【第1.5章始動‼︎】仮面ライダーアクロス With Legend Heroes (カオス箱)
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序章 アクロス・ビギンズタイム
第1話 GRAND PROLOGUEー交わり、滅びゆく世界で


 小説を書くのは凄い久しぶり、サイト機能にまだ慣れきっていないと不安要素しかないですが、よろしくおねがいします。


以前からずっとあたためてた作品です。脳内のアイデアを文章の形にするのって大変だなぁ。
多重クロス作品ですが、今回はほぼクロス要素無しです。すみません。






 

 

 

 

 何もない。

 その空間を形容するとしたら、この言葉が一番であろう。

 視界を覆い尽くすほどの暗闇が、無限に広がっている。

 そんな辺り一面黒い世界に佇む二人の人物。光が存在しないにもかかわらず、彼らの姿はとても鮮明に見える。

 一人は金髪の少年。半袖のカッターシャツに黒いズボン、耳にはピアスをつけており、一見すると不良ぶった学生の様にしか見えない。幼さの残る顔には、何かを企んでいるかのように不敵な笑みを浮かべている。

 もう一方は、背の高い灰色の髪をオールバックにした男。赤黒いロングコートの片方の袖がないという変な服装だが、突っ込む者はここにはいない。

 

「いつまで続けるのさ?いい加減飽きてきたんだけど」

 

 少年が、つまらなさそうに言う。男はそれを鼻で笑い、

 

「終わるまでだ。途中下車は許されない」

「こんな途方も無い、やりがいも楽しさも無い作業を延々とさせられて楽しいですって言えるような社畜精神、生憎僕は持ち合わせて無いもんでね」

「何時ものように、住人と殺りあえばいいだろう。あんなに楽しそうに殺ってただろう?」

「飽きた。あんなのヌルゲーじゃないか。……今度はどうなのさ?」

 

 少年の問いに対し、男は指を鳴らす。

すると、突如として黒一色だった世界の地面を突き破るように、丸い何かが飛び出してきた。

 それは地球だった。

 乗用車ほどの大きさの地球が、地面から宙に浮かぶ。

 二人はそれに特に驚くそぶりを見せることなく、触れた。

 

「さあ、始めるか」

「一仕事行くか……あーつまんね」

 

 瞬間、全ては光で満たされた。

 

 

 


 

 

 とある高校

 

「それじゃあ、また新学期な」

 

  担任教師がそう言ってHRを締めくくると、途端に教室が騒がしくなった。

 本日は終業式。明日からの短い春休みを経て、来月からは新学年になる。

 騒がしい教室の中、逢瀬 瞬(おうせ しゅん)は机に突っ伏していた。どうやら、教師の話の間中、ずっと寝ていたようだ。放課後になったのにも気づかず、今も眠っている。

 そんな瞬のもとに、一人の少女が近づく。

 その顔には、ちょっぴり小悪魔めいた笑みが浮かべられている。

 

「うりゃあー!何してんじゃボッチ予備軍さんよぉー!」

「止めろ止めろ止めろぉ! 髪が乱れるだろ⁉︎」

 

 瞬の髪をワシャワシャと触りながら、少女は笑う。

 彼女の名は、諸星 唯(もろぼし ゆい)。明るい金髪のショートヘアーの、小柄な少女だ。運動神経・サブカル知識ともに最高クラスの、一体どこの今どきのラブコメ漫画のヒロインだといいたくなるような存在だ。瞬とは10年近く続いている長い付き合いだ。

 

 

「せっかく昼から暇なんだからさぁ、遊びに行こーよ!」

 

 有り余る元気を糧に瞬の肩を揺すりはじめる唯。いつもの我儘が始まったよ糞面倒くせえ!と辟易しながら、机に突っ伏したまま動かない瞬。しかし唯はあきらめることなく、さらに激しく揺らしてきやがる。数分くらいして、あまりのしつこさに瞬は耐えかねて顔を上げる。

 

「あーうるさいなあ!わかった付き合ってやるから!」

「わーいありがとう!じゃあ早速遊びにいこう!」

「遊びにって……どうせ駅前のアニメグッズ専門店だろ。荷物持ち要員なら他当たれっての」

「でもそう言っておきながらも何だかんだ付き合ってくれるんでしょ?ホント、ツンデレなんだから」

 

 誰がツンデレだ、と言い返しながら、瞬は机の横に掛けていた鞄を手に持つ。長い付き合いだから分かる。コイツはしつこい。まるで典型的な少年漫画の主人公かというレベルで、一度言い出したらなかなか曲がらないタチだ。

 

「今日は無理だ。妹の誕生日だからな」

「あーそっか、今日は妹さんの誕生日だったねー。あ、そうだ。私も祝ってあげよーか?」

 

 遊びに行くのはどうなったんだよ、と瞬は呆れたように言う。唯本人は既に行く気マンマンであるが、瞬としては別に嫌というわけではない。きっと妹本人も喜ぶだろうと思いながら、瞬は席を立つ。

 

「何かプレゼントがいるんじゃない?」

「まあそうだけど……ホントに来るのか……」

 

 まあいいけどな、と言いながら瞬は教室を出て、校門へと向かう。唯が後から走ってついてくる。春の暖かな日差しの下、そんな会話が続く。

 側から見れば、完璧にリア充カップルであった……というのは言わないでおこう。

少年のためにも。

 

 

 

 

 


 

 

 

 場所は変わり、駅の近くの通り。二人は、ケーキ屋へと向かっていた。

 

「おっそいぞ〜?どうした〜運動不足か〜?」

「お前歩くの速いんだっつーの……」

 

  機嫌の良さが歩くスピードに現れているのか、唯は瞬を置き去りにする勢いで先々進んでいく。

 苦笑いしながら後方を歩く瞬。その時、彼の足元から、カツンと、何か固いものが足に当たった様な音が聞こえた。瞬の足にあたったそれは、地面をスライドしながら転がってゆき、近くの縁石にあたって停止する。

 何か蹴飛ばしたか?と思い、彼は足元を見る。そこには。

 

「……何だこれ」

 

 なにかの鍵、だろうか。なんかやたらとごてごてとした、鍵状としか掲揚できない用途不明の物体。何か模様らしきものがあるようだが、良く分からない。真ん中に丸い穴があるが、何の意味があるのだろうか。

 誰かの落とし物だろうか?とりあえず近くの交番にでも届けてやろう。唯ならきっとそうすはずだ。瞬はその鍵?らしきものを拾い上げる。こうしている間にも、唯は先に行ってしまっているだろう。走って追い付くだろうか、と思いながら

瞬は顔を上げる。

 そこで漸く、あることに気づいた

 

「……あれ?」

 

 ()()()()()

 先ほどまで、通行人が結構いたはずの市街地は、人っ子一人いなくなっていた。

 車道を走っていたはずの車は、まるで時間が止まったかのようにその場に放置されているし、道沿いの飲食店内は、湯気の立った食事がテーブル上に放置されているのが、店の窓から見える。

 

「唯?」

 

 前を歩いていた筈の、幼馴染の名前を呼ぶ。

 彼女からの返事はない。震え上がるほど不気味な静寂が、瞬一人だけを包み込む。

 見馴れた筈の街が、酷く不気味に見える。自分だけが別の世界に入ってしまったかのような、得体の知れない感覚が、彼の体にまとわりつく。それを払しょくするかのように、瞬は拾った鍵のようなものを握りしめる。その時だった。

 

「やあ」

「うああああああ⁉︎」

 

 突然、耳元で声がして、瞬は驚きの声を上げる。

 

「君が、選ばれたのか。なんだか、心もと無いな」

 

 振り返って腰を抜かした瞬の目の前には、黒を基調としたローブを身に纏った黒髪の青年が立っていた。

 その容姿は、まるでファンタジーな異世界からやってきましたと言われても納得してしまうレベルで、周囲の景色とは浮いていた。

 突如として現れた謎の存在に、警戒しながらも、瞬は問いかける。もしかしたら、なにかわかるかもしれない。

 

「お前は……?これ、ドッキリじゃないよな?」

「ドッキリじゃないさ」

 

 青年は、不気味な笑みを浮かべながら近くの街灯に近づき、寄りかかる。

 寄りかかられた街灯が軋む音だけが、静かな世界に響く。

 

「私はフィフティ。君を、選んだ者だ」

 

 ソッチ系とも取れそうな言葉のニュアンスに、瞬は嫌そうな表情を浮かべる。生憎彼にはそんな趣味は無いので、フィフティと名乗る胡散臭そうな青年から少し後ろに下がる。

 

「君が何を思っているかは知らないが、私にもそんな趣味はないよ」

「……一体なんなんだ、お前」

「あまり時間がないから、単刀直入に言おう」

 

 青年は両手を広げ、高らかに叫ぶ。

 まるで、この世界全体に伝えるように。

 

 

 

「世界は、終わる!」

 

 

 

 

 

 ——-何を言っているんだ?

 瞬の抱いた感想は、普通の現代人としては至極真っ当なものだった。世界が終わる?さんざん終末論は主張されて来たが、人類は、地球は、まだ続いている。

 先程とは変わって、青年を見る瞬の目が白くなる。謎の人物から、謎の変人へとグレードダウンしたような感じだ。しかし、本人はそんなことは御構い無しに、大真面目な顔で続ける。

 

「信じていないようだ」

「いきなりそう言われてはいそうですかって信じられるか。エイプリルフールは来月だっての」

 

 そもそも、仮に本当だとしても、一介の学生に何が出来るというのだ。ただその時を待つだけしかないというのに。

 

「残念だが本当だ。正確に言うと、滅ぼされる」

 

 先程からこの男は、世界が滅ぼされるとかほざいているが、怪獣や宇宙人がやって来るとでもいうのだろうか。それこそ胡散臭い。まだヒーロー物のほうがマシだ。

 こんな脈略のない法螺話に付き合ってられるか。そんな事を思っている瞬の手を取り、フィフティは一方的に、冗談じみた話を続ける。

 

「しかし、君なら最悪の事態は回避出来る。君に、ほんのちょっとの覚悟があればね」

 

 瞬を置き去りに、フィフティの話は展開していく。話の理解を放棄した瞬は、ただぼんやりと、妹の誕生日について考えていた。

 フィフティは、御構い無しに、腰につけていたポーチから、何かを取り出そうとする。その姿が、段々ボヤけていく。

 そして、聞き慣れた声が耳に入ってきた。

 

 


 

 

「瞬……瞬……!」

「……あ⁉︎」

 

 気がつけば、目の前で唯が瞬を呼んでいた。辺りを見渡すと、そこには、何時ものような街があった。フィフティと無人の街は、消えていた。

 

「どこか遠い目をして……何かあったの?」

「えっと……何て言えばいいのか……」

「まあいいや、ケーキ予約してたんでしょ?さっさと行くよ?」

「ま、待てっつーの!」

 

 走りだす唯を追いかけていく瞬。

 とりあえず、あの事は保留にして置こう。彼はそう思うことにした。

 

 

 


 

 

 

 夕方

 

「ハッピーバースデー、湖森ちゃん!」

 

 ケーキの上に立てられた蝋燭の灯りが吹き消され、部屋が真っ暗になる。

 少しして、瞬が部屋の電気をつける。

  瞬の妹・湖森(こもり)は、嬉しそうに唯とツーショット写真を撮る。ポニテとアホ毛が揺れているのも、感情表現の一種だろう。

 

「皆ー、ジュース持って来たよー」

 

 逢瀬兄妹の親代わりである叔父の環士郎(かんしろう)が、コップに注がれたジュースを持って来る。瞬が物心つくかつかないかのころに居なくなってしまった両親にかわって、ここまで面倒を見てくれた、瞬の頭が上がらない人物だ。

 

「おじさんからのプレゼントだよ」

 

 そう言うと、環士郎は部屋の隅に置いてあった紙袋から、ラッピングされたプレゼントを取り出す。

 

「おおっ、ありがとう!」

「プレゼント見せて見せてー」

 

 唯に催促され、湖森はプレゼントを開ける。

 

「おおっ!こ……これは……、超次元スマッシュフォースXV!」

 

 出てきたのは、様々なゲーム作品のキャラクターが登場する大人気対戦ゲームの最新作であった。シリーズの大ファンである湖森にとっては、良いプレゼントだろう。

 

「私も買って来たよ〜、欲しいでしょ〜?」

「欲しい欲しい!」

 

 

  唯は笑顔を浮かべながら、自らの横に置いてあった紙袋からプレゼントを取り出す。

 

 

「じゃじゃーん!私とお揃いの猫耳パーカー!」

「おおっ!まじイカすじゃん!」

「兄ちゃんはお前のセンスがよくわかんないよ」

 

 彼女が取り出したのは、白と黒、二着のパーカーだった。フードには、可愛らしい猫耳がついている。ケーキを受け取った後、二人は一旦別れたのだが、おそらくその後で買ったのだろう。

 

「さっそく着てみようか」

「良いね!」

「着替えるなら別の部屋でね」

 

 環士郎の言葉に従って、唯達は部屋を出る。部屋に残ったのは男二人。絵面的にも何の面白みが無い空間になってしまった。

 

「瞬君」

「何、叔父さん」

 

 環士郎が何かを言おうとしたその時、

 

「おりゃー!私、只今参上!」

 

 パーカーを着た二人が戻って来た。すぐさま部屋が騒がしくなる。

 というか今の流れ、なんか重要な話が始まるぞと言わんばかりのやつだったのだが、一瞬でそれがお流れになりやがった。一体何だったんだ今のは。なんか唯がフード被った姿をこれ見よがしに見せつけてくるが、瞬は全然反応しない。ただ唯のやかましさに対して、一言。

 

「近所迷惑」

「パーカーについての感想はないの⁉ 」

「あーはいはい似合ってますねー」

「この朴念仁!私は瞬をそんな子に育てた覚えないでやんすよ⁉ 」

 

 適当に切り抜ける作戦、失敗。瞬の生返事に対して、唯の泣き落としがぶち込まれるが、もはや突っ込むのも面倒くさい。というか誕生日の主役差し置いて何してんねんお前。

 その場であーだこーだ言っている唯を横にのけると、その後ろから、唯と同じデザインのパーカーを着た湖森がやってきた。

 

「私はどう?」

「いいじゃないか。見ているとこっちがちょっと恥ずかしくなるけど」

「ぬおおおおおお……なんちゅう身内贔屓……」

 

 馬鹿野郎。家族なんだからそりゃあ贔屓するに決まっているだろう。

 

「よしお兄ちゃん!唯さん!ゲームしよう!」

「負けないからね」

「俺もやるのか……」

 

 


 

 

 

 ゲームというのは一種のタイムマシンだ。

 ゲームに夢中になっていた3人だが、気がつけば日がすっかり暮れていた。流石にこれ以上長居は出来ないので、唯はここでおいとまさせて頂く事にした。

 

「ほんじゃ〜」

 

 唯と湖森は互いに手を振って別れる。瞬は自室に戻ってベッドに横になる。

 ふと、昼間の事が頭に浮かぶ。

 あれは、何だったんだろうか。何故か、頭から離れない。ズボンのポケットに手を突っ込むと、固い感触がする。その感触の主を取り出し、眺める。

 

「一体、なんなんだろーな、これ」

 

 昼間拾った物体だが、なんなのかわからない。だが、あの胡散臭い男に関係するのは確かだ。

 と、その時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。

 

「お兄ちゃーん、入るよー?」

 

 湖森が、瞬に呼びかけながら部屋に入ってきた。瞬は物体をポケットにしまい、体を起こす。

 

「何だ」

「唯さん、制服の上着を忘れて帰っちゃったんだ」

 

 そう言いながら、湖森は制服の上着を瞬に差し出す。思い返してみれば、帰るとき、彼女はパーカー姿だったような気がする。なんちゅう面倒くさいことしてくれたんだ、まったく。

 仕方なしに瞬は立ち上がり、湖森の持っていた上着を受け取る。

 

「今なら間に合うだろ、行ってくる」

 

 そう言って、夜の街へと出発した。

 


 

 玄関扉を開けると、少しひんやりとした空気が肌に触れた。

 瞬は、唯の家に向かって走っていた。

 

「あれは……」

 

 前方から、何かが走ってくるのが見える。

 

「あれ、持って来てくれたんだ」

 

 唯だった。どうやら本人も気づいて戻って来ていたようだ。

 

「わざわざ届けてくれるなんて気が利くう~」

「おだてても何もないぞ。ったくそそっかしいんだよ、お前」

 

 瞬は唯に上着を手渡し、今度こそ別れようとする。

 その時、

 

「やあ、昼間以来だね。昼間は、白昼夢という形でしか話が出来なくてすまない」

「フィフティ……」

 

 曲がり角から、昼間会った胡散臭いローブの青年が現れた。

 嫌そうな顔をする瞬と、「何だこの人……」と至極真っ当な感想を抱く唯。

 昼間会った時と同じように、フィフティは一方的に話を始める。

 

「瞬の彼氏?」

「ふざけたこと抜かすなこの野郎」

「別れの挨拶は済んだかい?」

「は……?」

 

 いきなり、そんな事を訊いてきた。困惑する瞬を見て、フィフティは続ける。

 

「だって、もうすぐ世界が滅ぼぶからね。知り合いや家族に、最後の挨拶くらいはしておいた方がいいんじゃないかな」

「瞬、この人何言ってるの?」

 

 唯が訊いてくるが、瞬だって同じだ。そもそも、何故コイツは付いてくるのだろうか。わからない。

 

「力は、既にこの世界に有る。後は君が、それを見つけ出し、自らのものとするんだ」

「お前さっきから何言って……」

 

 瞬がそう言いかけた瞬間、突如として轟音が鳴り響き、地面が激しく揺れる。

 

「うわああああ⁉︎」

「地震か⁉ 」

 

 瞬と唯は、立つことが出来ずに転倒する。瞬が起き上がった時には、既にフィフティの姿は消えていた。

 

「何だったんだ、今の……?」

「さ、さあ……」

 

 周囲の家からも、轟音と揺れに襲われて慌てた人達が出てくる。閑静な夜の住宅地に、どよめきが伝染してゆく。瞬達は立ち上がり、辺りを見渡す。

 そのとき、突然、ドサリという音がした。音源の方を見ると、一人の男性が倒れていた。

 

「あなた……?」

 

 男性の妻らしき女性が、倒れた夫に触れる。すると、男性の頰が、まるで灰になったかの様に崩れた。

 

「え……」

 

 困惑する彼女をよそに、男性の体のあちこちが同様に崩れ、最後には灰に埋もれた衣服のみが残された。

 ここで、ようやく全員は我に帰る。

 

「き……きゃああああああああ!」

「うわああああああああ⁉︎」

 

 男性の妻の悲鳴を皮切りに、瞬も唯も含め、周囲の人達が一斉に悲鳴を上げた。

 

「あ……ああ……ゴフッ⁉︎」

 

 恐怖で腰が抜けた女性の口から、血が流れる。

 見ると、彼女の胸に何かが刺さっていた。それが引き抜かれると同時に、女性の体も灰になって崩れ去っていく。

 その背後には、灰色の怪物が立っていた。

 後は、パニックだった。

 

「逃げろ……!」

 

 反射的に、瞬は唯の手を引いて駆け出した。瞬が来た道の方には、灰色の怪物がいる。いや、それだけではない、剣と盾を装備した骸骨や、大きな目玉を持った一頭身の生き物、ファンタジーの世界に生息していそうなワイバーンに、ハンマーを両手に持った二足歩行の亀。

 その傍らには、動かなくなった人間が幾人も存在している。おそらく、彼等は死んでいる。そして、ここにいれば間違いなく瞬たちも同じ末路をたどる。

 

「なんなんだよあれは……!」

「わかんないよ……!」

 

 それは嫌だ。

 何もわからないまま、瞬と唯は、家とは正反対の方向に逃げだした。

 

 


 

 

 街は、もっと凄惨な状況だった。

 鏡から現れたガゼルのような怪物が、人間を鏡に引きずり込んで捕食する。500m程の大きさの怪獣が、駅ごと人間を踏み潰した。巨大な蜘蛛の姿をした化け物が、近くを通った人間に飛び掛かり、八裂きにする。機械仕掛けの魔神や猟犬が、手当たり次第に砲撃を加える。典型的な鬼のような姿をした異形が、目についた人間を片っ端から貪り食っている。

 

「何だアレ……⁉︎何なんだよ⁉︎」

「わかんないよ……わかんないよ……!」

 

 その場から離れようと、がむしゃらに走る瞬と唯。その前方から、大勢の人が此方に向かって逃げてくる。

 その人の群れに向かって、カラフルな何かが降ってきた。

 

「なま……⁉︎」

 

 それと接触した人の体が、急速に炭化し、崩れ去る。攻撃を逃れた、集団の後方にいた人たちは、皆腰を抜かしている。そこに追い打ちをかけるように、金色に輝く生命体が手を伸ばしてくる。それに触れられた人は、瞬時にその身体を結晶に変え、ばらばらに崩れ去ってしまう。

 

「駄目だっ……別のところに逃げるんだ……!」

 

 瞬は、唯の手を強く繋ぎ、来た道を引き返す。今離れたら、死んでしまうかもしれない、そんな感じがする。

 二人は、コンビニの裏に回りこむ。

 これが、アイツの言っていた世界の終わりなのか。数多もの命が目の前で散っていく。数分前までは、ありふれた日常が営まれていたとは想像もつかないような惨状だった。こんなの、耐えられない。

 

「父さん達……無事かな……?」

 

 家にいるであろう両親を心配する唯。一方、瞬は黙り込んでいる。

 

「……」

「瞬?」

 

 黙り込んでいる瞬に、心配そうに声をかける唯。

 

「な、何?」

「私達、これからどうなるんだろう」

「さあな……」

 

 その時、突如二人の近くにあったコンビニが、前触れなく、文字通り、消えた。

 他に例えようがない。ただ、消えた。その跡には、何もない、真っ黒な空間が広がっていた。

 

「なんじゃこりゃ……」

「統合だよ」

「⁉︎」

 

 いつの間にか、二人の近くにフィフティが現れていた。こんな状況下にもかかわらず、彼は平然としている。

 フィフティは、壁に寄りかかって話しだす。

 

「最初に言っておくが、今起こっている事は、私の仕業ではない」

「じゃあ、なんなんだよ……⁉︎ 誰が……いや、なんでこんなことになってんだよ⁉ 一体これはなんだってんだよ⁉ 」

「今は教えられない。君がまだ、力を手に入れてないからだ」

「一体何なんだ。その力ってのは」

 

 フィフティは、瞬の問いを無視して、怪物まみれの大通りに出ていく。火災が発生しているのか、やけに向こうが明るい。

 彼は、最後にこう告げた。

 

「君のライドアーツが、力へと導いてくれる。それが、世界を救う鍵だ」

「おい待て……!」

 

 フィフティを追いかけようとする瞬だが、彼のすぐ前を灼熱の炎が通過する。見ると、頭に変な装置を付けた男が、指先から炎を生み出している。

 

「PK……FIRE」

 

 突然、その炎が瞬目掛けて飛んでくる。

 

「っ⁈」

 

 慌てて先程まで居た路地に引き返し、なんとか回避する。しかし、上から突然怪物たちが降ってきて、唯と瞬は怪物で隔てられてしまう。

 

「唯!逃げろぉ!」

「でも……」

「良いから……がはっ!」

 

 怪物が、その太い腕で瞬を殴り、彼は火の海と化した大通りへと吹き飛ばされる。彼はすぐに立ち上がり、

 

「俺なら大丈夫だがふっ⁉︎」

 

 怪物からもう一発喰らい、地面に倒れる。怪物達の間から路地の方を見ると、逃げる唯の背中が小さく見える。

 彼はもう一度立ち上がり、怪物達から離れようと走り出す。その時、彼のズボンのポケットが、白く光っているのに気付く。その光源を取り出して手に持つ。

 

「これは……」

 

 それは、昼間拾った物体だった。拾った時とは異なり、その表面には、何やら顔のようなものが描かれていたのがわかる。放たれている光は、真っ直ぐと、ある一点を指している。

 もし、本当に世界を救えるのなら。そして、その為の力を手に入れる術が、この手にあるというのなら。

 

「ライドアーツが導く……いまはこれに賭けるしかないねぇ!」

 

 戯言じみた予言が、瞬の中でいつの間にか一縷の希望へと変わっていく。

 少年は走る。力へと。

 世界の命運が、今、託される。

 

 


 

 

 どれくらい走っただろうか。

 息も絶え絶えで、少年は、街の惨状が一望できる高台へと辿り着いた。辺りを見渡すと、近くに、まだ無傷な神社があった。

 手の中の物体——ライドアーツの光は、この神社の敷地へと伸びている。

 

「唯……湖森……叔父さん……」

 

 皆は、まだ生きているのだろうか。

 少し前までは、ありふれた日常が流れていた筈なのに。今、全てが無くなろうとしている。

 此処に来る途中で見かけたテレビが言うには、世界中がこの有様らしい。フィフティの言うとおり、このまま世界は滅ぶのかもしれない。

 怪物を遠くに見つけたので、急いで鳥居の陰に隠れる。

 

「Aa……」

 

 背中からゲル状の液体を垂れ流す怪物が神社の前を通り過ぎるのを待ってから、瞬は再び動きだす。その時、奇妙なものを見つけた。

 

「なんだ……これ」

 

 それはマネキンだった。

 真っ白なそれは、この場所においてはあまりにも不自然だった。光は、マネキンの近くの地面を指している。

 恐る恐る、接近する。

 その時、マネキンが突然起き上がり、瞬の首を掴んで鳥居に叩きつけた。

 

「くあっ……!」

 

 肺の空気が全て押し出されるような力で、向こうは首を締めてくる。脳に酸素がいかず、酸素不足と激痛で意識が飛びそうになる。

 ふと、マネキンがあった場所に目を向けると、何かが地面に埋まっているのが見える。光の筋は、真っ直ぐとそれを指している。

 しかし、気付いたところで、今のままでは何も出来ない。というか死ぬ。

 

(やばい……死ぬ……!)

 

 死を覚悟したその時。

 

「おんりゃあああああ!」

「ヌッ……⁈」

 

 誰かが体当たりを白いのに喰らわせ、瞬が解放される。空気を吸いながら、瞬は顔を上げる。それはある意味で、瞬を安心させる人物だった。

 

 

「唯……⁉︎逃げたんじゃ……⁉︎」

「ようやく……再会出来た……!」

 

 煤だらけの、今にも泣きだしそうな笑顔で、瞬に抱きつく唯。

 

「お前一人で逃げたんじゃ……」

「瞬を置いて逃げるなんてやっぱり無理だよ!」

「……んな事言っている場合じゃねぇぞ」

 

 白いのが、起き上がる。

 それと同時に、神社も、コンビニと同様に消え始める。それに気付いた唯は、瞬の手を引っ張る。

 

「あの消えてる最中のやつに触れてたら、私達も消えるの!だから早く此処を出るよ!」

「いや、まだだ」

 

 だが、瞬は唯の手を振りほどいた。

 なんで、と言いかけた唯に、瞬は無言で鍵状の物体 ―― ライドアーツを見せる。それから発せられる光は、瞬の目の前の地面の中へとのびている。

 

「ようやく……見つけたんだ!今を逃したら、もう駄目なんだ!」

 

 さっき見つけた場所を、一心不乱に掘る。数分ぐらい堀っただろうか。地面を掘っていた瞬の手に、固い感触が伝わる。

 出てきたのは、バックルのようなものだった。丸い形をしており、前面には液晶がついている。上面にはふたつの鍵穴のようなもの。そして鍵穴からバックルの側方部までを結ぶような溝。

 一体これは何なのだろうか。まじまじと見つめる瞬だったが、唯の声で我に返る。

 

「ほら!早く!」

「あ、そうだった!」

 

 こんなことしている場合ではない。一刻も早くこの場を離れなくては。唯に手を引っ張られ、瞬は神社の外に出る。白いのは、神社ごと消滅した。

 路上にへたり込む二人。周りを見ると、他にも消滅したものがあるようだ。建ち並んでいた住宅が無くなり、黒い空間のみが残っていた。

 

 

「唯、これからどうする?」

「……家に帰る。父さんや母さんが心配だし」

 

 安息の地は、無い。それでも、大切な人の安否は確かめたい。

 瞬は、バックルをまじまじと見つめる。これが、本当に世界を救う力なのだろうか。

 

「瞬……?」

 

 心配そうに唯が言う。

 

「俺は大丈夫だから、な?」

「ホント?」

 

 口先では強がってみせるが、大丈夫なわけがない。

 こんな状況に置かれても、彼は普通の少年だ。彼だって、心配すべき大切な人がいる。彼らのことを考えると、不安になる。とりあえず、安否は知りたい。

 二人は立ち上がり、歩きだす。

 いつの間にか、辺りは静まりかえっていた。

 

 

 


 

 

「何だ、あれ」

 

 瓦礫の山の頂上で、金髪の少年がそう言った。

 彼の視界の先には、瞬に襲い掛かったのと同じ、真っ白な人影がいた。

 

「あれはデリトーレンだ」

 

 彼の隣にいた片袖無しコートの大人が答える。

 

「次元統合に耐えられない次元に現れ、全てを消し去る。そんな存在だ」

 

 つまらなさそうに、二人は街を眺める。この辺りはまだ、街の形をしているものの、そこら中に死体が転がっている。

 

「じゃあ、あのオルフェノクやガストレア、ミラーモンスターやノイズは?」

「全部、デリトーレンの変異した姿だ。怪物と消滅の二重奏、中々趣きがあるだろう?」

 

 男は、邪悪な笑みを浮かべ、高らかに叫ぶ。

 

「我らの大望は、何人たりとも止められはしない‼︎ 」

「はいはい、皆待ってるから帰るよ」

 

 少年に突っ込まれ、男は黙る。二人は、もう用はないといった調子で姿を消した。

 

 


 

 

 長い道のりの果てに、唯の家までやってきた。

 唯の家は、まだ残っていた。どうやら、まだこの辺りは消滅してないようだ。

 

「じゃあ、見てくる。そこで待ってて」

 

 瞬を外に待たせ、唯は玄関のドアの前に立つ。

 ガチャリと、扉を開ける。

 静まりかえった自宅に、唯は恐る恐る足を踏み出す。早く、親の顔が見たい。帰りが遅い、と叱ってくれたらどれだけ安心できるか。

 リビングの扉を開ける。

 そこには、ソファにすわり、真っ暗なテレビの画面を凝視する唯の両親の後ろ姿。

 

「父さん……母さん……」

 

 唯が呼びかけると、二人は立ち上がり、唯のほうを向く。その顔には、醜悪な笑みが浮かんでいる。

 そして、彼らのはその身を昆虫のような姿の怪物に変える。

 

「い……嫌あああああああああ!」

「唯⁉︎」

 

 悲鳴を聞き、瞬が駆けつける。

 

「父さん……母さんが……怪物に……」

「そんな……」

 

 呆然とする彼らの周りに、何処からともなく、白い化物ーデリトーレンが現れ、取り囲む。

 

「ちくしょう……!」

「今こそ、その力を使う時だ」

 

 何処からか、フィフティの声が聞こえる。同時に、瞬の頭に、何かが流れ込んでくるのを感じる。

 

 

(これは……コイツの使い方か……?)

 

 

 頭にあるイメージを、実行に移す。

 唯をかばうように前に立ち、バックルを腰に当てる。すると、何処からかベルトが出てきて彼の腰に巻きつき、バックルを腰に固定すると同時に、音声が鳴る。

 

《クロスドライバー!》

 

 次に、ライドアーツの背面部のスイッチを押す。

 

《ARCROSS》

 

 絵の部分が光り、音声が鳴る。バックルの右側のボタンを押すと、ボタンのついている部分がパカリと上にひらく。そこについている差し込み口に、ライドアーツの側面の突起を刺す。

 バックルから音楽が流れだし、瞬は、腕をバックルの辺りで交差させる。

 そして、

 

 

「変身!」

 

 

 その掛け声と共に、クロスした腕を戻すと同時に、ライドアーツの刺さっている箇所を右手で軽く押す。

 

《CROSS OVER!》

 

 バックルの右にスライドしたライドアーツが、円盤状の液晶部分にドッキングされる。

 

《思いを!力を!世界を繋げ!仮面ライダーアクロス!》

 

 その音声と共に、液晶から無数の光の線が飛び出して、瞬の体に巻き付く。全身がそれに包まれた後、何故か瞬の背後に振子のようなものが現れる。そして、それが瞬に向かって勢いよくぶつかると同時に、光がはじけとぶ。

 

「……何これ?」

 

 瞬の見た目は、大きく変貌していた。

 全身を覆う黒。銀色の胸部装甲。手足の発光するオレンジのラインと眼が、周囲を照らす。

 

「これは……」

「それが、力だ」

 

 

 

 この日、あまりにも大き過ぎる使命を持たされたヒーローが生まれた。

 彼の名は、仮面ライダーアクロス。

 

 

 

 全てを繋ぐヒーローの物語が、今始まる。




本当は1話で戦闘シーンまでぶちこみたかったけど、文字数が10000超えしそうなので次回にまわします。
 機能がまだ使いこなせてないので、おかしい所さんがありましたら教えていただけると嬉しいです。
評価とか感想とかいただけると励みになります。

ブランクが長かったせいか文章力落ちてる……いや、もともと低いか。


次回「ENTER THE NEW WORLD」


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第2話 ENTER THE NEW WORLD

前回までのあらすじ


平穏な生活を送っていた少年、逢瀬瞬。彼の世界は、突如滅び始める。街を襲う怪物と、消滅。
迫り来る怪物達から幼馴染みを守る為、彼は仮面ライダーアクロスに変身するのだった。


今回は漸くクロス作品が登場します。


 初めての変身に、戸惑う瞬。

 しかし、相手は待ってはくれない。そもそも、現在二人は囲まれている。これはまずい。

 

「どうすんの……?」

「……」

 

 瞬——アクロスは、拳を握りしめる。体が、震えているのが分かる。

 彼は、つい先程までは、ただ脅威から逃げるしか無い凡人だったのだ。歴戦の戦士のように、涼しい顔などできっこ無い。

 

「guuuuu!」

 

 怪物が、鋭い爪をふりかざす。

 

「危ねぇ‼︎ 」

 

 アクロスは唯をかばうように、怪物の爪の軌道に割って入る。背中に爪が直撃し、火花が飛ぶ。

 やってくるであろう痛みに、歯をくいしばる。

 しかし。

 

(あれ……痛くない……)

 

 思いきり斬られた筈なのに、それ程痛みは無い。まだ困惑しているアクロスに、怪物達が襲い掛かってくる。

 ひょっとして、これならいけるのではないか?今自分たちを襲っている異形どもを倒すことだって。

 

「はあっ!」

 

 アクロスは振り向いて、怪物に拳を突き出す。

 

「gua⁉︎ 」

 

 怪物の腹に拳が叩き込まれ、家具を蹴散らしながら後方へと吹き飛んだ。其の光景を見て、アクロスは確信する。

 

「この力……この力があれば……守れる!」

 

 そう確信した彼は、先程より強く拳を握りしめる。

 怪物達が、一斉にアクロスに襲い掛かる。彼は、飛び掛かってきた二体に拳を叩き込んで地面に落とし、すぐさま振り向き、後ろからきたやつを蹴飛ばす。

  怪物達は、距離を置こうと屋外へと出る。しかし、アクロスに蹴られた怪物が、彼らの前に倒れてきて、足を止めさせる。

 

「これで……終わりだ!」

《CROSS BRAKE!》

 

 アクロスも屋外に出て、バックル上部の、三つあるボタンのうち、真ん中にあるものを押す。

 唯が呆然と見つめるなか、アクロスは高く跳び上がり、右脚を真っ直ぐと伸ばし、空中で飛び蹴りの体勢になる。すると、足の裏から、何かが飛び出して怪物達の体を押さえつける。

 

「ap……」

 

 怪物の集団の目の前に、オレンジ色の六角形があり、アクロスの足との間に、いくつもの✖️が、キックの軌跡を予言するかのように出現する。

 

「おらああああああああああああああああああああああああ‼︎ 」

 

 その時、アクロスの姿が一瞬で消える。

 と思えば、いつの間にか怪物達の背後に着地していた。

 

「外した……?」

 

 唯がそう呟いた瞬間。

 列を作っていた✖️が、伸びたバネが戻っていくかのように、六角形に重なっていく。

 そして、最後のものが重なった瞬間、怪物の群れは、爆発を引き起こした。

 爆風で思わず目を閉じる唯。

 しばらくして、恐る恐る目を開ける。爆風の中からアクロスが現れ、ゆっくりとこちらへと歩いてくる。

 

「なんなの……それ」

「俺の台詞だっての」

 

 アクロスは、バックル上部右のボタンを押しながら言う。すると、ライドアーツが排出されると共に、変身が解除され、瞬の顔が現れる。

 ほっと溜息をついた直後、

 

「見事初陣を切り抜けた、仮面ライダーアクロスよ」

「お前……」

 

 いつの間にか、唯の家の屋根の上に、フィフティが立っていた。その顔は、嬉しそうだ。

 

「これで、世界の危機は去った。君が変身したおかげで、この世界の消滅は回避された」

 

 フィフティはそう言った後、急に真面目な顔つきになる。そして、空を見上げる。

 

「次元統合は避けられない」

 

 瞬達もつられて空を見上げる。そこには、あり得ないものがあった。

 

「なんだ……アレ」

 

 それは地球だった。

 もう一つの地球が、今まさに落ちてこようとしていた。

 

「おい……話が違うじゃねえか……」

 

 もう、無茶苦茶だった。たった数時間で、世界が滅びようとしている。瞬の理解を待つこと無く、事態だけが進む。

 

「本番はここからだ、アクロス」

 

 瞬と唯は目の前に広がる光景を目の当たりにして、フィフティの声も入ってこない程に圧倒されていた。

 思考を放棄し、呆然と空を見上げる。

 眼前に、世界が迫る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ENTER THE NEW WORLD》

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頰を撫でる冷たい風が、瞬の意識を引きずりあげる。

 最初に視界に入ったのは、街灯の無機質ながらも眩しい光だった。

 

「はっ⁉︎ 」

 

 慌てて飛び起きると、見慣れた自宅の前だった。なぜ自分は路上で寝てたのか、と疑問に思う。

 何かを忘れているような感覚に捕らわれながら立ち上がり、あたりを見渡すと、見慣れた風景が広がっている。ここは慣れ親しんだ自宅の前だ。何故自分はこんなところで寝ていたのだろうかと、必死に過去を思い返すが、今に至る経緯をどうやっても思い出せない。

 しばらく考えて、瞬は諦めた。

 思い出せないものは仕方ない。スマホで時刻を確認すると、午前4時ジャストと表示されている。兎に角、家に戻ったほうがいいだろう。

 

「ただいま」

 

 恐る恐る玄関の扉を開ける。

 返事は無い。

 時間的に、叔父も湖森もまだ眠っているのだろう。起こさないように自分の部屋までたどり着き、ベッドに倒れこむ。

 と、その時、ポケットに入れてたスマホが鳴る。画面には、唯の名前が表示されている。

 

「もしもし……?」

『瞬?無事なんだよね?』

「無事って……なんだお前、そんな切羽詰まったような声で」

 

 電話の向こう側で、唯が安心したかのように溜息をつくのが聞こえる。

 

「つーか今何時だと思ってんだよ。こちらは何故か路上でグースカしてたんだけどなー」

『……覚えてないの?』

 

 急に、真面目な声色になる。

 覚えてないもなにも、瞬には何の事かさっぱりわからない。

 

「なんだ?お前、何が言いた……」

 

 そう言いかけた時、彼の記憶が呼び起こされた。

 怪物の群れ。消え行く街。そして、仮面ライダー。あれほどの出来事があったはずなのに、何故かそれらは先程まで記憶からさっぱりと消えていた。

 さらに、一番の違和感に気づく。

 

「なんで……なんで街がなんともないんだ……⁉︎ 」

 

 部屋の窓から見えるのは、見慣れた街の風景。

 瓦礫も、死体も、まるで昨日のことが無かったかのように、さっぱりと消えていた。まるで、質の悪い悪夢でも見ていたかのような感覚だ。

 

『父さんも、母さんも、ちゃんといた』

 

 悲劇は無かった事になったが、それ以上に大きな違和感が残った。

 瞬は、窓の外に目を向ける。今日の朝日は、酷く不気味に映った。

 

 

 

 

 


 

 

 

「やっぱり全部無かったことになってる……」

 

 どうやら、誰も覚えていないらしい。家にいた二人に訊いてみたものの、叔父には、いつ帰って来たんだと聞かれ、湖森には怪訝そうな顔を向けられた。

 あくびをしながらテレビを付け、普段は見ないニュース番組を見てみても、昨日のことには一切触れない。

 

『先月から発生している児童連続失踪事件ですが、未だに詳しいことはわかっておらず、警察は誘拐の線も視野に入れた上で操作を続けています——』

「怖いねー、二人とも気をつけるんだよ」

「どうせ変態の仕業でしょ」

 

 テレビを横目に、瞬は朝食を食べる。何時も通りの朝の筈なのに、不気味に感じる。それに、先程から、瞬は現在進行形で表現し得ない違和感を感じていた。

 あえて例えるならば、なにか余計なものがあるような、周りと自分が噛み合わないような感覚。こうして何時も通り過ごしているだけで、それは膨らんでゆく。

 

「瞬君、なんか顔色悪いけど……大丈夫?」

「だ、大丈夫だって……二人とも心配しすぎだよ。俺はなんともないから、さ」

 

 どうやら顔に出てたらしい。瞬は急いで朝食を食べ終えると、洗面所の鏡の前に立つ。

 自分自身には、見たところ特に変化はない。叔父も湖森も、何時も通りだ。

 

「訳わかんねえ」

 

 顔を洗っても、頭の中はまだスッキリしない。溜息が自然と出てきた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 着替えを済ませた瞬は、机に向かっていた。と言っても、勉強してるわけではない。彼の手には、昨日手に入れたバックルとライドアーツがあった。この得体のしれないものが、昨日の出来事が夢ではなかったと告げている。

 

「これがある……つーことは、夢じゃない、って事か」

 

 誰かに話すべきだろうか、と考えるも、話したところで多分どうにもならない。

 

「考えたって仕方ねぇか……」

 

 一旦考えるはやめよう。今までの流れだと、また頃合いを見計らってフィフティが説明でもしてくれるだろう。なんだかよくわからないけど、そんな気がする。

 瞬は違和感について考えるのをやめ、勉強机の横に掛けてある鞄に手を伸ばす。宿題をやってた方が遥かにマシだと考えたためだ。鞄を開け、宿題を取り出そうと中に手を突っ込む。

 

「……あれ?」

 

 おかしい。見つからない。結構分厚い本だから、そう簡単には無くさない筈だし、そもそも昨日は帰ってから鞄は開けてない。部屋中を探すが、出てこない。

 と、なると考えられる可能性は。

 

「宿題学校に置いてきた……」

 

 最悪だ。

 なんか抱えている問題が先程と比べて一気にスケールダウンした気がするが、高校生にとっては大きいものだ。

 

「取りに行くしかねえか……」

 

 校則の規定で、校舎に入る際は制服か、部活動のユニホームを着用しなければならない。瞬は服を脱ぎ、クローゼットの中にある制服を取り出す。

 と、ここである事に気づく。

 

「……制服、こんなんだったか?」

 

 自分の記憶にあるものと、目の前にある制服が違う。再び、忘れようとしていた違和感が呼び覚まされる。

 

「……まあ、着るしかないか」

 

 そんな事よりも宿題だ。やらなかったらやらなかったで後々痛手になる。瞬は着慣れない制服に身を通し、家を出た。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ほんとに元通りだな……」

 

 改めて見ると、昨日の夜の事が嘘だったかのように、街は普通だ。ひょっとしたら、あっちが夢だったのかと一瞬考えたが、未だに残るあの生々しい感覚が、あれが現実だと主張する。

 と、考えているうちに、高校のある場所にたどり着いた。

 

「あれ……?」

 

 校舎を見た瞬の口から、そんな声が漏れる。

 記憶にある校舎と、目の前にある校舎が、大きく異なっている。校門のところにある学校名も違う。というか、中高一貫校になっている。明らかにおかしい。

 道を間違えたのだろうか、と一瞬考えたが、胸ポケットの生徒手帳に挟んである学生証は、瞬が目の前の学校の生徒であることを示している。

 どういうことだ?と瞬が考えていると、

 

「ちょっと良いか」

「⁉︎ 」

 

 急に、後ろから呼びかけられた。フィフティかと思い振り返ると、白いパーカーを着た男がいた。被っているフードの下から覗く前髪は、色が薄い。

 なにやら、切羽詰まったような表情を浮かべて、此方を見ている。

 

「なんだ、アンタ」

 

 瞬の問いに、男はこう答えた。

 

「妹を知らないか。少し目を離した隙に消えてたんだ」

「悪いけど、俺は知らない」

 

 そもそも誰なんだお前、といった目線を男に向ける。男はガックリと肩を落とすもすぐに立ち直り、そのまま校門を駆け抜けて行った。

 

「なんだったんだ、今の……?」

 

 色々疑問に思う瞬。

 しかし、自分の本来の目的はまだ達成できてない。というか、出来るかわからない。

 

「……とりあえず、あるかどうか確認しねえと……」

 

 とにかく、宿題を持ち帰るのが優先だ。考えるのは後回しにしよう。そう自分に言い聞かせ、瞬は校門をくぐった。

 


 

 ——と、息巻いていた数分前は何故か考えていなかった問題が発生。

 

「あれ……?教室どこだ……?」

 

 外観が変わってた時点で予想はしていたが、校舎の内装も変わっていた。

 自分の教室が何処にあるのかわからない。

 途方に暮れる瞬だったが、正面玄関辺りなら案内図があるのではと予想し、瞬は一旦引き返す事にした。

 

「くそ……学校で迷子なんてみっともないにも程があるだろ……!」

 

 悪態をつきながら、静かな廊下を歩く。その時、近くの教室の中に、あるものが見えた。

 誰かが倒れている。具合が悪くなって倒れたのだろうか。今いる位置からは良く見えない。保健室にでも連れて行った方がいいのではないかと思い、瞬は教室に入る。

 良く教室を見ると、中学生ぐらいの少女が仰向けで床に倒れている。よく見ると、服が少し乱れている。この状況から推測されるのは。

 

「マジかよ……⁉︎ 」

 

 どう考えても事案だ。それも薄い本とかであるような、だ。

 考えたくないが、そう判断出来てしまう。思考が、悪い方へ悪い方へと流されていく。これってえっちな漫画の中だけの話ではなかったのか?

 その時、

 

「何入って来てんだよ、モブ野郎」

 

 突然、目の前に拳が現れたかと思えば、次の瞬間には教室の天井が視界一杯に広がっていた。いきなり殴られたらしい。鼻血が流れている。

 混乱する瞬の前に、攻撃をしてきたであろう人物が現れる。瞬と同じ制服を着た、気持ちわるいくらいに顔の整った少年だった。

 

「な……にが……」

「もう少しでお楽しみだったのによぉ、何邪魔してくれてんだよ」

 

 少年は瞬を殴った拳をもう片方の手で払いながら、瞬を威嚇するように睨みつけてくる。

 おそらく、彼が犯人。何がしたいかなんて考えるまでもないだろう。

 少年はまだ立ち上がれない瞬の脇腹を思い切り蹴り上げ、瞬は床を転がって壁に背中を打ちつけられる。瞬は痛みを堪えながら、目の前の少年に怒る。

 

「何……してんだよ⁉︎ 犯罪だぞ!」

「犯罪者呼ばわりは酷いな。救世主と呼んでくれ。これは、世界を救う為の第一歩なんだから、さ」

 

 その言葉に、瞬は唖然とした。会話が噛み合わない。まるで別の世界の、別の生き物と会話しているような感覚だ。というかこの光景がどうやったら世界救済につながるというのだ?

 逃げたい所だが、少女を置いて逃げるなんて出来ない。そしたら、間違いなく彼女は襲われる。早速行動に移そうとするも、少年に腹を踏みつけられる。

 

「見られたからには、邪魔したからには死んでもらう!この雑魚が!」

「がはっ!ばふっ!」

 

 少年は叫びながら何度も瞬を踏みつける。踏みつけられる度に、腹の中のものが全て押し出されそうな感覚が襲ってくる。

 

「あー腹立つ……ああ腹立つ!テメエみたいな雑魚には使いたくなかったんだけどよぉ、テメエのせいで今の俺は凄え気分が悪い!後悔させてやる、俺の邪魔をした事を!」

 

 そう言うと、少年は何処からか一本の剣を取り出す。

 

「なっ……お前、そんなもん……」

 

 銃や刀剣の所持が法律でしっかりと規制されている日本では、本来でてくるはずがない代物。最初、瞬はこれはおもちゃだと思いそうになったが、あの刃の輝きは明らかにおもちゃではない。本物だ。目の前の少年は、それを躊躇いなく瞬にふりかざそうとしてくる。ハッキリ言ってまともじゃない。

 

「おらあああああああああああああああああああああああああああああ‼︎ 」

 

 剣が、瞬の胸に刺さろうとする。

 その時。

 

《KAKUSEI GUNGNIR》

 

 何処からかくぐもった電子音が聞こえた直後、廊下側の壁が吹き飛んだ。

 粉塵と衝撃波が、両者を襲う。少年の方は、衝撃で窓の方へ叩きつけられ、窓を突き破って二階の高さからコンクリートの地面へと落下していった。

 

「なんだっ……」

 

 粉塵の中から現れたのは、異様な姿をした怪物だった。身体のあちこちを覆う白とオレンジの目立つ装甲。その隙間からは、黒い煙が噴き出している。

 怪物は低い唸り声をあげながら、ゆっくり歩いてくる。ここで瞬は、少女の事を思い出す。辺りを見渡すと、気絶したままの彼女は、瞬のすぐ近くに倒れているのが見える。

 怪物が、少しずつ接近してくる。

 

「……やるしかない、のか?」

 

 あの時のように、出来るのだろうか。守れるのだろうか。

 

「ガアアアアアアアアアア!」

「うっ⁉︎ 」

 

 怪物がいきなり殴りかかってきた。瞬はギリギリ躱すも、拳のあたったロッカーが粉々になる。

 とにかく、このままでは少女も瞬もどうなるかわからない。最優先は、少女の安全を確保すること。その為に出来ることを必死になって考える。

 

「……やっぱりこれしかない!」

 

 考えた末、瞬はバックルを取り出して腰に当てる。するとベルトが自動で巻かれる。

 

《クロスドライバー!》

 

ライドアーツを取り出し、ベルトに取り付ける。

 

《ARCROSS》

 

 待機音が鳴り出し、怪物の動きが止まる。瞬は怪物を真っ直ぐ見つめる。

 

「変身!」

《CROSS OVER》

 

 振り絞って出た掛け声は、震えていた。前と同じように、瞬の身体が光に包まれていく。

 

《思いを!力を!世界を繋げ!仮面ライダーアクロス!》

 

 再び、少年は変身した。

 仮面の下で、一回だけ、深呼吸をする。

 目の前の怪物を恐れるな。後ろの少女が傷つくことを恐れろ。

 変身に驚いたかのように動きを止めていた怪物が、アクロスに殴りかかってくる。アクロスは腕でガードしつつ、腹にパンチを一発くらわせる。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼︎ 」

 

 怪物が怯んだ隙に、アクロスは怪物に突進する。ここで戦えば、少女を巻き込んでしまうからだ。両者はそのまま、枠しか残っていない窓から飛び出し、地上に落下する。

 何度も地面を転がった後にゆっくりと立ち上がり、両者は対峙する。

 

「はあああああっ!」

 

 アクロスは、渾身の力で殴る。しかし、怪物はそれを打ちはらい、カウンターとして蹴りをアクロスに叩き込む。瞬は数歩ほど後退りするも、すぐに再び攻撃体勢に入る。

 

「アアアアアアアア!」

 

 怪物は雄叫びをあげ、接近してきた瞬に頭突きをする。瞬は大きく吹き飛び、フェンスに激突し、大きくへこませる。

 

「つ……強え……」

 

 目の前の怪物は、ポキポキと手を鳴らしながら接近してくる。アクロスは立ち上がろうとするも、少年に受けたダメージが蓄積され、上手く立てない。

 

「ヤバイ……俺、死ぬ……⁉︎」

 

 怪物の手が光りだす。

 死が、目の前に迫る。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 暁古城(あかつきこじょう)は、必死になって校舎の中を走っていた。

 

凪沙(なぎさ)っ……!凪沙ぁ!」

 

 必死になって妹の名前を呼ぶ。

 長年一緒に過ごしてきた、大切な家族。それが急に居なくなれば、普通は不安になる。

 古城は血眼になって探す。身体中から、嫌な汗がだくだくと流れる。

 ある一室にたどり着いた時、彼は立ち止まった。壁や窓ガラスが吹き飛び、机が散乱している。まるでここだけ台風が直撃した様だ。

 そんな教室の壁にもたれかかるように、古城の妹・凪沙は倒れていた。

 

「凪沙ぁ!」

 

 古城は彼女のもとに駆け寄る。特に外傷はないようだ。ほっと胸を撫で下ろし、肩の力を抜く。

 その時、外から何かを殴るような音が聞こえてきた。

 

「誰か喧嘩でもしてんのか……?」

 

 おっかねえと思いながら、窓から下を見ると、全身を黒い鎧のようなもので覆い仮面をつけた人物と、異形の怪物が戦っていた。

 

「なんじゃありゃ……⁉︎ 」

 

 自分の目が可笑しくなったのかと目をこすってみるも、目の前の光景は変わらない。事実だ。

  古城が呆然としていると、更に猛スピードで何が彼の目の前を落ち、粉塵を巻き上げる。

 

「何がどうなってんだよ……?」

 

 思わず、そんな言葉が口から出てくる。

 この時、彼は気付かなかった。校舎の壁をよじ登り、窓枠に手を掛けている人物がいた事を。古城に殺意のこもった視線を向けながら、窓から教室に入り込んでいた事に。

 

「くたばれええええええ‼︎ 」

「な」

 

 グサリ。

 古城が気付いた時には、彼の胸元に一本の剣が突き刺さっていた。襲撃者が剣を思い切り引き抜くと同時に、そこから鮮血がとめどなく溢れ出す。

 

「な……に、が……?」

 

 古城は自らの血が作り上げた紅き海に倒れる。血を失い過ぎた為か、意識が朦朧としてきた。

 

「や、べぇ……」

 

 古城の意識が、沈む。

 襲撃者の少年は、屍と化した古城を何度も蹴飛ばす。

 

「やった……俺はコイツから世界を守った!神様、見ててくれたか!やったぞ!俺はヒーローだ!」

 

 高らかに叫ぶ少年。その顔には、何かを成し遂げたのような満面の笑みを浮かべている。血にまみれたその笑顔は、彼が見た目通り真っ当な感性を持ち合わせていない異常者であることを主張している。

 

「さてと、帰りますか」

 

 色々予定外のことがあったものの、やるべき事は済んだ。少年は剣を引きずりながら教室を出ようとする。

 が、

 

「貴方を逃がすと思っているんですか?」

 

 その言葉と共に、少年の額に銀の槍の穂先が突きつけられる。

 

「君は……姫柊雪菜(ひめらぎゆきな)ちゃんだっけ?」

「……」

 

 少年に、銀の槍を突きつけている少女は微動だにしない。その目には、少年に対する怒りが込められている。

 少年はその槍を素手で掴む。

 

「なんで俺がそんな目で見られるわけ?寧ろ俺は褒められるべきなんだけどなぁ」

 

 少年は、本人に理解出来ない、といった感じに肩を竦める。その言動が、雪菜と呼ばれた少女に怒りを抱かせる。元来正義感の強い彼女からすれば、目の前の少年は悪だ。

 たとえ、血溜まりに倒れている古城が、世界を揺るがしかねない危険人物だとしても。

 

「貴方は、人を刺してもなんとも思わないのですか?」

「色ボケの第四真祖だろ?消した方が世の為だ」

 

 少年は悪びれる事なく答える。

 

「君もわかるだろ?アイツは居ない方がいいんだ……」

 

 少年がそう言いかけた次の瞬間。

 

「GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA‼︎ 」

 

 謎の咆哮と共に、突如として周囲が閃光で塗りつぶされた。

 

 

 


 

 

 

 場面は時を遡ること数分前。

 瞬に、死が迫る直前、それはやってきた。

 

「どいてどいてどいてどいてぇー!」

「なっ……⁉︎ 」

 

 突然空から女の子の声が聞こえてきたかと思えば、何かがアクロスの真上に勢いよく落下してきた。

 

「がっ……」

 

 良くも悪くも、アクロスのスーツが頑丈な為、そこまでの痛みは感じない。一体何が落ちてきたんだ、とアクロスは自分の体の上に乗っかっている物体を見てみる。

 

「マジかよ……⁈ 」

 

 其れは人だった。

 紫の髪の、パーカーワンピを着た幼い少女が、アクロスの上に乗っかっていた。

 

「……あれ?ここどこ?」

 

 驚くべきことに、彼女は普通に起き上がり、辺りを見渡しはじめた。少なくとも校舎よりも高い位置から落ちてきていた筈なのに。そしてその後に口から出た言葉は、

 

「もしかして私、また次元を超えちゃったんだ!」

「……え」

「いやぁ、もう少し捻りないのかなー?流石に4回目だとマンネリ化してこないかなー?私、このままだと落下極めちゃうかも⁉︎ 」

 

 この場の殺伐とした雰囲気を粉々にするかのように、少女の口から出てくるメタ発言。

 困惑するアクロスに対し、少女は次の様に言う。

 

 

 

 

「私、ネプテューヌっていうんだ。悪いけど君、状況と此処が何処なのか教えて欲しいんだけど、いいかな?」

 

 

 それは、なんとも奇妙な縁の始まりだった。




はい。漸く書き上がりました。スマブラ買ったので必死にキャラ解放をしていて遅くなりました。

ストブラに関しては、物語の都合上時間軸をいじってます。時間軸的にはオイスタッハとの邂逅直後です。

一応いっておきますが、古城は死んでません。
まだクロス作品は少ないですが、許してくれや。


次回「フォーリング・ヴィーナス」


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第3話 フォーリング・ヴィーナス

※段落字下げができてなかったので修正しました。

前回のあらすじ

目覚めた先は、何かが違う世界。
誘拐犯に刺された古城。謎の怪物に襲われる瞬の前に降ってきた少女・ネプテューヌ。

今、軌跡は交差しようとしていた。



話の構成が上手く纏まらなかったり、シンフォギアGXを一気見したり、スマブラやってたり、めだかボックスにはまって単行本買ったりしてて遅くなりました。すみません。

多分戦闘はそんなに無いんじゃないかな。
期待を裏切ってごめん。


 なんだ、今の状況は。

 アクロスは、自分の上に乗っかっている少女を見ながらそんなことを考えていた。

 

「……ってそんな場合じゃねぇ」

 

 そうだ。アクロスは未だ戦闘中。ネプテューヌと名乗る少女の落下というアクシデントに両者とも動揺しているが、絶体絶命の状況ではあることには変わりない。

 みれば、怪物は再びアクロスに留めを刺そうと拳を振り上げる。その腕の装甲が展開し、熱気が溢れ出る。

 

「つ……」

「なんかいきなりゲームオーバーっぽいんですけどー⁈ 」

 

 ダメージが蓄積しているうえに、上に乗っかってるネプテューヌのせいで思うように動けないアクロス。怪物の渾身の一撃が、今まさに振り下ろされようとする。

 その瞬間。

 

「GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA‼︎ 」

 

 突如周囲に響き渡る咆哮。

 其れを合図に、校舎から飛び出した稲妻が、無差別に襲いかかってくる。瞬もネプテューヌも体を屈めて周囲を薙ぎ払うような稲妻を避けるも、衝撃でフェンスに叩きつけられる。

 稲妻の当たった地面が抉れている。凄まじい威力だ。

 

「ガッ……」

 

 稲妻を何度もその身に受けた怪物は、体を引きずるようにその場を離れる。雷鳴が止み、怪物も去り、その場に残された二人は、緊張の糸が解けたかのようにその場にへたり込む。

 

「何だったんだ今の……?」

「……10万ボルトを喰らうロ●ット団の気持ちが味わえたような気がするよ……」

 

 なんかズレた感想を抱くネプテューヌ。アクロスは変身を解く。その光景を見たネプテューヌは、驚いた顔で瞬を見る。

 

「ねぷっ⁉︎ まさか人間だったなんて……てっきりロボットかと思ったよ〜」

「あのさあ、さっきから言おうと思ってたんだけど、お前一体なんなんだ?なんで上から落ちてきた?」

「あ、そっか。これまでにも何回かこういうのはあったけど、異性の上に乗っかるのは初めてだったなー私。変な気起きてないよね?私そーゆーのはお断りだからね?」

 

 やっとネプテューヌが退き、瞬の体が軽くなる。一体コイツは何を言っているのだろう。さっきの少年とは別ベクトルの意味不明さを感じるのはきっと瞬は気のせいではないだろう。

 

「それには色々あってさぁ……てゆーか此処何処?教えてくれたら嬉しいんだけど、どう?」

「日本。正確に言うと東京」

 

 瞬の言葉に、眉をひそめるネプテューヌ。ざっくり過ぎたか、求めているのは別の情報なのか、瞬にはわからない。

 

「もっと正確に言うなら天統市……」

「日本?プラネテューヌじゃなくて?」

 

 今度は瞬が眉をひそめる。聞いたことない単語だ。思わず訊き返す。

 

「えっと……どーゆーことだ?」

「此処って、ゲイムギョウ界だよね?」

「ゲーム業界……話の流れがわからん。なんでそんな単語が出てくるんだ」

 

 何やら彼女は驚いたような顔をしているが、瞬にはその理由がわからない。さっきから話が妙に噛み合わない。こうも会話のキャッチボールが成り立たないと、自分が可笑しいのかという気持ちになってしまう。

 

「まさか……また次元を超えちゃった?ヤバイよ〜ただでさえ仕事溜めていーすんカンカンなのにこれじゃあ激おこされちゃうよ〜」

「……」

「……なんか急に私に向ける視線が変わった?なんでそんな可哀想な目で私を見るの?どっちかというと悲劇のヒロインより主人公なんだけどなー私」

 

 一人で騒いでるネプテューヌを、冷めた目で見る瞬。彼の頭の中で、既に彼女は言動の痛い変な子扱いに決定されていた。瞬は立ち上がり、そのままネプテューヌを置いて歩き出す。

 

「ちょっと待ってよ⁉︎ 私これからどうすれば良いの⁉︎ RPGのNPCでさえ耳より情報を教えてくれるのに⁈ 」

「なんでついてくるんだよ⁉︎ 迷子なら警察行けっての!」

 

 しつこく付き纏ってくる少女を振り切るべく、瞬は全力で走り出した。

 さっきから何なんだ。まるで意味がわからない。さっきの怪物も、稲妻も、この少女も、瞬の理解の範疇を超えている。しばらくは何も考えたくない。瞬はそう思いながら、全力疾走するのだった。

 


 

 時は遡ること5分前。

 教室が突如として閃光に塗りつぶされた直後。

 

「なっ……!」

「これはまさか……!」

 

 閃光に対し、咄嗟に目を閉じた両者。瞬間、稲妻が辺りに飛び散る。閃光が収まり、姫柊雪菜が目を開けた時、彼女の視界には此方に向かってくる稲妻が入ってきていた。

 咄嗟に床を転がって回避するも、再び稲妻が襲いかかってくる。まるで、周囲の全てを滅ぼそうとするように。

 

「一体何処からっ……」

 

 回避しながら、稲妻の発生源を探す雪菜。それは直ぐに見つかった。血溜まりの中に倒れている暁古城だ。彼の腕から、濃密な魔力の塊と稲妻が噴き出している。

 次第に雷撃は止み、教室中に焦げたような匂いが充満する。後に残されたのは、雪菜と、血塗れの古城、そして無傷で床に寝かされている凪沙であった。

 襲撃者の姿は何処にもない。

 

「今のは……?」

 

 ボロボロになった教室を、倒れている古城の元へと歩く。随分と派手に破壊したものだ。黒板は真っ二つに焼き切られ、床に落ちているし、廊下側の壁と窓がごっそり無くなっている。

 

「っ……が……」

 

 ふと、雪菜の耳に何者かの呻き声が入ってくる。声からして男のものだろうが、そんな筈は無い。

 いくら吸血鬼でも、致命的な弱点である心臓を貫かれて生きている筈はない。しかし、雪菜の目に映っているのは、紛れも無い現実だった。

 床にぶち巻かれていた血が、まるでビデオを巻き戻すかのように古城の体に戻っていく。心臓を貫くように体に空いていた穴が、塞がっていく。

 

「な……これが……第四真祖の力……⁉︎ 」

 

 最終的に雪菜の前には、ボロボロの服を着た、無傷の体の古城が横たわっていた。雪菜の声に反応して、古城の体がピクリと動く。

 

「先輩⁉︎ 」

「……姫柊か?」

 

 この数日で、聞き慣れた気怠げな声。その主が、ゆっくりと体を起こしていた。

 

「痛え……つーか死んでた……」

「い、生きてるならちゃんと言ってくださいよ!心配した私が馬鹿みたいじゃないですか……!」

「悪かった。でも、俺だって知らなかったんだよ。真祖って、此処までされても生き返っちまうんだな……」

 

 

 

 

 

 

 

 暁古城は人間ではない。吸血鬼である。

 それも只の吸血鬼ではなく、強大な力を持ち、世界を揺るがしかねない第四真祖である。

 彼は少し前、ある人物から真祖の力を受け継ぎ、人間から真祖へとなった。未知数の力を持ち、危険視されているが故にある組織から監視をつけられている。それが姫柊雪菜である。

 

「しかし、凪沙を誘拐するなんて、一体何が目的だったんだ?」

 

 ふと、古城が呟く。

 

「第四真祖である先輩に対する人質、と考えるのが妥当ですけど……」

「けど?」

「……すみません、まだはっきりとは分かりません」

 

 雪菜は、何故かここで言うのをやめる。

 考えてみると、古城の事を危険視して殺しにかかるのは、納得がいく。実際彼は、本人には実感がないかもしれないが、世界のバランスを崩しかねない力を秘めている。

 

「つーか、なんで俺を助けてくれたんだ?お前の任務って、俺の監視か抹殺だったろ」

 

 そうだ。もともと雪菜の所属する獅子王機関は、古城の監視及び抹殺を彼女に命じている。別に古城は死にたがってる訳ではないが、雪菜が彼を助ける必要がないように思える。

 

「確かに、先輩は危険です」

 

 雪菜は、きっぱりと告げる。古城はやっぱりか、といった顔をするが、雪菜はこう続ける。

 

「ですが、私は先輩が始末されるべきだ、とは思いません。だらしなくていやらしいですが、悪い人じゃないのは確かですから」

 

 その言葉を聞いて、嬉しいような、なんか微妙に傷付いたような気分になる古城。若干心当たりがあるので言い返せない。

 古城は気絶している凪沙を背負って雪菜と共にボロボロの教室を出た。

 

 

 


 

 

『ごめん、お兄ちゃん今いないんだ』

「あーそうなんだ。御免ね、いきなり電話かけて」

『別にいいよ』

 

 湖森の言葉を聞いて、溜息をつく唯。

 瞬の電話にかけても繋がらないので湖森に電話してみたのだが、家にはいなかったようだ。

 

(てゆーか、ありえんっしょ)

 

 誰も、昨日の事を覚えてない上、目の前で怪物に殺された両親が生きていた。朝顔を見た時は、大きな悲鳴をあげてしまったなあと思い出し、唯は少し恥ずかしくなった。

 

「しっかし、アイツは何処ほっつき歩いてんだか」

 

 唯が瞬に電話したかった理由としては、やはり昨日の事だ。誰も覚えていない、無かった事になっている大惨事。それについて話せる唯一の知り合い。こういう時は、事情を知っている者同士で話し合って安心を確保したい。そんな思いを抱きながら、彼女は歩く。

 彼女が今居るのは、郊外にある巨大ショッピングモール。スマホの機種変更を終えた帰りであるのだが、正直関係ない事だ。付き添いできた父親を先に帰らせ、一人で店内を歩いていた。

 

「ん?」

 

 ふと、誰かに服を引っ張られたような気がして立ち止まる唯。誰かと思い、後ろを振り返る。

 

「えーと?」

「……………………」

 

 そこに居たのは、小学生くらいの少女だった。無言で唯の服の裾をがっしりと掴んでいる。

 

「私に何か用でも?」

「…………ここ、何処?」

 

 迷子だこれ。唯はそう呟いて溜息をつく。少女は、じーっと唯を見つめている。

 

「ま、迷子?この辺の子じゃないの?お母さんは?」

「わからない」

 

 全然情報が出てこない。犬のお巡りさんになった気分だ。面倒なので置いていこうかと思ったが、流石に気が引ける。仕方なしに、唯は少女の頭を撫でながら、

 

「わかった。お姉ちゃんに任せんしゃい」

 

 せめて迷子センターにでも連れていってあげよう。右も左もわからないような子供を置いていくよりはマシだと判断した唯は、服の裾を握っている手を取る。

 

「君、名前は?」

「……ひびき」

「ヒビキちゃんか。短い間になるけど、よろしくね」

 

 不安そうな顔の少女を安心させようと、笑いかける唯。瞬とは電話が繋がらないし、とりあえず彼のことを考えるのは、この少女を助けてからでもいいだろう。

 当初の目的を後回しにして、唯は少女の手を引きながら歩く。

 

「……」

「……気まずいなぁ」

 

 二人の間に会話はない。沈黙に耐えながら、唯は無言で迷子センターを目指す。

 ふと、ヒビキを引いていた手が重くなる。少し力を入れて引っ張ってみるも、抵抗されている感じがする。

 

「あの、ヒビキちゃん?」

「…………」

 

 唯の声は見事にスルーされた。

 

「見て、あの子」

「え?」

 

 唐突にヒビキがそう言って指をさす。唯は、なんぞやと思いながら指のさす方を見ると、そこには、泣き(じゃく)る幼い男の子がいた。

 ヒビキよりも幼い男の子は、わんわん泣いている。なんか嫌な感じがするも、唯は話しかけてみる。

 

「あの、どうしたの……?」

「お母さぁん……お父さん……何処ぉ……」

 

 迷子その2だった。思わず唯は頭を抱える。まさか短時間で二人も迷子に出くわすなんて、誰が予想できようか。

 

「ほっとけないよ……何とかならないかな?」

「それは私も同じなんだけど……ヒビキちゃん、貴女も迷子じゃ無かったっけ?」

「それはそれ、これはこれ。私はこの子を助けたい」

 

 ヒビキはこう言っているが、流石に迷子二人も面倒を見られる気がしない。しかし、同じく迷子であるヒビキが助ける気マンマンなのはどういう事だろうか。ほっとこうかと思ったが、またまた唯の中の善性がそれを妨げる。色々悩んだ挙句。

 

「ああわかった!私も手伝うから……」

 

 結果、ひとり増えました。

 困っている人をほっとけない自分を笑うしかなかった唯であった。

 

 


 

 

 

 まだついてくる。

 撒いたと思ったが、あのネプテューヌとか名乗る少女はしつこく瞬に付いてくる。

 

「あのさあ、いつまで付いてくるんだ?」

「いや、君冷たすぎない?そんなんじゃ私から主人公の座は奪えないよ?まあ譲る気はさらさらないけどねー」

「何言ってるのかわからないんですが」

 

 痛い発言にはもう慣れたが、相変わらず此方の話を聞いちゃくれない。色々と強引な幼馴染みの事が頭に浮かび、溜息をつく。

 

「しかし、此方がゲイムギョウ界じゃないとすれば、一体何処なんだろ?」

「またその話?あのな、俺はお前の厨二病ごっこに付き合ってる余裕はないんだ。また今度な?」

「あ、一応付き合ってはくれるんだ」

 

 ただし高校生は忙しい。よってそんな余裕はないだろう。疲れ切った瞬は、近くのベンチに座りこむ。ネプテューヌも隣のベンチに座ってきたが、もうどうでもいい。

 

「疲れ、た……」

 

 快晴の空を見上げ、長い溜息をつく瞬。そこに、足音が近づいてくる。もうなんだか反応するのが面倒になった瞬は、体をピクリとも動かさず、無視を決め込もうとしていた。

 

「すみませーん」

「……」

「あのー?」

「迷子なら他を当たってくれ」

「いや、貴方、開王学園の人ですよね?」

「コスプレだ」

「すっげえ適当な嘘つきやがったよこの人!」

 

 しつこいなあと思いながら、声のした方に顔を向ける。そこには、赤い髪の上に緑の髪という、トマトみたいな髪色の少年が立っていた。

 

「うわあ凄い髪色」

「さっきからわざとやってません?俺の精神にダイレクトアタック仕掛けないでくださいよ」

 

 その時、着信音らしきものが鳴りだした。

 

「あ、柚子からだ」

 

 少年は何処からか太いタブレットのような物を取り出して腕に取り付ける。

 

「なんでこっちで通話すんだよ。スマホがあるじゃんかよ」

『遊矢?今何処にいるのよ……早くしないと入学説明会が始まるわよ?』

「久留嗚呼公園……」

『何処をどう行ったら学校とは反対側に来るのよ⁉︎ 』

 

 なんだコイツ。一体何を見せられているんだろう。そんなことを思いながら、生温い目で少年を見つめる瞬とネプテューヌ。通話が終わった少年は、

 

「と、兎に角邪魔してすみませんでしたー」

 

 すたこらさっさと退散していった。ホント何だったんだろうか。あの少年、凄い髪色だったなくらいしか言えない。そういえば自分は何をしに学校に行ったんだっけなぁと思うが色々ありすぎて思い出せない。

 とりあえず唯に電話でもして昨日の事について話し合おうと思ったが、スマホの充電が切れていた。

 

「最悪だ……」

 

 怪物に襲われるし、教室は吹き飛ぶし、変なヤツに絡まれるしで、瞬は動く気力が無くなっていた。

 自分の周りって、こんなに変なヤツばかりだったっけ。そんな疑問さえも、考えるのが馬鹿らしくなってきた。青空を見上げ、本日何回目かの大きな溜息をつくのであった。

 

 

 


 

 

「っかは……!」

 

 少年は、ボロボロの体を学校の授業屋上に横たえる。体のあちこちに火傷の跡がある。強烈な電撃で体を焼き切られたのだ。生きているのが不思議なレベルで。

 

「くそったれ……甘く見すぎてた……」

 

 あれで第四真祖を殺せると思っていた自分が情けない。やはり、ただの剣では第四真祖を殺せない。

 準備を整えリベンジマッチに挑もうと、起き上がる。油断しなければ、イレギュラーな要素が無ければ、殺れる。そう呟きながら、ふらふらとした足取りで歩きだす。その時、

 

「だいぶボロボロになってるねぇ、力貸そうか?」

「何だお前⁉︎ 」

 

 屋上の扉の向こうから、声が聞こえる。

 

「君に力を与えたものさ」

 

 その言葉が聞こえると同時に、扉が開き、そこから金髪の少年が出てくる。

 

「まさか、神の仲間か?」

「僕はギフトメイカーのレド。以後宜しく」

 

 金髪の少年は挨拶を済ませると、スマホを取り出して弄り始める。傷だらけの少年は、何だコイツ、倒してしまおうかなんて脳筋じみた考えを抱きはじめる。

 やがて、レドと名乗った少年の手が止まる。そして、満足そうな顔でスマホの画面を見ながら何度も頷く。

 

「うん、うん。凄くいい。中々才能あるんじゃないかな?」

「……何を言っている?」

「君は強くなれる。僕の力があれば」

 

 そう言うと、レドは少年は腹に思い切り腕を突っ込んだ。

 

「⁉︎ 」

 

 少年は驚くも、血は一滴も出ないし、体に穴が空いているわけでもない。ただ、体中に力がみなぎってくるような感じがする。

 少年が全身に伝わる奇妙な感覚に戸惑っていると、レドはそれを解消するかのように、こう言った。

 

「進化、だ。君の特典を覚醒させた。これなら、今までよりもずっと強くなる」

「あ、あ、あああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ‼︎ 」

 

 少年は叫ぶ。レドが手を引き抜くと、少年の体中にジッパーの様なものが現れる。そして、それが開きだす。

 

「貰い物の力で、己の欲望の為に強くなる。分かりやすくて、愚かな進化……」

 《KAKUSEI BABILON》

 

 その音声と共に、黄金の輝きが屋上を覆い尽くす。レドは瞬きする事なく、それを見つめている。

 やがて光が収まった後には、レドと一人の怪物が残っていた。

 

「これは……」

 

 怪物から出たのは、先程の少年の声。

 その姿は、傷だらけで燻んだ輝きを放つ黄金の鎧を身に纏い、骸骨を思わせる顔には、シミだらけの包帯が何重にも巻かれている。体を動かす度、鎧の板金同士が擦れ合う音がする。

  それを見て、レドは万円の笑みを浮かべて告げた。

 

「崇高なる原点を汚す異端の怪物、オリジオンだ」




ストブラ一巻の内容を組み込むにあたって、前半を端折りながら話を進めるのに苦労しました。以前にも二次創作はしたことはあるのですが、原作に沿うのは初めてなので色々骨が折れますね。
途中で出てきたトマトボーイについては深く突っ込まないで……

ネプテューヌのシリアルな台詞回しや古城達の口調とかが再現できてる気がしないなぁ。問題点しか無いけど許して。


次回「原点を汚す者」

そのうち活動報告で色々リクエストボックス的なものを用意する予定です。それでは、また近いうちに。


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第4話 原点を汚す者(オリジオン)

※一部ルビを追加しました。

前回のあらすじ
・空からねぷねぷ参上
・唯、迷子と遭遇
・殺されかけたけど、心あたりがまるでない古城
・トマト頭といえば……?

アスタリスク14巻買ったら13巻が抜けてる事に気付いた。
最悪スギィ!
あとリゼロ2期、俺ガイル3期決定しましたね。
好きな人は……見ようね(自分は見るとは言ってない)



※今回から、転生者要素などが出てきます。注意してください。


 真っ白な空間。

 何処まで行っても、白が広がる。

 その中に、ポツンと佇む一台の機械。自販機のような形をしているが、商品はない。ただ、備え付けられてたタッチパネルがボンヤリと発光している。

 画面には、このような文が表示されていた。

 

《転生おめでとうございます。特典をお選びください》

 

 


 

「転生……そして、特典というシステムは、我々にとって都合がいい。誰が、どうやって、何のためにこんな都合のいいシステムを作ったのかは分からんが、使えればそれでいい」

 

 機械から少し離れたところで、二人の男が会話をしていた。一人は、袖無しコートを着たオールバックの男。もう一人は、黒いスーツにサングラスをかけた男。サングラスの男は、煙草の煙を口から吐き出し、

 

「そういえば、私も一人『覚醒』させたんですよ。中々醜い人でしたけど、努力と才能次第で伸びますよ」

「……期待しているぞ、笠原」

「承知しました、ティーダ」

 

 そう言い残すと、サングラスの男は姿を消した。白い空間に、オールバックの男—— ティーダが残される。

 

「邪魔は、させない」

 


 

 ショッピングモール

 

「うちの子がすみませんでした」

「良いですよ。当然の事をしただけですから」

 

 迷子センターに辿り着いたとき、館内放送を聞いて駆けつけた男の子の親にばったりとでくわした。母親は何度も唯に礼を言いながら、男の子の手を引いて立ち去っていく。

 

「もう迷子にならないでね。お姉ちゃんとの約束っ」

 

 男の子は何か言いたげな表情だったが、母親に手を引かれて唯の視界から消えていった。

 

「良かった良かった」

「良くない。ヒビキちゃんも迷子じゃんか」

 

 男の子の親が見つかって誇らしげに胸を張っているが、ヒビキも立派な迷子である。本人はそこのところを分かっているのだろうか。

 

「……てゆーかヒビキちゃん、意外と喋るタイプなんだね」

 

 唯に懐いたせいなのかは知らないが、一気に口数が増えたような気がする。そして唯の服の裾を掴んで離さない。

 

「ヒビキちゃんも、ここで待っていればきっとお母さんが来てくれる筈だから。私とはこれでお別れだよ」

「……いやだ」

 

 強く拒否された。ここまで懐かれるとなんか怖くなってくる。何が嫌なんだと訊いてみるも、彼女は俯いたまま答えない。再び犬のお巡りさん状態に陥ってしまった。

 

「一体何が嫌なんだろ……」

 

 シンキングタイムに突入した唯だったが、それは数秒で終わる事となった。突然、誰かに押されたような衝撃を背中に受け、唯はよろける。

 

「あたっ……」

「あ、ごめんね……急いでるから」

 

 唯にぶつかって来たのは、唯より歳上の女性だった。彼女は一言謝ると、急ぐかのように走り去っていった。

 

(何だったんだろう……ん?)

 

 気付くと、唯にしがみ付いていた筈のヒビキがいなかった。一瞬パニックになったが、走っていく彼女の後ろ姿を捉える。まるで、何かを追いかけていくかのように。

 

「待って!何処行くの⁉︎ 」

 

 親が見つかったのかと思ったが、妙な胸騒ぎがする。早く追いかけないと、取り返しがつかなくなるような、そんな感覚が纏わりつく。歩く人の波に逆らうように、唯は追いかける。

 その時。突如として鳴り響く轟音。まるで、爆破でもしたかのような衝撃が、ショッピングモールを揺らす。

 そして、ショッピングモールが暗闇に包まれた。

 


 

 しばらくベンチに座ってうだうだしていた瞬。ネプテューヌの方は、いつの間にか隣のベンチで眠りこけていた。

 

「……いかん、このままだと俺まで眠ってしまう」

 

 春の陽気は人を眠りに誘う魔性の暖かさ、というのは良く言われている事。今の隙にこの色々痛い少女から距離をとろうと、ベンチから立ちあがる。

 だが、何か忘れている様な気がしてならない。まるで前提条件をすっ飛ばしてるような——

 

「昨日ぶりだね、逢瀬くん」

「うわああああああああああああ!」

 

 公園を出ようとすると、胡散臭い野郎(フィフティ)が居た。思わず大声で叫んでしまう瞬。フィフティはやれやれといった感じに溜息をつく。

 

「まるで幽霊でも見たかのように叫ばないでくれ。私はちゃんと生きている」

「……まあ、丁度いいや。お前に聞きたいことがたんまりとあったんだ」

 

 そう、これは願ってもないチャンス。今の訳の分からない状況について、コイツからならば、何か情報が引き出せるかもしれない。

 フィフティの顔を見ると、全てを見透かしたかのような胡散臭い笑みを浮かべている。その顔に若干不快感を覚えながらも、瞬は口を開く。

 

「昨日のアレは、一体何だった?」

「世界の終わりさ。文字通りのね」

「でも、終わってない。それどころか、何も無かったみたいになってるじゃねーかよ」

 

 唯との電話の後から感じていた、大きな疑問をぶつける。フィフティは、少し笑って答える。

 

「いや、世界は終わったのさ。間違いなく、あの時に」

「じゃあ……今のここはなんなんだ。冗談は格好だけにしろ。そして寝言は寝て言え」

 

 相変わらず、よくわからない物言いをする。ハナから理解させる気がないように思えてくる話し方だ。

 フィフティはニヤリと笑い、瞬を馬鹿にするように言う。

 

「寝言ね……今更何を言うんだい。私はいつでも大真面目だ。馬鹿にしないでいただきたいね」

「お前が真面目だったら人類はイかれてるよ」

「話をいい加減進めよう。ここは、確かに君の生きる世界。ただし、様々なイレギュラーが混じった、不純で歪んだ世界だけどね」

 

 やっぱり何を言っているのかわからない。もう少し分かりやすく説明してくれと言ってやりたい。

 フィフティは瞬の方を振り返り、ばっと腕を広げる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とでも呼ぶべき、かな?」

 

 しばらくの間、沈黙が訪れる。瞬が反応に困って黙りこんでいるためだ。そんな突飛な話にはいそうですかと頷ける奴は、普通に考えても殆どいない。

 

「君の質問に答えながら、説明しようか」

 

 ここでようやく、質問に答えてくれるらしい。長話になるけど、と前置きを入れ、フィフティは話し始める。

 

「まず、君には()()()()()()()()()()()()()()()()で話を進めることを知ってもらいたい」

 

 この一言で、瞬の中でのフィフティの胡散臭さがランクアップする。いつからこの世界はそんな厨二ワールドになったのだろうか。困惑する瞬を見て説明が必要なのかと判断したフィフティは、平行世界について補足する。

 

「難しい言い方をすると、枝状分岐宇末端点(しじょうぶんきうまったんてん)とも言う。地球を含む宇宙そのものが、枝状に分岐を続け、無数の時空が宇宙に存在するとした考えさ。分岐点が近ければ似た世界に、遠ければ差異の大きな世界になる。これくらいはSF作品とかでも良く知っているような内容だろう?軽い復習みたいなもんさ」

 

 確かに、アニメや漫画などの知識から、何となくなら瞬も知っている。ただ、現実に存在すると言われても実感は湧かない。

 

「普通は、異なる次元同士を行き来することは容易ではないし、干渉も困難だ。まあ、世界によっては楽々と出来てしまうんだけどもね。君の世界では、そんな技術は無かったみたいだけど」

「有ったら怖いわ」

「だが、その前提を突き崩すような事態が現在進行形で発生している。君、戦いの後に見たもののを覚えているかい?」

 

 そう言われて、瞬は思い返してみる。色々ありすぎて正直あやふやにしか思い出せない。怪物を倒して、空を見上げて——

 

「地球が降って来た……」

「そう。あれこれが、平行世界だ」

 

 さらりととんでもない事を言ってのけるフィフティ。驚きのあまり、瞬は一瞬表情の作り方を忘れたかのように呆然とした顔になる。今更何を驚く必要があるんだい?とでも言わんばかりに、フィフティはきょとんとした顔で瞬を見つめる。これが至極真っ当な反応だと思うのだが。

 まあいいか、と言ってフィフティは話をを再開する。

 

「君が、空にもう一つの地球を見たあの瞬間に、世界は融合したんだ」

「融合……?」

「そう。次元統合現象、と私は呼んでいる。このままでは、全ての次元は一つになり、滅ぶだろう」

 

 そして、それに対抗し得る力が、瞬に託されている。瞬は、ポケットの中のライドアーツを固く握りしめる。

 

「君が立ち向かうべき相手は既に示した。さあ、全てを救え!君は、これから救世主になるんだ!」

「……………………」

 

 長い沈黙があった。

 突飛な話があまりにもポンポン出てくるので、瞬は何を言えばいいのか困惑しているのだ。

 

「ああ、最後に一つ説明したい事が—— 」

 

 フィフティが何かを言おうとしたその時。

 

 ドガアアアアアアッ!!!!と、轟音が鳴り響いた。

 

 学校での一件といい、今の爆発といい、一体何が起きているのか。音のした方を見ると、煙が上がっている。確か、あの方向には馬鹿でかいショッピングモールがあった筈だ。

 

「話は後だ。僕から一つ、プレゼントを渡そうか」

 

 フィフティはそう言うと、ポケットから何かを取り出して瞬に投げ渡す。見たところ、瞬の持っているライドアーツに似ているが、一体どうしろというのだろうか。

 

「それをベルトに挿入して起動するんだ」

 

 言われるがままに、ライドアーツをバックルに刺して、変身の時と同じ要領で操作する。すると、

 

《VEHICLE MODO》

 

 その音声と共に勢いよくライドアーツがバックルから排出され、地面に転がる。

 

「……不良品?」

「いや、ここからだ」

 

 すると、地面に落ちたライドアーツがガチャガチャと音を立てて振動を始めた。それと同時に、ライドアーツが大きくなりながら変形していく。

 

「これは……」

 

 瞬の目の前には、一台のバイクが現れていた。ヘルメットもちゃんとついている。

 

「乗ってみるといい」

 

 フィフティに言われるがままに、瞬はヘルメットを被ってバイクに跨る。見ると、メーターなどがある場所の手前に、タッチパネルのようなものがついている。恐る恐る手をかざしてみると、画面に文章が表示された。

 

「なんだこれ」

《ユーザー情報インプット、オートモード起動》

 

 突然、バイクのエンジンがかかり、大きな音が鳴り響く。慌てふためく瞬だが、フィフティは御構い無しに瞬の後ろに座る。野郎二人乗りなんて誰も望んじゃいないが、慌てている瞬はそれに気付かない。

 

「ちょっと待て!これどうやって止めんの?止まらないんだけど⁉︎ 」

「だいじょーぶ、死にはしないから」

 

 少年の叫びは届かない。

 バイクは猛スピードで発進した。

 


 

 唯とヒビキが出会う少し前。

 

 ショッピングモールの、一般客は立ち入らない筈の冷凍室。固く閉じられていたその扉が、ゆっくりと開けられる。溜め込まれた冷気が、外へと流れていく。

 カツンと、乾いた足音が鳴り響き、それと同時に薄暗い冷凍室にひとつの影が入ってくる。

 スーツを着た、若い女性。スーツの上からでも、彼女のスタイルの良さが見て取れる。ぱっと見どこかのキャリアウーマンに見えなくもない。

 

「はぁ……」

 

 白い息が、口から漏れる。冷気に体を震わせながら、部屋の奥へと進む彼女。

 部屋の隅に積まれたダンボールの山を退かし、その向こうを覗き込む。そこには、一人の子供が倒れていた。

 

「見つけた……」

 

 冷たい部屋の中で、その一言が木霊した。

 


 

 再び、視点は切り替わる。

 突如として停電したショッピングモール。当然、人々は混乱に陥る。ヒビキを追っていた唯も例外ではなく、当然現れた暗闇にその足を止められた。

 

「停電……なんで⁉︎ 」

 

 足を止めたために一瞬ヒビキを見失った唯は、辺りを見渡す。階段を降りていくヒビキの背中が見える。

 

「待って……ヒビキちゃん!」

 

 階段を数段飛ばして降りながら追いかける唯。多少距離があったが、踊り場でなんとか捕まえる。

 

「捕まえた……!」

 

 ヒビキはというと、唯の腕を振り解こうと暴れている。一体なぜ彼女は急に走り出したのだろうか、と疑問に思うが、兎に角一安心する。

 唯がほっと一息ついたその時、ギイっという音が辺りに響いた。見ると、階段を降りた先、狭い通路の突き当たりの『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた扉が開いている。

 唯がその扉に視線を合わせた瞬間、物凄い勢いで何かが飛び出し、唯の首を締め付けてきた。

 

「がっ……はんっ……!」

 

 唯の手かヒビキが離れると同時に、扉が吹き飛んで階段前に落ちる。冷たい空気と共に、何かが通路に入ってくる。それが階段の前まで来た時、非常口看板の緑の光に照らされ、その姿が明らかになった。

 緑色の、トカゲのような生き物。頭頂部から背中にかけては鶏冠がつき、長い尻尾を引きずっている。

 一番の特徴は、長い舌。口から伸びる長い舌が、唯の首を締め付けている。

 

「な、なんなの……コイツ……」

 

 少しずつ、引っ張られている。怪物に近づくにつれ、唯の視界にあるものが見えた。怪物が、何かを抱えている。服を着たマネキンのような——

 

(待って!これって——)

 

 ここで唯は気付いた。

 あれはマネキンではない。人間の子供だ。さらに、あの服には見覚えがある。さっき唯が送り届けた迷子の少年のものではなかっただろうか?

 唯が思考を巡らせていると、怪物はより強く首を締めてきた。意識が飛びそうになるのを必死に抑えるが、引っ張る力も強くなり、唯は階段から落ちそうになる。

 

(やば、死ぬ——)

 

 その時。

 

「ああああああっ!」

 

 聞き覚えのある声と共に、何かが怪物を吹っ飛ばした。唯は締め付けから解放され、踊り場の壁に叩きつけられる。

 それはバイクだった。何故こんな所に入って来てるのかは知らないが、とりあえず助かった。

 

「ようやく止まった……」

 

 バイクに跨っていた人物は、気が抜けたようにヘルメットを脱ぎ捨てる。その顔を見て、唯は思わず声を出した。

 

「瞬……」

「唯⁉︎ なんでお前が……⁉︎ 」

 

 いやその前にあんたは何でショッピングモールの中でバイク乗ってるんだ、と思わず突っ込みたくなった唯。しかし、忘れてはいけないのは、今この場には怪物がいるということ。バイクに跳ねられた怪物は、ヨロヨロと立ち上がって瞬を睨みつけている。

 

「さ、逢瀬君。戦うんだ」

 

 瞬の背後から、何処か胡散臭い声が聞こえてくる。よく見ると、瞬の後ろにフィフティが乗っている。唯は、野郎二人乗りなんて誰得なんだと一瞬思ってしまった。

 

「フィフティ、あれは……」

「あれはオリジオン。奴等の手駒さ。細かい話は後にして、割って入った以上は戦え。君は場数を踏むべきだ」

 

 瞬はバックルを装着し、ライドアーツを取り出す。

 

《クロスドライバー!》

 

 起き上がってくる怪物を真っ直ぐ見据えながら、バックルにライドアーツを差し込む。

 

《ARCROSS》

「変身!」

《CROSS OVER》

 

 音声が鳴り響くと共に、瞬は走り出す。

 

《思いを!力を!世界を繋げ!仮面ライダーアクロス!》

 

 変身が完了し、アクロスは起き上がった怪物に体当たりを仕掛ける。兎に角、唯達から怪物を引き離そうとする。

 

「私の、邪魔をするな!」

 

 突然怪物が喋ったかと思えば、背中に衝撃を受けてアクロスは前方へと転がっていく。飛ばされた先は、多くの人がいる出口前。当然、パニックが引き起こされた。

 

「なんだあれ!化け物⁉︎ 」

「馬鹿どうせ魔族だ!特区警備隊(アイランド・ガード)を呼べ!」

「あれ立体映像(ソリッドビジョン)じゃないの⁉︎ 誰かがデュエルしてるんじゃないの⁉︎ 」

 

 誰もがアクロスに変身した瞬と、オリジオンをみて騒いでいる。アクロスは立ち上がって、皆に逃げるように言う。

 

「みんな逃げろっ……早くがっ」

 

 顔面に拳を入れられて、数歩退く。オリジオンとアクロスの戦いに巻き込まれたくない人々が、一斉にその場を離れていく。

 

「どうした。格好だけなのか?」

 

 アクロスは果敢に挑むも、オリジオンは軽々と攻撃を躱し、舌を伸ばして引っ叩いてくる。その度にアクロスは壁に叩きつけられる。

 

「まあ、死ね!」

「っはぁ!」

 

 オリジオンは、手のひらから卵型のエネルギー弾を撃ち出し、アクロスを吹き飛ばす。自動ドアを突き破り、駐車場の地面のアスファルトに体を打ちつけられる。

 立ち上がろうとするも、上手く力が入らない。学校での戦闘のダメージがまだ残っているのだ。アクロスはまだ戦いの素人。ずば抜けた身体能力や特殊能力があるわけでもなく、ライダーの力も上手く扱いきれていない。

 

「はああっ!」

 

 オリジオンの方は、アクロスよりは無駄の少ない動きで間合いを詰め、ようやく立ち上がったアクロスを殴り飛ばす。

 

(やっぱ無理だっつーの……!俺なんかが世界救える訳ねーだろ……)

 

 一抹の諦め。それが実力差をさらに広げてゆく。オリジオンは倒れたアクロスを強く踏みつける。体の中身が全て押し出されるかのような圧力が、アクロスにのしかかる。

 

「がっ……はぁっ……」

「私はねぇ、可愛い子供は好きだけど、君みたいな反抗期真っ盛りのクソガキは嫌いなんだ」

「っ……」

「てか、君も転生者だろう?何をトチ狂ってヒーローごっこしてるんだか。いい子ぶってないで、せっかくの第2の人生なんだから、自由に生きれば良いじゃないか」

 

  アクロスは、限界に来ていた。意識が、手放される。オリジオンは、手のひらにエネルギーを集める。トドメを刺すつもりらしい。

 

「ま、どのみち君みたいな子には無理だけどさ」

 

 が。

 

「その言葉、そのまま返すぞ」

 

 突然、何処からか声が聞こえてきた。

 唯達ではない。彼女達は、まだショッピングモールの中だ。明らかに、すぐ側から声がした。

 オリジオンは攻撃を中断し、辺りを見渡す。周りには、アクロスの他にら駐車中の車しかない。

 

「此処だっての、間抜け」

 

 次の瞬間。

 声と共に、オリジオンの顔に何者かの拳が叩き込まれた。

 

「な……⁉︎ 」

 

 驚くのも無理はない。

 その腕は、車のサイドミラーからでていた。まるで、鏡の中からでてきたかのように。更に、困惑するアクロスとオリジオンの両者に、嘲るような声がぶつけられる。

 

「馬っ鹿じゃねぇの?お前は転生した時に脳味噌置いてきたのかよ」

「お前……何処から……⁉︎ 」

 

 声の主が、瞬の前に現れる。

 そいつは、鏡から出てきた。そうとしか言えなかった。鏡から二人の戦いに割って入り、一瞬にして自らの舞台へと変えた。

 更に異様なのは、外見だ。黒い甲冑のような物を身につけて、顔も見えない。腰にはベルトのような物を巻いている。ただ、アクロスはその姿を見てある事を感じていた。

 

(なんだ……こいつ、アクロスに似ている……気がする)

 

 何故か、そのような感じがする。向こうの事など、微塵も知らないにも関わらず。既視感とは、こういう感覚なのだろうか。

 

「お前呼ばわりするな。俺はリュウガ、ただの……悪だよ」

「リュウガ……」

「邪魔だ、退け」

 

 リュウガと名乗った人物(?)は、地面に倒れたままのアクロスを蹴飛ばし、オリジオンに近づいていく。

 

「オリジオンになった以上、容赦はしない。懺悔などさせてたまるか」

「お前はまさか……転生者狩り……⁉︎ 」

 

 オリジオンの方は、どうやらリュウガの事を知っているらしい。声の震え具合からして、酷く狼狽えているのが分かる。

 リュウガは、腰のバックルからカードの様な物を一枚取り出す。それを、左腕にあるドラゴンの顔を象った装置に挿入する。

 

《ADVENT》

 

 くぐもった音声がする。

 オリジオンは、その場から動かないリュウガに対して攻撃を仕掛けようと、掌にエネルギー弾を生成する。

 次の瞬間、

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ‼︎‼︎‼︎ 」

 

 周囲に轟く咆哮。アクロスに変身している瞬でさえも、思わず耳を塞いでしまう。

 

「行け」

 

 瞬間、車の窓から何かが飛び出し、オリジオンに激突した。怪物を宙に打ち上げた存在を見て、アクロスは思わず仮面の下の開いた口が塞がらなくなる。

 

(なんじゃありゃあ……⁉︎ ドラゴン……?まさかアイツも鏡から……⁉︎)

 

 それは、黒い蛇竜だった。見るからに危なそうなその生物は、リュウガの背後で浮遊している。

 ドラゴンは、滞空しているオリジオンに向かって口から黒い火球を吐き出す。

 

「がはあっ!」

 

 オリジオンは火球を左肩に受け、ショッピングモールの入口前に墜落する。

 

「逃すか、追え」

 

 リュウガはドラゴンにそう命じ、瞬の方を向く。ドラゴンは、オリジオンの落下地点へと飛んでいく。

 

「訊きたいことがある」

「……」

「お前は何処の回し者だ?何だ、その姿は?」

 

 どうやら、コイツはアクロスについては知らないようだ。酷く冷たい声が、アクロスに突きつけられる。

 

「……知るかよ。この力とはまだ半日くらいの付き合いなんでな」

「正直に言え。返答次第では殺す」

 

 正直に言ったつもりだが、向こうには信じてもらえなかったらしい。おまけに脅迫までしてきた。仮面の下、満身創痍の瞬の体から冷や汗がどっと湧き出てくる。

 殺意。平穏な生活を送っていた瞬にとっては、縁がなかったもの。感じたことのない恐怖が、アクロスを襲う。

 

「し、正直に言ったぞ。本当だって」

「じゃあ、お前の目的は何だ。返答次第では殺す」

 

 リュウガは、瞬の弁明を無視して新たな質問を脅迫込みで送りつける。彼の気迫に、瞬は足が震えてくる。

 

「……………」

 

 分かりっこない。世界を救えだの次元統合だの言われても、未だにピンとこない。自分の目的だって示されたってはっきり言える自信はない。

 

「答えないというのなら、覚悟はいいな?」

 

 答えられずに立ち尽くしているアクロスを見て、リュウガは溜息をつく。そして、アクロスに近寄って、

 

 ボグッ!!!!!!!!と。

 瞬を思い切りぶん殴った。

 

 アクロスの体は近くの車に叩きつけられ、車は真っ二つにひしゃげる。口の中に広がる血の味。アクロスは、力を振り絞って上体を起こす。

 

「いきなり何を……」

「今の答えで、お前を倒す事にした」

 

 訳が分からない。理不尽だ。

 突然突き付けられた言葉によって、アクロスの思考が混乱する。

 

「意思も目的もない、強大な力。お前はそれがどれほど恐ろしいか分かっちゃいない」

「……はぁっ⁉︎ 」

「お前は、危険すぎる。だから、世界の為にも今ここで倒す——!」

 

 


 

 ショッピングモールの中。残された唯とヒビキは階段に座っていた。フィフティは、怪物から助け出された少年を唯に預けて何処かに行ってしまっていた。

 既に建物内は停電から復旧しており、照明が明るく周囲を照らしている。しかし、瞬と怪物の戦闘が起きたこの区画だけは、誰も寄り付こうとせず、静まりかえっていた。

 

「何だったの、今の怪物」

「…………」

 

 会話が途切れる。あんな怪物に襲われたのだから、無理もない。唯は、目を覚まさない少年を背負って立ちあがる。瞬が、身を呈して自分達を守っている。そのうちにこの子達を安全な場所に避難させるべきだろう。

 ヒビキの手を引いて、唯は階段を下る。

 その時、ガタンという音が前方から聞こえてくる。確か階段の前には、怪物が吹き飛ばした鉄扉があった筈。今のは、それを踏む音だろうか。瞬なのか、怪物なのか、それとも。

 

「大丈夫……私がいるから……」

 

 ヒビキを安心させるかのように、繋いだ手をぎゅっと握る。再び、バタンという音がする。通路の角から、靴のつま先が覗く。

 

「あ……」

「え……」

 

 出会ったのは、傷だらけの女性だった。服はあちこちが破けたり煤けていて、ところどころ出血もしている。

 

「だ、大丈夫ですか⁉︎ 」

「だい……」

 

 唯の呼びかけに応じる前に、女性は倒れてしまった。揺すっても返事はない。こんな怪我人を放っておけない。

 とにかく救急車でも呼ぼうと、スマホを取り出す唯。その光景を、ヒビキは微動だにすることなくじっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 




やはり序盤は情報を出してそれを説明しながら話を進めなきゃいけないので大変です。どうしても自然な形にならない……そう考えるとプロは凄いぜ……

あと2話程でこの事件は解決するかも。
ストブラ組は長くなりそうなので後回しに。


近いうちに活動報告でリクエスト受け付け開始します。
お楽しみに!

次回「ゲート・オブ・オリジオン」


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第5話 ゲート・オブ・オリジオン

※挿入箇所、ルビ追加
※4/18 加筆修正

前回までのあらすじ
・平行世界論を展開するフィフティ
・子供を誘拐する事案系怪人
・リュウガにいきなり殺されかける瞬



かおすばこですよろしくおねがいします(激寒)
コメントなくて寂しい。

相変わらず主人公がボコボコにされます。
まあ、連続でボスクラスがやってくるからね。仕方ないね♂
主人公TUEEEE!以外は認めんぞって方の期待には添えない、ツッコミどころ満載の拙作をとくとご覧あれ。


 

「お前は、危険すぎる。だから、世界の為にも今ここで殺す!」

「なっ….…⁉︎ 」

《SWORDVENT》

 

 リュウガは、再びカードを取り出して左手の機械に挿入する。すると、彼の右手に一本の剣が現れる。黒い柄とギラリと光る刃が禍々しく感じられる。

 

「なんなんだお前……一体なんなんだよ!」

「今から死ぬ奴に話すことはない!」

 

 リュウガは瞬の言葉を切り捨て、剣を振りおろす。アクロスは必死になって体を横にずらし、それを回避する。標的に避けられた剣は、先程の攻撃でひしゃげた車を容赦なく切り裂き、車は大爆発を引き起こした。

 

「うおっ……はっ……!」

 

 焼けつくような爆風に煽られ、アクロスの身体は数メートル先に飛ばされる。再び地面を転がり、立ち上がって体勢を整える。

 リュウガの方を見ると、炎の中に真っ黒な影が佇んでいるのが分かる。炎の中から、気怠げな声が聞こえてくる。

 

「じゃあ、次はこれだ」

《COMPLETE》

 

 突然、炎の中から青い閃光が放たれる。そのあまりの眩しさに、アクロスは目を閉じてしまう。そして、何かが炎の中から勢いよく飛び出してきた。

 アクロスはばっと後ろを振り返る。そこには、先程までとは違う、新たな姿となったリュウガがいた。

 白い身体に、青いライン。紫の大きな複眼に、ベルトに取り付けられているのは携帯電話のように見える。一番の特徴は、背中に取り付けられた大きなジェットバッグだった。

 

「リュウガ……なのか?」

「今の俺は、サイガだ」

 

 サイガはそう言うと、ジェットバッグを起動させる。背中から勢いよく煙を吐き出し、サイガの身体が宙に浮き上がる。

 

「なんだよそれ……ありえねえだろ⁉︎ 」

「文句言うんじゃねえ。ここは戦場だぞ?いつでもどこでもフェアな勝負が出来るとでも?とんだお笑い種だな!」

 

 サイガはそう言い放ちながら、ジェットバッグからアクロスのいる地上に向けて光弾を発射する。一発一発が、容赦なく地面を抉り取っていく威力。アクロスは、必死に身体を動かして回避する。

 

「じゃ、フライトを楽しみな」

「なっ⁉︎ 」

 

 いつの間にか、背後にサイガが回り込んでいた。硝煙と、回避に集中していたせいで気付くのが遅れてしまったのだ。サイガは、そのまま瞬を羽交い締めにした状態で、上空へ飛び上がる。

 声にならない悲鳴が、アクロスの口か出る。たった数秒で、ショッピングモールが小指の爪程の大きさに見える高度まで連れて行かれる。

 ちらりと見えたのは、とても小さショッピングモールの敷地。あまりの高さに、思わず体が震えてくる。今地上に落とされたら、人間の形を保っていられるのだろうか。

 恐怖で震えるアクロスに、サイガから追い打ちがかけられる。

 

「さあ、お楽しみはこれからだ」

 

 瞬間、サイガはアクロスを羽交い締めにした状態のまま、地上へと急降下を始めた。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ‼︎ 」

 

 あまりの唐突さに、認識が遅れる。ようやく現実を認識し絶叫した時には、すでに数十mは落下していた。

 ブワッと身体全体に吹き付ける風。猛スピードで迫る地上。夢であって欲しい、夢なら覚めて欲しい。アクロスの頭は、恐怖で塗りつぶされていた。

 

(ヤバイ、俺、死ぬ――)

 

 サイガは、地上まで十数mのところで瞬を放す。やっと解放された ——— では済まない。

 すぐ眼前に、地面が迫る。

 仮面の下で、瞬は目を閉じる。

 その時。

 

 

 

《LINK FALCON》

 

 落下が止まった。しかし、地上に落ちた訳ではないようだ。体の何処も、地面に接してはいない。

 目を開けて下をみると、自分の足が宙に浮いている。ここで、アクロスは誰かに腕を掴まれている事に気付いて上を見る。

 

「大丈夫かな?」

「フィフティ……」

 

バイクに跨った涼しい顔のフィフティが、瞬の右腕を掴んでいる。というか、バイクが空を飛んでいる訳なのだが、生憎、命拾いをして呆然としているアクロスはそれを疑問に思えるほど頭が回らない。

 フィフティはアクロスを引っ張り上げて自らの後ろに乗せると、スピードメーター下のレバーを手前に倒す。すると、バイクはゆっくりと地上に降り立ち、それと同時に側方に展開されていた翼が折り畳まれ、内部に格納される。

 

「随分と酷い事をするもんだね。“彼”が離れていっちゃうのも納得するよ」

 

 フィフティは、上空から此方を見下ろしているサイガにそう言い放つ。高度を下げて接近してきたサイガは、フィフティを睨むかのように顔を向ける。

 

「こいつはお前の差し金か。何を企んでんのかは知らねぇが、邪魔しないでくれないか」

「変わらないな、君も。まだ復讐を続けるのかい?」

「……お前には一生理解できねぇよ」

 

 そう言い残すと、サイガは此方に背を向け、そのまま飛び去っていってしまった。

 彼の姿が小さくなって見えなくなると同時に、瞬は変身を解除してその場に膝を落とし、座り込む。その体は、度重なる戦いによってボロボロになっていた。

 

「酷くやられたね。立てるかい?」

「…………」

 

 瞬の返事はない。フィフティが手を差し伸べるも、反応がない。ぐらりと、少年の体が揺れたかと思えば、そのまま地面に倒れた。

 

「逢瀬君!」

 

 フィフティは体を揺するが、反応がない。

 

「まずい ……予想以上にダメージが大きい」

 

 意識のない瞬の体を肩に担いで、フィフティは移動を始める。この場所にまだ敵がいる可能性もあるからだ。

 瞬を担いだフィフティが、ショッピングモールの駐車場を出たその瞬間、

 

「いたいたー!私を置いてくなんて酷い……ってねぷぅ⁉︎ どうしたのその怪我!」

 

 公園に置いてきた筈のネプテューヌと遭遇した。公園とショッピングモールは距離が近い為、戦闘音を聞きつけてここまで辿り着いたようだ。

 血塗れの瞬を見て、気が動転するネプテューヌ。フィフティは、彼女を軽く押しのけて前に進む。

 

「話なら後にして、救急車でも呼んでくれると助かる。私は今携帯電話を持っていないもので」

「そうしたいのは山々なんだけど……出来ないんだよね。何故か繋がらなくてさー」

 

 しまったな……とフィフティは頭を抱える。唯達はまだ建物内にいるし、ここから建物の入り口までは距離がある。

 脈はまだあるのだが、一刻を争うのには変わりない。バイクの方は、ライドアーツの状態のまま何故か動かない。

 ここで、ネプテューヌがいきなり大声をあげる。

 

「む、むむー?私、この状況を打破出来るかも!」

 

 そういうと、彼女はパーカーのポケットに手を出して突っ込んで、なにかをがさがさと探し始める。

 

 

「あった!知り合いのアイテム屋さんから買った“すごそうな傷薬”!」

 

 ネプテューヌが取り出したのは、ポ○モンとかで出てきそうな一本のスプレー缶だった。この時点で充分怪しいのだが、「すぐ効く!」「最強!」と、頭の悪そうなキャッチコピーが書かれているのが、それの怪しさを際立たせている。

 ネプテューヌは缶の封を切り、フィフティが肩に担いでいる瞬の顔面目掛けてそれを思い切り吹きかけた。

 

「何をすげほっ」

「動かさないでっ」

 

 思い切りフィフティの顔面にもかかってたり、そもそもネプテューヌの背が低い為に瞬にうまくかからずに苦労するも、なんとかやり終えた。

 フィフティは、その場に腰を下ろしたネプテューヌに言う。

 

「……君もついてきたまえ。おそらく、私なら君の知りたい情報を提供できる」

 


 

 時は進み夕方。

 誰もいない倉庫街。

 

「うう……」

 

 血をダラダラ流しながら、呻き声をあげる一人の男。着ていた背広は破けて半裸状態。左手に至ってはあり得ない方向に折れていた。ひしゃげたコンテナに仰向けになった彼の後ろには、大きな黒い蜘蛛のような存在が倒れている。

 その前に、二つの人影が立ちはだかる。左眼に金属製の片眼鏡を嵌めた法衣の男と、ケープコートのみを身に付けた藍色の髪の少女だ。

 

「完全に虚仮威しですね。まあ、貴方みたいな吸血鬼ごときにハナから期待はしていなかったんですが」

「……ちくしょう」

 

 法衣の男の侮蔑の言葉が、倒れたままの男にぶつけられる。

 男は、吸血鬼である。真祖の様な戦闘力はないが、弱い吸血鬼でも、眷獣の強さは戦車や戦闘機一台分には相当する。普通なら、人間相手にここまでやられる事もないし、される道理もない。

 しかし実際、男は目の前の二人に完敗し、追い詰められていた。

 

「終わります。アスタルテ、やりなさい」

「はい、殲教師様」

 

 藍色の髪の少女は、静かに目を閉じる。コートを靡かせながら、抑揚のない声で告げる。

 

命令受諾(アクセプト)執行せよ(エクスキュート)、“薔薇の指先(ロドダクテユレス)”」

「あ、ああ……」

 

 彼女のコートの隙間から、仄白く輝く透き通った、巨大な腕が飛び出す。そしてそれは、倒れている吸血鬼の男とその眷獣を勢いよく貫いた。

 

「さて、引き上げますよ」

 

 そう言って、法衣の男 —— ルードルフ・オイスタッハは踵を返す。彼とアスタルテは、ある目的の為にこの地に降り立ち、魔族を狩っている。これまでも幾度となく襲撃を繰り返しているのだが、警察は彼等まで辿り着いてはいない。

 自らの悲願成就の為に、足早に立ち去ろうとするオイスタッハ。しかし、そこに一人の影が現れる。

 

「……」

 

 現れたのは、制服姿の少年。東洋人の顔は殆ど同じように感じるオイスタッハはそうは思わなかいのだが、顔も整っている。夕日に照らされたその顔は、まるで物を見るかのように此方を見ている。

 

「なんですか。まさか、見たのですか?」

 

 バレないようにやったつもりだが、目撃者なら消すしかない。先日も、獅子王機関の剣巫と第四真祖に目撃され、彼等を始末しきれずに撤退してしまった為に、オイスタッハは余計に不安を感じていた。

 まだ実行するには不十分だ。全てを賭して臨む聖戦がある。手に持った戦斧の柄を強く握りしめる。

 

「オッサンには、興味はないんだけどな。実験してえんだわ」

「……アスタルテ、構えなさい」

 

 二人が構える。少年は、不気味な笑みを浮かべながら、

 

「無駄な足掻きをしてくれる」

《KAKUSEI GILGAMESH》

 

 その音声とともに、少年の体にジッパーが現れ、それが開いていく。そして、ジッパーが開ききると同時に、まるで内と外をひっくり返すかのように体が反転していく。

 その変化が終わると、そこにいたのは少年ではなく、黄金の傷だらけの鎧を着た怪物であった。夕日の輝きを反射しながら光るその姿は、酷く醜く感じられる。

 

「前哨戦……貴様には、俺の踏み台になってもらおうか」

 

 怪物の後ろから、眩い光が照りつける。夕日ではない。オイスタッハは、今夕日を背に立っているからだ。

 

王の財宝・転(ゲート・オブ・バビロン・オルタナティブ)

 

 その瞬間。

 なんの前触れもなく、派手な装飾が施された戦斧がオイスタッハの脇腹を抉りとった。

 

「あ……⁉︎ 」

 

 彼の意識は、ここで途切れた。

 


 

 

 夢。

 それは、過去のプレイバック。

 

 

 唯と二人で帰る道。

 夕日に照らされながら、瞬はこんな言葉を切り出した。

 

「時々さ、虚しくなるんだ」

「いきなり何?詩人じみた台詞なんか言い出して。中二病?」

「やめろ、お前ほどイタくねぇわ」

 

 唯の揶揄いで、話の腰をいきなり折られてしまう。瞬はそっぽを向いて話を続ける。

 

「自分が、空っぽに感じる。何も持っていない、木偶の坊に思えてしまうんだ」

「そう?」

 

 何時からかはわからない。

 自分を形作るモノ。その中にあるのは全て他人の受け売りだと気付いた時、瞬はどうしようもない虚しさに襲われた。

 と、ここまで話したところで、唯が堪えきれずに大笑いする。

 

「笑うなよ。割と真剣なんだぜ」

「いや、笑うしか無いじゃん。アンタそういうキャラだった?」

「青年期特有のアレだって……お前だってそうだろ?」

「いやいや、私はさ ——

 


 

 

 

 最初に視界に入ったのは、自室の天井だった。

 窓の方に視線をやると、窓の向こうは完全に暗くなっていた。随分と懐かしい夢を見てしまったらしい。はっきりと覚えている。あれは、唯と初めて出会った時のことだ。

 しかし、何故今この夢を見たのだろうか。寝ぼけてた頭で考えても分からない。

 

「……てか、ここは?」

 

 瞬は、ゆっくりと体を起こす。何故か上半身が下着一枚になっている。ここに至る経緯を思い出してみようと、ベッドに腰掛けて考える。

 

(俺は、あのリュウガとかサイガとかいう奴にやられて……)

 

 ここで、瞬は自身の体が無傷であることに気付く。あんなに連戦が続き、その全てでボコボコにされた筈なのに、今の瞬の体には傷のひとつも無く、疲れが取れたかのように体が軽い。

 何でだ?と疑問に思う瞬だったが、その思考は廊下から聞こえてきたドタドタという音に遮られる。

 

「こらー!待て待て待てー!私の分のプッチンプリンを食べるなんて許さないぞー!」

「うわああああ!ごめんなさいごめんなさい〜!」

 

 ……ちょっと待て。何故コイツらがいる?

