ: 寝不足。余談であるが、アストレアとも若干の関わりがある。どうしてだって? そんな事聞くまでもないじゃないか。お前はそろそろ怒ってもいい。

ロキ: アイズに脅された。

アストレア: ベルについて詳しい。誰のおかげかは言うまでもない。

ヘスティア: 眷属の個人情報がめっちゃ漏れてる。ビックリした。

ベル・クラネル: だいたいベルの二つ名は二次創作界でも無難なものが多いから、ちょっと違うのにしてみた。ペルセウスがOKならこれもいいだろう。


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閑話 ベル・クラネルのある一日

たった三話(実質二話)でアニメで言う所の八話くらいまで終わったことに驚愕。
そして、前回の更新から数ヶ月経っていることにも驚愕。これは少しネタバレに配慮しようとした結果、アニメが始まるまで待機してたということにして許して。



 ベル・クラネルの朝は早い。理由は特訓があるからだ。

 運がいい事に、第一級冒険者であるリューやアイズとの面識を持ったベルは、彼女たちから戦闘の手解きを受けることになったのだ。

 祖父の影響で『ハーレムを作る』という一見無謀な計画を立てていたベルだが、蓋を開けてみればどうだろうか。ヘスティアを筆頭に数多くの美少女と出会う事に成功している。ここまで来ると出来すぎを疑うレベルである。これが仕組まれているならともかく、全て偶然なのが恐ろしいとベルも思わずにいられない。

 

「それじゃあ神様、行ってきます」

 

 返事はない。

 主神(ヘスティア)が惰眠を貪っている早朝五時過ぎ、ベルはホームを後にした。目指す先は【アストレア・ファミリア】の本拠地──『星屑の庭』だ。

 

 

 静謐さを残した通りを進む。冒険者の街といわれるオラリオでも、こんな早朝からダンジョンに挑もうとする者は少ない。

 

「あっという間だったなあ……」

 

 激動の冒険者生活を顧みて、苦笑する。

 ベルが冒険者になってからまだ二ヶ月も経過していない。しかし、この二ヶ月は他の誰よりも濃密な時間だったと自負している。

 

 オラリオに来てヘスティアのたった一人の眷属になり、冒険者となった。それからしばらくして、運命の出会いをする。輝くような金の髪に空色の瞳を持ったエルフの冒険者、リューとダンジョンで出会ったのだ。あの瞬間を契機として、ベルの運命は加速し始めた。

 

 リューに教えを乞い、冒険者としての能力を磨き、『怪物祭(モンスターフィリア)』で大立ち回りを演じ、リリという小人族(パルゥム)の少女と行動を共にする事になり、遂にはランクアップまで成し遂げた。

 つい先日も、ヴェルフ・クロッゾという鍛治師の青年と友好関係を結び、今の生活はまさに順風満帆といったところである。

 時折、第一の師匠であるリューと第二の師匠であるアイズがにらみ合っていると聞くことはあるが、リューもアイズもベルの前ではそんな素振りを見せてはいなかったので、そんなものは所詮ただの噂に過ぎないとベルは考えていた。現実は非情であることを純粋なベルはまだ知らない。

 

 

 ◇◇

 

「あっ! アリーゼさん!」

「あら、ベルじゃない! 今日もリオンと訓練?」

 

『星屑の庭』にたどり着いたベルを迎え入れたのは【アストレア・ファミリア】の団長であるアリーゼだった。

 人懐っこそうな顔立ちに、オラリオではあまり見かけない『ポニーテール』という髪型。元気溌剌という言葉が似合う少女はベルよりも五、六歳年上のはずなのに、ベルの目にはどこか幼く映った。

 

「はい! 午前中ならリューさんが空いてると言っていたので」

「……んー。そうだ! リオンが来るまでもう少し時間があると思うから、その間に私と訓練しましょうか!」

「ちょ、ちょっと待ってくださいアリーゼさぁん!?」

 

 せっせと訓練の準備をするアリーゼにベルが悲鳴を上げる。

 ──アリーゼ・ローヴェル。体と武具に炎を纏わせることが可能になる稀有な魔法を有し、次々と自身の器を昇華させていった彼女に与えられた二つ名は『紅の正花(スカーレット・ハーネル)』。第一級冒険者(アイズやベート)とならぶLv6。加えて言うのであれば、手加減が苦手である。リューも大概だったが、アリーゼはさらにひどかった。初めて訓練を行ったとき、アリーゼに思いっきり投げ飛ばされて意識を飛ばしたのは記憶に新しい。

 

 

「大丈夫よベル! Lv2になったあなたなら問題ないわ!」

「──無理に決まっているだろう、団長。そう言って何度ベルの意識を飛ばしてきたのか」

輝夜(カグヤ)さん!」

 

 そう言って副団長である輝夜がベルとアリーゼの間に割って入った。絹のように滑らかな黒髪に極東の衣装である着物を着た輝夜はまさしく『大和撫子』と呼ぶにふさわしい。

 

「久しぶりだな、ベル。言うのが遅れたが、ランクアップおめでとう」

「ありがとうございま──うぷっ」

「あぁ、この金の卵をリオンが独り占めするのはいただけない。今日は私が存分にしごいてやろう」

「か、輝夜さん!? は、離してください……!」

「あらあら、クラネル様。そんなに顔を赤くしてどうなさいました?」

 

 くすくすと笑いながら、ガラリと口調を変えて輝夜がベルに問いかける。極東では高貴な身分であったらしいので、その時の名残なのか、はたまたこれが素なのかは定かでないが、一つ言えるのは、この口調の時の輝夜は決まって誰かをおちょくるのだ。

 今も初心なベルを抱きしめ、反応を楽しんでいる。しかも、胸が当たろうと下着が見えようと関係なしとくる。まさにベルの天敵だった。

 

「まったくもう。あんまりベルをいじめちゃだめよ?」

「団長には言われたくはないがな。なぁベル、正直に言って団長やリオンに教わるより私のほうがいいだろ?」

「い、いや……今日はリューさんとの約束なので……」

「むぅ、リオンに義理立てする必要などない。私を選んだほうが良いことがたくさんあるぞ?」

 

 ベルの目を見て妖艶にほほ笑む輝夜に二の句が継げないでいたその時、

 

 

「──ほう」

 

 

 底冷えするような声がベルたちの背後から放たれた。

 

「輝夜、面白い冗談を言う。是非ともその良いことについて教えてほしい」

「リ、リューさん……?」

「おはようございます、ベル。申し訳ありませんが訓練はもう少し待ってください。先にこちらの用事を済ませます。なに、すぐに終わらせます」

 

 リューが小太刀を取り出し輝夜の前に立つ。それを見た輝夜もベルから離れると、同じように武器を手に取った。

 

「すぐに終わらせるとは大きく出たな。お前に剣を教えた者が誰か忘れたのか?」

「忘れてなどいない。だが、いつまでもベルに手を出しているところを見過ごすわけにはいかない」

「では、さっさと始めるとするか。()()()()の訓練の時間が無くなってしまう」

「────」

 

 ヤバい。このままではこの二人は全力で戦うだろうというのがベルにも理解できた。何とかしてもらおうと、縋るようにアリーゼの顔を見るが、とうのアリーゼはニコニコとしたまま、

 

「なら審判は私がやるわね! 使っていいのは木刀、魔法は無しで!」

「それで構いません。魔法をありにしてしまえば勝負になりませんからね」

「──ほう」

 

 今度こそ二人の目の色が変わる。強い意志を宿した瞳がお互いを射抜く。もはや訓練がどうとか言っている場合ではない。

 

(ど、どうすれば……!?)

 

 発端がベルの以上、ベルが言えばこの争いは止まるのか。──否、ここまでくると止まらない。

 では、まだ館にいるファミリアのメンバーを呼べばいいのか。──否、余計に油に火を注ぐことになるのが明らかだ。

 ならば一体どうすれば──。

 

「──なら、ベルは今日私と訓練することにする」

 

 突然、門を堂々とくぐってきて、金の髪と瞳をもった少女が宣言する。軽やかな足取りでベルの元にたどり着き、手を握って確保する。

 

「ア、アイズさん!? どうしてここに……?」

「気にしないでいい。私はたまたま通りがかっただけ。そうですよね、ベートさん」

「……あぁ、そうだな」

「ベートさんまで……」

 

 アイズに続いてベートも門をくぐってくる。どういうわけか目に生気が宿っていないが、窮地に駆けつけてくれた喜びと安堵でベルはそれに気付かなかった。

 

 一触即発の雰囲気だった輝夜とリューも突然の来訪者に思わず武器を下ろす。

 

「【凶狼(ヴァナルガンド)】……どういうことですか?」

「知らねぇよ、俺に聞くな」

 

 まず口を開いたのはリューだった。約束が違うぞと言わんばかりにアイズとベートに視線を向ける。

 しかし、ベートからすれば堪ったものじゃない。

 こんな朝早くからアイズに叩き起こされて向かった先が他派閥のホームの監視とくる。しかも、向こうでトラブルがあったのを察知すると乱入して漁夫の利を狙うというオプション付き。今ここで怒鳴り散らしていないことをほめてほしいくらいだ。

 

「……あなたたちにベルは任せられない。ベルは私と訓練する、の……!」

 

 こんな状況になってもアイズは我が道を行く。それはさながら、お気に入りの玩具を取り返そうとする子供のごとく。

 

「リオン」

「ええ、一時休戦といきましょう。どうやら先に【剣姫】にお灸をすえる必要があるらしい」

「また館を壊したらアストレア様に叱られるわよ?」

「問題ない、今の私はLv6。あなたたち二人には負けない」

 

 アイズの言葉を受けて、リューと輝夜が手を組み、アリーゼは我関せずと後ろに下がった。ベルは急激に変化する状況についていけずアタフタし、ベートは大きくため息をついた。

 そうして三人の剣戟が繰り広げられる。オラリオでも屈指の実力を持った三人──特にリューとアイズの鬼気迫る様子を見て慄くベルの頭をベートは小突いて、

 

「巻き込まれねぇ内にさっさと帰るぞ、兎野郎」

 

 ベルを引っ張りながら出口へ歩き出した。再度大きなため息をついてベートは空を見上げた。

 どうにか全てが穏便に解決する方法はないものか、と。

 

 

 ◇◇

 

 

 ざわざわと喧騒が鳴りやまぬ巨大なホームの中、独り酒をあおる男がいた。

 ここはどこだ。己は何者だ。これはどういうことだ。──一体()()()()()

 繰り返される自問自答。瞋恚の炎を瞳に映しながら、自身の内側から巻き起こる感情に耐えていた。

 もはやここがどこで己が何者で今がいつだろうと関係ない。倒すべき敵さえ理解しておけばそれでいい。

 

「ベル・クラネル……! 【()()()()()()()()】……!」

 

 過去に──未来で、ファミリアを、神との繋がりを、己の地位を奪った男の名前を吐き出した。

 




ベート・ローガ:最近は世界平和について考えている。

リュー・リオン:敵がだんだんと増えてきてることを危惧している。

アイズ・ヴァレンシュタイン:敵の敵も敵。ベル(癒し)が欲しい。

ゴジョウノ・輝夜:いじると楽しいベルかわいい。本作ではLv5。原作でも全然登場してないので扱いが難しい。

アリーゼ・ローヴェル:本作ではLv6。リューさんが手を握られても大丈夫だった人。一人目がアリーゼ、二人目がシル、三人目がベル(公式設定)。

ベル・クラネル :師匠ガチ勢二人にエンジョイ勢まで入ってきて収集がつかない。よく見るベートに助けてもらいがち。

怒ってる人: 多分次の話で正体が明らかになるけど言わなくても分かりそう。

四か月ぶりの更新とはたまげたなぁ。


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酒場での死闘    

死闘です。
これほどまでに早く投稿するとはこのリハクの目をもってしても


『ギッ……ォオオオオオオオオ!』

 

「来るぞ、ベル!」

「うん……! 行くよ、ヴェルフ!」

「援護します、お二人とも!」

 

 草原が広がる11階層。ベルとリリ、そしてヴェルフは生み出された『オーク』の大群と戦闘を行っていた。数の差に押されてそれなりに苦戦はするものの、リリの的確なサポートと、戦う鍛冶師である【ヘファイストス・ファミリア】の一員でLv1の中でも高い戦闘力を有するヴェルフが着実に敵を屠っていく。

 そして、何より、

 

「──はぁッ!!」

『オ、オオオォ……』

「……やっぱすげぇな、Lv2ってやつは」

「ええ。まるで別人です」

 

 リリとヴェルフが思わず感嘆の息を漏らす。

 ベルの前では『オーク』が何体まとめてかかってこようとまるで相手になっていなかった。卓越したスピードで常に敵の死角に潜り込み、一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)で敵を追い詰めていく様はまるで餓えた野兎のよう。

 第一級冒険者たちに教えられた『技』と『駆け引き』を遺憾なく発揮するベルを止める怪物(モンスター)はこの『上層』にほとんど存在しなかった。

 

「【ファイアボルト】!」

『グォオオオオオ!?』

 

 火炎が雷鳴を轟かせながら唸る。新たな高みに至ったことでさらに凶悪になった火球に『オーク』は為すすべなく、灰へと姿を変えた。

 

「ふぅ……」

 

 モンスターの魔石を回収して帰ってきたベルを二人は笑顔で迎えて、三人は帰路についた。

 

 

 ◇◇

 

 

「それじゃあ、乾杯!」

「お疲れ様です、ベル様!」

「うん! おつかれ、二人とも!」

 

 その日のダンジョン帰り、いつもより多くの稼ぎを手にしたベルとリリ、ヴェルフはその足で『豊穣の女主人』に訪れていた。次々と運ばれてくる麦酒(エール)と料理に舌鼓を打ちながら会話を続ける。

 

「おいベル、またあの二人いるぞ。お前の師匠は暇なのか?」

「あはは……そんなことないと思うけど……」

「リリは少し苦手です……。特にリュー様が」

 

 リリが何かを思い出すように身を震わせる。

 ベルがここを訪れるとほぼ確実にリューとアイズのどちらががいるが、ベルからしてみればそれはもう日常のようなもので、特に気にかけてはいなかった。ちなみに、今日は両方いる。ベートも。

 

 ベルが一人で来た場合は瞬時にどちらかに確保されるが、三人で来るときはこちらを優先してくれる。また、確保されても最後はベートが彼女たちからベルを引き剥がしてくれる親切設計である。ベルの中でベートの株はうなぎ登り、ベート様様といったところだ。

 

 しかし、その代わり、リューがウェイトレスとしている場合は、料理を出すついでにしれっとベルの横の椅子に座って休憩をとっているが。仕事をサボることなど、よほどの緊急時でなければしなかった過去(ぜんかい)のリューとの違いに気づく者はいない。今回のリューに対する周りの認識は『普段はまともだが、少年(ベル)が来ると途端にポンコツになるエルフ』である。

 

「まぁ、今日は二人ともこっちには来ないんじゃないかな。リューさんのファミリアからは他に手伝いに来てないみたいだし。アイズさんのところはベートさん以外のファミリアの人もいるから」

 

 そう言ってベルが視線を二人のほうへ飛ばす。

 

「さすがミア母さん……隙がない」

「ごちゃごちゃ言ってないでとっとと働きな!」

 

 リューは繫忙期のためせわしなく働いており、なかなかこちらに来る時間を何時ものようにとることができていない。もっとも、この時間帯で仮とはいえ従業員を遊ばせている余裕がないことを理解しているミアがリューの離脱を許すはずもなく、常に見張られている状態だ。いつものようにベルのもとに向かおうとする従業員が二人も三人もいれば話は違うが、リュー一人ならば見張りと並行して他の仕事をこなすことなど、ならず者をまとめ上げるミア・グランドにしてみれば朝飯前である。

 

「アイズさん、アイズさん! 聞いてます!?」

「……うん。聞いてるから少し落ち着いて、レフィーヤ」

「飯くらい静かに食えねぇのかてめぇ等!」

 

 もう一方のアイズも、ベルとの直線方向にベートが陣取って座っているため、ベルの顔が見えない状態である。席を立とうにも横にいるレフィーヤがしきりに話しかけてきて、なかなかそれができない。ベル・クラネルの平穏は偉大な先達によって守られているのだ。

 

 

 ◇◇

 

 

「──その時リューさんに助けてもらって、そのまま流れで特訓するようになって……」

「おいおい本当かよ。ベル運が良すぎねぇか? じゃあ、あの【剣姫】とはどうやって知り合ったんだよ?」

「それはえーっと……」

 

 料理を食べ終わった後も会話は止まらず、なぜかベルの身の上話やオラリオに来てからの出来すぎといっても過言ではない出会いについて語るようになっていた。酒が入っているのもあってか、ベルとヴェルフの口もよく回る。

 

 

「アイズさんとも僕が『ミノタウロス』に襲われてる時に会ってたんだけど、一緒に訓練することになったのは、怪物祭(モンスターフィリア)が始まる前の日くらいかな」

怪物祭(モンスターフィリア)? そういやそんなのあったな」

「うん。ちょっと困ってるところを助けてもらって、それからよく会うようになったんだ」

「困りごと、ですか」

「神様と待ち合わせしてたんだけど道が分からなくなっちゃって」

 

 苦笑いするベルの脳裏にその時の情景が浮かぶ。

 

『……ベル、どうしたの?』

『なっ、ヴァレンシュタインさん!?』

『……アイズでいいよ。……何か困ってる?』

『ちょっと道に迷って……』

『いいよ、案内する』

 

 そこから二人で行動したのだが、結局アイズも道がわからず迷ってしまい、いろいろな場所を歩き回っていたらとっくに集合時間は過ぎ去っていた。ようやくヘスティアと合流した時には優に一時間を超えた後で、二人は見事に大目玉をくらったものだ。

 

 なお、アイズは道に迷ったと言いながらベルと二人で歩きたかっただけである。さしものアイズも『ダイダロス通り』でもないただの路地で迷うほど方向音痴でもないし、ベルのように住み慣れていないわけでもない。ただ、その事実を知っているのがアイズ本人だけなら、嘘も現実になるのだ。嘘も方便という言葉を覚えたアイズに死角はない。

 

「偶然、の一言で片づけるのが難しいですね。こうも上級冒険者様と縁を結ぶと」

「しかも両方美人だしな。──なぁ、ベル。お前あの二人となんかないのか? 明らかに気に入られてるだろ」

「──────」

 

 酔いの回ったヴェルフの何気ない(ばくだん)発言を聞き逃すヘマをする少女はいなかった。喧騒に包まれた店の中で数名が極限まで集中して、次に発せられるであろうベルの発言に意識を傾ける。──というか、アイズとリューに至っては手を止めて、じりじりとベルの方に近づいて行っている。

 これはすべてを終わらせかねないという緊張感から知らず知らずのうちに目が本気(ガチ)になっている。

 

(止めるべきか……どうする?)

