大公女戦記 (Hötzendorf)
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第一話 大戦略

こんにちは。初めましての方は初めまして。ようこそ「大公女戦記」の世界へ。
さて、もしあなたがここまで読んでくださっているのならば、あなた様はあの口説いこと極まりないあらすじを読んでくださったということですので、かなりの物好きということになるかと思います。しかし、書かせていただいた私自身、これから先の本文もこのような口説いこと極まりない文章であると自覚しておりますので、あなた様がこの文章を読む際の注意点を数点、挙げさせていただきます。

・この文章は、私が劇場版幼女戦記を観覧した後、共に観覧してくださった戦友様と語り合った幼女戦記の考察に端を発するものであります。故に、この文章は完全なる見切り発車であることをご理解ください。
・また上記の理由から、この小説が次にいつ更新されるか、また本当に完結できるかは、ひとえに私の情熱次第であることをお許し下さい。
・さらに、この小説は上の戦友様との考察というを私なりに発表するという側面もありますので、あなた様のご期待に添えられない場合があることをご理解ください。

それでは、口説いことこの上ない前置きはこれにてとさせていただきます。どうぞ我が考察と、「大公女戦記」の世界をお楽しみください。とは言いましても、今回のお話はその導入の部分に過ぎないのですが。


 帝国が強いと言われる所以は、如何なるところにあるのだろうか。

 風光明媚な西方。元はフランソワ共和国、もとい今は帝国領の一角。そこで、身長1.4メートルそこそこの身体を深緑色の軍服で纏い、どうにかしてまとめあげたような金髪を僅かに揺らし、彼女の記憶にあるもう一人の自分が持っていた以前のそれとは違う、青色の色素によって彩られた碧眼を持った、将校に似つかわしくないことこの上ないその将校、上から僅かな休養の約束を与えられたその将校は、その将校にしては珍しく、またあろうことかぬるまになるまで放置したコーヒーの深淵を、まるで自らが忠誠を誓うとも誓いきれぬ祖国の深淵を見透かさんとばかりに、そんな問いに辿り着いていた。

 ではその将校、名をターニャ・フォン・デグレチャフという彼女だが、何故そのような問いに辿り着いたのか。

 

 一月程前のことだ。帝国が、隣の大国連邦との戦争に突入して久しく、その日もターニャは、自らの部隊を率い任務に就いていた。敵軍の重囲下に陥った友軍の救援と、その後の敵北部集団に対する反攻拠点の確保。その場所は、侵攻する連邦軍に対して帝国軍が圧迫を加えるためには、必ず手に入れなければならないであろう戦略要衝である。そう思っていたターニャは、麾下部隊の全力を以て、その都市に迫る共産主義者を撃退した。あとは味方の増援を待つのみ。そのはずであった。しかし何の因果か共産主義者は、猛烈にその都市に対して、強攻とも言える攻撃を行った。熾烈、いやその表現すらも可愛く思える、実に48時間に及ぶ激戦の末、帝国軍はこれを再び撃退した。

 だが、ターニャはそこで目にしたもの、あるいは感じたものによって、己の積み上げてきた戦果が、実績が、極めて根本的な理由によって崩れ去ってしまうかもしれないという、至極真っ当な憶測に行き着いたのだ。そしてそれは、しばらくしないうちに、憶測から確信に変わった。その確信は、ターニャの持つ以前の自分の記憶から、この帝国に類似した国家が、これと似たような、いやほとんど同じような状況に追い込まれた時、果たしてどのような最後を辿ってしまったのか、という事実に依存する。

 幸いにもターニャは天才だった。齢八にして士官学校を出、多大な戦果を挙げて帝国最高位たる銀翼突撃章の佩用を許され、愛国心に富み、幾度となく友軍を危機から救い、はたまた齢十数にして陸軍大学校を次席で卒業する程に。真っ当に評価すれば、ターニャは優秀な戦争屋であり、戦略家であり、それでいて戦術家なのだ。しかし不幸にもターニャは個人第一主義者であり、自由主義者であり、功利主義者であり、それでいて完璧主義者だった。もし自分に降りかかってくるものが火の粉ではなく隕石だとすれば、はっきり一言、「無理だ」と言う人物なのだ。言い換えれば彼女が「常人」だということだが、これをずっと「狂人」だと思い込んでいた中央の参謀将校達にとってみれば、それは許し難いことだろう。

 が、ターニャの要求は受け入れられた。

 ターニャは思った、「ゼートゥーア閣下もようやく、私の参謀将校としての価値を認めてくれたのだろう」と。参謀将校は、冷静な常人であることが求められるからだ。ターニャは目の前にいる三人の参謀将校、つまりは参謀本部作戦局附フォン・レルゲン大佐、作戦参謀次長フォン・ルーデルドルフ中将、そして戦務参謀次長フォン・ゼートゥーア中将の三人が、自らが待ち望んでいた後方での勤務を、遂に認めてくれたのだと歓喜した。

 しかしそれは大きな間違いである。ゼートゥーアはじめ参謀将校達は、彼女を常人であると思った試しはなかった。ゼートゥーアは思った。「あのデグレチャフが悲鳴を上げるほどに、我々は厳しい状況に立たされているのか」と。そして同時に衝撃を覚えたゼートゥーアは、瞬時にしてその天才脳をフルに稼働させ、こうとも思った。「ならば此奴の力を借りてでも、我々は勝たねばならない」と。

 

 かくして、ターニャはその力を、言うなれば自らの能力や知識を前線で形にするために、二ヶ月の休養を約束された。曰く、それは「戦技研究本部」。名目上は、ここでターニャが軍の編制や運用法を研究するという形だ。

 そこで初めの間、ターニャは古今東西集められるだけの文献、資料、また自らの知識を寄せ集め、昼夜を徹してそれらと向き合った。それはまるで、ある種本物の研究者のような、そんな風に部下からは見えた。というのもターニャの部下たちは、軍人生活の中で前線にいたことしかなかったのである。当たり前のことだが、陸軍大学校を出た者などターニャの他にはおらず、中隊長達やその他少数の若年尉官達は士官学校卒ではあるが、むしろ叩き上げの下士官や特務士官の方が多かった。そんな彼らに軍事戦略など理解できるはずもなく、彼らにできることと言えば、死に物狂いでデスクに向かう上官の邪魔にならぬよう、せめてのほほんと休養を満喫することだった。実際、不意を知らずに来客の報を伝えに行ったヴァイス大尉は、「邪魔をするな!」と一喝、雪山での訓練に匹敵するほどの怒声で一蹴された。正に鎧袖一触であったのだ。

 さて、その後ターニャは、僅か二週間足らずで積んでいた書を読み終わった、驚嘆すべき、また恐るべき魔導将校ターニャ・デグレチャフは、次なる作業に取り掛かった。それは思いついたことを文章に著し、形にして祖国に手向けることである。そこで彼女が最初に考案したのは、主に前線に於ける部隊編制の完全なる効率化、つまりは強力な突破力を持ち、あるいは敵軍を翻弄し、その限られた兵力で敵軍部隊を包囲下におけるほどの機動力を兼ね備えた部隊の創設である。

