のどか様は告らせたい (ファンの人)
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1 のどか様は告らせたい

恋愛…

人を好きになり、告白し、結ばれる。

それはとても素晴らしいことだと誰もが言う。

だが!それは間違いである!

恋人の間にも明確な力関係が存在する。

勝者と敗者。気高くありたいなら決して敗者になってはいけない。

恋愛は戦!好きになったほうが負けなのだ!!!

 

ここに一人の乙女がいる。

原村和、15歳。才気煥発、容姿端麗、才色兼備、そんな清らかで美しい少女である。

彼女は麻雀におけるインターミドルの覇者であり、その美貌もあって全国クラスでの有名人。

その胸部装甲はとても去年まで中学生だったとは思えないほどであり、男子高校生の話題には度々出てくるほどである。

そんな彼女も色を知る歳、同じ麻雀部の同級生である須賀京太郎に恋をしている!

まあ、彼女にそれを確認したところで否定されるだけであろうが…それはさておき

そんな彼女が彼のことを好きになったのは…長くなるので割愛させてもらおう。

とにかく!彼のことが好きなのである!彼女自身は認めないが!!

じゃあ告白しろよ早く、と皆様思うかもしれない。

しかしだしかし、そんなことは彼女のプライドが許さない!!!

 

(ま、まあ、別に告白されたら付き合ってあげてもいいですが…)

 

ご覧の有様である。

自分から告白する気だなんてさらさらない。それどころか、彼を想っていること自体を隠そうとしているのだ。

 

(須賀君のことですし、あと二週間もしたら告白してくるはずです)

 

その二週間は何を根拠に言っているのだろうか、甚だ疑問である。

とはいえ、このような希望的観測をしてしまうのも仕方あるまい、話題の彼、須賀京太郎はかく語りき

 

「結婚するなら、お淑やかで家庭的な子がいいなァ」

「やっぱ胸は大きい方が…」

 

ドンピシャである。

この条件、原村和にドンピシャである。

熱が入るとおかしくなることもあるが基本的にお淑やか、一通りの家事は難なくこなせる。そして…

 

(たまにチラチラと胸に目が行っていますし…)

 

胸は申し分ないほど大きい!同学年ではトップである自負もある。

 

このように、原村和は須賀京太郎の好みに合致しているのだ!

ゆえに原村和は『まあ、近くにこんな理想的な女の子がいるのですから、いずれ仕掛けてくるはず』と慢心しつつ告白を待ち、そして――

 

半年が過ぎた!!

 

(え、えーと、まだですかね…そろそろ屋上に呼び出されるイベントがあっても)

 

原村和、困惑。

夏が始まり、インハイが始まり、インハイが終わり、文化祭やら体育祭やらも終わり、ハロウィンもクリスマスも元旦も終わり、現在一月。

窓から見える木々はすでに枯れており、まるで自分の青春を暗示しているかの如く。

何をしていたんだ!?と皆様思うであろう。

 

何もしていなかったのだ。

 

厳密に言うと、文化祭やら体育祭やらのイベントで何もしなかった訳ではない、彼と一緒には過ごした。他の部員も一緒にな!

つまりはこういうことだ、部活のイベントの一環として一緒に過ごした。ただそれだけである。

その際に特にアプローチもせず、咲さんやゆーきとおしゃべりするだけで、ぬるま湯に浸かっていたのである。

そんな有様で告白されようだなんて、おこがましいにも程がある。

 

(も、もしかして、もう私に興味がないんじゃ…)

 

流石の原村和もこれには不安を抱き始める。

不安を抱くのが遅い。

普通であれば試合終了になっていてもおかしくない状況である。

だが!

 

「あー、彼女ほしー!」

「京ちゃんって中学からそれ言ってるよね」

「欲しいもんは欲しいんだよ!」

 

彼は幸運にもフリーである!

彼は高身長、運動神経抜群、コミュ強、顔立ちは整っている、優しい、といったようにモテモテであってもおかしくないスペックである。

周りにいる女子高生もほっとかないはず…なのだが、どういう訳だが今のようなことを言ってる始末。

 

(須賀君はまだフリーみたいですね…決めました)

 

ようやく肚を括ったようだ。

 

(須賀君に…)

 

彼女も慢心を捨て、ついに次の段階に成長

 

(告白させてみせます!)

 

予想の斜め下を行った!根本的なところはどうやら変わっていないようである。

 

(さりげないアピールをしていって…なんとかして須賀君から告白を…)

 

はてさて、彼女の行く先はどうなることか…




初めまして
とあるアニメに感化されて書きました。
あのアニメいいね...個人的にドストライクですよ、ホントに。
のどっちも無駄に良い頭を振り絞って、慢心しつつ奮闘しそうだなぁと思ってたらこんなお話が勝手に出来上がってたというか、なんというか...

感想等頂けましたら、とても喜ぶのでよろしくお願いします。


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2 のどか様は誘われたい

ここは清澄高校、長野県にある公立高校の一つである。

そんな高校の旧校舎、そのてっぺんに位置するところに清澄高校麻雀部あり。

この麻雀部、今年度のインターハイを初出場で制覇し、その道のりには様々なドラマがあったのだが、今回は関係ないので割愛させてもらおう。

そこでくつろぐ三人の部員、その内の一人である原村和はこう思う。

 

(須賀君にどうやって声をかけましょうか…)

 

すでに同じ部活に所属して半年以上経つのにこの有様、一応言っておくが須賀京太郎とは彼女の想い人である。

彼女の無駄に大きなプライドのせいでろくにアプローチ出来ていないのだが、それはさておき彼女は今、困っている!

 

(挨拶はさっきしましたし…麻雀の話題も特に…)

 

おわかりいただけただろうか…?

そう、彼女は――

 

コミュ障である。

 

コミュ障...それはコミュニケーション障害の略称であり、他人との会話をすることが不得手なことを指し示す。

一般的にコミュ障と聞くと、話しかけられると『デュ、デュフフフ…せ、拙者にな、なんの御用でござるかな?』や『アッ…な、ナンデスカ?』となるような人物を思い浮かべるが、原村和はそういうタイプではない。自分から行動を起こすのが苦手なタイプである。

無論、彼女に友達がいなかった訳ではない。阿知賀の方々や中学からの友達、そして咲さん。少ないながらも、ある程度はしっかりといるではないか。

しかしコミュ障である、何故なのか?

ここで友達となった経緯を見てみると、阿知賀の皆は麻雀教室を通して仲良くなって友達になった。片岡優希などは相手がコミュ強だった。宮永咲は…喧嘩などして仲直りしたという珍しいパターンである。

つまるところ…自分からお友達になる、仲良くする、ということをしたことがないのである。宮永咲を除いて。

どうしてこうなったのか…?

そう、それは彼女のアイドル性が大きな原因である。

彼女は容姿が良く仕草も可愛らしい。それゆえ、一人でいても誰かしらに話しかけられていたのである。ゆえに、話しかけて友達を作る、仲良くなるという経験は極めて乏しい。

そして今回の須賀京太郎も途中までは話しかけてきていた、しかし最近はどうであろうか、話しかけてくることは少なくなってきた。

前はコミュニケーションが得意な彼が話しかけてくれて、話を広げようと頑張ってくれていたのだが、今はそんな甘えたことは言ってられない。

 

(…須賀君は私のことが嫌いになったのでしょうか)

(い、いえ、そんなことはありえません!挨拶はちゃんと返してくれましたし、大丈夫です!)

 

話しかけてくれていたことを思い出しセンチメンタルになったものの、すぐさま立て直す原村和。

挨拶を返してくれたことを心の支えにするだなんて、なんともまあ、お可愛いこと。

だが原村和よ、立て直したのはいいものの、肝心の台本は白紙のままだ!

 

(そうですね…案としては、天気、麻雀、勉強、正月…はこのまえ初詣行きましたし…)

 

ところで誰かお忘れではないだろうか?この部室に今、三人居ると言ったはずである。

 

「お、そうじゃ、ところで京太郎」

 

この女性、染谷まこである。清澄高校二年生、天然パーマで緑がかった髪と広島弁が特徴的であり、古めのメガネをかけている。

メガネを外した姿はとてもかわいいだとかなんだとか…別に眼鏡でも美人だ!ということは置いといて

この頼れる先輩である染谷まこから、ここで思わぬアシストが飛んでくる!

 

「映画のペアチケットをとあるツテからもらったんじゃが」

 

「ええ」

 

「わしはその…得意じゃなくてのぅ…もし、京太郎が欲しいんじゃったらあげるが」

 

「ホントですか!」

 

(!!?)

 

映画のペアチケット…そういうことである。

カップル御用達のこのチケット、デートイベントをほぼ確定で発生させることが出来る優れたアイテムである。

 

『ペアチケット貰ったんだけど、一緒に行かない?』

『いいねー!いくいくー!』

 

などと云った会話と共にデートが開始され、しかも映画を見るだけで時間を費やせるので会話のネタも途切れにくい

更には映画の感想やらを言い合うということも出来るので、まさに一石二鳥、お得なチケットなのである。

 

(きました!)

 

チャンス到来である。

彼女は圧倒的頭脳により、如何にして須賀君に自分を誘わせるかという計算を行っている。

決して自分から誘おうだなんて思わない。

 

「映画ですか…そういえば最近は見てませんね」

 

最近は見てないアピール!これは極めていい線をついた攻撃である。

『映画はいつも見るわけではないけど、たまには見てもいいかも』というニュアンスで伝わるので

さりげな~く興味はあるよアピールが出来るのである。しかも目の前でペアチケットを渡されてこの行動

これは相手からすると『誘わないと申し訳ないかな…?』と思うが、別に強要されている感はない!…はずである。

この攻撃に対して須賀京太郎

 

「お、じゃあ和、一緒に見に行くか?」

 

サラッと誘う。

別に照れるわけでも躊躇うわけでもなくサラッと誘う。

須賀京太郎はとても心優しい少年である、目の前に興味ありそうな少女が居れば誘わざるを得ないのだ。

そうして原村和はその誘いに…

 

「え、いいんですか?」

 

「ああ、一緒に見に行ってみようぜ!」

 

「では、よろしくお願いします」

 

素直に乗る。

ここで一度断るのではないかとヒヤヒヤしたものだったが、顔色一つ変えずにサラッと了承する。

まあ、頭脳明晰な彼女からしたらここまでは予想通り…

 

(やりました!これで須賀君とは実質カップルみたいなものですね)

 

違った。

この女、滅茶苦茶はしゃいでいる。しかも、ただ映画を一緒に見るだけ実質カップルとか言い始めているではないか。

これには思春期の拗らせた童貞男子さえも驚愕するレベルである。

 

(須賀君と一緒に見に行って…キスシーンが流れたりして、そしてそっと手を…)

 

しかし、何か勘違いしていないか?

 

「にしても、染谷先輩ってもしかして…ホラー苦手なんですか?」

 

「いや、血が出る系は見てると気分が悪くなってきての」

 

(え…?)

 

映画のジャンルは…スプラッタである。おまけ程度の恋愛要素はあるものの、違う意味でドキドキしてしまう。

すかさずチケットを確認する原村和、何やらおどろおどろしいデザインがプリントされているではないか。

 

「あっ…和はこういうの平気か?」

 

「え、ええ!大丈夫ですよ!」

 

嘘である。

この少女、ホラー耐性、グロ耐性、皆無である。

この少女にもし『青鬼』をさせてみたらどうなるか…少なくとも三日三晩は寝れなくなる。三ヶ月は魘されるだろう。

グロ耐性の方は、海外ドラマ特有のリアルな死体シーンを見ただけでバタンキューしてしまうレベルである。

 

「ならよかった、この映画、物凄く怖いってことで話題になってるんだよ!」

 

「そ、それはいいですね…楽しみです」

 

全くもってそんなこと思っていない。

彼の言う『物凄く怖い』が彼女の恐怖心をさらに搔き立てる!もうまともに映画を見るつもりはサラサラない。

彼女の頭の中では様々な智略、策略が駆け巡り、彼とのデートを台無しにせずに如何にして映画を回避するかを考えている。

すると

 

「おーっす!」

「こんにちはー」

「こんにちはー!」

 

片岡優希、宮永咲、竹井久が現れる。

部室が賑やかになり、ワイワイと各々会話を始めるが

 

「あら、須賀君、そのチケットは?」

 

「染谷先輩から貰ったんです」

 

「わしはこういうの苦手でのぅ」

 

「ふーん、一人で?」

 

「いえ、和と一緒に」

 

竹井久、細かくてどうでもいいところをほじくり返すのが好きな人間である。

 

「えぇ!?」

「ええっ!?のどちゃんが!?」

 

「へ?どうしたんだ優希?」

 

「いやだってのどちゃん…」

 

(や、やめてくださいゆーき!ストップです!)

 

必死にテレパシーを送る原村和、しかし片岡優希の言葉は止まらない。

 

「ホラー物は大の苦手だじぇ」

 

オウンゴール!

親友だと思っていた少女の突然の裏切り!

 

「え、そうなの?」

 

「この前だって、怖い話特集を一緒に見たらお布団被ってガタガタ震えてたし」

 

「そ、そうか…和、もしかして断りにくかったのか?」

 

「い、いえ、そういう訳では…」

 

原村和、必死の弁解。

親が弁護士というのもあって、その論理的思考能力はピカイチ!…なはずなのだが、思うように言葉が出ない。

このピンチを切り抜ける策も思いつかず、のどは狭まり、視線はただ宙をさまようばかり。

 

「あー、ごめんな、無理に誘っちゃって」

 

(グハァ!!?)

 

『ごめんな、無理に誘っちゃって』

彼女の心に鋭い刃が突き立てられる!

自分で誘うように仕向けておいて、こんな状況になってしまった!なんたる様だ原村和よ!

彼は何一つ悪くないのに、謝罪し、誘ったことを後悔してしまっている始末。

そんな事実が彼女の良心をメッタ刺しにし、さらに彼とのデートがおじゃんになった事実が彼女の心にダイレクトアタック!

 

( )

 

原村和、虚無と化す。享年15歳。

 

「ねぇねぇ、もし良かったら私が代わりに行ってもいい?」

 

「部長とですか?」

 

「お願い!前から見たいと思ってたの!」

 

「いいですけど…荷物持ちとかはしませんからね」

 

「ちょ、ちょっとぉ!どういう意味よ!」

 

終ぞや、須賀京太郎とのデートを他人に奪われる始末。

 

憐れ也。

 

【本日の勝敗】竹井久の勝利

 理由:見たい映画をタダで見れたため。

 

 




お気に入り登録や感想等書いて頂きありがとうございます。
基本的にこんな感じでやっていくと思います。
ペアチケットって、一人の時に貰っても困るよね!


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3 のどか様は命令したい

この少女の名前はご存知の通り、原村和。

そんな彼女が恋す…気になっている男性が須賀京太郎。

今日も今日とてこの二人による頭脳戦が展開されているのである!!

 

…実際は原村和の一人相撲であるが。

 

「ババ抜き?」

 

「ええ、二人だけですし、各々自主練して解散っていうのもつまらないので」

 

ここは麻雀部、現在二人きり、邪魔するものは誰もいない。

そんな場面でババ抜きを提案するのは、意外なことに原村和の方である。

彼女といえばクソ真面目で麻雀に真摯でメリハリをつけるとこはつけるような人間である。

そんな彼女が二人だけとはいえ部活中に『お遊び』に誘うだなんて、少し前までは考えられなかったものである。

 

「いいぜ!…にしても、和も丸くなったなぁ」

 

「むっ、それは体型的な意味でですか?」

 

「ちげぇよ!性格的に丸くなったっていうことだよ」

 

体型的にも一部分がさらに丸くなったのも事実ではあるが、それはさておき。

須賀京太郎の言うように、彼女は夏前の頃と今を比べると遥かに大人びたというべきか、落ち着きが出てきた。

夏前の彼女といったら、頑固者で真面目で気難しくて他人と衝突することも多々あった。

それも仕方ない、夏前の頃は新しくなった環境、引越しの件、インターハイなどなど、懸念すべき事柄が多かったのである。

そんなしがらみからも解放され、友達もでき、新たな環境にも慣れ、そうして彼女は大人への階段を一つ、また一つと上がっていった。

そんな余裕からか、今ではこんな風にして部内の友達と楽しく遊ぶように…

 

(よし!上手くいきました!)

 

否。

これはただの遊戯ではない、原村和の罠である。

 

(いい話題がなければ遊びに誘えばいい、我ながら良いアイデアです)

 

読者の皆さまもおかしいと思ったのではないだろうか?

あの原村和が、麻雀ではなく、わざわざ『ババ抜き』だなんて遊びになんの思惑もなく誘おうだなんてあり得るだろうか。いや、あり得ない。

この女、また何か企んでいるのであろう。口元の笑みを隠しきれていない。

それに、本来ババ抜きとは三人以上を想定したルールであって、二人きりだと相手にジョーカーがあることが分かってしまうのである。二人でやるには少々つまらないかもしれない。

では、なぜババ抜きを選択したのか…?

 

(ちょっとした遊びと言ったらトランプ、つまりババ抜きか大富豪です)

 

無知。

 

この女、あろうことかトランプ遊びで知っているものがババ抜きと大富豪とソリティアしかない。

流石に二人大富豪は相手の手がモロバレなのでマズイと思い避けたのだろうが、一人遊びのソリティアも論外であるので消去法で考えるとババ抜きしかないのである。

前回、話題が無くてまごついた反省を活かして遊びに誘ったのは中々いい策ではあったが、肝心の『遊び』の種類がとても少ない!

彼女がする遊びといえば大抵は麻雀だったという環境を鑑みると仕方ないとはいえ、これではあまりに攻め手に欠ける。

そしてその攻め手の少なさが仇となったか、この選択は非常にマズイ、二人きりで『ババ抜き』だなんて苦し紛れのようにしか思えない。

 

「いやー、ババ抜きだなんていつ以来かなァ」

 

しかし、二人きりで『ババ抜き』だなんて提案をしてきた原村和に対して、あたかも愛娘の遊戯に付き合う父親の如き態度で接しているではないか。

普通であれば

 

『二人でババ抜き?他になんかあるだろ?』

 

『…えっ、ババ抜きと大富豪しか知らない?なんというか、その、お可愛い奴め』

 

となってもおかしくないのである。

しかし須賀京太郎はそうはならない。それは何故か?

 

慣れである。

 

彼はこの八か月の体験により、彼女が少しばかり変であることは認識済みである。

彼女がファミレスでジュース混ぜ混ぜにドハマりして一人ファミレスでそれをやったり、スイーツ食べ放題でドヤ顔でカレーを持ってきたりと中々におかしな行動を見てきたのである。

そして、それが何らおかしいとは思わず行ってきたことも知っている。つまりどういうことか

 

そっとされているのである。

 

彼女の繊細な心を傷つけないよう、細かいことは気にせず彼女の遊戯に付き合っている。

ババ抜きがしたいような出来事でもあったのかな、とか思いつつ彼女の突拍子もない行動に付き合っているのだ。

須賀京太郎、15歳、その半分は優しさで出来ているバファリンのような男である。

 

そんなことはさておき、原村和も流石にババ抜きをやって、楽しんで、おしまい。というのを望んでいるわけではない。

 

「ですが、ただ単にババ抜きするだけでは面白くありません」

 

「ああ、そうだな」

 

「ですので…負けた方が勝った方の言うことを一つだけなんでも聞くというのはどうでしょうか?」

 

これが狙いだ。

罰ゲーム…トランプなどのアナログゲームにおいて定番の付き物である。

焼きそばには紅しょうがが、カレーには福神漬けが付いてくるように、罰ゲームというのはこういう遊戯をピリリと締めるためにも必要不可欠なものである。

そして、これが麻雀ではなくトランプ遊びに彼を誘った最大の理由である!

実力差がありすぎる遊戯において罰ゲームなどつけられる訳もない。それゆえ彼女は『ババ抜き』というあたかも平等なゲームを持ち込んだのだ。

そして罰ゲームを『負けた方が勝った方の言うことを一つだけ聞く』というものに設定した!

 

「なんでも…!?」

 

「あくまで常識の範囲内でですが」

 

「ちえっ」

 

『常識の範囲内』、なんともあやふやな言葉であろうか。

常識とは人によって違いが発生するものである。それもそのはず、これは常識、あれは非常識だなんて、誰も定めていないのだから。

人は皆、周りがそうしているのを何となく『常識』という枠組みに入れているだけであり、はっきりとした定義など誰も知っていない。

つまりどういうことか、この場合であれば

 

(ふふふ…私が勝ったら須賀君にあんなことやこーんなことを…)

 

多少の無茶は効くのである!

しかも二人きりという環境だ!これは非常に好都合。

たとえば、彼女が彼に無茶な要求をしたとしよう。

彼は自分の他に『常識の範囲内』であるか否かを判断してくれる人間がいないのである。

つまり、その要求を拒否しようにも、その根拠となるものが見当たらないのだ!

彼は知らない、肉食獣なのは目の前に居る彼女であり、自分は食われる側なのだということを。

だがしかし、これだけでは終わらない。

 

「では、このトランプを使いましょう、シャッフルしますね」

 

「お、言い出しただけあって、ちゃんと持ってるんだな」

 

「ええ、この前ゆーきと遊びましてね」

 

自分のカバンからトランプを取り出し、シャッフルし始める原村和。

このトランプ、ただのトランプではない。

 

(これでチェックメイトです、私の勝利は確実なものになりました!)

 

手品用である。

 

元ネタ本編でも使われていたが、このトランプは裏の絵柄が微妙に違い、その差異によってトランプの中身が分かるという代物である。

しっかりと訓練すれば、一瞬でどのカードが何かを把握することができ、大体のトランプゲームでは勝てるのである。

要するにイカサマである。まさに卑怯、卑劣、目標達成には手段を選ばない女、昔のような誠実で真っ直ぐな彼女はどこにいったのやら。

 

さて、自分で配っているだけあって、自分の手札にジョーカーが来ないように配置して、ゲームを開始する。

しかし、ここで予想外の出来事が発生する!

 

「…」

 

「…これにしましょうか」

 

「…!」

 

「やっぱこれにしますね」

 

「あっ…」

 

須賀京太郎、異常なほど弱い。

ジョーカーの方に手が伸ばされた瞬間、口元がニヤケ、ニマニマとだらしない顔になってしまっている。

もはやイカサマトランプを活用せずしても完封できてしまう始末。あの特訓に費やした時間はなんだったのだろうか。

 

(ま、まあ、予定に狂いはないので大丈夫です)

 

そうして残る枚数は一枚となった!須賀京太郎の枚数は残り二枚である。

ここで、ジョーカーではないハートのエースを引いたらゲームセット!これで晴れて勝利!

…となるはずだった。

 

「ぐぬぬ…よし!」

 

(ふふっ、いくら意気込んでも結果は変わりませんよ)

 

ここで須賀京太郎。

 

「上と下、どっちだ!?」

 

「!?」

 

秘策にでる!

トランプを二枚重ねて手のひらで挟み込んでいるではないか!

これでは裏の模様を見ることもできない!しかも彼もどっちがどっちだか分からないみたいである!

完全なる運否天賦、肚をくくるしかない原村和。

 

「う、上でお願いします」

 

彼女は上を選択。

スッと差し出されるトランプ、その中身は…

 

「くっ…!」

 

「よし!首の皮一枚繋がった!!」

 

ジョーカー!死神である!

これまで様々な策略や罠を張り巡らし、彼を陥れようとした彼女に天罰が下ったのかどうかは分からないが、この時点で原村和の敗北の可能性が50%へと急上昇した!

これには原村和も動揺する。さっきまで核シェルター内に居た人が急に爆撃地にテレポートさせられたようなものである。

そして、その動揺が仇となった!

 

(ど、どうしましょう)

 

あろうことか、彼の目の前でトランプをシャッフルし始めたではないか!

冷静な彼女であったら、こんなミスはしなかったはずである。

また、こんなミスをした理由はもう一つある。

 

経験値である。

 

彼女はババ抜きなどの遊戯をしたことが少ないのである、ゆえにここはこう、といったようなセオリーが染み付いていないのだ。

それに対して須賀京太郎、彼は圧倒的弱さにより最後まで残ることが多かったので、さっきのような表情が関係しない『技』を編み出したのである。

最終的には、この経験値の差が雌雄を決した。

 

「こっちだ!」

 

「あっ!?」

 

須賀京太郎、圧倒的不利な状況からの完全勝利である。

それに対して原村和、イカサマトランプをも駆使したのにこの結末である。

文句なしの敗北者、言い訳のしようがない敗北である。

彼女の脳内で繰り広げられていたあんな妄想やこんな妄想はお預けになったどころか

 

「うーん、何にしよっかな」

 

自分が征服し、服従させるべき相手に命令される始末。

 

(ま、まさか、服を脱がしてきたり、胸を揉んできたり…!!)

 

原村和、妄想力豊かな思春期女子高生である。

ご自慢の頭脳でそんな展開やあんな展開をきた…危惧している。

 

しかし!

 

「じゃ、命令だ」

 

「…はい」

 

「これ」

 

スッと手渡しされる一枚のチケット。

 

「へ?」

 

「いや、ほらさ、この前一緒に見よって誘ったけど、内容がアレで一緒に見に行けなかったじゃん」

 

彼女の脳内で浮かび上がる苦い思い出。

頑張ってデート一歩手前まで行ったのにも関わらず、把握ミスと予想外の裏切りによって泡沫と化した過去。

 

「だからさ、一緒に行かない?」

 

「え、ええ!命令ですから、仕方ありませんね!」

 

原村和、一足早く春の訪れを感じる。

勝負には負けたが、目標はこれ以上になく達成できたようである。

 

【本日の勝敗】須賀京太郎の勝ち

 理由:言うまでもない

 

 

 




お気に入り登録等ありがとうございます!!
感想も書いてくださりありがとうございます!

元ネタはアニメで知ったのですが、先日我慢できなくなって原作も揃え始めました!
そのせいか、そんなつもりはなかったのに気がついたら原作みたいな流れに…しゃーなし

あと、感想の方にも書きましたが誰が誰ポジだとははっきりと決めてません。
もしかしたら、のどか様が某書記のように…ないな、今のなし
もしかしたら、咲さんが某会計のように震えつつ、某書記のようにかき乱してくるかも…
まだ書いてないのでなんとも言えませんが、そんな感じになりそうなのでよろしくお願いします!


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4 のどか様は待ちたくない

デート!

それは恋人同士もしくはそれに準じる関係の男女が遊びに行くことをいう。

具体的には、一緒に食事やショッピングを楽しんだり、演劇などの鑑賞、もしくは遊園地などに行って楽しむなどなど…多岐にわたる。

しかし、決してこれらの行為そのものが目的というわけではない!

では、その主目的とはなにか?

お互いの仲を深めることである!

二人きりでお互いのことを深く知り触れ合うことによって、その関係をより親密にすることが目的なのである。

ゆえに、デートで行う遊びの内容もさることながら、それに付随するファッション、細かな仕草、会話能力、なども大変重要である!

 

さて、ここに一人の少女、原村和が物陰に佇んでいる。

ときたまチラリと時計を確認しては、顔をひょっこりだしてキョロキョロと辺りを見回している。

おわかりいただけただろうか、そう、これは…

 

待ち合わせである!

 

家が近所とかでない限り必然的に発生するイベントの一つ、待ち合わせ。

これが意外にもくせ者であり、集合時間の何分前にその場所に居るかが重要である。

ギリギリだと相手を待たせてしまうし、余裕を持った行動を取れない人間だと思われるかもしれない。

では、早めに待っておけばいいじゃないか、と皆さん思うであろう。

しかし、原村和はそれを許せない。

 

(私が先に集合場所に居るだなんて…そんなの)

 

(まるで私が今日のデートを楽しみにしているみたいじゃないですか!!)

 

ご覧の有様である。

この女、非常にめんどくさい。

 

(楽しみにしすぎて夜眠れなかったり、服を選ぶのに時間がかかったり…)

 

(なんてことはありませんでした!ええ、一切ありません!!ありえません!!!)

 

誰に言い訳をしているのだろうか。

ここで彼女の昨晩から今までを振り返ると、

日課であるネトマをしても珍しく負けが込み、早々に切り上げて風呂に入っても長湯しすぎてのぼせてしまい、ベッドに入っても熱が冷めず午前四時などという微妙な時刻に起きてしまい、仕方ないので服を選んでいたら三時間近くかかってしまい、家に居ても落ち着かないので早めに出発して現在に至る。

 

つまるところ、彼女は非常に緊張しているのである。

 

インハイでも自由気ままにマイペースで鉄仮面だったあの原村和が緊張するだなんてあるのだろうか?と、皆さんお思いになられるかもしれない。

しかし、今回のデートというのは麻雀やテストとは訳が違う。

予習が出来ないのである。

彼女にとって麻雀やテストというものは、牌効率などの計算に沿って打ったり、記憶したものを書き写したり、予め積み重ねた経験や知識によって結果を左右できるものである。

ゆえに、これらは『自分の努力によって、結果を明確に左右できるもの』という分類になり、落ち着いて対処すればなんてこともなかった。

だが、今回のデートはどうであろうか。

予習しようにも何をすればいいか分からない、そもそも何が正解か分からない、それに類似の経験をしたことがない。

これらの理由により、彼女にとって『デート』とは未知との遭遇であり、心構えすら出来ない状況である。

とはいえ、そんな彼女でも彼女なりに策を案じて臨んだようである。

 

(まずは須賀君が来たのを確認してから…)

 

第一の作戦、待ち伏せである。

先に集合場所にいるのは上記の理由により却下されたが、かと言って彼を長く待たせるのはもってのほかである。

もしも、集合時間ギリギリを狙っていったとしたら…

 

『あっ、和…遅かったな』

 

『え、その隣の子は誰だって…?』

 

『いやぁ、和待ってたら逆ナンされてさ。和よりもかわいいし、今日はこいつとデートしてくるわ、じゃあな!』

 

なんて事態が起きるかもしれない!!…と、原村和は危惧している。

そんな杞憂はさておき、現在時刻は十時、集合時間の三十分前である。

 

(まだですかね…)

 

集合場所の監視を開始して、既に一時間が経過!!

いくら厚着しているとはいえ、現在一月、寒空の下でずっと待ちぼうけしていれば体はめっきり冷え込んでしまう。

モコモコとした可愛らしい防寒具をより一層体に密着させ、なんとか暖を取ろうとするも熱源がなければ温まらない。

 

(流石に寒いですし…自販機でコーヒーでも買いましょう)

 

そんな感じでゴワゴワと行動を開始し、自販機へと進路を定める原村和。

彼女の脳内ではコーンポタージュもアリですね、などと思考は温かい飲み物の方へとシフトしている。

 

だが、その一瞬の隙が仇となった!

 

「…よっ!」

 

「ふぇっ!?だ、誰ですか!」

 

後ろから突如現れる金髪の男性。

そう、この男が件の人物である…

 

「うおっ!?俺だよ!須賀京太郎!」

 

須賀京太郎だ。

 

「あ、え、ええ、須賀君でしたか、すみません…」

 

「いやいや、俺も急に声かけて悪かった、ビックリさせちゃってごめんな」

 

彼は張り巡らしていた警戒を解いた一瞬の隙に彼女の近くまで接近していたのであろう。

そうして彼に気づかずに物陰から跳び出した彼女を捕捉したというわけである。

この不意打ちに対して大きく動揺してしまうものの、すぐさま平静を保つ原村和。

 

(え、ええ、過程はどうであれ結果的には同時刻に集合場所に来たように見えるので問題ありません)

 

事実はどうであれ、奇しくも同時刻に来た、ということを主張すれば問題ないのである。

たとえ原村和が寒空の下で一時間以上待ちぼうけをしていたと仮定しても、彼女自身がそれを言わなければ彼は知る余地もない…はずだった。

そう、須賀京太郎はどこから現れたか…それを踏まえると

 

「そういや和」

 

「なんですか?」

 

「さっきまで、電柱の前でジッとしてたけど、なんかあったのか?」

 

(…???)

 

必然である。

須賀京太郎は後ろから現れたのだ。この真っ直ぐな道路の後ろから現れたのである。動向なんてバレバレである。

それに、電柱の陰でコソコソ動くピンク色の髪なんて目立つにも程がある。目につかない訳がない。

よって彼は、彼女が思っているよりも遥か先に彼女を捕捉していたのである。要するに、自販機に向かい始める前から見られていたのである。

そして今、原村和は混乱に陥った!

 

(あれ?どうして須賀君がそんなことを…?)

 

(いや、それよりも言い訳を…)

 

その頭脳をフル回転させる原村和、口先さえまともに動けば、誤魔化すことなど容易い。

 

「いえ、ちょっと靴ひもを結び直してまして」

 

「え?それ、靴ひも無いようにみえるんだけど…」

 

「女の子には色々あるんです!」

 

「お、おう」

 

『女の子には』という言葉は非常に便利なものである。これを使えば触れにくく、かつ滅茶苦茶な言い分であろうと納得せざるを得ない状況を創り出せるのである。

多少のゴリ押しはあったものの、なんとかして須賀京太郎を納得させることに成功。

これで彼女は何の問題もなく『待ち合わせ』を遂行したのである!

 

(これで待ち合わせは完了です!あとは一緒にデートするだけ…)

 

彼女の脳内では既に、ロマンティックな映画を見つつ、そっと手を添えてきたり…とかいう光景が繰り広げられているのである。

 

(そうして須賀君は高ぶった想いを私に…きゃー!)

 

第一関門を突破した原村和!

彼女のデートはまだまだ続く…




本当は映画見るとこまで書くつもりだったけど、待ち合わせだけで長くなったので。

お気に入り登録等ありがとうございます。感想も書いていただきありがとうございます。
感想でも色々と楽しみにしてくださっているようですので、元ネタのような雰囲気をうまく作れるよう頑張ります。


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5 のどか様は触れ合いたい

映画館!

そこでは毎日様々な物語が上映されており、それを鑑賞するために人々は集う。

上映されているものはまちまちであり、アクション物、アニメ、ドキュメンタリー、そして恋愛物。

ある人は退屈な毎日から逃避するためにド派手なアクション映画をコーラ片手に鑑賞し、

またある人は好きなアニメが映画化されたので、前売り券片手に映画館へと赴き、

そして、とあるカップルは恋愛物を見るために、遥々この映画館へと遊びにきたのである。

 

そう、このカップルこそ

 

「へぇ…思ってたよりもずっと綺麗なところです」

 

「ああ、最近リニューアルしたみたいで、キレイになったんだ」

 

「なるほど、そうなんですね」

 

清澄高校のアイドル原村和と、ただのザッソー須賀京太郎である!

 

「今日見るのは…えーと」

 

「ああ、あれだ、『ラブ・リフレイン』っていうやつだな」

 

傍目から見るとめちゃ可愛い女子と中の上ぐらいの男子が二人きりでいるので、てっきり男子が女子に猛アピールしていると思われるのが普通である。

しかし、実情は違う!

 

(須賀君は至って平常のように見えますね)

 

この女子の方が圧倒的に必死である!