 

 そして、ベートもこの緊急事態に頭を悩ませていた。ベルの性格上こんな質問に答えるとは思えないが、万が一がある。特に酒を飲んでいるような日は。

 そして、その万が一が来てしまうと荒れるのは目に見えている。ぶっちゃけ、ベートにはアイズが現時点で勝てるとは思ってない。だからといって、リューが選ばれてしまえばアイズに恋愛感情があるのかは置いておいても、まずい事態になりかねない。しかし、アイズが勝とうものなら『戦争遊戯(ウォーゲーム)』が起こりそうである。

 やはり、ここはお茶を濁してもらうほかない、そう考えたベートはシラフにも関わらずちょっかいをかけに行こうかと本気で思った。だが、

 

「──ようやく見つけたぞ、ベル・クラネル」

 

 一人の男の登場により、その思考が遮られた。

 

「僕、ですか?」

「ああ、そうだ。忘れたとは言わせんぞ。【リトル・ルーキー】」

 

 きょとんとするベルに対して長身の男はいたって真面目そのものだった。同じ席に座っているリリとヴェルフも状況が呑み込めず静観しているが、ベートはいち早く状況を理解した。

 

(あいつは前回兎野郎のファミリアと戦っていた……。それに、あいつも()()か)

 

 

【リトル・ルーキー】という二つ名は前回の世界を知っていなければ出てこない言葉だ。であれば、ここにやってきた理由もわかるというもの。おおよそ前回のリベンジがしたいだとかそういう類の話だとベートは推測した。まぁ、当のベルに前回の記憶がない以上リベンジになるのかはわからないが。

 しかし、この状況は良いものだとベートは考えた。何せLv3になるために必要な人間が向こうからやってきてくれたのだ。前回のような激闘を再び繰り広げてくれるなら、こっちからしてみれば願ったり叶ったりだ。

 

 故に、ベートも静観することにした。この男が何をするにしてもベートに不利益は生じないからだ。

 

「……すいません、僕覚えてなくて」

「──。そうかそうか、ならば思い出してもらうとしよう……!」

「それってどういう──ガッ!」

「こういうことだ、ベル・クラネル!」

 

 突如迫った男の本気の拳がベルの頬を捉えた。いくらベルがLv2にランクアップしたからと言って、この男のLvは3。油断していたベルは受け身も取れずに店の奥まで吹き飛んだ。

 賑やかだった店内も水を打ったように静まり、視線が二人に集まった。

 

 こうなるかもしれないと思っていたベートでさえ、男の思いきりの良さに思わず、へぇ、と声を漏らす。

 だが、これでいい。とりあえず今回の件で二人には因縁が出来た。前回の裏事情を知らないからなんとも言えないが、前回もベルはこの男に一度敗れている。そう、だから、()()()()()()()()()()()()()()()()。ベルが弱者の咆哮を再びあげるその時を待てばいい。

 

(いや、待てよ──?)

 

 思考にノイズが走る。何かを見落としていないか? 最近培われてきた危機感が警鐘を鳴らす。

 状況が多少違うだけでやっていることは同じだ。(ギャラリー)の前でベルが無様にも敗れただけ。何をそんなに自分(ベート)は危惧している──? 前回と違う所など場所と周りにいる人間くらいではないか──。

 

(あ、やべぇ……!)

 

 発見した。前回と致命的に違う点を。この違いは致命傷と言ってもいい。それほどまでに大きなものだ。このままではベルがLv3になるどころではない。

 男はそんなベートの心境など露知らず、気絶しているベルに向かって名乗りをあげた。

 

「我が名はヒュアキントス! 賜った二つ名は【太陽の光寵童(ポエブス・アポロ)】! ベル・クラネル、【リトル・ルーキー】! 私は貴様を──ガハッ!?」

「────」

 

 風が、吹いた。次いで聞こえてきたのは何かが爆発したような音。その音が男が机に叩きつけられたものだと気づいたのは、その少し後だった。

 男──ヒュアキントスを机に叩きつけた本人たちは怒りの表情を浮かべ、

 

「ベルに謝って……!」

「どうやら命が惜しくないようですね」

 

 誰もが呆気に取られた。ただ一人それを静かに見ていたミアは先程の爆発音にも負けない声量で、

 

「このバカ共! ケンカするなら外でやりなァ!!」




ベート・ローガ:――――(絶句)

激昂リュージャン:――――(憤怒)

怒り喰らうアイズジョー:――――(憤怒)

ベル・クラネル:――――(気絶)

ヒュアキントス:――――(気絶)

うーん、これは死闘


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第一次逆行者会議 

二回目があるとは(ry
たくさんの感想ありがとうございます。励みになります。
今回はアンケで言ってた最新刊のネタバレが入るから注意してね。



「このままじゃやべぇ」

 

 会議の口火を切ったのはベートだった。【ロキ・ファミリア】の本拠地(ホーム)である『黄昏(たそがれ)の館』。その中のベートの部屋で会議は開かれた。

 

「やばい、とは?」

 

 リューがベートの発言の真意を探るように問う。青空を閉じ込めたような碧眼に見つめられ、ベートは頭をガシガシと掻いた。

 

「わかるだろ、アイツのことだよ」

「アイツってベルのこと……?」

「それ以外に誰だっつーんだ!? お前等が暴れてくれたおかげで色々ぶち壊しだろうが!」

 

 おずおずと口を開くアイズに思わず叫ぶ。

 ──ヒュアキントスの意識をアイズとリュー(馬鹿二人)が刈り取った後、酒場は騒然とした。ミアが二人に雷を落としたかと思えば、何処から話を聞きつけたのか知らないが、ヘスティアが登場し、続いてロキ、アストレア、アポロン、ついでにヘルメスまで出張って来たのだ。すると今度は何故か神々の間──主にヘスティアとロキ──で喧嘩が発生し、みんな仲良く店の外に放り出された。

 伸びている者がいて、時間も時間だったので続きは後日ということになり、その日は解散して今に至る。

 

「で、でもベートさん! アイズさんだって故意では無いと……思い……ますし……」

「あの行動のどこを見たらそんな発言が出てくる!? 故意以外何物でもねぇ!」

「あうぅ……」

 

 なんとかアイズの行動を擁護しようとしたレフィーヤもベートに一喝され、小さな悲鳴を上げる。

 自分の前で逆行したことを隠していた──というか、気付くきっかけと時間がベートになかった──レフィーヤを見て大きく舌打ちした後、

 

「まぁいい、お前等だって覚えてんだろ。兎野郎がLv3になった出来事をよ」

「もちろんです」

「ベルがこの人を倒したから、でしょ?」

 

 こう、こうっ。とアイズがあの時の再現(シャドーボクシング)をしながら椅子に座らされている男の方を向く。

 煽られた男──ヒュアキントスは忌々しげに顔をゆがめて、

 

「【剣姫】、その不愉快な動きをやめろ。……いや、それより、早くこの鎖をほどけ」

 

 ヒュアキントスは幾重にも己に巻かれた鎖を鳴らした。昨日、ヒュアキントスの身柄を預かったのは【ロキ・ファミリア】だった。アポロンもヘスティア相手ならともかく、ロキとアストレアを敵に回して無事でいられるとは思っていなかった。なので、ヒュアキントスを回収することができず、その場は引き下がった。当然、ヒュアキントスは野放しにしておくわけにもいかないので、鎖を巻き、放置していたのだ。顔には昨夜の死闘の跡がはっきりと残っていて、頬が赤く腫れている。

 

「けっ、昨日あんだけボコボコにされたのに元気じゃねぇか」

「うるさいぞ、駄犬。貴様らの邪魔が入らなければ、アポロン様にもお手を煩わせることなどなかったというのに」

「テメェが悪いだろうが! この二人の前で兎野郎を殴ればこうなることくらい分かれ!」

「無茶を言うな! 誰があんな小僧の後ろに貴様らがいると思うのだ!?」

 

 ベートからの無茶ぶりにヒュアキントスもたまらず叫ぶ。

 

「大体、あの戦争遊戯(ウォーゲーム)に参戦していたエルフが【疾風】だと!? これが!?」

「これが、とはずいぶんな言い草ですね」

「それに、【リトル・ルーキー】の師が【剣姫】だと!? この!?」

「このって……?」

「分かるわけないだろう!」

「だから、しっかり調べて兎野郎が一人でいるところを狙いやがれ!」

「それなら良かったのか!?」

「良いに決まってんだろうが!」

 

 男性陣がどんどんヒートアップしていく。お互いに相容れない存在だと前回から思っていたが、なかなかどうして波長が合う。理不尽に巻き込まれた者同士、何か通じ合うものが生まれたのかもしれない。

 しかし、そんな二人の軽率な発言を認められない者もいるのだ。

 

「【凶狼(ヴァナルガンド)】、【太陽の光寵童(ポエブス・アポロ)】……?」

「二人とも、何言ってるの……?」

「あわわわわ……! ふ。二人とも落ち着いてくださいぃ!?」

 

 リューとアイズがそれぞれ剣をベートとヒュアキントスに向けていた。ベルだけでも殴り飛ばしてはいけないらしい。

 

 

 ◇◇

 

 

「……少し取り乱した」

「……話を戻すぞ。このまま戦争遊戯(ウォーゲーム)が起こらなかった場合、いくつか問題がある」

 

 そうベートは話を切り出した。

 一つ目は、単純にベルがランクアップしないこと。絶好の機会をみすみす逃したのだ。今頃は向こうも神々が四神会談でも行っている頃だろうが、流石にこの状況からアポロンーヘスティア間で戦争遊戯(ウォーゲーム)は開催されないだろう。ロキとアストレアまで介入してくる可能性のある勝負に挑む神など存在しない。

 

 二つ目は、戦争遊戯(ウォーゲーム)が開催されないことによる【ヘスティア・ファミリア】の強化機会の喪失。詳しくはベートも知らないが、この出来事を契機に【ヘスティア・ファミリア】はベル一人から数人の増員が加わっていた。ならば、その機会がなければベルはずっとたった一人の眷属のままだろう。

 

 ベートが自分の意見を述べると、リューが思案するように目を閉じた。

 

「ベルは大丈夫です。彼は──彼らは強い」

 

 それは、万感の想いが詰まった言葉だった。リューの青い瞳には確かな信頼が宿っていた。

 

「……口だけなら何とでも言える。俺は(よえ)えだけの兎野郎になんぞ用はねぇ。お前等がそれでもいいと思っていてもな」

「……ええ、確かに私はベルが強くなどなくても良いと思っています。彼に傷ついてほしいなど望んでいないのだから。しかし、彼は強くなる。身も心も。たとえ今回アーデさんたちがファミリアに入らなくとも、いつか必ず彼のもとに集う。彼という光に引き寄せられて」

 

 私がそうでしたから、そうリューは締めくくった。同じく目を伏せていたアイズもそれに続いて口を開く。

 

「……ベルはすぐに強くなる。ランクアップする方法だって、ちゃんとある」

「あぁ? なんだよそりゃ」

 

 アイズの発言にベートが疑問を投げ掛ける。アイズはすっと指をヒュアキントスに向けて、

 

「簡単なこと。この人とベルをまた戦わせたらいい。それでベルはまたランクアップする」

「──言うではないか、【剣姫】。私が二度あのような小僧に遅れをとるとでも?」

「……ベルなら勝てる」

 

 アイズに断言され、ヒュアキントスは目を見開いた。苛立ちを含んだ言葉で反論しようとしたが、前回負けたことには変わりないので大人しく引き下がる。次に勝てばいい、と自分を納得させた。

 

「なら、舞台はアストレア様に頼んで都合してもらいましょう。そちらからも神ロキに言伝をお願いします」

「あぁ。んでもう一つ話がある」

「もう一つ、ですか?」

 

 レフィーヤが問いかける。ベートはレフィーヤの目を見て、

 

「こっからは兎野郎なんて関係ねぇ。これから起こる闇派閥(イヴィルス)の事件の話だ」

 

 ベートの発言に各々の目が細められる。闇派閥(イヴィルス)とは【アストレア・ファミリア】も【ロキ・ファミリア】も浅からぬ因縁がある。【アストレア・ファミリア】は彼らが原因でファミリア壊滅の憂き目にあい、【ロキ・ファミリア】も仲間の眷属を抗争で何人も失っている。

 

「あ、あの! 皆さんはどこまで知ってるんですか!?」

 

 レフィーヤにとってそれは無視出来ぬものだった。過去に戻ってきたレフィーヤを襲ったのは、何物にも変え難い喜びと掛け値なしの絶望だった。それは、再び友である同胞を目の前で失うということだったから。

 

 ──フィルヴィス・シャリアという少女がいる。

『27階層の悪夢』によって人としての生を奪われた誇り高きエルフ。彼女はあの時、食人花によって確かに命を落とし──そして、レヴィスやオリヴァス・アクトと同じく『魔石』を体内に埋め込まれ、怪物となった少女。死を偽装し、主神(ディオニュソス)の神意を遂げるために身を砕き、それでもなお、友達(レフィーヤ)のことを想った少女。

 彼女がまだ生きていて、周りを取り巻く状況を変えることが出来るかもしれない今、レフィーヤの心は決まっていた。

 

「どこまで知ってるのかをお前に確認してんだよ。アイズもこの馬鹿エルフもその情報交換は終わってんだ」

「……私が戻ってきたのは、クノッソスへの侵攻が二回終わった後です」

 

 かの名工ダイダロスが作り上げようと夢見た人口迷宮(クノッソス)。一度目は【ディオニュソス・ファミリア】の全滅を招き、辛うじて脱出。そして、二度目は死んだはずの少女──正体を明かしたフィルヴィス、ディオニュソスとの争い。その二つを見てきたとレフィーヤは言った。

 

「では【剣姫】と同じですか」

「あぁ、そうだな」

「……? じゃあベートさんと、その、えーっと……」

「リューで構いませんよ、【千の妖精(サウザンドエルフ)】」

「あっはい! そのリューさんたちは一体どこから戻ってきたんですか?」

「……私たちは第一次侵攻までしか知りません。【剣姫】は貴女と同じ時期から戻ったようですが」

「大体のことはアイズから聞いてる。全く舐められたもんだぜ」

「……そんなことないと思うけど」

 

 比較的冷静なリューに対してベートは苛立ちを隠そうとしない。事の顛末を未来のレフィーヤたちから聞いているアイズはそれを全て話している。もちろん、ベートがフィルヴィスに舐められていたことも。本人にその意があったかは定かではないが、ベートはそう解釈していた。それに、味方だと思っていた神が実は敵だったときた。これだから神は信用ならない、と唾を吐く。

 

「なら、直ぐに行動したら──」

「無駄だっつーの。『27階層の悪夢』とかいう事件は今回も起こってる。もうアイツはバケモンだ」

「ベートさん! 私には分かります、フィルヴィスさんは化物なんかじゃありません! 私たちと同じ、一人の女の子です!」

「……ならテメーがアイツを何とかしやがれ。テメーがどうにも出来ないなら、後はこっちで勝手にやらせてもらう」

「────」

 

 ベートの思いもよらない発言にレフィーヤは目を丸くした。問答無用で話を進めようとするのかと思えば、レフィーヤの意見を尊重してくれた。まぁ、ベートに言わせてみれば、自分より向いていそうな人間に自分が向いていなさそうな仕事を放り投げただけである。

 ──ただ、ベートは決して認めないだろうが、戻ってきてからくだらない痴話喧嘩に巻き込まれてきたせいで、他者の意見を取り入れて行動を尊重するという考えが以前よりも芽生えてきたのかもしれない。

 レフィーヤは内心ベートに感謝して、

 

「私が必ずフィルヴィスさんを止めてみせます。もうあんな事件は起こさせません!」

 

 そう大きく宣言した。ベートもリューもアイズもそれに反対はしなかった。もしレフィーヤが出来なくても、今の自分たちならば事件への対応を素早く取って、未然に防ぐことも不可能ではないからだ。

 

「──ふん、話は終わったか」

 

 すると、ここで今まで口を閉ざしていたヒュアキントスが口を開いた。

 

「……そういやテメーは何時から戻ってきたんだ」

「あっ、そうです! もしかしたら私たちより沢山情報を持ってるかも知れませんね!」

 

 ベートが探るような目で尋ね、レフィーヤは目を輝かせている。未だにベルへの謝罪がないことを気にしているリューとアイズは訝しむように顔を向けた。

 ヒュアキントスは大きくため息をつくと、

 

「私はあの小僧に敗れてからこのオラリオを出た。貴様らの言う事件なぞ知らん。興味がなかったからな」

「────はぁ」

「おい、なんだその目は。【疾風】、【剣姫】!」

 

 露骨に失望したような表情を二人が作り、ヒュアキントスが怒りで顔を赤く染める。レフィーヤも思わず苦笑いし、ベートは座っているヒュアキントスを見下ろしながら、

 

「──使えねぇな」

「貴様ァ!!」

 

 




ベート・ローガ:逆行する前は原作外伝の11巻と12巻の間くらいにいた。忍耐力がup。

リュー・リオン:ベートと同じくらいの所から逆行。独断専行力がup。

アイズ・ヴァレンシュタイン:外伝12巻が終わってから逆行。他のみんなより情報を持ってるから発言力がup。

レフィーヤ・ウィリディス:アイズと同じくらいの所から逆行。覚悟の扉を開く力がup。

ヒュアキントス・クリオ:実はこの中で一番遅くから逆行。なお。
縛られ力がup。

フィルヴィス・シャリア:辿ってる道は大体前回と同じ。リューが戻る前に大体の事件は起こってるからね。ただリューたちがいるおかげで治安が前より良い。

レフィーヤ発覚の流れ的には①リューから話を聞いたベートが周りを探る。②レフィーヤにアタリをつけて、アイズに頼んで鎌をかける。③話を聞こうと酒場に行く(アイズ主導)。④話を聞く前にヒュアキントスの命を刈り取りそうな二人が行動する。⑤この話に至る。


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組み合わせは如何に

データ消えてふてくされてたら三ヵ月も経ってるとはたまげたなぁ。
すいませんゆるしてくださいなんでもしますから

…………ん?


