魔法使いの嫁  (木桜 春雨)
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新たなる出発

結婚するはずだった彼女が、いきなりエリアスの元にやって来て。

pixivで書いていたものの続編の様な感じです。


 時間はなんと残酷なのか容赦なく、全てのものを奪っていく。

「側にいてくれ、どこにもいかないでくれ」

 自分の言葉に少女は頷いた、その目は、表情は嘘をついていない、そのことに男は安心する。

 だが、いつまで一緒に居られるのか、自分の体、力は日々衰えて消えていく。

 医者ではむりだ、では魔法使いなら、何とかできるかもしれない。

 庄司世の言葉に男は首を振った、たとえ、どんな力のある人間、魔法使いでも無理だ、この命は元々、他人の者だから罰があたったのだ、何度も罪を犯したから。

 一緒に居たい為に自分は禁忌を犯した、人ではない、魔法使いではない。

 かってはスレイ・ベガと呼ばれていたが、その名前さえ捨ててしまった。

「元気になってね」

「勿論だ、君を一人になんてしない、ずっと一緒だ、魔法使いなら治せるかもしれない」

 自分の体を、具合が良くなるかもしれないと男は嘘をついた、彼女が魔法使いを連れてきたら、それを食べればいいのだ、今までしてきたように。

 魔法使いなら自分の体は。

 

 連れてきたのは魔法使い、茨の魔法使いだ。

 

 私のもの、誰にも渡さない。

 だが、それはもうずっと昔のこと。

 ずっと昔、もう見なくなった夢だ。

 

 、

 

 庭に出て、ただぼんやりと空を見上げていると声をかけられた、振り返ると赤い髪の少女が近づいてくる。

「おはよう、チセ」

 このとき、女は、何故、自分はここにいるんだろうと、回らない頭で考えた。

 起きてすぐに部屋から外に出て、ただ空を眺めていたのだ、ぼんやりと、何も考えずに。

 そして思い出した、自分は結婚して、イングランドを離れたのではなかったかと。

 なのに、どうしてここは。

「覚えてないんですか」

 何をと聞こうとして、はっとした、そうだ、喧嘩をしたのだ自分の夫となる相手とだ。

 そして、行く当てがないまま。

 

「エリアスは、いるの」

「買い物に行ってます」

 チセの言葉に女は驚いたが無理もない、人の多いところは苦手ではなかったか。

 一体何をしに出かけたのかと尋ねると、あなたのものを買いにと遠慮がちな答えが返ってきた。

「とても機嫌がいいんです、エリアス」

「そ、そう」

 言葉が続かなかった、機嫌がいいと言われても、そうなのと頷くしかできない。

 普通なら追い返しても不思議はないのにと思いながら、自分がやって来たときの記憶がない、思い出せない事に女は不可解な表情をした。

 すると。

「あの、お酒を飲んで酔っていたみたいで、だから覚えていないんだと思います」

 一体、どんな醜態をさらしたのか。

「朝食にしませんか」

 気まずい沈黙は長くは続かなかった。

 

 

 その頃、ロンドンの街では、ある男が女物の下着や服、食べ物、色々なものを買い込んでいた。

   

 



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またの再会

 


 メープルシロップをたっぷりとかけたパンケーキと紅茶、そして果物は色々名種類のベリー、甘いとはいえない、いや、とても酸っぱいが、この組み合わせが好きなのだ。 突然、押しかけたにもかかわらず、自分の為に用意してくれた朝食を頬張った後、まだ、眠り足りないと再び、ベッドに潜りこんだ。

 

 「喧嘩をしたんだって」

 笑いを拭くんだ声は、さもおかしそうだった。

 いったい、どうしてと理由を聞かれない事にほっとしながら、女は相手の顔を見た。

 「何がおかしいの、灰の目」

 すると相手はクックと喉の奥で小さく笑った。

 「さて、どうする」

 目が覚めるとベッドのそばには意外な客人がいた、いつの間にと驚くのが普通だが、そこは彼だ、おはようと声をかけると、日はとっくに昇っているがねという返事に女は迎えに来てくれたのと言った後、黙りこんだ。

