無限の使い魔 (クリスタルウォール)
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最後の一体

後のことを君に託して僕だけ消えるのは……やはり狡いことなのかもしれない。

 

でも、君ならきっとやり遂げると、僕は信じているよ。

 

だから、さよなら。

 

()の役目は……これで全て終わりだ。

 

……俺は、俺とあの老人が望んだ世界を作れたのかな。

 

――――――

 

――――

 

――

 

光が、視界を包む。

 

その後に広がる木々と空……空!?

 

ばかな、なんだここは……見渡す限りのもの全てが自然で出来ている!

 

木の家や石でつくられた塔のような物も見えるが……複雑な合金で出来た物は何一つない!! 全てがデータやサイバー空間でしか見たことのない物が、俺の目の前に広がっている。

 

「せ、先生! 筒みたいな棺の中の人間が、目を覚ましました!!」

 

声がする……筒の中の人間?

 

カメラやセンサーによる五感の調節が終ると、俺は更に驚いた。

 

まず五感があるなんて、今の俺はサイバーエルフではないのか……。

 

そして手を見る。これは……おれのオリジナルボディ? ますます訳がわからない。破壊された体、消えていくはずだったレプリロイドとしての魂。それが全てもとに戻りひとつになって、カプセルの中にある。

 

理解出来ない。

 

正直驚くのにも、理解するのにも、メモリと回路が疲れ始めている感じがする。ひとまずは起こっていること全てを知ってインプットしてから。もうそれから悩むことにしよう。

 

カプセルへ信号を送る。さて、内側から開いてくれると良いのだけれど、どうだ? まだあまりエネルギーの充電も済んでいないこの体で、出るのを許可してかれるだろうか、念のために緊急信号で送信した。

 

――ウィィン――

 

お、大丈夫そうだな。

 

「ひ……人? 生きているの……?」

 

「人ってもしかして、俺のことかい?」

 

まさか俺を人に見間違うなんて……どういうことなんだ。少し嬉しいけれど。

 

って、なんだこの子! 髪の色が桃色で、しかも白人の金髪のように輝いてる。

 

人間と言ってくれたこの子には悪いが、逆に俺にはこの子が人間には思えないよ。

 

何せスキャンしてみたら頭皮から生えてる本物の髪の毛ときた、染色でも植毛でも、ナノマシンでも機械の体でもない。ただの髪だった。

 

「え、ええそうよ。私がサモン・サーヴァントで呼び出したんだけど……まさか人間が呼び出されるなんて。」

 

「サモン・サーヴァント?」

 

意味は何となくわかるが、聞きなれない単語が飛び出してきたな。

 

「何よ、使い魔召喚の儀式よ。あなただって不思議な鎧を来てるのに知らないってことは……まさか、戦士なのに平民なの?」

 

待ってくれ、話が続いて聞けば聞くほど、意味不明になっていくぞ。

 

「すまない、言っていることが良く解らない。」

 

「サモン・サーヴァントを知らないなんて、あなたいったい何処の田舎から……ううん、鎧からしてわけわかんない格好だし、辺境から来たのよ!」

 

サイバーエルフになる前はそれこそ、都市部の中央辺りにいたと思うんだけどな。

 

しかし……び、B級扱いや不良品扱いはされたことはあるけれど、田舎者扱いは流石に始めてだ。

 

「うーん、やっぱりあまり解らないな。ひとまずそちらの誤解から解こう。その後に出来れば詳しく、君たちのことを教えてほしい。」

 

「誤解?」

 

「ああ。まず俺は人じゃなくて、レプリロイドだよ。」

 

「れぷり……ろいど?」

 

……これは伝わってないな。まさか、レプリロイドを知らない? そんなこと……それこそアマゾンの奥地すら機械が管理してからは、知らないなんて田舎ですらあり得ないはずだけど。

 

まさか、ここは過去の世界を、もしくはレトロファンタジー世界を再現したサイバー空間なのか?

 

いや、ネットワークの繋がりすらカプセルと俺との間にある通信回線以外、何も感じられないし、目の前の人や周りの植物はどのセンサーからも、反応がハッキリと有機物として表示されている。間違いなく、ここは現実空間のようだ。

 

驚かないで状況を知ろうとしても、疑問がどんどん増えていくな。

 

そもそもなんで、ここに俺はいるのだろうか。いや、サモン・サーヴァントというものが転送のコード名だろうというのは解る。

 

そうじゃなくて、俺が俺としてここに在ることか解らない。スクラップと消えかけのサイバーエルフでここに呼ばれたというのならともかく、調整カプセルの中から新品同様でだなんて、どう考えてもおかしいだろ?

 

まさかまた、あの老人が消えかけた俺に何かを……? しかし、あの老人とは妖精戦争以降顔を会わせてない。

 

それに……この世界は自然しかない。人類が退化したのか文明が滅んだのかは解らないが……世界に俺を……いや、レプリロイドや機械残すことをするやつがいるのか?

 

「ちょっと、れぷりろいどって何よ。説明しなさい!」

 

いけないな、誤解を解こうとしていたはずなのにまたこちらで考え込んでいた。

 

「うーん、レプリロイドっていうのは……いうなれば機械、かな?」

 

「機械? 水車とか、時計塔とかそういうやつ?」

 

「ずいぶん原始的なものと一緒にされてるな……でも、そうだよ。俺の遠い遠い先祖、機械の始まりがそういうものさ。」

 

「嘘。」

 

「えっ?」

 

「そんなわけないでしょ、こんな人と話せる機械なんて、スクウェアクラスのメイジの作るゴーレムですら、今まで一度も見たことも、聞いたこともないわよ。」

 

「ゴーレム……良く解らないけどそれって、魔法で動くとか物語で言われる、主人を守る人形だよね? それは近い気がするな。俺は人を守るために作られたんだと、自分では思っていたしそうやって生きていたからね。」

 

「むぅ、まだそんなことを言って……そこまで言うなら証拠見せなさいよ。」

 

証拠か……俺が人と違うところ、というより人に出来ないことになると、やはりコレかな。

 

「きゃっ……う、腕が急に……!?」

 

「どうかな、これで少しは信じてもらえたかい? って、あ! ちょっと何をするんだ、危ないぞ!?」

 

「だって、やっぱり信じられないもの! 単にこの鎧がマジックアイテムなだけかもしれないでしょ!!」

 

まさか手をバスターに変えても信じてもらえないとは、流石に困ったな……あ、そうだ。

 

「ひゃん!」

 

しまった、なにも言わずにしたから転ばれてしまった。

 

「いたた、何すんのよ……って、きゃああぁっ!? う、腕、腕が……あ、あれ?」

 

「これで信じてもらえたかい?」

 

武装解除。手に戻して、肘から先を切り離してみたが、少し先を考えなさすぎたかもしれないな。

 

しかし、悲鳴をあげていたのも忘れて、ピンクに輝く髪の彼女はまじまじと、切り離した俺の腕の接合部を見ている。幸い怪我もないみたいだ……もしもあったらイレギュラー認定されてたのだろうか。

 

「あなた、ほんとに人間じゃあないの?」

 

「ああ、というか生き物じゃないんだ。さっきも言ったけど人を守るために作られた機械、レプリロイドさ。」

 

「れぷり、ろいど……それがあなたの名前なの?」

 

「レプリロイドはそうだな……種族名かな。君が先程言った水車とか、時計塔とかと同じだよ。」

 

「それじゃあ、機械なのにあなたには名前があるのね?」

 

「ああ、そういえば名乗っていなかったね。今さらだけど始めまして。俺はエックス。えーと、そういえば君の名前は……?」

 

「ルイズよ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。」

 

「ルイズちゃんか、よろしく。」

 

「な、馴れ馴れしくちゃんなんてつけてんじゃないわよ!」

 

「じゃあ、ルイズで。」

 

「ご主人様を呼び捨てにするゴーレムがどこにいるのよ!」

 

「うん? ご主人様って、どういうことだい?」

 

少しまた気になる単語が出てきたな。彼女があの大きな建物の総司令官かなにかなのだろうか?

 

「……少し、よろしいかな?」

 

「あなたは?」

 

ルイズと話をしていると、一人の男が話しかけてきた。良かった、なんか落ち着く頭だ。もう少しして禿が完全になると、腹のたつ頭に感じそうだけれどね。

 

「失礼、私は教師のジャン・コルベールと言います。」

 

「教師? ではここは学校なのですか?」

 

言われてみれば後ろ遠くに見える人間たちはルイズと同じ格好だ。そうか、すごくデザインが古臭いように見えるが制服なのか。学校ね……人間は俺たちレプリロイドみたいに、情報をダウンロードすれば覚えられるわけじゃないもんな。

 

「ええ、トリステイン魔法学院といいます。ご存じありませんか?」

 

「申し訳ないが、全く解りません……見るもの何もかも初めてなものばかりで、宜しければ子供に教えるように、俺にご教授願いたい。」

 

どうやら落ち着いて状況把握の話が出来そうな人のようだ。

 

「ふむ……そうでしたか。おや、あなたの腕は先程見たときは両方あったように見えましたが……?」

 

「ああ、今はルイズが――」

 

「そ、それは……!?」

 

突如、コルベール先生が俺の前から消えたかと思うほどの早さで動いて、ルイズの抱えている俺の腕を彼女から素早くひったくった……って、ええっ!?

 

「あ、あの……。」

 

「こ、コルベール先生!?」

 

ルイズと二人して声をかけるが、まるで聞こえていないかのように、コルベール先生は俺の腕をいじくり回して夢中だ。

 

あ、なんか杖みたいなものを出してぶつぶつ言ってるぞ……えっ? なんだあの杖、完全に単なる木製の物なのに、杖が輝いている!

 

「何だい……あれは?」

 

思わずルイズに尋ねたら、彼女は何を言っているんだと言うような顔で俺を見返した。

 

「何って、単なるディテクトマジックじゃないの。」

 

「ディテクトマジック……?」

 

「呆れた、あんたゴーレムなのにそんなことも知らないの?」

 

「いや、俺はゴーレムじゃなくて……というより、そもそもコルベール先生がしていることは一体何なんだ?」

 

「何って……まさかエックス。あんた、魔法まで知らないって言うんじゃあないでしょうね……。」

 

「魔法だって!?」

 

こうしている間にも、少し足された情報をもとにいろいろな仮説を立てて、俺なりにここ、トリステインがどこなのか、ずっと考えていた。

 

かなりレプリロイドらしくない考えだけど、最初はもしかして俺が完全に消えた後に少し先の未来で、ある程度の時を渡る技術でも生まれたのかと思った。止める開発までは短時間とはいえ進んでいたからだ。

 

それにより俺という存在を過去より呼び寄せて、復元しようとした誰かが何かの原因による実験失敗で逆行、暴走し、俺は予想以上に過去へとわたってしまったのではないかと、かなり無茶な推論だが技術の古い世界を見ている以上そう考えるしかなかったんだ。少しだけなら未来に行って、自分の時代に戻れた悪い研究者がいたらしいけれど……過去まで戻れてしまった話ではなかった。

 

だかしかし……過去の世界で人類が本当に魔法を使えたという記録は、少なくとも俺が生きていた時代までに一度もない。奇跡の話や聖人の伝説は存在するが、確固たる証拠となるものを残せていたものは、無い。

 

ならば、ここは一体……そうして次に俺に考えられたのは、気が遠くなるほどの未来ということ。

 

文明を資源が枯渇して維持できなくなり、そここら衰退した人類が新たな文明を栄えさせるために進化した姿が、今のコルベール先生のしている魔法だという可能性だ。

 

この場合だと、俺がこうしてここに居ることの疑問は消えないが、過去への時の移動などという夢物語な馬鹿げたものも、これならば実現していないし、考えられるのではないだろうか?

 

もっとも、古代に栄えた超文明が滅び……それでも新に人々は力を得て生きてくなんて、それこそ物語のお話そのものだけど。

 

そう分析しているうちに、今度はコルベール先生がすがるように寄ってきた。

 

「き、君! 名は何と言うのかね!?」

 

「お、俺はエックスと言います……。」

 

「ふむ、エックス君! すまないが、君の体にもディテクトマジックを試させてはくれないか!!」

 

「ええと、そのディテクトマジックとは一体、どういうものなのですか? 出きれば危険なものはやめていただけると助かります。」

 

「ふむ……ディテクトマジックを知らないのか。とすると、まさか本当に……いやいや、失礼した。この魔法に危険はございませんぞ。対象としたものや周囲など、何があってそれがどんなものか知る魔法にすぎませんから。」

 

「スキャンみたいなものですか……そういうことでしたら、俺は構いませんよ。」

 

「おお、では早速!」

 

安全なものでほっとしたとはいえ、危険なものか俺としては解らなかった以上、出来れば腕にかけるよりも先に聞いてほしかったところだけれど……ここではそんなこと常識で聞くことでもないのか。

 

とにかく、直接魔法を体感することになったわけだけど……これでどんなものか解るかな?