 ドアを開けた瞬の頭に、突如浮かび上がるハテナマーク。紫色と栗色の髪が瞬の視界の下方を横切る。

 

「つい出来心で……ごめんネプテューヌ!」

「食べ物の恨みは深いんだから!例えるならえーっと……とにかく深いんだから!」

「人ん家で何ギャーギャー騒いでるんだよ。夜だぞ。てか何でいるんだ」

 

 迷子の幼女二人を家に連れて入るとかアウトだろう。とりあえず二人を捕まえて両脇に抱え、階段を下りていく。

 

「HA☆NA☆SE!」

「やだやだやだやだやだ!」

 

 じたばた暴れながら叫んでいるみたいだが聞こえない、気のせいだ。無心になって二人を抱え、足でリビングのドアをスライドさせる。そこでは、妹の胡森が既に夕食を食べていた。

 

「あ、お兄ちゃん。ご飯出来てるよ」

「ゴチになりまーす」

 

 唯と一緒に。

 思わずギャグ漫画的ズッコケをやらかしそうになる瞬。抱えていた幼女二人をその場に下ろして唯に詰め寄る。

 

「何当たり前の様に人ん家でメシ食って帰ろうとしてんのじゃおのれはぁ!大体昨日もそうだったろーが!」

「叔父さんはいいって言ってたし、私の親からも許可貰ってますからー」

「つーか叔父さんもお前の親もなんでホイホイOKしちゃう訳⁉︎ 」

 

 無責任な大人ばっか揃いやがって……とがっくりと肩を落として溜息をつく瞬。話を切り替えて、リビングの入口に置きっ放しの幼女二人について尋ねる。

 

「で、だ。こいつらがなんで此処にいるんだ?ニュースになってた連続児童失踪事件の犯人はお前だったのか?」

「いやいやいや、私そんな趣味ないし!いきなりフィフティがやって来て、瞬とネプテューヌを置いていったんだって……」

「じゃあコイツはなんなんだ?」

 

 瞬がヒビキを指差して唯に尋ねる。なんか迷子のようなのだが、家に連れて帰るとか完全に犯罪でしかない。この歳で前科持ちとか洒落にならない。

 

「フィフティに訊いてよ。なんか『彼女は普通ではない。君達の手元に置いていた方が都合がいい』とか言ってたけど……」

 

 なんでそう中途半端にはぐらかすんだ。瞬は思わず頭を抱えてしまう。ソファーにどかりと座り込み、背もたれに背中を預けてポツリと一言呟いた。

 

「…ホント、どうすんだよ」

 

 世界は不親切すぎる。少年は、齢16にして

 それを思い知らされるのであった。

 


 

 しばらくたって。

 唯が帰るので、家の外まで見送りに来た瞬。春先の、微妙に冷えた風が二人に吹き付け、瞬は一回クシャミをする。

 瞬は、ふと思った事を唯に言う。

 

「……なぁ、唯」

「何?なんか悩み事?」

「俺は、この力をどう使えばいいんだ?」

 

 瞬は、バックルを取り出してそう言った。その顔には、なんとも言えない表情が浮かべられている。唯はうーんと唸りながら、

 

「胡散臭男は、世界を救うとか言ってたんでしょ?そうなんじゃない?」

 

 そんなことはわかってる。多分、何度聞いたって同じ事を彼は言うだろう。しかし、昼間リュウガに言われた言葉が、頭から離れない。

 “意思も目的もない、強大な力。お前はそれがどれほど恐ろしいか分かっちゃいない”

 確かに、これまで瞬は状況に流されるがままにアクロスに変身し、戦っていた。歴戦の勇者のような強い意思も、アクロスの力を使いこなす術も、自分で掲げられるような目的も無い。

 果たして、そんな自分がアクロスの力を使っていいのだろうか。そう思ってしまったのだ。

 

「……俺が、このままアクロスでいいのかな?」

 

 ぽつりと呟いた言葉。それを聞いて、唯が少し吹き出す。

 

「ちょ……笑うなよ。コッチは真面目で……」

「もー難しく考え過ぎだよ、瞬は」

 

 唯は軽く笑うと、瞬の手をとって次のように言った。

 

「力が有ろうが無かろうが、瞬は瞬だよ。やれる事は増えたかもしれないけど、瞬がやる事は変わらないんじゃない?」

 

 その言葉が、瞬にどのように通じたのかは、他人にはわからない。だが、瞬の顔は薄く笑っているように見えた。

 

「瞬には、私と同じ皆ハッピーの精神がある。そう簡単にはブレないよ」

 

 そう言うと、唯は踵を返して歩き出す。一人残された瞬は、バックルを手に持ったまま立ち尽くしていた。

 あくまでも、唯の言葉はヒントのようなモノ。最終的には、瞬自身で答えに辿り着かなくてはならない。周りから与えられた、頭から消える事のない命題に、少年は頭を悩ませるのだった。




今回はここまで。
ルビをまだ降っていないので多分明日くらいに修正します。

大学生活が始まった為に執筆が遅れております。大変申し訳ありませんが、多分今後このくらいのペースで更新する事になると思うので、気長に待っていてください。



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第6話 ヒーロー胎動

注意事項

この話を読む前に、修正版の5話の閲覧を推奨します。色々変わってますので。

前回のあらすじ
・瞬ぼろ負け
・オイスタッハとアスタルテを原作より噛ませにしてすまない……すまない……
・サブタイで大体特典をネタバレしてる
・何幼女を二人も家に連れて帰ってやがる、事案だぞ?
・おかしい、ネプ子が空気じゃねぇか!


今更ながら劇場版エグゼイドを見ました。
ちゃんとほんへ見りゃ良かったと軽く後悔……

すげぇ難産だった回です。
相変わらず皆の期待をHYPAR MUJIHI レベルで裏切りまくっている拙作ですが、どうぞお楽しみください。では!



 

 

 

 

 

 例えばの話。

 ある日突然、強大な力や才能を手に入れたら。そしてそれを、特に何も考えることなく使い続けたら。そして、その結果誰かを傷つけたという現実に気づけなかったら。

 君はそれを見過ごせるのか。許せるのか。

 または、その現実を理解した上で力を使うのか。

 

 結局のところ、逢瀬瞬という人間に与えられた命題は、そういう次元のものなのだ。これは、彼の道を決める分岐点。

 それを決めるのは、彼自身。

 少年が選ぶのは、他人の為に動くヒーローか、自分の為だけに動く愚者か。

 

 

 


 

 昨晩深夜未明

 

 

「完全に死んでいる」

 

 レースアップした黒いワンピースを着た少女が、オイスタッハの死体を見ながら言った。

 目の前の殲教師は完全に事切れている。全身に刺さっている数十本の剣によって、彼の死体は倉庫の壁に磷付になっている。悪趣味な芸術作品だ、と思ってしまう。

 

「こいつが、暁古城を襲ったロンダルギアの殲教師か」

 

 彼女の名は南宮那月。古城の通う学校の女教師でありながら、魔族に対抗する力を持つ攻魔師だ。年中ゴスロリファッションの合法ロリ教師という、一部の人からしたら属性盛りすぎて狂喜乱舞しそうな存在である。

 古城の事情を知る数少ない人物であり、今古城が人間として生活できるのは、彼女の手回しの存在が大きい。

 

「……」

 

 那月の視線が、足元に転がっている一本の短剣にうつる。刃の根元から血に染まっているあたり、死体に刺されていたものが抜け落ちたモノなのだろう。

 その時、ぶわっと強い風が吹き付けると同時に、何処からかビニール袋が飛んできて短剣に触れた。すると、短剣が眩い光を放ったかと思えば、たちまち無数の光の粒になって跡形もなく消えてしまった。

 

 


 

 

 翌朝・逢瀬家

 

「おかわり」

「はいはい、沢山食べてねー」

「……………………」

 

 瞬は、なんか昨日よりも多い人数で食卓を囲んでいた。

 ボケーっとした顔をしながら、炊きたてごはんを口に入れる瞬。こんな状態でも変わらずご飯は美味しいし、周りは平常運転である事に軽く絶望し、思わず死んだ様な目になってしまう。

 なんで知らない幼女二人と共に食卓を囲むことになったのか。なんで我が家に押し付けられたのか。なんで叔父さんは何も言わないのかとか、言いたいことは山ほどあったが、いったところでどうしようもないことは知っている。

 

「ヒビキちゃん、卯の花とって」

「はいっ」

「ねぷねぷ、ちゃんと茄子食べなって……」

「わ、私にくたばれと申すか⁉︎」

「言ってないんだけどなぁ……」

 

 どうやら茄子が嫌いらしいネプテューヌが、茄子の天ぷらを押し付けようと隣に座っている湖森の茶碗に乗せ、湖森はそれをネプテューヌの茶碗に返すのを繰り返す。

 瞬はそれを横目にぬるくなった味噌汁を飲み干し、テレビの電源を入れる。

 

「……やっぱり騒ぎになってんじゃねーか」

「ん?お兄ちゃんなんか言った?」

「な、何でもない」

 

 テレビでは、昨日のショッピングモールでの騒動が報道されていた。魔族の喧嘩という形にはなっているが、瞬は「魔族ってなんだ」というレベルで困惑していた。

 

「何時からこの世界はファンタジーになったんだ……」

 

 ニュースを見ても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、瞬からしたら意味不明な単語が羅列されているだけで、余計頭が混乱してきた。まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が瞬にまとわりつく。

 そうしていながらも食事を終え、洗面所で顔を洗っていた瞬だが、誰かにぐいぐいと服を引っ張られたので振り返った。

 

「……なんだよ」

「病院に連れてって」

「なんだ、風邪でも引いたのか?」

 

 いきなり言われても困る。てかどうしろってんだ、と思っていると、ポケットに入れていたスマホが鳴る。

 画面を見ると、お騒がせ者の名前が出ている。朝から何だと悪態をつきながら通話に出た。

 

「今何時だと思ってんだ」

『あ、瞬?今ヒビキちゃんいるよね?』

 

 本人は現在、瞬の隣で歯を磨き始めたところだ。その旨を伝えると、唯はなら良かった、と一呼吸おいて、

 

『今から市民総合病院に行くから、ヒビキちゃん連れてきて』

 

 はぁ?という台詞が、思わず瞬の口から出てくる。

 

「コイツが病気だったりすんのかよ?ちゃんと説明してくれよ」

 

 説明を求める瞬に、唯はおちゃらけた感じに瞬の発言を否定しながら次のように言った。

 

『違う違う。お見舞いなのさ☆』

 


 

 唯から聞いた話によると、昨日のオリジオンに襲われて病院に搬送された女性とヒビキには面識があるらしく、ヒビキはあの人の事を酷く心配していたらしい。拒否しようかと思ったが、唯が「皆ハッピーって言うでしょ?」等煩いので、結局瞬が折れてしまったのだ。

 まあ、唯のお人好し精神も少しあるわけであるが、それに従ってしまう瞬もお人好しなんだな、と思わず自分に苦笑してしまう。そういう感じに坂道を登る瞬に、上の方から声がかけられる。

 

「は・や・く、おいでよー置いてくよー?」

「で、なんで湖森も付いて来てんの」

「唯さんの御召集とあらばいざ行かん、女の友情ってやつですよん」

「人助けってのは女神、ひいては主人公たる私の行動指針の基本だからね。やらなかったらやらなかったで次元越しにいーすんが怒ってきそうだしなー」

 

 結論から言うと、ヒビキだけでなく湖森もネプテューヌも、みんな付いて来た。ラノベハーレム的行進の出来上がりである。 ただしひとりは血のつながった妹、残りは住所不定の幼女×2。手を出すなんて到底不可能だろう。

 

「お前らは関係ないんだから来なくていいのに。てか俺も面識ないんだけど」

 

 普通に考えて、瞬達が見舞いに行く必要はない。そもそも、瞬の言う通りヒビキ以外は面識皆無なのだから、行ったところで不審者極まりない。既に目的地が間近に迫っておきながら今更だが、自分が来る意味とは?と何度も考えている瞬。

 と、ここで瞬の左手の中に何もなくなる。あれ?と思って見てみると、手を繋いでいた筈のヒビキが居なくなっていた。

 

「あ、あれ?アイツは何処行ったんだよ?」

「ホントだ……何処行っちゃったんだろ。いきなり迷子になるなんてどんな主人公補正?いーなぁ私にも分けねぷっ⁈ 」

「馬鹿な事言ってないで探すの。そしてオーバーリアクションだから」

 

 またまた意味不明な事を言い出したネプテューヌに、湖森が軽く頭を叩いて突っ込む。二人を他所に、瞬はヒビキを探す為に来た道を引き返すことにした。

 

「何処行きやがったー?言い出しっぺはお前なんだからさー、勝手にどっか行くなってーの。出て来いやー」

 

 微妙に気の抜けたような呼びかけをしながら、坂道のふもとまでやって来た。その時、何かが瞬の頭に当たったような感じがした。なんだなんだと頭を押さえながら足元を見ると、靴が片方だけ落ちていた。

 

「あんれ……」

 

 どこか見覚えのある靴だなぁと思い、瞬は上を向く。そこには、

 

「うんしょ、うーんしょ……ほーら、大丈夫だからねー」

「みゃー」

 

 街路樹に登って猫を助けようとしてる幼女がいた。彼女は瞬を見ると、

 

「下で構えていてー」

「いきなり過ぎじゃねぇのかお前……」

 

 思わず「まるでアニメだな」という言葉が口から漏れる。成る程、落ちてきた靴は彼女のものらしい。しかし、ヒビキはかなり高く登っているのだが、ある疑問が浮かぶ。

 

「てか、お前降りてこられんのか?随分と高く登っているけどさ」

「……」

 

 瞬の言葉に、猫を抱えたままだんまりとするヒビキ。どうやら図星らしい。

 馬鹿だろコイツ……と、瞬は頭をかかえる。飛び降りるにしては少し高すぎて危ない。と、その時強い風が吹き付け、木の枝を揺らす。当然、上に乗っているヒビキも煽られてバランスを崩してしまう。

 

「あうっ」

「あ」

 

 ずるり。ヒビキが木から落ちる。そのまま、下にいた瞬に向かって ——

 

「ばっ……」

「痛ぁっ!」

 

 ドシン!という音と共に、二人は地面に倒れる。ヒビキの下敷きにされた瞬は、背中に響く痛みに顔を歪ませる。

 

「おーい、大丈夫ー?」

 

 音に気付いたネプテューヌ達が駆けつけてくる。ヒビキは猫を抱えたまま起き上がり、

 

「私はへいきへっちゃらー」

「よかったーヒビキも猫も無事で」

「いや俺の心配はしないのかよ」

 

 彼女らからの割と冷淡な反応に、軽く突っ込む瞬。まばらに見える通行人も何事かと此方を見ている。何とかヒビキを退かして立ち上がる。背中がまだじんわりと痛むが、我慢するしかない。

 

「ったく何やってんだか……痛っ」

「にゃー」

 

 どうやら心配をしてくれているのは猫だけらしい。瞬は猫を拾い上げるが、特に暴れられる事はなかった。人間に懐いているらしい。

 

「おい、もう行くぞ。こんなところで油売ってたら唯が煩くなる」

「お兄ちゃん、ヒビキちゃんがいませーん」

 

 またかよ。深い溜息と共に、瞬の顔に呆れが浮かび上がる。ただ単に病院に行くだけなのに、あっちこっちに逸れ過ぎな気がする。

 ばっと辺りを見渡すと、今度は腰の曲がったお婆さんと話をしているヒビキの姿があった。

 

「何をしていらしてるんですかねあなたは」

「この人が荷物重たいって」

「このー歳になるとー、重いもの持って坂道を登るのがー難しくてなー」

 

 確かに、老婆の背中には見るからにズッシリとしたバッグがある。ここまでは歩いてきたのか、本人も結構息切れしているようだ。ヒビキはなんとかして手伝いたいみたいだが、彼女の身長の半分くらいはある荷物を一人で運ぶのはキツイだろう。

 しかし、ほっとくにしてはなんか危なっかしい。面倒だが、仕方がない。

 

「わかった、俺も手伝うから。お婆さん、俺が荷物を運びますよ」

「助かるねぇー、今時の子にしては随分と優しいもんだねぇ」

 

 なんだかんだ言って、瞬も薄情な人間ではないのでほっとけないのだった。

 ――彼の後ろで微笑む老婆に気づかないまま。

 

「貴方は邪魔だから、くたばってくれないかしらねえ」

 

 ずるりと、林檎の皮でも剥ぐかのように老婆の皮がめくれ上がる。その下からでてくるのは、全くの別人の、若い女性。

 

「この特典は、こんな事も出来ちゃうのよ」

《KAKUSEI YOSHI 》

 

 その音で、瞬が振り返る。

 その時には既に、女性の姿は醜い怪物に変わっていた。その姿には、見覚えがある。昨日、ショッピングモールで戦ったオリジオンだった。

 

「私の特典は、ヨッシーの力。タマゴにした人間に擬態できるのは、ほんのオマケ」

「なんだお前……」

「昨日は転生狩者りに邪魔されたが、今度こそ始末するわ」

「くそっ……おいっ皆逃げっ」

「させない!」

「がぁっ」

 

 ヒビキ達に逃げるように言おうとした瞬だが、オリジオンに顔面を殴られて、街路樹に叩きつけられる。ズルズルとその場に崩れ落ちる瞬に背中を向けると、彼女はうねうねと舌を伸ばし始めた。

 

「に、げろ……」

「いただきます」

「うわっ⁉︎」

 

 舌がヒビキ達に巻きつけられたかと思えば、カメレオン等が虫を食べる時の様に、それが勢いよく引っ込んで行く。

 

「なになに⁉︎ これなんてエロ同人――」

 

 ネプテューヌの声が、そこで途切れる。怪物の口に、三人が飲み込まれたのだ。どうやったら人間を丸呑み出来るのかは知らないが、事実、瞬の目の前で起きたのだ。

 

「さて……邪魔な奴は消さないとねえ」

 

 オリジオンは瞬に見向きもせずに、病院の方に向かう。彼女が遠ざかった後、ヨロヨロと瞬は立ち上がる。

 

「……行かせ、ねぇ」

 

 その目に、怒りが宿る。

 が。

 

「よぉ、随分と怒り心頭のようだな」

 

 出鼻を挫くような台詞。

 聞き覚えのある声が、後ろからかけられる。振り返ってみると、そこには一本の角を頭部に持った漆黒の仮面の戦士がいた。

 

「……リュウガ?」

「今の俺はダークカブトだ」

 

 どうやら、いくつもの姿を使い分けているらしい。黄色い複眼越しに、此方を睨んでいるのが伝わってくる。

 “意思も目的もない、強大な力。お前はそれがどれほど恐ろしいか分かっちゃいない”

 あの言葉を、目の前のコイツはどんな意味で言い放ったのだろうか。一晩たった今でも、答えが出ない。

 

「なんで俺の前に現れた」

「お前に会いに来たつもりは微塵もない。俺は、俺の目的の為に動いている」

 

 教える気どころか、瞬と会話する気すらないらしい。突き放すような物言いに、瞬は若干むっとくる。

 ダークカブトは、地面に手をついたままの瞬を素通りしようとするが、ふとその足を止めて、瞬に質問する。

 

「そうだ、折角だからお前に訊く。あの力は何だ?転生者でも、本物でもないお前が、俺の知らない仮面ライダーに変身している。何故だ?」

「…………」

 

 アクロスの力について訊いてきた。

 実際のところ、彼はこの力についてはまだ殆ど知らない。熟知しているであろうフィフティが中々教えてくれないし、そもそもまだ2日しかこの力と付き合っていないのだから当然だ。

 手に入れた経緯についても、未だに理解が出来ていない。あの理解の及ばない地獄の中、アレを手に入れて使ったこと。それだけが確かだ。

 フィフティはこの力で世界を救えと言っていたが、スケールがでか過ぎて実感が湧かない。かと言って、アクロスの力の、他の使い道を瞬は知らない。

 

「……分からない」

 

 結果、これしか言えない。

 ダークカブトは、その答えを聞いて失望したかのような素振りを見せる。

 

 

 その時、ある光景が脳裏に蘇る。

 

 


 

 

 昨日の夢。

 あの過去のプレイバックには、このような続きがある。

 

「青年期特有のアレだって……お前だってそうだろ?」

「いやいや、私はさぁ、皆ハッピーの精神の持ち主なワケですじゃん?」

 

 ここでその言葉が出るか、と瞬は苦笑する。唯が割と頻繁に口にする言葉。誰か困ってたら、方法の有無に関係なしに、助ける為に動いてみる。誰かが困っているなんて見過ごせない。自分だけじゃなく、皆で幸せになるほうがより良いに決まってる。

 

「でもさ、私が昔っからこんな言葉掲げてたと思うかい?分かってるんでしょ」

「……たしかに、お前にそんな事考えるほどの頭は無いわな」

「うわひでぇ。女の子にバカって言いやがったよこいつ」

 

 軽く頭の出来をバカにされた唯は、軽く瞬に肘鉄を入れてスキップで追い抜いていく。そして、少し離れた位置で振り返って悪戯な笑みを浮かべる。

 

「昔は、たしかに何も考えてなかった。ただ、どうしてもほっとけなかったからやってた。瞬と会った時もおんなじ。難しく考えなくていいのだよっ」

 

 ウインクを一回して、唯は続ける。

 

「中身なんか、勝手に出来てくもんなの。最初は空っぽでも、面倒でも、全力でやってりゃあ中身なんか、後からでも簡単に作れちゃうもんだよ」

「そーか、そうかよ」

「誰かの受け売りだっていいよ。単純に、瞬がやりたいことやってれば、そんな気持ちすぐ吹き飛ぶよ――」

 

 


 

 

 息の詰まるような重圧で、現実に引き戻される。

 

(そうだ……俺のしたいこと……)

 

 “力が有ろうが無かろうが、瞬は瞬だよ。やれる事は増えたかもしれないけど、瞬がやる事は変わらないんじゃない?”

 世界を救うなんて、大それた事ではない。今、やりたい事。そんなのは既に決まってる。

 

(助けなくちゃ……湖森も、ネプテューヌも、ヒビキも)

 

 目の前で攫われた3人を助ける。兎に角今は、その為に力を使う。

 あの時は、単に理不尽な奴だと思っていたが、後になって考えてみると、なんとなく理解できる。

 そもそもの話、瞬は平和な世界で生きてきた人間であり、戦争経験など当然ながら無い。そんな人間がいきなり力を使う覚悟だ信念だなんだの言われても、正直ピンと来ない。

 だから、身近な事で考えた。

 ――大切な人を失いたくない。

 単純ながら、戦うには、力を使うには十分すぎる。世界を救う、という目的よりもまだ分かりやすいし、確かなものだ。声を張り上げて、ダークカブトの背中に言葉をぶつける。

 

「コッチは目の前で家族誘拐されてんだぞ!一応これでも、ヒビキとネプテューヌは昨日からの付き合いで一緒に食卓囲んだし、湖森は俺の妹だ!力を振るう目的だぁ?んなのあいつらを助けるってだけで今は充分だ!世界を救うアクロスの力があるんなら、人間の一人や二人助けられるに決まってる!俺はそれを幾らでも使って、助けてみせる!」

 

 それはきっと、答えとしては赤点より酷いものなのかもしれない。瞬自身、途中から何を言いたいのかあやふやになっていた。

 だが、ひとつだけ言えることがある。

 ――これが今、自分のやるべき事なんだ。

 

「どうやら、お前は俺の予想以上に馬鹿らしい。やはり、お前みたいな奴にはその力は過ぎたものだ」

 

 必死に捻り出した拙い回答は、いとも容易く破り捨てられた。ダークカブトは、手斧のようなモノを取り出し、瞬に突きつける。喉元僅か数センチの距離に、死が迫る。

 その時。

 

 《KAKUSEI GUNGNIR》

 

 突然、ダークカブトの頭部目掛けて振り下ろされた拳。ダークカブトは空いているよう手でそれを掴み、押し返す。

 

「お前は……!」

「またお前か、しつこい野郎だな」

 

 其処にいたのは、昨日学校で瞬が戦ったオリジオンだった。そいつは、周囲に轟くような咆哮をあげると、その豪腕をダークカブトに向けて振るってきた。

 ダークカブトはそれを腕で防ぐが、衝撃を消しきれずに少し後退する。そして、頭部に向けて放たれた二発目のパンチを、首を軽く捻って躱し、逆に オリジオンの腹部にパンチをくらわせる。

 

「相変わらず馬鹿みたいに硬ぇなおい!」

 

 悪態をつきつつも、オリジオンのパンチを身体を捻って躱しながら、追撃の回し蹴りでオリジオンを地面に倒す。

 いつの間にか、少年が居なくなっていることに気付かないまま。

 


 

 インターホンを連打する音で、暁古城の眠りは妨げられた。

 吸血鬼になってから極端に朝に弱くなった彼は、うまく働かない頭をなんとか働かせながらベッドから起き上がる。休みの日であろうと、朝は大抵妹に起こされるので、朝食を済ませてから二度寝と洒落込もうとしていたのだが、ここまで連打されると鬱陶しさを通り越して怖くなってくる。

 

「古城くん……なんなのこれ?」

 

 妹の凪沙も、流石に怯えている。インターホンのモニター越しに、フードを深く被った状態で、無言でインターホンを連打する人物の姿が見てとれる。

 

「よし待ってろ、俺が見てきてやる」

 

 誰だか知らないが、自慢の妹に悪戯をするようならとっちめてやる。そう意気込みながら、古城は玄関の扉に近づく。

 すると、ピタリと音がとまる。唐突な静寂が、古城に緊張感を与える。前方に彼が一歩足を踏み入れたその時。

 

「掛かったな馬鹿めが」

 

 ばごっ!!!!という音と共に、破片を残さずに玄関の扉が半分抉れた。あまりの出来事に、廊下の奥から様子を見ていた凪沙がリビングに引っ込む。

 それと同時に、彼の手足に鉄の鎖が巻きつけられ、外へと体を引っ張られる。

 

「なんだこれ……」

「昨日ぶりだよな、暁古城オ!」

 

 インターホン越しに見たフードの人物が、何も無いところから鎖を出している。よく見えないが、その下から見える端正な顔立ちは嫉妬に満ち溢れている。

 

「昨日ぶりだと……⁈ 誰だか知らねぇけど、いきなり襲いかかってくんじゃねぇ!」

「残念だが、さっさとお前を連れ去るぜぇ?確実に始末する為によぉ!こいつを黙らせろ、アスタルテ!」

 

 フードの男がそう言うと、ばんっ!!!!という音がマンションの下から聞こえてきた。一瞬何だと古城は疑問に思ったが、彼の視界に藍色の髪が映る。

 そこには、以前遭遇した人工生命体の少女がいた。彼女は一瞬、生気のない目をこちらに向けたかと思うと、

 

命令受諾(アクセプト)

 

 その言葉が紡がれると同時に、彼女の背後に巨大な半透明の腕が出現する。オイスタッハによって積み込まれた眷獣である。手足を拘束されている彼は、身動きがとれない。

 男は、そんな古城を嘲笑うかのように告げる。

 

「黙らせろ」

「させません!」

 

 瞬間、両者の間に文字通り横槍が入れられる。男が視線を向けた先には、槍のようなものを構えた雪菜の姿があった。

  七式突撃降魔機槍 ——通称・雪霞狼。雪菜が所属する組織・獅子王機関が開発した、魔力を無効化し、あらゆる結界を切り裂く“神格振動波駆動術式”を搭載している秘奥兵器だ。勿論、それは吸血鬼の眷獣だろうと関係ない。アスタルテの眷獣に向かって一直線に穂先が迫る。

 しかし、

 

「邪魔」

 

 男は雪菜の足元めがけて剣を射出する。彼女が一瞬ひるんだその隙に、彼らは古城を鎖で縛り上げたうえで逃亡にかかる。

 

「先輩っ!」

「なら、お前もだ」

 

  男を追おうとする雪菜に、古城と同じ鎖が巻きつけられる。そして、男はフードを脱いで気味の悪い笑顔を雪菜に向ける。

 

《KAKUSEI GILGAMESH》

 

 瞬間、男の身体に無数のジッパーが現れて、それらが一斉に開き始める。隙間から漏れる黄金の輝きが、酷く禍々しい。

 変化が終わると、そこにいたのは黄金の鎧を身に纏った怪物だった。

 

「はっはははははははははははははははははははははっははははははははははははぁ!」

 

 怪物の醜悪な笑い声が辺りに残響する。

 あまりに理不尽で、無意味な戦いの幕が上がる。

 


 

 朝日の差し込む白い部屋。そこにある、たったひとつのベッドに寝かされた女性。

 みたところ、ここは病室のようで、彼女は入院患者らしい。体のあちこちに包帯やガーゼが見えている。

 

(ああ、失敗したんだ)

 

 ぼんやりとした意識の中、彼女はそう思った。どうしてもやらなきゃいけない事をしていたが、自分の力不足で、愚かにも病院送りにされてしまった。

 情けなさと悔しさに打ちひしがれる彼女。その時、病室の扉が開き、誰かが中に入ってきた。

 

「あ、目覚ましたんですね」

 

 入ってきたのは、金髪の高校生くらいの少女だった。

 

「……貴女は?」

「諸星唯です。ほんっとに、無事で良かったぁ……」

 

 名前を告げて、直ぐに彼女は女性の手を取って嬉しそうに笑った。

 

「な、何?貴女、一体何のつもりなの?」

「私が見つけた時、酷い怪我だったんですよ……ヒビキちゃんも凄く心配してたんですから」

「ちょっと待って?あの子は無事なの⁉︎ 」

 

 唯の発言に、凄い勢いで喰いつく女性。包帯だらけなのも相まって、唯はその剣幕に思わず体が竦んでしまう。

 女性を落ち着かせながら、唯は答える。

 

「大丈夫だから、今私の幼馴染みが連れて来てますから。私に負けず劣らずのお人好しなんで安心してくださいよ」

「良かった……無事だったんだ、あの子」

 

 そう言うと、女性はホッと安心したかのようにベッドに背中を預け、窓の方を見る。ここで、唯の頭にある当然の疑問が浮かぶ。

 

「貴女とヒビキちゃんって、どういう関係なんですか?」

「……皆戸 灯。いい加減、名前くらいは言わなきゃいけないから、とりあえず名乗るわ」

 

 そうして女性 —— トモリは、話し始めた。

 

「今起きてる連続児童失踪事件の事、どれくらい知ってる?」

「はい?」

 

 いきなりそんな話題を吹っかけられるとは思ってもみなかった模様で、思わず素っ頓狂な声を上げる唯。トモリはその反応を確認した上で続ける。

 

「その様子だと、テレビで知ってるレベルの様ね」

 

 それがどうしたんだ、と思っている唯。トモリは声を押し殺すように告げる。

 

「私は、あの子を誘拐犯の元から連れ出した」

 

 その時、部屋は静寂に包まれた。トモリの爆弾発言に、唯がどう反応していいのかわからなかった為だ。思わず唯は訊き返す。

 

「は、ちょ……何いきなりカミングアウトしちゃってるんですか……てかあれ、誘拐事件って……?」

「貴女も見たでしょうに。あのオリジオンを」

 

 オリジオン。確かそんな言葉をフィフティも言っていたような気がする。イマイチピンとこない様子の唯。昨日ショッピングモールで出会った、緑色のトカゲみたいな顔をした怪人の事だろうか。

 

「あいつの元から逃げ出した時に、私はあの子と逸れたの。あいつは執念深いから、まだあの子を狙っているし、散々邪魔した私も狙っている」

 

  その時、病室の扉が開く音がした。瞬がヒビキを連れてきたのだろうと、唯は扉の方に振り向く。

 

「……あれ、どちら様?」

 

 そこにいたのは、背中にやけに大きな荷物を背負った、20歳くらいの女性だった。しかし、どこか女性に見覚えがあるように感じるのは気のせいだろうか。

 その女性に向かって、トモリはつよく睨みつける。女性はそれを見て鼻で笑うと、

 

「トドメを刺しに来たに決まってるでしょ」

「え……」

 

 そういうと、女性の身体に無数のジッパーが現れたかと思えば、それらが一斉に開き始める。

 

《KAKUSEI YOSHI 》

「私の楽しみを邪魔する奴は、たとえ前世からの友達でも許さない!」

 

 女性の姿は、緑色のトカゲのような怪物 —— オリジオンに変わっていた。唯は腰を抜かして床に尻餅をつき、トモリは身構える。

 

「その怪我じゃマトモに戦えないでしょ?そもそも、貴女は一度たりとも私に勝ったことがあったかしら」

 

  オリジオンは、そんなトモリの姿を見て再び鼻で笑い、落としていたバッグからあるものを取り出す。

 それは、大きなタマゴだった。殻が不気味に痙攣しているそれを、彼女は嬉しそうに掲げる。

 

「ネプテューヌちゃん、逢瀬湖森ちゃん、ヒビキちゃん……この子達も、立派なコレクションの仲間入りよ……」

「え……ちょっと待って……三人が……?」

「私のタマゴの中。じきにみんな、私の愛おしいコレクションになるのよ。この世界の可愛い子供達は皆私のモノなのだから」

 

 嬉しそうに笑うオリジオン。話が本当なら、今三人は、彼女の手にあるタマゴの中に入っているということになる。

 

「さて、落とし前をつけてもらうわよ。友達だからって手加減は期待しないで。そもそも、もうアンタは友達じゃない」

 

 オリジオンが、二人に近づく。ここまでベラベラ話したのも、勝利を既に確信しているからか。じりじりと、距離を詰めてくる。

 来る。咄嗟に唯は目を閉じる。

 その時だった。

 

「ようやく、追いついたぞこの野郎!」

 

 先程、オリジオンにぶん殴られた瞬が、追いついた。口から血を流しながら、彼はオリジオンを睨みつける。

 

「生憎、私は野郎じゃないのよ」

「アイツらは、返してもらう」

「なら先に終わらせる!」

 

 そう言うと、彼女はその舌を伸ばし、ベッドにいるトモリに巻きつける。彼女を始末する気だ。

 

「させるかっ」

 

 瞬はバックルを取り出し、腰に取り付ける。そして、ライドアーツを取り付ける。

 

「待ってろ……今助ける!変身!」

《CROSS OVER》

 

 オリジオンはトモリを飲み込むと、手からエネルギー弾を出して病室の窓を破壊し、そこから飛び降りる。

 

《思いを!力を!世界を繋げ!仮面ライダーアクロス!》

「待てっ!」

 

 アクロスに変身した瞬は、昨日フィフティから受け取った別のライドアーツを取り出し、病院行った外へ向けて投げる。

 

「瞬 ⁉︎」

「てぇやあああああ!」

 

 そしてそれを追ってアクロスも飛び降りる。唯が何か叫んでいるのが聞こえた気がしたが、アクロスの思考は、オリジオンからヒビキ達を奪還する事に集中しきっていた。

 地面まで数メートル。昨日のフリーフォールが脳裏に蘇り、少し身震いしてしまう。しかし、彼は止まらない。

 

《VEHICLE MODO》

 

 既に地上には、ライドアーツから変形を終えたバイクが止まっていた。アクロスはその上に着地と同時に跨ると、バイクのアクセルを思い切り回す。

 

「俺は……彼奴らを助ける!」

 

 

 

 




中々進まないなぁ……まさかもう1話続くなんて。
まあ序盤だから、出さなきゃいけないキャラや、やらなきゃいけない展開が多いもんで。一応世界観についての概要はチビチビ出してますが、自分でも書いてて結構ややこしくなってるなぁと思ってます。
明らかにミスマッチな作品ばかりだもん。
でもやりたいからやってますし、出来るだけ整合性は合わせるつもりですから少しだけ安心しても大丈夫だ、問題ない。



書きたいものを書いてるわけですが、やはり評価・感想が欲しいという気持ちも僅かながらある自分ェ……嫌になりますよ(自己嫌悪)
誤字脱字等アドバイスがありましたら、コメントして頂ければ嬉しいです。活動報告でリクエスト募集もしてますので、良ければしちゃってください。

次回 クロスオーバー・ヒーローズ

お楽しみはこれからだ!


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第7話 クロスオーバー・ヒーローズ

※段落字下げ修正しました。

前回までのあらすじ
・児童誘拐犯の正体が明かされる
・覚悟を決めたアクロス
・雪菜と古城、連れ去られる

なんとか平成に間に合った。
今回はほぼバトルオンリー回、そして平成最後の投稿です。
途中ヘイト展開がありますので注意。


 風を切るような音が聞こえる。

 猛スピードで空を飛ぶ緑色の怪人と、それを追う一台のバイク。街中で始まったこの追跡は、郊外へと広がっていた。

 

「シツコイわね!アンタみたいな子はとことん痛い目を見てもらうわよ!」

 

 前方を飛ぶオリジオンは、バイクで追跡してくる瞬に向かって口から火球を吐き出す。しかし、アクロスは火球が地面に着弾する直前にバイクごと飛び上がり、それを回避する。

 

「何⁉︎」

(はわぶっ……危ねえ!つーか、こんな事できるなんてな……自分でも驚きだぜ……)

 

 瞬自身も、先程のような動きが出来たことに驚いている様子。オリジオンの方も、瞬の動きに驚いたような素振りを見せるも、すぐに気を取り直し、火球を連発する。

 

「あっ……ぶねぇ!」

 

 アクロスはハンドルを左右に何度もきり、蛇行しながらそれらを回避していく。このままだと一方的にいたぶられるだけだ。何か反撃の術は無いのかと、アクロスは左手でベルトやバイクのタンク表面を探ってみる。

 すると、ベルトに何かがぶら下げられているのに気付いた。

 

「んならこれで……!」

 

 銃口を前方にいるオリジオンに向ける。相手もそれに気づき、返り討ちにしようと掌にエネルギーを貯める。

 刹那、両者の攻撃が炸裂した。オリジオンのエネルギー弾は瞬目掛けて真っ直ぐ飛んでいくが、アクロスはその直前で急ブレーキをかける。バイクの進む速度を考慮された攻撃は、それによって標的がずれ、バイクの手前スレスレに着弾する。

 

「がっ……」

 

 逆に、アクロスが放ったエネルギー弾は、オリジオンのモノの横スレスレを通過しながら、オリジオンの片翼を貫いた。

 バランスを崩し、近くの崖に体をぶつけるオリジオンに対し、瞬は続けて引き金を引いた。

 

「てぃやあ!」

「はながばぶ……っ⁈ 」

 

 オリジオンに次々と着弾し、その度に両者の距離が縮まってゆく。高度と速度を落としていくオリジオンに、瞬はアクセルを更に回して突っ込んでいく。

 そして。

 

 ズガアアアアアンッ!!!!と。

 オリジオンはバイクに跳ね飛ばされた。

 


 

「がっばはっ!」

 

 街の郊外にある廃倉庫に、カエルを潰すような音が響く。

 鎖で縛られたまま、古城は100m程の高さから地面に叩きつけられた。その際にあちこちの骨が砕けたり、内臓が潰れるような感じがしたが、彼が真祖でなければ確実に死んでいただろう。

 裏を返せば、向こうは殺す気満々らしい。同じく鎖で縛られた雪菜を抱えたまま、黄金の鎧を纏った怪人とアスタルテが地上におりたつ。

 

「しぶとい野郎だな。なんで生きてんだかなぁ……申し訳ないと思わないのかよ!」

「がっ」

 

 苛立ちの込められた蹴りが、古城の顔面に突き刺さる。普通の吸血鬼なら、鎖など容易く引き千切れるのだろうが、人間の血を一度も吸っていない古城は、吸血鬼の身体能力も、強力な眷獣も使えない。

 結果として、ただの蹂躙劇が繰り広げられていた。

 

「おらもう一発!」

「ぐふっ……」

 

 思い切り顔面を蹴られた古城は、サッカーボールのように飛んでいき、倉庫の壁を突き破って放棄されたトラックにぶつかって漸く停止した。

 古城の血塗れの顔を見て、怪人は更に怒り狂ったように古城を罵倒する。

 

「お前はクズだ!存在する価値の無いクズだ!周りの女には事故と偽ってセクハラ、自分の立場を弁えずに力を振るう、欲望に逆らえない!生きてて恥ずかしいと思わないのかこの化け物!」

 

 古城が存在する事自体が許せないかのような言い分。縛られた状態の雪菜は、次第に彼にある疑問を抱くようになった。

 何故ここまで古城を憎むのか?凪沙を誘拐した件から私怨の線を考えたが、それにしては言ってる事が稚拙すぎる上、何より雪菜にむける視線が、まるでものを見るような感じなのだ。

 次に雪菜は、怪人の傍に居るアスタルテに視線を向ける。確か彼女は、魔族狩をしていた殲教師と共に行動していた筈。なのに今は、この怪人と行動を共にしている。何故なのだろうか。

 と、ここで雪菜の怪訝そうな顔に気付いた怪人は、嬉々とした様子で話し始めた。

 

「ああ、コイツは既に俺の手駒 —— いや、俺に救われた身。第四真祖の汚れから救い出した……君も直ぐに救ってやりたい」

 

 話が通じない。同じ地面に足をつけ、同じ空気を吸っているにもかかわらず、別の世界で生きているような雰囲気だ。

 雪菜の鋭い視線を感じ取った怪人は、どこか失望したように俯く。

 

「しかし、君は拒絶するみたいだな」

「貴方は、一体何者なんですか……」

「君を救う者だ」

 

 雪菜の問いに、一瞬の迷いもなく、彼はそう言い切る。その目には、光が無かった。そして、彼は誰にも聞こえないような声で、自分に言い聞かせるようにこのような言葉を繰り返し呟いていた。

 

「なんでしぶといんだ……俺の知ってるコイツは雑魚だった筈だろぅ……?俺はコイツを殺して雪菜達を救う為に転生してきたヒーローなんだぞ……欲の権化・暁古城なんか楽に殺せるから、いたぶってるんだ……」

 


 

 宵江誠。前世名・宅島海士。前世享年28年。

 モヤシ体系な彼は、日頃から自分の気に入らないものをボロクソにとぼすような人間であった。なかでも、ライトノベル作品を特に嫌悪し、中身を知らずに人の又聞きで批判するという事を繰り返していた。

 そんな事ばかりしていれば嫌われるのは明白であり、次第にネットでもリアルでも孤立していった彼は、ある日酔って川に転落し、誰にも助けてもらえる事なくそのまま溺死した。

 そして気付けば、彼は白い空間にいた。

 

「なんだ、これ」

 

 360度見渡しても、地平線が見えることはない。ただ、彼の目の前には、自販機のような装置が一台、ぽつんと立っていた。

 

《特典と世界を選んでください》

 

 装置のタッチパネルに表示された一文を見て、彼は即座に理解した。

 

(これ、転生じゃねえか!)

 

 生前酷く羨んでいたことが、今自分の身に振りかかっている。頭に抱いていた僅かな疑問をかなぐり捨て、男は狂喜した。

 家族や友人の事はどうでもいい。彼にとって、家族や友人は自分を理解する事の出来ない馬鹿だからだ。転生すれば、自分は正義の味方になれる。人間として劣っている原作主人公の魔の手からヒロイン達を救える。彼は本気でそう思って、そして「王の財宝」を特典にこの世界に転生したのだった。

  全ては、主人公の中でも一番嫌いだった暁古城を消し、全てを奪う為。もうすぐ彼の野望は成就する、筈だった。

 しかし。誰も予想しなかった全くの偶然が、それを阻む事になる。

 


 

「……アスタルテ、何かが近づいて来てる」

 

 怪人が、何かの音に気付いて暴行の手を止める。古城も、次第に大きくなってゆくその音に気付いて目を動かす。バイクの走る音だ。それも、此方に近づいてきている。

 

「迎撃してこい」

 

 怪人が冷たい声でそう言うと、眷獣を連れたアスタルテが音源に向かっていく。たとえなんであろうと、王の財宝がある限り敵ではない。そうほくそ笑みながら古城の方を向いたその直後。

 

 

 ズガガガガガガッ!!!!と。

 倉庫の壁を削るような音と共に、緑色の怪人が吹っ飛んできた。

 


 

 

「ようやく、止まった……」

 

 オリジオンを吹き飛ばした後、壁ギリギリで漸くアクロスのバイクは停止した。辺りを見渡すと、ズダボロの少年と黄金の鎧を纏った オリジオンがいた。

 

「てか、もう一体いるのかよ……」

 

 アクロスの追ってきたオリジオンの抱えていたタマゴのような物体が、ボロボロの少年の足元に転がってくる。

 何だと思って見ていると、それにひとりでにヒビが入っていく。辺りにヒビが入る音だけが響きわたり、ついにタマゴが割れてしまった。すると、眩い光が辺りを包みこむ。

 

「が、ががが……」

 

 光の収まった後、其処には砕け散ったタマゴの殻と、ヒビキ達の姿があった。アクロスは、それを見てほっと胸を撫で下ろすが、まだ脅威は去っていない。

 二人の怪人は、アクロスを睨みつける。一人は自らの邪魔をした憎き相手として、もう一人は新たに現れた未知の存在として。

 そして、もう一人は。

 

(なんだあれ……)

 

 激痛に襲われながらも、暁古城はその姿を凝視していた。

 今迄に見たことのない、奇妙な存在。敵が味方か定かでない存在に対し、彼はただその姿を凝視する他なかった。古城から離れた位置で縛られている雪菜も、同じ思いなのだろうか。

 黄金の鎧を身に纏ったオリジオンは、アクロスに一歩近づき、こんな事を言ってきた。

 

「なんだお前……折角いいところだったのに邪魔すんなよ」

「どう見てもイジメやってるようにしか見えねぇよ」

 

 目的を果たす寸前で乱入してきた部外者に対し、オリジオンは手をかざす。すると、彼の背後に眩い光の渦が出現する。

 

王の財宝・転(ゲート・オブ・バビロン・オルタナティブ)

「なっ……⁉︎」

 

 瞬間、目にも留まらぬ速さで光の渦から何かが射出され、瞬の足元を抉り取った。粉塵が撒きあげられ、アクロスの視界が塞がれる。

 アクロスは粉塵の中、自らの足元に突き刺さったものを見た。それは剣だった。派手な装飾のつけられた一本の剣が地面に突き立てられている。そして、煙の向こうから怒鳴りつけるような声が聞こえてきた。

 

「なんで……なんで肝心な時に邪魔が入るかなぁ……ホント馬鹿しかいねぇじゃんこの世界ぃ!」

「あっ⁉︎」

 

 邪魔をされた事により、オリジオンは激昂し、辺り構わずに剣を射出した。

 対峙していた瞬も、アクロスの追ってきたオリジオンも、漸く目を覚ましたネプテューヌ達も、縛られた古城と雪菜も。

 この場にいた全員を巻き込んで、大爆発が引き起こされた。

 


 

 一方、病院前で戦闘中のダークカブトは、オレンジと黄色の装甲を身に纏ったオリジオンを圧倒していた。

 

「クロックアップ」

《CLOCK UP》

 

 ダークカブトがベルトの右側面につけられたボタンをタッチすると、一瞬にして彼の姿が消える。突然の出来事に戸惑う素振りを見せるオリジオン。あたりを見渡して敵の姿を捉えようとする。

 次の瞬間、オリジオンの身体が真上に跳ね上げらる。そして、背中に衝撃が加えられたかと思えば、顔面にダークカブトの拳がめり込んでいた。

 

《CLOCK OVER》

「遅い、そして弱い」

 

 突然目の前に現れたダークカブトは、そう言い放って、オリジオンの脇腹を蹴り上げ、コンクリートの壁に叩きつけた。

 ズルズルと地面に崩れ落ちるオリジオン。ダークカブトは、トドメを刺そうと接近する。その時、横から戦いに水を差すような声がかけられた。

 

「邪魔、しないでくれないかな?」

「……ギフトメイカー」

 

 戦いに割って入ってきた、制服姿の金髪の少年は、ダークカブトの言葉を聞いて顔をしかめる。

 

「僕にはレドって名前があるんだけどね」

「一々覚えるメリットがねぇからだよ」

「まぁ、よくもコイツを痛めつけたもんだ。やはりお前は厄介な邪魔者だ」

 

 レドはそう言うと、パチンと指を鳴らす。すると、彼とオリジオンの背後の壁に謎の穴が出現する。その中はまるでテレビの砂嵐の様になっており、よく見えない。

 

「逃すか!」

「バーカ、僕達は簡単には捕まらないよ」

 

 ダークカブトは咄嗟に地面を蹴り、レド達を追いかけて穴へと飛び込もうとする。しかし、その前に穴が消え、ダークカブトは一人その場に取り残された。

 

「相変わらず逃げ足の速い奴等だ……さて、なら彼奴を追いかけるか」

 

 ダークカブトは、そう言って街の外れにある山の方を見る。

 山の一点からは、煙が上がっていた、

 


 

 瓦礫に囲まれた中、緑色のオリジオン —— ヨッシーオリジオンは四つん這いになって何かを吐き出そうとしていた。

 

「お、おええええええっ!」

 

 血とともに、彼女の口からあるものが吐き出される。

 それは、トモリだった。包帯と手術衣がはだけた状態で、全身はオリジオンの唾液と、開いた傷口から溢れた血で濡れている。トモリは、オリジオンを真っ直ぐ見つめながら言う。

 

「ねぇ、もう止めない?」

「嫌だ……私は、この力を使って……」

「やっぱり、その特典が貴女を変えてしまったの……?そんな力、この世界で生きてくのには必要ないのに」

 

 トモリは、嘗ての友に向かって呼びかける。しかし、その言葉を必死に振り払い、否定するかの様な声が投げ返される。

 

「この力が有れば、前世の様な惨めな思いはしない!上手く生きてける!貴女だってそうでしょう!力が無い奴は何をやっても駄目!力が有ればなんでも出来る!」

「力の有る無し以前に貴女のやってる事は犯罪なのよ⁉︎ 何も知らない子供を攫っては悲しませる、貴女はそんな事するような人じゃない!」

「アンタの知る私はもう居ない……いい加減私から離れろ!私は私のやりたいように生きるんだから!」

 

 オリジオンはそう言うと、トモリの顔を思い切り殴り、尻尾で薙ぎ払う。彼女の身体が何度も地面をバウンドしながら飛んでいき、瓦礫の上に落ちる。

 これで懲りただろう、と吐き捨て、オリジオンはトモリに背を向ける。その時、彼女に向かってこんな言葉がかけられた。

 

「力なんかあったって……何も出来ない……力で何かを手に入れたって、直ぐに全部失うモノなのよ……」

 

 オリジオンは声がした方を向くが、そこには、瓦礫の上で意識を失ったトモリが倒れているだけだった。それを確認すると、再び背を向けて歩き出す。その足取りは、何処か力無いように見えた。

 


 

 水滴のようなものが頰に落ちた感覚で、雪菜は目を覚ました。何か鉄臭い匂いがする。先程の攻撃で、辺り一面瓦礫まみれになっている。暗闇の中、どうにかして瓦礫の下から抜け出そうと体を少し動かす。

 が、ここで誰かの呻き声がした。随分と近い。ぼんやりと、少しずつ暗闇に目が慣れてくる。

 

「先輩?」

 

 それは古城だった。彼の顔が、雪菜のすぐ近くにあるのだ。雪菜を庇うかのような体勢で、彼も瓦礫に飲み込まれていたのだ。

 その時、ピシリという音が雪菜の耳に入ってきた。見ると、彼女らを覆っている瓦礫の一部に、ひび割れが生じている。そして、そのまま瓦礫が粉々に崩れ去り、光が入ってきた。

 そして、目を覆いたくなるような現実が見えてしまった。

 

「……大丈夫、か」

「せん、ぱい……」

 

 まるで針山のように、数々の武器によって串刺しにされている古城。口から垂れた血が、下にいる雪菜の顔に落ちる。

 死なないと分かっているとはいえど、充分ショッキングな光景であるし、古城自身も相当な苦痛を感じているに違いない。

 

「よ、かった……お前が、無事で」

「なんで……なんで私を?」

「お前がここで死んだらダメだろ」

 

 古城はそう吐き捨てると、よろよろと立ち上がり、腹を貫いている槍に両手を持っていき、力強く握り締める。そして、それを勢いよく引っこ抜いた。

 穴から流れ出す鮮血が、地面を紅く染めていく。呆然としている雪菜に対し、古城は続ける。

 

「相手の狙いは俺だけなんだ。だから、俺が囮になりゃあ姫柊だけは……アイツらも逃げられる」

「……そんなの、意味ないじゃないですか」

「アイツは、俺を殺す為ならなんでもする。凪沙を人質に取ったり、一度俺と戦ったオイスタッハを殺してアスタルテを支配下に置くことも。更にエグい手段をとるかもしれないんだ」

 

 あの怪人と古城。どちらかが消えるまで被害は広がる。しかし、古城達には勝ち目が殆どない。どん詰まりである。

 古城は、体を貫いていた剣を全て抜き終わると、瓦礫の上に腰を下ろす。流れ出た血が、傷口へと戻っていく。

 

「誰かを危険に晒してまでも生きてけるような、だからといって自分から死にに行くような、そんな度胸はない。つーかお前はさ、俺を殺しに来たんだろ?これでお役御免になるだろ」

「……私だって、先輩を犠牲にしてまで生きたくないです。先輩が居なくなったら傷付く人がいる!」

 

 僅かな間ながら、雪菜は古城を見てきた。その目には、第四真祖という強大な力を持っていながらも、人間として、人間の中で生きようとする古城の姿が映っていた。

 そんな古城が、ぽっと出の怪人に全てを否定されて殺されるのは納得がいかない。

 

「それに、あんな奴の為に先輩が命を投げ出す理由なんてないです。私を見る目が、先輩とは違う意味で気持ち悪かったんです」

「俺気持ち悪いの……?」

「戦います、私」

 

 若干傷付く古城をよそに、雪菜は立ち上がって雪霞狼を構える。

 

「だけどよ、俺は戦えない。眷獣だって操れない —— 」

 

 古城がそう言いかけたその時、雪菜はばっと古城のパーカーのフードを引っ張ってその場に押し留める。

 

「いぎぎぎぎぎぎぎ!首締まる!」

「血を吸ったことがないから眷獣を扱え無いんですよね」

「ちょいまち……姫柊、何するつもりで……」

 

 古城は狼狽えるが、吸血鬼としての本能が容赦なく膨れ上がっていく。興奮に引きずられるように、古城の口が雪菜の首元に迫る。

 そして。

 

 

 ――カブリ。

 また一人、舞台にヒーローが上り詰めた。

 


 

「っはぁ……返事……しなよっ」

 

 ネプテューヌは、瓦礫を必死に退かしていた。

 意識が覚醒した時、彼女は一人だった。ヒビキも湖森も居なかった。最後に見たのは、あの黄金の鎧を身に纏った怪人が、手当たり次第に攻撃を仕掛ける様。幸いにも、ネプテューヌ自身には怪我は無かったのだが、あの二人は普通の人間なのだ。一泊二食の恩とはいえど、二人に何かあったら瞬に顔向け出来ないし、女神としても失格だ。

 訳あって本来の力が出せない状況に若干歯痒さを感じながらも、彼女が手を止めることはなかった。

 

「ん……この音は……?」

 

 何処からか、爆発音のような音が聞こえてきた。ネプテューヌは、音源目指して瓦礫の山をよじ登っていく。

 そこには。

 

「はぁ……はぁ……」

「が、ががががががが」

「こ、こ、来ないで……」

 

 二体のオリジオンに迫られている湖森とヒビキの姿があった。湖森はヒビキを抱きしめながら、ガクガクと震える足で後退している。

 黄金の鎧を纏ったオリジオンの方は、もう理性を失っているらしく、誘拐犯の方も何処か足取りがおぼつかない様に見える。しかし、依然として脅威なのは変わりない。

ネプテューヌが二人を守る為に飛び出そうとしたその時。

 

「テメェの相手は俺じゃなかったのかよ?」

「….…お前は」

「ヘェ……ヴヴヴヴヴヴヴヴ……」

 

 ネプテューヌとは反対側の瓦礫の山の上に立つ少年と少女。それを見て、鎧のオリジオンは獣の様な唸り声をあげる。

 

「やっぱり俺が邪魔らしいな。いいぜ、その喧嘩買ってやるよ」

「……いけますか、先輩」

「ああ……ここから先は、第四真祖(おれ)の —— いや、俺たちの聖戦(ケンカ)だ!」

 


 

 初動は成功した。

 被害を軽減すべく、怪人の内一体は此方に注意を向けてきたが、もう一体はまだ少女達を狙っていた。しかし、助けにいく余裕はない。目の前の理性を失った怪人が、古城に向かって剣を突き立てている。

 

「はぁっ!」

 

 しかし、雪菜によって文字通り横槍を入れられて、剣が弾かれる。

 

「ぐ、ぎ、ギギギギイ!」

 

 雪霞狼を構えながら一気に距離を詰める雪菜に対し、怪人はけたたましい咆哮をあげる。

 すると、それに呼応するかの様に、両者の間に眷獣を引き連れたアスタルテが割って入り、雪霞狼を押しとどめる。眷獣の表面は、雪霞狼と同じ光に包まれていた。

 

「なっ……雪霞狼を止めた⁉︎」

 

 真祖の眷獣さえも滅ぼしうる刃が、アスタルテを包む眷獣に防がれ、彼女の身体の手前で止まっている。驚愕の表情を浮かべる雪菜に対し、アスタルテは無慈悲に眷獣の腕を振るおうとする。

 人間である雪菜がこれを受ければ一たまりもないのは明らか。

 

「貴女は愚かです。その男についた事を後悔して終わるべきです」

 

 アスタルテの冷たい声。その眼に光は無く、ただ燻んだ青い瞳だけがあった。

 雪菜に迫る眷獣の腕。目撃すれば、誰もが諦めるような光景。

 しかし、そんな結末は霧散する――

 

「“焔光の夜伯(カレイドブラッド)”の血脈を継ぎし者、暁古城が、汝の枷を解き放つ —— 疾く在れ(きやがれ)、五番目の眷獣“獅子の黄金(レグルス・アウルム)” —— !」

 

 何処からか聞こえる古城の声。

 それと同時に、周囲を塗り潰す雷光。その中に浮かび上がるは、紅き瞳を鋭く光らせ、雷光の獅子を引き連れた第四真祖。荒れ狂うような魔力が辺りを震わせ、前足でアスタルテの眷獣を止めていた。

 

「…………」

 

 怪人は動きを止め、その様子を呆然と見ている。

 そして。

 

「やりやがったなあああああああああああああああああああ暁古城おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 咆哮ではなく、意味のある、明確な怒りの篭った叫び声。まるで、大事なものを壊されたかのように怒り狂い、一直線に古城に突っ込んでいく。

 

「貴様ぁあああああああああああああああ!血を、血を吸ったなぁああああああああああああああ!忌避してたのにぃいいい……許せねぇ……殺してやるうううう!」

 

 背後の光の渦から無数の剣を取り出し、それら全てと共に、弾丸のような速さで古城に突っ込んでくる。

 アスタルテも、古城の眷獣に反応して共に突っ込んでくる。

 

「いっけえええええええええっ!!」

 

 古城の方は、真っ直ぐ前を見据えて眷獣の狙いを定める。黄金に輝く鎧の怪人。光に包まれるアスタルテ。そして、巨大な眷獣の前足が振り下ろされ、激しい雷霆となって二人に襲いかかった。

 


 

 白く塗り潰された視界が復活する。

 はじめに映ったのは、青い空。古城は、自身が倒れていることに気づくのに数秒かかった。

 

「……あ?」

 

 身体を動かすたびに全身が軋むように痛み、苦悶の表情を浮かべながら古城は上体を起こした。

 そこには、身体のあちこちを焦がした満身創痍の少年と、眷獣を出したまま、口から血を流して突っ立っているアスタルテの姿があった。

 

「なっ……」

「先輩、気を付けてください。あの子、雪霞狼の“神格振動波駆動術式”をコピーしてます。それで先輩の攻撃を無効にしたんです」

 

 いつの間にか傍らにいた雪菜の忠告を聞きながらも、古城はアスタルテをただじっと見つめていた。

 

「……あの人工生命体、眷獣を植え付けられてやがるんだ。このままだと、死ぬ」

 

 眷獣は、吸血鬼だけが扱い得る力。それは、眷獣の実体化の際に宿主の生命力を多く喰らうからであり、無限の“負”の生命力を持つ吸血鬼だからこそ飼い慣らせる。

 当然、人間は然り、人工生命体や獣人、悪魔であろうとも他の種族が眷獣を宿せば、長くは生きられない。

 これを行ったのはオイスタッハであるが、怪人の少年はそんなの御構い無しに、ただ古城を殺す為だけに彼女に力を使わせていた。目の前の彼女の様子を見る限り、そう長くはないらしい。

 

「……ひでえ話だ」

「先輩?」

「姫柊、いけるか?」

「はい」

 

 二人は立ち上がり、眷獣を纏ったアスタルテを見据える。

 戦いに、そして周りに利用され続けたまま、使い潰されようとしている少女の運命に終止符を打つ為に。

 

「いくぞ」

「はい」

 

 その会話を皮切りに、二人は駆け出した。アスタルテの眷獣の腕が容赦なく襲いかかってくるが、古城の眷獣がそれを押し留め、雪菜の進路を確保する。

 前に出た雪菜は、銀色の槍を携えながら瓦礫の上を駆け、粛々とした祝詞を発する。

 

「獅子の巫女たる高神の剣巫が願い奉る —— 破魔の曙光、雪霞の神狼、鋼の神威をもちて我に悪神百鬼を討たせ給え!」

 

 祝詞の終わりと共に、槍が仄白く光り始める。

 もう一本の腕の攻撃を跳んで回避し、そのまま雪菜は銀の槍を構える。神格振動波駆動術式を槍の先端一点に集中させ、ただ鋭く、細い一撃を突き立てようとする。

 

「雪霞狼!」

 

 同じ術式で無効にしていようとも、アスタルテの方は大きな眷獣の全身を覆うように結界を構築している。対する雪菜の方は、結界を貫くために鋭く一点に集中している。

 

「はっ……」

 

 眷獣を包む結界を突き破り、その頭部へと深々と突き立てられる銀の槍。雪菜は槍を手放し、地面に着地すると、眷獣を抑えていた古城に呼びかける。

 

「今です、先輩!」

「ああ!“獅子の黄金(レグルス・アウルム)”!」

 

 瞬間、古城の眷獣は巨大な稲妻に姿を変え、避雷針のごとく突き立てられた銀の槍目掛けて一直線に飛んで行く。そして、その雷は一瞬にして眷獣の全身を駆け巡った。

 眷獣を倒すには、より強い魔力をぶつける事。圧倒的な強さを誇る第四真祖の眷獣をマトモにくらい、アスタルテの眷獣は消滅した。

 

「……や、った?」

「……おそらく」

 

 辺りに訪れる静寂。

 雪菜は緊張が解け、その場に崩れ落ちる。しかし古城は、倒れているアスタルテをまじまじと見つめている。

 

「姫柊。誤解されないよう説明しとくぞ」

「は、はい」

「このままじゃ、コイツの命は永くはもたない。だから、これからやるのはコイツを救う為の行動だからな」

 

 古城達の目の前には、眷獣を宿した影響で、永い寿命を使い果たしかけた人工生命体の少女が横たわっている。

 古城が見出した救う為のプランとしては、彼女の血を吸う事で彼女から眷獣の支配権を奪い、吸血鬼である古城の生命力で動くように変更する事だった。要は魔力の貸し出しである。これにより、彼女の寿命は長くなる筈だ。

 

「誰も犠牲にはしない、俺の周りではな」

 


 

 鎧のオリジオンは、先程の少年を追って既に姿を消していた。

 ネプテューヌは、誘拐犯の方を見る。向こうもこちらに気付いたのか、両者の視線が交差する。

 

 

「あら、いたの」

「さっきの様にはいかないよ?私、こっから逆転劇おっ始めるつもりだし」

「強がっちゃって……嫌いじゃないわ。今度こそ貴女を私のモノにしちゃうんだから」

 

 オリジオンはそう言うと、ネプテューヌに向かって舌を伸ばしてくる。ネプテューヌは咄嗟に真横に転がって回避すると、何処からか木刀を取り出して構える。

 

「残念だけど、私は皆の女神。誰か一人のモノにはなれないんだよっ!」

「女神だろうと何だろうと、私の前では皆獲物なのよ!」

 

 オリジオンはそう叫び、ネプテューヌに向かって灼熱の炎を吐き出す。ネプテューヌは即座に立ち上がって走り出し回避するも、炙られた瓦礫がドロドロに溶け、煙をあげるのを見て冷や汗がどっと出てくる。あんなもんに当たったら一たまりもない。

 攻撃を避けながら、ネプテューヌはヒビキ達へと近づいてゆく。エネルギー弾を木刀で弾き、スライディングで火炎を避け、二人の元へと辿り着く。

 

「ちょっと飛ぶよ?いい?」

「はっはい⁈ 」

 

 木刀を腰にさしながら湖森にそう言うと、ネプテューヌは二人を両脇に抱えて大きく跳躍した。後ろから迫る火炎弾は、彼女達の真下スレスレを通過し、虚空へと消える。

 

「ちょ……ま、マジなのコレ⁉︎」

「す、すごい……」

「逃す訳ないでしょう?」

 

 オリジオンも大きく跳躍し、ネプテューヌ達へと追い付く。相手の舌が伸び、ネプテューヌの足に巻きつこうとしたその時。

 

「てやあっ!」

 

 ネプテューヌの脇に抱えられていたヒビキが、何かを落とし、それをネプテューヌが思い切り蹴ってオリジオンの顔面にぶつけてきた。

 一体何が、と思い、オリジオンは地面に転がったものを見る。それは木刀だった。どうやら、ヒビキはネプテューヌの腰にぶら下げてあったそれを外し、それを彼女が蹴り飛ばしたらしい。

 

「どーよ?これが主人公ってヤツなのさ!」

「随分と生意気な口を聞くのね……今楽にしてあげるわ!」

 

 ネプテューヌの挑発(?)に対し、オリジオンは怒って走ってくる。今ので彼女は丸腰状態になってしまっている。

 

「あ、やば――」

 

 半ばやけになり、身を呈して二人を庇おうと動くネプテューヌ。そこへ、

 

「はあああああああっ!」

 

 バイクに乗った瞬が二人の間に割って入り、オリジオンの攻撃をバイクの車体で防いだ。先程の爆発のせいか、変身は解除されていた。

 オリジオンは忌ま忌ましそうに瞬を睨みつけるが、瞬は迷う事なくベルトを装着する。

 

「っ……」

 

 その時、ネプテューヌが若干苦しそうな表情になる。地面に膝をつき、息も少し荒くなっている。瞬は心配して手を差し伸べる。

 

「大丈夫か?」

「へーきへーき……ねぷぅっ⁉︎」

 

 ネプテューヌが瞬の手を取ったその時、突然ネプテューヌの身体が光り出した。あまりにも唐突な出来事に困惑する一同。紫の光は、次第にネプテューヌの手の中に集まり、何かを形作っていく。

  十秒ほど経ち、光は少しずつ収束していく。瞬は、ネプテューヌに差し伸べた手の中に、何か固い物があるような感覚に気づく。

 

「これは……なんだ?」

「んー?なんだろそれ」

 

 あったのは、紫色の鍵のようなの物体。一見すると、瞬がアクロスに変身する時に使うライドアーツに似ているような気がする。

 

「これを……ベルトに付けるのか?」

 

 よくよく見ると、バックルの左側にもライドアーツをはめるような箇所がある。しかし、グズグズしている余裕はない。オリジオンが我に返り、攻撃体勢に入っている。

 

「どうせ悩んだ所で誰も教えちゃくれないんだ、やってみるしかねぇ!」

《ARCROSS》

《NEPTUNIA》

 

 二つのライドアーツのボタンを押して、ベルトに取り付ける。湖森達を庇うように、瞬は前に出てオリジオンと相対する。

 

「変身!」

《CROSS OVER》

 

 無数の光の線が瞬を包み込み、アクロスの装甲を形成していく。

 

《思いを!力を!世界を繋げ!仮面ライダーアクロス!》

 

 アクロスへの変身が完了し、まるで瞬の決意を示すかのように複眼が光る。

 だが、それだけでは終わらなかった。

 

《LEGEND LINK》

 

 その音声と共に、バックルから何かが勢いよく飛び出し、オリジオンにぶつかっていく。オリジオンは数歩後退し、ぶつかった何かは、今度は瞬に向かっていく。

 それは何かのパーツだった。真っ黒なものが多いが、ところどころ紫色に光る部分もある。それらは、アクロスの表面に次々とくっついてゆき、アクロスの外観を変化させてゆく。

 

《SET UP!ネプテューヌゥウウ!》

 

 その音声と共に、変化は完了していた。

 全身は黒くなり、身体中に紫のラインがはしっている。方には丸っこい謎の物体が付き、背中からは半透明の翼のようなものが確認できる。

 

「……なんだこりゃ」

 

 何度目かわからない台詞が、思わず口から出てくる。だが、なんとなく力が湧いてくる。まるで、誰かが一緒に戦ってくれると言わんばかりの心強さが、何処からか伝わってくる。

 

「ほんじゃあ、いっちょいってやる!」

 

 アクロスは一気に駆け出し、オリジオンとの距離を詰める。そして、両者ともに互いの胸目掛けて渾身のパンチを叩き込んだ。

 しかし、仰け反ったのはオリジオンの方のみ。アクロスの方はその場で踏みとどまり、連続して拳を叩き込む。

 

「はあっ!」

 

 そして、アクロスはその場で飛び上がり、膝蹴りを喰らわせる。オリジオンは大きく吹き飛び、瓦礫の上を何度も転がっていく。

 

「次はこれだ!」

 

 アクロスがそう叫ぶと、アクロスの背中の翼が一対取れる。そして、宙に浮かびながら変形し、瞬の手元にやってくる。

 それは、紫の刀身を持つ近未来的なデザインのブレードだった。瞬はそれを構えると、先程の攻撃で吹き飛んだオリジオンに向かって走り出す。

 

「なんなの……このパワー⁈ 」

「残念だが俺も知らねえんだよ!」

 

 アクロスの唐突なパワーアップに困惑するオリジオンだが、アクロスは構わずにブレードで一閃する。火花が飛び散り、再びオリジオンは吹き飛んで瓦礫の山に突っ込む。

 

《CROSS EXEDRIVE》

 

 バックルを操作すると、ブレードの輝きが増し始める。鮮やかな紫色の光が、オリジオンを、アクロスを、辺り一帯を包み込んでゆく。

 

「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

 アクロスは勢いよくブレードを振るう。

 すると、刀身から紫の斬撃が飛び出し、立ち上がりかけているオリジオンに向かって飛んで行く。気付いた時には既に遅し。オリジオンの腹部に斬撃がめり込み、貫通していった。

 

「あ、あ、ああ……」

 

 オリジオンは悶え苦しみながら地面に倒れる。

 そして、彼女の身体は爆発した。

 ボガアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! というすさまじい爆音と共に、周囲に熱風が吹きつけられる。荒れ狂う熱風に、思わず目を閉じるヒビキ達。しばらくして、煙が晴れた後には、怪人になる前の誘拐犯の女性が倒れていた。

 彼女は死んではいないようだが、気絶しているのか、ピクリとも動かない。

 

「はあっ……はあっ……」

 

 息を切らしながら、アクロスはその場に膝をつく。それと同時に、アクロスの身体全体に砂嵐の様なノイズが走り、その変身が解除される。

 戦いが終わったと認識した途端に、一気に疲労が噴き出してきた。膝付いているので精一杯で、気を抜けばそのまま地面に倒れてしまいそうなほどに、瞬は疲れ果てていた。

 そこに、少し遅れて、聞きなじんだ声がやってくる。

 唯だ。病院に置いてけぼりにしてしまった彼女が、ここまで走ってきたのだ。ここから病院まで結構あったはずなのだが、唯は1~2kmほど走った程度にしかつかれていないように見える。

 

「瞬!大丈夫⁉ 」

「唯……まさかここまで走ってきたのか?」

「うん……おかげで最後の方しか見られなかったんだけど……すごかったね」

 

 それを聞いたネプテューヌが、「化け物かコイツは」という目で唯を見ている。昔から唯は運動が得意だったので、そのことを知っている瞬は特に反応はしなかった。いや、もしかしたら、疲れ切ってそれどころではなかったのかもしれない。

 

「唯さん……」

「瞬がみんなを助けたの?」

「そう、だな……俺が……助けたんだよな」

「…………」

 

 いまだに実感がわかない。

 しかし、結果だけははっきりと目に見える形で残っている。瞬はオリジオンを倒し、皆を助けたのだ。

 

「湖森、唯。ちょっと肩貸してくれ……疲れて上手く身体が動かせねえんだ」

「あ、うん……」

「まあ頑張ったしね。それくらいやってあげようよ湖森ちゃん」

 

 妹と幼馴染みに肩を借りながら、瞬はその場を後にする。それに続いて、ヒビキとネプテューヌが立ち去る。

 ちょっとカッコ悪い凱旋が、人知れずはじまった。

 


 

「マジありえねぇ……古城のクソ野郎が……ふざけんな……」

 

 古城に敗北した少年は、身体を引きずるように戦場から遠ざかっていた。足取りは重く、身体中に激痛がはしっているが、とにかく逃げていた。

 本来なら、古城が眷獣を操る前に始末したかったのだが、あろうことかその後押しをしてしまった。ともかく、これで希望は潰えた。少年は、前世からの野望をかなぐり捨て、今はただ生き延びる為に逃げていた。その有様はなんとも無様であった。

 しかし、そう上手い事はいかないものだ。

 

「よぉ、こんなところで何してやがんだ?」

「あ……」

 

 少年にかけられる声。

 その主を見た少年の顔が、絶望に染まる。

 

「き、貴様は……転生狩者り……」

「人聞き悪いこと言うなよ。まあ、随分派手にやってくれたおかげですぐ見つけられた」

「ま、待ってくれ!俺はまだ――」

 

 少年の命乞いに耳を貸すことなく、声の主はバックルのようなものを自らの腰に取り付ける。そして、少年に見せつけるように錠前のようなものを取りだす。

 

《レモンエナジー!》

「は、ははははははは……」

 

 錠前から発せられたその音声を聞いて、少年は腰を抜かして必死に後退りする。声の主は、錠前をバックルに取り付けると、少年の方に歩み寄る。

 

《ROCK ON》

「変身」

《SODA》

 

 既に少年の顔は、恐怖と涙でぐじゃぐじゃになっていた。そこには嬉々として古城をいたぶっていた時の威勢の良さは微塵も無かった。

 

 《レモンエナジーアームズ!FightPower!FightPower!Fi,Fi,Fi,Fi,F,F,F,F,Fight!》

「過ぎた力は全てを滅ぼす……お前達は存在してはならない。死をもって、それを償え」

 

 そして。

 鮮血が舞った。

 

 

 

 

 

 

 

 後日、街外れの山奥で、頭部が木っ端微塵に爆散した少年の死体が発見される事になる。

 武偵や警察の捜査も無駄となり、誘拐事件の事も相まって、この事件は人々から忘れ去られる事になる。

 

 

 同時期から、仮面をつけた謎の存在の噂が広がりだす。

 それもまた、不明瞭なものとして街に燻り続けるのだった。

 

 


 

EPILOGUE

 


 

 事の顛末を纏めよう。

 まず、誘拐犯の方は力を失っていた。怪人になる力も、その前に持っていた特典も、綺麗サッパリ消えていた。タマゴに閉じ込められていた子供達は無事に保護され、女性は逮捕された。

 トモリの方は、再び病院に運び込まれて入院している。唯が毎日お見舞いに行っているようだが、春休みが終わる頃には退院できるらしい。

 そして最後にひとつ。

 

「買わない。買わねーよ、んな高いプリンなんぞ買うわけねえだろ……」

「じゃあこれは?」

「駄目なもんは駄目だっての」

 

 結局、二人の居候生活は存続する事となった。一体どうやってヒビキとネプテューヌを家に置く算段がついたのかは、最後まで誰も教えてはくれなかった。

 日夜二人に振り回されっぱなしの春休みを送っている瞬は、少しだけ世の中の父親の苦労が分かったような気がした。

 

「分かってます分かってます。急かされるのは主人公特権、フラグレーダーピンピン来てますよ〜これ」

「絶対壊れてるよそれ」

「ねぷーっ⁉︎ 頼むからその髪飾りだけは弄らないでっ⁉︎ キャラビジュアル薄くなっちゃうからぁ!」

 

 スーパーから出ながら繰り広げられるヒビキとネプテューヌのじゃれ合いをよそに、瞬は帰ってからのことを考える。いい天気だし、そろそろ桜も見頃だ。残り少ない春休みが終わる前に花見でもしてみたいもんだ、という考えがふと浮かんでくる。

 ここで、瞬の足が唐突に止まる。ヒビキ達が怪訝そうに瞬を見上げるが、瞬がある一点を見つめていることに気付く。

 

「……」

 

 瞬の目の前に立つ、パーカーのフードを深く被った灰色の少年。連れらしき少女の方は、瞬をじっと見つめている少年に対し、怪訝そうな視線を向けている。

 

「……退いてくれねーか、そんなところ居たら他の人の邪魔だ」

 

「あ、すみません」

 

 ごもっともな正論で瞬達を退かすと、少年達は瞬達と入れ違いで店内に入っていった。

 そして、ぽつりとヒビキがこんな質問をぶつけてきた。

 

「なんで笑ってるの?」

「あれ?俺笑ってたか?」

「厨二臭く笑ってた」

「どんな笑い方だよソレェ」

 

 軽く弄られながら、瞬は再び足を進め出した。

 恐らく、相手の方は瞬の顔を知らない。瞬の方も、少年の名前は知らない。お互い接点は無かったが、各々の思いを胸にあの時、同じ戦場に立っていた。

 きっと、向こうも自分のように何かを守ったのだろう。そして、今それを享受している。

 

 

 また、会える。

 そんな思いが、何故か心をよぎった。

 


 

 街の何処か。

 目の前に広がる青い海を見つめながら、セーラー服姿の少女が自分に言い聞かせるように呟いた。

 

「吹雪、今日も一日頑張ります!」

 


 

 街の何処か。

 茶髪の高校生くらいの男が、ニヤニヤした顔で先程貰った手紙を眺めていた。

 

「……まさか、俺に春が来るなんて!神さまマジ感謝!」

 


 

 街の何処か。

 赤と緑の髪の少年が、両手を広げて叫んだ。

 

「さあ、お楽しみはこれからだ!」

 


 

 街の何処か。

 誰もが振り向くようなスタイルの良い身体の黒髪の少女が、校舎を見上げていた。

 

「うむ、今日も学園は平和だ」

 


 

 街の何処か。

 なんか必死の形相で自転車を漕ぐ一人の少年が、どうにもならないといった風に叫んだ。

 

「チャリジャックなんか聞いてねえってのおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 


 

 街の何処か。

 ツンツン頭の少年が、流しにぶちまけられたカップ焼きそばを呆然と見ながら呟いた。

 

「不幸だ……」

 


 

 街の何処か。

 闇にまぎれ、街を走り抜ける漆黒のバイクを見て、街の人々はこう言った。

 

「首無しライダーだ」と。

 


 

 それは有り得ざる交差だ。

 交わることのなかった軌跡が交差し、出会う事の無かったヒーロー達が出会う。例えそれが破滅のお膳立てだとしても、其処には、確かな希望も同時に存在するのだ。

 新たな伝説が、幕を開ける。

 

 祝え、全てを繋ぐ希望の誕生を。

 

 

 

 

 

 

 




ようやく一区切りつきました。
大学生活の忙しさもあるのですが、古城の眷獣覚醒やらオリジオンとの戦闘×3やらをこの1話で一気に纏めなければならなかった為、今回も難産でした。今考えると学校でのくだり不要だった気しかしない。

ちなみに、作中での古城への暴言はただの言い掛かりであり、私自身はあんなこと微塵も思ってないでご了承ください。寧ろ古城は主人公キャラの中では割と好きな方なので。
今後もあのような台詞が作中に登場する場合がありましても、あくまでも展開上仕方なくやっているだけであり、アンチ・ヘイト目的ではないのでご理解ください。
この作品は基本アンチヘイト抜きでいきます。タグ詐欺じゃないけど。ならないように気をつけて書いていきます。


最後にドバーッとクロス作品がでました。みんなは全部わかったかい?次回からは学園生活編、キャラも一気に増えて物語も本格的に始まります。

次回 ハイスクールR×R

思いを、力を、世界を繋げ!


※活動報告でリクエスト募集中!


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第1章 統合陰謀学園 アマスベ
第8話 ハイスクールR×R


新章突入です。新キャラもでるよ。
なんか瞬空気になっちゃうけど許してね。
今回はキャラ紹介を兼ねた箸休めがてらのコメディ増し増しでお送りします。畳めるかは別として風呂敷一気に広げます。いえい。

FGOやってて遅れました。星5はまだアルトリアのみ……こればかりは運だししょうがないね。

YouTubeでシンフォギア全話が毎日一話ずつ公開!
適合者のみんなは絶唱しながら見ようね!




他サイトとのマルチ投稿を考えているんですが……どうしますかねぇ


 少し肌寒い、四月の朝。

 部屋にけたたましく鳴り響く目覚ましの音。開けっ放しの窓から入ってくる海風が、ベッドで寝ている少年に吹き付ける。

 しかし少年は、手探りで目覚まし時計を止めると、再び眠りについてしまう。その時、数回ドアをノックする音がしたかと思えば、直後に部屋のドアが開いた。

 

「アラタ、いつまで寝てるのよ?春休みはとっくに終わってるんだけど」

 

 部屋に入ってきたのは、小柄な少女。茶色がかった短めの黒髪が、窓から入ってきた海風にたなびいている。

 少女は、少年の体に被さっている布団を勢いよく引っぺがし、少年の体を何度も揺すって起こそうとする。

 

「起きろこん畜生」

「あと2、3年寝かせてくれぃ……」

「馬鹿なの貴方は。さっさと起きなさいよ。春休みはとっくに過ぎてるんだってさっき言ったよね」

「わかったてーの、大鳳……」

「先、降りてるからね」

 

 大鳳と呼ばれた少女は、少年がちゃんと目を覚ましたのを確認すると、部屋を出て行った。

 起こされた少年は、大きな欠伸をしながら壁にかけてあった制服を着ていく。寝癖直しは後回しにし、着替え終えた少年はリビングへと向かう。

 

 欠望(かけもち)アラタ。16歳。

 彼は“艦娘”と共に生きる少年である。

 


 

「あ、アラタおはよー」

「うわあ姉貴、凄え寝癖じゃんか……」

 

 廊下でばったり出くわしたのは、アラタの姉である|一希(いつき》。アラタより頭一つ分小さな身長に、肩まで伸びた寝癖まみれの茶髪。寝ぼけているのか、眼鏡がちゃんとかけられていない。朝はいつもこんな感じなのだ。

 

「ご飯ならもう出来てるよん」

「姉貴もさっさと目覚めとけよ。フラフラ歩いてると危なっかしくて見てられねーんだからさ」

「善処する〜」

 

 そう答えると、一希はフラフラと洗面所に向かうのであった。まあ何時もの事だし大丈夫だろうと、アラタはほっといてリビングに入る。すると、台所の方から挨拶がとんできた。

 

「あ、アラタおはよー」

「おう山風、今日も朝飯作ってくれたのか。毎朝ホント助かるぜ」

「へへんっ」

 

 山風と呼ばれた少女は、嬉しそうに胸を張る。頭の黒いリボンや緑の長い髪と共に、割と大きめな胸が揺れているが、見なかったことにしておこう。

 と、そこに寝癖はそのままで、顔を洗い終えて若干顔付きがしっかりした一希がやってきて、山風の肩に手を置いて瞳を潤ませる。

 

「山風も大鳳も学校かあ……いやぁ、ここまで立ち直るなんて私嬉しくて嬉しくて涙腺壊れちゃうよ」

「んな大袈裟な」

「今更言うか。もう二年生だぜ」

 

 アラタも口ではそう言っているものの、なんだかしみじみとした雰囲気の欠望姉弟に、若干気恥ずかしくなる大鳳。アラタ達の顔は、どこか救われたような雰囲気を漂わせていた。

 なんか朝から雰囲気があらぬ方向に行ってしまっている二人に対し、大鳳は現実に引き戻そうとアラタと一希の手を軽く引っ張る。

 

「と、兎に角朝食を食べなさい。遅刻するかご飯抜きかの選択を迫られることになるけどいいの?」

「や、やっべぇ」

 

 時計を見ると、七時半はとうに過ぎてしまっていた。学校が始まるまであと一時間もない。遅刻しないように急いで食卓につき、朝食に手をつけ始めるアラタ達。

 その様子を眠たそうに、かつ優しそうな眼差しで眺めながら、コーヒーを飲む一希。

 

「……一希さん、どうかしました?」

「ん、いや何でもないよ」

 

 山風にそう笑いかけると、一希は何かを誤魔化すようにコップを置いて大きな欠伸をする。

 

(貴女達は人間の中で生きる事を選んだ。それを私もアラタも、あの提督さん達やお仲間も咎めやしない。精一杯この世界を楽しんでくれや)

 


 

「いただきます」

「いただきまーす」

 

 いつも通り食卓につき、朝食を食べる。

 逢瀬家の3人に加えて、ネプテューヌにヒビキも共に食卓を囲む。春休みの間に、瞬達はすっかりたこの光景に慣れてしまった。

 ただ、春休みと違うのは、瞬と湖森が制服姿な所だ。先週から新学年が始まったのだから当然ではあるのだが、次元統合前の記憶がある瞬は、ちょっとした転校生状態になっていた。

 

(なんか慣れないぜ……学校も俺の記憶とはまるで違うし……この間まで学ランだったってのに。ブレザー似合ってる気がしないんだよなぁ)

 

 白飯を口に運びながら、瞬は始業式の事を回想していた。

 学校で見かけた生徒の中には当然見知った顔もあったが、この一週間だけでも随分と周りと自分の知る世界の違いを思い知らされた。

 例えば、変態3人組と称される女子から忌み嫌われる男子生徒達。投稿義務を免除された特待学級の十三組。「二大お嬢様」と学校中から注目を集める女子生徒。支持率98%の新生徒会長などなど —— 瞬と唯からしたら混乱の極みであった。

 その中でも、唯と同じクラスという事実は、幾らか瞬を落ち着かせた。同じ戸惑いを感じる、唯一同じ境遇の存在の心強さに感謝せずにはいられなかった。

 

「湖森、あのさ」

「……」

 

 ついでにもう一つ、困ったことがある。

 オリジオンと戦って以来、湖森の態度が冷たいのだ。この春休みの間、瞬と湖森はほとんど口を利いていない。どうやら、あの時湖森の目の前でアクロスに変身した事が原因のようなのだが、弁解しようにもそれすら無視される始末。ここにきて反抗期かよ、と瞬はショックを受けるのだった。

 


 

 朝食を終え、少し寛いでいると、学校に行く時間が近づいてきた。瞬と湖森はそれぞれ鞄を持って玄関に向かうが、二人の間には言葉は交わされない。

 

「ほんじゃ、俺らは学校行ってくるから、叔父さんの言うことちゃんと聞いて留守番してるんだぞ」

「子供扱いしないで欲しいもんだね」

「子供だろ」

 

 居候幼女達にそう告げて家を出る。

 湖森の方をちらりと見たものの、見事に視線を逸らされ、早歩きで先に行ってしまった。こういう時はどうすれば良いのだろうか、と悩みながら瞬は歩いていた。

 そのせいだろうか。

 

「ぶぁっ!」

「ひょああああああああああああ⁉︎」

 

 後ろから大声で驚かされて盛大に尻餅をついてしまった。見上げると、其処には見慣れた顔が一つ。

 

「いやぁ随分と悩んじゃってるね」

「なんだ唯か……」

 

 笑いながら此方を覗き込んでくる唯を見て、軽く溜息をつく瞬。

 

「あの年頃の女の子って複雑だからね。しょうがないね」

「お前が単純すぎるんだよ」

 

 そう言いながら瞬は立ち上がる。みっともない姿を晒してしまったことに少し恥ずかしくなる瞬。

 

「まあ、全然上手くいかねーんだわ。お前が訊いたって、はぐらかされたんだろ?」

「ありゃあ、そっとしておくのが一番じゃない? 下手に突っ込んだら余計悪化するかも」

 

 瞬自身、そんな事は分かっている。しかし、時間に任せて何もしないでいるのもなんだか落ち着かない。今迄それ程喧嘩する事なく、兄妹仲は良好だった分、余計に瞬は悩んでいるのだった。

 

「そーなのかな……」

「まあ、兄がいきなり仮面ライダーになったらそら受け入れがたいに決まってるんだけどねぇ」

 

 仮面ライダーも難儀なものだなあと実感する瞬。今日も湖森との仲直りに悩まされながら、瞬は学校へとあしを運ぼうとする。

 が。

 

「うお危なあがあっ!」

「あべしっ!」

 

 なんだかよくわからない内に衝撃をくらい、再び尻餅をつく羽目になった。

 どうやら、いきなり曲がり角で誰かと衝突した模様。いつの時代のラブコメなんだと思いながら、瞬は相手を確認する。

 

「あ」

「は」

 

 そこにいたのは、瞬と同じ制服を着た茶髪の少年だった。お互いに呆然とした顔で見つめ合っている。

 一部始終を見ていた唯がぽつり。

 

「……ラブコメ展開だ」

「「冗談じゃない! 誰がコイツと恋に落ちるか!」」

 

 息ぴったり、見事なダブル突っ込みが炸裂。唯は調子に乗って瞬をさらにおちょくりだす。

 

「お前いきなりぶつかって来るとかなんなんだよ……」

「そっちこそ、どこ見て歩いてんだよ!」

 

 少年は自らの頭をさすりながら瞬を睨みつける。朝から変な奴に絡まれたなぁと思いながらも、どうやってこの状況を掻い潜ればいいんだと考える。

 ここで、

 

「何してるのアラタ」

「アラタの方がトラブル起こしてどうするの」

「あいだだだだだだ耳もげる!」

 

 少年の後方からやってきた二人の少女が、少年の耳を引っ張り、瞬から引き離していく。

 

「だからちゃんと前見てって言ったじゃない……ほら謝って謝って」

 

 少女に諭され、少年は瞬のほうを向いて謝る。前をちゃんと確認しなかったのは瞬も同じようなものなので、まあお互い様っちゃあそうなのだが。

 

「わ、悪かったな」

「ちゃんと」

「ご、ごめんなさい」

 

 再度謝り直してから、少年達は走って十字路を横切っていく。去り際に緑髪の少女が唯に向かって一言。

 

「学校行くなら、急いだ方が良いよ」

 

 彼女の姿が見えなくなったあと、忠告を受け入れ、腕時計を見た唯が一言。

 

「やばっ! 遅刻する!」

「まじかよ⁉︎」

 

 慌てて瞬も自分の腕時計を見てみると、遅刻5分前。さあ大変なことになった。距離的にはギリギリ間に合うか否か。朝から全力疾走だ。

 

「やべえ完全遅刻ダッシュゥウウ!」

「瞬お先に失礼〜」

 

 身体能力に自信のある唯が、あっという間に瞬を置いて走り去っていく。

 

「ま、待ってくれえええええええ!」

 

 常識の消え去った、波乱の学園生活が幕を開けようとしていた。

 


 

 朝の早い時間帯。とある高校の教室のひとつ。そこでは、茶髪の青年が必死な様子で何かを訴えていた。

 

「いやホントマジだから! ガチ中のガチだから! 赤き真実で証明できるレベルだから! 信じてれよぉ松田ぁ! 元浜ぁ! 桐生ぅ!」

 

 青年の名は兵藤一誠(ひょうどういっせい)。スケベな事の事を年中考えている、どうしようもない変態である。当然女子からは嫌われている。

 そんな彼であったが、先日なんと女子から告白されたのだ。それもとびっきりの美少女に。デートの約束も既に取り付けてあり、一誠としては狂喜乱舞モノなのだが……どうやら、クラスメイト達は信じていない様子。

 

「それってよ、エイプリルフールの嘘告白じゃあねぇのかよ?」

 

 松田と呼ばれた坊主頭の男は、信じられないといった様子で言う。彼もまた変態仲間である。

 

「俺も松田に同意だ。二次元彼女の間違いじゃねーのか?」

 

 松田の隣にいる元浜と呼ばれた眼鏡の男は、一誠を茶化しては眼鏡をくいっとおさえる。彼も一誠や松田同様に変態であり三人揃って変態トリオとされている。

 

「いや、普通に考えても無いわ。いくらマシになったといえども、兵藤は変態だから」

 

 辛辣な言葉を一斉にぶつける眼鏡女子は、桐生。ちなみに中身はかなり腐っていらっしゃる模様。

 

「汚名は簡単には払拭できねぇのかよ畜生がっ! てかお前ら馬鹿でかいブーメラン飛んでるからな⁉︎」

 

 一誠はクラスメイト達の薄情さに文句を言うも、日頃が日頃なので助け船は出ない。というかブーメランが自らにも跳ね返っているのに気付かないのだろうか。

 クラスメイト達の心無い言葉の数々に、ご立腹の様子である一誠。彼は不貞腐れたように自分の席に座ると、机に突っ伏してしまった。松田と元浜も、一誠を揶揄うのに飽きたのか、好みの女子を見つけるためな窓から校門を眺め始めた。

 

「しかし、今年の一年生はすげぇ可愛い子ばっかりだなあ。あー内面も外見も最高の彼女が欲しいぜー」

「あの中から彼女になってくれる子、出てきてくれたら嬉しいんだけどなぁ。俺童貞のまま死にたかねぇよ」

 

 叶わぬ夢をボヤキながら、彼らは窓の外を眺める。

 

「あ、木場と阿久根だ」

「死んでしまえイケメン」

 

 視線の先には、金髪の青年二人が数多の女子に囲まれながら校門を潜る光景が広がっていた。両者とも女子から絶大な人気を誇っており、学園の二大王子と呼ばれている。

 怨嗟のこもった視線を送る松田と元浜だが、それはすぐに途切れることとなる。

 

「あ! グレモリー先輩だ! 朱乃先輩に子猫ちゃんも!」

「マジかよ! あーやっぱふつくしい……思わずおっふってしまうよ」

「謎ワードを作るな」

 

 視線の先には、鮮やかな紅い髪の女性と、スタイル抜群の黒髪ポニーテールの女性と小柄な白髪の少女が共に校門をくぐる光景が広がっていた。男子生徒の中で大人気のリアス・グレモリー、姫島朱乃、塔城子猫の3人である。

 松田達の顔が一気にだらし無くなるのを見て、桐生は呆れて溜息をつく。

 

「で、いつまでしょげているのよ?」

「煩い薄情者め。今に見てろよ、俺ハーレム王になるからな」

「日本は一夫多妻制は採用してないわよ」

 

 もっとも、例えハーレムが許されたとしても、既に学校中に悪評が広まりきっているのでハーレムは不可能に近いのだが。

 そんな一誠に、悪友達は心無い言葉をぶつけるのであった。

 

「なあイッセー、これから新入生に声掛けにいかね? もしかしたら彼女できるかもしんねぇぞ。妄想じゃない奴がな」

「ちょ……流石に言い過ぎだろ松田。僻みをぶつけるんじゃあない」

 

 知るもんか薄情者共め。ふてくされた一誠は机に突っ伏した状態で、ただデートプランを練り上げていくのであった。

 


 

 時間は進んで昼休み。多くの生徒で混雑する食堂での話。

 

 

「ねぇ聞いた? 新しい生徒会長の噂」

「いきなりなんだよ柚子」

 

 ピンクのツインテールの少女・柊柚子(ひいらぎゆず)は、目の前に座っているトマトみたいな髪色の少年・榊遊矢(さかきゆうや)に対し、唐突に話を振った。

 

「あ、まあ聞いたよ。なんでも凄まじく化け物じみた人らしい。一年生にしてこの時期でって時点で凄いと思うんだけどな」

「アイツ相変わらずぶっ飛んでやがる……普通あんな啖呵の切り方するかよ」

 

 遊矢達とともに学食を食べていた人吉善吉(ひとよしぜんきち)は、ラーメンの麺を啜って飲み込んでから、呆れたように大きな溜息をつく。

 

「支持率98%、偏差値90超え、手にした賞状やトロフィーは数知れず。スポーツもトップレベルで、実家は世界経済を担う冗談みたいなお金持ち。身長263.5m、高度6万フィートをマッハ2で飛行! インテルも入ってる! 人間かどうかも疑わしいレベルの超人だよ」

「後半3つは流石に無いだろ……てかいつの間に不知火はそこに?」

「嫌だなあ、最初からいたよ?」

 

 善吉の向かい側に座っている小柄な少女・不知火半袖(しらぬいはんそで)は悪戯な笑みを浮かべながら話を続ける。

 

「ま、私も彼女に清き一票を入れたわけですがね」

 

 うわあ見るからに怪しい顔してるなぁと思いながらも、遊矢と柚子は苦笑する。

 

「で、人吉は生徒会入るの? あのお嬢様の事ほっとけないんじゃ?」

「馬鹿、アイツは一人でなんでも出来ちまう。俺なんか必要ねーだろ。ともかく、俺は生徒会には入らない」

 

 善吉の言葉はもっともだ。入学したばかりの遊矢達でさえも、又聞きではあるものの彼女の完璧さは理解できる。

 と、ここで善吉以外の動きが止まる。何だ何だと狼狽える善吉に対し、他の三人は一斉に指をさして、

 

「……後ろ」

 

 後ろ? とぼやきながらも、善吉は振り向く。そこには、

 

「ほう、随分とつれない事言うじゃないか、善吉」

 

 なんか凄い態度のでかい美女がいた。形も大きさも立派な胸元を露出した黒い制服。左腕に付いているのは、生徒会役員の印である腕章が五つ。腰まで伸びた黒髪。それら全てが、彼女の凛とした態度を際立たせる。

 

「……ちょっと待ってくれ。まだ昼飯食べ終わってない」

「問答無用! 私についてくるのだ!」

 

 善吉の言葉を問答無用でぶった斬ると、彼女はそのまま手を引っ張りながら食堂から消えていった。その場にいた全員は、あまりの出来事にぽかーんとしてしまう。

 近くで一部始終を見ていた遊矢と柚子にたいし、不知火はニヤニヤ笑いを浮かべながら言う。

 

「あれが噂の生徒会長、黒神めだかだよ」

「……なんかよく分かんないけど、やっぱよく分かんない」

「遊矢、日本語おかしいから」

 

 周りから見れば充分ぶっ飛んだ部類の彼らからみても、強烈だった模様。暫く遊矢達は食事に手がつかなかった。

 


 

 誰もいない剣道場。

 剣道部が数年前に部員不足で廃部になって以来、不良の溜まり場になっているのだが、本日は日曜日なので来ていない。

 一歩歩くたびに埃が舞い、足に竹刀がぶつかるほど散らかったその中。二人の少女が、一人の男子生徒にある提案を持ちかけていた。片方は、紫色の髪を腰まで伸ばしたゴスロリ衣装の少女。もう一人は、分厚い軍服のようなコートを着て、軍帽を目深く被った、長い銀髪をツインテールでまとめあげた少女。

 

「貴方の力、覚醒させてあげようか?」

「少し醜くなるけど、その力は絶大だ」

「……ああ、寄越せよ。俺が世界を変えてやるからな」

 

 男子生徒が少女達の問いに即答すると、ゴスロリ少女は満足したかのように顔に笑みを浮かべて、彼の肩に手を置く。そして、その身体を真っ二つに引き裂くように左右に強く引っ張り始めた。

 

「決まりだなリイラ。中々の逸材だ」

「そうねレイラ。彼ならきっと、うまくやってくれる」

 

 男子生徒の顔に浮かぶは苦悶の表情。さらにその上に、ジッパーのようなものが浮かび上がってくる。リイラとレイラ、二人の少女が少年を引っ張っていくたびにそのジッパーが開いていき、少年の姿がまるで皮のように裏返っていく。

 少女達は、少年に笑みを向け続ける。彼女達の甘言に、彼は際限なく堕ちてゆく。

 

「少し痛いが我慢しろ。これが終わればお前はなんでも思うがままにできるはずだ」

「嫌いな奴を消したり、好きな子を独り占めしたりは勿論、みんなから認められる英雄にもなれるの」

 

 変化が終了する。

 そこには既に少年の姿はなく、全身が赤黒い鱗で覆われた怪人がいた。

 

《KAKUSEI DRAIG》

「お前も今日から赤龍帝だ。本物を倒して代わりに王になるもよし、気に入らないやつを痛めつけるもよし……思うが儘だ」

「だけど気をつけて。仮面ライダーっていう悪い奴らが私や貴方の邪魔をするの。充分気を付けてね」

 

 リイラとレイラの忠告を聞いた後、怪人は地を震わせるような低い声で返答する。

 

「……俺はそんなヘマはしない。俺こそが魔王に相応しいということを、この世界の馬鹿どもに見せつけてやるのさ」

 

 怪人は開いていた扉から剣道場の外に出ると、肩に力を入れる。すると、怪人の背中から一対の赤黒い翼が生えて、力強く羽ばたきだした。そして、大空高くに飛び上がっていく。

 レイラとリイラは、嬉しそうにそれを眺めていた。

 

「最っ高ね! たまらないわ! あたしも久しぶりに暴れたくなっちゃうくらい!」

「よせリイラ。お前の能力だと全員再起不能になるだろ」

「あっそーだったわ。まあ、今回は出しゃばらないでおきましょう。仮面ライダーって奴を知りたいしね」

 

 リイラとレイラは、軽口を叩き合いながら踵を返す。すると、二人の姿が一瞬のうちに消えてしまった。

 


 

 日曜日、正午過ぎ。

 兵藤一誠はワクワクしながら待っていた。心臓は高鳴る一方、不安も当然ながらあった。事実、彼は変態性が災いし、今まで一度も彼女が出来たことがなかった。好意を持っていた異性の幼馴染みも、今では海外在住。

 結果、女性とこんな感じで付き合うのは一誠にとっても未知の領域だった。

 

 

「まだかなー夕麻ちゃん……すっぽかさないよなーまさか……」

 

 若干不安そうに、いずれ来る筈の恋人の名前を呟く。女の準備は時間がかかるというから、多分そうなんだろうなぁと思い、不安を紛らわせる。

「あなたの願い、叶えます」と書かれた、少し前に貰ったチラシを握りしめて、デート成功を祈願する。

 体感時間では数十分は待っただろう。一誠を呼ぶ、聞き覚えのある声。

 

「兵藤くん、おまたせ」

「ゆ、夕麻ちゃん。俺も今来たところだぜ」

 

 黒髪の美少女に名前を呼ばれ、一誠の心は舞い上がった。彼女こそ、一誠をデートに誘った少女・天野夕麻(あまのゆうま)である。

 若干声が裏返りながらも、緊張を誤魔化すように精一杯強がる一誠。いくら変態な一誠といえど、既に心臓はバクバク状態。

 

「じゃ、行こうか」

「あ、ああ」

 

 こうして、二人は街に繰り出した。

 

 

 

 兵藤一誠の人生は、ここで転換期となる。

 果たしてそれがどう転ぶのかは —— 転生者であっても予測はつかない。

 


 

 夕方頃、逢瀬家では。

 

「あ、味噌切らした」

 

 夕飯時になって、叔父の還士郎がそんな事を言い出した。なんで今更になって言いだすのだ。昼間買いに行く時間は充分あっただろうに、と思いながら、瞬は叔父の言葉を聞き流す。

 この流れだと確実に買いに行かされる羽目になる。手間はかからないが、出来れば行きたくないのが本音だ? 

 

「……1日くらい味噌汁なくてもよくね?」

「いやそれだと晩御飯が鯖味噌と白米だけになっちゃうんだよね……それって寂しくない?」

「それもそうだけどさ」

 

 瞬がそう言いかけた時、横からネプテューヌが会話に割り込んでくる。

 

「ついでにトイレットペーパー買って来てよ。無くなったんだよね」

 

 ついでにの前後が逆な気がするが、まあそれは置いておこう。味噌とは違って、トイレットペーパーが無いのは死活問題なので、これは流石に買いに行くしか無い。

 

「わかったよ、俺が買ってくる」

 

 結局、瞬が買いに行く事になってしまった。大きな欠伸をしながら、外へ出て行く瞬。

 これを機に、再び彼は騒乱に巻き込まれることになる。

 


 

 デートも終わり、待ち合わせした公園に戻って来た二人。一誠にとっては、新鮮な体験であったために、未だに有頂天であった。

 

「今日は楽しかったな」

「ええ」

 

 嬉しそうに頷く夕麻の顔をみて、思わず心の中でガッツポーズをする一誠。無い頭を必死に絞って考えたデートプランを楽しんでもらえて嬉しいのだろう。

 と、去り際になって夕麻がこんな事を言ってきた。

 

「兵藤くん、私、お願いがあるんだ」

「そ、それは —— 」

 

 突然の出来事に対し、淡い期待を膨らませる一誠。月明かりに照らされた、夕麻の妖艶な笑みがその期待を一層膨らませていく。

 しかし、それは果たされること無く終わった。

 

 

 ズブリ。

 その音の直後、一誠の身体は血を吹き出しながら倒れていった。

 

 

 

 一部始終を目の前で目撃していた天野夕麻 —— レイナーレにとっても、これは予想外の展開であった。

 彼女は実は人間ではない。人間より高位の、堕天使と呼ばれる存在である。ある目的をもって一誠に近づいたはいいものの、それを果たす前に横取りされた形になったことに対し、憤りを感じずにはいられなかった。

 ドチャリと、力無く血だまりに横たわる一誠。それは自分でも、その仲間達の仕業でも無い。

 

「……」

 

 目の前に居たのは、真紅の鎧を纏った怪物だった。レイナーレにとっても、それは見覚えのない存在。しかし、その雰囲気には何処か心あたりがあるように感じられた。

 違和感を押し殺しながら、彼女は問いかける。

 

「何のつもり? 私の獲物を横取りしようなんて、いい度胸ね」

 

 いきなり獲物を台無しにされたのだ。当然ながら敵意くらい湧く。レイナーレの問いに対し、怪人は沈黙を続ける。

 

「まあ、私も邪魔されて黙っているほど甘くないの。死になさい」

「……俺は悪魔の王となる存在。堕天使風情など敵ではないが、目障りだ。今すぐ俺の視界から消えた上で死ね」

「こっちにも都合ってもんがあるのよ!」

 

 レイナーレはそう叫ぶと、光で出来た槍のようなものを両手に持って、怪人に向かってそれを振りかざした。

 

「言った筈だ。貴様など敵ではないと」

 

 怪人はそれを片手で防ぐと、パキンと、軽く力を入れただけでへし折ってしまった。敵の予想外の強さに一瞬動揺するレイナーレだが、すぐに距離を取る。

 そして、彼女の背中から漆黒の翼が勢いよく開き、それを強く羽ばたかせて夜空に翔び上がった。

 

(コイツは強い……恐らく、私一人では勝率は高くはない。ここは撤退……いえ、あの方の為にも、それは許されない)

「……」

 

 怪人は空に浮かぶレイナーレに見向きもせずに、踵を返して瀕死の一誠に向かって歩き出す。

 

「俺の覇道の犠牲になれ」

 

 怪人は爪を高く振り上げ、冷たい声でそう告げる。今一誠をこの怪人に殺されてしまえば、レイナーレの目的は果たせなくなる。出来るかは分からないが、その前に怪人を追い払うしかない。空からその光景を見下ろしながら、攻撃準備をするレイナーレ。

 両者が今まさに攻撃をしようとしたその瞬間。

 赤い閃光が、夜の闇を塗り替えた。

 


 

 兵藤一誠はただ事態に流されるまま、理不尽にもその生を終えようとしていた。

 何が起きたのかは分からないが、自分の身体から血と体温がなくなっていくのが感じられる。腹を抉られた部分は、まだ熱を発しているものの、それ以外の部分は自分でもわかるほどに冷えてきていた。死んでゆく、というのはこんな感覚なのだろうか。

 

(死にたくない)

 

 漠然とした願いが浮かぶ。

 それは生への執着。理不尽に殺されゆく者の、正当なる願い。早すぎる死の恐怖から逃れようとする未熟な者の、強大な願望。

 

 

 

 それに、応答があった。

 一誠の前に赤い光が突如として現れる。レイナーレと怪人の双方が動きを止める。光は何らかの模様を描くように広がっていき、一誠を包み込んでいく。

 

「この光……紋章、まさか」

「まだ集団戦をする時ではない……俺はこれで去る」

 

 その正体に気付いた両者は、戦いをやめて撤退を始める。後に残されたのは、今にも死にゆこうとする一誠だけであった。

 


 

 不利な状況と判断し、逃亡を図った怪人。既に公園からは離れ、人通りのない、高速道路の高架下まで移動していた。

 このあたりまで来ればなんとかなるだろうと思い、息を切らしながらも移動を続ける。目立つのを避けるため、人間態に戻った上で徒歩で移動を続ける。

 が。

 

「ヨォ、随分と不細工な姿してんな」

 

 その声を聞いて、思わず足を止める。

 月明かりも届かない高架下の暗闇の中から響いてくる足音。怪人は音源の方を凝視する。

 

「オリジオンなら、とりあえず殺せば済む」

 

 ボタンを押すような音が三度。

 

《STANDING BY》

「変身」

《COMPLETE》

 

 くぐもった音声と共に、黄色い光が闇の中から発せられる。オリジオンの間近に迫る足音。月明かりの下に出てきたそれは、紫の複眼を持ち、顔に×マークがある仮面ライダーであった。複眼や、身体中の黄色いラインが発光し、彼を威嚇しているようにも感じられる。

 

「……俺の事くらい知ってんだろ」

 

 怪人の方は、人間態から再び変身し、目の前の仮面ライダーと戦う準備をする。

 

「仮面ライダーカイザ……いや転生者狩り!随分と暇なのだな貴様は」

「勝手に言うがいいさ。どーせオタクは死にやがるんだからよ」

 

 その会話を皮切りに、戦いは始まった。

 両者共に、一気に駆け出して互いに拳をぶつけ合った。あまりの速さに、両者を中心に突風が吹き荒れる。

 そこからは言葉は不要であった。互いが互いにガラ空きの部分を目敏く見つけては蹴りや拳を叩き込み、また相手のそれを予測して的確に防いでダメージを回避する。

 

「はぁっ!」

「ぬん!」

 

 両者の蹴りは、お互いの腹に同時にヒットし、双方吹っ飛んで地面に叩きつけられる。

 しかしらカイザもオリジオンもすぐに立ちあがり、戦闘を続行しようとする。両者ともまだダメージは小さい。戦いは始まったばかりなのだ。

 カイザはベルトに付けられたガラケーのような装置からメモリーを取り外しては、右腰に携帯していた×マークを象った銃に取り付ける。

 

《READY》

 

 その音声と共に、銃の下部から光の刃がまっすぐ伸びる。刃が黄色く発光したそれを逆手に持ち、オリジオンに斬りかかろうとする。

 しかし、それは予想だにしない邪魔者によって妨げられる事となった。

 

「……何してるんだ、お前ら」

 

 逢瀬瞬。

 買い物帰りの少年が、偶然にもこの戦いの場所に来てしまったのだ。カイザもオリジオンも、邪魔者の出現に僅かながら興を削がれるも、直ぐに気を取り直して互いに攻撃を再開した。

 

「……よし、俺も……」

 

 流石にオリジオンを放置するわけにはいかない。瞬はバックルを取り出して腰に取り付ける。

 しかし、ここに更なる邪魔が入る。

 

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

 今まさに変身しようとしていた瞬の目の前に、突如として人型の何かが落ちてきた。落下の衝撃と土埃に、思わず目を瞑る瞬。

 

「新手か……!」

「く……はっ!」

 

 目を開けると、瞬の目の前に居たのは、以前学校で襲いかかってきた、オレンジがかった装甲をあちこちに身につけたオリジオンだった。

 オリジオンは瞬と視線が合うなり、いきなりぶん殴ってきた。動きはそれ程速くなかった為に、瞬もなんとか避けられたのだが、拳の当たった部分のアスファルトが砕け、周囲にもヒビが入る。

 

「ブウウウウウゥ……」

 

 このままだと殺されかねない。そう判断した瞬は、オリジオンと距離を取りながらライドアーツをベルトに取り付ける。

 

《ARCROSS》

「変身!」

《CROSS OVER! 思いを! 力を! 世界を繋げ! 仮面ライダーアクロス!》

 

 何度も変身するうちに馴れたのか、変身動作がすこしスピーディーに感じられる。アクロスはオリジオンに向かって走りだしながら、拳を突き出す。

 

「はあっ! せい!」

「らあっ!」

 

 カイザとアクロス。両者はそれぞれ異なった思いを抱きながら目の前の敵に立ち向かう。

 戦いが、幕を開ける。

 


 

 兵藤一誠の視界に、誰かが映り込む。

 瀕死の彼には、はっきりとは見えていないのだが、その人物は彼をまじまじと見つめながら言葉を告げる。

 

「貴方が私を呼んだのね……今にも死にそうじゃない」

 

 当然ながら、今の一誠には応答するだけの力はない。ただ、その顔には、未だに生への執着が見られていた。

 謎の人物は、クスクスと笑った後、一誠に対してこう告げた。

 

「どうせ死ぬなら、私が拾ってあげるわ。貴方の命。私の為に生きなさい」

 




はい、今回から以下の作品がクロスします。
・艦隊これくしょん
・ハイスクールD×D
・めだかボックス
・遊戯王ARC-V

実は前話からこの話を始めたかったのですが、色々長引いて(ほぼFGOのせい)当初の予定より遅くなりました。
まあ趣味全開です。

二次創作だと大鳳は出番少ないから上手く扱えてる気がしない。

最後にまたまた色々出しました。
手始めにD×D一巻、いってみよー。もちろん一誠達の見せ場も作るつもりですが、かなり改変入ってますのでご注意。特に堕天使勢。
ちなみに私は原作最新巻までは読んでおらず、まだ修学旅行編くらいまでしか原作を持っていないので、そこも注意。

活動報告のリクエストボックスにじゃんじゃんリクエストしちゃってください!オリジオンや敵転生者、または出して欲しい作品やキャラの絡みなど、アンチ関連以外はなるべく採用するつもりですので、待っとるで。
捜索板で教えていただいた作品につきましては、暇な時に読んでいく予定です。これからさらにクロス作品が増えていくので、色々参考できるところはしていきたいですね。

次回 デアイノレンサ

力を、思いを、世界を繋げ!


