インフィニット・ストラトス 銀河は俺を呼んでいる (OLAP)
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プロローグ

以前私の小説の前書きで、こんな作品書いてください………って書いた。気がついたら自分で書いてた。


 

──その日、僕は初めてあの人が泣いているのを見た。

 

あの時俺は歌を歌っていた。

 

目の前で泣いているあの人を見て、俺は笑顔でいて欲しいと思って歌を歌った。

 

なんの変哲もない、小学生でも知っている様な明るい歌だ。

 

彼女は泣きながら、俺を抱きしめてくれた。

 

悲しかったけど、俺は彼女のために歌った。

 

あの人の、心の底からの笑顔が見たかったからだ。

 

それから、俺は歌い続けてきた。

 

 

 

 

 

──そしてあの日、僕はあの人の二度目の涙を見た。

 

燃え盛る火焔の中。

 

血溜まりの中心にいる血まみれの俺を抱きかかえながら。

 

彼女は美しい顔に似つかわしくない、悲しみに満ちた涙を両目から零していた。

 

あの人には泣いて欲しくなかった。

 

だから俺は歌を歌った。

 

 

 

 

 

 

 

 

とあるライブハウス、ここは現在熱狂に渦巻いている。

 

時間はまだ夜も更けていない午後八時、店はオープンして一組目が演奏している。

 

だというのに店内は満員で、観客の盛り上がりはラスト一曲のような最高の盛り上がりを見せている。

 

その熱を作り上げているのはこのライブハウスで一番の人気を誇る男子中学生三人組のバンド。

 

彼らが出演する日のチケットは取るのが非常に難しい。

 

ギター兼メインボーカル、ベース兼サブボーカルそしてドラムの三人組。

 

元々はここに女の子一人を加えたメインボーカル二人の四人組バンドだったのだが、今年の三月に女の子が故国に帰ってしまったために現在は三人で演奏を行ってる。

 

このバンドの最大の特徴は何と言ってもギター兼メインボーカルの男の子のギターの演奏力と歌唱力だろう。

 

ギターの技術はハッキリ言って世界でも有数のモノだ。まだ十五歳だと言うのに、その腕前は熟練のギタリストのようだ。

 

そして歌唱力。

 

ハッキリ言って世界一だ。

 

メジャーデビューしているどんな歌手よりも彼の歌声は素晴らしいと思えてしまう。

 

彼の歌を聞くと、心が突き動かされるような感覚になってしまう。彼の歌を聞くためだけにこの店にくる人もいるそうだ。

 

彼の歌を一番楽しむにはライブが一番だ。CDなどでも勿論彼の歌は素晴らしいのだが、ライブを聞いたあとだと心の滾りが違うと感じてしまう。

 

今もこうしてライブを聞いているが、私の心は滾っている。

 

──黛渚子

 

 

 

 

 

「お疲れ様です」

 

演奏を終えた彼らはステージ裏の出演者控室に入ってくなり、彼らの後に演奏する先輩方に挨拶をした。

 

「おお一夏!相変わらず良い演奏だったぜ!」

 

一夏と呼ばれたギターを演奏していた男の子は先輩に軽く尻を叩かれた。

 

「ええ、先輩方の為に場を温めておきましたよ」

 

「馬鹿野郎、お前の場合は温めすぎてピーク過ぎさせることがあるだろうが」

 

「いえいえ、先輩たちならもっと盛り上げてくれると信じてますから」

 

「こんにゃろう」

 

互いに笑いながら、ハイタッチをした。先輩と呼ばれた男はステージに向かい、一夏は控え室の奥に入って行った。

 

「おう一夏、お疲れ様だ」

 

この店のマスターが一夏を出迎えてくれた。スキンヘッドの厳つい大男で、若い頃はブイブイ言わせてたらしいが、今となっては確認する手段がない。

 

因みに奥さんとの仲は良好だが頭が上がらないらしい。

 

「マスター、ありがとう」

 

「それはコッチのセリフさ。お前たちが演奏しにくる日はウチも

満員になるからな…………できれば毎日演奏してくれたら嬉しいんだがな」

 

一夏達のバンドが演奏するのは週に二日、金曜日と土曜日だけだ。

 

それ以外の日は学業に支障が出てしまう為に出演しないことになっている。

 

「高校卒業したら、毎日出れますよ」

 

「バーカ、その頃にはテメエらはメジャーデビューしてるさ」

 

「だといいんですけどね」

 

「してるさ」

 

マスターは店の奥に戻って行った。

 

一夏は控室に置かれてあるテーブルの近くにある椅子に座った。

 

「お疲れ、一夏」

 

「お疲れだな、一夏」

 

一夏のバンドのメンバーである五反田弾と御手洗一馬が既にテーブルを囲ってる。

 

「今回もいい演奏だったな、鈴の奴が抜けて一時期はどうなることかと思ってたけど………何とかなってるよな」

 

赤い髪とヘアバンドの少年が五反田弾、このバンドではベースとサブボーカルを担当している。

 

「何とかなってるのかな?鈴も……歌が上手いからね。その穴を埋めるのは一夏一人だと厳しいと思うよ」

 

メガネの少年、ドラムの御手洗数馬馬。

 

「いや、穴を埋める必要はない。鈴の奴はいつか必ず戻ってくる。それも、前よりも何倍も良い女になって戻ってくる……だから、な?」

 

一夏のその言葉に、二人は食べる手を止めて少しだけ微笑みながら無言で頷いた。

 

彼ら二人は一夏の事を信頼している。一夏がこんな事をいうと言う事は言葉にはできない第六感的な自信があるのだと知っている。

 

「それでよぉ、これから受験だけどどうするつもりなんだ?結局藍越学園に行くのか?」

 

あと数ヶ月もすれば高校入試が控えている中学三年の学園生活、それは彼らも例には漏れる事はない。

 

「いや、藍越学園に行くのはやめておこう。彼処は就職には強いかもしれんが、どうも校則が厳しいようだ。バンドを続けるとしたらやめた方が良い。行くとすれば少し学力は上がるが──高校がいいと思う」

 

「確かに、そこなら良いね。大学進学するのにもちょうど良い。規則もゆるいし、生徒の自主性を尊重しているから、バンド活動はつづけやすいかもね」

 

「おいおいおい、一夏と数馬の二人はいいかもしれねえが俺は結構きついぜ。つーかそこ、ここら辺じゃ一番頭の良い学校じゃねえか!」

 

「まあ、そこは頑張れだ」

 

「そうだね、そうとしか言いようが無いよね」

 

「お前らなぁ」

 

三人の中で弾が一番学力が低い。一夏と数馬は学年五位以内から落ちた事はない。

 

数馬は見た目からして勉強ができそうだ。

 

しかし、一夏は学友からは音楽狂いと呼ばれているくらい楽器を弾いたり、歌を歌っている。

 

それなのに一夏の学力は高い。

 

「あ、いたいた!」

 

控え室の中に一人の女性が入って来た。彼女はこのライブハウスの関係者ではない。関係者以外控室には入れないのだが、彼女は特別だ。

 

「渚子さん、久しぶりですね」

 

「どうもー、三人とも」

 

三人に近づいて来たのは二十歳過ぎの一人の女性だった。

 

彼女の名前は黛渚子、とある出版会社に務めており、今現在はインディーズバンドをメインに取り扱った雑誌の編集者の一人だ。

 

彼女は現在、一夏達のバンドのライブに頻繁に来ている。彼女自身が一夏達のバンドを気に入っており、度々雑誌にコラムを載せる事がある。

 

「これから経費で焼肉食べにいかない?」

 

「「「行きます!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?渚子さん部署変わっちゃうんですか?」

 

「そうなのよ、来月からIS関係の雑誌の担当になるの。だから、貴方たちの取材はもうできないのよ」

 

「それは、ちょっと残念です。渚子さんが取材してくれたおかげで、人気も出てきましたから」

 

実際、数馬の言うように渚子が雑誌で一夏たちのバンドの事について書いてくれたので、彼らのファンは増えたのだ。

 

「私も残念よ、貴方たちの活躍を間近で見ていたかったから………でも、次の部署でも今と同じくらい頑張るつもりよ」

 

焼けた肉を一夏たちに配膳しながら、渚子はニコリと笑った。

 

彼女としては今の場所も楽しいが、次の場所もまた楽しみのようだ。

 

「また、いつでもライブに来てください。事前に言って貰えれば、席は確保しておきます」

 

一夏も渚子には恩を感じている。彼女のおかげで多くの人に自分の歌を聞いてもらえるようになったからだ。

 

「本当?じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわ」

 

渚子としてはそう言ってもらえるのは嬉しかった。

 

「それにしても、鈴ちゃんが抜けた時はどうなる事かと思ったけど………一夏くんが鈴ちゃんの分も頑張ってるわね」

 

鈴とは今年の三月まで一夏たちとバンドを一緒に組んでいた一人で、今は母国の中国に帰っている。

 

バンドを組んでいた時は一夏とのツインボーカルだったのだが、鈴が抜けた事で今は一夏一人がボーカルとして歌っている。

 

「鈴は必ず戻ってきますよ。だからソレまでは俺が頑張らないといけないんです。でないと、鈴の奴に顔向けできませんから」

 

「頑張ってるのね…………今日は食べ放題だから、じゃんじゃん食べてね」

 

「「「ありがとうございます!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、食った食った!!」

 

焼肉を食べて渚子と別れた帰りの夜道、一夏達はそれぞれの荷物を担ぎながら帰路についていた。

 

「これからどうする?明日は日曜日だから思いっきり休みだよ」

 

「まぁ、何時ものように一夏の家に泊まって……明日は何処かに出かけようぜ」

 

一夏は姉と二人家族なのだが、その姉が現在単身赴任に近い状況なので基本は家に一人で暮らしている。

 

そのため弾や数馬が泊まりにくる事が頻繁にある。そのため一夏の家には二人の替えの服がおかれていたりする。

 

「良いよなぁ?一夏」

 

弾は後ろに振り返って、彼らの少し後ろを歩いていた一夏に確認を取る。

 

「……一夏?」

 

だが一夏からの返答はなく、彼は満月が浮かぶ雲一つ無い美しい夜空をただひたすらに見つめていた。

 

「聞いてんのか?」

 

「………聞こえた」

 

星空を見上げながら一夏は誰に話すわけでもなくポツリと呟いた。

 

そして少し笑った後、一夏は視線を前に戻して前を歩いていた弾と数馬の二人を見た。

 

「二人とも、今の星空からの声が聞こえたか?」

 

「あ?何も聞こえないぞ」

 

「僕も聞こえなかったけど……」

 

ウキウキとしている一夏とは対象的に弾と数馬は何を言っているのかわからないといった様子で少し戸惑っている。

 

「……そうか、残念だ」

 

一夏は少し口を尖らせた。

 

「まぁ、いっか。今日は良い歌ができそうだ」

 

一夏は少し微笑んだ後、駆け足で走り出した。

 

直ぐに目の前にいた二人の間を抜きさる。

 

「ほら、さっさとウチに行くぞ」

 

走り去って行く一夏の背中を追いかけながら、二人はヤレヤレといいたげな表情を見せた。




音楽に関する知識は一切ない。
それなのや何故こんな音楽に関する知識が必要な小説を書こうと思ったのか、私自身の正気を疑ってある。

ただ書きたかった。


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入学

いきなり時間が飛びます。


季節が移り変わるのは早いモノだ。ついさっきまで春が終わった頃だと思っていたのに、今は季節が巡り廻って一年経った。

 

一夏もこの一年間、勉学と音楽活動を完璧に両立させて望んでいた高校に合格する事ができた。

 

 

 

……………できたはずなのだが、何故か一夏は今女子校の教室にいる。

 

別に不法侵入したわけではない。

 

彼はしっかりとこの女子校の生徒になったのだ。

 

勿論去勢手術はしてないし、戸籍も男から女に変わったわけではない。

 

学校の名前は『IS学園』、説明は省略させてもらう。

 

入学した経緯も省略させてもらう。

 

何かあった。

 

それだけお伝えしよう。

 

 

 

 

今日は入学式が終わって、簡単なオリエンテーションが行われる日。

 

新入生たちは夫々の教室に集められた。

 

「~~♪」

 

ワイヤレスイヤホンをして音楽を聞きながら、上機嫌に音楽雑誌を読んでいる一夏。

 

周りの女子生徒たちは一夏に話しかけようかどうかと戸惑っている中、一夏ただ一人だけがマイペースを貫いている。

 

一夏本人としては合格した高校に入れないのは少し嫌だったが、今は音楽ができれば何処でも良いと完全に割り切っている。

 

辛いところがあるとすれば周りが女性だけで、男性は用務員の人を除けば自分だけだと言う事だろう。

 

思春期の一夏にとって同性の友達がいないと言う事はかなり辛いモノであった。

 

IS学園『一年八組』の教室の中で、一夏は一人ぼっちであった。

 

 

 

「はーい、全員席につけ。朝礼の時間だ」

 

暫くすると担任の女性らしき人が教室に入ってきた。

 

一夏は音楽を切って、イヤホンを制服の内ポケットの中に収めた。

 

テキパキと自分たちの席に戻って行く生徒達、全員席に座り静かになる…………のだが、一夏以外の生徒の視線は担任ではなく、何処となく一夏に向けられている。

 

「あのなぁ、お前たち。織斑は減らないから、これから一年見る事ができる。珍しいかもしれねえが、今は私の方を見ろ」

 

少しぶっきらぼうな言い方で、何処となく元ヤンっぽい雰囲気を出している担任の先生。

 

年齢は一夏の見たてでは彼の姉と同年代であると予想する。

 

そして左手の薬指には結婚指輪がされてある事から、既婚者である事が判断できる。

 

「ええ、私がこれから一年お前たちの担任をする事になった篠原祭だ。よろしく頼む」

 

担任が挨拶を終えると生徒達からの拍手が続いた。

 

「ソレでは、次にお前たちの自己紹介だ。まず最初に……織斑、お前からだ」

 

ビシィッ!