 しかし、極めて多元的な思考から、その案はターニャ自身によって棄却せざるを得なくなった。つまり、そのような部隊を創設し、編成し、また前線で運用したとしても、それは戦線を突破し、一時的に軍を前進させるのみである、と。ターニャはその考えに精彩さを欠いていた。しかしそれは、今正に自分の祖国たらしめんとする帝国が相手とっている、共産主義者の軍隊から着想を得ることによって、解決された。つまるところ戦争は、いや近代総力戦は、戦略、作戦、戦術の三点を考慮せねばならないということである。やはり歴史上天才と呼ばれている人物は、そしてその人が見出した結論は、そう簡単に超えられるような代物ではないらしかった。ターニャは自らの考えを再構築する必要に迫られた。

 既存の考えでは、恐らく帝国軍は作戦次元での勝利を量産するのみであろう。しかし、ロシアの大地と軍隊が幾多の軍隊にとって無限の消耗空間であったように、この世界における連邦のそれも等しくそうであろうことは、緒戦を戦ったターニャは疑う余地もなかった。だとすれば、戦略次元でコミュニスト共に勝利するにはどうすればよいのか。それには、軍事分野に於ける抜本的な改革もそうではあるが、もしも状況が帝国を許さないのであれば、真に国家の骨、つまりは帝国の政治分野を、それは正に紆余曲折を経てこの時代に辿り着き、紛う事なき強さを誇りつつも、世界情勢の前に暗黒の兆しを見せつつある伝統と歴史の帝国政府を、この手で内側からひっくり返さんとしなければならないだろう。

 ターニャは、自らが参謀本部で、なんとも大きな口を叩いたものかと後悔した。そう、後悔だ。あのフォン・デグレチャフ魔導少佐が、後悔したのだ。それほどまでにこの戦争は、一筋縄ではいかないものだということであり、ターニャが確信を持っていたように、失敗すれば帝国は、ともすれば破滅の道を辿り、その歴史に幕を閉じなければならないかもしれない。ターニャが具申する以前から確信していたそれは、この時を以て、もはやそれが運命だというような錯覚を覚えさせるほどのものとなった。今やこの二ヶ月間は、帝国陸軍内で後方勤務をどうだという次元の話ではない。いつしかの存在Xが、今まさに自分に、生か、あるいは死かを迫っているような、そんな気さえした。

 そこでターニャが考え着いたのが、帝国が現行の政治体制になり、いわゆる「強い帝国」としてその名を馳せるようになったのは何故か、ということであった。それをたどることによって、今の政府の強みを知り、また弱みを知ることに繋がるだろうと、ターニャは図らずともそう考えた。しかしターニャには、帝国の歴史を知るための有益な人材はいなかったし、できるならばそれを知る過程においても、政治に精通している人物との人脈を確保しておきたかった。時間は無いのだ。恐ろしく逼迫している。生き残るためには、果てしなく効率化を図る必要があるだろう。だがターニャには、これといって良い情報筋はなかった。参謀本部に繋がりがあると言っても、それは軍の意思決定機関であり、政治家が出入りする場所ではないのだ。しかもターニャは齢十数の少女、もとい幼女である。軍人になれたのは、少なからず軍が実力主義を導入していて、しかもターニャにただならぬ才能があったからなのだ。政治は、齢十数が立ち入りを許されるような場所では、決してないのである。

 しかし、不幸にもターニャの体は十数の少女、いや幼女であった。ぬるまのコーヒーと格闘して、深い思慮に耽っていたターニャは、あろうことかそのカフェインの力に大敗した。なんたる屈辱であろう。たった2ヶ月、とどのつまり1500時間弱しか猶予が与えられていないにもかかわらず、ターニャはその3時間程を無に期してしまったのだ。二度目の自我であり、自制という行動には長けているはずであったが、やはり体は十数のそれでしかなかった。

 

「…あぁ、存在Xに災いあれ。」

 

 しかし意識を奪還したとき、ターニャは細々とそう言う外なかった。いや、そうするだけの力しか残っていなかったのである。考えられる原因という原因は一つ。そう、徹夜である。部下の士官を、下士官を、兵を、誠にこの人は十数なのかと驚嘆せしめた、あのインパール作戦に匹敵するほどの無謀強攻のもたらした結果である。部屋には既に、南イルドアの獲れどきの柑橘類のような、鮮やかな橙の西陽が窓を通して入ってきている。だが、じきにそれも、淡いカクテルのような美しい夕空に変わるだろう。そうなれば、副官のセレブリャコーフ中尉が夕食の報せを持ってくることだろうから、いっそのことそれまで休んでおいて、夜中に作業を行うというのも一つの手である。が、それは如何にも不健康なことであるし、今もし再びこの眠気に屈服してしまえば、それこそ存在Xの狙い通りのように思えた。完璧主義者でもあるターニャにとって、この日は全く失敗であった。良き考えにたどり着いたはいいが、その考えを実行できる手段を全く保持していないことに気付き、なんとかそれを探そうとした結果、幼女には常であるお昼寝をしてしまうとは。

 

「あぁ主よ…この問題はどうすれば解決できましょうか……」

 

 冗談混じりに、いや皮肉の念すら持って、目の前に広げてある羊皮紙よりも薄っぺらい祈りの言葉を、ターニャは口にした。こんなことで解決されるわけもないであろうことは明々白々だが、信心深き輩にとってしてみれば、これが正解なのだろう。

 すると突然、デスクの上にそべっていた両腕が、右頬が、微弱ながらも揺れを感じた。

 

「ん…地震か?」

 

 揺れは次第に大きくなる。もしも地震や、その類いの自然災害であるとするならば、この木造の戦技研究本部庁舎は、瞬く間に崩れ去るであろう。危機感を感じたターニャは咄嗟に、魔導師常勤装の服装規定で定められた制帽を被り、略式サーベルを手に取った。

 

「中尉!」

 

 副官を呼ぶ。が、返事はない。そう、彼女は今、同じ駐屯地を衛戍地とする第145歩兵連隊の主計将校らと共に、夕食の支度をしているのだ。自力で脱出するしかない。そう感じたターニャは、例の如く「存在Xめ!」と吐き捨てつつ、急いで重要書類を纏める。しかし直後、危惧していた揺れは、明らかに自然災害のそれではないことに、ターニャは気付く。ともすれば、それは廊下を駆けている音。信じがたいが、敵コマンド部隊の襲撃か。そう思ったターニャは、書類を纏めていた体を起こし、手をサーベルの柄にかける。

 そして、次の瞬間。

 

「バーーーーン!!!」

 

 執務室の扉を無秩序に開け放つ音と、恐らくその擬音語が、同時にターニャの耳をつんざいた。負けじとターニャは、自らの態勢を崩さず立ち続ける。

 さて、声の主は、無礼にも無秩序に扉を開け放ったその声の主は、なんと女性であった。おそらくターニャとは、数年の差であろう。齢十八と見えた。黒色の髪を肩のあたりでカールさせ、ハシバミ色の色素で彩られた瞳を持った彼女は、興味深げにターニャを見つめる。両者のにらみ合いは、しばらくの間続いた。数十秒程だった。しかし、先に口を開いた方が負けである、というような感覚はターニャと対峙する相手にはないらしく、それまで続いた沈黙、あるいはにらみ合いを楽しみ終えた、満喫しきったとでもいうような余裕で一言、「ふふっ」と微笑してみせた。そして幾ばくかの間髪を置いて、彼女は口を開く。

 