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第9話 デアイノレンサ

前回までのあらすじ
・学校カオスすぎる
・瞬は色々苦労する
・イッセー死す


スローペース更新ですまない……ほんとすまない……
どこか一箇所でも描写に詰まるとてんで書けなくなっちゃうんや。
まあFGOやってたせいなんですけども。


 

 

 夜闇に光る、カイザの黄色いラインと紫の複眼。高架線の橋脚に打ち付けられるオリジオンの赤黒い身体。呻き声をあげながら、オリジオンは背中を橋脚に預けながら立ち上がる。

 

(やはりコイツ相手じゃ分が悪い……単純に、今は実力に差があり過ぎる)

 

 そう判断していたオリジオンは、何度も戦線離脱を試みたものの、カイザはそれを許さない。飛ぼうとすればすぐ様銃で撃ち落とされ、一方的に殴られる。的確に、かつ冷酷に、殺す為の攻撃の手を一切緩めることなく、目の前の仮面ライダーは殴ってくる。

 カイザはオリジオンにゆっくり歩み寄りながら、左腰に下げていたデジカメのような機器を手に持ち、×マークのような形をした剣に差していたメモリーを抜いて、デジカメのレンズ部分に差し込む。

 

《Ready》

 

 デジカメから音声がすると同時に、裏側から持ち手のようなものが飛び出す。カイザはそこを右手で掴み、そのまま思い切りオリジオンをぶん殴った。

 大きく吹き飛んでフェンスを突き破り、近くの用水路に落ちてゆくオリジオン。濁った水飛沫を上げ、用水路の底を転がっていく。

 

「大したことないな。その特典は御飾りか? まあどの道、俺には効かないがな」

「……」

「今地獄に送ってやる。転生者(おまえら)は……許さない存在だ」

 

 


 

 

「せいやぁっ!」

 

 一方、アクロスに変身した瞬も別のオリジオンと交戦を始めていた。両者の拳が勢いよく衝突するが、オリジオンの方がパワーが上な為にアクロスの拳は上に跳ね上げられる。

 それを逃す事なく、オリジオンは装甲の隙間から煙を吹き出しながら、ガラ空きになったアクロスの身体に回し蹴りを食らわせて吹っ飛ばした。

 

「やっぱりコイツ強え……純粋にパワーが桁違いだ……」

「オマエト……ワカリアウ……」

 

 こんなのと殴り愛してたらこっちの身が持たんわ! と思いながらも、アクロスは立ち上がる。

 

(俺じゃコイツには勝てない。だから、ここを上手いこと切り抜ける方法を見つけ出さねぇと……)

 

 と、考えているうちに、オリジオンがアクロスに向かって蹴りを放ってきた。すぐ様意識を戻し、身体を横に捻って回避する。蹴りは高架トンネルの壁面に亀裂を走らせ、辺りの空気も震わせる。

 

「ハナシ、アウ……」

「じゃあ暴力やめろや!」

 

 行動と台詞が噛み合ってない。まさか肉体言語で話し合ってるつもりなのだろうか……と思ってしまう。オリジオンはアクロスの方をむくと、身体中から煙を吹き出しながら一歩ずつ瞬に接近していく。

 

「畜生……ならこれを!」

《NEPTUNIA》

 

 以前手に入れた新しいライドアーツをベルトに取り付ける。

 

《LEGEND LINK・SET UP! ネプテューヌゥウウ!》

 

 アクロスの周りに黒と紫のアーマーが出現し、アクロスの上からくっついてゆき、以前変身した姿に変化した。

 オリジオンは一瞬驚いたような仕草をするが、アクロスはその隙を突いて、前より早いスピードでオリジオンに肘を撃ち込んだ。そのままタックルの要領でオリジオンを推して行き、フェンスを突き破ってカイザ達のいる用水路に落ちていく。

 

「今地獄に送ってやる。転生者(おまえら)は……許さない存在だ」

 

 下から聞こえる声には、明確な怒りが感じられる。それに対し、こんな返答があった。

 

「甘いぜ?」

《explosion!》

 

 その声と同時に、赤いオリジオンから衝撃波のようなものが放たれる。それは目の前にいたカイザも、落下中であったアクロス達も、彼の周りに合ったもの全てを吹き飛ばしてゆく。

 気づいた時には、衝撃波を食らった全員が用水路から投げ出され、高い位置の道路に転がされていた。

 赤黒い翼をはためかせながら、オリジオンは用水路から瞬達のいる高さまで翔んでくる。

 

「そうか……赤龍帝の籠手……お前、ずっと溜めていたな?」

 

 カイザはオリジオンに向かって、憎らしそうに言う。瞬にとってはなんのことかさっぱりだが、どうやら彼らには分かるらしい。

 

「貴様に吹き飛ばされる寸前にな。慢心してゆっくりトドメを刺そうとしてくれて助かったぞ」

「……慢心してるのはどっちだ?」

 

 不敵に笑うオリジオンを気にも留めず、カイザはベルトについている携帯電話のEnterキーを押す。

 

《Exceed charge》

「無駄だ……ここから届くとでも?」

「阿保、誰がお前を殴るっつった?」

 

 そう言った次の瞬間、何か黄色いものがオリジオンの身体に刺さる。それは刺さると同時に四角錐状に広がり、オリジオンをその位置に固定する。

 一体何が、とオリジオンは目を動かして自分を襲った現象を探る。すると、カイザの右足に双眼鏡のような物がついていることに気づいた。

 

「殴るんじゃねぇ、蹴るんだよクソッタレ」

「あ、あが……」

「せやぁ!」

 

 カイザは高く飛び上がり、空中で一回転してドロップキックに体勢に移る。オリジオンは避けようともがくが、動けない。カイザの足が、目前に迫る。

 その時であった。

 

「帰るよ、ガングニール、ドライグ」

 

 何処からか声とともに、鞭のような物が飛んできてカイザを用水路へと叩き落とすと共に、オリジオンをまるで引き寄せるように巻きついていった。

 上体を起こしながら、アクロスは何が起きたのか確かめようとする。

 

「今はまだ戦う時じゃない。貴方も分かっている筈よ」

 

 再び声がした。いつの間にか、アクロスの正面、用水路を挟んで反対側の道路に一人の少女がいた。街灯に照らされている為に、彼女の姿は良く見える。禍々しい紫の長髪に、瞬より頭一つ分ほど低い背丈。黒いゴスロリ衣装。しかし、アクロスが気になったのは全く別だった。

 

「唯に……似てる?」

 

 何故か、そんな言葉が漏れた。

 顔付きは似ているように見えるが、それ以外は全て違う。それなのに、出てきた言葉はそれだった。アクロス自身、何故そんな言葉を漏らしたのかわからない。

 

「……唯って誰よ? 私はリイラよ」

 

 少女はアクロスの言葉に機嫌を悪くしながらも、左手にあったもう一つの鞭を伸ばしてもう一体のオリジオンを引き上げる。

 

「まったく、また逃げ出したの? 貴方に死なれたら困るんだから、やめて欲しいのだけどね。転生者といえど、無敵では無いのよ」

「待て —— 」

「煩い」

 

 怪人達を引き連れ撤退しようとするリイラと名乗った少女を追いかけようと、アクロスは立ち上がるが、リイラはアクロスの足元に鞭を放ち、瞬を華麗にすっ転ばさせる。くるりと空中で一回転して背中を地面に叩きつけられる瞬。彼が再び立ち上がった時には、既に少女もオリジオンも姿を消していた。

 

「……」

 

 何だったんだ今の。変身を解くのも忘れて暫く呆然としていたが、そういえば用水路にカイザがまだいる事を思い出し、立ち上がってフェンス越しに覗き込む。

 

「あれ……?」

 

 しかし、そこには何もなかった。結構まともに攻撃をうけているように見えたのだが、既に離れていたのだろうか。

 なんだか心配して損した気分だな、と思いながら瞬は変身を解除する。そもそも買い物帰りだったので、道端に置いてきた買い物袋を取りに行こうと踵を返す。落し物扱いで交番に届けられてなければいいが。

 てか買い物行っただけでバトル発生ってありえねーだろ、と悪態をつきながら、買い物袋を置いてきた地点へと向かう。そこに、

 

「少しはいい顔つきになったじゃないか、逢瀬君」

「ふぉあっ⁉︎」

 

 いきなり真横から胡散臭い声が聞こえてきて、思わず驚いてしまう。声のした方を見ると、そこには久しぶりとなる怪しいお兄さん(フィフティ)の姿があった。

 

「久しぶりだね」

「フィフティ……」

 

 なんでそう心臓に悪い登場の仕方しか出来ないんだ。と言わんばかりの視線をフィフティに向けて放つ瞬。しかしスルースキルが異様に高いフィフティはそんなの関係ねぇとばかりに薄笑いを浮かべながら話を続ける。

 

「すまないね。出てくるのが遅くなって」

「……」

 

 別にお前を待ってた覚えは無いんだが、と言いたくなったが、どうせスルーされるのは目に見えているので、瞬は黙っていた。

 

「既にアクロスの真の力その1を使ったようだね」

「真の……アレのことか」

「ああ。まさにあれこそがアクロス真骨頂その1『LEGEND LINK』なのさ!」

「……」

 

 腕を広げて高らかに叫ぶフィフティ。正直言うと既に夜中だし近所迷惑だからやめて欲しい。そんな瞬の思いはどこへやら。フィフティは反応に困っている瞬を無視して話を続けていく。

 

「数多の世界で活躍をしてきた・している戦士達の力を借り、身に纏う。それが『LEGEND LINK』なんだ。私が作ったわけではないが、ロマン溢れるだろう?」

 

 なんか得意げにドヤ顔をキメるフィフティに、どう反応すればいいのか分からずに困惑する瞬。はっきり言ってよくわからないので「お、おう」としか言えないのだが。

 

「うん。これでアクロスの力については大方説明はした……と思う」

 

 ホントかよ、と瞬は疑惑の視線を向ける。フィフティは踵を返そうとするが、ふと何かを思い出したような素振りを見せ、最後に一つ、と付け加える。

 

「アクロスの力は絆の力。それを念頭に入れてほしい。もし君がその力を私利私欲の為に使うならば、私は君を殺す」

「 —— !」

 

 今までにない真面目な表情、低い声で瞬にそう告げるフィフティ。その声色は、いつもの不信感マシマシな胡散臭い雰囲気を一切纏わず、代わりに形容しがたい恐怖を含んでいた。

 フィフティはそう告げた後、すぐさま何時もの胡散臭そうな雰囲気にもどると、

 

「あ、それはそうとコレを」

「あっ……買い物袋」

 

 フィフティが手渡したのは、瞬の買い物袋だった。戦闘の邪魔になると置いておいたのだが、持っていたらしい。

 

「最後に忠告を一つ。あの転生者狩りには気をつけたまえ。君がアクロスとして戦う以上、彼との衝突は避けられないだろうが、しばらくは彼との戦闘はしないでおこう。力量差は天と地ほどあるからね」

「協力ってのは……」

「無理だ。おそらく彼と君は根本的に馬が合わない。そもそも私も彼に嫌われてるから協力なんか絶望的さ」

 

 一体過去に何があった、と疑問に思わずにはいられなくなる。どうやらフィフティと転生狩者は面識があるようだが、どうせ訊いたところで答えてはくれないだろう。

 瞬としてもファーストコンタクトでボコボコにされた相手とは出来れば関わりたくないのは本心であるのだが、かと言ってオリジオンを野放しにすれば、前回のような事態になり得る。それは瞬としても看過はできない。

 つまるところ、方針としてはあの転生狩者との戦闘をなるべく回避しながらあのオリジオンに対処することになる。

 

「じゃ、また今度」

 

 言いたいことは全て言い切ったのか、夜の闇に消えていくフィフティ。後に残されたのは瞬ただ一人。

 こうして、再び戦いの幕が上がった。

 

 


 

 柔らかな朝の日差し。

 兵藤一誠は、ゆっくりと目を開ける。

 

「……あれ?」

 

 目が覚めると、見慣れた自分の部屋だった。部屋の至る所に健全とは言えない内容の雑誌やらDVDやらがある、別の意味で汚部屋な自室。

 時計を見ると、午前6時。起きるにはちょっと早い時間な気がするが、目覚めたものはどうしようもない。

 

「朝……朝かー、てか俺いつ帰って来たんだっけ……?」

 

 そう思考を働かせていると、昨日の記憶が蘇る。

 

「つーか、俺死んでなかったっけ?」

 

 それに気づくと同時に、背中が冷や汗でぐっしょりと濡れていく。

 止め処なく流れてゆく鮮血と、冷えてゆく身体。何もわからないまま、夕麻との別れ際に訪れた“死”。あの時、明らかに一誠の腹は何者かに抉られた筈だった。

 しかし、彼はまだ生きている。何故だか分からないが、こうして今も生きているのだ。腹に穴は空いていないし、心臓はちゃんと脈打っている。むしろピンピンしている。

 一体これはどういう事なんだ? と、一誠は足りない頭を振り絞って考える。と、ここでふとある事が頭をよぎった。

 

「つーか、夕麻ちゃんは大丈夫だったのか?」

 

 そうだ。あの時、あの場には夕麻も居たはずだ。彼女は襲われずに済んだのだろうか。後で電話でもかけてみようか、と決める一誠。

 早速しようと、机の上で目覚ましアラームを鳴らしっぱなしの自身のスマホに手を伸ばそうとしたその時、廊下から母親の声が聞こえてくる。

 

「イッセー、起きなさい。また遅くまで起きてたの?」

「お、起きてる! 起きてるから! 今降ります!」

 

 一誠はそう言うと、すぐ様アラームを切り、スマホを手に持って部屋を出て行く。いくら考えたところで答えは出ないし、今は考えないでおこうと決め、いつも通りに朝の支度を進めるのであった。

 


 

 そんなこんなで登校中。歩き慣れた通学路を行く一誠だが、T字路でばったり出会った級友に声をかけられる。

 

「おっすイッセー」

「ん、アラタか」

 

 半ば腐れ縁のような関係のアラタと一誠。諸事情より艦娘との縁が豊富なアラタに対して、時折一誠は軽く嫉妬と羨望の念を抱く事もある。本日も大鳳と一緒に登校しているアラタの姿に若干嫉妬と羨望を抱く一誠であった。

 

「お前どうした? なんか気怠げそうじゃあないか」

 

 アラタに心配そうな顔でそんな事を言われたが、昨晩あんな事があったのだ。能天気にエロいことを考えられる訳がない。考えないでおこうとしても、やはり難しい。

 

「気のせいだって、昨日のデートも楽しめたしな」

「あー、そうか。そういやそんな事言ってたな。あれ嘘じゃ無かったんだな」

「お前まで信じてなかったのかよ⁉︎写真まで見せたのに……!」

「てっきり合成かと思って」

 

 お前も信じてなかったんかい! と一誠はアラタの頭にグリグリ攻撃を繰り出す。痛い痛いともがくアラタと、その光景を若干冷めた目で見る大鳳。ちなみにこの冷めた目は一誠にのみ向けられている。

 

「相変わらず冷たい視線だ」

「たりめーだろ、お前日頃女子から何て言われてると思う? 逸(脱した)性(欲の権化)(イッセー)だぞ? 目があったら即孕ませらるとか言われてるぜ」

「聞きたくなかったそんな情報! 昔に比べたらだいぶ治まってきたから! 覗きも足を洗ったから!」

 

 逸性とか品性疑う渾名つけられてはたまらないと憤慨する一誠だが、実際本人が品性疑うような人間なのであまり擁護は出来ない、

 アラタ自身もちょっと一誠を茶化してオーバーに言っただけなのだが、流石にやり過ぎだと思い訂正する。

 

「それって当時の学級委員長にシメられたからだろ……つーかそこまでは言われてねーよ。フレンドジョークだよ」

「なーんだよかったー」

 

 まあ程度はどうあれ、変態なのには変わりないが。

 

「アラタ、友達は選んだ方がいいよ」

「そう言うなって。これでも友達思いな奴なんだよ、イッセーは」

 

 大鳳の追い討ちをフォローによってなんとか回避するアラタ。そんなこんなしているうちに、昨日の曲がり角に差し掛かった。

 

「……」

「アラタさん?」

「少し待とうか」

 

 えっ……と大鳳が思っていると、前方の曲がり角から少年が一人出てきた。アラタもご存知、逢瀬瞬である。何だか考え事をしているのか、前をちゃんと見てないようだ。

 

「危ない危ない。またラブコメ展開になるところだった」

「おっす逢瀬……だったっけ?」

「お、おはよ……そうだけど」

「俺は兵藤一誠。せっかく同じクラスになったんだから、よろしく頼むぜ」

 

 一誠は瞬の肩に手を回しながらそんな事を言う。妙に馴れ馴れしい気がするのは気のせいだろうか。

 

「気になってんだがよ、なんでお前挙動不審気味なんだ?」

「え? そ、そうだった?」

 

 瞬はアラタからそう言われて、少しビクッとしてしまう。瞬からすれば、転校してない筈なのに転校生気分な状態なわけであるから、自分の記憶とは食い違う異物には警戒せざるを得ないのだ。

 

「気のせいだって」

「……いや赤の他人の俺から見ても一目瞭然だからよ、流石にこっちも気になるんだ」

「そ、そうか……でもホントに大丈夫だから、な?」

「そうならいいけど」

「さっさと行こーぜアラタ。何やってんだ」

 

 会話が終わって一人残された瞬。確かにここの所張り詰め気味だったが、周りから見ても異様だと思われていたらしい。確かにこの一週間、新たなクラスで孤立気味だとは感じていたが、ひょっとすると無意識のうちに避けられていたのかもしれない。

 

「……もうちょっと肩の力抜いた方がいいのかな」

「肩の力がどうしたって?」

「がひぃん!」

 

 後ろから声がしたかと思えば、いきなり膝カックンをくらって思わず地面に膝をついてしまう。

 

「いって……唯! いきなり何するんだよ⁉︎」

「おっはよー、相変わらず浮かない顔してるねー」

 

 いつも通りの能天気な態度の唯を見て、思わず苦笑する瞬。

 ただし幼馴染みとは言えど、挨拶がわりに膝カックンは無いと思う。そもそも異性にやるのは抵抗感があると思うのだが、彼女はその辺りをどう思っているのだろうか。

 

「お前とは違って色々俺はあるんだって」

「色々ねぇ」

「なんだその反応。とにかく俺は先に行くぜ」

 

 こうしてダラダラ立ち話をしていたら前の様に遅刻ギリギリになりかねない。早歩きになっていく瞬を慌てて追いかける唯。

 

「ちょ待て待てぃ!」

「こないだ置いていきやがった軽い仕返しだって!」

 

 ここで両者全力疾走。学校までの競争が始まった。

 ちなみにこの直後に唯があっさり抜かしていって、瞬は学校に着く頃にはヘトヘトになってしまったのは別の話となる。

 


 

 HR前の教室に、品性が感じられない大きな声が響いた。

 

「彼女ぉ? お前に? いやいやいや、馬鹿な事言うなよ。エイプリルフールはとっくに終わってるんだぜ?」

 

 昨日の夕麻とのデートの話題を振るなり、松田と元浜はそんな心ない発言を一誠に放つ。

 

「お前なぁ……俺に嫉妬するのは分かるが、幾ら何でも言い過ぎだぜ。いつまで疑ってんだ。写真だって見せただろ。昨日のデート写真だってスマホに送ってる筈だ」

 

 そもそもの話、一誠の記憶が確かならば二人に彼女を紹介したし、優越感から「お前も早く彼女作れよ」と言ってやったのも覚えている。

 それにもかかわらず、二人は全く覚えていない。それどころか、夕麻がいたことさえも覚えていないのだ。こうしている今も、松田と元浜は一誠に対して憐みの表情をむけ続けている。

 

「ま、まあなんだ。よく分かんねーけど、今日は俺ん家で秘蔵のコレクションでも見て元気だそうや」

「うんうん。童貞こじらせて妄想彼女とのデートまでやらかしたんだ。お前疲れてんだって」

「うう……」

 

 一誠を無視して勝手に盛り上がる二人。見かねたアラタが肩に手を置いて、

 

「その……よ。生憎俺は知らなかったんだけどさ、まあ落ち込むなよ。お前らしく無いぜ」

「……アラタは信じてくれるのか?」

「分からない。俺は紹介されてねえしな。だけどお前は良くも悪くも正直な奴だってのは知ってる」

 

 アラタに慰められる一誠。流石に変態二人も言い過ぎたと思った様で、申し訳無さそうにしている。

 


 

 昼休み。

 唯と机を向かい合わせにくっつけて弁当を食べようとする瞬。側から見るとお前ら付き合ってないかと言われそうな感じだが、本人達はそのつもりはない。

 そこに、

 

「俺達も一緒でいいか?」

「お前は……」

「欠望アラタだ。こっちは大鳳と一誠」

 

 今朝の三人がやってきた。

 

「別にいいよ。食事どきは賑やかに越したことは無いからね」

 

 アッサリと許可を出す唯。瞬としても断る理由が無いので、三人は近くの空席を動かしてくっつける。

 

「よろしく」

「こっちこそ」

 

 大鳳の挨拶に軽く返す唯。一方で瞬は、自分の向かい側に座ったアラタに対し、なんなんだこいつと言わんばかりの目を向けていた。

 現在の世界は、瞬にとっては未知の部分が多い。記憶している常識と現実が微妙に噛み合わない。それにフィフティからの漠然とした忠告や、前述した実質的な転校生状態がまざるのだから、いくら一般人の瞬でも周囲への警戒心の類は芽生える。

 

「なんだよ、怖い顔して」

「い、いやあ、なんか距離の詰め方が早いっつーか、そんな気がして」

「友達作りの基本は最初は攻める! 俺なりのやり方なのさ!」

「地雷踏みかねないんですがそれは」

 

 ドヤ顔のアラタに対し、思わずツッコミを入れる瞬。アラタの言っていることは理解は出来るのだが、瞬の言う通りの可能性もある。人間関係とは難しいものである。

 

「それを聞いて最初からオープンにしてたら俺女子から嫌われたんだが」

「性欲オープンにしろとは言ってねえよ。てか俺と出会う前からオープンだったろお前」

「正直言って最初見たとき引いた」

 

 割と付き合いの長いアラタだけでなく、ほぼ初対面の唯にまでど正論を突きつけられる一誠。正直言って公衆の面前でエロトークかましてる人間とお近づきになりたいと思う人間は少ないだろう。

 

「お前もっとスケベを隠せば人気になると思うんだけどな」

「性欲は全生命が持ちうる由緒ある欲望なんだぜ。それを —— 」

 


 

 会話が始まって30分程経った。

 やはり食事をしながら話をするというのは、親交を深めるのには効果的なのか、少年漫画トークで盛り上がったり、アラタと一誠の漫才じみた会話に笑いを誘われたりした。

 そして会話は以下の話題に行き着いた。

 

「フラれた?」

「今朝から夕麻ちゃんと連絡がつかないんだよ……電話やメールも番号やアドレス変わってて出来ないし」

「……変態性を見抜かれたのでは」

 

 大鳳のもっともな指摘を必死に否定する一誠。本人が言うには、一応変態コンビ以外の知り合いから色々デートプランのアドバイスを貰ったらしいのだが。

 

「それを誰も覚えてないんだよ。松田達も夕麻ちゃんを紹介したはずなのに全く覚えちゃいない」

「そりゃ不思議だな」

「まあ私含めてみんな信じてないんだけどね。普段がアレだし」

「とにかくこの話題はやめやめ。私達が反応に困るから」

 

 唯の一言で一旦会話が途切れる。話題に入れない人が出てくる会話はあまりよろしくない。

 

「そういえば新しい生徒会長さん、目安箱置くとか言ってましたね。全生徒の悩みを解決するって」

「噂だけでも同じ人間とは思えないんだけど」

「そうだイッセー、目安箱使えばいいんじゃねーの? そうすりゃお前の悩みもなんとかなるかもな」

「無茶言うなよ……」

 

 アラタと一誠のやり取りを他所に、瞬はふと窓の外に目をやる。人気の少ない場所であったが、そこにいた人物にはどこか見覚えがある。

 

(あの白パーカー見覚えあるんだけど、何処で見たっけなあ)

 

 お互いに面識はほぼゼロな上、瞬はズダボロの姿しか見てないために知らないのは当然と言える。なんか下級生らしき少女に必死に弁明しているが、関係無いので視線を戻す。

 

「じゃあ、放課後にでも行くか?」

「ダメ元でやるかぁ……?」

「いやどうにかなるんですかそれで」

 

 そんな感じで昼休みのトークは幕を下ろすのだった。

 


 

「兵藤一誠くんだね」

 

 放課後になって直ぐの事。瞬のクラスに一人の少年がやって来た。彼が教室に入るなり、教室にいた女子の大半が一斉に黄色い悲鳴をあげた。

 

「キャー! 木場くんよ!」

「こんなに近くで見たの初めて!」

「希望の花咲いちゃう!」

「止まるんじゃねえぞ……!」

 

 一体何なんだと、あまりの煩さに思わず耳を塞いでしまう瞬と唯。少年に嫉妬する非リア充の男子達。ある意味カオスな空間の中、少年は一誠に向かって歩く。

 

「お前は……木場裕斗(きばゆうと)!」

 

 学園の二大王子の一人と言われるイケメンボーイこと木場裕斗。男子からは妬み、女子からは羨望の眼差しを一身に受ける人気者である。彼はいつものようにイケメンスマイルを浮かべながら一誠に話しかけてくる。

 

「グレモリー先輩からの伝言を預かってきた」

「俺に? てか先輩が?」

 

 嫌そうな顔をする一誠。声に木場に対する僻みがこもっているように感じるのは気のせいだろうか。

 そもそも呼ばれる心辺りがなさすぎる。学園の人気者であるリアスに呼ばれるのは嬉しいのだが、いささか唐突に感じる。

 

「残念ながら拒否権はないんだ」

 

 爽やかなイケメンスマイルで群がる女性を捌きながら、一誠の手を引いて教室を出て行く木場。

 

「なーんだあれ」

「告白?」

「木場くんと付き合うなんて兵藤絶対許さねぇ!」

「木場くんはホモだった……? でも兵藤、テメーはダメだ」

 

 一連の出来事に対しぽかーんとしている男性陣と、一誠に対して辛辣な言葉を放つ女性陣。一部は「イチキバとかキモくね?」等のマニアックな感想を漏らしていた。

 

「わけわからん……」

「それがこの学園なんだってよ」

 

 瞬の呟きに対し、茶化すように言うアラタ。自分の知ってる学校生活ってもっと平和だった筈なんだがなあと思わずにはいられないのであった。

 


 

 木場に連れられるまま、一誠は旧校舎へとやってきていた。古びた西洋風のこの建物は、現在は一部分だけが部室棟として使われており、寄り付く人は少ない。

 掃除が行き届いているのか中はかなり綺麗になっており、初めて立ち入った一誠は辺りを興味深そうに見ながら木場に連れられていった。

 

「ここだ」

 

 最終的に、ある扉の前で立ち止まった。小綺麗な扉には“オカルト研究部”と書かれたプレートがつけられている。

 

「部長、連れてきました」

「おい、なんでオカルト研究部に連れてきたんだよ?」

 

 一誠の言葉を無視したまま、木場は扉をノックしてから開ける。そこらかしこに謎の文字や魔方陣的な何かが存在する悪趣味な部屋が、一誠を迎える。シャワーの音が聞こえるのは何故だろうか。

 

「うえ……なんだこれ」

 

 ソファーに座っていた少女が、二人に気付いて菓子へと伸ばしていた手を止める。

 

「先輩」

「紹介するよ。こちらは兵藤一誠くん」

 

 一誠も彼女のことは知っている。学園のマスコットとも言われている美少女・塔城小猫(とうじょうこねこ)だ。ロリな外見で男子人気の高い後輩は、一誠に軽く頭を下げるてすぐにそっぽを向いてしまう。

 

「嫌らしい顔」

 

 初っ端から辛辣な言葉をぶっかけられた。そりゃあ現在進行形で女子から嫌われてる一誠に近寄られたくないというねは当然の事。一誠も分かってはいるし、言われ慣れてはいるが、やはり傷つく。

 一誠がソファーに腰掛けると同時に、部室の奥の方のカーテンが開く。そこに居たのは制服を着たリアスの姿。

 

「ごめんなさい、さっきまでちょっと忙しかったから、今シャワーを浴びてたの」

「いえ、気にしてません」

 

 少し濡れた紅い髪が、一誠を興奮させる。それを見て再び小猫が嫌な顔をする。すると部室の扉が開き、黒髪ポニテのダイナマイトボディの女性が入ってきた。リアスと並ぶ学園の憧れの的・姫島朱乃(ひめじまあけの)

 だ。彼女の登場により、更に一誠は興奮する。

 

「少し遅くなりました」

「これで揃ったわね。さて、兵藤一誠くん —— いえ、イッセー」

「は、はい」

「私たちオカルト研究部は貴方を歓迎するわ —— 悪魔としてね」

 

 


 

 同時刻、帰り道。

 アラタと大鳳は二人で歩いていた。海が近いので、潮風の匂いが二人を薄く包んでいる。

 

「アラタ、なんで急にあの人達と関わり出したの?」

「それ聞く必要あるかな?」

「いやまあ、結果的には悪くない人だったけど、なんかこう……始まりが突発的な気がして」

 

 アラタは数秒ほどうーんと唸ったのち、

 

「ん、まあ……ちょっと昔の俺に似てるなーって思ってさ」

「昔……ああ、あの厨二病拗らせてた」

「拗らせてねーよ」

 

 大鳳の言葉に苦笑して、アラタはこう言った。

 

「周りを恐れて、何もできなかった独りぼっちの俺にさ」

 

 

 

 




割とキーパーソンが出まくっているので苦労しました、。オカ研メンバーとアクロスの遭遇までやりたかったが、長くなりすぎるので断念。てかまだHSDD1巻の内容の1/5しか終わってない……

めだ箱やARC-Vの要素が薄いですが、だいたい数話毎にクローズアップする作品を決めて進めていく方針なので許してほしいです。
多重クロスになってねーだろと言われても仕方ないわこれ。

イッセー弄りはなぜかノリノリで書いてました。
馬鹿な男子高校生の会話の雰囲気を感じて頂ければ幸いです。

次回「望まれないエンカウント」


思いを、力を、世界を繋げ!


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第10話 望まれないエンカウント

一か月も放置してごめなさい。
許してくださいなんでもしますから。


よくよく考えるとソーナではなくめだかが生徒会長になってるんなら、悪魔サイドどないすんねんという話。そもそもフラスコ計画やってるんなら悪魔の力及べるんかというね。

まあそれはしばらく放置。その時になったら書きます多分。


 

 

 

 あれから一週間が過ぎた。

 瞬は徐々にクラスに打ち解け始めていたが、それ以外は全く進展無し。湖森との溝は埋まらず、転生狩者については何もわからない。

 それでも時は流れていく。物語は進む。

 


 

 瞬達の通う学校は、小高い丘の斜面に、街を見下ろすように建っている。つまり登校時は学校の手前で坂道を登る羽目になる為、割と面倒くさいのだ。おまけに今日は気温が高い為、学校に着く頃には瞬は汗だくになっていた。

 

「よ、二人とも」

「ん、逢瀬か。アイツは一緒じゃねーんだな」

 

 この一週間でアラタと瞬は徐々に仲良くなり始めていた。教室に入るなり挨拶を交わすと、瞬は席に座る。ちなみに現在の座席は出席番号順に決められているので、二人は前後の席である。

 

「いやーあっつい。これでもまだ四月半ばだぜ?」

「本日の最高気温は28℃らしいし……アラタさん、今日帰りにアイスでも買って帰りましょう……」

「あーそうだな。制服がすでに汗臭い……」

「汚いからちょっと離れてくれない?」

「お前から近づいてきたんじゃねーか」

 

「何こいつら付き合ってんの?」と思いながら、アラタと大鳳のやり取りを眺める瞬。ちなみに彼も既に汗ダラダラである。これも全部温暖化って奴の所為なんだ。温暖化許さねぇ! と思わずにはいられないだろう。

 制服の袖を捲り、下敷きで自身を仰ぎながら椅子にもたれかかるという、凄くだらしない格好のアラタは、その体勢のまま瞬にこんなことを聞いてきた。

 

「なぁ、瞬は部活とかやってんの?」

 

 時期的には、部活の勧誘が盛んな時期なので割とタイムリーな話題だ。瞬はそれ聞くか? と言わんばかりの顔を一瞬してから、渋々答える。

 

「帰宅部2年目だっての」

「へーそうかい」

 

 瞬の答えを聞いて若干ニヤついたような顔を向けるアラタ。なんだその反応は、と瞬は少し不機嫌そうにアラタの肩をつつく。

 

「アラタだって帰宅部じゃない」

「し、仕方ないだろ。姉貴に負担はかけられないからな。大鳳だってわかってるだろ?」

「よく分かってますよ」

 

 二人のやり取りを眺めながら、一体朝から何を見せられてるんだ、と変な自己嫌悪感を抱く瞬。妙に二人が眩しく見えるのは気のせいだろうか。

 無意識のうちに、なんか微笑ましいモノを見るような温かい視線を向けていたらしい。すこし照れたように二人が、

 

「そんな目で見るなって。別に面白くないぞ」

「分かった分かった……お、唯のお出ましだぜ」

「オッハー! 私参上!」

 

 相変わらず煩い挨拶だ。しかしこの馬鹿みたいな元気さに瞬は安心する。

 

「あ、そーだそーだ。湖森ちゃんから借りてたコレ、見終わったから返しとくわ」

「へいよ」

 

 唯は鞄からDVDケースを取り出して瞬に手渡す。先月から湖森が唯に貸していたモノだ。

 二人は何故か瞬以上に仲が良いので、こうして、DVDや漫画の貸し借りを行なっているのだが、何故か毎回瞬を経由するのだ。しょっちゅう遊びに来てるのだから直接やれよ……と思う瞬だが、別に大したことないので普通に引き受ける。

 

「いい加減仲直りしちゃいなよ。良かったら私がセッティングするからさ」

「お見合いみたいに言うなよ」

 

 ここで二人のやり取りを見ていたアラタが一言。

 

「お前も大概だよな」

「うっせえ」

 

 アラタの言葉に、すこし照れ笑いをしながら返す瞬。まあ、側から見ればどっちもどっちなのであった。

 


 

「やべえ……疲れた」

 

 朝から早々ぐったりしている一誠。何時もならば松田や元浜と共にエロトークにうつつを抜かすのだが、ここ一週間はそんな気力が無いのか、教室にきてはHR(ホームルーム)開始まで席について疲れたような態度を取るようになっていた。

 

「おいイッセー、今日の放課後は松田ん家でAV鑑賞するぞ」

「俺パス」

 

 だるそうな声で元浜の誘いを断る一誠。それを聞いて松田が口をあんぐり開けて驚く。

 

「嘘だろ? 性欲の擬人化とも言われているお前が断るなんて……変なもん食ったのか?」

 

 酷い言われようである。周囲は知る由も無いが、実際にはオカルト研究部の活動が忙しいのでそんな余裕が無いのだ。

 あの後リアス達から悪魔の何たるかを色々教わり、悪魔稼業の第一歩として契約のビラ配りを夜に行っている上、基礎的な力を高めるためのトレーニングも行っている。いくら夜に強いといえど、さすがに徹夜はキツい。結果として、このようにヘトヘトになっているのだ。

 

「なんか最近付き合い悪いぞ。木場に告白でもされたのか?」

「んなこと天地がひっくり返っても無い」

 

 力なくツッコミを返すと、一誠はそのまま机に突っ伏した。とんだブラック部活だが、悪魔として成り上がる為の通過儀礼だと思い頑張るしか無いのだ。それに悪魔になると様々なメリットがあるらしく、その事実も一誠を奮い立たせる要因になっていた。

 

(上級悪魔になれば……ハーレムが作れる! 俺は成り上がってやる!)

 

 そう。成り上がる事が出来れば、一誠の悲願であったハーレム王が実現できるのだ。その為には悪魔として精一杯働いて手柄を立てる必要がある。

 そう考えていると、心無しか疲れが吹き飛んでいくような気がした。一誠は己の欲望を想像し、机に突っ伏したままにやけていた。余談だが、これを見ていた教室内の女子達がドン引きしてたとか。

 


 

「はぁ……」

 

 また、溜息が出た。

 これで何度目だろうか。

 大した事ではないし、すぐに片付く話なのだが、どうしても踏み出せない。拒絶してしまう。

 

「どーしよう……」

 

 逢瀬湖森は悩んでいた。現在は絶賛昼休みの時間なのだが、開けられた弁当はあまり手がつけられていない。

 

(立ち止まってちゃ駄目なのは分かるけど、やっばり……)

 

 悩んでいるのは兄のことだった。

 ヒビキやネプテューヌと共に怪物に攫われたあの日、湖森の目の前で瞬は変身して戦った。妹の為に身体を張って奮闘した、その事実は、助けられた身からすると充分賞賛と感謝に値するモノだというのは湖森にも理解は出来る。

 しかし、だ。湖森はそれを完全には受け入れられなかった。未知の力を使って戦う兄の姿に、感謝とは別にある種の恐怖を抱いてしまったのだ。それ以来、彼女は瞬を避けるようになってしまい、現在に至る。

 

「湖森ちゃんっ」

 

 そうやって一人で悩むこと早半月近くが経とうとしていた今日。流石に見かねたのか、ぽんと肩に手を置かれると共に声をかけられた。

 

「あ……凪沙」

 

 顔を上げると、そこには()()()()()()()()()()()()()()()()暁凪沙が心配そうな顔を湖森に向けていた。隣にはこの春から転校してきた姫柊雪菜も一緒にいる。

 

「紹介するね。友達の逢瀬湖森ちゃん」

「はじめまして、姫柊雪菜です。話すのは初めてになりますね」

「見るからにお悩みの様子だけど、私でよかったら話は聞くよ?」

「だ、だいじょーぶ大丈夫。自力でなんとかし、しますから」

「まあそう言わずに。少し吐き出した方が、案外解決策とか見つかるかもよ? なんか溜め込みがちな所、古城くんに少し似てるよね」

 

 それを聞いて「言うほど似てるかな?」と思わずにはいられない湖森。何度か凪沙から話を聞いたり、学校でも見かけたりしているが、正直言うといつも怠そうな顔してる人という印象だ。

 ともかく、凪沙のいうとおり、誰かに吐露したほうがいいのかもしれない。彼女なら、きっと大丈夫。そう判断し、湖森は心中を明かす。

 

「お兄ちゃんのことなんだけどさ」

「お兄さんがどうかしたんですか?」

「なんか……秘密……みたいなのを知っちゃって、それで向き合いにくくなっちゃって」

「秘密かあ……何? お兄さんが実はお姉さんだったとか?」

「何その複雑な秘密⁉︎いやそんなんじゃないからね⁉︎」

 

 凪沙の言葉に思わず吹き出し、必死に否定する湖森。想像しただけで目眩がし、倒れそうになるところを凪沙が支える。

 

「ご、ごめん。話の腰を折っちゃって」

 

 要らぬ発言で会話をぶった切ったことを謝罪する凪沙。

 どちらかと言えば粉砕しちゃってるんだけどなぁ、と思う湖森と雪菜。半笑いになりながらも、湖森は続ける。

 

「お兄ちゃんには悪いとは思っているんだけど、中々言い出せなくて。凪沙ちゃんも知ってる通り、お兄ちゃんとはずっと仲良くて喧嘩もほとんどした事なくて、余計にどうしたらいいか分からなくなって」

「んー難しい悩みだなー。雪菜ちゃんはどう思う?」

「え、いや……私、兄弟とか居ないからよく分からなくて」

 

 急に話題を振られて少し慌てる雪菜。剣巫として育てられた故にこういった経験がないので、どうも力にはなれない模様。

 仕方なしに凪沙は一人で考える事に。1分ほど唸りながら考えた末に、

 

「月並みなこと言うけど、やっぱりこればかりは湖森ちゃん自身の問題だからさ、最後には自分でやらなきゃ駄目なんだよ。だからあくまで最初のひと押しだけしか私達はしないよ」

「それは分かってる」

「焦る必要は無いんだからさ、湖森ちゃんのやり易いタイミングで話しあってみたら? 悪いお兄さんでもないんだし、躊躇する必要はない気がするけどね」

「……まあ、そうだよね。充分逃げたし、なんか今からなら行けそうな気がしてきた。ありがと、凪沙、雪菜」

「いや、私何もしてませんから……」

 

 そうだ。いつまでも躊躇ってはいられない。今日帰ったら話してみよう。てか今まで躊躇してた分根掘り葉掘り訊きまくってやる。そう息巻いてる湖森の様子を見て、雪菜がぽつりと一言。

 

「……あっさりと元気になりすぎな気がしますけど」

「私、カウンセラーの資質あるのかも」

 

 それはどうなんだろうか。雪菜の心の中の拙い突っ込みは、誰にも届くことはなかった。

 


 

 時間は進んで放課後。

 

「あ、今日私は中年スキップ買わなきゃいけないから、バイバーイ」

「……アレ面白いのかね」

 

 欠かさず購読している週刊漫画雑誌を買いに行く為に、唯は帰り道とは逆方向のコンビニに向かう。一誠はオカルト研究部の活動があるために、瞬はアラタ達と一緒に帰ることになった。

 

「山風、待ってたのか」

 

 正門の辺りで、中等部の制服を着た緑髪の少女が待っていた。こちらに気付いた彼女は、頭の黒いリボンを揺らしながらアラタの元へと駆け寄ってくる。

 

「まあね。随分と遅かったね」

「担任の話が長くてよーもうヤダ疲れた」

「アラタ……知り合いか?」

「山風だよ。なんつーか……妹分的な?」

 

 なんか歯切れの悪い言い方なのは気のせいだろうか。と思っていると、山風がアラタの発言を訂正するように言う。

 

「正確には同居してるんだよね。色々アラタのお姉さんには世話になってるから」

 

 なんだそりゃ。思わずそんな言葉が口から出てしまった瞬。何処のラブコメの主人公だと言いたくなるが、ぐっとこらえる。

 

「両手に華、とはこーゆーことか」

「何その変な視線……頼むからやめて!」

「へいよ。邪魔しないから好きなだけイチャつきなさいな」

 

 リア充の邪魔をするような腐った性根は持ち合わせていない逢瀬少年は、数歩引いた位置からアラタと大鳳のやり取りを眺める。そこに山風と名乗った少女がトコトコと側に寄ってきて、

 

「……二人とも仲良いよな」

「ですね。出会ったのは私と同じくらいなんですけど、何処でこんなに差がついたのかな……」

「でも見てて微笑ましくならないかな? 正直ちょっと羨ましいぜ」

「よく言われます」

 

 瞬の言葉に苦笑する山風。どうやら考える事は皆同じらしい。

 と、ここで一台のバイクが猛スピードで近づいてくる。気づいていないアラタに山風が注意する。

 

「アラタ、バイク来てるから!」

「うおっ危ねえ!」

 

 少し大袈裟にバイクを避けるアラタ。幸い事故が起こる事なく、バイクはそのまま走り去っていった。

 

「いや〜危なかった……にしても、なんか腕が軽くなったよーな……」

 

 呑気なアラタの態度に呆れたような顔をする大鳳だが、瞬がある事に気付く。

 

「あれ、お前鞄どした?」

「鞄? ちゃーんと手に持っ……あ⁉︎」

 

 瞬に指摘されて自分の手を見ると、そこには鞄の紐のみ。鞄本体は影も形もない。すぐさま必死になって辺りをキョロキョロするアラタだが、山風が何か思い至ったような顔をする。

 

「……さっきバイク避けた時に鞄の紐が切れて、ガードレールを飛び越して落ちていったんじゃ」

「あー、確かに落ちてる。見えるわ」

 

 ガードレールから身を乗り出して斜面を見下ろすと、アラタの鞄と思しき物体が、斜面の下の廃工場の敷地に転がっているのが見えた。

 軽く4〜5メートルは下に落ちているのだが、鞄はそんなに傷ついた感じがしない。

 

「くそっ拾いに行くっきゃねえ!」

「ちょっアラタっ」

 

 アラタはガードレールを乗り越えて、雑草の生い茂った急な斜面を下りていく。そっちの方が最短距離で辿り着けるからだ。瞬達もアラタを追って下る。

 途中何度も滑り落ちそうになったが、怪我なく全員鞄に辿り着いた。鞄についた土を払いながら、アラタは鞄を持ち上げる。

 

「あー良かった……つーか結構頑丈だなこの鞄」

「てかどこまで落ちたの……」

「別にお前らついてこなくて良かったのに」

 

 アラタがもっともなことを言うが、そもそも鞄落としたのはコイツだ。アッサリと目的は完了したので、何処か気味の悪い廃工場からさっさと立ち去ろうと四人は歩き出す。

 ところが、

 

「……待て、なんか音がしないか?」

「は?」

 

 瞬の耳に何かの唸り声のような音が入ってくる。犬とは違う。何処か邪悪で、タチの悪そうなものだ。

 

「犬じゃない……なんだこれは」

「さ、さっさと帰ろうよ……なんか怖い」

 

 山風がそう言ったその時、ズシンという音がし、それと同時に地面が少し揺れる。そして、近くの倉庫の暗闇の中から声がする。

 

「ほう、久々に人間が来たか。これは美味そうだ」

「なん……じゃ……これ」

 

 倉庫の暗闇の中からでてきたそれが人間でないのは一目瞭然だった。

 4本の馬のような足のついた下半身。その上に乗っかる人間の上半身。その背中には蝙蝠のような一対の翼や、額には牛のような大きな2本の角が生えている。

 全長4メートル程は優にありそうなその怪物は、瞬達をまるで獲物を見定めるかのように見下ろして、舌舐めずりをする。

 

「俺様は名も無きはぐれ悪魔。俺様の餌食になるが良い、非力な下等生物(にんげん)どもよ」

「悪魔……? 人間を……食べる?」

 

 呆然とする瞬の手を、アラタが強く引っ張る。

 

「悪魔……やべえ、逃げるぞ瞬。喰われちまうぞ」

「あ……ああ!」

 

 アラタに促され、我に返った瞬も逃げ出す。悪魔と名乗った存在も、4本の足でその後を追ってくる。

 

「速い……! このままじゃ追いつかれちまう!」

「逃がさねぇぞ……久々の獲物だからな。人間の血肉はやはり極上だ……」

 

 悪魔は瞬達を見下ろしながら舌舐めずりをする。

 

「どうするの、ねぇ……」

「畜生っ! ここで死ぬのかよ俺達……」

「ひゃっはあああっ!」

 

 世紀末な掛け声と共に、悪魔は鋭い爪を振り回す。

 

「皆伏せろっ!」

 

 咄嗟に四人が伏せたことで、悪魔の腕は瞬達の真上を掠め、近くに高く積まれていた鉄パイプやドラム缶などの資材に派手な音を立ててぶち当たる。

 土煙が上がる中、アラタは山風と大鳳の手をとって駆け出しながら、もうひとりの友人の名を叫ぶ。

 

「おい逢瀬え!」

 

 しかし、瞬はアラタ達とは反対の方向 —— 悪魔のいる方向へと走りだす。予想外の出来事にアラタ達は驚き、

 

「ちょっ……瞬⁉︎何してるの⁉︎」

「悪い! コイツは俺が引きつける!」

「馬鹿かお前! 死にてえのか⁉︎」

「大丈夫! 俺もちゃんと逃げるっての!」

 

 そう言い残した直後、資材の雪崩が二人の間になだれ込み、分断される。もう瞬に逃げ場はない。深く息を吸い込んで悪魔に正対する。

 崩れた資材の山の向こうからアラタが何か叫んでいるが、瞬には届かなかった。

 

「なんだぁ? ヒーロー気取りか?」

 

 悪魔が瞬の行動を笑う。彼からすれば、自分より遥かに格下の獲物が、他人の囮として

 自分の前に残ったのだ。身の程知らずな奴め、自ら喰われにくるか。悪魔は今にも抱腹絶倒しそうになる。

 

「そうかもな。だが誰だって黙って喰われたくはないだろ」

 

 そう言いながら瞬はクロスドライバーを取り出し、腰に装着する。悪魔はその隙を見逃さず、口から魔力で作った黒い波動を瞬に向かって吐き出す。

 瞬に着弾すると同時に、それは大爆発を引き起こす。炎が上がる中、あっけなく終わった瞬を悪魔は嘲笑う。あれだけ威勢のいいこと言っておきながら、随分とあっけなく死んだのだ。笑いたくもなる。

 

「馬鹿め。やはり人間は脆い生き物……」

「そうかよ。だが俺は少しは頑丈らしいぜ?」

「は?」

 

 する筈のない声がしたかと思えば、既にアクロスに変身していた瞬が、土埃を突き破るように上に跳びあがっていた。驚いている悪魔に、アクロスはそのまま急降下して飛び蹴りを仕掛ける。

 

「ふん!」

「っ……!」

 

 悪魔は其れを咄嗟に腕で防いで弾き、弾かれたアクロスは地面に着地する。

 

「へぇ、神器ってやつかソレ! じゃあお前殺して奪ってやんよ。人間には過ぎたモンだしなぁ!」

 

 アクロスに変身した瞬を見て、悪魔は馬鹿にしたように笑い出す。どうやらアクロスの力をあわよくば奪ってやろうと考えているようだ。

 下劣な笑い声を上げながら、悪魔はアクロスに向かって大きな拳を振り下ろす。アクロスは前に転がってそれを回避し、同時に腰にさしてい銃 —— ツインズバスターを構え、悪魔の頭目掛けてぶっ放した。

 

「その程度の攻撃なんぞ効かん!」

 

 そう言うと、悪魔は接近してきていた瞬を前脚で蹴っ飛ばす。

 

「がっ……ぶふっ……!」

 

 地面を何度も転がる瞬。悪魔はそこに鋭い爪を振り下ろしてくる。慌てて立ち上がり、瞬は走って回避するが、もう片方の爪が目の前スレスレを横切っていく。

 

「あっぶねぇ……」

 

 思わず冷や汗がぶわっと溢れ出すが、その恐怖を堪えてアクロスは悪魔の再び振り下ろされた

 拳を回避し、今度はそれに飛び乗る。

 

「くっ……ちょこまかと動きやがって……!」

「せやあ!」

 

 必死に振り払おうとする悪魔だが、アクロスはそれを耐えながら腕を駆け上り、悪魔の顔面に渾身の左ストレートをお見舞いさせる。

 が、これもあまり効いてない様子。悪魔は頭を振るい、肩に乗っているアクロスを地面に落とし、前脚で踏みつけ始めた。

 

「はっ……! ばかはっ……!」

 

 踏まれるたびに襲いかかる、肺の中の空気が全て押し出されるような衝撃。アクロスは動くことができないまま、ただ一方的に踏まれていた。

 そもそもの話、今迄に比べて相手が単純にデカい。おまけに相手の皮膚は意外に硬く、パンチやキック、銃撃だとあまりダメージが通らない。大きさというハンデが、余計にアクロスを不利にしていた。

 

「おらっ!」

「がはっ……!」

 

 止めに前脚で思い切り蹴飛ばされ、アクロスは周囲に置かれていたドラム缶や鉄パイプを蹴散らしながら吹き飛ばされる。その衝撃で持っていたツインズカリバーが落ちて転がる。

 転がっていったツインズカリバーは、倉庫の建物の柱にぶつかってカチリと音を立てる。その時、

 

《SABRE MODE》

 

 唐突に発せられた音声。

 すると、ツインズバスターのグリップ部分が銃身部分とカチリとくっ付き、剣の刃を形成した。

 

「変形すんのかこれ……」

 

 ひょっとすると、この鋭い剣なら攻撃が通るかもしれない。そう考えたアクロスはベルトからアクロスのライドアーツを外し、ツインズバスターについているスロットに差し込む。

 

《CROSS BLAKE》

 

 カチッという小さな音がした後、剣からその音声が鳴り、刀身がオレンジ色に点滅し始めた。

 

「ひゃっはああああ! いただきまーす!」

 

 怪物は動かないアクロスを見て好機と捉えたのか、4本の足で一気に走って距離を詰めてくる。腕を高く振り上げ、鋭い爪でズタズタにしようとする。

 が。アクロスは土壇場になってツインズバスターに左手を添えて、

 

「せぇいやあ!」

 

 一閃。オレンジ色の稲妻を纏った刀身が、はぐれ悪魔の横っ腹を切り裂く。今まさに振り下ろさんとしていた腕が止まり、斬られた箇所から鮮血が一気に噴き出した。

 

「残念だが、俺は食われる訳にはいかねーし、他の奴を食わせる訳にもいかねえんだよ」

 

 アクロスの言葉が、怪物に届いたのかはわからない。

 ただ、遅れてやってきた痛みが、悪魔の歪んだ笑みを苦悶の表情へと次第に変えてゆく。

 

「あ、がか……あばっ……」

 

 膝から崩れ落ちるようにして地面に倒れる怪物。彼はもう既に絶命していた。それと同時に、アクロスの張り詰めていた緊張の糸が切れて、どっと疲れが押し寄せる。

 

「はっ……はぁ……」

 

 武器を足元に落とし、肩で息をしながら、地面に膝をつく。やはりまだ戦いには慣れないな、と思いながら瞬はゆっくりと立ち上がろうとする。

 そこへ、

 

 

 

「待ちなさい、其処の貴方!」

 

 

「……え?」

 

 突然ぶつけられた大声に固まるアクロス。

 振り返ると、倉庫の入り口に複数の人影があった。それは瞬に向かって恐る恐る接近してくる。倉庫の穴の空いた屋根から覗く日の光に照らされる人影達。一人は瞬と同い年くらいの金髪のイケメン。一人は小柄な銀髪の少女。一人は無駄に胸がでかい黒髪の女性。その中には、見知った顔もあった。

 学校の女子の多くから嫌われてる変態クラスメイト・兵藤一誠。イマイチ状況が飲み込めていないのか、必死にあたりをキョロキョロ見ている。

 もう一人は、鮮やかな紅髪の女性。リアス・グレモリー。アクロスからすればただの上級生だが、他の生徒からすれば校内有数の美人。その人気故に、アクロスもこの一週間で名前と顔は覚えてしまった。

 リアスは、瞬に向かって問いかける。

 

「ここで何をしていたの?」

「……さあなんでしょうかね」

「巫山戯ないで。こっちは真面目に訊いてるの。私の質問に全て正直に答えなさい」

 

 正直に、と言われても困る。「怪物と戦ってましたー」なんて誰が信じるというのだ。

 そもそも向こうは何故ここに来たのかアクロスにはわからない以上、迂闊に発言できない。あれこれ考えてるうちに、リアスから質問をぶつけられる。

 

「はぐれ悪魔を倒したのは貴方なの?」

 

 悪魔ってなんなんだよ、と思いながらも、リアスの話を聞く。いつの間にファンタジーになってたんだこの世界は。もしくはリアス達が厨ニ病なのか。

 

「……なんか可愛そうな子を見るような視線を感じました」

「大丈夫、私もよ……ずいぶんと舐め腐ってくれるじゃない」

 

 無意識のうちににそんな目を向けてしまっていたらしい。一方的に決めつけるのはいかんと思い、アクロスは首をふる。

 

「……で、話を戻すけど、はぐれ悪魔を倒したのは貴方なの?」

「えっと……あの化け物のこと? 確かに倒したっちゃあ……倒したけど」

「ええ。あれは私達が倒すはずだったの。私の領地で人間を勝手に襲う連中を生かしてはおけないのよ」

「それなら別にいいじゃないか。襲われる人はいなくなった訳なんだからさ」

「それで済めばいいんだけどね。僕らからしたら、君は未知の力を使う謎の人物……このように危険視されてしまうのは当然と言えるんだけど」

 

 金髪の少年がアクロスの言葉を遮るように言う。たしかに、彼の言うことには一理ある。この辺りを考慮せずに戦ったアクロスに落ち度があると言えるだろう。

 全員の警戒心の込められた視線がアクロスに突きつけられる。戦いの時とは違った緊張感が容赦なく襲う。

 

「貴方は何者なの?」

 

 リアスは真面目な顔で瞬に問いかける。さて、どうしたものかと内心パニックになっている瞬。当然の事であるが、向こうは向こうで完全に警戒している。流石に連戦は体力的にキツイし、そもそもここでリアス達とかち合ってしまえば、どちらも学園での立場が悪くなりかねない。

 

(正体を明かして誤解を解くべきか……? いや、それだと余計に事態が悪化する可能性も無くはない……)

「答える気が無いの?」

 

 リアスの言葉がアクロスを焦らせていく。向こうも声に若干のイライラが籠っているように感じられる。どちらに転ぶのもあまり良いとは思えない。

 逃げたいが囲まれている。アクロスの力を使えばなりふり構わず逃げられるが、その場合は完全に敵対したと取られる可能性もある。万事休すだ。

 

(この状況……切り抜けられるのか……?)

 


 

 一体どうしたことだ、と一誠は困惑していた。

 はれてグレモリー眷属の仲間入りを果たした彼は、皆に連れられて悪魔稼業に駆り出されていた。主人殺し等によって冥界から指名手配されているはぐれ悪魔の討伐任務に同行し、リアスをはじめとする部員達の戦いぶりを見学するというのが本来の予定だった。

 しかし、仲間達が倒すはずだったはぐれ悪魔はすでに謎の人物によって倒され、現在は警戒したリアスの質問タイムに突入している。向こうは答えたくないのか、仮面で見えないが質問に口ごもっている様子だ。

 

「小猫ちゃん、これどうすんだよ」

「分かりません。万が一戦闘になる場合も否定できませんから、その場合は下がってて、ください。足手まといですから」

「くっ……否定できねぇ!」

 

 小猫の辛辣な言葉を一誠は否定できない。実際一誠は悪魔としては未熟、その上魔力も少ないので魔法陣での転移も厳しい始末。

 

「姫島先輩……」

 

 朱乃の方を見ると、彼女も謎の人物に対して警戒している。喧嘩もろくにした事ないただの変態である一誠は、皆のその様子を見て困惑せざる得なかった。

 

「部長、ホントにアイツと戦うんですか?」

 

 恐る恐る手をあげ、見るからにイライラしてるリアスに質問する一誠。

 

「場合によってはそうなるわ。だから戦いになったら貴方は下がって見学をしてて。何、その時はデモンストレーションの相手が変わるだけよ。普通の人間が悪魔とやり合うなんて、そうそう出来ないわよ」

 

「リアス、油断は禁物ですよ。貴女のそういう所が欠点だってお兄さんに言われてるじゃない」

 

 謎の人物もリアス達も、両者一歩も引かない。睨み合いが暫く続く中、ある異変に気付いた人物がいた。

 

「 —— 部長、何かが此処に近づいてきています」

「小猫?」

「あ」

 

 

 唐突な小猫の発言に反応して、一同は辺りを見渡す。その時。

 

 

 

 

 

 

 ドガシャアアアンッ!!!! と。

 何かが倉庫の天井を突き破って落ちてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 土埃が発生し、全員の視界を塞ぐ。

 

 

「なっ……何が起きて……?」

 

 土埃の中から現れたのは、赤黒い鱗。アクロスを含めた、この場にいる全員に向けられた敵意のこもった視線。

 次に現れたのは、紅い一対の大翼。それが羽ばたく度に、土埃と共にプレッシャーが周囲に拡散されていく。

 その姿にアクロスは見覚えがあった。

 

「オリジオン……」

 

 一週間前に遭遇したオリジオンだった。アクロスは直接戦ってはいないが、一筋縄ではいかない相手なのは充分理解している。

 そいつは肩を震わせながら笑い声を漏らす。それは次第に大きくなり、やがて身体を精一杯仰け反らし、辺り一帯に響く邪悪な笑い声に変わる。

 

「見つけたぞ……!」

 

 ギロリと睨みつける。

 

「何なのコイツ……新手のはぐれ悪魔⁉︎」

「やかましいぞ、蝿風情が」

「誰が蝿よ! いきなり現れて馬鹿にするとか、一体何のつもりよ⁉︎」

 

 オリジオンの挑発に見事に乗せられ、リアスは言い返す。

 

「馬鹿にするも何も、事実だ」

「私を甘く見ないで!」

 

 オリジオンはリアスを鼻で笑い、見下したように言う。さすがにここまで馬鹿にされては黙っていられないリアスは、両手に魔力を集中させ、それをオリジオンに向かってぶっ放した。

 グレモリー家の持つ“滅びの魔力”。これを喰らって仕舞えば大抵の相手は身体がグズグズに崩れてしまう濃密な魔力。悪魔としてはまだ未熟なリアスのものでも充分な脅威になる。オリジオンはそれを避ける素振りをみせず、一歩も動くことなくそれをくらった。

 その瞬間、オリジオンを中心に爆発が起き、爆風が周囲に吹き荒れる。近くにいたアクロスは勿論、少し離れた位置で見ていた一誠も堪らず尻餅をつく。

 

「よし! やったわ!」

 

 勝利を確信し、ガッツポーズをするリアス。しかし、煙の中から

 

「ほう、グレモリーの力とはその程度か。予想通り弱い……話にならんな」

「なっ……」

 

 純血悪魔の中でも上位に入るグレモリー家の滅びの魔力。それが通じなかったという事実は、リアス達を驚愕させるには充分であった。

 

「……お前はなんなんだ」

 

 立ち上がったアクロスが、オリジオンに問う。

 オリジオンは、腕を一回振るって煙を払うと、高らかに叫んだ。

 

 

 

「我が名は赤龍帝。貴様らに変わって冥界を統べる魔王の名だ。光栄に思うがいい、俺の手で殺されることを!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




本来9話でここまでいくつもりでしたが、更新滞っている状態の方が問題だったので切りました。まあ全部FGOの所為ですが。SAKIMORIもとい景虎ちゃんを無事迎えたり、遂に初の聖杯転臨をやってみたりしました。お呼びでないけどベオさんも来ました。なんでじゃ。

何故か凪沙ちゃんが見せ場もってった回。ちなみに次元統合のせいで過去改変も発生してる為、色々おかしいです。

日常描写とかでクッソ悩んだ挙句半月近く執筆サボっててすみません。なるべく自然な会話の流れにしようとしたら結構苦しむんです。その上定期的に地の文を数行挟まないと落ち着かなくて……。
作品を読んでくださっている数少ない読者の皆さんの期待に応えながら、一応完結まで頑張ります。意地でもエタらせねーからな!

出先で書いたんで原作と比べて所々変なところがあります。帰宅したら原作読みながら修正したりするんでゆるして。誤字脱字やアドバイスなどがありましたら遠慮なく言って、どうぞ。善処します。


次回 Tern of the reviver/狙われし聖女


思いを、力を、世界を繋げ!


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第11話 Tern of the reviver

3カ月半もの間、投稿せずに本当にすみません。
意欲が全然湧かず……というか、細かいところでちょくちょくつまるんですよ。





めだ箱突っ込んだはいいが、原作読んでもキャラを動かせる気が全然しないし、安易に西尾作品キャラを動かすとファンからムッコロされそうで怖い。

youtubeでリリカルなのは・蒼穹のファフナーが配信中。みんな、見ようね。


 赤龍帝を名乗ったオリジオン。

 その邪悪な気迫に、各々が無意識のうちに後ずさる。

 

「嘘よ。貴方がそんな……」

「なら試してみるか?愚かな蝙蝠どもよ」

 

 オリジオンは、驚愕の表情を浮かべるリアス達を嘲笑いながら挑発する。言動の節々から見て取れる他人を下に見ているような雰囲気に、瞬は仮面の下でわずかながら嫌悪感を顕にしていた。

 

「さっきから黙っていれば好き勝手言って……!」

「悔しいならかかって来い。口だけなのか?まあ、やってきたところで無駄だろうがな」

 

 再びリアスを煽るオリジオン。彼はゆっくりと瞬の方に首を向けると、

 

「邪魔者も纏めて消してしまうか」

「やべっ」

 

 オリジオンは軽く地面を蹴ると、物凄いスピードでアクロスの目の前までやって来て、そのまま眉間に向かって硬い拳をぶつけてきた。

 

「がっ……」

 

 頭を揺さぶるような衝撃を歯を食いしばって踏ん張ると、瞬は膝を上にあげてオリジオンの脇腹に突き刺した。

 が、その膝を掴まれ、瞬は勢いよく振り回された後に地面に投げつけられる。

 

「あ……」

 

 じんじんと身体に響く痛みを堪えて立ち上がると、アクロスはツインズバスターを銃の形に変形させて連射し、オリジオンを牽制する。

 

「おいお前ら逃げろ!」

「その必要は無いわ!大体貴方は信用できないし、ここまで馬鹿にされて黙っていられるとでも⁉︎」

 

 アクロスの言葉は見事に否定された。そもそもアクロスはリアス達が悪魔である事を知らないので、彼からしたらリアスは無謀にも危険な怪人に立ち向かおうとする一般人なのだ。そりゃあ止めるだろう。

 しかし、散々敵にコケにされたリアスは聞き入れなかった。というか、リアス達からしたらアクロスもまた敵に等しい。普通に考えて瞬の言葉は容易には届かない。

 

「リアスっ……貴女が飛び込んだら駄目よ!小猫、優斗、リアスをとめて!」

 

 朱乃の声が届くよりも早く、リアスがオリジオンに向かって滅びの魔力を放った。

 が、

 

「はっ!」

 

 オリジオンの拳が軽く触れただけで、リアスの滅びの魔力はいとも容易く打ち消され、霧散した。

 

「やっぱり効かない……!」

「無駄な足掻きをまだするか。大人しく散れぃ!」

 

オリジオンはリアスの頭を鷲掴みにすると、そのまま地面に叩き落とした。

 

「おいっ⁉︎」

「甘い!」

《boost》

 

「がっ」

 

 くぐもった音声が聞こえてきたかと思えば、次の瞬間、硬い鱗に覆われたオリジオンの豪腕が、アクロスの胸めがけて凄まじい速度で叩き込まれた。体がくの字に折れ曲がり、倉庫の壁に向かって吹き飛ばされるアクロス。痛みを堪えながら上体を起こすが、先程悪魔との戦闘でのダメージが残っている為か、すぐには反撃に移れない。

 

「部長を助けに行くよ!姫島先輩、兵藤くんをお願いします!」

「行きますよ裕斗先輩」

「小猫ちゃん⁉︎」

 

 主人の安全を確保する為、木場と小猫が前に出る。が、オリジオンに近づいた次の瞬間、二人は身体がくの字に曲がった状態で地面に叩きつけられていた。尻尾で薙ぎ払われたらしい。

 オリジオンが振り向く。吹き飛ばされた各々が身体を起こす様子を、つまらなさそうに見下す。

 

「死に急ぐか雑魚共め。そんなに死にたいなら、少しばかり貴様らの戯言に付き合ってやろう」

 


 

「なんなんだよこれ……」

 

 一誠の口から、思わずそんな言葉が漏れた。

 それは、戦いと呼ぶのも烏滸がましい現実(あそび)であった。いや、そもそも相手からすれば遊びですらないのかもしれない。目の前の赤龍帝は、赤子の手を捻るかのように木場達の攻撃を退け、恐ろしい威力のパンチで容赦なく返り討ちにしていた。

 何度目になるか分からないくらいの返り討ちの後、端正な顔のあちこちに傷を作った木場が立ち上がって隣の小猫に言う。

 

「あくまで僕らの目標は部長の救出。アイツには勝とうとしなくてもいい」

「分かってます。優斗先輩、ここは頼みます」

「ああ、そのつもりだよ」

 

 そう言うと、木場は勢いよく地面を蹴ってオリジオンに向かって飛び出した。

 

「死ににきたか、低脳が!」

 

 木場はオリジオンの攻撃を受けて吹き飛びながらも地面に上手く着地し、倒れているリアスに辿り着き、彼女を自分の方に引き寄せる。すると、オリジオンは木場に対して尻尾を強く振り回してきた。

 

「はあああああっ!」

「その攻撃は当たらない!」

 

 攻撃が発動すると同時に、木場はリアスを担いだまま後方にジャンプし、尻尾を躱す。

 そのまま木場は一誠達のいるところに合流すると、

 

「部長は無事回収した。悔しいけど、ここは撤退しよう」

「同感です。姫島先輩と兵藤先輩が既に部長を連れて離脱をはじめています。私達も早く行きましょう」

「でも、彼はどうするんだい?」

 

 木場はアクロスとして戦っている瞬をちらりと見る。随分と苦戦しているようだが、助けに行くべきであろうかと悩んでいると、

 

「どの道今は私達の事だけでも手一杯です。残念ですが、ここは撤退を」

「……殴られ損、みたいだね。兵藤くん、帰るよ」

「俺、魔方陣で転移出来ないんだけど?」

「そうだったね。ならこの手で」

 

 木場はそう言うと何処からか小振りの片手剣を取り出してそれを振るった。すると、木場の前を突風が吹きつけ、一誠達の姿を隠していく。

 

「っ……」

「逃げたか……」

 

 風が止んだ後には、一誠達の姿は無かった。この場に残されたのはアクロスとオリジオンのみになったが、オリジオンは一誠達が居なくなったのを確認すると、突然構えていた拳を下ろした。

 

「何のマネだ」

「元より俺には貴様の相手をする必要がない。今度邪魔をすれば、殺す」

「おい待て!」

 

 アクロスの呼びかけにも反応することなく、オリジオンは踵を返すと直ちに翼を広げ、何処かへと飛び去ってしまった。

 全てが去った後、ただ一人残された瞬はベルトを外して変身を解き、その場に膝から崩れ落ちた。

 

「おーい!」

 

 背後から聞き覚えのある声がした。振り返ると、逃した筈のアラタがこちらに走ってきていた。

 

「お前逃げたんじゃ……」

「逃げたけどよ、やっぱり不安で……お前もうまく逃げられたんだな。よかったぁ……」

 

 アラタは瞬の肩に手を置いて、安堵の表情を浮かべる。同時に、緊張の糸がぷつんと切れたかのように、瞬の身体から一気に力が抜けて、地面に膝をついた。

 

「お、おい。大丈夫か」

「……うん」

 

 瞬は力なく頷く。

 こうして、ひとまず危機は退けられた。

 

 

 


 

 街のどこかにある廃教会。堕天使レイナーレは、何者にもその場所を悟られる事がない様に注意を払いながらら空から降り立った。それに気づいたスーツ姿の男が、彼女に視線を向ける。

 

「帰ってきたか」

「ええ。ちゃんと見張り(留守番)をしてたのよね?ドーナシーク、ミッテルト」

「無論。あの聖女も現在カラワーナが探している」

「ドーナシークは全部ウチに押し付けてただけじゃないっすか」

 

 ドーナシークと呼ばれた男が返答する一方、ミッテルトと呼ばれた少女が彼に文句を言う。二人もレイナーレと同じく堕天使であり、今この場に居ないカラワーナを含め、彼女の元である任務を遂行している。

 

「災難だったな。まさかあそこで赤龍帝が来るとは」

「赤龍帝……アイツのせいで私達の計画は台無しよ……!」

 

 レイナーレはペットボトルに入っている水を飲み干すなり、苛立ちをぶつけるかのように壁に拳を叩きつける。一誠に近づいたのも、彼女達の計画の一環。

 

「……さっき街の外れで赤龍帝を見かけたわ。グレモリーの悪魔連中を一方的に甚振ってた」

「今代の赤龍帝は随分と凶暴……いや、無謀なのだな。そんな事をすれば、早々に様々な勢力に目をつけられるだろうに」

 

 彼の言うとおり、神器所有者が一度目をつけられてしまえば、普通の人間として生きることは不可能だろう。ましてや、悪魔側のトップである四大魔王の身内に危害を加えたのだ。他の勢力が手を出さずとも、悪魔側から報復を受けるのは容易に想像できる。

 

「思ったんすけど、レイナーレ様はなんであの人間を誑かしたんですか?サキュバスにでも転職するつもりで?」

「馬鹿。あれは遊びよ。ちょっと揶揄(からか)いたくなっただけ。

 

 思い切り言っちゃいけないような発言をかましたミッテルトを軽く小突くレイナーレ。ここで、何にもしてなかったドーナシークがミッテルトに便乗してくる。

 

「こいつの言う事も一理ある。デートなんかせずとも、アイツを拐えば済んだ話だろう。そうすれば邪魔も入らずに済んだのだからな」

「……遊び心が裏目に出たっすね。おまけにアイツ、転生悪魔になってグレモリーの眷属になっちまいましたっけ、そこんとこはどうお考えで?」

「あーはいはい悪かったわよ。全部私の不手際ですよ」

 

 二人に責められて若干開き直ったように非を認めるレイナーレ。

 

「あまり遊ぶな。折角アザゼル様から直々に指令を頂けたのだぞ?一番寵愛を欲している筈のお前がそんなんでどうする」

「……そうね。アザゼル様の計画に失敗は許されない。これは、この世界の存亡を賭けた一大プロジェクトなんだから」

 


 

 オカルト研究部の面々が、部室に戻ってからの話。

 

「あの……部長」

「何?」

「彼奴の言っていた赤龍帝ってのは、一体なんのことなんですか?名前からして強そうですけど」

 

 率直な疑問だった。悪魔になったばかりの一誠は、まだ悪魔社会のしくみや歴史については疎い。しかし、あの怪物が名乗りを上げた際の部員達の驚愕の表情は、明らかに只ならぬものであった。

 リアスは、赤龍帝にやられた傷の痛みに一瞬顔を歪めた後に、ゆっくりと話しはじめた。

 

「そうね……イッセー、前に冥界でかつて戦争があったのは話したわよね?」

 

 リアスの言葉に頷く一誠。

 話によると、過去に悪魔・堕天使・天使の三大勢力が派手に戦争していたのだが、各々疲弊し切った為に休戦したという。大戦によって大きく数を減らした悪魔側は、それを補う為に悪魔の駒(イーヴルピース)による転生システムを構築し、多種族を悪魔に変えることで勢力を盛り返そうとしていた。一誠もこれによって悪魔として蘇ったのだ。

 まあ、一誠はまだ天使や堕天使を見てはいない為にイマイチピンと来てないのだが。

 

「じゃあ、どうやって戦争が終わったかについては分かる?」

「そりゃあ、それぞれ疲弊したからだって前に聞きましたよ」

「疲弊の原因になったのは……ドラゴンよ」

 

 その言葉に、思わず一誠は素っ頓狂な声を上げた。悪魔・天使・堕天使ときて次はドラゴンときた。流石に一誠も「色々混ざりすぎじゃね?」と思わずにはいられなかった。

 

「ドラゴンって……あのドラゴン?」

 

「大体イメージ通りよ。戦争の最中、突如として現れた赤と白、2匹の龍。其奴らが好き放題暴れまわったせいで巻き込まれた各陣営は多大な被害を被った。それで皆で協力し、龍の魂をそれぞれ神器として封じた —— それが顛末。以後、その神器の所有者は代々赤龍帝・白龍帝と呼ばれ、恐れられて来たの」

 

「じゃあ、あれが今代の赤龍帝……」

 

 あの邪悪な怪物がそんなにヤバイ奴だったなんて、と驚く一誠。あの容赦ない蹂躙に、息苦しくなるような気迫。思い返すだけで足がすくんでしまう。

 

「……怪我とか、大丈夫なんですか」

「大丈夫よ。今日はもう帰ってもいいわ」

 

 心配する一誠に対し、リアスは笑って返す。一誠には、なんとなくそれが無理をしているように見えた。

 部室を後にし、日の落ちかかった帰り道を歩く。赤から青紫に変わりゆく空を見上げながら、一誠は思い返していた。

 リアス達が手も足も出なかった赤龍帝。あの場に居合わせた仮面の男。何もわからない事だらけだったが、一つだけわかった事がある。

 

(俺……足手まといじゃん……)

 

 今の一誠は弱い。この身に宿る神器を未だに扱えず、戦いにはとてもではないが参加できない。実際今日も、皆がやられている所をただみているだけであった。せっかく悪魔として生き返らせて貰ったのに、何も出来ない自分が情けなくなる。

 早くリアスの役に立てるようになりたい。ならなくてはならない。そう決意し、一誠は拳を握りしめた。

 

 


 

ちなみに。

誰も知る由もない、一誠には届かなかった声があった。

 

『今代の相棒は未だ目覚めぬか……まあよい、時が来ればいずれ表層に出ることも叶うだろう』

 

 


 

 

 なんか色々疲れた瞬は、家に着くなりそのままリビングのソファーに倒れこんだ。殴られたり蹴られたりした箇所から、じんわりと熱と痛みが発せられるような感覚。戦い慣れてない分、どうしても疲労が溜まりやすいのだ。

 そんな瞬の様子を見て、居候迷子ことヒビキが心配そうに顔を覗き込んできた。

 

「大丈夫?なんかすごーく疲れた様な顔してるよ?」

「大丈夫だヒビキ。ちょっと疲れただけだからさ……少し寝かせてくれ」

 

 横になっているうちに、眠気が襲ってきた。瞬きのたびに視界がぼやけ、意識が微睡んでいく。

 1分もしないうちに、瞬は眠りについてしまった。

 

「……ホントに大丈夫かなぁ」

 


 

「ただいまー」

 

 湖森が帰ってきたのは、瞬が帰宅してから1時間程経った頃だった。リビングには放送中の某携帯獣アニメに夢中にかじりついてるヒビキと、制服姿のままソファーでぐーすかしている兄の姿があった。

 

(珍しいな……普段昼寝なんか滅多にしないのに)

 

 起こすのも悪いし、寝てるなら後にしようかという考えが一瞬頭をよぎったが、直ぐにそれを拭い去る。

 

(躊躇うな私……今回で決着(ケリ)をつけるんだ……!)

 

 友人が背中を押してくれたのだ。それを裏切るなんて真似はできない。自らの両頬を軽く叩き、深呼吸をする。一体何をしているんだと言わんばかりの目をヒビキが向けているが、それはそれ。本人は真面目にやってるから。

 が、ここで出鼻を挫くアクシデントが。

 

「ったく、さっきから人の近くで何息を荒くしてるんだ」

「……あ」

 

 ご本人が起きてしまった。

 さあ、どうしようか。

 


 

 結果、半ば強引に二人きりになった。全てを知る者が見たら、一体今までのウジウジは何だったのだと突っ込まずにはいられないレベルの強引さだが、思春期真っ只中のオンナノコはだいたいこんな感じに複雑でしっちゃかめっちゃかなのだ。

 現在、瞬の部屋にて二人は正対していた。

 

「話がある、か。丁度俺もそうだった」

 

 こうも長く避けられてるといい加減に辛くなってくる、というのもある。家族なら尚更のことだ。

 湖森は、少し言いにくそうな顔をし、心なしか瞬から目をそらしながら話し始めた。

 

「お兄ちゃんの、力のことなんだけどね」

「ん……ああ、やっぱりか」

 

 瞬はほんの一瞬だけ、部屋の隅に置かれた、アクロスのベルトが入った通学鞄に視線をやる。自分でもイマイチ分からないヤベーブツ。それが他人から見たらどう映っているのか、想像にはかたくなかった。

 

「あの時、怪物から私達を守ろうとしたお兄ちゃんの姿は、格好良かったし、頼もしかった」

「……」

「けど、怖かったんだ。あんな強そうな力を奮って戦うお兄ちゃんが。まるで、私の知ってるお兄ちゃんが居なくなりそうで。それで、接しにくくなっちゃって」

「そうか……」

 

 湖森の本音を聞いて、瞬はどこか分かりきっていたような感じにつぶやく。

 ある意味、唯の予想は当たっていた訳だ。未知の力を持ち、それを振るう。それを目撃した際にまず感じるものは、それに対する恐怖。人は、自分の常識から逸脱したモノを畏怖する。彼女の場合は、その対象が大切な家族だからこそ、余計に怖くなった。

 他人がそれを責める権利はない。そうだったんだな、と瞬は呟いた後、湖森の瞳を真っ直ぐ見つめて、

 

「大丈夫だって。力が手に入ったって俺は俺だ。お前の知ってるお兄ちゃんだって」

「……ホント?」

「本当だって。弱っちくて、お人好しで、中途半端なお前のお兄ちゃんだぜ?人の中身ってそう簡単に変わらないと思うんだけどな」

「自分で言うのそれ」

「ちょ……そりゃあないぜ」

 

 呆れたように笑みをこぼす湖森。瞬も言い切ってから少し恥ずかしくなったのか、照れ隠しをするかのように笑う。

 ふう、とひとしきり笑いきった湖森が一呼吸置いて、瞬にこんな質問を投げかけた。

 

「お兄ちゃんは、またあの時のように戦うの?」

 

 瞬は、少し考えてから答える。

 

「ああ」

「……どうして」

「守るため。今は、まだそれだけ。世界を救うにはまだ程遠いんだけど、周りの人なら今の俺でもいけそうな気がする。それに、どの道もう逃げられ無いような気もする」

 

 これまでに何度か戦ってきたが、勝った回数よりも負けた回数の方が多い。それでも、傷付きながらも守れたものも実際にあるのだ。

 不安で顔を暗くする湖森に、瞬は

 

「そんな顔するなよ。死ぬような無茶はしないから、心配すんなって」

「……約束だからね。後で唯さんや他の皆にも約束して」

「わかってる」

 

 瞬がそう答えると、湖森は小指を立てた左手を差しだした。何がしたいのか察した瞬は、笑みを浮かべて同じように小指を立てて左手を差しだし、湖森のそれに絡めた。

 

「ゆーびきーりげーんまーん、嘘ついたら針千本突うずる突っ込む!指切った!」

 

 なんとなく下品な指切りに思えたのだが、アクロスに変身して以来こんな感じの齟齬はしょっちゅうあったので、別に気にしないことにした。

 話の前よりも軽い足取りで部屋を出ていった湖森。

 

「……思ってた以上にいらない心配かけさせてたんだな、俺」

 

 大事な妹に余計な心配かけるなんて兄失格じゃないか、と自嘲し、瞬はベッドに寝転がる。これで一つ、問題は解決した。しかし、まだ残っている。

 

(あの馬鹿みたいにパワーが強いオリジオン……そして、悪魔とか言ってた連中……)

 

 どうやらオリジオンは悪魔という存在を激しく嫌悪しているらしく、去り際の発言からして、邪魔さえしなければ瞬の事はあまり気に留めてない様子だった。

 両者の間にどんな因縁があるのかは想像も付かないのだが、見過ごすにしては少々危険過ぎる気がする。それに、だ。

 

「一誠……アイツも関わってるのか?」

 

 たまたまあの場に居合わせただけなのかもしれないが、見知った人物がこの一件に関わっているかもしれない。

 瞬からしたらほんの一週間弱の付き合いしかないが、それでも関わりのあるクラスメイトが危険な目にあっているのを見過ごすのはできない。

 何もわからないが、邪魔するなと言われて邪魔しない程出来た人間じゃない。兎に角今はオリジオンを止めながら、事情を知る。そう決意しながら、瞬はアクロスのベルトを見つめるのだった。

 


 

 淡い月明かりで照らされる、とうの昔に潰れた廃病院の裏手。ドライグオリジオンは眼前の悪魔の死体をつまらなさそうに見ていた。

 その死体は、顔面に突き刺さった鉄パイプで木の幹に括り付けられ、腰から下は粉々に砕けて影も形もなくなっている。彼が先程やったものだ。辺りを見ると、草木に紛れて他の悪魔の物とおぼしき手足が散らばっている。

 

「……粛清完了」

 

 彼にとって、悪魔は滅ぼすべき存在。だが、彼は教会の悪魔祓い(エクソシスト)でも、ましてや天使や堕天使の仲間でもない。

 ただ、気に食わないから。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その為に、偶然得た転生の権利も使って此処にいる。

 

(しかし実際に見てみると、やっぱり気持ち悪い。こんな奴が生きてると思うだけで気持ち悪くなる)

 

 オリジオンは変身を解き、学校でチラリと見た一誠達の姿を思い浮かべる。自分の知っているものとは異なり、幾ばくか一誠の変態行為は控えめになってはいるが、それでも気に食わない事には変わりない。良くも悪くも、第一印象はなかなか覆らないものだ。

 頭の中で憎き悪魔達を嬲り殺しにしながら、ふつふつと憎悪の炎を燃やしていく。そこに、

 

「進捗はどうですか?」

 

黒いローブを身に纏った長身の男が、少年に近付いてくる。月明かりの下、二人が邂逅する。

 

「貴様は……リバイブ・フォース!」

 

志を同じとする他の転生者から、話は聞いている。ギフトメイカー直属で、この世界に存在する転生者達を取り纏める転生者達。下手に逆らえば特典を剥奪されて殺される。

 

「そうですとも。すでに存じ上げているでしょうが、改めて自己紹介を。私はリバイブ・フォースの一人、タロットです」

 

 タロットと名乗った男は、少年に一礼すると、懐から手帳をとりだす。

実を言うと、転生者達は完全に好き勝手できるわけではない。緩やかながらも特典創者を頂点とした上下関係が存在し、特典創者の目的を妨害しない範囲での自由が与えられている。そね転生者の管理を行なっているのが、リバイブ・フォースなのだ。

 

「あまり遊んでいる余裕はない。悪魔ばかりにかまけず、天使や堕天使どもも始末して欲しいものだね」

 

「特典創者直属だからと偉そうに。どの道三大勢力の屑どもは根絶やしにする。急かすな」

 

 口ではそう言うが、一人では中々上手くはいかない。この間、一誠を殺した時も、レイナーレや仮面ライダーに邪魔されたせいで、彼を転生悪魔にするタイミングを作らせてしまった上、先日の襲撃も、仮面ライダーに邪魔されて完遂には至らなかった。

 さすがに二度も邪魔されれば無視はできない。次は奴を先に始末すべきかと考えている少年を、タロットは冷たい目で見つめながら言葉を続ける。

 

「……彼らがあなたを転生させた理由は把握済みです。人外に虐げられ続けるしかない無力な人間、その救済の為にあなたは三大勢力を滅ぼすつもりなのですね」

 

 タロットの言葉に、少年は憎しみのこもった声で答える。

 

「当然だ。あんな傲慢な人外共が人間を喰い物にする世界があっていい筈がない!ここは人間の世界だ!」

 

 前世からの強い思いを吐き出す。ようやく、直接憎悪を本人にぶつけられるようになったのだ。躊躇う必要など存在しない。

 

「その調子、その調子。モチベーションは最高みたいですね……では、私からささやかながら餞別(せんべつ)でも渡しましょうか」

 

 タロットは静かに笑う。

 ここから、事態は急変する。

 

 

 




既に幹部が登場です。元ネタはキバのチェックメイト・フォーです。

今回も中途半端な切りに。まあ待たせるくらいならここで切ろうと思いまして、こんな感じに。本当は今回でアーシア登場まで行くつもりだったのに。なんでこんなに無駄に時間かかるんだ……




実は今回の話を書いてる途中でHSDD1巻を読み直したところ、時系列を間違えて覚えてた……ちゃんと読みながら書かなきゃマズいよなぁ。

ちなみに本作のレイナーレさんはどちらかというと綺麗な方ですが、何故か人気なフリードは別に綺麗ではないです。アイツは綺麗にしたら魅力ガタ落ちするからね。まあ堕天使側が改変多いし、原作最新巻まで読んでるわけではないですから。そもそも序盤くらいしか原作はなぞらない予定ですし。

次回 悪魔滅殺/狙うはただ一人


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第12話 悪魔滅殺/狙うはただ一人

待たせたな。あけましておめでとうございます!


中盤がどうしても納得いかず、執筆意欲が駄々下がりだったのですが、まあ割り切って進めます。原作沿になりすぎず、端折る所は端折って進めないとキリないし。


多分後で修正とかします。ごめんね。






 あの日から数日が経った。

 一誠は悪魔としての家業に加えて、力をつける為の特訓も行うことになった。つい10日ほど前までは普通の高校生だったのだから、悪魔としてはあらゆる面で素人。戦闘での無力さを痛感し、どうしたらいいのかとリアス達に尋ねてみたところ、とりあえず基礎体力をつける為のジョギングから始めることになったのだ。

 

「ふう……ちょいと休憩……」

 

 慣れない運動に疲れ、一旦休憩を入れる。今日は休みな為、暇な日中に自主練をいれているのだ。本来なら夜の方が悪魔の力は増す

為、日中にトレーニングをするのは効率的にはどうかと思うが、何もしないでいるのはどうしても駄目だった。

 

「はぁ……出世街道は長いなぁ……」

 

 自販機で買ったサイダーを一気に飲み干すと、溜息をつく。

 

神器(セイクリッド・ギア)も発動出来ないし、これじゃあただの荷物じゃんか……」

 

 神器(セイクリッド・ギア)。人間だけが有する神々からの贈り物。其々が人間社会では常軌を逸脱した能力を持ち、悪魔や堕天使、天使などの各勢力が喉から手が出るほど欲しがるモノだ。だいたいの所有者は、神器の存在に気付くことなく一生を終えるのだが、神器持ち欲しさに無理やり所有者を悪魔に転生させたり、所有者を殺して神器を抜き取ったりと、神器を持つという事はどちらかというとババを引かされたような感覚に等しい。

 リアスの話によると、一誠が殺されかけたのは、彼に宿る神器を狙っていたのではないかとの事。ホントろくでもない。

 

「感情がエネルギーってもよ……性欲じゃ駄目なのか?」

 

 感情の力で強くなる神器。しかし、一誠に宿っている筈のそれは未だウンともすんとも言わない。つい昨日も松田や元浜と共に新たなエロ本で興奮したのだが、それも駄目であった。現実は非情である。

 しかし、だ。そんな一誠にも最近、ある楽しみが出来たのだ。

 

「あ、イッセーさん」

「その声は……」

 

 ヘトヘトになった一誠に掛かる可愛らしい声。一誠が顔を上げると、そこには黒い修道服を着た金髪のシスターさんがいた。

 

「また会ったな、アーシアちゃん」

「はい!会えて嬉しいです!」

 

 アーシアと呼ばれたシスターは、見るからに嬉しそうな声を上げる。一誠の悪評を知る者が見たら、ソッコーで引き離されそうなものなのだが、純粋を通り越して天然っぽい彼女はそこのところは全然気にしていない様子だった。知らないだけかもしれないが。

 

「元気にしてた?」

「はい!」

 

 彼女と一誠が出会ったのは、丁度1週間前。街にある教会に行こうとして迷子になっていたところを、一誠に助けられたのだ。教会でも聖女と呼ばれていただけあって、凄まじいくらいの純粋っぷりだ。

 アーシアはその勿体無いくらい純粋な眼差しを一誠に向けて、

 

「イッセーさんは何を?」

「トレーニング……的な?色々あって。ところで、アーシアちゃんはどうしたんだ?」

「ちょっと暇を頂いたので、この辺りを散策を……と思ったんですけど、この辺りには土地勘がなくて」

 

 アーシアの返答を受けて、一誠はどうしたものかと少し考える。少したって、何かを思いついたかのように膝を叩いて立ち上がり、

 

「そうだ、今日は俺が街を案内してやるよ。色々あって楽しいぜ?」

「本当ですか⁉︎ でも、私お金とか持ってないんですけど……」

「気にするなって、それくらい俺が奢る!」

「イッセーさんには初めて会った時からお世話になりっぱなしで……なんか色々申し訳ないですよ」

「気にするな、アーシアちゃんの為ならこれくらいして当然さ!」

 

 一誠は笑顔でそう言うと、戸惑うアーシアの手を取る。一誠自身、ここ最近はトレーニングやら悪魔稼業やらであまり遊べていなかったので、自らの気分転換を兼ねて今日はアーシアと街に出て遊びたいと思ったのだ。

 

「じゃあ、行こうか」

「は、はい!」

 

 こうして、二人の休日が幕を開けた。

 


 

『逢瀬ー、今からどっか遊びに行かね?諸星も既に来てるからよー』

 

 土曜日の朝。朝食も洗濯も済ませ、録画した深夜アニメも見終わって一息つき終わった直後、アラタから上記のL●NEメッセージが送られてきた。断る理由は特にないのだが、ここ最近の出来事もあってあまり乗り気にはなれない。

 

「……ちょっと呑気過ぎる気がする」

 

というか、世界を救えとけ言われてる奴が普通に学生生活送ってて問題ないのか、フィフティは半月以上もの間干渉してこないし、オリジオンは明らかに一誠達を殺す気だったし、これらをほっぽり出して遊ぶのはなんか納得いかない。

どうしたもんかと悩んでいると、見かねた還士郎がこんなことを言ってきた。

 

「お友達との約束かい?それなら行くべきじゃないかな。よくわからないけれど、なんか最近瞬くん、色々疲れたような顔してばっかだからさ、気分転換とかにいいんじゃない?」

「そんな顔してるかな……」

「自分では気づかないものだよ。心の疲労は放置しちゃあ駄目だからね」

「そうそう、張り詰めっぱなしで平気な人ってごく一部だし、キミは元々一般人でしょ?だから尚更リラックスは必要だよ。ゲームを続けてると目が疲れるし肩凝るからね。それと似たようなもんだって」

 

 そこで、ずっとゲームに没頭していた ネプテューヌが会話に入ってきた。彼女は、テレビ画面に映ったゲームオーバー画面を見つめながら伸びをすると、一言。

 

「キミは戦士じゃない。無理に戦いのことばかり考えなくてもいいでしょ、疲れるだけだしさ」

「……余計な事考えすぎてんのかな」

「まだ肩の力の抜き具合がイマイチ分かってないんじゃないかな。生きる上では割と重要なんだよ」

「そうか……」

 

 不意に、瞬は窓の外を見る。いい天気だ、こんな日くらいは外に出て暗い気持ちを吹き飛ばしたほうがいいのだろう。仮面ライダーにもリフレッシュも必要だ。還志郎やネプテューヌのアドバイスを受け入れ、瞬は外に出ることにした。

 


 

 家を出て十分くらい経った頃。アラタ、唯、大鳳、山風といった、この2週間弱ですっかり見慣れた顔ぶれが前方に見えてきた。

 

「やっと来たか。遅いからお前ん家に迎えに行こうとしてたんだ」

「ごめんな、色々あって」

 

 どうやら無駄にうだうだしていたら、家の近くまで来てたようだ。というか、他のメンバーの行動が無駄に早い。

 

「他人を待たせるのと嘘付きは信用を失うきっかけになるぞ」

「すまねぇ。てか、なんでいきなり呼んだんだ?」

「いや、GW前に遠足あるだろ。それの為の私服でも買いに行かないかって」

 

 瞬達の通う学校には、毎年GW前にクラス内の交流を深める名目で遠足がある。といっても、さすがに小学校のようなものではなく、行き先は近場から多数決、結果によっては郊外でバーベキューもできるのだ。ちなみに瞬のクラスをはじめとする数クラスは山の中でバーベキューをすることになっている。

 この遠足は基本的に私服でいくので、クラスの皆はこぞってこの時期に服を買いに行くのだ。

 

「服か……俺は別にこれでもいいんだけどなぁ」

「ちっち、分かってないな。皆で行くからこそいいんじゃないか。青春だろ?」

「分かる分かる!」

 

 なんか妙に乗り気なアラタと唯の様子に、瞬は呆れて苦笑する。隣を見ると、大鳳も同じく苦笑いていた。

 

「大鳳も大変そうだな」

「悪くはないんだけどね」

「じゃあ早いとこいこうか。この調子だと時間があっという間に過ぎそうだしさ」

 

 そこへ、

 

「久方ぶりだね、二人とも」

 

 唐突に会話に割り込む、聞き覚えのある声。

 

「うわでた」

「帰れ」

 

にゅっとアラタ達の後ろから出てきたのは怪しいお兄さんことフィフティであった。タイムラグはあったが、噂をすると出てくるとは良く言ったものだ。

 

「この人お前の知り合いなんだろ?お前に用があるっぽくて、ここまで案内してきたんだ」

「いや知らない人です」

「冷たいな君は。いやまあ、長いこと顔出せなくて申し訳ないとは思っているよ。今度は厄介なものに首突っ込んだようだね」

 

 ずっと瞬のことを見てたかのような物言いのフィフティだが、心なしか怒っているような気がする。

 

「それはそうと、足を踏むのはいかがなものかと」

 

 言われるまで気づかなかったが、よく見るとフィフティの足が誰かに力強く踏まれている。誰なんだこんなしょーもない事やってるのは、と思いながら、そのまま一同の視線は足から上へ上へと移動していく。 

 

「ほー、随分と生意気な事を言うねぇ?」

 

 踏んでいたのは唯の足だった。フィフティは唯の足を退かそうと自らの足を動かすが、唯は退いてはくれないどころか、一層強く足を踏みつける。

 

「いやいや、瞬を無理矢理巻き込んどいてそれは虫が悪くないかな?これくらいはやり返されてもおかしくないでしょ?」

 

「ローブ引っ張らないでくれたまえ、伸びるから」

「お前は俺の保護者か何かか!てかなんで唯が一番怒ってるんだよ!」

「やめたまえ!やめっ……やめてください何でもしますから!」

 

どうやらこの男、他人を弄るのは好きだが、弄られるのには滅法弱いらしい。今迄とは違い、かなりテンパった様子のフィフティを見て軽く吹き出す瞬。フィフティが助けを求めるかのような目をしていたのは気のせいだろう。きっとそうだ。

 と、

 

「あのさー、行くならさっさと行こうよ。いつまで私達の目の前で油を売るつもりなの?」

「コイツを連れて?せめて置いてかない?」

「連れないね君達は。君に力を与えたのは誰だったかな?もっと感謝してくれたまえ」

「したくねぇ……」

 

 したくないというより、する要素が無い。というか客観的に見て、見ず知らずの少年を危険な戦いにぶち込みながらこの態度は流石に虫が良すぎるだろう。明らかに唯が苛ついてるから早く帰れよ、と瞬が悪態をついていると、

 

「ちょっと話でもしようか、逢瀬君?」

 

 そう言って、フィフティは瞬の首根っこを掴んで自分の方に引き寄せ、掴んでいた手を肩にまわし、ヒソヒソと話し始めた。

 

「すこーしばかり耳をかっぽじって聞いてくれ」

「なんだなんだ、今時チンピラでもそんな因縁の付け方しねーぞ」

「馬鹿な事を言うな。君は少々迂闊に正体を明かしすぎではないのかね」

「何言ってんだお前は」

 

 随分と大袈裟だな、と馬鹿にしたように笑う瞬。知られてるといっても、片手で数えられるくらいだし、一体なんの問題があるんだ、と言おうとするが、

 

「たった数人でも、だ。敵が何処にいるか分かってない以上、君がアクロスであるという事がこれ以上知られるのはよくない。これは君の周りにいる人も守ることになるんだ」

「守る……」

 

 続けてフィフティが何か言おうとするが、ここで唯が何かに気づいた模様。

 

「ん、んん〜?なんか前方に見覚えのある顔がおりますなー」

 

 言い方が若干気持ち悪い気がしたが、それはスルーして

 一誠だった。休日に限って知り合いに出会すと気まずさを感じてしまう。隣には修道福をまとった金髪のシスターさんがいるようだが、一体どうしたのだろうか。瞬は声をかけようとするが、大鳳が瞬の服の裾を引っ張ってそれを阻む。

 

「瞬、邪魔しちゃだめだって。きっとデート中よアレ」

「そうそう、水を差すのは人としてどうかと思うよ?」

フィフティ(おまえ)が言うな」

 

 女性陣(とフィフティ)からとめられ、瞬はそのまま固まる。確かに皆の言うとおり、知人のデート(らしきもの)を妨害するのは人としてどうかと思う。しかし、ここに空気の読めない人間が一人いることは、瞬達にとって予想外であった。

 

「よう、イッセーじゃねーか。こんなところで何してんだ?」

「ちょ、アラタ!? 邪魔したらダメだって!?」

 

 アラタは愚かにも、いい雰囲気の二人の間に割り込みやがったのだ!当然女子達からは非難の嵐なのだが、本人はわかっていない模様。一誠のほうもアラタに気づいて声をかけてくる。

 

「あ、アラタ?奇遇だな、こんなところで会うなんて」

「いやあ、ほんとほんと。お前も随分といい雰囲気じゃあないか!」

 

 いやそのいい雰囲気ぶち壊したのはお前だから!と周りから総ツッコミをくらうアラタだが、おバカな本人は気づかない。そこでアラタが、一誠の隣にいるシスターらしき少女に意識が向く。

 

「で、そのシスターさんは何?新しい彼女?前言ってた美人の彼女はフラれたの?」

「別にそこまではいってないって。アーシアちゃんは最近この街に来たばっかしだから、今から色々案内して回ろうと思って……」

 

 すると、紹介されたシスターが瞬たちの前に出てきて、何かを言い始めた。

 

「|Nice to meet you,my name is Asia.Thank you.《初めまして、私はアーシアといいます。よろしくお願いします》」

「は、はい、どうも」

「……ごめん何言ってるかわからない」

「あ、そうか」

 

一誠は失念していたのだが、悪魔の駒には某翻訳○ンニャクみたいな機能があるらしく、そのおかげで外国語が得意でない一誠がアーシアと普通に会話できるのだ。だが彼以外は普通の人間、拙い英語くらいしか外国語は話せない一般的な高校生。彼らにとって、言語の壁はデカかった。事実、英語の苦手なアラタはてんで会話が成り立っていなかった。

 仕方ないので、ここからは一誠の通訳を介してコミュニケーションをとることにした。

 

「よろしくお願いします!」

「よろしくってさ」

「そうか、こちらこそよろしくっ」

 

 一誠の通訳を介し、唯とアーシアは笑顔で握手を交わす。おそらくこれで、言語の壁問題はなんとかなったようだ。と、ここでアラタが一誠の肩に手を回し、少し僻みを込めた声で耳打ちをする。

 

「お前最近モテモテじゃねーかよー?グレモリー先輩やこのシスターちゃんだったりよ」

「念願の春到来ってやつだよ。お前も早く彼女の1人くらい作れよ。山風ちゃんとか大鳳とかいるんだから」

 

 一誠がアラタを軽く冷やかすと、アラタは耳打ちをしている事も忘れ、思いっきり取り乱したかのように、

 

「ちちちちがわいちがわい!アイツらとはそーゆー関係じゃなくてだな?どちらかというと家族みたいな感じ……いやどうなんだ?」

 

 瞬とフィフティは生暖かい目でアラタを見つめている。ウブというか青春というか、とにかく微笑ましいものだ。

 

「一誠さん、この人は何で慌ててるんでしょうか……?」

 

 ニンマリ顔で二人のやりとりを聴いている瞬とは対照的に、色々と純粋なアーシアは何も分かっていない模様。ちなみに耳元で大声で出された一誠は軽く目を回していた。

 

「いやいや!兎に角馬鹿なことを言うんじゃねえから!」

 

 無理矢理誤魔化した。全然誤魔化せてないが。

 一方で女性陣。

 

「……さっきからあの二人は何を話してるんだろうね」

「どうせエロトークでしょ。兵藤さんのことだし」

 

 女性陣は辛辣だった。日頃の言動には気をつけよう。

 


 

「があああ!負けたぁ!」

 

 悔しそうに頭をかかえてのけぞるアラタ。彼の前には、レースゲームの敗者となったことが表示されている。隣ではトップ2をぶんどった瞬と唯がこれでもかと言うほど煽ってくる。

 

「私の勝ち!ぶいぶい!」

「なんだなんだ、情けないぞアラタぁ!」

「昔からゲーム好きな割に度下手だったからねー。というか、操作方法分かってプレイしてる?」

「ちくしょう!もう一回だ、今度こそ俺が勝つ!」

 

 レースゲームでぼろ負けしてるアラタ。瞬・唯・山風といった対戦相手の面々からフルボッコであるが、無謀にもリベンジをしようとする模様。

 

「なんでこうなったんだっけ……」

 

 後ろの方でぼけーっとしている大鳳が、店内の喧騒にかき消されそうな声量で呟いた。アーシアと遊び歩きたい一誠の提案に渋々乗っかった結果として、大所帯でゲーセンに来ている訳なのだが、大鳳としては、他人のデートの邪魔をしているような気分になるのでイマイチ乗り気になれず、かといって自分だけ帰るのもどうなんだ、と一人葛藤してるのだが、他の奴らはあまり考えてないらしく、能天気にも遊んでやがる。自分含めて酷い奴らだ、と彼女は内心嘲笑していた。

 一方、少し離れたクレーンゲームエリア。此方ではアーシアがクレーンゲームに挑戦している模様。どうやら初めてらしく、お目当ての景品を取るのに苦労している。

 

「アーシアちゃん!もーちょいだ!」

 

 苦戦すること15分弱。一誠の協力もあってやっとのことで目当ての品を手に入れることができたようだ。

 

「イッセーさん、取れました!」

「よしよし、よくやった!」

 

 喜びのあまり、二人でハイタッチをする。アーシアは実に嬉しそうに、景品のぬいぐるみを抱いてはしゃいでいる。向こうでレーシングゲームに興じてる馬鹿どもとは大違いだ。

 

「呑気なものだ。まあ、息抜きも大事だというのは分からなくもないが……」

 

 その傍ら、先程から瞬達を見守るかのようにゲームセンターの入り口付近に佇んでいるフィフティ。ゲームセンターの入り口にずっと佇んでるコート姿の男なぞ、側から見たら怪しさがプンプンする。

 流石に気になったのか、アラタが率直な疑問をぶつける。

 

「何でさっきから端っこでコソコソしてやがんだ?あんたも混ざればいいのに」

「い、いや、私はいいんだ。少なくとも、そんなことをしている場合ではないからね」

「よくわかんねーな」

 

 フィフティの歯切れの悪い返答が理解できずに首を捻りながらも、再びゲームに戻るアラタ。

 

(わからなくてもいい。これは個人的なものだ。傍観者が、当事者になるべきではないから——)

 


 

 あれからさんざんゲームセンターで遊んだ後、一行は街中のハンバーガーショップで休憩をとっていた。思ったより時間がたっていたらしく、既に日は若干傾き始めていた。

 

「お前ら容赦ねえ……」

 

 結局、アラタはゲームをやった事が無かったアーシアを除いてあらゆるゲームで全敗という、酷い有様だった。それに対して本日の王者たる唯から辛辣な一言。

 

「いや、だって一アラタが弱すぎるんだもん……」

「だよねぇ」

 

 瞬も唯の言葉に追随する。

 

「味方はいなかったの⁉︎ 俺に味方は⁉︎」

「いないよ……ゲームは勝者が全てなのだから」

 

 ちくしょう!と捨て台詞を吐きながら、皆に見捨てられたアラタはコーラを一気飲みする。ああ哀れだ。

 一方、一誠とアーシアはというと。

 

「楽しかったなー!」

「ですね!」

「ごめん、デートの邪魔をしちゃって」

「よせやい、そんな関係じゃないっての」

 

 山風の謝罪を軽く流す一誠。本人にとっても、アーシアとは恋人云々というよりも、純粋な友達という側面が強かった為か、あまりそういう関係には至っていないらしい。

 

「どうだった?」

「こんなに楽しかったの……初めてで。ほんとに、友達とこうして遊ぶのだって……あ、あの、よかったら、私と友達になってくれますか?」

 

 一言口に出す度に、アーシアの目から涙が溢れる。悲しみの涙ではない、喜びの涙だ。一誠はそんな様子のアーシアを見て、笑いながら手を差し伸べる。

 

「何言ってんだよ、もう俺達は友達だろ?」

「友達……」

「ああ、俺だけじゃない。瞬も、アラタも、みんな友達だ」

 

 その言葉に、瞬も唯も、フィフティを除いたその場にいる全員がうなずき、手を差し伸べる。

 

「……はい!」

 

 アーシアも、嬉し涙を流しながら自らの小さな手を差し出し、この場にいた全員が手を繋ぐ。この時、全員が友達という名の絆で繋がったのだ。

 


 

 しばらくたって、時計を見たアーシアが、ふと思い出したかの様に席を立つ。

 

「……あ、もうこんな時間ですか」

「なに?もう帰っちゃうの?」

「はい、そろそろ帰らないと教会の人たちも心配してますから」

 

 じゃあ、と皆が手を振ってアーシアに別れを告げる。店内から出て一人歩き始めるアーシアの後を、一誠が追いかけ、呼び止める。

 

「アーシアちゃん」

 

 一誠の声にアーシアは振り返り、軽く一礼する。

 

「今日は色々とありがとうございました。こんな私にここまで親切にしてくれて」

「と、友達としてはこんなこと、普通のことだしな」

「でも……できれば、イッセーさんと二人で回りたかったです」

 

 アーシアは少し寂しそうに、そして照れくさそうに言う。一誠は彼女の方へと足を踏み出すが、

 

「あ、れ?」

 

 足に力が入らない。地面から離し、踏み出そうとした足が空を踏み、一誠は尻餅をつく。一体なんなんだと一誠は思考するが、その直後、彼の膝に激痛が走った。

 

「く、ああああああああああああああああ、ああああ⁉︎ 」

 

 彼の視界に入ったのは、自身の右膝に深々と刺さったナイフ。ナイフの刺さった箇所から、一誠の足元に血溜まりを生み出す。激痛で意識が飛びそうになるが、そこに追討ちをかけるように、横から出てきた何者かの足で腹部を踏みつけられる。

 仰向けに倒された一誠は、ぎりぎりと視界を動かし、足の主を探す。すると、すぐ近くから下衆さダダ漏れの声が聞こえてきた。

 

「初めまして、クソ悪魔くんヨォ」

 

 一誠を踏みつけているのは、同い年くらいの神父だった。その顔には余す事なく下衆さが現れている。

 

「テメェは……」

「オレっちはフリード。御宅さん、悪魔祓い(エクソシスト)ってご存知で?悪魔ぶっ殺す正義の味方なんだけどさ」

 

 下衆顔の少年神父はベラベラと物騒極まりない自己紹介をする。

悪魔祓い(エクソシスト)。教会に所属する悪魔狩り。心霊番組とかでやってる悪魔祓いとは違い、一誠の目の前にいる少年は、明らかに此方を直接切り刻む気マンマンであった。まるで人殺しが趣味ですと言わんばかりに。

 

「イッセーさん!大丈夫ですか⁉︎ 」

 

 アーシアが叫ぶが、フリードはそれを意に介さず、踏みつける強さを増す。そこに、バタバタと此方に駆け寄ってくるような足音が聞こえてきた。

 

「何をやってんだお前!」

 

 駆けつけた瞬が体当たりでフリードを一誠から引き離す。その隙に、アーシアは一誠を引き離し、刺さったナイフを引き抜き、傷口に手を押し当てる。

 

「イッセーさん、今治します!」

「あ、ああ……助かった……」

 

 アーシアは自身の神器(セイクリッド・ギア)聖母の微笑《トワイライト・ヒーリング》を発動させる。フリードは瞬を突き飛ばすと、心底嫌そうな顔をする。

 

「オレっち、悪魔に近づくと肌痒くなるんだよねー。お前みたいなのが出歩いてると空気不味くなるからさぁ、とっとと土に還え……いや、それだと土壌汚染になるから、原子レベルでぐちゃぐちゃに分解されてくんね?」

「アーシアちゃん、逃げてくれ」

 

 フリードの異様な言動に震えながらも、一誠はアーシアを庇うように立つ。が、フリードは嫌悪感マシマシと言わんばかりの顔をして、鋭い言葉を容赦なくぶつけてくる。

 

「あーあーいけませんねぇ!そんな悪魔の言う事なんか聞いちゃ駄目!そいつは言葉巧みに君を騙して犯しちゃう魂胆だから」

「悪魔……イッセーさんが?」

「あれ、知らなかったんですかぁ?其奴は悪魔、イコールオレ達の敵!少しは他人を疑う事を覚えてべきじゃないのォ?」

 

 自分に優しくしてくれた一誠が、悪魔。フリードの口から告げられた事実に、純粋なアーシアは動揺し、地面に崩れ落ちる。フリードはそんなアーシアの様子など意にも介さず、汚い言葉を吐き続ける。

 

「この悪魔も、どーせキミの神器目当てで近付いたに決まってるさ」

「勝手なこと言うんじゃねえ!お前こそ、そうやってアーシアちゃんを騙して処刑するつもりだろ!」

「分かってないですねぇ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。俺っちの最優先事項はテメェなんだよ!」

 

フリードはそう叫ぶと、ズボンのポケットからガラスの小瓶を取り出して蓋を開け、中の液体を一誠めがけてぶっかけた。

 

「あがっ!熱っ —— !」

 

咄嗟に避けたものの、一誠の右腕にかかった途端、液体に濡れた箇所に焼け付くような痛みが(ほとばし)った。腕を抑え、痛みで涙目になりながら、一誠は尻餅をついたアーシアの方を見る。

 

「アーシアちゃんは……なんともない?」

「はい……これはただの聖水ですから」

 

修道服を濡らしながらも、アーシアは平然とした様子で答える。

 

「アーシアちゃんの言う通りだぜ。勿論アッチの意味じゃなく、モノホンのだ。悪魔には効果覿面(てきめん)だって主人から教わらなかったか?」

「聖……水」

 

聖なる力は悪魔にとっては毒。聖水以外にも、光や教会そのもの、更には教会の信徒達の祈りを側で聴く事によっても少なからずダメージを受けてしまう。悪魔には弱点も多いのだ。

しかし、これらはあくまで悪魔の弱点。教会を追い出されたといえど、人間であるアーシアには効果がないのは当然だ。そして、聖水で負傷するという事実は、一誠が人間でない事をこれでもかというほど鮮烈に証明していた。

 

「じゃあ……一誠さんは本当に悪魔……」

「これで分かったでしょ?」

「お前の相手は俺なんだろ⁉︎ なら俺をやれよ……!」

「なら、遠慮なく殺らせてもらう」

 

 突如として、一誠とフリードの対話に割り込む新たな声。

 その直後、一誠の横腹めがけて視界の外から飛んできた赤い光弾のようなモノに、一誠の身体が吹き飛ばされ、アスファルトに叩きつけられて腕に擦り傷をつくる。フリードも予想外だったようで、興が覚めたかのように不機嫌そうに光弾の発生元を睨みつける。

 なんとか身体を起こすが、その時には既に彼の目の前は真紅の鱗を纏った怪人にふさがれていた。

 

「3度目はない……ここで死ね、兵藤一誠」

「お前は……この間の奴!」

 

 そう。先日のオリジオンだった。人外を激しく憎み、蔑む転生者の成れの果てが、三度一誠に牙を剥こうとしていた。

 

「あいつまで来やがったのか……!」

 

 瞬は咄嗟にベルトを持って飛び出そうとするが、それをフィフティが肩を強く引っ張って静止させる。

 

「なんで止める……⁉︎ 」

「待て、言ったそばから正体晒そうとするんじゃない。鳥頭なのか君は」

「そんな事より、一誠を助ける方が先だ!」

 

 そんな悠長な事を言ってる場合ではない。瞬はフィフティの言葉をそう啖呵を切ってばっさり切り捨て、両者の間へ割りこもうと駆け出す。人の命が脅かされようとしているのだ。真っ当な人間なら、なりふり構わずそれを阻止しようとするものだ。

 

「お前の相手は俺だ!」

 

フィフティの手を振り払い、クロスドライバーを腰に巻きながらアラタとオリジオンの間に割って入る瞬。

 

「逢瀬……?」

「変身!」

《CROSS OVER》

 

三度目の正直。今度こそケリをつけるため、逢瀬瞬はアクロスに変身した。

 


 

「は……ちょ、何それ……」

「私は何を見せられてるの……?」

「お前はあの時の……⁉︎」

「これは……神器なのですか?」

「ひゅー、なんか変なやつが来やがった」

 

アクロスとしての姿をさらした瞬に対し各々が各々の驚愕の表情を見せる中、フィフティは頭を抱えながら瞬に告げる。

 

「……君には後で言いたいことが山ほどあるが、兎に角あのオリジオンを撃破するのが先決だ。油断はするな」

「わかってる」

 

 短い応答の後、アクロスは目の前の襲撃者に向かって一歩踏み出す。この間のような蹂躙劇を許すわけにはいかない。そう決意を固め挑むアクロスだが、この場に一人、事態が読み込めていない人物がいた。

 

「なん……だ?」

 

 自分は一体何を見ている?今見ている景色は現実なのか?疑問だけが次々と脳裏に浮かんで、消えてくれない。

 目の前でなんだかよくわからないものに変身した友人を、ただ呆然と眺めていたアラタ達。既にアクロスについては知っている唯やフィフティは険しい顔つきになり、オリジオンは力強くコンクリート製の壁に拳を叩きつけており、明らかに苛立っている様子だ。

 

「また会ったな、仮面ライダー。邪魔をするな」

「お前が何をしようとしてるのかは知らないけど、友達が襲われるのを黙って見てる事はできない」

「友は選んだ方が良い。其奴に身体を張ってでも守る価値があるとでも?」

「少なくとも俺にはある!」

 

 たとえ赤の他人だろうと、身勝手な理由で殺されていいなんて事はない。守る価値云々で人の命が図られて良い筈がないのだ。そう強く思い叫ぶ。

 オリジオンはアクロスのその態度が癪に障ったらしく、ありったけの怒りと憎しみを込め、周りにはっきりと聞こえるくらい大きな舌打ちをする。

 

「そうか……今ので貴様を殺すことにした」

 

 ドライグオリジオンは近くにあった標識に手をかけると、軽く手首をひねるだけで標識のポールを引きちぎってしまった。

 

「ふんっ!」

「っ!」

 

 そのまま槍投げの様に、瞬めがけて標識を投げつけてくる。アクロスは間一髪、身体を横に捻って躱すが、標識は背後のブロック塀にぶちあたり、塀もろとも粉々に砕け散る。足元に落ちた標識の破片を見て、アラタは思わず身を震わせる。

 

「皆は逃げてくれ!」

「はあ!? お前はどうすんだよ!?」

「逃がすと思ってんのかよオ!悪魔は抹殺だあああああああああ!」

「ああくそっ!」

 

 アクロスは悪態をつきながら、意気揚々と一誠を殺しにかかろうとするフリードを体当たりで抑え込む。当然フリードからすれば邪魔以外の何物でもないので、アクロスに向かって何度もナイフを振り下ろすが、アクロスの強固な装甲が装甲がそれを阻み、傷一つつかない。お互いに取っ組み合いになったまま、アクロスは後方の唯達にむかって叫ぶ。

 

「今のうちに逃げろ!」

「ちょっと瞬!? 本当に大丈夫なの!?」

「大丈夫だ、だから今のうちに!」

 

 瞬はフリードをオリジオンの方に向かって突き飛ばし、唯達を庇う様にオリジオンの前に立ちふさがる。オリジオンは鬱陶しそうにフリードを突き飛ばし、目の前の邪魔ものを排除しようと走り出した。

 

「とっとと失せろ!俺様の邪魔をするんじゃあねえぞこのカスがあ!」

 

 アクロスは助走をつけてオリジオンの胸を殴りつけるが、あまり効いていないらしく、パンチを受け止められ、さらに首を掴んで持ち上げられてしまう。メキメキと音を立てる瞬の首。このままではへし折られてしまう。苦しさに悶えながらも、アクロスは右腰にぶら下げていた可変式剣・ツインズカリバーを手に取り、鱗の薄いオリジオンの横っ腹をぶった斬る。

 

「げはぁっ!」

 

 首を絞める手が緩み、アクロスはせき込みながらその場に倒れる。オリジオンは斬られたわき腹を手で抑えながら、硬い鱗で覆われた尻尾を強く振り回してきた。瞬は地面を転がってそれを避けると、立ち上がってツインズカリバーを構えてオリジオンに突進していき、オリジオンの後方にある橋のほうまで押していく。

 

「せはあ!」

 

 オリジオンはツインズカリバーを爪ではじき、そのままがら空きになったアクロスの胴体めがけて爪を振り下ろすが、すかさず瞬はツインズカリバーを身体の正面に戻して防ぐ。2撃目をはじき、3撃目となる爪が瞬に迫るが、その前に瞬の蹴りがオリジオンの胴体に届き、両者の距離が開く。

 攻防は一進一退。流石に3戦目となれば、それなりにお互いの手の内も力量も見えてくる。一方の攻撃が通ったかと思いきや、もう一方がすかさず食らいつく。数十秒の攻防の末、爪と剣による鍔迫り合いに突入する。さっさと瞬を片付けたいオリジオンは、アクロスの後方にちらりと見えた、小さな影 ―― アラタに狙いを定めた。

 

「ふん!」

「ぐはっ!」

 

 アクロスに頭突きを食らわせ、ひるんだその隙に空いたほうの掌から赤い火球を、瞬の後方の逃げるアラタに向かって飛ばす。

 

「があっ!」

 

 瞬が気づいた時にはもう遅かった。アラタの足元にぶち当たった火球は小さな爆発を起こし、アラタを地面ごと吹き飛ばした。地面に倒れたアラタを見て、思わず瞬は叫ぶ。

 

「アラタぁ!」

「隙ありイ」

 

 その隙をついて、フリードがどこからか取り出した光の刃を持つ剣でアクロスを激しく斬りつけた。火花が飛び散り、アクロスの体勢が崩れるのを、オリジオンは見逃さなかった。

 

「とどめだ……!」

「がっ……」

「瞬 ——」

 

 一瞬の隙をついた、痛恨の一撃。ガラ空きの胴体に滑り込むように当たった豪腕は、内臓を掻き混ぜるような衝撃とともにアクロスを軽々と打ち上げ、その拍子にベルトが外れ、アクロスの変身が解除されてしまう。ベルトはカシャンと音を立ててオリジオンの足元に落ちる。

 無防備となった瞬の身体は橋の上から飛び出し、重量に従って落下を始める。次第に全身を包み込む浮遊感。下にはそんなのお構いなしに流れ続ける川。

 

 

 

「逢瀬ぇええええ!」

 

 

 

 現れるは、大きな水飛沫。

 友の叫びが虚しく響き、少年は水底へと沈んでいった。

 


 

「こっちだ!アーシアちゃん!」

 

 息も絶え絶え、がむしゃらに走り続ける2人。瞬が変な姿に変身したのに対し、何だったんだアレと疑問を抱く間も気力もなかった。ただ、明確に2人を狙った敵意から逃げるのに精一杯だった。いつの間にか皆ともはぐれ、二人きりになってしまっていた。

 近くにあった大きな公園の中、鬱蒼と生い茂る森へと逃げ込む。皆は逃げられただろうか。瞬は無事なのだろうか。自分たちは逃げられるのか。

 

「ここまで来れば……大丈夫だろ……」

 

 息を切らしながら、草木の生茂る木陰に腰を下ろす二人。追跡を巻いた途端に、二人にどっと疲れが押し寄せる。重い腰を上げて木に背中を預けた一誠は、ぽつりと力無く呟く。

 

「隠すつもりはなかった」

「え……?」

「俺が悪魔だって事。別に、君に危害を加えようとして近づいたつもりでもなかった。それだけは本当なんだ」

 

 これは紛れもない本心であるのだが、正直言って信じてもらえる可能性は低い。古今東西の物語が、それを証明している。

 アーシアは失望しただろうか。幻滅しているだろうか。自分を取り繕うような言葉ばかりが、ぽつぽつと出てくる。しばらくして、アーシアが答える。それは、予想外の言葉だった。

 

「わかってます。イッセーさんが悪い人じゃないって私はわかってます」

「え……」

「だって、イッセーさんは、不出来で役立たずの私なんかに優しくしてくれた。友達だと言ってくれた。それだけで、信じる理由は十分なんです」.