確かに、デートに誘ったのは彼の方ではあるものの、それはこの前の一件が可哀想に思えたことによる義務感と同情心からである。

そして彼の感覚としては、『女友達』と遊びに来ている。そんな感じである!

一方で原村和、彼女の感覚としては…

 

(せっかくのデートなんですから…もっとこう…色々としてきてもいいんですよ!!)

 

こんな有様である。

 

(チケット代も実質須賀君が負担しているようなものですし、少しぐらい寛大になるといいますか)

 

(多少おさわりされても、不起訴処分で見逃すといいますか、なんといいますか…ねぇ!!)

 

彼女の感覚としては、これは立派なデート、逢引である!!

ゆえに、彼女は彼から何かしらのアプローチが来るのを待っていたのだが…

 

(あと、もっと近づいてもいいんですよ?肩がそっと触れ合うぐらいなら許しますよ!)

 

アプローチどころか、触れ合うことすらない。

会話の内容も他愛ないものであり、やれ咲の迷子はどうしたら治るのかやら、優希はタコス食べ過ぎではないかとか、そんな感じである。

とてもロマンティックな雰囲気からは程遠く、咲や優希がいる時と何も変わらない様子である。

 

(…これは、ちょっと揺さぶる必要がありそうですね)

 

このままではマズイと思い、行動を開始する原村和。

 

「にしても、恋愛物なんですね」

 

「ん、そうだけど…?」

 

「いえ、須賀君はてっきりアクション系とか、そういう物の方が好きそうだと思いまして」

 

(わざわざ恋愛物の映画を誘うだなんて、須賀君も多少なりとも意識はしているはずです!)

 

確かに、須賀京太郎が恋愛物を好んでいるとは考えにくい。

彼は今では麻雀部に所属しているものの、前はハンドボールに打ち込んでおり、イメージとしては体育会系の人間である。

つまるところ、彼は健常な男子高校生であり、そんな彼が恋愛物が大好き…だなんて考えにくいと思ったのであろう。

それに、彼が好んでいる漫画はド派手なアクション物などが多く、恋愛要素が強いのを読んでいる様子はないのである。

これらの理由によって、『彼がわざわざ恋愛物を選んだのはそういうこと』という結論に至ったのである。

 

「そっち系も好きだけど、今日は恋愛物の方がいいかなと思って」

 

「それはなんでですか?」

 

(きました!これで須賀君はその下心をさらけ出すしかありません!)

 

しかし、この原村和は大きな勘違いをしている。

 

「いや、だって和は恋愛物とかの方が好きだろ?」

 

「…ふぇえ!?」

 

このデート、前回の事件の埋め合わせなのである。

須賀京太郎は、ジャンルがスプラッタだったので映画を見ることが出来なかったこの前のことを可哀想に思い、このように誘ったのである。

誘い方が中々にキザだったので恋愛感情アリで誘った風にも見えるが、彼自身としてはその感情は薄い!

このセリフも、『せっかくだし、和の好きそうなのを見せてやりたい』程度の認識である。

 

しかし!これを情熱的なデートだと勘違いしている原村和からすると

 

『やっぱ大好きな和に楽しんでほしくてな』

 

『それに、こういうのの方がドキドキするだろ?』

 

こんな感じである!

事実上の告白宣言!わざわざ自分の好きなものに合わせてくれるだなんて、それはもう好きと言ってるようなものなのである!

彼女の脳内では、彼は入念に自分の趣味を調べ、デートプランを立て、あんな風に情熱的に誘ってくれて、そして現在に至っていると処理されているので

 

(え、これは…もしかしてプロポーズされちゃいますか!?)

 

こんな結論に至る!段階を七つぐらい飛ばした発想!!流石にそれは有り得ない!!!

そんな妄想を頭の中で展開する原村和であるが、流石にそれを表面上に出すことはなく

 

「ど、どうした!?」

 

「いえ、なんでもありません」

 

「い、いや、今なんか可愛らしい声が」

 

「幻聴です」

 

「幻聴!?」

 

平然と彼の言葉を受け流し、この話をシャットダウンする。

彼もこのポーカーフェイスを見習ってほしいものである。

 

「では…早速映画を見に」

 

「おっと、和、その前に」

 

「?」

 

いそいそと入り口に向かう原村和であったが、それを彼に咎められる。

彼女は映画館に行ったことが少なく、最後に行ったのもはるか前、ゆえに定番というものを知らないのである。

映画を見るにあたって必要不可欠なもの、そう、それは…

 

「ポップコーン買おうぜ!」

 

「ポップコーン…ですか?」

 

ポップコーンである!

いつ頃から定番になったかは分からないが、映画館といえばポップコーンが付き物である。

映画はおよそ二時間ぐらいの長さであるので、ただただ見るだけでは少々手持ち無沙汰かもしれない。

そんな時に便利なのがこのポップコーン!一口サイズでサクサク食べれる優れものである。しかも、大きなのを買って隣同士の二人で食べ合うなんてこともできる。

 

「映画といったらポップコーンとコーラがないとな」

 

「そうなんですか」

 

「そういうもんだ」

 

原村和は少しばかり世間知らずであり、こういうのに関しては疎いところが多々ある。

ゆえに、須賀京太郎の言い分をすんなりと受け入れ、一緒にポップコーンを買いに行く。

 

「味はどうする?」

 

「味ですか?塩味以外にもあるのですか?」

 

「ああ、塩にチーズにキャラメルに…」

 

「キャラメル…!」

 

キャラメルポップコーン、皆さんも食べた経験があるのではないだろうか。

普通のポップコーンとは違い、キャラメルでポップコーンがコーティングされており、その食感はサクサクからカリカリに変化しているのである!

そしてその暴力的なまでの甘さ、ついつい手が伸びてしまい映画よりも夢中になってしまうことがしばしば。

スーパーで売ってるはいるものの、映画館で食べられる『それ』とは明らかに違うのである。

ゆえに、これを食べるために映画館に赴く人も居る。そんな一品を彼女は知らない。

 

(キャラメル味ですか…いや、でも子供っぽいって思われるかもしれませんし)

 

キャラメルポップコーン…その響きだけで想像が膨らみ、期待で満ち溢れる。

今にもよだれが垂れてきそうではあるものの、無駄に大きなプライドがそれを邪魔してくるのである。

お菓子の好み云々で子供っぽいだなんて思われる訳もないのだが、そんな余計な心配をするのが原村和である。

これに対し、須賀京太郎

 

「…」

(ここは無難に塩味を…いやでも、せっかくですしキャラメル味を食べてみるのも…)

 

「どうだ?俺はキャラメルが好きなんだが」

 

「でしたらそれにしましょう!」

 

「お、おう、で、飲み物は何にするんだ?」

 

「じゃあ…オレンジジュースでお願いします」

 

「分かった!」

 

彼もキャラメルポップコーンに魅せられた者の一人であったのだろう。

そんなこんなでポップコーンとジュースを装備して、いざシアターへと向かう二人。

某会長と副会長のように、絶妙なすれ違いによって隣同士になれず…なんてこともなく、隣同士で座る二人。

少しばかり雑談をしていると、にわかに照明が暗くなっていき、アナウンスが聞こえてくる。

そしてコマーシャル映像が流れた後に、ようやく始まる映画本編。

主人公と思わしき二人のやり取りを見て、段々と映画にのめり込んで、時間も忘れ…

 

(さて、作戦を開始しましょう)

 

なんてことはない!

この少女、ハナから映画本編に対しては然程興味なんぞなく、それよりも隣りに居る男子、須賀京太郎に興味深々である!

先ほどから視線の割合は7:3で須賀京太郎の方を見ており、映画の内容は半分ほどしか入ってきていない。

因みに、映画の内容はすでにネットのネタバレである程度は把握しているのである。これによって映画後の会話でも困ることはない!まさに用意周到である。

 

(まずは定番の手が触れあってしまうのをやってみましょう)

 

幸運にもそばにポップコーンがあるので、彼の方に手を伸ばすことは極めて自然なことである。

彼がその手をポップコーンに伸ばしたのを横目で確認して、スッと自分の手を潜り込ませる。

その刹那!やや柔らかめな感触が指先を伝い脳に流れていく!まるで雷でも走ったかのような衝撃!

 

(~!!)

 

思わず体を震わせる少女!ピリピリと痺れる指先に意識を向け、光悦に浸っている。

脳内ではドーパミンやら何やらが大量に分泌されているのであろう。

しかし、それだけでは終わらない!

 

「わ、わりぃ」

 

隣の彼からの囁き声、やや照れが混じったかのような声色。

 

(~~!!た、たまりません!!)

 

その囁きは外耳を通り、内耳に到達し、鼓膜の振動が耳小骨に伝わり、蝸牛から神経へと信号として流れ出し、脳に到達!

その瞬間、駆け巡る脳内物質!!チロシン、β-エンドルフィン、エンケファリン…!

彼女の脳内ではまさしくパラダイスが繰り広げられ、彼女はこれ以上になく幸せを感じている!

 

(これは最高ですね…!)

 

その表情は映像として流せないほどだらしなく緩んでおり、字のごとく蕩けている。今にも溶けてしまいそうである。

映画館の暗闇の中でなければ、大恥をかいていたであろうが…そんなことは彼女は気にせず至福の瞬間を嚙みしめている!

 

しかし、何か忘れていないだろうか?

 

この作戦、ただ単に自分が悦んでいるだけである。

そう、須賀京太郎への影響はどの程度かというと…虫けらほどである。

確かに、映画見終わるまでのしばらくは忘れないかもしれない。だが、数時間もしてしまえば、すぐに忘れてしまうであろう出来事、その程度である。

とても恋愛的に優位に立てるとは言えない、そんなガバガバな戦術。

もしも、ここでたたみかけるかのような猛攻を行えば、彼に強く意識させることも可能なのだが

 

(至福です…付き合えればいつでもこんなことが…)

 

原村和、妄想の世界へとトリップしてしまう。

本日の行動限界が来てしまったようである。

映画を見終わった後も上の空状態で対応してしまい、気がついたら自宅のベッド。

枕に顔をうずめ、ジタバタと後悔する彼女が居ただとかなんだとか。

 

お可愛いこと。

 

【本日の勝敗】

原村和の敗北

理由:私欲に走ったため

 




いつもお気に入り登録等ありがとうございます。
感想も書いていただきありがとうございます。自分は返信がヘタクソなので変な返しになってますが、ほっといてください。

映画館はここ数年行ってませんねぇ…またキャラメルポップコーン食べたいなぁ

そろそろ他のキャラも動かしてこうかなーって考えてるけど、どうやって動くのか想像つかないのが現状ですね。
基本的にヒロインは原村和だけなので、他のキャラはもしかしたら付き合ったりしてるかもしれませんが、ご了承ください。

あと、本日は姉帯豊音さんの誕生日です、おめでとうございます!


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6 須賀京太郎は告られたい

清澄高校麻雀部、麻雀に携わる人々でその名を知らない者はいないであろう。

彼女らは前年まで無名どころか、団体戦に出場すらしていなかった。

しかし!今年度の長野大会において、あの天江衣を有する龍門渕を抑えて優勝を果たし、遂には全国をも制した高校である。

そして所属する部員はたった五人の少女、ろくに控えもいない状況で栄冠を手に入れたのだ。

その経歴や異常さから、瞬く間に全国にその名は知れ渡り、今では魑魅魍魎住まう魔窟として扱われている。

 

…しかし、この情報には一つ、誤りがある。

 

そう、この麻雀部の部員は六人、幻のシックスマンが存在するのである!

その六人目の部員こそが

 

「うし、掃除終わりっと」

 

この物語の二人目の主人公、須賀京太郎である!

彼は名前からもわかる通り、れっきとした男性であり、それゆえ団体戦メンバーには名を残すことは無かった。

メディアも彼のことをわざわざ取り上げることはせず、誰からも特に注目を浴びることはなく、世間一般では清澄高校麻雀部は五人として認識されたのである。

そんな彼を清澄高校の有象無象たちは、女子麻雀部の腰巾着だと非難して…いるわけもなく、むしろ他の部活に勧誘などもされており、彼は平穏な毎日を過ごしていた。

 

「あとは戸締りして…」

 

彼はまさに温厚篤実といった人間である。同じ部の皆がインハイで頑張っているときはサポートに徹し、普段の学校生活においてもその煌びやかな髪をなびかせ雰囲気を明るくし、困っている人を見かければ親切に声をかける。

生まれもった容姿や才能に恵まれた原村和とは違い、容姿もそこそこ才能もそこそこである彼であったが、普段の振る舞いから原村和と同じくらい非常に評価の高い人間である。

それゆえ、女子同士の恋バナにおいては鉄板とも言っていいほど名前が挙がりやすい

 

が、そんなことを彼は知る由もなかった!!

 

「ん、あれは…」

 

窓から見えるクラスメイト、一人はサッカー部のエース、もう一人は女子テニス部のレギュラー、そんな二人が仲良さそうに手をつないで歩いているではないか。

これには須賀京太郎も血の涙を流し、リア充爆発しろと某会計のように呪い始め…

 

(あの二人はやっぱ付き合ってたんだな)

 

ない!

それどころか、『良かったな、おめでとう』と心の中で祝福し始める。

もはや男子高校生離れした精神力、落ち着き、精神的には成熟していると言っても過言ではない。

しかし、そんな彼でも所詮は男子高校生である。

 

(俺もあんな風に彼女が居たらなァ…)

 

人を好きになり、告白し、結ばれる。そんな甘酸っぱい恋を体験してみたいとは思っているのだ!

それに、彼女というものは華やかな高校生活を迎えるにあたって必要不可欠といっても過言ではない。

一緒に祭りに行ったり、そこで手を繋ごうと頑張ってみたり、花火に見とれる彼女の横顔を眺めてみたり、そんな夏を過ごしてみたり…

だが、それは彼女がいないと成立しないのである!!必要条件である!!

 

(彼女か…)

 

そんなことを思っている須賀京太郎、別に気になる人がいない訳でもない。

しかし、その人物は…

 

(和と一緒に…なーんてな)

 

才気煥発、容姿端麗、才色兼備、全国クラスのアイドル原村和である。

インターミドルの覇者でもあり、今年の全国大会個人戦においても一年生ながらも上位の成績を収めた人物である。

そんな女子としても雀士としても全国有数レベルの彼女と付き合うだなんて、無理無理むーりのかたつむり…と思っているのである。

 

この説明でおわかりいただけただろうか、この須賀京太郎…

 

非常にめんどくさい。

 

いや、乙女というべきか、女々しいというべきか、非常にまごまごしているのである。

彼女が好きなんだけど、釣り合わない云々とかいうどーでもいいことを考えて身を引こうとしている臆病者である。

いや、厳密には身を引こうとしてはいない。むしろ、この前のように映画館に誘ったりと自分から近づこうとはしているのだが

 

(まあ、和は俺のことを友達だと思ってるみたいだし、恋愛的な云々とかでは無さそうだしな)

 

あろうことか、この男、恋愛感情を切り離している!

愛ゆえに人は苦しまなければならないのであれば、愛など要らぬ!と言わんばかりの発想、まさに男子高校生離れした精神力である。

どうしてこんなことになっているのか?

 

実を云うと、彼がこんなことになったのには訳がある。

 

彼は中学校時代はハンドボールに打ち込んでおり、運動神経も抜群であったため、非常にモテていた。

それに、彼自身も非常に恋愛に飢えており、モテたい!という一心で身なりを整えたり、ニキビのケアをしたり頑張ってはいたのだが…

彼の博愛精神、これが非常に厄介だった!

彼はクラスのアイドルから教室の隅の日陰の子まで、誰に対しても優しく接するため、他所からすると好感度というものが測りにくい人間であるのだ。

それに、彼はハンドボールに打ち込んでいたため、そういうのにはあまり興味がないのでは?という説も浮上してしまい、更には隣りにいつも宮永咲が存在していたため、諦める人間も多かったのである。

 

しかし、彼はこんな事情をしらない。

彼からすると、モテるために努力して、女の子にも話しかけて、部活にも精一杯打ち込んだにも関わらず、モテない。そういう認識になってしまったのである。

よって、彼は恋愛に関しての自己評価がすこぶる低く、女子を恋愛対象として見ることを諦めがちになったのである。

 

そう、この男こそが

多くの女子を落とすスケコマシでありながら、全くもって恋愛経験のなく、悟りを開いてしまった、現代社会の生んだ歪み

モンスター童貞なのである!!

 

「あ、須賀君」

 

「ん、和か、どうしたんだ?」

 

そんな彼も全くもってドギマギしないという訳ではない。

部室の扉から現れた原村和、そのサイドテールの髪をなびかせ、可愛らしい声で名を呼ぶ。

そんな彼女を視認して、少しばかり気分は高揚してしまうものである。

 

「いえ、エトペンを置いていってしまいまして」

 

「え?一通り掃除したんだけど、居たっけなァ?」

 

「えーとですね…あっ、こんなところにいました」

 

(ロッカーの中!?)

 

いつものように奇行に走る彼女に驚きつつも、エトペンを抱きしめる彼女を和みながら見守る。

 

「で、須賀君はもう帰るところですか?」

 

「ああ、戸締りも終わったし、そろそろ帰ろうかなって」

 

「なるほど…」

 

口に手を当て、何やら考え始める彼女。

 

「ちょっとだけ、お付き合いしていただきませんか?」

 

しばらくして、何やら勘違いしそうになる一言を発する。

一瞬だけドキッとするものの、平静を保つ須賀京太郎。

 

「ん、なんだ?」

 

「…20の質問っていうのは知っていますか?」

 

「うーん?」

 

「私がこれからとある『もの』を思い浮かべます、それを須賀君が質問していって当てるというゲームです」

 

「なるほど、つまり俺が20個質問していって正解を当てることが出来たら勝ちっていうことか」

 

「ですが、20個も質問したら大抵のことは分かってしまいます」

 

「まあ、そうだよな」

 

「ですから、その半分、10個の質問で当ててくれませんか?」

 

いたずらっぽく笑いかけてくる彼女、その表情は初めて会った頃とは大きく違い…

 

「…よし、その勝負受けて立つ!」

 

「須賀君ならそう言ってくれると思っていました」

 

「ま、ちょちょいっと当ててやるぜ!」

 

「因みに、私に関するものなので、私と一緒に過ごしてきた須賀君ならすぐに当てられると思いますよ」

 

「ほほう、和も煽るようになってきたか」

 

まず最初の質問を考え始める須賀京太郎。

 

「それは触れられる?」

 

「はい、触れることが出来ます、言葉や概念ではないです」

 

「電化製品?」

 

「いえ、電化製品ではないですね」

 

「えーと…それは常温?」

 

「いえ、常温ではありません」

 

まずは広い範囲から絞り込んでいく。

触ることが出来て、電化製品ではなく、常温でもない。

これらからすると、食べ物や生き物の線が濃厚になってくる。

それに、原村和に関連するものであるので

 

(今度はそっちから絞っていくか)

 

「それは和が所有してる?」

 

「いいえ」

 

「それは和の家にある?」

 

「いいえ」

 

「それは…和は触れたことがある?」

 

「はい、あります」

 

所有もせず、家にある訳でもなく、それでも触れたことはある。

分からなくなってくる須賀京太郎、どうにもこうにも思いつかないので

 

(ちょっと違う角度の質問もしてみるか)

 

「それは…和が好きな物?」

 

だが、この質問はうかつだった!!

藪を木の棒でつつくかの如き行為、彼自身は深い意味を持ってしたわけでもなかったが

 

「……はい」

 

顔を赤らめ、もじもじと恥ずかしそうに答える原村和。

こんな彼女を見て須賀京太郎

 

(…!!?)

(えっ、なんだこの表情は!?ちょっと恥ずかしような、照れているような…!?)

 

混乱状態に陥る!!

 

まさかの反応が帰ってきて、これは何かピンポイントで打ち抜いてしまったのではないかと不安になり始める。

それもそのはず、彼女がこんな表情をすること自体が非常に珍しい、まさに恋する乙女のような様子、まるで…

 

(ま、まさか…)

 

「そ、それは生き物?」

 

「……っ、は、はい」

 

先ほどまでの平然として様子から一転して、受け答えだけでも恥じらうように言葉を紡ぐ。

そんな彼女の様子から鑑みるに、これの答えは…

 

(お、俺だったりするのか!?)

 

こういう結論に至るのは必然である。

好きかどうかという質問から一転して様子がおかしくなる、つまり好きということがバレると恥ずかしいということである。

この状況でそのようなことになる答えといえば、『須賀京太郎』のみである。

しかし、彼はモンスター童貞、確証が得られるまでは動かない。

 

「そ、それは人間?」

 

「…!、……はぃ」

 

言葉尻が弱くなる彼女、次第に顔が俯いていき、その表情は読み取れなくなってしまった。

 

(こ、これは…)

(遠回しな告白!!?)

 

これには鉄壁のディフェンスを持つ彼であっても、そうは思わずに居られない。

いや、思わない方がおかしいであろう。わざわざ帰ろうとしているのを引き留め、ちょっとしたゲームに誘い、そして今、二人きりの部室でこんな表情をしているのだ!

これが遠回しな告白でなければ、果たして何なのであろうか?

 

(残る質問はあと一つ…ならば!)

 

須賀京太郎、意を決す!

 

「その人物は…金髪?」

 

「………はい」

 

須賀京太郎、自身の髪の色は金髪である。

親から譲り受けたこの髪色、今日ほどそれに感謝した日があっただろうか。

 

(俺じゃん!確実に俺じゃん!!)

 

いくらモンスター童貞である彼であろうと、この情報、そしてこの状況であれば、そう確信してしまう。

確信しないはずがない!

 

(苦節15年…思えば長かった)

(彼女を作ろうにも一向に出来ず、義理チョコばかりが増えていく一方)

 

懐古する彼、ちなみに義理チョコの中に本命が多数混じっていたことなど彼は知らない。

 

(そして今、あの和が、原村和が俺に…!)

(そうだ、和とはこの八か月色々と…色々と…)

 

彼女との思い出を嚙みしめ…

 

噛みしめて…?

 

 

 

(あれ…なんで告白してきてるんだ…??)

 

 

「では質問は以上になります…」

 

「か、回答をお願いします」

 

俯いていた顔を上げ、そう尋ねる彼女。答えを書いた紙を顔を隠すかのように口元に持っている。

しかしながら、その瞳は潤んでおり、まるで何かを期待しているかのように真っ直ぐとこちらを見つめている。

そんな彼女を見て、彼は少しばかり息を吸い、そして――

 

「答えは『天江衣』…そういえば、エトペン関連で仲良くなっていたよな…」

 

「……せいかいです」

 

潤んでいた眼は一転して光を失い、紙を投げ捨てる原村和。

 

「い、いやぁ、なかなか難しかったなァ!」

 

「そうですね、では、もうこんな時間ですし、さっさと帰りましょうか」

 

「えっ?あっ…あぁ、そうだな!」

 

「ほら、早くしてください、須賀君」

 

エトペンを乱暴にカバンに詰め込み、さっさと部室を出ようとする原村和。

そんな彼女に慌ててついていく須賀京太郎。

 

(やっぱ、そんなマンガみたいな展開なんてあり得ないよな)

(今回こそは上手く行ったと思ったのですが…もうっ!須賀君のいじわる!!)

 

この物語は、天才少女原村和と凡人須賀京太郎の恋愛頭脳戦…

否、このポンコツな二人がすれ違いつつも奮闘するお話である。

 

 

【本日の勝敗】

須賀京太郎の勝利

ただし、チャンスを逃した模様

 

 




いつもお気に入り登録等ありがとうございます。
感想も書いていただき、ありがとうございます。非常に喜んでいます!
なぜか日間ランキングに入っていて驚きました、ありがとうございます!

今回は京太郎視点のお話でした、いかがだったでしょうか?
元ネタの某会長とは別ベクトルで面倒くさいですが、その性質上、基本的に受け身になります。
でもまあ、やるときはやる…かも。

あと、この話においても原村和は内心色々とアタフタしているので、それも脳内補完して読んでみて欲しいです。


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7 お弁当をいただきたい 前編

昼休み!

それは退屈な授業の合間に発生するオアシス、この時間においては生徒は自由であり、遊ぶもよし、会話するもよし、寝るもよし、基本的に何をしてもいいのである。

だが、この時間内に皆が必ずしも行うことが一つだけある。

それは、昼食である!

ある人は学食に赴き、ある人は持ってきた弁当を食べ、またある人は道端のコンビニで買ったパンを頬張っている。

午後に待ち構えている授業や部活をこなすためには、この休み時間でエネルギー補給をしなければならない!

 

ここは清澄高校麻雀部、普段は昼休みに誰もいないのだが、今日は事情が違う。

 

「昼休みだじぇ!」

 

人一倍元気そうにはしゃいでいるこの少女は片岡優希、清澄高校麻雀部の先鋒を務めた猛者である。

しかし、そんな肩書からは想像がつかないほど子供っぽく、ロリロリしいというのが実情である。

 

「優希ちゃんは何を作ってきたの?」

 

こちらの大人しめな少女は宮永咲、清澄高校麻雀部の大将を務め、その活躍っぷりから魔王とも呼ばれている。

しかし、こちらもそんな肩書とは裏腹に控えめな少女であり、普段の言動からはとても闘争心というものは感じ取れない。

 

「優希のことだし、タコスでも作ってきたんじゃねーの?」

 

「いえ、ゆーきは恐らくタコライスかと」

 

そしてこの二人は、皆さまご存知の原村和と須賀京太郎である。

ここに麻雀部の一年生が集結して、一緒に昼食をとろうとしているのだが

 

「流石のどちゃん!私が作ってきたのはタコライスだじぇ!」

 

「おいしそう…」

 

「おおっ、美味しそうだな!よく分かったな和」

 

「タコライスの方がトルティーヤといった特殊な具材が必要じゃありませんし、作りやすいので」

 

ただ単に弁当を食べるだけではない。

これは、現実世界で一体どれだけの人間が体験したのか分からないイベントである、

 

弁当交換会!

 

二人以上の複数人で予め示し合って手作りのお弁当を持ってきて、その弁当をお互いに食べ合うというものである。

だが、高校生である程度の弁当を作ることができる人間はそう多くはない。それに手間もかかる。そもそも親がキッチンを使ってて弁当を作る暇がない。といった理由により、実際は開催されることが少ない。

しかし、この四人は一味違った!

 

宮永咲、親が別居中なのもあって、基本的に家のご飯は自分で作っているのである。弁当なんて朝飯前。

片岡優希、一番心配されていた彼女であったが、特定の料理だけは作れることが判明する。

原村和、こちらも親が別居中なのもあるし、そもそも料理は好きな部類に入るので弁当なんて楽勝である。

須賀京太郎、数ヶ月前までは何も作れなかったがタコス作りから料理に目覚める。今では晩飯をたまに作る程度にはなっている。

このように全員が条件を満たしているので、弁当交換会が開催されたのである。

 

…が、おかしいとは思わないだろうか?

手作り弁当を作ってきて、わざわざ交換するだなんて、そうそう発生するイベントではない。

某野球ゲームでいうなれば、天才型を引いて尚且つとあるマッドサイエンティストが二回現れ成功するぐらいの確率である。

そう、これも…

 

(ようやくこの時がきました!)

 

原村和の策略である!

 

時は三日前に遡る。

 

――

 

とある昼休み、暇なので校舎周りを散歩していた原村和、その視界に二人の影が入り込む。

一人は目立つ金髪を揺らす少年、もう一人はぴょこんと立った寝癖が特徴的な少女。

須賀京太郎と宮永咲である。

その二人、一体何をしているのかというと…

 

(あれは…お弁当?)

 

昼食を一緒に取っているようだが、彼の膝の上にはお弁当が一つ。

すかさず距離をつめ、二人に話しかける原村和。

 

「こんにちは、一緒にお昼ですか」

 

「お、和か」

 

「和ちゃん!」

 

極めて自然に話しかけられたことに安心しつつ、さっそく本題に入る。

 

「で、そのお弁当は…もしかして」

 

そう、彼が弁当を食べているというのは非常に珍しい。

彼は基本的に学食のご飯か、コンビニで買った諸々の食材のどちらかを摂取しているのだが、この弁当箱で食べているのは原村和の観測史上初めてのことである。

ゆえに、彼女の脳内では二つの仮説が組み立てられた!

一つ目は隣りに居る宮永咲がお弁当を作ってきた。だが、この説は弁当の内容を見るに極めて可能性が薄い。宮永咲自身の弁当と内容が乖離しているからである。

二つ目は――

 

「ああ、俺が作ってきたんだ」

 

彼の手作り弁当!

なんとも甘美な響きであろうか、その事実だけでもよだれが垂れそうになるが、内容も素晴らしかった!

ハンバーグ、玉子焼き、ウインナー、ひじき、そして白飯の上に乗っかった佃煮。

彼の弁当は茶色が多く、栄養バランスを鑑みるとあまり良いものとは言えない。しかし、それは彼女の知っている弁当とは大きく異なり、

 

(私も食べてみたいです!)

 

そのことが彼女の興味を強く引いた!

大きなハンバーグ…彼女の弁当に参戦したことは一度もない一品。主役だぜと言わんばかりにふんぞり返っている。

玉子焼き…家によってはしょっぱかったり、甘かったりする。彼の家のはどうなのだろうか。

ウインナー…斜めに切れ目の入ったウインナー、焦げ目がいいワンポイントになっている。

ひじき…彼女の弁当にも入っているが、彼のには大豆が混じっている。

そして佃煮…形状から察するに小魚、じゃこの佃煮であろう。艶のある茶色が食欲をそそる。

どれもこれも興味を引き、先ほど昼ご飯を食べたにも関わらずお腹が空いてくる。

 

だが、おひとつ食べたいとお願いするのも図々しいと思われるかもしれないし、そもそもプライドが許さない。

 

(須賀君のお弁当…いやでも、ここで頂戴だなんてお願いするのも…)

 

葛藤、恥を捨てて実を得るか、尊厳を守るか、彼女は必死に思考する!

しかし

 

「京ちゃん、そのハンバーグと唐揚げ交換しない?」

 

「いいぜ!」

 

そんな彼女を尻目に、彼のお弁当からスッとハンバーグを抜き取る宮永咲。

 

(え、ま、待ってください、咲さん、まさか…)

 

箸によって捕らえられたハンバーグが宮永咲の口の中へと入っていき、一噛み、二噛みと咀嚼され、喉を通り抜けていく。

 

「おいしい!熱々のハンバーグもいいけど、冷めたハンバーグも旨みがギュッと凝縮されているみたいで、とっても美味しいよね!」

 

満面の笑みで頬張り、自分の弁当箱の白ごはんを口に詰め込む。至福のひと時であるのは間違いない。

それに対し、原村和。

 

(そうですかそうですか、咲さんはそういうことをするんですね)

 

(失望しました)

 

(友達だと思っていましたが…もう二度と迷子になっても助けてあげませんから!)

 

凍てつく波動、その足元から全てが凍り付くのでないかと錯覚するほどの冷徹なオーラ。

そんなオーラを幸福の中にいる宮永咲は感じ取れなかったが…彼は気づいてしまった。

 

(和!?なんだあの軽蔑しきった目は…!?)

 

須賀京太郎、恐怖を覚える。

 

(ま、まさか…)

 

その原因を探るも、思いつくのは一つ

 

(俺の弁当…ヤバい?もしかして、豚の餌レベルに思われている?)

 

自身の弁当をハッと見る。個人的には満足のいく出来であったのだが、原村和の表情を見るにヤバいのかもしれない!という考えに行き着く。

宮永咲は美味しそうに自身の弁当を食べてくれているものの、ときたま変なところもあるので信頼には値しない。

 

(咲さんなんて知りません!絶交です!)

 

(何故だ…どこがダメだって言うんだ!?)

 

――

 

これが三日前の出来事である。

 

そしてこれはその次の日、つまり一昨日のことであった。

 

――

 

昼休み、そんな自由時間に親友と共に過ごす彼女、その脳内では彼の弁当を手に入れるための最適解を計算している。

 

(いいアイデアを思いつきました)

 

(自然な流れで須賀君のお弁当を貰う方法、それは…)

 

彼女の灰色の頭脳によって導き出された答えこそ

 

(皆で一緒にお弁当を持ってきて、食べ合えばいいんです!)

 

弁当交換会である!

もしも、一対一で弁当を交換しようだなんて持ちかけたら、『えっ、そんなに俺の弁当が食べたかったのか?お可愛い奴め』と言われてしまうかもしれない。

しかし、複数人で交換し合う中でもらうことに関しては問題ないのである!

木の葉を隠すなら森の中。どさくさに紛れてしまえば特別な意識なんてされるわけもない。

問題はどうやって弁当交換会を開催するかと云う部分であるが――

 

「タコスうまー!」

 

美味しそうにタコスを頬張るこの少女、片岡優希を利用すればなんてことはない。

 

「そう言えば、ゆーき」

 

「んぐんぐ…なんだ、のどちゃん?」

 

「昨日、須賀君が手作りの弁当を持ってきていまして、とても美味しそうでした」

 

「ほうほう…京太郎の手作り弁当…」

 

興味を示す片岡優希。

 

「それで思いついたのですが、今度みんなでお弁当を作ってきて交換し合うってのは面白そうじゃないですか?」

 

「ナイスアイデアだじぇ!さっそく提案してみるんだじぇ!」

 

そう言うと、すぐさまスマホを取り出し連絡し始める。

彼女と須賀京太郎は友達的な意味でとても仲良しであり、そんな彼が弁当を作ってきているとなると気になるのは自然の摂理である。

 

(ゆーきはホントにいい子ですね、私の思い通りに動いてくれます)

 

計画通りに事が進み、ほくそ笑む原村和。

片岡優希とは中学からの付き合いであり、今では親友と胸を張って言えるほどの仲である。

ゆえに、その思考回路はすでに把握済みであり、彼女がどのような行動をするかは手に取るようにして読めるのだ!

それを利用した今回の策略、いつも突拍子のない彼女が提案すればすんなりと開催に至るであろう。

 

…決して、原村和が自分で提案するのが恥ずかしいと思っているとか、そういうのではないのである!

 

――

 

そして、現在に至る!!

 

(私も早起きしてお弁当を作りましたし、須賀君もちゃんと持ってきたようです、ノープロブレム!)

 

この女、前日から仕込みを始め、朝は四時に起床して弁当を作り始めたのである。

彼女の父親もその気合の入りようを不思議に思い、今頃は弁当の中身を確認して驚愕しているであろう。

弁当の内容にも抜かりはなし!彼の弁当を手に入れるだけでなく、自分の料理上手なところをアピールするいい機会でもある!

 

原村和、お弁当奪還&アピール大作戦、実行開始である!!

 

次の話に続く




いつもお気に入り登録等ありがとうございます。
感想も書いていただきありがとうございます!

この話はもっと短くなる予定だったのですが、書いているうちにいつもの倍近くの長さになっていたので、前編後編に分けることにしました。

お弁当っていつもの料理と違って熱々の状態で食べれるわけじゃないから、色々と工夫が大事だよね。


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8 お弁当をいただきたい 後編

前回のあらすじ!

お弁当交換会開催!←原村和の策略!