「貴女が、ターニャ・フォン・デグレチャフ少佐ですか?」

「いかにも。そう言われるそちらは…」

 

 言いかけたターニャ。その時。

 

「少佐殿、こちらにおられましたか!」

 

 声の主は、ヴァイス大尉である。ターニャは、特別寝起きの機嫌が悪いというわけではない。前のように一喝する理由もない。それ以上に、目の前の正体不明の女性のことを知る方が、先決である。

 

「ああ大尉。こちらは?」

 

 誰でもいい、という風に、ターニャはすかさずヴァイス大尉にこの女性の素性を尋ねる。ヴァイス大尉は、そういえば、という風に背筋を正す。そう、この女性は少なくとも、帝国軍魔導大尉が背筋を正さねばならないほどの人物なのである。どこかの貴族のご令嬢か、はたまた高級将校の娘さんか、その辺だろうとターニャは予想した。

 だが、当のヴァイス大尉から返ってきた答えは、ターニャの予想を良い意味で裏切る、ターニャの予想とは比べ物にならないような、思いもよらぬ人物の情報だった。

 

「はっ、このお方は、今は亡きルードルフ皇太子殿下の男系孫娘、マリア・アンナ・ヴィクトーリア・フォン・ハービヒツブルク大公女殿下であらせられます!」

 

 

 




さて、それでは最初のお話はこれまでとなります。もしもあなた様が本「大公女戦記」を気に入ってくださったのであれば、評価や感想等お待ちしております。
それでは、またいつか。


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第二話 マリア・アンナ・ヴィクトーリア・フォン・ハービヒツブルク

繋ぎの回になります。今回を読まずに次回へ進んでも、お話の筋が理解できないということは御座いませんが、お暇があれば是非。


古く、この大陸を制覇し、一大帝国を築いた一家があった。我々の皇帝陛下は、その末裔であり、現代における神の使徒たる存在である。

士官学校や陸軍大学校で、幾度となく聞かされたそのフレーズ。胡散臭いことこの上ないそのフレーズを、フォン・デグレチャフ魔導少佐は大嫌いだった。幼心の反抗期だろうか?いいや違う。単純に彼女は、神という存在を嫌悪していた。なぜ嫌悪しているかという理由はさすがに言えないが、とにかく嫌悪していた。

そして嫌悪しているからこそ、毎週日曜日には欠かさず礼拝に行き、その心の内で密かに罵倒し、蔑み、また良きことがあった場合は、神の前で回り踊り飛び跳ねることすらあった。だが他方、戦場での生き残りに際しては、神の恩寵を謳い、その言葉を以てして、敵に強烈な一撃を与えることもままあった。そう、傍から見れば彼女は、信心深き信徒だったのだ。

が、今ターニャの目の前にいる彼女は、そのハシバミ色の両目でターニャの碧眼を覗き込んできている彼女は、その神の使徒やらの一族の一人なのである。

マリア・アンナ・ヴィクトーリア・フォン・ハービヒツブルク。

そのファミリーネームの重みには計り知れないものがあり、なにかに例えられるようなものではない。もちろん、神を嫌悪しているターニャとてそのことは承知しているし、何より帝国軍は皇帝陛下の軍隊である。なんの因果かわからないが、帝室の一員である大公女殿下がお越しになられたとなれば、とにかく駐屯団の長としては、丁重にお迎えせねばならない。

 

「た、大公女殿下であらせられましたか!これは、とんだご無礼を。」

「いいのよ。私も勝手に入ったのだし。」

 

まるで既に仲良しと言わんばかりの、馴れ馴れしい帝国公用語だ。不快感というほどでもないが、ターニャは一抹の不安を感じる。ほんとうにこの人は、大公女殿下などという大層なご身分なのだろうか?さては周りから疎んじられているのではないのか?と。

もしもそうであるならば、後になって「あのマリア・アンナ・ヴィクトーリアと関わっていた」などと言われるのはご勘弁だ。

 

「して、殿下。なぜこのような辺境の地に?ここは第145歩兵連隊と、第203航空魔導大隊の後方休養地であるのですが…。」

 

保険も兼ねて、ターニャは恐る恐る、己ができる限り相手に尊敬を傾ける言葉を選出して、大公女殿下がこの場所に赴いた理由を尋ねる。もしもこの大公女殿下とやらが、宮中で疎んじられており、宮廷に留まれなかったから各地を転々としているなどというご身分ならば、早急にこのような辺境からお帰りいただかねばならないからである。そうでもしなければ、ターニャの積み上げてきたキャリアが、音を立てるがごとく崩壊するやもしれない。しかし返ってきたのは、意外も意外。いや別ベクトルで邪道とすら言うべき返答。

 

「それはもちろん、貴女に会うためよ。フォン・デグレチャフ少佐。」

「はっ…?」

 

フォン・デグレチャフ魔導少佐は、周囲が自らに驚嘆する様を幾度か見てきたが、まさか自分はそのような、いわば単純なことで心を、言葉を取り乱すことは決してないと思っていた。いや、思い込んでいた。だがどうだろう。ターニャの心は、言葉は、彼女が到底自分には及ばないであろうと思っていた女性に、また神の使徒たる一族の大公女によって、いとも簡単に、あっさりと、一撃で、破られたのである。

 

「ふふっ。驚いたでしょう?なぜ帝室の一員である私が、貴女のような軍人、それも一左官を知っているのか。」

 

その大公女は、どこまでも余裕綽々としていた。そう、歴戦のフォン・デグレチャフ少佐の、その心の内を全て見透かしていると言わんばかりに。

 

「まぁ、そのことは追って話すとして、本題に入りましょう。」

 

全てを見透かしている大公女は、とにかく話題を変えた。ターニャがそうであるように、彼女もおそらく時間がないのであろう。帝室の面々は、日々公務、もとい公務という名の激務に追われているに違いないのだから。

 

「今日私がここに来たのは、単純に興味があったからとか、そういう理由ではないの。」

 

 

大公女は、焦らすところまで焦らす。ターニャの心中は、早くしてくれという思いが溢れんばかりであろう。そう、この大公女、マリア・アンナ・ヴィクトーリアは、単に話術に長けているのだ。それはもう、恐ろしい程に。ヴィクトーリアは続ける。いや、ようやく彼女がこの屯営にやって来た、真の理由を口にする。

 

「実は今荒れてるのよ、帝室が。」

「は、帝室が…?しかしなぜ、帝室のことを私に…?」

「あー、そうね。それを理解するにはまず、帝室の構成から話さなければいけないわね。」

 

ヴィクトーリアは、これは誤算だったとばかりに苦笑いをして手を叩く。ちょうどその時である。夕刻18時を告げる教会の鐘が鳴った。同時に、すっかり影の下となった屯営の中庭にラッパ手が現れ、しっとりとした影の中、その独特の金属光沢を大きく主張しつつ、軍隊における夕食の合図を吹奏する。同時に、戦技研究本部庁舎の両隣と向かいにある営舎から、兵達の歓声が聞こえてくる。どうやら今は時間切れのようだ。

すると、いつの間にやら外に出ていたヴァイス大尉が名を名乗り、再び入室する。

 

「少佐殿、食事のお時間ですが…。」

「あぁ、今日は飲酒可能日だったな。行ってこい。」

「少佐殿は…。」

「大公女殿下に混ざっていただけるわけなかろう。ほら、早く!」

 