 

と聞こえてきそうなほどの勢いで担任は一夏を指差した。

 

「俺からですか?」

 

一夏には自分から自己紹介だというのが驚きだった。出席番号だったら彼よりも早い人がいるからだ。

 

「そうだ、なんか君が一番最初の方が良いだろう。合コンっぽくて」

 

ガハハハと豪快に笑う。整っている顔立ちをしているのだが、その言動のせいで台無しになっているような気がする。

 

「そうですか、なら………」

 

一夏は担任からの指示に従ってユックリと立ち上がり、窓を背にしながらクラスメイト全員を見渡せるようにした。

 

そして人の良さそうな笑みを浮かべて、自己紹介を始める。

 

「皆さん始めまして、織斑一夏です。なんやかんやあってこの学園に入学することになりました」

 

なんやかんや、そうなんやかんやあったのだ。

 

「趣味はギター弾いたり、曲を作ったりすること……かな。これから一年よろしくお願いします」

 

最後に一礼をして、自己紹介を締めくくった。

 

……………………………………

 

沈黙、クラス全体から音が消えた。

 

「……あ?」

 

予想外の反応に一夏は思わず声を出してしまった。

 

何か反応の一つ──拍手ぐらいくれてもイイだろうと一夏は思った。

 

「ッゥウオオオオオオオオオ!!!!」

 

一人の女子生徒が沈黙を打ち破って、欲望に素直に従った化け物のような重低音塗れの咆哮を叫んだ。

 

「ッゥオオオオオ!!」

 

「ゥ男ォオオオオオオ!!!!」

 

「ィイケメェエエエエエエエン!!」

 

「嫌いじゃないわァアアアアアアアア!!!!」

 

オオカミの遠吠えのように伝播する欲望に塗れた乙女の激しい咆哮。

 

その余りの激しさに一夏は引いた。

 

スゲぇ引いた。

 

後に一夏はこの事を思い返して、こんな事を言っていた。

 

『あの時のクラスメイトは夫々が最強に見えた。下手したら、喰われていましたよ』

 

女子校の中に長身のイケメンが一人紛れ込んだ。

 

しかも自分たちのクラスだけに。

 

その優越感と喜びが彼女たちの欲望のタガを簡単に外してしまったのだ。

 

「はーい、そこまでにしておけよ欲望塗れの乙女たち。直ぐに黙らないと、私の鉄拳が飛んできちゃうぞー」

 

硬く握りしめた拳を天たかく掲げながら担任は彼女たちに静止を促した。

 

「はい…………」

 

そこは皆大人しく担任の言う事に従った。

 

「じゃあ黙ったところで……出席番号順に自己紹介していけ!!」

 

 

 

 

 

 

「ふぃーっ」

 

休み時間、質問ぜめに来るクラスメイトたちの波と廊下にいた生徒たちの波を掻き分けて一夏は男子トイレで用を済ませてる。

 

男子用トイレと言ってもこの学園で使うのは彼と用務員のおじいさんくらいである。

 

「ああ、やっぱアレだな。便所は落ち着いてすべきだなぁ」

 

今のところ、学校生活では便所くらいしか落ち着ける場所がないというのが、なんともいえない悲しさがある。 

 

出し終えるとご自慢のモノを閉まってチャックをあげる。自動で水が流れるのでそのまま手を洗いに向かい、これまたセンサー式の蛇口から出てくる水で手を洗う。

 

乾燥機で手を乾かした後にハンカチで手を拭い、トイレから出る。

 

「おい」

 

便所を出るなり、目の前に女子生徒がいた。女子生とは腕を組んで仁王立ちしており、少し怒っているかのような不満げな目と頭のポニーテールが少し特徴的だ。

 

「ああ?あー…………便所、使いたいの?ここ、男便所だよ?」

 

この男、何を勘違いしたのか目の前の子が男子便所を使いたいと思っていると勘違いしているようだ。

 

「違う!そうじゃない」

 

少女は思わず声をあげてしまった。

 

「えぇ?じゃあ用はなに?俺教室に戻らないといけないんだよね」

 

「……覚えてないのか?」

 

少女が不満げな声で聞いてきた。

 

覚えてないのか、そう言われても一夏としては「ごめん、覚えてない」としか言えないが、そんなことを言ったら拳銃で撃たれそうなのでやめておいた。

 

「いや、覚えてる。箒だろ?束さんの妹の………その後頭部見て思い出した。うん」

 

ポニーテールを見て思い出した。彼の人生の中でポニーテールが特徴的な人物といえば今目の前にいるを除けば数人しかいない。

 

そして彼女にとって悲しいことは、認識のされ方が嫌いな姉の妹であるということだ。

 

「そうだ、久しぶりだな………あの時以来か」

 

「そうだな、私が引っ越す時以来か…………元気だったか?」

 

「其れなりにな。お前の方こそどうなんだよ。束さん、お前が連絡してこないって嘆いてたぜ。少しは連絡してやったらどうなんだ?」

 

「…………え?」

 

箒は衝撃を受けた。

 

自身が一夏と離れ離れになる原因を作り上げた姉が一夏と連絡をとっているなどと考えたくなかった。

 

「まて、一夏。お前は姉さんと連絡を取り合っているのか?」

 

「ああ、取り合ってるぜ。だいたい一ヶ月か二週間に一回くらいかな?それと直接あったりもするな」

 

「そうか、そうなのか」

 

今現在世界的指名手配犯である姉がどうして簡単に一夏と連絡を取り合えているのか箒にはわからない。

 

彼女は悔しくて悔しくてたまらなかった。

 

何故姉が一夏と連絡を取り合っているのか、彼女のせいで離れ離れになったというのに。

 

「そういえば。一夏は剣道を続けているのか?」

 

篠ノ之箒といえば剣道、一夏という人間の中ではそんな数式が何時の間にか成り立っていた。

 

一夏も同じ剣道道場に通っていた。だが彼女が姉のせいで転校すると同時に彼は剣道をやめてしまった。

 

もともと一夏自身は剣道に関して言えばあまり興味がなかったので、良い機会だと思ってキッパリと絶ったのだ。

 

「いや、やってない…………お前が引っ越してからすぐにやめた。元々姉さんに憧れて始めたからな……」

 

「……え?」

 

箒としては一夏が剣道をやめたという話は非常にショックだった。彼女は中学での三年間、一夏と剣道の会場で会えるのではないのかと期待に胸を膨らませていたからだ。

 

それなのに、彼はやめていた。

 

「お前の方はどうなんだ?まだ剣道続けているのか?」

 

「去年全国大会で優勝したんだ……………知らないのか?」

 

「すまねえ、スポーツニュースで剣道は見てないんだ。それにスポーツの世界とはここ最近縁がないからねぇ」

 

一夏の言葉を聞いた箒は目に見えて落ち込んでいた。

 

だが直ぐに気持ちを切り替える。

 

やめたならもう一度始めれば良いだけだ。もう一度剣道をやって、もう一度あの頃を取り戻せば良いだけの話だ。

 

「なら、もう一度剣道を始めないか?この学校には剣道部があるんだ」

 

縋るような思いであった、彼女の中で一夏との思いでは大きな割合を占めている。

 

「誘ってもらえるのは嬉しいが、遠慮しとくよ。スポーツ系の部活で男一人は虚しすぎるし、なにより剣道以上にやりたいことがあるからな…………じゃあな、また」

 

一夏は箒の横を通り過ぎて教室へと戻っていく。

 

残された箒はただ呆然としながら、涙がこぼれ落ちないように目に力をいれていた。

 

「一夏………私には、お前しかいないのだ」

 

 

 

 

 

 

 

「はーい、それじゃあクラス代表を決めるぞ。自薦他薦は問わない。じゃんじゃん意見を言ってけ」

 

休憩時間が終わると、オリエンテーションは次の段階に進んだ。

 

どうやら次はクラス代表とやらを決めるらしいが、一夏はあまりソレがどんなモノか理解しておらず、学級委員程度の事だと認識している。

 

だがどうやら違うらしいと一夏が気がついたのはこの後の事だった。

 

「はーい!折角なんだから織斑君がいいと思いまーす!!」

 

「はい!ギャラクシーさんが良いと思います!!」

 

一斉に始まるクラスメイトからの他薦の嵐。手を上げて名前を述べていく生徒たちは皆、自分の名前ではなく一夏と一人の女子生徒の名前をあげている。

 

「あー、もう。一斉に喋るんじゃねえ。私は聖徳太子じゃないんだぞ………今のところ名前が上がっているのは織斑とギャラクシーの二人か」

 

一夏は同じようにクラスメイトから他薦されたギャラクシーという苗字の少女を見た。

 

『ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシー』、タイの代表候補生。

 

日焼けしたような褐色の肌、そして深い緑色の髪が特徴的な見た目麗しい少女。

 

一夏の視線に気がついたギャラクシーはその視線から逃れるようにそっと顔を背けた。

 

「あのぉ先生、ちょっと聞いていいですか?」

 

「なんだぁ?織斑」

 

「その、クラス代表ってどんなことするんですか?俺よくわからないんですよ」

 

「あぁ、そうか。なら────」

 

担任の先生によるクラス代表に関する話を聞かされた。

 

大体は学級委員みたいなものだったが、大きく異なるところが一つあった。

 

それは数週間後に行われるクラス代表対抗戦に出場しなければならなということであった。

 

「…………」

 

その話を聞かされて一夏は考え、一つの結論を出した。

 

「先生」

 

「どうした、織斑。まだ何か聞きたいことがあるのか?」

 

「俺、辞退します」

 

その直後、クラスメイトから落胆の声が上がった。皆、一夏がクラス代表になることを期待していたのだから仕方のないことか。

 

その声たちを鎮めるように、祭は手を前に出して静かにするように促した。

 

静まる教室。

 

「理由は?」

 

「……そうですねぇ、理由としては…………言えないですけど、辞退させてもらいます」

 

「…………わかった。お前が何を考えているのかはよくわからないがな…………と言うことだ。このクラスの代表はギャラクシーで構わないか?」

 

一夏の代表就任を望んでいた一部の生徒たちから少しだけ不満げな息が漏れた。

 

「……ギャラクシー良いか?」

 

「わかりました。全力で務めさせてもらいます」

 

ほぼ強制的だというのにギャラクシーは嫌な顔一つせずにクラス代表になることを了承したのだ。

 

本当に一夏とは大違いである。

 

「代表も決まった事だ。授業に戻るぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

授業は何一つ問題なく終わった。

 

祭は一夏がISに関する専門的な授業に突いて来れるか非常に心配していたのだがそれは杞憂に終わった。

 

一夏は勉学について来れないどころかその真逆であった。

 

それどころかISに関する知識でいえば自分よりも詳しいのではないのかと思えるほどの知識量を持っていた。

 

まるで本を丸々一冊頭の中にいれているかのようだった。

 

「織斑、わからないところはあるか?」

 

「大丈夫ですよ。問題はないです」

 

「そうか………なら次は白騎士事件について話して行こう」

 

──白騎士事件

 

別の名を『星の降った日』。

 

それは世界が変わった日なのだ。

 

数年前に起きた隕石の落下事件、それを止めた『白騎士』の活躍がこの世界を大きくかえることとなった。

 

一夏もその日のことをよく覚えている。

 

篠ノ之束のラボでの出来事をよく覚えており、彼の人生に大きな影響を与えた。

 

「先生!質問があります」

 

授業が一区りついたところで一人の生徒が手を上げて質問を始めた。

 

「どうした?」

 

「その白騎士事件で使用されたISのコアって今は誰が持っているんですか?」

 

世界中にある篠ノ之束が作り上げたオリジナルのISコアは、その一つ一つが何処が所有されてあるのか明らかにされている。

 

例外は勿論あるが。

 

その一つが白騎士に使われたと言われているNo.001のISコアである。

 

コレは今も一切の情報が明らかにされていないISコア、世界中がその存在を求めていると言っても過言ではない。

 

「………そうだな、それに関していえば殆ど情報がない。今も篠ノ之博士が持っているというのが最有力だな……………それに、No.001のコアに関しては変な噂もある」

 

「噂?」

 

「私にもよくわからん、噂があると聞いたことがあるだけだからな………授業に戻るぞ」

 

祭は授業に戻り、クラスメイトたちは再び教科書とノート、そして黒板に意識を向けた。

 

「…………」

 

ただ一人、一夏だけは過去を思い出して心の中で歌を歌っていた。

 

『………こんな筈じゃなかったのに……コレじゃあ、飛べなくなっちゃう』

 

思い返すのは白騎士事件の起きた日の、ラボでの出来事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午前中の授業はすんなりと終わり、今からは待ちに待った昼飯の時間だ。

 

IS学園の食堂は多くの国から学生が集まるということもあり、並の学校の学食のメニューの種類を遥かに凌駕している。

 

それが一夏にとっては楽しみで仕方がなかった。望んできたわけではないIS学園だから、せめて学食だけは楽しみたかった。

 

一夏は授業が終わるなり、席を立って一人の女子生徒の元に向かった。

 

「ギャラクシーさん」

 

先ほどのクラス代表決定の際に、役目を押し付ける形になってしまった『ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシー』の席だ。

 

「ッ!?な、なんでしょうか?」

 

彼女は声をかけられたのが意外だったのかビクリと身体を大きく反応させた。

 

「さっきは君にクラス代表を押し付けることになったからさ……お詫びや……親睦も兼ねてご飯を食べにいかない?俺が奢るし……勿論、他にクラスメイトも一緒だし」

 

一夏は右手の親指を立てて背後を指差すと、そこには十数名のクラスメイトが固まっていた。

 

「あ……あの」

 

ヴィシュヌは何かを言いたいようだが言葉がうまく出てこない。そして少しだけ紅潮した頬と一夏に対する緊張感がある。

 

「どうしたの?」

 

「……いえ、あの……私の事は大丈夫ですから、皆さんで行かれてください……それに、さっきの件は気にしないでください。こうなる事はある程度予想していましたから………それじゃあ」

 

ヴィシュヌは机の上に置いてあった音楽機器を取って席から立ち上がり、何処かへ立ち去って行った。

 

「あーー、嫌われたかな」

 

遠くへ去っていくヴィシュヌの背中を、一夏は少し悲しげにみていた。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ」

 

教室から少し離れた人通りの少ない廊下、ヴィシュヌはこの場所ま走ってきた。

 

少しだけ息が荒く、彼女は廊下の壁にもたれかかるなり深呼吸を行って息を整えていく。

 

「……緊張しました」

 

ヴィシュヌは今まであまり同年代の男と関わった事がほとんどないため、男性と接する際に非常に緊張してしまう。

 

先ほどの一夏とのやり取りもそういう事だ。

 

だが彼女が一夏と話す際に緊張していたのは、男性だからという理由だけではない。

 

「……変に思われなかったでしょうか…………まさか、一緒のクラスになるなんて思ってもいませんでした」

 

彼女はギュッと強くポータブル音楽プレイヤーを握った。ソコから伸びるイヤホンからはある歌が流れていた。

 

それはある日本の音楽バンドの歌であった。

 

そのバンドは特にメジャーだというわけではない。日本のごくいちぶの地域で活動しているマイナーバンドなのだ。

 

まぁ、活動は日本の極一部だけなのだが、ファンは意外な事に世界中にごく少数だけいたりする。

 

その声は一夏の歌声であった。

 

 

 

そう、ヴィシュヌは一夏のファンなのであった。

 

 

ヴィシュヌが一夏の歌の存在を知ったのは本当に偶然であった。

 

一夏のバンド仲間である御手洗数馬が上げた一夏達が演奏している時の映像を偶々偶然ヴィシュヌが見たのだ。

 

その時ヴィシュヌの身体に電撃が走った事を彼女は今でも覚えている。

 

すぐさまネットにあげられていた彼の歌をダウンロードして、ほぼ毎日のように聞いている。

 

日本語で歌っていたために何を言っているのかよくわからなかったが、それでもその歌が素晴らしい心を動かされるものだという事はわかった。

 

日本語ではなく他の国の言語で歌っているのもあったが、ヴィシュヌは一夏の母国語である日本語での歌を聞きたいと思ったために日本語を必死で勉強した。

 

「まさか、こんなに早く会話できるなんて思っていませんでした…………今度生歌を聞かせてもらえないでしょうか………」

 

以前取材された際に一夏の知り合いだという記者が言っていた。

 

『一夏くんの歌は生で聞くと段違いよ。もう、凄いんだから!!』

 

その言葉を聞いた時からヴィシュヌは一夏の生歌を聞いて見たいと思っていた。

 

「あーあ、恥ずかしがらずにご飯を食べにいけば良かったな」

 

誘いを断った事をヴィシュヌは後悔していた。

 

 




アーキタイプブレイカーの中で誰が一番ヒロインできそうかと言われたらヴィシュヌな気がする。


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3話

もう一つの方も書かないといけないが、コッチも楽しいんだよなぁ。


 

 

「──織斑くん、だよね?」

 

学食で多くのクラスメイトと食事を取っている一夏の前にカメラを持った一人の女性生徒がテーブルまでやってきた。

 

制服につけられてある装飾品から二年生であることがうかがえる。

 

「はい、そうですけど……何の用ですか?」

 

一夏はその女子生徒に見覚えがあった。

 

その女子生徒とは一度もあったことがないのは間違いがない。だが一夏の知り合いの誰かに似ているのだがそれがわからない。

 

「はじめまして、新聞部二年の黛薫子なんだけど……今、取材させてもらってもいいかな?」

 

「………黛……薫子?………………ああ!!渚子さんの妹か!!」

 

一夏は思わず立ち上がって、上級生である薫子を思いっきり指差した。

 

誰かに似ていると思ったら、一夏たちのバンドを以前取材した黛渚子だった。まぁ、妹だから当たり前といえば当たり前なのだが。

 

「そう、お姉ちゃんから何度か話は聞かせてもらってるわ」

 

「渚子さんの妹さんかぁ……渚子さん元気?ライブにあまり来てくれないから心配だったんだよねぇ」

 

「ああ……お姉ちゃん、部署が変わって忙しくなったからね………ライブいけないって凄く不満がってたよ」

 

そんな軽い話をすること一分ほど、薫子は本題である取材に関する話をはじめた。

 

「話題の新入生、織斑一夏くんに質問です……よろしいですか?」

 

