オーバーライト ―特別打撃群の軌跡― (ヘタレGalm)
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Prologue:Departure ー出航ー

―――第三次世界大戦。

 

 

 

そう呼ばれる戦乱は、唐突に始まった。

 

数多の犠牲者を出した第二次世界大戦、その終戦から76年と4ヶ月。奇遇にも太平洋戦争の開戦記念日のこと。

雪のちらつく寒い冬の日、空に現れる黒塗りの戦闘機。

崩壊のはじまりだった。

 

 

『―――我々は、西側諸国から世界の開放を目指し戦端を開くものとする―――』

 

 

『―――空を見てください!無数の戦闘機が―――』

 

 

 

―――2021年12月8日未明。

ほぼ同時刻にワシントン、ロンドン、東京など世界の主要都市を爆撃の轟音が襲う。

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攻撃に使われた機体は、西側諸国では未確認のものだった。

その数分後、ロシア連邦の独裁者“レグノフ·チェルノスキー”は西側諸国へ宣戦布告と国連からの脱退を突きつけた。

“アルフ·レングサント”という、謎の人物との連名で。

 

 

『―――爆撃!たったいま、この東京が爆撃されました!自衛隊は―――ッ』

 

 

『―――国民の皆さん。我が国はロシアに対して個別的自衛権を行使することを閣議決定いたしました―――』

 

 

瞬く間に世界中で始まる、血みどろの戦争。

予兆なしにはじまった戦火は世界を混迷に叩き入れた。

圧倒的な物量を用いた電撃的な侵攻により、ロシア軍は次々と支配域を拡大させる。遠慮はなく、無差別爆撃や大虐殺、略奪も平気で行った。

民間人も軍人も皆等しく死んでいく。

迎撃するため、自国を守るために。アメリカやイギリス、ドイツなどの西側諸国も困惑しつつも戦争へと傾いていった。

 

 

『―――ただいまの戦況です。ロシアはドイツ、イギリスとも戦端を開き―――』

 

 

『―――アラスカはロシアの手に落ちた模様―――』

 

 

国連は、非難を決議することはできても多国籍軍を編成することはしなかったし、そもそも各国にそのような余裕はなかった。

みな自国のことで手一杯なのだ。

極東の島国とて平和主義を掲げるからと見逃してもらえるはずもなく、圧倒的な物量の侵攻に対して個別的自衛権の発動でもって迎撃を開始せざるを得なくなってきた。

国民の非難はあったが、時の政権は「戦うなというならば、死ぬしかない」と反論を封じた。

戦争を忘れた国に襲いかかる、北の精兵たち。そして、押し込まれる戦線。

中国がロシアに味方しなかったことは僥幸だったが、その中国も国土の70パーセントを敵軍に奪われた。

 

 

『―――もし、諸君が自衛隊に戦うなと言うのなら。私たちは、爆撃に焼かれて死ぬでしょう―――』

 

 

『―――本年度の予算は防衛費が大幅増額の予定―――』

 

 

最初に空襲を仕掛けてきた異形の戦闘機の正体が発覚したのは、戦争開始から1ヶ月経ったときだった。

“深海棲艦”の技術で開発された最新鋭ステルス戦闘爆撃機。

連名で宣戦布告を行った“アルフ·レングサント”、彼は一部の“深海棲艦”からなる組織“深海帝国”の首領であり、レグノフと手を組んでいた。

彼らはロシア軍がかわいく見えてくるレベルの虐殺や略奪を行い、根強く抵抗するアメリカやイギリスに対して―――躊躇なく核を使った。

深海棲艦のさまざまな技術を持つ深海帝国ならば、実用的な戦略核も作れてしまうのである。

深海棲艦とは海神の卷属とも深海に古くから住んでいた存在とも言われているが、初邂迎から100年以上が経過した今でも“人類に近しい構造を持つ若干優れた生命体”としかわかっていない謎の存在だった。

 

 

『―――速報です。敵に一部の深海棲艦が加わっていることが判明しました―――』

 

 

『―――深海棲艦の中でも、“深海帝国”を名乗る一派の模様―――』

 

 

彼らについてひとつだけ言えるのは、前の大戦で日本及びアメリカと凄絶な戦争を起こした勢力にして種族だということ。

欧州で勃発した第二次世界大戦、そのもうひとつの戦場とも言える太平洋戦争。

それは、日本の仕掛けた真珠湾攻撃により始まったが、日本の思惑通りはいかなかった。

ほぼ同時刻に、日本と同じくアメリカの禁輸措置や経済制裁に反発した深海棲艦によるハワイ航空攻撃が実行されたからだ。

三つ巴の空戦を制したのは、ぎりぎりのところで日本だった。

 

 

『―――そもそもこの戦争は太平洋戦争に対する報復という見方が―――』

 

 

『―――アメリカ政府の見方では太平洋戦争は関係ないとの―――』

 

 

そのあと、紆余曲折あって日本は敗北した。

しかし、アメリカも本土侵攻を許したりするなど実態は引き分けだった。

深海棲艦により徹底的にかき回された形だ。

 

日本は南方への進出が阻まれ。

 

アメリカは深海棲艦に本土へ侵攻され。

 

その結果、日本は中国の石油を確保しつつ北太平洋に展開し。

アメリカは大幅に国力が低下しつつも、かろうじてマリアナからフィリピンを確保した。

物量で勝る深海棲艦に戦力を減らされた状況で日本と殴り合えば。

アメリカの決定的な有利は、揺らいだ。

 

相変わらずアメリカ優勢であったが、日本は特攻兵器を投入して抵抗を続けた。

拠点としていたソロモン諸島の陥落と共に継戦能力を喪失した深海棲艦が無条件降伏したのが、1945年6月。

 

しかしそれでも戦争は終わらなかった。同じく息も絶え絶えになったアメリカが切り札の原子爆弾でもって広島と長崎を焼き、報復として国防総省やホワイトハウスに潜水空母から発艦した特攻機が突っ込み。

 

泥沼の殺し合いに、イギリスとドイツの仲介で終止符が打たれたのは1945年のクリスマス。

 

結局、戦死者は日本310万、アメリカ290万、深海棲艦300万という凄絶な痛み分けとなった。

 

 

『―――戦争勃発より30日、この戦争は奇しくも開戦記念日に始まり―――』

 

 

『―――戦死者は、第二次世界大戦をも上回る見込み―――』

 

 

あの惨劇から、76年。

代が変わり、交流を深めていくうちに深海棲艦と人間はわかりあえたはずだった。

いや、事実大多数の深海棲艦とはわかりあえはしたのだろう。

残りの深海棲艦約2500万は人間に味方しているのだから。

 

この戦いが始まるまでは、彼らは東南アジアからオセアニアにかけての島々に人間と共存していた。

けれども今、その楽園は深海帝国軍の無差別爆撃により焦土と化してしまっている。

深海帝国軍は容赦が全くなかった。無抵抗な民間人や、降伏した兵も容赦なく殺した。

 

なぜ、と誰もが叫んだ。

 

―――なぜ、このような戦いが始まった。

 

―――なぜ、また戦禍に呑まれた。

 

―――なぜ、自分達はこのような目に遭わなくてはならない。

 

 

『―――なぜ!私たちがこのような目に遭わなくてはならないのでしょうか!―――』

 

 

『―――みどりの党は首相に説明義務を追求してまいります―――』

 

 

レグノフと深海帝国の目的が、“2大勢力による世界の分割統治”であり、開戦理由にはそれに加えて“資本主義すなわちアメリカや欧州からの世界の開放”であると当の本人たちが発表したとき、戦っている各国は戦慄した。

すでに、開戦3ヶ月ですべての陸と海の半分がロシアと深海帝国の支配下にあったから。夢物語ではないと思い知ったから。

戦いを始めた真意はわからない。

アルフはともかく、レグノフは極めて慎重な男だ。少なくとも子供じみた理由で戦争を始めることはない。

裏に、何を隠しているのかは。

レグノフとアルフのみぞ知る。

 

 

『―――繰り返し述べるが、我々がこの戦争を始めたのは西側諸国を打倒するためだ―――』

 

 

『―――独裁者レグノフ·チェルノスキーはそこまで短絡的な人間ではない―――』

 

 

そして着々と進む、“開放”という名の“征服”。

もはや、現実味を帯びてきた敗北。

勝ち目のない戦い。

積み上がる死体の山。

 

アメリカは再び本土へ攻め込まれることを覚悟していた。

日本も、防戦むなしく北海道へ上陸される。犠牲になる国民。

各国で繰り広げられる絶望的な遅滞戦闘。

湯水のように減っていく資源。

核を使っても止まらない戦火。

 

そして。

もはや戦力の半分を失うほどに追い込まれ、核による寒冷化が始まってきたことに戦慄した日本とアメリカは、一大作戦の実行を決定した。

 

 

――――――北極海に展開した空母打撃群による、モスクワ空襲。

 

 

『―――もはや、この作戦しかない。諸君、頼むぞ。1000万の犠牲の上に、諸君はいる―――』

 

 

『―――頭を潰せば蛇は死ぬ、半年間、なぜそのことに気づけなかったのだろう―――』

 

 

 

 

そして、2022年5月18日。

その作戦命令を受けて海上自衛隊の航空母艦“かが”は、中核として作戦に参加するために横須賀基地を出航しようとしていた。

生還の目処が低い作戦だった。

けれども、絶望的な戦況を打開するにはこれしかない。

 

錨が揚がる。

マストに掲げられるのは、旭日旗、そしてZ旗。

沿岸警備のミサイル艇のマストに、国際信号旗「UW」が翻る。

 

 

『―――皇国の興廃この一戦にあり、各員一層奮励努力せよ―――』

 

 

『―――第4護衛隊群に、天下無敵の武運を―――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――航空母艦かが、抜錨します!」

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

多くの自衛官が集まる、横須賀基地の海上自衛隊総合作戦司令部。

その中に、コンソールにつく一人の女性士官がいた。まだ年若い、少女とも間違えそうな年頃の。

彼女は1隻の航空母艦の出航を液晶の向こうに見つつ、小さく涙をこぼした。

 

「......ごめんなさい、でも、これしか方法はないの......。」

 

その彼女の肩を、同じく妙齢の士官が叩く。深緑色の髪をおろした、けれどもやんちゃさの残る顔立ちの。

 

「大丈夫よ先輩。あの子たちなら、きっとうまくやれる。私が保証するわ。」

 

「......そうね。信じましょう。彼女たちが、この戦乱の大元を断ち切ってくれると。」

 

 

――――――声をかけた女性の名は、瑞鶴。声をかけられた女性の名は、加賀。

 

共に、80年前に同じ海を駆け回った航空母艦「瑞鶴」「加賀」その人だった。

彼女たちは、ここではない(ところ)、いまではない(とき)を見る。

そこはかつて自分達が駆け巡り、そして朽ちていった蒼い海。

 

そして、知らずして目の前の航空母艦と彼女の娘が赴こうとしている海だった。

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか。
指摘などあれば遠慮なくお願いします。


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1:The beginning of the journey -笛音-

初夏の日差しに照らされながら、かつかつと革靴の音を鳴らして一人の少女が埠頭を歩く。

年は18くらいか。

世界の状況とは対照的に、よく晴れた日のことだった。

 

少女は、真横にそびえ立つ鋼の城を見やった。

これから自分の一部となり、共に海を駆ける艦。

艦尾には、白抜きでこう書かれていた。

 

 

「かが」と。

 

 

少女は、覚悟を決めた顔で舷門へと向かう。

舷門で警備をしていたやや小柄な自衛官が、少女の姿を認めて向き直り、敬礼した。

 

「艦長、お戻りになられましたか」

 

「ええ。ご苦労様です。......出撃は日没前でしょう?」

 

「はい。......本当に、やるんですね」

 

自衛官の、緊張した容貌。

どこか愛嬌のある顔をみて、少女は。

 

「......生きて帰れないかもしれない作戦だから、不満なら退艦を許可するって言いました。それでも残ったのでしょう?」

 

「......はい。というか、我々()()は艦からあまり離れられないことを知っているでしょう」

 

“妖精”は、クールな艦長の、不釣り合いに人情に厚い所に苦笑した。

 

「覚悟を試しただけです。......いきましょう。私たちの、征路を」

 

少女は、己の半身ですらある鋼の構造物へと入って行った。

決然と。命を捨てる覚悟で以て。

 

 

 

 

 

2022年6月5日未明

 

ミッドウェイ沖。

曇り空の下、25ノットの快速と4000トン超の巨体をもって青い海を裂き航行する、6隻の艦影があった。

陣形は輪形陣、潜水艦を警戒してかジグザグの航路を取っている。

その中央を航行する旗艦は、CV-2いずも型()()()()2番艦〔かが〕。

建造時には対潜哨戒の中核を担うヘリ搭載護衛艦だったが、ロシアと深海帝国の宣戦布告に伴い大至急で空母に改装された艦だ。

あらかじめプランは用意されていたのか、工期はたった3ヶ月。

深海棲艦から提供された技術である均質紫外線硬化金属で一体成形された船体は実に304メートルにおよび、飛行甲板も延長されアングルドデッキを備える本格的な空母となった。

耐久性にも難がなく、突貫工事にしては上々と言うできばえだ。

また、ヘリ搭載護衛艦時代からの特徴であった高い艦隊司令部能力は維持されている。

搭載機は定数54機。

艦載機である第6世代ジェット戦闘機の性能も考慮すれば、米国のミニッツ級原子力航空母艦にも引けを取らない性能を誇る海上自衛隊の切り札だ。

しかし、その鋼鉄の城のひときわ高く突き出した艦橋、中央にある艦長席に座る少女の表情は硬かった。

 

そう、少女だ。

 

彼女は、艦娘。

人間から生まれる存在にして、人間ならざる存在。

彼女たちは、“艦娘型艦”の中枢制御ユニットとしての役割を果たしている。

一方、人間のように意思も感情もある。

機械というよりは、精霊のようなおとぎ話の存在に近い。

 

少女が、彼女の右後ろに座る男に向かって口を開いた。

 

「―――天城司令。まもなくポイントC96、ミッドウェイ東海域です」

 

司令と呼ばれた男は、前方の荒れた海に視線を固定したままぽつりと訊く。

 

「どうする、先代のお墓参りでもするか、かが?」

 

この海域は、ちょうど80年前に発生したミッドウェイ海戦にて航空母艦〔加賀〕が轟沈した海域なのだ。

ただし艦娘としての加賀は、いまも自衛艦隊司令部で参謀として現役なのだが。

 

「―――不吉なこと言わないでください。母さん(艦娘加賀)は横須賀にいるはずです」

 

かがと呼ばれた少女は、半眼で司令を見上げる。

艦長席に座っていると分かりにくいが、身長165㎝と女子にしてはそこそこの体格である。

母と同じ、左サイドテールに纏めた髪。制服の襟章は一等海佐をしめすそれだ。

 

「わるいわるい、冗談だ」

 

「こんな時に冗談なんてやめてください、司令」

 

この作戦は、生還できる可能性が低い。

いくら最新鋭の艦を投入したところで、敵のど真ん中を突っ切って進むことに変わりはないのだ。さらに、戦況は悪化しており、核による寒冷化も始まっていた。

とても冗談など言える状況ではないのだ。

かがは、あくまでものらりくらりとしている司令をたしなめた。

しかし、その時に小さくかががこぼした言葉を、副長は聞き漏らさなかった。

 

(......どうか、私たちに海神と戦神の加護を......ですか。)

 

副長は、ふと口を綻ばす。

 

(ええ、あなた方には私たち妖精の加護もありますよ。)

 

そう、彼らは妖精。

艦娘の忠実な僕にして、頼れる部下だった。

 

それに、彼女の母親から授けられた言葉もある。彼女を信じろ、という。

だから大丈夫。彼はそう自分に言い聞かせた。

 

 

 

 

* * *

 

 

 

「かが、あなたは味方が窮地に陥ったとき、そして目の前に任務目標があるとき。あなたはどちらを取るかしら?」

 

出航前に横須賀で母と自分の部屋で会った時に投げかけられた言葉。

かがは、それに即答できなかった。軍人としては即座に任務を取るべきなのに、彼女はその優しさゆえに、どうしても仲間を見捨てる選択肢を取ることができなかった。

言いよどむかがを見つめて、加賀はゆるく微笑んだ。

 

「......あなたは、それでいいんですよ。人としての優しさを忘れないでちょうだい」

 

「......でも」

 

「いい、かが?仲間を安易に見捨てるのは愚将の行為よ。でもね、本当に必要な時には、残りを生かすために見捨てる必要もある。......そう、例えば私が雷撃処分されたみたいに」

 

かがの返答にかぶせる形で言った。

加賀は、仲間を見捨てることができないけれども見捨てなくてはならないといった状況に陥ったとき、それでも娘は仲間を見捨てられないということを知っていた。軍人としては致命的な甘さである。

しかし、加賀は知っていた。

彼女はそのような選択を作らないようにやると。そのための容赦のなさも、母から受け継いでいた。

 

「......母さん、私は仲間を見捨てることはできません。ですが、護りたい仲間を全員生還させられるようにしたいと考えて行動しています。それが、旗艦の役目だから」

 

自衛官としてではなく、あくまで一人の人間としてかがは言う。

私は、見捨てざるを得ない状況になどはしない、と。それが、彼女の信念であり行動の原則でもあった。だから、この凄惨な戦争の開戦以来かがは目立った被害は出していない。

そんな娘の姿を、加賀はまぶしく思う。

自分はかつて、己の慢心により沈むこととなってしまったから。何の因果か今も自衛隊で参謀長などという職務についているが、本来ならそこで死んでいたはずの人間だ。

だからこそ、一切の慢心もせず全力ですべてを護ろうとするかがにあこがれてすらいるのだった。彼女なら、きっとあの大戦の行く末も変えてくれたかもしれない。彼女のような人材がいれば、もはや過ぎ去りしものとなってしまった大日本帝国の栄光はまだここにあったのかもしれない。

加賀は、そんな万感の思いを込めて、娘を見つめ、口を開いた。

 

「かが。私は、あなたならそれができると、護りたい人を護れると信じていますよ」

 

それに、彼女たちを取りまとめる司令は海上自衛隊どころかアメリカ海軍の中においても例を見ない逸材だ。きっと、彼女のその願いを助けてくれるだろう。

 

 

「さあ、行きなさい、かが!暁の水平線に、勝利を刻むのよ!」

 

 

 

* * *

 

 

 

 

ところで、と前置きをして、司令が再び口を開く。

薄暗い艦橋の中。声はしん、と染み渡った。

 

「なあ、かが。今回の装備、どう思う?」

 

かがは淡々と答える。

 

「はっきりいって異常です。いくら敵中突破を図る無茶苦茶な作戦とはいえ、不要としか思えない装備が多数あります。また、今回は参謀長......加賀海将補(母さん)直々の装備変更命令が来ています。艦隊司令部を経由せずに」

 

その言葉の中に微かな疑念がにじんでいた。

もしかしたら、何か得体の知れない渦の中にいるのかもしれないという恐怖心と共に。

ただし、顔には出さなかった。

皆が傷つきながらも、幾万の屍を晒しつつも戦っている今、弱音は吐けないのだから。

司令も同様の不審と恐怖を微かに感じつつ、自分が思う疑問点を述べた。

 

「ああ。しかも、お前の艦載機は定数オーバーの61機、しかもロールアウトしたてのF-3A震電ⅡとF-35Bと来た」

 

「むしろ、問題なのは弾薬でしょう。絶対おかしいです、対艦ミサイルよりも装甲貫徹用の誘導貫徹爆弾の方が多いのは。随伴の皆さんも、対艦徹甲榴弾の搭載やCIWSの増設、果ては単装30㎜機関砲の搭載なんて!太平洋戦争どころか、第一次大戦に乗り込むみたいじゃないですか!?」

 

かがが、ドンッ、と肘掛けを叩く。

そう。

今回、第4護衛隊群を主核に編成された長距離特別打撃隊群の所属艦は、皆あり得ないレベルの装備が搭載されているのだ。

―――どちらかと言うと、砲雷撃戦に特化した。

この装備を搭載しろと言われたとき、かがは怪訝な顔をした。

当然である。127㎜砲の対艦徹甲榴弾や対艦用の誘導貫徹爆弾などはミサイルがものを言う現代戦において、まずあり得ない装備品たちなのだ。

第一次世界大戦に乗り込むという彼女の台詞もあながち間違っていない。

さらに、彼女は言葉を続ける。

 

「そもそも、編成自体不明点があります。百歩譲って、はるなさんも編入されたのはよいとしましょう。ですが、あかしさんが、しかも陸上展開用の装備まで搭載して編入されているのはおかしいです。少なくとも、陸上展開型の修理施設や生産プラントはこの作戦には必要ないはず。なにか、意図があるのでしょうか......」

 

 

かがのすぐ後ろを航行する、あかし型多機能支援母艦一番艦〔あかし〕。

戦闘艦艇の戦時修復や、物資輸送、果ては生産プラントによる自己完結的な艦隊補給能力さえもつ。ただし、戦闘能力はほとんどない。

いくらその艦隊継戦能力が魅力的とはいえ、そもそもこのような作戦に投入する艦ではない。敵の猛烈な航空攻撃の的となって沈むがオチだ。

それでもこの作戦部隊に参加している。

つまり、なにかの目的があってのことのはずだ。

 

「あるだろうな。あの人(艦娘加賀)は意図なしに行動する人物じゃない。......何が起こるかわからんぞ。用心した方がいい」

 

「ええ」

 

「......俺も気になって聞いたが、珍しく言葉を濁された。たぶん、アタリだ」

 

彼の言うアタリとは、なにか未知の事態が発生すると言うこと。

加賀は、(かが)と同じく言うべきことはさばさばと行ってしまう人間......もとい、艦娘である。

その彼女が言葉を濁したということは、ほぼ確定で裏に何かがある。

 

窓の外、鉄色の飛行甲板の先に広がる今にも雨が降りだしそうな曇り空と暗い海。

その鈍色のローコントラストを何となく不吉だと感じながら、司令はインカムのスイッチをいれた。

 

「司令より特別打撃群各艦。本作戦は、何が起こるかわからない。未知の事態だって、起こる可能性がある。―――気を抜くな」

 

今さらな訓示にも、応答は即座に。

 

「了解」

 

『了解だぜ。』

 

『了解なのです!』

 

『わかったわ、司令!』

 

『了解です。』

 

『わかってます。』

 

特別打撃群を編成する、いずも型航空母艦〔かが〕、まや型ミサイル護衛艦〔まや〕、むらさめ型汎用護衛艦〔いなづま〕、〔いかづち〕、まや型ミサイル護衛艦〔はるな〕、そしてあかし型多用途支援母艦〔あかし〕。

 

その全艦、全員から、確固たる意志と共に応答が返ってきた。

 

―――何があっても、必ず国を護るという、確固たる意志が。

 

 

 

輪形陣の右側を征くDD-107〔いなづま〕、その艦橋。

対潜哨戒をしながらも、僚艦のいかづちと相談をしていた。

 

『敵が出るとしたら潜水艦ね。それも、1隻で足止めをして複数隻で潜対艦ミサイルと魚雷を撃ち込んでくるわ。』

 

「もしくは、攻撃機......。でも、航続距離が足りないのです」

 

『給油機つかって渡り鳥みたいに来るなら別だけど、こちらのFCS-3の探知範囲は450㎞。長距離防空ミサイルのSM-2をありったけ撃ち込むには十分すぎる距離よ。だから、攻撃機が私たちに山ほど対艦ミサイルを撃ち込んでくる心配はしなくてもいいと思う』

 

「SM-2は射程150㎞もないのです。まあ、攻撃機で来るとしたらかがさん直掩の戦闘機が瞬く間に落としちゃうと思うのですが」

 

給油機を使うことで本土からの攻撃すら可能になるが、残念ながらミサイルを撃てる150㎞に接近するまでに迎撃機に叩き落とされるがオチだ。

ロシアの最新機であるSu-57や開幕で爆撃を叩き込んできた深海帝国機のような高性能ステルス機ならミサイル発射ポイントに到達するまではできるだろうが、100発、200発と飛んでくる飽和攻撃でもされない限りは被害はないだろう。最新鋭イージス艦の名は伊達ではない上に、そもそも洋上を航行する彼女たちを捕捉する手段がない。

それを知っているからこそ、そこまで緊張していないのだ。

 

「というか、今回のかがさんの艦載機隊はまさかの天羽一尉の部隊みたいなのです」

 

『......じゃあ、たぶん空襲は大丈夫かな。それに、今回は主砲が76㎜スーパーラピッド砲に変わっているし』

 

「意図がよくわからない装備編成ですが、なんか砲雷撃戦重視な気がするのです......あと、物量攻撃に対抗する兵装が多いです。多弾頭ミサイルとか、私は初めて積んだのです」

 

いなづま副長妖精は彼女たちののんびりした、けれども物騒な会話を聞きつつ艦内物資の確認をしていった。

燃料となる軽油は過剰積載、弾薬類も普段の1.2倍は搭載されている。

半無尽蔵に補給を行えるあかしがいることも含めると、ちょっと考えづらい物資量である。

しかも、その命令書は参謀長から直接ときた。

 

「艦長。かがさんと司令官はこれだけの物資が搭載された理由を知ってると思いますか?」

 

「私の見立てだと、知らないと思うのです。けれど、もしかしたらこの指示はもっと上、それこそ長門さんや三笠さんのところから来てるのかも......」

 

『......えぇ!あの三笠さんが!?』

 

艦娘三笠は、艦娘の始祖とも言われている。

日露戦争に臨み、最初に戦艦三笠と同調したのが彼女である。また、現代の艦娘の運用ノウハウは彼女が積み上げたとも言えるのだ。

 

「ところで、さっきからかがさんは司令官となにをしゃべっているんでしょうか......?」

 

 

 

 

当のかがは司令官と話していた。

半分は部隊運用の真面目な話だが、もう半分は純粋に会話を楽しんでいた。

彼女は決して認めようとはしないだろうが。

 

「ところで、かが。お前は僚艦の皆についてどう思うか?」

 

「それを私に聞きますか?」

 

言いつつも、かがはこの数日で把握した各艦の艦長の性格を思い出した。

 

かがの目の前を航行するまや型ミサイル護衛艦〔はるな〕は、もともと別の護衛隊所属であったが、今作戦に当たり臨時編入された。

艦長の艦娘はるなは礼儀正しく真面目な性格で、身長170㎝と司令に匹敵する長身である。

いつも微笑を絶やさないがおそらくはあまり余裕がないのだろう、突然泣き出してしまうということをこの航海の内でも複数回目撃されている。

 

輪形陣の一番右側を航行するむらさめ型汎用護衛艦〔いなづま〕艦長の艦娘いなづまは、普段はおどおどした性格だ。ただし、戦闘時になるとそれが豹変することが多々あり、かなり凶暴な一面も持ち合わせていることが判明しているが。

身長は155㎝と一番小さく、結い上げた明るい茶色の髪は瞳と同じ色だ。

 

左側を航行している彼女の従姉妹であるむらさめ型汎用護衛艦〔いかづち〕艦長の艦娘いかづちはと言えば、対照的に明るい性格だ。しかし、こちらは戦闘時になると唐突にあわあわし出す。

いなづま、いかづちはかがが就役した時からの同僚であるから、かがもよく知っている。

ちなみに、戦闘時のいなづまに「ぷらずま」のあだ名をつけたのはいかづちである。

 

艦隊の殿(しんがり)を航行するまや型ミサイル護衛艦まや艦長の艦娘〔まや〕は、男勝りな性格だ。

開戦に伴い第4護衛隊群に配属替えになり、かがの新たな同僚となった。良くも悪くも司令の悪友と化しているらしく、かがに次いでよく話している。

 

そして、かがのすぐ後ろを航行する多機能支援母艦〔あかし〕。艦長あかしは、ピンク色の前髪をおさげのようにサイドで纏めており海自の制服の上着は肩から掛けるだけにしている。

あかし副長曰くフレンドリーな性格で、自分が職務とする修理に自信と誇り......を持っているらしい。

彼女の祖母である工作艦娘明石から魔改造癖を受け継いだらしく、補修する際にスクリューや兵装システムなどをいじるのはもはや日常茶飯事となっている。

戦時ということに加え、性能アップにつながっていることから艦隊司令部は今のところ黙認しているようだが。

 

そこまで話して、かがは小さく身震いした。

自分の艦が魔改造される幻覚でも見たか。

 

「......ちなみにこの艦の飛行隊長は?」

 

「......虫酸が走ります。腕は確かですけど」

 

「......はぁ。とりあえず、お前が同僚についてよく観察しているのはわかった。だが、頼むから飛行隊長と喧嘩しないでくれよ?」

 

なぜかはよく知らないが、かがとこの艦に出向してきている航空自衛隊の第361飛行隊隊長は初対面の時から喧嘩ばかりしていた。どうも波長が合わないらしく、彼女たちの母親たちは仲が良いのだがこの2人はもはや犬猿の仲と化していた。

そう、彼女たちだ。飛行隊長は、航空自衛隊でもまだ少ない女性パイロットだ。

ちなみに、2人とも対立ばかりしているにも拘らずお互いを相当信頼しているようだが。

 

不利と見たか、かがは微妙に話題を変えた。

 

「そういえば、今回はなぜF-3Aなのでしょうか。基本的にF-35BとCの混載なのに」

 

F-3Aは、空戦から攻撃、そして偵察や電子攻撃も行える垂直離着陸艦上統合打撃戦闘機だ。

しかしステルス性能が比較的低い上に、艦上運用実績がない状態でいきなり本番に搭載されるのはおかしい。いくら先の大戦のドーリットル空襲やAL作戦にならぶ重要な作戦とはいえ。

任務は敵地爆撃である。作戦機のステルス性能はもっとも優先されるべき事項であろうに。

F-35Cも、下位互換といわれればそれまでだが、垂直離着陸能力がないだけでれっきとした最新鋭機だ。

まして、F-35Bとの混載となれば柔軟性の問題は解決する。

さらに、両者ともステルス性能がかなり高い。

 

それを踏まえて、司令は口を開いた。

 

「......たしかに、F-3Aの運用柔軟性はトップクラスに高いな。けれどもF-35と混載というのが引っ掛かる」

 

「ロールアウトした機数が足りなかったのでしょうか?納入開始は3月でしたし」

 

「いや、どちらかと言うと......」

 

しかし、彼はここで言葉を濁した。

ふと閃いたことがあったからだ。

F-3Aは、F-35Cよりも汎用性が高く、F-35Bよりも武装搭載量に優れ、航続や空戦性能でも優れる。そして、整地しただけの野戦飛行場でも通常離着陸機として使用できる。

難点は、ステルス性能が低いことだ。

しかし、野戦飛行場は現代では存在しないはずだ。

存在したのは遥か80年も昔。

 

それは、第二次世界大戦の時代。

 

そして、レシプロ機が我が物顔で飛び回っていたそのときならば、ステルス性能は関係ない―――。

 

「ははっ、まさかな」

 

しかし、彼は自分の考えを切り捨てた。

時は戻せない。

犯した過ちは、やり直すことはできないのだから。

かがが心配して声をかけてくる。

 

「どうかなされたんですか?」

 

「いや、なんでもない」

 

笑ってごまかした。

その不自然なごまかし方に怪訝になりつつ、かがは言葉を続けた。

 

「とりあえず、現状は航海に問題ありません。直掩の......天羽一等海尉からも異常なしとのこと」

 

飛行隊長の名前が出てくるまでに時間がかかったのは、気のせいではないだろう。

からかいの意味も込めて、司令は彼女の“本名”を言った。

 

「素直に偽名じゃなくて本名のずいかくで呼んでやれよ」

 

「......」

 

かがは、赤面して硬直した。

ちなみに天羽瑞樹......もとい、ずいかくはかの艦娘瑞鶴の娘だ。

 

彼女には、艦娘にもかかわらず戦闘艦艇と同調して操るための適性がなかった。

 

代わりに、天才的なまでの空戦センスがあった。

このような現象は多々あり、例えば空母蒼龍の孫娘である艦娘そうりゅうは潜水艦にセンスがあった。

完全に同調できないがために有人艦の士官や整備クルー、普通の一般人となったものもいる。

しかし彼女のようにパイロットなった例は非常に稀だ。

 

そして繰り返しになるが、かがとずいかくは非常に仲が悪い。もはや風物詩となるレベルで。

 

「......相変わらず、だな。まあいい」

 

かがは何も反論しなかった。

静かな、沈黙。

 

鈍く響く機関の音が、今は遠かった。

 

「......第3ルートポイント、通過」

 

静かに、航海長妖精が報告した。

ここで変針、一路北へ向かう。

今まで潜水艦との遭遇はなかったが。

―――恐らくは、たびたび襲われることになるだろう。そろそろロシアの勢力圏に入ってくる。

そこまで考えて、司令は指示を出した。

 

「......前路哨戒のSH-60Kを2機から3機に。ローテーションを組み直してくれ」

 

「了解」

 

唐突に、司令の耳につけたインカムが起動した。

発信先は、横須賀の参謀本部。相手は参謀長の艦娘加賀だ。

司令は応答した。

 

「こちら特別打撃群」

 

『参謀本部より特別打撃群、針路を335にして頂戴。速力は30ノットを維持。合流予定の米艦隊が増速しています。どうやら、敵の警戒が一時的に緩むタイミングを発見したらしいわ。......復唱して。』

 

「了解。針路335、速力30ノットを維持」

 

全ての艦が、取り舵を取る。

かがも搭載するGELM-2500ガスタービンの唸りを高め、海を掻き分ける速度を上げた。

針路を北に取ったとき、再び加賀の澄んだ声がインカムに聞こえた。

 

『......幸運を祈るわ。娘を頼むわよ。』

 

ふと、違和感を抱いた。

出撃前に別れの挨拶はしてある筈だし、なにも今すぐ敵艦隊に飛び込もうと言うわけではない。

潜水艦の脅威はあれど、約1日程度は接敵の可能性は低い航路である。

 

「......母さん?」

 

「......少し、幸運を祈るには早すぎるのでは?」

 

ふっ、と無線の向こうの相手が笑う気配。

それも、儚い笑みを。

 

 

 

 

 

『......直にわかります。』

 

「司令、高密度のECM!レーダーとリンク16がダウン!」

 

 

 

 

 

突如。

 

光が目の前に現れた。否、艦隊を包み込んだ。

前方が見えなくなり、レーダーと艦艇同士で情報共有を行うリンク16(データリンク)が機能しなくなる。

ノイズすら混じらなかった筈の無線に、雑音が混ざりだした。

どこからともなく荘厳に響き出す、縦笛の和音。

 

その向こうに、司令が聞いたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ご......なさ......、平和を......私たちに。......、生きて。』

 

 

 

   

「――――――ッ!?」

 

 

 

 

 

 

ぶつりと、無線が切れる。

 

その意味を、彼は理解してしまった。

彼の中で、すべてが繋がった。

 

加賀が、無線が切れる前の最後に残した言葉。

 

―――ごめんなさい、平和を向こうの私たちに。そして、強く生きて。

 

彼は、朧気ながら悟った。

自分達はモスクワ攻撃よりも重要すぎる、失敗の許されない任務をまかせられてしまったのだと。

 

「―――任務、拝命しました」

 

艦隊を包み込んでいた、光が消える。

目の前には、相変わらずの曇り空と暗い海。

 

しかし。

 

「司令!日付が!」

 

「......そうだろうな」

 

『ちょっと!これ、どういう、』

 

『見たままです、まや。自己完結型の艦内時計がここまで狂うとは思えないですから。』

 

『そんな!』

 

かがの目の前にあるコンソール。その日付と時刻は、

―――1942年6月5日午前6時02分。日本時間で、1942年6月4日午前3時02分だった。

 

ちょうど80年前。

 

『あたしたちは、諦めるわけには行かないのに!』

 

『まやさん、現実は無情なのです。はるなさんも言っていたでしょう?』

 

「レーダー、復帰します!」

 

「上空の直掩隊とも通信復活!」

 

「全艦の健在を確認!」

 

 

「群司令、指示を!」

 

 

司令は、今だ軽く混乱している頭を振って、今必要な指示を下した。

 

「現在地を把握、天測急げ!まや、敵影は!?」

 

天測は、星をみて現在地点を予測する方法である。まだ日は出ていない。

まやが、己の装備する高性能レーダーが得た情報を報告する。

 

『SPY-1Fレーダーに反応はなし!......いや、航空機とおぼしき反応が北東400㎞に複数!正確な数は不明だ、どうする、司令!?』

 

「......」

 

先程までの流れとこの言葉から、彼はうすうす自分が今どこにいるのか察していた。

今の世界の状況がわからないから断定は出来ないため軽挙な行動は出来ないが、おそらくは。

しばらく考え、口を開く。

 

「かが、全戦闘機の発艦準備を。―――俺の見立てでは、たぶんあと4時間でミッドウェイ海戦が勃発する。断言はできないけれども、状況次第によってはもう時間がないかもしれん」

 

「―――なッ!?......了解ッ!」

 

かがが、あわててインカムをフライトコマンダーに繋ぐ。

彼女がF-3A部隊とF-35B部隊に出撃準備を伝えているとき、天測のために上部見張り所に出ていた妖精から艦内無線が入った。

 

『当艦隊の現在地はミッドウェイ西海域!』

 

続いて、上空直掩のF-3Aの1個小隊4機を率いていた天羽一尉から直接通信が入った。本来は飛行隊司令部を通すのだが、相当緊急の用件なのか。

取り澄ました声だが、微かに動揺していた。

 

『艦影を確認。......方位005、距離450㎞!空母4、戦艦2、重巡2、軽巡1、駆逐10!』

 

「了解。当該艦隊をサブジェクト1とする」

 

司令は反射的に答えた。

サブジェクトとは、監視対象のこと。すなわち、その艦隊を監視しろという暗黙の命令も入っていた。

さらに、かがが続けた。

 

「国籍確認!向こうに気づかれないように行ける!?」

 

『雲の切れ目から光学撮影を試みる!解析は任せたわよ!』

 

接近したらこちらが気取られる恐れがあるが故の判断だった。

戦闘中ということもあり、目視で国籍を確認できるほどの高度まで降下するのは危険きわまりないからである。

 

その時。

 

ずっと広域無線機をいじり倒していた無線長が報告した。

彼らにとっては、信じられないことを。

 

「司令、艦長。敵の通信を傍受しました。にわかには信じがたいことですが、―――ミッドウェイにいるのは、深海棲艦です」

 

「なっ!?」

 

自分の知る事実と違う。

ミッドウェイ諸島を占領していたのは深海棲艦ではなく―――米軍のはずだ。

 

 

 

 




いかがだったでしょうか。
地の文長めは難しいです、はい。


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2:Midway off the coast ―海戦―

1942年6月4日午前7時10分(現地時間)ミッドウェイ北海域

 

雲が空を覆う暗い空に、爆炎の花が咲く。

優雅に銀円を描く艦上戦闘機と一方的に落とされていく陸上爆撃機。

 

その鈍色の空の下に、幾隻かの僚艦と共に全速力で回避機動を取る軍艦がいた。

木製の全通飛行甲板に、右側に寄った艦橋構造物、そして翻る旭日旗。

大日本帝国海軍所属の航空母艦、〔加賀〕である。その艦橋に、空を睨んでいる少女がいた。

そう、彼女こそが艦娘加賀だった。

 

 

艦橋に悲鳴のような報告が入る。

 

「敵機、防空圏に突入!」

 

「高角砲、対空機銃各個に撃ち方始め!」

 

すかさず、号令。

即応した高角砲が爆音を立て、空に榴弾を打ち上げる。

 

『爆撃、きます!』

 