~~経緯~~
須賀君のお弁当 (おいしい) 咲 (ころすぞ) 和              

和<お弁当を食べたい…!
↓扇動
優希<お弁当交換会やるじぇ!


上記のように片岡優希を上手く利用することにより、お弁当交換会を開催することに成功!

弁当の内容にも抜かりはなし!彼の弁当を手に入れるだけでなく、自分の料理上手なところをアピールするいい機会でもある!

 

(須賀君は家庭的な女の子が好きみたいですし…うまくいけば――)

 

『おおっ!和の弁当すごい美味しいな!』

『毎日作ってほしいぐらいだぜ!』

『だから和、俺と結婚してくれ』

 

(なーんてことになるかもしれません!!)

 

原村和、最近妄想の激しい恋する乙女である。

だが、そこまでとはいかずとも、高評価を得られるのは間違いなし!

彼の弁当を堪能することもでき、家庭的な女の子アピールすることもできる。まさに一石二鳥!

そのピンク色の頭脳は伊達ではない。

 

「咲の弁当は…なんか弁当っぽくはないな」

 

「昨日のお夕飯の余りだからね」

 

「いかにも家庭的ってな感じだじぇ!」

 

そうこう思案していると、宮永咲の弁当が開示されているではないか。

その内容は、煮物や焼き魚にポテトサラダ、ほうれん草の胡麻和えに白菜の漬物が所狭しと入っている。

いかにもな和風の晩飯をそのまま弁当に詰め込んだかのような内容、これはこれで美味しそうである。

 

(咲さんのも美味しそうですね…でも、まだ許していませんから!)

 

理不尽な怒りを胸に秘め、お次の番は

 

「では、私のお弁当はこんな感じです」

 

原村和である。

この女、平然とした表情でサラッと出しているが、この作品は前日から入念に準備した傑作である。

彼の好みをこれまでのリサーチの結果から推測し、それでいて華やかさを保つために試行錯誤を繰り返した。

その試行回数は極秘であるが、彼女の父の体重がやや増えたのは事実である。

 

「わっ…すごい、和ちゃんすごいよ!」

 

「さっすが私の嫁だじぇ!」

 

彼女のお弁当の中身は、玉子焼き、唐揚げ、人参の胡麻炒め、ブロッコリー、エビフライがキチンと詰め込まれている。

一見、普通の弁当にも見えるものの、この料理一つ一つには様々な工夫がなされているのだ!

彼女の玉子焼きはふんわりと仕上がっており、冷めてもなお、その柔らかさは変化していない。

唐揚げは香辛料をしっかりと使って冷めても味がはっきりするよう工夫してあり、衣も油を吸いすぎない薄いものにしてある。

人参の胡麻炒めは油がややテカってキラキラと輝いており、その味はご飯に間違いなく合うであろう。

ブロッコリーは彩りを考えた結果詰め込んだものである、底にはマヨネーズが敷いてある。

そして、エビフライ!身がプリプリで大きいエビをしっかりと揚げ、衣も厚すぎず薄すぎずの絶妙なところを攻めていった一品。

このエビフライ、これだけではない。別にタルタルソースが用意されているのである!

天江衣であれば両手をあげて狂喜乱舞するであろうお弁当。

 

そんなお弁当は彼の心を

 

「うおぉ…すっげぇうまそうだな!」

 

グッと掴んだ!

それもそのはず、彼の好物である玉子焼き、唐揚げ、エビフライが入っているのである!

これにはテンションアゲアゲでご機嫌な須賀京太郎、今にも箸を伸ばさんとしているではないか。

 

(ふふっ…あんなにはしゃいで、かわいいですね)

 

(ま、須賀君の好物をふんだんに入れてあるので、それも当然と言いますか、必然といいますか)

 

そんな彼のリアクションにご満悦なのは原村和。

こんな風に内心余裕ぶってはいるものの、頬に赤みがささっているのは隠せていない。

そんな彼女は置いといて、次の番は

 

「じゃ、最後は俺のだな!」

 

待望の須賀京太郎のお弁当である。

三日前に見たのはタンパク質豊富なお弁当であったが、今回はどうなのだろうかとワクワクしていると

 

「今回は自信作だ!」

 

「わわっ…すごい!」

 

「おおっ!京太郎のくせにたいそうな弁当だじぇ!」

 

今回のお弁当は、アスパラベーコン、タコさんウインナー、玉子焼き、きんぴらごぼう、プチトマトに主役であろうハンバーグが大きなお弁当箱にぎゅうぎゅうに詰められているではないか。

前回見たのよりも色鮮やかになっており、華やかな見事なお弁当である。ボリュームも申し分ない!

 

(す…すごく美味しそうです)

 

思わず、つばをゴクリと飲み込んでしまう原村和。

しかし、それだけでは終わらない!

 

「これだけじゃないぞ、この水筒にはな…」

 

「も、もしかして」

 

「豚汁だじぇ!」

 

(豚汁!?)

 

豚汁!具だくさんの美味しいみそ汁である!

寒い冬にはぴったりの一品、保温性の高い水筒に入っているので湯気が立つほど熱々のままである。

彼の豚汁には大根、人参、ごぼう、豚肉、こんにゃく、じゃがいもが入っており、一杯飲めば芯から温まり、具だくさんなのでお腹が膨れることは間違いなし!

凍えるような気温が続くこの頃、熱をもった料理というだけでも垂涎ものであるのに、熱々の大根なんて…もうたまらないのである!

 

(何としてでもあの豚汁を手に入れましょう!)

 

原村和、目標は豚汁!

さっそく声を発しようとするものの――

 

「京ちゃん、豚汁ちょーだい!」

 

(咲さん!?)

 

先に発声したのは宮永咲!

彼女の目の前でその豚汁を奪い去る!

 

「そう言うと思ったよ、ほらよ」

 

「ありがとう!まずはお弁当のご飯を…」

 

温かい汁物と冷めたご飯との相性が最高なのは言わずもがなである。

昔からお茶漬けには冷や飯と言われていたように、やや乾燥してカチカチになったご飯にも役割がある。

一口ご飯を口に詰め込み、すかさず豚汁をすするとアラ不思議、カチカチだったご飯がパラパラとほぐれ、豚汁と絶妙にマッチングするのではないか!

 

「ん~最高!」

 

宮永咲、三日ぶりに至福のひと時を味わう。

世間では魔王と恐れられている彼女も飯の前ではご覧の有様。

 

ところで、彼の弁当についておかしいと思わなかっただろうか?

おかずが弁当いっぱいに詰め込まれてあり、その一つ一つは見た目が良くなるように工夫がこされてある。特にタコさんウインナーなんて代表格である。三日前は切れ目が入っていただけだったが、今回はご丁寧にタコさんがひょっこり佇んでいる。

それに豚汁、お弁当だけでも十分なボリュームであるのにも関わらず、さらに一品重ねる行為。

明らかに三日前とは気合の入りようが違う。

これは弁当交換会に向けて頑張ってみたのだろうか?

 

否、それだけではない

 

(どうだ和)

 

(今回の弁当は文句のつけようもないだろ!)

 

この男、三日前のことを根に持っている!

自分の自信作をまるで豚の餌を見つめるかのような視線を送った原村和

――実際にはその視線を宮永咲に向けていたのだが――

そんな彼女に一矢報いようとしているのである!

 

(確かにこの前のお弁当は、彩り、栄養バランスを考えると酷い出来だったかもしれない)

 

(でも、今回の弁当は見た目も重視し、野菜も十分に入れ、さらには豚汁を用意する鉄壁の布陣!)

 

(彩り良し!栄養良し!これなら和も認めるはず…)

 

前回の茶一色の弁当から工夫を凝らし、アスパラやプチトマトを入れることによって色彩を整え、豚汁に野菜をたっぷり詰め込むことによって栄養バランスを取ることに成功!

文句など誰がつけられるだろうか、そんな完成度の高い弁当である。

 

しかし!

 

(ば、馬鹿な、これでもまだ足りないっていうのか!?)

 

凍えるような視線、目から冷凍ビームが出そうなほどである。

心なしか部屋の温度が1、2℃下がったかのような錯覚をしてしまう。

 

(…人の形をした醜い魔物、須賀君にいつも付きまとっている寄生虫、麻雀にポイントを全て振った能無し)

 

(咲さん)

 

(私はあなたを絶対に)

 

(赦さない……!)

 

実際は彼の弁当ではなく、幸せそうに豚汁をすする宮永咲に冷凍ビームを放っているのだが、彼はそんなことには気づかない!

 

(和が暗殺者のような眼をしている!!?一体何が…)

 

(咲さんなんて…絶交です!)

 

(豚汁…さいこうだよぉ…!)

 

(唐揚げおいしいじぇ、さっすがのどちゃん!)

 

何が不満なのか思案し始める須賀京太郎!

大事な友人を呪い始める原村和!

幸せそうにご飯を頬張る宮永咲!

いつの間にか唐揚げを強奪している片岡優希!

 

(まさか、塩分過多なのか!?それも評価基準なのか!?)

 

明後日の方向へと思考が飛び立つ須賀京太郎、彼は調理師免許でも取るつもりなのだろうか?

このまま膠着状態が続く、誰も彼も動けない、静寂が辺りを包み込む。

 

(このままでは…須賀君のお弁当が…)

 

そんな静寂を破ったのは――

 

「タコさんウインナー欲しいじぇ!」

 

「優希は好きだっただろ?タコライスと交換してくれよ」

 

「うむ、よきにはからえ!」

 

片岡優希である。

 

(ゆーき!?まさかあなたも…)

 

この子、『タコ』とつく食べ物には目がなく、彼の弁当のタコさんウインナーに目をつける。

そんな親友もバーサーカーと化した原村和からすると呪うべき敵であり…

 

(ゆーきは信じていたのに…そうですか、ゆーきも咲さんと同類なんですね)

 

こうなるのは必然である!

だがしかし、彼女は一味違った!!

 

「ほら、のどちゃんも京太郎の弁当食べるんだじぇ」

 

「え、えぇ!?」

 

「このハンバーグとか美味しそうだじぇ!あーん♪」

 

タコさんウインナーを口に入れた箸をスッと返して、彼の弁当箱からハンバーグを強奪し、原村和に箸を向ける。

これは、彼の弁当を自然に食べることが出来る好機!

 

(ゆーき…!)

 

(そうです、ゆーきはいつも私を支えてくれて、助けてくれて)

 

(そして今も、こうして私のことを思って、箸を向けてくれています)

 

(そんなゆーきを、あの悪逆非道な咲さんと一緒にするだなんて…どうかしていました)

 

感謝…!圧倒的感謝…!

目の前の親友に最大限の感謝を込めてお祈りし、そして口を開けて、その大きなハンバーグを一口で頬張る。

噛んだ瞬間溢れる旨味、歯を程よく押し返すほどの弾力、ピリッと効いている胡椒。まさしく望んでいた一品である!

口いっぱいに溢れるハンバーグ、頬は大きく膨れており、普段の彼女なら恥ずかしいと思うが、今はそんなことは気にしない。

須賀京太郎、そんな彼女の反応を見て…

 

(優希!そこを代われ!)

 

――須賀京太郎、悟りかけているとはいえ、健全な男子高校生である。

出来る事なら、『あーん』とかもしてみたいのだが、そんな度胸は彼にはない。

場の雰囲気が一気に和やかになり始める、すると

 

「和ちゃん、京ちゃんの豚汁いる?」

 

宮永咲が豚汁の入った水筒を差し出しているではないか!

これには呪い殺さんとばかりに恨んでいた原村和も

 

(咲さん…!)

 

(見直しました…!悪逆非道は撤回します!)

 

多少は発言を撤回する、他は撤回しないようである。

彼女から豚汁を受け取り、熱々の大根を口に入れると…十分に煮込んであるからであろう、口の中でスッと溶け、豚肉の旨みが詰まったスープが染み出てくるではないか!

すぐさま他の具材も沢山頬張り、汁をすすり、あっという間に一杯を食べきってしまう。

この食べっぷりには須賀京太郎も思わず

 

「どうだ、気に入ったか?」

 

ニコニコしながら問いかける。

しかし相手は原村和!無駄にプライドが高く、素直にものを言えない女の子。

彼女の返答は…

 

「はい!とっても美味しいです!」

 

…古来より食事をしながらお話しをするという手法はよく使われている。

ご飯を一緒に食べることでリラックスでき、安心して対話できるのである。

この少女、原村和も変にマウントを取ろうとせずに、純然たる笑顔を咲かせつつ、そう答える。

 

「なら良かった!じゃ、和の弁当も食べてみていいか?」

 

「ええいいですよ!好きなだけ食べてください!」

 

「じゃあ、まずはエビフライを…」

 

「エビフライを食べるのでしたら、このタルタルソースを使ってください」

 

「おおっ!?タルタルソースもついているのか!どれどれ…うめぇ!めちゃくちゃ美味しい!」

 

「ふふっ…そう言ってくれると嬉しいです」

 

「京太郎!この唐揚げも絶品だじぇ!」

 

「お、どれどれ…!うまい!冷めてるのに味がしっかりしてる!」

 

「味付けを工夫しまして、香辛料を効かせてみました」

 

「優希ちゃんのタコライスもおいひぃよ!」

 

和気藹々と昼休みは過ぎていく、静かな旧校舎に響き渡る話し声、楽しげな雰囲気は寒い冬に熱を与えてくれる。

原村和、須賀京太郎、この二人の仲も少しは温まったであろう。

 

春はまだ先である。

 

【本日の勝敗】

両者勝利

理由:どちらも目標達成したため

 




いつもお気に入り登録等ありがとうございます。
感想も書いていただきありがとうございます!
思ったことをなんでも書いていただけると、とても励みになります!

個人的には弁当の唐揚げは衣が薄めのカリカリした感じのやつが好きです。
豚汁作るときにゴボウを入れるけど、ゴボウ余るし使い道少ないから、きんぴらごぼうも作るのは自分だけじゃないはず…


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9 須賀京太郎は横になる

ここにベッドに横たわる男子が一人――須賀京太郎である。

寝息を立てては胸を上下に動かし、安らかな表情を浮かべてスヤスヤと眠っている。

そんな彼のそばにはピンク色の髪を揺らしている少女――原村和が佇んでいる。

彼女は微笑みを浮かべつつ、彼の髪にスッと手を伸ばして、やさしく撫でる。

どうやら部活で疲れた彼を見守っている――

 

なんてことはない!!

それは全くの間違いである!!

 

(これは千載一遇のチャンスですね…!!)

 

ナニカする気満々である!!

須賀京太郎が無防備に寝ているこの状況、そんな絶好の機会に原村和が何もしないことがあろうか?いや、ない。

何をしようか案じ始める彼女であったが、何でも出来るわけではない。

 

(ですが、すぐそばには皆がいますし…)

 

現在、部活中である。

そこにある麻雀卓では四人の少女がその半荘に集中しているとはいえ、ベッドからはつい立を一つだけ挟んだ程度である。

もしもここで、彼に覆い被さり接吻なんてして、そんな場面を見られてしまえば

 

『え、和ちゃんって…京ちゃんのこと好きだったの!?』

 

『これはもう告白するしかないわね!そーれ、こっくはく!こっくはく!』

 

なんて状況に追い込まれるのは間違いなしである!

驚愕する宮永咲、ニヤニヤと煽り立てる竹井久の様子が容易に想像ついてしまう。

 

(そんなことだけは絶対に避けなければいけません!!)

 

そんな想像上の竹井久に多少のイラつきを感じつつも、目の前の須賀京太郎に意識を向ける。

まるで小さな子供のような寝顔を浮かべつつ、かすかに寝息を立てている彼の顔にスッと手を寄せ、その瞼に指をあてる。

彼女は『あっ、意外とまつ毛長いんですね…』なんてことを思っているわけではない!

 

眼球運動!

 

人の睡眠は大きく分けてレム睡眠とノンレム睡眠の二種類に区別される!

これらの睡眠の違いは、その『深さ』であり、どちらかであるかを判別するのは簡単である。

REM――Rapid Eye Movement つまり、急速眼球運動のことであり、眠りの浅いレム睡眠においては眼球運動が行われているのである!

ゆえに、彼女はまぶたを触れ、眼球運動の有無によって眠りの深さを判別しようとしているのである!

 

(眼球運動は…していなさそうです!)

 

今回の場合は眼球運動をしていない!つまりノンレム睡眠であり、眠りが深いことを示している!

軽くゆする程度ではうんともすんともしないこの状況、色々と仕掛けるには最適なシチュレーションである。

しかし、すぐそばには部の仲間達がいるわけであり、すぐさま平静に正せるぐらいのことしかできない。

 

(むむむ…二人きりでしたら、好き勝手できたのですが)

 

二人きりだとナニをしていたのだろうか、そんなことを知るのは彼女のみである。

 

(どうしましょうか)

 

何をしてもそうそうは起きない、しかし周囲には邪魔がいる。

彼女の脳内では、せっかくだから思い切ったことをしたいという欲望と、周囲にバレた時のリスクを考えるべきという理性がせめぎ合う!

添い寝ぐらいなら…いやでもバレてしまったら、ならばキスぐらいなら…などと思考が巡っている。

 

しかし!

 

「ん、んぅ…」

 

「!?」

 

寝返りをうつ京太郎!

突然のことに驚く原村和!思わず体を震わせ佇まいを直すものの、彼はまた寝息を立て始める。

 

(…も、もうっ!驚かさないでください)

 

理不尽な怒りを彼にぶつけつつ、その姿をにらみつける。

が、原村和、とある部分に目を奪われる。

 

(こ、これは…)

 

うなじである!

 

うなじ、襟首、首筋、髪の生え際が見える不思議な箇所である。

彼のうなじは余分な毛が無く、生え際は綺麗に整えられていて、とても汚いだなんて感想は出てこない。

そしてシミの一つもない美しい首筋、肩にかけて力強く広がっていく部分、整頓された髪と肌の境目。

女性のような錯覚を感じてしまうほど清潔感のあるうなじ、普通の人であればそれで完結するであろう。

 

だが、原村和は違う。

 

(たたたたまりません!たまりません!)

 

彼女の琴線に触れてしまった!!

フェチズム――性的倒錯のことであり、人体のある一部分に興奮を覚えてしまうことである!

原村和の場合、生まれもったサガというべきか、なんというべきか、理由は不明だが彼のうなじに強い興奮を覚えてしまったのである!

ゆえに彼女の欲望が堰を切った河のように奔流し、その思考回路に支障をきたす!

 

(そうですよ、須賀君はぐっすり眠っているので多少は無茶がききます)

 

ついに欲望が理性を振り切る!理性という名のブレーキは崩壊し、欲望という名のアクセル全開!

むっつりのどっちの本領発揮である!

 

(ええ、添い寝ぐらいは何も問題ありません、うなじの匂いを嗅ぐのもセーフです)

 

アウトである。

本人に無許可でうなじの匂いを嗅ぐだなんて、ド変態行為である。まさしく痴女の所業!

しかし、今の彼女にまともな論理的思考は出来るわけもなく、すぐさま実行に移し始める。

後ろを向いている須賀京太郎のそばにスッと横たわり、肩にソッと手をやって、顔を首筋に近づけて…

 

嗅ぐ!

一心不乱にクンカクンカ!!

傍から見ても変態である!!!

 

(あぁ…至福です、さいこうです…!!)

 

彼女の脳内で溢れるドーパミン、その量はなんとインハイ優勝と同等、いやそれ以上である!

もはや麻薬に等しいレベルの危険薬物、そんな代物を長時間吸い続けていると…

 

(~~~ッ!!)

 

原村和、トリップに成功。どこか遠い世界に旅立ってしまう。

ベッドの上で悶える変態ピンク、凛々しい彼女の面影など最早ない。

だが、そんな幸福な時間も永遠に続くわけではない。

 

「やったー!一位だじぇ!」

 

部室内に響き渡る親友の声、ハッとする原村和、ピクリと肩を震わす須賀京太郎。

 

(わ、私はなんてハレンチなことを…!?)

 

理性、ここにて完全復活!!

彼女にまともな論理的思考能力を与え、自身の行為を戒めさせる。

そして自分の状況を改めて認識すると、一瞬のうちにベッドから抜け出して素知らぬ顔でそばに立つ。この間わずか一秒!目にも止まらぬスピードである。

 

「和ちゃん、半荘終わったよ」

 

ぴょこんと出てきたのは宮永咲。

 

「ありがとうございます」

 

「京ちゃんはまだ寝てるんだ」

 

「ええ、そのようですね」

 

他愛ない会話に相槌を打ち、この場を難なくやり過ご…

 

「和ちゃんは何やってたの?」

 

「え?」

 

せない!

原村和、ベットの横に立っているだけで何も持っていない、手ぶらである。

そしてベッドは須賀京太郎が使っている。

傍から見るとよく分からない状況である、原村和は何をしていたのだろうか?そんな疑問が湧いてくるのは当たり前。

やれることと言ったら…須賀京太郎が寝ている様を眺めることぐらいしかないのである!

 

(盲点でした…!このままでは…)

 

つまりどういうことか、ここで上手いこと誤魔化すことが出来なければ――

 

『和ちゃん、ずっと京ちゃん見てたの?』

 

『もしかして…京ちゃんのこと好きなの?』

 

『へー、和って須賀君のこと好きだったのね!お赤飯炊いてお祝いしなきゃ!』

 

こんな未来が待っているのである!

須賀京太郎のことが好きだと勘違いされてしまったら、瞬く間に噂は広まり、煽ってくる竹井久の様子が容易に想像できる。

そんな未来だけは避けなければならない!

彼女の天才的な頭脳がフル回転し、最適解を算出しようと熱を上げる!

 

(勘違いされることだけは避けなければなりません)

(ですが、今は何も持ってませんし、そばには須賀君ぐらいしか…)

(そうです!須賀君を理由にしてしまえば…!)

 

咄嗟の閃き!

 

「い、いえ、そのですね…」

 

「?」

 

「なにかイタズラでもしようかと思いまして…」

 

悪戯!

寝ている人にやることと言ったら第一に思いつくであろう行為である。

少し躊躇いながらそう伝えることによって、動揺を逆に真実味を持たせるスパイスとして働かせることに成功!

宮永咲もこれには疑いも持たずに信じ込む!

 

「京ちゃんにイタズラ?」

 

「ええ、あまりにもぐっすり眠っているものでして」

 

「それで悩んでたら時間が経っちゃってたってこと?」

 

「はい、そうです」

 

「京ちゃんにイタズラかぁ…そうだ!」

 

なにやら思いついた宮永咲、どこからか筆箱を持ってきてペンを取り出し…

 

(え、咲さん…!?)

 

顔にラクガキをし始める!ド定番の頬にグルグルうずまき、おでこに肉、鼻の下に髭、やりたい放題である!

彼の寝顔もあっという間にひどい有様へと変貌する。まさしく鬼の所業、普段の大人しい様子からは想像もつかないほどのヤンチャっぷり。

 

これが宮永咲の本質かと言われたら…否、これはあくまで彼にだけ見せる顔である。

 

「ぷっ…くすくす…」

 

「あ、あの、咲さん、そこらへんに…」

 

「ん、んぅ…なんだァ?」

 

「す、須賀君!?」

 

ここで須賀京太郎、起床。

 

(ま、マズいです!流石にこんなことされたら温厚な須賀君も怒るはずです!)

(ど、どうしましょう…!!)

 

慌てふためく原村和。彼女の基準からすると、このイタズラは行き過ぎた行為であり激怒されても仕方ない部類に入るのである。

それゆえ、原村和はイタズラを実行してないのにも関わらず、これからの彼の怒りようを想像するだけで恐怖で震えている!

 

だが――

 

「ぷっ…きょ、京ちゃん、おはよう」

 

「…?おう、おはよう咲」

 

「お、京太郎起きたのか…あははははは!!」

 

「どうしたんじゃ優希…っぷ、くくっ、ははははは!!」

 

「皆どうしたの…あはははは!す、須賀君!顔がすごいことになってるわよ!!」

 

「え?は?…おい、咲!!」

 

「この前の仕返しだよー!」

 

「こらまて!逃げんな!!」

 

激怒どころか、半ギレすらしない!

これは所謂、信頼関係というものである!

『この人はこんぐらいのことなら許してくれる、こいつならこれくらいのことは許す』それが分かりあっているからこそ、過度なイタズラを平然と行えるのである。

宮永咲も須賀京太郎に色々とされているからこそ、同じようにやり返しただけであり、須賀京太郎もそれを分かっているからこそ、こういう芸当ができるのである!

もし、そこまで仲良くない人間が彼に同じことをしたら、恐らく彼は不機嫌になっていたであろう。

 

原村和、そんなやり取りを見て…

 

(…そうですか)

 

(やはり咲さんは…)

 

(第一級危険人物です!!)

 

嫉妬する!!

明らかに彼と仲良さそうにする宮永咲――彼との付き合いの長さを鑑みたら当たり前だが――そんな彼女にライバル意識を持つ原村和!

 

(隙あらば一緒にいますし…よくありません!不純異性交遊です!!)

 

どの口がほざこうか、先ほどまでの変態行為を忘れたのであろうか?

 

(むむむ…咲さんはズルいです…!)

(中学から須賀君と一緒で、しかも名前で呼び合うなんて…!)

 

「ほら、お手拭きあげるから許して!」

 

「いーや許さん!グリグリの刑だ!」

 

「いたいいたい!!」

 

心に嫉妬の炎を燃やす原村和、その熱量は果たして何処にいくのであろうか…

 

 

 

【本日の勝敗】

 勝者なし

理由:全員、なんかしらの損を被っているため




いつもお気に入り登録等ありがとうございます。
感想も書いていただきありがとうございます!

今回ののどか様はいつもに増してヤバかったというかなんというか…
まあ、元ネタとは違ってむっつりなので仕方ないね!


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10 のどか様が見ている

冬の日差しは鋭く、刺すようにして辺りを照らす。

影は長く尾を引き、太陽の周りに日暈が現れている。

 

さて、ここに二人の男女がいる。片方は金髪でガタイのいい長身の少年、もう片方はやや小さめで色々と控えめな少女

そんな二人は隣り合って歩きつつ、仲睦まじそうに会話している。

 

「ははは、咲はおっちょこちょいだなぁ」

 

「それを言うなら京ちゃんだって…」

 

はたから見ると一風変わったペアのように思えるものの、その距離は触れ合えそうなぐらい近く、仲が良いことが伺える。

実を言うとこの二人――宮永咲と須賀京太郎は

 

幼なじみなのである!

 

幼なじみ!

幼い頃から親しくしていた友達のことであり、仲がとても良いことが多い。

また、小さい頃は羞恥心が薄く、変なプライドも持っていないため、大きくなってから仲良くなった友達よりも自然体で接することができる。

渾名で呼び合ったり、距離感がナチュラルに近かったり、スキンシップがやや激しめだったり…などなど。

明るく社交的で心優しい少年とやや内向的で才能溢れる少女、この二人も幼なじみだからこそ近い距離感で接することができ、他の人には見せない一面をお互い見せあっているのだ。

宮永咲はやや強気でワガママな一面を、須賀京太郎はお節介で落ち着いた一面を見せているのである。

 

まるでラブストーリーの主役を張れそうな二人。

そう!この物語はこの二人の穏やかながら愛を育んでいく恋愛物…

 

などではない!!

 

(…)

 

主役はそんな二人を遠目で監視しているこの少女、原村和!

現在16歳、才色兼備でまさに完璧少女と言っても過言ではない!

しかし、そんな彼女は物陰に潜み、光のない漆黒の眼でジッと二人を見つめている。さながら呪いの日本人形のようである。

 

(…相変わらず、仲が良さそうですね)

 

「そういやさ、高久田のやつがさ――」

 

「うんうん…」

 

この二人の一挙一動を瞬きせずにじっと見つめる。

彼女は何をしているのだろうか?

 

(うぅ…長年の付き合いなのは分かりますが)

 

(距離感近すぎませんか?)

 

「ってことがあって」

 

「あははは!」

 

(物理的にも近すぎます!もう少し離れるべきです!!)

 

そう、原村和は

 

不安なのである!!

 

口ではフリーを謳っている須賀京太郎だが、そもそもフリーなのがおかしいぐらいの優良案件なのである。

男女ともに友達が多く、運動も得意であり、社交的であり、性格は良!顔立ちも超絶イケメンではないものの、普通に人気があってもおかしくないレベルだ。

ゆえに、全校生徒からモテモテ…ではないが、彼のことが気になるという女は多数いるのは間違いないのである!

しかし、彼に特定の恋人は居ないし、それっぽい人物はいない。…ただ一人を除いて

その人物とは

 

宮永咲である!

 

須賀京太郎と宮永咲が一緒に居るという目撃情報は多数報告されており、全校生徒の殆どがその二人の関係性を知っている。

図書室で、屋上で、廊下で、階段の踊り場で、グランドで、旧校舎で、教室で、清澄高校のあらゆるところで目撃されており、それゆえ必然的に『あの二人は彼氏彼女の関係』という噂が広まっているのだ!

ゆえに、須賀京太郎と宮永咲の関係性は『暗黙の了解』となってしまい、誰も彼にアタックしないのである。

しかし、噂は噂、本人たちに確認を取ってみたところお互いに『そういう関係ではない』と否定するばかりである。

原村和もそのことは知っており、つい最近まで『あれはただ単に仲が良いだけ』で済ませておいたのだ。

 

だが、本当にそうなのだろうか?

 

(や、やはり、咲さんと須賀君は)

 

(付き合ってたりするのでは…)

 

(そ、そんなオカルトありえません!)

 

彼と彼女がカップルではないという証拠は、本人たちの証言しかないのである!

それ以外の言動はまさにカップルそのもの、休日に遊びに行っているのも目撃されている。

つまり、『本人たちは恥ずかしくて否定してるだけ』という可能性も十二分にあり、本当は付き合っている…なんてことになっているのかもしれない。

もしもそうであれば、『須賀京太郎に告らせたい』だなんて言ってる場合ではないのである!既に試合終了である!

 

そんな不安から、原村和は行動を開始した!

 

(むむむ…)

 

手っ取り早い方法は、実際に自分の目で検証することである!

そう、彼女は二人の行動を監視して『付き合っていない』ことを検証しているのである!

彼女の脳内では『付き合っているわけないでしょう』という希望的観測が大半を占めており、安心を得るための監視であるのだが

 

「おいおい、葉っぱついてんぞ」

 

「え?どこどこ?」

 

「ほら、ここだよ」

 

(そんなに顔を近づける必要ないじゃないですか!!)

 

そんな彼女の希望的観測とは裏腹に、この二人は人目を憚らずイチャイチャしているではないか!

いや、実際には髪についた葉っぱを取ったり隣り合って雑談しているだけなのだが、原村和はそんな普通の行為にすら嫉妬する!

 

(こう、葉っぱを手でペイっと捨てるだけでいいじゃないですか!)

(なんで顔を近づけるんですか!?)

 

否、顔を近づけるとは言っても肩を寄せてる程度である。確かに男女の距離としては少しばかり近いかもしれないが、幼馴染の距離としては適正程度。

だがしかし、原村和の持っている物差しは

 

(…私との時はそんなに近づかないのに)

 

自分との距離感である。

自分と会話している時の距離感と比べてしまうため、全体的にどうしてもこの二人が『近い』と感じてしまうのだ。

そのことにも原村和自身は気づいており

ゆえに

 

(やっぱり、須賀君にとって私は…)

 

好感度の差というものをどうしても感じてしまうのだ。

原村和、彼女自身と須賀京太郎との距離感を振り返ってみるものの、物理的な距離は一歩離れた程度であり、会話するときも端々に気づかいが感じ取れ、何もなければ話しかけてこない。

それに対し目の前の宮永咲はどうだろうか。物理的な距離は肩が触れ合っており、会話は遠慮が見えない砕けた様子、そして暇してなくても話しかけられている。

前者と後者、仲が良さそうなのはどちらかと聞かれたら無論、後者――宮永咲――である。

そんな現実を目の当たりにして打ちひしがれている原村和、目の前の魔王を呪う気力もなく、ただただコソコソと監視するのみ――

 

などと原村和が落ち込むだろうか?

 

(いえ、逆に考えましょう)

 

そう、彼女はある一つの可能性に辿り着く

 

(異性として意識されているから、距離があるんです!)

 

羞恥心!

思春期の男女ともに異性と話したりするのが恥ずかしいと感じるものである。

それに恋愛感情が入り込むと尚更である!顔を見るだけで意識してしまい、恥ずかしくて避けてしまう!…なんて事例もあるほどである。

 

(ええそうですよ、咲さんはぺったんこですし、須賀君は全く意識してないんですよ)

(そして私に対してはどうしても『女』を意識してしまうから距離を置いてしまう、そうに違いません)

 

原村和、友達をディスりつつもポジティブシンキングによりなんとかメンタルを保つ。

事実、原村和の言う通り須賀京太郎の宮永咲に対する感情は『友愛』に近く、恋愛感情のそれとは一線を画している。逆もまた真なり。

つまり男女の関係とは程遠いということである。

 

 

「おーい、咲、小テストどうだった?」

「うーん、この問題がね…」

 

小休みも

 

「咲、レディースランチをだな…」

「はいはい、分かってるよ」

 

昼休みも

 

「京ちゃん、窓拭き終わった?」

「ああ、もう終わるとこだ」

 

掃除時間も

この二人、ずっと一緒にいるのである!

 

(な、ななななんですか!?)

(なんでずっと二人一緒なんですか!!?)

(まるでイチャラブカップルみたいじゃないですか!!)

 

これには原村和、激おこ。

いや、激おこを通り越してムカ着火ファイヤーである、はらわたが煮えくり返りそうなほど憤怒している。

 

(れ、冷静になりましょう、同じクラスなだけですから…)

(ええそうです、会話内容もなんの変哲もないただの与太話…)

 

なんとか心を落ち着かせようと努める原村和、しかし!

 

「じゃ、部活行こっか」

「エスコートしますよお姫様」

 

(ああああああああああああああ!!!!)

 

堪忍袋の緒が切れた!!あろうことかお姫様呼び!!!しかも手を差し出しているではないか!!!

まさかこいつら、手を繋いで部室まで移動する気なのか?そう思うと更に怒りがこみ上げてくる!

マグマの如くグツグツと腹の中が煮えたぎる、怒りのあまり手の震えが止まらない!

 

「もうっ、からかわないでよ!」

「でも、こうでもしないと迷子になるだろ?」

「いくらなんでも校内ではもう迷わないから!」

 

宮永咲はこれを拒否。

それもそのはず、須賀京太郎のこの行為は迷子常習犯である咲をからかう目的なのである。

そんな茶化したお誘いに乗るほど鈍くはない…が

 

(す、須賀君と手を繋いで…)

 

沸騰している原村和の脳内では、そんな示唆にすら気づけない!

というか、もはやまともに会話を聞いていない!

 

(そこ代わってください!なんで咲さんがそんなとこにいるんですか!!?呪いますよ!!)

 

ご覧の始末、もはや欲望が先巡り、本来の目的を完全に忘れている。

 

(もう我慢できません!!)

 

なんと原村和、ここで暴挙に出る!