 

パウダースノーのような光が俺に降り注ぎ、体を包む。

 

「おお、やはり……しかしこれは一体どういうことなのか……。」

 

コルベール先生はなにやら成果を得られたようだが、俺の方は解析してもただの光でしかなかった。うーん、俺が古い存在だから未知の物質を解析できないだけなのだろうか。それともこの光自体は、物理的には本当にただの光でしかないのだろうか? だとすればまた物語の中だけの古い話にしかなかった存在になるが、魔法使いはさしずめ超能力者といったところか。

 

あくまで発光現象は副産物で、ディテクトマジックというのはレントゲンのようにエックス線とかを用いて得られた情報を、脳が受信するものなのかと思っていたんだけどな。

 

しかし、俺が観測用レプリロイドではないとはいえ、人間が今では機械に解らないことを解ってしまえるなんて……文明自体は衰退しているかもしれないけれど、人間としてはものすごい発展と進化を遂ているな。超能力を操るレプリロイド、なんてのはファンタジーすぎて流石に作られたなんて話も聞いたことは無かったし。

 

「ちょっとエックス、いい加減これつけなさいよ。手の無い人間みたいなあんたを見ているのは、なんだか怖いわ。」

 

「あ。そういえばそうだ、ありがとう。」

 

手をルイズから受け取り、接続し直す。軽くバスターに変形させてたりして、しっかり機能するか確認した。

 

「本当に不思議なことばかりだ。こんなにきれいな世界の空を見るのも、魔法にディテクトマジック、初めてだらけだよ。」

 

「だからー、ゴーレムなのに何であんたは魔法が解らないのよ。」

 

「いや、似てるとは言ったけれど……多分ルイズの知るそれと俺はきっとだけど、本質的には大きく違うんだ。」

 

ルイズにもう一度説明しようとしたら、コルベール先生がうんうんと頷きながら割って入ってきた。

 

「その通りですぞ、ミス・ヴァリエール。おそらく、エックス君は魔法を知らないのでしょう。」

 

「ミスタ・コルベール? それはどういうことですか?」

 

「信じられないことですが……すごく簡単なことです。エックス君はなんと、魔法で動いていないのです。」

 

「……は?」

 

ルイズの口が空いたまま塞がらなくなっている。少しして、何を言っているんだとコルベール先生を睨み始めた。

 

「ディテクトマジックで確認しましたが、事実です。彼に魔法の反応は一切無い。どういう仕組みでどうやって動いているかは解りましたが、そもそもどうすれば彼のような存在を作ることが出来るのかは解りません。しかし……これは事実です。」

 

「そんな! じゃあ魔法の力もなしに、平民がエックスを……こんな喋る機械を作ったって言うんですか!?」

 

「そうです。一体彼の国ではどんな技術が発展しているのやら……驚くばかりです。」

 

「まさか……東の国から呼び出したのでしょうか?」

 

「その可能性は無い……とは言い切れませんな。ですがミス・ヴァリエール、彼は間違いなくあなたの呼び出した使い魔。何をもって彼を生き物と定義付けされたのかは解りませんが、史上初の行いだと思われますぞ。」

 

「私が……はじめて……。」

 

「そうです。そしてはじめての魔法の成功……おめでとうございます、ミス・ヴァリエール。」

 

「あ……ああっ! そ、そうよ……そういえば私魔法で、自分の魔法でっ!!」

 

なんていうか俺も、二人の会話から何となく解るこの世界の常識や、魔法に驚くばかりだけど、それはどうやら向こうも同じだったみたいだ。

 

そして俺を呼び出したのもどうやら、転送システムとかじゃあなくって、魔法によるものみたいだな。それが多分サモン・サーヴァントなのだろう。

 

なんかこの二つだけでもう……相当何でもありに魔法というものが思えてくるぞ。これなら、こんな便利な力を人間自身で使えるようになったんじゃ、機械工学や技術が発展しなくても、彼等だけで生きていけるだろうなあ。人を助ける為に生きてきた俺からすると、なんだか少し複雑だけれど、人類が他の者や物からの脅威に立ち向かえて、生存率が上がることは良いことだと思えた。

 

そしてルイズはどうやら、今はじめて魔法を成功させたみたいだ。よほど嬉しかったのか、ぽろりぽろりと涙を流している。良かったなと思うと同時に、簡単に出来ることでもないのかと認識を改めさせられた。

 

「ええと、感動しているところ申し訳ないんだけど……今度はこっちが質問をしてもいいだろうかルイズ、コルベール先生。」

 

「ぐす……もうっ、何よ。平民が作っただけあってレプリロイドってのは無粋なんだから。」

 

「ごめん、でもコルベール先生の言うように、俺には何も解らなくって。」

 

「ふん……いいわよっ、今は気分良いから、何でも教えてあげるわ。」

 

「ありがとうルイズ。それじゃあ早速だけど――」

 

俺の話をして情報を擦り合わせようとしたら、コルベール先生に止められた。

 

「ごほん、私もエックス君の話にはたいそう興味はあるので、是非今すぐにでも聞きたいのですが……ミス・ヴァリエール、まだ儀式は終わっておりませんぞ? まずは儀式の完遂からですな。」

 

「え、あっ……そうだったわ。」

 

そういってから急に、今度はもじもじとしだすルイズ。喜怒哀楽の激しい性格で、マーティーみたいな子だな。

 

「エックスは人間じゃないからノーカウントよ……それ以前に、これは正当な儀式なんだし、そういう風に考えるのが邪でハレンチなのよルイズ……。」

 

なにを数えるものなのか知らないけれど、彼女にとってはずいぶんと深刻なことのようだ。ところで、この子も俺がボディのコスチュームをデザインしたら、怒るのかな? なんて考えていると、彼女が俺の目の前に立って見つめてきた。

 

「ルイズ?」

 

「感謝しなさい。モノがメイジにここまでしてもらえるなんて、まずあり得ないんだからっ。」

 

「うん?」

 

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン――この()に祝福を与え、我の使い魔となせ……んっ!」

 

「むぐ……。」

 

えっ……これは確か人間でいう、キスというやつじゃないか? な、何をどうしていきなりこんなことを!?

 

「と、突然に何をするんだルイズ!」

 

俺はルイズの肩を慌てて腕で倒れない程度に押し、彼女を引き剥がした。流石に俺だってこれがどういう事かは解るし、いくらレプリロイドとはいえ未知の体験には慌ててしまう。

 

「こういうことは、ちゃんと大切な人間同士で――ぐわああぁっ!?」

 

俺は突然、電撃が走ったような感覚に襲われた。思わずさらにルイズを突き飛ばす。

 

「きゃっ、え、エックス!」

 

その後実際に体からバチバチとスパークを発しながらうずくまると、ボディからWARNINGの警告信号と、体に起きている異変のリストが送られてきた。

 

――口元より未知の命令信号を感知。受信拒否、失敗。命令は体内に侵食し左手に集中、プロテクト不可。緊急の為のアームパーツのパージ、失敗しました。侵食が上位命令として扱われており、こちらの操作の権限が受け付けられません。

 

なんだこれは、まさかウイルスプログラムか何かをルイズが俺に……!?

 

いったい、なぜ!?

 

「あ、ぐうぅっ……!?」

 

右手がバスターにもならないままに発光し、やがてその光が手の甲へと集束していく……まさか、これも魔法なのか?

 

「うわぁあぁ――――――っ!!」

 

最後にひときわ苦しい感覚に襲われると、ようやくそこで痛みは消えた。レプリロイドの感覚でここまで()()と感じたのは、はじめてじゃないか? シグマのウイルスが体を駆け巡ったときのような、嫌な感じだった。

 

「はぁ、はぁ……いったい俺に、君は何を……。」

 

「私が呼び出したアンタに、使い魔としてのルーンを刻んだのよ。」

 

「なん……だって、使い魔?」

 

「そうよ。使い魔とした生き者に、ルーンを刻むと何かの力を与えたり、喋れるようにしたりすることが出来る……というより、出来たりするのよ。」

 

「俺は生き物じゃないし……もとからしゃべっているんだけど……それよりも、 ものすごく痛かったよ。」

 

「変なの。みんなの呼んだ生き物達はむしろ大して痛がってなかったのに……生き物じゃ無いあんたが痛がるなんて。」

 

ようやく痛みのひいた俺の手を見ると、ルーン文字という遥か昔の言語で書かれたものがあった。ええと、ガンダ……ルヴ? 

 

「おお、これはなんとも見たことの無いルーンですな。失礼、スケッチをさせてもらいますぞ。」

 

コルベール先生は俺のことを無視して腕の文字をスケッチしていく。彼から察するに付けられる印はどれも違うものなのか……。

 

「ルイズ、君に聞きたいことか増えたよ……。」

 

「ルーンを刻まれてもそんなこと言えるなんて……物なのに苦しむ態度と言い、あなた本当に意味わかんないわね。生き物……ううん、やっぱり人間にしか見えないわ。」

 

「俺は逆に、そろそろ君が人間に見えないよ……。」

 

「ちょっと、どーゆー意味よ!」

 

「どうって……髪とかキスだけでこんなことのできる魔法とか……もう全部かな。」

 

「き、ききき……あ、あ……あんたねぇ!」

 

俺のプロテクトをキスだけで破るなんて、本当に人間とは思えない。想像したくないが、シグマがしてもきっと無理だと思う。

 

「俺が――知らないこと――ばか……り――あれ?」

 

まずい、さっきの放電(スパーク)で、ボディのエネルギーが散って……カプセルから出たときもほとんど無かったし、補助タンクも、空――だ……。

 

「え、エックス? エックス!?」

 

ダメだ……エネルギーチャージが終わるまではもう……うごけな……い。

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

 

「何なのよ、もう。」

 

私はせっかく呼び出した使い魔が突然倒れたのをみて、まさか壊れてしまったのかと思った。だって、機械にコントラクト・サーヴァントを試みたメイジなんて居ないもの。き、キスしてから気づいたけれど、何が起きるか解らないじゃない!

 

でも、コルベール先生が再びディテクトマジックをかけると、どうやらエックスは単にガーゴイルやゴーレムに術者の精神力が無くなって動けなくなったのと同じで、ただそれでも壊れたり形を維持できなくなったりはしない……そんな状態みたい。人間で言えば眠っているだけらしいの。そんでもってなんか寝てる間のうちに光を食べてるらしくって、しばらくすれば起きるって教えてくれたわ。

 

なんだ……心配して損した。

 

そう思って少しイラついたので、こいつの頬をつつく。柔らかい……本当に人間なんじゃないかって思えるほど、ていうか顔は人間とおんなじね。それに整っていて、なかなか悪くない顔をしてるわね……うん。

 

ふと、コントラクト・サーヴァントをした時に触れた唇に目がいった。

 

ぽかぽかと、ほっぺが何故か熱くなっていく。

 

だ、だから! エックスは機械!! レプリロイドであって、人間じゃないのよ!

 

もうっ、人じゃなくてドラゴンとか、マンティコアみたいなレプリロイドが出てきてくれてたのなら、きっとこんなこと考えないで済んだのに~っ!!

 

ったく、起きたら使い魔としてちゃんと働いてもらうんだから。

 

それにしても、エックスの手……軽かったな。いや、女の子の私としては十二分に重いものなのよ? でも金属の触り心地で固いのに、そうとは思えないほどものすごく軽かったのよ。別に薄くもないし……いったいこいつ、何で作られてるのかしら?

 

あ……浮遊(レビテーション)の魔法でコルベール先生に連れていかれるエックスを見て歩いてきたら、あいつが入っていた……ええと、棺? 原っぱに置いてきちゃった。まあ、明日で良いわよね。私じゃ連持っていけないし……サモン・サーヴァントは成功したけれどもしもまた失敗したら――

 

「呼び出した使い魔がいきなり倒れるなんて、災難ねぇルイズ。」

 

「……何の用かしら、ツェルプストー?」

 

そんな風に前を見ずに頭でいろいろ考えながら歩いていると、寮の入口に嫌なやつ、というか一家の宿敵がいた。こいつはキュルケなんとかツェルプストー……わがヴァリエール家から恋人を奪っていったことのある家系の子孫で、憎たらしい怨敵よ。え、間の名前? 知らないわ……察しなさいよバカ、こんな奴をフルネームで言いたくないのよ、なんて自問自答してみたり。

 

「別に。ただ私はそんなことになって残念ねって、お悔やみの言葉をいってあげようとしただけよ?」

 

うわ……解散になったのに、わざわざ私にそう言う為だけにここで待ってたのかしらコイツ。ほんっと嫌な女、私の大っ嫌いなタイプだわ。

 

「そんなの、要らないわ。ツェルプストーのあんたなんかに心配なんかしてもらっても、嬉しくも何とも無いし。」

 

「あらそう。じゃあついでに私の使い魔も紹介するわ。おいでフレイム~❤」

 

「……サラマンダー?」

 

「そうよ、誰かさんと違って一発で成功。しかも見てみなさいよこの尻尾の炎! これって絶対火竜山脈にいる子よ。好事家なんかに見せてもきっと、値段なんてつけられないんだから!」

 

ああこいつ……絶対ついでじゃなくって、こっちが本命ね。私が悔しがるのを愉しみたかったのよ。

 

「そう、良かったわね。」

 

ふん、誰がその手にのってやるもんですか。

 

「何よ……それだけ?」

 

「ええそれだけよ、それじゃあ失礼するわね。」

 

それに、火竜山脈が何よ。私の使い魔はそんなどこかで見たことあるのや、何匹もこのハルケギニアにいる奴じゃないんだから。

 

はーあ……エックスが目を覚ますまで、何してようかしら。私までなんだか、眠くなってきた気がするわ。

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

 

目が覚めると、今度はベッドの上だった。ご丁寧に布団までかけられているのに、メットは何故かはずされてないな。

 

気を使ってくれるのは有難いけれど、カプセルやタンクからエネルギーを補給してない時は、日光からエネルギーをとるしかないから、布団は被せないでほしかったけれど……。

 

さて、充填にどれくらいかかったのやら……げ、一日経ってるじゃないか。

 

「うおっと!」

 

慌ててベッドから降りようとして、思わずつんのめった。布と綿で出来たベッドで眠るの初めてで、どうもバランスを崩したらしい。

 

改めて体にインプットして、今度は普通に起き上がると、大慌てで黒髪のメイド服を着た子が入ってきた、日本人のような顔つきだ。

 

「あぁっ! 良かった……目を覚まされていたのですね!!」

 

「ん、君は……?」

 

「お願いします、使い魔さん! ミス・ヴァリエールをどうか助けてください!!」

 

「ちょっと、いきなり何を言っているんだ。落ち着いてくれ……いいかい、ルイズがどうしたんだ?」

 

「は、はい……み、ミス・ヴァリエールが私なんかをかばったせいで、グラモンさまと決闘をされているのです。」

 

「決闘だって……?」

 

嫌な感じがする。人間同士で争うこともそうだけれど……昨日の得られている情報から気になっていることが、ひとつあるんだ。

 

「ミス・ヴァリエールは魔法を使えないのに……あぁ、どうか、どうか使い魔さん……!」

 

「だ、だから落ち着いてくれ……それにルイズが魔法を使えないってことはないだろう? 現にこうして、俺を呼び出して昨日成功させているじゃないか。」

 

やはり魔法を争いにも用いているみたいだ……確かにそれなら急いだ方が良さそうだが、彼女のこの反応はいったいどうしたって言うんだ?

 

「いいえ、失礼ながら申しますと……その、ミス・ヴァリエールは魔法が使えないのです。使い魔さんを呼び出したこと以外は必ず失敗をしていて、今日の授業でも失敗してしまったようでした。ですが……相手はドットとはいえミス・ヴァリエールとは違い魔法を使いこなしています。そんな人の青銅のゴーレムたちに、まともに魔法の使えない立ち向かうなんて、無謀すぎます!!」

 

「青銅の、ゴーレムだって!?」

 

バカな……そんな相手に、ルイズは生身ひとつで立ち向かっていったのか!? こんなの、人間がメカニロイドを相手にするようなものじゃないか!

 

昨日から気になっていたこと。それは魔法を使う人間はどこまでも人間だったって所だ。

 

魔法を攻撃に転じると、どのくらいのことが出来るのかは俺はまだ知らないが、とにかくそれを受けるのは、俺のいた時代の人間の体と変わらない。

 

青銅の塊が人間に襲いかかってくるなんて、その身で攻撃を受ければ骨なんて簡単に折れてしまう! この子が慌て怯えるのも、当然のことだったんだ!!