「取り舵一杯!舵もらうわよ!」

 

言うなり、加賀の体が仄かに発光し始めた。

たなびく服と髪を気にもとめず、直感で大きく左に舵を切る。

自殺的なまでの急旋回、しかし巨艦は簡単には曲がれない。

横に滑り、しばらくしてから傾斜して旋回が効くようになるのだ。

ただし、この場合はすこし横に滑るだけで十分だった。

陸上爆撃機が命中率の高くない水平爆撃で投下した爆弾は、至近弾にもならずに海面で爆ぜた。

投下した陸上爆撃機は一瞬のスキを突かれて、接近を許してしまった加賀所属の零戦に撃たれて火を噴く。

それを見届けて一息つきつつ、それでも回避機動はやめない。

 

「利根2号機より入電、敵基地攻撃隊第3波、第4波接近中!」

 

「嫌な空ね。......兵装転換はまだかしら?」

 

「ええ。今だ対艦装備からの転換は半分しか終わってません」

 

「急いでちょうだい。こうして空襲を受けているということは、基地の破壊は足りていないわ」

 

ミッドウェイ諸島の深海棲艦基地に攻撃隊を送り出した南雲機動部隊は、攻撃隊長の友永丈市大尉が発した“カワ·カワ·カワ(第二次攻撃の必要性を認む)”の無電を受け取り残りの攻撃機の装備を対艦装備から陸用爆弾に交換している真っ最中だった。この空母加賀でも、残りの九七式艦上攻撃機の装備を対艦魚雷から陸用爆弾へ装備変更を行っていた。しかし、800㎏もある対艦魚雷と陸用爆弾を、しかも空襲のさなかで交換するのはやわな仕事ではない。

遅々として進まない装備転換作業と波状攻撃を仕掛けてくる敵に、加賀は頭を押さえる。

かなりの機数の、しかも手練れの攻撃隊を送り込んだはずなのに。

基地機能は健在か。

 

「......第二次攻撃に備えて、艦攻も最初から対艦兵装じゃなくて陸用爆弾にしとけば良かったのに......」

 

「......まあ、南雲長官には長官なりの考えがあったんでしょう」

 

「副長。私たちは、今も断続的な空襲を受けてるのよ?毒のひとつも吐きたくなります。開戦以来ドック入りすらできていないと言うのに......」

 

副長が、祈るような声と共に空を見上げる。

 

「......こればっかりは、零戦隊を信じるしかありません」

 

上空で、敵の陸上爆撃機とこちらの零戦が激しい空戦を繰り広げていた。

 

 

 

 

そのころ、加賀の隣を航行する航空母艦〔赤城〕では、南雲中将以下第一航空艦隊司令部の面々による論議が交わされていた。

一人の幕僚が口を開く。

 

「ミッドウェイ攻撃隊から、“第二次攻撃の要を認む”との無電が入っています。長官、ミッドウェイに陸戦隊が上陸するまでに島の基地能力を破壊せねばなりません!」

 

「うむ。本作戦の骨子はミッドウェイ島の占領にある。敵艦隊の撃滅ができれば儲けものだが......第二次攻撃隊、出撃準備急げ。各機陸用爆弾を搭載」

 

南雲も、自信に満ちた顔で頷いた。

味方側の空母に残されている爆撃機、攻撃機は80機近くもある。

それだけあれば、今度こそミッドウェイの基地能力を奪うことができるはずだ。

ただし、こちらの搭乗員の練度も開戦時よりは低くなってしまっているのだが。

 

「人員異動などが多かったから、この一航戦もだいぶん練度が下がってますね......」

 

航空母艦〔赤城〕の艦長である艦娘赤城が小さくつぶやく。

それを聞き取った南雲は、

 

「ああ。深海棲艦に的を絞って戦争を始めてもこれだ、アメリカにも戦争を仕掛けていたらどうなってたことか......赤城の夢に出てきたっていう、一面の焼け野原になった東京の町っていうのも現実になっていたかもな」

 

と、返した。

赤城はこの作戦の開始直前、東京が無数の爆撃機に焼かれる夢を見たという。冗談だったとしても言ったらまずい内容なので南雲だけにしか言わなかったのだが。

しかし、深海棲艦だけを相手に絞った戦争でもここまで苦戦してしまうのならば。

もし当初の計画であったアメリカと深海棲艦両方を叩き潰すという計画を実行していたら、日本は負けてしまうのかもしれないし東京も焦土と化してしまっていたのかもしれない。

結局、長官肝煎りの真珠湾攻撃は実現せず、責任者たる自分は立案者の山本五十六中将と共に軍令部から散々に謗られたが。

そのような惨事を防げるのならばいくらでも謗られてもかまわない、と南雲は思った。

 

「つくづく、あの時発生した霧には感謝だよ」

 

「そうですね」

 

 

 

その時、一人の士官が興奮した様子で駆け込んでくる。

 

「失礼します、利根4号機より無電!“敵らしきもの10隻見ゆ、ミッドウェーより方位10度、240浬”!」

 

途端にざわめき出す艦隊司令部。

草鹿は、敵空母が近くにいると直感で感じた。しかし、冷静に参謀長の権限で指示を出す。

 

「利根4号機に打電、“艦種知らせ”。敵らしきものでは不十分だ」

 

「了解!」

 

士官が駆け去ってゆく。

それを見届けつつ、参謀の一人が興奮した様子でしゃべりだす。

 

「大戦果ですよ、長官!ミッドウェイ島と同時に敵艦隊まで落とせるとは!」

 

「そうだな。......陸用装備から対艦装備に戻すか?」

 

「むしろ、そうしないとまずいでしょう。陸用装備では艦艇に有効な打撃を与えられません」

 

「うむ。動かない目標よりは、敵艦隊の方が我が艦隊にとって脅威度が高い」

 

「とりあえず、利根4号機からの無電待ちですね。それに今されている空襲も何とかしなくてはなりませんし」

 

そう、敵艦隊を攻撃する以前に自分たちの艦隊が攻撃されているのだ。

相手はミッドウェイ基地航空隊。

 

上の階の艦橋では、艦隊司令部に参加している赤城の代わりに航海長が必死で回避機動を取らせているだろう。

かすかに、この司令部まで爆音が聞こえてくる。

さらに、頻繁に転舵時特有の傾斜も発生している。

 

もう一度、先ほどの士官が駆け込んできた。

 

「長官。飛龍の二航戦司令部より無電、“本朝来種々の敵機来襲にかんがみ、敵機動部隊出撃の算あり。考慮せられたし”」

 

「......機動部隊か」

 

航空母艦飛龍に座乗している二航戦司令である山口多聞少将の意見はかなり鋭いところをついているのだが、南雲は確信が持てなかった。

しかし、敵艦隊を相手するためには陸用爆弾から艦船用魚雷・通常爆弾に兵装換装しなくてはならない。

いまは、逆に陸用装備に転換している最中のはずだ。

南雲は今すぐ、“対艦用装備に変更しなおせ!”と命令したいのを必死にこらえた。

もしも誤報だった場合、大きな混乱を招くことになる。ただでさえ状況は相当複雑になっているというのに。

―――そして、待ちに待った利根4号機からの無電が入ってきた。

 

「報告、利根4号機から!」

 

「早く読み上げろ!」

 

「はい!“敵艦隊は巡洋艦5、駆逐艦5、航空母艦1。いずれも乙種深海棲艦”!」

 

大当たりだ。

しかも乙種とは、艦隊の中核を担うレベルの艦であるということを指している。

南雲は、即座に用意していた命令を下した。

 

「全空母に通達!対艦用装備に換装、急げ!」

 

命令は、すぐに各艦に伝わる。

それと並行して、まだ不足している情報を得るために次の手段を取る必要があった。

 

「利根4号機は足の遅い零水偵だ、接近させたら喰われるかもしれん。詳細の確認にはアレを使おう」

 

「アレ、ですか」

 

「ああ。......〔蒼龍〕に通達、“十三試艦上爆撃機”を偵察に出せ!」

 

即応して、〔蒼龍〕の飛行甲板上に2機の航空機が引き出される。

最新鋭の高速艦上爆撃機だが、今回は索敵に徹してもらうのだ。

一通りの指示を出し終えた南雲は、参謀長の草鹿に向き直る。

 

「なあ、草鹿。これは予想していたか?」

 

「ええ。ですが、さすがに愕然としました。出撃しているということは、じきに敵も攻撃隊を繰り出してくる恐れがありますし」

 

「......ミッドウェイの基地航空隊から攻撃を受けている以上、いつ来てもおかしくはないな。......向こうより早く出撃させたいが......そろそろ、ミッドウェイ攻撃隊が帰ってくる頃合いだろう?」

 

ミッドウェイとの距離はそこまで離れていない。

だから、4時間前に出撃させた攻撃部隊はそろそろ艦隊上空までたどり着いているはずなのだ。

否、すでにたどり着いていた。

航空参謀の中佐が報告する。

 

「報告します。すでに一部の攻撃部隊が艦隊上空まで到達している模様」

 

「源田中佐、それは本当か?」

 

「はい。なお、燃料がかなり危ないようです」

 

「まいったな......」

 

「二航戦の山口司令より、“現装備のまま直ちに攻撃隊を発進せしむるを至当と認む”」

 

伝令の士官が、告げた。

先程に引き続きである上に、“現装備のまま”という辺りが至急発艦すべしという意思を感じるが、

 

「......いや、却下だ。そうだろう、赤城?」

 

南雲は拒否の態度を明らかにして、今まで黙っていた艦娘赤城に声をかける。

彼女は他の幕僚や参謀と同じく海図台を眺めつつも、言葉は発していなかった。

艦娘たる自分の、発言力を知っていたから。

 

「......はい、司令に賛成です。なぜなら、陸用爆弾を用いても敵艦隊に打撃を与えられず無闇に位置を知らせるだけだからです。また、発艦が終わるまで待っていた場合一部のミッドウェイ攻撃隊機は燃料切れで不時着することになるでしょう」

 

正論だった。

陸用爆弾で攻撃させるのはともかく、燃料がもうないミッドウェイ攻撃隊をこれ以上待たせるのは危険すぎる。長躯1000㎞もの距離を飛行した彼らは、おそらくは、30分持たないだろう。

 

「了解しました。無電を打っておきます」

 

「ああ、頼む」

 

伝令の士官が去るのを見届けて、南雲たちは、状況を整理した。

まるで毛玉のごとく絡まった複雑な状況は、一度解きほぐさないと艦隊の全滅につながる恐れがあるのだ。

 

「まず、赤城・加賀の九七艦攻への陸用爆弾から魚雷への転換だ。もともと陸用爆弾に換装した機が少なく、短時間で終わるはずだ」

 

「そのはずです。また、兵装転換の開始が遅れた第二航空戦隊(飛龍、蒼龍)の九九艦爆の再換装は短時間で行えます」

 

「そして、目下の大問題として上空で待機している攻撃隊の存在がある。燃料が付きかけている彼らをこれ以上待たせる事は出来ません。貴重な機体と200名以上の熟練搭乗員妖精を危険にさらすことは論外です」

 

「また、敵艦隊攻撃隊を護衛する零戦が艦隊を守るためにほとんど発進しているので一度着艦して補給する必要があります。弾薬と燃料を使い果たした零戦隊を護衛につけても意味がありませんから。戦闘機の護衛のない攻撃隊は、艦隊護衛戦闘機の餌食になるしかないのは敵が実証済みです。我々は「はだか」の航空隊を出すことは出来ません」

 

各々から、意見が出る。

それをもとに南雲は今後の方針を決めることとした。

 

 

 

結論としては、まずミッドウェイ基地攻撃隊を収容してその後に敵艦隊攻撃隊を順次発艦させることとなった。

すなわち燃料の危うい攻撃隊を全て収容し、そののちに敵艦隊攻撃隊を飛行甲板上に並べて発艦させていくのだ。本当なら攻撃隊直掩の零戦だけでも先に空に上げておきたいのだが、攻撃隊の収容には相当の時間がかかる。

その間は空戦に巻き込まれるのだから、やはり敵艦隊攻撃隊の発進時に同時に上げるべきだと南雲は判断した。

 

「赤城、すまないが艦橋に上がってくれ。戦爆連合の攻撃があったら、艦娘の直接操舵じゃないといなしきれん」

 

「了解しました」

 

「それと、〔飛龍〕と〔蒼龍〕へ無電だ。“第二次攻撃に備え、25番爆弾を追加揚弾せよ”」

 

指示を受け取った赤城が、パタパタとタラップを駆け上がって行く。

その後ろ姿を見届けつつ南雲は考える。

 

―――さて、どう出てくるか。

 

 

 

✳ ✳ ✳

 

 

 

時は、ほんの少しだけ遡る。

 

『加賀零戦2番より加賀、弾薬切れだ、着艦許可求む!』

 

「了解、でも着艦したらすぐに出て!まだ敵機は残っているわ!」

 

『赤城零戦4番、被弾した!不時着水する!』

 

『援護する、事故るなよ!』

 

『さらに陸上爆撃機を視認、高角砲撃ちます!』

 

『利根より赤城、敵機見ゆ!』

 

怒号と悲鳴が無線越しに飛び交い、まさに修羅場と化していた〔加賀〕の艦橋。

その中に。

無電長の、歓喜と驚愕がないまぜになった報告が響いた。

 

「旗艦より無電、“敵空母らしきもの見ゆ、よりて至急艦船用装備に換装せよ”!」

 

空母がいるとなれば、大戦果だ。同時に、いつ敵攻撃隊が飛んでくるかわからない。

しかし、先制で攻撃を加えようにもいまだ雷装が済んでいないどころか、今まさに魚雷を取り外している最中であった。

ミッドウェイへ第二次攻撃を仕掛けるつもりだったためである。

そして対地用の爆弾では、艦船に有効なダメージは与えにくいのだ。

目の前に戦果があるというのに出撃させられない状況に、焦れる加賀。

 

「二航戦の司令なら、即刻発進させろと言いそうね」

 

「い、イライラしないでくださいよ、艦長......」

 

しかし、さらに混迷をきわめる出来事が発生した。

上部見張り所にいる妖精兵員が叫ぶ。

 

『本艦所属の攻撃隊、帰投してきます!』

 

「......くっ、上空待機を打電!」

 

加賀も余裕が無くなってきた。

その時、右舷側を航行する艦隊旗艦〔赤城〕より無電が入る。

 

「信号長、解読!」

 

「攻撃隊ノ収容ヲ優先セヨ、です!」

 

「......確かに、100機あまりの攻撃隊を失うのは大問題ね。攻撃隊に打電、着艦収容を開始せよ!」

 

ミッドウェイ攻撃から帰ってきた攻撃隊は、燃料が切れかけである。

このまま待機を続けさせることは、すなわち死ねといっているようなものなのだ。

ちょうど第3波をいなし切ったところで、収容は不可能ではない。

 

数時間前にミッドウェイ島に向けて飛び立った九九式艦上爆撃機が着艦してくる。

甲板に日の丸が描かれているため、深海棲艦航空母艦と間違えて機銃掃射をしてくるというような事態にはならないだろうが、それでも気は抜けない。

回避運動中の着艦はきわめて困難なのだ。

それでも、熟練の操縦士の操縦により次々と制動索を着艦フックに引っ掛けて静止する艦爆。

 

僚艦〔赤城〕と〔飛龍〕でも似たような光景が見られたが、〔蒼龍〕だけは違った。

 

「......敵空母の位置を確認するのね」

 

飛行甲板上に引き出される、十三試艦上爆撃機。

おそらくは、利根4号機が発見した敵空母の正確な位置を把握するためだろう。

時速50㎞近い向かい風をうけて、試作偵察機は空へ舞い上がった。

入れ替わるように蒼龍攻撃隊の九七式艦上攻撃機も戻ってきた。

 

「着艦した機の補給を急いで。時間はあまりないわよ」

 

 

 

約1時間後、ようやくすべての攻撃隊の回収が完了。

その攻撃隊にも対艦装備を命じたが、それ以前の問題で被弾機も少なくなかった。

応急補修をして飛べるようにする必要があるのだ。

格納庫内は、まるで修羅場と化していた。

反響する、胴間声と金具の音。

 

「ほら急げ急げ!敵艦隊はまってくれないぞ!」

 

「分かってます!......わっ、また揺れた!」

 

「気を付けろよ!こんな閉鎖された空間で爆弾を誤爆させてみろ、俺たちゃ火だるまだぜ!」

 

軽口を叩きつつも、手は素早く正確に。

彼らの言う通り、格納庫内で暴発したら艦は燃え上がる。

その上、魚雷は敏感でなおかつ威力が高いのだ。

しかし、なれた手つきで素早く金具を操作、兵装の転換をこなしていった。

 

 

 

✳ ✳ ✳

 

 

 

このような事態は、他の〔赤城〕、〔蒼龍〕、〔飛龍〕の格納庫でも発生していた。

空襲の合間、航空母艦〔飛龍〕の艦橋にいる二航戦司令官山口多聞少将は怒鳴り散らす。

 

「......っち、陸用爆弾で問題ないから発艦させればいいものを!今は即応が大事だと言うのに!」

 

彼の右前にいた艦娘飛龍が、たしなめる。

 

「どうどう、血圧上がりますよ多聞丸。―――南雲長官には、たぶん南雲長官なりの考えがあるんです。たぶん、対艦兵装で確実に仕留める気です」

 

「というか、こっちは敵艦隊がAFから出航してるかも知れないと始めから言ってあるのに!......はぁ、激昂しても始まらん」

 

山口もようやく落ち着いたのか、小さくため息を付いて指示を出す。

 

「艦爆隊、25番通常爆弾を積み終え次第発艦。艦攻隊の補給急げ......蒼龍にも知らせろ」

 

伝声管から、反応はすぐに返ってきた。

 

『艦爆隊、まもなく発艦準備完了。』

 

『艦攻隊は被弾機多数。......応急修理を要するので、暫し時間がかかる見込み。』

 

「わかった。なるべく急いでくれ」

 

飛龍は、憮然とした表情になる。

本来、艦内に指示を出すのは艦長たる自分の役目であるから。

いくら第二航空戦隊を取りまとめる指揮官とはいえ、他人に指揮されたらさすがに悔しくもなるものだ。

 

「多聞丸。勝手に人の艦を指図するのは止めてください......前から言ってますよね......」

 

「すまないな。たぶん直らない癖だ」

 

「ええ......」

 

しかし、そのような微妙にのんびりした空気もすぐに消えることとなった。

危急を告げる無線が艦橋に飛び込んできた。

 

『こちら蒼龍零戦3番、東、距離20㎞!低空より迫り来る雷撃機多数!』

 

にわかに騒然となる艦橋。あと5分程で、魚雷投下ポイントへ到達してしまう。山口は、傍らの飛龍に向かって叫んだ。

 

「飛龍!」

 

「わかってます!航海長、舵もらうわよ!」

 

飛龍の体が、淡く発光し始める。

そして、急速に艦が引っ張られる感覚。

 

右手側低空よりプロペラの風切り音とレシプロエンジンの爆音をかき鳴らして迫り来る敵機。雷撃機が30機もいたら、数発は命中するだろう。

零戦だけでは、取りこぼしが出てしまうかもしれない。魚雷が3発も命中すればかなり傾斜するレベルの浸水が発生するだろう。運が悪ければ轟沈してしまう可能性だってないとは言えない。

山口は、必死に願った。ひ弱な人間の身では、願うしかできなかった。

 

「零戦隊、飛龍。頼んだぞ!」

 

飛龍は、確かに答えた。屹、と前を睨み、全身を淡く光らせて。

 

「まかせて」

 

急角度のジグザグ航行、艦と同調した飛龍の視覚は比彼の位置関係を間違いなく見抜く。

そして、予想される雷撃コースも。

 

しかしその回避機動が功を奏す前に、零戦が食らいつく。

魚雷を抱え、その上戦闘機の援護もない雷撃機は脆かった。

群がる零戦に対してはせいぜい後席の12.7㎜機関砲を打ち上げるしかできない。

 

熟練の零戦の前に。文字通り、瞬殺された。

 

しかし多数の雷撃機が空に散る中、1機の雷撃機が死角から滑り込んでいた。

後部銃手が猛烈な弾幕を打ち上げ、撃墜せんと迫る零戦を叩き落としていった。

明らかに、他の機体と動きが異なっていた。

深海棲艦がこれを作るにあたり参考にした機体はTBDデヴァステイター。ほとんどオリジナル通りのスペックで完成されたこの雷撃機は、しかし性能はあまり高いとは言えない。

重い深海TA-3魚雷を抱えたらほとんど回避機動を取れなくなる、はずだった。

しかし、そんなスペックを嘲笑うかのような超人的な機動で悉く零戦の追撃を回避してのけた。開発者が見たら卒倒しそうな光景だった。

 

パイロットは機体を滑らせ、大回りして左舷から突入していた。

約50度で〔飛龍〕と交錯する軌道。高度15m、まるで水鳥のような滑らかな飛行で驀進する。

飛龍見張り員が気付き、対空砲火を打ち上げ始めた時にはすべてが遅かった。

投下された魚雷は真っ直ぐ航走して、回避不可能を悟った飛龍はダメージがもっとも少なくなるように舵を切った。

 

その雷撃機が頭上を飛び去った数瞬後、爆音、水柱、衝撃が排水量16000トンの巨体を揺るがした。

 

敵のぶら下げてきた航空魚雷を直に喰らったのだ。

飛龍は徐々に染み込んでくる水の気配に戦慄しつつ、叫んだ。

 

「ダメージコントロール、急いで!」

 

『左舷中央に被雷、浸水してます!』

 

「防水隔壁閉鎖!右舷に注水してバランスを!」

 

飛龍の声に応じて、これ以上の浸水を防ぐために防水扉が閉められた。

さらに、傾斜した艦を立て直すために逆側へ注水。

左に10度近く傾いていた艦が、徐々に右に傾いていった。

飛龍は艦娘としての能力を最大限に発揮し水平になったところで注水を止めた。これで、傾斜により沈没する恐れはなくなった。

しかし、水を入れたことによる速力低下は免れない。

手拭いを副長から受け取って飛龍は汗をぬぐい、山口の方へ振り返った。

 

「ごめん、被雷しちゃいました」

 

「いや、沈まなかっただけいいさ。ガソリンに引火はしてないな?」

 

「ええ」

 

「ならよかった。......あの状況では避けようがなかったから、責めるようなことじゃない。むしろ致命的な打撃を喰らわなくてすんだその技量を誉めるべきだ」

 

山口は、責めるではなく誉めた。

確かに艦を傷つけてしまったということはあるが、沈めなかったのは彼女のれっきとした功績だ。

さすがに魚雷1発で沈むということはなくても、速度低下を招き、その結果更なる攻撃を食らうことは想像に難くない。

 

「なんとか、なったか」「どうにか凌げましたね。危なかった......」

 

 

 

✳ ✳ ✳

 

 

 

飛龍と山口が一息ついていた頃、おなじく敵機が去り安堵の雰囲気が漂う航空母艦〔加賀〕の艦橋。

艦娘赤城や飛龍、蒼龍と同じく回避機動に専念していた加賀も、回避のために上げていた艦との同調率を通常に戻した。

同調率を上げると艦のスペックは向上するものの、艦娘の消耗も早くなるのだ。

艦橋を満たしていた仄かな光が消え、外から差す光と赤色灯のみとなる。

 

安心して、少しだけ脱力した。

 

 

―――その、刹那。

 

 

「敵機頭上!急降下爆撃機4!」

 

「―――え?」

 

普段よりは高い程度に戻っていた同調率が、無意識ではね上がる。

艦と再び一致したその視界の中。

 

目の前には、天空から迫ってくる鉄色の全翼機の敵艦爆がいた。

 

敵のパイロットと目が合い、500㎏爆弾を懸架した投弾アームが伸ばされて。

―――そしてまばゆいばかりの爆炎に彩られた。

 

 

 




いかがだったでしょうか。
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3: Interlacing of fate ―邂逅―

交わるはずのないものたちが交わり、歩むべき運命が、変わり出す。
対価は、代償は、犠牲は。


謎の光に包まれ、80年前に戻ってから1時間後。

 

司令とかがの姿は、航空母艦かがの艦橋ではなくCICにあった。

特別打撃群所属艦の艦長6人と司令一人は、艦隊情報共有システムを用いて会議を行っているのだ。

議題は今後の方針だった。

この会議はテレビ電話によるものなので、各艦に乗ったまま顔を合わせて会議できるという利点がある。

緊張した顔を見せる、艦長たる艦娘たち。

天城司令が口火を切った。

 

「まず、無線傍受の結果、ここは1942年である確率がきわめて高いことが判明した。まあ、1942年にタイムスリップしたんだろうな」

 

彼はいともあっさりと認める。

 

『単なる機械の故障でしたってオチはないのか。』

 

まやがぼやくが、そんなことがないのは彼女が一番よく知っていた。なぜなら、彼女の艦なのだから。しかし司令はあっさりと流した。

 

「言ってても始まらないから次へいくぞ?さらに、帝国海軍と深海棲艦がこの海域で軍事行動を行っている」

 

「これは、まやさんのレーダーが航空機を捉えたのとつじつまが合います」

 

かがが補足した。

彼女の言葉のあと一呼吸おいて、司令が誰一人知らない事実を告げた。

 

「そして、最後にだ。ここに加賀参謀長直々の書類ファイルがある。わざわざ時限開封処理までされた、な」

 

艦長のみならずCIC要員までがざわめいた。

時限開封処理ということは、明らかに今のタイミングで読ませようとしていたと言うことだ。

加賀の性格だったら、本来の作戦遂行に必要なことならば無線で告げるだろう。

皆を見渡して、重々しく口を開く司令。

 

「......読み上げるぞ」

 

やや低い、落ち着いた男性の声が。

大きくないのに、確かに響く。

全ての雑音を押し退けて。

 

「......作戦指令第0号。

この指令書が開封された時点(以下現時点とする)をもって、現在遂行中のあらゆる任務を中止。下記作戦に従事せよ。

 

作戦名:オーバーライト作戦

本作戦の作戦目的は、核戦争へと発展した最悪の戦禍、第三次世界大戦の発生阻止である。

そのために日本海軍と接触、協力せよ。そしてあらゆる手を尽くして任務に邁進せよ。

艦隊における全ての権限は、現時点をもって貴艦隊司令に委譲する。

また、司令の判断によりあらゆる作戦行動をとることを認める。

―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

各員一層奮励努力せよ。

 

付記

願わくば、貴艦らに八百万の神の祝福のあらんことを。

 

日本国総理大臣 高田晴臣

日本国海上幕僚長 艦娘三笠

自衛艦隊参謀長 艦娘加賀

 

以上だ」

 

不可解な所もある奇妙な命令書だったが、事態の説明には十分だった。

つまり、この時代に送り込まれたことは人為的なものであり目的は第三次世界大戦の阻止であること。なぜ送り込まれたのかは......おそらくは、核戦争と化した第三次世界大戦によって崩壊する運命にある地球を救うことなのだろう。そして、指令書には自衛隊の最高司令官たる内閣総理大臣の名前があった。それは、国家レベルの作戦であることも示す。

それぞれの艦の艦橋に、深い沈黙が降りた。

皆、なぜ自分達がこのような時代に送られてしまったのか知ってしまったから。

沈黙を破ったのは、やはり司令だった。

 

「と、言うわけだ。つまり、ここからは全ての行動がれっきとした作戦行動になる」

 

少し間が空き、まやがポツリと呟く。

 

『なあ、司令。私たちを送り込んで、あとに残された皆はどうするつもりなんだろう、な。』

 

仲間は私たちに自分たちを見捨させたのか、という質問。

絶望的なまでの世界大戦を仲間と共に戦っていた彼女たちは、あとに残される仲間たちを見捨てることは出来なかった。

けれども、同時に開封された2通めと3通めに載っていたその答えは、―――あまりにも残酷すぎるものだった。

ここで言うのは危険だと思い、あくまで濁すことにした。

 

「俺たちは、時間線の異なる過去に来たようなものだ。ならば元居たはずの未来がどうなるのか。それは、()()()()()。―――ただ一つだけ言えるのは、俺たちに世界が滅亡するか生き残るかがかかっているということだ」

 

うつむいたかが、まや、いなづま、いかづち、はるな、あかしの全員が沈黙した。

元居た世界は崩壊寸前だった。それが、改めて思い知らされた形だ。

核による急速な寒冷化が始まっており、長くはもたないことは言われなくても明らかだった。

けれども、そんな残酷な世界であっても。

自分たちの故郷だ。

 

 

どこまでそうしていたのか。

司令が苦々しい顔で、「闇夜航路だな、まるで」と呟いた。

闇夜航路とは彼の好きな小説の名前だが、ざっくり言うと戦場から放り出されてしまった少年が、放り出された先の過去から未来におこる戦争を発生させないようにするという話である。

まさか、自分がその少年と同じことになるとは思っても見なかった。

 

征くべき航路は、今だ闇に彩られ、夜に閉ざされていた。

勝利を刻むべき暁は、自分でつかみ取れといわんばかりに。

もとは日本海海戦で艦娘三笠が言った、主に艦娘艦隊で五省と同じく唱えられている言葉を小さくつぶやいた。

 

 

「暁の水平線に勝利を刻め、か」

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

しばしの後会議が再開された。

指令書をウィンドウに表示しつつ、司令は話した。

 

「まず、短期目標を把握しよう。我々は、指令書の通り日本海軍と接触、協力しなければならないが、その方法に問題がある」

 

『ノコノコと出ていっても撃たれるだけなのです。』

 

『両軍から撃たれるなんて、さすがにごめん被るわ。』

 

いなづまといかづちが厳しい口調で肯定した。

そう、80年後のオーバーテクノロジーな艦が現れたところで味方と信じてもらえる可能性はきわめて低いのだ。

しかし、司令には策があった。

 

「ところが、日本側が深海棲艦に襲われているところに介入したら?」

 

『いけすかないですけど......それがベストプランみたいですね。』

 

そういった人間が好きではないはるなが、嫌そうに呟く。

他の面々も、あまりいい気ではないようだ。

しかし80年前の今も戦時中。

故に、ただ近づいたら間違いなく面倒事になる。

 

「それに、2022年現在、元帝国海軍の艦娘の生き残りは日本国民だ。だから、攻撃されたら自衛権を発動できる」

 

にやりと笑って、司令は言った。

確かに2022年においては、艦娘も日本国籍が与えられているため“邦人救助”の言い訳が通った。

しかし、現在は1942年。安易に80年後の基準を適用するのは好ましくはない。

それを見透かしてか、あかしが言う。

 

『司令、1942年であるこの状況においても、その理屈が通用するのかは結構疑問ですけど。』

 

「なに、命あっての物種だ。やれることは何でもやるさ」

 

無茶苦茶な論理だった。

しかし、それで護れる命がある。故に、司令は断行した。

―――そして、それを行うに足る情報が入った。

 

『シュライク1よりかがみさき、ビンゴだわ。

―――真下で回避機動中の艦隊、サブジェクトは飛行甲板にでかでかと日の丸をつけてる。画像転送するけど、たぶん分析するまでもないわよ。

高度3000辺りで零戦が防空をしてるけど、撃ち漏らしが出ているわ。―――このままだと、いずれ被弾する。』

 

「了解、シュライク隊は高度10000にて監視を継続せよ」

 

『直掩からの継続で来てるから、燃料がきついわ。とりあえず、3時間しか監視できなさそう。』

 

「了解、すぐ交代の隊を送る」

 

天羽隊長率いるシュライク隊の真下にいるのは、十中八九南雲機動部隊だ。

ミッドウェイ海戦においては全ての日本空母が日の丸を飛行甲板に描いていたはずである。

そして、その日の丸は敵が急降下爆撃を仕掛けるにあたりいい的になってしまうのだ。

司令は続けるぞ?と前置きをして、話を進めた。

 

「天羽一尉からの報告と通信傍受の結果、ミッドウェイの北では深海棲艦の基地航空隊と南雲機動部隊が派手にドンパチやってることが判明している。その推移は大方我々の史実寄りであることも」

 

つまり、あと1時間半ほどで3空母が急降下爆撃を食らって炎上する可能性が高いということでもあるのだ。

無論彼らが知る通りに進むとは限らず、基地航空隊の空襲で被弾する可能性もないとは言えない。

それを踏まえていなづまが提案をした。

 

『先制攻撃で、敵任務部隊を撃滅するのは?』

 

つまりは先回りして深海棲艦の任務部隊を排除しようということだ。

しかし、彼は首を横に振った。

 

「ダメだ。海上自衛隊には専守防衛の原則がある。仮にそれを俺の権限で無視したとして先制攻撃したとしても、生存者なしで敵艦隊を沈めなくてはならない。―――少なくとも、今こちらの戦力の分析材料を敵に与えるわけには行かないからな」

 

続いて、あかしから意見が出る。

 

『じゃあ、もしも敵を攻撃するならば、現段階では私たちの姿を見た敵は生かして返してはいけない、味方への無電発信もさせてはならない、これが最低条件ですね?』

 

「ああ」

 

その時、まるで最初からこうしなさいといわんばかりにかがが大きくため息をついた。

 

「天羽一尉の1個小隊が航空から監視中よ。非常に業腹だけど、彼女たちなら艦隊防空くらいならお手の物だわ」

 

司令も、観念してため息をつく。

かなりの艦隊の前で自分達の能力を見せびらかすことになるため、いくら言い出しっぺの彼でも不味いかなとは思っていたのだ。

それ以外策があるのかと問われれば少なくとも今は、ないとしか答えられないのだが。

 

「......その手しかないか」

 

「ええ。艦対空にせよ空対空にせよ長距離対空ミサイルは相手が多すぎる上に、敵味方の識別ができないから味方を誤射してしまう恐れがあるので使用できません。それに、味方はともかく敵パイロットに目視されたら航続距離などの性能を察知されかねません。この時代、パイロットは輪にかけて目がいいんです」

 

この時代のエースパイロットである坂井三郎などは、2.0という驚異的な視力を持っていたりする。

当時のレーダーは、現代に比べかなり性能が悪い。レーダーに頼らず数キロ先の敵機を肉眼で見つけなくてはいけないのだから、彼だけでなくパイロットはみな目が良いのだ。

 

「......そこまで目が良いのか。現代だったらそんなパイロットはほんの一握りだぞ」

 

「ええ、そうですね。―――また、状況はすでに私たちの知る過去とは動き方をしています。不測の事態に備え、艦隊上空に展開するべきかと」

 

「わかった」

 

司令はうなずいた。

そして、彼は話をまとめる。

 

「まず、日本海軍と接触するためにわが戦闘機隊を南雲部隊上空に展開する。それで、敵攻撃機隊が飛んでくるはずだからそれを目視戦闘で迎撃する。......すでにミッドウェイの基地航空隊による攻撃は始まっているから、現地到着し次第迎撃を開始してもらうことになりそうだな。それと、先遣の天羽一尉たちには今すぐ防空戦をはじめてもらおう。俺たちもすぐ合流する必要がありそうだ」

 

『その辺が妥当でしょうね。敵味方識別は目視で行う必要がありますし。』

 

『そうね、時間がないわ。......私たちも増速するわよね?』

 

「ああ。全艦、第5戦速」

 

『......かが、艦隊司令!』

 

そこに飛び込んできた、悲鳴。

声の主は南雲部隊上空に張り付いて監視を継続している天羽一尉だった。

彼女は驚愕した様子で報告を続ける。

 

『高度4000より速度300㎞でサブジェクトに接近する編隊を確認!数は40、距離200㎞!敵急降下爆撃隊と推測!零戦の迎撃はなし!』

 

敵の急降下爆撃隊。それは彼らの知る史実において、空母赤城·加賀·蒼龍に致命傷を与えた張本人だ。

交錯まで、あと40分。

しかも零戦の迎撃がないということは、爆撃を阻むものがいないということだ。

司令は、即断した。

 

「シュライク1、遂行中の監視任務を放棄。接近中の急降下爆撃隊に対して攻撃を仕掛けろ。国籍確認で深海棲艦機と確認し次第目視で攻撃だ」

 

『了解。シュライク2、5、6続け!』

 

応答は、すぐに帰ってきた。

メインディスプレー上の味方機を表す輝点が、新たに表示された所属不明機を表す輝点に接近していく。

それを見つつかがは、事前に用意されていた味方艦隊への直掩を開始するプランを下した。

 

「フライトコマンダー、プランB3。状況はすでに始まっています」

 

『了解、第361飛行隊はただちに発艦を開始!』

 

かがが、胸を張って決然と前を向いた。

眼光は鋭く、ゆるぎない戦意を宿して。

 

 

 

✳ ✳ ✳

 

 

 

南雲機動艦隊との距離は約500㎞。

これは、F-3A震電Ⅱが全力を出せば15分もかからずに詰められてしまう距離だ。

無論燃料消費も激しくなるため行わないが。

ミッションスタートが号令され、艦内の飛行隊待機室にブザーが鳴り響いた。

パイロットの妖精たちは一斉にタラップを駆け上がり、飛行甲板上に駐機されている自分の機へと駆け寄った。出撃が命じられたのはアラート待機中だった1個小隊4機と、さらに2個小隊8機。

上空で南雲機動部隊を監視中である1個小隊4機と合わせれば1個中隊24機が機動部隊の直掩につくこととなる。

 

露天駐機されたF-3Aにパイロットが滑り込み、エンジン始動レバーを引いた。

機付き長の助けを借りてハーネスを締め、酸素チューブをつなぐ。機付き長がタラップを降りて、それを格納、そしてキャノピーを閉鎖した。

ジェットエンジン特有の音を立ててF135エンジンが始動。

その間に、パイロットはHMDをかぶり各種計器のセットを行う。テストボタンを押し込み、機体の状態を確認。GPSのエラーについては無視をした。

機体の周りでは整備妖精がウェポンピンを抜いて回る。スクランブルで発進するため、兵装はAIM-9Lが2本と固定機関砲だけだ。

どだい、この時代には敵味方識別装置などない。上空に友軍の零戦が舞っていることも考えられるため有視界戦闘になるはずだ。

それならば、射程数十㎞を誇るAAM-4などは不要となる。

 

機付き長の誘導に従い、機体をカタパルトへと向かわせた。敬礼する整備妖精に、答礼する。

後ろを向くと、ちょうど後部エレベーターを用いてF-3Aが追加で上げられていた。このあと発艦する2個小隊だ。

その時、管制塔から無線が入った。無線は英語で、発艦許可と発艦後の指示だった。

 

『シュライク3、発艦を許可する。各機、発艦後は誘導に従い高度3000を方位20に巡航、シュライク1と合流後は友軍艦隊の援護を開始せよ。視界外攻撃は禁止、攻撃前にかならず目視で国籍を確認せよ。』

 

「シュライク3了解。誘導に従い高度3000を方位20に巡航、シュライク1と合流後は友軍艦隊の援護を開始する。視界外攻撃は禁止、攻撃前に目視で国籍を確認する」

 

復唱して、管制員はミスのないことを確認した。

その間にも機体は発艦位置に近づいていた。誘導員が両手で大きく×を作ったタイミングで、ブレーキをかけた。

ガコンッという音ともにカタパルト·シャトルが接続される。

発艦、開始。

スロットルを押し込みアフターバーナーをON、パワーマキシマム。

同時に、強烈な電磁力を受けたカタパルトシャトルが動き出した。

 

ドンッ、という急加速が襲う。

 

約90mのカタパルトを一気に走り抜け、終端でシャトルがパージされた。大空へと蹴り出される鋼色の鳥。

パイロットは操縦桿を引ききり、そして急上昇した。

 

 

 

✳ ✳ ✳

 

 

ミッドウェイ海域

 

高空から侵入してきた深海棲艦急降下爆撃機隊は、3つの隊に分散して空母に対する爆撃を仕掛けようとしていた。

低空から侵入したはずの雷撃隊が、その命と引き換えに護衛の零戦と見張りの目を引き付けているはずである。

その残酷な状況を目の当たりにして、敵討ちと覚悟を決め奇襲の一撃を放とうとする彼らは、しかし思わぬ相手に阻まれることとなった。

 

 

『ががみさきより先遣隊各機、戦闘行動開始。オールウェポンズフリー、友軍艦隊の援護を開始せよ』

 

「ウィルコ」

 

 

天羽瑞樹こと、艦娘ずいかくの操るF-3Aは急降下爆撃を行おうとしている急降下爆撃機の1個小隊を視界にとらえていた。IFFレスポンスがないのでUNKNOWN(敵味方不明)とHMDには表示されている。

国籍表示はなし、黄色のマーキングは乙種深海棲艦所属機のそれ。

真下にいるのは航空母艦加賀だから、集団的自衛権が使用可能であった。

敵と確信し、天羽は撃墜する意思を固めた。

追い越さないようにエンジン出力を落としつつ、接近。

 

「悪く思わないでよ......!」

 

プロペラを持たぬ、黒塗りの凧のような敵機。

それらは、単縦陣で航空母艦加賀への投弾コースに進入していった。

深海棲艦特有のイオンエンジン機だ。出力はレシプロ機より低くなるものの、燃費が良い上に航続距離も長くなる。

そして、爆弾倉に抱えた500㎏爆弾はたやすく航空母艦を戦闘不能にする能力を持っていた。

天羽は、悪いけどあなたたちの思う通りにやらせるわけにはいかないのよ、と思った。世界を焼く第三次世界大戦の惨禍、それを防ぐための第一歩だ。

ここで止められる訳には、いかない。

 

天羽機はエアブレーキを立てて上空から急降下、今まさに60度で急降下中の敵機のさらに後方上空についた。

高度5000mからの急降下、しかも雲を切り裂いてだ。敵には予測不可能だった。

HMDの高度表示が目まぐるしく減少する。

敵機に後方につかれたと知りつつも、せっかくの投弾コースに入った敵機は回避をためらってしまった。

あるいは日本軍機と形が異なりすぎていたため、敵味方の識別がつかなかったのか。

唖然とする敵の機銃手悪鬼と視線が交錯して、

 

容赦なく撃鉄を落とした。

 

右翼付け根のM61バルカンから連射される、大量の20㎜機関砲弾。

HMDでレティクルにとらえた、最後尾を飛ぶ急降下爆撃機に突き刺さった。

一瞬で後部機銃や爆弾倉、翼から火を噴き爆散した。

しかし、敵は残り3機もいる。

尾翼とカナードを操作して次の敵に砲口を指向、爆散の焔が晴れぬ間に機関砲をたたき込む。

 

(間に合え!)

