パラレル日本国召喚 (火焔)
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1章 異世界召喚
01. 接触、クワ・トイネ


登場人物

●日本
阿野:日本国首相
田中:外務大臣政務官

●クワ・トイネ公国
カナタ公爵:クワ・トイネ公国君主(エルフ)
リンスイ :外務卿(人間)
マイラ  :マイハーク市の筆頭外交官(ウサ耳獣人)
マールパティマ:第六飛龍隊所属(人間)

●備考
外務卿  :外務大臣相当
筆頭外交官:都市の外交長官
第六飛龍隊:北東部を管轄とする飛龍隊の1つ


 2019年元日、日本は混乱に包まれた。

 

 日本国首相である阿野に、夜中にもかかわらず急報が飛び込む。

 

「首相! 日本国のユーラシア大陸地方、東南アジアとの連絡が途絶しました!」

 

 詳しく話を聞くと、大陸にある日本領、東南アジア各国との通信が一切出来ないとのことだった。

 電話、衛星通信はもちろん、ネットワーク全てが麻痺したというのだ。

 

「落ち着きなさい。先ずは、何処まで連絡が取れて、何処から連絡が取れなくなっているのかを把握してください。」

 

 阿野は平静を装うが、内心は相当焦っていた。

 今まで設備不調でいずれかの通信が途絶した事はある。だが、全てが通じないとなれば異常事態であることは分かる。

 

 

 調査の結果、諸外国との通信は一切不可能

 日本国内は本土に限り通信が出来る。しかし、GPSを頼ったものは不可能であった。

 

 北は南樺太、千島列島まで、南は沖縄本島、大島までは連絡が直ぐについた。

 最終的には波照間島、南鳥島まで連絡が取れたが、衛星電話が繋がらなかったため、時間がかかってしまった。

 

 

「つまり日本本土の内外で通信が麻痺したという事ですね。」

 

 阿野は日本海軍と空軍に調査を依頼した。

 迅速に対応しなければ、野党から非難を受けてしまう。

 

 大事には間違いないが、正しく対処すれば世論を与党に傾けることができる。

 この時、阿野首相はここまで非常事態になるとは想定しないなかった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 中央暦1639年1月4日

 

 クワ・トイネ公国軍第六飛龍隊の竜騎士マールパティマは北東方面の警戒任務についていた。

 彼はワイバーンと呼ばれる飛竜を駆り、洋上を飛ぶ。

 

 天気は快晴で気持ちのいい空だった。

 相棒(ワイバーン)も上機嫌で、軽やかに空を飛ぶ。

 

「暇だなぁ……。ロウリア王国がこんな所にいるわけないし。見渡す限り、海、海、海。」

 

 相棒は、グギャァと鳴きマールパティマに同意する。

 

 ロデニウス大陸の南を制するロウリア王国に対しての哨戒任務だが、

 西には他の部隊が警戒任務についているし、東はクイラ王国がある。

 さらに、西ロデニウス海を大きく迂回したとしても、北東方面は潮の流れが強くクワ・トイネ海軍ですら遠洋に出ることができない。

 ロウリア海軍がここまで来れるわけないのだ。

 

「ん? なんだ?」

 

 北東方向にマールパティマが2つの黒点を見つける。

 それは徐々に大きくなっていき、飛行する『何か』である事がわかった。

 

「な!? なんなんだ! あれは!?」

 

 その『何か』は小型の青色と、大型の白色の種類だった。

 見たことのない物体に、非常に甲高い音、マールパティマは恐れから臨戦態勢を取る。

 すると――――

 

「私は日本国の田中と申します! 貴方と戦う意思はありません!」

 

 白い『何か』は速度を落とし、扉が開くと中から変な服を着た人がでてきた。

 マールパティマは『何か』が人が操るものであると分かり、安堵していた。

 

(すげぇ声デカイ人だなぁ……)

 

 なんて考えがよぎる程に……

 

(いかん!そうじゃない!)

 

「私はクワ・トイネ公国軍第六飛龍隊、竜騎士マールパティマだ!

 貴公はここがクワ・トイネ領海と知ってのことか!?」

 

 マールパティマは声が届くわけ無いと思っていたが――――

 

「よかった!言葉が通じるようだ!貴国の領海に侵入した事は申し訳ない!

 我々は貴国と話がしたい!会談の場を設けさせて欲しい!」

 

 声が届くわけ無い距離で、会話が成立している事を不思議に思いつつも

 

「上には伝えておこう!だが、確約は出来ない!」

 

 ロウリアと緊張状態にある今、上下から挟まれる事は避けたい。

 マールパティマは明日またここに来ることを白い『何か』へ伝えた。

 

「感謝します!」

 

 2つの『何か』は転進して北東へと帰っていく。

 マールパティマは飛竜で追いかけたが、全く追いつくことも出来ず直ぐに消えて行ってしまった。

 

 ワイバーンの最高速度は235km/h。体感だと2~3倍の速度が出ている様に感じる。

 マールパティマは徐々に現実へ戻ってくると恐怖を感じる。

 

「司令部!我、謎の飛行物体と接触した!

 会話は通じるが、速度はワイバーンより遥かに速い!

 その物体には人が乗っていた!会談をしたいといっていた!

 指示を求む!」

 

 報告を受けた司令部は応答する。

 

「何を言っている!?竜騎士マールパティマ!それは敵なのか!?」

 

「戦う意思はないと言っていました!我が国と話がしたいと!北の方へ帰っていきました!」

 

 既に見えなくなった北の空を見つつ答える。

 司令部はマールパティマの要領を得ない回答に、彼が混乱していると判断し帰投を命じる。

 

 

◆◆ マイハーク司令部 ◆◆

 

 彼に事情聴取をした司令部は騒然とする。

 彼の話す飛行物体は、第二文明圏のムーの飛行機というものと似ていたからだ。

 だが、彼らは自分たちのことを日本国と言った。

 

 もし、第二文明圏に関わるものたちであれば会談を受けないだけで侮辱したと判断され、宣戦布告を受ける恐れがある。

 第三文明圏ではそうだと聞いているからだ。

 

 司令部は自分達で判断する事はできないと、公都に報告した。

 

 

◆◆ 公都クワ・トイネ ◆◆

 

 クワ・トイネ公国を治めるカナタ公爵は頭を悩ませる。

 長い金髪で西洋人を思わせる美形だ、年齢は30代くらいであろう。ただ耳は鋭く尖っていてる。

 

「リンスイ、私はどうすればいい?」

 

 外務を統括する外務卿の役職に就くリンスイは主の質問に答える。

 

「ニホンという国が乗っていたものは飛行機だと判断します。

 で、あるならばムー、またはムーに属する国家でしょう。

 彼らはパーパルディア、レイフォルに比べて理性的であるため、いきなり奴隷をよこせとは言ってこないでしょう。」

 

 リンスイの言葉にカナタは落ち着きを取り戻す。

 

「ならば、何故こんな東の果てで飛行機を飛ばしていたのだ?」

 

「それは、私には分かりませぬ。

 ただ、ニホンを丁重に迎えなければ、宣戦布告される可能性もあります。明日はマイハークの外交官を同行させましょう」

 

「そうですね。今日の訪問ですら、失礼にあたるかも知れません。」

 

 

◆◆ 次の日 ◆◆

 

 ――――クワ・トイネ北東洋上

 

 竜騎士マールパティマの後ろには、マイハークの外交官マイラが同乗している。

 ワイバーンは一人乗りだが、速度を犠牲に1人までなら同乗する事ができる。

 

「ここに、ニホンという国の飛行機が来るのですか……?」

 

 兎耳の獣人女性であるマイラは不安に思う。

 自分が文明国の相手を、しかも第二文明圏の列強ムーに属するものとされる国だ。

 自分の言動一つで国が滅ぶ可能性があるのだ。昨日は寝れなかった。

 

「マイラさん。いらっしゃいました。」

 

 マールパティマも列強ムーに属するものと聞いたときは震えが止まらなかった。

 文明国に対してなんて態度を取ってしまったのだと……。

 

 2つの黒点はみるみる内に青と白の飛行機の形になっていく。

 

「なんて速いの……? 本当にワイバーンの2,3倍の速度がありそう。」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 外交官の田中は、昨日出会ったマールパティマというドラゴンの様な生物に乗った青年の元へ向かう。

 拡声器と指向性集音マイクがC-2輸送機に乗せられている。これで昨日は青年とコンタクトを取ったのだ。

 

 昨日は敵性勢力であるか分からなかったため、安全のためにF-2に同行して貰っているのだ。

 今日は不要だと思ったのだが、万が一を考えて同行して貰う事にした。

 

 元々UAVの高高度偵察で、ここに大陸があり大量の作物がカメラに撮影されていたため、最初に接触する相手に決まったのだ。

 失敗は許されない。食べ物の輸入が出来ない現在の日本では、クワ・トイネからの食料購入は絶対条件なのだ。

 国にある備蓄では1億8000万人の国民は半年しか持たない。

 

「田中さん、例の竜騎士がレーダー圏内に入りました。」

 

「ありがとうございます。」

 

 機長の知らせを受けて田中は立ち上がる。

 安全帯をつけていれば、低速時に限りC-2の扉を開けて会話する事ができる。

 田中は立ち上がりスーツの襟を正し、C-2の扉を開けた。

 

「おはようございます!マールパティマさん!」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 マールパティマは白い飛行機から出てきた変な服の文明人を出迎えた。

 白い飛行機はワイバーンが並走できるように速度を落としてくれる。

 

「おはようございます!田中さん!今日は我が国の外交官を連れてまいりました!」

 

「はじめまして!私はマイハーク筆頭外交官マイラと申します!私がニホン国の担当をさせて頂きます!」

 

「私は日本国外務省、外務大臣政務官の田中と申します!」

 

 マイラは安堵する。列強ムーは理性的と聞いていたが、事実はわからないし、属するものまで理性的とは限らなかった。

 だが、ニホンのタナカという人物は理性的と判断できる。不思議な服もニホンの民族衣装なのかもしれない。

 

「短刀直入で申し訳ありませんが!日本国との会談はして頂けるのでしょうか!?」

 

「はい!本日このまま案内することも出来ますが!いかがなさいますか!」

 

 タナカという人物の表情は遠くて分からないが、驚いている雰囲気を感じる。

 そして、少し悩んだ後

 

「貴国には滑走路、平たく長い道はございますか!?」

 

 やはりこれは飛行機なのだ。

 飛行機にはワイバーンより長く、強靭な滑走路を必要とすると聞いたことがある。

 

「申し訳ありません!我が国にはワイバーン用の滑走路しかございません!

 お手数をおかけしますが、船でいらっしゃる事は可能でしょうか!?」

 

 失礼に当たるかもしれないが、ワイバーン様の滑走路では不十分だと思うのだ。

 

「わかりました!2日後、こちらに船で伺っても宜しいでしょうか!?」

 

「はい!ただ、この大陸にはロウリアという海賊が現れます!自衛出来る船でお越し下さい!」

 

 再度、タナカが驚いたような雰囲気を発し、了承して帰っていった。

 

 しかし、2日後にここに来るということは既に軍船を用意していたようだ。

 もし、今回ニホンの気分を害した場合、宣戦布告を受けていたのだろうと考えると……

 マイラは体を震わせた。

 




●日本国土
特に物語りに関わりはありませんが一応
北:南樺太、千島列島
南:波照間島、南鳥島

●備考
中央暦1639年は
西 暦2019年です

ワイバーン:最高速度235 km/h
C-2    :最高速度917 km/h
F-2    :最高速度2,470 km/h
今回は890km/hで接触

クワ・トイネは日本国を第二文明圏のムーの勢力圏内文明国と誤解している
クワ・トイネ人が日本をニホン呼ぶのは、日本の発音になれていないから

●人物詳細
カナタ・クワ・トイネ公爵
種族:エルフ
年齢:37歳
身長:186cm
顔 :西洋風の美形
髪 :長い金髪

マイラ
種族:獣人(兎系)
年齢:25歳
身長:163cm
顔 :西洋風のカワイイ系
髪 :ピンク色ウェーブ、セミロング


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02. 日鍬会談

登場人物
●日本
田中:外務大臣政務官
後藤:日本海軍大佐。金剛艦長

●クワ・トイネ公国
ハガマ:侯爵。マイハーク市の領主(人間)
マイラ:マイハーク市の筆頭外交官(ウサ耳獣人)

●備考
クワ・トイネ公国は領主が街を統率している。
都市の事を市と呼ぶ。都市未満は町、または村。



 2019年1月7日 沖縄より更に南西へ1000km

 

 ミサイルイージス艦「金剛」の艦上に外交官の田中は立つ

 

(本当に軍艦で来て大丈夫なのだろうか……?)

 

 2日前の会話は録音されており、何度も聞きなおし、外務省内で確認し、阿野首相にも確認していただいた。

 その結果、金剛でクワ・トイネ公国へ向かうこととなった。

 

 当初は人命優先でミサイルイージス艦「霧島」や原子力空母「大和」を同行させるか内閣内で揉めたが

 UAVの偵察により、クワ・トイネ近海で発見した船は四角帆のガレー船が殆どであり、金剛のみでも過剰戦力ではないかとの判断が下された。

 その結果、金剛1隻でクワ・トイネへ向かうこととなった。

 

「この度はありがとうございます。後藤大佐。」

 

「いえ、日本国の危機なのです。田中さんの、ひいては日本国の力になれて光栄です。」

 

 金剛艦長の後藤大佐と外務省政務官の田中が、何度目か分からない挨拶を交わす。

 

「大佐、客人がいらっしゃいました。」

 

 二人は海の先を見つめる

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 三段櫂(ガレー)船に乗るマイハークを治めるハガマ侯爵と外交官マイラは戦慄していた。

 豪華な服に身を包む40代、天然パーマの茶髪の人がマイハーク領を納めるハガマ・マイハークその人だ。

 

「し、城が海に浮いている……」

 

「あ、あれが文明国なの……? 帆が無い船なんて本当にあるんだ……」

 

 恐らく鉄で出来ているのであろう船が、荒波をものともせず海上を進んでくる。

 二人は自国とニホン国の戦力差を実感する。

 ニホンがその気になれば、クワ・トイネは簡単に滅びると……。

 

 ぼんやりとニホンの船を見上げていると、小さな船が紐につるされて降りて来る。

 そして着水するとこちらへ向かって高速で、空を飛ぶように海の上を疾走してくる。

 

「おはようございます、マイラさん。そちらのお方は?」

 

 小型の高速船に乗っていたタナカが挨拶をしてくれる。

 

「初めまして。私はマイハーク市とその周囲の町を治めるハガマと申します。爵位は侯爵を拝しております。」

 

 おぉ、爵位なんてあるんだ……とタナカは驚く。

 

(ニホンには爵位はないのだろうか……?)

 

 文化の違いを感じたハガマはフォローする。

 

「貴国にとって街を治める者の役職と思ってください。」

 

「ありがとうございます。お気遣いありがとうございます。」

 

 田中は日本の県知事相当なのか、戦国の大名相当なのか判断に困った。

 ハガマは格上であるはずのタナカが異様に腰の低いに警戒してしまう。

 

「さぁ、タナカ殿。我が市へお越し下さい。そちらでお話をお聞かせ願います」

 

 ハガマ黒い魔法の杖を持つ護衛を引き連れた田中をマイハーク市に招く。

 マイハークの港から城へと続く街道には、兵士が一糸乱れぬ姿で整列していた。

 ハガマが田中もてなす為、我が国の力を示すために用意しておいたものだ。

 

 田中は紛争地域に来てしまったのではないかと思うほど、物騒な歓迎に招かれざる客ではないかと身構えてしまい、同行する陸軍兵士にも緊張が走った。

 ハガマの思いは伝わらなかった様だ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

「タナカ殿、そちらの方々もお掛け下さい。」

 

 メイド達がイスを引き、始めに田中が座る。

 陸軍兵士達は、田中の座ってくださいという視線を受けて着席する。

 本来であれば田中を護衛するために立っている所であるが、今回は止む終えないだろう。

 

 その後、ハガマとマイラも着席する。

 

「この度、ニホン国は会談を開きたいとの事でしたが、どのようなお話でしょうか?

 私に決断できない事であれば公都からの指示を仰がねばなりませんが、先ずはお話をお聞かせ頂きたく。」

 

 ハガマは無茶な要求であれば、公都の指示を仰ぐと時間稼ぎが出来るようにマイハークへと日本の使者を招いた。

 

「はい。お願いというのは食料を購入させて頂きたいのです。」

 

 ハガマは安堵した。わざわざ第二文明圏から来るとすれば「食料」「奴隷」のどちらかだろうと公都から言われていた。

 「食料」であれば大した問題ではない。適当に種を播けば勝手に育ち、収穫し切れてないくらいなのだから。

 食料を収穫する人員が労力として徴収されるくらいだろうと。

 

(……ん?購入?)

 

 家畜でさえ美味い穀物を食べて育つ。

 クワ・トイネにとって「食料」「水」はあって当たり前のものなのだ。

 クワ・トイネは「食料」を隣のクイラ王国に売却して、クイラからは武具を傭兵を購入している輸出品ではあるが、それは立場が対等だから成り立つ事なのだ。

 

「それは構いませんが、如何ほどの量を?」

 

「我が国は年間8000万トンの食糧を求めています。」

 

「8000万!?」

 

「お待ち下さい。8000万トン全てを貴国で賄おうとは思っておりません。その内いくらかを購入させていただければと。」

 

 8000万トンの量に驚くハガマ侯爵を田中は慌ててフォローする。

 

「そ、そうですか……。どのくらいの量を輸出できるかは公都に問い合わせませんと……。」

 

「ハガマ様の一存で決まらない事は重々承知しています。貴国の政府にお伝え頂ければ幸いです。」

 

(8000万トンか……。ニホン国はムーから食料を集めて来いと指示されたのだろうな。文明国も大変なのだな……)

 

 ハガマは、あれだけ巨大な軍船にのる文明国であれ、苦労が絶えないのだと思い不思議と親近感が湧いてきた。

 8000万トンも集めないといけないのでは、東の果てまで来るのも納得できる。

 

「どれだけ集められるか分かりませんが、最大限の努力はさせて頂きます。」

 

「おぉ……!助かります。」

 

 田中はハガマ侯爵の前向きな発言に安堵する。

 

「それで、購入費なのですが……。こちらから同額の相当するものを輸出することで対応願えませんか?」

 

 クワ・トイネの通貨は金貨・銀貨・銅貨でクイラ王国で製造されている物だった。

 このあたりの共通通貨はパーパルディア通貨だそうだが、日本にはない。

 日本円で支払ってもクワ・トイネは喜ばないだろう。

 

「問題ありません。我が国を豊かに出来る物でしたら何でも買わせて頂きたい。できれば……」

 

 ハガマは思う。もし、あの軍船を購入できたら……

 もしくは同席している、禍々しい服を着た魔法使いの持つ杖が購入できたらと。

 文明国が最新の技術を非文明国に売ることはないだろうが、ダメ元で言ってみる。

 

「タナカ殿が乗ってこられた軍船と同じ物、もしくは旧型のものを輸出できますか?」

 

「申し訳ございません。新世界技術流出防止法により、軍艦の輸出が禁じられており……。」

 

 日本がこの世界に来て直ぐ、いや、調査した結果、近隣国家が木造船ばかりだと知って、

 日本の技術がオーバーテクノロジーになるのと判断し、新世界技術流出防止法がスピード可決されたのだ。

 

 そう、我々はこの世界では部外者なのだ。

 

「タナカ殿、頭を上げてください。では、こうしませんか?

 互いに使節団を派遣し、貴国から見た我々に必要なもの。

 我が国の使節団が日本を見て、法の適用範囲外になるもの輸出していただくと。」

 

 そう、ハガマの狙いはこれであった。

 ロウリアと対抗するため文明国からみて、どうすれば発展できるか

 クワ・トイネ使節団が、ニホンという文明国をみて未来技術の一端を掴んできてほしいと。

 

「素晴らしい提案です。その方向で調整させていただきます。」

 

 こうして、日本とクワ・トイネの初会談は成功裏に終わった。

 

 

 余談ではあるが、この後に催されたパーティーで食べたクワ・トイネの食物は結構美味しかった

 日本産には少し劣るが、前中世レベルでこの味は想定外だったと。

 

 

 

 

「田中さん、あの兎耳って本物なんですかね?」

 

 護衛の陸軍兵士が尋ねる。

 

「動いていましたし本物だと思いますけど、あまりジロジロ見ては失礼かと思いまして」

 

「本物かは聞いてみないのですか?」

 

「気になりますが、文化も違いますし触れないほうが安全でしょう。」

 




●通貨
クワ・トイネ公国とクイラ王国はクイラが発行するクイラ硬貨を使用している
金属加工が盛んなため品質はいいが、細部の装飾は潰れていたり、形も歪んでいたりする。

ロウリア王国ではロウリア硬貨を使用している。
クイラ硬貨より質は悪い。

●クワ・トイネ海軍
ガレー船の一種、三段櫂船が主力。
左右にバリスタが1つずつ設置されている。

●マイハーク市
北東の経済都市。クイラ王国との玄関口で交易が盛ん。
主な輸入品:金属製の武装、傭兵

●人物詳細
ハガマ・マイハーク侯爵
種族:人間
年齢:47歳
身長:173cm
顔 :西洋風のダンディ。彫が深い
髪 :天然パーマの茶髪


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03. クワ・トイネ使節団 ―出国―

登場人物

●日本
田中:外務大臣政務官

●クワ・トイネ公国
ハンキ :中央第1騎士団団長(ドワーフ)
カナタ :クワ・トイネ公国君主(エルフ)
リンスイ:外務卿(人間)
マイラ :マイハーク市の筆頭外交官(ウサ耳獣人)


 2019年1月21日(中央暦1639年1月21日)

 

「本当に海上に浮かぶ城の様だ……」

 

 クワ・トイネ公国 中央第1騎士団団長のハンキ将軍は軍艦「金剛」を見上げて呟く。

 全長は150mを越えるであろう、その巨大さに圧倒される。

 

「陛下が私を指名した意味が、ようやく分かった。」

 

 ハンキは一週間前にカナタ公爵に呼び出されたことを思い出す。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 中央暦1639年1月14日 午後――――

 

「一体何なのだ? 陛下が定例会議以外でお呼びになるとは?」

 

 ハンキ将軍は、クワ・トイネ城の回廊を歩きカナタ公爵の元へ向かう。

 2mを超える長身に筋肉隆々でマッシヴなドワーフの肉体、その上に分厚い鉄の鎧を身に纏っている。

 まるで岩が歩いているかのようだ。

 

(先日、文明国がマイハークに現れたと聞いた。まさか、文明国と戦端が開かれるというのか!?)

 

 ハンキは知らず知らずに早足となっていた。

 

 

 

 

「待っていましたよ、ハンキ将軍」

 

 私が執務室に入ると執務室にはカナタ公爵陛下とリンスイ卿が居られた。

 

「陛下。それにリンスイ卿も。本日はどうされたのですか?」

 

 陛下たちは随分と落ち着いておられるようだ。

 であるならば、文明国と事を構えるという最悪の事態ではないということである。

 

「はい。貴方に重要な使命を任せたいのです。

 将軍としての力量と貴族としての品位を兼ね備えた人物を私はハンキ将軍、貴方以外に知りません。」

 

「過分なお言葉、身に余る光栄であります。」

 

 私は陛下の前で片膝をつき、最敬礼を取る。

 陛下の言葉の続きをリンスイ卿が話し始めた。

 

「ハンキ将軍閣下。貴方には文明国ニホンへの使節団の特使として皆を纏めて欲しいのだ。」

 

 なるほど、それで私なのか。

 

 将軍としての力量は中央騎士団より、ロウリアと接する南西騎士団や南東騎士団の方が高い。

 だが、上位国への対応には些か無骨すぎる。

 我々中央騎士団は、将軍としての力量も、他国へ使節として必要な品格も備えている。

 

「ハンキ将軍、やってくれますか?」

 

「はい。その役目、拝命いたします。」

 

「それはよかった。貴方にはニホン国の戦力、戦闘技術、我が国の兵士でも使用できそうな何かがあれば、それを学んできて欲しいのです。

 幸いな事に軍事演習の視察を依頼したところ、快諾をしてくれました。」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 舞台は中央暦1639年1月21日に戻る――――

 

 ハンキ将軍とマイハークのウサ耳外交官マイラ、そして様々な分野、様々な人種の人間が計10人、イージス艦「金剛」の甲板に立つ。

 ハンキ将軍は船の甲板を軽く叩くと、鈍い金属の音が返って来る。

 

(なんと! 本当にこれは金属で出来ているのか!?)

 

「どうかされましたか? ハンキ将軍閣下」

 

 政務官の田中は不思議な行動をするハンキの横に片膝をつき尋ねた。

 

「うむ。本当に金属で出来た船が浮くのだなと思ってな。沈まぬのか?」

 

 そういうともう一度甲板を軽く叩く。

 「金剛」は沈むはずがないとでも言うかのように、ゴンゴンと鈍い音を返す。

 

「ええ、大丈夫ですよ。この海域は既に何度か往復していますし、万が一があったとしても同行する「電(いなずま)」「雷(いかずち)」が必ずあなた方を救出します。」

 

 今回は国賓が乗船するという事で「金剛」だけでなく「電(いなずま)」「雷(いかずち)」が護衛として任務についている。

 これならば、ロウリア海賊と呼ばれるものが現れても確実に撃退する事が出来るであろう。それが日本国の見解だった。

 本当はもっと護衛を付けたいところだが、いかんせん化石燃料も鉱物資源も不足しすぎている。

 

 

 ハンキが船内に入ると更に驚かされる。

 船内は清潔で、さらに外のように明るかったからだ。

 

(文明国とは恐れ入る。これほどまでに技術差があるとは……)

 

 魔道技師からは魔力の反応はないと聞いた。

 

(これが機械文明というものなのか。文明圏の国でこれほどならば、ムーは一体どれほどの……)

 

 ハンキはそう思いつつ、田中に案内されるままついていった。

 

 

「皆様、こちらが日本国内での行程表になります。」

 

 田中はクワ・トイネ使節団に行程表を配布する。

 ハンキ達は上質な用紙を受け取るが、その紙に書かれている記号に首を傾げる

 

「タナカ殿。これにはなんと書いてあるのですかな? 世界共通語とは違うようですが……?」

 

「え!? そ、そんなはずが……」

 

 田中とハンキ達の言葉は通じるが、文章にすると全く通じない。

 田中は日本語を喋っているつもりで、世界共通語なるものに変換されているのかと思い

 ハンキにお願いして英語で話す。

 

「ん!? タナカ殿が何を言っているかも分かりませぬぞ?」

 

 田中は驚愕する。

 

 

 世界共通語=日本語なのだと理解したからだ。

 

 

 何故文字だけ違うのか分からないが、田中は言葉が通じた奇跡に感謝した。

 

「あの……。私が世界共通語に書き写しましょうか?

 言葉が通じるのでしたら、文字に書き起こせばいいだけですから。」

 

 ウサ耳外交官マイラは、おずおずと手を上げる。

 

「申し訳ございませんが、お願いできますか?

 こちらの準備が足りず、ご迷惑お掛けします。」

 

 田中は深々と頭を下げた。

 

「いえいえ!こちらもニホンの方々をお招きするとき、手伝って貰う事になりそうですし!」

 

 それを聞いた使節団は、マイラだけでなく全員が田中が読み上げる声を聞き、自分の行程表を世界共通語に翻訳していった。

 

「お手伝い頂きありがとうございます。それでは、行程を改めて説明させていただきます。」

 

 日程は16日

 1~3日目:船旅で来日

 4~9日目:日本国研修

 10日目:横須賀へ移動。海軍・空軍演習を視察

 11日目:座間へ移動。陸軍演習を視察後、東京へ移動

 12日目:東京を視察

 13日目:東京で会談

 14~16日目:クワ・トイネへ帰国

 

「タナカ殿、質問がある。移動日程は3日とあるが、そんなに早く到着するものなのですかな?」

 

 ハンキは思う。我が国のガレー船ならば、3~4ノット(時速5~7km)が精々だ。

 しかも、北東の荒波では転覆してしまい航海など出来ない。

 

「はい。本艦は20ノット(時速37km)で航行します。

 ここから長崎の佐世保港まではおよそ2,000kmですので、およそ54時間、二日と6時間での到着を予定しています。」

 

(我が国の5倍以上だと!?)

 

 ハンキは呆気に取られる事しかできなかった。

 

 




●クワ・トイネ公国騎士団
中央騎士団、北西騎士団、北東騎士団、南西騎士団、南東騎士団がある。
歩兵、騎兵、竜騎士で構成されている。
中央第1騎士団のように、南西第○騎士団と数字で分けられていて、数字が若い方が格は上。

●実力差
中央騎士団:そこそこの実力。団長には気品が求められる。
南西、南東騎士団:騎士団のエリート。対ロウリアの為に精鋭が集められている
北西、北東騎士団:そんなに強くない。新兵の割合が多い。

●日本の資源状況
石油、ガス:若干だが領海内に存在。
鉱物資源:非常に心もとない

●人物詳細
ハンキ
種族:ドワーフ
年齢:36歳
身長:208cm
顔 :中東風で彫が深くゴツイ
髪 :ブロンズで短髪


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04. クワ・トイネ使節団 ―来日―

登場人物
●日本
田中:外務大臣政務官
後藤:日本海軍大佐。金剛艦長

●クワ・トイネ公国
ハンキ:中央第1騎士団団長(ドワーフ)酒が好き。
ヤゴウ:第三飛龍隊隊長
ハガマ:侯爵。マイハーク市の領主(人間)



 2019年1月24日(中央暦1639年1月24日)

 

「本当に3日で着いてしまった……」

 

 ハンキは3日前を思い出す。

 

 軍船の速度は非常に速く、ロデニウス大陸は見る見るうちに小さくなっていった。

 

 船の中は快適で、第三文明圏のフィルアデス大陸へ向かったときより遥かに心地よかった。

 あの時のことは思い出したくもない。まるで奴隷になった気分だった……。

 

 それに、港には「金剛」のような数多くの軍船、いや軍艦が停泊していた。

 

(なんと壮大なのか!)

 

 こんな光景、第三文明圏でも見た事がない。

 

「皆様、こちらへお越し下さい。こちらから下船できます。」

 

 艦長の後藤大佐に別れを告げて、タナカ殿の案内に従い「金剛」と呼ばれる船から下船した。

 彼からは、ガレー船による様々な戦い方を学ばせて貰った。

 ガレー船の戦法ならば「新世界技術流出防止法」にも抵触しないらしい。

 また帰りに話を聞きたいところだ。

 

「タナカ殿。貴国では軍隊による整列はないのですかな?」

 

 我が国では、賓客を迎えるとき兵士が通路に沿う様に並ぶ。

 これは国の戦力を見せて安全である事を示すためだ。

 

 タナカ殿に私の言葉の意味を伝えると――――

 

「え!? あぁ! マイハーク市での歓迎にはそのような意味が……。」

 

 タナカ殿にマイハークでの話を聞くとハガマ卿は失敗したようだな。

 ハガマ卿の代わりに謝罪すると、

 

「いえいえ! 貴国の文化ですから。あの時のことが歓迎の証と知ることが出来てよかったです。」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 2019年1月30日(中央暦1639年1月30日)

 

 日本に着いてから一週間。

 日本の交通法など、様々な注意点を受けた。

 

 日本には自動車と呼ばれる鉄の馬車がたくさん走っていて、ルールを逸脱すると轢かれて死んでしまうとの事だ。

 さらには電車と呼ばれる鉄の蛇も走っており、これも命の危険性があるとの事。

 特にエーアイセンヨウレーンという道路には立ち入りが厳禁だということだ。

 人が操らない鉄の馬車がたくさん走っていて人が入れないようになっているが、間違えて入ると凄い勢いで警報が鳴り犯罪になってしまうらしい。しかも高い罰金まである。

 

 武装に関しては本来、剣も帯刀不可だそうだが、今回は特別に許可が下りているらしい。

 今後、クワ・トイネ人が日本に来るときは、個人が武器に類するものは持ち込む事ができないようだ。

 日本人は警察という治安部隊のみ武器を所有しており、一般人は武器を持っていないそうだ。

 

 

 この一週間研修のために滞在したホテルという宿は、とても煌びやかで快適だった。

 電気という軍艦でも見た光の機械がそこら中にあり、風呂も広く、クーラーという機械で室温、湿度が快適になるよう調整されていた。

 食事も様々な味付け方の楽しめて、私はスペアリブというスパイスを効かせた骨付き肉がお気に入りだ。

 ビールとよばれるエールの一種とワインにとてもよくあう。

 

 そうなのだ!酒も日本国は非常に美味し、様々な種類がある!

 焼酎や日本酒という穀物から作る酒や、酒を蒸留して造るブランデーやウイスキーといった…………

 

 

 ―あまりに長いのでカットされました―

 

 

 ということで酒は「新世界技術流出防止法」適用外だということなのだから、是非輸入するべきだ!!!

 

 少し熱くなってしまったが、日本はとんでもなく裕福だという事だ。

 このような待遇は金持ちだけでなく、品質に差はあれど普通の市民も享受できるという事だ。

 ただ、機械と呼ばれる品は「新世界技術流出防止法」に抵触するらしい……残念だ……。

 

 

 

 ホテルのハンキの部屋でハンキは、もう一人の騎士と話し始める。

 

「ヤゴウ。お主は日本を如何感じる?」

 

「如何、といわれましても……。何から何まで規格外としか……。文明が高度すぎて、何を学べるか探すのも一苦労です。」

 

 第三飛龍隊隊長ヤゴウはため息をつく。

 

「ヤゴウから見てもそうか。」

 

「ハンキ将軍閣下でさえ難しいのですか……。」

 

 室内に2つのため息が流れる。

 目的を達成するのは中々困難そうだと二人は思ったのだった。

 

 

 

「ここが福岡市ですか……。長崎市より高い建物――――高層ビルも人もとても多いですね。田中殿、これでも首都ではないのですか?」

 

「はい。福岡市は九州で最も人口が多い都市で250万人住んでいます。しかし、首都東京の23区ですと、1800万人の人が暮らしています」

「1800万人……。」

 

 ハンキは開いた口が塞がらなかった。

 クワ・トイネ公国の人口は1800万人。文明圏外ではロウリアの3800万人に次に多い。ちなみにクイラ王国は700万だ。

 3国ともクワ・トイネの農産物のおかげでこれだけの人口を支えられる。

 ロウリアに関しては強奪だが……

 

 日本の国土はロデニウス大陸の1/10しかなく、クワ・トイネの40%しかない。

 それなのにクワ・トイネの10倍の人々が暮らしている。

 最初180,000,000人が暮らしているなんて、流石に盛り過ぎだと思ったが、長崎市、福岡市をみると事実だと思えてくる。

 

「これから、リニア新幹線に乗って東京まで向かいます。博多駅8:06発のリニアに乗って、東京駅10:31着となります。」

 

 クワ・トイネの人たちは朝5時に起きるので、これでも遅いくらいだ。

 

(時速600km、ワイバーンの2倍超の速度で陸を走るのか……)

 

 ハンキは不安に思いながらリニア新幹線の座席に座った。

 隣では田中が只のイスに座るかのように平然としている。

 そして、1分も違(たが)えることなくリニア新幹線は発車した。

 

 トンネルが多いリニア新幹線だが、所々は外の景色が見える。

 

「速い!? トンネルの中では実感が湧かなかったが外の景色を見るとこれほどとは!!」

 

 竜騎士ヤゴウは自分の駆るワイバーンより速く走るリニア新幹線に驚愕する。

 この速度でたくさんの人を運べるとうことは、兵士も物資も日本中から簡単に集められることを示していると理解し更に驚愕する事になる。

 

 

 

 東京から横浜まで新幹線を乗り継ぎ、横浜からは横須賀軍港まで車で移動した。

 

 ハンキ達は東京の高層ビルが見れなかったのが残念だったが、東京駅構内は人、人、人!

 人で地面が見えないくらいだった。公都の最も栄えた通りでさえ1/10もいないだろう。

 ハンキ達はSPに誘導されていた為、人ごみの中に紛れるような事はなかったが、もしあの中に放り込まれたら人の流れに飲まれてしまっていただろう。

 

「東京駅とは何とも凄いところでしたな。」

 

 ハンキ達は昼食を取りつつ、東京駅の凄さを口々に語り合う。

 

「そうですね。1つの駅が朝から晩まであの調子な様ですから、1800万人というのも頷けますね。」

 

「ただ、皆忙しそうでしたな。これだけの国力を生み出すために、平穏を犠牲にしなければならないのかもしれませんね。」

 

 昼食を終えたハンキ達は、日本海軍と空軍の演習会場へと向かうのだった。

 




●クワ・トイネ飛龍隊
クワ・トイネ騎士団(陸軍)の一部。
騎士団の中ではエリート。鐙と手綱しかないのでバランスを取るのが困難。
主な攻撃は、火炎弾と火炎放射。
竜騎士は重量を減らすため武器は短剣しか持たない。
鉄鎧を着用している。

●日本の都市()内は史実の人口
福岡市  : 250万(154万)
東京都23区:1,800万(921万)

●異世界の人口
クワ・トイネ公国:1,800万
ロウリア  王国:3,800万
クイラ   王国: 700万

●各国の土地
ロデニウス大陸 :3,800,000 km²
(オーストラリアの半分)
クワ・トイネ公国:1,000,000 km²
ロウリア  王国:1,900,000 km²
クイラ   王国: 900,000 km²

日本国:400,000 km²(史実378,000)
(南樺太や千島列島を含むためちょっと広い)


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05. クワ・トイネ使節団 ―軍事演習―

●日本
田中:外務大臣政務官
阿野:日本国首相

●クワ・トイネ公国
ハンキ:中央第1騎士団団長(ドワーフ)酒が好き。
ヤゴウ:第三飛龍隊隊長



 2019年1月30日(中央暦1639年1月30日)

 

「ここで日本海軍と日本空軍の演習を見せていただけるのですかな?」

 

 ハンキは自分の使命である、日本軍の戦闘技術の一端でも掴むため来日した。

 途中、酒に心を奪われて目的を見失いかけていただが、軍特有の空気を感じ、自然と取り身が引き締まる。

 

「はい。空軍は浜松基地から、海軍はこの横須賀基地の軍艦が披露します。そろそろですかね、西の空をご覧下さい。」

 

 

 

 

 午後2時――

 

 西の空から、5機の青い飛行機が超高速で飛んでくる。

 

「あれが我が国のマルチロール戦闘機、F-2です。巡航速度でマッハ0.9、およそ時速1100kmです。

 彼らがこれから様々な空中戦闘機動(マニューバ)をお見せします。」

 

 田中殿が話しているうちにF-2と呼ばれる戦闘機は我々の上を通り過でいく。

 そして、遠くで反転して今度は先ほどより少し遅くなって、我々の元へやってくる。

 

(そうか時速1100kmか。ワイバーンの4倍以上の速度か。)

 

 私は最早、達観していた。日本に驚かされるのは当たり前なのだ。

 むしろ驚かされないときの方が、驚きだというべきだろう。

 

「ヤゴウよ。貴公はあのようなマニューバと呼ばれる動きは出来るか?」

 

 田中殿が1つ1つ戦闘機の動きを説明してくれる。

 ロールやインメルマンターン、ロー・ヨー・ヨーなど、あれほど高速にもかかわらず自在に空を駆け巡る。

 まさに空の覇者に相応しい。

 

「いえ、我々があんな事をすればワイバーンから転落してしまいます。

 ですが、あの中のいくつかでも出来ればロウリア飛竜隊にも善戦出来ると確信します。」

 

 ワイバーンの空中戦はいかに後ろを取り、火炎弾をお見舞いするかにかかっている。

 飛行機も戦い方自体は同じ様で、マニューバと呼ばれる技で相手の後ろをいかにして取るかを磨き上げたものなのだろう。

 

 

 十数分間、飛行技術を見せて貰い日本空軍の演習は終わった。

 

「田中殿。日本にはあのような戦闘機はどれほど居られるのですかな?」

 

 田中殿は少し考え込み――――

 

「F-2戦闘機は現在、各空軍基地合わせて141機配備されています。

 他にはF-35、F-15JXやF-3が存在するのですがこちらの方は申し訳ございませんが……」

 

(なるほど、私たちに見せてもいい戦闘機はF-2だけということか。とすると、他の戦闘機はF-2より強力という事だろうか?)

 

「4機種も存在するという事は、それぞれに役割があるということですな?」

 

「そうですね。どれがどの役割とは申せませんが、対艦戦を想定したタイプ、低強度の戦線を想定したタイプ、最新機との戦闘を想定したタイプですかね。」

 

(ふーむ。ただワイバーンだけを育てればいいというわけではないのか。

 たしかに、相手にワイバーンがいない場合、火喰い鳥だけでも十分な戦力だ。それにワイバーンより育て易いし使役もしやすい。)

 

(現在はロウリア王国が多数のワイバーンを使役しているため、そこまでの事は考えられないが、

 いずれ、ワイバーンロードなど更に強力な飛竜が育成できたときは考える余地があるということか。)

 

 

 

 思案している間に、次の海軍演習が始まる。

 

「あの軍艦は「那珂」といいます。「金剛」とは姉妹艦、同じ種類の軍艦です。

 今回は事前の打ち合わせどおり、海上4km先に浮かぶ物体に命中させます。」

 

 田中殿がそういうとUAVという偵察機の映像が大きなスクリーンに映し出される。

 

「リンゴが2つ風船に吊るされておりますな。あれを?」

 

「はい。それでは海軍の皆様、お願いします。」

 

 田中殿の合図で一門の大砲が動き出す

 

(やはり、パーパルディアの戦列艦に比べると迫力に欠けるな)

 

 そう思っていると、

 

 ドゥッ!ドゥッ!――――パァン!!パァン!!

 

 大砲が二回立て続けに砲弾を発射した。

 そして、スクリーンに映し出されたリンゴが弾ける。

 

「流石日本ですな。大砲の発射間隔といい、射程といい。なにより一発必中とは。」

 

(うむ!技術力がケタ違いすぎて参考にできるモノがない!!)

 

 先日「金剛」艦長の後藤殿に昔の海軍戦術を聞いておいてよかった。

 何も持ち帰れないところであった。

 

 

 

 2019年1月31日(中央暦1639年1月31日)

 

「本日は、この座間陸軍基地で歩兵分隊の演習をお見せします。それでは、陸軍の皆様お願いします。」

 

 兵士4人が斑の禍々しい格好かつ機敏な動きで現れて、黒いアサルトライフルという銃を構えた。

 兵士が狙う100m先にはコンクリートブロックが置かれている。

 

「撃ち方――――始め!」

 

 一人の兵士の合図と共に――――

 

「タタタタッッ!!タタタタッッ!!タタタタッッ!!」

 

 光の弾が4人の兵士から飛び出す。

 数秒後に撃ち方、終わりと言って撃つのを止めてアサルトライフルを肩に掛けなおす。

 

(ん?もう終わりなのか?)

 

「さ、ハンキ将軍閣下。皆様、こちらへ。」

 

 田中殿に案内されてコンクリートのほうへ向かう。

 すると、コンクリートが穴だらけになっていて、銃弾がかなり奥まで入っている事がわかる。

 

「なるほど、あれだけの戦力でこれだけの戦果を上げられるのですな。流石日本ですな。」

 

(私たちの纏う鎧も簡単に打ち抜けそうだな。100mも先から撃たれたら近づく前に終わってしまうな……)

 

 

「次は、迫撃砲をお見せします。」

 

 先ほどの4人が変な筒を地面に置き、何か準備をしている。

 

「準備良し!」

 

「確認良し!」

 

「迫撃砲――――撃て!!」

 

 すると上空に何か撃ち出される。

 あれは爆弾というものらしく、落ちると周囲が爆発するそうだ。

 

「だんちゃ――――く、今!!」

 

 隊長らしき一人が男が、今というのと同時に

 

 ドォン!!

 

 500mほど先に爆弾が爆発する音が聞こえる。

 

(なるほど、あんな遠くから撃たれたら、兵士数が100倍こちらが多くても近づく前に全滅だな)

 

「流石日本ですな。兵士一人ひとりが非常に強力だ。」

 

 私は決して日本を敵に回してはいけない事を強く誓う。

 日本が戦う気になれば、ロデニウス大陸が滅びる。それは間違いないと確信する。

 

 

 

 

 さすにほ

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

「田中さん、クワ・トイネ使節団の方々は如何でしたか?」

 

 田中は首相官邸に呼ばれていた。

 

「はい。軍事演習はつつがなく終わりました。皆様、興味を持ってご覧下さいました。」

 

 阿野首相が聞きたい事はそれではなかった。

 

「それが僥倖です。ですが、将来的に他国から威圧ではないかとつつかれる心配は?」

 

 そう、将来的に不利となる外交カードは貰いたくないのだ。

 空軍の調査により、日本周囲には最も近代的で戦列艦「程度」。

 だが、南のロデニウス大陸と西の大陸でガレー船と戦列艦程の差がある。

 大陸によって文明が大きくことなる場合、日本国のような現代戦力が無い保障はない。

 そのときに、この演習が威圧ではないのか? と言われたら困るのだ。

 

「問題ありません。空軍は機関銃含めて武装を一切搭載していませんし、海軍に関してはウィリアム・テルの様な曲芸を披露したに過ぎません。

 陸軍に関しては、銃を持っていたため最も懸念ではありますが、機甲師団は出さず、最小構成の4人で事に当たりました。

 外部には演習ではなく、陸軍兵士の武装の紹介と出来るように、日付もずらしてあります。」

 

「そうですか。では、当面問題ではないという判断でよろしいですね?」

 

「はい。」

 

 阿野は安堵する。自分の代でこんな事になってしまうとは……自身の政治活動の成否に関わらず、歴史に残ってしまう。

 善政であれば歴史に残って欲しいが、悪政でも、大した成果が無くても歴史に残ってしまうのだ。

 

 阿野と田中は今後の予定を話し合い、面会を終えた。

 




●日本海軍
主に登場するのはミサイルイージス艦、ミサイル駆逐艦、空母、潜水艦、強襲揚陸艦くらい
潜水艦、強襲揚陸艦は出番があるかは怪しい。

・主な命名規則
旧駆逐艦の名前はミサイル駆逐艦、潜水艦
旧巡洋艦の名前はミサイルイージス艦、強襲揚陸艦
旧戦艦の名前はミサイルイージス艦、空母
旧空母の名前は空母

●海軍基地と主な空母
横須賀:大和、赤城、伊勢
舞鶴 :三笠、加賀
呉  :長門、出雲
佐世保:日向、翔鶴、武蔵
大湊 :陸奥、瑞鶴

由来は下記の通り
自衛隊のヘリ護衛艦:日向、伊勢、出雲、加賀
海軍旗艦:大和、三笠、長門、陸奥、武蔵
航空空母:赤城、加賀、翔鶴、瑞鶴

●日本空軍
装備
F-2、F-35、F-15JX、F-3、C-2、E-737、UAVなど
F-2:配備数141機。最も旧式
F-35、F-15JX:ライセンス生産している
F-3:第5世代戦闘機。対F-22を想定して開発された。
UAV:現状は偵察任務で使用されている


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06. クワ・トイネ使節団 ―会談―

登場人物
●日本
田中:外務大臣政務官
阿野:日本国首相

●クワ・トイネ公国
ハンキ :中央第1騎士団団長(ドワーフ)
マイラ:マイハーク市の筆頭外交官(ウサ耳獣人)



 2019年2月1日(中央暦1639年2月1日)

 

 昨日、クワ・トイネ使節団は東京の街を観光し、これが文明国だ!

 というものをまざまざと見せ付けられた。

 

 300mを超えるビル群が立ち並ぶ、東京スカイスクレイパー(一般的にはトウキョウマテンロウというらしい)

 ビルの壁一面に取り付けられた巨大な魔導通信(街頭スクリーン)、

 国民のほぼ全員が持っている小型の魔導通信機(スマホ)、鉄の馬車(自動車)がスムーズに進めるように作られた高度な交通システム。

 様々な店が1つのビルの中に店を構えていて、何でも揃ってしまう商業施設。

 分単位で沢山の鉄蛇(電車)が沢山の線路を行き交う。

 食べ物も様々な種類があって、しかも美味い!

 

 とにかく素晴らしいものが多いが、何よりも凄いのは、

 誰もが戦争など起きるはずも無いと確信して生活している。

 これは軍備に絶対の自信がある表れだと思う。

 

 これらの全てに魔法技術が一切使われていないというだから、

 機械技術というのも極めれば魔法技術にも勝るという事がよくわかる。

 

 

 

 ――――そして、会談当日。

 

「私達、クワ・トイネ公国からは食料を6000万トン納める事ができます。」

 

 マイラの爆弾発言に田中を始め、日本国側の出席者は驚愕に包まれる。

 現代のオーストラリアでさえ主要農産物の生産状況は8000万トンなのだ。

 その1/4の国土で、さらに技術力も中世程度。

 それなのに国土あたりの生産量はオーストラリアの3倍だ。

 日本は比べるのが恥ずかしいくらいだ。

 

 農産物に関してクワ・トイネは、既に現代以上という事になる。

 

 北海道の更なる開発や国内の休耕地の復活、水産資源が大幅に増えた事、食品廃棄の自主規制により国内で2000万トンは賄える試算だ。

 つまり、クワ・トイネからの輸入を合計すれば8000万トン。

 年間の不足量を補う事ができる。

 

 相変わらず輸入に頼る事にはなるが、クワ・トイネのおかげで国民を飢えさせる事はなくなる。

 日本国側は一安心した。

 

「ただ……」

 

 マイラの申し訳なさそうな顔に、日本国側も表情が陰る。

 

(やはり、そう簡単には解決しませんか……)

 

「内陸部から沿岸部までの輸送に時間がかかってしまい、半分以上は腐敗してしまう事も分かっていて……」

 

「でしたら、クワ・トイネ公国の交通整備を我々日本国にやらせて頂けませんか?」

 

 トラックや鉄道をクワ・トイネ内に持ち込む事になるが、「新世界技術流出防止法」通称「技術防止法」も命に関わる場合は適用範囲外となる。

 

「おぉ!それはありがたい!」

 

 今度はハンキをはじめ、クワ・トイネ側が驚く事になる。

 文明国の製品がクワ・トイネ国内に流れ込めば、間違いなくクワ・トイネは発展する。

 誰もがそう確信している。

 

 

 

 食糧輸入に関しての話が終わり、次は日本国からクワ・トイネ公国への輸出の話になる。

 

「田中殿、不躾なお願いなのは重々承知しています。日本の武器を輸出願えませんか?

 もちろん今回見せて頂いた最新の武器ではなく、剣や槍、鎧や弓矢など我々が使用しているものを、日本国の技術力で作って頂けるだけでも十分強力になると思うのです。」

 

 確かに旧世代の武器であれば「技術防止法」適応範囲外だろう。

 素材に関しては元々「技術防止法」で定義されていない。これはプラスチック製品を輸出できる様にするためでもある。

 ハンキ将軍の言葉に日本国側は悩む――――そのとき

 

「分かりました。クワ・トイネ公国との友情のために輸出しましょう」

 

 会談の同席していた阿野首相が口を開く。

 

「首相、よろしいのですか?」

 

「はい。クワ・トイネ公国がこれだけ努力して下さっているのです。我々も受けた恩に報いねばなりません。」

 

「ですが、鉱物資源が……」

 

 

 そうなのだ。鉱物資源を殆ど輸入に頼っていた日本では、鉄でさえ大盤振る舞いは出来ない。

 そこにマイラが口を挟む。

 

「鉄などの鉱物資源でしたら、我が国の東にあるクイラ王国が主要生産物としております。クワ・トイネ公国はクイラ王国から鉱物資源を輸入していますので、資源量は十分あると思います。」

 

 マイラの言葉によると、鉄だけでなく銅、銀、錫など様々な鉱物が産出されるらしい。金、プラチナも少量だが産出するそうだ。

 農産物だけでなく、工業資源も解決しそうな勢いに日本側の顔が明るくなっていく。

 

「マイラさん、このような色や形鉱石をご覧になった事はございますか?」

 

 田中はアルミ(ボーキサイト)やクロム、ニッケルなどの鉱物資源の写真をマイラに見せる。

 

「う~ん……。鉱物はあまり詳しくないので……。でも、このボーキサイトっていう赤い鉱石は見た事あります。

 以前、クイラ王国から使い道が無い鉱石として見せて貰った事があります。」

 

 おぉ……! 日本国側からどよめきが起きる。

 

「マイラさん!もしかしたら、ですが。このような黒い水。石油、もしかしたら燃える水というかもしれませんが、見た事ありますか!?」

 

 テンションの上がる田中は身を乗り出して、石油の写真を見せる。

 

「む、それなら私が見た事ありますぞ!クイラ王国はそんな使い道の無い危険な水が湧いて困っているようでしてな。海を汚すから捨てられもしないと嘆いておりましたぞ。」

 

 ハンキ将軍の言葉に日本側から悲鳴にも似た歓声が上がる。

 

「田中殿。私からクイラ王国に話をしておきましょうか? 日本国がクイラ王国と国交を要望していると。クワ・トイネとクイラは長い間、同盟関係を結んでおりますのでな。」

 

「是非お願いします!!」

 

 

 

 鉱物資源の目処が立ったため、鎧は胸甲、ヘルメット、ガントレット、グリーブなどのある程度共通規格化できる主要部を日本が輸出し、調整や他の部分の作成をクワ・トイネが行う事で産業を潰さないように配慮する事で合意。

 盾や剣、槍は金属部分のみ日本が輸出。持ち手など金属由来でない部分をクワ・トイネで製造する。

 (実際にはクイラ王国の輸入に頼るらしいが)

 

「これが弓なのですか? ゴテゴテして不思議な形状ですな。」

 

 ハンキはアーチェリー場でコンパウンドボウを持って色々な方向から見る。

 アーチェリーの講師から、使い方のレクチャーを受けて放つと

 

「おぉ!これは凄い!私たちの使うものより、命中精度も射速も射程距離も全てが素晴らしい。

 敵に当てるだけなら、今まで使っているものより訓練期間が短縮できるだろうし、

 弓ごとに質が変わらないなら習熟訓練の時間を省くことも出来る。」

 

 一般兵には価格の抑えられたリーカブボウでも十分、戦力向上が図れるだろう。

 弓矢の扱いが長けるものにはコンパウンドボウ部隊、

 通常弓兵のリーカブボウ部隊で分ければ、射程距離毎に部隊配置を変える事もできる。

 

「こちらも輸出していただけると?」

 

「はい、問題ございません。」

 

 技術的には後世のものであるが、精密機械でも電気機械でもないため技術防止法には抵触しない事は確認済みだ。

 最悪の場合でも機関銃、ミサイルに比べれば遥かに劣るのも一因だ。

 

 弓一つでこれだけ違うのだ、他の武装も楽しみでならない。

 ハンキはそう思うのだった。

 

 

 

 因みに日本円とクイラ硬貨のレートは下記のようになった。

 銅貨1枚=10円

 銀貨1枚=1,000円

 金貨1枚=100,000円(10万円)

 白金貨1枚=10,000,000円(1,000万円)

 

 当面は固定相場制で、両国が安定してきたら変動相場制に移行する予定だ。

 

 

 

 会合を終えて、ハンキは田中と話す。

 

「私たちは日本と国交を結べて非常に嬉しく思います。」

 

「それはこちらも同じです。親しい隣国として共に繁栄していければと思います。」

 

「それを更に確実とするためには、クワ・トイネ人の多くが日本の素晴らしさを知る必要があると思うのです。」

 

 話の雲行きが変わっていき、田中は心の中で身構えつつハンキの言葉の続きを聞く。

 

「そこで、今回行っていただいた軍事演習をクワ・トイネでも行って欲しいのです。」

 

「えぇ!!?」

 

 田中はハンキの爆弾発言に驚愕する。

 自国に他国の兵を向かわせるだけでも大問題なのに、国内に駐留し、さらに演習まで行えというのだ。

 

「ほ、本気なのですか……?」

 

「うむ。ロウリアという外敵がいる以上、軍事力の頼もしさが最もクワ・トイネに大事なのです。

 もちろん陛下にも上奏しますが、恐らく問題ないでしょう。

 土地も私の家が持つ領地を使えるよう、弟に打診します。」

 

 ハンキは本気だと田中は直感する。本当に軍を国内に入れろといっているのだ……。

 

「わ、私の権限では……決定権がございません。首相に報告いたしますが……何分繊細な案件ですので……」

 

 ハンキの提案をビデオカメラに収めることを依頼して、撮影した動画を首相に見せる事になった。

 




生産量は農林水産省の資料から抜粋。
オーストラリア: 8,000万トン
アメリカ   :69,000万トン
ロシア    :23,000万トン
中国     :91,000万トン
EU加盟国合計 :73,000万トン
インド    :88,000万トン
こう見ると、米中印が激ヤバですね

●クワ・トイネ弓兵隊
木材と植物繊維を使った長弓を使用する。
個体差も大きく、弓兵の訓練には長い時間を要する。
有効射程距離は40m程である(和弓は50mほど)
クロスボウはない。


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07. クワ・トイネ使節団 ―帰国―

登場人物
●日本
田中:外務大臣政務官
阿野:日本国首相

●クワ・トイネ公国
カナタ :クワ・トイネ公国君主(エルフ)
ハンキ :中央第1騎士団団長(ドワーフ)
リンスイ:外務卿(人間)
ハスド :ハンキの弟。バニル領領主で爵位は侯爵(ドワーフ)
マイラ :マイハーク市の筆頭外交官(ウサ耳獣人)

●クイラ王国
シーラ :経済都市イアンの外交官(ドワーフ)
テヘンラ:クイラ国王(狼系獣人)



 2019年2月某日(中央暦1639年2月某日)

 

 振り返ってみればあっという間だった。まるで夢の世界の様であったとクワ・トイネ使節団は思う。

 既に日本国という文明国と接触を持っているということは、多くの人が知っている。

 彼らは日本がいかに素晴らしいかを、どのように説明すれば分かってくれるか大いに悩んでいる。

 

 

 

「ハンキ将軍。日本は如何(いかが)でしたか?」

 

 執務室でカナタがハンキに尋ねる。

 

「はい。文明国と非文明国との差がどれ程なのかは実感しました。

 万が一にでも戦えば、ロデニウス大陸が容易く滅ぶでしょう。」

 

「な!? 流石にそれは盛りすぎではないかね?」

 

 同席する外務卿のリンスイがハンキの言葉に噛み付く。

 クワ・トイネだけでなく、クイラ、ロウリア全てを相手取って完勝するなんて常識ではありえないからだ。

 

「私の目を、使節団の目を疑うのか?リンスイ卿。貴公の部下も使節団にいたはずだが?」

 

 ハンキがリンスイをじろりと睨むと、リンスイはたじろぐ。

 

「リンスイ卿。ハンキ将軍の言葉は真でしょう。コンパウンドボウ?でしたか?

 ハンキ将軍が譲り受けたあの弓の威力を見ただけでもそれは明白です。

 敵の射程外から攻撃できるのは、それだけ大きな優位性を持ちます。」

 

 カナタは先日見せて貰ったコンパウンドボウの威力を思い出す。

 国中に溢れる食べ物の代わりにあれを貰えるなんて、世の中は何が起きるか分からないモノだと思う。

 

「そうですな。それに日本の鉄道と呼ばれる鉄の蛇を主要都市に作ってくれれば、モノの流通も大いに捗る事でしょう。」

 

 ハンキは田中からディーゼル機関車という、電車の前身の列車をクワ・トイネに引くといっていた。

 電車では電気という力が必要だそうで、クワ・トイネでは設置できないからだといっていた、

 路線幅も日本と同じ物を使ってくれるらしい。本当は広いほうが輸送には適しているのだが新規開発している時間もないというのが現状らしい。

 

「それと陛下。以前奏上させて頂いた件はどうなっておりますかな?」

 

「軍事演習の件ですね。構いませんよ。文明国が付いているとロウリアに牽制も出来ますし。それに私も見てみたいという気持ちもありますしね。」

 

 カナタは柔和に笑う。美しい陛下が優しく微笑むと部屋の空気が穏やかなものになる。

 女性ならばそれだけで恋に落ちてしまうほどに。

 

「だが、場所は確保できているのかの? 将軍の弟君が治めるバニル領で行うとの事じゃったが?」

 

 リンスイも軍事演習には賛成だ。

 文明国の軍が国内に駐留するという事は、実質文明国の保護を受けていると同等だ。

 ロウリアとの外交に苦心するリンスイにとっても、とても強い外交カードになる。

 

「既に弟からは了承を受けています。バニル市の東50km程の沿岸部の無人地帯を用意しました。」

 

 ハンキ将軍はバニル家の長男であり、ハンキ・バニルという。

 嫡男なので本来であればハンキが領を継ぐのだが、ハンキは将軍の才に長けており弟は統治の才に溢れていた。

 そのためハンキは中央へ行き将軍となり中央との繋がりを構築する。

 弟のハスド・バニルはバニル領を盛り立てる。とバニル家の為に継承権を弟に譲ったのだ。

 

 ハスドはハンキから軍事演習の件を快くよく引き受けた。

 ハスドは未開拓地域を日本に貸し出して、文明国の力で開発して貰う。

 そして北の要所としての地位を築くという思惑を持っていた。

 

 バニル領は北の中央に位置するため、北東のマイハーク市と北西のズイーダ市の中継地点でしかなく、北の侯爵領では不遇であった。

 そのため、今回の件は兄ハンキがバニル領の為に持ってきてくれたのだと確信していた。

 

「ありがとうございます。それではリンスイ、日本国との調整をお願いします。」

 

「はっ!畏まりました、陛下。」

 

 こうして、公国内軍事演習は歩みを進めていく。

 

 

 

◆◆ マイハーク市 ◆◆

 

「なぁ、マイラそれ本当なのかい?」

 

 クイラ王国北西にある経済都市イアンの外交官シーラはマイラに尋ねる。

 ドワーフらしい長身で筋骨隆々なシーラと獣人族のマイラが並ぶと大人と子供のようだ。

 

「ホントよ。せっかく友好的な文明国とのパイプを作ってあげたのに疑うの?」

 

「いやぁ、疑ってはいないけどさぁ……。そこまで想像できない話をされるとなぁ……」

 

 シーラとマイラは互いの両親の時代から20年近くの付き合いだ。

 それにマイハークとイアンは両国の交易拠点になっているので、二人は頻繁に会っている。

 

 クイラ王国からは武装や傭兵、金属製品を輸入している

 そして、クワ・トイネ公国からは食料や船、ヤギなどの育て易い家畜を輸出している。

 クワ・トイネには碌な鉱山がなく、クイラにはまともな草原地帯がない。

 そのため、互いに協力して国を運営している。

 

「まぁ、私もあの素晴らしさを見てるから言えるんだけどね。

 そうだ!今度バニル領で日本国の軍事演習があるの。私と一緒に行く?」

 

 本来誰でもいけるわけではないが、マイラは日本から招待状を貰っているので軍事演習を見る事ができる。

 同行者については招待者の裁量で許可されているので、シーラを誘う事ができる。

 クイラ王国の国王テヘンラにもカナタ公爵を通じて招待状が届いているので、クイラ王国の人間が参加する事も問題はない。

 

「いいのかい?じゃあアタシも同行させて貰うよ!マイラをそこまで魅了させた力を見せて貰おうかな!」

 

「驚くわよ~。流石日本!って言うことになると思うわ。」

 

「ははっ!そりゃ楽しみだね!」

 

 マイラは豪快に笑うシーラを見ながら思い出す。

 東京査察で起きた日のことを――――

 




●バニル市
特産は特になく、マイハーク市とズイーダ市中継地点

●ズイーダ市
北西の非文明国との交易拠点。
食料やクイラ製品の輸出と各国から様々なものを輸入している。

●人物詳細
シーラ
種族:ドワーフ
年齢:28歳
身長:196cm
顔 :浅黒くしっかりとした顔立ち
髪 :固めの赤い髪を後ろでまとめている


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08. クワ・トイネ使節団 ―魔法―

登場人物
●日本
田中:外務大臣政務官

●クワ・トイネ公国
マイラ :マイハーク市の筆頭外交官(ウサ耳獣人)



 2019年1月(中央暦1639年1月)

 

◆◆ 東京(マイラ視点) ◆◆

 

「あいたたた……」

 

 視察中、私の前を歩いていた老齢の女性が突然座り込んだ。

 

「如何かなさいましたか?」

 

 田中さんがその女性に駆け寄って身を案じていた。

 

「じ、持病の腰痛が……。す、すみませんが、バックに入っている薬を……」

 

「薬ですね。失礼します、かばん中を見せていただきます。――――これですか?」

 

 田中さんは女性のかばんの中からプラスチックという半透明の箱を取り出し、女性に見せる。

 

「は、はい。それです」

 

 女性が田中さんから受け取った薬の飲むと一息ついた。

 

「ありがとうございます。助かりました。」

 

「いえいえ、大したことはしていません。」

 

 それでも、女性は完治した雰囲気には見えず顔をしかめたままだ。

 

 

「あ、あの……私が見ましょうか?」

 

 私は意を決して名乗り出た。

 

「え?マイラさんは医学知識があるのですか!?」

 

「いえ、軽症であれば私の回復魔法で治療できますので……」

 

「ええ!? そんな事できるんですか!?」

 

 田中さんはものすごい驚いている。そういえば、日本国は魔法技術を使っていないんだっけ?

 

「おぉ……助かります。何でもいいので腰痛が緩和するのでしたら。」

 

「はい。失礼しますね。」

 

 私は老齢女性の腰に手を当てて――――

 

「くぁwせdrftgyふじこlp……」

 

 私は魔法発動用術式を唱えて、腰痛の原因になっている状態異常を回復させた。

 腰の辺りが緑色の光に包まれて、しばらくして光が消える。

 

「おぉ!こ、腰が全く痛くない!!なんということじゃ!!」

 

 急に女性が立ち上がる。

 

「あ、待ってください。腰は治療しましたが、他の箇所は……」

 

「あたた……足がつって……!」

 

 老女は座りこみ右のふくらはぎを押さえる。

 

「もう……、急に動いてはいけませんよ」

 

 そういって、右足に回復魔法をかけた。

 

 

 

 女性は何度もお礼をいい去っていった。お礼にサファイアの指輪を貰ってしまった。

 そんな高価なものは頂けませんといったが、腰痛に悩まされなくなるならこれくらい安いものです、と。結局受け取ってしまった……。

 

「いったい何が起きたんだ?」

 

 ギャラリーだった人たちが騒ぎ出す。

 

「腰痛が治ったの?」

 

「あの老婆滅茶苦茶元気になったよな?」

 

「持病のヘルニアが治るなら、100万……いや、200万は出せるぞ!」

 

「しかもカワイイ……!!」

 

「さっきの撮ればよかった。」

 

「あの光、撮つんのかな?」

 

「わかんね。」

 

「雑ぅ!」

 

 日本人が殺到しそうになるが――――

 

「皆さん!落ち着いてください!!」

 

 田中さん達やSPの人たちが人ごみを押さえているうちに、私たちは場所を後にした。

 

 

 

「すみません。勝手な事をして……」

 

「いえ、こちらこそトラブルを抑えられず……。それに、女性の病気を治して頂きありがとうございました。」

 

 田中さんから話を聞くと魔法は日本には一切なく、代わりに医術と呼ばれる技術が発達しているそうだ。

 

 私たちの国では自分の風邪などの軽い病気は自分で治す。

 子供でも遊んで時に出来た怪我なんかは、自分で治療しているくらいだ。

 体調を整えるためにも毎晩、回復魔法で癒すのは日課ですし、農業でも魔法は使います。

 それくらい私たちにとって魔法は身近なもの。

 

 もしかしたら――――

 

「田中さんも回復魔法、試して見ますか? お疲れのようですし。」

 

「え? えぇと……そうですね、お願いします。」

 

 田中さんは少し悩んでから申し出を受けてくれました。

 他国の申し出を断るわけにはいかないと思ったのだろう。

 田中さんの情に付け入った様で申し訳ないが、クワ・トイネ公国の価値を少しでも高めなければならない。

 日本国ならば、いずれ国土を大きく広げるだろう。そのとき、農業しかない私たちは切り捨てられかねない。

 

「では失礼します。くぁwせdrftgyふじこlp……」

 

 田中さんの肩に手を当てて魔法起動術式を詠唱する。

 田中さんの両肩が緑の光に包まれては消える。

 

「おぉ!これは凄い……!まるでコリなど無かったようです!」

 

 

 

 

 田中は日本が異世界に転移してから碌に休暇も取れていない。

 だから結構疲れが溜まっていた。肩だけだが、老婆もきっとこのような感じだったのだろうと。

 

(これは凄い技術だ!日本では医者が足りておらず、医師の休養がしっかり取れていない状況だ。

 だが、これならば軽微の怪我や病気は魔法で癒せる。癒しきれないものはそれだけ重度な容態だということの証明にもなりそうだ。

 ただ……。もしかしたら医療技術が後退してしまうかもしれないな……。

 いや、逆に研究に注力できて医療の発展になる可能性もある。)

 

 田中だけに限らず、他の日本の人々もそれぞれ回復魔法を経験していた。

 皆が一様に魔法の効果に驚いている。

 

「この力を日本国の皆さんに役立てる事はできませんか?」

 

 マイラを含め、クワ・トイネの使節団は助力を願い出た。

 

「分かりました。皆様のお力を日本に貸して頂けますか?」

 

 様々な手続きや日本国内でどのように活動して貰うか考える事は山積みだが、異世界に来て初めて誼(よしみ)を結んだ方々が力を貸してくれるのだ。頑張らなくては!

 と、田中は思う。

 

 そうして数ヵ月後、クワ・トイネの魔法使い達が国立病院で活動をはじめることとなるのだった。

 




これを皮切りに、日本では魔法が認知されていきます。

●魔法
魔素と呼ばれる「何か」から生み出される力。
陽子、中性子、電子などは検出されない。
種族によって魔法の素養の有無がある。
また、クワ・トイネには魔法を教える学校は存在しない。


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09. 三国協商

登場人物
●日本
田中:外務大臣政務官
佐藤:外務大臣政務官

●クワ・トイネ公国
ハンキ :中央第1騎士団団長(ドワーフ)
ハスド :ハンキの弟。バニル領領主で爵位は侯爵(ドワーフ)
カナタ :クワ・トイネ公国君主(エルフ)
リンスイ:外務卿(人間)

●クイラ王国
テヘンラ:クイラ国王(狼系獣人)
マシュハ:クイラ王国宰相(エルフ)



 2019年3月(中央暦1639年3月)

 

 バニル領で行われた日本国の軍事演習は盛況に終わった。

 今回は参加人数が多かったので、陸軍兵は一個中隊に参加してもらった。

 海軍は大きなスクリーンを用意して、空軍は前回と変わらず5機の編隊飛行だ。

 

 そして簡易的に建設された会議室で田中、ハンキ、ハスドが軍事演習のラップアップミーティング、総括の会議を始める。

 

「いやぁ、流石は日本国ですな。文明の利器というのを思い知りました。

 兄上が見なければ決して理解出来ないという意味が良くわかりましたよ。」

 

 バニル領領主である、ハスド・バニル侯爵は上機嫌で田中に語りかける。

 ハスドもハンキと同様にドワーフで2mを越える長身で筋肉質だが、ハンキ程ムキムキではない。

 ハンキの様に鎧ではなく豪華なローブの様な衣装を着ているため、そう見えるのかもしれないが。

 

「この度は公爵閣下の大切な土地を使わせて頂き、真に有難う御座います。」

 

 田中は最後まで軍事演習に対して釈然としなかったが、ここまでクワ・トイネ国やクイラ国の貴族に好評だと、お国柄なのかもしれないと思う。

 

(ロウリア王国と長いこと国境紛争を続けているからなのかもしれないな……)

 

 ロウリア王国はクワ・トイネ南部の農業地帯に食料奪取のため、度々派兵をしてくるらしい。

 兵力はロウリア王国のほうが高く、クワ・トイネ兵は毎回多くの死者を出してしまう。

 だが派兵しないと村を襲い、さらに奥まで進軍してくるからやむを得ないとの事だ。

 これほどの穀倉地帯をもち、魔法で軽度の病気で命を落とさないのに人口が1800万なのは戦死者が多いからなのだろう……。

 

「それでなのですがな、田中殿に聞いて欲しい事がありましてな。」

 

 ハンキはハスドに視線を投げ、ハスドはそれには頷く。

 田中は今回の軍事演習のように、また何か起きるんじゃないかと内心ハラハラだ。

 

「我々バニル家は、今回軍事演習を行ったこの場所から、10km四方の土地を日本国に貸し出す所存です。これはカナタ陛下も了承済みです。」

 

「えぇぇぇええ――――!!??」

 

 ハンキの爆弾発言にハスドは頷き、田中は余りの驚愕に叫び声に近い驚きの声をあげてしまう。

 バニル家の目論見である、自分の領に日本人市を作り、日本との窓口にしてバニル領を反映させる算段だ。

 もちろん、土地を貸すだけなのでクワ・トイネ王国の領土ではある。

 

「あれだけ大きな船では、我々の市の港では不便でしょう?

 ここは未開の土地で日本国が開発しても誰も困りません。」

 

「た、確かにタンカーは寄港できませんが……」

 

「そのタンカーとやらが停泊できる港を作ってくださっても構いません。それに、拠点があった方が線路とらやも引きやすいでしょう?」

 

 田中はハンキ達の目論見に気づく。ここを香港のようにしたいのだと。

 

「ハンキ閣下、ハスド閣下の想いは理解しました。ですが、私の一存で決められる案件では御座いません。」

 

「うむ。いい返事を期待していますぞ。」

 

 ハンキは日本で見た光景を思い出す。あの光景が我がバニル領で見られるかもしれないと。

 目立たないバニル領の発展にハンキは想いをはせるのだった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 田中はあの爆弾発言の後、同僚で同じ外務大臣政務官の佐藤と共に別の会議室へ向かった。

 

「何か凄いことばかりですね。」

 

「そうですね。地球ではあり得ない事ばかりですよ。」

 

「分かりませんよ? 地球でも100年くらい前は大きく国境が変わってたじゃないですか。」

 

 そう。文明開化以降に日本は大成して準超大国といわれるまでになった。

 1800~1900年代は日本史における大きなターニングポイントであったのは間違いない。今年もだが……。

 

 雑談を交わしつつ、クワ・トイネ公国を治めるカナタ公爵とクイラ王国を治めるテヘンラ国王を待った。

 

 

 

「日本国の方々。お待たせしました。」

 

「申し訳ありませんの。」

 

「待たせたな!あの武器は凄かった!!うちにも欲しいぞ!」

 

「陛下……! 申し訳ありません、テヘンラ陛下は丁寧な言葉が不得手でありまして……」

 

 クワ・トイネの公爵カナタ、リンスイに続き、クイラの国王テヘンラ、宰相マシュハが入室する。

 今回は、クイラ王国の外交担当となる佐藤との顔合わせ、そしてクイラ王国との交易を依頼する予定だ。

 

「いえ、私たちも着いたばかりですので。」

 

 田中達はそれぞれ自己紹介をして、本題に入った。

 

 

「――――というわけでして、クイラ王国との外交担当は私と同じ地位の佐藤をお願いできませんか?」

 

「非才ではありますが、何卒よろしくお願いします。」

 

 田中の紹介で佐藤は深く頭を下げる。

 

「いいぞ!それと、もっと砕けた話し方をしてくれ!よくわからんぞ!」

 

「陛下……! 田中様、佐藤様、申し訳ございません……。」

 

 マシュハは冷や汗をかいて田中達に頭を下げる。

 それをみて、田中達は苦労してるんだろうなと同情感が沸く。

 

 佐藤はテヘンラ国王のいう通りにすべきなのか、視線をカナタへ送ると――――

 

「構いませんよ、佐藤さん。私もテヘンラ陛下と話すときはその様にしていますし。ですよね、テヘンラ?」

 

「あぁ!そうだぞ!俺達は仲間なのだ!遠慮しあってはイカン!」

 

 カナタがテヘンラを呼び捨てにした事に佐藤、田中は驚き顔を見合わせる。

 そして、佐藤は思い切る。

 

「はい、わかりま――――いえ、わかった。よろしく、テヘンラ……陛下。」

 

「ハハハッ!ホントは陛下も要らんがな! それは追々という事にしよう! よろしくなサトウ!!」

 

 佐藤とテヘンラは握手を交わす。

 こうして佐藤とクイラ王国の顔合わせは成功裏に終わる。

 

 

 そして交易の話は順調に進み、ある程度の品目まで話し合う事となる。

 日本が輸入するのは、主に鉱物資源と石油。

 そして日本が輸出するのは、主に交通インフラ、それとレトルト食品や缶詰などの保存食、さらにクワ・トイネに輸出する武具もだった。

 プラスチック製品や文房具など、輸出するものは多岐に渡るが概ね上記の3種がメインになるだろう。

 

「ふーむ。あの燃える水が本当に欲しいとはな……。最初は冗談だと思ったぞ?」

 

 テヘンラはマシュハが書き記す燃える水――――石油を目にして首を傾げる。

 

「はい。燃料や様々な製品、このネクタイも石油から作って――――いるんだ。」

 

 佐藤は他国の首脳にこのような口調を……と内心苦心するが、相手の要望であるため戻す事もできないでいる。

 

「ほぅ!あんなものがな……。それにこの赤石、ボーキサイトだったか?これも金になるとはな。」

 

 テンヘラは思う。今までクワ・トイネや各国には全く売れなかったもの、むしろ邪魔物が日本では売れる。

 しかもそれが1~2年以上腐らない食べ物と取引できるとはな。と。

 1年など眉唾だとは思うが、あれほどに強い文明国を疑っても利益などない。

 一応、2年前の缶詰を目の前で食べてはくれたがな……。

 

 それに石油はかれる気配もないし、鉱山も掘りつくした後に坑道を埋めておけば数年で復活する。

 石ころが金になるのならなんでもいいが。と

 

 金があればクワ・トイネから飯が買える。このときのテヘンラは日本をあまり信用してはいなかった。

 

「これで大枠は決まり――――決まったな。テヘンラ陛下」

 

「あぁ!これからよろしく頼むぞ!」

 

 佐藤とテヘンラ、マシュハは硬い握手を交わす。

 

「カナタ陛下。この度はクイラ王国との国交開設に力を貸してくださり、真に有難う御座いました。」

 

「構いません。私たちは共に歩める。そう思ったまでです。」

 

 田中とカナタ、リンセイも握手を交わす。

 

 こうして後日、日本、クワ・トイネ、クイラの三カ国による通商協定は結ばれた。

 これは後世、三国協商と呼ばれる事になる。

 

 

 

 

 予断であるが、半年後、半年たったレトルトカレーを食べてマシュハとテンヘラは、食べられる事とその美味しさに驚愕し、クイラの食糧事情が劇的に改善すると分かることになる。

 

 また、バニル領東の特定区画はクワ・トイネ国日本行政特区として、日本の法に則って集められる税金のいくらかをクワ・トイネ国へ納める形で締結された。

 

 

 

 こうして三カ国は国交を結び、半年の時が流れる――――

 




これで、1章は閑話を残して終わりです。
この後は、対ロウリアになります。

●クイラ王国
元々はクワ・トイネはクイラの一部だった。
昔のクワ・トイネ公爵が大きな功績を挙げて、クワ・トイネ公国として樹立した過去を持つ。
鉱物資源が豊富で国の基幹産業。化石燃料も大量に埋蔵されている。
国土は荒野ばかりで作物が殆ど育たず、出稼ぎにクワ・トイネ公国へ行く若者が多い。
ロウリアの所為で、クワ・トイネで命を落とす若者は多い。
鉱物資源も化石燃料も復活するという謎の力が働いている。

●人物詳細
テヘンラ
種族:狼系獣人
年齢:38歳
身長:186cm
顔 :青い瞳に鋭い切れ長の目。歳のわりに若く見える。東洋顔
髪 :ショートの銀髪
体格:細マッチョ。ものすごく足が速い。

マシュハ
種族:エルフ
年齢:37歳
身長:179cm
顔 :西洋顔の白い肌。たれ目で眉毛がハの字になっている。
髪 :ロングの銀髪。前髪は左右に分けていておでこが見える。
体格:細身。魔導師なので貧弱。テンヘラの無茶にいつも冷や汗をかいている


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10. 日本行政特区の一般市民(閑話)

登場人物
●日本
高群一馬:行政特区の製粉工場で働く市民

●クワ・トイネ公国
リコッタ:行政特区の近くに住む村人(猫系獣人)


 俺は高群一馬(たかむれ かずま)。

 獣人とかエルフとかドワーフが好きな、所謂オタクって奴だ。

 今はクワ・トイネ公国の日本行政特区に住んでいる。

 長すぎるから日鍬市と呼ぶのが一般的だ。

 

 なんで日鍬市に住んでるかって?

 そりゃあ、この異世界には獣人とかエルフとかドワーフがいるからだよ!

 日本じゃ滅多にお目にかかれないから来ちゃったと言う訳だ。

 

 別に無理やり来たわけじゃない。

 以前、魔法適応検査ってのが任意参加で実施されたんだ。

 そこで、少しだけど俺にも魔法適応能力があることが分かったんだよ!

 

 他の適応者から話を聞くと――――

 殆どの人が30歳以上で童貞または処女という……ちくしょう!

 でもまぁ、ホントに魔法使いになるとか流石異世界!とは思ったけど。

 

 というわけで、魔法適正のある人を優先して日鍬市への移住が国から公募があった。

 メリットとしては月20万の支援金が受け取れ、1LDKの集合住宅が無償で提供される。

 

 デメリットとしては、市なのに人口が1万程しかいないこと、飲食店がチェーン店しかないこと。

 日鍬市の周囲には高い金網が設置されていて、閉じ込められている雰囲気があること。

 日鍬市より外は盗賊が出る恐れがあること。申請すれば日鍬市の外に出られるが……。

 飛行機がリージョナルジェットで土日に1便ずつしかないこと

 日本軍兵士や警察の巡回が多いこと。

 

 まるで現代の島流しの見たいな感じなのに、よくも1万人も集まったとは思った。

 俺?亜人に会えるなら気にならないね。ネットショップの品物が届くのが遅れるけど、アニメもマンガもネットも出来るし。

 

 

 クワ・トイネ公国の兵士さん達がたまに日鍬市に来て、獣人やエルフやドワーフの人がいてテンションがマジアゲアゲになる日々を過ごしていた。

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 2019年6月13日(中央暦1639年6月13日)

 

 俺は今日も製粉工場で働いて帰るところだ。

 働くっつってもラインは殆ど自動化されているから、原料の小麦の補給と製粉された小麦粉の袋をコンテナに詰める作業。途中で出る廃棄物の廃棄、あとは機械がトラブったときにメーカーを呼ぶくらいだ。

 だから工場内にいる人数は100人に満たない。

 

 この工場のいいところは、市内の西端にあるところだ

 西門付近にある作物納品所にくる亜人の人たちが偶に見られるんだ。

 

 俺は工場外の駐車場に留めてある軽トラに乗ろうとしたとき、作物納品所に獣人の子がいるのに気が付いた。

 相手も俺に気が付いたようで――――

 

「あ、あの! 日本の方ですか!」

 

「え、えぇ……そうですが……?」

 

 俺は、獣人の子がいる作物納品所まで歩く。

 獣人の女性は10代半ばくらいで頭には白い猫耳と尻尾、灰色のショートヘアで……胸はそこそこいいモノをお持ちのようで。

 おっと、ジロジロ見てはいけないな。

 

「このお店って、今日は開いてないんでしょうか?」

 

 困っている様子の獣人の娘が作物納品所を指挿す。

 

「あぁ……。ここは午後5時までだから、もう終わっちゃってるよ。」

 

 俺が腕時計を確認するとPM5:23だった。

 行政の管轄だから営業時間はAM9:00~PM5:00だったはずだ。

 

「そんな……。どうしよう……。」

 

 獣人の娘は意気消沈してしまっている。

 そして、隣に置かれているリヤカーには小麦が満載に積まれていた。

 

「もしかして、その小麦を一人で運んできたの?」

 

「はい……。」

 

 マジか……すげぇな。

 

「今日その小麦を売れなかったらどうするの?」

 

「持って帰らないと……。」

 

「もう夕方だし、盗賊とか出るんでしょ? 危なくない?」

 

「そうですけど……」

 

 無茶苦茶危ないじゃん……。

 俺は作物納品所に勤めている友人に連絡を取り、状況を説明した。

 すると、俺が小麦を預かって明日持ってこれば買い取ってくれるそうだ。

 買取金額は1,000円くらいだそうだ。

 

「……というわけなんだけど、1,000円、銀貨1枚で俺が買い取って置くけどどうする?」

 

「いいんですか!? お願いします!」

 

 小麦は俺の駐車場に積んで置けばいいか。この量を持って帰るのは正気の沙汰じゃないし。

 俺達はリヤカーの小麦を俺の駐車場に置いて、両替所で1,000円を銀貨1枚に換金して獣人の娘。(リコッタというらしい)に渡した。

 

「本当にありがとうございます!」

 

 リコッタさんは何度も頭を下げてお礼を言ってくれる。

 

「もしかしてだけど、今から帰るの? 近かったりする?」

 

 小麦を降ろしていたから、もう午後6時を過ぎて、辺りは薄暗くなってきている。

 近場の村なら大丈夫かもしれないけど……。

 

「はい。ここから10kmくらいなのでそんなに遠くはないです。」

 

「遠いよ!?」

 

 歩きじゃ普通に遠すぎでしょ……。

 

「俺が送るよ。車ならそんなに時間かからないし。」

 

 ここで見捨てて盗賊に襲われたら寝覚めが悪すぎる。

 それに、獣人に人たちと仲良くなるきっかけになるかもしれないし!

 リコッタさんは、最初は遠慮していたが自動車に興味があるのかチラチラ見ていて、最後には俺の提案を受け入れてくれた。

 

「すいません、お願いしてもいいですか……?」

 

 リヤカーを軽トラの荷台に乗せて、リコッタさんが助手席の乗る。

 

「あぁ、構わないよ。俺も市外に出るのは初めてだしね。地理に詳しい人がいた方が安心するよ。」

 

 

 西門で外出手続きをして軽トラを発進させると、リコッタさんのテンションが上がって辺りを見回していた。

 

「凄い速いですね! 高群さんは魔導師さんなんですか!?」

 

「いや、日本人は魔法を使えないよ。」

 

「スゴイです!魔法を使わないのにこんな事が出来るなんて!!」

 

 

 

 貨物トラックが通る様に舗装された道路から逸れて20分ほど走ると、リコッタさんが住む村へと到着した。

 周りに柵がある程度で、家の殆どが木造でゲームにあるような村ァ!見たいな感じだった。

 

「こんなに早く着くなんて凄いです! 高群さん! 本当にありがとうございます!」

 

「気にしなくていいよ。それじゃあ俺は帰るね。」

 

「ま、待ってください! ご飯食べて行きませんか? お礼がしたくって……」

 

 日鍬市に来てから殆ど一人飯だったしな。他の獣人の人にも会えるかもしれないし。

 

「いいのかな。じゃあ、ご馳走になろうかな?」

 

「はい!ご馳走しちゃいますね!」

 

 

 

「お母さん!ただいま!」

 

「あら、早いじゃない? どうかしたの? お客さん?」

 

 リコッタさんにお母さんと呼ばれた猫耳の獣人は30歳前半くらいの見た目だった。

 同じ30代で独身と子持ちという事実に俺はダメージを受けつつ挨拶する。

 

「日本人の高群さんが、ケイトラっていうスゴイ早い乗り物で送ってくれたの!あと、小麦銀貨1枚で売れたよ!」

 

「始めまして、高群一馬(たかむれ かずま)といいます。」

 

「日本人の方ですか!? 娘を護って下さりありがとうございます。」

 

「いえいえ、出来ることをしただけです。」

 

 

 リコッタさんのお母さんにも食事に誘われて、俺はその誘いをありがたく頂戴した。

 リコッタさんの家は8人家族で、父親はバニル市で兵士をしていて家にはいないらしい。

 というか、6人も子供がいるのか……えっ!? 30代前半なのに!?