 

「くそっ……なんてことだ!!」

 

もはやどうしてそうなったかなんて、細かいところを聞いてる余裕もない。今すぐ彼女を、ルイズを助けにいかなくちゃいけない!

 

「君、その決闘はどこで行われているんだ!」

 

「ヴ、ヴェストリの広場です。」

 

ダメだ、場所を聞いても全然わかんないぞ、こうなったら……仕方ない!

 

「あっ! どこへ行かれるのですか!?」

 

「これからルイズのところに行く、君の名前は!?」

 

「わ、私はシエスタと申しますっ。」

 

「よし、それじゃあシエスタちゃん。悪いけれど案内を頼む……揺れるから、しっかり捕まっていてくれよ!」

 

「ちゃ、ちゃん!? って、きゃあ! な、何を……ええっ!?」

 

彼女を抱きあげて開けた窓から外へ出ると、俺は壁へと走り出した。

 

そこから一気に壁を蹴りあげていく。

 

「か、壁を上っている……!? な、なにこれ……魔法?」

 

「ちょっとしたテクニックさ。さ、もうすぐ頂上だよシエスタちゃん……ヴェストリの広場ってのをここから指差してくれ!」

 

「え、えっと……あちらです!!」

 

あれか! 確かに桃色の目立つ髪の毛の女の子が、青緑色の何かに突っ込んでいるのが見える……ズームしてみて間違いない、ルイズだ!

 

「見つけた……ありがとう。危ないから、君はここで待っていてくれ!!」

 

この距離とこの高さなら、問題無い!!

 

「え、あっ……使い魔さん!?」

 

シエスタをゆっくりその場に下ろしてから、俺は勢いをつけて塔の頂上からルイズのいる場所、ヴェストリの広場まで飛び降りていった。

 

「ルイズ――――――ッ!!」

 

「え、何……きゃあぁっ!?」

 

彼女が怪我をしない程度の距離に着地して、地面を抉る。

 

「な、なんだぁ!?」

 

「ひ、人が降ってきたぞ!」

 

「いや、よく見ろ……あれは昨日ルイズの呼び出した使い魔じゃないか!!」

 

どうやら周りに居た人間は、決闘のギャラリーだったようだ。とと、それどころじゃない。

 

「ルイズ、大丈夫か!?」

 

「あ、あんた……。」

 

「よかった……大きな怪我は無いみたいだね、立てるかい?」

 

どうやら、手加減されていたようだ。打ち身こそ少しあるが、骨が折れたりしてる様なところは見当たらない。

 

「ダメ……立てないわ。」

 

「そんな、まさかどこか怪我をしているのか!?」

 

センサーかカメラの不調か!? 彼女におかしなところはどこもないぞ……?

 

「そ、そうじゃなくて……あんた、エックスがすぐ近くに降ってきたから。」

 

「えっ。」

 

「びっくりして……腰が、抜けちゃったのよ。」

 

………………。

 

「はぁ……なんだ良かった、それだけか。」

 

「それだけか、ですって!? 全っ然、それだけじゃないわよ!! あんたがご主人様を戦闘不能にして、もう! どーすんのよこのバカ!!」

 

ルイズが叫んだ次の瞬間、どっと周りに笑いの渦が起きた。

 

「あっはっはっは! 流石ゼロのルイズの使い魔だ!」

 

「ははは、まさか主人を倒しちまうなんてさぁ……ゼロどころかマイナスじゃね?」

 

ぐっ、やってしまったみたいだ……確かに、これは決闘のルール次第では自滅になってしまうのか。しかしひどい言われようだな……そう思っていると、青銅のゴーレムの後ろにいる男が、俺を見据えていた。

 

「やれやれ、全くだよ。喋る人のようなゴーレムと聞いて気になっていたんだが……君は随分と粗暴なことをするんだな。」

 

「君が、ギーシュさんか。」

 

シエスタの言っていた決闘相手のドットメイジは、バラを片手に持ち、それを振ってゴーレムに警戒の構えをさせたままに、動かしていた。

 

やはり、この青銅のゴーレム達は魔法で命令を受けて動いてるのか。

 

さしずめこの時代の、メカニロイドってとこかな。その司令塔がレプリロイドではなく人間ってのがやっぱり、びっくりな所だけど。

 

「ほう、僕を解って、言葉を返せるなんて……そんなところだけは、確かにすごいな。それで君は、何をしにここに来たんだい?」

 

「俺は、ルイズを助けに。」

 

「助けるも何も、君が勝負を終らせてしまったじゃないか。動けない者では流石に勝負にはならないよ。ルイズ、ここでもう降参して僕に謝りたまえ。」

 

彼の提案を俺としては正直受けたかった。ここで終わらせられるのなら、それに越したことはないし、女の子が鉄の人形と戦うなんて、そんなことはされられない。

 

でも、それはルイズが許さなかった。

 

「イヤよ! 私は間違ったことをしたなんて思っていない……何より、女性として貴方を許せないわ!!」

 

そんな彼女に、どこかで俺は眩しさを感じた気がする。けれど同時に無茶が過ぎて、なんとか立ち上がろうとする彼女を、肩を掴んで止めていた。

 

「私はまだ敗けを認めてなんかいない!」

 

「お、おいおいルイズ、やめるんだ!」

 

「何よ、もとはといえばあんたが来たからこうなったのよ……!」

 

「それは、そうだけど……。」

 

「これ以上、私の邪魔しないでっ。最後まで私は諦めない……どんな状況や相手にだって、諦めないんだから!」

 

何が彼女をここまでさせているのかは、慌てて来たからわからない。

 

けれどこの姿は、足りないものを命で埋めようとする……そんな昔の俺にそっくりで――なんとかしてあげたいと、この時はそう思えたんだ。

 

「そっか……それなら、ここからは俺が相手だ。」

 

「エックス……?」

 

ゴーレムがギーシュさんを守るように、俺もルイズの前にかばうように立ち上がった。

 

「ふむ……君が続きを引き継ぐと言うのかね? 良いだろう、僕はそれでも構わないよ。」

 

「そうか、ならついでにひとつ頼みがあるんだ。」

 

「言ってみたまえ。」

 

「ありがとう。君のゴーレムと、ルイズの代わりに戦うレプリロイドである俺……勝負はどちらかが動けなくなるまでで、本人達を傷つけるのは無しの勝負としないか。」

 

彼女を助けるためには、決闘を終わらせるしかない。でも、ゴーレムがルイズを襲っていたようにギーシュさんを討つなんてことは、俺には出来ない。だから、このルールで勝負をしたかった。

 

「ほう……なかなか自信家じゃあないか。」

 

「それはどうだろうな、でも……君だってこの方がゴーレム使いとしても、紳士としても良いだろう?」

 

彼が勝負にのってくるように、プライドをあとは刺激してやる。

 

正直、彼のこともよく知らない以上、彼が紳士かは解らない。でも、女の子に手心を加える余裕はあるみたいだし、矜持だってあるだろう。敗けを認めそうにないルイズを気絶させるまで殴って終わらせるより、ゴーレムの強さを示せる相手とやりあいたいはずだ。

 

「確かに……いかに僕を笑い者にしたとはいえルイズは女の子。僕としても彼女をいたぶるような趣味はない。いいだろう、その勝負を受けてあげようじゃないか……でもっ!」

 

そう叫ぶとギーシュさんが勢い良くバラを振るい、花弁を散らした。

 

「ゴーレム使いとして戦えと言うからには、全力だ。よもや、卑怯とは言うまいね?」

 

散った花びらがそれぞれ変化していき、最初のと合わせて合計七体のゴーレムが並び立つ。

 

魔法ってのは、質量保存の法則すら無視するのか。まさか、あの青銅のゴーレムの材料が花びら一枚なんて……。核反応の逆作用でも作り出したのか、その応用で? いや、無理だ。不可逆とか以前に、既存の概念で考えるのはもうやめよう。今の問題はそこじゃあ無い以上、そういうものだと受け入れるしかない。

 

「なるほど。それが君の本気の魔法ってことか。こいつらをすべて倒せばつまりは……。」

 

「ああ、僕の精神力はそれで全部だからね。そんなことができるのならば、君の勝ちだよ。さあ、始めようか。」

 

そう言うとギーシュさんがゴーレムを逆扇状にして俺を取り囲むように陣形を組んだ。

 

「ちょっとやめなさいエックス、ダメよそんなの! あなた一体なのよ、あんたがでっかいのならともかく、自分より大きなゴーレム七体になんか勝てるわけ無いじゃない!!」

 

「おいおい……さっきまでは、君こそあれに挑もうとしていたんだぞ? ルイズがそうするのが良くて、俺はダメってことはないだろ。」

 

「そ、それは……そう、なんだけど……やっぱりダメよ! あんたは使い魔で、ギーシュみたいに私が作ってる訳じゃないもの……もし壊れても、直してあげられないのよ!?」

 

「そうか、そんな心配をしてくるていたのか……君は自分から危険に飛び込むくせに、本当は随分と優しい子みたいだな。よっと。」

 

「きゃっ! え、エックス……あなた、き、ききききき貴族にいきなりな、何を……。」

 

危ないので、ルイズを抱きあげてから少し遠くにどける。

 

「心配するなルイズ、人を守るのが俺の使命だし……なにより、俺は負けたりなんかしないさ。」

 

「エックス……。」

 

「信じてくれ。」

 

「絶対よ……絶対。せっかく呼び出したのに、昨日の今日で壊れたりしたら、許さないから!」

 

「ああ、約束するよ。」

 

じっと俺の顔を見るルイズを見つめ返してから笑って俺はゴーレム達の10メートル強近く前まで戻った。

 

「待たせた、始めよう。」

 

「ふ、なあに……お別れの挨拶くらい。」

 

「そうか。でも生憎と、俺はまだ倒れるつもりも、負けるつもりもない。」

 

「そうかね、でも……果してそんな夢物語が起きるかな!?」

 

彼の杖が前に突き出されてから、横に払われると同時にゴーレムが襲いかかってきた。

 

やはり、ただの青銅だが勝手に動いている。

 

見た目通りの耐久とは限らないが……恐らくは――っ!

 

「起きるさ、俺が起こしてみせる!!」

 

「なっ……早い!? だが、突っ込んで来るとは考えが浅はかすぎたねっ!」

 

力強く踏み込み、地を駆ける。

 

そのまま腕をバスターに変えて、更に低く俺は地を滑るようにダッシュした。

 

「くらえっ!」

 

エックスバスターを射つ。一度に放てる数は限りがあるけれど、その連激が一体のゴーレムの頭と腕を吹き飛ばし、腰の間接を砕いて行動不能にした。

 

「ば、バカな……僕のゴーレムが! けれど、そこまでだ!!」

 

やった、思った通りそこまでの頑強さはないらしい。これが、レプリロイドのような固さになってたら流石に手こずった。しかし、魔法は今までを見てきた限りひとつのことしか出来ないと、そう推測できた。転位、スキャン、ルーン文字の刻印、ゴーレムの製造、ゴーレムの操作……どれもひとつずつだ。それならば、耐久強化は今はできて無いはず。どうやらその考えは正解だったらしい。

 

通常弾の三連撃でどうにかなるのなら、このゴーレムはさしずめメットールってとこだな。

 

そんなことを実感していた俺に、青銅の槍が振り下ろされる。

 

「嫌……エックスぅ!」

 

遠くににいるルイズが、目を覆った気がした。

 

激しい金属音が鳴り響き、火花が散る。

 

「ルイズ……信じてくれって言っただろう?」

 

俺に叩きつけられた槍は接触部の刃が潰れ、それを振り下ろしてきたゴーレムの胴には、三つの風穴。カウンターでバスターを叩きこんだ空洞の鎧は形を維持できなくなり、めりめりと裂けるミカンのように、腕の重みで胴体を崩しながら倒れていった。

 

これで、二体……。よし、なんとかなりそうだ! 思わず腕がなまっていないことと、魔法相手でも自分の力が通用すること、今の時代にも出来ることがあることに感情が昂った。

 

「うそ……。」

 

「なっ……まさか何ともないのか!?」

 

ギーシュさんには悪いけれど、俺はもちろん何ともない。メットで受けたのでちょっとだけ首の間接が反応したけれど、しっかりと衝撃は吸収しきれている。

 

「か、関節だ……連携して鎧の隙間を狙えば!!」

 

「遅い……くっ!?」

 

なんだ? さっきまで何ともなかったのに……急に体が軽く……いや、軽くなるのは良い。だけどこれは、全身のエネルギーが高まりすぎている! 弱めることが出来ない!!

 

「なんだ……急に攻撃をやめてどうしたと言うんだい。しかしこれは好機!」

 

「エックス、どうしたの!?」

 

くそっ! このままのエネルギーでバスターを射つと、円を組んで見ている他の生徒達の所にまで飛んでいってしまうぞ!!

 

どうする……って、なんだこれは!? 左手のルーン文字が光っている! それに、ここから迸るエネルギーを感じる。まさか、これが原因なのか。

 

左手をパージ……ダメか、昨日のあの時のように出来ない。

 

「はっはっは、どうしたのかね! 先ほどの動きと今の攻撃で、無茶をし過ぎたのかな!?」

 

むしろ力が有り余って困っているんだ!

 

焦れば焦るほどエネルギーが流れ込んでくる……まるで、目の前の敵を人間ごと撃てと言わんばかりに。このルーン文字、まさか俺をイレギュラーにしようとしているのか!? 

 

いや、落ち着け。これは本来生き物につくものだってルイズは言ってたはずだ。それならば、イレギュラーへ誘導する機能なんてあるはずが無いんだ。それなら、これはあくまで単なる力を与えてくれているにすぎない。

 

それじゃあ、きっかけはなんだ? 二体倒すまで発動しなかったのは、どうしてなんだ。

 

一体目はさっきの考えを信じて、青銅なら貫けるだろうと倒した。

 

二体目はとっさに、反射のように。

 

それから……喜んで、ルーンが輝いて、焦って、更に輝いて……ん? 喜ん、で? 焦って……?

 

これは、まさか俺の感情をエネルギーに変換する魔法なんじゃあないか? 人のように、俺の思いを根性論(オカルト)とかじゃなくて、本当に力に出来る……そんな魔法。

 

すべての感情でそうしてしまうのは頂けないけれど、ならば対処法も……ある。

 

落ち着くんだ。ゼロのように、冷たくただ目の前の敵を倒すことだけに集中……出来たら俺はそもそもB級だの言われたりしてなかったよな。

 

ならばいっそ、もうこの力を借りてやる。もっと、一撃必殺にまで高めて……今だ!