ターニャは、まるで羊を追い立てるがごとく、ヴァイス大尉を食事に向かわせようとする。

しかし、当の大公女殿下はというと、そう難色を示しているわけでもなく、むしろ兵達の食事、つまりは平均的な軍隊の食事に混ざりたいようだった。曰く、「王宮で規則に縛られて食べる食事よりはマシよ」と。そういうわけもあって、その日の屯営の食事は饗応ということになった。そうれはもう飲めや歌えやの大騒ぎであり、ヴィクトーリアも兵達と共に軍歌や愛国歌を歌い、酒を酌み交わした。だが席も中頃に差し掛かった頃、いつもの如く、遂にターニャは耐えることができなくなった。そしていつもの如くヴァイス大尉に後のことを任せ、魔導師常勤装の服装規定で定められた制帽と略式サーベルを手に取ると、そそくさと食堂を後にする。さて、中庭まで歩を進めたターニャは、つい一、ニ時間ほど前よりもさらに闇が深くなり、初夏のしっとりとした空気感が支配する中庭の、その中央にある椅子に座り、足を組み、腕を背もたれの縁に預けると、顔を上げるやいなやその眼中に飛び込んできた月を見上げる。綺麗な満月であった。幸いこの地域には梅雨というものがないらしく、じっとりとしたあの陰湿な初夏は存在しない。初夏の夜は、爽やかであり、穏やかだ。この体で飲酒ができないことは分かっているが、あの空気の中で長時間いると、ターニャも少しほろ酔いじみた気分がしてくるというもの。しばらくの間は夜風に打ちひしがれていようと思った。しかし同時に、効率を重視するターニャはそこで物思いにも耽る。それは、「今後どうするか」であった。

さて帝国の欠点に気づいたはいいが、それを是正するだけの能力がない。残念なことに、ターニャはまだ酒が飲める年齢ですらないのだ。さぁ、もしも奴が、こんな状況をも全て見込んでのことだとすれば、果たしてどうだろうか。諦める?いいや、俄然やる気が出るというもの。だがその為には、まずは協力者を取り付けなければならないだろう。今の政権を根底から覆すせるほどの協力者が。

 

「♪Gott erhalte Franz, den Kaiser, Unsern guten Kaiser Franz!」

 

その時、聴き慣れたメロディが耳に入ってきた。

 

「♪Hoch als Herrscher, hoch als Weiser, Steht er in des Ruhmes Glanz~」

 

帝国大公女マリア・アンナ・ヴィクトーリアの声だ。大公女は非公式国歌とされている「皇帝」を歌い、帝国と帝室を讃える文言を口にしながら、千鳥足とも見えるふらつき具合で、中庭に姿を現した。この歌詞を聞いて、ターニャは良い気分がするわけではない。むしろその逆だ。皇帝が神の恩寵の下に絶対的な権力を行使するというのは、あまりいただけたことではない、とターニャは思う。参謀本部の将校や、ましてやこの大公女の前で言えるわけはないが。

 

「♪Liebe windet Lorbeerreiser Ihm zum ewig grünen Kranz. Gott erhalte Franz den Kaiser, Unsern guten Kaiser Franz! Gott erhalte Franz den Kaiser, Unsern guten Kaiser Franz!!!」

 

一番を歌い終わると、大公女はターニャの右隣にある椅子に、いかにも私は優雅な人物だと言わんばかりに、まるでエーデルワイスの花畑に腰を下ろすように腰を下ろす。実際優雅な人物だが、こうもきつめの葡萄酒の匂いがすれば、あまり説得力はない。ターニャは以前に「飲みニケーション」という文化を経験しているが、今の大公女は、まるでその時の上司のそれだ。

 

「ねぇデグレチャフ。」

 

唐突に、大公女は口を開く。

 

「はっ、なんでありましょうか。」

「さっきの話だけれど、今夜は時間ある?」

 

すぐさま軍隊式の返答をしたフォン・デグレチャフ少佐に、傍から見ればなにか誤解されそうな言葉選びで、大公女は質問を返す。

 

「はっ、問題ございません殿下。」

「殿下はやめて頂戴。マリアでいいわ。あ、様は付けたければ付けて構わないわ。」

「はっ、承知致しましたマリア様。」

 

すると、どこから持ち出してきたのか葡萄酒とグラスを、大公女はよろしいとばかりに掲げてみせる。フォン・デグレチャフ少佐は、言うまでもなく不快だった。元々権威主義など好かない性分である。仕方なく敬称で呼んでいるというのに、その呼び方さえ神の名の下に変更されなければならないのだ。しかも、彼女は何の遠慮もなく葡萄酒を飲む。

 

「マリア様、一つよろしいでしょうか。」

「何?」

「マリア様は如何様にして、こちらにお越しになられたのですか?帝室の一員ならば、そう簡単に王宮からでることさえままならないと存じますが。」

 

ターニャは問いかけた。いや問いかけてやった。尻尾を掴もうと思ったのである。当の大公女は、「そうねぇ…」と口篭る。これはしてやったり、とターニャは思った。が、その王宮の英才教育はだてではなく、このようなターニャが思い付きで問うたような質問になど、いくらでも言い逃れはできる。

 

「まぁそれも含めて、今夜は帝室と、そして帝国のことをお話しましょうか。フォン・デグレチャフ少佐。」

 

大公女は質問の返答を先送りにした。ターニャは、この帝室上がりのボンボンの大公女をすぐに言いくるめられると楽観していたが、どうもそんなに簡単な話ではなさそうだった。最初に見た異様なまでの子供っぽさは、異様なまでに練られた演技だったとでも言うのだろうか。いや、おそらくそうであろう。そうだと認めざるを得ない。

そもそも、ターニャもこの大公女から、並々ならぬなにかを感じたことは事実だ。敵を欺くにはまず味方からとはよく言ったもので、ターニャはこの大公女の演技と、自由主義を愛するその思想から、神の名の下に権威を享受している精神年齢の低い無能と、マリア・アンナ・ヴィクトーリア・フォン・ハービヒツブルクを評価していた。

が、今この瞬間から、おそらく鶏が三回鳴くまでに、ターニャのこの評価は変わることであろう。そう、それはまさしく、これから彼女、つまりは大公女が明かす話によって。

葡萄酒を完飲し、その手に持つ杯を高く掲げ月光に照らす、その大公女の瞳には、やはり月が反射している。初夏の白い満月は、果たして帝国の明日を照らす陽を告げるものなのか、はたまたそれが西の空に沈むがごとく、帝国の没落を表そうとしているのか。それはまだわからないが、少なくとも大公女の瞳にある希望の光は、まだ絶えてはいなかった。そう彼女は、いやハービヒツブルク家は、まだ一つ、とてつもない奇策を持っていたのである。

 




さて、それでは今回はこれまでとなります。もしもあなた様が本「大公女戦記」を気に入ってくださったのであれば、評価や感想等お待ちしております。Twitter( https://twitter.com/hellmuth_1900 )の方でも随時受け付けておりますので、是非。
それでは、またいつか。