 

 力強く、そう言い切るアーシア。それを聞いた一誠の身体に、僅かながら力が湧いてくるような気がした。ここで、ふと一誠はフリードの台詞の中でも言及されていた、ある一文を思いだし、聞いてみる事にした。

 

「アーシアちゃん、さっきアイツが言ってた教会を締め出されたって……」

 

 アーシアは一誠の言葉に少し驚いたような顔をした後、ポツリポツリと話し始めた。

 

「私、教会を追い出されたんです。神器で悪魔を治療してるところを見られちゃって。それで仕方なく、堕天使の管理する廃教会に身を寄せていて……」

「……そう、だったのか」

 

 予期せぬ形で暴露してしまったが、お互いに色々隠しあっていたようだ。人の心の地雷を踏みぬいてしまったような罪悪感が一誠を襲うが、アーシアは気にしないでというかのように笑いかける。場所や時間帯のせいか、その笑顔は一誠には少しばかり暗く見えた。

 

「傷、癒しますね」

 

 アーシアは先程ボコボコにされた一誠の傷を癒そうと、赤く腫れた頬に手をかざす。すると、緑色の光が一誠の頬を優しく包み込んでゆく。少しして、光が収まると、腫れはすっかり引いていて、傷一つなくなっていた。

 

「やっぱり、優しいな。アーシアちゃんは。俺みたいなやつもちゃんと傷を治してくれるし」

「イッセーさんこそ、私みたいなダメな人間を友達だってみとめてくれた」

「ダメじゃないさ。その優しさのどこがダメだってんだ?最高じゃないか」

「イッセーさん……」

 

 一誠はアーシアから少し離れ、木の陰からこっそりと周囲を見渡す。

 

「とにかく、まだ奴が追ってくるかもしれない。ここは部長にでも助けを求め ——」

 

 

「逃がさない、と言ったっしょ?」

 

 

 

 その声を聞いた時にはもう手遅れだった。

 

「ばーん☆」

 

 瞬間、一誠の背後からその身体を内と外から焼かれるような衝撃が襲った。焼けつくような烈風と身を焦がす爆炎。人一人は殺せる威力の爆発が、彼を襲ったのだ。もう、一歩も動けない。朦朧とする意識の中、悪魔祓いの下品な笑い声が耳に入ってくる。

 

「手榴弾をつかう悪魔祓いってパンクな感じがしてかっこいいっしょ?前殺した、悪魔と契約してた人間(ゴミクズ)の遺留品なんだけど……って、まだ生きてるじゃんかよォ!?ほんとしつけえんだよゴラァ!」

 

 全身から血と煙を出し続けながらも生きている一誠を蹴とばすフリード。その時、何かが空から降りてくるような音が聞こえてきた。

 

「ああ……気分がいい。憎き悪魔が死に体なのは実に最高だ」

 

 この声を忘れるはずがない。赤龍帝を名乗る怪物(オリジオン)が、追いついたのだ。

 

「ああ、俺達手を組むことにしたのよ。敵の敵は味方っていうじゃん?」

 

 オリジオンはボロボロの一誠を素通りし、気を失っているアーシアを担ぎ上げる。一誠とは離れていたため、爆発には巻き込まれなかったものの、爆発の衝撃で気絶してしまったらしい。アーシアを担いで立ち去ろうとするオリジオンに、一誠は残ったごく僅かな力と、声を振り絞って叫ぶ。

 

「アーシアを……どうするつもりだ」

「コイツの神器を頂く。別段お前一人ならいつでも殺せるが、生憎俺の相手はまだまだ大勢いやがる。大変不服だが、貴様らを相手取るにはこれくらいの保険は欲しいのでな」

 

 その発言に、一誠は驚愕した。神器所有者の魂と密接に繋がっている神器を抜き取られてしまえば、所有者は死ぬ。要するに、これは殺害予告にも等しい発言だった。一誠は力を振り絞るようにオリジオンの方へと這いずり、その足にしがみつく。

 

「んな事……させるかよ」

「ほざけ怪物。貴様の意見なぞ求めておらん」

「ひぐっ」

 

 まるでゴミを蹴飛ばすかのように、オリジオンの蹴りが一誠の顎に突き刺さり、彼の身体を打ち上げる。そのまま一誠は背中から地面に倒れるが、オリジオンは空いた方の手でその頭を鷲掴みにし、フリードの方を見る。

 

「コイツを殺すんだろ?なら譲ってやる。今は時間が惜しい」

 

 オリジオンはフリードの足元に向かって、一誠を塵のように叩きつける。

 

「アンタはどうするのさ?」

「別に、俺はこれまで三大勢力(きさまら)に虐げられてきた人類の味方だ。これまでも、これからもな」

「しょーもねぇし、くっダラねぇ。勝手にしろよ、俺っちは悪魔が殺せればそれでいい」

 

 お互いに吐き捨てるように別れを告げ、オリジオンはアーシアを抱えたまま背中の翼で飛び立っていった。一人残ったフリードは、動かない一誠の腹を踏みつけながらそれを無言で見送った。

 

「あれが、赤い龍ネェ……随分としょうもない奴だ」

 

 一誠を踏む足に力を込めながら、そう呟いた。

 

 

 

 




すいません。まだつづきます。フィフティが凄い無責任な発言を連発してますが、コイツは多分しばらくこんなんです。FGOのマーリン並みにクズです。見て分かる通り、アーシアとの出会いは端折ってるのでそこは原作読んで欲しいのですが、本作ではフリードとの邂逅とアーシア誘拐を纏めてるので注意ゾ。

遠足云々は5、6話くらい後にやる予定にゃ。

一誠がいい所無しですが、まだ神器が目醒めてないからしゃーない。そのかわり次回はようやっと活躍すると思うから期待してるんだぞ!ほんと、ボコボコにしてばっかでごめんな。ただ外道系敵キャラって書きやすいんだよなぁ……



あと自分でも思ったけど、アクロスの変身音ダサすぎるからどうにかしたい……けどセンス無いんだよなあ俺。

次回 月下真紅のブーステッド


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第13話 月下真紅のブーステッド

はい、D×D編ラストです!4ヶ月も間空いてホントすんません。はい。深くお詫び申し上げます。

ホロライブにハマったりしてたらこうなりました。はい。
まさか一年かけて12話とは……月刊誌じゃねえんだぜ?アクロス最新話より先にワニ死んだんだけど、怠け者にも程があるわ我ェ!


 一誠は目を覚ました。

 

「こ、こは?」

 

 まず視界に飛び込んで来たのは、一誠の顔を覗き込む木場と小猫の顔だった。辺りを見るところ、ここはオカルト研究部の部室らしい。記憶が混濁しているのか、先程までの出来事が曖昧にしか思い出せない。窓から差し込む西日が、寝ぼけた一誠の顔を照らしている。

 

「無事だったか。間一髪、というところかな」

「目覚めて一番最初に見るのがお前の顔とか、マジ引くんだけど」

「そんな口をきける位には大丈夫みたいですね。フェニックスの涙が無ければあのまま死んでたんですよ」

 

 あれほど痛めつけられていたにもかかわらず、身体のどこにも傷も痛みも無かった。話を聞くと、どうやら悪魔の間で知られているすごい治療薬を使ったらしい。

 

「そうか……俺……」

 

 意識がはっきりとしてきたらしい。同時に、先程までの出来事を思い出す。赤龍帝と神父に殺されかけ、アーシアも拐われた。それだけで十分だ。こうしちゃいられないと一誠はすぐさま身体を起こそうとするが、二人がすかさず静止する。

 

「待ってください、傷が治ったばかりで動くのは良くないですし、色々聞きたいことがあります」

「悪魔祓いに殺されかけてたところを、僕と部長が助けたんだ。一体、何があったんだい?」

 

 木場に訊かれて、事の顛末をぽつぽつと話し始める。アーシアの事も、フリードやオリジオンの事も。すべてを聞き終えた木場は、腕をくんで考え込む。

 

「悪魔祓いも来てるとなると、これは厄介だ」

「何も出来なかった……この間の時も、アーシアちゃんの時も!」

 

 ここ最近だけで嫌というほど味わった無力感に思わず苛立ち、ベッドに拳を叩きつける。もうこんなのはたくさんだ、せめて自分に力があればいいのに。心の中に巣くう堪えようのない悔しさが、時間が経つにつれて自己嫌悪に変わっていくのがわかる。

 

「行かなくちゃ……俺が、助けに」

「駄目よ」

 

 二人の静止を振り切ってまでベッドから出ようとするが、そこにリアスがやって来て一誠を止める。

 

「傷が治ったとはいえ、行くのは危険すぎる。それに、あの赤龍帝絡みとなると、一筋縄ではいかないの。相手は三大勢力に大損害を与えた二天龍の片割れなのよ?私どころか、魔王様でも刃が立つかどうか……」

「俺がやらなくちゃいけないんだ。だって、友達だから」

「そういう話じゃないのよ。今度死んでも、生き返れないのよ?」

「そんなの関係ないんです。俺、約束したんだ。友達だって。一人にはしないって。それを破ったら俺は俺じゃなくなる」

 

 話は平行線をたどる。リアスも一誠の身を案じての発言なのは重々承知の上なのだが、一誠はそれでも我慢ができない。どうしようもない歯痒さと苛立ちがくすぶっている。

 二人は暫く互いに見つめあっていたが、そこに朱乃が入室してきた。

 

「朱乃、どうかした?」

「堕天使を捕らえました。何者かにやられたようですが、まだ息がありましたので念のため連れてきました」

「こんなタイミングで……?まあいいわ。赤龍帝絡みかもしれないし、話を聞いてみても損は無い筈。案内して」

 

 

 

 

 

 

 

 旧校舎のとある一室。結界を何層も重ねばりされ、一般人の立ち入ることも、中にいる者を出すことも阻まれているその中に、彼女達はいた。

 

「あのさ……これは理不尽すぎないっすかね?ウチら、アイツにボコられた上に悪魔に取っ捕まるとか、厄日っすか?」

「私達は関係ない。寧ろ被害者よ……神器使いは奪われるし、何度も邪魔された挙句赤龍帝に皆揃って半殺し……こんな屈辱的な仕打ち、許されるわけ無いわ!」

 

 朱乃に連れられたリアス達が室内に入ってくるなり、簀巻き状態のレイナーレが抗議してくる。文句な内容からして、赤龍帝を名乗るアイツにボコボコにされて放置されてた所をグレモリーサイドに発見されて拉致られたようだ。まさに泣きっ面に蜂とはこういうことであろう。

 

「少しくらい静かに出来ないの?堕天使ってかなり品性がないのね」

 

 ギャンギャン煩いレイナーレに、僅かながら嫌悪感を見せるリアス。というかあからさまに煽っている。大丈夫なのかこの人。

 

「調子乗ってんじゃ無いわよクソ悪魔!調子が悪くなければアンタ達なんか光の力であとかたもなく即蒸発させて —— 」

 

 そこそこ高いプライドをここ数時間で木っ端微塵にされてしまっているレイナーレは、縛られながらもリアスに噛みつかんとする勢いを見せる。

 が。ここで誤算が一つ。

 

「あれ……夕麻ちゃん……?」

 

 リアスの後ろに立っていた病み上がりの一誠が、此方に気付いた。同時にレイナーレも彼のことを思い出した。

 

「げ、アンタは……!」

 

 あまりにも衝撃的かつ、予想外の再会であった。

 

 

 

 

 

 周りからすっかり忘れられ、学園では一誠の妄想彼女ゆーまちゃんだのひどい言われような美少女堕天使ことレイナーレ。お遊びで付き合った相手とのまさかの再開に一誠共々口をアワアワさせていたのであった。他の堕天使三人組はというと、あからさまに呆れたような反応を見せつけている。

 

「まさか初恋の相手が堕天使だったなんてえええええええ!堕天使って確か悪魔と敵対してたよな!? この場合どうすればいいんすかねえ部長!?」

「へえ、貴女私の領地でそんなことしてたんだ。随分と能天気なようね……ええ、随分と」

 

リアスのどことなく軽蔑が籠もった眼差しと、棒読みかつするどい言葉がレイナーレを襲う。

 

「信じらんない……あの時てっきり死んだのかと……まさか悪魔になってるとはね」

「レイナーレの遊び心が奇縁を結んだ、というわけか」

「遊び⁉︎ じゃああの時のはデートじゃなくて罰ゲーム的なアレだったのかよ⁉︎ 」

 

 追い打ちをかけるように、ドーナシークの発言によって初恋を否定されてすっかりしょげてしまう一誠。閑話休題、リアスがレイナーレの前に出て問い詰める。

 

「貴女とあの赤龍帝の関係、それにこの街で何をしていたのかを根掘り葉掘り聞かせてもらうわ。返答次第では三大勢力の戦争が勃発するかもしれないけど、覚悟はいいかしら?」

 

 リアスは手のひらに滅びの魔力を溜めながら脅迫するが、すかさず朱乃が止めに入る。

 

「リアス、それは駄目よ。私達が独断でやっていい事では無いわ。堕天使との間で余計な火種を作るのは危険すぎる。滅びの魔力じゃなくて、せめて氷漬けにしましょう」

「大して変わんないわよ⁉︎ というか、コント感覚で私達の生殺与奪の権利を弄ぶんじゃない!」

「レイナーレよ、俺達は捕虜の立場だからその要求は通らないぞ……」

 

 というか、捕虜とはそういうモノである。まあ、貴重な情報源たる堕天使達をみすみす殺すのはリアスからしても好ましくないので、まだ堕天使達の命は保証されている。その後はわからないが。

 

「とにかく、貴女達の処遇を決めなければならないわ。私の領地に来た理由もまだ答えてないし、望ましくはないけど、返答次第では戦争の火種になるかもしれないわよ」

「はたして、今はそんな事してる場合かしら?」

 

 リアスの言葉を遮るレイナーレ。彼女は周りが静かになったのを確認してから続ける。

 

「私達は独自に神器使いを手中に収めていた。が、本人が逃げ出した挙句、赤龍帝に捕まった」

「…………」

「あの赤龍帝……アーシア・アルジェントの神器(セイクリッド・ギア)を抜き取って、自分に入れるつもりよ。そうなれば奴は無敵。今すぐにでも三大勢力を殲滅しにかかる。癒しの力を得たら奴は手がつけられなくなる。その前に倒さなければ、三大勢力は全滅するかもしれない」

「なぜそう言い切れるのでしょうか」

「奴がベラベラ喋ったからに決まってるでしょ。アイツ、完全に私達を嘗めてる。奴の実力なら成し遂げかねない。私達を処分するよりも、アイツをどうにかしなきゃ全員終わりって理解してる?」

 

「……だとしても、貴女達を放逐する訳にはいきません。今のところ処分は後回しにしますが、逃げようだなんて思わないことです」

 

 あくまで朱乃は冷静な態度を崩さない。僅かながら命の先延ばしにはなったが、これでは助かりようがない。

 

「随分強気ね。私達の光の力の前では悪魔なんぞイチコロだってのに」

「手負いで無ければの話だがな」

 

 堕天使達の負け惜しみをよそに、一誠は考えこんでいた。いや、既に答えは出ていた為、改めて決意し直していた、というのが正しいか。やはりあの赤龍帝も、アーシアも放ってはおけない。どうにかしなくてはならない、と。

 皆にバレないよう、そろりと部屋のドアノブに手をかけようとする。その時。パシリと、リアスが一誠の腕を掴んだ。

 

「何処に行く気?」

「何って……決まってるじゃないですか。アーシアを助けにいくんですよ」

「貴方が助けようとしているのは教会の人間。元がつくけど天使側の人員。それに相手は赤龍帝。神器のなかでも別格の強さを誇るヤツだというのに、無茶よ 」

「それでもです。アーシアちゃんは友達なんだ。友達を見捨てる、なんてのはとてもじゃ無いけどできそうにない」

 

 一誠は決意の籠もった力強い眼差しをリアスに向ける。

 

「眷属から外されても構いません。俺一人でだって行きます」

 

 それは決意表明。全てを投げうってでも向かいたい道。恩を仇で返すようで心苦しいのだが、こればかりは譲れなかった。一誠とリアスは互いに見つめあったまま黙り込む。両者とも引けなかった。

 

 

 

 

 

 部室に戻った一誠達。あの後、二人の間には会話は無かった。静まりかえった部室の中で、リアスが口を開く。

 

「……これから私と朱乃は堕天使達の処遇をお兄様に相談する。いい?間違っても単身で突っ込まないように」

 

 去り際に「今日はもう帰宅しなさい」と釘を刺された一誠。彼の身を案じての言動なのは理解できているが、心の中では完全には同意しきれていなかった。

 ふてくされたように返事をし、部室をでる。重い足取りで校内を出口に向かって進んでいく。

 

「……ごめん」

 

 命の恩人よりも、出来たばかりの友達をとる。それが一誠の決断であった。それが裏切りだとしても、失ってから後悔なんてことはしたくないから。

 校門を出て、周囲に誰もいないのを確認した後、家とは反対方向に足を進めようとする。

 が、その時。

 

「僕にも声を掛けて欲しかったんだけどね」

「普段はデリカシーの欠片も無いくせに、こういうのはだんまりなんですね」

 

 二つの声が一誠を呼び止めた。一誠は思わずびくりと肩を震わせて振り返ると、そこには木場と小猫がいた。

 

「木場……小猫ちゃんも」

「多分、部長は君が行くことを止めた訳じゃない。部長の言葉をよく思い出してみて」

 

 言われてみれば、リアスは()()()()()()と言ってはいたが、()()()()()()()()()()()()()()()()とも解釈できる。一人では不可能でも、力を合わせれば一縷の希望は見える。まあ、斜め下の解釈な気もするが。

 

「ご存知の通り、神器を抜かれてしまえば所有者は死ぬ。助けにいくのなら一刻の猶予もない。どうする?」

 

 改めて問われるまでもない。初めから答えは一つ。

 

「巻き込んで悪いが、力をかしてほしい」

 

 たとえ無謀だろうと、敵対していようと関係ない。友情の前に立場の差異なんてものは無意味なのだから。

 さあ、友を助けにいざ行かん。

 

 

 

 しかし。

 その前にひとつ、やらねばならない事があった。

 

 

 

 

 

 

 

 時刻はやや巻き戻り、夕日が眩しい河川敷。

 土手の上を、3人の少女が歩いていた。湖森、ヒビキ、ネプテューヌの3人である。おつかいを頼まれた帰り道、湖森は自由奔放な二人を嗜めながら歩いていた。お姉さん風吹かせてるように見えるのは多分気のせいじゃない。多分。

 

「ほーら帰るよ二人とも」

「合点承知!ヒビキ、帰投しまーす!」

「ねぷねぷ、プリンを所望しまーす!」

「だーめ。家事を手伝わない人にやるプリンは無い」

「それにしても今日は暑かったねぇ。ホントに4月?海水浴とかしたくなってこない?」

「確かに。ほら、あそこの川にも人が流れてきてるし」

 

 ほら、とネプテューヌが指差した先を見ると、服を着たマネキンらしきものが川の端を流れている。3人が見ている中、マネキンは河原に打ち上げられる。

 

「ふーん……いやいや、ちょいまち!今なんつった⁉︎」

 

 危うく受け流しかけたが、それはスルーするにはあまりにも異常すぎた。

 マネキンではなく、流れていたのは人間だった。正確には、河原に打ち上げられたような状態で意識を失っている。そして、それは彼女達の良く知る人物だった。

 

「し、瞬⁉︎」

 

 そう。前回の最後でオリジオンに敗北して水落ちエンドを迎えてしまった主人公こと、逢瀬瞬であった。当然ながら3人は慌てふためきつつも、瞬の元に駆け寄ってくる。

 

「え」

 

「だ、だ、だ、大丈夫⁉︎ 何で川を流れて来たの⁉︎」

「帰宅ルートのショートカット、というヤツかな」

「んな訳ないでしょ!と、とにかく陸地まで引っ張り上げなくちゃ……」

 

 がっちりと瞬の身体を掴んで引っ張ろうとする湖森たち。しかし、小柄な湖森たちでは体格的には立派な大人に近い男子高校生を引っ張ったりするだけの力は生憎ながら無い。近くに人がいないかと辺りを見渡すと、

 

「だからさ、別に俺は悩んでなんかないって。まあ、権現坂が心配してくれるのはありがたいけどさぁ」

「しかしだな……遊矢、ここのところあまりデュエルの調子が良くないように —— 」

 

 トマトみたいな髪色の少年と、ガッチリとした体格の、大柄な少年が通りかかるのを見て、湖森は声を掛けた。

 

「あ、あのっすみません!手を貸してください!」

「え?あ、はい」

「よく分からんが、手を貸すぞ」

 

 通りすがった少年達の力を借り、なんとか陸地まで引っ張り上げることができた。身体をゆすってみると、呻き声をあげながら目を開いた。どうやら命に別状はないようだ。

 湖森は安堵するが、瞬の様子を見て、ある一抹の不安が頭をよぎった。まさか、彼はまた戦ったのだろうか。あの時、自分を助けに来たように。腹部には青痣ができ、頬の切り傷からは血が滲み出ている。こんなボロボロにやられている。

 

「げほっ……がはっ……」

 

 咳き込みながら起き上がろうとする瞬を、湖森が静止させる。

 

「息はしてるし、大丈夫みたいだ。でも一体何が……?」

「……あれからどうなったんだ」

 

 皆の心配する声を他所に、目を覚ますなりそんなことを言う瞬。身体は傷だらけなのに、その目には力が篭っているように感じられる。思わずネプテューヌもいつものキャラを崩して突っ込みをいれた。

 

「えっと……そんな場合じゃなくない?瞬、見たところ怪我も酷そうだしさぁ……」

「今すぐ戻らないと」

「あの……聞いてる?」

 

 そう言うと瞬は立ち上がり、この場から立ち去ろうとする。

 

「お前が行くべきは病院だ。待ってろ、救急車を —— 」

「心配するな。これくらい平気なんだ」

 

 大男が救急車を呼ぼうとするが、瞬はそれを止める。

 

「平気って……その心構えが一番危険なんだよ?そこはゲームも現実も同じだよ?」

 

 皆の声を聞かずに、瞬はうわ言のように大丈夫だと繰り返す。どう見ても大丈夫ではないはずなのに。そんな大丈夫をいくら言われても、心配なのは変わらない。今の瞬は、湖森の知らない誰かの為に無理して強がっているように見える。

 兄の態度に、色々と思うところがあったのか、湖森は瞬の手を強く掴んで引き留める。

 

「俺は死なないさ。約束しただろ?」

「そういう問題じゃないの!ねえ、やっぱりこんなのおかしいよ!だって、お兄ちゃんはちょっと前まで一般人だったんでしょ⁉︎ それなのにこんなにような事に首突っ込んで……だったらいっそのこと、辞めてしまえばいいじゃん!」

 

 湖森の言葉はもっともだ。逃げられるものなら逃げてほしい。わざわざ貴方が傷つきに行く必要はない。それだけ大切に思っているのだ、と。それは瞬にも痛い程わかる。

 しかし、だ。

 

「辞める、か。簡単に辞められたらいいんだけどな。これは俺にしか出来ないし、やらなかったら後悔するような気もする。始まりはどうあれ、今は俺がやらなくちゃいけないんだ」

「ちょっと待って —— 」

 

 痛む身体を無理矢理動かす。湖森の声が次第に遠くなる。

 話がすれ違っているのは承知している。妹の心を踏みにじっているのも理解している。それでも止まれないのだ。例え、守ろうとするのがほんの僅かな間の微かな関わりだろうと、それは見捨ていいものではないからだ。

 湖森も、今更になってこんなことを言うべきではないことは分かっている。兄の戦う姿に、不安と恐怖を感じたのは確かで、昨日の話し合いで恐怖が消えても、戦うことへの不安が残り続けているのも確かで。でもそれは、簡単には振り払えない。至極真っ当な感情なのだ。

 

(ウジウジ考えるのはいい加減にやめてやる。決めたんだ。今は他所からの受け売りの心でも、それでも構わない。俺が持っているのは、この為の力なんだ —— )

 

 かつて貰った言葉を灯りに、歩を進める瞬。今はただ、あのオリジオンをどうにかしなければならない。放っておいたら、きっとロクなことにならない。足取りが次第に確かになってゆく。大丈夫、まだ動ける。今はまだ止まっちゃ駄目だ。

 そんな瞬の背中に、湖森の叫び声がぶつけらた。

 

「約束して!無事に帰ってくるって!だって、どんな人でも帰ってくる場所はあるんだよ!家族との約束破ったりするなんて、私、絶対許さないから!」

 

 その言葉に瞬がどんな顔をしたのかは、湖森からは見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「アラタぁ、ご飯できてるんだけどー」

 

 姉の呼び声に生返事で返し、アラタは部屋のベランダに突っ立っていた。星々が輝き出した空を見上げ、

 

「何やってんだ俺は……」

 

 友達を見捨てて逃げて、のうのうとしている。そうして永らえた命でこうして悔やんでいる。そんな自分が嫌になってくる。何にも手につかなくなり、頭を掻き毟りながら声を上げる。

 

(一体何がどーなってんだよ……?ありえねえ、あんなこと。こんなことになると知っていたら、俺は■■■■■■■なんてしなかったのに……)

 

 昼間の事を思い出して、気が重くなる。あんなのは予想外だ。どうすればいい。それ以前に、あれからどうなったのだ。瞬は、一誠は無事なのだろうか。

 瞬が水落ちした後、怪物はアラタ達を置き去りにして一誠の方を追った。奴にとっては部外者たるアラタ達の存在などどうでも良かったのだ。だから、生き延びた。唯はあの後フィフティを引きずって瞬を探しに行き、山風が一部始終を見たせいで取り乱したので、なし崩し的に解散になってしまった。大鳳も態度に出していないだけで、かなり混乱している。

 

「ったく……全然切り替えらんねぇ……」

 

 頭を抱えながら、ふとベランダから家の前の道路を見下ろす。街外れの、明かりの少ない見慣れた道に、人影が見えた。

 

「ん、待て。あれは……」

 

 が。

 街頭に照らされたその姿を見て、アラタの顔が青ざめる。

 

「馬鹿っ……アイツ……!」

 

 そこにいたのは瞬だった。ぱっと見御世辞にも無事とは言えない容態だが、五体満足で生きていたのは素直に嬉しかった。しかし、彼はどこに行こうとしているのであろうか?明らかに昼間の怪物のせいであろう怪我をしているし、どことなく目つきが怖く感じられる。

 ベランダから声をかけてみたが、どうやら向こうはアラタに気づいていないらしく、そのまま歩き続けている。すぐさま家を飛び出して瞬の後を追う。向こうの動きは遅かった為、すぐに追いつけた。

 

「ちょっと待て!」

 

肩を掴んで声をかけると、ようやくアラタに気づいたらしく、瞬は振り向いた。

 

「あ」

「あ、じゃねえよ!お前無事だったのか!?」

「なんとかな……お前こそ、無事に逃げられたみてーだな」

「人の心配してる場合かよ……!結構ボロボロじゃねえかよ……そんなナリでどこ行こうとしてんだよ、おい」

 

 自分の容態を気にも留めない様子の瞬に、本気で心配して叱りつけるアラタ。先への不安は吹っ飛んだ。こんな有様の奴をほっといたらそれこそ最低だ。

 

「お前も見ただろ、昼間のヤツを。アイツを今とめなきゃ、きっとまずいことになる。俺の直感でしかないけど、このままじっとしてるなんてできない」

 

 どうやら、昼間の怪物に性懲りもなく挑むつもりらしい。助けてもらった分際で申し訳ないが、さすがに無茶だろうとアラタも思う。

 

「そうは言ってもだな……お前、こっ酷くやられたばっかだろ。そんなんでどうにか出来るのか?」

「なんとかする」

 

 ダメだコレ。絶対止まらないパターンじゃねえか。一旦決意を固めてしまった人間を説得させるのは、並大抵のことじゃ不可能だ。頑なに考えを変えない瞬に、情けないことにアラタは早々に折れてしまった。自分で自分に文句を言いたくなるレベルである。

 様に頭を掻きながら、アラタは呆れた様に言う。

 

「なんかお前は絶対止まらなさそうだから、もう何も言わない。助けてくれたことには、素直に感謝しているよ」

「そっか。俺も身体を張った甲斐があったもんだな」

 

 会話が成り立っているのか、すれ違っているのかイマイチわからない。この話題は続けるだけ無駄だと判断したアラタは、強引に話題を切り替えた。

 

「話は変わるけどさ、お前が変身したのって、仮面ライダーなんだろ?」

「知ってるのか?」

「名前くらいはな。人間の自由の為に立ち上がるヒーロー、らしいぜ」

「人間の……自由」

「カッコいいよな。途中でいくら傷つこうが、最後には皆を笑顔にしちまう。まさに理想のヒーロー。憧れないわけないだろ?」

「よくわかんねーよ。でもなんか良さそうだ、それ」

 

 人間の自由の為に戦う戦士。瞬は、そんな大層な存在にはまだなれない。だが、不思議と悪くはなさそうだと思った。いつか、そんな風になるのだろうか。そんな風に呼ばれる時がくるのだろうか。

 瞬は傷だらけの顔をあげる。アラタは、気恥ずかしいそうにこう言った。

 

「俺達を助けてくれた時、確かにお前はマジモンのヒーローだったよ。友人たる俺がそう言ってんだ。だから負けるな。あんなやべーヤツに、負けんじゃねえぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アーシアを助けに行く一誠達。暗い夜道を走る彼らであったが、ふとあるものが一誠の視界に入り、彼は立ち止まる。

 

「どうしたのですか?」

「あれは……」

 

 十字路の別方向。明かりの少ない道の上に、ふたつの見知った顔を見かけた。ちょうど街灯で照らされていた為に気づけたのだ。逢瀬瞬と欠望アラタ。自分の素性を知られてしまった友人達。関わっている場合じゃないのに、早くアーシアを助けに行かなくちゃいけないのに、一誠は立ち止まっている。

 ならば、これもきっと避けてはならないことなのだろう。一誠は友人達のいる方へと向きを変える。

 

「ちょっと話してくる。先に行っててくれ」

「どこに行くんだい?」

「悪いが、今やらなくちゃいけないんだ」

 

 木場たちにそう告げ、一誠は友人達の元に歩み寄る。二人の会話は聞こえている。自分と同じように、向こうにも色々と事情はあるのだろう。会話に割って入るように、声を掛けた。

 

「よっ……なんて、軽い態度じゃだめだよな」

「一誠……お前まで」

 

 二人は驚いているようだ。かくしてここに男三人が揃った。アラタ以外は色々とボコボコにやられてたのだが。

 

「途中からだけど話は聞いていた。それでも俺は分からない。なんで瞬はあの怪物を倒そうとしてるんだ?お前は巻き込まれただけで、関係ないだろ?」

「巻き込まれたんなら、既に関係者だろ?それに決めたんだ。俺の力は、皆を守る為にある。ならその為に使うことを悩んだりはしない。全力で突っ走るってな。友達を守りたい。その想いは同じだよ」

「……ほんと無茶苦茶だ。今日出会った奴の為に命張るなんて、馬鹿だ」

「自分でも驚いてるよ。俺はこんなにも簡単に命を投げ出せるような人間じゃないって、俺が一番知っているのにな」

 

 自嘲気味に瞬が笑う。

 危なっかしくて、無茶苦茶で、悪い意味で命知らず。だがそれもきっとひとつのあり方。馬鹿だけど、ヒーローとは多分そういった存在なのだ。アラタにはそのあり方が、愚かしいと同時に、どこか眩しくも見えた気がした。

 

「そういえば」

「?」

 

 と、ここで何か思い出したかのように、唐突に話の流れを変えるアラタ。あまりにも急すぎて事故ってるのは言うまでもない。

 

「いや……あの、さ。不本意な形で隠してるっぽいことがバレちまったみたいだけど……お前ら的にはどうなんだ?」

 

 アラタのその言葉に、二人は黙り込む。確かにそうだった。一誠は自身が悪魔であること、瞬は自身が仮面ライダーであること。意図的に隠していたわけでは無いにしろ、結果的にはお互いに露見した。それなら、いっそのこと全部ぶちまけてしまった方が気が楽になるのでは無いか。

 二人は事情を洗いざらいカミングアウトした。

 

「ドン引きしたか?」

「いや」

 

 カミングアウトを静かに聞いていたアラタは、きっぱりと否定した。

 

「それがどうしたってんだ。別にお前が仮面ライダーだろうが、悪魔だろうがどうだっていい。そんな側面があるのは否定しないし、だからって俺のダチには変わりはねえ。だからさ、こんなのサッサと終わらせて、また今日みたいに、馬鹿騒ぎしようぜ」

 

 実の所、アラタは二人の隠された事情にはあまり驚いてはいなかった。というか、アクロスの姿を見て「カッコいいなあ」といった感じの空気読めてないような感想を抱いていたまでだ。肝が座っていたのか、馬鹿なのかは彼のみぞ知るのだが。

 

「……ああ」

 

 二人は同時にうなずくと、アラタに背を向けて走り出す。その背中を、アラタは真剣そうな目で見つめる。

 

 走れ、身勝手な悲劇を防ぐために。

 

 

 

 

 

 

 街外れの廃教会。辺りには廃マンションや廃病院といった、肝試しにうってつけであろう廃墟が乱立する中、その内の一つとしてそれは建っていた。

 

「ここに奴が居るんだよな」

「木場達はまだなのか……?」

 

 先に行った筈の木場と小猫の姿が見えないことを疑問に感じる一誠。しかし待っている余裕はない。恐る恐るボロボロの木の扉を開き、中に入る。中は天井の隙間から漏れる月明かりと奥に立つ燭台の火のみの為、かなり暗い。

 歩くたびに埃が舞い、反射的に軽く咳き込む。それでも瞬は目を凝らして奥に進む。すると、朽ちた扉の先に階段らしきものを発見した。

 

「あった、地下に続く階段!この先かも —— 」

 

 瞬がそう言い切る前に、二人は背中から凄まじい衝撃をうけた。

 衝撃を受け、派手な音を立てて階段の一番下まで一気に転がり落ちる二人。階段の上を見上げると、そこに見覚えのある人影があった。

 

「やあやあ、また会ったねえ!俺っちは一度相対した悪魔はすぐぶっ殺しちゃうから、再開とかねーんだわ!マジ不愉快だからちゃっちゃと死ねよオラ!」

「昼間の神父……!」

 

 昼間、オリジオンと共に襲撃してきた煩い神父ことフリードであった。長ったらしい台詞を吐きながら、意気揚々と双剣を手に飛びかかってきた。二人はすぐさま立ち上がって避けるが、フリードは床に突き刺さった剣を引っこ抜いて二人に向け、醜悪な顔を見せる。

 

「悪魔が教会に入るとか馬鹿なんですかぁ?いや馬鹿だったわお前!そして隣のクソガキも悪魔に肩入れイコール同罪だから二人仲良く地獄の片道切符を受け取って死ねオラ!」

「なっ!」

 

 木場達を先に行かせたのが裏目に出た。電話とかすればよかったのだが、生憎オリジオンにボコボコにされた際にスマホは木っ端微塵になっている。

 狭い地下通路では逃げ場は無い。壁際に追い詰められた一誠に、フリードは剣を振り下ろす。恐怖で目を閉じる一誠。一貫の終わりだ。

 

「畜生があ!」

 

 刃が一誠の鼻先をかすめんとしたその時。

 ガンッ!! と、何か硬いものがぶつかるような音がすると同時に、全員の動きが止まる。

 恐る恐る一誠が目を開けると、目の前のフリードは頭から血を流して止まっていた。足元には血のついた鉄パイプが転がっている。

 

「なんだよオイ、何のつもりだオイ!俺キレちまったよ、キレたよどうしてくれんだよゴラァ!」

 

 激昂したフリードは、階段の方を向く。地上と地下を繋ぐ階段の一番上、そこに息を切らしたアラタが立っていた。

 

「アラタ……お前……!」

「いけよ、助けにさ。時間がないなら俺がそいつを引きつける」

「お前正気か!?そいつはまともな人間じゃないんだぞ!?」

「わかってんだよ ―― たぶん、なんとかなる。だから任せとけ!借りは返さなきゃ俺の気が収まらねえしなぁ!」

「いきなり邪魔しといてボクチャンマジで不快なんですけどー!消えろーう!」

 

 ノリノリな台詞と共にフリードはアラタに斬りかかってきた。咄嗟にアラタは避け、フリードの剣は燭台を押し倒す。そして、倒れた燭台の火が絨毯に燃え移り、辺りが激しく燃えだした。

 

「アラタぁ!」

「急げ!」

 

 炎から逃れるように、瞬と一誠は地下通路を走る。同時に地上部では、戦いの衝撃で脆かった教会の天井が崩れ落ち、地下階段への道が塞がれる。

 

「やべえぞ……」

「アイツら、あのまま丸焼きになるんじゃねえの?バッカだなぁあ!」

 

 側から見れば、余計なことをして事態を悪化させてしまったようにしか見えない。てか実際そうだ。助けになりたいという心だけが先走りすぎたのだ。

 

「……こいよ、クソ神父」

「へえ。やる気かよ」

 

 勢いでやってしまったが、こうなれば引き寄せるしかない。アラタはコソコソと操作していたスマホをしまうと、外に向かって駆け出した。

 崩れゆく廃教会から飛び出したアラタの視界に、古びた廃マンションが入る。剣撃を必死になって躱しながら、廃マンションへと駆け込んでゆく。

 

「ああくそ!俺の知ってる悪魔祓いってもっとマシだったと思うけどな!あんたマジ狂ってるぜ!」

 

 大声で悪態をつきながら、アラタは階段を駆け上がっていく。最上階まで駆け上がり、錆び付いた鉄扉を蹴って開き、屋上に出る。

 

「どうしたんでちゅかあ〜?立派なのは威勢だけで?マジのマジで無鉄砲スギィ!」

 

 逃げ場のない屋上へと舞台は移っていた。自信満々で割り込んできた身の程知らずの滑稽さに、フリードは怒りと嗤いが混ざったような表情を見せる。神父の剣先がアラタに向けられる。

 

(おいおい……まさか俺達が無闇に介入しちまったせいで流れが変わってしまったのか⁉︎ だとしたらこれ、マジやべー展開じゃね?)

 

 最悪の展開だ。少しでも瞬に恩を返そうとしたのが運の尽きだったのかはもう分からないが、少なくとも自身を含めた幾つものイレギュラー故に、予想していた流れが来なかったことが問題だ。やはり、現実はそう簡単にうまく行くものではないらしい。

 迂闊すぎた自身への怒りを抑え、アラタは苦し紛れに一言。

 

「な、なあ。邪魔したのは悪かった。ここはひとつ見逃してくれないかな。なあ?」

 

「何言ってるんですかあ?クソ悪魔どもに加担した時点でてめえは殺されても文句ねえ、ってことだよォ!邪魔の対価は高くつくぜい?君たちの首300個あっても足りるかはわかんねーけどなあ!」

 

 すごい情けないことを言ってるが、さすがに死ぬのは勘弁ねがいたい。友達の為に命張るのは別に構わないが、決して死にたくないわけではないのだ。そんな思いで命乞いというチキンじみた発言をするが、当然ながらバッサリと切り捨てられてる。

 邪魔をいれられてご立腹なフリードは、意気揚々と剣を構えて歩み寄ってくる。アラタの背後には既に屋上の縁が側まで近づいている。後には引けない。

 

(いやいや!俺、馬鹿じゃね⁉︎ いや馬鹿だわ!足手纏いになるのは分かってたはずだし、最悪死ぬって分かってただろ⁉︎ じゃあなんで来た⁉︎ )

 

 いや、はじめから分かってたはず。その思いひとつだけで、無謀な行動にでたのは自分自身だ。あまりにも愚かで、理解不能で、不合理だけど。それは悪くはない。

 アラタは立ち上がる。抱いている思いを、恐怖を無理矢理抑える為に叫ぶ。

 

「俺はまだ死ねない!少しでも逢瀬の役に立って、生き残らなきゃなんねえ!それに、言い出しっぺが約束破って死んだら元も子もなからなぁ!」

 

 が、無情にも、刃が首先に滑り込む。

 その時。

 

 

 

「悪いけど、僕も邪魔させてもらうよ」

 

 

 

 突然割り込んできた声。フリードはその声に反応して動きを止め、振り返る。

 

「邪魔が入って遅くなった。君も一般人より、悪魔と戦いたいんじゃないかな?なら僕が付き合ってあげようかと思ってね」

「……へえ、今日ひょっとしてツイてる?君も悪魔……要するに!敵!獲物!暇つぶしがてら死んでみようやイケメン君?」

 

 乱入してきた少年 —— 木場祐斗は、フリードに対して真っ直ぐに剣を向ける。フリードは新たな獲物に歓喜と興奮を隠せないようで、木場を見るなりテンションがうなぎ登りになる。たしかに暇つぶしにはなりそうだ。

 一方、木場はというと、こんな事を思い出していた。

 

 

 一誠が一時離脱してから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。詳しくは本筋とほぼ関係ないのでここでは省くが、いきなり絡んできたかと思えば、予想外の強さと厄介さで苦戦させられてしまった。そのことについては色々と考えたくなったが、ともかく今は目の前の悪魔祓いを無力化することが先決だ。禍々しい黒い剣を構え、フリードを見据える。

 フリードも、木場を殺す為に剣を構える。元より、悪魔を滅ぼすという目的の一致でオリジオンと共に動いていたのだが、興奮のあまり、そんな細かいことは忘れた。目の前の悪魔を殺る。ただそれだけが頭を支配する。

 両者剣を構え、徐々に間合いを詰めていく。挙動の一つ一つが慎重に、かつ精密に遂行されていく。そして。

 

 

 

 まずは一閃、両者が同時に斬りかかった。

 

 

 

 

 

 

 そして、アラタはというと。

 

「五体満足なのが奇跡だぜまったくよ……」

 

 ひとまず生き延びたことに安堵していた。同時に、緊張の糸が切れたのか、身体から力が抜けたかのようにその場に崩れ落ちた。そこに少し遅れて、小さな人影がやってくる。

 

「……馬鹿ですか貴方は。無茶にも程がありますけど、そこのところはどうお考えで?」

「なんも考えてませんでした。すんません」

 

 塔城小猫であった。

 悪態をつきながらも、小猫は小さな身体でアラタをお姫様抱っこし、その状態で屋上から地上へと飛び降りる。勿論彼女はピンピンしてらっしゃる。彼女も人外なのだから当然っちゃあそうなのだが。

 

(間に合った……?偶然、なんとかなった……?)

「どうでもいいけど、いい加減持ち上げ続けるの疲れたんで下ろしますよ。なんか貴方、いやらしそうな顔してて不快ですし」

 

 さらりとディスりを入れながらアラタを地面に下ろすと、小猫はそのまま地面を思い切り蹴り、凄まじい跳躍力でマンションの屋上へと跳んでいった。

 

「……よく考えたら、俺無駄な事してねえかなコレ」

 

 一難去った後、自身の行動が急に無意味に思えてきた。足りない頭でどうにか役に立ちたいと思って動いたのだが、それに意味があったのかといと、多分無い。それでも、自己満足と友情から身体を張ったのだ。地面に大の字になり、友の健闘を祈りながら夜空を見る。

 

「頼んだぞ……二人とも」

 

 

 

 

 

 

 

 だんだんと暗くなりつつある夕暮れ。街外れの廃教会のそのまた地下深く。煤けた地下の祭儀場の最奥に、ソイツは居た。

 祭儀場の床には魔法陣らしきものが描かれており、そこら中に神父らしき人物達が倒れていた。彼らは皆レイナーレ達の配下だったのだが、アーシアを横取りする為に、オリジオンの手で纏めて半殺しにされたのだ。殆どの奴は既に死んでいるが。

 そして、魔法陣の中央には十字架に貼り付けにされた状態でアーシアが寝かされていた。まだ神器が抜かれた訳ではないが、彼女は深い眠りについている。

 

「こいつの力を取り込んでしまえば、俺様は不死身だ」

 

 傷を癒す神器の力を取り込めば、無敵になる。なんせ赤龍帝の火力と神器の回復効果を併せ持った、攻守に隙がない状態になるのだ。そう考えると、アーシアが狙われるのも納得がいく。

 間も無く儀式が始まる。地上でなにか激しい音がしたようだが、邪魔をされる前に終わらせてしまえばどうとでもなると思い、意識の無いアーシアの胸に手をかざす。その時、祭儀場の鉄扉が勢いよく開かれた。

 

「来たか」

 

 瞬と一誠が遂にたどり着いたのだ。息も絶え絶えで、オリジオンに全く歯が立たなかった二人だが、まだ食らいつく。友の為に。

 

「来たさ!さあ、アーシアちゃんを返せ!」

「はっ!一足遅かったな。俺様はたった今、儀式を終えた!聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)は俺のものだ!俺様の!力に!なったのだ!」

 

 オリジオンは下賤な笑い声を上げながら、瞬達に右手を見せつける。その右手は、淡く緑色に光っている。

 

「それは……⁉︎ 」

「なんだ、貴様は神器を知らぬか。ほう……てっきり貴様も転生者かと思ったが、まさか部外者だったとは。いいか、これはあの聖女の神器。力。これを失った時点で彼奴は死んだ。残念だったなぁ?」

「なんだと……なんでそう簡単他人を犠牲に出来るんだ⁉︎」

「三大勢力は死ななければならないからだ。肩入れする奴も同罪だ」

「お前は間違ってるよ……そんな下らない事の為にアーシアちゃんの命を奪うなんて絶対間違ってるし、俺は許さない!」

 

 一誠の言葉にあからさまな不快を示したオリジオンは、目にも止まらない速さで一誠の首を掴んで持ち上げた。そして、心底軽蔑したような溜息をつき、こう続けた。

 

「俺様が間違っているだと?寝言は寝て言え雑魚が。これはな、人外どもに虐げられている人間の、正当なる反逆なのだよ。それがなぜ理解できない?悪魔は強力かつ稀少な力を持つ奴を節操なく、かつ強引に手籠にし、天使共は自分達以外の全てを見下しつけ上がっているくせ、逆らう者は容赦なく見捨てる。堕天使も神器を組織だってかき集めてるくせに部下の管理すらできない無能。最大の罪は、奴等がこぞって人間を見下している事だ。奴等は人間をどうとも思っちゃいない!分かるか⁉︎ 人類は人外の家畜では無いというのに、奴等はそれを正当化した上で正義面までしてるんだ!屑の極みだ!これは正しい裁き、正当なる報復なんだよォオオオオオ!」

 

 思いの丈をぶちまけるオリジオン。言い切った後、部屋中に響くような大声で笑い出す。彼からすれば、三大勢力は極悪非道の屑の集まり。理由は()()()()()()()()()()()()()。彼はこの世界における三大勢力について、実の所何もしらない。一方的な偏見でしかないのだご

瞬達には知る由もない。

 早いとこ終わらせてしまおうと、オリジオンは足を動かそうとするが、

 

「そいつは違うな」

 

 それを遮る声。それは、オリジオンからしてみればほとんど部外者である瞬の声だった。

 

「俺は悪魔がクズだの人間が人外に虐げられてるだのなんてよく知らない。でも、お前の言ってることが正しいとしても、お前がやろうとしているのは、お前が忌み嫌っている悪魔と同じなんじゃないのか?同じところに堕ちていいのか?自分以外の全てを見下し、力に酔いしれてるのはお前も同じだろ。同じところまで堕ちてるんだぞ」

「何を言っている?悪いのはアイツら、恨みを買った奴が悪いだろう」

「散々他人を傷つけといて、今更被害者面してんじゃねえよ!お前は虐げられた被害者じゃない。既に報復をやった加害者なんだ!裁かれるのはお前も同じだろ」

 

 そう。仮に復讐する動機が納得できるものであったとしても、被害者という立場はそれを正当化することはできない。復讐から別の復讐が生まれる事もありうる。そうなれば加害者の仲間入りになることは間違いない。

 さらに瞬は知る由もないが、このオリジオンに関しては、そもそもこれは復讐ですらなく、ただの糾弾。気に入らない奴に難癖をつけてイジメているようなものなのだ。ハナから常人には賛同できないものだった。

 

「屁理屈捏ねてんじゃねえぞ……あいつらが滅ぶべき悪なのは変わりない!」

「ああ屁理屈だよ。正論もへったくれもない、自分勝手で支離滅裂なクレームだよ。それでも言うし、食らいつく。なんせ友達を助けたいからな!その為だけに、俺は一誠に力を貸しに来た!」

 

 オリジオンの言葉を一蹴する瞬。偏見に塗れた憎悪と、純粋で不格好な友情。元より両者は平行線であった。会話など初めからしていない、意見のぶつけ合い、ドッジボールだった。瞬の言葉に続くように、一誠も言葉のドッジボールに参加する。

 

「……弱いからなんて関係ない。お前の考えなんて知らない。俺はただ、今度こそ助けなきゃいけないと思って来たんだよ!アーシアちゃんは一人だった。見捨てられて、利用されて、友達なんていなかった!だから!俺達がなるんだ!彼女の友達に……お前なんかとは違う!お前の言う通り、悪魔達が非道なことをやってんなら、俺が変えてやる!」

 

 啖呵を切った二人の主張を聞いてる内にオリジオンは少し落ち着いた様だ。長い沈黙の末、ぼそりと、失望に満ちた声を漏らす。

 

「……言ってもわからぬ馬鹿ばかり、か。ああ、全く無駄だったよ。貴様らはあくまでそんな安くて薄っぺらい理由でここに立つか。ならその身に刻むがいい。俺様の正しさと、強さを!」

 

 そう叫ぶと、オリジオンは全身から覇気のようなものを放出する。それは荒れ狂う突風となって二人を襲い、吹き飛ばした。

 

「がっ」

「うっ」

 

 壁に激しく叩きつけられ、ずるずると崩れ落ちる二人。オリジオンはそれを見て嘲笑うかのように、身体を震わせる。瞬は立ち上がりながらバックルにライドアーツを差し込み、腰に巻く。

 

「変身っ……!」

《CROSS OVER!仮面ライダーアクロス!》

 

 すぐさまアクロスに変身し、瞬はオリジオンに向かって駆け出す。

 

「何度かかってこようが無駄だとまだ分からぬか!」

 

 オリジオンは、瞬のタックルを物ともせず、ゴミを払うかのように弾き飛ばす。のけぞった瞬に、続け様にオリジオンの爪が振り下ろされる。アクロスの特殊金属から作られた装甲から火花が飛び散り、衝撃と痛みが瞬の身体の芯まで届く。相手は前より更に強くなっている。

 

「俺は赤龍帝だ。倍化の力なぞとうに使いこなしている。戦うたびにつよくなっているのだ!」

「それでも……とめる!」

 

 瞬はアクロスの専用武装であるツインズバスターを構えると、すかさずオリジオンに斬りかかった。今度はオリジオンの硬い鱗から火花が飛び散る。これならダメージが通る筈、時間と共に強くなる彼を止めるには、早期決着しかない。

 速攻で決めるべく、瞬は連続でオリジオンを斬りつけ、渾身の力を込めた突き攻撃でオリジオンを床に押し倒した。そして、ライドアーツをツインズバスターの柄にある差込口に挿入し、必殺技を発動させる。

 

《CROSS BLAKE! ARCLIGHT PUNISHER! 》

「はああああっ!」

「ぐはあっ!」

 

 赤い光を纏った斬撃が、オリジオンの鱗をバラバラに引き裂き、肉体へと刃を届かせる。断末魔をあげながら、オリジオンはそのまま動かなくなった。

 

「今のうちにアーシアを……!」

 

 一誠はそれを好機とみて、磔にされているアーシアの元に駆け寄る。

拘束を解き、背中に背負ってこの場から離れようとする。

 が。

 

「甘いな、俺様はまだ動けるぜ」

「嘘だろ⁉︎」

 

 なんと倒した筈のオリジオンが動き出し、掌から火炎弾を一誠にむかって発射してきた。まさかと思い目をやると、自らの胸に添えられたオリジオンの右手が緑色の光を放っている。アーシアの神器を使ったのだ。

 

「一誠!」

 

 完全に油断していた。倒しても回復してしまうような奴を倒す手段はない。現に、身体を真っ二つに裂くような一撃を与えたのにもかかわらず、オリジオンは五体満足なのだ。

 思わず瞬が一誠の元へと駆け寄ろうとするが、突然、オリジオンの火炎弾に何かがぶつけられ、そのまま霧散した。

 一体何が起きたのだ。オリジオンは突然の横槍に、

 

「部長……朱乃先輩!なんでここに!? 」

「そんなの、私が連れてきたに決まってるじゃないか」

 

 リアス達の背後から、見慣れた胡散臭い男が出てくる。瞬を戦いに巻き込んだ元凶たるフィフティである。瞬は顔を見るなり、露骨に嫌そうな顔をする。

 

「げ、フィフティ」

 

「感謝したまえ。ギリギリ間に合ったのは私のおかげだよ?それに君は本調子じゃないんだからさ、私がこれくらいの事はしなきゃ駄目だろう?」

 

 得意げに言っているが、妙に気持ち悪く感じてしまうのは気のせいだろうか。瞬がフィフティに対してちょっとイラついている傍ら、一誠はアーシアを抱えて部屋の入り口まで走る。

 

「イッセー、話は後よ。兎に角コイツにはこの間のお返しをさせてもらうわ!」

 

 リアスはそう言うと、お得意の滅びの魔力を指先から放つ。予想外の事態に対応出来ず、オリジオンはリアスの攻撃をもろにうけて膝をつく。リアスは一誠とオリジオンの間に割って入り、魔力を込めた蹴りをオリジオンに叩き込んだ。

 

「朱乃!いって!」

「分かってる!はああ!」

 

 すかさず朱乃が魔力で氷の刃を生み出し、オリジオンにぶつける。

 

「やった⁉︎」

「残念だ、今のは死亡フラグだぜクソ野郎」

 

 オリジオンは受けた傷を神器で癒し、そのまま炎を吐いて一誠達を吹き飛ばした。

 

「がっ……!」

 

 身体中に激痛が走る。治ったはずの身体が一瞬で再びボロボロにされる。地下室の冷たい床にぶっ倒れた一誠は、床に倒れたアーシアの身体に手を伸ばす。

 ここまでしても、何もできないのか。大切な人を助けることすらできないのか。そんなのは嫌だ。

 

(何もできないのはもう沢山だ!だから ―― 目覚めてくれ、俺の神器(ちから)―― !)

 

 

 

 

 

 

 

 それは応えた。

 高慢な偽物では無く、未熟で不格好な本物に。

 

 

 

 

 

 

 

 

《Dragon booster‼︎ 》

 

 一誠の心の叫びに呼応するかのように、彼の左腕の神器が動き出す。籠手に紋様が浮かぶと同時に、一誠の全身に力が駆け巡る。

 籠手も、先程の無骨な外見からうって変わり、手の甲に緑に輝く宝珠がはめられた、龍をかたどったかのような形をした赤い籠手へと変化していた。これには一誠は勿論、この場にいた全員が驚愕していた。

 

「なんだこりゃあ……ガチでなんだこれぇ!」

 

 赤き龍の魂を宿した真紅の籠手。赤龍帝の籠手(ブースデッド・ギア)が、目覚めたのだ。

 

「嘘……なんで、イッセーが……?」

「なんだ!?何が起きたんだ!?」

「なんてやつだ……貴様、どうやって覚醒したのだ⁉︎」

 

 その光景に一番驚いていたのは、オリジオンだった。

 

(馬鹿なっ……このタイミングで覚醒するとは……だから悪魔になる前に始末したかったんだよ!)

 

 完全に油断していた。

 一番危惧していた事。それは、一誠の覚醒が始まる事であった。いくら所有者が弱かろうと、その力はこの世界では最上級。自らの野望を確実に実行すべく、兵藤一誠が主人公(ヒーロー)として本領を発揮する前に仕留めたかった、というのがドライグオリジオンの本音だった。

 が、それは今この瞬間、失敗した。神器は感情の力に応える。アーシアに降りかかる不条理と、胸の内にあった無力感、それらとオリジオンに対する一誠の怒りが、それを目覚めさてしまった。思えば、最初の襲撃が完遂できなかった時点で、この展開になることが決まっていたのかもしれない。

 各々が驚愕に包まれている中、赤龍帝の籠手の宝珠から光輝く玉が出てくる。それは光りながらゆっくりと瞬の掌に落ちてきて、手の中に納まった時、そこには赤き龍が描かれたライドアーツらしきものがあった。

 

「これなら、あの時みたいに……!」

 

 ネプテューヌの時を思い出しながら、バックル左側に新たに手に入れてライドアーツを取り付ける。

 

《LEGEND LINK!BOOST!BOOST!EXPLOSION!DRAIG!》

 

 瞬の周囲が激しい炎が包み込んでいく。その炎の海の中から、三等身くらいの紅き龍が勢いよく飛び出し、天井を突き破り、炎を全身に纏ったまま瞬の上を旋回する。そして、瞬に向かってそのまま落ちながら、その体を5つに分解し、アクロスの装甲として引っ付いた。龍の腕は瞬の腕に、足は足に、翼と尾は背中に、頭部は胸に。そして、アクロスの額には緑の宝珠と二本の角が備わった。

 その姿は、まだ一誠達は知る由もないが、赤龍帝の真なる力である赤龍帝の鎧(ブースデッド・ギア・スケイルメイル)を思わせるようなものであった。

 

「これはこれは……随分と派手というか、刺々しいというか……」

 

 赤龍帝の籠手を左手に出現させた一誠と、赤龍帝の力を身に纏ったアクロス。フィフティはその姿に見惚れたような反応を示し、嬉しそうにこう続けた。

 

「ついに繋いだね……これこそは真なる赤龍帝との絆の証!仮面ライダーアクロス・リンクドライグ!真紅の双龍よ、今こそ反逆の時だ!」

 

 フィフティの声を皮切りに、二人は駆け出した。近づくたびに、全身に漲る力がいっそう高まっていくのが感じられる。

 

「せえい!」

「ぶふほぁあ⁉︎」

 

 一誠の右ストレートがオリジオンの顔面に突き刺さり、これまでとは比べるのも烏滸がましくなる程の痛みがくる。間髪を入れず、瞬の回し蹴りがオリジオンの脇腹に滑るように入り、彼の身体を大きく吹き飛ばした。

 

「まさか……貴様も倍化を使っているというのか……⁉︎」

「そのようだね。赤龍帝の力が宿ったライドアーツ、当然だね」

 

 オリジオンの問いにフィフティが軽い調子で答える。そこに、瞬の裏拳と一誠の膝蹴りが同時に入り、オリジオンを中心に壁にクレーターを作った。

 

「貴様ら……倍化がこれ程まで……」

 

 壁にもたれかかるオリジオンに、一誠と瞬が迫る。回復されるなら、それ以上の力でぶん殴ってやればいい。二人の倍化がさらに重ねられる。

 

⦅EXPLOSION CROSS BLAKE⦆

⦅explosion‼︎⦆

 

 二人の倍化(ブースト)が最大まで到達する。それは、オリジオンからすれば敗北の宣告に他ならなかった。何故、負ける?何故、コイツらに逆転される?彼の読んできた二次創作(ヘイト作品)では、主人公は決して原作キャラに負けず、原作で裁かれなかった罪を裁く救世主(罪無き人を虐殺する極悪人)で ——

 

「なんでっ……貴様らみたいなカスに……!」

「他人を見下し続けた報い……にしては安いもんだと私は思うよ?」

 

 フィフティが馬鹿にした様に答える。彼は色々と踏みにじり過ぎた。悪魔にも悪魔の尊厳はあるし、守りたいものだってある。しかし、前世から原作世界そのものを貶し続けていた彼には、終ぞ理解できなかったのだ。自分の知ることが全てだと盲信し、それだけを頼りに進みすぎた。

 瞬と一誠が、オリジオンの前に立ち、拳を構える。

 

 

「「ダブルドラゴンパアアアアアアアアンチッ‼︎ 」」

 

 

 偽りの赤龍帝に、鉄槌が下された。オリジオンの身体から、緑色の光が勢いよく飛び出し、床に転がる。アーシアの神器だ。

 そして、二人の倍化たっぷりのダブルパンチによって、オリジオンの身体は地下室の天井を突き抜け、満月の浮かぶ夜空へと大きく吹き飛ばされていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻。廃マンションの屋上でフリードと対峙していた木場と小猫。互いに傷だらけであり、ただでさえボロボロな廃墟が、戦闘の余波で更にボロボロになっているあたり、戦いの激しさがひしひしと感じられる。

 対するフリードは、平気へっちゃらと言わんばかりの様子で、二人を長時間相手取りながらも一向に剣筋が乱れていない。当初の予想を遥かに上回る難敵。ここは倒すよりも、可能な限り足止めに専念してから離脱したほうがいいのでは、と木場は考えていた。

 

「しぶとい……二人がかりでも、まだ持ち堪えるのですか」

「君、中々の腕前だ。そんな身に堕ちているのが惜しいほどに」

「生憎だが、俺は悪魔を殺したくてやってんだ。好きで今いる所まで堕ちてるんだ!調子こいてんじゃねーよミクロ単位で斬り刻むぞ!」

 

 なんとか強がってみせるが、正直に言ってかなりギリギリの状態だ。フリードは相変わらずの汚い口調で罵倒をするが、急に剣を収めてしまった。

 

「……と、言いたい所っすけど、ダメっすわ。あの赤龍帝やられてやんの。ぼくちんマジ白けちゃうわー。つーわけで俺、まだ捕まりたくないんで去ります、バイチャ!」

 

 そう言うと、フリードは懐から丸い物体を取り出し、木場に向かって投げつけた。瞬間、眩い光が木場達の視界を包み込む。

 

「閃光弾っ……」

 

 何も見えない。特に夜では効果的面だ。二人の目が眩んでいるうちに、フリードはマンションの屋上から飛び降りて逃げていく。もう今回は引き際なのだ。赤龍帝をたすける義理はないし、悪魔に殺されるなどもってのほか。

 しばらくして、二人の白く塗りつぶされた視界が徐々に戻っていく。そのときには既に、神父の姿はどこにも無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後。

 

「ハァッ……バハァッ……」

 

 オリジオンは身体を引きずりながら歩く。吹き飛ばされた後、這う這うの体で逃げていた。

 オリジオンとしての姿を維持することもままならず、先ほどまでの堂々たる態度とはうってかわり、無様に怯える子羊としか言いようのない有様であった。

 

「この俺様が……よりによって兵藤みたいなクズに……!それに話が違う!俺が転生特典として赤龍帝の籠手を持っているくせに、何故あのクズ野郎が覚醒するんだ……!」

 

 敗北してなお、見下すスタンスに変化はない。典型的な負け惜しみは、人が見れば呆れて失笑するほかないであろう。

 

「ん?」

 

 少年の向かう先、満月の前に立ち塞がるが如く立つ人影に気付く。

 漆黒の軍服に身を包んだ少女が、そこにいた。帽子の下から覗く銀色の瞳が、美しくも鋭く少年を睨みつけていた。大きな満月を背に佇む少女に、オリジオンだった少年は問いかける。

 

「お前は……?」

「私はレイラ、お前には力を与えたっきり顔を見せていなかっただろうから、覚えてないのかもしれない」

 

 自らの名を名乗った少女は、かつかつと辺りに靴音を響かせながら、少年のすぐ側まで歩いてくる。

 

鹿野宮壱成(かのみやいっせい)……いや、小阪和成(こさかかずなり)お前に力を与えた……のは妹なんだが、代わりに私から宣告してやろう」

 

 レイラは、目の前の少年の名前を呼ぶが、直後に前世での名前で呼びなおす。それは、少年の素性をすべて知っていることに他ならない。そしてレイラの言葉をうけて、少年は思い出した。自身がオリジオンとして覚醒した時のことを。こいつは、自身の力を覚醒させた連中の仲間だと。

 すぐ側まで接近していたレイラは、少年の額に人差し指を当てる。

 

「……何を」

「死ね、下種野郎が」

 

 その言葉と同時に、ドスッという、何かが刺さったような音がした。そして、少年の身体がぐらりと前のめりに倒れ、地面に血を撒き散らす。その背中には、一本のサーベルが深々と突き刺さっていた。

 

「な……に、を、す……る?」

 

 訳がわからない、といった表情のまま倒れ伏した少年に、レイラは目をくれることなくサーベルを引き抜く。同時に鮮血が吹き出し、更に辺りを紅くしていく。

 

「お前は王になれない。お前は……井の中の蛙にすらなれんよ。その性根が治らん限り、永遠にな」

 

 冷たいその宣告が、冷たくなりつつある少年に突き刺さる。既にその言葉を理解するほどの意識は残っていないかもしれないが、レイラにはどうでもよかった。

 

「外野の思っているほど、奴らも単純じゃないというのに」

「あれ、役に立たなかったかー。はぁ、面倒だけど、また新しい転生者補充しないと」

 

 偽物の赤龍帝(クズ)の始末を終えたレイラ。そこに、能天気な声が響いた。

 

「リイラ、お前は享楽的すぎる。それにどっちにしろ、あいつは使い物にならなかったさ。中身が腐り果てている。とてもじゃないが……こいつの作る世界を、私は許容できない」

「でも、レイラも最初の頃は結構乗り気だったじゃん?忘れたとは言わせないにゃー」

「あ、あれはだな……」

 

 妹からの痛い突っ込みを受け、言葉を詰まらせるレイラ。妹からの追求を誤魔化すように話題を変える。

 

「それにしても、遂にやってきたのか……仮面ライダー」

「転生者狩りもこれを嗅ぎ付けているし、これは一波乱あるかもね」

 

 

 

 

 

 

 

 

「踏んだり蹴ったりじゃない!赤龍帝が二人いただの、三大勢力死すべしだの、バッカじゃないのあいつ!」

 

 今回の事件では完全にいい所無しでボコられただけの形となった堕天使カルテットの一人、レイナーレ。治らない苛立ちに綺麗な顔を歪ませながら、近くのガードレールに八つ当たりの蹴りをくらわせ、凹ませる。器物破損である。

 

「うむ。今のは完全に負け惜しみだな」

「そもそも勝負になってないっすけど」

「なんか言ったかしら、ミッテルト?」

 

 レイナーレがミッテルトの失言に鋭く反応する。堕天使カルテットの中では下っ端に位置する彼女は、レイナーレの声に肩を震わせ、冷や汗をだらだらと垂らしながら、

 

「いいい言ってません!か、か、カラワーナが!カラワーナが!」

「はぁ⁉︎ ふざけないでよ!アンタちんちくりんの癖に……!」

 

 小学生レベルの言い掛かりを端に取っ組み合いになったカラワーナとミッテルト。それを諫めるドーナシークは、

 

「喧嘩はよせ、貴様ら。まだここは悪魔の領地、騒ぎを起こせばどうなるか分かっているのか」

 

 そう。ここはまだグレモリーの支配する街の中。ただでさえ今日の事件からピリピリしてるであろう悪魔陣営からしたら、不法入国者も同然のレイナーレ達の存在は余計な諍いの種になりかねない。彼女ら自身もオリジオンにボコボコにやられた為、一旦街を離れて回復に専念したいのもあるが、とにかく今は事を荒立てるべきではないのだ。

 そんなこんなで、オリジオンに翼もへし折られ、飛行が困難な彼女らは徒歩で街外れまできていた。街を出れば多分救援も来る筈。淡い希望を抱きながら足を進めるレイナーレ達だったが、眼前の坂の頂上にひとつの影を見つけた。

 藍色のライダースーツを身につけた、長身の男だった。一歩一歩、足音を大きく響かせながら近づいてくる。

 

「無事逃げられたようだな」

「……お前だったのか。我々をグレモリーから逃したのは」

 

 そう。捕まっていたはずの彼女らは、何者かの手引きを受けて逃げ出していた。知らぬ間に解かれていた拘束、誰もいない校舎。それら全てが、偶然とは思えないタイミングで彼女らに味方していたのを、逃げながら感じていたのだ。

 

「俺はギフトメイカーのバルジ。まあ、ロクデナシ同士仲良くやろうじゃないか、なあ?」

 

 レイナーレ達の正体を知っているのか知らないのかは分からないが、随分と不敵な笑みを浮かべている。

 

「何故助けたの?」

「趣味さ。あの悪魔共に軽く悪戯して足止めしたのも、君達を助けたのもさ。だって君達も、あそこにずっと居たくはないだろ?ああ、別に取り引きを持ちかけるつもりは無い」

 

 男はそう言いながら、いつの間にかレイナーレの背後に回り込み、肩に手を回していた。当然彼女は振り払うが、男は一瞬の内に離れた電柱の上に跳躍していた。

 

「ただちょっと、実験動物(モルモット)になってもらうだけさ。拒否権ないぜ?」

「待ちなさい!あなたは一体 ―― 」

 

 レイナーレの声は途中で途切れた。彼女の意識は、一瞬で消し飛ばされていた。意識を失った身体が、倒れることを忘れるくらいに。

 他の面々が何か言おうとするが、彼らもまた、レイナーレと同じ末路を辿る。バルジの目の前には、まるで時が止まったかのような状態になった堕天使達がいた。

 

「この世界、中々壊しがいあるじゃん」

 

 バルジは舌なめずりをしながら、夜の街を見下ろす。

 その目は何とも形容し難い、悍ましいものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから一晩が経った。

 

 あの後アーシアは神器を戻され、リアスの手で悪魔として生き返った。成り行き上仕方ないとはいえ、シスターを悪魔にするとか大丈夫なんだろうかと瞬は思ったのだが、本人が満足そうなので突っ込むのは野暮、というものだろう。アーシアはそのまま一誠の家に住む事になり、学校にも転入してきた。男子生徒からの熱烈な人気と、一誠への恨み辛みがわんさか湧き出てきて教室はしばらくの間うるさくなったのは言うまでもない。

 ちなみに、三大勢力について知ってしまった瞬とアラタが、その後リアスに呼び出される事になるのはまた別の話 —— 。

 

 

 

 

 

 

 4月も半分以上経過し、桜も殆ど散ってしまったある朝の通学路。

 

「しまったなー目覚まし時計が1時間早くなってたかマジありえねぇわーつれーわー」

 

 若干イキったような感じの独り言をぶつくさ呟きながら通学する瞬。しきりに欠伸をしながらも教室に入り、ホームルームの時間まで二度寝をしようかと机に突っ伏す。時間はまだたっぷりあるのだから、問題はなかろう。

 冷たい机でうとうとしかかっているところ、教室のドアがガラガラと開く音で眠気が飛ぶ。入ってきたのは一誠だった。

 

「あれ、お前随分と早いんだな」

「一誠こそ。今日は一人なのか」

「ああ、松田達と夜通しAV鑑賞してから直で来た」

 

 それは無断外泊にあたるのではなかろうか。瞬は訝しんだ。二人して暫く机に突っ伏していたが、ふと思い出したかのように一誠が瞬に訊いてきた。

 

「なんで、知り合って間もない奴の為にあんなに身体をはってくれたんだ?」

「言うまでもないさ。出会ったばかりだろうがそうでなかろうが、友達は友達だろ。それに、見捨てたらアイツに合わせる顔がないしな」

「アイツ……ってドイツ?」

 

 その時、バタバタと煩い足音が廊下から聞こえてきた。

 

「話をすれば」

「ごうらあ瞬!お前に抗議やからな!」

 

 やっかましい声が、ぼちぼちと人が増えてきてた教室を振るわせる。反射的に瞬が立ち上がると、教室の入り口にいた唯がつかつかと瞬の元に歩いてきて、がしりと腕を掴む。

 

「朝から元気満々だなぁお前。こちとら寝不足なんだ」

「またラスト置いてけぼりだったんだけどお!瞬!もっと私に構ってくれないかなぁ⁉︎私達、幼馴染みだよね⁉︎」

「泣きつくなそして抱きつくな!周りの目線が『女の子泣かせた極悪人』的な感じになっててとっても鋭いんだけど!」

「煩い!放課後は瞬の奢りで本屋ハシゴするからね!」

「会社終わりの一杯っぽい感覚で言うな!」

 

 いつも通り唯にタジタジにされる瞬を見ながら笑う一誠だったが、そこに今し方登校してきた松田と元浜が一誠の肩に手を置いて、

 

「おーいイッセー!てめーこの半月でどんだけ未来に進んでんだよぉ!羨ましいぜぇ全くよぉ!」

「処す?処す?」

「……悪いな、俺はまだまだテメェらより先に大人の階段を登るぜ」

 

 フッ、とカッコよく切り返した—— つもりだったが、二人から羨ましさと妬ましさの篭った頭グリグリ攻撃をうけた。

 

 

 

 少しずつ、人の輪は広がる。人間も、それ以外も巻き込みながら。

 真の赤龍帝の物語も、ここから始まってゆくのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰かがつぶやいた。

 

「ああ、やはり彼はイカレているよ。正気を失ったというかより、本性を表したといったところか。まあ、ヒーローなんだからそれくらいは当然っちゃあ当然なんだけどね? 彼の道のりは前途多難だ。狂わせた元凶の責務として、私が導かねばなるまい」

 

 

 

 

 それは決意表明、もしくは言い訳。

 その心中は、誰にも知りえない。

 

 

 

 

 

to be continured……

 

 




超難産でしたわ。

 一誠のヒーローらしさをうまく話に盛り込めるかどうか不安でしかなかったんですが、出来栄えはともかくこうしてなんとか形にできました。設定とか勘違いしてると思いますので、原作に詳しい方はいろいろ教えていただければ、と。
 オリジオンについては、完全に舐めプしてたことが敗因です。ハイスクールD×Dという作品そのものを見下し続けた為、一誠の覚醒も予想出来ないレベルでアホだった訳です。怒らせたらあかんだろ……というか少し考えれば舐めプしてる場合じゃないというのにな。まあコンセプトからして「まともに原作知らずにヘイト創作してる奴」ですからね。このサイトにもたんまりといらっしゃる人種っすよ。
 他にもいろいろ混ぜてます。あるキャラの背景とかぼんやりとしたあれこれとか。まああからさますぎなんだけども。湖森については、瞬に抱く感情がここで変化してます。兄妹の関係修復はまだ先かも……。
 もっと削るところ削って一誠やアーシアとの絡みを増やすべきだったと後悔。完全に主役が喰われてたので次回からは気をつけねば。というか今回の話、あからさまに矛盾してるんだよね。構成めっちゃくちゃだよはーつっかえ。やめたらこの作品(自虐)?


意地でもエタらせたくないので、気長に待ってていただけるとほんと嬉しいです。実生活が安定している限り続きます。

次回、驚きの人物が現れる……!



次回 赤と青の通り魔


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第14話 赤と青の通り魔

はい、新しい話です。
原神にはまったり身内の不幸があったりデュエルリンクスしてたりして遅くなりました。純水精霊強すぎんよ〜


話数節約のために無理矢理1話に纏めた為、文量的にはめっちゃあります。ここから暫くはそんな感じになりますのでさらにスピードダウン。

今回は驚きの人物がでるぜ!


夜の埠頭に響く足音。

まるで何かを恐れ、それから逃げるかのように、酷く慌てた様子で駆けてゆく一人の男。

 

「ちくしょう!天罰ってやつなのか⁉︎あんな事やったからなのか⁉︎」

 

 靴が脱げた事にも気付けない程に切羽詰まっているようだ。悪態をつきながら逃げ続けた彼だが、気付けば袋小路。既に逃げ場は無くなっていた。

「ゆ、許してくれえ!引ったくりなんて二度としない!だから命だけは助けて……お願いしますう!」

 

 泣き喚きながらの、必死の罪の告白も、その影には届かなかった。

 

《Ready Go! 》

 

「ああああっ!」

 

 眼前に迫る恐怖。

 それに対する絶叫を最後に、彼の意識は途絶した。

 

 

 

 

 翌朝 逢瀬家

 

 

『今回の事件で通り魔による被害は7件に達しました。目撃者の証言によると、暗くてよく見えなかったが、犯人は赤と青の変わった姿に見えたとのことです。今のところ死者はでていませんが—— 』

「おっかないなぁ……」

 

 数日前から世間を騒がせている通り魔のニュースを見て、環士郎が不安を抱く。世界的に見れば平和ボケしてる日本人ではあるが、流石にこんな事件が地元で起きて平気な奴はいないだろう。

 

「この調子だと、部活休止や遠足中止にもなるかもね。ま、二人とも部活はしてないから関係ないか」

「遠足潰れんのは許しがたいね……楽しみじゃないといえば嘘になるし」

 

 ソファーに背中を預けてスマホを弄りながら湖森が応える。時刻は午前7時半を過ぎた頃。時間にはまだ余裕があるので、朝の支度を済ませて一息ついてる逢瀬兄妹。

 その時。

 

 ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン!

 

 連打されるインターホン。誰だ朝っぱらからこんな下らない事をやってるバカタレは。

 

「朝早くからなんだよ?湖森、でてきてくれ」

「やだよめんどくさい」

 

 対応を面倒くさがって兄妹で押し付けあってる間にも、連打され続けているインターホン。平日の朝からこんな非常識なことをやってる馬鹿はいったいどこのどいつだというのだ。

 

「あーはいはい煩いから連打しないで」

 

 繰り返し鳴らされるインターホンの音に耳を塞ぎながら、瞬は玄関のドアを開ける。

 なんか無駄にでかい胸のおねーさんがいきなり来訪してきやがった。

 

「なっなんで……てかいい年した大人が朝から人ん家に上がり込むんじゃない!」

「なにおう!私はピッチピチの19よ!来月には誕生日だけど!」

「言い訳になってないしいらない情報だからそれ!てか何しにきたんですか貴方は!てさ誰⁉︎」

「トモリさん、いくらなんでもこんな時間に来るのは非常識だよ。トモリさんは大学生だから時間があるんだろうけど、皆は違うんだって」

「いやヒビキちゃんそれ以上に暇してるよね?きっと毎日が日曜日状態だよね?」

「で、あんた誰なんすか。俺にあんたみたいな非常識な知り合いは唯以外いないんですが」

「わ、私を忘れたというか君は!」

 

 忘れるも何も、そもそも接点ほぼゼロである。瞬はほとんどヒビキや唯からの又聞きでしか彼女を知らない。話を聞くに、春休みに倒したオリジオンの知り合いだったらしいのだが、んなの知るわけない。

 

「湊トモリ、19歳!好きなものは食べること全般、嫌いなものは」

「ちょっと待っていきなり話進めないで⁉︎ てか言っときますけどアンタと俺はほぼ接点ないですし!友達の友達の親戚レベルだから!通報していい⁉︎」

 

 気が狂うような会話の勢いと非常識なトモリにキレ気味に対応する瞬。彼がこうなるのも至極まっとうなのはまあ分かるだろう。

 

「流石にだめだって。かわいそうだし、追い出すくらいでいいじゃんよ」

「元気になったのはよかったけど、アポは取るべきだよね」

 

 ちびっ子二人も簡単にトモリの味方とはいかない模様。ヒビキとネプテューヌの言葉にうんうんとうなずきながら、瞬はトモリの背中をぐいぐいと押して玄関まで行く。

 

「帰った帰った!朝早くから凸するとか馬鹿かアンタは。せめて日を改めて来てくれ、頼むから」

「そ、それにほら。もうそろそろ出発しないと学校に遅刻しちゃうよ?皆勤賞狙ってるんじゃなかったっけ?」

 

 環士郎の言葉で時計を見て気づく。たしかにそろそろ出発する頃合いだ。しかし、この痴女子大生をどうしたものか。

 

「えーと、この子ならオジサンがなんとかしとくからさ。二人は学校行ってきなさい」

「ごめん叔父さん!」

 

 環士郎に礼を言いながら、瞬は靴を急いで履いて家を出る。

 あんなよく分からんもののせいで遅刻なんてまっぴらごめんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝から酷い目に遭った瞬の精神は、この時点で結構疲労していた。もちろんそれは湖森も同じ。

 

「あー酷え目にあった」

「そーだね……」

 

 先程の光景を思い返し、兄妹揃って遠い目になる。やべー奴がいたもんだ。現代社会恐るべし。

 

「き、気を取り直していかねば。さっきのことは忘れよう、な?」

「ソウダネアレハアクムダッタ。ソーユーコトニシテオコウ」

 

 兄妹仲良く忘れることにした。ぶっちゃけただの逃避に過ぎないが、その方がいいに決まってる。あんな馬鹿に思考領域を割くと無駄に疲れるだけだ。

 時刻は8時をまわり、タイムリミットは後30分を切った。ちょっと出るのが遅くなった為か、学校に着くのはギリギリになりそうだ。密かに皆勤賞を狙ってらっしゃる逢瀬少年は、内心焦り気味なのはここだけの秘密である。

 

「しっかし、なんで学校を坂の上に作ったんだろうね。作った奴バッカじゃないの?」

 

 学校前の坂道に着いた。瞬達の通う学校は、天統(あますべ)の街を見下ろせる小高い丘の上に位置する。まるでアニメに出てきそうな立地だが、実際に通う側からすれば不便この上ない。徒歩だと長い坂道が辛いのは言うまでもなく、自転車だと下り坂でスピード出し過ぎて事故るケースが毎年のようにある為、危なっかしいことこの上ない。

 瞬の目の前を歩く少年も同じなのか、足取りが軽くフラフラになっている。見ていて危なっかしなあと瞬と湖森が思っていると、

 

「ふんぎゃっ」

 

 街頭に思いっきり顔面をぶつけ、潰れたカエルのような声をあげた。少年は蹲って額を抑え、苦悶の声を漏らす。

 

「だ、大丈夫か……なんかフラついてるけど」

 

 思わず瞬は少年に声をかけた。少年は顔をあげて返答する。

 

「だいひょーふ……ただの低血圧……い、いったあ……」

「お前は同じクラスの……志村だったっけ」

「……うん、志村優始(しむらゆうし)。君は……逢瀬くんだったかな。いてて……」

 

 あまり関わりの無いクラスメイトといえど、流石に半月もすれば数人くらいは顔と名前が一致してくる。弱々しい雰囲気がダダ漏れな少年は恥ずかしそうに笑いながら、差し出された瞬の手を取る。

 

「情けない姿を見せちゃったね」

「情けないというか……あんなに綺麗に電柱にぶつかる人、初めて見たかも」

「湖森、言ってやるな……」

 

 街頭にぶつかった際に乱れた金髪を軽く手で整えながら立ち上がる志村少年。顔はいいのだろうが、先程の一部始終を見ていた逢瀬兄妹にとっては、どこか抜けたところのある、所謂残念なイケメンという印象しか感じられなかった。実際そうなのだが。

 

「もう大丈夫、少しマシになったかも」

「おいおいホントかよ。無理するなって」

 

 心配する瞬達を他所に歩き出した志村。

 が、数歩として歩かない内に、地面のでっぱりに足を引っ掛けて顔面からずっこけた。痛そうな音に瞬と湖森は一瞬身震いするも、ほっとくわけにもいかないので、再び手を差し伸べる。ひょっとして、コイツはドジっ子属性持ちだったりするのだろうか。

 

「痛くないか?」

「いいよ、これくらい良くあるんだ」

「いやほんとに大丈夫かよ?盛大にすっ転んでたけどさ」

 

 流石に1分もしないうちに2回も怪我をする奴を心配するなと言う方が無理があると思うのだが。志村は遠慮がちに差し伸べられた手を掴む。

 

「ほんと、気にしなくていいから……おっとっと」

 

 瞬の手を借りて立ち上がる志村だが、よろけて数歩ほど後退する。

 そして。

 

べちょり

 

「あ」

 

 何か柔らかいものを踏み潰したような音がした。同時にあたりに広がるなんとも言えない香り。即座に逢瀬兄妹は悟った。

 —— 間違いない、コイツウ○コ踏みやがった。踏み潰された汚物からなんとも言えない臭いがあたりに広がる。

 

「お前さあ、大丈夫?靴取り替えた方よくない?」

「大丈夫大丈夫……僕昔から運が悪くてさ。こーゆーのは慣れてるから」

「大丈夫なのそれは」

 

 嫌そうな顔をしながらも湖森が突っ込む。逢瀬兄妹からすれば、大丈夫そうには見えないのだが。そして運が悪いというよりただのドジなのでは、と僅からながら思い始めるのであった。

 まあ色々あって校門に着いた。校門前では風紀委員が生徒指導の教員と共に遅刻の見守りをしている。瞬達が通り過ぎようとすると、門の前に立っていた風紀委員の一人が少し嫌味の篭ったような声をかけてくる。

 

「早くするんだ。僕といえど、他人を叱責するのは好きではないんだ。そんな事させないでくれ」

「風紀委員の遅刻喚起週間だったな、そういえば」

「いやいや時間見て!あと3分で遅刻だよ!」

 

 と、ここで湖森が血相を変えて叫ぶ。すかさず腕時計を見ると、時刻は8時27分。家を出るタイミングがいつもとズレていたせいで、時間感覚が若干バグってたらしい。

 

「げえっ!走れ走れ!志村、お前もだっ!」

「ぷももえんぐえげぎおんもえちょっちょっちゃっさっ!」

 

 瞬は咄嗟に志村の襟首を掴んで引っ張っていく。どたどたと校門を走り抜け、確かめるように、立っていた風紀委員に訊く。

 

「セーフだよな、な?」

「……早く教室に行け。ホームルームに遅れるけどいいのか?」

 

 朝からこの調子だと疲れるなぁと、溜息をつく瞬。そこに、襟首を掴まれたままの志村が一言。

 

「ぐるじぃはなじで」

「あ、ごめん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は進んでお昼時。食堂に向かう唯と瞬。

 今朝の出来事を聞いた唯が一言。

 

「朝から災難だったねそりゃ……」

「ホントだよ畜生。てか何あの人、あんな人だったの?ドン引きしたんだけどさあ」

「でもまあ、悪い人じゃないよ。しょっちゅうヒビキちゃんと一緒にお見舞い行ってた私が証人さ!」

「お前の善人認定雑すぎるんだよなぁ」

 

 他人事だと思って楽観的なことを言う唯に、ため息混じりに悪態をつく瞬。今朝のエンカウントからして、瞬にとっては少なくとも変人である事には変わりない。間違っても常識人とは判断できないし、したくもない。

 

「そもそもなんで今食堂に向かってるんだっけ」

「弁当忘れたんだよ。あの変なオバサンのごたごだのせいでな」

 

 せっかく作ってもらった弁当が無駄になってしまった事に対し、申し訳なく思う。これも全部トモリって奴のせいなんだ。酷い奴だ。そんな感じに脳内で彼女をサンドバッグにしながら、瞬は食堂にたどり着いた。初動が遅かったせいか、既に食堂は多数の生徒でごった返している。並ぶ生徒の列をかき分けながら、比較的安い生姜焼き定食のトレイを持って空いていた席に座る。

 

「多いな畜生。これだからあまり使いたくないんだよな」

「でも安い・美味い・たまに不味いのが学食のいいところなんだよねー」

「いや最後の絶対良くない。致命的な欠点だよね?」

 

 思わず突っ込む瞬だが、そう言われると、心なしか目の前の生姜焼き定食を食べる気が失せてきた。だが、腹は減ってるし、何より実際に食べずして味のジャッジを下すなど、作ってくれた人に失礼にも程がある。いただきますの挨拶をした後、出来立ての豚の生姜焼きに箸を伸ばそうとしたその時。

 

「ごめんだけど、隣いいかな?」

 

 なんかナヨナヨした感じの声をかけられた。見上げると、其処には今朝もみた頼りなさそうな男の顔があった。向こうもようやく気づいたらしく、少し驚いたような顔をしている。

 

「志村……」

「あれ、逢瀬くん?今朝方ぶりだね。で、もう一度聞くけど、隣いいかな?」

「あ、ああ。別に構わないけど」

 

 混雑しているし、別に誰が座ろうが気にしないので譲ってやることにした。唯の隣に座り、カレーが入った皿の乗ったトレイを机に置く。

 

「いやー良かった。このままずっと座れないんじゃないかと思ったよ」

「意外だね、瞬と志村が友達だったなんて。瞬は昔から友達作りが苦手な方だったからねぇ。成長して私は嬉しいよ」

「気持ち悪いからその親ムーブやめろ」

「反抗期っ……じゃあこれから私はクソババア呼ばわりされるってワケね⁉︎ 楽しみだわ!」

「だからやめろって言ってんだろうが!てか何反抗期楽しみにしてるんだ。家族に反抗期を期待されたらかえって反抗しづらくならないか」

 

と、ここで蚊帳の外状態で2人のやりとりを見ていた志村が一言。

 

「隣の子は……彼女さん?」

「「んな訳あるかっ‼︎ 」」

 

 見事にハモリました。必死の形相で否定する二人を見て、地雷踏んじまったと理解した志村は、黙り込みながらも、「いやこのハモリ具合……そのうち本当に付き合い始める可能性も微レ存……?」と思わずにはいられなかった。

 

「……今朝のあれはどうなったんだ」

 

 先程のアレを誤魔化すように無理矢理話を変える瞬。ここでの"あれ"とは今朝のやつである。志村がべっちょりと踏んでしまったアレだ。

 

「出来る限り洗ってみたさ……というか食事中にその話題はふらないで欲しかったな」

「自分から話振っといてなんだけど、若干食欲失せたわ」

「あ、それこの食堂のなかでもブッチギリに不味いから気をつけて」

「うげぇ……やっぱり不味い……」

 

 志村の忠告も間に合わず、瞬の口の中でいろんな味の合体事故が繰り広げられた。見た目が普通なくせに、中身がカオスなのだ。食にこんなものは求めてない、やめてくれ。

 

「大丈夫?水で流し込む?」

「一体なんの話をしてるんだお前たちは」

 

 唯から水の入ったガラスコップを受け取り、なんとか流し込む瞬。そこに、どこか皮肉めいた声が割って入ってくる。

 

「お前今朝の……」

 

 そこにやって来たのは、今朝の風紀委員の男子生徒だった。はて、彼とは殆ど接点がなかったはずなのだが、一体どうしたことか。少年は瞬の顔と、瞬は食べかけの生姜焼きをまじまじと見つめている。

 

「君は風紀委員の……高山くんだっけ?」

「ああ。クソ不味い生姜焼き定食に果敢に挑まんとする命知らずが居ると聞いてな。誰かと思い興味が湧いてきて見てみたら君だったというわけだ」

「そんなに有名だったのかこれ……どーりで食券みた奴が『こうかいしませんね?』と聞いてきたのか。これ残そうかな……白飯だけで食おうと思えば食えるし」

 

 どうやら瞬の思っていた以上に、無謀な挑戦だったようだ。いやそんなにやべーのなら改善しろと言いたい。この不味さだとクレームの10つや20つは平気で入ってそうなのだが。

 そう考えているうちに、瞬はだんだんと腹が立ってきた。なんでこんな拷問じみた昼飯を食わねばならんのだ。よし、残してやる。そう決意して瞬は生姜焼きの皿を持ち、残飯処理BOXのある食器返却コーナーに向かおうと立ち上がる。

 

「あれ、残すんだ。やはり君でも無理だったか……」

「完食する頃には味覚おかしくなるわ。不本意ながら残させてもらう」

「駄目だ。それは許されない。周りも、僕も」

 

 弱音を吐いた瞬に対し、それを妙に強い口調で否定する高山。何故だかわからないが、目付きも若干怖くなっているような気もする。

 

「まあそれを完食でもしたら確実に味音痴が移りかねないからね……うん、僕だってそうする」

「駄目だ。残さず食うんだ。それでも高校生か?そういった些細な悪事から人は堕落していくんだからな」

「ちょっと言い過ぎじゃない?」

 

 話が脱線し始じめ、何故か瞬を詰り始めた高山。その異様な様子と発言内容に唯が思わず苦言を呈するが、

 

「そんなはずは無い。不義に怒り、正義を愛する。それが人間としての正しさだ。それ以外に正解はない —— 」

「ちょっとまて、流石に俺も —— 」

 

 あまりにも度を超した言いように、瞬も少し怒り気味に反論しようとしたその時、

 

「あ、メガネ君じゃーん!」

「あっ……」

 

 見るからに不良です!と言わんばかりの柄の悪そうな男子生徒が高山に声をかけてきた。ピアスやらなんだかよくわからない金属製のアクセサリーやらをジャラジャラくっつけたその不良は、急に萎縮した高山の肩に手をかけて、

 

「いやー、丁度よかったわぁ。マジで良かった。ちょいツラ貸してくんね?拒否したらどうなるかは分かってるよな?」

「っ!」

「俺らかーなーり金欠で機嫌悪いワケ。後は分かるよな?」

 

 このやりとりだけでも、瞬達はなんとなく察してしまった。高山はこの不良達に遊ばれている。俯きながら身体を震わせる彼の姿を見かねて、唯が助け舟を出そうとする。さっきまでの険悪ムードを理由に、今目の前で怒ってることを見過ごすのはできない。

 

「あのー、なんか本人嫌がってるみたいだし、やめてあげたら?」

「いやいやいや、これが俺ら流の絡み……的な?てか十中八九挨拶無視する奴が悪いよなぁ?普段挨拶運動とかしてる風紀委員が挨拶無視とか、風紀委員の風上にも置けねえよなぁ?」

 

 しかしこの不良、無駄に弁が立つ。後半はまともとも言えなくもないのが余計に苛立つ。だが所詮は屁理屈。唯は臆せず不良を睨みつける。対して志村は無茶苦茶ビビってるる模様。まあ普通の反応だろう。

 

「まずいよ……この人達めっちゃ怖いんだって!反抗したら唯ちゃんが……」

「てかなんだ?女のくせに口答えしようってのか?調子こいてんじゃねーぞ」

「そーだそーだ!俺達はダチだもんなぁ?ダチの頼みが聞けねーってのかぁ?あん?」

「反抗したらどーなるかわかるよなぁ?」

 

 取り巻きらしき連中も野次を飛ばしてくる。というか、大勢の目の前でよくこんな事できるものだ。怖いもの知らずにも程がある、と瞬は内心呆れてしまうが、高山は放って置けないし、このままだと唯も危ない。

 決心して、唯と不良の間に立つ。

 

「そこまでしておけ。高山も、他の皆もビビってるだろうが」

「しゃしゃりでてんじゃねーぞダボが!内蔵残らず吐き出されてぇのか!」

「困ってる奴に声かけて何が悪いんだ。高山の奴、見るからに怯えてるだろ。初対面の俺達だって分かるんだから相当だと思うんだが」

「なんだお前、生意気だな。ぶっ飛ばされてえのか、ああん?」

「オシマイだ……」

 

 瞬まで逆らいだし、志村は頭を抱えて震える。食堂にいた他の生徒たちも、先生を呼びにいこうとしたり、必死に気配を消して被害を免れようとしたり、早々に食堂を立ち去ろうとしたりと、この状況に対して様々な反応を見せている。中には、瞬と唯を指差して、無謀だのアレは終わりだのとヒソヒソと言い合っている者もいる。

 だいぶ騒ぎが大きくなってきたが、不良は意にも介さず、高山の肩をがっしりと掴みながら瞬を睨みつける。

 

「ビビってる?こいつが?お前の思い違いじゃないのか?高山ぁ、お前はどうなんだ?ええ?」

 

 ドスの聞いた声で念を押すように、本人に問い掛ける。高山は、震える声で答える。

 

「大丈夫……嫌じゃないんだ。僕は」

 

 明らかに脅迫だろう、とその場にいた誰もが思った。明らかに声は震えているし、俯いた顔には恐怖の感情が浮かんでいる。が、不良は鈍いのか無視しているのか、それを意に介することなくヘラヘラと笑いながら高山から離れ、瞬の目の前に歩み寄る。

 

「ほら、本人もこう言ってるだろ。だからよ」

「……?」

「オラっ!」

「ぶはぁっ⁉︎」

 

 次の瞬間、不良のストレートパンチが瞬の顔面にクリーンヒットした。瞬はぶっ倒れ、椅子に頭を打ちつけ、辺りに鈍い音が響いた。

 

「俺様に盾ついた罰だ。時間がねえから一発でガマンしてやんよ」

 

 不良達は倒れた瞬を嘲笑いながら、高山の肩にガッチリと手を回して食堂を立ち去っていった。あたりはしばらくの間静まり返っていたが、近くにいた生徒が倒れた瞬を心配して声をかける。

 

「だ、大丈夫かアンタ……鼻血出てるし、頭打ってるし……」

「大丈夫……ってえ……」

 

「瞬!大丈夫?なんともない?」

 

 周囲に心配されながらも、痛む頭を押さえながら起き上がる瞬。鼻頭周辺も後頭部もじんじんと痛むのが伝わってくる。痛みのサンドイッチ状態である。

 

「私のために……」

「唯、考え無しに突っ込むなよ。俺が割って入らなかったら、殴られてたのはお前だったかもしれないんだぜ?」

「ごめん……でもどうしても我慢できなくて」

「お前らしいっちゃらしいけどなぁ」

 

 予想通りの答えに、思わず呆れて笑う瞬。

 その時。

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

 直後、何かを叩きつけるような、鈍く生々しい音と共に絶叫が響き渡った。一瞬で静まり返る食堂。そして、開けっ放しになっていた扉から何かが投げ込まれる。

 鈍い音とともに投げ込まれたそれは。

 

「あ、あ、ああ、ああああああああああああ!」

「なっ……なんだコレェ!なんなんだぁ!」

 

 それは、先程の不良達だった。彼らはボコボコに殴られたかのように身体中に真新しい痣を作り、歯が抜けていたり、顔が腫れていたりと酷い有様である。いくら先程のいざこざで悪印象を持っている相手であろうとも、ここまでされても気分が悪くなるだけだ。

 さらに追い討ちをかける様に、横たわる不良達を踏みつけながら、入ってくる人影。燻んだ赤と青で構成された、人型の怪物。ウサギともなんかの兵器とも見て取れる左右非対称のフォルム。

 

「フー……フー……」

 

 瞬はそれを知っている ——— オリジオンだ。

 ——— たちまちに、阿鼻叫喚の嵐が来た。

 

「うああああああっ!」

「きゃあああああっ!」

 

 一目散に逃げ出す人々。日常が、恐怖を纏った非日常に塗り替えられてゆく。

 

「あ、ああ……あばばばばばばばばぁがふっ!」

「志村⁉︎」

「ひはかんは……」

 

 志村は驚きのあまり腰を抜かすと同時に、パニックになって自分の舌を噛んでしまい、驚きと痛みの間で悶え苦しみ出した。何やってんのコイツ、と瞬は思いながら、志村の手を引っ張って目の前のヤバそうな怪人から引き離す。

 

「あれが通り魔……?どう見てもオリジオンじゃんかぁ!」

「だよな……じゃなくて、とめないと!」

「気を付けて……なんかコイツヤバそうだよ」

「変身!」

 

 瞬はアクロスに変身しながらオリジオンの元へと走り、執拗に不良達を痛めつけようとするオリジオンを止めようと羽交い締めにする。

 

「やめろ!これ以上やったら死ぬぞ!」

「邪魔するなぁ!」

 

 オリジオンはアクロスを振り払うと、振り返り様に殴りかかってきた。アクロスはそれをひらりと躱し、オリジオンにタックルを仕掛けて不良達から引き離す。

 オリジオンは再び瞬を振り払うが、すぐ様アクロスはオリジオンの腹を一発殴り、脇腹に回し蹴りをくらわせて吹っ飛ばす。どうやら、今までの敵よりは強くない様だが、人に危害を加えてた以上は止めるべきだ。アクロスはトドメを刺そうとベルトに手をかける。

 が、その時。立ち上がったオリジオンが、何処からか小さいボトルの様なものを2本取り出してきた。

 

「一体何をする気なんだ……?」

 

 思わずアクロスは身構える。すると、オリジオンはその2本のボトルを自らの口へと持っていき、なんと一気に口の中へと放り込んでしまった。予想のつかない行動に驚く瞬と唯だが、まだ終わらない。

 

⦅ホークガトリング……yeaAAAA!⦆

 

 突然、オリジオンの左腕がぐにゃりと崩れ、ガトリングのような機構へと変形する。同時に背中から錆塗れの鉄の翼を生やし、空へと飛び立とうとする。

 

「逃がさない!」

「はあああああああ!」

 

 オリジオンはガトリングを構えたまま、低空飛行で瞬に向かってくる。

 

「ああっ」

 

 すれ違い様の一撃。スピードで威力を増した右ストレートがアクロスの胸元に滑り込むように命中し、彼の身体を地面へと倒す。オリジオンはアクロスを少し通り過ぎてから振り返り、構えたガトリングの狙いを定め、引き金を引いた。

 

「瞬……!」

 

 ズガガガガガガガガガッ‼︎

 オリジオンのガトリングが、爆音と硝煙と薬莢をばら撒きながらアクロスめがけて掃射する。唯は慌てて校舎の影に身を隠し、瞬も弾丸の雨を掻い潜りながら、ツインズカリバーを銃の形へと変形させ、オリジオンのいるであろう場所に向かって撃つ。

 が、当然当たらない。硝煙でアクロスの視界が塞がれた隙をつき、オリジオンの方はそのまま飛んで逃げていく。なんとか煙を振り払うが、その時には既にオリジオンの姿は消えていた。

 

「逃げられた……」

「なんだったの、あいつ……てか何処から来たんだろう 」

「さあ……?」

 

 オリジオンの飛んでいった方向を見つめる瞬と唯。

 後には、混乱と不安だけが残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 とある場所。

 テレビのニュースを観ながら、二人の男が会話していた。

 

「おいおい、これマジなのか?マジなのか?もしかしてまたアレ絡みじゃないよな?」

「その可能性は低そうだが……流石にほっとけ無いな」

「■■■をパクられた上悪事に使われてるとなると、本家本元が動かないって訳にはいかないし、こーゆーのが俺達の役目ってもんだろ?」

「まあそうだな。何度だって愛と平和のために戦ってやろうじゃねえか

、それが俺達だからな」

「筋肉馬鹿のくせに良い事いうなぁ。今朝変なプロテインでも拾い食いしたのかよ」

「別に良いじゃねえか。ほら、確かめにいくんならさっさといこうぜ」

「ああ、ちゃんとチャックは締めろよ?」

「うるせえ。さっき締めたから大丈夫だっての —— 」

 

 

 

 

 

 

 

 なんやかんやで放課後になりました。

 今日は遅刻やら弁当紛失やらオリジオンやらでめちゃくちゃな一日であった。特に最後のは学校側にとっても色々とヤバかったらしく、昼からの授業は無くなり、全生徒は強制的に下校させられることとなった。

 帰りのホームルームも終わり、早めの放課後が訪れる。早く帰らないと学校側がうるさくなるので、瞬は帰りの支度を進める。そこに、空気を読まない唯がやってくる。

 

「昼から暇になったし、どっか遊びに行かない?」

「遊びにって……どうせ古本屋とか中古ゲーム屋とかをハシゴするだけだろお前」

「な、なぜ分かるんだ瞬!見たのか⁉︎ パンツ見たのか⁉︎」

 

 長年の付き合いだからこそ分かるのだ。瞬は、まったくよく飽きないな、と呆れながら帰りの支度を黙々と進める。あとパンツは見てないし関係ない。唯のパンツ見ることで得られる情報にどれほどの価値があるというのだ。少なくとも瞬にとっては微塵もない。

 と、そこに瞬達の会話が耳に入ったのか、高山がやってきて注意をする。オリジオンの騒ぎの後、こうして教室に戻ってきたのだが、あれから大丈夫だったのだろうか。

 

「念の為言っておくが、寄り道禁止だぞ。遊びに行くなど言語道断だからな」

「……わかってますよ」

 

 去っていくの背中に向かって不満そうに返事をする唯に対し、絶対分かってないだろ、と思う男性陣。分かってない奴ほど言うのは皆さん既にお分かりだろう。

 と、ここで瞬は去っていく高山にある疑問をぶつけた。

 

「お、おい。昼間のやつは大丈夫だったのかよ⁉︎」

「君には関係がないだろう、忘れてくれ」

 

 しかし、彼は冷たい声でそう答えると、そのまま颯爽と教室を出ていってしまった。声をかける間もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『瞬君。悪いんだけど、ちょいと夕飯の買い出しに行ってくれないかな?ちょっと急用が出来ちゃって、夜まで帰れなくなったんだ、すまない』

 

 学校を出てすぐ、叔父からこんな電話がかかってきた。教師に見られたら即生徒指導送りだが、今朝見たら冷蔵庫の中身があんまり無かったし、まあいくら寄り道するなと言われたところで、晩飯抜きにしていい理由にはならない。

 だが制服のままなのは流石にどうかと思ったので、スーパーと学校が真反対の方角にあるというのもあるのだが、一旦帰って着替えてから行くことにした。

 が、スーパーの前で瞬がぽつり。

 

「何もお前らまでついてくる事ないんだけどな」

 

 彼の後ろには湖森と、気持ち悪いくらいにっこにこ状態な唯がいる。まだ家族である湖森は分かるが、何故唯まで一緒に居るんだ。帰る際に一旦別れたのは夢だったのだろうか?

 唯はニヤニヤ笑いながら瞬をからかう。

 

「いやほら、そこはまあ幼馴染み特権とかを濫用すれば問題はないんだよねぇ。悔しいでしょうねぇ」

「濫用の時点で問題だろ。なんで我が家の買い物に堂々と参加してるんですかねぇ!」

「だってウチの近所ですし?そーゆー瞬こそ、もっと近場のスーパーがあったのではなくて?」

「いやだって今日はここが一番おトクだし」

「私としては唯さんと一緒で満足なんだけどなー」

 

 すっかり唯に懐柔されてる湖森はこの始末。よし、早いことおつかい終わらせて帰ろう。そう決心し、自動ドアを通ろうとしたが、ふとその横にあった自販機が目に入る。

 そこには。

 

「どこに行ったんだ……流石に500円は惜しいんだよなぁ……」

 

 なんか見た事ある金髪が自販機の下を必死に覗き込んでいた。

 いや何やってるんだよ、と思いながらも、とりあえず声をかけてみることにした。

 

「また会ったな」

「あ、逢瀬くん……奇遇だね」

 

 顔をあげて志村が答える。

 

「今日はやたらとお前と遭遇するんだけど……もしかしてストーカー?」

「僕をなんだと思ってるのさ……」

 

 なんか二人の間に惹かれ合う何かがあったりするのだろうか?瞬はふと想像してみたが、割と気持ち悪かったので思わず身を震わせた。女性陣がなんか気になるような目で瞬を見てるけど気にしない気にしない。

 唯は答え合わせをするかのように、志村に問いかける。

 

「大方予想はついてるけど、何やってんの?」

「小銭……落としたんだ」

 

 ホント何やってるんだよ。今朝から色々あったが、もしかしてこいつめちゃくちゃ不幸体質なのではないだろうか?本人は諦めたのか、立ち上がって大きな溜息をつきながら、分かりやすいくらいに肩を落とす。500円の損失はデカかった。

 こうして志村少年が瞬のパーティーに加入した。する必要が皆無なのだが、何故かこの4人で動くことに。ほんと何故だ。

 入店早々、唯はお菓子売り場に直行していった……と思いきや、10秒足らずで瞬達の元に帰還してきた。お目当てらしきお菓子……いや、なんかよくわからない食玩の箱を瞬に見せつけ、

 

「瞬。これ買ってよ」

 

 おねだりし始めやがった。高校生が幼馴染みにタカって恥ずかしくないんですか?当然ながら瞬は突っぱねる。というか唯もおつかいに来てるのだから、金くらい持ってるだろうに。

 

「なんで食玩を持ってくる。買わねえよ」

「パパ、良いでしょ?」

「だれがパパだ」

 

 瞬と唯のやりとりを見ていた志村は、思わず、

 

「仲睦まじいね、二人とも」

「いや誰がこいつみたいな問題児とラブラブだって?」

「志村はそこまで言ってないよ、多分」

 

 昼間の繰り返しである。志村、少しは学習したまえ。一連のやりとりを見ていた湖森は、呆れ笑いをしながらも、内心では志村に同意していた。というか、常日頃から「早く二人に恋愛感情とか芽生えないかな」と、本人達からすれば余計なお世話と言わんばかりの考えを持っていた。長年の付き合いだからこその考えである。

 と、妹のそういった気持ちも露知らず、瞬はちゃっちゃと頼まれたブツを手際よく買い物カゴに突うづるっこんでいく。唯は瞬を時折おちょくったり、隙を見ては菓子類を瞬のカゴに突っ込んではやり返されたりしている。そんな兄とその幼馴染みの姿を背後で見守る湖森がぽつり。

 

「もうちょっと分かりやすくイチャつかないものか……」

「湖森、なんか言ったか?」

「いやいや、何も言ってませんがな。ねえ志村」

「なんでこっちにフってくるのさ⁉︎」

 

 おっと、願望が漏れていたようだ。湖森はなんとか志村に押しつけて誤魔化しを図る。苛んだなぁ志村くん。

 そうしてるうちに、なんだかんだで会計も終え、スーパーを出ようとする。しかし、

 

「あいてっ」

 

 店を出ようとしたその時、後ろからなにか慌てた様子の、フードを目深く被った男が瞬にぶつかっていった。どこ見て歩いてるんだ、と内心苛ついた彼だったが、直後に店員らしきおばちゃんが血相を変えて叫んだ。

 

「万引きよぉおおお!オッペケペンムッキー!」

「万引き……?もしかしてさっきの?」

 

 人の少なかった店内が騒然としだし、咄嗟に高校生くらいの店員が万引き犯の後を追うように走り出す。

 

「今日は厄日か?」

「厄日って……?」

「とにかく今日はツイてないってことだよ」

 

 万引き犯は店の敷地を飛び出し、敷地沿いにある坂道を登っていく。瞬達のいるスーパーの建物の入口付近からもよく見える。万引き犯は意外と逃げ足が速く、このままだと坂の頂上にある踏切を使って撒かれるかもしれない。

 その様子を見ていた唯は、おもむろに瞬に自身の買い物袋を押し付けると、

 

「瞬、ちょっと荷物お願い」

「え、ちょいまさかお前」

 

 瞬の制止も聞かずに、万引き犯を追いかけ始めた。常日頃から、運動神経に自信があると豪語するだけあって、めちゃくちゃ速い。ぐんぐんと瞬達との距離を引き離していく。

 

「またこのパターンかよ!ああもう!湖森、荷物頼む!俺も唯を追いかけるから!」

 

 昼間の食堂での事を思い出して、悪態をつきながらも、唯を心配した瞬は彼女を追うことにした。湖森に二人分の荷物を託し、唯を追いかける瞬。

 一方、万引き犯の目の前にはでかい踏切。そこに差し掛かると同時に、踏切が鳴り始め、遮断機が動き出す。チャンスだ、と思いながら、

万引き犯は踏切を急いで駆け抜けようとする。が。

 

「逃さないぞ、悪人め」

 

 それを遮るかのように、フードを目深くかぶった男が万引き犯の前に立ち塞がる。

 

「邪魔だどけっ!」

「断る」

 

 そうこうしているうちに、遮断機が降り切ってしまった。踏切で撒こうとしたのに、これでは失敗だ。捕まってしまう。

 

「丁度よかった。そいつを捕らえてください!」

 

 そこに、追ってきた店員が万引き犯に追いついてくる。一本道で挟み撃ち。更に片方は踏切で塞がっている。万引き犯にとっては万事休す。

 ところが、ここで予想外の事態になる。

 

「そんなんじゃ生温いんだ。悪人には、こうしなきゃ」

《KAKUSEI……BUILD!》

 

 そう言うと、男の身体の至る所にジッパーが現れ、まるで着ぐるみを脱いでいくかのようにジッパーが開いていく。同時に、黒ずんだ煙が男の全身を包み込んでいき、その煙の中から赤と青の瞳が不気味に輝く。

 

「は……え?」

 

 呆然と立ち尽くす万引き犯の目の前に、変身を完了した男が立ち塞がる。彼は知る由もないが、その姿は、昼間に瞬達の学校に現れたオリジオンであった。

 

「うわあああああ!」

 

 店員はオリジオンに驚いて一目散に逃げていく。それを尻目に、万引き犯に対し、淡々とオリジオンは告げる。

 

「許さない。お前は罪を犯した」

「な、なんだお前!化け物!」

「俺は正義の味方……愛と平和のために、悪事を働いたお前に制裁をくださなければならない」

「ゆ、許してくれ!ほんの出来心……遊びだったんだよ!」

 

 この男、反省していなかった。

 たった一度、たった100円の万引きだろうと、店側からしたら大損害なのは変わらない。最悪の場合は廃業まで追い込まれてしまうことだってあるのだ。それに万引きも窃盗と同じ、犯罪である。謝って済む話ではないのだが、彼は愚かすぎた。

 オリジオンは万引き犯の態度に失望したかのようなそぶりをみせると、彼の首に手をかける。

 

「反省しないなら、その命をもらう」

 

 そう言うと首にかけた手に力をこめ、彼の首を絞め出した。万引き犯は苦しさからもがきだすが、手は緩められることはない。

 そこへ、少し遅れて瞬と唯が追いついた。

 

「あれは昼間の!」

「なっ……」

「あっ……がばぎがあが……」

 

 首を絞められた万引き犯の顔からだんだんと生気が抜けていく。このままでは彼は死ぬだろう。幾ら犯罪者といえど、命を奪っていい理由にはならない。そんなものはただの私刑、法律的にも人道的にも許されるものではない。

 

「何やってんだお前っ!」

「離せ!邪魔をするな!」

 

 瞬は、万引き犯の首にかけられたオリジオンの手をなんとか剥がそうとするが、逆に蹴り飛ばされてガードレールに打ち付けられる。

 

「邪魔をするな……邪魔をするんじゃない!」

「いいやするね!変身!」

 

《CROSS OVER!思いを、力を、全てを繋げ!仮面ライダーアクロス!》

 

 アクロスに変身し、オリジオンの顔面を殴り飛ばす。万引き犯はすんでのところで解放され、その場に崩れ落ちる。アクロスはオリジオンを万引き犯から引き離して、オリジオンを強く突き飛ばす。

 そこに、遅れてやってきた志村と湖森。志村は、アクロスに変身して戦う瞬をみて驚き、持っていた荷物をその場に落としてしまう。

 

「なっ……なんだあれ」

「お兄ちゃん……また、戦うんだね」

「あれは一体……なんだ?」

 

 呆然とする志村の視界の先で、アクロスとオリジオンは戦う。オリジオンはアクロスの顔面や鳩尾などを重点的に狙い、手っ取り早くアクロスをダウンさせようとするが、アクロスはそれを見事に防ぎ、カウンターパンチをお見舞いする。

 反撃を受けて地面を転がったオリジオンは、立ち上がりながら瞬を糾弾する。

 

「そいつは犯罪者なんだぞ!悪人を庇う気か⁉︎」

「だからって殺す事はないだろ⁉︎ そんなことをすればお前も悪人になってしまうんじゃないのか?」

 

 両者は再び接近し、殴り合いをはじめる。オリジオンのチョップを瞬が片腕で打ち払い、腹パンでオリジオンの動きを止める。前回の赤龍帝よりは攻撃が痛くないためか、はたまたアクロスも戦いの経験を少しは重ねてきたからか、アクロスの方が若干優勢の模様。

 顔面を殴られてのけぞったオリジオンは、握った拳を震わせながら、怒りのこもった声で反論する。

 

「……そんな筈は無い。だって僕は正しいことをしている。不義に怒り、正義を愛するのは正しいことじゃないのか?悪を殺す事の何が悪い?お前はヒーローの癖になんでそう思わないんだ?」

 

 オリジオンに問いかけに、アクロスは一瞬戸惑いながらも、力強く反論する。

 

「それを正当化してしまえば、人の命なんか今よりずっと軽いモノになってしまう!それはダメだ!」

 

 理想論だとは分かっている。だが、それでも正義を盾になんでもしていい、なんて道理が通らないのを瞬は知ってる。フィクションでも、時たま似たような事が叫ばれるのも、彼は知っている。故に否定する。

 しかし、オリジオンの方は、その答えがよっぽど耐えがたいものだったのか、その身を震わせながらボソリと呟く。

 

「……お前なんかが」

 

 ガシリと、瞬の拳を掴み取る。

 

「お前なんかがっ!正義のヒーローを語るなっ!」

 

 そのままアクロスの拳を払い除け、驚異的な跳躍をみせた。10階建てのビルほどの高さまで飛び上がったオリジオンは、そのまま落下しながらキックの体勢を取り始めた。飛び蹴りだ。

 すかさず、アクロスは専用武装・ツインズバスターを取り出し、アクロスライドアーツをその柄に差し込む。

 

⦅CROSS BRAKE⦆

 

 斬撃と蹴り。両者の必殺の一撃が激しくぶつかり合う。しかし、

 

「はぁああああああっ!」

「があああああああっ!」

 

 惜しくも力及ばず、オリジオンに軍配が上がった。急降下で威力の増した飛び蹴りを受け、アクロスは背中を地面に打ちつけられる。そのままオリジオンはアクロスを押し倒し、馬乗りの体制となる。ツインズバスターは手から落ち、唯達の方へと転がっていく。

 

「僕は正義だ……愛と平和の為に戦う、正義の味方だ!」

 

 自分が正しい。自分が正義だと、まるで自分に言い聞かせるように叫び続けながら、アクロスに馬乗りになって顔面を殴りつけるオリジオン。万事休す —— と、思われたが。

 

「はあああああああああああ!」

 

 なんと、戦いを見ていた唯が、落ちてたツインズバスターを拾って駆け出した。志村や湖森は当然静止するが、もう遅い。

 

「んにゃろ……瞬から離れなさいっ!」

「馬鹿お前何無茶苦茶を —— 」

 

 アクロスの静止も聞かずに、唯はツインズバスターでオリジオンの無防備な背中を思い切りぶった斬った。不意撃ちは見事に決まり、モロに攻撃を受けたオリジオンはアクロスの上から崩れ落ちる。拘束の緩んだその隙に、瞬はオリジオンを蹴飛ばして体勢を立て直す。

 なんとか体勢を立て直したアクロスは、唯からツインズバスターを受け取ると、

 

「無茶してんじゃねぇ!危ないから離れろ!」

「無茶してるのはそっちの方じゃないか!それにナイスアシストだったでしょ、今の!」

「それはそうだけど……ともかく、危ないから、唯は手を出さないでほしい。お前が傷つくのは、許せないから」

 

 助かったのは事実だが、流石に唯の危険な行動は咎めるアクロス。唯が素直に引き下がると、アクロスは立ち上がってくるオリジオンを見据える。

 

「君たちも結局は、善人のふりをしたクズか。不義に怒り、正義を愛する。それが人間としての正しさだ。それ以外に正解はない。邪魔する奴は悪だ!滅する! 」

 

 オリジオンは怒り心頭のようだが、ここで瞬が何かに引っかかるような気分になる。今の台詞、どこかで聞いたような ——

 

《ヒッサーツッ! フルスロットル!》

 

 その時、唐突に割り込んでくる音声。予想外の事態に両者は困惑するも、次の瞬間、何者かの飛び蹴りが割り込んできて、ぶち当たったオリジオンが横に大きく吹っ飛んだ。

 

「せやぁっ!」

「なっ⁉︎ 」

 

 そこにいたのは、銀色の仮面ライダーだった。紫がかったラインがところどころにあり、複眼はオレンジ色に発光し、手にはでかい斧を携えている。

 

「……オリジオン、お前を狩りにきた」

 

 聞き覚えのある加工音声に、瞬はある可能性に思い至る。

 

「まさか……またお前か⁉︎ 」

「はぁ……それは此方の台詞なんだがなぁ」

 

 なんかやたらとアクロスを敵視している転生者狩り、とかいう奴だ。正体は不明だが、またまた戦いに乱入してきた模様。

 

「懲りない奴だな。まだ戦場に立つ気概があるのか……正義感ってやつはこれだから厄介なんだ」

 

 相変わらず、アクロスを嘲るような台詞を吐いてくる転生者狩り。前とはまた違う姿だが、一体いくつの姿をもっているのだろうか。そんなアクロスの疑問をよそに、銀の仮面ライダー —— チェイサーに変身している彼は、歩行者用信号を象った斧をオリジオンに突きつけると、

 

「だが、お前は後回しだ。まずはその転生者を片付ける!」

 

 そのままオリジオンをぶった切った。火花を散らしながら、オリジオンは吹っ飛んで地面に叩きつけられる。

 

(助けてくれた……だと?)