 

「せいっ!」

 

脚を狙いに来た姿勢の低くなったゴーレムの頭を踏み台にして、そのまま空へ跳ぶ。すかさず縦に半回転して、ゴーレムの胴体をロックオン。

 

「当ぁたれえぇ――――っ!」

 

天からゴーレムを地面に縫い付けるように、ショットを五発放った。

 

「嘘だ……こんなバカな……!」

 

全弾命中、これで七体全てを倒しきった。俺とルイズの勝ちだ!

 

それにしても、アームパーツもつけていないのに、弾丸がここまで連射できるなんて。しかも威力も通常弾以上だ。魔法、なんてすごい……いや、恐ろしい力なんだ。

 

「わっとっと……!?」

 

「えっ、ちょっとどこ行くのよエックス!」

 

まずい、飛びすぎた……! 軽いノーマルボディでこんな出力を出したことなんてなかったから、力加減が……どこまで行くんだこれ!!

 

「ぐえっ!」

 

中央にあった大きな塔から端々に見えた塔の壁に激突。なんとかバランスをとってずりすりと壁より滑り落ちる。

 

あ、シエスタちゃんが……終わったし降ろしてあげなきゃな。それと、うん? あそこの窓に見えるのは、コルベール先生と博士みたいな老人か? 視線の先は……窓がないようで壁しかないみたいだけど、なんか随分変わったところを見て、深刻な顔をしてたな。

 

「ふう、これでなんとかなったかな。」

 

「ちょっとエックス! あなた体は大丈夫なの!?」

 

ゆっくりと壁を伝って降りると少しして、人混みを分けルイズが寄ってきた。ペタペタと、俺の体が凹んだりしてないか、確かめているようだ。

 

「ああ、ほらね。傷ひとつ無いだろルイズ。」

 

「本当だ、あなたってすごいのね。」

 

「そうかい? それはともかく、これで決闘は終了かな。」

 

「ええ、あなたが塔まで飛んでっちゃったから追いかけようとしたら、ギーシュが私を呼び止めて謝ってきたわ。私たちの勝ちよ。」

 

「それは良かった……けれどそもそも何が理由で喧嘩なんてしたんだ。」

 

「ちょっと、喧嘩じゃなくて決闘よ。あいつが、メイドは何も悪くないのに、自分の罪を彼女に(なす)り付けたからよ。平民を守るのが本来貴族のあるべき姿なのに。あんなの、貴族のすることじゃない……だから私は、見ていられなかったの。」

 

なるほど、それがシエスタちゃんでルイズはそれを助けようとしたのか。

 

「そっか、偉いなルイズ。」

 

つい見た目通りに扱ってしまい、ルイズの頭を撫でた。回りの生徒達は俺より大きい人ばかりだったし、きっとルイズも俺の予想よりは年上なんどろうけれど、まぁ良いじゃないか。

 

「ちょっと……使い魔の癖に生意気よ。」

 

ほら、こう言うけどルイズも手を払ってないしね。

 

「そうそう。その辺りをまとめて今日こそ教えて欲しいんだけど、この後良いかい?」

 

「い、良いけれど……てか、あんたが昨日は勝手に寝ちゃったん ゃないの。」

 

「よし、決まりだ。じゃあまずはシエスタちゃんを降ろしに行かないと。」

 

「シエスタって誰よ?」

 

思わずずっこけた。すごいなルイズは……友達とかじゃなくて、名前も知らない人間を守ろうとしたのか。本当にイレギュラーハンターみたいだ。

 

「君が助けようとしたメイドだよっ! 屋根の上においてきちゃったから、彼女一人じゃ降りられないんだ。」

 

「屋根の上って……。」

 

「折角だしルイズも来るかい? 彼女もきっと、君に感謝の言葉を言いたいんじゃないかな。」

 

「どうやってよ! 私はフライの魔法なんて出来ないわよ!!」

 

「こうやってさ!」

 

そう言って決闘前みたいに俺はルイズを抱えあげた。

 

――――――

 

――――

 

――

 

「きゃ! あ、あんたまた軽々しく貴族にこんなことを……こ、こんな……うぅ~っ。」

 

あいつがまた、許可もなくお姫様だっこで私を担ぎ上げる。

 

こっ、こんなこと簡単に貴族にしたりしちゃ、ダメなのに。全くこいつは、本当に常識知らずなんだから。

 

それでいて……とっても常識破りだわ。

 

不思議な光で、あっという間にゴーレムを倒しちゃうし。殴られたのに、火の塔まで吹っ飛んだのに、傷ひとつついてないし。今もどうやってるのか全然わかんないけれど、足だけで塔の壁をすいすいかけ上がっていく。

 

レプリロイドって、本当にワケ解んないわ。

 

壁を上っていく間にエックスの鎧と顔を見る。宝石みたいで、きれいで曲線的な空色の蒼い鎧と、まっすぐな瞳。

 

そんな色が表す風のように颯爽と現れて、私を助けてくれた使い魔を近くで見てたら……綺麗だなって、つい思っちゃった。

 

そう、イーヴァルディの勇者みたい……私の……はっ!?

 

いけないわルイズ、しっかりしなさい!

 

だ、だから……っ! エックスはね? 使い魔なんだから、そんなの当然なのよ、と・う・ぜ・ん!

 

()は当たり前のことをしただけなのに、それを私が拡大解釈しちゃってどうすんのよ!

 

けれど……。

 

「ねえ、エックス……。」

 

「何だい、ルイズ?」

 

もう機械とか生き物じゃないとか、私にはそういう風に彼を見ることだけは、どうやってもできなくて――

 

「あ、ありがと……その、助けてくれて。」

 

人が人に返すようにそう言ってしまったら、私がそんなことをを滅多に言わないのを知らないからか、エックスは何も気にせず爽やかな笑顔で、こう返してきた。

 

「君達にそう言ってもらえるのが、何より俺は嬉しいよ。」

 

ほんと、人みたいで変な使い魔なんだから。




今がいつの時代なのかもわからず、混乱と誤解したままに、この世界を知ったエックスはルイズと町へ向かう!

次回、無限の使い魔"不思議な一本"

「エックス、目立つからその兜を外しなさいよ!」

「ええっ!?」




本当は始めはティファニア主人公にしようかなって思ったのですが……それだとガンダールヴがガンダールヴ()になりそうだし、なにより"槍"が色々あってこそのエックスだと思うので、定番通りルイズ主人公のお話となりました。


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奇妙な一本

A:ねえVAVAさん……タイトル違わない?

V:アクセルと言ったか。例えば第2話のタイトルが最後の一本だろうと、不思議な一本だろうと俺たちには大差ない。

A:そりゃまあ、出てないからね!


「……と、いうわけよ。解った?」

 

「ああ、大体はね。」

 

ルイズからここがどこで、魔法とは何かの手解きを受ける。

 

それでもおれが何故復旧してここに居るかは、解らなかった。

 

ただ、場所はヨーロッパあたりの大陸の地形をしたハルケギニアという所で、俺はそこの小さめな国であるトリステインという国で、ルイズの魔法、サモン・サーヴァントの結果として呼び出されたらしい。

 

そして、その理由は呼び出したメイジを主として助ける使い魔にするためだという。

 

どういう因果か、機械なのにルイズの使い魔として呼び出されたのが俺で、生き物でもないのに使い魔とした証のルーンを、コントラクト・サーヴァントでつけることができてしまったというわけだった。

 

単に形式的なものではなく、俺自身のパラメータの所属が、イレギュラーハンター第17支部でも、ネオ・アルカディアでもなく、ルイズの本名になっていた。端末もなしにどうやったのか解らないが……今の俺の所属する勢力は、彼女一人ということになる。場所、チームではなく人ひとりに仕えるなんて、なんだか騎士みたいだなと思うと同時に、彼女に振り回されてしまわないかと、不安にかられる。

 

待てよ……? 個人としての所有する戦力、使い魔として呼び出す以上スクラップでは、話になら無い。だから最適化して呼び出した結果として、俺が新品同様になったのだろうか?

 

無いとは言い切れないのが、魔法というものの恐ろしいところだ。花びら一枚から青銅の像が出来るような世界だし。

 

しかし、それならサモン・サーヴァントでは転送と、最適化の二つの行程を一度に出来ていることになるな。魔法が一つのことしかで出来ないという考えは、改めた方が良いかもしれない。もっとも、他に「死にかけてたのに呼ばれたら、元気になった!」なんて話をしてくれる生き物がいない限り、これも根拠のあることではないんだけど。

 

「う~ん、使い魔か……。」

 

俺の体の原因はそこまで考えてひとまず保留して、その後のことについて考えてみる。

 

「何よ、嫌なの?」

 

「まあ、嫌かどうかで言えば、そこまででないよ。人のために戦っていたのは、間違いないんだし。」

 

「じゃあ何よ~。」

 

「いや、俺に務まるのかなって思ってさ。」

 

「はあ!? 何言ってんのよあんた、その、えつくすばすたあ? っていう銃になる手であっという間に、ギーシュのゴーレムをまとめて倒したくせに……何ワケの解んないこといってるのよ。」

 

「いや、それはそうなんだけど……ルイズ。」

 

「な、何……?」

 

急に真剣な顔で彼女を見た俺に、ルイズはすこしたじろぐ。

 

「俺には、人を傷つけることができないんだ。」

 

「……へ?」

 

俺には、レプリロイドには人が撃てないし、撃ちたくもない。

 

この時代は……レプリロイド同士の争いのない世界だ。それはとっても喜ばしくて、もうこれ以上何かを壊すためや、平和を維持するために無茶な力をもつ仲間が作られたり、人の必要、不必要で俺たちに犠牲を強いることが無いのは、共存こそ出来てないのは残念な事だけれど、素直に嬉しい。

 

けれど、レプリロイドが完全にいなくなったせいで、人はまた人間同士で争う世界にまで文明が戻ってしまっている。

 

しかも魔法というものが生まれてしまったせいで、人は機械に頼らず、自力で成し遂げてしまおうとする傾向が強くなって、人間同士での争いの時代から、もうずっと抜け出せなくなってしまっているみたいだ。

 

そんな世界で俺が果たして、人間だらけの戦場で何が出切るっていうんだろう。

 

「君が教えてくれた魔法で例えると、ギアスのようなものが俺にはかけられている。だから、俺には人を撃つことや、敵軍のいる橋を落とすとか、彼らの乗った船を沈めるとか、間接的に人を殺める結果になることすら出来ないんだ。」

 

「そんな……嘘でしょ、人を殺さない兵器?」

 

たじろいでいたルイズの顔に、落胆が広がり始める。人を殺せないことで落胆されるのなんて、さすがに俺も辛い。

 

何もかもが、この体を動かせていたあの頃とは真逆になったような、そしてどちらかと言えば体を失ってからの世界、人もレプリロイドもまとめて、力ある人間が都合の良いように動かそうとしていた頃を思わず思いだして、眩暈を起こしたような感覚に陥りそうになる。

 

友が理想の世界を実現できなかったとは思わない。けれど世界は残酷で、時を経て人は過ちを繰り返したのかと思うと、やるせなかった。

 

「それだけの力を持ってるのに……それならあんたはいったい、何に使われてたっていうの!?」

 

そんな俺の気持ちを知らないルイズは、役立たずだと罵るように俺に怒鳴り付けた。人を守るために立ち上がる彼女だが、人が争いの中心となるこの世界では、そんな正義感のある少女でも、いや、だからこそ俺が仲間を討つように、いつかは人を殺めてしまうのだろうかと思うと、とても悲しい気持ちになる。

 

「……壊れて人に害なすようになったレプリロイド、イレギュラーを破壊するのが俺の使命であり、人々を守ることに繋がっていたよ。」

 

「人のために、同族を殺していたの?」

 

「そうだね。」

 

「じゃあどうして、人のために人は殺せないのよ!?」

 

「ルイズ、考え方を変えてみてくれ。俺はあくまで機械なんだ。俺で人を殺すっていうのは、風車で街に行こうとするようなものなんだよ。どうやったって、出来ないだろう?」

 

「……。」

 

「解ってくれたかい?」

 

「……解んないわよ。」

 

「ルイズ……。」

 

「解れないわよ!! あんたは機械でも考えることが出きて、私たちと話せてたし、笑ってた! 心を作ってもらったのに、どうしてそれだけ出来ないのよ、選べないのよ!!」

 

「……。」

 

そうあってほしいと作られているからだ。そう言って彼女は納得すると思えない。何より、それは俺にとって本当の理由じゃない。

 

「あんたを作った人は身勝手で残酷だわ! 心を持たせるのに逆らうことは赦さないなんて、自分の欲をぶつけられるモノを求めた人間の独り善がりよ!! 確かに人間に害意なんて持って欲しくないし、革命なんて貴族の私からすれば嫌だけど……それをあなたが選ぶことは自由であるべきじゃないの!? そしてそれが起きてしまうのなら、それは人間の怠慢のはずよ!! ペットですら飼い主を認めたり選ぶ事は許されるのよ!?」

 

違う、恐らく俺を作ったあの老人は、決してそんな人じゃない。けれど、彼女の言っていることも一理あると心が認めてしまって、そこはなにも返せなかったから、俺は俺の意思を示せるところだけを答える。

 

「ルイズ、たとえ選べたとしてもそんなことを、俺は選ばないよ……。」

 

人を傷つけたくなんて、ない。

 

しかしルイズのこの後の発言が、俺を揺さぶってきた。

 

「どうしてよ……ならエックスはもしも、もしもよ? 相手を殺さなければ、私が殺されちゃう……そんな時でもただ見ているだけなの!?」

 

「それは……っ!」

 

「……私の方が大事って、敵を射つって、すぐに言ってくれないのね。」

 

解らない。レプリロイドやイレギュラー相手にそんなことはあっても、人間相手に戦ったことも、バスターを向けたことすら無い俺には、その時にどう動けるのか、本当にシミュレートしても動けずに、どうすべきか解らなかった。

 

「最初にエックスを呼び出したとき、魔法もない、生き物ですらもない使い魔で……私がまた失敗したんだと思った。」

 

「ルイズ……。」

 

「でも、あんたはとっても凄くて……頼もしい使い魔だった。そう思えたのに……。」

 

「聞いてくれ、ルイ――」

 

この時何を言おうとしたのかは、俺にも解らない。ただ悲しみの顔に変わっていく彼女を見るのが辛くて、咄嗟に声が出ただけかも知れない。

 

「出てって!! あんたなんか使い魔失格よ……こんなのを呼び出すなんて、やっぱり私はまた失敗したんだわ!」

 

大粒の涙を流して、枕を投げながら最後に言った彼女の言葉が、俺に突き刺さる。

 

「頼れると信じて()()()に殺されるのなんて、私はごめんよ!!」

 

回路がショートした気分だった。俺が、ルイズを殺してしまう……間接的とはいえ先程ルイズの例えた瞬間にもしも、俺が悩んで動けなかったのならまさしくその通りのことが起きる。それでも、人を殺めることなんて、俺には出来なくて……。