 

「咲さん」

「へ?」

「うおっ、和か」

 

ゆらりと躍り出るのは原村和、突然のエンカウントに身構える須賀京太郎と宮永咲。

その目は焦点が定まっておらず、さながら十徹してテスト勉強した強者のようである。

そんな様子を見て心配そうにする二人、しかし彼女はそんな視線も意に介さずズンズンと近寄っていき

 

そして

 

「す…」

 

その手で――

 

「すぐに部室にいきましょう!!!」

「うぇえ!!?ま、まって和ちゃん…」

 

彼女の小さな手のひらを思い切り引っ張った!

西部劇の引き回しの如く、物凄い勢いで引きずられる宮永咲。

そんな有名人二人を奇異の目で見つめる群衆達、残される須賀京太郎。

 

(あああああ!!私の意気地なし!!なんで咲さんを連れて行くんですか!!!)

「和ちゃん!いたいいたい!!ものすごくいたいよ!!」

 

悲鳴をあげるものの、その一切を無視され、廊下の奥へと消えていった。

 

「…仲いいなァ」

 

 

【本日の判決】

宮永咲の有罪

―校内引き回しの刑―




お久しぶりです!
いつもお気に入り登録等ありがとうございます!
感想も書いていただきありがとうございます!

ついにアニメの『かぐや様は告らせたい』が最終回を迎えましたね、やっぱ会長かっこいいわ
原作も買いそろえてしまい、読み更けていたら更新を忘れていました。

ここの咲さんは友愛度MAXな感じです、放っておいてもへーきってな感じですね。
まあ、こんな距離感でずっと居たら周りもそりゃ勘違いするというかなんというか…ね。


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11 のどか様は煽りたい

午前八時過ぎ。

野球部の元気な声だけが響いている校庭を横目に一人の少女が歩いている。

その背筋はすらっと伸び、華麗なピンク色の髪をなびかせ、豊満な果実を胸部にぶら下げており、道行く人々は思わず一目奪われる。

そんな可憐な少女――原村和は憂いていた!

 

(須賀君は私のこと…)

 

そう、須賀京太郎のことである。

ちょっと前から愛しの彼に対して積極的に行動しているのだが糠に釘、どうにも効果が実感できない。

二人で一緒に遊んだり、映画館に行ったり、お弁当を食べさせ合ったり、添い寝したり、

色々とドキドキイベントはこなしているはずなのに、彼からの反応は少なく、進展という進展もさほどない。

これには謎の自信に満ちあふれている原村和も、もしかして私に気がないのでは…?と不安になる。

 

…それもそのはず、彼女からすると前述のような認識であるが、

実際は、一緒に遊ぶ(ババ抜き)、お弁当交換会(多人数)、添い寝(犯罪)といったように、こちらからの好意あまり伝わっていない、独り善がりな行為なのである!

唯一、映画館イベントはデートと言っても差し支えないシチュエーションだったのだが…手がちょっと触れるだけで満足し、容量オーバーの行動限界となってしまったので、十分に好機を活かせなかった。

とはいえ、彼と一緒にいる時間は増えており、更に彼女は途轍もない美少女であるため、一般的な男子高校生なら『ワンチャンあるんじゃね?』と思い込んで勝手に近づいてくるかもしれない。

 

だがしかし!相手は須賀京太郎――モンスター童貞である。

彼は中学時代からモテようとしたのだが、その博愛精神と隣に常備されている幼馴染が仇となり、恋愛経験を積めなかったがために拗らせてしまった悲しき高校生。

それ故に、ちょっとしたゲームでからかわれたり、映画館で手が触れたりしてもちょっとアタフタする程度であり、勘違いなんてことは起こさないのである。

 

要するに、こちらからアタックしているつもりなのに、肝心の相手には効果がないようだ!

そんな状況である。

 

(はぁ…)

 

そっと小さなため息一つ、靴を脱ぎ捨て下駄箱を開く。

すると何やら入っているではないか、上履きに乗っかっているのは白い紙。

その光景に見覚えがある原村和、暗鬱な気分になりつつ、さらに大きなため息一つ、

 

(またですか…)

 

そう、これは…

 

ラブレター!

日本古来より伝わる愛の告白方法の一つであり、相手に対する愛を面と向かってぶつけられない際に使われる方法である。

その起源は平安時代以前まで遡り、相手に対する想いを和歌に乗せ、その和歌と関連する草木人づてに渡し合うことで愛を育んでいた。

現在では奥手な男女が好んで使い、その内に秘めたるありったけの想いを文章に綴って、こっそりと想い人のロッカーや机などに潜ませるのが主流である。

この白い紙も例にもれずラブレターであろう。普通の高校生であれば、このシチュエーションに大いにときめくはずである。

しかし、この少女はとても喜んでいるようには見えない。

それもそのはず、

 

(相変わらず、鬱陶しいモノですね…)

 

これで高校通算18回目、見飽きたシチュエーションである。

しかも、お相手はどこぞの誰かも分からぬナゾノクサ、ときめきどころか興味すら湧いてこない。

 

(これがもしも、須賀君からだったら…)

 

終ぞやそんな妄想をし始める始末、ラブレターを送ってきた相手のことは泡沫になって消えていった。憐れ也。

いつもであれば、こんなラブレターのことはスッと忘れ、さあさあ今日はあの須賀京太郎をどう調理するか考えるのだが

 

(…待ってください)

 

天才少女はここで何かを閃いたようである。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「え、ラブレター?」

 

部室でそう声を上げるのは宮永咲、彼女の大切なお友達である。しかし、ここ直近の行動と一方的な逆恨みによって株は大きく下がっている。

 

「ええ、そうです」

 

そう返事するのは原村和、今朝の鬱蒼とした様子からは一転して、白い便箋をにこやかな表情で抱えている。

果たして一体何があったのだろうか?もしや、ラブレターの情熱的な内容に強く心を打たれ、素敵な出会いを夢想したのだろうか?

 

「ラブレターかぁ、今どき珍しいよねー」

 

「私もこういうのは初めてでして、その…」

 

否。

 

「どうしたらいいのか、相談したくて…」

 

これも原村和の策略である!

 

嫉妬心!

人が何か大切なものを失ったり、またはそれを予期することによって生まれる懸念、怖れといったネガティブな感情を表す言葉である。

主に恋愛に於いて生じることが多い感情であり、気になるパートナーが自分以外と仲良さそうにしているのを想像して、モヤっとしたり、ムカムカっとしたりする原因である。

この感情は時に恋愛を一気に進めるカンフル剤にもなり、時にはパートナーに不快な思いをさせてしまい離別への致命傷にもなりうる、言わば劇薬である。

取り扱い注意なこの感情は、自分が服用するよりも、パートナーに服用させることによっても大きなメリットを享受できるのである!

パートナーの嫉妬心を煽ることにより、モヤモヤっとしたほのかな独占欲を芽生えさせ、なんか気になるな…っという特別な意識を持たせ、こいつは奪われたくない!という恋愛感情へと昇華させる。

そう!原村和の現状を打開するのにピッタリの劇薬なのである!

そして今回貰ったラブレター、いつもであればただの紙屑同然であるのだが、ちょいとばかしの嘘を添えることによって

 

(こうして咲さんに相談することによって、必然的に…)

 

「え、えぇっと…ねぇねぇ、京ちゃんはどう思う?」

「ん?」

 

(来ました!)

 

切り札へと変貌を遂げた!

彼女の狙いはズバリこうである。

ラブレターを初めて貰ったと脚色し、恋愛弱者の咲さんに相談することによって、ごく自然な形でこの騒動に須賀君を巻き込み、そのラブレターに気があるフリをして、彼に何らかの影響を及ぼそうという考えである。

流石に同じ部活で、容姿才能ともに全国クラストップクラスで、最近距離が近づいてきて、デートもした仲であり、さらには好みどストライクの美少女がどこぞの誰かにラブレターを貰い、満更でもない反応をしていれば、あの須賀京太郎でも何らかのアクションを起こすであろう…そういう狙いである。

この作戦、非常にいい線を行っており、彼に意識をさせるというワンステップ踏み込んだ試みである。

そして、その策が功を奏したのか

 

「その、ラブレターを貰ってしまってどうしようかと…」

 

「うーん、和はどう思ってるんだ?」

 

「えーと…こんなに情熱的なことを言われたのは初めてでして、断るのはちょっと申し訳なく感じますね」

(まあ、ほんのちょっと、蚊を殺す程度の申し訳無さですが)

 

「ふむふむ…ラブレターの差出人は書いてあるのか?」

 

「いえ、書いてありません」

 

「あー、だったら…」

 

 

「断った方がいいな」

 

 

「……」

 

(え、いま、はっきりと、断った方がいいって…?ってえええええええええええええ!!??)

 

漢須賀京太郎、なんとここで恋文受け取り拒否を薦める!

これには彼女も驚きを隠せない!あまりの出来事に処理容量オーバー!そのせいか、表情はフリーズしている。

 

「お、おーい」

「和ちゃんどうしたの?」

 

「あ、いえ、なんでもありません」

 

他人の恋路に大きく干渉することは並大抵のことではなく、干渉する側にも相応の理由と覚悟が必要である。

しかも今回の干渉は恋路の分岐点に大きく関わることであり、原村和も気があるフリをしていたので、容易くやめとけなんて言える状況ではない。

では何が彼を突き動かしたのか…?モヤっとした嫉妬心が芽生えたからであろうか?

 

「あーっとな、断った方がいいってのは俺個人の見解だから別に無視しても…」

 

「理由を」

 

「へ?」

 

「理由を聞かせてください」

 

「お、おう…」

 

これには彼女も思わず詰め寄り、その瞳を真っ直ぐと見つめる。

この理由次第では、彼の心情を掴むことができ、新たなステップへと進む鍵となり得るのである。

この気迫に気圧されたのか、須賀京太郎はやや後ずさりつつも、その目を捉えてかく語り。

 

「和って男子から人気あるんだけど、主に容姿に惹かれてるやつが多くて~」

 

「和はあれじゃん、前に中身を見てくれる人がいいですって言ってたし~」

 

「そもそも、名前のないラブレター送る人って、ほぼ接点のない人だから……」

 

何と溢れ出るのは否定の言葉、あの手この手の理詰めで会うのやめときなと暗に示しているではないか!

これに対し原村和

 

(ほうほう、つまり須賀君は…)

 

(嫉妬していますね!!)

 

確信を得る!これにはテンションアゲアゲ!体中に血が駆け巡り、通常時の十倍ほどの高揚を感じている。

そんなことを悟らせないがために表の顔は一切崩していないが、裏ではやっぱり気があるじゃないですかふふーん!と鼻高々とドヤ顔している、ドヤっち状態である。

そうして気分をよくした天才美少女、ここで満足して引き下がると思いきや、想い人に引き留められるという絶好のシチュを存分に楽しむために

 

「ですが…このように告白されたのも初めてでして」

 

煽る

 

「どのような人なのかも気にはなりますし」

 

煽る

 

「もしかしたら、素敵な人かも…」

 

煽る!!

 

この女、非常にタチが悪い。

やれ彼は私に気がないのでは…と病んでいるかと思いきや、彼がちょっと気がある素振りをしただけでこのざまである。

精神的優位に立った瞬間この所業、嫉妬心を煽りに煽り、彼が困ったように眉をひそめるのすら心の中で『お可愛いこと…』と楽しむ始末。

そればかりか彼女の中では、彼が嫉妬心を膨らませ、ついには我慢できなくなり壁ダァン!を仕掛けて『俺のモノになれ…!』と囁いてきて来るのでは…!という要らない心配をしている。

紙屑を胸にそんな未来に心をときめかせ、まるで恋する乙女のような表情で佇む原村和。

 

さて、実際のところ、須賀京太郎はどのように思っているのであろうか?

先述したように、他人の恋路に大きく干渉するということは、並々ならぬ感情や理由を抱いていないと出来ないものである。

では、須賀京太郎は原村和にキュンキュンしていて、そんな彼女がどこぞの誰かにときめいているのを見て嫉妬しているのだろうか?

それもあながち間違いではないかもしれない…

 

(ヤバい)

 

 

(和が襲われないか心配すぎる…)

 

主な理由はこちらである。

男子高校生の大半は脳みその90%が性欲に支配されており、性欲が絡んだときの知能指数は2、某書記未満であり、サボテンと同等である。

そんな彼らがシモトークする時に必ずといっていいほど出てくるのが原村和である!その豊満な肉体、整った容姿、全てが彼らの欲情対象になり、下劣な欲望を抱いている人も少なくない。

須賀京太郎も男であるゆえに、そういったシモトークは耳にすることが多く、ゆえに

 

(名前が分かればまだしも、分からないとなると…うーん)

 

どこぞの誰かにコロッと騙され、そのまま薄い本展開にならないかが不安なのである!

 

(世間知らずなところもあるし、そもそも名前も書かずにラブレター出すやつが信用なるかというと…)

 

もはや思考回路は保護者である。かわいい愛娘がコロッと悪い男に騙されないかが不安で不安しょうがない。

さらに、彼女がなぜかその気になっており乙女モード全開ですでにコロッといきそうになっているのも相まって、彼の懸念が現実味を帯びてくる。

 

(どうする…!どうやって和の危機を防げば…!)

 

(ふふっ…焦ってます焦ってます…頃合いを見計らって折れたように…)

 

すれ違いを孕んだ謎の頭脳戦!少しばかし趣旨は違えど、展開は原村和の理想通り!

 

(ここで『須賀君がそこまで止めるのでしたら、やめときますね』って言って、それっぽい仕草でドキっとさせれば…!)

 

さあさあ後は詰めるばかり。そこですんと諦めたような素振りをして、彼に向き合ってそう言葉にすれば多少なりとも攻め入る隙は見えるはず!

ここで小さく呼吸を整え、頭の中で言う内容を反復し、さあ口を開こうとしたその瞬間

 

「京ちゃん、言い過ぎじゃない?」

 

「うぐっ!…で、でもなァ」

 

「和ちゃんにだって考えはあるわけだし、そんな頭ごなしに否定しなくても」

 

「いや…まあ…その通りか…」

 

宮永咲のインターセプト!原村和が口を開くワンテンポ前に須賀京太郎に意見申し上げ、大事な友達の恋路を邪魔させないと言わんばかりにグイグイ詰め寄る。

それに対し須賀京太郎は言葉に詰まるばかり也。それもそのはず、否定してる理由が理由なだけに開けっ広げに言う訳にもいかず、特に反論することも出来ずに口を塞いでしまう。

そんな彼を確認して満足そうに微笑む魔王。その目は原村和を捉えており、『頑張って!』っとエールを送っているのであろう。

これには原村和もニッコリ笑って

 

(なにしているんですか?)

 

思わず出そうになる攻撃意志を押しとどめる!

後は指すだけという場面で、盤面ごとひっくり返される鬼畜の所業!せっかく作った鉄壁の布陣は思わぬ横槍によってバラバラになった。

圧倒的優位から一転、逆にピンチへと追い込まれる始末。こうなってしまっては彼の心情を引き出すことも出来ず、更にそのラブレターの相手に会いに行く羽目になり、もはやデメリットしかない最悪の状況である。

 

(その角を鑢で削ってあげましょうか?)

 

こんな状況へと追いやった宮永咲にニコニコしながら念を飛ばすも、そのアンテナには受信せず。

さて、こうなっては仕方ない、気がないラブレターに気があるフリをしていたのをばらす訳にもいかず、ここは話に流されて…と、いつもの彼女は選択していたであろう。

 

(でも,須賀君が恥を偲んであんなに引き留めてきて…)

 

だが、彼の必死の説得は彼の真意とは歪んで伝わり

 

(それで私はプライドを守って…というのはいけませんね、ええ、いけません)

 

誰かに言い訳するかのように心の中で呟き、何やら決心した様子で、口を開いた。

 

「今回の件は、お断りしようかと思っています」

 

「へ?」

「えぇ!?」

 

マヌケな声を上げる少年と、驚愕の声を上げる少女。

 

「和ちゃん、あんなにときめいていたのに…」

「べつに俺の言うことは無視して…」

 

「いえ、元々断ろうと決めてまして、そのですね…」

 

キッパリとそう発言した後、少しもにょり

 

「相談しているうちに悪戯心が湧いてしまいまして…」

 

「ちょっと調子に乗ってしまいました、すみません」

 

はみかむように微笑みながらペコリと頭を下げる少女、それをポカンと見つめる二人。

 

「あっ!?和、からかってたのか!?」

「和ちゃんが部長みたいなことするなんて…」

 

「上手く騙せたようで満足です」

 

漸く状況を把握して驚愕する二人。普段は冗談すらほぼ言わない彼女が他人をからかったという事実は、付き合いが長ければ長いほど信じられないものである。竹井久のそれとは雲泥の差である。

その反応に対して、このまま開き直った方が有耶無耶で終わらせられると判断し、ふふんと済ました顔でそう呟く。

 

「くそー、あの清廉潔白だった和がこんな腹黒になって…」

 

「京ちゃんあんなに必死だったし、確かにからかいたくなるのは分かるかも…」

 

「ええ、あんなに情熱的に引き留めてくれて、ちょっと心を刺激されてしまいまして」

 

「ぐぬぬ…和にすら弄られるようになるとは…!」

 

「いつも私をいじってる天罰だよ!」

 

「それは違うと思います」

 

「えぇ!?」

 

【本日の勝敗】

 原村和の勝利

理由:目的を概ね達成したため。




お久しぶりです.
久々に書いたので色々とおかしいとこはあると思いますが,温かい目で見ていただけると幸いです。


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12 のどか様は愛でたい

「どうだ京太郎!」

 

「うーん、50点ってとこか…」

 

「それならこっちはどうだじぇ!」

 

「そもそも優希は髪型的に似合わないんじゃァ…」

 

和気藹々と会話している男女、少女はアピールするかのようにクルっと一回転、少年はそれを真剣に評定中、何やら楽しんでいる様子である。

そしてその少女の傍らには多種多様な玩具が詰め込まれた箱が置いてある。

そんな放課後の一幕、それを扉の前で眺めているのが

 

「何しているんですか?」

 

本物語の主人公、原村和である。

さあ今日も部活だ頑張ろう――何を頑張るかはさておき――と意気込みドアを開いたら、そこではファッションショーもどきが開催されているではないか。

更に見慣れた少女の頭には何やら玩具、いわゆるネコミミが付いている。

この状況には少し唖然とし、首をこてんと傾げてそう尋ねる。

 

「お、和」

 

「見れば分かるじぇ!」

 

「少し掃除してたらネコミミ見つけて、ちょっと遊んでいるんだ」

 

どうやら見たまんまで正解のようである。

チラリとネコミミ少女を一瞥すると、ツーサイドアップの髪とネコミミが混在しており、ごちゃごちゃしてしまっている。

しかもネコミミの色は黒であり、一体感がまるでなく、まあギリギリ落第…かな?という感じである。

そんなミスマッチ少女は放っておいて、彼女が目を付けたのはもちろん…

 

(須賀君がつけたらどうなるのでしょうか…)

 

彼、須賀京太郎である!

今回ばかしは妙なプライドよりも知的好奇心が大きく勝り、彼女の脳内では『とりあえず付けさせてみたい』という思考が大半を占めている!

とはいえ、片岡優希が付けているネコミミは色がミスマッチなのもあり、とても似合いそうにはない。

 

(他のはありませんかね…)

 

ワイワイと遊んでいる彼らを横目に、玩具の詰められた段ボール箱に辿り着き、ガサゴソと中身を漁り始める。

出てくるのは、ハリセン、ピコピコハンマー、花札、置き傘、テニスボール等々…なぜ入っているのかが分からないモノばかり。

一向にお目当てのモノは見つからず、アレしかないのかと漁るのをやめようとしたまさにその時、手に触れるふさふさした感触!

その何かを手でグッと掴んでゆっくりと引っ張ると

 

(これは…)

 

そこに現れたのは、薄い茶色の犬耳である!

色合いも彼の髪色に丁度合いそうであり、彼自身のイメージにもピッタリである!

この犬耳を手に取っては、彼の背後からゆっくり近づき、その体躯を目いっぱい伸ばして、付けようとするも…

 

(と、届きません!)

 

届かない!身長の差とは残酷なものである。軽くその場でぴょんぴょんするも、たわわ果実が揺れるのみ。

近くに踏み台になりそうなものは無く、その無駄に高い身長をうらめしそうに睨みつけることしかできない。

どうしようかと困っていると、チャリンと何かが落ちる音。

 

「おっと、小銭が落ちたじぇ」

「なにやってんだ…よいしょ」

 

片岡優希がお金を落とし、それを屈んで拾ってあげようとする須賀京太郎。

まさにファインプレー、彼女はいつも原村和の理想通りに動いてくれるとてもいい友達である。どこぞの魔王とは大違い。

 

(よくやりました!ナイスですゆーき!!)

 

その一瞬のチャンスを逃さず、彼の頭に犬耳をカポッと嵌める!

 

「ん?なんだこれ…付け耳?」

 

「おー!犬が犬になったじぇ!」

 

「なにをー!」

 

金色の髪に犬耳、そして彼のどこか大型犬を連想させるような性格も相まってか、そのシンクロ率は90%越え!

彼はこういう種族ですと初対面の人に紹介すれば何人かは騙せそうである。

 

「というか、和がやったのかこれ!?」

 

「いやー、のどちゃんもやるようになったな!」

 

「ええ、つい出来心で…でもよく似合ってますよ」

 

悪気はあった、だが反省はしていない!そんな風に堂々たる態度で開き直り、さらっと受け流す。

そうしているとドアが開き来客が一人、今は部長の染谷まこである。

 

「おー、京太郎に耳が…よぅ似合っとるのぉ」

 

「えぇ、須賀君がゆーきの時に私は犬耳ですね」

 

「そうじゃな……え?」

 

「つまり、ゆーきが作った時間は元々須賀君と犬耳だったってことですね」

 

「…ど、どうしたんじゃ和?」

 

「いえ、私は心肺停止なだけです」

 

「ホントに大丈夫か!!?」

 

――犬耳と男子高校生

本来であれば融合に失敗し、遺伝子配列に異常をきたし、おどろおどろしいキメラが生成されるのだが

前述のように彼の髪色、性格がまるで大きめのゴールデンレトリーバーを彷彿とさせるからか

金色の犬耳と須賀京太郎がお互いの利点を潰すことなく相利共生をしているのである!

そして原村和からすると、この二つの相性は

 

(かわっ、おかわわわわわわわわわわわわわわ!!)

(え、須賀君に犬耳つけただけで…こんな…かわいい…えっ、これ凄くないですか?!!)

 

奇跡的相性!!

 

いつも見惚れている彼がその三倍はお可愛くなり、その存在自体がもはや彼女に異常をきたし、思考の99%を持っていく!

彼女は隣の染谷先輩のことなど一瞬で忘れ去り、その脳内メモリに犬と化した彼の映像を必死に書き込んでいる!

 

(これはいいです…最高です…)

 

「おーい和…だ、大丈夫かのぅ…?」

 

呆ける原村和、そんな彼女を心配する染谷まこ、だがその呼びかけは一ミリも伝わらない。

さらに彼女の思考回路はヒートアップし、とある発想に行き着く!

 

(これ…ずっとこのままでいいですね、そうであるべきです)

 

遂に思考回路がキマりにキマり、それが当然であるかのように結論着く!

須賀京太郎は犬耳であるべきである、彼女の中の議会では全会一致で可決され、すぐさま施行へと移り始める。

 

「じゃあ、お遊びはここまでにして、そろそろ始めましょう…」

 

「待ってください」

 

「へ?」

「じぇ?」

 

凛とした声が響き渡り、辺りの注目を一身に集める。

そしてこう一言

 

「須賀君は勝つまでそのままでやりましょう」

 

「えっ」

 

この女、あろうことか私利私欲に走り、彼に枷をかける!

そしてタチが悪いことに

 

「い、いやいやそれは…」

 

「須賀君は最近あまり勝ててませんし、気合い入れるためにもやってみてもいいと思います」

 

「で、でもなァ」

 

「それに一位を取らないといけなくなるので、須賀君の苦手な高打点の狙い方の練習にもなりますし」

 

「ぐっ…」

 

即興でそれっぽいことをでっち上げ、あたかも正論のような雰囲気を作り始める!

この発言は間違ってはいないのだが、その根幹は個人の欲望にまみれている。

どうにかその企みを防ごうにも、いつもストッパーの役割を果たしている原村和がこのような発言をしているため…

 

「いいじぇ!賛成!」

 

「お、おう…まあおもしろそうじゃの」

 

誰も止める人間がいないのである!

これには須賀京太郎も言葉を飲み込み、受け入れざるを得ない状況に。

 

ところで、客観的には今の彼女はどうなっているのだろうか。

彼女の脳内はほぼ全て『おかわわわわわわわわわわわわわわ!!』って占められているものの

表情を緩め、そんなことを悟られてしまっては、まるで須賀君を可愛いと思っているように見えてしまうため

唇を噛み、痛みによって表情を無理矢理引き締め、『私は別になんとも思っていません』っという風にかもし出している…というのが本人の理想である。

 

実際は、その表情が引き締めきれず、口端が歪み、微妙にニヤてしまっている。

それでいて目は引き締め、キリリとした表情をかもちだそうとしているため

 

(あの表情!人を見る目じゃねぇ!)

 

まるで悪役のようなニヤケ顔になってしまっているのである!

これには須賀京太郎も恐れ戦く!その目はまるで虫けらを見るかの如く冷めきっている!

 

(この姿がそんなに滑稽なのか!?)

(そんな姿を…麻雀で勝つまで…?)

 

そして組み立てられる方程式、冷徹な笑みを浮かべるほど滑稽な姿を強制してきている原村和、元々は天使のような存在だった彼女がそんなことをするとは思えない…が

ここ最近、生真面目な彼女がお茶目なイタズラをしてきたり、冗談を言ってからかってきたり、色々と変化が生じているのを観測しているため、とある一つの結論に行き着く。

 

(の、和がドSになってしまった!?)

 

とんでもない結論に行き着いた京太郎であったが、あながち間違いではない。

彼女は小さい頃から厳しい父親に躾けられ、いわゆる悪い行為というのは抑圧されてきて育ったのである。

しかし、ここ近日の出来事によりその箍が緩み、そういう行為に対する罪悪感が薄まってきているのである!

 

そんな暴走状態な原村和は止まらない!

 

「もし今日中に勝てなかったら…その姿を写真に残しましょう」

 

「あと、一位を取るまで部活中は犬耳を付けることにして…」

 

「さんせーい!」

 

(ちょ、ちょっとやりすぎじゃないかの…?)

 

(え、今日だけじゃないの?)

 

ストッパーがいない部室、少し引きつつもこの状況を楽しんでいる染谷まこ、悪ノリ大好き片岡優希、そして暴走のどっち、まさしく四面楚歌である。

どこに助けを求めようにも、帰ってくるのは『とりあえず卓につこう』の一言ばかり、そしてそのまま全国優勝した面子に放り込まれる大きな子犬。

その対面にはデジタル麻雀の鬼、原村和が佇んでいる。いつものペンギンは何処へと封印され、ただひたすら口を歪めつつジッと見つめてくるばかり。もはやホラーである。

そして始まる犬耳麻雀。ただでさえ一位を取るのは至難の業である上に

 

「ロン、3900」

 

「ツモ、4000オール」

 

原村和が鬼神の如き強さを発揮し三人もろとも圧殺する!

あの片岡優希でも追いつけぬ一瞬の隙をも見せぬ速攻!それでいて尚且つ重い一撃!

染谷まこもこれには目を丸くして被害を最小限に抑えるために耐えることしか出来ず、あっという間に南場になって片岡優希は気分が下がり為すがままに。

こんな芸当をしている彼女の脳内はどうなっているのだろうか……?

 

 

(かわいいですね須賀君とてもかわいいですよいいですねここは天国です出来ることなら彼を膝にのせてなでなでしてあげたいですね)

(今日ずっと勝てばあの写真は手に入りますし明日は膝枕を罰ゲームにしてその写真も撮ってそうやって毎日コレクションを増やすことも可能ですね我ながらとてもいいと思います)

 

 

御覧の有様である。

 

とめどなく溢れる欲望の奔流!その流れが麻雀の山にも及ぼしているかの如く豪運!

引けばカンチャンが埋まり、曲げれば一発で引き、切れば裏目ることはない!もはやデジタル関係なく鬼神の如き働きである!

それでいて尚も表情を変えずに淡々と打ち続ける原村和、そんな彼女を目の当たりにして

 

(ダメだ、勝てる気がしねぇ!!)

 

もはや蹂躙されるしかない哀れな大型犬。点棒を万遍なく毟られ、そして迎えたオーラス、一位とのその差は八万点を超えている。

一応ラス親であるが…逆転するには何連荘が必要であろうか、考えるだけで気が遠くなる。

 

(これ、一生犬耳はずせねぇかも…)

 

しかしただの偶然か

 

(この半荘はとても時間を稼げましたね、あと出来て一半荘でしょうか、そしたら須賀君の犬耳写真を…)

 

それとも必然の天罰か

 

(…いえ、上がりやめ無しのルールですからここは須賀君に時間を稼いでもらって…)

 

彼女の手から滑り落ちたその白い牌は

 

「ろ、ロン!」

 

震えた声によって止められた。

 

(須賀君はもう張ってましたか、まあ多少は仕方ありま)

「こ、国士無双…十三面待ち?」

 

「………え?」

 

「…じぇじぇ!?国士無双!?」

「は、はぁ!?京太郎お前、まだ三巡目じゃぞ!?」

 

「お、俺だってこんなこと初めてで…手、手の震えが…」

 

「そ、それを試合でやるんだじぇ!全国狙えるじょ!」

 

「出来たら苦労しねーよ!!」

 

「…ま、何はともあれ、これで京太郎の逆転一位じゃのぅ、おめでとさん」

 

「ええそうですね、私が須賀君に犬耳である時間を終わりましたね」

 

「……え?」

 

「つまり須賀君へ犬耳する未来にもう私を失ったということです」

 

「の、和…おぬしもう頭が…」

 

阿鼻叫喚となる部室、犬耳のことをすっかり忘れて騒ぐ須賀京太郎と片岡優希。

その傍らでは、これから予期していた須賀君コレクション計画が瓦解し真っ白になっているピンクと、それを見舞う現部長。

再起動には暫くかかりそうである。

 

と、突然ドアが開き、そこで現れるのは元部長の竹井久。

 

「やっほー、皆元気にしてた…ぷっ、ねぇねぇ須賀君」

 

「え?」

 

「はい、チーズ!」

 

「お、おお…あっ!」

 

「はーい、須賀君の犬耳写真いただきましたー!」

 

「け、消してください!せっかく勝ったのに…」

 

「あ、ごめーん、もうラインにあげちゃったわ」

 

「あああああああ!!」

 

さっと写真を撮ってラインにアップロードし始める。

それに嘆くは須賀京太郎、一世一代の豪運を使い果たしたのにこの始末。

悲しき哉。

 

【本日の勝敗】

須賀京太郎の勝ち

理由:部活通算三回目の一位




お久しぶりです.
感想等ありがとうございます。返信は出来てませんがとても励みになっています.
今回ものどっちが暴走してしまいましたが,むっつりすけべなので許してください.


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13 のどか様は飲ませたい

優雅なひと時。

麻雀の練習も白熱し、集中力を使い果たし、お茶でもして休憩することになったとある夕方。

いつもであれば、染谷まこが渋めの緑茶と甘い和菓子を用意するか、須賀京太郎が気を利かせてネスカフェゴールドブレンドを淹れるのだが

今日はちょっと違う。

 

「いい紅茶を貰ったので、私が淹れますね」

 

そう発するのは原村和。

用意周到なことに、大きめのポットが置いてあり、人数分のティーカップがキチンと並べられている。

 

「わぁ…和ちゃん、これ、わざわざ用意したの?」

 

そう聞かれるのは当然のこと。

傷一つないティーカップ、水垢が付いている様子もない透明なポット。まるで新品のようである。

これらを一通り揃えるとなると…概算でも一万円を超えかねない。

そんな物をわざわざ揃えたとなると、流石に少しは補助してあげないと…と考えている少女。

 

「いえ、家にあったのを発見して、使われていないものだったので」

「それなら、部活で使ってあげた方がいいかと思いまして」

 

それに対してこの返し。

どうやら長い間放置されていた物を持ってきただけのようである。

 

「おー、なんかオシャレな休憩時間だな」

 

「これぞアフタームーンティーってやつだじぇ!」

 

「それを言うならアフターヌーンティーじゃ」

 

そんなティーセットを取り囲んでは物珍しそうに観察し、ワイワイと談笑し始める。

こうして形をしっかり整えるだけで、ただの休憩時間が華やかなティータイムへと変貌する。

彼女――原村和はそんな楽しそうな皆を一目見て、クスリと微笑み……

 

(計画通り……!)

 

陰でニヤリとほくそ笑む!

彼女の行動原理に須賀京太郎のいないこと無き。

常に彼のことを思い浮かべ、どうしてやろうかと考えているのである。

そして今回もまた……

 

(あとは……)

 

彼女の策略である!

 

今回の作戦の発端は、家で大きなポットを発見したことである。

父にこれは使わないのかと聞いてみると、景品か何かで当たったものの二人で使うようなものではないと返され

そこから急速に動作する原村和の思考回路。わずか一瞬のうちに策略の首尾を思いつく。

そしてamaz〇nでティーカップを検索!手ごろでいいデザインのものを発見し

コツコツと貯金しておいた対須賀費用を用いて"区別のつかない"カップたちを揃える!

 

そう、区別がつかないのである!

つまり今回の作戦は

 

間接キス!

 

その名の通り、唇と唇が間接的に――主に何らかの物質を介して触れ合うことである。

グラス、ペットボトル等の飲みまわしによって発生することが多く、基本的には気にしないことが多いが

相手が気になる異性となっては話が別である!

気になるあの娘のリコーダーを…というある意味定番な小学生犯罪的行為が存在しているように、

どんな物質であろうと、気になるあの娘の唾液が付着していると考えれば、邪な考えも思い浮かべる輩も存在するのである。

 

よって、彼女は彼のカップとこっそりすり替え、その飲み口を……

 

と、いうわけではない!!

 

皆さんも意外や意外と思うかもしれないが、今回の原村和はひと味違う。

 

(私のカップを口にさせるだけですね)

 

そう、逆である!

彼女の思惑はズバリこうである。

いくらアプローチしても、思わせぶりな行動をしても、そこまでアタフタしてくれない京太郎。

そんな彼を慌てさせるために、おかわりの際にこっそり入れ替え、自分のカップを口につけさせる!

そしてこう指摘する!

 

『あ、すみません、須賀君のとカップを間違えてしまいました』

『あらあら、そんなにアタフタしちゃって、別に私は気にしませんよ』

 

完璧な作戦である。

サラッと指摘されて顔を赤らめ困惑する須賀京太郎、そしてそれを大人の対応で受け流す原村和!

しかも、別に私は気にしませんよ、と添えることで、『あれっ、つまり脈あり…!?』とやきもきさせることもできる!

今回こそは彼を慌てさせ、この天才美少女を意識させる!そして始まる彼からのアタック!