 

「……でね、困ってたところを高群さんが助けてくれたの!!」

 

 食事中、リコッタさんが何度もここに来るまでのことを繰り返していた。

 あんまり褒められると照れるな。

 

「ふふっ、よかったじゃない。どうです、高群さん、うちの子?」

 

「……?? どうですとは??」

 

「や、やだ!? お母さん……。」

 

 リコッタさんは照れる様に、顔を赤くして手で覆ってしまう。

 いや、まさかな……。

 

「ウチの子、貰ってくれませんかってことですよ。日本ではこういうことはないんですか?」

 

「うぇ!? む、昔はお見合いみたいなものもあったみたいですが……」

 

 本当にそういう話なのか!?

 

 話を聞くとクワ・トイネでは15歳で成人となって、農村では嫁ぐことが多いそうだ。

 そしてたくさん子を産んで農作業を手伝って貰うらしい。

 確かに江戸時代では男子は15歳で成人だったし、女性はもっと早かったそうだ。

 中世の概念からするとおかしい事ではないと思うが……。

 

「お気持ちは嬉しいのですが……、日本では女性は16歳以上でないと婚約できなくて。それに、まだ知り合って数時間ですし……」

 

 チャンスなはずなのに、俺は日和ってしまった。

 

「あら、リコッタは今年16歳になるので大丈夫ですね。仲を深める時間が必要なのでしたら、今日泊まっていきませんか?」

 

「いや……ですか……?」

 

 リコッタさんの不安そうな目を見て俺は泊まる事を決意した。

 さすがに寝るのは一人にさせて貰ったが……。

 

 

 

「いててて、敷きパッドがないベットは硬ぇ……」

 

 朝、目が覚めると――――

 隣でリコッタさんが薄着で寝ていた。

 

 何故!? た、たしかこのベッドはリコッタさんと兄妹が寝るベッドとは聞いていたが……。

 

 混乱する俺の頭に、いい香りと柔らかいが更に襲ってくる。

 

「んっ……」

 

 もぞもぞと動くリコッタさんの大きな谷間から――――みえ、みえ……。見えた!!

 何がとは言わないが、俺はリコッタさんが起きるまでずっとガン見してた。

 

「んん……。 ――――!!! わわっ!!! ご、ごめんなさい!!」

 

 飛び起きたリコッタさんは真っ赤になり部屋を飛び出していってしまった。

 

 

「あ、あの……朝はごめんなさい。」

 

「い、いや、謝る必要はない……よ?」

 

 話を聞くにトイレに起きた後、寝ぼけていつものベッド、俺が今日寝たベッドで寝てしまったらしい。

 俺は役得だったし全然いいんだけどね。

 

 

 朝食を終えてリコッタさん達はこれから農作業らしい。

 たわわに実っている小麦の狩り入れを見学させて貰った。

 

「くぁwせdrftgyふじこlp……」

 

 風の魔法を使って鎌の代わりにしているとのことだ。

 範囲は鎌より少し広そうで少しずつ小麦が刈り取られていく。

 だけど小麦畑はかなり広く結構時間がかかりそうだ。

 

「脱穀してからリヤカーで乗せたほうが多く運べませんか?」

 

 休憩しているリコッタさんに不思議に思っていたことを聞く

 

「脱穀は大変ですし……。わらに着いたままでも日本だと買い取ってくれるので。」

 

 あぁ、そうか昔は機械がないから大変だったって聞いた事がある。

 そいや、製粉会社に入社するとき昔の道具はこんなのがあったって聞いた覚えがあるな。

 

「ちょっと待ってて、古い道具だけどこんなのが……」

 

 俺は荷台の工具を取り出して、薪を少し貰って千歯扱きを作り出す。

 形を整えたりするのはリコッタさんの魔法のほうが圧倒的に早かったので手伝ってもらったが……。

 精密機械じゃないし技術法には抵触しないよな……?

 

「これは千歯扱きって言って、脱穀が簡単になる道具なんだ。」

 

 完成した道具を使ってみせる。

 

「わわっ!すごいですね!簡単に小麦が脱穀されてます!」

 

「大したもんだね。これが日本の技術ってやつなのかな?」

 

 リコッタさんもリコッタさんのお母さんも驚いて、脱穀されて小麦を見ている。

 

「これなら、そんなに時間もかからないし一度に運べる量が増えるんじゃない?」

 

 

 

 それから2日、俺はリコッタさんの家にお世話になって休日を過ごした。

 一応、作物納品所で千歯扱きの話をしたところ、スチール製の脱穀機が各市には置かれているので問題ないとのこと。

 家に帰ってからネットショップで脱穀機を調べたら普通に売ってた……。

 

 今度行くとき、買って行こうかな?国から補助金貰ってるし。

 

 




折角だから市民の生活も書いてみたかった
ロウリア戦前後でまた変わってくるでしょうし。


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11. 日本で働くドワーフ

登場人物
●日本
前島:アーズが働く建設現場の親方
笹原:同じ建設現場で働く同僚
沢渡:同じ建設現場で働く同僚

●クイラ王国
アーズ:クイラでは有名な大工(ドワーフ)

これが終わったら、ロウリア編になります。
ロウリア編はちょっと?残酷な描写もあります。


 俺はアーズ。

 クイラ王国で大工をやっていて、クイラ国内ではそこそこ有名だと自負できるくらいだ。

 その名声から、勅命を受けて文明国である日本の技術を学びに来ている。

 

 

(日本に来てもう一月か……)

 

 俺は乗車率150%を超える電車に揺られながら木造住宅の建設現場へと向かう。

 結構キツイがこれでも昔の200%超に比べれば余裕があるらしい。

 現在はバス路線の自動化で乗換えを含めるとバスの方が早くて楽であることも多いそうだ。

 それだけの人数が、この近辺に住んでいるなんてと驚いたものだ。

 

 日本に来てからは驚きの連続であったが、なれとは恐ろしいもので、今では事あるごとには驚かなくなった。

 

 

「おはようございます、親方」

 

「あぁ、おはよう。アーズはいつも早いな!それに比べて……」

 

 前島親方の野太い声が返って来る。親方は人族なのに結構ガタイがいい。

 親方が話していると、後ろから誰かの走ってくる音が聞こえた。

 

「おはよーございまーっす!! あっぶね!また親方にどやされるとこだった!」

 

「おはよう!笹原! 今日は早ぇえじゃねぇか。」

 

 同僚で一番若い笹原君が走って出社してきた。

 元々黒い髪らしいが、茶髪に色を変えたミディアムショートくらいの若者だ。

 たしか、年齢は19歳だったはずだ。

 

「いやぁ、アーズさん早すぎっすよ……。はぁはぁ……まだ……始業まで30分もあるじゃないすか……。」

 

「クイラじゃ日の出から働くからなぁ」

 

「えぇ~……。日の出は無理っす……。」

 

「まぁ、アーズみたく早く来いとは言わねえよ……。だけど、お前はいつも始業ギリギリじゃねえか。」

 

「だから頑張ったじゃないすか……。はぁ……。」

 

 こんな感じだが、仕事になるとしっかりプロの顔になるのだから驚かされる。

 

 

 始業の頃には他の面子も集まり、今日の仕事が始まる。

 この時間キッチリというのは中々なれないが、時計という時間が分かる機械があるからだろう。

 俺も親方から貰った腕時計を見つつ、仕事に取り掛かる。

 

「アーズ!例の魔法頼めるか?」

 

「はい!親方! くぁwせdrftgyふじこlp……」

 

 筋力アップの魔法が親方達にかかる。

 これは地面に足が着いているときにしか効果がなく、ドワーフの俺には大した効力のない魔法だが、親方達には好評だ。

 

 俺は魔法のかかった親方達より2倍の量の建材担ぎ上げて、運んでいく。

 

「やぁ~アーズさん、マジすげぇっすね。俺、そんなに持ったら潰れちゃうわ。」

 

「何、俺がやれる事をやるだけだ。俺はドワーフだからな、力だけは人よりある。笹原だって、俺が使えないツレーン?とか色々な機械を扱えるじゃないか」

 

 そう、ドワーフは他の種族より筋力がかなり高い。それに手先も器用だ。その分、魔法適正が低いのと足がとてつもなく遅い。

 俺が他の面子よりできるのはこれくらいだ。それくらい日本人の技術力は高く、俺がクイラで井の中の蛙になっていたかが分かる。

 

「クレーンっすよ、アーズさん。でもホント助かりますよ。アーズさんの魔法がなかったら、これだって厳しいっすもん。」

 

「笹原ァ!!口より手をうごかせぇ!!」

 

「はいぃ!!!」

 

 

 俺は同僚達に手ほどきして貰いながら仕事を進めていく。

 覚える事はたくさんあるが、それだけ伸びしろがある事に嬉しく思う。

 

 

 仕事が終わって、親方や同僚たちと飲み屋へ向かった。

 

「「「かんぱーい!!」」」

 

「今日でこの現場も無事完了だ!みんな!今日は俺の驕りだ!飲め!!」

 

「「「あざーーっす!!!」」」

 

 日本の酒は本当に美味い。

 ここのチェーン店の酒は安物だそうだが、それでもクイラの酒より美味い。

 以前、給料でそこそこいい酒を買ったら、いつの間にか無くなっていた程だ。

 

「アーズさん、マジ酒好きっすね!」

 

「あぁ。ドワーフは誰もが酒が好きだ。しかも日本の酒は美味いしな!」

 

「嬉しいっすね。外国の人に日本のお酒をうまいって言って貰えるの。」

 

「本当に美味いからな。クイラでも輸入してるみてぇだが、希少価値が高いらしくてな……。貴族様じゃなきゃ飲めねぇらしい。」

 

「じゃあ、沢山飲まないとっすね! アーズさんグラス空いてるっすよ!」

 

 酒を飲みながら笹原と話したり、他の同僚とも話していると――――

 

 

「アーズ? そいやオメェ、故郷に嫁さんがいるんだってな?」

 

「えぇ、イアンの街に嫁と子供達が7人います。」

 

 前島親方がなんとなく強引に話を変えたように感じる。

 

「すげぇ子沢山ですね。アーズさんまだ35歳でしたよね?」

 

「あぁ。嫁も同い年だ。沢渡さんは確か……」

 

「そうですよ……俺、今彼女も居ないし……。いいなぁ……アーズさん。」

 

 沢渡さんは確か27歳くらいだったはずだ。

 どうも日本ではクイラやクワ・トイネと違って、20代、30代での結婚は珍しくないらしい。

 

 あぁ……そうか。

 親方は非文明国の俺達と仲を取り持ってくれようとしているのか。

 

「沢渡さん。俺の親戚か、知り合いの子や、誰か紹介しましょうか?どんな娘がタイプなんで?」

 

「ええっと……。元気な娘がいいかな?」

 

 照れたように沢渡さんがタイプを教えてくれる。

 

「えぇ~~!! いいな~! 俺も俺も!! アーズさんみたいに一緒に酒飲めて、引っ張ってくれる人がイイっす!!!」

 

「沢渡さんは肉食系の獣人の娘がいいかな? 笹原は俺の姪はどうだ?」

 

 この後も、笹原のように紹介して欲しいという同僚達の相手で時間が過ぎて言った。

 仕事が一段落したから、彼女なしの面子で合コンってのをクイラ王国のイアン市で開く事になった。

 

 

 

「わりぃな。催促しちまったようで。」

 

 親方は酔い潰れた笹原を背負って、俺に謝罪した。

 

「いえ。俺を……俺達をちゃんと扱ってくれて嬉しいです。」

 

 文明国から見ると、俺達みたいな非文明国は野蛮人だのなんだの言われる事が多いし、同じ人として扱ってくれる事は少ない。

 パーパルディアが統べる第3文明圏なんて、非文明国の人間を奴隷としか思っていないくらいだ。

 それに比べると日本は俺達を対等に扱ってくれる。それだけでも嬉しい。

 

「何いってんだ。俺達は仲間だろうが。」

 

「……ありがとうございます。」

 

 俺は酔い潰れた沢渡さん達4人を背負って、親方達と酔いつぶれた仲間を背負い、寝かせるためにカプセルホテルへ運んでいった。

 

 俺達を仲間だって言ってくれた今日のことはきっと忘れないだろう――――

 




クイラなどの他国視点で書いて見ました。
他にも病院勤めのエルフ達もいたり、少数ですが日本で異世界の人たちが活動を始めています。

ちなみに、イアン市での合コンは成功して婚約までこぎ着けた人も多いです。
沢渡は16歳の犬耳獣人と、笹原も16歳のドワーフと婚約できました。

●ドワーフ
男女共に2m近い長身。
筋力が高く手先が器用で、酒が何よりも好物。
足は遅く、魔法適正も低い
男性はゴツくてカッコイイ。
女性は姉御肌な人が多い。

●エルフ
弓と魔法が得意。
筋力は低く華奢な人たちが多い。
野菜や穀物が好きで、肉は余り好まない。
女性は綺麗で神秘的な美しさがある人が多い
男性は知的で端整な顔立ちをしている人が多い

●獣人
亜人の中では一番人数も種族も多い。
身長は様々で人間に近い。
特徴は種族によりまちまちで、
狐耳族はエルフよりで魔法適正が高く、
牛耳族はドワーフよりで筋力が強い。
肉食獣をモチーフにした人は、元気な人が多く
草食獣をモチーフにした人は、大人しいかおっとりした人が多い。
(マイラはそうでもないですが……)


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2章 動乱!ロデニウス大陸
01. 各国の動き


登場人物
●日本
阿野:首相

●クワ・トイネ公国
カナタ :君主(エルフ)
リンスイ:外務卿(人間)

●ロウリア王国
ハーク・ロウリア34世:国王



 2019年9月(中央暦1639年9月)

 

◆◆ 日本国首相官邸 ◆◆

 

 日本国首相の阿野は、クワ・トイネ公国とクイラ王国にある日本行政特区の報告書に目を通す。

 

(ふむ、どちらの特区も順調の様ですね。)

 

 クワ・トイネもクイラも日本にとって無くてはならない国だ。

 国民レベルで友好関係が築ければ、国交が途絶える事もないだろう。

 それにクワ・トイネ人、クイラ人と国際結婚している日本人もそれなりに居るとのことだ。

 阿野は両国が血を分けた人が存在する日本を見捨てるような国だとは思っていない。

 

(本来であれば、部外者である我々がこの世界に干渉するのはよい事ではないのですが……やむを得ませんか。それで国民に苦労を強いる必要もありませんしね。

 今は国内が安定してきて、内閣の支持率も70%を超えて、私の代が不作だったなんて言わせませんよ。)

 

 阿野が報告書を読み進めていくと、クワ・トイネの特区に住む日本人が私財を投じてクワ・トイネの村に農機具をプレゼントしたという内容がいくつも見られた。

 だが、それによってより多くの作物が特区に納入されているとも書かれていた。

 

(こうやって助けてしまうのが日本の国民性ですからね。国が主導で動くより国民が自分の意思で動いてくれた方が先方への印象も良いでしょうし。)

 

 思惑通りの結果と食料、資源の見込みがついたことに一安心し、阿野は報告書を閉じた。

 

(このまま何事も無く任期を終えれればいいのですが……。懸念といえば、南のロウリア王国ですか。外交官を送っても取り付く島もありませんでしたし……)

 

 阿野はコーヒーを飲んで思案にふける。

 そこに慌しいノックが響く。

 

「首相!大変です!!」

 

 阿野は9ヶ月前を思い出す。

 

「入ってください……。今度は何ですか……。」

 

 阿野は溜息をつきながら秘書を招き入れる。

 

「ロウリア王国がクワ・トイネ公国、クイラ王国に宣戦布告をしました!」

 

「……はぁ……。そうですか……。」

 

 ようやく日本が落ち着いてきたというのに……と、阿野は思う。

 

「分かりました。三軍の将官を招集してください。」

 

「はい!」

 

(はぁ……まだ、楽を出来そうにはありませんね。)

 

 阿野は会議室へと向かった。

 

 

 

◆◆ クワ・トイネ公室 ◆◆

 

 クワ・トイネの君主、カナタ公爵は思う。

 

(日本と国交を結んで早9ヶ月。クワ・トイネも随分変わりましたね。)

 

 軍備に関しては、南西騎士団、南東騎士団の最前線に日本製の武具が行き渡り、今までの様になす術も無く蹴散らされる事はもう無い

 内政に関しては、日本が農機具を譲ってくれたおかげで農作物の生産性が大きく向上した。

 さらに一部の日本人が、「コンバイン」という大型の機械にのって収穫を肩代わりした事もあった。これにより、村全体で脱穀までに一週間以上かかっていたものが、一日という驚異的な速度で終わることになる。

 村人は大いに喜び、村を上げて昼も夜も歓迎した。日本人もそれに答えて精力的に手伝ってくれるようになった。

 村人は余暇で農地の拡張や手工業によって、さらに発展する事となる。

 

 他の村の日本人も、その村と同様に大型機械で活躍するようになり、村の昼夜の歓迎もエスカレートしてった。

 そうして、何組かの日本人とクワ・トイネ人の婚約がわかる事となる。これは大きな前進だ。

 

 いずれ日本が大国になって食料を自前で調達できる様になっても平気で捨てるような事はされないだろう。

 あのパーパルディア皇国ならいざ知らず、日本は血を分けた国民が居たら平気で見捨てるような国ではないと確信している。

 

 クワ・トイネの革新は、まだバニル領とその周辺領だけだが順調に広がっていくだろうとカナタは推測する。

 

 作物の流通も以前とは比べ物にならない。

 電車という交通網も日本の軍隊が迅速に整備してくれて、大都市の多くが鉄道によって結ばれている。

 大都市から中規模の都市間はトラックという鉄の土竜が集めて、大都市の鉄道によって日本特区へと運ばれていく。

 余剰分は他国へと売却し、貿易の優位性を確保も忘れてはいない。

 

(ここまで順調だと、ロウリアが焦って侵攻してくるかもしれませんね……)

 

 

「陛下!!一大事に御座います!」

 

 外務卿のリンスイがカナタの公務室へ駆け込んでくる。

 

「どうしました? ロウリアが動きましたか?」

 

「はいっ! 仰せの通りに御座います!」

 

「それでは、現状知るすべての情報と共に、日本に救援要請をお願いします。」

 

 リンスイは驚く。カナタは既にこの状況を見越していたということに。

 リンスイも懸念はしていたので、ロウリアの情報調査は非常に力を入れていた。

 この情報を使う時が来たのだ。

 

「畏まりました。直ちに日本特区へ使者を飛ばします。」

 

「南西騎士団、南東騎士団との魔信会議の準備をしてください! ハンキ将軍にも同席して貰います!」

 

(ロウリアの侵攻があと一年早かったら……そう思うとぞっとしますね。)

 

 カナタは魔信会議室へと歩みを進める――――

 

 

 

 

 時は少し遡り、2019年6月(中央暦1639年6月)

 

◆◆ ロウリア王国 ロウリア城 ◆◆

 

「第2文明圏、列強ムーの眷属国家がクワ・トイネに付いたのは事実か?」

 

 ロウリア王国国王であるハーク・ロウリア34世は大浴場でくつろぎながら部下の報告を受ける。

 

「物的証拠は見つかっておりません。ですが、ムーの機械兵器に酷似したものがクワ・トイネ、クイラ内で確認されています。」

 

 国王はいらだつ。屈辱の思いをしてパーパルディア皇国に尻尾を振り、多額の借金をしてまで、必ず勝利するための軍備整えている最中に第2文明圏の敵国への介入。

 

「ふん!第2文明圏の文明国であろうが、このロデニウス大陸まで簡単にはこれまい。

 パタジン! 資源(あじん)を使い潰してもよい! あと3ヶ月で軍団を仕上げよ!」

 

(国を動かすのは人間だけでよい。亜人など人間に使い潰されていればいいのだ。)

 

「ハッ!! 陛下の仰せのままに。」

 

(ふんっ! 消費した亜人(しげん)はクワ・トイネ、クイラから仕入れて繁殖施設に放り込めばよい。)

 

 全裸で控える亜人にムチを振るう。

 

「あぁっ!!」

 

 ビシィ!! ビシィ!!っと何度も空を切る音とエルフ、獣人、ドワーフ女性の叫び声が大浴場に響き渡る――――

 

 

 

 

◆◆ ロウリア王国 どこかの亜人繁殖施設 ◆◆

 

 ロウリア王国が非文明国家にもかかわらず3800万人も人口を抱えるのには訳があった。

 クワ・トイネから食料を略奪するだけでは、それだけの数を揃える事はできない。

 

 そもそも、ロウリアは人間至上国家であるが亜人が居ないわけではない。

 事実3800万の内、1500万人は亜人だ。

 

 ロウリアでは亜人は奴隷であり、資産であり、資源であり、動力だ。

 使えば減る。減ったならば補充しなくてはならない。

 その補充するための施設がここだ。

 

 ここでは雌の亜人が飼育されており、ロウリア人に亜人の子を産まされ続けている。家畜に服など無い。

 産まれた亜人が雄であれば、奴隷として売られ使い潰されるまで働かされる。

 

 雌であれば売られるか、ここで飼育されて母親と同じ末路を辿る。

 唯一の救いは自身が地獄に居ることを知らずに生きている事だろうか……?

 

 ロウリア王国にはこの様な施設が各所にある。

 少なくとも大都市には1つ以上存在している。

 

 今日も亜人女性は身重である者もそうでない者も、食い扶持は自分で稼げと農作業もさせられている――――

 




●ロウリア王国
人口3800万人、ロデニウス大陸の南半分を制覇している。
人間至上主義国家で亜人は等しく奴隷になっている。
亜人もそれが当たり前の人生を祖先の代から送っている為、亜人だから仕方ないと思っている節がある
人間至上主義になったのは随分前で、経緯は誰も覚えていない。


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02. 開戦前

登場人物
●日本
阿野:首相
今田:政務秘書官
土門:陸軍元帥
清水:海軍元帥
風間:空軍元帥
大内田:陸軍中将
林田:陸軍伍長

●クワ・トイネ公国
モイジ:ギムの将軍

◆ギム周辺の村◆
◆とあるロウリア軍兵士◆
は、コミック版のギム陥落レベルに胸糞なので読まなくても大丈夫です。
すごい惨状でロウリア軍はヤバイ奴とだけ分かってくれれば問題ありません



 2019年9月(中央暦1639年9月)

 

◆◆ 日本国首相官邸 ◆◆

 

「さて、これから対ロウリア王国について、我が国の取るべき方針を協議したいと思います。それでは今田君、状況の説明を再度お願いします。」

 

 阿野首相に促されて、政務秘書官の今田が三軍の元帥に状況を説明する。

 各人は既に情報を有しているが、再確認の意味も含んでいる。

 

「はい、まず陸軍から。ロウリア陸軍の作戦総数はおよそ50万人。そのうち40万の兵が北上しているようです。侵攻先はクワ・トイネ公国の国境都市ギム。およそ一ヶ月で到着すると予測されます。

 次に海軍です。数はガレー船が4500隻ほど。クワ・トイネのガレー船から試算するに漕ぎ手を含め、一隻300人が乗員していると考えられます。こちらも西ロデニウス海を北上し、経済都市の小ギム市を狙っているとクワ・トイネの見解です。」

 

 今田の説明を終えて、陸軍元帥の土門が首相に尋ねる。

 

「作戦総数185万人。数は多いが、一箇所を攻めるのにそれだけの数が必要という事は、前時代的であることの証明。我が国にとって危機とはなりえん。それを踏まえて、首相はどのような立場をお望みなのか?」

 

「日本としては、クワ・トイネ、またはクイラから要請があるまでは動く予定はありません。要請を受けた際は、両国の意向に沿う予定です。

 まぁ、既に要請は受けているのですが……。」

 

 首相の言葉を聴き、海軍元帥の清水が口を開く。

 

「ふむ、あくまで我々はこの世界では部外者という立場を取るのかの? 首相の意向は了承した。要約すると援軍として参戦するという解釈でよいかのぅ?」

 

「はい。その認識でお願いします。」

 

「であるならば、海軍としてはクイラ方面に一個艦隊を派遣し、ロウリアの港を潰しつつ海上封鎖を行う。クワ・トイネ方面には二個艦隊を派遣し、ロウリア艦隊を撃破後、同様に海上封鎖を行おう」

 

「ふむ、では陸軍はクワ・トイネの要請に従い一個師団をギムへ派兵、一個大隊を兵站線構築のためにクワ・トイネへ派兵しよう。

 またクイラ王国へも一個大隊を派兵する。必要はないと思うが、クイラ王国の為に行動を起こしたという事実は必要であるからな。

 クワ・トイネの人々は、我々三軍が交通網を整備しているときに協力してくれた。恩を返すときだ。」

 

 清水と空軍元帥の風間が頷く、そして風間が言葉を繋ぐ。

 

「我々空軍は裏方ですかね? 拠点制圧が必要にならなければ空軍まで持ち出すのは過剰戦力でしょう。上空からの偵察は任せてください。」

 

「お願いします、風間閣下。初手としてはこのくらいでしょうか? 世論については内閣にお任せ下さい。」

 

 それから数日後、派兵準備が整えられ両国へと陸軍が送られていく。

 

 

 

 

 2019年10月(中央暦1639年10月)

 

◆◆ 国境都市ギム ◆◆

 

 日本陸軍第7師団長の大内田中将はギムの城内を歩く。防衛部隊を指揮するモイジ将軍と面会するためだ。

 普通と違うところといえば、大内田の服装は軍服ではなく中世の貴族が着る様な衣服を身にまとっている。

 これは、クワ・トイネに配慮した形となる。

 

(報告によれば、日本軍の軍服は評判が良くない様だからな。しかし、気恥ずかしいな……。)

 

 以前の軍事演習で披露した歩兵の迷彩服が恐怖、畏怖の対象になっていただけなのを大内田は知らない。

 実はいつもの将官の軍服でも特に問題はなかったのだ。

 

 

「ようこそおいでになりました。私がギムの軍をあずかるモイジと申します。」

 

「ご紹介ありがとうございます。私は日本陸軍第7師団長、大内田と申します。」

 

 モイジは大内田の衣服を見て思う。

 

(強大な力を持ちながら、それを傘にきず我が国を配慮してくださる懐の大きさ。偉大な国とは日本国のような国を指すのだろうな。)

 

 モイジと大内田の話で以下のことが決まる。

 

 ・先陣はクワ・トイネが切ること。

 ・日本軍はギムの西5kmに拠点を構え、クワ・トイネの要請に応じて行動を開始すること。

 

「わがままを言って申し訳ありません、大内田閣下。日本国の装備でならロウリアと対等に戦える事を示さねばなりません。

 ロウリアに負け続けたまま日本国に頼ってしまっては、今後、自らの足で立てなくなってしまう気がするのです。」

 

「いえ、構いません。自らの力で自国を護ろうとする心意気、この大内田感服致しました。

 我々は必要になるまで、駐屯地から出ないことをお約束しましょう。」

 

「ありがとうございます。それでは魔道通信要因として、数名の魔法使いを貴国の駐屯地に派兵させてくださいますかな?」

 

「はい。彼らの安全は日本国の威信に掛けて保障します。」

 

 こうして、ギムでの会合を終えて大内田は自らが指揮する駐屯地へ戻る。

 車の中で軍服に着替えながら――――

 

 

 

◆◆ ギム周辺の村 ◆◆

 

 ギムの周辺でロウリアによる略奪が発生しているとの情報を受け、調査隊が派遣された。

 

 調査隊の林田伍長は焼き払われた村に到着する。

 林田が目にした光景は略奪なんて生易しいものではなかった。

 そして、おぞましいものが目に入る。

 

「な、なんなんだ……この惨状は……。」

 

 それは、そのエルフの少女は四肢が切断されて、股間から槍が突き立てられ体を貫いていた。

 秘部を見ると激しい陵辱行為があったのが見て取れる。

 そして顔は恐怖と苦痛で歪んでいた。

 

 林田は少女の瞳を閉じ冥福を祈る。せめてこのような残虐行為が起きる前に事が切れていることを願う。

 

 辺りを見渡すと元は人であったであろう部位が散らばっており、

 エルフの少女に行われたような非道な行為が至るところで行われた形跡が存在する。

 

(この様な悪魔の所業、人間にできる事なのか……? 俺達の相手は本当に人なのか?)

 

 林田は心を殺しつつこの惨状を映像に治める。彼の任務は村の調査だからだ。

 この映像をどうするかは林田の決める事ではない。

 村の記録を収めて駐屯地へと戻る。

 

 どうやら、他の村も似たり寄ったりの惨状だったようだ。

 これを見た日本の将校達は義憤に駆られる。

 交通網建設時にクワ・トイネの村人と交流のあった兵士達も彼らを守ると固い意志を決意するのであった。

 

 

 

◆◆ とあるロウリア軍兵士 ◆◆

 

「ここいらの村もそろそろ全滅かぁ?」

 

 ロウリア軍のザンケは思う。先日襲った村は楽しかった。

 串刺しにした両親の前でガキを犯す。

 殴って治して、殴って治してを繰り返し、反応がなくなってきたら四肢の1つを切断する。

 そうすると反応が復活するのだ。

 そうして、ガキが死ぬまで犯してやる。

 死んだ後は股間から串刺しにしてやって、両親と並べて立てておく。

 亜人を最後まで使い切るなんて、なんて国想いの軍人なんだとザンケは感慨に耽る。

 

「そいや、そろそろギムを攻めるって言ってたな。」

 

 ザンケはギムの中にあるであろう玩具を期待に胸を膨らませる。

 

(さて、今度はどんな遊びをしようかな……)

 

 ロウリアの人間は大体がこんな感じで歪んでいるのはザンケだけではなかった。

 



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03. 激突!ギム攻防戦01(クワ・トイネ vs ロウリア)-空中戦闘-

登場人物
●クワ・トイネ公国
モイジ :ギムの将軍
ラピッド:竜騎士隊の騎士

●ロウリア王国
アデム   :クワ・トイネ討伐軍副将
アルデバラン:竜騎士隊隊長



◆◆ ギム南 ロウリア軍先遣隊 駐屯地 ◆◆

 

(海軍も明日、クワ・トイネ領海に入るか。)

 

 クワ・トイネ討伐軍副将のアデムは部下の魔法兵から海軍の進行状況の報告を受け、部隊長クラスの部下を招集した。

 

「諸君!待たせたな。明日、ギムへの侵攻を開始する」

 

「「「待ってました!アデム閣下!!」」」

 

 アデムの部下達は明日の殲滅戦に心を躍らせ目がギラつく。戦利品を思い浮かべ下卑た笑みを浮かべる者達も居た。

 

戦利品(ギムのじゅうにん)はお前達の好きにしていいと陛下からの御達しだ。あぁ、だがモイジ一家の身柄は俺の元に運ばせろ。いいな?」

 

 ギムの住人(おもちゃ)を好きにしていいと聞いた部下達は歓声を上げる。それに応じて士気も最高潮に高まっていた。

 

ゴミ共(クワ・トイネやクイラ)の宣戦布告と共に、第2文明圏の日本からも宣戦布告を受けたが……これはこけおどしだろう。文明国家とはいえ、世界の反対側にある第2文明圏から兵を出すなんてバカげているし、一月、二月でここまで来れるわけも無い。

 あぁ……栄光あるロウリアの歴史に、私の名が刻まれるのもあと少しだ……!!)

 

 アデムは明日の勝利を微塵にも疑わず、モイジを如何やって惨たらしく殺すか考え、下卑た笑みを浮かべるのだった。

 

 

 ロウリア兵達は、ギム周辺の村から奴隷として連行してきた村娘達を複数人で陵辱していた。

 ギムという獲物があるのに、攻める事が出来ずもどかしい想いをしている兵士達だが、毎日、朝も昼も夜も村娘達を陵辱する事で士気を保っていた。

 彼女達の悲痛な叫び声が駐屯地の至る所で響き、兵士達は明日新しい玩具が手に入る事に心を躍らせ何時もより激しく村娘達を犯していた。

 村娘達の最期の夜が明け、ロウリア軍はギムへと侵攻を開始する。

 

 

 

◆◆ 国境都市ギム ◆◆

 

 クワ・トイネ軍とロウリア軍が南門付近で相対する。

 

 クワ・トイネ軍の総兵力は43,000名

 重装歩兵30,000名を中央に、その後ろに弓兵10,000名、両翼に軽騎兵が1,500名ずつ。

 

 対するロウリア軍先遣隊は総兵力70,000名

 配置はクワ・トイネと同じだが、重装歩兵50,000名、弓兵15,000名、軽騎兵が5,000名という内訳だ。

 各軍とも数の少ない魔導師隊は、弓兵の中央に陣取っている。

 

 戦力比は1:1.6、通常であればクワ・トイネ軍は鎧袖一触で蹴散らされていただろう。だが、ここに集うクワ・トイネ兵は南東、南西騎士団の精鋭達。全員が日本から輸入した装備を纏う者達だ。

 クワ・トイネ兵士達は、俺達は本当にロウリアに勝てるのか?という不安はあるが、日本から輸入した装備の心強さのおかげで戦線に立っていられる。

 

 地上軍がにらみ合う中、ロウリア竜騎士150名とクワ・トイネの竜騎士80名が空へと飛翔し、戦いの火蓋が切られた。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 クワ・トイネ竜騎士隊のラピッドは、ロウリア竜騎士隊の火炎弾の兆候を感じ取る。

 

「全騎!上下に分散せよ!」

 

 隊長からの指示により、ラピッドは上昇した。

 ワイバーンの火炎弾の射角は-30~15度。

 15度より高いとワイバーンが分泌する可燃性の液体が喉の奥に入っていってしまい自爆してしまうため、ワイバーンは火炎弾を発射しなくなる。-30度より低いと液体が流れ出てしまい、火炎弾を発射できない。

 今まで発射できない角度があることは分かっていたが、日本の協力で正確な角度を算出できた。

 

 ラピッド達は射角外ギリギリに上昇し、ロウリア竜騎士隊から発生される火炎弾を回避。お返しとばかりにラピッドたちはロウリアへ火炎弾をお見舞いする。

 カウンターを受けたロウリア竜騎士は20騎が直撃を受け墜落する。

 

「よし!行けるぞ!!」

 

 

 ラピッドと相棒のワイバーンは日本から購入したフルハーネス型安全帯を互いに着用し、互いを連結している。

 これにより、手綱だけでは落下していた急激な上昇や下降も容易となり、今回のように火炎弾を回避できたのだ。

 

 それだけではなく、アルミニウム合金鎧を見に纏い、相棒のワイバーン用ヘルムを着用し頭を保護している。

 クワ・トイネが今まで使用していた硬革と鉄の複合鎧とワイバーン用の鉄の額当てよりも軽く、頑丈であった。

 彼らの装備が軽くなったため、ワイバーンの機動力が向上したのも一因だ。

 

 ※ロデニウス大陸の製鉄技術はさほど高くないため、鉄鎧よりもアルミニウム合金鎧のほうが強度が高くなっている。

 

 中遠距離の攻防はクワ・トイネに軍配が上がり、近距離のドッグファイトへと移っていく。

 

 

 

「調子乗ってんじゃねぇ! 農奴風情が!!」

 

「くそっ! 振り切れない!!」

 

 ロウリア軍の竜騎士に背後を取られたラピッドは火炎弾の斜線に乗らないように蛇行して空を駆ける。

 だが努力もむなしくロウリア軍の竜騎士がラピッドを捉え、火炎弾を発射する。

 

(今だ! 今やるしかない!!)

 

 火炎弾が着弾する前にラピッドたちは大きく急上昇する。

 円を描くように90度上昇し――――

 

「ハッ! そんな体勢でワイバーンに跨っていられるかよ! 落下して潰れちま――――っっ!?」

 

 ラピッドたちは空中戦闘機動のループを駆使し、火炎弾を回避してロウリア兵の後ろを取る。

 

「な、何で落ちねぇんだ!?」

 

「あの世で教えてやるよ!」

 

 ラピッドの相棒がループを終える直前に準備した火炎弾を放ち、ロウリア兵を撃墜する。

 だが――――落下するロウリア兵の先に、別のロウリア兵が居た。

 

「勝ったと思い込んでいる時が、一番危ねぇんだよ!! 授業料だ!受け取りな!」

 

 真正面から火炎弾が飛来しラピッドたちを襲う。

 

(くそっ!ダメなのか……!)

 

 そのとき、相棒が首を振りヘルムで火炎弾を弾き飛ばす。

 

「なっ!! そんな事、出来るわけねぇ!!」

 

 余りの驚愕にロウリア兵の動きが一瞬止まる、

 そのチャンスをラピッドは見逃さず、火炎弾を撃ち出しロウリア兵をもう1騎撃墜する。

 しかし、粘性の火炎弾を受けたヘルムは炎上しワイバーンの頭を焼こうとする。

 

「直ぐにヘルムを外してやるからな!」

 

 ラピッドは慌てて相棒のヘルムを取り外し、投げすてる。

 だが、ヘルム外すのに集中し周囲への注意を怠ってしまったのが命取りになる。

 ラピッド達はロウリア兵に囲まれ、火炎弾の集中砲火をその身に浴びて墜落した。

 

「あぁ……。みんな……俺は……やった……ぞ……。ロウリアを……2騎も……落とし……た……ぞ……。」

 

 ラピッドと相棒は炎にその身を焦がし命を落とした。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 クワ・トイネ竜騎士隊はロウリア竜騎士隊との数の差を、日本からの装備と技術で補い善戦する。

 しかし、数の差を覆す事はできずクワ・トイネ竜騎士隊80騎はすべて命を落とし全滅した。

 だが、ロウリア竜騎士隊も大打撃を受け、その数を36騎まで数を減らしていた。

 

「くそがぁ!! ギムの奴ら! 楽には死なせねぇぞ!!」

 

 ロウリア竜騎士隊隊長のアルデバランは激怒していた。

 本来であれば、クワ・トイネの竜騎士なんぞ10騎程の被害で殲滅出来ていたはず。

 今まではそれくらいの力量差があった。それがこのザマだ。

 

「俺達がギムを落とせば……!」

 

 このままでは隊長の任を解かれてしまう。

 戦果を焦るアルデバランは、陸上支援をせずにギムの城壁へ襲い掛かる。

 

 

 

「竜騎士の諸君、君たちは空の英雄だ。」

 

 クワ・トイネ公国国境都市ギムの将軍であるモイジは散って行った竜騎士たちへ敬礼する。

 そして、振り返りバリスタ部隊へと指示を飛ばす。

 

「諸君!これよりワイバーン部隊を殲滅する! 空の英雄達に恥じぬ働きを期待する!」

 

「「「ハッ!!」」」

 

 

 

 アルデバランはワイバーンを駆り、ギムの1km南方まで迫る。

 

「ハッ! バリスタなんぞに俺達を落とせるかよ!!」

 

 

「……とあいつらは思っているのだろうな。」

 

 モイジは日本から借りている距離を測れる双眼鏡で、アルデバランを捉える。

 後200m……100m……50……30……。

 ロウリアの竜騎士隊がバリスタの有効射程距離に入る。

 

「バリスタ隊!! 撃て!!!!」

 

 普通の見た目とは異なるバリスタから、短槍のような矢が一斉に放たれる。

 

「こんな遠くから当たるか!!」

 

 どうせ失速すると高を括ったアルデバランは、速度を落とさずにギムへと詰め寄るが――――

 

「ガァ……!! な、何故…………」

 

 アルデバランと相棒の体に次々と矢が突き刺さり、アルデバランは絶命し墜落する。

 有効射程700mという驚異的な射程を誇るバリスタの射撃に、アルデバランを含め27騎の竜騎士が命を落とした。

 

「差し詰め、コンパウンド・バリスタと言ったところかな?」

 

 モイジはこの不思議な素材で奇妙な形をしたバリスタ。矢が再装填されているコンパウンド・バリスタを見つつ呟く。

 通常のバリスタであれば有効射程は200mも無いだろう。その3倍を超える射程を作り、あまつさえ我々に売るという日本人の力に畏怖のようなものをモイジは感じる。

 

 コンパウンド・バリスタ隊の射撃によりロウリア竜騎士隊は全滅し、制空権を取る戦いは痛み分けに終わるのだった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「くそがぁ!!!!」

 

 竜騎士隊全滅の報告を受けたアデムは木の机を蹴り飛ばす。

 大きく飛んだ机は地面に落下し、砕け散った。

 

「アルデバランめ!! 油断しやがったか!」

 

 両軍の竜騎士隊が全滅、これは両軍にとって大きく意味の異なるものであった。

 クワ・トイネからすれば奇跡的な大勝利であるが、ロウリアからすれば恥辱に塗れた大敗北だ。

 

 アデムの目算では、クワ・トイネの竜騎士を消し飛ばし、100騎以上の竜騎士が援護しつつ地上部隊を粉砕し、ギムを陥落させる手筈だった。

 もちろん地上部隊だけでもクワ・トイネ兵を蹴散らすのは可能だ。だが、アデムは初戦を完全勝利で飾りたかったのだ。

 

 

(しかし、第2文明圏の日本が武器を支援するなら先ずは竜騎士、次点で城の防備。であるならば、アルデバランの失態も納得がいく。)

 

 アデムは次第に冷静になり、状況を分析する。

 

(竜騎士は1騎で1万の兵士を足止めできる非常に強力な兵種だ。重点的に強化するなら竜騎士に絞るのは当たり前だ。我々は日本の装備に破れたのだろう。

 それでも竜騎士100騎に満たない支援のならば、地上部隊は今までのクワ・トイネと変わりない。そう判断すべきだ。)

 

 アデムは不敵な笑みを浮かべる。

 

(文明国の装備を打ち破ったのならば、それはそれで栄誉なことだ。非文明国と文明国との間には大きな差がある。それを打ち破ったならば、歴史上稀にすら見られない程の快挙だろう。)

 

 立ち直ったアデムは地上部隊に指示を出す。

 

「諸君!! クワ・トイネはあろう事か文明国の支援を受けている。だが、支援は先ほどの攻撃で尽きた! 蹂躙せよ!!クワ・トイネの愚か者どもに、死すら生ぬるい絶望を与えてやれ!!」

 

「「「オオオオォォォォ!!!!!」」」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「諸君!! ロウリアの竜騎士は全て撃墜した! これも竜騎士隊、空の英雄達が獅子奮迅の働きを見せたからだ!!!

 我々は散っていった英雄達に恥じぬ働きをせねばならん!! ここが正念場だ! 自分達を!日本を信じるのだ!!!!!」

 

「「「ハッ!!!!!」」」

 

 モイジの激励にクワ・トイネ兵は今までにない士気の高まりを見せる。

 当然だ。竜騎士たちが奇跡を起こした。俺達だって……!! 誰もがそう思っているからだ。

 

 

 士気は最高潮に達し――――両軍が激突する。

 




●製鉄技術
ロデニウス大陸の製鉄技術は良くありません
クイラの硬貨ですら、ゆがみが発生しているくらいなので。
ロウリアの硬貨は日本硬貨みたいに積み重ねる事すら不可能です。

技術差は、クイラ>ロウリア>>クワ・トイネ


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04. 決着!ギム攻防戦02

登場人物
●日本国
大内田:陸軍中将

●クワ・トイネ公国
モイジ  :ギムの将軍
ハンキ  :中央第1騎士団団長
トルティー:南東第1騎士団団長

●ロウリア王国
アデム:クワ・トイネ討伐軍副将



 両軍はギムの南にて激突する。

 

 クワ・トイネ重装歩兵隊の鋼鉄の槍が、ロウリア重装歩兵隊に襲い掛かる。

 粗悪な鉄の盾の薄い部分に鋼鉄の槍が偶然当たると、盾を突き破りロウリア兵を貫いた。

 

 だが、それだけの装備差がありながら戦線は拮抗していた。

 ロウリアは数だけでなく、技量差も勝っているからだ。ロウリア重装歩兵隊の槍は、並んだ鋼鉄の盾の隙間を縫いクワ・トイネ兵に突き立つ。

 

「くそっ……!押し切れねぇ!!」「これ以上押し込まれるな!」

 

 歩兵は互角。ならば歩兵を援護する弓兵の差は?

 

「リーカブ・ボウ部隊は敵重装歩兵部隊を斉射! コンパウンド・ボウ部隊は敵弓兵まで飛ばしてやれ! 魔導師部隊はコンパウンド・ボウ部隊の援護だ!」

 

 魔導師部隊の空気抵抗軽減魔法が、エルフで構成されるコンパウンドボウの射程を大きく伸ばす。

 射程400mまで伸びた矢は、重装歩兵部隊の上空を超えてロウリア弓兵に襲い掛かる。

 

「くっ退け! 何でこんな所まで矢が飛んで来るんだ!!」

 

 ロウリア弓兵部隊は後退してしまったため、クワ・トイネ弓兵の矢がロウリア歩兵に降り注ぐ。

 対して、ロウリア弓兵は射程圏外に移動してしまったため、歩兵を援護できずにいた。

 

 こうして中央部は、弓兵の援護を得たクワ・トイネ軍が徐々に戦線を押し返していく。

 

 だが、両翼の軽騎兵はやや劣勢だ。

 クワ・トイネ軍の騎兵はアルミニウム合金の装備を身に纏い致命傷を防いではいるが、だが数と技量差で劣る為にキルレシオが1:1に留まっている。

 

 

◆◆ 戦場東部の森 ◆◆

 

「ふむ。我がクワ・トイネ軍は奮戦しておる。そろそろ頃合か?」

 

 クワ・トイネの将軍ハンキは日本から借り受けた双眼鏡で戦況を見守る。

 ハンキが率いるは、日本製の鋼鉄の装備と馬具を身に纏うクワ・トイネ重騎兵2,000。

 西の森には南東騎士団団長のトルティーが同数の重騎兵を従えて控えている。

 

 ハンキは自分とトルティーに日本から贈与された腕時計を見つつ機をうかがう。

 戦線が膠着してから00分、または、30分になったときに森から奇襲をかけて、東西からロウリア兵を騎兵突撃で蹴散らす作戦だ。

 

(10:30分まで後5分。)

 

「総員!騎乗せよ!」

 

 重厚な全身鎧を身に纏った部下達が、同様に重装備の馬に跨る。

 もちろんこのままでは重過ぎて効果的な突撃は出来ない。

 

 10:29になったのを確認しハンキは次の指令を部下に出す。

 

「総員!【風神の抱擁】を使用!!」

 

 風神の抱擁は装備重量を軽減する魔石だ。本来は高価な品だが、数を揃えるため品質は低く効果時間は短い。

 日本国民がクワ・トイネの農業を手伝ってくれたため、余剰の資産で少しずつ集めていたのだ。

 

(56……57……58……59……)

 

「突撃ぃぃ!!!!」

 

 10:30分丁度にハンキたち率いる重騎兵2,000騎は森から飛び出し、ロウリア軍へと突撃を開始する。

 魔石の力で鋼鉄の鎧は軽量化され、速度と重量の乗った重騎兵の突撃がロウリア軍の左右から襲い掛かる。

 

「なっ!伏兵か!? 側面に注意せよ!!」

 

 ロウリア軽騎兵の隊長は、いち早くハンキとトルティーの側面攻撃に警戒する。

 しかし、クワ・トイネ軽騎兵がそれを許さない

 

「ロウリアの蛮族共め! 俺達から逃げるのか!?」

 

「クソ農奴の分際で調子の乗ってんじゃねぇぞ!!!」

 

 ロウリア兵はこの挑発に過剰に反応してしまう。元々、想定外に苦戦を強いられてイライラしていたロウリア兵は、この挑発に正面への攻撃に集中してしまう。

 それが勝敗を決してしまった。

 

 ハンキとトルティーはその隙を突き、ロウリア軽騎兵を側面から粉砕していく。

 ロウリア兵がボウリングのピンの様に吹き飛ばされて宙を舞い、ロウリア軽騎兵は壊滅的な損害を被る。

 

 【風神の抱擁】による軽量化で打撃力が低下すると思われがちだが、実際はそうではない。

 魔石の力は加護下にある者達にのみかかり、ロウリア軽騎兵には鋼鉄装備の重量がそのまま載って来るのだ。

 物理法則を無視した力が魔法によってもたらされる。

 

 ロウリア軽騎兵を蹂躙した東ハンキと西のトルティーは中央のロウリア兵へ襲い掛かる。

 ハンキはそのまま重装歩兵の弱点である右側面に襲い掛かる。

 それに対しトルティーは右に進路を変更し、孤立している弓兵へと襲い掛かり、魔導師部隊もろとも踏み潰していった。

 

 

 

 ハンキとトルティーの突撃がロウリア軍を粉砕し、戦場を離れていった。

 

「全軍停止せよ。」

 

 ハンキの指示で重装騎兵は戦闘地域外で馬の足を止め馬から下りる。

 それと同時に【風神の抱擁】の効力が切れて、鋼鉄鎧の重量がズシっと体にかかる。

 今回買った【風神の抱擁】では一度の突撃するだけの時間しか効果が継続しないのだ。

 だが、それで十分だった。

 

 ロウリア騎兵はハンキたち突撃で壊滅し、クワ・トイネ軽騎兵の追撃により殲滅。

 ロウリア弓兵も重装歩兵も壊滅状態になり、クワ・トイネ軽騎兵が包囲した。

 もはや、情勢は決した。だが――――

 

「諸君!鋼鉄の装備を半分まで減らし戦線に復帰するぞ!」

 

 トルティーはギムに帰還したが、ハンキはロウリアを徹底的に叩き潰す算段だ。

 目指すは弓兵の奥に居る敵将アデム。

 

 ハンキは仲間達に包囲され殲滅させられて行っているロウリアに目もくれず弓兵を殲滅、そして奥の本陣へと突撃を仕掛ける。

 

 

「貴様が敵将だな!!」

 

 ハンキはロウリア軍先遣隊の隊長でクワ・トイネ討伐軍副将のアデムを発見し襲い掛かる。

 

「こんな所で栄光ある俺の歴史を終わらせてたまるか!!」

 

 アデムは手近にあった槍を投擲する。しかし、ハンキの持つ鋼鉄の盾がそれを弾く。

 ハンキとアデムの力量は互角。だが、馬上でしかも装備が大きく勝るハンキにアデムは窮地に立たされ……ついに捕らえられる。

 

「くそぉ!それが文明国の――――日本の武具か! 俺達はクワ・トイネなんぞに負けたんじゃない! 日本に負けたんだ!」

 

「そんな事、我々の方がわかっている。」

 

 喚くアデムを尻目に、ハンキはアデムの攻撃を全て防いだ盾と鎧に目を向ける。

 あれだけの攻撃を受けて凹みも歪みもないことに日本の強大さ、技術力の高さを再認識した。

 

 

 

 ギムはクワ・トイネ軍の勝利に、勇者達の凱旋パレードに大きく湧いた。

 この勝利はクワ・トイネにとって奇跡であり、負け続けた国民にとって大きな自信へと繋がる。

 三日三晩続いた戦勝祝いは、将来クワ・トイネの祝日になるほどであった。

 

(今回は勝利する事ができたが……)

 

 モイジは思う。

 

 今回戦ったロウリア軍は7万、その殆どを殲滅できた。こちらの被害は1万。だが、ロウリア陸軍の15%も減らせていない。

 このまま戦い続ければ、ジリ貧になるのは目に見えている。

 ハンキ将軍も、トルティー将軍も考えに至っているだろう。

 

 

 モイジは部下を連れて、日本軍駐屯地へと向かった。

 日本軍駐屯地には、1万を超える兵が住むためにアパートと呼ばれる2~3階建ての同じ形をした建物が多く建っている。

 一体どんな魔法を使って……いや、魔法ではないのか。魔法の如き技術を使って短期間で立てたのか。

 

「大内田閣下、時間をとらせてしまって申し訳ない」

 

「いえ、問題ありませんよモイジ閣下。この度は戦勝おめでとうございます。」

 

「日本のお力添えあっての事です。クワ・トイネの誰もがそれを理解しています。」

 

「僅かな助力をしたに過ぎません。此度の勝利はクワ・トイネ公国の努力の賜物ですよ。」

 

 日本でありがちな、褒め合いが続く。

 日本は謙遜しているが、モイジは日本の援助がなければ完敗していた事を今までの経験で知っている。

 

 

「それでですが、次の戦いには日本のご助力を頂戴したく……」

 

「畏まりました。モイジ閣下のご依頼、謹んで拝命させていただきます。」

 

「おぉ……!それは助かります。」

 

 大内田も理解していた。クワ・トイネは今回は勝利できたが、同じ戦いを繰り返せばやがて物量差に押しつぶされるだろうと。

 それに日本軍も戦費を使ってここまで来て何もせず帰ってきたのでは面目が立たない。

 

(海軍は大活躍したらしいしな……。我が陸軍も少しくらい戦果が欲しいところだ。)

 

 村々の惨状と戦後にロウリア軍駐屯地で遭遇した、まるでドラキュラ公の様に串刺しにされた村娘達を見た日本陸軍は、クワ・トイネの為に戦いたいと戦意が昂ぶっている。

 

 

「それともう一つお伺いしたいのですが。」

 

「はい。何でしょうか?」

 

「ここで日本の方々が住まわれている住居は、戦後如何されるのでしょうか?」

 

「?? 破棄しますが……?」

 

「折角真新しい住居があるのに、破棄は勿体無いかと思います。貴国さえよろしければクワ・トイネの住居区にさせて頂ければと。」

 

「機材は持ち帰るので建物と家具だけになってしまうのですが、それでもいいのですか?」

 

「はい。家を建てるのにもお金と労力が多くかかります。これだけの住居があれば直ぐにでも開拓が始められます。」

 

 大内田は少し考えるが電化製品や精密機械は全て持ち帰るし、確かに作った住居を捨てるのは勿体無い。

 3Dプリンターで作られた家なので、コストは普通に建てるよりかかっていない。

 

(このくらいの家でもいいのならば、3Dプリンターで作った家を開拓団用に販売できるかもしれないな。この件と併せて相談してみよう。)

 

「本国に問い合わせる必要はありますが、多分いい返事が出来ると思います。」

 

「それはよかった!」

 

 モイジと大内田は今後の作戦について相談した後、モイジを見送った。

 

 

(ふむ……。手早く終わらせるには、アレを使うのが効果的だろうな。それにしても、海軍の戦闘報告書は壮絶だったな)

 

 大内田は、昨日行われた西ロデニウス海戦の報告書に再度目を通す――――

 




●風神の抱擁
風の力と思われているが、実際は重力を制御する魔法で属性としては土に属する。
使用者、使用者に属するものに斥力の力が働くが、それ以外の者には通常の重さがかかる。
斥力を発生させるのみの単一機能であるため、気圧の方向を自由に操る風神の涙ほど高価ではないはない


ハンキにはロウリア絶対殺すマンになって貰う予定でしたが、大分マイルドになりました。

後、クワ・トイネ軍にはクイラ王国の傭兵も多数在籍するので、実質クワ・トイネ&クイラ連合軍です。
もしクワ・トイネが負けた場合、クイラにはまともに戦える兵士は殆ど居なくなります。食料的にも戦えませんが。


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05. 西ロデニウス海戦(日本vsロウリア)

登場人物
●日本国
大川:日本海軍大将。原子力空母「大和」の艦長

●クワ・トイネ公国
ブルーアイ:第二海軍軍人

●ロウリア王国
シャークン:クワ・トイネ討伐海軍海将

●パーパルディア皇国
ヴァルハル:ロウリア軍観戦武官



 西暦2019年10月15日(中央暦1639年10月15日)

 

◆◆ 小ギム市の軍港 ◆◆

 

「これが日本の軍船――――いや、軍艦か。間近で見るとなんと巨大な……」

 

 巨大な日本艦を見上げるのは、クワ・トイネの観戦武官ブルーアイ。

 

(4000隻のロウリア海軍に16隻でどうやって立ち向かうのか……。)

 

 日本か強い事は理解しているが、殲滅するには一隻でロウリア軍船250隻も沈めないといけない。

 もちろんその前に勝敗は付くが、全隻沈める火力がないと知られればロウリアが最後まで食い下がってくる恐れもある。

 そんなことが本当に出来るのであろうか……。

 ブルーアイの不安ものせたまま、日本海軍の艦隊は小ギムを出港した。

 

 

 

◆◆ 西ロデニウス海 ロウリア国境付近 ◆◆

 

「やはりこの数は壮観だな!」

 

 クワ・トイネ討伐海軍、海将シャークンは海を航行する4000隻を見渡して満足そうに頷く。

 7年以上かけて、最後の3ヶ月は亜人(しげん)を使い潰して何とか4000隻を作り上げた。

 パーパルディア皇国からの多額の借金と軍事援助を受けて完成した大艦隊。

 

(これだけの布陣ならば、クワ・トイネ、クイラなんぞ木っ端微塵だ。第3文明圏の文明国家ともやり合えるだろう。

 パーパルディアには砲艦という未来の軍船があるらしいが、第3文明圏の文明国家を打ち破る事ができればその技術を接収できるだろう。

 そうすれば――――)

 

(いや、パーパルディアの観戦武官も居る。今は目の前の事に集中しよう。)

 

 そう思いシャークンは空に目も向けると、なにやら変な物体(ヘリコプター)がこちらに向かってくるのを確認する。

 その物体には人が乗っているようで、大きな声が響く。

 

「我々は日本軍だ!貴公はクワ・トイネ領海を侵犯している。直ちに自国へ戻りなさい!

 このまま進むようであれば、我々日本が貴国の相手をしよう!!」

 

(ちっ、例の日本という文明国家か……。いや、丁度いいな。日本国の軍船も砲艦だろう。数で押しつぶして接収し、砲艦の技術を手にいれよう。そうすれば、我がロウリアも文明国家に仲間入りだ。その功績を挙げた俺の栄達は間違いないだろう。)

 

「ハハハッッ!! 何が日本だ! これだけの陣容を見て、よくもそんな妄言を吐けるものだ!!

 バリスタ隊! 挨拶をお見舞いしてやれ!」

 

 バリスタの有効射程では当てられはしないが、挑発には丁度いい。

 日本軍のヘリコプターにはやはり当たらないが、効果はあったようだとシャークンは感じる。

 

「貴国の意志は分かった!降伏する場合は白旗を振ることだ。その船だけは沈めない事を約束する!!」

 

 日本軍の拡声器とロウリア全軍に伝わるよう、ドローンからも降伏の方法をスピーカーで伝えて日本のヘリコプターはその場を去った。

 

「ふんっ! 降伏するのは貴様らだよ。先ずは艦上の武装とマストを破壊してやれ!」

 

 シャークンの指示で400騎の竜騎士隊が出撃する。

 遠くに点の様に見える日本の軍船を見つつニヤリと笑った。

 

 

 

◆◆ 西ロデニウス海 総旗艦大和 ◆◆

 

「そうか……。彼らには理解して貰えなかったか……。」

 

 ペリコプター部隊からの報告を聞き、日本海軍総旗艦「大和」の艦長である大川は残念に思う。

 原子力空母の大和は今回、海戦には参加の予定はない。万が一を想定して戦闘機を格納してはいるが、事前の分析では参戦する自体は起きないとの結果だ。

 主に戦闘するのはイージス艦、イージス間との戦術リンクが可能なミサイル駆逐艦の15隻だ。

 

 本海戦に参加する艦隊は大和と同じく横須賀基地に所属する軍艦で、

 イージス艦は榛名、足柄、利根、那珂、鬼怒の5隻。

 ミサイル駆逐艦は暁、響、雷、電、神風、朝風、春風、松風、旗風、島風の10隻。

 

「各艦に指示を。イージスシステムは自動モード。迎撃領域は半径2kmに、主砲を最優先武装に設定。非イージス艦はイージス艦と戦術リンクしコントロールをイージス艦に移譲。」

 

 各艦の主砲の有効射程は15kmあるが、他国の偵察を懸念して第3文明圏と呼ばれる国家群での最大射程とされる2kmまでに抑えた。

 ミサイルではなく、主砲をメインにしたのは単純にコスト問題だ。

 

 

「提督。ロウリア軍の竜騎士を補足しました。数は400。」

 

 大川は驚く。ガレー船を扱うロウリアが近代の航空戦で攻撃を仕掛けてくるからだ。

 

(そうか。ワイバーンという飛竜が存在するから制空権という概念が古くから存在しているのか。)

 

「イージスシステムの迎撃領域を対空に限定して4kmに拡張。」

 

 ワイバーンの最高速度は235km/h、3.9km/min。こちらに接近するときは最高速で突破してくるであろうから迎撃領域は4kmは必要だ。

 15隻が全力(発射速度40発/min)で撃てば、およそ一分で殲滅可能であろう。

 

 

 

◆◆ 西ロデニウス海 ロウリア飛竜隊 ◆◆

 

 400騎の竜騎士がロウリア船団の上空を飛翔していく。

 彼らから遠くに日本の軍船が確認できた、数は16。

 

 その内15隻から光の様な何かが放たれた気がした。

 

「ん……何かの魔法か……?」

 

 竜騎士の隊長はそう思ったが、こんな3,4kmもある超長距離を攻撃できる魔法なんて聞いた事ない。

 何らかの信号だろうと思った矢先――――

 

 自分を含めた40騎の竜騎士が弾け飛んだ。

 

「え……?」

 

 隊長は何が起きたか知らぬまま命を落とした。

 

 

 

 さらに数秒後、日本軍の軍船から光が放たれ再び多数の竜騎士が肉塊に変わった。

 

「さ、散開しろ! 固まったら狙われるぞ!!」

 

 竜騎士は死にたくない一心から、陣形も無視して各自がバラバラに散開する。

 だが、イージスシステムは無慈悲に効率的に竜騎士を処理していく。

 そこには命の尊厳も階級も竜騎士の過酷な訓練も、仲間との友情も、何の意味を持たない。イージスシステムは計算で導かれたデータにより順次処理されていくだけだ。

 数秒ごとに多数の竜騎士が肉片に変わり、海へ堕ち、魚の餌になっていく。

 

 そして一分が経過する頃、空中には何もなくなっていた。

 

 彼らも散々亜人を弄んで殺戮してきたため、それが自分の順番になっただけだ。

 

 

 

◆◆ 西ロデニウス海 ロウリア艦隊 ◆◆

 

「な、何が……何が起きたのだ!? 竜騎士はどうした!? 何処へ行ったのだ!!」

 

 シャークンは目の前の光景に、目の前で肉片になって落ちていく竜騎士を、現実を受け入れられずパニックに陥っていた。

 いや、シャークンだけでなくこの光景を見たもの全てがパニックに陥っている。

 竜騎士400騎もいれば、クワ・トイネもクイラも安易に制圧できる圧倒的な数なのだ。

 それが一分も経たずに消え去った。誰もがこれは夢だと思うのも無理はない。

 

(いや、これはチャンスだ……! 実際、日本軍の攻撃は止まっている。弾切れか、魔力切れを起こしているのだ! 今進まなければ、回復した日本軍に我々はやられてしまう!!!)

 

「総員!! 亜人(どうりょく)を動かせ!! やつらは弾切れだ! 今、動かなければ死ぬぞ!!!」

 

 シャークンの怒号に船員が我に返る。

 確かに将軍の行ったとおりだとそう思ったのだ。

 水兵は船底に下りて漕ぎ手の亜人たちにムチを叩く

 

「全速だ!! 死にたくなければ全力で漕げ!!!」

 

 シャークン達ロウリア海軍は、自らの足で死地へ、半径2km以内へと進んでいくのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「あの攻撃を見て、まだ進むのか……。いや、戦わずして退く事が許されていないのだろうな。各艦、微速前進!」

 

 大和の艦長大川は覚悟を決める。

 

 互いに距離を詰めていき、イージスシステムのキルゾーンにロウリア軍船が入る。

 駆逐艦の主砲がイージスシステムの指示に従い発射され、ロウリア軍船が爆散する。

 

 日本艦隊の半径2km以内のロウリア軍船は、近づく事も許されぬまま海の藻屑と化していく。

 

 

 ロウリア海軍の兵士達は逃げようとする行動をとる事すら出来ぬまま命を消費していく。

 

「い、いやだ……!死にたくない!! ……ハッ!そうだ!」

 

 ロウリア海軍のとある船の船長は思い出す。

 降伏したければ白旗を揚げろと言っていたのを――――

 

「白旗だ! 白旗を揚げよ!!」

 

 前方のロウリア軍船が沈んでいくのを、まるで処刑台に上がっていく気持ちになりながら水兵たちに怒鳴る。

 

「船長……!白旗なんてありません!」

 

 船員の悲痛な叫び声が耳に入る。

 

「帆だ!破って白旗にするんだ!!」

 

「「「はいっ!!!」」」

 

 マストの帆が外されて白旗に作りかえられていく。

 目の前のロウリア軍船が沈み、次は自分たちの番か……。本当に白旗を揚げれば生き残れるのか……。

 僅かな望みに縋り、水兵達は必死に白旗を振る。

 

 左の船が沈み、右の船も沈む……。

 

(たのむ……! 殺さないでくれ……!)

 

 後方の船が沈み、更にその周囲の船も沈んでいく……。

 彼らの乗る船のみ船の形を残し、周りには瓦礫がかつて船であったもの、人であったものが浮かぶ。

 

「た、助かった……! 助かったぞ!! お前達!下の奴隷(あじん)達にも旗を振らせろ!!」

 

 他の船長達も、甲板の上で白旗を振っている船のみ生き残っている光景を見て次々に白旗を降り始める。

 しかし、判断に迷った者、躊躇った者達は、間に合わずにイージスシステムに駆逐されていく。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 海に残った船はおよそ2000隻の白旗を揚げたロウリア軍船と16隻の日本艦のみだった。

 敵軍の提督であるシャークンとその船に乗船していた、第3文明圏の列強パーパルディア皇国の観戦武官ヴァルハルを捕虜にし、海戦は日本軍の完勝で終わりを告げた。

 

「各艦、これより救助活動に入る。」

 

 イージスシステムを半自動モードに変更した大川は、海に浮かぶロウリア海軍兵士の救助活動に入る。

 

「何を為さるのですか……?」

 

 クワ・トイネの観戦武官のブルーアイは、日本の圧倒的武力に畏怖、むしろ恐怖していた。

 アレだけの大艦隊が竜騎士の軍勢が蜘蛛の子を散らすように消滅した……。

 列強パーパルディアでもこんな事は出来ないはずだ。何より、この大海原の上で100発100中の艦砲という攻撃をどうやって報告すればいいのかわからない。

 それに、救助活動?日本軍は無傷なのに何を……まさか、敵兵を?

 

「もちろんロウリア兵士の救助ですよ。もう戦いは終わったのです、何も全員を海に沈めようとは思っていません。」

 

 大川の言葉にブルーアイは驚愕を通り越して、凪になった心で感じる。

 日本は勝利など当たり前で、敵兵を救うだけの余力も度量もあるのだと。その力と高潔さに、クワ・トイネは未来永劫決して敵わないのだとブルーアイは理解した。

 




ヴァルハル君には役に立っていただきます

●クワ・トイネの主要都市
公都クワ・トイネ:首都。クワ・トイネの中央に位置する
マイハーク市:北東の経済都市。クイラとの玄関口
イズーダ市 :北西の経済都市。第3文明圏内の非文明国と交易している。
小ギム市  :南西の経済都市。西ロデニウス海の南西にある国々との玄関口(ロウリア除く)
東モロコ市 :南東の主要都市。


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06. ロウリア王国陥落

登場人物
●日本国
大内田:陸軍中将
草凪 :日本空軍空挺部隊

●ロウリア王国
パンドール:クワ・トイネ討伐軍大将
ハーク・ロウリア34世:国王

ロウリアの人間至上主義の原因をちょっと改変させていただきました。



 西暦2019年10月17日(中央暦1639年10月17日)

 

◆◆ ギム市南の平原 ロウリア主力 ◆◆

 

 先遣隊の更に200km南方にはロウリアの主力部隊が居た。その総数は23万。

 そして、その100km南には後続部隊10万が控えている。

 

 クワ・トイネ征伐軍の将軍パンドールは、心に不安を抱えたまま北の空を見る。

 

「もう4日もアデムから連絡がない。それに海軍は全滅したと、捕虜になった海兵所属の魔法使いから魔信の連絡があった……。シャークンまでもが捕えられたと……。きっとアデムも……。」

 

 パンドールは既にクワ・トイネ軍に拷問を受けて絶命しているアデムを心配する

 

 

 明け方の静けさに、北の空からババババ……とやかましい音が聞こえてくる。

 

「こちらは日本国陸軍。貴公らに降伏を勧めに来た。直ちに武装を解除せよ――――」

 

 なるほど、これが降伏勧告してくる謎の飛行物体か。海軍の魔信から通達のあったとおりだ。

 

「悪いがそちらの言い分を聞く事はない。我々はクワ・トイネとそして日本を打ち破り、ロデニウス大陸を制覇させて貰う。」

 

「そうか、それは残念だ。」

 

 ヘリコプターが北へ去っていき、1時間後ロウリアは北伐を再開する

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

「大内田将軍閣下、敵軍進軍を開始しました。」

 

 大内田は、多目的ミサイルシステムの最終発射シーケンスのボタンに手を添える。

 ミサイルの弾頭は焼夷弾、いわゆるナパーム弾というものだ。

 人道的な兵器ではないが、この世界では飛竜のブレスは火炎弾の燃焼後に酷似しているため採用された。

 大内田はオペレータに秒読みを頼む

 

「畏まりました。10……9……8……7……6……」

 

(申し訳ないが……貴公らは民間人、村人達の虐殺に対して責任を取らなければならない。)

 

「5……4……3……2……1……発射どうぞ」

 

「ミサイルシステム、発射!」

 

 大内田の言葉と共に、いくつものナパーム弾頭ミサイルが発射されていく。

 

 

 その攻撃は圧倒的だった。

 ロウリア軍後続隊隊長は主力の燃え盛る光景を見る。

 

「我が兵が燃えていく……。火竜の群れがドラゴンブレスを吐いているかのようだ……。こんな事、人のなせる業ではない……。」

 

 23万のロウリア兵が一様に燃え尽きていく。

 そして数時間後、そこに残されたのは炭化した人であったモノだった。

 この数時間後、ギムの街にロウリア軍後続隊から降伏の意思が伝えられた。

 

 

 

 西暦2019年10月22日(中央暦1639年10月22日)

 

◆◆ ロウリア王国 王都ジン・ハーク ハーク城 ◆◆

 

 虫も寝入る深夜――――

 

 ハーク・ロウリア34世は恐怖に震えていた。

 海軍も陸軍も一日で全滅、それを日本国という文明国家が成し遂げたと。

 

 それだけではない。港の軍事施設は全て破壊され、ジン・ハークの軍事施設も爆炎魔法(空爆)で焦土と化した。

 

(文明国とはこれほどに恐ろしいのか……。違う、少なくともパーパルディアは手も足も出ないほど脅威ではない。日本とは一体何なのだ!?)

 

 怯えるハーク・ロウリア34世の目の前に、まるで昼の様な明るい光が、太陽のような光が降り注ぐ。

 

「ぐぅ……!何だ!?何が……?」

 

 咄嗟に眼を閉じたハーク・ロウリア34世は、しばらくした後、まぶたの裏から光が消えるのを確認して目を開く。

 すると――――

 

 タタタッ……タタタッ……タタタッ……

 

 今まで聴いたことのない音が聞こえ、倒れる金属音が聞こえる。

 だんだん近づいてきている様だった。

 

 すると唐突に扉が蹴破られる。

 

「あぁ…………私は何てことを……」

 

 暗闇に慣れた目で日本兵の斑模様を刻む迷彩服と禍々しい尊顔(ヘルメットに暗視スコープ、顔全体を覆うマスク)を確認する。

 そして、先ほどの人の手で作り出された太陽をみて、ハーク・ロウリア34世は理解してしまった。

 

 

 魔帝に逆らってしまったのだと――――

 

 

 

 古の魔法帝国、通称魔帝。

 遥か昔、この世界を統一した帝国。後世の有識者により、正式名称はラヴァーナル帝国だっただろうとされている。

 「だろう」というのは、彼らの使用する文字は難解を極めているため、確証が持てなかったのだ。

 故に、世界では「古の魔法帝国」または「魔帝」と呼称される事が多い。

 彼らの力は強大で、これらの残した遺産を最も解析した神聖ミリシアル帝国がこの世界を制覇しているくらいには。

 

 そんな彼らは、あるときを境に突如消えたとされている。

 この世界を捨てたのか、神と戦い滅びたのか、それは分からない。

 だが、こんな言葉が残されていた。

 

「我々は太陽だ。日が昇るとき、この世界に還るであろう。」

 

 何の暗示何処までは真実かは分からないが、いずれ戻ってくる。それだけは誰もが確信していた。

 

 初代国王ハーク・ロウリア1世は国力を高めるために魔帝の威光にあやかり、人間至上主義を唱えた。

 確証はないが魔帝の原初は人間族だったと伝えられていたからだ。

 初代の唱えた人間至上主義は正しく現在ではロデニウス大陸の半分を制覇するに至った。

 

 そう、正しかったのだ。今この時までは……。

 あろうことか魔帝に、日本国に盾突いてしまうまでは――――

 

(今日、ロウリアは滅びるのか? いや、まだだ!ロウリアが消し炭になっていないということは、お許しを頂ける可能性が残されているはずだ!)

 

「魔帝様!申し訳御座いません!!」

 

 ハーク・ロウリア34世は、寝室に押し入った日本兵に平伏した。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 日本空軍第3空挺部隊隊長の草凪(くさなぎ)大尉は、敵国の重鎮を捕えるために4名の部下と共に国王が居るであろう寝室へと押し入った。

 閃光弾で彼らの視界を潰していたため潜入は容易かったし、ここまでも順調だった。

 国王らしき人物が平伏するまでは。

 

 草凪は何かの合図だと判断し、周囲の警戒を強めた。

 

「御方々だとは露知らず、取り返しの付かないことをしてしまいました!ですが、申し開きの機会を頂けるのでしたら、光栄に存じます!!」

 

 しかし、草凪達が確認したところ、この周囲には討ち取った敵兵以外に温度を発するものはなく。

 状況を打破するためには、話をさせたほうがいいかも知れないと判断した。

 

「貴方はロウリア王国の国王、ハーク・ロウリア34世で間違いありませんね?」

 

「ははぁっ!おっしゃる通りでございます!偉大なる御方に不肖なる私の名を呼んで頂けるとは、恐悦至極に存じます!!」

 

「あの……普通に喋って頂いていいので。それで、我々に何を伝えたいのでしょうか?」

 

 草凪達は国王の異常さに警戒を強めつつ話を促す。

 

「滅相も御座いません! いえ、御方が普通にしろと仰るのでしたら。謹んで指示に従わせていただきます。

 我々ロウリアは古の魔法帝国である御方々に、この国を捧げるために邁進して参りました。

 どうか!どうか!あなた方の足元に跪く事をお許し下さい!!」

 

 ハーク・ロウリア34世はこの国を残すため、家族を臣下を生き残らせるためには服従するしかない。

 魔帝に盾突いて生き残れるとしたら、これ以外存在しないとそう思ったのだ。

 

 それに対し、草凪達は困惑していた。

 古の魔法帝国とは何か?国王は何か勘違いをしているらしいことは分かる。

 だが、狂信者の様な振る舞いをする国王を如何正せばいいのかわからなかった。

 

「ええと……我々は日本国です。古の魔法帝国というのは良くわかりません。今回ここに来たのは、貴方の身柄を確保しに着ただけです。来て頂けますね?」

 

 草凪達は一応日本国であると訂正して国王に身柄を要求する。

 騙すようで悪いが、これで戦いが終わるのならば……と。

 

「はっ!日本国の皆様にお供させて頂きます!」

 

「後、この城の兵士達に武装の解除をお願いできますか?」

 

「もちろんでございます!」

 

 ハーク・ロウリア34世は魔信で全武装の解除と魔帝の光臨、そして全面降伏を伝えた。

 ロウリア主要都市には、これらの内容がすぐさま伝えられ全ての都市が夜明けを待たずに降伏を申し出る事となった。

 

 そして、日本は非常に頭の痛くなる戦後処理に追われることになる。

 



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07. 戦後01 ―各国の思惑―

登場人物
●日本国
鈴木:外務大臣政務官

●クワ・トイネ公国
カナタ :君主(エルフ)

●クイラ王国
テヘンラ:クイラ国王(狼系獣人)
マシュハ:クイラ王国宰相(エルフ)

●ロウリア王国
パンドール:クワ・トイネ討伐軍大将
ハーク・ロウリア34世:国王



 西暦2019年11月(中央暦1639年11月)

 

◆◆ クワ・トイネ 執務室 ◆◆

 

「ハンキ将軍、ご苦労様でした。」

 

 カナタは帰還したハンキを労い、褒賞を与える。

 クワ・トイネの戦争の傷はギム周辺の農村だけという、今までに比べれば遥かに軽微なものだ。

 

 カナタは思う

 

(日本が魔帝という噂が出ましたが日本は正式に他国であると宣言しましたし、魔帝ではないと判断すべきでしょうね。)

 

 ハーク・ロウリア34世の発言でロデニウス大陸は驚いたが、その後日本からの正式な回答が出された。

 

(ブルーアイなど間近で戦闘を見たものは心の中では信じているでしょうが。)

 

 そもそも暴虐な魔帝であれば私たちに武装を輸出してくれる事、食料を買ってくれる事、クワ・トイネ国民と友好的なことに説明が付かない。

 何より、魔帝ではないという回答をする意味がないからだ。

 私が知る日本の戦力であれば、最強国家である神聖ミリシアル帝国にすら勝利しかねない。

 

(むしろ不安だ何だで、こちらから対応を変えることが最も愚策。)

 

 カナタは、今の関係を維持できるように努めるべきと判断を下した。

 

 

 

◆◆ クイラ 王座 ◆◆

 

「陛下……日本は本当に魔帝ではないのでしょうか……?」

 

 宰相のマシュハは不安が拭いきれて居ないようだ。

 

「マシュハ。そんな事がありえるわけないだろう。心配性なお前に教えてやる。」

 

 カナタと同じ見解を先ず述べる。

 クイラも日本国民、クイラ国民同士で友好的である。

 それに、数ヶ月前から輸入を開始した缶詰や乾麺、レトルト食品など保存のきくもののおかげで、飢える心配が過去のものになった。

 魔帝ならば飢える我らを観賞して笑うだろう。

 

「それに、非戦闘地域にもかかわらず、不安を取り除くために数千の兵をクイラとロウリア付近に置くという心配りまでする様なものたちだ。

 お前の思い描く魔帝はそんなことをするのか? 武力だけで判断するなら、ムー帝国、神聖ミリシアル帝国も魔帝の可能性があるということになるだろう。」

 

「い、いえ。確かに、ドラゴンの革がほしいからと、古代竜種を滅ぼす魔帝がそんなことをするとは思えません……。」

 

 心配性のマシュハはテヘンラの説明により、徐々に心の安定を取り戻してく。

 

「何よりだ。ロウリアは歴史的敗北をした。普通ならば国が割れるだろう、だが、割れていない。それはな、魔帝に負けたと宣言したからだ。

 人知の及ぶ国に敗北したなら、独立するものも出てくるだろう。だが、魔帝に負けたとあれば誰も独立など出来ない。

 万が一にも、次のターゲットが自分たちになったら目も当てられんからな!

 ハークロウリア、賢しい奴だ。相手が魔帝といえば天災と同義。領土を全く減らさずに戦争を終えやがった!」

 

 だからといって、自分達が戦争しても弱体化したロウリアに勝てる気はしない。

 不服に思うテヘンラと対照的に、マシュハは心の安寧を取り戻した。

 

 

 

◆◆ 東京23区 ◆◆

 

 今後の調整の為に、ロウリア国王のハーク・ロウリア34世は東京に呼ばれていた。

 本来であれば日本の外交官が向かう予定だったのだが、国王が東京へ向かわせて欲しいと申し出があったため飛行機で東京に招いたのだ。

 そして内閣に迎えるために、黒塗りの車で東京の中心地を走っていた。

 

(これが魔帝……いや、日本国か。なんと壮大で雄大で偉大なのだ。)

 

 国王は若い頃、自身の器を広げるために各列強を見聞していた。

 エモール王国を除き、列強の序列が高いほど文明的な街並みであると国王は思った。いずれはロウリアもあのような文明的な街並みを作りたいと頭を悩ませていのだ。

 日本のビル群は国王の生涯で見た、どの街並みより文明的だったのだ。

 

(日本国の街並みは、世界最強の神聖ミリシアル帝国よりも遥かに文明的だ。恐らく誰が見ても同じ事を言うだろう)

 

 国王が食い入るように街並みを見ていると、同乗していた日本人外交官の鈴木が国王に良かれと思って説明をした。

 

「ここは首都東京の中心なんです。この一体の超高層ビル群を東京スカイスクレイパーといいます。皆は東京摩天楼って呼んでいるんですけどね。」

 

(トウキョーマテーロウ? 東京魔帝楼!? やはりそうなのか!? 彼等こそが、あの魔法帝国なのだ!!)