 

天羽は心の中で叫んだ。

敵も僚機が2機瞬殺されてようやく正気に戻ったのか、安定しない射線で12.7㎜後部機銃の弾幕を打ち上げてくるが、全く当たらなかった。

どだい、現代の戦闘機は12.7㎜で落とそうと思ったら相当数たたき込む必要がある。

たった2門の機銃では無理があった。

しかし、高度が1500を切った。

相対距離は400、敵はもうすぐ投弾しようとするはずだ。

急降下爆撃は高度3000から急降下、1000で投弾しそのまま低空で抜けるのがセオリーとなっているからである。

間に合わないかと思い、天羽は左親指の位置にある武装切り替えボタンを押し込んだ。

F-3Aの胴体左右にあるウェポンベイが解放され、HMDにはロックオンマークが表示、一瞬で赤く反転した。

格納していた2発のAIM-9Lの赤外線シーカーヘッドが起動したのだ。

 

「シュライク1、Fox2!」

 

切り離され、即座に超音速で突進する空対空ミサイル。

狙いたがわず、単縦陣で突入していた最前列の急降下爆撃機に直撃した。

9㎏の高性能炸薬が一瞬でジュラルミンの機体を引き裂いた。

残骸に巻き込まれ、軌道を大きくずらす2番機。投弾こそしたものの、明らかに大きく外れるコースだった。

エンジンカウルから火を噴いて墜落していく敵機。

天羽はそれを見送りつつ、機体に大きくエアブレーキとカナードを立てて大減速させ低空で水平飛行に移った。

真下にいる味方を守れたことにほっと安心しつつ、無意識に次の敵を探した。

機のレーダーには、新たに接近してくる多数の味方機が見えた。

 

 

 

✳ ✳ ✳

 

 

 

加賀は、驚愕した。

目の前に迫っていた急降下爆撃機4機が一瞬で撃墜されたのだ。

加賀には見たことのない異形の機体が、プロペラではなく後部から炎を吹き出しつつ通過していった。

プロペラを持たない推進方式は覚えがある。ドイツで開発中だったはずの、噴式機だ。

燃料を燃やし、そのガスを直接噴射するという代物だったはずだ。しかし、それはまだ開発中で実戦投入されているはずがない。

しかも前後に折れ曲がるように角度のついた翼の国籍表示は日本を示す日の丸と来た。

日本軍にそのような機体はなかったはず、とパニック寸前の頭の片隅で考える。そして、どうにか指示を下した。

 

「面舵一杯!次が来るわよ!」

 

敵に空母が何隻いるかによるが、護衛の戦闘機込みで少なくとも40機は見た方がいい。深海棲艦の用いるF4F戦闘機はアメリカ製F4Fのデッドコピーではあるものの、束でこられればいくら零戦でも危うくなるのだ。

しかし、今空を支配しているのは敵機ではなく、明らかに謎の噴式機の方が優勢だった。

その一方的な空戦を目の当たりにして加賀は呻いた。

 

「噴式機の数は4......たった4機が、戦爆連合を圧倒しているというの!?」

 

「な、なんですか、艦長!?」

 

状況を理解していない副長が慌てるが、それにかかずらっている暇はなかった。

旗艦〔赤城〕と司令部に無電を打つように命じた。

この状況は、どう見るべきか。

加賀一人では、とてもではないが判断できなかった。

 

「赤城より打電、所属不明機への攻撃は禁止、直掩隊は接触を試みよ!」

 

「接触!?速度が違いすぎるでしょう!......はぁ、とりあえず、彼らに助けられたことは事実よ。私たちがすべき事は任務継続ではないのでしょうけど......」

 

そして、彼女は副長に向けていた視線を前に戻した。

その、超至近距離に、鋼鉄の鳥がいた。流線型と平面を組み合わせたシルエット、中程で前向きに角度の変わる異形の翼、空に溶け込む薄い鉄色の塗装。武装の類いがいっさい見えないが、たしかに先程まで敵を屠っていた戦闘機だった。翼の端に掲げられる日の丸と、部隊章らしき鶴の紋章。

常識ではあり得ない光景に、加賀は暫し思考を忘れた。

 

「え......?」

 

金色の一体成形されたキャノピーの向こう、パイロットらしき人影が敬礼をするのが見えた。

半ば無意識に、答礼。

それを確認した戦闘機が、身を翻して去っていく。

彼女が辛うじて理解できたことは、あの戦闘機は人間が作り上げたものという、ただそれだけであった。

 

「......彼らは、一体何者なんでしょうか......」

 

小さく呟くが、それに答えられるものはいなかった。

常識を外れた光景によって静寂が降りる艦橋。ただ、波の音と機関の唸りが聞こえてくるだけだった。

 

しばらくして、赤城から状況知らせという無電が入ってきた。

加賀は少し考え、素直に告げることにした。

 

「〔赤城〕に打電、本艦は戦闘継続可能ということと、噴式機は人間が乗っていることが判明した、って言うことを伝えてちょうだい」

 

「了解」

 

無電を妖精が操作している間に、彼女はさらに思考を巡らす。

やはり、どこかの国が開発したのだろうか。そしてその機体を軍内部にある極秘部隊が運用しており、その部隊に助けられたのだろうか。そう考えるのが、筋にあっていると加賀は思った。

しかし、どこの国が作ったのだろうか。いくら翼端に日の丸が掲げられてるとはいえ、それが日本製の機体とは言えない。日本の航空機技術は低くはないと自負しているが、アレはその遥か先を行く技術の結晶だ。

アメリカですら作れるとは思えない。

そもそもどこから飛んできたのか。

ミッドウェイは深海棲艦の支配下であり深海棲艦とやりあっていたような彼らがそこから飛んでくるとは思えない。

どうやら滞空も可能なようなので、空母に搭載されてやって来たという可能性もないわけではないが、それならば偵察機の索敵網に引っ掛かるはずである。

深まる謎に、いよいよ頭を抱え込む加賀。

 

「......はあ......え!?」

 

ふと空を見上げると、雲の切れ間から差す光を反射して先程の噴式機が空を舞っていた。

それも、20機以上。

たった1機でも化け物じみた戦闘力を持つのに、それが20機もいたなら。

南雲部隊への航空攻撃は実質不可能になる。

そこに飛び込んできた、〔赤城〕からの無電。

 

「......飛龍損傷軽微、他艦損害なしにつき、作戦続行......!?」

 

馬鹿げた命令だと一蹴したい気持ちをこらえて、ストン、と落とし込む。

命令には、従わなくてはならない。

ちょうど、九七艦攻部隊も零戦も出撃できる状態にある。だから、問題はない。そのはずだけれども、なにかしこりを感じた。

 

しかし、結局その命令が果たされることはなかった。

 

『低空に敵機だ!方位115、距離2㎞、戦闘機1!』

 

〔加賀〕右舷見張り員の、悲痛な叫び。

しかし、相手が戦闘機ならばさして問題はない。迂闊にも加賀は、そう思ってしまった。

戦闘機は急降下爆撃や雷撃を行えない。それに、緩降下爆撃も限界がある。

 

「対空砲は!?」

 

『撃ってますが当たってません!』

 

なにを、する気かと怪訝に思った。

F4F戦闘機の装備は、精々12.7㎜機銃が6本、その程度では空母の装甲板は撃ち抜けない。だから戦闘機が、しかも後続の攻撃機なしの単機で向かってくるのはおかしいのだ。

突如、上空にいる異形の味方噴式機が猛烈な弾幕を張った。

随伴の戦艦に搭載されているすべての機銃を集めたよりも厚い弾幕だ。

海面が沸騰したかのごとく泡立った。

 

「いける!」

 

その時。

敵戦闘機が急速に高度を上げて、そして高度1000から急降下してきた。

降り注ぐ、機銃弾の雨あられ。応射した対空機銃が敵戦闘機の右主翼やコクピットに直撃し、制御を失った機体は火を噴いてまっすぐに突っ込んでくる。

どこかで誰かが、避けて、と悲痛な声で叫んだ気がした。

 

刹那。

 

甲板上が爆炎に彩られた。激しい衝撃と振動が襲い、加賀は近くの海図台にしがみついた。

自分の艦だ、何が起こったかぐらいはわかった。

しかし流石に動揺した。まさかこうなるとは思わなかったからだ。

 

「......甲板上の艦攻と弾薬に被弾させたのですか......!」

 

確かに、先ほどまで自分の艦では発艦の準備として艦攻部隊を飛行甲板に上げていたし、帰着した機への燃料補給を行うために可燃物は相当な量があった。

しかし、よもやそれを機銃で引火させることによる火災を狙ってくるとは思わなかった。

飛行甲板が赤く燃え上がり、その輻射熱に顔をしかめた。

副長が戦慄の表情をしているのが目についた。

いったい、たった数発の機銃弾でどれほどの兵員妖精が黄泉へ還ったのだろうか。

 

「消火急いで!大丈夫、飛行甲板が燃えているだけで航行には支障がないわ!」

 

「格納庫より報告、“高熱なれど作業は可能”!」

 

「格納庫要員は一時退避させろ!」

 

加賀は、このままだとダメだ、と内心で叫んだ。

航行能力は完全な形で残されているが、格納庫から艦内のガソリンタンクに引火した場合はまずい。ガソリンが引火、誘爆した際にはその運命は悲惨極まることは容易に予想がついた。さらに、焔と煙で目視しやすくなっており、さらに被弾しやすくなっていた。

格納庫内の弾薬類が誘爆しなかったのは幸いだった。それらが誘爆していたら、まず間違いなくガソリンタンクなどにも誘爆して、空母加賀は航行不能に陥っていただろう。

格納庫内にはまだ使用可能な艦爆や艦戦が残されているだろう。それらを失うのも避けたい。

しかし、火の手が格納庫にまで回ったら。

おそらくは、そう遠くないうちに起こるだろう。

 

「っく、間に合って!」

 

あかあかと燃え上がる、航空母艦。

旗艦〔赤城〕から、無電ではなく無線で状況知らせという問いかけが来た。

 

『赤城より加賀、状況知らせ!』

 

「すみません、敵戦闘機の機銃掃射により艦攻および可燃物に誘爆、現在炎上中です。航行に支障はありませんが、戦闘能力を喪失しました」

 

ここで、さらに状況を悪くする無電が飛んできた。

 

「飛龍より平文で無電!“浸水再開、傾斜増大につき艦載機発着艦不可能。ただいま傾斜20°”」

 

無茶な機動でリベットがゆるんだか、再び浸水を始めたとの報告だった。

加賀は、戦慄した。

なぜなら、この南雲機動部隊の空母戦力のうち半分が失われてしまったから。

時間を掛ければ回復させられるかもしれないとはいえ、この作戦における戦闘行動が取れなくなったのも本当だ。

 

その時、一通の無線が入ってきた。

一人の士官妖精がそれを取り......驚愕の表情で振り返った。

 

「艦長!上空の噴式機のパイロットからです!」

 

「つないで!」

 

無線のヘッドセットを受け取ると、その向こうから済んだ低めの少女の声が聞こえてきた。

そして彼女は、加賀やほかの妖精にも聞き覚えのない所属を名乗った。

 

『こちら、日本国海上自衛隊航空母艦〔かが〕所属第361飛行隊隊長の天羽一尉です。航空母艦加賀艦長で間違いないですか?』

 

「ええ。艦娘加賀です。......上空直掩、感謝します」

 

『それは、自分の任務ですから。―――手短に行きます。飛龍さんにも伝えましたが、もうすぐ炎上している貴艦および傾斜している飛龍を救うため友軍艦隊が合流するはずです。そうしたら彼女たちの指示に従ってください。』

 

「友軍艦隊......?」

 

加賀は怪訝な顔になる。偵察機の報告では、たった今交戦中だったの機動部隊しか発見されてないはずだが、もうすぐ合流できるほどの距離にいるということはどういうことだろうか。

さらに旗艦である〔赤城〕と司令部より無電が入ってきたらしく、伝令の士官が駆け込んで来た。

 

「......艦長、〔赤城〕の南雲司令部より無電、“現時点を持って作戦継続を断念。方位そのまま、速力10ノットにて友軍艦隊への合流を目指す”!」

 

艦首は、回避機動を取るうちに南を向いていた。方位そのままということは、その先に友軍艦隊―――海上自衛隊の航空母艦〔かが〕がいるのだろう。

上空では、友軍の噴式機が1対多の状況で容赦なく敵機を喰っていた。

 

ぽつり、ぽつりと雨が降り注いできた。

〔加賀〕にまとわりつく炎は依然燃えていたが、だんだんとそれもおさまっていった。

 

 

 

 

 

「こちら筑摩2番、方位180、距離50㎞に空母2、重巡2、軽巡2よりなる所属不明艦隊!......当該艦隊より無電を受信、“当艦隊は貴艦隊の敵にあらず、速力方位の維持を要請”!」

 

 

 

 

 

果たして、曇り空と鈍色の海の境界線に。

直線的なシルエットの灰色の艦隊が現れた。

一同は、双眼鏡越しにその艦隊を見てそろって驚愕した。

護衛に4隻の巡洋艦を従えて海を走る中央の2空母は、こちらの正規空母よりも大きかったのだ。

不意に、中央の空母にそびえたつマストの頂上が、ちかちかと発光を始めた。

 

「発光信号?......我は敵にあらず、味方艦隊なり......これより貴艦隊を直掩する......」

 

透明な雨の降り注ぐ暗い海上で、その光は唯一の希望のようにも思えた。

 

 

 

✳ ✳ ✳

 

 

 

〔かが〕所属のF-35Bが、近寄る敵がいないかと警戒する、その下の海で。

 

『発、日本国海上自衛隊特別打撃群司令。宛、大日本帝国海軍南雲機動部隊。

これより、貴艦隊所属の損傷している空母に当方の修理艦艇を向かわせたい。許可を請う。修理は1時間以内に20ノットにて航行可能にまで修復させる見込み。』

 

『発、南雲機動部隊司令部。宛、海上自衛隊特別打撃群。

修理艦艇の接近を了承する。また、当艦隊の直掩感謝する。』

 

そのような無電のやり取りの後に、損傷した2空母に〔あかし〕艦内に収納されていた計4隻の修理用機材を満載した内火艇が2隻ずつ接舷した。

速力はゼロ、これは〔飛龍〕のこれ以上の浸水を防ぐためでもある。

その周りを両艦隊の空母と支援艦以外の19隻が半径10㎞の哨戒線を形成し警戒していた。これは天城司令の指示だった。

 

炎上も収まりつつあった〔加賀〕については、〔あかし〕乗員妖精による内火艇に搭載した大型消火ポンプを用いた消火作業が始まり、まもなく鎮火した。格納庫内の機は辛うじて無事だったが飛行甲板が見るも無惨なことになっていたので、どこかの泊地でドック入りするまで戦闘は不可能だろう。不幸中の幸いなのは、やはり飛行甲板上の爆発に伴う爆風が全て上に抜けてくれたことか。

しかし無理がたたり大破孔から相当量浸水していた〔飛龍〕に関しては、破孔より艦内にバルーンを仕込み時間を稼ぐことにした。

バルーンは相当強靭なため、高速で航行しても破れないのだ。

これについては、第三次世界大戦中に同じく潜水艦の魚雷を被雷した護衛艦〔ひゅうが〕は、同じくバルーンを仕込んだ上で35ノットの高速でロシア海軍偵察艦隊に接近、2隻撃沈し生還するというまだ新しい逸話がある。

そんな恐ろしい性能のバルーンで破孔をふさぎ浮力を稼ぎつつ、増設した応急ポンプで浸水した水を排水すれば、30ノットは無理でも20ノットは出せるのだ。

 

30分の修理で、〔飛龍〕は再び戦闘可能になった。

仕事を終えた内火艇が〔あかし〕にクレーンで回収される。

 

その後、応急修理完了の報を受け艦隊は西へと航行を始めた。

ミッドウェイから離れる航路。そして、帝国海軍連合艦隊と合流するのとも違う航路だった。

指示したのは、やはり天城司令。

 

なにを考えているかは、彼のみぞ知る。

 

 

 




いかがだったでしょうか。
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4:Change the history ―軌道を変えるとき―

日本国海上自衛隊長距離特別打撃隊群と合流した大日本帝国海軍南雲機動部隊は、一路西へと退避していた。

損傷した艦をかばいながら、しんしんと降り注ぐ雨の中を。

 

 

 

* * *

 

 

 

 

航空母艦〔かが〕、その長大な飛行甲板。

天城司令は、かすかに緊張していた。

これから会いに行く人物たちに、ではなく自分の判断一つにより歴史が変わってしまう―――否、自分が今歴史を変えようとしていることに。

しかし、これは第三次世界大戦、ひいては地球の崩壊を防ぐために必要なことなのだと自分に言い聞かせた。

傍らのかがに話しかける。

 

「......行くぞ、かが」

 

「ええ、行きましょう」

 

二人は覚悟を決めて、アイドリング中のマリン1のコールサインを持つSH-60Kヘリコプターに乗り込んだ。

現在5空母と支援艦あかしを護衛する形で輪形陣を組んでおり、〔かが〕は輪形陣の内側最後尾を航行していた。

南雲機動部隊の旗艦である航空母艦〔赤城〕は先頭を航行している。

現在、〔あかし〕による〔飛龍〕の応急修理も完了し、全艦20ノットで航行中だ。

 

「マリン1、発艦します!」

 

エンジンの唸りが高まり、10トンの機体がふわりと浮き上がる。

ぐんぐんと遠くなる、鉄色の飛行甲板。

眼下を流れる暗い海を尻目に、司令とかがは狭い機内で交渉の最終確認を行っていた。

事前にあらかた決めてあったが、やはり微調整と確認は必要になってくるのだ。

 

「向こうが求めてきそうなのは、やっぱり協力か?」

 

「......技術面と戦力面の両方においての協力でしょうね」

 

「戦力面は、目立ちすぎると不味いことになる。深海棲艦に下手に技術を盗まれるのは勘弁だからな。技術面はまず戦術思考のあたりから提供していけばいいだろう。高度すぎる技術をいきなり渡すんじゃなくて、相当噛み砕いたものを渡す方がお互い得になるだろうし。」

 

「ええ、たぶんそれでいいでしょう。ですが問題は、こちらの要望が叶うのかということです」

 

「......さすがに断られるはないだろうけど、難しいことにはなりそうだな。だが、どちらかというと最終目標の第3次世界大戦発生阻止のための、手掛かりが欲しい」

 

「......“第三次世界大戦は、すでに動き出している”」

 

かがが、指令書にあった一文を呟いた。

単純明快ながら、語意のつかめない言葉。

額面通り受けとるのなら今すぐ行動せよという発破なのだが、どうにも裏があるような気がしてならなかった。

たとえば、この戦争を裏で動かしている奴が第三次世界大戦の黒幕だという情報を示しているだとか。

 

「......その辺は、おいおい考えていく必要がありそうだな。とりあえず、今は目先のことだ」

 

「ええ」

 

 

 

* * *

 

 

 

「しかし、良かったのですか?本艦に直接招くと言ってしまって」

 

「ああ。とりあえず、友軍であることは間違いないしその気になれば艦隊を沈められるはずだ。それに、〔飛龍〕の修理をしてくれたのだから信用出来るだろうな」

 

南雲は空母〔赤城〕の甲板上で今か今かと待ち構えていた。

ついに、今機動部隊を直掩している未知の艦隊の司令と会話できるのだ。どのような人物なのだろうかと想像を巡らせていた。

同時にひどく緊張もしていた。

なぜなら、自分の言葉一つで19隻もの第一航空艦隊の運命が決まるのだから。

西へ退避するにあたって浸水傾斜していた〔飛龍〕の応急修理が、その艦隊の支援艦の手によって行われた。結果は目を見張るもので、大破孔が開いていたにもかかわらず20ノットでの航行が可能になっていた。

修理を実行したのは、確か〔あかし〕といったか。

しかし、〔あかし〕のみならず、見るからに奇妙な艦隊だった。

たとえば〔赤城〕の前方、輪形陣の先頭を航行する重巡は主砲が駆逐艦用の単装砲一門しかない。艦橋と砲の間にスペースは空いているというのに、魚雷も砲も積まれていないのだ。艦橋構造物も面が少なくなっており、明らかに設計思想からして異なっている。

右舷を駆逐艦〔浦風〕と並んで航行する軽巡は、砲の口径はさらに小さくなっており、同じように砲と艦橋の間にスペースがとられていた。

後方の先程から艦載機の発着艦を繰り返している航空母艦にいたっては、飛行甲板の横幅が水線部の船体の幅よりも明らかに長くなっており、またハリケーンバウが採用されているらしく艦首と飛行甲板が一体化していた。巡洋戦艦を改装した〔赤城〕や戦艦改装の〔加賀〕よりも、生粋の空母として開発された〔飛龍〕〔蒼龍〕よりも洗練された設計だった。

隣に立つ当の赤城が、その飛行甲板の上、正確にはその艦載機を見て驚愕する。

 

「南雲司令、あれは!?」

 

「......艦載機、なんだろうな。だが、どういった原理で飛行しているんだ?」

 

彼らが見上げる先、ブルーグレー色の機体が翼もないのに離陸していた。

よく見ると、機体の上で巨大なプロペラを回していることがわかるが、依然それだけで前進できる理由がわからなかった。

もともと、南雲は航空に関してはほとんど素人なのだ。

軍人だけあってそれなりの知識は有しているが、作戦立案などは参謀にまかせっきりであった。

そんな南雲を差し置いて、その機体は〔赤城〕上空に到達した。

そしてホバリングを開始。

 

「と、止まっただと!?」

 

「......聞いたことがあります。確かオートジャイロなるものが開発中だと。たしかに、本艦の航行速度である20ノットにあわせれば滞空も可能ですけど......でも、オートジャイロに必要な推進用のプロペラがあの機体には積まれていません」

 

「......国籍マークは日本を示す日の丸......たしかに、彼らは“日本国海上自衛隊”と名乗っていたな。だが、大日本帝国じゃないというあたりですでにおかしい上、帝国海軍の中には海上自衛隊なる組織は存在しないはずだ」

 

「ええ。ですが、“海上自衛隊”が天皇直属の軍隊だとしたら......?いや、そうだとしても規模が大きすぎます。予算が絶対足りなくなっているはず。それに、この世界の技術から大きくかけ離れています。航空機などを見ても、―――おそらくは80年分」

 

そうこう言っているうちに、その機体―――SH-60Kは徐々に降下、目の前に広がる木製の飛行甲板にドスン、という音と共に着艦してきた。

エンジンの奇妙な唸りが低くなっていき、プロペラの回転も遅くなる。

出迎えるために駆け寄ろうとするが、その前に機体のドアがガラッと開けられた。

出てきたのは、将官用の白い軍装をまとった若い男と同じく白い軍装をまとった娘。

その娘の顔は、見覚えがあった。

問いたいのをこらえ、南雲は目の前の若い男に敬礼と自己紹介をした。

 

「ようこそ、海上自衛隊司令官殿。私は大日本帝国海軍第一機動艦隊司令官の南雲忠一中将です。こちらは艦娘赤城」

 

「初めまして、赤城です。よろしくお願いします」

 

若い男と娘は、答礼しつつ名乗った。

己の、名前を。

 

「日本国海上自衛隊長距離特別打撃隊群司令官の天城鷹見海将補です」

 

「同旗艦いずも型航空母艦〔かが〕艦長の艦娘かがです」

 

驚愕して、南雲は聞き返した。

 

「か、加賀!?」

 

彼の知る「かが」は航空母艦加賀艦長の艦娘「加賀」だけだったからだ。

目の前にいる少女はきわめて彼女に似通っている。しかし、纏う軍服は艦娘加賀の制服ではなく海軍士官服であり、さらに身長が地味に低くなっていた。

相当に似ていたが、よく見れば違いはわかる。

だからだろう、赤城が思いの外冷静に受け止めているのは。

 

「......あなたは、加賀さんの血縁者ですか?」

 

その、問いに。

目の前の少女は驚愕すべき答えを返した。

 

「血縁者......というより、艦娘加賀は私の母です。」

 

横に立つ天城司令含め、全員が驚愕に目を見開く。

ただし、その司令はすぐに冷静な顔に戻り「後々話します」と続けたが。

パンクしそうな頭を懸命に回転させつつ、南雲は目の前の人間を見つめた。

赤城も同じく混乱している頭を整理するためか、2人に声をかけた。

 

「立ち話もなんですから、どうぞ艦内に」

 

「では、お言葉に甘えて」

 

「わかりました......マリン1は一度帰投、別命あるまで〔かが〕にて待機」

 

『マリン1了解、帰投します』

 

甲板で緩くローターを回転させていたSH-60Kが、再び浮き上がり空へと舞い上がった。そのまま回頭、後方3㎞を航行する母艦へと帰投していった。

その一瞬の出来事を見届けてから、甲板要員妖精や司令部要員に注目されつつ艦橋構造物へと続く水密戸をくぐる4人。

 

艦内は戦闘艦艇の常として狭く、鉄と機械油の匂いが微かに漂っている。

緯度が低い上に冷房がないため、それなりに暑い。その上改造時の不具合により、〔赤城〕艦内はまるで迷路と化しているのだ。

勝手知ったる様子で常人なら迷子になる艦内通路を通り、赤城はひとつの部屋の扉を開けた。少しばかりの調度品が並ぶ、応接室のような光景がそこにあった。

事実間違ってはいない、その部屋は艦長執務室。

艦娘赤城の私室と繋がる唯一の部屋でもある。

 

「どうぞお掛けになってください」

 

「じゃあ、遠慮なく」

 

「司令!......はぁ、すみません」

 

おのおのソファーに座った。

その時ものらりくらりとしたいつもの態度を崩さなかった天城司令に対し、かがは普段よりも強めの口調でたしなめたが、本人に反省の兆しはなかった。

そんなやり取りに思わず口をほころばせつつ、赤城はティーセットで紅茶を淹れる。

カップを全員に配り終えて赤城も席についた所を見計らって、天城司令が口を開いた。

 

「さて、南雲司令。確認したいことがあります」

 

「......なんですか?」

 

南雲がひきつった笑みを浮かべる。何を要求されるのか想像したのかもしれないが、司令はお構いなしにいきなり核心を突いた。

 

「今回の失敗に終わったミッドウェイ作戦は、深海棲艦機動部隊とミッドウェイ基地両方を叩く、そんな意図がありましたね?」

 

「な!?」

 

「......なぜ、それをあなたたちが知っているのですか?」

 

南雲と赤城が気色ばんだ。そして、その対応は肯定しているようなものだ。

 

「確かに、両方を狙っていたことは事実です。しかし、そもそもがところなぜ作戦目標をあなたがたが知っている?」

 

作戦内容、そのなかでも作戦目標とは軍事機密中の軍事機密である。

おいそれと部外者が知ってよいものではない。

まして、いくら規格外の艦隊とはいえまだ空戦と護衛退避、そして修理しか行っていないのだ。

もしかすると彼らは天皇直属の特殊艦隊なのかもしれないということを、南雲は本気で信じ始めていた。

 

「まぁ、話についていけないというのはわかります。ですから、端的に聞きましょう。」

 

一度言葉を切り、司令は一息に聞いた。

 

「私たちの艦隊―――長距離特殊打撃隊群を見て()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「......あなたがたは、本当に未来から来たのか?」

 

南雲が信じられないという様子で口を開いた。

赤城が朧気に予測していたとはいえ、目の前の男と少女が未来からやって来たという突拍子も無い話はにわかに信じがたかった。

対する司令は苦笑して、話した。

 

「......質問していたのは私たちなのですが......まあいいでしょう。たとえば、さっき私たちを送ってきた航空機。あれが本当にこの時代の技術で作れると思いますか?そして、なぜ私たちがこの作戦の目標を知っていたのでしょうか。なぜ、真っ先に急降下爆撃機を排除しに行ったのでしょうか」

 

「―――この作戦の、いえ、この戦争の行く末を知っているから、ですね?」

 

南雲と同じく、現実を飲み込めないという表情の赤城が続けた。

それに対し、着席してから口を開かなかったかがが口を開く。

 

「―――()()。私たちは、2022年、80年後の未来より来ました。」

 

 

 

 

しばらくして2人がどうにか現実を理解したことを確認して、司令は再び口を開いた。

 

「だから、この戦争の行く末も知っています。......いえ、80年後の日本では語り継がれています。

―――日本は、負けました。310万柱の尊い犠牲とともに」

 

南雲は、ただただ圧倒されるしかなかった。

赤城が夢に見た廃墟の東京は、間違いではなかったのだ。

彼らの名乗る所属組織が帝海(帝国海軍)では無い理由に、ようやく気がついた。

 

「......そして、大日本帝国と帝国陸海軍は解体。戦後“日本国”となり、軍の代わりに“自衛隊”が生まれたのか」

 

「正確には、引き継いだようなものです。その証拠に、自衛隊の伝統......とくに海自は旧海軍の伝統が色濃く残されていますから。

 話を戻しましょう。私たちの知る過去では、真珠湾攻撃の後に深海棲艦とアメリカを相手に戦争が始まります。1945年の12月に陸海軍主戦派の残党が降伏し終戦したとき、日本の犠牲は310万、アメリカの犠牲は290万となっており、戦争継続どころか国として存続できるか怪しいレベルにまで疲弊していました。」

 

語られる凄絶な過去に、思わず南雲は眉をひそめ、赤城は手で顔を覆った。

それは、ここにいる全員の祖国が犯した過ち。

しかし、あくまでも氷山の一角でしかなかった。この場で話すには時間と覚悟と用意が足りないということもあって、実は司令は過ちの大部分を語っていない。しかし、その一部であってもこの反応だ。いきなり“あの攻撃方法”について語ったらどうなるかは、言うまでもない。

“あの攻撃方法”もいずれ話さざるを得なくなるとは分かっていたが、今ここで話すべきではないだろうと判断した。

かわりに、彼は未来の日本に対して希望を持たせることにする。

 

「戦後復活不可能と言われた日本ですが、急速な経済成長を遂げ現在ではアメリカ·中国に次ぐ経済大国となってます」

 

「せ、世界第三位!?それは、すごいな......この艦にのっている面々で、復活した日本を見れた者はいるのか?」

 

「ええ、いますとも。さすがに80年後までご存命なのは赤城さんだけでしたが、草鹿参謀長や源田航空参謀も復活した日本はご覧になっているはずです」

 

「私は......戦死したのか」

 

司令が挙げたのが草鹿と源田だったことから、彼方の自分は見れなかったのだろうと南雲は推察した。そして、それは間違っていない。

 

「1944年、サイパン島陥落の際に責任をとって自決なさられています」

 

「......死ぬときは、洋上か自宅でと決めていたのだがな......」

 

苦く、笑う。

しかし、そんな南雲を目にしつつも司令は続けた。まだ彼の話は終わってはいない。むしろ、ここからだ。

過去の話をしに来たのではない。

 

「アメリカと戦争した結果は、理解されましたね?」

 

「ああ。十二分に」

 

「しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と私は見ています」

 

「鋭いな。ああ、我々一航艦は真珠湾攻撃に失敗した......否、()()()()のだよ」

 

「出遅れた、とは?」

 

「そう、文字通り出遅れたのだ。12月8日未明、作戦指令書にしたがって攻撃隊を発艦させる寸前、突如発生した霧が艦隊を覆った。視界が不明瞭になり、発艦は危険と判断して中止。

 そして現在位置の把握を行おうとしたのだが、コンパス航法も天測も慣性航法も不可能だった。羅針盤がいつまでも定まらず、天測しようにも霧のせいで星どころか太陽すら見えなかったのだ。ただただ視界は薄灰色の霧に閉ざされており、本土への無電も応答なし。僚艦への無電が辛うじてという領域だった。慣性航法で自らの位置を割り出したら、すでにアリューシャン列島にめり込んでいる位置にあった。それなのに気温は28度を指していて、明らかに高緯度の環境ではなかったのだ。

 やっと霧が晴れたのはそれから48時間後。その上、目の前10㎞には深海棲艦の大艦隊がいるときた。空母6、戦艦2、駆逐16からなる空母打撃群さ。けれどもその時はそんな余裕はなく、両者ともに泡を食いながらあわてて戦闘機隊を発艦し制空権を争った。両者ともに完全な奇襲だったが、深海棲艦はちょうどハワイに攻撃隊を向かわせていた。だから、戦闘機の数では優勢だったのだ。しかし我々にとってはハワイどころではない、目の前にいる敵艦の方が問題だったため全戦力で深海棲艦を叩いた。恐らく、それが勝敗を分けたのだろうな。〔翔鶴〕が35.6㎝砲弾を1発喰らって中破したが、逆に言えばそれだけの損害で敵艦隊を撃滅させられた。

その時に攻撃目標を深海棲艦に絞って戦っていた結果、期せずしてアメリカと共闘していた。突然救世主が現れたようなもんだったと向こう(アメリカ)の空母の艦長から聞いた」

 

意外な事実だった。

真珠湾攻撃が実施されなかったら、たしかにアメリカとの決定的破局を回避できる。

しかし、無傷では済まなかったはずだ。予測なしにいきなり戦場に放り出されたようなものだから。事実、翔鶴は早々に中破しており、戦闘機隊も消耗していたはずだ。

また、気になる言葉もあった。

―――向こうの空母の艦長から聞いた。

つまり、一度アメリカと話し合いの場か何かがあったということらしい。

 

「それで、そのあとアメリカ軍基地に攻撃しなかったということは......」

 

「ああ。天皇が土壇場で、対米開戦回避の聖断を下されたことが戦闘中に発覚した。あの方もさすがに不味いと気がついたのだろうな。そのあと、米軍の補給艦から物資の補給を受け取って帰還、当初の予定を果たせなかった俺と山本長官と一航艦の艦娘は全員軍令部に謗られたというわけだ」

 

「なるほど、そういう経緯があったのですか......」

 

頷いて、彼はとある判断をした。

 

「だったら、行けるかもしれません」

 

「どういうことですか?」

 

「対米開戦を回避して対深海棲艦戦に努めれば、この戦争を生き延びることができます。少なくとも310万などという負債は支払わなくてもよくなる。―――それに、私たちの目的を考えても都合がいいです」

 

「......目的?それは、80年後への帰還か?」

 

訊かれて彼は、凄絶に笑んだ。

数多の屍を見てきた、司令官の顔で。

 

()()()。80年後に発生する戦乱、それの阻止です」

 

もちろん、南雲と赤城は戦慄した。

彼らの住んでいた未来の日本は、このような時代に戻らなくてはならないほどひどい戦乱に見舞われるのか、と。

かがは、別の意味で戦慄した。

自分達が80年後から来たということよりも、もっと衝撃的であろうはずのことをいともあっさりと言ってしまったからだ。あたって砕けろもいいところである。

そして、彼がその細面に張り付けた笑み、それは彼が普段浮かべないものであった。まるで氷刃のように鋭く儚い、まるで世界のすべてを嗤うかのような。その凄絶さに対しても、かがは思わず引いた。

絶句して動けない皆を見回し、「長くなりますが」と前置きをして語りだした。第三次世界大戦、もはや地球が崩壊を始めるほどに追い込まれた戦争を。

 

「80年後、2021年4月にとある事件が発生します。それは、謎の黒い攻撃機による主要都市の爆撃。仕掛け人は1989年にソビエトから変化したロシア連邦と“深海帝国”を名乗る、深海棲艦の一派でした。瞬く間に世界は戦争に引きずり込まれました。

 彼らが掲げたのは、“資本主義からの解放”やら“2大勢力による世界の分割統治”やらでした。けれども、それは恐らく建前に過ぎないでしょう。ロシアを治めていたのは独裁者だったとはいえ、それゆえに極めて慎重な人物でしたから。ただし、深海帝国はいまだ私たちにとっても謎の組織です。そのリーダーが、本当にそんな子供じみた理由で戦争を始めたということも考えられられなくはありません。本当の理由は彼らしか知らないことです。

 いえ、もしかしたら私たちの上司は知っていたのかもしれません。こうして私たちを送り込んだのですから。そして、それはこの時代にまでさかのぼらないともはや解決できないことなのでしょう。

 話を戻します。第三次世界大戦は、第二次世界大戦を上回る惨事となりました。死傷者は半年で軍民問わず1億を超え、“ある兵器”が両軍に多用されたことでその副作用により地球全体の急速な寒冷化が始まりました。それも、あと1年で世界の穀倉地帯が全滅し人類は死に耐えるという致命的な速度で。それでなくとも深海帝国は略奪や虐殺、無差別爆撃などを平気で行っていましたから民間人の被害も莫大でした。戦場は世界各地、具体的に言うならばヨーロッパ中央部とアラスカ、中国、そして南太平洋。そう、日本もまきこまれたのです。それも深海帝国の第一ターゲットとして。深海棲艦とは先の大戦ののちに和解しておりましたが、残念ながら彼らは同胞の深海帝国に属さない深海棲艦すら虐殺しました。さらに中央アジアや西アジアは彼らの支配域にあります。何が起こっているかは......語るまでもないでしょう。

 北からはロシアが目と鼻の先、南からは深海帝国が虐殺とともに迫ってくる。そんな戦況を打開するため、海幕と太平洋艦隊司令部......いえ、おそらくは日本とアメリカの政府が、ですね。彼らはロシアの首都モスクワを空爆する作戦を立案しました。深海帝国の核攻撃も恐ろしいものではありましたし、東南アジアにおける彼らとの戦いも死闘を極めていましたが、すぐそこに迫っているのはロシアの方です。よって、米太平洋艦隊を中核として北極海に進出しモスクワのロシア政府や軍の本部を叩き潰すという一連の作戦により、ロシアを大幅に弱体化させ事実上深海帝国対西側諸国という構図に持ち込もうとしました。

 私たちは、それに参加するために6隻の艦隊を率いて航行中に謎の光に包まれ、気づいたらこの海域にいたという顛末です」

 

第三次世界大戦の概要を聞き終え、しばし呆然としていた南雲と赤城。

しかし、南雲はかすかな齟齬......否、説明不足に気が付いた。

 

「それは......凄絶だな。まさか地球が寒冷化によって滅びるとは......。

ところで、送り込まれたと貴官は言ったのに、謎の光につつまれ気づいたらこの海域にいた、とはどういうことか?」

 

「私たちには、アメリカ艦隊と合流し北極海へ進出。そしてモスクワを空爆せよという命令しか受けていませんでした。しかし、この時代に飛ばされた直後にとある指令書が送られてきました。

それには、第三次世界大戦の発生を阻止せよという内容が書かれていました。私たちは、人類と深海棲艦それぞれの寿命を考え、恐らくロシアではなく深海帝国に対して行動せよということだと判断しました。今から行動をはじめて80年後まで生きていられているということは、深海棲艦だけです。私たちはその職務を全うする必要があります。これから発生するであろう、幾億の犠牲を発生させないために」

 

そういって、司令は言葉を締めくくった。そして、目の前に座る海軍将官と空母艦娘を見つめた。

かがは、ちらりと彼の端正な横顔を見た。表情を大きく出すことをせず、つかみどころのないという印象を受けるその顔は、今だけは真摯な光をその目に宿していた。しかし、その奥には燃え盛る激情を宿していることもかがは知っている。この任務が始まって以来絶えず宿しているそれは、硬い意志となって彼に憑いているようだった。

蝕まれているという不気味な感覚がしなくもないが、同時に無理もないかとも思った。なにせ、すでに我ら大和民族の擁す大地が焼かれ、幾万の同胞が無残に焼き殺される光景を見届けたのだから。

それを感じ取ってから、かがも前を見つめた。

彼らが宿すその眼光と意志に少しだけ怯みつつ、南雲は言葉を掛けた。

 

「......一航艦司令として、何か協力できることはないか?