 

 何故かよく分からないが、どうやら今のところ、彼とアクロスの倒すべき敵は同じらしい。それならば、と瞬も加勢しようとするが、

 

「勘違いするな。そして邪魔をするな。これは俺の仕事だ。素人は引っ込んでろ —— 決めてやる!」

 

 思い切り拒否られた。まあそうだよな、そんな甘い話あるわけ無いよな!とアクロスは思うが、それでも見ているだけという訳にはいかない。共闘を拒否するチェイサーを無視し、ツインズバスターを構える。

 一方、オリジオンも立ち上がり、身構える。

 その時。

 

 

 

「そこまでだ」

 

 

 

 唐突に、再び戦いに割り込まれた。今度は何だと思いながら、声のした方を見る一同。そこには、ベージュ色のコートを着た青年と、青いスタジャンを着た茶髪の青年がいた。彼らはオリジオンを見るなり、ヒソヒソと話し始める。

 

「噂は本当だったのか……てかあれ、明らかにアレだよな?」

「ネガティブキャンペーンは遠慮願いたいんだけどな……明らかに似せる気ないだろアレ」

「アンタらは一体……」

「ああそうだ、ここは俺達に任せろ。これは俺達がやるべき事、だからな」

 

 コートの青年はそう言うと、さもこのような状況に慣れているかのような様子で、オリジオンとアクロスの間に割って入る。そして、懐から赤いレバーの付いたバックルのようなものと、赤と青の小さなボトルらしき物体を取り出す。

 

「アンタ……それは……! 」

「さあ、実験を始めようか」

 

 両手にひとつずつ持ったボトルを数回振り、バックルに填める。

 

《ラビット!タンク!ベストマッチ!》

 

 ベルトからやけにテンションの高い音声が聞こえたかと思うと、青年は続いて右側面に付いているレバーを回し始める。すると、ボトルから赤と青、2色のパイプが伸び、プラモデルのランナーのような型が彼の周囲に形成される。パイプの中には、瞬達には何かよくわからないものが通っており、先には人型のスーツを前後に真っ二つにしたような型がくっついている。

 

《Are you ready?》

「変身!」

 

 電子音声と変身の掛け声の直後、形成された型が地面のスタンドに沿ってスライドし、激しく蒸気を吹き出しながら、男はスーツを身につける。

 

《鋼のムーンサルト!ラビットタンク!yeah!》

 

そこに居たのは、赤と青の装甲を身につけた仮面の戦士。その姿は、どことなくアクロスに近いものが感じられる。

 そいつは、仮面の下で不敵な笑みを浮かべながらこう言った。

 

 

「勝利の法則は、決まった!」

 

 

 

 

 

 

 

 




はい。まさかまさかの回です。一応は本編後をイメージしていますが、本編くらいしか把握出来てないので色々齟齬があります。


変身シーンの表現はアニヲタwikiを参考にしながら書きましたが、かなり苦戦しましたよ。仮面ライダーの変身シークエンスを文章で書くとか頭おかしなるで。

ライダーのVシネマは一度も見たことないんだ、許せ。
尺の都合上、彼らの顔見せくらいまでしか出来ませんでしたが、そこは後半にお任せー。それではまた次回。良いお年を。


次回 継承のベストマッチ


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第15話 継承のベストマッチ

ビルド編後半!
おまたせしました。

あらすじ
 悪人に対し過剰な制裁を繰り返すビルドオリジオンを止めるべく、瞬は仮面ライダーアクロスとして戦う。しかし、そこに転生狩者も乱入してきて泥沼と化す。
 その時、一人の男が戦場に現れる。
 彼の名は ——-


 ビルドと名乗った仮面ライダー。その唐突な登場に呆然とする瞬。向こうはというと、瞬の方に歩み寄ってきて、

 

「苦戦してるみたいだが……手を貸すぞ」

 

 こう切り出してきた。

 

「は……?あ、はい」

 

 なんだかよくわからないままうなずくアクロス。突然現れた目の前の仮面ライダー —— ビルドをまじまじと見つめながら、瞬は思考する。コイツは一体なんなんだ?コイツも自分と同じ仮面ライダーなのか?そもそも味方と認識していいのか?疑問はつきないが、ともかく考えていても仕方がない。手を貸してくれるというならば、喜んで手を借りようではないか。

 釈然としないながらも、差し出された手をとった。目の前の脅威をなんとかするのが最優先だ。

 

「とにかく奴を無力化するぞ!」

「分かってる!」

 

 ビルドに諭されながら、アクロスも戦いの場に復帰する。チェイサーに変身して戦っている転生者狩りは、手に持ったシンゴウアックスで問答無用でビルドオリジオンをぶった斬る。大振りな分ダメージはかなり与えられているようで、ビルドオリジオンの動きも先程以上に鈍っているように見える。そこにすかさずビルドが急接近しながらオリジオンの顔面にパンチを喰らわせ、続いて瞬が走りながらツインズバスターでオリジオンの胴体を斬りつけた。

 

「がっ……」

 

 3ライダーの猛攻を受けながらも、尚も執拗に彼らにくらいつこうと立ち上がるビルドオリジオン。一体何が彼をそうまでさせるのだろう。そこに、またまた乱入者がやってくる。

 

「置いていくんじゃねぇよ!」

 

 青いジャージを着た茶髪の青年が此方に走ってきている。なんかキレてるようだし怖いなー、と志村は思わず身構えてしまうが、青年は志村なんぞ眼中にないようで、彼の横を走り去りながら、何処からかビルドと同じベルトを取り出して腰に巻きつけ、ドラゴンを模した……ように見える四角い物体にボトルを差し込み、更にそれをベルトにセットする。

 すると、ビルドと同じように、プラモデルの型みたいなものが彼の前後に出現する。

 

「変身っ!」

《wake up burning!Get CROSS-Z DRAGON!Yeah!》

「仮面ライダークローズ、見参だぁっ!」

 

 ビルドと同じようなシークエンスを辿り、ドラゴンをモチーフにしたと思わしき仮面の戦士が戦いの場に現れた。立て続けに新たなライダーが現れたことに、瞬はもちろん唯達も混乱の極みにあった。

 

「ビルド……クローズぅ……何故お前達が居るんだぁ!」

「ぶつぶつ煩えんだよコンチクショウ!」

 

 ビルドとクローズの乱入はビルドオリジオンにとっても想定外だったようで、転生者狩りの変身するチェイサーにボコられながら狼狽える。そこにクローズが飛び蹴りをかましながら割って入り、ビルドオリジオンはフェンスに身体を打ちつけられ、ずるずるとその場に崩れ落ちた。

 

「何だお前らは!いきなり乱入しやがって!」

「いやアンタも同じでしょ……」

 

 チェイサーは乱入してきたクローズにキレるが、唯が突っ込んだとおり、そもそも彼自身も乱入者であるからブーメラン感が否めない。

 

「お前ら!僕は正義だぞ!邪魔をするなぁ!」

「だとしてもやり過ぎなんだよ!少し頭冷やせ馬鹿!」

「がはぁ!」

 

 冷静さを失いながら、尚も立ち上がって攻撃してくるビルドオリジオン。それに対し、アクロスは渾身の頭突きでオリジオンを退け反らせる。続いてチェイサーのシンゴウアックスの一閃と、ビルドとクローズのダブルライダーパンチがヒットし、ビルドオリジオンは大きく吹っ飛んでいった。

 

「うがあっ……はぁ……」

 

 ゴロゴロと硬いアスファルトの地面を転がりながら、オリジオンの変身が解かれてゆく。うつ伏せに倒れたその人物は、瞬達の学校の制服を着ている。まさか同級生だったりするのだろうか。

 

「何をしやがるんだ……なんで邪魔をするんだよ……!」

 

 恨み言を吐きながら立ち上がったその人物の正体は。

 

「高山くん?」

「高山……お前だったのか」

 

 そう、ビルドオリジオンの正体は、今日学校でも何度か顔を合わせた高山だったのだ。その姿に、離れた場所で唯や湖森と共に戦いを見ていた志村も驚いている。口元からは血が流れ、それ以外のところも満身創痍である高山だが、それでもまだ立ち上がってくる。

 

「お前らもヒーローだろう⁉︎ なら何故その悪人を庇う⁉︎ 犯罪犯すような奴を守って何になる⁉︎ ヒーローなら裁かなきゃダメだろうが!」

「ヒーローが救う人間選り好みしちゃダメだろ。どんな悪人でも、守るべき人間なんじゃ無いのか」

「愛と平和を守るためだ……僕は間違っていない」

「だったら!なんでこの人を殺そうとした⁉︎ 確かにこの人のやったことは犯罪だけど、殺す必要があったのか?明らかにやり過ぎだろ……!」

 

 アクロスは、意識を失って倒れたままの万引き犯を指差して反論する。そう、本来ならこうして戦う必要など無かった。逃げる彼を捕まえて警察に突き出せば済む話だったのだ。しかし、高山は明らかに殺す気でやっていた。

 高山は、アクロスの言葉に対し掠れた声で答える。

 

「悪を倒す……これはその為の力だ。僕は、間違ってはいない」

「おい高山 —— 」

 

 高山はフェンスに手を掛けながら再びビルドオリジオンに変身し、身体中から白い蒸気のようなものを物凄い勢いで噴出し、一同の視界を奪う。

 

「待ちやがれ!」

 

 白く染められた視界の中、チェイサーの怒号が聞こえた。それと共に遠ざかる足音。まずい、逃げられる。瞬は蒸気の中を掻き分けながら足を進める。が。

 

「いなくなった……の?」

「みたいだけど……何だったんだ、今の」

 

 また逃げられた。

 蒸気を抜けた先には何もなく、ただ夕日に照らされた線路沿いの住宅街が広がっているだけであった。瞬は辺りを見たわして高山を探すが、

ふとその足から力が抜け、地面に膝をついてアクロスの変身を解いてしまう。

 

「無茶はよしたまえ、今日は結構戦ったから疲労が溜まっているはずだよ」

 

 頭の上から、聞き覚えのある声がする。顔をあげると、いつの間にか瞬の横にフィフティが立っていた。ついさっきまでいなかったのに。

 

「フィフティ……ッ⁉︎ 」

「驚いたみたいだね。君のいるところに私あり、という訳さ」

「なんか気持ち悪いからやめてくれ」

「それはともかく、あのオリジオンについてだけど、今日のところは引いたほうがいい。さっきも言った通り、君は疲れているだろう。そんな状態で行ったって勝てっこ無いさ。ここは一つ、そこの彼に任せようじゃないか、ねぇ?」

 

 フィフティがにんまりと笑みを浮かべながらチェイサーの方を向く。チェイサーはフィフティと顔を合わせたくないらしく、そっぽを向いて側に止めてあったバイクに跨ると、

 

「俺は勝手にやらせてもらう。お前らの出る幕はない」

「わあ辛辣ぅ。もう少し他人に優しくした方が生きやすいと思うけどね」

「お前が言うな、この厄病神が」

 

 転生者狩りは悪態をつきながらバイクを動かし、何処かへと去ってしまった。フィフティはつまらなそうな顔でそれを見送った後、瞬に手を差し伸べる。

 

「立てるかい?」

「大丈夫だよ。それよりも……」

 

 瞬は立ち上がりながら、2人の仮面ライダーに目を向ける。

 ビルドとクローズ。まずは彼らから話を聞かなくてはならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は移って近場の公園。瞬達以外には誰もいないこの場所で話を聞くことになった。

 

「俺は桐生戦兎。てぇっんさい物理学者だ!で、横のが万丈龍我。馬鹿だ」

「筋肉つけろよ筋肉!」

「……変わった人達だね」

 

 2人の自己紹介を聞き、ぽつりと呟いた志村。同感だ。2人とも悪い人では無さそうなのだが、これまた変わり者と遭遇しちゃったなぁと思う瞬。

 戦兎は缶コーヒーを一気に飲み干すと、ビルドドライバーを手に持って話し始めた。

 

「元々この仮面ライダービルドは、俺が作ったモノだった。本当はこんなモノ、もう使う機会がない方がいいんだけどなぁ……アレを見たからにはそういうわけにはいかないんだよな」

「自分で作ったとかすげー!私にも使えたりする?」

「無理だし出来たとしても使わせられない。コイツは危険なモノだからな」

 

 戦兎の返答に対し、不貞腐れたようにそっぽを向く唯。だだをこねる唯を無視して戦兎はドライバーをしまう。

 そして、フィフティが2人に問う。

 

「しかし、なんでまた君達が現れたんだい?」

「なんせテレビの向こう側でビルドが暴れてんだ。俺じゃなくても、自分の偽者が迷惑かけてるってのは見過ごせないさ」

「だからって置いていくなっつーの。お前俺のことどう思ってんだよ」

「それにしても、お前も仮面ライダーだったとはな。システム周りとか色々興味深いなぁ。ちょっと見せてくれないか」

「無視すんな!てか話がいきなりずれてねーか⁉︎」

 

 どうやら戦兎はアクロスの変身ベルトであるクロスドライバーに興味があるようで、瞬は戦兎に言われるがままクロスドライバーを手渡すと、色々な角度からそれを観察し始めた。万丈は思わず突っ込むが、戦兎はさも当然といった感じにこう返答する。

 

「いや気になるでしょ?ビルドドライバーの開発者として、科学者として、未知の技術というのは心踊るモノなんだって」

「そもそもビルド作ったのお前じゃなくて葛城巧だろ」

「俺元々葛城巧だったし、俺が作ったようなもんじゃ?」

「そーゆーもんか?」

「盛り上がっているところ悪いけど、クロスドライバーに無闇に触らないで欲しい。それは他の人間が触るべきでない代物だからね」

 

 フィフティはそう言って戦兎からクロスドライバーを取り上げると、戦兎と万丈の漫才フェイズに呆気にとられていた瞬に投げ渡す。

 すると、先程まで蚊帳の外だった志村がおずおずと手を挙げる。

 

「あのさぁ……僕、理解が追いついてないんだけど……高山くんが昼間の怪物で、それを倒さなきゃいけないってのが目標でいいのかな?」

「ちゃんとわかってるじゃないか。巻き込んでしまったことについては私から詫びよう。今日の事は早く忘れて帰りたまえ。知っててもろくな事にならないからね」

「はぁ……」

 

 フィフティに促され、部外者である志村はなんか釈然としない気分のまま帰ってゆく。瞬達に手を振って曲がり角の向こうへと消えていく志村を見ながら、ふとあることを思った瞬。

 

「ちゃんと謝れたんだな、お前」

「逢瀬君は私をなんだと思ってるんだい?これでも君ほどでは無いが善性は持ち合わせているつもりなんだけど」

「説得力ないなぁ」

 

 一応初対面である湖森にまでこう言われる始末。まあこれまで散々勝手な理由で瞬を振り回してきたのだから、こう言われるのも無理はない。

 一方、戦兎と万丈は暗くなった空をみあげながら、

 

「暗くなってきたな……」

「あんまり遅くなるとなぁ……」

 

と、困り気味の様子。

 

「ねえねえ」

「どした」

 

 今日の所は引き上げるしか無いか、と帰ろうとする戦兎の服の裾を引っ張り、呼び止める唯。そして、ちょっと小悪魔めいた笑みを浮かべて、ある提案をする。

 

「晩飯、食べてかない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 力無き正義は、無駄だ。

 前世から、清く正しくあろうとしてきた。不正を憎み、善を尊ぶのが理想の生き方であると信じていた。そうすれば正義のヒーローになれると思っていた。

 しかし現実は非情。どんなに自分が正しかろうと、どんなに相手が間違っていろうと、力が全てだった。暴力、権力、知力 ——— それらが優っていれば、正しさなど些細なことに過ぎなかったのだ。

 

(力が無ければ駄目なのか……?弱い奴には正義を語る資格すらないってのかよ……!)

 

 高山幸生は、自らの無力さ故に折れた。転生特典に選んだのは、とあるヒーローの力。これならばいける、正義のヒーローになれる。

 しかしながら。それは甘い妄想だった。

 

『ご覧下さい、この凄惨な現場を。犯人は未だ逃走中の模様 —— 』

『被害者は襲われる直前に近隣の飲食店で無銭飲食をしていた模様。意識不明の重体 —— 』

『悪人ばかりを狙い、凄惨な制裁を加える赤と青の謎の通り魔に対し、人々の間には不安が蔓延している模様 —— 』

 

 ニュースでは赤と青の通り魔という烙印を貼られ。助けた筈の人がインタビューで恐怖におののいている。自分は正しいことをしているのに。間違っちゃいないのに。対価は称賛とは程遠い恐怖のみ。

 

「なんで……」

 

 何故だ。何故だ。

 前世とは違って力がある筈なのに。悪人を懲らしめる自分は正しい筈なのに。それなのにどうして恐れられる?自分は仮面ライダー、正義のヒーローなのに、どうして?

 今日だってそうだ。見たことのない仮面ライダーっぽい何かに変身したクラスメイトに、悉く邪魔をされてしまった。何故悪人を庇って自分の邪魔をする?悪いのはあいつらなのに。

 少年は一人、恨みの篭った声で呟いた。

 

「僕は……間違っていない」

 

 

 

 

 

 そして今。

 

「悪は、悪だ。悪は、滅ぼさなくてはならない。誰もやろうとしないなら、僕がやらなくてはならないんだ」

 

 譫言のように繰り返しながら、ふらふらと高架下の闇から顔を出す。辺りはすっかり夕暮れとなっており、夕焼けは憔悴したような顔の高山を紅く染めている。

 

「昔みたいに弱い自分じゃ無いんだ。その筈なんだ」

 

 うわごとのように繰り返す。そうでもしないと、拠り所がなくなってしまうから。

 

「そうだ。お前は変わった」

 

 カツンと、渇いた足音が響いた。高山が振りかえると、そこにはベージュ色のトレンチコートを見に纏った中年男性が立っていた。彼こそ、高山少年を転生させた張本人 —— ギフトメイカー・ティーダである。彼は煙草を吸いながら高山の肩に手を掛け、彼にある提案を持ちかけてきた。

 

「お前は正しい。お前に逆らう奴は皆悪だ。だから —— アクロスを殺せ。お前が正しく在るためにも、あの邪魔な似非ヒーローを始末しろ。

そうすれば、更なる力を与えてやろう。お前も欲しいんだろう?」

「……」

「力無き正義は正義に有らず、正義とは強者だけに許された特権。それは貴様が一番理解している筈だぞ?」

 

 容赦のない力の誘惑に苛まれる高山。ティーダはその様子を見ながらほくそ笑む。

 

「欲しいです。力を……僕が正しくあるための力を……」

「いい心意気だ。その調子で頼むぞ」

 

 その先は地獄だぞ、と。

 少年に声を掛ける者はまだいない。

 

 

 

 

 

 

 

 瞬達と別れ、一人で帰る志村。その顔は、何やら思い詰めたように見える。

 

「高山くんは……なんかおかしいよ……」

 

 志村は先程、ソレを目の当たりにしてして理解していた。あれは正義を建前にした、ただの暴力だと。罪を犯した者が悪とされるのには納得がいく。だが、正義とは、一方的に悪をいたぶるモノであっただろうか?

 

「……なんか我ながら哲学的なこと考えてるよなぁ」

 

 ただの高校生が考えるにはデカすぎるよなぁ、と呆れながら歩いていたのだが、ふと目をやった横の路地に見覚えのある人物の後姿を見た。その正体をはっきりと認識した時、志村はぎょっとした。

 

「高山くん……⁉︎」

 

 そう、先程まで仮面ライダー達と交戦し、命からがら逃げ延びたビルドオリジオンこと高山少年であった。

 あの姿は嫌でも鮮明に分かる。さっきまで見ていたのだから。

 どうやら彼は志村には気付いていないようで、暗い路地のさらに奥へと入っていく。志村は気づかれないように後を追う。正直言ってめちゃくちゃ怖いのだが、それ以上に好奇心がまさっていたのだ。

 それに、彼の言う正義に、志村は引っ掛かりを感じていた。もしかしたら、それがわかれば、高山の心を揺さぶれるのではないか。そう思っていた。

 

(無謀なのはわかってる……僕なんかじゃ何もできないのはわかってる……でも、あれは明らかにおかしい。あのままだと、皆も傷付くし、高山くんだってきっとまともでいられなくなる……そんなの、嫌だ)

 

 特別親しい仲というわけではないのだが、目の前で道を間違えている人間を見過ごすような非情さを、志村は持ち合わせていない。自分の苦悩にケリをつけるべく、志村は足を進めた。

 何かを殴りつけるような、鈍い音が聞こえる。路地の曲がり角から、恐る恐る覗いてみる。そこには。

 

「や、やめてくれ……しにたくねえよお……」

「お前たちを裁く……あっははははははははははは!」

 

 グシャァ!

 顔をパンパンに腫らし、額から血を流している男が、高山の変身するビルドオリジオンに殴られ、倒れる様子が見えた。よく見ると、周囲にも同じように全身あざだらけで気を失っている人が複数人いるのが確認できる。

 

「なんだあれ……あんなのが、正義?」

 

 ビルドオリジオンの作り出す凄惨なる光景に思考が混乱し、怯えながら後退りする志村。決心しても、いざリアルに見てしまうと中々にキツいものだった。

 

「違う……こんなの、違う……!」

 

 怯えながらも、志村は確信した。彼は正義の味方なんかじゃない。あれをそう呼んではならないと。

 そんな志村に見られていたとはつゆ知らず、悪人を制裁し終えたビルドオリジオンは次の獲物を求め、路地から出ようと動き出す。その時。

 

「見つけたぞ!」

「またお前か!」

 

 上から声がしたと思いきや、次の瞬間、ビルドオリジオンの立っていた場所に焦げ跡のようなものが発生した。近くに薬莢が転がっているのを見るに、どうやら銃的な何かを撃ってきた模様。

 ビルドオリジオンが空を見上げると、どうやっているのかは知らないが、そこには壁に張り付いた仮面ライダーG4が存在していた。もちろん、転生者狩りの変身したものである。

 

「さっきあれ程やられておいてまだやるとはな。余程この行為に執着してるようだな」

「煩い!僕の邪魔をしないでくれ……!」

「するさ。お前みたいな傍迷惑なエゴイストを生かしたら、世界が滅ぶ」

 

 転生者狩りは、懲りないオリジオンに呆れながら、地面に着地する。

 両者とも、互いが邪魔だ。そう判断してからは、早かった。ガッ!と、一瞬の内に互いの拳がぶつかる。初撃は相殺。すぐに互いに拳を引っ込め、次の一手をくりだそうとする。

 

(やばい!逃げなきゃ巻き込まれる!)

 

 唐突に始まった転生者狩りとビルドオリジオンの戦い。志村は巻き込まれないように、背後でした爆音に耳を塞ぎながら慌ててその場から逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 きっかけはなんだったか。

 多分、唯のこんな発言だった気がする。

 

「すっかり日が暮れちゃいましたし、今日は瞬のおうちで夕飯戴きませんか?」

 

 それに対し、困惑気味な反応の戦兎と万丈。というか人の家に招待するというのはどうなんだろうか。

 

「いいのか……?」

「いいんですよ〜。叔父さんも多分喜びますからねぇ」

「いやお前家族じゃないし!何勝手に人の家に他人招待してんだ!」

 

 こんな感じのやりとりがあった気がする。誰か止めて欲しかった。しかしもう時は遅し、家の前まで来てしまった。ちなみに志村とはもう別れた。アクロスの事とかは隠しようがなかったのでなんとか黙っててもらえるように話はつけたが、はたして大丈夫だろうか。そして何故かフィフティもついてきている。まさかコイツも飯タカるつもりなのではないだろうか。

 そんなことを考えながら、玄関の鍵を開ける。ヒビキとネプテューヌはちゃんと留守番していただろうか。年齢的には一人でお留守番できる年頃なのだが、それでも心配にはなる。親の気持ちってこんな感じなのだろうか。

 

「ただいまー、お前らちゃんと留守番してたかー?」

「してましたよぅ!私もバチりんとね!」

 

 —— いや待て。誰だ、今の声。

 今さっき瞬の声に反応したのは、明らかに大人の女性の声だった。しかもなんか聞き覚えがある。嫌な予感に身を包まされながら、灯りのついたリビングの扉を開ける。

 

お帰りなさい皆さん。おひゃまひてまふ(おはえりなはいみなはん お邪魔してます)

 

 何かを頬張るような声で出迎えられた一同。そこには、コーヒー入りのマグカップ片手に惣菜パンを頬張る成人女性の姿が。不審者・港トモリ、再来である。瞬は側に立てかけてあった箒を構えてトモリを睨みつける。

 

「お前は今朝の……!何勝手に上がり込んでんだ!しかも本日2度目ぇ!」

「誤解だよ誤解ぃ!私は教授にここで待ってるように言われただけだしぃ!今朝も今回も教授にアポ取ったし!」

「アポ取った……?」

「後で本人に訊けばわかるよ」

 

 本当かよ……と、トモリに疑いの目を向ける瞬。なんでここまで疑心暗鬼にならにゃあかんのだ。ホントここ最近は心身が疲れるような事ばかり続くものだ。

 一方、馬鹿こと唯は、瞬よりも親交が深いこともあってか、特に気にする事なくトモリに駆け寄っていく。

 

「あ、トモリさん来てたんだぁ。退院おめでとー!」

「唯ちゃんもヒビキちゃんもコンバンハー!私、港トモリ完全復活なーのよう!」

「イェーイ」

「うるさい馬鹿が増えた……」

 

 はしゃぐトモリと唯に呆れる瞬。ほんと何なんだこの人。なんで自分の周りはこんな感じのテンションの奴ばっかなのだろうか。

 

「なんだこの人。てかさっき教授って……」

「叔父さん、大学の先生やってんだ。確か考古学かなんかだったような……俺達にはあまり研究とかについては話さねーからよく知らないんだよ」

「そそ。私、教授のゼミに入ってんのよ。いやー世間って狭いんだなぁ。君教授のお子さんだったんだね」

 

 肩に手を回しながら瞬に擦り寄ってくる瞬。トモリさんや、貴女の無駄にでかい胸が当たってます、とは言いだせず、思わず顔を赤くする瞬と、それを見て不満そうな顔をする唯。

 しかしそんな幼馴染みの様子には気づかず、瞬はトモリに言葉を否定する。

 

「いや違いますよ」

「え」

「俺と湖森は小さい頃に親を亡くしてな。それで叔父さんの所に今いるってわけなんだよ」

「お前も色々苦労してんだな……」

「あー、なんかごめん。空気悪くしちゃった?」

 

 瞬の唐突なカミングアウトに対し、自分達も過去に色々と苦労してきた事を思い返し同情する戦兎と万丈の2人と、なんか踏み込んじゃいけない領域に踏み込んでしまい申し訳なく思うトモリ。だが瞬は笑いながら、

 

「まあ気にしてないさ。昔のことはあんま覚えてないし」

 

と水に流す発言をする。事実として叔父の元に来る前の記憶については朧げにしか覚えていないのだからそうとしか言えない。

 一連の会話で部屋がなんだか気まずい雰囲気になってしまった。一同がこれはどうしましょうかと悩んでいた所、その沈黙を打ち破ったのは唯だった。

 

「気まずい話はやめやめ!そろそろ叔父さんも帰ってくる時間じゃないの?」

「そうだね。晩御飯の支度しなくちゃ。ヒビキちゃんも手伝ってほら」

「ガッテン承知!もりもりいかせてもらうよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 小一時間後、皆で逢瀬家の食卓を囲んでいた。今晩のメニューは手巻き寿司。選りすぐりの特売品の魚介類を買ってきた甲斐があってか、かかった値段の割にはかなりたくさんの刺身が大皿に盛り付けられていた。

 戦兎や万丈はともかく、トモリまで当然のように参加しているが、環四郎はそこのところはあまり突っ込まないようだ。

 

「悪いな、晩飯までご馳走してもらって」

「良いってもんよ。ここで会ったのも何かの縁だよ、縁」

「お前余所者の癖に何言ってるんだ」

 

 なんでこの幼馴染みは当たり前のように逢瀬家の一員を気取っているのか。もう慣れたことなのであまり強くは言わないが、少しは遠慮してほしいものだ。

 

「瞬くんが世話になったようだね。うん、君も食べていきなさい」

「世話になったのはこちらですけどね……ではお言葉に甘えて」

「うん、それと、いくらアポ取ったといえど平日の早朝に来るもんじゃないよ。ゼミの課題については覚悟すること」

「職権濫用反対!」

 

 流石に温厚な環四郎でも、非常識判定を下さざるを得なかったようだ。泣きついても意味ないだろう。というかそこはちゃんと指摘するんだな、と瞬は失笑していた。

 

「手巻き寿司かぁ。普通の寿司が良かったなぁ」

「勝手にタカリに来といて文句言わないの」

 

 図々しくも文句を言う唯を批判する瞬。一方、ネプテューヌは環四郎にある事を聞いてくる。

 

「そういえば叔父さん、例のアレ買ってきてくれた?」

「もちろん。ほら、あそこにあるだろう?週刊少年ジャパジン最新号」

「ありがとうございます!私、感無量!」

 

 部屋の入り口あたりにあるビニール袋を指差した環四郎に、ネプテューヌはオーバーリアクション気味な礼をする。

 

「おいお前、まさか叔父さんをパシってたのか?」

「いや本人快諾してるからパシリじゃないかも」

 

 だからといって家主をパシるんじゃない。ああ見えて叔父も忙しいのだ。そこにヒビキからのいたーい援護射撃が容赦なくやってくる。

 

「だってねぷねぷ金銭感覚ゆるキャラだし……好きあらばゲームとプリンにつぎ込みかねないもん」

「小学生からこんなこと言われてて恥ずかしくないんですか自称女神さん?」

 

 瞬のその言葉に思わずネプテューヌも痛いところを突かれたような顔にかる。そう、こいつは現在居候の身。瞬からすれば、女神を自称するイタいロリでしかないのだ。だって女神らしい所一度も見てないし。

 とはいえネプテューヌも黙って聞いていられるような奴ではない。彼女なりの主人公と女神の矜持にかけて、すかさず反論する。

 

「いや女神だし!主人公ですしおすし!いや待って、この作品だと私は主人公じゃない可能性が微レ存……?」

「寝言は寝て言うもんだ。それよりお前、さっきからシーチキンばっかとるんじゃねえよ」

「太いシーチキンが美味しい……」

「そこにナスをドバーっと出してやったぜ」

「ナスらめえええええええええええええええええ!てか寿司に入れるモノじゃないよねコレ⁉︎」

「好き嫌いを克服する為だ。やむを得ん」

「あんた……オニだよ」

 

 口論の結果、ネプテューヌの苦手な茄子を利用した瞬に軍配が上がった。横で一部始終を見ていた唯からブーイングが飛んでくるが知らない知らない。

 

「いやー、瞬ってばひどいよねー。いたいけな幼女にそんな非道な行いをするなんて、非常識にも程があるよ!」

「お前もだ。人の家で好き勝手するんじゃねえ」

「びぎゃああああああ!」

 

 物のついでに、人の家で好き勝手やってた唯に軽くお灸を据えるべく、瞬は近くにあったワサビのチューブを手に取り、唯の取り皿に置いていた巻き寿司にコレでもかというほどの量のワサビをぶっかけた。

 

「少しは遠慮というものを覚えろってんだ」

「許さねえ……!」

 

 キレた唯は自分の指にワサビを塗ると、その指を瞬の鼻の穴にがしっと突っ込んだ。つんとくる衝撃が瞬を襲い、思わずのたうちまわってしまう。

 

「ぬぎゃああああああああああああ!何してんだぁ⁉︎」

「仕返しだよ」

「醤油かけるぞ醤油!」

「2人とも食べ物で遊ぶなよ。高校生だろ」

 

 戦兎のごもっともな指摘で鎮静化したようだ。その後は瞬も唯も小さくなり、黙々と食事をするのであった。

 

 

 

 

 

 

 その後は万丈がチビ2人の遊びに付き合わされてたじたじになったり、環四郎のオヤジギャグ260連発が全部大スベリして場の空気が凍えたりと色々あったのだが、今夜はそろそろお開きという雰囲気になりつつあった。

 寝ているヒビキとネプテューヌの2人に挟まれて寝落ちしている万丈に、片付けをしている瞬と湖森、ソファーで眠たそうに目を擦る唯といった具合に、結構ぐだぐだしてきていた。

 

「おーい唯、寝るなよー。早く帰らないと学校に連絡入れられて面倒なことになるぞ?」

「無断外泊がなんのもんだい。うちの親も瞬の家なら安心だって言ってるのは知ってるでしょ」

「駄目だこりゃ」

 

 普段よりも明らかに間の抜けたような唯の声に、あれは近いうちに寝落ちするなと確信する。とはいえ、本日は2回も戦闘を行い、瞬もだいぶ疲れているのも事実。気を抜くと皿を落として割ってしまいそうになるのを、なんとか堪えている状態だ。

 そかに、手持ち無沙汰だったトモリが声を掛けてきた。

 

「おーい瞬くん」

「なんすかトモリさん。何なんですか一体」

「なんでそんなに嫌そうな顔するのさ。酷いなぁお姉さん傷ついたぞぅ」

「水の音であんま聞こえないんで後にしてくれませんかね?」

「お兄ちゃん行ってきたら?この量なら私一人でなんとかなるからさ」

 

 妹の言葉に甘え、一旦台所から離脱する瞬。座布団にあぐらかいているトモリは、隣の誰も座っていない座布団をポンポンと叩いて瞬を誘う。瞬は誘われるがままトモリの隣に座り、欠伸を一つする。

 

「なんすか、一体」

「今朝のアレ、ちゃんと伝わってなかったみたいで。もう一度言っておこうかなって」

「そもそも俺とアンタはほぼ接点ないんですよ?単に知り合いの知り合いという程度でしか無いんだけど……」

「それでもさ、私は君に感謝してるんだよ」

 

 唐突な感謝の言葉にハテナマークを浮かべる瞬。かれからすれば心当たりが無いので仕方ないのだが、トモリからすれば結構大事な事らしい。トモリは、頭を掻きながら話を続ける。

 

「いや、あのさ。君は知らないだろうけど、春に出くわした児童誘拐犯の怪物、私の友達だったんだ。私は何度も止めようとしたんだけど、普通の人間だったから無理だった。出来たのは、連れて行かれそうになっていたヒビキちゃんの救出だけ」

「あんただったんだな、ヒビキを助けたのって」

「目の前で友達が間違った道を進んでるのに、私は何もできなかった。だから、代わりに止めてくれた君に礼を言わなくちゃいけないんだ。そう思ってたら、居ても立っても居られなくてね。ありがとう、ね」

 

 面と向かって伝えられた、明確な感謝の言葉。その言葉には、嘘偽りはなかった。

 あの時はアクロスになったばかりで周囲に流されてばかりだったし(今も大概だが)、無我夢中で湖森達を守ろうとしていただけで、そこまでは知らなかったのだが、こうして改めて感謝されると、なんだかむず痒い気分になる。

 

「俺はただ、俺の大事なものを守ろうとしただけだって。あの時はがむしゃらだったし……」

「それでも、救われた人間は確かに居たよ。なんにせよ、君は私の恩人だよ」

 

 トモリはそう言うと、立ち上がって自分の鞄を手に持つ。

 

「ごめんね、おしかけちゃって。私はそろそろおいとまさせてもらうよ。グッバイ」

「トモリさん、帰り道気をつけてねー」

 

 帰っていくトモリを台所から見送る2人。丁度皿洗いも終わったので、トイレにでも行こうと瞬は廊下にでる。

 すると、廊下に戦兎がいた。まるでずっと瞬を待っていたかのように、腕を組み、壁に背中を預けた状態で立っていた。瞬は少し考えて、こう切り出した。

 

「戦兎、少し話がしたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自宅から近くの公園。夜遅くということもあり、誰もいない静まりかえったこの場所に、2人はいた。

 

「で、話って?」

「……アンタも仮面ライダーなんだろ?アンタは……戦兎は、そこの所をどう思っているんだ?」

 

 そう。瞬は、先輩ライダーとしての桐生戦兎と話したかったのだ。瞬はまだ仮面ライダーになって日が浅い。まだ悩んまり迷ったりを繰り返すひよっこといっても過言ではない。他のライダーといっても、あの転生者狩りはあまり話し合える様子ではないし、こうして他のライダーとまともに話せる機会というものは初めてであった。

 それに、昼間のオリジオンとして戦う高山の姿を見て、瞬はあることが気になっていた。戦兎は、仮面ライダーというものを、ヒーローというものをどう考えているのか。高山は、正義という一言の為だけに戦なっていたが、瞬からすれば、あれは正義とは名ばかりの蹂躙にしか見えなかった。そんな彼の様子を見ていたからこそ、瞬はこの問いを投げかけたのかもしれない。

 

「そうだなー。どう思っているか……って言われてもなぁ」

 

 戦兎は暫く考えた後、こう言った。

 

「俺は愛と平和のために、それを信じて戦った。辛い事だって数え切れないほどあったし、救えずに取りこぼした事だってあった。それでもさ、俺は信じてたんだ。愛と平和を胸に生きていける世界を創れるってさ」

「愛と平和……かぁ」

「そ。愛と平和のヒーロー、それが仮面ライダービルドなのさ。俺にとっての仮面ライダーとは何か、と訊かれたらこれが答えになるのかもしれないな。ならさ、お前にとってのアクロスってどんなのだ?」

 

 戦兎にとってのビルドとは、そういうものなのだろう。では、自分にとってのアクロスとはなんなのだろうか?瞬はそう考えていた。まだ瞬はアクロスになって短く、半ば無理矢理巻き込まれたようなものであるために、そういった確固たるものはまだない。

 戦兎に問いかけに頭を悩ませている瞬の様子を見た戦兎が、瞬に助け舟を出す。

 

「初めて変身した時のことを思い出してみろよ。その時どう思い、何を考えていたか。きっとそれがヒントになるだろうさ」

「……」

 

 初めて変身したあの日を思い出す。

 炎の中、怪人達に囲まれて命の危機に晒された唯を助けたいという一心で、変身し無我夢中で戦った。あれが一体何だったのかは未だによく分からないが、戦いが終わり、無事だった唯を見てホッとしていたのはたしかに覚えている。

 春休みに湖森達が攫われた時も、同じだった。状況が自分を置いてけぼりにしていく中で、その思いだけが瞬にとって確かなモノであった。そして、湖森やヒビキ、まだ面識のなかったトモリを救うことができた。

 

「守りたい……あの時、唯や他の皆を守りたいって、その一心でがむしゃらに走ってたんだ」

「なら今はそれでいい。焦って考えなくていいんだよ。その気持ちを忘れずにいれば、自ずと分かるって」

「なーにこそこそ語り合ってんだ。俺も混ぜろや」

 

 2人に声がかけられる。振り向くと、公園の入り口に寝落ちしていたはずの万丈が立っていた。よっ、と手をあげて挨拶し、彼は公園に入ってくる。

 

「万丈……」

「あれ、寝てたんじゃ」

「悪いな、途中から聞いてた」

 

 笑いながら此方に歩いてくる万丈。その顔は何故かしみじみとしているように感じられる。

 

「お前らの話聞いてたら、随分と懐かしいこと思い出しちまったよ」

「?」

「前に戦兎が言ってたんだよ。誰かの力になれたら、心の底から嬉しくなって顔がくしゃっとなるってな。最初に聞いた時はそんな余裕なくて、なんか……アレだったけど、俺も今ならそれが分かるんだ」

「万丈、ちょっとそれ言われるの恥ずかしいんだけど。てかアレって何。語彙力仕事してちょ」

「元々お前から言い出したんだからいいだろ。それに語彙力は関係ないだろ!」

「この会話の流れで馬鹿丸出しな台詞聞かされる俺の気持ちをだな」

「筋肉つけろよ本日2度目ぇ!」

 

 やいのやいのと騒ぎ始める2人を見ながら、瞬は考えていた。

 誰かのために。それが桐生戦兎の、仮面ライダービルドの原動力であるのだ。青臭く感じたが、それでも瞬にとっては輝いてるように感じられた。

 

「それが戦兎の原動力、ってコトか?」

「……まあそんな感じだ。例えこれから先も戦うことになっても、この理由は忘れたくない。お前にもきっと、わかる時が来るはずさ」

 

 戦兎は照れ臭そうに笑いながら、自分の掌を見つめる。

 

「帰るぞ」

「もうかよ?」

「長居しちゃあ瞬達に悪いだろ」

「そうか、なら気をつけて」

「ああ。あのオリジオンとかいう奴を見つけたら連絡をくれると助かる。こっちも見つけたら知らせるからな」

 

 戦兎はそう言うと、スマホとフルボトルをコートのポケットから取り出して、そのボトルをスマホに差し込む。すると、スマホがガシャンガシャンと変形し、一台のバイクに変化した。

 呆気に取られる瞬の前で、戦兎はヘルメットを被りバイクに跨る。万丈も同じようにヘルメットを被って戦兎の後ろに座る。

 

「夕飯、美味かったぜ。ご馳走様」

「それじゃあまたなぁ!」

 

 エンジン音を夜空に響かせながら、2人の乗ったバイクが去っていく。瞬は闇夜に溶け込みながら小さくなっていく2人の後ろ姿を見つめながら、戦兎や万丈から聞いたヒーローの流儀を、頭の中で反芻させるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。ティーダに連れられ、高山は駅前にやって来ていた。休日だが、相変わらず人の往来は盛んであり、2人も完璧に雑踏に溶け込んでいる。

 

「さあやれ。あそこに裁くべき悪がいる」

 

 ティーダが指差す先には、髭の濃い小太りの中年男性が、ベンチに座ってスマホで電話している。ティーダは、力を振るうことを促すように高山の耳元で囁く。

 

「奴は極悪詐欺師だ。金を騙し取って何人もの人生を破滅に追い込んでいる……許せないだろう?」

「……」

「何を戸惑う必要がある?悪人に情けを掛けるのが、お前の強さだというのか?転生者は神に選ばれた者だ。選ばれし者が、そうでない者を気にかける必要は無い。好きなだけ暴れろ」

 

 ティーダは半ば強引に高山の背中を押し、詐欺師の前に行かせる。当然ながら、詐欺師は突然自分の目の前で立ち止まった見ず知らずに少年に対し、怪訝そうな顔をする。

 そんな彼に対し、高山はぼそりと宣告する。

 

「……お前を裁く」

「なんて?」

《KAKUSEI BUILD》

 

 高山は、公衆の面前でビルドオリジオンに変身し、詐欺師に掴みかかった。首を掴まれた彼は大きな悲鳴をあげながら足をバタバタと動かすが、当然ながら何の効果もない。何気ない日常風景が一気に戦場に塗り替えられ、取り乱した周囲の人々が一斉に逃げ出す。

 

「悪は、滅べ」

 

 ビルドオリジオンの手の力が強くなり、詐欺師の顔が青くなっていく。

 

「よせ高山ぁ!」

「これ以上力を振るうのはやめろ!」

 

 その時、彼に呼びかける声がした。何処か聞き覚えのある声に振りかえると、そこには2人の仮面ライダーがいた。逢瀬瞬と桐生戦兎。昨日と同じように、またまた邪魔者が現れた。

 

「これ以上手を汚したら……きっと、お前は後悔する」

「悪を裁けばヒーローって訳じゃないんだ!考えなおせ!」

 

 2人は必死に呼びかけるが、高山はそれを無視して詐欺師の首を更に強く締め上げる。高山の元へと駆け出そうとする瞬達だが、彼らの前にある人物が現れ、2人の足を止めさせる。

 

「あら、また会ったわねアクロス」

「お前は前に……」

 

 瞬達の前に立ちはだかったのは、偽者の赤龍帝を相手取った際に乱入してきたゴスロリ少女、リイラ。ボリューム溢れる紫髪を触手のように靡かせ、太陽を背に微笑を浮かべる姿は、妖艶さと不気味さを漂わせている。

 

「……何、貴女」

「ん?もしかして私に言ってる?」

 

 瞬達について来ていた唯は、震える声で呟く。リイラは、一瞬眉をひそめながら唯の方を見るが、気の所為か、と言った感じにすぐに視線を瞬の方に合わせる。

 

(何故なの……?なんなの、この既視感……初めて出逢うはずなのに、なぜかこの子を他人とは思えない……!)

 

 これまでに感じたことの無いような、理解し難い感覚が唯の全身に纏わりつく。なんなのだ、これは。相手が何かをしているわけでも無いのに、自分の奥底から何かが湧き上がって膨れ上がるような、混ざり合って拡散するような、気持ち悪い感覚に、唯の思考が侵されてゆく。

 そのまま倒れそうになる唯だったが、すかさず瞬が唯を受け止める。

 

「大丈夫か……?お前、気分でも悪いのか?凄い汗だぞ」

「大丈夫!大丈夫だから……うん」

「だからついてくるなって言ったのに。危ないから離れていろ」

 

 瞬と戦兎の心配を振り切り、唯は自分の足で立ち上がる。慣れたのか、あの感覚はさっきよりはマシになったようだ。リイラを見ると、変わらず妖艶な笑みを浮かべている。

 

「邪魔しないで欲しいのよね……そこの役立たずの駄女神はともかく、仮面ライダーにこれ以上邪魔されたくないのよね」

「私をみくびらないで欲しいなぁ!いくら体が鈍ってるといえど、ちょっと酷くない⁉︎ ねぷはーとは繊細なんだから!」

「お前の何処が繊細なんだよ。めっちゃ図太いよ」

 

 繊細な奴は居候先の家主をパシッたりしねーよ、と心の中で突っ込む瞬。なんかネプテューヌと話していると、ちょくちょくシリアスがシリアルになるのだが、何故なのだろうか。

 

「前のオリジオンは欲まみれで暴走してたからねぇ……その分、今回のは扱いやすいわ。正義だのなんだの言いながら、本心では力を奮いたいだけの子供。憧れのヒーローの力を貰ったのに、結局はただの醜いバケモノ……最高に無様だと思わない?」

 

 高山の様子を見て、心底くだらないと言わんばかりに嘲笑するリイラ。彼女はこの状況を楽しんでいるのだ。高山が暴れることで傷つく人が出ることも全く気に留めていないのだ。まるでテレビの中の出来事のようにこの事を見ているリイラに、瞬達は異常さを感じていた。

 リイラのいかにも他人事です、といった態度に怒りを感じた唯は、リイラを問いただそうとする。

 

「貴女達は一体何者なの、答えて!」

「ギフトメイカー。転生者を統べるすごーい人よ?」

「ギフトメイカー……何よそれ」

 

 聞き慣れない単語に、生粋のオタクである唯も流石に困惑する。いきなり何を言い出しやがるんだこいつは?

 

「転生者は皆私達の下僕なの。彼もそう、私達の為に働く兵隊さんでしかないのよ」

「転生者……?兵隊……?何を言ってるんだ?」

 

 心底嬉しそうに笑うリイラだが、瞬には彼女の言っていることがさっぱりわからない。一瞬妄言の類かと思ったが、どうやらそうではないらしい。困惑する瞬の様子を見たリイラは、先程とはうってかわって心底呆れたと言わんばかりの顔を見せる。

 

「モブキャラ風情には理解出来ないでしょう。お喋りはここまで、さあ死んで!ここでヒーローごっこを終わりにして!ガングニール、出番よ!」

 

 リイラがそう叫んだ瞬間、背後から何者かが瞬に飛びかかってきた。瞬はそのまま殴り飛ばされ、近くの街路樹に身体を打ち付けられる。痛みに悶えながら襲撃者を見上げると、そこには見覚えのある姿が。

 

「HAaaaaaaaaaa……っ!」

「またお前かよっ……!」

 

 全体的にゴツいフォルム。オレンジと白が混じりあったような鋼鉄の鎧を見に纏った姿。春休みに学校でネプテューヌと出逢う直前に戦ったあのオリジオンであった。オリジオンは獣の如く低い唸り声を上げながら、リイラを守るかのように立ちはだかる。

 リイラは倒れ伏した瞬を鼻で笑い、オリジオンに追撃を命じる。

 

「コイツは俺に任 —— 」

《GAO FORM》

 

 ガングニールオリジオンに立ち向かおうと、万丈がビルドドライバーを装着したその時、オリジオンの背後から電子音声が聞こえるとともに、何者かがオリジオンをその背後から思いきり斬り付けた。火花を散らしながらよろめくガングニールオリジオンは、キレ散らかしたかのように腕を振り回すが、その襲撃者は剣でその攻撃を受け止める。

 

「のこのこ顔を出してくるとは、随分と余裕があるじゃねぇか。シャクに触る」

「次は牙王……ほんと、転生者狩りもネタが尽きないわね」

「手数は多いに越した事はないだろ」

 

 仮面ライダーガオウに変身した転生者狩りは、鼻で笑いながら、リイラに殴りかかろうと地面を強く蹴って動き出す。そこにすかさずガングニールが割って入り、そのパンチを身体全体で受け止める。

 転生者狩りはすぐさま拳を引き、ガングニールの脇腹にハイキックを叩き込もうと脚を振り上げるが、それもガングニールの腕で阻まれる。どうやら一筋縄ではいかないらしい。立て続けに攻撃を防がれた転生者狩りは、一旦距離を取って立て直そうとする。

 

「俺と瞬でビルドオリジオンをなんとかするから万丈はあの怪人を!」

「わかってらぁ!変身っ!」

《wake up burning!Get CROSS-Z DRAGON!Yeah!》

 

 ビルドの指示を受けながら、万丈はクローズドラゴンにドラゴンボトルを挿し、それをビルドドライバーにセットする。そして走りながらベルトのレバーを回し、クローズに変身しガオウに加勢する。

 

「おらぁ!」

「iaaaaaaaaaaaawaaaaaaa!」

 

 ガングニールオリジオンはクローズに変身した万丈の飛び蹴りを受けて数歩退くが、あまり効いていないのか、すぐ様対応して地面にその剛腕を叩きつけ、地面を大きく揺らしてきた。ガオウも万丈も揺れでよろけたのを好機と捉えたのか、ガングニールオリジオンは首元の黒いマフラーのような部位を触手のように伸ばし、それで2人に追撃を加えてきた。

 

「パワーだけじゃない、か。前よりは賢くなっているようだな」

「なんかいやらしい戦い方だなこいつ……」

 

 起きあがろうとする2人に再び触手攻撃が迫る。しかし、クローズは横に転がって回避し、ガオウは逆に触手を掴みとってガングニールを引っ張り始めた。

 

「Aa⁉︎ 」

「2度も同じ手は食らわねえよ」

 

 ずるずるとガングニールオリジオンは転生者狩りの足元まで引き摺られると、その腹を思い切り踏みつけられた。触手をがっちりと掴んだまま、ガングニールはガシガシと蹴られたり踏みつけられたりと好き放題にされる。これではどちらが仮面ライダーなのやら、と言いたくなるような戦い方である。

 

「Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa‼︎ 」

 

 身動きのできなくなったガングニールは、けたたましい雄叫びを上げた。それは空気や大地はおろか空間そのものを震わせるが如くの衝撃だった。爆音に包まれる中、ガオウは何かに気づいたように足を止めるが、次の瞬間、ガングニールを中心として小規模な爆発が起きた。

 そして爆煙の中、ガングニールは立ち上がる。時間差で爆発を起こす音波攻撃。奇襲性は抜群、それをモロに食らったガオウはただでは済むまい。理性を殆ど失いながらも、僅かに残った理性でそう確信していた。

 しかし。

 

「おらあああああっ!」

 

 敵はもう一人いるのだ。

 爆風の中を突っ切り、クローズが突っ込んできた。手には片手剣・ビートクローザーを構え、雄叫びを上げながらそれをガングニールに対して振り下ろしてきた。

 

「がっ」

 

 火花を散らして小さくのけぞるガングニール。そこに背後から、

 

《デス・ザ・クライシス!デンジャラスゾンビ!》

「ぬうん!」

「Gyaaっ⁉︎ 」

 

 聞いた事のない変身音がした直後、爆煙の中からガングニールの首目掛けて肘鉄が炸裂した。

 煙が晴れると、そこには黒いトゲトゲした頭部に、マンガのような瞳、黒い体躯に骨を連想させる白い装甲 —— 仮面ライダーゲンム・ゾンビゲーマーに変身した転生者狩りがいた。

 

「ハンティングゲームの始まりだ。覚悟しろよ?」

 

 

 

 

 一方、リイラを引きつけることになったネプテューヌ。何処からか木刀を取り出して構え、ドヤ顔をしながら自信満々な台詞を吐く。

 

「君の相手はこの私だよ!女神モードじゃ無くても割といけるんだからね!」

「出しゃばるなよ女神の出涸らし風情が。女神化出来ない貴女なんか敵じゃないわ」

 

 リイラは辛辣な言葉を吐き返し、ネプテューヌを指差す。すると、リイラの指先から紫色のビームのようなものが瞬時に発射され、一瞬のうちにネプテューヌの頬を掠め、地面を焦がした。

 ビームが命中し、ぷすぷすと煙を立てる地面をチラリとみて、ネプテューヌはかなり冷や汗をかいていた。コレは油断出来ない。ゲイムギョウ界を何度も救ってきた歴戦の女神だけあって、いやでも理解できてしまう。

 と、目つきが鋭くなったネプテューヌに対し、リイラがある質問をする。

 

「そういえば気になってたんだけどさ」

「?」

「女神って食べたら美味しいの?」

「……それは性的な意味?それとも物理的な意味?」

 

 あまりに唐突で、突拍子もない質問に、流石のネプテューヌも若干引き気味に質問で返す。某殺人鬼だったら質問を質問で返すなとブチ切れてるところであるのだが、リイラは、

 

「この姿を見たら分かるでしょう?」

 

 と、不敵に笑いながら髪を結んでいたゴムを外す。すると、彼女の背中を突き破るかのように、触手やら蜘蛛の脚のようなものが一斉に生えてきた。リイラの額には触覚のようなものも生えており、全体的に気持ち悪い雰囲気がダダ漏れである。

 ぽけーっとその様子を見ていたネプテューヌだったが、我に帰って一言。

 

「何?貴女って蠱惑魔のカードの精霊だったりするの?私決闘者じゃないんだけどなー困っちゃうn」

 

 リイラの変わりように驚きながら感想をベラベラ述べてるネプテューヌだが、それを言い終わる前にリイラの触手攻撃が無慈悲に彼女を襲った。ネプテューヌを足元の地面ごと抉るような一撃だった。触手の先端には食虫植物の花弁を思わせるような部位があり、そこから垂れる液体で触手の通過したルートはドロドロに溶けていた。しかしながら、地面の腐食によって発生した煙の中にネプテューヌの姿は無い。

 そのことに対し意外そうな反応を見せるリイラだったが、直後に背中にガキンッ!と硬いものがぶつかるような音がした。振り返ると、無傷のネプテューヌがリイラの背中から木刀を振り下ろしていた。リイラは咄嗟に触覚で防いでいたが、不意打ちを仕掛けられたことに対し苛ついたので、背中の蜘蛛の脚でそのままネプテューヌをがっしりと捕らえてしまう。

 

「ぬぁっ!コレは……」

「飛んで火に入る夏の虫、ね。自分から皿の上に乗っかってくれるなんて、随分とサービス精神旺盛な食材よねえ?」

「へっ!生憎これで終わるようなら何作品もゲーム作られないのだよ!ドヤァ!」

 

 嬉しそうに舌舐めずりをするリイラだったが、ネプテューヌはメタさと自信に溢れた台詞を吐く。すると、ネプテューヌの持っていた木刀にパキリとヒビが入る。それは次第に広がっていき、しまいにはバキバキに折れてしまった。

 

「あらあら、威勢のわりには情けなくてよ?」

 

 唯一の武器を失った自称女神を笑うリイラであったが、直後、背中の蜘蛛の脚と触手が全て同時にズバァッ!と焼き斬られた。またまた意外そうな顔をするリイラ。拘束を抜け出したネプテューヌは、リイラから離れた位置に着地する。その手には先程までは無かったビームサーベルのようなモノが握られている。

 

「木刀の中にビームサーベルねぇ……女神らしからぬ卑怯な手を使うのね。親近感湧いちゃうわ」

「そりゃあ我がプラネテューヌが誇る最新のブツですし?中からビームサーベルの5、6本はで、出ますよ」

 

 そう威勢よく切り返すネプテューヌだったが、内心は、

 

(マズイよこれ……女神の力無しで行ける気しないんですけどぉ!)

 

 結構ピンチだった。

 色々と事情があって、彼女は現在女神としての力が使えない状態にある。雑魚モンスター相手ならともかく、目の前のリイラは女神の力無しでは勝てそうにない。というか、あっても自分一人では正直言ってキツイかもしれない。

 そんなネプテューヌの心情も梅雨知らず、リイラは不敵な笑みをこぼす事なく着実にネプテューヌに歩み寄ってくる。

 

「さあ、私を楽しませて。食事は楽しむモノだから、ね?」

 

 

 

 

 アクロスとビルドがビルドオリジオンと交戦を始めて少し経った頃。

 

(ああ……本当に僕はついてないなぁ)

 

 戦場から少し離れた、駅の入り口。そこに志村優始は座り込んで身を隠していた。

 休日だからと出かけてみたのが運の尽き、また仮面ライダーと怪人の戦いに巻き込まれてしまったのだ。志村も逃げようとしたのだが、躓いて転んだり他の人達に突き飛ばされたりして逃げ遅れ、こうして建物の影に隠れる他無くなったのだ。

 

(てか……逢瀬くんが戦ってる相手って、高山くんだよね?)

 

 しかもよくよくみてみると、怪人の方は昨日と同じ —— すなわち、高山であった。彼が怪物になったことについても、仮面ライダーのあれこれについてだのと色々と理解が追いついていないのだが、こうして目の前の戦いを見ていると、アレは現実だったのだと改めて思い知らされる。

 しかし、そんなことよりも志村にとって重要なことがあった。戦場からの離脱である。逃げ遅れた今になって動いたらどんな目にあうか、志村の鈍い頭でも充分想像できる。だからここから動きようもないし、出来ることといえば観察だけ。このような理由から柱の影に隠れて戦いを見守っていた。

 が。

 

「邪魔をしないでくれっ……この力がなきゃ……ヒーローじゃなくなる!僕は僕じゃなくなるんだよ……!」

「そこまでして固執するのかよ……!考えて直せたかやぐはあっ!」

 

 必死に抵抗してくるビルドオリジオンに尚も言葉をかけるアクロスであったが、オリジオンに腹を蹴られ、志村の隠れている駅舎の方へと吹っ飛ばされる。そして、ゴロゴロと地面を転がって此方まで飛んできたアクロスと目が合う。

 

「うわあああああああああっ⁉︎ 」

「っ!まだ逃げ遅れた人が —— って志村ぁ⁉︎ 」

「は、はいドーモ志村デス……」

 

 申し訳なさそうにちぢこまる志村。邪魔になっているのは重々承知なのだが、仕方ないのだ。

 

「ごめん、逃げ遅れた……」

「お前なぁ……」

 

 溜息をつくが、今更逃げるのは厳しい。アクロスは志村に、その場から動かないように念を押して言うと、再び戦闘に戻ろうとする。

 が、志村はそんなアクロスを呼び止める。

 

「ねえ」

「?」

「あれって、やっぱり高山くんなんだよね?」

「ああ……俺も初めは驚いていたけどな」

「ずっと考えていたんだ。高山くんがやってることが本当に正しいかって。でも……やっぱりおかしいよ。あれが正義の行いだって、僕はどうしても思えないんだ」

「そこで何をしている?」

「「⁉︎」」

 

 二人の会話に割って入ってくる声。同時に、一人奮戦していたビルドが吹っ飛ばされて転がってくる。見ると、ビルドオリジオンが息を切らしながら此方に歩いてくるのが見える。

 

「戦兎!」

「大丈夫だ。こいつ、昨日よりも容赦が無くなっている」

「何で僕の邪魔をするのさ!僕は正義のヒーローの筈だ!僕の行いは、賞賛されるべきものなんだぞ……ああ、僕は正義のヒーロー、正義のヒーロー正義のヒーロー……」

 

 切羽詰まったような声で、まるで自分に言い聞かせるように叫ぶビルドオリジオン。正義のヒーローだ、とうわごとの様に繰り返し呟きながら歩み寄ってくる様は、とてもじゃないが正気の沙汰とは思えない。

 だが、瞬は、明確にそれを否定する。

 

「お前なんかが正義のヒーローのわけ無いだろ、自己中野朗!」

「なん、だと」

「根本的な事を言うぞ。()()()()()()()()()()()()()()()()。他人の事を本気で助けたい、誰かの力になりたいって心の底から思えるからヒーローなんだよ。だからお前も憧れたんじゃないのか⁉︎ 」

 

 戦兎は「誰かの力になれたら、心の底から嬉しくなって顔がくしゃっとなるんだよ」と言っていた。たとえ力が無かろうと、そう言った思いやりの心を持ち、それを実践出来るからこそ、ヒーローはヒーローたり得るし、憧れの対象にもなる。だが、自分勝手な正義に酔ってはならない。ましてや、悪人だからと言って容赦なく叩きのめす様な奴が善人である訳がない。罪を憎んで人を憎まず。それが出来ておらず、ヒーローの力に溺れる高山を、瞬は否定する。

 ビルドオリジオンは動揺したかに見えたが、それを否定するかの様に、自らの正義を否定する瞬を排除しようと拳を振り上げる。

 

「だって君、悪い奴を叩きのめしてる時、どんな気持ちだった?」

 

 そこに、志村が口を出した。ビルドオリジオンは、振り上げた拳を止め、志村を見つめる。足は震え、歯はガチガチと鳴っており、全身から恐怖が溢れ出ている。それでも、言わなくてはならない。そう決心し、なけなしの勇気を振り絞って志村は続ける。

 

「昨日、見たんだ。逢瀬くん達と別れた後で、君が人を襲っているところを」

「……」

「その時の君は、笑ってた。人を痛めつけながら、笑ってた。僕は怖かった……あんなの、ただ暴力を振るってるのを楽しんでるだけじゃないか!」

 

 志村の言葉に、ビルドオリジオンは怒りを露わにする。否定したい事実を口にする目の前に少年を排除しなければならないと、焦りがどんどん大きくなる。

 そして志村は、その言葉を口にする。高山を否定する、鋭い言葉の刃を。

 

「ヒーローって、あんなことするかな?僕は……あれを見て、君を正しいなんて到底思えない」

「このっ……何も知らない、力もない弱虫の分際で!」

 

 ビルドオリジオンは激昂し、志村に殴りかかろうとする。が、間一髪、アクロスがその拳を掴んで止める。

 

「志村の言う通りだ。今のお前は悪を捌いてるんじゃない。力を振るう相手に悪人を選んでるだけなんじゃないのか?お前も薄々気づいてるんだろ?」

「今のような行いをする奴を、ヒーローとは言えない」

「煩い……!おまえらに何が分かる!」

「正義を力を振るう言い訳にするな!本当に正義の味方になりたいなら!まず心で示さなきゃ駄目なんだ!」

「目を覚ませ!お前が向かう先にあるのは善悪の関係ない無だ。力を振るわずともできる正義はある!それでも駄目な時に代わりに戦うのが、ヒーローだ!」

 

 2人の“仮面ライダー”の言葉に動揺したような素振りを見せるビルドオリジオン。その一瞬の隙を突き、ビルドとアクロス、2人のライダーのパンチが彼の胴体に滑り込むようにして突き刺さる。膝をつき、ビルドオリジオンから高山の姿に戻る。オリジオンとしての姿を維持できなくなる程に消耗したのだ。

 傷つき倒れた高山。しかし、彼は尚もうわ言のようにこう繰り返す。

 

「僕は……ヒーローだ。でなければ、僕のこの正義感は無意味になってしまうじゃないか……」

 

 正義を成すための力が、いつしか目的と手段が反転し、力を振るうための言い訳としての正義という形になってしまった。正義のヒーローとしては、最高に皮肉なものである。

 これで本当に終わったのか。それを確かめるべく、瞬はその場に座り込んだ高山に近づく。しかし、

 

「お前の妄執はその程度か?」

「⁉︎」

 

 そこに、ずっと傍観していたティーダが割って入る。ティーダは仮面ライダー達には目もくれず、座り込んでいる高山の腕を掴んで無理やり立ち上がらせ、発破をかけはじめた。

 

「正義のヒーローになりたいのだろう?なら、邪魔する悪を討て。その為の力を与えてやったのは誰だと思ってるんだ?」

「ティーダ様……僕は……」

「つまらん事で迷うな。拒否権などあると思っているのか阿呆め」

「がふっ」

 

 突然苦しそうに呻く高山。よく見ると、ティーダの腕が高山の腹部に深々と突き刺さっていた。しかしながら、血は一滴も流れておらず、ティーダの腕は高山の体を貫通するほど深々と突き刺さっている筈なのに、腕の先が背中から見える、といったこともない。まるで、亜空間かなにかに突っ込まれているようだ。

 

「くだらん正義など放り出し、俺達のために暴れろ。貴様ら転生者の存在意義はそれだけだ」

「あ……がああああああああああっ!」

 

 苦悶の表情を浮かべながら苦しそうに呻く高山。彼の身体中にジッパーが出現し、彼を覆い尽くしていく。そして、それが一斉に開く。そこには、瞬達の知るオリジオンとはかけ離れたものがあった。

 最初に見えたのは青黒い砲身。そして赤黒い目玉。歪に歪んだ車体にキャタピラー。戦車の上に人間の上半身のような物が乗っかったフォルム。そこにあったのは、原点のビルドから遠くかけ離れた、ウサギと戦車が混じり合ったかのような異業の化物だった。ティーダはそれを見て声高らかに笑う。

 

「ふはははははははははははは!所詮は紛い物、少し力を注入しただけで暴走するとはなぁ!だが好都合だ。暴れてやれ!」

 

 そう吐き捨てると、彼はその場を立ち去っていった。一体何しに来たのやら、と言った感じだったが、高山の様子は明らかにヤバくなっていた。

 

「Auoooooooooooooooooon‼︎ 」

 

 自我も人の形も失い、もはやただの兵器に成り果てたビルドオリジオンは、雄叫びをあげながら瞬達の方へと突っ込んできた。間にあったベンチやら街路樹やらを薙ぎ倒しながら突っ込んでくる姿は、まんま戦車だ。

 その巨体による体当たりは、ビルドとアクロスを最も容易く吹き飛ばしてしまう。

 

「うわああああああああっ!」

「があああああああああっ!」

 

 これまでとは比べ物にならない程の強い衝撃が2人を襲う。倒れ伏した二人に、暴走を続けるビルドオリジオンは左手につけられるアームキャノンから、幾つものミサイルを放ってくる。それはアクロスとビルドはおろか、離れた位置で戦っていたクローズや転生者狩り、ネプテューヌに加え、リイラやガングニールオリジオンさえも巻き添えに爆発を起こした。もはや敵味方の区別さえもつかなくなっているらしい。

 全身を襲う痛みに耐えながら、爆炎の中、アクロスとビルドは立ち上がる。他の面々も立ち上がり、それぞれの戦いを続行する。ビルドオリジオンは雄叫びを上げながら、地面を強く叩く。

 

「勝てるのか、あれに……」

 

 ぽつりと瞬が呟いたその時だった。

 急に、アクロスの視界の端が少し眩しくなったのだ。炎の光ではない。どこか優しく、それでいて力強く感じられる、白い光だった。光源はすぐそばだ。アクロスはビルドの方をみるが、そこには驚きの光景が存在していた。

 

「おい、戦兎……身体が」

「え……な、なんじゃこりゃ!」

 

 びっくり仰天。なんと、唐突にビルドの身体が淡く輝き出した。

 

「コレは……何が起きている⁉︎」

「俺もわかんないけど……前にもあったなこれ」

 

 その光は、次第に一点に集中していく。アクロスの掌に。

 そして光は、一つの鍵のようなモノに変化する。赤と青のカラーリングが何処となくビルドを連想させるそれは、紛れも無くアクロスが使用するライドアーツそのものであった。

 

「ネプテューヌや一誠の時と同じ……まさか!」

 

 起動してみる。

 

《BUILD》

 

 これまでの時と同じようにして、ドライバーの中央部を横に回転させてライドアーツ挿入口を上に向け、クロスドライバーにライドアーツを差し込み、再び横に倒す。すると、

 

《LEGEND LINK……ラビットアンドタンク!アクロスアンドビルド!ベストマッチ・リンクオン!》

 

 ビルドドライバーの変身音のように喧しくハイテンションな音がクロスドライバーから流れる。それと同時に、アクロスの左右に兎を模した膝丈ほどの大きさの赤いメカと、同じ大きさの青い戦車が出現し、左右それぞれから瞬の身体に引っ付いていく。

 兎の頭部が左肩のアーマーに、前脚が伸長して左腕の装甲になる。戦車の砲台が右肩アーマーに、右キャタピラが右腕の装甲になる。残ったパーツが脚部と胸部にひっついていき、アクロスの複眼が赤と青のオッドアイに変化する。そして触覚のような部位、リンゲージコントローラーは左右それぞれが兎の耳と戦車の砲身を模した形状に変化する。

 

「これは……ビルドの力?」

「その通りだとも!これこそ仮面ライダーアクロス・リンクビルド。仮面ライダービルドとの絆の結晶、紡がれし新たなる力だとも!」

「フィフティ⁉︎ いつの間に……!」

 

 横から胡散臭いイケメンボイスが聞こえてきたと思ったら、いつの間にかアクロスとビルドの真後ろにフィフティが立っていた。何しにきた。まさか今の台詞を言うためだけに現れたとでもいうのだろうか。

 

「英雄との繋がりで進化する、それこそがアクロスの真骨頂。行きなさい、君の行く道は確かな繋がりに満ちているさ」

「絆の力、か」

 

 レジェンドリンクは絆の結晶。フィフティの言葉を聞いて、アクロスは自分の手のひらを見つめる。僅かな間ながらも、ビルドとアクロスは仮面ライダー同士繋がり合えた。その結果が今のアクロスの姿なのだ。アクロスは拳を強く握りしめ、戦兎の顔を見て言う。

 これで終わらせる。

 

「一発で行くぞ」

「ああ」

《VOLTAGE FINISH》

《VOLTAGE CROSS BRAKE》

 

 2人のライダーが必殺技を発動する。両者とも高く跳び、空中で飛び蹴りの姿勢を取る。すると、ビルドの突き出した左足から曲線グラフが現れ、オリジオンの胴体まで伸びていく。アクロスの足からも同様にグラフが現れるが、ビルドとは違い下に凸の放物線を描いている。

 しかし、グラフの形は違えど、終点は同じ。2人のグラフの交点は、オリジオンの胴体のど真ん中。

 

「せえいやあああああああああああ‼︎ 」

「はああああああああああああああ‼︎ 」

 

 叫びながら、それぞれのグラフをなぞる形の軌道を描き、2人のライダーキックがオリジオンに胴体目掛けて解き放たれる。ビルドオリジオンは必死に暴れるが、2つのグラフによって体は縛られ満足に身動きできない。

 

(僕の……正義の力がなくなる!これがなきゃ、僕は何もできない!)

 

 焦る。焦る。焦る。

 この力が無くなれば、正義のヒーローではなくなってしまう。何の力もない、正義を為せない弱い自分に成り下がってしまう ——

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼︎ 」

 

 その叫び声は届かなかった。

 2人のライダーのライダーキックによって、ビルドオリジオンの力は爆発と共にかき消えることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、終わったの?呆気ないわねぇ」

 

 ゴスロリ衣装をボロボロにしながらも、ネプテューヌを触手で甚振っていたリイラは、ビルドオリジオンの敗北を目の当たりにし、興が削がれたと言った感じの顔をした。

 

「貴女と戦うのも飽きちゃった☆そろそろ食べちゃおうかしら」

 

 リイラの背中から生えた昆虫の脚が不気味に蠢く。そして、彼女の腹のあたりから、なんらかの食虫植物の花弁のような物が浮かび上がってくる。ネプテューヌを食わんとばかりに、花弁から消化液とおぼしき液体が滴り落ちる。

 終わった —— 既に反逆できるほどの余力はない。実力(レベル)差が開きすぎている。こんな事なら、普段からイストワール(いーすん)の忠告通り、怠けずにしっかり女神家業やっておくんだった ——

 らしくもない後悔に、ネプテューヌの思考が埋め尽くされそうになっていたその時。

 

因果切断・反動一破(ホロプシコン・エフェクトブレイク)!」

「はひぇえ⁉︎」

「⁉︎」

 

 突然、リイラの触手が飛んできたサーベルによって切断され、ネプテューヌは縛られた状態のまま地面に落とされた。縛られているので受け身は取れず、鈍い痛みが全身を襲った。

 リイラは、不満そうに舌打ちをして、サーベルが飛んできたであろう方角を睨みつけて言う。

 

「何のつもりよ……レイラ?」

 

 そこには、長い銀髪をツインテールにした豪華な軍服姿の少女が、ライフルの銃口をリイラに向けた状態で立っていた。リイラの姉であり、同じギフトメイカーの一員、レイラである。レイラは、邪魔されたことに対する怒りをあらわにリイラに対し、淡々と告げる。

 

「こんな奴に構ってる場合か?あのオリジオンがやられた以上、ここに留まる意味はない」

「食事の邪魔しないでよ。たとえ実の姉だろうと、私の邪魔する奴には容赦はしないわよ」

「ティーダからの命令だ。今すぐ帰還しろ、とな」

 

 その言葉に、苦虫を潰したような顔をするリイラ。乱暴な手つきで、レイラに投げられ地面に刺さっていたサーベルを引き抜くと、踵を返して歩き出す。

 

「……帰るわ。退屈しのぎにはちょっと足りなかったかしら。女神化できない貴女なら無理もないでしょうけど」

「なら帰るぞ」

 

 縛られたままのネプテューヌに背を向けたリイラは、昆虫の足や触手や食虫植物の花弁を全部仕舞うと、代わりに蝶の羽根のようなものを背中から生やし、その羽根で宙に浮かび上がる。一体どんな身体しているのか、不思議なものだ。

 羽根で空を飛んでいった妹を仰ぎながら、レイラは去り際にこう言った。

 

「妹が迷惑をかけた。すまない」

「え……」

 

 そしてレイラは一瞬の内に姿を消した。まるで瞬間移動でもしたかのように。

 結局、レイラの言動の意図は殆ど分からずじまいだし、リイラには惨敗してしまったネプテューヌであったが、ひとつだけ、理解していることがあった。

 自分は今、あの少女に庇われたのだと。

 

 

 

 

 一方、此方も決着が着こうとしていた。

 

「があっ!」

「おらぁ!」

 

 万丈のストレートパンチで吹っ飛び、地面を転がるガングニールオリジオン。いくら頑丈でも、長きにわたる戦いで体力が減ってきているのだ。

 その隙にガングニールオリジオンを挟み込むように移動したクローズとゲンムは、それぞれのベルトを操作し、必殺技を発動する。空高く跳び上がる2人を見て、ガングニールは大きな手甲のように肥大化した腕部装甲を突き出し、それを以てキックを受け止めようとする。

 

「おらぁ!」

「せぇい!」

《キメワザ!クリティカルストライク!》

《VOLTAGE FINISH》

 

 2人のライダーキックがガングニールに接触した瞬間、爆発が起きた。炎が巻き上がるとともに、ガングニールの苦悶の声がする。

 

「やったか⁉︎ 」

 

 爆炎の中、クローズが立ち上がる。しかし、辺りを見渡してもガングニールオリジオンに変身していたであろう人物の姿は何処にも見当たらない。ただ、燃える装甲の残骸が一部残っているだけであった。

 

「逃したか……ギフトメイカーの奴らも相変わらず逃げ足が早いな」

 

 ゲンムは溜息をつきながら、ある一点に目をやる。そこには、オリジオンの姿から戻り、その場に座り込む高山の姿があった。見ると、変身を解いた瞬と戦兎が彼に近寄っていっている所であった。

 

「……」

「高山」

 

 瞬の呼びかけを、高山は無視する。

 ゲンムは、背後から高山にゆっくりと近づいていき、座り込んで肩を落としている彼の背中に弓型の武装、ガシャコンスパロウを突きつける。

 

「何をする気だ!」

「……」

 

 殺す気なのか。そう問いかけようとしたが、ゲンムは「邪魔をするな」とでも言うかのように瞬達に殺気を飛ばして威圧してくる。市街地の駅前という場所には似合わないような静寂が辺りを支配する。

 幾らか経った頃。ゲンムはおもむろに武器をおろす。

 

「斬る必要はなくなった」

「へ?」

「こいつにはもう何の力もない。もう2度とオリジオンになる事もないし、転生特典も使用できない。ならば、殺そうが生かそうがどの道俺には意味がない。だから、テメェらが後始末をしろ」

 

 んな勝手な……と思ったが、兎に角高山の命も保証されたようだ。いくらあんな事をしでかしたとはいえ、クラスメイトを目の前で殺されるのは瞬にとってもいただけないことであった。そんな事したら、高山と同じになってしまう。

 転生者狩りは、ゲンムに変身したまま瞬達に背を向けて歩き出す。そして、

 

「道を違えるな。次にまた堕ちたら、その時は殺す」

 

 そう高山に言った。

 これは執行猶予みたいなモノなのだ。高山自身も、本能的に理解していた。その身体は、恐怖で震えていた。

 

(こんな気分だったのか……僕にやられていた人達は、僕をこんな風に見ていたのか)

 

 身に沁みてわかった。オリジオンとして力を振るい悪を裁く自分が、周りからどう思われていたのかを。これが真っ当な反応だったのだ。それを認めずに自分はヒートアップしてしまった。結果的に、憧れだったヒーローに全部否定され、迷惑をかけてしまった。

 —— なんて身勝手な奴だ。結局のところ、自分が一番の悪だったんだ。

 傷だらけの身体で項垂れる高山を、瞬達は見つめていた。彼は過ちに気づいた。ならば、それを機にしっかり反省し、罪を償ってほしい。それが間違いを犯した人間の義務なのだ。そう思っていた。

 

「……」

 

 転生者狩りの耳に、高山の嗚咽が入ってくる。彼はそれを聞いて足を止め、振り向く事なく瞬に言葉を投げかける。

 

「お前もだアクロス」

「⁉︎」

「お前はコイツを否定したんだ。なら、せいぜい口だけの馬鹿にならないようにしろ」

 

 転生者狩りはそう言うと、いつの間にか止まっていたバイクに跨り、たちまち走り去ってしまった。幾人ものライダーに変身しその力を自在に操り、敵か味方か、それに正体も分からない転生者狩り。あいつはやはり一筋縄ではいけないものだと再認識する瞬であった。

 

「なーによあいつ!感じ悪すぎじゃない?」

「彼も素直じゃないねぇ。まあ、それも仕方ないのかもしれない」

 

 唯とフィフティが、転生者狩りの陰口で盛り上がる中、ずっと項垂れていた高山は、顔をあげて瞬に問いかけてきた。

 

「……心で示せって言ったよな。なら、君はどうなんだ?」

「正直出来てるかどうかは自信がないな。でも、それを忘れずにいたいし、できるようにならなくちゃいけない。それが、この力を手に入れた俺の義務だと思ってるから」

「……今からでも、できるかな」

「出来るよ。命がある限り、なんどでも」

 

 志村が高山に発破をかける。

 転生者狩りも、乱暴な言い方だが瞬に忠告したのだ。目の前の失敗した者と同じ轍を踏むなと。自分も気を付けねばなるまい。それが仮面ライダーになった自分の義務だから。

 そしてもう一つ。半ば押しつけられたような力でも。心に宿しているのが誰かの受け売りの理想でも。こうして誰かを助けられた事が、瞬はなんだかとても嬉しく思えた。

 

 

「戦兎の気持ち、少し分かったかもしれない」

 

 

 —— 誰かを助けた後って、なんか他とは違った達成感……爽快感?まあそんな感じのヤツ?があるよね。それで感謝されたら余計に心が熱くなるような、バクバクするような……兎に角!人助けっていいよね!ってコトよ。

 

 

 唯と出逢って間もない頃、彼女がこんな事を言っていたのを思い出した。結構フワフワした言い方だけど、案外“やり切った”後のヒーローの気持ちとしては的を射ているのかもしれない、と瞬は考えていた。今の自分の気持ちは、まさしくこれだったのだ。きっと、あの時の唯も似たような気持ちだったのかもしれない。

 色々と考えを巡らせる瞬に、戦兎が声を掛ける。

 

「これからはお前の番だ、瞬」

「え?」

「力が必要になったら、いつでも呼んでくれ。力を貸すぜ」

「頑張れよ、後輩」

 

 ポンと瞬の肩に置かれる、2人の先輩の手。

 ラブアンドピースを掲げて戦い続けた先輩(レジェンドライダー)は、前途多難なアクロス(こうはい)に後を託し、去ってゆく。その思いを噛み締めた瞬な、背負ったものに恥じない人間にならなくては、という思いをより一層強くするのであった。

 

 

 ビルドとアクロス。

 今確かに、縁は結ばれた。




 最初のレジェンドライダー回、終わりました。
 序章の後日談やら正義アレコレだの、たった2話に色々詰め込み過ぎました。きっつ。30000文字近くいくとは思わなかった。



 リンクビルドについては、ビルドのラビットラビットとタンクタンクが混ざったようなデザイン+ジオウビルドアーマーを想像してみるとわかりやすいかと。前者についてはそれっぽいコラ画像見かけたような気がする。

 今回は敵役である高山くんがちゃんとやり直す、というコンセプトで話を作ってました。前3人の転生者よりもまだまともな感じです。ええ、まともです。次回くらいからはまた屑転生者がうじゃうじゃ湧いてきます。
 次回以降は2〜3話完結の話を連発しながらまだまだ新キャラを出していきます。その後から本格的に転生者狩り周りを掘り下げてくつもりです。先は長いなぁ!



 ちょいと気になってるのですが、本作ではライダーに変身しているシーンでも、地の分では変身者の人名で表記してるんですが、やっぱ変身中は仮面ライダーの名前で表記した方がいいんでしょうかね?
 一応次回の戦闘から書き方は変えてみるつもりですが、意見があれば言っていただけると幸いです。



次回、総員抜錨せよ!


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第16話 戦艦少女の園

 はい。ようやく艦これ編です。
 一部の艦娘が木っ端微塵レベルでキャラ崩壊炸裂します。オリジナル設定ぽんすかでます。ギャグ一直線だから細かいことは気にしない方がいいぞ。
 艦これについては公式のノベライズくらいしか手を出せてませんのでご了承ください。ソシャゲ5つも掛け持ちしてるのでゲームの方は時間的に手が出せませんよ。アズレンはやってるんだけども。


ビルドオリジオンの騒動から一週間後。アラタに誘われ、アラタの知り合いの提督がいるという隣町の鎮守府にやってきた瞬達。そこは想像を絶するカオス空間であった……あるのか?


 人類に仇なす深海棲艦が海を支配してから早十年。

 深海棈鬼に対抗しうる唯一の存在。それが、人間に軍艦の力を融合させた艦娘であった。

 

 

 

 

 

4月も残り1週間。戦いの始まった当初と比べると、随分と平和になった海。かつては世界各地のシーレーンは壊滅的な被害を被っていたが、艦娘と彼女らを指揮する提督達の手により、かなり持ち直してきていた。昔ほどではないが、今では艦娘の護衛付きで海上輸送も活発になりつつあった。

 海の脅威との戦いは、徐々に日常の一部へと溶け込み始めていた。そんな世界の、あるひとつの鎮守府から物語は始まる。

 

 

 

4月23日(日) AM10:00

 

「またいない……」

 

 駆逐艦・吹雪は執務室に入るなり肩を落とした。

 時刻はヒトマルマルマル。真っ当な人間や艦娘はとっくに活動を始めている時間であるのだが、彼女ら艦娘を指揮する、この鎮守府の提督の姿が見当たらない。

 野暮用で席を少し外したらコレだ。彼女の上官たる提督は、若干押しに弱いところがあるので、押しの強い艦娘の我儘に付き合わされているのであろう。あの時以来、こういう事が多くなってる。

 

(コレはあのパターンかな。面倒くさいけど、仕事はしてくれなきゃ困るし……もう少し軍人としての自覚をもってよもう)

 

 経験則からそう推測した吹雪は、愚痴を溢しながら鎮守府内を探すことにした。吹雪もあまり自分も人の事は言えないが、平和にかまけて少々弛みすぎてるのではないかと思いながら、階段を下ってゆく。

 階段を降り切ったその時、吹雪の真上から声が降ってきた。

 

「ブッキー!ちょい避けて!」

「なんでぶはぁ⁉︎ 」

 

 言われるがまま避けようとした次の瞬間、吹雪の目の前に誰かが上から飛び降りて来た。驚いて盛大に尻餅をつく吹雪。パンモロしているが生憎それに喜ぶ者は今この場にいない。

 吹雪は自分の目の前に現れた人物を見上げる。軽巡洋艦・川内。この鎮守府のエース艦娘の1人にして、問題児の1人。吹雪よりも少し年上のその少女は、2階から階段の吹き抜けを直で飛び降りてきたのだ。

 綺麗に着地を決め、大きな欠伸をしながら肩をほぐす川内。朝が弱い彼女にとって、午前10時はまだ早い感覚なのだ。

 

「……川内さん。吹き抜けを飛び降りないでください」

 

 またですか、といった感じに呆れる吹雪。川内と呼ばれたこの少女はいつもこんな感じらしい。

 

「だってこっちの方が早いし、私怪我しないし。眠気覚ましにちょうどいいんだよね」

「確かに貴女の運動神経は常軌を逸したレベルですけど、駆逐艦の子が真似したらどうするんですか?」

「しないでしょ。この鎮守府の駆逐艦の皆、まともだし」

 

 他がまともじゃ無いみたいに言うな。そして言い訳の体を成していない言い訳をするな。駆逐艦の艦娘にとって、巡洋艦や戦艦の皆さんは憧れの対象なのだから、少しくらい意識してほしいものだ。こういう良くも悪くも自由な所が川内の特徴なのであるが。

 立ち上がって事情を説明する吹雪。川内は少し考えた後、

 

「提督探してるんだよね?なら、神通のとこじゃない?」

「あーそうですか……今の時間帯は暇でしたしね、神通さん」

 

 川内の妹・神通の所にいるのでは、と予想を立てる。吹雪もそれに納得するが、2人ともどこか面倒くさそうな顔になっている。

 しかし行かなければならない。提督に仕事させなければならないのだなら。そういうわけで着いたのは神通の部屋。

 なんか扉の向こうでギッタンバッタンと喧しい音が聞こえてくるんですけど。絶対厄介なことになってるよねこれ。川内と吹雪は顔を見合わせるが、上司のケツを引っ叩いて動かすのも部下の役目だと覚悟を決め、ドアノブに手をかける。

 扉の先には、こんな光景が広がっていた。

 

「さあ提督!これを!これを着るのです!」

「やだよ!俺にも一応まだ男としてのプライド残ってるもん!バニースーツなんてやだよ!てか俺じゃなくて他の奴にやれよ!多分五航戦とかその辺需要あると思うから!」

「いや部下を売っちゃダメだよ……でも五航戦バニーは確かに需要あるかも」

 

 バニースーツ片手にどったんバッタン暴れる川内型軽巡洋艦弍番艦・神通と、彼女から逃げる川内達とそう年の変わらない見た目をした白い軍服姿の少女と、その様子を部屋に備え付けられた二段ベッドの上で体育座りになって死んだ目で見ている参番艦・那珂。正直言って文章で書くにはあまりにもカオスな状況が広がっていた。

 しかし川内と吹雪はこれに慣れているのか、またか、と言った感じに軽く溜息をつくと、目の前を通り過ぎようとしていた神通の首根っこを掴んで事実の説明を要求する。

 

「神通……?少しは節度とかそーゆーのを持って欲しいなぁと私は常日頃から思ってるわけなんですけど、これは一体?」

「川内姉さんが駄目なら提督でやるしか無いじゃない!普段怠けて私のセッティングした訓練メニューを適当にやってるんですから、今くらいは私の言う通りにしてくれたって構わないですよね⁉︎ 」

「お前部下、俺が上司。アンダスタン?」

「軽く30分近くこの地獄に身を置かされてる那珂ちゃんの気持ちを誰か労ってくれないかなぁ」

 

 神通から逃れるように吹雪にしがみつく少女と、色々と諦めたような遠い目をする那珂。興奮状態の神通を羽交い締めにしながら、どうてこんな方向に拗らせちゃったかなぁ、と妹と同じように遠い目をする川内。

 この鎮守府の神通、普段は厳しく面倒見のいい軽巡、しかし川内関連になるとクソレズに大変身を遂げてしまうという悪癖があるのだ。川内の記憶が確かなら、少なくとも艦娘になった直後はこんな感じじゃなかったと思う。神通は過去に色々あって艦娘人生存続の危機レベルに陥り、それを川内と新人だったこの鎮守府の提督が頑張って立ち直らせたのだが、多分それが原因だと思われる。

 軍服姿の少女は神通に取り押さえられながら、吹雪に助けを求めて手を伸ばしてくる。なんか見ていて可哀想になってくる必死さだ。

 

「助けてブッキー!貞操の危機だよ危機!俺こんな形でハジメテを奪われるなんて嫌やで!」

「無理です。今の神通さんはガチです。キラキラしてますもん月光蝶……じゃなかった、絶好調ですよ」

「提督よ犠牲になれ」

 

 お手上げ状態の吹雪と、残酷な天使の○○○のリズムで少女を身代わりにしようとする川内。この薄情者ぉ!と少女が叫ぶが、神通は構わず少女に抱きついてハアハアハスハスとやべー音を出しまくる。

 

「知ってますか提督、ドラえもんにも不可能はあるんですよ。私の欲望を満たすための犠牲になっていただけませんでしょうか。此方は日々の仕事で色々溜まるんですよ」

「溜まるって何⁉︎ ストレス以外も含んでないそれ⁉︎ てか上手くねえんだよ!頼むから仕事してて仕事!貴女の有能さは理解してるから俺を人形代わりにしないでぇ!」

 

 涙目で神通に懇願する少女だったが、ここでとうとう川内が屈してしまう。

 

「ねえ提督。いい加減諦めたら?これじゃいつまで経っても仕事始められないし、そもそも今日はお客さんがくるんでしょ?ならさっさと神通のオモチャにでもなっちゃいなよ」

「川内いいいいい!お前の妹だろなんとかしてくれ!」

「どうにもならないのは提督もよく分かってるでしょ。那珂ちゃん関わりたく無いから、バイバイ」

 

 普段の明るさは何処へやら、色々と諦めたような言動の那珂は死んだ魚のような目のまま逃げるように部屋を出て行ってしまった。アイドルにあんな目をさせるなんて酷いヤツだ。ファン辞めます。

 川内の無責任な発言により、この場は神通の勝利となった。吹雪はもう呆れて何も言えなくなっている。なんて酷い有り様なんでしょう。バニースーツを手に取った少女は、顔を赤くしながら神通にあらかじめ釘を刺す。

 

「……着るだけだぞ。ほんとに着るだけだからな!仕事立て込んでんだからな!」

「ええ分かってます。写真だけ撮らせていただいて、続きは夜に致しましょう」

「後で川内にもやっちゃいなよ。そん時は強力するから」

「提督ひっどーい!」

「私が言うのもアレなんですが、見捨てた川内さんが悪いかと……」

 

 

 

 

 これが、舞網鎮守府の騒々しい日常の一幕。今回のプロローグもとい蛇足。

 艦隊を率いる提督は、潮原東吾。

 ()()()()()()()()()()()()である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同日 正午

 

 隣町・舞網市。デュエルに関した技術が突出して高いデュエルの街 —— という事実は今回はほぼ関係ないが —— その郊外。

 

「つーわけで、今日は知り合いの提督に掛け合って此処、舞網鎮守府に遊びに……じゃなくて見学にきました」

「いえええええええええええええええええええい‼︎ 」

 

 初っ端から典型的なYouTuberみたいなノリをしてるアラタと唯。今彼らの背後には、赤い煉瓦造りの建物がある。それが、この舞網市に設立された軍の施設 —— 鎮守府であった。その入り口前ではしゃいでいる2人に対し、若干困惑気味の瞬は、当然湧いてきそうな質問をする。

 

「軍事施設に遊びに行っていいんか」

「鎮守府は定期的に一般開放されるからな。考えてみろ、年頃の女の子達を戦場に立たせてる海軍がどんな目で見られるのかを。めっちゃ冷たいからな?八甲田山レベルだからな?」

「例えわからないけど、とりあえずすべってるぞ」

 

 アラタの話によると、艦娘という存在が世に出てから10年くらい経っているにもかかわらず、未だに艦娘への否定的な意見は根強く、中には女性差別だとか仰って政府をボコスカお殴りになる女性人権意識の高い方々や、そもそも艦娘使うくらいなら死んだ方がマシと言い出すやべー奴までいるらしく、イメージアップを兼ねて、定期的な一般向けイベントを行なってオープンな環境作りに努めているらしい。

 一応軍事施設なので見せちゃまずい場所も多々あるのだが、こうしてオープンな環境にする事で、鎮守府側も後ろ暗い事が出来ないようにするという一面もある。

 

「姉貴はさ、艦娘のメンタルケアやってるんだ。あれでも元艦娘だからさ、当事者だったからこそ親身になってくれるって

「お前の姉さんを知らないんだが」

「別に知らなくて良いよ。あの人ただの駄目人間だから」

「山風ェ……」

 

 家族に向かって辛辣な事言うなあと思う瞬だったが、自分も大概なので口には出せなかった。それに、来ているのはこれで全員というわけでは無い。

 

「まさか私達まで連れていって貰えるなんてねぇ。あたしゃ感謝感激だよ。艦娘見るの初めてなんだよねードキドキしちゃうなー」

「私もなんだよね。艦娘って可愛くて強い子多いから憧れちゃうよねー。ということは、あんな子達に守られてる私達人類ってすごく幸せ者なのでは……?」

「あーはいはい2人ともはしゃがないの。無理やりついてきたんだから少しは自重してよ」

 

 ネプテューヌとヒビキもちゃっかりついて来ていた。現役の艦娘とじかに触れ合えるチャンスだからなのか、かなり強引に参加してきたのだ。彼女らの反応を見るに、子供達にとっても艦娘は憧れの存在のようだ。

 居候その1とその2を宥める妹・湖森を横目に、瞬は鎮守府の建物を仰ぎ見る。これが海の平和を守る最前線。こんな所に来てよかったのかと未だに及び腰な瞬を見て、アラタが呆れたように笑う。

 

「しっかしさあ、逢瀬。俺らの世代にしてはちと無知すぎやしないか。ここら辺は社会科の授業でも定番だぜ?」

「瞬、バカだから」

「お前にだけは言われたくねえよ万年赤点のくせに!」

 

 仕方がないだろう。瞬がアクロスに変身したあの日、世界は変わった。今まで無かったものがさぞ当然のように日常に浸透する。いうなれば、いきなり見知らぬ世界に飛ばされたも同然なのだ。昨日まで居なかった人が知り合い面してくる様には散々混乱させられてきた。しかし、それを共有できるのは唯のみ。

 艦娘というものも、瞬にとってはあの日以降急に出現してきたものだ。深海棲艦との戦いが始まって10年弱、とか言われてもピンとこない。軍艦の力を宿したオンナノコ、という認識で合ってるのだろうか。

 

「……逢瀬くん、唯ちゃん、僕も来てよかったのかな?」

 

 ここで、おずおずと手をあげる少年が一人。志村である。

 前回の一件の後もなんやかんやで関わり合いが続いた結果、こうしてアラタ達とも関わるようになったのである。なんかキョドッてる志村の背中をバシバシと叩きながら、アラタは笑いかける。

 

「志村、そんな事気にしてたのかよ。大丈夫だっての、友達だろ?」

「ダチのダチはダチだろ!逢瀬の友達なら悪い奴じゃなさそうだしな。宜しくな!」

「あ、はい」

 

 はて、自分はいつの間に野郎にこんな台詞を吐かせるレベルの友好度を築きあげていたのだろうか。互いに握手をするアラタと志村を見ながら首を傾げる瞬であったが、まあ別に不都合があるわけでもないので深く考えるのはやめた。

 そうしているうちに、鎮守府の正面玄関から、艦娘と思しき数人の少女が出てくるのが見える。自分達を迎えに来たのだろうか。そうしているうちに此方に気づいたのか、眼帯付けた紫がかった髪の女性が瞬達の元にやって来た。

 

「ようお前らか!アラタのダチってのは。俺は天龍、一応オメーらを案内する役を任されてるんだ。今日一日宜しくな」

 

 そう名乗りながら、握手の手を差し出してくる艦娘・天龍。こうして艤装を付けていない彼女達をみると、完全に瞬達とそう歳の変わらない学生にしか見えない。つくづく不思議な気持ちにさせられるなぁと思いながら、瞬は天龍の握手に応じる。自分と同じ、暖かい手だった。

 と、握手が終わったのを見計らってか、アラタが天龍に喜びながら駆け寄っていく。2人は互いにハイタッチをして、再開を喜び合う。

 

「天龍の姉御ぉ!春休み以来だなー!」

「アラタじゃねーか!おー、元気そうじゃん!またでっかくなったんじゃねえか?」

「天龍も大きくなってるくせに」

 

 そう言うアラタの視線はある一点 —— 天龍のでっかい胸部装甲(意味深)に集中していた。皆のアラタに対する視線がみるみる内に冷たいものに変化していく。そりゃあまあ気にはなるだろうが、少しは取り繕ってほしい。

 

「胸の話はするんじゃねえ。セクハラで訴えるぞゴラ」

「ひっ」

 

 天龍がアラタをキッと睨みつける。その鋭く強い眼力に、向けられたアラタだけでなく、ネプテューヌやヒビキ、山風も身が竦み上がってしまう。瞬や唯も一瞬身震いしてしまったくらいだ。これが戦場に立つ者の凄みというやつなのだろうか。

 が、どうやら天龍自身はそこまで怖がらせるつもりはなかったようで、震えるちびっ子達を慌てて落ち着かせようとあたふたする。そんな彼女の頭に、後ろから軽いチョップが浴びせられる。

 

「いーけないんだー天龍ちゃーん!子供怖がらせちゃ駄目でしょーが!」

「川内さん!」

 

 そこに居たのは川内だった。白いマフラーを風に靡かせながら会釈する彼女の姿は、不思議とかっこよく見える。

 

「別にそんなつもりはなかったんだよ。つーかお前何しにきた訳?訓練中じゃなかったっけ?」

「残念だったな、私は今日昼間は暇なのさっ!」

 

 えへんと威張って答える川内。別に威張ることじゃねーだろ、と愚痴りながら、天龍は自分を怖がっているヒビキを優しく撫でて落ち着かせる。

 大鳳は、元気が有り余ってる川内の姿に、どこか安心したように微笑む。

 

「川内、相変わらず元気ね」

「もうお昼だしね。ようやくエンジンが温まってきたって感じかな?」

 

 こうしてみると、戦場に立っていない、日常の中の艦娘達(かのじょ)は、本当に普通の女の子にしか見えないなぁと改めて思う瞬であった。そんな瞬の視線が気になったのか、天龍が瞬に問いかけてくる。

 

「さっきから気になっていたんだがよ、ずーっと珍しいモノでも見たような顔しやがって、いったいどうしたんだよ?艦娘ぐらい今時の奴らはすっかり見慣れてるってのにさ」

 

 いや見慣れないです。信じがたいです。唯も状況的には同じはずなのにも関わらず、彼女はというと、普通に川内と指相撲をやり出してた。何故そこで指相撲なのかはわからないが、その順応性の高さには見習うものがあるような気がする。

 瞬は、天龍の質問に対し、若干どもりぎみに答える。

 

「ああ、えっと……アンタも艦娘なのか?」

「おうよ。泣く子も黙る天龍サマとはこの俺のことヨォ!」

「あれれ〜?一昨日の鎮守府ホラー映画観賞会でビビってたの誰だったかなぁ?青葉さんにバッチリ映像撮られてたのをお忘れで?」

「あーあれか。瑞鳳と仲良く抱き合って震えてたなーあれ」

「おまっ……よし青葉のヤツとっちめてやらぁ!首をだせぃ!」

 

 よく分からないが、青葉さんとやらに合掌。

 しかしこのままではいつまで経っても話が進まないので、最後の一人の自己紹介に移らせてもらおう。天龍、川内と一緒に来ていたもう一人の艦娘の紹介がまだだったのだ。

 

「どーも皆さん!秘書艦の吹雪です!皆さんの案内その他諸々を担当させていただきます!」

 

 山風と同い年くらいのセーラー服を着た少女が、元気いっぱいの挨拶で瞬達を出迎える。こんな小さな女の子に海の平和が守られていたという事実に、瞬は未だに半信半疑であった。

 いよいよ瞬達は鎮守府に足を踏み入れる。海が近いからか、吹き付ける風に潮の匂いが、鼻をくすぐってくる。少し進んだ先に、鎮守府の建物入口が見えて来た。アラタが事務室窓口で手続きを済ませると、一同はロビーに案内された。内部は豪華というわけではないのだが、掃除の行き届いた小綺麗な内装だ。

 全員がいることを確認すると、吹雪は注意事項を口頭で確認する。

 

「一応ここも軍事施設なので、機密保持のための立ち入り禁止区間とかありますから、入っちゃダメですよ?私も司令官も、できれば皆さんを憲兵さんに突き出したくないですし」

「まあブッキーを始め暇な子達があんたらに付くことになるから、そんな事はやらせないよ」

「そうそう。あ、俺はちょっと用事あるから席を外す。また後でな!」

 

 どつやら天龍は用事があるらしく、軽く別れの挨拶を済ませると、瞬達の行先とは反対方向に廊下を走っていってしまった。彼女の後ろ姿を見つめながら、僅かな間だったが、思ったよりも気のいい子でよかったと思う瞬であった。

 吹雪と川内の後に皆がついていく。すれ違う艦娘達が、不思議なものを見るような目を此方に向けてくる。まあ軍人ならともかく、一介の学生がいるような場所じゃないから当然の反応なのだが。彼女らの反応を見るたびに、なんだか自分がいけないことをしているみたいでどうしようもなく不安な気持ちになってくる。

 

「積もる話はあるだろうけど、まずは提督にご挨拶しなきゃね」

「あー、そうだな……どう説明しようか?」

「わかるわかる。なんかあの人色々とあるからさぁ、説明しづらいんだよね」

 

 アラタと艦娘達の間でなんか勝手に話が進んでいるのだが、一体何をそんなにヒソヒソと話しているのだろうか。目の前で内緒話されると無性に不安になるのだが。

 そうこうしているうちに、提督のいるであろう司令室についた。一同の目の前には、でかい両開きの扉が鎮座している。

 

「皆さんは中に入らないようにお願いします。執務室には軍の機密文書とかが沢山ありますからね。司令官を呼んでくるだけですからすぐ済みます。隣の貴賓室で待ってても構いませんよ」

 

 そう言ってから、吹雪は壁の認証装置に手持ちのカードキーをタッチてロックを解除し、軽くノックしてから司令室の扉を開ける。何やら慌てたような声が聞こえてくるような ——

 

「司令官、皆さん来ましたよー」

「あーちょっと待ってまだ着替え終わってn」

 

 声の主が言い終わる前に、吹雪が扉を開けてしまった。絨毯が敷かれた綺麗な部屋。部屋の奥のでかい窓からは、綺麗な水平線が映っている。その中間地点。

 

 

 

 バニースーツに軍服の上だけを羽織った、変態チックな服装の少女がいた。

 

 

 

 

「……」

 

 無言で扉を閉める吹雪。そのまま瞬達の方を振り返る。

 —— ナニモミマセンデシタネ?

 張り付けられたお面のような無言の笑顔は、そう言ってるように見えた。皆それを察したのか、無言でこくこくと頷く。吹雪はその反応に安心したように笑顔を解くと、呆れたような顔になって紹介する。

 

「彼がここの提督、潮原東吾(しおばらとうご)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()です」

 

 矛盾を孕んだ存在が、そこにいた。

 

 

 

 

 

 

 執務室の隣にある貴賓室にて、みんなはテーブルを囲んでいた。

 ちなみに提督と紹介された少女は、着替える時間がなかったのか、結局バニースーツの上に軍服を着るという、かなりエッチでニッチな格好になっている事は瞬達は知らない。

 

「久しぶりっすね提督さん。前にウチに来たのって確か春休み前でしたっけ」

「そんぐらいだったなーうん」

「色々ありすぎて結構前のことのように思えてしまうな」

 

 潮原提督とアラタは、2人して春休みの思い出にふけっている。お願いだから自分達の世界にトリップせずに帰って来てくれ。それぞれ吹雪と大鳳に肩を揺さぶられ、現実世界に帰還する。

 潮原提督は、帽子を被り直すと、自己紹介をする。

 

「さっきはとんだ醜態を晒してしまって申し訳ない。改めて自己紹介を。俺がここ、鯛網鎮守府提督の潮原東吾だ。今日は特別に、君達に我が鎮守府の見学を許可しようと思う。よく来てくれたな」

 

 見た目は瞬達とそう歳の変わらない少女がコスプレしているようにしか見えないのだが、その僅かな立ち振る舞いに、彼女の、提督として色々と背負っていることを示す気迫が伝わってくる。

 ……と思いきや、何やら川内や吹雪とヒソヒソ話を始めた。さっきの気迫はなんだったんだ。

 

(提督、さっきのなんなのさ!まだ着替え終わってなかったの⁉︎ )

(仕方ねーだろ!ラバーがぴっちりすぎて脱ぎづらかったんだよ。男の俺がバニースーツなんて着たことも脱いだこともないことぐらいわかるだろ!)

(で、着替える暇なく上に直接軍服着たわけですか。バレたらどうするんですか)

 

 元はと言えば提督にバニースーツを着せようとした神通が悪いのだが、いくら愚痴っても事態は進展しない。隠し通すしかない。

 

「……あの、ちょっといいですか」

「なんだ少年」

「あの、さっき吹雪が言ってたのって本当なんですか?俺よく分かんないんですけど、男性って普通は艦娘には成れないものなんですか?」

「そうだよ(肯定)。幾ら研究しても何故か女性しか艦娘になれないんだ。本当は年頃の女の子を戦わせるなんて真似、したく無いんだけどな」

 

 瞬の質問に対し、あっさりと肯定する提督。そりゃあ、艦“娘”と言われてるのだから、男がなるのはどうかと思う。同人界隈には男性艦娘時空といったニッチなジャンルもあるにはあるのだが、この世界ではそういった実例はないらしい。目の前の一例を除いて。

 しかし、目の前の彼女(と言っていいのかはよく分からないが、少なくとも生物学的には合ってる)の姿はというと、先程出会った川内という少女に瓜二つなのだ。潮原提督の方は髪を結んでおらず、川内型の制服ではなく、一般的な提督が着る白い軍服であるのだが、逆に言えば、服装以外で見分ける術はないと言えよう。面倒臭いったらありゃしない。

 

「色々あって艦娘・川内になって早3年。戻るあてもないんで法律上も女性になってしまいました」

 

 しみじみと何かを懐かしむようにおっしゃる提督さん。いやまて、この人色々濃くない?この人メインで一作品ほど作れない?色々と苦労してたんだな……という感じの雰囲気が滲み出てやがる。

 

「今日はすいません。忙しいのに俺達の申し出を受け入れてくれるなんて」

「アラタの姉さんには世話になりっぱなしだから。お安い御用よ。友達の皆も、俺達に質問とかあったらバンバンしてくれ。こたえるぜ」

「はい質問!川内さん、自分と同じ姿の上司って正直言ってどうなんですかね……?やっぱり気色悪いですか?」

 

 唯が川内にかなり失礼な質問をかます。確かに気にはなるけれども、当人の目の前でそんな質問するんじゃない。彼女のデリケートな質問に当の本人はというと、少し考えてから一言。

 

「まあ今でも気色悪いね。同一艦が同じ鎮守府にいると色々と混乱をきたすから、基本的には別所に配属されるんだけど、

「オイ」

 

 分からなくもないが、上官に対して非情過ぎではなかろうか。横に本人居るんだから少しはオブラートに包んでやるなりしろ。

 

「私は提督がこうなる前から一緒にやってきてるけど、当初はガチで嫌だったなー。まあ、艦娘になった時点で自分と同じ姿のやつと出会う事は必然的になるからね。そこは避けられないって割り切ってるさ」

 

 言われてみればそうだ。艦娘となれる人間は多けれど、元となる軍艦は限りがある。当然ながら同じ艦になる人だって出てくる。

 

「逆によく割り切れたな……」

「童貞卒業は出来なくなったんだけどな……」

「下ネタ振ってこないでください。反応に困るから」

「要するに留年したんだね。可哀想に、一生童貞なんだ……」

「留年というか中退……?って何言わせんだ馬鹿。やめろ、憐れむんじゃない。俺も亡き相棒思い出して泣けてくるからぁ!」

 

 どこか哀愁漂う雰囲気をだしてく潮原提督。言ってることは分からなくもないけど、女性陣の前でそういった下ネタは控えていただきたい。

 

「慣れればなんとかなるモンだよ。いざって時は俺自身が出撃できるし」

「するんですか?」

「あーでも余程のことが無い限り出ないぞ?指揮官が戦線に出るとか馬鹿そのものだからな。一応、一通り自分でできるように訓練はさせられたけどな」

 

 潮原提督の返答に対し、へえー、と感心するように頷く唯。分かったような素振りだが、本当に分かっているのだろうか?甚だ疑問に感じてしまう瞬であった。

 そのとき、貴賓室の扉がノックされる。提督が声を掛けると扉が開き、2人の艦娘の姿が現れる。

 

「あら、もういらしてたんですね」

「何よ、アンタらも来てたの」

「あっ瑞鶴さんに神通さん。珍しい組み合わせですね」

 

 川内と似たような制服に身を包んだ、若干茶色ががった髪の少女と、弓道着姿のツインテールの少女が入って来た。どうやら潮原提督に用があるらしい。軽巡洋艦・神通と正規空母・瑞鶴である。それにしてもかなり珍しい組み合わせである。

 

「偶々よ偶々。ほら、駆逐艦の子から預かった哨戒の報告書。本日も異常無し、近頃はホント平和よねーまったく」

「船舶護衛任務から帰投した木曾さん達から任務完了の報告を受けて知らせに来たんです。あ、皆さんようこそ。お茶をお淹れしますね」

 

 神通は報告を済ませると、給湯器のお湯を急須に注いで温かい緑茶を淹れる。瑞鶴の方は特に何かするわけでもなく、アラタ達と駄弁っている。それにしても現役の軍人や艦娘と面識ある男子高校生っていったい何なんだ……と、瞬と唯の中でアラタの人脈のについての謎が生まれるのであった。

 一方、お茶出しをする神通を見ながら、潮原提督と川内は先程の光景を思い返していた。川内に変態行為をかまそうとしてたさっきのと、業務に真摯に取り組む今の彼女がどうしても結びつかないのだ。長年の付き合いでもこれだけは無理だった。

 

(オンオフの切り替えやべーよなアイツ……実はこの鎮守府、神通が2人いるなんて事はないよな?)

(それはない。ノックスの十戒に誓おう。そもそもあんた提督なんだからそれくらい把握してるでしょ)

(十戒に誓う必要ないだろ。お前どこのミステリー作家だよこの体育会系!)