 

 国王は誤解により、日本が魔帝であることを確信してしまった。

 

 

 ハーク・ロウリア34世は、車に揺られながら考え込んでしまう。

 

(前回は何とか命を繋いだが、今回の日本からの呼び出しで失敗は許されない。気が変わりやっぱり滅ぼそう!とか、人間パズルをしたいから、お前の家族を解体しておけ、お前の手でな。など、伝承通りの魔帝であればそんなことが起きてもおかしくない。

 戦わずに従属したクワ・トイネやクイラの動向を見る限り、伝承とは異なり寛大でいらっしゃる。

 娘である姫たちを国政に関与しており、人道である方々に嫁がせる事で王族に日本国の血を入れることが出来れば、領土は安泰するかもしれない。日本の血を引く王族を国王に据えれば自身の関与する国を滅ぼそうとなどは考えないはずだ。

 鈴木殿は如何だろうか? 彼は今に至るまでに、外交的な権力があり至って人道的だ。)

 

 日本は立憲君主制なのでハーク・ロウリア34世考えている事は実現しないのだが、鈴木は国王の縁談に如何対応すればいいのか困惑したまま内閣府へと到着した。

 




●各国の日本イメージ
クワ・トイネ:日本≠魔帝
クイラ   :日本≠魔帝
ロウリア  :日本=魔帝
パー皇国の観戦武官ヴァルハル:日本=魔帝


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08. 戦後02 ―亜人繁殖施設と日本―

登場人物
●日本
阿野:首相
林田:陸軍伍長

●ロウリア
管理者:とある亜人繁殖施設の管理人


 西暦2019年11月(中央暦1639年11月)

 

◆◆ ロウリア 亜人繁殖施設 ◆◆

 

「なんでまた俺なんだ……」

 

 林田は悪態をつく。クワ・トイネ農村の惨状以降こんな役回りが多いと。

 ロウリア先遣隊跡地であった村人串刺し現場も、林田の所属する部隊が最初に発見した。

 次は亜人繁殖施設という亜人を家畜扱いする物騒な施設だ……

 

「はぁ……。仕方ない、入るか。」

 

 見た目は木造の学校の様な施設で、林田は施設の中に入ると息を呑む。

 一糸纏わぬ姿の獣人、エルフ、ドワーフの女性達が佇んでいたからだ。

 林田は出来るだけ直視しない様に、彼女達を見ると妊娠している女性がかなり多い。

 ただ、陵辱や暴行を受けた様子はなく瞳に光を失ってはいなし、施設内も彼女達も清潔に感じる。

 もし、何も知らずこういうプレイの店だといわれたら林田は信じていたかもしれない。

 今までの惨状に比べればそれだけマシなのだ。

 

 だが、そこかしこで男女の行為がされている……。なんて大っぴらなと林田は思う。

 人のを余り見ていいものではないと、足早に奥へと進んでいく。

 

(うぅ……、いけないとは分かりながらも、チラチラ見てしまう……)

 

 兵士には男性が圧倒的に多く、女性の体を見ることなんて殆どないから仕方のないことかもしれない。

 林田はチラっと見たときにその女性と目が合ってしまい、顔を赤くし管理者の元へと急いだ。

 

「日本国の林田様でいらっしゃいますね? 私は亜人繁殖施設の管理を任されているものです。」

 

「ご丁寧にありがとうございます、私は日本陸軍の林田です。」

 

 ロウリア王国では亜人を奴隷として家畜のように扱っている。

 日本としては奴隷を認めるわけにはいかないので、ロウリア国王に是正を求めたところ快諾?を貰った。

 

 林田は管理者にそのことを伝えると快諾されてしまった。

 もっと抵抗があると思ったが、素直に行き過ぎて心配になる。

 

「ご理解頂き感謝します。それにしても随分と室内が暖かいようですが……?」

 

 暖房器具が全くないのにこの部屋だけでなく、この施設全体が暖かく快適なことに林田は気が付く。

 先ほどまではそれど頃ではない状態だったので、今頃気が付いたわけだ。

 

「はい。私たちや亜人が魔法で気温を調節しております。」

 

「そうだったのですか。それは素晴らしい魔法とあなた方の魔力ですね。」

 

「滅相もございません。長時間の魔法行使は出来ず、交代で環境を維持しておりまして……」

 

 施設管理者は魔帝である日本人に魔力の量と質を問い質されたのだと思った。

 もちろん林田にそんな気はなく、魔法の凄さとそれが出来る管理者を褒めただけなのだが。

 

 

「それでは、自由になる事をここに住まう彼女達に伝えなくてはなりませんね。」

 

「では私も林田様のお手伝いをさせて頂けますか?」

 

「えぇ、お願いします。たくさんの方がいらっしゃるようですし。」

 

 管理者はこの後どうなるかは分かっているのだが、林田に助言するのは失礼に当たるかもしれないと口を噤んだ。

 自身が迅速にフォローして、役に立つ事を示したかったという欲があるのも否めないのだが。

 

 

(どうにも、女性の裸体を見るのは……。いや、美しい方たちだから嬉しいのだが仕事で来ているのだし……)

 

 林田はとある一室の亜人女性を呼び集めて、開放する旨を伝えると――――

 

「い、いやぁ!まだ産めます!!死にたくないです!」

「どうか!私たちを処分しないで下さい!!」

「私もまだ使えます!廃棄しないで下さい!!!」

 

 自由になれる事を伝えた途端、彼女達は林田に縋り、助命を嘆願する。

 余りの必死さに、林田は圧倒され頭が真っ白になってしまう。

 本来であれば女性に群がれて気分がいいはずなのだが、この異常さに林田は恐怖を覚えた。

 

「お前達に自由などあるはずもなかろう! お前達が家畜である事を忘れていないか確認したに過ぎん! 持ち場に戻れ!」

 

 管理者の一喝で亜人女性達は冷静を取り戻した。

 あんな言葉で平静を取り戻すなどおかしいのだが、ここで産まれ、繁殖することが存在意義と教え込まれ、命令に従い生きてきた彼女達にとってはこれが普通なのだ。

 

「林田様、少し休憩致しましょう。さぁ、こちらへ。」

 

 林田は管理者の成すがままに部屋を後にした。

 林田は何故、自由という言葉にあんな反応したかを尋ねると……

 

「彼女達には、繁殖できなくなると死を与えられます。このとき我々は彼女達に自由になると教えてきました。

 死ぬときのみ自由になる。自由になる事は死ぬ事だと、彼女達は刷り込まれているのです。実際に自由という名の処刑を何度も見ていますしね。」

 

 そんなことを平然と話す、平然と出来る管理者に林田は戦慄した。

 自分達と彼らには常識や思考に隔絶した差があることを理解してしまったからだ。

 

「そ、そうですか……。とりあえず彼女達をどのように扱うかは、上に相談せねばなりません。今回はこれで失礼します。

 それと、先ほどのフォローはありがとうございました。」

 

 林田は逃げるように施設から出て行く。

 

(ここは異常だ……。肉体が正常である代わりに、心が異常なまでに壊れている……。それがここまで恐ろしいなんて……)

 

 林田は上司へこのことを報告すると、他の繁殖施設も似たようなものだと知ることになる。

 

 

 

◆◆ 東京 内閣府 ◆◆

 

「はぁ……これは、異常事態ですね……」

 

 阿野はロウリアの態度も、軍から報告を受けた繁殖施設という名の奴隷収容施設の実態を聞き溜息をつく。

 

 本戦争に介入したのは、戦争の後処理でロウリアにクワ・トイネとクイラに対して永久的な不可侵条約を結ばせる事。2国が平和でないと食と資源を2カ国に頼っている日本は非常に困るからだ。

 だが蓋を開けてみれば、クワ・トイネ、クイラ、ロウリア間の関係はこちらの思った以上に友好的な関係となった。だが、ロウリアと日本は想像だにしなかった。ロウリアと間に大きな亀裂が入らなければいいだろうと思っていたのだが、まさかロウリアが事実上の属国になってしまったのだ。

 

 まぁ、ロウリア国王が会見で「我々の目を醒まさせてくれて感謝している」や「これから日本と共に平和な道を歩んで行きたい」など日本にとって友好的な発言をしてくれたため、国民感情はさほど政府に対して攻撃的ではなかったのが救いだ。

 

 ただ、亜人繁殖施設という案件には頭が痛いと阿野は頭を抱える。

 先の海戦で50万以上の亜人と呼ばれる獣人、エルフ、ドワーフの捕虜、そのほかにロウリア本国に1500万人近い亜人が存在する。

 彼らを救わなくてはならないのだが、クワ・トイネ、クイラに亡命させるわけにも行かないし、日本でも流石にこの人数は保護できない。

 だからといって、このままは最も悪手であることも分かっている……。

 

 とりあえず、何かいい案が出るまでは先送りにしようと阿野は決めて気持ちを切り替えた。

 

 

 頭が痛いこともあったが、喜ばしい事も多数あった。

 1つはロウリア王国の領土では木の成長速度が異常に早かったのだ。だから4500隻という無謀な数を揃える事ができたのだろう。

 また、航空調査によると、この世界では木造船が主流で西にある第3文明圏というところでも大体がキャラック船や初期のガレオン船クラスのものが殆どだ。

 ロウリアで造船業を振興すれば、戦後の復興も早くなるかもしれない。

 それに、クワ・トイネ、クイラ、ロウリアにガレオン船が行き渡れば彼らの交易がしやすくなるだろう。彼らが富めば日本製品も売れるし、悪いことはない。

 ロデニウスの船はガレー船が主体なので大きく進化してしまうが、大砲技術を提供しなければ軍事技術の進化にはならないだろう。

 

 

 そして2つ目。1つ目に近いのだが、成長が早いのは材木用の木だけでなく、果樹も実を付ける成木になるまでの速度がとても速かったのだ。

 ロウリアでは葡萄の木の成長が早いと聞いていたのだ。ためしにリンゴの苗を植えたところ、異常なまでに成長速度が速かったのだ。

 そして、様々な果樹を植えてみた結果、木に属する全ての樹木の成長が早いことが分かったのだ。

 果実をロウリアで育てて日本に輸入すれば、国民に今までより格安で提供できる可能性がある。

 生は中々難しいだろうが、缶詰やドライフルーツ、ジュース、カカオやコーヒーなど食生活を豊かに出来るものばかりだ。

 

 

 そして3つ目、これが最も驚いた事だ。

 本格的な調査はこれからなのだが、ロウリアでウランの鉱脈が見つかったのだ。しかも簡易調査で100年以上は採掘できるほどの大鉱脈だ。

 ウランはクイラには残念ながら存在せず、原子力関連の施設に不安があったのだが、これで一安心だろう。

 

 このようにロウリアと友好的な関係を築ければ、日本は様々な恩恵を受けられる。

 そういう意味では、事実上の属国はロウリア国内で動き易くなりありがたいのかもしれない。

 

 国外の環境を整備すれば、年々上昇傾向にある失業率の増加にもストップがかけられる。

 やる事は山積みだが、1つずつ着実に片付けていこう。

 

 阿野は次の会議へと足を運んだのだ。

 




う~ん、最初のは生活魔法の登場と亜人開放の失敗をもっと簡潔に書きたかったのだけれど……
でもR15的なのは入れたかった!

あと、出来るだけ3000文字オーバーになってから投稿しようと思ってるけど、
短くても場面ごとが良いか、3000文字は欲しいか。
前半は場面も違うし、昨日投稿できたかなぁと……


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09. 【閑話】青井森一の場合:ロウリア造船業

●日本
青井森一:40代後半の船大工


 西暦2019年11月(中央暦1639年11月)

 

◆◆ 日本 とある町工場 ◆◆

 

 俺は青井森一(あおいしんいち)。日本ではもう殆ど居ない船大工をやっている。

 今では小さい船ですら繊維強化プラスチックで作られていて、屋形船とか風情を楽しむ場合でしか木造船は使われていない。

 ウチもプラ製の船を作っているし、というかそっちの方が仕事も多い。

 

 今回は政府からロウリアという国で、若い奴らに木造船の技術を教えてやって欲しいと依頼が来た。

 仲間に聞いた話じゃ、俺だけじゃなくて木造船に関わっている人たち全てに依頼が来ているらしい。

 

「今時、木造船だけじゃ食っていけないのは分かっているから引き受けるけど……一体何を作るんだい?」

 

 お役人の兄ちゃんから話を聞くと、昔に存在していたガレオン船ってのを作るらしい。

 

「そんなにデカイ船を作れるのは嬉しいけどよ、木材とは費用はどうするんだい?」

 

 兄ちゃんの話では、木材はロウリア、俺の給料は日本から、ロウリアの若い奴らにはロウリアから給料が出るそうだ。

 それに俺が教えるロウリアの人たちはガレー船っていう、ガレオン船より古い船を何隻も作った経験があるそうだ。

 

「そうかい。むしろ俺が教えて貰う立場かも知れんなぁ……。」

 

 屋形船は作った事も整備したことも何度もあるが、ガレー船はもっとデカイ。

 足手まといにならないように頑張らんとな。

 

 

 

 西暦2019年12月(中央暦1639年12月)

 

◆◆ ロウリア メイプ市 造船場 ◆◆

 

「すげぇな。石畳に石造りの家、何かそういう舞台のテーマパークに来たみたいだ。」

 

 話には聞いていたが、エルフっていう耳の長い兄ちゃんや、動物の耳や尻尾がある獣人の兄ちゃん、すげぇゴツイドワーフの兄ちゃん、人とはちょっと違う人たちもいるんだな。

 英語とか殆ど喋れねぇから不安だったけど、日本語で通じたときは安心したぞ。

 

 俺は亜人って呼ばれている兄ちゃん達とガレオン船を作るのが仕事だ。

 設計図は日本が用意してくれて、昔のヨーロッパで実際に作られていたガレオン船のものらしい。

 確かにこれなら実際に浮かべられそうだなと思う。

 

「俺は青井森一(あおいしんいち)ってんだ。よろしく頼む!」

 

 500人近い人の前で挨拶するのはかなり緊張するな。

 みんな若いし体力もありそうだし、ガレオン船をつくろうってのが本気なのが良くわかる。

 

「「「よろしくお願いします!親方!!」」」

 

 たくさんの人の上に立つって何か感動するな。彼らの頑張りを無駄にさせないためにも頑張らないとな!

 

「丸太は乾燥しているのか?」

 

 木は乾燥させて置かないと木材にしたとき曲がっちまうからな。

 まぁ、経験者だから分かっているとは思うが。

 

「いえ、今からです。魔法で水分を抜きますけど、何本くらいやりますか?」

 

「ま、魔法ぅ? そんなことできるのか? ま、まぁ試しに一本やってみてくれねぇか?」

 

 地球じゃないこの世界じゃ、そういうのが普通なのか?

 するとエルフの兄ちゃん達が木に集まって何か唱えると、木の断面から水が流れ出してきたんだよ。

 しばらくすると水が出なくなって――――

 

「親方、終わりました。」

 

「お、おぉ……」

 

 俺は持参した水分計で水分量を計ると……10%!?

 普通ならゆっくり時間をかけて乾燥させないとひび割れが生じてしまうのに、それもなく綺麗な丸太のままだ。

 

「魔法ってすげぇんだな。じゃあ、兄ちゃん達丸太をドンドン乾かしてくれ。俺は丸鋸で木材に変えていくからよ」

 

 たくさんの丸太が乾材になっていき、俺も結構の数の木材を製材に変えていった。

 

「ちょっとエルフの兄ちゃん、こっち来てくれ!」

 

「はい! 何でしょう親方? おぉ、すごいですね!もうこんなに切ったのですか?」

 

 最初に丸太を乾燥させたエルフの兄ちゃん達を呼ぶ。

 俺は魔法の方がすごいと思うが、機械見たいなのは無いそうだから他人の芝は青いって奴かもしれねぇな。

 

 木材の表面加工は、魔法を使わないらしく人力だそうだ。ここなら俺の技術が活かせそうだな。

 この作業はドワーフの兄ちゃん達が得意で、教えた事をドンドン吸収して行ってくれた。

 ここまで覚えがいいと教え甲斐があるな。

 

 時間とコツが居る木材の曲げは魔法でやっているらしくて、木そのものに曲がる力を与えているとかなんとか……

 良くわかんねぇけど、木材へのダメージが最小限で出来るなら越した事たぁないな。

 

 

 

「おっと、もうこんな時間か。今日はあがりだぞ!」

 

 いつの間にかもう定時じゃねぇか。教え甲斐もあるし、船のパーツがドンドンできてくると楽しくて時間を忘れちまう。

 だが、しっかり休んで明日に備えるのも大事だ。

 

「え?何があがりなんですか?」

 

 獣人の兄ちゃんが作業を中断して俺を見る。

 

「今日の仕事はもう終わりってことだ。また、明日頑張ろうや。想像以上に進んでるし残業もいらないだろ。」

 

「えぇ!? もう終わりなんですか!!??」

 

「まぁ確かにまだ午後3時だけど、午前6時から働いているんだ、十分だろう?ちゃんと休んで、心も体もリフレッシュしねぇとな!」

 

「でも……働かないと……」

 

 

 なんでかコネる兄ちゃん達から話を聞くと、何てヒデェ暮らしをさせられていたがが分かった。

 夜寝る時間と飯の時間以外は、ずっと仕事させられていたらしい。

 1日16時間以上労働かつ無給が当たり前の生活だったようだ。しかも、それが亜人には普通の生活だと子供の頃から教え込まれていたそうだ。

 だから中年世代は体力が付いていかず……若い世代しか残っていないとのことだ……。

 

 日本政府から聞いていたが、冗談だと信じてなかった奴隷のような暮らしというのが少しだけでも分かった気がする。

 

「今日はここで終わるのが業務命令だ! これ以上働いても効率は上がらん!」

 

 

 仕事を切り上げさせれたのはよかったが、次の問題が発生した。

 彼らは、余暇に何をすればいいか知らねぇんだ。

 

 とりあえず海が直ぐそこだし、海水浴や水泳とかか?銛も持ってきてるし……え?水を固めて撃つのか?そ、それでいいんじゃねぇかな?

 後はサッカーくらいか?スパイク、ボールとかに金かけなきゃ始め易いスポーツだろ?

 いくつか持ってきたサッカーボールと、ルールを教えて好きにさせたら結構上手いもんだ。

 

 獣人は足が速くてアタッカーで活躍しだすし、ドワーフは強靭なフィジカルで上手いこと防ぐもんだ。

 エルフは……苦手みてぇだな。

 

 そんなこんなで、上手く自由な時間を過ごし方ってのが分かって貰えたと思う。

 

 

 

 西暦2020年2月1日(中央暦1640年2月1日)

 

◆◆ ロウリア メイプ市 造船場 ◆◆

 

「よし、これで完成だな!!」

 

 先月進水式も無事終えて内装の取り付けも完了し、今日が竣工日だ。

 初めてということもあってガレオン船の大きさは40m級。ゆくゆくは60m級を建造したいが、こればっかりは俺達の技術次第だな。

 それに驚いたのが、防水魔法ってのがあって数日掛けて各所に防水をかけていったことだ。これをやると木が腐りにくくなるらしい。

 定期的に掛けなおさないといけないそうだが、外周部を防水するだけでも寿命は伸びるだろう。

 

 これからこいつは貿易の仕事に従事して、たくさんの人の役に立つ仕事をする。

 ロデニウス大陸内だけじゃなく、西の国々とも貿易するそうだ。

 日本との貿易はタンカーが桁違いに有利だし、潮の流れがガレオンでもキツいらしいからな。日本ではきっと見れねぇだろう。

 

 デカイ仕事を終えた達成感に、共に仕事をした仲間達もイイ顔してやがるぜ。

 

「お前ら!今日はパーティーだ!!」

 

 俺の会社として国が興してくれた青井造船の通帳には、みんなの給料とか材料費とかを差っぴいた(税金もな……)純粋な利益が入っている。

 なんでも、ウチから日本が買い上げて、ロウリアやクワ・トイネ、クイラに売却するらしい。

 良くわかんねぇが、日本で仕事してたときより儲かってるからいいか!

 

 日本より物価がかなり安いメイプ市で、俺達はガレオン船の処女航海を祝った。

 




こういう、市民の生活もちょくちょく書いていきたいです。
多分、話は短い事が多いけど


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10. 【閑話】埼上玉緒の場合:ロウリア亜人の保護

登場人物
●日本
埼上玉緒:20代後半の会社勤め

●ロウリア
サマナ:犬系獣人の男性
アルゴ:ドワーフの男性
リーファル:エルフの男性



 西暦2019年11月(中央暦1639年11月)

 

◆◆ 日本 ◆◆

 

 私は埼上玉緒(さいじょう たまお)。大手の食品会社で働いているわ。

 

 今年の始めは大不況に陥るかもしれないと思ったけど、蓋を開けてみれば原材料の確保は安易でしかも安く、誰も手をつけてない市場しかなくて、作れば売れる状態で忙しい限りよ!

 

 そんな中、ロデニウス大陸内で戦争が起きたの。

 食料はクワ・トイネから輸入に頼っているから不安もあったんだけど、日本軍が迅速に対処してくれて大きな問題は起こらず終戦したようなの。

 ロウリア王国はどこかから圧力を受けていたみたいで、国王が戦後の会見で感謝していると言っていたのを覚えているわ。

 

 だけど、この後に困った事があって、ロウリアで獣人、エルフ、ドワーフの住む所がなくなっちゃって日本政府が保護してくれる人を募集していたの。

 

 この頃、私生活で色々あって、獣人、エルフ、ドワーフ、3人の男性を面倒見ることにしたのよ。

 

 最初は不安もあったんだけど、直ぐになくなったわ。

 だって、優しいし、カッコイイし、尽くしてくれるし!

 

 

「ただいま~。」

 

「おかえり~、たまちゃん!」

 

「おかえりなさい、玉緒さん」

 

「お帰り、玉緒。」

 

 私の帰宅を出迎えてくれたのが、犬系獣人のサマナ、エルフのリーファル、ドワーフのアルゴ。

 

 サマナの髪色はアッシュ、髪型はミディアムのマッシュで元気でカワイイ系の男の子。

 私のことをたまちゃんって呼んで人懐っこいの!

 服装はカジュアルな感じを見繕ったわ。

 

 リーファルはとても神秘的な男性で、ダークブルーの髪色に、長い髪を後ろでまとめていてポニーテールみたいな感じ。

 普通男性には似合わないけど、リーファルだと不思議と似合うのよ!

 私のことは玉緒さんってよんで執事さんみたい。

 服装はキレイめのシャツとジャケットがよく似合うのよ!

 

 アルゴはドワーフ特有の筋肉質な体型で、守ってくれそうな安心感はダンドツね!

 ショートの茶髪で男らしい感じよ。

 私のことを玉緒ってよぶわ。

 服装は筋肉がファッションの一部になりそうなアメカジ系ね!

 

 今はリーファルが夜ご飯を作ってくれて、アルゴがお掃除してくれているみたいね。

 

「たまちゃん!着替え、手伝うよ!」

 

「お願いね、サマナ。」

 

 スーツのジャケットを脱ごとすると、アパレル店員さんみたいに手伝ってくれて、着る時も袖を通すだけでいいように準備してくれるの。

 下着姿になっちゃうし最初は恥ずかしかったんだけど、今はイイトコのお姫様みたいな扱いが癖になっちゃった!

 

「玉緒さん、みんな、ご飯できたよ!」

 

 部屋着に着替えた私をエプロン姿のリーファルが出迎えてくれるわ。

 リーファルは料理が得意で、日本の食事も直ぐに作れるようになっていっぱいレシピを覚えてくれたわ。

 

「「「「いただきます!」」」」

 

 4人でご飯を食べて、アルゴが後片付けをしてくれた後――――

 

「さ、玉緒。ベッドに横になってくれ。いつものをやるぞ。」

 

 3人が私の体に回復魔法をかけてくれて、一日の疲れが吹き飛んでいくわ。

 体の疲れは3人の魔法が、心の疲れも3人との生活が癒してくれる。私は今、世界で一番幸せな女だって確信できるの。

 

 

 そうそう、日本政府が来年の1月1日に多夫多妻制を限定的に実施するそうよ。

 今の私たちみたいな、未婚の男女が同棲する関係は日本じゃ余りよく思われないからね。

 

 最初は不謹慎だって反発も多かったけど、ドキュメンタリーでロウリア亜人の悲劇が報道されてからは、彼らを彼女達を救うには仕方ないって消極的賛成?ってやつで、結局可決される事になったの。

 実態は一夫多妻制、多夫一妻制ってやつと思うけどね。

 

 私としては、サマナ、リーファル、アルゴと一緒に入れるなら何だっていいわ。

 この幸せを守るためにね!

 

「よ~し!! 明日も頑張るぞ~~~!!!」

 

 夜も頑張っちゃうけど!

 



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11. 【閑話】秋津田吾作の場合:クワ・トイネで農業

登場人物
●日本
秋津田吾作:50代後半の農家
秋津遼平 :田吾作の長男
秋津権兵衛:田吾作の兄

●クワ・トイネ
スラガス:バニル領日本特区南にある農村の村長(エルフ)



 西暦2019年8月(中央暦1639年8月)

 

◆◆ 日本 ◆◆

 

 俺ら(おら)秋津田吾作(あきつ たごさく)だ。兄貴と農家やってるだ。

 

 日本は今年、いせかい?という所に来ちまって、てんやわんやだ。

 俺らは海外旅行とかいかねぇもんだから、あんまかんけーねぇべな。野菜や穀物の値段が少し上がって、むしろ生活が助かってるくれぇだ。

 

 んだども……オヤジから継いだ農地は兄貴と俺らで折半だから、このままじゃよぐないことも分かってるだ。

 んなとき、せがれの遼平がロデニウス大陸っていう、新天地に行かないかと相談されたべ。

 

「んだども遼平、外国は危険じゃねぇべか?」

 

「でもさ日本人街ってのがあって、そこには日本人がたくさん居るみたいだよ?

 それに、食品加工会社の工場が結構あるから、売り先には困らないと思うんだ。一度現地調査に行ってみない?

 父さんも権兵衛叔父さんと農地を半々に分けるのはよくないって分かってるんでしょ?弟家族の俺達が新しい場所に行くべきだよ。」

 

「まぁ、おめぇがそこまで言うなら一度行ってみるべか?」

 

 今は繁忙期でもねぇし、一度行ってみるべ。

 

 

 

 西暦2019年9月(中央暦1639年9月)

 

「ここが外国かぁ……。あんま日本と変わんねぇんだな。」

 

 都会にありそうな、マンションや郊外にありそうな工場が一緒くたになってて変な感じだべが、建物の雰囲気が日本そっくりだ。

 

「ここは日本人街だからね。レンタカーが借りられるみたいだから、外に出てみよう。」

 

 遼平の言うとおりにレンタカー(といっても乗りなれた軽トラなんだけどな)で、外に出ると一面黄金色の穀倉地帯だったべ。

 片側2斜線で舗装された道路を進むと、穀倉地帯がなくなって一面野原が広がっていただ。

 穀倉地帯も、野原も区画整理のあぜ道がないと不思議な感じだなぁ……。

 

「これだけ広ければ、広い農地が確保できそうだよね。」

 

「そうだなぁ……。でも、都市部に近い土地だから高い土地なんじゃねぇべか?」

 

 日本人街から10分ほど走った程度だがら、新鮮な完熟野菜も販売、納入できるし、土も悪く無さそうだ。

 

「じゃあ、もうちょっと先に行ってみようか?」

 

 

 

 日本人街から40km程南にいって、舗装していない道を進むと小さな村を見つけただ。

 日本人街の人から聞いた話だど、日本語が通じるそうだべが……

 そう思っていると、遼平が農作業している男性に話しかけたべ。物怖じしない自慢の息子だべ。

 

「こんにちは、お話を聞きたいのですが少しお時間ありますか?」

 

「ええ、大丈夫ですよ。日本の方ですか?」

 

 多分服装を見て、俺らたちを日本人だと思ったんじゃねぇかな?

 なんか色あせて修繕の跡がある服を着てるべ。貧しいんかなぁ……?

 

「はい。ここらへんの土地についてお聞きしたくて。土地管理に詳しい方はいますか?」

 

「村長なら詳しいかと……ちょっと待っててくださいね。スラガス村長~~!日本のお客さんが聞きたい事があるって~~!」

 

 男性が村のほうに向かって叫ぶと、一人のなよっとしたな俺らと同じくらいの歳にみえる男性が来ただ。

 あんなひょろくて農作業できるんだべか?

 

「ようこそお越し下さいました。日本の方々。私はこの村の村長をしている、スラガスといいます。

 私にお話があるとのことですが、一体どのような?」

 

「あぁ、そうだべ。このあたりで農家やる場合の土地の価格を聞きたいだ。1haどの位するだべか?」

 

 最初のうちは借地でもいいけんど、いつかは遼平に土地を残してやりてぇがらなぁ……。

 ここだど、村の回り以外はまだ手をつけて無さそうだし、安く買えねえかなぁ?

 

「土地の価格ですか……? すみません、ちょっと良くわからないのですが……。村からちょっと離れますが、村人が世話してないあの辺り土地でしたら使えますよ。」

 

「使ってもいいって、タダということだべか!? ちょっとといっても50m程でねぇか。」

 

 もしかして、周囲は村のもんだから小作農みたいな形になるのだべか?

 そうなると、遼平に土地を遺してやれねぇな……。

 俺らが悩んでいると――――

 

「あぁ、自分の土地にしたいって言う意味ですか? それでしたら、耕した人のものですよ。たくさんの農地が出来れば村も潤いますしね。

 耕やすだけでも自生する小麦の生育がよくなりますし。」

 

「えぇ!? ホントだべか? 税金は土地にかかるだべか?」

 

「そんなことしたら、誰も開墾しなくなっちゃうじゃないですか。人頭税と収穫量に応じてですよ。」

 

 何を馬鹿な事をと村長は笑うが、俺ら達にとっては衝撃だべ。

 トラクターで耕せば一面が秋津家の土地になるだべか?んだど、本家より広大な土地が手にはいっちまうでねぇか!?

 

 

 村長に色々話を聞くと、村の敷地で空いている場所なら家も倉庫も建ててもいいそうだし、俺らたち騙されてるんじゃねぇか?と思うような破格の待遇だべ。

 それに、農作物は良く育つし、自生もしているらしいんだ。疫病や虫害、連作障害もなくて肥料を使わなぐても今見ている位にはしっかり育つそうだ。

 

 農家の天国でねぇか!?

 

 穀物の売価を聞いてみると、日本街で売ると日本の1/3くれぇとの事だ。他の町ではもうちょっと安いからそれでも高い方だそうだ。

 ちょっと野菜の食味を調べさせて貰ったところ、日本の野菜のほうが味はいいべな。

 日本の穀物や野菜を育てたら、単位面積当たりの収穫量も、味もよくなって売価も上がるんじゃねぇが?

 

 

 いつの間にかここで農家やる気になってただべ!?

 しがだねぇ、それだけ魅力的な土地だべ。

 こんな着眼点をもってるうちの(せがれ)は天才だべ!

 

「んなら、ウチの家族がここで農家してもいいだべか?」

 

「もちろんです! 日本の方々が使われている機械?という道具だと、農作業が凄く楽になるって聞きますし。」

 

「開墾や畝作り、種まきくらいならやってやるべ! 野菜の収穫は手作業が多いのは仕方ねぇべな。」

 

 最近は軽油の値段も安定していて、農薬とかの経費が少なくて済むならそれくらいお安い御用だべ。

 

「助かります!収穫の際には村一同でお手伝いさせてください!」

 

「きにすんな。農村は持ちつ持たれつだべ」

 

 

 

 西暦2019年11月(中央暦1639年11月)

 

「最近の家はこんな早く出来るんだべな。スリーデープリンタ? なんで印刷で家が出来るんだべか?」

 

「3Dプリンタだよ。良くわからないけど、塗り重ねていく感じみたいなんだってさ。でも、せいぜい2階建てが限界なんだって」

 

 遼平の言ってることは難しいが、ソーラー発電付きでまあまあな家が安く建ったから良しとするべ。

 本格的な家は、遼平の好きに立てたいだべな。

 この一月の間に、地元で兄貴に農作業の引継ぎとあいさつ回り、日本人街のお役人さんと会って需要の高い作物を教えて貰って、適した種を買ってきただ。

 

 ここから秋津家の新しい生活が始まるだ。

 

 中古のトラクターが、新しい土地を開拓していく。

 「ふろんてぃあすぴりっと」ってのもこんな気持ちだっただべかなぁ……?

 




クワ・トイネの農業事情です
1章の高群さんや、本話の秋津一家のように、クワ・トイネと融和していく人はこれから増えてきます。
クワ・トイネにとっても日本人特区の税収で想像以上に儲かっているので、今後、他の領主も日本に未開の土地を貸すことも増えてきます。


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12. 【閑話】朝比奈良一の場合:ロウリアで果樹園経営

登場人物
●日本
朝比奈良一:20代後半のニート
農技:プロの農家

●ロウリア
エステル:エルフ
ドミーカ:エルフ
ロロット:獣人(犬系)
マルティ:獣人(牛系)



 西暦2019年12月(中央暦1639年12月)

 

◆◆ 日本 ◆◆

 

 俺は朝比奈良一(あさひな りょういち)、26才だ。

 今は……、あれだ。俺にあった仕事を探している。

 ちょっと聞いてくれよ!ちゃんと働いてたんだぜ!まさか入社して3年目で会社が潰れるなんて思ってなくてさ!いきなり無職だもんよ!ビビるわけ!

 貯金はしてたから何とかなったけど、バイトしつつハローワークの生活だよ。

 

 で、今日もハローワーク来たんだけどさ、失業率もそこそこあって実務経験者じゃなきゃなかなか職もないわけよ。

 ところがさ、最近異世界の外国で働く求人が増えてきてるんだよ。

 でもさ、外国で暮らすって結構不安あるんだよね。

 だけどそろそろ貯金もやばいわけだし、外国行くか!

 

 俺の職種は果樹園の経営なった。

 農業指導は日本のプロが来て、俺の持つ果樹園で現地指導してくれる。

 それと、現地の人をシェアハウスで面倒見てほしいとのことだ。不安もあるけど一人じゃ果樹園なんて無理だし仕方ないか。

 その代わり家は政府が提供してくれるらしい。流行で200万円の3Dプリンターハウスらしい。日本じゃ耐震的に簡易住宅に使われていたけど、ロデニウス大陸は地震がないから大活躍らしいね。

 

 

 

 西暦2020年1月(中央暦1640年1月)

 

◆◆ ロウリア パルム市 北40km ◆◆

 

「結構すっげぇな。3Dプリンター屋敷って」

 

 間取りは2LDK。ソーラー発電付きで電化製品も一通りは揃っている。

 それに、軽トラもポンとくれるなんて日本儲かってるんだなぁ……。

 

 整地などの苗を植えるまでの行程は、プロの農家さんがやっていってくれるらしいし、もし農園を広げたいときも依頼すれば国の補助で広げてくれるらしいし。ちゃんと売り上げが出てればね。

 収穫後も近くの日本人街に納入すれば、選別から梱包まで全部やってくれるからその辺りのコストを考えなくていいのが助かるかな?

 

 事前に受けた講習では最初の土地に育てる果物は国が決めるんだ。俺のところはブルーベリーとみかん。

 ブルーベリーは6~7月、みかんは11~1月で時期がズレるからそこまで忙しくはならないのかな?

 

 

 そんなことを考えている内に俺の家の前に、ワゴンが止まった。

 

「朝比奈良一さんですか? 私は農技(のうぎ)です。このたび、朝比奈さんに農業指導のために国から派遣されてきました。」

 

 40代くらいのベテランそうな人だ。出で立ちからして、プロですって感じが漂ってる。

 

「あ、ハイ。朝比奈です。このたびはよろしくお願いします。」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします。それと、彼女達がシェアハウスと果樹園を手伝ってくれる地元の方達です。」

 

 ワゴンの中から4人の女性(しかもカワイイ!)が降りてきた。

 

「はじめまして、私はエステルと申します。こちらはドミーカ。私の妹です。

 朝比奈様、姉妹共々これからよろしくお願いします。」

 

「よ、よろしくお願いします……」

 

 エステルさんは長い金髪で神秘的でtheエルフみたいな女性だ。

 ドミーカさんも金髪だけど、セミロングでエステルさんよりかは大分短い。ちょっとおどおどした雰囲気だな。

 

「わたしはロロット!朝比奈さんっ、よろしくね!」

 

「私はマルティですぅ。朝比奈さん~。よろしくです~。」

 

 ロロットさんはショートボブの黒髪にピンと三角の耳が立っていて犬系の獣人らしいけど、ハスキーとか狩猟犬系獣人なのかな?

 元気いっぱいの人で、楽しそうな人だ。

 

 マルティさんは、ゆるふわウェーブのかかった茶色でおっとりとした人だ。短い角が見えるから鬼?かと思ったけど、牛系の獣人らしい。

 あぁ……なんていうかね、上半身の一部がなるほどねって感じでデカイんだよ。

 

「皆さんよろしくお願いします。俺は朝比奈良一です。これからよろしくお願いしますね。」

 

 マジかよ。最高かよ……。これラッキースケベとかあるんじゃね?いや、ある!確信できるね。

 俺、この仕事するために生まれてきたんだわ。

 

「さて、朝比奈さん、顔合わせも終わりましたので、早速土作りに入りましょう。」

 

「アッハイ。」

 

 

 農技さんが実際に苗を植えながら教えてくれる。

 

「こいつらが育ってきたら、大きくなりすぎないように剪定する必要があります。高すぎるところに実がなっても取れませんよね?」

 

「確かにそうですね。でも、適当に高いところ切ってはダメなんですよね?」

 

「もちろんです。最初の頃は技術指導に来ますから安心してください。

 次に、摘果、摘花、肥料とか必要なんですが……この国に限っては何でか必要ないんですよね。やらなくても実が小さくならなくて味も落ちないみたいですし、次の年に収穫量が減るわけでも無い様で……。

 この国でもワイン用のブドウを育てているみたいなんですが、殆ど放置なのにしっかり実を付けるみたいなんですよ。

 一度見学させて貰いましたが、農業に喧嘩を売られている気分でしたよ……。」

 

 農技さんは困ったように笑うが、その道を進もうと思っている俺はなんて返せばいいのか分からなかった。

 

「もちろん摘果とかは、やった方が美味しい果実が出来るんですが、ジャムとか缶詰とかドライフルーツ、ジュースなどに加工する場合は量が必要ですからね、最初のうちはやらなくても大丈夫ですよ。

 果物をそのまま売るようになったときに、一部に精一杯手を掛けて美味しい果物として出荷すればいいと思いますよ。」

 

「日本で果樹の仕事するより、手間がかからないんですね。」

 

「すごいですよね、これも魔法の力ってやつみたいですよ。後は、受粉用にミツバチを飼うといいですよ。ここで育つと何故か人を刺さない様ですし、蜂蜜も収穫できますしね。

 本来ならマメコバチっていう小さい蜂のほうが受粉率がいいのですが、元々摘花しないからあまり受粉率とか気にしなくていいですしね。」

 

 それからも色々な事を教えて貰って、今回育てる果物の教本も貰った。

 果実って実が出来るのに何年もかかるからバイトもしなきゃだめなかなって思ったけど、ロウリア王国内では木の成長が異常に早くて殆どの果樹がそのときに結実するらしい。魔法ヤバイ。

 

 

 今日の仕事が終わり農技さんを見送る。

 家に帰ると、エステルさん達が回復魔法で疲れを癒してくれた。

 心の疲れも癒えるし目の保養にもなるし、最高だわ……。

 

 

 ラッキースケベ? なかったよ!ちくしょう!

 




作物の日持ちは変わらないので、完熟した果物や野菜は日本には持ち込めません。
クワ・トイネやロウリアでは主に加工食品用につくられます。
だとしても、加工食品も必要なので住み分けですかね。

あぁ……ラッキースケベが入るはずだったに、調べてまじめに書いてたら気分がノらなくなってしまった……

次は0章 地球世界を軽く流して3章に突入します。
中世の歴史詳しくないので、突っ込みは無しね!


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0章 地球世界
01. 明治元年~日清戦争


ご都合主義だからね。情勢的にありえないとか言わない。いいね?

あと、誤字報告いつもありがとうございます


 時は1868年、明治元年に遡る――――

 

 史実の日本とはここから袂を分かつ事になる。

 

「何!? 露西亜帝国からの外交官だと!?」

 

 後藤は唐突なロシア外交官の来日に驚いていた。

 そしてロシア外交官から発せられる言葉に、さらに驚愕することとなる。

 

 ロシアからの提案は、

・日本~ロシア間の不平等条約の解消

 (ロシア人の治外法権とロシア主導による関税の撤廃)

・ロシアが軽工業の技術指導をしてくれるとのこと

・上記の代わりにロシアと優先して貿易すること

 

 日本にとって当時の西洋は非常に脅威であり、アメリカの黒船に屈して開国したほどである。

 そのため、日本は一刻も早く西洋に追いつく為の技術が欲しかった。

 このため、今回の列強ロシアからの提案は渡りに船であった。

 

 ロシアはドイツに対抗して1840年代後半から産業革命を推し進め、人的資源に加えて工業力もある上位列強であった。

(史実のロシアは1890年代に産業革命したとされている)

 

 日本は日本にとって非常に有利な条件の裏にあるロシアの真意が掴めなかったが、この機を逃すことも出来なかったため

 ロシアからの提案を受けることになる。

 

 

 それから2年が経ち、ロシアの技術を導入して1870年に富岡製糸場が操業開始する事となる。

 (史実では1872年操業開始)

 そして、富岡製糸場を皮切りに様々な軽工業の工場がいくつも操業を開始していった。

 

 日本人はロシアからもたらされる技術をスポンジのように吸収していき

 当初は「安かろう悪かろう」だった日本製品も徐々に品質を上げていった。

 

 当時、日本政府はロシアの技術提供に不信感もあったが、次第に富んでいく日本を見てロシアに対して感謝するようになっていった。

 こうして1880年に入る頃、日本の技術は大きく向上し、軽工業だけではなくロシアの兵器の一部を製造し輸出するようになっていた。

 ただ、基幹部品はロシア内で生産されていたため、日本産の近代兵器を作るにはまだ時間がかかりそうだった。

 

 

 ロシアの日本介入をよく思わなかったのがアメリカだった。

 アメリカから外交官が訪れ、12年ぶりに日本は再び驚愕させられる。アメリカがロシアと同等の提案をしてきたのだ。

 しかもアメリカからは重工業の技術指導を、鉄道のレール、蒸気機関車のライセンス生産を格安で販売してくれた。

 

 非常に金のかかっていた鉄道建設に光明が差す。

 西洋から輸入していた鉄道製品を自国で賄えるようになるのだ。

 

 そうして日本は近代化を加速していき、

 1887年、国内初めての重工業工場、八幡製鉄所が操業を開始した。

 (史実では1901年操業開始)

 

 さらにアメリカはこれを機にガトリング砲や水雷艇、装甲艦など兵器をライセンス生産権を販売してくれるようになる。

 こうして自国の国力は西欧に届く事となり、日本は文明開化の大輪を咲かせた。

 

 

 日本人は工業の基礎を築いてくれたロシア、近代化・強兵の道を推し進めてくれたアメリカに深く感謝する様になる。

 ただ、ロシア~アメリカ間は互いに敵対視しており、万が一2国間で戦争が始まった場合、どちらに付きべきかで国内が揉める事となる。

 

 

 これに危機感を感じたのが、大国「清」だ。

 朝鮮半島に駐留していた日本軍と清軍との間の軋轢から1894年、日清戦争が始まる。

 

 このとき、大清帝国海軍はドイツに発注した2隻の戦艦を主軸とした連合艦隊。

 そして日本は、ロシアの前弩級戦艦、ペトロパブロフスク級を基にした扶桑型戦艦・扶桑

 アメリカの前弩級戦艦インディアナ級を基にした富士型戦艦・富士

 この2隻を主軸とする連合艦隊で迎え撃った。

 

 このとき連合艦隊旗艦は初の国産軍艦である、装甲艦「松島」となった。

 これはロシアとアメリカに配慮する形だった。

 力の劣る松島が指揮を取り、2隻の戦艦が前線で敵艦隊を撃沈させ、結果的に2国の戦艦の力を世界に知らしめることとなった。

 

 余談ではあるが、扶桑と富士の竣工は同日であり、日本は扶桑を先に完成させていたがアメリカに配慮して同日に竣工としたのではないかと後世の専門家は語る

 

 

 日清戦争の初戦を日本の勝利で収めた後、

 ロシアとアメリカが友好国日本への援軍を大義名分として、清に宣戦布告する。

 こうして北からロシア帝国、東から日本、南東からアメリカが侵攻する包囲戦により清帝国は大打撃を受ける。

 各国の軍に内陸部まで侵攻されて、清は疲弊していく。

 

 清分割のチャンスと判断した、フランスが露仏同盟を理由に強引に参戦し、さらにイギリスも日本との通商を清が妨害したとして強引に宣戦布告する。

 

 次々と介入する列強に対抗するため、清は1895年に日本と講和条約を結ぶ。

 この条約日本、アメリカ、ロシアは清領を割譲させた。

 

 日本は朝鮮半島の独立と保護国化、長江下流の3州を日本国の植民地とした。

 

 アメリカは台湾と福建と江西の一部をアメリカ領とした

 

 ロシアは現在のモンゴル地域と少し南の鉱山地帯をロシア領とした。

 

 

 日清戦争の終結により、フランス、イギリスは大義名分を失い、

 フランスはベトナム北にある僅かな地域とイギリスは香港とその周囲を割譲させるに留まった。

 

 ドイツは清に兵器を大量に輸出したことによる債権とその他口実により、山東省を99年租借する事となる。

 

 

 

 このとき、ようやく日本はロシアとアメリカの技術提供の理由を思いつく。

 近代化する日本に清は危機感を感じ、清と日本を戦争状態に持ち込ませる。

 そして、日本に味方し清国へと宣戦布告して領土を奪う。

 清の切り取りは西欧各国で牽制しあっていたため、戦う理由を作るためだったのではないかと。

 

 ただ、日本だけでは近代化は大きく遅れていただろうし、日清戦争も軽微な被害で乗り切れなかった。

 日本にとっても、アメリカ・ロシアにとっても利益のある事であったし、これが「うぃん―うぃんの関係?」というものだろうと当時の政府関係者は思う。

 

 

 こうして1885年、日本はアジア唯一の列強として世界に認知される事となる。

 

 また、1868年~1885年の日本本土の急激な近代化が「第1次産業革命」として後世の歴史に残る。

 



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02. 第2次日清戦争~日本召喚

 日清戦争に勝利した日本は選択を迫られる。

 

1.諸外国のように大陸領土を大規模プランテーション化して原材料生産地とする

2.大陸領土に軽工業化を振興し、日本は重工業に比重を置き、国産兵器の質を列強に届くよう高める

 

 日清戦争で領土を獲得したロシア・アメリカからは技術援助が受けられないかもしれないと危惧した日本は「2.」を選ぶ事とした。

 これから「東シナ海」「黄海」に交易船を走らせるだけでなく、世界市場を駆け回らなくてはならない。

 その為には、技術がまだまだ足りてなかったからだ。

 

 

 大陸の手工業で作られていた製品を、工業化するため植民地からの反感は少なく

 豊富な人的資源から、軽工業製品・農作物・鉱物が安く手に入るようになった。

 

 

 国内が更に発展をしていき1903年――――

 清が不穏な動きを起こす。

 

 清は西欧から大量の武器を輸入し、日本以外の各列強と不可侵条約を結び始めた。

 明らかに日本に対する復讐戦だと誰もが判断した。

 

 これをチャンスと判断した列強は、水面下で日本と軍事同盟を結ぶ。

 ただ、正式な軍事同盟はロシア・アメリカのみで、他列強とは「直接的軍事支援」と実質軍事同盟を結ぶ事になる。

 これもロシア・アメリカに配慮した結果だ。

 こうして「日米同盟」「日露同盟」「日英軍事連携」「日独軍事連携」「日仏軍事連携」「日墺軍事連携」「日伊軍事連携」の7つ軍事同盟を結ぶ事となった。

 

 

 日本は国産の準弩級戦艦「三笠」を旗艦とした、日本連合艦隊で迎え撃った。

 (史実はイギリス産、前弩級戦艦だった)

 

 「三笠」は第一次日清戦争で有効戦術となった「斉射」戦術のために建造された戦艦で、

 同一口径の連装砲を5基装備し、中間砲を撤廃した。これは従来艦の2隻の戦力と同等であった。

 

 この先進的な戦艦「三笠」は、清の前弩級戦艦を射程外から一方的に撃沈していった。

 ただし、レシプロ機関を搭載していたため、速度は17ノットしかなかった。

 もし蒸気タービン機関を採用していれば「三笠」がドレッドノート級と称されていた事であろう。

 

 清はまたしても初戦を敗北で飾り、さらに悲劇が押し寄せる。

 不可侵条約を結んでいた列強たちが、日本との軍事同盟を盾に条約を破棄して宣戦布告してきたのだ。

 

 清帝国にとって最早悪夢でしかなった。

 領土は無残に切り裂かれ、領土を列強に食い尽くされ、清帝国は終わりを告げた。

 他国は全列強に対して批判することなど出来ず、自国でなくてよかったと、次は自国ではないかと安堵・不安に怯える事となる。

 

 この戦いで日本は長江全域を新たに領土とし、アメリカは南東部沿岸、ロシアは後のウラジオストクとなる地域とその西、そして四川省の山岳部を新たに領土とした。

 

 

 第2次日清戦争の後、列強とその他の国の国力は更に開き、また、列強間の摩擦が大きくなる事となる。

 

 

 日本は更に国内を発展させて1914年を迎える。

 以前の軍事同盟は「日米同盟」「日露同盟」を残して白紙となり、日清戦争以前の外交関係に戻っていた。

 この頃になると、日本は工業製品・兵器を自国で生産、輸出し、国力は列強の中でもイギリス・アメリカ・ロシアに次いで第4位になるまで至った。

 ただ、ドイツ・フランスとは僅差で順位の入れ替わりは激しかったが……。

 

 

 そんな中、サラエボ事件を発端に第一次世界大戦が始まる。

 ロシア、イギリス、フランスを中心とする「連合国」

 vs

 ドイツ、オーストリア=ハンガリー、オスマン帝国を中心とする「中央同盟国」

 

 7千万人以上の軍人が動員される、史上最大の戦争の1つが会戦される事となる。

 

 日本はロシアに組して「連合国」陣営に付き「中央同盟国」へ宣戦布告することとなった。

 この時、アジアの戦況はアメリカが日本の同盟に基づき宣戦布告し

 日本、ロシア、アメリカ、イギリス、フランスvsドイツ、オーストリア=ハンガリー

 となり、早々に連合国が勝利を収める。

 

 この時日本は、大陸に日本本土の2倍にもなる領土を獲得した。

 

 しかし、西欧については状況が変わる。

 アメリカは静観を決め、西欧に派兵しようとした日本はロシアによって止められる事となる。

 ロシア自体も大きな軍事行動をせず、東部戦線は硬直したままだった。

 

 そうしてフランス、ドイツ間のアルザス=ロレーヌを巡る西部戦線は史実より泥沼化する。

 

 1918年世界大戦は終結せず、さらなる衝撃が世界を襲う。

 疲弊する西欧と対照的に、既に超大国となっていたロシアとアメリカが「連合国」から脱退し、「連合国」へ宣戦布告することとなる。

 余りに性急な暴挙に世界は大きく荒れることになる。

 

 ロシアはイギリスインド領を攻め落とし、アメリカはブラジルを植民地化する。

 そして、太平洋のソロモン、ミクロネシア、キリバスなど様々な島を両国が占領していく。

 

 さらに、ロシアはインドやウラジオストクから艦隊を出し、アフリカ南東部を占領、

 アメリカはブラジルや本国から艦隊を派兵し、アフリカ南西部を占領する。

 

 最後に、オーストラリア大陸を米露で分割した。

 

 日本も「連合国」と戦うハメになったが、ロシア・アメリカ両国が盛大に動き回るおかげで

 東南アジアの多くを植民化することが出来た。

 

 このため、終戦は1924年と6年も伸びる事となった。

 

 

 そうして、アメリカ・ロシアは超大国として不動の地位を確立。

 日本も、準超大国としての地位を確立することとなる。

 

 

 

 そうして時は流れる――――

 

 2000年代に入り、日本では地震大国にもかかわらず300mを越える超高層ビル(摩天楼)が数多く建造されていた。

 特に東京の超高層ビル群、東京スカイスクレイパー(別名:東京摩天楼)は日本人の技術力が結集した、日本人の誇りとなっていた。

 

 ただ外交面に関しては、アメリカとロシアに挟まれる史実通り胃の痛い日々を送ることとなる。

 本筋とは関係ないが、医学はドイツが最先端だが胃薬に関しては世界一の品質を誇る?事となっていた。

 

 このときになって、ようやくアメリカ・ロシアの性急な領土拡大の意図が分かることとなる。

 両国が占拠(現在は影響力を残し独立した国も多々あるが)した地域からレアアースが出土したのだ。

 

 米露がそれを独占し、更に国力を伸ばす事となる。

 まるで両国は初めから分かっていたかのようであったが、それを知る術は日本にはなかった。

 

 

 

 そして2019年1月1日、日本本土が世界から消える――――

 

 




次は米露編だよ!


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03. ロシアの裏側

 1801年、ロシア帝国の皇位を継承したアレクサンドル1世から史実世界とは大きく異なる方針を採る

 スペランスキー伯爵を重用し、貴族には資本家としての役割を与え、貴族主義でありながら自由主義という不思議な政治体制をとっていた。

 貴族は政治に対する力を削がれていったが、それ以上に金銭的利益を持つ事ができたため大きな反発はなかった。

 

 それもロシア皇帝が未来を見ているかのように大きな敗北をせず、勝利し続けて国内が富んだからだという説があるが、

 これは後世でも推測の域を出ることはなかった――――

 

 こうしてロシアの農奴政策は1840年に終え、それと同時期に産業革命に入ることとなる。

 工業化に力を入れたロシアは史実と違いヨーロッパの田舎ではなく、列強ロシアとしての地位を確立する。

 

 ロシア国民は豊かになり、列強の地位に導いた皇帝に心酔し、絶対帝政の時代を迎える。

 

 

 1868年、当時のロシア皇帝は、突然日本という国に技術指導を行うと決めた。

 当時のロシア政府は、極東の非文明国に何故? という疑問が絶えなかったが、皇帝の指示に従うこととなる。

 

 1880年、国内を重工業化を推し進め、シベリア鉄道を全線開通する。

 (西端をサンクトペテルブルクとし、バイカル湖北を通る選択しウラジオストクを東端とする。)

 

 ロシアは悲願の不凍港を東に手に入れ、日本から輸入する良質な絹製品を初めとする軽工業品や兵器部品を西欧へと輸出する事となる。

 貿易優先権を持つロシアは更に富んだ。

 

 ロシア政府は皇帝が西欧に進出せず、アジアを目指すのか不思議に思ったが皇帝はとある事実を知っていた。

 それは1950以降国境線が安定する事。清の山岳部、沿岸部に100年後のロシアに必要な希少金属が存在する事を。

 そのために日本と清を対立させて、山岳部を抑え、恐らく日本が獲得するであろう沿岸部の開発をロシア主導で行う算段であった。

 

 日本は西欧と違い、同盟関係を情勢で変える国ではなかったため(そういう同盟の組み方を良しとしない気質でもあったが)

 ロシアに対して牙を向ける可能性は低かった。

 

 

 

 ただ、1880年以降急激に力を伸ばすアメリカが日本に接触を仕掛けてくる。

 ロシア皇帝は直感する。アメリカもレアアースを狙っていると。

 

 そのため、日本との関係強化を更に強めた。

 日本は瞬く間に近代化して行き、1894年、ついに日清戦争が始まる。

 

 目的であった戦争を引き起こし、予定通りモンゴル地域と高山部を得ることになる。

 ただ、アメリカに南東沿岸部を抑えられたのは痛手であった。

 

 ロシア政府は皇帝が満州地域を得ると思っていたが、高山部を得たため更なる重工業化を推し進めるのだろうと判断した。

 ロシアはモスクワから南下しカザフ・ハン国、モンゴル地域を通りウラジオストクを終点とする、南ロシア鉄道の建設を開始する。

 これにより、政府は皇帝が満州地域の獲得を諦めてない事を知る。

 

 

 そして1905年、第二次日清戦争で清の解体と共に、満州地方と南に更なる山岳部を得ることとなる。

 これは後にインド戦役の布石ともなった。

 

 

 時は過ぎ、1914年、ロシアはイギリス、アメリカに並ぶ三大超大国となる。

 ロシアは第一次世界大戦を引き起こし、西欧の弱体化による太平洋の島々、インド、アフリカ、オーストラリアの占拠を目的としていた。

 

 この目論見は半分成功する。やはりアメリカが邪魔をしてきたのだ。

 ただ、アメリカとは直接戦争はせず西欧の植民地戦争のように、互いの欲する地域を早い者勝ちで占拠していった。

 

 皇帝は日本が東南アジアを占領するに留まり、将来脅威になり得ないと判断した。

 

 

 

 そうして、ロシア帝国は社会主義国家にはならず、帝政のまま2000年代へ突入する――――

 アメリカとの覇権争いは激化し、2019年1月1日。

 

 

 日本本土が世界から消失した――――。

 

 

 ロシアもアメリカも想定外の日本消失に北樺太へ調査隊を送る。

 日本の友好を示すものとして樺太島は北をロシア領、南を日本領としていた。

 その国境は、鋭利な刃物で切り取られたように滑らかな切断面をしていた。

 

 両国共、明らかな超技術に驚愕する。

 ロシア皇帝に《事実をもたらす者》さえ知りえない状況に、ロシア皇帝は危機感を覚える。

 それはアメリカ大統領も同じだったようで、

 

 この後、アメリカとは表面上反目しあうが、やがて来るであろう脅威に向けて技術協力することとなる。

 



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04. アメリカの裏側

アメリカは何もしなくても強いので、大分短いです。


 1841年、新たな大統領が就任した直後

 アメリカ側にロシアとは異なる《事実を知る者》が現れる。

 

 この時、領土拡大の後、アメリカ最大の内紛「南北戦争」が1861年に発生する事が大統領に知らされる。

 これより歴代の大統領は、領土を拡大しつつ南部大規模プランテーションが奴隷なしで継続できるような方法を模索しだした。

 

 それは高度な工業化により、プランテーションを機械化し白人が行ったほうが利益化出来るように仕向けるものだ。

 1850年代までに、様々な機械が発明され奴隷を手放す代わりに譲渡されていった。

 

 そうして緩やかな奴隷解放が進んでいく。

 各大統領の努力の結果、1862年大統領によって「奴隷解放宣言」がなされる。

 工業化したアメリカ北部とプランテーションを多く持つアメリカ南部は緊張し摩擦が発生するも「南北戦争」までには至らなかった。

 

 100万人に近い犠牲者と南部荒廃を招いた内戦は起こらず

 機械化された農業によってアメリカは国力を伸ばす事になる。

 

 

 1865年、初の大陸横断鉄道が完成し、アメリカ西部の開拓に大きく貢献する事となる。

 1880年まで国内はさらに飛躍し、アラスカ、ハワイを除く史実のアメリカと同じ領土を得ることとなる。

 (史実では1912年までかかる)

 

 新たな領土を欲したアメリカはアジア進出を狙う。

 この頃、アメリカは台頭するロシアに《事実を知る者》が付いている事を確信する。

 

 ロシアの狙いを看破し、アメリカは日本に接触を図る。

 日本を将来対立するロシアとの緩衝国とするためだ。

 ただ、親ロシアである日本を中立、または親アメリカにするためにロシアが行っていない、重工業や兵器の技術供与を行う。

 

 目論見どおり、日本はアメリカとロシアの間で揺れ動く事となる。

 

 そして、もう1つの目的である清のレアアース分布地域を占領するため、1894年、日清戦争が引き起こされる。

 

 やはりロシアはレアアースの分布する地域を占領した。

 そして、対抗するためにアメリカも沿岸部を割譲させた。

 

 アメリカ国民は、世界の裏側にアメリカの領土を得たことに国内の好戦感情は大きく高まる。

 その勢いを保ったまま、アメリカは中南米へと南下する。

 パナマまで侵攻し、1911年にパナマ運河が開通した(史実は1914年)

 しかも将来を見据えての12,000TEU(コンテナ数)だった。(史実は5,000TEU。2016年に12,000TEUとなる)

 

 これは今後生産されるアメリカ軍艦が余裕を持ってパナマ運河を渡れるように設計されたものだった。

 

 

 アメリカは着々と戦争準備を進め、1914年、第一次世界大戦を迎える。

 

 当初アメリカは静観を決め込み、アジアのレアアース地帯を占領するに留まった。

 だが、ロシアが「連合国」と決別し、インドへと軍を向けるとアメリカもイギリスを含む「連合国」と決別する。

 

 世界の覇権を巡る争いには1924年まで続いた。

 

 結局ロシアとは大きな差をつけられず、2000年を迎えて尚、アメリカとロシアの覇権争いは続く。

 

 

 2019年1月1日、日本本土が消えるまで――――

 

 

 樺太切断という現象が発生し、《事実を知る者》という超常的な存在がいる以上、

 この世界を脅かす脅威が存在するとアメリカ、ロシアは認識する。

 日本はそれに巻き込まれたのだと。

 

 未知の外敵に備えるために、アメリカとロシアは世界を導くものとして水面下で協調するのだった。

 




皆様、読んでくれてありがとうございます。

おかげさまで、原作:日本国召喚の総合評価検索で3ページ目の上半分まで来る事ができました。
皆様の応援あってのことです。とても感謝しています。


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3章 ロデニウス連合
01. 蠢動


登場人物
●クワ・トイネ公国
ハンキ:中央第1騎士団団長(ドワーフ)。酒が好き。

●クイラ王国
エスファ:クイラ陸軍の大将軍

●ロウリア王国
シャークン:ロウリア海軍の大将軍

●パーパルディア皇国
ヴァルハル:国家戦略局所属で先の戦争でロウリア側の観戦武官



 西暦2020年3月(中央暦1640年3月)

 

◆◆ ロウリア 首都ジン・ハークの貴賓室 ◆◆

 

 この部屋にはロデニウス大陸の3国から一人、パーパルディア皇国から一人、計4人の人が居た。

 

「皆様、お集まりいただきありがとうございます。私はパーパルディア皇国国家戦略局所属のヴァルハルです。

 今日は皆様に、提案があるため召集させていただきました。」

 

 パーパルディア皇国のヴァルハルは非常に焦っていた。

 何故なら日本の戦いを目の当たりにし、パーパルディア皇国にとって、いや第3文明圏にとって脅威を感じているからだ。

 

 今は、日本の外交が消極的なため第3文明圏に存在を察知されていない。それに日本のある海域は海流が乱れているため皇国の最新鋭魔導戦列艦でなければ見つけることも出来ないだろうから、直近での危機は低い。

 だが、万が一、皇国が日本を見誤ったまま通常の外交をしてしまった場合、戦争になる恐れがある。

 そのとき負けるのは皇国だと理解させられてしまった。

 だから皇国の為に打てる手は打たなければならない。

 

「ふむ。パーパルディア皇国からの我々のような非文明国に一体どのような所用なのですかな?」

 

 クワ・トイネ中央第1騎士団団長であるハンキ・バニルは、ヴァルハルへ疑問を投げかける。

 クイラ王国の大将軍であるエスファもそれに頷く。

 パーパルディアが属国になれというのであれば各国のトップの元で通達するはずだ。

 この様に内々で何かを話そうとなどするはずも無い。

 

「まぁ、そう急がないで下さい。先ず聞きたい事があります。あなた方の個人的な感想で結構なので聞かせてください。

 日本を如何思っていますか? もちろんいい意味で構いません。あぁシャークン殿は結構です。ロウリアの方向性は分かっていますから。」

 

「では私から話しましょう。クイラとしては日本は無くてはならない生命線だ。

 彼らのもたらす保存食がなにより重要だ。日本のおかげで食糧に困る事はなくなり、クイラでは空前のベビーラッシュが始まっている。

 もし、彼らとの交易がなくなれば、我々は飢えてしまうだろう。

 それに、石油や鉱山資源も大量に買ってくれるし、収入の面でも無くてはならない。」

 

 クイラではかなりの量の保存食、レトルトや缶詰、乾麺など日持ちするものを日本から購入している。

 その費用は石油や鉱山資源の日本への売却利益で充てている。

 もちろん他のものも買っているが、食料が一番のウェイトを占めている。

 それにロウリアで作られたガレオン船という大型商船のおかげで、他国との貿易もよくなるだろうと踏んでいる。

 

「では次は私の番かな。クワ・トイネも勿論、日本はかけがえの無い存在だ

 特に武具だな。日本の力がなければ私はここに存在していない。それに食料品が今までより大量に、しかも高額で売れている。クイラには申し訳ないが日本と交易したほうが遥かに儲かる。」

 

「日本で加工されたものの一部がクイラに入ってくるのだから問題はないな。」

 

 クワ・トイネでは日本は英雄視されている。何せ、数に勝るロウリア軍にクワ・トイネ軍が勝てたのは日本の援助のおかげだと分かっているし、日本自体の力も、一兵も怪我せずにロウリア軍を壊滅させてる程の強大な力を持つ。

 しかも、日本が農業に参加してきており、収穫量も収入も大きく増えてきている領土も出てきている。

 主にハンキの生まれであるバニル領だが。

 

「そうでしょうね。このロデニウス大陸に日本は無くてはならない存在です。では逆はどうです? 日本にとってロデニウス大陸は無くてはならない存在だと思いますか?」

 

「今は、無くてはならない存在だ」

 

 ヴァルハルの質問にエスファは苦い顔して答える。

 誰もわかっている。日本の力であれば、我々が無くとも自国の問題を自力で解決できると。それだけの国力があると。

 

「そう、今はです。もし、第3文明圏が日本を見誤ったまま外交を始めたらどうなると思います? 分かりますよね? シャークン将軍?」

 

「貴公には悪いが、壊滅的な被害を受けるだろう。いかに列強のパーパルディア皇国でも大きく領土を失いかねん。」

 

「そうですね。同じ体験をしたシャークン将軍であればそう言ってくれると思いました。我が皇国は大打撃を受けると。その結果日本は大きな領土を、もしかしたらロデニウス大陸と同じくらいの領土を手に入れるかもしれませんね。その場合、ロデニウス大陸の必要性は相対的に小さくなる。

 いや、自国の領土で問題が解決できるなら、ロデニウス大陸の必要性は皆無になると思いませんか?」

 

「俺たちに何をさせたい?」

 

 ヴァルハルの遠まわしな言い方にエスファは苛立ちを募らせる。本来であれば、列強パーパルディアにそんな口の聴き方は出来ない。

 だが、自分達に何かさせたいという事だけは分かるため、少し強気に出ているのだ。

 

「貴方達に日本を盟主とした第4文明圏になってもらいたい。」

 

 ヴァルハルの言葉にハンキ、エスファ、シャークンが絶句する。非文明国の我らに文明国になれとそういうのだ。そして日本を盟主に頂くとしても、自分達の国力も大きくなければ新たな文明圏など不可能だ。そうなれとヴァルハルは言うのだと。

 

 ヴァルハルの思惑は、日本に実力に見合った地位を持ってもらうこと。つまり列強になってもらうのだ。

 そうすれば我が皇国は冷静に日本を分析できる。そうなれば皇帝陛下が最善の選択を為さるはずだ。パーパルディア皇国にとって最も正しき道を示してくださる。

 そのために、私は国家のために非国民となる決意がある。

 

「第4文明圏となる覚悟を持っていただける国には、私が知る限りの火薬技術を提供しよう。」

 

「「「なっっっ!!!」」」

 

 再び3人が絶句する。火薬技術は文明国家か非文明国家を分ける技術だといわれている。

 その中でも列強の火薬技術を欠片でもつかめるなら、文明国として十分な力を持てる。

 願っても無い申し出だ。

 

「そうか……貴公はパーパルディア皇国と日本国を戦わせたくないのだな。」

 

「あたりまえです。あの力を見て誰が戦いたいと思いますか? だが、あんな力があると説明しても誰も信じないでしょう?日本は実力に見合った地位を何故か持っていないのです。」

 

 ハンキとエスファは思いだす。日本が転移国家だという事を。

 ロウリア戦後の会談で日本は第2文明圏ではないこと、自分達をこの世界の人間ではない。異世界を故郷としている事を。

 だから元の世界に戻ることを考え、この世界には過剰に干渉しないようにしていると。

 その結果、日本のことを知らない国が多すぎる事を。

 

「ふむ。貴公の言い分は分かった。こちらとしても願っても無い申し出だ。だが、我々の一存で決めていいことでもない。

 国に持ち帰らせて貰いたい。勿論、陛下と陛下の指定するもの以外にこの話はしない。」

 

「えぇ、いいでしょう。忘れないでくださいね。火薬技術を教えるのは、覚悟を決めた国家『のみ』です。」

 

 それは、覚悟を持たぬ国は火薬技術を持てず、滅びの道を歩む事を示唆されている様だった。

 

「それと、我が国への借金返済と順調に併呑が進んでいる事を誤魔化すためにも協力してください。

 我が国のものは文明国外に出たがりません。皇国は私が何とかして見せます。持つのは5年が限界です。あなた方も5年以内に何とかしてください。」

 

 

 この密会の後、クワ・トイネ、クイラ、ロウリアは第4文明圏形成の覚悟を決め、一層国家間で協力し合う事になる。

 日本に必要な国で在り続けるために――――

 




日本が彼らを切り捨てるなんてことありませんが、
彼らが切り捨てられないと信じる切るには時間が足りてませんね。
まだ1年しか経ってませんし。


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02. ロデニウス硬貨

登場人物
●日本
佐藤:外務大臣政務官(クイラ王国担当)
阿野:日本国首相

●クイラ王国
テヘンラ:クイラ国王(狼系獣人)
マシュハ:クイラ王国宰相(エルフ)


 西暦2020年4月(中央暦1640年4月)

 

◆◆ クイラ 王都オイルー 執務室 ◆◆

 

「佐藤様、お待ちしておりました。」

 

 クイラ王国宰相のマシュハが、日本国外務大臣政務官の佐藤を歓迎する。

 

「こちらこそ、お招き頂きありがとうございます。それと、貴国に空港を開設させて頂けたこと、改めてお礼をさせて下さい。」

 

 日本はロウリア王国との戦争、ロデニウス戦役の後、クイラ、クワ・トイネ、ロウリアに小規模な空港を設置させて貰ったのだ。

 有事の際に直ちに行動できるように、また最悪の場合、各国の重鎮を日本に亡命出来るようにするためだ。

 王都付近の空港は政府、軍事用なので、一般市民は日本特区付近にある空港のみ使用できる。

 

「クハハハッ!相変わらず固い男だな佐藤!! もっと砕けて行こうではないか!」

 

 佐藤は豪快に笑うクイラ国王のテヘンラに、相変わらずな方だと心の中で苦笑いする。

 だが、心なしか機嫌がいいようにも感じる。

 

「すみません陛下――――じゃなくて、すまないな陛下。機嫌が良さそうに見えるが、何かあったのかな?」

 

 他国の王にこのような口調をしなければならない事に、胃が痛くなる思いをしつつ佐藤はテヘンラに上機嫌の理由を尋ねる。

 

「良くわかるな、佐藤!! そうなんだよ!とてもいい事があったんだ! 聞いて驚くなよ?」

 

「陛下……日本国にとっては驚くような事ではありませんよ……」

 

 身を乗り出すわりに、勿体つけるテヘンラをマシュハが嗜める。

 そういえばそうかと、テヘンラは椅子に深く腰掛けて話し始める。

 

「とある筋からな、火薬技術の火器の製造方法を伝授して貰ったんだ。その結果、自国でも火薬の生成に成功してな。喜ばすにはおられんだろう?」

 

 話すうちにテヘンラのテンションは上がっていき鼻息が荒くなっていくのが、それなりに距離のある佐藤にも伝わる。

 佐藤も火薬技術をクイラが手に入れたことには大きく驚いた。自力ではまだ先になるだろうと推測していたのだが、まさか外国から入手するとは思ってなかったのだ。

 

「それは素晴らしいですね!おめでとうございます!」

 

「うむ!これで一歩、文明国への道のりが近づいたぞ!今日は、いや今日もパーティーがあるのだ。この案件の後、参加していかないか?

 とはいっても、パーティー料理は日本から輸入した食品や調理方法が多いのだがな!! クハハハッッ!!!」

 

「それは素晴らしいお誘いですね、是非とも参加させてください。それと、私たち日本からもお祝いのプレゼントをさせて頂きましょう。」

 

 佐藤はこの世界の友好国が火薬技術を開発した場合の手札を切る。火薬は取り扱いが難しいし、生兵法で彼らに怪我をしてもらっても困る。

 であれば、日本の火薬取り扱い方法を伝授する事で事故を未然に防ごうとの想いからだ。

 武器庫で大爆発なんて起こされたら堪ったものではないと佐藤は思う。

 

「それは、本当なのか?佐藤。」

 

「はい。火薬は危険なものです。大事故が起こる前に正しい管理方法、使用方法を身につける必要があると思います。日本が蓄積してきたノウハウであれば、事故が起こる確率を下げる事ができると思います。」

 

 テヘンラは予想外の大収穫に、佐藤の口調が戻っていることにさえ気が付いていない。

 それほどにテヘンラにとって、クイラにとって大事なのだ。

 テヘンラの尻尾は興奮でぶわっと逆立っているくらいだ。椅子の後ろなので佐藤もマシュハも気が付いてはいないのだが。

 

「そうか、それは助かる。是非とも我々に教えられる範囲でいい、教授して欲しい。」

 

 火薬に関しては後日、日本軍から取り扱いについてのノウハウをクイラ軍と科学者は受ける事になる。

 

 

 

「話が脱線してしまったな。余りに大きなことだったから、後回しにすることも出来なくてな。それではマシュハ、頼むぞ!」

 

「はい、陛下。話を戻させていただきますと……今回、佐藤様を招待させていただきましたのは、ロデニウス大陸で新たに単一通貨を発行しようと思うのです。これはクワ・トイネ、ロウリア双方とも合意を得ています。」

 

「それは、おめでとうございます。」

 

 佐藤はロデニウス大陸内で、国家同士のいがみ合いが無くなる証明になるのだろうと心からの祝いの言葉を贈る。

 ロデニウスの三カ国には日本人が進出し始めている。国内が安定するのは日本にとっても非常にありがたいことだ。

 

「その硬貨の発行を――――日本にお願いしたいのです。」

 

 突然の飛び火に佐藤は驚く。だが考えれば理解も出来る。

 

「貨幣の価値、信用性を向上させたいのですね?」

 

「はい、お察しの通りです。クイラ硬貨もロウリア硬貨も第3文明圏の通貨に比べると些か質が悪いのです。品質が悪いと偽造されやすく通貨の信用が下がってしまいます。

 それに比べて日本の硬貨は、非常に精巧で美術的な価値があるほどです。」

 

 マシュハは日本円を取り出して、自分の目の前に掲げる。

 

「特に10円硬貨と500円硬貨は別格ですね」

 

 マシュハは10円玉の平等院鳳凰堂の精密さ。500円玉は桐のデザインも悪くはないが、0の中に500円の文字が浮かび上がるのが非常に気に入っている。

 500円には他にもNIPPONのマイクロ文字や桐の描かれている面にも微細な線や点があり偽造対策がされているのだが、そこまでしている事をマシュハやテヘンラは知る由もない。

 

「ですが、貴国の通貨を日本が作ってもいいのでしょうか?」

 

 日本がやることはないが、他国の通貨を製造するという事は日本が貨幣の流通量を好きに出来てしまうということでもある。

 

「日本であれば、その気になればクイラ硬貨を製造する事などたやすいでしょう?

 そのことを心配するくらいでしたら貨幣価値を高める方が効果的です。

 それに、クワ・トイネはクイラ硬貨を使っているのはご存知ですね?拙い技術を使い自国で粗悪な貨幣を作るより、友好国の信用がある貨幣を使ったほうがいいこともあります。

 ご存知かもしれませんが、ロデニウス大陸外と交易するとき、クイラ銅貨はロウリア銅貨よりも変換レートが高いのですよ。」

 

 佐藤は腑に落ちないところもあるがマシュハの言い分もわかる。

 地球との文化の違いなのだろうかと納得するほか無かった。

 

「わかりました。最終的に可否は持ち帰って検討しなくてはなりませんが、前向きに検討させていただきます。」

 

「それは助かります。では銅貨、銀貨、金貨、白金貨のデザインをお持ちします」

 

 

 

「こちらが、各硬貨のデザインとなっております。細かな装飾もあるのですが、実現可能でしょうか……?」

 

 マシュハが持ってきたデザインを佐藤は確認する。

 先ずは銅貨。丸い硬貨で、大きさは10円玉と同じくらいだ。

 外周部は中世の壁画にありそうな、植物をモチーフとした細かな装飾とロデニウスというこちらの世界の文字が書かれていた。

 そして、中央部は片面に人と獣人の顔が、もう一面にエルフとドワーフの顔が描かれている。

 4つの種族が共栄していくという意志の表れなのだろう。ロウリアが憑き物が落ちたみたく理性的になってくれたのは非常に嬉しい限りだと佐藤は思う。

 

 銀貨は正方形で大きさは銅貨と同じ。

 デザインも正方形用に調整されているだけで銅貨と同じだ。

 

「ええ、銅貨は……銀貨も問題無さそうですね。製造は両面に記載したほうがいいのですよね?」

 

 1円や5円に比べればかなり緻密ではあるが、10円程ではないので造幣局で十分対応可能だろうと佐藤は判断する。

 

「それはよかった……!そうですね。銅貨、銀貨に表裏は無いのでそうしていただけると助かります」

 

 安堵したマシュハに笑顔で対応した佐藤は、金貨のデザイン図を確認する。

 金貨はエメラルドカットの様に長方形の角を落とした形で、大きさは500円玉を縦に伸ばした位だ。

 こちらは一つの面に4種族の顔がデザインされている。中央で十字に区切られていて、左上に人間、右上にドワーフ、左下にエルフ、右下に獣人という配置だ。縦に180度回しても同じ様に見えるようデザインされていた。

 そして裏面にはロデニウス大陸の地図が描かれている。国境は書かれておらず、山などの地形のみが描かれていた。

 

「これは素晴らしいですね。ロデニウス大陸が一丸となっている感じが伝わってきます。」

 

「はい。その様な意図で作られましたので、分かって頂けたのでしたら幸いです。」

 

 素敵な意匠だが、一般市民が金貨以上を持つことは余り無いそうなので、裕福な人か国外との商用に使われるのだろう。

 

 そして白金貨だが、ダイヤモンドのブリリアンカットをイメージした形になっていた。ここまで来ると勲章みたいだなと佐藤は思う。

 表面は金貨と同じ様に4種族の顔そして、裏面は――――

 クワ・トイネ、クイラ、ロウリアの国旗が3方に描かれ、中央に日本の国旗が描かれていた。

 

「な、何故我が国の国旗が描かれているのでしょうか……?」

 

「はい。我々3ヶ国が互いに手をとることが出来たのは、日本国のお陰だと誰もが思っております。

 ですので、最高の価値を持つ白金貨に日本国への感謝を示させて頂きました。

 どうか、我々の想いをお受け取り下さい。」

 

「マシュハの言うとおり、我々クイラもクワ・トイネもロウリアも日本には感謝しているのだ。日本の国旗を使う事を許して欲しい。」

 

 マシュハだけでなく国王であるテヘンラさえは深く頭を下げる。

 そこまでされて、佐藤は断る事などできない。

 

「こちらも国許の最終決定が必要な事ではありますが、貴国の要望が叶うよう私も尽力を尽くします。」

 

「ふむ、それはよかった! 頼むぞ、佐藤!」

 

 佐藤の言葉にテヘンラは笑い、マシュハはホッと胸を撫で下ろすのだった。

 

 

 

◆◆ 日本 首相官邸 ◆◆

 

「――――ということがあり……。」

 

「そうですか。他国のお金を製造するのは釈然としないですね。あぁ、悪い意味ではなく腑に落ちないという意味ですよ?」

 

 佐藤の話を聞き、首相阿野は釈然としない表情をする。

 貨幣を作る事も技術的にも問題はない。日本円の硬貨は年間10億枚ほど製造しているし、40億枚を超える年もあったのだ。余力は十分ある。

 メリットとしては、強い貨幣を作り、3ヶ国が豊かになれば交易をする我々にとっても利益になるし、何より、これほどまでに親日国家だと国民が知れば日本人のいい働き場所にも、旅行先にもなる。

 

 デメリットはやはり日本の技術で作られたものが、ロデニウス大陸に流れてしまう事だろうか……。

 いずれ日本に戻る可能性を捨てていない阿野にとって、この世界への過剰な介入はよくないと思っている。こちらには転移していない日本領土が無事かも心配もしている。

 

 だが、ロデニウス大陸は今の日本にとって生命線であり、内閣にとっても政治的に都合のいい相手であることは間違いない。

 だからロデニウス大陸に限っては交易もするし、多少の技術提供はやむ負えないと与党、野党間でも意見は一致している。

 

(まぁ、作り方を教えるわけではありませんし、許容範囲内ですか……)

 

「分かりました。先ずは先方宛てにサンプルを作成して、細部の調整に入ってください。

 また、クワ・トイネ、ロウリアに対しても同様の処置をお願いします。」

 

「はい。分かりました。では、早速造幣局にデータを転送してきます。首相、失礼します。」

 

「はい。よろしくお願いしますね。 ――――あぁ、そうそう、そういえば例の研究所は、何か進展ありましたか?」

 

 ある事を思い出した阿野は、部屋を出ようとする佐藤を呼び止める。

 

「例の――――魔法研究所の事ですか? その件については……」

 




ロデニウス大陸に火薬兵器が伝わりました。
それにより、日本の火器管理方法が伝わる事になります。

技術防止法的に、ほぼ黒なのですが、日本国民のいる所で大爆発とか起こされても堪ったものではないということで、特例として許可されました。
何も対策せずに日本人が巻き込まれましたなんて事件が起きたら、政府は大ダメージですからね、仕方ないね。

次は、ようやく日本の魔法研究所のお話です。

因みにサンプルは下記の代替素材で当日作成され、数日中に以内に各国のトップの目に触れています。
尚、素晴らしいと喜んでもらえたそうです。
 銅貨:青銅( 10円の素材)
 銀貨:白銅(100円の素材)
 金貨:黄銅( 5円の素材)
白金貨:白銅(100円の素材)


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03. 国立魔法研究所

登場人物
●日本
佐久間:国立魔法研究所職員

●クワ・トイネ公国
シャロット:公国魔法士(エルフ)

●クイラ王国
アフヴァ:王国魔法士(狐系獣人)

●ロウリア王国
ダイダロア:王国大魔術師



 西暦2020年4月(中央暦1640年4月)

 

◆◆ 日本 国立魔法研究所 ◆◆

 

 私は佐久間、この国立魔法研究所の職員です。勿論魔法は使えませんよ。

 国立魔法研究所は今年設立された機関で外務省の直属です。なんで外務省と思うかもしれませんが、外国の魔法使いを招いて研究のお手伝いをしてもらっているからです。

 

 ここでは魔法と魔石に関する研究をしています。

 魔法って何?を調べて何か体系化出来ないかを目的としています。

 漠然としすぎですか?そうですね。それだけ日本は魔法について何も分かっていないのです。

 もっと研究が進めば、細かな機関や研究所が設立されるでしょう。

 

 

 少し話は変わりますが、魔法使いという職には称号があるそうで

 

 『魔法学生』『魔法助士』『魔法士』『魔術師』『大魔術師』『魔導師』『大魔導師』の7つの称号が存在しています。

 

 どの国もこの称号は同じとのことですが、国家間で魔法技術に差がある場合、同じ「魔術師」でも力量は異なるらしいです。ややこしいですね。

 まぁ、基本的に文明国の「魔術師」は非文明国の「大魔術師」より強いと覚えていただければ結構です。

 

 そこで、私達はクワ・トイネ、クイラ、ロウリアの三カ国に協力をお願いして、日本に来ていただきました。

 ただ高位の方々は非常にお忙しいので、少し余裕のある「魔法士」階級に方々をお願いしました。

 

 そして私たちのチームに協力してくださっているのは、クワ・トイネからエルフのシャロットさん、クイラ王国から獣人のアフヴァさん、ロウリア王国からは人間のダイダロアです。

 ダイダロアさんだけは「大魔術師」の称号をお持ちです。ロウリア王国の協力に感謝しなくてはいけませんね。

 

 魔力量は基本的にエルフ>人間>獣人>ドワーフらしく、ドワーフで魔法使いの職をもつ方は余りいません。

 

 

「それでは、シャロットさん、アフヴァさん、ダイダロアさん、よろしくお願いします。」

 

「ええ、構いませんわ。」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします。」

 

「日本国のお力になれる様、わたしの力の限りを尽くします。」

 

 ダイダロアさんは真面目な方なのか、肩に力が入りすぎている感じがしますね。緊張しているのでしょうか?

 

「では、魔法について基本的なことからお伺いしたいのですが、構いませんか?」

 

「でしたら、わたくしから説明させて頂きますわ。

 魔法とは自分の体内にある魔素を使用して、攻撃や治療などの力を発現させるものです。

 魔法はいくつかの系統に分かれていて、火・水・風・土・雷・氷・光・闇・回復の9系統が存在しますの。」

 

 シャロットさんが魔法の発現方法、系統というものを説明してくれました。

 

「ありがとうございます。魔素ですか……。それが、どのようなものかはご存知ですか?」

 

「魔素は空気中に存在していますの。どのようなもとと言われますと……魔法を使うための力としか分かりませんわ。魔法で消費した魔素は時間をかけて空気中の魔素を体内に取り込みますの。皆様もそうですわよね?」

 

「そうだね。」「その通りです。」

 

 アフヴァさん、ダイダロアさんも頷きます。

 なるほど。魔素自体を学術的に研究しているわけではないと言うことですか。

 リンゴが木から落ちるのは当たり前で、何故落ちるのかはわからないといった所でしょうか。

 

「ありがとうございます。次に、9系統に分けられているのは何故でしょうか?」

 

「ベースとなる魔法陣が全く異なるからですわ。9系統と言われているのは、神聖ミリシアル帝国が古代遺跡を解析して9系統存在すると発表したからですの。

 ただ、全てを発表したかは分かりませんわ。古代魔法には物質複製魔法や転移魔法、時の流れを遅くして物の劣化を押さえる魔法が存在したそうですが、今の9系統に当てはまるとは思えませんもの。」

 

「現時点で解明されているのは9系統ですが、他にもありそうという感じなのですね。それと、先ほど魔法陣という言葉が出てしましたが、どういうものなのでしょうか?」

 

「魔法発動のための陣?といえばいいのでしょうか……。

 魔法発動には2種類ありますの。1つ目は魔法陣に魔力を流して発動させるもの、もう1つは詠唱によるものです。

 多分、詳しく説明したほうが宜しいのですよね?」

 

「はい。そうして頂けると助かります。」

 

「魔法陣を利用する場合、魔力を流して現象をイメージすると魔法が発動します。魔法陣を書くのは何でもいいですわ。地面に書く場合もありますし、紙に書く場合もあります。魔石による、魔法の発動はこの技術の発展系ですわね。」

 

「補足しますとと魔法陣の再利用は可能です。ですが、魔力を流すのに時間がかかるので、詠唱の方が発動は早いですね。ただ、現象のイメージだけで済むので、詠唱より難易度が低くなります。

 それと、魔法のイメージは完全に一致せずとも発動します。発火の魔法で火を起こすとイメージすれば発動します。火力は魔法陣の質によりますね。また、発火の魔法陣で水を生み出すイメージをすると、魔力だけ消費して何も発生しません。これに関しては詠唱も同じですが。」

 

 シャロットさんの説明に、ダイダロアさんが追加で説明してくれます。

 イメージと魔法陣の意味が異なる場合、何も起こらないとすれば適当に魔法陣を書いても何も起きないと言う意味ですね。

 ただ、発火魔法の魔法陣に変更を加えていき、発火のイメージをすれば火力の強弱、質の変化は出来るそうです。

 

「詠唱を使う場合ですと、先ず頭の中に魔法陣を描きますの。これが難しくて、正しくないと魔法は発動しませんわ。そして、魔法の起動詠唱を唱えると同時に現象をイメージすると魔法が発動します。発動は早いのですが、魔法陣の構築が難しいので難易度は高いですわ。」

 

「なるほど、魔法陣と詠唱どちらもメリットが存在するのですね」

 

 魔法陣は、魔法陣そのものの構築が省略されている代わりに発動が遅い。また、なんらかの媒体に魔法陣を書く必要がある。

 詠唱は、自身の中で全て完結するし発動も早いが、そもそも発動自体が難しい。

 

「そうですわ。ですので、魔法を覚えるときは師匠に魔法を見せていただき、魔法陣を使って発動して覚えますの。その後、詠唱での発動を覚えますわ。

 魔法陣は魔法使いの財産なので、難しい魔法が公開される事はありませんの。」

 

 知識は財産と言うわけですね。誰もまねできない術を持っていれば、それは力ですしね。

 それにロデニウス大陸では、現代のような学校は存在せず、ギルドに所属して教わる、家庭教師を雇うというのが一般的です。

 活版印刷もそれほど普及していないので本も筆写でしょうし。

 

 今の情報を簡単に纏めると

・魔法は体内の魔素を使用して発動する

・魔法は「魔法陣」「詠唱」の2パターンある

・魔法は現時点で9系統存在する

・イメージと魔法陣に大きな差異がある場合、魔法は発動しない

 といった所でしょうか。

 

 

 

「それでは、発火などの簡単な魔法の魔法陣を描く事はできますか?」

 

「勿論ですわ。それくらい出来ないと魔法学生にもなれませんわ。」

 

「問題ありません。都市で使われている魔法陣でしたら幾らでも書きますよ。」

 

「大魔術師である私の腕の見せ所ですね。ロウリア人間流宗家の技術をお役に立てて見せます。」

 

「……ん? ダイダロアさん、ロウリア王国人間流宗家と言うのは……?」

 

 なんかややこしいのが出てきました……。

 なんか火魔法に特化したとか流派とか出てきても、おかしくない流れですね……。

 

「えぇ、ロウリア人の人間が扱い易いように改良された魔法陣を使用する流派です。もちろん獣人、エルフ、ドワーフが扱い易いように改良されたものありますよ。宗家と言うのはもっとも一般的な流派ですね。才能ある人が弟子達のために分派したり、水魔法を極めたい人たちが分派したりする事もあります。」

 

 やっぱり大変な事になってきましたね……

 

「と言うことは、シャロットさん、アフヴァも……?」

 

「えぇ。わたくしはクワ・トイネ公国エルフ流バニル派ですわ」

 

「俺は、クイラ王国獣人流採掘派です。鉱山で働いているので、採掘に特化した魔法を習得しています。」

 

 ここまで異なると、魔法陣がどう違うのかは気になりますね……。

 

「では皆様、最も初歩の発火魔法の魔法陣をお願いします。」

 

 

 

 紙に魔法陣を描いてもらい、どのような違いが出るのかと観察すると……

 

 ベースらしき魔法陣の形は同じで、そこから徐々に個性が出ていき、

 それぞれの魔法陣は似ているけど似てないという不思議な魔法陣が出来上がったのです。

 それぞれの魔法陣の火力も肉眼ではほぼ同じ、温度もサーモグラフィでほぼ同じ。

 

「なるほど……。この魔法陣って、例えばアフヴァの魔法陣をダイダロアさんが発動する事ってできるのですか?」

 

「いや、難しいですね。同じ人間であれば、また、同じ国に属する場合であれば可能性はありますが、ここまで違うと不可能でしょう。」

 

「そうですか……。」

 

 

 

 今日の実験を終えて、同僚と魔法陣の検証に入ります。

 

「同じロウリア王国人間流宗家ですと、殆ど同じですね。」

 

「ええ。同じサイズにして重ねると細かい差異があるくらいですね。このあたりは魔法使いの癖なのでしょうか? それとも、師が違うことによる差異なのですかね? 何か知っていますか? ダイダロアさん。」

 

 あまり魔法を使っていないため、魔力を持て余しているダイダロアさんが魔法陣の検証に付き合ってくれています。

 勤勉なダイダロアさんには特別報酬を渡さないと、所長に怒られてしまうかもしれませんね。

 

「同門でも師によって細部が違う事はよくありますね。私ならどちらもつかえると思いますよ? 見てみますか?」

 

 ダイダロアさんにお願いして、発火を見せてもらうと先ほどの火と全く同じものでした。

 もしかしたら――――?