 ブードの下から覗く目が、さもおかしそうに笑っている。

 「呼んだのは、おまえさん、自身だろう」

 「あたしが、呼んだの」

 「自覚がないとは、大人の女というの時にて幼子より、面倒な事をする」

 これは怒られているのか、それとも呆れられているのか、どちらかだろうと思いながら女は、ごめんなさいと言いかけて、その言葉を飲み込んだ。

 フードが大きく広がり闇の中に吸い込まれる様な不思議な感覚に襲われた。

 ところが、目を閉じて身を任せようとした瞬間、空気が揺らいだ。

 

 「招待したつもりはないんだがね」

 不機嫌な声に女が驚いて名前を呼ぶと、部屋の真ん中に、その姿、骨の頭の魔法使いが現れた。

 だが、それとは反対に灰の目は、おやおやと呆れた様な声を漏らしただけだった。

 「出直す事にしよう、あれの事は神事いしなくていい」

 あれというのが何なのかわからず何と聞き返すと、カルタフィルスと灰の目は呟いた。

 「喧嘩の原因は些細なものだ、理由にもならん、おまえの連れ合いは後悔しているだろうよ」

 意味がわからない、いや、喧嘩という言葉に女は顔をしかめた。

 「喧嘩って、そういう意味では」

 「夫となった男が嫉妬するのは当然のことだ、たとえ相手が子供でも」

 おかしそうに笑う灰の目の姿が霧の様に消えていく。

 部屋の中が静かになると女は側に立っている男に声をかけた、お帰りなさいと。

 不思議だと、男がぽつりと呟いた。

 「さっきは怒りの感情で一杯だったのに、君がそう言うと、変な気分だ」

 「そう言うって、お帰りなさいって、こと」

 自分でもよくわかっていないみたいだと言葉を濁す様に、わずかに首を傾けたのは骨の頭の顔を見られたくなかったからだ、といっても、この頭から感情を読み通る事など簡単にはできない。

 ただ、このときだけは魔法使いは見られたくないと思ったのだ、自分の顔を、彼女に。

 

 「散歩しないか、天気もいい」

  女はすぐには返事ができなかった、そんな事を言い出すとは思いもしなかったのだろう。

 「それより、あたし」

 続く言葉を察したように魔法使いは首を振った。

 「突然の訪問を受け入れたんだ、それも真夜中という時間の、だったら僕の言うこともきいてくれないと」

 そう言われると、差し出された手を拒む事もできない。

 女、それも大人の君は非常識な訪問をしたのだからと言われると責められている様な気分になる。

 

 さあ、行こうと腕を掴まれてしまうと、振り払う事もできなかった。

  

 



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僕は君を妻にする

少し進展したような二人です、そしてアリスがやってきました。


 「はあっ」

 チセは迷ったのも無理はない、いや、困ったというか、正直な気持ちだ。

 話があるんだと言われてエリアスと外に出たのは彼女に聞かれたくないからだろう、正直、逃げ出したいと思った、多分、いい話ではないことは明らかだ。

 庭を出て森に向かって歩きだす、その歩調がゆっくりとなっていく、チセと名前を呼ばれる度にドキリとして正直、心臓に悪い、正直、怖いと思ってしまった。

 早く話をして欲しいと思うが、エリアスはなかなか、話し出す気配がない。

 「僕は彼女に言ったんだよ、チセ」

 「何をです」

 ほんの少し前を歩いていた彼が立ち止まり、振り返った。

 「僕の妻になってくれってね」

 その言葉にチセは脱力した、あまりにもストレート過ぎる告白だと思ったのだ。

 「エリアス、彼女は結婚しています、人妻なんです、だから」

 「でも彼女は僕を愛している」

 はっきりと口にする、その言葉と自信は一体どこからくるのだろう、不思議でならない。

 「でなければ、僕のところにこないだろう」

 それは、そうですがとチセは口ごもった、彼女にしてみれば、行く当てがなくて仕方なく来たのではないか、決してエリアスを愛しているからという理由ではないと思うのだ。

 

 それにむ昨日のことだ、エリアスはロンドンに行ってきた、また、何のようでと思ったら指輪を買ってきた。

 結婚するからには必要なものだろうと言った彼は、その指輪を強引に、いや、まるで手品でも披露するかの用に、彼女の指にはめたのだ、驚いた彼女は、はずそうとしたが、駄目だった。