優しい私は嫌な顔せずに彼の強引なアプローチを受け入れ、そして桜が咲く頃に彼から呼び出され、大胆な告白を……

 

(まあ、須賀君はちょっと奥手なところもありますから、きっとその頃に告白を――)

 

などと考え、心の中ではぐにゃーんぐにゃーんと体を躍らせているものの

何一つ乱れずに紅茶を人数分用意できるのは流石天才美少女というかなんというか。

 

「皆さん、何か入れますか?」

 

「あー、わしはストレートで頼むわ」

「ミルクと砂糖をたっぷりで!」

「じゃあ俺は砂糖だけで」

「私はいいかな、ストレートで」

 

何か入れるか聞いてみると、三者三様の答えが返ってくる。

それに従って、須賀君とゆーきのカップにだけ砂糖を入れ、ゆーきのカップにはクリープも投入する。

そして訪れるティータイム

 

「タコスにも合うじぇ!」

 

「どこから取り出したんじゃ」

 

「おいしい…和ちゃんおいしいよ」

 

「そうですか、それは良かったです」

 

各々が雑談しつつ、麻雀で疲れた頭を癒し始める。

あまーいお菓子も用意され、一口食べて甘くなった口の中を紅茶ですすいで、また菓子を一口。

至福のひと時、スイーツは別腹とよく言ったもので、細い体の中にするするとお菓子が飲み込まれていく。

彼も例には漏れず、お菓子をひょいひょい口に入れ、紅茶を口にし、ソファーにぐったりもたれかかる。

そんな完全に油断しきっている彼を補足し

 

「須賀君、さっきの半荘ですが――」

「あー、確かに――」

 

アドバイスを送る。

こうして普段から積極的に声をかけるのも大事である。こういう積み重ねがヘビーブローのように効いていくのである。

…その大半は麻雀の話であり、談笑してることはほとんどないがそれはさておき

今回に関してはそれだけではない。

 

「なるほどなァ…」

「…」

 

彼の紅茶の飲み具合である。

すり替えるためには、一緒のタイミングでおかわりしないといけない!そのために彼のペースに合わせる必要がある!

彼へのアドバイスに思考を割く一方で、チラリ、チラリとからのカップを一瞥し、その量に合うように自分の紅茶を減らしていく!

また、こうして真剣にアドバイスを送ることによって二人だけの空間も生み出せるのである。

ゆえに、いざアタフタさせるときに余計な邪魔が入る……なんてことはないのである!

そして時は来た!

 

「あっ、おかわり用意してきますね、砂糖は入れますよね?」

「おっ、ありがと!砂糖もさっきぐらいで頼む!」

 

ここで二人のカップを持っていき、両方に紅茶を注ぎ、片方だけに砂糖を投入する!

これにて任務完了!あとは――

 

「やっほー!お久しぶりー!」

 

ここでドアから突然の来訪者――元部長、竹井久である。

現在、彼女は三年生の冬、指定校推薦で進学先は決まっているものの、色々とバタついていて部活にはときたま顔を出す程度。

そんな彼女、皆が優雅にティータイムをしてるのを目の当たりにして

 

「あら、いつの間にかティータイムするようになったのね」

 

「まあ、和が一式持ってきてのぅ」

 

「このお菓子おいひぃ」

 

「へぇ、和がねぇ……」

 

「……なんですかその目は」

 

訳を聞くとどうやら和が発端だと知り、目ざとくロックオン!

 

「いやぁ?昔はツンツンしてた和も丸くなったわって感心してただけよ?」

「あの時は、休憩時間なんて早々に打ち切って、さっさと打ちましょうって……」

 

「そ、そんなこと言ってません!」

 

いじるいじる!

昔のことを引っ張り出して、アタフタとする彼女を見れてご満悦な元部長。

色々とお疲れな時には後輩をいじるに限る、それが彼女の生き方である。

だが、そんな彼女は

 

「あははは……あっ、私にも一杯淹れてもらえる?」

 

「…カップがあると思いますか?」

 

「え、えぇっ!?ま、まっさかー…和も冗談を言うように……」

 

「……」

 

「あ、あはははは……そ、そうよね……」

 

打たれ弱い!

ものすごく打たれ弱い!

いつも気丈に振る舞い、常に余裕を持って、他人を好きなようにからかって遊んでいるように見える彼女だが

その中身は可憐な少女。というか、もはや豆腐メンタルに近しいものがある。

確かに零細麻雀部を全国優勝まで引っ張りあげた実力者であり、生き方も悪待ち、多少恨まれるのは慣れっこだが

 

仲間、友達から嫌われたり意地悪されるのには滅法弱い!

 

原村和のこの返しにもあっという間に萎れていく竹井久!みるみる萎んでそのまま消えてしまうかの如く。

そんな彼女を見て原村和

 

(そのまま萎れてくれた方がいいですね)

 

血も涙もない。

論理的に考えて、何をしでかすか分からないイレギュラーは排除するのが安全である。というのは事実であるが

わざわざ遊びに来た先輩にこの仕打ち……まさしく鬼、悪魔、原村!

 

(ですが、この前の写真の件もありますし…)

 

「……なんて冗談です、もう一つ用意してあるので今淹れますね」

 

「え?」

 

「和って冗談言うようになったんですよ」

 

「えぇっ!?」

 

(…不服です)

 

義理を通してフォローをしてあげると、それはそれで驚かれる始末。不服である。

さて、そんな邪魔にはお茶でも渡して放っておいて、彼におかわりを持ってきて

 

(こっちを……!)

 

スッと自分が使っていたカップを差し出す!

しかも中身はストレートティー!彼の要望の砂糖入りではないのである!

つまり、わざわざ自分が指摘するまでもなく、彼はその紅茶を一口飲めば間違っていることに勝手に気が付き

そこで同時に自分も口をつけることで、ごく自然な流れで『間違えてしまいました』という流れに持っていけるのである!

 

「サンキュー!」

 

(よし!)

 

思惑通りカップを手に持つ彼!

それに合わせて余ったカップを持つ原村和!

そして――

 

(あれ?これって、私も間接キスを……)

(し、しかも須賀君の目の前で……?)

 

なんということだ、今更そんな事実に気づいてしまう!

そう、この作戦は自分も間接キスをせざるを得ない!別に普通に間接キスすること自体は気にならない、むしろドンと来い!である。

だが、今回は想い人の目の前で間接キスをし、そしてその後、私も間接キスしましたと告白しなければならない!

ハードルが高い、高すぎる!あなたの唾液を摂取しましたぐへへと告白するなんて、純情乙女には到底不可能!

 

(い、いえ、仕方ありません!)

(これも作戦のための役得…いえ、必要な犠牲です!)

 

彼女は純情乙女などではないようなので問題なさそうである。

ド変態行為ならお手の物。

 

そして今度こそ一緒にカップに口を――

 

「……あれ?」

「……」

 

口をつけた!そしてすぐに気がつく須賀京太郎!

さあさあ、後は毅然とした態度でそのセリフを

 

「和、これ…もしかして」

「……」

 

そのセリフを……

 

「お、おーい和?」

 

皆さんも察している通り

今の彼女は

 

(すすすす須賀君とかかかか間接キス!!)

(……これはもはや接吻したといってもいいですね唾液を交換していますし~~)

 

こんな感じで間接キスしたことで頭が一杯になっており、もはやセリフを言う余裕などない!

彼の声かけすら耳に入らず、自分の世界に入り込んで、これが至高の一杯などと考えている。

さて、本日もこのまま固まってしまうのかと思いきや

 

「あら須賀君、どうしたの?」

「いえ、その和が――」

 

突如現れる竹井久!

その嗅覚が面白そうな気配をかぎ取り、須賀京太郎に声をかける。

そんな邪魔者の声を聞き、迎撃システムが作動!そのため瞬時的に再起動!

しかし間接キスに気を取られているため、まともな思考は出来ない!

 

「あ、すみません、須賀君のはこっちでした」

 

「え?おっ、おう…」

 

「あら?」

 

自分が口をつけていたカップをなんの躊躇いもなく差し出す。

そして彼が持ってたカップを強奪し、その紅茶を啜り始める。

 

「……こ、これって」

 

「……いいじゃない、折角貰ったんだし飲んじゃいなさいよ」

 

「いやでも……」

 

「細かいことは気にしない気にしない、和だって気にしてないみたいよ」

 

(須賀君の唾液が~~~)

 

「そ、そうだけど……ちょっとニヤニヤ見ないでくださいよ!!」

 

「べつにー、見てませんよー」

 

「思い切り見てるじゃないですか!」

 

「あははは……まっ、残すわけにもいかないでしょ?私は向こう行ってくるわ」

 

「………和さーん、おーい」

 

「………」

 

「……うん」

 

 

彼も思春期の男性である。

 

 

 

【本日の勝敗】

須賀京太郎の敗北

理由:思惑通りになってしまったため




いつも感想等ありがとうございます.
この前から感想の返信はのどか様に一任することにしました.弄ってあげてください.


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14 のどか様は知りたい

「これは何でしょうか?」

 

放課後、退屈な授業も終わり部活が始まる時間である。

この少女、原村和も部活に勤しむために部室のドアを開けたものの

机の上に見慣れないモノ、どうやら雑誌のようである。

 

「ああ、久が預かったものらしくてのぅ」

「持っているわけにもいかんしここに置かせてほしいとのことじゃ」

 

「そうですか…」

 

その表紙を見ると、どうやら麻雀雑誌ではなく女性向けの雑誌の様子。

 

(一体、何が書いてあるのでしょうか…?)

 

彼女――原村和の家は厳しい。

厳格な父を持ち、ゆえに色々と制限をかけられている。

学生は勉学に励むべきと考え、それを妨げる余計なモノは父のフィルターによって排除されていく。

そしてこの雑誌もそのうちの一つである!

彼女の父は何を経験したのかは知らないが、学生が色恋沙汰など以ての外!という厳しい意見により、そういうものは排除されてきた。

その抑圧された反動であろうか、少女はそんな雑誌に興味津々!

雑誌と対峙したまま睨み合う、心の中では読みたいという好奇心と長年躾けられた理性がせめぎ合う。

そうこうしていると

 

「こんにちはー…和ちゃん何してるの?」

 

現れたのは魔王、もとい、宮永咲である。

 

「いえ、なんでもありません」

 

「ふーん?…ん、なにこれ?」

 

天才美少女と睨み合っていたその雑誌をひょいと持ち上げては、パラパラとめくり始める

流石の文学少女,本があったら読まずに居られないタチなのであろう。

 

 

「う、うぇえ!!?」

 

そんな可愛らしい悲鳴をあげる魔王!

 

「どうしましたか?」

「こ、これ」

 

そして指差すその内容は…

 

『初体験はいつだったかアンケート:高校生が34%』

 

初体験!

初体験とはいわゆる初めての性行為を指す言葉である。

未成年同士の性的干渉はイケないことであるが、性欲旺盛な彼らからすると知ったこっちゃねぇ!

さらに高校生というのは、バイトも出来るようになり、金銭的な縛りから解放され、親の監視下から外れ始める時期。

男女ともに成長真っ盛りであるため、そういうことに興味を持つのはある意味健全である。

 

しかし、34%という数字は重い!

 

つまり1/3が初体験を済ませているわけであり、確率的に考えれば、この部活の六人のうち二人は済ませていてもおかしくないのである!

この文学少女は当然のことながらそういうこととは縁遠い人間であり、まさかそんなに済ませているとはゆめゆめ思ってもいなかったのである!

つまりクラスメイトのあの子ももしかしたら……なんて考え混乱している!

 

「の、和ちゃん、これって流石に言いすぎだよね…?」

 

「ええ、これはいわゆるサンプルセレクションバイアスというやつですね」

「アンケート対象はこういう雑誌を読む女性ですので、必然的に高くなっているだけです」

 

それに対してデジタル少女、論理的に思考し、この数値は信用ならないと冷静に判断する。

そんな彼女の返答に安心し、そうだよねーっとほっと一息つく宮永咲。

 

だが、原村和は

 

(つ、つまり須賀君もその可能性が……)

 

全くもって冷静ではない!!

34%という数字にビビりにビビり、愛しの彼ももう既にどこぞの誰かとヤっているのではないかと考え始める!

先ほどの冷静な対応も、ただ単に自分を安心させるためだけの言い訳であり、咄嗟に考えた出まかせである。

そして,彼が初体験を済ませていると仮定して,まず最初に警戒したのは隣にいるこの幼なじみであるが

 

(ま、さっきの反応を見るに、咲さんはシロですね)

 

(見るからに処女って感じですし)

 

鼻で笑って一蹴。そして心で毒づく!

確かにあんな反応をしたのだから、そういうことはしたことないのであろう。

だからといって自分のことを棚に上げて、お可愛いことと嘲笑するのは如何なものかと…

 

「こんにちはー」

 

と、そこで現れるは京太郎!

ハッとして振り向く原村和!

雑誌を何度も読み返す宮永咲!

 

「ん、なんだそれ?」

 

「あっ、京ちゃん、そのね――」

 

そして彼に話題が伝えられる。

その内容は初体験という非常にデリケートな内容であるが、この部活ではそういう経験豊富な人間はいない。

ゆえに、高すぎるよねあははー、で済ませようとしているため、惨事にはなら

 

「あー、初体験が34%?」

 

「この雑誌にはそう書いてあるけど――」

 

「ま、妥当じゃないか?」

 

この男、爆弾を投下する!

少女二人の出した結論を真っ向否定!

驚愕、まさに驚愕、部室の時間が一瞬止まる。

 

「えぇえ!?そ、そんなにしてると思うの!?」

 

「いやだって、カップルはうちの学校にも沢山いるし」

「まあ、そういう話は聞かなくもないというか」

 

証言を述べ始める彼、やりましたという報告は幾度となく聞いたことがあるという。

これには固まるしかない文学少女……本の中だけのお話が現実に引っ張り出されフリーズしてしまう。

 

――そう、先ほどの結論を出した二人の少女、彼女らはそういう友達が少ないため、そういうシモい話をする相手がいない。

文学少女は一人静かに本を読んでいるうえに麻雀において鬼神の如き働きをしたため、畏れ多くて話しかけられるわけがない。

デジタル少女は、まるで絵本から出てきたお姫様のような風貌で、穢れを知らぬ少女(他人談)であるため、そんな会話に巻き込めないと保護されている。

ゆえに彼女らは、世間一般の性事情からは離れて生きてしまっており、そういう行為に対して現実味を持っていないのである!

 

そして、この少女は

 

(!?、す、須賀君はもしかして…ヤったことが……!!?)

 

早とちり!

一言もそんなこと言っていないが、彼が経験済みかそうじゃないのかで頭が一杯になっている時にあの発言が飛んできたため

須賀君自身が経験済みだからそういう発言をした、という考えに至ってしまう!

だがしかし、ここは天才美少女原村和

 

(お、落ち着きましょう、事実の確認は大切です)

 

自分を宥め、どうにかして落ち着き、そして自分の今すべきことを考え

そして至った結論が

 

「須賀君は経験済みなのですか?」

 

ド直球!

オブラートに全く包まずド直球の火の玉ストレートを放り投げる!

もはやビーンボールといっても良い代物、下手すれば一発退場でもおかしくない!

これには流石の彼も

 

「へ?」

 

硬直。

突然投げられた危険球に目を白黒させ、どうしたらいいのか困っている。

ただ単に、あの原村和がそんなことを聞いてきたから硬直しているわけではない。

 

(ど、どうする俺!!)

 

この話題、男性にとっては死活問題である!

 

童貞!

まだ未経験の男子を指す言葉であり、思春期の男子高校生のみならず、全人類にとって、これを脱しているか否かはとても重要なパラメーターである!

そして男子高校生が仲間うちで童貞かどうかを話すのと、異性に対して経験済み云々について話すのとは、重要さが違う!

この質問の内容、もし正直に答えた場合『うそー!?童貞ー!?』『童貞が許されるのは小〇生までだよね!』と嘲笑されるかもしれないし

だからといって見栄を張っても、傍の幼なじみが『えぇっ!?きょ、京ちゃん、誰と!?』と言って詰め寄ったり、目の前の少女から『そんな…未成年なのに、フケツです』と軽蔑されるかもしれない!

どちらが正解か分からない!どうしようかと詰まっていると

 

「遅れてごめんなさーい」

 

そこに現れる救世主!

お馴染み竹井久である、須賀京太郎はすぐさま矛先を変えようと

 

「ぶ、部長は経験ありますか!?」

 

「へ?」

 

キラーパス!

殺人的な剛速球を顔面に目掛けてぶん投げる。

 

「なんの話?」

 

「せ、世間一般でいう初体験のことです」

 

矛先を変えるためならなんだってする!

もはやヤケクソ気味に爆弾を押しつけようとする須賀京太郎!

 

「私は須賀君の初体験が――」

 

そうはさせないと干渉する原村和!

彼が既にヤっているのかいないのか――それを知ってどうするのかはさておき――それが最重要事項である!

竹井の色恋沙汰など知ったこっちゃない!どうでもいいのである!

 

 

「わ、私はまだよ、第一そんな相手も――」

 

「なんじゃ、てっきりあの副会長ともうシたのかと」

 

「ちょ、ちょっとまこ!その話は」

 

「え?もしかして、ぶちょ…竹井先輩って……」

 

予想外のところで炸裂する爆弾!

意外や意外、現部長の染谷まこがサラッと着火!そして燃え移る火の手!

 

「えっ、あのメガネの人と付き合ってるんですか!?」

 

「ほ、ほらぁ!こうやって大事になるし…」

 

「今更隠すこともないじゃろ、惚気聞かされるわしの身にもなれ」

 

そして話題が流れてしまう!

もはや今のトレンドは竹井久、現部長の思いも寄らぬ密告により彼女の尋問会が始まろうとしている。

そんな流れを快く思わない少女がここに一人

 

(また邪魔を……!)

 

(そのヘンテコおさげを引きちぎってあげましょうか?)

 

何としてでも彼の極秘情報を知りたい少女、原村和

ここ最近、いいところで邪魔しにくる彼女に対してもヘイトが溜まっているようである。

 

一方

 

(よし!話が逸れた!)

(部長……あなたの犠牲は忘れません…!)

 

どうあがいても詰みだった状況から一変、尊い犠牲によって危機を免れる!

これには心からお祈りし、そのメシアに今度から優しくしようと決心する。

 

(くっ、でもここで更に追及すると私が須賀君のことを気になっているように……)

(あとは部長の話に便乗すれば……)

 

思わぬインターセプトによってひっくり返る盤面!交錯する思惑!

これぞ恋愛頭脳戦――などではなく、煩悩頭脳戦!

彼の性的事情を知り、フリーである決定的な証拠を得たい天才美少女!

個人情報を守り抜き、軽蔑される事態をなんとでもして避けたいただの少年!

現在は少年が優勢!というか安全!

 

「で、どこまでいったんですか?」

 

だがそんな油断が仇となったか

 

「こいつ、見かけに寄らず奥手でのぅ、まだまだ道のりは長そうじゃ」

 

「そ、そんなこと言ったって、皆も未経験でしょ!?ね、ねぇ須賀君?」

 

「ええそうですね、俺もまだですし」

 

「京ちゃん、彼女出来たことないもんね」

 

(……!?)

 

ここで竹井久からのキラーパス!

その自慢の反射神経によって思わず返してしまう須賀京太郎!

そんなカミングアウトにいち早く気が付き混乱する原村和!

 

「お、意外じゃな、てっきりモテそうかと」

 

「え、あ、あははは」

 

「須賀君は誰にでも優しくするから、敬遠されちゃうんでしょ?」

 

「京ちゃんは人気あったはずだけど、なぜか誰もアタックしなかったなぁ……なんでだろ?」

 

(す、須賀君はまだ性行為には至ったことが無い……)

 

(あああああ!!やっちまったぁああああ!!何言ってんだ俺ぇぇぇ!!)

 

彼に彼女が出来なかった理由は前言った通り、そこの魔王が一端を担っているのだが、本人は知る由もなし。

顔を赤らめのどっちモードと化すピンク少女、失言を悔いて穴に埋まりたくなる金髪少年。

 

「ほ、ほら、早く始めましょ?なあ和?」

 

「えっ、私はいつでも大丈夫ですが…どこでしましょうか?」

 

「え?いや、普通に卓だけど……」

 

「……な、なんでもありません!!」

 

 

……何を考えてたお前。

 

 

【本日の勝敗】

須賀京太郎の負け

理由:自爆




いつも感想や評価等ありがとうございます!
筆者自身のモチベーションになってますし,のどか様も激励の言葉を頂いてとても喜んでいます!
これからもよろしくお願いします!

ところで,竹井久さんと伊井野ミコちゃんって似てるよね
髪型といい,役職といい…性格は全然違うけど


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15 染谷まこは生き延びたい

今回はいつもと違う二人が主役


清澄高校麻雀部!

麻雀に携わる者でその名を知らない人間はいないどころか、世間一般的にもその知名度は異常!

昨年まではまともに活動していなかったのだが、彗星の如く現れ、魔境長野を荒らしに荒らして決勝へ!

その決勝戦を天江衣という怪物を下して見事勝ち抜き、全国でも中堅戦でトビ終了という衝撃的デビュー!

そして来たる決勝戦では、激戦に次ぐ激戦!衝撃的な先鋒戦から始まり、次鋒中堅副将でも一進一退どころではない激しい攻防

そして大将戦では魑魅魍魎集う異次元麻雀が披露され、最終的にトップに立ったのは、この清澄高校麻雀部。

その波乱万丈で話題性満載なこの高校はメディアにも取り上げられ、『奇跡』として世間へと広まったのである。

 

そんな部活を来年へと引き継いだのはこの少女――染谷まこ

昨年においては目立たないものの、きちっとプラスにして後ろに繋げる次鋒の役割を完璧に果たした。

広島弁が特徴的であり、少し古臭いメガネがチャームポイント。実家は雀荘を経営しており、彼女自身も働いている。

卵料理が得意であり、性格はしたたか、その年齢の割には落ち着いており、周りの人には安心感を与えてくれる。

 

そんな彼女は今――

 

「わし、もうダメかもしれん」

 

病んでいた!!

 

「どうしたのまこ!??」

 

「もうダメじゃ…わしには纏めきれん…」

 

そんな彼女と対面するのは竹井久。

頼れる後輩の思いも寄らぬ姿に困惑する。

 

「あなたがダメになったら、誰が部活をまとめるのよ!?」

 

「須賀にでもやらせりゃええじゃろ」

 

「須賀君も出来なくはなさそうだけど、やっぱまこじゃないとダメよ!」

 

「お前はどうやってこんなのこなしてたんだ…」

 

「まこ、口調が崩れてる」

 

あまりの疲労に広島弁を忘れ始める!

メガネを外し、ぐったりと俯き、顔に手を当て絶望ポーズ。

 

「でも、顧問の先生は事務的なことはやってくれてるし、練習試合の調整とかも粗方終わったんでしょ?」

 

「そうじゃ…」

 

「じゃあもう、心配することないじゃないの、今まで忙しかっただけでこれからは楽に…」

 

そんな彼女をなんとか宥めようとする元部長。

現在の状況をしっかり整理させ、そんな悲観することはないと励ますが

 

「この部活……人が死ぬかもしれん……」

 

「し、死ぬ!!?」

 

突然のサスペンス!

事務作業が大変どうこうかと思いきや、全く別方向に飛んでいく!

 

「い、いったいどういうことよ!?」

 

「……」

 

「も、もしかして…咲が麻雀で魂を…?」

 

心当たりを探すものの、あの魔王がついに魂にまで――という発想しか思いつかず。

確かに彼女ならやりかねないが……

 

「和じゃ…」

 

言葉を絞り出す染谷まこ。

 

「え?」

 

「和がヤバい……」

 

「な、なにがあったの?」

 

尋常じゃない彼女の様子に固唾を飲み込み、恐る恐る尋ねる。

彼女はこんな時に冗談を言う人間ではない、そのことを知っているため余計に緊張感が増していく。

 

「目じゃ」

 

「め?」

 

「あいつ、たまにわしらを家畜を見るような目で見つめとるぞ…」

 

「ま、またまたー…そんなわけ…」

 

「咲に向ける視線とか特にやばい」

「殺意籠っとるというか…末代まで呪い殺す気じゃありゃあ」

 

「咲に!?」

 

「あの眼光……広島のヤーさんよりもヤバいけぇ……ありゃ二、三人は殺っとる……」

 

「そんなわけないでしょ!まこ落ち着いて!?」

 

体をガタガタと震わせつつ証言していく現部長。

その呟きは止まらない。

 

「それに、たまに動きが変なんじゃ」

 

「変?」

 

「何もないところをジーっと見つめてたり」

 

「誰もいない部室で突っ立ってたり」

 

「コソコソと廊下を移動してたり」

 

「ロッカーにあのデカいペンギンを押し込んだり」

 

「え、えぇぇ……」

 

その口から溢れ出る奇行の数々!

ホントに訳が分からないものが大半であり、流石の竹井もこれにはドン引き。

 

「極めつけには、言葉を喋らなくなったんじゃ」

 

「へ?」

 

「いや、わしも上手く説明は出来ないんじゃが……」

 

「こう…日本語なんじゃが、文法がメチャクチャというか、適当に並べただけというか……」

 

「え、えーと、とりあえず、おかしくなったの?」

 

「そうそう、そしてわしは確信した」

 

「な、なにを」

 

そして彼女は一呼吸置き、真剣な表情でこちらを見つめ――

 

「あいつはターミネーターに違いない」

 

――もう彼女はダメかもしれない

 

「はぁ!?」

 

「あいつ、未来から咲を抹殺するために送られてきたターミネーターじゃ、間違いない」

 

「ま、まこ!?」

 

「全てについて合点がいくぞ、奇行の数々は機械特有の行動、言語破綻はプログラム異常……」

 

「どうしたのまこ!?しっかりして!?」

 

「じゃっておかしいじゃろ、なんでこんな高校にインターミドル覇者が入ってくるんじゃ」

「というか、打ち方も機械っぽいし、ターミネーターに違いない」

 

「正気になって!というか、なんで咲が狙われるのよ!!」

 

「未来で魔王として世界に降臨して、恐怖政治でも敷いとるんじゃろ、知らんけど」

 

「じゃあ和は英雄じゃないの!」

 

「わしらも抹殺対象かもしれんぞ、お前も射殺さんばかりの目で見られてたし」

 

「えっ、私も?」

 

原村和ターミネーター説!

色々と病んでしまった染谷まこによって打ち立てられたこの説。

ただでさえ大変な時期に、原村和の奇行を目の当たりにしてSAN値が急降下!

そんな彼女の自衛本能が働いたのか、彼女の奇行を説明するために創り上げられた!

この説、微妙に筋が通っているため、完全に否定することは難しい!

そして元部長も、『あら案外話になるわね』といいネタだとして笑い話にしたいのだが

目の前で錯乱しているかわいい後輩を見てしまってはそれどころではない!

 

「と、とにかく現実見ましょ!和がまさかそんなわけ……」

 

「ここら近辺の熔鉱炉は…」

 

「まこ!!」

 

そこでゆっくりと開かれるドア。

 

 

 

ぎぃいと軋む音、その方向を見ると

 

 

 

 

 

 

「ぶちょう」

 

 

 

 

 

ピンク色の髪を垂らした少女が

 

 

 

 

 

 

 

「ふたりでそうだんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

真っ黒な瞳でこちらを覗き込んでいた。

 

 

 

 

 

 

「ぎゃあああああああ!!!で、出たあああ!!!」

「きゃあああああああ!!!!」

 

「きゃあ!?な、なんですか!?」

 

 

ドアから出てきたのは話題の少女、原村和。

部室に入るや否や、突然の悲鳴に驚かされる!

 

「おおおおおおう和!ゆっくりしていけ!」

 

「まこ、落ち着いて!」

 

「?」

 

ガタガタと震えながらもなんとか普通に対処しようとする染谷まこ。

そんな彼女をなんとか押さえつける竹井久。

そしてキリッとした表情でその元凶に顔を向け

 

「和、最近何かあった?」

 

真っ向からぶつかっていく!

 

「最近ですか?」

 

「ええ、咲とケンカしたとか、なにか上手くいかないとか……」

 

「?、いえ特に」

 

「そう、ならいいのよ」

 

「はぁ…?ではこれで失礼しますね」

 

そして何事もなくあっさりと去っていく。

この事実を現部長に見せつけ

 

「ほら、別に普通じゃないの、まこの勘違いよ」

 

こう元気づける

 

 

 

 

 

 

「……なぁ、久」

 

 

 

「なーに?」

 

 

 

「の、和は、何のために部室に来たんじゃ……?」

 

 

 

「えっ……あれ?」

 

 

 

「や、やっぱ、正体がバレそうになったから……」

 

「お、落ち着いてまこ!まこーーー!!!」

 

――彼女の苦難は続く

 

 

 

 

【本日の勝敗】

竹井久の負け

理由:治療失敗




いつも感想やお気に入り登録等ありがとうございます!
まこさんは心労見せないけど,なんかとても心配してそう.

原作でもこれの元の回はとても好きでした,ホラーちっくなかぐや様がお可愛いこと…


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16 のどか様は入れさせたい

現在一月、冬も深くなり、気温も氷点下を越える時期。

特に長野の冬は寒く、凍えるような風が吹き、地面からも熱を奪われる。

ゆえに、暖かい衣に身を包み、体温を失わないよう対策するのだが――

 

「あっ…」

 

「ん?雨降ってきたじぇ」

 

「天気予報でそう言っとったなぁ」

 

しとしとと降り行く冬の雨。

その線は細く、決して土砂降りではないものの、体温を奪うのには十分である。

日はすっかり落ち、暗い空からは何も見えず、ただ雨音だけが響く。

 

「傘はえーと、えーと……」

 

「さて、そろそろ帰るか、風邪引かんようにのー」

 

「あったじぇ!さっすが昔の私、バックに詰め込んでたとはやるな!」

 

そんな空模様を物憂げな表情で見つめるのはこの少女、原村和。

『今日も楽しい部活の時間が終わってしまいます』と少しセンチメンタルな気分になり、

冷たくなった窓ガラスに手を当て、鏡のように映った自分の姿と彼――須賀京太郎の姿を見て

『もう少し距離を詰めたいものですね…』とちょっぴり寂しくなって

 

 

「あ、やべっ、傘忘れた」

 

 

そんな気分も吹き飛んだ!!

そんな彼の声に反応し、バッと振り向き、状況を確認

 

「うわー、どうしよー…」

 

「京ちゃんったら、ちゃんと天気予報確認しないから」

 

「この寒さの中走り抜くのは辛そうだじぇ」

 

傘を忘れたことにより萎えている須賀京太郎。

そんな彼にここぞとばかりにマウントを取る宮永咲。

窓ガラスに手を当て、そんなことを伝える片岡優希。

染谷まこはもうすでに帰ってしまったらしい。

 

(これなら……あれがいけますね!)

 

彼女が狙っているのは、そう

 

相合傘!!

一つの傘に寄り添う二つの肩!

物理的に男女の距離も縮まり、心の距離も縮ませることが出来る定番イベントである!

 

実は彼女、半年ほど前からずっと相合傘をするチャンスを伺っており

そのためにわざわざ大きめな傘を買っていたのだが……

 

『京ちゃん傘入れてー』『京ちゃんその……傘もってない?』『京ちゃん置き傘もってない?』

 

思い出すは辛酸を舐めたあの日々!

あのポンコツ少女がことごとく傘を忘れ、やれやれしつつも傘に入れてあげる彼の姿が瞼を閉じれば今にも浮かぶ。

それに、あの少女が忘れん坊なため、お節介根性な彼が傘を忘れるというイベントが発生しない!

目の前で行われる相合傘、一方こちらは体に不釣り合いなほど大きな傘に一人きり。

一応、あの少女のように傘を忘れて入れてもらうことも出来なくはないが、そんなことは彼女のプライドが許さない。

 

だが本日、臥薪嘗胆の甲斐もあり、ようやく、絶好のチャンスが来たのである!

 

だが、まずは邪魔者約二名を排除する必要がある。

 

「咲さん、今日はちゃんと傘を持ってきたんですね?」

 

「うん、今日は天気予報見てきたし、ここにちゃんと――」

 

彼女が傘を確認すると、そこにあるのは虚無!傘の影も形もない!

なぜなら、彼女がよそ見していた一瞬の隙を見計らい、天才美少女が誰にも気づかれずにひったくったからである!

 

「うぇえ!!?な、ない!?さっきまでここに……」

 

「幻覚だったんじゃねぇの?」

 

「咲さん、今日はちゃんと持ってきたんですよね?」

 

そしてしれっと発言する原村和。

まずは傘を持ってきたかの確認。

 

「う、うん、でも今無くなってて……京ちゃん隠してないよね!?」

 

「んなことするか!」

 

「一回冷静になりましょう、もしかしたら教室に置きっぱなしかもしれません」

 

そして徐々に誘導していき、不安を煽り

 

「え、で、でも……」

 

「私たちは部室を探しますし、一度確認したらどうでしょうか?」

 

(これで咲さんの排除は完了、あとは……)

 

私たちも手伝いますよ、と添えることにより断らせにくくする!

これは立派な誘導尋問!これによって、邪魔者を一人排除しようとするが

 

「そうだじぇ咲ちゃん!私もお供するじぇ!」

 

(ゆーき!)

 

ここで嬉しい誤算、ぐいぐいとポンコツ少女の背中を押して、捜索捜索とせかし始める。。

持つべきものは親友である。

 

(やはりゆーきは私の親友です)

 

「じゃ、そういうことだから、私たちは行ってくるじぇ!」

 

「み、見つけたら連絡してね!」

 

そうしてドアの向こうへと消えていく二人の背中を見送り

部屋の中には二人だけ。

 

「さーて、この雨の中どうしようか…」

 

あとはこの男を調理するのみ!

 

「とりあえず、下駄箱まで一緒に行きましょうか、道中で捨ててある傘が見つかるかもしれません」

 

「え?でも、咲の傘は…」

 

「ここにありました」

 

「ソファーの下!?」

 

「ゆーきに連絡しましたし、あちらは時間がかかりそうなので先に帰ってしまいましょう」

 

「まあ、和がいいならいいけど……あいつら何で時間かかってんだ?」

 

「どうやらゆーきの傘が折れていたみたいでして、頑張って直しているそうです」

 

「えぇ……そこ頑張るのかァ……」

 

口八丁で上手く丸めこめ、サラリと嘘をついて二人を置いてけぼりにすることに成功!

そうして下駄箱まで歩く二人、傘が捨てられてないか探してみるものの、この雨なのでそんなものは勿論ない。

 

「あー、この雨の中走って帰るのは無理があるなー」

 

しんしんと降る雨を眺めつつ、そんなことを呟く京太郎。

これでもはやチェックメイト!

 

あとはこうして

 

『じゃあ、私は帰りますね』

 

『あっ、和……』

 

『あ、須賀君はどうしますか?』

 

『いや、その…』

 

『もし良ければ、私の傘に入れてあげますが』

 

『の、のどか様!私を傘に入れさせてください!』

 

懇願する京太郎を寛大な心で受け入れ、大きな傘に二人きりで心地よいひと時を過ごすだけ……

 

(よし!)