私は、帝海の軍人としてはあまり権限がない。けれども、1人の日本人としてその忌々しき事態を憂いているのも本当だ。

できれば、祖国にそのような戦火を被らせたくはない」

 

事実上の、協力承諾。それが瞳を潤ませていた南雲の答だった。

にわかに信じられる話ではなかったが、洗練された形状の戦闘艦艇と彼らの瞳が宿す意思が、それが事実だと物語っている。

未来の日本を焼く戦火を防ぐためには、彼らに協力するのが最善。南雲はそう考えた。

 

「それでいいな、赤城?」

 

「ええ、構いませんが......連合艦隊司令部にはどう説明するのですか?」

 

「こればっかりはおやじさん―――山本五十六長官に直接会わせるしかないな......」

 

おやじとは、連合艦隊を預かる山本の渾名だ。彼の情義に厚いことなどからついたものらしい。

実際、彼は配下をよく見る人物だ。

また、彼の理解を得られれば今後の作戦行動は楽になるだろう。

 

「とりあえず、そちらに必要なものはあるか?」

 

あるいは、南雲は司令の眼に魅せられたのかもしれない、こんなことを口走っていた。

その反応に彼の傍らにいる赤城が驚くこととは対照的に、司令は淡々と自分達に必要なものを告げた。

 

「まず、補給できる母港が必要です。支援艦〔あかし〕は自己完結型......すなわち海にある資源だけで艦隊補給や修理が行えます。しかしその能力は低く、艦隊に必要な食糧を生産したら燃料弾薬まではとても手が回りません。

ただし、この母港に関しては本土から離れた場所という条件がつきます」

 

「ブン屋に知られるわけには行かないから、か?」

 

「ええ。それゆえに多数の艦艇が停泊しているであろうトラックもダメです。陸軍はともかくとして」

 

百歩譲って陸軍に知られることはともかくブン屋、すなわち新聞記者に記事にされた場合、日本国民だけでなくアメリカや交戦中の深海棲艦に知られる恐れがある。対策を考えられたら厄介だ。

故に、彼らの注目しない場所がいい。

南方方面の一大拠点であるトラック島は、それゆえに新聞記者も多く民間人の目もあった。

だから、堂々とトラックに入港することはできないのだ。全長300メートルオーバーの空母〔かが〕は、特に目立つだろう。

 

「母港なら、マーシャルのクェゼリンとパラオ、そして単冠湾の三つがある。他にもマリアナやルソンがあるが......その場合米軍が問題になるだろう?」

 

「ええ。対米開戦していない現状、フィリピンとマリアナには確実に米軍がいるでしょう。」

 

「ならば、マーシャルのクェゼリンが良いだろうな。天然の良港である上に、民間人はほぼゼロ。海軍艦艇の泊地としては極めて小規模だが、人目を逃れるにはちょうどいい」

 

「まあ、その辺はクェゼリンの泊地提督とも話す必要があるでしょうね」

 

トラック諸島の東1700㎞に位置するマーシャル諸島のクェゼリン環礁には、小規模な飛行場と泊地が存在する。反対側にあるパラオよりも規模は小さいが、民間人が少ないというのは人目にさらしたくない現状、最適だろう。

単冠湾は、南雲機動部隊が真珠湾攻撃の際に出撃した基地で規模も大きく民間人もあまりいないのだが、対深海棲艦戦においては前線ではない。

その場合、深海棲艦内の理由、主に後の深海帝国を形成した要因を探そうとしているこちらにとっては不利となる。米軍の基地の近くなどは論外だ。

マリアナも一瞬考えはしたが米軍が駐留しているグアムが近いという欠点がある。それを考えると、この3つの中ではクェゼリン環礁がベストなのだ。

 

「それと、燃料弾薬や糧食の補充は......」

 

「こちらも頼んでおこう。多少のごり押しは効くはずだ」

 

「感謝します」

 

これで、彼の求める一通りの要求はなされた。南雲は気づかなかったが、糧食は生命線だ。それに困る心配がなくなるというのは、想像以上に気が楽なのだろう。

対して、南雲たちにも求めるものはあった。深海棲艦のみを相手取っていても、やはり敵はしぶとく反攻してくるためこの半年間遅々として進んでいないのだ。それに対して彼らの協力があればどうなるのか。

彼らが持つもの、

 

それは、F-3飛行隊が見せた圧倒的な戦闘能力。

それは、どうしてそういう設計になったかわからないが洗練された兵器群。

それは、一重に技術。

 

南雲たちも力を求めたのだ。

それらを聞き終えた後司令は、“予測されていた要求だ”と思った。

先刻ヘリコプターで予測していたことがドンピシャだったのである。

ただし、いくら泊地の借りがあるとはいえいきなり全てを渡すことは無理だった。向こうが使いきれるかわからない上、無用な混乱を招く危険性があるからだ。

その上、兵器を渡すと言うことは、それに伴う運用思想も学ばなくてはならない。なるべく噛み砕いて教えるべきだろうなと思いながら、段階的に受ける旨、そして理由としては技術や兵器だけでなく、用兵思想も教えるからということを伝えた。

また、南雲は別で戦後日本の歴史を知りたいと言ってきたが、それに関しては言われなくても話すつもりだったため問題なかった。

 

 

結局、双方の要求は次のようになった。

 

特別打撃群側:クェゼリン泊地の寄港許可、および補給。

 

帝国海軍側:対深海棲艦戦における協力、装備供与、技術提供

 

双方は、これで合意した。

未来、戦火に焼かれる日本は見たくないという共通の焦りと願いが、ごく短時間での合意を可能にしたのだろう。

 

「とりあえず、クェゼリンの泊地提督とおやじさんをよんで話した方がいい。場は取り持とうか?」

 

「ああ、頼みます」

 

その時。

耳障りな呼び出し音がインカムを通じて司令の耳孔に響いた。すかさずインカムを起動、流れてくる報告に耳を澄ませる。〔かが〕に乗る特別打撃群司令部所属の戦術士官からだった。

 

『哨戒のSH-60Kマリン10が所属不明の潜水艦を探知、目標は〔はるな〕から東10㎞、ピッタリ追尾されている模様』

 

彼は反射で号令した。

 

「対潜戦闘用意!警告爆雷投下、応答なしなら撃沈せよ!」

 

警告爆雷とは敵味方の識別が出来ない潜水艦を識別するために使われる爆雷だった。炸裂から一定時間たっても浮上しなかったら、沈められても文句は言えないのだ。

離れた場所に投下するため潜水艦にダメージはないが、爆雷を投下されるということはそれだけで危機感を起こさせる。その他にも、特別打撃群の艦艇には魚雷やソナーなどの対潜水艦装備がてんこ盛りに搭載されていた。

かがが、自信満々に言う。

 

「西側第二位の対潜水艦能力(ASW)、見せて差し上げます。」

 

 




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5:Preparedness and PTSD ―覚悟と、脆さ―

なんか、遅れてすみません…ではどうぞ。


「総員、た、対潜戦闘、用意!」

 

「了解、対潜戦闘用意!」

 

追尾してくる敵潜水艦発見の報を受け、〔いかづち〕艦内、特にCICはにわかに騒がしくなった。

 

外を一望できるブリッジに代わって、CRT画面の青白い反射光に照らされコンピュータに囲まれたこの穴倉が戦闘艦艇の中枢といわれるようになって久しい。旧日本軍にはこんな密閉した空間に艦艇の指揮所を設けるなどという発想は全くなかったが、戦後発足間もない自衛隊のためにアメリカの艦艇が供与されて、レーダーやソナーなどの探知兵器、砲やミサイルなどの各種攻撃兵器、そして通信機器を一括コントロールするCICの存在が明らかになってからは急速に戦闘指揮所の地位を獲得していった。

 

ましては、もはや敵が水平線の外にいる段階で戦闘が行われる現代において、探知した情報をもとに立案した作戦を各部隊に伝達、実施させるC4Iシステムが戦場の雌雄を決するため、それとオペレーターをつなぐマンマシンインターフェースとしての能力も持つCICはますます重要なものとなってきている。

 

対潜戦においては艦首に搭載されたソナーとCICに搭載されたOYQ-103対潜戦コントロールシステムを活用して進めるが、これはあくまで単艦の場合。艦隊で行動している現在は、データリンクなどをフル活用して艦隊全艦が連携して戦闘を行えるようになっていた。故に、この場合も各艦が協力して対処する作戦が立てられていた。立案は対潜戦の指揮を担当するいなづまで、認可したのは司令である。

 

あくまで所属不明の潜水艦が敵だった場合という前提が付くが、基本的には〔かが〕艦載機であるSH-60Kが短魚雷で敵潜を沈めるのだ。また、万が一に備えて〔いかづち〕と〔いなづま〕にはVLAの発射準備が命じられた。

 

VLAとは垂直発射型対潜ミサイルのことで、先端に魚雷を括り付けており目標上空に達したら魚雷を投下、弾頭のソナーで探知し攻撃するという兵器だ。浅深度では使えないという欠点があるが、それを補ってなお余りある命中精度と威力を持つ。

所属不明の潜水艦の位置は最後尾を警戒しながら航行する〔はるな〕のさらに後方10㎞。VLAなら22㎞の射程があるので難しいことではない。まだ敵と判明したわけではないが、敵機動部隊に報告されても厄介なので早く沈めた方が良いのだ。

 

副長が、不安そうな顔で言った。

 

「艦長、どう見ますか?この距離で追いすがってくる敵潜は」

 

「......追いすがってきているのならつけられたんだろうけど、もしかしたらはぐれ潜水艦という可能性もなくはないわ。その場合味方という可能性もあるから、どっちにしろ警告爆雷に対する反応待ちね」

 

その時、いまだ〔赤城〕にいる司令から無線が入った。いかづちは受話器をとり、応答した。

 

「司令、どうしたの?」

 

『南雲中将曰く、この海域をうろついている味方潜水艦はないとのことだ。哨戒の味方潜水艦隊はどうやら山本長官の主力艦隊付近を遊弋しているらしい。だから、十中八九敵潜ってことになる。......第一次攻撃はSH-60Kの短魚雷の予定だったが、武力誇示も兼ねてVLAを使用してほしい』

 

「それってつまり作戦変更!?」

 

『まあそう思ってくれて問題ない。ソノブイデータは接触中のマリン10が送信する。それをもとに〔いかづち〕と〔いなづま〕で一発ずつだ。......機動部隊の皆が見ている、外すなよ』

 

「......了解!」

 

心なしか浮かれ気味になった副長とは対照的に、若干慌てた様子でいかづちは応答をし受話器を置いた。

彼女が戦闘時に慌てだすのはもはやいつものことだ。それでも戦況判断は誤らないのは、ひとえに彼女の経験と知恵ゆえである。

 

「艦長、マリン10からです」

 

「つないで!」

 

司令からの無線に続いて、所属不明の潜水艦上空で滞空していたマリン10から、相手が敵性存在であることを証明する無線が入ってきた。通信長がいかづちに報告し、いかづちが再び受話器を取って応答する。

 

『This is Marine10.警告爆雷に反応なし!Over.』

 

「This is〔IKADUTI〕. ありがとう。これよりVLA攻撃に移るわ、観測データの送信お願い!Out.」

 

『This is〔INADUMA〕. 了解なのです。Out.』

 

海自では、航空無線のはじめと最後は英語を使う決まりであった。天羽一尉は結構な頻度で忘れてよく叱責を受けているが、ほかの航空科の隊員はみなきちんと英語を使っている。

アメリカ英語ともイギリス英語とも異なる使いこなされた独特の発音は、海自イングリッシュといわれるそれ。

 

報告を受け、コンソールの統合戦域ディスプレーに映る《Unknown1》の輝点(ブリップ)が《Enemy1》に変化した。所属不明の潜水艦が、敵潜水艦と認定された瞬間だった。

彼女は、インカムを司令に向けて繋ぐ。艦の受話器ではなくインカムを使ったのは、そちらの方が単純に楽だからだ。そして、武器の使用許可を求めた。

 

「〔いかづち〕より司令、邦人護衛行動の許可を!」

 

『許可する。遠慮なくアスロックをぶちかませ!』

 

「了解!」

 

彼女が司令に求めた邦人護衛行動とは、正当防衛の発展形で「日本国民を護衛中に」「その護衛対象に明確な危機が差し迫っている場合」「現場指揮官の裁量で必要最低限の武器の使用を許可する」ものだ。

司令の強権を使えば先制攻撃もできなくはないが、彼はそれを嫌っていた。

そしてそれは、いかづちたちも理解し共感していた。そう、「何より私たちは海上自衛官なのだから」と。

 

いかづちは、マリン10から送信されてきた観測データを水雷長に入力させた。方位、距離、深度、敵速、敵針......。それら全てを使わないと対潜魚雷は命中しないのだ。それは、どんなに技術が進歩した今でも変わらない。

 

「VLS1番、攻撃はじめ。ターゲットはCIC指示の目標!発射弾数は、ふたはつ......じゃない、ひとはつ!水雷長、諸元入力して!」

 

『VLS管制室よりCIC、システムオールグリーン』

 

「エネミー1、目標諸元入力......完了。方位75、距離10000、深度19、敵速10ノット、敵針270」

 

目標のデータが艦前部のVLS(ミサイル垂直発射装置)に垂直に格納されたミサイル、その弾頭部に転送された。OYQ-103のウェポンアサインは、当然ながらMk41VLS。

それを確認し、ミサイル長の妖精が号令を下す。

 

「VLS1番、てぇっ!」

 

それと同時に、ミサイル長の目の前のコンソールにあった発射スイッチが押し込まれた。

 

 

 

* * *

 

 

 

空母〔赤城〕の艦橋で、司令と南雲と赤城はかがが持参していたタブレット端末、そこに映る光景を食い入るように見つめていた。

 

板に突然文字と画像が表示されたと騒げたのも、かがの操作により戦域ソナー画面と〔いかづち〕前甲板の様子が映し出されるまでで、二人は80年後の技術に驚愕していた。

 

「これは、フィルムの類ではなく今まさに起こっていることなのか!?」

 

「ええ。〔いなづま〕と〔いかづち〕の甲板で今現在起こっていることです」

 

「ち、長官、こんなに正確に敵影を捉えられるのですか......!?」

 

「......これはソナー画面のようだが......こんな探知距離を持っているのか、自衛隊は!」

 

「......っ!前甲板が火を噴いた......いえ、なにか射出されました!」

 

「噴進弾......?対潜戦に噴進弾を使うのか......?」

 

「ええ。垂直発射式対潜水艦噴進誘導弾です。弾頭は、ソナーを搭載した対潜魚雷」

 

「なっ!?そんなものもあるのか......!」

 

南雲は水雷戦隊出身であり、対潜戦もそれなりに知っていた。

しかし、その彼を以てしても理解しにくいことの連続だった。彼の、いやこの時代の対潜戦の常識は駆逐艦や軽巡洋艦から爆雷を投下することだ。真下に落とすのか投射機で少し飛ばすのかという違いはあったが、よもや対艦用の魚雷を使うなどという発想はなかった。

事実、南雲は潜水艦が出たと聞いた瞬間第17駆逐隊を向かわせようとしたが、それを押し止めたのは司令だった。

南雲は、唸る。

 

「80年後の日本はこのようなものまで作れるようになったのか......」

 

「いえ、もとの設計はアメリカですが......探知するためのソナーや弾頭の魚雷、そして情報処理システムは国産です」

 

「アメリカ、か。やはりあの国は優れた技術を持っているのだな......」

 

「ええ。ですが、日本も負けてませんよ。中にはアメリカのものをベースとしてさらに性能を良くした兵器もいくつか存在しますから」

 

カメラが切り替わった。

〔いかづち〕の前甲板から、リンク16と呼ばれるデータリンクを活用した艦隊戦域海図画面へ。これは、艦隊のみならず全てのオンライン状態になっている自衛艦及び航空機のレーダー情報やソナー情報が統合表示されるものだ。

そして、この艦隊の後方に存在する潜水艦を示すブリップに輪形陣の左右から破線が伸び、カウントダウンが行われていた。破線の上を、ミサイルを表す楔型のブリップがじわじわと前進していく。

 

「この数字は、着弾までの秒数......ですね?」

 

「はい。先程〔いなづま〕と〔いかづち〕が発射した噴進誘導弾が潜水艦に着弾するまでの秒数です。これがゼロになったときに、敵は沈みます。この時代の潜水艦には対潜魚雷を回避する術はありません」

 

「......なるほど」

 

かがは、さらにカメラを切り替える。

それは敵潜上空で観測データを送っていたマリン1のコールサインを持つSH-60Kの機首カメラだった。

分割表示で、戦域海図画面とカメラの映像を同時に見れる状態だ。その高い解像度を誇るカメラに、潜望鏡を伸ばせる浅深度にいる愚かな潜水艦が映った。

先程の警告爆雷に警戒心を持っていたものの、同時に戦果を上げたいという欲もあったのだ。そしてなにより、日本の精度の悪い水測兵器と爆雷に対する侮りがあった。

さすがの司令も敵のそんな心情までは知らなかったが、驕っていることは見ればわかる。

かがが、小さく呟いた。

 

「10㎞の距離があったら気付かないとか思っているのでしょうけど、それは甘いです」

 

「確かにな。ただ、この時代の潜水艦の魚雷の射程は5Kmくらいしかないし、熟練の見張りであっても8Kmになるともう見えない。潜望鏡は航跡を引くからある程度は気をつけているだろうけど、8Kmあったらまず見つからない―――そう思っているだろうな」

 

そこに、南雲が口を挟んだ。

 

「......いや、それにしてもそんな深度にいたら我々の持つ偵察機に見つかるだろう」

 

「だからこそ、慢心してはだめ、全力で掛からなくてはならないのですね」

 

「ええ。ですから赤城さん、覚えておいてください。―――慢心したら、必ず敗けると」

 

赤城には理解できない奇妙な重み、それを持った言葉。

例えば、自分の目の前で死んでしまった親友のことを不意に思い出してしまったかのような。もしかしたらこの少女もそのような体験をしたのかと思った赤城は、不意に思い出した。

かがは艦娘だ。そして、彼女がいた元の時代はこの大戦を上回る戦火の真っただ中。すなわち、目の前で同僚が沈んでいてもおかしくはないのだ。

その重みを宿した言葉を受け取った赤城は、神妙な顔で頷いた。

 

「......はい、肝に銘じておきます」

 

「ええ。負けて、沈んだら元も子もないのですから」

 

その二人の短いやり取りを横目に、司令は解説を続ける。かがの持つタブレット端末には、白煙を吹き出し続ける2発の対潜ミサイルが映し出されていた。

急降下を始めると同時にミサイルから弾頭が切り離され、パラシュートが開いた。

ブースタ部はよろよろと海面へ落ちていったが、パラシュートに吊るされた弾頭部は水しぶきと共に着水。そして即座にアクティブソナーを起動し猛烈な探針音波(ピンガー)を浴びせ始めた。

南雲はその一連の動作を見て驚く。

 

「落下傘が付いていたのか!」

 

「ええ。さすがに時速700㎞超で海面に激突したら魚雷は木っ端みじんになってしまいます」

 

「なるほど」

 

2分割した画面の片方、戦域海図画面。その捕捉中の敵潜を示すブリップにミサイルのブリップが重なり、カウントダウンがゼロになった。

カメラに映る、ほとんど一致した2つの水柱と破片。

 

司令のインカムに2人の少女の声が聞こえてきた。

 

『弾着......今なのです!』『着弾!......戦果は!?』

 

続いて、観測を行っていたマリン10からの無線。

 

『This is Marine10.破砕音および海面に浮遊物とおびただしい量の油膜!......撃沈と判定!』

 

司令は、ぐっと握りこぶしを作った。

「どうだった!?」と聞く南雲や赤城、かがに対して口の端に笑みを浮かべながら答えた。

 

「海中より破砕音および海面に浮遊物と重油の油膜。......撃沈しました」

 

途端に、ほっと胸をなでおろす一同。同時に、南雲と赤城は再び戦慄していた。

彼らの力は本物だ、と。

半信半疑だったが、今確信した。80年後から来たという突拍子のない話、それは本当のことだったのだと。そして、彼らが本気を出せば自分たちは全滅するだろうという漠然とした予想は、正鵠を射ていたのだと。

目の前でその力の片鱗を見せられたら、確信するしかなかった。

 

 

 

* * *

 

 

 

夕刻。

南雲機動部隊および特別打撃群は変針し一路南へと向かう航路を取り始めた。山本長官に事情を無電し、許可を取り付けた形だ。

行く先には大日本帝国海軍のトラック泊地と、マーシャル諸島クェゼリン泊地が存在する。深海棲艦との最前線でもある、南方戦線だ。

やがて晴れ始めた空の下、彼らはその先に希望があると信じて。

一路、海を駆ける。

 

 

 

〔かが〕CICに戻ってきた司令とかがは、今日一日の戦闘で消費した物資についての報告を受けていた。

もともと莫大な量の物資が搭載されており、補給科妖精が「原則航行なら地球を1周半できる」と豪語するだけの量があった。しかし、戦闘となれば相当量の物資を一瞬で消費する。

例えば、ガスタービンを全力で回せば燃費は1.5倍近く悪くなる。つまり、それだけ燃料を多く喰うのだ。今回は戦闘らしい戦闘をすることはなかったが、それは艦隊の話であり、航空部隊は敵の攻撃隊と熾烈な空戦を繰り広げていた。

〔かが〕フライトコマンダーが、2人の前で〔かが〕の搭載する空自第361飛行隊と海自第66航空団第66飛行隊の損害を述べた。

 

「まず、航空部隊の消耗です。被撃墜はゼロでしたが、被弾機が相当多いです。また、361SQのF-3Aが1機戦域外でベイルアウトし搭乗員はマリン5により救助、機体は処分されました」

 

「了解。......いくら戦力比が1対5を超えていたとはいえ、思いのほか損害が多かったな。パイロットに損害が出ていないのが僥倖か」

 

「ええ。ベイルアウトした1機も燃料切れでしたから。......しかし、1機も漏らさず撃墜せよということだったので相当難易度は高かったと思います」

 

「仕方がない、俺たちの情報を“アルフ・レングサント”に知られるわけにはいかないんだ」

 

「......つまり?」

 

「どういうことですか、司令?」

 

フライトコマンダーとかがに急かされて、司令は重々しく言葉をつづけた。

あくまでも彼の仮説ではあるものの、真実味を帯びた言葉を。

 

「“第三次世界大戦はすでに動き出している”」

 

「!」「!」

 

「宣戦布告をしたのは、ロシアのレグノフ・チェルモシャンスカヤと深海帝国のアルフ・レングサント。そして、チェルモシャンスカヤはともかくとして、レングサントの奴は“種族としての深海棲艦”だ」

 

「つまり、それは!」

 

「まさか!」

 

「そう。あの言葉の真意は、“すでにレングサントが暗躍を始めており、今の間に奴を殺害しないと幾億の民が犠牲になる”ということ、俺はそう解釈する。」

 

CIC要員までもがその言葉に驚愕した。

確かに、そう考えるとこの時代に送られたことまでを含めてつじつまが合っている。残された者たちがどうなるのかという問題と、なぜ真珠湾攻撃時にピンポイントで霧が現れたのかという謎は残るが、当面の行動には何の支障もない。

 

すなわち特別打撃群がするべきことは、可及的速やかにレングサントを排除―――殺害する事だ。

 

その決意を、彼は再確認させる。

万が一妥協するようなことがあっては、背中から刺されてもおかしくはない。そのような相手なのだから。

 

「妥協は許されない......理由は分かるな?」

 

「―――ええ」

 

「......ああ。俺たちは逃げ出すわけにはいかないんだよ」

 

彼は、自嘲気味に嗤った。―――まるで、この時代に送られてしまったことをあざ笑うかのように。

さすがにそれは見かねたのか、かがが強い口調で叱責した。

 

「司令。私たちは逃げ出したのではありません、これから起こるであろう戦火を絶つためにここにいるのです。あなたもそういっていたでしょう?」

 

「......そうだな」

 

「大体、あなたはのらりくらりとしているくせにネガティブ思考すぎるんです。どこのヤンデレヒロインですか」

 

「ヤ、ヤンデレヒロイン......!?」

 

「ええ、この際だから思う存分言わせてもらいます。―――あなたは、のらりくらりとした仮面をかぶっていながらも、心の奥底ではみんなを心配しているんですよね?

 そのくせ、一人で思いつめすぎです。あなたを信じているみんながいるんだって、少しは自覚を持ってください。そして、まわりを頼ってください。そうじゃなかったらあなたはいずれ......」

 

いずれ、押し潰されてしまう―――。

 

そこまで言い募ろうとして、しかし声にならずただ消えていった。

なぜなら、自分には言う資格がないと気が付いてしまったから。

 

押し潰されてしまうのだとしたら押し潰そうとしているのは誰なのか。ただでさえ司令は己に課せられた任務の重圧を一身に受け止めているのに、その上彼の重石になっているものはなんなのか。

そこまで自問したかがは、苦笑した。

その分、自分達が司令の手足となって動くのだから。そして、自分たちも同じ重圧を本来味わうべきなのだから。

 

「......はぁ、わかりました。

頼らないのはご自身の判断なのですから、無理に頼れとは言いませんし私も貴方の背負うものを無理やり共有したりするつもりはありません」

 

「ああ。俺のこの()()は、すまないが君たちには......」

 

しかし、司令の抗弁を遮ってかがは断定口調ではっきりと言う。

 

「でもこれだけは覚えていてください。私たちだって、この時代に送られてきて“オーバーライト作戦”を共に遂行している仲間です。いわば、運命共同体なんです。ですから、あなた一人しか任務の重圧を背負えないというわけではありません。

確かに、私たちを心配するのは分かります。しかし、私たちだって弱くはないんです。もしかしたら私の傲慢かもしれません。ですが、あなたが一人で何もかも背負おうというのは、それも傲慢なのだと。理解してほしいです。

これは、〔かが〕艦長としてではなく、一人の人間としての意見です」

 

黙って聞いていた司令は、かがと真正面から向かい合ったまま硬直していた。まさか、そんなことを言われるとは思ってもみなかったのだ。

対するかがは無表情を維持していたが、その瞳には真摯な光とともにかすかな後悔の色がにじんでいた。

 

 

いつまでそうしていたのか。先に動き出したのはかがだった。

 

「司令。少々、言いすぎました。―――上部見張り所で頭を冷やしてきます」

 

「あ、ああ」

 

わずかに紅潮しつつ、立ち去るかが。

しかし、司令はその背を追うことができなかった。

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

一般に、海自の糧食は他国に比べて美味とされている。

第三次世界大戦中でもその質は維持されており、合同作戦中に戦闘糧食のおすそ分けをもらった米陸軍の小隊長がそれ以降自国の戦闘糧食を食べたがらなくなったという噂話すらまことしやかにささやかれていた。

 

「......まあ、飯は士気に直結するからな!うまいもん食ってなきゃとてもじゃないけどこんな職やってらんねーって」

 

護衛艦〔はるな〕の士官食堂で、艦娘まやは食事をとりつつ呵々と大笑していた。それでいてあまり行儀悪く見えないのは、挙措自体は優雅だからか。

その隣では、艦娘はるなが申し訳なさそうに苦笑していた。自分の姉貴分にたしなめるような視線を送ったのは、同席している面々を考えると当然のことだった。

 

「......ね、まや。いい加減落ち着きましょうよ。私たちの目の前にいるのは、大先輩もいいところですよ......?」

 

「ははは、わかってる。だが、アタシはどうにもかしこまったものが苦手でさ。」

 

「あの、本来ならかしこまるどころじゃすまない相手だと思いますよ!?」

 

「いいんですよ、はるなちゃん。()()()()()()()()、このくらいの方が居心地がいいです。そうですよね、霧島?」

 

「ええ、()()()()()()のお茶会もこんな雰囲気ですし。にぎやかなくらいがちょうどいいです。静かなのもいいですが、こんなところで静かになっても意味ありませんしね!」

 

本気でわかっているのか怪しい返答に慌てるはるなと、その心配とは裏腹に気品ある動作で笑う同席者たち。それもそうだ、彼女たちの対面に座る巫女服の女性2人は、艦娘榛名と艦娘霧島その人なのだから。

まやも、目の前にいる2人が最古参の戦艦娘であることは理解していた。しかし彼女は、それでかしこまるのは何かが違うと思い行動していた。

 

その結果として、はるな一人が本気であわあわする羽目に陥っていたのである。

 

「それに、言い出したのは私たちですから。......ね、もっと80年後の世界のこと、教えてください!」

 

「そうですね、どれだけ変わったのか。気になります!」

 

「おう!......そうだな、東京にはでっかい塔が立っていて、鉄道網も完備されてて......」

 

もはや空回りしているのが自分だけと気がついて、はるなはため息をついて水の入ったコップを手に取った。まやと榛名、そして霧島が楽しげに話す声を聞きつつ思う。

ずっと、こんな日が続いてくれればいいのにと。

確かに80年前の今も戦争の真っ只中である。しかし、ここに押し潰されそうなほどの絶望などはない。

第三次世界大戦は、最初から末期戦で。大量の核が世界を滅ぼそうとしていて。

このままだと1年持たないという判断すら出ていた、そんな状況だった。

そんなことを考え、さらに思考と回想の淵へと沈んでいく。

戦場も、血みどろで。

はるなの目の前で、何人もの戦友が死んだ。はるなが親しくしていた人物は皆死んだ。

―――あの艦娘榛名でさえも、開戦当初の空襲で帰らぬ人となった。それも、孫娘たるはるなを庇って。

 

その彼女が、元気な姿を見せている。

それだけで、何よりも嬉しく、そして哀しかった。そしてそれが次第に最期の無惨な姿と重なり......。

 

 

 

「......あれ、はるなさん?泣いているんですか?」

 

「......ちょ、お顔が台無しですよ!?」

 

「あー、まあ、そうなっちゃうのか。......はるなの持病みたいなものだ。大丈夫か、はるな?」

 

突然はるなの頬を伝う雫に驚く榛名、霧島と、慣れつつも心配するまや。

いつのまにか、はるなは嗚咽(おえつ)をこぼし始めていた。喪った周りの人間を思いだして泣き出してしまう彼女の持病は、いつにも増してひどい。

はるなは泣きじゃくりつつ、震える声で言葉を紡ぐ。

 

「だって......エグッ、目の前に元気なおばあちゃんが......いるんだもん......それが、最期の姿重なって......にじんで......」

 

トラウマと、重なってしまったのだろう。

彼女の手から滑り落ちたコップが、カタンッと言う音を立ててテーブルクロスの敷かれた食卓の上に落ちた。死体からこぼれる血のようにサァァと白いテーブルクロスを侵食する、灰色の染み。

それっきり、わんわんと声をあげて、手で顔を覆って号哭する。

さすがのまやも、愕然とした。はるながここまで泣きじゃくるのは滅多にない。いつもは静かに泣いていたのに。

どうしていいかわからなくなったまやと霧島が立ち尽くしたその時。

はるなの対面に座っていた人物が動いた。

 

「......大丈夫ですよ、はるなさん。私は、榛名はいつでもあなたの側にいます。もう絶対に、いなくなったりなんてしません」

 

食卓を回り込んだ榛名が、はるなの頭を抱き締めたのだ。

ふわりと漂う気品のある香りに顔を上げた瞬間、視界が塞がれた。優しく、まるで母親が幼子(おさなご)にするかのごとく。

とくん、とくんと聞こえてくる榛名の安定した心拍に、はるなは本能的に全身の力を抜いた。

榛名は、はるなが何を欲しているかに気づいたのだ。

 

「あ......」

 

「......榛名は、大丈夫です。............もう大丈夫、あなたは誰も喪うことはありません。......だから安心してください......」

 

榛名は椅子に腰掛け、抱き締めたはるなの背中を優しく撫でる。

まるで赤子のような心境になったはるなは、すべてを委ねてそのまま眠りについた。

 

 

 

 

「......さすが、大先輩。見事なものだな。アタシにゃそんな発想なかったわ」

 

「ええ。確かに最適なんでしょうけど......私にもできる確証はないですね......目の保養にはなりましたが!」

 

「ふふ......気づいたら、行動しちゃってました。でも、こうしてみると本当に孫娘を抱いている気分ですね......」

 

まやと霧島が苦笑いして、間違いなく世界で一番尊い光景を眺める。それは、武骨な艦内にあって不釣り合いなまでに神聖に思えた。

しばししたのち、気を効かせて全員の食器を片付け食堂を出る二人。

 

 

食堂を出た先の廊下では、同じく気を効かせたらしい士官妖精たちが食事を摂っていた。狭い廊下で食事をとるのは御法度だが、兵員用の食堂には入りきらなかったらしい。

 

彼らに軽く注意をしてから二人は上部デッキへ向かった。これは、まやの提案だった。

水密扉を開けた先に広がるのは、満天の星月夜。二人は思わず声を上げた。

 

「綺麗......!」

 

「ええ、南方の星空はいつ見てもいいものですね。邪魔する光がなにもないから、よく見えます......」

 

霧島は後部VLSに腰掛け、まやはその向かいのCIWSにもたれ掛かった。

そして、深刻な顔になってまやは口を開いた。

そう、まやがここに霧島を呼んだのは、星を眺めるためではない。

 

「で、だ。本題に入ろう。霧島さん、はるなをどう見る?」

 

「どう、とは?」

 

「彼女の持病だ。見てもらっただろ?アタシの妹分はメンタルに一種の弱さを抱えている」

 

霧島は、それを聞いて大きくため息をついた。

ここまでの会話で、目の前に立つ娘が仲間思いであることは分析済み。そしてこの質問の真意は、メンタルの弱さが戦闘に影響するかどうか、なのだろう。それを考えて、答える。

 

「......私の分析ではっきり言うと、危ないです。トラウマの引き金(トリガー)自体は少なかったとしても、今は榛名という特大の地雷があります。さすがに深海棲艦に突かれる恐れは少ないでしょうが、偶発的にトラウマが発動してしまった場合は......沈みかねません。......ですが、それは前の世界と変わらないのでは?」

 

「違うんだよ。はるなが戦闘中に動けなくなったって、アタシの切り札を使えば戦闘能力は維持できる。

そうじゃなくて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。はっきり言って、戦闘においてはるなが廃人になる可能性がある。問題はそっちだ」

 

「その切り札、嫌な予感しかしませんが......まあいいでしょう。私も心理学は苦手なのでうまくは言えませんが、廃人になってしまうというのは大いにあり得ます。あなたたちが沈まなかったとしても、心を通わせた私たち(帝国海軍)の艦娘の誰かが目の前で死んでしまったら......危ないでしょう」

 

「やっぱりそうか......」

 

まやは、ため息をついた。予想はついていたのだ。

はるなの脆さは端から見ても危ない域に入りかけている。「死」自体に恐怖を持っているとも思えなくもない......というのはさすがに言い過ぎかもしれないが。

 

「しかし、大問題は打つ手がないことです。こればっかりは......」

 

「榛名に任せるしかないってか」

 

彼女が悪化するか快方へ向かうかは、榛名にかかっているといっても過言ではないのだ。

はるな艦内には精神衛生兵員妖精が常駐しているが、彼らのカウンセリングでなんとかできるのならここまで苦労はしていない。

だからこそ、司令も最終手段である「切り札」をまやに手渡したのだろうが。

 

「......ままならねぇな、全く」

 

「ええ。つくづく自分の無力を感じます」

 

二人して、またため息をついた。

あんなに感動させられた美しい星空が、今は皮肉げに感じられて仕方なかった。

まやは、視線を海に落とす。

 

その、視界の端。

先を行く〔かが〕の上部見張り所に、人影が見えた。

 

「......アタシらの司令も大変みたいだし、な」

 

 

 

✳ ✳ ✳

 

 

 

かがは、柵にもたれ掛かり湿り気を含んだ夜風にあたりつつモヤモヤと考えていた。

さっきは確かに言いすぎたが、「周りを頼れ」というのは彼女の偽らざる本心でもある。

 

「まあ、あの人は結局自分で抱え込もうとするんでしょうけど」

 

かがと司令の付き合いは、かれこれ1年近くにもなる。

初見の印象は、エリートの道を歩む好青年、だった。まあ、彼はそれなりのイケメンだから、少し意識はしたのだ。しかし、座乗艦の艦長として応待するうちにそれが違うと気がついた。

指揮が的確なことと責任感が強いのは予想通りだったが、部下を万全の状態で戦わせようと努力しているのがひしひしと伝わってきた。それに伴う重圧や負担などは、すべて一身に受けていることも。だからこそ第4護衛隊群は喪失艦を出しておらず、破格の戦績を叩き出せているわけなのだが。

 

「......憧れてるのか、と問われれば否定はできませんね」

 

そんな彼に、かがは知らず想いを寄せていた。

だからだろう、この時代に飛ばされて以来の彼の様子を見て、あんなことを言おうと思ったのは。

 