 

 スキャナでPCに取り込んである魔法陣の差異がある部分を消去して……

 出来上がった魔法陣をプリントアウトします。

 

「この魔法陣で試して貰えますか?」

 

「おや? このあたりの紋様が消えていますね? まぁ、同じ流派ですし問題ないと思いますが……」

 

 ダイダロアさんに再度、発火魔法を使ってもらうと――――

 やはり魔法は発動した。

 

「やっぱり。隠蔽なのかはわかりませんが、先ほどの部分は不要である可能性が高いですね。

 ダイダロアさん、ロウリア王国人間流で分家の魔法は使えますか?」

 

「問題ございません。多少魔力の消費は大きくなると思いますが、私でしたら誤差の範囲で出来ると思います。」

 

 分家の魔法陣を問題なく発動させるダイダロアさん。

 魔力の消費量を測るすべを持たないので、ダイダロアさんのいうとおり、消費量は増えているのだろうと推測せざる終えません。

 

 

 宗家、分家でも、この魔法陣であれば余り差異はありません。

 しかも、先ほど削除した宗家の差異は分家の魔法陣には、分家によってあったりなかったり、一部あったり……。

 その差異の部分はロウリア王国エルフ流には存在せず、獣人流にはあって、ドワーフ流には紋様が大きくなっています。

 

 訳が分からなくなってきましたね……

 いっそのことロウリア王国人間流の全ての流派で使われている紋様のみ抽出した魔法陣ならどうなるのでしょうか……?

 

 

 

 PCでロウリア王国人間流の魔法陣を重ねて、一致部分だけ抽出していきます。

 そうして出来上がった魔法陣は……1割ほどスッキリしていますね。

 

 もしかしたらですが、長い年月と色々な人の介在によって実は無駄な部分が存在するのではないでしょうか?

 

「ダイダロアさん。この魔法陣で試して貰えますか? きっと問題なく発動できると思うのですが……」

 

「魔法陣に隙間が増えていますね……大丈夫でしょうか……。」

 

 (いえ、日本国の方が言うなら間違いない)とボソって呟き、真剣な顔になるダイダロアさんを見て申し訳なく思う。

 物は試しだってなんて言えませんね……。ダメだったら素直に謝りましょう……。

 

「おぉ!出来ましたよ、佐久間様! しかも、魔力消費が少しですが軽減されています。流石は日本の方だ!!」

 

「よかった!成功ですね! ただ、ダイダロアさんが高位の魔術師だからと言う可能性は捨てきれませんね。」

 

「もしかしたら……佐久間様、少し時間をいただけますか?」

 

 ダイダロアさんが紙に先ほど作った魔法陣をコンパクトに纏めて再構築していきます。

 そして出来上がった魔法陣を発動すると、先ほどより僅かですが発動までの時間が減ったように感じます。

 

 2枚の魔法陣の魔法発動をビデオで撮影すると……。やっぱり0.2秒短くなっています。

 

「これはすごい……!ロウリア王国人間流の歴史に名が残るぞ……!ここから新たな魔法が生まれるかも知れない!」

 

 ダイダロアさんはかなり興奮している様子です。

 話を聞くと初歩の魔法である以上、大きな魔法はこの魔法に紋様を加えて大きくしていく様なのです。

 この魔法陣が効率化された場合、この魔法陣を各所に配置する魔法は、配置した分だけ消費と発動速度が速くなっていくそうなのです。

 

「でしたら、他のロウリア人間流の方々でも使えるか明日検証してみましょう。人数分コピーしておきますね。」

 

「はい、お願いします。それと大変申し訳ないのですが、この魔法陣を研究したいのです。魔法を使っていい場所をお貸しいただけますか?」

 

「それでしたら、実験室が空いていますのでお使い下さい。火気も想定していますので、火炎放射くらいでしたら問題なく防げます。」

 

 興奮した様子で部屋を出て行くダイダロアさんを見送り、私は大量の魔法陣に向き直る。

 

 

「先ずは3カ国の4種族の流派、計12流派の魔法陣を先ほどの様に一致部分だけ抽出してみましょう。

 もしかしたら無駄になるかもしれませんが、何か分かるかもしれません。」

 

 

 

「よし、これで全部ですね。うん!明日が楽しみです。」

 




ちゃんと日本に招いた魔法使いには、報酬を払っていますよ。
母国での収入の2倍です。渡航費は日本持ちで食事も食堂がタダです。

忘れてるかもですが、ロウリアのダイダロアさんは日本人が魔帝の系譜だと信じているので、何とか役に立とうと結構必死です。
ロウリアだけ高位の称号持ちが来ているのも、ロウリア王国の日本国の役に立ってこいとの指示によるものです。


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04. 国立魔法研究所 -魔法陣-

登場人物
●日本
佐久間:国立魔法研究所職員

●クワ・トイネ公国
シャロット:公国魔法士(エルフ)

●クイラ王国
アフヴァ:王国魔法士(狐系獣人)

●ロウリア王国
ダイダロア:王国大魔術師



 ――――翌朝

 

 12個の魔法陣のデータをプリントアウトし、シャロットさん、アフヴァさん、ダイダロアさんが待つ研究室へと向かいます。

 

「おはようございます、みなさん。」

 

「ごきげんよう、佐久間様」

 

「おはようございます、佐久間さん」

 

「おはようございます、佐久間様。昨日は実りのある経験をさせて頂き真に感謝しています。」

 

「ダイダロアさん、ちゃんと寝ましたか? 遅くまで実験室にいたと聞いてますが、体が資本ですよ?」

 

 ダイダロアさんはちょっとお疲れのようです。目元に隈があります。

 想像以上の成果が出ると時間を忘れてしまうのは、同じ研究者として分からなくもありませんが……。

 

 

 

「それでは、先ずはおさらいとしてダイダロアさんに昨日の魔法陣を発動していただきましょうか?」

 

 ダイダロアさんは昨日の魔法陣を受け取り、発火魔法を発動させるとシャロットさん、アフヴァさんが発動の早さに気が付きます。

 

「そうなのだ。日本国の魔法陣技術によって、ロウリア王国人間流の発火魔法は最適化され、発動、消費魔力共に1割ほど削減に成功したのだ!」

 

「!!!?? 初歩魔法なのに1割も削減できたのですか!? これは大事ですよ!」

 

「そんな……。ロウリア王国との魔法学が大きく離されてしまいましたわ……。」

 

 アフヴァさんが大きく驚き、シャロットさんはうな垂れてしまいました。

 

「大丈夫ですよ、クワ・トイネ公国エルフ流も、クイラ王国獣人流も同じくらい最適化できましたので。魔法陣の小型化もやっておきました。」

 

「ホントとですか!?」「本当ですの!?」

 

 シャロットさん、アフヴァさんが魔法陣を描いた用紙を受け取り、魔法を発動させると――――

 

「まぁ! なんてことですの!?」

 

「これは……すごい!」

 

 よかった。大魔術師より2つ下位の魔法士でも発動する事ができたと言うことは、他のチームも問題ないのでしょう。

 来日している大魔術師はダイダロアさんのみなので、大魔術師の技量でカバーした可能性も捨て切れなかったのですが、これなら問題ないでしょう。

 

 

「佐久間様、今日はもっと凄いことを為さるのでしょう?」

 

「ダイダロアさんには分かってしまいますか? こちらの2つの魔法陣で発火の魔法を試して頂きたいのです。」

 

 今回、12種の魔法陣以外にロウリア王国の4種族の流派を纏めた魔法陣、それと、○○国人間流を纏めた人間用の魔法陣も作成したのです。

 ダイダロアさんの腕ならば、きっと発動できると踏んで予め用意しておいたのです。

 両方とも昨日の魔法陣より、4割ほど紋様が削られています。

 

「これはまた……2つともかなり紋様が削られていますね……」

 

「はい。大魔術師のダイダロアさんなら出来ると思って作ってきました。」

 

「そうですか……。佐久間様が出来ると言った以上、やり遂げなければなりませんね……」

 

 ダイダロアさん息を吐き、覚悟を決められたようです。

 ついダイダロアさんには頼ってしまいますね……。やってくれそうな安心感があるのでつい。

 

 そして、結果はやはり――――

 

「なんてことだ……。私の今までの積み重ねは一体なんだったのか……。これほどまでに常識が根底から覆る事になろうとは……。」

 

 2つの魔法陣は共に発動し、さらにダイダロアさんのコンパクト化を行った魔法陣でも発動を確認できた。

 

「強いて名づけるならこちらがロウリア王国流、もうひとつが人間流でしょうか?」

 

 この調子ならば、少なくともクワ・トイネ公国流、クイラ王国流、ロウリア王国流、人間流、エルフ流、獣人流、ドワーフ流と7つまで統合できるかもしれませんね。

 そもそも、同じ種族なのに違う流派なのが間違っていると思うのです。

 同じエルフ同士なのに大きく違う魔法陣を使うなんてありえないはずなのに……。

 

「シャロットさん、アフヴァさんも、この魔法陣を試して見ますか?」

 

「エルフの私に発動できるのでしょうか……?」

 

「クイラ王国の魔法使いなので、俺に使えるでしょうか……?」

 

 二人は半信半疑で魔法陣を使ってみるが……魔法は発動しないようだ。

 

「やっぱりダメでしたわ……。」「やはり獣人の俺には人間の魔法陣は使えないようだ……。」

 

「う~ん、ダメでしたか……。では明日、クワ・トイネ公国流、クイラ王国流、エルフ流、獣人流の4つを作ってみますね。」

 

「「お願いします。」」

 

 この日は、各系統の初歩魔法の魔法陣をたくさん書いて貰い、効果確認して研究を終えた。

 

 

 

「う~ん、何でだろう? 推測ではシャロットさん、アフヴァさんも発動できると思ったんだけどなぁ……」

 

 目の前のモニタには12の流派を纏め、大きさが40%程に小さくなった魔法陣を見ながら考える。

 多分これが大本の発火魔法だと思うのですが……。

 

 国ごとに違うのは、魔法陣の情報隠蔽と伝える人の癖、年代による正確でない伝承、他国による魔力消費増大の妨害工作によるものだと思う。

 種族ごとに違うのは、本当に種族専用の魔力伝達サポートとかが入っているのかもしれないが眉唾物だ。

 少なくとも基本の魔法陣に入れるべきものではない。

 

 基本の魔法陣を押さえているのなら、魔力消費は多くとも発動できないはずが無いのですが……。

 

「明日、ダイダロアさんに頼んでみようかな……。また頼ってしまうけどあの人に出来ないのなら、この考えが正しくない証拠でもあると思うし……。」

 

 

 

 ――――翌朝

 

「早速すみませんが、ダイダロアさん。この発火の魔法陣を試していただけますか?」

 

「やはり……そうなるのではないかと思っていました。佐久間様、覚悟は出来ています。」

 

「期待しています、ダイダロアさん。貴方なら出来ます。」

 

 ダイダロアさんは静かに息を整え――――大きく息を吸う。

 

「参ります!」

 

 ダイダロアさんの手元から魔法陣が赤く光って行き、そして魔法陣全体が赤く光る。

 魔力が魔法陣に充ちた証拠だ。

 ここからが正念場、この魔法陣が正しく発動するのであれば魔法陣の上に火が灯るはず……。

 

 そして、魔法陣の光が消え――――火が灯る。

 

「やったぁ!成功ですよ!ダイダロアさん!!」

 

「はい!佐久間様が出来ると仰って下さったお陰です。日本国の方が言うなら間違いないと。ロデニウス大陸の魔法は、今日この日より新たな道を、正道を進むでしょう。本当にありがとうございます。佐久間様。」

 

「いえいえ、ダイダロアさんのお陰です。貴方ならやれると、そう思ったまでです。」

 

 

 

 ダイダロアさんはシャロットさん、アフヴァさんの方を向き――――

 

「次はお前達の番だ。出来ないとは言わせない。」

 

「で、ですが……。わたくし達の魔力では……」

 

 有無を言わせぬダイダロアさんはの態度に、不安に顔を曇らせるシャロットさんは、後ずさりしてしまう。

 

「魔法学生ですら使える魔法に、大魔術師と魔法士の差が関係あると思うな。クワ・トイネ公国エルフ流の魔法陣を貸せ!」

 

 シャロットさんの持つ発火魔法の魔法陣をダイダロアさんが手に取り、魔法を発動させる。

 

「な、何故、種族も国家も違う流派の魔法を使えるのです!?」

 

「これも、これも、これも!全て無駄を積み重ねたゴミだったのだ!」

 

 ダイダロアさんは各流派の発火魔法陣を次々に発動させては放り投げる。

 シャロットさん、アフヴァさんはその光景を見て放心している。

 私も今までの態度とは違うダイダロアさんに、声をかけることが出来ないでいる。

 

「私は新たな魔法を開発したときに偽装紋様を組み込んだことがある。各流派の魔法はそれが時を積み重ね、口伝が途絶え、無駄である事がわからないまま肥大化したものだったのだ。発火魔法の原点は……この佐久間様が描いたこれだったのだ!

 なんと無駄の無く、魔力の浸透が滑らかなのだ。これは一種の芸術と言わざるを得ない。」

 

 

「で、ですが……わたくしは昨日魔法を発動させる事ができませんでした……。」

 

「それは、お前の心の中で流派が異なるから発動できないと思い込んでいたからだ。発動できないとイメージしていれば発動するはずも無い。感じなかったか? イメージ失敗の魔力喪失と同じ物を。」

 

「た、確かにそのような魔力喪失を感じましたわ…………。ふぅ……分かりました。私にも出来る。今だ魔法士なれど、魔法に最も長ける種族であるエルフの誇りを持って、この魔法陣を発動させて見せます!!」

 

 シャロットさんは魔法陣に魔力を流し込んで行き――――

 無事魔法を発動させる事に成功する。

 

「やった!やりましたわ!! 佐久間様、ダイダロア様! わたくし、やりましたわ!」

 

 嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねるシャロットさんを見て、アフヴァさんも覚悟を決めたようです。

 

「俺だって……!獣人の中では魔力に長けた種族なんだ! エルフにだって引けを取らないはず……俺だってやって見せる!!」

 

 ここまでくれば、もう出来るとわかったようなものですね。

 やはりアフヴァさんも無事に魔法を発動させることに成功した。

 

「すごい!ここまで魔力消費も少なく発動も早いなんて!!今までの半分以下じゃないか!」

 

「よかった。全員この魔法陣で魔法を発動できましたね。」

 

「これは秘伝魔法も含めて一度見直す必要があるかもしれません。佐久間様、一度魔法陣の構成を整理する時間を頂けますか?」

 

 ダイダロアさんの提案にシャロットさん、アフヴァさんも頷きます。

 

「ええ、分かりました。こちらも昨日書いて頂いた初歩魔法の最適化する必要がありますので。

 あ、そうです。明日お渡ししたいものがありますので。」

 

 役に立つかは定かではありませんが、これが出来たら面白いかもしれません。

 




二日目、シャロット、アフヴァが魔法を発動できなかったのは無理もありません。日本を魔帝だと思っていないのですから。
ダイダロアは日本を魔帝だと思っているから、魔法の原初がいう事が間違っているはずがないと思い込んでいます。
だからこそ出来ないイメージなどは無いのです。
日本人の魔力については、魔石すら発動できないほどの魔力しか感じさせないとは、何という魔力操作能力なんだと感嘆しているくらいです。


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05. 国立魔法研究所 -魔石-

登場人物
●日本
佐久間:国立魔法研究所職員
佐藤 :外務大臣政務官(クイラ王国担当)
阿野 :日本国首相

●クワ・トイネ公国
シャロット:公国魔法士(エルフ)

●クイラ王国
アフヴァ:王国魔法士(狐系獣人)

●ロウリア王国
ダイダロア:王国大魔術師



「おはようございます、皆さん。今日はお渡ししたいものがあるんです。」

 

 私は2種類の指輪をシャロットさん、アフヴァさん、ダイダロアさんに渡しました。

 2つとも材質はアルミで赤と青のメッキ塗装がしてあります。形は無骨で宝石なんかは付いておらず、石があるところは平らで特殊な仕掛けが施してあるんです。

 

「おはようございます、佐久間さん。これは一体……? ――――!!」

 

 ダイダロアさんは指輪を受け取り、平らな部分を見て絶句しました。

 

「こ、これは!? まさか魔法陣ですか!!? 何て微細な……!」

 

「はい。レーザーで1つずつ魔法陣が掘って貰ったんです。赤色が周囲を暖かくする魔法、青色が涼しくする魔法です。火や水を出すだけでしたら皆さんは詠唱で十分ですよね? 折角ですから使えるものがいいかなって思いまして。」

 

 ロデニウス大陸は比較的温暖な場所ですが、日本に比べて防寒具は発達してないようですしあって困るものじゃないでしょう。

 周囲数メートル程が効果範囲なので、他の人と共有すれば暖も涼も取ることが出来ますしね。

 

「あ、ありがとうございます。嬉しいのですが……これほどまでに細かいと全神経を集中した私がギリギリ発動できるくらいでしょうか……。」

 

 ダイダロアさんは苦々しい顔を、シャロットさん、アフヴァさんは残念そうな顔をしています。

 私の想定が間違っている様なイヤな予感がします。もしかして、小さければ小さいほど発動が早くて魔力も少ないわけではない?

 

「もしかして、発動が困難なのですか……?」

 

「ええ。魔法陣の線が細かいと魔力を流すのが難しくなりますの……。わたくしの力量ではとても……申し訳ございませんわ……。」

 

 

 指環の台座に書かれている魔法陣はレーザー径が0.3mmで描かれています。

 あまり指輪が大きくなっても使い辛いだろうと思ったのが、逆に使えないものになってしまうなんて

 

 魔力を魔法陣に流すのは勝手に流れるわけじゃなくて、自分の魔力を通していくみたいなんです。

 私がシャロットさんにやらせようとしていたのは、針穴より太い糸を穴に通せと言ってる様なものだそうで……

 

「いえいえ!シャロットさんの所為ではありません、私が勘違いしていたんです。あの……例えばですけど、10cmくらいのメダルに描かれていたら如何ですか?」

 

「それでしたら、私にも発動できますわ!」

 

 よかった……。デザイン性があるわけでもないに、使えないものを渡しても意味がありませんしね。

 私が指輪を回収しようとすると、ダイダロアさんから待ったがかかりました。

 

「佐久間様、私の魔力操作訓練には非常に役に立ちます。頂戴できませんか?」

 

「大丈夫なのでしょうか……?」

 

「ええ、見ていてください。」

 

 ダイダロアさんが指輪に意識を集中させていくと、魔力が徐々に魔法陣へ流れて行き――――

 周囲が暖かくなっていきました。

 

「素晴らしいですわ!流石は大魔術師の称号をお持ちになるお方です。魔力をこれほどまでに繊細に操るなんて……!」

 

「スゴイです!ダイダロアさん!! 俺もいつか貴方みたいになれますかね!?」

 

 シャロットさん、アフヴァさんがダイダロアさんの魔法を絶賛しています。

 私だけ如何すごいのかが分からなくて蚊帳の外な気分です。

 

 

「お前達も鍛錬を重ねていけば、いずれ出来る様になる。むしろ若い時代に魔法学の革命期を経験できるお前達のほうが羨ましいくらいだ。もう十年ほど早く日本の方々と出会っていれば、魔導師になれたやもしれんな。

 佐久間様、彼らに渡してあげるものは実力より少し困難なものをお願いできますか? 少し難しいくらいが丁度いいと今回の経験で学ばさせていただきました。」

 

「わかりました。でしたら、この魔法陣を100%のサイズから5%刻みで印刷しますので、お気に召すものがありましたらその大きさで作りましょう。」

 

 確かに指輪は原寸の5%で作ったものですから小さすぎだったかもしれません。

 私は10%の大きさまで5%刻みでプリントアウトして、皆さんに配りました。

 

 

「こ、これは……! 寧ろこの魔法書がほしい位です!! これなら、実力差を問わず誰もが最適な訓練ができる!!!」

 

 アフヴァさんの鋭い目がキラキラ輝き、キツネの尻尾が興奮で毛がぶわっと逆立っています。

 シャロットさんもダイダロアさんも「これ欲しい」みたいな顔をしています。

 

「で、では差し上げますね。プリントしただけですので大した物でもありませんし。」

 

 3人から歓声が上がり、早速自分に合う大きさを探していきます。

 ダイダロアさんもやっぱり5%は小さすぎたみたいですね……。

 

「あ、そうです。今回最適化した魔法陣もプリントして渡す予定でしたが、これみたいに大きさが何パターンもあったほうがいいですか?」

 

「「「はい!!!」」」

 

 3人が一斉にこっちを振り向き答えます。ビックリした……。

 まぁ、喜んでくれているみたいですし、いいか。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

「ところで、魔石についてお聞きしたいのですが……」

 

 先ほどの熱も一段落し、今日の本題に入ります。

 

「魔石は魔素を含んだ鉱石で淡く光るのが特徴です。魔石には様々な種類があって、石や鉱石が普通なのですが特殊な方法で液体や気体にすることも出来るらしいです。あと純度が高い程、透明に近づいていくみたいですよ。」

 

 アフヴァさんの説明を聞いて机に置かれているいくつかの魔石を見ると、確かに若干透明がかってるものもありますね。

 一番透明がかってそうなのを手に取ります。

 

「佐久間様もそれを選びますか。この中では最も純度が高いですね。きっとパーパルディア皇国で精製された物なのでしょう。」

 

「精製?ですか?」

 

 練成は魔法陣を魔石に刻んで効果を付与するものと聞きましたが……

 ダイダロアさんの話の続きを聞く事でわかりました。

 

「ええ、魔導師が魔石内の魔素を活性化させることです。そうすることで、魔石内の魔素は何倍にも膨れ上がるのです。ただ、熟練の魔導師にしか扱う事ができず、私にはここまで出来ません。」

 

 石炭をコークスにするみたいなものでしょうか? う~ん、例え様が無くて難しいですね。ともかく魔石が長持ちすると言うことなのでしょう。

 とすると、今回魔法陣を刻んだこの魔石は不透明なので質がいいものではないのでしょうね。

 それに、これもレーザーで微細な線の魔法陣なので……

 

 

「ダイダロアさん、この魔石を発動して貰う事はできますか……?」

 

「魔石でしたら、わたくしでも出来ますわ!」

 

 ん……? 指輪は無理だけど、魔石なら出来る? 何か違いがあるのでしょうか?

 この魔法は、ただ発光し続けるだけの簡単な魔法なので、指輪の魔法陣よりさらに小さいのですが……

 

「そうなんですか。でしたらお願いしてもいいですか?」

 

「ええ、任せてくださいませ。イキますわよ」

 

 シャロットさんが魔石に起動魔法という、わずかな魔力を流すと魔石が光り輝きだす。

 

「魔石が魔力を魔法陣へ流してくれるので、魔法陣の大きさは関係ないのですわ。」

 

 なるほど、少しでも魔力があれば誰でも魔法を使えるようになるのが魔石のメリットなんですね。

 とすると、雷属性で電気を生み出せば……?

 

 

「シャロットさん、簡単な雷の魔法をこの魔石に刻む事はできますか?」

 

「ええ、出来ますわ? ですが、直ぐ地面に流れて行ってしまいますわよ?」

 

 シャロットさんは、光の魔法を停止魔法で止めてました。

 私はシャロットさんに雷魔法の魔法陣を刻んでもらい、測定器の中にいれて起動してもらいます。

 

「これはすごいです……。少し変圧すれば、家庭用電源に使えますよ……!」

 

 え?もしかしてエネルギー革命起きちゃいます?これ。

 普通の発電では水力発電を除いて変換効率が50%行けば超高効率なのに、これって100%にかなり近いんじゃ……?

 しかも今までとは違って、使いたいときだけ発電できますし。

 安全面とか、魔力を流す媒体とか必要なものは沢山ありそうですが、それだけの価値があるかもしれません。

 

 惜しむらくは、私たち日本人では起動すら出来ないことでしょうか…………。

 あと魔石の値段もですか……。

 

 

「……? 佐久間様の驚くポイントが分かりませんわ?」

 

 シャロットさん達は、首をかしげているようですが仕方が無いことでしょうか。

 電化製品を使った生活をしていなければ、何の意味もありませんしね。

 

 これは報告を纏めなければなりませんね。

 きっと専門の機関ができますよ!これ。

 

 

 

◆◆ 日本 首相官邸 ◆◆

 

「――――という具合です。」

 

 阿野は佐藤の報告を聞き終える。

 

「素晴らしいですね。日本国にも僅かですが、魔法適正のある人たちがいるでしょう? それに、クワ・トイネ公国やクイラ王国の国民と日本人との間に子供も出来ているという話も聞きました。

 もし、彼らが魔石を起動するだけの魔力を持っていれば日本は更に発展を遂げる事でしょう。

 その代わり、こちらの世界に留まる理由が出来てしまいますが……」

 

 阿野は思いを馳せる。大陸の日本領土に出張したまま生き別れてしまった妻。

 阿野自身は妻の居る地球に帰りたい。だが、この世界の日本には息子や娘、兄妹がいる。

 しかも、息子の一人はロウリアの姫の一人といい関係を結んでいるらしい。娘は魔法にご執心用でロデニウスの各地を旅行している。

 子供達の事を考えると、本当に帰るのが正しいのかとも思ってしまう。

 

(きっと、私と同じ思いの日本人は多いのだろう……。)

 

 日本が転移したとき、本土に居なかった日本人はこの世界には来ていないのだ。

 肉親と生き別れになった日本人は少なくない。

 ただ、それと同じくらいに新たな出会いをしている人もいるのだ。

 

(何事も無ければいいのですが……)

 

 漠然とした不安が阿野の心の中をよぎるのだった。

 




魔法陣に関しては
100均の皿に魔法陣を描き、皿の上の食品を温める事ができる皿。
または、冷やす事ができる皿など、日用品に魔法陣を塗装して出荷する魔法陣産業がいい利益を上げます。
塗装とコーティング代だけで、200円でも飛ぶように売れるので。

魔法辞書と訓練書は別の書籍になり、他の地域へ輸出禁止を条件にロデニウス大陸で販売されます。
ロデニウス大陸での魔法学は日本主導で大きく発展を遂げる事になります。
もはや文明国と並べるほどに。(列強には劣りますが。)
魔導師の質も急速に高まっていっています。

その結果魔石に関しても自国で精製できる様になります。
日本が魔石を買い、精錬してロデニウスに販売するという構図です。


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06. ヴァルハルの報告

登場人物
●パーパルディア皇国
ヴァルハル:国家戦略局所属で先の戦争でロウリア側の観戦武官
イノス  :国家戦略局・文明圏外国担当部の課長



◆◆ パーパルディア皇国 国家戦略局 ◆◆

 

「ただいま戻りました、イノス課長」

 

 国家戦略局所属、ロウリア王国観戦武官の任についていたヴァルハルは報告のためにパーパルディア皇国へ一時帰国していた。

 

「ご苦労、ヴァルハル君。積荷の話は聞いているよ。上手く行っている様じゃないか?」

 

 文明圏外国担当部、南方方面課、課長のイノスはヴァルハルが乗船して来た船と同行して来た船に穀物、ロウリア硬貨、クイラ硬貨が船に満載されている事を既に別ルートから聞いていた。

 その量から、ロデニウス統一は順調なのだろうとイノスは判断していたのだ。

 

「いえ……それが、思わぬアクシデントで想定より統一に時間がかかっており……」

 

 ヴァルハルの苦い表情と口の重さにイノスは首を傾げる。

 ロウリアから徴収する金銭、物資はイノスの想定した量より少し多いくらいなのだ。なのに何故ヴァルハルは言い辛そうにしているのだろうかとイノスは思う。

 

「なに、結果は出ている。多少の失敗くらい構わんさ。何があったんだ?」

 

 イノスの寛容さにヴァルハルはより暗い表情になる。何せ国の為とはいえ、優しい上司を愛する祖国を騙しているのだ。

 だが、それを表に出すわけには行かない。万が一があれば祖国は滅びるかもしれないのだと、ヴァルハルは自分に言い聞かせる。

 

「ロウリアによる、ロデニウス統一は余り進んではおりません……」

 

 ヴァルハルは偽り話す。

 4000隻の船が嵐により7割以上が沈んだと、それによりクワ・トイネ、クイラは神が味方していると調子付き、地上部隊の侵攻もクワ・トイネの領土を2割ほど奪ったに過ぎないと。

 

 

「なるほどな。嵐となればフィシャヌス級戦列艦でさえまともに航行できん。蛮族の船など転覆して当たり前だ。ヴァルハル、お前が無事でよかったよ。

 だがそうなると、どうやってアレだけの金をかき集めたのだ?」

 

 進捗が思わしくないのであれば徴収する金銭、物資も少なくなるはずだとイノスは思う。

 無理に徴収すればロデニウス統一も遠くなる事くらいヴァルハルも分かっているはずだと。

 

「はい。ロウリア海軍は壊滅的で、ロデニウス統一までに再建は難しいと判断しました。ですので、豊富な木材で我が国では旧式、文明国では現役の商船を作らせました。船自体の売却、または交易で利益を上げさせ、これを徴収してまいりました。」

 

 嘘には真実を織り交ぜるもの。殆どは嘘だが最後の交易に関しては真実だ。

 商船は日本による指導で、現時点で皇国とほぼ同等の最新式なのだ。だが利益を徴収してきたのは事実。

 パーパルディア皇国を誤魔化すための資金はロウリア、クワ・トイネ、クイラから捻出して貰っている。この殆どが三カ国の交易による利益から捻出されているのだ。

 

 あとは、これが第4文明圏形成までどれだけ持つか。

 パーパルディアの人間が文明圏外、非文明国は蛮族の住む国と思っており誰も行きたがらない。

 ヴァルハルも最初はイノスの命令で渋々ロウリアにいった位なのだ。

 だから収益さえしっかり持ち帰っていれば、好き好んでロデニウス大陸に行くパーパルディアの人間は皆無だろうとヴァルハルは考えている。

 

 

「ふむ、上手く考えたな。これなら上層部にいい報告が出来そうだ。統一後の予想収益は上方修正しなくてはならないな。

 ヴァルハル、悪いがこのままロデニウス統一の任を継続して貰いたい、頼めるか?

 その代わりに何らかの要望を聞こう。成果を出している部下を僻地に飛ばすのだ。多少の無茶は聞こう。」

 

 ここからが勝負だとヴァルハルは思う。ロデニウスに行くのが自分だけであれば何とでも誤魔化せる。

 邪魔なのは第3外務局だ。あいつらは甘い汁だけ吸いに来るから性質が悪い。あいつらをどれだけロデニウスから遠ざけるかが難関だと。

 

「ありがとうございます課長。要望といたしましては、ロデニウス統一の任を最後まで私に一任させて頂きたいのです。それと第3外務局を抑えて頂けると助かります。ロデニウス統一の功績を国家戦略局のものにしたく思っており……」

 

「うむ。ロデニウス統一の任はお前に任せよう。部下付けられるよう係長昇進の打診を掛け合っておく。

 第3外務局に関しては俺も同じ気持ちだ。最後に出てきて功績だけ持ってかれても敵わんからな。上も同じ想いだろう。

 ふふっ、ロデニウス統一が終わる頃には、お前も俺も昇進してるかも知れんな。席を暖めておいてやるよ、頑張って来い!」

 

「はい!それでは行ってきます!」

 

 ヴァルハルはイノスに心の中で謝罪し、国家戦略局を後にする。

 イノス課長であれば日本のことを話しても……と一瞬頭をよぎらせたが、ヴァルハルはそれを振り払う。

 あれは見なければ納得など絶対に出来ない。出来るはずもない。日本とはそういった類の化け物なのだと。

 

 

 港に戻ったヴァルハルは乗ってきた船、日本の技術で作られたガレオン船を見上げる。

 

(木材加工の技術が高すぎる……。もしかしたら誇りある我が祖国より高性能なのかもしれないな。これだけの技術を簡単に公開するなんて……いや、海に浮かぶ鉄の要塞を作るくらいだ。この程度、なんだろうな。)

 

 ヴァルハルは西ロデニウス海戦を思い出し、心に刻まれた恐怖も同時に思い出し身体を震わせる。

 

 このガレオン船は最初期に作られたもので、現在作られている物は各所に魔法陣が刻まれているらしい。ヴァルハルは見たことはないが、この品質に見合う魔法陣だ。一体どんな魔法が搭載されているのだろうかと……。

 




第3外務局が邪魔さえしなければ、ヴァルハルの思惑通り第4文明圏は成立します。
そして、パーパルディアも正しい判断が出来ます。

邪魔しなければね。


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07. 商船と魔法陣の実験

登場人物
●日本
佐久間:国立魔法研究所職員

●クワ・トイネ公国
キャベジア:ボウル商会の嫡男
シャロット:公国魔法士→公国魔術師に昇進(エルフ)



◆◆ クワ・トイネ公国 バニル市の港 ◆◆

 

「いやぁ~壮観だなぁ!」

 

 バニル市を本拠地とするボウル商会の嫡男であるキャベジアは、港に悠然と並ぶガレオン船団を見て感嘆の声をあげる。

 この港に停泊する巨大な商船は、全て日本人の主導によりロウリア王国で作られたものだ。

 

「というても、ウチの船はこの2隻だけなんやけどな。」

 

 キャベジアの目の前に停泊しボウル商会の旗を掲げる2隻のガレオン船。もちろん他にも船舶を有するが、ガレオン船に比べれば半分ほどの大きさで、しかも日本製の船のように形が整っていない。

 それでも中堅の商会で2隻も手に入れられたのは、キャベジアと会長である父親の先見性があったからだ。

 それほどまでに日本製のガレオン船は人気で、今現在で予約は数年待ちだ。

 

 ボウル商会は日本人がロウリアで商船を作る情報を得た直後に5隻の商船を発注した。

 そのお陰で1年で2隻も購入する事が出来た。さすがに大商会は更に多くの船を所有しているが、中堅の商会では1隻手に入れられれば御の字と言ったところだ。

 だから、港に並ぶガレオン船の旗は同じ物が殆どない。

 だからこそ、2つの旗がなびくボウル商会は中堅商会の中でも抜きん出ていると評されているのだ。

 

 

「このバニル市も、日本が来てからホントに栄えたなぁ~。1年前は港の大きさだけが取り柄だったこの場所が、今では所狭しと沢山の船がならんどるわ。」

 

 元々はマイハーク市、イズーダ市の中継地点でしかなかったバニル市は、ハンキ将軍とハスド侯爵の連係プレーにより一番最初に日本特区を誘致した。

 そこから鉄道、大型トラックによる尋常じゃない流通力で瞬く間にバニル領は発展させた。

 さらに日本人が農業機械を引き連れて村や街に居を構えたため、農業生産量も3倍、4倍どころではないくらいに増えているのだ。

 

 バニル領の経済力を羨んだ領主達は、自分の領にも日本特区をと誘致を申し出る、

 さすがの日本も全ての場所に誘致する事は難しいと判断し、既に引いた交通網を活用しやすい箇所を選出し土地を借り受けた。

 そして今ではクワ・トイネ公国内の日本人特区は10地区を超えて、今でも数を増やし続けている。

 その中でも交通の起点となったバニル市は中心地として経済力を大きく向上させ続けていた。

 

 

 キャベジアは先日、我が商会に届いたガレオン船に乗り一分の無駄も無い機能美に日本の技術力とガレオン船の素晴らしさに酔いしれる。

 

「流石は列強の船、パーパルディアの商船に勝るとも劣らずやわ。文明国の船でもこれより一回り、二回りも小型や。元々使っていた非文明国の船なんか更に二周りも小さい。それなのに文明国の船よりも安いなんてなぁ……」

 

 ロウリアの木材が10倍で成長する特殊性と電気機械、魔法の併用で製造期間もコストも大幅に抑えられているため、船体価格が圧倒的に安いのも予約殺到の一因となっている。

 パーパルディアの商船はパーパルディア硬貨で金貨5,000枚、文明国も自国通貨では金貨5,000枚だ。

 (これは貨幣価値による差で、同じ価値ではないことに留意してもらいたい)

 

 それにくらべて日本のガレオン船はクイラ硬貨で金貨2,000枚だ。安い金額ではないが、クワ・トイネで作っていた帆船でも同じくらいしていた。

 大きさが倍、性能倍以上で、お値段据え置きとなればお得なのは間違いないだろう。

 パーパルディア硬貨とクイラ硬貨の交換比率が1:2と仮定するならば、パーパルディアの1/10の価格なのだ。

 実際はもっと厳しい交換レートなので、1/10どころではない。

 

「このマスト、木の板が張ってあるだけで本当は鉄の管で出来とるらしいなぁ。でも1隻目の船はこんな音せえへんから、最近できた技術なんやろうなぁ~。」

 

 キャベジアが3本のマストの中の最も高いメインマストをノックすると、マストからゴンゴンと中が空洞らしき音が響く。

 丸太で作られたマストだと、ゴッゴッともっと鈍い音がするし、重量と強度の問題でこんなに高くは出来ないから事実なんだろうとキャベジアは思う。

 

 それは間違いないのだ。日本はクイラから安く仕入れられる鉄を使い船のマストを作っているのだ。

 鋼鉄製のマストの方が強度があり、木で作るより軽くなる。木材を貼り付けているのは偽装で、日本の調査では鉄製のマストが使われている船を見たことが無いので、技術漏洩を考慮しての事だ。

 実際はパーパルディアにも鋼鉄のマストを作る技術など無いのだが……それを日本が知る事はない。

 

 キャベジアが船の各所を見回っていると、積荷を運んでいた商会の水夫が声を上げた。

 

「若旦那!積荷の準備が終わりやした!」

 

「ご苦労。出立は明日になるので、今日はこれまでにしましょう。」

 

「ウス! 皆に伝えてきます!」

 

 水夫を見送りキャベジアは船室に所狭しと詰まれた樽を見る。あの中には日本の技術を真似て作った品物も多い。

 勿論日本から許可を得たものだけを海外の交易に使用している。

 例えば、温度管理が出来る皿や周囲の温度を変化させるアクセサリーなどだ。クワ・トイネで作られたものは、日本で作られたものより品質は大きく劣る。だから対外商品にしてもいいのだろう。魔法陣も日本が最適化したものより敢えて劣化させている。日本が創出した技術を我々が勝手に流出させてはいけないからだ。それでも文明国より少し効率がいいから十分競争力のある商品となる。

 

 後は瓶詰めや乾物、衣服などだ。

 特に瓶詰や乾物は、長い航海で不味い・堅い・塩辛いの3拍子揃った船上の食事にも貢献してくれている。

 まぁ、売り物なのでそう食わせられないとキャベジアは思うが、食事の質がイイのは水夫達のモチベーションや新たな雇用に繋がるので、幾つかは食べる事を許可している。

 本当は日本の乾麺や缶詰が食べたいのだが持ち出し禁止が出ているし、一食に銅貨10~20枚は経費としても結構きついものがあるとキャベジアは残念に思う。

 

「まぁ、仕方ありませんね。」

 

 キャベジアは船上の食事と、もう一つの仕方ない事、ボウル商会の上になびくロウリア王国の国旗を見上げる。

 とある事情でクワ・トイネ、クイラは勢力を弱めていて、ロウリアが勢力を強めていると言うことにしなければならないと国から通達があり、クワ・トイネの国旗ではなく、ロウリアの国旗を掲げているのだ。

 

 お陰で港の船の4割はロウリアの国旗、3割がクワ・トイネとクイラ、そして残りの3割が海外の主に非文明圏の国旗だ。少しばかりだが、文明国の船がこの国に来ているのは光栄だと思う。文明国がこちらに出向いて我々と対等に交易する意志があることが誇らしいのだ。ここまで国力を得られたのは日本のお陰に間違いはない。ロデニウスに属する商人は誰もが感じていることだとキャベジアは確信している。

 

 それを裏付けるのは海外の船に日本製のガレオン船はないことからも分かる。

 日本はロデニウス大陸の3カ国にのみガレオン船を卸してくれているのだ。それは日本が我々を信用してくれている証なのだとキャベジアは思う。

 だからこそ、誰もがガレオン船を転売などせず、日本の信用に応える為に船を走らせる。自身の利益、それは国の利益につながる。そして優れた日本製品を買う事で日本の利益へとつながっていくのだと。

 

 

 

 ――――翌日

 

「お待たせしましたシャロットさん。このたびの航海に魔術師の方が同行して下さるのは非常に心強いです。」

 

 キャベジアは、先日公国魔術師に昇格したシャロットに挨拶をする。

 何故同行するかと言うと、今回納入されたガレオン船には、2つの試験運用機能が搭載されているからだ。

 もし上手くいけば航海に革新が起こる。内容を知っているキャベジアは心躍らずにはいられなかった。

 

「よろしくお願いしますわ。今回は日本の研究所で開発された2つの魔法陣の効果確認をさせて下さいませ。」

 

 シャロットもこの大役に緊張と興奮が入り混じっていた。

 この実験はクイラ、ロウリアでも共に過ごした彼らが同様の試験運用をしている。

 彼らと何より佐久間に十分な効果の確認を報告したいのだ。

 

「では、出港します。」

 

 

 

 キャベジアとシャロットの乗る船は、ガハラ神国、フェン王国で交易し、フィルアデス大陸の非文明国を主に回るルートを通る。

 通常であれば3ヶ月の航海だが――――

 

「波も風も穏やかですわね。今から新機能の試験運用を始めたく思います。キャベジア様、周囲に他国の船はございませんね?」

 

「はい。水夫が確認しましたが、視界には我々以外の船はございません。」

 

「ありがとうございます。それでは『起風』の魔法陣から試して見ましょう。こちらは簡単な魔法陣ですので、皆様にもお手伝い頂けますか?」

 

 水夫と言えど、この世界の人間は生活に使うくらいの魔法は誰でも使える。

 『起風』の魔法は風を一方向に発生させるだけの簡単な魔法なのだ。

 ただ、その大きさが普通ではない。最後方のマストに張られている全ての帆に大きく描かれている。それは、隠蔽のために遠くから見えないように帆と殆ど同じ色で描かれている。

 港では帆をたたんでいるため、部外者に見られることはない。

 

 この大きな魔法陣はシャロット一人でも数分は起動できるだろうが何も一人でやる必要はない。100名いる船員で力を合わせれば数時間起動できるからだ。

 

「さて、皆様、イキますわよ!」

 

 シャロットと船員が複数の魔法陣に魔力を流していく。

 簡単な魔法なので、すばやく起動し生み出された適度な追い風がメインマストの横帆に吹き付けられる。

 風を得た帆船は速度を上げて、通常の1.2倍の速度で海上を進んでいく。

 

「順調ですわね。この機能であれば高価な『風神の涙』を使わずに速度を得られますわね。それに、無風の海域でも航海ができますわ。」

 

 シャロットは風を生む『風神の涙』より低燃費で同等の効果が得られるのか分からなかったが、日本の提唱した説が正しいことを確認できてひと安心した。

 

 では何故『風神の涙』より低燃費であったのか。これは『風神の涙』が風を生むまでのプロセスが多いことに由来する。

 『風神の涙』は魔法効力を気圧に対して働きかける。そして、魔法的に気圧差を発生させて自然と同じ方法で風を発生させている。

 それに対し『起風』は魔法効力で風を生み出している。それだけだ。プロセスが少ない分、魔法陣が簡素になり必要な魔力も減る。

 

 日本人である佐久間達は『発火』や『湧き水』の魔法は物理法則を越えていることを突き止めていた。

 魔法『湧き水』が物理法則に準じるならば、水を発生させるために周囲の水蒸気または、酸素、水素を使用しているだろうと湿度計、酸素濃度計などの計器を設置した恒温室で『湧き水』を発動して貰った。

 

 このとき酸素濃度計は変化せず、湿度計に至っては水の発生により湿度が上昇したくらいなのだ。

 つまり、周囲の水分に関する物質を集めて水を精製したわけではないことが判明した。

 そして『発火』の火を生み出すエネルギーも何処からとも無く現れているのだと分かった。もちろん未来で否定されるかもしれないが、現状では物理法則を越えていると判断されたのだ。

 

 であれば『風神の涙』のように敢えて物理法則に則るより『起風』の様に物理を無視したほうが効率的なのだと結論付けた。

 その結果に一つが『起風』を使った帆船の速度向上なのだ。

 そして、それは効果的であると実証された。

 

「シャロットさん、この魔法陣は我々の魔力が尽きるまで使えばいいのですよね?」

 

「そうですわ。魔力を使い切る事が、魔力の上限を増やす最も正攻法なヤリ方ですわ。」

 

 研究所での実験で、ある単一の魔法を毎日魔力が尽きるまで使用した結果、徐々に発動できる時間が増えていくことが判明した。

 1日10秒くらいではあったが、1年鍛錬すれば1時間伸びると思えば大きな成長だ。

 

 佐久間達は魔力量は筋力と近しいのではないかと推測していた。鍛えれば伸びるし、怠ければ減少するのではと。

 流石に減らす方向の実験は出来なかったが、実験に協力してくれた全員の魔力量が向上したので、恐らく正しいだろうと日本は判断している。

 

「さて、それではわたくしはもう1つの運用試験を行いますわ。船首の水を見ていてくださいませんこと?」

 

「わかりました。何か変化があればお伝えします。」

 

 シャロットはキャベジアの言葉に頷き、船底へと降りていった。

 

 

「さて、これは私しか出来ないこと、こちらが最も重要ですわよ!」

 

 シャロットは気合を入れて船底の最前面、波を切り裂いて進む箇所の室内側に描かれている魔法陣に魔力を流す。

 魔法陣の細かさから、魔術師になったシャロットでギリギリ発動できる代物だ。

 シャロットが苦労の末発動した魔法は――――

 

 『波力沈静』の魔法だった。

 ガレオン船など低速な船舶では大きな効力はないが、日本の船舶となれば話は別だ。

 速力が上がるほどに波によって抵抗力が増し速度向上の足枷となる。

 物理を越えるならばもしやと、ダメ元でシャロットに依頼したのである。

 

「シャロットさん! 船首の波が穏やかになって、速度がさらに上がりました!!」

 

 キャベジアが船底にいるシャロットに向けて叫んだ。

 その言葉から実験は成功したのだと。

 

「ふぅ……やりましたわ。」

 

 今はまだ魔力効率は『起風』より悪いが、併用できるからいざと言うときに役に立ちそうシャロットは思うが

 日本からすれば『起風』なんて物理法則に縛られるか否かの実験でしかなく本命は『波力沈静』なのだ。

 

 

 魔石でこれを代用できれば日本の船は次の時代へと進むだろうと。

 




 ロデニウス大陸の平均月収は銀貨10~20枚ほど(現在の日本レートだと1~2万円)
 くっそ貧しいと思うかもですが、現代のインドでも平均月収では4万円ほどなので、一般労働者で銀貨10枚はそこそこなんですね。
 現代だとフィリピンやベトナム、モンゴルの一般人と同じくらいの収入ですかね。
 まぁネット情報なので、どこまで真実か張りませんが。


 因みに日本製ガレオン船はアルミ合金マストや内装や甲板を強化繊維プラスチックにして、さらなる性能向上とコストダウンを目指していたりします。
 ロウリアの船大工には船体を作る重要な作業に力を注いで貰い、内装を統一規格品で簡素化と軽量化して取り付けるだけにして造船期間の短縮を狙っています。
 当初はロウリアの亜人雇用確保のためでしたが、想定を遥かに超える数の発注依頼と儲けでちょっと本気になっていたりします。


『波力沈静』か『抵抗軽減』か迷いましたが、今回は軍艦の高速化になる方向にしました。
両方でる予定ですが、『抵抗軽減』いつの間にか完成しているかもしれません……。


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08. クイラ王国で人気の職業

登場人物
●クイラ王国
タブリズ:鉱山労働者(狼系獣人)



◆◆ クイラ王国 鉱山都市 ◆◆

 

 俺はタブリズ、クイラ王国で最も人気な職業に就いているんだ。

 それが何か知りたいか?

 

 え? そんなのガキでも知ってる常識だって? いいじゃあないか。それでも自慢したくなるってのがヒトってもんだろ?

 今までは不人気だったけど、これで生きて行くしかなかったんだ。でも、日本企業が来てから全てが変わったんだ。

 えぇ?前置きが長いって?仕方ないなぁ。

 

 答えは――――鉱山労働者だ!

 

 ん? 想定外だったか?

 まぁ、日本人にとっちゃあ危険な仕事ってイメージが強いらしいんだけどな。

 でも、俺達には今までの鉱山より劇的に安全なんだぜ?

 

 何せ坑道に入らないんだ。露天掘りっていう採掘方法らしく、山ごと削り取るから坑道が崩落することはないし、防塵マスクが提供されるから粉塵を吸って身体を壊すこともない。

 そして給金も金貨1枚!今までの5倍だ!しかも、労働時間は8時間!!

 一番スゲェのは――――はたらくくるまに乗れるんだぜ!!!

 

 

 驚いただろ!? ロデニウス大陸で唯一日本人以外が乗ってるんだ!

 農業でも、林業でも、水産業でも機械を操作するのは日本人って決まっている。

 だけど、鉱山業務は機械が必須な割に日本人に人気が無いらしくて人手不足だ。

 だから講習と訓練を受けて合格したものだけが、鉱山業務に従事する場合に限り機械を操作していいんだ!

 

 日本人以外で俺達だけが機械を操作できるんだぜ!誰もが働きたいって思うのは当然だろ?

 因みに俺は超大型シャベルで扱いが難しい機械なんだ。後は超大型ダンプも乗れるんだ。

 スゲェでかくてタイヤだけでも俺より大きいんだぜ!

 

 それよりも遥かにデカイのが、バケットホイールエクスカベーター(BWE)っていう山を削る化け物なんだ。

 動く要塞が山を喰らって鉱石を吐き出す。それをシャベルで掬ってダンプに乗せる。

 ダンプは精錬工場に鉱石を運ぶってのが一連の流れだ。

 

 俺達は鉱石掬って工場まで運ぶだけの簡単な仕事だ。命がけで坑道を進んでいた頃に比べて安全で金払いもいい。

 それにだ、会社が飯も用意してくれて、しかも日本の食べ物だから美味い!マジ天国だぜ!

 

 流石にBWEは日本人だけが操作できる特別な機械だ。これが無きゃ採掘できないし最も操作が難しい機械みたいだしな。

 あんな何十メートルもある化け物を数人で動かすなんて、日本人はマジでスゲェよな!

 

 

 仕事終わりには機械の整備が必要だ。

 俺達は土埃が入らないように手厚くしてくれているが、機械はそうも行かないもんな。

 『土除去』の魔法を使って鉱山機械に付いた土を消していくんだ。

 『土除去』ってのは『土生成』の反対で土を消す魔法だ。簡単な魔法だから誰でも使えるが、何せ機械が巨大だからな

 俺達だけじゃ全然手が足りない。だから、整備要員も結構雇われているんだ。魔法が一番得意なエルフが多いかな。

 高いところも安全帯っていって、落ちても地面まで落下しないようにしてくれているから2年以上働いているが事故死した奴は誰もいない。

 

 

 仕事が終わるとバスに乗ってこの都市に戻ってくる。

 鉱山は俺が勤めている場所の近隣にもあるから、鉱山ごとに街を作るよりいくつかの鉱山で働く人たちが纏まって住むほうが物資の集積にコストがかからないんだってさ。俺も鉱山に住むよりこっちの方がいいから助かっている。

 

 元々は日本人特区だったけど、今は俺達クイラ人も住んでいるし、街の店で働いている奴もいる。

 ここには俺と同じ様に鉱山で働く奴や、精錬工場で働く奴が一番多いかな?

 

 住むところも日本人と殆ど同じところで、電気って奴が使えるんだ。

 やっぱりちょっと高いから、何人かでシェアして住んでいる。俺は4人で住んでいて全員同じ鉱山で働いている奴らだ。

 これなら寝坊しても誰かが起きてくれるしな!

 

 

 日本人の人たちは、帰ってくると夜の街に出かける人が多いんだ。何でも銀貨1~4枚で女の子が買えるのがあり得ないほど破格らしい。

 俺達からすると安いか?って思うんだけど、日本人は金持ちばかりだから安く思うんだろうな。

 日本人を中心に、俺達のような鉱山、工場労働者、そして日本人目当ての女の子もこの街にやってくるし、この街で生活を支える人たちも集まる。

 そうやって街に人が集中し、この街には20万人近い人たちが暮らしているんだ。

 ビックリするよな。王都だって人口4万人なんだ。その5倍もの人がここで暮らしているんだ。

 

 もしかしたらこんなスゴイ都市に住めるのも、鉱山労働者が人気な所かもしれないな。

 俺達以外だと、家賃の関係で電化製品が使える部屋に住むのは難しいからな。

 

 

 そいや、この街でロデニウス硬貨が作られているらしいんだ。

 金・銀・銅、全部の金属が近隣の鉱山で産出するからな。

 でも街の中では日本円かロデニウス硬貨のどちらも使えっけど、レジっていう自動で日本円を数える機械があるから、日本円がメインで使われているけどな。

 

 ロデニウス硬貨は順調にロデニウス大陸に広まっているみたいで、古い硬貨はロウリアに集められているみたいだけど何に使うんだろうな?

 鋳潰してロデニウス硬貨にすればいいのに。

 




 街には冷蔵庫や電気コンロ、電子レンジ、室内灯、テレビなどが据付家電として常備されている集合住宅があります。
 それだけ鉱山鉱業者には離職して欲しくないって日本企業は思っています。
 偏見かもしれませんが、鉱山で働くって相当しんどいって思ってるんです。
 オーストラリアの鉱山労働者も給金かなりいいみたいですし、つまり辛いってことなんだろうなと。


 あとは工場が大量に電力を使うため、石油発電所が近くにあります。
 電力が潤沢にあるため、稼げるところからは稼いでおこうという日本の思惑もあったりしますが。


 鉱山都市には夜のお店も結構多いイメージがあるんですよ。なんでかな?


 アンケートですが、全員やらかすのが40%オーバー
 全員>レミール&皇帝>レミールのみ>レミールとカイオスって感じですね。
 ……もしかしてアンケート結果って全員見れます?

 ちなみに
 レミールのみ:原作と余り変わりません。
 レミール&皇帝:パーパルディア皇国解体
 レミール&カイオス:皇帝がパーパルディア残留
 全員:第3文明圏が解体されます。


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09. アルタラス王国陥落―対立―

登場人物
●アルタラス王国
ターラ14世:国王
ルミエス :第1王女、外交官も努める
ライアル :王国第1騎士団長

●パーパルディア皇国
ブリガス:第3外務局局員



 西暦2020年4月(中央暦1640年4月)

 

◆◆ アルタラス王国 王都ル・ブリアス ◆◆

 

「なんだ……これは…………!!」

 

 フィルアデス大陸南方に位置する島国、アルタラス王国の国王ターラ14世は、パーパルディア皇国から届いた外交文書――――いや、勧告と言ったほうが正しいか。

 勧告書に目を通し、怒りと共に絶望を感じる。

 

 パーパルディア皇国は第3文明圏の統治国であり、列強第4位の座についている。

 国力はアルタラス王国より圧倒的に高く、戦った場合に勝つ確率は0%である事をターラ14世は知っている。

 

 だが――――それでも、この勧告を受け入れる事はできない。

 

 勧告書は以下の通りである

●アルタラス王国は魔石鉱山シルウトラスを当国に献上せよ

●アルタラス王国は王女ルミエスを奴隷として当国に献上せよ

 

 以前から国民を奴隷として要求、資源の要求を呑まされ続けてきたが、ついにここまで付けあがるかとターラ14世は思う。

 

 魔石鉱山シルウトラスは、アルタラス王国で最も大きな魔石鉱山である。ここから算出される魔石は品質も良く、アルタラス王国の財政の根幹を担っている。

 アルタラス王国は魔石鉱山に頼った国政をしているため、ここを奪われれば国が成り立たなくなる。

 当然受け入れる事などできない。

 パーパルディア皇国はそれを知って敢えて要求してきたのだろうとターラ14世は判断する。

 

 そして絶対に受け入れる事のできない勧告がもう1つ。

 第1王女ルミエスを差し出せという要求だ。

 

 ルミエスは美貌もさることながら、人望が厚く国民からも非常に人気が高い。

 そして、20歳という若さでありながら外交官として父親であるターラ14世を助けている。

 そのルミエスを差し出せと言うのは、ターラ14世は父親としても国王としても許容する事はできない。

 

「ライアル、私はパーパルディア皇国へ向かい、この文章の真意を確かめてくる。しばらく国の事は任せる」

 

 ターラ14世は王国第1騎士団長のライアルへ伝え執務室を出る。

 当然ライアルはターラ14世を引き止めたが、それでも自分が行かねばならない。なぜならパーパルディア皇国は非常にプライドが高い。向かうのが自分でないだけで不敬だと言い出すだろうとターラ14世は思う。

 そのせいで、更に理不尽な要求を突きつけてくる可能性がある。

 

 

 

 西暦2020年5月(中央暦1640年5月)

 

◆◆ パーパルディア皇国 蛮族用客間 ◆◆

 

 ターラ14世は王族専用船に乗り、パーパルディア皇国に辿り着く。

 そして、外務局との面会は直ぐに叶う事となった。

 

 アルタラス王国にはパーパルディア皇国との連絡手段は無く、こうやって自ら面会しに行かなければならない。

 パーパルディア皇国民は非文明国に行く事を嫌がり、列強と文明国にしか大使館を置かないからだ。

 

(もしかしたらパーパルディアは、アルタラスを属国とするために理不尽な要求を突きつけてきたのかもしれない……。)

 

 パーパルディア皇国は武力を背景に属国を増やしていき、今では72国の属国を支配している。

 ターラ14世は船に揺られながら、勧告書の理由を考えてこの結論へと行き着いた。

 最悪、シルウトラス鉱山を差し出す事になるかもしれないと。

 

 

「待っていたぞ、アルタラス国王!」

 

 ドカドカと音を立てて一人の男、第3外務局職員ブリガスが護衛を引き連れて入ってきた。

 国王ターラ14世を1時間も待たせるなど非礼にも程があるのだが、ブリガスは気にした風も無い。

 それも当然だ、ブリガスは自分の方が立場が上だと認識しているため、下々が待つなど当たり前だと思っているからだ。

 

「話があるということだが、この私ブリガスが聞いてやろう。私も暇ではないのだ、手短にしたまえ。」

 

(なんと傲慢な…………)

 

 国王ターラ14世はブリガスの態度に怒りを覚えるが、それを表を出さないように抑える。

 

「あの文章の真意を伺いに参りました」

 

「真意? あの文章以上のことはないぞ?」

 

「我々に無茶な要求を突きつけ、飲まない事を口実に攻め入るつもりではございませんか?」

 

(ほう? 少しは物分りがいいようだ。)

 

 ブリガスはターラ14世が真意に気が付いていることに感心する。

 まさしくその通りだからだ。

 国家戦略局がロデニウス大陸を順調に併呑しているため、第3外務局は自分達も功を挙げるため独自に新たな属国を支配しようとしているのだ。

 その目標となったのがアルタラス王国だ。

 

「アルタラス国王は妄想癖があるようだ、一度病院に行くといい。我が国の回復術士は優秀だぞ?」

 

「おのれぇ…………!!」

 

 ブリガスは敢えてターラ14世挑発する。

 ターラ14世を怒らせて無礼を口実に攻め入るのも、当初の予定通り要求を断らせて反抗を口実に攻めるのもどっちでもいい。

 口実さえ作れれば何でもいいのだから。

 

(おのれ)? それはお前の事かな? それとも、ま・さ・か・私のことかな?」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべるブリガスを見て冷静さを取り戻す。

 ターラ14世はブリガスがワザと怒らせている事を察したからだ。

 

「いえ、私の事でございます。」

 

「そうか。」

 

 ブリガスは詰まらなそうにターラ14世を見る。

 

「それで、あの文章が真意だとすならば、何故ルミエスなのですか? シルウトラス鉱山は分かります。これは非常に質のいい魔石を採掘できます。ですが、ルミエスはわかりません。貴国にはもっと優秀な人材が星の数ほどいらっしゃるではありませんか?」

 

 ターラ14世はブリガスの態度からパーパルディアの目的はアルタラスの属国化であると理解し、それを食い止めるように動く。

 

「ルミエスというのか? あの娘は蛮族の中でも美貌だけは良い。俺が孕ませてやろうと思ってな。

 知っているか?パーパルディアには第1級~第3級までの市民権がある。他国の人間であろうと、第1級市民のとの子を産むと母子共に第2級市民の権利を得る事ができる。

 如何だ? 光栄だろう?」

 

 さも当然かの様にブリガスはターラ14世に告げる。

 父親の前で、娘を犯すとそして孕ませると。

 

「確か20歳だったか? 毎年孕ませれば、死ぬまでに20人くらいは産めるんじゃないか?

 俺もそんなに暇じゃないからな。後半の10人くらいは父親が誰かわからんかも知れんな。ハハハッ!」

 

 ブリガスの暴言の前に、ターラ14世はキレた。

 少し冷静さを保てばわかったかもしれない。ブリガスがルミエスの歳を知っている事に違和感があることを

 パーパルディアの人間がいちいち非文明国の蛮族の歳など覚えないことを。事実、ブリガスはターラ14世の歳を知らないのだ。知っても意味がないからだ。

 

「ふざけるなよ! 小僧ォ!! ルミエスもシルウトラス鉱山も貴様らなんぞに渡すものかァ!!!」

 

 ターラ14世は勢いよく立ち上がり、テーブルを越えてブリガスの胸倉を掴んだ。

 

「ふん! 愚か者め」

 

 ブリガスは冷めた目でターラ14世の顔を横から殴りつける。

 殴られる事を予想していなかったターラ14世はフックをモロに喰らい崩れ落ちる。

 筋力向上の魔法が刻まれた魔石を持っていたブリガスのパンチは、ターラ14世の意識を刈り取るには十分だった。

 

「この無礼者を牢にぶち込んで置け。さて侵略準備だ。」

 

 ブリガスは予め調べておいたのだ。

 ターラ14世がルミエスを王子、王女の中で最も溺愛している事を。ルミエスのプロフィールを。

 ターラ14世を怒らせるために。

 

 

 

 この一月後、パーパルディア皇国はアルタラス王国に宣戦布告する。

 宣戦理由は、アルタラス王国国王が会談中に善良なるパーパルディア皇国民を一方的に殴ったと

 そして、パーパルディア皇国からの寛大な提案を話し合いもせず破り捨てたと。

 

 パーパルディア海軍は総数324隻。

 対するアルタラス海軍は総数123隻。

 

 誰が見ても結果のわかる戦いの火蓋が切られた。

 




●パーパルディア皇国の市民権
1~3級市民権が存在する
属国に2~3級市民を混在させる事で、内部不和を発生させ統治している。
どうやって2級市民が作られているかは、ここで語られる事はない。
一つ言える事は、1級市民専用公衆便所がある事くらいか。

・1級市民
 主にパーパルディア本国民
・2級市民
 パーパルディアの血が半分以上流れる属国民
 そしてその母親
・3級市民
 上記に満たない属国民
 ※貴族でも3級市民となる


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10. アルタラス王国陥落―支配―

登場人物
●日本国
阿野:首相

●アルタラス王国
ターラ14世:国王
ルミエス :第1王女、外交官も努める

●パーパルディア皇国
シュサク:臣民統治機構アルタラス属領統治長官。変態

戦闘場面?ないですよ。
日本にかかわりのない第3国同士なので。

注意:全編に渡って胸糞です。パーパルディアは人を家畜扱いする酷い奴だと分かってくれれば読まなくても大丈夫です。


 西暦2020年7月(中央暦1640年)

 

 パーパルディア皇国vsアルタラス王国の戦争はパーパルディア皇国の完勝で幕を閉じた。

 海戦では最新鋭の魔道戦列艦でアウトレンジからの一方的な攻撃、陸戦では地竜とマスケット兵により敵兵を殲滅。

 唯一騎兵同士の戦いでわずかに損害を与えただけに過ぎなかった。

 

 こうしてパーパルディア皇国の思惑通り、アルタラス王国は属国となった。

 

 

 

◆◆ アルタラス王国 王都ル・ブリアス ◆◆

 

「いやっ! 止めなさい! ひぃっ!」

 

 裸に剥かれて後ずさりするルミエスを、アルタラス属領の長官のシュサクが追い詰める。

 ルミエスの首には『魔法封じ』の首輪が取り付けられている。首輪は鎖につながれており、もう一端ををシュサクが握っている。

 

「ルミエスを離せ!! この外道!!」

 

 ルミエスと同様に『魔法封じ』の首輪が付けられて、更に手足にも枷が取り付けられて床に転がされている人物。そして、この状況を見ることしか許されないターラ14世が叫ぶ。

 この部屋には3人、シュサク、ターラ14世、そしてルミエスだけだ。置かれている家具は大きなベッドのみ。何が行われる部屋かは誰が見てもわかってしまう。

 

「ハハハッ!! 王族の女が子を産むのは義務だろう? 俺が手伝ってやろうと言うのだ。寧ろ感謝すべきだと思わんかね? んん?」

 

 シュサクは笑いながら鎖を引っ張ると、ルミエスの呻きと共にシュサクの元へ引きずられる。

 

「いやぁ!! 助けて、お父様!! 誰かぁ!!」

 

「やめろォォォ!!!!」

 

 2人の悲痛な叫び声が響くが当然誰も来ない。こんな行為が行われているのはここだけではないからだ。

 他の王女も、貴族の娘も、若ければ貴族の妻ですらパーパルディア皇国臣民統治機構の職員に弄ばれているからだ。

 

「悪魔! 外道! いやっ! 触らないでぇ!!」

 

「アハハハッ! 最高の褒め言葉だねぇ! 悪魔の子を産むなんて中々出来ない経験だよ。産まれた悪魔の子はその手で殺すかい? その時は是非とも立ち合せてくれ給え。とても楽しそうだ!」

 

 子犬のように吠える事しかできないルミエスに、シュサクは心底楽しそうに挑発する。

 今までの経験上、犯した女から産まれた子は母親によって殺されたことはない。産まれた子に罪はないと感じているからだろう。

 だからこそワザと煽っているのだ。

 

「己ぇ!! ルミエスに触れるなぁ!! 必ず! 必ず貴様を殺してやる!!」

 

「おぉ恐い。その怒りっぽい性格は孫の顔でも見れば少しはは軟化するかも知れませんねぇ。そうだ、ルミエスの出産に立ち合わせてあげますよ。孫が生まれるその瞬間を見たいでしょう?

 私は他の女に種を注いであげなければなりませんから、立ち会いませんし。」

 

 シュサクはルミエスを嬲りながらターラ14世に応える。

 ターラ14世は血管が切れてしまいそうなほどに物凄い形相でシュサクを睨み、罵声を放つ。

 

 ターラ14世がこの部屋に居るのもシュサクの性癖に他ならない。

 父親の前で娘を何時間も徹底的に犯し、二人の心をへし折るのだ。行為が終わった後、二人の魂が抜けた表情を見るのがシュサク本当に好きなのだ。

 1回しか味わえない最高の催し物。発せられる罵声が時間ごとにドンドン弱くなり、そして慈悲を求めるようになり、最後には物言わぬ人形に成り果てる。

 

 ルミエス一人ではこうも行かない。心のどこかで助けてくれるはずだと心の支えが出来てしまうからだ。

 だが、国王である父が何も出来ない状況に置かれ、それを実際に見てしまうと救いはないと絶望するのだ。

 

 

 

「これだから、この仕事はやめられない。楽しかったですよ。

 あぁ、そういえば知っていますか? 貴方達王族、貴族の人間が戦争前後に商船に扮して逃げ出した事は国中に伝わっていますよ。

 自分達の身可愛さに国民を捨てて逃げたってね。」

 

 シュサクは衣服を身に纏い、そういい残して部屋を後にした。次は上級貴族の親娘を同じ目にあわせるからだ。

 残された二人は壊れた人形のように涙を流し、呻くだけだった。

 

 

 最後のシュサクが放った言葉は本当で、開戦前から商船に扮して王族、貴族が逃げ出す事は今までの侵略した歴史からわかっていたのだ。

 それを予見してパーパルディア海軍は海上に網を張っていた。そして、期待通り簡単に捕虜にすることが出来たのだ。

 もちろんその中にルミエスもいた。

 

 王族、貴族を捕虜にしたときの映像は魔号具によって撮影され、戦後アルタラス全土に向けて何度も放映されたのだ。

 多分、現在も放映されているだろう。

 これによって国と国民の間に大きな亀裂が入った。国民はこれから起きる悲劇の憎しみはパーパルディアではなく、現在の国に向かうだろう。

 

 また、このシュサクの趣味も意味の無いことではない。

 強制的に王族、貴族にパーパルディアの血を組み込むことで民族同化を推し進めているのだ。

 ルミエスから産まれた王子を王に据えることでパーパルディアの属国の立場を明確にし、王女をルミエス同様に産む機械にすることで、時代の王は75%パーパルディアの血を流す事となる。

 

 今までそうして属国を民族同化させてきたのだ。

 もちろん国民単位でも同じ事が起きている。

 

 

 余談だが、ルミエスは2025年に日本国によって解放されるまでの間、5人の子供を産んだ。

 2人目まではシュサクが父親なのだが、3~5人目はそれぞれ異なる男だった。

 

 だが、父親がわかるだけ、まだマシだったのかもしれない。

 下級貴族の殆ど、上級貴族の半数の娘は父親の心当たりが多すぎて、誰が親なのか判らないのだから……

 

 

 

◆◆ アルタラス王国 反政府意識矯正施設 ◆◆

 

 先ほどまでは国の貴族だったが、市民単位でも同じ事が行われている。

 それがここ、反政府意識矯正施設だ。臣民統治機構の人間からは『公衆便所』と呼ばれている。

 ここに収容されているのは、全員アルタラスの女で見た目が美しい者ばかり。

 

 アルタラス各所に捕らわれた女性の総数は25万人。全人口の1.8%程だ。

 罪状は適当で、反政府組織に所属している疑いがあるという理由で拘束されて連れてこられる。

 抵抗すれば、彼女達の『家族』が暴力に晒されるため、抵抗は直ぐに途絶える。

 自身が殴られるより、親しいものが殴られる方が耐えられないものだ。

 

 女性達のここでの仕事は次代を産むことだ。

 余力があれば周囲の農地を世話する。だが、連れてこられて暫くは心身ともに疲弊して立ち上がるのさえ困難だろう。

 

 だが、『魔法封じ』の首輪を付けられた彼女達に自害は出来ない。

 自害すれば、やはり反政府組織の人間だったと決められる。そして彼女達の家族は全員、鉱山の危険地帯に送られて死ぬ事になるのだ。

 それとは逆に協力的な姿勢を取れば、子を産んだ後に彼女達だけでなく家族全員が第2級市民に格上げされる。

 彼女達の家族には、無事更生して今は施設で立派に働いている。彼女の働きに免じて特例でお前達も第2級市民となる事を許そうと。

 

 それ故に彼女達は自害できず、臣民統治機構職員のされるがままを受け入れるしかないのだ。

 

 だがそれだけではない。

 この施設では、第2級と第3級の待遇の差を説明される。大きなものではこうだ

●第2級市民は、食品を適正価格買う事ができる

 (3級市民は適正価格の2倍)

●第2級市民は、学校で教育を受けることができる

●第2級市民は、乗合馬車を利用できる

●第3級市民は、雇用人数に空きがある場合、鉱山など危険地域で働かねばならない

●第3級市民は、街の外周部に住まねばならない

●第2級市民と第3級市民が結婚した場合、両者共3級市民となる

 (パーパルディアの血が薄れるのを防ぐのと、階級差間の対立を深めるため)

 

 これらの差別制度は3級市民に落ちたくないと彼女達の意識に植えつけるのと、階級間での摩擦を大きくするためだ。

 

 そしてダメ押しに数ヵ月後、第2級市民に昇格した家族からの手紙や差し入れが届く。

 そこには彼女達のおかげで暮らしが楽になったなどの感謝の言葉と、彼女たちの身を案じる言葉が家族の筆跡で書かれている。

 差し入れも危険なものでなければ彼女達に渡される。これらは没収されずに彼女達の私物として認められる。

 これは、家族から一月に1回受け取る事が許されている。

 少しの慈悲を与える事で生きる意志を失わせず、産む機械として最大限利用するための措置なのだ。

 

 そんな心が折れる事すらできない極限状態の中で、わずかな慈悲を与えられる。

 結果ストックホルム症候群のように臣民統治機構職員達に協力的になってしまう。

 

 そんな狂った世界で本来であれば10人の子を産めば釈放されるのに、子が産めなくなるまで尽くす女達も少なからず出てくる。

 住居環境だけならば、魔道具もあり、部屋も綺麗な第1級市民と同じ待遇なので、場所だけはいいのだ。

 

 

 こうして強制的な同化政策で今まで統治してきた国も同じ様に支配してきた。

 実際、第2級はアルタラス王国であったときより生活が楽になることも多い。そのしわ寄せは第3級市民が受けるのだが。

 そうして第2級、3級市民間で対立誘発させ、祖国を恨ませる。

 最終的には3級市民は使い潰し、根絶やしにするのだ。

 

 

 

◆◆ 日本 内閣府 ◆◆

 

 西暦2020年10月(中央暦1640年)

 

 阿野はロウリア王国の商人を通じて、アルタラス王国の状況を受けとる。

 ただ、反政府意識矯正施設の内情までは書かれていなかった。

 

 アルタラス王国領に住む市民ですら知らないことが日本まで伝わるはずもない。

 

「このような植民地政策が行われているなんて……」

 

 第2級と第3級市民に差別して、植民地支配するなんて阿野には到底認められるものではなかった。

 このままでは万が一日本が地球に転移したとき、ロデニウス大陸に住んでいる日本人が同じ目にあってしまうかもしれない。

 それだけは絶対に避けなければならない。

 

「パーパルディア皇国程度には負けない程度の技術開示を提案したほうが良いかも知れませんね。

 それと、日本国で戦闘行為が発生しないように緩衝国家を設ける必要があるかもしれません。」

 

 第三文明圏の列強国と呼ばれていることは知っているが、戦闘記録を見る限り余りに前時代的といわざる負えない。

 火薬技術を会得したロデニウス3カ国ならば許可も下りるだろうと。

 

 この提案は内閣、国会で可決されてロデニウス大陸の軍備は非文明国でありながら列強を上回る力を得るのだった。

 そして緩衝国家の選定はフェン王国、ガハラ神国が選ばれた。

 

 

 




『魔法封じ』の首輪
装着者の魔力を吸収する魔道具。
魔道具でありながら魔石を必要とないし。
装着者から吸収した魔力を使用して動作するからである。装着者が魔石代わりということになる。

●アルタラス王国
フィルアデス大陸南方に位置するひし形の様な島国
大きさは日本の本州と同じくらい
人口1,500万人
国王はターラ14世
主要産業は魔石鉱業
中でもシルウトラス鉱山は品質、産出量共に優れており、国の基幹となっている。
中央暦1640年にパーパルディア皇国の属国となる


最初は、反政府意識矯正施設の部分は2人の姉妹のストーリーにしようと思ってたけど、絶対18禁送りになると思ったので断念しました。


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11. 接触、ガハラ神国

登場人物
●日本国
浜崎:霧島艦長

●ガハラ神国
ミドリ   :竜の巫女姫。国主
スサノウ  :風竜騎士団長
ウィンディア:スサノウが駆る風竜。70歳ほど

お久しぶりです。最近書いてなくてちょっとリハビリも兼ねてるので、短めです。


◆◆ 日本 九州北西の海上 ◆◆

 

 西暦2020年8月(中央暦1640年)

 

 ミサイルイージス艦である『霧島』はガハラ神国方面へと舵をきる。

 

「ほとほとこの国とは縁があるな。」

 

 霧島艦長の浜崎は溜息をつく。その理由は一年半前にとある失態をおかしてしまったからだ。

 異世界特有の事態故に叱責はなく、寧ろ警戒すべき事象を発見できた事を賞賛されたが、浜崎は自身の部下を危険に晒してしまった事を今も気にしている。

 

「艦長、例のレーダー波を受信しました。」

 

 航海士からの報告を受けて浜崎は思い出す。そう、1年半前のことを。

 

 

 

◆◆ 日本 九州北西の海上 ◆◆

 

 西暦2019年3月(中央暦1639年)

 

「空軍の調査によると、この海域に2つの島があるということだが……」

 

 『霧島』艦長浜崎は、同型の『川内』と共に九州の東側を調査する任務に着いていた。

 『川内』は『霧島』の1km後方に位置し退路の確保をしている。

 

 目的の島は森林が多く、ロデニウス大陸に比べて左程重要そうな要素が見当たらないため、調査は今まで先送りになっていた。

 調査の許可が降りたのは、クイラ王国で無尽蔵ともいえる油田が見つかったからに他ならない。

 

 今回の調査が軍艦で行われる理由は、日本軍人の安全を最優先としたからだ。

 もし威圧と判断されてしまっても、人命最優先とし謝罪と賠償で済むのであれば構わないと判断した為である。

 

 クワ・トイネ公国やクイラ王国の言い分では、安全ではないこの世界で、自衛出来るかわからない『お荷物』より、頼りになる友人のほうが好ましいだろうとのことだ。

 

(全く、物騒な世界に迷いこんだものだ。)

 

 

「艦長!レーダーに飛行物体を補足しました――――これは!!?

 飛行物体からもレーダーが発せられています!」

 

 航海士の報告を受けて浜崎は即座に判断を下す。

 

「レーダー照射停止、強速で後退開始。あちらのレーダーは如何だ?」

 

「相手方のレーダー照射も止みました。レーダー出力は微弱であるため、こちらの位置までは捕捉出来ないと考えます」

 

 浜崎はしまったなと思う。

 ロデニウス大陸にはレーダー技術は存在しないし、飛竜と呼ばれる生物もレーダーに反応しなかったため、レーダーを使用しても問題ないと判断してしまった。

 慎重を喫するならば、偵察ドローンを飛ばして光学で調査するべきだったと……。

 

「これは始末書ものかも知れんな。だが、レーダーを使用する個体も存在すると言うことか。」

 

 結局、始末書を書くこともなく、調査はステルス機で行うべきと方針が決まることになった。

 

 

 

◆◆ ガハラ神国 東の海上 ◆◆

 

「ぬぅ……。東から短時間ではあるが、強い竜信を感じたぞ。」

 

 風竜ウィンディアは眩しそうに顔を背けた。

 

「東? あちらには何もないはずだが……。」

 

 風竜に騎乗するガハラ神国の風竜騎士団長スサノウは答える。

 竜信は竜族にしか使用できない技術のはず、南東のロデニウス大陸に飛竜を駆るものは居るがここまではこれないはずだ。

 

「あの強さは今まで感じたことがない。竜王(ドラゴンロード)――――我等が主よりも強い。もしかしたら竜神様か竜帝(ドラゴンルーラー)暴竜(ドラゴンタイラント)が通られたのかもしれん。」

 

 風竜ウィンディアの発言に、スサノウは大きく驚く。それほど強大な存在が近くに居ると言う事は国家存亡の危機かもしれないからだ。

 

「ウィンディア殿、今すぐ戻りましょう! 一刻も早く主にお伝えせねば。」

 

「急くな、取り乱すのは恥としれ。彼らは総じて知性が高く気分で破壊するような方々ではない。」

 

 混乱するスサノウを宥めて、しばらく待機した後に国許へ戻った。

 実際のところ、暴竜(ドラゴンタイラント)はそのような事をすることもあるが、スサノウの不安をたきつけても意味はないとウィンディアは判断した。

 

 

 

◆◆ ガハラ神国 神前の間 ◆◆

 

 まるで神社の様な建物だった。

 ただ、大きさは人間サイズではなく風竜が入れるほど巨大なものだが。

 

 素の最奥にこの国の主、竜の巫女姫ミドリが佇んでいる。

 

「ふむ、100年ほどはこの近隣に上位竜が来た事はなかったのだがな。ウィンディアのいう通り移動の最中だったのだろう。

 しかし、このあたりを拠点にしようものならば、挨拶に向かわねばならんな。しばらくは東方を中心に警備を固めよ」

 

 御前で(こうべ)を垂れるウィンディアとスサノウの報告を受けて、ミドリは判断を下す。

 

 だが、これ以降、強力な竜信を検知することもなく1年の時が過ぎる。

 結局上位竜が何処かへ移動する最中だったのだろうと決断を下し、平穏な時間へと戻っていった。

 

 ――――半年間だけ。

 

 

 

◆◆ ガハラ神国 東の海上 ◆◆

 

 西暦2020年8月(中央暦1640年)

 

「ぬっ! スサノウ、例の竜信を感じたぞ。――――こちらに近づいている?」

 

 ウィンディアとスサノウが竜信の発する方へと向かうと、そこには金属で出来た島が移動していた。

 

「あれが……竜なのですか?」

 

「…………わからん」

 

 二人とも初めて見る存在に如何対応すればいいのか判断に困っていたそのとき。

 

「こちらは日本海軍。我々に戦闘の意思はない。繰り返す――――」

 




●風竜
魔法により風を操る竜。知性が高くコミュニケーションをとることができる
飛竜は風竜の眷属の一種である。

●竜の強さ
竜神>竜帝>暴竜>竜王>竜>飛竜などの亜竜

●ガハラ神国
非文明国で勾玉のような形の島国。
大きさは四国ほど。
人口は70万人
魔法能力の高い陰陽師が存在する国
とある理由で風竜と共生している


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12. ガハラ神国、フェン王国と国交開設

登場人物
●日本国
緑川:外務省職員。ガハラ神国、フェン王国担当

●ガハラ神国
ミドリ   :竜の巫女姫。国主
スサノウ  :風竜騎士団長
ウィンディア:スサノウが駆る風竜。70歳ほど

●フェン王国
シハン :国主
マグレブ:騎士長



◆◆ ガハラ神国 神前の間 ◆◆

 

「何て大きさの神社なのか……」

 

 ガハラ神国とフェン王国の外交官に任命された外務省職員の緑川は神社の巨大さに目を見開く。

 緑川は『霧島』に乗艦し、ここまで送迎して貰ったのだ。

 

 案内された部屋は畳張りで中央奥側が上座が一段高くなっている。

 そこには巫女服を来た女性が座っている。長い髪は艶やかな緑色で絹のような白い肌、その美しさに緑川は目を奪われてしまう。

 

 彼女の左には風竜が鎮座し、右側には海上で出会ったスサノウという風竜騎士団長が座していた。

 部屋の左右には烏帽子を被り、狩衣(かりぎぬ)を纏った陰陽師のような人たちが並ぶ。

 

(全員が白と緑を基調としているのは、風竜に敬意を表しているからだろうか?)

 

 

「わらわはミドリと申す。貴殿が日本国からの使者かの? 此度(こたび)は何用か?」

 

 優しく柔らかな口調は、見た目とは異なり人生経験を積んだ者であることが伺えた。

 

「私は緑川と申します。日本国、外務省に所属して居ります。この度は、貴国と国交を結びたく伺いました。」

 

(ふむ、海軍は精強そうに見えるしのぅ。とあれば、狙いは風竜を味方につけて航空戦力を充実されたいと言う腹積もりかの?

 悪いが防衛であろうが風竜を他国に派遣する気はない。)

 

「国交を結ぶのは構わぬ。だが、わらわ達は自国の防衛で手一杯じゃ。風竜を派遣する事はないぞ?」

 

 竜の巫女姫であるミドリは日本の思惑を想定し先手を打つ。

 

「はい、重々承知して降ります。自衛の際は自国戦力で対応する事をお約束します。」

 

 事前にクワ・トイネ公国、クイラ王国、ロウリア王国から、風竜目当てに国交を結ぼうとする国が多いと聞いている。

 自衛できることを証明するためにも、軍艦で向かったほうがいいと彼らは勧めたのだろうと緑川は推測する。

 

(ふむ、アテが外れたの。パーパルディア公国のアルタラス占領に危機を感じての事かと思ったのじゃが……。

 何故今になって……とは思うが、彼らの思惑がわかるやもしれぬ。一先ずは様子見かの)

 

「ふむ、であるならば問題はないぞ。細かい話はわらわでなくとも良かろう?

 それと、この後はフェン王国に向かうのか?」

 

「はい。その予定でおります。」

 

「では、使いのものを送っておこう。スサノウ、ウィンディア。任せたぞ?」

 

「「はっ!! 仰せのままに」」

 

 左右に控える武士と風竜が返事をし、部屋を後にする。

 

「お手数お掛けします。深く感謝申し上げます。」

 

 緑川はミドリが退出するまで深く頭を下げ続けた。

 

 

 

 ガハラ神国とは無事国交を開設することが出来て、緑川は1つ肩の荷が下りる思いがした。

 ガハラ神国と交易する日本製品はロデニウス大陸と同等のものとなった。

 いくつか日本製品のサンプルを見たガハラ神国側の外交官は非常に満足していた。

 日本がロデニウス大陸と同等の製品を輸出すると決めたのは、緩衝国にしようとする後ろめたさがあったからだ。

 

 

 

◆◆ フェン王国 謁見の間 ◆◆

 

「マグレブ。これを如何見る?」

 

 フェン王国にガハラ神国からの使いが来て、親書が剣王シハンの元に届けられた。

 内容は要約すると、日本という国が国交を結びに来る。国力も十分だと判断するため非礼は慎むように。とのことだ。

 

「ガハラ神国が認めているとなると、列強に近しい程の力を持つと推測します。

 巫女姫殿の仰るとおりにすべきかと。」

 

 武将の姿をした騎士長マグレブは、国主である剣王シハンに進言する。

 

「ふむ、お前もそう思うか。たしか、廃船が4隻あったな?アレを使って実力を見せて貰うとしよう。」

 

 フェン王国は武士の国であり男女に寄らず国民全員が剣術を習得する。剣の腕が何よりも重要視され、出自よりも尊重される。

 当然シハンもマグレブも剣の達人で、国に10人しかいない剣豪の称号を持つ。

 その代わり魔法の教育は一切なく、魔法を使えないものが殆どだ。

 国は貧しいが清貧を尊び、古き日本にあった武士道を体現している国だった。

 

 

 

 数日後――――

 

「これは……城じゃないか……?」

 

 緑川は再び目を見開く。

 国民はガハラ神国を同様に着物を着用していて、刀らしき刀剣を腰に()いている。

 緑川は全員が武道を修めているという事前情報に間違いがないことを実感する。

 

(まるで江戸時代にタイムトリップした気分だ。)

 

 緑川は違う世界に来てしまったのだから、本当にタイムトリップしたかも知れないと不安になる。

 だが後ろを振り返ると悠然と佇む『霧島』が目に入り、緑川の心は落ち着きを取り戻す。

 

(しかし、何故両国とも和風の趣があるのだろうか? しかし、聞いていいものかも分からないし、もう少し親交を深めてからにしよう)

 

 

 緑川は城の中を案内されて、城主の間へと通された。

 部屋の両端にはフェン王国の武将が正座していて、部屋の中央には赤い座布団が1枚敷かれていた。

 

 緑川は案内されるがまま座布団に正座すると、周囲から「おっ」という雰囲気が漂った。

 緑川以外のだれもが正座できるとは思っていなかったからだ。もしくは知っていても敢えて無視するかもしれないとも思っていたからだ。

 我々の風習に併せたのだと思い、日本国に対し好意的な感情を持つ。

 

 しばらく正座して待つと、剣王シハンがお供を連れて入室してきた。

 

「私は剣王シハンだ。貴殿が日本国の使者であるか?」

 

 

 

「――――ふむ、国交を結ぶ事は構わない。だが、貴国の力を見せて頂きたい。

 最近パーパルディア皇国がアルタラス王国を属国に置いたのは知っているかね?