 

心の中で気合を入れ直し、セリフを暗唱!

そして傘を刺して、寸劇スタート!

 

「じゃあ、私は帰りますね」

 

「おう、じゃあな」

 

なんか返事が想像と違ったが、心を切り替え立て直し、さらに追い詰める!

 

「あ、須賀君は…傘がないですが、どうしますか?」

 

「あー、そうだなぁ…誰かの傘に――」

 

そんな彼の返事に少しムッとしてっしまい

予定は勝手に変更!

 

「私の傘じゃ、嫌ですか?」

 

ずずいと近寄り、上目遣いでこう一言。

顔を近づけ、体も近寄り、その豊満な果実も近寄り、童貞であればコロッと一撃で死んでしまうであろう!

もはやヒロインの如きあざとさ、これを意図せずに行えるのが天才美少女たる所以である!

これには流石のモンスター童貞須賀京太郎も思わずたじろぎ、そんな問いかけには否定せざるを……

 

「い、いやでも……和と家の方向、逆じゃん」

 

「……ほぇ?」

 

根本的な作戦ミス!!

あろうことかこの少女、あまりに相合傘をやりたすぎて、そんな簡単なことすら失念していた!

家が逆方向なのにも関わらず相合傘が成立するであろうか……答えは否。

入れる側が家まで送るよと提案しても、流石に入れさせてもらう側が遠慮する!

 

「で、ですが、このままだと風邪引きますよ」

 

「まぁ、誰か知り合いが通りかか――」

 

「ほら、一緒に帰りましょう、私の傘大きいですし」

 

「いやいや、一緒にって校門までしか」

 

「送りますよ」

 

「え?」

 

「暇ですし家まで送りますよ」

 

「いや流石にそれは申し訳ないというか」

 

「遠慮しなくていいですよ、入れてあげますよ」

 

「いやでも」

 

「ほら、早く帰りましょう」

 

「あれ?拒否権ない?」

 

だが原村和は諦めない!

半年もチャンスを伺っていたのである!

それなのに、こんなしょうもない理由で諦められるわけがない!

ぐいぐい手を引く原村和、それに対し困惑する須賀京太郎、停滞する両者!

 

すると

 

「あ、須賀君と和、なにしてるの?」

 

どこからともなく議会長がひょっこり顔を出す

 

(た、竹井先輩!?)

 

突然の出来事に一瞬思考が止まる原村和

またもやそれが仇となる!

 

「いえ、傘を忘れてしまって……」

 

「あら、じゃあこの傘あげるわ」

 

「えっ、いいんですか!?」

 

「ええ、この寒さ、雨に濡れたら大変でしょ?」

 

とんとん拍子で進んでしまう会話!

だがなんとかそれに割り込む!

 

「ま、待ってください!竹井先輩の傘は…」

 

「私はいいのよ、ない方が都合がいいし」

 

「え?それってどういう……」

 

「じゃ、またねー!」

 

しかし、その甲斐もなく、彼の手には傘を押しつけられ

嵐のように去っていく議会長!

 

「……」

 

「……」

 

来る静寂。

雨を見つめる二人。

 

「その…」

 

「……うぅぅ」

 

気まずそうに見つめる少年

うめき声を上げる少女

 

「もう好きに帰ってください!傘は手に入ったじゃないですか!」

 

八つ当たり!ヤケクソ!

念願が叶わず子供のように癇癪を起こし始める!

プンプンと怒ってそっぽを向き、頬を膨らませて、つーんとした態度を取る!

これではどうしようもない、詰めれる距離も詰めれない

 

 

「あー、そのさ、和がもし良ければ」

 

「途中まで送るよ」

 

予想外の提案。

途中まで、いつまで、どこまで……そんな疑問がグルグルと頭の中を回り始める。

そして

 

「……どうしてもですか?」

 

「え」

 

「どうしても私を送りたいのですか?」

 

「え、ああ、そうだな……どうしても送りたい」

 

「……な、なら仕方ないですね、一緒に帰りましょう」

 

 

雨の日、そこに並ぶ二つの傘。

肩は触れることはないものの、その二つの傘は触れ合いそうなほど近く、その間を楽しそうな話し声が繋ぐ。

念願は叶わなかったものの、どうやら目標は達成出来たようである。

 

 

 

 

一方その頃

 

「あ、内木くん!ごめん待った?」

 

「いえ、今来たところです」

 

「じゃあ、帰りましょうか」

 

「あ、会長…その、傘忘れちゃって入れさせてほしいんですが」

 

「え"」

 

「え」

 

 

「……咲ちゃんごめん」

 

「ううん、いいよ……この傘が小さいのが悪いだけだから」

 

「抱き合わないとお互い濡れちゃうじぇ……」

 

「ホントにそうだね……」

 

【本日の勝敗】

須賀京太郎と原村和の勝利

理由:無事に楽しく帰宅できたため




いつも感想やお気に入り登録,評価等ありがとうございます!
のどか様も恋路を応援されて,とても嬉しそうにしています.
筆者自身もとても励みになってます!

久々にのどか様がまともなラブコメしてる気がする……


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17 竹井久は告りたい



今回はちょっと番外編,時系列も少し前です





現在十月

秋も深くなり、寒さが厳しくなってくる頃。

空模様は曇り、薄く長い雲が空を覆い、差し込む陽の光はいつもより少ない。

そんな薄暗い生徒会室、そこには男女が一人ずつ。

 

「内木くんって彼女いるのー?」

 

「いや…いるわけないじゃないですか」

 

会長竹井久と副会長内木一太の両名である。

彼女がからかい、それに飽きれつつも彼は返す。いつものやり取りである。

 

「まあ、そんな物好きそうそういないわね」

 

「ちょっと!それは酷くないですか!?」

 

「だってロリコ…」

 

「違いますよ!」

 

そんなやり取りをしつつ、引継ぎの資料作成や整理を行い、テキパキと仕事を進めていく。

 

「ようやく終わりそうですね」

 

「そうね、長かった生徒会もおしまい、これで解放されるわー」

 

「会長がサボってたからこんなことに…」

 

「うっ、そ、それは予想外にも色々あったというか…」

 

「まあ、まさか全国制覇するとは思いませんでしたよ」

 

「私もよ、これから暫くは青春を悠々自適と楽しめるわ」

 

「僕は受験があるので、全然解放されませんが」

 

「あら、それは大変ね」

 

「もうほとんど決まっている人は楽でいいですね」

 

どうやら生徒会としての活動も間もなく終了するとのこと。

こうして二人きりで仕事するのも後わずか、ちょっぴりセンチメンタルな気分になる二人。

 

「じゃ、帰りますね、お疲れさまです」

 

「おつかれー!また明日!」

 

そして部屋を去る副会長

そんな姿を会長は見送り、そして――

 

 

「………」

 

 

「………あぅあぅあぅ」

 

 

 

「私のバカーー!!!」

 

「今日こそは、今日こそは告白するって決めてたじゃないのよーー!!!」

 

 

 

 

一人の乙女の悲鳴が木霊する!

そんな彼女は、あの副会長に恋をしていた!

そして、どこぞのピンクとは違い、その恋心を認めていた!

 

「彼女いるのーって聞いて、そして私はどう…?って詰め寄ってって流れだったのに」

 

「なによあれ!!なんでそこで憎まれ口叩くのよ!!ばかばかばかばか!!」

 

だがしかし彼女は生まれつきの悪待ち少女!

正直な恋心を言おうとすると、なぜだか出てくる憎まれ口。

 

彼とはなんやかんや一年生からの付き合いで、一緒に生徒会に入り、部室で一人暇してた時に呼び出して一人遊びの相手をさせたり

そうこうしていると、徐々に気になってきて、頼りあるとは言えないが、あの包容力がとても心地よくて、そこで漸く恋心に気がつき

 

そしていざ告白しようと、一回、二回、数回、十数回、数十回!!

そのいずれも、告白の言葉を紡ぐことすら出来ず!!

生徒会の時期も終わり、タイムリミットはあと僅か!!

 

そうしてジタバタ地団駄を踏んでいると、どこからか聞こえるノック音

すぐさま体勢を立て直すと聞こえてくるは

 

「あ、あのー、部長……じゃなくて、竹井先輩ですよね?」

 

「声が聞こえたんですが、どうかしました?」

 

後輩――須賀京太郎の声。

今年の春、最初に入った新入部員であり、五人目として我らが魔王を連れて来た救世主である。

このメンタルが限界に近い状態で、そんな救世主の声が聞こえ、竹井久の出した結論は――

 

(そうよ、須賀君ならなんとかしてくれるわ)

 

「ちょうどよかったわ、ちょっと入ってきてー」

 

「え?じゃあ、おじゃましまーす…」

 

脳死。

何の根拠もなく、なんとかしてくれると考え、彼を中へと招き入れる。

 

「何か力仕事でもしてたんですか?」

 

「いえ、それはもう終わったからいいの」

 

「それよりも聞いてほしいのは別の件よ」

 

「別の件?」

 

とりあえず悲鳴の件をサラッと流すために嘘をつき、そしてすぐさま本題へ

 

「その、友達がね」

 

友達の話!

これが枕詞に入るときは十中八九本人の話である!恋バナであれば尚更!

 

「好きな人に告白したいけど、上手くいかなくて困ってるのよ」

 

「え?普通に告白するんじゃダメなんですか?」

 

「それがね、彼を目の前にすると竦んで、話題を変えちゃうらしくて…」

 

「あー、なるほど……」

 

そしてシレっと話し始めるのは、自分の現状。

話せば話すほど、私なにしてんだろ…と気分が落ち込んでいく。

しかし、目の前にいるのは救世主。彼に頼めば、五人目だろうと雀卓だろうとお手の物。

彼女の中では、いるかいないか分からない神よりも信頼できる存在である!

 

「でも、俺の意見って役に立ちますかね?」

 

「まあ、別の視点の考えって重要じゃない」

 

「それもそうですねぇ…うーん…」

 

そうして思案するメシア

そんな彼の提案は――

 

「やっぱ逃げ出せちゃうからダメなんじゃ」

 

「え?」

 

「ほら、いざ告白しようと思っても、話題を変えれてしまうから上手くいかないというか」

 

「だったら、もう引けない状態に追い込んでしまえば、もう告白するしかないんじゃァ」

 

「なるほどね」

 

背水の陣!

背後に水、その名の通り一歩も引けない状況に身を置き、決死の覚悟で事に当たることである!

彼の提案はあくまでもガッチガチの真っ向勝負、他人をどうこうではなく、自分を鼓舞することを薦める!

 

「じゃあ、きっちりと呼び出して…って感じかしら?」

 

「いえ、それじゃまだまだですね」

 

「え?」

 

さらに彼は続ける。

 

「もっと追い込まなきゃダメです」

 

「も、もっとぉ!?」

 

「そうですね…衆人環境の中で告白するとか」

 

「しゅ、衆人!?」

 

「周りがそういう雰囲気になれば、逃げることすら出来ないですし…」

 

公開告白!

周りの雰囲気も後押しすることで、成功率はグーンとアップ!まさに数の暴力である!

それに、いざ逃げようにも周りがそれを許さない!ゆえに、告白するしかないのである!

 

流石の竹井久も、いくらメシアの提案といえども、この提案にはたじろぐ。

 

(さ、流石にそんな大事にはしたくないわ)

 

「あの子シャイだし、大事にはしたくないと思うの」

 

「あー、そうなんですか…だったら…」

 

そしてまたまた思案する救世主。

頭を捻って、捻りに捻って出た結論が

 

「…先に動く!」

 

「へ?」

 

「こう…言うより先に行動して、言わざるを得なくすれば…」

 

「えーと…どういうこと?」

 

「そのですね……ほら、壁ドンとかいい例ですよ」

 

「壁ドン?」

 

「ええ」

 

「……女が男に?」

 

「……はい」

 

壁ドン!

いつ頃からか、この言葉はうるさい隣人の壁を叩くことではなく

壁際で手をダァン!と叩きつけ、逃げ場を無くし、相手をドキドキさせる吊り橋効果によって、告白成功率を高める手法を指すようになっていた!

実際にこれを使っている人は見たことないが、創作物ではある意味定番である!

だが、その定番は男が女にする場合であり、逆のパターンは滅多に見ない。

 

「い、いやいや、それは流石にないでしょー」

 

「いやでも、そんぐらい激しくアプローチしないと逃げ場を失えないといいますか」

 

「いやー,例えやったとしても,そんなの引かれちゃう――」

 

思わず反論をする竹井久。

案を欲しがっているはずなのに、否定してしまうのは自信の無さの表れであろう。

だが

 

「そうでもないけどなァ」

 

「え…えぇ!?」

 

「いや,男側も不安なんですよ、好意持たれてるのかはっきり分からなくて」

「だから逆に,女の子からそこまでアプローチしてきたら」

「ちょっと良いな程度に思っていた女の子でも、全然オッケーになったりするらしいというか」

 

「そ、そうなの?」

 

「案外、男子ってそういうもんですよ」

 

ここで思わぬ情報!

ガツンと一発アプローチするのはリスクが高いと思われていたが

男子高校生の意見によると、そういう女の子もいいよね!という風な認識だそうだ。

 

「特に、ガツガツ来ない男子にはそうするべきだと思いますね」

 

「ガツガツ来ない……」

 

「男でも、相手から来るのを待っていたりするので」

 

「待ってる……」

 

「そういうのには、こう、壁際に追い詰めて思い切りダァン!して、私のものになれとでも言えばイチコロですよ!」

 

「イチコロ……」

 

「今の時代、男女平等ですし、思い切っていくのも~~」

 

 

……皆さんお気づきかもしれないが、この男、完全に他人事である。

彼はこれが部長の友達の話だと信じ切り、それゆえに真剣具合は極めて低い!

真面目に考えてはいるものの、思いついたものを片っ端からぶん投げ、あとはノリでどうにかしている!

 

また彼は、普段の竹井久の理知的な様子から『まあ、多少話を盛っても、いい具合に調整してくれるだろう』と予測しているのも相まって

その発言は過激に過激に、面白半分で話を盛っていく!

 

確かに普段の竹井久なら、この話を面白がりながら聞き、誇張表現を抜き、いい具合に調整していただろうが

今は違う。

 

(壁ドン……ありね!)

 

会長、完全にトチ狂う。

彼の狂言を鵜呑みにし、頭の中で組み立てられる告白計画!

 

(まずは壁ドンして…そこで、『私のものになりなさい』って高圧的に命令すれば……!)

 

なぜそれでいけると思ったのか、これが分からない。

 

(これならいける!確実にいけるわ!)

 

竹井久。

実はプレッシャーに弱く、逼迫した場面ではミスをすることもしばしばある。

 

 

 

 

 

 

 

 

~後日~

 

生徒会室を渇いた音が鳴り響く

 

「か、会長…?」

 

追い詰められているのは少年

 

「内木くん……」

 

少女はそんな少年を真っ直ぐ見つめ

一呼吸おき、決心して

 

「私のものになりなさい」

 

「……は、はい」

 

……恋愛とは何が正解かは分からないものである。

 

 

【本日の勝敗】

竹井久の勝利

理由:壁ダァン!!

 




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のどか様は恋路を応援する感想が来たときは喜んでます.

今回は竹井久のちょい前話
彼女の救世主,須賀京太郎伝説はまだまだ続く…?
ちなみに京ちゃんはこの会話を『そういやそんなことあったなー』程度でしか覚えてません


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18 のどか様は走りたい

冬はつとめてというように、空気は澄み渡り、清々しく、冬を実感させられる。

外は鼻がツンとするほど寒いものの、その分外に出るだけで寝ぼけた頭もシャキッと覚醒する。

 

まだ日も昇って間もない頃、一人の少女が散歩する

 

「ふぅ…寒いですね」

 

この物語の主人公、原村和である。

先日は相合傘は出来なかったものの、二人で仲良く帰宅することに成功し、着実に彼との距離を詰めている。

彼女もそれゆえに、更なる策を講じて彼の好感度を稼ごうとしているのだが、そう簡単には思いつかない。

昨日も自分の妄想にキャーキャーしつつも、彼をメロメロにする作戦を考えていたのだが、協力者もいないため、いい案は思いつかず。

これではいけない、折角のいい流れをふいにするのは勿体ない!と思い、今日は気分転換に外でお散歩。

 

(とりあえず、この前の雨の日はいい感じでした)

 

(須賀君が少なくとも好意的に思っていることが分かりましたし)

 

(なにより、二人きりの時間を取ることができ、距離を詰めれたと思います)

 

モコモコと厚着をした体をさらに寄せて暖を取りつつ、前回の振り返りを行っている。

ややポジティブ寄りな振り返りではあるものの、あの日が成功だったのは間違いない。

そこから重要な点を抜き出して――

 

(二人きりの時間…これが肝ですね!)

 

この考えに行き着く!

二人きりの時間……皆さんも仲の良い友達や彼女とは、仲良くなるまでの過程において二人きりで過ごすことが多かったのではないだろうか?

誰にも邪魔されず二人だけでたわいない会話をし、そこでお互いの価値観や背景を交換し合い、理解していく。

そうしてお互いを理解しあった結果、気がねない仲になり、遠慮なく過ごせるようになるわけである。

 

彼女、原村和も実をいうとそういう経験をしたことがある!

その相手とは――宮永咲である。

最初はそりが合わずいがみ合っていたが、帰り道が同じ方向だったこともあり二人きりで会話する時間が長くなり、すぐさま仲が良くなった。

二人きりの時間さえ取れれば、あんな偏屈で変な自称文学少女ともすぐさま仲良くなれたのだ、彼のような根明で優しい少年であればすぐにでも仲良くなれるだろう……などと彼女は考えている。

 

(そうです、咲さんと仲が良いのは同じ帰り道で、よく話す機会があるからです)

 

(須賀君ともあんな風に……あんな風に……)

 

(……どうやって二人きりになりましょうか)

 

だが、肝心の方法が思いつかない!!

たしかに今にでも『暇なので一緒にお出かけしませんか?』などとメールをすれば、すぐさま彼からは了承の返事が来るであろう。

しかし、彼女はあくまでも『告らせたい』、すなわち、自分からアプローチするのは御法度である!!

先日の雨の日も、最終的には須賀京太郎が誘う形まで持って行ったわけであり、決して自分からアプローチをかけたわけではない!と本人は思っている。

 

(出来れば定期的に二人きりになれるような方法がいいですが)

 

(私がエサを吊るす系のやり方は、一回一回の準備が大変ですし――)

 

そうこう案じていると――

 

 

「おっ、和、おはよう!」

 

 

後ろから聞こえる声。

こんな風に気さくに話しかけてくる男性は一人しかいない、そう

 

 

「す、須賀君ですか、おはようございます」

 

 

須賀京太郎である!

突然の登場に口から心臓が飛び出そうになるものの、なんとか可愛い悲鳴を押しとどめ、平静を装いつつ返事する。

 

(ふふふ、また驚かせようとしてきて……まったく須賀君はやんちゃですね)

 

(ですが、今の私はとても調子がいいです)

 

(そんな攻撃には全く動じま――)

 

一つ言っておくが、彼に驚かそうなどという気持ちは全くない。

勝手に勝った気になり、ふふんと余裕を見せつけながら、髪をなびかせ振り向くとそこには

 

「和は散歩中?」

 

顔は赤く、吐く息は白く、いつもとは違い少し余裕ない表情。

長いこと走っていたのだろうか、その額には汗が滲み、ほんのりと湯気も立っている。

耳をすませるとその息遣いが聞こえてきそうで、ちょっとばかり彼の匂いもしてくる。

服装はジャージ姿だが、学校指定のものとは違い、黒を基調としておりピシッと決まっている。

 

(こ,これは……ランニング中ですね!)

 

(この余裕がない感じとか、汗かいてる感じとか……アリです!)

 

そう、彼はランニング中である!

いつもの彼とは一風違った雰囲気であり、抱きついてクンカクンカしてみたいなどと欲望が心の中で奔流する!

 

「ええそうです、早く目が覚めてしまったものでして」

 

「それで、須賀君はランニング中ですか」

 

「ああ、最近体がなまっててな」

 

「火曜と木曜の朝は体動かしたりしてるんだ」

 

「そうなんですか」

 

だが、今日ののどっちはひと味違う!

心の中では

 

 

(あああ、いいですたまりません!!)

(もうちょっと近づいてみたり――)

 

 

などと欲望でまみれているものの

 

 

「どのくらい走っているんですか?」

 

「ああ、俺んち…あーっと、あそこの古本屋から――」

 

 

表面上は繕いきる!

まるで、なんとも思っていませんよとすましつつ、健全にお話を進めることに成功!

 

 

「――っていう感じで、大体30分ぐらい走ってんだ」

 

「健康的でいいですね、私も運動した方がいいかもしれません」

 

「和って運動するイメージ全くないなァ」

 

「む、それは心外ですね」

 

「はははは、じゃ、俺はもうちょい走ってくるわ」

 

「はい、頑張ってください」

 

「おう!じゃあな!」

 

 

そうして走り去っていく彼にてをふりながら、その背中を見送る。

そして一呼吸して

 

(運動している須賀君は最高ですね!)

(汗ばんで上気している感じがとても色っぽくて、ドキドキしてしまいます、それに――)

 

さっきのやり取りを振り返る!

やれ彼が色っぽかっただの、やれいい匂いだっただの、その内容は欲望にまみれているが

この原村和がそれだけで終わると思ったら大間違いである。

 

(……さて、次の作戦の大筋は決まりました)

 

なにやら良案が思いついたようである。

 

 

 

 

~~~後日~~~

 

 

 

(さて、準備はばっちりです!)

 

早朝、彼女にしては珍しく運動着姿で準備体操に勤しみ、軽くぴょんぴょんとはねて意気込んでいる。

手はかじかまないよう両手をすり合わせつつ、数回深呼吸。

 

そう、皆さんおわかりいただけただろうか。

 

(これなら須賀君と――)

 

これは――

 

ストーキング!!

世間一般の意味としては、気になる人の行動パターンを把握して、それを追跡、監視することである!

今回彼女が行うのは先回りストーキング!勿論,彼女に自覚はない!

 

(須賀君のランニングコースはちゃんと聞きましたし)

(そして前回会った場所や走り切る時間から逆算すると――)

 

彼が口伝で教えてくれたランニングコースを地図でおさらい!コースを確認!

そして会った場所と、大体30分で走り切るという情報から、彼のスタート時刻を逆算!

そして自分の足と彼の足の速さの差を考え、少し先回るように走れば、彼が勝手に追いついてくれるという寸法である。

 

(ふふっ、須賀君が後ろから追いついてきて、一緒に走ろうと誘ってきて……完璧です!)

 

イメージトレーニングも完了!

今回の目標は、彼と並走しつつお喋りを楽しむことである!

そんな自分の妄想ににやけつつ、いざランニングスタート!

 

 

(……ランニングなんてと思っていましたが)

 

(楽しみがあるとこうも変わるものなんですね)

 

(風景も代わり映えするので案外楽しいかも……)

 

 

軽く走り始めると、体育の授業でやらされた長距離走とは異なり、思いのほか楽しいと感じ始める。

それもそのはず、グラウンドをぐるぐる回るだけだと景色は常に一定であるが

街中を走ると、知らない道を通ったり、あの家の裏側こうなっているんだと知れたり、新鮮な刺激を得られるのである!

 

そうして軽く走って、目的のルートに到達。

そしてあとはランニングして、彼が来るのを待つだけ――

 

 

なのだが

 

 

「……ぜぇ……ぜぇ」

 

(あ、あれ?まだですか?須賀君はまだですか?)

 

 

運動不足!!

彼女、圧倒的な運動不足である!

一つ言っておくが、彼女は決して貧弱ではない。

胸に大きなものをぶら下げているのにも関わらず、背筋は常にピンと伸び、姿勢は全く乱れない。

そう,小さい頃から大きな乳房が筋肉の発達を促していたのである!

あの重しにより、大胸筋と広背筋は常に刺激され成長し、体勢の維持のため腹直筋と腹横筋もしっかり発達!

腕相撲に関しては中学時代に部内で無双!親友からは『おっぱいパワーはさすがだじぇ!』と称賛された。

 

しかし、心肺機能は別である!!

彼女は有酸素運動といったものに触れる機会が少なく、脈拍が上がることはほとんどない!

ゆえに、ちょっと走っただけで息切れ、それにより疲労して更に呼吸が乱れ……の悪循環に陥る!

まさに悪夢!

 

 

(も、もう、三十分は走ったはず……)

 

 

否。

まだ五分程度しか経っていない。

しかも彼女、彼に会うのが楽しみすぎて、ついつい足が勝手に動いてしまい

完全に限界を超えたペースになってしまった。もはや息も絶え絶え!

だが、ここで速度を緩めるともう走れなくなってしまう自信がある!あとは歩くのみになる!

そうなると――

 

 

『なんだ、和も走ってたのか』

 

『え?五分でギブアップ?』

 

『お可愛い奴め』

 

『じゃ、俺は先に行くわ』

 

 

なんてことになってしまう!と思っている。

それでは、今回の目的である『二人きりの時間』を得られない!

 

 

(……負けません)

 

(絶対に負けません!!)

 

 

足で地を踏み抜き、なんとかして体を前へ、もっと前へ、更に前へ

いつもの謎妄想が功を奏し、負けず嫌いな彼女に火をつける!

呼吸器はほぼ限界を迎えているものの、そこを気合でなんとかし、更に走る、走る!!

 

 

 

そうしてどれだけ経っただろうか

 

 

 

長い時間が経ったころ

 

 

 

後ろから声がする

 

 

 

「お、和もランニングか!」

 

 

 

そう!お目当ての人物、須賀京太郎である!

よくぞ走り続けた原村和よ!

苦しい時間だっただろうが、それももう終わり、あとは彼との会話を……

 

 

会話を……?

 

 

「こひゅー、あっ、ゼェゼェ、す、須賀君」

 

「お、おう……大丈夫か?」

 

「へ、平気……ぜぇぜぇ」

 

「そ、そのー、無茶しすぎは良くないぞ」

 

「いえ……かひゅー……奇遇……」

 

「つ、辛かったら喋らなくてもいいからな」

 

 

 

まともに会話出来るわけがない!!

 

言葉を発するのすら難しい!なんとか単語を置いていくことしかできない!

ほぼほぼ呼吸困難な状態、もはや死にかけ。

そんな尋常じゃない彼女のランニング姿を見て、彼も心配せざるを得ない!

 

 

「いえ……ひゅー……会話……ゴホッゴホッ!」

 

「も、もういい!休め!!!」

 

 

なんとかお喋りしようと言葉を絞り出すも、出てくるのは咳!

まともに口すら動かせなくなり、涎も垂れてしまい、もはや乙女がしていい顔ではない!!

そんな彼女を受け止めつつ静止の言葉をかける京太郎!

 

 

「ま、まだ目標が……ぜぇぜぇ……」

 

「ほ、ほら、家まで送るからさ、一緒にゆっくり歩こう」

 

「す、すみません……ゴホッゴホッ……ありがとうございます……かひゅー……」

 

 

そうして抱き留められつつお家へと連行される原村和。

この状況、大チャンスなのだが、脳に酸素が行きわたっていないため考えることすら出来ず。

 

 

(つ、次こそは……)

 

 

もはや本来の目的すら見失い、せっかくの二人きりの時間を何も出来ずに終えて……。

 

 

「自販機あるけど、スポドリ買おうか?」

 

「ゼェゼェ……お、おねがいします」

 

「ほら、飲めそう?」

 

「す、すみません……こひゅー……て、手が」

 

「じゃあ口開けて、ちょっとずつ流してくから」

 

 

……いや、案外これはこれでいいのかもしれない。

 

 

【本日の勝敗】

原村和の惜敗

理由:自分には打ち克ったが、目標のハードルが高かったため




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そんなことお構いなしにご自由に感想を書いていただけると嬉しいです!

ランニングって辛いですよね
なんど呼吸が死にそうになったやら……


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19 そして原村恵は天を仰いだ

今回も番外編ちっくです





一月も昨日で終わり、現在二月一日。

二月といえば日付が少ながら、バレンタインというカップル御用達イベントがあったり

節分があったり、そして一年間の締めくくりである学期末試験がある!

まさしく勝負のひと月!ここで攻め切れなければ、そのまま逃げられ、去っていく…ということもあり得る。

 

だが、この二月はそれだけではない。

 

そんなイベントなんぞよりも重要なイベントが存在する。

 

それは――

 

(明日は須賀君の誕生日です!!)

 

誕生日!!

須賀京太郎16歳の誕生日である!!

彼はその長身と活発な性格から、てっきり夏生まれかと思われがちだが

なんと生まれた日は2月2日!同級生の中でも年下の方である!

そんな日付を原村和はひと時も忘れることなく、一月に入ってからはまだかまだかと待ちわびていた。

なぜなら

 

(誕生日でしたら、何をしても不思議ではありませんね)

 

免罪符!

誕生日だからどんだけ祝ってもアプローチしても不思議ではない!

彼は主役なのだから、プレゼントを送っても、デレデレして接してもなんらおかしくない!と少女は思っている。

事実、今までこの部活で誕生日が迎えられた際には、各々が誕プレを渡し、いつもよりも接触が増えていた。

そのため、彼の誕生日が来たあかつきには、謎のプライドなどというリミッターを一時的に解除し、思いきり接近しようと考えているのだ!

 

(ふふふ…楽しみです♪)

 

(須賀君は喜んでくれるでしょうか……)

 

 

そして思い返すは明日のための準備の日々――

 

その準備に欠かせなかった人が一人いた――

 

~~~~~~~~~

 

 

彼の名前は原村恵。

職業は弁護士、妻とは別居中であるものの仲は良好。

今は一人娘と暮らしており、その娘とはいざこざがあったものの

結果的には自分が折れる形になり、今現在は仲が修復されている。

そんな彼は痩せてはいるものの、やや老けている風貌を気にしており、

そのため、休日には運動を欠かさず、食事は栄養からきっちりと管理して

健康的な身体づくりを目指し、少しでも若々しさを残そうとしているのだが

 

 

彼は今、そんな計画を――

 

 

「お父さん、これも食べていただけませんか?」

 

 

実の娘にぶち壊されそうになっていた!!

 

 

「……なあ和」

 

「なんでしょうか?」

 

「お父さん、これで今日のケーキ、3ホール目なんだが」

 

「……?そうですが?」

 

「多くないか?」

 

「いえ、お父さんは痩せすぎなのでこのくらい食べませんと――」

 

 

そう、彼の娘の名前は原村和!

須賀京太郎に恋する乙女である!

 

 

「……で、どうでしょうか?」

 

「もぐもぐ……うん、甘い」

 

「スポンジはどうですか?」

 

「フワフワしているし、十分だとは思うが……」

 

そんな一人娘から繰り出されるケーキ、ケーキ、ケーキ!!

なぜか食事ごとに出されるケーキ!!朝ごはんはケーキ!昼もお弁当と一緒にケーキ!夜もデザートにケーキ!

しかも材料費抑制のため、朝と昼のケーキはスポンジとクリームのみ!甘ったるくて仕方ない!!

 

「……うーん、ちょっと時間が経つとすぐに潰れてしまいます」

 

「なあ、なんでこんなにケーキを」

 

「次は焼き時間を――」

 

「……聞いてないか」

 

そんなにケーキを焼いている理由を聞こうにもすぐさま反省会が行われ、その耳には声をも届かず。

抗議を諦めイスから立ち上がり、なんとかして甘ったるいショートケーキを消費するためにコーヒーを用意し始める。

そしてカップが真っ黒に埋め尽くされ、その水面に浮かぶ自分の顔を見つめて

 

 

(太ってないよな)

 

 

心配する!

昔はそれこそ大食いの部類であり、食べても食べても太らず、若い頃は色々と無茶をしていたのだが、年を経るにつれ流石に食べなくなってきた。

しかしここ最近、なぜか食べる量が全盛期に戻りつつあるのである!

その原因は皆さんお分かりの通り、原村和のせいである。

彼女の意志もあり、基本的に料理関連を娘に任せているのであるが

お昼に弁当を二つ分食わされたり、晩飯も尋常じゃない量出てきたり、なぜか頑張り始めているお菓子作りの味見役という名の処理役をやらされたりと

その摂取カロリーは成人男性の必要量の遥か上を行く!!もはやアスリート並みの摂取量!!

運動も何もせずに放っておいたら糖尿病まっしぐらである!

ゆえに

 

 

(もしかして、俺を殺そうとしてるのか…?)

 

 

こういう思考に行き着くのも仕方ない。

 

 

(確かに勝手に進路を決めようとしたり、麻雀にケチつけたりしたが……)

 

(だが、それで殺意を……)

 

(いや、案外しょうもない理由で犯罪に走る輩はこの目で見てきた)

 

(ここは、ゆっくり話し合って理解していくしかないな)

 

 

そして始まる論理的思考。

有り余った糖分のせいでおかしくなってしまったのか、実の娘から殺意有りと判断!

そして和解する方向へと進路を確定!

 

 

「和」

 

「なんですか?今忙しいので後にして欲しいです」

 

 

まずは自分から歩み寄ろうとしたものの、一蹴!

見向きもされずに一蹴されて、取り付く島もなし!

 

 

「ああ、ごめん」

 

「……」

 

 

そして娘はまたケーキを焼き始める。

あれが焼き上がったら、また俺の胃袋に……なんてことを考えるだけで胃酸が逆流し始める!

ケーキを流し込む触媒として活用していたコーヒーのせいもあり、もはや胸焼けは限界!

 

(このままではマズい!)

(俺の健康が損なわれる!!)

 

そんな体調の異常を感じ取り、腹を括って表情でキリリと引き締め、凛とした様子で佇み

 

 

「和、こっち来なさい」

 

「もうちょっと待ってくだ――」

 

「和」

 

「……はい」

 

 

そして父親の威厳というものを久々に発揮!

渋々ながらも娘と対面することに成功!