「大丈夫ですよ」

 

ニコリと返答を返す一夏、それを見た薫子は一度強く頷くと持っていたレコーダーを作動させた。

 

「一つ目の質問です………ズバリ、IS学園に入学した今、どんな気持ちですか?」

 

「……そうですね………そんな気がしてた……って言うのが正直な気持ちですかね」

 

「……え?」

 

一夏の口から出た言葉は薫子が全く予想もしていなかった言葉であった。

 

寧ろ真逆だ。

 

驚いた、信じられない……そんな言葉を一夏の口から出ることを期待していた薫子であったが、彼はそれとは真逆の感情を持っていた。

 

「あの……それって、どう言うこと?」

 

「そのままの意味ですよ。何となく、確信はしてなかったけど」

 

一夏の目は捉えどころがない。この言葉が本当なのかどうかすらわからない。

 

薫子は無限に深いナニカを見ているような気持ちになってしまう。

 

不気味……だが、同時に不思議な安心感がある。

 

「……じゃあ次の質問です。一夏くんは何になりたい?折角のIS学園だから、将来はISに関する職につきたい?」

 

世界でただ一人の男性IS操縦者、それが今の一夏に与えられた肩書き。

 

余りにも貴重な実験サンプルとして、世界各国が一夏の身柄に関して奪い合いを水面下で行っている。

 

「そうですね、ISに関する職業に就く気は今はありません。俺は……やっぱり歌っていたいです」

 

それは叶わぬ事かもしれないが、一夏はそれでも宣言する。

 

「お姉さん……織斑先生みたいに、国家代表になってモンド・グロッソでの優勝を目指したりはしないの?」

 

昔はよく言われた言葉であった。

 

姉みたいになれ、姉のような立派な人間になれ。

 

昔からわけのわからない人間たちが一夏に向けてそんな言葉を言ってきた。姉と比較してくる奴らがいた。

 

自分と姉は違う。

 

そんな事は一夏が幼い頃からわかっていることだ。自分にはできて姉にはできないこと、姉にはできて自分にはできないことがある。

 

それなのに比べるな、同じにみるな。

 

「んん、ないですね。俺と姉さんじゃ得意なことは違いますから。俺は家事ができるけど、姉さんは苦手だったりしますからね………それに、姉さんも俺と同じ考えだと思いますよ」

 

「……そうなんだ、ちょっと残念だなぁ………じゃあ──」

 

インタビューは結局、昼休みの終わり近くまであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、一夏は文科系の部活動やサークルをいくつか訪れた後、図書館で時間を潰していた。

 

学園の図書館には週刊誌や専門誌が豊富におかれていたため、世間の話題においていかれることはないと思われる。

 

「晩飯でも食うか……………」

 

図書館から学食に続く廊下を歩きながら、一夏は晩飯で何を食べるのか頭の中でずっと考えている。

 

昼は日本食だったから、夜は洋食や中華も悪くはない。だが昼は焼き魚定食だったために、夜はトンカツ定食もありなのが一夏の気分だ。

 

 

「一夏」

 

 

名前を呼ばれた。

 

声だけでその人物が誰なのか判断した一夏は少しだけ微笑みながら声をかけてきた人物の方を見た。

 

「どうしたの、千冬姉…………ああ、いや……………織斑先生?」

 

ついついいつもの癖で名前を呼んでしまったが、ここが学校であり、教師と生徒という関係を考慮して苗字で呼び直した。

 

「気にするな、今は就業時間外だ。別に問題はない」

 

織斑千冬、一夏の唯一の血のつながりのある家族であり、元世界最強、そしてこの学園の教師。

 

千冬は普段から忙しいためにあまり会話をする機会がない。

 

なので、互いにこうして距離を確かめている。

 

「わかったよ、千冬姉…………それで、何の用?」

 

「入学祝い………と言いたいが、それはまた別の機会だな。久しぶりに一緒にご飯でも食べないか?」

 

「……珍しいね、良いよ」

 

その言葉を聞いた千冬は優しく微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方の食堂はいつもよりも酷くざわついていた。昼のランチタイムが終わり、夜のメニューに食堂は変わっている。

 

利用客はチラチラととある窓側の席を何度も何度もできる限りばれないように見ている。

 

「初日はどうだった?」

 

「どうと言われてもねぇ……いきなり女子校に入学することになったからね。結構戸惑ったりしてるよ…………まぁ、救いがあるとすればクラスメイトが結構話しかけてくれたのは助かるよ」

 

「……そうか、それはよかった」

 

二人の周りには生徒がいない。皆が二人に遠慮をしてしまい、その周りの席には座ることがなかったので、今の二人は完全に孤立している。

 

「……調子はどうだ?」

 

「健康優良だよ。風も引いてないし、怪我だってしてない」

 

「そうじゃない……アッチの方だ」

 

「………ああ、何の問題もないよ。束さんに定期的に検査してもらってるし、束さんが言うにはあと少しすれば定期検査も不要になるみたい」

 

「そうか…………すまない、私のせいでこんな事になってしまって」

 

「千冬姉はまた謝るの?その言葉はとっくの昔に聞き飽きてるからさ………それに、案外今は気に入ってるんだよ」

 

「そうか」

 

明るく振舞う一夏とは対象的に、千冬の表情には少しの影が見える。それは一夏に対するとある事情からの負い目によるものだ。

 

「そういえばさ、俺は授業でアレは使って良いの?それとも学校の機体を使えば良いの?正直言うと、学校のやつは量産コアだから使いたくないんだよね。使ったら拗ねるもん」

 

ISに使われてるコアは大まかに分けて二種類ある。

 

篠ノ之束が作り上げたオリジナルコア。

 

そして近年開発された量産型コアだ。

 

その二種類の違いを上げるとするならば、それはISのコアに意思があるかどうかだ。

 

オリジナルのコアには意思があることによって、搭乗者との間に相性が存在するために搭乗者次第で性能に大きな差が生まれてしまう。

 

コアに意思のない量産型コアは搭乗者との相性は存在しないために誰が乗っても同一な安定した性能を出すことができる。

 

更に一次移行を省略することも可能である。

 

だがその代わりに二次移行を行うことができず、単一能力が発動する可能性も存在しない。

 

安定を求めた代わりに可能性を潰してしまっているのだ。

 

その量産コアを使用するのに一夏は乗り気ではない。

 

「……少し我慢しろ。アレに関しても私の方で手続きをしている。早ければ数日のうちに使用できるようになる」

 

「マジ?ありがとう」

 

久しぶりの家族の会話ではあったが、それなりに楽しく行われていた。

 

そんな二人の空気とは対象的に周囲の人間たちは緊張し切っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「広い部屋、完全防音………………しかも一人!!!!完璧だ!!!」

 

食後、一夏は与えられた学生寮の一室にやってきた。

 

普通の生徒は二人で一室与えられるのだが、一夏は男性ということもあり特別に一人で一室を使うことになっている。

 

部屋には二つのベッドが普通は置かれているはずなのだが、一夏の部屋には一つのベッドしか置かれていない。

 

本来ベッドが置かれているはずの空間は現在空きスペースになっており、一夏としてはこの場所に何を置くかが最近の悩みになっていたりしている。

 

「今日は新たな出会いがあった。新たな日々が始まった…………だから今日は新しい音楽が始まる」

 

一室は部屋に置かれてあるアンプに繋がれたエレキギターを手に取り、ワイヤレスヘッドホンの電源をいれて耳に装着する。

 

部屋の鍵は入るのと同時にかけてあるために誰かに邪魔をされることはない。

 

「音が生まれる。音が繋がり、音楽が作られる」

 

ギターから音が生まれる。

 

一夏の奥底から溢れ出てくる感情の音を綺麗に繋ぎ合わせて音楽を生み出す。

 

楽譜は一切必要ない。

 

心の中に生まれた音楽を今はただ演奏するだけ、楽譜に示すのはこの演奏が終わって一夏が満足した時だ。

 

まぁ、楽譜を作ってから演奏する時もあるが。

 

室内には音楽が響いてる。

 

一夏の耳にはヘッドホンがつけられている。

 

誰かが来ても一夏がその事に気がつく事はない。

 

だから誰かがこの部屋をノックしたのも一夏は気がつかなかった。

 

結局、一夏は一時間以上一人で演奏を続けた。

 

「……最高」

 

ニコリと楽しげな笑みを浮かべながら、一夏はギターを置いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は多分ISの操縦シーンが入ります。


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4話

 

 

IS学園生活二日目、今日からは本格的にISを使用した授業が始まる。

 

そのISの授業のために、一夏たち八組の生徒達は複数あるアリーナの一つに集められた。

 

皆がISを操縦するためのスーツを着ており、一夏自身も男性用の特注のISスーツに身を包んでいる。

 

クラスメイト達は一夏にバレナイようにチラチラと彼の姿を観察している。

 

中には数名食い入るように見ている。一夏が気づいていないのが………それとも気づいているが気づきたくないのか。

 

クラスメイト達のテンションは上がり切っている。このクラスで良かったと死ぬほど思っている。他のクラスに対する優越感がすごい。

 

一夏の顔は同年代の他の男子高校生と比較すれば明らかに優れている。

 

そして身体つきも平均身長よりも大きい180cm、筋肉だって非常に美しく鍛え抜かれている。

 

それに加えてISスーツときたものだ。

 

少女たちにとってはかなり刺激が強い。

 

 

 

 

 

 

 

そして授業が始まり、実際にISを操縦することになった。

 

最初は代表候補生であるヴィシュヌがみんなの前で操縦の手本を見せた。

 

代表候補生らしく、動きは非常に美しかった。滑らかで、しなやか、まるで演舞を披露しているかのようにその動きは見るものを魅了する。

 

ある程度基礎的な動きを皆の前で披露した後に、ヴィシュヌは先生の指示に従って動きを止めた。

 

「とまぁ、練習に練習を重ねればここまで綺麗に、美しくISを操縦することができるようになるから、皆頑張れよ」

 

先生からの激励に一夏とヴィシュヌ以外の生徒は大きな声で返事を行う。

 

「……んじゃ、始めるぞ。取り敢えず織斑、やってみろ」

 

いきなり一夏が指名され、彼は少しだけ驚いたような表情を見せた。

 

一夏は出席番号が一番だと言うわけではない。

 

だが指名されたと言うことは、単なる担任の気分なのかもしれない。

 

一夏は少しだけやる気のなさげな返事を行い、集団から抜け出す。

 

「どれでも良い、試しに動かしてみろ」

 

担任の後ろに鎮座する様々な種類の量産型コアを使用した量産機達、一夏としてはどれを使っても良いのだが、そうはいかないのだ。

 

一夏は端から順に鎮座する量産機に触れていく。ゆっくりと一つ一つを確かめるかのように触れる。

 

そしてとある一機の前で動きが止まった。

 

「…………コレ?」

 

それは倉持技研という日本の企業が開発した打鉄と呼ばれるIS、近距離戦闘に特化させてある。

 

一夏は指先だけで触れてたのを、手のひら全体で強く触れる。

 

次の瞬間には打鉄が起動され、一夏は乗り込んでいた。

 

「………おお!!」

 

クラスメイト達から歓声が上がる。

 

一夏が男性でありながらISを動かせるというのはニュースなどで知ってはいたが、今こうして実際に目の前で操縦するまでは半信半疑であった。

 

だが、実際に動かしている。

 

それだけでテンションが上がる。

 

「…………ご機嫌は良くないようだね」

 

一夏は軽く手や足を動かしてISの調子を確かめる。反応速度は悪くはなく、精度も悪くはないが一夏は少しだけ不満そうな表情をしている。

 

「よし織斑、そのまま自由に動いてみろ」

 

先生の指示に一夏は浅めに一度首肯を行った。

 

「ふぅ……」

 

一夏は大きな深呼吸を行い、一歩足を踏み出す。歩けると判断すれば次はかるく小走り始めた。

 

「……楽しい?………そう」

 

それまで少しだけハニカんでいた一夏の表情が少しだけ鋭くなり、彼が動かしている打鉄の動きが変わる。

 

簡単な動きしていたのが、いきなり高難易度な動きへと変わる。その動きはまるで体操の床の演技のようである。バク転やバク宙を組み合わせながら華麗に動く。

 

その動きに誰もが驚き、魅入ってしまう。

 

担任である篠原祭と代表候補生であるヴィシュヌは一夏の動きに驚きを隠せなかった。

 

一夏の動きは明らかに昨日今日ISに乗ったばかりの素人の動きではない。何百、何千という数の鍛錬をこなして来た国家代表レベルの人間の動き。

 

一切の無駄がなく、完璧な洗練のされ方。

 

(…………何処で……何処でこのレベルに?)

 

篠原は一夏がどうやってこのレベルまで動かせるようになったのか、気になった。

 

一夏は明らかにこの学園にくる前からISを動かしている。だが何処でやってたのか、それが問題である。

 

(篠ノ之束か?織斑は確か繋がりがあった筈だが)

 

真っ先に疑ったのはISの生みの親である篠ノ之束の存在だ。彼女ならば何か知っている、篠原はそう確信している。

 

(だがいつからだ。少なくと世間が適性者だとわかる前から、あいつはISに乗ってたのか?………聞いてみる必要があるな)

 

「……織斑、もういいぞ」

 

篠原の指示に一夏は返答を行い、打鉄から降りた。

 

髪を掻き上げながらもといた場所に戻っていく一夏、少しだけ気だるそうにしながら自分の左胸──心臓がある部分を軽く撫でた。

 

「なあ、織斑」

 

「?何すか?」

 

声をかけられ、振り返る一夏。

 

「織斑、お前は世間に知られるより前からISを動かしていたのか?あまりにも動きが慣れていたからな」

 

この場で何かを聞けるとは篠原も思ってはいない。確実にはぐらかされると想定している。

 

「え?はい、動かしたことありますよ。でもそれがどうしたんすか?」

 

まさかの発言だった。

 

まさか認めるとは一切思っていなかった。

 

篠原は戸惑いはしたが、それを表面には出さないように必死に堪えた。

 

クラスメイト達は二人の会話に衝撃を受けた。ザワザワと少しだけ騒ぎ出す。

 

「いつから、何処で?」

 

「場所は束さんのラボですね、それは覚えてます。いつからって言われても…………確か……第二回モンドグロッソの後ですね。でもそれがどうしたんですか?」

 

「いや、何でもない」

 

篠原は今の情報を元に思考を巡らせる。

 

(確か、織斑は第二回モンド・グロッソの決勝の時に誘拐され、それから数週間後に発見された。本人は覚えてないと言っていたが、何かがあったに違いない)

 

篠原は一つの考えを出したが、これ以上はこの場で聞く気にはなれなかった。というか下手をすれば厄介なことに巻き込まれてしまうと直感している。

 

一夏は元にいた場所に戻り、多くのクラスメイトから質問ぜめにあった。  

 

 

 

 

放課後、一夏はバッグに荷物を詰めながら次に何をしようかずっと考えていた。

 

先ほど姉からのメールがあり、その内容が一夏にとっては良いもので、今は非常に上機嫌である。

 

「あ、あの!!」

 

声をかけられた。一夏が声をした方を見ると、そこにはクラスメイトでクラス代表でもあるヴィシュヌが立っていた。

 

「ん?どうかしたの?」

 

「あ、あの……その」

 

ヴィシュヌはうまく声が出せていない。

 

男性恐怖症であるヴィシュヌは勇気を持って一夏に声をかけた。

 

男性である一夏に声をかけるのは彼女にとってはかなり勇気がいる。それに加えて彼女は一夏の音楽のファンなのだ。

 

必要な勇気は並のものではない。

 

バクバクとなり続ける心臓を抑えながら、彼女はうまく回っていない頭で次に何を言えば良いのか必死に考える。

 

「ああ、その………そっか」

 

一夏は声を出そうとしているヴィシュヌを見て、ある事を考えた。そしてそれを解決するためにある事をした。

 

『どうしたの、ギャラクシーさん。何か用?』

 

「……………え?」

 

一夏から出た言葉にヴィシュヌは驚いた。

 

それはあまりにも流暢なタイ語、母国語として使っていたヴィシュヌでさえ違和感は一切感じられない。

 