 有事の際に背中を預けるに値するかをこの目で判断したいのだ。」

 

 緑川はシハンから廃船予定となっている4隻の船を攻撃して欲しいとの依頼を受けた。

 引き受けるか迷いはしたが、海を挟んで直ぐ近くに暴君が居るとなると力を見たがるのも無理もないと思い、引き受ける事とした。

 最悪の事態を想定して交戦まで行使できる裁量を与えられているからだ。

 

 

 

 『霧島』による廃船への射撃はフェン王国へ非常に大きなインパクトを与える事となった。

 シハンからは軍艦の輸出はしているかと尋ねられたが、緑川は機密の塊であるためと丁重にお断りした。

 

 シハンもそれは想定済みで、質は大きく落ちてもいいから輸出できる軍備はあるかと提案した。

 緑川は今年からロウリア王国で建造を開始した戦列艦を代案として挙げるとシハンは快諾してくれた。

 

(まるで自分が死の商人みたいに感じるな……。)

 

 予め想定していたとはいえ、フェン王国を防波堤として扱おうと言うのだから緑川の気持ちは重い。

 

 それとは対照的に、シハンは想像以上の成果が手に入ったと内心大喜びしていた。

 日本の作る戦列艦がパーパルディアの魔導戦列艦に匹敵する程の技術を提供してくれるとは思えない。それでも、文明国級の戦列艦が輸入できるのであれば、海戦で一糸報いる事が出来るだろうと。

 シハンはフェン王国最新鋭の軍船剣神を思い浮かべる。

 

(剣神の名は譲る事になるかもしれんな。)

 




●フェン王国
非文明国で勾玉を逆にしたような形の島国。
大きさは四国ほど。
人口は70万人
魔法を使わない武士が存在する国


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13. 海軍事情

登場人物
●日本国
青井:40代後半の船大工。造船所の1つを取り仕切っている

●フェン王国
クシラ:海軍武将

●ロウリア王国
シャークン:ロウリア海軍の大将軍



◆◆ ロウリア王国 メイプ市 造船所 ◆◆

 

 ロウリア王国の各造船所は誰もが忙しく働いていた。

 今までは商用ガレオン船のみ造船していたが、パーパルディア皇国のアルタラス王国占領後、軍船の技術が日本から、大砲、マスケット銃などの火器がパーパルディア皇国のある人物からもたらされて、軍船も建造する事になったからだ。

 

 だが忙しいのも仕方ないと青井思う。パーパルディアが南征を続ければ次はロデニウス大陸だ。

 日本国ならば日本人が多数住むロデニウスの3カ国を守ってくれると思うが、アルタラス王国から出国した場合、初戦には間に合わない可能性があるからだ。

 そのためにも自衛の力を持たなくてはならない。

 

 造船所では生産体制を確立するために、ロウリア王国内の日本特区にある企業と連携して船のパーツを発注できるようになった。そのため1隻あたりの造船期間は半分以下になった。

 

(まぁ、かなり儲かってはいるんだがなぁ……軍需産業ってのはこういうものなのだろうか……)

 

 収入が大きく増えた事でメイプ市の高級住宅街に屋敷を立てることが出来たが、釈然としない気分が青井にはあった。

 ナイーブな気分になりながらフェン王国へ輸出する戦列艦を見上げる。

 

 

 

 ロウリアの各造船所で造船する種類は大きく分けて4種。

 商用ガレオン船2種、軍用戦列艦2種だ。

 

 商用、軍用に2種類ずつあるのは、ロデニウス大陸国家専用と海外用に分けられているからだ。では、どのような違いがあるのか?

 

 海外用の商用ガレオン船はロウリア戦後、亜人雇用創出のために教授した船体・マスト・内装全てが総木製のものだ。

 これでもパーパルディア皇国の商船より性能がいいため、文明圏外からの発注は多い。だが、一番優先度の低い商品であるため輸出数は少ない。

 工期も海外用の船は総じて長いのも原因だ。

 工期の長さは『海外用戦列艦>>ロデニウス用戦列艦≧海外用ガレオン>>ロデニウス用ガレオン』と言ったところだ。

 

 一方、ロデニウス大陸国家専用の商用ガレオン船は、日本技術による魔改造で外観以外はまったく別物になっている。

 船体は木製だが現代技術により構造が強化されている。

 そして、船首と船尾に『波力沈静』の魔法陣『水神の静寂』と両舷に『抵抗軽減』の魔法陣『水神の抱擁』が刻まれている。

 

 マストは鋼鉄製で偽装の為に薄い木の板が張られている。

 そして内装は鋼鉄や繊維強化プラスチック(FRP)で整形され薄い木板で偽装を施している。

 これら木製以外のパーツはクイラ王国やロウリア王国の日本人特区で製造され、ここでは組み付け作業だけだ。

 このように船体建造のみに注力しているため、工期が短くなっている。

 

 この結果、ロデニウス大陸国家専用の商用ガレオン船は軽量化と強度向上で積載量が海外用よりも大きく向上している。

 甲板がハニカムボードになる軽量化オプションがあったりもする。

 

 ただ、帆はあまり差がない。『起風』は簡単な魔法なので、船員が詠唱発動するため必要なくなってしまったのだ。

 『起風』も名称が変わり、現在は『風神の涙』と呼ばれている。

 効果に対して名称が付けられているので『風神の涙』となった。

 

 

 

 次に軍用戦列艦だが、武装以外は商用の差と同じである。

 海外用の戦列艦に使う大砲は、パーパルディア皇国民のヴァルハルから(もたら)された技術の中で、文明国用の性能を少し向上させた大砲を装備している。

 これはガハラ神国、フェン王国にのみ輸出されている。

 日本自体がロデニウス大陸外ではその2国としか国交を持っていないからだ。

 

 ロデニウス大陸国家専用の戦列艦に使用される大砲は、パーパルディア皇国の大砲をベースにライフリングを刻み安定性を向上。

 火薬自体の品質を上げて射程距離を伸ばしている。

 砲弾の形状も丸ではなく、紡錘型を採用した。砲弾には『空気抵抗軽減』の魔法陣が刻まれているため、弾速が低下し辛くなっている。

 更に大砲、砲弾の製造は日本工場で行われる為、個体差がほぼ無く全体的な性能向上を果たした。

 戦列艦での海戦術も各国の海軍大将に教授しているため、全てにおいてパーパルディアの戦列艦を上回ることとなった。

 

 

 

◆◆ フェン王国 港 ◆◆

 

 西暦2022年8月(中央暦1642年)

 

「ハハハッ! これは堪らないな!」

 

 剣神の名前を受け継いだロウリア王国産の戦列艦をみて海軍武将のクシラは豪快に笑う。

 80門級戦列艦を目の前にしてクシラは興奮を抑えられない。それは、この場に居る水夫全員も同じ気持ちだった。

 

「これなら……これなら万が一が起きても一太刀浴びせる事が出来る!」

 

 パーパルディア皇国に勝つことは出来ないだろうが、一方的に殲滅される事はないだろうとクシラは思う。

 ただ、非常に高価であるため数を揃えるのは難しいだろうなとも思う。

 

 皆が剣神に魅入り、力強さを感じ、士気が大きく高まる中、その隣には大砲を一門のみ備えた、前剣神がポツンと佇んでいた……

 

 

 

◆◆ ロウリア王国 王都ジン・ハーク軍港 ◆◆

 

 日本製大砲を100門備える戦列艦、ロデニウス級戦列艦「ロウリア」が悠然と海上に佇む。

 海軍大将シャークンは改めて日本国の技術力と、それを享受してくれる寛大さに畏怖する。

 

「これがパーパルディア皇国に勝利できる船……。確かにあの力であれば――――」

 

 シャークンは先日行われた軍事演習を思い出す。

 昔、文明国同士の観戦武官として乗船させてもらったときに見た大砲とは桁違いの飛距離と精度だった。

 沢山の砲弾が(異世界基準の)高い精度で目標に降り注ぐ姿に、パーパルディア皇国の軍船を重ねる。

 

 後は数を揃えるだけだ。

 中央暦1642年(西暦2022年)現在、ロデニウス3カ国が保有する軍船は100隻ずつだ。

 

(国民が頑張ってくれているが、これだけでは物量差で敗北してしまう。せめて300隻あれば……

 いや、これ程の最新鋭艦を2年で計300隻も建造したのだ。無理を言うものではないか。)

 

 アルタラスで非道な事が行われていると商人伝手に聞いている。

 

(もし、日本に救われなければロウリア王国も同じ目に遭っていたのだろうな……)

 

 シャークンは改めて日本に感謝するのだった。

 




海軍増強回でした。同様にロデニウス各国の陸軍もマスケット兵が組織されています。

●水神の静寂(波力沈静)
水属性の魔法陣には『水神○○』と名づけられるのがこの世界では一般的
日本では名前から効果が判別しにくいため、『造波抵抗軽減』と呼ばれている。
現在の魔法陣はVer1.13。

●水神の抱擁(抵抗軽減)
日本では『水摩擦抵抗軽減』と呼ばれている。
現在の魔法陣はVer1.05。
この世界では形が違っても魔法陣の名前は変わらないので、Verが異なる場合も『水神の抱擁』と呼ばれる。
同じ効果でも種族、国家で魔法陣の形が異なるため、細かく名前を分けない文化が根付いたとされる

●風神の涙(起風)
第3文明圏で使われている『風神の涙』とは原理が全く異なる。
日本製の方が現時点でも高性能


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14. 2024年:ロデニウス大陸

登場人物
●日本国
鈴木:外務大臣政務官。ロウリア王国担当。

●パーパルディア皇国
ヴァルハル:先の戦争でロウリア側の観戦武官、文明圏外国担当部、南方方面課課長に昇進

●クワ・トイネ公国
カナタ:クワ・トイネ国主(エルフ)

●クイラ王国
テヘンラ:クイラ国王(狼系獣人)

●ロウリア王国
ハーク・ロウリア34世:国主



 2024年(中央暦1644年)に至るまで、日本と国交のあるクワ・トイネ公国、クイラ王国、ロウリア王国、ガハラ神国、フェン王国は平穏なときを過ごした。

 パーパルディア皇国に察知される事も無く、軍備増強に努めることが出来た。

 

 

 これもヴァルハルが内情を隠蔽するために毎年、旧・クイラ硬貨を大量にパーパルディア皇国へ持ち帰ったためだ。

 パーパルディアが支配する属国の中でも最も稼ぎを出したヴァルハルは、昇進して現在は南方方面課課長だ。

 皇国としても、毎年大金が入ってくるのだから、さらにヴァルハルに任せっきりになる。

 

 こうして古い硬貨は国によって集められ、代わりにロデニウス硬貨が大陸中に行き渡る事となるのに一役買った。

 

 

 

 インフラ面でも大きく進歩している。

 ガハラ、フェンでは港整備のみに留まっているが、ロデニウス大陸では鉄道網は主要都市間を網羅するまでに至った。

 線路を引いただけでなく、特急・急行・普通など、区分けも整備され年々利用率は上がっている。

 現在は、各国首都を新幹線で結ぶ計画が進行中である。

 

 たった五年でこれだけの成果が得られたのは、日本軍の協力によるところが大きい。

 古代ローマ兵の様に線路を敷く作業に従事していたのだ。

 そのため、ロデニウス大陸に住む人々の日本軍に対する信頼は非常に大きいものとなっている。

 

 

 

 経済に関しても順調に発展している。3カ国の友好化に伴い、主力産業を伸ばすようになったのだ。

 当然、全てを自前で用意していた頃より成長率は大きい。

 クワ・トイネ公国では農業・畜産、食品加工

 クイラ王国では鉱業、金属加工

 ロウリア王国では造船業、林業、果実食品

 

 日本の技術により高品質な製品を生産できる様になったため、輸出すれば瞬く間に売れている。

 今では非文明圏だけでなく、文明国でもロデニウス大陸産の製品として一定のブランドを確率するに至った。

(諸外国には内情隠蔽のため、ロウリア産として認識されている。)

 

 

 

 軍事に関しては、この数年で最も発展したと言えよう。

 陸軍は銃兵師団が創設されて、陸上戦の花形が騎兵から歩兵へと遷移した。

 装填時間の長さを補うために役割分担し、装填手、射手が分かれる様になった。

 製造は日本で行っているため品質は世界最高クラスであり、故障などのトラブルが圧倒的に少ないのも爆発的に普及した理由だった。

 陸軍専用の大砲も徐々に配備されてきているが、軍事費は専ら海軍・空軍が主だった。

 

 戦列艦は更に発展し、120門級戦列艦『超ロデニウス級戦列艦』が登場した。

 搭載された魔法陣は高性能化し機動力が向上している。

 『水神の静寂』『水神の抱擁』『風神の涙』は魔石でも起動する様に変更されて、平時は水兵の魔力を、戦時は魔石を使用することで、戦時は大砲の操作に注力できるようになった。

 

 何より大きく変わった事は、竜母の建造が始まった事だ。

 ヴァルハルも竜母の構造については余り知らないようで、日本の空母を参考に試作を続けているが、木造船で飛竜の助走距離を稼ぐのは難しく、難航していた。

 最終的に甲板に『起風』魔法の魔法陣を並べて、飛竜が風に乗りやすい様にした。これにより滑走路の短さを克服した。

 カタパルトの概念を応用したのだ。

 

 空軍には大きな変更はない。

 竜騎士のアルミ合金鎧に『風壁』の魔法陣を施し、竜騎士にかかる風圧を抑えられる様にした。

 飛竜の鎧には『起風』の魔法陣を施し、風に乗りやすく、機動力が向上した。

 

 ワイバーンロードという飛竜の上位種がパーパルディア皇国に存在するらしいが、血統が大きく左右するものらしくロデニウス大陸で繁殖させる事はできなかった。

 

 

 

 最後に魔法学だが、これも大きく発展している。

 魔法の様々な流派は、殆どロデニウス流として統合された。生活を向上させる魔法は魔法辞典として一般販売されるようになり、危険な攻撃魔法は日本のデータベースに登録、各国には日本製の大型金庫が設置されて金庫で厳重に保管されている。

 スパイが魔法技術を持ち出す危険性が薄くなり、攻撃魔法に大きな偽装は施されていない。

 万が一国内で技術が失われても、日本が原典を持っているため技術が途絶えることはないだろうとカナタ達、国主は考えている。

 

 そして、魔法を教える魔法学院が主要都市で開校された。

 今までの私塾・師弟制度ではなく、統一された学習内容により知識・能力・道徳の均一な向上が図られることとなった。

 講師の魔術師には研究室が与えられる為、私塾を閉じて魔法学院に勤めるものも増加した。

 市民の生活もあるため、義務教育ではない。義務教育になるのはまだまだ時間がかかるであろう。

 

 

 

◆◆ クワ・トイネ公国 上級会議室 ◆◆

 

 国の重要人物のみ使用する事ができる会議室に3人の人物が席に着いている。

 その3人は各国の国主であり、ロデニウス大陸で最も重要な場所である事がわかる。

 

「ようやく、ここまで来ましたね。」

 

「あぁ!だが、これからが本番だ!」

 

「結局、日本国の方々に頼りきりになってしまったな。」

 

 カナタ、テヘンラ、ハーク・ロウリア34世が歴史上類を見ない発展に感嘆し、次の一手について話し合う。

 ガハラ神国やフェン王国と違い、日本国はロデニウス大陸に様々な力を貸してくれている。

 これは、日本国にとって我々が無価値ではないとの証拠だと3人はそう思いたい。

 

「パーパルディア皇国の動向も気になる。そろそろ動き出さないと間に合わない恐れがあるな。」

 

 ハーク・ロウリア34世は、ロウリア王国がパーパルディア皇国に従っている体で行動しているため、クワ・トイネやクイラに比べて情報を得やすい立場に居る。

 情報によるとアルタラス領は、この4年で少しずつ統治が取れてきているとのことだ。

 強制的な人口増加・同化政策も順調らしい。

 

 このままでは数年以内に新たな犠牲者が出るだろう。それが我々でない保障などない。

 

「では、テンヘラ王、ハーク・ロウリア王、それに私の連名で日本国へ打診しましょう。」

 

「うむ!カナタ王!よろしく頼むぞ!」

 

「まだ私は公爵ですよ、テンヘラ王」

 

 そう、本件の成立に至ってカナタは公爵から国王へとなる。

 元々はクイラ王国から独立したクワ・トイネ公国であったが、これを機に3カ国は同じ地位となる。

 

「この親書は私自ら日本国へと届けよう。孫の顔も見たいからな。」

 

 ハーク・ロウリア34世は、娘と鈴木殿の間に産まれた我が孫の顔を思い浮かべる。

 国籍は日本人だが間違いなくロウリア王家の血筋を引いている。

 娘は日本の快適さに浸ってしまい国許に帰ってきたくないと言い出す始末。故に自分が向かうしかない。

 だがそれでいいとも思う。日本に居れば何が起きてもロウリア王家の血筋が絶える事などない。世界一安全な国に居るのだから。

 




陸軍も多少書きましたが使われる事はないでしょう……
基本海戦でカタがついてしまいますし、ロデニウス大陸の各国家は侵略しませんし。


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15. 2024年:日本の発展

登場人物
●日本国
阿野:日本国首相。妻が地球世界に取り残されている

●ロウリア王国
ハーク・ロウリア34世:国主



 日本国が転移してから5年で、日本にも大きな変化がいくつもあった。

 

 その際たるものは魔力の発現だ。

 日本人も魔石の起動を出来るだけの微量な魔力を纏う事が出来る様になった。魔法を扱うには少な過ぎるが……

 

 ただ、日本人と現地人の間に産まれたハーフは現地人と同質の魔力が発現した。

 現地人が日本で働くに至って法の整備を進めていたため、攻撃魔法の不正使用を止める事は出来た。

 魔法が扱えるものには、攻撃魔法の発生を防止する指輪の着用を法律で義務付けている。殺傷能力がある魔法を悪用されないためだ。

 しかし、日本人は魔法に関して無知であるため、ロデニウス大陸の『大魔術師』を雇用して魔法に関するモラル、操作などの教育をしてもらっている。

 

 

 

 日本人の生態変化は以上であり、その次は魔石を使用した技術の発展だ。

 回復魔法の魔石に関しては大きく発展した。ただ、現地人の魔術師を魔法医療士として雇用しているので大量に使われる事は少ないが。

 重病ではない場合、魔法医療士の回復魔法で癒す事が可能なので、腰痛でも治らなければ重病を併発していることがわかりやすくなり、病気の発見率も向上している。

 

 次いで、軍事利用の魔石技術だ。

 軍艦に関してはロデニウス大陸の軍船にも使用されているので、実証実験は終わっており軍艦に適用する実験が行われている。

 造波抵抗、粘性圧力抵抗、摩擦抵抗を押さえる魔法陣が船体に施されており、巡航速度で30ノットが達成できる事となった。

 これ以降は、魔法そのものの効率化、魔法使用時に適した船体形状、魔法を常時使用するとコストが嵩むため、通常時、魔法使用時のどちらでも航行できる様にするなど、発展する方向性が多岐に渡る。

 

 陸軍技術に関しては対砲弾に対する技術が多い。

 特定箇所に乱気流を起こし弾道計算を狂わせる魔石、引力・斥力を発生させて目標を逸らす、水や風を発生させてその時に生じる抵抗により弾道距離を低下させるなど様々だ。

 ただ、どの技術にも対抗技術が存在するため、一本に絞ることができないのが悩ましいところだ。

 

 航空技術ではUAVを使用して、斥力・風圧による抵抗を軽減する魔法陣で実証実験を行っている段階だ。

 魔法の力によって『音の壁』を超えることができれば科学の力を更に発展させる事が出来るだろうと。

 ミサイルに関しても同様でASM-3の魔導化試作兵装XASM-3Mは、マッハ4を超えることが出来た。この現象の解析が進めば、スーパークルーズが標準となる戦闘機の開発も遠くないだろう。

 

 船舶、航空機の実証実験を終え、民生転用できれば国民の生活に大きな助けとなるだろう。

 

 ただ、魔導化による弊害もある。魔力反応を発してしまうためステルス性が皆無となってしまうところだ。

 これに関しては日本の知識不足もあり、ステルス化は当分難しいだろうと予想される。

 

 

 

 次に民間技術に関してだが、実用化の目処は立っていない。

 何故なら、安全性の裏づけが取れていないからだ。

 

 唯一例外で、離島などの電力を自家発電に頼っているところに関しては、雷力魔石を使用して魔石発電が試験運用を開始した。

 魔法陣を刻まなければ、ただの無機物なのでガスやガソリンに比べて安全という理論は確立している。

 ただ、新しい技術には不安もあるもので、必要に迫られていない箇所では歓迎されていない。

 

 

 

 最後にGPSに関してだ。

 これは思った以上に時間がかかった。

 

 当初は地球と同じ様に打ち上げたが、静止軌道に全く届かなかった。

 水平線から惑星の大きさが違う事を考慮してもダメだった。

 空気成分のわずかな差異、成層圏などの層の厚さがシミュレートし切れなかったのだ。

 また、魔法による不可思議な差も影響しているのではないかと、検証は困難を極めた。

 

 幾たびのシミュレート、発射実験を重ねて、ようやく今年、GPS衛星1号機の打ち上げが成功したのだ。

 急ピッチで衛星を打ち上げても、地球と同じレベルに達するまではそれなりの時間を要するだろう。

 

 

 

◆◆ 日本 首相官邸 ◆◆

 

「阿野首相。ハーク・ロウリア陛下がお見えになりました。」

 

「はい、わかりました。今から向かうことを伝えてください。」

 

 ロウリア国王の来日は、ロデニウス3カ国によるロデニウス大陸の地域統合体、ロデニウス連合発足に対しての報告と相談とのことだ。

 阿野は数年前までは敵対していた国家群が、手を取り合い連合を発足するまでに至ったことに感動を禁じえない。

 

 阿野の貴賓室へ向かう足取りは軽くなっていく。

 日本国に出来る事があれば協力しようと。

 




日本国民の魔力発現は原作と異なり「する」ようにしました。


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16. ロデニウス連合

登場人物
●日本国
阿野:日本国首相。妻が地球世界に取り残されている

●ロウリア王国
ハーク・ロウリア34世:国主



 阿野がハーク・ロウリア34世から伝えられた事は、クワ・トイネ公国、クイラ王国、ロウリア王国の3カ国でロデニウス連合を発足するということだ。それに伴い、クワ・トイネ公国がクワ・トイネ王国へと変わり。カナタ公爵も国王となる。

 ロデニウス硬貨は連合結成のための布石だったのだ。

 

 阿野は溜息をつく。

 

 ここまではいい。各国が特色を生かし補い合う事で、文明の発展速度は向上するだろう。

 パーパルディア皇国という共通の敵が居るところが大きいのだろうと。

 

 

 そしてここからが問題だ。

 ロデニウス連合の盟主として上位に君臨して欲しいと……。

 彼らの言い分はわかる。この世界は文明圏という勢力圏を構築している。

 各文明圏には、神聖ミリシアル帝国、ムー国、そしてパーパルディア皇国と勢力圏の盟主が存在する。

 

 それ故に勢力圏を築くには、そこを治めるTOPが居るのが通例だと。

 確かに3ヶ国が同じ立場になるという名目なので、いずれかの国が盟主になるという事はコンセプトに沿わない。

 そこで日本国に白羽の矢が立ったのだと。

 

 

 一度世界を渡ったのだ。

 再び同じ事が起きると準備しなければならないし、準備している。

 日本本土だけでも5年間の食糧が賄えるように、保存食を各地に配備している。

 クワ・トイネで生産される食料のお陰で速やかに配備することができた。

 そして、賞味期限が近くなったものはロデニウス大陸の孤児院など生活が苦しい者達に卸している。

 

 ロデニウス大陸の各国には、日本国が危機の状態にあったとき力を貸してくれた恩がある。

 だから、彼らの期待に応えるのが日本人として正しい姿だとわかってはいる。

 

 だが、この世界で矢面に立つという事は積極的な外交に出なければならない。

 それは、この世界の部外者ではなく当事者になると同義だと阿野は思う。

 

 

 それと同時に妻の顔が思い浮かぶ。

 

 当事者となれば、将来地球に戻れる目処が付いたとき如何すればいい?

 部外者であるならば、この世界にお邪魔しただけだ。

 世話になった者達に別れを告げて帰ればいい。もちろん恩に報いるためこの世界で搾取されないほどの技術、文明は遺すつもりだ。

 

 だが、当事者となる事を決意した場合、この地を故郷とするか地球を故郷とするか選択を迫られる時が来る。

 きっと2つに日本は割れてしまうだろう。

 

 

 

 阿野は即答する事など当然出来ず、持ち帰り案件となった。

 

 

 

「先ずは、天皇陛下にお伺いを立てなければ……。」

 

 日本国は立憲君主制である。天皇陛下は象徴として君臨なされており、政治に直接関与はなされない。

 此度の回答もわかっている。だが、わかっているから省略するなんて事は、日本国民として決してありえないのだ。

 

 

「わたくしは、日本国民の意思に準じましょう」

 

 

 天皇陛下は仰られた。

 陛下が国民に任せると決める。そして代議制として国会で採決するか、国民投票で決が採られる。

 所謂、様式美だ。だが、それが日本人らしさというものだ。

 

 

 

 

 今回はことがことなので、国民投票で決める事となった。

 ロデニウス連合加盟に賛成または反対だ。

 

 阿野の予想通り、民意は真っ二つに分かれた。

 反対派は、阿野のように親族・親しいものと生き別れた者達、その家族達だ。

 ユーラシア大陸地方という大きな地方には沢山の日本人が住んでいるし、海外に出張・留学していた者達もここには居ない。

 

 次元の壁に遮られ、生き別れになった人たちは予想以上に多いのだ。

 

 

 賛成派は、この世界で新たな絆を結んだ者達。この世界の方が豊かに暮らせる者達。

 やはり当事者でなければ現金なもので、こちらの世界で生活が豊かになったものは多い。そのような人達は、まぁ、ここも有りかな?とこの数年間で思うようになっていた。

 

 国内で揉め事が発生するまでには至ってないが、投票日2024年12月1日までピリピリした空気が国内を漂う事となる。

 

 

 

 一方、国会は至って冷静だった。

 もちろん、彼ら、彼女らの中にも地球に家族を残した者はいるし、その割合もほぼ半々だ。

 では何故?

 

 それは議員達は(したた)かだったからだ。

 

 地球ではアメリカ、ロシアという恩人でもある超大国に挟まれて外交で胃の痛い想いをした者は多い。というか殆どだ。

 それから開放された。しかも自分達は圧倒的に格上の立場となった。

 視察に向かえば、最上の賓客としてもてなしてくれる。手放したくないと思うのは自明の理だ。

 (つい口が軽くなり、余計な事を喋ったりもする。ライフリング技術はこういった経緯で漏れて、後日正式に伝授する事となった)

 

 ある者は、地球からこの世界に移動した「次元震災」で1年後、配偶者を認定死亡で婚約解消し、この世界の10代・20代の女性、または男性と再婚した。

 

 またある者は、現地人の愛人を侍らせている。

 結果、ほぼ満場一致でロデニウス連合加盟に賛成だった。

 

 やはりか……と阿野は溜息をつく。

 

 

 

 そして、投票日2024年12月1日に国民投票が行われ、結果が公表される12月2日。

 

 

 結果は――――――――――――

 

 

 

 



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17. 投票結果

お待たせしました。
ちょっと執筆時間が取れなかったのと
後、Stell○risのセール逃してショックでした……


 投票結果は賛成が57%――――

 

 

 これにより、日本のロデニウス連合加盟が決定した。

 

 

 

 

◆◆ 日本国 首相官邸 ◆◆

 

「やはり想定の範囲内でしたか。もう少し、賛成派が多いと思いましたが……」

 

 阿野は結果を聞き、そう溢す。

 

(投票の内訳は、地球帰還が3割、この世界残留が2割、浮動票が5割といったところでしょう。

 浮動票の殆どが賛成派。まぁ、そうでしょうね。

 生き別れになった者の居らず、こちらの住民と深い関係になったわけでも無ければ、自身の生活が良くなる方を選ぶものです。)

 

 

 この5年で、日本国民の生活は地球に居たころより良くなっている。

 先ずはガソリン等の燃料、プラスチックなどの合成樹脂の価格が下がったこと、それらの製品にバリエーションが増えた事だ。

 ガソリンについては、1リットルあたり100円を切っている。

 これはクイラ王国から輸入している原油が非常に安価で仕入れることが出来ているからだ。

 

 また、それに関連する企業の売り上げも向上して、会社員の給料も上がっている。

 油田、製油、製品工場、貿易、輸送、販売、その全てでだ。

 そして、彼らが羽振りが良くなることで他業種も恩恵を受けている。

 1つの原料でそれなのだ。クイラ王国、クワ・トイネ王国、ロウリア王国から格安で入ってくる原料全てがそのような状況だ。

 

 給料が上がって、各種製品も増えた。住む場所が地球、異世界どっちでもいいのならば態々、地球に戻りたいとは思わない。

 

 

(それだけでなく、地球に戻る事自体に危機感を感じている者も居るのでしょう。)

 

 

 そう、収入は増えたが、いい事ばかりではない。

 

 

 この6年で日本の科学技術は停滞している。

 それに気が付いているものたちは、地球に戻る事に危機感を感じている。

 

 

 

 それも当然だ。科学技術の進歩が日本だけの力でやらなければならないからだ。

 世界で行われてきた研究、実験、発明が一切入ってこなくなる。

 進歩の速度が遅くなるのも当然だ。

 ただし、地球では日本がいなくなっただけだ。ダメージの差は歴然、技術の停滞を薄々と感じてしまっているからだ。

 

 また、輸入に頼っていたCPUなど日本より秀でている国の技術はリバースエンジニアリングで何とか解析している最中。

 コピー品を作るのでさえ目安として10年、あと4年かかる。

 

 地球に戻るのが10年、20年、30年――――

 年号が変わるほどに留まれば留まるほど、地球との科学技術差は開いていくだろう。

 そのとき、地球に準超大国だった我々の居場所は……地位は残っているのか?

 

 

 そういった経緯から、浮動票の多くがこの世界に残留する事を選んだ。

 

 

(さて、事前に官僚と進めていた準備が無駄にならなくて済みそうです。)

 

 

 

◆◆ 日本国 内閣府貴賓室 ◆◆

 

 

 2024年12月10日

 

「日本国はロデニウス連合に加盟することを表明します。」

 

 首相の阿野はクワ・トイネ王国のカナタ陛下、クイラ王国のテンヘラ陛下、ロウリア王国ハーク・ロウリア34世陛下に伝える。

 各国の国王は安堵した。長年かけた成果がついに実を結んだからだ。

 

「ですが、ご存知の通り我々はこの世界の外から飛ばされて来ました。

 突然転移したように、この世界から突然飛ばされてしまう可能性がある事はご留意下さい。

 そして、元の世界に戻る技術が発見された場合、地球に戻る日本人がいくらか居ることもご理解下さい。」

 

 正し、日本国が戻る場合は、この地に残る者達に技術の全てを遺すと。

 

 

 こうして日本の対応は賛成派、反対派両方の意見を取り入れた玉虫色のモノとなった。

 




2007年にiPhoneを発売してから12年。
10年以上も取り残されたら、浦島太郎状態になってしまうのでしょうね。

これで本章は終わりです。
次はお待ちかね?の対パーパルディア戦となります。


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4章 決戦!パーパルディア皇国
01. 国家戦略局と第3外務局長


●パーパルディア皇国
ヴァルハル:先の戦争でロウリア側の観戦武官、文明圏外国担当部、南方方面課課長
カイウス :第3外務局長(非文明国の担当)



◆◆ パーパルディア皇国 国家戦略局 ◆◆

 

(ようやくここまで来た……。だが、これで終わる。)

 

 ヴァルハルは安堵する。

 この5年、愛する祖国を裏切ってでも必要と判断した事を行ってきた。

 ロデニウス大陸へ火器の技術を漏洩、ロウリア王国が統一していると虚偽の情報を上げてきた。

 その代わりになるかわからないが、旧クイラ硬貨、旧ロウリア硬貨の全てを回収して、皇国の硬貨に鋳潰した。

 その量は膨大でロウリアの借金は当に返済しており、貸付金の5倍の金銭を回収した。

 その結果、ヴァルハルは課長に昇進し、最も部長に近い人物と評されるまでに至った。

 

 

 今年の4月、日本はかの国の艦隊と、ロデニウス大陸で生産された多数の戦列艦を率いて我がパーパルディア皇国へ国交を結びにやってくる。

 アレだけの海軍がやってくれば、日本をロデニウス連合を見くびるものは居ないだろう。

 

(自分では日本への効果的な対策を取る頭脳がない。

 だが、聡明な陛下であれば我が国にとって最も有益となる選択をしてくださるだろう)

 

 

 日本は外交に何故軍艦で?と疑問をしてきたが、パーパルディア皇国は軍事力を重きに置くため、非武装船でパーパルディア皇国へ向かう事は寧ろ非礼に当たると述べておいた。

 本当はそんな事無いのだが皇国民が相手国に舐めた態度を取るため、有効な方法ではある。

 その説明に日本国外交官は納得してくれたようだ。

 多分、アルタラス王国の件もあって非武装で向かうのは危険と思っているのだろう。

 

 

 祖国が日本の力を見誤らないように最善を尽くしてきた。

 4月の日本国訪問が実れば、最悪の事態は免れる事ができるだろう。

 ただ――――

 

(俺は良くて更迭。最悪、極刑だろうなぁ……)

 

 ロデニウス大陸における虚偽の報告。日本国の情報隠蔽。露見するかわからないが技術漏洩もだ。

 非国民として裁判にかけられるのは間違いないだろう。

 陛下ならば、自分の思惑を察していただけるかもしれないが……あてにするのは非礼に当たる。

 

 だが、いつか自分の選択が間違ってなかったとわかってくれる日が来るだろう。

 そのとき、自分は生きていられるだろうか……?

 

 

(今年の3月にロウリア王国から最後の資金回収を行えば、俺の仕事は終わりだな。

 頼むから、無事に終わってくれ――――!!)

 

 

 

 

 ――――だが、ヴァルハルの願いは叶わなかった。

 

 

 

 

◆◆ パーパルディア皇国 第3外務局 ◆◆

 

「さて、諸君。アルタラス属領の支配は臣民統治機構に実権を移し、つつがなく運営されていると報告が上がっている。

 これも我々がアルタラスを上手く焚き付けた手腕によるものだろう。」

 

 第3外務局長はカイオスは、部下達に告げる。

 

「だが、陛下は新しい成果を欲しておられる。

 その目標は――――フェン王国だ」

 

 カイオスの部下達は驚いた。

 何故、フェン王国? あそこには何の資源も無いはず……? 翠玉の竜王(エメラルド・ドラゴンロード)が支配するガハラ神国に接してしまうぞ?

 

 ガハラ神国は飛竜の上位種である風竜が生息している。

 いかにパーパルディア皇国が精強であれ、制空権を取られた状態で戦うのは苦戦を強いられるだろう。

 敗北する事はありえないが、被害は大きなものとなってしまうだろう。

 

「そうだ。フェン王国は通過点に過ぎない。真の目的はガハラ神国だ。」

 

 カイオスは陛下はガハラ神国から、地竜の使役だけでなく風竜の使役方法を要求する御つもりなのだと部下に告げる。

 その言葉を聴き、部下達は おぉ! 流石は陛下! 空軍戦力が跳ね上がるぞ! と騒がしくなる。

 

「諸君! 静まるのだ。そうだ、我々は非常に大きな任務を任された。ガハラ神国に国威を示すため、フェン王国を鎧袖一触で蹴散らす必要がある。何をすればいいかは……わかるな?」

 

「「「「ハッ!!!!」」」」

 

「では、頼むぞ!」

 

 

 後日、フェン王国西半分の国土の要求と、王国の姫を全員パーパルディア皇国へ差し出せという要求がフェン王国へ勧告された。

 




第3文明圏が更に力をつけるためには、異世界最高の航空戦力である風竜をなんとしてでも使役したいのです。
原作でも、グラ・バルカス帝国のアンタレス型艦上戦闘機と同等に戦えたのは風竜だけですからね。


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02. フェン王国の決意

●フェン王国
シハン :国主
マグレブ:騎士長
クシラ :海軍武将

●パーパルディア皇国
ブリガス:第3外務局局員
カイオス:第3外務局長



◆◆ フェン王国 国主の間 ◆◆

 

「くっ! ついにパーパルディア皇国が我が国を標的にしてきたか……!!」

 

 パーパルディア皇国から届いた勧告書を見て、剣王シハンは苦虫を潰した様な顔になる。

 我が国の西側半分、そして、娘の全てを差し出せという暴挙、到底受け入れる事ができない事案を突きつけて宣戦布告の大義名分を得る。

 たとえ受け入れても、毎年奴隷を差し出せと要求はエスカレートするだけだ。

 

「たとえロウリア王国から戦列艦を輸入していたとしても、パーパルディア皇国軍を追い返すのは困難でしょう。」

 

 騎士長マグレブは彼我の戦力差を冷静に分析する。

 剣王シハンの娘であり、自身の妻を差し出せと言われているにも関わらず冷静なものだとシハンは思う。

 

「となると、日本国、またはロウリア王国に援軍を求めるか……?

 だが、彼らは頷いてくれるだろうか?」

 

 新たな剣神を建造したロウリア王国、そして『霧島』という強大な力を持つ日本国ならば、パーパルディア皇国にも引けを取らないだろう。

 だが、彼らが参戦してくれるメリットを提示出来るかと言えば……

 

「難しいでしょうな。ですが、何もしなければ皇国に蹂躙されるだけに御座います。

 ひとまず、フェン王国に観光に参っている日本人にそれとなく聞いてみましょう。

 日本国の戦争における姿勢がわかるかもしれませぬ。」

 

「うむ。頼めるか?」

 

 

 

◆◆ フェン王国 アマノキ市街地 ◆◆

 

 フェン王国には、年間100万人の日本人観光客が訪れる。

 

 地球世界では仕事を含め、年間3000万人が海外へ出国していたが、この世界では海外が危険という事もあり

 国外観光はロデニウス大陸3カ国、ガハラ神国、フェン王国しかない。

 それ故に、この5カ国への観光客は必然的に多くなる。

 

 親日のロデニウス大陸3カ国は当然このこと、ガハラ神国、フェン王国も何故か和風染みていて、古き時代の日本を見ているようでそこそこ人気がある。

 

(彼らはたくさんのお金を使ってくれるし、礼儀正しくもある。ただ、戦士としての気迫は無い様にも見える。我が国のように全ての人が戦う術を持つというわけではないのかも知れない。)

 

 マグレブはもしかしたら、期待する答えは返ってこないかもしれないと思いつつも、日本人の観光客に声をかける。

 

「そこの者。貴公らは日本人であるな?」

 

「え、えぇ。そうですけど、何か御用でしょうか?」

 

 一組の日本人男女がマクレブの質問に答える。

 

「うむ、御用があるのだ。私は騎士長マクレブという。いくつか質問をさせて頂きたい。時間を頂戴できぬか?」

 

「構いませんよ。お侍さんと話せる機会なんてありませんし。」

 

 マクレブは近くの茶屋に二人を誘う。軒先に立てられている真っ赤な野点傘に、竹で作られたような長いすが置かれている。

 そこで団子やお茶を楽しみつつ、マクレブは日本人に質問をしていく。

 

 

 

「うむ。助かったぞ日本の方々。」

 

「いえいえ、何か余り力になれず、すみません。」

 

 やはりマクレブの予想通り、軍事関連の質問をしても知らない事は多いみたいだ。

 ただ、日本がロデニウス連合という国家間連合体に所属したということを聞けた。

 つまり、日本とロウリア王国は同盟を掬んだということだろう。

 同盟を結んだ理由は、やはり対パーパルディア皇国のためだろうと。

 

 それからも何人かの日本人に軍事関連の質問をしたが、殆ど同じ回答だった。

 これ以上は余り進展も無いだろうと判断し、マクレブはシハンの元へ戻った。

 

 

 

◆◆ フェン王国 国主の間 ◆◆

 

「剣王! 何故パーパルディア皇国と戦わぬのです!!」

 

 マクレブが城に戻ると怒号が聞こえた。この声はクシラであろうと。

 そして、何故怒っているかもマクレブにはわかっていた。

 

「ただいま戻りました、剣王。――――やはりクシラだったか。」

 

 マクレブが部屋に入ると、クシラが物凄い形相でシハンに詰め寄っていた。

 そしてクシラはマクレブに気が付くと。

 

「おぉ! マクレブ戻ったか!! お主も何故そんなに冷静でおるのだ!!」

 

「クシラ。お主の思いも良くわかる。だが、剣王の思いも汲んではやれぬか?」

 

 マクレブは剣王の表情をみると困ったような悲しいような顔をしていた。

 剣王もクシラ、マクレブの気持ちを痛いほどわかっている。そんな表情だ。

 クシラは剣王に詰め寄るのをやめるが、憮然とした表情だ。

 

「わかっておる! 俺も水軍を率いるものだ! だからこそ、このままではイカンのだ!!」

 

 クシラはドカッと木の床に座る。

 

「どういうことだ? クシラ。俺達は皆を率いるものだ。自身の心のままに戦えぬことはわかっているのだろう?」

 

 マクレブはクシラが勝てぬ戦いと知っても武士の矜持は貫くべきだ。そういっているのだと思った。

 

「お主もわかっておらぬのか……。いいか、このまま戦いもせずに日本国やロウリア王国に頼ってみろ。

 かの国は如何思う? 以前、こちらから力を示せと言って置きながらこの体たらく。

 そんな甘えた国を彼らは救ってくれると思うか?

 仮に救ってくれたとしても、我々を対等な人間とは扱ってくれぬだろう。民達にそのような生活を強いるのか?

 日本人は我々の魂を好んでくれておる。であるならば、我々は心のままに散らねばならぬ。」

 

 シハン、マクレブはクシラがそこまで考えている事に驚いた。

 全く持ってその通りだと思ったからだ。

 国のことを思うが余り、大事な事を、民の、国の誇りを捨て去るところであった。

 きっと日本であれば、民達を悪いようにはしないだろうと。

 

 

「クシラ。お主の想い、良くわかった。直ちに戦の準備を整えよ! 日本へは俺が直々に伺う。

 マクレブ。お主にはパーパルディア皇国への返答を頼めるか?」

 

「「あいわかった!!」」

 

 フェン王国はパーパルディア皇国と相対する姿勢を取った。

 

 

 

◆◆ パーパルディア皇国 蛮族用控え室 ◆◆

 

「ほぅ?では、お前たちフェン王国は、偉大なる我がパーパルディアの意に背くと言うのだな?」

 

「そのとおりだ。」

 

 ブリガスの挑発にマクレブは堂々と言い放つ。

 

「ふんっ! 少しいい軍船を手に入れたからといって、いい気になっているな。まるで、木の棒を振るう子供のようだな。

 我々のような理性ある大人が躾けてやる必要がある。何隻だ?」

 

 少しいい軍船とはマクレブが乗ってきたロウリア製の戦列艦のことを言っている。

 自尊心だけは高いパーパルディア皇国が「少しいい」というのは珍しいとマクレブは思う。

 

「どういうことだ?」

 

「わからぬのか? あのような軍船を何隻持っている。全て沈めてやらねば、身の程というものを知らぬだろう?」

 

 ニヤニヤとブリカスは笑う。

 恐らく数倍の戦力を持って完全に叩きのめすつもりだろうとマクレブは思う。

 敢えて少なく答えれば勝てるかもしれない。だが、そんな卑怯な事マクレブには出来ない。

 

「20隻だ。」

 

「ほぅほぅ。なるほどな。イキがるのも無理も無い。だが、その程度の数で……

 いや、蛮族ならばその数でも十分か。ふふっ、躾け甲斐があるな。

 さぁ、帰るといい。存分に抗って見せてくれ。」

 

 

 

 マクレブが帰るとブリガスは、局長であるカイオスの元へ向かう。

 

「局長。録画の魔石をお貸し頂けませんか?」

 

「ん? 何故だ?」

 

 ブリガスは状況を説明する。

 文明国と同等の戦列艦を20隻沈める。それも無傷でだ。

 その映像を第3文明圏の属領、そしてフィルアデス大陸の文明圏に属さない国家に見せ付ける。

 この様は、奴らの心を折るのに十分な材料となるだろうと。

 

「なるほどな。構わん。だが、奴らが盛っている可能性もある。大した数でなければ使用は禁ずる。いいな?」

 

「畏まりました。」

 

 楽しくなりそうだ。ブリガスは心の中で楽しく笑っていた。

 

 

 

◆◆ 日本国 内閣府貴賓室 ◆◆

 

「――――というわけで、我々はパーパルディア皇国と戦う心づもりでおる。

 無理を言ってすまぬが……」

 

「最後までおっしゃらないで下さい。フェン王国は我々日本が必ず守ります。」

 

 剣王シハンが突然尋ねてきたと思ったら、パーパルディア皇国に事実上の宣戦布告をされたこと、フェン王国は迎え撃つ事を伝えてきた。

 本来であれば、外交官の緑川が対応するものだが、自分が対応してよかったと阿野は思う。

 これは一外交官に対応できる案件ではない。

 

 もちろん、阿野の一存で応えていい案件でもないが、彼らの思いを汲まないなんて出来なかった。

 それほどに真剣な表情をシハンはしていたからだ。

 

「ありがたい。日本国に後を託せるのであれば、我々は思う存分戦える。」

 

「いえ、ご助力できないのが残念です。」

 

 阿野は支援を提案したが、シハンはそれを断った。

 生き様を後世に残す必要があると阿野に伝えたのだ。

 

 阿野は残念な気持ちと同時に、安堵もしていた。

 日本は日本でパーパルディア皇国と問題を抱えている中、フェン王国に手を貸せば戦火を切ることなる事を知っているからだ。

 




シハンもマクレブも地位というものが無ければ、魂に準じて徹底抗戦を選択したでしょう。
ただ、守るものが多すぎて心のままに動けなかったのです。

彼らの妻達も、侍の妻として覚悟は決めています。
むしろ彼らをひっぱたいてでも、侍として生きなさいと諌めたでしょう。


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03. ロウリア王国の受難

●パーパルディア皇国
カイオス:第3外務局局長
ニコルス:第3外務局局員

●ロウリア王国
シャークン:海軍大将
ハーク・ロウリア34世:国主



 時は少し遡る――――

 

 

◆◆ パーパルディア皇国 第3外務局 ◆◆

 

「ほう? それは面白い提案だな。よろしい、やってみろ!」

 

 局長のカイオスは部下であるニコルスの提案を聞きニヤリと笑う。

 蛮族から搾り取る事を一心に考えた素晴らしい提案だと思ったから、部下に経験を詰ませてやろう。

 カイオスはそう判断したのだ。

 

「はっ!! 早速向かいたいと思います。」

 

 ニコルスは局長が自分の提案に賛同してくれた事。そして、ヒラの局員である自分に任せてくれた事を嬉しく思う。

 局長の為にも必ず成功させなければとニコルスは奮起する。

 

「では、行って参ります!」

 

「あぁ、頑張って来いよ!」「期待しているぞ!」

 

 ニコルスは第3外務局の入り口で深く頭を下げると、同僚達が激励を送ってくれた。

 これは大仕事だ。必ず成功させたい。ニコルスは頭の中でシミュレーションしつつ、外務局を後にした。

 

 

 

◆◆ パーパルディア皇国 近海 ◆◆

 

「ふふふっ。少し大げさすぎるかな?」

 

 ニコルスは100門の大砲を持つフィシャヌス級戦列艦に乗船しロウリア王国へと向かう。

 目的は今年で切れる、ロウリアの返済を継続させようという目論見だ。

 今までは国家戦略局の管轄で、第3外務局は口を出す事ができなかった。

 だが今年もそれで終わる。いや、折角の金づる、ここで終わらせるなんてパーパルディア皇国の利益にならない。

 

 延々と毎年金を搾り取り続けるのだ。そうすれば、今年からは第3外務局の功績となる。

 これを思いついたときは、ニコルスは自分で自分を褒めてあげたくらいだ。

 

 フィシャヌス級戦列艦で威圧すれば容易いこと。

 いや、フィシャヌス級まで持ち出すのは少々やりすぎかな?そう思ったくらいだ。

 

 ロウリアは商船は大型の船を建造するまでに至ったが、帆船は大砲が無ければ櫂船にすら劣る。

 恐らく三段櫂船くらいは建造しているだろうが、その程度、戦列艦の相手ではない。

 

「ハハハハハッッ!! 楽しくなってきたぞ!!」

 

 ニコルスはロウリア王国の真の姿など知る由もなく、航路を進むのだった。

 

 

 

◆◆ ロウリア王国  ◆◆

 

 2025年2月(中央暦1645年2月)

 

 

 シャークンは毎年恒例であるヴァルハルへの支払いを港で待っていた。

 新ロデニウス硬貨の普及のために、旧硬貨を回収しパーパルディアへと送っていた。

 鋳潰しても良かったのだが、日本国にそんな手間を取らせるわけにも行かない。

 日本国のサイクルで採掘、精錬、鋳造しているのだから、余計なものを混ぜ込む方が失礼だとロデニウス大陸の三ヶ国は思っていたのだ。

 

 ヴァルハルの提案が渡りに船で、処分に困る旧硬貨をパーパルディアに送る事で新硬貨への交換がスムーズに進み、パーパルディア皇国を欺く作戦も上手く行った。

 

「これが最後になるな。後3ヶ月で、我々は新たな道を進む事になる」

 

 4月にはロデニウス連合が世界に発表されて、遠くない未来に日本国が列強へと名を連ねるだろう。

 そうすれば日本国を宗主国と仰ぐ我々はパーパルディア皇国からの圧力に怯えなくて済む。

 シャークンは大量の旧硬貨が入った樽の隣で、その時を今か今かと待ち侘びる。

 

 

「あの旗は……来たようだな。

 ――――ん? なんだかいつもと違うような気がする。」

 

 シャークンは日本製の高倍率単眼鏡でやってくる船を覗くと……

 

「アレは戦列艦ではないか!? それに乗っているのはヴァルハルではない?」

 

 最期にしていつもと違う状況に、シャークンは警戒レベルを最大に引き上げる。

 すぐさま発射できるように準備した大砲を配置して布と運搬用木箱で隠す。

 この距離なら、あちらからは何をしているか見えまい。武装船で来たのだ。万が一に備えるべきだと。

 

 

 

「やぁやぁ、蛮族の諸君! 今回はこの私、ニコルスが貴様が金を受け取りに来てやったぞ!」

 

 話をを聞くとニコルスはヴァルハルの代わりに金を徴収しに来たとのことだった。

 ならば金を渡してお引取り願えばいい。

 

「ふむ。これがパーパルディア皇国への献上金だな? 肝心の借金の返済だが如何した?」

 

 ニコラスは借金の返済ではなく、パーパルディア皇国への献上金にすり替えてロウリア王国から金を巻き上げようとする。

 

「ニコラス殿。今お渡しした硬貨が今年の返済金でございます。」

 

「はぁぁ?? これはパーパルディア皇国への献上金であろう? ふざけた事をぬかすな。

 払えぬのであれば、来年の返済でツケにしておいてやろう。私は謙虚だ、利子は100%にしておいてやる。感謝するがいい。」

 

 シャークンは察した。コイツはハイエナだと。

 シャークンはそのような戯言はまかり通らないと毅然とした態度で対応する――――

 

 

「蛮族は理と言うのが理解できないようだ。ならば、犬猫のように躾けてやらねばなるまい。――――撃て。」

 

 ニコルスは、戦列艦の大砲で建造中のガレオン船に向けて発砲する。

 至近距離から砲弾の雨を受けたガレオン船は無残に砕け沈没した。

 

 

(偉大なる日本からの知恵と技術で作られた、素晴らしきガレオン船になんてことを――――!!)

 

 シャークンは激怒し、激情に駆られそうになる。だが、理性を動員して必死に感情を抑える。

 今は大事な時期だと、今、感情に捕らわれて行動してはこの5年が無に帰すかもしれないと。

 今回だけロウリアが我慢すれば全て報われると。

 

「わ、わかった……。直ぐに金を用意する。待っていてくれ……。」

 

 シャークンの怒りに震えた声を、ニコルスは恐怖に震えた声と勘違いした。

 

「ふんっ! さっさとそうしていれば良いものを」

 

 

 

 シャークンは内政官に事情を説明し、特別予算の中から返済金と同等の金額を捻出して貰い港へと運ぶ。

 しかし――――

 

「足りない! 貴様の所為で撃ってしまった砲弾、弾薬の金が入ってはいないではないか!!

 貴様達蛮族は大砲を一発撃つのにどれだけ金がかかるか知らぬ様だな!!」

 

 そうして、ニコルスは合計で例年の5倍の金銭を要求してきた。

 

(そんなに砲弾が高いわけあるか!!)

 

 日本から消耗品を購入しているシャークンは、法外にも程がある金額に血管が切れそうになる。

 それを抑えつつ、そんな大金国庫にはないと告げると――――

 

 

 ニコルスは積荷を積載し、港に停泊しているロウリア王国のガレオン船に大砲を放つ。

 先ほどと同様に、ガレオン船は無残に砕けて海へ沈んでいく。

 

 

 

 あのガレオンには建材に向いていると日本が贈ってくれた、桧や欅、杉、桜など様々な樹木の苗が積まれていた。

 

 

 

 ここにて、ついにシャークンの堪忍袋の緒が切れた。

 

 「この愚か者を沈めろォ!!!」

 

 シャークンの怒号共に木箱や布で隠された大砲が姿を現し、並べられた大砲が火を放つ。

 ガレオン船と同様に……いや、それより脆いパーパルディア皇国のフィシャヌス級戦列艦は残骸へと変貌し瞬く間に海へと沈んだ。

 そして、ニコルス達水夫は捕虜としてロウリア王国に拿捕された。

 

 

 

 

「やってしまった……」

 

 念のため、写真の魔石で一部始終は撮影していたが、陛下たちの努力を無に帰してしまった……

 部下達は、あそこまで耐えたシャークンを励ましていたが……

 

(いや、落ち込んでいる暇はない。直ちに陛下に報告しなければ!)

 

 自身の裁量では如何にもならないことを理解しているシャークンは、ハーク・ロウリア34世に事の顛末を報告した。

 

 

 

 

 

「――――というのが事の顛末です。皆には申し訳ないことをした……。」

 

 テレビ電話会談で、ハーク・ロウリア34世は阿野首相、テンヘラ国王、カナタ国王に今回の事件の顛末を述べる。

 

「いや、仕方ねぇぞ!! そんなことをされれば、誰だって同じ対応をする。俺だってそうする! 寧ろ、1回目の暴挙で我慢したことを褒めるべきだ!!」

 

 テヘンラはシャークンを擁護する。

 実際テヘンラであれば、5分と持たなかったであろう。

 

「えぇ、彼に非はありません。それより、これから如何するかを話し合うべきかと。」

 

 カナタもテヘンラに賛同し、責任の追及など全くせずにこれからのことを話し合うべきだと主張する。

 

「互いに死者が出なかった事が幸いでした。ロウリア王国への補填は日本国が致しましょう。

 それに、証拠写真を収めてくださったことに感謝します。

 これならば、きっと上手く事を収められるでしょう。」

 

 阿野は今回の件を可能な限り公にせず治めようと結論付ける。

 日本の民意が安定しない今、余計な波風を立てるべきでないと。

 

「外交官をそちらに向かわせます。証拠写真を収めた魔石の保管を厳重にお願いします。ハーク・ロウリア陛下。」

 

 そうして、主機関を積んだ帆船である海王丸がロウリア王国へと向かった。

 ヴァルハルからは軍艦がいいと言われていたが、今回のような揉め事の解決に軍艦で向かうのは挑発しているようにしか見えないとの判断によるものだった。

 

 

 それが、良かったのか悪かったのかは、誰にもわからなかった。

 

 




 ロウリアの西側の港にはロデニウス級戦列艦などの軍船は停泊していません。
 他大陸の船が来ない南や東に隠してあります。
 クワ・トイネもクイラも同様です。

 前話の「日本は日本でパーパルディア皇国と問題を抱えている中」というのは本話のことになります。


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04. 武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり

●フェン王国
アイン :王宮武士団十士長
マグレブ:騎士長
クシラ :海軍武将

●パーパルディア皇国
ポクトアール:皇国監査軍東洋方面艦隊提督

フェン王国Sideに戻ります。


◆◆ フェン王国 ニシノミヤコの港 ◆◆

 

 フェン王国の西端にあるニシノミヤコの港には20隻の戦列艦、そして1隻の大盾を装備した鉄甲船のような船が停泊している。

 ただ、この鉄甲船には武装が一切無かった。他の船を護る為だけにガレオン船を独自に改造したものなのだ。

 

 何故このような船があるかというと、フェン王国の戦列艦は有効射程が1.5km。日本からの情報ではパーパルディア皇国の最新型戦列艦の有効射程は2.0kmある。

 

 最新型がここに来るとは思えないが、それでも自分達より射程があると考えるべきだ。

 だとすれば、こちらの有効射程に入るまでに戦列艦を護る船が必要となる。そのために生み出されたのが、防御のみに振り切ったこの護甲艦「大鎧」である。

 

 普通の国であれば、他の船を沈めた後にこの船を沈めるだろう。

 だが、自尊心の高いパーパルディア皇国であれば、わかりやすい挑発に必ず乗ってくる。格下相手の策略ごと粉砕する事に拘るはずだ。

 

 

 王宮武士団十士長のアインは「大鎧」の船長だ。

 勿論、志願してこの任についている。マクレブには最期まで心配されてしまったが……。

 

 最も敵の砲撃を受けるのだ、間違いなく死ぬだろうし、綺麗に死ぬことなど叶わない。

 だが、この「大鎧」こそフェン王国の守護神。祖国を護るために戦えるのだ。これ以上の誉れはない。アインはそう思っているし、同乗する船員達も同じ想いだ。

 

 

 

◆◆ フェン王国 ニシノミヤコ 西側近海 ◆◆

 

 それから数日後

 

 40隻の戦列艦、そして4隻の竜母を率いるパーパルディア皇国監察軍が堂々たる様相でやってきた。

 周囲を飛ぶワイバーンは少数で、今回の海戦に参戦する気配は無かったのが救いか。

 

「アイン。本当にいいのだな?」

 

「はい、ここを死地と決めたのです。クシラ殿、我らが血路を切り開きます。後の事は……よろしくお願い申し上げます。」

 

 アインの顔に悲壮感はまるで無く、歴戦の(つわもの)の面構えであった。

 クシラはアインを心配した事を恥だ。(おとこ)の出陣に無粋な言葉をかけてしまったと。

 

「あぁ、任せろ。必ずいい報告を聞かせてやる。」

 

 その言葉を聞き、アイン達は先頭に立ち敵艦隊に向かっていった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

「面白い船を持っているな。アレで大砲を防ぐつもりか? 

 子供騙しの作戦など、栄えある我が艦隊の大砲で打ち砕いてくれよう!」

 

 皇国監査軍の東方方面を任せられているポクトアールは髭を撫でつつ、まんまとフェン王国の思惑に嵌っていた。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 パーパルディア監査軍とフェン王国水軍の距離が2000mを割り……1900m……1800m……

 

「パーパルディア海軍、旋回を開始しました!」

 

 アインの耳に部下の声が届く。

 

「大盾を前方に構えろ!」

 

 部下達が大盾を構える。通常砲弾であれば意味はないが、ぶどう弾のような殺傷能力を重視した砲弾であれば防ぐ事ができる。

 自分達の使命は、1mでも相手との距離を詰めること。1秒でも敵の攻撃を引き付ける事だ。

 

 大盾の準備を終えると、パーパルディア海軍から大砲が火を噴くのが見えた。

 

「当たらないでくれよ……」

 

 自分達も砲撃戦の訓練をしているからわかる。波に揺られながら目標に当てることがどれ程難しいか。

 だからこそ大砲を大量に積み、数撃ちゃ当たる理論になるのだ。

 

 幸いにして第一撃は「大鎧」直撃しなかった。

 相手が装填を終える前に少しでも前に進む。一心不乱に前へ!

 

 

 50mほど進んだところで、第二撃が放たれる。

 

「ぐうぅ……!! 各員!損害状況を調べろ!」

 

 「大鎧」は衝撃に大きく揺れる。今度は数発の砲弾が着弾したのだ。

 だが、致命的なものはなく、今だ航行は可能。

 船員の何名かは衝撃によって吹き飛ばされ船外へと落ち、ある者は壁に激突して意識を失った。

 

 

 さらに50m進む、

 続く第三波には、ぶどう弾が織り交ぜられていた。

 

 散弾の多くは大盾によって防いだが、それでも何名かの船員は散弾に貫かれ絶命。

 「大鎧」も鉄板によって大きな被害は受けていないが、着弾する数が増えてきた。

 

 

 そしてまた50m

 仲間が一人、二人と倒れ「大鎧」の損傷も大きくなってきた。

 

 

 50m――――

 後100m、仲間の戦列艦は後150mもある。

 

「後、150……届いてくれ……!!」

 

 敵砲弾によって砕かれた「大鎧」の木片が右目を貫き、視界の半分を失ったアインは真っ直ぐと敵を見据え前進を続ける。

 

 

 50m進む――――

 フォアマストの帆がボロボロになり、船速が落ちる。

 大盾は半分が散弾により砕かれて、周りには仲間の血が広がっている。

 

 

 30m進めた。

 同胞たちの戦列艦の有効射程が100mを切った。

 「大鎧」の甲板は至る所が穴だらけだ。だが幸いな事に浸水はしていないようだ。

 

 

 30m。

 乗っていた仲間たちも3割ほどしか残っていない……。

 いや、ここまで3割も残ってくれた。

 

 

 後、20m。

 メインマストもついに折れる。

 「大鎧」の前面はひしゃげ、大盾はもう無い。俺の右手も、左足もだ……。

 だが、進まねば……。

 

 

 10m――――

 後、10m……。意識は殆どなく。甲板に立っているものは居ない……。

 遂に船底に穴が開いたようで「大鎧」が沈んでいくのを感じる。

 よく耐えてくれた……。

 

 

 空から、砲弾の落ちてくる音が聞こえる……。

 どのくらい前に進めただろう……。

 もはや視界は無く、音を頼りに進むしかない……。

 砲弾が隣に落ちた衝撃で俺は吹き飛ばされた。もう感覚はない……。多分、吹き飛ばされたのだろう。

 そして、散弾の雨が降り注ぐ……。

 

(俺は……。使命を果たせただろうか……?)

 

 

 

「…………てぇーーーーーー!!」

 

 薄れ行く意識の中、後方から聞きなれた声と音を聞いた……

 

 アインは穏やかな笑みを浮かべ意識を手放した。

 



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05. 花は桜木、人は武士

●フェン王国
クシラ :海軍武将
アイン :王宮武士団十士長
マクレブ:騎士長

●パーパルディア皇国
ポクトアール:皇国監査軍東洋方面艦隊提督
ドルボ   :皇国監査軍陸将



◆◆ フェン王国 ニシノミヤコ 西側近海 ◆◆

 

「総員! 撃てぇーーーーーー!!」

 

 クシラたちはアインの切り開いた文字通り血路を進み、パーパルディア海軍を有効射程距離に捕えた。

 放たれた砲弾の1割がパーパルディア海軍の戦列艦に直撃する。

 

 そして、沈み行く「大鎧」の横を通り過ぎ、更に距離を詰める。

 

「皆の者、振り返るな。俺達がやるべき事は只の一つ。英雄達の稼いだ時間を一時(いっとき)たりとも無駄にするな。

 振り向くことこそ彼らを貶める事と知れ。」

 

 アイン達が命を賭してここまで連れてきてくれた。

 ならば自分達のするべきことは死者を悼むことではない。彼らの遺志を継ぐことだ。

 

 皆の想いが一つになり、20隻の戦列艦が一つの生き物の様に敵方の戦列艦を屠っていく。

 

 

 だが、そこまでしても戦況は互角。

 

 数、錬度に勝るパーパルディア。

 戦列艦の質、大砲の質、士気の高さに勝るフェン。

 

 互いが大砲を放つたびに砲弾の直撃を受けた戦列艦が海へと沈んでいく。

 それでもクシラ達は止まらない。一人、また一人と散って逝こうとも命尽きるまで止まる事などありえない。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「戦列艦パオス! 轟沈! 戦列艦マミズ! 大破!」

 

「おのれぇぇ!!! 何故蛮族どもにここまで押されるのだ!!」

 

 観測兵の報告を聞き、ポクトアールは怒りでどうにかなりそうだった。

 既に10隻の戦列艦を失ってしまった。本来ならば無傷で葬り去るはずだったのだ。

 

(何を間違えた……!? これでは折角の録画も意味を成さないではないか!!)

 

 ポクトアールは傲慢さゆえの過ちである事に気づく事も無く……。

 

(いや、蛮族如きにこの武装。何処かの介入があるのかもしれん。分析せねばなるまいし、カイオスへの言い訳にもなる。)

 

 もし背後に列強が付いていたのであれば、調査を怠った第3外務局の責任を問える。

 そのためにもこの映像は証拠になる。

 だとしても、これ以上の損害は認められない。

 

「竜母から竜騎士隊を発進させろ!! 一隻残らず海の藻屑に変えてしまえ!!」

 

 本来、蛮族如きに竜騎士隊まで出す予定は無かった。

 

「くそぉ!! くそがァ!!!」

 

 ポクトアールは積荷の樽を蹴り飛ばし、怒りのままに当り散らした。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「クシラ殿! パーパルディアの竜騎士です!」

 

「構うな! どうせ大砲では当たらん! 一隻でも多く奴らを沈めるのだ!!」

 

 武士達はワイバーンを落とすのではなく、火球を放たせない様に立ち回る。

 少しでも長く船が持てば、一発でも多く大砲を放てる。

 

 それでも何十騎にもなる竜騎士隊の全てを止める事などできず、火球によって船が炎上していく。

 

 そこに何を思ったのか、とある武士が火球の射線上に飛び出す。

 火球の直撃を受けた武士は、身体を炎に焼かれながら自ら海へと飛び込んでいく。

 

 自殺とも取れる暴挙のお陰で戦列艦「マサムネ」は炎上を免れた。

 その散り様を見た者達は、後に続くように己が身を盾として船を護り散っていった。

 

 

 だが、そこまでしても劣勢となった状況を覆す事はできなかった。

 

 

「俺達が最期か……」

 

 最後に残った剣神が燃える。

 もうじき火薬に引火して爆散するだろう。

 だが、クシラに後悔はなかった。

 最善は尽くした。後の事は剣王とマクレブに任せよう。

 

「ふふ……。アイン、お前に面白い話を聞かせてやれそうだ……」

 

 剣神が爆発し、フェン王国の敗北を持って海戦を終えた。

 

 

 

・パーパルディア海軍

 戦列艦40隻、内15隻撃沈。5隻大破

 竜母4隻、全隻健在。

 

・フェン水軍

 戦列艦20隻、全隻撃沈

 護甲艦「大鎧」撃沈

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「これでは敗北も同然ではないか……」

 

 ポクトアールは戦績を確認し、気が遠くなりそうになるのを必死で抑える。

 

「いや、この事実を重く受け止めなければならない。

 揚陸部隊に伝えろ。敵は列強の援護を受けている恐れあり。気を引き締めて事に当たれと。」

 

 ポクトアールは映し出されたフェン王国の戦列艦を眺めつつ

 

(このような意匠の船は見たことが無い。我が国の技術ではない事は確かだ。ムーやミシリアルが敢えて戦列艦を作った場合このような形のなるのだろうか?)

 

 ポクトアールは知らない。

 その戦列艦は地球世界の設計図を基に作られていた事を。

 

 ポクトアールは知らない。

 ロデニウス大陸には、今回戦った戦列艦を遥かに凌駕する魔導戦列艦が600隻もあるという事実を。

 

 ポクトアールは知らない。

 東洋方面艦隊を一隻で葬り去る事ができる軍艦が東の果てにある事など……

 

 

 

◆◆ ニシノミヤコ 付近の平原 ◆◆

 

「総員配置に付け! 弓兵は櫓にて待機だ!」

 

 マクレブはニシノミヤコの防衛部隊を指揮する。

 武装は刀、足軽は槍、弓兵は和弓と、海戦に比べて余りに貧弱。

 戦列艦の配備に軍資金を使いきってしまったためだ。

 本来であれば20隻も揃える金など無かったが、援助してくれた日本には感謝しかない。

 

「アインとクシラは逝った……。我等も後に続くぞ。」

 

 

 西に見えるはパーパルディア陸軍。

 細身の軍服に身を包み、不思議な鉄の棒を持っている。それに――――

 

「アレが地竜か……」

 

 民家のように大きい地竜。堅そうな鱗は刃を通しそうに無い。

 

(あれをどうやって倒せばいい? 狙うなら頭か?)

 

 それにパーパルディア陸軍の人数は3000を超えている。

 対してこちらは3000人。アマノキの防衛にも兵を裂く必要があるためこれが限界だった。

 

(だが、引くわけには行かぬ。)

 

 マクレブは決死の覚悟を持って、パーパルディア軍と相対した。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 パーパルディア皇国監査軍陸将ドルボはフェン王国の兵たちを眺める。

 

「竜騎士隊もおらず、武装は一見貧弱に見えるが……

 こちらの竜騎士隊で制空権を取れ。気を抜くなよ!!」

 

 ドルボは戦列艦の無残な姿を見ているため、一切気を抜かない。

 定石どおり制空権を確保。

 竜騎士隊の支援を受けつつ、地竜とマスケット部隊で制圧、戦線を押し上げる。

 

 ドルボは様々な事態を想定して、万が一に備えるが――――

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「余りに呆気なさ過ぎる……」

 

 まるで通常の蛮族を相手にしている……いや、竜騎士隊すら居ないため、通常よりも簡単に敵兵を殲滅できた。

 ドルボは陸軍と海軍の強さがかみ合ってない事を不思議に思うが……

 

(もしかしたら、戦力を海軍に集中していたのかも知れんな。

 こんな人口も少ない貧乏国家にアレだけの軍船が異常だったのだ。)

 

 地竜のブレスで炭化した敵将――――マクレブを見下ろして、ドルボはニシノミヤコへと進軍した。

 

 

 

 大した防衛部隊も残っていないニシノミヤコは、一日で陥落した。

 捕えた者達のほぼ全てはフェン王国民だったが、一人だけ日本人という見知らぬ国の人物が居た。

 



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06. 皇女レミール

●日本国
朝田:外務省外交官
篠原:外務省外交官

●パーパルディア皇国
カイオス:第3外務局局長
レミール:皇族、外務局監査室所属。アッシュブロンドで長い縦ロールの美人。尚、巨乳。
ポクトアール:皇国監査軍東洋方面艦隊提督



◆◆ パーパルディア皇国 皇都エストシラント 港 ◆◆

 

「ここがパーパルディア皇国か……。軍船は――――皇国のもの以外は見当たらないな。」

 

 日本国外務省外交官の朝田と篠原は中世風の帆船を見ながら、やはり日本国の判断したとおり海王丸で向かって正しかったのだと思う。

 パーパルディア皇国のヴァルハルという人物は軍艦の方が良いといっていたが、はやり少し盛っていたのだろうと思う。

 

 そもそも朝田、篠原はヴァルハルを好ましく思っていなかった。

 ロデニウス三カ国に対して勝手に火器の技術を教えた挙句、日本主導で火薬を管理するまでに暴発や爆発、火災で100名以上の人命が失われているからだ。

 あの後、アルタラス王国の件があったものだから、結果的に間違っていなかったのだが……。

 

 

 ヴァルハル自身も祖国のためが行動の基本なので、他国の人命が失われる事を然程気にしてはいない。

 日本に対して実力に見合った地位を持ってもらえれば、パーパルディア皇国が正しく日本国を見ることが出来る。

 そのために流れた血は必要のものだと割り切っている。皇国民の血ではないのだから。

 

 

 その意識の違いで日本国とヴァルハルとは分かり合えていないのだ。

 地球だった場合、軍関連の事故があっったとしよう。その状況の説明をしにいくのに軍艦で相手国に向かったとき、結果として両国間で戦争になってしまったら、世界は日本が非常識だと非難するだろう。

 ヴァルハルの言い分と、今までの日本にとっての常識を鑑みた結果。軍艦ではなく海王丸で向かう事を良しとしたのだ。

 

 

 

◆◆ パーパルディア皇国 第3外務局 ◆◆

 

「むむむ……。この戦績は事実なのか?」

 

 カイオスはフェン王国に前線基地を築く為、ニシノミヤコを攻め落とした。

 これ自体は成功したのだが、海軍が受けた甚大な被害を今だに信じられない。

 

「それに日本人という聞いたことの無い人種……」

 

 何か関係あるのだろうか……?

 カイオスがそう思っていると――――

 

「局長。日本という国が面会を求めています。それと……」

 

 部下が、日本国が乗ってきたという帆船の魔写を併せて提出する。

 

「ぬっ……!? なんと巨大な……」

 

 戦列艦の2倍以上の船体の大きさと真っ白な船体の色、非常に高いマストと目を見張るものばかりだが……

 

(フェン王国海軍に所属していた戦列艦に意匠が似ていないか……?なるほど、だから元・第1外務局の俺まで報告を上げてきたのか。)

 

 列強に関わりがありそうであるならば、俺が対応したほうが良いだろう。部下はそう思ったのだろうな。優秀な部下を持ったものだ。

 実際にその通りで、明らかに異質な船、装い、装飾品であったため、部下は列強が騙っているのでは?と判断したのだ。

 第1外務局経験者のカイオスであれば正しい判断をしてくれるだろうと。

 

「日本国のものを、文明国用の部屋に案内して置け。直ぐに行く。」

 

 

 

◆◆ 第3外務局 上級文明国用 貴賓室 ◆◆

 

 この部屋は列強の保護国など、文明国の中でも地位の高い国だけが案内される部屋だ。

 これはカイオスの先制の一手だ。お前の背後には列強が付いていることは分かっているぞと。

 

 だが、朝田達は全く気が付かない。

 パーパルディア皇国に他にも蛮族用、通常文明国用、列強用なんで区別があるとは思ってなかったからだ。

 

「初めまして。私は日本国外務省に所属する外交官、朝田と申します。この度は突然の訪問に対応して頂きありがとうございます。こちらは部下の篠原です。」

 

「初めまして、私は篠原と申します。」

 

 朝田、篠原は世界共通語で書かれた名刺をカイオスに渡す。

 

「うむ。私はパーパルディア皇国第3外務局局長、カイオスだ。」

 

 カイオスは名刺を受け取ると――――

 

(なんと上質な紙か――――!? これ程の質と我が国に一切動じぬ受け答え。背後はムーかミシリアル……。魔力を感じぬからムー関連だと判断すべきかな?)

 

「今回、私たちがパーパルディア皇国へ伺った理由ですが――――」

 

「ちょっとまて、それより先に確認したい事がある。貴公はムーだな?」

 

 カイオスは探りをいれる。しらを切るだろうが、そのときの表情をこの俺が見逃すとでも?

 

「え? む~? で、でしょうか? 申し訳ありませんが、存じ上げません。」

 

 朝田はいきなり壮年の男に「む~」とか言われて動揺してしまう。

 取り繕うように言葉を続けるが、動揺を隠せては居ないだろうと朝田は思う。

 

「ふむ、では言葉を変えよう。フェン王国は貴公らの保護国かな?」

 

「フェン王国とは国交を結んでおりますが、保護国ではありません。」

 

 カイオスは「よし!」と心の中で思う。

 

「では、現在我が国とフェンとの間に諍いがあるのだが、保護国ではないというならば手出しは無用という事でいいかな?」

 

 カイオスは先の海戦でフェン王国の戦列艦が沈むところを見せる。

 それを見た朝田は困惑する。ロウリアで起こったことの説明に来ただけなのに、とんでもない事に巻き込まれたからだ。

 

「申し訳ありませんが、私の権限ではお答えできかねます……」

 

「では、貴公等、日本国と言ったかな? 正式な回答があるまでは手出し無用だ。我々とフェンとの問題であるからな。」

 

 カイオスは朝田の表情から例の戦列艦を見知っているという事が判断できた。

 それに、保護国ではないという言質も取った。

 

 パーパルディア皇国が風竜を従えるのを懸念してフェンに過剰な戦力を渡しているのだろう。

 列強同士が争うわけではないし、フェンは属国ではないといえば、いくら援助していても証拠を突きつけることも出来ない。

 ただし、今回の様にこちらが打ち破っても何も言うことはできない。

 

(やはり、ムー、またはミシリアルは我が国が風竜を手に入れることを恐れている……!)

 

 

 

「私の話は終わった。貴公等は何の用件で来たのだったかな?」

 

 カイオスはある程度の背景が見えて、十分な成果が得られたと安心する

 それに対して朝田は――――

 

(何てことだ……。正式な回答が無いことを逆手に取られてしまうとは……!

 決して日本国、ロウリア王国の不利な条件を飲まされない様にしなくては……!!)

 

 朝田は手強いと感じたカイオスに元々の用件を伝えた。

 

 

 

「なるほど。それは残念な事故だったな。死人が出ていないようで何よりだ。

 当国の者は、追々返還してくれればいい。」

 

 カイオスのあっさりとした返答に、朝田は狼狽する。

 

(それほど些細な事なのか……!?)

 

 カイオスからすれば、おそらく列強が背後に付いているならば戦列艦1隻など鎧袖一触で蹴散らされてしまうだろうと。

 ニコラスは貴重な経験をしただろう。生きているなら大事にする必要性は皆無とカイオスは判断した。

 

「そ、そうですか。では貴国の方々は出来るだけ早く返還させていただきます。」

 

「うむ。よろしく頼む。」

 

 朝田は自分の仕事「は」無事終えることが出来たが……

 

(カイオス殿は油断なら無い相手だ……。戦争外交するような国だから、外交らしき外交はしないと見誤ってしまった……。

 だが、これほど理性的であるのならヴァルハルの言葉の真偽を確かめられるだろうか。

 彼が軍艦であるべきだというのなら、信じられる予感がする。)

 

「カイオス殿。不躾かもしれませんが、一つ伺いたい事があるのですが……?」

 

「ん? 構わんが。答える保障はないぞ?」

 

「ええ……。それで構いません。では――――」

 

 

 そのとき、この部屋に美しい女性と筆頭に何名か押し入るかのように入ってきた。

 ノックもせず、失礼な女性だと朝田は思う。

 その無作法な女性にカイオスは差も当然かのように対応した。

 

「レミール皇女殿下? いかがなさいましたか?」

 

「如何なさいましたかだとぉ……? カイオス、何故私がここに来たのか分からないのか?」

 

 

 突然現れたレミールに、事態はあらぬ方向へと転がっていく。

 



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07. 虐殺皇女

●日本国
朝田:外務省外交官
篠原:外務省外交官

●パーパルディア皇国
カイオス:第3外務局局長
レミール:皇族、外務局監査室所属。アッシュブロンドで長い縦ロールの美人。尚、巨乳。

※最後の部分は直接的な表現ではありませんが死者が出ます。


◆◆ 第3外務局 上級文明国用 貴賓室 ◆◆

 

(皇女? 王女? ここは皇国だから、皇女だろう。 どちらにしても殿下と呼ばれているのだから、この国を支配する者の一族なのだろう。)

 

「レミール皇女殿下。はじめまし――――」

 

 朝田が無礼な態度を取るレミールに嫌な顔もせず、自己紹介をしようとしたところ

 

「黙れ。貴様達に口を開く事は許可していない。」

 

 ピシャリと先ほどとは比べ物にならないほどの物言いだ。

 朝田は絶句してしまい、時が止まったように固まってしまう。

 それを見たレミールは気分を良くし、カイオスへと向き直る。

 

 

「カイオス。何故、私がここに来たのか本当にわからないのか?」

 

「申し訳ございません。私には見当も付きません。」

 

(この(アマ)……!俺の努力を水泡に帰すつもりか!!)

 

 カイオスは怒りを心の内に留め、皇族であるレミールに華を持たせる。

 レミールは朝田達を無視して話を進める。

 

「先ほどから見ておったが、日本という名も知らぬ蛮族にこのような対応をしている事に私は怒りを感じている。」

 

(他国の人間を前になんてことをいうんだ。この女は……!?)

 

 朝田は余りの異常な出来事に閉口してしまう。

 間違いなく彼女は外交官などではない。邪魔者は早々にお引取り願うよう黙っているべきかと朝田は思う。

 

 

「我がパーパルディアの船が沈められたのだぞ? それがどういうことか蛮族には身を持って思い知らせる必要がある。

 私が手本を見せてやる。どけ!」

 

 レミールはカイオス立たせて朝田の対面に座った。

 目の前で直視すると、レミールが非常に美人である事が良くわかる。

 アッシュブロンドの縦ロールに整った顔立ち、切れ長の目。豪華なアクセサリーで身を飾り、それが派手ではなくよく似合っている。

 だが、それ以上に――――

 

(性格は底辺を突っ切るな。)

 

 余りにあんまりな性格に朝田は心が冷えていくのが分かる。

 レミールはそんな心境など露知らず。

 

「日本といったな? 少しいい船に乗ってきたからといっていい気になっているようだが、私はカイオスのように甘くはない。覚悟しておくのだな。」

 

「ええと――――」

 

「黙れといったはずだ。お前は少し前のことも覚えてられんのか?」

 

 朝田は困惑しつつも上手くこの場を収めようと言葉を発しようとするが、先ほどと同じ様にレミールが朝田の言葉を断ち切った。

 

 

「はぁ……どうしても喋りたいようだな。私は寛大だ、話すことを許す。私の質問に答えよ。

 お前達は何処から来た? 国家の規模は? それに乗ってきた軍船と姉妹艦は何隻ある?」

 

 先ほどの傲慢な態度は変わらないが、会話をする気になったようだと朝田は思う。

 まずは互いを知るのが外交の第一歩。

 

 朝田は日本がここから3000kmほど東にある島国。日本国の国土の大きさ、人口1億6000万人だということ。

 姉妹艦は日本丸、海王丸の2隻。

 6年前に地球という世界から、この世界に転移してきたという事。

 

 

「ふふっ……。虚言癖もそこまで行くと面白いな。ピエロになったら如何だ?私を笑わせられるのだ。中々の才能だと思うぞ。

 大体、そんな狭い土地にそんなに人が住める訳ないだろう。それに東の果ては海流が荒れていて普通の船では渡れぬ。」

 

 レミールはひとしきり笑った後に――――

 

「貴様らに贖罪の機会をやろう。我が国の軍船を沈めた賠償は貴様らが乗ってきた軍船の開発資料、操船の術、関連技術すべてで許してやる。さぁ、今すぐよこせ。」

 

 まるでチンピラではないかと朝田は辟易とする。

 

「我が国の機密なのでお渡しする事はで来ません。」

 

 朝田は毅然とした態度で言い放つ。

 別に最新技術の塊というわけではないが、力を正しく使えるとは思えない彼らに渡すわけには行かない。

 

 

「ほう……? 自分の立場をわきまえていないようだな? カイオス。お前が甘い対応をするからこいつらが付け上がるのだ。

 そういえば……フェンの占領地の捕虜に日本人がいるんだったな?」

 

「はい。捕えております」

 

 レミールの質問にカイオスは答える。

 だが、その話、朝田には聞き捨てならなかった。

 

(な……!? フェン王国は渡航制限が布告されて、日本人は入国できないはず……何故……?

 いや、電話も魔信も繋がらない国だ、可能な限り日本に戻ってくる用に通達したはずだが、全ての人に伝わらなかったのかもしれない……)

 

「映像魔写をここに置け。」

 

 朝田が、捕虜になっている日本人に考えを巡らせている内に、レミールの部下が魔写投影装置を机に置く。

 するとホログラム投影された映像にニシノミヤコが映し出される。そこには一人の日本人と、その隣に赤子を抱いた妊婦がいた。

 

「な――――!? 今すぐ彼らを解放しなさい!!」

 

 朝田はロデニウス連合や友好関係にある国からパーパルディア皇国の捕虜に対する扱いを聞いていた。

 正直、眉唾物だと思っていたが、この物々しさから……

 

「言葉の聞き方がなっていないな。我がパーパルディア皇国に慈悲を望むのであれば、額を床に擦り付ける土下座が最低条件だ。」

 

「な……!?」

 

 朝田は再度、絶句させられる。

 ここで朝田が土下座すれば、日本国が侮辱されたも同じ……

 だが、プライドで日本国民を見捨てる事の方が日本国としてあるまじき行為。

 決心の付いた朝田は――――

 

 レミールの言うがままに土下座した。

 

「彼らを解放してください。お願いします!! 篠原、お前もだ。」

 

 朝田と篠原の土下座にレミールは気を良くする。

 それに対してカイオスは絶句する。一人の自国民のために国の代表者が頭を下げるなど気が狂っていると……。

 

 パーパルディアにとって――――いや、この世界の人々にとって、一人の一般市民の命は日本が考えるよりも遥かに安い。

 黒死病やペストの様な死にいたる病や、飢饉などで簡単に命を落としてしまう。

 クワ・トイネやクイラ、ロウリアはこの世界でも人口の多い地域なのだ。

 それでも日本に比べれば、人口密度は圧倒的に低いのだが。

 

 その意識の乖離がこのような状況を生み出した。

 

「ふふふ……。ハハハッ!!! 愚かさもここまで行けば呆れもしないな!