 ──第一回眷属闘争(ファミリアバトル) 一ヵ月後にコロシアムにて開催。

 

 そんな知らせがベートたちの耳に入ってきたのは、逆行者会議が開かれた三日後のことだった。

 発案者はリューの提案を受け入れたアストレアとアイズの説得(きょうはく)を受けたロキ、そして、面白そうだからと便乗してきたヘルメスである。ついでに言うと、ヘスティアとアポロンもいる。

 大会で勝利した時に手に入る賞金は自分たちのファミリアが受け持ち、チケット代を含めた入場料をギルドに還元するといわれたら、ギルド長(ロイマン)も首を縦に振った。ガネーシャも丸め込んだ彼女たちはそのままの勢いでウラノスも納得させ、無事に開催に漕ぎつけることができた。

 

 開催にあたってロキたちが定めた規則(ルール)は大まかにいうと四つ。

 ・対戦はお互いの同意のもとに行われる。

 ・お互いのレベルに差がある場合、もしくは、同じファミリア内での対戦の場合は賞金は支払われない。また、その場合はお互いが対等(フェア)だと判断する条件(ハンデ)を設定することも可能とする。

 ・ケガをしても文句を言わない。

 ・みんな仲良く楽しくやろう! 

 

 冒険者は力の競い合いや賞金獲得を目指して対戦相手を求め、一般人は超人的な能力を持った冒険者の実力を間近で見ることができるため、彼らを一目見ようとオラリオが湧いた。ベルとヒュアキントスを公衆の面前で堂々と戦わせるためだけにこの催し(イベント)が作られたことを、人々は知らない。

 

「……ちゅーわけで、見事に祭りは開けるようになったでーアイズたん!」

「……ありがとうございます」

 

 褒めて褒めて! と飛び掛かってくるロキを華麗に躱し、アイズは小さく礼を述べる。ここまでは予定通りだ。ロキたちは立派にその役割を果たしてくれた。だから──

 

「後は私たちが頑張る番、ですね」

「なにしれっと俺を入れてんだよ。一人でやりやがれ!」

「…………チッ

「おい」

 

 ベートにすげなくあしらわれ、アイズが不満げに頬を膨らませる。レフィーヤは一刻も早くフィルヴィスと友好関係を築くために試行錯誤を行っている最中で、ヒュアキントスは追って連絡するとだけ伝えてすでに帰らせた。

 そして、ベートも暇ではない。前回よりも平和な世界ということで、より狡猾かつ慎重になった闇派閥(イヴィルス)への情報収集──つまり、人工迷宮(クノッソス)のこともある。フィンならばある程度は予測を立てているかもしれないが、情報を拡散しすぎると逆にこちらが危険になる。なんせ、敵は正真正銘神なのだから。故に、話す人とタイミングは慎重にならなければならない。

 今呑気に過ごしてるのはアイズとリューくらいだろう。そして、リューは不倶戴天の敵(仮)、仲間にはなり得ない。

 

「……にしても、ずいぶんとんとん拍子に話が進むもんだな」

「まぁ、神々(ウチら)からしたらこんなうまい話逃すはずもないやろうし、色んな所で金が動くからなぁ」

 

 今頃ほかのファミリアも大変やでー、とベートの問いにケラケラ笑いながらロキが答える。

 開催が決定されてからというもの、生産系のファミリアは大忙しである。ゴブニュやヘファイストスという鍛冶を中心に行うファミリアはイベントに参加しようとする冒険者からの発注で目を回し、ディアンケトたち医療系のファミリアは今が稼ぎ時だと目の色を変えて回復薬(ポーション)を生産している。

 

 ギルドとしても、今回の話は悪いものではない。ほとんど出費をせずにお金だけは手元に入ってくるというのだ。加えて、市民の娯楽、ガス抜きまで向こうが提供してくれる。冒険者の力を見せつけることで畏敬の念を植え付けるとともに、こんなに強い人がモンスターと戦っているという安心感まで与えることができる。まさにWin-Winの関係というわけである。

 

 また、もし問題が発生しても多少は気にしない。そもそも第一回と銘打っているものの、第二回を開催する予定はない。この手の祭りは怪物祭(モンスターフィリア)が既に存在している。それに、フィンを筆頭に高レベル冒険者はあまり乗り気ではないことも知っているので、これっきりの開催になるだろう。

 

「じゃあ、失礼します……ベルがどこにいるかベートさん知ってますか?」

「知ってるわけねぇだろ」

「ドチビのとこの子供? それならダンジョンに向かってるのを見たでー」

「ちょっと出かけてきます」

 

 それだけ言い残すと、アイズは武器を持って部屋を出て行った。まさかダンジョンに今から行くつもりだろうか。いくらベルの攻略している階層を知っているとはいえ、流石に無謀ではないかとベートは思ったものの面倒くさいので止めはしない。

 

「ウチのアイズたんが遠くに行ってしまう……」

 

 ロキがシクシクと泣きながらベートのほうへ視線を送る。それが嘘泣きだとわかっているのでベートは舌打ちで返す。

 以前はベル許すまじと燃えていたロキではあるが、アイズとベートの話を聞いているうちに考えが変わってきた。

 

 アイズの横に並び立っても問題のない白く純粋な心を持った少年。巨乳ロリ女神(ドチビ)フィルターを外せば白い髪に赤い目となかなか可愛い顔をしている。そして、なにより、アストレア・ファミリアの冒険者とフレイヤ本人がベルを狙っているという事実。

 この二柱の女神に対抗心を抱いているロキは思った。アイズ本人が望んでいるならばいいか、と。

 

 ──いやまぁアイズたんをくれてやる訳じゃないけどそれはそれこれはこれという訳で仲良くお友達になって一緒に遊びに行ってレベルもアイズたんと並ぶくらいに成長するなら考えてもやらんことは無い……いややっぱりちゃんとあいさつに来させないといけないかな! フィンたちと面談しないと

 

 

 ◇◇

 

 

 翌日、町を散策していたベートは何時ものごとくリューに捕らわれて『豊穣の女主人』に足を運んでいた。ベートもそろそろ来ると思っていたので文句を言わずに大人しく席に着く。

 

「……んで、どうなったんだ」

「それが……」

 

 ベートの正面に座ったリューがぽつぽつと話し始める。

 ベルを説得する(いいくるめる)ことには成功した。ヒュアキントスも同意したので対戦は無事に行われることだろう。だが、一つ問題ができた。対ヒュアキントスに向けて一緒に訓練をしようと申し出たら、なんと剣姫も同じことを言いだしたらしい。心の優しいベルは私を選べばいいのに迷ってしまっている、と。

 

「【剣姫】は前回ベルの訓練相手をしたのならば、今回は私に譲るべきではないかと思うのですが」

「……………………ハァ」

 

 見事な理論武装に、さしものベートもため息をつく。何がすごいかといえば、昨夜ダンジョンから帰ってきたアイズも同じようなことをベートに言ってきたことである。確か、アイズの理論は『私は二回目だからリオンさんよりも上手に教えられる』だったか。まぁ、どちらの言い分もわからないことはない。問題は、それをベートに伝えられても困るということだ。ベートはベルの保護者ではないし、どちらが教えようとベルが勝つならば問題はない。

 

「【剣姫】に私の意見を伝えに行っても、『私の方が強い』の一点張りで話になりません」

 

 だから貴方をこうして呼んだのです、とリューは至極真面目に言う。確かにアイズなら言いそうだ。人にものを教えるときに必要なのは圧倒的な実力ではなく、教え方や言葉なのだがそんなものに屈するアイズではない。ベルならば自分の言いたいことを理解してくれると信じているのだ。

 

 そろそろ、この役割をレフィーヤに押し付けようかとベートは本気で思うようになってきた。これならばヒュアキントスと愚痴を言い合っていた方がよほど楽しいのではないか? なんて思考まで出てくる始末だ。

 いや、でも多分それは楽しくないかなと思い直して口を開く。

 

「俺はどっちが受け持とうと興味ねぇ。だから」

「……だから?」

「運試しで決めるぞ」

 

 ヤケクソである。

 

 

 ◇◇

 

 

 その日の夜、同じく『豊穣の女主人』に集まったリューとアイズ、そしてベートは一つのテーブルを囲んで座る。

 ベートの手には先ほど買ったトランプが握られていた。これから起こるであろう出来事にリューは得心して小さく声を漏らし、アイズはクエスチョンマークを頭に浮かべた。

 

「今からコイツで勝負してもらう。ルールはそっちで勝手に決めてやれ」

「では、ポーカーなどどうでしょう」

 

 これなら勝てると、すかさずリューが言う。ファミリアにいる手癖の悪い小人族(パルゥム)にイカサマの技術(テクニック)を教えられた自分ならば簡単に勝てると判断してだ。ベートもイカサマにとやかく言う気はないのでこれは正しい判断と言えるが──

 

「……それ、やったことない。ババ抜きじゃ、ダメですか?」

「……仕方ありませんね」

(狡いことばっかじゃねぇか!)

 

 ドン引きするベートの横でアイズが小さく拳を握る。アイズもポーカーの経験くらいある。何度かフィンたち幹部のメンバーで集まった時にやったことがあるからだ。アイズもポーカーフェイスは出来るはずなのに何故かとてつもなく弱いだけでルールもしっかり把握してる。

 

 つまり、アイズはポーカーをやったことがないのではなく、

(自分が勝つような勝負を)やったことがないのだ。

 それに比べてババ抜きなら、ポーカーフェイスを意識して無心で引いていけば特に技術がなくとも勝てる勝負だ。

 無表情のアイズに気付かず、リューはババ抜きの準備を進めていく。

 

「ではもう一度ここで確認を。勝者がベルと訓練する権利を得て、敗者はこの催しが終わるまで二人で訓練を行わない、と」

「……わかりました」

「屁理屈をこねられても困りますから、もう少し詳しく──」

「いいから早くやりやがれ!」

 

 

 ◇◇

 

 

「──私の勝ち、ですね」

「──そんな……」

 

 馬鹿な、とアイズが膝をつく。手には主神にどこか似た道化師(ピエロ)のカード── 外れ札(ジョーカー)だ。

 目を離す隙も無いほど早く、運命は決定した。それも原因は──

 

「アイズよォ、お前どんだけ弱いんだよ」

「……そうですね。ここまですんなりいくのは中々起こりません」

 

 偏にアイズが弱かったからだ。リューが持つジョーカーを的確に引く能力。手元から離れたジョーカーが次の番には自分の手札に帰ってきていた。もう逆に凄いレベルである。無心で札を引いていてコレは最早奇跡。なぜババ抜きを選んだのか分からなくなってくる。

 初めはイカサマする気満々だったリューも少し申し訳なさそうにしている。だが、リューもファミリア内での会議をサボって参上している身である。そう簡単に譲るわけにはいかない。

 

「ま、まあ、勝負は私の勝ちですのでベルとは私が訓練します。……あの【剣姫】……大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないっ……」

 

 そう言い残してアイズはとぼとぼと店を後にした。こちらに見せた背中が少し悲しそうだったのは間違いではないだろう。とはいえ、もともとこういう約束なので仕方ない。あの鬱憤は恐らくダンジョンでモンスターにぶつけるに違いない。

 ベートからすれば、二人で教えたら良いんじゃねぇのか、とか色々言いたいことは出てくるのだが、それは駄目らしい。なんとも難しいものだ。

 

「あー! リオンはっけーん!」

「アリーゼ、どうしたのですか?」

「良いことを教えに来たのよ! 喜びなさいリオン!」

 

 トランプの回収を行っているところに【アストレア・ファミリア】団長のアリーゼがやって来た。頬はやや上気し、急いでやって来たことが見てとれた。

 

「前にね、もうすぐ遠征に行かないと行けないって話をしてたじゃない? いつ行こうか悩んでたらベルが大会に出るらしいじゃない! だからね──ベルの戦いの前に遠征へ行こうと思ったの!」

 

 ピシリ、とリューが固まった。

 

「ア、アリーゼ。もう一度お願いします」

「だーかーら、三日後に遠征に行くのよ! 『深層』の未到達領域まで一直線ー!」

 

 もう書類もギルドに出してきちゃったー、とニコニコ笑うアリーゼに今度こそリューが完全に停止した。『深層』までの遠征ともなれば数日で帰って来れるものでは無い。それが分かっているからだ。

 

 遠征は高位のファミリアにとって義務である。破れば重いペナルティが課せられる。別にリュー一人ならば行かなくてもペナルティに接触することは無いが、それは出来ない。『深層』とは未知の領域──何が起こるか分からない本物の地獄だ。リューが居るかいないかではファミリアの生存率は段違いとなる。

 

「な、何故もっと早くに相談してくれなかったのですか!」

「だってリオン集まりに来なかったじゃない」

「な──」

 

 痛いところを突かれてとうとうリューが屈する。せっかく纏めたトランプはリューの手から落とされ、再びバラバラになった。

 蒼白になったリューの顔から雫が零れたのをベートは見て見ぬ振りした。

 

「なら俺からアイズに言っといてやるから、てめぇはとっとと遠征の準備でもして来いよ」

 

 その言葉に嘲りはなかった。ちょっと見てられない。顔を背けたのはベートに残った良心故か。

 幸福の絶頂から地獄のどん底まで突き落とされたかのような人間を、こんな下らないことで目にするとは思ってなかった。

 

「──待ってください」

 

 リューが消えそうな声でベートを呼び止める。ベートがリューに向き合うと、リューは胡乱な瞳に、やはり涙を貯めていた。

 

「彼女にベルを任せる訳には行きません」

「……なら誰がやるっつーんだ」

「貴方です」

「………………アァ?」

凶狼(ヴァナルガンド)、貴方にやって貰いたい」

「はぁ!?」

 

 ────死なば諸共。リューの決断にベートは頓狂な声を上げた。

 

 ──机に散らばっている道化の札だけが彼らを嗤っていた。

 

 




ベート・ローガ:賭け事とかやらないけどめっちゃ出来る。ファミリアでやるならフィンとリヴェリアの次に強い(当社比)

リュー・リオン:そこそこ強い。涙を堪えてるのかわいい。かわいそう。ベル関連で会議をサボることがある。怒りの遠征へ

アイズ・ヴァレンタイン:びっくりするほど弱い。やはり運命は自らの手で勝ち取らねば。怒りのダンジョンへ

ベル・クラネル:出番が中々やってこない。これも逆行って奴が悪いんだ

アリーゼ・ローヴェル:悪意0%で遠征を決めた人。楽しみの前に面倒事を済まそうとしただけ。輝夜たちの意見を取り入れたらすぐ行くことになった


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とっくん!

来月からまた色々忙しいので定期的に失踪します!すいません許してください何でもしますから!