 

 なんか神通をチラチラ見ながら潮原提督と川内がヒソヒソ話をしているが、アレはなんなのだろう。吹雪も呆れて苦笑いしてるじゃないか。

 瞬はふと、壁にかけられていた時計を見る。時刻はすでに正午を回っている。それに気づいた途端、急にお腹が空いてきたように思えてきた。実際、唯のお腹はさっきからちょくちょく鳴っている。ここでだいぶダレてきた質問コーナーを神通が素早く切り上げる。

 

「では皆さん、食堂に参りましょうか。そろそろ昼食の時間ですし」

「俺はこれから仕事があるからな。吹雪、昼食の後からは任せるぞ」

「了解しました。吹雪にお任せを!」

 

 吹雪に連れられ、部屋を出て行く一同。部屋には提督だけが残された。

 

「……」

 

 誰もいなくなったのを確認すると、提督は軍服のボタンを外して行く。その下には、ラバー素材でできたバニースーツが蒸れ蒸れになった状態で存在していた。

 —— バレなかった、よな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 舞網鎮守府 第1港

 

 一晩中かかった遠距離任務を終え、帰投する艦娘達がいた。

 予定外の深海棲艦との戦闘により、かなり帰投が遅くなってしまったものの、なんとか無事に帰還できたのである。

 

「予想以上に帰るの遅くなったね……予定外の交戦あったから艤装も結構ボロボロだよ。たった数体といえど、帰り道に襲われるとは思わなかったなぁ」

「お疲れー。今日の任務はかなり長距離を移動したから、皆疲れただろう?しっかり休んで疲れを取れよ」

 

 護送艦隊の旗艦を務めていた艦娘・木曾が、共に帰投した面々に声をかける。服には一部に焦げ跡のようなものがついており、肌や装備も傷だらけであるが、それでも凛とした態度を崩していない。木曾に続いて上陸した駆逐艦・海風は、陸に上がるなり大きく伸びをする。次いで木曾の姉・大井も上陸。木曾よりも傷ついた

 

「お疲れー。ふう、帰ったら早速ひとっ風呂浴びようかな」

「一晩ぶりのキタガミニウム補給いいすか?」

「大井姉さん、正直言って今のアンタは汗臭いぞ。そんなんじゃ北上姉さんに嫌われるけどいいのか?」

「それは困る」

 

 大井の返答が若干食い気味に聞こえた気がするが、深く突っ込むのは薮蛇だろうとスルーする一同。

 

「身体中バッキバキよ……あーもう深海棲艦の馬鹿野朗お!レディーをこんなにボロボロにするなんて!」

「暁、あんた大破してるんだから大人しくしてなさい。それにしても深海棲艦のやつ、暁を集中狙いしてたけどアレ何だったの?」

「さあな。深海棲艦(ヤツら)の考えることはよく分からないしな」

 

 1人だけやけにボロボロになっている暁は、陽炎に牽引さながらぷんすかと御立腹な様子。この調子だと船渠(ドッグ)送りであろう。そしてレディーは馬鹿野郎なんて汚い言葉は使わないぞ。

 最後に続くのは、陽炎の疑問に対し、さあな、と諦めたように首を振る菊月。ともあれ、今日も全員無事に帰って来たのだ。

 戦闘による被弾などで傷ついた装備を工幣に預け、ついでに大破している暁も船渠に送り届けた後、残った5人はお風呂タイムに入る。人間も艦娘も、こういった休息が士気の高揚やパフォーマンスの維持に必須なのだ。中にはそういったものを軽視して艦娘を酷使するブラック鎮守府という場所もあるらしいのだが、潮原提督に言わせれば「手厚くサポートしなきゃ充分な能力を発揮できないのは人間も兵器も艦娘も同じ。だからブラック鎮守府のやり方は愚の骨頂」らしい。

 船渠の隣にある浴場に向かう一同。戦場で日々深海棲艦相手にドンパチやっている艦娘も、戦いが終われば普通の女の子。どうでもいいような会話をしながら服を脱いでいく。

 

「疲れたなぁ……今頃司令官はアラタ達とワイワイガヤガヤやってるんだろうなぁ」

「風呂から出たら私達も混ざってやりゃあいいのよ」

「その前に昼飯じゃない?私お腹減ってもー大変」

 

 スーパー銭湯のような、幾つかのでかい浴槽が点在する浴場に足を踏み入れる。同時に、白く熱い湯気が、夜通し外にいて冷え切った彼女達の肌を温める。

 

「あぁ〜生き返るわぁ〜。やはり仕事終わりの風呂は最高や」

「口調ごちゃごちゃですよ」

 

 熱い風呂というものは心身の疲れを癒す。

 木曾もあまりの気持ち良さに、普段の男らしい口調が崩れまくっている。この時ばかりは風呂文化の栄える日本に生まれて良かったと思わざるを得ない。

 

「そういや最近、強姦殺人事件が繰り返されてるらしいわね……怖いなーとづまりしなきゃ」

「流石に艦娘を標的にしようなんて馬鹿、そうそう居ないさ。ブラック鎮守府の提督とかなら話は別だけど」

「やめてよ、そんな物騒な話。もっと心が安らぐような話をさぁ」

「なら話を変えましょう。そうだ、今私は海風とあの整備士のお兄さんのイチャラブトークでも聞きたい気分なのよねぇ……海風、率直に訊くけどどこまでいったわけ?」

「わ、私は!べべべ別にあの人とはそーゆー関係では……!」

 

 駆逐艦達のトークに耳を傾けながら、木曾は湯船の中から浴場の天井を仰ぎ見る。今になって疲れがどっと出てしまったようで、次第に瞼が重くなってくる。今日はもう出撃の予定はないので、早く風呂から出て休もうと、浴槽から出るために立ち上がった。

 その時、濡れた木曾の背中に冷たい風が吹き付ける。それに違和感を感じ、木曾が振り返ると、背後の小窓が空いていた。窓のそばにはずっと自分がいたし、他の人は誰も近づいていない。一体誰が、いつの間に開けたのだろうか。木曾は、一番近くにいた大井に訊く。

 

「あれ?誰か窓開けた?」

「いや。木曾じゃないの?」

「そうか」

 

 防犯用に鉄格子がつけられているといえど、浴場の窓が全開なのは保安上あまり宜しくないし、風で身体が冷えてしまう。窓を閉めようと近づこうとした次の瞬間。

 

「……フヒッ」

「そこに居るのは誰だっ!」

 

 窓の外から聞こえてきたキモい笑い声。

 その気持ち悪い声に気付いた木曾は、近くにあった洗面器を開いていた窓にぶつける。洗面器はカコーン! と綺麗な音を立てて窓のアルミサッシにぶつかり、カラカラと音を立てて濡れたタイル張りの床を転がっていく。突然の木曽の行動に、他の艦娘達はビビって微動だにもしなくなり、出しっぱなしのシャワーの音だけが聞こえていた。

 険しい表情の木曽に怯えながら、シャンプーの泡をを頭につけたままの海風が恐る恐る訊いてくる。

 

「あの……木曾センパイ、何があったんですか?」

「覗かれてた」

「ウソッ⁉︎」

 

 その事実に動揺する少女達。対して、木曾と大井は怒りに燃えていた。

 罪なき少女達を辱めようとした不届き者にお灸を据えねばなるまい。指をポキポキと鳴らしながら、裸タオルの木曾と大井は怒りを露わにするのであった。

 

「かなりの猛者ね、鎮守府内でこんなくだらない事するなんて」

「ちょいとばかし、とっちめなきゃならねぇなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「毎度ありがとうございますー」

「間宮さんもお疲れ様!間宮さんと言えば、やっぱりこの特性アイスキャンディーなんだわ!」

「駆逐艦の子達にも人気ですからね。もちろん私も好きですよ!」

 

 書類仕事のある提督と一旦別れ、吹雪と天龍の案内のもと鎮守府内を見て回ることにした瞬達は、間宮の売店で買ったアイスキャンディーを堪能しながら、レクリエーションルームで寛いでいた。

 近くには艦娘用の風呂場があることもあってか、この区画はまるで旅館を思わせるような雰囲気であった。丁度風呂上がりの艦娘達もいるようで、身体からポカポカと湯気を漂わせながら、椅子に腰掛けている瞬達の近くを通り過ぎていく。こうしていると、ここが軍事施設とは思えくなる。

 

「ねえ、ホントに僕達みたいな民間人を入れちゃって良いのかな?首飛ばないよね?憲兵に連れてかれないよね?」

「アポをちゃんと取ってれば敷地内に入れるんだよ。俺がやったんだから安心しろよ」

 

 はっはっはっー!と大笑いするアラタ。そう言われると余計に安心出来ないのは何故なのだろうか。

 ネプテューヌはというと、向かいの遊戯室で艦娘と卓球勝負をしている模様。ただし、ネプテューヌの惨敗のようだが。相手の艦娘のスマッシュが顎にぶち当たって悶絶するネプテューヌの姿に、思わず苦笑するアラタの服の袖を、隣のヒビキが軽く引っ張る。

 

「ねえ、ずっと気になってたんだけど」

「ん、どした」

「大鳳と山風も艦娘なんだよね?なんで鎮守府とかに所属せずに学校行ってるの?」

 

 言われるとたしかに気になる。これまで艦娘についてろくに知らなかったから疑問に思わなかったのだが、2人もかつての日本海軍の軍艦の名を冠している。もしかすると彼女らも艦娘なのだろうか。

 ヒビキの疑問にアラタは言い淀んだようにしばらく無言を貫いていたが、やがて、これくらいなら話してもいいだろ、と前置きした上で、瞬達に対して話しはじめた。

 

「……簡単に言うとな、アイツらは厳密にはもう艦娘じゃないんだわ。艤装とのパスは解体によって殆ど失われているし、今のアイツらは人よりちょっと強靭な肉体を持った女の子でしかないんだよ」

「元艦娘?」

「ああ」

「……なんでやめたんだ?」

「色々あったんだ。その時の2人はかなり苦しんでいた。こればかりは俺が勝手にベラベラ喋っていい内容じゃないんだ。デリケートな内容だからな」

 

 普段のおちゃらけたものとはかけ離れた、険しい顔つきで話し続けるアラタの姿に、瞬は思わず唾を呑む。

 

「ただこれだけは言える。2人を助けたのは姉貴とここの鎮守府の面々だ。そのおかげで大鳳と山風は今、普通の人間としての生活を送れている。だから、俺は姉貴や潮原提督を尊敬しているんだよ。俺もいつか、あの人達みたいに苦しんでる人を救う仕事をしたい……まあ今はまだ夢物語なんだけどな」

「立派だなーアラタ君は。僕も人の役に立ちたい!って思ってるんだけど、いつもドジ踏んでばっかでさ……」

「じゃあそれを実現できるように頑張らないとな。お前なら案外いけるんじゃないか?」

「よせよ。お前の方が向いてるだろ。だってお前仮面ライダーじゃんか」

 

 俺なんかまだまだだよ、と笑いながら返す瞬。ヒーローとしてはまだまだ駆け出しの自分に向いてる向いてないと言われる資格なんてまだないのだから。

 と、ずっと真面目な話をしていた男性陣に対し、遊戯室の方から唯から声を掛けられた。

 

「瞬!こっちで卓球やろうよ!那智さん意外と強敵だかさ!トリプルスでいこう!」

「んなルール無えよ。まあいいぜ、やってやらあ!志村もこいよ」

「いや僕は……」

 

 瞬の後を追おうと席を立った志村。しかしその腕に突然、何やら柔らかいものが当たる感覚がする。みると、スク水姿の艦娘が腕を組んで胸を志村に押し付けて来ていた。気の小さい童貞である志村にとっては、本気で心臓が止まりそうになるほどの衝撃であった。

 少女はそんな事お構いなしに、扇情的な仕草で志村を誘う。何この見え見えなハニートラップみたいなのは。

 

「ならイクと一緒にあちらで楽しいことやるのね!」

「けけけ結構ですからぁ!」

 

 スク水姿の潜水艦の子の誘いを慌てて蹴り、志村は瞬の元に走り去っていく。断られた少女・伊19は不満そうに腕を組んで頬を膨らませる。後ろから同じく潜水艦の伊58が愚痴る。

 

「つれないでちね。ただのスマブラなのに」

「いや19ちゃんの言い方に語弊があるのよ……それにしても、あの子かなりウブだったわね」

「如月だって似たようなもんのくせに」

「あらやる気?ならスマブラで決着をつけましょうか。ゴーヤちゃん、サシでやるから邪魔しないでね」

「キャラの方向性が似通ってるからって一々張り合わなくてもいいのに……」

 

 なんか此方も戦いが始まった模様。賑やかなこの光景を見て、アラタは頬を緩ませるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 一方、鎮守府の中庭のベンチに並んで腰掛けていた大鳳と山風。

 演習場から聞こえてくる砲撃の音。わいわいと駄弁りながら渡り廊下を通ってゆく艦娘たち。その全てが、大鳳の心を刺激する。

 

「現役時代を思い出してた?」

「……うん。やっぱり鎮守府(ここ)にいると思い出しちゃうの。あんまりいい思い出は無かったけどね。それでも、この鎮守府の温かさは癖になるのよね。私も、他の鎮守府に着任していれば良かったのかな」

IF(もしも)の話なんてやるだけ無駄だよ。共感はするけど、私達は今を生きてるの。あり得ざる過去も今も、結局は夢物語でしかないんだから……」

 

 現役時代に想いを馳せる。当時はあまりいい思い出は無かったが、それでも大鳳にとっては()()()過去なのだ。

 

「みんなの所に戻りましょ。2人きりだとなんか無駄に感傷的になっちゃうわ……」

「そうだね」

 

 せっかく皆と一緒に来ているのに、センチメンタルになってちゃ勿体ない。同じ境遇の山風と2人きりだと、どうしても思い出してしまうし、皆と一緒になって気を紛らわそう。

 そう思いながら、皆の所に戻ろうと立ち上がろうとしたその時。

 

「やあやあどうしたのかな大鳳ちゃん。そんなにアンニュイな表情してさ。そんな表情のキミを見ていると、どうしてもほっとけなくなるんだよね。俺、優しいから」

「⁉︎ 」

 

 突然、大鳳の耳元で声がした。台詞的に明らかにナンパされているのだが、優しい声色とは裏腹に、猛烈な嫌悪感を大鳳は抱いていた。間違っても信用してはならないような、不安を煽られるような、出来ればあまり聞いていたくはないような声だった。それに妙に馴れ馴れしい。大鳳にこんな声の知り合いは居ない。一体なんなのだ。

 固まって振り向けない大鳳と山風の肩に、ガシリと手が置かれる。そして、さらに声がかけられる。

 

「怯えないでよ、キミ達と俺との仲でしょ?いつものように、俺の事を提督さんだのパパだの呼んでくれてもいいんだよ?」

「誰……なの?私は、貴方なんて知らない!」

「人違いです。手を離してください!」

 

 ヤバいやつだ。明らかに言動がまともじゃ無い。馴れ馴れしい口調が、より一層異質な雰囲気を強くする。大鳳達は必死に否定するが、声の主は聞こえていないのか無視しているのか知らないが、変わらず馴れ馴れしい口調で話しかけてくる。

 

「恥ずかしがる事はないよ。まあ俺はそんなキミ達も好きだよ。だから、これから俺と楽しいことしようよ。いいでしょ?」

《KAKUSEI DEMON》

 

 ミシミシと、2人の肩を掴む力が強くなる。ヤバい、逃げなくては。

 その時。

 

「2人とも離れて!」

「ひょへぇ⁉︎ 」

 

 優しくも力強い声がした。2人はその声に従い、肩に乗せられた手を振り払い、左右に散る。そして、声の主に向かって矢が放たれた。ブシュリと鈍い音がした。

 声のした方をみると、中庭の向こう側に弓道着姿の銀髪の女性が、弓道用の弓を構えて立っていた。正規空母・翔鶴である。

 

「しょ、翔鶴さん! 」

「酷いじゃないか。キミらしくもない。あの優しくお淑やかだったキミがこんな真似をするなんて、一体全体どうしちゃったんだい?」

「生憎ですが、私は貴方を存じ上げません。それよりも、2人に何をする気だったのか、そもそも勝手に鎮守府に侵入した事も含め、色々と問いたださなくてはなりません」

 

 茂みに隠れていた声の主の姿が露わになる。それは、まさしく“鬼”というべき姿であった。筋肉質な肉体に虎柄の腰蓑を纏っただけの薄着姿。額から突き出た長い一本の角。腹部には般若の顔がでかでかと浮かび上がり、威圧感を出している。

 鬼は、肩に刺さった矢を平然と引き抜いて投げ捨てると、さっきと変わらない調子で話しかけてきた。

 

「いきなり乱暴はやめてくれよ。俺が何したっていうんだい?してないだろう?だからこんな真似はやめて俺と遊ぼうぜ」

「嫌です!」

 

 翔鶴に一蹴されてもへこたれず、鬼は繰り返し口説いてくる。ここまで図々しいと恐怖を感じてくる。いかつい文字通りの鬼の姿で、爽やかそうに話しかけてくるものだから違和感が半端ない。それに、友好的に振る舞っているのにも関わらず、彼の目は全く笑っていないのだ。それが彼女達にとっては不気味だった。

 

「大丈夫⁉︎ 何ともない⁉︎ 」

 

 騒ぎを聞き付けたのか、大鳳と山風の元に、神通が駆けつけて来た。訓練中だったのか、艤装をつけたまんまである。

 

「翔鶴のおかげでなんとか……それよりも、こいつは……」

「前にも似たようなのを見たよね」

 

 大鳳と山風の脳裏に、以前一誠を襲った怪物のことがよぎる。結局よくわからないうちに消えていったのだが、それでもアレはマトモじゃないと感じていた。

 そして、目の前のコイツは別ベクトルでイカれている。翔鶴に拒絶されたにも関わらず、しょげるどころか余計に興奮し始めている。かなりハイレベルな変態である。

 

「うんうん……やっぱ翔鶴って美しいよなぁ……真剣な目で俺を見てくれるなんて、最高ですよ最高!たっまらねぇぜぇ……」

「うわ何気持ち悪い」

「何者ですか貴方は!」

「愛の使者」

 

 ダメだ。話が通じない。鬼は大鳳達をほっといて自分の世界に浸り始める。見ていて純粋に気持ち悪い。

 

「ああ、俺は幸せ者だ……こんなにたくさんの可愛い子ちゃん達に構ってもらえるなんて、俺死んでもいいかも」

「なら死んでみます?」

 

 今朝の時とは一変、冷ややかな目で鬼を睨む神通。睨まれた当の本人は、なんでそんな目を向けられているのか全く理解できていないようで、ヘラヘラと笑いながら神通の方を振り向き、彼女に向かって歩み寄ろうとする。

 

「やだなあ何そんなに怒ってるn

 

 

 次の瞬間。

 彼の身体は何の前触れもなく真上にぶっ飛ばされた。

 

 

 

 大鳳も、山風も、翔鶴も、神通も。誰もが理解できなかった。

 そして、鬼が立っていた位置に、先程とは別の怪物がいた。青白い肌に髑髏を模したマスクで覆われた目元、目を惹きつける妊婦みたいに丸々と突き出た腹(おまけにデベソが丸見え)、ボロボロの軍服と随所に見られる艦娘の艤装のような部位。ただし、その艤装は全て使い物にならないレベルで損傷しており、さらに様々な艦種のものが入り混じったカオスなものになっている。それの容姿はまるで深海棲艦を思わせるものであった。

 彼は、大鳳達を品定めするかのようにジロジロと見ていたが、やがて、一番近くにいた大鳳に近づき始めた。彼女は、本能的に恐怖を感じて後ずさる。

 

「や、やめて……こないで」

「お前に拒否権なんかねーよカス!原作キャラ風情が俺様に楯突くんじゃねーよ殺されてーのかアバズレ!」

 

 息を吐くように汚い言葉を吐き捨ててくる。言ってることが半分くらい分からないが、コイツもコイツでマトモでは無かった。

 怪物は腰にぶら下げていた鎖で、恐怖と動揺で動けない大鳳を縛り上げると、恐るべき跳躍力でかっ飛んでしまった。

 

「何、今の」

「……はっ!大鳳さんが危険よ!皆に知らせて!」

 

 残された神通達は、突飛すぎる出来事に呆然としていたが、直ぐに正気に戻り、大鳳を拐った怪物を何とかすべく動き出すのであった。

 

 

 

 

 

鎮守府屋上

 

 鬼は遥か上空に打ち上げられた後、鎮守府の屋上に落下する。コンクリート製の床にできたクレーターの中心で、彼は起き上がる。オリジオンとしての姿ではなく、爽やかそうなイケメンの姿であった。

 彼が顔をあげると、そこにはボサボサの髪のガリガリのオッサンが、青年を見下ろしていた。彼は青年が起き上がるなり、汚い唾を撒き散らしながら、捲し立てるように暴言を吐き出して来た。

 

「邪魔すんじゃねえよカス!ここの女共は俺様が全部戴くんだからとっとと死ねやゴミクズ野朗!」

 

 対して青年は、全く意に介していないように飄々と振る舞う。

 

「やめてよね。同じ穴の貉同士で争っても何にもならない。それよりも、耳寄りな情報があるんだよね」

「モブの話なんか聞く価値ないね!俺は選ばれし男だから忙しいんだ死ね死ね死ね死ね死ね!」

「ギフトメイカーからの通達だ。仮面ライダーがここに来ているらしい。殺せば褒美が貰えるんだってさ」

 

 その言葉に、男が反応した。

 彼らを始めとする転生者達は、数日前、自分達をオリジオンとして覚醒させた存在・ギフトメイカーから、こんなことを言われていた。

 —— もし仮面ライダーに出逢うようなことがあったら、殺せ。あれは僕らにとっても、君達にとっても邪魔な存在だ。

 その事実に、男の低い沸点は一気に頂点に達した。苛々した彼は、屋上の手すりを拳で殴りつける。筋肉もろくについてない、細いを通り越してガリガリの腕にも関わらず、その一発だけで手すりの殴られた部分が千切れ、地上に落ちていった。

 

「せっかく手に入れたセカンドライフを邪魔されてたまるかよ」

 

 その物騒な会話を聞いていた大鳳。鎖で縛られた状態のまま、男に抗議する。

 

「離しなさい!貴方達一体なんなの⁉︎ 仮面ライダーを……瞬を殺すって……」

「ヒロイン風情が一丁前に俺に口答えするんじゃねーよカス!黙れよ!」

「ゔぇえっ!」

 

 男の拳が大鳳の腹に突き刺さり、女の子にあるまじき声をあげさせられる。膝をついて咳き込む大鳳を、隣の青年は憐れむような目で見つめながら言う。

 

「あーあ、その子仮面ライダーの仲間らしいね。なんて可哀想」

「許せねえ……俺のヒロイン寝取りやがって。ぶち殺してやる!」

「誰が……貴方なんかの……」

「だーかーらぁ!口答えするんじゃねーよ学習能力ねーのかアホンダラ!」

「はぅあっ⁉︎ 」

 

 今度は大鳳の頬を強く引っ叩いた。あまりの衝撃に、膝で立つこともままならず、盛大にぶっ倒れてしまう。流石にまずいと思ったのか、青年が止めに入る。しかし大鳳からすれば、その発言の内容はまともなものではなかった。

 

「やめなよ、キミが欲しかったのは彼女だろ?なのにそんな扱い方したら本末転倒だよ。その苛立ちは仮面ライダーにぶつけた方が有意義さ」

「アイツに傷者にされてるかもしれねーんだぞ⁉︎ 許せるかよ!」

「その怒りもやつにぶつければいい。やってしまおう」

「けっ、そうだなぁ!俺のヒロインを奪った罪は重いぜぇ……」

 

 訳の分からない恐怖に見舞われた大鳳は、不気味に笑う2人を見ながら、必死に祈るしか無かった。それしか、できなかった。

 —— 早く、助けに来てください。

 

 

 

 

 

 

 時刻はヒトゴーマルマル。結構長居してしまったが、そろそろ帰った方がいい頃合いだ。

 皆を集合させようと、声を掛けるアラタだったが、そこに何やら険しい表情をした眼帯を付けた緑髪の艦娘が此方につかつかと歩いてくる。

 

「あ、木曽じゃねーか。帰ってきてたんなら言えって —— 」

「おい」

 

 天龍の呼びかけを無視して木曾はアラタに詰め寄る。近い近いめっちゃ近い。具体的に言うともう少しで木曽の胸が当たりそうなくらい。

 

「お前、覗きとかしてないよな?」

「す、するわけないだろそんな馬鹿な真似!」

 

 いきなり何言われているのか分からなかったが、アラタは即座に理解すると同時に強く否定する。どこから覗き魔疑惑が沸いて出たのか、彼には見当もつかないのだが、そんな汚名を着せられてはたまったもんじゃない。

 必死に否定するアラタの様子を見た木曾は、続いて瞬に疑いの目を向けて来た。

 

「じゃあお前か?」

「断じて違う!」

 

 なんか女性陣の視線に冷たさを感じてきた。誠に不本意だが、痴漢冤罪の被害者の気分が分かったような気がした。

 

「犯罪に手を染めるほどムラムラしてねえし、尊敬してるアンタ達相手にそんな真似できるかよ。そもそも覗きとかハイリスクノーリターンじゃないか?」

「アラタ、それお前の友人達に刺さってるぞ」

 

 瞬の脳裏に一瞬スケべな赤龍帝の顔が浮かんでくる。彼がこの場にいたら真っ先に疑われていただろう。日頃の行いは大事である。

 

「ちょいまっち。いきなり事実も話さずに犯人扱いは良くないよ。説明してくれなきゃ困るって」

「そ、そうだな……疲れてて気が立っていた。すまない」

「お前、覗きがどうとか言ってたよな。まさか ——- 」

「そのまさかだよ。さっき覗かれた……ああ思い返すだけで気分悪くなってくる」

「マジかよ……命知らずにも程があるだろ」

 

 よりによってこの鎮守府内でそんな行為をする人がいることに、アラタは唖然とする。ここにいる皆を疑いたくはないのだが、覗き魔をのさばらせるわけにはいかない。二つの思いの間で板挟みになり苦悩するアラタに代わり、吹雪が証言する。

 

「皆さんはさっきまで私達と一緒にいましたし、物理的に不可能ですよ」

「そーだそーだ」

「……ならいいんだ。いきなり悪かったな、すまない」

 

 吹雪がアリバイを証明したことにより、瞬とアラタは重圧から解放された。それにしても、もっと早く助け舟出せばよかったのではないだろうか。

 

「んじゃ誰が……」

「よし、私達も犯人探しに協力しよう!女として許せないし!」

「まあ、俺もあらぬ疑いをかけられちゃあ見過ごせねーな。手伝うぜ」

 

 唯の発言に対し、賛同する一同。たしかに、この場で考えるよりも動き回って犯人を探す方がいい。だがしかし、鎮守府内でうろちょろされたら困るので、吹雪が止めようとする。

 

「ちょっと勝手に動き回らないでk

「嫌ああああああああああああああああああ!」

「⁉︎ 」

 

 突然上がった悲鳴。それに反応した川内が、即座に驚異的な速さで走り出す。彼女の後を追い、皆も走り出す。

 鎮守府の外に出ると、川内がある一点を見つめたまま立ちすくしていた。その視線の先には、見たことのないオリジオンに捕まった大鳳がいた。そのオリジオン —— フリートオリジオンは、キモい笑い声をあげながら得意げに言う。

 

「へっへっへ!コイツは貰ったぁ!」

「大鳳っ……テメェ、放しやがれ!」

 

 大鳳を捕まえているオリジオンに、アラタは無謀にも殴りかかろうとする。しかし、オリジオンはアラタの振り下ろされた拳をものともせず、アラタを殴り飛ばして返り討ちにしてしまった。倒れたアラタを踏みつけ、下品に笑うオリジオン。痛めつけられながらも、それでもアラタは睨みつけてくる。

 オリジオンはそれが気に障ったのか、今度はアラタの顎を砕く勢いで強く蹴飛ばした。鼻息を荒くし、何度も何度もアラタの頭を踏みつける。

 

「やめろ殺す気かよ⁉︎ 」

「アラタぁ!」

 

 見かねて瞬はクロスドライバーを装着しながら、オリジオンに体当たりをして突き飛ばす。オリジオンは

 瞬はボロボロになったアラタに駆け寄る。

 

「なんなんだよどいつもコイツも!モブキャラの分際で俺に楯突くとか生意気なんだよ!」

「どうするつもりだ……大鳳をどうするつもりなんだ!」

「うるせぇ!雑魚はすっこんでろ!この鎮守府の艦娘は全部俺のモノにするんだ!」

「うわあ……リアルでこんな事言う奴初めて見た……」

 

 オリジオンの発言にドン引きする一同。臨戦態勢だった瞬でさえ、露骨に嫌そうな素振りをみせ、思わず後退りしてしまう。今時こんな単純な色ボケ野朗が見られるとは驚きである。

 アラタはオリジオンの言動に怒りをあらわにする。

 

「オメーのモノでもなんでもねえよ!この鎮守府の皆も大鳳も渡すもんか!さっさと失せやがれすっとこどっこい!」

「アラタくん、すげー怒ってる……」

「大鳳さんがそれくらい大切なんだよ。私もアラタの立場だったら、多分同じように怒るよ」

 

 何時もの気さくな様子は何処へやら、まるで別人の様に激昂するアラタ。そな変わりように体が竦んでしまう志村と、同情するヒビキ。オリジオンはそれが気に食わなかったようで、アラタに対して怒りのままに怒鳴り散らす。

 

「何で俺がお前達みたいなモブキャラの意見を聞かなきゃならねーんだよ?調子のるなよ?」

「調子乗ってるのは貴方でしょ……私は貴方のモノになる気なんて微塵もないわよ!いい加減にして!」

「黙れ!次口答えしたら舌と声帯引きちぎって海に投げ捨てるからな!」

「くぅっ……!」

 

 オリジオンは、自らに対して口答えした大鳳の頭を思い切りぶん殴った。よく見ると、彼女の体のあちこちには真新しい痣ができているではないか。それに気づいたアラタは激昂し、無謀にも再びオリジオンに殴りかかろうと走り出す。

 

「テメェっ!大鳳に手をあげてんじゃねえ!」

「ふん!」

 

 周りが止めるよりも早く、オリジオンの腹パンがアラタの腹に直撃し、アラタの体がズルズルとその場に崩れ落ちる。それに飽き足らず、オリジオンは崩れ落ちたアラタを強く蹴飛ばした。

 身体中の空気が根こそぎ吐き出させられるような衝撃がアラタに襲いかかる。身体中が痛んで仕方がないが、それでも立ち上がる。立ち上がらなければならない。こんな奴に、大鳳を好きにさせてたまるか。その一心だけで立ち上がろうとするが、志村がすかさず静止する。

 

「アラタ君大丈夫⁉︎ 無茶だよ……!」

「それでも、いかなきゃならねーんだ……俺がっ……やらなきゃならねーんだよ……!」

「その怪我じゃ不味いって!勇気と無謀は別ものだってそれ一番言われてるから!」

 

 ネプテューヌと志村の静止を振り切り、尚も立ち上がろうとするアラタを横目に、木曾が問いかける。

 

「まさかお前なのか?さっき風呂を覗いてたのは」

「別にいいだろ減るもんじゃないし。お前らも俺様に見られて嬉しいだろぉ?」

 

 覗きをあっさり認めるどころか、微塵も悪びれないオリジオンに、んな訳あるか!と周りから非難の声があがる。一体どこの世界の人間だお前は!と叫びたくなるほどの身勝手な主張に、木曾の拳が怒りでぶるぶる震える。

 思わず木曾は殴りかかりそうになるが、

 

「おっと、こいつがどうなってもいいのかよ?ええ?」

「なっ!」

 

 オリジオンの方は、大鳳を人質にしてきた。これでは手が出せない。当然非難の嵐になるが、オリジオンは瞬の方を見ると、より一層憎しみのこもった顔つきになる。

 

「お前……汚ねえぞ!」

「お前がギフトメイカーの連中が言っていた仮面ライダーか!お前にだけは言われたくねーよ!大鳳はなぁ、俺のヒロインなんだよ!俺がいただくんだよ!それを横から掻っ攫いやがって……300回ぐらい殺してやらねえと気がすまねぇ!」

「寝言は寝て言えよ……!さっきから大鳳をモノのように扱いやがって……オメーみたいな奴なんかに靡く女はいねーよ!帰って二次元で満足してろ!」

「さっきから雑魚キャラのくせにうぜーんだよ消えろ!」

 

 さっきから自分にしつこく何度も噛み付いてきているアラタに対して頭にきたオリジオンは、肩の副砲から一発弾丸を発射する。アラタや、そばにいる志村やネプテューヌも纏めて殺す気の一発が迫る。

 

「アラタぁ!」

《CROSS OVER》

 

 瞬は即座にアクロスに変身し、銃形態のツインズバスターで砲弾目掛けて光弾を放った。

 

「うわぁああああああっ!」

「ねぷうひゃぁ!」

 

 1秒にも満た無い出来事だった。砲口から放たれた砲弾が空中で爆発を起こし、鎮守府の窓ガラスが衝撃で粉々に砕け散り、花壇の花も土ごと宙に舞い上げられた。ガラスと土の雨があたりに降り注ぐ中、無傷で済んだ志村達の前にアクロスが立つ。

 

《思いを!力を!世界を繋げ!仮面ライダーアクロス!》

「許さない……お前は許さない!俺が狙いなら、望みどおり俺が相手してやる!だから、皆には手を出させない!」

「あれは……何⁉︎ 」

 

 仮面ライダーアクロスに変身した瞬を見て、驚きの声をあげる艦娘達。

 

「吹雪、皆を安全なところに連れて行ってくれないか?アラタのやつ……かなり酷くやられてるからさ」

「あの、その姿……」

「詳しくは後で話す。今は、コイツを倒す!」

 

 アクロスは怒りに満ちた声でそう叫ぶと、ツインズバスターを剣形態に変形させながら、フリートオリジオンに突っ込んでいこうとか走り出す。

 しかし。

 

「残念だったねえ!俺もいるんだよなぁこれが!」

 

 その間に割って入るように、上空から別のオリジオンが乱入して来た。見るからに鬼ですといったような風貌の乱入者 —— デモンオリジオンは、ツインズバスターの刀身を片手で受け止めると、アクロスねガラ空きの胴体に渾身の膝蹴りをお見舞いする。

 

「ぐはぁっ!」

 

 ツインズバスターを落とし、背中から地面に倒れるアクロス。デモンオリジオンはアクロスを踏みつけようとするが、アクロスは咄嗟に横に転がってそれを避け、オリジオンの膝に横から蹴りを入れる。

 しかしあまり効いていないらしく、デモンオリジオンは表情を変える事なく、即座に腕を振り回してアクロスを薙ぎ倒しにかかる。体勢を整えながら後退したアクロスに、彼は言う。

 

「邪魔んだよねーキミ達。この世界では転生者である俺が主役ってのがセオリーだというのにさぁ、何考えてるの?身の程弁えた方が身のためなんだけどなー」

「残念だったな。俺はこの世界は皆が主人公かつ脇役って考えでな!お前みたいにナルシスト的思考は出来ないんだよ!」

 

 両者の拳が激しくぶつかる。しかし、向こうの方がパワーが上なのか、アクロスの拳が上に押し上げられ、オリジオンのもう一方の手によるチョップが、アクロスの首をへし折らんとする勢いで振り下ろされる。

 アクロスは咄嗟に身を屈め、ガラ空きになったデモンオリジオンの胴体に頭突きを喰らわせる。今度は少し効いたのか、オリジオンはわずかに顔を歪めると、空を切った腕を即座に引き、アクロスの背中に肘鉄を食らわせてその身体を地面に叩きつけると、足で強く踏みつける。

 内蔵が無理やり捻り出されるような衝撃がアクロスを襲う。どうやらこのオリジオンは、相当なパワーを持っているようだ。デモンオリジオンは、勝ち誇ったようにアクロスを嘲笑う。

 

「それがキミの転生特典?見た目の割にショボくない?てかなんでキミ俺達の邪魔するわけ?キミも転生者ならは俺の気持ちを理解できると思うんだけどなー」

「俺は転生者とやらじゃないからわかんねーけど……お前もアイツみたいに皆を傷つけるというなら、俺が倒す!」

 

 痛みに耐えながら、アクロスは一つのライドアーツを取り出すと、クロスドライバーにセットする。

 

《LEGEND LINK!BOOST!BOOST!EXPLOSION!DRAIG!》

 

 すると、アクロスの全身から炎が吹き上がり、ドライバーから、デフォルメ等身の真紅のドラゴンが出現する。そして、そのドラゴンの身体がアーマーとなってアクロスの全身に引っ付いてゆく。赤龍帝の力を借り受けた姿、アクロス・リンクドライグである。

 レジェンドリンクを完了させたアクロスは、即座に固有能力の「倍化」を発動させて自身の力を増幅させると、デモンオリジオンの足を容易く払い除け、立ち上がった。

 

「これ筋肉痛になるからあんまり使いたく無いんだけどな……だが、パワーにはパワーをぶつけるしかねえし、いっちょやるか!」

「イキるなよ背景ごときが。俺以外の男キャラなんて、全員俺の引き立て役やってればいいんだよ。主役たる俺に下剋上とか、身分不相応過ぎるって考えないわけ?ホント転生先のキャラってどいつもこいつも救いようのない奴だよな」

 

 ここから反撃だ、と決め込むアクロスに、捲し立てる様に言葉を吐き捨てるデモンオリジオン。

 冗談でなく、彼は本気でそう言っているのだ。彼からすれば、自分以外の全ては、自分の活躍の為の踏み台か、自分に都合の良いお人形(ヒロイン)でしかないのだ。そして、踏み台ですらない背景(モブ)の癖に自分に歯向かってくるアクロスは、彼にとって唾棄する存在であった。

 

「でもまあ、俺は寛容だし?キミを殺してさっさとハーレムエンドに突入するから。OK?」

「ノーに決まってるだろ!」

 

 両者は再び向かい合う。

 第二ラウンド、開幕。

 

 

 

 

 

 

 

 アクロスとデモンオリジオンの戦いを、離れた位置から見ていたフリートオリジオン。彼はすでにこの場からの離脱を始めており、鎮守府の建物から離れた演習場の脇に移動していた。

 

「今のうちに逃げちまうか。仮面ライダーとやりあうなんて馬鹿馬鹿しい。お楽しみが待ってるんだからよぉ」

 

 フリートオリジオンは、縛られた大鳳の頬を指でなぞる。普段なら綺麗な肌も、彼に殴られたせいで痣ができてしまっている。

 彼は今一度、大鳳に声を掛ける。当の彼女は散々拒否しているのにもかかわらず、何度も懲りずに繰り返している。普通これだけ拒否されれば嫌でも脈なしだと分かるものなのだが、他人の気持ちなんぞ全くわからず、原作キャラをナチュラルに見下す思考回路の持ち主たるこの怪人には、諦めるという発想も、自分が悪いという発想も微塵もなかった。

 

「なあ大鳳ぉ、俺のモノになれよ。そうすりゃお互いに幸せになれるぜ?お前も何が賢い選択か分かるよなぁ?」

「ええ……貴方から逃げる事が一番賢い選択よ!」

「テメェつ……ふざけんなよ!原作キャラの癖に生意気な!轟沈しちまえ!」

 

 自分の意に沿わない事を口にした大鳳に激昂し、再びオリジオンは彼女に手をあげる。狙ってた女の子にこんな感じに当たり散らしておきながら、どうして惚れてくれると思えるのかが甚だ疑問なのだが、どうやら彼の脳内ではそうではないらしい。

 ぶたれてぶっ倒れた大鳳を無理矢理立たせ、この場を離れようと急ぐフリートオリジオン。そこに、

 

「喰らえこんにゃろぅ!提督パーンチ!」

「はがばふぃ!」

 

 突然、フリートオリジオンの顔面にパンチが突き刺さった。大鳳が振り向くと、そこには拳を突き出した潮原提督が立っていた。

 

「鎮守府で好き勝手やりやがった上に俺の客まで傷つけやがって……ただで帰れると思うなよ?なんなら今すぐ憲兵に突き出してやってもいいんだぞ?」

 

 潮原提督のパンチ(手加減バージョン)を顔面に受けたオリジオンはブサイクな悲鳴を上げながら吹っ飛び、背中から地面に倒れる。同時に変身が解け、生え際がかなり後退したガリガリのブサイクなオッサンの姿が現れる。男は殴られた鼻頭を押さえながら、率直に言ってかなりキモい顔を更にキモく歪ませながら、殴られた事に対して抗議する。

 

「畜生!女の分際で俺を殴りやがって!

「女の分際ねぇ。悪いな、俺こうみえてオッサンだから」

 

 リアルで美少女受肉を果たしたやつがオッサンのカテゴリーに含まれるのかは甚だ疑問であるが、潮原提督は指をポキポキと鳴らしながら男に接近していく。そして人間の姿のまま殴りかかって来た男を軽くいなすと、大鳳の元へと駆け寄っていく。

 

「こーゆー時だけはこの身体になって良かったと思えるぜ。ほら、大丈夫か?」

「あ、はい」

 

 大鳳を縛る鎖をなんとかしようと試行錯誤する潮原提督。しかし、

 

「いい気になりやがって……こりゃあ()()()()()()()ダメみてーだなぁオイ?」

「ひっ」

 

 倒れた男は、顔を上げて潮原提督と大鳳を睨みつける。2人はその目を一目見ただけで、猛烈な悪寒を感じた。下心丸見えというよりも、まるでモノでも見るかのような、光のない気味の悪い眼差しだった。

 動きを止めた少女達に、男は呪詛の如く叫ぶ。

 

「この世界の女は全部俺のものだ……所有物が持ち主に逆らってんじゃあねえよ!」

「支離滅裂にも程があるし、そもそも気がはえーよ。誰がいつお前の所有物になったんだ?ああ?」

 

 いつの時代の男性優位主義者(ミソジニスト)だ、と突っ込みたくなるような発言をぽんぽん繰り出してくる変態男。思わず潮原提督もキレて口が悪くなる。SNSに今の男の発言を掲げたら大炎上間違いなしであろう。てかそうしてやりたい。

 男はフケまみれの髪を怒りのままに掻きむしり、喉が枯れるような勢いで叫び散らす。

 

「こうなりゃ力尽くで掻っ攫ってやる!そこの提督の格好してるヤツも意外と気に入ったから俺の女にしてやんよ!変身!」

「うわああああ!こいつ見境いなさすぎだろ!どんだけ女に飢えてんだよ気持ち悪っ!」

《KAKUSEI FLEET》

 

 男は興奮で股間のブツをイキリ勃たせながら、再びオリジオンの姿に変身する。潮原提督はあまりの気持ち悪さに震える身体を動かし、大鳳を抱き抱えて逃げ出す。いくらプロの軍人でも気持ち悪いものは気持ち悪いのだ。

 しかし。

 

「おっと逃さねーぜ?」

 

 提督の行く手を阻むように、藍色のライダースーツを着た長身の男が現れる。

 

「貴方もヤツらの仲間……⁉︎ 」

「俺様はギフトメイカーのバルジ。ヤツらに力を与えた崇高なる存在だよ」

「ギフトメイカー……」

「アクロス!初めましてになるよなぁ!まあなんだ、これから宜しくな。ま、お前は直ぐに死ぬんだけどな」

 

 バルジと名乗った男は、向こうの方でデモンオリジオンと戦っているアクロスに向かって、そう呼びかける。バルジは、潮原提督の方を再び向くと、

 

《KAKUSEI PIKACHU》

 

 黄色いネズミのような化け物に姿を変える。皮膚は爛れ、所々骨らしきものが見えており、大きく裂けた口からは血が滴り落ちる。目の前の人間がまごう事なき化け物に変身したことに、潮原提督も大鳳も驚きを隠せないでいる。

 

「提督避けて!」

 

 その時、バルジと潮原提督の間を、一機の艦載機が通過した。

 

 いつの間にか、普段から砲撃や航行の練習に使う演習場に、艤装をつけた瑞鶴と川内が立っていた。

 

「おまっ……助かったけどあぶねーだろ⁉︎ 」

「命の方が大事だって提督も日頃から言ってるじゃない!いいから離脱して!ばかわ……じゃなかった、川内任せた!」

「また名前間違えてるし……まあいいよ、今だ!」

「呼ばれて飛び出てぱんぱかぱーん!これ愛宕(ひと)のネタなんですけどもね!」

 

 大鳳を抱き抱えた潮原提督が身を引くと、直後にでっかいドラム缶を積んだ台車がバルジ目掛けて突っ込んできた。予想外の出来事に、彼はこれを避ける事が出来ず、なすすべなく海に突き落とされる。

 

「明石ぃ……お前ぇ」

「無茶振りしないでくださいよ川内さん……腕吊るかと思ったわ……」

 

 台車で突っ込んできたのは、鎮守府のメカニック担当である工作艦・明石であった。いくら艦娘といえども、大量の燃料が入った重たいドラム缶の乗った台車を押しながら全力疾走してきたので、かなり疲れたのか、明石は即座にへたりこむ。

 

「時間がなかったんでこーゆー手しか使えなかったんですよ……燃料勿体無いなぁ」

「中々過激だよ……資材無駄にしてすまない、遠征組の皆……!」

「よし、後は任せろ!」

 

 何百キロもあるドラム缶をぶつけられたバルジは、海の中に沈んでいく。

 そしてそこに、川内がクナイを扱うが如く投げられ……もとい発射した魚雷が、落水したバルジに直撃する。いくら演習用のものといえど、直撃すればタダでは済まない。魚雷の爆発によって吹き上げられた水柱が、岸にいた提督達にぶっかけられる。

 —— これ普通に危ないよね?頼もしいけどデンジャラスだよねコレ?

 彼女らの活躍を見ながら、潮原提督は内心冷や汗をかいていた。

 

「やったんですかね?」

「いやそれフラグじゃ……」

 

 

「そんな小細工が俺様に通用する訳ねーだろ!」

「⁉︎ 」

 

 直後、水底から黒い稲妻がほとばしった。それは周囲にいた提督達に襲いかかり、彼女を最も容易く蹴散らしてしまう。海の上にいた瑞鶴と川内も、瞬く間に中破レベルまで負傷させられる。電撃のせいか、2人の装備からは黒い煙がもくもくと立ち始めていた。

 その攻撃を行ったバルジは、何事も無かったかのように海から這い上がると、潮原提督の後方にいたフリートオリジオンに呼びかける。

 

「おい、今のうちにやっちまえよ」

「あ、ああ!いいから俺と一緒に来い!」

 

 フリートオリジオンは、先の攻撃で倒れた潮原提督を無視して大鳳を再び捕まえると、どこかへと走り去ってしまう。

 

「待てっ……逃げるな!」

「馬鹿、アクロスを殺れって意味だったのによぉ……まあいいか。ここは奴のお手並み拝見といくか」

 

 命令よりも自身の欲望を優先したフリートオリジオンに悪態をつきながらも、人間の姿に戻ったバルジは、アクロスとデモンオリジオンの戦いを見守ることにした。自分達の敵の実力を測るいい機会だ、と笑いながら、倒れている潮原提督を踏みつける。

 

「てんめぇ……!」

「見せてみろよアクロス、貴様の力をよぉ。まーどうせ、俺より雑魚なんだろうけどな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあああああああっ!」

「ぬぐぁあっ⁉︎ 」

 

 リンクドライグにフォームチェンジしたアクロスは、倍化を発動させながらデモンオリジオンに殴りかかる。先程までパワーで優位に経っていた筈のオリジオンが、アクロスのパンチ一発でダウンさせられる。

 本物の赤龍帝よりは劣るものの、単純に倍化というシステム自体が強力であった。殴れば殴るだけ、時間が経ては経つほど、アクロスの力は倍になってゆくのだ。相手からすれば、あまり時間をかけたくない相手なのだ。

 

「調子乗るなよ……!モブキャラ如きが、俺の邪魔するなよ!」

 

 自分の劣勢を認めたくないのか、アクロスに暴言を吐きながら立ち上がるデモンオリジオン。この期に及んでも、まだ彼はアクロスを取るに足らないモブキャラだと認識していた。

 最初の飄々とした態度は完全に崩れ、醜い本性を曝け出していた。

 

「俺が!俺が!選ばれた人間だから!何やってもいいんだよ!気に入った女は奪ってもいいし、気に入らない野朗は殺してもいい!だって、選ばれた存在だからね!」

「何言ってるんだよ……!それ、本気で思ってんのか⁉︎ 」

「俺は神様に選ばれた転生者なんだぞ!主人公なんだからなんでも許されるんだよ!お前らモブキャラと違ってさぁ!だから倒れろよ仮面ライダー。そしたらこの世界中の女は俺がいただいてハッピーエンドになるんだから!」

 

 もはや言っている事が支離滅裂であった。さっきから、転生者だの主人公だのモブキャラだの、何の事を言っているのか瞬にはさっぱり分からない。ただ、本気でそう言ってることだけは理解できた。

 —— ならば、全力で止めるしかあるまい。

 アクロスは、クロスドライバーを操作して必殺技を発動させる。倍化により極限まで高まったパワーが、両の拳に集中していき、高熱が発せられる。

 

⦅EXPLOSION CROSS BLAKE⦆

「歯を食い縛れよ……結構キツイ一発だからよ!」

「黙れええええええええっ!」

 

 取り乱したように走り出したデモンオリジオン。対してアクロスは、冷静に腰を落として待ち構える。

 

「死ね仮面ライダーぁ!」

「へぃやぁああっ!」

 

 倍化の数、6回。つまるところ、通常の2の6乗倍、すなわち64倍の威力の正拳突きが、オリジオンの腹にめり込んだ。当たった衝撃だけで、周囲に突風が吹き付ける。

 

「なんだこの威力っ……!」

「うひゃあ海に落ちるう!」

 

 離れた位置から戦いを見ていた唯達の元まで、その衝撃は伝わってきた。思わず自分達も吹き飛ばされそうになってしまう。

 それをもろに食らったオリジオン自身はというと、当然無事では済まず、力無く項垂れた後、赤い爆炎をあげてぶっ倒れた。その姿は既に人間の姿に戻っており、意識もなくなっている。

 

「そうだ、大鳳を……!」

 

 そう、まだ終わりではない。大鳳を攫ったもう一人がいるのだ。

 アクロスはすかさず辺りを見渡すが、辺りにそれらしき人影はない。既に逃げられていたのだ。焦る彼を見て、戦いを見終わったバルジが、嘲笑うようにつげてくる。

 

「残念だったなぁ、お目当ての奴はもうここにはいないぜ?」

「逃げられていたか……!」

「そ、残念だったなぁ。ざまーみろ!俺様はいったん退却するからよぉバイバイビー!」

「待て!」

 

 アクロスが動き出すよりも早く、バルジは凄まじい速度で逃げ出してしまった。

 守りきれなかった。力が及ばなかった。その事実が、アクロスの心を蝕む。

 

「くそっ……!大鳳ぉおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 少年の悲痛の叫びが、虚しく潮風の中に吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてもう一人。騒動の一部始終を見ていた者がいた。

 

「なんと醜い……」

 

 フードを深く被っているため、顔はよく見えない。厚いコートのせいで、男か女かも判断しづらい。格好だけ見れば、オリジオン達とどっこいどっこいの怪しさであった。

 その人物は、フリートオリジオンの逃げていった方を見つめる。その先には、街の中心であるビル街がみえる。そして、自分に言い聞かせるように呟いた。

 

 

「寄り道になるが、見過ごせないな。騎士として、奴を討つ」

 

 




神通さんごめんなさい。神通好きな方もごめんなさい。今回ふざけ倒した分、次回はかっこいい彼女も見られます。

なんか無茶な展開が多かったような気がする。反省。

志村、レギュラー入り。平成ライダーでもよく居る一般人枠です。


ギャグ回だけど今回のオリジオンも別ベクトルで気持ち悪いです。書いてて自分でも引いちゃうくらいです。

今回出てきた奴らは、ボツになった艦これ二次の奴らを流用してます。キャラ崩壊が目立ってるのも、その作品のために崩したのを使いまわしているからです。
ミリタリー知識に疎いので冒頭で断念したのですが、気が向いたら書く可能性が微レ存。

次回、舞網鎮守府本領発揮するかも


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第17話 謎の少女騎士

後編だよ。実は半分くらいサブタイ詐欺だよ。
ギャグ要素は少ないよ。多分。

ビルド編以降は単純に文量が増えているのでどうしても執筆スピードが遅くなりがちです。あーやばいよ。

前回のあらすじ

アラタのコネで鎮守府見学に来た瞬達。しかし、気色悪い転生者に大鳳を拐われてしまう。下劣な転生者の魔の手が迫ろうとする中、大鳳の前に現れたのは……



 侵入者の片割れのオリジオンを退けた後、鎮守府の医務室にアラタは一旦収容されることになった。

 あの後、なんとか応急処置が施されたアラタは、ここの一室に一旦寝かされていた。しばらくすれば病院に搬送される手立てが整うはずだ。幸いにも、怪我自体は見た目ほど酷くはないようで、数日で退院できるらしい。

 

「あれが近頃街のあちこちで見かけるようになった怪人か……にしても、容赦がないな。皆の話を聞くに、あれは人間なのだろう?」

 

 医学の知識を有していた為に、アラタの応急処置を任された空母・グラーフは、瞬達から話を聞いて考え込む。

 

「人間、か。確かにそうだったけど、話は通じて無かったな」

「多分私があの場にいれば殴り飛ばしていただろう。話を聞いただけで怒りが込み上げてくる」

 

 瞬は、これまで出くわしたオリジオンの言動を思い出してみる。ほとんどのヤツが、お世話にも話が通じているとは思えなかった。正直言って、今日のは瞬でさえ嫌悪感を抱く他なかった。もしかして、オリジオンはあんなヤツばかりなのだろうか。

 そう考えていたところに、グラーフとの話を終えた潮原提督がこちらにやって来て、瞬達に頭を下げる。

 

「すまない、俺が迂闊だった」

「……俺も、もう一体のオリジオンも、ギフトメイカーも逃してしまった」

「お前は悪くない。アイツもアイツで危険だった。本当なら戦うのは俺達軍人の仕事なのに、お前みたいな子どもに戦わせちまって……情けねえな……」

「落ち込まないでください。俺は、俺がやらなくちゃいけないことをしているだけですから」

「それでもだ。俺は、軍事訓練を積んだわけでも無い一般人に戦わせといて、平気でいられるような冷血漢じゃないんでな。てか、お前の親御さんだって、お前が戦っていることを知ったら多分俺と同じようなこと思うぞ?」

 

 言われてみればそうだ。マトモな人間なら、子供がこんな戦いに身を投じているのを知れば止めるなりなんなりするだろう。瞬や唯だって、もしも自分より幼い子供が戦いに身を投じていることをしったら、きっと放って置けないだろう。

 だから、瞬は叔父にはまだ仮面ライダー云々は言っていない。大人はこういう話を信じないだろうというのと、提督の言うとおり、叔父にそのような心配をかけたくないという理由だ。

 潮原提督の言葉で、瞬は改めてそれに気づかされた。瞬が黙り込んでいると、提督が声を掛けてくる。

 

「それでもな、お前のおかげで助かった。お前が戦ってくれてなきゃもっと事態が悪化していたかもしれない。ありがとな」

「司令官も大人になりましたね。こんな気遣いができるようになるなんて、吹雪は感激です」

「……それ褒めてる?てかせっかく良い事言ったのに余韻台無しじゃんかよ」

 

 今の台詞も余韻ぶちこわしているけどな、と心の中で突っ込む瞬。だが、今の言葉に、瞬の頬が思わず緩んだ。

 ですが、とここで吹雪が話を変える。

 

「まだ全てが終わったわけではありません。大鳳さんの身が危ないことには変わりありません。一刻も早く助け出さなけば、何をされることか……」

 

 吹雪の言う通り、事件は終わってはいない。大鳳を攫ったオリジオンの方はまだ解決していないのだ。あのいかにも「私は男性優位主義者(ミソジニスト)です」と公言しているような奴の言動から想像すると、放置していると碌でも無いことになるのは間違いない。

 

「あれは間違いなく女性の敵だな。うん」

「噂に聞くブラック鎮守府の提督ってあんな感じなんでしょうね……」

「あんな○ちゃんから這い出して来たような人、初めて見たなぁ」

 

 グラーフも吹雪も唯も、皆揃ってあのオリジオンの事をボロクソに言う。あの言動は一般的な男から見ても問題しかなかったと断言できる。間違ってもあんなのにはなるまい、と瞬も堅く誓うのであった。

 その時、カーテンで仕切られたベッドの方から、何やらガタガタと物音が聞こえてきた。アラタが目を覚ましたのだろうか。瞬達がカーテンをめくると、アラタの叫び声が耳に入って来た。

 

「頼む!大鳳を助けにいかなくちゃならないんだ!」

「無茶だよアラタ君!結構ひどい怪我なんだから安静にしてなきゃ!

 

 傷だらけの状態で無理やり起きあがろうとするアラタを、志村がベッドに押さえつける。今のアラタは冷静さを欠いている。骨も数本折れているというのに、心身ともにコンディション最悪の状態で行っては、命に関わるかもしれない。

 そんなことは皆望んではいない。アラタの気持ちは分かるが、ここはじっとしてもらうしか無い。潮原提督は、無理やりベッドに寝かされたアラタの枕元に移動して話しかける。

 

「駄目だ馬鹿。お前傷だらけじゃねーか。ほら、明石が子守唄歌ってくれるから大人しく寝てろ」

 

 子守唄で眠るような歳じゃないんだが、というアラタの反論を無視して、潮原提督と入れ替わるように椅子に座った明石が、アラタの手を握って子守唄を歌い始めた。

 

「ヘイヘーイヘイヘーイヘイヘーイヘイセーイ!」

「随分テンション高いなオイ!」

 

 眠らせる気皆無のハイテンションな歌だった。なんか平成を感じるような歌詞だが、きっと気のせいだろう。明石は顔を赤くしながら、潮原提督の背中をバシバシ叩く。

 

「いや人前で歌うとか恥ずかしいじゃないですかぁ……なんなら提督がやってくださいよ」

「痛い痛い。分かったよ……」

 

 渋々、と言った感じに、潮原提督は椅子に腰掛ける。

 

「数を数えれば眠くなる筈だ。ほーれ島風くんが一匹、島風くんが二匹ぃ……」

「眠れるかあああ!何人の頭に変な性癖捩じ込もうとしてるんだ!」

「変じゃ無いもん……島風くんは偏在するもん……」

 

 確かにするっちゃするけど、それは今関係ないだろう。アラタもそれを指摘し、潮原提督の胸ぐらに掴みかかる。

 

「こんなことしている場合じゃないんだよ!潮原さんも分かってるだろ⁉︎ 」

「分かってるからこそ、お前を行かせるわけにはいかない。大鳳もお前も、二人とも無事でなきゃダメなんだよ。だから寝てろ。後は俺達がなんとかするから」

 

 提督は胸ぐらを掴んでいるアラタの手を剥がしながら言った。アラタは、荒い呼吸を整えながら、提督の隣の瞬を見る。そして、悔し涙を浮かべながら心境を吐露する。

 

「あいつは、家族以上の存在なんだ。あいつがいたから、今の俺がいるってくらいに。だから俺が行かなくちゃならないんだよ!」

「気持ちは分かった。だが駄目た。お前は寝ていろ。俺が行く」

「逢瀬……」

「俺はまだ大鳳とは関わりが浅いけど、お前が大鳳を大事に想っているのはよく分かった。多分、傷だらけの状態で行ってお前に何かあったら、大鳳も悲しむだろ?そんなの駄目だってお前もわかってるだろ?」

 

 瞬は、潮原提督の胸ぐらから引き剥がされ、力無くだらんと垂れ下がったままのアラタの手を取って言う。

 

「だから、俺が行く。お前の怒りも悔しさも、俺が引き受ける。俺が持っていってやる」

「……」

 

 それは決意表明だった。友として、ヒーローとして、一人の少年との約束であった。

 アラタは何も言わなかった。アラタの顔はそっぽを向いていて、瞬にはよく見えなかったが、どうやら大人しくはしてくれるようだ。瞬は席を立つと、志村に後を任せて退室することにした。

 

「志村、ネプテューヌ達を任せるぞ」

「わかったよ。僕が行ったって足手纏いだしね」

「それ自分で言ってて悲しくならない?」

「なった……」

 

 上着を着て、廊下を駆け抜けていく。

 友との約束を果たすべく。

 

 

 


 

 

 

 

 鎮守府入口付近

 

「馬鹿、なんで付いてくるんだよ。バイクに4人も乗れる訳ないだろ⁉︎」

 

 なんかぞろぞろついてきた。潮原提督も山風も湖森もついてきた。お人好しでこーゆーことに首を突っ込まずにはいられない性格の唯はまだついてくる理由がわからなくもないのだが……

 

《リンケイジゲーター!》

 

 バイクのようなマークが刻印されたライドアーツを起動させると、それが発光しながらバイクの形に変形していく。アクロスの専用バイク・リンケイジゲーターである。

 

「俺がなんとかするから、皆は待っていてくれないか」

「俺の鎮守府で起きた問題だ。俺がカタをつけないでどうする」

「それはそうですけど……なら山風、お前は……」

「アラタが動けないならせめてわたしが行かなきゃ!今のわたしは何の力もないけど、動かないでいるなんてできない!」

「俺が言ってもこんな感じで聞かないんだよ……」

 

 半ば諦めた感じに潮原提督が言う。確かに、今の山風の目は凄く真剣なものだ。固い決意が秘められた、強いものだ。瞬も、これは何言っても聞かないなと直感的に理解した。

 しかし、この場の全員をバイク一台で連れていくいくことは厳しい。そもそも、根本的な問題は別にあった。

 

「場所の見当、ついてないんだろ?」

 

 そう。潮原提督の言う通り、あてがないのだ。別のオリジオン達に邪魔されてまんと取り逃してしまったが、奴が何処に逃げたのか見当のつけようがない。

 しかし、闇雲に探していたら大鳳の身が危ないし、悠長に手がかりを探す時間もない。だか、瞬だってじっとしていることはできないのだ。大鳳は、アラタと山風にとって大切な家族の一員なのだ。そんな彼女に危険が及ぼうとしている現状に、瞬も焦燥に駆られていた。

 

「でも、山風の言うようにじっとしてられない」

「それは俺も同じだ。それより思い出したんだ。アイツ、指名手配中の連続強姦殺人犯だよ。この街で何件も事件を起こしている。もしかすると、大鳳もこの街のどこかにまだ……」

 

 潮原提督が言いかけたその時。

 

 

 

 大地を揺るがす爆音とともに、市街地の方で爆発が起きた。

 

 

 

 衝撃で尻餅をついた瞬は、空を見上げていた。

 夕暮れの空高く上がる火柱。衝撃や音のデカさを考慮すると、距離的にはそれ程遠く無いようだ。怯える湖森を安心させるように抱きしめながら、唯が呟く。

 

「何今の……」

「分からない……でも、あそこに行ってみる価値はあるかもしれない。どの道宛がないんだ」

「ああ、行かなきゃ」

 

 無関係である可能性もなくは無いが、只事ではないことには変わりない。瞬は即座にヘルメットを被りバイクにまたがる。その後ろにちゃっかり唯も乗っかる。

 

「私も乗せて!幼馴染み特権使うから!」

「幼馴染み特権ってなんだよ……てか降りろ、振り落とすぞ」

 

 唯に降車を命じながら、バイクのエンジンをかける。アラタにあんな風に啖呵を切ったのだから、間に合いませんでしたで済ましてはならないし、もたもたしている場合では無い。

 

「あれ?」

 

 が、問題発生(アクシデント)

 —— 単刀直入に言うと、エンジンがかからない。いくらやってもプスンと気の抜けたような音が出るだけで、やかましいエンジン音が出る気配はない。

 瞬は焦って何度も何度も同じことを繰り返すが、効果無し。こんな所でモタついてる暇は無いというのに。このままだと取り返しがつかなくなる。その事実が、余計に彼を焦らせる。

 

「動かない……嘘だろ⁉︎ 」

「バイクってちゃんと整備しないとすぐに壊れるからね……定期的に動かさないとすぐダメになるって父さんがボヤいてたな……」

 

 呆れたようにぼやく唯。

 そりゃあまあ、仮面ライダーに変身する時以外は使っていなかったが、ネットで調べながらできる範囲でメンテナンスはやってたのだが、このタイミングで動かなくなるのは運が悪すぎる。一刻も早く大鳳を助けに向かわなくてはならない。

 こうなったら足で走るしかない、と瞬はバイクから降りる。間に合わない可能性の方が高いが、今はバイクを点検する時間すら惜しいのだ。ヘルメットを脱ぎ捨て、クロスドライバーを装着しようとする瞬。

 

 

 が。

 希望はやってきた。

 

「あれれ、瞬くん唯ちゃんどーしたのよ?」

 

 間の抜けたような声。振り返ると、一台のワゴン車が止まっていた。開けられたその運転席の窓から、見覚えのある顔がこちらを覗き込んでいた。

 

「と、トモリさん!」

「そーそー。徹夜でレポート書いた上に一日中バイトして疲労度半端ねーバイト帰りのトモリ姉様なんだぜぃ」

 

 車の運転手は港トモリであった。なんか目の下に隈が出来ているが、その状態で運転してていいのだろうか。トモリはでかい欠伸を一つすると、瞬達に問いかける。

 

「なんか急ぎの用事みたいだけど、足が必要かな?」

 

 これは渡りに船、というやつだろうか。ならば行幸、喜んで使わせてもらおう。

 

「はい。頼みます!」

 

 瞬は一礼すると、ドアを開けて後部座席に座る。

 

「なら私も」

「私もいくもん!」

「お兄ちゃんと唯さんがいくならば!」

「俺も乗せていただいて構いませんね!」

 

 次いで他の皆もどかどかと乗っかっていく。トモリ一人が乗っていた、人口密度スッカスカの7人乗りのワゴン車は、あっという間にほぼ^満員状態になる。うわ多い多い。

 トモリは全員がシートベルトをつけたことを確認すると、アクセルを強く踏み込む。

 

「思った以上に大所帯になったけど皆乗ったね!結構とばすから!」

 

 

 


 

 

 舞網市内某所・倉庫街

 

 

 時は十数分前に遡る ——

 

 

 

 

 市街地の外れにある、普段から人の寄り付かない倉庫街。高く積み上げられた幾つものコンテナが、ひどく無機質で空虚な雰囲気を出している。その中にあるひとつの古びた倉庫の中から、少女の叫び声が聞こえてくる。

 

「やめて!私に触らないで!」

「暴れんなよ……暴れんなよ……?」

 

 倉庫の中で、大鳳は鎖で縛られ、コンクリートの冷たい床に座らされていた。男か距離を取るように必死に後退りするも、すぐに壁際に追い詰められてしまう。男は、怯える大鳳の髪を撫でながら、気持ち悪い笑みを浮かべる。その顔を見るたびに、大鳳の身体が恐怖で震える。

 

「やっぱり実物は違うわぁ。マジ興奮する」

「離してっ……」

「いや、キミは俺の物だよ。誰にも渡すもんか」

 

 いつ誰がお前みたいな奴の所有物になったというのだ。大鳳の顔に、男の生暖かく臭い吐息がかかり、鳥肌が立つ。

 鎖で縛られた身体を捩ってなんとか離れようとするも、生憎彼女は引退した身。身体能力的には普通の人間と変わり無いのだ。というか現役の艦娘でも、艤装をつけてもいない状態で鎖を引きちぎるなんて無理だ。

 男は嫌がる大鳳の顔を舐め回すように見ながら、こんなことを考えていた。

 

(しかしラッキーだぜ!艦娘がこの世界にいたなんてな!貧相な身体付きだが、モブ野郎に処女奪われる前で助かったぜ……俺が主人公なんだから、女は全部俺のモンにしちまってもいいだろぉ?)

 

 気持ち悪さ全開だった。一体何をどう拗らせればこんなヤベエ考えを持つようになるのだろうか。アラタとよくつるんでる一誠達も変態っちゃあ変態なのだが、スケベな部分に目を瞑れば、目の前の男より遥かにマシな人間だと思う。それくらい気持ち悪かった。

 

「何なのこの人……ホントあり得ないんだけど⁉︎」

「口答えしてんじゃねーよオラァ!お前は黙って俺のモノになってりゃあいいんだよ!ほらほら脱げ……」

 

 下品な笑みを浮かべながら大鳳の服を剥ごうとする男だったが、突然、ギイイイイイ……と金属が擦れる重たい音がし、屋内に光が差し込んでくる。まさかアラタ達が助けに来てくれたのか。大鳳は希望を胸に顔をあげる。そこには。

 

「貴様……これはどういう状況だ?」

「だっ……誰だお前は⁉︎」

 

 そこに居たのは、緑のトレンチコートのような服を着た人物だった。紺色のフードで顔は隠れており、よく見えない。

 

「いやはや、通りすがりの身なのだが、この様な場に居合わせたとなると、私とて感化できない。したとすれば、それは騎士道精神に反するし、何より彼女にあわせる顔が無くなる」

 

 凛々しくも綺麗なソプラノボイスが発せられた。半分くらい言ってることが分からないが、どうやら大鳳を助けてくれるようだ。

 

「何言ってやがんだテメェ……用がないなら失せるんだな!」

「見過ごせないと言っているんだ。今すぐソイツを放せ。痛い目を見たくないのであれば今のうちだぞ」

 

 乱入者の物言いがしゃくに触ったのか、男はすぐさま激昂する。

 

「黙りやがれクソ野郎が!この鎮守府の艦娘は全員俺のモノだっ!」

《KAKUSEI FREET》

 

 オリジオンの姿に変身し、躊躇いなく乱入者に襲いかかった。自分の欲望を満たすのを邪魔する奴は、どうなろうが構わない。そんな驕りが見て取れる行為だった。

 

「逃げて—— ! 」

 

 大鳳の叫びは惜しくも届かず、オリジオンの肩の主砲が火を噴いた。放たれた弾丸が乱入者に向かって放たれ、着弾と同時に爆発を起こした。

 ゴッ‼︎っと爆風が吹きつけ、倉庫の鉄扉がひしゃげて壁ごと吹っ飛んでいく。この様子だと、あの人物は無事では済まないだろう。きっと身体がバラバラに砕け散っている。大鳳もオリジオンも、そう思っていた。

 が。

 

「いない、だと?」

 

 鉄扉の残骸の上にあったのは、ボロボロになったフードのみ。それを身につけていた人物の姿はどこにもなかった。

 それを見て、悲惨な状態にならなかったことに安堵する大鳳と、焦りと不満から地団駄を踏むオリジオン。その背後から、足音が聞こえてきた。

 

「話を聞いていなかったのか。そいつを解放しろ、と私は言ったはずだ。かかって来いとは言っていない」

 

 凛とした声が再びした。フリートオリジオンは、ばっと声のした方を振り向き、声の主を睨みつける。そこには、顔を顕にした乱入者が無傷で佇んでいた。破壊された壁から夕日が差し込み、その人物の顔を照らし出す。

 美しい緑色の髪をポニーテールにし、近未来的なゴーグルを身につけた、大鳳とそう歳の変わらなさそうな凛々しい表情の少女だった。しかし、大鳳はその少女に対し、好悪などという単純なものとは異なる、なんとも言えない不思議な感情を抱いていた。

 

(この人は一体……?それに何?何処か見覚えがあるというか、懐かしいような気持ちは……)

「なんだお前……女だったのかよ……」

 

 オリジオンは少女の顔を見て驚いたような素振りを見せると、何故か警戒態勢を解いて彼女にゆっくりと歩み寄り始めた。

 

「だったらなんだ」

「へっ、邪魔者は殺すつもりだったが、女なら話は別だ。お前の名はなんだ?」

「貴様の様な下衆野郎に名乗る名は無い。いいから彼女を放してやれ」

 

 なんと少女の方も口説きはじめた。その様子を見ていた大鳳は、あまりの見境の無さにドン引きし、思わず顔を逸らす。少女は僅かに不快そうに顔をしかめるが、特に動く気配はない。

 

「よく見ればお前も結構いいモノ持ってるじゃんかぁ。うん、俺のオナホには最適かもな」

 

 コートの上からでも分かるほど、明確に存在を主張する彼女の胸を舐め回す様に見つめながら男は言う。最低なセクハラ発言のオンパレードだが、これが彼のデフォルトなのだ。いくら転生して強くなろうが、中身は非モテぼっちをこじらせたセクハラオヤジのまま。彼はそれを隠すそぶりもないのだから、嫌われて当然なのだ。他の屑系転生者でも多少は取り繕うというのに、なんとも情けない。女性の皆さんに訊いたら満場一致でリンチされてもおかしくは無いだろう。

 大鳳も、性欲を微塵も隠そうとしない男の言動に辟易としているのだが、女心という概念を知らないこの男は気づかない。オリジオンは、少女に向かって手を差し伸べながら言う。

 

「決めた。お前も俺のモノにしてやる!生意気な女には、たっぷりとわからせなきゃあならねえよなぁ!」

(凄く気持ち悪いこと言い出したんですがこの人⁉︎ )

 

 凄く今更な突っ込みを心の中で入れながら、大鳳は少女の方を見る。彼女は、オリジオンを軽蔑し切ったような目で睨みつけながらこう吐き捨てた。

 

「断る。お前の目は、他人を自分と同じ人間として見ていない目だ。その時点でお前はダメなんだ。仮に同性同士だったとしても、誰もお前のモノにはならない。そう断言しよう」

「テメェ!下手に出れば良い気になりやがって!」

 

 いやめっちゃ上から目線なんですがそれは……という突っ込みが全方向からとんでくる台詞なのだが、オリジオンの中では普通なのだ。生来からの男尊女卑思考の上に、力を手に入れて増長し切っている彼は、手のつけようのないモンスターに成り果てていた。

 フリートオリジオンは、不気味に笑いながら連想砲の砲口を少女に向ける。自分に靡かない女は、痛めつけなければ気が済まないのだ。

 

「なあ知ってるか?生意気な女騎士はすぐ竿役に屈するってなぁ!お前もすぐに『くっ殺せ……!』って言わせてやるから覚悟しとけよぉ!」

 

 どこの薄い本の世界の常識を披露してるんだ。ここは健全なる現実だというのに。というか、女性相手にリアルでこんな事言うような性格だから、前世でモテなかったのではなかろうか。大鳳の身体中に悪寒が走る。怖さを通り越して気持ち悪さを感じる。早く助けてほしい、この場からは連れ出してほしい。そう祈るしか無かった。

 少女は男を軽蔑を込めて睨み、その気色悪い発言を一蹴する。

 

「私にそんな趣味は無い。この身はかの女神達だけに捧げるものだ」

「お高く止まってんじゃねえよ雌豚ぁ!女神だがなんだか知らねえが、俺様のビッグマグナムを味わえば気も変わるだろ!これまでの女は皆そうだったんだからなぁ!」

 

 差別心丸出しの罵倒を吐きながら飛びかかる男。あんな綺麗なル○ンダイブ初めてみたわ、と気持ち悪さを通り越して呆れてくる大鳳。それに彼の発言からすると、大鳳よりも前にも被害者が複数人いる模様。こいつはとんでもないクズですよ間違いない。

 対して少女は、飛びかかってくるオリジオンに臆する事なく、腰に携えた一振りの剣を鞘から抜く。そして、剣先をオリジオンにまっすぐ向けて、叫んだ。

 

「抜剣・絢爛たる女神騎士《コード・ヴァルキリア》っ!」

 

 瞬間、剣先を起点に眩い緑色の光が放たれ、少女の身体を包み込んだ。

 

「な、なんだよ一体!」

 

 フリートオリジオンは、あまりの眩さに思わず目を閉じ、攻撃を中断してしまう。一体何が起きたというのか。

 

「あ……れ?」

 

 光が収まり、大鳳の視界が晴れる。そこに立っていた少女は、先程までとはうって変わり、ポニーテールを解いて銀の鎧を見に纏った姿だった。といっても、ガチガチの全身装甲(フルアーマー)ではなく、胸元や太腿から肌色が覗いている。まるでどっかのファンタジー作品からそのまま出てきたような格好である。なんか胸元や太腿の露出がえっちに見えるのは気のせいではないはず。うん。

 

「何……それ」

「言ってもわからぬ様だな……ならば、この剣を以て判らせてやる」

 

 少女騎士は、煌びやかな装飾が施された剣を突きつけながら名乗りをあげる。それは、揺るぎない信念と正義感に満ちた声だった。

 

「我が名はセラ。誇り高き女神騎士の団長として、貴様のような不埒な輩は捨ておけぬ。ここで斬り伏せてやる!」

「うるせえやい!女の分際で俺に楯突くなぁ!大人しく俺の×××に屈しろこの雌豚ぁ!」

 

 汚い言葉のオンパレードに思わず耳を塞ぎたくなる大鳳。拘束されていなければすぐにでも逃げ出したくなる。今どきまだこんな男尊女卑思考の持ち主いたんだー、とか考えてる余裕はなかった。

 

「それは不可能だ。何故なら —— 」

 

 セラは手に持った剣を大きく振り上げる。その時大鳳には、刀身に稲妻が走ったのが見えた気がした。

 

「お前はここで倒れるからだ」

 

 一閃。それだけであった。

 セラが剣を一振りしただけで、途方もない衝撃が当たりを襲った。剣を振ったことで生じた風圧だけで、大鳳は吹き飛ばされそうになり、倉庫は、まるで倒壊してしまうんじゃないかと錯覚させるほどに激しく音を立てて軋む。

 そして、剣が振られると同時に剣先から放たれた紫電が、フリートオリジオンに向かい飛んでいく。あたりに散った電撃が、木箱を貫いて発火させる。中に何かはいっていたのだろうか。フリートオリジオンは感電によって苦悶の声をあげるが、足を踏ん張りなんとか耐え切る。

 ドカンと、吹き上がった火柱が倉庫の屋根の一部を吹き飛ばす。オリジオンは落ちてくる屋根の破片を気にも留めず、ただセラに対して怒りをぶつける。

 

「調子にのるなよ雌豚ぁ!お前は俺様のオモチャでいいんだ上等だろ!」

 

 攻撃されたことに対して激怒したオリジオンは、怒り心頭でセラに向かって砲撃を仕掛ける。しかし、セラは飛んできた砲弾をなんと剣で斬り捨ててしまう。斬られた砲弾が爆発し、セラの姿が煙で隠れる。

 

「はあああああ!」

「なぁ⁉︎ 」

 

 オリジオンが動揺する間も無く、セラは煙の中を一直線に突っ切ってオリジオンに斬りかかってくる。ガキンッ!と鈍い金属音と火花がでる。しかしオリジオンの装備には傷はない。

 

「馬鹿め!剣一本で軍艦に勝てる訳ねーだろ!」

「動きに隙が大きすぎる。やはり力を持っただけの素人……」

「だから!女の分際で!調子こいてんじゃねーぞダボが!」

 

 フリートオリジオンは、左腕のカタパルトから艦載機を発進させ、空爆をはじめた。セラと距離を取るように離れ、右腕の連装砲を乱れ撃ちしてくる。屋内でそんな真似をされたら今度こそ倒壊間違いなしなのだが、女に歯向かわれたことでプライドを傷つけられ、怒り狂っているフリートオリジオンには、そんな事を考える余裕はない。

 しかしセラは難なくその攻撃を避け、オリジオンの頭上を飛び越えながら艦載機を一撃で斬り伏せると、心底軽蔑した、といった感じにオリジオンを見下してきた。いや、軽蔑というには、その目はあまりにも冷たかった。

 

「下らないな。実に下らない。お前という人間の器の小ささには感心するほかないな。こんな小物を直に見たのは初めてだよ」

「誰が下らない奴だ……俺は神様に選ばれて転生したんだぞ⁉︎ それだけで凡百の奴等とは違う、選ばれた存在なんだ!だから俺は全てを手にする権利がある!それが、選ばれた者の特権なんだよ!原作に名前すら出てこないようなモブキャラ風情が俺を見下すなああああああああ!」

 

 セラの自分への目に苛立ち、傲慢な持論を吐き散らすオリジオン。

 選ばれた存在は何をしてもいい。それが彼の根幹にあった。理不尽にも前世を潰されたんだから、転生して好き勝手やって良い。邪魔する奴は許さない。それで今までまかり通って来たのだから、何も反省することはなかった。

 しかし、そんなことは誰も認めはしない。結局、それがまかり通っていたのは自分が強かったからであって、それが通じない相手を敵に回した時点で、彼は終わりだったのかもしれない。

 

「……なんでまあ、転生者はどいつもこいつも私を苛立たせるのか。これまで出会ってきた奴らのほとんどが、貴様と同じ反応だったよ。この世界で生きる人々を見下し続け、少しでも自分の思い通りにならなければ当たり散らす……お前は選ばれた者じゃない。ただの悪ガキだよ」

 

 フリートオリジオンをばっさりと否定するセラ。神に選ばれし転生者であることを最高の誇りとしていた彼にとって、セラの言葉は許し難いものであった。無駄にプライドの高い彼は半狂乱になり、発狂しながらセラに突撃していく。

 セラは、激昂しながら接近してくるオリジオンを真剣な表情で見据えながら、剣を構える。

 

「だから、私が罰する。道を外れた人を正しく導くのも、騎士の役目だからな」

「俺に命令するな死ねええええええええええええええええええ!」

 

 目を閉じて、剣を正面に構える。すると、彼女の背中に紫色の光が集まり、翼のようなものを形成していく。同時に、刀身に紫色の稲妻のようなものが走り始める。それは最初に見せたものよりも遥かに激しく見える。

 互いの距離はあと数メートル。衝突は秒読み。その時、セラの目が開かれる。それと同時に、背中の翼のようなものが紫から白へとその色を変え、激しく稲妻が走り続ける刀身が眩く発光をはじめた。剣を頭上に掲げ、高らかに少女は叫ぶ。

 

光導く聖守の剣(ライトレイ・ジャッジブレイブ)っ‼︎ 」

 

 剣が振り下ろされる。それとともに、視界を塗りつぶすどころか木っ端微塵にするような勢いで、刀身から純白の閃光が(ほとばし)った。

 

 そして。

 爆発を起こし、夕暮れの空に大きな火柱が立ち上った。

 

 

 

 


 

 

「何だ今の⁉︎ 」

 

 その頃、トモリの車で倉庫街の近くまで来ていた瞬達もその爆発を見ていた。それを見たトモリは思わず車を急停止させ、震え上がる。

 

「何が起きてるのアレェ!私怖いヨォ!」

「急がないと……!」

「あ、待って瞬!」

 

 爆発した場所はここから近い。この距離なら自分の足で走ったほうが早い。瞬は即座に車から降りて走り出す。続いて唯も山風も湖森も潮原提督も下車し、薄暗い倉庫街へ向かって走り出す。

 一人運転席に取り残されたトモリは、車のエンジンを止めると、慌てて瞬達の後を追って車から降りる。

 

「ちょっと皆さん早くないですかぁ⁉︎ た、頼むから置いてかないでぇ!」

 

 

 

 

 数分後。

 数奇な出会いが待ち受けているとは知らずに。

 

 

 

 


 

 

 

「な、何が起きたのよもう……」

 

 爆煙の中、大鳳は意識を取り戻した。

 爆風で煽られ、大鳳は倉庫の入り口まで吹っ飛んでいた。徐々に晴れていく爆煙に咳き込みながら、あたりを見渡す。

 大鳳から数メートル離れた位置。そこに、人間の姿に戻り、全身ボロボロの状態で倒れているオリジオンの変身者の姿があった。うつ伏せのまま動かない彼の姿に、大鳳はほっとする。

 

「すごい……」

「大丈夫か?すまない、私の技はどれも出力調整が難しくてな……君を余計な危険に晒してしまったようだ」

 

 騎士のような鎧姿から元の格好に戻ったセラが、大鳳の元に駆け寄り、彼女を縛っていた鎖を剣で斬り落とす。ようやく助かったのだ。

 

「偶然お前が攫われる所を目撃したから尾行したんだ。結果的に助けられて良かったよ」

「見ず知らずの私の為に……ありがとうございます」

「なあに、騎士としての当然の義務を果たしたまでさ」

「わっ⁉︎ 」

 

 頭を下げて礼を言う大鳳の頭を、セラは安心させるように優しく撫でる。

 

(でも、私が感じた違和感って何だったの……?)

 

 撫でられることを恥ずかしく思いながらも、大鳳は、セラを一目見た際に感じた違和感について考えていた。どこかで見たような見てないような、初めて出会ったとは思えない感覚。それが引っかかる。

 考えるが、答えは出ない。そこに、

 

「大鳳!」

「その声……瞬!」

 

 爆発音を聞きつけ、瞬達がようやく駆けつけたのだ。唯や山風、湖森に潮原提督も来ている。心細く感じていたが、知っている声に安堵する大鳳。崩れた壁の影から、瞬が現れる。

 

「ここにいたのか⁉︎ 良かった無事だったんだ……え?」

 

 向こうも向こうで、安堵の表情を浮かべながら走ってくるが、その顔が突如として、困惑の表情に変わった。他の面々も、瞬と同じような顔になっている。

 彼らの視線はある一点に集中していた。その先にあるものは。

 

「……え?」

「は?」

 

 大鳳の隣に立つセラだった。大鳳もそれに気づき、セラの顔を見るが、彼女も彼女で、はたまた何かに困惑したような表情になっていた。

 その視線の先に居たのは —— 唯だった。

 互いを見つめたまま、固まる唯とセラ。なんだかよく分からないのに、何かが引っかかって仕方がない。しかし、何が引っかかるのかはさっぱり分からない。そんな感覚だった。

 こうして皆が固まって動けなくなっているところに、トモリが遅れてやってくる。

 

「皆置いてかないでよぉ……おねーさん便秘持ちだから今お腹痛くて……っておわあぁお⁉︎ ゆゆゆ、唯ちゃんが二人ぃ⁉︎ 」

「……っ!」

「ああ!そうだ!」

 

 トモリはセラをみるなり、まるでお化けでも見たかのように腰を抜かす。その声で、ようやく大鳳の疑問が晴れた。

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(前に見たリイラとかいう奴……そして今目の前にいる彼女……一体、なんだというんだ?何故なんだ?何故彼女らと唯に共通点があるのだと俺は思っている⁉︎)

 

 全く接点も何もないのに、そう思わされることが異常だった。皆な中でも、既にリイラという前例を知っている瞬は、三者の間に何かあるのでは、という考えを抱き始めたていた。

 他の皆も、自分が二人に抱いている感覚に酷く困惑しているように見える。湖森は、セラと唯の顔を何度も交互に見ているし、潮原提督は、怪訝そうな顔をしながらセラを凝視している。そして、当の本人達も、互いに対して困惑の表情を見せていた。

 

「貴女は……一体?」

「それは此方の台詞だ。何故かお前を見ていると、他人のようには思えないんだ」

 

 セラの言う通り、友人や家族に抱くそれとは違う、異質な親近感。それがセラと唯の両者にしつこくまとわりつく。だが、それが何故なのかは誰にも分からなかった。

 セラは違和感に戸惑いながらも、気を取り直すように首を横に振ると、瞬の方を向く。

 

「そうだ、お前」

「俺?」

「ああ。お前に一つ聞きたいことがある」

 

 数歩、距離が縮まる。

 セラが、再び口を開く。こんな質問だった。

 

「パープルハート様を知っているな?」

「ちょっと待て、いきなり何の話だ?」

 

 いきなりの知らない単語に困惑する瞬。なんだ、何故自分ばかりがこんなに混乱させられなきゃならんのだ。もちろん瞬はパープルハートなんてものは微塵も知らないし、そもそもセラのこと自体まだ信じられないので、彼女の質問には答えられない。

 瞬が答えずに黙っていると、セラは詰め寄りながら、先程より強く瞬に問いかけてきた。

 

「私の目は誤魔化せない。お前からはあの方の気配を確かに感じる。直に会っているほどの、強いやつをな。質問に答えてもらおうか」

「ちょい待て何それ怖い気味悪い!知らないっての!」

 

 ぐいぐいと詰め寄ってくるセラにドン引きし、瞬は思わず後退りしてしまう。真剣な表情のセラにたじろぎ、上手く言葉が出てこない。そんな問い詰め方では、仮に瞬がパープルハートとやらにについて知っていても、答えるのを拒否してきそうなものなのだが。

 その時。

 

「お邪魔するぜぇ!バルジ様の御成だぁい!」

 

 バンッ!と、フリートオリジオンが吹き飛ばした鉄扉を勢いよく踏みつけるような音と共に、品性のカケラもないチンピラボイスが響き渡った。皆が入口の方に目をやると、そこには、数時間前に鎮守府に姿を現したギフトメイカー・バルジが下品な笑みを浮かべて立っていた。

 

「お前はさっきの……!」

「よう、また会ったなアクロス。いやぁ良くも大事な俺たちの同志をやってくれたなぁ!マジ鬼だわお前ら!」

 

 瞬はバルジの顔を見るなり、咄嗟に身構える。それに対し、バルジは調子の良い声で手をあげて挨拶をすると、笑いながら話し始める。

 

「なんか神気臭えなぁと思ったらよぉ、凄えオマケまでついてきてるとか、マジラッキーだな!おーい起きろ。お前まだ立ち上がれんだろ」

 

 バルジは何かに喜ぶような仕草をすると、足元で倒れているフリートオリジオンの変身者を足で蹴って起こす。男は呻き声を上げながら目を開き、眼球を動かしてあたりを見渡す。

 

「見下してんじゃねぇよモブ共が……俺が一番なんだよ」

「ああそうだよお前が一番だ。だから、ちょいと背中を押してやる」

 

 バルジはしゃがみ込むと、仰向けに倒れている男の腹部に、ビルドオリジオンに対してティーダがやったように、手を突き刺さした。血は流れないし、腕が胴体を貫通することもない。亜空間的なものに、手の先は入っていた。腹の中を掻き回されるような不快感と、途方もない激痛が、男を襲う。

 バルジは苦しむ男の姿を見て、笑いながら告げる。

 

「暴走しちゃいなよYOU☆」

「ガッ……グガギギギギギギィイイイイ⁉︎ 」

「お前はどの道用済みだからさ、後は好き勝手暴れ回って構わんよ」

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ‼︎ 」

 

 バルジがその場を離れると、男の身体中にジッパーのようなものが現れ、男の全身を覆い隠していく。そして、全身が隠れ切ったと思いきや、それが突如として青い炎を纏って燃え始める。

 その時、ピシリと倉庫の壁に亀裂が走る。セラとの戦いでだいぶ損傷していたのが、今になって限界を迎えたらしい。

 

「まさかあの時みたいに……!」

「まずい、皆離れろ!」

 

 大鳳に肩を貸しながら潮原提督が叫ぶ。それに促される形で、皆が出口に向かう。あたりはもうめちゃくちゃだった。割れたガラスが雨の様に降り注ぎ、天井や壁がそれに混ざって崩れ落ちてくる。

 頭を守りながら外に向かう瞬であったが、ふと目をやると、セラが脱出する素振りを見せずに棒立ちしているのが目に入った。

 

「お前も早く逃げるんだよ!何突っ立ってんだ⁉︎ 」

「危ないって!瞬くんこそ逃げなきゃまずいから!」

 

 必死にセラに呼びかける瞬だったが、セラからの反応はない。そのうち、トモリに半ば無理矢理腕を引っ張られる形で、倉庫の外に連れ出されていく。瞬が最後に見たのは、崩れゆく建物の中で、こちらを見つめて微動だにしないセラの姿であった。

 後ろを振り返る間もなく、瞬は引っ張られるようにして外に脱出した。そうしてセラ以外の全員が脱出した瞬間、激しく揺れながら倉庫は倒壊した。皆がそれをただ見つめる中、瞬は膝から崩れ落ちる。

 

「あ……ああ……!」

 

 助けられなかった。目の前で、一人犠牲になってしまった。その事実が、瞬にのし掛かる。唯がそれを励ます様に、瞬に言う。

 

「瞬……!まだ死んだと決まった訳じゃないよ!自力で脱出してたりするかもしれないし……」

 

 その時、唯の言葉を遮る様に、空を斬るほどの雄叫びが響き渡る。瞬間、瓦礫の山から勢いよく何かが飛び出していき、瞬達の頭上を飛び越えて、激しい水飛沫をあげながら背面にある海の上に着水する。

 一同が振り返ると、ゴテゴテの艤装を背負い、青い炎に包まれた全長3mほどの骸骨が海の上に立っていた。先程のオリジオンなのだろうか。前のビルドオリジオンの時のことから推察するに、どうやらオリジオンは暴走状態に入ったらしい。

 

「はっはははははははは!俺のモノにならないなら全部破壊してやるまでだぁ!」

「うわっ⁉︎」

 

 オリジオンは自暴自棄になったように笑いながら、両手についた連装砲を乱れ打ちする。オリジオンの身体のサイズがデカくなっているため、同じ攻撃でも威力は先程とは桁違いだ。着弾したところの地面が軽く抉れ、クレーターができていた。

 無闇矢鱈に暴れるフリートオリジオンを見ながら、いつの間にか隣の倉庫の屋根の上に立っていたバルジは大爆笑する。瞬は人ごとの様に振る舞うバルジの方を見て、強く睨みつける。

 

「イイねぇイイねぇ!このまま何もかも破壊し尽くしちゃおうか!最高にイカす展開だと思わないかい皆?」

「んな訳ないだろ……!大勢の人が傷つくかもしれないんだぞ⁉︎ 」

「何水を刺すようなこと言うんだ。いい子ぶってんじゃねーよ雑魚が」

 

 瞬の言葉を聞いたバルジは、さっきまでとはうって変わり、酷くさめたような目つきで瞬を睨みつける。まるで、楽しい場面が些細な失言一つで一気に冷めていくような、それを安易に糾弾するような目で、瞬を見下す。

 瞬にはその目が恐ろしく思えた。今日出くわした2体のオリジオンも、他人を人間と見ていないような目をしていたが、それに近いものを感じた。

 

「俺達は新たな神を作り、全世界を支配する。その過程で亡くなる、多次元宇宙すら認識できない劣等種の2、300億人の命なんか、俺達にはどうだっていいのさ。アリやハエが死んでも悲しむ人間が居ないのと同じようにね」

「劣等種だと……?」

 

 まるで自分は他より優れた存在だと自負するような発言に思えた。荒唐無稽な話だが、ろくでもないことなのは確かだ。バルジは瞬を見て鼻で笑うと、声高らかに言う。

 

「お喋りはここまでだ。さあ殺し合おうぜ仮面ライダー!お前は劣等種の中でもちょっと特別だからなぁ、前座程度には楽しませろよ?」

「くっ……やるしかないのか……!」

 

 瞬はクロスドライバーを装着してアクロスに変身しようとするが、その時、瞬の足元が突然爆発を起こし、瞬の身体を吹き飛ばす。直撃はしなかったものの、爆風に煽られて瞬はゴロゴロと地面を転がされることとなった。

 空を見上げると、髑髏をあしらった悪趣味な戦闘機らしきものが上を飛んでいた。フリートオリジオンの飛ばした艦載機だ。どうやら爆撃を仕掛けてきたらしい。

 

「ぬうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 オリジオンは雄叫びを上げながら、埠頭から離れた海上から、背中から歪に伸びる主砲による砲撃を放ってきた。アスファルトが抉れて破片が降り注ぎ、炎が舞い上がる。瞬達は砲火を掻い潜り、物陰に避難する。

 埠頭のあちこちから火の手が上がり、艦載機と砲撃の音が絶え間無く聞こえてくる。その有り様はまさに兵器。そんなものが暴れ回るのだから、恐怖でしかなかった。

 

「こわいこわいこわい!私の車壊れないよね⁉︎ 」

「まずい、このままだと市街地に被害が及ぶ可能性がある!早く周辺住民を避難させなければ……」

「畜生っ!海の上から砲撃とかズルすぎだろ!」

「空飛んでいけば?アクロスの力に確かあったよね?」

「いやキツイ。アイツ、艦載機までとばしてる。制空権は彼方に奪われちまったんだよ。その中を飛んでいくなんて自殺行為だぜ?」

「どうするのよ一体……」

 

 このままオリジオンに一方的に甚振られるしかないのか、と一行に諦めムードが漂い始めていたその時、潮原提督はニヤリと笑いながら、通信機を取り出した。

 

「提督、一体何をする気で……」

「まあ任せろ。ここは一つ、俺達の底力を見せてやる。だから……ほんと申し訳ないが、あのバルジとかいう奴を任されてくれないか?」

「俺が?」

「出来ればやらせたくないのが本心だが、此方のまともな戦力は今、お前しかいないんだ。じゃなきゃ皆死ぬかもしれない」

 

 やれるか?と、瞬の目を真っ直ぐ見つめながら頼む潮原提督。瞬に、迷いはなかった。

 

「やりますよ。なんで、出来るだけ早くしてくれると助かります」

「……オーケーだ。やってやんよ」

 

 


 

 

 

 同時刻・舞網鎮守府

 

 夕暮れの鎮守府に、突如として鳴り響くサイレン。

 それを聞いた者 —— 遊んでいた者、外から帰ってきた者、休んでいた者、働いていた者 —— 思い思いの日常を過ごしていた艦娘達の顔つきが、一瞬で変わった。

 そして、執務室でそのサイレンを聞いていた吹雪は、サイレンの直後に掛かってきた電話に出る。提督からだった。

 

「司令官、今どこにいるんですか?街の方になんかでかい化け物がいるのが見えるんですけど⁉︎ 」

 

 留守の間にとんでもないことになっていることに驚き、思わず提督に問い詰める様な言い方になってしまう。すると、耳に当てられた受話器の向こうから、切羽詰まった提督の声が聞こえてくる。

 

『今現地にいる!兎に角出撃の時間だ、いけるか?』

「ちょっと……無事なんですか⁉︎ 無茶しないでください。自分から前線に突っ込む指揮官は馬鹿って言ってたの誰でしたっけ?」

『いや俺もこの展開は予想外だったというか……とりあえず、出撃できるか?このままじゃ市街地にも被害がいきかねない。至急急行願いたいところだ』

 

 提督と通話しながら、吹雪は鎮守府の窓から外を見る。窓の端、市街地があるあたりから、煙や火らしきものが小さく見える。あの辺りは確か埠頭のあたりだったはず。たしかに提督の言う通り、危機的状況なのは間違いない。

 となれば、やることは一つ。今こそ、艦娘の使命を果たす時。吹雪は提督の問いに、力強く答える。

 

「……はい、いけます!」

『よし!俺の言う通りにメンバーを集めて出撃してくれ!場所は鎮守府の港から見えるんだろ?』

「見えてます。夜戦の準備は?」

『それも想定しておけ。そろそろ日没だからな』

「はい、では行きます。司令官も無事でいてください!」

 

 通話を切り、吹雪は出撃メンバーを集めるために放送室へと走る。

 

 

 

 —— さあ少女達よ、抜錨せよ。

 

 

 

 


 

 

 

「おいおーい。隠れてないで出てきてくれよ〜?そんなビビりっぷりで仮面ライダー名乗るとか笑っちまうぜ?」

 

 燃え盛る火の海を背に、バルジは挑発を仕掛けていた。囃し立てるように手を叩く姿は、どうみてもそこら辺のイキリ散らしているチンピラにしか見えないのだが、その実は自信に満ち溢れたような雰囲気を漂わせている。自分が負けるはずがないという、絶対的な自信に。

 ガサリと、バルジの前方で音がする。彼は動きを止め、音のした方を注意深く見つめる。すると、物陰からクロスドライバーを装着した瞬がバルジの前に出てきた。その顔は真剣なものだった。バルジはそれに歓喜し、高らかに叫ぶ。

 

「お、やる気か?いいねえ、せいぜい楽しませろよ?」

「なあ」

「あ?」

「こんな馬鹿げた真似をやめる気はないのか?」

「なんで?どうして?俺にメリットないよね?てか悔しかったら力づくで止めればいいじゃねーか。単純な話だろ?」

 

 瞬の言葉が本気で理解できていない様な反応をするバルジ。彼にとっては、それが当たり前になっているのだ。住む世界も、前提となる常識も、なにもかもが違いすぎる。

 バルジは高笑いしながら、地面を蹴って瞬に急接近する。反応が遅れた瞬は、なすすべなくバルジのパンチをその腹に受け、身体がくの字に折れ曲がった状態で後方に吹き飛ばされる。そして、咳き込みながら起き上がる瞬に、バルジはさらに挑発を仕掛ける。

 

「話し合いで解決できるのは幼稚園までだっての!さあ、殺し合おうぜ仮面ライダー!」

「くそっ!結局戦うしかないのか!変身!」

《CROSS OVER!思いを!力を!世界を繋げ!仮面ライダーアクロス!》

《KAKUSEI PIKACHU》

 

 それぞれが変身し、走りながら互いに殴りかかろうとする。その拳は互いの胸板に突き刺さり、両者はその衝撃でのけぞりながら距離を取る。

 バルジは殴りつけた拳を、汚れを払うかの様にもう片方の手ではたきながら、アクロスに問いかける。

 

「お前、ピカチュウ知ってる?国民的電気ネズミなんだけどさ。

「何言ってるんだお前……」

「まあ、お前は転生者じゃないし知らなくて当然か。せっかく俺様の転生特典を暴露してやったのに、それを活かせる知識がなくて残念だ」

 

 アクロスを馬鹿にする様にわざとらしいため息をつくと、バルジ —— ピカチュウオリジオンはバチバチと音を立てながら、高圧の電気を発生させて身体に纏う。

 

「ボーナス問題を無駄にした代償は高くつくぜえ!エレキボール!」

「ぬあにっ⁉︎ 」

 

 ピカチュウオリジオンの全身に纏わりついていた電気が、彼の両手に集中していき、球状の電気の塊を生成する。そして、それがアクロスに向かって放たれる。

 二つのエレキボールは、アクロスの胸部装甲にぶつかって激しく火花を散らす。そして、僅かながらアクロスの身体を痺れさせる。バルジはその隙を見逃さず、今度は腰から首元あたりまでの長さはありそうな、強靭な尻尾を振り回してアクロスに叩きつけてきた。

 

「うわあああっ‼︎ 」

「オラオラどうした!弱いぞ弱いぜアクロスぅ!さっきまでのイキリっぷりはなんだったんだ、ああ?」

「がっ」

 

 倒れたアクロスを挑発しながら、脇腹を蹴りつけるオリジオン。もう少しでアクロスは海に落とされそうだ。ピカチュウオリジオンは、アクロスの顔に唾を吐き捨てると、拳に電気を溜め始める。

 

「はぁ〜つっまんねぇ。期待外れだったぜ……じゃ、早よ死ねよ」

「断る!」

 

 そう叫びながら、アクロスはすかさずツインズバスターを取り出し、銃形態に変形させると、至近距離からオリジオンを撃ち抜いた。

 

「あがががっ⁉︎ 」

 

 予想外の反撃をもろにうけ、ピカチュウオリジオンはひっくり返る。その隙にアクロスは立ち上がって駆け出し、オリジオンから距離を取る。これで形勢は均衡状態に近づいた。アクロスは振り向きながらツインズバスターを構えるが、その時には既にオリジオンは立ち上が始めていた。

 彼は立ち上がりながら嬉しそうに大笑いする。一体何が嬉しいというのだろうか。オリジオンはアクロスを指差しながら叫ぶ。

 

「やるじゃんやるじゃんかぁ!それくらいしてくれなきゃ困る!やられたんだから、このバルジ様も仕返ししなきゃなんねえよなぁ⁉︎ 」

(来るか⁉︎ )

 

 ピカチュウオリジオンは先程以上に激しく笑いながら、辺りに放電攻撃を仕掛けてくる。アクロスはその電網を掻い潜りながら、ツインズバスターを連射しつつ走って距離を詰めてゆく。そしてゼロ距離。ツインズバスターを剣形態にしてから斬りかかるアクロスに対し、オリジオンは電気を纏った拳を振り下ろしてくる。

 その攻撃はお互いに当たり、両者は衝撃でよろけながら後退する。しかし、一足先にアクロスが体勢を整え、ツインズバスターでオリジオンを一閃した。

 

「やるじゃねーかよ。ならもっと本気出さなきゃな?」

 

 斬撃を受けたにも関わらず、ピカチュウオリジオンは先程とは変わらない様子で語りかけてくる。ヘラヘラと笑いながら、剣を振り下ろして無防備となったアクロスを蹴飛ばし、続け様に胴体にパンチを二発打ち込んできた。

 ツインズバスターを取り落としながらも耐えたアクロスは、ピカチュウオリジオンの顔面を殴り飛ばす。しかし、彼は笑い続ける。もはや不気味に思えた。こいつも、まともじゃない。ピカチュウオリジオンは、殴られた頬をさすりながら、歓喜の悲鳴をあげる。

 

「もっとじゃもっとぉ!楽しもうぜ殺し合おうぜ仮面ライダーぁ!」

「なら俺が相手だぁあああああああああああああああああっ!」

「は?」

 

 予想だにしない第三者の声に、ピカチュウオリジオンが間抜けな声を出す。直後、アクロスとピカチュウオリジオンの間に凄まじい勢いで何かが落下してきた。今度は何が乱入してきたのだろうか。瞬は衝撃で発生した砂煙を振り払って視界を確保する。

 その時、怒りに満ちた叫び声が瞬の耳に入ってきた。

 

「見つけたぞバルジイイイイイイイイイイイイイッ!」

「転生者狩り……⁉︎ 」

 

 砂煙を切り裂く様に突撃しながらやってきたのは、毎度毎度、戦いに割り込んでくる転生者狩りであった。今回は、バッタをモチーフにしたと思われる、白と黒のモノトーンカラーのライダー・仮面ライダーアークワンに変身していた。

 

「へぇ……転生者狩りかぁ。お仕事しに来たのか?ご苦労なコッタ」

「よくものうのうと……貴様だけは許さない!貴様だけはあああああああっ!」

 

 今までと比較すると、かなり感情的なように見える。誰が聞いてもわかる、怨嗟の声だった。アークワンは、二本の剣、アタッシュカリバーとプログライズホッパーブレードを構え、突進しながらピカチュウオリジオンを斬り払おうとする。

 

「消え失せろ、外道が!」

「やなこった」

 

 アークワンの憎しみの籠った声と斬撃を軽く一蹴するように、ピカチュウオリジオンは尻尾で攻撃を打ち払うと、そのまま勢いをつけて回し蹴りをアークワンの胴体に叩き込む。

 しかし、アークワンは咄嗟に武器を捨ててオリジオンの脚を両手でがしりと掴むと、そのまま持ち上げてオリジオンの体勢を崩す。オリジオンは「やるじゃねーか」とでも言うかのように鼻で笑うと、手を地面について身体をバネの様に動かしててムーンサルトキックを繰り出してきた。

 

「その手は食わねえ!往生際が悪いんだよテメェは!さっさとくたばれよ!」

「なんだお前、俺に恨みでもあんのか?生憎俺は人に恨まれる様なことした覚えがなくてねぇ」

「惚けるな!貴様のせいで……あいつらが!貴様だけは許さない!」

 

 お互いにヒートアップし過ぎていて、アクロスはついていけなかった。何か事情が有るのだろうが、本人に聞いても答えてくれそうにもないし、

 

「って呆然としてる場合か!」

 

 だが、このまま戦いを黙って見ているわけにもいかない。アクロスは雄叫びを上げながら、落ちていたツインズバスターを拾い、それでピカチュウオリジオンに斬りかかる。

 が。

 

「邪魔するな!」

「うぐあっ⁉︎ 」

 

 戦いを邪魔されて激怒したアークワンが、アクロスの顔面を容赦なく殴り飛ばした。アークワンはそのまま、オリジオンにショルダータックルをかまして突き飛ばし、

 

「そうカッカするなよ。冷静さを欠くと勝てる戦いにも勝てないぜ」

「どの口が言うかっ!