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第三話 帝国前史、そして

いよいよ考察回です
よろしくお願いします


 寝起きのフォン・デグレチャフ少佐の眼前に、まるで帝国の驃騎兵連隊のように突如として現れ、兵達と食事の時を共にした大公女マリア・アンナ・フォン・ハービヒツブルクは、再び戦技研究本部庁舎の二階に位置する、ターニャの執務室へと戻っていた。そこでターニャは副官のセレブリャコーフ中尉を呼び出し、途端に自らはコーヒーを要求、大公女には紅茶を提供するよう申し付ける。セレブリャコーフ中尉、また通称をヴィーシャと云う彼女は、特に嫌な顔ひとつ見せず役務をこなし、主役の欠けた饗応の席へと戻っていく。

 ここまでが、午後九時を告げる教会の鐘が鳴り始めるまでの出来事である。

 そして午後九時の鐘が鳴り終わるやいなや、ターニャは大公女に、「マリア様、夕方にお話されていたことですが、我が「帝国」の歴史も合わせて、小官にお話いただけないでしょうか?」と問うた。ターニャとしても、自らの考えに政治への介入をも含むようになった以上、この大公女を利用しないわけにはいかなかった。何やら大公女がしようとしていることと、ターニャ自身が目論んでいること。この二つの利害が、なんともなしに一致しているこの期に、どうにかして大公女から情報を引き出し、関係を築かねばならなかった。

 一方大公女も、「お安い御用よ」と言い、夕方に話しかけた帝室の話をターニャにするべく、ゆっくりと、また非常におもむろに、言葉を紡ぎ始めた。

 

 さ、じゃあ貴女には、帝室が今どうなっているかをこれから話すわけだけれど、初っ端から最大級の機密を教えることに驚かないで頂戴。まぁ、これがまず、私が貴女の元を訪れた目的の一つになるわ。何度も言うけど、驚かないでね?それと私は、貴女を信頼してこの機密を教える。口外無用よ。絶対に、これは他の人に話してはいけない。私は夫、あぁ、夫のことは後で言うわ。とにかくその夫と、それから夫のお父様に相談して、参謀本部の人たち数人には話しているのだけれど、その他には帝室の人たちしか知らない。分かったわね?じゃあ言うわ。

 

 …私たちの帝国の皇帝陛下は、もう先が長くないの。

 

 本当よ。悲しむべきことに、陛下は重い結核を患っておられるわ。医者は、持って半年と言っていた。つい10年前にひいおじい様、いえ、前皇帝陛下が崩御なされたというのに、この帝国はほんとうに近頃運が無いわ。

 ええ、全くその通りよ。果てしない大戦争に巻き込まれて、国が崩壊するかもしれないというのに、政府はまだ戦えると思い込んでいる。今までの拡張政策が裏目に出たの。そう、あの1867年の「名誉の統合」以来、帝国が指針としていた政策よ。貴女も士官学校と陸軍大学校で学んだのだから、それくらいは知っているでしょう?まぁ、そのことは後で話すとして、とりあえずは、「神聖帝国」から話しましょうか。

 …コホン。

 貴女も知っていると思うけど、私たちハービヒツブルク家は、元々は「神聖帝国」という帝国の帝位を、数百年間も独占していた名家。今はイルドアの王都になっている場所にいる「教皇」から任命されてその帝位に就いていたのだけれど、いくら私たちの祖先も、広大な神聖帝国を維持する軍事力、そして経済力をあの時代に持つことは不可能だった。それに加えて、教会やダキア貴族との対立、それに、南のスルタンの脅威にも備えなければならない。そんな状態が続いていた1618年、宗教改革に始まり、そこから30年続いて1648年に終結した戦争で、神聖帝国はいくつもの領邦国家に分かれて、神聖でもなければ帝国でもないと言われる、名ばかりの帝国になってしまった。

 しかしそこから150年もの間、私たちの祖先は神聖帝国を維持して、なんとか帝位を守り抜いてきたわ。でも、そこに降りかかってきたのが、あのフランソワ革命だった。自由主義と民族主義を掲げる彼らは、神聖帝国の領邦達に圧力をかけ「ライン同盟」なるものを結成して、神聖帝国は名実ともに崩壊した。

 そこで私たちの祖先は、新しくハービヒツブルク君主国を再編して、フランソワ革命戦争と、その後成立したあの「フランソワ第一帝政」との戦争を戦った。でも、近代的な魔導師戦術と、「会戦」で勝敗を決する機動的な戦術。あの圧倒的な軍事力を前に、ハービヒツブルクは敗北したわ。結局あの皇帝は、ツァーリの治める大地の大きさに敗れ去った。けれども、ハービヒツブルク君主国の帝都で開かれた講和会議で作られた体制は脆いもので、皮肉にもフランソワの革命思想、つまりは自由主義や民族主義の波に呑まれて崩れ去ってしまった。

 そこで台頭してきたのは、北の王国プロシャラント。めきめきと成長を遂げるプロシャに、旧態依然のハービヒツブルク。1848年のフランソワ革命が波及してからは、その対立がさらに深まったわ。

 そんな中、二度のフランソワの革命を経て、今の「帝国」を構成する民族を統一しようという動きが出てきたの。そこでもハービヒツブルクはプロシャラントと対立して、その統一運動は戦争へと発展する。こうして起こったのが、1866年戦争よ。技術力でプロシャに劣るハービヒツブルクの軍隊は、国境線の保持を諦めて、敵軍を国土の深くまでおびき寄せる作戦を採って、またその裏で、ゲリラ的に鉄道の破壊を行って敵の補給路を圧迫していくことで、ハービヒツブルクはプロシャラントの軍隊を少しずつ弱めながら、帝都の目前まで撤退した。そこで軍隊は、皇帝陛下御自らご出陣の、乾坤一擲の大会戦を仕掛けたわ。麗しの帝都は幾ばくか燃えてしまったけれど、ハービヒツブルクはプロシャラントを敗走させることに成功したの。その後、勢いに乗ったハービヒツブルク軍は、ケーニヒグレッツでプロシャ軍を包囲して、プロシャは講話に応じた。その結果、あの「名誉の統合」が実現したのよ。領邦同士の対立を弱め、諸民族を一つの帝冠の下に治めるためのシステムが。

 新しく発足した「帝国」は、私達ハービヒツブルク家の男系子女を皇帝として、その下に多くの大公が存在する国家として誕生したわ。そして伝統的に、政治官僚はハービヒツブルク君主国出身の家系が、また軍隊は、プロシャラント王国出身の家系が寡占することが決まった。慣習的な結果よ。誰かが明文化したわけではない。でも、自ずとそう決まっていったの。その結果が、今の政府人事に繋がっているというわけね。

 で、その後「帝国」が最初に直面したのは、「名誉の統合」に難色を示すフランソワ第二帝政の脅威と、否応なく「帝国」に編入された諸民族をどう対処するかという、全く性質の異なる二つの問題。この二つを見事解決した政策が、この後の帝国の政策の、主な行動パターンの一つになるわ。なんだと思う?