 ──私の代わりにベル・クラネルに稽古をつけてやってほしい。

 

 リューからベートはとんでもない依頼を受けた。

 冗談じゃねぇ。なんで俺が。すぐさまベートは拒否して、話をアイズに持って行った。あれだけ執着していたのだ、大義名分さえあれば飛びつくだろうと。ところが、

 

『私がやらないって約束したので……。ごめんなさい、ベートさんがやってくれますか……?』

 

 律儀に約束を守ろうとするアイズに断られた。これは、『めちゃくちゃやりたいけど、ここで誘惑に負けたら次からアイズの番の時にリューが侵攻してくるから、めちゃくちゃやりたいけど今回は我慢しよう』という高度な心理戦を行った結果である。なお、実際にアイズが訓練相手をしていたら、リューはアイズの想像通り──いや、想像以上かもしれない──に動いたので、結果的には正解だったといえる。

 この一月にも満たない期間の過ちでこの先の安息の地を荒らされるのは我慢ならない。これからも大きな出来事(イベント)はたくさんある。ここは雌伏の時だと自分に言い聞かせた。内に潜む幼い自分(アイズ)も同意してくれた。一時の癒しに目を奪われてはならない。真なる敵は自分ではなく同じ目的を持った他人である。

 

 だが、ベートとしてはたまったものではない。どうして自分がこのような役割を押し付けられねばならないのか。およそ自分には向いていない役割だと自覚している。二人の高度な(バカげた)心理戦を把握しきれていないベートはストレスが溜まる一方だ。

 しかし、アイズもやらないといった以上、ベートがやるしかない。やらねばそもそもベルが勝てないどころか、勝負にすらならないだろう。魔導士のレフィーヤには任せられない。ヒュアキントスも論外だ。が、気乗りしない。何か方法はないものか。

 

 そこで、閃いた。とりあえず、何日か受け持って、ベルがベートのスパルタ指導に耐えられなくなったときにアイズに押し付けたらいいのではないか。流石のアイズも、ベルが泣きついてきたら意思を曲げざるを得ないだろう。リューにはうまく説明したらいい。

 そうと決まれば善は急げ。ベルにおおよその流れを説明して、次の日から訓練が開始された。目標は、前回のアイズよりも、今回のリューよりも厳しく徹底的に。やる気に満ち溢れたベルとあまり乗り気ではないベート。それぞれの想いが交錯する。

 

 

 

 

 

 

 

「くらいやがれぇぇえええええ!」

「──グハッ……!」

「何やってんだベルゥ! お前そんな調子でLv3に勝てると思ってんのかァ!」

 

「ハアァァッ!!」

「いいぞォ! もっと踏み込めッ!」

「はい!」

 

「今日は『中層』まで突っ込むぞ」

「はい! ベートさん! …………ゑ? ちょ、ちょっと待ってくださいぃ!?」

「うるせぇ」

 

「今日はコイツ倒すまで帰らねぇからな」

「ベ、ベートさん……? このモンスターLv2じゃ倒せないってエイナさんが言ってましたよ!?」

「誰だそいつはァ? 少しは手伝ってやるから限界を今超えろ!」

 

「はぁ、はぁっ……」

「よォし、明日は『下層』だな」

「────────ぇ」

 

 

 

 

 

 

 ────訂正。この男、ノリノリである。

 

 

 ◇◇

 

 

「ベートさん、ずいぶん楽しそうですね」

「あ、確かに! なんだか新鮮でした!」

「………………チッ!」

 

 特訓が始まってから二週間は経過した頃だろうか、本拠地(ホーム)で食事をとっている最中にアイズとレフィーヤにそう言われてベートは苦虫を嚙み潰したような顔を作った。だが、レフィーヤたちの言葉は否定せずに。

 ちらほらと追跡者(ストーカー)が自分たちを見ていたことは知っているが、面と向かって言われるとややイラっとするものだ。

 特に、今のアイズの『ずいぶん楽しそうですね』には精一杯の皮肉がこもっていた。アイズは『(あんなに嫌がっていたのに二人きりで)ずいぶん楽しそうですね(皮肉)』と言いたいのだ。うるせぇ。大馬鹿二人も少しは純粋なレフィーヤを見習ったらどうだ、と内心毒を吐く。

 

 

 ──彼には、幾つか誤算があった。

 

 

 第一に、ベルの戦闘スタイルがベートに近しいものだったということ。ベートが己の肉体で戦うのに対し、ベルはナイフを用いた戦闘を行うなど細部の違いはあったものの、二人の根本は『優れた足を活かした遊撃』であった。故に、他者にものを教えた経験が皆無に近いベートでも、幾つもの心得を分かりやすく教えることが可能だった。

 ……少しずつ己のスタイルに似てきてしまった少年(ベル)に少し危機感を覚えたが、今更言われてもどうしようもないので放置することにした。

 元はといえば、勝手に遠征に行った少女(エルフ)とババ抜きが信じられないほど弱い少女(ヒューマン)が悪いのだ、俺は悪くない。ベルがナイフを囮に蹴りをお見舞いするようになってきたとしても、俺は悪くない。

 

 

 第二に、少年(ベル)が折れなかったことだ。当初はすぐに訓練を辞めるつもりだったので、最初からトップギアで訓練を進めた。勿論、受けたからには手は抜かない。初日に血反吐は吐かせたし、休憩も最小限しか与えない。いつかのように言葉のナイフでベルを攻撃した。散々ベルを嘲るような口調で、もう逃げだしたらどうだと、お前はその程度かと、弱者に唾を吐く。

 前回はベートの言葉で奮起したベルだったが、今回は無理ではないかとこっそり様子をうかがっていたアイズとレフィーヤが思ったほどだった。

 

 しかし、ベルは立った。己の足で、己の信念に従って。次の日もめげずに訓練場へ足を運んだ。────これは(ひとえ)に、ベルのベートに対する好感度が限りなく高くなっていた為なのだが、そんなこととは露知らず、キッチリと訓練に訪れるベルにベートは密かに高揚した。やはり、コイツは本物だ。本物の『冒険者』だと。ベートが他者に求める冒険者像にベルは当てはまっていた。

 

 

 そして、最大の誤算。

 第三に、────楽しかったのだ。

 半年足らずでレベルを三つ上げたとてつもない潜在能力。格上に対して果敢に挑む反抗心。土壇場で発揮される不撓不屈の精神。その才能は今回も健在だった。

 前日に嫌というほど教え込まれたものというのは、どれほど物覚えが悪い人間でも多少は身に着けてくるものだ。基本的な能力(アビリティ)に反映されずとも、技と駆け引き(スキル)は少しずつ己がものとなる。技術の巧拙の差は【ステイタス】の差を埋める重要な要素となる。

 

 ところが、ベルの場合は(いささ)か事情が違った。前日に教えたものが、次の日にはある程度様になっている。その次の日にはより改善され、そのまた次の日には立派な武器へと変貌を遂げている。【ステイタス】も同様だ。Lv6のベートからしたらまだ誤差のようなものでも、着実に速くなっている。目を見張る速度で強くなっている。毎日訓練を共にしているベートにすらはっきりと感じ取れるのだ。ここ数週間ベルと出会ってない人間が今の少年を見たら、別人だと疑うほどだろう。

 

 いつしかベートはこの少年の進化を見るのが楽しみになっていた。今ならば、彼女たちの気持ちがわかる気がした。この少年の成長を間近で見ていたい。いつになったら自分たちに追いつくのか──追い越すのか。ほかの人間には任せられない、()()()()()()

 この少年は正真正銘、『英雄の卵』だ。このままいけば、まだベートには見えない頂の景色──【猛者(おうじゃ)】のステージまでいつか手を掛けることが可能なのではないのか。

 それをすべて自覚しているから、ベートは少女の言を退けなかった。認めるのは実に癪だが、ベルとの訓練は好ましい時間だ。

 

「……まだ一週間以上あるんだ、邪魔すんじゃねぇぞ」

 

 そう言い残して、食事を終えたベートは本拠地(ホーム)を後にした。狼の尾が不機嫌そうに揺れている。自分の感情の変化と、それに伴う周囲の変化に敏感なのだろう。

 そんな彼の腰には双剣が下げられており、今からダンジョンに向かうのが見て取れた。

 

 ここ最近のベートの動向はフィンを筆頭に多くの【ロキ・ファミリア】の団員にバレている。まぁ、隠そうとしていないため当然ではある。

 他派閥の団員と個人的に深いかかわりを持つなど、フィンも多少は小言を言いたくなったものの、よりにもよってそれがベートとアイズだったため静観することにした。

 ロキが比較的寛容だったという点もあるが、この二人──特にベート──は孤独を嫌わない性格なので交友関係がいつまでたっても狭いままだった。それが一人の少年を巡って少しずつ改善されている。最近では少年の迷宮探索アドバイザーなる人物とも交流したらしい。交流といっても、ものすごい剣幕で叱られただけらしいのだが。流石にLv2の少年をいきなり『下層』のモンスターと戦わせようとするのはどうかと思う。アイズでもやらなかったよ、とフィンは苦笑した。

 

 また、こっそり訓練の様子を見に行ったフィンとリヴェリア、そしてガレスは少年の成長速度にも驚いたが、何より一番ベートの変化に驚愕した。

 今となっては、是非ともこの関係を続けてほしいと思うほどである。幸いにも少年のファミリアは出来立ての弱小ファミリアだ。金銭的にも戦力的にもまだまだ未熟、支援が必要な頃だろう。同じように【アストレア・ファミリア】も色々と画策しているそうだが、問題ない。その手の勝負ではこちらに分がある。フィンとロキが組めば敵なしだ。ファミリアごと取り込んでしまえばいい。そう二人は陰でほくそ笑んだ。

 

 

「アイズさんアイズさん! 見ましたか今の!」

「うん、ベルはすごいね」

 

 ベートを見送った後、アイズとレフィーヤは顔を見合わせる。

 繰り返すが、ベートの戦闘スタイルは己の肉体の能力を存分に発揮した肉弾戦である。距離(リーチ)のカバーなどを目的に魔法を吸収する特殊装備(フロスヴィルト)を身に着けているが、それだけだ。使えるとはいえ、普段全く使用しない双剣をわざわざダンジョンに持っていく必要はない。それなのに、彼の腰にそれが下げられているということは、答えは一つしかない。

 

「ベートさん、武器の練習しに行ったんですよ!!」

 

 以前の彼とはまた違ったその姿に、レフィーヤは満面の笑みを浮かべた。




ベート・ローガ:稽古の面白さを知る。自派閥どころか他派閥にまで監視されてるのに気づいているから、ちょっとやべーと思ってる。ベルを連れまわしてたら彼の主神とハーフエルフの受付嬢に説教された。

ベル・クラネル:到達階層26階。好感度ランキング男子部門一位の人間に指導されてるから頑張る。女子部門を発表したら戦争が起こるかもしれない危険人物。ちなみに男子部門一位がベート、二位がヴェルフ、三位がミアハ様。

レフィーヤ・ウィリディス:ちょっと丸くなったベートを見てご満悦。ベルの評価を上方修正。

フィン・ディムナ:みんな楽しそうでご満悦。最近はロキたちと夜な夜な集まって話し合いをしているらしい。


アイズ・ヴァレンシュタイン:(一人でダンジョン)ずいぶん楽しそうですね(皮肉)

リュー・リオン:(みんなで遠征)ずいぶん楽しそうですね(皮肉)

ヘスティア:霊圧が……消えた……!?



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酒場の少女から見た冒険者たち

ありがとうございます(唐突な感謝)
次かその次くらいでイベントは終わらせる予定です
ちょっと戦闘シーン書くの疲れるので閑話的なのを一つ





「ほら、シル! サボってんじゃないよ!!」

「サボってなんかいませ~ん!」

 

 店長の張り上げられた声にまだ幼さの残った少女が返事をする。

 夜のとばりが落ちてきた頃、『豊穣の女主人』は最も忙しい時間帯を迎える。エルフにドワーフ、小人族(パルゥム)人間(ヒューマン)果てには獣人と全ての種族が酒を煽り、互いのジョッキを鳴らしながら一日を締めくくるのだ。

 

 ギルドがあり、『冒険者通り』と呼ばれる通りの近くに存在するこの店には、ダンジョン帰りの冒険者がそのままなだれ込んでくる。生きるか死ぬかの間を常にさまよう冒険者たちにとって、生を実感できる欲求を満たすことは明日以降への活力にもなる。ここで働く少女──シル・フローヴァはそんな彼らを見ているのが好きであったし、話に混ざって冒険譚を聞くのも大好きだった。

 とはいえ、今夜はどうも勝手が違った。

 

「ミア母さん、人が多すぎますー!」

「ごちゃごちゃ言う前に手を動かしなぁ!」

 

 どういうわけか、非常に忙しい。席が満席なのはこの時間帯ならよくあることだ。だが、注文のペースがいつもより速い。注文を取ったかと思えば、他のテーブルの注文が飛んでくる。それを承ったら次はまた他のテーブルの注文が……といった風に休む暇がない。これでは冒険者の話を聞くどころではない。店長であるミアは厨房にかかりっきりで、腕が四本にも六本にも見えるほど忙しなく働いていた。

 

 まさにネコの手でも借りたい状況。シルだけでなく、他の従業員(ウェイトレス)も小さく悲鳴を上げている時だった。一人の少女が現れたのは。

 

「あの……宜しけば、少し手伝いましょうか?」

「いいんですか!?」

 

 項垂れていた頭をガバッと上げる。目の前には自分と同じ年頃の少女がいた。緑を基調にした軽装、剣を携えているところを見るに彼女も冒険者か。耳はちょこんと尖っていて、エルフだと一目見て理解する。

 どうやら【ファミリア】1団で来たらしく、後ろにも見目麗しい少女たちが並んでいた。どこかで見たことがあるのだろうか、高名な冒険者かもしれないと思ったが、パッと思い当たらない。

 

「……ええ、この時間は忙しいでしょうし」

「ありがとうございます!」

 

 申し出が嬉しくて、思わず目の前にいた少女の手を両手で握る。手を握られたエルフの少女は驚いたように身体を震わせたが、直ぐに柔らかな笑みを浮かべて手を握り返した。そんな少女の様子に驚いたのは後ろに控えていた者たちだ。

 

「あら、リオンいいの?」

「はい、大丈夫です」

「リオンさん、と言うんですね!」

 

 そうシルが問いかけると、少女は緩やかに首を振った。

 

「……はい、私の名前はリュー・リオン。ですが、貴女には是非ともリューと呼んで欲しい」

 

 敬語も不要です、とリューが頬を緩ませる。シルもつられて笑った。

 

「私はシル、シル・フローヴァ。よろしくね、リュー!」

 

 もう4年も前の話になる、少女たちの出会いだ。

 

 

 ◇◇

 

 

 その一件を境に、リューとシルは交流を交わすようになった。マスクの裏にある素顔を見たときは、たいそう美人だと驚いたが──もともとエルフという種族は美形で知られているので、当然といえば当然なのだが──一番の驚きはリューがあの【疾風】だったということだ。

 

 常に覆面(マスク)で顔を隠し、一般には本名すら知られていない【疾風】のリオン。そんな凄腕の冒険者がシルと同年代だと誰が予想できようか。シルはてっきり、孤高を求めている冒険者だとでも思っていたので、シルの前で見せる人懐っこい笑顔を見て、頭の中にあった【疾風】像が音を立てて崩れていった。

 この話を彼女と同じファミリアの眷属に話すと、彼女たちは目を見開き、シルは特別なのだと笑って語ってくれた。

 

 ──ということをリューに伝えてみれば、彼女は顔を赤くして。シルはますます嬉しくなった。

 

 リューたちは自分たちの本職(ダンジョン攻略)があるにも関わらず、定期的に店の手伝いを無償で行ってくれるようになった。他ならぬリューが言い出したことだ。ミアとしてもタダ働きの人員が増えることはやぶさかではなく、二つ返事で了承した。

 高名な美人冒険者が働いているということで店はますます繁盛し、結果的には対して忙しさは変わらなかったのだが、それはまぁご愛嬌というものだろう。

 

 ──そして時はあっという間に流れる。

 

 

 

 4年が経過した。強くて凛々しくて、それでいてどこか抜けている所もあった可愛らしいエルフの少女は、

 

「……ベル、美味しいですか?」

「はい、すごく美味しいです!」

(リュー……)

 

 色ボケていた。あまりの変わりように2度見するレベルで。彼女の名誉のために、もう少しオブラートに包むならば、恋に落ちていた。

 今もご飯を美味しそうに頬張る少年の手を握ろうかどうかで逡巡している少女は、どこからどう見ても恋真っ只中だ。ちなみに、彼女の料理はまだまだ店で出すには躊躇われるので、ミアが作った料理が出されている。

 

「あの、あのですね……」

「リューさん?」

「い、いえ! なんでもありません」

 

 シルは少し前から変な相談をリューから受けていた。あまり要領を得ない話だったので思うようにやればいいと言ったのだが、その結果がコレだと直感的に理解する。純粋そうな少年よりも顔を赤くしている初心なエルフがそこには居た。

 

 少年の名前はベルと言うらしい。リューとの会話に耳をそばだてていると、まだオラリオに来たばかりの新人(ルーキー)らしい。ならば、リューはこの一、二ヶ月の間に少年と出会って恋をしたことになる。

 

 人を好きになるのに時間は関係ないと言うが、それにしても接点が少なすぎではないだろうか。片や田舎からでてきたばかりのルーキー。片や、オラリオでも名の知れた第一級冒険者。もしや一目惚れかと勘ぐったものの、リューはそういう(エルフ)だったかと自問自答する。少なくとも面食いなどではないはずだ。

 

(ダンジョンで出会ったのかな……?)