 

 アークワンはドライバー上部のスイッチ・アークローダーを連打しながら、飛び蹴りを放つべく構える。そして、ドライバーから何処か艶やかな、くぐもった音声が流れていく。

 

《悪意、恐怖、憤怒、憎悪、絶望、闘争、殺意》

 

 言葉が紡がれる度に、アークワンの周囲に赤黒いエネルギーのようなものが収束していく。そして、そのエネルギーがアークワンを覆い尽くしかけた瞬間、必殺技が発動した。

 

《パーフェクトコンクルージョン!》

 

 音声と同時に、アークワンが飛び上がる。その余波として放出された赤黒いエネルギー波だけで、戦いの蚊帳の外だったアクロスは大ダメージを受けて吹き飛ばされてしまった。

 それは離れた位置に隠れていた唯達の元まで及び、エネルギーこそ減衰されてダメージはなかったものの、衝撃で発生した突風に必死に踏ん張ることを強いられることとなった。

 

「何が起きてるの……⁉︎ 」

「やばいよコレ……あのオリジオン、まだ暴れる気だよ」

 

 歯を食いしばって踏ん張りながら、湖森が海の方をみる。そこには、未だ離れた位置から爆撃や砲撃を繰り返しているフリートオリジオンの姿があった。しかし、今の仮面ライダー達では太刀打ちできない。

 オリジオンの砲撃が、アークワンが先程まで立っていた位置に直撃する。しかし、アークワンは一足早くキックの体勢に移行を完了しており、爆発を背に、さらに発生した爆風で落下速度をあげて威力を高めながらライダーキックを繰り出してきた。

 

「終わりだバルジぃイイイイイイイイイイイイイイイイッ!」

 

 ピカチュウオリジオンにキックが当たる。瞬間、先程よりも何倍も強い衝撃波が辺りに撒き散らされると同時に、オリジオンの身体は大爆発を引き起こした。

 その衝撃波は、先程の余波で吹き飛ばされてからまだ起き上がれていなかったアクロスに容赦なく襲いかかり、彼の身体を近くの倉庫の壁に思い切り叩きつけた。全身を鞭打つ様な痛みを堪えながら、アクロスはよろよろと立ち上がる。彼の目には、変身が解けて仰向けに寝転がるバルジと、それを見下ろすアークワンの後ろ姿が映っていた。

 

「……はっ、今回は俺の負けだな」

 

 バルジは、嬉しそうに笑う。予想外の展開だが、暇つぶしにはなったと言いたげな表情だった。

 そして、倒れている自分を上から睨みつけているアークワンに視線を合わせると、嘲笑うかの様に言う。

 

「転生者狩りぃ……次会う時は覚悟しとけよ?本気で殺し合おうや……」

「次なんてない。今すぐ殺してやる」

「アディオス」

 

 そう言いながらバルジが指を鳴らすと、彼の倒れていた地面にジッパーの様なものが現れ、それが開いてゆく。中は完全なる闇。何も見えない。バルジは仰向けに倒れたまま、その闇に溶ける様にして消えてゆく。

 アークワンは逃げるバルジを、怨嗟の声を吐きながら追いかける。しかし、バルジは彼を挑発する様に下品に笑いながら消えてゆく。

 

「待て!殺してやる!殺してやる!お前だけはっ!」

 

 アークワンの叫びも虚しく、バルジが完全に闇に消えたのを合図に、ジッパーは急速に閉じてゆく。そして、アークワンがたどり着いた時には、ジッパーは跡形もなく消えていた。

 アークワンは苛立ちのままに、空に向かって大声で叫びながら地面を強く踏みつける。仮面で素顔は見えないが、その姿は泣き叫んでいる様に見えた。

 

「バルジッ!出てこい!俺がぶっ殺してやるっつっとんだよぉ!」

「お、落ち着けよ……そもそも殺すとかなんとかって、なんだよ。そんな」

「そんなの駄目だと言いたいんだろ」

 

 アークワンは、自身をたしなめようとしたアクロスの言葉を遮る様に、その首元を強く掴む。

 

「ふざけるな!アイツはな、生かしちゃいけない類の人間なんだよ!コイツを殺さなければな、悲劇は繰り返されるんだぞ⁉︎ 」

「俺はお前の事情は知らない。でも、人殺しなんて……」

「もうやってる。屑みたいな転生者を山程な」

「……っ!」

「覚えとけアクロス。復讐の邪魔をする奴は殺されても文句は言えないってことをな」

 

 言いたいだけ言うと、アークワンはアクロスを突き放し、踵を返す。そんな彼の後ろ姿を見ながら、アクロスは何も言えなかった。下手に他人のデリケートな部分について口を出したせいで、彼を怒らせてしまったことについて申し訳ないと思う。彼があんなに激昂するほどバルジに強い憎しみを抱いているという事実に、心を痛めていた。あれ程の憎しみを抱くほどの何かがあったのだろうと推測しながら、アクロスはアークワンの後ろ姿をただ見つめるしかなかった。

 が、事態はまだ収束していなかった。

 アクロスが立ちあがろうとした瞬間、近くで爆発が起きた。またまた爆風で吹き飛ばされ、本日何度目になるのか分からない地面転がりを披露させられる羽目となるアクロス。顔を上げると、夕陽を背に海上に立ち、主砲をこちらに向けたフリートオリジオンの姿が目に入った。バルジに気を取られすぎていて向こうのことを忘れていたのだ。間髪入れず二発目が発射され、手前の海上に落ちてでかい水飛沫を上げる。

 

「うわっ!」

「チッ!面倒臭い奴だ!サイガに変身しても撃ち落とされるのが目に見えてやがるし……」

 

 アークワンの方も決め手にかける様で、離れた位置から好き勝手甚振ってくるオリジオンを睨む他なくなってしまう。これじゃ何も解決していない。

 その時だった。

 

「海の上なら!」

「私達の独壇場です!」

 

 次いで、オリジオンの足元で2つの水飛沫が、爆発と共に引き起こされた。吹雪の後方から、駆逐艦・三日月と江風が現れる。今のは、2人の放った魚雷の爆発のようだ。

 3人の駆逐艦に追随してきたような形で、神通もやってくる。朝とはうって変わり、その顔は真剣そのもの。格好も相まって、歴戦の武士のような雰囲気をだしていた。そんな彼女の耳につけられた通信機を通し、岸にいる潮原提督が話しかけてくる。

 

『おっせえよお前ら!何時間待たされたと思ってんだ⁉︎ 』

「大袈裟な、20分くらいですよ。提督こそ、よくぞご無事で」

『ほんと、命が幾つあっても足らねえよなぁ、この仕事ってのは』

「でも、それが私達の仕事ですから」

 

 そう。命をかけて深海棲艦の脅威から人類と海の平和を守る。それが艦娘と提督の存在意義。悪態をつきながらも、

 

「あれ、昼間のやつなんだよね?前より気持ち悪い……」

「新種の深海棲艦だって紹介されても違和感ないかもな、あれ」

 

 暴走するオリジオンの姿を見て、感想を口にする三日月と江風。確かに気持ち悪い。というかごちゃごちゃしていて悪趣味だ。

 オリジオンは周囲に現れた艦娘達を見て、海そのものを震わせるかのような咆哮を轟かせる。江風はあまりの煩さに耳を塞ぎながらも、鎮守府で好き勝手やってくれたオリジオンに対して、臆することなく啖呵を切る。

 

「うるせえ!だがオリジオンでも深海棲艦でも関係無え!海を荒らすってんなら、どっちもぶちのめしてやりゃあいい話だろうが!」

「んな乱暴な……一応あれでも人間ですからね?ちゃんと生きて罪を償ってもらわなきゃ」

 

 やる気満々の江風に対し、三日月はあくまで相手は人間だとし、殺さずに罪を償わせることを主張する。そんな2人を後ろの方で見つめるのは、軽巡の由良と重巡の加古。加古はオリジオンを不安そうに見つめる三日月に近づいていき、後ろから背中を叩く。

 

「まーまー。兎に角提督が無事でよかった。全速力でかっ飛ばした甲斐があったよな。後はコイツを片付ければ終わりって訳だ」

「そうね。加古さん、準備は?」

「大丈夫だ。古鷹のやつ、こいつの起こした事件の事知るたびに凄く怯えていたからな。ウチの古鷹を怖がらせた代償は高くつくぜ!」

 

 パキポキと指を鳴らしながら、オリジオンを見据える。大事な姉を怖がらせたコイツを、彼女は許せなかった。実際、さっきオリジオンのことを吹雪から知らされた時、古鷹は凄く不安そうな顔をしていた。そんな顔は見たくないのだ。

 6人の艦娘は、海の上に立つ怪人を見据える。深海棲艦でなくとも、海を荒らす存在ならば自分達がなんとかしなければならない。吹雪は真剣な表情で、こう切り出した。

 

「時刻ヒトキューマルマル。これより夜戦に突入します!」

 

 戦闘開始。

 薄暗くなった海を探照灯で照らしながら、目標に接近していく。その動きはさながらスケートでもしているかの様だった。オリジオン側も、雄叫びを上げながら射角を合わせてくる。

 

「がらああっ!」

『敵砲撃が来る、回避!』

「言われずとも!」

 

 オリジオンの主砲が火を吹くが、当たらない。狼狽えるオリジオンだったが、発生した水飛沫を突っ切る様な形で、駆逐艦の3人が先陣を切って接近してきた。

 

「撃てっ!」

「三日月、撃ちます!」

 

 吹雪と三日月が、連装砲を発射する。オリジオンはそれを避けることなく、もろに受ける。理性を失って回避行動さえ取れなくなったのか、それとも駆逐艦ごときの攻撃なんぞ痛くも痒くも無いとでもいいたいのかは分からない。だが事実として、オリジオンは攻撃を受けながらも砲身を吹雪達の方に向けてくる。

 

「そこ離れて!」

 

 が、間髪入れずに神通が両者の間に割って入り、至近距離から砲撃を仕掛ける。主砲は発射寸前で射角がずれ、あらぬ方向に火を吹く。もちろん、吹雪達には当たらない。ダメ押しとして、神通は後退しながら魚雷をばら撒いていく。轟音と共に、何本もの水柱が立て続けに上がっていく。どうやら、向こうも魚雷で応戦したが為に、半分以上は相討ちの形で爆発したらしい。

 神通達は、一旦オリジオンから距離をとりながら作戦を考える。オリジオンは、彼女達を逃すまいと咆哮を轟かせながらその後を追ってくる。

 

「おっといかせねーぞ?」

 

 しかし、横から砲撃を受けてフリートオリジオンはひっくり返る。攻撃したのは加古だった。普段の物臭な態度とはうって変わり、その目は獲物を狩る猛獣の目付きだった。

 加古はオリジオンの攻撃を的確に躱しながら、敵の探照灯目掛けて機銃を放つ。敵の明かりを絶つのは夜戦の常套手段。オリジオンは視界を確保しづらくなり、加古への攻撃も当たらなくなる。

 

「鎮守府で好き勝手やってくれたお返しをしてやるぜ!」

 

 加古はそう豪語しながら、主砲を放つ。それはフリートオリジオンの胴体に見事に命中し、発生した炎がたちまち彼の全身を覆っていく。

 一方、一旦オリジオンから離脱した神通達は、

 

「まずはあのごちゃごちゃした外装を剥がす方がいいかもしれません。あのごちゃごちゃ具合だと、攻撃すれば案外簡単に装備を外せると思いますので、まずはその辺りを中心に狙いましょう」

「なるほど……わかりました!」

「敵魚雷、来ます!」

 

 三日月の警告に従い、一斉に離れる3人。一方、幾多もの水柱が上がる中、江風は果敢にフリートオリジオンに挑んでいた。

 

「はっ!この江風サマの出番だな!オラオラかかってこいヤァ!」

「そこ!勝手に先行しないで!爆撃来ます注意して!」

 

 夜戦に心躍って先行する江風を諫める由良。それを聞いて江風は航行を止める。すると、江風の真前に砲弾が着水し、爆発を引き起こした。

 由良の判断が早かったが為に、水飛沫をもろにかぶりながらも、なんとか被害は最小限に抑えられた江風は、改めて艦としてのフリートオリジオンのやりたい放題っぷりに悪態をつく。

 

「ぶはぁっ!無茶苦茶だろコイツ!レ級以上にやってること無茶苦茶だ!」

「駆逐艦なのか空母なのか潜水艦なのか戦艦なのか……ああまどろっこしい!全部合体させりゃいいってもんじゃないでしょうに!」

 

 高角砲を撃ちながら、由良も珍しく声を荒げる。普通、こんなてんこ盛りミックス丼みたいなコンセプトの兵器を相手取る機会は無いため、余計に鬱陶しく感じる。

 しかし、オリジオン自身の実力はそんなに高くない。事実、吹雪達は攻めあぐねてはいるものの、相手の攻撃はただ闇雲に周囲に当たり散らしているだけであり、艦隊への損害はそんなに出ていない。つまるところ、折角のスペックを活かしきれていなかった。

 というか、装備がゴタゴタと付きすぎているせいなのかは分からないが、見た目ほど装甲も硬く無いので、吹雪達からすれば、ちょっと厄介だけど放っておいたら被害がえらいことになる面倒臭い敵、という感じに見られていた。

 

「アタリィ!」

 

 加古の砲撃が命中し、オリジオンの単装砲が爆発して砕け散る。フリートオリジオンはそれに激怒し、加古目掛けて黒煙を吹き始めている連装砲を構えるが、すかさず江風が接近してそこに攻撃を加えた為に連装砲も壊され、攻撃は不発に終わる。

 江風はさらに攻めようとするが、ここでアクシデント。

 

「ちっ、弾切れか」

 

 弾切れである。オリジオンが無駄にタフだった為に、予想以上に弾薬を消費してしまったらしい。江風は悔しそうに舌打ちすると、少し離れた位置で、魚雷を躱しながら連装砲による攻撃を続ける吹雪の方に近づいていく。

 フリートオリジオンが絶叫する。どうやら、殆どの武装を壊されてまともに攻撃できなくなったらしい。唯一使える魚雷も弾数は僅か。主機も煙をふいており、徐々にその足は沈みつつあった。それを好機と捉えた江風は、すかさず吹雪に提案する。

 

「吹雪、お前まだ魚雷残してるだろ?ならお前が行け。アイツにいいとこ見せてやれよ、な?」

「江風ちゃん、あとは任せて」

 

 吹雪は力強く頷くと、江風に背を向け、攻撃手段を失ったフリートオリジオンに、全速力で向かってゆく。昼間のツケを、今返す時だ。

 

「いっけええええええええええええええええええええええっ!」

 

 叫び声と共に発射される吹雪の魚雷。駆逐艦の一番の強みでもあるそれは、発射された直後にいったん潜ってから、調定深度まで浮上しながら目標目掛けて突き進んでいく。

 目標たるオリジオンは満身創痍。脚部の主機からは黒い煙が立ち上り、その機能は損なわれつつある。要するに、海上での移動能力を失いつつあった。もう、避けられない。チェックメイト、オリジオン側の勝機は潰えた。

 着弾と同時に魚雷の信管が作動し、魚雷が炸裂する。

 

 

 そして。

 水柱を高く噴き上げながら、爆ぜた。

 

 


 

 

 

「すげえな……パねぇ」

 

 アクロスは、吹雪達の戦いの一部始終を見ていた。

 この戦いについては、海の上で戦う手段を持たないアクロスは完全に蚊帳の外であり、彼女達に任せる他無かったのだ。

 しかし、艦娘達の強さはアクロスの想像を遥かに超えていた。あれは確かに凄い。彼女らのおかげで海の平和が保たれているのも、なんだか納得がいくように思えてきた。

 

「すごいよな、あれ……」

 

 アクロスはアークワンに話を振ろうと後ろを振り返る。しかし、すでに転生者狩りの姿はどこにも無かった。

 

 

 


 

 

 

 

 とあるビルの屋上。色鮮やかな夜景を一望できる絶景スポットともいえるようなその場所に、ギフトメイカーの面々は集まっていた。屋上の縁から足を投げ出して腰掛けるバルジは、仮面ライダー達との戦いにより満身創痍であったが、彼はそれを気にも留めず、ただ不敵な笑みを浮かべて無言で街を見下ろしている。

 そこから少し離れた、屋上階段の近く。そこに、同じくギフトメイカーであるレイラ・リイラ・レドの3人は(たむろ)していた。その中で、初めに口を開いたのはレイラだった。

 

「今日も駄目だったか。まあ私はハナから転生者には期待していないからな」

「そこは期待しようよ。一応君もギフトメイカーなんだからさ」

「そーいやさあ、今日倒された二人をオリジオンにしたの、レドよね?なんであんな奴をオリジオンに覚醒なんかさせたワケ?ただの性犯罪者でしょ」

 

 レイラの駄目だしにレドが突っ込む一方、リイラがごもっともな意見をあげる。レドはやれやれ、といった感じに肩をすくめながらため息をついた。

 

「いやーまさか彼処まで拗らせてるとは思ってもみなかったわ。あんなわかりやすいモブオジサン属性、いるものだね……あー気持ち悪かった!帰ろうか、ティーダが煩くならないうちにね」

「……個人的には、アイツがくたばってくれて清々したが」

「うわーレイラも辛辣ぅ」

 

 ボロクソであった。事実なのだから仕方がない。リイラとレイラも、女性としてはあんな奴は願い下げらしい。もっとも、今の彼女達も同レベルな存在なのだが。

 しかし一人だけ、満身創痍のバルジだけは違った。彼は品のない笑い声をあげながら、得意げに自論をぶちまける。

 

「でも、あれくらい欲に素直な奴の方が御しやすいだろう?俺様は結構好きなんだよなぁ……ヒャヒャヒャぁ!」

「あれは完全に女の敵よ。いくら私でもあれは願い下げ」

 

 リイラはバルジの意見をバッサリ切り捨てると、足早にその場を離れる。レドとレイラも、彼女の後につづいて屋上から立ち去っていく。ただ一人残されたバルジは、

 

「にしても、あの坊主……俺様を殺そうって魂胆か……笑えるぜ。負け犬風情が一丁前に復讐者気取りとか調子乗んなっての。大人しく這いつくばってろ、死に損ないが」

 

 バルジはそう言うと、ズボンのポケットからあるものを取り出す。それはどうやら、CDのような形をしている。淡い緑色の光を放つそれには“igalima“と刻印されている。バルジはそれを舌でなぞる様に舐めると、邪悪な笑みを浮かべながら、街を見下ろす。

 

「次は本気でいかないと、なぁ?」

 

 

 

 


 

 

 

 翌朝 舞網鎮守府・休憩室

 

 オリジオンに変身していた男達は、2人で合わせて強姦殺人に拉致監禁、暴行・公務執行妨害・不法侵入・猥褻などといった罪により逮捕された。夕方の件は普通の深海棲艦との戦いということでなんとか誤魔化した。2人とも反省の兆しが見られないし、そもそも被害者の数が結構多かったので、かなり罪は重くなるだろう。

 新聞でそれについて読んでいた潮原提督は、ミルクたっぷりのコーヒーを一口飲み、ため息をついた。それは、なんとか今回も乗り切れたことからくる、緊張が解けたものであった。提督になってから、幾度となく艦娘達を出撃させてきたが、やはり緊張してしまうものだ。そればかりは慣れない。

 と、そこに吹雪がやってきた。壁にかけられた時計を見ると、そろそろ仕事に取り掛かるべき時刻だった。

 

「司令官、そろそろ執務室に向かいましょう。仕事の始まりですよ」

「分かってる分かってる。ほんじゃ、今日もいきますかね」

 

 吹雪に促されるがまま、空のマグカップと読みかけの新聞をテーブルの上に残し、潮原提督は執務室に向かう。今日も面倒な書類仕事が沢山あるのだ。昨日はあまり進まなかったから今日は頑張らなくては、と頬を叩いて眠気を飛ばすと、執務室の扉をあけた。

 すると。

 

「なーんで私を行かせなかったのさ⁉︎ 夜戦だよ夜戦!この川内サマを使わないなんてどーゆー了見さ⁉︎ 」

「さっきから川内ちゃん(これ)がうるさくてさぁ」

「姉をコレ呼ばわりすんのか……」

 

 潮原提督と吹雪が執務室に入ってくるなり、先に来ていた川内が抗議してきた。後ろの方では那珂や江風、瑞鶴が呆れた顔をしている。昨日バルジに艤装を壊されたせいで大好きな夜戦がお預けになったことが、よほど不服だったのだろう。

 喚いている川内に、呆れた様に瑞鶴が突っ込む。

 

「仕方なかったでしょ。あの化け物に私達の艤装は壊されてたんだから。それとも何、装備が壊れた状態で出撃して轟沈(しず)められたかった訳?」

「そ、それはそうだけど……」

 

 瑞鶴の正論にたじろぐ川内。たしかにそれは嫌だろう。川内も他の皆も、提督もそれを望んじゃ居ない。潮原提督は、川内をたしなめながら書類仕事を済ませるために机に向かう。

 

「過ぎたことを考えてもしゃーなしだ。一件落着だからいいじゃないか、なあ吹雪?」

「相変わらず能天気ですね……ま、司令官のそんなところが好きなんですけどね」

 

 おうおう勝手に惚気の雰囲気出すな、と瑞鶴と川内は吹雪と提督を睨みつける。やるならよそでやれ、と言いたくなるものだ。

 と、その時、執務室の扉が勢いよく開かれ、なんかキャラのイメージが粉々にぶっ壊れるような表情をした神通が入ってくる。

 

「川内姉さん、提督!見つけました!今日は私の訓練に付き合ってもらいますよ!」

「手に持ってるマイクロビキニは何⁉︎ 何処から調達したの⁉︎ 」

「如月ちゃんから拝借しました!サイズのことは気にしないでください!寧ろキツキツの方がそそるんで。さあ!」

「さあ、じゃないし!そんなん着るくらいなら那珂のファンやめるし!」

 

 逃げる提督と追う神通。昨日と同じドタバタが始まり、吹雪はまたまた頭を抱えることになった。江風と瑞鶴も、呆れ笑いしながらその光景を見つめる。

 

「出撃時は格好いいし先輩艦娘としては頼りになるんだけどなぁ……」

「平和ねぇ平和。夜戦馬鹿にはいい薬よ」

「瑞鶴さんェ……」

 

 今日も賑やかに鎮守府は廻る。

 それが彼女達の日常なのだから。

 

 


 

 

 

 

 数日後

 

 学校に向かう途中、瞬はアラタ達ど出会った。

 

「2人とも無事に退院出来て良かったね」

「おう、欠望アラタ完全復活だぜ!」

 

 オリジオンにボコられたアラタは完全に復帰していた。怪我が治ったことをこれ見よがしに見せつけるように、様々なポーズをとるアラタに、瞬達は呆れながらも素直に怪我の完治を祝う。

 アラタの後ろには、同じく怪我が治った大鳳が。彼女は普段と変わらないように見える。

 

「もーアラタ、病み上がりなんだからはしゃがない」

「別にいいだろ?今日は退院祝いで帰りにファミレスにでも寄ろうぜ!」

「いやそれ普通入院してた側が提案することじゃなくない?」

「それもそうね」

 

 アラタは瞬の方を向くと、深々と頭を下げる。

 

「逢瀬、ありがとう」

「俺は友達を助けただけ……いや、今回は何もしてねーよ。やったのは……ほら、アイツだよな大鳳」

 

 そう、今回は瞬は何も出来ちゃいない。今回のMVPは舞網鎮守府の皆と、もう一人。

 

「セラ、だったかしら。彼女がいなければ、私はさらに酷い目に遭わされていたわ」

「それにしてもあの子、何だったんだろうね?」

「ああ……無事ならいいんだけどな」

 

 瞬と唯は、大鳳を救った一人の少女について、想いを馳せながら満天の快晴の空を見上げた。

 あの時、大鳳を助けてくれたという、唯に似ている(と何故か感じてしまう)謎の少女。あの後、崩れ去る建物のなかで別れてしまったが、彼女は果たして無事なのだろうか。無事だったら、今度はじっくりと話をしてみたいと瞬は考えていた。彼女には訊かねばならないことが幾つもあるのだ。

 

「うわ!カラスの糞かけられた!」

「何やってんだよ志村!うわばっちい」

「どうしようどうしよう!」

「いや来ないで……マジで勘弁して」

 

 と、その時。あたりが騒がしくなる。なんか志村がカラスに糞をひっかけられたらしい。白くべっちゃりしたものが思い切りかかっているが、どうするんだ一体。

 カラスの糞を頭に落とされパニクる志村をどうにかすべく、瞬と唯は慌てて駆け寄っていく。彼らに続いて向かおうとしたアラタだったが、ふとその足が止まる。そして、遠くなってゆく大鳳の背中を見つめる彼の心の中に、一つの、強い思いが膨らみ始める。

 

(俺は……何も出来なかった)

 

 それは後悔だった。

 押し殺していた後悔が、今になって溢れ出してきた。あの時、大鳳を助けられずに彼女を危ない目にあわせてしまった。それは自分が無力だったからに他ならない。

 今回は瞬や潮原提督達のおかげで助かったのだが、その事実が余計に悔しく思えてきた。自分は何も出来ちゃいない。大切な人一人さえ自分の力では守れやしない、無力な存在。その悔しさが、少年の心の中で一つの渇望に変化する。

 

(力が欲しい……大鳳を……大切な人達を守る力が……!)

 

 歯を食いしばりながら、再び歩を進めるアラタ。

 少年の心に暗雲が、立ち込め始めていた。

 

 

 




なんか変な奴でましたね(他人事)。SFなのかファンタジーなのかハッキリしやがれ。
そしてまたまた唯に似ているらしい少女。完全にアレの影響受けてますねぇはい。

艦娘達の戦闘シーンは苦労しました。
ズブの素人なものですから……正直言ってアズレンでも結構苦労しそうっすわ。

次回は結構色々と話が進む回です。


おまけ


今回の敵。

フリートオリジオン
名前:児玉玲太郎
前世名:畑口啓介
転生特典:艦の力

「艦隊」の名を冠するオリジオン。
艦娘と同種の力とされているが、いかんせん本人が使いこなせておらず、海上戦では練度の高い舞網鎮守府の面々に手も足も出なかった。

非常に傲慢な性格で、おまけに極度の女性軽視主義者(ミソジニスト)。前世も自分の性格のせいで孤立していたが、全然成長していない。エロ同人誌の竿役のような言動を平気でするのでギフトメイカーからも内心嫌われていた模様。


デモンオリジオン
名前:木嶋海吉
前世名:成宮大希
転生特典:鬼(鬼滅の刃)の力

力だけをもってるので、鬼としてのデメリットはまるで無い。
この辺地雷オレ主あるあるのご都合チート味がありますねえ!
ちなみに転生特典はぜんぜん使いこなせてない。能力的には血鬼術も使える筈なのだが、練習をろくにしていないので使えず、基本的に力押ししか出来ない。結局アクロスにより強大な力押し戦法でやり返されて呆気なく撃沈。弱いぜ!

前世はナルシストを拗らせたブサイク独身男。自分勝手で本人の事情を全く考えずに女性にアタックしまくったりしていた。気持ち悪い(直球)


ピカチュウオリジオン
名前:バルジ
前世名:???
転生特典:ピカチュウ

某電気ネズミの力を宿したオリジオン。強力な電気攻撃が持ち味だが、作中ではバルジが終始手を抜いていた為、あっさりと撃破された。

しかしバルジはまだ奥の手を残しているようで……?


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第18話 「俺だってやればできるんだ」

漫画とかでよくある部活回。まともな活動はしない。


めだ箱編……になりますが、ほとんどオリキャラメインの回になります。HSDD編で話数を無駄遣いしたからね。話を進める為には仕方がないんだよ……まあそれでも、頑張ってキャラ崩壊を回避します。時系列的には喜界島登場の手前くらいになります。


 生徒会室にて。

 黒い制服に身を包んだ生徒会庶務・人吉善吉(ひとよしぜんきち)は、目安箱から取り出した投書を開き、中身を確認する。

 

「今日の依頼は……これか」

「そーだな。2年1組、九瀬川(くせがわ)ハル。漫画研究部唯一のメンバー。大方、部員探しを手伝って欲しいと言ったところかな。部活存続の為には、部員三人以上が必要条件だからね。今月中に部員が集まらなければ即廃部だし、焦るのも道理だ」

 

 長々と説明台詞を言ってくれたのは、生徒会書記・阿久根高貴(あくねこうき)。紆余曲折あって柔道部から生徒会へと移籍したイケメンである。めだかに憧れて彼も胸元を曝け出しており、校内の女子からは鍛え上げられた胸板がセクシーだとか言われている。ちなみに善吉とはしょっちゅう張りあってるぞ!

 

「いや待ってくれ。今月中って……今週いっぱいで4月は終わりだし、週末からはゴールデンウィークだぞ?無理じゃないかそれ」

「いいや善吉。無理ではない。やるんだよ。それが私達、生徒会執行部だ」

「ははースパルタだあ……僕も負けてらんないなこりゃ」

 

 弱音を吐いた善吉を諌めるように口を出したのは、生徒会長・黒神めだかであった。

 容姿・頭脳・身体能力・地位・金・名誉etc(エトセトラ)……それら全てを併せ持った完璧超人である。彼女は涼しい顔をして椅子に座って紅茶を飲みながら、善吉から渡された投書に目を通す。

 

「漫画研究部の部員集めを手伝って欲しい、か。今回は比較的まともそうだな」

「なんでも、現時点で部員が依頼者の九瀬川2年のみのようでな。善吉、此処に任意の部に入っていない生徒のリストを作ってあるから、依頼者への顔合わせの後にそれを元に当たって欲しい」

「そっちはどうするつもりだ?」

「決まっているだろう。正門前で勧誘だ。下校時間が近いし効果的だろう。善吉は放課後に漫研部室に向かって欲しい。私は一足先に向かうことにするよ」

 

 そう言うとめだかは足早に生徒会室を抜けて行ってしまう。相変わらずの行動力の塊だな、と善吉は呆れ笑いをする。阿久根はすれ違いざまに、そんな善吉の肩にポンと手を置き、同様に部屋を出ていく。

 

「僕も別の依頼があるからね、それじゃあ頑張りたまえ」

「あ、おい……行っちまいやがった」

 

 2人がちゃっちゃと出て行ってしまい、生徒会室に1人取り残された善吉は頭を掻きながら、風に煽られ床に落ちた投書を拾う。

 

「……あれ?」

 

 善吉は、生徒会室を見渡してみる。部屋の至る所には、めだかが持ってきた花が飾られている。それは普通なのだ。しかし、先程妙な違和感を感じたような気がする。それが何だったのかは善吉には分からないが、少なくとも看過していいものではないような……。

 

「……まあ、今更何言ったって遅いか。しゃーないやるっきゃないか」

 

 気のせいだろう。きっとそうだろう。善吉はそう思い込む事に決め、生徒会室を後にする。

 

 

 色々と規格外の生徒会長・黒神めだか。

 今日も張り切って仲間と共に生徒会を執行するのであった。

 

 


 

 

 

「え、普通に嫌なんだけど……」

「ですよね。それが普通の反応ですよね」

 

 話を聞くなり、速攻で断る逢瀬瞬。思わず善吉も相槌を打ってしまう。

 とりあえずしらみ潰しにやっていこうと、手始めにリストの頭に名前があった瞬の所に来たのだが、こうも即断られると頷く他なくなってしまう。

 

「いやだから俺は部活動なんてやらないし……てか唯やアラタを待たせてるから行かなきゃならないし……」

「幽霊部員になってもいいから、せめて入部届くらいは出してくださいよ。去年も出してなかったみたいですね。先生ボヤいてましたよ」

「部活動を強制するなよ……続けられる自信がないんだよ。幽霊部員予備軍が入ったって迷惑なだけだろ?」

 

 瞬がそう言うのは、こんな理由があった。彼は中学時代、唯に半ば強引に陸上部に入れられたのだが、バリバリの体育会系な雰囲気が合わなかった為に次第に幽霊部員化し自主退部。その時にヘンにサボり癖がついてしまい、高校では帰宅部になってしまったのだ。ちなみに理由は知らないが瞬が退部した際に唯も一緒にやめている。

 だいたい最近は仮面ライダーになって色々と大変なのだ。部活なんてやってる余裕がない。

 

「本人はそれでもいいって言ってるみたいなんだ。話くらい聞いてあげてもいいんじゃ?」

「……そこまで言うなら話くらいは聞いてやるか」

「それならこれからその部長と話をしにいくから、ついてきて下さい」

 

 こりゃ話を聞くだけ聞いた方が早く済みそうだと判断した瞬は、渋々善吉の提案に乗っかることにした。それに話を聞いてしまった以上、このまま無視して帰るのもなんだか気分が悪い。話だけ聞いてやる、後は知らんと決意し、善吉に案内されるがまま歩いていく。

 辿り着いたのは、旧校舎に繋がる渡り廊下の手前にある一室。扉には「漫画研究部」と乱雑な手書き文字で書かれた紙が貼られている。2人が扉の前に立つと、部屋の中から声が聞こえてくる。

 

「おー早い。早速部員候補を連れてきたのですね」

「九瀬川ハル先輩、俺です。生徒会庶務の人吉善吉です。てか扉越しによく分かりましたね」

「九瀬川……確かクラスにそんな苗字の奴いたっけな」

 

 流石に半月近くたてばクラスメイトの顔と名前はだいたい一致してくる。瞬の知っている九瀬川ハルという少女は、いつも教室の隅で1人でいるような、ザ・陰キャですと言わんばかりの女の子だ。話した事がないので、それはあくまで主観的なものになるのだが。

 善吉が入室していいかを訊く。流石に文系の部活動ではあまりないかもしれかいが、ひょっとしたら中で着替えている最中かもしれないからだ。善吉はこの手の展開の前例(めだか)を既に経験している為、余計に慎重になってしまう。

 

「OK、ベリーOK。入ってきても構いません、私も準備が済んでますので」

 

 中から、マイペースな印象を与える声が応答する。それなら大丈夫だ、と善吉は扉を開ける。そこには。

 

 

 

 

 部室の真ん中で、紺色のスクール水着が煌めいていた。

 

 

 

「え?」

 

 瞬よりも頭一つ分くらい小さなショートボブの少女が、スクール水着にニーソックスというクソみたいにマニアックな格好で机の上に尻を預けている。

 善吉ともども困惑していたが、2人ともやっぱり健全な男子高校生であることには変わり無い為、顔を赤くして彼女から目を逸らし、回れ右してこの場をさろうとする。

 

「……帰ろう」

「いや待ってくださいお願いします何にもしませんけど!」

 

 

 


 

 

「いやだって、スク水って着てるとめっちゃ気持ちいいし興奮しますし、何より可愛いじゃないですか!女子たるもの、自分の可愛いと思う心を大切にしなければいけないと私は常日頃から思ってる訳でして」

「いやだからって常時着用してる馬鹿はお前くらいしかいねーよ。てか制服着てくれ。俺らまで変な目で見られる」

「なんでそんな事する必要があるんですか(正論)」

「暴論でしかないわたわけが」

 

 その後もスク水ニーソ姿のまま、平然とスク水について熱弁するハルに対し、瞬も善吉も冷めた目を向けるしかなかった。というか、それ以外にどうしろというのだ。

 というか、これが幻覚ではないという事実がおぞましい。てっきりマイペース文系女子だと思っていたのが、ガチでやべー変態だったというギャップに二人は打ちのめされていた。本人は全く恥じらっていないようで、今の自らの姿を年頃の男子二人にこれでもかという程見せつけてきている。そもそもの話の趣旨が完全に行方不明になってる有様だ。

 

「貴女もスク水ニーソって興奮しません?」

「話逸らさないの。てか廃部の危機じゃなかったっけ?この調子じゃ潰れていいんじゃないですかねこれ。というかその方がいいんじゃないかと思ってるんだけど、別に間違ってないよね?」

「それは困ります!早くなんとかしなければ……後一人は入りますね、部員。そこの黒髪の人は入部決定としても、当てがないんですよね」

「いや俺入るって言ってないんだけど。それにスク水姿のまま話進めようとするんじゃないよもう」

 

 勝手に入部確定されてた瞬。なぜ自分の周りの人は、こうも人の話を聞かない奴ばかりなのだろうか。コミュニケーションというものに対する認識がどっかズレてるとしか思えない。

 というかさっきからスク水が気になって仕方がない。ハルは別段スタイルがいい訳ではないのだが、それでも健全な一男子生徒にとって、クラスメイトの水着姿は凄まじい劇物なのだ。おまけにそれを臆することなく見せびらかしてくるのだから、瞬と善吉の逃げ場はどこにもなかった。

 このいかがわしい雰囲気をなんてかせねばと、頭をフル回転させる善吉。すると、あることを思い出した。

 

「そういえばめだかちゃんは?先に来てる筈なんだけど」

 

と聞く。そういえば先に行ってるとか言っていたが、この部屋にはいないようだ。

 

「会長さんならあそこっすよ。ほら」

 

 ハルが中庭に面した窓を指差す。そこには。

 

 

 バニースーツ着てビラ配りしている生徒会長の姿が。

 

 

 

「いや何してるんだあれええええええええええええええええええええええええええ!」

 

 ハル以上の劇物が野外にいやがった。いや何やってるんですかあの人。やっぱりまともじゃないやんけ生徒会。

 

 

 善吉と瞬は急いで部室を飛び出すと、階段を駆け降りてめだかの元へ走っていく。彼女もこちらに気付いた様で、善吉の顔を見るなり声をかけてくる。

 

「おお善吉、遅かったな」

「何してるんだお前。いや大体分かるけど何してるんだお前」

「決まっているであろう。勧誘だ」

「10年以上前のライトノベルみたいなノリはよせ!てかそんな格好でアンタ少恥ずかしくないのかよ⁉︎」

「いや……昔から露出癖ぽかったからなぁ。てかその服、何処から調達したんだ?」

「私の私物です。買ったのはいいんですが、胸周りのサイズが合わなかったのでどうしたものかと思ってたのですが……」

「ええ……」

 

 瞬達の後から付いてきたハルが補足説明をする。流石に水着のまま外に出るような真似はしなかったらしく、ちゃんと制服に着替えてきている。

 その時、ハルのスカートのポケットから何かがヒラリと落ちる。ハンカチかな?と思いながら瞬はそれを拾い上げる。が、なんか違う。ハンカチにしては変な形だし妙にヒラヒラしてるし ——

 

「あら大変。パンツ落としてしまいました」

「ファッ⁉︎ 」

 

 ハルのカミングアウトに動揺した瞬は、慌てて手に持ったパンツをその場に投げ捨てる。いや待て、ここにパンツがあるということは、必然的にハルは今履いていないということになるのだが、それは大丈夫なのだろうか。

 と、そんな瞬の疑問に応えるように、ハルはスカートをたくし上げ、その中を見せつける。そこにあったのは肌色の秘部ではなく、紺色の布 —— 要するにスク水だった。

 

「安心してください。下にスク水着てるので」

「何にも変わってねぇ!ただ着込んだだけじゃねーか!一体何がお前をそこまでスク水に入れ込ませてるんだ⁉︎ 」

 

 瞬は思わず頭を抱えてしまう。まさかここまで変態だったとは。この学校の風紀は大丈夫なのだろうか。顔を上げると、善吉も瞬と同じように呆然としている。それを見た瞬は「よかった、この人はマトモだ」と妙な安心感を抱いてしまう。

 と、そこによく知ってる顔どもが現れた。

 

「何してるの瞬」

「逢瀬くんじゃないか。遅いから迎えに来たよ」

「俺と大鳳の退院祝いにファミレス奢る約束はどうしたんだよ」

「馬鹿が釣れた……」

 

 先に行っていたはずの唯達が、中々やってこない瞬を心配してこちらに来てしまった。要するに、なんだかんだでいつもの面子が揃ってしまったのだ。

 

「で、何なのこれ。どんなプレイ?」

「生徒会長さんをバニー姿にして、一体どんな羞恥プレイよ?」

 

 どこをどう解釈したらそうなるんだ。勿論、瞬には見ず知らずの他人をバニーにして侍らせる性癖はない。変な勘違いをしている女性陣に、事情説明を兼ねて必死で弁解し、なんとか誤解を解く。

 事実を粗方理解した唯は、数秒ほど腕を組んで考えた後、こんな事を(のたま)い始めた。

 

「なるほど、なら皆で入部しようか」

「だからなんで俺を巻き込む訳⁉︎ 」

「瞬と一緒ならどこでもオッケーなのだよ私はね!」

「適当オブ適当だよなお前!」

 

 瞬は説明したことを軽く後悔した。お人好しの唯が潰れかけている部活動を放って置ける訳無いと分かっていたのに、だ。

 

「それは有難い。あ、技術面に関しては問題なく。私がばっちり指南しますので」

「アラタ達も入ろーよそうしよーよ?」

「悪いようにはしません。皆私がスク水の道に導いてしんぜよう」

「マンガじゃねーのかよ⁉︎ てかそれなら漫研じゃなくてスク水研にでも名前変えてしまえ!」

 

 もうその方が本人にとっても幸せなんじゃないだろうか。

 瞬はあまりの馬鹿馬鹿しさに、完全に投げやりになっていた。

 

「これぞ青春、だもんな」

「オッサン臭い事言うなっての。お前も十分若造だろーが」

 

 そんなバカ騒ぎを眺めながら、みょーにオッサン臭い台詞を口にするアラタ。

 その傍らで、ハルが新たに通りすがりの学生に声を掛ける。

 

「おーいそこの貴方、漫研に興味なーい?」

「へえ、漫研かあ」

 

 意外にもすんなりと勧誘に乗っかってきた。白い髪の、温和そうな少年だ。というか、制服スク水姿の変人の勧誘にあっさり応じちゃう時点で、彼の将来が不安になる。

 少年は、バニー姿のめだかを見て一瞬びっくりしたような顔をした後、彼女の持っていた勧誘用のビラを遠慮がちに受け取る。

 

「生徒会長さん……ですよね?その格好は一体……?」

「ちょいと頼まれて勧誘を手伝っている。どうだ、貴様も入る気はないか?」

 

 部活の勧誘なためにバニースーツ着てる美少女なんか普通はいねーよ、と心の中で突っ込む善吉。いや確かに映える絵面だけども、だとしてもシチュエーションが全然合ってないと思うのは間違いではないはずだ。

 ビラを受け取った少年はというと、刺激的なめだかバニーから目を逸らしながら、勧誘に対する答えを述べる。

 

「えーっと、そうですね……なら、ひとまず見学させてもらえないでしょうか。僕はもう2年ですけど、部活選びは失敗したくないですからね」

「見学つっても、まともな部員はこの変態だけだぞ」

「え、貴方は違うんですか。てっきり皆さんそうなのかと……」

「その通りだよ、私は漫画研究部副部長の諸星唯さ!」

 

 どうやらハルの中では瞬の入部は確定事項らしい。唯に至っては、勝手に副部長に就任してる始末。さらに他の面々も、どうやら入部の方に気持ちが傾いてきている模様。

 

「アラタ、どうするの?私は面白そうだなーって思うんだけど」

「一度はクリエイター側の立場に立ってみたいというのも分からなくもない。俺的には異論はないぞ!」

「文系の部活なら、僕も邪魔にならないかも」

 

 あ、コレ逃げ場無くなったわ。そう判断した瞬は、無駄な足掻きをやめて大人しく勧誘を受け入れる事にした。

 

「あー分かったよ。俺も入ればいいんだろ」

 

「それじゃあ僕達はこれから皆仲間ですね。僕は無束灰司(むつかはいじ)。宜しくお願いしますね、逢瀬くん」

「お、おう宜しくな」

 

 灰司と名乗った少年は、瞬に握手を求めて手を差し出す。途中から勝手に事が進み、半ば蚊帳の外になっていた生徒会の2人も、ひとまず依頼が片付いた事に安堵する。

 

「うむ、これにて一件落着だな!」

「今回あんまり俺達の出番無かったな……まあそれが一番いいんだろうけど」

 

 その時、学校のチャイムが鳴る。善吉はそれを聞いて右腕につけられた腕時計を確認する。

 

「あ、そろそろ次の依頼人の所に向かわなきゃならねーな。悪い、俺はここでお(いとま)させてもらうぜ」

「私もだ。諸君らも学園生活を存分に満喫してくれ。では!」

「あ、後でそのバニーは返してくださいねー」

 

 めだかは別れの挨拶を済ませると、バニー姿のまま目にも留まらぬ速さで去っていってしまった。生徒会って忙しいんだな、と思う反面、ずいぶんと強烈だけどアレでいいのかね、と不安に思う瞬なのであった。活躍は噂に聞いていたが、実際会ってみると色んな意味でインパクトが濃い人物だった。

 めだかと善吉が居なくなったのを確認したハルは、瞬達の方を向いて興奮気味に言う。

 

「早速部室に参りましょうか。スク水の素晴らしさとマンガについてレクチャーしましょう!さあカモンです!」

「おーう!私は絵心はないけど情熱はあるよ!」

「お茶汲みぐらいなら任せてよ!」

「賑やかでいいですよねぇ。僕こういうの初めてなので楽しみなんですよ」

 

 なんか成り行きで入ったけど、どいつもこいつもこんな調子で大丈夫なんだろうか、この部は。唯は情熱が空回りしそうな雰囲気ビンビンだし、志村は聞いてて可愛そうになってくる事言ってるし、ハルに至っては事あるごとに性癖押し付けてくるし。

 どこかズレた情熱片手にはしゃぐ皆を見ながら瞬は、活動が始まる前から不安になるのであった。

 

 

 


 

 

 

 誰もいない学校の屋上から、レイラは瞬達を見下ろしていた。長い軍服の裾と銀の髪が、春風に靡いている。

 何を思って瞬達を見ているのかは定かではない。その赤い瞳には、果たして何を映しているのだろうか。

 

「やあ、相変わらず無愛想だねぇ」

 

 レイラの後ろから声がする。声を掛けてきたのは、彼女と同じギフトメイカーのレドだった。まだ春だというのに、アロハシャツを着ている姿はかなり浮いている。レイラも内心「センスねーなこのガキ」と思っていた。

 飴玉を口の中で転がしながら、レドはレイラの隣に立つ。

 

「……レドか」

「ティーダが煩いんだ。君の仕事っぷりを監視しろってね」

「ならリイラと一緒に居させろ。私が何の為にギフトメイカーになったか、知らない訳ではないだろう」

「ならちゃんとギフトメイカーとして働いて、信頼を勝ち取らなきゃ。信頼こそ人間社会を作る基盤じゃ無かった?」

 

 強情なレイラを諭すように、レドは優しい口調で語りかける。しかし、レドの金髪にピアスにアロハシャツという、いかにもチャラ男ですと言わんばかりの風貌が、その台詞から信頼感を根こそぎ奪い去っているように思えるのは気のせいではないだろう。

 レイラもそう思ったのか、レドを鋭く睨みつける。その赤い瞳は、恐ろしいほどに濁っていた。

 

「……化物の癖に」

「酷いなぁ。皆化物みたいなもんじゃないか。神さまからの贈り物で好き勝手してる、人でなしの同類だよ」

 

 レドは自嘲の籠った笑みを浮かべながら、レイラの肩に手を回す。レイラは露骨に嫌そうな顔をしてそれを振り払うと、レドから距離を取る。

 

「私だけ仕事ぶりに関しては心配するな。今回は私が出る」

「え、君自らが行くのかい?」

 

 自ら先陣に立つ事を宣言したリイラに対し、レドは意外そうな顔をする。レドやティーダ、バルジやリイラレイラ姉妹の他にもギフトメイカーは存在するが、ギフトメイカーはどいつもこいつも傲慢な奴らの集まりであるが故に、基本的にはあまり戦場には立たない。中には戦闘狂のバルジや超絶刹那的思考のリイラみたいに、先陣に立つような奴もいるっちゃいるが、大抵は実力行使はオリジオンに一任しているのだ。

 それに、レイラはギフトメイカーの中では新参者。だからレドは彼女の事を知らない。故に、レドは驚きをあらわにしながらも、後輩の仕事をみるいい機会だと判断し、若干誇らしそうな顔になった。

 

「ま、頑張りなよ成功すれば、君の望みが叶うかもよ?」

「心にもない事をほざくな。本当は望んでいないくせに」

 

 レドの励ましを無下にし、レイラは屋上から出ていく。一人残されたレドは、手に持っていた飴玉の包み紙を屋上から投げ捨てると、レイラの後に続いて屋上を出ていった。

 

「食えない奴。ま、それくらいなきゃ僕らの仲間は務まらないか」

 

 


 

 

 

 阿久根高貴は、校内のとある一室にいた。やけに薄暗く、荘厳な雰囲気のある部屋。一目見ただけでは、ここが学校の中だとは誰も思わないだろう。

 そして阿久根の前に座る一人の少女。彼女の名は支取蒼那(しとりそうな)。この学園の3年生であり、彼女もまた、学園では指折りの人気を誇る美女である。そして —— ()()()()()()()()|()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 彼女の横に使用人の如く控えているのは、匙元士郎(さじげんしろう)。なんか柄の悪そうな少年だ。蒼那の人気は阿久根も耳にしている。おそらくこの少年もまた、蒼那の取り巻きみたいなものなのであろう。

 阿久根は蒼那の方に視線を戻すと、ポケットから一枚の紙切れを取り出し、テーブルの上に置く。

 

「こんなものが目安箱に入っていた」

 

 目安箱とは、めだかが生徒会長に就任した際に作り上げたものであり、これに悩みを書いて投入すれば、生徒会執行部が全力で解決に臨むというシステム。人の為に生まれてきたと豪語するめだからしい制度といえる。

 それに入っていた投書を、阿久根は広げて2人に見せる。それに書かれていたのは、悩みではなく ——

 

「脅迫状、か?」

 

 その紙には、“貴様は生徒会長に相応しくない。我が天誅を下し、あるべき道をしろ示す“と書かれていた。誰がどう読んでもその内容は、生徒会長に対する脅迫としか読めなかった。

 

「因みにめだかさんには言っていない。本人が知ったら気にするどころか、むしろ迎え撃つ気満々になっちゃうからね。まあ実際返り討ちにできるんだけど、だからといって俺は見過ごせない。だからこの件は俺一人で片付けたいんだよ」

「で、最初に来たのが俺達の所か。疑ってるのか?」

「可能性の高いところから潰しにかかるのが常套じゃないかな。なんせ支取先輩は、生徒会選挙でめだかさんに大敗しちゃったんだからね。動機はいくらでもある筈だよ」

 

 そう。普通なら負ける筈の無かった選挙に、彼女は負けた。

 黒神めだかは生徒支持率98%、容姿端麗・成績優秀・運動神経抜群(というレベルじゃない)・お金持ちetc(エトセトラ)……ともかく、色んな意味で常識はずれな存在だ。が、出る杭は打たれるのが世の常。彼女に嫉妬するものも出てくるのも自明で有る。

 例を挙げるなら、彼女に生徒会選挙で負けた者。阿久根が生徒会に入る前のことだが、生徒会選挙でめだかに負けた生徒が、めだかをボコろうと計画していたことがあった。まあその時は本人は「下剋上すんなら受けて立つ!」というスタイルだったし、計画自体も善吉が潰したのだが。

 というか、めだかをよく知る阿久根や善吉からしたら、めだかに脅迫状送りつけるなど、無謀にも程があるとしか思えない。よっぽど自信があるのか、かなりの馬鹿なのかはさておき、現に脅迫状はきている。だから、念を入れて阿久根はここに来た。大好きなめだかにたかる害虫を払い除けるために。

 

「そんな真似したらソーナ先輩に迷惑がかかるだろーが。やるわけねーだろ」

 

 匙はそう吐き捨てると、阿久根を睨みつける。

 

「過去の勝敗にみっともなくしがみつくほど、下賤な人間ではありませんので。そもそも、脅迫状送るくらいならばリコールをすればいいのに。校則でも認められてますし、私だったらきっとそうします」

 

 次いで蒼那も否定する。彼女の言う通り、校則で生徒会長に対するリコールが認められているのだから、仮にめだかが気に入らずとも、脅迫などせずとも済む話なのだ。それにも関わらず脅迫という手を使ってきたからには、犯人はかなりめだかを憎んでいると思われる。だからこそ、阿久根は自分が思いつく限りで、めだかを憎んでそうな人の元を回ろうとしている。

 蒼那は真剣な表情で阿久根を見つめる。阿久根は、少し頬を緩めて言う。

 

「分かりましたよ、多分貴女は違う。そんな顔をするような人が、姑息な手を使うとは俺は思えない。勘ですけどね」

「勘、ですか。いいのですか?もし私達が犯人だとしたらどうするのでしょうか?」

「多分めだかさんも、過程は違えど同じような結論に至りますよ。それにその質問は愚問です。犯人だとしても、俺達生徒会が改心させてみせますので」

 

 きっぱりと、そう言った。

 

「疑ってすまなかった。だいぶ邪魔してしまったみたいだし、そろそろ失礼するよ」

 

 蒼那達に一礼すると、阿久根は部屋を出ていく。閉まった扉を見ながら、匙は不服そうな顔をして悪態をつく。

 

「何だったんすかねアイツ。何も知らないで……誰が昼の学園の平和を守ってるってんだ」

「匙、そんな事は言わないの。私達が悪魔として学園の秩序を守っていることなど、彼らは知る由ないのです」

 

 そう。彼女達は人間ではない。

 その正体は、悪魔の中でも上級に位置するシトリー家に連なる者たちである。支取蒼那 —— ソーナ・シトリーは、シトリー家の次期当主であり、グレモリー家と分担してこの学園を裏から支配しているのだ。そして匙はソーナの眷属。まだ悪魔になって日の浅い転生悪魔だが、ソーナに対する忠誠心はかなり強い。

 

「それもそうか。しかし難儀だよなぁ……本来は生徒会を隠れ蓑にするつもりだったんですよね?それがあの生徒会長のせいでおじゃんになって悔しくないんですか?」

「悔しいかと聞かれればそうですが、黒神めだかを含め、この学校の13組は三大勢力(わたしたち)以上の癖者揃い。彼らを侮るべきではないでしょう。出来れば此方側に引き込みたいのですけどね……」

「この学園魔鏡過ぎんだろ……俺悪魔としてやってく自身無くしそうっすよ」

 

 ソーナの話を聞き、気が遠くなる匙。確かに、この学園には良くも悪くも常人離れした奴が沢山いるとの噂だ。これから先、悪魔としてこの学園で生きていくのは前途多難。匙はあらためて、この世界の混沌っぷりを呪うのであった。

 

 

 


 

 

 

 阿久根高貴は、部屋を出て一人で廊下を歩いていた。

 辺りに人はいない。

 

「……」

 

 ゆらりと、その後を追う影。足音をどうにかして消しているのかは知らないが、あたりに響く足音は一人分のみ。右手に金属バットを持ったその人物は、阿久根にひっそりと、かつ着々と近づいていく。

 

(まずはお前から、消えてもらう……!)

 

 目標まで後わずか。勝利を確信したその人物は、意気揚々と阿久根の後頭部にバットを振り下ろす。

 —— それが無謀な試みだとも知らずに。

 バッドが振り下ろされる瞬間、阿久根はばっと振り返り、その人物の右側の襟と袖をがっしりと掴む。阿久根はいつもと変わらない、涼しい表情のまま、襲撃者に問いかける。

 

「危ないな君。一体何のつもりだ?」

「ちっ……!」

 

 白い仮面を身につけた男子生徒だった。彼は阿久根の腕を振り解こうともがくが、同じ側の襟と袖を掴まれてしまっている為振り解けない。

 そして阿久根は、そのまま鮮やかな一本背負いを男子生徒に叩き込む。ドタンと大きな音を立てて、サナトリウムの床の上に背中から倒れる少年。手に持っていた金属バットは音を立てて落ち、廊下の隅へと転がってゆく。

 

「もう排除しに掛かるなんて、意外とせっかちなんだな」

「煩い……煩い!イレギュラーは消えろよぉ!異端滅殺、正常普遍、英雄行為ぃ!」

《KAKUSEI SURFACE》

 

 阿久根に投げられた男子生徒は喚き散らしながら、木製のデッサン人形のような姿をした怪人へと姿を変える。そして、金属バットを拾って阿久根目掛けてぶん投げてきた。

 阿久根はこれに驚きながらも、咄嗟にしゃがんでバッドを回避する。避けらたバットは、そのまま窓ガラスを突き破り、ガラスの破片共々中庭に落ちていった。怪人 —— サーフィスオリジオンは、阿久根に殴りかかるも、阿久根は咄嗟に腕でガードする。

 その時だった。

 

「なんだ今の音?」

「なんか暴れてるみたいだったけど……見に行こう!」

 

 今の音を聞いたのか、誰かが阿久根の背後にある階段を駆け上がってくる。その足音を聞き、オリジオンは動きを止める。やってきたのは、なんかパッとしない癖っ毛の黒髪の少年 —— 逢瀬瞬と、その仲間達であった。

 

「あれは……新手のオリジオンか!」

「あの人、生徒会の阿久根さんじゃ……危ないから離れて!」

「君たちこそ離れるんだ!

 

 阿久根と唯が互いに対して逃げるように促す中、サーフィスオリジオンは、目標を阿久根から瞬へと変えるかのように向きを変える。

 

「目標変更。新規対象、仮面ライダーアクロス、抹殺開始」

 

 そして、瞬達のいる階段の踊り場目掛け、階段の最上階から飛び降りて来た。

 

「こっちに来る……⁉︎ 」

「と、兎に角逃げましょう!まずいですよこれぇ!」

 

 初めて見るオリジオンに動揺を隠せない様子のハルと灰司。瞬は皆に逃げるようにいいながら、クロスドライバーを装着する。オリジオンは瞬の真横に着地するなり。瞬の頬を殴り飛ばした。

 瞬はよろけて壁に手をつきながら、アクロスライドアーツをドライバーに装填する。そして、サーフィスオリジオンのパンチを避けながら、ドライバーを操作してアクロスに変身する。

 

「変身っ!」

《CROSS OVER!力を、思いを、世界を繋げ!仮面ライダーアクロス!》

 

 変身完了したアクロスは、此方に殴りかかろうとしてくるオリジオンのパンチを両手で掴むと、思い切りオリジオンを投げ飛ばした。

 投げられたサーフィスオリジオンは、一気に階段の一番下まで落下し、一階の廊下まで転がってゆく。アクロスはオリジオンを追おうとするが、オリジオンは起き上がりながら、口から黒い気弾のようなモノを放ってきた。アクロスはそれを避けるが、気弾の当たった踊り場の壁が抉れ、外の景色が丸見えとなってしまう。

 

「絶対抹殺、完全勝利、蹂躙制覇ぁ!」

「こんにゃろ……学校壊す気かお前はっ!」

 

 周囲への被害などお構いなしに攻撃をしてくるオリジオンに怒りながら、アクロスは階段の踊り場から一気に一階の廊下まで飛び降り、落下の勢いを上乗せした拳でサーフィスオリジオンを殴り飛ばした。顔面ど真ん中どストレートを殴られたオリジオンは、背面の出入り口を介して情けなく中庭まで飛ばされてゆく。

 中庭の芝生の上にサーフィスオリジオンは腹を打ち付けられる。それでも彼はまだ挑む。自身に向かってきたアクロスに対し、何処からか取り出した金槌を投げつける。生身の人間なら即死しかねない攻撃だが、アクロスはスライディングでそれを避け、更にオリジオンを蹴飛ばす。

 

「テメェ、汚ねぇぞ!非難轟々、正々堂々、真剣勝負!」

「闇討ちしかけて返り討ちにされた君が言ってもなぁ」

 

 アクロスを非難するサーフィスオリジオンの言動を、唯達と共に安全地帯に避難して戦いを見ていた阿久根が突っ込む。先程まで襲われていた人とは思えないくらい冷静な発言である。

 そしてハルの方は、アクロスとオリジオンの存在そのものに興味津々の様だ。その結果、ギャラリーの中で一番アクロスに精通している唯に、皆の疑問が殺到してゆく。

 

「アレって何なんですか?なんか特撮モノみたいな展開になってますけど……」

「そういえば、私はまだアクロスについて碌に説明して貰ってないんだけど、私にも教えてくれない、唯?」

「話せば長くなるんだけど……いいの?」

 

 こう言っているが、実のところ唯も答えられない。

 確かに、アクロスについては碌な説明が為されていない。唯にとっても、あのフィフティとかいう信頼可能な要素が皆無の怪人物から渡された力、くらいの認識しかない。力を与えた本人がちゃんと説明すべきだと思うのだが。

 気を取り直し、唯達は再び観戦に集中する。サーフィスオリジオンは、何処からか(のこぎり)を取り出すが、振るう前にアクロスに蹴飛ばされ、中庭の端の方まで飛んでいく。先程からこの様に、オリジオンが出した武器を逐一アクロスが弾き飛ばして使用不能にする、という流れが繰り返されていた。

 

「アクロス……だったか。見た感じ彼が優勢だね。怪人の方は完全に押されてる」

「今回は楽にカタが付くかもしれないわね……アラタ?」

「……」

 

 大鳳はアラタの顔を見る。だかその顔は、真剣に戦いの行く末を見守っているというよりも……気の所為だろうか。皆とは違う、何か、別のものを見ているように感じられた。何かを、貪欲に求めるかの様な。

 悉く攻撃を潰されて跡がなくなったサーフィスオリジオン。彼は、壁にへばりつきながらアクロスから距離を取ろうとする。息は荒く、身体は震えている。その様子を見て、アクロスは少し申し訳ない気持ちになってきた。これじゃどちらが怪物なのか分かりゃしない。

 

「絶体絶命……救援要請、支給懇願!」

 

 追い詰められたオリジオンは、天高く助けを求める声を叫んだ。すると、アクロスとサーフィスオリジオンの間に、空から何かがとんでもない速度で降ってきた。

 それは、嫌という程見覚えがあった。

 

「Haaaaaaaaaaaaaaaa……‼︎ 」

「まーたお前か!しつこいなあもう!」

 

 橙と白を基調としたマッシブなフォルム。知性の感じられない喧しい雄叫び。風に靡くボロ切れのようなマフラー。それは、これまで幾度とアクロスの前に立ち塞がってきた存在。

 ガングニールオリジオン、三度参上。神殺しの槍の名を冠する狂犬は、サーフィスオリジオンを守るかの様にアクロスの前に立ち塞がる。

 

「Fuuuuuuuuuuuuuuuuuu……」

 

 威嚇するかの様に、低い唸り声をあげる。その姿には、やはり理性らしきものは見受けられない。

 アクロスは強敵の出現に思わず身構えるが、それよりも早くガングニールオリジオンが動きだし、アクロスの胸のど真ん中に重い一撃を叩き込み、アクロスの身体を宙に浮かせる。

 

「ばっ……」

 

 前より強く、速くなっている。ガングニールオリジオンは、宙を舞うアクロスに追撃を仕掛けようと、アクロスに飛びかかる。

 しかし、成長しているのはアクロスも同じ。飛びかかりながらクロスチョップを叩き込もうとしたガングニールオリジオンに対し、アクロスはその腕を咄嗟に掴んでそれを中断させ、二人揃って何も出来ずに地上に落とされる。

 着地と同時に受け身をとって両者は立ち上がり、取っ組み合った状態のまま校舎の壁に激突する。

 

「うんぬっ!」

 

 アクロスは頭突きでオリジオンを怯ませると、ガングニールを突き飛ばした後に体当たりを仕掛ける。しかしガングニールはそれを受け止め、さらにそこに、後ろからサーフィスオリジオンがアクロスの背中を殴りつける。

 

「俺を忘れてんじゃないぞ!卑怯上等、勝者絶対、完全有利ぃ!」

「くっ……離せっ!」

 

 アクロスはガングニールの拘束を振り払おうとするが、がっしりと掴まれていて抜け出せない。そんなもがくアクロスに、これ幸いとサーフィスオリジオンが殴る蹴るのやりたい放題をかましてくる。さっきまでやられてきた鬱憤をこの期に晴らしてやる算段らしい。

 このままだとサンドバッグもいいところだ。なんとかしてこれを打破しなければならない。アクロスは焦り気味にもがくが、拘束を振り解けない。

 その時だった。

 突然、校舎の窓ガラスが割れ、そこから何かが落ちてきたのは。

 

 

 


 

 

 

 ちょっと前 

 

 

「やっと解放されたぁ……」

「イッセーさん、災難でしたね」

 

 ヘロヘロになりながら教室から出てきた一誠に、アーシアが心配してかけよる。

 なぜ彼がここまで疲弊していたのかというと、エロ本持っているのが風紀委員にバレて、松田や元浜と一緒に先程まで説教(物理)されていたのだ。最近の風紀委員は凄い厳しいとは話には聞いていたが、予想以上の厳しさに打ちのめされた一誠は、力なくアーシアの胸に顔を埋めるように倒れ込む。

 勿論クッションにされた側のアーシアは、恥ずかしさで声をあげる。だがあんまり嫌そうには見えないのは気のせいだろうか。

 

「ひゃいっ⁉︎ イ、イッセーさん⁉︎ これは……そのぅ……」

「風紀委員厳しすぎねぇか……特にあの一年生!めっちゃ怖い!メリケンサックと手錠がトラウマになりそうだよ!」

「あー鬼瀬さん……彼女の過激っぷりは有名ですからね。まあ自業自得です。それとこんな場所で女子の胸に顔うずめてたら(こんなことしてたら)、また風紀委員にドヤされますよ。まあ私的にはむしろざまあみやがれ、といった感じなんですが」

「イッセーさん……この体制のまま喋らないでください……くすぐったい、です」

「……」

 

 一誠はここでようやく、自分が何にもたれかかっているのか気づいたらしい。どうやら疲れからか、無意識のうちにやってしまっていたようだ。一誠は慌ててアーシアから離れ、戒めの意をこめて壁に自らの頭を打ちつける。

 

(俺はなんて事を!これじゃあ神様仏様に顔向けできねぇ!)

 

 いや日頃からエロい事ばっかな時点で今更だし、悪魔になっている時点で神や仏に顔向けは不可能だろ、と小猫は思わざるを得なかった。同じ眷属仲間としては多少は当てにしているが、人(悪魔)としては正直言って尊敬はできない、というのが小猫の一誠に対する評価だった。

 一誠のスケベっぷりに呆れたようにため息をつきながら、小猫は2人に早くオカ研の部室に行くように促す。

 

「行きましょう、部長達が待ってます」

「そうだなー。てかアーシアはともかく、なんで小猫ちゃんまで俺を待っててくれたんだ?」

「偶々私も遅くなっただけです。そしたらここでアーシアさんが待っているのが見えて —— 」

 

 そう言いかけて、塔城小猫はふと立ち止まった。

 

「どうしたんですか、一体……」

「小猫ちゃん?おーい何か見つけたのかよー?」

 

 共に歩いていた兵藤一誠とアーシアは、突然立ち止まった小猫に対し、怪訝そうな顔を向ける。

 

「この妖力の感じ……同族?」

 

 そう呟いた小猫の身体に、猫耳と猫の尻尾が顕となる。これが彼女の正体、猫妖怪である。悪魔であり妖怪である彼女は、このようにして妖力を操ったり感知したりする術を有していた。

 

「は、え?小猫ちゃんの同族ってことは……」

「近くにいるってことですよ、猫妖怪が」

 

 妖怪が、この学園に。その可能性に至った3人は、即座に戦闘態勢を取る。グレモリーの管轄下であるこの街に、外部の人外がいるということは普通ではない。その正体がなんであるにせよ、警戒せざるを得ないのだ。

 

「妖怪かぁ……女の子だったら嬉しいよなぁ……」

「少しは欲望を隠そうという気概は見せないんですか?」

「移り気は厳禁ですよ、イッセーさん」

 

 軽口を叩き合いながらも、慎重に辺りを見渡す。すると、彼らの耳に、何者かが戦っているかのような音が聞こえてくる。音は下の方 —— 中庭から聞こえる。

 一誠は廊下の窓から、音がしている中庭を覗き込む。そこには、2体のオリジオン相手に戦うアクロスの姿があった。

 

「あ、あれって……アクロス!」

「この間の奴と、アレははぐれ悪魔……なんでしょうか?」

 

 アクロスの正体とオリジオンについてはよく知らない小猫は警戒心が強く、様子見に徹しようとする。しかし、アクロスの正体を知り、共に共闘までした一誠の方は、すぐに加勢に入ろうと窓に手をかける。しかし、窓が中々開かない。

 

「助けに行かないと!ぐぬぬ……建て付けが悪くて窓があかねぇ!」

「勝手な行動は厳禁……」

「んな事言ってる場合じゃないだろ!俺は助けに行く。ダチ兼命の恩人を見捨てるような人でなしにはなりたくねえからな!悪魔だけど!」

 

 いつもの一誠からは想像もできない真剣な表情を見て、小猫は呆れたように言う。

 

「はあ、分かりましたよ。どうやら感じた気配はあの怪物のうちのどちらかからしているようですし、どの道放置しておくわけにもいけませんからね。先輩、倍化をお願いします」

「もうしてるさ!いつでも譲渡は可能だ!」

《boost!》

 

 そう答えた一誠の左腕に、赤い籠手が出現する。赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)。所有者の力を倍化し続ける、二天龍の片割れの魂を宿した神滅具(ロンギヌス)。一誠を特別たらしめるもの。

 だが、今回はそれを自分にではなく小猫に対して行う。倍化した力の譲渡。赤龍帝の籠手は、そういった芸当も可能なのだ。

 

《transfer!》

「このまま窓をぶち破るしかねえ!すみません先生方!」

 

 階段を下る時間が惜しい。だがしかし、ピンチになっている友達を手をこまねいて見ている訳にはいかないのだ。倍増した力を受け取ってパワーアップした小猫が、妖力を纏ったパンチで窓を突き破り、そのまま落下攻撃に移行する。

 

「そこの貴方、下がってください!」

「うぬぎゃああああああっ⁉︎ 」

 

 硝子の雨と共に、小猫とオリジオンが落下してゆく。

 その下は――

 

 


 

 

 そして現在。

 

「そこの貴方、下がってください!」

「うぬぎゃああああああっ⁉︎ 」

 

 なんかガラスが割れたような音がしたと思ったら、女の子がガラスの破片と共に降りかかってきた。

 

「痛い痛い痛い痛い!」

 

 ガラスの破片とともに降ってきた小猫に、思わず叫んでしまうアクロス。変身していても正直言って痛いし、変身していなかったら今頃全身血まみれである。

 そんな事はお構いなしに、小猫は妖力を纏ったパンチをガングニールの脳天に叩き込み、バック宙をして着地する。なんだかんだで拘束の解けたアクロスは、散々自分をサンドバッグにしてくれた目の前のサーフィスオリジオンに、お返しとして渾身の右ストレートをお見舞いする。

 なんとか解放されたアクロスは、ガラスの降ってきた上を見上げる。すると、割れた窓から顔を覗かせていた一誠と目が合う。

 

「すまねえ!大丈夫か⁉︎ 」

「助けに来たのか殺しに来たのかどっちなんだよ!」

「俺達も加勢するぜ!とりゃあああっ!」

「馬鹿こっちに落ちてくんじゃドバァ⁉︎」

 

 アクロスの抗議を無視して、一誠は割れた窓からこちらに向かって飛び降りる。結果は単純明快。アクロスが落ちてきた一誠の下敷きになってしまった。仮面ライダーと悪魔だったからギャグで済んでいるが、普通の人間だったら仲良く御陀仏である。

 

「何やってんだあれ……」

「野郎同士でやるような展開じゃ無いですよねーあれって」

 

 一連の流れを見ていたアラタとハルも、ぐだぐだな2人の様子に思わず失笑してしまう。小猫も、表情からは分かりにくいが、若干怒り気味に2人に声を掛ける。

 

「何やってるんですか貴方達は。この怪物をどうにかするんでしょう?なら早く戦ってください」

「「あ、はい……」」

 

 気を取り直し、一誠とアクロスは戦闘体勢に入る。一誠達がガングニールを抑え、アクロスがサーフィスをどうにかする算段だ。

 ガングニールは知性を感じさせない唸り声を上げ、小猫に殴られた脳天を摩りながら立ち上がる。サーフィスも壁に手をつき、息を切らしながらも金槌を構える。

 

「再び共闘と行こうじゃねーか、瞬!」

「そっちは任せたぞ、一誠!」

 

 四者が走り出す。

 サーフィスは、自身に向かってくるアクロスに対し、金槌を振り下ろす。しかし、アクロスはそれを予知して足を止める。結果として、金槌はアクロスに当たる事なく、その手間の空間を通過するだけに終わる。

 すかさずアクロスが、金槌を持つサーフィスの手を蹴り上げ、振り下ろされ切った金槌をその手から落とさせる。そのまま、アクロスのローリングソバットを顎に受け、サーフィスオリジオンは壁に打ち付けられる。

 

「邪魔、するな……世界修正、改変阻止、賞賛行為……」

「人襲っといてそりゃないだろ……とりあえずお前を大人しくさせて、なんで阿久根(あのひと)に襲いかかったのか問い詰めてやる!」

 

 

 


 

 

 一方、ガングニールと対峙することになった一誠。

 一誠は赤龍帝の籠手の力で倍化をしながら、ガングニールを殴りつける。しかし、まだ倍化が始まったばかりでパワーが足りていないためか、あまり効いていない。一誠の攻撃に怒ったガングニールは、首元のマフラーを触手のように伸ばし、それで一誠を叩く。

 

「まだまだこれからぁ!」

《Boost!》

 

 倍化2回目。まだまだ余裕はある。一誠はもう一度、ガングニールオリジオンの肩を殴る。それでも足りない。返しに顔面に頭突きを食らわされ、一誠は鼻血を散らしながらよろけて後退する。

 

 

「『黒い龍脈(アブゾーブション・ライン)』っ!」

 

 何処からかそんな声がしたかと思えば、まるで唐突に、力が抜かれたかのようにガングニールオリジオンの体勢が崩れ、攻撃が逸れる。そして、膝をついたガングニールオリジオンの顔面に、倍化によって更に強化された一誠のパンチが炸裂する。

 吹っ飛んで背中から倒れるガングニールオリジオン。対して一誠は、今の現象に対し、あることに気がついた。

 

「今のは……神器(セイクリッド・ギア)⁉︎ 」

 

 神器を持つ何者かが、自分を助けてくれた。しかし、一体誰が。

 困惑する一誠の耳に、若干チンピラじみた声が聞こえてくる。

 

「何やってんだよ……学校のど真ん中で!ちったあ隠そうという気はねーのかよおめーはよ!」

 

 声の主は、一誠と同い年くらいの、制服姿の少年だった。ただし彼の手には、デフォルメ化されたトカゲの顔らしき物体付いており、さらにそこから淡い光を放つ黒い紐が伸びており、それがガングニールの足に繋がっている。

 神器・黒い龍脈(アブゾーブション・ライン)。少年 —— 匙元士郎の神器であり、他者の力を吸収する力を持つ。その力でガングニールを弱らせたことで、一誠の攻撃が効いたのだ。

 まあ一誠はそんな事は知らず、いきなり乱暴な物言いをしてきた匙に反発する。

 

「なんだいきなり!それって今言うことかよ⁉︎ 」

「匙先輩、助力ありがとうございます」

「え、何?コイツ知り合い?」

「詳しい説明は後。今のうちに仕掛けますよ」

 

 小猫に言われるがまま、一誠と匙は言い争いをやめてガングニールと向かい合う。ガングニールは既に立ち上がっており、匙の生成した黒い龍脈によるラインを引き剥がそうとしている。が、それはうまくいかない。

 ラインに気を取られている隙をつき、小猫が懐に潜り込む。そして、戦車(ルーク)としての力を生かした渾身の回し蹴りをその脇腹に叩き込みながら、ガングニールに問いかける。

 

「貴方、同族みたいですけど、その姿はなんですか?」

「Ugaaaaaaaaaaaaaaっ‼︎ 」

 

 小猫の問いかけに、ガングニールは言葉にすらならない雄叫びで返しながら、マフラーを触手のように伸ばしてくる。小猫はすかさず身を捩って回避し、そして身体を反対方向に捻りながらガングニールを殴る。

 匙によって弱体化したガングニールは、小猫のパンチで地面に倒れるが、それでも諦めずに襲いかかってくる。そこに一誠が飛び蹴りしながら割って入り、そのまま飛び蹴りをくらって倒れたガングニールに馬乗りになる。

 

「話は通じてないみたいだぞ……」

「小猫ちゃんに手を出すな!俺が相手だっ!」

《Explosion!》

 

 倍化を耐えられるギリギリのところで中断し、一誠はガングニールオリジオンの腹に渾身の一発をお見舞いする。血を吐き出すかのように呻くガングニール。効いている。この調子なら倒せる。

 そう確信した次の瞬間。

 

「Heeeeeeeeeeeee!」

「何だっ」

 

 ガングニールオリジオンの口から、光線のようなものが飛び出し、一誠の上半身を焦がした。

 

「ぬあああああああああああああああっ⁉︎ 」

 

 匙の神器によって弱体化させられていたおかげで大したダメージにはならなかったが、一誠が奇襲に怯んだ隙を突いて、ガングニールは一誠を払い除けると、一誠達ともアクロスのいる方とも違う方向に向かって走り出す。

 サーフィスオリジオンに必殺技を喰らわせようとしたアクロスも、その奇行に思わず手を止めてしまう。一体、奴は何処へ向かっているというのだろうか。アクロスは、ガングニールオリジオンの向かった方に視線を合わせる。

 その先にいたのは、生徒会長・黒神めだかだった。胸元を露出した黒い生徒会役員用の制服だからよく目立つ。ガングニールオリジオンは、渡り廊下を歩いていためだかに一直線に向かっていた。

 

「危ねぇ!」

 

 すかさずアクロスがめだかに向かって叫ぶ。彼女もガングニールに気付いたようだが、遅かった。弱体化しているにも関わらず、ガングニールオリジオンのスピードは衰えていなかった。

 ガングニールは空に響くような雄叫びを上げながら、めだかの額を思い切りぶん殴った。バコンッ‼︎ と、してはいけないような音が響く。皆は思わず目を逸らしてしまう。きっと、彼女は頭の中身をぶち撒けて凄惨な状態に ——

 

「……」

 —— なっていなかった。

 オリジオンの中でもパワータイプなガングニールの拳をモロに受けたにも関わらず、めだかは平然としている。その光景に、ガングニールを追ってきた一誠達も呆然としてしまう。

 自分の自慢の拳がまるで効いていない様子のめだかに、ガングニールは本能ながら恐怖を感じ、突き出した拳を引っ込める。そして、殴られた本人は、いつもと変わらない尊大な態度を崩す事なく、ガングニールに告げる。

 

「暴力は感心しないが……これ以上この学園で暴れるのはやめてもらおうか、貴様ら」

「Haっ⁉︎」

 

 一瞬、めだかの姿が消えたような気がした。が、次の瞬間には、めだかはかがみ込んでガングニールオリジオンの顎目掛けてアッパーを仕掛けようとしていた。

 そして。

 

「黒神アッパー!」

「Gofuっ⁉︎」

 

 ガングニールオリジオンの顎に、下からめだかのアッパーカットが炸裂する。匙の神器で弱体化していたガングニールは、風船が割れるような音と共に空高く打ち上げられ、校舎の4階部分の壁面にクレーターを作った。

 それを見て、アクロスや一誠、戦いを見ていた唯達も唖然とする。この生徒会長、めっちゃ強いやんけ、と。

 戦闘不能になったガングニールオリジオンを覆うようにして、壁面にジッパーが出現する。そしてジッパーが開き、その中に真っ暗な空間が出現する。そして、その闇に溶け込むような形でガングニールは姿を消していった。

 

「勝利絶望……撤退決定、即断即決!」

 

 増援たるガングニールオリジオンの敗北により、勝機が無くなったと判断したサーフィスオリジオンは、這う這うの体で逃げてゆく。すかさずアクロスは追いかけるが、校舎に入ったところで見失ってしまった。

 

「あっ……畜生!逃したか……」

 

 悔しそうに舌打ちをしながら、アクロスは変身を解除する。そして、芝生の上で大の字になっている一誠の元へと歩いてゆく。

 

「助かったよ、イッセー」

「なーに、これくらい大したことないっての。お前にはアーシアを助けるのに協力してくれた借りがあるからな」

 

 拳同士をコツンと触れ合わせ、両者は笑う。そんな2人を見て、小猫がぽつり。

 

「……へえ、アクロスというんですか。兵藤先輩よりマトモそうですね」

「小猫ちゃんってさあ……俺に対して辛辣すぎない?まあ心当たりしか無いんだけども」

 

 まあ一誠は日頃の変態行為のせいで、女子生徒からの評判は地に落ちてるようなものだから仕方ない。一誠もそれを分かっているので、軽く流して寝転んだまま空を見上げ、この状況を主人たるリアスにどう報告したらいいものやら、と考え始めていた。

 そこに、校舎内に取り残されていたアーシアがやって来る。回復役たる彼女はあまり前線に立つべきでは無いと判断し、一誠が待機させていたのだ。アーシアは、傷だらけの一誠と瞬を見るなり、心配して駆け寄り、自身の持つ神器・聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)による治療を試みる。

 

「イッセーさん、大丈夫ですか⁉︎ 」

「大丈夫だアーシア。これくらいの怪我、大したことないから」

「今直しますね、じっとしていてください。瞬さんもこちらに」

「あ、はい……」

 

 言われるがまま、少年2人は治療を受ける。そして一誠は、先程まで放置されていた、神器使いの少年に意識が向く。

 

「つーかお前、誰?神器保有者みたいだけど……」

「彼は匙元士郎。グレモリー家と親交の深いシトリー家の次期当主、ソーナ様の眷属です。本来ならもう少し後に顔合わせをする予定だったんですよ」

「つまりお前も転生悪魔ってコトか。へえこりゃあいい。同じ兵士(ボーン)同士仲良くやろうぜ、宜しくな」

「ああ宜しくなぁ」

 

 小猫からの紹介を受け、一誠は匙と握手をする。だが、互いに互いが気に入らないのか、その手にはかなりの力が入っているし、両者とも引きつったような笑みを浮かべている。瞬と小猫は2人を見て、やれやれといった感じに首を振る。

 そんな2人の横で、めだかは戦いでボロボロになった中庭を見つめていた。ガングニールオリジオンに殴られた頭をさすりながらも、平然としている彼女に対し、大鳳が訊いてくる。

 

「オリジオンとか諸々に対してあまり驚かないのね……」

「いや結構驚いているぞ?世界ってまだまだ未知なるものが沢山あるんだなーって」

「貴女が言うと嫌味にしか聞こえませんよ……」

 

 肝が据わっているというか、怖いもの知らずというか……めだかのあっけらかんとした態度に、阿久根も思わず苦笑いしてしまう。少なくともオリジオンをアッパー一発で屋上近くまで打ち上げた奴の吐く台詞じゃないよな、とめだか以外の全員が思う。

 そしてめだかは、アーシアの治療を受けている瞬のもとに歩み寄ってゆき、声を掛ける。

 

「それにしても、興味深いものを見せてもらったよ逢瀬2年」

「あれ、なんで俺の名前を……」

「全校生徒の名前くらい把握済みだ。阿久根書記を助けてくれたのだろう?私から礼を言わねば失礼というものだ」

 

 めだかは瞬に手を差し出す。どうやら握手を求めているらしい。断る理由も無いので、瞬は握手に応じる。が、いざ正面から見ると、彼女の格好に思わず赤面してしまう。そりゃあ、豊満な胸の上半分が露出した改造制服なんだから、瞬の反応は真っ当である。その格好で生徒会長は無理でしょう。

 

「……」

「ん、何を恥じる事がある?」

 

 だが全く本人は恥ずかしがっていない模様。てか瞬の反応に首を傾げている。

 

「しかし、酷い有様だよねぇ」

「言われてみればそうですね」

 

 一方、先程まで物陰に隠れていた唯は、中庭をぐるりと見渡しながら言う。

 先程まで戦場だった中庭は、かなりボロボロになっていた。校舎の壁面は傷やヒビが入ってるし、ガラスは地面に飛び散ってるし、植え込みがぐしゃぐしゃに引っ掻き回されている。放課後であまり人がいなかったのが幸いだった。

 小猫は、自分が砕いた窓ガラスの破片を見ながら、申し訳なさそうにめだかに告げる。

 

「あのー私窓割ってしまったんですが、どうしたらいいですか?」

「オカルト研究部の面々か。貴様らもあの怪物相手に良くやったな。礼代わりと言ってはなんだが、校舎の修理代は私が受け持とう」

 

 うわあ太っ腹。ありがたいっちゃありがたが、これはちょっと申し訳なくなってくるヤツだよな、と皆は思うのだった。

 

「今日はもう帰った方がいいかもしれません。流石にこんな事があった後で部室に行くってのもアレですからね」

「それはありがたい。ったく、オリジオンの奴らも少しは休ませてくれねーかなぁ」

 

 ここ最近はオリジオンと戦ってばっかりで、流石に瞬も辟易していた。今日は早く帰って休みたい気分だ。なので、ハルの意見は渡りに船であった。

 瞬は、校舎の壁面にガングニールオリジオンが作ったクレーターをチラリと見て、軽く生徒会長に恐ろしさを感じながら、帰路につくのであった。

 

 

 


 

 

 翌日 漫研部室

 

 昨日あんな事があったのに、学校は平常運転だった。瞬は、ビルドオリジオンの時は休校になったくせに、何故今回はならないんだろうかと疑問に思ったが、休みじゃ無いなら行くっきゃ無いと腹を括って登校した。

 そして放課後。昨日入った漫研の部室にやってきた瞬。昨日見たスク水姿のハルを思い出し、今日は何事もありませんようにと祈りながら、扉を開ける。

 

「ちーっす、入るぞー?」

「よく来ましたね待ってたゾ!さあさあ上がりなさいな!」

「……」

 

 ああ無念、少年の祈りは通じなかった。

 部室に入るなり、スク水姿のハルが瞬を出迎えてきた。瞬は頭が痛くなってきた。昨日のはどうやら冗談ではなかったらしい。

 ハルは(お世辞にもあるとは言えない)胸を張っているが、瞬は彼女に対して興奮するよりも、呆れていた。そんな事はつゆ知らず、ハルは両手を広げて胸を張り、瞬を受け止める体勢に入る。

 

「興奮しますよね?私はしますよ!さあ好きなだけ舐め回すが良い!」

「誰がするかぁ!全人類がお前と同じ性壁だと思うなよ!」

「おぅんひどぅい……私はただスク水の素晴らしさを広めたくて……」

 

 だったら漫画研究部やめてスク水研究部に解明した方が早いと思う。瞬はハルを素通りして椅子に座り、既に来ていた志村と灰司に声をかける。

 

「よう、お前らもう来てたんだな」

「ははは……ハルちゃんはさっきからずっとあんな感じなんだよね」

「あ、逢瀬くん。今この漫研が過去に出した部誌を読んでるんですよ。中々個性的な内容で興味深いです」

「個性的……ねぇ」

 

 ハルの奇行に呆れ笑いする志村の横で、灰司は何やら読んでいる模様。瞬は後ろからそれを覗き込む。

 灰司が読んでいたのは、かつて漫画研究部が刊行していた部誌。当時の部員達の漫画が冊子に纏められているものだ。内容もクオリティもよりどりみどりで、今灰司が読んでいる作品は、色々な意味で一際個性的な内容であった。決して画力の話ではない。

 と、ここで先程から放置されていたハルが指をパチンと鳴らす。

 

「カモン、我が同胞!」

「それ突撃ぃ〜!」

「ぶはっ⁉︎ 」

 

 突然背中に強い衝撃を受け、瞬は床にぶっ倒れる。なんか唯の声がしてたような気がするが一体何なんだと、瞬は起き上がりながら後ろを振り返る。

 

「な、なんでお前達まで着てるんだよ⁉︎ 」

 

 そう、何故か唯と大鳳までスク水姿になっていた。にまにまと小悪魔めいた笑みを浮かべている唯とは対照的に、大鳳の方は凄く恥ずかしそうに顔を赤くしている。どうやら彼女の方は無理矢理やらされているらしい。

 

「潜水艦の子達ってこんな恥ずかしい格好だったのね……

 

「わかったわ。貴女が変態だという事が。服返して頂戴」

「ぬぎぎぎぎぎぎぎぎわがっだがらやめでええええええ身体がガラケーになっちゃ〜う!」

 

 大鳳に背中の上に乗っかられてキャメルクラッチをかけられ、鯱鉾(しゃちほこ)よりも反っているんじゃないのかと思わされる程背中を逆に曲げさせられるハル。側から見ればスク水姿の少女2人がプロレスごっこ(文字通り)をして戯れているようにしか見えない。なんだこの空間、さっさと帰りたくなってきた。

 そんな瞬の気持ちを察したのか、瞬を足止めすべく唯がにじり寄ってきた。此方はどうやらハルに乗せられている模様。

 

「悪いね瞬。瞬をスク水フェチにしたら図書カードくれるって言うから……」

「安いなオイ!そんなもんに釣られて変態の道に落ちるなよ⁉︎ 」

 

 幼馴染みのこんなみっともない様を見せられる此方の身にもなって欲しい。シュバシュバッ!と良くわからん決めポーズらしきものをとりながら、唯は戦線布告する。

 助けを求めようと、既に来ていた灰司と志村の方を見るが、彼らは彼らで関わりたくないのか、露骨に視線を合わせようともしない。薄情な奴らだ。こうなれば自力でなんとかするっきゃない。

 

「いざ勝負!」

「悪ノリがすぎる!」

 

 飛びかかってきた唯を難なく避けると、瞬はゲンコツを彼女の頭に対してお見舞いする。いくら身体能力に差があると言っても、10年間も共に過ごしたのだから動きの一つや二つは読めるのだ。

 そして、もうこんな不毛な戦いはやめようと、スク水姿の女性陣に提案する。

 

「もうやめなさいよ……俺こんな変態ばかりの魔鏡にいたく無いんだけど」

「変態とは失礼な!私達3人の何処が変態だっていうのさー!」

(私も頭数に入れられてる……⁉︎ )

 

「お前が変態じゃなかったら変態仮面も変態じゃなくなるだろ」

「たとえ突っ込み下手くそですね」

「そっか瞬はパンツを被ると興奮するんだー。取り繕わなくていいんだよ……私は瞬の性癖を肯定しよう」

「今の発言の何処にそんな要素あったよ」

 

 なんか発言をわざと曲解して、瞬をとんでもない性癖持ち呼ばわりしようとした幼馴染みに、もう一発お見舞いする。コレは悪ノリが過ぎた模様。ゲンコツを2度も受けた唯は、そのまま床に崩れ落ちる。

 

「失礼しまーす生徒会でーす。様子見に来たんですけどもー?」

 

 そこに善吉が入って来た。

 が。

 

「スク水で、笑顔を……スク水で、世界に、みんなの未来に……笑顔を……」

「唯さんんんんんんんんんんっ!」

 

 ゲンコツされた事で、なんか安らかな最期を迎えようとしている唯と、彼女を抱き抱えて泣き叫ぶハル(両者ともスク水姿)。そんな2人を馬鹿を見る様な目で見下す瞬と大鳳、彼らにお構いなしに漫画を読んでいる灰司に、逃避するかの様に英単語帳(上下逆)の暗記を始める志村。端的に言ってカオスな状況が繰り広げられていた。

 一眼見ただけで、あまり深く関わらない方がいいなと判断した善吉が、瞬の方を向いて一言。

 

「帰っていい?」

 

 死んだ魚のような目でこちらを見つめてくる善吉。ぶっちゃけ瞬も、正気のうちにここを去った方がいいと思っている。善吉は、スク水だらけのスペースから目を逸らすようにして、話を続ける。

 

「様子見に来たけど……まあ大丈夫そうだな」

「何処をどう見たら大丈夫に見えるのよ。その目は飾りなの?」

「デスヨネーあははは……」

 

 大鳳の突っ込みに、善吉は棒読みじみた渇いた笑いで返す他なかった。依頼が来ていたからとはいえ、正直、この部を立ち直らせようとしたのは間違いだったんじゃなかろうかと思わざるを得なかった。だって部長が変態だし。

 大鳳は、中々服を返そうとしないハルの腹の上に座り続けている。一体がハルをそこまでスク水に掻き立てるのか、誰もわからなかった。てかわかりたく無い。

 そして、ついに屈したハルが、大鳳に制服を返す。大鳳は制服をハルから奪い取ると、

 

「これから私着替えるんで出てってもらえる?」

 

 と、男性陣を廊下に叩き出してしまった。

 

「追い出されたね……」

「俺、来た意味あったんだろうか……」

 

 全然一件落着じゃねーんだよ……。

 善吉と瞬は、コレから先の事を思いながら、深い溜息をつくのだった。

 

 

 


 

 

 

 数時間後

 

 

 

 

 静まり返った部室の、扉がゆっくりと開かれる。

 思い詰めたような表情をした欠望アラタは、息を殺し、足音を消しながら部室にゆっくりとはいってゆく。

 

「皆、寝ているのか」

 

 瞬も大鳳も唯もハルも、皆爆睡していた。アラタはこれを好機だと判断し、足元に転がっているモップを避けながら、瞬の元までたどり着く。そして、彼の足元に置かれている鞄に目をやる。

 ファスナーの開いている鞄から覗く物体。

 クロスドライバー。アクロスの力の源泉。それを見たアラタの頭に、ある邪な考えが浮かび上がってくる。

 

(これがあれば、これを使えれば、俺は……)

 

 そう、クロスドライバーを盗んでしまうという手だ。手を伸ばしたい。手に入れたい。眼前の力が、少年の心を誘惑する。だがその誘惑に負けるということは、人間性を、ひいては逢瀬瞬との友情を捨てることに他ならない。

 葛藤の末、アラタはクロスドライバーから目を逸らし、机を挟んで瞬の向かい側で、椅子に腰掛けて眠る大鳳に目をやる。大切な家族で、友人で、互いに今の自分を作ってくれた恩人で。アラタは彼女の苦しんできた過去を知っている。だからこそ、彼女に傷ついてほしく無いと誰よりも強く思っている。

 心臓がバクバクと鳴り、呼吸が荒くなってゆく。全身から冷や汗がブワッと溢れ、4月なのに、身体がひどく冷たくなっていくような感覚がする。

 

(……俺が、守るんだ。それくらいできなきゃ、隣にいる資格なんてない!)

 

 決心するかのように目を見開き、アラタはクロスドライバーに手を伸ばす。

 もう二度とあんな目には合わせない。二度と君を傷つかせやしない。普通なら尊く、讃えられる筈の決意は、歪んで腐り果ててしまった。後悔と渇望が、少年を狂わせた。

 

 

 

 それは過ちであると共に、彼の未来に至る一歩。

 舞台へと至る、最初の1段目 ——

 

 


 

 

 

 瞬が目を覚ますと、すでに陽が傾いていた。

 

「あれっ⁉︎ 寝てた⁉︎ 」

 

 というか、いつの間にか机に突っ伏して寝てしまっていたらしい。部屋を見渡すと、隣で同じように唯が眠っているし、他の皆は既に帰ったのか、姿が見当たらなかった。

 時計を見ると午後5時。瞬は隣でスク水姿のまま涎を垂らして爆睡している幼馴染みの身体を揺すって起こす。

 

「起きろそして着替えろ。いつまでその格好でいるつもりだ」

「はにゅ?瞬……今何時……」

「皆帰っちまったよ。俺達皆揃って寝ちまってたらしい」

 

 春の陽気に絆され、皆部室で寝落ちしてしまったのだ。にしても、先に帰った奴らのうち、誰でもいいから起こしてくれてもよかったのに、と瞬は思っていた。

 廊下で唯が着替え終わるのを待ってから、2人で揃って校門をでる。正門前の長い下り坂を降りながら、赤くなった空を見上げる。夕空はなぜこうも、ノルスタジックな気分にさせられるのだろうか。瞬が柄にもなくそんな事を考えていると、唯が思い出したかの様に言う。

 

「そういえば、2人で帰るのって久しぶりかも」

「そうか……そうかな?」

「ひどいなー瞬は。ここ最近は皆でガヤガヤしてばっかだったからね。2人きりってのは案外久しぶりなもんなのさっ」

「言われてみればそうだな。少し懐かしく感じる」

 

 この一か月で色々あった為か、唯と2人きりだった日々のことが凄く前の事の様に感じられてしまう。よくよく考えるとまだひと月しか経っていない、もしくは早くもひと月が過ぎたのだ。改めて密度の濃い日々だったのだと思い知らされる。

 2人は大通りを歩いていた。たしかこの辺りには唯の行きつけの本屋があった筈。偶にはコイツと2人で行ってみるのもいいかもしれない。

 

「本屋寄ってかない?マ○ジンとサ○デー買いたいからさー」

「別にいいけど。俺も買うつもりだったし」

 

 漫画雑誌の今週号をまだ買っていなかったのもあって、2人は近くの本屋に入る。

 雑誌コーナーは入り口付近なのですぐに見つかった。早速目当ての雑誌を見つけ、唯は手に取ろうとするが、横から伸びてきた手にその雑誌を掻っ攫われる。一体こんな真似をする奴は誰なんだと思いながら、唯は顔をあげる。

 そこには、雑誌を手に持ったハルと、両手に持った籠いっぱいに本を入れ、気まずそうな顔をしている灰司がいた。

 

「あれ、逢瀬さんに唯さん。先程以来ですね」

「さっき部室で別れたばがりなのに、これだと別れた意味がないですね」

 

 灰司の言うとおり、さっき別れたばかりなのに(実際は部室に置いていかれた)こうしてすぐに再開してしまうと、なんとも言えない気分になる。

 しかし何故こうも、学校帰りに行く先々で知り合いに出会すのだろう。志村の時も確かこんな感じだったし、思ったよりも世間は狭いのかもしれない。

 

「しかし奇遇だねー。ハルちゃんもこの店に来てたなんて」

「家から近いのでよく来るのです。ひょっとして2人も常連さん?」

「学校帰りにここでジャ○プとか買うのが毎週のルーチンなんだ」

 

 そう言った唯は、ふと、ハルの手に持っている漫画本の表紙を見る。

 

「あ、それ“技術回線”の最新巻!そっか今日発売日だったんだ!」

「あ、ちょっと……ったく、相変わらずこうなんだから」

 

 待っていた漫画の最新巻が発売されていた事を思い出すなり、目にもとまらぬ速さで新巻コーナーに向かっていってしまった。こうなれば此方も好きにやらせてもらおうと、瞬も新巻コーナーへと走っていくことにした。

 そんな2人の後ろ姿を、ハルは立ち読みしながら眺めていた。

 

「案外似た者同士……なのかもしれませんね」

「よきかなよきかな」

「ところで九瀬川さん。僕を荷物持ちにするのはいいんですが、一体いくら買い込むつもりで……」

「あーあー聞こえないなぁー」

「……」

 

 帰り際に半ば強引に荷物持ち要員として連れてきといてそれは無いだろう。このまま帰ってもバチ当たらないよね?と、ハルに対して若干キレそうになる灰司であった。

 

 


 

 

 数十分後。

 灰司以外は思い思いに大量の本を買ってレジ袋に詰め込んでいた。ハルに至っては、灰司が居なかったら一体どうやって持って帰るつもりで、そしてどうやって読破する時間を作るんだと言いたくなるような量である。

 

「早く読みたいなー。帰るのめんどくさいからここで広げちゃおっかなー」

「やめろ。そんな事したら流石の俺でもお前の友達辞めざるを得なくなるぞ」

「なんか小腹空いたなー。何かいい店知らない?」

「ならいい店知ってますよ。向かいにメイド喫茶があるんですけど、メニューもいいしメイドも可愛い、まさに天国!って場所なんですよ。私はここで買った本を読みながらその店のケーキ食べるのがサイコーに堪らないと思ってますが、一発どうですかね?」

「このマシンガンの如くなされる自分語り……なんかだいぶ慣れてきたな」

「いやこんなに大量の本、どこ行っても邪魔なだけでしょう……」

 

 ハルのマシンガントークをはいはいと聞き流しながら、瞬達は店を出る。目当ての漫画が買えて嬉しいのか、唯だけでなく瞬も心なしか浮き足立っているように見える。

 瞬達が店を出たその時だった。ガシャーン!と大きな音がしたと思いきや、向かい側のメイド喫茶らしき建物から、怒り心頭の男が出てくる。それを追って、店からロングスカートのメイド服を着た店員らしき人物が店から出てきて、男の肩を掴む。男はそれを振り払い、メイドの胸ぐらを掴んで鬼のような形相で怒鳴り散らす。

 

「ふざけんな!何で俺がモブキャラに金払わにゃならんのだ!テメェは俺のオモチャなんだから金払わなくていいだろ上等だろ!」

「いやいやいや、こちとらビジネスでやってんだから客から金取るのは当たり前でしょーが!ぼったくってるわけじゃないんだからさぁ……」

「黙れよ雑魚!まさかテメェは俺から金を取ろうってのか!ふざけるのも大概にしろよ!」

 

 男の怒鳴っている内容を聞いて、瞬は頭が痛くなってきた。どう考えてもいい歳した大人が言うような内容じゃない。常軌を逸した発言に、周囲ね人達が男を憐れむような目で見るようになる。あれは大人の皮被った赤ちゃんなのだと、そう思わなければやっていけなかった。

 皆が珍獣を見るような目を男に向ける中、ハルは男ではなく、男と言い争いをしているメイドの方を、目を凝らしてよく見ていた。そして気づいた。

 

「あれは店長さん!うむむ、常連として放って置けない、行きますよ皆さん!」

「え、俺達も行くの?」

「当たり前。レッツ人助け!」

 

 どうやらあのメイドは、ハルが先程言っていた店の店長らしい。知り合いが困っているのをほっとけないハルと、そんなハルをもほっとけない唯の2人に両手を引き摺られるような形で、瞬も騒ぎの中心に向かっていく。

 横断歩道を渡って反対側、騒ぎの中心となった店の真前にやってくる。男と怒鳴り合いの口論をしていたメイドは、ハルの顔を見るなり声を掛けてきた。

 

「 あ、ハルちゃん!聞いてよ!コイツウチの店の金払わずに出て行こうとした挙句、逆切れしてくるんですよ!非常識すぎない?」

「警察呼んだんですよね?」

「今他の子が呼んでるところ。兎に角この人が逃げないように押さえつけて!」

「は、はい」

 

 メイドに言われるがまま、瞬と灰司が逃げようとする男の前方に回り込み、男を押さえつける。

 

「すみません!でも話を聞く限り貴方が悪いんですよね?」

「よっと……しかし、みっともないよな……」

「テメェら!俺を誰だと思ってやがる⁉︎ 俺は主人公だぞ⁉︎ 主人公から金取ろうとするこの店が悪いに決まってるだろ!」

 

 男はもがきながら怒鳴り散らすが、周囲の人は皆、彼の言っていることの意味がわからなかった。目の前の男が、自分達と同じ人間とは到底思えなかった。

 

「お主往生際が悪いぞ!」

「幼稚園からやり直せ!」

「同族として恥ずかしい……かくなる上は切腹しかないでござる!」

「やめてー!メイドさんのハラキリなんか求めてないからぁ⁉︎ 」

 

 店の中にいる客やメイド達、通りすがりの一般人も、窓越しに男を非難する。ぶっちゃけ、メイド喫茶で無銭飲食するとか恥ずかしいにも程があると瞬達は思うのだが、この男はそうではないらしい。面の皮厚すぎだろう。

 周囲からの猛烈なバッシングを受けた男は、急にぴたりと抵抗を止める。しかし、ようやく落ち着いた……ようには、瞬に到底思えなかった。

 何か、ある。

 

「テメェら俺をコケにしやがって……ぶっ殺してやる!」

《KAKUSEI GULE》

「まさかお前……皆逃げろォ!」

 

 瞬が叫ぶよりも早く、男の身体がジッパーに覆われていく。そして、そのジッパーが全て開くと、浅黒い艶のある体躯に、大きな口だけが存在する頭を持ったオリジオンに男は変身していた。

 オリジオンとなったことで常人をものともしない力を手に入れた男は、自身を押さえつけていた瞬と灰司を振り払って突き飛ばすと、自身の食い逃げを非難していた一般人の青年に食ってかかる。首を掴んで持ち上げられた青年は、大声で叫びながらじたばたもがく。

 

「や、やばばばばば……」

「店長!逃げるでござるよぉ!」

 

 腰を抜かしたメイド店長を、他のメイドが引きずるようにして逃す。瞬達以外の人間達も、一斉に散り散りになって逃げてゆく。突き飛ばされた瞬は、腰を摩りながら起き上がる。

 

「オリジオンだったのか……アイツも」

「あんな状態で暴れられたら逆ギレでは済まないし!止めなきゃ!」

「あ、馬鹿っ!」

 

 瞬が止めるのも聞かずに、唯はグールオリジオンに飛び蹴りをかます。グールオリジオンは死角からの、何の力も持たない筈の少女による予想外の攻撃を受け、青年を放して街頭にあたまを打ち付けられる。

 

「効いた……んですかね?」

「兎に角逃げてください!いいですね!」

「あ、ありがとう助かった!君は命の恩人だ!」

 

 青年は唯に感謝の言葉を述べると、急いで逃げて行く。これで大方逃げ終わった筈だ。まだ逃げ遅れている人がいないか、瞬が確認していると、

 

「邪魔すんなよタコ!食っちまうぞ!」

 

 邪魔されてキレたオリジオンが、近くにあった電灯を地面から引き抜いて、瞬達目掛けてぶん投げてきた。電灯は瞬達の間を素通りしてその後ろの街路樹に当たり、街路樹もろとも千切れ、近くの電線とそれに繋がっている電柱諸共地面に倒れ込んできた。

 まるでドミノ倒しみたいに倒れた街路樹やら電柱やらにより、瞬達は分断される。土煙で視界が塞がれる中、必死に叫んで瞬は他の皆の安否を確認する。隣にいる唯はともかく、他の2人が心配だ。

 

「だ、大丈夫か灰司!ハル!」

「大丈夫ですよ。てか何あれ、まるで特撮モノな怪人みたい……」

「僕も大丈夫ですから!」

 

 皆の元気そうな声で、瞬と唯は安堵する。

 こうなったらアクロスに変身するほかない。放っておいたら、自分達も周囲の人達も危ない。瞬は持っていた鞄からクロスドライバーを取り出そうと、鞄に手を突っ込むが ——

 

「な、無い⁉︎ 」

「ウソぉ⁉︎ 」

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 普段は肌身離さず持っている筈で、今朝も家を出る前に鞄の中に入れていたはずだったのにも関わらず、だ。想定外の事態に動揺する瞬。唯が必死になって瞬の身体を揺さぶるが、瞬の頭はパニックを起こして完全にフリーズしていた。

 グールオリジオンは、そんな瞬の様子を見て嘲笑い、指先から伸びる長く鋭い爪を振り下ろそうとする。

 

「なんだあ?威勢が良かったのは最初だけかよ雑魚がよぉ……俺様相手にイキリ散らしたツケを支払ってもらおうか!俺の邪魔をする奴は死ねえええええええええええええええええっ‼︎ 」

「あ……やべえ……」

「瞬っ‼︎ 」

 

 —— あ、死んだわコレ。

 周りの音が遠くなる。きっとこれから走馬灯が始まるんだ ——

 

 


 

 

 ガキンッ‼︎

 死を覚悟した筈の瞬の耳に、金属同士がぶつかり合うような音が聞こえてくる。それはつまり、瞬が生き延びた事を意味していた。

 恐る恐る、目を開く。

 

「何ボサっと突っ立ってやがる、アクロス」

 

 黒ずんだ体色の仮面ライダーが、オリジオンの腕を両手で受け止めていた。

 仮面ライダーメタルビルド(てんせいしゃがり)。転生者を裁く執行者の登場であった。どこかビルドに似ているが、全身が黒ずんだメタリックカラーで構成されている。どうやら瞬がかつて出会った、あのビルドとは別らしい。

 メタルビルドはグールオリジオンの腕を掴んだまま、そのまま投げ倒す。そして追撃しようとするが、突然、何処からか彼の足元に銃弾が飛んでくる。威嚇射撃のつもりだったのか、それは誰にも当たる事なく、歩道に銃痕を残すだけにとどまる。

 メタルビルドは、銃弾が飛んできた方に視線を向ける。車道を挟んで反対側の歩道に、軍服姿の銀髪の少女が銃を構えた状態で立っていた。ギフトメイカー・レイラである。彼女は、メタルビルドを見るなり、鼻で笑って濁った赤い瞳で彼を睨みつける。

 

「なんだ、転生者狩りか」 

 

 お前はお呼びでは無い、とでも言うかのように。

 

「来やがったな、ギフトメイカー!テメェらの野望は俺が砕く!テメェらの命は俺が奪う!それが俺の仕事だ」

 

 だがメタルビルドにとってはそんな事は知ったこっちゃ無い。世界に仇為す転生者と、それを操るギフトメイカーは等しく殺すべき敵。敵意マシマシの声をレイラにぶつける。

 レイラの方も、言ってもわからぬなら力尽くでやるしかないと、銃を投げ捨てて、何処からか二振りのサーベルを取り出し、刃をメタルビルドに向ける。

 

「貴様には用はないが、性懲りも無く大口を叩くようなら……その言葉、口先だけでは無い事を私に示してみろ!」

 

 戦いの火蓋が、切って落とされようとしていた。

 

 


 

 

 アラタは走っていた。

 クロスドライバーを盗んだ。やってはいけない事だということは分かっている。今自分は悪人に成り下がったのだという自覚は確かにあった。友情を裏切り、自分の感情を優先してしまった。そんな自分には、もう彼にあわせる顔は無くなったのだ。

 後ろ髪を引かれるような気持ちを抱えたまま、クロスドライバーを手に持って走るアラタ。だが、彼の行手を阻む様に、ある人物が彼の前に立ちはだかる。

 

「どこに行こうというのかな、そのベルトを持って」

 

 フィフティだった。いつもの様な物腰の柔らかそうな雰囲気とはうって変わり、ただアラタを蔑む様な、冷ややかな目をしている。彼は、至極真っ当な質問をする。そして、憐憫からくる生温かさと、軽蔑からくる冷ややかさが合わさった様な、奇妙な目をアラタに向け、諭す様に言葉を紡ぐ。

 

「いくら君が逢瀬くんの友達だとしても、泥棒はよくないな。さ、私が彼に返してあげるから、クロスドライバーを渡しなよ。皆には黙っておいてあげるからさ」

「この力があれば、オリジオンをブッ倒せるんだろ?なら俺は使う。この間みたいな事は、起こさせない!」

 

 そう。アラタはこの間のことを悔いていたのだ。鎮守府でオリジオンに襲われ、大鳳が攫われた時のことを。

 あの時、アラタは何も出来なかった。一方的に嬲られ、奪われるだけであった。あの悔しさと不甲斐なさに、ここ数日間ずっと苛まれ続けてきた。潮原提督や瞬のおかげで助かったのは事実。だからといって、これから先も、大切な人を自分で守ることができないという現実に、アラタは耐えられなかった。

 それも全部、自分が弱いから。

 大切な人に降りかかる理不尽を全て跳ね除けられるような男になりたい。これ以上、彼女を苦しませたくない。だから、強くならなくては、力を得なくてはならない。

 そうして —— 彼はこのような愚行に走ってしまった。本来の持ち主である友人が今、追い詰められているとはつゆ知らず。

 

「君の気持ちはよく分かる。大切な人が危険な目に遭っていたのに、自分は何も出来なかった。それはさぞ悔しいだろう。だがしかし、世の中にはどうあがいても不可能な事があるんだ。それは君には使えないよ。焦って力を得ようとしても、碌な事にならないさ」

「それでもだよ……大鳳は今の俺を作ってくれた恩人で!家族で!大切なヒトなんだ!それを守れない俺の不甲斐なさに苛々して仕方がないんだ!だから使うぜ、俺だってやればできるんだって証明してやるんだよ!」

 

 フィフティは、そんなアラタの気持ちを理解しながらも、その行いは無謀で無意味なものだと断じる。だがアラタは、フィフティの言葉を受け入れない。後悔と焦りに支配された今の彼には、フィフティの声が届く余地はない。それをわかっていたフィフティは、黙ってアラタを見つめ、痛い目を見ないと分からないようだな、と言うかのように鼻で笑う。

 アラタはそんなフィフティの態度に更に反発し、啖呵を切りながらクロスドライバーを装着し、アクロスライドアーツを装填する。そして、拳を力強く前に突き出して、心の限り叫ぶ。

 

「変……身……っ!」

《FATAL ERROR!》

 

 しかし、それは叶わなかった。

 クロスドライバーから光が発せられ、アクロスのスーツが生成されようとした瞬間、アラタの全身を、その身を焦がし尽くすかのような電撃が(ほとばし)った。

 

「っがああああああああっ‼︎ 」

 

 まるで身体だけではなく、精神すらも焦がし尽くさんとする衝撃が、アラタの全身をとめどなく駆け巡る。声を出し尽くす様な勢いで絶叫するアラタを、フィフティは「だから言わんこっちゃない」とでも言うかのように、冷めた目で見つめる。

 

「ぐあああああああああああああああっ⁉︎ 」

 

 クロスドライバーがアラタの身体から弾かれる様に離れ、地面に転がり落ちる。アラタもまた、ドライバーに弾かれたかのように吹っ飛び、ブロック塀に激突し、そのまま倒れる。

 身体は動かなかった。自分が今どんな表情をして、どんな姿勢をとっているのかすら曖昧になる。視界は今もなお激しく点滅を繰り返し、頭の中心から耐えがたい激痛が絶え間なく襲ってくる。変身しようとしただけでこのザマだ。

 

「だから言ったのに。ホント愚かな奴だね」

「な、んで……つかえ……ない?」

 

 まさか小細工でもしたのか。瞬以外には触らせない様に。そんなアラタの疑念を晴らすかの様に、フィフティは冷ややかな声で告げる。

 

「別に細工とかはしてないよ。至極単純な理由だよ」

 

 フィフティは、ボロボロになったアラタに目もくれず、落ちたクロスドライバーを拾い上げる。そして、アラタの疑問に対し、どうしようもなく残酷な答えを告げる。

 

 

 

「だって君、転生者だろ?」

 

 

 

 

 




書きたいもんを出来るだけつめこんだら過去最長の回になりました。スク水はいい文明。はっきり分かるだろう?
後半は多分もっとめだ箱要素増えます。

頭おかしいキャラができました。多分登場人物の中で一番ギャグ方面にぶっ飛んでるオリキャラです。そして安定の屑転生者……

瞬達の通う学校は、めだ箱とストブラとHSDDがコリジョンし合っているので、勢力図的にはかなりカオスになっています。本筋とはあまり関係ないのでそこら辺に触れるのは今回くらいですかね。
こんな学校よく悪魔が住み着けるよな、という突っ込みは野暮野暮。


転生者関連の情報をいい加減瞬達に対して開示しなきゃならないんですが、中々そのタイミングが作れないなあ……


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第19話 「転生しただけの愚か者だよ」

3ヶ月半ぶりくらいになります。めだ箱編の後半です。
50000文字超えしやがった……っ!
予想以上の難産かつボリュームになりました。分割という発想はないです。ところどころ投げやりな部分があります。すみません。
多分削れるとこれは沢山ある。

心理描写から逃げたくなるマン。

あらすじ

なんやかんやで漫画研究部とかいう変な部活に入る羽目になった瞬達。
しかしその裏では、生徒会を狙うオリジオンの影が蠢いていた。

それから数日後、別のオリジオンに襲われた瞬。しかしなんとベルトが無くなっており……


 その少年は、血溜まりに座り込んでいた。

 彼の周囲には、同い年くらいの少年少女達が血塗れで倒れている。その全ては既に生命活動を終えていた。手足が千切れて出血多量で死んだ者。頭が跡形もなく消し飛んだ者。皮だけのミイラになった者。全身が焼け焦げ炭化した者 —— 死因のバーゼンセールと言わざるを得ない地獄絵図の中、その少年は傷と血に全身が覆われながらも、五体満足で震えていた。

 

(なんで、こう、なった?)

 

 少年は凄惨極まりない部屋の隅で頭を抱え、この惨状に至った経緯を回想する。

 軽い気持ちだったのだ。自分と同じ転生者達に出会えたから、その交流会を企画した。せっかく転生者(どうほう)に出会えたのに。仲良くできると思っていたのに。

 結果はこれ。参加者の一人から提供されたパーティー会場は、皆が皆、与えられた転生特典を使って殺し合う戦場と化し、少年以外の転生者は皆死んでしまった。

 少年は思った。これはひとえに、こんな催しを提案した自分が悪いのだと。自分の浅はかさと、無力さで皆が死んだ。

 ああ、こんな惨劇が繰り返されるというならば。

 

 —— 転生特典(こんなもの)なんか捨ててやる。

 


 

 

 

 欠望アラタは転生者である。

 異世界に行って大活躍したり賞賛されたくて転生したわけでは無いが、どういう訳か気が付いたらこの世界で第二の生を受けていた。

 前世の記憶はあまり無い。どうやらこれは普通ではないようなのだが、覚えていないものは仕方がない。きっと、覚えていたらいたで前世に縋り付くだけだった。

 

 

 

 初めは転生先の世界をよく知らずにはしゃいでいた。

 しかし、「ある失敗」を機に、彼は一度壊れかけた。それは1人の人間が、心を閉ざすには充分すぎる悲劇だった。

 そうなった彼を立ち直らせるきっかけとなり、かつ今の彼の人格形成に深く関わっているのが、大鳳と呼ばれる1人の艦娘である。この経緯は後の機会に語る事として、結果として、今の情に熱く家族思いな欠望アラタという人間にとって、彼女は何よりも大切な存在といえる。

 

 

 

 故に。

 無自覚な愛故に、彼は道を踏み外した。忌避していたはずの場所に舞い戻ってしまった。

 その過ちの結果はまだ ——

 

 

 


 

 

 

 そして今。

 

 

 クロスドライバーに弾かれて地面にぶっ倒れたアラタに、フィフティの冷ややかな目線が上から突き刺さる。

 だから言わんこっちゃない、散々忠告したのに破った君が悪いんだよ?と暗に告げている様な。そんな無言の時間が幾ばくか経過した後、フィフティは心底呆れたといった感じにわざとらしいため息をつきながらアラタの元に歩み寄る。

 

「アクロスのベルトは転生者には使えないんだ。私もよく分かってはいないが……恐らく、人間の魂ってやつは、転生というフィルターを介することで歪んでしまうものらしい」

 

 クロスドライバーを拾い上げ、手持ちのハンカチで綺麗に磨く。そして、うつ伏せで倒れているアラタを足で仰向けにする。それは暗に、フィフティがアラタをゴミのような存在と認識していることを表していた。フィフティは、

 

「だから大人しく諦めたまえ。世の中にはどうにもならない事はごろごろあるんだから」

「うう……」

「やめなよ、私の所に堕ちるのは。仮に君に新たな力を授ける術があっても、今の君には絶対に渡さない。自分が何故こんな行為に及ぼうとしたのか、その過程をよーく思い返してみる事だ」

 

 意地を張る子供の様な、というかあからさまに蔑む様な言い方だった。

 

「私は意地悪だからね。ここで一つ、今の逢瀬くんの状況を君に見せてあげよう」

 

 フィフティは何処からか、華美な装飾の施された杖を取り出すと、その柄でトン、と軽く地面を叩いた。すると、叩かれた箇所の周囲が淡く光りだした。

 

「何を……」

 

 光の中に、見知った顔が映る。

 逢瀬瞬。アラタの友人にして、ベルトの本来の持ち主。彼がオリジオンらしき怪物に殺されようとしていた。思わず声をあげそうになったが

すんでのところで謎の仮面の戦士に助けられ、そいつとオリジオンが交戦に入る中、瞬はその場から離脱していく。フィフティの言葉から察するに、瞬の様子を地面に投影しているようだ。

 映像は瞬が唯とハルの手を引こうとするところで止まり、それと同時に地面の発光が止まる。

 

「まあこんな事が起きたわけ。今回ばかりは転生者狩りに感謝しなきゃね。あーあ、誰かさんがクロスドライバー盗まなきゃこんな真似しなくて済んだのにのなー」

「……」

 

 フィフティは執拗にアラタを責め立てる。あまりにも苛つく言い方に、アラタは思わず目の前の男に殴りかかりたくなるが、クロスドライバーに弾かれた反動のダメージで満足に動けないし、言ってること自体は事実なので何も言い返せなかった。

 

「じゃあね。意気地なしの足手纏い君。2度と私の逢瀬君の前に現れないでくれよ」

 

 フィフティはアラタをひとしきりこき下ろすと、倒れたままのアラタを放置して立ち去って行く。

 倒れたままのアラタは、先程見せられた映像を頭の中で反芻していた。あの仮面の戦士が居なかったら、瞬は死んでいた。そしたら、間違いなく自分のせいになる。自らの身勝手さで、友人を死なせかけた。

 

(畜生……っ!俺、何にも変わってないじゃねえか!)