 ――――――――殺せ。」

 

 

 ホログラフィの先では、鉄の槍を持った複数の兵士がニヤニヤと下卑た笑みを浮かべて、子供を抱えた妊婦に槍を突きつける

 

『やめてくれっ!! 妻はフェン王国人だ。日本人じゃない!!』

 

 組み伏せられた日本人の悲痛な叫び声が響く。

 

『その赤子には日本人の血が流れているのだろう? ならば同罪だ。』

 

 兵士の無慈悲な勧告に、日本人男性は俺だけにしてくれと懇願する。

 

「そういえば、これは全世界に放映されているのは知っているか?」

 

 レミールの言葉に朝田は真っ青になる。

 日本の人口密集地、例えば渋谷スクランブル交差点などには物珍しさをウリに映像魔写のホログラフィが使用されている。

 つまり……日本人の殆どが、このことを知ることになると……

 

「やめてくれ!! 何でこんな事が平然と出来るんだ!!?」

 

 レミールは朝田の言葉を全く意に介さず、ホログラフィを楽しそうに見つめる。

 部屋にもパーパルディア兵がいるため、暴力に訴える事もできない……。

 

 

 その間にも、皇国兵は妊婦の大きくなったお腹と赤子に槍を突きつけて――――

 

 

「ヤメロォーーーーーーーーー!!!!!」

 

 

 朝田の悲痛な叫びはレミールを楽しませるだけであった……。

 

 この日、4人の命が無慈悲にも奪われる事となった。

 

 

 

「面白い催し物だったな。これがお前達が支払う賠償だ。紙は高価なものなのだ、家宝にしていいぞ」

 

 レミールは何事も無かったかのように紙を朝田に突きつける。

 朝田は用紙を受け取り、目を滑らせる。

 

「これは、お前達の宣戦布告と受け取っていいですね?」

 

 全てに目を通さずとも挑発的なこと無礼な事しか書いてなかった。

 これだけでも戦争の大義名分となってしまうほどに……。

 

「宣戦布告? そいういうのはな、対等な力量を持つもの同士で行われることだ。

 これは――――そう。教育……懲罰だ。」

 

「そうですか――――あなた方とは会話をすることが出来ないようだ。」

 

 

 朝田と篠原は怒りに心を燃やし、立ち去るのだった――――。

 

 

 




殺された日本人とフェン人の家族

彼らはフェン王国に渡航制限がかかった後、ガハラ神国を経由してフェン王国へやってきた。
その理由は、妻の両親に一才になった孫の顔を見せるためだった。
日本人男性が転勤となり、ロデニウス大陸の内陸部で仕事する事になった。

仕事の関係上、恐らく1年ほどフェンにはこれない
子供の1年は早い。だから無理をしてでも妻の両親に孫の顔を見せておきたいと――――

それがこんな事になろうとは……


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08. レミールの思惑

●パーパルディア皇国
カイオス:第3外務局局長
レミール:皇族、外務局監査室所属。アッシュブロンドで長い縦ロールの美人。尚、巨乳。



◆◆ 第3外務局 上級文明国用 貴賓室 ◆◆

 

「皇女殿下。よろしかったのですかな?」

 

 カイオスは日本国がムー関連国家である事を否定できないでいた。

 そうであった場合は第2外務局の案件となり、カイオスが対応すると越権行為となってしまう。

 それ故に、この部屋を用意して軍船1隻くらいと心の内に飲み込んだのである。

 

「あぁ。カイオスはムーとの繋がりを危惧したのだろう? 問題ない、既に確認を取ってからここに来たのだ。」

 

 レミールは部下から書類を受け取りカイオスに見せる。

 

「これは……!」

 

「そうだ。ムーは正式に日本国という国とは面識が無いという書面だ。我が皇国とムーの保障する捺印も押してある。」

 

 そう、レミールは海王丸を見て真っ先にムーの大使館に行き、ムー国大使のムーゲに面会してきた。

 

 

 

◆◆ パーパルディア皇国 皇都エストシラント ムー大使館 ◆◆

 

「これはこれは、レミール皇女殿下。ようこそいらっしゃいました。

 殿下はいつもお美し――――」

 

「今日は確認したい事があって来た。時間は取らせない。」

 

 出迎えたムーゲをレミールは手で制止、すぐさま本題に入ろうとする。

 いつもなら褒め称えないと機嫌を悪くするレミールが、自身でそれを止めた事にムーゲはすぐさま外交官の顔に切り替える

 

「畏まりました。本日は如何なさいましたか?」

 

「単刀直入に聞こう、ニホンという国を知っているか? いや、ニホンは貴公の保護国か?」

 

 ムーゲは『ニホン』という言葉に聞き覚えが無く考えこむ。

 自分が知っている限りの機密を記憶の引き出しから出しては確認し、閉めていく。

 しばし時間が経過しただろうか――――

 

「いえ、存じ上げません。少なくとも我々ムー国に関係がある国家ではありません。」

 

 仮に自分にさえ伝えられていない機密であるのならば、そう答えるべきであるとムーゲは判断する。

 それにレミールが重要な話の振りをして単なるブラフを仕掛けている可能性も考慮すべきだと。

 

(いや、それはないか。そこまで演技が出来るタイプではないな。)

 

「そうか。それを書面に起こしたいが、いいな?」

 

「えぇ。畏まりました。」

 

 

 

◆◆ 第3外務局 上級文明国用 貴賓室 ◆◆

 

「というわけだ。つまり、表向きはムーと日本は無関係だ。仮に戦争が始まった後に文句を言ってきても書面があるからな。何も問題はない」

 

 そう、ワザと戦争になるようにレミールは日本に仕掛けたのだ。

 まぁ、あのようなパフォーマンスは蛮族には何時もやっていることなので手馴れたものではあったが。

 

「なるほど、そこまで読んで居られたのですね?」

 

(レミールの考えではないな。港に居た外1か外2の職員から上に上申があってのことだろう。)

 

 カイオスはレミールの事をそこまで買ってはいない。

 だが、狂犬の様な苛烈さと美貌に心酔する奴もいるのも、また事実だ。

 そのあたりからのフォローによって今回の事態となったのだろう。

 

「カイオスは日本の戦力に危機感を持っているのだろう? 確かにムーの技術が使われているのならば、今までのような蛮族への躾とは趣が異なるだろう。

 そう、vs列強と同じくらいにはな。」

 

 そこでレミールは朝田達の言っていた日本の情報を記した紙を取り出す。

 

「まず、確かに船は大きい。超フィシャヌス級戦列艦の2倍近く船体が大きいくらいだ。

 だがな、日本の名を冠しているという事は最新鋭艦だろう。数も2隻と少ない。

 それに大砲が無いだろう? いかに巨大でも、帆船は大砲が無ければ櫂船にも劣る。」

 

「さらに、日本人の人口――――1億6000万人だったか?カイオス、お前は信じるか?」

 

「いえ、盛り過ぎもいい所でしょう。」

 

「そうだな、私もそう思う。国土の小ささは事実だろう。敢えて過小評価する意味はないからな。

 そすると、人口は――――多く見ても1600万人。それでも多いくらいか。」

 

 カイオスはもう少し少なく、1000万は切るだろうと思うが言う意味も無いので頷いておく。

 

「とすると、アレだけ大きな船を操るのに必要な人間を考えると、最大でも古い軍船を含めて100隻が関の山だ。」

 

 カイオスは思う。アレだけ大きな船が大砲を積んだらと思うと100隻は相手にするには危険すぎると――――

 そして気が付く。

 

「まさか、全戦力を持って相手にするおつもりですか?」

 

「その通りだ。」

 

 レミールはニヤリと笑う。

 

「日本は確かに生半可な相手ではないだろう。だがな、あの造船技術を手に入れられれば我がパーパルディア皇国は、更に強くなる。

 戦争は決定的な戦力差でもない限り、数は非常に大きなファクターだ。

 我々パーパルディア海軍2000隻を持って日本を徹底的に叩く。性能が多少向こうが上でも人が動かしている限り隙はある。

 

 カイオスよ。リンドブルムを擁する陸軍、巨大戦艦を擁する海軍、そして、風竜を擁する空軍……素晴らしいとは思わんか?」

 

 レミールは例え海軍の半数を失ってでも構わないとさえ思っている。それだけの価値はあると。

 カイオスも数の重要性は重々承知している。だからこそ軍船は2000隻も存在するのだ。幾ら櫂船相手でも1:100では分が悪い。それに属国が一斉に蜂起することも想定して、全て鎮圧できるだけの武力を揃えている事も。

 

「なるほど、今回の功績を機に陛下との婚約を発表されるのですな。」

 

「ふふっ、私もいい年頃だからな。だが、陛下のお飾りではない事を国民にアピールする必要がある。

 陛下は聡明でいらっしゃるからな。生半可な功績では足りぬのだよ。」

 

(ふむ、各所からの力添えがあってのことか。確かにアレだけの船を作れるにもかかわらず列強を名乗り出ないのだから、パーパルディア皇国の総力を持ってすれば心配も杞憂という事か。)

 

 カイオスは国家を挙げての事態ということであれば口を挟む理由はないと判断する。

 自分は政治屋であり、戦争屋ではないのだからと――――

 

 

 

 

◆◆ 第3外務局 上級文明国用 貴賓室 ◆◆

 

 レミールは本当に直ぐに引き上げて言った。

 ムーゲは神聖ミリシアル帝国大使館にレミールが来ていないか確認した所、こちらには来ていないとの返答があった。

 

(一番最初にこちらに来た? ニホンとは何だ? こんな文書まで書かせて……?

 まさか、ムーの機械技術がニホンとやらに漏洩して確認を取りに来たのか?)

 

 そうであれば、アレだけ忙しないレミールにも納得がいく。

 だが、そんな名も知らぬ国家にムーの技術が流出するとも思えない。

 

(不安だな。街の様子に違和感が無いか調べたほうが良さそうだ。)

 

 ムー大使館の職員達は、最低限の人員を残して街へと散っていった。

 




何時も誤字報告ありがとうございます。
ちょくちょく間違えてるので助かってます。


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09. 虐殺後の日本

登場人物
●日本国
阿野:日本国首相。妻が地球世界に取り残されている

●ロウリア王国
ハーク・ロウリア34世:国主

●クワ・トイネ王国
カナタ:クワ・トイネ国主(エルフ)

●クイラ王国
テヘンラ:クイラ国王(狼系獣人)



◆◆ 日本国 首相官邸 ◆◆

 

 西暦2025年3月(中央暦1645年)

 

「なんてことだ……」

 

 阿野は映画の中ですらありえないような惨劇に頭を抱える。

 あのような前時代的――――いや、生贄などが定常的に行われていた古代を髣髴させるような虐殺。

 何より、それを不特定多数の日本国民の目に入ってしまった事が何より問題だ。

 

 

 数年前、クワ・トイネ―ロウリア戦争であった獣人の惨劇は、今後の国交の事を考えて日本国民には開示しなかった。

 それは幸いし、日本人のロウリア国民への感情はクワ・トイネ王国やクイラ王国の国民と同等にまで引き上げる事に成功した。

 

 だが今回の尊厳すら奪う様な行為に、日本国民はパーパルディア皇国への怒りに満ちている。

 あの惨劇は日本人だけに留まらず、ニシノミヤコに住んでいたフェン王国民の数百名も同じ様に放映されながら虐殺されていた。

 

 そのため、日本国民の開戦ムードは最高潮に達し、ネット上の書き込みは炎上、開戦デモが至る所で発生している。

 直前まで地球帰還派と異世界残留派で民意が真っ二つに割れていたのがウソで在るかのような。

 

 

(まさか、列強と呼ばれる世界を代表する国が、こんな野蛮人の集団だったとは……。)

 

 幸いしているのが、政府に対して諜報活動を何故行わなかったのかという非難が無い事である。

 やっていたらいたで、何故危険かもわからぬ未開の地に日本人を送るのだと批判があったのだが……。

 

 だが、このロデニウス連合を率いると決めたとき、世界と関わりを持つことを決めたときに諜報員を送ることは決定していた。

 服装に疑いを持たれぬ様にロデニウス3カ国から、商人や旅人吟遊詩人のような世界を渡り歩く人間が着る衣服の情報を得て、現代技術を用いて着心地が悪くならない様に改良した物が先月出来上がった。

 派手さはないが上質というのは良い意味で人目を引く。商人であれば位の高い人物とコネを持ちやすく、旅人然としていれば、高貴なもののお忍びじゃないかという印象を与えられるからだ。

 それを着た諜報員達が、ロデニウス3カ国の商船に乗って各国へ移動している最中だったのだ。

 

 

 後、一ヶ月。パーパルディア皇国と出会うのが遅ければ、諜報活動により情報を得た日本は惨劇を回避できただろう。

 後、半年時間があればヴァルハルが思い描いたシナリオより、さらに良い結果が得られただろう。

 だが、パーパルディア皇国第3外務局のロウリア皇国襲撃という暴挙により、全てがご破産になった。

 そう、余りにタイミングが悪かった。

 

 

 日本がこの世界の常識を知るには、ほんの少しだけ時間が足りなかった。

 

 

 数日後、パーパルディア皇国に行った外交官から、皇国の通達文が届けられた。

 それは更に悪い知らせだった。まるで人の尊厳を踏みにじる、家畜のような扱いを日本人に強いるものであったからだ。

 これは宣戦布告に等しいものであると。

 

 その外交官は謝罪していた。

 

「戦争を回避し、国交を正常化するために存在するにも関わらず、火に油を注ぐ自体を招いてしまい申し訳ございませんでした」と。

 

 彼から受け取った会談の録音データを聞く限り、レミールという人物が出てくる前までは至って正常であった。

 だが、それ以降は聞くに堪えなかった。

 まるで戦争を誘発しているかのような物言い、そして通達文。

 彼に非はないだろう。どんな日本人であれ、アレを想定する事は全てを知る神でもない限り不可能だ。

 

 結局、内閣はパーパルディア皇国はフェン王国のときと同じ様に、いちゃもんをつけて戦争したかったのだという結論に落ち着いた。

 

 また、外交官が海王丸から撮影した風景、X線を使用して記録した敵国の船体情報を取得してくれたのは大きな成果だった。

 戦列艦は洗練されておらず、地球換算だと初期の戦列艦を魔法の力で無理やり100門級の軍船として成り立たせているというお粗末なものであった。

 それは物理学が洗練されていない証左でもあり、日本が万が一にも負けることが無い証明でもあった。

 

 

(ただ……何故、クワ・トイネ王国やクイラ王国、ガハラ神国やフェン王国は何事も無く国交を結べたのだろうか?

 彼らが特別なのか、パーパルディア皇国が特別なのか?)

 

 阿野は答えの見えない問いに考えを巡らすのだった。

 

 

 

◆◆ 日本、クワ・トイネ、クイラ、ロウリア首脳会談 ◆◆

 

「――――という事態があり、真に遺憾ですが、我が日本国とパーパルディア皇国は戦争に突入することに決まりました。」

 

「日本国には真に申し訳ない事をしました。」

 

 阿野の言葉にハーク・ロウリア34世は深々と頭を下げる。

 事の発端となったロウリア王国は、未だ魔帝と信じている日本に切り捨てられるかもしれないと戦々恐々としていた。

 

「我がロウリア王国が責任を持ちまして、パーパルディア皇国との事に当たらせて頂く所存に御座います。」

 

 ならばこそ自身の力のみで切り抜けなければならないと。

 

「いえ、それには及びません。例え事の発端が何であれ、パーパルディア皇国は相応の報いを受ける必要があります。」

 

「しかし……」

 

 阿野の言葉にハーク・ロウリア34世は食い下がろうとするが――――

 

「陛下のお気持ちは嬉しく思います。ですが、陛下の御力を借りずともパーパルディア皇国程度、安易に蹴散らす事が可能です。」

 

 阿野の言葉にハーク・ロウリア34世、クワ・トイネ国王カナタ、クイラ国王テンヘラは絶句する。

 日本の技術を下賜されたロデニウス大陸の全力をもってすら、勝つことが出来ないだろう列強パーパルディア皇国を「程度」呼ばわりすることに……。

 

「阿野首相、日本国はどのくらい勝算がおありでしょうか?」

 

 現実に戻ってきたカナタは、好奇心と聞いてはいけないと予感する恐怖の両方を内に秘めて阿野へと質問する。

 阿野はさも当然というばかりに。

 

「パーパルディア皇国を同時に10国相手にしても、日本国の完勝に終わります。」

 

 カナタ達はもう一度絶句してしまう。理解のレベルを遥かに超えていて、脳が理解を拒絶してしまうのだ。

 それでも必死で頭を回転させる。

 パーパルディア皇国の海軍は軍船2000隻に達しているはず。自国の軍を隠す事はしないはずだから、日本は2万の軍船を蹴散らす事が可能だといっているのだと。

 それだけの戦力差なら、陸軍、空軍も同等なのだろうと……

 

 

 対して阿野は、彼らから得ていた2000隻という数を全力だとは見ていなかった。

 戦力を全て明かすという事は、その対策を取ってくださいと言っているものだ。

 現代戦では、どうしても数は特定されてしまうが、装備などの内部情報は機密を徹底してきた。

 ただ木造船の様な軍艦毎に大きな装備の変更が出来ないものは、正確な数を知られるのは敗北を意味する。

 故に、最大4000隻を想定しての発言だ。

 

 本来であれば、パーパルディア皇国を20国相手にしても完勝するのだ。

 

「ただ、ご迷惑をお掛けしますが、各国には警戒レベルを引き上げて頂くようお願い申し上げます。費用に関しては全て日本が持ちます。」

 

 阿野は各国王に頭を下げる。

 ロデニウス大陸に駐屯している日本軍で防備は問題ないと判断しているが、各国に万が一があってはいけないと。

 

「……あぁ。わかったぞ。だが、費用に関しては自国で持つ。そこまで面倒を見てもらっては国として立つ瀬が無い。」

 

 衝撃の連続で覇気を失ってしまったクイラ国王のテンヘラは日本国の戦費負担を断る。

 カナタもハーク・ロウリア34世もそれに頷く。

 

「元々、多大な援助を受けている身です。日本国が取りこぼしたくらいの数であれば自国で何とかして見せます。」

 

「ロウリア王国が発端で起こった事態だ。これ以上、日本国を頼るわけには行かぬ。」

 

 こうしてロデニウス連合の第一歩は望まぬスタートを切ることとなった。

 

 

 

「一つ、カナタ陛下とテンヘラ陛下にお聞きしたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」

 

 会談終了後、阿野は答えの見つからなかった問題を投げかける。

 二人は頷き阿野は言葉を続ける。

 

「ハーク・ロウリア陛下には嫌な事を思い出させるかもしれませんが、我々は当初から友好的な国交を結べたと日本は思っております。

 パーパルディア皇国の者が言っていた様な艦砲外交に寄らず、日本国の従来通りの手法で国交を結べたのは、貴国が成熟した国家だったからなのでしょうか?」

 

 それを聞いたカナタ達は如何答えるべきか迷っていた。

 

「私たちは、当初から友好的であったと思います。

 ですが、私たちは初めて出会った時から日本の戦力の高さを認識していました。」

 

 そう、ファーストコンタクトはF-2と竜騎士の出会いだった。

 竜騎士が全く追えない速度で飛ぶ機械。ムー国だと、列強だと判断したくらいなのだ。

 日本はそのことが抜け落ちているかも知れず、直接的に言う事ができなかった。

 

 

「初めて……あっ!!」

 

 阿野は思い出す。あの頃は異常事態であるが故に、臨戦態勢で警戒に当たっていた事を。

 日本国民の安全のために、領空侵犯で賠償金を支払う覚悟をもって事に望んだ事を。

 そのときにクワ・トイネ王国に出会った事を。

 そして日本に招待するときは賓客の安全を考慮して軍艦で伺った事を。

 

 思い起こすとクワ・トイネ王国もクイラ王国もロウリア王国もガハラ神国もフェン王国も全て武力から始まっていた。

 5年という時が、それを友好的な出会いだったと都合よく作り変えてしまっていたのだ。

 

 

「なるほど……であれば、軍艦で向かえばこのようなことには……」

 

「いえ、そうはならないでしょう。パーパルディア皇国の者が言っていた様に、日本国にはこの世界における地位が必要でした。

 むしろ軍艦で向かえば、プライドが人一倍高いパーパルディア皇国はその力を決して認めようとしないでしょう。

 自分達より格上の国がいきなり現れるなんて、彼らが受け入れられるとは到底思えません。」

 

 カナタの言葉に、テヘランもハーク・ロウリア34世も頷く。

 

 

 結局のところ如何にもならなかったのだ。

 軍艦で向かえば決して認めず、超ロデニウス級戦列艦を数十隻引き連れて向かっても、技術を奪おうと今回と同じ結末を迎える。

 海王丸で向かった今回は、より興味を引いてしまったに過ぎない。

 

「そうでしたか……」

 

 知りたかった答えを得る事は出来たが、何の解決にもならない事に阿野は肩を落とす。

 だが地球の常識だけで、この世界を平和に過ごす事も出来ない事がわかったのは収穫だった。

 

(国民は今まで通りでいい。世界の為に国民性を捨てる必要など無い。だが、我々政府は変わらなければならないのだな。日本人が日本人らしく生きられるために。)

 

 阿野はそう決意し、パーパルディアとの開戦に臨んだ。

 

 

 




日本の落ち度も確実にありますが、
結局、パーパルディア皇国につける薬はないんです。

原作ではレイフォルもグラ・バルカス帝国にありえない対応をしていますし、
彼らも皇族が乗船しているのだから、かなり先進的な鉄製船舶で来たと推測しています。
それで尚、あんな態度を取っての結末。

要は、ヴァルハルやカナタの言っていた様に「地位」が必要だったんです。
列強という「地位」を持つもの達だからこそ「地位」がない者を、正しく分析せずに格下、偽者と決め付けるのです。


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10. ニシノミヤコ解放戦

登場人物
●日本国
鳥羽:空軍大尉。10人の特殊部隊の小隊長を務める

●パーパルディア皇国
アルモス:艦隊副司令

●登場架空兵器
・F-15EJ:ストライク・イーグル日本仕様
 ステルスを必要としないケースに使用される。
 F-15Eを近代化改修したもので兵器の搭載量は日本にある戦闘機の中で最も多い。
 コクピットや内部を極力F-35と共通化することで部品単価の改善とパイロット、メカニックの習熟期間の短縮を図った機種

・F-15EJ-UAV:マシーナリー・イーグル
 F-15EJをUAV化した機体。
 人が搭乗しない事による機体寿命の長命化、現役を退いたパイロットが支援機として作戦に同行するなどサポート役としての面が大きい。
 兵装の実験機によく使用される。



◆◆ 福岡県 築城基地 ◆◆

 

 九州最大である築城基地には、F-3, F-35, F-2, F-15EJ, F-15EJ-UAVなど一線で活躍する全ての戦闘機が配備されている。

 その中で今回出撃するのは10機。それは上記のいずれでもなかった。

 

 

「鳥羽大尉、こちらの準備は全て完了しました。」

 

 航空基地には似合わない白衣を着た男性が、鳥羽と呼ばれたパイロットスーツを着込む壮年の男性に声をかける。

 壮年の男性、鳥羽は優秀なイーグルドライバーであったが、迫る年の瀬には勝てず、後進を育てる任に就いていた。

 だがこの部隊が設立されるとき、夢のような計画に鳥羽も新たな空を飛ぶ先駆者となりたい。そう思いこの計画に志願した。

 

 

「あぁ、こちらも問題ない。いつでも出撃できる。」

 

 普通ならモニター越しの会話だと想像するだろうが、彼らは同じ部屋にいた。

 この部屋にはコクピットだけを戦闘機から取り出したかのような装置が10機、そしてその装置には数多くの計器が接続されていた。

 ここは、F-15EJ-UAV(マシーナリー・イーグル)のコントロールルームを10機のためだけに改装された最重要機密の部屋なのだ。

 

 

「計器は全て正常値です。大尉発進願います。」

 

「これより航空魔装試験小隊、総勢10名。発進する。」

 

 そう。今回出撃する機体はF-15EJ-UAVに、この世界の魔法技術を取り入れた実験機だ。

 開発コードはXMF-15EJ-UAV、愛称は魔装化のMからマリオネット・イーグルと名付けられた。

 見かけはF-15EJと殆ど同じだが、装甲の各所に多数の魔法陣が刻み込まれている。

 

 10tを超える兵装を詰んだマリオネット・イーグルのエンジンが始動すると共に、機体底面に刻まれた浮力発生魔法が魔導回路から魔力の供給を受け光を放つ。

 甲高いエンジン音を放つ10機のマリオネット・イーグルは滑走路を駆け抜けて次々と大空へと飛び立つ。

 各種センサーや計器の示す値は全て正常値。離陸距離は計器よりストライク・イーグルより20%短いことを示していた。

 

 この5年で漸くここまで出来る様になった。

 初飛行のときは揚力と浮力のソフトウェア制御が全く噛み合わず、飛ぶ事すら叶わなかったのだ。

 

「大尉、離陸におけるデータは今まで通りです。加速シーケンスに移行して下さい。」

 

「了解した。これよりスーパークルーズに突入する。」

 

 浮力の魔法が弱くなり、代わりに空気抵抗軽減の魔法が機体全体を包んでいく。

 理由は解明できていないが、この魔法で空気の剥離の減少と機体周囲の速度を一定にする事が出来てしまう。

 結果、音速に達する際の衝撃波が大きく軽減されて、イーグルでさえアフターバーナーを用いずにマッハ1.0を超えることが出来てしまう。

 

「マッハ1.1……1.2…………1.3…………。大尉、本速度のまま作戦地域まで巡航願います。」

 

 イーグルを司るソフトウェアは魔法による超常現象をそういうものだと割り切り、通常の航行制御に加えて速度に併せた空気抵抗軽減魔法の強度、熱消去の魔法のコントロールを行っていく。

 

 そして、音を超えた鷲達はフェン王国最西端の街ニシノミヤコ空域へと到達する。

 

 

 

◆◆ ニシノミヤコ 南東20km 海上 ◆◆

 

「各員、戦線区域へと到達。アフターバーナーを使用し前面に展開する飛竜を迅速に撃破。その後、竜母群を撃滅する。」

 

 鳥羽の号令により、10機のマリオネット・イーグルは更に加速しマッハ2.0に到達した状態で戦線区域へと突入する。

 E-2D(アドバンスド・ホークアイ )からの偵察情報によると障害となる偵察中と思われる飛竜は合計20機。イーグルに装備されているAAM-5(短距離空対空ミサイル)が彼らを捉えた。

 

 

 

「ん……? 上空に微弱の魔力反の――――」

 

 空を警戒する20騎の竜騎士達は、マッハ3.0にまで到達するAAM-5を認識する事もできずに次々と爆散していく。

 そして警戒網に開いた穴にASM-2(空対艦ミサイル)が20発、増援で16隻増加した20隻の竜母と同じ数が発射された。

 

 

 

 少し時間は遡る。

 

 パーパルディア皇国軍東方面艦隊副司令アルモスは20隻からなる竜母艦隊を見渡し、やはりパーパルディア皇国軍は偉大で強大だと実感する。

 

「竜騎士長、我々が第3文明圏の覇者たる所以はわかるかね?」

 

 隣に立つ竜騎士長はアルモスの求める答えが何なのか手に取るようにわかる。彼もまたアルモスと同じ思いを持つものであるからだ。

 

「この竜母の存在であります!」

 

 アルモスは求める答えを聞けて満足気に頷く。

 

「そうだ。地竜リンドヴルムも強い。120門の大砲を持つ超フィシャヌス級戦列艦も強い。

 だが、大海原の空でさえ制する事のできる竜母が皇国を最強たらしめるのだ。空を制するものが地を海を制する。」

 

「全くその通りであります!!」

 

 

「お前は聞いているか?」

 

「何でありましょうか!?」

 

「これから戦う日本という国は大きな船を作る技術を持ち合わせているらしい。だがな、いかに大きな船を作ろうと逸れに見合う兵器を持たなければ宝の持ち腐れだ。

 それを我がパーパルディア皇国が有効活用してやろうというのだ。

 見たくないか? 巨大竜母からワイバーン達が空に飛び立つ様を……。」

 

「正に竜騎士達の楽園かと!」

 

 アルモスは日本を焚き付けたレミール皇女殿下と陛下の策謀に心の中で深く感謝をする。

 自分が生きている間に竜母の新たな姿を見られるのだからと。

 

 

 ――――そこに

 

 

「な、なんだ!? 東の空が爆発したぞ!!?」

 

 突如、空中で強力な爆裂魔法が発動したような爆発がいくつも起こる。

 そして、爆破の雲が晴れた後には警戒していたはずの竜騎士たちの姿は無く……。

 

「ま、まさか!? 敵襲か!? 前方の戦列艦は何をして――――」

 

 アルモスは言葉を全て発する事が出来ぬまま、自分に何が起きたか分からぬままASM-2の爆発に巻き込まれて命を落とした。

 それはアルモスだけでなく、竜騎士長を含む20隻の竜母に乗船していた者達も同様だった。

 

 

 

「目標撃墜完了。海軍へ目標の撃墜を報告、これより帰投する。」

 

 E-2D(アドバンスド・ホークアイ )とマリオネット・イーグルたちのレーダーから竜母が消えた事を確認し、東の空へと消えていった。

 

 

 

 それからは更に一方的な展開となった。

 

 まず、艦隊の要である竜母を全て失い恐慌状態のパーパルディア海軍に対し、原子力空母「翔鶴」を擁する佐世保第2艦隊による強襲作戦。

 海では「翔鶴」の活躍の場は全く無かったが、駆逐艦の主砲によりパーパルディア海軍は竜母の喪失と巨大な軍艦による圧倒的な破壊力で事態を理解できぬまま60隻、全ての戦列艦が海の藻屑と消えた。

 ついでに、コスト的に航空魔装試験小隊が打ち落とさなかった竜騎士も全て打ち落とされた。

 

 この戦いでパーパルディア皇国軍の誰一人として、日本国の駆逐艦の主砲が一発必中だったことには気づく事は無かった。

 

 

 

 そして陸上戦ではアルモスのいっていた通り、制空権を握った日本軍によるF-2艦上搭載型のクラスター爆弾で地竜、騎兵、マスケット兵を爆撃し壊滅的な打撃を与えた。

 そして強襲揚陸艦「足柄」のホバークラフトによる揚陸で地上を完全に制圧し、ニシノミヤコは無事開放された。

 これは作戦開始からたった1時間の出来事だった……。

 

 

 日本の圧倒的な戦果に、フェン王国民はしばらくの間状況を理解する事ができなかった。

 だが、時間が経つにつれ日本国が我々を救いに来たことを理解し、パーパルディア皇国を圧倒した事を理解し、歓喜に打ち震えた。

 

 この年以降、フェン王国ではこの日を「救国の日」と定め、夜に東の空から1時間の間、花火が上がる祭りが行われることとなった。

 そして武士達が命を落とした平原には日本から贈られた千本の桜が植えられた。フェン王国の民は、この平原から花火を見上げ、英雄達を偲ぶことで武士とは何たるものかを己の中に見つめるのだった。

 




うわぁ……通算UA数がレイフォルしてる……

ようやく書きたかった魔導兵器を書くことが出来たっっ!!
音速を超えたときの衝撃波に包まれるってのが良く理解できなくて、上手く表現できた気がしない。。
ただ、魔法と物理現象を切り離したいと思ってたのに、なんか物理に引きずられていたのを吹っ切る切欠にもなったかな。


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11. 和平交渉

登場人物
●日本国
阿野:日本国首相

●ロデニウス連合
カナタ     :クワ・トイネ王国国王
テンヘラ    :クイラ王国国王
ハーク・ロウリア:ロウリア王国国王

○用語設定
全滅:部隊の3割を喪失
壊滅:部隊の5割を喪失
殲滅:部隊の10割を喪失



◆◆ 日本 内閣府 ◆◆

 

 日本政府は日本軍の作戦でパーパルディア皇国軍を全滅(実際は殲滅だが)し、ニシノミヤコ解放が無事成功したことを国内のメディアで報道した。

 パーパルディア皇国兵の死傷者数はおよそ5万人を超える。

 この戦果より、好戦感情を高まらせていた日本人は一定の落ち着きを取り戻す事となった。

 

 日本政府としてもロデニウス大陸という非常に成長力のあるマーケットの開発に注力したく、無意味な戦争を早々に終わらせたいのが本音だ。

 

 

「日本は一定の戦果を挙げ、討ち果たす事は困難である事を証明しました。

 そのため、パーパルディア皇国と和平交渉を行う所存です。」

 

 阿野はロデニウス連合の電話会談で、クワ・トイネ王国、クイラ王国、ロウリア王国の首脳にニシノミヤコ解放戦の結果と今後の意向を説明した。

 

「注力して貰う身としては嬉しいのですが……。日本が得るものも無く、戦争を終結させても宜しいのでしょうか?」

 

 クワ・トイネのカナタ国王は、日本が領土も得ずに戦費だけを失ってもいいのだろうかと心配している。

 だが、パーパルディア皇国の領土を切り取れば、彼らは不退転の決意を持って挑んでくるだろうから、落とし所としては妥当なのかもしれないとも思っていた。

 

「問題ありません。日本国軍にはインフラ整備の任を解いて防衛に当たって貰っています。

 戦争を続けた方がデメリットが大きいのです。」

 

 平時の日本軍の一部には、ロデニウス大陸のインフラ整備を行ってもらっている。

 今まで整備した道路網、線路網、空港の多くは軍が整備したものなのだ。

 民間企業は日本特区の建設に手一杯であるし、そちらに注力して貰いたい思いもある。

 

 現在は厳戒態勢を採っているため予定の工程に遅れが発生しており、中規模都市へのインフラ整備がストップしてしまっている状況だ。

 結果、新規市場の開拓にまで影響が出てしまっている始末だ。

 

 それにパーパルディア皇国の力を残しておけば、フィルアデス大陸の北半分に彼らと同等の軍船や兵器が大量に売れる見込みだ。

 あんな狂犬が同じ大陸にいるのだ。対抗できる装備は欲しくて仕方ないだろう。

 

 

「そのため、各国の皆様には、パーパルディア皇国との和平交渉におけるルールを教えていただきたく……」

 

 今回の電話会談の目的は、以前の様の失敗はしてはならぬと、事に臨む前にパーパルディア皇国について日本より詳しい彼らにレクチャーを貰いたかったのだ。

 

 

「この世界では軍事に関する交渉ごとの場合、交渉人の後ろには兵隊が控えているのが常識だ。

 できれば、陸・空・海全ての部隊を見せれるのがいいだろうな。」

 

(その様な外交など聞いたことも無い……。やはり、出来るだけ詳細に事を詰めなければ……。)

 

 クイラ王国のテンヘラ国王の言葉に、阿野はこの場を持たなければ和平交渉は破談に終わっていたのだろうと感じた。

 陸軍は交渉人、阿野首相の後ろに控える。海軍や空軍は魔写などの映像でもいいらしい。

 魔写を多用できるのも資金力の強さを証明するに繋がるかららしい。

 

 

「わしの経験上、パーパルディア皇国より圧倒的に高性能な兵器を持ち出すと彼らは偽者扱いするはずだ。

 ムー国より圧倒的に高度な技術で作られた日本軍の兵装では、形だけのハリボテと誤解されかねぬ。」

 

「そうですね。最大でもムー国より劣る程度の兵装が理解できる範囲でしょう」

 

「日本の兵装は魔法でも再現出来んからな!」

 

 ロウリア王国ハーク・ロウリア国王の言葉に、カナタとテンヘラも同意する。

 阿野はムー国の兵装は日本と同じ機械技術と聞いているが、どれ程の年代のものなのかも分からないた為お手上げ状態だ。

 

「そこでです、我々ロデニウス連合軍を代わりにするというのは如何でしょうか?

 日本国の見立てでロデニウス連合の兵装はパーパルディア皇国と同等以上なのでしょう?」

 

 確かにパーパルディア皇国のマスケット銃は火縄銃と同じマッチロック式で、ロデニウス連合軍に卸しているモノはフリントロック式である。

 軍船も地球の技術に換算するならば、パーパルディア皇国は初期の戦列艦で、ロデニウス連合軍は後期型だ。

 ただ、竜母が存在しないのと空軍については、ワイバーンロードという上位種がパーパルディア皇国には存在するため劣っていると言わざる終えない。

 だが、無い物をねだっても出てくるわけが無いので、このカードで臨むしかない。

 

「各国の皆様にはお手数をお掛けしますが、お力をお借りても宜しいでしょうか?」

 

「ええ。直ぐに準備を整えさせます。」

 

「あぁ!もちろんだ!」

 

「我がロウリアのブルージャケットが世界に初披露ですな。」

 

 

 そう、ロデニウス連合軍の軍服は各国で異なっており、クワ・トイネ王国は緑、クイラ王国は赤、ロウリア王国は青を基調としている。

 これは軍がどの命令系統に属するか一目瞭然とするためであるのと、現代歩兵の様な散開戦術を取らず、密集陣形を取るため敢えて目立つようにしている。

 

 スタイルはイギリスの儀仗兵のように、上はカントリーカラーのジャケットで下は黒のスラックスだ。

 それぞれグリーンジャケット、レッドジャケット、ブルージャケットと呼ばれていて、合同訓練時はお互いを意識して最も優れた軍であろうと切磋琢磨している。

 実力は元々戦闘経験の多いブルージャケットが錬度が高く、負け戦が多かったグリーンジャケットが最も低い。

 

「日本軍の戦車や軍艦、飛行機を画面の端に映すのは如何でしょうか?

 察しのいい者はムーと関わりがあるのではないかと慎重に事を運んでくれるかもしれません。

 私たちも日本国と最初に接触したときは、ムー国かと勘違いしたくらいですから」

 

「それはいいな。戦車など分かり易い兵装ならパーパルディア皇国も只者ではない事に気が付くだろう。

 だが、やはりムーより高度だと逆効果になりかねん。古い戦車を映した方が良いだろうな。」

 

 協議した結果、陸軍には退役済みで稼動できる最古の戦車、74式戦車を映す事とした。(61式は既に稼動するものが存在しない)

 軍艦はカナタ達も一発必中の軍艦など理解できる範疇を超えていて、逆に一門しかない事を侮られると判断し映す事を見送る。

 戦闘機はムーでさえジェット機は存在しないため、プロペラ機のE-2Cホークアイに無理やり機銃を取り付けた、なんちゃって戦闘機を。

 

(ムー国には悪いが、使えるものは何でも使わせてもらおう。)

 

 

 

◆◆ 日本 ◆◆

 

「我々日本はこれ以上の戦闘継続を望みません。」

 

 開放したニシノミヤコにて阿野首相は和平に向けた演説を全世界に向けて行う。

 彼の後ろには青・赤・緑のジャケットを身に纏うロデニウス連合陸軍が規則正しく整列していた。

 その奥には74式戦車が。

 

「日本国軍はパーパルディア皇国をニシノミヤコ、フェン王国から撤退させる事に成功しました。

 我々はパーパルディア皇国軍に屈する事はありません!

 ご覧下さい、我が軍の勇姿を――――」

 

 そして、魔写による映像が映し出される。超ロデニウス級10隻の艦砲射撃の様子、アルミニウム合金鎧を纏った竜騎士たちの編隊行動、マスケット兵たちの射撃訓練。

 日本がパーパルディア皇国と同等であることを証明する映像。

 そして所々に74式戦車やE-2Cホークアイが映る。

 

「我々は武力による解決を望みません。

 銃を向けるのではなく、話し合いによる解決を望みます。

 我々日本は、パーパルディア皇国に対し和平交渉の席に就く事を要求します!」

 

 

 それに対し、パーパルディア皇国の反応は――――

 

 

 




因みにムーの反応

「おい、見たか? 今の?」

「アレは本物なのか?」

「俺が知るかよ! だが――――」

「俺達、ムーの技術より……」

 ムーの技術者達は機械を知るが故に分かってしまった。
 画面端に映る74式戦車がE-2Cが――――トンでもない技術の塊だと。

○追記
E-2Cは分類上プロペラ機とのことなので、Notジェット機という扱いにしました。
後、怒涛の誤字報告ありがとうございます。
まだあんなにあったとは……


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12. あぁ、やっぱり今回も駄目だったよ

あいつは話を聞かないからな

【登場人物】
●パーパルディア皇国
ルディアス:皇帝
レミール :皇女
アルデ  :皇国軍最高司令
エルト  :第1外務局長



◆◆ パーパルディア皇国 皇都エストシラント ◆◆

 

 ―――― 帝前会議 ――――

 

 この会議では軍関係、外交関係、行政関係のトップが勢揃いし、定時報告を行っている。

 もちろん、レミールも関係者として同席している。

 

「アルデ、ニシノミヤコに向かわせた軍からは新しい情報はないのか?」

 

 今回の会議も粗方終わり、ふと思い出したように皇国軍最高司令のアルデに問う。

 

「はい。何もございません。先日の定時連絡でも日本軍の影すら見ておらぬと報告が上がっております。」

 

 アルデの報告を聞いて、ルディアスは詰まらなそうに目を閉じる。

 

 ルディアスの知る情報の中では

・転移国家を自称する事と機械文明らしき事より、ムーの関連国家である可能性が高い。ただし、当のムーは否定している。

・人口は1600万人未満、巨大ではあるが大砲の無い軍船で当国へ来た事。

・たった一人殺した程度で激情する堪え性の無い国家である事。

 

(宣戦布告をしておきながら、一体何をしている?

 宗主国と懸念のあるムーと連絡を密に……? それとも、フィルアデス大陸北部か?

 とするならば、狙いは挟撃か?

 だが、ムーは正式に本件には関わらないと宣言している。敢えて宣言するところが解せんな。)

 

 ルディアスは北部は大したことはないと考えから切り離す。

 そもそも非文明国など、自分が意識を裂くまでもないのかもしれないと、ルディアスはアルデに任せる事とした。

 

「そうか。ならば今後はアルデに任せることにする。レミールと共に事に当たれ。」

 

「「はっ! 陛下の御心のままに!!」」

 

 レミールとアルデはルディアスから直々に拝命できた事に感激する。

 二人は日本という愚か者のお陰で陛下から勅命を頂けたと、日本に感謝したいくらいだと思っていた。

 レミールは宣戦布告から一週間以上経つにもかかわらず、何も音沙汰が無いことから、日本が強敵かもしれないなんて考えはとっくに抜け落ちていた。

 

 

 

「他に気にかける点は……特に無かったな。」

 

 ルディアスは帝前会議を終えようとしていたところ、軍関係者らしき者がアルデに耳打ちするのが見えた。

 

「陛下、先ほどの件ですが……その……動きがございました。」

 

「何だ? 構わん、申してみよ。」

 

 アルデが言い辛そうにしているのを見て、ルディアスは先を促すようにフォローを加える。

 

「はっ!日本が和平交渉を申し立てました。」

 

 アルデの言葉にルディアスは眉をひそめる。

 

(戦ってもいないのに和平だと? ふんっ!大方、我々に恐れを成したか、頼みの伝手に見捨てられでもしたのだろう。愚かな事だ。)

 

「ふんっ!所詮その程度か。何と言って来ている?」

 

「それが……、魔写映像にて世界放送しております。」

 

「全世界に向けて降伏でもするつもりなのか? 面白い見てやろう。――――おい!」

 

 ルディアスは配下に命じて、水晶の豪華な魔写投影機を用意させた。

 ただ、ルディアスからは大事な事が抜け落ちていた。全世界に向けての魔写映像など、強い力を持つ文明国で無ければ出来ないことを。

 パーパルディアに対して何も出来なかったと思い込み、雑魚と切り捨てていたため通常の判断が出来ていなかったのだ。

 

 だが無理も無い。ルディアスは全ての文明国の国名、現在の国王の名、その国がどの程度の国力を持つか、どの技術が優れているかを把握している。

 その中に日本という名は欠片もヒットし無かった。

 大量の知識を持つが故に、知識がルディアスに正しい判断をさせてくれ無かった。

 

 

 

「――――繰り返します。私は日本国首相の阿野と申します。

 日本国軍はパーパルディア皇国をニシノミヤコ、フェン王国から撤退させる事に成功しました。

 我々はパーパルディア皇国軍に屈する事はありません!

 ご覧下さい、我が軍の勇姿を――――」

 

 アルデ達重鎮の面々は日本国の言葉や映像を見て、ルディアスが静かに怒りを宿している事に気が付き始める。そして自分達の顔が青ざめていくのを感じた。

 日本の和平交渉を求める言葉を持って映像が消えた後、帝前会議の場には緊迫した空気が漂っていた。

 この場で口を開く事ができるのはルディアスだけ、それが分からない愚か者はここには居なかった。

 レミールでさえ顔が真っ青なのだ。

 

 

 

 

 どのくらい時間が経っただろうか……。体感時間が長く感じただけで、思ったほど時間は経ってないのかもしれない。

 

 ルディアスは無言のまま、手に持つ重厚なクリスタルグラスを水晶の魔写投影機に向かって思いっきり投げつける。

 2つの水晶が激突し『ガシャァァンン!!!』と砕ける音がこの場に響き渡るが、誰一人として微動だにしない。いや、出来ない。

 

 

「余は今、機嫌が悪い。」

 

 

 機嫌が悪いなんてレベルではなく、激怒しているのは明らかなのだが、そんな事口にすれば極刑も免れないだろう。

 普段なら余程の罪を犯さない限り極刑などありえないが、それほどまでに激怒しているのだ。

 

「アルデ」

 

「は……はっ!!」

 

 アルデはガタガタと震えながら、返事をしてルディアスの言葉を待つ。

 

「先ほど何も無いといったが、何の【連絡】も無かったのか?」

 

 ルディアスは暗に敗走を隠していないかとアルデに聞いているのだ。

 

「はっ!御座いませんでした!!

 必ずや何処で報告が滞っているか突き止めますが故!

 何卒、何卒、この身に猶予をお与え下さい!」

 

「許す、早急に付きとめよ。」

 

 ルディアスは状況からアルデに報告が届いていない事を察する。

 ならばアルデには温情を与える余地があると。

 

 それと同時に怯える配下達に気が付き、ルディアスは少しだけ冷静さを取り戻した。

 

 

「やはり、非文明国(けもの)は恐怖で支配してやらねばならないな。」

 

「真にその通りでございます、陛下!!

 愚かにも牙を剥く獣には、調教という躾が必要かと存じます!」

 

 少し怒りが収まったのを感じたレミールは、直ぐ様ルディアスの言葉に乗っかる。

 

「多少、知恵を付けた獣は直ぐに付け上がるな。余とした事が冷静さを欠いていたようだ。」

 

 怒りは宿したままだが、冷静さも取り戻したルディアスを感じて配下達はホッと息を撫で下ろす。

 実際に撫で下ろした奴はいないが。

 

 

 

「エルト、お前なら分かるだろう? あの映像のミスを。」

 

「はっ!!」

 

 第1外務局長のエルトであれば、ムー国に何度も足を運んでいるし兵装も知っている。

 だからこそ、ルディアスの気が付いた点にも、それ以上もエルトなら分かるだろうと。

 

「先ず、最も大きなミスが2つございます。」

 

 エルトはルディアスが頷くのを確認し、続きを話す。

 

「1つ、ムーの戦車は映像ほど巨大なものではありません。映像に映る人間から察するに大きさは5mを超えるでしょう。

 それに砲塔が細長すぎて使い物になるとは思えません。

 次に戦闘機についてですが、ムーでは複葉機と呼ばれる2枚の羽が付いています。これは機械技術が空を飛ぶのに必要なものらしく、1枚の羽で飛ぶことは不可能です。しかもプロペラがあんな所に2つもあるなんて非合理的です。これから推測するに――――」

 

「あれらはダミー、ハリボテ。そうだな?」

 

「はっ!陛下の仰るとおりに御座います。」

 

「ハハハッ!ハッタリとは知恵の付けた猿がやりそうな事だ。

 いいだろう。獣風情が人間に逆らった事を身を持って思い知らせてやらねばならんな。

 少数の旧式艦を倒したくらいでいい気になったのが仇になったな。」

 

(大方、これ以上戦闘継続が出来ないための和平交渉なのだろう。

 老朽化が進んだ艦隊でも十分だと判断したが、これは余のミスだな。

 だが、この先10年以内に朽ちる船だ。それほど惜しくも無い。)

 

「日本を制圧した暁には、住民の所有権をお前達にやろう。好きに使え。」

 

 

「――――!!! 有り難き幸せに御座います!!」

 

 各部門の長達はルディアスの寛大さに平伏する。

 1600万人の奴隷、一体どれだけの奴隷を産ませ、生産出来るだろうか。

 そこから生み出される物資は――――つい、皮算用してしまうほどだ。

 

 

 後日、パーパルディア皇国は日本の和平交渉を蹴り、日本国民全てを奴隷化することを宣言した。

 

 




多分ですけど、ムーの戦車はWW1のフランス戦車「ルノー FT-17 軽戦車」くらいの大きさなんじゃないかと。
グ帝の戦車が九七式中戦車(1930年代)とするならば、FT-17(1910年代)でも時代が近すぎるかもしれませんが、
これ以前だとまともな戦車の形してませんし……。

ムーの飛行機はマリンが主力なのですから、複葉機しか見てはいないでしょう。
単葉機の開発が行われていても、他国が見る事は不可能でしょうし。

間違いなくミシリアルの兵器に近いのに、誰一人として気が付いてないです。
魔導兵器と機械兵器が同じ形をするわけないと。


○評価にメッセージがついてたんですね。初めて知りました。
ありがとうございます。


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13. 日本国民とパーパルディア国民

◆◆ パーパルディア皇国 皇都エストシラント ◆◆

 

 ここは第3文明圏で最も繁栄している都市、皇都エストシラント。

 石畳で舗装された綺麗な街路、石材や白い漆喰で建てられた様々な建造物。

 そして白亜の城と呼ぶに相応しい荘厳なる皇城。

 

 区画はキッチリと整理されており、整然と並ぶ建物は誰もが美しいと言うだろう。

 そこに暮らす正規の住民たちは皆、綺麗に身だしなみを整え生き生きとしており、今後も皇都が益々発展していくだろうと誰一人信じて疑わない。

 この都では、奴隷ですら小奇麗な服を着る事ができるのだ。

 これは、汚い服装では景観が美しくないという理由で、奴隷達のためではないが……。

 

 そう。この綺麗な町並みは奴隷達の、属領の血と涙と命で出来上がったものだ。

 第1級市民達は奴隷を財産として保有し、肉体労働は全て奴隷がこなし、家事や雑務も奴隷がこなす。性欲を解消するための奴隷も存在する。

 第1級市民達も知恵、知識が必要な第三次産業に従事しており、のんびりと過ごしているわけではないが。

 皇帝陛下の御力にと、御国の為にと、奴隷を働かせ、自分達も働く。

 

 

 ここまではいい。

 地球ですら、およそ150年前までは奴隷が合法であったのだ。奴隷解放の段階まで来ていないだけだと。

 

 だが、狂気がある。これはこの街でのとある一場面だ。

 

 

「なぁ、今年からアルタラス産の奴隷が販売されるってよ。」

 

「勿論知ってるよ。アルタラスが属僚になって5年経つからな。大体これくらいの時期に新しい産地の奴隷が出てくるもんだろ?」

 

「新しい産地の奴隷は当たりハズレが大きいけど安いしな。優秀な種か卵を持つ奴隷だったら繁殖させて剣闘士や競技に出せるかもしれないからな。夢があるよな!」

 

「あぁ!一山当てて見たいよな~。クーズ産とか属領暦が長い産地だと家庭用、仕事用に買うには安定してるけど、競技用のは交配が進んでてバカみたいに高いしなぁ。」

 

 

 そう、奴隷達はサラブレッドの様に瞬発力が高い、持久力が高いなど特定の能力に特化したモノとして子を作らされている。

 そうして、世代を重ねて能力を最適化させられていくのだ。

 

 最適化させられた奴隷達は、時には剣闘士、時には陸上選手、格闘競技の選手として販売されていく。

 そうした奴隷達は、コロッセオや競馬のように賭け事の対象として第1級市民達の娯楽を提供する役割を与えられるのだ。

 

 だが、彼らは奴隷の中でも最も待遇がいい。

 所有者としても金を産む道具だ。健康管理には気を使って貰えるし、身なりも食事も第1級市民と遜色のないモノが与えられる。

 

 

 知恵と知識と自由と尊厳が無いだけだ。

 

 

 こうした奴隷達は、勝つことに喜びを見つけ己を研鑽していく。勝てば賞賛を浴び、所有者も待遇を良くしてくれる。

 勝てば自分の生活が良くなり、負ければ悪くなる。貪欲になるのも当然だ。

 結果を引退した者は次世代為に種馬や繁殖用として現役と遜色ない暮らしが出来るが、成績が振るわなかったものは一般販売されて一般市民が購入するケースことが多い。

 

 

 そんな、そこそこいい暮らしが出来る奴隷なんて全体の1%にも満たない。

 残りの99%の内、30%は皇都エストシラントにいるような普通の奴隷達だ。彼らは家具位には、良ければペット位の扱いである。

 皇国民にとって普通の奴隷とは替えは効くから失ってもいいが、購入費はかかるから使い捨てにするには、簡単に壊すのは勿体無い。そんな程度だ。

 

 だからこそ、そんな中から金の卵を見つけたいのかもしれない。

 

 そんな30%の奴隷達は奴隷養育施設で徹底的に調教される。彼らは中位に位置して夢を見る事は出来ないが、下には更に哀れな者達がいると自分達に言い聞かせて心の均衡を保つ程に……。

 そうでもしないと、辛い毎日を死ぬまで送る事に心が耐え切れない。本能がそう理解しているのだ。

 どんな扱いなのかはお察しだ。

 

 

 次の15%はほぼ全て女性で構成されて、奴隷生産施設に収容されている。

 彼女達の見た目が麗しいのは、生産されて販売する奴隷は見た目がいい方が高値で取引されるからだ。

 彼女達の扱いは家畜と同等で、何の知識もなく、こんな扱いを生涯受け続けるのが普通だと思ってしまうほどに……。

 

 

 そして残りの44%は家畜以下だ。

 肉体労働は当たり前、鉱山奴隷、大規模プランテーション、物資輸送などの労働力。戦争時の肉壁など皇国民の盾。

 使い捨てるのが普通で、基本的に命を落とす可能性がある危険な作業等に従事する。

 その作業に必要な知識は一切与えられず、男女関係なく狭い収容場に詰め込まれる。

 特に女性は悲惨だろう、奴隷仲間にすら襲われるのだから……。

 

 管理する皇国民にとっては犬猫が交尾する程度にしか思っておらず、労働力が増えるから問題ないかくらいにしか思っていない。

 

 

 と、奴隷達の悲惨な状況ばかりになってしまったが――――

 

 

「そういえば、陛下が新たに奴隷を確保しに行くらしいな。」

 

「あぁ、昨日の発表だろう? 1000万の奴隷なんて豪快だよな! やっぱりアルタラス産奴隷の購入費用は貯めて置いて、日本産奴隷で一発当てようかなぁ?」

 

「悩むところだよな。両方少しずつ買うか、片方に絞るか……。」

 

 

 彼らだけでなく、パーパルディア皇国民は大体こんな感じだ。

 聡明な陛下率いるパーパルディア軍が100%勝利する事を信じて疑わない。事実、ルディアスは帝位に就いてから一度たりとも敗北した事はなかったからだ。今回も圧勝して凱旋して下さるだろうと人々は戦勝祭の準備に大忙しだった。

 

 

 

◆◆ 日本国 各所 ◆◆

 

 パーパルディア皇国のお気楽な感じとは対照的に、日本国民は鎮火しかけていた怒りの炎に大量の油が注ぎ込まれ怒り狂っていた。

 

「彼らは人間ではない! 人の皮を被った悪魔に違いない! 魔法があるんだ悪魔だって居てもおかしくはない!」

 

「奴らパーパルディア人こそが奴隷になるべきだ!」

 

「寧ろ、根絶やしにすべきだ!! バカは死んでも直らないんだぞ!」

 

「俺は軍に志願するぞ! あんなのが海を挟んで隣に居るなんて我慢ならない!!」

 

 

 誰かが声を上げるたびに、それを火種にして更に大きく燃え上がっていく。

 ネット上なんて大炎上なんてレベルでない。民度の低い暴言が至る所で飛び交っている。

 

 そして遂に政府へと怒りの矛先が向いた。

 

 

『何であんなのと和平しようとしたんだ!』

 

『害虫は駆除すべきだ!!』

 

『政府は獣と会話を試みた愚か者だ!』

 

『高い税金を払っているんだからゴミ掃除くらいしろよ!』

 

 

 散々な言い様である。

 現地国家の意見を採用して臨んだ和平交渉であんな回答が返って来るだなんて、誰が予想出来るだろうか。

 阿野首相だけでなく、ロデニウス連合の国王達すら頭を抱えている始末なのだ。

 

 そんな怒りの余り日本人の民度が低下し、混迷を極めていく最中。

 

 

 

「我々は、理性ある人間です。どうか、怒りに捕らわれて、己を見失わない様、切に願います。」

 

 

 

 この事態に心を痛めた天皇陛下のお言葉により日本国民は自身を振り返る。

 

 こんな事を言っていてはパーパルディア人と同じではないかと――――

 

 

 パーパルディア皇国に優しくする事なんで到底出来ないが、根絶やしにするほどでも無いんじゃないかと、そんな声が上がるようになっていった。

 

 再び落ち着きを取り戻した日本国は、パーパルディア皇国の『戦力』を壊滅させる事に決定した。

 簡単な理論かもしれないが、戦う力が無ければ争いになることも無いだろうと。

 この世界では強者であるが故にあそこまで増長してしまったのだろうと。

 

 

 そして、パーパルディア皇国海軍が軍備を整え終えた7月――――

 東パーパルディア海(日本の西南西500kmくらい)で日本国海軍とパーパルディア皇国海軍2,200隻が衝突する。

 




 いやぁ、遅れてすみません。
 EU4とCK2をしばらくやっていましてね。
 封建制はキツイですね。身内で争うんですから……。

 とすると、中世っぽいロデニウス三各国は政治形態が明らかに高度なんですよね。
 原作でもロウリアは絶対王政っぽかったり、カナタも妙に現代っぽい雰囲気してますし。

 本作品の設定としては
 クワ・トイネ:立憲君主制(日本と一緒)
 ロウリア  :絶対王政
 クイラ   :4つの王家による統治(封建制に近い)

 ちょっとクイラだけ特殊で、獣人、エルフ、ドワーフ、人間による4つの王家があって、その中から一つの王家が当代の王として国を治めます。
 各王家で足の引っ張り合いが無いのは、今まではロウリアという大きな外敵がいたこと、これからも無いのは日本という全力で追いかけないと置いてかれてしまう国が居るからです。
 内輪もめしてたら、クワ・トイネやロウリアに大きく差を開けられてしまいますし。

 ちなみに宰相のマシュハもエルフ王家の人だったりします。
 まぁ、これが本作品に生きてくる事は無いでしょうが……


 (丁度、スチームで75%OFFですよ。)


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14. 東パーパルディア海と、とある酒場

◆◆ 東パーパルディア海 ◆◆

 

 パーパルディア皇国海軍、総勢2,200隻の内、魔導戦列艦はいくつもの艦隊に分かれて単縦陣で東に帆走している。

 日本に北西、西、南西の三方から攻め入り、日本の戦力を分断して海上戦力を壊滅させる。

 その後は海上封鎖と陸軍への砲撃支援をする作戦だ。

 数でも劣る日本の戦力ならば、間違いなく有効だろうとこの戦略に異論を唱えるものはいなかった。

 寧ろ過剰ではないか?という意見まで上がったほどだ。

 

 そして花形の竜母は各艦隊の後方に位置し、索敵から航空支援まで幅広い任務に従事していた。

 200隻という驚異的な数は圧巻というほかに無い。

 アルタラス制圧戦ですら竜母は20隻だったのだ。それの10倍、パーパルディア皇国の本気度が伺える。

 

 

 兵士の士気は十分、錬度も申し分ない!それを後押しするかのように風は西から東に吹く。まさに順風満帆だ。

 世界がパーパルディア皇国を祝福してくれている。船員達は皆そう思っていた。

 

 

 西から攻め入る中央艦隊の先頭を、旗艦である超フィシャヌス級戦列艦「インペリアル・レミール」が悠然と走る。

 この160門級魔導戦列艦は、皇国最新の技術を持て作られた最先端の軍船である。

 逸れに乗船するは海軍最高司令官のバルス。

 彼が戦場に立つとき、全ての海戦で完勝。その圧倒的な強さから「海王」との異名をルディアスから賜るほどだ。

 

「此度の戦いはレミール殿下と皇国の繁栄をもたらすものだ。各員、俺がいるからといって気を抜くなよ」

 

 バルスの言葉に皆は一層気を引き締める。

 もちろん誰も気を抜いてないどいない。彼らは古い時代のイギリス海軍のように中流階級、そしてそれ以下の出身のものが多い。

 彼らは上級階級を押し退けて旗艦に配備されるほどに優秀な者達なのだ。

 

 他の船も、その様に実力が高いものが優先的に新型艦に配備されている。

 ルディアスの治世がパーパルディア至上最も優れているとされているのは、階級に寄らす優秀なものにはチャンスを与える度量、そして貴族たち上流階級が不満を持たない様に上手く手綱を握る人身掌握術。

 そんな絶妙なコントロールが出来るのは、パーパルディア皇国の歴史上でもルディアスだけだろう。

 

 海軍だけでなく、陸軍、技術部門、外交部門など様々な分野で実力主義が実施されている。

 皇国民達は他者が成功を収めるのを見て、次は自分が!と奮起し、貴族達は増えた税収で事業を拡大する。それにより活躍の場が増える。こんな好循環がルディアスの時代だけで出来上がったのだ。

 

 

 

 今回の日本戦もこれの延長線上だと、そう信じていた。ところが――――

 

 

 

「な、何だ!!?? 島が動いてるのか――――!?」

 

 

 

 

 対する日本側――――

 

 日本は7月までの準備期間で何とか人工衛星を打ち上げる事に成功した。

 数が圧倒的に少ないため断片的な情報が多いが、鈍足の帆船を補足するには十分だった。

 

 3つの大艦隊に分かれたパーパルディア軍を日本国は各大艦隊に対して3つの艦隊ずつ、計9艦隊(72隻)で相手にすることを決めた。

 40発/分の艦砲であれば、およそ2,200隻軍船は全力を出せば1分以内、射程距離等を制限しても数時間で撃破できる。

 過剰ではあるが、それくらいの差を見せ付けた方が理解が早いだろうとの判断だ。

 

 

 それにこの世界で新たに生まれた軍艦も一隻出陣する。

 

 

 

 

◆◆ 神聖ミリシアル帝国 とある酒場 ◆◆

 

 ここはとある酒場。ここには様々な国の様々な品を扱う商人が集まる。自称情報通の一般人も集まる。

 

「ついにパーパルディア皇国海軍が日本に向かったんだってな。」

 

「あぁ。これでパーパルディア皇国の地位がまた高くなるな……」

 

 列強第5位レイフォル出身の商人は悔しそうに酒を煽る。

 ルディアスが皇帝になってから、レイフォルとパーパルディアの差は開く一方。

 悔しくないわけが無い。

 

「だが、日本国も一度パーパルディア皇国を退けているんだぞ?」

 

「地方艦隊の1つだったんだろ? それだったら、多少力のある文明国なら出来るさ。

 だが、今回はパーパルディア皇国海軍の主力だろ?

 万が一にも勝ち目なんて無いさ。」

 

 この酒場にいる殆どの奴らはそんな下馬評だ。

 だが、そう思わないものも極僅かにいる。それは、偶然にも日本人と接触した事のある者達だ。

 

 

 

「いや、俺は日本が勝つと見るね。」

 

「ハハハッ!!! 何を根拠に!」

 

 彼のいる周りでドッと笑いが巻き起こる。

 面白い冗談だ。今回はどんな自称情報通のお笑い芸人なのかと。

 

 だが彼だは、日本を知らないなら無理も無いと心の中で思う。

 そして――――

 

「根拠ならあるさ、これを見てみろ。」

 

 そういいつつ、その商人は懐から懐中時計を取り出した。

 石ころでも取り出すのかと手元を見た者達は驚愕に顔をゆがめる。

 

 彼が取り出した懐中時計は時間の書かれていない中央部分がスケルトンになっていて、チチチチチ……と複雑な機構と歯車が噛み合って回転していた。

 

「こ、こんな緻密な懐中時計ッ! ムーでも見たことが無い!!! 一体何処で!? 一体幾らなんだ!!?」

 

 脂汗を滲ませながら懐中時計を凝視する裕福な商人は、取り立てて普通の商人に見える彼を問い詰める。

 

「何処の国かは……わかるでしょう?」

 

「ま、まさか…………?」

 

 全ての主要国家と取引のある裕福な商人は、そんな馬鹿なと思う気持ちと、ここにある至宝と呼ぶべき懐中時計(じじつ)と、それに到達できる技術を世界の何処でも見たことが無い記憶に、平凡な商人の言葉が「真」であると商人のカンが裁定を下す。

 

「日本です。」

 

「幾らだ!? 売ってくれ! 金ならある!!」

 

 裕福な商人は普段であればこんな低俗なもの言いで取引を持ちかけたりしない。だが、理性を失ってしまうほどの至宝であれば話は別だ。

 

「白金貨10枚(1億円)……といいたいところですが、これを売る事はありません。」

 

「そうか……当たり前だな……。これ程の至宝、たった白金貨10枚で売るはずが無い……」

 

 裕福な商人はしょんぼりするが、平凡な商人は冷や汗で一杯だった。

 思いっきり吹っかけたつもりだったのに、白金貨10枚といったときに裕福な商人の目が買う気マンマンだったので非売品にせざる終えなかったのだ。

 この懐中時計はそんなに高くないことを知っているから、それを知られたときに消されてしまうだろうと怖気づいた。

 

 

 

 彼はクワ・トイネで新しい品が無いか外国の商人が来ない地方都市に出向いていた。

 そこで変な服を着ているクワ・トイネ人とは雰囲気の異なる人を見かけて声をかけた。それが始まりだった。

 雰囲気の違う人間は、日本人という種族でこの地方都市には観光で来たと。

 

 商品を探していた商人は都市の知識がそこそこあったのだ。

 そこで色々あって友人となり、この懐中時計をプレゼントして貰ったのだ。

 

 日本人はこんな安物(3,980円)の時計でいいのか?

 と言っていたが、こんな一品が安価で手に入る日本にこの世界は変わると確信したのだ。

 

 

 

「これ程の技術力を軍事に転用すれば……。本当に分からなくなってきたな。」

 

 結果は見えていたと思われた戦いに、投下された爆弾のような衝撃を与えた懐中時計。

 見えなくなった戦況を予想する事に口論が飛び交い、活気と共に夜が更けていった。

 

 

 それは、歴史に残る海戦の前夜だった――――

 




技術防止法がありますが、個人宛のプレゼント程度であればお咎めはありません。

短い予定だったのに、酒場を入れてしまったばっかりに……


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15. 北西戦線

【登場人物】
●パーパルディア皇国
アルカオン:第3艦隊司令官(北西艦隊司令)
バルス  :海軍最高司令官(中央艦隊総司令)
ルトス  :東部方面司令(南西艦隊司令)



◆◆ 東パーパルディア海 皇国海軍 ◆◆

 

 北西から日本に侵攻する北西艦隊。

 戦闘中では無い場合、パーパルディア海軍のオープンチャンネルを使用するため、

 バルス率いる中央艦隊、ルトス率いる南西艦隊、アルカオン率いる北西艦隊全ての通信が流れる。

 

「こちら、南西艦隊第一飛竜偵察隊。敵影なし!」

 

(ここの所ずっと同じ様な報告が流れている。

 そろそろ海流が強くなる海域だ。本当にこんな所に日本はあるのだろうか……)

 

 アルカオンは報告を聞きつつ考える。実は東に日本は無く、この海域に足止めする罠ではないのかと――――

 だが、確証の無いことを言っても軍を混乱させるだけだと、アルカオンは進軍を続ける。

 

 フェン王国に日本軍が現れた事から西や南は考え難い。

 だが、東方の海流が荒れている海域以外はパーパルディアの調査の歴史が何も無い事を証明している。

 消去法で東方が最も確率が高いと軍儀で決まった事だ。

 

(俺の考え過ぎか……)

 

 余計な考えを振り払い、アルカオン率いる北西艦隊は進軍を続ける。

 

 

 

「中央艦隊第三飛竜偵察隊。敵影らしき物体を発見!? な、何だ!?この距離から補足出来るのか!?」

 

「第三飛竜偵察隊。誇り高きパーパルディア軍人がうろたえるな。貴君の見たままを報告せよ。」

 

 中央艦隊が慌しくなり、アルカオンは魔信の報告に聞き逃さないように目を閉じる。

 

「恐らく3km離れているが、船の形が分かるくらいに大きい。まるで島のようだ!」

 

「日本の船が大きい事は分かっていることだ。敵船は何隻だ?」

 

「1……4……9隻…………いや、違う。他の方角にも似た様な船が……全部で25隻だ!!」

 

 

(ふむ、やはり数は少ないな。数は力になる。いくら大きくとも中央艦隊800隻に飛竜200機オーバーをたった25隻で迎え撃とうとは……)

 

 

「各方向に何隻ずつ艦隊を組んでいるか?」

 

「中央が9隻。北東、南東は8隻だ!」

 

「船の形は全て同じか?」

 

「違う! 各艦隊に島の様に大きい船が7隻、その奥に大地のような……竜母に見える船が1隻。そして、中央には山のよ――――」

 

 報告していた竜騎士の通信が途絶える。

 

「第三飛竜偵察隊の魔力反応が消失しました!」

 

「何!? 3kmも離れていたのだろう? 一時的に消失しただけではないのか?」

 

「わかりません! 現在も第三飛竜偵察隊を補足する事が出来ません。」

 

 

(ムーから技術を盗んだと聞いているが、先ほどの竜母といい、まさか飛行機なるものを投入できるという事か? だが、アレはブラフでは?)

 

 アルカオンは得体の知れない日本という国について理解に苦しむ状況。嫌な予感はするが、日本という国など全く知らないのも事実。

 力を持ちつつ姿を隠す国など、狂人の行為に等しい。

 人であれば能ある鷹は――――というが、国がそんなことしてはいけない。他国との外交に戦力を全て隠すなど、自分達の不利にしかならず愚かどころではないからだ。

 国がそれを知らないのであれば、そんな国は早晩に滅ぶ。

 

 

 

 この異世界で軍事力は、国家の地位を最も分かり易く示すもの。

 列強と呼ばれる国々は軍事力の高さ故に「列強」と呼ばれているのだ。

 この世界に生きてそれを知らぬものなどいない。

 

 日本国を除いて――――

 

 

 

「北西艦隊、南西艦隊。どうやら我々中央艦隊が敵軍主力と会敵したようだ。貴公等はどうか?」

 

「提督。こちらは敵影確認できず。」

 

「こちらも敵影は確認していません。提督。」

 

 

「そうか。日本軍は我々、中央艦隊に決戦を挑む様だ。貴公等はそのまま進軍し、日本国を海上封鎖せよ。」

 

「「ハッ! 提督!ご武運を!!」」

 

「フッ……。私を誰だと思ってい――――」

 

 

 ドゴォォォオオオオ――――!!!!!

 

 

 その時、爆発の様な……それよりも強烈な炸裂音が魔信の先から発せられた。

 

(中央艦隊? 南西艦隊? どちらだ?)

 

「こちら北西艦隊!! 中央艦隊! 南西艦隊! 応答願う!!」

 

 ザザザッ……――――

 

「こち……南……ッ! ……艦隊、……う!」

 

 魔信のノイズの先に応答する声をアルカオンは聞いた。

 

「こちら北西艦隊!! 南西艦隊は無事か……!!?」

 

 何度か通信を試みるとノイズが取り除かれていき、魔信の声が鮮明になる。

 

「こちら南西艦隊だ! アルカオン! 無事か!?」

 

 どうやら中央艦隊が何らかの攻撃を受けたらしい。

 アルカオンもルトスもそう思った。

 

「中央艦隊。誰か、応答せよ!」

 

 

「こちら、中央……艦隊……。」

 

「私は北西艦隊司令、アルカオンだ。何があった?」

 

「中央……艦隊が……消えた……光が……アァァぁァぁッッ――――!!」

 

 声の主は動揺のあまり狂乱状態とみえる。

 

「落ち着け。パーパルディア皇国軍人がうろたえるな。キミの目に映っている状況を報告せよ。」

 

 映像魔信は設置に時間がかかるため、船には載せられないことがもどかしく思う。

 だからこそ、彼の目に映る状況を聞き出さなければならない。

 

「わ、私たちの船は……中央艦隊の端に位置しています。

 中央部に位置する艦隊群が、消失しましたッ!!」

 

「消失だと?貴様の目に映らないということか?」

 

「はい!まるで初めから何も無かったかのように何もありませ――――」

 

 

 魔信の先にいる声が消え去る――――。そして、その後にパァァァンン――――と何かが弾ける音が聞こえる。

 恐らく、先ほどの声の主が乗船する船に何かがあり、他の船がその音を拾ったのだろう。

 中央艦隊の別の船から通信が入る。

 

「戦列艦カイルが――――弾け飛んだ!? 司令部――――我々中央艦隊はどこからか謎の攻撃を――――」

 

 また、魔信の通信が途絶える。

 

 

(日本との距離は偵察隊と3km、本隊とは5km以上離れているはずだ。一体何が……!?)

 

 アルカオンはまさかという思いに捕らわれる。

 日本という今まで全く表舞台に出てこなかった異常さ。戦う事を異常に嫌う性質。

 戦う力を持ちながら戦わない理由。1つだけ心当たりがある――――

 

(魔帝の遺産を掘り起こしたのか!?)

 

 神聖ミシリアル帝国のように、魔帝の力を一端でも自分達のものにすれば力は絶大。

 ミシリアル帝国でさえ古代兵器を使う事は無い。万が一にでも故障すれば被害は甚大だからだ。

 

 日本が古代兵器を掘り起こしたのであれば、戦いたがらないのも、今まで表舞台に出てこなかったのも理解できる。

 恐らく、中央艦隊に強大な打撃を与えたのも古代兵器の力なのだろう……。

 

 あの映像も魔帝の遺産を解析したもの、もしくは遺産そのものだったのかも知れんな。

 

(いや、全て俺の妄想に過ぎん。「かも知れないで」撤退など、あってはならんことだ

 まさか、中央艦隊を滅ぼすだけの戦力が2つも3つもあってたまるか)

 

 

「中央艦隊が敵軍を抑えている間に我々は日本本土へ向かう!」

 

 

 そこに北西艦隊第二飛竜偵察隊から報告が入る。

 

「こちら第二飛竜偵察隊! 中央艦隊の報告に似た船を発見! 山の様な船以外、構成はおな――――」

 

「第二飛竜偵察隊の魔力反応、消えました!」

 

 

 

◆◆ 東パーパルディア海 日本国海軍 舞鶴艦隊 ◆◆

 

「中央に位置する横須賀艦隊。敵軍を撃破したとの事。」

 

 原子力航空母艦「三笠」が率いる舞鶴艦隊は、横須賀艦隊の任務完了の報告を聞く。

 現在はもう1つの試験装備で残党を掃討中だそうだ。

 

「提督。こちらも半径3kmに飛竜が侵入するのを確認。迎撃許可を願います」

 

「うむ。各艦に伝えよ。イージスシステム、フルオートモードにて撃滅を許可する。

 必要とあらばシステムの起動は私が行う。」

 

 フルオートモードは設定通り、機械的に敵を撃墜するモード。

 淡々と敵を滅していく姿を快く思わないものも多い。艦長たるものがそれでいい訳はないが気持ちいいものではないのも理解は出来る。

 それ故にこの艦隊を率いるものである私が受け持とう。

 そう思っているうちに――――

 

「各艦、イージスシステムの起動準備完了。

 設定は対空3km。対艦5km。優先武装を艦砲、次にミサイルシステム。」

 

 余計な杞憂だったようだ。

 

「各艦。攻撃を開始せよ。」

 

 

 

 5年前に見た無慈悲な攻撃が再現される。

 竜騎士になるため費やした時間。より強くなるために訓練した時間。

 竜母の戦列艦の乗員になるために勉強に明け暮れた、厳しい訓練に明け暮れた時間など――――

 

 

 無意味だ

 

 

 そう言うかの如く、イージスシステムは21隻の駆逐艦を制御して淡々と敵を処理していく。

 そうして1時間経つ頃には、イージスシステムの目標はこの世から消失し、システムは再び眠りにつく。

 

 

「横須賀艦隊、呉艦隊。どちらも敵機の撃破を完了したと通信が入りました。」

 

 南西に展開していたパーパルディア艦隊は、こちらと同じく呉艦隊が撃破したようだ。

 

 

 では敵軍の最も多かった横須賀艦隊も同じだったのだろうか――――?