 

 そうに違いないと結論付けた。命をかけたダンジョンではその人間の真価が問われる。きっとリューのお眼鏡にこの少年はかなったのだ。

 リューが選んだ人ならばシルも文句はない。だが、だからといってすんなり認めるかと言えば、そういうわけではない。親友として少年の性根を見定めねば。そう決心してシルは少年を目で追うようになった。

 

 

 ◇◆

 

 

 少年はよく『豊穣の女主人』を訪れた。一人で来ることは滅多になく、周りには彼の主神や一緒にダンジョンに挑んでいる仲間がいた。少年もその周りに居る者も、活発で明るくて、善良な人間だ。──少年のそばにいた小人族(パルゥム)の少女は少し事情が違ったが。

 少年に直接想いを訪ねたわけではないので──リューが居るときは二人きりで会話をするチャンスがなかなか与えられなかったため──、彼がリューのことをどう思っているのかは知らないが、様子を見ている限りでは、それが恋慕かは置いておいて向こうも憎からず思っているだろう。

 では、これで一安心か。そう思っていた矢先、シルはベルを目撃した。

 

 ──【剣姫】と仲良く手をつないで歩いている場面を! 

 

 

 

「ベルさぁぁん? どういうことですかぁ?」

「シ、シルさん……?」

「リューという人が居ながら何をしてるんですかぁ?」

「────」

 

 その日の夜、ベルを補足したシルはそのまま彼を店にまで連れ込んだ。

 年上の女性に迫られてベルが思わず後ずさる。この時に催されていたイベントは【怪物祭(モンスターフィリア)】。見世物としてはよくできていて、若い男女で見に行くとあればなかなか良い選択だといえる。現に、【怪物祭(モンスターフィリア)】を見に行ったシルも、そういった若いカップルを見て淡い憧れを抱いたりしたのだから。

 しかし、それが親友の想い人と別の女性が歩いていれば話は別だ。リューを袖にするなど許すまじ。場合によっては()()をする必要もある。鬼気迫った顔のシルに気圧されて、ベルが慌てて弁明しだす。

 

「ち、違うんです! アイズさんとは……」

「アイズさん……? 随分と仲がよろしいようで……」

 

 ヒュ、とベルの息をのんだ声が聞こえた。ハーレムか、ハーレムでも作ろうというのか? 

 その後もベルがここにいるという情報を手にしたアイズとリューが訪れるまで、ベルはたっぷりとシルに絞られるのであった。

 

 

 ◇◇

 

 

 それから二か月ほどが経過し、新たな催しがもう間もなく開催される頃になると、ベルと行動する人間が変わった。件の小人族(パルゥム)の少女や赤髪の人間(ヒューマン)──名前はリリとヴェルフらしい──とは変わらず行動を共にするものの、リューとアイズがベルのそばにいなくなったのだ。リューは遠征に赴いているから当然とはいえ、アイズまでもが近づかないのはシルの目には不自然に映った。高度な恋愛頭脳戦は一般の人間には知られていないのだ。

 

 その二人の代わりに行動を共にするようになったのは【ロキ・ファミリア】のLv6、【凶狼(ヴァナルガンド)】ベート・ローガだ。最近、アイズやリューとこそこそしているのは見かけていたが、何の話をしているのか聞いても教えてくれなかったし、とてもじゃないが馬が合うとは思えなかった。

 しかし、案外そうでもないようで、ベートはベルの兄貴分のような存在になりつつあった。今もこうして二人で食事に来る程度には仲がいい。史上最速でランクアップを果たした世界最速兎(ルーキー)は、高レベル冒険者の琴線に触れる逸材らしい。

 僅か一ヵ月で器を昇華させるという快挙に、同業者からの嫉妬ややっかみもあったものの、ベートの前ではそんなものは形無しだ。

 

 

「ベートさん、ベートさん!」

「あァ? んだよ」

「僕、【ステイタス】が全部S()()になりました!」

「ハァ!?」

 

 ベートが口に含んでいた飲み物を思いっきりぶちまける。シルも慌てて周りを見渡した。幸いにもまだ時間は昼過ぎで、二人以外に客はいない。ベートも同じ考えだったのか、あたりを確認したあと大きく息を吐いた。これが夜なら今頃とんでもない事態になっていたかもしれない。今のオラリオで、良くも悪くも一番注目を集めているのが自分だとベルは正確に理解できていないのだ。

 

 ベートがすっと手を伸ばしたのを見て、ベルが顔を近づける。そのまま無骨な手で頭を撫でる────ようなことはなく、額にデコピンをお見舞いする。

 

「痛っ」

「テメェ、いつか痛い目見るぞ」

「?」

 

 目を白黒させるベルに、ベートは大きなため息をついて席を立った。金を机に置いて店を出る。ベルも追従して出口に足を進める。

 

「それじゃあ、シルさんさよなら!」

「はい、気を付けてくださいね」

 

 シルは二人を見送ったあと、闘技場(コロシアム)の方角へ視線を送る。少年はあそこで格上──Lv3の冒険者と戦うことになったらしい。シルも二人には何か因縁があることは前の事件で分かっている。

 とはいえ、ベルは彼に勝てるのだろうか。リューもアイズも自信満々に勝てるといっていたが、常識的な立場から言わせてもらえば勝ち目は限りなくゼロに近いように思えた。

 いくら少年が異常ともいえる速度で成長していても、レベルの差というのは絶対的だ。

 

「ベルさん……」

 

 ふるふると首を振る。結局自分にできるのは信じることだけなのだ。もうすぐ遠征から帰ってくるリューと、当日は応援に行こう。何故かリューは既に特等席を手に入れているらしい。勝てたらいっぱい褒めてあげて、負けても慰めたらいい。

 

 

 ────激突の日まで、あと七日。

 

 

 

 




ベート・ローガ:個人情報保護しないと(使命感)

ベル・クラネル:すでに【ステイタス】評価が最低Sのバグキャラ。懸想パワーがなくとも師匠が合っていれば何とかなるの精神

シル・フローヴァ:原作でも謎の多い女の子。色々言われてるけど今作では訳あり少女くらいのイメージ。ベルにちょっかいだそうとするとリューの目が怖い。

リュー・リオン:今度は自分から歩み寄った。ぽんこつかわいい


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貴様の名は。

とりあえずヒュアキントス戦はこれで終了!
1話で終わらせようと思ったらいつもの倍くらいになったから分割するかも
ギャグみたいなタイトルだけど割と真面目なお話してる

      ()


『さぁ、盛り上がってまいりましたー! これより、第一回眷属闘争(ファミリアバトル)を開催します!!』

『俺がガネーシャだ!!』

 

【ガネーシャ・ファミリア】の団員と主神が祭りの始まりを告げると、オラリオが湧いた。闘技場(コロシアム)の中だけでなく、街行く人々もそろって声を上げる。彼らの視線の先には宙に浮かぶ不思議な鏡──神の力(アルカナム)によって作られた遠くを映す奇跡の産物。娯楽好きの神々によりオラリオ中にばらまかれた、みんなでイベントを楽しむための必需品だ。

 

 怪物祭(モンスターフィリア)で用いられたモンスターや、【ガネーシャ・ファミリア】の団員による前座も終わり、いよいよ始まるのは誰もが待ち望んだ冒険者たちの健全な争いだ。酒に酔ったわけでもない、気に食わない冒険者を寄ってたかって叩くわけでもない、殺し合いをするでもない。純粋な力比べ。遥か太古より、人間(ヒト)の本能に刻み込まれた血が滾る1vs1(タイマン)である。不参加を決め込んだ神も、下界の住民も目を向けさせられる強い引力がある。

 

『では、まず最初の対戦は──!? ……【モージ・ファミリア】のルヴィスvs【マグニ・ファミリア】のドルトム! お互いLv3の高レベル冒険者、一体どんな戦いを見せてくれるのか!? どう思いますか、ガネーシャ様!』

『俺が、ガネーシャだ!!』

『はいありがとうございました。では早速──選手入場!』

 

 大きな音で食う方が空に打ち上げられると、出入り口から二人の選手が入場してくる。

 一人は背中に弓を背負い、腰に剣を下げたエルフの青年──ルヴィス。もう一人は斧を手に持ったドワーフの青年──ドルトムだ。二人はお互いににらみ合っていて、すでに火花を散らしている。

 

『おおっと、どうしたのでしょうか? 『楽しく』を信条に行われるイベントですので、長きにわたる因縁とかはご遠慮いただきたいのですが!』

 

「分かっているな、ドルトム。敗者は大人しく引き下がるのだぞ。あいにくと私は、負け惜しみを言うドワーフなど見ていられん」

「それはこっちの台詞(セリフ)じゃ、ルヴィス。勝者が──エイナちゃんに先に告白する権利を手にする!」

「我らがエルフの女王陛下の名に誓って、負けるわけにはいかないッ!」

 

『思ったよりも浅い因縁でしたのでどうぞ思う存分戦っちゃってくださーい!』

『俺がガネーシャだ!!』

『ガネーシャ様うるさい!』

 

 ギルドで働いている半妖精(ハーフエルフ)の受付嬢が思わず顔を抑えたという。

 

 

 ◇◇

 

 

 休日の昼前から始まった催しはますます白熱していき一向に冷める気配を見せない。観客席には前もってチケットを入手していた手際のいい人間が席を確保しており、特等席で戦いを見守っていた。最前列にはオラリオ外からわざわざ視察に来た重鎮や、強豪ファミリアが列をなしている。勿論、【ロキ・ファミリア】と【アストレア・ファミリア】である。主催側としての権力を存分に使用したのであろうことは、見るものが見ればすぐに分かった。

 

「……まもなくベルの番ですね」

 

 配布表(パンフレット)を手に取ったリューがポツリとつぶやく。激しい戦いを繰り広げてきた後のような傷と汚れを残したまま、食い入るように目の前の戦いを見つめる。

 

「ベルはとっても強くなったから、大丈夫です……」

「む……」

 

 その横に座るアイズも小さく頷いて口を開く。彼女もまた戦闘を終えた後のような格好で、ジャガ丸くんを片手に試合を観戦している。

 

「もう、リオンったら。何時までも拗ねてないの! 私たちの出番は終わったんだから、あとはベルを応援してあげないと!」

「そうだぜ~リオン。運がなかったと思って割り切るんだな」

「全くだ。こんな調子でベルの師が務まると思っているのか」

 

 そう次々に口をはさんでくるのは【アストレア・ファミリア】の団員だ。団長であるアリーゼもリューたちと同じように体には戦いの跡が見て取れた。誰と戦ったのかは、まぁ明白だろう。

 

「そういえば、【凶狼(ヴァナルガンド)】はどこに? 先ほどから姿が見えませんが」

 

 分が悪いと判断したリューが話を変える。

 リューたちが現在座っているのは選手が入場してくる扉の付近で、ほかの【ロキ・ファミリア】の団員や主催側の神々はその反対方向に座っていた。ベートも恋愛脳な女子に囲まれながら試合観戦などごめんだったので、試合をする予定だったアイズたちとは別れ、試合までの間ベルを連れてロキやフィンと試合を見ていたはずだったのだが、どうにも姿が見えない。もうすぐベルの試合が始まるのに何をしているのか。そうリューが不満げにつぶやくと、アリーゼが「あ!」と声を上げた。

 

「何か知っているのですか、アリーゼ」

「ええ! そういえばベルと一緒にどこかに行くのを見たから、多分控え室にいるんじゃない?」

「なっ──」

 

 絶句する。その手があったか。横にいる少女との戦いやベルの戦闘に気を取られて、そこまで気が回らなかった。アイズを見ても、彼女も小さく目を見開いている。試合前、一番緊張しているであろうベルのそばにいるという美味しい役(ビッグイベント)があったにもかかわらず、みすみすそれを逃してしまうとは。

 

『リューさん……』

『どうしました? ベル』

『……手を、少し握ってもらってもいいですか?』

『勿論、構いません』

 

 ほわほわと頭の中でそんな妄想が出てくる。呆然としているアイズの頭の中も大体同じようなものだろう。この一ヵ月間、ほとんどベルと会うことができなかったからこそ、ベル成分を補給しておく必要があったのに。

 なんて惜しいことをしたのだろう、と二人はそろって肩を落とした。

 

 

 ◇◇

 

 

「──で、どうして貴様がここに居る? 狂犬」

「テメェの面を拝んどこうかと思ってなァ」

「ふ、二人とも落ち着いて……?」

 

 一方、控え室では三人の男性が集まっていた。ここにも神の力(アルカナム)によって作られた鏡が存在していて、壁の向こうで戦っている二人の冒険者を映していた。今から戦うわけでもないのに、ベートとヒュアキントスの雰囲気は険悪で、なぜかベルが仲裁に入っていた。緊張している場合ではない。

 

「大体、どうして控え室が一つなのだ。反対側にもう一つ置いてあるだろう」

「あ、それは僕も思いました」

「ロキたちがわざわざ決めたんだよ。同じところから出てきた方が印象が良いんだとよ」

 

 ヒュアキントスの問いにベートが答える。『楽しいイベントやから、一緒に入場した方が仲良しに見えるやろー? いっそ手を繋ぎながら出てきてくれても良いねんで!』とは会議でロキが発した言だ。

 怪物祭(モンスターフィリア)と同じく、一般人と冒険者の間にある溝を埋めることも目的に入っているため、その辺の細かいことは考えられているのだ。

 

「……くだらん、何にせよ、私は私の使命を果たすまで」

 

 そう言って、鏡に目を向ける。男が首元に剣を突き付けられていて、両手を上げた。降参の合図だ。試合終了の号砲が鳴らされ、大きな歓声が上がる。次はいよいよ最後の試合、自分たちの番だ。

 

「おい、分かってんだろうな」

 

 席を立とうとしたヒュアキントスをベートが呼び止める。何が分かっていると聞きたいのか、主語のない質問だ。自分たちはそんなもので通じ合えるような仲ではない。しかし、この問いの真意ははっきりと理解できた。

 

「無論だ。────全力で行かせてもらう。二度目はない」

 

 それだけ言い残して、ヒュアキントスは部屋を後にした。残されたのはベルとベートの二人。この一ヵ月行動を共にした即席の師弟だ。ベートの琥珀色の瞳がベルの深紅の瞳を鋭く射貫く。

 

「ベル」

「っはい!」

「俺が言ったこと、全部覚えてるな」

「はい!」

「ならいい。──行ってこい、存分に喰らいつけ」

 

 ベートはそれ以上何も言わなかった。勝てとも、頑張れとも言わずに観客席に向かって歩き出した。ただ一言──喰らいつけと言った。ベルもベートも分かっている。いくらベルが成長しようとヒュアキントスは文字通りレベルが違う。格上相手に勝つことなど通常は不可能だ。負けても誰も責めはしないし、よくやったと健闘をたたえてくれるだろう。

 しかし、ベルにとってはもう二度目だ。Lv2にランクアップした時と何ら変わりはない。あの時も一人で格上(ミノタウロス)に立ち向かって勝利したのだ。『弱者』であるベルが『強者』の喉元を喰いちぎったのだ。ならば、今回もやれる。ベル・クラネルは恐れずに立ち向かうことができる。────前に進む。

 

 

 

 

 

 

『いよいよ最後の試合となりました! この舞台に幕を引くのはこの二人だァ──!!』

 

 すさまじい歓声とともに、二人が入場する。ヒュアキントスはもちろんのこと、ベルにも怖れはなかった。怒りも憎しみもなく、純粋な戦意がそこにはあった。

 

『なぜ大トリを飾るのが【疾風】では、【剣姫】では、【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】ではなかったのか。皆さんも疑問に思ったでしょう! その理由がこれだ! ファミリアの団長同士の戦い! 某神々によるとこの一戦のために今回の催しは開かれたという程!』

 

 解説がどんどんヒートアップしていく。観客もつられて高揚していき、まさにクライマックスとしては最高の状況になっていた。

 

『相対するは【アポロン・ファミリア】団長──ヒュアキントス・クリオ! そして、今や冒険者の間で知らぬ人はいない超新星(スーパールーキー)! 【ヘスティア・ファミリア】唯一の団員にして団長──ベル・クラネル!』

『特別ゲストを呼んできた俺が、ガネーシャだ!!』

『騒がしいぞガネーシャ、私はヒュアキントスの雄姿を見に来たのだ!』

『何を言ってるのさ! 勝つのはベル君だよー!』

 

 ガネーシャに連れられ、アポロンとヘスティアが解説席に座る。散々『楽しく』と言ってきたにもかかわらず、目が本気(ガチ)になっている神を見て、すべての事情を把握している神々は笑い転げていた。

 

『既にご存知の方もいるでしょうが、ベル・クラネルのレベルが2であるのに対して、ヒュアキントス・クリオのレベルは3! 正直に言うとかなり分の悪い戦いになると思われますが、どうでしょうガネーシャ様!』

『俺がガネーシャだ!!』

 

 そんな外野には見向きもせず、ベルとヒュアキントスはお互いに闘技場(コロシアム)の中心に立つ。外の音は完全に遮断され、燃えるような闘志が渦巻いている。

 

「──ベル・クラネル」

 

 閉じていた瞳を先に開いたのはヒュアキントスだった。下を向いていた顔を上げると、そこには一人の冒険者が佇んでいた。

 

「まずは感謝と謝罪を。()()()()には私と戦わなければならない理由はなかっただろう。それを持っていたのは()()だけなのだから。だが、お前は今ここに立っている。感謝する」

「ヒュアキントスさん……?」

 