『あれ?言葉間違ってた?……日本語だと話しづらいと思ったから、タイ語で話してるんだけど』

 

一夏はヴィシュヌの反応が良くなかったので、自身のタイ語が間違っていると勘違いしてしまった。

 

彼女の反応が良くないのは、一夏がタイ語を話せるのに驚いているからなのだが。

 

「い、いえ。大丈夫です。少し驚いただけです。タイ語を喋れるなんて知らなかったですから」

 

ヴィシュヌは驚きのあまりに日本語で返事をしてしまった。

 

『はは、これじゃあどっちが日本人で、どっちがタイ人かわからないな──』

 

「──なら日本語でも大丈夫か?」

 

「ええ、大丈夫ですよ。練習しましたから………それにしても、タイ語が話せるなんて知りませんでした」

 

ヴィシュヌは一夏の気遣いのおかげて少しだけ気楽に話せるようになった。

 

一夏がタイ語を話せるというのはヴィシュヌにとっては有難かった。何処で学んだのか少し気になる。

 

「俺も初めて話したから、あってるかどうか心配だったよ」

 

「……………え?」

 

ヴィシュヌは一夏の言葉の意味がよくわからなかった。自分の日本語の知識が間違っているのではないのかとも思った。

 

一夏のタイ語は明らかに初めて話した人間の喋り方ではなかった。完全にネイティブの発音だった。

 

それなのに、初めて話したと一夏は言ってる。

 

「あの……それは──」

 

「それで、何の用?ギャラクシーさん」

 

話を掘り下げようとした瞬間に、一夏は話の流れをさりげなくぶった切った。

 

「あ、そうでした。もしよろしければ、この後ISの特訓に付き合っていただけませんか?」

 

「特訓に?良いけど、俺で良いの?」

 

「ええ、貴方じゃないとダメなんです。授業で見せたあの動きが私には必要なんです!!」

 

ヴィシュヌの脳裏には授業で見せた一夏の動きが焼き付いていた。あの動きが出来れば自分は次の段階にレベルアップできるとヴィシュヌは信じている。

 

だからこそ、もう一度見たいのだ。目の前で。

 

「………わかった。良いよ」

 

「本当ですか!?ありがとうございます!!」

 

ヴィシュヌは一夏が誘いに乗ってくれたのが本当に嬉しかった。一夏の動きをもう一度見れるのもそうだが、一夏のファンである彼女にとっては一対一で会話できるのは貴重な経験だ。

 

自分が男性恐怖症である事を忘れているのではないのだろうかと言いたくなるほどだ。

 

「貴方のISは此方で用意しますので、一時間後に第三アリーナ集合で大丈夫ですか?」

 

「時間は良いよ………でも」

 

「でも?」

 

「ISに関しては心配しなくて良いよ、俺の分は俺が用意するから」

 

「……わかりました。では一時間後に第三アリーナで会いましょう………待ってますから!」

 

ヒラヒラと手を振り、満面の笑顔をしながらヴィシュヌは教室から立ち去って行った。

 

残った一夏も笑顔で見送った後、アリーナに向かうための準備を始める。

 

「……久しぶりに飛べそう……嬉しそうだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一時間後、第三アリーナに集まった二人はそれぞれ準備運動を始めた。怪我をしないようにジックリと時間をかけてストレッチを行う。

 

それが終われば次はいよいよ実際にISを動かす番だ。

 

「行きますよ!!」

 

ヴィシュヌが大きな声を上げると、彼女のISの待機形態である赤い蝶タイが煌き、彼女の身を包むと次の瞬間にはISを纏っていた。

 

『ドゥルガー・シン』、蹴りを主体にして戦う彼女にとってこの機体は非常に相性が良い。

 

「あの織斑さん、ISは何処にあるんですか?」

 

ヴィシュヌは一夏がISを用意していない事に気がついた。学園からISを借りる際には待機形態で借りるのだが、一夏はソレを身につけている様子が一切ない。

 

「ん?大丈夫だよ。心配ない」

 

一夏は心配するヴィシュヌを他所に、ユックリと深呼吸を始めた。大きく息を吸い、そしてソレと同じ量の息を吐く。

 

「久しぶりだから……楽しそうだね」

 

それは誰に向けて話しかけているのか………

 

「………炎華(エンカ)

 

 

 

 

 

 

一夏の体が発火して、激しい炎に体全体が包み込まれる。その焔は波の焔よりも遥かに美しく、神々しささえ持っていると言っても過言ではなかった。

 

ヴィシュヌは一瞬驚き、炎を消そうと動きかけたが直ぐに動きが止まった。

 

一夏の体を包み込んでいるのが本物の炎ではないと気がついたからだ。だがそれが何かまではわからない。

 

炎ではない炎が一夏の体を包み込んでいる。

 

「これは…………」

 

火炎の内側がら機械の腕が飛び出した。

 

それがISであると気がつくのに時間はかからなかった。

 

飛び出した腕は大きく横に振られ、火炎を吹き飛ばす。

 

火炎の奥から姿を表した一機のIS、焔で染め上げられたような赤色をメインにしたカラーリングの全身装甲タイプのIS。

 

そのISの背後には大きめの一対の巨大な非固定ユニットのウイングスラスターが装備されてある。

 

そのISを見てヴィシュヌが真っ先に思った事は「どのISとも異なる」だ。

 

理由はわからないが違うと言える。

 

「さあ、やろうか」

 

ヴィシュヌは一夏に対して、言いようのない感情を得た。

 




さて、主人公機の登場ですね。


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5話

 

血が滾る

 

肉体が騒ぐ

 

魂が震える

 

音が燃える

 

 

 

 

 

「…………IS?」

 

ヴィシュヌは一夏が纏ったISに見ほれていた。

 

今までヴィシュヌが見てきたどのISとも違う、戦闘用になった現在のISとは違う。それすらも超越したISの完成系と言えば良いのだろうか。

 

「凄い」

 

焔のような美しい機体は神々しささえも感じられる。

 

炎の華とは、まさにこの機体に相応しい名前だと思う。

 

「……そのIS、何処が作ったんですか?」

 

ヴィシュヌはこれほどのISを作ったのは何処の会社なのか純粋に気になった。

 

「ん?束さんだよ」

 

「束さん?」

 

企業名が出てくるかと思ったらまさかの個人名が飛び出してきた。なぜここで個人名が出てくるのか彼女はよくわからなかったが、その名前から察した。

 

「そう束さん………ああ、篠ノ之束博士って言った方が良かったかな?」

 

篠ノ之束、ISの生みの親で現在国際指名手配中の世界最高の天災。

 

だから機体に見覚えがなかったのだ。今までの機体とは全く異なる印象なのは納得がいく。

 

このISを作り上げたのが本当に彼女だとすれば、この機体はどれほど貴重なのか計り知れない。彼女の持つ技術力は世間一般の最新技術の遥か先を進んでいると言われているから。

 

「貴方は、篠ノ之束博士と繋がっているのですか?」

 

そう言えば授業中もそんな事を言っていたとヴィシュヌは思い出した。

 

「んん、繋がっているという言い方は不自然かな。普通に友達だよ、この前も会って食事したし」

 

「………………」

 

ヴィシュヌはもう空いた口がふさがらなかった。世界中が血眼になって探している篠ノ之束と気軽に食事をしている。それが信じられなかった。

 

「………何とも思わないのですか?」

 

「何が?」

 

「篠ノ之博士と今も友好を持っているということです」

 

「………………ギャラクシーさんは勘違いしてるよ。束さんは束さんだよ。俺にとっては昔から………近所に住んでる発明家のお姉さんだよ」

 

少しだけ悲しげな口調で一夏は言った。世間の人間がいくら言おうと、彼にとって束は昔から変わっていないのだ。

 

 

 

『ゴメンね、いっくん。こんなことになって』

 

 

 

「………ちょっとしんみりしちゃったね。さぁ、はじめようか」

 

フワリと一夏の乗る炎華が数十センチメートル空中に浮かぶ。

 

ヴィシュヌも同じように浮かぶ。

 

「最初は何からする?」

 

「では、軽く飛行しましょう」

 

ヴィシュヌは一夏を試すように瞬時加速で上空に飛んだ。ヴィシュヌのISは格闘戦を主体とするために並のISよりも加速度は速く、一気に最高速度に到達する。

 

チラリと下を見れば一夏はまだ地面にいる。

 

少し意地悪をしてしまったかとヴィシュヌは思った。

 

だが次の瞬間には一夏が目の前を飛んでいた。それどころか自分を抜き去って行った。

 

今の一瞬で一夏は最高速度までもっていった。

 

「……なんて加速度、それに最高速度。この機体が一瞬で追い抜かれるなんて……………」

 

ヴィシュヌは全力で飛行しているはずなのに、全力を出しているように見えない一夏に追いつくことができない。

 

機体の性能差がありすぎる。

 

ドゥルガー・シンはタイの最新型のISであるはずなのだが、一夏の炎華はそれを遥かに凌駕している。

 

これがISの生みの親が作り上げたISなのかと彼女は戦慄する。

 

間違いなく炎華が世界最高の性能を持っているとヴィシュヌは確信した。

 

「…………下がるよ」

 

一夏はヴィシュヌに向けて無線で連絡を飛ばし、地面に向けて急降下を開始した。

 

落下する時も速度を緩めることはなく、地面付近でほぼ最高速度から一気に速度を零にして急停止を行った。

 

美しい、あまりにも美しい動きであった。

 

ヴィシュヌもゆっくりと速度を落としながら地面に着地した。

 

目の裏に焼きつく先ほどの一夏の動き、あれほどの緩急のある動きができればとヴィシュヌは思ってしまう。

 

「では、次は戦ってみましょう」

 

ヴィシュヌは構えをとった。

 

一夏は代表候補生や国家代表というわけではないが実力は明らかに並の国家代表を凌駕している。

 

そんなのは動きを見ればわかる。

 

この強さが一夏本人の実力か、それとも機体の性能か、もしくはその二つが合わさった結果なのかはヴィシュヌにはわからない。

 

だがこれだけは言える。

 

一夏はヴィシュヌよりも強い。

 

「…………ああ、申し訳ないんだけど…………俺は攻撃しないけどいいかな?ずっと攻撃を躱すだけ」

 

「?いいですけど、何故ですか?」

 

現在のISはボクシングのような格闘技のように戦うことがメインで設計されている。

 

それにこの学園にいる多くの生徒たちは競技者になるために日々努力している。

 

「戦いたくはないんだ。この子で」

 

なのに一夏は戦わないと言い出した。

 

「わかりました…………では、行きます!」

 

ドゥルガー・シンが突撃する。自慢の蹴り技のために接近する必要があるから、相手を間合いにいれるために動く。

 

一発目の蹴り、ハイキックが飛んでくる。蹴りを主体にしているだけあってその動きは非常に美しい。

 

一夏の頭めがけて飛んできた蹴りを彼は上体を最低限逸らして躱す。

 

「……ふぅ」

 

今の動きだけで一夏に格闘戦の力もあるとヴィシュヌは判断した。

 

続けざまに行う蹴りの数々も一夏には簡単にかわされてしまう。その回避全てが一切の無駄がない。触れないギリギリの回避行動。

 

「ハッ!!」

 

ヴィシュヌは後ろ回し蹴りで一夏を蹴り飛ばそうとしたが、一夏は蹴りのタイミングに合わせてヴィシュヌの足裏と自身の足裏を合わせる。そして自身の足をバネにして、ヴィシュヌの蹴りを反動にしながら後方に飛び下がる。

 

「………クッ!」

 

自慢の蹴りがことごとく通用しない。

 

ならばとヴィシュヌは拡散弓クラスター・ボウを取り出して、一夏目掛けて放った。

 

放射状に広がり飛んでくる無数の矢、雨のように降り注ぐ矢を一夏はスラスターを使ってフィギュアスケートのような滑らかに地面の上を滑ってよける。

 

武装を次々と試していくがそれら全てが簡単に避けられる。

 

ヴィシュヌの中に焦りが生まれる。まさかここまで攻撃が当たらないとは一切思っていなかった。

 

当たる気配さえ感じられない。

 

明確な実力差を少しでも埋めようとするが、それをすればするほど実力が開いていっているような気がする。

 

「……………」

 

一夏はその動きを見ながら深く息を吐いた。

 

「ギャラクシーさん、落ち着いて。今の君の意識はISの意識と乖離してる。意識のない量産型ISだったら問題ないけど、君が使っているのは心のあるISだ」

 

オリジナルのISコアには意識がある。だからこそ搭乗者はコアの意識と心を繋げる必要がある。

 

「心を合わせて、そうすれば君は絶対に次の段階に進める。だから、その子の声を聞いてあげて」

 

一夏の諭すような声にヴィシュヌは我にかえった。焦りすぎてISの事を完全に忘れていた。強くなろうとしすぎていて独りよがりの行動を取りすぎていた。

 

「深呼吸して、その子の声を心で聞いてあげて……今は無理かもしれないけど、ギャラクシーさんならきっとできるよ」

 

「………貴方は、ISの声が聞こえているのですか?」

 

「うるさいくらいにはね」

 

ヴィシュヌの動きが止まり、戦闘の構えを解いた。そしてゆっくりと深呼吸を行った。

 

「終わり?」

 

一夏は尋ねた。今の彼女からは戦おうという意識が感じられなかった。

 

「………すいません、勝ってな事をしてしまって。ですが、わかったんです。やるべき事を」

 

晴れやかな顔で答えるヴィシュヌ。

 

「うん、それなら良かったよ」

 

ヴィシュヌは最近大いに悩んでいた。

 

その原因は実力の伸び悩みだ。

 

数ヶ月前からヴィシュヌは自分の前に存在している壁に気がついた。その壁を越える事ができれば自分はもっと強くなれる事を理解しているのだが、それがうまくはいかない。

 

壁を越えようとすればするほど、彼女の心の中で壁はより高くなって行った。

 

この学園にくればその壁を超えるヒントがあるかもしれないとヴィシュヌは考えていた。

 

その考えは当たった。

 

今日一夏の動きをみた時に、ヴィシュヌは壁を越えるにはこれだと思った。

 

だが違った。

 

彼女に本当に必要だったのはISと心を通わせる事、強くなろうとするあまり、ISの事を疎かにしてしいた。その事が彼女の壁を高くしていた。

 

「あの、ありがとうございました」

 

「いやぁ良いよ、気にしなくて」

 

一夏は炎華を収縮して、髪をかきあげる。あれほど激しく動いていたはずなのに、彼の息はちっとも荒れてはいない。

 

ヴィシュヌもISを解除する。ゆっくりと息を整えて、ISの待機形態である蝶タイを優しく撫でた。

 

「これからどうする、ギャラクシーさん」

 

「………あの、もしよろしければヴィシュヌと呼んでもらえませんか?」

 

「良いよ、じゃあ俺の事は一夏って呼んでよ。ヴィシュヌ」

 

「はい、一夏」

 

ヴィシュヌは好きな歌手に自分の名前を呼んでもらえて非常に心が踊っている。

 

「じゃあ、これからどうする?時間が時間だし、一緒にご飯を食べる?」

 

彼女にとっては非常に有難い誘いだ。

 

「良いのですか?」

 

「勿論、今日は一緒に飯を食べる人がいないからね。ヴィシュヌが良ければ、ね?」

 

「喜んで!!」

 

「じゃあまた後でね」

 

一夏は手をヒラヒラと振りながらシャワーを浴びるためにロッカールームに向かった。

 

「…………やった!」

 

思いがけない誘いにヴィシュヌはただただ嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中国のとある空港、そこの最高級ラウンジに一人の少女が飛行機の出発時刻を待っている。

 

「最悪ね、入学式に間に合わなかったわ」

 

少女はソファーに座りながら、イヤホンで音楽を聞いている。その近くに置かれてあるテーブルの上にはオレンジジュースがある。

 

イヤホンから流れてくる音楽は現在の世界で一番有名な男子高校生が歌っている歌だ。

 

「…………歌、別れる前よりもレベルが上がってるわね。生歌じゃなくても、ここまで心にくる歌を歌えるなんて……………これはアタシも負けてられないわね」

 