 敵軍の半数以上が消滅した一撃はイージスシステムによるものではない。

 少し遡ってみる事としよう。

 

 




鶴舞艦隊は北西艦隊の撃破
横須賀艦隊は中央艦隊の撃破
呉艦隊は南西艦隊の撃破
佐世保艦隊は西日本の防衛
大湊艦隊は東日本の防衛

こんな感じにしました。
ミサイル?高いし使ってませんよ。最小限のコストで最大限の効果を得るのが大切ですから。
使った軍費が日本の方が多かったら、ある意味敗北ですしね。
新型艦も武装に関して「は」そのコンセプトです。


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16. 2隻の大和

【登場人物】
●日本国
大川:空母大和の艦長、階級は大将。日本海軍総旗艦であり、横須賀艦隊旗艦。
水瀬:もう1つの大和の艦長、階級は中将。

大変お待たせしました。
何もかもサマーセールがいけない。


◆◆ 横須賀艦隊 ◆◆

 

「敵影、方角2-7-7、距離8000、数およそ1000。こちらに向かって進行中。」

 

 5時間前から無人航空機「MQ-4C トライトン」がパーパルディア皇国艦隊を捕え続けている。

 敵国のワイバーンは、自身の運用高度である4,000mの4倍以上、高度18,000mから監視されている事に全く気が付いていないようだ。

 

「監視を継続。敵艦隊と距離5000になったときに仕掛ける」

 

 原子力航空母艦「大和」艦長の大川は航海長へと告げた。

 航海長の返事を受け取り、頭を次の懸念事項に切り替える。

 

 

 大川の指揮する空母大和は日本海軍総旗艦であり、横須賀艦隊旗艦である。

 今回もロウリア海戦時と同じく旗艦として参戦はしているが、活躍する機会はない。

 航空部隊が出撃する必要が無いほど戦力差があるからだ。

 日本の軍事力からすれば、以前戦ったロウリア王国のガレー船も、パーパルディア皇国の魔導戦列艦も竜母も誤差レベルでしかなく、艦砲1発で撃墜できるか、1~3発必要かの違いでしかないのだ。

 

 それ故に、大川はパーパルディアとの戦況に危機感は抱いていない。

 それよりも――――

 

 

(試用運転はクリアしたと聞いたが、あの新兵器は無事運用できるだろうか……)

 

 大川は本作戦で運用する新兵器の心配をしていた。

 成功すれば士気も今後の海軍兵装にも大きな影響を与える事は間違いない。

 誰もが期待をしているし、大川もその一人だ。

 だからこそ実戦で失敗すれば落胆も大きく、士気も低下してしまうだろうと。

 

 

「こちらCVN(原子力空母)大和。水瀬艦長、これより半刻程でパーパルディア海軍と戦闘に入る。貴艦の準備は如何か?」

 

 そう言葉を投げかけ、大川は空母大和の左弦を並走する、もう1つの「大和」に視線を向ける。

 

 

 

「――――こちらMBB大和艦長、水瀬。全兵装、問題無し」

 

 

 

◆◆ もう1つの大和 ◆◆

 

 もう1つの大和。全長は263m、幅38.9m。

 そしてフォルムは――――大和記念館で飾られている……そう、戦艦大和を模して建造された軍艦なのだ。

 

 ただ、兵装は大きく異なる。

 45口径46cm3連装砲塔は全て前面に配置され、3連装砲塔も単装砲塔に変更された。

 そして副砲は無く、かわりに多数のミサイル発射管が船体後部に配備されている。

 この大和は、現代の技術を以って異世界で再誕したのだ。

 

 

 今の時代に戦艦は無用の長物だろうか? たしかに、地球であれば他の艦を建造すべきだろう。

 だが、[M]BBと冠している通り、戦艦大和はただの戦艦ではない。

 船体の内外部には大小様々な魔法陣が施され、魔力電池が各所に設置されていた。

 

 

 この大和は異世界の技術を取り入れた――――魔導戦艦だ。

 

 

 

 魔法という不可思議な現象をいち早く取り入れたのは海軍だった。

 軍艦というのはその大きさ、海を進む特性上、速度を簡単に上げることはできない。

 地球と同じく科学のみでは、日本国の科学力だけでは、速度の向上は今までより遅くなってしまうだろうと安易に予測できた。

 打開策として目を付けたのが魔法だった。

 

 日本国立魔法研究所でクワ・トイネ人、クイラ人、ロウリア人の協力を得て、船舶用の魔法陣を生み出し、ロデニウス大陸で建造された多数の戦列艦、ガレオン船に施された魔法陣から多くの運用データを収集し続けてきた。

 

 その結果、魔導戦艦大和はその巨体に似合わず最大速度は駆逐艦島風と同じ40ノットを叩き出すことに成功する。

 

 これを民生転用できれば貨物船の航行速度を大きく上げる事ができる。

 地球の2.5倍の直径を持つこの世界では非常に重要な事なのだ。

 何せ、ムー大陸とブラジルがほぼ同じ距離で45日ほど掛かってしまうのだから……。

 

 

 航行速度を向上させる目的ならば、何も戦艦を新造する必要は無かったのではないか。

 勿論、そうなのだ。

 当初は既存艦を改修する方針だった。だが、ロウリア海戦の経験とロデニウス各国の情報を元にすると、ミサイルはこの世界は早すぎる兵器という問題点にぶつかってしまったのだ。

 列強と呼ばれる世界の覇者の1つであるパーパルディア皇国ですら木造船なのだから……。

 

 そうなると艦砲を主体とする軍艦が必要である事がわかってくる。

 木造船にミサイルなど、下手したらミサイルの価格の方が高くついてしまうのではないか?と。

 

 いや、これらは言い訳だ。一番大きな要因は、新たな日本を切り開くのは「大和」であって欲しい。

 関わる者の想いが魔導戦艦大和を産む事となったのだ。

 

 

 

 

「パーパルディア海軍。距離5000。戦闘範囲に入ります」

 

 再び、空母大和に場面は戻る。

 半刻が経過し、ワイバーン隊が3kmまで接近、艦隊との距離は5km。

 

 大川の喉がゴクリと鳴る。

 期待と不安が混ざり、何ともいえない心持ちだ。

 

「魔導戦艦大和に繋いでくれ。」

 

 大川は航海長に指示する。

 直ぐ様2隻の大和の間に通信は繋がり、大川は「ふぅ……」と息を吐く。

 

 そして――――

 

 

「こちら空母大和。魔導戦艦大和、レールガンの実戦使用を許可する。」

 

 

「了解した。こちらMBB(魔導戦艦)大和。これよりレールガンの実用試験に入る。」

 

 

 

 水瀬が応答した後、MBB大和の船体前方上部が2つに割れるように開いていく。

 その中から現れたのは口径60cm、砲身長は100mという、大和の全長の1/3を超える巨大なレールガンだった。

 

 名称は大和砲。推定有効射程は250km、初速は2700m/秒。

 60cmもの大きさを持つ質量体がマッハ8.0程の速度で打ち出されるのだ。木造船など衝撃波で木っ端微塵である。

 いや、何であろうとそれだけの運動エネルギーを防げるものなど存在しない。

 

 このレールガンも魔法によって実現できた部分は多い。

 大きい所でも、砲弾と砲身の摩擦力の軽減、巨大な電力と摩擦により発生する熱の除去、超加速で発生する減速に働く磁界を低減。

 他にも電力の補助など様々な魔法技術が盛り込まれている。

 

 

「艦長、大和砲の発射準備整いました。各所、異常なし。」

 

 魔導戦艦の艦長である水瀬は各艦に通信を送る

 

「当艦、これより大和砲の発射に入る。各艦は当艦から十分に距離をとってほしい。」

 

 万が一、暴発すればこの艦は自沈してしまうだろう。

 それに友軍を巻き込むわけには行かない。

 だが、日本の未来のためにと、水瀬他、魔導戦艦大和の乗員の心が1つになる。

 

(貴公等に恨みはない。だが、一兵たりとも通す訳には行かないのだ)

 

 全日本人を奴隷化する等と宣言する彼らを一人通せば、一人日本国民が死ぬかもしれない。

 他の艦隊が止めてくれるだろうが、その意気なくして護り通せるものかと。

 

 

 

「大和砲!発射!!」

 

 

 巨大なレールガンからの発射音で気密・防音、これに関する魔法が施された乗務員退避室や艦橋でさえビリビリと大きな音が響く。

 もう砲弾はとっくに見えない。

 見えるのは流星の様にプラズマ発光の残滓が残るだけだった。

 

 

「上空のトライトンからの状況を報告してくれ。」

 

 大和砲の発射による耳鳴りが残る中、水瀬は状況報告を航海長に求める。

 ASM-3を超える射程を持つレールガンの1撃にどれほどの効果があるのか。

 

「敵艦隊1,000隻の内、残存数400。600程が大和砲により撃沈されたと考えられます。」

 

 十分すぎる成果に皆の顔に喜色が浮かぶのが分かる。多分、自分もそうなのだろうと水瀬は思う。

 

(水平線を越えた先の艦隊も問題なく撃破出来たのは、砲弾内にある重力の魔法陣のお陰だろうな。)

 

「大和砲の状態は如何だ? 次弾の発射までにどのくらいかかりそうだ?」

 

「それが……。先ほどの発射で故障してしまった様です……。」

 

「そうか……」

 

 砲術長の言葉に水瀬は落胆と同時にやはりかとも思う。

 大和砲は新しい技術ばかり故に故障も多い。停戦の映像撮影時も故障の為にドッグで整備している最中だったのだ。

 

 

「ならば仕方ない。こちらMBB大和、大和砲の実戦データ取得は完了した。これより45口径46cm単装砲の実戦データ取得に移行する。

 当艦をイージスシステムにリンク願う。」

 

 

「CVN大和、了解した。これより45口径46cm単装砲の運用試験に移行する。」

 

 大川大将の言葉と同時に45口径46cm単装砲の砲塔3基がそれぞれ動き出す。

 この単装砲もいくつかの魔導試作技術が盛り込まれている。砲身の排熱、砲塔の移動を滑らかにする為に各所の摩擦低減、弾薬の起爆力の向上など。

 砲弾にも空気抵抗軽減で射程の向上。爆発力強化の魔石を埋め込む事で着弾時の破壊力を向上させている。

 これにより、有効射程は35kmと「Mk45 5インチ砲」の最大射程に匹敵するほどだ。ただ、その長い射程が何時使われるかは甚だ疑問ではあるが……

 

 大和砲がレールガンの実用化に向けたものに対し、こちらは火薬兵器の性能向上を目的としていた。

 ……ドフッ! ……ドフッ!と各砲塔から10秒に1発発射されて、1分間に18隻が爆発四散していく。

 

 40ノットで追い、1/4未満の船体しかないパーパルディア戦列艦を1撃の元に沈めていく。

 最早この場は、MBB大和の独壇場でしかない。

 この海域に限っては、随伴のミサイル駆逐艦、イージス駆逐艦ですら何もすることが無かったのだ。

 

 

 

「こちら横須賀艦隊。敵艦隊の撃破を完了した。」

 

 

 

 

 日本の力は示した。

 

 

 

 惜しむらくは、殲滅しすぎた所為でパーパルディア本国に正しい情報が届かなかった事だ……

 

 

 

 




・魔力電池
魔石から魔素を抽出してバッテリーの様に蓄魔する魔道具。
蓄電池を参考に開発された日本製魔道具。

・魔導戦艦大和
巨大レールガン「大和砲」を搭載する魔導戦艦実験艦。
魔導化による、航行能力、火器兵器の強化も行っており、運用データを採っている。
運用データを元に、既存艦を改修することになっている。
尚、故障しやすい。

「大和砲」の正式名称は「魔導戦艦大和内臓式600mm口径試作電磁加速砲」
これらのデータ取りが終わった後は、機密部を取り除き海軍の広告塔になる予定。
そのため、大和の艦橋最高部は展望室として設計されている


大和砲1発で600隻は多いかもと思いましたが、1撃で壊滅状態にしたかったので「出来る」という事にしました。


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17. 陰る皇国

【登場人物】
●パーパルディア皇国
ルディアス:皇帝
レミール :皇女
アルデ  :皇国軍最高司令
バルス  :海軍最高司令官
カイオス :第3外務局長
ミノルタ :諜報部門長官
ムーリ  :経済担当局長



◆◆ パーパルディア皇国 皇都エストシラント ◆◆

 

 ―――― 帝前会議 ――――

 

「アルデ、海軍からの情報に新しい物はあるか?」

 

 パーパルディア皇国皇帝ルディアスは、アルデに状況を尋ねるが……

 アルデの返答は芳しくないものだった。

 

「その、陛下のお耳に入れていいものか……」

 

「構わん。お前が判断に困るほどのモノなのだろう? 話せ。」

 

 ルディアスは全軍を任せていいと評価しているアルデほどの者が判断に困るという情報。

 他部署の有識者であれば、他方面の視点で何か気づく事があるかもしれない。そう判断した。

 

「はっ! それでは――――」

 

 アルデからもたらされた情報は

・バルスとの連絡が途絶した事

・その後、他の艦隊とも連絡が取れなくなった事

・海軍の情報網に混乱が発生していて、上記すら事実か不明である事

 

 そして、さらに事実が不確かな事柄が

・謎の光が通過した後、バルスの艦隊が壊滅

・轟音が断続的に発生し軍船が沈没している

 

 

 アルデの報告を聞いた各部署の長官は荒唐無稽な話だと思う者と、アルデやバルスと知人であるが為、彼らがそんな状況に陥る事が異常だと、何か理解を超えることが起きているのではないかと思う者、その2つに分かれた。

 

 

 ルディアスはアルデの報告を一句逃さずに聞き取り、内容を咀嚼する。

 しばし考えた後に、彼は口を開いた。

 

 

「ふむ、確かに話を聞く限り荒唐無稽と思うのも無理はない。だが、これは事実だと判断するべきだろう。」

 

 帝前会議に出席する全員がどよめく。

 陛下は一体何を持ってそう判断なされたのかと。

 

「余は日本国が古の魔法帝国の古代兵器を使用したと推測する。」

 

「そ、それは一体何故でしょうか……?」

 

 一層どよめき立つ場の中、アルデはルディアスの心の内を伺いたてる。

 

 

「1つ、バルスほどの者が艦隊を率いているにもかかわらず、情報系に混乱が生じている事。あ奴ならば、ミリシアル帝国が日本の背後に付いていたとしても正しく情報を我々に伝える事ができる。

 それくらい、余はバルスの事を信用している。

 にもかかわらず、情報を遺す事すら出来なかった異常事態が発生した。そう判断すべきだ。

 

 1つ、日本がそれだけの兵器を持ちつつ何故、奴らから停戦を持ちかけてきたかという事だ。

 それは多用出来ない兵器であるからだ。自国で製造出来るのであれば停戦などせず攻め込んでこればいい。

 それが出来ないという事は、極力使用を避けたいに他ならない。

 ミリシアル帝国ですら、只の一度も実戦で使用した記録が存在しないのだからな。

 

 1つ、魔法の様な光を放つ兵器ということだ。」

 

 そういい、諜報部門の長官ミノルタに視線を向ける。

 視線の意図を察した彼はルディアスの代わりに説明を始める。

 

「我々諜報部がミリシアル帝国から入手した古代兵器の情報によりますと、かの国が所持している古代兵器は光を放つものという事が判明しております。具体的にどの様な光かは掴めておりませんが、強力である事は間違いありません。」

 

 

 諜報部門の話を聞き、各部門の長官達は

 ルディアスのバルスに対する信頼、日本の異常な行動、光の兵器、その3つを以って古代兵器と判断したのだと理解した。

 

 

 それと同時に顔を青くした者が2名。

 

 

「カイオス。」

 

「はっ!!!」

 

 真っ青な顔をしたカイオスは立ち上がり直立不動の姿勢を取る。

 日本を最初に相手取ったのはカイオスであるからだ。日本が古代兵器を隠し持っていようと関係ない。

 知らなかったで済む問題ではないのだから。

 

「余は怒りを感じてはおらぬ。だが、何の責もないという事も出来ん。わかるな?」

 

「はっ!!! 陛下の仰るとおりに御座います!!」

 

 情報が全くといっていいほど存在しない古代兵器を見抜くなど到底不可能。

 だが、知らなかったからといって済んでしまえば国として成り立たない。

 

「名誉挽回のチャンスをやる。属領、属国、特にパンドーラ大魔法公国、奴らの海上戦力を日本にぶつけろ。手段はお前に一任する。」

 

「はっ!! 寛大な御心に更なる忠誠を捧げます!! 直ちに行動致します!!」

 

「あぁ、席を立って構わん、直ぐに行動に移せ。」

 

 カイオスは深々と頭を下げ、帝前会議から姿を消した。

 カイオスなら結果を示せるはずだとルディアスは頷く。

 

 

 

「さて、レミール」

 

「はっ!!!」

 

 もう一人の青い顔をした人物、レミールがカイオスと同じ直立不動の姿勢を取る。

 

「お前の任は……といいたい所だが、今は特にない。

 だが、いつでも任を果たせるよう心構えはして置け。」

 

「はっ!!! このレミール、身命を賭して24時間万全の体制を維持する事を誓います!!」

 

 

 

「さて、カイオスを動かした理由が分からぬ奴はいないな?」

 

 各部署の長官は頷く。レミールも頷いてはいたが、アレは分かっていない顔だとルディアスは心の中で溜息をつく。

 

「アルデ。念のため、カイオスを動かした意図を皆に説明せよ。

 僅かなズレから綻びが生じるものだ。」

 

「では、説明させていただきます。

 本件の目的は、第3文明圏全ての海軍を消耗させて、我が国とその他の相対的な海軍軍事力の均衡を保つ事

 もう1つは日本国に古代兵器を使用させて、日本国の切り札を消耗させる事。以上の2点となります。

 

 我が国の屋台骨である陸軍は健在。空軍も少しのワイバーン・ロードを失いましたが、ワイバーン・オーバーロードは無傷です。

 陸戦であれば第3文明圏を押さえる事は容易い事です。」

 

 

 パーパルディア皇国海軍は壊滅的な被害を受けている。

 このままでは皇国海軍と第3文明圏海軍の力量差が殆ど同じになってしまう。

 だが、そこそこ数のある第3文明圏の船を日本にぶつける事で、軍事力の差を取り戻す算段だ。

 ついでに日本の古代兵器が故障すれば御の字という事になる。

 1つの国で多数の船を相手取るには古代兵器を使うしかないだろうと。

 

(端から第3を日本ぶつけて力量を測ればよかったが……今更詮無き事だな。)

 

 ルディアスは自身のミスに反省する。

 そしてレミールは安堵する。間違ってもパーパルディア皇国に土がつけられることは無いと理解できたからだ。

 

 

 

「陛下。第3文明圏の調律を終えられた後は日本と停戦為さるのでしょうか?」

 

 経済部門の長であるムーリはルディアスにお伺いを立てる。

 海軍がガタガタになってしまった以上、早急に立て直す必要がある。その財源を確保しなければならないため、平時に戻って欲しいからだ。

 臣民統治機構と協力して奴隷の増産、最近景気のいいロウリアに卸して木材を購入。

 そこから奴隷を使用して戦列艦の建造へと繋げれば、早急に立て直す事も可能だろうと。

 そのためには、東の海が平時に戻る必要があるのだ。

 

 

「そうだな――――。」

 

 

 

「だが、それは不可能だ。」

 

 

 

 ルディアスの言葉はムーリの願いとは遠くはなれたものだった。

 




誤字報告、いつも助かってます。


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18. 終わらない戦い

【登場人物】
●パーパルディア皇国
ルディアス:皇帝
エルト  :第1外務局長
ムーリ  :経済担当局長

●日本
阿野:首相
今田:政務秘書官



◆◆ パーパルディア皇国 皇都エストシラント ◆◆

 

 ―――― 帝前会議 ――――

 

「陛下、何故に御座いましょう? 栄光あるパーパルディア皇国軍がいかに精強であれど、魔帝の古代兵器では分が悪く存じます。」

 

 ムーリはルディアスの決定に理解が出来なかった。

 魔帝の古代兵器の強力さは想像を遥かに上回る。神聖ミリシアル帝国が技術を解析するだけで、列強1位になるのもむべなるかなと理解してしまうほどに。

 それに、陛下であれば真っ向勝負をせず、此度の戦争は痛み分けで終わらせて、その後、搦め手で勝利を収める事も可能であるはずだと。

 

 

「陛下、代わりに説明する事をお許し下さい。」

 

「あぁ、許す」

 

 外務の最高責任者である第1外務局長エルトはルディアスから許可を頂き、ムーリへと向き直る。

 

 

「ムーリ。それは内政官である者の考えだ。」

 

「だが、このまま日本と――――古代兵器とぶつかるのは危険である事は貴公も理解しているだろう?」

 

「そうだな。だが、列強である我が国が、『一介の』文明国に勝利できなかった。それが問題なのだ。」

 

「それは分かっている。だが、古代兵器を持つものを『一介の』文明国とは呼べぬだろう。」

 

 

 その時ムーリは発言した言葉に違和感を覚える。

 それが表情に出たのか、エルトはムーリを諭すように言う。

 

 

「古代兵器の存在を誰が証明するのだ?」

 

「陛下が仰るのだ。誰もが信じる……。」

 

「そう。我々パーパルディア皇国民はな。だが、ミリシアルは? ムーは?」

 

「ミリシアルであれば……いや、信じて尚、否定するか。」

 

「そうだ。こちらに情報を出させるだけ出させて、否定するだろう。

 古代兵器の情報を頑なに隠すのだ。肯定してしまえば、ミリシアルが持つ古代兵器も日本の古代兵器に通ずる事が証明されてしまう。

 あまつさえ、文明国に辛酸を舐めさせられたモノが列強を名乗るべきではないと糾弾してくるだろうな。

 ムー国が同じ状況に陥った際、ムーリ、貴公は古代兵器の存在を信じてあげるのかね?」

 

「いや、この機をチャンスにムー国を列強から追い落とす事に注力するだろう。」

 

 

 二人の言葉が帝前会議の場に広がる。

 古代兵器を撃退しない限り、パーパルディ皇国の未来は暗いものとなる。

 非常に苦しい状況に皆の顔色が悪くなっていく。

 現状、古代兵器が故障するのを、または、日本がこれ以上古代兵器を使用できないという状況に持ち込むしかないのだから無理も無い。

 

 

「ふっ、ミリシアルやムーが何故、軍船の数を減らしてまで個の戦力に拘っているのか、なるほど納得だな。幾ら数を揃えようと薙ぎ払われては敵わん。

 ミリシアルが列強第1位の座でふんぞり返る訳だ。

 だが、今回経験できた事は大きい。ミリシアルと戦うときにこの経験をしていたら我が国は滅んでいただろう。」

 

 ルディアスの言葉が響き渡る。

 確かにそうだ。苦しい状況だが、古代兵器の力を経験したお陰で、最悪の状況を回避出来たのは間違いない。

 未来のミリシアル戦で古代兵器を初めて知ったとしたら、艦隊が壊滅した後にミリシアルの既存戦力で制圧されていただろう。

 皆の顔に生気が戻る。

 

(意気消沈していては出るアイデアも出んからな)

 

 

 

 会議は幾分紛糾したが、日本に対しての戦略は――――

・無傷の陸軍、空軍を以ってフィルアデス大陸にて日本軍を迎え撃つ

 パーパルディア国軍の主力たる陸軍が健在であれば、戦闘継続に問題はない

 

・戦場は属国、属領を選択する

 本国以外が焼かれようと、パーパルディア皇国にとって痛手はない。

 属国などは焼かれてくれた方が得なくらいだ

 

・日本軍には内陸部を進軍させて補給路を冗長化させる

 内陸部であれば古代兵器は使用できないだろうとの思惑もある

 

・日本軍の戦闘継続が困難に陥った際、日本に敗北を要求する

 最低限形式上の勝利でも構わない。勝利で終われば如何あれ列強の面目は保てる

 

 

「まぁ、こんなところか。余の代で最も困難な事態となるだろう。各自、自身の能力を最大に発揮し事に当たれ。

 貴様達であれば可能であると、余は知っている。」

 

 

 

 

◆◆ 日本国 内閣府 ◆◆

 

 およそ2,000隻の艦隊を退けた後、その一月後に更に800隻の軍船が襲来した。

 第二波の800隻は、第一波のものよりかなり貧弱であり、魔導戦艦大和のレールガンによって一掃した。

 

 今回砲撃で大和砲が故障しなかったのは、各方面の努力による賜物だと各所で慰労会が執り行われていたようだ。

 いずれは砲塔に搭載して艦砲、対空兵器に使用したいが、まだまだ技術の発展が必要だろう。

 

 日本はこの一月、パーパルディア皇国の情報収集に力を裂いていた。

 主な情報源はロデニウス三カ国、フェン王国、ガハラ神国からの聴取。そして、数少ない人工衛星による軍事拠点、市街地の調査。

 そして、第二波で生き残ったパーパルディア皇国の属国、属領の人間を捕虜として捕えた際の聴取だ。

 

 

「正直、これが事実だと信じるのは難しいですね。

 パンドーラ大魔法公国の兵士と名乗る者が嘘を付いていると思いたいくらいです。」

 

「えぇ。ですが、ロウリア王国から聞いた話とも合致していますし、事実と判断するしかないでしょう……

 地球でも近世、奴隷貿易というものが流行った位ですし……」

 

 

 パーパルディア皇国の地理は人工衛星の画像と各国の調書を照合するだけで精度の高い情報を得る事ができた。

 しかし、統治に関する情報は地球の常識とはかけ離れた、信じがたいものであった。

 

「人を家畜の様に扱うだなんて……。その、子を作ることを「交配」、子を成すことを「生産」だなんて、狂っているとしか……

 確かに属領の人々は、人に従う事しか知らず、知識も生きるのに必要な量にすら達していない。」

 

「えぇ。今までは日本と我が国と交流のある国を護ればいいと思っていましたが、そういうわけには行かなくなりましたね。

 パーパルディア皇国から、属領の人々を救う必要があります。

 ただこれは大きな事です。あそこまで知性が低下している以上、自立できるまで日本が援助しなくてはならないという事です。」

 

「はい……。彼らの様な者しかいない場合、国が独力で立ち上がるのも不可能でしょうし、他国の侵略からも護らなければなりません……

 生半可な覚悟では、彼らを救うことはできませんね。」

 

「えぇ。ロデニウス大陸とは訳が違います。日本国への利益の還元も簡単ではないでしょう。

 我々は正義のヒーローではありません。他国を救うために、日本国民に増税という重荷を載せるわけには行きません。」

 

 

 首相阿野と秘書官今田は溜息を吐く。

 属領を無視してパーパルディア皇国に停戦を持ち込むだけなら簡単だ。

 シーレーンを確保し、軍事拠点を爆撃、皇都エストシラントの防壁を崩せば、いかに軍事力の差が分からないかの国だろうと停戦に応じるだろう。

 

 だが、それで終わってしまえば、属領、属国は救われない。

 しかも、国を立て直すために更なる圧政が、彼らを襲うだろう事は安易に予測できる。

 

 だからといって大陸の半分を日本が支えるなんてこと困難という所ではない。

 防衛費、インフラ整備、彼らへの教育、それを日本の国庫から捻出せねばならない。

 パーパルディア皇国や彼らの国庫を使用しても、大した金額にはならないだろうとの試算が出ているからだ。

 

 物価や給料から推測するに、パーパルディア皇国の総資産は日本の年間予算の20%にも満たない。

 実際ロデニウス大陸の総資産は日本が転移する前までは日本の年間予算の1%未満だったのだから、十分大きな資産なのだが……。

 

 ロデニウス大陸と大きく異なるのは2点。

 1つは、日本が食料、物資全てにおいて危機的状況であったこと。投資にかけるリターンうんぬんなんて言ってられなかった事。

 1つは、ロデニウス大陸の特性だ。作物、森林の促成。鉱物資源の回復という夢のような事象のお陰で投資すればするだけリターンも大きくなる。まさにジャパニーズドリームといった夢の大陸だったという事だ。しかも非常に親日的というのもその出来事に拍車をかける。

 

 

「とにかく、協議して何らかの打開策を出さないと、攻勢に出ることもできませんね……」

 

「はい。策もなしに行動してしまえば、きっと誰もが不幸になるはずですから……」

 

 

 知らなければよかった……

 

 

 そう思うのと同時に、知らないままでは行けなかった。

 2つの想いが交錯する。

 

 

 そうして日本の出した結論は――――

 

 

 




誤字報告ありがとう御座います。
まさかミリシアルだったとは……
今までミシリアルって読んでた……


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19. アルタラス王国解放

●日本
後藤:日本海軍大佐。金剛艦長
林田:陸軍伍長

●アルタラス王国
ルミエス:元・第1王女



◆◆ 旧アルタラス王国 南東の海洋 ◆◆

 

「そろそろ旧アルタラス王国の200海里に到達するが、敵艦隊の出てくる気配はないな。」

 

 空母「三笠」率いる舞鶴第一艦隊に所属する、イージス艦「金剛」。

 その艦長である後藤は敵影が全く無いことに一抹の不安を覚える。

 

(人工衛星の偵察で艦隊がない事は分かっているが、こうも何も無いと不安になるな)

 

 そう思うのも無理もない。

 パーパルディア皇国海軍は保有艦船の90%以上を失っており、本国の海域を護るだけで精一杯なのだ。

 新規の属領などに戦力を割き、戦力を分散させるなど出来るはずもなかった。

 

 

「こちら舞鶴第一艦隊司令部。これより、旧アルタラス王国に存在する敵軍軍事基地を爆撃する。」

 

 司令部からの連絡の後、対空兵装を装備した15機「F/A-18 ホーネット」が空母「三笠」から飛び立っていく。

 そして最後に500lb爆弾を複数搭載した「F-35B ライトニングII」が飛び立つ。

 

 ライトニングIIが搭載する爆弾は「CBU-72 FAE I」。燃料気化爆弾と呼ばれるタイプの爆弾でその殺傷能力はナパームやクラスター爆弾を遥かに上回る。

 何より強力なのは、気化燃料が侵入する全ての空間が爆心地になるということだ。

 つまり気密構造など欠片もないパーパルディアの基地には、対費用効果が最も高い爆弾といえる。

 

 

(パーパルディア皇国の軍事施設が民間施設から離れた所にあることが救いだろうか。)

 

 そう思いつつ、後藤は飛び立っていく16機の戦闘機を見送った。

 

 

 

 

 日本が選択した道は、第3文明圏を救うというものだった。

 全てを救うことは出来ないだろう。その手から零れる命もあるだろう。

 

 それでも、人間が人間らしくあるために。

 

 武器を持ちそんな事を言うのは間違っているかもしれない。

 だが、見捨てるよりかは正しい道だろうと。

 

 

 

 日本国民には、奴隷解放の名目で寄付を募る事にした。

 やはり増税までには踏み切る事ができなかったからだ。

 

 だが、思った以上に寄付金は集まった。

 国民からも企業からも。

 ならば後は――――

 

 

 やるしかない

 

 

 

 日本は魔信を使い世界に宣言した。

 

 第3文明圏は日本の下にあるべきと。

 皇国と徹底抗戦の構えを取った。

 

 パーパルディア皇国の支配を受けている属領を属国を在るべき姿に返すと。

 

 

 

 そして解放初手のターゲットに選んだ国は2国。

 1つは支配の歴史が浅い国。そして、もう1つは支配の歴史が長い国。

 日本の援助無しに、どれだけ自力で立てるか調査をしなくてはならないからだ。

 パンドーラ大魔法公国の捕虜が言うには、100年以上支配を受けている国は絶望的だという。

 それがどれ程なのかを正確に把握しなければならない。

 

 

 1つ目がアルタラス王国。

 支配の歴史が浅く、何故か航空設備があり、フィルアデス大陸の南にある為にパーパルディア本国の頭を抑えられる、まるで用意されたかの様なおあつらえ向きの土地であるからだ。

 

 

 そしてもう1つがカース王国。

 パーパルディア皇国から500年以上前に支配された国で、フィルアデス大陸の南東にある沿岸の国だ。

 こちらはアルタラス―日本間のシーレーン確保も含まれている。

 この国の主な産業が奴隷産業、漁業という時点でかなり嫌な予感はするが。

 

 パーパルディア皇国解放戦の第一段階として、舞鶴第一艦隊がアルタラス王国へ、佐世保艦隊第二艦隊がカース王国へと出港した。

 

 

 

◆◆ 旧アルタラス王国 旧首都ル・ブリアス上空 ◆◆

 

 アルタラス王国派遣部隊所属の竜騎士アビスは、王国上空の哨戒任務に就いていた。

 日本という大馬鹿者の所為で上層部は苛立っているから、それから逃げる意味でも哨戒任務は幸運だった。

 

「帰りたくねぇな……。とっととくたばってくれれば、また平和になるのにさ……」

 

 アビスはこんな遠くまで日本という国が来る筈ない。

 どっかでドンパチやって皇国正規軍に滅ぼされているだろうとぼんやりしつつ空を駆ける。

 それが最期の時となるとは知らずに……

 

 高度14,000を飛翔する「F/A-18 ホーネット」から「AIM-9 サイドワインダー」が放たれ、頭上を見上げる事を怠ったアビスは自分が撃墜された事を知らぬまま、この世を去った。

 

 

「目標撃墜。爆撃目標まで50km地点に到達。作戦を続行する。」

 

 

 アルタラス王国派遣部隊は自身がターゲットになっている事など露知らず。

 最初は魔信の不調だと誤解していた通信士が異常に気が付いた頃には、時既に遅し「F-35 ライトニングII」は爆弾投下体制に入っていた。

 

 

「司令!! 先ほどから哨戒任務に就いている竜騎士と連絡が取れません!!」

 

「魔信の故障ではないのか?」

 

「いえ! 東を哨戒する全ての竜騎士との連絡が途絶えています!」

 

「何? 原因を究明するために竜騎士隊を東に向かわs――――」

 

 

 東にあるといわれいている日本から程遠い自分達は蚊帳の外と思い込んでいた所為か、碌な対応も出来ぬまま

 パーパルディア軍基地は爆炎に包まれ、全ての機能を停止した。

 

 

 残党への対処もつつがなく行われ、パーパルディア軍基地爆撃後、日本海兵が上陸を果たしてからたった半日で属領アルタラスは日本国によって解放されたのだった。

 

 

 

◆◆ アルタラス王国 アテノール城 ◆◆

 

「また俺かよ……」

 

 陸軍伍長の林田は溜息をつく。

 ギム周辺の村々の惨状、ロウリアの亜人繁殖施設、どれも吐き気を催すほどの邪悪だったが、

 今回はどんなおぞましい事が待っているのか……。

 

 上官は林田なら耐性があるはずだから大丈夫だと随分なことを言う。

 

(今回は王城に捕らわれている王女ルミエスの救出と事情聴取らしいが……。

 以前に比べればマシなのか?)

 

 パーパルディア皇国といえど他国の王族にまで容赦しないなんて事は無いだろうと林田は思う。

 だが彼は知らない。

 

 

 ルミエスは20~25歳の5年の間にパーパルディア人と5人の子を成していることに。

 

 




 そいや、なんでアルタラスにムーの軍用にもつかえる空港があるんでしょうね。
 あんな所に空港建造したらパーパルディア皇国をいつでも……?


 あ、次は胸糞ですよ~。気をつけてくださいね。


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20. 地獄の日々(ルミエス)

【登場人物】
●日本
林田:陸軍伍長

●アルタラス王国
ルミエス:元・第1王女


タイトルから分かる通り、気分のいい話ではないです。
最後の30行くらいですかね? まともなのは。



◆◆ アルタラス王国 アテノール城 とある部屋 ◆◆

 

 林田はルミエスが軟禁されているとされている部屋の扉の前に立つ。

 だが扉の前には兵士や侍女はおろか、人影すらない。

 

 王族の部屋にノックするなんて間違っているだろうとは思いつつも、勝手に入るわけにも行かないので、とりあえずノックをしてみる事にした。

 すると予想を裏切り、中から返事が返ってきた。

 

「確認など必要ありません。お好きお入り下さい。」

 

 林田は呆気に取られてしまうが、部屋の主がそういうなら……

 それがこの国における作法なのかもしれないと部屋の中に入る。

 

 ルミエスとしては、どうせ何していようとパーパルディアの人間は勝手に入ってくるのだから如何でもよかったのだ。

 

 

 

「日本国陸軍所属、林田伍長。失礼します。」

 

 

 

 部屋の中は甘い香でも焚いているのか、少し淫靡な雰囲気がした。

 天蓋のあるベッドには、長い黒髪の美女が透けるような薄手のベビードール身に纏い……いや、透けていて色々見えてしまっている。

 

「す、すみません! お着替え中でいらっしゃいましたか!?」

 

 林田は慌てて後ろを向きルミエスから視線を外すが、

 

「構いません。私にはこの衣装しかありません。」

 

「し、しかし……」

 

「構いませんよ。視線には慣れています」

 

 ルミエスからは気にした様子が全く感じられなかった。

 

(王族ともなれば着替えすら御付の者が行うらしいし、不躾な視線を送らないように気をつけよう。)

 

「失礼します。」

 

 林田はルミエスに向き直り、出来るだけ顔だけを見るように視線を集中する。

 あのままでは何も進まないと、仕方ないと心に言い聞かせる。

 

 

 

「今日は一段と不思議な様相なのですね。

 本日はどの様なプレイを為さるのですか?」

 

 ルミエスはさも当然な顔でおかしなことを口にしだす。

 

「え? 今日はお話を伺いに……?」

 

(もしかして、俺をパーパルディアの人間と勘違いしている?)

 

「えと私は――――」

 

 林田は自分の所属する日本国がパーパルディア皇国の駐留軍を撃破した事を伝えた。

 

 

 

「そうでしたか。それはありがとうございます。」

 

 まるで他人事のように、ルミエスは林田に礼を述べる。

 ルミエスにとっては、パーパルディアより強大な支配者がアルタラスを制圧しただけという認識だった。

 林田は温度差を感じつつも、自分の任を果たす事とした。

 

「本日は色々お聞きしたい事がございまして……。もちろん、答えたくない事は答えなくても構いません。」

 

「分かりました。何でもお答えします。」

 

「そ、そうですか……では、お聞きし辛い事なのですが、パーパルディア皇国はどの様にアルタラス王国を支配なされていたのでしょうか……?」

 

「私達を……ですか?」

 

「は、はい……。」

 

 やっぱり答え辛いよなと林田は思う。

 

 

 

「そうですね。彼らが祖国を制圧した日から――――」

 

 事も無げに、ルミエスは語りだす。

 その淡々とした事に林田は何ともいえない気味の悪さを感じた。

 

 

「まず、私たちに服従を強いるために何をすると思いますか?」

 

「……すみません、想像が付きません。」

 

 林田が答えに窮し、素直に分からないと答えると。

 ルミエスは淡々と事実を述べる。

 

「調教という名の拷問が始まるんですよ。」

 

「拷問……ですか……」

 

 林田の背中に嫌な汗が流れる――――

 

 

 

「はい。火の魔法で身体をね……焼くんですよ。」

 

(ひ、火あぶり……!?)

 

 林田は咄嗟にルミエスの身体を見てしまう。

 だが、彼女の身体は絹のように滑らかな肌だった。

 

 林田が困惑していると――――

 

 

「火傷の痕が見当たりませんよね? 彼らは焼いた痕に治癒の魔法で治すんですよ。

 軍事国家ですから、兵士を癒すために治癒の魔法が発展したのでしょうね……。

 治した後、如何すると思います?

 

 また同じ場所を焼くんですよ。

 

 どれだけ痛いか、恐いか、苦しいか、分かっているから……

 焼いては治して、直しては焦がして……

 

 

 痛みから逃れようと泣き叫んでどれだけ暴れようとも『魔封じの首輪』を付けられた女と『筋力強化』の魔法で自己強化した男達

 抑えつけられたら逃げられるわけありません。

 

 そんなことをされたら、拷問に耐性の無い者なんて一日持つはず無いですよね?

 

 とっくに心は折れているのに、それが一週間続くんです。

 その日やその時の気分で、手だったり、お腹だったり、胸だったり、足だったり、顔だったり、股間だったり……

 

 

 やだやだ……って懇願しても必ず一週間続くんです。それが決まりだそうで……。

 一週間が経った頃、それは一先ず終わるのですが、そのときに言うんです。

 

 もう少し根性があれば、氷風呂に沈めて雷魔法を流してやれたのに、残念だなって。

 もう一週間頑張らない? って楽しそうに言うんです。

 

 実際にやられた貴族の()もいるみたいで……。命は落とさなかったみたいです。

 何処までなら大丈夫かって熟知しているんでしょうね。」

 

 

 林田は衝撃の余り言葉を失ってしまう。

 拷問を続けるために治すだなんて……、地球じゃ考えられない事だった。

 

 

「そんな事ばかりじゃ憔悴しちゃいますよね?

 私も始めはそうでした。でも、今の私は健康そうに見えますよね?」

 

 突然話を振られた林田は、見た目「は」とても普通そうなルミエスを見て

 

「は、はい。」

 

「そうです。母胎なのだから憔悴する事は許さないというんですよ。

 自分達がそうしたのに、おかしな話ですよね?

 

 でもそうしないと、また拷問の日々が再開するんです。

 恐怖が心の奥にまで刻み付けられているんです。私も必死です。食事が通らない喉に回復魔法をかけて……必死に。

 あぁ、この段階ですと「回復魔法」だけは使えるように首輪を調整してくれるんです。

 

 

 そうして栄養をしっかり摂るんです。

 食事は栄養のある物が十分以上な量を与えられますので。

 

 ふふっ、それじゃあ太っちゃうのではって顔ですね。

 運動は……わかりますよね? 毎日彼らのやりたい放題ですから。1年もすれば、行為のあとにお腹空いたなんて思えちゃうんです。」

 

 

 

「あ、そうそう。行為で思い出しましたけど、最初は拷問の前に無理やり犯されるんです。

 

 肉親の前で。

 

 最初にヤって置かないと大人しくなっちゃうからって。あんな拷問を味わえば大人しくもなりますよね……。

 これが始まりですかね。」

 

 

(は、はじまり……?? この地獄で……??)

 

 

 林田は何も言葉に出来ない。

 掛けられる言葉などあるはずも無い。

 どれほどの地獄か1%も分かってあげられないのだから。

 

 林田が固まっている間に、ルミエスは再度口を開く。

 

 

 

「それから身体を好きにされる日々が続くんですよ。

 でもそれだけじゃないんです。妊娠しないと、努力が足りないって、また炙られて、電気を流されて、刃物で肉を切られるんです。

 もちろん治せる位のダメージに抑えて……

 

 私が性的に興奮しないと、子供が出来難いっていうんです。だから努力しろって。

 (こわ)くて(おそ)ろしくて仕方ないから、心に自分は興奮しているんだって思い込ませるんです。きっと心が恐怖を興奮って間違わせてるんです。

 

 そうして望まない相手の子を成すんです。

 そのときね、おかしなことが起きちゃうんです。

 

 

 何ででしょう? 安心しちゃうんです。

 

 

 きっと、拷問されなくなるからだと思うんですが……

 母胎の安全の為にって拷問が一切なくなるんです。

 

 5人も子を産む頃には、心が間違えちゃうんです。

 

 

 子を成すことが安心する事だって……

 

 

 変ですよね?

 望まない相手、というか父親が誰なのか、心当たりが多すぎて分からないのに」

 

 

 

 ルミエスは自分のことを他人事のようにつらつらと話す。

 きっとそれが自分の心を護っているのだと。林田は理解した。

 

 

 

「これで最後ですかね?

 産まれた子達は、パーパルディア皇国が引き取るんです。

 属領支配のための教育を施すために。

 

 時々手紙が届くんです。

 書いている風景を魔写で撮影して。

 偽造ではないと証明するために。

 

 魔写を見ると分かるんですよ。自分の子だって。

 手紙の内容は、アルタラスの奴隷を効率的に生産する勉強のテストで100点とったって。

 嬉しそうに書いてあるんです。

 自分の国の国民なのに、わかってないんです。あの子達は自分が何をしてるかって。

 

 

 こんなの見せられちゃったら……もうダメですよね。

 アルタラスも私も終わるんだなって分かっちゃうんです。

 

 

 王族の、貴族の娘達は皆こんな感じだって、パーパルディアの人から聞いてます。

 自分の子が国を終わらせる事実を突きつけられるんです。

 

 

 男系の王族、貴族ですか?

 お父様達は国民の怒りの捌け口に私刑に遭うんです。

 亡くなった時の魔写を見せられた記憶はあるんですが……

 

 

 これでもね、国民に比べればマシなんです。

 国民は――――」

 

 

「もういいです!!!! 大丈夫です!!!!」

 

 

 もうこれ以上彼女に話させてはいけない。

 どこか夢遊病の様に話すルミエスの肩を掴む。

 

 

「あら? 興奮しちゃいましたか? 私はいいですよ? 新たな御主人様」

 

 

 ルミエスは左手の親指と人差し指で輪を作り、右手の人差し指を左手の輪の中に突っ込む。

 

 

「大丈夫です!! 貴方はもう大丈夫なんです!!

 私が! 日本が! 貴方を、貴方達を必ず護り抜きます!!」

 

 

 何て言えばいいのか分からない。救うなんておこがましい。

 それでも、絶対にこれ以上酷い目には遭わせない。

 

 

 

 それだけは誓える。

 

 

 

「勝てるのですか? パーパルディアに? 列強ですよ?」

 

「勝てます。既に海軍は壊滅させています。

 でなければ、ここまで来れないでしょう?」

 

 

 

「ホントに勝ってくれるんですか?」

 

「はい! パーパルディア本国はここから攻撃できます!」

 

 

 

 ルミエスの顔が泣き顔に歪んでいく。

 

 

「アルタラス王国を゛……! 救って゛く゛れ゛ます゛か……!?」

 

 

「日本の魂にかけて救うと誓います!!」

 

 

「うわぁぁぁぁぁあああああ――――――――!!!!!!!!」

 

 ルミエスは林田の胸にしがみ付き、堰を切ったように泣き喚いた。

 

 

 

「辛かった!! 痛かった!! 苦しかった!!! 悲しかった!!! 恐かった!! 恥ずかしかった!! 嫌だった!!! 気持ち悪かった!! 壊れそうだった!! 狂いそうだった!!」

 

 

 

 

 

 

 

「助けて――――欲しかった――――」

 

 

 

 

 

 

 

 




最後はもっと語彙が――――欲しかった――――

こういうの好き嫌い分かれそうですよね。


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21. アルタラスの惨状(奴隷生産工場編01)

【登場人物】
●日本
林田:陸軍伍長

●アルタラス王国
ルミエス:元・第1王女
シトミー:奴隷生産工場の収容者の一人

●パーパルディア皇国
ソトノコス:元・奴隷生産工場管理者の一人


たくさん感想頂いてますが、まだ序章なんですけど……
地獄の一丁目というか……
まぁ被害者が感情を吐露するのはルミエスだけなので、嫌な気分は減るかもですけど。

今回はパーパルディア側とアルタラス側の2視点になります。
ちょくちょく入れ替わるので読み辛いかも。



◆◆ アルタラス王国 アテノール城 とある部屋 ◆◆

 

 どれくらい経っただろう、ルミエスは落ち着きを取り戻して恥ずかしそうに林田から離れた。

 

「すみません……取り乱してしまい……。それに服も汚してしまって。」

 

「いいえ、女性に胸を貸せたのです。男の勲章ですよ。」

 

 林田はニコリと笑った。

 林田はルミエス目に光が灯ったように見え、彼女が人としての心を取り戻したかの様に見えた。

 

(壮絶な5年を送ってきたにもかかわらず、何て強い女性なのだろう。)

 

 実際はそんな都合のいい話は無く、ルミエスが心を取り戻すのはまだまだ先であった……

 

 

 

 

◆◆ アルタラス王国 日本国仮設駐屯地 ◆◆

 

「林田伍長、ご苦労であった。」

 

 林田は、日本の仮設駐屯地に戻り上官に報告書を提出した。

 小隊長は報告書を読み進めていくにつれ、眩暈がするほどに酷い内容だった。

 

「これ程とはな……。」

 

 だが、報告書の中にルミエス王女殿下が国民は自分より酷い状況下に置かれている

 ただ、聞くに堪えぬ内容ばかりで言葉を遮ってしまい、聞き取る事はできずに終わったと。

 

 

「よし、次は奴隷生産工場と呼ばれている所に行ってくれるか?」

 

 今度は林田に眩暈が襲った。

 

 

「小隊長殿、処罰は受ける覚悟であります。

 ですが1つだけ進言してもよろしいでしょうか?」

 

 林田が何を言わんとしているかは、小隊長も十分承知している。

 こんな精神がおかしくなりそうな任務だ。林田のメンタルケアも上官としての責務だと承知しているからだ。

 戦場より酷い惨状を経験してきた林田以外の隊員ではこんな任務に心が耐えられないだろうと。

 

「いいだろう。ここで言われたことは俺は聞いていないし、

 存在していない言葉に対して責任など当然発生もしない。」

 

「小隊長殿、お心遣い感謝します。」

 

 林田は一息つき――――

 

 

「小隊長殿、『よし、』じゃないです。」

 

 

 幾ら不問にするとはいえ、これくらい言うのが精々だ。

 

「それだけでいいのか?」

 

「はい。」

 

 

 

 

◆◆ アルタラス王国 旧奴隷生産工場 ◆◆

 

 林田は今回、ここの管理をしていたパーパルディア人と、ここに収容されていた女性に簡単な聴取を行う事になっている。

 

 結構大きな木造の施設で、天井の低い体育館を中心に色々な部屋がくっ付いている感じか。

 天井は吹き抜けで、隣の部屋の物音が聞こえてくる。

 

(プライベートもクソもない施設だな。こんなところに500人も……)

 

 そう思いつつ、聴取する部屋で待っていると一人の中年男性が陸軍兵士に連れてこられた。

 見た目はただのおっさんで、武術の心得とかは全く無さそうなだらしない体つきだった。

 

 

 

 ■■ パ皇国管理者Side――――

 

「初めまして、私は日本国陸軍伍長、林田です。」

 

「これはどうも、私はソトノコスです。」

 

 普通に会話が出来そうな感じで林田は拍子抜けする。

 もしかして、スケープゴートの一般人なのかもしれないと。

 

「では、色々と聞きたいことがありますが、よろしいですね?」

 

「はい。私に答えられる事でしたら。」

 

 

「では、この施設が何か知っていますか?」

 

「はい。ここはアルタラス人奴隷を孕ませて奴隷を生産する工場です。」

 

 ソトノコスという男は、普通に会話をするのと同じ体で異常なことを口走る。

 特に悪びれる事も無く、ただ単に質問されたから答えただけ、そんな感じだった。

 

 

「そ、そうですか……。ソトノコスさんは、ずっとこういう事を?」

 

「いえ、5年前に臣民統治機構雇っていただき、こちらに来ました。」

 

「その前はどんなお仕事を?」

 

「恥ずかしながら、仕事で怪我してしまって3年ほど無職でした。」

 

 ソトノコスはアハハと笑いながら恥ずかしそうに頭を掻く。

 話の内容が違えば、ちょっと冴えないおっさんにしか見えないのが余計異質に感じる。

 

 

「ここの女性達がどうやって集められるか知ってますか?」

 

「はい。見た目がいい方が産まれる奴隷(しょうひん)も綺麗になるらしいから、アルタラス中から連れてこられるみたいですね。

 私はその時は研修中だったので、その仕事には参加できませんでした。」

 

(頭がおかしくなりそうだ。なんでそんな普通に話せるのか?)

 

「そうですか……。ここではどういうことをしてきたのですか?」

 

 

 

「女の奴隷と男の奴隷で奴隷生産(こづくり)させる仕事です。」

 

 

 

 ■■ 被害者女性Side――――

 

「嫌な事思い出させる様で申し訳ございませんが、いくつかお話をお聞きしてもいいでしょうか?」

 

「え? は、はい……。」

 

 金色の長い髪をしたエルフ女性で非常に美人な方だった。

 召し物も裕福な人が着る様な衣服で、きっと高貴な身分だったのだろう。

 

 ただ、ルミエスの様な異質な雰囲気が無いのは気になる。

 

「シトミーさんがこちらに連れてこられたときのことをお聞きしても?」

 

 

「はい……。私は農村に暮らしていて、パーパルディア皇国の兵士達がやってきました。

 そして、私が反乱勢力の一員の可能性があるといって、ここに連行してきました。」

 

「実際はそんなことなく、パーパルディア皇国のでっち上げなんですよね?」

 

「はい。ここに連れてこられたとき、そういうコトをするために集められたって気が付きました。

 皆さん美人な方でしたし……。その私も、村一番の器量良しと言われていましたし。」

 

「では、お聞きし辛いのですが。そこで辛い思いをされたと……?」

 

 

 

「いえ、私はそこまで……。」

 

(ん? あまり被害に遭わない人もいるということか?)

 

「ここに無理やり連れてこられた人たちの中で、パーパルディア兵士に反抗的な方が数名いるんです。

 多分、裕福な生まれの方々だったと思います。」

 

「そういう人たちが犠牲にですか……。」

 

「はい。教育が必要だって、連れて行かれます。

 しばらくすると、その方たちの悲鳴が聞こえるんです。ずっと……。ここ、天井付近だけ壁が無いでしょう?

 隣の声や物音なんか耳に入ってきますし、叫び声なんかは遠くからでも聞こえるんです……。

 

 何が起きていたかはわかりません。叫び声や泣き声、懇願する声が聞こえてきて、恐くてどうにかなりそうでした……。」

 

 見えないからこそ、声しか聞こえないからこそ余計に恐いのだろう。

 恐ろしい事が起きている。だが、どれ程恐ろしいのか見えないから分からない。恐ろしいイメージだけがどんどんエスカレートしていくのだ。

 

「そして、2週間ずっと続いた後、反抗していた人たちが戻ってくるんです。

 服はボロボロですが、傷一つ無くて……。何があったか全く分からないんです。

 そして、彼女達は猫が甘えるみたいにパーパルディア皇国の兵士達に縋るようになってしまっていたんです……

 今でも何があったかはわかりません。性格が変わってしまった彼女達に聞く事なんて出来ませんし……」

 

 

 

 ■■ パ皇国管理者Side――――

 

「兵士さん達が、反乱が起きないようにって教育をするんです。

 確か――――王族、貴族の人たちと同じだって言ってましたね。」

 

(やっぱりか…………)

 

「ソコノトスさんは、何が行われていたかご存知で?」

 

「実際に見た事はありませんが、火炙りだとか、電気ショックだとか、鞭打ちだとかは聞いています。」

 

「その方達が可愛そうだとは思わなかったのですか?」

 

「二週間毎日は少しは可愛そうだと思いますけど、反乱の芽を摘むため、私達の安全の為でしたし仕方がありません。

 少しの犠牲で反乱の目を摘めるのですから。」

 

「そうですか……。それが終わった後は如何したのですか?」

 

 

 林田は割りと冷静な自分に驚く。

 散々な光景を見て、体験談を聞いて、耐性が出来ていることに気が付いた。

 

 

「その後は、兵士の方たちは数名を残して他の施設に向かいます。

 そしたら私達の仕事です。」

 

 遂にか……と思ったら、そうではなかった。

 

「女性達の部屋割りや、部屋の整備などいくつかの業務ですね。」

 

「具体的にはどんな……?」

 

「6つの要素が充たされるようにするんですよ。衣食住、そして三大欲求ですね。

 食が被るので、正確には5つですけどね。」

 

(ん……? ここは結構まともだぞ……?)

 

「健康的な生活を送れば、健康な奴隷(こども)がたくさん生まれますからね。大事な仕事です。」

 

(やっぱり、まともではなかったか……)

 

 

「先ずは『衣』と『住』は殆ど変わらないので、纏めて話しましょうか。

 これらは、アルタラス領の貴族・裕福な商人から徴収します。

 彼らはもう使う必要ないですしね。リサイクルって奴です。衣服・家具をこちらへ運ぶんです。

 これは、兵士の方々がここに来る前にやってくれるので、私たちは奴隷達に渡すだけですね。」

 

 

 

 ■■ 被害者女性Side――――

 

「えっと、この服はここで貰ったんです。

 何処かの貴族の子女様のものらしいですけど、すごいですよね。着心地はいいですし、綺麗で華やかで。

 村に居たときは、こんなの着た事、一度もありませんでした。」

 

 シトミーさんは嬉しそうに服を見せてくる。

 確かにロデニウス大陸でも、そこそこの立場に人が着そうな服だ。

 農民なのにイイ服着ていると思ったら、そういうことだったか。

 

「サイズが合えば、数着もらえるんです。贅沢ですよね。

 それに、家具もベッドも貴族様が使うような物なんです。

 村に居るときよりも、ずっといい物ばかりなんです!」

 

(こうやって飴を与えてムチの感覚を麻痺させているのか……)

 

「それに、ご飯も凄くおいしくて。毎日ちゃんと食べさせてくれるんです。

 お母さんの作った料理も懐かしいですけど、ここのお料理凄く美味しくて!

 

 村に居たときは、食べるに困る事もあって……。不作のときは本当に空腹で辛かったのに……。

 ここではそんな事ないんです。」

 

 

(そうか……。アルタラスはクワ・トイネと違って、凶作になる事もあるか……

 地球でも、農業が発展するまでは餓死や食い扶持を減らすために身売りや捨て子もあったくらいだしな……

 クイラ王国だってそうだったか……

 

 

 生活を保障する代わりに……ってコトなのかもしれないな。

 飢える苦しさなんて、俺には絶対わからないだろうな……。

 飢えるくらいならって思う人がいても、異常ではないのかもしれない……。)

 

 

 何とも悲しい話だが、地球の発展途上国ですら毎年1000万人以上の餓死者が居るのだ。

 科学技術の低い異世界では、人口こそ少ないが餓死者の割合は地球より多い。

 クワ・トイネ王国近郊が異常なだけだ。

 

 

 

 

 ■■ パ皇国管理者Side――――

 

「食は大事ですからね。食べなきゃ死んでしまいますし、

 美味しいご飯を食べるだけで幸せですからね。

 

 ここに居るシェフの奴隷は、確か王宮料理人のコックの一人なんですよ。

 

 それに、他の施設で育てたパーパルディア皇国の作物ですからね。

 美味しいに決まっていますよ。

 

 それに祖国の料理ってのは特別なものですからね、プロの料理人ですからそういうのは熟知しているんでしょう。

 誰もがおいしそうに食べてます。不満なんて聞いた事ありません。」

 

 

 ソコノトスは饒舌にしゃべる。

 この素晴らしいシステムを作ったパーパルディア皇国がいかにすごいか自慢するようだった。

 

 

「私も、たまに本国の料理が食べたくなりますしね。

 こういう仕事柄、長期休暇でもないと本国に帰れませんし……アハハ……」

 

 海外の長期出張者が言うような事をソコノトスは苦笑いしながらしゃべる。

 

「知っていますか? パーパルディア皇国には農務局ってのがありまして。

 そこでは研修者の方々が、日夜作物の品種改良に励んでいるんです。

 その結果、美味しさを追求したものや、病気に強くて生産量に重点を置いた作物、栄養に重点を置いた作物など、同じ野菜でも品種があるんです。

 属領民には量と栄養。私たち本国民は味と栄養って感じに。

 でも、量を重視した作物でも、下手な非文明国の作物より遥かにおいしいですよ!

 流石は偉大なる陛下が治めるパーパルディア皇国です!」

 

 ソコノトスはパーパルディア皇国の皇帝ルディアスの素晴らしさを熱く語りだすが、正直うっおとしいと林田は思う。

 

「あはは……語りすぎちゃいましたね。つい、陛下の事となると。

 

 えぇと、衣食住は終わりましたね。残りは睡眠欲と性欲ですね。じゃあ、睡眠欲から。

 ここの生活サイクルは普通で、日が昇ったら起きて、日が沈んだら寝る。普通ですよね。

 日が落ちてから行為に励んでる奴隷達もいますけど、明日に響かなければ問題ないです。

 

 何がすごいかといいますとね、パーパルディア皇国産のベッドで寝る事ができる事です。

 まぁ、貴族から押収したベッドに寝たいって人もいますが、知らない事は悲しい事ですね。

 パーパルディア皇国産の高品質なベッドに寝る気持ち良さを知らないのですから。

 

 高品質な木材やマットレスの綿、掛け布団の羽毛。これも農務局の方がのですね――――!」

 

 

 また始まったと思ったが、パーパルディアではインナースプリングマットレスはまだ発明されていないようだ。

 パーパルディア皇国の生活様式が思いがけないところで手に入るとは……

 

 

「――――といった感じで、最高の睡眠を提供するわけなんですよ」

 

 

 

 ■■ 被害者女性Side――――

 

「最初は恐かったんですけど、ここに居ればいるほど、何て贅沢なんだろうって思うんです。

 寝る時間はいっぱいくれますし、貴族様が使うものと同じベッドで寝れますし。

 でも近くで行為している声が聞こえるのはちょっと恥ずかしいですけどね。」

 

 シトミーさんは恥ずかしそうに笑う。

 笑う事ができるだなんて……と林田は思う。

 

(シトミーさんにとっては産む機械にされてしまうのを許容できてしまう程の事なんだろうか……?

 俺達日本人には到底理解できない話だが、彼女にとってはそうではないという事なのだろうか……?)

 

 

 1,000年ほど前の文明の人たちがどれ程の苦労をしているか、現代人に理解など到底出来ない。

 

 

(もしかしたら彼女は不幸ではないのか……?)

 

 林田は間違っている状況なのに、彼女を見ると間違っていないのかと勘違いしそうになる。

 だが、貴方はここにこのまま居たいかなんて聞けるはずも無い。

 

 

 

 

 

 ■■ パ皇国管理者Side――――

 

「最後に性欲ですね。これは、この施設の工場の存在理由に深く関わっているので大事ですよね。

 この工場の生産システムも含めて説明しましょう。」

 

 

 この非人道的施設の内容が明らかになっていく――――

 

 




思った以上に長くなってしまったので、01,02に分割いたします。
まだ、次もあるのに……


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22. アルタラスの惨状(奴隷生産工場編02)

【登場人物】
●日本
林田:陸軍伍長

●アルタラス王国
シトミー:奴隷生産工場の収容者の一人

●パーパルディア皇国
ソトノコス:元・奴隷生産工場管理者の一人



 ■■ パ皇国管理者Side――――

 

「最初にも言いましたが、ここには美形の男女が集められます。あれ、言ってませんでしたっけ?」

 

「いえ、確か男女の奴隷で……と。」

 

 どうやら、パーパルディア人がアルタラス人を好き放題しているわけではないらしい。

 恋愛結婚ではなく、家同士の結婚が通常であった古い時代。

 アルタラス人同士あるならば、強引さはあるものの外道というには難しい。

 

「私の様な美形でもない人間が種になっても、いい商品(どれい)は出来ませんしね。ハハハ……。

 大体男性1:女性10くらいの割合で宛がうんです。皇国の長い歴史で、これくらいがベストな配分らしいです。」

 

 数の比がおかしい気がするが、一夫多妻制の国も地球上にはたくさんある。

 所々の異常さがボディーブローの様に効いてくるが、日本人の先入観で考えると痛い目に遭う事が多い異世界。

 

「男女が了承を得て、行為を行っているのですか?」

 

 無理やりでなければ、まかり通ってしまうのだろうか……?

 これだけは聞かなければなら無い。

 

 

「概ねはそうですね。その方が商品(どれい)がデキ易いですし。

 男の方は全国民の0.2%以下の超美形ですし、元々女性の扱いに慣れているのも多いですし、種馬として役に立たなければ労働施設送りですからね。

 女奴隷の気を引くのに全力ですから、農民なんて簡単に堕ちますし、元貴族の子女も家に縛られず自由に恋愛を楽しめるわけですからね。

 先進的でしょう? 非文明国には絶対思いつけないアイデアですよ。」

 

 

(恋愛結婚なんて出来ない時代に、超美形男性アイドルがホストみたいにガチで堕としにかかってくる様のものか……。

 そんなの現代ですら夢みたいじゃないのか?

 少なくとも、俺はすごい美女に迫られたら堕ちる自身はあるな。)

 

 ハニートラップには気をつけないとなと思いつつ逆に疑問に思う。

 

「何故ここまで、環境に気を使うのですか?」

 

 

「当たり前でしょう? このタイプの工場がアルタラスで最も重要な施設だからですよ。

 ここからアルタラス中に、そしてパーパルディア皇国中に、そして世界に輸出されていくのです。

 

 文明国は勿論、列強ですら我らがパーパルディア皇国の奴隷を購入するのです。

 一度は怪我で一線は退いた身、それなのに再び御国の為に働けるなんて、重要な工場に働かせていただけるなんて……感涙の極みです。」

 

 ソトノコスは涙ながらに祖国のために働く事の喜び語った。

 

「あなた方パーパルディアの人たちが女性達で性欲を満たす事はないのですね?」

 

「妊娠していない女達は原則出してませんね。

 美形の遺伝子同士じゃないと商品価値が下がりやすいですからね。

 

 妊娠している女奴隷達は、非業務時間中なら好きにしていい規則なので偶には。

 基本的には自分の奴隷で性欲を充たすので、あまりそういう事はしないですね。」

 

 

 

 ■■ 被害者女性Side――――

 

「は、はい……。その、素敵な男性と……。」

 

 シトミーは顔を真っ赤にして、イケメンのアルタラス男性と行為に励んでいるそうだ。

 ソトノコスは真実を言っている事が確定された。

 

「その、大都市の男性ってあんな感じなのかなって思いましたけど、その中でも特別な方だったんですね。

 私のこと見ててくれて、私の話をたくさん聞いてくれて、覚えててくれて……。」

 

 シトミーさんの雰囲気は完全に恋をしている様子だ。

 これだけを見ると、日本の行動は正しかったのか?と思わされてしまうほどに……。

 

 

「パーパルディア皇国の人に手を出される事とかもあったとか……」

 

 シトミーさんが答えたく無さそうであれば、直ぐに次の話題に転換するつもりであったが

 

「そうですね。多くても月に1,2度ですし、無理やり襲ってくるわけではないですから。

 村に居たときに襲ってくる盗賊や盗賊騎士、街に出ると裏路地に連れ込まれて……ということもありました。

 私はありませんでしたが、領主に連れて行かれて、お腹を大きくしてボロボロになって帰ってくる娘もいましたし、それに比べれたら優しいほうですよ。」

 

 アルタラス統治時代も大概なのかと思ったが、古い時代では全て普通に起きていた事らしいし、アルタラスが異常というわけではない。

 事実、クワ・トイネでも、クイラでも、ロウリアでも、賊は存在したのだ。

 今では騎士団によって討伐されて、ほぼ根絶されているが。

 

 

「そうですか……その、旦那さんとの間に生まれた子はどうしていらっしゃるのですか?」

 

「だ、旦那だなんて……。えへへ……」

 

 シトミーさんは再び顔を真っ赤にさせる。

 

「え、えっと。私は今まで7人の子を、だ、旦那様との間に授かりました。

 初乳というものをあげたあとは、乳母の元に預けられるんです。その後にあった事はないので、どうなったかは……

 元気にしてるといいですけど……。」

 

 幸か不幸か、心が母親になる前に子と引き離されるから、ずっと恋する少女のままで居られるのか……。

 確かシトミーさんは21歳のはずだ。……ん? 5年で7人も!?

 

 

 

 ■■ パ皇国管理者Side――――

 

「子供というのは授かり物でしょう? そんな、産ませようとして出来るものではないのでは?」

 

「普通はそうですね。ですが、パーパルディア皇国の魔法技術であれば可能なんですよ。

 ご存知か分かりませんが女性には卵巣というものがありまして、そこから赤子の卵が生まれるんですよ。

 不妊治療魔法と呼ばれていますが、排卵を上手く促してあげれば双子以上の受胎も難しくありませんよ。

 

 そう、我らがパーパルディア皇国ならね。」

 

 

(排卵誘発剤の魔法版みたいのものか。パーパルディア本国の女性達も使用するようなものらしいから、眉唾ものの技術って訳じゃ無さそうだ。

 臨床実験はこういうところで十分以上に行っているのだろう。

 一応報告は上げておくか、日本の不妊治療に苦しんでいる女性の方に明るい報告かもしれない。

 公表するか否かは有識者に任せればいい。)

 

 

 パーパルディア皇国は奴隷に対する魔法を含めたシステムは効率を突き詰めたもののようだ。

 運が関わる要素を可能な限り排除する、技術としては高度なものだ。対象が人では無ければ。

 

 

「この現状を受け入れてしまう人々も居るでしょうが、反乱の心配はしてないのですか?

 全員が全員受け入れているという訳でもないのでしょう?」

 

 この施設に居るアルタラス人は女性奴隷500人、男性奴隷50人、彼らのサポートで数人、合計550超の人がいる。

 それに対してパーパルディア人は兵士含めても20人に満たない。

 

 

「魔法を封じられた一般人に、パーパルディア皇国製の強化魔法が使える私が後れを取るわけありません。それに皇国兵士さん達も居ますし。

 試してみますか? 筋力だけでもどれ程の違いがあるのか。握手すれば分かるでしょう?」

 

 林田も軍人だ。一般人、しかもだらしない体つきの男性になど――――。

 そう思い、ソトノコスと握手をすると……。

 

 

(な!? 一瞬でも気を抜けば俺の方が押し込まれる!)

 

 林田とソトノコスの筋力はほぼ互角。若干ソトノコスの方が強いくらいだったのだ。

 

「お分かり頂けましたか? 属領の奴隷なんてワンパンですよ。」

 

 日本でも魔法の研究をしているが、筋力を向上させるだけでこれ程の力は生み出せない。

 魔法技術についてはパーパルディア皇国は日本の遥か先を行っている事が伺える。

 

 

 

「では最後ですが、ここで産まれた子達は何処へ?」

 

商品(こどもたち)を教育する施設へ送られます。

 そこで、善悪の判断、パーパルディア皇国の国語、体育、そして性教育ですね。

 

 パーパルディア人の命令に従う事はとても良いこと、人に優しくするとは良い事、人を傷つける事は悪いこと。

 パーパルディア皇国語の勉強、体育は商品(こどもたち)が労働者施設に行くのも多いですし、今の内に体力をつけておくべきです。

 そして、性教育は男女の違い、身体の構造、性器の名称、子供の出来る方法などですね。コウノトリがキャベツからなんて下らない嘘を教えるなんて意味がありません。

 

 そして、5才になると将来、生産工場か労働施設か何処で働くか選別するんです。

 

 ここに来た奴隷達には、先ほどの教育の続きと、ここで商品(どれい)を生産することが非常に素晴らしい事、ここに来た奴隷達は選ばれた稀有な存在だという事を教えてあげるんです。

 それだけでもヤル気が違いますしね。その後は、ここの日常を見て育ち、出産可能年齢に達したら生産(こづくり)を始める様になります。」

 

 

 ここの施設だけでも年間600人ほど新たな命が生まれて、それが5年で3,000人。こんな施設が500箇所あるため、

 この5年で150万人の子供達が、パーパルディアの都合で産まれているのだ。

 

 

「今日は色々お話を聞かせて頂きありがとうございます。」

 

「いえいえ、いつでもお話しますよ。今は仕事も出来なくて暇なので。

 日本の方々とも取引できる様になると、生産者としてはうれしいですね。」

 

「我々は貴国に奴隷化を宣言されたのですよ?」

 

「今は状況が違うと思いますよ。聡明な陛下の事ですから、パンドーラ大魔法公国の様に

 共に戦う国家として属国(ゆうこうこく)として迎えるのではないでしょうか?」

 

「そうだと、まだマシなんですがね……。」

 

「きっとそうですよ。ですから、またお会いできるといいですね。

 考え方の違う方とお話できるのはいい刺激にもなりますし。」

 

「そうですね。それでは。」

 

 

 ソトノコスさんは手を振って俺を見送ってくれた。

 パーパルディア皇国が勝つことを一切疑っておらず、彼の言うように停戦できればいいが

 この状況を放って置くわけにも行かない。

 

 

 

◆◆ アルタラス王国 日本国仮設駐屯地 ◆◆

 

「林田伍長、ご苦労であった。

 今回もまた、壮絶だな…………。強烈な飴と鞭か……。

 

 現代に置き換えると、高級ホテルの食事、住まいを与えられて、国内高級ブランドの衣服、家具で暮らし、

 テレビで活躍するイケメン俳優と睦事をして生きる。

 ただし、産まれた子は政府によって強制的に連行されるか……

 女としては最高かもしれんが、母親としては最低だな。」

 

 小隊長は溜息をつく。

 

「収容者が収容される事を苦痛と思わせないようにするのが恐ろしいところだ。

 最悪こちらが悪にされかねん。」

 

「小隊長殿の仰るとおりです。ですが、ここを維持するためにどれだけの歪みがあるのかと思うと……」

 

 そう、この施設だけでは彼女達は生きることが出来ない。

 労働者施設で作物生産して運んでくる。多分、そこに大きな歪みがあるのだと思う。

 

 

「あぁ、悪いが、次は労働者施設に行ってくれるか?」

 

「はい。ここで終わるなんて後味が悪すぎます。是非行かせて下さい。」

 

 

 

「恐ろしい事が、もう1つあるんだな。」

 

 それは林田が纏めた資料。

 賊に命を奪われたりする事もあると聞いて、アルタラスでの年間の死者数を調べたのだ。

 すると恐ろしい事がわかる。

 

「子供の生存率、飢餓が原因であろう死者、賊に襲われての失った命、事故死

 どれをとっても、アルタラス王国統治時代のほうが圧倒的に悪い。

 パーパルディアに占領されている時代のほうが、死者が圧倒的に少ないのだな……」

 

 正確な数字ではないが、それでも死者は数分の一にまで減少しているのだ。

 治癒魔法によって、病気や産褥の死亡率が減る一方

 パーパルディアの品種改良した野菜をプランテーション農業で育てるため、作物の生産量が増加。

 賊はパーパルディアを恐れて海外へ逃亡または討伐される。

 領主による人攫いも無くなった

 

 

 これが何のために行われているかさえ知らなければ、非常に良い統治なのだろうな……。

 

 

「それと、収容者の男性と、コックについても少し話が出来ましたので報告を申し上げます。」

 

 

 

 ■■ とある男性収容者Side――――

 

「確かに自由はないですけど、男としては最高の場所ですよね。

 彼女達の些細な事に気をつけたり、間違えちゃいけないんですけど、それってここじゃなくてもそうですし。」

 

 ここで暮らす、超イケメンの獣人はそう語った。

 

「兵士さんとしては如何です?この環境。イヤですか?

 美人ばかりで飯も美味い。働かなくてもいいし、施設内を動き回るのも自由。運動場で軽い運動も出来ますし。」

 

「嫌かと言われると……。いい環境だと思いますが、間違えない自信はないですね。」

 

 確かに男視点では、美女に囲まれたいい生活なんだろう。

 

「そこは経験ですよ。兵士さんも戦う技術を磨くために訓練を詰んでいるんでしょう?

 俺達男性陣も結構中イイですからね。情報のやりとりもして、日々精進てヤツですよ。」

 

 

「ですが、労働者施設に送られる人もいるのでしょう?」

 

 彼はアハハと爽やかな笑顔で笑う。

 

「一人だけいましたね。女性を道具と勘違いしたバカ野郎くらいですよ。

 女性に優しく、楽しく、気持ちよくなってもらえれば、俺の子孫を残せるいい環境です。

 バカな事しなければ、そうそう墓場送りなんてないですよ。

 個人的にはずっとここに居たいくらいです。」

 

「労働者施設で同胞が苦しんでいても?」

 

 意地悪な質問だとは思うが、聞かずに入られなかった。

 

「それは……良くないってわかるんですけど……元の生活には戻りたくないんですよ……」

 

 彼はアルタラス統治時代は商人で、賊に襲われて命からがら逃げた事は何度もあるらしい。

 再び命を危険に晒せとは言う事は出来なかった。

 

 

 

 ■■ とある料理人収容者Side――――

 

「私は宮廷料理人でした。ここに連れて来られた時は、どんな目に遭うか不安でしたけど、

 私のやる事は今までと変わりませんでした。相手が王族、貴族から、一般人に変わっただけです。」

 

「変わったことに対して不満はありませんでしたか?」

 

「最初は。でも、ここが国内で優秀な料理人のみ集められる場所だと判ったら、不満はなくなりました。

 それに食べてくれる人たちも喜んでくれてますし。

 

 パーパルディアの食材はアルタラスより種類が豊富なんですよ。なので新しい料理を生み出すのが楽しいと感じるくらいです。

 ハーブの栽培も自由にさせてくれますし、料理人としては非常にいい環境ですね。」

 

 コックの男性は自分の腕が自由に振るえて満足しているようだ。

 

「料理人としてではなく、貴方個人としてはこの環境は如何でしょう?」

 

「住居も悪くないですね。

 王宮で暮らしてた頃とそこまで差はありませんし。

 それに、美人で私を支えてくれる妻にも出会えましたし。

 料理人は絶対に必要な技術職だから、生まれてくる子供にはしっかり技術を受け継がせてくれと。」

 

 彼は自分が子供を抱いて妻と共に映る魔写を俺に見せてくれた。

 普通の家庭にしか見えないくらいに幸せそうだ。

 実際、彼は普通の生活をしているといっても過言ではないのだろう。

 

 どうやらソトノコスが彼に妻を宛がったらしい。

 人が増えれば彼のような料理人は必要になる。だから、普通に生きることが許されているらしい。

 

 

「私たちは一体どうなるのでしょう……?」

 

 

 そう言った彼の言葉を俺は忘れることができなかった。

 

 

 




中世時代は、閉じた小さい世界だったため国民性というものは余り無かったのかもしれませんね。
アルタラスは常備軍っぽいのが居たので、パーパルディアという脅威が居るため、絶対王政に変わりかけていたのかもしれませんが。

○奴隷生産工場
 属領の施設で最も優遇され、最も家畜扱いされる施設。
 衣食住、三大欲求を満たし、パーパルディアによって飼われている
 飼われる事を受け入れてしまうほど(彼女達基準で)贅沢な暮らしをしている。

○不妊治療魔法
 卵子の育成や排卵を魔法的に補助する魔法。
 パーパルディアによる500年の研鑽で副作用はほぼ無い。
 個人差はあるようで、双子、三つ子を毎回宿すような人もいれば、
 一人だけ宿すような人もいる。
 (実は、不妊に悩んでいる人の方が少ない傾向にある)



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23. アルタラスの惨状(労働者施設)

【登場人物】
●日本
林田:陸軍伍長

●パーパルディア皇国
ノトーリア:労働施設管理者(元ではない)



 木造の掘っ立て小屋を何棟もくっ付けたたような施設。

 間取りの壁は薄い木でテキトーに区切ってあるだけなので、やはりプライベートはない。

 シトリーさん達が居た施設の方が数倍マシだ。

 

 ただ、彼女達が居た施設と同様に露天風呂だが入浴施設があるのには驚いた。

 

 

 

「あんたが、日本の兵隊さんか?

 あんたから見ても、浴場があるのはおかしいと思うか?」

 

 俺が風呂場を見ていたら、パーパルディア兵のノトーリアがやってきた。

 今回は彼から話しを聞く手はずになっている。

 

「いや、金もかかるだろうに、よく作ったなと思ってな。」

 

「お、やっぱり必要性がわかるか。ここの奴らは毎日風呂にはいらねぇんだよ。

 汚ねぇだろ? 不衛生は病気の元なのにな、それすら知らねぇんだ。

 それに比べてあんたは判ってる。まぁ、あんな爆発魔法操るやつだしな。文明水準は高いんだろう。」

 

 

 彼もパーパルディア皇国兵士だが、ずっとここに居るため、軍事基地の爆撃は免れたらしい。

 流石にあの爆発を見て戦意は喪失したようだ。日本国の指示に従ってくれている。

 

 農業施設であるここを閉鎖すると餓死者が大勢出てしまうため、ここだけは止む無く営業中だ。

 

 

「で、今日は何の話を聞きに来たんだ?

 作物に異常があればちゃんと報告してるぜ?」

 

「今日は施設の成り立ちや、アルタラス国民の扱いについてだ。」

 

「ふぅん? 変なことを聞くもんだ。まぁ、いいけどよ。」

 

 

 

 

 俺達は室内に移動して、彼が常駐する部屋のソファーに座った。

 

「で? 何から聞きたい?」

 

「先ずはこの施設は何をする所からだ。」

 

 アルタラス人奴隷を使った農業施設ということは知っているが、

 鞭で打ったりしているのかとかは聞いてはいない。

 

 

「ここでは、周囲の施設や本国に送る食用、商品作物を育てている。ここのメインは食用作物だな。

 

 そういえば知ってるか?

 あいつら種を播くとき本当に播くだけなんだぜ?無知にも程がある。

 

 種は発芽を促すために水、光、温度が大事なのによ。

 経験的に連作障害があるの位は知ってるらしいが、対処法をしらねぇ。

 そんなんでよく生きて来たよな?

 

 あんたは知ってるだろう?」

 

 

 いきなり農業の薀蓄が出てきたが、パーパルディア皇国は割と近代的な農業ということがわかる。

 対してアルタラス王国は原始的な農業ということも……。

 

「まぁ、水に半日つけるとか、種を傷つけると発芽し易い種類があったり、光好性、嫌光性種子があるとは聞いたことが……」

 

「ほぅ? 種に傷をつけるのはしらねぇな? 例えばどんな野菜だ?」

 

「いや、俺も聞いたことあるくらいで何の品種かまでは知らない。」

 

「そうか、それは残念だ。まぁ、あんたは専門家じゃないしな。しかたねぇ。

 あぁ、悪い。話が脱線したな。

 まぁそうやって教育しながら、ここで作物を育てているわけだ。」

 

 

 ここまで聞く分には、技術を与え育てるという真っ当なもので、歪みらしきものは存在しない。

 多分、教育がキモなのだろう。

 

 

「そりゃ、鞭も振るうさ。属領アルタラスを維持するための食料を生産してるんだからな。

 バカやられて凶作なんて事になったらシャレになんねぇ。」

 

 確かに一理はある。飢饉に対して備えるために厳しくなるのは致し方ないのだろう。

 多分、ここが運営されてからの流れを聞かないと、歪みは見つからないのだと思う。

 

 

「では、この施設の始まりから、今に至るまでの歴史を教えて欲しい。」

 

「ああ、いいぞ。だけど真似すんなよ。祖国パーパルディアの積み重ねてきた技術なんだからよ。」

 

 真似するつもりなど到底ないが、とりあえず頷いておく。

 

 

 

「まずは、周辺の農村から街に奴隷を集めるんだよ。このときに間引くんだよ。

 反乱分子をな。間引いても各施設500人くらいになるよう調整はするが。

 あぁ、奴隷生産工場に行くやつとその家族はここで開放だ。

 最も重要な施設だからな。家族にも特権が与えられる。」

 

「特権と間引きとは……?」

 

「文字通りの意味さ。

 特権は労働施設への収容が免除される。奴隷生産工場に送られたヤツの体のいい人質だ。

 奴隷生産工場で働く限り、家族は今までの生活が許される。

 家族は何してるか何て知らねぇからな。生産工場にいる奴らに感謝するんだよ。何も知らずに仕送りやプレゼントを贈って自分達で奴隷達を縛ってるんだぜ?

 

 次に間引きだ。

 不満があって奴隷から解放されたいヤツを募るんだよ。

 1:100で俺を倒せたら解放してやるってな。対価は自分の命でな。もちろん俺が1だ。

 そんだけいれば勝てるだろうってタカを括るんだ。

 

 だが、パーパルディア皇国の魔法で強化し、戦闘訓練を詰んだ俺と大した武器もねぇ、魔法も封じられている一般人。

 余裕を持って勝つんだよ。

 で、負けたヤツは民衆の前で拷問の後、処刑する。先ずは恐怖でってのはスタンダードだからな。」

 

 

「だが、そんな方法を取り続けていたら、いずれ人がいなくなるだろ。」

 

(恐らく恐怖で縛り続けるのではないだろうが……)

 

 

「あぁ。次にな、こういうんだ。

 『施設内で反乱を起こしたら、張本人と近くにいる奴ら50人を処刑する』ってな。

 本当に無作為で選ぶんだ。するとどうなる? 自分達は関係ないと思ってた奴らが、いきなり当事者になる可能性が出て来る。

 わが身可愛さで同じ国民同時なのに互いに監視しあうんだ。近くにいる奴が謀反を起こしたら殺されるかもしれないからな。

 そうやって、内部分裂を起こさせる。ここまでが間引き効果だ。」

 

「やはり恐怖で支配するんじゃないのか?」

 

 苛立ちが声に出てしまっているのだろう。

 

「まぁまぁ落ち着けよ。これは始まりだって。

 この恐怖がある間に、毎日必ず入浴をすることや、作物の育て方とか絶対に守らなきゃならない規則を叩き込む。

 間違った知識で農業されても困るし、感染症なんて俺もヤバイからな。ここは絶対に叩き込む。」

 

 取る方法は間違っているが感染症は本当に恐ろしいものだ。

 簡単に万単位の人が命を落とす。だが――――

 

 

「もう少し穏便な方法は取れないのか?」

 

「無理だな。奴らが自分達が病気にかかり難くなった事、作物の育ちが良くなった事を実感させるのが一番効率的だ。

 奴らはあんたの思うほど利口じゃない。」

 

 そういわれるとアルタラスの人々を知らない俺は返す言葉がない。

 

 

「で、そのあたりの教育はそれくらいだ。

 後は多少の飴を与えてやるんだ。奴隷生産工場に行って来たのなら大体わかるだろ?」

 

「衣食住と三大欲求を満たすんだったな?」

 

 結局はそこか……

 だが、あの施設と同じ様に出来るほどのリソースは無いはずだ。

 

 

「正解。だが、此処では三大欲求までだ。

 あの工場は基幹産業だからな。手厚くするが、ここはそこまでコストはかけない。

 恐い顔すんなって。薄々気が付いてたんだろ?」

 

「……話してくれ」

 

 分かっていても、気分が悪くなるのはどうしようもない……

 

 

「食は大してかわらねぇな。コックの質が「最高峰」から「街で人気」に落ちるくらいだ。

 奴隷用の食料も「量」「栄養価」重視なのは変わらない。そんなに多品種も作れないからな。

 体力が資本だからな。しっかり食わせねぇと生産量も落ちる。」

 

 どの施設でも食べるに困らない様にはしてくれているらしい。

 それだけはありがたかった。

 

 

「次に睡眠だな。これは非文明国の村でよくある大人数用のベッドだ。1つのベッドを4人で使うのさ。

 モノはそこらの家から徴収してくる。足りなきゃ作らせるがな。」

 

 クワ・トイネやクイラ、ロウリアでも農村部はそんなものだ。

 1つのベッドを4人で使うのは余裕のあるほうだから良心的なのかもしれないくらいだ。

 

「おっと、まだ終わりじゃない。

 これに関しては、作物の生産高が多い8人のグループに対して褒美を出すんだ。

 パーパルディア皇国産のベッドだ。知ってるだろ?」

 

「ああ、他の施設でも使用してると聞いた。」

 

「そうだ。大人数用のベッドだが、それを報酬にくれてやるのさ。

 すると、グループ間で競い合いが起こるのさ。見た目からして、そこらのベッドとは格が違うからな。羨ましいのさ。」

 

 

「そうして内部の対立を深めるのか?」

 

 かの豊臣秀吉も部下を競わせて効率化を図ったそうだ。

 ただ、その所為で秀吉亡き後に文官、武官の間で対立が起こり最終的に滅びる事となった。

 もちろん一つの要素でしかないが、全く無関係でもないらしい。

 それをこの施設内でも起こすということか。

 

 

「ご明察通り。特にまともな寝具で寝た事のない貧民層がやる気を出すのさ。

 そして最後が性欲だな。

 さっきからベッドは4人、8人グループって言ってるだろ? その比率がキモだ。

 男女比が3:1。そしてそれを二組で8人グループ。

 これが今のスタンダードだ。」

 

「何故その内訳になる?」

 

「女には3つ使える所があるだろう? 上に1つ、下に2つ。だから3:1だ。

 ここで大事なことがある。

 俺達は好きにしていいって言わない事だ。

 言っちまうと、俺が言ったからとやりたい放題しだす。」

 

 

 怒りが胸の内を渦巻くが、捕虜に対しての暴行は許されない。

 それに真実を明らかにしなくはならない……。

 

「それが目的じゃないのか?」

 

「いや? 性欲がない奴だって僅かながらいるかもしれないだろ?」

 

 ありもしないことをノトーリアは口にする。

 

 

「まぁ、施設にしばらくいると性欲を発散する機会も無いわけだ。

 しかも入浴は混浴、ベッド内訳も男3、女1だからな、余計溜まるんだろうな。

 

 するとな、最初に誰かが間違いを犯す。

 壁は薄い、天井付近は吹き抜け、声が周囲に響く。

 何が起きてるか誰でも分かっちまう。

 

 するともうダメだ。他のヤツがヤってるんだからって自分に免罪符を張るんだ。

 一気に全部のグループが盛りだす。」

 

「仕向けている癖に、自分は関係ないような口を利くな!」

 

「そう怒るなよ。環境を整えただけさ。同胞が大切なら我慢だって出来たはずさ。

 あいつらは自己の欲求に負けただけだ。

 あんたなら如何だ? 欲に負けたか?」

 

 

「日本国軍人がそんなモノに負けるわけが無い!!!」

 

 

「そうだな。俺だってそうだ。誇りを捨てるくらいだったら自害する。

 だが奴らは違う、負けちまったんだ。」

 

 

 勢いでありえないと言ったが、日本国民全てが耐えられるだろうか……?

 俺は信じたいが、国民全員が強く己を律するのは難しい……。

 

 

 

 そうか……ここの女性たちに全ての歪みが押し付けられるのか……

 

 

 

「女性達はどうなる?」

 

「何も変わらないさ。いや、グループによっては扱いが変わるところが多いな。

 女達は軽い仕事に変わり、男達の仕事量が増えるケースが一番多い。

 

 どこかで罪の意識でも感じているじゃないのか?

 

 女が全く何もしないケースもあるし、

 稀に女の仕事量に変化がないケースもある。やるだけやって置いてあんまりだよな?

 一応、そういう時は言ってやるんだ。『代わりはないぞ?』とな。」

 

 

 ノトーリアは当たり前のように起こった出来事を述べていく。

 いや、パーパルディア皇国民にとっては当たり前なのだろう。

 

 

「でな、三大欲求が満たされだすと、諦めるやつが出てくる。

 特に貧民だった奴らだ。都市のスラム街に居るだろう?そういう奴ら。

 

 あいつらは食欲も満たせず、睡眠もろくにとれず、性欲なんてもってのほか。

 此処では全部得られて住処まで貰える。だから此処に満足しだすんだ。

 

 するとこの中でより良くなろうと努力しだす。

 褒美で、寝具を得て、その次は娯楽を得る。俺達がカードゲーム、ボードゲームとかくれてやるんだよ。ポケットマネーでな。

 奴らは更に頑張るし、いい循環だろう?

 ちゃんと成果を出せば遊ぶ時間くらいやるさ。」

 

 

「で、それに気に食わないのが、そいつらが貧困層だって知っている奴らだ。

 悔しいよな。自分達より下だった立場のヤツが、自分達よりいい暮らしをしているんだ。

 揉め事は俺達が許さないからな。成果で戦うしかない。そうやってどんどん競い合うわけだ。

 まぁ、こんな感じで5年だ。

 

 あぁ、因みにヤって産まれたのは飼育施設に送られる。ここに居ても意味無いしな。」

 

 

「彼らはお前達のモルモットじゃないんだぞ?」

 

 俺は怒りを隠すことすらしない。いや、できるわけが無い。

 人を何だと思っている!

 貴様らの玩具じゃないんだぞ!!

 

 

「あ~なるほどな。なんでポケットマネー使ってまで、褒美をやるのか俺も理解できなかったんだよ。

 必要ならば本国から支給されるはずだしな。

 だが、林田さんの言葉で理解できたよ――――

 

 

 ペットは可愛いもんな?」

 

 

 俺は無意識にノトーリアの胸倉を掴み、睨みつけていた。

 だが殴ってはならない。規律を犯すは日本国軍人足り得ない。

 

 怒りに震える手を解き、ノトーリアを解放する。

 

 

「ゲホッ! やっぱりあんた達はスゲェな。そこまで自己を律することが出来るなんてな。

 だからこそ分からねぇ。何でこんな事で怒るのかがな。」

 

「お前には一生分かるまい!!」

 

「そうだろうな。これが思想の違いってヤツなんだろう。」

 

「そんなこと――――!!!」

 

 

 だが、そうなのかもしれない。

 500年以上、狂った世界の中で生きていれば否応なしに狂ってしまう。

 何より恐ろしい事は、自分が狂っている事にすら分からない事だ……。

 

 

 

 狂っているのは俺達なのか? 世界なのか?

 

 

 

 




アルタラス編はこれにて終了です。
ですが、次はカース編です。

○労働者施設
 属領の施設。農業、漁業、鉱業など、体力と人数を要する第一次産業を行う施設。
 奴隷飼育施設で生産工場向きではない(相対的に美形でない)人たちが送られる。
 遺伝子が選別され、世代を重ねるごとにどんどん美形になっていく。

 慰み者にされる彼女達の恨みは元王国へと向く。
 自分達を見捨てて逃げようとした王族、貴族へ……


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24. カース王国編01(女王の系譜)

【登場人物】
●日本
林田:陸軍伍長→少尉

●アルタラス王国
ルミエス:王女(25才)

●カース王国
リリエラ・カース:カース王国女王(18才)

アルタラス解放と同時期に、カースも救出されています。
アルタラスと一緒で制空権取得後、属領統治軍基地を爆撃して終わりです。



「林田。今度はカース王国へ向かってもらう。まぁ、小隊に移動命令が通達されたから、小隊ごと移動だがな。」

 

「やはり次は……。」

 

「あぁ頑張ってくれ。」

 

 林田は溜息をつくが、降りないと決めた以上最後までやり遂げるつもりだ。

 

 

「そう落ち込むな。いいニュースもある。」

 

「沈むような事ばかりですから、ありがたいです。」

 

 ニッっと笑う小隊長の顔を見て林田は嫌な予感を感じてしまう……。

 そして、直ぐに的中する事になる。

 

 

 

「昇進おめでとう林田少尉。俺と同じ階級だな。」

 

「は…………? ――――!! も、申し訳ございません小隊長殿!!!」

 

 林田は自分の耳を疑った。

 陸軍士官学校を出ていない自分が士官になるはずなど無い。

 

「はははっ。その気持ちは分かるが、今回は特例中の特例だ。

 各所からツッコミを受けてな。

 他国の長に下士官を向かわせるなどとんでもないと。」

 

「であるのでしたら、小隊長または、佐官殿が……」

 

(わざわざ自分を昇進させる必要など……)

 

 

「いやぁ、上官殿がな……。報告書だけでたくさんだ、何とかしろと。

 それは俺も同感でな。

 そこで、今回お前が得た情報に目を付けたわけだ。

 

 今回得た情報は今後の日本国の行く末を大きく左右する重大な情報である。

 それを得た林田伍長には、相応の褒賞が与えられなければならない。ということだ。

 という事で少尉特進だ。」

 

 

「こ、こじ付けでは……」

 

「……その言葉は聞かなかった事にしておいてやる。

 まぁその通りだが、お前としても途中で降りる気が無いなら丁度いいだろ?