 

 

「……最近どうしたんだ」

 

「異常な量の弁当や料理、更にはお菓子を作り始めて」

 

「……」

 

「材料費もバカにならないし、お父さんの胃袋も限界だ」

 

「ごめんなさい」

 

「いや、謝罪はいい、それよりも……うぷっ」

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「ちょ、ちょっと待て、今胃薬を……」

 

「……」

 

「……んくんく……ふぅ」

 

「……という風にお父さんの胃袋は限界だ」

 

「次のケーキは私が食べます」

 

「そうしてくれるとありがたい……じゃなくて」

 

「どうしてこんなにケーキを作るんだ」

 

 

訪れる静寂

俯いて黙りこくる一人娘、それを何も言わずに見守る。

 

 

「……と、友達の誕生日なんです」

 

「友達、部活のか」

 

「ええ、それでサプライズということで手作りケーキを」

 

「なるほど」

 

 

そうして訳を聞くと、思ったよりも可愛らしい返答。

別に殺意を抱かれていたわけではなく一安心するも、合理的な考えを口に出してしまう。

 

 

「だが、それなら売ってるケーキでもいいだろう」

 

「これらの材料費、全てを投げ打てばかなり良いケーキが買えるし」

 

「そもそも、いくら短期間で努力しても、職人の長年の経験に勝てるはずが――」

 

 

これが自分の欠点なのだろうなと思いつつも、長年のクセはやすやす止まらず、勝手に口が回っていく。

そうして娘の努力を否定してしまい、また、心の距離が離れていってしまうと思っていたが

 

 

 

 

 

「違います!!」

 

 

 

 

 

「たしかに、美味しさはお店のケーキの方が断然いいです!」

 

「ですが、大切な人のために、自分の手でケーキを作って、それを食べてもらって」

 

「もし、もしそれを美味しいだなんて言って貰えたら」

 

「どれほど嬉しいことでしょう……なんて」

 

「夢を見るのはいけないことですか」

 

「たしかに、傲慢かもしれません、自分勝手かもしれません」

 

「ですが……ですが……」

 

 

 

 

 

怒号が鳴り響く。

そして彼女の心中が、ゆっくりと、尻すぼみではあるが、吐露されていく。

こんな娘の姿を見たのは初めてかもしれない。面と向かって、感情的になって、声を荒げる姿なんて。

そして、誰かのためを一心に思い、そんな理想に思いをはせる姿なんて――

 

――そう言えば、自分も昔はそんな時期があった。不器用ながらも頑張ったあの時はそうだった。

 

 

 

「……分かった」

 

「…え?」

 

「ケーキでもなんでも持って来なさい、全部食べてやる」

 

「で、ですがお父さん、胃が……」

 

「胃はなんとでもなる、あとは糖分だけだな……しばらく白飯は抜きにしてくれ」

 

「……わかりました、ありがとうございます」

 

「……その代わりにだな」

 

 

「今度、その友達のお話をしっかり聞かせてくれ」

 

 

「……」

 

「……返事は?」

 

「……べ、別にそういう関係では」

 

「返事」

 

「……はい」

 

 

そうして俯く娘を確認し、背もたれに寄りかかり天を仰ぐ。

一つはこれからの食生活等の健康面を憂い、もう一つは……

 

 

(俺にそっくりだ)

 

 

恋愛事に関しては父に似てしまった娘の恋路を憂う。

そしてため息を一つ。

相手が積極的であることを願うばかり。

 

 

 

 

そして二月はやってくる。

 




いつも感想や評価等ありがとうございます!!
とても喜んでいます!

今回はのどか様のお父さんのお話でした.
あの夫婦はなんかハチャメチャな恋愛してそうというか,なんというか


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20 のどか様は髪を結う

本日、2月1日は金曜日である!

そして明日、2月2日――須賀京太郎の誕生日は土曜日である!

 

(幸運ですね……!)

 

 

そして部活は昼から夕方にかけて行われるため

プレゼントやサプライズの準備をするのには好都合!

 

(まずは明日のスケジュールについておさらいしましょう)

 

メモ帳を開くとそこには事細かにスケジュールが記載されており

ケーキも分量から焼き時間、調理におけるポイント等もしっかり載せてある。

こんなもの見なくても大丈夫であるが、念には念を入れるのがのどか様である。

 

(明日の部活は1時からですので)

(家を出るのは早めにして、11時半)

(ケーキはなるべく作り立ての方が美味しいですから~~)

 

そしてスケジュールのおさらいと訂正箇所がないかチェック!

 

(ここは少し無理がありますね)

(ここはお父さんが台所を使いそうなので~~)

 

思いも寄らぬアクシデントが起き、ケーキを用意できずに部活を迎えることがないよう

失敗した際の予定や、リカバリー方法も用意済み!

まさに万全である!

 

(まあ、これでしたら大丈夫そうですね)

 

振り返りを終え、メモ帳をパタンと閉じて、椅子にもたれてほっと一息。

 

 

 

 

(あとは――)

 

 

 

 

 

『おおっ!?これ、和が作ってくれたのか!?』

 

『ええ、ちょうどお菓子作りにハマっていまして』

『いい機会ですし、挑戦してみようかなと』

 

『うめぇ!毎日食べたいぐらいだ!付き合ってくれ!』

 

『ふふっ、仕方ないですね……いいですよ』

 

 

 

 

 

(――と言った風に告白されるのを待つだけ!)

 

 

 

 

 

などと色々と突飛な妄想に耽り始める!

なぜケーキでそれがいけると思ったのか、そして告白されると思ったのか。

その思考回路は脳内ピンクにしか理解できず。

そうしてイメージをしていると

 

 

(量は足りるでしょうか、他の皆さんも食べるでしょうし)

(飲み物も必要ですね、紅茶はこの前のが残っていたはず)

(あっ、ケーキに名前を入れてもいいかもしれません)

(パイピングの練習をしてみましょうか、上手くできたら本番にも導入して――)

 

 

湧いて出てくるアイデアの数々。

その奔流は止まることを知らず、そのまま彼女を突き動かし、余りある材料を使って練習を開始する。

その練習中にも

 

 

(ケーキだけプレゼントというのも味気ないかもしれません)

(最近、須賀君は麻雀頑張っていますし、私の使った教本を――)

(ランニング関連のモノを見繕うのもありですね)

(スケジュールを前に詰めたら買い物する時間も――)

 

 

溢れ出る思考

研ぎ澄まされる感性

それでいてパイピングの手は一切乱れず

 

 

(ぬいぐるみというのもアリですね)

(私が使ってたものを渡して、須賀君がそれを抱きしめるというのも――)

(あっ、自動雀卓もいいです)

(でも、須賀君のお部屋に置くスペースがあるのでしょうか)

 

 

その思考は彼を一心に思うが故に――

 

 

(いえ、肩たたき券みたいなのもいけるかもしれません)

(須賀君がチラチラ見ているコレを――)

 

 

故に――

 

 

(いえ、いっそリボンを体に巻いて――)

 

 

故に暴走する!!

 

 

彼を思う一心のはずだった思考に、いつからか欲望も混じり始め

その方向は私利私欲の方面へ、そしてR-18な方面へと移行する!

このままでは『プレゼントはわ・た・し』をやりかねない!

 

そしてその思考は醒めないまま

 

 

(……あっ、もう11時です、片付けて寝ませんと)

 

 

就寝の時刻がやってくる。

そしてのどっちモードと化している彼女は、半自動的にベッドにイン!

再起動されず、理性が崩壊した状態でスリープモードに移行したため

のどっちモードのまま誕生日を迎えてしまう!

理性は終身モード!

 

 

 

 

――そして、運命の日はついに来た!

 

 

 

 

 

けたたましく鳴り響く目覚ましの音と共に朝6時に起床!

身だしなみを軽く整え、パパっと朝食を用意、そのまま父を起こし早めに準備するよう促す。

そして濃い目のコーヒーを用意して、カフェインの効果で集中力をガンガン上げる!!

7時半には父を見送り、そのままケーキ作りに移行。

慣れた手つきで作業を進め、オープンでスポンジを焼き、クリームを作り、イチゴをカット。

そして機械のように恐ろしい程丁寧かつ素早い手つきで組み立て、あっという間に完成!

それだけでは終わらず、昨日練習したパイピングを開始!

数回の試行錯誤の末に、『Happy Birthday 京太郎くん!』と華麗なパイピングを作成!

もはやお店で売ってる品と大差ないレベルである。

 

そして後片付けを行い、時計を確認すると現在10時半。

 

 

(プレゼントを見繕う時間は……やめておきましょう)

(となると、ぬいぐるみと教本を……あれとあれが良さそうですね)

(雀卓は……うーん……)

(とりあえず、通販で頼んでおきまして)

(後日渡す感じで…、今日は引換券的なものを渡しておきましょう)

 

 

スケジュールの微調整を行い、これからやるべき行動を把握!

そして自分の部屋に赴き、パパっと荷物とプレゼントを用意!

ケーキも予め用意しておいた箱に綺麗に詰める!

焦りもせず、油断もせず、予め組み込んでおいたプログラム通りに行動する!

 

 

(時間も少しありますし、雀卓を買っておきましょう)

 

 

時間が微妙に余ったため、パソコンを起動。

通販サイトから雀卓を見繕い、素早くスクロール!

あっという間に目星を付け

 

 

(ふむ……)

 

(安くて点棒表示あり、それで点棒ケース無し……完全にデジタルですか)

 

(これを頼んでみましょう)

 

 

約十万の買い物をなんの躊躇いもなくワンクリックで済ませる!

大人ですら少しぐらいはためらう大きな買い物である。

だが!彼女の膨大な愛の前には些細なものである!

 

 

そうしてパソコンを閉じようとするときに、目に入るのはネットニュースの一文。

 

 

(2月2日はツインテールの日……)

 

 

くだらない記念日

だが、彼女にとっては少しばかり縁がある――

 

 

彼女、前は両側を結んだツインテールが主な髪型であった。

そう、部活に入った当初もあの髪型だった。

 

 

そしてこの文面、思い出すあの頃――

 

 

 

 

 

『えーと、原村和さんって言うの?』

 

『えぇっ!?インターミドルで優勝したの!!?』

 

『すげー!え、メチャクチャすごいじゃん!!』

 

『かわいくて麻雀強くて……え、頭もいいの!?』

 

『完全無欠っていうか、才色兼備っていうか、完璧美少女ってまさにこのことかァ…すごいなァ』

 

『あっ、ごめんごめん、俺は須賀京太郎って言うんだ』

 

『麻雀は初心者だけど、これから頑張っていくから、よろしくな!』

 

 

 

 

 

顔を赤らめつつハイテンションで話す背の高い男性

ガタイも良くて、髪も金髪でいかにもな感じだったため、ちょっと怖いというのが第一印象だった。

でも、隣の親友からの紹介を聞き、本心から褒めてくる彼を見て

そんな警戒心はすぐに解け、仲良くなれそうだと感じた。

 

 

 

 

そんな彼が初めて褒めてくれた姿――

 

 

 

 

ほぼ無意識に髪を結っていた

 

 

 

 

鏡を見ると、少しだけ幼く、子供っぽくなった気がして

照れ臭くなってきて、外そうかと思ってしまったけど

 

 

 

 

それでも、彼が

 

 

 

『ツインテールっていいですよねェ、あどけない感じがとてもかわいい……あっ』

 

 

 

そんな変化に気づいてくれて

 

 

 

『いや、違うんだ、これは部長が』

 

 

 

あの時みたいに、ツインテールを

 

 

 

『染谷先輩!?俺はロリコンじゃないですからね!?』

『確かに、あどけなくてかわいいって言いましたが!』

『どちらかと言えばお淑やかで豊満な方が……あっ』

 

 

 

かわいい、って言ってくれたら

 

 

 

『の、和、これは違うんです』

『違う、違うから!話を聞いて!』

 

 

 

どれだけ嬉しいだろうか

 

 

 

そう思うと、外そうとする手が止まる。

久々のツインテール、本日はツインテールの日、ただあやかっただけである。

そう自分に言い聞かせ、聞かれたときの言い訳も脳内でシミュレーションし、鏡の前で一呼吸。

 

 

 

(そろそろ時間ですね)

 

 

 

時計を確認、荷物も確認、ケーキも確認。

そして誰もいない家を後にし、たくさんの荷物を持ちながら悠々と道を歩いて行く。

 

 

そして、新たに結んだ髪を撫でる。

 

 

(今日は須賀君の誕生日です)

 

 

本日は2月2日、彼女の想い人――須賀京太郎の誕生日である。

 

 

 

続く




いつも感想等ありがとうございます!!
これからも引き続き読んで頂けたら嬉しいです!

今回は少し回想ありのお話
京ちゃんは無意識的に褒めまくりそう


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21 のどか様は渡したい

清澄高校麻雀部

本日は13時からの練習であるが、その一時間前には少女が一人。

 

(よし!準備は出来ました!)

 

プレゼントの梱包を確認。

ケーキも中身を確認した後、涼しいところに避難させる。

そして手鏡で髪型も確認!

 

(少し時間が余ってしまいましたね)

 

何度確認を行っても余りある時間。

そんな時間を

 

(まだですかね……?)

(須賀君は少し早めに来るので、あとちょっとでしょうか)

 

椅子にちょこんと座り、髪をくるくると弄って待ちぼうけ。

そうしていると聞こえてくる足音。廊下を響かせる一人の足音。

 

これは――

 

ハッとして現状確認、髪型よし!プレゼントよし!セリフよし!

あとは適当な教本を開いて、何食わぬ顔で待つのみ!

 

そうして体勢を整えたところで、ドアの開く音。

その方向には

 

「こんちわー」

 

本日の主役!須賀京太郎である!

 

「須賀君、こんにちは」

 

「おっ、和早いな」

 

「ええ、少し暇をしていまして」

 

まずは様子見。

教本を読みつつ髪をくるくると弄り、さりげなーくアピールする!

流石の須賀京太郎もこれには

 

「…おや?髪型戻した?」

 

話を振らざるを得ない!

いくら鈍感といえども釣り針に食いついたら陸の上の魚

あとは原村和の独壇場!

 

「ええ、今日はツインテールの日らしいので」

 

「へぇー、そうなんだ」

 

こうやって適当に相槌を打ってくるのは既に計算済み。

そこで攻め手を緩めず、彼からの返答を引きずり出す!

 

「どうでしょうか?」

 

「へ?」

 

「似合ってますか?」

 

「え、そりゃあ、昔の髪型だし似合って……」

 

「……」

 

 

無言の圧力!

瞳孔は開ききっており、『違う』と暗に伝えてくる!

そんな迫力に気圧された彼には選択肢は残されておらず

ゆえに感想を言わざるを得ない!

その結果

 

 

「……あ、あー、そのぉ」

 

 

 

 

 

「すげぇかわいい」

 

 

 

 

 

「……」

 

「……い、今の無し!」

 

「無しってなんですか!?」

 

「だ、だめだめだめ!!ホントごめん!!頭おかしくなってた!!」

 

「おかしくなってませんよ!!」

 

 

大爆発!!

彼は嘘をつくのが苦手な少年であり、ゆえに咄嗟に答える際には正直な感想が飛び出てしまう!

今回のこの言葉、本人も言うつもりの無かった本心であり、その言葉が原村和にダイレクトアタック!!

いきなり飛んできた剛速球を避けることも出来ずに直撃!!

そしてお互い混乱し始める!

 

「いや、違うんだ、つい思ってたことが口から」

 

「つまり、かわいいって思っていたんですか!?」

 

「違くないけど違う!それは無し!ノーカンノーカン!!」

 

もはや誕生日など頭の片隅に追いやられているが

これは好都合!須賀京太郎が失言したため、このままグイグイと問い詰めれば、うまいこと行きそうである。

 

だが

 

「おーっす!」

「こんにちはー」

 

そこに入り込む二人の邪魔者

そして

 

「おい京太郎!誕生日おめでとうだじぇ!」

 

「あっ、京ちゃんおめでとー!」

 

話題を誕生日へとシフトさせてくる。

せっかくの好機を潰され、不機嫌になるのかと思いきや、意外にも冷静。

 

(むむむ、いい所でしたが仕方ありません)

(ここは変に逆らわず、誕生日をお祝いする方向へ)

 

普段であればヒートアップして、有無を言わせず問い詰めていたであろう。

そしてそこで流れに置いてかれ、そこの魔王に邪魔されて……というのがいつもの流れであったが

本日の彼女はのどっちモード!理性や羞恥心が蒸発している代わりに、処理能力はいつもの数倍!

現に今もこんな思考をしつつ

 

(須賀君おかわわわわわわわわわ!!!)

(顔を赤らめて照れくさそうにしている姿……さいこうですね)

 

 

(かわいいって、かわいいって言ってくれました!!)

(しかも『すげぇかわいい』って!!やりました!!完全勝利です!!)

 

 

(先にどれを渡しましょうか)

(ケーキは皆さんが揃ってからにして……ぱっと見が良いのはぬいぐるみですね)

 

 

(プレゼントは私ですね)

 

 

(けっこんしましょう)

(そうしましょう)

 

 

他にも多数のCPUが稼働!

いくつもの思考を同時並行で行っているのである!

……その大半が機能不全に陥っているが、それはさておき

 

「そうでした、須賀君、お誕生日おめでとうございます」

 

「みんな……!ありがとう!」

 

まずは誕生日の流れに乗る。

そして冷静に様子見

 

(私のプレゼントはぬいぐるみ、ケーキ、雀卓)

(インパクトには十分です!焦る必要はありません!)

(ですので、一番最後にするのがベスト――)

 

そして最適計算を開始!演算した結果、順番はラストがベスト!

 

「じゃ、京ちゃんこれあげる」

 

「ん……ってまた小説かァ」

 

「今回のも面白いよ!」

 

「ま、じゃあ、ありがたく読ませてもらうよ」

 

目の前では自称幼馴染と彼との慣れたやり取りが行われているが

のどっちモードと化した彼女からすれば

 

(は?咲さんは何回も須賀君の誕生日を楽しんでいるのですか、そうですか)

(ふふっ、いつも通りすぎて彼も呆れていますね)

(咲さんの小説、ネットでも評判のやつですね、私も読んでみましょうか)

(私のプレゼントとは被っていませんね、予定に変更はなしと)

 

この通り……?

いくつかは憎悪に汚染されているものの、なんとか冷静な対処に成功?

そして次は親友の番であるが

 

(ま、ゆーきは大丈夫……)

 

その彼女、何を思ったのか

 

「ちょっと待つんだじぇ!」

 

どこからかリボンを取りだし

 

「ん?」

 

体にくるくると巻き付け

 

(え?)

 

そして彼の前にずずいと寄って

後ろ手で上目遣いで見つめつつ、もったいぶらせつつ

 

「ゆ、優希?なにを……」

 

「プレゼントは……」

 

 

 

 

 

「た・わ・し♪」

 

 

 

 

「……たわし?」

 

「……てへ♪」

 

 

 

「今までのタコス代をいい加減返しやがれー!!」

 

「ぐわあああああ!!」

 

たわしを取り出す!

皆さんも一度は思いついたこのギャグ、それを見事にやってのけた片岡優希!

その代償として彼からグリグリの刑を食らっているが、タコス代を考えると当然の報いである。

 

(危ないところでした、親友に手をかけるところでした)

(わたしは被ってしまいました)

(ゆーき、あとちょっと近づいいたら……)

 

そして原村コンピュータにも大ダメージが入っているが……

ここでいつの間にか

 

「京太郎、そこまでにしとけ」

 

染谷まこがスッと話に入り込む!

実はたわし騒動中に部室に入っていたのだが……

その時の光景――原村和の眼光により一瞬フリーズしていたのである。

 

「あっ、染谷部長こんにちは」

 

「ううぅ~」

 

「誕生日おめでと、これはわしと優希からのプレゼントじゃ」

 

そしてスッと渡される大きめな包み

それと共にサラッと明かされる事実

 

「え?優希も?」

 

「プレゼント自体は優希の提案で、わしは費用の補助って感じじゃな」

 

「えー、なにかなー…ってフライパン?」

 

「前に鉄のフライパンってカッコいいよなとか言ってたから、それで買ったんだじぇ!」

 

「安いのじゃなくて、長く使えるように高いの選んだからの」

「そのタワシ使って手入れしたら、ま、十年は持つかもしれんけぇ」

 

「おー…凄い意外…」

 

「…微妙だったか?」

 

「いや、めっちゃ嬉しい!ありがとう!」

「というかこれ、高かったんじゃないか?五千円超えそうな――」

 

思いも寄らぬ展開になり、彼もこれ以上になく喜んでいるものの

原村和は焦らない!

なぜなら

 

(私はプレゼントが三つもあります)

(やろうと思えば四つに増やすこともできます!)

 

絶対の自信!

あの二人がどれだけいいフライパンを買おうが、咲さんがどれだけの名作を渡そうが

ぬいぐるみ、渾身のケーキ、そして雀卓には勝てるわけがない!

 

(そうです、この三つを渡せば成功は間違いありません)

(手間も、お金も、気持ちも、全てにおいて全力を……)

 

そう、これだけ想いも物資も資金も詰め込んだのだから

 

(全力を……?)

 

 

失敗なんてしない

 

 

『というかこれ、高かったんじゃないか?五千円超えそうな――』

 

 

はず……?

 

 

(五千円で高い……?)

 

 

否!!

プレゼントの重さには限度がある!!

今回の原村和のプレゼント、ケーキは材料費だけだとしても,余裕で合計11万は超えている!!

お友達の誕生日に渡す額としては高いというものではない!

大学生のカップルでもそんな額渡す人間は少ない!というか社会人でもほぼいない!!

 

まず、雀卓を渡したとしよう

 

『えっ、じゃ、雀卓?』

 

『ちょ、ちょっと待って、心の準備が……』

 

『え?どゆこと?』

 

間違いなくこうなる。

本日の主役は錯乱状態!周りの皆も混乱し部室内は阿鼻叫喚!

彼女の愛情の重さが露呈し、どうにかするために女性陣だけの緊急集会が開始される!

 

そもそも、いくら誕生日といえどもプレゼントに手作りケーキ、ぬいぐるみ、雀卓なんて渡そうものなら

好意があるのはほぼ間違いなく露呈する!というかこれで恋愛感情なかったら、それはそれで恐ろしい!

 

そんなことに今更気が付いた原村和!

 

(!!?)

(わ、私はなにをしようと!?)

 

しかし時間はない!

ここで渡さなければ、渡すことが出来ずにズルズルと引きずり、そのまま今日が終わってしまう。

それだけは、それだけは好意が露呈することよりも避けたい!!

 

(まずはぬいぐるみを!)

 

大きな袋に入ったぬいぐるみを鷲掴み、そのまま彼に近寄って

 

「須賀君、これは私からのプレゼントです」

 

「おっ、ってデカいな!」

 

「開けてみてください」

 

「……サメ?」

 

「ええ、サメです」

 

「なんでサメ?」

 

「……?カッコいいですよね?」

 

「えっ……これは可愛いんじゃないか?」

 

「私が持っている中では一番須賀君に似合いそうかと」

 

「えっ、あ、ありがとう」

 

「?」

 

思ったよりも反応が不思議な感じだったものの、ドン引きされる事態は免れほっと一息。

そしてお次を考えるが

 

(あっ、教本を用意していましたが……)

 

教本はインパクトに欠けるし、雀卓は渡せるわけがない!

すると残るはケーキであり

 

「……とりあえず、サメはしまっとくか」

 

「えー、のどちゃんみたいに抱いて打たないのか?」

「京ちゃんも強くなれるかも」

 

「い、いやいや、そんなことしない」

 

「なんじゃ、つまらんのぅ」

 

 

もはや誰も動かない!

あとはサプライズとしてケーキを見せたら

 

 

この手の込んだケーキを披露すれば

 

 

(……ケーキ)

 

 

ふとケーキについて思い出し、素早く隠密に行動して

窓際にひっそりと置いてあったケーキの箱を開けて中身を確認!

中身はもちろん完璧、別に形も崩れていない……が

 

 

(これ、手が込みすぎてません?)

 

 

そんな事実に気がつく!!

彼女の作ったショートケーキ、普通ではない。

まず段数、スポンジが三層になっており、イチゴはそれぞれの間に一層!

そして上にはイチゴがたくさん乗ってあり、真ん中にはホワイトチョコに『Happy Birthday 京太郎くん!』とパイピング!

側面にはお店のケーキのように溝をいくつも書き込み、きれいな縞模様になっている!

 

もはや手作りの範疇を超えている!

 

(こ、こんなものを渡したら……)

 

『おー、すごく手が凝ってるな』

 

『そんなに俺の誕生日を祝いたかったのか』

 

『お可愛いやつめ』

 

『和ちゃん……京ちゃんとお幸せに!』

 

『あらあら~、和もやるじゃないの!で、式はいつにするの?』

 

原村コンピュータのシミュレーションにより脳裏に浮かぶ景色。

好意を見抜かれ指摘してくる京太郎、ニコニコしながら祝福する宮永咲

そしてニヤニヤしながら煽ってくる竹井久!現在はいないのになぜか入り込む竹井久!

 

(これはいけません!)

(そ、そんな、まるで私が須賀君のことが大好きって言ってるようなものじゃないですか!)

 

復活してくる理性。

客観的に場面を見ることが出来るようになり、本能に従った行動にストップをかける。

そして対案を考え

 

(そうです、完成度を逆手に取りましょう)

(お店で買ったと言い張れば、通るはずです!)

 

一瞬にして思いつくのは、お店で買った作戦!

どれだけ完成度が高かろうと、お店で買ったと言い張れば、その愛情の重さは垣間見えない!

これなら告白認定される危険性も回避できる

 

 

(別に私の手作りと言わなくても)

(須賀君にとってはケーキはケーキですし)

(そこに何の違いも――)

 

 

 

 

『すげぇかわいい』

 

 

 

 

先ほどの言葉。

理性をかなぐり捨てて、彼に詰め寄った結果、得たあの言葉。

あの言葉を聞いた時、心の底から、嬉しさがこみあげてきて

あんな想いが出来るのなら、また体験出来るのなら――

 

 

ツインテールが腕にそっと触れる。

 

 

何回も

 

『…かたいです』

 

失敗して

 

『…ああっ!?』

 

試行錯誤を繰り返し

 

『分量はこっちのほうが……』

 

何度も練習し

 

『俺はもう限界、しぬ』

『わ、私もお腹が……』

 

彼が喜んでくれると思い

 

『……うん、イチゴを取り寄せた甲斐がありました』

 

工夫を凝らした

 

『京……太……郎……く…ん…!…っと、出来ました!』

 

このケーキを

 

『そーっと……慎重に……よし!』

 

 

 

 

 

 

褒めてほしい/喜んでほしい

 

 

 

 

 

 

 

「須賀君」

 

「ん?なんだ?」

 

振り返る彼

そんな彼を目の前にすると、どうしようもなく緊張してしまい、逃げ出したくなるが

 

 

「これ……頑張って作りました」

 

「え?」

 

 

震える声をなんとか抑え込み――

 

 

「開けてみてください」

 

 

真っ白い箱を彼に手渡す。

 

 

「お、おう……ってケーキだ!!」

 

 

「え?……ホントだじぇ!!?」

 

「す、すごい……お店で売ってるのより凄いかも……」

 

「な、なんじゃこりゃぁ……一日そこらで作れるもんじゃないけぇ」

 

 

いろんな所から感嘆の声が聞こえてくる。

それだけでも喜ばしい、どうしようもなく血が通っていくのが分かる。

 

 

「せっかくですし、頑張って作ってみました」

「皆で食べましょう」

 

 

ケーキを切り分ける。

スッと入るナイフ、クリームもいい具合に保っており、スポンジもフワフワのままである。

皿に一つずつ乗せていき、そして六個目の皿には、少し大きめのピースを乗せ

その上にメッセージの書かれたホワイトチョコを乗せ

 

 

「誕生日おめでとうございます、京太郎くん♪」

 

 

彼に手渡し。

 

 

「……ありがとう」

 

「なーに照れてんだじぇ!」

 

「うっせ!」

 

「うーん、このスポンジふわふわ……」

「イチゴも酸味が効いてて……さいこうだよぉ……」

 

「……うまい!こりゃ凄い!!」

 

「須賀君、美味しいですか?」

 

「……うん、めちゃくちゃ美味しい、毎日食べたいぐらい」

 

「ふふっ……ありがとうございます♪」

 

「のどちゃん流石だじぇー!うまーい!」

 

「やっほー!須賀君誕生日おめでとー…ってケーキあるじゃない!私のは……」

 

「はい、竹井先輩もどうぞ♪」

 

「えっ、やけに機嫌いいわね…もぐもぐ…おいしい!」

 

 

今日は須賀京太郎の誕生日。

原村和――彼女のお陰で、この日は忘れられないものになりそうである。

 

 

 

 

【本日の勝敗】

 敗者無し

理由:ケーキがとても美味しかったため




いつもお気に入り登録や評価等ありがとうございます!
のどか様も恋路を応援するコメントが増えてとても喜んでいます!
これからものどか様を弄ってあげてください!

今回は素直になったのどか様.
初めからやれ


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22 須賀京太郎は眠れない

長野県にある一軒家

二階建て、庭付き、プール付き、カピバラ付き、もはや豪邸といっても差し支えない。

そんな家の二階にて、自分の部屋に籠ってベッドに胡坐をかき、目の前のサメとにらめっこしているのは

 

「……あー」

 

須賀京太郎、本日16歳の誕生日である。

先ほど、親からも軽いお祝いをされて、本日二個目のケーキを摂取し、ここにいる。

 

だが、思い返すのはそれよりも前のこと

部活にて皆からプレゼントを貰い、更にはケーキも用意され、皆で過ごした楽しい時間。

その後の部活の内容は悲惨だったものの、そんなことは頭の片隅に置いて

 

とあることを考察していた。

 

(このサメのぬいぐるみだけじゃなくて)

 

(手作りのケーキも用意してたし――)

 

 

そう、彼は

 

 

(これ、もしかして)

 

(和って)

 

(脈あり?)

 

 

原村和のことで頭がいっぱいである!!

 

(待て、落ち着け!冷静になれ!)

 

(ツインテールにしてたのは、ただそういう記念日にあやかっただけ!)

(プレゼントもぬいぐるみとケーキ、和ってお嬢さまっぽいし別にふつー……)

 

何度も考え直し、いやそんなうまい話があるわけ……と考えるが

 

(……ふつーなわけねぇだろ!!)

 

(なんだあのケーキ!?)

 

そんな思考はケーキによって一瞬にして破壊される!

まさにロジカルデストロイヤー

 

(この時期にイチゴをあんなに用意するだけでも大変なのに)

 

(スポンジやクリームもあの完成度で……)

 

(飾り付けもヤバかったよな……)

 

(なにあれ、お店で売ってる一番高いやつじゃん)

 

(それに、誕生日プレートすら作ってあったし)

 

どう考えても俺の意識しすぎ、はいはい自意識過剰乙で済まそうにも

あのケーキがそうはさせんぞと回り込んでくる!!

 

「……あああぁぁぁ……」

 

そうしてうめき声を上げつつポスンと枕に顔をうずめる。

そして目の前にあるサメに視線を移し

 

(これも……)

 

思い返すはあのやり取り

 

『私が持っている中では一番須賀君に似合いそうかと』

 

このセリフ

一見、何の変哲もないように思えるが

 

『私が持ってる中では』

 

これ!

これが問題である!

 

(つまり、このサメのぬいぐるみって……)

 

(和が使ってたやつ?)

 

そう!あの言い方、口調、話の流れ、どれを汲み取っても彼女が持っているものからサメが選ばれたことになる!

つまり、このサメはあの原村和が使っていた、なんなら抱きしめていた可能性もあるのである!!

 

(そうなるよな……)

 

そのつぶらな瞳のサメをジッと見つめ、そう思案する。

そして思い浮かべるのは、あのペンギンのぬいぐるみ――胸に押し潰されてむぎゅむぎゅと変形していたあのペンギン

もしかしたら、このサメも――

 

(……いやいや、何考えてるんだ俺は!)

 

なんて邪な考えを何とか振り払おうとする京太郎!

だが男のサガというのは逆らえないものであり、一つの考えに行き着く!

 

(……まずは確認するのが重要だよな)

 

(も、もし和が頻繁に使ってたのなら、匂いが……)

 

これは果たして彼女のお古なのかどうなのかを確認するために、匂いを嗅いで判断しようとする!

傍から見ては立派な変態行為!だが今は誰も見ていないし、事情を知らなければぬいぐるみを顔に押しつけてるだけである!

 

男、京太郎、ここで深呼吸し

いざ、確認せんとそのサメのぬいぐるみを顔に――

 

(あっ、これめっちゃいい匂いする!)

 

する前に気がついてしまう!そして反射的に顔を背ける!

サメが彼女の使用物と分かってしまったため、確認などという大義名分を失われ

このままサメを吸ってしまえば、ただ邪な思いを抱いた変態になってしまう!

それは彼の理性がなんとか押しとどめた!

 

(あー、これ完全に使われてたわー)

(めちゃくちゃいい匂いするー!)

 

(なんでこんなモノくれたんだ和ぁ!?)

 

(あー!ああああー!!)

 

だが悶々としてしまうのは避けられない!

そのサメを抱きしめるわけにもいかず、かと言って封印するのは勿体ない。

そうしてまた始まるにらめっこ!脳内では理性と欲望がせめぎ合う!

 

また、それだけではない

 

(それに……言動も……)

 

『どうでしょうか?』

 

(ま、まさか……あれも俺にかわいいと言われたくて――)

 

執拗にツインテールの感想を求めてきた。

あの行動も、もしかして俺に――

 

(いや、それはないな)

(流石に自意識過剰だ)

 

なんてことにはならないのが、須賀京太郎――モンスター童貞である。

あれはあれ、これはこれ!の精神によって、ツインテールの件はただ単に気が向いただけと結論付ける!

 

(あー、はずかしはずかし)

 

(そもそも和が俺に惚れる要素がどこにあるんだよ!)

 

更に精神を正常にするために、拗らせ根性を発揮!

自己評価を低くすることで、こんな男に惚れるわけ……で済まそうとする!

確かに、彼からすると、ほんのりとした恋心を胸に秘め、普通に接して過ごしていただけかもしれない……が

 

彼の普通はひと味違う!

基本的に他人を気遣い、自分に出来ることは何か考えてお節介を焼いたり、いい気分になってくれるよう話を盛り上げたり

心を傷つけないよう静かに寄り添ったり、距離感も人によって微調整、まさに一流のコミュ強なのである!

 

(そんなマンガみたいな展開あるわけないし)

 

ある。

お前は知らないかもしれないが、現にそうなっている。

 

そしてつらつらと並べる否定の証拠!

ここ最近の彼女の言動も振り返って

 

 

(それに、よくよく考えたら、和の素振りだって――)

 

 

『あ、すみません、須賀君のはこっちでした』

 

『暇ですし家まで送りますよ』

 

 

(――あれ?)

 

 

墓穴を掘る!

思い出すは間接キス事件、相合傘未遂事件。

あのどちらにおいても、彼女は大胆に行動してきた!

そして今日も

 

『誕生日おめでとうございます、京太郎くん♪』

 

満面の笑みを浮かべながらケーキを、自分だけに手渡してきた!!

あの表情、声色、どれを思い出しても胸が自然とドキドキしてくる!

 

(おおおおおちつけけけけ)

(ままままだあわあわあああああああ!!)

 

京太郎、バグる。

何としてでも勘違いをしないように頑張ってきたが、理性のダムは決壊寸前!

顔が熱くなり、心臓もドキドキと、体中に血が巡っていき、脈拍が上がっているのがはっきりと分かる!

もはや願わぬ淡い恋と思っていたものが急に現実味を帯び、混乱、錯乱、狂乱!

 

(もう告っちゃっていいんじゃないか?)

 

その結果がこれ!

それだけはダメだ京太郎!それだとタイトルを達成してしまう!!

だが彼はここで終わるようなタマではない

 

 

(いや、待て、ここで告白して……)

 

 

『えっ……告白ですか?』

 

『私はそんなつもりなくて……』

 

『あっ、もしかして……誕生日のアレ、勘違いしてしまいましたか』

 

『まあ、童貞ですし仕方ありませんね』

 

『お可愛いこと……』

 

 

(なんてことになったら二度と立ち直れねぇええええええ!!!)