何年か前まで一緒に歌っていた男は何時の間にか世界で一番有名な男子高校生になってしまっていた。

 

「待ってなさい、一夏。アタシが行くわ」

 

 




炎華の本格的な活動は多分先になる。


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鈴だ鈴だ

サブタイトルの由来は有名なあれです。


 

クラス代表対抗戦が週末に控えた週の月曜日、一年八組の話題の中心はまさにソレだった。

 

「クラス代表戦まで一週間を切った。優勝候補は一組のセシリア・オルコット、そして我がクラスのクラス代表ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシー」

 

優勝候補は二人に絞られている。その二人は共に代表候補生で専用機持ちだ。

 

代表候補生は四組にもいるのだが、彼女の専用機の制作は遅れているために今回の代表戦には間に合わない。

 

「期待してるよ、ギャラクシーさん!!クラスのために、そしてデザートのために!!」

 

今回のクラス代表戦の優勝商品はクラス全員分のデザート無料券なので、多くのクラスメイトはソレを求めている。

 

「はは………頑張ります」

 

代表のヴィシュヌはクラスメイトたちの迫力溢れる、デザートに飢えた獣の目で見られて少し引いている。

 

 

 

 

「一夏はいる!!??」

 

 

 

バーンッ!!と音がなりそうな勢いで教室の前の扉が開かれ、一人の女子生徒が教室に入ってきた。

 

髪型をツインテールに整えてある平均身長よりも小さな少女は、教室に入ってくるなり周囲を見回した。

 

教室に元からいた人たちは何が起きているのか事態をうまく飲み込めず、また一夏は窓際の席でヘッドホンを付けて目を瞑りながら上機嫌に音楽を楽しんでいる。

 

「……ん?」

 

「……あ!」

 

一夏はクラス全体が静まり返っていることに気がつき、ヘッドホンを外して目を開けた。周囲を見回し、少女が目に入った。

 

そして少女は窓際の席に座っている一夏に気がつき、思わず指差してしまった。

 

「鈴!!」

 

「一夏!!」

 

一夏は椅子から勢い良く立ち上がった。

 

そしてそのまま二人は近づいて、再会を喜ぶ軽いハグを交わした。

 

クラスメイトたちから黄色い歓声が響き渡る。いきなり教室に人がやってきたかと思ったら、この学園唯一の男子生徒とハグを交わした。

 

「何だよ鈴、お前もこの学校に来てたのか!?連絡くれりゃあ良かったのに」

 

「ちょっと本国の方で用事があって入学が遅れたのよ。今日から二組に編入することになったわ」

 

「そうか、まあ立ち話もなんだから席に座れよ」

 

一夏は誰も座っていなかった自分の隣の席に鈴を座らせた。

 

「ネットで色々見たぜ、流石は鈴だな」

 

「ありがとう、アタシもこの一年間タダで過ごしていたわけじゃないのよ。あの時言ったでしょ、『もっと凄くなる』って。それを実行したまでよ」

 

クラスメイトを置いてけぼりにして自分たちの空間に入り込んだ二人。

 

「……アレ?」

 

ここでようやくヴィシュヌは鈴が誰なのか気がついた。

 

凰鈴音、ISの操縦を始めてからたったの一年で中国の代表候補生に登りつめた天才少女。

 

彼女にはもう一つ顔がありそれは────

 

「キャアアアアアアア!!鈴ちゃんだァアアアアアアア!!」

 

「マジ鈴ちゃん!?ガチ鈴ちゃん!?リアル鈴ちゃん!?」

 

「え?誰?」

 

「ご存知ないのですか!?彼女は今中国で大人気の歌って踊って操縦できるスーパーアイドル系代表候補生、凰鈴音ちゃんです!!日本でも最近話題になってきています……先月の日本でのライブ行きたかった」

 

キャーキャーこと先ほどまでの沈黙とは打って変わってクラスメイトたちは一気に喋り出した。

 

「……有名になったな」

 

「まあね、この一年間は代表候補生になるだけじゃなくてアイドル活動もしてたからね」

 

「アイカツだな」

 

「……………まあ、そんなこんなで気がついたらこういうことになっていたのよ」

 

凰鈴音、一夏にとって一番の女友達であり彼女が出身国である中国に帰るまでは彼女も一夏達のバンドのメンバーだった。

 

中国に帰った一年間の間に代表候補生に上り詰めるだけではなく、アイドルとしても活動している。

 

つい先日、ライブも行った。

 

「ねえねえ織斑くん、凰さんとはどういった関係なの?」

 

一夏と鈴音が仲良く話しているのを不思議に思うクラスメイト達。

 

「え?ああ………なんだろうな。うん、うまく説明できねえな」

 

顎に手を添えて考える一夏、単なる女友達だと言ってしまえば簡単なのだが、本当にそれだけで済むモノなのかと思ってしまう。

 

「友達でバンド仲間だったのよ」

 

代わりに鈴音が答えてくれた。

 

へぇー、と頷くクラスメイトたちはそれ以上何も聞いてこなかった。

 

 

キンコンカンコンとチャイムがなり、朝のホームルームが始まるのを告げる。

 

「あ、それじゃああたしはクラスに戻るから、またあとでね」

 

鈴音は手を振りながらクラスへと帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日この日、IS学園の一年生達の大半はテンションが上がっていた。

 

今日からISを使用した授業で射撃訓練をおこなう。射撃訓練の最初は全クラス纏めて行われるために、最も大きなメインアリーナに全員集められる。

 

一年八組の生徒以外は織斑一夏を間近で見れる今日この日を入学の時から心待ちにしており、一年八組の生徒は織斑一夏が他のクラスの人間に見られるために早く終われと思っている。

 

一夏のIS操縦の腕前の良さは既に他のクラスに広まっており、あわよくば一夏に直接教えてもらいたいと思っている生徒もチラホラいる。

 

「あのー、織斑くん?織斑くんはいませんか?」

 

だが肝心の一夏の姿はメインアリーナの中には何処にも見当たらず、一年一組の副担任は慌てている。

 

「先生、凰さんの姿も見当たりません!」

 

「ええっ!?」

 

そして今日転入してきたばかりの凰鈴音の姿もどこにも見えなかった。

 

「あのバカ二人は」

 

一夏の姉であり、また凰の事もよく知っている千冬は頭を抱えていた。

 

彼女は一夏がこの授業にでない理由に心当たりがある。

 

「後で補習だな、コレは」

 

一夏が来ないとわかった一年八組以外の多くの生徒達のテンションは下がり、一年八組の生徒達は勝ち誇ったような顔をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「〜〜♪」

 

IS学園屋上、一夏はこの場所にいた。

 

アコースティックギターを弾きながら優しく歌を歌っている。

 

IS学園は周りが海で囲まれているために海風がよく吹く。特にこの屋上は心地のよい風が通り抜けてくれる。

 

既に授業は始まっているために完全なサボリだ。しかし一夏はそんな事を気に留める様子は一切なく、風を身体で浴びながら自分の世界に入り込んでいる。

 

「やっぱりここにいた」

 

屋上に上がるための扉が開かれ、凰鈴音が姿を表した。

 

どうやら彼女も授業をサボったようだ。

 

「最近調子はどう?」

 

鈴音は一夏に近づき、隣に座ると自然と肩を寄せた。

 

「歌に関しては問題ない。お前がいた頃よりも上手く──」

 

「──そうじゃなくて、そっちの方よ」

 

「………ああ、問題ない。この前も束さんに検査してもらったから、異常はないってさ。後何年かすれば検査も不要になる」

 

「………そう」

 

鈴音は今の一夏の身体がどうなっているのかよく知っており、その事を誰にも話してはいない。

 

「授業、サボって良かったの?」

 

「……さあ、大丈夫だろ。今日以外はサボってないし、動作の実技は満点だし…………そういうお前はどうなんだ 」

 

「あたしは代表候補生だからそういうの免除されるの」

 

ズルいと一夏は思ったが、自分がこの学園に入れているのもズルのようなモノなので何も言わなかった。

 

「こうしてると中学二年の時を思い出すわね」

 

鈴音にとっては中学時代、特に日本での最後の一年間になった中学二年生の時はとても楽しい時間だった。

 

ノリと勢いで仲良し四人組でバンドを組んだかと思ったら、勢いそのままにお世話になる事になるライブハウスに突撃して演奏を聞かせた。

 

他にも全力で青春を楽しんできた。

 

今思えばかなり無茶をしたモノだと鈴音は思った。

 

「来週実家に帰って、そのままライブハウスで歌うことになってるけど、来るか?」

 

一夏達のハンドの中で、鈴音の役割はサブボーカル兼ギター。最初はギターをうまく弾けなかった鈴音であるが、一夏によるマンツーマンレッスンのおかげで上手に弾けるようになった。

 

「良いわよ、あたしも弾や数馬と会いたかったし………どうせその後はあんたの家で夜通し遊ぶんでしょ?あたしももちろん行くわ」

 

「オーケー、後であいつらに連絡しとくわ………歌うか?久しぶりに」

 

一夏はギターを小さく持ち上げて鈴音に聞いた。

 

「良いわよ、それで何を歌うの?」

 

鈴音が聞くと一夏は無言でギターを弾き始めた。

 

そのメロディーを鈴音は知っている。というか知らないはずがない。

 

この歌は一夏や鈴音のバンドが始めてメンバー全員の力を合わせて作った歌だからだ。

 

その時のことも良い思い出だ。

 

みんなで一夏の家に泊まり込んで、完成させた思いで深い歌。

 

「〜〜♪」

 

「ーー♪」

 

鈴音がメインで歌い、一夏が彼女の歌に合わせてハモりを入れる。

 

今この場所だけは二人だけの空間だ。誰にも邪魔をされることなく歌を歌える。

 

数分間、フルで歌い、ようやく歌が終わり一夏が最後にギターの弦を弾いた。

 

「…….また、上手くなってるな」

 

「それはコッチのセリフよ」

 

互いに実力を賞賛し合う。

 

 

 

「────そこの授業をサボっている不良少年と不良少女、お姉さんとちょっとお話しない?」

 

何時の間にか屋上にはもう一人生徒がいた。いつやってきたのかはわからないが、恐らく二人が上機嫌で歌っているうちに入ってきたのだろう。

 

「……あんたもサボってね?」

 

「……そうね。でも一夏、そういうのは言わない方がいいわ」

 

今は授業中であるため、この場にいるということは目の前にいる彼女も授業をサボっている事になる。

 

「……更識楯無さん……でしたっけ?生徒会長でロシアの国家代表の」

 

「あら、知ってたの?」

 

やってきた彼女の名前は更識楯無、IS学園の生徒会長でロシアの国家代表。その他にも肩書きがあるみたいだが、ここでは割愛させてもらう。

 

「この前偶々テレビで特集してたから、そこで初めて知った」

 

「………そ、そう」

 

喜んで良いのか、それともそれまで知られていなかった事を悲しめば良いのか楯無はわからなかった。

 

「それで、何のようですか?俺たちは今一年ぶりの再会を喜んでいる最中なので、できれば早く用事を済ませて欲しいのですが」

 

楯無の方を見る事なくギターを弄っている一夏、彼は楯無の事に興味がないようだ。

 

 

 

「お姉さんと戦ってみない?」

 

 

 

楯無から出された提案を聞いた一夏は顔を動かさずに視線だけを楯無に向けて直ぐに元に戻した。

 

「嫌だ」

 

「あら、どうして?国家代表と戦える機会なんて滅多にないわよ。将来、織斑先生みたいにモンドグロッソに出るなら経験してたほうが良いと思うけど」

 

楯無は一夏の将来の事を勝手に決めつけてしまっていた。彼も彼の姉と同様に国家代表になりモンドグロッソの頂点を目指すモノだと思っていた。

 

「そもそもそんなモノに出る気は一切ないですから。姉さんが目指したからといって俺が目指さないといけない理由には成りません。俺は俺で、姉さんは姉さんですから、そこは見誤らない」

 

意外だと楯無は思ったが、顔には一切出さなかった。

 

「だったら、どうしてあんなにISの操縦がうまいのかな?君の動きは明らかに国家代表のソレよ。何処で練習したの?」

 

楯無は撮影したビデオで一夏の動きを確認しており、実力の高さを知っている。少なくとも数回乗った人間の動きではなかった。

 

「え?束さんのところですけど」

 

「…………隠す気はないの?」

 

「隠す?何故?俺と束さんは昔から仲良しですから……リハビリのためにISに乗っていたんですよ」

 

「リハビリ?それって──」

 

「おっと、それ以上は秘密ですよ。人には秘密が必要ですからね。貴方も何か秘密があるんでしょ?」

 

楯無は一夏に対して僅かに警戒を示した。彼が何処まで彼女のことを知っているのか、何処までも知っているのかそれとも何も知らないのか全くわからない。

 

「どうしてお姉さんに秘密があるって思ったの?」

 

「秘密のない人間はいませんからね、単なる勘ですよ。まあ、その反応と貴女の音から判断すると大きな秘密を持ってるようですね」

 

ジャランジャランとギターで音を優しく鳴らし続ける一夏、彼は既に楯無との会話に興味を持たなくなっているのかもしれない。

 

弦の張りを微調整しながら最適解を探す。

 

「……………そう、それじゃあ最後に一つだけいいかしら?」

 

「ご勝手に」

 

「貴方の専用機、アレは一体何?」

 

つい先日、一夏の専用機である『炎華』の情報が全世界に解禁された。

 

「何って言われましても、単なるISですよ」

 

明かされた情報は機体のスペックと搭載されている機能の極一部、なのだがそれだけでも世界は度肝を抜かれた。

 

「あの異常なスペックは何なの?」

 

「俺は専門家じゃないんでわかりませんよ。作った奴に聞いてください」

 

スペックは現在の最新鋭機である第三世代型ISと比較しても倍以上の性能差が存在している。

 

「それは篠ノ之束博士にってこと?」

 

倉持技研が製作したことに表向きはなってはいるが、もちろん嘘だと皆が気がついており、裏に篠ノ之束が存在していると勘付いている。

 

炎華は全世界に向けて篠ノ之束が出してきた明確な技術力の差の証明のようなものであった。

 

「え?違いますよ。これ作ったの束さんじゃないですよ。束さんはコレの整備をしてくれているのであって、作ったのは別ですよ」

 

「え?」

 

読みが外れた。てっきり篠ノ之束が作り上げた機体だと思っていたが、目の前にいる一夏から否定されてしまった。

 

嘘をついている様子はまったくない。

 

今まで本当の事を話しているのだから此処だけ篠ノ之束が作ったものではないと嘘をつく理由はない。

 

(……じゃあ、誰が)

 

此処までの技術力を持っている人間を楯無は篠ノ之束以外知らない。というか彼女と肩を並べられるほどの技術者がこの世に存在しているのかも怪しい。

 

いくら考えても答えは出てこない。

 

「もういいですか?鈴、別の場所に行くぞ」

 

「わかったわ」

 

一夏と鈴音は立ち上がり、楯無の横を通り過ぎて出口に向かう。

 

「待って!」

 

大声を出して呼び止める楯無、一夏は大きく息を吐いてから振り返った。

 

「まだ何か用っすか?」

 

「貴方のIS、いつから持ってたの?待機形態らしきモノは、荷物検査の時に確認できなかったし、輸送されてきた形跡もない………いつから持ってたの?」

 

「そんなの最初からですよ、ずっと前から俺は持ってましたよ」

 

一夏はそれだけ伝えると立ち去り、屋上には楯無だけが残された。

 

「……わからない、彼が、わからない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




この作品的に鈴音はアイドルにしなければと思った。後悔はしてない。


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7話

みんな大好きチョロコットさんことセシリア・オルコット登場。

この作品では少しだけ性格が変わっています。


 

 

放課後になり一夏、ヴィシュヌそして鈴音の三人はアリーナに集まって練習を行おうとしていた。

 

鈴音のISは甲龍、中国の第三世代型ISで龍砲と呼ばれる両肩の近くに浮いてある非固定ユニット武装が特徴的なISなのだが…………

 

「何でスピーカー?」

 

龍砲が存在している場所には何故かわからないが非固定ユニットのスピーカーがあり、武装も双牙天月というモノがなくなっており、代わりにスタンド付きのマイクとギターがあった。

 

「昨日までライブでIS使ってたから……今の甲龍は完全にライブ仕様になってるから戦闘能力がほぼないのよ」

 

鈴音のライブの最大の特徴はISを使用したど派手なステージパフォーマンスである。

 

会場を自由自在に歌いながら、飛び回り、踊る様子は一度見たモノを魅了する。

 

今の甲龍はそのライブ専用に調整されている。

 

武装は一切積まれておらず、最高速度は通常の半分程度に抑え込まれており、何かとぶつからないように自動ブレーキシステムなどが積まれている。

 

つまり今の甲龍は一切戦う事ができないのだ。

 

「ライブが終わって直ぐに日本に来たから、元に戻してないのよね。来週には本国から技術者がやって来てくれるから、それまでは今のまま…………だから今回のクラス代表戦も辞退したのよ」

 

多くのクラスメイトからクラス代表になって試合に出てくれと頼まれていたのだが、甲龍がこんな現状なのと、入学してきたばかりの自分がなるのはおかしいという事で辞退した。

 

「良いじゃん、歌うか?」

 

一夏は炎華の収納領域から一本の焰色のギターを取り出した。

 

炎華の背中付近にある非固定のウイングスラスターに付けられてある巨大なスピーカーからギターを掻き鳴らす音が響く。

 

「良いわね」

 

鈴音もギターを呼び出して掻き鳴らす。

 

置いてけぼりになっているヴィシュヌではあるが、一夏と鈴音の

歌を間近で聞けるのでそんな事は全く気にしていないのであった。

 

「ahhhhhhhhhhh!!!!」

 

一夏の全力のシャウトが、ヘルメット内側につけられたマイクを通してウイングスラスターのスピーカーを通してアリーナ全体に響き渡る。

 

 

 

──パン!!