 ヒュアキントスの言い分にベルが困惑の色を見せる。たまにベルの周りの人間は妙なことを言う。ベルには分からないのに、ほかの人には通じるような事を。アイズやリューにベート、最近交流を持つようになったレフィーヤもそれに当てはまる。そして、今ベルの前に立つこの男も。自分(ベル)がどのような人物なのか、どれくらい強くなれるのか。彼らが自分に向ける視線は予想でも期待でもない。ただ当たり前のように、知っているかのように、ベル自身のことをベルより信頼しているのだ。

 

「私たちは()()こうして戦場に居る。手は抜かない、本気で今のお前を叩き潰す。我が名はヒュアキントス。賜った二つ名は【太陽の光寵童(ポエブス・アポロ)】。────貴様の名は」

 

 彼もまた、ベルを知っている目をしている。ゾクゾクと体の感覚が研ぎ澄まされていく。油断も慢心もない『強者』に喰らいつくための準備が為されていく。もう、ベルの頭からは酒場で殴られたことなどなくなっていた。

 

「名前は、ベル。ベル・クラネル。神様から戴いた二つ名は──【韋駄天(アキレウス)】」

「──そうか。では【韋駄天(アキレウス)】、勝負ッ……!」

 

 それを契機に二人は同時に地を蹴った。

 

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 

「これは……想像以上だ」

「そうやろ〜? 流石の【勇者(ブレイバー)】もこれにはビックリか」

「なんでロキが自慢してんだよ、他派閥じゃねぇか」

「しかし、これ程とはな……」

「ああ、ベートが気にかけるのも頷ける」

「うっせぇぞジジイ」

 

 フィンとリヴェリアがベルの戦闘を見て舌を巻き、ガレスはベルに目をかけたベートの慧眼を評価する。ロキは自慢げにベルのエピソードを披露し始め、ベートが舌打ちする。

 眼前では先程から激しい剣戟が繰り返され、観客も大歓声を上げながら勝負の行方を見守っている。

 

 Lv(レベル)が一つ違えば次元が違う。冒険者ならば誰もが知っている常識だ。Lv1の最上位とLv2の底辺でも、身体能力、反射神経、全てに差がつき、Lv2の者が勝利する。まして、Lv2になったばかりのベルとLv3になって久しいヒュアキントスでは勝負にならないと、知識がある者ほどそう判断した。

 しかし、その予測は外れた。

 

「ハァッ!!」

「グッ!?」

 

 常に動き回っているベルをヒュアキントスが完全に捕捉しきれていない。与えられた二つ名に恥じない俊足を披露するベルは、ヒュアキントスの速さを()()()()()

 最初こそ苦戦するヒュアキントスを嘲笑する声があったが、そんな声はもう無くなっていた。それ程までにヒュアキントスは優秀で、ベルは化け物じみていた。常人には見えない速度で戦場を飛び回り、魔法を駆使して動くその姿は、正しく古代の英雄のようで。いつの間にか闘技場の中は、二人の剣戟の音を除いて聞こえなくなっていた。

 

「ハァァッ!!」

 

 とうとうベルをヒュアキントスが捉える。右手で剣を振り下ろし、ベルが防御したところを左手で振り抜いて吹き飛ばす。ベルはそのまま壁まで弾き飛ばされて、砂塵を巻き起こした。

 

 

「それで、ベート。彼は勝てそうなのかな?」

「知るかよ」

 

 フィンがベートに問いかける。ベートはそれを一蹴した。前回勝てたのも相手の油断があったから何とかなった様なものなのだ。本気でやり合えば負けてもおかしくない──というより、負けるのが普通だ。

 ただ、それを踏破することも可能かもしれないのがベル・クラネルという少年なだけ。

 

「どうせ長期戦になったらベルに勝ち目なんてねぇんだ。──そろそろ動くぞ」

 

 戦場を俯瞰するベートの目は正確だった。

 砂煙から出てきたベルの瞳には覚悟が宿っている。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

「……やはり、アポロン様は正しかった」

 

 ベルの防具は既にボロボロだが、大きな怪我はしていない。先程隙をついて殴った時も、間一髪でベルの防御が間に合った。力はまだまだヒュアキントスの方が上。経験の差による技術も勝っている。しかし、前回と同じように速さで上を行かれた。単純な能力でも、今回の方が強いだろう。

 ただ勝つだけで良いのならば、守りに徹していればいずれベルのスタミナが先に尽きる。だが、そんなものはヒュアキントスの求めた勝利ではない。たとえ、以前のように敗れるのだとしても、少年の全てを打倒しなければならない。

 

「そっちが来ないならば、こちらから行かせてもらう……!」

 

 Lv3の脚力を存分に発揮して、瞬時にベルの元に接近する。横薙ぎに振るう剣をベルが二振りのナイフで必死にいなす。見違えるような成長だ。ヒュアキントスがこの技術を身に付けるのにどれだけの月日を費やしたのか。驚きを通り越して笑いが出てくる始末だ。

 ただ──だからと言って簡単にやられる訳にもいかない。

 

 ヒュアキントスにはベルと違い莫大な戦闘経験に基づく『技と駆け引き』がある。モンスターではなく対人戦ということで勝手に違いがあろうとも、フェイントは有効だ。現に、剣を囮にフェイントを繰り返せばベルは翻弄され、本命の拳をくらっている。

 

「ガ、ハッ……!」

 

 今度こそベルの腹部を捉えた拳は重く響き、血反吐を吐かせる。それがかかるのもお構い無しに、再び吹き飛ばした。ベルの手から離れた黒いナイフが広間の中心に音を立てて落ちる。

 

「ッハァ……」

 

 ヒュアキントスもベルの猛攻を受けた影響か、肩で大きく息をする。

 まだベルは倒れていない。だから、視線は逸らさない。ここで『魔法』を使用して勝負を決めるべきか。二の轍を踏んでしまえばそれこそこの戦いの意味がなくなってしまう。

 油断はしていなかった──だが、次の瞬間、ベルの行動にヒュアキントスは驚愕した。

 

 

「──はぁあああああッ!!」

「──なァッ!?」

 

 ベルが()()()()()。弾丸のように、雷霆のように。体感では今までの倍は速い。反応しきれなかったヒュアキントスはお返しとばかりにベルの攻撃で10M以上宙を舞った。

 鮮烈な逆転に静まり返っていた闘技場が湧く。

 ──いよいよ戦いは最終局面を迎えようとしている。

 

 

 

 

『体に染み込ませろ。土壇場で出来るようになって初めて、それが技術って呼ばれるようになる』

 

 訓練中、何度もベートに言われたことだ。ベルは片膝をつきながら、それを実感していた。

 

(……出来たッ!)

 

 ──【英雄願望(アルゴノゥト)】というスキルがある。Lv2にランクアップした折に発現したベル・クラネル二つ目のスキルだ。効果は『能動的行動によるチャージ行使権』。要は、次に行う己の行動を強化できる。魔法を使おうとしたら魔法が素早く、力強くなり、相手を殴ろうとしたら拳は壁を割るほど強くなる。チャージの秒数によって効果は変わるが、一瞬のチャージでも絶大な効果を誇る、二つ目のレアスキルともいえる。

 今行ったのは足を強化し、その勢いのまま再びナイフを強化して弾き飛ばす──つまり、連続行使(セグエチャージ)。前回のベルには使えなかった繊細な制御(コントロール)を必要とする高等技術。ベートとの地獄の特訓を経て何とか()()ならば使用出来るようになった努力の結晶。

 

(早く決着を着けないとッ……!)

 

 スキルの代償として、体力と精神力(マインド)を削られる。これを使ったからには直ぐに決着を着けなければ、千載一遇の機会を失ってしまう。

 

「────ふッ!!」

 

 二秒分のチャージ。再び弾丸となったベルがヒュアキントスに接近する。

 

「【我が名は愛、光の寵児】──」

「──【ファイア・ボルト】!」

 

 迎え撃とうとしたヒュアキントス目掛けて魔法を発射する。無詠唱という規格外の特性を持った魔法をかわす術はなく、直撃。

 そして、勢いを殺すことなく懐にまで潜り込んだ。

 

「────ッッ!」

 

 怒涛の連撃(ラッシュ)。息付く暇も与えない高速剣舞。魔法も封じられ、防御に専念するしかない。それでも全ての攻撃を防げるはずはなく、だんだんと意識が薄れていく。

 

(────だ) ──【リトル・ルーキー】。

 

 ナイフが腕を裂く。

 

(──―れだ)──【韋駄天(アキレウス)】。

 

 魔法が腹を焼く。

 

(──お前は誰だ)────。

 

 ナイフが頭を掠めて血が飛び散る。今までの情景が頭の中を駆け巡った。意識が覚醒する。

 そうだ、貴様の名前は──

 

「ッ! ()()()()()()──!」

 

 渾身の一撃を与えんとヒュアキントスが剣を振り下ろす。先程から手傷を与えてくるナイフを最初に弾く。そうすれば後は魔法に気をつければいい。

 極限までお互いの体内時間が引き伸ばされる中、

 

「──」

 

(な──)

 

 ベルが消えた。ナイフは宙に浮いている。注視していたナイフを思わず追ってしまう。──その一瞬の隙がアダとなった。

 

「あああああぁッ!!」

「ガ、──ァ」

 

 一秒にも満たないチャージ。ヒュアキントスの視線が外れたその一瞬で、ベルは体を四足獣のように低くしてそこから顎に足蹴りを与えたのだ。

 とうとうヒュアキントスが仰向けに倒れる。ベルも体力を使い果たし、蹲るような体勢になる。

 

「ハァ、ハァッ……」

 

 心臓の音が煩くて周りの音が聞こえない。試合は終わったのか、勝てたのか。

 どれだけの時間が経ったのだろう。数秒か、数分か。これ以上一歩も動けない、頼むから終わってくれ。懇願するように顔を上げる。

 

 

「ッ……! そん、な」

 

 そこには(おとこ)がいた。

 

「……勝負、あったな」

 

 ヒュアキントスが一歩ずつ、ゆっくりと歩いてくる。ヒュアキントスの内から溢れてくる感情は何なのだろうか。怒り? 喜び? 分からない。

 武器を囮にするとは考えたな。よくやった。もう動けないだろう。これで終わりだ。

 言いたいことが色々出てくる。最後に一言言わねば気が済まない。最後くらいは、素直になっても良いだろう。そう思いながら、口を開く。

 

 

 

「──見事」

「────」

 

 その言葉を発した途端、ヒュアキントスがベルに向かって倒れてくる。残った力を総動員して何とか受け止めると、ヒュアキントスは目を閉じていた。

 

 

 

『な、何ということでしょう!? 【太陽の光寵童】、気絶しています! つ、つまり勝者は──【韋駄天(アキレウス)】! ベル・クラネルの勝利ー! 大番狂わせ(ジャイアントキリング)達成です──!』

 

 

 

 ベルvsヒュアキントス、ここに決着。──ベル・クラネルの勝利。




ベル・クラネル:初めて活躍した原作主人公。【英雄願望】の同時使用は出来ないが、一度使用した後直ぐにもう一度使用するという技術を身に付けた。発案者ベート。多分肋骨の一、二本は逝ってる。

ヒュアキントス・クリオ:一切の慢心、油断なく挑むが敗北。ベルを認めることが出来るくらいには冷静になった。ちょっと書くのが楽しくなってこんな量になった原因。

ベート・ローガ:今回の師匠。MVP。アイツは俺が育てた。

リュー&アイズ&アリーゼ:仲良くわちゃわちゃしてた。気が向いたら書くかも。

ルヴィス&ドルトム:エイナさんに惚れてる(公式設定)。気になる人は原作の八巻と十二巻を読もう!


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事の終わりと新たな始まり

今更ですが明けましておめでとうございます。12月に更新するとほざいてましたが忙しすぎて無理でした。今月はさらに忙しいので次は来月になると思います。


   


「……んっ」

 

 うっすらと光を感じて朝が来たのだと回らない思考で理解する。昨日の激戦のおかげか未だに気怠い体を起こすのは、なかなかに骨が折れる作業だった。

 

(もう少しだけ……)

 

 昨日は十分頑張ったのだ。格上(Lv3)──ヒュアキントスとの戦いに勝利したことを皆が称えてくれた。リューやアイズ、ベートたち師匠はもちろん、主神(ヘスティア)にヴェルフやリリ、【ロキ・ファミリア】、【アストレア・ファミリア】の人たちにまで祝われた。

 昨晩は関係者たちと館で一晩中騒ぎ立てて、おいしいお酒もおいしいご飯もたくさん食べて楽しい時間を過ごしたのだ。だから、もう少しだけこの余韻に浸ろうと()()()()()()()()()()()()()()()()()()、再び意識を沈めようとして──

 

(──あ、れ?)

 

 意識がまた浮上し始める。そういえば、ここはどこなのだろうか。昨日は確か【アポロン・ファミリア】の館でパーティーを行った気がする。そのあと、自分はちゃんと何時もの本拠地(ホーム)に帰ったのか、その記憶がない。しかし、記憶がなくなるほど酒を飲んだ覚えもない。確かに酒は飲んだが、【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナや【九魔姫(ナインヘル)】リヴェリア・リヨス・アールヴ、【重傑(エルガルム)】ガレス・ランドロック等の大物もベルのもとにやって来たのだ。その衝撃ですっかり酔いなど醒めてしまったはず。だが、どうにも昨夜の出来事があやふやで、何かを忘れてしまっているようだった。

 ひとまず、現状を確認しようと目を開けた。すると、

 

「……ん」

 

 

 目の前に金の髪を持った少女(ヒューマン)がいた。

 

(なんだ夢か……って、え? え?)

 

 現実逃避をしようと閉じた目を再び開けると、やはりそこにはアイズ・ヴァレンシュタインの姿がある。すやすやと小さな寝息をたてながら眠りについているアイズはダンジョン攻略をしている時とは打って変わって、どこか幼さを残していた。

 ベルはよく仲間に察しが悪いといわれるが、身の危険には敏感だ。この状況(シチュエーション)はまずい。これは本拠地(ホーム)で朝を迎えたとき、たまに起こる『ヘスティア事件』によく似ている。ベルが一人で寝たはずなのになぜか布団に他の人間が紛れ込んでいるあの出来事に! 

 ベルは学習している。ギギギ、と鉛のように重くなった首を少し下に傾けると、そこには──ベルの手をつかんで離さないアイズの手と()が──

 

(──────)

 

 時間が停止する。叫び声を上げなかったのは今までの訓練の賜物か。ゆっくりと手を引き抜こうとしても、がっちりとガードされていて解けない。勢いよく抜こうものなら流石にアイズが起きてしまうだろう。しかし、それは良くない。こんなところを誰かに見られた日にはどうなることやら。

 ヴェルフやベートなら、見て見ぬふりをしてくれるかもしれない。だが、リリやヘスティアに見られたら一日中絞られることは目に見えている。ロキなら……責任をとれとか言いそうだ。

 そして、一番ヤバいのはもちろんリューに見られることだ。淡い想いを抱いている人に軽蔑されたら泣いてしまう。

 それだけはなんとしても避けねば。そうベルが決意を固めていると、後方から()()()()()()()()()()()()()

 

「うわぁっ!?」

「……んっ」

 

 思わず頓狂な声を上げる。不味い。見られたどころか後ろに誰かいる。ベルの声に反応したのかアイズがわずかに身をよじった。しかしまだ起きる様子のないアイズに胸を撫で下ろしつつ、ベルは首を捻って後ろを確認する。

 

「……おはようございます、ベル」

 

 果たして、そこには一人のエルフがいた。太陽の光を映して輝く金の髪に、うっすらと開けられた空色の瞳。顔がやや赤らんでいるのは現在の自分の行いを理解しているからか。身に纏っている服はいつも以上に薄手で、およそ男女が同じベッドに入っているときに着ていいものではない。

 まあ、つまり、この状況は初心なベルにとって、とんでもなく目の毒で。

 

「うわぁあぁぁぁぁぁ!?」

 

 今度こそベルは悲鳴を上げてベッドから飛び起きた。

 

 

 ◇◇

 

 

「ええと、おはようございます。アイズさん、リューさん」

 

 今、ベルの前には神にも勝るとも劣らない美貌を持った女性が二人いる。両者ともにオラリオトップクラスの有名人、高嶺の花だ。目を覚ますとそんな二人が何故か同じベッドにいたのだ。寝床についた時の記憶が全くない。まるで意識を飛ばしていたとしか思えぬほどに。

 

「その、どうして僕たちは三人で寝ていたんでしょうか……?」

 

 おずおずとベルが話し始めると、アイズとリューは顔を見合わせて──目配せした。何やら通じ合うものがあるらしい。

 

「……ベルが一緒に寝ようって言ったからだよ……?」

「……そうですね、確かに言っていました」

「なんで目をそらしながら言うんですか!? 絶対嘘ですよね!?」

 

 アイズは斜めを向き、リューも同じくそっぽを向いて汗を流している。いくらベルでも容易くそれが嘘だと判断できた。嘘をつくことが苦手な三人が集まっても誰も騙せない。

 

「では、どうして私たちが……その、あの、ど、同衾しているのですか」

「うっ……」

 

 痛いところを突かれて押し黙る。結局そこに行きつくのだ。ベル・クラネルという少年はどこまでも純粋でまっとうな倫理観を有している。ハーレムを作ったりなどとありえない夢想をしているものの、交際もしていない女性と同じベッドに入るような教育はあまりされていない。

 なので、ベルから一緒に寝ようと提案したとは思えないし、彼女たちから誘われても受け入れるとは考えにくい。

 