 

 ……ご名答。そう、戦争よ。

 内憂外患。その状況を一挙に打破するには、人々に外敵を共通の脅威と認識させ、民族意識を薄れさせ、「帝国万歳」「皇帝陛下万歳」を叫ばせ続け、国を維持する。帝国にはもとより、この方法しかなかったのよ。この政策が危ないといった人もいたけれど、人々はまともに耳を貸そうとしなかった。ナショナリズムは麻薬と同じ。一度戦争に勝ってしまったら、そこから抜け出せなくなるのは必定。そして、勝ってしまった。そして、作り上げてしまった。第二帝政を下し、世界に冠たる強大な「帝国」を。

 そこからの帝国は、一時は平和を享受することができたわ。それは偽りの平和だったけれども、「強い帝国」を内外にアピールして、武器である広大な土地と、先進的な技術と、それによって生み出される産業と、そしてなにより、プロシャラントの遺産である強力な軍隊を引き継いで。あの頃が、一番輝いていたんじゃないかしら?残念ながら私は、その時代のことをこれっぽちも知らないのだけれど…。

 とまぁ、こうして人々の中には、帝国は強大な国家だというイメージが築き上げられたわけね。でも、ここで帝国の、栄光ある強国たる帝国の歴史には、幾ばくかの陰りが見え始めるわ。1889年、老帝フェレンツ・ヨーゼフ1世の一人息子である皇太子ルードルフが、謎の死を遂げた。でもこのニュースは、その翌年、1890年から始まった、時のプロシャ大公ヴィルヘルート二世の主張による海外植民地獲得と海軍大拡張政策、通称「世界政策」の巨大なインパクトも相まって、有耶無耶にかき消されてしまったわ。

 

 ただおそらくそれ以上に、強烈に人々の印象に残っているのは、20世紀も末に近づいた1899年に、その年にルーシーで起こった、社会主義革命でしょうね。革命は、誰に意図されずとも歩き出し、ほかの家に強盗に入る、なんてことが言われていたそうだけれど、全くその通りね。1848年の時と同じように、革命は各地に波及した。帝国からの離反を求める南部の諸民族の間で、にわかに革命の兆しが高まって、そしてやっぱりダキアだった。発端はランシルヴァニア。革命後のルーシーでの内戦が社会主義者有利となった途端、蜂起が始まったわ。でも、社会主義を恐れたのは帝国だけじゃなかった。連合王国も、社会主義革命に脅威を覚えていたのよ。そこで、今は帝国領になっているオストラントで、反社会主義として組織された仮政府を利用して、帝国は連合王国と、ひと芝居打つことにした。社会主義政府にこの話を持ちかけて、連合王国が「仲介役」として割って入り、この騒動を鎮めようとしたの。結果は大成功。ちょうど内戦で、旧政府側が息を吹き返していたのが幸いしたそうよ。なにはともあれ、ランシルヴァニアをダキア大公国に割譲する代わりに、帝国はオストラント地域の西半分を、社会主義政府は東半分をそれぞれ手に入れて、不可侵条約を結んだわ。こうして、帝国は社会主義革命の脅威をなんとか凌ぎ切った。でもそれ以降、再び直面したのは、フランソワとの対立。それに加えて、協商連合やイルドアとの領土問題。

 でもそれからも、帝国は自らにナショナリズムという名の麻薬を投与し続けて、それはもう頑なに、「帝国万歳」「皇帝陛下万歳」を唱えながら、決して更生しようとはしなかった。更生すれば、別の持病のせいで、体は隅々まで蝕まれてしまうから…。そうして「強い帝国」は、内側にいくつもの問題を、弱点を抱えながらも、それこそ、己の余命をどこかで悟りながらも、避けることのできない戦争の道に突入して、今に至るのよ。

 

 大公女が話を終えると、時計の針は既に、日付を越えようとしていた。この時計の針があと何周回るまで、帝国はその息を止めずにいられるのだろうか。マリア・アンナ・ヴィクトーリアの話からは、そんな思いさえ想起させられた。昼間と同じく、フォン・デグレチャフ少佐は、彼女にしては珍しいことに、そしてまたあろうことか、ぬるまになったコーヒーを傍らに置いていた。

 

「お話しいただいて、ありがとうございます。これでまたひとつ、上に言うことが増えました。」

「そう?というか、私が貴女に言っておきたいことは、まだ言い切っていないのだけれど…。」

「は、これは失礼しました!」

 

 そういえば、という風に言った大公女に、ターニャははっとして向き直る。やはり体は幼女なのである。悔しいことこの上ないが、この時間帯になって判断力が低下してしまうのは、致し方ないのである。しかしここは頑として、高度に知性的な会話を保たねばなるまい。折角この大公女を利用して、帝国政府の弱点を炙りだそうとしているのだから。

 

「よろしくてよ。貴女も前線勤務が続いて疲れていることでしょうから。今日はこのまま寝ても構わないけれど…」

「いえ、小官は殿下、いえマリア様のお話を、最後までお聞きする所存であります!」

 少しでも強く掴んだら途端に折れてしまいそうな、そんな細々しい首の内側から精一杯の声を絞り上げて、ターニャは自らに眠気がないことをアピールし、また実際には今にも眠気で倒れそうな肉体をたたき起こすがため、叫び、そしてその片足を、木製の床に叩きつけた。そのドンッ!という音を聞いて、マリア・アンナ・ヴィクトーリアも目を覚まされたような気がしたのか、布張りの、いかにもチープなソファの上で姿勢を正した。

 

「分かった。じゃあ次はこちらから質問するわ。……この戦争、貴女は勝てると思う?」

 

 さて、いつの日かこんなことが、ゼートゥーア閣下とターニャとの間でたしかにあった。だがあの時は、太陽がまだ空に輝いていた時間帯であったし、質問に対する回答も、とても広範囲に、そして自由にそれが出来うるものだった。

 が、今回の大公女からの質問はもっとストレートで、そして答えの選択肢はというと、とてもではないが、広範囲で自由などではない。端的に言えば、「はい」か「いいえ」を以てしてのみ、この質問に答えることができるのだ。

 しかしどうだろう。前者を選べば、大公女の前で嘘を付いたことになるし、後者を選べば、敢闘精神が欠落している敗北主義者と見られるやもしれない。ハシバミ色の瞳は、相も変わらず全てを見透かしているように、ターニャの碧眼を見つめてくる。

 激しく悩んだ末、ターニャは嘘をつくことを憚った。

 

「いえ、この戦争で、帝国は間違いなく敗北します。少なくとも、このままだと。」

「ほう?」

「マリア様が仰られた通り、帝国は異様なまでにナショナリズムに傾倒し、その意思決定機関たる帝国政府は、軍隊の強さに酔いしれています。我々を信頼してもらえるのは喜ばしいことですが、我々も全世界を相手にした戦争で勝つことはできません。ですので、この内側を打破しない限り、帝国に未来はないかと。」

「なるほど。つまりは政府が悪腫であり、癌である。貴女はそう言いたいのね?」

 

 そう、何もターニャは、嘘をつくことを憚ったまで。何をしても負けるなどということは、言うはずもない。またこれは、昼間にターニャ自身が感じていたことでもあった。直接、政治に関わりのある人物に、直接、自分の考えていることを物申す。この瞬間を、ものにせずしていつものにするのか。しかし、齟齬というのは必ず存在してくるもの。大公女の口には、ターニャが失敗したことを物語る文言が並べ立てられる。

 

「つまり…ハービヒツブルクの頃から仕える家系の者たちを退け、プロシャのユンカー主体の軍人に、政治を握らせろと?」

 

 そう、大公女は確かに言っていたのだ。その口から。伝統的に、そして慣習的に、誰かが明文化したとあらずとも、政治官僚はハービヒツブルク君主国出身の家系が、また軍隊は、プロシャラント王国出身の家系が寡占することが決まった、と。

 そう、大公女が敢えてターニャに質問し、また更に発言を促したのは、ここで言質を取るためだったのである。

 まずい。

 この三文字三音が、まずはターニャの頭に浮かんだ。

 非常にまずい。

 そしてこの五文字七音が、次にターニャの頭に弾けとんだ。

 

「いえ、小官はなにもそこまで言っているわけではなく、外交において、つまりは戦争の落としどころについて適切な判断が出来る程度の理性を帝国政府に……ハッ。」

「そう、つまり貴女は、今の政府を愚弄すると…。残念だわ。折角期待していたのに。」

 

 そこまで言って、言われて。ターニャまず、自らが自らの発言に適切な修正を加えなかったこと、またシカゴ学派にひどく傾倒していたことを悔いた。そして次に、今日何度目か知れず自らの肉体の小ささを恨んだ。集中力と判断力の低下が招いた結果がこれだ。畜生。セレブリャコーフ中尉を叩き起してでも、コーヒーを淹れ直しておくべきだった!