 

 

 

 

 

 

突然の発砲音に驚いて一夏は演奏を止めてしまい、音がなった方向をみる。

 

「お騒がせしてしまい、申し訳ありません。単なる空砲です」

 

青い色のIS、それは普通の量産機とは異なり専用機である。

 

空に向かって空砲を撃った少女は銃をISの中に納めると一夏達に向かって歩き出した。

 

「ブルー・ティアーズは──」

 

「『蒼鉄(ソウテツ)の女』、セシリア・オルコット」

 

鈴音とヴィシュヌの二人はその少女が乗っているISに見覚えがあり、それゆえに操縦者のことも知っていた。

 

名前を聞いて一夏も少女のことがわかった。以前テレビで彼女のことについての特集があったのを偶然見ていたのだ。

 

「あら、申し訳ありません。私とした事が自己紹介を怠ってしまいました……………私の名前はセシリア・オルコット、イギリスの代表候補生で一組のクラス代表を務めています」

 

スカートの裾を上げるようなそぶりと共にオルコットは一夏達に向けて一礼した。

 

「織斑一夏、以後よろしく」

 

一夏もギターを収縮してオルコットに向けて一礼した。それに続いて、二人もオルコットに向けての自己紹介を済ませた。

 

「てかどうして来たの?この時間帯はあたしたちが使うことになっているはずよ?」

 

鈴音はアリーナ使用許可証を取り出して、オルコットに見せた。

 

そこには確かにこの時間帯の使用許可を認める印が押されてある。

 

「……ああ、やはりですか」

 

オルコットも許可書を取り出して一夏達に見せた。そこに書かれてある時間帯と場所は一夏達と同じもので、しっかりと確認印も押されてある。

 

「私もこの時間帯にこのアリーナを使う予定になっています………どうやら担当者にミスがあったみたいですね」

 

「みてえだな……だったら俺たちがこの場を退くから、あんたが訓練して良いぜ……良いか?」

 

一夏は二人に確認を取ると、二人とも了承の首肯をしてくれた。

 

「待ってください」

 

三人が荷物を纏めてこの場所から立ち去ろうとするのをオルコットは呼び止めた。

 

「もし貴方方が宜しければ、一緒に訓練を行いませんか?私としては情報を集めたいですし……」

 

オルコットの視線が一夏に向けられる。正確にいえば彼が乗っている炎華に向けられている。

 

炎華についてはある程度の情報が公開されてはいるが、隠された部分に関して各国は興味を示している。

 

オルコットがこうして提案してきたのも炎華についてのデータを集めるのが目的なのだろう。

 

「俺は良いぜ、二人はどうだ?」

 

「あたしは大丈夫よ」

 

「私も大丈夫です。それに、今度のクラス代表戦で戦うかもしれないので、生の動きを見たいです」

 

ヴィシュヌはギラついた目でオルコットを見ている。

 

「……そうでしたね、ギャラクシーさんとは今度のクラス代表戦で戦うことになるかもしれないですわね。その時はお手柔らかにお願いします」

 

「此方こそ、よろしくお願いします」

 

二人の間にギラついた空気が広がるが、そんなものは一夏にとっては関係ない。我関せずと言った様子で鈴音と喋っている。

 

「……織斑さん、一つ聞いてもよろしいでしょうか?」

 

「ん?何?」

 

「どうして今日の授業に出席しなかったのですか?」

 

オルコットとしては今日の訓練で一夏の動きを見たかった。国家代表クラスと噂されている実力、それがどれ程のものなのか気になって仕方がない。

 

それなのに、一夏はこなかった。それがオルコットは不満だった。

 

「何でって言われても……今日の授業、銃を使っただろ?この子が銃を使いたくないって言ってたから、休んだ」

 

一夏は右手の人差し指で自分の心臓近くを指差しながら答えた。

 

「この子?」

 

「ああ、ISの意思だよ。こいつが俺に銃を使いたくないって言ったからな。不貞腐れたら面倒だからな、こいつの意思に従ったんだよ」

 

一夏はISコアの声を聞くことができる能力を持っている。その能力を持っているのは世界でも極僅かである。

 

「………貴方は、ISの声が聞こえるというのですか?」

 

疑うような目と声でオルコットは聞いてくる。彼女は一夏がその能力を持っているのが信じられないようだ。

 

「聞こえるさ。信じてもらえないかしれねえけど、俺は聞こえてる」

 

「その真偽は私では確かめる事はできません…………そして、もう一つ質問をしてもよろしいでしょうか?」

 

「何?」

 

オルコットの目が先程よりも真剣なものになった。

 

「貴方は()のISをどうお思いですか?」

 

嘘を吐くな、オルコットの目は一夏にそう告げている。自身が思っている事をそのまま直接ぶつけて来いと告げている。

 

だから一夏も正直に述べた。

 

「兵器だよ」

 

その言葉を聞いたオルコットは目を開いた。予想外の言葉だったのか、それとも何か別の事が要因なのかわからないが彼女は驚いている。

 

「元々束さんはそういったモノとして作ったんじゃないけど、今のISはその殆どが兵器だよ。使い方によっては人なんて簡単に殺せる。ISをスポーツだという人もいるけど、俺は思わない」

 

「………」

 

一夏の考えを真剣に聞いているオルコットは一度だけ頷いた。

 

「………成る程、貴方はISを使えるからといって浮かれるような馬鹿ではないようですね。それを聞いて安心しましたわ」

 

硬く引き締まっていた彼女の表情が少しだけ柔和にほどかれる。

 

「言いたくはないですが、ISは確かに兵器ですわ。それなのにこの学園にはその事を重々に理解していない人たちが多すぎます。代表候補生の中でさえソレを理解できずにISを使えるから偉い、女が偉いなんて勘違いしてる方もいらっしゃいますし」

 

「随分な言いようだな、まるで特定の誰かについて言っているみたいじゃないか」

 

「あら、失礼。私とした事がはしたない所を見せてしまいましたわ……………ですが、言いたくもなりますわ。代表候補生の中にはそういった訳のわからない女尊男卑の考えを持った方がいらっしゃいますモノ、少しは愚痴りたくなりますわ」

 

実際にオルコットには何か心当たりがあるのかもしれないが、一夏は深く追及しようとはしなかった。

 

人間だれしもが嫌だと思う事は一つくらいあると理解してるからだ。

 

「……そういった意味では、私は貴方の事を尊敬していましてよ……凰鈴音さん」

 

「え!?あたし?」

 

自分の名前が出せれたのが予想外だったのか、鈴音は自分を指差して驚いている。

 

「ええ、貴方のこの前のライブ拝見いたしました。ISの活用方法の一つ可能性を見れた非常に良いライブでした。勿論歌やダンスも素晴らしいモノでした。ああいった使い方も良いモノですわね」

 

彼女からの心からの褒め言葉だった。

 

「……なんだか照れるわね………よし、練習しましょう!」

 

照れを誤魔化す為に鈴音は上空に飛び上がって行った。

 

「そうですわね、このまま立ち話をするのもなんですもの」

 

オルコットはブルーティアーズを使って飛び上がろうとしたその時だった。

 

「なあ、俺からも一つ聞いて良いか?」

 

「何でしょう?」

 

 

「あんた、ピアノは弾くか?」

 

何故一夏はそんなことを聞いたのかよくわからないが、彼なりに思うところがあったのだろう。

 

「……………いいえ、弾きません」

 

先程までの凛々しい表情とは打って変わって、感情が一切こもっていない虚無の表情でオルコットは答えた。

 

彼女は答えると直ぐに上空に飛び上がり、練習を始めた。

 

 

 

クラス代表戦まであと数日。



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8話

 

 

クラス代表戦当日、ヴィシュヌは下馬評通り勝ち進んで行き、無事決勝戦を勝ち抜いた。

 

ヴィシュヌは運良く代表候補生のだれとも戦う事なく決勝に進む事ができた。

 

対戦相手は一組のクラス代表であるセシリア・オルコット、彼女は準決勝戦で四組の代表で日本の代表候補生である更識簪を打ち破り、決勝への駒を進めた。

 

「ヴィシュヌさん!頑張ってね、これに勝てば優勝よ!!」

 

「ヴィシュヌさんならきっとできるわ!!」

 

試合開始まで三十分を切ったというのに、ヴィシュヌの控室はクラスメイト達がたくさん詰めかけていた。

 

「ええ、勿論。ここまできたなら、勝ちます」

 

ヴィシュヌはクラスメイトの応援に明るい笑顔で答えた。

 

ヴィシュヌはそろそろ試合に向けて準備をしたいと思ってはいるが、クラスメイト達の善意を無碍にするわけにはいかない為に何も言えない。

 

「はいはい、みんなそろそろ出るぞ。ヴィシュヌも試合に向けて集中しないと行けねえからな」

 

だからそれを察した一夏はヴィシュヌが言いづらい事を代わりに話してくれた。

 

「ええー、もうちょっとだけ」

 

「駄々を捏ねてもダメだ。ほら、出ていくぞ」

 

一夏はクラスメイト達を出口まで誘導していく。クラスメイトは出て行く最後の最後までヴィシュヌに対して応援の言葉を述べていた。

 

最後の一人を部屋の外に出したところで、一夏は一息ついた。

 

「悪いな、試合開始前だっていうのに押しかけちまって」

 

まず述べたのは謝罪の言葉。

 

「いえ、気になさらないでください。皆さん善意でしてくださった事ですから」

 

「そうか、それならよかった…………んじゃあ俺も出ていくからよぉ、頑張れよ」

 

一夏もヴィシュヌの邪魔をしては悪いと思い、急いでこの部屋から立ち去ろうとする。

 

「──待ってください」

 

だがソレをヴィシュヌが止めた。

 

「どうした?」

 

「あの、少しお話をしませんか?緊張してしまってるので……そ、その、解したくて」

 

少しだけ赤面しながらヴィシュヌは一夏にお願いをした。

 

この部屋の中には自分と一夏の

二人だけ、狭い部屋の中に男女二人だけ。

 

男性が苦手なヴィシュヌではあるが、何故二人霧になるようなシチュエーションを自分で作ってしまったのか自分でもよくわかってはいない。

 

「おう、イイぜ」

 

一夏は扉近くに置かれてあった椅子に座った。彼としては早く出て行ってあげるのが彼女のためになると思っていたが、止められては仕方が無い。

 

「………あ、あの、試合前にこんな事を言うのは何ですが、私は彼女に勝てるでしょうか?」

 

彼女──セシリア・オルコットは強い。

 

入学試験の際に教員を量産機で倒した実力は伊達ではない。次期国家代表筆頭とイギリスで呼ばれている彼女の実力は各国の代表候補生の中でも上位に入るのは間違いない。

 

ヴィシュヌも実際に彼女と訓練を行ってその実力をマジマジと感じてしまっている。

 

セシリアの腕前はヴィシュヌよりも上、彼女自身がそう思ってしまっているのだ。

 

「………不安なのか?」

 

「ええ、彼女の実力は………こう正直に言いたくはないですが、私よりも上です。戦っても勝てるかどうか…………」

 

試合前だと言うのにヴィシュヌは凄く気持ちが落ちてしまっている。

 

このままでは気持ちの面でオルコットに負けてしまう。

 

「………自信がないのか?」

 

「ええ」

 

彼女は何度か脳内でオルコットとの戦闘をシミュレーションしてみたが、勝てるイメージが思い浮かばないまま毎回負けてしまっていた。

 

「ヴィシュヌ!!」

 

「は、はい!?」

 

一夏がいきなり大きな声を出したので、ヴィシュヌは思わず驚いて猫背気味になりかけていた背中をピンッとまっすぐ伸ばした。

 

「ほら、そうやって背中を伸ばして……仮に君の実力が彼女に負けていて、それなのに気持ちの面でも負けてたら、何も勝てないよ。だから自信を持って」

 

「…………」

 

「ISを動かすのに大切なのは心だよ。それを忘れないで…………それでも、もし君が自信を持てないというなら、俺が代わりに持つ。君はきっと彼女に勝てる。俺は信じてる。だって今まで一緒に練習してきたじゃないか……だから、自分を信じて。君のISはソレを望んでいるから」

 

一夏の言葉を聞き、ヴィシュヌは一度大きく深呼吸を行った。体の中に溜まっていた嫌な気を全て吐き出して、新しい良い気を体の中に取り込もうとしている。

 

そして深呼吸を終えた彼女は、不安に怯えていた目から自信に満ち溢れた目に変わっていた。

 

「すみません、不安になってました………そうですね、私も信じてみます。貴方が信じてくれた私を、絶対に勝ってみせます」

 

「…………緊張は解けたかな?」

 

「はい!もう大丈夫です」

 

その言葉を聞いた一夏はユックリと立ち上がった。

 

「そう言う事なら俺はもう出るぜ………校舎の屋上から応援してる」

 

「……アリーナでは見ていかないのですか?」

 

ヴィシュヌとしては自分が戦う姿を一夏に見て欲しかった。

 

「俺のISが歌を聞かせてくれと五月蝿くてね…………それに、大丈夫何だろ?今のヴィシュヌにはその子もいるから」

 

挑発的な笑みを一夏はヴィシュヌに向けた。

 

「………ええ!」

 

ヴィシュヌは一度だけ強く首肯を行い、一夏はソレを見て満足気に笑った。

 

「じゃあ問題ない。応援してるぜ」

 

手をヒラヒラと振りながら、一夏は控室から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わってもう一つの控室、此方には一組のクラス代表であるセシリア・オルコットがいた。

 

この部屋は先ほどまで大勢のクラスメイト達で賑わっていたヴィシュヌの控室とは違って、セシリアしかこの部屋にはいなかった。

 

勿論クラスメイト達は応援に来たのだが、セシリアがこの部屋にいれる事を拒んだ。勿論来てくれた事に対する感謝の言葉は述べた。

 

電気を殆どつけていない薄暗い部屋の中で、セシリアは一人ベンチに座って瞑想を行っていた。

 

何一つ音がしない空間の中でセシリアは自分自身と向き合っていた。

 

これから戦うヴィシュヌとの実力差はある程度理解している。

 

十回戦えば八回から九回は自分が勝つのは間違いない。だがこの戦いで残りの一回と二回を引いてしまうかもしれない。

 

だからこそ入念な準備を行うのだ。

 