「そろそろ、戻りましょうか」

 

資材消費の報告の真っ只中だったはすだ、いつまでもこんなところにいるわけにはいかない。

そう、旗艦の艦長たる彼女はそれに見合う責務があるのだから。

 

名残惜しくも、振り返ったそのとき。

 

水密扉が開いて、一人の少女が出てきた。深緑色の髪をツインテールにしており、ボーイッシュな顔立ちとあいまって活発な印象を受ける。そして、纏う制服は空自の作業服だった。

そう、〔かが〕所属航空部隊の空自第361飛行隊隊長の天羽瑞樹一等空尉だ。

彼女はかがの姿を認めて、その薄い唇を開いた。

 

「なに、司令と夫婦喧嘩したんだって?」

 

「......ッ!?」

 




そういえば、字数は短くしたほうがいいですか?
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6:Welcome to Kwajalein ークェゼリン入港ー

すみません、遅くなりました。
多分、月一くらいの頻度になるかと……


「なに、司令と夫婦喧嘩したんだって?」

 

「......ッ!?」

 

 

あきれ顔で唐突に投げかけられた言葉。夫婦喧嘩という言葉に、かがは二つの理由で赤面した。

一つは、相変わらず非常時だというのに、当の艦長が個人的な事情で艦内を混乱させてしまったこと、迷惑をかけたことへの後悔と羞恥心。

そして、二つ目は単純に「夫婦」という言葉に驚き、そしてその意味に気付きなぜか嬉しく、そして恥ずかしくなったからだ。

 

赤面し、硬直してしまったかがを半眼で見つつ、天羽はため息をついた。

 

「やれやれ......お似合いだとは感じてたけどさぁ......いや、夫婦喧嘩は......ないわー」

 

「そ、そんなこと!そもそも夫婦喧嘩なんかじゃありませんし私とあの人は恋人ですらありません!バカにしないで頂戴!」

 

「......とりあえず、ここであんたの黒歴史さらに一つ増やすことはやめとくけど、これだけは言っておくわ。

―――何もかも一人で背負うのが傲慢だというなら、司令が背負っているものが司令にとって重石だと決めつけること、そしてそれが自分に解決できると考えること、それも傲慢なんじゃないの?」

 

その言葉は、まるでナイフのように心の隙間に突き刺さった。

言われてみれば、確かにそうだ。

司令が何を背負っているにしろ、それに自分が関わる事で解決できる。その考えは、たしかに傲慢以外のなんでもない。

そして、かがは自分がそのような考えを持っていないとは口が裂けても言えなかった。

なぜなら、先程自分で言ってしまったのだから。

 

「いい、艦長?知ったら、悪化することだってあるのよ。だからニードトゥノウ(知るべきもののみ)なんて言う情報開示の原則があるんでしょうが」

 

「......それもそうね」

 

かがは、俯いた。瑞鶴の方が、軍人としての正論を突いていたからだ。

独りで抱え込むな。それを言えるのは、あくまで平和なときだけだ。非常時には、人情なんてものは通用しない。

 

「......さ、もどりましょ?皆が待ってるわよ、艦長」

 

「ええ、そうね......貴女にしてはいいこと言うじゃない」

 

「それはどうも」

 

かがと天羽は連れ立って水密戸を潜り、仄暗い赤色灯が照らす艦内へと入っていった。

 

 

CICには先程と変わらない顔ぶれがおり、浮かない顔をした司令が副長の報告を聞いていた。

 

「艦長、入ります!」

 

妖精隊員の声と共に、かがは液晶画面の反射光に照らされた鉄の穴蔵へと足を踏み入れる。

かがに向き直った司令が、気まずそうな顔で口を開こうとしたものの、彼女の方が先に口を開いた。

 

「司令、私が言い過ぎました。先程の事は忘れてください」

 

「......わかった」

 

司令は頷く。

そして、再び副長へ視線を向ける。

副長は2人を見やって、口を開いた。

 

「では、艦長もおいでなさったところで今後の方針確認と行きましょう。

−−−現在、打撃群は司令の指令により南へ原速で航行中です。同行している南雲機動部隊はトラック泊地に入港いたしますが、打撃群各艦はトラック北200kmで変針、クェゼリンへの航路を取ります。

クェゼリン入港予定時刻は、7日0600。ここまではよろしいですね?」

 

「ああ」

 

「ええ、問題ありません」

 

「では、航海長、航路を」

 

「了解」

 

副長の指示に従って、航海長は前方の大スクリーンに予定航路を表示した。

一直線ではなく、やや大回りのルート。

その理由は、

 

「グアムだな?」

 

「はい。南雲長官の情報によると、グアム島にはアメリカの泊地及び飛行場があります。いくらこの時代の偵察機の航続距離が短いとはいえ、直進すると哨戒の潜水艦に見つかったり偵察機に発見される恐れがあるため、このような進路を取ることとしました」

 

「随伴の駆逐艦隊の燃料は?」

 

「〔あかし〕の生産プラントにより供給します。とりあえずトラックまでは持つかと」

 

「了解した。次に、クェゼリン入港後、だな」

 

一番の問題は、それなのだ。拠点を手に入れた後に、どうするのか。

こちらの手勢は少ない上に、時間がたっぷりあるというわけではない。

 

「無難な手は地道な情報収集だが......それだけじゃ間に合わない。それに、うちに情報戦に特化した兵員は多くない。」

 

「......ならば、敵深部への挺進、そして敵情視察による敵の行動把握......ですか?」

 

「そのとおりだ、かが」

 

司令は重々しく頷いた。

「挺進」とは、少数の兵力が主力より先んじて敵地へ侵攻する事を指す。「挺身」ほどではないが、損害も出やすい作戦だ。

しかし、主力と連携することにより総攻撃よりも大きい損害を与えることもできる。それを考慮して、司令は話を続けた。

 

「この辺は南雲長官や山本長官と話す必要があるが、多分我々の力を最大限に発揮できる戦略でもある」

 

「......了解。しかし、その場合の自軍の損害は?私達はたった6隻です。流石に深海艦隊南方方面軍全軍と正面切ってやりあえる程強くはありませんよ?」

 

「......そこは、80年後の戦術の出番ってやつじゃないか?まあ、とりあえず引き剥がして各個撃破が手っ取り早いだろうな。敵深部に、奴はいるはずだ」

 

「......司令の手腕、拝見させてもらうとしましょう。分かりました、当面はその方針で作戦行動を継続しましょう」

 

かがは、ため息とともに頷いた。

第三次世界大戦では挺進作戦など日常茶飯事だったが、まさかこの時代に来てまでそれを行う羽目になるとは流石に思っていなかったのだ。

 

「まぁ、とにかくやってみるしかないでしょうね」

 

 

 

* * *

 

 

 

「かが、少し良いか?」

 

「......構いませんけど」

 

CICを出たすぐのところで、司令は唐突に話しかけた。

かがの返答がつっけんどんになってしまったのは、喧嘩してしまった事を考えれば、まぁ仕方ないだろう。

しかし、司令はいつになく真剣な、そして疲れ切った顔でかがに向き直った。かがも足を止める。

 

「......お前は、俺が隠しているものを、知りたいか?」

 

「ーーーッ!?」

 

まさか、司令の方から言ってくるとは思わなかった。驚愕しつつも、まるで何かに操られたかのようにコクリと頷いた。

 

 

 

しばしののち、彼女の姿は司令私室にあった

彼の部屋は綺麗に整っており、そして余計な物は1つもなかった。

ティーパックから紅茶を2杯淹れて、お互いに一口のんで一息つく。

そして、司令はおもむろに問いかけた。

 

「これは、多分お前にとって最も辛い事だ。......それでも構わないな?」

 

「ええ。私は覚悟してます......焦らさないでください」

 

その答えを聞いて、さらにため息を1つ。

そして、語り出した。彼の隠していた、秘密を。

 

「作戦文書には、2枚添付書類があった。1枚目は予想される手がかりの位置。そして2枚目は、ーーー加賀参謀長直々の、俺宛の私信だ」

 

「ーーーえっ!?」

 

そこに愕然とするかが。母親が司令に手紙を出した、その真意がわからない。しかも、自分にではなく。

 

「............手がかりの方は近いうちに明かそうと思っていたが、手紙は正直誰にも知らせたくは無かった」

 

「......続けてください」

 

「ああ。......その内容は、多分お前たちの心を折りかねないからな。ただ、お前がそこまで言うのなら話そう。

読み上げるぞ。

 

ーーー拝啓、天城鷹見海将補殿

私には、貴方にだけ伝えておかなければならない事実があります。それは、貴方たちが去った後の私たちのことです。

単刀直入に言うならば、敵対する深海棲艦を含め私たちは消滅します。なぜなら、歴史を巻き戻しているからです。この行いは、それだけの禁忌なのです。

しかし、座して死を待つのか、それともせめて人間足らんと戦い、斃れるのか。それは別の問題ですし、少なくとも、私は後者を望みます。

この作戦を認可するにあたり、三笠様と内閣総理大臣で何度も話し合いました。なぜなら、70億もの命を一瞬で刈り取るにも等しいのですから。しかし、結論は、やむを得ないでした。

どうせ、生き残れる確率は極めて低く、もう不可逆地点は通り過ぎてしまったのです。ならば、「やり直す」方が良いと、そう考えたのです。

この数多の命の重みを貴方1人の双肩に乗せてしまうことは正直心苦しいです。しかし、それは結果として何倍もの命と未来を守ることに繋がるのだと。理解してくれると幸いです。

結びに、このことは我が娘、かがには伝えないでください。あの娘はどこまでも優しく、そして傷つきやすいのですから......

 

貴方達の天下無双の御武運を祈って

敬具 艦娘 加賀」

 

静かに話を聞いていたかがの顔から、表情が落剥していた。見開いた目は虚ろで、全身がかたかたと小刻みに震えている。色あせた唇から言葉のカケラが零れ落ちた。

 

「かあ......さん?嘘......」

 

その様子を見て、司令は深く後悔した。やはり、何としても聞かせるべきでは無かった。

敵や同僚はおろか、愛する家族すらもういない。その事を知ってしまったかがは、ただ泣くしかできなかった。

せめてもの救いにならないかと、司令はなけなしの言葉をかける。

 

「......かが。たしかに、加賀さんや他の家族はいなくなってしまったかも知れない。でも、逆に言えば今から生まれてくると言うことなんだ。その未来を守ることがーーー特別打撃群の至上命題だ」

 

ーーー馬鹿か俺は。

言ってから、これでは励ましにもならないではないかと後悔した。

しかし、彼の後悔に反して彼女は、毅然と顔を上げ、口を開く。

 

「いえ、伝えてくれてありがとうございます。貴方が伝えたく無かった理由も、よく分かりました。だから、私もそれを受け入れましょう。......これから生まれてくる仲間達を守るため。......戦う理由は、見つかりました」

 

彼女の目は、涙に潤んでいた。

人間は、本当に辛いことがあった場合泣けないのだと言う。感情がカットオフされてしまうからだ。

しかし、かがが泣けたと言うことは、ある程度立ち直ることができたのだろう。未だ溢れる涙に濡れそぼった顔で、彼女は言葉を投げかけた。

 

「ですが、司令。............今は、そばにいてくれませんか?」

 

「............ああ」

 

かがは、司令の胸の中で泣いた。

まるで子供のように、一晩中。司令はそんな彼女を優しく撫でつつ、月明かりが照らす虚空を見つめていた。

 

 

 

 

 

翌朝の総員起こしの時間、寝不足と泣き腫らしたため目が赤く腫れてしまったかがが天羽に爆笑されたが、彼女は珍しく、それを大人な笑みで見ていた。

 

 

* * *

 

 

 

翌々日の夕方、〔かが〕以下5隻からなる打撃群は南雲機動部隊より離脱、取舵を取って一路クェゼリンを目指した。

幾度も行われた南雲との会議を経て、証人兼案内人のような役割で第17駆逐隊より駆逐艦浦風と磯風が同行することになっている。

 

「南雲機動部隊より電文!“コレヨリ当艦隊ハトラックへ入港スル、護衛感謝”」

 

〔かが〕CIC内に、通信長の電文読み上げの声が響いた。

それに対して小さく頷いた司令は、そこまで大きくない、しかしよく通る声で下命した。

 

「全艦、第2種警戒配備のまま航行。クェゼリンの入港予定は明朝だ、ヘマはするなよ。

それと、この海域に敵潜がいないとも限らない。〔いかづち〕〔いなづま〕はソナー警戒を厳とせよ。また、〔浦風〕、〔磯風〕も対潜警戒を頼む」

 

この海域は日本海軍の勢力圏ではある。しかし、当時の日本の対潜水艦作戦はお世辞にも成功していると言えず、勢力圏内であっても敵潜がいないとは言えないのだ。

 

『〔浦風〕より〔かが〕、了解じゃ』

 

『〔磯風〕より〔かが〕、承知した。大丈夫だ、任せておけ』

 

無線機から、頼もしい返事が返ってくる。

両艦にも野戦用の無線機材を渡しており、この時代のあてにならない無線機よりはよっぽどましな通信環境を整えてあった。

 

「さて、かが。哨戒のヘリは飛ばしてあるな?」

 

「ええ。3機体制で回しています。また、E-2J哨戒機も飛ばしているので、敵潜や敵艦、敵機については見逃すことはないかと。ああ、ちょうどヘリとE-2Jがそれぞれ交代する時刻です。浦風さんや磯風さんはちょっと驚くでしょうか」

 

「了解。まあ、サプライズみたいなものだ。じゃあ、あとは何事もなく入港できることを祈るばかりだな」

 

 

 

 

 

そのころ、駆逐艦〔浦風〕の艦橋ではちょっとした騒ぎになっていた。

 

「な、なんじゃあの飛行機は!?重巡から垂直に飛び立ちおった......」

 

「艦長、空母の上空で友軍航空機が静止しています!?」

 

『左舷見張りより艦橋、友軍の大型航空機が煙と共に急加速して発進して......』

 

簡単に言うと、SH-60K及びE-2Jに驚いているのだ。

彼女たちの常識ではありえない機体だ、その反応になるのも当然だろう。

ただし、ただ見とれているばかりではなかった。

 

「水測長、探信儀の発信はやめるのじゃ。おそらく、彼女たちのソナーの邪魔になっとる」

 

「は、はい......?」

 

「うちが搭載しとる九三式水中探信儀はただでさえ当てにはならんけぇ、素直に頼った方がよか。それより、聴音器に耳を澄ませとき。敵潜の魚雷はそっちのほうが早くわかる」

 

探信儀を担当する水測員が探信儀のスイッチを落とし、呼応して艦の側面に搭載された九三式水中探信儀の発信が止まった。

 

「了解です......現在、異常なし」

 

それでよし、と浦風は頷いた。

 

「最後に物を言うのは人の力やけぇな、心してかかっとき」

 

 

 

 

* * *

 

 

 

深海艦隊ミッドウェイ基地および太平洋方面軍司令部では、大変な騒ぎとなっていた。

4日前に発生した南雲機動部隊の爆撃による基地損害もそうだが、それ以上に所属する航空隊の8割を喪失したのだ。

ミッドウェイから南雲機動部隊に向かって繰り出された攻撃隊が全機未帰還、その上第3機動部隊所属の航空部隊も攻撃に向かった機は軒並み帰ってこなかった。

いくら敵の零戦が強力で、乗るパイロットたちも熟練だとはいえ、護衛の艦戦すら1機残らず行方不明とは由々しき事態である。

 

「司令、捜索に出ていた第55水雷戦隊からの電文によれば、味方機と思われる破片多数、生存者は今のところゼロ。......どうやら、全機敵戦闘機に食われた模様です」

 

「......やはりか......ミッドウェイの中間に打電、対空警戒を厳とせよ。確かこの基地には余りの警戒レーダーがあるはずだ、それを届けてやれ。......ちっ、第3機動部隊は第2次パールハーバー作戦を成功に導いた精鋭だぞ......!」

 

ハワイ島パールハーバー、その真新しい建物の中で中部太平洋の深海棲艦を率いる総司令は頭を抱えた。

今回壊滅した部隊は、虎の子中の虎の子だったのだ。

 

「了解、姫司令」

 

「......はぁ、仕方ない、当面は作戦行動は不可能だ......南方からの補給線はかなりきつくなっている、北方からの補給を待つしかない、か」

 

南雲機動部隊をはじめとする日本軍が去ってから改めて、さらに大軍で襲いかかった第2次パールハーバー作戦。

奇襲が成功し真珠湾の基地を確保したものの、その直後にマーシャル諸島に日本軍が進出、補給線が危うくなった。

ちょうどダッチハーバーを北方棲姫率いる艦隊が奪取したため、そこからの補給が望めるが、心細いことには変わらない。

 

その時、紙束を手にした士官が走り込んできた。

なにやら急いできたらしく、汗だくになっている。

その士官が紙束を差し出して興奮した様子で口を開いた。

 

「中枢棲姫司令、第8機動部隊からの電文、生存者を確保した模様!」

 

「なに!?命の別状は!?」

 

多数の味方機の消息が途絶えた海域で、機動部隊が重要な証人を入手したとの報告だった。生存者がいれば、状況を把握しやすくなる。

そして、誰一人生きて帰らなかったよりは生存者がいた方がまだ救われる。

 

「命に別状なし、奇跡的にほぼ無傷とのこと!どうやら、零戦に撃墜された艦攻のパイロットの模様」

 

「......了解、彼は丁重に看護してやれ、何かショックを受けているかもしれん。それと、私が直々に見舞いに行こう」

 

「ええっ!?」

 

総司令官たる彼女が直々に見舞いに行くというのは異例であるが、それだけの理由があるということだ。

驚く副官を尻目に、彼女は決意した。

この戦いには、裏で暗躍していただれかがいる。

必ずやその姿を暴かんと。

ここまで舐めた真似をしてくれたのだから、それ相応の応酬をしてやろうと。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

とある、暖かな日差しが差す朝のこと。

 

「司令、ほら司令!起きてください!」

 

「......ん......?ああ............」

 

1人の寝間着姿の女性が、隣で布団にくるまって眠る男性の肩を叩いて起こしていた。

しかし、彼はなかなか起きない。

 

「あと5分............」

 

「す、すでに総員起こしは過ぎちゃってるんですよ!?ほら、早く!」

 

枕元に置かれた時計が指すのは午前6時7分。

起床時刻が6時であるため、寝坊気味ではある。

 

「今日はお客が来るんでしょう!?」

 

「ああ......そうだったな......悪いな、神通」

 

そう言うと、男性は体を起こして大きく伸びをした。

筋骨隆々というわけではないがよく引き締まった体だった。顔はどちらかというと細面の、30歳前後の男。

 

「はぁ............とりあえず、早く着替えちゃってください。今日は本当に色々あるのですから......もう朝ご飯も出来てますよ」

 

「ああ、ありがとう」

 

よっこらせという掛け声と共に、起き上がった。そして雨戸を開け、外に広がるいつもの蒼い海を見ようとして、

 

「............なぁ、神通」

 

「なんでしょうか?」

 

そこには、想像を外れた光景が広がっていた。

いつものクェゼリン軍港だったが、沖に停泊している艦がおかしい。

 

「......あんな艦、帝海に所属していたか?」

 

「え......?ちょっと見せてください......」

 

クェゼリン泊地の沖合に停泊していたのは、6隻の見知らぬ艦。

2隻は空母、そして残りの4隻は巡洋艦のようだった。

直線を組み合わせて構成されたそのシルエットは、明らかに時代が違うということを理屈ではなく本能に語りかけてくる。

巡洋艦と空母だけというのも珍しいが、その艦隊の付近に帝海の新鋭駆逐艦が2隻航走していることを見てとり、合点がいった。

 

あの艦隊が、昨夜極秘無電で告げられた「お客様」だ。

 

「司令、あれって......!」

 

「......『お客様』ってのはあながち間違ってないかもな!よし、神通!ちゃっちゃっと飯食ってお出迎えに行くぞ!」

 

「......了解!」

 

彼は、「華の二水戦」と言われる第2水雷戦隊を率いる司令官だった。

そして、彼の傍らに常にいるのは艦娘神通。2水戦の猛者を取りまとめる旗艦である。

 

 

 

 

 

大慌てで食事をかき込み、軍装を身にまとって家を出る。

クェゼリン泊地の司令部施設は、この丘の麓だ。いつもどおり、自転車を使うことにした。

 

「神通」

 

「わかってますよ......よいしょ」

 

アルミフレームの自転車に跨がり、後輪上の座席に神通が横座りに座る。彼女がしっかりと腰に手を回し固定したことを確認して、自転車を漕ぎ出した。

 

真っ白な軍装にしがみつきつつ、神通はふと思う。

 

(こんな日が、いつまでも続いてくれればいいのですけれどね)

 

燃料タンク横の道路を走り、庁舎の群れを通過。

ここは小さな泊地であるため、通信所なども比較的小規模だ。

 

10分ほど走れば、そこはクェゼリン泊地の司令部施設だった。

 

自転車を止め、汗を拭ってから建物内へ入る。

すぐに、開け放たれた大きめの事務室から声がかかった。

 

「小柳少将、久しぶりじゃけぇの!」

 

「ご無沙汰してる、神通さん」

 

執務机の側に立っている、2人の少女。軍事施設にあるまじきその若い姿は、艦娘そのものである。

姉の浦風と、妹の磯風。

彼女たちはこの泊地の常駐戦力ではないため、おそらくは今さっき入港してきた駆逐艦の艦長なのだろう。

彼女たちの声に応えて、小柳司令は右手を振りながらよく通る声を発した。

 

「おう、元気してたか?」

 

「おかげさまでの。それはそうと大佐、外に停泊しとる艦隊はみたかの?あれは凄いとしか言いようがない艦隊じゃけぇ」

 

「ああ。最早、時代が違う、そう言うしかないな」

 

「そうなのか?まあ、お前らがそう言うならそうなのかもしれんが......」

 

「まぁ、会ってみるのが早かろ。......というわけだ泊地提督、早う入港許可下すのじゃ」

 

浦風が、机の方を振り向いてにらみつける。

その先には、怯えきった中年の男がいた。きっちりとした軍装を着た、いかにも四角四面といった男だ。状況が飲み込めていない小柳は、磯風に耳打ちした。

 

「......はぁ、とりあえずどうなってるんだ?」

 

「......私達と同行していた艦隊の入港許可をもとめているのだが、それが一向に降りない。業を煮やした姉さんがこうして直談判しているが、話が一向に進まないんだ......」

 

「......まあ、確かにこいつは融通聞かないしな」

 

クェゼリン泊地提督は、規則に厳格な男だった。彼の判断基準は、軍法で認められているか、上官の許可は出ているかだ。

そして不味いことに、沖合に停泊している艦隊ーーー海上自衛隊特別打撃群のクェゼリン入港は南雲の口約束だけで、正式な命令書は回ってきていなかった。

唐突に、バンッという机を叩く音が響いた。音の主は、泊地提督だった。

 

「とりあえずだ!小官は素性もわからぬ艦隊を入港させるわけには行かない!補給なんてもってのほかだ!今は戦時中だぞ!?トロイの木馬のようにだまし討ちされる可能性がないとは言えないではないか!」

 

激昂して、まくしたてる痩身の男。

傍から見ればヒステリーにしか見えないかもしれないが、正論であり彼もまた大真面目だった。

 

「ああ!?ならうちらが補給を受けさせてもろうたのは、護衛してもろうたのはどういうことじゃ!?それこそ彼女らが敵ではない証左じゃろうが!そもそも、彼女らが本気を出せば連合艦隊はおろか日本など一瞬で消し炭にされるけぇな!?」

 

「五月蝿い、駆逐艦風情が!情や情けで戦っているわけではないのだぞ、そんな甘ったれた理論が通るか!大体そこまでの力を持っているなら、なおさら危険ではないか!」

 

互いに、周囲のことが目に入らなくなるほどヒートアップする。両者ともに顔を真っ赤にして、もはや誰にもとめられないかと思った、まさにその時。

 

プルルルル。

 

突然の電子音が鳴り響いた。驚き、しんと静まる室内。この音は電話機や無線機ではない。

 

「......すまない、私だ」

 

音の正体は、磯風の制服、そのポケットに入っていた端末が着信音を鳴らしたのだ。

一同があっけに取られる中、近未来的な液晶画面を操作して、机の上に置く。

 

液晶画面に、隙なく第2種軍装を着こなした2()()()中年の男の顔が映った。張りのある低い声が流れてくる。

 

『これでよし......久しぶりだな、泊地提督、二水戦司令、そして浦風、磯風。俺だ、南雲だ』

 

「な、南雲長官......それに、山本長官!?」

 

南雲とともに画面に映っていたのは、連合艦隊司令長官の山本五十六中将その人だった。

 

『ああ。この“戦術端末”とやらは本当に便利だな......。さて、俺も南雲もくだらない前置きは嫌いだからさっさと本題に入ろう』

 

「本題、とは?」

 

『そこで待機している艦隊についてだよ。―――泊地提督、即刻艦隊の入港許可を。また、彼女たちに十分な補給を行え』

 

神通や小柳も驚愕したが、それ以上に驚いたのはほかでもない、泊地提督だった。素性のわからない艦隊を入港させろという命令が、本当に下ってくるとは。

 

「......それは、長官方の独断でありますか?」

 

たとえ階級が上でも、正規の命令系統になく、その上独断ならば従えない。その意味を含んだ問いを投げかける。果たして、南雲の回答は、

 

『俺の隣に山本長官がいるのがいい証拠だろう?なんなら横須賀の三笠元帥の命令書もあるぞ?』

 

というものだった。

 

「「「み、三笠元帥!?」」」

 

その名の重みを知る3人の少女は、驚愕に口もふさがらなくなった。

三笠元帥が認可した。

それは、艦娘艦隊に対する命令に限りありとあらゆる行動が認められるということでもある。それだけの権力が、当時の彼女には与えられていた。

 

『というわけだ、さっさと彼らを入港させるんだ。抗弁は聞かない』

 

「し、しかし!」

 

『いいか、これは命令だ。帝海の軍人ならどうするべきかわかっているだろう?』

 

「は、了解!」

 

命令の語に弱いのは、軍人の習い性だ。そして、ここまで強引に進めるあたり、その艦隊というのは相当に重要な存在なのだろう。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

『クェゼリン泊地より“海上自衛隊特別打撃群”、入港を許可する。4番バースへ接舷せよ』

 

「入港許可感謝します」

 

司令がインカムのスイッチをオフにする。

たった今、入港の許可が下されたのだ。

〔かが〕CICでは、どことなく安堵の空気が漂っていた。久しぶりに陸に上がり、骨を休められるのだから。

 

「......しかし、のどかなところですねぇ。敷地内には民家らしきものもありますよ」

 

「副長、それもそうだが、E-2Jによれば大規模な飛行場がない。これは少しばかり厳しいぞ」

 

「......作りましょうか」

 

「......あかしなら洋上に何か作りそうだな。まぁいいか。......それにしても、まさか先客として神通さんがいらっしゃるとは、ね」

 

「停泊していたのは川内型1と、改白露型が4、陽炎型が2......それと、先行した浦風さんと磯風さんですね。神通、海風、山風、江風、涼風、陽炎、不知火......第2水雷戦隊ですか」

 

「にしても魚とか美味そうですよね。食料も自給自足できなくはなさそうですし」

 

「〔あかし〕がたしか植物工場試作していたはずだが」

 

雑談に見えて真剣な会話をしつつ、艦を進めてゆく。

微速前進、精密なかじ取りで、タグボートなしに完璧な接舷をして見せた。ガコンッというゆるい衝撃とともに艦が停止し、即座にもやい綱が下ろされる。お互いに本能で味方と判断したのか、もやい作業中特に険悪なことになることはなかった。

 

「お見事です、航海長」

 

「ええ。この艦の特性はすでに把握済みですから。回避機動では負けますけど、平常航行だったら負けませんよ」

 

「言ってくれるじゃないですか。頼もしい限りです」

 

「......見ろ、〔まや〕や〔いなづま〕も接舷している。あっちは目刺し停泊するみたいだな.........あ、〔あかし〕がミスって思いっきしぶつけてやがる......」

 

他の艦も一部を除き順調に入港作業を進めているようだった。

クェゼリン泊地はそこまで大きくないため、15隻もの戦闘艦が停泊するといっぱいいっぱいになってしまう。

というより、すでに足りなくなっているため「目刺し停泊」している艦が半分以上を占めていた。つまり、同型艦が並んでまるで「目刺し」のように一つの桟橋を共有するのだ。

そんな入港作業を見やりつつ、かがは念を押すように口を開いた。

 

「さて、入港したらそれで終わりではありません。わかってますよね、司令?」

 

「正直忘れたかったがな。はぁ……泊地の提督への説明と各種許可って、初っ端からつまずいているじゃんか……」

 

「まぁ、こうなることも想定済みですから。普通ならあんな反応でもおかしくありませんよ」

 

「仕方がない、やるか」

 

 

 

 

数刻ののち、クェゼリン泊地の事務室では3人の男、そして端末越しにさらに2人の男が向き合っていた。

沈黙の中、最初に口火を切ったのは携帯端末越しの南雲だった。

 

『俺に関しては、紹介は不要だろう。まぁ、先の救援感謝する』

 

『......はじめまして、天城鷹見海上自衛隊特別打撃隊群司令。私は連合艦隊司令長官の山本五十六だ。

―――重ねて、機動部隊の救援に対し感謝する』

 

「......お会いできて光栄です、長官。機動部隊については、本職の信ずるところに従って行動しただけであります。また、泊地入港の口添え感謝します」

 

「......改めて、私はこの泊地の提督、階級は少将だ。......これから、よろしく頼む」

 

「最後に、俺はニ水戦司令の小柳、階級は同じく少将だ。よろしく頼むぞ」

 

それぞれ一通りの自己紹介を終えたところで、山本が本題に切り込んだ。

それは、帝国海軍と海上自衛隊が時を超えて共闘するにあたり、必要なことでもあった。すなわち、腹を割って話すことだ。

 

『まず、この通信が敵に傍受されることはないな?』

 

「ええ。南雲長官にお渡しした戦術端末は海上自衛隊が支給しているもので、無論機密保持に関しては相当の手段が練られています。

通信はSSL通信、すなわち高度に暗号化された通信方法で行われます。この時代の技術はおろか、80年後であっても解読および傍受は非常に困難とされる代物です。なので、深海棲艦にも米軍にも傍受は不可能です」

 

『ならば安心して話せるな。さて、天城海将補、質問だ。

―――アルフ・レングサントとやらが帝海に与えるであろう影響には、どのようなものがあるか?』

 

「......南雲長官、山本長官にはどの程度まではなされていますか......といっても聞くまでもなさそうですね」

 

『ああ。聞いたことは山本長官のみに洗いざらい話してある。だから、80年後に世界がどうなっているかもすでに把握されているはずだ』

 

「なるほど......単刀直入に言いましょう。

―――彼が帝海に直接及ぼす影響はほとんどありません」

 

『......すなわち?』

 

山本が先を促す。その言葉の裏に何かがあることはすでに見抜いていたらしい。

眼はまるで獲物を狙い定めるかの如く細められており、冷静に次の言葉を待っていた。

その眼光に、会話には加わっていないかがや神通、浦風や磯風が思わず怯んだ。泊地提督など、緊張でがちがちに固まっている。

しかし、その眼光を一身に受けた提督はおびえず怯まず、いっそ傲然と言葉を発した。

 

「ですから、交換条件です。

特別打撃群は、帝海の作戦に協力しましょう。

その代わり、あなた方も私たちに協力してください。

―――約束しましょう、第三次世界大戦は必ず阻止すると。そうしなければ、そこで発生した数多の犠牲上に立つ我々は生きることを許されなくなってしまいますから。

あなた方にとっては実感のない話でしょう。しかし、このままだと起こり得る未来です。そして、それを防ぐためには今行動をしなければ間に合いません」

 

『なるほど、利害は一致……ということか?』

 

「あなた方が、第三次世界大戦を防ぎたいと思うのならば」

 

そう言い切って、彼は言葉を締めくくった。

再び、重い沈黙が降りる。

 

やがて、決心したかのように山本は顔を上げた。

 

『わかった、私がそちらへ行こう。対面して話した方がいいことも多いだろう、ここは一気に決めようか』

 

「「「えっ!?」」」

 

一同が、場に合わない声を上げてしまったことも仕方がない。なぜなら連合艦隊の司令長官とあろうものが持ち場を離れて、独断ではるか辺境へ赴こうとしているのだから。

 

『南雲君、すまないが留守中よろしく頼む。私の身一つで行くわけにもいかないから、多分武蔵あたりを連れて行くことになりそうだな。

三笠は今横須賀に戻ってしまっているしな。

 

ーーーそれと天城海将補。実は協力の件に関してはその三笠から直々の命令書が出ている。

遠慮せず、必要なものがあれば言って欲しい。

よろしく頼むぞ』

 

一同は、その決断力と行動力にあっけにとられるしかなかった。

 

 




補足
戦術端末とはiPh◯neの改造品で、流体メモリや耐衝撃カバーの装備によって野戦使用できるようにしたもの。
今回はE-2Jで中継して繋いでいた。


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7:Briefing ―会合―

江風は、双眼鏡で見知らぬ艦を見ていた。泊地の燃料タンクの屋上、そこは高所となっており、遠方までよく見えるのだ。隠れた絶景ポイントである。

そして、双眼鏡に映るのは直線的なシルエットの重巡、軽巡。すっきり整ったそのシルエットは、限りなく洗練されたデザインであるということを感じさせた。

 

その反面、武装は極端に少ないのだ。

 

「…………駆逐艦級の主砲が一門だけ?いや、さすがにおかしいだろ」

 

なにやら用途のよくわからない筒や回転する物体は付いているが、肝心の砲と魚雷がない。

 

「……支援艦、なのか?いや、それじゃ護衛なんてままならないだろ……」

 

全てが謎に包まれた、奇妙な艦である。江風が必死に考察しても、一向に納得できる解は出なかった。

 

「江風、どうやらお悩み中のようだな?」

 

その時後ろから突然声をかけられ、江風は飛び上がった。

 

「な、なンだ、磯風か……驚かさないでくれよ……」

 

「別に足音消したわけじゃないぞ?…………なに、そこに泊まってる艦隊のことだろう?」

 

「…………ああ。あれは、どう考えても理不尽の塊だ。なんであンな形をしてるのか、なんで武装が極端に少ないのか、なんでそんな艦がクェゼリンにいるのか……」

 

江風は、自分の疑問を正直に述べた。

それを聞いた磯風は、停泊している艦隊を眺めながら答えた。

 

「私も全て知ってるわけじゃないが…………そうだな、あの艦は、戦闘艦艇の最終形態なのだと思う。これ以上ないレベルに洗練された、な。それと、武装がないわけじゃない。実際見せてもらったが、砲と艦橋の間には噴進弾が仕込まれていて、それを潜水艦に向かって飛ばすらしいな」

 

「潜水艦相手に噴進弾……?そもそも、噴進弾自体開発中だろうに……」

 

磯風はその質問に答えることなく、逆に問うた。

 

「……なあ、江風。あの艦隊は、この時代のものだと思うか?」

 

「…………いや、思えない。あンなの、どう考えても未来の代物だ。それくらい私にもわかる」

 

「…………未来というのは間違いじゃないな。まぁ、どう転ぶのかはまだわからないけど、少なくとも私たちに止めることは出来ないさ。……それより江風、今日は私がカレーを作ってみようと思うんだが、どうだろう?」

 

磯風は、これ以上話を続けるべきではないと判断したのか話題をそらした。

露骨にはぐらかされた江風はむっとしたものの、追及してはいけないことなのだろうと考え、深追いはしなかった。

 

「……そうだな、そういえば磯風のカレーは初めてだったか。楽しみにしとくぜ」

 

心なしかワクワクした調子で言ったのは、江風は磯風の作るカレーを食べたことがなく、純粋に楽しみだったからだ。

 

「じゃあ、私はそろそろ降りる。今日の課業もあることだしな」

 

「へいへい、了解よん」

 

このとき江風は知らなかった。数時間後に、全員が体調を崩す羽目になるということを。

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

「かが、泊地から補給された燃料はどんな感じだ?」

 

「艦隊用の軽油については中の上と言ったところです。フィルターや添加物は不要ですね。……ただ、航空燃料に関しては正直厳しいです。特にF-3やF-35、UH-60はエンジンパフォーマンスが落ちるため、〔あかし〕に頼るしかありません」

 

「まあ、ジェット燃料とガソリンは違うからな。それは後々考えていこう。……当面の作戦行動には問題なさそうだな」

 

〔かが〕や〔あかし〕が停泊する埠頭の付け根に建つ、急遽自衛隊に割り当てられた小屋。そこで司令やかがが、二水戦司令の小柳と神通を交えて会議を行っていた。

部屋は照明が落とされており、壁にプロジェクターの映像が投影されていた。

 

「さて、じゃあ近海の状況だ。かが、海図を」

 

「それくらい自分でやってください……これが、マーシャル諸島海域の海図、そしてこちらが太平洋の海図です」

 

かがは官給品のタブレット端末とプロジェクターを用いてマーシャル諸島の海図を表示する。それとは別に、中部太平洋の海図を画面分割機能を用いて表示した。

 

すでにいくつか赤と青の輝点が表示されており、また戦力を示す輝点も表示されていた。

 

「おお、光で映し出しているのか?」

 

「ええ。似たようなものです」

 

「……それはそうとして小柳司令、これをみてください。ここは先日攻撃を行った深海棲艦ミッドウェイ基地です」

 

そう言ってかがは、海図の一点を棒で指し示した。そこには赤い輝点が弱々しく点滅しており、船の形をした輝点が2つ表示されていた。

 

「…………おぼろげには推測していたが、やはりミッドウェイは健在か」

 

「ええ。ここを攻撃した南雲機動部隊は2空母の中破により敗退しました」

 

「やはり、か……」

 

「ただし。ここから話すことは特一級の軍事機密となります。一切他言せぬよう」

 

しばしの沈黙ののち、2人は小さく頷いた。

 

「了解した」

 

「わかりました」

 

その2人の返事を確認して、司令はよく通る声で話を続ける。

 

「まず、我々海上自衛隊特別打撃群についてはすでに説明を受けておりますね?

ーーー私たちはちょうど2空母中破のタイミングで、戦闘介入を行いました。具体的には艦載機を用いた艦隊防空と、敵機動部隊の主核をなす航空部隊の誘引、撃滅です」

 

「…………続けてくれ」

 

「結果として1機不時着機が出ましたが、敵空母ヲ級所属航空隊70機の撃墜、そしてミッドウェイ基地航空隊96機を撃墜しました。

基地攻撃隊に関しては、南雲機動部隊の零戦が相当数撃墜しており、当方の偵察機による高空写真撮影では、事実数機の陸攻および艦戦しか確認できませんでした。

ーーーこれがその写真です」

 

司令は、2人に自分のタブレット端末を見せた。そこには鮮明な航空写真が映っており、格納庫や滑走路が破壊され露天駐機された航空機がわずかに映るのみだった。

 

「……これほど鮮明な航空写真があるのか!