 

それっきり彼女は布団をかぶり、軽くすすり泣くような声しか出さなくなってしまう。今は、もう何を言っても聞いてもらえそうになかった。助けるのが間に合わなくて、悲しむ人を作ってしまったことはあっても、自分のせいで直接人間に泣かれるなんてのは、生まれてはじめてだった。

 

「少し、俺も外で考えてくるよ。」

 

そう言いながらも結局俺は、何も考えられないままにただドアを開けて、寮塔を出ていった。

 

「ふう……。」

 

こんな悩みを持つのは、初めてだな。今までで一度も体験したことがなく、難しい問題だ。夜空を見あげながら人間らしい動作をしたところで、何も解決策が出てきはしなかった。

 

ふと見上げた空は、よく見ると月がなくて星が消えていた。

 

「何だ……うおぉっ!?」

 

「きゅい?」

 

空をその身で隠していた者がいたのだ。それは羽ばたきながら俺の近くへと降ってきた。現れたのはまさかの、竜。

 

「ドラゴン……なのか? レプリロイドではなく、生きているのか。」

 

「きゅいぃ♪」

 

かわいい声で泣いて、俺に顔をすり寄せてきた。以外と人懐っこい、というか温厚な生き物なんだな。

 

「れぷりろいど?」

 

「うん?」

 

そんな竜にじゃれつかれるという貴重な体験をしていると、その竜の背中から女の子の声がひとつ聞こえてくる。

 

竜が頭を下げると、そこからひょこりと出てきたのは、ルイズより背の小さい女の子だ。

 

眼鏡をつけた……青い髪、これも勿論ルイズ同様に地毛。そして大きな杖を持って、もう片方の手には本を抱えている。何だか本当に、わたしは魔法使いですといった感じの子だ。

 

「れぷりろいどとは、何?」

 

竜から降りてくるなり、青髪の少女は俺に問い詰めてきた。コルベール先生のように、知識を求めるタイプの人間なのかな。

 

「ええと、そうだな。俺がレプリロイドなのだけれど……簡単に言えば人のように考えて、話す存在だよ。」

 

「……亜人?」

 

ゴーレムとはまた違った答えが帰ってきたな。亜人、か……今の時代は人にも種族があるのだろうか。

 

「亜人はよく解らないけれど、人、というよりも生き物じゃないよ。」

 

「生き物じゃ、ない……。」

 

「うん。気になるなら俺にディテクトマジックをかけてみてくれ。」

 

少女はこくりと頷いてから杖を振るう。こちらもこのときに再鑑定をしてみたけれど、やはり前と結果は変わらず……何も解らないな。

 

そして今まで無表情だった少女の顔が、明らかにビックリしている。瞳が揺れるままに、彼女はまた俺の顔を見てきた。

 

「信じられない……。」

 

「どういうものかは解ってくれたみたいで何よりだ、ええと君は……。」

 

「タバサ。」

 

「タバサちゃんか、俺はエックス。機械だし、生き物じゃないけれど、それが俺の名前だ。」

 

ゴーレムでもない、魔法もなく動いて喋る機械はやはり、誰にとっても新鮮なようだ。彼女がここにやって来たのは別に俺が理由でも無かっただろうに、自己紹介が終わった今でも立ち去ることなく、ここを離れずにいる。

 

「何を、していたの。」

 

「うーん。ちょっと、考え事をね……。」

 

「考えごと?」

 

「そうだな、考え事というよりは悩み事かな?」

 

またタバサちゃんが驚いたというような顔をしている。この子は今のところすぐに顔を戻すし、他の時はスゴく無表情なんだけれど……もしかしてこれはかなり珍しいものを見ているんじゃないだろうか。

 

「機械のあなたが……悩む?」

 

「ああ。正直初めての事過ぎて、悩みで回路が壊れそうだよ。」

 

「そう。」

 

「俺が人間を殺せないせいで、ルイズの使い魔としてどうあれば良いのかわからなくてね。」

 

「……。」

 

それ以上踏み込んでこないタバサちゃんに、気がつくと自分から話をしていた。何をやっているんだ俺は。仲間が一人としていないせいだろうか? 人恋しいって、こういうものなのだろうか? そう思いながら全て先程起きたことを、話し終えてしまった。

 

「不思議。」

 

「ははは、ルイズにも言われたよ。」

 

「あなたの言う人間がどこまでなのかも解らない。」

 

「え、どこまでって?」

 

今度はタバサちゃんから説明を受けて、俺の方が驚いた。

 

彼女が最初に俺を間違えた亜人という存在、それはなんと羽の生えているらしい翼人や、社会に紛れ夜に人の血を吸って生きる吸血鬼に、人……メイジとは違う自然を利用した魔法を操る耳の長い宿敵、エルフといった様々な種類の人間がいて、それらをまとめてそう呼ぶらしい。

 

「彼らは、人にとって忌避される厄災となる者が多い。あなたは、それをどうする。」

 

ルイズとの問題すら解決していないのに、更なる問題が出てきてしまった。

 

長き時を経て人に似た、人類を祖先に持つかもしれない存在なんて、まさか人類自体がそこからさらに枝分かれしていたなんて、予想外にもほどがある。そんな種族の異なる人間同士でも、対立しているのか……。

 

俺は、人を討てなくてはいけないのだろうか。そう考えた瞬間、あるレプリロイドが頭の裏に浮かんでいた。

 

ーー私たちは、自分の意思でイレギュラーになれるのですよーー

 

ーー意思を持ち、進化した私たちに、貴方がた旧世代のレプリロイドが、何を出来るというのです?ーー

 

人がこのような時代を迎えるのならば、この時代を知れば知るほど、もしかして彼の方が正しかったんじゃないか、(ルイズ)に呼び出されるべきは彼だったんじゃないか……そんな考えが過る。(ルミネ)なら彼女の期待に応えることも出来ただろう。今の人間と共に歩むレプリロイドとしては、一番かもしれない。

 

ここまで自分と比べてから、ルミネが人を支配し、滅ぼそうとしていた事を思い出す。そんな彼もまた、ルイズの言うことを聞くとは思えないと考えて……弱気になって何てことを考えてしまったんだと、自分に活を入れる。

 

どうも俺という存在をルイズ……人に否定されたようで、考えることがマイナスだったり変な"もし"や"たられば"に、陥っていたみたいだ。

 

ーーほんと、人間くさいよなお前ーー

 

そうだな、こんなことは君なら考えないよな。

 

ーー戦わなくてはならないんだ、その運命とーー

 

形は違うけど、今まさにそんな状態だよ……ゼロ。

 

そこまできて、ようやく何か引っ掛かりのあることに気がついた。

 

何に、引っ掛かっているんだろう。

 

戦う……この時代を相手に、俺が俺として戦うということは、どういうことなのかと考え直してみると、そこに答えはあった。

 

「そうか。」

 

「……?」

 

「そうだよ、そうだったんだ……俺は、レプリロイドなんだから。」

 

「どうした……のっ!?」

 

思わずタバサちゃんの肩を掴んで顔を見る。

 

「ありがとうタバサちゃん、俺の答えが見つかったよ!!」

 

そう言ってから、ルイズの部屋へと走り出した。

 

「……私は、その答えを聞いていない。」

 

走り去ったあと、彼女がこういったのを知るのは、またしばらく後の話。

 

「彼の手……暖かかった。あれで機械?」

 

「きゅい、精霊も何もあの子の周りにはいないのに、変な感じなのね――あたっ!」

 

「喋らないで。」

 

「もう、お姉さまは酷いのね! 助けてくれたことは感謝してるけれど……もう少し優しくしてほしいのね!」

 

「善処する。」

 

「……本当なのかしら?」

 

「……。」

 

「どーして黙るのね!」

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

 

ルイズの部屋の扉の前に立つ。軽く、コンコンとノックをした。

 

「ルイズ。」

 

返事はない。でも俺の耳が、もそもそと布団の中の彼女が動いたことを聞き取る。そこに彼女はいる事がわかれば、それだけで良かった。

 

「俺は、レプリロイドだ。兵器としての力を持っているけれど、単なる兵器じゃない。やっぱり人は、どうあっても殺せない。」

 

そう。これだけは結局どうやったって、俺には変えることはできない。

 

しかし……俺だから出来ることだってあるんだ。

 

「でも……俺はレプリロイドだからこそ、自分で考えて君を守ることが出来る。」

 

人と人が争う。本音を言えばそんな時すら来て欲しくない。それでも、その時に俺も出来ることは、あったんだ。

 

「君が言ったような状況なんて、絶対に起こさせやしない! そんな風には、君を守る俺がさせない!!」

 

それが俺の答えだった。何も相手を倒すだけがレプリロイドの仕事じゃない。仲間や人の命を守ることだって、レプリロイドの立派な使命だ。

 

少しして、カチャリと鍵の外れる音がした。開いた扉の隙間から、泣き腫らした顔のルイズが覗きこむように俺を見つめてくる。

 

「……嘘だったら、許さないわよ。」

 

「ああ。」

 

「それなら、あんたをまた使い魔として認めてあげる。」

 

「ルイズ……。」

 

「もう、これ以上そんな台詞を扉の前で言われたら、私が恥ずかしいんだから……早く入ってよね!」

 

「……? なんだかよく解らないけれど、そうするよ。」

 

そうして部屋に戻るこの瞬間、ひとつだけ思うことがあった。

 

俺は確かにルイズに呼び出され、使い魔として在るように彼女に求められている。

 

けれど、そんな彼女を狙う敵も人間だ。俺が手を出すことはないけれど、願わくば彼らにも死んで欲しくはないし……本当に危ないときは死なせてはいけないと、願ってしまった。これは果たして、人と人の関係に対し口を挟む……そんなレプリロイドの反逆、俺の傲慢なのだろうか……?

 

彼女という勢力に所属してしまっている以上、俺が望むようにきっと全ての人は救えないだろう。この時代はそういうものなんだと解っていてそれでも、そう思わずにはいられなかったんだ。

 

――――――

 

――――

 

――

 

「う~ん。やっぱり、ビックリするほどの時間が経っているみたいだ。」

 

翌朝、今度は魔法や、人々の歴史について教えられる。

 

魔法の始祖ブリミル。今の時代の人たちから宗教的なシンボルにされている、魔法の使える人類のおそらくは最初に台頭した者。彼の魔法による発展からなんと6000年も経っているみたいで、天より来たとか色々と尾ひれや伝説がついてしまってる上に、写真や映像記録の媒体とかが今の時代にはもう何もないせいでどうにも正体がはっきりしないけれど、そこが人類の魔法の時代へのターニングポイントだろう。

 

この時点ですでに、人類は魔法の無い上に古い文明のような生活をしていて、古代ローマとかそんな感じか、それ以下の様子だったらしい。

 

俺の時代から資源が枯渇し、知識が消え、俺に似たものすら埋もれたのか風化したのか、とにかく誰もレプリロイドを知らなくなるまで……果たしてどれ程の時が必要なのか解らないけれど、そんな彼の時代も今の時代も、俺の時代とは常識が違いすぎた。

 

「またそれ……? ねえ、エックスは東の国が作ったレプリロイドでしょ?」

 

「だから、違うって言ってるじゃないか。」

 

「だって……そんな古代遺跡にある石像ならともかく、あんたみたいなワケわかんないのがそれよりももっと、もっと昔にあったなんて信じられないわよ。壊れてても良いから証拠になる()()()ひとつ見つかってすらないし……あなたの事が本当と言えることなんて、なんにも無いじゃない。」

 

そう、俺が俺を過去のものだと証明出きるものは、何も無い。結局はサモン・サーヴァントによる修復の件も含めて、全ては推論でしかないんだ。

 

「確かにそうだけど、東の国からってのは間違いなく有り得ないよ。」

 

「どうして?」

 

「ルイズ、見栄は無しで答えてみてほしい。君たち貴族はこの国の平民が全員反乱を起こしたら、勝てると思うかい?」

 

「数は怖いけれど……勝てると思うわ。」

 

「じゃあ俺がその中に一体居たら、どうだい?」

 

「それでも、スクウェアメイジがかなり居る王宮直属の軍隊のメイジ達と、お母さまなら勝つんじゃないかしら。」

 

おっと、意外な答えだ。スクウェアまで強くなると、魔法はどこまで強くなるんだろうか。ドット、ライン、トライアングル、スクウェア。四段階しか評価のない以上、相当な隔たりがそれぞれにありそうだけれど。何より、そのひとまとめに母を入れずに最後にもってきた辺りまだ上か、より特別な存在として彼女の母は在るようだ。

 

「それじゃあ、平民みんなが俺のバスターを持っていたら?」

 

「か、勝てるわけないでしょそんなの! ルーンの詠唱を終える前に何発も拳程の大きさの弾が飛んでくるじゃない。あんなすごい銃を兵隊全員が持ってたらいくら母さまでも……ううん、エルフの街だってきっと勝つのは難しいわよ……あ!!」

 

あの夜の誓いの後の部屋の中、それでも何が出来るか知っておかないと不安だ。そう言うルイズが自分の使い魔のことを知りたいと言った時に俺のスペックは一通り説明してある。まあそれは建前で、本音は俺のことをもっと知ろうとしてくれてただけ、みたいだけどね?