 

 それと、向こう5年以内に士官育成過程や必要技能の習得が出来なければ相応の降格はある。」

 

「形だけの士官は不要と?」

 

「当たり前だ。無能に率いられる部下が哀れだからな。」

 

 

 それならば有り難く拝命しようと林田は思う。

 力不足であれば、相応の地位になるだけだと。

 小隊長殿の言うとおり、使えない上官ほど性質の悪いものは無いのだから、自分がそれにならないのなら――――。

 

 

 

◆◆ カース王国 王城 ◆◆

 

 一見平和に見える城内が林田には恐ろしく感じる。

 たった5年であの惨状なのだ。500年経過して、何事も無い様に見えるのが不気味でならない。

 

「謁見は女王陛下の私室で行うとは……」

 

 謁見の間はパーパルディアに支配されてから久しく使われていない。

 というか撤去されているため、何故か陛下の私室で行う事となった。

 

 ルミエス王女と状況が被り、林田は嫌な予感を感じる。

 

 

「それでは林田様、陛下がお待ちです。」

 

 侍女に案内されて、陛下の私室へと入室する。

 

 

「初めまして。私はカース王国の女王リリエラと申します。」

 

「お初にお目にかかります。私は日本国陸軍少尉、林田と申します。

 此度はリリエラ女王陛下に謁見する機会を賜り光栄に存じます。」

 

 案の定、部屋は甘い香りでルミエスと同じく目のやり場に困る非常に薄いベビードルを着用していた。

 ただ、女王という割にはルミエスより若く。20歳になるか?といった所だ。

 

 

 

「はい、よろしくお願いします。それでは○○○○しましょうか。」

 

 いきなり女王リリエラはベビードールを脱ごうとする。

 

「お、お待ち下さい女王陛下。

 わたくし程度の浅慮では、へ、陛下のお考えを察するに至りません。

 ど、どうか、わたくしに陛下の深遠なる心の内を……お聞かせ願えないでしょうか?」

 

 

 企画モノのAVですら、稀に見るシチュエーションに林田はパニックになるが、

 先日のパニックがあったおかげで、思考が停止せずになんとか流されずに済んだ。

 

「わたくしではお気に召しませんか?」

 

 何かおかしいのか?という雰囲気でリリエラは首を傾げる。

 

「滅相もございません。私程度では釣り合いが取れません。

 それに、陛下にお聞かせ願いたいことがあり、伺った所存です。

 その様な事をしていては……」

 

「身体を重ねながらでも、お話は出来ますわ?」

 

 

 話が全く噛み合わず、1つ1つ確認していくと少しずつ状況が掴めて来た。

 リリエラからするとただ持て成そうとしただけだったのだ。

 

「な、何故その様な持て成し方を……?」

 

「普通でしょう? パーパルディアの方からそれが当たり前だと聞いていますし、母も、祖母も、曾祖母もその様にしてきたと伺っていますわ。 」

 

(ようやく話が繋がった。パーパルディアは陛下を狭い世界に閉じ込めて、人形で遊ぶかの如く常識を書き換えているのか。)

 

 リリエラにとって、先祖の代からそれが常識と教え込まれて育ってきたのだ。

 だから間違っている事がわからない。

 

 

「陛下、私は任務を帯びて陛下の下に伺いました。

 お気持ちは嬉しく思いますが、任務中ゆえに御もてなしを頂戴するわけには行かないのです。」

 

「そういうものなのですか? 残念です。また、機会がありましたら。」

 

「は、はい……。」

 

 

(なるほど、こういう風に歪ませるわけか……。)

 

 

 せめてもの救いは、リリエラが自身を不幸だと思っていないことだろう。

 ルミエスの様に地獄に落とされて尊厳を踏みにじられて生きるのと

 リリエラの様に自分が地獄に居る事を気づかずに生活する。

 

 どちらが真の地獄なのだろうか……

 

 

 リリエラが王城で行っている政務は、自国民の生産状況を把握し、調整する事らしい。

 資料を見る事ができるか伺うと、何事も無く見せてくれたがその中身は目を覆いたくなるほどだった。

 

 内容は奴隷生産工場や労働者施設の稼働状況、

 月ごとの奴隷の生産数、輸出数などが記載されていた。

 

 別の資料では労働者施設の生産量、カースでは綿花が育成に適した土地らしく、

 パーパルディアは綿の多くをここで生産していたみたいだ。

 

 

 次に、不躾ではあったのだが、女王にしては非常に若くあったため、先代が早くに崩御なされた伺ったところ……

 

「いいえ。女王は15歳で即位するものですよ。ですから先代、母は健在です。

 ご存知ありませんか?」

 

「い、いえ。どうやら日本とは文化が違うようでして……。」

 

「まぁ!そうでしたか。でしたら仕方ありませんね。パーパルディアの方も文化が違うようですし。分からないのも無理ありません。」

 

 何とか誤魔化したが、それが引き金となってしまった。

 

 

「では、我が国の世襲制についてお話しますね。

 まず、女王は先代の直系の女性が選ばれます。選考基準は美しさです。

 

 初潮を迎える頃には、次代の女王候補になれるか決められます。

 そして、何人かの候補は初潮と共に次代を産む努めを果たすんです。

 

 パーパルディア皇国からもたらされた不妊治療魔法のお陰で、女王候補者は毎年平均2人の子を成せます。

 私は初潮が11才で始まって今が18才です。その7年間で14人の子を成しましたので平均的ですよね。」

 

 

 男児は城の兵士、騎士などの力仕事を担当し、女性は侍女など細かい作業に従事するようだ。

 先ほど案内してくれた侍女は種違いの姉妹だそうだ……。

 

 因みに種は想像に難くない……そう、パーパルディアだ。

 何十代もその様に狂わされ、彼女はカースの王族でありながらカースの血は1%未満、そしてパーパルディアの血が99%以上……。

 

 

 

 後日、パーパルディア人から聞くと、王族、貴族は何かあったときのスケープゴートだそうだ。

 矛先が王族、貴族へ向く様に……パーパルディアにとっての保険だと。

 

 

 




カース王族とアルタラス王族、どっちが地獄なんでしょうね?
知らない方が幸せ?
知らない事が不幸?

すみませんね。2施設くらい纏める予定だったんですが特例の昇進がありましてね。
半分使っちゃった。

因みに女王世襲制なのは、パーパルディアの血に染めるためです。


それと、誤字報告ありがとうございます。
今回1件は「うっおとしい」自分の趣味都合であえて誤字のまま残しておきたいです。


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25. カース王国編02(生産施設と労働者施設)

【登場人物】
●日本
林田:陸軍少尉

●カース王国
リリエラ・カース:カース王国女王(18才)



◆◆ カース王国 奴隷生産工場 ◆◆

 

「はぁ……次はこの施設と労働者施設か……。こっちも王家と同じなんだろうな……」

 

 気が重くなるが、辛そうだったアルタラス王国よりかは幾分かはマシだろうか

 

(まだマシなんて思えるなんて、俺も毒されてしまったかな……)

 

 

 奴隷を延々と産み続けるだけの施設。

 恐ろしい施設だが、やはり施設の中はアルタラス王国より雰囲気が明るい。

 

 

 

 ただ――――

 

 

 

 もの凄い大○交パーティーが行われている事を除いて……

 

 

 

(これはまた凄いな……。言葉で表現できない何ともいえない感じだ。

 しかも全員が物凄く美形なのが余計に……。)

 

 500年かけて美形の遺伝子が選別された結果なのだろう。

 パーリーピーポーも唖然としそうな場所なのに、どうしても目が惹き付けられてしまう。

 

 リリエラ陛下も非常に美人だったが、それを上回る美男美女達ばかりだ。

 男性達は羨む気すら失せるほど美男子で、女性達も見てはいけないのにどうしても目が離せない。

 一種の芸術性すら感じてしまうが故に、言葉にならない感情が湧き上がるのだろう。

 

 

 

(一応、伺うと話は伝わっている筈なのだが……)

 

 呆然と突っ立っていると、ちゃんと衣服を着た男女がこちらへ向かってきた。

 

「あなたが、ニホン?という所から来た人ですか?」

 

「あ、ハイ。私は日本国陸軍の林田少尉です。」

 

 思ったより普通に受け答える事ができた自分にビックリした。

 やはり慣れ(なれ)とは恐ろしいものだ。

 

「よかった。私たちが林田様のお相手をさせて頂きます。」

 

 

 一組の男女は15,6才くらいの赤い華やかなドレスを纏った少女と、30代前半くらいの黒いロングコートを纏った男性だった。

 彼らも例に漏れず美形で、気取った服装にもかかわらず非常に似合っていた。

 

 談話スペースがあるということなので、俺達はこの会場を後にした。

 

 

 

「ここでのお話をいくつか聞きたいのですが、その前に――――申し訳ありませんがあなた方のお名前を教えて頂けませんか?」

 

 彼らに魅入ってしまっていたので、つい名前を聞きそびれてしまった。

 

「名前とは一体何でしょうか? 知ってる? 4725。」

 

「いや、俺も知らないな。管理者ってヤツかな?」

 

 二人は本当に名前という概念が分からないようで首を傾げていた。

 

(な、名前が分からない……? そ、そんなことがあるのか?)

 

「えっと……。名前というのは、自分が持つ固有名称といった所でしょうか。

 貴女はそちらの彼の事を何て呼びますか?」

 

「4725といいますね。なるほど!識別番号のことですか。でしたら私は9268といいます。」

 

「俺は4725だ。よろしく頼む。」

 

 自分を9268という女性は納得がいったかの様に胸元で手をパチンと叩く。

 そして4725と名乗る男性も納得して頷いていた。

 

(パーパルディア皇国は、彼らから名前まで奪い去ったのか――――ん?)

 

 彼らの首元にネックレスと思わしき鉄製のアクセサリーに何か書いてある事に気が付く。

 よく見るとそこには『006-0135-04725』『006-0135-09268』という番号が書かれていた。

 

 カース王国は6番目に占領された国だったはず。

 そしてリリエラ陛下に拝見させて頂いたこの施設の番号は0135、そして最後の5ケタが……。

 

 

 それは名前ではないと言いたかったが、名前という概念を誰もが納得出来るように説明も出来ない。

 それだけ当たり前のものだと思っていたからだ。

 

 止む終えないので、現状は女性の事を9268さん、男性の事を4725さんと呼ぶしかない。

 

 

「あ、ありがとうございます。それでは――――」

 

 

 彼らから聞く話はアルタラス王国と同様で衣食住、三大欲求を満たした生活だった。

 

 違う点は2つあって、1つ目は最初の恐怖を叩き込むという事が無かったため、アルタラスにあった暗さが無かったのだろう。

 もう1つは、産まれた子供を他の施設に送るところまではアルタラスでも聞いたが、若い次世代の子を施設に受け入れていることだ。

 その子達は、ここに居る人たちで此処での暮らし方を教えて、身体が成熟した日に直に子供を産めるように『トレーニング』をするそうだ……。

 

 もう1つ衝撃だったのは、4725さんと9268さんで……なんていうか……わかるだろ?

 思い起こすと例の会場でも、同世代だったり、異なる世代だったり様々だった気がする。

 

 

「――――これで聞きたい事は以上になります。最後に――――

 

 ここの暮らしを続けたいですか?」

 

「「はい。」」

 

 

 即答だった。

 

 

 

 

◆◆ カース王国 労働者施設 ◆◆

 

 俺はもう何があっても驚かない。

 先ほどの施設はそう思わせるだけのインパクトがあった。

 

 多分ここも恐怖で支配せずに、その生活を当たり前にさせているんだろう。

 子供の頃から洗脳教育すれば出来てしまうのだろう。

 

 

 労働者施設に着いたのは昼前で彼らは農作業に従事していた。

 ただ、アルタラスと違うのは農場が小分けにした区画で仕切られてはおらず、大きな区画1つで1~2種類の作物が育てられ、別の大きな区画ではまた違う作物が1~2種類育てられていた。

 そして畑の半分を占めていたのは綿花畑だった。

 

(アルタラスと違って互いを競わせては無いのかもしれない。)

 

 そう思ったのは、小規模なプランテーション農場では複数のグループが同じ畑で作業していたからだ。

 汗水垂らして働く姿は好ましささえ感じる。ただ、1グループ男3女1という比率であるため、そこは変わらないらしい。

 

 

 

 日も高くなり、彼らは昼食と休憩時間に入った様だ。

 

 

「キミ、すまないが、今日こちらに伺うと連絡を入れたものだが、そういう話を知ってそうな人を知らないか?」

 

 昼食を終えて立ち上がった男女のグループに声をかけると――――

 

「ん? 貴方が新しい管理者様か? 話は聞いているよ。食器片付けてくるから、部屋で話そう。皆もそれでいいよな?」

 

 20代の若い獣人男性は一緒に居た同世代の男女にそう声をかけると、彼らは頷いて承諾してくれた。

 

 

 彼らの視線を視線を向けると――――

 やはり『006-4389-07539』などのアクセサリ……いや、チョーカーが着けられていた。

 

 

 4人組の彼らに案内されて部屋に向かう途中。

 やはりそういう行為が行われている声がそこかしこで聞こえてくる。

 アルタラスと違い、辛そうな声が無いのは不幸中の幸いだろうか。

 

「ここが俺達の部屋だ。」

 

 そう案内されて中に入ると――――

 

 

 

 ――――真っ最中でした――――

 

 

 

 7539さん達は何も無いかのように平然と部屋に入り、ベッドに腰掛ける。

 

「そんなところに突っ立って如何したんです? どっちのベッドに座ってもいいですよ。」

 

「い、いや……どうしたもこうしたも……。お隣は致しているだろう? 別の部屋の方が……いいんじゃないか?」

 

「変なこと気にする管理者様ですね。休憩時間もあることですし、そっちに座りますか?」

 

「いや……そっちでお願いします。」

 

 ベッドは2つしかないのだ。

 真っ最中のベッドに座れるわけ無い。

 

 

(あぁ……もう驚かないと思ったけど、やっぱり想像を簡単に超えてくるなぁ……)

 

 

 意識を出来る限り話を聞くことに努めて話を聞くことにした。

 

 

 

「まぁ、よく働いて、よく食べて、よく休んで、楽しい事して、また明日って感じですかね。」

 

 大分集中できなかったが、やはり恐怖を取り除く代わりに洗脳を施す感じだった。

 それ以外は概ねアルタラスで聞いた話しと同じで、争いがない分平和といった所だろうか。

 

 もう1組の彼らも女性含めて楽しそうにしているのがその証拠なのだろう。

 

「気になりますか? 混ざっていきます? 7532、そっち誰か代われる?」

 

「あぁ、いいぞ。7531、いいよな?」

 

「いいわよ。管理者様、お越し下さい。」

 

 俺を置いて話が進んでいくが――――

 

 

 

「いえ、私は仕事中ですので。そういうわけには行きません。」

 

「そりゃしかたない。仕事中は仕事に集中しなきゃな。」

 

(そこは真面目なんだ…………)

 

 

「それじゃ、管理者様また今度な。」

 

 そういって7532と呼ばれたドワーフの男性はベッドに戻っていった。

 

 

 

(よし、わかった。彼らは性に開放的で、性に寛容な文化を持つ人々なんだ。)

 

 経緯は如何あれ、そうなったと考えれば受け入れるのは難しくはない。

 日本列島が地球に存在した頃、日本の植民地だった国などでは日本とは異なる様々な文化があったといわれている。

 日本の統治方針は国益に不利益をもたらさないのであれば、文化の強制はしなかった。

 

 今のように独立国となった後でも軍の関係で海外へ行くことは多く、様々な価値観を持つ人と交流する機会もあった。

 土地が違えば文化も違うのは当たり前という認識が日本にはある。

 

 

(意外とアルタラス王国よりカース王国の方が日本は受け入れやすいかもしれないな)

 

 




地球にもヌーディストビーチとかありますしね。
それとは段違いですがね

これでカース王国も終了です。
次回からパーパルディア戦にもどります。


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26. パーパルディア本土包囲作戦概要

【登場人物】
●日本
阿野:首相
今田:政務秘書官
土門:陸軍元帥
清水:海軍元帥
風間:空軍元帥



 ◆◆◆◆ 日本国 首相官邸 ◆◆◆◆

 

「なるほど、これが救出したアルタラス王国とカース王国の現状ですか。ハァ……」

 

 阿野は癖になってしまった溜息をつく。

 救うことにしたことに後悔はないが、まさかこれ程とは。

 

「ですが首相。地球の植民地時代も命を消耗品として扱った国も多くあります。

 パーパルディア皇国がその時代と似た様な技術力を持っているのであれば『ありえない』ということはないのかもしれません。」

 

 秘書官の今田はフォローしているのかしていないのか、判断に困るような助言を阿野に行った。

 

 

 

「命自体は消耗させてないのだから、マシだといいたいのですか?

 

 ――――いえ、すみません。少々気が立っているようです。

 これはこれで事実として受け止めて、今後どうするかですね。」

 

(どうするといっても、どうすればいいのやら……)

 

 アルタラス王国とカース王国。

 どちらも別々の要因を抱えている。

 

 

 

「アルタラス王国の問題は……」

 

 阿野の言葉を引き継いで今田が会話を繋げる。

 

「国民の解放という観点では難しくないのかもしれません。

 今生きている世代が元の生活を持っていたのですから。

 食うに困っていた人々は労働者施設に残り、生産物を売却すれば生きるのに困る事は少なくなるでしょう。

 

 ですが――――」

 

「問題は王家の失墜ですか……」

 

「はい。過去の防衛戦争で王家、貴族の一部が逃げ出してしまい。最悪な事に捕えられた挙句、それを国民に敢えて公表された事です。

 国民からすれば裏切られたと感じるのは無理もないでしょう。」

 

「この報告からすれば、当時の国王は父親としては正しい事をした。ですが、王としては正しくなかった。ということでしょうね。」

 

 阿野の言うとおり、当時のアルタラス国王ターラ14世の判断は正しくもあり間違いでもあった。

 我々が天皇陛下は我々を置いて国外へなどと微塵にも思わない。むしろ我々が陛下を安全な場所へと送るつもりな位だ。

 その様にアルタラス国民も思っていたはずだ。だからこそ何時の間にか避難しようとし、捕えられていたと知ればショックも大きい。

 

「簡単な解決策は……いえ、あり得ない事を述べても無意味ですね。」

 

 阿野は今田の言いたい事が良くわかる。

 一番安易な方法は共和制に移行することだ。だが、そんなこと内政干渉も甚だしい。提案すら許されないモノだ。

 

 

「ルミエス王女の民を思う心が……唯一の活路でしょうね。」

 

 自身もおぞましい拷問を受けていながら、救ってほしいと願ったのは……『自分』ではなく『民達』だったからだ。

 その心が国民に伝われば、かの国は持ち直せるだろう。

 

 ただ、報告にあった貴族の女性を攫うという風習は断ち切らねばらない。

 

 

 

 

「次にカース王国の問題は……」

 

「今の植えつけられてしまった『文化』への対処ですね。不幸と思っていないのであれば、寧ろこのままという選択肢もあります。

 もはや失われてしまった文化を取り戻すのは不可能に近いのですから。」

 

 困った事に彼女達は自身を不幸と思っていないことだ。

 王城にあるかもしれない文献を探して文化を復活させる事が正しい事なのか?

 今ある文化を捨てさせる事は幸せなのか?

 

 

「こればっかりは女王陛下と相談して方針を決めてもらうべきでしょうね。」

 

 カース国民に真実を告げることすら気を使わなければならない。

 日本国民は彼らがそういう文化の下に生活しているのだと伝えれば、アルタラス王国よりは受け入れやすいだろう。

 

 日本人は島国でありながらも、文化の違いには寛容な気質がある。

 そうでなければ神道と仏教の2つの宗教が平和的に共存することは困難だっただろうし、植民地時代に他国の文化を容認する事も難しかったかもしれない。

 

「そうですね。国を背負う以上、真実を知る責任はあります。

 知って尚、現在の道を進むのであれば、日本国はそれに助力をするだけです。」

 

 

 どちらも決めるべきは彼女らの国だ。

 日本国はサポートすれど方針を決めるべきではない。アルタラス王国もカース王国も日本国の属国ではないのだから。

 

 

 

 

「さて、いい時間ですね。雑談はここまでにして対パーパルディア皇国の作戦会議に出席しましょうか。」

 

「はい。」

 

 阿野は本革のチェアーから立ち上がり、今田の開けたドアから外に出て執務室を後にした。

 

 

 

 ◆◆◆◆ 対パーパルディア作戦本部 ◆◆◆◆

 

「皆様、お集まり頂き有難う御座います。早速ですが、今後の方針について――――」

 

 秘書官今田の進行で作戦会議が幕を開ける。

 

「各軍を統べる皆様には、アルタラス王国、カース王国の現状報告書が届いているはずですが、その知識を前提に話しても構わないでしょうか?」

 

「うむ。」

 

「あぁ、それで構わない。」

 

 海軍元帥の清水と空軍元帥の風間は返事を返してくれたが、陸軍元帥の土門は頷くだけに留まった。

 それもそのはずだ。情報提供元が陸軍なのだからトップが知らないはずもない。

 

 

「そこで、内閣からの提案なのですが……よろしいですか? 首相。」

 

「はい。我々内閣はパーパルディア皇国と他国の国境線になっている国々を最初に制圧して欲しく思っています――――」

 

 各軍のトップはさも当然の様に阿野の話しを聞いた。

 事前に話は通しておいたので、態々質問するようなこともないのだ。

 

「念のためですが、今一度理由をお聞きしても?」

 

 風間は文面ではなく言葉として阿野に理由を求める。

 本来感情を挟むべきではないと重々承知している。だが――――今回は感情に起因したことであるからだ。

 

「はい。このままパーパルディア本国に攻め入るは簡単な事です。

 アルタラス王国にある飛行場を改修すれば、一月後には敵主力を壊滅させるのに十分な作戦範囲を確保できます。

 もちろん、空母からでも十分ですが念を入れておくのに越した事はありません。

 

 ですがその場合、国境線に位置する国が他国に侵略される可能性があります。

 

 パーパルディア皇国の支配は褒められたものではありません。

 しかし列強と名乗る通り、各施設の設備、農業、漁業の仕組みはこの世界では十分高いものでした。

 

 他国の侵略を許した場合、支配者がすげ替わるだけです。

 いえ、文明水準がパーパルディア皇国より低いため、確実に悪い方向へと変わるでしょう。

 

 それを阻止したいのです。」

 

 

 

「我々は正義のヒーローではない」

 

 

 

 今まで黙っていた陸軍元帥の土門が口を開く。

 そう言いたくなるのも無理もない。本案が採用された場合、最も負担を強いられるのは陸軍だからだ。

 

 

 

「だが、苦しむ人々を見捨てる様なヒトデナシでもない。」

 

 

 

 そういって土門は不敵な笑みを浮かべる。

 その言葉を聞き阿野は胸を撫で下ろし、風間と清水はクスリと笑う。

 二人は土門の事をそういうメンドクサイ奴だと良く知っているため、どうしても笑ってしまうのだ。

 

「土門閣下、ありがとうございます。

 風間閣下、清水閣下も宜しいでしょうか?」

 

「まぁ、陸軍が問題ないのなら空軍に断る理由はないよ」

 

「海軍もじゃ。陸軍にも華を持たせてやらんとな。」

 

 

 

 大まかな作戦はこうだ。

 

1.パーパルディア本国西にあるクーズ王国を解放する

2.アルタラス王国の空港改修と並行して、カース王国、クーズ王国に軍用機の離着陸が出来る滑走路を建設する。

  滑走路には戦闘機が日本へ帰還できるくらいの応急処置が出来る施設があれば十分とする

  (ここまでで一ヶ月を想定する。)

3.3つの滑走路により、パーパルディア皇国全土(第3文明圏)が空軍の作戦可能範囲に入る

4.パーパルディア皇国の国境の東端にあるバカル王国、西端にあるボケシュ王国のパーパルディア軍事拠点を爆撃。

5.後陸軍が上陸し、小規模な防衛拠点を構築しつつ2国を解放する。

6.空軍の援護を受けつつ、国境線の国々からパーパルディア皇国軍を撃退する

7.パーパルディア本国内にある軍事拠点を全て破壊する

 

※尚、海軍は海上封鎖と艦上機による陸空のサポートに回る。

 

 

「防衛拠点の守備はロデニウス連合の各国に依頼するとの事ですが、アテはあるのですか?」

 

 国境線の国々の面積だけでも、日本列島10個分を超えるくらいの広さだ。

 流石の陸軍でもそれだけ戦力を集中させれば、日本の防衛に支障をきたす。

 その代案として、クワ・トイネ王国、クイラ王国、ロウリア王国の力を借りるのだが……

 

「はい。そちらの方は内々で承諾を頂いています。」

 

「さすがに準備がいいのぉ。彼らの輸送も海軍で引き受けようかの。」

 

「助かります、閣下。」

 

 

 作戦会議はつつがなく進んでいき、細かい調整を後日に残して終了した。

 

 

 パーパルディア皇国は既に王手をかけられている事など知ることもなく時は無常に進んでいく。

 

 

 




○次回予告

「やめて! 日本国空軍の爆撃で、パーパルディア皇国の軍事拠点を焼き払われたら、孤軍奮闘しているカイオスの精神まで燃え尽きちゃう!

 お願い、死なないでカイオス!あんたが今ここで倒れたら、第3外務局によるクーデターはどうなっちゃうの? ライフはまだ残ってる。ここを耐えれば、日本に勝てるんだから!

 次回、「カイオス死す」。デ○エルスタンバイ!」


ふざけたけど後悔はしていない。


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27. カイオス死す

【登場人物】
●パーパルディア皇国
カイオス :第3外務局長
ルディアス:皇帝
アルデ  :皇国軍最高司令
レミール :皇女

●日本国
笠寺:原子力航空母艦「三笠」の艦長。舞鶴第1艦隊所属。



 ◆◆◆◆ パーパルディア皇国 アフォット領上空 ◆◆◆◆

 

 カイオスは竜騎士の飛竜に同乗して、カース王国の西にあるアフォット王国にある臣民統治機構軍の拠点へ向かっていた。

ルディアスの命ではなく完全に独断の行為である。

 

 

 

(何故だ? 何故こんなことになった??)

 

 カイオスは初めて日本の船を遠くから見たときに警戒した。

 奴らから情報を引き出そうと思っていた。

 

(しかしレミール皇女殿下がいらして、いきなり喧嘩を吹っかけた。

 殿下が周囲のサポートを受けていたことは直ぐにわかった。

 つまり、諜報部門か何処かが日本の力を分析した結果、十分に勝利できると判断したのだと、そのときは思ったのだ。

 

 だが蓋を開けてみればパーパルディア皇国軍の惨敗だった。)

 

 

 もし、パーパルディア皇国の港に停泊していた海王丸を誰かがちゃんと調べていれば結果は違っていただろう。

 海王丸が帆船じゃなく動力船だということに。船体が木製ではなく鋼鉄製だということに。

 

 カイオスだけじゃなく、パーパルディア皇国民の誰一人として海王丸の真実には気づいていなかったのだ。

 兵の中には気になっていた者もいたが、調査の命令を受けていないのに勝手に行動するわけには行かない。

 

 だから誰も調べなかった。

 日本の実力の一端にすら気が付かなかった。

 

 

 

 そして上層部は未だ日本を舐めていた。

 日本海軍の持つ古代兵器には肝を冷やしたが、地竜を擁する陸軍ならば押し返せると。

 

 

 アフォット王国の草原地帯を戦場に選び、日本陸軍を押し返した後に停戦する予定だと。

 

 

 確かに間違っているとは思わない。

 だが、カイオスの中には嫌な不安があった。

 属領カース、アルタラスが瞬く間に制圧され、その後にクーズが制圧された。

 

 軍を統括するアルデは沿岸からの古代兵器による攻撃だろうと判断し、寧ろ海岸付近に進軍すべきではないと決断したが……

 

(本当にそうだろうか? そうだとすれば古代兵器は最低2基、もしくは超高速で移動できるということになる 本当に古代兵器なのか?)

 

 

 日本軍は沿岸から程近い場所に拠点を建造しているとの報告が上がっている。

 たしかに、古代兵器の射程範囲内と想定される場所に近づくのは悪手だ。

 だが、拠点を作られる前に敵を押し返すのも、また正しい戦い方でもある。

 

 

 だからこそ、自身の失脚すらかけて踏み切らねばならない。

 これがチャンスなのか、敵の準備を待つことが正しいのか。

 

 

 とてつもなく、大事な事だとカイオスはそう感じだのだ。

 カイオスは思考しつつ飛竜に跨ったまま、臣民統治機構軍の拠点へと向かった。

 

 

 

 

 

「これはこれは、カイオス様ではいらっしゃいませんか。一体こんな所に何用で?」

 

 アフォット王国臣民統治機構軍の拠点を任されている将軍がカイオスを出迎える。

 

「指揮系統が正しくない事は承知している。

 だが、敢えて言わなければならない。

 直ちに軍を整えて日本国が建造中の拠点を破壊に向かう。

 全責任は第3外務局の長である私が負う。」

 

 無茶は承知だ。無謀なのは分かっている。

 仮に成功しても更迭は免れない。だが構わない、皇国の礎になれるのであれば。

 

「一体どうされました?

 確かに日本は拠点を作成中ですが、まだ基盤を整えている最中ですよ?」

 

 将軍も何もしていないわけではない。

 定期的に飛竜偵察部隊を飛ばして状況は確認している。

 変な鉄の塊(重機)がある以外、工事はこの半月で余り進んではいない。

 

「現在の状況ですと基地が作られるまでに1年はかかります。

 攻めるにしても、物資がある程度運ばれてからの方が打撃を与えられるのでは?」

 

 将軍は部下に本国で連絡を取るよう目配せをしてカイオスを宥める。

 

「そうかもしれん。だが、そこを何とか折れて貰えんか?」

 

 漠然とした感覚しかないため、理詰めではカイオスに分は無い。

 だからこそ強引に推し進めるしかないのだ。

 

 

「カイオス様、パーラス長官から連絡が入っております。」

 

 将軍の指示を受けた部下は直ちに本国へ連絡を取り、臣民統治機構長官のパーラスへを報告を上げたのだ。

 

 

「む…………わかった。」

 

 流石に無断で動かそうとしている部署のトップに話があるといわれて断る事は出来ない。

 もし断れば、ここの部隊は決して動いてくれないだろうからだ。

 観念しつつ魔信の先に居るパーラスと連絡を取った。

 

 

「――――カイオスだ。一体何の用だ?」

 

『それはこっちのセリフだよ、カイオス。一体どうしたんだ?

 急に部隊を動かしてくれといわれて、部下が困惑しているぞ?』

 

 それももっともだ。いきなり他部署のトップとはいえ、動けといわれて、はいそうですか。というわけには行かない。

 

「無茶を承知なのは分かっている。今を逃してはいけない……そんな気がするのだ。」

 

『そんな曖昧な……。カイオス、お前が適当な事をする人間ではない事は知っている。

 だが、そんな曖昧な理由で部下を貸すわけには行かない事はわかるだろう?』

 

 呆れた様な声が魔信から聞こえる。

 カイオスとパーラスは仕事の関係上、付き合いが長い。

 パーラスはカイオス馬鹿にしているわけではなく、本当に困惑しているのだ。

 

「私もおかしな事を言っているのは分かっているのだ。

 だが、得も言われぬ焦燥感に駆られてどうしようもないのだ。

 頼む、全責任は私が負う。此処の部隊を私に預けて欲しい。」

 

 カイオスは魔信装置に向かって頭を下げる。

 もちろんパーラスには見えないから何の意味も無い。

 それでも誠意を伝えなければならない。

 

 

 しばしの説得の後――――

 

 

『わかったよ。そこの拠点の部隊はキミに預ける。

 事が終わったら、何があったか、何が不安の種だったかしっかり教えてくれよ。』

 

「ありがとう、パーラス。恩に着る。」

 

 再びカイオスは魔信の先に居るパーラスに頭を下げた。

 

 

 

「カイオス様、一時的に指揮権が委譲なされたことは理解しました。

 ですが、こちらも万全の準備を整えたいため、3日……いえ2日の猶予を頂けますか?」

 

 地竜、飛竜の調子を整えるため、マスケットの調整を行うため、部隊編成の準備を行うため、どれだけ早く準備しても2日はかかる。

 むしろ2日で出撃できるだけ優秀といえよう。

 

「あぁ、わかっている。全力を尽くせるよう頼む。」

 

 

 

 

 そんな臣民統治機構軍の拠点の動きを日本が見逃すはずは無かった――――

 

 

 

 

 ◆◆◆◆ パーパルディア皇国 アフォット領 高度18,000m ◆◆◆◆

 

 カース王国滑走路からおよそ500kmにある、パーパルディア皇国の軍事施設を日本が監視していないわけが無い。

 日本陸軍が上陸する前から、無人航空機「MQ-4C トライトン」がこの施設の監視を続けていたのだ。

 

 

 

 ◆◆◆◆ カース王国 近海 ◆◆◆◆

 

「アフォット王国のパーパルディア軍事拠点に動きがありました。

 その直前に身なりの良い人物が飛竜に乗って本拠点へ着陸した事も確認が取れています。」

 

 空母「三笠」の無人機哨戒部隊が艦長へ報告をあげる。

 艦長である笠寺は確認を取る。

 

「ふむ……。伝令か、使者か。どちらにせよ、軍に動きがあるのは間違いないのだな?」

 

「はい。」

 

(ヘタに刺激して拠点設営の足枷にならないよう放って置いたが、相手方は遂に我慢の限界か。

 当たり前だ。こんな近隣に拠点を作ろうとして何もアクションを起こさないわけ無い。)

 

 日本は古代兵器など持っていないのだから、笠寺はパーパルディア皇国が古代兵器という幻想に進軍を躊躇っていたことなど知る筈もない。

 敵側は飛竜を飛ばし、この拠点設営がブラフではないか探っていたのだろうと笠寺は判断していた。

 そして、ブラフではないと判断したため、今回の戦闘行動を起こしたのだろうと。

 

 

「出来れば、国境線制圧作戦(オペレーション・ピース)の開始直前に攻撃し、注意をこちらに引きたかったのだがな……。

 そうは上手く行かないか。」

 

 

 笠寺は予め決まっていた次善の策、艦載機による航空爆撃の指示を各員へと通達した。

 アルタラス、カース、クーズの時と同様に対空装備の「F/A-18 ホーネット」による制空権制圧後、対地装備の「F-35B ライトニングII」による拠点爆撃だ。

 相手が対策を全く取れていないのだから、次の戦法を出す必要も無い。

 

 

「各機、出撃を開始して下さい!」

 

 

 三笠の滑走路から、パーパルディアにとっての死神たちが飛び立っていった。

 

 

 

 ◆◆◆◆ パーパルディア皇国 アフォット基地 ◆◆◆◆

 

「……?? 将軍、偵察隊の竜騎士との連絡が途絶えました。」

 

「磁気嵐ではないのか? しばらく待った後、もう一度連絡を取ってくれ。」

 

「わかりました。」

 

 そんな何気ないやり取りをカイオスは聞いてしまった。

 磁気嵐で一時的に通信が途絶える事は珍しいものではない。

 だが、似たような現象をカイオスは報告で聞いていた。

 

 アルタラス、カース、クーズ、その全の拠点を奪われる直前に、同じ様に偵察隊との通信が途絶えているのだ。

 

「馬鹿者!敵の襲撃だ!出せる竜騎士部隊は直ぐに飛ばせ!

 地竜も兵たちも動けるものは全てだ!!」

 

「カイオス様、落ち着いてください。磁気嵐など良くある事でしょう。」

 

 将軍は戦線に出ないカイオスが磁気嵐による通信不全がある事を知らないのだと思った。

 それゆえに、大したことではないと宥めようとしたが――――

 

「そんな事知っておる!! 今まで落とされた3つの属領全てで、制圧される直前に通信不全が起きているのだ!!

 既に撃墜されたか、日本が通信を妨害する何かを持っている可能性が高い!!」

 

 その様な情報は皇国軍には届くが、地方の征圧部隊(警察)の側面を持つここにはその情報が入っていなかったのだ。

 だが、拠点を任せられる器量を持つのか、将軍の行動は早かった。

 

「出撃中の偵察部隊を通信が途絶した空域に向かわせろ。全騎だ!

 竜騎士部隊、飛びたてるものは全騎発進せよ!

 偵察部隊のサポート、及び会敵次第速やかにそれを撃墜せよ!

 

 地上部隊、東方面に地竜を並べろ。偵察部隊が発見してないのだ。わざわざ迂回して西から来る可能性は低い。

 次に――――」

 

 

 将軍は迅速に対応し、行動も早かった。だが――――地力が圧倒的に違いすぎた。

 

 

「偵察部隊!全騎通信が途絶えました!! あぁ! 竜騎士部隊も――――!!」

 

 誰もが何も報告できぬまま消えていく。

 視界外からの音速を超えた攻撃に、竜騎士が反応できるわけが無い。

 そんな攻撃『誰も知らない』のだ。

 竜騎士部隊は自身が死んだ事を知る事無く、息絶えていった。

 

 

「くそぉ!! くそぉぉォォ――――!!! 日本め! 古代兵器の威を借りていい気になりおって!!!!」

 

 カイオスの怒号が基地に響く。

 

「私は第3外務局 局長のカイオスだぞ!!! 貴様ら狐とは格がちg――――――」

 

 だが、その叫びは強烈な爆発音によって存在ごとかき消された。

 

 

 

 

 ◆◆◆◆ アフォット王国 上空 ◆◆◆◆

 

「任務完了、これより帰投する。」

 

 パーパルディア基地の爆撃任務を終えた飛行小隊は、自分達のホームへと帰っていった。

 

 

 

 カイオスは日本国に存在を知られることのないまま、その他の兵たちと同様に、平等に、その命を終えた。

 

 

 

 




偉い人にとって有象無象と同じ様に死ぬのは、耐えがたい屈辱何じゃないかな?ということでこんな結末にしました。
処刑台の方が良くも悪くも人の心に影響を与えますからね。
何の意味すらなく死ぬ方が相応しいかと思って。


[小ネタ]作戦名の命名者

阿野「作戦名は『オペレーション・ピース』なんて如何でしょうか?」
風間「なるほど、peace(平和)ですか。いいですね。」
阿野「え……? あ、はい。そうです。第3文明圏の平和を願って……」

今田(多分、チョキ、ピースサインという意味だったんだろうな……。『パー』パルディア皇国ですし……)
今田は阿野のオヤジギャグ認識すらされず、間違った方向に解釈されたであろう事は、言わぬが華と口を閉じた。
結果的に良かったのだからいいか。と。


●その他の人の日本に対する反応

皇国軍最高司令アルデ
「海上封鎖は面倒だが、パーパルディア皇国内で生産は完結できる。
 我が海軍を撃退できる兵器を運用するコストは馬鹿にならないはずだ。
 小さい島国しか持たない日本は、長期戦になればなるほど干上がるだろう。
 そのときが我らが皇国軍の勝利のときだ。」

皇帝ルディアス
「海上封鎖をされていては密偵も送り込めんな。
 来るべき日のため古代兵器の調査は最重要課題だ、
 そのためにも消極的勝利を早めに得るべきかも知れん。
 日本は敵にするより懐柔した方がいい結果を生むだろうな。」

皇女レミール
「陛下が勝つに決まっている」



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28. 日本の目的は?(パーパルディア視点)

【登場人物】
●パーパルディア皇国
ルディアス:皇帝
アルデ  :皇国軍最高司令
パーラス :臣民統治機構
カイオス :第3外務局長


ちょっと長いです。
半分にしても良かったかな?


 ◆◆◆◆ パーパルディア皇国 皇都エストシラント ◆◆◆◆

 

 ―――― 帝前会議 ――――

 

 カイオスが命を落として早半月。

 

 カイオスは自分が命を落とす事を想定して、地上偵察部隊に自身を監視させていた。

 その結果、独断専行を行ったカイオスではあったが、重要な情報を3つパーパルディア皇国に遺してくれた。

 

 ●1つ目は、日本は超高高度からパーパルディア皇国へ侵攻してきている事

 

 竜騎士は基本的に同じ高度か眼下の敵に対して攻撃する。

 それ故に自分より上を見上げる事は少ない。そのため、飛竜偵察隊は日本の接近に気が付く事ができなかった。

 

 接近といっても、第3世代のサイドワインダーは射程18km。

 最新鋭の艦砲射撃ですら2kmの彼らにとって、10km以上離れた距離で接近されたという概念を持てというのには無理があるのだが……。

 

 

 ●2つ目は、不可視の兵器によって竜騎士達は攻撃を受けていた事

 

 調査隊の証言では、日本の竜騎士(?)が一瞬光り、少し経った後、いきなりパーパルディア皇国の竜騎士が爆発したのだという。

 

 

 ●3つ目は、基地を攻撃した日本の放った魔法兵器は基地の少し上空で雲の様に広がった後、基地を飲み込むほどの強大な爆裂魔法に変化した事

 

 一撃の魔法で殲滅されたために、今まで何一つとして情報が入ってこなかったのだと上層部は理解した。

 

 

 この情報は非常に有用であったが、同時に最も知りたくない情報でもあったとアルデ、パーラスだけでなく上層部の全てが思う。

 日本が魔帝の海上兵器だけでなく、航空兵器までも所有しているという事実を……

 そして、陛下が否定なさらない事が事実であると証明している。

 

 

「この短期間でバカル、ボケシュ、アフォット、ゴクミ、マトヌケラまで落とされるとは……

 全て国境線の領地ばかり……

 日本は我々を包囲するつもりか?」

 

 海上と国境を封鎖されれば最早国外に出るなど不可能。

 だからといって食料地帯は健在でパーパルディア皇国が干上がることも無い。

 

「皇国全土を制圧するつもりなのか?」

 

「まさか! ありえない。我らが皇国兵350万を以ってして尚、全土に軍を置くことなのできぬ!島国がそんな事出来ようはずもない!」

 

 海軍含めてなので陸軍はおよそ200万。

 パーパルディア皇国だけでも、オーストラリアの1.5倍。第3文明圏全てでオーストラリアの2倍もあるのだ。

 

 日本軍でも国内の防衛に人員を裂いて全土制圧は不可能。

 だからこそ、ロデニウス連合三カ国に援軍を依頼したのだ。

 

 

「アルデ、なんとか正規軍をこちらに送る事はできないか?

 我が臣民統治軍だけでは例の兵器を抑えられぬ。

 正規軍ならばよもや……」

 

「不可視の兵器を避ける事など正規軍ですら不可能だ。

 それに、日本の連中は本国から兵を引き離すことが狙いかもしれん。

 援軍を送っている最中にこちらを狙われたら陛下をお守りする事が出来ん。」

 

 パーパルディア皇国は広大ゆえに、援軍を送って直ぐに引き返すなど出来ない。

 確かにアルデの言い分も最もだと誰もが思う。

 何より守らなければならないのは皇帝陛下なのだから。

 

「だが……!」

 

「考えても見ろ。あれだけの兵器を持っているならば、本国周辺の属領を制圧し狭い範囲で我等を包囲する事さえ可能なはずだ。」

 

「挟撃を恐れているのでは?」

 

「挟撃を恐れるならばむしろ好都合だ。日本が挟撃を恐れるのであれば、そこに勝ち目がある事の証明でもある。

 ありえるとすれば――――

 航空兵器の存在を、外に漏らさせないためか?」

 

 

 日本の行動が不可解ゆえに、事実から目的を想定することしか出来ない。

 

 日本が属領を救おうとしていることなど微塵にも考えない。

 日本にとって弱者を救済する事は1+1=2である事くらいに当たり前であるのに対し

 パーパルディア皇国にとって弱者は搾取することが1+1=2、常識なのだ。

 

 

 だからこそ、彼らは日本の目的に辿り着く事はない。

 

 

 日本軍に対し、どう対応すべきか議論が紛糾する中……

 

 

 

(日本の所有する兵器――――

 

 いくつも古代兵器を実戦に投入できる理由が見つからぬ。

 もし、実戦に配備するのが容易いのであれば、ミリシアル帝国が実戦に持ち出さない理由が無い。

 ということは、扱いが簡単であるわけが無い。

 

 とすると、考えられる可能性は3つ

 

 1つ、魔帝自身の復活。または魔帝は既に滅びており、その後継者。あるいは魔帝の尖兵。

 であるならば、古代兵器を2種も所有し実戦配備する理由も納得がいく。

 ただし、エモールの予言によると、魔帝復活の兆候はあれど降臨はしていない。

 魔帝と判断するのは逃げだ。諦めたときにすべきだろう。

 

 2つ、ミリシアルのように遺産を解析して力を得た。

 古代兵器の威力は十分に理解している。ミシリアルが知ればミシリアルはその力を恐れて全力で潰そうとするだろう。

 遠い過去にミシリアルを下す算段が付くまで地上から姿を消した。

 そして、その日が来たと。

 だが、この場合どうやって今まで身を隠し続けてきたかだ。

 説明が付かぬ。

 

 3つ、最も考えたくないが、日本の実力であり古代兵器でもなんでもない。

 いや、ありえぬな。転移などファンタジーやメルヘンであり現実的ではない。ムーのそれも御伽噺に過ぎぬ。

 何より、力を持ちつつあれだけ下手に出る意味が無い。

 力とは誇示してこそだ。あのような軟弱な者が持つものではない。

 

 

 いや、今は日本の力の根源を考えるときではない。現状をどう打破するかだ。)

 

 

 

「パーラス」

 

 ルディアスの言葉が部屋に響き、臣下たちの議論は水を打ったように静まる。

 

「はっ!!」

 

「辛い立場を任せる。」

 

 ルディアスはパーラスに対して、例の兵器に対して何でもいい。

 何か新たな情報を掴んで来いと勅命を与える。

 

「はっ!! 御心のままに。

 一つ、お願いしたいことが御座います。」

 

「話せ」

 

「家族の事をお願いしたく申し上げます。」

 

 パーラスは自身もカイオスの様に命を落とすことを覚悟した。

 その場合、気がかりは家族だ。

 十分な資産は残しているが、それで安心というわけにはいかない。

 

「わかった。不自由な暮らしをさせぬことをルディアスの名を持って約束しよう。」

 

「有り難き幸せ。思い残すことはございません。」

 

 パーラスは決死の覚悟を持って、北部へと発った。

 

 

 

 

 

 一月後――――

 

 

 ―――― 帝前会議 ――――

 

 パーラスはボロボロになりながらも無事帰還を果たした。

 この一月で国境線の属領は全て制圧されてしまった。

 日本に完全に包囲されているのは明白。

 

 

「パーラス、よく戻った。余は貴様の帰還を心待ちにしていたぞ。」

 

 膝をつくパーラスにルディアスは労いの言葉をかけた。

 貴様という言葉は中世~近世にかけては、敬意を表する相手に用いる言葉であり

 ルディアスがパーラスに対して帰還を嬉しく思う心が皆に伝わる。

 

 

「有難う御座います陛下。早速報告したい事が3つ、1つは朗報、2つは凶報に御座います。」

 

 不可視の攻撃だけでも辟易するのに、更に2つの凶報か……

 場の空気が一段と重くなるのをルディアスは感じた。

 

 

(この負の連鎖を止めなければ、臣下たちの実力を発揮させられぬな。)

 

「ふん、暗い話ばかりで気が滅入っていた所だ、朗報から聞こうか」

 

 ルディアスは優秀だが、自分一人がいれば国が回るとは微塵にも思っていない。

 それ故に優秀な臣下を集め、発言させることで最適解を導こうとしている。

 ただ、当の臣下達はルディアスの所作全てを絶対視しており、そこに小さなすれ違いが存在しているのも事実。

 

「は。先ず、敵兵器の攻撃は不可視ではございませんでした。」

 

 パーラスの言葉に、「おぉっ!」との声と共に暗かった顔色に生気が戻ってくる。

 

「それは本当か!? パーラス! 不可視でないならば回避出来るやもしれん!」

 

 最も喜んだのは皇国軍最高司令のアルデだった。

 それもそのはず、正規軍を預かる身でありながら歯がゆい思いをしていたのだ。

 可視ならば、精強な皇国兵であれば――――

 

「すまない、アルデ。凶報の1つ目がそれなのだ……

 陛下、ご報告を申し上げてもよろしいでしょうか?」

 

 ルディアスは頷いてパーラスにその先を促す。

 

 

「可視の兵器ではありますが、絶対必中の兵器にも御座います。」

 

「な、何故だ!!!?? いっその事、編隊を組まずランダムな機動で回避行動を取れば――――」

 

 うろたえるアルデを横目に見つつ、パーラスは続ける。

 

「それは試しました。ですが、それを行って尚、必ず当たるのです。

 敵の攻撃――――、一瞬の光が見えてからでは遅いのです。

 我々の射程の遥か外側から放って尚、直撃していました。

 それほどまでに超高速の兵器なのです。」

 

 

 攻撃は当たらなけば意味を成さない。

 そのために技術を磨く、死角を狙う、音を抑えるなど様々なアプローチを模索してきた。

 その中の一つに、速度を極限まで追求するのもがある。

 

 マスケット銃はそれを持つ兵器だ。

 威力は様々だが、遠距離からでも人に回避できない速度の弾丸で敵を攻撃する。

 

 パーパルディア皇国陸軍は堅牢な装甲を持つ地竜と、敵の射程距離外から回避出来ないマスケット銃をもって勝利を続けてきた。

 その力の1つが遂に自分達に向けられた。

 だからこそ、その強力さは此処にいる誰もが理解している。

 

 

「そ、そんな…………」

 

 アルデは顔を青白くし、その場にへたり込む。

 攻撃の手を奪われた。幾ら守り通せても、攻撃の手立てが無ければ反撃が出来ない……。

 

「そうか。それで最後の1つは?」

 

 ルディアスは正直聞きたくは無かったが、自らの耳を塞ぐ事は皇帝としてる許されることではない。

 皇帝は常に堂々としていなくてはならない。

 トップが揺らげば臣下はそれ以上に揺らいでしまうからだ。

 

「はっ、最後の1つ、それは対地上魔法の爆裂魔法は、複数同時に行使できます。」

 

 パーラスの言葉に周囲がざわつく。そんな馬鹿な……。ありえない……。

 そんな言葉が何処からと無く聞こえるのをルディアスは耳にする。

 

「うろたえるでない。パーラス続きを話せ。」

 

「はい、陛下。まず、基地に所属する部隊を東西南北、基地から離れたところに配備しました。

 基地を失おうと、皇国の臣民が無事であれば再起は可能。そう判断しました。

 4つに分ければ、例え1つが狙われようと75%は生存できると。

 

 ですが――――敵は四方の臣民、そして基地の全てに対して同時に魔法を発動したのです。」

 

 実際にはタイムラグがあるが、そんな細かい事は大したことではない。

 一度のエンカウントで全滅してしまう。その事実が重要だった。

 

 

 

 

「そうか、報告ご苦労。」

 

 アルデ達は完全に意気消沈してしまうが、ルディアスが何時もと変わらぬ堂々とした姿を見て、心が折れそうなのを持ち直す。

 

 自分達は陛下の勅命に対して全身全霊を持って当たる事。

 陛下はそれを求めているし、陛下の期待に応えることが誇りでもある。

 陛下が諦めない以上、臣下である我々が折れるなどあってはならないと。

 

「で、あるのであれば、やはり国境線から攻める事が不可解だな。そうは思わんか? アルデ」

 

「はっ! その通りに御座います陛下。

 一発必中の兵器であるならば、速度に秀でたワイバーン・オーバーロードを以ってしても回避は困難かと。」

 

 つまり、敵の実力からすると挟撃されても撃退は可能と判断せざるを得ない。

 ならば何故そうしない?

 

 

「日本には国境を抑える必要がある『何か』があるということだ。

 パーラス、いや誰でも構わん。あの辺りの土地の資源、用途の分からん資源も含めてだ、または不思議な現象を知る物は居るか?」

 

 真っ先に思いつくのは資源。

 古代兵器といえど使えば消耗する。

 その補充が出来る何かがあるとすれば納得がいく。

 

 

「確かバカル領には燃える黒い水(石油)があったはず……」

 

「アフォット領に鉄とは異なる不思議な赤褐色の鉱物(ボーキサイト)が……」

 

「マトヌケラには空気が燃える(天然ガス)地帯があったかと……」

 

 

(確かにその様な不可解な物質や現象を聞いた事はある。

 だが、それは沿岸領でも聞いた事が……

 食料地帯でもないため、補給を兼ねてというわけでも無さそうだが)

 

 

 パーパルディア皇国領内の資源も凡そ把握しているルディアスだ。

 それにしては今ひとつ弱く感じる。

 

 

「陛下! アルタラス程ではないが、ボケシュにもバカルにも中規模な魔石鉱山が!!」

 

 

 ルディアスはしまったと思う。

 魔帝の古代兵器なのだ、魔石を大量に使用しないわけ無い。

 

(何たる事だ。これは余の失態だ。)

 

 本当はそうではないのでだが、人というものは納得の良く理由があればそれを信じてしまいがちだ。

 状況が悪ければ悪いほどに……。

 

 

「なるほどな。地図を此処に用意せよ。」

 

 侍女はパーラスたちの情報を元に、類似する資源がある箇所、魔石鉱山など、資源のある領に印を付けていく。

 魔石の可能性は高いが、アルタラスで足りないのであれば、いったい今まで何処で調達していたのかという疑問も残るため、念に念を入れておく。

 

 

「次に日本が如何出るか、どの資源を狙うか、それで進軍理由がつかめるだろう。

 各自、戦争の準備に念を入れよ。特に兵站を分断されるなよ。」

 

 

(日本の狙いがわからなければ、落とし所を模索することも出来ん。)

 

 

 

 ルディアスは行動目的の読めない日本に僅かながらの苛立ちを募らせ、

 決して読むことの出来ない日本の目的を考えるのであった。

 

 

 

 




ルディアスには孤高の帝王的な役割を与えてみました。
大臣なら超絶天才であるなら、王佐の才を持つのでしょうね。
であれば孤高であるからこそ、才が役にたってないという感じでしょうか。
なまら優秀であるが故に、臣下達はルディアスの言葉は絶対正しいと盲信しそうですし。


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29. クワ・トイネ王国とリーム王国

【登場人物】
●リーム王国
バンクス:国王
キルタナ:宰相。有能だけど癖がある

●用語
グリーンジャケット:クワ・トイネ王国軍銃士隊
レッドジャケット :クイラ王国軍銃士隊
ブルージャケット :ロウリア王国軍銃士隊


 

 ◆◆◆◆ バカル王国とリーム王国の国境線付近 日本軍拠点 ◆◆◆◆

 

 外部からの侵入を守る防衛拠点は、何重にも構築された鉄条網、そして塹壕を設けた簡単なものではあった。

 

 クワ・トイネ王国の誇る銃士隊。通称グリーンジャケット隊の一個中隊がこの拠点の防衛に当たる。

 他の同様の拠点には、グリーンジャケット隊の同僚、レッドジャケットの中隊、ブルージャケットの中隊がそれぞれ人に当たっている。

 そして、彼らの後方には日本軍の歩兵・機甲混成小隊が控え、敵の察知と同時に援軍が各中隊へと派兵される。

 

 日本軍の小隊は機関銃、迫撃砲から果ては73式中型トラック、87式自走高射機関砲、10式戦車までオールマイティな装備が整えられている。

 さらには空軍の警戒機『E-767 早期警戒管制機』が定期的に敵軍の存在を索敵するため、中世レベルの相手には十分すぎる防備が整えられていた。

 

 

 

「日本の作る拠点っていうから、もっと凄いのを期待していたんだけどな……大丈夫かな? この拠点で」

 

 グリーンジャケット隊の隊員は、同僚に不安を溢す。

 彼は日本ならば短時間で驚くほど強力で強靭な防衛施設を構築すると思っていたからだ。

 

「たった1~2時間で作ったんだ。これでも凄い方じゃないか?

 流石に対空までは無理だった見たいだけど。」

 

「どこが凄いのか俺にはわかんねぇよ。ただ土掘って、鉄の柵を何重にも敷いただけだろ?」

 

 この拠点の建設時間に対する効果が分かる者と、分からない者で議論が発生する。

 

「じゃあ、お前はこの拠点を如何攻める?

 もちろん、俺達やジャケット隊がいるのが想定な。」

 

「そりゃ、騎兵隊で突破口を……。」

 

「どうやって?」

 

「ど、どうって……、あの鉄条網ってどうやって越えるんだ?

 1.5mも高さがあると、1つ目は何とか越えられても2つ目は助走距離が足りないし……」

 

「しかも俺達のマスケット銃は打ちたい放題だ。

 これだけ細い鉄条網ならそうそう跳弾しないだろ。」

 

「歩兵なら、剣や槍で切るのは無理そうだし……鉄の盾を踏み台にして……」

 

「全部の鉄条網をか? しかも俺達はそんな悠長にしてる奴らを許すのか?」

 

「いや、寧ろ狙い目だな――――見た目以上に頑強な施設だったんだな。」

 

 防御面に不安視していた彼らは一安心し、空を見上げて防衛の任に戻る。

 その空には、竜騎兵《ドラグーン》が空を羽ばたいていた。

 背中に最新型のマスケット銃、パーカッションロック式かつ後装式のライフルド・マスケット銃を背負った真の竜騎兵のその姿がそこにあった。

 彼等は真の竜騎兵のその姿を披露していた。

 

 

 

 彼らは見つける。北の大地に一個大隊に相当する人の影を――――

 

 

 

 ◆◆◆◆ リーム王国 王都ヒキルガ 王城 ◆◆◆◆

 

 ――――すこし時は遡る

 

 ここはパーパルディア皇国の北東に位置する第3文明圏の文明国家。

 国力はパーパルディア皇国、パンドーラ大魔法公国に次ぐ文明圏内第3位で、

 南には決して勝つ事のできないパーパルディア皇国、北には勝ちきる事のできない無駄に軍事力のある文明圏外国家であるマオ王国。

 両方に挟まれて此処暫くは領土拡大には至っていない。

 そのため軍需産業に力を入れており、軍事力は列強第5位のレイフォルに次ぐと自負している。

 

 だが最近海軍が壊滅し、再建に苦心している国家でもある。

 

 

「先日起きた、強大な爆裂魔法に付いて何かつかめた事はあるか?」

 

 国王バンクスは、王都諸侯の一人で宰相のキルタナに問いかける。

 

「第1陣の調査隊は帰還を終えており、陛下にご報告を申し上げるのみとなっております。」

 

 じゃあ何故さっさと報告しないのかとバンクスは思うが、キルタナはこういう奴だ。

 いちいち苛立っていても精神衛生上よくない。

 

「ハァ……そうか。では、報告せよ。」

 

 

「はっ! それでは――――」

 

 キルタナは爆裂魔法を確認してすぐに、竜騎士と騎兵の偵察部隊を国境に派兵した。

 空と地上。竜騎士はその速度がウリではあるが、その代わり身を隠す術が無く察知されたら逃げることしか出来ない。

 しかし、騎兵は散開し森の中に身を隠すことで飛竜より確実に任をこなせる。

 もっとも適任は歩兵ではあるが情報を得る速度の関係上、今回は見送った。

 

「まず、竜騎士部隊、騎兵部隊ともに全騎無事に帰還を果たしております。」

 

「日本、またはパーパルディアからは攻撃を受けなかったと?」

 

「……そうなります。破壊されていたのがパーパルディア軍軍事施設、そして大地に紛れるような服装と自走する鉄の塊という見たことのない存在から、攻撃者は日本国と想定されます。」

 

「自走する鉄の塊? ムーにそんな様な器械? そういうモノがなかったか?」

 

「機械です、陛下。

 それと質問は報告の後にしてくれませんか? いちいち報告を止められると先に進みません。」

 

「…………」

「…………」

 

 バンクスとキルタナの間に微妙な空気が流れる。

 キルタナは優秀だが同時に気難しいやつでもある。

 

(ハァ…………。まぁ優秀ではあるが、こういうのが玉に傷だな。)

 

「……わかった。続けよ」

 

「はっ。日本国らしき存在は、防衛施設らしき施設を建設した後、さらに西へ進軍をしていきました。

 以上です。」

 

「…………」

「…………」

 

「……そうか……報告ご苦労。」

 

(後、一言だったではないか……)

 

 

 

 バンクスは、ハァ……と溜息をついてキルタナを見る

 キルタナに至っては平静で仕事を終えた感が漂っていた。

 

 

(こいつのお陰で軍船は壊滅したが、海兵は5割ほどの損失で済んだ。

 パーパルディアの異変にいち早く察知し、人員の半分は犯罪者や奴隷などで誤魔化した。

 パンドーラや他の参加国は、素直に従って10割全滅との報告もある。)

 

 

「日本国はこちらに進軍する気配は感じられたか?」

 

「いえ、報告の限りこちらには全く見向きもしませんでした。

 ただ、こちらの存在には気が付いていたような感覚があるという者もいました。

 さすがにパーパルディア皇国を相手取って二方面に戦線は持ちたくないのでしょう。

 当然ですが。」

 

「うむむ。パーパルディア皇国に勝る力を持つか……。

 我が国の立ち位置も考えなければならんな。」

 

 このまま座して待てば、パーパルディア皇国が勝利したときに何故援軍をよこさなかったと賠償金や奴隷を請求される可能性が高い。

 だからといって援軍を送れば、日本が勝利したとき次の矛先は我々だ。

 パーパルディアを降すのであれば、我が国に勝ち目はない……。

 

 

「キルタナ。どんな行動を取るのが最適だと考える?

 我がリーム王国は現状、危険な立ち位置にいると余は判断するが?」

 

(まぁ、こういうときにキルタナに頼るから態度を是正しろと言い難いのだが……)

 

「はい。国境線に一個大隊を送るべきです。」

 

「その心は?」

 

「まず、何もしないのは最も悪手。自国の国境内であれば、日本にも文句を言う権利はありません。

 何せ、彼らが国境線付近を戦場にしたのです。我が国に危険が無い事を確認できるまで兵を置く事に文句を言えるでしょうか?

 

 日本が優勢であれば何もせず終戦を待てば良く、パーパルディアが優勢となれば軍事行動を起こせば良いだけです。補給線を切る任に従事したといえば間違いではありません。」

 

「日本国が文句を言わない保障はあるのか? パーパルディア皇国は国境線に軍を置くことを一切許していないのだぞ?」

 

「例の和平交渉時はご覧になりましたか?」

 

「ああ……」

 

(お前も一緒に見ていただろう……)

 

「国のトップがああいう姿勢なのです。そして軍もそれに従っているようです。

 よほどのことが無ければパーパルディアのような傲慢な事は言わないでしょう。」

 

「では、軍の編成は任せる。よきに計らえ。」

 

「はっ!」

 

 

 

 

「……して、キルタナ。お前は日本とパーパルディア、どちらが勝つと予測する?」

 

 キルタナは少し考えた後――――

 

「正直わかりません。日本には不確定要素が多すぎます。

 ですが、第3文明圏の海軍全てを相手取って勝利する力、パーパルディア皇国の領土を切り取る力、

 結果だけ見る限り日本が勝つ可能性が高い――――かもしれない。といったところです。」

 

「その言い分では日本が勝つ様に聞こえるが?」

 

「今は、といった所でしょうか。

 総力戦となったとき、その力が何時まで続くか。そこが問題です。

 

 今は情報が欲しいところです。

 派兵する軍団にも危険の無い範囲で出来るだけ日本国と接触させて見せます。」

 

「うむ。頼むぞ。」

 

 

 

 

 ◆◆◆◆ バカル王国とリーム王国の国境線付近 日本軍拠点 ◆◆◆◆

 

 北から現れた軍団はリーム王国の一個大隊だった。

 

「北からリームの軍が来た。日本に報告してくれ!!」

 

 空を飛ぶ竜騎士から駐屯所に報告が飛ぶ。

 

「日本国、応答願います。

 こちら36駐屯所。こちら36駐屯所。

 北方に軍影あり。規模、一個大隊。」

 

 無線通信を通じて日本国の小隊の駐屯地へと報告を送る。

 

「こちら13駐屯所、こちらでも確認した。現在そちらに小隊を派兵している。

 防衛に徹してくれると助かる。」

 

 日本側も10分前に上空を通過した『E-767 早期警戒管制機』のお陰で事前に察知する事ができた。

 このタイミングならば地上部隊の接近までに36駐屯所にたどり着く事は可能。

 だが、空戦は……

 

 

 

 

「こちら、クワ・トイネ王国グリーンジャケット中隊である!!

 貴公の所属をお教え願いたい!!!」

 

 竜騎兵隊の隊長がリーム王国国境線ギリギリを飛び、大声を張り上げる。

 それに対し、リーム王国は――――

 

 

 虹色の旗。交渉を求める旗が揚げられた。

 

 

 ただ――――

 日本じゃないのか……?

 クワ・トイネって滅びたはずじゃ……?

 

 リーム王国軍は出鼻を挫かれたようだった。

 そんな中でも、命令どおり交渉の旗を揚げることが出来たのは錬度の高いことを証明するのに十分だった。

 

 




●リーム王国
人口1000万人。
政治形態は絶対君主制になったばかり。
人種は人間種をメインにドワーフ、獣人も生活する。
(6:2:2くらい)
主な産業は軍需産業で文明圏外に輸出している。
その所為でマオ王国が力をつけている一面もあるが……。
他の1次産業も国内で補えるだけの土地を持つ。

パーパルディア皇国からは、贅沢品や奴隷を輸入している。
魔法技術はパンドーラに大きく水をあけられているが
軍事技術はパンドーラを上回る。


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30. 最終局面

【登場人物】
●日本国
風間:空軍元帥

●パーパルディア皇国
ルディアス:皇帝
アルデ  :皇国軍最高司令
パイ   :北方陸軍要塞通信士
ムーリ  :経済担当局長
スワード :国家戦略局長



 ◆◆◆◆ 日本国 横田基地 ◆◆◆◆

 

「カース王国駐屯部隊、第1~10小隊全機無事発進の報告を受信、作戦は最終段階に入りました。」

 

 オペレーション・ピースの最終フェイズに入ったとの空軍元帥の風間は報告を受ける。

 ただ、全てが順調というわけではない。

 

「対パーパルディア皇国の戦況は絵に書いたように順調ですが……」

 

(第3文明圏や周囲の各国の国交は順調とは言えませんね。

 我が日本国海軍の新兵器で属国や第3文明圏の軍船をパーパルディア皇国軍第2陣として薙ぎ払ってしまいましたし、

 日本国に対していい感情を持っていないのはやむを得ないことなのですが……)

 

 実際、パーパルディア皇国軍の第2陣として日本国へ向かってきたのだ。

 日本としては迎撃せざるを得なかった。

 

(それに、戦端が開かれたタイミングも悪い。こちらの初動を狙った訳では無いとは思いますが、各国と接触を持つ直前だったのが尚の事良くなかった)

 

 地球であれば航空機で即座に国交を結びにいけるが、異世界では飛行場を探すのが難しい。

 というか、何処の国が飛行場を保有しているかすら日本は知らない。

 

 そうしている内に海軍同士が衝突し、国境線でも摩擦が起きかけている。

 日本軍がパーパルディア本国の基地群を壊滅させているうちに、外交官の尽力に期待するしかない。

 

「しばらくは、もぐら叩きの時間になりそうですね。」

 

 

 

 

 ◆◆◆◆ パーパルディア皇国 皇都エストシラント ◆◆◆◆

 

 ―――― 帝前会議 ――――

 

「工業都市デュロでは日夜フル稼働し軍需物資の増産を進めております。

 各基地には物資が運ばれ、陛下の号令の下いつでも出撃が出来る様、準備が出来ております。」

 

 工場では皇国民や奴隷たちが昼夜問わず働いて、来るべき日本との決戦に備えていた。

 

「同様に工業都市セダム、エケベリア、フォーカリアでも準備は着々と進んでおります」

 

 各工業都市からパーパルディア本国の全要塞へと物資が供給され、200万の皇国陸軍・空軍の需要を満たす。

 各要塞の将兵はルディアスが皇帝に就いてから最も士気が高く、勝利を陛下に捧げると意気込んでいた。

 

「うむ。よくやってくれた、アルデ。」

 

(さて、如何出てくる! 日本!!)

 

 次の一手から必ず日本国の目的を暴く。

 ルディアスは余りにも遅すぎた決意で日本を待ち構える。

 

 

 

 

 ◆◆◆◆ パーパルディア皇国 北方陸軍要塞 ◆◆◆◆

 

 女性魔信技術士のパイは魔力探知レーダーで周囲を警戒する竜騎士部隊の魔力を受信していた。

 いくつもの反応が規則的に動く。いつもの巡航ルートを進む竜騎士達に異変が起こる。

 

 磁気嵐が発生したかのように一部のレーダーが竜騎士の反応を見失った。

 

「緊急事態発生!!! 東30kmで磁気嵐に酷似した反応を検知!!

 魔力レーダーの反応消失! 他の魔力も感知できません!!

 日本である可能性大!!!」

 

 今までの痕跡から、伝え聞いた日本が現れたときと同じ現象だとパイはそう判断する。

 

「パイ! 竜騎士の反応は数秒で全て消失したのか!?」

 

「はい!本当に磁気嵐に呑まれたときと同じ様にレーダーから次々と消失しました。」

 

「まさか!いきなり本国を狙ってくるとは!!

 パイは本国へ連絡! 各員、スクランブルだ!!

 正規軍の格の違いを日本人に教えてやれ!!!」

 

 だが、スクランブルの指令が発せられてから1分も立たない内に出撃中の飛竜は瞬く間に撃墜され、飛竜滑走路が巨大な爆炎に包まれる。

 滑走路を走っていた飛竜も、飛び立ったばかりの飛竜も爆炎に包まれて焼き鳥となって地上に落ちる。

 飛ぶ機会すら与えられなければ、ワイバーンもワイバーン・ロードもワイバーン・オーバーロードも関係ない。ただ、焼け落ちるだけだ。

 寧ろ、空を駆けるワイバーン・オーバーロードがワイバーンと差異無く、ただ撃墜されるだけという事実を見なくてすんだ事は不幸中の幸いなのかもしれない。

 

 そうしてパーパルディア皇国軍の竜騎士隊は全滅。一分という僅かな時間で制空権を日本国へと明け渡す事になった。

 

 

「何て早さだ!!?? 先ほどまで30km先に居たはずではないのか!?」

 

「本部! 応答願います!! 現在、北方陸軍要塞は日本の攻撃を受けています!!

 敵は一分足らずで30kmの距離を進むと想定されます!!」

 

「こちら本部! それは正しい情報か!?」

 

「確証はありません! ですが、日本軍の予兆を検知してから一分ほどしか経過していません!!」

 

「わかった!! そちらは応戦できそうか!?」

 

「現在、応戦ty―――――」

 

 パイの言葉は本部に最後まで届くことなく。爆炎の中に消えた。

 

 

 「F-15EJ ストライク・イーグル日本仕様」の兵装搭載量は11,000kgを超えるため、爆撃能力はF-35B(6,000kg)の比ではない。

 それ故に臣民統治機構の基地より遥かに大きい北方陸軍要塞でさえ、一個小隊の爆撃にて安易に消滅してしまったのだ。

 

 今回の出撃した小隊はアルタラス、カース、クーズ各基地から10小隊ずつ、つまり30基の要塞を破壊する予定だ。

 

 

 

 

 ◆◆◆◆ パーパルディア皇国 皇都エストシラント ◆◆◆◆

 

 ―――― 帝前会議 ――――

 

「失礼します! 帝前会議の最中に申し訳ございません!」

 

 真っ青な顔をしたアルデの側近がアルデに耳打ちすると、アルデも真っ青に――――いや、真っ青を通り越して土の様な色へと変わっていく。

 報告を終えた側近は一礼をして足早に部屋を出て行った。

 

「陛下…………申し上げにくい事が…………御座います……」

 

 アルデの震える声を聞き、その場に居た誰もが間違いなく日本に関する嫌な報告だと息を呑む。

 

「うむ、話せ。」

 

 ルディアスもアルデの顔を見て覚悟を決める。

 最悪、工業都市を狙われた。それを想定せざる終えない。

 

「はっ……それでは――――」

 

「失礼します! 帝前会議の最中に申し訳ございません!」

 

 先ほどとは別の側近が再びアルデの元に――――

 

「失礼します! 帝前会議の最中に申し訳ございません!」

 

 次はムーリの側近だった――――

 

 

 

 しばらくした後、ようやく報告の波は去った。

 ルディアスはいっその事この場で報告させても良かったが、余りの報告の多さに一度彼らの頭で整理させた方が正確な情報が得られるだろうと判断し、しばらく会議を中断して波が収まるのを待った。

 

 

 

「さて、まずはアルデの報告が最初か?」

 

「は……」

 

 もはや生気の無いアルデ顔にルディアスは苦虫を潰したような顔になってしまう。

 そこまでの事があったと――――

 

「北方、西方、南方、東方すべての陸軍要塞が日本軍によって壊滅状態との報告がありました。

 いえ、それだけでなく――――」

 

 ルディアスは余りの事態に気を失いそうになるが、皇帝としての自負がそれを塞き止める。

 トップが揺らぐわけにはいかないと――――

 

「構わん、全部話せ。」

 

「はい……。本国にある軍事基地、工業都市、要塞の内1/2が壊滅しました……。

 デュロ、セダム、エケベリア、フォーカリアも既に……」

 

 想定を遥かに超える規模の被害に、ルディアスは頭が真っ白になる。

 パーパルディア皇国の歴史がガラガラと音を立てて崩れていくような。そんな気さえしてしまう……。

 

 

 

 

「ふぅ…………。そうか……。」

 

 

 

 

 ムーリは次は自分の報告の番だと思いガクガクと恐怖に震える。

 アルデの情報と自分の情報を繋げると地獄だと……。

 

「ムーリ、貴様に上がった報告を話せ。」

 

 ルディアスは冷静を装うので精一杯だった。

 臣下がいなければ取り乱していただろう、叫んでいただろう。だが、皇帝が無様を晒すのは許されない。

 その矜持だけで感情を押え付けていた。

 

「は、はいっ…………」

 

 ムーリの声は上擦って視線が定まっていない。

 気を失ってしまいそうになるが、陛下に御報告せずに、役目を果たさずに意識を逃避させるわけには行かない。その一心だけだった。

 

「皇都エストシラントをっ、中心とした! 架橋、主要街道っ、日本の攻撃によりぃっ! 通行不可能との事!!」

 

 ムーリは報告を上げた後、気を失って倒れた。

 

 

 アルデの報告により、軍は壊滅状態。

 ムーリの報告により、皇都エストシラントは陸の孤島となった。

 

 

 

「――――皆の者、本日の会議はこれにて終了とする。」

 

 ルディアスが発した言葉はそれだけだった。

 彼自身もそれを言うのが精一杯だった。

 

 

 

 

 

 臣下が去り、人払いをさせ、この部屋にはルディアス以外誰もいない。

 

 

「一体、何故…………何を、何処で間違えた……??」

 

 

 虚ろな瞳で虚空を見つめ、誰でもない誰かに声を投げかける。

 当然、返答など無い。

 

 

 ここまで落ちぶれて初めて気が付く、日本について情報が少なすぎることに。

 

(いや、余の目が曇っておったのだ……。我がパーパルディア皇国に匹敵する国など第3文明圏周囲に居らぬと。

 

 いや……勝る国か……。)

 

 

 それを受け入れた瞬間、多くのことを理解する。

 

 

(ロデニウス大陸を制覇し、やたらと力をつけ始めたロウリア王国。

 制覇したにもかかわらず、エルフ・ドワーフ・獣人の商船が交易に来ていたと、どこかで聞いた覚えがあるな。

 恐らくだが、ロウリア王国はロデニウス大陸を制覇してはいない。真に制覇していたのは日本で、裏から操っていたのだろう。

 

 国家戦略局でロウリア王国担当の――――ヴァルハル、だったか。

 局長のスワードは国賊の戯言故に、俺の耳に入れるほどではないと言っていたが話を聞く必要があるな。

 

 だが、あの力を持ちながら何故あそこまで弱気な態度なのだ?

 そこだけが理解できぬ。我々を誘い込むための罠か?

 いや、そうは思えぬ。

 あの気弱さが真実であるからこそ、国境の属領を制圧し保護でもしようとしたのだろう。

 今日の報告からして、初手で本国に攻め入る事も可能だったはずだ。

 だがその場合、他国がハイエナの如く我が属領に攻め入る事を懸念しての行動だったと考えれば辻褄が合う。)

 

 

「ふ……日本にとって我が国など、初めから敵ではなかったということか……」

 

 

 思考を一旦止めてルディアスは天を仰ぎ見る。

 

 

 

 

「強いなら……初めから……そう……振舞ってくれよ…………」

 

 

 

 ルディアスの頬から一筋の涙が流れ落ちる。

 彼が初めて流す涙。

 

 それは何を思っての涙だろうか?

 祖国を自分の代で終わらす自身の不甲斐なさかなのか、それとも――――

 

 

 

 

 結局、日本国の攻撃は一日中続き、パーパルディア本国内にある100以上の軍事拠点全てが破壊された。

 各街を繋ぐ橋も全て、属領とも繋ぐ街道も全て……

 

 

 

 



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31. レミールの決断

【登場人物】
●パーパルディア皇国
レミール :皇女、外務局監査室所属。アッシュブロンドで長い縦ロールの美人。尚、爆乳。



 ◆◆◆◆ パーパルディア皇国 皇都エストシラント? ◆◆◆◆

 

(ハァッ…… ハァッ!! やめろ! 追って来ないでくれ!!)

 

 レミールは必死で逃げる。

 背後からは何人もの男たちがレミールを追いかけてくる。

 

(あの時は貧弱だったのに……! どうして!?)

 

 そこそこの船に乗っているくせに弱腰の腰抜けだった日本人が、

 今では獣すら素手で引き裂きそうな程、凶暴になってレミールを追いかけている。

 

 レミールは必死で駆けるが――――

 

(やっ! やめろッ!!! 離せ!!)

 

 男達の方が足は速く、腕を掴まれて男達のほうへ引っ張られてしまう。

 非力なレミールは振りほどく事もできずに……

 

(嫌だっ!! 離してっ!!!!)

 

 男達はレミールを囲んで衣服をビリビリと破き捨る。

 そして裸に剥かれ、組み伏せられたレミールは――――

 

(いやぁぁぁあああああ――――!!!!!)

 

 

 

 

 

 

「ハァッ!! ハァ! ハァ……はぁ……」

 

 余りの恐怖にレミールは飛び起きる。

 そして自分の身体に触れて、無事な自分にあれが夢だったと実感する。

 

 

 ◆◆◆◆ 皇城 レミールの寝室 ◆◆◆◆

 

(喉がカラカラだ……)

 

 レミールはベッド付近の水差しに手を伸ばし、グラスで水を飲み落ち着きを取り戻す。

 尋常では無い寝汗に、黒い薄手のネグリジェは大量の汗を吸って、体にピッタリと張り付き身体のラインを強調してしまっている。

 そしてレミールは、水分がそれだけではない事にも気が付いてしまう。

 

(くっ……またか……)

 

 レミールは自分の股間の付け根部分に生暖かい水気を感じた――――

 そう、レミールはこの歳になって今日『も』おねしょをしてしまったのだ……。

 

 日本国が本格的な攻勢に出て海軍が壊滅した日から、日本人に追いかけられる夢を見るようになってしまった。

 最初は恐くて、夜に漏らしてしまった。

 だが成れとは恐いもので、数日後にはそこまでの粗相をしなくなっていた。

 

 しかし、日本がパーパルディア皇国の陸地を切り取り出してから

 夢の中の日本人の人数が増え始め、凶暴な様相になっていき、徐々レミールに追いついてくるようになった。

 

 そして、数日後には腕をつかまれるようになり、その数日後には腕を振りほどけなくなるほど強くつかまれるようになり、その次は周りを囲まれて逃げ場を失い、その次は衣服をビリビリに破り捨てられ裸に剥かれ、その次は男たちに組み伏せられ、

 

 

 

 そして最後まで――――

 

 

 

 そんな風に徐々に追い詰められてしまえば、粗相をしてしまうのも仕方が無い。

 

(今日は複数の男たちに……更に酷かった……)

 

 レミールは頭を振って夢の内容を頭から追い出す。

 レミールは毎日夢の中で少しずつ進んでいく事態の所為で不眠症になりかけていた。

 だが、精神は毎日疲弊していくため、寝たくなくても意識が飛んでしまう。

 

(どうすればいいんだ…………)

 

 恐怖で鼓動が張り裂けそうなほどに大きく早く脈打つ。

 レミールは、びっしょりと濡れた自分の様相など気にしていられるほど冷静ではいられなかった。

 

 

 

「レミール様」

 

 部屋の外からレミールを呼ぶ声が聞こえる。

 外では侍女達が気を使って自分の名を呼ぶだけに留めてくれる。

 侍女達は最近の自分を知っているため、何かあったかなど聞こうとしないていてくれる。

 

「構わない、気付けをしてくれ」

 

「失礼します。」

 

 こんな精神状態でも、18才にもなったのにおねしょをしてしまったの現場を見られるのは恥ずかしく、レミールの顔は羞恥で赤く染まる。

 侍女達は何も気がついてない様に振舞ってくれて、寝汗と粗相で濡れてしまい身体にピッタリと張り付いたネグリジェを脱がし、一級品のタオルで身体を清め、新たなショーツなどの下着を穿かせてくれる。

 一部、誤魔化したいところではあるが、皇女ともなれば自分で着替える事はない。

 身なりを整えるのは侍女の役目であるからだ。

 

 そして、マリンブルーのドレスを身に纏い装飾品でその身を飾る。

 

「ありがとう。ご苦労だった。」

 

 

 

 

「ごちそうさま。すまないが、少し外出してくる。」

 

 レミールは朝食を終えた後、皇城を逃げるように後にする。

 そして、人気の無い裏路地へと――――

 

 レミールは海軍壊滅の後、皇城に居辛くなってしまった。

 真実はレミールを責める者は誰も居らず、レミールの被害妄想ではあるのだが致し方ないといえよう。

 

 そして、レミールは皇国民の目からも逃げる。

 大切な臣民を失ってしまった故に国民に顔向けが出来ないでいる。

 

 その結果、僅かな侍女を連れて裏路地に逃げ込むようになってしまった。

 裏路地といいながらも危険が無いのは、皇都エストシラントの治安が非常に良いからだろう。

 

 レミールは今日も薄暗い日陰の道を歩く。

 まるで自分に相応しい場所ではないかとさえ感じてしまう。

 今日までは――――

 

 

「失礼、貴女はもしかしてレミール皇女殿下では?」

 

 背後から男の声に呼び止められる。

 臣民に呼び止められたと思ったレミールは臣民に心配をかけぬよう優しい笑顔で振り返った――――

 

 だが、その表情は『ピシリ』と音を立てて固まった。

 

 

「な、何故……。こ、こんなところに…………」

 

 

 

 ◆◆◆◆ とある場所 ◆◆◆◆

 

 ――――少しときは遡る

 

「マジやるんスか……?」

 

「降りるなら構わない。俺は自分の心に従うと決めたんだ。」

 

「俺は社長に付いていきますよ!俺の人生はこのためにあった。そう思ってます。」

 

「俺も付いてくって決めたッスけど……此処からどうします?」

 

 3人の日本人男性はどうやってか分からないが、パーパルディア皇国までやってきた。

 彼らはとある撮影事務所の社長と俳優とカメラマンだった。

 彼らはとある絵を取るために命がけでパーパルディア皇国まで来たのだ。

 

 やろうとしている事は非常に馬鹿なこと。

 だが、三人のバカはそれに命をかける覚悟を持っていた。

 

 『三人寄らば文殊の知恵』

 『女三人寄れば姦しい』

 

 三人集まれば一人よりも大きなことができる。

 そして、バカが三人集まるととんでもない事が起きてしまう。

 

 

 

「近くの村で馬車と御者を雇えれば……あるいは。」

 

「パーパルディア皇国民は愛国者が多いそうですし……」

 

「そこはな、偉大なるパーパルディア皇国の皇都エストシラントを一目でもいいからこの目で見たいとか、上手い事取り繕うんだよ。

 ヨイショするのは得意だろ?」

 

 日本人はしょうゆ顔なので異世界の顔と雰囲気が異なる。

 そのまま入国は出来るはずはない。だが、諦めるつもりは微塵にも無い。

 

 

 

 

「意外と上手くいったっスね」

 

「俺らみたいな変なヤツ、皇国にもいるんだな。」

 

「普通に金でなんとかなるなんて……俺、頑張ったんだけどなぁ……」

 

 ロデニウス硬貨が思った以上に力を発揮してくれて、皇都に荷を運ぶ馬車の木箱の中に隠れさせてもらえた。

 物資が不安定なんだってよ。まぁ、戦時中だから仕方ないんだろうな。

 

 その原因は日本軍なのだが、彼らはそのことを知る由もない。

 皇都に侵入できるチャンスになったラッキーな事態という事くらいしか思ってない。

 

 御者になってくれたパーパルディア皇国民は、

 先の海戦で息子を全員失ってしまい、愛国心が厭戦感情で揺らいでしまっていた。

 だから、妻と娘たちを養っていく金が必要だった。

 

 

 

 皇都に着いた3人+1人(御者)は裏路地へと移動する。

 表を歩く事なんてできない事は分かっていた。

 そして、ここまで来ても目的達成の望みは万が一以下である事も理解していた。

 だが、それは歩みを止める理由にはならない。

 何故なら彼らはバカだからだ。

 

 そんな彼らに奇跡が起こる。

 まさかとは思うが、日本人が殺害された事件で見たときの姿を、後姿を忘れる事は一度も無かった。

 

「失礼、貴女はもしかしてレミール皇女殿下では?」

 

 

 

 

 ◆◆◆◆ 皇都エストシラント 裏路地 ◆◆◆◆

 

「あぁ……、もう此処まで……」

 

 レミールは日本人が皇都にまで入り込んでいること、そして悪夢のフラッシュバックで腰を抜かしてしまう。

 

「あ、すみません。驚かせるつもりは無かったんですが……」

 

 このやけに物腰の低い態度、間違い無い日本人だとレミールは確証する。

 それは恐怖が心に宿るのと同義でもあった……

 

 ショワァァァ――――

 

 静かな裏路地に水分の排泄される音が聞こえる。

 言わずもがな、レミールが漏らしてしまった。

 悪夢の光景と似てしまっているのだ。仕方が無い。

 

 そして日本人の3名も視線で気付いてない振りをしようとアイコンタクトとった。

 

「急に失礼します、わたくしはこのようなもので御座います。」

 

 撮影事務所の社長はレミールにこちらの世界の文字で書かれた名刺を差し出す。

 レミールの侍女がそれを受け取り、異常が無いことを確認してからレミールに渡される。

 

 

「馬鹿杉えーぶい事務所??」

 

 

 そう、こいつら3人はレミールでAVを撮影したいがために、命をかけて敵国のど真ん中までやってきたのだ。

 それほどまでに3人はレミールに魅入ってしまった。

 

 成功する可能性は限りなく0。

 成功しても敵国の皇族だ、彼らは日本で捕まり死刑になる可能性も十分にある。

 だが、彼らはそれでも構わないと覚悟を決めたバカ達だった。

 自分達はレミールを映像作品にするために生まれてきて此処に集った。

 本気でそう信じているのだ。

 

「はい。私たちは少し特殊な動画を撮影し、世界にその素晴らしさを広め、後世に遺す使命を背負っています」

 

「お前たちは私を捕えに着たのでは無いのか?」

 

「いえ、皇女殿下御自ら足で動いていただく必要があります。

 無理やりではいけないのです。」

 

 

 レミールは日本人たちの行動を理解できないでいる。

 そもそも一度も理解した事がないのだ。分かるはずもない。

 

 

「はっきりと言え。私に何をさせたい。」

 

「公共の場ではっきりと申し上げる事は難しいのですが……」

 

 社長が内容を説明するとレミールの顔が怒りと羞恥で真っ赤に染まっていく。

 

「それを私にしろと……?」

 

 ここで馬鹿杉社長は嘘を付く。

 

「はい。レミール皇女殿下が自らの意思で引き受けてくだされば、ルディアス皇帝陛下の身とパーパルディア皇国民の安全は保障されます。」

 

 実際レミールが拒否しようが、日本国は殲滅する気はないので保障されるのだがそのことをレミールは知る由もない。

 

(私が……それだけの屈辱を……? だが、これが事実ならば……陛下の身の安全の対価に釣り合う…………臣民の身の安全の対価に釣り合う…………

 それに……)

 

 

 3人の日本人の後ろに隠れるように、臣民が一人いることにレミールは気が付いていた。

 自分は臣民に売られたのだと……。

 

 

 

 レミールはきっと今までで一番考えただろう。

 だが、自身の頭脳がそこまで良い訳ではない事も知っている。

 ならば、心に従うまで。

 

「わかった。陛下と臣民の安全を……必ず守ってくれ。」

 

「はい。ただ、パーパルディア皇国民の全ての命までは保障しかねます。

 この戦いで少しばかり命を落とす事もあるかもしれません。」

 

「それはわかっている。」

 

 

 レミールと同行していた数名の侍女を連れて、社長達は皇都エストシラントを後にする。

 レミールも侍女も普通に皇都の外に出る事は出来ないため、木箱の中だ。

 

 

(まるで身売りをしている女の様だ……これが私の最期か……。陛下、汚名を返上する機会を今此処で……!)

 

 

 この決断が後に重大な影響を与える事になるとは、この世界で誰一人として知る者はいない。

 

 

 

 

 




AV女優……日本のようにそういうものがあって市民権を得ているのであればまだしも
そんな概念すらないレミールにとって、どういう印象を受けたのでしょうね。
それはどんな影響を世界に与えるのでしょうか?

追伸:
いつも誤字報告有難う御座います。
ほぼ毎回どこかにあるなんてなぁ……


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