相手より実力が上だとかは関係がない。

 

芽はシッカリと摘むのだ。

 

 

 

『あんた、ピアノは弾くか?』

 

 

 

セシリアは不意に以前一夏に言われた言葉を思い出してしまった。

 

何故ソレを言われたのか、何故ソレを思ったのか、何故ソレに気づいたのか。

 

セシリアは様々な思う事があった。

 

「ピアノなんて………」

 

セシリアはベンチに座りながら、だれもいない、何も存在しない虚空に向けて言葉を呟いた。

 

『セシリアはピアノが上手ね。将来はピアニストかしら』

 

思い出してしまう。脳の奥底に、思い出さないように閉じ込めていた記憶が漏れ出て来てしまう。

 

『セシリアは将来美人になるだろうから、みんなから愛されるピアニストになるだろうな』

 

遠い昔の記憶だ。

 

今は亡き両親から言われた言葉を思い出してしまった。

 

セシリアはその昔将来を有望視される天才ピアニストだった。彼女が大人になれば間違いなく世界最高のピアニストになれる。そう言われ続けてきた。

 

しかし。

 

『強くならないと、強くなってこの家を守らなければ………私が、当主だから』

 

両親が死んだ時でさえ、セシリアは強く気高くあろうと涙を全て堪えた。

 

流れる筈の涙は彼女の瞳にとどまり、彼女の青色の瞳と混じり合い、青色の涙になった。

 

両親は今の自分を見たらなんと言うだろうか、セシリアはそんな事何度も何度も考え、そしてオルコットの家の為に押さえつけて来た。

 

「ええ、そうですわ。私は国家代表になって、その先に進まなければならない。オルコット家を守る為に……だから」

 

『私の両肩にはオルコット家に関わる全ての人の生活がかかっている。だからもっと強くならないと………だから』

 

あの日、決意した。

 

自分を変える為に、己が最も大切にしているモノを過去に置いてきた。

 

「『ピアノは弾かない』」

 

彼女は彼女が強くなる為に、両親との思い出を過去に置き去りにした。

 

 



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聞かせろ

スランプ……


「〜〜〜〜♪♪」

 

そろそろクラス代表戦の決勝が始まろうとしている時間、一夏は一人校舎の屋上でギターを弾きながら歌を歌っていた。

 

その歌は子供を寝かせつけるような優しくてユックリとした子守唄のようなものだった。

 

屋上には心地の良い海風が吹いており、一夏はすでにこの場所で何回もギターを弾いて歌っている。

 

「………」

 

一夏は突然歌をやめ、ギターを弾く手を止めた。

 

「……ああ、やっぱ変だ。今日は一段と声が大きい…………あ?お前には言ってないから安心しろ」

 

誰もいない虚空に向けて一夏は会話を始めた。

 

「あの時だ。あの時の事を今になって思い出してきやがった」

 

一夏は昔………白騎士事件が起きた日の事を思い出した。

 

宇宙から隕石が降ってきた日の出来後を………あの日から一夏を取り巻く環境は大きく変わったと言っても良いのかもしれない。

 

「……でも何で今思い出してるんだ?」

 

その時だ。

 

「あ、やっぱりここにいた」

 

屋上にはいるためのドアが開かれ、凰鈴音が姿を表した。

 

「……鈴」

 

「ここにいていいの?そろそろヴィシュヌの試合が始まるのよ。会場にいないから探しに来たのよ」

 

鈴音は先ほどまで準決勝でヴィシュヌに負けた二組のクラス代表の子を慰めていた。

 

その子の調子がだいぶ元に戻ったのでこうして一夏を迎えに来たのである。

 

「……いや、俺は行かねえよ。ヴィシュヌにもそう伝えてある」

 

「へえ、練習に付き合ってたから、てっきり見るものだと思ってたから探しに来たのに……コレじゃあ無駄足じゃない」

 

鈴は一夏の隣には座らず、その近くに置かれてあったベンチに座った。

 

「……どうしたの?様子が変だけど」

 

「……いやな、なんかこう……どうも……変な感覚がするんだよなぁ。こう上手く説明できないが

IS以外の何かをさっきからずっと感じてるんだよ」

 

「…………たまにあるやつじゃないの?」

 

「それに限りなく近いが別だ。なんて言うか、コッチに向けて声を出してる?」

 

「何それ?」

 

鈴は一夏が言っていることがよくわからなかった。一夏は時たまこう言ったことがあるが、今日は一段と酷い。

 

「始まるわね」

 

「……ああ、そうだな」

 

屋上に備え付けられてある時計が試合開始時刻を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合開始を告げるブザーがメインアリーナに鳴り響く。

 

観衆の盛り上がりはすでに最高潮、溢れ出てくるパッションがアリーナ内部の気温を周囲よりも何度も高くしている。

 

それとは対象的にこれから戦うことになるヴィシュヌとセシリアの二人は非常に落ち着いていた。

 

遠距離型のISであるためにヴィシュヌとの間に一定の距離を取ろうとするセシリアに対して、ヴィシュヌは常に距離を一定に保つように動き続ける。

 

距離が離れてしまえば近接格闘を得意としているヴィシュヌは一気に不利になってしまう。

 

距離を詰めすぎず、取りすぎず、攻めに移るその瞬間まで耐え忍ぶ。

 

セシリアとしては一気に距離を取りたいが、ヴィシュヌの操縦の上手さと機体の性能を十分に理解するためにそれが困難であると理解している。

 

「……」

 

なので策の一つを切ることにした。

 

セシリアは僅かに速度を上げると、それに合わせてヴィシュヌも速度を上げて彼女を追いかける。

 

その瞬間にセシリアはブルーティアーズのスカート装甲からミサイル型のBT兵器を撃ち出した。

 

「チッ!」

 

ヴィシュヌはその存在のことについては知っていたが今までの彼女の練習試合を見て来たが、こんな序盤でコレを撃って来たことはなかった。

 

ヴィシュヌがそれに対して武装『ロウ・アンド・ハイ』で作り出したエネルギーの刃を飛ばして爆発させる。

 

だがセシリアにとってはヴィシュヌがミサイルに対する僅かな時間でも彼女にとっては非常に十分であった。

 

ヴィシュヌとの距離を一気に突き放し、彼女は自分の間合いを作り上げる。その距離はたとえヴィシュヌが接近戦を得意とするISがよく使用する瞬時加速を行っても反応できるほどだ。

 

セシリアはスターライトmkⅢを構え、そしてブルーティアーズという機体名の元にもなったBT兵器『ブルーティアーズ』を四基周囲に展開させる。

 

ティアーズはヴィシュヌを球場に取り囲む。

 

「……ふぅ」

 

ヴィシュヌは息を吐いてさらに気持ちを引き締める。本来ならコレを展開される前に一気にカタをつける予定であった。

 

コレを展開する前と後では勝てる確率が大幅に変わってくる。

 

今のヴィシュヌは5機のISに取り囲まれているようなものだ。

 

(……だが、コレを展開している間は彼女は動けない。それに彼女は接近戦用の武装『インターセプター』を十分に使いこなせてはいない…………勝機があるならそこ)

 

ヴィシュヌはオルコットの事をある程度研究していたために彼女と戦った際の勝機は考えてある。

 

そんなことを考えているうちに四基のティアーズから次々とビームが撃ちだされる。

 

ヴィシュヌはコレを躱しながら、手に拡散弓クラスターボウを呼び出した。大量に矢を撃ちだすコレならば空中をちょこまかと動き回るティアーズを破壊できる可能性が高い。

 

セシリアもこの装備については知っていたようで、矢を警戒してかティアーズが描く球の半径が大きくなる。

 

攻撃の要であるビット兵器を破壊されないように最大の注意を払う。

 

相手が攻撃の届かない位置から取り囲んで一方的に攻撃を仕掛ける。一撃一撃が弱くても、それは真綿で首を絞めるかの如くユックリと相手を底に追い詰めていく。

 

危険な真似はしない。自分の最善策をこれまでもとってきた。つまらないと貶されることもあった。だが勝たなければ意味がないとセシリア・オルコットは思っている。

 

(勝負は一瞬!一気に決めないと負ける!)

 

ヴィシュヌはクラスターボウで攻撃を続けながら僅かな隙を探す。このままいけば負けるのが目に見えている。だからこそ、隙を見つけて一気に勝負を決める必要がある。

 

 

──そして隙が生まれる

 

 

それはクラスターボウを警戒しすぎてしまったがために生まれてしまった隙だ。ヴィシュヌはそれ。本能的にニオイで感じ取った。

 

この機を逃せば次がないことも理解した。

 

クラスターボウを収縮して一気に距離を詰める。

 

瞬時加速、ヴィシュヌは元々この技術を得意にしていたが一夏からのレッスンを受けたことによってそのレベルは入学前とは比較にならないほど上がっている。

 

(向こうは切り札を隠してる)

 

セシリアがブルーティアーズに残っていたミサイル型のBT兵器を発射する。彼女本人としては使いたくなかったが、使わなければ距離を詰められ不利になると判断した。

 

(来た!)

 

ヴィシュヌはこの攻撃を予測していた。飛んできたミサイルを無駄な動きなく躱し、すれ違いざまに脚部のエネルギーの刃で切り落とす。

 

さらに一夏から習っていた二段瞬時加速を行い先ほどよりも速い速度で距離を詰める。

 

(この速度なら武装は出せない!)

 

ヴィシュヌは勝利のニオイを嗅いだ。

 

ハイアンドロウの刃がセシリアを捉えるまさにその時であった。

 

セシリアが持っていたスターライトmkⅢの銃口から伸びたエネルギーの刃がハイアンドロウの一撃を受け止めた。

 

「は!?」

 

ヴィシュヌは予想外だった。こんな武器があるとは一切知らされていなかったからだ。

 

「予想外でしょう。なにせ私もこれを実戦でやるのは初めてですから。理論上は可能と言われていたので、練習した甲斐がありましたわ。特に、貴方のような接近戦を得意とする相手に対しては!!」

 

セシリアが刃を振るいながら後ろに下がる。元々接近戦用ではなく、近づいてきた相手との距離を取るための技のようだ。

 

「折角です。未完成でしたので使うつもりはありませんでしたが…………それも言ってられないようですわ」

 

セシリアが銃口から伸びる刃を解除して銃口をヴィシュヌに向ける。そして引き金を引き、ビームが放たれる。

 

ヴィシュヌはそれを躱した。

 

しかし、躱したはずのビームがヴィシュヌの背中に直撃した。

 

何が起きたのか、ヴィシュヌは直ぐに理解した。

 

「偏光射撃!?」

 

「ご名答!」

 

続け様に数発放たれる。それらは全て直進せずにカーブを描きながらヴィシュヌに襲い掛かる。

 

「まさか偏光射撃ができるなんて………」

 

一気に追い詰められる。十数秒ほど前の優勢がなくなり、一気に劣勢に追いやられる。

 

同じ代表候補生でも相手は次期代表筆頭、かなりの実力差があったようだ。

 

(でも、負けたくない)

 

ヴィシュヌは訓練を手伝ってくれた一夏のために負けるわけにはいかなかった。

 

距離を取り、仕切り直す。

 

 

 

そして、天から何かが降ってきた。

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

時を遡ること数分前、屋上でギターを弾いていた一夏は突然演奏を止めて空を見上げる。

 

「どうしたの、一夏」

 

彼の直ぐ隣で肩を寄せて座っていた鈴音は一夏の違和感に気がついた。曲の途中なのに突然止め、空を見上げる一夏の横顔を不安げに見つめる。

 

「…………来る」

 

「何が?」

 

一夏の呟きに鈴音は底知れぬ不安が生まれる。

 

一夏は空を見上げながら、遠い遠い海から飛び出した『ナニカ』の存在を心で感じとる。『ナニカ』の存在は昔に感じたことがある。忘れることはない。あの白騎士事件、姉である織斑千冬が隕石を切り裂いたときに感じた感覚だ。

 

「……あの時以来だな、久しぶり」

 

猛速で何かが迫ってくる。誰も、機械でさえもそのことに気が付いてはいない。

 

ただ一夏だけが第六感で感じ取っている。

 

白騎士事件の際に隕石が落ちたのは太平洋上、速ければ数分でここにやってくるだろうと彼は推測する。

 

「鈴、俺昔言ったことあるよな……白騎士事件の時に、隕石から声が聞こえたって」

 

「ええ、聞いたけど……………まさか」

 

「ああ、どうやらその声の主が目覚めたみたいだ。そしてこっちに向かってる」

 

一夏は目を見開き、ユックリと手を空に掲げる。表情はこの学園に入ってきてから一番ワクワクしている。

 

「俺はあの時歌っていた。束さんに向けて………そして、あいつに向けて!!だから今日の俺は歌うぜ!!」

 

直後、海から襲来した『ナニカ』がアリーナに降り立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何が」

 

「………………」

 

突然空から何かがアリーナの中心に落下した。突然すぎるその出来事に戦っていたヴィシュヌとセシリアの二人は一時的に戦いを中断して、落下物を確認する。

 

砂煙に覆われていて肉眼では確認することはできないが、センサーがソレが何かを告げる。

 

『識別不可能』

 

少なくともISではない。ISであればコアの反応から分かるはずだ。そして生物であるかどうかも怪しい。

 

砂煙が晴れて、ソレが姿を表す。

 

「は?」

 

「何………ですの?」

 

それを間近で見た二人は戸惑いを隠せない。それは生物であるが生物ではない。少なくとも地球上の生物の姿をしていない。

 

ISと同じくらいの大きさで、人型。その色は銀色で、人型と言ったがどちらかと言えば人型のロボット………ロボット生命体というのが正しいのかも知れない。だが、その姿にはどこか女性らしさを感じた。

 

あまりの異形に二人は息を呑んだ。

 

異星生命体、そんなものが実際に存在しているとは思ってもいなかった。攻撃を仕掛けるべきなのか、それとも何も仕掛けないべきなのか、二人は判断を管制室にいる千冬にあおぐ。

 

『二人とも、そのままゆっくり後退しろ。相手を刺激しないように気を付けろ。観客席にいる生徒たちは先生方が避難させている。あと5分で避難が完了する…………もしもの時は迎撃を頼む』

 

千冬の指示を確認した二人はゆっくりと、熊から逃げるように相手に背を見せずにゆっくりと後ろに下がる。

 

謎の生命体はそんな二人のことなど気にしていないようで、空を見上げながら首を横に振って周囲の状況を確認している。

 

「オルコットさん、戦闘になった際の確認をしましょうか」

 

「………あまり望ましくはないですけど、しないわけにはいかないようですね」

 

二人は武装を解除しているが、いつでも戦えるように準備している。

 

 

 

 

「なんだアレは」

 

管制室の中で織斑千冬は混乱しながらも自分が打つことのできる最善の策を他の教員たちに対して支持する。

 

教員の動きは速く、生徒たちも事態の危険性を理解しているために素早く静かに避難していく。

 

「織斑先生……あれは一体………」

 

隣にいる一組の副担任である山田麻耶が不安げな声で聞いてくる。

 

「私は知らん、だが今は生徒の避難が最優先だ…………だが、ギャラクシーとオルコットの二人には申し訳ないことをしてる」

 

千冬の視線の先にはモニターがあり、そこには今も襲撃してきた謎の存在に対して警戒を行なっているヴィシュヌとセシリアがいる。

 

彼女たちは息を殺し、生命体に警戒されないようにしている。

 

『織斑先生』

 

突然管制室に男性の声が聞こえる。

 

「なんだ、織斑」

 

この学園に男性は二人しかおらず、そのうち一人は老人であるために声の主は直ぐに分かった。

 

『今、アリーナに来ている彼女の相手は俺にやらせてください』

 

一夏が謎の生命体への対応を自ら志願した。だがそれよりも木になることが千冬にはある。

 

「彼女?どういうことだ。お前は何を知っている」

 

一夏は謎の生命体のことを彼女と言った。それはつまり彼が謎の生命体について何かを知っているということである。

 

『そのことについては後で話します。ここでは………言いにくいですから。でも、任せてください。彼女は俺が話しかけます』

 

「……………わかった。お前がそういうのであれば何らかの考えがあるのだろう。だが、行うのは避難が完了してからだ」

 