 満足そうな、いや、嬉しそうなエリアスとは反対に彼女は溜息をついた。

 食い込んでいる訳ではないのだが、必死にはずそうとしても無理なので最後には彼女は諦めた。

 

 複雑だなあ、そう言ったのはアリスだ。

 周りが何か言ったとしても、骨頭は自分のしたいようにする、脳みその代わりに花が咲いているんじゃないか

といわれてチセは、そうかもしれないと思った。

 今朝になって尋ねて来たアリスは連フレッドから手紙を預かって来たので返事を持って帰るといて売り明日の帰りを待っているのだ。

 久しぶりに尋ねて来た彼女の姿を見て、チセは、ここ数日の出来事を彼女に話していた。

 「おい、見ろよ」

 アリスは窓の外を見た、二人の姿が見えたのだが、何故かエリアスは彼女を抱いている。

 「嫌いな奴に、あんな風に抱えられてじっとしているわけねえだろ」

 確かに、アリスの言うことも一理ある。

 「嬉しそうだな」

 エリアスがと尋ねた瞬間、二人ともだよとアリスはぶっきらぼうに言った。

 「大人は色々と難しいって師匠がな、言ってたんだよ」

 その言葉にチセは小さな溜息を漏らした。  

 

 「下ろして、エリアス」

 これで何度目だろう、森の中で転んだ、ただ、それだけなのに、抱き上げられてしまった。

 自分で歩けるからと言っても、魔法使いは聞く耳持たずだ、もう、何を言っても駄目だ、女は黙りこんだ。

 家に着くまでの辛抱だと思ったが、突然、歩みが止まった。

 「不思議だな」

 独り言の様な呟きだ。

 「チセを抱いて歩いたことがある、こうやって何度も」

 骨頭が空を見上げた、あのときとは彼女のことを、それこそ、壊れ物を扱う様に気をつけて抱いていた。

 「この気持ちはなんだろう、わかるかい」

 わかるわけないでしょうと言いかけたとき、魔法と買いは突然、走り出した、それこそ疾風、風邪の様に早くだ、声を上げることできない。

 

 突然、柔らかい何かの上に体か放り出された、不思議な気分だった。

 よく見ると柔らかい草の上だ、そして魔法使いも両手、足を広げて草の上に伏す様に倒れている、何が起こったのかわからない。

 「大丈夫、エリアス」

 不安になって声をかける、何がどうなったのか、走り出した時、目を閉じていたのでわからなかったのだ。

 ハハハハ、突然、笑い出した相手に女は驚いた。

 それは、おかしい、楽しいと聞いている自分も驚くほどの笑い声だ。

 心配したのに、だが、その言葉を最後まで口にすることはできなかった。

 いつの間にか、顔が骨の頭が自分の目の前にあったからだ。

 

  

 



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魔法使い 結婚はしたけれど

ヒロインは結婚しました、でもエリアスは相変わらず、ぐだぐだと人妻になった彼女に文句ばかり言ってますという、内容です。


 倒れ込むようにベッドに体を沈めると体中に、どっと疲れが押しよせてきた、それというのも、つい先程、帰った客人達の先程の会話を思い出したからだ。

 話の内容は最近のロンドンの事だ、どんなものが流行っているか、最初のうちは当たり障りのないものだった、ところが、途中から何故か、魔法使いの事になった。

 チセが学院に通うことになり、講師としてエリアスも一緒に行くことになったというのは初耳だ、あの人嫌いが大勢の人間、しかも、年若い少年少女達に囲まれてという姿は想像するだけで驚きだ、これは格好の話のネタになった。

 魔術師のミハイル・レンフレッドが学院にいるのは万が一、用心のためだろうと言ったのは灰の目だ、それに同意するようにヨセフが頷いた。

 「僕は、あまり好きじゃないけどね、あの弟子の女も」

 「向こうも好いてはおらんよ」

 灰の目の言葉にヨセフは、むっとした顔をするが、それはマドレーヌを一つ食べると別の表情に変わってしまった。

 「結婚生活は、どう」

 ヨセフの言葉に、今までと変わりない普通だと答えると、少年は、そうなんだと意外そうな顔をした。

 「結婚式から色々とあっただろう、あいつ、悔しがっているだろうな」

 「それって、エリアスのこと」

 「名前なんて呼ばなくてもいいよ、あいつは嫌い、なのに君は優しいな」

 「だから、つけあがる」

 灰の目がぽつりと呟いた、部屋の中が静かになったが、それは一瞬だった。

 「そう、その通りだよ」

 ヨセフの言葉に声を出さないまでも口元をわずかに緩めて女は笑った、そうだろうかと思いながら、ふと昔の自分の態度を思い出そうとした。

 