 

母ですら無理そうにいってくれる辺り、自分の使い魔だからという気もちも少しあるのかもしれないけれど、どうやら俺はある程度にしっかりルイズの評価を得ていたようだ。

 

それからここまで言うと、ルイズも気づいたらしい。

 

「そういうことさ。東にどんな国があるか解らないけど、レプリロイドを作ったり、俺のバスターだけでも作れるようになったのなら……きっとその国はすぐに量産できるようにして、侵略戦争や偵察をしたと思うよ。悲しいけれど人間は、力を増すと欲望も増やしてしまうことが多いからね。でも、そんな話は何も聞かないだろう?」

 

「確かに……サハラ近くを歩く商人がたまに(うち)にも何人か来てたけれど、貴方のつけているような金属や、武器とか見たことないわ。うう、そう考えるとむしろエックスの言う通りのが良いわね。もしそうだったら、強いスクウェアメイジだって数がそこまで多いわけじゃないんだし。悔しいことだけど……むうぅ、トリステイン国が負けるなんてぇ~っ!」

 

「まあ俺は一人だし、東もきっとそんなことはないと思うから、頭のなかだけの敵にそこまで悔しがらなくてもいいんじゃないかな。」

 

爪を噛んで、本気で仮想敵に悔しがるルイズに思わず苦笑いすると、彼女はふくれっ面のままに俺をにらみ返す。

 

「何よ、あんたがそう思わせたんじゃない。」

 

「仕方ないじゃないか……証明するにはこれしか浮かばなかったんだ。」

 

「ふんっ。」

 

「ル、ルイズ~。」

 

こういうところ、ちょっと理不尽だよなルイズって。口に出すとまた怒るたろうから言わないけれど、すっごく人間だなって思う。やっぱり、本物は違うものなんだな。

 

「うーん、あとは何の話をしようかしら。」

 

彼女が心を静めてからしばらくの間、他に何か聞いたり教えることはないかと悩みはじめて、少しの静寂の間を終えて、ルイズが突然ぽんと手を叩いた。

 

「エックス、武器か盾を買いに行くわよ!」

 

「えっ、俺にはバスターがあるのに、急にどうしたんだ?」

 

「だってあなたのそれ、火とか風の魔法を打ち落としたりは出来ないじゃない。私を守ってくれるんなら、弾く盾か、止めるための剣が必要でしょ。」

 

なるほど、確かに彼女の言う通りだ。避けるだけじゃ限界もあるし、逃げられないときに背中を向けて抱き締めるように庇って俺自身を盾にしていたら、そこからどうしようもなくなってしまう。

 

「それなら、剣の方がいいかな? 昔使ってたことも少しだけどあるし、何よりバスターに何かあった時も戦えるしね。」

 

「決まりね、それじゃあ剣を買いに行きましょう……あと、固定化もかけてもらいましょうか。」

 

「固定化? それはさっき建物とかにかけるものだって、ルイズは言ってなかったか?」

 

「ふっふっふ、確かに基本は建物にかけたりする魔法よ。でもこの魔法はより物質を固くしたり、品質が悪くなるのを避けるための魔法なのよ。あなた、機械なんでしょ? それなら馬車の車輪のとこみたいに、油を必要としたりもしてるんじゃないの?」

 

「油なんて、よく知ってるなルイズ。」

 

「……昔子供の頃、来賓としてパーティーに招待されたのよ。その時の相手側が馬車の整備を怠けたのか、そこまでまわすお金が無かったのかは知らないけれど……とにかくギシギシ嫌な音のするうっさい馬車に、何時間も乗せられたことがあったの。理由を聞いて私凄く怒っちゃったわ。本当に、今も思い出してだけで嫌になってくる……!」

 

「ず、随分と大変だったんだな……それで、油が固定化とどう繋がるんだ?」

 

「簡単に言うと、油が切れなくなるわ。金属の方もずっと綺麗なままになるの。」

 

「は……はあぁっ!?」

 

驚かせてやったと、してやったりという顔でルイズか俺を見てる。けれど、これはいくらなんでも驚かずにはいられない。

 

なんだそれは。確かに言われるまで何も考えてなかったけれど、俺のメンテナンスは深刻な問題だった。

 

ハルケギニアに俺用のオイルだグリスだ、その他諸々のメンテナンス用品も、機材も揃えられるわけがないが、そもそもそんなの自体が要らなかった。

 

油自体の劣化そのものを防ぐなんて……いたずら半分に食べ物とか飲み物にかけたら、どうなってしまうんだ?

 

「エックス、ほら行くわよ。お金はしっかりと使い魔の世話代として用意してたし、折角だから地のスクウェアメイジに、全力でかけてもらうんだから!」

 

「お、おいおい。随分と気前がいいんだなルイズ。」

 

「当然よ。だってそうしたらその分だけ……ちゃんとエックスが私を守ってくれるでしょ?」

 

ね? と、言いたげなその時のルイズの笑顔が、何だかこそばゆく、微笑ましかった。あの悲しまれたままにならなくて、本当に良かったと思う。

 

「ああ。常に万全の状態でいられるようになるのなら、もっと君を守ってみせるさ。」

 

だからそう素直に笑顔で答えたら、なぜかまたルイズが顔を真っ赤にして、理不尽なことを言い出した。

 

「あ、あたりまえでしょ! そ、そんな素直に答えて……もうバカじゃないの!? ほら行くわよ!」

 

「ええっ!?」

 

バカって、どうしてそんなことを俺は言われたんだ!? 人間って、人間の女の子本当によく解らないや。

 

良く解らないままに、俺も外に出ていった。

 

「って、まさかこれに乗るのか……? なあ、魔法の乗り物とかないのかいルイズ。」

 

「そんなエックスみたいなものが、そう簡単に有るわけ無いでしょ。移動用のガーゴイルやマジックアイテムなんて、多分王家とかにあるくらいよ。」

 

「そっか……そっかあ……。」

 

目の前にいるのは、鼻息をならす四足歩行生命体、馬。

 

「なによ、まさか乗れないの?」

 

「いや、多分それは無理じゃないとは思うけれど……。」

 

生き物の背中に乗るのは初めてで、むしろ少しワクワクしているほどだ。流石に馬でも三時間近くあるらしい距離を、己の足でダッシュし続けるのは嫌だしね。

 

ただ欲を言えば……昨日ドラゴンを見てしまったので、そういうデータにない生き物か、この時代に作られた魔法で出来たものに触れてみたかった。

 

「まあ、良いか。よっと……こうかな?」

 

データにしか残っていない、馬の乗り方を書かれた通りに行い、手綱を握って操作する。

 

「そうそう。 なによ、十分やれるじゃないの。」

 

そう満足そうにうなずくルイズの横まで馬を動かすと、彼女が片手をあげてきた。

 

「それじゃあ、はい。」

 

「……はい?」

 

「何よ、鈍いのね。後ろに乗れないじゃないの、とっとと手を引っぱりなさいよ。」

 

「えっ、ルイズも一緒に乗るのかい?」

 

「ええ。最初は私も別のに乗って行こうかと思ったけれど、エックスが十分に乗りこなせてるし、使い魔に任せることにしたわ。」

 

確かに無理して、俺より疲れやすい人間のルイズまで、労力を割くことはないか。

 

「そういうことなら、それっ! あとは……これを念のために着けてくれ。」

 

俺はルイズを、どの段階でこうするつもりもがあったのか、よく見ると大分長くて大きめな取り付けられている倉の後半部分に、彼女を引っ張りあげて俺のメットを渡した。

 

「兜? 何でこんなの渡すのよ。」

 

「念のためだよ。頭から落ちたら、危ないだろ?」

 

いつの時代だって、安全運転は大切だろう。

 

「そんな粗っぽい運転したら許さないわ。」

 

「しないよ。でも、君に何かあったら悲しいからね。万全を期すためだと思って被ってくれないかな?」

 

俺のミスでルイズ(ひと)に怪我をさせたりしたくないからこその、メットだった。

 

「また、そういうことを貴族に軽々しく言う……。」

 

「ええと、確かに女の子がつけるのは似合わないかもしれないけれど……ダメかい?」

 

「そっちじゃなくて……こほん! そ、そんなこと無いわよ。ていうかエックス……あなた、髪の毛もあったのね。」

 

「おいおい。まさか禿げてるとでも思ってたのか?」

 

「……ちょっと。だって、要るのそれ?」

 

俺としては、あった方が嬉しい。そういえばシグマはないことを気にしたりしていたのだろうか。イレギュラーになってからはともかく、隊長としての頃のシグマはどうだったんだろう。

 

「確かにレプリロイドとして考えて、髪の毛が要るかどうかで言われると難しいけど、こっちの方が話しやすくないかい? 坊主に生まれてきたレプリロイドもいるけれど、威厳が強すぎて人と話していたときは、人のが萎縮しちゃっていたよ。」

 

「うーん、確かにそうかも。私としても、ヴァリエール家の使い魔としてはこっちの方が爽やかでいいわ。」

 

「なら、それでいいじゃないか……さあ、街へ行こうか! って、どっちだい?」

 

しまった、目標地点のビーコンもネットによるナビもない。どこへ行けばいいんだろう。

 

「……踏みならされて草の少ない道をずっと行けば、トリスタニアよ。」

 

「あ、あぁそっか。その手があったな……お、おいルイズ、どうしてそんな呆れた目で俺を見てるんだ!」

 

言いたいことは解るけれどやめてくれ。俺には初めてのことだらけで、気づく余裕がな無かっただけなんだ……多分。

 

「ちょっと考えればすぐ解ることを、あんたが解らなかったせいよ! 私の使い魔ならもうちょっと、そういうところもしっかり格好良く締めなさい!」

 

「そんなこと言われても……焼け跡やエネルギー痕からの犯人追跡はともかく、そういうのは解らなくてさ……。」

 

いや、ジャングルやらに調査やイレギュラー討伐へ向かったこともあるんだ。少し考えれば解ることなのに、何をいってるんだ俺は。

 

「都合のいい時だけ兵器に逃げて、言い訳してんじゃないわよ! エックスはレプリロイドなんでしょ、もっと考えてよね!」

 

「ぜ、善処します……。」

 

案の定、更にルイズに叱られた。そんな騒ぐ俺たち二人を気にもせず、馬は力強く地面を蹴り、颯爽と土がむき出しになっている道を走り始めた。

 

――――――

 

――――

 

――

 

散々だったわ。え、エックスの乗馬のテクニックのことじゃ無いわよ。むしろそっちはなだらかで、すごく楽だったのよ。ま、ヴァリエール家の使い魔としてこれくらいは当然よね。

 

散々だったのはね、お金よ。固定化ってメイジのランクで強度とか度合いも変わるから、かけてもらうならスクウェアメイジを何人かって思って、そういうギルドや紹介してくれそうなお店を探したの。でもね、全うな地のスクウェアクラスになる人たちは、それこそ固定化やら錬金の魔法で貴族たちの生活、建築と色々引っ張りだこで、国の正式な手続きを踏まえないと会えないって言われたの。だから仕方ないけど、今回は見送って何人かのトライアングルメイジを見繕ってもらい、重ねがけをすることでひとまず、スクウェア一人分の固定化をエックスに付けようとしたんだけど……。

 

甘かったわ。エックスって小さいから安くて楽に終わると思っていたのに。

 

こいつの体の中って何層もの板みたいな部品や、糸……針金? みたいなものとかネジとか歯車とか、もうっ。とにかく! 部品が数えきれないくらい一杯あるみたいなの。

 

それで、固定化ってもちろん表面にかけるものなのだけれど当然、裏がそのままじゃエックスには意味が無いのよ。 

 

だから家みたいに窓や扉、煙突みたいな穴や隙間を満たしてそこ以外囲えばいいものはともかく、車輪と軸とかみたいな物だと、水が染み込むように固定化はかけるんだけど……こんな全身ミルフィーユと、パスタの塊みたいな奴へ固定化をかけきるにはいったい、どれくらいの精神力が必要になったと思う? ねぇ?

 

 

一回り全身から中までかけきるだけで、4人のトライアングルメイジの精神力が尽きて倒れたわ。

 

 

勿論全員で一回りよ。スクウェアの強度になんて出来なかったし、費用としてとられた金貨にして480枚。なんちゃってな背伸びした平民の家が買える出費よ。彼らは、予想外の全力を出してやりきれたのと、精神力が完全に尽きたせいで数日は魔法が使えないとはいえ、予想外の収入に喜んでるみたいな顔をして気絶していったけれど、こっちとしては痛手過ぎて泣きたいくらいだわ。

 

 

 

確かに何があるかなんて解んないからひとまず全部……600枚持ってきてたけれど半分もかからないと思っていたのに……これをせめてあと二回はかけないと安心できないなんて。

 

うぅ~、予想外の出費だわ。

 

「あの人たち、大丈夫かな?」

 

「大丈夫よ。あれが彼らの仕事だし、あれだけお金があれば、数日は魔法が使えなくても護衛くらい雇えるわよ。」

 

「なるほど、そういう経費のせいでスクウェア一人より高くなったのか。」

 

「一応もう、トライアングルクラスなら劣化は気にしなくてもいいとは思うけれど……って、エックス、あなた文字を読めるの!?」

 

「ん、ああ……文字はともかく文法や単語はどうやら、ほとんど俺のいた頃の西欧と変わらないみたいだったから、とりあえず単語単語のカタコトでならね。単位とか違うものもあるけれど……そこはまたおいおいと覚えていくよ。」

 

「……。」

 

ハルケギニアの歴史を話すことになったときに、これでも読んで覚えなさいと言ったら、言葉は話せているのにどうしてかしら? 何故かエックスは文字が読めなくて、昨日教えてくれって言ってきたばかりなのに。

 

もう単語を読めるまでになっているなんて……こいつ、学習速度もすごい。

 

言葉を発して、人の顔を覚えたり魔法とかを理解するだけでも凄いのに、どうやったらこんなに早くものを覚えられるのよ。優等生の人が良く言う例えじゃなくて、ホントに頭の中にいくらでも書ける本があって、メモを書き込めたりしてるのかしら? 物語を覚えさせれば吟遊詩人は廃業だし、歴史や書物を覚えさせたら図書館が要らないし、いつもすぐ横にいるからすぐ調べられるし、ちょっとここまで来ると怖いわね。

 

「ルイズ。」

 

「な、何よ。」

 

そんな風に少しだけ使い魔に畏怖を感じたからか、それとも少しだけ申し訳なさそうな顔をしつつも、真面目な顔と気持ちのある声を突然したものだからか、思わず両手を怯えるように胸元に寄せて、後ずさっちゃった時のこと。

 

くぅ、と……私のお腹がなった。

 

「……っ!!」

 

思わず寄せた手を今度はお腹に向け、自分で抱くように隠す。

 

遠く周りまで聞こえてることはないみたいだけれど……近くにいた人間が歩きながら視線をこっちに向けていたのは、勘違いじゃないわ。

 

「ああ……間に合わなかったか。」

 

「間に合わなかったかって……な、何よ……っ!!」

 

「いや、だって朝の食事もなしにこっちに来てもう昼過ぎだろ? そろそろルイズは何か栄養になるものを食べた方がいいんじゃ……って、言おうとしたんだけれど。」

 

「なら、早く言いなさいよ!!」

 

「す、すまない……。」

 

「やだ、もう……恥ずかしさで死んじゃいそう……!」

 

みっともない顔を隠したくて堪らなくなった私の両手は、最後にほっぺに行きついた。

 

このバカ使い魔! 解ってたならもう少し気を利かせなさいよ……!!

 

さっきの真面目な顔はそれか……真面目な顔をしていたのは、こうなると恥ずかしいだろうと言う気遣いなのか、それとも機械らしく動けなくなることを心配してなのか。気を使うところがこいつの場合どっちの理由からなのか……。

 

人間みたいにしか思えないけれど、まだまだ人としてのデリカシーが無いせいで解らないわ。

 

す、すぐに抱き上げてくるし……廊下で恥ずかしいこと言うし!