「ベル、思い出してください。貴方の思うようにすればいいのです」

 

「そうだよ……。もうちょっと寝よう?」

 

 

 ベルが必死になって頭を回していると、左右から甘言が飛んでくる。耳元で囁かれる甘い声はベルの理性を揺さぶるには十分で。もしや本当に酒に呑まれていて自ら望んでこの状況に持ち込んだのではと今は亡き祖父の顔を思い浮かべた。しかし、すると、ノックもなしにドアが開かれた。

 

「今何時だと思ってんだ、さっさと起きろ」

「ベ、ベートさん!」

 

 灰色の尾を不機嫌そうに揺らして琥珀色の目を眇める青年は、中に誰がいようとお構いなしという風に部屋に入ってきて三人の顔を見た。リューとアイズが抗議の視線を送るもベートはびくともしない。心臓に毛が生えているのはこちらも同じなのだ。

 ズカズカとベートがベッドにいる三人のそばまで歩いてきて、ベルを二人から引き剥がす。そして、そのまま脇に抱え込んだ。

 

「行くぞ、ベル」

「待ちなさい。ベルをどこに連れていくつもりなのです」

「フィンが呼んでんだよ」

「フィンが……? なら私も行く」

「お前は呼んでねぇ」

 

 いやいや、と首を振りながら寝起きのアイズはベートに抵抗する。まるで幼女に絡まれた時のような顔をしたベートは、そのままベルをアイズに押し付けて部屋から追い出した。こうすると少女を手懐けることができるとベートは知っている。すさまじい速度で成長しているのはベルだけではない。ベートも学習している。

 一人仲間外れにされたリューは不満げに「むぅ」と声を漏らす。

 

「一体、何の話をするのでしょうか」

「女に首を絞められた時の脱出法とかじゃねぇか」

「────!」

 

 リューの体が大きく揺れる。ベートを見上げるその顔は羞恥に染まっていて、果実のように赤くなっていた。

 

「……お酒の飲み比べは金輪際しません」

「アイズにも言っとけ。昨日テメェ等が暴れたせいで主役の意識が飛んでんだから」

「……すいません」

 

 反省の意を示しているリューを見て、ベートは大きく息を吐いた。二人分ほどのスペースを空けてベッドにベートも腰掛け、腕を組んで寝転がる。

 相変わらず変な関係だと思う。家族(ファミリア)でもない、ライバルでもない、友人かと聞かれてもお互い首をかしげるだろう。未知の現象から始まった未知の関係。これが現象に全く関係のない一人の少年を中心に回っているのだから、なおさら奇妙だ。現在判明している五人の逆行者のうち四人はベルに深くかかわっていて、もう一人は今も彷徨い続けている同胞に首ったけ。以前よりは順調だとエルフの少女は言っていたので放置しておく。

 闇派閥(イヴィルス)との争いでも、【ロキ・ファミリア】に今のところ大きな被害は出ていない。神を相手取る以上、悟られてはならない。もう少しこちらの状況を理解してくれる味方が欲しいところだ、と横に視線を送りながら考える。

 

「そういえば、ベルから聞きました」

 

 ベートが真面目に思考を巡らせていると、リューがポツリと口を開いた。

 

「……何だよ」

「ベルは出会いを求めてオラリオに──冒険者の道に足を踏み入れたそうですが、彼の祖父の影響か『ハーレム』を作るという目標があったとも言っていました」

「そんなの自分の勝手にすりゃあいいだろうが」

 

 現に複数人を娶ったという冒険者は数こそ多くないが、今もちゃんと実在する。もちろんそれを不誠実だと断じる者もいるが、他人の恋愛事情に興味のないベートからすれば、同意さえあるならどうでもいいことだった。

 

「……私はあまり賛成の立場に居ませんが、彼に惹かれる者が多いことも事実です。『英雄色を好む』とも言いますし、正妻の私以外にも側室が数名いても問題ないと思います」

「────」

 

 ベートは瞠目した。自分が選ばれると微塵も疑っていない態度。傲岸不遜な発言。まだ昨日の酒が残ってるのではと密かに祈った。明らかに良くないベクトルに進んでいる少女にベートは一言。

 

 

 

「馬鹿かよ」

 

 

 ◇◇

 

 

 夜。闇に包まれた街を魔石灯が煌々と照らす。広大な迷宮都市(オラリオ)の一角は歓楽街としての役割を担っている。欲望が収まることなどない、夜の街。人々が歓楽に耽る娼館街の最も高い宮殿には神がいる。夜の王が存在した。

 

「……クソッたれ」

 

 褐色の肌を隠そうともせず、煙管(キセル)を口にくわえた『美の女神』は吐き捨てるように呟いた。開かれた窓から、オラリオの中心にそびえ立つ白亜の巨塔を睨む。きっかけは何であったのだろうか。神界でも遠く離れた場所に位置している二人には接点などなかった。唯一あったのは神として司るもの──『美』というモノだ。

 片や歓楽街を支配する夜の王。片やこのオラリオを左右するほどの力を持った都市の王。気に食わないと感じるのは当然だった。

 

「おい、ヘルメス。さっさと情報を吐きな」

 

 そう言って蠱惑的な笑みを浮かべる女神──イシュタルは部屋の隅でシクシクと涙をこぼしている男神──ヘルメスに目を向ける。ヘルメスの衣服は乱れ、体には謎の痣がいくつも付けられていた。その言葉を待っていたと、これ以上の責め苦は御免だと、男神は口を開く。最近もう一人の『美の女神』──フレイヤが気にかけているという少年の話を。思想、戦績、性格、交友関係。幅広い情報網を持った神の口から様々な話がもたらされる。つらつらと語られるその内容にイシュタルの顔色が変化していく。

 

「……つまりなんだい? そのガキの交友関係は老神(ゼウス)か?」

「さぁ、それはどうだろう。ただベル君は【ロキ・ファミリア】と深い関係にあって【アストレア・ファミリア】とも深い関係にあって、フレイヤ様にも気に入られていて、【ヘファイストス・ファミリア】とも交流を持っていて、今も【アポロン・ファミリア】の館で遊んでいる程度の少年だよ」

 

 橙黄色の瞳を細めて軽薄な笑みを見せる。イシュタルとて無策ではなかった。協力者を募り、禁忌に手を出し、万全の状態でフレイヤを打ち砕く算段だった。

 しかし、これはおかしい。少年の背後が強力すぎる。少年一人に手を出した時点でオラリオ全てを敵に回すようなものだ。いくら奥の手があろうとも、質と数で上をいかれては勝ち目はない。

 本気でやるのか、と暗に問いかけられてイシュタルはヘルメスを睨め付けた。

 

 

「……………………少し考える。クソッたれ」

 

 




ベート・ローガ:自分より酒癖の悪い人間にドン引き

ベル・クラネル:祖父の英才教育(笑)を受けたエリート(大嘘)

リュー・リオン:謎の余裕を有する。かわいい。自分からではなくベルから言うことに意味がある

アイズ・ヴァレンシュタイン:おとこのこといっしょにねた!

イシュタル:敵強すぎィ!多すぎィ!



今作で密かに目標にしてた感想100件を達成しました。いつも感想ありがとうございます!次は評価数50と感想150目指して来月に更新します


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提案

天竜人の享楽で食べさせられたエタエタの実の力で全身失踪人間になってしまいましたごめんなさい。


うそです。原因はモチベの消失八割コロナ二割くらいでした。


「はぁ……」

 

 ベルの口から小さく漏れたため息が空へと消えた。夜もあけたばかりのオラリオ。市壁の上で周りの景色を放心したように眺めている。この場所を知っている者は数えるほどで、ベルのお気に入りの場所になっていた。

 

 彼の頭を悩ましているのは、先日の打ち上げの後にフィン・ディムナから受けた提案だった。

 その場で答えることができず、今に至る。

 

 

「僕たちの傘下に加わる気はないか」

 

 そんな思いもよらない提案だった。

 

 

 ◆◆

 

 

 

「えっと……傘下、ですか?」

 

 朝早くにアイズと共に執務室に訪れたベルを迎えたのはロキとフィン、ガレスにリヴェリアだった。先に呼ばれて話を聞かされていたのか、何とも言えない表情を浮かべてソファーに座っているのはヘスティアだ。だいぶ頭を悩ませているようで小さく呻き声を漏らしながら体を左右に揺らしている。表情で言えば、ロキも似たような顔を浮かべている。

 困惑した表情を浮かべたベルを見て、フィンが鷹揚とした態度で頷く。

 

「ああ、すまない。少しこれでは語弊があるね。──ベル・クラネル、引いては【ヘスティア・ファミリア】と同盟を組みたい」

 

「ど、同盟!?」

 

 思わずベルが声を出す。世界最速兎(レコードホルダー)となっても構成員一人の弱小ファミリアとオラリオの双璧と呼ばれる【ロキ・ファミリア】が同盟を組むとは一体どういう事なのか。

 ベルの驚愕を他所に【ロキ・ファミリア】の幹部たちが話を続ける。

 

「君も神ヘスティアから言われた事はあるだろうが、基本的に他派閥の人間と個人的な交流を深めることは他の神や眷属から見ても良い印象を抱かれない」

 

「引き抜きを疑われる事もあるし、交流を持つ者が男女ならば深い仲になった時にファミリア間で問題が発生するからな。まして、派閥の力関係に大きく差があるところでは尚更それが顕著だ」

 

「火のないところに煙は立たない、と言うやつじゃ」

 

 ファミリア内での結束は強まるけど、他派閥との交流が減るのは一長一短だけどね、とフィンが零す。フィンとしてはファミリア間の交流はあった方が都合がいいのだが、周りはそうでも無いことが多い。

 

 彼らの口から出た言葉はどれも正しかった。

【ヘスティア・ファミリア】の構成員はベル一人だから考えたこともなかったが、確かにダンジョンに潜る時にリリのようなサポーターを除けば、他派閥の人間を連れて行っている者を見たことが無い。【ヘファイストス・ファミリア】の眷属であるヴェルフと毎回ダンジョンに挑んでいるベルの方がおかしいのだ。

 傍から見たらベルとヴェルフはお互いに改宗(コンバート)しないかと誘っているように見えたのだろうか、そんな疑問がベルの頭に浮かんだ。当然、良い反応をされるはずが無い。

()()()()()()()()彼らの言うことは間違っていなかったのだ。

 

(神ヘスティアから言われただろうけどって……僕そんなこと神様から聞いたことないよ!?)

 

 そう、ベルはヘスティアからそのような話をされた事がなかったのだ。グルッと首を曲げてヘスティアの方に目を向けると、彼女も同じことを考えていたのか視線を逸らす。

 

「神様……」

 

「うっ……」

 

「どチビ……」

 

「し、しょうがないだろ! ボクだってこんなことになるとは思わなかったんだ!」

 

 ヘスティアの言うこんなこととは、ベルが冒険者になって一月足らずで高名な冒険者と交流を持ち、さらにその中の女性と深い仲になっても不思議ではないことである。それに関してはロキもフィンも同意だ。彼に一体何があったのか。

 

 それに、ヘスティアはファミリアを結成する前から【アストレア・ファミリア】と親しくしていた。【ヘファイストス・ファミリア】の館を追い出されたあと、バイトをしなければその日に食べるものもないほど困窮していた彼女を救ったのはアストレアの眷属だった。

 あの一件を境にヘスティアはアストレアと仲良くするようになり、今でもベルと一緒にご飯にお呼ばれするのだ。そんな彼女が他派閥と深い関わりを持つことは駄目だ、とベルに言うことは出来ない。

 

 話が逸れたね、とフィンが再び口を開く。

 

「という訳で、ベル・クラネル。君が【ロキ・ファミリア】の面々──というか、アイズとベートと毎日のように顔を合わせているのはあまり宜しくない。同じように【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師と行動しているのもね」

 

 改めて突きつけられた言葉にベルが硬直する。緊張した面持ちのベルを見て、リヴェリアも続ける。

 

「【ロキ・ファミリア】も【ヘファイストス・ファミリア】も巨大な派閥だから表立って非難してくる者は少ないと思うが、それでも噂は直ぐに広まっていくものだ。しかも、今回はそれが真実だから否定も出来ない」

 

「アイズたちがもう少し隠してくれたらよかったが、もう公然の秘密と言ったところまで来てしまったからのう」

 

 ガレスが揶揄うようにアイズに言うと、先程から我関せずとじゃが丸くんを食べていたアイズは不満そうに口を膨らませた。

 

「……私はちゃんとしてた。ベートさんが全然隠そうとしないから」

 

 ベートがこの部屋にいたら「んなわけねェだろ!?」とキレそうだが、生憎とベートはダンジョンに向かっている。

 ベルはアハハ、と苦笑いを浮かべて話を戻そうとする。

 

「それで同盟を組むっていうことですか」

 

「ああ、公然の秘密ならばいっそ公式に表明した方が今後の被害は少ない。それに、同盟を組むと言っても特段何かが変わるわけではないさ」

 

「そうなんですか?」

 

「要は君とアイズたちの関係に名前と理由が欲しいのさ。筋書きとしては……そうだな、『犬猿の仲と言われていたロキと神ヘスティアだったが、神ヘスティアがファミリアを結成したことを心配したロキが僕達をけしかけて援助した』……そんな所かな」

 

「フィン、だからそれやとウチが『ツンデレ』みたいやないか!」

 

「あれ、違ったかな?」

 

「違うぅぅぅ!!」

 

 フィンの作りあげた物語(ストーリー)に納得していないロキが詰めより、フィンの肩を勢いよく揺する。フィンを組み敷きそうな勢いのロキにリヴェリアは大きく嘆息し、ベルは目を白黒させた。

 

「それで、どうだ小僧。そちらも悪い話ではないだろう。ファミリアの力関係を見れば【ヘスティア・ファミリア】が傘下に加わったように取られるかもしれんが、契約上の上下関係はなく資金の援助も多少ならロキがやってくれるわ」

 

「なんだとぅ!?」

 

 ガレスの言にいち早く反応したのはヘスティアだった。勢い良くソファーから飛び跳ねたのを見て、アイズが肩をびくりと動かした。

 

【ヘスティア・ファミリア】は眷属の人数が少ない──というより一人しかいない──ため出費は安く済むが、同時に収入も少ない。

 レベルこそもう皆から一目置かれる所まで来たが、それでもベルは冒険者として駆け出しもいいところ。他の同レベル冒険者が今までの経験から学んでいるダンジョンの効率の良い(ルート)や知識、クエストを発注する人とのコネクションなど足りない物は探せばいくらでも出てくる。

 

 そして、それを【ロキ・ファミリア】ならば全て用意出来る。

 今までの暮らしからランクアップしようと思ったら、彼らの提案はとても魅力的なものだった。ロキからの援助が借りを作るようでヘスティアには抵抗があったが、乗らない理由がない。

 満更ではない様子のヘスティアを見て、もう一押しだとフィンが内心ほくそ笑む。

 

「あと、ロキが神ヘファイストスと神ソーマの下に交渉しに行ってね、ヴェルフ・クロッゾとリリルカ・アーデは改宗したいという意思があるならば構わないそうだ」

 

「本当ですか!?」

 

「勿論。こうすることで君たちを取り巻く状況は改善されて、僕たちもかなり動きやすくなる」

 

 二人とも快諾してくれたわー、とロキがケラケラ笑う。ヘファイストスは子供の巣立ちは止めるものでは無いと考えていたし、ソーマはリリルカという少女に興味を持っていなかった。そのため、二つ返事で許可を取ってきたというわけだ。

 

「最後に決めるのはお前だ、【韋駄天(アキレウス)】。この提案を受けるか退けるか」

 

 団長としての責務を果たせ、とリヴェリアは言外に告げる。ベルも文句なんて全くない。諍いの種になりそうなものを取り除いてもらい、その上支援までして貰えるのだ。こちらがお願いしたい程の好条件だった。

 

 そして、よろしくお願いします、と頭を下げそうになった時、あることが気になった。

 

「あ、あの! 僕がこの提案を受けたら、アイズさんやベートさんとはこれまで通りにしていいんですか……?」

 

「……ああ、【ロキ・ファミリア】の眷属()()今まで通りに接してもらって構わない」

 

 ベルの言わんとすることを正確に理解したフィンが答える。すると、ベルは見る見るうちに暗い顔をするようになって、

 

「……ごめんなさい、少し考えさせてもらってもいいですか?」

 

 そう言って、ヘスティアと共に部屋を後にした。

 

 

 

 ◆◆

 

 

 そういう訳で今に至る。一晩中どうするべきか悩んだが、一向に答えは出ない。

 フィンの提案を断る選択肢は無いと言っていい。しかし、だからといって受けたくない理由もある。一躍オラリオの有名人となったベルもまだ少年。何かを切り捨てる判断が出来ずにいた。

 そんな時、

 

「おはようございます、ベル」

 

 背後から、聞き慣れた声がした。

 振り向くと、そこには金の髪を揺らしたエルフが微笑んでいる。

 

「リューさん……おはようございます」

 

 覇気のない声で挨拶に応じる。それだけでリューはベルに何かがあったことを理解し、ベルの横に座った。肩と肩がくっつきそうなほどの近距離でベルの言葉を待つ。いつもなら取り留めもない話をしているが、今回は違った。お互いに口を開くことなく眼下に広がるオラリオの街並みと抜ける様な蒼穹に目を向ける。

 