とすると、ミッドウェイの航空戦力はほぼないに等しいということか?」

 

「ええ。ただし、2隻空母がいたため、いまだ120機程度の航空戦力は残っていると考えられます。

ただし、攻撃に繰り出した艦載機が、音沙汰がなくなったそうなった場合、あなたはどう考えますか?」

 

「敵の戦闘機に喰われたか、あるいは通信機材の不調を考えるか……どちらにせよ、しばらく作戦は取るに取れなくなるな。さすがに原因不明のまま同じことを繰り返していたずらに兵力を失うようなことはできん」

 

重々しくこたえる小柳。

神通も、それにうなずいた。

 

「ですよね?……ですから、虎の子の空母が残っていたとしても、ハワイとミッドウェイでは作戦行動を行えません。

つぎに、現在私たちはラバウルやソロモンにいる南方群体の撃滅を狙っています。ここは南太平洋の要衝であると同時に、私たちの求める手がかりが存在すると考えます」

 

「ラバウルにソロモン!?少し前に、五航戦が大損害を負った海域ではないか!」

 

「......やはり、珊瑚海海戦は発生してましたか......一つ確認なのですが、その時に負った損害は?」

 

司令の問いに、小柳はゆっくりと答えた。

 

「空母翔鶴と軽空母祥鳳が......大破して曳航された。また、駆逐艦菊月が轟沈、艦娘菊月はかろうじて救助されている。そして、五航戦艦載機隊が半壊だ。艦載機隊はトラックに予備部隊がいるから問題はあまりないが、船体自体に大きな損傷がある。到底戦闘は不可能だ」

 

「......戦死艦娘が出なかったのは幸いです。交戦相手は深海棲艦だとして、損害はどれほど与えられていましたか?こちらの無線傍受によればソロモン方面の深海棲艦は少なくない痛手を受けているようでしたが」

 

「敵空母ヲ級1隻撃沈、2隻大破だ。そして、駆逐艦、重巡複数を撃沈。ざっとこんなところだったはずだ」

 

その答えを聞き、司令は少し難しい顔になって考え始めた。

正直、珊瑚海海戦の勃発までは把握していたが、ここまで損害が出ているとは想定していなかったのだ。

そこに、神通が補足を入れた。

 

「それと補足なのですが、戦闘が発生したのは珊瑚海ではなくラバウル沖です。戦闘は航空戦だったと聞いてます」

 

「なるほど......もしかしたら、敵は相当に戦訓を得ているかもしれません。そして、航空主兵がすでに提唱されている可能性もあります」

 

「......戦い方が変わるということか」

 

「それだけではありません。深海棲艦も、強力な航空隊を用いた航空攻撃を積極的に仕掛けてくるようになります。また、対空防御がさらに分厚くなります。だから、今のままの日本海軍の戦術では......負けます。確実に」

 

司令は、はっきりと断言した。

そのセリフは間違っていない。なぜなら、「彼らの知る」太平洋戦争は、最終的にそのような経緯をたどったからだ。

 

「......貴官が知る“大東亜戦争”は、そのような結果になったのだったな......わかった。

結構話がそれてしまったが、確かラバウルやソロモン方面にそちらの求める手掛かりがあるだったか?」

 

「ええ。正確には、私たちの追い求める“敵”の痕跡があるはずです。

―――ただし、米軍との衝突だけは確実に避けなくてはなりません。米軍を相手に回したら、戦いきれる国力も戦術も、今の日本にはありません」

 

「......なるほど。ですが、ラバウルや、その先のオーストラリアは連合国領です。うかつな介入は難しいのでは?」

 

「ええ。ですから、まずはラバウル方面の戦力を削ぎ米軍が進出しやすくしましょう。そうしたら、深海棲艦は日本と米国の2国と戦うことになります。うまくいけば、ラバウルやソロモン方面の深海棲艦を排除できるでしょう」

 

―――そして、最終的には米軍との共闘、そして穏健派深海棲艦との和解も。

口にこそ出さなかったが、彼の現時点での中期目標はそれだ。

手数は多い方がよく、さらにレングサントを早いうちに潰すにはあぶり出すことが必要だからだ。

木を森に隠すくらいだったら、―――その森を焼いてしまえばいい。

同じように、敵対する深海棲艦の数が減ればその中に潜むであろうレングサントも捕捉しやすくなるはずだ。

 

「……なるほど、な。しかし、それだったらハワイの群体や北の群体からつつかれるかもしれんぞ?」

 

「……だから、その暇を与えないようにします。要するに、補給に専念させるのです」

 

そして司令は、海図に一本の線を表示させた。それは、ハワイとソロモンを結ぶ細い線。

 

「ミッドウェイおよびハワイは孤立しています。そこへ補給を行うルートは北からか、南からの2択です。ですから、南のこの補給路を叩くことで、北方からの補給に頼らせるという手が使えるのです。しかも、南の補給路はこのクェゼリンのすぐ近く。ならば、おのずと行うべきことはわかるでしょう」

 

「……輸送船狩り、だな」

 

「ええ。第2水雷戦隊には、頑張ってもらいますよ。錬成も兼ねて」

 

「……1つ質問が。敵の潜水艦によるこちらの通商破壊が行われています。同じように潜水艦を使うことは?」

 

神通が、手を上げて質問をした。

それに対して、かがが答える。

 

「日本軍の潜水艦は、防音性が低いです。また、その運用思想もままなりません。……これを見てください。同時期の深海棲艦の輸送艦隊ですが、どういうことがわかりますか?」

 

かがは、プロジェクターに1枚の航空写真を映した。それは、大量の輸送船の周りを、駆逐艦や軽空母が囲み護衛している姿だった。

 

「……嘘、空母がいる!?」

 

「ええ。護衛空母と呼ばれ、対潜哨戒と航空爆雷による攻撃を担当します。当時、米軍と深海棲艦の輸送艦隊にはこのように軽空母が付随していました。

また、随伴の水雷戦隊も対潜に特化しており、多数の日本潜水艦が返り討ちに遭っています」

 

「……これと同じことになりかねないのですね」

 

「さすがに少し早いですが、なんらかの潜水艦対策はしていてもおかしくありません。なぜなら、すでに米軍はこの手を取っているからです」

 

輸送船団は、ドイツのUボートに対抗して行われていたものだ。

護衛空母の艦載機で敵潜の位置を突き止め、水雷戦隊や航空爆雷で沈める。それにより連合国の潜水艦による被害は減り、そしてドイツのUボート艦隊は壊滅していった。

この世界でも、第二次世界大戦は勃発している。

それも、概ね彼らの知る歴史通りに。

 

「なので、こちらの航空支援、通信支援のもとに直接輸送船団を討伐して欲しいのです。まあ、この辺は山本長官とも詰めていく必要がありそうですが」

 

「……了解した。しかし、軽空母がいた場合水雷戦隊では荷が重いぞ?」

 

「……私たちの航空機をなめないでください。なに、水雷戦隊には爆弾1発たりとも当てさせませんよ」

 

「……80年後の航空機、か。わかった。私の方は準備しておこう。

ーーーできるな、神通?」

 

「ええ、もちろんです」

 

神通は、即答した。

 

 

 

 

* * *

 

 

 

『長官、当機は約4時間ほどかけてこのトラックよりクェゼリンへ向かいます。離陸予定時刻は15分後の0900。護衛機も付きますし、そもそも航路の関係で敵機との遭遇はないと思いますが、揺れる可能性があるのでご注意ください』

 

「了解だ。頼むぞ」

 

山本は、陸攻内に設置された乗客用の椅子に座っていた。

日本軍に輸送機がないわけではないが、陸攻の方が少数を運ぶには効率的でなおかつ武装もそれなりにあるからだ。

 

「しかし長官。その話は本気なのか?」

 

「Yes,不可解な点が多過ぎマース!」

 

「ああ。少なくとも南雲は信用できるし、事実〔飛龍〕には応急修理がされていた。さらに、複数名の証言もある。

だから、総合的な判断をするためにお前たちを呼んだんだ。

ーーー長門、金剛」

 

山本の向かいに座るのは、連合艦隊旗艦戦艦〔長門〕艦長の艦娘長門、そして最古参の艦娘である戦艦〔金剛〕の艦長である艦娘金剛だった。

 

「……ああ、了解した」

 

「わかりました。やれるだけ、やってみるネ!」

 

確固たる返事を返してきたことを確認し、山本はうなずく。

これは、帝国海軍どころか未来に関わってくる重要なことだ。だから、彼は自分一人ではなく複数人での判断を行いたかった。

しかし、あまり話を広めすぎるのも不味い。

そこで山本は、一番信頼できる盟友を連れてきたのだ。

確かに編成上は部下であるが、山本は彼女たちを最も信頼できる友人のようにも接していた。事実、彼にとってはそうであるからだ。

 

「クェゼリンでは、一体何が待ち受けているのデショウカ……?」

 

「まぁ、直にわかるさ。只者じゃないのは確かだろうが、な」

 

「そうだな、長官。……たしか、クェゼリンにいるのは二水戦の半数だっけか?あそこには常駐戦力はなかったはずだ」

 

「ああ。だから小柳君がいるが、さすがに荷が重すぎるだろうな……」

 

山本は、足を組み替えつつ答えた。

 

『長官、離陸時刻です。離陸を開始します』

 

「わかった。……くれぐれも、安全飛行で頼むぞ」

 

『さすがに戦闘機動はしませんよ。まあ、お任せください』

 

苦笑しつつ機長が答え、同時に一式陸攻の両翼に搭載された2基の火星エンジンが唸りをあげた。

ジュラルミンの塊に過ぎぬ機体に、命が吹き込まれた瞬間だった。

轟然とプロペラが回り、機体が滑走を始める。

軽快に滑走路を走り抜けた陸攻は、瞬く間に安定した飛行へと移行した。

 

陸攻に追随するかのように、空母〔加賀〕から護衛の零戦が6機上がった。

無駄のない機動で、陸攻を中心とした編隊を組む。

 

『クェゼリンまで約4時間。空の旅をお楽しみください』

 

「ああ、そうさせてもらおう」

 

 

 

 

正午を少し過ぎた頃、異変は起きた。

 

『長官、長門大佐、金剛大佐。何か聞こえませんか?』

 

陸攻のエンジン音に混じり、ゴーッという異質な重低音が微かに聞こえてくる。

 

「……まさか、敵機か!?」

 

「この空域は私たちの勢力下、敵機が来る可能性はnothingなのに……?」

 

「わからんが、この音はエンジン音や燃焼音のようにも聞こえる。……機長、この機体で火災が起きてるということではないんだな?」

 

『ええ。機体に異常はありません』

 

「じゃあ、なんだというのだ……?」

 

その時、陸攻に無線が入った。相手は護衛の零戦、その隊長機だ。

 

『加賀零戦1番より、長官機。異音の正体を確認しに行きます。よろしいですか?』

 

「すまない、よろしく頼む」

 

『了解です。―――2番機援護しろ、他は奇襲に備え編隊を維持』

 

機銃座の開放部から、2機の零戦が左旋回し離脱していくのが見えた。

瞬く間に小さくなっていく機影。

 

「さて、吉と出るか凶と出るか……」

 

 

その問いの答えは、すぐにもたらされた。

キーンッという音ともに、陸攻の両脇200m程を2機の戦闘機が並走し始めたからだ。

プロペラの類は一切なし、機体の後端に熱で微かに陽炎が発生していた。

 

「あ、あれは!ドイツで開発中の噴式戦闘機デスカ!?」

 

「もう完成したというのか!?」

 

「攻撃の様子はない……ということはドイツ空軍の所属……なのか?」

 

彼女達の胸に湧いた質問を一挙に解決したのは、1人の妖精の言葉だった。彼は、この中の誰よりもその機体について知っていた。

 

『違います……あれは、未来の日本の戦闘機です。われわれの帰る艦を護ってくれた……』

 

航空母艦〔加賀〕の戦闘機部隊に所属するその妖精は、目の前を飛翔する戦闘機がどのような存在なのか、身に染みて知っていた。

つい数日前の、ミッドウェイ海戦。その中で、迫りくる無数の敵攻撃機を一瞬で壊滅せしめた強力無比な鋼の鳥。

 

「……確かに、両翼についている国籍表示は……日の丸だ」

 

「Look!パイロットがこちらに敬礼しているネー!」

 

見ると、戦闘機のコクピットに乗りこみ、こちらに敬礼しているのは紛れもなく人だった。

意思とは関係なく、半ば反射的にこちらも答礼する。

するとそのパイロットはうなずき、翼を一度左右に振ってから加速、陸攻の斜め前に出た。

 

『……4番機、あの機体は……そうなんだな?』

 

『ええ、隊長。紛れもなく、“震電二”です』

 

隊長妖精と、先ほどの妖精が話していた。南雲から聞いていなかったが、機体名は“震電二”というようだ。

 

「……長官、左の機のパイロットは人間だったが、どうやら右の機のパイロットは妖精のようだ」

 

「どちらにせよ、結局戦闘機を動かすのは人間か妖精ということか……」

 

ふと前を見ると、行く先に島が見えてきた。環状の珊瑚礁と陸地からなるクェゼリン環礁だ。

その南端に、小さく飛行場らしきものが見えた。そして、多数の艦艇も。

 

『長官、そろそろクェゼリンです。着陸態勢に移行します』

 

フラップを下ろした陸攻が、徐々に高度を下げる。

それに伴い、前方を飛行していた“震電二”が編隊を解き、飛行場のやや奥にある泊地の方角へと飛び去って行った。

 

 

 

 

 

 

そのころ、空母〔かが〕CICではかがと司令が安どのため息をついたところだった。

 

「ええ、了解です。……護衛対象には傷一つつけていないでしょうね、天羽一尉?」

 

『当たり前よ!そもそも敵機がいないのにどうやったら傷つけるようなことが起こるんですか!?』

 

「気流とか」

 

『うっわ、艦長冗談が過ぎますよ。……ミッションコンプリート、シュライク隊RTB(リターントゥベース)

 

「かが、彼女をいじるのもほどほどにしておけ。とりあえず、山本長官が無事に到着なされたことは了解した。―――かが、いくぞ。さすがに間に合わなかったら洒落にならんからな」

 

そういうと司令は立ち上がり、椅子に掛けてあった制服の上着を羽織った。

 

「わかってます。副長、留守の間任せます」

 

「了解しました」

 

かがも艦長席から立ちあがり、水密戸へと歩いた。

 

 

ふたりは艦の舷門を出て、コンクリート打ちっぱなしの泊地司令棟へと向かった。

時間を考えると、まだ山本長官は到着していないはずだ。

飛行場とこの建物には、意外と距離がある。

移動時間に二人は、先ほど手に入れた“情報”について話し合っていた。

 

「……しかし、本当でしょうか、あれは?」

 

「わからんが、放っておくこともできない。もしも放置しておいてそれが本当だった場合、連合艦隊は大打撃を受ける」

 

「……常套戦術といえば常套ですが、かなり打って出てきますね。深海棲艦にしては」

 

「ああ。おそらくは相当頭の切れる――――間違いなく奴だろう。そして、一見痴呆らしく見えて相当巧妙な作戦だ。……泊地司令棟についたな、続きはあとだ。もうすぐ長官方が来るぞ」

 

「ええ」

 

 

 

案内された部屋に入り少し待っていると、数人の人物が入ってきた。

 

「直接会うのは初めてだな、天城海将補」

 

「ええ、そうですね」

 

そう、連合艦隊司令長官山本五十六その人である。

そして、後ろに続く二人の女性は、

 

「……嘘、長門さんに金剛さん!?」

 

「加賀がここにいるだと!?」

 

「いや……でもそっくりさんデース!」

 

艦娘長門と、艦娘金剛だった。

予想外の面子に多少驚きつつ、司令は山本に問う。

 

「早速ですが、話を始めてよろしいですか?」

 

「ああ。主題は、今後の作戦計画だな?」

 

「それもですが、せっかくなので自衛隊の実力も見ていただこうかと。今後の共同作戦の計画の際に役立つと思われます」

 

「なるほど、な……了解した。長門と金剛も構わないな?」

 

山本は、未だに騒いでいる3人の方へ向き直った。

彼女たちは動作を止めると、真剣な顔で口を揃えのたまった。

 

「「「それより、昼食(です・だ・デース)」」」

 

 

 

 

泊地の食堂で昼食を摂り終え、ついでにかがの自己紹介を終えたところで、先程の部屋に戻りさらに小柳や神通を交えて話を始めた。すでにあらかたの情報交換が済んでおり、自衛隊の方針も伝えてある。

となると、話は早かった。

 

「まず、ミッドウェイの攻略が不可能になった以上、敵の反撃に警戒せねばならん。打撃群司令、どう見るか?」

 

「……我々の次元では、その後ソロモン方面での戦闘に変わっていきました。三つ巴状態で大小無数の海戦が勃発し、それぞれが大きく戦力を消耗します」

 

「となると、深海棲艦はソロモンからくる可能性が高いと?」

 

「すでに経緯が違うので断定はできませんが、少なくとも中部太平洋の深海棲艦は動けないでしょう。先日の攻撃で大きく消耗しており、特に主力となる航空隊が半壊しているからです。

ラバウル沖海戦やミッドウェイ海戦を経て航空戦力の重要性を身にしみて体感している深海棲艦が、航空戦力なしに行動をはじめるとは考えられません」

 

山本は頷いた。

少し前まで大艦巨砲主義だったものが、数年で航空主兵論に変わった。それを推し進めたのは自分だが、深海棲艦も同様に航空主兵論を唱えるものがいたらしい、結果として空母〔赤城〕と遜色ない性能を持つ空母ヲ級が登場してくるなどしている。

 

「ですので、我々もソロモン方面を叩こうと考えています。しかし、ここで一つ問題があるのですが、ラバウルやソロモンは元々米国の勢力圏内でした。故に、このまま行くと米国を刺激しかねません」

 

「……うむ、確かに、対米開戦はなんとしても避けたいところだ。どうにか刺激しないようにしたいが、難しいか……?」

 

「2つの対策が取れます。1つは、米国にハワイやミッドウェイを攻撃させることです。折しも敵部隊は少なくない打撃を受け再建中なので、米軍も千載一遇のチャンスとばかりに食いつくでしょう。ハワイは元々米国の領土でもありますし」

 

「……続けてくれ」

 

「もう1つは、オーストラリアへの支援です」

 

「オーストラリアだと!?その手があったか!」

 

「ええ。オーストラリアは連合国ですが、遊弋する深海棲艦の潜水艦に通商破壊をされています。故にそれを突破し補給物資を届けたり、商船の護衛を行うのです。微々たる量でも、オーストラリアの日本に対する心象は大きく改善すると思われます」

 

「なるほどな……問題は軍令部が認めるかどうかだが、そこは俺の権限で掛け合ってみよう。米軍と共同して深海棲艦を叩けば、この戦争は早く終わる」

 

「……なるほど、共同の敵をつくる、デスカ」

 

今まで沈黙していた金剛が口を開いた。

いつもの軽い態度は鳴りを潜め、歴戦の艦娘に相応しい威風堂々とした様子である。

 

「悪くない案デス。しかし、米国と共闘するとなると、小うるさい陸軍が黙ってはいないと思いマスガ」

 

「……金剛、それは追々考えよう。今ここでどうにかできる話ではないし、今すぐに共闘するというわけでもない」

 

「……それもそうデスネ。それともう一つ、北方群体とウェーク島群体の特徴について、理解されてマスカ?」

 

これは、司令に向けた質問だった。

司令は思い当たる節がなく、首を振った。ウェーク島や北方は動きが緩いとは思ったが、具体的な把握はできていなかったのである。

 

「……そういえば説明していなかったか。深海棲艦には主戦派だけでなく穏健派もいる。そして、彼らはアリューシャンや北極、そしてウェーク島に勢力圏を広げている」

 

「……穏健派ですか。我々の次元では敗戦後まで彼らが散り散りになっていたので、まとまっているとは思っていませんでした。……となると、好都合ですね……」

 

「ああ。うまく南方の主戦派との分断を図れれば、そしてあわよくば味方に引き込めれば。主戦派など敵じゃないだろう」

 

司令は無意識に含まれたであろう微かな驕りを見抜いて、内心苦々しく思った。ここでかの次元の二の舞は防ぐべきだ。

そう思い、言葉を発する。

 

「長官、簡単に勝てるなどとは思わないでください。慢心と油断は最大の敵です。どんなに敵が弱くても、気を抜くべきではありません」

 

「うむ……」

 

「いまいち理解されてないようなので言わせていただくと、先のミッドウェイ海戦。私達のたどってきた歴史では惨敗しました。

いくつか原因はありますが、その最たるものが慢心によって戦訓を活かせなかったことです。

その前に発生した海戦で、米軍の急降下爆撃の脅威や兵装転換など学べるところは多かったはずでした。しかし、それをせぬまま、連戦連勝の結果に驕った結果が、

―――航空母艦4隻、重巡1隻と、それに伴う多数の航空機の喪失です」

 

「「「「「……ッ!?」」」」」

 

全員が、息を呑んだ。

航空母艦4隻を一度に喪失、それは損害としてはあまりに多すぎる。

慢心が命取りであるということを、これ以上なく表した事実だった。

 

「……すまない、後日詳しい話を聞かせてくれ」

 

「ええ。私にも、かの次元における戦訓を伝える義務があると思いますから」

 

ひと段落ついたところで、さて、と前置きをいれて、今度は小柳が話し始める。

 

「あれから少し考えてみたのだが、こちらがミッドウェイに対する通商破壊を行うとして具体的にどのように行うか?探知は自衛隊で何とかできなくもないだろうが……」

 

「ええ。通信傍受で輸送計画を把握したのちに、こちらの早期警戒機、E-2Jを飛ばして索敵します。見つけ次第こちらの戦闘機で制空権確保、水雷戦隊に輸送船を撃沈してもらうつもりです。それと同時に、敵の潜水艦狩りも行いたいと思います」

 

「……ということは、何か思い当たる節があったのか?」

 

急に敵の潜水艦を話題に持ち出したということは、潜水艦が脅威になりえるということだろう。

そう考え、長門は問うた。

果たして司令は、

 

「はっきり言って悲報です。先ほど無線傍受で手に入れた情報なのですが、敵は潜水艦を用いた大規模作戦を計画しています。それも、このクェゼリンとトラックを標的にしたものです」

 

そう告げた。

 

「潜水艦を!?つまり、海域封鎖か?」

 

「まだ、そこまではわかりません。未だ分析中ですので。しかし、相当手の込んだ作戦であることは確かです。

恐らくは、大量の潜水艦による海域封鎖で主力を泊地に封じ込め、その上で対潜部隊を各個撃破、最後に航空部隊を用いて爆撃して一丁上がりといったところでしょうか」

 

「なるほど……となると、近海に敵潜が出張ってくる可能性が高いと?」

 

「ええ。ですので、それを徹底的に狩りだしましょう」

 

司令は、残忍なようにも見える目で言った。彼は、おそらく敵潜を残らず駆逐する心積もりだろう。

そして、彼はかすかに殺意さえ滲んだ声で言うのだ。

 

「自衛隊相手に潜水艦を使おうなどと思ったこと、後悔させてあげますよ」

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

クェゼリンは赤道直下ではないがそれなりに近く、そのため年中暑い。

金剛は凝った体をほぐしつつ、埠頭へと出てきていた。

 

「Oh……これはvery bigネー……」

 

目の前に停泊する巨大な空母。それは戦艦〔長門〕よりも大きいという驚異的な代物だった。つるりとした質感は、どこか生物的なものを感じさせる。

その時、空母〔かが〕をじっと眺めていた金剛に声を掛ける者がいた。

 

「気になりますか?中は」

 

振り向くとそこにいたのは、長い黒髪を下ろした日本美人的な娘―――艦娘はるなだった。

当然、金剛は驚く。

 

「は、榛名!?その恰好は?」

 

「いえ、私はおばあさまではありません。私は艦娘はるな。海上自衛隊のイージス艦〔はるな〕をお預かりしている身分です」

 

「……確かに、よく見たら違いマース。でも、「おばあさま」ということは、榛名の孫デスカ?」

 

「はい。この前おばあさまにあってきました。私は未来から来た、貴女の大姪に当たりますね」

 

「Thats wonderfulデース!あと、私のことは“金剛お姉さま”で大丈夫ネ!」

 

「はい、わかりました!金剛お姉さま!」

 

金剛は、にこにこと笑いつつもその裏で分析、情報収集を怠らない。

すでにはるなが住んでいた未来に何が起こっていたのかは聞いているが、それ以上にお互い知らないことが多すぎるのだ。

 

(しかしはるなちゃん、相当精神にダメージを負ってマース!これは、親族についての話は振らない方がよさそうですネ)

 

「そうだ、お姉さま、私の艦へ行きませんか?」

 

「はるなちゃんの!?ええ、是非トモ!」

 

金剛とはるなは、〔はるな〕の停泊する埠頭まで歩く道すがら、たわいもない話をしていた。

80年後の食べ物、ファッション、東京の様子……。

それらすべてが、はるなにとっては珠玉の思い出だったのであろう。はるなはどこか誇らしげに語るのだ。

泣かないようにと、必死に涙をこらえながら。

それは、金剛にも痛いほどわかってしまった。

 

「はるな、大丈夫デース!ここには私もいますし、ほかの頼れる仲間たちも、榛名もちゃんとイマス!だから、もう怖がらなくて、悲しまなくていいんデス。今ここにあるものを、大切にしてクダサイ」

 

「……はいっ!

―――つきました、これが海上自衛隊特別打撃群所属、まや型ミサイル護衛艦〔はるな〕です」

 

2人の目の前には、空母〔かが〕ほどではないものの、巨大な鉄の城が横たわっていた。そう、護衛艦〔はるな〕である。

洗練されたフォルムはやや角ばっており、若干はるなとは似ていないかな、と金剛は思う。

舷門にいる妖精隊員が腰を抜かしかけていたが、かまわず艦内へ入った。

艦橋に入り、金剛が艦内神社に参拝する。それを後ろから眺めていたはるなの肩を、副長が叩いた。

 

「かかか艦長、もしかしなくても艦娘金剛さんじゃないですか!?」

 

「はい!いくつか見せたいものがあったので……」

 

「……かがさんから叱られても知りませんよ……はぁ……」

 

そこまで言い終えたところで、参拝を終えた金剛が振り返って言った。

 

「はるなちゃん、見せたいものってなんデスカ!?」

 

「……そうですね、下層の戦闘指揮所へ降りましょう」

 

「……?」

 

二人はラッタルを下り、一層下のCICへと入る。

液晶ディスプレイの反射光が照らす、薄暗い穴倉である。

金剛は目の前の大スクリーンに映る戦闘海図を見て驚愕した。

 

「これは、探知している敵……デスカ!?しかもおそらくは600キロ以上も遠くの!」

 

「はい。当艦の搭載するレーダー……つまり電探は400km以上まで探知できますが、それにE-2J早期警戒管制機の情報を追加、そして海図に表したものです」

 

クェゼリンと思しき島にはいくつかの白い輝点が輝いており、その遥か西に、少しばかりの黄色い輝点が灯っていた。

距離は600km、輝点の種類は敵味方未確認の艦艇を示す六角形。

 

「これが、未来の電探の性能なのデスカ……」

 

「80年もあれば、兵器も戦い方も大きく変化します。

―――この艦は元々、広範囲の敵を探知、そして迎撃できる“神の盾(イージス)”として建造されました。ですから、その目となる電探は特に高性能に作られています」

 

「……あとはるなちゃん、少し気になったんデスケド、この艦は対潜戦闘ができるというのは本当ですか?」

 

「ええ。特に自衛隊は、太平洋戦争の戦訓を生かして対潜に力を入れています。

かの次元では、潜水艦による通商破壊で国内物資が窮乏、海軍も陸軍も満足に戦うことができませんでした。それだけでなく、戦訓を生かす事が出来ずいたずらに貴重な人材や戦力を損耗することに繋がりました」

 

「だからさっき、あなた方の司令は“自衛隊相手に潜水艦を使おうなどと思ったこと、後悔させてあげますよ”と言ったのデスネ……」

 

その言葉に殺意さえ混じっていたように感じられるのは、未だに納得がいかないが。おそらくは第三次世界大戦のときに、潜水艦に何かされたのだろう、という仮説は立つものの、戦意ではなく殺意だったことが金剛にはあまり理解できなかった。

 

「多分、司令にも色々あったんでしょう。私と同じように」

 

「そう、デスカ……」

 

その時唐突に、テレビ通話の呼び出し音が鳴った。

彼女の持つタブレット端末に映された発信元は、「かが」。怪訝に思いつつも、通信を繋ぐ。

通話の相手は開口一番に、剣呑な声で言った。

 

『はるな、もしかしなくても、金剛さんがそこにいませんか?』

 

「え……い、いますけど……」

 

『はぁ、やっぱりですか…………金剛さん、長官が探してましたよ?』

 

はるなの横から興味深そうに覗き見ていた金剛は、悪びれもせず言った。

 

「oh、それはsorryネ!でももう少し〔はるな〕のことも知りたいデース!」

 

『……心配しなくても、明日から余すところなく見せて差し上げますよ。むしろ、なぜ貴女がそこにいるんですか……あ、司令』

 

そのタイミングで、かがに代わって司令が通信に出た。

 

『はるな、友軍でその上金剛さんだから大目にみるが、普通は軍事機密の塊のCICに部外者を踏み込ませないものだぞ』

 

「……う」

 

そう言われると、はるなに返す言葉はない。艦の頭脳たるCICは機密の塊であり、関係者以外立ち入り禁止以前の問題なのだ。

 

「……こ、金剛お姉様には、見せてもいいかなって思ったんです……」

 

『だとしても、だ。それと、ついでに言っておくが明日からは平常課業に入るぞ』

 

平常課業、すなわち訓練などを行い有事に備えることをさす。つまり、日々の細々とした雑務も入ってくるということだ。

 

「い、いいのでしょうか……?私たちが普段通りの日常を送って……?」

 

『逆に訓練を怠るわけにはいかんだろう。だから、訓練がてら潜水艦狩りだ』

 

「訓練がてら……?」

 

『正直言ってそれ以外の何でもないだろ。もちろん気を抜いたら死ぬが、派手にドンパチするわけでもない。今のうちにいろいろなデータも集めておきたいしな』

 

「……了解です」

 

『あと、金剛さん。早く戻ってください。山本長官が探し回っているので』

 

「うーん、残念だけど了解ネー」

 

「あはは……」

 

金剛もはるなも何とも言えない苦笑を浮かべるしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

「……赤城さん」

 

「……何かしら、加賀さん?」

 

夜の帳が落ち、しんと静まった部屋の中。

敷いた布団に座り窓の外に浮かぶ月を眺めていた加賀は、唐突に同室である赤城に話しかけた。

 

「……もし、彼らが来なかったら。ミッドウェイで私たちが沈んでしまったら。日本はどうなっていたのでしょうか……?」

 

赤城はふっとわらい、先日自分の見た夢のことを話し出した。

 

「帝都が、東京が焼かれる夢を見ました。もしかしたら、そうなっていたのかもしれませんね……」

 

「いえ、そうじゃないんです。例えば、彼らが言った通りに日本は負けたとしましょう。そして、深海棲艦やアメリカに占領されたとしましょう。果たして、その占領が終わったときに。

―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

赤城は、目を見開いて加賀を見る。しかし加賀は窓の外を見ているため、その後ろ姿しか見ることが出来ない。

そのような彼女の様子に気も止めず、加賀は続きを口にする。

 

「私にはそれがとても、怖い」

 

言葉は空気に吸い込まれ、未だ愕然としたままである相棒以外には聞かれず溶けていった。




いかがだったでしょうか。感想、指摘等あればよろしくお願いします。


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8:Lucky and unlucky ー当たりくじにしてハズレくじー

その潜水艦隊は、熟練だった。

彼女たちは通商破壊のプロであり、これまでも何隻もの商船を沈め、護衛の水雷戦隊も返り討ちにしてきた。

米軍ですら手に余る巧妙な戦術でもって莫大な戦果を挙げた。

そんな彼女たちが、その優れた能力を買われて敵艦隊の襲撃という任務を仰せつかったのも当然の成り行きだろう。

けれども慢心せず、装備も万全で、なにより士気が高かった。

 

だから彼女たちが全滅したのは―――ひとえに相手が悪かったのだ。

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

『いってらっしゃい、いなづま!』

 

「前係留索、放し方!」

 

「護衛艦〔いなづま〕、出撃するのです!」

 

『了解。いなづま、今日の目的は近海哨戒と、二水戦の練度の確認だ。そこまで練度は低くないと思うが、僚艦にも気を配れ』

 

「了解なのです!」

 

出港作業が進む護衛艦〔いなづま〕艦橋内で、タブレット端末越しに司令といなづまが会話を交わしていた。

隣では航海長が、出港の指揮を執る。

いなづまにとっては、いつもと変わらぬ出港だった。しかし、司令にとってはそうではなかったらしい、彼は真剣な声音でこう続けた。

 

『必ず帰ってこい、約束だ』

 

その言葉に、いなづまは少しだけ笑う。

帰ってくるのは当たり前だ。これで終わりというわけではないのだから。そして、泊地にはいかづちもいるのだから。

だから、こちらは少しだけ冗談で返すことにした。

 

「わかってるのです。司令官こそ、かがさんと喧嘩、しないでほしいのです」

 

『……』

 

帰ってきたのは、何とも言えないような気まずい沈黙だった。

そんな様子に微笑みつつ、通話を終了する。

続いて、無電池電話と呼ばれる艦内無線のスイッチを入れた。

 

「さて、全艦に通達するのです。今回の作戦目標は近海の哨戒および二水戦の練度の確認。使用武装については、オールウェポンズフリーなのです。そして、今回は〔かが〕所属のE-2Jの支援を受けられるので、水上艦や航空部隊の警戒についてはそこまで厳しくしなくても大丈夫だと思われるのです」

 

「了解!」

 

周りを見渡すと、軽巡〔神通〕や第24駆逐隊の4隻が同様に出港を行っていた。

今回は、〔いなづま〕〔神通〕〔海風〕〔山風〕〔江風〕〔涼風〕の6隻で対潜哨戒を行うのだ。

陣形は対潜輪形陣が通達されていた。

無線のレシーバーがコール音をあげた。いなづまは即座に応答した。

 

『二水戦司令部より〔いなづま〕、これより貴艦の指揮権を一時的にこちらにもらう。期待しているぞ、“自衛隊”』

 

「了解なのです」

 

軍という組織の性質上、妥当な判断である。汎用護衛艦艦長であるいなづまは二等海佐―――すなわち中佐相当だが、〔神通〕に乗艦する二水戦司令小柳の階級は少将、2つも上なのだ。

故に、一時的に指揮権を譲渡するのである。

 

『なに、実際はそちらの提案で動くことになるだろう。よろしく頼むぞ』

 

「それもそうなのです……」

 

続いて、割り込む形で泊地に仮置きされた特別打撃群司令部より無線が入ってきた。無線の主は、現在は自衛隊の最高司令官といって差し支えない立場にある司令である。

 

『いなづま、命令だ。第4護衛隊〔いなづま〕、一時的に二水戦指揮下に入り作戦行動を開始せよ』

 

「了解、復唱なのです―――第4護衛隊〔いなづま〕、これより一時的に二水戦指揮下に入り、作戦行動を開始するのです」

 

排水量6000トンの艦が徐々に岸を離れ、クェゼリン環礁を出る航路へと変針する。

水道を出るまでは単縦陣だ。

 

『〔神通〕より〔いなづま〕、貴艦より出港せよ。水道を抜けた後に陣形を組み直す』

 

「了解なのです」

 

すぐ後ろを確認すると、いつのまにか〔神通〕、〔海風〕、〔山風〕、〔江風〕、〔涼風〕の順で単縦陣が形成されていた。

 

「さすがの練度なのです」

 

「そりゃ華の二水戦、帝国海軍の前線部隊ですよ?あれくらいできなきゃ務まらないんでしょう」

 

砲雷長が、艦長のこぼした言葉にこたえる。

二水戦はその渾名が示す通り、最前線で戦う精鋭だ。相当の練度がなくてはやってられない。

 

「両舷原速なのです。海底が浅いですが、航海長なら余裕なのです」

 

「持ち上げないでくださいよ……両舷原速、ようそろ!」

 

その時、副長が割り込んできた。

 

「戦闘海域までは両舷原速ですか?」

 

「なのです、燃料をばかすか使えるわけではないのです」

 

「了解です」

 

いなづまは唐突に外の風が浴びたくなった。

なぜだかは知らないが。

しかし出港中だから、気の抜けた姿を見せるには行かない。そう考えて、周囲に悟られないように努力する。

 

「艦長、外の風が浴びたいって顔してますね?」

 

悟られた。

 

「……なのです」

 

その様子を見た航海長は、少し笑いながら言葉を続けた。

 

「……相変わらずですね。なに、戦闘海域を出るまでは操舵を担当しますよ。港からも離れているんです、大丈夫ですよ」

 

「……ありがとう、なのです。ちょっと上部見張り所へと上がってくるのです。航海指揮、まかせたのです」

 

「了解しました」

 

航海長の言葉に甘え、艦橋からラッタルを上り上部見張り所へと出た。

広がるのは、遠くに見える陸地と、蒼い海。

見張り所で当直についていた妖精がビシッっと敬礼するのを振った手で押さえ、そのままフェンスへともたれかかった。

戦闘中はさすがにここにいることはできないが、視界を遮られることなく風に当たれるこの上部見張り所がいなづまのお気に入りの場所だった。

強めの向かい風を浴びつつ、目を閉じる。

視覚、聴覚を遮断すると、脳内に様々な想いが浮かんできた。

―――どうして自分はこのようなところにいるのか。

―――自分たちが去った後、あの世界はどうなっているのだろうか。

―――この世界は、これからどのように育つのだろうか……。

その答えは、今の彼女には出せなかった。

しかし、いなづまはそれでいいのです、と思う。悩む時間は、探す時間はあるのだから。

 

 

 

いつまでそうしていたのか、彼女が現実に引き戻されたのは無線越しの航海長の声だった。

 

『まもなく水道を抜けます。そのあと、約3時間程度で戦闘海域へと到達します』

 

「了解なのです」

 

水道を抜けるといわれて、ふと脇を流れる岸を見た。なにやら、小さな人影が多く見える。

―――非番らしき兵員が大勢で帽振れをしているのだ。

一人一人は豆粒くらいにしか見えないが、確かに生きている証を見せられた気分になり、いなづまは小さく、くすりと笑った。この世界でも、人間は生きているのだ。ならば、自分の心の中にあるさまざまな問いも、生きている限り、確実に解は見つけられるはずだ―――。

 

「……ふふっ。―――副長、汽笛を一つ」

 

彼女は、小さく無線に吹き込んだ。艦長だったら、これくらいの越権は許されるはずなのです、と頭の片隅で思いながら。

 

『……了解です』

 

副長が応答し、続いて〔いなづま〕が遠吠えのごとき汽笛を鳴らした。

岸で帽振れをしていた兵員はそれを聞いて驚き、さらに大きく帽振れをする。

そして、〔いなづま〕に続き〔神通〕や〔海風〕以下全艦が汽笛を鳴らした。

海面に低く、笛の音が反響し、響き渡った。

 

 

 

* * *

 

 

 

数時間後。

すでにいなずまはCICに戻ってきていた。

 

『全艦警戒せよ、そこからは敵潜の予想進出海域だ』

 

「了解なのです」

 

「ソナー、反応なし」

 

艦隊はすでにクェゼリンより南東70㎞へと進出していた。近海ではあるが、敵の動向を鑑みるにすでにここにいてもおかしくないとのことである。

 

「総員、戦闘配置」

 

「戦闘配置!」

 

艦内が戦闘態勢に移り、水密扉が閉じられる。

いなづまはその様子を見届けつつ、自分の制服の胸ポケットに入っている鍵を取り出し、目の前のコンソールに差し込んだ。

コンソールに映る武装の状態が、安全を示すグリーンから安全装置解除を示すレッドへと変化する。

 

「砲雷長、主砲とCIWSの用意を。弾薬は対空弾なのです。水雷長、魚雷発射管及びアスロックの用意。ミサイル長、VLS確認」

 