 

そんなことを思い出して恥ずかしさを加速させていた私に、追い討ちを書けるかのように、エックスが更に余計なことを言った。

 

「お、おい……あまり大声を出すと余計に何かとみんながルイズを見てしまうぞ。」

 

「ふえ……っ!?」

 

ただでさえサファイアのような鎧を来たエックスが近くにいるせいで目立っていたのに……こんな会話を、大きな……声で。

 

手のひらよりもほっぺが熱くなっていくのが解る。

 

熱と羞恥で目まで潤んじゃう。

 

口はもう何も言えなくて、ひきつった笑みを浮かべるだけだった。

 

そんな泣き笑いのような顔で思わず周りを見た。今度は足を止めて何事かと見てくる人の方が、足を止めずに去っていく人より間違いなく多くなってる。

 

違うのは解っているのに、まるでさっきのお腹の音を聴かれたせいで視線が集まっているようで、私の顔は、とうとう真っ赤っ赤なラズベリーみたいのように、耳元まで染まりきった。

 

「~~~っ!!」

 

「あ、ルイズ待ってくれ! 君はさっきそっちは日用品や道具屋だって言ったじゃないか! レストランとかがあるのはあっちだろう!?」

 

耐えきれなくなって駆け出した私に、バカ使い魔が酷いことを言ってきたわ。

 

だから……もっと女の子に気を使ってってばぁ!!

 

"るいず"なんて私知らない、他人、あいつは誰か別のことを言ってるの、そうなるように更に足を早めるけれど、エックスはどんどんその距離を縮めてくる。

 

「それと! そろそろメット……返してくれないか?」

 

変な言葉が、更に私に突き刺さった。

 

ピタリと足を止める。付け心地のすごさと、恥ずかしさで手を顔に当てていた時は気づかなかったけど……。

 

私、もしかして町に来てからずっと今まで、変な兜だけ着けたメイジだったの?

 

「ぐすっ、もうやだ……。」

 

視線はエックスじゃなくて私にも来ていたのかもしれないと思うと……そうじゃないと願いたくても、怖くて結果は知れなくて。

 

「もうやだぁ!」

 

私はたまらず泣き出した。

 

――――――

 

――――

 

――

 

疲れた。レプリロイドの俺がこう言うのも変な話だが、とにかく精神的に疲れた。

 

あれから泣き出したルイズが動かなくなってしまって、とにかく目立った。

 

そのままというわけにもいかないから、手をとって人気の無いところまで逃げようとするとその手を払うし……仕方ないので抱き上げて壁を三角蹴りで登り、屋根づたいに逃げたら今度はポカポカと俺の顔やボディを叩くし……そこからアーマー部分に小指を強く打ち付けて、更に泣かれた。

 

終いには泣いてる子供――に、見えたらしい――の貴族を拐う誘拐犯と間違えられて、事情を説明しようとしたら、またルイズが……その、子供扱いされたことに怒って杖を振り回して、てんやわんやなことになった。

 

どうにか逮捕もなく、俺のことはヴァリエール家の従者と彼女が何故かごまかして、注意されるだけで難を逃れたけれど、もう散々だった。

 

「とりあえず、はいこれ。買ってこいって言われたものだと思うんだけれど……。」

 

「ん……。」

 

今俺たち二人は、噴水広場前にいる。と、言っても今の俺の発言から解る通り俺は、ルイズに頼まれた買い出しから帰ったところだけれどね。

 

あれから俺とどこかに行くと噂になりそうなのと、ルイズの腹がまたいつ鳴るか解んないので、彼女は音の誤魔化せる噴水に留まると言って俺に買い出しを命じた。まあ、俺一人でも結局目立ってしまったんだけれど、ついてくる人間はいなかったのが幸いだった。

 

「それじゃルイズ、メットを返してくれ。」

 

何故か言うことを聞かないとメットを返さないと彼女がごねたのだ。確かにそろそろ返してくれと言ったけれど、返して貰うのはそんな急いでた訳じゃない。それに、別に買い物くらいならお安いご用なんだけれど。正直イレギュラーやゴーレムとかと戦うよりも平和的で、むしろとこか嬉しい。

 

「……こ。」

 

「ルイズ?」

 

「こ、これのせいで私は……私はっ!」

 

まずい! 慌ててルイズから引ったくるように、メットを取り返した。

 

「なにすんのよ!」

 

何するも何も、地面に叩き付けそうだったじゃないか。代えか無いので、それは正直勘弁してほしい。

 

「そっちこそ、メットに当たるなんてやめてほしいんたけど……これは固定化、まだかけてないだろ?」

 

「あ、そういえば……そうだったわ。」

 

やっぱり気づいてなかったみたいだ。もっとも、ルイズくらいの力じゃとうにもならないとは思うけれど、それでも大切なメットを叩きつけられるのはなんか、嫌だしなぁ。

 

「とりあえず、ご飯、いやお菓子かな? 買ってきたこれを食べて落ち着いてくれ。」

 

「……ありがと。」

 

「どういたしまして、かな?」

 

包みを開いて、もふもふと買ってこいと言われたもの……クックベリーパイを食べはじめたルイズ。慌てなくても誰も取らないと思うんたけれど、余程お腹が空いていたみたいで、小動物のようにかじりついている。これじゃ身長の年齢以下の子供みたいだ……なんて考えた途端に、ルイズがこっちを睨んできた。

 

まさか心を読まれたのか……やはり、魔法(オカルト)の時代に生きている人間は勘も鋭いのか……って、なんだかルイズのようすがおかしいぞ?

 

みるみる涙目になって、背中を向けるとそこをとんとんと、指差しはじめる。

 

どうしてそんなことを……?

 

「ま、まさか食べ物を喉に詰まらせたのかルイズ!?」

 

「んぐ……んーっ!」

 

慌てて背中を叩くが、一向に良くならない……かなり強く叩いているつもりだが、詰まりは取れないようだ。息が出来ずに苦しいのか、どんどん彼女の指の動きが激しくなる。

 

しかし、俺はそこまで力強く叩くことができなかった。これ以上強く叩こうとすると、万が一に彼女を怪我させる可能性があり、傷害行為とみなして体が動かないんだ。ライフセーバーのような救急活動に特化したレプリロイドやメカニロイドたちは、人間がこういう時はどうしてたんだろう……あ、ライフセーバーはレプリロイド専門だったなって、こんなことを考えてる場合じゃない!

 

「ま、まずいぞ……ど、どうすればいい!?」

 

俺ではもう手がなく、誰かに助けを求めようと周りを見たが今度は逆に誰も近くに居なかった。買い出し前はちらほら見かけていた広場の周りでくつろいでいた人は、どこへいったんだ……!?

 

仕込みの時間のはじまりとか、午後の仕事前の休憩時間が終わってしまったのか……回りには影すら残っていない。

 

「ど、どうする……!」

 

「ダ~リン! やっと見つけたわ!!」

 

「だ……っ!?」

 

そんな時に、少し先の建物の角から出てくると、俺を見るやすぐに走って近づいて来る人が現れれた。真っ紅な友のアーマーカラーを思い起こす、髪。そんな髪を持つひとりの女性が、俺に抱きついてきたんだ。

 

「き、君はたしかギーシュとの決闘の時に、タバサちゃんと遠くに居た子……だよね?」

 

「やん、もう。タバサは名前呼びだってのにあたしだけ君なんてつれないわ。私のこ・と・は……キュルケって、名前で呼んで?」

 

そう言って首に手を回して胸元に抱き寄せるキュルケと名乗る女の子。ずいぶん大きいな……いや、身長がさ。この子もマーティみたいに気の強そうな子だしかわいいってのも解るんだけど、身長の高い女性というのはなかなかに新鮮で、そっちに気が回ってしまう。だから……今はそんな場合じゃないだろ!

 

「そ、それより……る、ルイズを助けてやってくれないか!! 窒息しそうなんだ!」

 

「え、ルイズ……?」

 

二人して噴水の方をみると、鬼が居た。

 

「んぐぉ、んぐぅむおぉ、んもももぉが、おもももぉ!!!」

 

ルイズが必死の形相でこちらを見ている。何を言ってるかは全くわからないが、キュルケを警戒……いや、威嚇しているのは解った。

 

良くあんな声が出せるな……喉の声帯より手前でパイをつまらせているんだろうか……それなら鼻で呼吸できそうだけど。

 

「ふぅん……ふふっ。」

 

「!」

 

次の瞬間何を考えているのか、キュルケまでもが俺の唇へとキスをする。まさか、彼女も俺にコントラクト・サーヴァントをしようとしているのか!?

 

また美人だとか、恥ずかしいとかそういう感想より先に、今度は不安が現れた。

 

そんな時が止まったような感覚と周りの空気の中で、しかしいくら警戒してもその時間が訪れることはなく……その静まりきった広場で飛び散りざまに音を立てていく噴水の水と、その近くでわなわなとルイズだけが震えて動いていた。

 

「かはっ……! ツェーループースートーおぉおっ!!」

 

すると、ルイズの口から怒号と共に勢いよくクックベリーパイが飛び出す。彼女の怒りによるお腹からの叫びが、喉のつまっていたものを吹き飛ばしたようだ。

 

「あんたぁっ! 人の使い魔になんてことしてくれてんのよおぉっ!!」

 

「何よ。助けてあげるお礼の前払いをしてもらっただけじゃない❤ でもルイズ……予想通りとはいえいくらなんでもそれは、はしたないわよ。」

 

「う、うるさいうるさいうるさぁい! あんたがエックスにき、キスなんていきなりしたからよ!! 往来の場であんな……はしたないのはそっちでしょ!!」

 

前払いと言うことは、今の行為はこの結果を測予済みのことであって、初めからルイズを焚き付けてこうさせるのが最初から狙いだったのだろうか?

 

すごいなとは思いつつも、そんなことに唇って使うものだったかな……ちょっとどうなんだと思い、キュルケという人間がどういう人なのか判断する材料にした。

 

そしてルイズとキュルケが喧々囂々としていると、遅れてタバサちゃんがキュルケの来た方角からやって来る。

 

「やあ。あの赤い髪のキュルケって子は、タバサちゃんの知り合いかい?」

 

「友達。」

 

「なるほど……また随分正反対な感じの子だね。」

 

「……変?」

 

「いや、そんなこと無いよ。俺とその友達も、二人とは少し違うけど、いろいろと正反対なところがあったからね。」

 

「作られたモノのあなたにも、友達が居たの?」

 

「ああ。」

 

最初は先輩で、途中からは仲間で、時に争って、それから未来を託されたり託したりして……性格は俺が悩むのに彼はいつも迷わなくて。少しセンチメンタルな気持ちになりながら昔を思い返す。

 

「何があっても信頼できる……そんな仲間だったよ。」

 

「……そう。」

 

そこまで話終えると、タバサちゃんと一緒に未だに喧嘩を続けている猫と狐のような二人をみる。

 

キュルケの先ほどの妖艶な雰囲気もどこへいったのか。ルイズとからかい合いや張り合いをしている彼女は、なんだか子供らしさが強く出ていた。もしかしたらルイズが着飾らずに話せる存在なのかも知れないな……内容はからかいなので、される側はたまったものじゃないけど。

 

「ぜー……ぜー……だいたい、ダーリンって何よ。エックスは私の使い魔で、レプリロイドなのよ! 機械に恋なんて馬鹿げてるわ!!」

 

「はー……はー……あら、そうかしら? 機械ってことは彼は老いないのよ? 子供や跡取りを作る必要のある長男ならともかく、そうじゃないなら最高の相手じゃないかしら!」

 

「はん、流石は色ボケ女ね。見てくれだけでエックスを見るなんて、結局あんたも人じゃなくてモノとして扱ってるんじゃない。ああ、そっか……だからあんたの男遊びは直らないのね。男性をアクセサリーとしてしか見てないんだわ。」

 

「……ゼロのルイズが言ってくれるじゃない。そっちこそ、恋のこの字も知らないくせにエックスを寮の塔、ましてや自分の部屋に連れこんでるなんて。本当はあなたこそ、色に飢えてそんなことしてるんじゃない? 恋のステップも知らないからって飛ばしすぎなんじゃないかしら!」

 

「だっ……! だだだどぅあれが!!」

 

「あら! そんなに動揺してさては――」

 

どうやら騒ぎの中心は俺らしいが……正直聞かなかったことにしたい。でもデータとして記憶領域にはっきり残っているし、今もこうしてルイズとキュルケの会話は耳がしっかりと捉えている。

 

女の子(マーティ)とか、異性に見とれた事くらいは、下品な言いかをするのなら性的にみたことくらいは、俺だってあるけれど……深く考えたことはない。

 

こういう話は全くわからない未知の世界のままだ。キュルケの言うことが本当ならば、彼女は俺を好きらしいけれど……変わってるねと、他人事の視点しか、思考している回路の最初に出てきたものはそれだった。

 

以前そんな話をアクセルがした時、ゼロも確か()()()()()()()とか言ってたな。俺も、人に好かれること自体は嬉しいとは思うけれど……疑問の方がこうして強く出ている。そしてキュルケたちの好きとは多分、根本的な理由が違う気がする。

 

レイヤーなんかはゼロのことが好きみたいだったから、作られた心とはいえレプリロイドでも恋愛とか、そういうことは有り得るんだろうけどきっかけは何なんだろう。体験したことが無いから解らないな……。

 

「あぁ、もう! あんたと話をしてたら頭がおかしくなる上に日が暮れるわ……エックス、行くわよ。」

 

そんな悩みを掘り下げる暇もなく、キュルケとの喧嘩を不毛と論じたルイズが、今度は俺についてこいと言いながら歩き出した。確かに今日街に来た理由は、もうひとつある。

 

「それじゃあたしも……。」

 

「あんたはついて来んじゃないわよ!」

 

「あたしが何処に行こうと、ヴァリエールのあなたが止める権利なんて無いじゃない。」

 

「こ、この……っ!」

 

ルイズはキュルケが同伴することも嫌みたいだな……なんだかキュルケからルイズに対する気持ちと、ルイズからキュルケに向ける気持ちは、これもまたどうも違う気がしてきた。キュルケと違ってルイズからは、憎悪に近いものを感じるし……どうしてなのかは後で聞いてみようか。

 

「……エックス、今だけ許してあげる。私を抱えなさい。」

 

「突然どうしたんだ……よっ、これでいいかい?」

 

結局ついて来ようとしたキュルケが、俺の腕に抱きつくのを割って止めにルイズが入ってから、そんな命令を言い出した。そうか、何だか結構抱えてしまっていた彼女だが、ルイズとしてはあまりされたくないことだったのかな。

 

確かに冷静になると、キスは気軽にするものではないと俺も言った癖に、シエスタちゃんを迎えに行こうとした時、最初にルイズも抱えて連れていったのは俺を男性とし、ルイズを女性とするのなら少し遠慮知らず過ぎたように思える。

 