 「僕を振ったのは、君じゃないか」

 

 そんな覚えはない、いや、好きだと言われたら、普通、大抵の女は、覚えているものだ、例え、相手が人間でなくとも。

 「あの人に好きだなんて言われたことないけどね、恨みごとの様に言われるの」

 「人間の言葉を理解していないんだよ、気にする事なんてないさ、それにしても、ねえっ、灰の目」

 「学園は近いな」

 灰の目の言葉に女は不思議そうな顔をした。

 

 家の中は静かだ、夫の首なしは仕事で昨日から留守だ、結婚したら人間の男女のような生活をするのだろうと思っていたか、最初の段階で、まずかったと思っていた。

 夫である首なしは顔がない事に何か思うところがあるらしく、首をつけたのだ。

 目、鼻、顔の造形など気にしない、首や顔などなくても構わないと思っていたが、相手はそうでもないらしい、ところが。

 

 (同じ骸、頭なんて)

 

 どこから持ってきたのか、それとも作ったのか、夫の首なしの頭は茨の魔法使い、あの骨の頭、そっくりだった。

 「駄目かな、似合わないかい」

 黙ったままなのが悪かったのかもしれない、しかし、似合わないとは言えない。

 だから、わずかばかりの反論というか、抵抗をしたのだ、何も同じ骨頭にすることはなかったのにと言うと、首なしは平然と言った、似ていないだろうと。

 元々、首がなく、目がないので識別する能力がないのか、欠けているのかもと思った、だが。

 「あの魔法使いよりは、まともな頭だろう」

 そう言われて返す言葉を失った、同時に求められたのだ、人間の男女の好意を。

 

 のしかかるように黒い闇に体を覆われて、熱に呼吸さえも苦しくなった、思わず押しのけようとして苦しさに行きが詰まりそうになると抱擁が柔らかくなった。

 「ずっと、こうしたかったんだ」

 声まで似ていると思うのは気のせいだろうか、いや、そうだとしても。

 恥ずかしいという以上に何があるのだろう、これは。

 

 最初の夜の事を思い出すと今でも、たまらない気持ちになる。

 「エリアス」

 思わず呟き、シーツを被って寝ようとすると、声がした。

 「呼んだかい、僕の奥さん」

その声は、まさか、こわごわとシーツから顔を出すと、黒い影かベッドの側に立っていた、まさかと思い名前を呼ぶと返事が返ってきた。

 学園からここまで遠くないんだという、あっさりとした返事に近いのと尋ねる。

 「そうだね、普通の人間には少し遠いかもしれないが」

 「それは近いってこと、いくら魔法使いだからって」

 「怒っているのかい、僕にできないことはないよ、だけど君に関してはままならない、いつも、いつも、君の事を好きだと言ったときでさえ、僕がら離れていく、いや、逃げようとすると言った方がいいだろう」

 これは自分に対する文句なのだろうか、だとしたら黙って聞いておこう、反論しないほうがいいだろうと思っていた、ところが。

 「どうして、何も言わないんだ」

 女は頭からシーツを被った、拒絶は、これだけで十分だ、そして最後に一言。

 「結婚したのよ、あたしは」

 

 「振られたようだな、いい顔になった、とても良い顔だ」

 「灰の目、見ていたのか」

 部屋から出たエリアスは自分を見ながら、ニヤニヤと笑っている少年に向かって何か言いかけようとしたが、灰の目がそれを遮った。

 「無理強いしてものにはできん、それをしたら永遠に、おまえの者にはならない、手に入れる事はできんよ」

 「どうすれば彼女は僕のものになる」

 「自分で考えねば、ただ愛するということが、どれほど難しいことか、それが分かるとき人は骨になるが」

 「おまえは、もう骨だものね」

 少年の笑い声が癪に障ったが、魔法使いは、ただ背を向けることしかできなかった、これは虚勢というやつだと思いながら。

 

 

 

 

 



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