テキパキと、指示を出す。

 

「VLS、アスロックそれぞれ16発。セイフティはロックです」

 

「今回は、はるなさんのアスロックと多弾道ミサイルを交換しているのです。ミサイル長、調整は済んでいますね?」

 

「大丈夫です、問題ありません」

 

すでに先刻までの年相応の少女の顔はなく、それは武士(もののふ)の貌へと変化していた。

そして、さらに対潜戦に必要である指示を下す。

 

「艦載機、発艦始め!」

 

「スワロー、発進します!」

 

そう、後部ヘリ格納庫に搭載された対潜ヘリ、SH-60Kだ。コールサインは「スワロー」。

後部甲板を映したディスプレイの中で、引きだされた対潜ヘリが即座にエンジンを起動、発艦した。

 

「ソナー長、レーダー長、ともに異常はありませんね?」

 

「ソナー、システムオールグリーン。現在感なし」

 

「OPS-24もOPS-28も異常ありません。こちらも敵影なし」

 

各システムの確認が終わり、艦は着々と戦闘用意が整っていった。

 

「〔いなづま〕より〔神通〕。対潜戦闘用意完了、指示を請うのです」

 

『〔神通〕より〔いなづま〕、二水戦各艦の対潜戦闘用意は完了しました。ひとまず、前方哨戒といきましょう』

 

「了解なのです」

 

続いて、インカムからなれた調子の海自イングリッシュが聞こえてきた。

 

『〔INADUMA〕,This is 〔BlueHound〕.配置についた。本機は応急的に対潜警戒機能を搭載しただけだから、はっきり言って敵潜の発見は期待できない。その代わり、空と海上は任せておけ。over.』

 

相手は上空を飛ぶ〔かが〕所属のE-2Jである。パイロット妖精の渋い男声は、ベテランさを感じさせた。

 

「了解したのです。こちらのレーダーは探知距離がないので助かるのです。out.」

 

E-2Jは、旧式化してきた早期警戒機E-2Cの更新として導入された改良型である。

主な改良点としては、エンジンの更新、レーダーの強化、計器類のデジタル化である。一見すると地味かもしれないが、航続距離は大幅に上昇し、探知距離も相当に長くなっているのだ。

そのうえで、〔かが〕搭載機についてはある改造が施されていた。

しかし、あくまで本分は対空警戒である。

今回の作戦では、主役になれないことは明らかだったが、同時に艦隊の頼もしい「鷹の目」となることは確実でもあった。

 

 

 

 

異変があったのは、それから30分後のことだった。

 

「曳航ソナーに感あり、距離20000、方位210、深度20!潜水艦と思われる!」

 

潜水艦発見の知らせである。

即座に、艦内はあわただしくなった。正面の大スクリーンに映る統合戦域図に、所属不明の潜水艦を示す輝点が灯った。

 

『〔スワロー〕、敵味方の識別を。可能性は低いとしても、味方潜水艦という可能性がないわけではありませんから』

 

『了解、現場へ急行、警告用音響弾を投下する』

 

その時、無線の対象が一人増えた。遥か北西80キロ離れたクェゼリン泊地、そこにいる天城司令が無線を入れたのである。

 

『……〔いなづま〕、他に敵潜水艦はいないか?』

 

「待ってほしいのです……ソナー員!」

 

「……バウソナーにさらに感あり、潜水艦と思しき反応さらに2!プロッティングします!……まだいるのか……!?」

 

ソナー員が驚愕の叫びを上げた。

艦隊の周りにはには複数の反応があり、相当の規模でかかってきていることは明白だった。

いなづまは、きりりと唇を噛む。

 

一定の距離を置いた潜水艦の布陣。そこから予想される敵の作戦はただ一つである。

 

「群狼作戦……なのです……!」

 

群狼作戦、またはウルフパックとは、複数隻の潜水艦が連携、さながら獲物に襲いかかる狼の群れのごとく襲撃する戦術のことだ。

数キロ間隔で布陣した潜水艦は、敵艦を見つけてもすぐには攻撃しない。その代わり追跡しつつ仲間に打電し、夜間に一斉に攻撃を仕掛けるのである。

第二次世界大戦中にドイツ海軍が使用し、絶大な効果を挙げた戦術である。

 

そしてウルフパックに対応するには、罠に掛かる前に潰していくのが効果的なのだ。

 

『……群狼作戦、聞いたことはありますけど……まさか深海棲艦が使ってくるとは……』

 

「こうなったら、敵味方識別は不要なのです。……見敵必殺、ですね?」

 

『ええ。狩られる前に、狩りましょう』

 

『一度発見されると厄介です。見つかる前に始末しましょう』

 

『……一番近いドンガメから狩りましょう。残しておくと厄介です』

 

「ナンバーを振りました。2時方向距離20000がボギー1、11時方向距離15000がボギー2、8時方向距離21000がボギー3」

 

海図の上に映る輝点が、「UNKNOWN」から「BOGGY」へと表示を変える。

輝点から、ゆらり、と殺意が立ち昇ってくるかのようだった。

 

『確認しました。では、ボギー3はお願いできますか?』

 

「スワローの対潜魚雷でボギー3を、私の対潜魚雷でボギー2をやれるのです。ボギー1は、爆雷でしとめるのです」

 

『了解です。では、その2隻は任せました。―――〔山風〕、〔江風〕はボギー1を仕留めてください』

 

『……わかった……』

 

『ン、了解だ』

 

頼もしい返事が返ってくる。そこに、自分たちも知る渋い男声が割り込んできた。

 

『嬢ちゃん方、爆雷投下時機については誘導する。大丈夫か?』

 

E-2Jの戦術士官妖精だ。

おずおずと、山風が答えた。

 

『えっと……お願いします』

 

『任せとけ、山風さん』

 

一言言って、無線は静まった。おそらくは、各々の戦いに集中するためだろう。しかし、切られたわけではない。

なぜなら、連絡手段を失うことほど怖いことはないのだから。

 

艦隊の中で、一番最初に攻撃を開始したのはSH-60Kだった。

 

『スワロー、アプローチング。

―――目標上空に占位!ありがたいことに、シルエットはヨ級のものだ!……MAD起動!』

 

どうやら赤外線監視装置でも使ったらしく、艦種の識別まで送ってきた。

そのまま攻撃に移るためにヘリはホバリングを開始。

 

「了解なのです!」

 

MADを起動し、敵の潜む位置を正確に割り出す。地磁気のひずみに反応して、針が振れた。

 

『……そこだ!マーカー投下!』

 

いなづまはぎゅっと両手を握りしめる。旧世代の潜水艦を前に外しはしないだろうが、こうでもしていないと落ち着かないのだ。今の彼女には、祈るしかできない。

 

『……短魚雷、投下!退避する!』

 

統合戦域図上のSH-60Kの輝点から、敵潜の輝点へと線が伸びる。そして表示されるカウントダウン。

3。

2。

1。

 

―――0。

 

 

弾着、今。

 

 

そして、永遠にも思える数秒が過ぎた。

 

「やったか!?」

 

「砲雷長、それはフラグなのです!」

 

即座にいなづまがツッコミを入れる。しかし、SH-60K搭乗の戦術士官は砲雷長の立てたフラグに反する報告を入れてきた。

 

『……いえ、油膜、浮遊物を確認。撃沈と判定します』

 

瞬間、艦内が沸いた。初日に続いて、2隻目の戦果だ。

浮かないはずはなかったが、いなづまはそれを手で制した。

 

「まだ気を抜いてはいけないのです。ーーー対潜戦闘発令!」

 

まだ、ボギー2が残っている。

 

「対潜戦闘用意!」

 

副長が命令を復唱し、同時にブザーが鳴り響いた。教練がつかない戦闘用意の発令など、数年前は考えもしなかったものだ。しかし、この半年で嫌という程発令する機会はあり、お陰ですっかり板についてしまっていた。

 

「水雷長、短魚雷装填よろし!?」

 

「左舷魚雷発射管、12式装填完了!」

 

返事は即座に返ってくる。これでも〔いなづま〕はベテラン艦であり、特別打撃群の一角なのだ。練度はかの二水戦にも匹敵する。切り替えが速くなかったら、やってられない。

 

「ソナー員、ボギー2の諸元を!」

 

「了解!距離6000、方位102、深度32!」

 

即応して、ソナー画面の前に張り付く士官妖精が諸元を転送した。

転送されたことを確認して、いなづまは腹の底から声を張り上げる。

発するのは、1つの命令。人を殺す、命令である。

 

「水雷長、12式発射用意。目標ボギー2、発射弾数ひとはつ!諸元入力後発射!」

 

「12式、目標ボギー2、発射弾数ひとはつ。諸元入力……発射」

 

「発射!」

 

水雷長が目の前のコンソールにある発射ボタンを押し込んだ。

電気信号が舷側を向いていた左舷68式3連装短魚雷発射管へと伝わり、作動させる。圧搾空気によって射出された12式魚雷は、入力された諸元に従って45ノットで航走、そして猛烈なアクティブソナーの作動音(ピンガー)を鳴らした。

程なくして、己の標的を見つけ出す。そのまま、無防備な横腹に食いついた。

 

―――弾着。

 

ボギー2―――ヨ級は最後まで敵を見ることなく、焔に焼かれる運命だった。

 

 

 

『〔いなづま〕、ボギー2の周りに浮遊物と油膜を確認。―――撃沈と判定』

 

いなづまはその結果頷き、言葉を発する。

 

「当然なのです。……あとはボギー1だけなのです。……ソナー監視を厳に。おそらくはまだいるのです」

 

「了解」

 

統合戦域図上では、今まさに2隻の駆逐艦が艦隊を離れ攻撃にむかうところであった。

 

 

 

 

 

 

〔山風〕及び〔江風〕は、〔神通〕より離脱し一路敵潜水艦の直上へと向かっていた。誘導は上空を飛ぶ友軍の航空機である。

 

『〔江風〕、取舵5。〔山風〕はそのまま』

 

「了解!取舵5」

 

「取舵5、ようそろ」

 

江風航海長妖精は指示通りに取舵を取った。少ししてから、滑るように転舵が始まる。

艦橋は異様な沈黙に包まれていた。足元から聞こえてくるディーゼル機関の作動する音だけが、鈍く響く。

 

『〔江風〕、舵戻せ。〔山風〕2ノット減速。14ノットで侵入』

 

陣形は単縦陣、間隔は100メートル。

 

『……爆雷は手動?それとも投射機?』

 

『手動で頼む。信管は50メートル。数は……4で頼む』

 

『わかった……』

 

「ン、了解だ。……爆雷投下用意、投下軌条より投下。調定深度50メートル、投下数4!」

 

江風は、爆雷の用意を命じた。

応じて艦尾に備え付けられた爆雷投下軌条に妖精が集まり、弾庫から引き出した95式爆雷をセット。

吹き寄せる風の中キリキリと弾頭部の調定ノブを回し、爆発する深度を深度50メートルにした。

 

『20秒後に投下時機。…………残り15秒、舵、速力そのまま……』

 

刻一刻と近づく投下時機。艦内の緊張が高まる。

その時。

 

『……〔いなづま〕より〔山風〕、〔江風〕!ボギー1よりブロー音!……浮上してるのです!』

 

『聴音より艦橋、ブロー音を感知!感3!……敵潜、浮上しています!深度45……40……』

 

約7キロほど離れた場所を航行する〔いなづま〕から、そして艦首のソナー室から悲鳴の如き一報が入る。

 

「……ちくしょう、やられた!」

 

『ううん、まだ行ける……攻撃続行……!』

 

「ああ!爆雷、深度調定を20に!急げ!」

 

土壇場での爆雷の調定変更である。

しかし、兵員妖精はやり遂げた。

 

『ようそろ!』

 

『敵潜、深度20!』

 

『投下時機近づく……3…2…1』

 

その時江風は、艦尾をこちらに向ける浮上中の敵潜水艦を幻視した。

意識する前に、号令。

 

「投下、開始!」

 

 

 

 

 

ゴロン、ゴロンと2隻の駆逐艦の艦尾から計8発の爆雷が転げ落ちてゆく。

安全装置を解除したそれらは、それなりの速度で下降していった。

まもなく、水圧の変化から指定された深度へ到達したことを感知して信管が作動。

計200キロ以上に及ぶ爆薬が、炸裂。爆風は猛烈な衝撃波へと変化する。

それは、すぐ近くにいたボギー1―――ヨ級に襲いかかった。

 

「……魚雷、正常ニ航走中……!?海面ニ着水音!爆雷、来マス!」

 

「オノレ、ジャップメ……取舵一杯、メインタンクフルブロー、潜舵上ゲ一杯!」

 

「メインタンクフルブロー、アイ!」

 

「取舵一杯、潜舵上ゲ一杯、アイ!」

 

その時、彼女たちを猛烈な衝撃と爆音が襲った。

 

計8回。

 

 

―――しかし、なんの不運か、それはヨ級を沈めるにはわずかに足りなかった。

めりめりと軋みを上げる船体の中、艦長である深海棲艦ヨ級は呻く。

 

「……クッ、損害、報告……」

 

必死の抵抗が功を奏したのか、かろうじて沈まずに済んでいたのだ。

 

「……蓄電池室、電源喪失!塩素ガスガ発生中!」

 

蓄電池が倒れたことにより電源を喪失、塩素ガスも発生しているが。

 

「火災発生、艦首発射管室デ浸水!」

 

火災が酸素を奪い、さらに浸水が確実に進んでいたが。

 

「……深度8…7…6…浮上シマス!」

 

それでもまだしぶとく、生き残っていた。

 

「砲雷撃戦用意!艦尾発射管ハマダ生キテルナ!?」

 

排水量2000トン余りの船体が海上へ姿を現す。

瞬間、12.7センチ砲担当の兵員悪鬼たちが水密扉を開け外へ飛び出した。続いて40ミリ機銃担当の兵員悪鬼たちも配置につく。

 

相手を求めて砲が旋回した瞬間。ヨ級の船体は爆炎に彩られた。

 

 

 

時間は少しだけ遡る。

〔江風〕のソナー員が、最悪の報告をもたらした。

後方から魚雷が迫っているという。

 

『高速スクリュー音!数6!後方、感1!』

 

「……ちくしょうめ、回避できない!航海長、面舵一杯!総員衝撃に備えろ!」

 

「面舵一杯、ようそろぉぉぉ!」

 

江風は、妙にスローになった思考の片隅で、「アタシ、死ぬのかな……」とかすかに思った。

 

 

場違いな軽い破裂音。

重い爆音、衝撃。

 

 

しかし、その衝撃は予想よりも遥かに小さかった。

 

「……あれ……?なにもない……?」

 

頭が多少ぐらつくものの、艦には損害はないように思える。

 

「艦長、しっかりしてください!」

 

「……ああ、悪い。……避けられたのか?」

 

呆然としつつ、副長に問うた。

状況が飲み込めなかったのだ。

 

「……ええ。そのようです」

 

『……江風さん、大丈夫なのです!?』

 

事態を説明する声は、無線でかかってきた。

 

「ああ、なんとかな……なぁ、一体どうして、アタシは魚雷を避けられたンだ?」

 

無線の相手―――いなづまは、淡々と答えた。

 

『海面に、主砲を撃ち込んだだけなのです。手動制御で3発』

 

明らかに、常識はずれの答えだ。それだけの数の砲弾を一瞬で撃ち込める単装砲など、聞いたことがない。

 

「……は?嘘だろ、どんだけ命中精度と旋回速度が早いンだ!?』

 

『……説明はあとなのです!敵潜水艦、浮上します!砲撃戦の用意を!』

 

敵潜水艦が、爆雷で大ダメージを負ったのだ。

どうにか状況を理解しつつ、命令を下す。

 

「舵そのまま!主砲、弾はどれでもいい!砲撃用意!」

 

「主砲は徹甲弾です!」

 

『〔神通〕、砲撃準備完了』

 

無線から聞こえる仲間たちの声。江風は、その声で完全に正気に戻った。彼我の位置は把握している。彼女は、腹を据えた。

 

「よーし、やるか!主砲制御、操艦制御もらうぞ!」

 

打って変わって、堂々たる声である。

年相応の幼さは残るものの、その姿は一人の戦士と言って差し支えなかった。

その変わり様に気づいた砲雷長がにやりと笑った。

 

「……ようそろ!任せましたよ、艦長!」

 

「ええ、操艦渡します。頼みますよ、艦長!」

 

その言葉に、にやりとわらって答える。

 

「……もちろンだ」

 

その時、右舷側の海面を割って金属の塊が顔を出した。

間違いない、潜水ヨ級だった。

 

それを認識した瞬間、江風は右手を鋭く振った。

 

「撃ち方はじめぇっ!」

 

その言葉と同時に火を噴く、3基5門の12.7センチ砲。

そして海面に鳴り響く、耳を劈く砲声。

 

2キロメートルほどを瞬時に飛翔した砲弾は、狙い違わず全弾がヨ級に突き刺さった。小さな火花が散り、水柱が屹立する。

その数瞬後、水柱が立ち昇ってる内に。

より大きな、そしてより多くの閃光と爆炎が海を彩った。

〔山風〕の25ミリ機関砲が、〔海風〕の12.7センチ砲が、〔神通〕の14センチ砲が、そして〔いなづま〕の76ミリ砲が。

 

『対空機銃……撃って……!』

 

『撃ちます……当たって!』

 

『撃ち方、はじめ!』

 

『主砲発射なのです!』

 

それだけの火力を瞬時に受けた潜水艦が、原型をとどめていられるはずがない。

わずか数秒間の砲撃が終わった次の瞬間。

中央から裂け、爆圧にひしゃげたその船体が、ゆっくりと海底へ沈み始めた。

その様子を捉えたSH-60K搭乗の戦術士官が、心なしか浮いた声で判定を下す。

 

『敵艦の大破沈没を目視。撃沈と判定!』

 

全艦から歓声が上がった。

一時はどうなるかと思われたが、結果として損害なしで3隻の潜水艦を撃沈せしめたのだ。

ただし、そこは二水戦の一角。即座に静かになったが。

 

『まだ、終わりではありませんよ?……まあ、浮かれたくなるのもわかりますが、気を引き締めていきましょう』

 

神通のその声で、再び緊張が戻った。

戦いは、始まったばかりだ。

 

 

 

* * *

 

その一部始終を見ていた山本は、驚愕していた。

南雲から話は聞いていたものの、実際に見たものと伝聞では受ける衝撃は大きく違う。

 

「……まさに神業だ……一瞬で3隻撃沈とは……」

 

「ええ。〔いなづま〕と彼女の艦載機、そしてE-2Jが付いていたらこれくらいでしょう」

 

1隻目を撃沈した時には、その素早さと技術に驚いた。

2隻目を撃沈した時には、単艦での戦闘力に驚いた。

3隻目を撃沈した時には、二水戦の力量を最大限に引き出す連携に驚いた。

 

「……これが、自衛隊、なのか……」

 

長門が重々しくつぶやいた。

それに応える声は、なかった。

全員が無言で、映し出される二水戦の行動を見つめる。

 

静寂を破ったのは、二水戦司令の小柳だった。若干のノイズの後に、いかにも海の男らしい無骨な声が聞こえてくる。

 

『二水戦よりクェゼリン。新たな所属不明の潜水艦3隻を確認。対処に移る』

 

「了解です。敵味方の識別は一応行ってください。米潜の可能性はないわけではありません」

 

『……音紋照合。〔いなづま〕よりクェゼリン、ソ級1とヨ級2と判定したのです』

 

割り込んできた声の主はいなづま。少女特有の声に乗せて、報告を述べた。

一瞬怪訝な顔をした司令は、一拍後にああ、と答えた。

数年前、まだ海が平和だった頃の環太平洋合同演習で、深海棲艦から音紋データ一式を渡されていたのだ。

その時は太平洋戦争時の潜水艦など照合する機会もなかろうに、と思っていたものの、まさかこのような形で役に立つとは思いもしなかった。

 

「音紋?」

 

「潜水艦の稼働音……か?」

 

「確かに潜水艦のキャビテーションノイズは艦特有のものデスガ……」

 

「いえ、そもそもそんなものがなぜ〔いなづま〕に?」

 

山本たちの他に、かがまでもが口々に疑問を告げた。

本来はあるはずのないデータなのだ。当然だろう。

1からかいつまんで説明することとした。

 

「艦の音紋データとは、航行時に発せられるエンジンの振動やスクリューによって発せられる音です。これは艦ごとに固有で、潜水艦の識別には必須となります。

ここに来る数年前、深海棲艦や米国を交えた合同演習において、ある姫級の深海棲艦から第二次世界大戦期の全ての深海棲艦の音紋データをもらいました。当時は冗談の類いかと思っていたのですが……まさか、このような形で役に立つとは思いもしませんでした」

 

その時、かがが眉を顰めた。

司令は怪訝に思った。おそらく気づいたのは自分だけだろうが、この状況でかががあの表情をするのは何かに気がついたときだ。

 

「どうした、かが?」

 

「……いえ、なにも」

 

はぐらかされた。

 

『……夫婦喧嘩はあとにしてほしいのです。とりあえず、敵潜水艦と判定、対処行動―――撃沈するのです』

 

いなづまが心なしかげんなりした声で告げた。

その言葉で、はっと我に返る司令。今は敵潜水艦との戦闘中である。

―――夫婦喧嘩という言葉は些か異議があるが、突っ込んだら負けな気がしたため突っ込まなかったが。

 

「……こほん。撃沈を許可する」

 

『了解なのです』

 

一連の流れを聞いていた山本たちは唖然としていた。

 

 

 

 

夕刻。

すでに12隻―――一個潜水艦隊を撃滅していた彼女たちに、司令と山本は帰投命令を出した。すでにこれ以上の戦果は望めなくなっており、その上クェゼリンから離れてしまっていたからだ。

 

やや弛緩した空気が漂うなか、山本は司令に1つの質問をした。

 

「今回無線封鎖などをしなかったが、やはり連絡を取り合う方がいいのか……?」

 

考えるまでもないことだ。司令は即座に答える。

 

「ええ。連携がとれているならばそれに越したことはありません。逆に、通信手段を自ら封じて挑むと言うのは自殺行為です」

 

「……電探然り、か?」

 

「電探は、長距離から相手の位置を探れます。『闇夜に提灯』などと言われているようですが、戦いは先手必勝、そのために電探による長距離索敵は重要なのです」

 

彼は淀みなく答えた。日本海軍では電探などを馬鹿にして典型的な奇襲を至上としていたが、その結果はソロモン方面での戦闘である。

たしかに夜戦による戦果はあったものの、レーダー管制射撃の犠牲となった艦も多く存在する。

中には、なすすべもなく一方的に撃たれた艦も。

 

「それに。80年後は『情報』を握ったものが戦場を制します。故に各国が情報共有のシステムや高性能な電探をこぞって開発、運用しているのです」

 

 

それを横で聞いていた長門は、考え込まざるを得なかった。

より長距離で相手を見つけられなければ、〔長門〕の41センチ連装砲も無用の長物である。

それに、対処する猶予があればより細かい対応策を考えられるのだ。

 

熟考の末、口を開く。

 

「なあ、長官」「Hey,長官!」

 

「お、おう……二人とも、どうした?」

 

金剛とタイミングが被った。緊急というほどでもないので、譲ることにする。

 

「金剛、私は後で構わん」

 

にっこり笑って、金剛は口を開く。

 

「Thanks!……長官、提案なんデスガ、私たちに通信設備や自衛隊のデータリンクシステム、電探や噴進弾を載せて「司令艦」としてみたらどうデショウカ?水雷戦隊や空母と連携したら、より上手く戦闘を行えると思いマース!」

 

それを聞いて、長門は呻いた。まさか、内容が被るとは思っていなかったのだ。

 

「……長官、私も同意見だ。現状の装備では、編成では役に立てないと考える。それに、艦隊の対空攻撃も心もとないしな」

 

「そうか……」

 

山本は、手を組んで真剣に考え込んだ。確かに大鑑巨砲主義が崩れ去った今、戦艦は無用の長物といって差し支えない。

巨砲の攻撃力は魅力的ではあるが、空母の方が射程も攻撃力も命中精度も遥かに上回る。

それならばいっそ、索敵や通信支援、水雷戦隊や重巡戦隊の管制や艦隊防空を行った方がまだ役に立てるというものだ。

その理論は納得し、賛同するが、それは今の日本海軍の手に余る。

圧倒的に、技術力が足りないのだ―――。

そのような彼の思考は、一人の男の声によって現実に引き戻された。

 

「出来ますよ?それくらいの改造なら」

 

そう、特別打撃群の司令である。

後ろでかがが頭を抱えていることをスルーして、彼はこう続けた。

 

「流石に一度に全部と言うのは装備への習熟もあり不可能ですが、やろうと思えば数日でその要望は達成できますね」

 

すかさず二人が食いつく。

 

「何だと!?」「Thats amazingネー!」

 

どれほど嬉しかったのか、飛び付く寸前にまで身を乗り出してたのだ。

 

「え、ええ。データリンクならフルサイズでも大丈夫でしょうし、お二人の練度ならおそらくSPYレーダーも扱えるでしょう。対空攻撃に関しては速射砲や長距離対空ミサイルが有ります。かなり旧世代になりますが、その分扱いやすいかと……」

 

あまりの食いつきぶりに少し引きつつ、冷静に言葉を続ける。

その回答を聞いた山本は、暫し考え込んだのちに口を開いた。

 

「うむ……ならば、任せて大丈夫か?」

 

「協議を重ねる必要はあると思いますけどね。多分大丈夫です」

 

長門と金剛は飛び上がらんばかりに喜び、かがは疲れはてた顔をしていた。

 

 

 

そのとき、司令の持つ端末がメールの着信を告げた。

送り主は南雲である。

何事かと思いつつメールを開いた彼は、珍しく苦笑いを浮かべた。

 

「長官。どうやら、長門さんや金剛さんとともにもう1隻、改修を行うことになりそうです」

 

それを聞いて、山本ははっとなった。

彼には心当たりがあったのだ。

 

「……航空母艦〔加賀〕か?」

 

「ええ」

 

そう、〔加賀〕は先のミッドウェイ海戦で爆撃を喰らい、飛行甲板が大破していたのだ。

 

「南雲長官によると、完全に復旧するには1年以上かかるため、それならばこちらの〔あかし〕の手で思いっきり改造してしまえばいいと言う結論に達したそうです」

 

それを聞くと、山本は遠い目をした。

 

「……南雲君、躊躇が無いな……」

 

「奇遇ですね、私もそう思います」

 

長門と金剛は、と言えば早速真剣な表情で改造案について意見を交わしており、かがは疲れきった表情が一段と濃くなってきていた。

まったりとしているのか、それとも混沌としているのかわからない空間のなかで、二人は小さくため息をついた。

 

すでに日は落ち、すっかり夜になってしまっていた。

 

 

 

―――その、瞬間。

無線の呼び出し音が鳴った。かがが即座に出る。

そのときすでに、疲れきった表情から真剣な表情へと変化を終わらせていた。

 

「クェゼリンより〔ブルーハウンド〕、なにがありました!?」

 

『レーダー対空目標探知!データ転送します!―――目標は中型爆撃機および護衛機と推定!』

 

続いて転送されてくるデータ。そこには、北西へ向かっているニ水戦と、そこから150㎞程東を、二水戦にむかい一直線に飛行中の爆撃機隊。

それを一瞥した司令は叫んだ。

 

「……不味い!」

 

明らかに、深追いのしすぎだった。

しかし、潜水艦への補給のための敵艦隊がいることはともかく、陸上機およびそれを運用できる基地があるという可能性は完全に頭のなかから抜け落ちていたことも本当である。

にわかに緊張が張りつめる室内。

 

「逃げ切れるか!?」

 

「無理です、長門さん。これは完全に捕捉されてます」

 

長門の悲痛な叫びに淡々と答えるかが。

 

「じゃあ、どうする?」

 

『戦うしかないな』

 

山本の問いに答える小柳。

 

「やれるか、いなづま?」

 

鍵となる少女に、問う司令。

そして。

 

『やれるかやれないかじゃない、やるのです!』

 

応える、少女。

 

 

 

 

 

 

〔いなづま〕艦内では、対空戦闘が発令されていた。

〔いなづま〕に限らず、ニ水戦の全艦であるが。

 

「対空戦闘用意なのです!」

 

「対空戦闘用意!隔壁閉鎖!」

 

いなづまの号令を復唱する副長。かんかんかんかん、とけたたましくベルが鳴った。

彼女の年相応の横顔には、かつて無い緊張が漂っていた。

〔ブルーハウンド〕からの無線が入ってくる。

 

『敵機は中型爆撃機及び護衛の戦闘機。そしてあるとするなら空母打撃群の夜間攻撃機だろうな。夜間なら命中率が低い、遠慮なく逃げ回れ!』

 

「了解なのです!」

 

続いて、〔神通〕から艦隊への無線が。

 

『輪形陣を、対空戦闘は各艦の判断で!脱出を一番に行動!』

 

「了解なのです!」

 

『了解……!』

 

『わかった……!』

 

『ン、了解だ。やるぞ!』

 

『了解!』

 

各艦の応答を聞いて、不意にいなづまは自分の力不足を痛感した。

自分は汎用護衛艦。だから、艦隊防空はできないのだ。

しかし、辛いところはそこではない。

なにより辛く、悲しいのは。

敵の攻撃に、味方をさらしてしまうことだ。

しかしくよくよしてはいられない。今は全員生き抜くことが至上命題だ。

 

「両舷、最大戦速!」

 

「最大戦速、ようそろ!」

 

命令を受けて、機関がガスタービンの甲高い唸りを高める。それは表にこそでないが、確かに護衛艦が全力を出している証左であった。

 

「敵機との距離、70㎞を切りました!敵高度は5000です!……微弱な電波を探知。おそらくはSバンド!」

 

「……了解なのです!」

 

刻々と迫り来る爆撃機。海図上の輝点からは、ゆらりと殺意が立ち上ってくるかのようだった。

さらに運の悪いことに、敵は早くも高性能な機上レーダーを開発したようだった。微弱な電波とは、そういうことだ。

 

「距離50000でESSMを撃つのです。距離16000で主砲射撃開始」

 

「トラックナンバー、振り分け完了!」

 

「ありがとうなのです。……多い……!」

 

海図にうつる、埋め尽くさんばかりの敵機。

それを見て、いなづまは呻いた。中型爆撃機が24機、護衛の戦闘機が96機。

流石に、手に余る。

しかし、やらねばならない。

 

『かがよりニ水戦、戦闘機中隊をスクランブルさせました。F-35Bを16機。現地到着予定時刻は10分後』

 

『ありがとうございます......!』

 

「感謝するのです!」

 

〔かが〕から戦闘機が発艦したらしい、海図上に新しく緑の輝点が複数灯る。

―――爆撃機の方がわずかに、遅い。

 

「爆撃機が到達するまで残り15分!敵高度は変わらず5000!」

 

「ESSM射撃用意!」

 

そろそろ、ESSMの射程内である。先頭の爆撃機隊との距離は60㎞を切っていた。

いなづまは、腹の底から声を絞り出す。

 

「標的はトラックナンバー6001と6002、先頭の爆撃機を潰すのです!発射弾数ふたはつ!ミサイル長、Mk48VLS諸元入力!」

 

「VLS、諸元入力ようそろ!」

 

むらさめ型護衛艦には、対空ミサイルの同時誘導能力はわずか2つしかない。その2つをどう使うのかが、腕の見せどころである。

 

「距離、50000!」

 

「ESSM、てぇっ!」

 

「ESSM、SALVO!」

 

ミサイル長が、コンソールの発射ボタンを押し込んだ。

 

 

 

闇夜の海に、突如閃光がほとぼしる。

個艦防空用の短SAMが発射されたのだ。

VLSから垂直に飛び出したESSMは空中で方向を変え、一直線に敵編隊へ驀進して行った。

 

 

 

「ミサイル、正常に飛行中!インターセプトまで45秒!」

 

「おねがい、当たって!」

 

いなづまは、手を握りしめる。

目の前の海図に映るESSMをさす輝点および破線は、確実に目標への距離を詰めていた。

 

 

 

深海棲艦南方方面軍に所属する、その爆撃機中隊が仰せつかった任務はなんとも奇妙なものだった。

隊長機の中、爆撃手がぼやく。

 

「シッカシマァ、ナントモ不可解ナ任務ダナ。相手ハ一個水雷戦隊ダロウニ」

 

それを聞き留めた機長は、マァマァ、となだめる。彼もこの任務は違和感を感じるが、どちらにせよ自分たちのやることはひとつなのだ。

 

「オチツケ、ソレダケ叩ク価値ガアルノダロウ」

 

「ダガナ、潜水艦隊ニ見張ラセトイテ、ソノ上空母打撃群ヤラ俺タチ爆撃部隊デモッテ攻撃トハアリエナイ!戦艦長門ヤラ空母赤城ガイルナラマダシモ……」

 

彼らに言いつけられた任務。それは、クェゼリン環礁への爆撃だった。しかし、潜水艦隊がとある敵の出港を感知したということで、急遽目的が変更されたのだ。

幸い、この機体―――B-25は雷撃も可能である。

 

「サテ、ソロソロジャナイカ?」

 

「……潜水艦ハドウヤラ全滅シタヨウダカラナ……目視シテカラ低空ニ降リヨウ。ヘマハスルナヨ!」

 

彼等は、雑談しつつも適度に緊張していた。

夜間雷撃は、視界が悪いため機上レーダーが必須になる。しかし、コピー生産するにあたって増設された深海棲艦製の対水上レーダーは探知距離が80キロ以上と相当長い代わりに、動作が不安定なのだ。

ただしこのレーダーは明らかに数歩先を行く革新的なものであり、評価もそれなりだったが。

 

「……月ガ明ルイナ。ソロソロ目視デキル頃合イカ……?」

 

パッシブレーダーが反応しているため、方角はあっているはずである。

その時、急にパッシブレーダーの反応が大きくなった。

 

「……?急ニ反応ガ大キクナッタ」

 

「レーダーガイカレタカ?」

 

「ソンナハズハ……」

 

ふと前を見た機長の視界に映ったのは、飛来してくる明るい焔。

 

「ナ……!?」

 

衝撃。

 

彼の最後の言葉は、言葉にならなかった。否、塗りつぶされたのだ。

真正面から音さえ置き去りにして突っ込んできた飛翔体―――ESSMは、近接信管を作動させた。

71キロにも上る指向性の破片爆薬がもたらした爆風に突っ込む形になった隊長機のB-25は、文字通り四散する羽目になった。無論、6人の搭乗員を道連れにして。

 

列機が突如隊長機が撃墜されたことに対して驚愕するよりも早く、別の機体に2発目が突入。左エンジンに直撃を喰らったその機体は主翼が折れ飛び、まもなく海面へと墜ちて行った。

 

 

 

ほぼ同時刻、〔いなづま〕のCICにおいて静かなカウントダウンがなされていた。

 

「インターセプト5秒前。……4……3……2……1……マークインターセプト!」

 

「やったか!?」

 

「水雷長、それはフラグなのです!」

 

しかし水雷長のフラグに反する報告を、OPS-24Bレーダーを担当する士官妖精が告げた。

 

「トラックナンバー6001,6002撃墜!残存機はまっすぐ向かってきます!」

 

いなづまはきりり、と唇を噛み締めた。あまりにも数が多いのだ。

そんなとき、あの司令ならどうするか。

 

……きっと、見たこともないような奇策でもって切り抜けちゃうのです……

 

安易にそのような想像ができてしまい、彼女は思わずくすりと笑った。副長がため息をつくが、これくらい許されるだろう。

いなづまは、仲間を守るためにある決断をした。頭の片隅で、たぶん彼なら難なくやってしまうのです、と思いつつ。

 

()()()()()()()

 

「ええ!?」

 

副長が復唱するよりも前に驚愕する。文字通り「闇夜に提灯」の状態になるがために、本来はあり得ない命令なのだ。

 

「いいからやるのです。目標は接近中の敵航空部隊。本艦は―――囮になります」

 

「りょ、了解!探照灯、照射開始!」

 

副長の声に応じて、第1煙突の前に取り付けられた探照灯が旋回、猛烈な光を放った。

 

「距離、35000!」

 

レーダー士官が、敵群との距離を告げた。

それを認識して、即座にいなづまはある命令を下す。

 

「ESSM,第2波攻撃よーい!発射弾数ふたはつ、トラックナンバー6018と6023を狙うのです!絶対に外れることのない、“神の矢”をお見舞いするのです!」

 

「了解!」

 

ESSMの、第二次攻撃である。即座に諸元入力が行われた。

この時代のレシプロ戦闘機には躱せるはずのないそれは、確かに“神の矢”と呼んで差し支えないのかもしれない。

 

「ESSM、諸元入力完了!」

 

「ESSM、SALVO!」

 

その声と同時に、第2煙突の前方に設置されているMk48VLSから細長い弾体が発射された。

上空で方向転換、ブースタをパージして一直線に闇の中へ消えていった。

 

 

 

 

 

そのころ、〔いなづま〕の前方を航行する〔神通〕はひたすらに泊地への帰投航路を進んでいた。

 

「艦長、〔いなづま〕が噴進弾を発射した模様!」

 

「……いよいよ、すぐそこまで来ているのですね。敵機が」

 

灯火管制の影響で仄暗い艦橋。差し込んでくる月明りだけが唯一の光源である。

神通は内心焦っていた。

夜間に空襲ということ自体がイレギュラーなのだ、絶対に敵は何かを隠し持っている。彼女は、そう考えていた。

その時。

後部見張り員から、信じがたい報告が届いた。

 

『〔いなづま〕、探照灯照射!さらに噴進弾2発発射!』

 

神通はそれには応答せずに、艦長席隣に設置してある野戦無線機のレシーバーを取った。

 

「〔神通〕より〔いなづま〕、どういうつもりですか!?」

 

この逼迫した状況もあり、声が荒んだ。

しかしいなづまは、あくまで平然と答えてのける。

 

『見たとおりなのです。本艦が囮となり、僚艦への被弾を軽減するのです』

 

「しかし、それでは貴艦は!?」

 

『21世紀の戦闘艦艇を、あんまりなめないでほしいのです』

 

凄絶な声音。

その声で、彼女たちも戦場をくぐり抜けた猛者であるということを思い出した。

それを理解してしまうと、もう反論はできない。

 

「……了解しました。幸運を」

 

神通には、そうとしか言いようがなかった。

 

 

 

 

「距離、16000!高度200!」

 

「主砲、対空射撃!目標CIC指示の目標」

 

主砲の射程内に、敵機が侵入したのだ。

即座に前甲板に設置された76ミリオートメラーラ単装砲が旋回、ピタリと指向する。

 

「トラックナンバー6011、6013、6019を狙うのです!発射時機及び発射弾数砲雷長に任せます!」

 

「発射時機もらいます!主砲、うちーかたーはじーめー!!」

 

砲雷長が、自身に号令をかけると同時にトリガーを引き絞った。

ドン、ドンという軽い砲声を置き去りに、月夜を飛翔する直径76ミリの弾体。

 

最初に主砲の餌食となったのは、探照灯の光を目印に雷撃を行おうとしていたB-25の3機編隊だった。

 

炸裂と同時に半径20メートルに破片を撒き散らす対空弾。レーダー制御された砲は、低速のレシプロ機が相手ならば射程ギリギリであっても外さない。

 

操縦席やエンジン、主翼を引き裂かれた哀れな巨鳥が月夜の海に墜ちていった。

 

「目標撃墜!続いてトラックナンバー6003から6007を狙います!うちーかたーはじーめー!」

 

〔いなづま〕砲雷長が叫び、口径76ミリの砲が数秒の冷却時間を置いて再び咆哮を上げた。

 

 

 

 

探照灯で照らされたその様子は、ひたすら北へと退避する〔海風〕からも見えた。

 

「す、すごい……たった一隻で……!」

 

『友軍艦、さらに2機撃墜!……なんて連射速度、まるで機銃です』

 

「……毎分、120発……」

 

砲撃の間隔を測っていた水雷長が呻いた。

毎分120発という連射速度は、陸軍の速射砲をも上回るのだ。40ミリ毘式機銃に迫る連射速度である。

 

探照灯で照らし出された空の中で、無数の黒い花が咲いていた。

 

その時、それに見張員が気づけたのは完全に偶然だった。

 

『敵機接近、数3!11時の方向!』

 

月明かりを反射した翼が煌めいたのだ。

浅い角度で急接近して来る機影は、確かにF4Fの深海棲艦デッドコピー機である。

反射的に海風は叫んだ。

 

「舵、機銃制御もらいます!対空機銃撃ち方はじめ!」

 

艦との同調率が上がったことで、〔海風〕の船体は仄かに青く発光し始めた。

 

「取舵一杯!」

 

脳裏に、なぜか敵機の取るであろう軌道が鮮明に浮かぶ。

―――正解は、ここ!