 二人の間に流れる沈黙は苦ではなかった。心臓の音が聞こえるのではないか、そう心配する程の沈黙から数分、ベルがくしゃりと破顔した。彼女の横にいるだけで落ち着いてくる。この先何があってもあの日の憧憬が消えることは無いのだろう。あれは既に冒険者ベル・クラネルを構成するために必要な要素の一つに組み込まれている。そう考えると気持ちが幾分か軽くなった。

 

「……リューさん、少し話を聞いてもらってもいいですか?」

 

「ええ、聞かせてください」

 

 

 そうして、ベルは【ロキ・ファミリア】からの提案を話した。ロキやフィンがベルとアイズたちのために行動してくれたことを。でも、このままじゃリューたちと一緒にいることが難しくなってしまうと。自分はどうしたらいいのか分からないと。

 たどたどしい口取りで言葉を紡いでいくベルをリューは静かに見守っていた。

 全てを話しきったベルの頭をリューはゆっくりと撫でる。

 

「それで、ベルはどうしたいのですか?」

 

「……どうするべきなのかは分かりませんけど、僕は──」

 

 

 ──もっと、リューさんたちと一緒にいたいです。

 

 ベルの強欲な(ちいさな)願いは空へと消えた。それは、ささやかで、それでいて大層な願望だった。

 その願いを聞き届けたリューはベルの頭に手を回し、自分の胸元に抱き寄せる。ベルを褒めるように、勇気を貰うように。

 

「リ、リューさん?」

 

「安心してください、ベル。私に考えがあります」

 

 そう言ったと思えば、リューは立ち上がり、外壁を昇るための階段へと目を向けた。

 

「アリーゼ、急用が出来ました。少し付き合って貰えますか」

 

「いいわよ! ちょうど遠征に行く時にもう少し戦力が欲しかったの!」

 

 盗み聞きをしていたことを特に悪びれる様子はなく、屈託のない笑みをアリーゼは浮かべる。

 アリーゼがいた事に全く気づいていなかったベルは目を大きく開いて、秘密の場所を知る人が一人増えたな、と場違いな感想を抱いた。

 

「ベル! 安心してなさい! 私が【ロキ・ファミリア】にガツンと言ってきてあげる!」

 

 行くわよリオン! と元気よくアリーゼがリューを引っ張って立ち去っていく。そんな二人を見送ったあと、ベルも【ロキ・ファミリア】の本拠地(ホーム)へ向かって歩き出した。

 

 その翌日、オラリオの新聞の一面に【ロキ・ファミリア】が同盟を組んだという情報が掲載された。未到達領域に挑む際の戦力や物資の補給を主とした同盟らしい。勿論、【ヘスティア・ファミリア】とも同盟を組んだという事も載っていたが、市民の注目を集めたのはそこでは無かった。

 

 ──【ロキ・ファミリア】、【アストレア・ファミリア】間での同盟結成




ベート・ローガ:初の未登場。ダンジョン行ってる

アイズ・ヴァレンシュタイン:朝で眠たい。じゃが丸くん美味しい

フィン・ディムナ:アイズ、ベートとベルを引き離さない手段を考案し、【フレイヤ・ファミリア】に対する牽制、【アストレア・ファミリア】に対する貸し、闇派閥に対抗する戦力の補強に成功。
計 画 通 り

リュー・リオン:フィンのところに話を通しに行ったらニコニコ顔で出迎えられた。手のひらで踊らされてる気がしたが此方にデメリットはないのでスルー。かわいい

ヘスティア:久しぶりにまともに登場。釣られた


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新たなる仲間

いつかアンケでした逆行者ようやく登場です

ダンメモやったけど、ダンまちくんさぁ…本編とそれ以外での話の重さが桁違いってよく言われない?



 魔石灯のついていない部屋。太陽の光も入らない薄暗いところで、男は一人(つち)を振るっていた。鎚にたたかれる鉄はリズムよく音を奏で、熱されて真っ赤に染まってその形を変える。鎚と鉄、彼らによってもたらされる物が今の男にとっての全てだった。

 

 自らが作る装備に仲間の命がかかっている。鍛冶師はそれを理解しているからこそ、手に力が入る。最近行動を共にするようになった只人(ヒューマン)の少年の装備はもちろん、サポーターとして迷宮(ダンジョン)攻略の手伝いをしてくれる小人族(パルゥム)の少女にもある程度装備は必要だろう。

 

 自身の特異な能力と血筋からファミリア内でも少し浮いた存在だった男にできた大切な仲間。見事に全員異なるファミリアに所属しているが、もしも同じ眷属(ファミリア)だったなら、それはより愉快な日々を送れるのではないか、とあり得ない(イフ)が頭に浮かんだ。

 

「……おっと」

 

 考え事をしていたためか雑念が入り、鎚が空を切る。鍛冶は何よりも集中力が物を言う。雑念は敵だ。再び気合いを入れ直すために一度外の空気を吸おうと立ち上がる。

 

「……おお?」

 

 しかし、長時間熱された空間で座っていた弊害か急に立ちくらみが起こり、その場でたたらを踏んで近くの壁にもたれかかった。ガシャン、と()()()()()()()()()()が────

 

「って! おいおいおい!?」

 

 ぼんやりとしていた思考が急に冴えわたる。いくら『鍛冶』の技能(アビリティ)がないレベル1の青年が作ったとはいえ、モンスターを屠る刃であることに変わりはない。青年は一般人より頑丈だが、刃物が体に刺さっても平気なほど人間を辞めていない。

 何とか迫りくる数々の武器を避けようと後ろに飛びのいて──そのまま盛大にこけた。足元に転がっていた紙の図面に足を滑らせて頭から。それはもう盛大にこけた。青年のファミリアの団長や主神が見ていたのならば大いに笑われただろう。

 

 壁に掛けてあった武器が軒並み地面に音を立てて落ちる。青年はなんとかそれを回避したが、とどめと言わんばかりに台に乗っていた鎚が頭に向かって落ちた。

 散々な目にあって青年は眉をしかめた。どうにもツイてない。『幸運』のアビリティを持つ少年と違って『不運』というレアアビリティが発現したのではないか。そんなことを考えて立ち上がろうとしたとき、不意に思った。────思い出した。

 

「……何やってるんだ、俺」

 

 

 鍛冶師の青年──ヴェルフ・クロッゾは呆然としたように、しばらく倒れこんだままだった。

 

 

 

 ◇◇

 

 

「はい、確かに確認しました。今日もお疲れ様です」

 

 そう言って半妖精(ハーフエルフ)の少女は笑みを浮かべて頭を下げた。ギルドの受付嬢である少女たちの存在はそのままギルドの印象に直結する。そのため、受付嬢は笑顔を作りながら冒険者に対応する。美人に微笑まれて悪い気になる男はいない。彼女たちに良いところを見せようとしてダンジョンを攻略し、魔石を収集する。魔石産業で成り立っている迷宮都市(オラリオ)には彼女たちの存在が不可欠なのである。

 日もそろそろ沈み、ギルドに押し寄せていた冒険者の波が無くなってきて、少女は小さく息を吐いた。

 

「疲れた~!」

 

 助けてー、と少女の友人が情けない声を漏らす。冒険者が少なくなったからと言って仕事が終わるわけではない。受付嬢の仕事は多岐にわたる。迷宮(ダンジョン)の情報を冒険者に伝えたり、新人相手ならば彼らが死なないように最低限の知識を教え込んだり、昇格(ランクアップ)した冒険者の情報を神会(デナトゥス)に届けるために書類を作成したりと。

 今日も当然、まだやるべき仕事が残っている。よって、友人の助けを呼ぶ声は無視(スルー)し、書類仕事にとりかかろうとする。

 

(……そういえば、ギルドに来なかったな)

 

 ペンを持つ手が少し止まる。今日は少女が担当していた少年が朝に見たきり、ギルドに来ていないことを。

 彼の主神は神格者のため、もしも少年がダンジョンからまだ帰っていないようなことがあれば、すぐさまギルドに報告してくるはずなので、今日も無事に帰ってきてギルドに来ていないだけだとは思うが、それでも心配なのだ。

 必ずしもダンジョン攻略の帰りにギルドを訪れる必要はないといっても、顔を見ないと安心できないという面もある。

 

(なるべく帰ってきたらギルドに来てって言ってるのに……)

 

 少女が不満そうに眉を顰める。

 不思議な少年だ、と思う。冒険者になりたいと屈託のない笑みを浮かべていた彼はとてもじゃないが適性があるとは思えず、目を離したらすぐに死んでしまうのではないかと思うほど、荒くれもののイメージが定着している冒険者像とは真反対の純粋な少年だった。

 

 冒険者では無いエイナが守ってあげたいと思うような年下の彼は、あっという間に長い歴史を誇るオラリオで頭角を現し、最速でのランクアップを2度も果たした。

【ロキ・ファミリア】の【剣姫】──アイズ・ヴァレンシュタインを遥かに凌ぐスピードに、オラリオ中の神々と冒険者が彼に注目した。一度目は『ミノタウロス』を打倒して、二度目は格上(Lv3)を打倒して。最近では派閥間の同盟を結んだらしい。嬉しそうに少年が報告してきたのを覚えている。

 類まれなる才能を有した少年は第一級冒険者たちとも縁を結び、どこか遠い存在になりつつあった。そして、少女はそれが少しだけ嫌だった。目をかけていた少年に自分はもう不要な存在になってしまったような気がして。強くなることは良いことだが、手が届かなくなるのは寂しいものだ。

 

「はぁ……」

 

 ため息をついたあと、首を振ってネガティブな思考を振り払う。この鬱屈とした気分は、明日にでも少年に会って解消することにしようと再び書類に目を向ける。

 手元にあるのは、丁度数日前にランクアップを果した件の少年の物だった。Lv2昇格時(ぜんかい)神会(デナトゥス)直前にランクアップしたため満足に書類も作成出来なかったが、今回はまだ次までに時間があるので、作成に取り掛かっている。

 

 書類に書かれているのは冒険者の基本的な情報だ。年齢、性別、容姿、戦闘方法(スタイル)、交友関係など神々が二つ名を付けるに当たって必要な情報が取り揃えられている。

 少年の場合は、一度ランクアップしているので、前回付けられた二つ名も記載されている。二つ名が変更されるのも特に珍しいことではない。

 

 受付嬢は複雑な面持ちで少年の『二つ名』の場所をなぞった。

 

「【韋駄天(アキレウス)】……か」

 

 もっと無難な二つ名の方が彼らしいのにな、と頬を緩ませる。そう、例えば──【リトル・ルーキー】とか。

 

「……っ!」

 

「ちょっ! 大丈夫!?」

 

 突如頭痛に襲われて、手に取っていた書類が音を立てて地面に落ちる。

 頭を抱え込んだ少女を見て、友人が駆け寄ってくる。

 少女は割れるように痛む頭を押さえながら、書類に描かれた白髪の少年の似顔絵を見つめる。

 

「……ベル君?」

 

 半妖精(ハーフエルフ)の受付嬢──エイナ・チュールは有り得たかもしれない今を見た。

 

 

 ◇◇

 

 

(……おいおい、どうなってんだこりゃ)

 

 妙な事になったと確信したヴェルフは身一つで鍛冶場を飛び出し、ギルドに向かっていた。最初は【ヘスティア・ファミリア】の本拠地(ホーム)へと向かったものの人がおらず、他の心当たりがある場所を手当り次第に探る。

 今、ヴェルフには二つの記憶がある。生を受けてから17年間の記憶と、先ほど思い出した今より少し未来まで生きたヴェルフ・クロッゾの記憶。メインとなっているのは未来のヴェルフ──別世界と言った方が正しいのかもしれない──の記憶だが、過去を振り返ろうとすると、実感を持ってもう一人の記憶も思い出せる。

 この二つ記憶でこれほどまでに差異がある原因があるはずだと、ヴェルフはそう考えた。

 自分のファミリアでは大した変化はなかったが、他のファミリア──特にベルの周りは全くの別物になっている。

 

 記憶の中のベルに不審な点はなかった。まず間違いなくベルはヴェルフのように未来の知識を有しているわけではない。同類(なかま)なのはやはり、【ロキ・ファミリア】と【アストレア・ファミリア】の団員。特に【剣姫】と【凶狼(ヴァナルガンド)】、そして【疾風】。

 団長や神々が裏で手を回して関係性を前回と変更させた可能性もないわけではないが、おそらく彼らだろうと当たりを付けた。

 前回の【アストレア・ファミリア】のことをヴェルフは何も知らないので、話を通しに行くのならば【ロキ・ファミリア】の方が何かと都合がいい。しかし、未来のことを知っている、などと言っても本拠地(ホーム)の前で門前払いされるのが目に見えている。椿にも頭の心配をされることは想像に難くない。

 

 故に、幹部級の眷属と直接話がしたいならば、椿か主神(ヘファイストス)を連れていくしかない。生憎と椿は一人で武器の試し切りをしにダンジョンの深くまで潜っているので、その手は使えない。

 ならばどうするか。

 

「ベルの奴何処に行ってんだ?」

 

 ──ベルを見つければいいのだ。

 ベルあるところに師匠ありと言われるほど、ベルと彼女たちは行動を共にしている。ダンジョンにこそレベルの差やファミリアの違いでついてこないが、外に出たら市場にも飲食店にも大体いる。

 つまり、ベルと一緒に居ればほぼ確実に彼女たちと直接会話をする機会が生まれるのだ。

 時刻はもうしばらくで夜のとばりも落ちるころ。冒険者はダンジョンから帰還し始める。ベルが本拠地に居なかったならば、残りはギルドか『豊穣の女主人』。そう思ってギルドに顔を出すと、

 

「あの、すいません。今日はエイナさんもう帰っちゃいました?」

 

「あ、弟君じゃん! エイナはね、ちょっと疲れがたまってたみたいで奥で休んでるの」

 

「そうなんですか……」

 

「じゃあまた明日行くことにしなよベル君。早くいかないと間に合わないぜ」

 

 居た。ヘスティアも一緒だ。ヴェルフの担当であるミィシャと会話している。

 ベルたちには何やら用事があるようで、ギルドを去りそうな二人を慌てて止めにかかる。

 

「おーい! ベル、ちょっと待った!」

 

「ヴェルフ!? どうしたの?」

 

「ちょっとベルに聞きたいことがあってだな……。今からどっか行くのか?」

 

「うん! アストレア様にご飯を食べようって誘われて」

 

 そっちか、と内心歯噛みする。ロキ・ファミリアなら一緒に連れて行ってもらいたいくらいだが、彼女たちとヴェルフ自体は対して仲がいいわけではない。向こうはベルの友人として接してくるし、こちらもベルの友人として接するが、所謂、友達の友達のような関係で、ホームにまで乗り込むのはややハードルが高い。別にロキ・ファミリアに友人がいるのかと聞かれたら、否と答えるが、男女比の問題である。ベル・クラネル(ハーレム希望者)ではないヴェルフには些か荷が重い。

 そのまま何気ない会話を繰り広げるが、やはりベルに記憶がある様子はなかった。隣のヘスティアやミィシャにも、所々で前回の記憶があれば反応しそうな言葉(フレーズ)を使用したものの特に反応はない。

 ヘスティアがそわそわしてきたので、人探しは明日以降にしようとベルと別れようとすると、

 

「ベル君!?」

 

 ひと際大きな声がギルドに響いた。

 そちらに振り向くとエイナが肩で息をして立っていた。

 

「エイナ、もう大丈夫なの?」

 

「ベ、ベル君! 覚えてないの!? 戦争遊戯(ウォーゲーム)とか緊急任務(ミッション)のこととか!」

 

「エ、エイナさん……? なんのことですか?」

 

 

 ミィシャが声をかけたのにも気づかず、エイナはベルに詰め寄る。詰め寄られたベルは目を白黒させて、エイナに問い返した。望んだ答えが返ってこなかったエイナは表情を暗くする。

 周りの注目を集めていたため、ベルとエイナの様子を見てギルドに残っていた面々は何事だとざわめきだしたが、ヴェルフはこの彼女の慌てように一つの解を導けた。戦争遊戯、緊急任務。いずれも覚えがある。ヴェルフ・クロッゾがベル・クラネルと共に潜り抜けたものだ。そして、これを今知っているのは────

 

「なあ、【()()()()()()()()】って冒険者に覚えはないか?」

 

「──!」

 

 ──ヴェルフと同じ、時を遡った者のみである。

 驚愕の色に染まった翠玉(エメラルド)の瞳が大きく開かれる。

 ようやく一人見つけたと、ヴェルフはにやりと笑った。

 

 




ベル・クラネル:他派閥のホームに週3くらいのペースで行ってる。

ヴェルフ・クロッゾ:六人目の逆行者。はじめは仲間枠の逆行者はフィンにして闇派閥戦で楽しようとしたけど、シリアスさんはなるべく省略すればいいって神様が啓示をくれたので変更。とりあえずレベル2にならないと鍛冶師としての活躍が難しいので、今後の課題はレベル上げ。

エイナ・チュール:七人目。かわいい。(15巻のエイナさんのイラスト神)(最新刊早く出て)(ダンメモちゃんとやってます)頭脳派ヒロイン、多分。記憶が戻ってすぐにヴェルフたちがギルドに来たので冷静さを欠いていた。でもかわいい。

いつもの人たち:出番なし

お気に入り四桁いっててびっくりしました。ありがとうございます。
P.S.ヴェルフがエイナさんのことなんて呼ぶか本編かダンメモで覚えがあれば教えてください。


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