 

 

瞬時に脳内のどか様を起動!

予想できる最悪のパターンでシミュレーションをし、告白する勇気を奪い取る。

『童貞ですし仕方ありませんね』なんて言われた日には首に縄を括りかねない。

この荒療治によって、平静を取り戻すことに成功!

 

 

(そう、そうだ)

 

(別にこのままでも何の問題もな――)

 

そしてそう結論付けようとするが

 

 

~♪

 

 

メールを知らせる音が聞こえ

その内容を読んでみると

 

(の、和から!?)

 

お相手は渦中の存在、原村和!

すぐさま内容を確認すると

 

『改めてお誕生日おめでとうございます』

『ぬいぐるみは私のお気に入りのです、大事に扱ってください』

『また、ケーキは食べたくなったらいつでも言ってくださいね』

『では、おやすみなさい』

 

とても丁寧な口調で書かれた丁寧な内容。

そんな内容、読めば読むほど――

 

 

(や、やっぱ和って俺のこと――)

 

(いや!んな訳ねぇだろ!)

 

(で、でも、いつでもケーキ作るって――)

 

(いや!社交辞令だ!!)

 

 

頭の中で堂々巡り。

そうして夜は更けていく

彼はしばらく寝れそうにない

 

 

【本日の勝敗】

須賀京太郎の負け

理由:言わずもがな




いつもお気に入り登録等ありがとうございます!
なんか日間ランニングに入ってて驚きました!ありがとうございます!
のどか様も喜んでいました!

今回は久々の京ちゃん回,これはヒロインですね


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23 片岡優希はくっつけたい

今まで、清澄高校麻雀部の数々の部員たちを紹介してきた。

この物語の主人公であり天才美少女の原村和、思春期拗らせた天然ジゴロのモンスター童貞須賀京太郎

更には、魑魅魍魎をまとめて全国を制覇した元部長の竹井久、そんな部活を引き継ぐことになり色々と頭を抱える現部長の染谷まこ。

 

だが、まだ具体的な紹介をされていない部員がここに一人――

 

清澄高校麻雀部の先鋒をつとめ、個人戦県予選においては大暴れ!

団体戦においてもエース集う先鋒戦において大旋風を巻き起こし、全国決勝戦においては天和を披露!

そのインパクトある打ち筋と異常なほどの強さによって、多くの人々の記憶に名を刻んだ。

 

そんな彼女の名は――

 

「タコスうまー!」

 

片岡優希である!

 

ちびっ子少女でタコス娘、子供っぽい性格であり、肩書からは想像できない風貌である。

そんな彼女は原村和と中学からの仲であり、お互いに親友だと認めて合っているほど。

その友情は固く、強く、ちっとやそっとでは崩れない。

また、彼女は須賀京太郎とも非常に仲が良く、二人でふざけ合ったり遊び合ったりしている。

それゆえ、たまに親友から射殺さんばかりの視線で見つめられているのだが

彼女は頻繁にのどか様の恋路を手助けしているため、多少の交流は許されている。

 

そんな彼女は今日も今日とてタコスをもぐもぐ、そして見つめるは

 

「和、一昨日はありがとな」

 

「いえいえ」

 

原村和と須賀京太郎である。

流石に両者ともに一日インターバルを置いたからか、落ち着いた大人な対応をしている。

そんな二人をぼんやりと――

 

「じゃ、俺はネトマしてくるぜ」

 

「わかりました、頑張ってください」

 

(むむむ……)

 

 

 

 

(なーにしてるんだじぇ!!)

 

 

 

この少女、部内で唯一全てを把握している!!

 

 

皆さんおかしいと思わなかっただろうか?

この少女、あまりにもサポートが完璧であることに!

映画チケットの時も、多少強引ながらもホラー映画を回避させ

お弁当交換会の時も、原村和の誘導に乗って企画開催を担当し

付け耳事件の時も、京太郎の後ろでぴょんぴょんしている原村和の意向を汲み取り

相合傘未遂の時も、スッと傘を奪った原村和の思惑を汲み取り、邪魔な魔王と一緒にフェードアウトした!

 

そう、片岡優希は親友の恋心を知っている!

そして、そんな彼女の恋路をひっそりと応援している!

 

なぜ、ひっそりとなのか?

彼女は親友のことをとても大事に思っているがゆえに、その気持ちや恋路に介入したくないという思いがある。

そのため、最初はのどちゃんの恋路を見てニヤニヤしようと思っていたのだが

 

『須賀君、文化祭……』

 

『ん、なんだ?』

 

『の日は晴れそうですね』

 

『お、おう……』

 

待てと待てども、全くもって進展しないどころか

もはや京太郎からのアプローチも減っていき、むしろ後退する始末!

これではいかん!と思い、少し前から密かにのどちゃんのアシストを行い始めた。

それが効いたのか、少しずつ彼女も積極的になり、色々と策を講じるようになっていった。

彼女はその作戦の穴を塞いでいき、進展させ、そしてようやく先日のお誕生日で距離が近づいたかと思いきや

 

 

(京太郎の誕生日はせーっかくいい感じになっていたのに)

 

(ちょっと時間が空いたらこれか)

 

(まったく……のどちゃんはダメダメだじぇ)

 

 

また逆戻り。

親友は意中の彼とひと言ふた言言葉を交わし、そしてパソコンに向かうのを見送っただけ。

 

 

(ケーキ渡した後の京太郎なんてメロメロだったんだし)

 

(ここでドンドン攻めて攻めて攻めて押し切るべきだじぇ!!)

 

 

片岡優希はどうやら恋愛事においても生粋のアタック思考である。

攻めて攻めて意識させたらこっちのもん!さらに攻めて攻めまくる!!

この戦法、相手によっては非常に有効であるどころか、今回の親友の境遇ではほぼほぼ最善手である!

 

だが、親友は全くもって動こうとしない。

そんな状況に痺れを切らしたのか

 

(しかたない、ここはいっちょ一肌ぬいであげるじょ!)

 

片岡優希、出撃!

まずはラインを起動!

そして竹井先輩に『今日はちょうど四人集まるから来なくて大丈夫です!』とメッセージを送り

宮永咲には『買い出し頼む!内容は~』とパシリを強要!そして迷子も誘発!

染谷部長は元から実家の雀荘のお手伝いで本日は欠席。

 

これによって部室は三人だけとなった!

 

(あとはこの二人を……)

 

そしてニヤリと笑いつつ、パソコンの前に座る彼とソファーで本を読む彼女をチラリと見る。

親友はチラチラと彼を見ては、全く読み進まない教本とにらめっこを開始する。

一方で彼はパソコンに向かって集中している様子。

こんなんだから半年近く進展しないんだ、と心の中で飽きれつつ

まずは親友を動かす!

 

「のどちゃん」

 

「っ!な、なんですかゆーき?」

 

「竹井先輩は用事があって、今日は来ないらしいじぇ」

「あと、買い出しは咲ちゃんに頼んでおいたじぇ!」

 

「そうですか……ありがとうございます」

 

「それでのどちゃん、京太郎に教えてやってくれ!」

 

「え?」

 

「ほら、ちょうどネトマしてるし、京太郎も喜ぶと思うじょ!」

 

邪魔者は排除したと暗に伝え、そして彼にアプローチするよう誘導する!

彼女に足りないのは勇気。それを見抜いているため、少し強引でもいいから彼女の背中を押しまくる!

 

「ですが、須賀君の邪魔になるかも――」

 

「細かいことはきにしなーい」

 

なんかモゴモゴと言っているのを無視して、彼女の手を引っ張って

スッと椅子も用意をして、パソコンに向かう彼の隣に設置して、その上に原村和を設置。

 

 

「おい京太郎!のどちゃん大先生が見てくれるとのことだじぇ!」

 

「へ?」

 

「そ、その、これはゆーきが」

 

 

そのことを京太郎に知らせ

あわあわしているところを――

 

 

「ほれ、もっとくっつかないと画面見えないじぇ」

 

「ちょっ!?こここれは近すぎじゃァ…」

 

「京太郎がデカいから画面が隠れるんだじぇ!」

 

「それはそうだけど…」

 

「のどちゃんもこれでいいよなー?」

 

「え、ええ、私は構いません」

 

パーソナルスペース!

他人に近づかれると不快になる空間のことであり、主に自分からの直線距離によって定めされる。

仲が良い人とはパーソナルスペースが狭いため普段接する距離は近く、逆に嫌いな人はパーソナルスペースが広くなり距離が遠くなる。

そしてこれは、とある特定の人物との距離を詰めたい時、あえてほんの少しだけ侵害するように近づくことにより、精神的距離を近づけさせることもできる!

 

片岡優希はこれを使った!

慌てふためく彼に追い打ちをかけるように原村和をグイグイと近づけさせ、その距離は30㎝未満となる!

これはもはやごく親しい人にのみ許される空間であり、もはや恋人の距離感!

お互いに好意を持っているため、この距離感を保つだけでも効果は絶大!より精神的距離は近づいていく!

 

(ふっふっふ、我ながら完璧な作戦)

 

全くもってその通りである。どこぞのピンクに見習わせたい。

そして様子を横目で確認すると

 

「ここはですね~」

「ふむふむ」

 

真面目に麻雀をしている二人の姿が見える。

これも作戦のうちである。

ただ単に近づけさせただけだと、片方が何か理由をつけて距離を取る可能性があるものの

こうして麻雀という互いに熱中できるものを接着剤として利用することにより、固定化に成功!

 

だが、策士片岡はこれだけでは止まらず。

 

(このままでも十分だけど…)

 

(ちょっとスパイスを……)

 

そうしてトテトテと備品の確認……のフリをし始め、様子を伺い

狙うはピンク髪の少女、原村和の背中!

そこを掠めるように歩いていき

 

「っと、すまないじぇ」

 

ドンっと肩を背中にぶつける!!

 

「へ?」

「え?」

 

そして後ろで聞こえるマヌケな声

その声を確認し、すぐさま

 

「あー!咲ちゃんが迷子になってるから捜索しに行ってくるじぇ!」

 

「たぶん、小一時間は帰ってこれないから、二人でネトマでもしといて!」

 

と大きな声で報告し、有無を言わさず部屋を飛び出す!

これによって、京太郎にのどちゃんの胸を触れさせた上、そのことをなぁなぁで済ませることに成功!

 

(ふっふっふ、これならいくらのどちゃんでもガンガン攻めて)

 

(いや、もしかしたら京太郎が我慢できなくなって)

 

(……戻ってきた後が楽しみだじぇ!)

 

そんな想像をしつつ、迷子にさせてしまった友達――宮永咲の捜索を開始すべく

スマホを耳に当て、電話をし始めた――

 

 

~~一時間後~~

 

 

「疲れたぁ」

 

「そりゃ咲ちゃん、あんなところまで歩いてたら疲れるじぇ……」

 

「べ、別に私だって好きで行ってるわけじゃないから……」

 

 

宮永咲の捜索に思いの外手間取ったが、買い出しも終え、約束通り一時間で戻ってくる。

隣の文学少女はぐったりしながら荷物を持っているが

 

(さーて、のどちゃんと京太郎はどうなってるか……)

 

(万が一があってもファブリーズあるからへーきだじぇ!)

 

こちらの少女は仕込んで後に一時間寝かしておいた二人がどうなっているか楽しみで楽しみで仕方ない!

テクテクと二人で歩き、そしていざ部室前

 

「ただいまだじぇー!」

「ただいまー」

 

ばん!と勢いよくドアを開き、そこにあった風景は――

 

 

 

 

 

「イーピンイーピンイーピンイーピン……」

 

「ワタシハ……ワタシハ……」

 

 

 

 

パソコンをジッと見つめて呪文を唱える彼と

雀卓に一人で座り、光を失った目で天井を見つめる親友がそこに居た。

 

「きょ、京ちゃんどうしたの!?」

 

「イーシャンテン……リーチ……リーチ……」

 

「の、のどちゃん、なにがあった?」

 

「モウオシマイデス……キエテシマイタイデス……」

 

何があったのか想像がつかないほどの大惨事

両者ともにうわ言のように何かを呟くのみ。

 

 

(ど、どうしてこうなるんだじぇぇぇ!!)

 

 

「あはっ、あははははは」

 

「和ちゃん!?ど、どうしたの急に」

 

「トン……ハク……パッソ……」

 

「咲さん……私が余ったら貰ってください」

 

「うぇぇ!?」

 

 

片岡優希

原村和唯一の味方であり――一番の苦労者である。

 

 

【本日の勝敗】

片岡優希の負け

理由:あの二人が予想以上に予想以下だったため




いつもお気に入り登録等ありがとうございます!
のどか様もとても喜んでいます!

感想の返信に関してですが,話によってはのどか様以外が返信しますが,ご了承ください

今回は優希回
実は優希だけは恋心を知ってたんだけど,皆は気が付いたかな?


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24 宮永咲はテストしたい

「あなたの前に動物用の檻があります」

「その中に猫は何匹入っていますか?」

 

「……なんだそれ?心理テストか?」

 

「うん、部室に置いてあったからちょっとやってみようかなーって」

 

本日は部室に五人揃っており、現在は休憩中。

ソファーに座り、本を片手に質問する宮永咲、それを聞く須賀京太郎。

その傍らでは原村和がお茶を用意している。

 

「心理テストって実際当たるのかなァ」

 

「答えてみないと分かんないよ」

 

「そうだなぁ」

 

(……)

 

「八匹だな、小っちゃい子猫が檻いっぱいに」

 

「……ふふっ」

 

「なんだよ、結局なんなんだ?」

 

「こ、これはあなたが欲しい子供の数を表しています!」

 

「……え?」

 

「あはははは!京ちゃんったら子沢山がいいんだー!」

 

「いやでも……当たってる気がする……」

 

(……!?)

(そ、そんなにですか!?)

 

「ちなみに私は二匹だったよ、私の方が経済的だね」

 

「そういう話じゃないだろ!」

 

(ど、どうしましょう……)

(一年に一人のペースでも八年……)

(い、今のうちに体力をつけておきましょう)

 

心理テスト!

抽象的な質問から人の本心を聞き出す問題!

その多くはバーナム効果を用いて、誰にでも当たるような答えを用意することで

あたかもホントに当たったかのように思わせるものが大半である。

しかし、その中では心理学に基づいた実践的なものもあり、医療の現場などで使われている。

 

「お茶入りましたよ」

 

「あっ、和ちゃん聞いてた?」

 

「ええ、須賀君は子供がたくさん欲しいみたいですね」

 

「な、なんかそう言われると恥ずかしいなァ……」

 

「染谷部長も優希ちゃんも一緒にやろうよ!」

 

「ふっふっふ、この優希様にかかれば心理テストなんぞ全問正解…」

「いや、そういうもんじゃないじゃろ」

 

今回はこの文学少女が皆を巻き込み、談笑するための種をまく。

そして本をパラパラとめくり

 

「あっ、これいいかも」

「じゃ、いくよー」

 

とある問題にロックオン!

 

「あなたは今、薄暗い夜道を歩いています」

「すると後ろから肩を叩かれました、その人は誰ですか?」

 

またもや抽象的な質問

皆でうんうんと頭を捻る……

 

 

「うーん、どういう質問でしょうか?」

 

「後ろからかァ……」

 

「そうじゃのぉ……」

 

これも勿論、原村和の――

 

 

(そうですね…夜道を歩いて、肩を叩かれ、後ろを振り向いたら)

(金髪……須賀君が――)

 

 

 

 

(ふっふっふ)

(流石は咲ちゃん、いい問題を選んだじぇ!)

 

 

これは片岡優希の策略である!!

先日、せっかくお膳立てをしまくったのにも関わらず

仲は進展するところが悲惨なことになってしまい、距離感がいつも通りになってしまった二人を見て

流石に痺れを切らしたのか、今回もまた介入する!

 

今回の仕込みはこうである。

まずは恋愛心理テストの本を用意し、部室に放置。

すると新しい本はとりあえず読まずにいられない文学少女がそれを手に取る。

彼女は、ミステリー物だけでなく恋愛小説も好みであるため、そういった恋バナというのには非常に興味がある。

ゆえに、この内容を見ればさっそく身近な人で試さずにいられない、つまり須賀京太郎が必然的に巻き込まれるのである。

そして、この展開まで持って行った!

 

(この問題の答えはズバリ好きな人!)

 

(頭の中が京太郎でいっぱいなのどちゃんは間違いなく須賀君って言うはず――)

 

さらにそれだけではない!

長年の付き合いと経験から親友の思考回路は把握しており

その上で好きな人、伴侶に何をする等、かなりのアピールポイントになりそうな質問のページは少しだけ開いた跡をつけた。

これによって、進展せざるを得ない質問を抽出させることに成功したのである!

 

「ねぇ、和ちゃんは誰になった?」

 

「そうですね…私は――」

 

そして原村和は口を開き、決定的なひと言を――

 

 

(いや、待ってください)

(咲さんの表情が怪しいです!)

 

すんでのところで勘づく!

口元がニヤニヤニマニマとほんの少しだけだが笑いをかみ殺せていない!

そんなことに気がつき、回り始める思考回路。

 

(ここでもし、答えが好きな人とかでしたら……)

 

『答えは……好きな人でしたー!』

 

『おっ、のどちゃんは京太郎にゾッコンだじぇ!』

 

『これはもう結婚するしかないわね!婚姻届はここにあるわ!』

 

『式には呼んでくれ』

 

『なんだ和、そんなに俺のことが好きだったのか』

 

『お可愛いやつめ』

 

(間違いなくこうなります!!)

(それだけは絶対に避けなければいけません!)

 

したり顔の宮永咲、そして妄想にお馴染みの煽ってくる竹井久!

そんな場面が脳裏に浮かび、すぐさま答えを変更!無難な答えは同性の――

 

 

「――咲さんですかね」

 

「え、えー、そうなんだー…えへへ」

 

目の前にいる宮永咲の名を咄嗟に出す!

別に好意的には思っているがラブではない。

しかし、文学少女はそんなことも知らず、予想外の答えに少しまごまご。そしてニヤニヤ。

 

(ふぅ、どうやらそういう質問だったみたいですね)

 

そんな友達の様子を確認して、ほっと一息一安心。

一方、そんな親友の様子を確認して

 

(ぐっ、まさかのどちゃん、勘づいたか)

 

心の中でぎりりと歯ぎしりをする策士な少女。

予想外の行動を取られ、次の一手を考え始める。

 

そしてこちらでは

 

(夜道……後ろから……)

 

 

 

~~~~~~~~~

 

 

 

『はぁっ、はぁっ!』

 

『やっぱ、やっぱあいつは……!』

 

 

 

『そ め や せ ん ぱ い?』

 

 

 

『ひ、ひぃ!?わ、わしは何も見てない!』

 

『悲しいですが』

 

 

 

『お別れしないといけませんね』

 

 

~~~~~~~~~

 

 

「わしは和じゃな」

 

「えぇ!?い、意外な答え」

 

「ああ、間違いなく和じゃ」

 

 

完全に心理テストの意図から逸れた想像をし始める染谷部長!

体をカタカタと震わせ、虚ろな目でどこかを見つめる。

 

(え、染谷部長って私のこと……)

 

(ごめんなさい、いい人でとても頼りにしていますが恋愛感情はありませんね)

 

染谷部長は勝手にフラれた。

確かに彼女にドキドキしてはいるが、それは恋愛感情ではなく恐怖である。

 

そして片岡優希は

 

「私ものどちゃんだじぇ!」

 

「あら、ゆーきもですか」

 

「たぶん、忘れ物を届けに来たんだな!」

 

無難に答えを出しつつ

心の中で

 

(ま、京太郎がのどちゃんって答えたら……いける!)

 

と期待する。

別に京太郎からのどちゃんだとしても、好意があるみたいな雰囲気になるだけで十分!

お互いにある程度好意は持っているわけなため、周囲がそういうものだと認識すれば本人たちも自然とそう思い始めるのが世の理。

その時を虎視眈々と狙っている……が

 

この少女、重大なミスを犯している。

 

 

「俺は――」

 

「咲だな」

 

「えー、そうなの?」

 

「いやだって、絶対に迷子になった咲が……」

 

「もうっ!そんなことないよ!」

 

 

須賀京太郎と宮永咲の付き合いは長い!!

ゆえに、こういった誰が話しかけてくるかといった質問は付き合いの長い人物の方が想像しやすいし

更に彼女がよく迷子になるということもあり、この場面で思いつくのは宮永咲しかいないのである!

 

「で、答えはなんなんだ?」

 

「あっ、そうだった、答えは好きな人でしたー」

 

「なんだそりゃ、あてにならねぇな」

 

「ひどーい」

 

(わ,わしが和のことを……!?)

 

サラッと明かされる答え。

内心やってしまったと頭を抱える片岡優希。

チラリと親友を横目で見ると

 

 

 

(……は?)

(なんですか、なんなんですか?)

(自分でそんな質問選んでおいて、須賀君にそう言わせるなんて)

 

(この世の悪、魔王、避雷針……)

(咲さんなんてモブ少女として生きていけばいいんです)

 

 

 

この世の憎悪を全て煮詰めたようなどす黒い瞳をあの二人に向けている!

思わず背筋に冷や汗が伝う!

 

 

 

「私も別に京ちゃんに好かれても何とも思いませーん」

 

「あぁ?いつも助けてやってんだから多少は感謝しろよ?」

 

(は?須賀君に好かれているのにその態度はなんなんですか?)

(その角切り落として、一切の特徴もなくしますよ?)

(○しますよ?)

 

(や、ヤバい!のどちゃんがヤバいじぇ!!)

 

(ひぃぃ!!やっぱり絶対に違う!!こりゃ恐怖の感情じゃけぇ!!)

 

 

 

こうしてあの二人が軽口叩きつつ談笑するだけで威圧感は更に倍増!

遂に心の中で殺害予告までし始める原村和!

親友の暴走に焦る片岡優希!

殺気を感じ取り体を震わす染谷まこ!

そんな状況とはいざ知らずじゃれ合う須賀京太郎と宮永咲!

 

動いたのは片岡優希!

 

「じゃ、次は私が出すじぇ!」

 

宮永咲の手元から本を奪い取り、とりあえず話題を逸らすために質問を繰り出すことにする。

パラパラとページをめくり

 

「えーとなになに」

 

「広大なお花畑があります」

「そこから自由にお花を持ち帰れるとしたら、どれくらい持ち帰りますか?」

 

「とのことだじぇ」

 

とりあえず目に入ったのを出題。

しかしこの質問、片岡優希自体も答えを把握していない!

 

「ま、私は二、三本ぐらいで十分だじぇ」

 

「私はそうだなぁ…一束ぐらいかな」

 

「わしは…あそこに飾る分と、あそこも飾りたいし…」

 

とりあえずそれぞれ答え始める。

この質問が何を意図するかは誰も知らず

そして、この少女は

 

(……量ですか)

(ふむ……何を意図しているのでしょうか)

(まあ、これは先ほどのようなことは起きなさそうですし、素直に答えますか)

 

質問の裏側を考えるものの、どう答えても危機的状況に陥ることはないと判断。

ゆえに素直に答えることにする!

 

「そうですね、私は……両手では抱えきれないほどたくさん持ち帰りたいですね」

 

「おっ、意外だな、和は少なめかと思ってた」

 

「遠慮しなくていいのでしたら、お庭をお花で埋め尽くせるぐらい持ち帰って育てたいです」

 

「和ちゃんらしいね、メルヘンチックっていうか、かわいらしいっていうか…」

 

「俺は大きな花束が作れるぐらいかな」

 

「そういう京太郎も意外にも多いのぅ」

 

「いや、持ち帰れるならせっかくだしそんぐらい欲しいかなァって」

 

「で、答えは何なの?」

 

「そうだったじぇ、えーと……」

 

原村和はお庭をお花で埋め尽くせるほど、須賀京太郎は大きな花束程度。

両者ともに多く持ち帰る!

 

そしてこの質問の答えは

 

「……好きな人に対する愛情の大きさらしいじぇ」

 

「あー、そういう質問か、完全に実家のことで頭がいっぱいになっとった」

 

「和ちゃんが一番大きいね、好きな人が出来たらとても尽くすってタイプなんだね!」

 

「……」

 

「和ちゃん?」

 

「……そ、そんなオカルトありえません!」

「ただの当てずっぽうです!」

 

「またまたー、そんな恥ずかしがらなくていいのに」

 

「京太郎も案外大きいじぇ」

 

「俺は今流行りの尽くす系男子だからな!」

「でも和には負けるなー、なんたってお花畑だもんなー」

 

「わ、私はそんなに重い女じゃありませんからね?」

 

「一部分はとてもおも」

「ゆーき?」

「……なんでもないじぇ」

 

(和の愛情が大きい……あんま想像できないなァ)

 

(す、須賀君に重い女って思われたらどうしましょう……)

 

(のどちゃんのは合ってる気がするなー)

 

本日も有効打は打てず。

心理テストは案外当てになりそうである。

 

 

 

 

【本日の勝敗】

 勝者無し

理由:片岡優希のくたびれもうけ




いつも感想等ありがとうございます!
優希さんが共感できる仲間が多くてとても喜んでました!

心理テスト,皆さんはどうでしたか?
自分は完全にまこさんと同じような発想になりました.


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25 のどか様は嫌われたい

「これは……」

 

手に取ったのはあの雑誌

初体験騒動の元凶である女性向け雑誌である。

 

(これのお陰で貴重な情報を得られましたが)

(まだ置いてありましたか……)

 

これによって想い人の極秘情報を得たものの

途轍もない勘違いを起こしてしまったため、複雑な表情でその雑誌をパラパラと眺める

そうしていると目に付くとあるページ

 

(……これは?)

 

特別付録!

雑誌にはよくある袋とじ付録!

その内容はハッキリ言ってくだらないモノが大半であるが

このように袋とじにし、一目際立つカラーにして、特別感を出すことで

その中にある情報があたかも貴重で信憑性の高いモノだと錯覚させることが出来るのである!

 

(絶対にオトす恋愛テクニックですか……)

 

普段であればこんなモノに引っかかる彼女ではないが

想い人のことで頭がいっぱいであり、ここ最近の進捗状況の乱高下によって少し精神が参っているため

 

(ハサミは……)

 

藁でも何でもすがりたい、そんな状況なのである。

袋とじを開くためにハサミを捜索し始め、その内容をこっそりと読み始めた。

 

 

~~~~~~~~~

 

 

「おはよーございまーす」

 

そんな声と共に部室に入るのは須賀京太郎。

その挨拶に返すのは先に部室にいた原村和であるのだが

 

「…おはようございます」

 

「ん?ああ、おはよう」

 

どうも様子がおかしい

いつもであれば真っ直ぐ見つめてしっかりと挨拶を返してくれるのだが

本日はそっぽを向いたまま低いトーンで返してくる。

 

(体調悪いのかな?)

 

そんな風に心配する彼であったが

 

「おはよー」

 

「咲さん、おはようございます」

 

宮永咲が部室に入ってきた時はいつも通りはっきりと挨拶を返す

 

(ん?)

 

「そういえばこの前ですね~」

「え、なになに~」

 

そして普通に談笑し始める二人。

そんな様子に違和感を覚える京太郎。

そう、あの宮永咲と原村和が仲良くしていることに違和感を覚えている……わけではなく

 

 

(そういや最近は和とよく話していたなァ)

 

 

彼女――原村和が話しかけてこない事に違和感を覚えていた!

思い返せば、部室に入ると真っ先に話しかけてきて、『今日はいい天気ですね』とまずは天気から話すのが通例だったが

本日はなぜだか

 

「~ということがありまして」

「あはは、大変だったね」

 

彼を無視して宮永咲と談笑している。

 

(まあ、これが普通だよな)

 

などと思いつつも、どうしても彼女から目が離せずソファーに座り込む須賀京太郎。

頭の中はややモヤモヤ。

 

ここで皆さんはお分かりの通り、これは勿論

 

 

(効いていますね)

 

 

密かにニヤリと笑う原村和の策略である!

先ほど開いた恋愛テクニックの中に書いてあったのは

 

(あえて冷たくする、まさかここまで上手くいくなんて……)

(ああいう本も侮れませんね!)

 

押してダメなら引いてみろ!

あえて距離を取ったり冷たくすることで、寂しさや不安感を煽り、相手に自分を意識させる戦法!

この戦法、大きな弱点としては相手がある一定以上の好意を持っていないと意味がなく

少し前の須賀京太郎に同じ戦法を行っても特に何も意識されずに終わってしまっていたが

 

ここ最近の頑張りや日頃から会話しようとする努力が功を奏し

 

(ふふふ…こちらをチラチラ見ています)

(とてもいい気分です)

 

この作戦が見事炸裂!

あの須賀京太郎にモヤモヤ感を抱かせることに成功し、まずは一手優位に立つ!

 

一方こちらは須賀京太郎

 

(最近、和と仲良くなってたけど)

(そういや以前はこんな感じだったなァ)

 

のんきに過去へと思いを馳せているが

一応、のどか様を意識はしている!

 

(さて…これだけでは勘違いで済まされるかもしれません)

(さらに追撃しましょう)

 

第二の矢を放とうとする彼女!

隣の少女との話を切り上げ、紅茶をつぎ始め

 

「咲さん、紅茶をどうぞ」

「ありがとう、和ちゃん」

 

まずはこの少女に一杯

 

「須賀君もどうぞ」

「おっ、サンキュー」

 

そしてお次に彼に一杯渡す……が

 

(ん……これ)

(すっくな!!?)

 

中に入っているのはほんのちょっと!!

一杯とかいう単位を遥かに下回る!!

思わず咲の方に渡されたカップをバッと確認するが、中にあるのは適正量。

これには流石に彼も異常を感じ取る!

 

(は?え?)

(こ、これは流石に……)

(意図的だよなァ)

 

思案、焦り、不安。

人一倍他人と接してきた彼にとって嫌がらせは初めてされることではないが

この少女からされるとなると話は別である!

 

(和がこんなことするって……)

(単なるイタズラ?)

(いや、それは考えにくいし、それならすぐにネタを明かすはず…)

(やっぱ俺がなんかしたのか?)

(思い出せ……最近あったことを……!!)

 

イタズラだけでこんなことはしないであろう。

ドッキリという線も考えはしたものの、それを企画しそうな片岡優希や竹井久が部室にいないため、可能性は低い。

となると、彼女が自ら何らかの理由を持って、嫌がらせをしてきているわけである!

そうなると、彼自身が原因であると考えるのが自然!

 

(ケーキの感想……メールの返信……あとは……)

 

ドツボにハマる京太郎!

まさに彼女の作戦通り!

 

そしてこちらは

 

(不安がっています、いい感じですね)

(次は……)

 

そんな彼の反応を観察し、さらに作戦を実行しようとするが

 

(……あれ)

(どうしてでしょうか……)

(何だか、胸が……)

 

突然襲い掛かる目まい、動悸

なぜだか胸がきゅっと締め付けられてしまい、体に力が入らない!

これは……

 

迷走神経反射!!

人間は急激な精神負荷を受けると自律神経が乱れ、血圧と脈拍が低下する!

ゆえに、体や脳に行きわたる血液が少なくなり、このような症状が発症したのである!

 

つまり彼女は

 

(……き、嫌われていませんよね?)

 

途轍もない精神的ストレスを受けていた!

 

(こんな意地悪してしまって)

(もし、もしも須賀君に嫌な女だと思われたら)

 

なんやかんや不器用ながらも今まで好意を示してきた彼女であったが

意図的に冷たくしたりするのは初めての行動!

そして、元々の実直で素直な性格と反した行動を取ってしまったため

気がつかないうちに大きな精神的負荷を抱えてしまう!

 

(そもそも、須賀君から何とも思われていなかったら)

(こんなことしたら……嫌われるに決まっています)

 

その結果、自律神経の乱れが発生し、ネガティブ思考も誘発!

 

(おしとやかで家庭的な娘が好きと言っていましたが……)

(須賀君と仲の良い咲さんだって、家庭的ですし……)

(やっぱりあの二人の方が……)

 

次々と浮かんでくる不安要素!

 

(私は……須賀君に何かしてあげましたか?)

(ただ一緒に部活にいるだけで)

(やったことと言えば麻雀を教えていただけですし)

(そんなの、私以外もやっています……)

 

もはや自分から揺さぶりをかけたはずなのに、自分のメンタルに大ダメージ!!

目には涙が溜まっていき、もはや決壊寸前!

軽い嫌がらせをしただけでこの始末、そこが彼女の良いところであるのだが、それには気付きようもない。

 

 

 

 

(やはり、私が須賀君と付き合うなんて――)

 

 

 

 

そう考えていると

 

 

「あの、和」

 

 

後ろから聞こえる声

 

 

「なんですか……?」

 

「いや、その、俺が何かしたんだろうけど、全く分からないごめん」

「だけど、和とは仲良くしたいから……機嫌直してほしいなァって」

「何でもするからさ」

 

 

何故か彼から謝ってくる。

彼女はそんな彼に対し申し訳なくなる一方で

 

 

(……よかったぁ!)

(それに、須賀君が仲良くしたいって言いました!)

(もうっ!やっぱり須賀君は私に気があるんじゃないですか!)

(ほんと意地悪です!)

 

 

メンタル復活!

そして、メンタルが落ちてから上がったため、彼に対する愛おしさがいつもよりも高くなり

その行動は

 

 

「いえ、大丈夫です」

 

「え、でも…」

 

「それより須賀君、次はちゃんと紅茶を淹れますね♪」

「ほら、そこに座ってください」

「あっ、須賀君が読んでた教本を取りましょうか?」

 

「お、おう…」

 

 

愛情マシマシなのである!

まさに気遣いに気遣いを重ね、彼女本来のお淑やかな優しさをフルに発揮!

 

 

「今日は寒いので体が冷えてはいけません」

「ひざ掛けを貸しますね」

 

「あ、ありがとう」

 

「……最近、頑張りすぎていませんか?」

「疲れたらいつでも言ってください」

「はい、熱い紅茶です、火傷しないようゆっくり飲んでくださいね♪」

 

「和こそ、頑張りすぎじゃァ…」

 

「そんなことありませんよ」

「私はちゃんと睡眠を取っていますし……あっ」

「ごめんなさい、須賀君の好きなチョコが切れていました」

「今から購買で買ってきますが、他に何か欲しいものありますか?」

 

「え、いやいやそんなことしなくても……」

 

「いえ、須賀君には長い間雑用をして貰いましたし」

「遠慮しなくて大丈夫です」

「では、適当に買ってきます」

 

「ちょっ……行っちゃった」

 

「……京ちゃん」

 

「……なんだ?」

 

「和ちゃんになんかした?」

 

「何もしてねーよ」

 

「じゃあ…今のなに?」

 

「……わかんね、俺が聞きたい」

 

 

(でもまあ……)

(やっぱ、こういう女の子っていいよなァ……)

 

 

――お淑やかで家庭的

彼の好みである。

 

 

 

 

【本日の勝敗】

 原村和の勝利

理由:アピールに成功したため(なお作戦)




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