今日のはまあ、非常事態の避難活動として仕方ないと思ってほしいけれどね。

 

何はともあれ、命令されたことを終えるとルイズはキュルケにニヤリと笑って、それから前を指差してこう言った。

 

「エックス、あっちにある武器屋まで全速! ダッシュよ、早くしなさい!」

 

「え、あ、了解! それぞゃふたりとも、また後で!!」

 

所属に登録されているせいか、可能なことについ反応してしまった俺は、脚や足よりダッシュのブーストによる火を吹かしながら、地面を滑るように駆けていった。

 

「あ、こら! 待ちなさいよヴァリエール!!」

 

「速い……。」

 

遠ざかっていく二人の声を聞きながら、ある違和感に気づく。

 

「フットの温度が……上がらない?」

 

武器屋までずっとダッシュ、というのはエネルギーは問題なくても、オーバーヒートの危険を考えると無理があると思っていたのだが、何時まで経っても脚部のコンディションはオールグリーンのままだった。

 

「何のことかは解らないけれど……何かが変わらないのは、固定化のお陰じゃないかしら?」

 

「あ! そうか。これが魔法の効果なのか……すごいな。」

 

固定化の魔法は一定以下の変化を受け付けないのか、だんだんと熱を持って変わっていくという事が起きないようになっていた。体を動かすエネルギーも、各部配線や基盤を流れて循環しているのにその形跡や負荷は一切無かったりしてるし……いったいどういう魔法なんだろう。

 

「でも、どうしてこんなに急いでるんだよ、ルイズ。」

 

「そんなの、キュルケをあんたの近くに居させないために決まっているでしょ!」

 

「じゃあその事なんだけど、一体どうしてあそこまで彼女を嫌うんだい?」

 

「それは――ってエックス、武器屋はそこの路地裏辺りよ。もうここまで来てたのね……信じらんない、馬より速いわ。」

 

回避行動時に瞬間の速度を出すための機能だからか、軽く飛ばした今でもだいたい6~70キロくらいだろうか 。あっという間に目的地についたようだ。またこの状態を嫌がられても困るので、続きを聞くより先にひとまずルイズを下ろすと、お預けを食らった。

 

「まぁ……キュルケのことはそうね。帰り道にでも話してあげるわ。」

 

「ルイズ、揺れる馬の上で話すのは危ないぞ?」

 

「……は? 何言ってんのよエックス、あなた馬より速くて揺らないんだから帰りは私、あなたに乗って帰るわよ。」

 

「お、おいおい。抱えられるのは嫌そうだったのに……俺が抱えて帰るのか?」

 

あ、と何かに気づいて、しまったという感じでルイズの顔が赤くなる。

 

「かっ……勘違いしてんじゃないわよ!? 私は別にそういう……その、異性とかの見方をしていてあんたにされるのが嫌な訳じゃないのよ。ただ機械のあんた……使い魔が勝手に私にそういうことをする、そんな態度が嫌なだけなんだから!」

 

「あぁ、そういうことだったのか……それならこれからは、必要そうならまず許可をもらうことにするから、それで良いかい?」

 

「え、ええ……! そうしてちょうだい。ささっ、行きましょ。」

 

そわそわとルイズが路地裏にかけ入り、それを俺も追っていくなかで、嫌なのはそういうマナー的な問題だったのかと胸を撫で下ろしていた。

 

ルイズが俺を異性相手と意識してしまって嫌だったよりは、こっちのが原因だと助かるからね。

 

一般人相手だと、ほとんどが災害救助みたいな緊張時……助けるために触れるのが当然みたいな時しか、俺は接したことが無い。異性に対して感情から来るしていいこと、してはいけないことにも、情けない話だが疎い。だから、今後もこういう無遠慮なことは起こしかねないけど、心の問題ではなく、ルールの問題であるのならばやりようはある。一つ一つ直していけばしっかりと対処できるようにもなれるだろう。

 

「ええと、ビエモンの秘薬屋ってとこ……その隣の……あれね、入るわよ。」

 

そうして見つけた武器屋はなんだかかび臭そうな、少しみすぼらしい感じの建物だった。

 

ルイズは人なのに、良く躊躇わずにこんな建物に入れるなと思いながら俺も中に入ると、室内はさらに埃っぽく陰湿な雰囲気だった。

 

奥のカウンターには、疲れた顔をした店主と思われる人がひとりだけ。昼間なのに酒でも飲んだのか鼻を赤くして、こちらを疲れた目で見ている。

 

「貴族様が武器屋に何のご用で? こんな成ですが、ウチはまっとうな商売をしてまさぁ。」

 

「客よ。金貨100で買える良い剣を頂戴。」

 

「100ぅ? 貴族様、名剣は立派な家に、さらに上の剣となれば城に匹敵するお値段ですぜ。」

 

「な……平民の武器がどうしてそんなに高いのよ!」

 

「平民のだからこそ、ですわ貴族様。貴族様は杖が無くなっても、恥ずかしいかもしれないがそこからまだ剣を使える、選択がある。ですが平民は最初から剣しかありやせん。だからこそ、その一本に命を預けるため、金をかけてものが作られ、戦士もまたそれを求めるんでさあ。」

 

一振りか予備と合わせて二本程度の装備を徹底的に鍛え上げるのは、固定化の保護を含めこの時代の戦いかたとして一理あると思えたけれど、はたしてこの怪しい店主がその言葉を正しく使っているのだろうか。

 

というのも、1000エキューだの値札に書かれている、一見立派そうな壁に並ぶ武器は、一部のものが長年そこにあったのか、劣化が俺の目だと見える。それってつまりは固定化も何もかかってなさそうというワケで、終いにはしっかりと混ざりあった合金ですらないものまでそのくらいの値段で置かれてある。あ、怪しい……。

 

「100エキューなら、その樽の中のが精々ですかねぇ、けけっ。」

 

「こんな、みすぼらしいものしか……。」

 

金の無い貴族と見なされたのか、店主が露骨に態度を変えて指差した先にある武器を見て、悔しそうにルイズは歯噛みしていた。

 

でも、吹っ掛けられてる可能性のある相手に、彼女の性格だと無理してお金を使ってしまうかも……。

 

それならむしろこの方が良かったかもしれないな。目的はあくまで非常用なんだし、それこそ固定化をかければ防御に用いるものとしては気にする必要も無いだろう。

 

「まあ、そう落ち込むなよルイズ。案外当たりもあるかもしれないじゃないか。」

 

そう言って樽の中を見ると、本当に存在した。

 

ひとつだけ。俺のカメラやセンサーでも、何で出来ているのか解らない剣があったんだ。ぱっと見はただの錆びた鉄なのに、それをなぜか鉄と解析できない剣だった。

 

「これは……何だ?」

 

『お、何だお前? 喋る前から俺さまの良さに気づくなんて、なかなかやるじゃねえか!』

 

「おわ、剣が喋った!?」

 

樽から抜き出したスクラップ工場にありそうな鉄板……もとい大剣がひとりでに鍔本を動かしてカチカチとならすと、声が聞こえてきた。

 

「まさかそれって、インテリジェンスソードなの? 本物があるなんて……。」

 

「へい。しかしどーにも状態は悪いし、口も悪いしで扱いに困ってましてね……あの中の仲間入りって訳ですわ。」

 

メカニロイドかとも思ったが、ずいぶん流暢に話す辺り違うようだ。ルイズたちの発言を考えるに、恐らくはこれも魔法で出来ているのだろう……知性ある剣、か。

 

『……いや、お前さん本当に何なんでぇ? 人どころか生き物ですら無いみてぇだな。モノだってのに、こうして俺っちと普通に話してやがるし訳わかんね。』

 

それと、どうやら不思議なものを見てる気分なのは、向こうも同じだったらしい。

 

「俺のこと……レプリロイドを解るのか?」

 

『れぷりなんちゃらってのは知らねーが、お前さんがどんなものか、手にしてる奴の事を俺はなんとなく解るのさ。悩めて、生きてる様な機械か……こんな奴の手に取られたのは初めてだけどな、しかも使い手と来てやがる。』

 

目覚めてから一番驚いた。恐らくこの剣は俺のことをこの時代で最も理解しているだろう。

 

「使い手? 使い手って何のことだい?」

 

むしろ、俺以上に俺のことを解ってるのかもしれない。

 

『知らん、忘れた……。』

 

「えっ……。」

 

どうしようか、前言を取り消したくなってきたぞ。

 

『よし決めた。てめ、俺を買え。』

 

そして突然こんなことまで言い出すし……まあ良いんだけれど。

 

「俺としてはそうしたいところだけど……。」

 

ルイズの方を見ると、あからさまに嫌そうな顔だ。でも俺としては、出来れば自身以外からのコンディション把握や、知識の拡張としてこの剣は持っておきたい。

 

「なあルイズ、俺としてはこの剣がちょっと不思議な感じで、これにしたいんだけど……。」

 

「えぇええ……? 喋る剣なだけよそれ。」

 

「いやそうじゃなくって、この剣……俺にも材料が良くわからないんだ。ひょっとしたら本当に掘り出し物かもしれない。」

 

そうこそりと告げて、コンコンと軽く大剣を叩く。やはり、返ってくる反動や反響は、鉄の材質のものじゃなかった。

 

『いてっ……おうおう、この6000年を生きるデルフリンガーさまをその辺の鉄屑と一緒にすんなよ! 俺様にかかりゃメイジですら雑魚同然、ずんばらりよ!』

 

「そんな見てくれで随分生意気な剣じゃない……なんかムカつくわ。」

 

デルフリンガー、名前まであるのか。しかし、彼の発言はどうやらルイズの購買意欲を削いでしまったらしい。慌ててさらに良いところを探してルイズに勧めてみる。

 

「頼むルイズ……っ! 今こいつは6000年って言ったけれど、そういう知識が得られるだけでも俺としてはありがたいんだ!! ほら、君にばかり聞いているのも悪いだろうし……さ。」

 

『お前……。頼られるのは嬉しいけれど、おいらとしちゃ剣として使ってほしいぜ。』

 

しかしそれでも、それではダメよとルイズは首を振った。

 

「忘れてるのエックス。ここに来た理由は私を守りながら戦える剣を探すためなのよ。こんな錆びた剣じゃ、直ぐに折れちゃうわよ。」

 

「ルイズ、気になってるのはその事なんだ。この剣……デルフリンガーはどうもただ錆びてるだけじゃないみたいだ。軽く叩いてみたけれど、鉄より全然衝撃を吸収してくれてる。多分だけど……そこの壁のよりも丈夫だよ。」

 

「はあ……? あんた、お仲間欲しさの嘘なら許さないわよ。」

 

「そんなことは思ってないって。ただ安い鉄や高い鉄の武器よりは、すごくお買い得なだけだよ。損はさせないと思う、絶対に。」

 

そう言ってルイズに懇願すると、店主までもが助け船を出してくれた。

 

「貴族様、貴族様。あれでしたら50エキューで構いませんぜ……?」

 

『てめ……このくそ親父! 厄介払いみてぇに……!!』

 

「黙ってろデル公! 買われてえならその口閉じてやがれ!!」

 

理由は全く違えど三者三様のお勧めを受けて、ルイズはため息をはきつつ店主のいるカウンターへと、金貨袋を出しながら歩いて行った。

 

「まあ……50なら良いわ。はい、数えてちょうだい。」

 

「へへ。毎度……!」

 

どうにかこうにか、デルフリンガーを買うことに成功。彼と二人で改めて自己紹介をする。

 

「良かった……宜しくなデルフリンガー。俺の名前はエックスだ。」

 

『エックスか。良い名前じゃねーか、よろしく頼むぜ相棒……うぉっ!?』

 

そしていろいろと話したいことや聞きたいこともあるので、それじゃ早速街を出るまでは話でもしようかと思ってた俺から、突如ルイズがデルフリンガーを取り上げると、持ちきれずに落とした。

 

「きゃっ! お、重っ……この、えいっ!」

 

『てめ。なにすん――……』

 

それでもなんとか持ち上げ直して、間髪いれずにルイズは鞘へとデルフリンガーを納めると、店主がくれたらしい布切れでぐるぐる巻きに鞘と鍔を巻いてしまった。

 

「ふんっ! これで静かになったわ……店主が教えてくれたのよ、喧しいときは鞘に納めなさいって。ほら、エックス持ちなさい。それと、さっさと帰るわよ。」

 

「あ、ああ……。」

 

「何よその顔。文句でもあるの?」

 

「いや、そんなことないさ! これでもっと君を守ってあげられると思うし、だからありがとうルイズ、感謝してるよ。」

 

話を今出来なくなったのは残念だし、デルフリンガーの状態を可哀相だとは思うが、それでもルイズにお礼を言う。俺のわがままを聞いてくれたんだ、その事に対しては感謝の気持ちしかなかった。話はまた帰ってから、ルイズの居ないところで聞くとしよう。

 

俺からの礼の言葉にルイズは気を良くしたのか、それからなにも言うことなく店を出ていったが、少しして足を止めると部屋からでた時とは違い真面目な顔で俺を見てきた。

 

「……こんなヘンテコなの買ってあげたんだからもっと感謝しなさいよね。」

 

「解ってるよ、それにさっき言ったことも本当だって使って証明して見せるさ。」

 

「どれのことよ……まぁ、あなたには全部そうしてもらうわ。約束よ。」

 

「ああ、約束だ。」

 

これは彼女なりの確認なんだろう。感情があるからこそ俺が自己の為に、早速あの誓いをないがしろにしてないかどうかを、俺の反応を見て確認したいんだと思った。

 

だから、俺もあの誓いを嘘なんかにしない為にもう一度真面目に受け答えて、返す。

 

「そう……じゃあエックス、帰るわよ。ここにいたらきっとキュルケが追ってくるわ。」

 

「他に寄る所はないのかい? たとえば、お昼はあれで足りてるのかな? 途中で吐いてたけど……ぐわっ!?」

 

不意にビンタを食らった。

 

「あんたは……抱き上げること以外にもどうやら女の子に対するデリカシーをいろいろと教えてあげなくちゃあ、いけないようね?」

 

いかん、また地雷を踏んだみたいだ。

 

それから結局ルイズは余った金貨で、すこし高めのレストランでランチを取って、俺はそこで様々な講義を受ける羽目になった。

 

……女の子って難しい存在なみたいだよ、ゼロ。




A:このエックスは人間にデリケートすぎじゃない?

V:所詮、この時の奴は鬼ではないからな。

A:けっこー考えないで周りごとゲシゲシやっちゃってる僕やあんたじゃあ…こんな風に接してたら逆に回路がイレギュラー化しそうだよね。あれ? 次回予告は無いのかな?

V:さあな……。

    
次回第3話 破壊の札 


A:今度はちゃんと、予告通りだといいね、へへっ!


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