 

回頭を始める艦。

同時に、舷側の25ミリ単装機銃4門がひとりでに射撃を開始した。海風が制御しているのである。

艦娘による制御を受けた機銃は、レーダー制御程ではないものの凄まじい命中率を誇る。

 

「まだ、死ぬわけにはいかないですから!」

 

そう、叫んで。

少女は必死に戦う。

 

『敵機1……いや、3撃墜!』

 

それが報われたのか。接近してきていた敵は全機残らず撃墜された。

海風は一息つく。

 

「……ふぅ、なんとかなりました」

 

「……そうですね……」

 

ふと後方へ視界を巡らせた彼女が見たものは。

 

 

 

―――〔いなづま〕が数えたくもないような数の戦闘機に襲われている姿だった。

 

 

 

 

 

探照灯が裏目に出て、多数の敵戦闘機の機銃掃射を受けている真っ最中である〔いなづま〕、その中枢であるCICでは今まさに切り札が切られようとしていた。

 

「トラックナンバー6034から6039、撃墜!」

 

「さらに敵戦闘機3、右舷より接近!また後方より敵戦闘機8!」

 

「イルミネータに被弾!」

 

すでに数十発の機銃弾を被弾しており、兵装の運用に支障が出る状況となっていたのだ。

いなづまは、決断する。切り札は、今使うべきだ。

 

「最大戦速!探照灯消灯、ECM展開!続いてCIWS、AAW独立オート!主砲、発射レートを上げて!」

 

5つの指示、そのどれもが切り札であった。

 

「最大戦速、ようそろ!現在32ノット!」

 

「了解、探照灯消灯します!」

 

「NQLQ-3起動、ECM展開!展開レベル強!」

 

「CIWS、独立制御開始!撃ち方始め!」

 

「主砲、発射レートを毎分140発に引き上げます!」

 

艦が、兵員妖精が、そして核たるいなづまが。全身で魂の叫びを上げる。

―――まだ、こんなところでは止まれない、止まれるはずがない!

 

なぜなら、自分たちの肩には、この世界の未来がかかっているのだから。比喩でもなく、文字通り。

 

その叫びが、猛烈な弾幕となって表れた。

ヘリ格納庫脇にわざわざ張り出しを作ってまで増設したCIWS2基。これにより、火力は2倍に上がった。

FLIRで目標を追尾、毎分3000発の弾幕を細かく切って的確に浴びせる。

 

「CIWS、頼むぞ!」

 

「舵もらうのです!面舵いっぱい、フレア放出!」

 

「チャフ放出!」

 

F4Fは、零戦の20㎜機銃で簡単に落とされる代物である。

その上、威力が強化された20㎜×102mmB弾ならば。2発当てれば撃墜可能なのだ。

まして、放出されたチャフに気を取られた、あるいは直撃を喰らい機体が不安定になった状況では。赤外線画像追尾式に設定されたCIWSの前では、七面鳥に等しかった。

 

「トラックナンバー6099から6107、撃墜!」

 

「CIWS、残弾数6割!」

 

それぞれのCIWSが別の敵を追尾し、瞬く間に低空に群がってきていた戦闘機を一掃する。

さらには、せわしく動くFCS-2とともに、主砲が砲身の損耗など気にしないといわんばかりの猛射を放ち、敵機を叩き落していく。

 

狙われたのは爆撃機。ECMで目標を見失ってしまい、一瞬困惑したB-25爆撃機隊に対し、遠慮容赦のない砲撃が襲い掛かった。

瞬く間に、半数を切る爆撃機。

 

 

 

 

―――しかし、何事にも終わりは存在するものだ。

 

「主砲温度上昇中!もう持ちません!」

 

「CIWS、弾切れとオーバーヒートで射撃不能!」

 

「敵戦闘機の機銃掃射により、左舷魚雷管に損害!」

 

そう、砲熕兵器の性質上砲弾が切れたらもう何もできないのである。さらには、砲撃に伴う熱で砲が限界を迎えようとしていた。

いなづまはきりりと唇をかみしめた。

最後の抵抗は、確かに効果的だっただろう。しかし、敵はまだ半数も残っているのである。

 

レーダー士官から上がる悲鳴。

 

「敵機直上!機数4!」

 

いなづまははっと上を見上げた。知らず上がっていた同調率の影響で、月明りに映し出されたF4F戦闘機がはっきりと視認できた。

逆落としに突っ込んでくる敵機の翼下にあるのは

―――爆弾。

 

60㎏程度であっても、当たり所次第では重傷になりかねないのだ。事実、先日航空母艦〔加賀〕は戦闘機の銃撃により、艦載機の誘爆もあったが、結果として中破している。

そして、下手をすれば艦載機の搭載弾薬よりも凶悪な爆薬を〔いなづま〕は搭載しているのだ。

―――アスロックミサイルと、ハープーンミサイル。これらが誘爆したら悲劇は〔加賀〕の比ではない。

 

そして何より、

 

「まにあわ、ない、の、です……」

 

その言葉が宙に消える寸前。

 

「飛翔体、北西より高速で接近中!二発、速度は推定マッハ3!」

 

 

 

 

 

 

『またせたな!』

 

『お届け物です!』

 

『あとは、任せなさい!』

 

その、声とともに。

 

視界に映る宙が、無数の紅い爆炎に彩られた。

 

 

 

 

 

―――艦対空多弾頭ミサイル。

 

その単語が、茫然とした頭の中にプカリと浮かんできた。




いかがだったでしょうか。感想、指摘などあれば、遠慮なくお願いします。
追記:一部訂正しました。


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9:Recon of enemy line ―索敵―

前回の後始末と次のお話です。
ではでは


『またせたな!』

 

『お届け物です!』

 

『あとは、任せなさい!』

 

その、声とともに。

視界に映る宙が、無数の紅い爆炎に彩られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――艦対空多弾頭ミサイル。

その単語が、茫然とした頭の中にプカリと浮かんできた。

 

「……敵機、合計7割が撃墜!」

 

レーダー士官が快哉を上げ、いなづまはその声により現実に引き戻された。現状を確認すべく統合戦域図を確認。そこで、ようやく現在の状況を理解した。

空に群がっていた敵の2割近くが、たった2発のミサイルによって撃墜されたのだ。

さらに無線が入ってくる。

 

『―――こちらクロウ・スコードロン!これより艦隊防空を開始する!』

 

停泊中の〔かが〕から垂直発艦したF-35Bの部隊が、ようやく到着したのだ。

いなづまは、応答した。

 

「〔いなづま〕よりクロウ・スコードロン、援護感謝するのです」

 

『了解』

 

統合戦域図では、敵のF4Fが急速に数を減らしていた。

もともとこちらが不利だったのは、対空攻撃力が少ない汎用護衛艦と水雷戦隊だったことに加え、敵の戦闘機が多数で襲い掛かってきたためだ。

しかし、F-35が防空に加われば形勢は逆転した。そのうえ〔まや〕と〔はるな〕から発射された多弾頭ミサイルにより多数の機体が撃墜され、注意もそちらに向いていたということもあった。

 

混信したのか、ノイズの中に上空の味方戦闘機と思われる会話が聞こえてきた。

 

『クロウ2、3!遅れるなよ!』

 

『なに、出遅れた分は取り戻しますよ。あの鶴に負けてちゃ、我々妖精の面目が立ちませんからね』

 

『相手はF4Fだ!オーバーシュートに注意しろ!』

 

頼もしい荒鷲達が、16機。

敵のF4Fはまだ30機以上も残存していたが、

―――どちらにせよ第五世代ジェット戦闘機の敵ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「対空戦闘用具収め」

 

「対空戦闘用具収め!」

 

 

十数分後。

いなづまは、CICにて戦果と艦の被害を確認していた。

 

「敵戦闘機93機撃墜、敵爆撃機24機撃墜。―――大戦果です、艦長」

 

ミサイル士が誇らしげに報告した。

確かに数だけを見れば大戦果である。

しかし、いなづまと砲雷長はその意見をはっきりと否定した。

 

「大戦果……?大損害もいいところなのです」

 

「そうだな。本艦が被った損害も少なくはなく、しかも敵に情報を持ち帰らせてしまった」

 

そう、敵戦闘機3機は撃墜できずに逃がしてしまったのだ。

その敵は爆撃機が多数落とされ始めたところですでに離脱を開始、F-35B部隊がほかの敵機を撃墜している間に低空から離脱していた。

 

「報告。後部イルミネータは全損、また対空用のOPS-24Dも被弾し使用不能です。こちらも交換は免れないかと。主砲は薬室および砲身に点検が必要、CIWSも同様です。最後に、左舷魚雷管に被弾、交換が必要です」

 

兵装関係が、今回最も被害が大きかったのだ。酷使しすぎた76㎜砲やCIWSは点検が必須、現状使える武装は右舷の魚雷管とVLSのみというありさまである。

 

「さらに、前甲板や操舵艦橋、第2煙突にも被弾。幸い死傷者は出ていません。機関部は無事ですので、修理は主に兵装関連になりそうですね」

 

いなづまは無言でそれらを聞き終えた後、ふぅ、とため息をついた。

 

「まあ、アラスカやベーリングの戦いの時よりはマシなのですけど、ね。とりあえず、泊地についたら反省会なのです」

 

すでに時間は1100。

反省会をするには遅すぎる時間だが、おそらくはみっちりとしごかれるだろう。交戦相手と、この戦闘結果を考えれば、安易に予想できることだった。

 

『〔神通〕より〔いなづま〕、対空戦闘感謝します。私たちだけではやられていました。―――本当に、心の底から感謝しています』

 

―――感謝。その言葉に、いなづまはこそばゆく思った。

決して誇れるような戦果ではない。しかし、その一言は何よりも彼女への救いであり、報いであった。

 

「―――ありがとう、なのです」

 

その時、別の相手から無線が入った。

相手は泊地にいる彼女たち本来の司令だった。

 

『まずは、対潜哨戒および突発的な空襲への対処ご苦労様だ』

 

「……はい」

 

いなづまは、断頭台へ向かうような気分で次の言葉を待った。

まるで永遠かのような数秒の後。

 

『……お前たちが無事で、本当に良かった』

 

「え……?」

 

てっきり叱責を受けるのかと思っていた。

しかし、掛けられたのは暖かい、そして真摯な労いと無事を喜ぶ言葉だった。

 

『生きていたら、次があるさ。だから、まず生きて帰ってきたことを称えるべきだ。違うか?』

 

いなづまの表情が、その言葉を聞いてほころんだ。

 

「……なのです!」

 

『まあ、今日は対策会議するから寝れると思うなよ?以上』

 

「……なのです」

 

秒速で声が変わったいなづまの様子をうけて、CICクルー一同が笑いを堪えた。

 

 

 

 

* * *

 

 

 

1時間後。

航空母艦〔かが〕艦内の司令部指揮所において、対策会議がなされていた。

集まった顔ぶれは、日本海軍側から山本、小柳、長門、金剛、神通、自衛隊側からかが、いなづま、情報士官妖精、そして司令だった。

照明が一切なく、液晶画面の反射光のみに照らされた薄暗い空間である。彼らは、その中央に鎮座する巨大な電子海図台の周りに椅子を持ってきて座っていた。

司会役を務める司令が口を開いた。

 

「まず、今回の戦闘についてです。潜水艦隊の戦術はウルフパックでしたが、これは殲滅しました」

 

小柳がうむ、と頷いて肯定した。

 

「深海棲艦の潜水艦隊は大体10隻前後で構成されているから、間違いなく1個艦隊は殲滅した」

 

続いてメガネを掛けた情報士官が、資料片手に話し出す。

海図台上の海図がズームイン、続いていくつかのマーカーが表示された。それは、敵潜水艦の発見位置である。

 

「無線傍受班によると、展開されていた潜水艦隊は第1潜水戦隊、構成艦は11隻です。しかし、今回は臨時に1隻追加編成されていた模様」

 

「ええ。撃沈確認数は12隻でしたから」

 

「そして、潜水艦はみな熟練でした。すれ違いざまの雷撃など、深海棲艦の中ではそれなりの練度があったのでしょう。―――真に熟練ならば、あの深度で網を張ってはこないでしょうが」

 

皮肉気に情報士官が言う。

潜水艦の本分は隠密行動なのだから、捕捉されない陣取りをするべきだ。深度50という比較的浅深度でとどまるということは探知してくださいといわんばかりの行動である。

 

「今後、クェゼリン近海は“潜水艦の墓場”となるでしょうね」

 

「うむ、潜水艦の対策は後々考えるとしよう。中佐、あの航空部隊、どう見るか?」

 

山本が、情報士官の肩章を見て言った。

それに対しその妖精は首を振って、「中佐ではなく2等海佐ですよ」とやんわりと否定した。

 

「それに関しては私から。まず、攻撃に使われた機体ですが、B-25の深海棲艦コピー機と考えられます」

 

そうして彼は、数枚の写真を海図上に映し出した。

共通して映っていたのは、丸みを帯びた双発爆撃機。漆黒なのかメタリックなのか、爆装なのか雷装なのか、暗視装置越しの写真なのかフィルムで撮られた写真なのかという違いはあれども、紛れもなくノースアメリカンB-25ミッチェル爆撃機であった。

 

「これは、アメリカの最新鋭爆撃機ではないか!?深海棲艦はもうコピー生産したというのか!」

 

「ええ。といっても初飛行から2年は経過していますから、どこかで情報を手に入れる機会があったのか、第三国経由で入手したのでしょう。それより見てほしいのはこれです」

 

そういって彼は、レーザーポインターで1枚の写真、そのうちの1か所を指し示した。

指し示された場所にあるのは、大型のアンテナ。機首に装備されたレーダーアンテナである。

 

「……無線の送受信アンテナか?」

 

「いえ、これはおそらくレーダーアンテナ……電探のアンテナです。それもかなり高性能の」

 

アンテナの形状は、機体から伸びる一本の鉄棒に多数の横棒が垂直に連なっているという形だった。

しかし、山本はそれがどうしたという怪訝な顔だった。

 

「……電探?そんなものを搭載していたのか?」

 

「ええ。八木アンテナ―――日本人が開発したアンテナを使う機上レーダーです。おそらくは長距離での捜索用に導入したものかと」

 

それが意味すること。

一番最初に気が付いたのは金剛だった。

 

「―――だから夜間雷撃をしかけられたのデスネ」

 

「……そうか、電探で場所を把握すれば目視する必要はない、さらにこちら側は闇夜で敵を探知する手段はないはずだから……」

 

長門が続けたとおりである。神通は水偵を搭載していたものの、夜間ということもあり発艦させていなかった。その上、電探・逆探も搭載されていない。

対照的に、敵攻撃部隊は無線さえ傍受されなければよいのだからこれほど楽な仕事はなかった。

 

「ただし、大きな誤算が1つありましたけどね」

 

神通がいなづまの方を見つつ口を開いた。〔いなづま〕がいた事で、逆に全滅の憂き目に遭ったのだ。

しかし、司令は否定した。

 

「……いえ、逆に〔いなづま〕がいるからこその航空攻撃だったのかもしれません」

 

「……なに?」

 

「1個駆逐隊+αに差し向けるにしては、些か数が多すぎます。特に護衛の戦闘機」

 

流石に、たった6隻の駆逐艦・軽巡洋艦に対して24機の爆撃機と96機もの戦闘機を差し向けるのは異常である。しかも、1機1機がレーダーを搭載した最新型なのだ。

明らかに、これまでの深海棲艦とは違っていた。

 

「……もしかしたら、奴は。思っていたよりもすぐ近くにいるのかもしれません」

 

彼はそう締めくくった。

 

 

 

次に口を開いたのは、情報士官の妖精だった。

海図の一点を指し示し、いくつかの線を表示させた。

 

「予想される敵機の襲撃ルートです。随伴のF4Fの航続距離と襲撃の方角からして、発進地点はここ、マロエラップ環礁だと思われます。実際に随伴していた〔ブルーハウンド〕の機上レーダーでも確認済みです」

 

山本はそれを聞いて、唸った。自分たちのいるクェゼリンからは400キロと離れていない。F4Fほどの航続距離があればぎりぎり2往復できる距離である。

 

「……そんな近くに、これほどの部隊が配属されていたのか……」

 

「ええ。そもそも、このマーシャル諸島は2つの意味で要所です」

 

そう言って、司令は指を2本立てた。

山本達も、その意味にすぐに気がついた。

 

「1つ目は、ハワイへの補給線を守るために重要であるということ。2つ目は、クェゼリン自体がトラック泊地への足場となること」

 

ハワイへの補給線をここまでして守る理由は、明確だった。深海棲艦にとっては絶対に捨てられない拠点なのだ。

そして、日本海軍の主力が常駐しているトラック泊地への前線基地となるとことも、距離と島々の規模を考えれば当然である。

 

「ハワイが重要な事は……言うまでもないな。対日作戦、対米作戦双方において制海権確保のために必要だ。今2方面でドンパチしている以上は絶対に抑えておきたいのだろう」

 

「それに、このクェゼリンからならトラックへ無補給で攻撃が可能になる。B-17等の重爆撃機なら余裕だろうな……」

 

山本と小柳が、嘆息する。ソロモン方面は注目していたが、よもやこれほど近くに刺客が潜んでいたとは気づかなかったのだ。

その時、煮詰まってる面々に向かって情報士官が1つの提案をした。

 

「というわけで、分析室としてはF-3Aを用いた昼間航空偵察を提案します」

 

それに即座に反応したのはかがだった。

 

「昼間航空偵察……?夜間ではなくてですか?」

 

昼間の航空偵察は、航空機の配置など得られる情報も多いが、敵も活動しているため危険が伴う。

それに比べ夜間は生き物の本能としてどうしても警戒が緩むため、敵情を探るためだったら夜間の方が安全であるのだ。

しかし、情報士官は譲らなかった。

 

「はい。夜間では暗視装置越しの撮影となりますが、その場合F-3の偵察ポッドでは解像度が落ちます。また、今回は敵戦闘機の配備数を確認したいため、格納庫から引っ張り出されている昼間の方が好ましいかと。最後に―――あと3時間で日の出です」

 

司令が、一通り聞いた後に更に考えた。

確かに配備状況を確認しないと、もし戦略爆撃機が装備されていた場合はこちらから先手を打つ必要もあるかもしれない。

しかし、昼間偵察は敵に発見される可能性も高い。

―――いや、"彼女"なら大丈夫か。

 

「……わかった。その作戦を認めよう」

 

それを聞いた情報士官が、「了解です」と言った。しかし、司令はそれを制しこう続けた。

 

「ただし、1つだけ条件がある。―――出撃させるのは、ウチの飛行隊長だ」

 

「妥当でしょうね。あの子は不本意ながら、空の上ならやたら強いですから」

 

かがも首肯した。

飛行隊長―――すなわち、天羽瑞希1等海尉である。

確かに彼女の超人的技量ならば、昼間でも悠々とバレることなく偵察を終えて帰ってこられるだろう。

その時、山本が杞憂とも言える懸念を述べた。

 

「……なあ、司令。もしかしなくても、敵基地に電探が設置されているということは考えられないか?」

 

司令はあっさりと答えた。

 

「ええ、あるでしょうね。それなりの性能の対空用の電探が」

 

「……では、電探に探知されてしまうのでは……」

 

しかし、その言葉は情報士官の声に遮られる。

 

「ちょっとこれを見てください。我々が運用する航空機です」

 

情報士官は、数枚の写真を表示させた。そこに映っていたのは、黒塗りの戦闘機。しかし深海棲艦機と異なり翼端に日の丸を掲げている。

それは、山本や長門にも見覚えがあった。

 

「……この間、我々の護衛をしてくれた機体だな」

 

「ええ。この機体―――F-3Aは第6世代ジェット機です。レーダー波を吸収する特殊な塗料と形状により、この時代のレーダーによる探知は困難です」

 

「なるほど……」

 

F-3Aは、純国産のステルス戦闘機である。

迎撃を主任務としているが対艦・対地能力も持ち、なにより運動性能が桁外れに高い。

米国の最新鋭ステルス機F-22と比較しても、ステルス性で劣るものの戦闘能力では上回るとの判定が出たレベルだった。

 

「司令、今0500ですね?」

 

「ああ」

 

唐突に、かがが司令に確認を取った。

確かに今は0500であるが、なぜそれを確認するのかわからないといった顔持ちで、司令は頷く。

 

「0500は朝ですね?」

 

「あ、ああ」

 

そこで、かがが何をやろうとしているのかを全員がだいたい理解した。

彼女はタブレット端末を操作し―――天羽に対して遠慮容赦なく通話を入れた。

 

『なに……?まだ総員起こしまで1時間あるわよ……?』

 

スピーカーから眠そうな声が聞こえてくるが、無情にもこう告げた。

 

「10分以内に着替えて司令部指揮所へ。異論は認めません」

 

『……はぁ!?』

 

 

 

 

きっちり10分後、艦内作業服を着た天羽は司令部指揮所の戸を叩いた。

 

「失礼します、天羽瑞希1等海尉、出頭いたしました」

 

「入れ」

 

司令の声にしたがって扉を開けると、そこには司令や艦長のほかにも物々しい面々が並んでいた。

 

「え!?なんでここに長門さんと金剛さんが!?それに神通さんまで!」

 

「む、瑞鶴か!?」

 

「Oh,瑞鶴ネー!?」

 

「失礼に当たるでしょう、天羽1尉」

 

すかさずそう言ったかがを手を振って制し、司令は先程まで話していたことを告げる。

 

「単独昼間航空偵察だ、飛行隊長。マロエラップ飛行場の敵を探れ」

 

端的な司令の言葉に、天羽は頷いた。なるほど確かに自分が呼ばれるわけだ。

 

「……了解したわ。それで、私が呼ばれるってことはマロエラップの防空網は相当きついのですね?」

 

「ああ。レーダーの配備が考えられるし、あまり想像したくはないが高高度戦闘機が上空警戒をしている可能性がある。必要があれば交戦を許可する」

 

「了解」

 

さくさく話を進めていく天羽を見て金剛は、「やっぱりあの瑞鶴の血を継いでるのでしょうネ」と思った。

ほとんど数分で作戦要項を理解した天羽は、必要なことの確認を始めた。

 

「まず、高度10000くらいが上限ね。カメラの解像度があるから。でも、敵の対空レーダーもあるし、なにより少し後の時代の局地戦闘機なら十分戦闘域内よ」

 

「F-3のステルス性能なら行けないか?」

 

「目視されない限り大丈夫。一番怖いのはやっぱり上空警戒機が出ているパターンかな……」

 

そこで司令は考え込んだ。

可能な限り今仕掛けるのは避けたい。また、敵機を撃墜した場合はこちらの兵器性能がバレる恐れもある。

しかし、万が一会敵した場合は詳細な情報を持ち帰らせぬよう撃墜する必要があるのだ。

今ここで奴に自分たちの能力が露見するのは避けなくてはならない。

 

「……念の為、AAM-5空対空ミサイルを4発携行してくれ」

 

「わかったわ」

 

彼女は頷いた。

それを見て取ったかがが、小さく息をついて話し出す。

 

「いい、天羽1尉?今あなたに死なれるのは困ります。ーーー絶対に帰ってきなさい」

 

「言われなくてもわかってるわ」

 

「そう、ならいいんだけど」

 

それっきり、かがは口を閉ざした。

司令は山本達の方を振り返り、問うた。

 

「長官方、何か質問はありますか?」

 

「……あるにはあるが、実際に見たほうが早い。そうだろ?」

 

「ああ、そうだな」

 

「デスネ。百聞は一見に如かず、デス」

 

「そのほうがいいでしょう」

 

「私も特には」

 

質問は、出なかった。

 

 

 

 

 

数時間後、泊地に停泊している〔かが〕の格納庫では1機のF-3Aが出撃準備を始めていた。燃料を給油し、ステルス対応の偵察ポッドを装備。

胴体下のウェポンベイを開き、AAM-5赤外線誘導空対空ミサイルを4発格納する。

 

「今回は、偵察任務ですが近距離ということで増槽は小型のものにしています。一応地上配備のレーダーには探知されませんが、高度は下げないようにしてください」

 

「わかったわ」

 

フライトスーツを纏った天羽1尉は、機付き長と機体の確認をする。

すでに増槽も翼下に取り付けられており、後は乗り込むだけで出撃が可能となっていた。

 

天羽は、機首に描かれた鶴の紋章を撫でた。

彼女のパーソナルマークであり、その周りに舞う桜吹雪は一枚一枚が撃墜した敵の数である。

機付き長はそんな彼女を見て、少し冗談を言った。

 

「桜吹雪、用意しておきますか?」

 

「……ううん、今日は偵察だから。いらないわ」

 

「そうですか」

 

その時、天羽の付けている時計が0900を示した。

時間だ。

 

彼女は無言でタラップを駆け上がる。

コクピットに飛び込み、機付き長の手を借りてハーネスを装着。酸素マスクを接続する。

その間に整備妖精がミサイルの安全ピンを抜いて回った。

 

エンジンの始動スイッチを押し込み、搭載する2基のロールスロイスF145エンジンを起動。

ヒィィィン、という独特の作動音を奏で始めたエンジンに異常がないことを確かめ、同時にソフトウェアのセットアップを行った。

と言ってもほとんどは自動で行ってくれる。

GPSにエラーが出るのは相変わらずだったが、そこは無視して他を確認。

 

機付き長がウェポンピンを4本掲げたことを確認して、ウェポンベイの閉鎖を行う。

ウェポンセイフティアンロック、マスターセイフティロック。

 

機付き長がタラップを降りたことを確認し、キャノピーを閉鎖した。ほぼ同時にタラップが格納される。

 

『グッドラック、嬢ちゃん』

 

「ーーーええ」

 

車止めが外され、やってきた牽引車によって機体が動き出した。右舷前側のエレベーターへと運び込まれる戦闘機。

 

エレベーターが作動し、機体が徐々に持ち上げられた。

 

格納庫で手を振る機付き長が見えなくなり、代わりに飛行甲板でパドルを振る誘導員が見えてきた。

ガタン、という硬質の衝撃と共にエレベーターが停止したことを確認し、エンジン出力を上げて前進を開始させる。

誘導員の振るパドルにしたがって機体を移動、艦首の1番カタパルトへと向かっていった。

 

誘導員がパドルを交差させて停止を示すと同時にブレーキ。

カタパルトシャトルが鈍い音ともに接続され、機体が静止する各翼チェック―――異常なし。停泊状態からの発艦ということを考慮し、エンジンノズルを手動でやや下に向ける。

 

彼女は1度大きく深呼吸をし、―――次の瞬間には前方を睨みつけた。

 

『Shrike1,This is KAGA-MISAKI.Clear the Take Off.』

 

「Rugger.」

 

一言答え、エンジンの出力を上げて行った。

離陸許可は出た。後は、飛び立つだけである。

エンジン、フルスロットル。

 

『バリアー上げろ!カタパルト通電、射出開始!』

 

その時、通電した電磁コイルがカタパルトシャトルに猛烈な加速を付与した。

カタパルトシャトルは重量24トンにも及ぶ機体を強引に引っ張り、

―――空へと打ち出す。

 

1度ぐわりと沈んだ機体は、次の瞬間風を捉えてふわりと浮き上がる。

そのまま、緩やかな角度で誰もいない空を飛んでいった。

 

『発艦を確認した。高度制限解除、幸運を祈る』

 

 

 

 

 

 

音速で飛ぶ戦闘機にとって、300kmなど20分ほどでたどり着けてしまう。

故に、高度10000メートルにまで上昇後十数分飛行したF-3A戦闘機は、すでに敵基地の目と鼻の先にまで迫っていた。

敵の電波探針儀に引っかかることを防ぐため、レーダーをオフにした状態で、後方に控えるE-2Jの支援を受けつつ進む。

 

「やっぱりレーダー照射はあるみたいね……でも、上空警戒機はいない……?」

 

『いや、高度6000でTBFが3機飛んでるな。おそらくは上空警戒だろう』

 

「了解。どちらにしても撃墜はしなくて良さそうね……雲もあるし」

 

現場空域の天候は雲の多い晴れ、高度次第では雲に潜ってやり過ごすことも不可能ではない。

 

ただし、偵察ポッドで撮影をする場合は雲から出る必要がある。雲を通り越して撮影できるカメラは残念ながら未だ存在しないのだ。

〈かが〉に座乗する司令から無線が入った。

 

『まず、基地の全景を撮影してくれ。カメラはデータリンクされた座標を指向できるはずだ』

 

「わかってるわ」

 

彼女は兵装切り替えボタンを押し込み、偵察ポッドを起動。ジョイスティックで撮影範囲を調整する。

 

うまく枠に収まっていることを確認して、兵装発射ボタンを押し込んだ。シャッターが切られ、写真が撮影された。

探知されることを防ぐためすぐさま雲の中へと逃げ込む。

 

「1枚目、転送するわ」

 

安全空域に逃げ込んだことを確認して、ヘッドセットに吹き込んだ。

E-2J経由で、〔かが〕へ暗号化された画像データが転送された。

〔かが〕で受信後、解読ソフトウェアを用いて復元する。

 

『……受け取った。露天駐機の機体は全て深海棲艦機、複数の大型格納庫、レーダー施設、2本の滑走路……』

 

司令は、写真から得られることを素早くピックアップした。―――彼は、すぐに気がついた。

 

『……ビンゴ。B-25だけじゃなくて、P-38重戦闘機、Bsm-33型深海重爆もあります。間違いなく長距離攻撃をぶちかますつもりでしょう』

 

「ただ、“奴”がいるって保証はないわよ?」

 

『ああ。それに関しては暗号解読を急ぐしかないだろうし、排除するなら特殊部隊を送り込む必要がある。ただ、奴に関する手がかりはあるはずだ』

 

「……そう。それともう一つ、泊地らしきものを視認したわ。そこも撮っとくわよ?」

 

『ああ、頼む』

 

天羽は機体を駆けさせ、同じように泊地の写真を撮影し転送した。

―――その転送された画像を見て、〈かが〉にいる一同が絶句した。

 

『……まずい。大型空母1,戦艦1,巡洋艦クラス8,駆逐艦20』

 

『それだけではありません、トンネル式の潜水艦係留施設が数個あります』

 

『空前の大艦隊、ネー』

 

『本気でクェゼリンを落とすつもりだな……』

 

天羽は撮影した画像を見つつ、ある一点が気になった。

敵のある軽巡、やたら砲の数が少ないのである。単装砲2門に、砲身のない砲塔が3つ。

水上機も搭載しているようだった。

 

嫌な予感がして、再度撮影コースに入る。

 

カメラを調整し、最大限にズームイン。

軽巡の姿がいっぱいに写ったところでシャッターを切った。

すぐさま転送。

 

「気になる奴がいたから、転送するわ」

 

『了解……受け取った。軽巡か?』

 

「ええ。だけど、ちょっと奇妙じゃない?前甲板に載っている2門の砲、片方は砲身ないし」

 

『……言われてみれば……修理の気配はないしな。それに、やけにアンテナ類が多い。新型の防空軽巡かもしれないな……』

 

天羽は、なにもない雲の上をゆるやかに飛行しつつ考え込んだ。

なにか不気味な予感がするのだ。確たる証拠や確信はないが、飛行場に大量配備された爆撃機や空母部隊、そして謎の軽巡など怪しい物はいくらでもある。

 

その時。

 

『ムーンアイよりシュライク1!敵重戦闘機が滑走路に出たようだ!……艦隊の方に動きはないが……』

 

「哨戒……?」

 

『離陸を開始した。早い……』

 

急速に高まる嫌な予感。

天羽は、半ば反射的に操縦桿を引いていた。

 

「離脱する!作戦目標は果たしているわ、これ以上の滞空は危険と判断!」

 

『了解、早急に作戦空域を離脱せよ』

 

天羽の駆るシュライク1は、音速で飛び去った。

 

 

 

―――――――――――――――――

 

『クロム1よりクロム2,敵戦闘機は発見できず。ーーー本当に見たのか?』

 

『ええ、そりゃバッチリと!黒い小型機が見えてました!写真もありますよ!?』

 

『……ほんとか?とはいえ、いないもんは仕方ない。帰投するぞ』

 

『了解です』

 

そのような会話を交わして、2機の双発高高度戦闘機は帰投していった。

 

―――――――――――――――――

 

 

「危なかった……なんなのよ、あの戦闘機」

 

『上昇性能が同時代の機にしては高かった。それに、レーダー反射面積がやや大きい……双発機か?』

 

そのような会話を無線越しに交わしつつ、〔かが〕への帰投コースを辿るシュライク1。

すでに〔かが〕の発する誘導電波を捉えており、数分後には着艦体勢に入れる見込みだった。

高度は2000メートル。エンジンの轟音を轟かせつつ、一直線に駆ける。

泊地が見えてきた。

更に高度を落とし、低空で進入する。

 

『This is KAGA-MISAKI.Shrike1,clear the landing ship.』

 

「Roger.After left turn,I tried landing ship.」

 

〔かが〕の航空指揮所と英語で交信、着艦許可を貰った後着艦に入る。

降着装置を下ろして、左舷前方より接近。〔かが〕の姿が横に流れたところで、緩やかな左旋回を開始。

もうすでに、艦載機運用訓練で飽きるほどやったプロセスである。

 

旋回を終えた後に、誘導電波に従ってフラップとスポイラーを起動した機体を操作する。

数秒後には理想的な着艦コースを辿っていた。停泊中ということを鑑みて、普段よりも出力を絞りつつ接近する。

 

あと、500ヤード。

 

あと、300ヤード。

 

あと、100ヤード。

 

速度101ノット、失速寸前の状態である。着艦失敗に備え、機首を上げて垂直離陸をするかのようにエンジンノズルを下に指向、エンジン出力を全開にした。熟練であるからこそできる反則級の技術である。

 

艦橋構造物が、視界外に出た。

 

機体に走る軽い衝撃。

その瞬間、天羽はエンジンカット、機首を気持ち引き下げた。アレスティングフックがアレスティングワイヤーを引っ掛けたのだ。

 

瞬間、まだエンジンが止まらぬ内に、地面に叩き付けられたと錯覚するほどの衝撃が機体を襲った。

急制動をかけられた機体が、甲板に叩き付けられたのだ。すぐさまワイヤーがパージされ、機体は何事もなかったかのように駐機場所に向かって移動を始めた。

着艦を確認したのか、艦長から無線が入ってくる。

 

『荒々しいランディングね。―――着替えたら、司令部指揮所へ。あなたの所見を聞きたいわ』

 

「了解、艦長」

 

無線越しに次の指示が伝えられ、それに対し了解の旨を返す。

やがて機体が静止し、すぐに給油と武装のロックが始まった。それを見た天羽は、帰ってきたと実感してようやっと一息ついた。

 

 

 

 

 

十数分後、再び先程の面々が集まっていた。天羽の撮ってきた空撮写真により、様々なことが判明したのだ。

司令が口を開く。

 

「まずは、配備されていた爆撃機部隊についてです。―――あの爆撃機は、Bsm-33とよばれる4発重爆です。航続距離は4000km、トラック諸島まで無補給の攻撃が可能です。

エンジンは深海イオンエンジンですが、その分高度性能や航続性能が上がっており侮れません。

護衛はP-38,こちらは格闘戦では零戦に劣るものの速度と急降下性能に勝るため、戦術次第では我が方が非常に不利となります」

 

彼は言い切った。

P-38が出てきた初期はこちらが優勢だったものの、「一撃離脱戦法」により立場が逆転したのだ。

そして、目の前に座る山本はその事実、及び戦術を知らない。

 

「……なるほど……しかし、長戦(長距離戦闘機)ならば運動性能に劣る。敵の疲労も鑑みればそれほど警戒するべきではないのではないか?」

 

「いいえ。格闘戦に持ち込めないから、勝負にならないわ」

 

山本の反論を断ち切ったのは、今まで黙していた天羽だった。

彼女はこの面々の中で唯一の戦闘機乗りである。故に、一番痛感しているのだろう。

 

「そのへんは後で加賀所属の零戦妖精さんたちとの模擬空戦で実演するつもりですが、まず間違いなく零戦では対応できません」

 

わざわざ口調を改めてまで、そう言った。

山本が神妙な声で、返す。

 

「……敵航空部隊については了解した。それと、敵の空母打撃群と思しき艦隊は、どう見る?」

 

即答したのは情報士官だった。

 

「まだ動かないでしょう。無線傍受により運用資源が不足していることが判明しています。

……しかし、正直戦艦がいたのは予想外でした」

 

「うむ……」

 

今後の日本海軍の行動に影響しうる事態であるため、その対策会議は大きく長引いた。敵の意図はクェゼリンの攻略なのだろうが、明らかに不審な点が多かったのだ。

 

日没まで、彼らは話し続けた。

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

午後3時、排水量4万2000トンの巨体がトラック泊地の夏島埠頭を離れた。その艦の持つ全通飛行甲板及び格納庫は無残にも焼け落ちており、とても戦闘艦とは言えない有様となっていた。

航空母艦〔加賀〕が、はるばるクェゼリンへ修理に向かうのだ。

 

『いい、加賀さん。私が道中護衛するけど、加賀飛行隊の残存戦力と私の残存戦力を混合で運用していることを忘れないで』

 

「五航戦、迷惑かけるわね」

 

加賀は、ほぅ、とため息をついて答えた。

自分は今、何もできないのだ。飛行甲板を失い、搭載機も多数失ったため逃げ回るしかできない。全ては自分の慢心ゆえに。

幸いなのはある程度の搭乗員が生き残っており、すぐ隣で自分を守ってくれることだろうか。

 

『安心して、加賀さん。必ず守り抜くから』

 

無線のヘッドセットから流れてくる音声は、少女のそれ。第5航空戦隊に所属する航空母艦〔瑞鶴〕、その艦長たる艦娘瑞鶴のものだ。

前に比べて随分と頼もしくなったその声に、ふふ、と笑う。

 

「似合わないセリフね。でも、今のあなたなら出来るわ。―――頑張りなさい」

 

『わかってるわ。……それにしても、クェゼリンには何があるんでしょうね……?』

 

「さぁ?敢えて言えるとしたら、私たちの想像を超えた何者かがいるということよ」

 

『……珍しいわね、加賀さんがそのような言い方をするなんて』

 

機関が艦橋にゆったりとした振動を伝え、巡航速度である14ノットで艦を航行させる。

その心地良い振動に身を任せ、加賀は独り言かのように答えた。

 

「それだけ、すごい子がいるのよ」

 

 

 




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