 しかし、ここで完全に折れてしまってはほんとうに終わりだ。窮地に追いやられてはいるし、崖っぷちではあるが、まだ立て直すことは可能だ。

 

「現政府を愚弄するわけではありません。この戦争、いずれも帝国が仕掛けたものではなく、相手側から仕掛けられたものです。帝国政府が戦火を拡大し、自ら自滅の道を突き進んでいるわけではありません。」

「そうね。それで?」

「もしも帝国軍が、連邦に対して大捷を収めることができた場合、中立国や友好国、具体的にはイルドアや、もしくはスルタンの帝国は、こちらの主張に同調してくれるはずです。そこから上手く、できるだけ我々有利に、講話を引き出すことが肝要かと。イルドアとの領土問題解決は必至ですが、現状、帝国とイルドアとは概ね友好関係にあります。また先の南方大陸での善戦は、南方再進出を狙い、着々と軍備を整えつつあるスルタンとその軍隊に、大きな刺激を与えたものと思われます。」

 

 どうだと言わんばかりに、ターニャは持論を大公女にぶつけた。実際、大捷出来る保証はどこにもないが、今の状況下では言わないよりはマシだ。だがこれでようやく振り出しといったところ。失態を取り戻すのはこれからだ。

 しかしそんなターニャに対し、ターニャが話し始めてからずっと、少し不気味な具合に口角を上げていた大公女は、その固まった表情を保つのがもう無理だと言わんばかりに、またまるで水圧に耐えかねた堤が崩れるかのように、その頬をピクピクとさせ、「ふ、ふふふ…」と笑い声を漏らす。その笑いは次第に大きくなり、やがて大公女は、大公女という身分に似つかわしくない程の節度のない、まるでビアでビールを飲みながら談笑している男のような大笑いが部屋に響くようになった。

 

「ご、ごめんなさい、ふふふ…でも、やっぱり貴女は軍人ね。フォン・デグレチャフ少佐。」

「お言葉ですがマリア様、小官には言葉の意味が分かりません。」

「まぁ、そうね。結論から言うと、私もこのままでは敗けると思っているわ。」

 

 意外に次ぐ意外。ここまで色々と手のひら返しされてしまえば、自分が言ったことが間違っていなかったこともそっちのけで、さすがに呆然とするしかないだろう。だが、畏くも大公女殿下はご容赦という言葉を知らない。

 

「それで、帝室の中にもあるのよ。主戦派と穏健派、それとあとは、文官派と武官派みたいな、そんな派閥がね。そこで皇帝陛下がご病気になられたものだから、派閥争いは以前に増して熾烈なものになっているの。」

「…では、さきほど言っていらしたことを鑑みるに、マリア様は文官派、ということでしょうか?」

「まさか!私の夫は現プロシャ大公の嫡流の孫よ?武官派に決まってるじゃない。まぁ、私はハービヒツブルクの嫡流でもあるのだけれど。」

 

 これは驚いたものだ。まさかこの大公女は、初めからフォン・デグレチャフ少佐の、少なくとも敵ではなかったのである!ついている。揺るぎない確信が、フォン・デグレチャフ少佐の心を揺らした。

 

「それでは先程の発言はさしずめ、小官を騙そうとした意地悪、という認識でよろしいですか?」

「ええ。まぁそんなところね。」

 

 言いながら、脚を組み直す。絹のドレスが擦れる音が、無に支配された深夜の部屋に敗北感のような残響を漂わせた。しかし、大公女は余裕を喪失したわけではない。彼女は大公女という身分の他に、大公妃という身分をターニャに晒している。言うなれば、トランプで決め手となるカードが一枚増えたようなものだ。マリア・アンナ・ヴィクトーリアの発言に少しでも反を示したならば、フォン・デグレチャフ少佐は帝室のみならず、軍隊でもその地位が揺らぎかねないのだ。中央集権的な君主国というものは、その点では厄介ではある。

 

「ただし、私が貴女を貶めるために来たわけじゃないことは、先に言った通りよ。私は立場上、この帝国でどんな地位にも就けるし、どんな地位からも転げ落ちてしまう。貴女のような一佐官でも、おおっぴらに敵に回すことはできない。」

「つまりそれは……マリア様はご自身が自ら皇帝になりうる存在であり、同時に、その帝位を譲位するあるいはせざるをえなくなるかもしれない、とお思いなのですね。」

 

 ターニャは怖じけることなく、抽象的な大公女の言葉を具体化した。正に直訳という言葉がふさわしいものだ。しかし大公女は気にする素振りすら見せない。事実を事実として直視できない者が、窮地に立たされた大国の舵を、大胆にも確実な方法で切っていけるはずもないということを、彼女自身がよく自覚しているからだ。

 

「察しがよくて助かるわ、少佐。その通り。私の祖父は、あの老帝の嫡流のたった一人の皇太子だった。でもさっき言ったように その皇太子は謎の死を遂げ、嫡流はかたや消滅したかのように扱われてきたの。」

 

 物悲しげな表情。視線を据える窓の外。際限のない暗闇。そこで初めて、大公女は弱みをちらつかせた。帝室という特殊な事情、そしてその中で起きた不幸。そこに自らが、そして自らの肉親が巻き込まれたことによる悲しみや苦しみ、また遣る瀬無さ。もう慣れてきたものであり、こういった感情が疼くことも少なくなってきたがしかし、心が成熟するにともなって押し寄せてくるそれらの感情は、毎度毎度、度を重ねるごとに大きくなっていく。

 紅茶から漂うクランベリーの香りを鼻腔にくすぐらせ、マリア・アンナ・ヴィクトーリアは負の気持ちを強制的にシャットアウトさせる。こんなところで、一佐官に弱みを見せ続けるわけにもいかない。

 

「でもね、私のお父様は諦めなかったわ。嫡流の権威を再び取り戻す、って。そこでお父様は、ハービヒツブルクの者ならば誰もが憚る方法…。正に、肉を切って骨を断つ方法を選んだ。」

「プロシャ大公家への接近、でありますか?」

「その通り。でも、生まれたのは不幸にも私一人だったの。男の子が生まれなかったから、ほどなくしてお父様は、失意のうちに鬼籍に入られた。」

 