『わかってます』

 

そして通信が切られる。

 

「……あの、織斑先生。弟さんに任せて良いんですか?」

 

「問題ない………と、言いたいな。あいつの考えていることは私にも予想できないことがある…………だが、あいつのあの声色なら心配ないだろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……………?』

 

謎の生命体が空を見上げ、固まる。

 

アリーナに残っている二人もそれに釣られて上を見上げると、此方に向けて赤い何かが飛んでくる。

 

フワリとした動きで着地したソレを生命体は見つめる。

 

既にアリーナにいた他の生徒たちの避難は完了しており、教員たちはいつでも攻撃を仕掛けられるように隠れている。

 

「ようやくだ………俺はこの時を待っていた。あの日から………」

 

アリーナにやってきた一夏の手には赤く燃え盛る炎のような色をしたギターが握られている。

 

「……一夏?」

 

ヴィシュヌは突然やってきた一夏に対してまず驚き、次にギターを持ち出して今にも演奏しそうなことに驚く。

 

「二人とも、あとは任せてくれ。彼女とは俺が語り合う」

 

「言ってる意味がわかりませんわ、あれが何なのかわからないのに」

 

セシリアは一夏の言ってることが理解できなかった。だがそれは何の問題もない。この学園にいるほとんどの人間が理解できないのだから。

 

「まあ、俺にできるのは歌うことだけだ。だから歌で語り合う」

 

非固定のウイングスラスターに搭載されているスピーカーが起動する。

 

「………馬鹿ですの?」

 

「だが、これしか知らねえ!」

 

一夏がギターを軽く鳴らし、スピーカーから音が出ると謎の生命体は一夏に顔を向けた。

 

「さあ、聞かせろ。お前の心を、お前の歌で。俺は確かにあの時お前を聞いた。だから、俺も歌う。俺が聞かせる。さあ、俺の歌を聞け!!」

 

一夏がギターで演奏を始める。それは激しくない、子守唄ような安らぎを感じる音色だ。一夏の機体の色からは想像できないほどの優しい音色がアリーナ全体に響く。

 

「〜〜♪」

 

そしてその演奏に合わせるように一夏も優しい歌を歌う。それは話しかけるように、手を差し伸べるような歌い方だ。

 

「…………」

 

突然の出来事に対しても謎の生命体は一切の反応を示さない。ただ歌っている一夏を青色の瞳のようなものが捉えている。

 

そして残された二人は何が起きているのか、そしてこれから何が起きようとしているのか全くわからない。

 

いきなりやってきたと思ったら歌い始めた。訳がわからない。

 

「〜〜♪」

 

歌い続ける一夏は、ヘルメットの奥底から謎の生命体の瞳を見ている。

 

謎の生命体がゆっくりと右腕を上げ、そして………動き出す。

 

「え?」

 

ヴィシュヌは一瞬目をつぶってしまったためにその瞬間を見逃してしまった。

 

目を閉じる前は腕を上げているだけの謎の生命体が、目を開けた瞬間には一夏の前に迫って腕を振り下ろそうとしていた。

 

あまりにも速すぎる。

 

「〜〜♪」

 

だが一夏はこれを歌を止めることなく、簡単に躱す。続け様に攻撃が飛んでくるが、それを踊るようにかわし続ける。

 

楽しそうに歌を続ける一夏、そして一曲目が終わる。二曲目が始まると今度は先ほどまでの優しい唄とは打って変わって激しいロック調の歌が始まる。

 

「ahhhhhh!!!!!!」

 

激しいシャウトがアリーナにコダマする。

 

教えろ、お前を教えろ。

 

一夏の歌声からはそんな想いが伝わってくる。

 

「………」

 

謎の生命体の指先からエネルギーが発射される。数にして十、不規則な軌道を描きながら一夏に向けて飛んでくるソレは一夏に近づくと炎華の放つエネルギーの余波によって打ち消される。

 

「あんな武装があるなんて………」

 

ヴィシュヌは一夏の乗る炎華にあのような装備があることを知らなかった。何故なら、普段の彼なら簡単にかわしてしまうからだ。

 

「〜〜♪」

 

演奏を続ける一夏、そして変化が訪れる。

 

 

 

「☆¥・=¥!!」

 

 

人の言葉ではない。どう文字で表現すれば良いのかもわからない、音を謎の生命体が放った。それは彼女なりの言葉なのか、それとも単なる音にすぎないのかこの場にいる誰もわからない。

 

「………まだだ。もっと、もっと!!お前の歌を聞かせろ!!」

 

ただ一夏だけがこの出来事に喜んでいる。

 

演奏が激化する。

 

「…%=+×・|!!」

 

生命体の声も激しくなり、直接襲いかかってくる。両腕両足を使った攻撃をするが、一夏は踊るように躱す。

 

その一人と一体の様子はまるでデュエットで踊っているかのようだった。異質な組み合わせ、だが不思議と美しかった。

 

「オルコットさん………」

 

「悔しいですが、私たちにできることは何もありませんわ。織斑さんが何をやろうとしているのかは理解できませんが、今はこれが最善だと思いましょう」

 

残された二人はこれを見守ることしかできなかった。

 

一夏には戦うつもりがないことを二人は既に理解している。やろうとしてる事も理解できていないが…………

 

フワリと一夏が空を舞うと、謎の生命体もそれに連れられるように空に上がる。

 

そしてこのままゆっくりと時間をかけて歌を歌い、どこにも被害を出させないようにする。

 

彼女が出現したであろう太平洋上の地点に大人しく帰って貰えば満点の結末。

 

 

 

──だが

 

 

一発の弾丸が彼女に直撃した。

 

発砲を行なったのはアリーナに待機していた一人の教員、ライフルを用いた頭を狙った狙撃。普通ならば頭に直撃すれば死ぬ、つまり殺すために放った攻撃だ。

 

弾丸が頭に直撃し、動きが止まる謎の生命体。だが体には一切の傷がない。ライフルによる一撃も無傷だ。

 

一夏は驚き、眼下を確認すると多くの教員たちが謎の生命体に向けて発砲しようと銃を構えている。

 

「逃げろ!!」

 

思わず言ってしまった。

 

彼女と教員たちの射線に割り込むように一夏が動くと、アリーナにいる教員たちの動きが鈍った。

 

「…………<4=¥」

 

寂しがっているような、惜しむような音を彼女は出す。彼女には一夏が言ってる言葉を理解していない。だが自分に危険が及んでいることを本能で理解している。

 

だから、逃げなければならない。

 

「行け!!」

 

炎華のウイングスラスターから炎のように燃え盛るエネルギーが放出され、アリーナの屋上を覆うように展開される。それは目眩しになり、さらに蜃気楼のようになりセンサーを僅かに狂わせる。

 

狙いがつけられなくなった教員は銃を下ろし、最初に発砲した一人は一夏に辞めるように指示を出す。

 

炎の後ろにいる謎の生命体は別れを惜しみながらも太平洋上の元いた地点に向けて飛び去った。

 

一夏は遠ざかっていく彼女の気配を感じながら、寂しそうに演奏を続けた。

 

 

 




一夏の乗る炎華は設定上はヤバイことにしてるけど、戦わなければ問題はない。


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10話

「織斑、お疲れ様」

 

アリーナでの謎の生命体の襲撃事件の後の夜、一夏は一人自室でギターを弾いていた。

 

そこにやってきたのは姉であり、先生でもある千冬だった。彼女は一夏が心配だった。

 

「お前のおかげで、犠牲者はいなかった。我々には他に方法があるのかわからなかった。もしあの場で教員たちも含めて戦うことになっていたら、もしかしたら犠牲者が出ていたかもしれない。だから、今回のやり方は正しかった筈だ……」

 

謎の生命体が襲来してきた際の対処法のマニュアルなんて存在していない。だから今回の事件は一夏がいてくれたおかげで犠牲者がなしで済んだ。他の方法ではどうなっていたかわからない。結果論だが。

 

千冬は千冬なりに一夏を励まそうと努力している。

 

「わかってるよ、姉さん。そんなに気を使わなくても、あの先生だって自分なりに考えて対処しようと考えたんだ。怒ってないし、責めてない」

 

優しい声音だ。

 

「……それと、聞きたいのだが。アレは何だ?お前は知っているようだったがや

 

「彼女は白騎士事件の時に切り裂かれた隕石にいた存在だよ。俺はあの事件の時に初めて彼女の声を聞いた。そして、何度も…………正直なところそれくらいしかわからない。彼女って言ってるのもそんな気がするからだよ」

 

「………なるほど、お前が昔から言ってたモノの正体か。束もそんなことを言ってたな。ISの声を聞けるモノだけが聞こえていた声」

 

「でも、俺にも何を言ってるのか未だにわかってない。だから、もっと聞かないと」

 

「…………わかった。今日はもう休め。事後処理で聞くことがあるかも知れんが、それは明日だ。今日は助かった。お休み」

 

千冬は部屋から出て行った。

 

残った一夏は再び演奏を続けるが、普段はしないようなミスを立て続けにしてしまう。集中力が足りていない。

 

これ以上続けるのはダメだと判断した一夏はギター元あった位置に戻した。

 

「………あいつの歌、まだ聞けてねえ」

 

ベッドの上で大の字に寝転がる一夏。彼の頭の中では今日の出来事が何度も繰り返して流れている。

 

──コンコン

 

ノック音が扉から聞こえる。

 

誰か来訪者が来たのだろうか、一夏はそう考えて真っ先に鈴音の可能性を消す。彼女だったらもう少し強いノックをする筈だから。

 

ならば誰だろう。

 

「一夏、聞こえますか?私です、ヴィシュヌです」

 

声の主はクラスメイトのヴィシュヌだった。珍しい訪問だと一夏は思った。何せ彼女がこの部屋にやってくるのは初めてだったからだ。

 

一夏はベッドから起き上がると、ドアのロックを解除して開ける。

 

「珍しいな、やってくるなんて」

 

「どうしても、今の貴方と話したいのです。今日の出来事について」

 

ヴィシュヌは寝る直前ということもあって可愛らしい寝巻きを着ている。ジャージでやってくる鈴音とは大違いだ。

 

一夏はヴィシュヌを室内に招き入れると、彼女をベッドに座らせて自分はソファーに座った。

 

「何か飲む?コーヒー?カフェオレ?」

 

「あ、いえ……大丈夫です。すぐに戻りますから」

 

ヴィシュヌは男性の部屋に一人でやってくるなんて初めてだった。しかもそれがクラスメイトであり、好きな歌手でもある一夏の部屋だということで緊張感マックスだ。

 

「今日はありがとうございました。貴方のおかげで、誰も犠牲を出さずに済みました」

 

ペコリと綺麗にヴィシュヌは頭を下げた。

 

「………そんなに感謝される事はしてないよ。俺は俺のやりたいことをやっただけだから」

 

「そんな事はありません、貴方がいなければひどいことになっていたかも知れません。だからありがとうございます」

 

お礼を言うヴィシュヌに対して一夏は申し訳ない気持ちでいっぱいだ。彼としてはただ単に謎の生命体と歌で語り合いたかっただけなのだから。

 

「それに、私は貴方に励ましてもらったからオルコットさんと戦うことができました。貴方がいなければ、ただ単に圧倒されてただけだと思います………結果は、出ませんでしたけど」

 

「そっか、ありがとうか。俺もありがとう…………お礼にさ、俺の秘密の一つ教えるよ」

 

「秘密……ですか?」

 

一夏はゆっくりソファーから立ち上がると、ベッドに座るヴィシュヌの隣に座った。

 

「え!?」

 

それに思わずヴィシュヌはドキリとしてしまった。ドキドキと心臓の鼓動が聞こえてくる。

 

「前言ったよね、昔束さんのラボでISを動かしたことがあるって……その理由を」

 

一夏はヴィシュヌの右手を掴むと、自身の左胸に当てた。

 

「え!?ちょ、ちょっと一夏!?何を──」

 

突然の出来事に混乱したヴィシュヌであったが、一夏の左胸に当てられている自分の右手から伝わってくる感覚に違和感を覚えた。

 

心臓の音が違う。普通の人の心臓の鼓動とは明らかに違う鼓動が右手から伝わってくる。

 

「俺の心臓、本当の心臓じゃなくて人工心臓なんだよ」

 

突然の告白、ヴィシュヌは思わず息を止めてしまった。あまりにも衝撃的すぎる発言。

 

「昔、第二回モンドグロッソの時に誘拐されてね。その時に心臓を銃で撃たれたんだよ。それで、心臓が使い物にならなくなって、束さんが代わりに人工心臓をつけてくれたんだよ」

 

織斑一夏は第二回モンドグロッソの後、暫くの間行方不明になっていた。誘拐した犯人たちは皆殺され、誘拐されていたであろう場所では火事が起きていた。

 

死んだかと当初は思われていたが、突然日本にある自宅で寝ているのを千冬に発見された。

 

その誘拐されてから発見されるまでの間に篠ノ之束によって人工心臓を埋められたのだ。

 

「最初は戸惑ったけど、今では慣れた。でもまだ定期的な検査が必要だから束さんと会ってるんだけどね」

 

たしかに一夏はそんなことを話していた。

 

「…….そ、その人工心臓はな、何なんですか?」

 

ヴィシュヌは伝わってくる鼓動とは別の何かを人工心臓から感じている。触れる前までは全くわからなかったが、触れることによって初めて感じ取れた。

 

「そうか、ヴィシュヌはISに乗ってるから何となくわかるのか」

 

一夏はヴィシュヌの手を離した。

 

「この人工心臓はね、ISだよ」

 

「………まさか、それが炎華の待機形態?」

 

「ご名答」

 

一夏の愛機である炎華の待機形態については一切の情報がなかった。この学園に入る前に行われていた手荷物検査では全くわからず、だからこそ使い出した際には驚かれていた。

 

「俺の心臓は炎華……ISのコアが代わりに入ってる。最初は慣れなかったけど、今では自分の一部のようになじんでる。それに、これのおかげで勉強しなくても知識が入ってくるし、喋れない言語も喋れる」

 

「あ…………」

 

ヴィシュヌは一夏にタイ語で話された事を思い出した。たしかにあの時彼は初めて話したと言っていた。

 

あの時は違和感を感じていたが、その後のことでどうでも良くなっていた。

 

「ISの操縦も自分で念じれば手足のように簡単に動かせる……まあ、ここまでできるようになったのはリハビリのおかげだけどね」

 

ニコリと笑う一夏の顔には一切の暗さがない。

 

「……あの、もう一つ聞いても良いですか?」

 

「何だい?」

 

「炎華とは何なんですか?今日のアレを含めて、謎が多すぎます。明らかに他のISとは性能がかけ離れてる」

 

炎華に関する情報はほとんど明かされていない。誰が作って、性能はどれくらいのものなのか、ある程度は開示されているがそれが本当なのかどうかすらもわからない。

 

今日のアリーナで展開された炎の翼も一切情報がなかった。

 

「炎華は炎華のISコアが生み出したISだよ。俺の身を守るために、俺の翼になる為に作り出してくれたんだ。最初の頃はこんな姿じゃなかったんだけど、何年もの間改良を重ねた結果こうなった」

 

「…………え?」

 

理解が追いつかなかった。ISコアによって作り上げられたISなど今まで聞いたことがないし、信じられなかった。

 

「これ、内緒にしててね?」

 

「は、はい」

 

ヴィシュヌはうなずくことしかできなかった。底知れなさがあった一夏の一部がわかったと思ったら、その先にはより深い何かがあった。

 

「おっと、ソロソロ消灯時間だから……部屋に戻らないといけないよ」

 

一夏の部屋の時計は消灯時間5分前を指していた。

 

「そ、そうですね……では、今日はありがとうございました」

 

ヴィシュヌは立ち上がり、お礼を述べると部屋を後にした。

 

残った一夏はベッドに寝転がった。そして目を閉じて今日の光景を思い浮かべる。

 

「俺の歌はあいつに届いていたのか……わからねえ。だが次はもっと歌う。絶対に」

 

天井に向けて拳を突き出した一夏は心の中で固く誓った。

 

 

 

 



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