 風が、窓を揺らす。亡霊のように弱々しい風。けれども何かを伝えたくて、確実に本部庁舎の窓に音を立てたような語り草だ。対して大公女は、自らの存在そのものを、ひどく後悔しているようだった。自らがもう少し違っていれば、もしも自分の性別が逆だったら…。それは彼女が物心ついてからずっと抱いてきた、自分という存在、つまり自我との大きな確執であり、どうにもならない問題の一つだった。

 それでも、前に進まねばならないことは変わらない。

 

「ただし、私はお父様のご尽力を無駄にするつもりはない。今は戦時中で、自ずと軍部の発言力は高くなる。言いたいことは、わかるわよね?」

「それはもちろん。」

「ありがとう。…そしてそこで、私と参謀本部の利害が一致した。合理性ある政府を求めるゼートゥーアと、権威の復活と、帝国の生き残りを望む私の利害がね。」

 

 それはまさに、仕組まれたシナリオが実現しようとしている最中であることを示していた。フォン・デグレチャフ少佐とて分かる。これが、最善の道であると。参謀本部という、合理主義のエリート集団。その後ろ盾は、才覚に溢れる若き皇帝。それでも確実に勝てる保証はないが、賭けてみる価値は大いにある。

 前世の歴史でも、似たようなものがあったとターニャは記憶している。確かにそれは負けこそしたが、既にその歴史よりも上回った勝利を、帝国は積み重ねている。スタート地点は、こちらの方が幾分か上。もうひと押し、というところでそうすることは、大いに試してみる価値があった。

 

「して、なぜ私にそのような話を?」

 

 さて話も一段落したところで、フォン・デグレチャフ少佐は素朴な疑問をぶつけた。そう、なぜこの大公女は、自分のような一佐官に、このような話題を持ってきたのか。

 

「あぁ、それはね。ゼートゥーアが言っていたからよ。「私の戦略観に多大な影響を与えたのは、間違いなくあのデグレチャフ少佐だ」ってね。それに、連邦軍相手に大捷を収める…。その為には、貴女の力が不可欠だもの。もちろん、そのお陰で戦争を終結させることができれば、戦後貴女をどんな地位にでも就かせてあげるわ。」

 

 いとも簡単に、フォン・デグレチャフ少佐の前線送りが確定事項となった。そう、いくらプロシャ大公家が軍高官の地位を総なめにしていて、人事決定権が陸軍省にあるといっても、最終的な統帥権はハービヒツブルクの皇帝にあるのだ。つまり、この大公女が皇帝となったからには、ターニャは確実に前線で、帝国の興廃をかけて、連邦軍相手に一層奮励努力せねばならないということである。だが、その後についてくる報酬は、後方勤務を確実とするお約束。

 さぁ、どちらを選ぼうか。幸いにも今のターニャには、優秀な肉壁が何枚も存在する。ならば大公女殿下の誘いに身を委ねるのも悪くないだろうか。いやしかし、これが皇帝となれば、それはつまり神の使徒たる存在になるということだ。そうなれば自分も、あの存在Xの手下ということになりかねない。あれならば、そういった手段もとってくるやもしれない。

 実利をとるか、プライドをとるか。短い時間にあっても考えあげた結果、選ばれたのは前者であった。

 

「殿下からそのように仰っていただけるとは、正に無上の喜びであります。私とて、このまま帝国がズルズルと負けていく姿を見ていくのは、見るも無残で耐えられません。」

「よかった。それじゃあ具体的な計画は、また今度帝都で話しましょう。近いうちにあなたたちを帝都に召還するわ。」

 

 大公女は笑顔に戻り、言い切ると安心したように伸びをする。重力で捲られたドレスの袖から、白くか細い腕が垣間見える。ほんとうにこの人は大きなものを背負っている。そう思わせる一瞬。

 

「今夜は話せて良かったわ。時間も時間だし、私も眠たくなってきた…。」

 

 そう言ったきり、大公女は大きく、大きくあくびをすると、ターニャが部下に用意させた来客用の寝室へ向かうべく、シルクでできたドレスを整えて、と一言残し、木製の扉を静かに開けて、そして静かに閉めた。

 静寂に包まれた部屋。そこに響くのは、古びた焦げ茶色の柱時計が眠たげに奏でる、子守唄のような針の音色。フォン・デグレチャフ少佐も、思えば限界が近かった。

 その規則的な子守唄と、マリア・アンナ・ヴィクトーリアが残していったクランベリーの紅茶、また彼女が纏う香水のその甘い香り。それらの条件は、齢十数のターニャを眠りに誘い、その深淵に降ろすには、とても十分な分量であった。

 

 

 戦後、この時期の帝国の公文書ならびに私文書の数々が公開された時、各国の歴史家はこぞって、この時期の帝国陸軍の戦略家にして戦術家、また魔導少佐の一人に注目した。その名をターニャ・フォン・デグレチャフ。彼女の書いたこの時期の文献。特に私文書の数々から、この時期を「歴史の転換点」と主張する学派も少なくはない。少なくとも確実である事実は、この後の帝国の外交戦略に大きく影響を与えることになる大公女、マリア・アンナ・ヴィクトーリア・フォン・ハービヒツブルクとフォン・デグレチャフ少佐が、この時期に初めて出会ったということだ。その根拠として示されるのが、以下の文章である。

 

 

 発、ターニャ・フォン・デグレチャフ

 宛、ハンス・フォン・ゼートゥーア閣下

 

 初夏の候、閣下におかれましては、戦争指導においてますますご活躍のことお慶び申し上げます。

 さて、厄介な敵というものはとことん厄介なものではありますが、それは何も対外的な敵に限った話のみではございません。強国である我が帝国が、現に今、世界という荒潮に飲み込まれ、世界大戦という大嵐に吹かれている船だとすれば、万が一敗戦という暗礁に、少しでもその船体を擦らせでもすれば、この船は瞬く間に浸水し、大海原に姿を消すこと間違いございません。しかしそれが、もし何らかの整備不良で隔壁が降りなかった、あるいは、応急修理用の建材をどの船倉に置いたのかわからなかったから、といった原因だとすれば、それはその船の船員たちにとっては、末代までの恥となるに違いありません。

 小官はなにも、東部で気を病んで、帝国に愛想を尽かせてこのようなことを申し上げているのではございません。

 我々は、変革する必要があるのです。船の作りを頑丈なものにし、大嵐をくぐり抜けねばならないのです。不幸にも我らが皇帝陛下は、ご病気を患ってお先は長くないと存じます。なれば、その時が帝国最後の好機でございます。その時に何もしなければ、今の政治屋連中ときたら、おそらくとんでもないことを言い出すに相違ありません。それでは、本日はこの辺りで失礼致します。

 

 追伸 先日折もよく、大公女殿下に御目通りが叶いました。大公女殿下は我々と考えを同じくしていたただけるそうです。この情報が、閣下の有益となりますよう、よろしくお願い申し上げます。

 

 1926年×月××日

 

 

 

 帝立王立公文書館 「ターニャ・デグレチャフの書簡」より第000046号

 ※日付解読不能。時候の挨拶から、同年6月頃に書かれたものと推測される。




さて、それでは今回はこれまでとなります。もしもあなた様が本「大公女戦記」を気に入ってくださったのであれば、評価や感想等お待ちしております。
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それでは、またいつか。

作者:( https://twitter.com/hellmuth_1900 )
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