 

 これが、力なんか手にしないという、過去の誓いを無碍にした結果。

 フィフティが去り、1人取り残されたボロボロの少年は、しばらくの間、自らの浅はかさと愚かさ、そして惨めさに、嗚咽を漏らすことしかできなかった。

 

 


 

 

 

 同時刻。

 瞬達の目の前で、メタルビルドに変身した転生者狩りと、オリジオンとギフトメイカー・レイラのタッグの戦いが幕を開けようとしていた。

 

「ふんっ!」

 

 レイラは無数のサーベルを空中に出現させると、それをメタルビルド目掛けて一斉に射出する。それに対し、なんとメタルビルドは自分に向かって飛んできたサーベルを掴み、それを使って飛んできた別のサーベルを弾き飛ばした。

 

「なっ……やはり只者ではないか!」

 

 レイラはそれを見て一瞬驚いたような顔をしたが、負けじと更にサーベルを出現させ、射出する。

 煉瓦張の歩道を抉るような威力の剣の雨の中を、メタルビルドは躊躇う事なく突っ走り、手に持ったサーベルで飛んできたものを弾きながら、最短距離でレイラに接近しようとする。

 レイラは後ろに跳躍して距離を取ると、手に持っていたサーベルを投げ、メタルビルドが持っていたものを弾き飛ばす。

 

「ふん!」

「|因果融合・銃剣乱舞第一楽章《ホロスコープフュージョン キルバレットラプソディ》!」

「転生者狩り覚悟ォ!テメェを木っ端微塵の粗挽き肉にした上で犬の餌にしてやんよぉ!」

 

 レイラは空中に幾つものライフルを出現させると、それによる一斉射撃を開始する。メタルビルドは後方に跳躍して回避するが、その後ろからグールオリジオンが襲いかかる。

 が、メタルビルドはそれを読んでおり、後方に跳躍すると同時に肘を後ろに向かって突き出し、奇襲を仕掛けようとしたオリジオンを返り討ちにしてしまう。鳩尾に肘鉄を食らったグールオリジオンは、情けない声を上げながらガードレールの上に倒れ込む。メタルビルドは、手に持っていたドリルクラッシャーを投げてレイラのライフルを弾き落とすと、グールオリジオンを踏みつけながら語りかける。

 

「偶にいるんだよな。自分は選ばれたものだからって何しても許されるって勘違いする馬鹿が」

「ふ、ふざけるな!俺は主人公だぞ!踏み台は踏み台らしく倒されとけよぉここは俺の世界なんだからさあ!」

「んな訳あるか。社会生活舐めてんのかテメェ。ここは空想の世界じゃ無いんだ。ここにいる奴は皆背景(モブ)じゃなくて生きてるし、原作キャラとやらも心を持った存在だ。犯罪しといて無罪放免って道理もないよナァ?それもわからないようなクズが一丁前に転生してんじゃねーよ!」

 

 メタルビルドはそう説教しながらグールオリジオンの顔面を掴んで持ち上げると、その体を思い切り街灯に押しつけ、必殺技を発動させるべく腰のビルドドライバーのレバーを回す。

 

「一瞬で楽にしてやる。お前は人に生まれるにゃ早すぎたよ」

《ガタガダゴットンズタンズタン!ガタガダゴットンズタンズタン!Are You Ready?》

 

 メタルビルドの脚に漆黒のエネルギーのようなものが集約していくのが見える。オリジオンは必死にもがいたり手の爪で切りつけたりして抵抗してくるが、メタルビルドは動じない。逃れられない。

 

「死にたく無い……死にたく無いよおおおおおっ!」

「ミジンコからでもやり直してこい、ゲロカス野朗」

 

 メタルビルドからの死刑宣告と同時に、必殺の一撃が炸裂する。至近距離から放たれたハイキックが、オリジオンとその背後の街灯を横から薙ぎ払い、くの字に折り曲げさせる。

 

「ぎゃあああああああああああっ!」

 

 グールオリジオンは断末魔の悲鳴を上げながら、街灯の残骸と共にレンガ張の道路を転がってゆき、そのまま爆散した。

 跡形もなかった。

 レイラは対して役に立つことなく死亡したオリジオンをボロクソにこき下ろす。

 

「やはり並の転生者では手駒にもならんか。そもそも我欲が強すぎて手綱を握ることすらままらなんというのに……ったく、何故ティーダは転生者を手駒にしようとか言い出したんだ」

「意外だな。ギフトメイカーからそんな台詞を聞くとは」

「やはり信頼できるのは己の力のみ、ということらしい。覚悟しろ、転生者狩り!」

 

 レイラはマシンガンを両手に出現させると、周囲のことなどお構いなしにぶっ放す。瞬は咄嗟に唯とハルの手を引っ張り、近くの店舗に逃げ込む。銃声があたりに響き渡り、瞬が先程まで立っていた地面が銃痕まみれになるのを見て、瞬は思わず身震いをする。

 逃げ込んだ先は、先程のオリジオンがトラブルを起こしていたメイド喫茶。銃弾から逃れるべく、3人はカウンターの後ろに潜り込む。他の皆はオリジオンの出現の際に逃げたらしく、この場には戦っている2人をのぞいて瞬達以外の人物はいないのが幸いだ。

 

「ちょこまかと……」

「それが俺のスタイルなんでな。ったく、遠距離攻撃ばっかで分が悪い。装備選び失敗(セレクトミス)ったか?」

「それならそれを後悔しながら死ね」

 

 弾丸を避けながらメタルビルドで挑んだ事を失敗だとぼやく転生者狩りに、レイラは新たなマシンガンを出現させて再び乱射する。メタルビルドは避けるが、飛ばされた銃弾はその後ろにあったメイド喫茶に突入する。

 激しい音とともにガラスが砕け、横殴りの銃弾の雨が店内に降り注ぐ。カウンター裏に隠れていた瞬達は、必死に身をかがめてやり過ごす。こんなの下手したら蜂の巣になるのは自明の理。店の裏口からでも逃げようかと思ったが、迂闊に動けない。

 弾丸の雨の中、瞬がどうするべきか考えていたその時。

 

「ひいいっ⁉︎」

「な⁉︎」

 

 情けない悲鳴で、カウンター裏に先客がいた事に今気づいた。見ると、カウンター裏の端の方で、眼帯をつけたメイド少女が蹲っている。どうやら逃げ遅れたらしい。眼帯少女は瞬を見るなり、泣き叫びながら抱きついてきた。

 

「だずげでぼじいでござるぅううううううううううううううう!拙者まだ死にたく無いでござるよおおおおお!」

「抱きつくな抱きつくな!てかござる口調のメイドって何キャラ濃くない⁉︎ 」

「逢瀬さんのキャラが薄味なだけでしょ」

「それケンカ売ってる?」

 

 パニクって泣きじゃくる少女をなんとか落ち着かせると、瞬はカウンターの陰から外の様子を伺う。割れた窓ガラスの向こうでは、転生者狩りの変身するメタルビルドとレイラが殴ったり蹴ったり斬ったり撃ったりと血みどろの戦いを繰り広げている。

 

「兎に角逃げよう。レイラだったか。幸い、奴は俺達よりも転生者狩りを優先しているから、コッチに襲いかかってくる可能性は低いと思う。なるべく慎重に、攻撃に巻き込まれないように裏口から逃げよう。お前ここの店員なんだろ?裏口とかの場所分かるか?」

「は、はい。あの奥でござるが……ちょっと腰抜けちゃって、手を貸していただけると助かるのですが……」

「なら私が。大丈夫?立てる?」

 

 唯が少女に肩を貸し、彼女の案内の元、四人は戦場から離脱しようとする。ベルトが手元にあれば、もう少し状況はマシになっていたかもしれない。転生者狩りがいなかったら、瞬は死んでいたかもしれない。

 不幸なのか幸運なのか、曖昧になる感覚に軽く震えながら出口を目指す。

 が、それはすぐに叶わなくなった。

 メタルビルドに殴り飛ばれたレイラが、ガンガラガシャンと激しい物音を立てながら、ボロボロになった店内に突っ込んできた。放置されたままの食器やテーブルが砕け散る音が店中に響き渡る中立ち上がった彼女は、軍服についた埃を払うと、恐ろしいほど暗く紅い瞳で瞬の方を睨みつける。

 そして。

 

「まだ居たか、仮面ライダー。ちょうど良い、死ね」

 

 ライフルを構え、瞬達の方を目掛けて撃つ。

 瞬は咄嗟に横に跳んで回避する。が、射線の先には、今まさに裏口の戸を開けようとするメイド少女が。彼女は銃弾が自分に向かって飛んできていることに気づいていない。瞬の叫びも間に合わない。

 —— 終わった。

 

 


 

 

 しかし、それは呆気なく阻まれた。

 

《COMPLETE》

 

 銃声の直前に滑り込んできた機械音声。

 レイラの背後から黄色い光が差し込んできたかと思えば、その直後、彼女の後方から放たれた光弾が、レイラの銃弾を全て弾き飛ばした。

 

《EXCEED CHARGE》

「っ⁉︎」

 

 レイラが状況を理解した直後、間髪入れず死角からの一撃が背中に直撃する。

 レイラの背中のど真ん中を起点として、彼女の全身に衝撃が走った。そしてレイラの身体は黄色い網状の模様に覆われ、銃を構えた体制のまま、彼女の身動きが封じられる。

 ギリギリと、レイラは満足に動けない首を無理やり動かして後ろを確認する。そこには、仮面ライダーカイザに変身を切り替えた転生者狩りが、カイザブレイガンの銃口を向けた状態で立っていた。ブレイガンから伸びる刀身では、充填されたフォトンブラッドが、まるで獲物を求めるが如く黄色く発光している。

 

「ったく、ウロチョロしてんじゃねえ。死にたいのか」

「は、はひぃ……」

「大丈夫ですかぁ⁉︎ 」

 

 命の危機が一瞬のうちに自分に降り注ぎ、そして通過した。その事実を認識した少女は、緊張が解けたのか、カイザに魔の抜けた返事を返すとへなへなとその場に崩れ落ちる。

 カイザブレイガンの刀身をレイラに突き付けながら、皮肉混じりに鼻で笑う。

 

「流石ギフトメイカー。俺よりも無防備な一般人を狙うたあ卑怯者らしいぜ」

「………」

「しかしお前は馬鹿だな。俺に背を向けると……このように狩られるぞ?」

 

 明確な殺意の篭った、鋭い声。この間バルジと相対した時と同じだ、と本能的に瞬は理解していた。

 すると、先程からダンマリを決め込んでいたレイラが、カイザに鼻で笑い返してきた。

 

「はっ、お前こそ馬鹿か?私がこの程度の束縛から逃れられないとでも?」

「なんだと?」

 

 カイザブレイガンの拘束はそう簡単に打ち破れるものではない。本来の世界(げんさく)でも、これが打ち破られたのはただ1回のみ。ましてや、いくらギフトメイカーといえどレイラは肉体的には普通の人間。打ち破れるはずがないと、カイザはそう思っていた。

 しかし、それはあっという間に覆った。

 一瞬、レイラの目が紅く光ったように見えた、と思った次の瞬間、レイラを縛り付けていたカイザブレイガンによる拘束が呆気なく弾け飛んだ。歴戦の転生者狩りも、さすがにこれには驚きを隠せなかった。

 

「馬鹿な⁉︎ いくらギフトメイカーといっても、テメェは普通の人間の筈だろ!何故破ることが出来る⁉︎ 」

「さあ?お前がその転生特典(ちから)を使いこなせていないだけでは?」

 

 レイラがカイザを嘲笑う。しかし、転生者狩りは即座にカイザブレイガンを構え、レイラ目掛けて振り下ろす。

 いくら拘束を打ち破られようが、カイザブレイガンのフォトンブラッドは既に充填されている。フォトンブラッドは人体にとって有害なモノ。このまま斬りさえすれば、レイラは死ぬ。

 しかし。

 

因果焼却・反撃一矢(デッドリーゼロ・ディスオベイ)!」

 

 突如として、カイザブレイガンに充填されていた筈のフォトンブラッドが()()()()()。何が起きたのだと疑問に思う間も無く、レイラの空いた手に出現したサーベルによって、カイザブレイガンがカイザの手から弾き飛ばされる。その衝撃でブレイガンからカイザメモリが外れ、刀身が消えた状態でカイザブレイガンが地面に落ちる。

 

「何をした……⁉︎ 」

「私はギフトメイカーだぞ?他人の転生特典に鑑賞することなんて朝飯前だ。貴様の特典に介入し、必殺技を不発にしたに過ぎない」

「転生……特典?」

 

 確か、リイラとかいう少女が似たようなことを言っていた気がする。しかしそれが何なのか、瞬にはわからない。まるでそこだけが周りからあらゆる意味でズレているように感じる。

 発言内容が理解できていない瞬を他所に、驚いたような反応を見せる転生者狩りをレイラは笑う。

 

「しかし滑稽だな。転生者が同じ転生者を手にかける組織など、我々には理解できない。秩序を守るだ世界を守るだの正義ぶって……お前らも側から見れば世界の癌だろうに」

「黙れ!貴様らと一緒にするな!」

 

 転生者狩りが激昂するが、レイラはそれをバッサリと切り捨て、カイザにサーベルを突きつける。

 

「同じだよ転生者狩り。さてお前も消えてもら —— ゔっ⁉︎ 」

 

 ふいに彼女の声が途切れる。

 カランと、手に持っていたサーベルが落ちる。

 

「ばっ……ががぎ……⁉︎ 」

「⁉︎ 」

「ぶ……ごゔぇええぇ……っ!あばがががががががががおえええええええええっ⁉︎ 」

 

 レイラは戦いを放棄して地面に膝をつき、叫び声を上げ始めた。先程まで戦っていた相手が一変し、苦しそうに呻く姿はあまりにも異様だった。

 困惑する瞬達。そこに、

 

「お、壊れてんじゃーん!さっすが役立たず、ちょっと戦っただけでもうこの有様かよ。ホント使えねーよなぁ……お前らもそう思うだろ?」

 

 品の無い、下衆さダダ漏れの声が聞こえてきた。この声には聞き覚えがある。何故ならつい最近出くわたのだから。

 ぶっ倒れたレイラの真後ろ。そこに現れた人物の名を、カイザは憎しみマシマシの声で叫ぶ。

 

「バルジィ……またテメェかぁ!」

「よ、死に損ない。今日も惨めに転生者殺しご苦労様ですっ」

 

 この間倒された筈のギフトメイカー・バルジであった。バルジは悶え苦しむレイラを担ぎ上げながら、息を吐くようにカイザを煽る。

 カイザはベルトの左側につけていたデジカメ型ツール・カイザショットを手に持ち、落ちていたカイザメモリをセットする。そして、地面を思い切り蹴って走り出しながら、ベルトに装填されているカイザフォンのエンターキーを押して必殺技を発動させる。

 

《EXCEED CHARGE》

「死ねバルジィイイイイイイイイイイイイッ‼︎ 」

「あらよっと」

 

 猛毒のフォトンブラッドを纏った一撃が迫る。が、バルジはそれを臆することなく、カイザの手首を掴み上げ、そのまま片手でカイザを投げ飛ばしてしまった。

 あまりにもあっけなく、転生者狩りが地面に叩きつけられる。瞬は、当然の疑問をぶつける。

 

「お前、前に倒された筈じゃなかったのか? 」

「え、アレくらいで俺様が死ぬと思ってたの?バッカじゃねーの?伊達にギフトメイカーやってないんだよ。あーあやっぱ現地民は馬鹿ばっかだわぁ……テメェの常識の範疇で俺達転生者を語るとか、身の程知れよゴミカス」

 

 品性の欠片も無い笑い声を上げながら、瞬も馬鹿にし始める。流石に瞬もキレ気味になるが、バルジはそれをみて更に囃し立てる。

 

「なんだと……?」

「あれぇ、怒った?うわあ転生者でも無いくせに一丁前に怒ってやがる!アクロス、お前場違いだから早くフェードアウトしろよ。原作キャラも非転生者も邪魔なだけだからさ。うん早く自害なりしてくれね?」

「さっきから転生者だの原作だの……一体何のことなんだ⁉︎ 」

 

 瞬がキレ気味にぶつけた質問。瞬にとっては当然のものであったが、バルジにとっては予想だにしないものであった。

 その言葉を聞いて、驚いたような顔を見せるバルジ。「信じられないことを聞いちまったぞ⁉︎ 」とでも言っているかのように目を丸くし、しばらく呆然としたかのように黙り込んでいたが、酷く興醒めしたような、先程よりも冷ややかさがました声で瞬を罵倒し始めた。

 

「え、マジで知らない?知らずに首突っ込んでた訳?無いわーあり得ないわーマジ引くわー。どーりで話通じないわけだ。論外すぎる。そんな状態で俺達の邪魔をするとか気持ち悪いし反吐が出る。死ね」

「ああ、テメェの存在そのものが気持ち悪い。死ねよ」

 

 瞬間、バルジの足元から声がしたかと思えば、バルジの身体が横に倒れていった。足元に転がされていたカイザが、バルジの足を文字通りに引っ張ったのだ。しかし、バルジは空中で華麗に横宙返りを決め、何ごともなかったかのように着地する。

 カイザも立ち上がり、落ちていたカイザブレイガンの銃口をバルジに向ける。

 

「悪いがお前と戦ってる暇は無いんだ」

「ごちゃごちゃ煩え!俺はテメェを殺すためだけに生きてきた!ここで決着を —— 」

 

 ヒートアップするカイザ。

 そこに、妙に胡散臭い声が割り込んできた。

 

「ようやく辿り着いた。にしても派手にやったなぁキミたち。活気あふれる商店街が凄惨なことに……悲しいね」

「お前は……フィフティ!」

「邪魔するなよ老害」

「そうそう、仮面ライダーの導き手フィフティ、久々の登場さ。遅れてすまない。ちょっとコイツを取り返すのに手間取ってね」

 

 裾の長いローブを身に纏った神出鬼没の怪人物・フィフティの登場であった。呑気なことを言いながらのんびりと歩いてくるフィフティに対し、カイザもバルジも怒鳴り散らすが、本人は意にも介していない様子。

 そして瞬の近くまでやってくると、軽い謝罪の言葉と共に、フィフティは手に持っていた物体を瞬に投げ渡す。それは、無くなっていたクロスドライバーであった。

 

「クロスドライバー!」

「君の不用心さが招いた結果だ。今度からは気をつけるんだね」

 

 フィフティは瞬の肩に手を置き、諭すように言う。

 少し離れたところで、フィフティを初めて見たハルが、唯に訊く。

 

「唯さん、この人……」

「私も良くわかんないんだよね。アクロスの力を与えたのはこの人なんだけど」

「声はいいけど全然信用できないですね」

 

 初対面のハルからも胡散臭い呼ばわりされているが、フィフティは全然動じない。用事は済んだ、と言わんばかりに、そそくさと退散しようとする彼だったが、その前にバルジが立ちはだかる。

 

「そのまま帰すとでも思ったか?テメェがアクロスの背後にいやがったのか、くたばりぞ来ないが」

「誰だか知らないけど酷いこと言うなぁ。なんと言われようが、私はまだ死ぬわけにはいかないんだ。さっさと失せてくれないかな?」

「誰に向かってそんな口を聞いてやがる……俺様はギフトメイカーのバルジ様だ —— 」

 

 フィフティの挑発に乗りかけたバルジだったが、そこで彼の腕に取り付けられていた通信機の着信音が鳴り出した。バルジはそれを聞くと、不満そうに舌打ちをしながら通信に応じる。通信機を起動すると、通信機から光が放たれ、バルジの目の前に立体映像を投影する。

 その映像に映っていた人物に、瞬は見覚えがあった。それは、ビルドオリジオンの時に姿を見せたギフトメイカーの一人、ティーダであった。立体映像のティーダは、周囲をぐるりと一瞥すると、

 

『バルジ、帰投しろ。お前の仕事はレイラの回収だけだろう?そいつは早急に改良が必要だからな。戦いはまた次の機会にしろ。異論は認めん』

「チッ、仕方ねぇ……まあどうせいつかは俺たちが全てを支配するんだ。お前らなんかいつだって殺せるんだからな、俺様は!」

「まちやがれ!」

 

 バルジの足元に、ジッパーのようなものが出現し、それが開いてゆく。あの時と同じだ。このままでは逃げられる。

 カイザの怒号を無視して、レイラを担いだバルジは、自身の足元に現れた開いたジッパーの中に溶けるように入ってゆく。カイザが手を伸ばすが、それよりも早く、穴の中にバルジの全身がはいり、それと同時にジッパーが閉じて消滅した。

 

「クソッタレがあ!」

 

 怒りのままに壁に拳を叩きつけるカイザ。それと同時に、彼の身体が青白く発光し始める。

 

「次は逃さねえ……殺してやる、殺してやる……!」

 

 呪詛を吐き散らしながら、足元から霧散していくかのように彼の身体は消えていった。

 

「終わった、のか?」

「ひとまずね。それじゃ私はこれで。クロスドライバーの管理はちゃんとしたまえ、フィフティお兄さんとの約束ダゾ!」

「うわあ気持ち悪」

 

 フィフティのぶりっ子じみた言い方に、思わず唯が嫌悪感を露わにする。フィフティは踵を返し、夕日の方向へと遠ざかっていった。

 ここでずっと蚊帳の外だったハルがぽつり。

 

「最期まで私達ガン無視されてましたね」

「……」

「瞬どしたの?」

「いや、一体どのタイミングでベルトを無くしたんだろうなぁ……って思ってさ」

「無意識のうちに落としてたのかもよ。忘れ物ってそーゆーもんでしょ?」

 

 唯の言葉に、そうかなぁ、と頭を掻きながらぼやく瞬。

 全ての災難は去ったが、後に残ったのは瓦礫が散乱する無人の商店街。このままだと警察とかやってきて厄介なことになりそうだ。全てが自分の関わることなく終わってしまったことに釈然としない気持ちのまま、瞬は唯達を引っ張る形でその場を去るのであった。

 


 

 

 ここから少し余談になる。

 フィフティもギフトメイカーも転生者狩りも去った後、残った面々の中で一人、完全な巻き込まれた部外者であるメイドの少女は、戦いの痕跡がアチコチに残る商店街を呆然と見つめていた。

 心臓は未だにバクバクしているし、足も上手く力が入らない。そんな彼女の頭の中で、ある記憶が反芻されていた。

 

「カッコ良かったでござるなぁ……あの人」

 

 自分を助けてくれた仮面の戦士。

 素顔は知らないけど、それでも命の恩人なのだ。

 一体何処の誰で、どんな人なのだろうか。気になって仕方がない。複数の仮面ライダーの力を自在に使っているということは、転生者なのは間違いない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「好奇心が抑えられないでござるぅ!」

 

 彼女はまだ知らない。

 のちに彼と奇妙な再会をする事を。

 

 

 


 

 

 翌日昼、食堂

 

 安い・早い・たまに不味いと評判な学食。先日のビルドオリジオンの一件のせいなのか、はたまた新入生が学食に飽きたのかは分からないが、新学期冒頭に比べると客足は随分と減っている。

 そんな中、善吉はクラスメイトの不知火半袖(しらぬいはんそで)の食事風景を見ながら、ぽつりと呟いた。

 

「しっかし、お前良く食うよなぁ……」

「一日5リットルのカレーを摂取するってのが私の信条だからね」

 

 それはデブの定型文だぞ、と善吉は不知火に突っ込みを入れる。というか前に似たようなこと言ってたが、その時はラーメンでは無かっただろうか。毎度ながら、不知火の小学生みたいな体型の何処にあんな量の食い物が入るのだろうかと、友人の身体のミステリーについて考えざるを得ない。

 と、ここで2人と一緒に飯を食べていた剣道部主将・日向(ひゅうが)が話を振ってくる。

 

「しかし最近この街物騒過ぎないか?この間は駅前で怪物騒ぎがあったし、春休みにも怪物が子ども攫いまくってたし、昨日も商店街で銃撃事件があったとかなんとか」

「日向くんがそれ言っても説得力ないしなー」

「あ?」

「やめろやめろ火種を掘り起こすな。日向も乗っからない!」

 

 なんか目付きが鋭くなった日向をなんとか宥める善吉。日向もまた、色々と問題起こしてめだかに改心させられた一人。確かに不知火の言う通り、あまり説得力はない。ぱっと見理性的に見えるが、割と凶暴なヤツなのだ。実際善吉も一度怪我を負わされている。

 

「でも今更だよ。この学園も充分イカれてるしね。特待生組の化け物っぷりを見れば、な」

「化け物ねぇ……」

 

 化け物、の単語を聞いて、オーバスペックな幼馴染・黒神めだかのことが頭に浮かんでしまうが「いや化け物に失礼だわ。めだかを化け物と呼んだら化け物の方が可哀想だわ」と思い、即座に脳内で否定する善吉。

 まあ充分に普通じゃない奴ばかりが集う学校なのは間違いない。こりゃあ疲れるよなあと思いながら、善吉は席を立つ。

 

「俺行くわ。不知火、今日は結構時間かかりそうだから奢ってやれねーんだ。またの機会に、な」

「じゃーねー」

「ホント入学して一月とは思えない仲の良さだよなお前らって」

 

 クラスメイトと別れ、生徒会室に向かう。ただでさえ生徒会の業務は多岐にわたっている上、本来5人のメンバーで回すところを3人で回しているので余計に忙しいのだ。

 どうせ今日も依頼が来ている。生徒会庶務として、生徒の為に全力を尽くそうじゃないか。

 そう意気込みながら、善吉は渡り廊下へと出る。

 

 

 

 

 次の瞬間。

 後頭部に強い衝撃を受け、人吉善吉の意識は途絶した。

 

 

 


 

 

 

 

 今日は午前中で授業が終わり、既に放課後に突入していた。

 唯の「皆で屋上でランチタイムしようぜ」という提案を受諾した瞬は、ホームルームが終わるなりさっさと部室に向かっていったハルを呼びに行くべく、廊下を歩いていた。

 

(そういえば、今日はアラタに避けられてるような気がする……気のせいかな?)

 

 歩きながら、今日感じた違和感について考えていた。

 今日はアラタの様子がおかしかった。なんか瞬に対して妙によそよそしいというか、避けられているような感じがしたのだ。瞬には心あたりがないので、いくら頭を捻ってもその理由を考えつくことができない。聞き出せるかどうかは別として、どうやら本人に話を聞くしかないらしい。

 そんなことを考えているうちに部室にたどり着いた。部室の扉を開けると、椅子に座りながらペンタブで何かを描いてるハルがいた。どうやら昨日や一昨日みたいにスク水にはしっているばかりではなく、一応漫研として活動はしてるらしい。

 その向かい側では、何やら神妙そうな顔でスマホをいじっている灰司の姿も。すぐにこちらに気づいたのか、スマホをポケットに閉まって瞬に挨拶をしてきた。

 

「あ、どうも」

「おやおや、来たんですね」

「ペンタブ……」

「ウチはデジタル派なんですよ」

 

 えへん、と誇らしげに胸を張るハル。

 

「皆さんは一緒じゃ?」

「屋上でランチタイム。皆お前を待ってんだよ」

 

 ハルを誘いにきた、というのもあるが、瞬が来たのはそれだけが理由ではなかった。昨日の戦いに巻き込まれたハルが、変にトラウマを抱えてしまってないか確かめにきたのだ。彼女は出会った初日に戦闘を目撃はしているものの、昨日のように直接巻き込まれた訳ではなく、あれはただ見ていただけ。それとこれとでは色々と異なってくるのは必然といえよう。

 

「昨日の件……なんだけど」

「昨日はとんだ災難でしたねー」

 

 瞬が言い切る前に即答するハル。

 命の危機にさらされていたのが嘘だったかの様に、いつもと変わりない様に見える。肝が座っているのか、はたまた鈍いのかは謎だが。兎に角、変にトラウマになってなくて良かった、とほっとする瞬。

 

「兎に角、お前らが無事で良かったよ。灰司は途中から姿を見なくなったけど、ちゃんと逃げられていたんだな」

「一人だけ逃げてしまってすみません……」

「まああんなもん見たら一目散に逃げるのが普通だしな」

「わざわざ心配してくれて申し訳ないです。しかしハルさん、随分と平気そうな様子ですが……」

「世の中何が起きるか分かりませんから。事実は小説より奇なり、といいますからね。まあ昔から私はあまり顔に出ないタイプって周りから言われてるので、あまり表情で判断するのは良くないかと」

「うん……ん?」

 

 分かりづらいが、要するに、態度に出てないだけで人並みに驚いたりはしている、ということだろうか。

 と、先程までずっとペンタブを操作していたハルがそれをやめ、ペンタブの電源を落として膝の上に置き、どこかキリッとした表情になる。一体どうしたのだろうか。

 

「話は変わりますが、私は今日は下に白スク着てます」

 

 瞬と灰司は本気でズッコケそうになった。会話の流れガン無視で凄まじい方向に流しやがった。てか凛々しい顔になって言う内容でも無いしら知ったところでどうしろというのだ。

 

「ホントいきなり会話の流れぶった切ってきたよコイツ。それを俺に知らせて何がしたいのお前。俺じゃなくても反応に困るんだけど」

「でもツッコミを入れてくれるだけマシですよ。他の人だったら無言でフェードアウトして縁を断ち切りますよ」

「……でしょうね。僕だったらさっきのような言葉投げかけられたら痴女認定下しますね」

 

 灰司のキツイ言葉に対し、まあ口を開けばスク水の話ばかりする女子とか普通の人は付き合いたくないもんな、と納得する瞬。

 

「私はほら、変態趣味でオタクで自分勝手な、社会不適合者なわけですよ。こんな感じだからずっとぼっちだったんですよね。漫研でも、先輩達からは腫れ物を触る様な扱いでしたし」

 

 それは当然なのでは、と瞬は突っ込んだ。あんな常軌を逸したスク水愛を叫ぶ奴と一緒にされるのは誰だってお断りだろうに。

 

「誤解を生まないよう言っておきますが、昔からこんな感じというわけではありませんよ」

「え、それ本気で言ってるの?マトモなお前が全然想像付かねえ……」

「私、他人との距離感がよく分からないんです。どのくらいの距離感なら他人を傷付けずにいられるか、どうすれば好かれるのか、私にはわからない。皆がやっているようなやり方が、私にはできない。ポンコツなんですよね」

 

 窓の外に目をやりながら、自嘲ぎみにハルは続ける。

 

「それなのに、もっと私を見ていて欲しい。好きなモノを語り合いたいし、少しくらい馬鹿なことをやりたいと思ってしまう。コミュニケーションが下手なくせに自己顕示欲は一人前にある。我ながら面倒くさい人間ですよね」

 

 要するに、今のスク水狂いの九瀬川ハルという少女は、ぼっちを拗らせた結果としての人格であると言いたいらしい。ちゃらんぽらんな言動も、下手なりの彼女のコミュニケーション。でもそんなものが通用するはずも無く、結果はご覧の有り様というわけだ。

 あまり気に留めていなかったが、思い返すと、クラスメイトは皆意図的に彼女を避けていたような気がする。だがこうして話してみると、まあ致し方なしと思えてしまうのは瞬だけでないと信じたい。

 

「その点漫研の皆さんは良かったんですけど、卒業しちゃいましたし。だからせめて、あの居場所は無くしたくなかったんです。初めて私と対等に付き合ってくれたあの人達への恩返しとして。まあ単純に私の趣味という理由が大半を占めてますが」

「100%趣味じゃないの?」

「それが違うのですよ。機会があれば紹介しますよ?」

 

 大丈夫かなぁ……と不安になる瞬と灰司。この流れだと、その先輩方もハルと同ベクトルの奴だったりしそうだ。

 

「でも、逢瀬さんは何故勧誘に乗ったのですか?見た感じ厄介ごと嫌ってそうなタイプですけど」

 

 ふと、ハルが訊いてきた。

 よくよく思い返せば、かなり強引に勧誘してしまった割にはあっさりと許諾していた。それに対し、瞬はさも当然、といった風に答える。

 

「まあ変な奴だけど、悪意はねーだろお前。俺は唯が乗っかったから自分も乗っかっただけだよ。一介のオタクとして、創る側に興味が無かったわけでもないんだけどさ」

「そこは素直に興味があったと言えばいいじゃないですか」

「うっせし灰司ぃ!お前意外と言うじゃねーかおい!」

 

 茶化してきた灰司の頭をぐりぐりする瞬。口数少ないからとっつき難いと思っていたが、案外ノリは悪くないのかもしれない。

 散々愚痴ってはいたが、ハルは悪い奴では無いのは確かだ。むしろ趣味があう分、そう言った面では話しやすいし、ノリが独特すぎて合わせるのに疲れるが、瞬はこの一ヵ月で変な奴にすっかり慣れてしまったので、本人は無自覚だが正直あまり気になっていなかった。

 ぐりぐりをやめて椅子に座り直した瞬。すると、先程の答えを聞いたハルが、いきなり瞬のほうに向かって机に乗り出してくる。そして瞬の手を取り、

 

「大丈夫です、きっと貴方も創作とスク水の魅力が分かります!私が手取り足取り教えてさしあげましょう!」

「後者は余計だろ後者は!っておい脱ぐな馬鹿ぁ!」

 

 興奮したハルが制服のボタンを緩めながら瞬に接近してくる。制服の下には宣告した通り白いスクール水着が覗いている。

 —— が、ラッキースケベとは程遠い何か(こんなもの)瞬はお断りである。テンパり気味に、脳天に拳骨を突き刺して無理やりハルを停止させる。正気に戻ったハルは、頭を押さえながら申し訳なさそうにその場で縮こまる。

 

「すみません、好きなものの事になるとつい我を忘れてしまい……うう、中々治らないものですね」

「……まあそれが個性、なんでしょうかね?」

「灰司、お前他人事だと思って適当な事言ってない?」

 

 灰司はニコニコとわかりやすい愛想笑いで瞬の言葉をスルーする。ハルは自分の荷物を片付けると、

 

「それでは私も作業がひと段落したので、皆さんのところに行きます。逢瀬さんも来るならお早めに〜」

 

 そう言い残して部室を出て行った。マイペースな奴だ。

 瞬と灰司も用が済んだので、部室を出て鍵を掛ける。さて、随分と皆を待たせてしまったようだし、さっさと向かわなければなるまい。

 

「行きましょうか」

「そーだな。お前も一緒にどうよ?」

「あーすみません、今日はどうしても無理なんです」

「そうか」

 

 ふと、灰司も誘ってやるべきかと思い声をかけてみたが、どうやら用事があるらしい。灰司はさっと断ると、瞬の行き先とは反対方向に走って行ってしまった。それなら仕方ない、とハルの後を追おうと瞬は振り返る。

 そこには。

 

「逢瀬2年。少しばかり付き合え」

 

 黒神めだかが居た。

 ……さて、一体全体どういうことだ?

 

 

 

 


 

 

 

 

 体育倉庫前

 

 体育倉庫の備品の整理を依頼された阿久根は、倉庫の前で善吉を待っていた。

 待つこと15分。

 

「随分と遅かったじゃないか」

「色々忙しいのはそっちも承知の上でしょーが。ほら鍵持ってきましたよ」

 

 善吉は悪態をつきながら、体育倉庫の鍵を投げ渡す。阿久根はそれを受け取って鍵を開け、若干錆びついた鉄扉を動かす。

 倉庫の中は薄暗く、さまざまな用具が所狭しと、それでいてきっちりと納められていた。今回はこの中にある、経年劣化や破損で使えなくなった道具の処分を行わなければならない。体育倉庫の様子を見て、これは骨が折れそうだ、と呆れ笑いを溢しながら、阿久根は倉庫に立ち入る。

 ふと、後ろを振り返る。善吉は先程からその場から動いておらず、入口を塞ぐようにして立ったままでいる。

 

「どうした?何突っ立って —— 」

「……」

 

 不思議に思いながら阿久根は声をかけるが、その時、善吉の顔に醜悪な笑みが浮かんだ。そして次の瞬間、善吉は鉄扉に手をかけて力任せにスライドさせた。思わず阿久根は手を引っ込めてしまう。

 ガシャンと大きな音を立てて体育倉庫の扉が閉じられ、一気に光源が失われ、薄暗い体育倉庫の中に阿久根は閉じ込めらてしまった。扉を動かそうとするが、外からつっかえ棒でも使って固定しているのか、ピクリとも動かない。

 

「なっ⁉︎ これは一体どういうつもりだ⁉︎ 」

「邪魔なんで暫く消えてもらえませんかね。アンタが邪魔で邪魔でしかたないんですよ」

 

 ガチャリと、外から鍵がかかる音がする。続いて、チャリチャリという音が耳に入ってくる。外からさらにチェーンかなんかを巻いているらしい。

 作業が終わったのか音が止み、代わりに善吉の声がする。いつもとは違う、まるで別人であるかの様に悪意に満ちた声だった。

 

「お前らみたいなイレギュラーは排除しなきゃ駄目なんだよ。お前らのせいでソーナがいらない改変を受けて辛い思いをしているんだ。だから消してあるべき形に直すんだよ」

「あるべき形……その為には俺達が邪魔だというのか? 」

「バイバイ。生徒会長サマを始末してからまた会おう」

「待て!めだかさんに何を……⁉︎ 」

 

 阿久根の叫びを無視して、善吉の声が遠ざかってゆく。

 さて、一体どうしたものか。“破壊臣”の異名を持つ彼にとって、この扉を壊すのは造作のないことだ。脱出は容易い。だが、先程の善吉は明らかにおかしかった。まるで別人の様だ。どうやら自分達生徒会を排除したい様なのだが、何がどうなっているのやら、イマイチ考えがまとまらない。

 阿久根は考えごとをしながら、周囲を見渡す。バスケットボールの入った籠や卓球台が、所狭しと収納されている。が、ここで阿久根は気づく。()()()()()()()()()()()()()()。本来ならばきっちり並んで収められているはずなのに、周りからズレた位置に配置された備品がある。

 何かある。そう思いながら、阿久根は近づく。すると、近くに置かれていた跳び箱から物置がした。

 

「……⁉︎ 」

 

 跳び箱の中は人間一人が入れるくらいのスペースがある。小学生の頃だったか、同級生がふざけて中に隠れていたな、と思いなが、綺麗に積み上げられた跳び箱の最上段を持ち上げる。

 

「なっ……」

 

 中には、頭から血を流した状態の善吉が入れられていた。何かで後頭部を殴られたようだ。

 顔を近づけてみると、善吉の眉がぴくりと動く。どうやら死んではいなかったようだ。普段はめだかを巡ってバチバチしたりはするが、それでも中学時代から互いを知る後輩。心配くらいはして当然だ。

 善吉の瞼が開く。後頭部を押さえながら、時折狭い跳び箱の内壁に体をぶつけつつ、阿久根の顔をを見上げる。

 

「……ここは?」

「こんなところでサボりとは不真面目だな」

「目覚めて早々気分悪くさせないでくれませんかねぇ?」

「そんな口叩けるなら心配の必要は無さそうだ。一体何があったんだ?」

 

 

 


 

 

 善吉から事情 —— といっても、不意討ちで後頭部を殴られて気絶させられているうちに体育倉庫に閉じ込められた、ということくらいだが —— を聞いた阿久根は、腕を組んで考えこむ。

 

「まだ頭がジンジンするし血がとまらねぇ……ったく、殺す気かよ」

「にしても、誰がやったんだろうね。言動から察するに、めだかさんを目の敵にしているようだけど」

「心当たりが多すぎるんだが」

 

 一体誰の仕業なのか、と思い当たる節を探してみたが、そもそも心当たりがありすぎて見当がつかない。めだかの言動は良くも悪くも人を惹きつけてしまう。それはつまり、敵を作りやすいことを意味し、めだかの近くにいる善吉や阿久根にもその影響が及ぶ訳で —— 要するに、考えるだけ無駄だった。

 

「てか何?俺がもう一人いるってのか?」

「そうとしか考えられない。だって他でもない君がめだかさんを排除しようとするかい?」

「まあ俺はそんなことしないっすね」

 

 問題はもう一つ。自分達をここに閉じ込めてきた、善吉の姿をした何者か。そうとしか考えられないのだ。そしてそいつはめだかに危害を加えようとしている。じっとしている場合ではない。急いでここから脱出しなければ。

 

「……学校の設備を壊すのは気が引けるが、めだかさんに危機が迫っているとあってはじっとしてられない」

「俺だって同じだ。俺を騙って幼馴染みに危害を加えるとか見過ごせねーよなあ!」

 

 2人は立ち上がる。

 

「怪我人は留守番でもしていたらどうだい?」

「あまり嘗めないでくださいよ。俺ってめちゃくちゃ凶暴っすから」

 

 

 


 

 

 

 学校の廊下を歩く善吉。

 いつもの気さくな雰囲気は皆無であり、その顔は本人ならまずしないような、邪念そのものとでもいうような表情を浮かべていた。

 

「待っていろよ……俺が修正しなきゃ駄目なんだ、うん」

 

 一瞬、善吉の姿が揺らぎ、木人形のような怪人の姿になる。

 だが、それはほんの瞬く間の出来事。仮にこれを目撃した人がいようが、そいつはきっと気のせいで済ましてしまうだろう。それくらいの出来事だった。すぐに善吉の姿に戻る。

 彼は左腕に着けた腕時計で時刻を確認すると、生徒会室に向かって駆け出してゆく。

 

 

 騙ることしか能のない、道化師未満の怪人。

 事件の幕引きは近かった。

 

 

 


 

 

 

 一晩が経った。

 アラタはあれからずっと気持ちが沈んでいた。

 

(久々だな……こんなに自己嫌悪感マシマシなのは)

 

 きっと今の自分は変な風に見えていて、それで大鳳達に余計な心配をかけさせている。そんなことを考えると、余計に気持ちが沈む。自分で自分の心を刺し続けているような感覚が、ずっと纏わり付いている。

 

『あーあ、誰かさんがクロスドライバー盗まなきゃこんな真似しなくて済んだのにのなー』

『じゃあね。意気地なしの足手纏い君。2度と私の逢瀬君の前に現れないでくれよ』

 

 頭に響いている、非難の声。

 クロスドライバーを盗んだアラタの前に現れた、フィフティと名乗る男。彼が何者かは知る由もないし、言動にはイライラしているが、彼の非難は正しい。少なくとも、瞬に誠意を見せなければならない立場であるのは間違いない。

 だが、情けないことに勇気が出ない。今朝からアラタは他の皆を避けて行動してしまっている。向こうは不思議がっていたが、アラタにはどうしても瞬に合わせる顔がなかった。

 

「はあ……一旦何もかも吐き出せたらなぁ……」

 

 罪の意識に縛られて、息苦しくなる。どうしたものか。

 そんな重い足取りで、生徒会室の前を横切ろうとするが、そこでアラタの目にあるものがとまる。

 

「目安箱……」

 

 目安箱(めだかボックス)

 黒神めだかは生徒会選挙の際に、悩みがあったら目安箱に投書すれば相談に乗ってやる、と啖呵を切っていた。その象徴たるものがコレだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、こうして目の当たりにすると、自分がヤバい世界にいるのだと実感し、なんだか末恐ろしく思えてくる。

 アラタは目安箱をじっと見つめていた。扉の窓越しに室内の様子が目に入ったが、どうやら生徒会室は現在無人らしい。そのまま立ち去ってしまおうかと考えていたが、アラタの足はその場を動かない。

 

「なんでも、か」

 

 アラタは、考えていた。

 今抱えている気持ちを、誰でもいいからぶちまけてやりたい。話を聞いてほしい。だけど本人に直接は言いづらい。何ふざけたこと抜かしてやがる、と言われるだろうが、そうなのだから仕方ない。溜まりに溜まった苦しみを一旦吐き出して、咀嚼でもしなければ気が済まない。謝る前に、淀んだ気持ちを整理したい。

 要するに、最後の踏ん切りがつくきっかけが欲しいのだ。それが必要であるということに、アラタは情けなく思えてきた。思わず口から自嘲めいた笑いが漏れる。

 そこに。

 

「すまないが、ちょっと退いてもらえないだろうか」

「あ」

 

 後ろから掛けられた声。その主は、目安箱を導入した張本人である黒神めだかであった。予想外のタイミングで声をかけられ、一瞬固まるアラタだったが、逆にこれはいい機会だと考えてもいた。

 この人なら、いいのでは。

 生徒の悩みは私の物だ、と豪語していた彼女。彼女ならば、この背中を押してくれるかもしれない。得策では無いかもしれないが、アラタはそれしか頭になかった。

 アラタはめだかに頭を下げ、依頼をする。

 

「すまない。依頼をお願いしたい」

「ん?直接とは珍しい。いいぞ乗ってやる。なんだか思い詰めた顔だが、成る程依頼人という訳か」

 

 場所を移そうか、とアラタは提案する。2人は廊下を歩きながら、話を続ける。

 

「で、内容は?」

「いや……なんというか、ちょっと話を聞いて欲しいというか。別に悩みを解決して欲しいとかじゃなくて、ただ気持ちの整理のために独り言に付き合って欲しいというか……」

「安心しろ。依頼人のプライバシーは私が責任を持って守る」

 

 自信たっぷりに胸を張るめだか。それによって、彼女の曝け出されている谷間が強調され、思わず目を逸らしてしまう。間近で見るとかなり刺激が強いのだ。うん。

 だが今は欲情している場合では無い。気合いで無理やり押さえ込み、アラタは続ける。

 

「友達の大切なモノを奪って……危険な目に遭わせたんだ。申し訳ないとは思っているんだけど、どうしても顔を合わせる勇気が無くて……」

「なるほど、要するに友と仲直りしたいのか。だけど合わせる顔がなくて途方にくれていると」

「そうだ。だから、少し話というか、そういうのを聞いて欲しい。そしたら、踏ん切りがつくような気がするんだ」

 

 2人は後者の裏手に出ていた。めだかはアラタの話を頷きながら聞いていた。よし、なら本題にはいろうかとアラタは考える。

 が。

 この生徒会長は人よりもちょっとお節介だった。具体的には。

 

「ならば本人を連れてくるか?私なら1分以内に戻ってこられるぞ?」

 

 こんなことを言い出すレベルで。いや本人に合わせる顔がないと言ったんですが。思わずアラタは素っ頓狂な声をあげてしまう。

 

「え、いや話聞いてた?そこまでしなくていいって……」

「友情は青春時代の最高の宝。ボヤボヤしていたら取り戻せなくなるぞ。だいたい見ず知らずの私なんかよりも、本人に直接言ったほうが早く済むだろう?」

 

 生徒会長は人の心が分からない。アラタは思わず某円卓の弓兵のような顔になってしまう。そもそも後ろめた過ぎて本人に直接言えないからこうして話したのであって、何もそこまでしてもらっては申し訳ない。

 が、そんなアラタの弁解はめだかには届かず。アラタの静止を振り切ると、めだかは馬鹿みたいなスピードで走り去っていってしまった。いやこれどうするの。どうしてくれるんだ。

 

「ただいま」

「早っ⁉︎ 」

 

 瞬の首根っこを掴みながら、所要時間30秒足らずで戻ってきた。コイツひょっとしてサイボーグかなんかじゃ無いのか。一応前世でも漫画という媒体を通してだが黒神めだかというキャラクターを知っているアラタだったが、こうして直に会ってみると、やはりコイツはやべー奴だと改めて思い知らされるのだった。

 で、肝心の瞬はというと、何が起きたのかさっぱりわからないといった様子で、首根っこを掴まれたまま、目玉をキョロキョロと動かして辺りを見渡している。

 

「あの……いきなり連れてこられたと思ったら何?そして苦しいです離してくれませんか」

「欠望2年がお前に話があるそうだ」

「アラタが……?え?」

 

 解放されて地面に尻を打ち付けられた瞬は、尻をさすりながら困惑した表情でアラタを見つめる。当然ながら、瞬にはこんな状況に放り込まれる心当たりがない。困ったような顔を向けてくる瞬を、アラタは黙って見つめながら考えていた。

 

「……」

 

 さあ、どうしようか?

 だが、これは本来アラタが望んでいた展開の筈。頼んではいなかったが、こうしてめだかが舞台を整えてくれたのだ。ここまでしてもらって、自分がとても情けなく思えて仕方がないのだが、それはそれ。こうなりゃやけだ。やるっきゃない。

 一回深呼吸してから、意を決して、瞬に向かって勢いよく頭を下げて、感情のままに声を張り上げてアラタはこう言った。

 

「すまない!」

「え」

 

 一度始めてしまえば、後は勢いでやるしかない。アラタは頭を下げたまま続ける。

 

「昨日、アクロスのベルトを盗んだのは俺だったんだ!力の有る無しに取り憑かれて……お前が羨ましくて……つい!」

 

 早くも勢いは落ちて、言葉が詰まる。頭が熱く、白くなってゆくのを感じる。だが止まるわけにはいかない。

 

「謝って済む話でないことは分かっている!俺の身勝手な行動のせいで、お前を死なせかけたことは本当に謝っても謝りきれねえ!お前が望むならなんだって」

「分かった分かった分かったから!とりま落ち着け、な?な?」

 

 なんだかハラキリしますとまで言い出しそうな雰囲気だったので、慌てて瞬はアラタを止める。あんまり必死になって謝られても、謝られた側も居心地が悪くなるのだ。それは瞬も望んではいない。なんとかアラタの頭を上げさせ、その肩に手を置く。

 

「アレくらいの命の危機、とっくに覚悟は決めてるから心配要らねーよ。まあ昨日のアレはマジで終わったと思ったけど」

「だから……」

「お前は謝った、だから俺は許す。後で外野が何を言おうがそれで終わりだよ。てかお前が盗ってたのか、初耳だぞ」

 

 死にかけはしたけど、短いながらもこれまでアクロスとして戦ってきた中で死線というものは何度も遭遇してきた。それは戦うことを選んだ時点で覚悟していた。だから、瞬は死にかけたことでアラタを責めはしない。

 そもそも瞬としては、知らないうちに無くなっていたと思ったらフィフティから返されたので、誰が盗ったなんて全く考えもしていなかったのだ。それも、自分の身近な人物が盗るだなんて、瞬は予想だにしていなかった。

 

「しかし意外だな。お前がクロスドライバーを盗ろうとしたなんて」

「意外でもなんでもねーよ。正直、俺はお前が羨ましいと思っている。ヒーローになってさ、戦って、人守って……ホント、間近でされると劣等感ハンパないのよ。はあ、どこで差がついたのかねえ……」

 

 前世と合わせれば瞬の倍以上は生きている筈なのに、瞬の方が大人っぽく感じてしまうことに、アラタはしょぼくれてしまう。どうやら、生きた年数と精神的な成長は別ということらしい。

 

「俺はお前が思ってるほど立派な人間じゃない。昔から、ただ必死に取り繕っているだけだよ」

 

 瞬は校舎の壁に寄りかかり、空を見上げながら続ける。いや謙遜になってないんですわ、という言葉をなんとか飲み込み、アラタは瞬の話を聞くのに徹する。

 

「唯はな。大団円至上主義(ハッピーエンドニスト)なんだよ。皆で最後はハッピーエンドで終わりたい。初めてそれを聞いた時にな、アイツの考えが馬鹿みたいに俺の心に染みたんだ。だから、俺の動く理由は全部アイツの受け売りなんだ。本当の俺はただの木偶の坊、すっからかんな人間なんだよ」

 

 そう。瞬には、自分で一から作り上げた、確固たる意思が欠落している。成り行きでなったといえど、今の瞬は、ヒーローとしては極めて受動的な存在である。他人がそれを知れば、まだ始まったばかりなのだからそれは当然では、と言うかもしれない。だが、瞬自身はそれでいいとは思っていない。今のままでは、遅かれ早かれ立ち止まってしまうかもしれない。他人から貰った言葉をそのまま使うだけでは、心は強くなれない。

 仮面ライダービルド —— 桐生戦兎は、ラブ&ピースという信念があった。だか瞬には無い。あるのは幼馴染みの受け売りのみ。だから、瞬は強い意志を持つものに、ある種の憧れのようなものを抱いてしまう。

 それは、手に入れた力に釣り合うような人間であろうとする、瞬が抱く一種の強迫観念からくるものであるのだが……本人はそれには気づいてはいない。

 

「でも、お前は仮面ライダーだ」

「たまたまなっただけだ。手に入れた力と立場に見合う中身を日々取り繕うばかりのハリボテ野朗だよ、俺って奴は。ただそれっぽい言葉を反響させてる、人の形をした虚しい生き物さ」

「誰かからの受け売りだとしてもそれは立派な志だよな。尊敬しちまうじゃねーか。それに比べて俺は、自分勝手な理由で力を奪おうとした。完全に悪役のやる事だぞ?」

「ふーん……てかさ、お前はなんで力が欲しいなんて思ったんだ?」

 

 ここで、瞬は根本的なことを訊いてみることにした。それに対し、アラタはびくりと身体を震わせると、目を逸らして口籠ってしまう。

 

「べ、別に……」

「単に欲しかっただけだったのか、それとも何か理由があったのか……理由が分かれば、俺や唯、他の皆だって力になれるだろ?話してみろよ。他の誰にも言わないから、な?」

 

 誰にも言わない。これ程信用ならない言葉はそうそうないだろう。アラタも「え〜本当かよ?」と懐疑的な目を向けるが、瞬は至って本気のようだ。それならばその言葉を信じようと、アラタは決心して話し始める。

 

「……鎮守府での件、覚えてるよな?」

「流石に数日前の事忘れる様な鳥頭じゃないぞ」

「あの時、大鳳が危険な目にあっていたのに、俺は何も出来なかった。それが悔しい。お前に助けてられてばかりで、本当に自分が情けなくなる。自分が憎たらしく思えて仕方がないんだ」

 

 あの時、オリジオンになすすべなくやられた時、アラタは自分の無力さを呪った。

 

「俺だって、自分で守れるならそうしたいんだよ……!何時迄も人に自分の大事なモン守られていて、のうのうと居られるほど能天気にはなれねぇ……!」

 

 ただの意地っ張りなのは、アラタ自身がよく知っている。だが、理屈などではそれをどうすることもできない。くだらないプライド。それを通せないならば、自分が自分で無くなってしまう。それほどまでに、大切に思うモノがあるのだ。

 一方瞬は、アラタがそこまでして自分で守らなきゃならないと言うようなモノについて、なんとなく見当がつき始めていた。というか、この流れならこれしか無いだろうと思っていた。だから、意を決してそれを訊いてみることにした。

 

「……もしかしてお前、大鳳に気があるのか?」

「ぶっ⁉︎ 」

 

 瞬の発言に、思わずアラタは取り乱してしまう。

 思い返せば、この間の鎮守府の時のアラタの取り乱し用はかなりのものであった。あの取り乱し方は、きっと家族だの想い人だのに向けるものだ。あれを見た時、恋愛とは無縁な人生を送ってきた瞬でさえ、うっすらと「コイツもしかして……」といった感じに察していた。

 が、素直になれない思春期男子のアラタは、バグったゲームのようにガタガタ震えながら、言葉にならない声を漏らす。

 

「ばばばばば馬鹿なこと言うな!おお俺はべべべ別に」

「良いじゃんか。好きな子の為に強くなりたいって。立派な志があって羨ましいぜ、ったく」

「お前たまにはっちゃけるよな……」

「そうか?」

 

 どうやら瞬は茶化しているわけでは無いようだが、それはそれでどこか気まずく感じる。そして、最後の羨ましいという言葉。それに対して、アラタは意外だと思った。

 瞬には、自分で一から作り上げた確固たる信念が、アラタには、確固たる意思を押し通すための力が、それぞれ欠けている。お互いに、自分に無いものを眩しいモノだと認識している。要するに、腹を割った話し合いの末に分かったことは、隣の芝は青い、ということだった。

 2人は向かい合い、互いに握手を交わす。男の友情の、誓いの握手だった。

 

「兎に角だ。俺は許す。だからあんな真似すんなよ」

「分かってるさ。俺は決めた。正々堂々、正攻法で強くなってやる」

 

 これにて問題は解決された。

 

「ごほん、これにて一件落着だな。うーん実に青春だった。よきかなよきかな」

「「……」」

 

 その声で、2人は我に帰った。

 2人が振り向くと、そこには満足げに微笑みながら頷くめだかの姿。友情トレーニング的なヤツの発生で忘れていたが、そういえばこの人がいたんだった。ということは今までのクサい男同士の会話も全部聞かれていたわけで……。

 

「今の会話は全て忘れろパーンチ!」

 

 恥ずかしさがオーバーフローした結果、思わず手が出てしまう2人だったが、めだかは笑いながら2人のパンチを片手にひとつずつ、両手でいとも容易く受け止めてしまう。育ち盛りの男子高校生2人の力を持ってしても、まるで大地そのものを相手しているかのようにびくともしなかった。

 受け止めた拳を一瞥すると、めだかは何かに感心するかのように頷く。

 

「実にいいパンチだ。僅かだが私にも響いてきた」

「いや全然びくともしてないんだけど」

「だがまだまだだ。こんなんでは私は愚か善吉にも届かんよ。お前もこの先戦いを続けるのならば、精進するのだな」

 

 そして拳を下に降ろされる。こうも簡単にあしらわれては、なんだか色々と自信を無くしてしまいそうだ。

 

「私個人としては嫌なのだが、兄なら力になれるかもしれん。性格には難ありだがトレーナーとしては一流だしな……」

 

 なにやらぶつくさ言い始めためだか。そこに瞬が、ある質問を投げかける。

 

「そういえばさ、なんであんたは生徒会長になんてなろうと思ったんだ?」

 

 この4月の間だけでも、現生徒会は学園内でかなり有名になっている。噂や実績だけは以前から知ってはいたが、実際に会ってみて、その象徴ともいえる彼女に、瞬は少し興味が湧いてきたのだ。

 

「それは簡単な話だ。私は人の役に立つ為に生まれてきた。そのためにピッタリな方法がたまたまこれだったというだけの話だよ」

「バッサリ言うなあ……」

 

 見事な即答であった。質問されてから、考える素振りも見せていなかった気がする。それくらい彼女の声は自信にあふれていた。さもそれが当然であるかのような、そうであるのが自然であるかのような、そんな圧倒的な存在。瞬にはそれが眩しく感じられた。

 人の役に立つ為に生まれてきた。こんな事を迷いなく言える奴は多分早々いないだろう。瞬はその答えを聞いて、改めて彼女に畏敬の念を感じるのであった。

 

「そうだ。一昨日のアレ、個人的には興味深かったぞ。あの力を使って人知れず守っていたのだろう?素晴らしいじゃないか」

 

 ふと、思い出したかのようにめだかが言う。多分アクロスとして戦っている事を言っているのであろう。そういえば一昨日の現場に彼女も居たのだった。

 だが、めだかの答えを聞いた後では、やはりどうしても自信が揺らぎそうになり、瞬はどこか頼りなさげな返答をしてしまう。

 

「ただ偶然居合わせただけだし、見過ごせなかっただけだし……あんたみたいに広い視点なんか、俺にはまだ……」

「それでも立派な行いだよ。もっと自信を持て。案外、自分の凄さは自分で分からないものと言うしな。私が思っている以上に、人が誰かの為に動くことは大変……らしい。私にはよくわからないが。だから、そういう考えに則るならば、お前も充分凄いんだ」

 

 誰かの為に行動出来るだけで充分だ。彼女はそう言っているのだ。人には利己心というものがある。それは生物としてはごく普通の標準装備であり、誰かの為に動くということは、本能の一部ともいえる利己心と真っ向から反対する事になる。だからこそ、それに抗いきれる人間が尊ばれるのだ。

 

「まあ……あんたみたいに凄い人にそうまで言われちゃ、俺も頑張らなきゃな。ありがとう」

 

 めだかに礼を言うも、あそこまでの称賛の言葉は貰ったことがないので、瞬はどこかむず痒いような感覚がする。単に褒められ慣れてないだけかもしれないが。

 

「さて、結構長い間生徒会室を空けてしまったな。そろそろ戻らなくては。鍵は私が持ってるから、善吉のやつ、入れなくて困ってあるだろうし」

「俺らもいこうぜ。唯達をかなり待たせちまってるからさ」

「そうしますかね」

 

 そういえば、もともと瞬はハルを呼びに来たのであった。きっと屋上で長い間待たされてる唯は御立腹であろう。ひょっとしたら、もう帰ってしまっているかもしれない。兎に角早く向かわなくては。

 3人は校舎内へと戻ってゆく。その顔は、前よりもすっきりしたように見えていた。

 

 

 

 

 

 それを凝視する人影があった。

 

「……邪魔者は、排除する」

 

 

 

 

 


 

 その頃。

 

「しかしよぉ……なんで一誠みたいな変態が赤龍帝なんすかね?ホント不条理すぎませんか?ソーナ先輩もそう思いません?」

 

 匙は自らの主である支取蒼那 —— ソーナ・シトリーに愚痴をこぼした。

 赤龍帝の籠手(ブーステット・ギア)にやどる龍は、三大勢力の戦争に乱入して暴れ回り、各陣営を大きく弱体化させた元凶。その存在は良くも悪くも世界を掻き乱す。それがあんな変態に宿っているということに、思わず頭を抱えてしまいたくなるのも無理はない。

 

「俺の神器が嫌というわけでは無いんすけど、やっぱりなー」

「でも神器が誰に宿るかは分からないし……それだけは運としか言えないのです。まあ彼の噂は私も耳にしてます。色々と強烈な子ですけど、リアスが見出したんだから問題は無いはず……無いはず」

「だといいですけどね」

「俺がなんだっていうんだ?ええ?」

 

 匙の後ろから、聞き覚えのある声がする。振り返ると、そこには一誠の姿があった。噂をすれば、向こうからお出ましというわけだ。

 

「げ、噂をしてたら来やがったよ」

「こら匙、すぐ噛み付かない」

「俺はわかるんだ。お前は同類だってな!男はだいたい変態なんだよ!」

「一緒にするな!てかお前レベルの変態がうじゃうじゃいてたまるかっての!」

 

 言葉では表現しづらい、凄い形相で睨み合う。一誠の悪評を知っている匙からすれば、できれば一緒くたにはされたくない。一方一誠は、ハーレム作りのライバルとなりうる匙にバチバチと対抗意識を燃やしている。

 両者の睨み合いは終わらない。思春期男子の対抗心はそれほど苛烈なものなのだ。

 

「また会いましたね」

「あらソーナ、こんなところで会うなんて」

 

 男子二人がわちゃわちゃやっているところに、更に声がかけられる。どうやら一誠だけでなく、リアスと小猫もいるようだ。

 リアスとソーナが挨拶を交わしている中、匙に突き放された一誠は、壁に寄りかかり、腕を組んでカッコつける。

 

「ふっ、モテる男は辛いな……」

「いやどこをどうやったらそんな反応が出るんですか」

「いやまじだぜ?この間知ったんだけど、松田と元浜にオカ研で女取っ替え引っ替えしてるって噂流されてたんだよね……まだやらしいことはしてないし!健全な付き合いだし!」

 

 小猫は疑いまくっているが、一誠の言っていることは事実だ。変態のくせして、側から見ればリア充道まっしぐらな一誠に嫉妬してか、変態仲間の松田と元浜にあらぬ噂を立てられていたのだ。流石にこの時はボコボコにしてやろうかと思った。一部では木場と付き合ってる噂まで流されている始末であり、現在進行形でモテる男の辛さをこれでもかと味わっている。

 まあそんなことがどうでも良くなるくらい充実した日々なのは間違いない。こうしてオカ研の面々との毎日を満喫している。一誠は何処までも単純であった。

 

神滅具(ロンギヌス)持ちに限らず、強者というのは存在からして敵を作りやすいの。イッセーは赤龍帝だから尚更よ」

 

 いやコイツは多分神器なくても色々と敵作ってると思う。主に女性の。匙はそんなことを思いながら、一誠にベッタリのリアスを見つめていた。恋は盲目、という言葉はやはり間違ってはいないようだ。

 一応ソーナは一誠とは初対面なので、挨拶をすることにした。

 

「初めまして。私はソーナ・シトリー。上級悪魔の一柱・シトリー家の次期当主をやらせていただいています。貴方のことは匙から聞いています。赤龍帝……その躍進に大いに期待しています」

「あ、はいどうも……」

 

 ソーナが手を差し出してきたので、かしこまって握手に応じる一誠。後ろで匙が先程以上に凄い形相になっているけど気にしない気にしない。

 

「それにしても、ソーナともう知り合ってたなんて以外ね。後々対面する機会を設けるつもりだったのだけど……手間が省けてラッキーね。で、ソーナ。最近何か悩んでるみたいだけど、何かあったの?」

 

 リアスに聞かれて、ソーナは生徒会関連のいざこざを話す。

 

「大変だったわね……で、その後は?」

「変わりなしという所ですね。眷族に生徒会周りを探らせていますが、まだ彼らへの迷惑行為は続いています。早く終わってくれればいいのですが……」

「疑われたままというのは気分が悪いからね……」

「生徒会ってアレだろ?化け物みたいなやつだろ?あんなんに喧嘩ふっかけていいのかよ?命知らずだよなーあの怪物ェ……」

 

 一誠は一昨日のオリジオンを思い出し、その無謀っぷりに呆れ返る。書記の人にも負けた時点で、勝ち目はないと思うのだが。

 

「本来は私が生徒会長になって、私達のこの街での活動をしやすくするつもりだったのです。しかし結果はこの始末。規格外の存在によって目論みはご破産というわけなんです。支持率98%なんて、異常すぎません?」

「でもなってしまったんなら仕方ない。黒神めだかの存在感は揺るぎないもの。排除しようとすれば嫌でも目立つ。それは駄目だ」

「というか、そんなことすればシトリーの名に泥を塗ることになるわ」

 

 そんな事情があったのか、と感心する一誠。確かに、就任からまだ1ヶ月も経っていないにも関わらず、彼女の活躍っぷりは見事という他ない。一応悪魔の力による記憶の改竄とかで後始末はどうにかなりそうだが、それほどの人を消すのは確かにハイリスクだろう。放置したほうが学園の平和も保たれるし、手間がかからないと判断するのは妥当だろう。というか、そもそもソーナがそんな真似を好まないというのが大きいのだが。

 そうこうしているうちに、一行は生徒会室の前まで来た。すると前方から、瞬とアラタがやってくるのが見える。その後ろには、黒神めだかの姿も。噂をすればなんとらや、というヤツだろうか。

 

「お、オカ研一行。何話してたんだよー?」

「私の噂話でもしてたのだろう。構わん、上に立つ者には付き物だからな」

「うわあすげー自信だ……」

 

 この自信は何処からわいているのか、いささか疑問に思う一同。そこに、めだかの後方から善吉が姿を現す。

 

「あ、いたいた。おーいめだかぁ、生徒会室の鍵掛かっててさあ、職員室にもなかったからどうしようかと思ってたんだよな」

「なんだ、それなら直接私の元に来ればよかったのに。というか阿久根書記は一緒ではないのか?」

「あの人のことは気にしなくていいから。ほら早く」

 

 善吉は手を出して生徒会室の鍵を催促する。

 

「……」

「どうした?」

 

 めだかは鍵を手渡さずに善吉の掌を見つめている。いや、正確には、彼の手首を見ていた。

 ()()()()()()()()()()()()()

 

「ほら早く。俺これから用事あるんだからさ。何フリーズしてんだよめだか。なあ」

「どうしたの?何か……」

「そうだ、

 

「貴様、善吉じゃないな」

「な、何言ってるのかさっぱりなんだぜ?なあ()()()……」

 

 善吉が言い終わる前に、めだかの左ストレートがその顔面に勢いよく突き刺さった。メキャメキャッ‼︎ という、頭が木っ端微塵になってそうなヤバげな音を立てながら、善吉は壁に背中を強打し、轢かれたカエルのように床にのびる。

 一体何が起きたんだと一同が困惑する中、めだかはぶっ倒れた善吉の前につかつかと歩み寄る。

 

「なにが、てか、なんで……めだかぁ、これはないだろ……」

「墓穴を掘ったな」

「墓穴ぅ……?」

 

「善吉は左利きだし、私の事はめだかちゃんて呼んでくれるぞ?何が目的で成りすましているのかは知らんが、他人に成りすますなら、成りすます対象のリサーチくらいマトモにやるのだな。親しい人間を騙すなら完璧にやれ。さもなくば……」

 

 めだかは凛とした態度を崩すことなく、ただ冷ややかな声で告げる。

 

「今のようにすぐ露見するぞ。本者はどうした?」

「これ何がどうなっているんすか?」

「わかんねーけど……多分ロクデモナイ展開なのは間違いないな」

 

 他の面々は、困惑したような顔で2人を見つめる。一体、何がどうなっているのか。瞬が問いただそうとめだかに近寄ろうとしたその時。

 

「一々うぜえんだよ、原作を乱すイレギュラーの癖にさぁ!」

「ッ!」

「おわぁっ⁉︎ 」

 

 善吉の怒号が響き渡ったかと思えば、次の瞬間、瞬はめだかに突き飛ばされていた。瞬がそれを理解したのは尻餅をついた後。床面で強打した尻をさすりながら瞬が顔を上げると、目の前の床に穴が空いていた。

 それを見て、ぞくりときた。今突き飛ばされていなかったら、無事では済まなかった。瞬はまさかと思い、豹変した善吉の方を見る。

 

「お前らが勝手に動く……いや、お前らがいるから原作通りに進まないんだよぉ!原作通りじゃなきゃ俺が活躍出来ねえじゃんかぁ!」

「随分とあっさり本性を現したな。面白い、下剋上なら受けて立つぞ」

「いや何乗り気になってるんだよ!そいつ殺す気マンマンじゃねえか⁉︎ 」

「それがどうした。それくらいじゃなきゃつまらんだろ」

 

 心なしかめだかの目が輝いている気がする。目の前にいる善吉の姿をした誰かさんに、現在進行形で殺意を向けられているというのに。善吉の方は、手から白煙を立たせながら、右手に持った金槌を勢いよく振り上げる。

 めだかはそれを避けない。

 そこに。

 

「待てよめだかちゃん。一発俺達にも殴らせろ」

 

 そんな声が割り込んできたかと思えば、次の瞬間、横から運動靴が飛んできて、善吉の偽者の手から金槌を叩き落とした。金槌は偽者の真後ろの窓ガラスを突き破り、ガラスの破片と共に中庭へと落ちてゆく。

 めだかと偽者は、声と靴が飛んできた廊下の向こうに目をやる。その2つを放った人物が、そこにはいた。

 

「俺の幼馴染みに手ェ出してんじゃねーよ、モノマネ野朗」

 

 それは人吉善吉だった。身体のあちこちに傷をつくっており、頭に巻かれた包帯からは血が滲み出ている。

 

「これは……⁉︎ 」

「何よこれ⁉︎ どうなってるのよ⁉︎ 」

「なっ……善吉が2人居る⁉︎ 」

 

 各々はあり得ない光景に驚愕するが、善吉はそんな事知ったことかといった感じに、苦虫を潰したような顔のまま固まっている自分の姿をした偽者に向かって、一直線に走り出す。

 そして、偽者の手間で立ち止まり、

 

「さっき頭かち割られた仕返しだ馬鹿野郎がっ!」

「びぎゃふっ⁉︎ 」

 

 直後、身体を大きく捻って繰り出される回し蹴りが、偽者の腰に直撃し、偽者の身体を扉が開け放たれたままの生徒会室の中へと叩き込んだ。

 そのまま勢いよく、生徒会長用のデスクに頭を打ちつけられ、偽者は床にぶっ倒れる。部屋の入り口から、偽者を睨みつける善吉。その後ろから、新たな人影が現れる。

 

「ったく、俺達を隔離してめだかさんを騙し討ちとは、随分と卑怯な真似をするもんだ、ねえ?」

「阿久根……!」

 

 同じく本者の善吉と共に監禁されていた阿久根だった。

 黒神めだかを排除する際の障害になるとふんで、事前に隔離していたはずの2人が、自分の目の前に揃っている。

 

「大丈夫ですかめだかさん⁉︎ 」

「心配はいらん。それはお前もよく知っているだろう?」

 

 めだかは生徒会室に入り、再び善吉の偽者と相対する。その肩越しに、善吉が怒りの声をぶつける。

 

「よくも人の頭ぶん殴ってくれたよなぁ!日向の時で慣れたけどさあ!」

「ふざけんな……っ⁉︎ お前らは体育倉庫に閉じ込めて鍵も開かないよう細工しておいたはず⁉︎ 一体どうやって脱出したんだ⁉︎ 」

 

 その問いに対し、阿久根は即答する。

 

「そんなもの壊したに決まってるさ。まあ学校の備品を破壊するのはアレだと思ったんだけど、緊急事態だったし」

「今回ばかりは助かりましたよ……すっかり丸くなってて忘れてたけど、流石破壊臣ってところっすかね」

 

 排除していた障害物(ふたり)が、涼しい顔して目の前に現れたことに動揺する偽善吉だったが、その動揺はすぐに怒りに変わった。

 

「許さねえ……黒神めだかぁ!許さんぞぉ!絶対抹殺!原作尊守!逸脱厳禁ンンンンンンンンンンンンンンンンンンンッ!」

《KAKUSEI SURFACE》

 

 もう1人の善吉は、発狂しながらその姿を変えてゆく。全身にジッパーが現れ、まるで皮が剥がれてゆくかのようにそれが展開してゆく。そしてその中から、木製のデッサン人形のような怪人が姿を現す。

 そう、これがこの怪人 —— サーフィスオリジオンの能力。それは高度な擬態能力。それを用いて場を引っ掻き回していたのだ。

 サーフィスオリジオンは変身が完了すると、即座にめだかの顔面を殴りつけた。他の者が反応するよりも早く、鈍い音が部屋に響く。至近距離でオリジオンのパンチを顔面に受けて、無事で済むはずがない。誰もがそう思っていた。

 が。

 

「で?」

 

 バシン。

 めだかは、何ごともなかったかのような涼しい顔をしたまま、自らの額に当たっているサーフィスオリジオンの拳を左手で掴み上げると、なんと、そのままオリジオンをぶん投げた。

 全員が呆気に取られる中、投げられたオリジオンは立ち尽くす瞬達の間をすり抜け、開けっ放しのドアを飛び出して廊下の壁に叩きつけられる。

 

「つ、強え……」

「凄いよめだかちゃん!パなかった!」

 

「ま、だ、だあああああっ!」

 

「ふんっ!」

 

 めだかは身体を強く捻り、振り下ろされたバットに対して回し蹴りをかます。すると、蹴りの当たったバットは、なんと木っ端微塵に砕け散ってしまった。金属製にもかかわらず、だ。

 同様するオリジオンに、めだかは深く腰を落とし、正拳突きを叩き込む。逃げ場の無い壁際でこれを受けたサーフィスオリジオンは、再び壁に強く叩きつけられ、ズルズルと倒れ込む。更に、めだかの正拳突きの衝撃で、廊下の窓ガラスも何枚か砕け散る。

 

「ば、化け物やんけ……」

 

 ほぼ無傷で返り討ちにしてしまっためだかに対し、サーフィスオリジオンは満身創痍。これではどちらが加害者なのやら。

 

「やったか?」

「いや、まだだ。来るぞ!」

 

 サーフィスオリジオンは、混乱と痛みの中で立ち上がる。一体なんだというのだ、この黒神めだか(オンナ)は。こんなの、人の皮被った化け物じゃないか。彼は早々にめだかを狙う事を諦め、手負いの善吉に狙いを定める。凡人たる善吉の方がやり易いと踏んだのだろう。

 が。サーフィスは彼を侮り過ぎていた。十数年も黒神めだかという人間に寄り添い続けた普通(ノーマル)が、ただの雑草(モブキャラ)で済む訳が無かった。

 

「俺を甘く見るなよ。しぶとさには自信があるんだよ!」

「⁉︎」

 

 目にも止まらぬ速さで繰り出された足払い。それによってサーフィスは体勢を崩される。そこに間髪入れず、反対の足によるローキックがサーフィスの顔面に直撃する。

 顔を抑えて後ずさるサーフィスに、善吉は指を刺しながら叫ぶ。

 

「人を闇討ちした挙句になりすましやがって!これ以上好き勝手させるかよ!」

 

 自分をボコった上に幼馴染みに気概を加えようとしたことに激怒しながら、善吉はオリジオンの腹めがけてハイキックを叩き込む。あまりにも鋭いその蹴りに、オリジオンの身体はくの字に折れ曲がった状態で壁に叩きつけられる。

 —— ダメだ。コイツら強い。

 排除しようとしていた相手の予想外の強さに恐れをなしたサーフィスオリジオンは、這う這うの体で生徒会室から逃走する。

 

(聞いてねえよ!なんだあいつら⁉︎ もしかして全員転生者かよ⁉︎ ふざけんなよギフトメイカー!この世界にいる転生者は俺だけじゃ無かったのかよ⁉︎ ここはハイスクールD×Dの世界の筈、イレギュラーは他にいるはずがないだろ⁉︎)

 

 理不尽さに怒りながら逃げる彼は、めだかボックス(そのさくひん)を知らないので、上記の結論に至る。というか、全て彼が勝手にそう思い込んでいるだけである。

 サーフィスオリジオンを追って瞬達も廊下に出る。その時には既に、オリジオンは近くの階段を駆け上がり始めていた。だいぶボコボコにされた割には動きが速い。

 

「兎に角逃げなければ……ああくそ!なんたる屈辱!臥薪嘗胆ンンっ‼︎ 」

「くそっ!何処まで逃げる気なんだ⁉︎ 」

 

 オリジオンの向かう先には屋上に通じる扉。

 

「待て、屋上には唯達が……!」

 

 ここで、屋上で唯達を待たせていることを思い出し、焦る瞬。このままだと、何も知らない唯達に危害が及んでしまうことになる。早急に何とかすべくクロスドライバーを取り出し、アクロスに変身しようとする瞬。しかし、

 

「ゆるさねぇ……負けねえぞおらぁ!」

「ぐはっ⁉︎ 」

 

 ばっと振り返ったサーフィスオリジオンに蹴飛ばされ、階段の踊り場に突き落とされてしまった。クロスドライバーが手から離れ、一階下の廊下に転がり落ちてゆく。

 その隙に、サーフィスオリジオンは階段を駆け上がり、開けっ放しの扉から屋上に飛び出す。

 

「邪魔だぁ!」

「ぶぎゃあ⁉︎ 」

 

 屋上の扉を開けるなり、近くにいた志村を蹴飛ばし、山風を突き飛ばしながらサーフィスオリジオンは逃げる。

 しかしここは屋上。安全な逃げ場なんて無い。

 

「あんたは一昨日の……」

「だったらなんだってんだよ……お前らもイレギュラーなんだろ、なら俺に殺されても文句ないよなぁ!」

「何を……」

 

 唯の言葉に、キレ気味に返すオリジオン。焦燥と恐怖に支配され、冷静さは皆無であった。

 自棄になったのか、オリジオンは唯に襲い掛かろうと、手に持っていたハンマーを振り下ろすが、唯は身体を横に捻ってそれを避ける。オリジオンは続いて、振り払うようにハンマーを振り回すが、唯は綺麗なバック宙でオリジオンから離れる。攻撃を避けた唯に対し、オリジオンはキレ散らかす。

 

「チョコマカと逃げんなよ……邪魔なんだよお前ら全員!俺に活躍させろよぉ!」

「何言ってるかわかんないんだけど⁉︎ いきなり殺しにかかっといてなによ⁉︎ 」

「待て!変身っ!」

《CROSS OVER!仮面ライダーアクロス!》

 

 両者が言い争いを始めた所に、瞬がアクロスに変身しながら飛び込んだ。両者の間に割り込みながら、振り下ろされたハンマーをはたき落とし、唯を抱き抱えてオリジオンから距離を取る。

 

「瞬!今まで何してたの⁉︎ 」

「色々とあったんだよ色々とな!兎に角、皆を連れてここから逃げろ。今度こそ逃さない!」

「邪魔すんなよ仮面ライダー!原作を守ろうとする行為の何が悪いんだよ⁉︎ 」

「何言ってるのかわかんねーんだよ!」

 

 手を摩りながらぶち切れるサーフィスオリジオンだが、直後にアクロスに顔面を思い切りぶん殴られ、屋上のフェンスに叩きつけられる。あまりにも自分の思い通りにならない現状によって心身共に疲弊しきったサーフィスは、この場を逃れる術はないかと必死に考える。

 —— そして気がついた。自分の横数メートルにいる、九瀬川ハルの存在に。

 そこから先は速かった。

 その考えに思い至ってすぐに、サーフィスは痛みで軋む身体を無理やり動かしてハル目掛けて全力疾走し、その腕を鷲掴みにする。そして、ハルの腕を後ろに回して抑えつけ、二の腕程はありそうな長さの釘を取り出し、その先端を彼女に突きつけた。

 

「こいつがどうなってもいいのかぁ!ああっ⁉︎ 」

「ヒギィッ⁉︎ 」

 

 端的に言うと、彼はハルを人質に取るという暴挙に出た。

 

「九瀬川2年!」

「テメェッ、汚ねえぞ!」

「黙れイレギュラー共!貴様らを消せばこのズレにずれた世界も原作通りに進む!予定調和!未来安泰!確約栄光!」

 

 その卑怯な行いに対し非難の嵐になるが、サーフィスオリジオンは逆ギレして意味不明なことを口走る。

 

「絶対静止!発句厳禁!絶対服従!生徒会長も仮面ライダーも大人くししなきゃあ、こいつの命はねーぞ!」

「くっ……」

 

 アクロス達から距離をとりながら、サーフィスは笑う。人質を取られてしまってはどうしようもない。

 人質を獲得したことで優位に立ち、気が大きくなったサーフィスは、中指を立ててさかんにアクロス達を挑発する。もちろん、彼の台詞の内容はアクロスには理解できない。

 サーフィスはハルを片腕で抱き寄せると、もう片方の手に持っていた釘を、行動を封じられたアクロスに向かって投げつける。

 

「ふん!」

「があっ!」

 

 繰り返し、繰り返し、アクロス目掛けて釘がミサイルのように飛んでくる。世間一般にヒーローと呼ばれる人種には、この上なく効果的な、狡猾な手法だ。

 幾度となく攻撃をうけ、屋上の床に膝をついたアクロスに、サーフィスは持っていた金槌を投げつけた。それは聞くに耐えない鈍い音を立ててアクロスの顔面にぶつかり、アクロスの身体を屋上の床に倒れさせる。アクロスは立ちあがろうとするが、何故か身体が痺れて思うように動けない。

 

「瞬!」

「身体が痺れて動けないだろ?この釘には神経毒が塗ってあるんだよ!」

「確かに……身体が思うように動かねえ……!」

 

 立ち上がろうとしても、身体に力が入らずにすぐ崩れ落ちてしまう。それを見て、もうアクロスは脅威ではなくなったと判断したサーフィスは、次はどいつから始末してやろうかと考えながら周囲を一瞥する。倒れたまま動けないアクロスに駆け寄る唯か、此方を睨みつけている善吉か、先程から黙り込んでいるアラタか。

 どの道全員殺すのだ。コイツらは後々になって邪魔になる。ただそれが早いか遅いかの違いに過ぎない。

 

「余計な真似して原作をしっちゃかめっちゃかにするから悪いんだぜ?お前らイレギュラーは存在が悪なんだよ、分かれよ!」

「イレギュラーがなんだっていうんですか?」

 

「へ、へえ……口答えするんだおまえ。生意気だなクソが!」

「ハル!奴を刺激しちゃ駄目!」

「無理です。私、自分勝手な基準でイレギュラーだのなんだの、そんなことほざく輩が許せないんですよ」

「黙れ!黙らねえと殺す!」

「それがどうした!自分ルールで人を好き放題に傷つけている貴方みたいな奴なんか怖くもない!」

 

 いつもの敬語口調が崩れ、ただ感情的にハルは怒る。

 九瀬川ハルは世間一般からは逸脱している。故に友達もできないし、誰の輪にも入れない。彼女の場合、それに趣味嗜好も合わさって長年孤独であり続けた。

 でも、そんな爪弾き者だからこそ、それには怒る。弾き出されたものを蔑むべきではないと。自分もそうだから。

 

 

 

 だが悲しいかな。オリジオンにはそんな言葉は通じないのです。

 なんせ彼らは、第二の生を受けるにあたり、力と欲望に溺れて人の心を捨てた、人の形をした化け物なのですから。

 

 

 

 

「じゃあ、死ね」

 

 瞬間、怒りが頂点に達したサーフィスオリジオンは、ハルの拘束を解いたかと思いきや、片手で彼女の頭を強くフェンスに押さえつけ、空いていたもう片方の拳で思い切りハルの腹を殴りつけた。

 

「ばはっ……‼︎ 」

 

 メキャメキャと、人体から出てはいけないような音を鳴らしながら、ハルの身体がくの字に折れ曲がる。

 そして殴られた衝撃は、彼女が背中を預けていた屋上のフェンスにも伝播し、彼女の寄りかかっていた周辺のフェンスが千切れ、ハルは屋上から投げ出される形となる。

 

「あ……」

「ハルウウウウウ!」

 

 神経毒がなんだ。それがどうした。アクロスは痺れる身体を無理やり起こし、ハルに手を伸ばそうと駆け出す。

 だが、圧倒的に間に合わない。アクロスでは遅い。

 そこに。

 

「任せろ逢瀬2年。私なら間に合う」

「⁉︎ 」

「めだかちゃん!」

 

 アクロスの遥か後方にいた筈のめだかが、一瞬のうちにアクロスの真横に現れたかと思いきや、すぐに彼を追い越していった。これにはサーフィスも驚き、咄嗟に神経毒を塗った釘を何本も投げつけるが、なんとそれはめだかの身体をすり抜けてしまう。

 —— いや、すり抜けてはいなかった。()()()()()()()()()

 分身の術。彼女の場合は、単に送り足と継ぎ足を交互に使っただけなのだが、彼女のそれは分身を生み出すレベルの速さに達する。が、普通はそんなこと出来るわけがないので、めだかをよく知る善吉と阿久根以外の全員が口をあんぐりと開けて呆然としてしまう。

 

「どれが分身でどれが本者かどうかなんて知ったことか!なら全員纏めて —— 」

 

 サーフィスは分身も本者も纏めて始末してしまえばいいと判断し、ありったけの毒釘を取り出すが、その瞬間、彼の目前に迫っていた無数のめだかの分身が全て消え失せる。

 

「死なせやしないよ。誰一人、私の目の前では!」

「はぅえっ⁉︎ 」

 

 いつの間にか、めだかはサーフィスオリジオンの真横を通り過ぎていた。そしてそのまま、フェンスの穴の空いた部分に躊躇いなく飛び込んでいく。

 

「おいっ⁉︎ 」

「何考えてるのあの人⁉︎ 屋上から飛び降りた……⁉︎ 」

 

 そう。彼女はハルを助けるべく屋上から飛び降りたのだ。これには皆驚いてしまう。幾らハイスペックな存在であろうと彼女は生物学上は人間の部類。こんな高さから飛び降りて無事で済むはずが無い。

 その事実を理解したサーフィスは、引き攣ったような笑みをこぼしながら、やがて大爆笑し始めた。

 

「はっはっはぁ!案外大したことねーじゃんかよぉ!雑魚雑魚敗敗敗敗弱弱弱弱ぅ!結局最後に勝つのは俺だ!原作を壊そうとするテメェらよりも、原作を守ろうとする俺の方が偉くて正しいってことさ!」

「何訳の分からねえこと言ってんだお前……人を傷つけておいてなんだよそれ……!」

「お前も地獄に直送してやるぜ仮面ライダー!イレギュラーは殺す!原作は俺が守る!」

 

 アクロスの怒りはサーフィスを素通りする。全く通じていないのだ。この期に及んで尚も自分を正当化しながら、サーフィスはアクロスを踏みつけ、一誠達の方を向くと、誇らしそうに声をあげる。

 

「匙、一誠。これはテメェらのためなんだぜ?原作にいない邪魔ものを俺が消してやってるんだ。お前らの邪魔をするイレギュラーを消してやってるんだから、感謝して欲しいくらいだぜ?」

 

 それを聞いてアラタはとてつもない気持ち悪さを感じた。

 ()()()()()()

 手段と目的を履き違え、君のためだと口先だけの言葉を盾に自分の好きなようにする傲慢っぷりは、さっきまでの自分となんら変わりない。一度は逃げた癖して、勝手に羨み、焦って力を得ようとした自分と同じなのだ。自分は、そんなものにはなりたくない。堕ちたくない。堕ちてたまるか。変われ。羨むな。こんな卑怯者と同類になってたまるものか。

 アラタはサーフィスの言葉をぶつけられた周囲を見る。皆、答えは決まっていた。

 

「私達の為……?ふざけないで、迷惑です」

「お前のせいでいらねー疑いかけられたんだよ馬鹿!謝れ!ソーナ先輩に謝れ!」

「学園の平和を乱しておきながら随分な物言いね、呆れるわ。私達は貴方の助けなんか要らないわ。馬鹿にしているの?」

「俺だってお前に頼んだ覚えないんだよ!」

 

 余計なお世話だ、ふざけるな。それが彼らの答えであった。

 ソーナ達から口々に反論をくらい、サーフィスは唸る。お前達のためにやってやったっいうのに、なんだその言い草は。サーフィスの手が怒りに震える。完全な逆ギレだが、傲慢な彼にとっては正当な怒りなのだ。

 

「はっ!お前ら恩を仇で返すつもりかよ?いい加減にしないと、いくら優しい俺でもブチ切れるぜ?いいのか、俺の怒りは高くつくぞ?」

「まだわかんねーのかよ。そんなの誰も望んでいないんだよ。お前がやっていることはただの破壊だ!」

 

 自分の行いを否定する一誠達に、サーフィスは怒りが込み上げてくるが、そこに、アラタの口からサーフィスを否定する言葉が飛び出した。

 サーフィスは、モブキャラの分際で自分に口を出してきたアラタに対し、息を吐くように罵声を浴びせる。自分は間違ってはいない、正しいのだと必死に弁護するように。

 

「なんだお前。モブキャラが出しゃばるなよ!」

 

 サーフィスが叫ぶが、アラタは動じない。こんな卑怯者に恐怖など抱かない。抱くのは憤りだけだ。アラタは大鳳が止めるのもきかず、サーフィスにつかつかと歩み寄りながら、彼の間違いを指摘し続ける。

 

「お前、いつまでここがハイスクールD×D(げんさく)の世界だと思ってやがるんだ?お前が今生きている此処は!紛れもない現実なんだよ!現実にはモブキャラもサブキャラもヒロインも主人公も全部一人もいないし、予定調和の原作展開(みらい)なんてものもある訳ねーんだよ!いい加減現実を見ろよ……じゃないと、お前は一生幸せにはなれねーぞ」

「テメェ……まさか転生者(どうるい)か?」

「一緒にするなよ。俺はただの……ちょっくら転生しただけの愚か者だよ」

 

 サーフィスはアラタが転生者であることを知って動揺する。こんな所に、また別種の邪魔者がいたのだから当然だ。だがアラタはそんなこと知る良しもなく、ただサーフィスを睨みつける。

 アラタのいう通り、彼は大事なことに気付いていない。

 転生した先の世界は、自分がかつて見た空想の世界ではなく、紛れもない現実。そして自分自身も、その世界の一部になっているのだ。いくら自分にとってはフィクションの話だろうが、その物語の住人にとってはれっきとした現実。それに気付いていない時点で、彼は劣っていた。

 そしてアラタは、アラタが転生者だと知って動揺するサーフィスに体当たりを仕掛け、瞬の上からどかす。

 

「いつまで俺のダチ踏みつけてんだ、どけよこの野郎!」

 

 そのままサーフィスを押し倒すが、転生者といえど特典を持たない普通の人間であるアラタと、ギフトメイカーによって覚醒させられたオリジオンの差は圧倒的なものであり、あっさりとアラタは蹴飛ばされてしまう。

 だが間髪入れず、そこに匙の神器“黒い龍脈(アブソーブション・ライン)”の舌がサーフィスの足に絡みつき、動きを封じると同時にその力を吸収し始める。ずるずると、引きずられる形でアラタから引き剥がされるサーフィスオリジオンに、匙は啖呵を切る。

 

「俺もそーだよ。たしかにあの生徒会長は生簀かねえけどよ、お前みたいなことしたらソーナ先輩に合わせる顔なくなるからよぉ!てかまずお前の言動が気に食わねえんだよ卑怯者!」

「お前みたいなやつに助けてもらうほどヤワじゃないんだよこっちは!」

 

 一誠もそれに続いて、倍化したパンチをサーフィスにお見舞いする。情けない悲鳴をあげながら、サーフィスは床をゴロゴロと転がっていく。そこに、立ち上がったアラタから追加口撃を受ける。

 

「てゆーかお前、どーせ自分が活躍できなくなるかもしれないから、邪魔な奴を消そうとしてるんだろ?ちっせえ奴。自分の舞台くらい自分で見つけやがれ木偶人形!」

 

 自分がこんなこと言う資格が無いのは分かっている。瞬に謝る時だって、お膳立てしてもらっていた。だからこれは、アラタ自身にも向けた言葉でもあるのだ。

 一方、サーフィスオリジオンはアラタの言葉を反射的に拒絶していた。何くだらないことしているんだ。そんな事やめろ。アラタは暗にそう言っているのだ。しかし、その意見は、それを言ったアラタの目は、サーフィスには耐え難いものであった。

 何故ならそれを呑んでしまえば、自分が転生した意味が無くなってしまうから。一気に無価値な存在に成り下がってしまうから。今更それになるなんて我慢できない。結果として、サーフィスは更に激昂し、ヤケクソ気味に周囲に怒鳴り散らす。

 

「俺をそんな目で見るんじゃねえお前らは俺を輝かせる舞台装置でいいんだ上等だろ!全員粉砕!」

「お前……そこまでして何になるんだよ……!」

「させるかよ!」

 

 善吉のハイキックがサーフィスの顎を下から打ち上げる。数秒の間滞空したのち、サーフィスは屋上を囲うフェンスにぶち当たって床に落ちる。

 顔を上げた彼らの前に、阿久根と善吉が立ちはだかる。2人とも顔に青筋を浮かべていた。

 

「俺の怒りは高くつくぞ、と言ったな。悪いが俺達の怒りはお前以上に高くつくぜ!」

「君の賛同者はゼロ。それでもまだ俺達を排除するかい?」

「今更遅えよ!生徒会長は死んだ!ついでに煩いモブキャラも死んだ!お前らも皆アイツらみたいに死ねばいいんだ!お前らが死んでも原作にはなんも影響が無いからなぁ!」

 

 死人に唾を吐くが如く罵倒をぶちまけながら、サーフィスは金槌をやたらめったらに振り回す。

 気に入らないやつは、邪魔なやつは殺せばいい。彼がギフトメイカーに、オリジオンに覚醒してもらった時に言われたセリフ。それは酷く、素晴らしいほどに心に染み込んだ。転生者だから、選ばれた人間だから、それくらいは構わないだろう?彼は自分の行いを、そうやって正当化していた。

 だが、その発言はマズかった。

 なんせ彼は、アクロスの、瞬の怒りも買ってしまったのだから。

 

「誰がモブだよ!ふざけるな!アイツを、ハルを脇役(モブキャラ)呼ばわりするなああああああああああっ!」

 

 声を張り上げ、いまだ満足に動けない身体を無理やり動かして、サーフィスに体当たりをする。金槌を取り落とし、サーフィスは床に倒される。

 

「邪魔すんなゴミカス!なんで俺に好き勝手させねーんだよ!」

「あがっ⁉︎ 」

 

 だがまだまだ本調子ではない。踏ん張りが効かない故に、サーフィスの蹴りであっさりとアクロスは引き剥がされ、一気に形勢が逆転する。

 

「邪魔な奴が2人程死んだだけだろ?なんでそんなに怒るんだよ」

「お前にとっての邪魔者だろ。この世界に邪魔な奴がいるもんか。皆揃って世界なんだよ」

 

 やはり分かり合えない。同じ人間の筈なのに、価値観があまりにも違いすぎる。サーフィスは金槌を拾い、倒れたアクロス目掛けて思い切り振り下ろす。

 

「じゃあ死ねよアクロスウウウウウウウウッ!」

 

 

 

 

 が、ちょっと待とうか。

 ちゃんと死に様を確認しておかないと、足元掬われるぞ?

 

 

 

 

 

 

「残念だが、私を死んだと決めつけるのは早計だ。ちゃんと確認しなければ、このように反撃を喰らう羽目になるぞ?」

 

 サーフィスの手が止まる。金槌が、アクロスの目の前で失速し、サーフィスの手から落ちる。いつのまにか、サーフィスの首筋に、毒釘が突き立てられていた。

 こんなのあり得ない。なぜならそれはあり得ざる声だったから。先程死んだはずの邪魔者の声だったから。わなわなと震えながら、サーフィスは振り返る。

 

「もっと付き合え。下克上があっさり終わっては味気ないだろう?」

「め、めだかちゃん!」

「馬鹿なぁ⁉︎ 」

 

 なんと、ハル諸共地上に落ちたはずのめだかが、ハルを背中に負ぶった状態でサーフィスの後ろに立っていた。全身傷と血だらけで服も破けて半裸状態だが、彼女は凛とした態度を崩すことなく、サーフィスに毒釘を突きつける。

 

「な、なんで……ここ屋上だぞ?なんで五体満足でピンピンしてやがる⁉︎ 」

「私は生徒会長だぞ?校舎の壁くらい登れなくてどうする」

「登って……ああ!見てこれ!」

 

 志村がフェンス越しに地上を見下ろして、何かに気づいたかのように声をあげる。サーフィスもつられて下を見る。そこには、校舎の壁面いっぱいに突き刺さった無数の釘が存在していた。そして、一番低い位置に刺さった釘からは、上に向かって一本の溝のようなものができている。

 

「まさか、俺の釘を……」

「ちょっと拝借したぞ。その気になれば生身で壁面を駆け上がることも可能だったが、丁度そこにあったからな」

 

 そう。めだかはすれ違いざまにサーフィスから釘を数十本程くすねていたのだ。そうして、空中でハルをキャッチしたのちに釘を壁に刺して減速、からの釘を足場にしたクライミングでここまで登ってきたというわけだ。

 

「へっ!俺の幼馴染み舐めんなよ?これくらいでくたばるタマじゃないんだからな!」

「俺だって信じていたさ、なあ?」

 

 なんだか誇らしげにしている生徒会男性組。一方、唯はめだかの背中から降りたハルに、一目散に駆け寄ってゆく。

 

「ハル、大丈夫⁉︎ 」

「おかげさまで。流石の私もビビりましたよ……」

「無事で良かった……ありがとな、めだか」

「これくらい当然のことさ。これで、奴に心おきなく対処できるという訳だ」

(ば……化け物だ‼︎ こいつは人間じゃない!まさか……俺と同じ転生者……)

 

 サーフィスは五体満足で帰還してきためだかに今更ながら恐怖を感じる。が、それを見透かしていたかのように、ある声が割り込んでくる。

 

「残念ながら違う。この世界には化け物クラスのやつなんかゴロゴロいるんだよ。君が知らないだけで、ね」

「フィフティ……⁉︎ 」

「ほらこれ飲んで。フィフティお兄様の謹製解毒剤さ」

 

 屋上の給水塔の上に、いつの間にやらフィフティが立っていた。彼は苦しそうにしているアクロスを見ると、液体の入った瓶らしきものをアクロスに投げて渡す。

 一旦アクロスの変身を解除し、瞬はその瓶に入ったモノを飲み干す。すると、たちまち身体が自由に動くようになった。

 

「いける!サンキュなフィフティ!」

 

 これでようやく瞬は戦えるようになった。これで万全、役者は揃った。

 サーフィスは怒りで呼吸を荒げながら、全方位に向かって殺意をばら撒いている。それを冷静に見ていためだかは、何処からか取り出した扇子を広げ、それでサーフィスオリジオンを指す。

 

「哀れなものだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ならばその心、改心してみせよう!」

 

 ビシィッ!という音が聞こえたような気がした。サーフィスは、めだかの発言を鼻で笑う。

 人吉善吉曰く、黒神めだかの真骨頂パート1・上から目線性善説と呼ばれるそれは言われている本人からしたら、到底的外れなものだった。が、そんな事はどうでもいい。これが飛び出たという事は、彼の命運は決まったようなモノ。

 瞬はめだかの隣に立ち、クロスドライバーを起動させる。ここからは自分の役目だ、とでも言うかのように。

 

「ありがとう。後は俺がやる」

「ああ任せた。これはお前の役目だからな、仮面ライダーアクロス。存分にやってしまえ!」

《NEPTUNE》

《ARCROSS》

 

 2つのライドアーツを円形のバックル上部に差し込む。

 

「変身!」

《CROSS OVER!LEGEND LINK!SET UP!ネプテューヌゥウウ!》

 

 ライドアーツがバックルの上部から側面にスライドし、それと同時にバックルから無数の光の束が放出される。それは瞬の身体に張り付いていき、アクロスのスーツを瞬の身体の表面に形成していく。今回はネプテューヌのライドアーツを同時に使用しているため、さらに追加で黒と紫を基調としたアーマーが上に乗っかってくる。

 仮面ライダーアクロス・リンクネプテューヌ。サーフィスオリジオンとの再戦が始まった。

 

「姿がかわったくらいで調子乗るなよアクロス!俺が本気だしゃあお前なんか瞬殺だぜ!」

「ふんっ!」

 

 飛びがかかりながら金槌を振り下ろすサーフィスオリジオン。対してアクロスは、ツインズバスターを取り出してそれを打ち払う。居合斬りの要領で放たれた一撃は、呆気なく金槌は彼の手を離れ、床を滑ってゆく。

 ならばと、サーフィスは毒釘を取り出して投げつける。アクロスだけでなく、他の皆も巻き添えにする気マンマンの攻撃だ。しかし、そんな彼の思惑とは裏腹に、放った毒釘は、横から飛んできた魔力弾によって根こそぎ消し飛ばされる。魔力弾が飛んできた方を見ると、そこには両手に滅びの魔力を貯めた状態のリアスがいた。どうやら彼女がやったらしい。

 自分の思い通りにならない原作キャラに、短気なサーフィスは怒鳴り散らす。

 

「何処までも恩知らずで馬鹿な奴だ……!そんなんだから無能なんだよお前らはさあ!」

「お前の相手は俺だっての!」

 

 だが、戦いの最中は余所見厳禁。そんな事をしていれば、たちまち隙を突かれてしまうのだ。リアスに対して勝手にキレ散らかしていたサーフィスの横っ腹に、ツインズバスターの刃が滑り込むようにしてぶち当たる。いつのまにか、アクロスが懐まで迫っていたのだ。

 渾身の一撃を受けたサーフィスはそのまま吹っ飛んでいき、屋上のフェンスを飛び越して地上へと落下していく。そしてアクロスも、後を追って3メートルはあるフェンスを飛び越え、屋上から飛び降りる。

 

「馬鹿だろお前!自ら死を選ぶとは!」

「残念だがそれはハズレだよ馬鹿野郎」

 

 サーフィスは自分も落下しているくせしてアクロスの行動を笑い飛ばすが、アクロスは一蹴すると、背中の機械仕掛けの翼を広げ始める。紫色の粒子のようなものが、背中のスラスターらしき部位から放出され、翼を形成する。それを見てサーフィスは顔色を変えるが、もう手遅れ。一足早く、彼は地面に激突し、耳障りな悲鳴をあげる。

 アクロスは冷静に、翼で滑空しながら悠然と地面に着地する。それを見てサーフィスは文句を垂れるが、またまたそれは一蹴されてしまう。オリジオンとしての力のおかげか、屋上から落ちたくらいでは全然堪えないようだ。

 

「飛べるなんて聞いてないぞ!」

「聞かれなかったからな!これで決める!」

《CROSS EXEDRIVE!》

 

 ツインズバスターの柄の部分にある差し込み口に、ネプテューヌライドアーツを差し込み、回す。そして、アクロスは再び背中の翼を広げる。サーフィスはそれを見て逃げようとするが、もう遅い。次の瞬間、彼は後者よりも高く打ち上げられていた。

 何が起きたんだと、地上を見下ろす。が、その時には既にアクロスがすぐ近くまで飛翔してきていた。すれ違いざまの一閃が、サーフィスの胴体にぶち当たり、苦悶の声が漏れる。

 サーフィスを通り越したアクロスは空中で大きく弧を描きながら旋回し、紫の光を纏ったツインズバスターを構え、サーフィス目掛けて急降下する。それはあまりにも速く、サーフィスに回避の隙も与えなかった。

 

「ていやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ‼︎ 」

「ぎぃやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ⁉︎ 」

 

 あまりにも速い紫光の一閃。アクロスが着地していたときには、それはもう既に終わっていた。

 サーフィスはアクロスを憤怒の表情で睨みつけるも、既に遅し。突如として全身に途方もない激痛が走ったかと思えば、次の瞬間、サーフィスは空中で爆発した。断末魔の悲鳴が、爆風とともに空に拡散してゆく。それをアクロスは地上から見上げていた。

 どさりと、近くの木に何かが引っかかるような音がする。見ると、ボサボサの髪の制服を着た少年が、ボロボロの姿で木に引っかかっていた。どうやら、彼がオリジオンに変身していたようだ。

 そこに、皆がやってくる。アクロスの変身を解いた瞬に、間髪入れずアラタが肩に手を回してくる。

 

「やったな逢瀬!」

「なるほど、これが仮面ライダー……」

「これで彼も懲りただろう。二度とオリジオンにはなれないと思うから安心して欲しい。まあ、その方が彼にとっては生き地獄かもしれないけども」

 

 気に引っかかっている少年を見ながら、どこか嬉しそうに言うフィフティだったが、アラタの顔を見るなり露骨に嫌そうな顔をして、そっぽを向いてしまった。一体何があったのだろうと不思議に思う瞬だったが、いきなり唯に背中を蹴り飛ばされ、その疑問は意識の彼方に消し飛んでしまった。

 あまりにも綺麗な飛び蹴りが背中に命中し、瞬は近くの花壇に頭から突っ込んでしまう。口の中に入った土を吐き出しながら、自分を蹴ってきた唯に文句を言う。

 

「何なんだよいきなり⁉︎ 暴力反対!」

「遅すぎんだよ瞬はさー!ハル呼んでくるのに小一時間もかけるんじゃ無いよまったくもう!ランチタイムはとっくのとうに終わったぞう!」

「時間にルーズな男は嫌われるから……」

「やめろやめろぽかすか叩くな!てか山風も便乗しないの!」

 

 唯と、なぜか山風に抗議代わりにぽかすか叩かれながら、瞬は2人から逃げ回る。

 一方、ハルはめだかに助けてもらった礼を言っていた。自分の口から出た災いではあるものの、いまこうして生きているのは彼女のおかげなのだ。一歩違えば、地面に血肉の華を咲かせることになっていたかもしれないのだから。当然ハルは、そこのところは猛省している。

 

「助けていただいてありがとうございました」

「あの状況だと間に合うのは私だけだったから、ある意味当然の結果だ。まあ私ならあの高さから落ちても大丈夫なのだが」

「ホント化け物だこの人……あいつ、よく喧嘩売ろうと思えたよな……」

「命知らずというかなんというか……」

 

 一誠と匙は改めてめだかの化け物っぷりに戦慄する。一応悪魔やっているのに、これてば変に自信を奪われそうだ。彼女は間違っても敵に回したくねーな、と思う2人なのであった。

 で、先程から唯達から逃げている瞬はというと。

 

「増えてない⁉︎ 増えてませんかねえこれ⁉︎ 」

「逃がさんぞい瞬!約束破ったんだから罰金千円!」

「じゃあ私も!お兄ちゃん覚悟ぉ!」

「私も!人生初カツアゲだ!」

 

 湖森も山風も変にノリノリになっている。誰か止めろやと大鳳や志村の方を見るも、ものの見事に効果なし。思わず振り向きながら悪態をつく。

 

「ちくしょうがっ!」

「瞬、前前!」

「ん、前……」

 

 唯に言われて前を向くと、瞬のすぐ目の前に善吉の姿が。やべえと思ったが、そのまま避け切れるはずもなく、両者は衝突し、瞬が善吉を押し倒す形で2人揃って倒れてしまう。本日何回目の転倒なんでしょうかねいったい。

 男子高校生2人が揃って一体何やっているんだか、と言わんばりの表情で、阿久根が倒れた2人を覗き込んでくる。

 

「いってえ……俺怪我人なんだからさぁ!もうちょい労ってくれませんかねえ⁉︎ 」

「すみません……」

「ったく、後で保健室で診てもらえ。私を助ける為に、一直線で来たのだろう?」

 

 包帯の巻かれた頭を抑える善吉に、めだかが手を差し伸べる。

 その時、なんの前触れもなく、めだかの身体が淡く発光し始めた。本人もこれには困惑している素振りを見せているが、瞬はこの現象に見覚えがあった。ビルドの時と同じなのだ。ならばそのあとに起こることも予想がつく。

 めだかの全身を包み込んでいた光は、やがて彼女の胸の前一点に集まってゆき、鍵のような形状に変化してゆく。そして、濃縮されたそれが、地面に手をついていた瞬の、手の甲に落ちる。

 

「なんか出た⁉︎ 」

「いいからどけっての!」

 

 善吉に押しのけられ、瞬はごろんと転がされる。それと同時に光が収まり、新たに出現していた黒いライドアーツが、瞬の足元に転がり落ちる。

 

「これ……」

「ライドアーツ、だよね?」

 

 フィフティは、アクロスの力は絆の力と言った。ライドアーツはその最もたる物であると。つまりは —— そういう事なのだろう。

 めだか達も、一誠達も、バラバラに分かれてゆく。成り行きでかなりの大所帯になっていただけあって、別れ際は妙な寂しさを感じてしまう。

 

「よくわかんねーけど、認められたのかもな」

「認められた、ねえ……目をつけられたの間違いじゃなきゃいいけどな」

 

 去ってゆく生徒会メンバーの背中を眺めながら、瞬とアラタはそう呟いた。

 

 

 

 仮面ライダーアクロスは、また一つ絆を紡いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 サーフィスオリジオンに変身していた少年は、這う這うの体でその場から逃げていた。

 既に特典は失われている。アクロスによって砕かれたのだ。自分の全てともいえる転生特典を失い敗走する彼は、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら走る。終わった。詰んだ。もう微塵の栄光すら無くなっていた。

 裏門を潜り抜け、当てもなく走り続ける。そこに、ある人物の姿が目に入る。

 

「お前は……ギフトメイカーの!」

「やあ、無様だね。元気にしてた?」

 

 少年に力を与えた張本人であるギフトメイカー・レドであった。彼は少年の様子を見るなり、嘲笑ってくる。その態度にキレた少年は、レドにつかみかかる。

 

「カスみたいな特典を渡すから負けたんじゃ無いか!どうにかしろよオイ!俺は選ばれた人間なんだぞ⁉︎ 」

 

 彼は叫ぶが、レドは冷ややかな目を向けたまま。そして、少年の手を払い除けると、その胸ぐらを掴み上げ、少年に残酷な真実を告げる。

 

「君という転生者(イレギュラー)が居る時点で、君の言う原作とやらは壊れているのにね。まさか自分は対象外だとでも思い上がっていたのかい?ならお笑いだ。そもそも君が原作尊守を掲げるのって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?いやあ馬鹿みたいだ。叶わぬ夢を追い求めて手を汚す無様っぷり、ああくだらねえな!」

 

 思い切り馬鹿にしたように笑う。結局、少年のやっていることは何の意味も無かったのだ。既に世界は混じり合っている。ここはそういう世界なのだ。少年の知る原作通りに行くことはあり得ない。その事実に、少年は耐え切れず、ただ何も言わずに涙をこぼす。

 レドは手についた涙を不快そうに拭うと、少年をその場に放置して歩き始める。

 

「君は殺す価値もない。残りの負け犬人生、惨めに生きろよ」

 

 惨めなモブキャラとして、残りのセカンドライフを無駄に生きる。それは、栄光と名誉を求めて生まれてきた転生者にとって、最大の生き地獄だった。

 自分はもう何者にもなれない。特典を失い、ただただくだらない人生を生きるしか無い。今まで好き勝手やってきた彼らは、そんな境遇に耐え切れない。だけど死ぬ勇気もない。終わる気がしない。

 

「ああ、ああああ……」

 

 何もかも失い、何も得ることもできず、がっくりと項垂れる少年だけが、その場に残されていた。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 フィフティは一人、屋上に戻ってきていた。

 

「順当に成長していて何よりだ。私としても誇らしい気分だ」

 

 はじまりはどうなる事かと思ってはいたが、いざ任せてみると、それなりにサマになってきている模様。それはフィフティにとって喜ばしいものであった。

 本当ならば自分でクロスドライバーを使いたいが、フィフティは訳あってそれができない。だからこうして他人に任せ、自分は裏方に徹している。巻き込んだことに対して後ろめたさ、申し訳なさは感じているが、それを周りに見せることはない。まだそういうわけにはいかない。

 色々と考えながら地上を見下ろしていたフィフティ。そこに、背後から声がかけられる。

 

「なんでまあ、お前みたいな人種は高いところが好きなんだろうな」

「雰囲気出てるだろ?それにブーメラン刺さってるよ」

 

 嫌味たっぷりの台詞を、爽やかに笑いながら打ち返す。声の主は、この学園の制服を着ていることから、ここの生徒であるようなのだが、首から上は靄がかかったように視認が出来ない。

 

 

「まあ待ちなよ。今回君の出番はないよ」

「そうだな。()()()()()()()()()()()()。これが……アクロスの力の一端か」

「アクロスの、というよりも……ああこれ以上は言うべきじゃないな。兎に角今日は帰るんだ。仕事は終わったんだから」

「みたいだな」

 

 声の主は、首元についていた装置の電源を落とす。転生者狩りの標準装備の認識阻害デバイス。それによって隠されていた顔が明かされる。と言っても、フィフティは既に彼の顔を知っているので、特に反応するでもなく、軽い調子で問いかける。

 

「にしても、今更逢瀬くんに接近するとか何のつもりかな、()()()()

「……」

 

 無束灰司は黙り込んでいた。

 瞬達の前で見せていた、頼りなさそうで物静かな雰囲気は全く感じられず、心なしか、他者を拒絶するかのような鋭いオーラのようなものが、全身にまとわりついているように見える。そして、その顔つきに温和さは微塵も存在していない。幾度となく死線をくぐり抜けてきた者の顔だった。

 

「君の属する組織の差金かな?一体何考えているのやら、ねえ?」

 

 フィフティは、薄ら笑いを浮かべながら問いかける。その目は全く笑ってはおらず、酷く無機質に感じられる。

 

「安心しなよ。君が転生者狩りだということはバラしゃしないさ。だって君がいようがいまいが、アクロスの戦いには全く影響ないし」

「テメェが何考えているかは知らねえ。だが、全てが思い通りにいくとは思うなよ。世界ってのはそうできてるんだ」

 

 灰司はそう吐き捨てると、不機嫌そうにそっぽを向く。

 

「俺はテメェもアクロスも信用しないが、邪魔をしないなら此方からは手を出さない」

「そうだね、お互い不可侵といこう。その方が好都合だ」

 

 2人は別れる。

 両者は決して相入れない。ぶつかり合う必要は無いが、わかり合う必要もない。そういうものなのだから仕方がない。

 灰司が去ってから少し後。フィフティはカツン、カツンと靴音を鳴らしながら階段を降りてゆく。今のフィフティは部外者。他の生徒や教員に見つかったらただでは済まないのだが、彼はそんな事は気にしてはいない。歩いて帰る必要もないのだが、今はそういう気分。だから彼はこうして階段を悠長にくだっている。

 もう少しで一階に差し当たるというところで、フィフティの目の前にある人物が姿を現す。フィフティはそれを見て、あからさまに不機嫌そうな顔になる。

 

「一気に気分悪くなったんだけど?どうしてくれるんだよ、ったく。どの面下げてここに立っているんだい?まさか昨日のこと忘れた訳じゃないよね?」

「……」

 

 現れた人物 —— 欠望アラタの顔を一目見るなり、フィフティは一気に気分が悪くなった。100の幸福も、1の不幸による不快が一瞬で塗り替えられてしまう。そんな気分だ。フィフティにとって、アラタとはそういう存在になっていた。

 喋るのも嫌なのか、無言で持っていた杖でアラタを小突く。しかしアラタは退かない。そして、アラタはとんでもないことを言いだした。

 

「俺を強くしてくれ」

 

 その言葉を聞いて、フィフティは目が点になった。そして、数十秒かけて意味を理解したのか、ダムが決壊したかのように、腹を抱えて大爆笑する。

 

「ぷっ……ぷははははははははははははははははははははっ!四月馬鹿には1年早いんじゃないかなぁ?私を笑い死にさせる気かい?」

「逢瀬からお前のことは聞いた。お前、アクロスの導き手で、色々と知ってるんだろ。オリジオンとか、ギフトメイカーとか。そいつらは、幾らでも俺の周囲の人を傷つけるんだろ。だから、俺を鍛えて欲しい」

「普通それ、自分を嫌ってる人間に頼むことかな?だからの前後で文章成り立ってなくない?」

「逢瀬を強くしたお前なら、性格はともかく実力面なら師事する価値はあるんじゃないのか」

「いや逢瀬くんに関しては私はあんまりタッチしてないし……ねえ話聞いてる?」

 

 どうやらフィフティをアクロスの師匠かなんかだと思っているようだが、一体どこをどう勘違いしたらそうなるんだ、とフィフティは溜息をつく。別にフィフティはアクロスに試練とか特訓とかを課した覚えはない。頃合いをみて特訓するかな、とは多少は考えてはいるが、それとこれとは関係ない。第一、何故ゴキブリみたいに嫌う奴に稽古をつけなければならないのだ。

 馬鹿馬鹿しいし不快なのでさっさと帰ろうとするが、アラタがその行手を塞ぐ。

 

「決めたんだ。あんな卑怯な真似は2度としない。正攻法で強くなるしか無いってな。それに、あそこまでボロクソにこき下ろされといて黙っていられるタマじゃねーんだよ。だから、強くなってテメェを見返してやる」

「なるほど。反骨心だけは一丁前だね。いやあ滑稽滑稽!まあ少しは見直したよ。喩えるなら、ゴキブリよりちょっと上くらいかな?まあゴミには変わりないんだけどね」

 

 さらに煽るフィフティだったが、アラタは至って真面目な模様。これはいくら言っても無駄だと踏み、観念してある事をアラタに告げる。

 

「実を言うとね、さっき逢瀬くんに相談を受けたんだよ。いや本当、馬鹿馬鹿しいにも程があると思ったんだけどね?まあ他でもない彼の頼みだし?君もやる気みたいだし?こう見えて私も善人だからね。お望み通り、君をしごいてやるよ」

 

 そう。オリジオンを倒した後、屋上に戻る途中で、瞬から相談されていたのだ。そろそろアクロス強化に向けた特訓をしないかと持ち掛けたら「ならアラタも一緒に鍛えてやれないか?」と尋ねられた時には柄にも無くびっくりしてしまった。

 だが、仮面ライダーの導き手としては、その願いを無碍には出来ない。個人的には嫌だがやってやろうじゃないか。そう意気込み、フィフティはアラタに告げる。

 

「言っておくが、私は君が大嫌いだ。だから君に情けはかけないし、泣き叫ぼうが苦しもうが抱腹絶倒するつもりだよ。君が嫌いだから、そんじゃそこらの体育会系がドン引きするレベルで君をしごいてイジメ抜くつもりでいる。それでも君はやるのかい?」

「やるよ。やってやる。惨めに憧れて、頼り続けるわけにはいかないからな」

「転生特典を自分から捨てた君に出来るかな?」

 

 煽り散らかすフィフティと、昨日とは違う、真剣な表情のアラタ。

 ここにまた一つ、挑戦者が生まれた。

 

 


 

 

 翌日。

 

 

 

 この間の部員勧誘の件で、瞬とハルは生徒会室に向かっていた。

 一応お礼をちゃんと言いに行った方がいいよな、と判断した結果であるのだが、それとは別に、オリジオンに色々と酷い目に遭わされていたから大丈夫かな、と思い、様子を見に行こうという話にもなった。明らかに余計な心配だが、一応怪我人も出ていたし、やっぱり行った方が良いのだと瞬は判断した。

 挨拶をしながら、瞬は生徒会室の扉をあける。

 

「失礼しまーす」

「……」

 

 その瞬間、2人はフリーズした。

 勿体ぶらず端的に言うと、黒神めだか、まさかのお着替えタイムであった。人型の肌色の上に白い下着が眩しく輝いている。なんか壁際の方では善吉と阿久根が必死に目を逸らしている。そういえば露出癖じみたところがあると言っていた様な気がするが、状況から察するに彼らも逃げそびれたらしい。

 —— というかこの状況、やはくね?

 一瞬の内にそう結論づけた瞬は、瞬く間に回れ右してこの場を立ち去ろうとする。シチュエーション的には一般的なラッキースケベとなんら変わりないはずなのに、何故だか全然ラッキーとは思えない。端的に言うと場違い感がすごい。

 が、当の本人はというと。

 

「気にするな」

「いやこれが真っ当な反応だからな⁉︎ 」

「構わんよ、入るが良い」

「入れるか!服着ろ服!てかそもそもいきなり脱ぎだすな!」

 

 善吉が顔を赤くしながら突っ込む。というかいきなり脱ぎだすって何だ。まさか何の脈略もなくこの状況になったわけでもあるまい。

 

「さあ出て行こうじゃないか!めだかさんの裸体は神聖なもの。特に善吉、君の様なイヌッコロが見ていいものじゃないんだ!」

「アンタにそのまま返すぞその言葉ァ!だいたいアンタも逃げそびれてたくせに!」

 

 善吉とガミガミ言い争いながら、阿久根が他の皆を室外へと押し出してゆく。ピシャリと、皆が廊下に締め出される。こんな扱いを受けると、自分達は一体何しに来たんだろうかと考えてしまう。

 ふと、瞬は横にいたハルに、先程から気になっていた事を聞く。

 

「お前、めだかをずっとガン見してたろ」

「え、なんですか逢瀬さん。もしかして勃ってたんですか?」

「……お前が友達出来なかった理由がわかった様な気がするよ」

 

 ハルへの応答に困り、瞬は苦笑いで誤魔化すしかなかった。確かにコミュニケーションに難ありだわこれ。うん。

 数分経って、めだかが着替え終わったとの報告が扉越しに耳に入った。この場唯一の女性陣であるハルに確認させた後、再び生徒会室に戻る一同。

 さて、仕切り直しと入ろう。

 

「今日はある報告に来ました」

「ほう、言ってみるが良い」

「本日をもって漫研を廃止し、OC部に改名いたします!」

「「はい?」」

 

 当然ながら善吉がツッコミを入れる。ハルの隣では瞬がなんとも言えない表情で頭を抱えている。

 

「いやいやいや、漫研はどうなったんだよ⁉︎ 」

「漫研なんかどうでも良かったんです。それ以上に刺激的なものに出逢えましたから。だからorigion Counters部。オリジオン関連の事件を捜査する由緒正しい部活動です」

「うん確かに刺激的だったと思うけど……君、ホントにそれでいいのか?」

「何度も止めたんだよ?でもコイツ全然言うこと聞いちゃくれないのよ……」

 

 瞬が悲壮じみた声で頭を抱えながらボヤく。その様子を見て、思わず同情してしまう善吉と阿久根。やっぱり最後までまともじゃなかった。

 そもそも名前からしてセンスが壊滅的である。わざわざ部活動にしなくていいと、瞬は口を酸っぱくして言ったのだが、他の皆は特に反対しなかったので多数決で決まってしまったのだ。さんざん反対してきたものの、もう遅し。たった今、瞬の目の前で正式名称として受理されてしまった。

 

「善吉、本人がいいと言っているのだから、我々が突っ込むのは野暮というものだ。九瀬川2年、貴様の活躍を大いに期待しているぞ」

「やめてくれ!下手に優しい言葉食らったら余計傷つくからぁ!」

「漫研としての活動も継続しますので以下よろしく」

 

 それだったら部を改名する必要なかったのでは、と男性陣は思うのであった。用事も済んだし、おいとまさせて頂こうと瞬は動くが、そこにめだかが声を掛ける。

 

「逢瀬2年、昨日の戦い振りは見事であった」

「……!」

「貴様も励むが良い。それが貴様の志だというならば、私は全力で応援しよう。それでももし、悩みを抱えた時は相談に乗ろう。それが私達……開王学園生徒会執行部だ」

「……ありがとうございます」

 

 一礼して、瞬は退室する。

 学園を表から守る、生徒会という光。裏から支える仮面ライダー。その間に存在する数多くの生徒達。それが崩れない限り、きっと安泰。

 ……たぶん。

 

 

 

 

 


 

 

 

 後日談はもう一つあった。

 

 

 

 生徒会室から部室へと戻ってきた瞬とハル。瞬は、部室の扉に貼られたOC部と書かれた貼り紙を見て、改めてため息をつく。某広告機構じゃ無いんだから、と乾いた笑いを漏らしながら、扉を開ける。

 すると。

 

「やあ遅かったね逢瀬くん。すでに活動は始まっているよ?」

「フィフティ⁉︎ 」

 

 ジャージ姿のフィフティが、扉を開けてすぐの位置で待ち構えていた。予想外の人物に、思わず瞬は素っ頓狂な声をあげてしまう。

 

「その格好は何?てかなんでフィフティが学校に居るんだよ⁉︎ 」

「なんでって、そりゃあ顧問だよ。部活には顧問教師が付き物だからね。あと、アクロスを知るものが増えてきた今、逆に組織化しちゃった方が管理しやすいかな、と私も思ってね。それと戦いの激化に備えて私も近くにいる事にしたんだ」

 

 そういえば色々あって忘れていたが、この部活の顧問の話を全くしていなかった気がする。でもだからと言って、こんな奴に任せていいのだろうか。オリジオンについてはエキスパートだろうが、一体どうやって教師になったのだろう。

 瞬はフィフティから目を逸らすように、部室を見渡すと、机を挟んで反対側にアラタが腕立て伏せをしているのが見えた。瞬はフィフティを押しのけて、アラタのもとに向かう。

 

「何してんだ?」

「決めたんだ、俺は強くなる。お前に追いつく……いや、追い越してみせる!自分の大事なものは自分で守れるくらいに!」

「ど、どうしたのよアラタ……なんか人が変わったみたい……」

 

 事情を知らない大鳳達は、一体何事かと心配そうな目でアラタを見るが、本人はそんなのお構いなしに腕立て伏せを続行する。

 成る程、特訓は既に始まっているらしい。アラタの心境を色々と知っている瞬は、少しニヤニヤしながら頷く。想い人を守るために強くなると誓っているアラタを見ながら、瞬は大鳳の疑問に答える。

 

「そりゃーまあ、あれだよ。愛だよ」

「何故そこで愛⁉︎ 」

「間違ってはないけどざっくりすぎない?」

 

 これ以上は言うべきではあるまい。人の恋路に無闇に関わるべきではないのだから。瞬はそうモノローグを締め括り、席に座ろうとする。が、フィフティが瞬の肩を掴んで静止させる。

 

「さあ逢瀬くん、君も特訓だ。まずは腕立て伏せと腹筋を各500回!さあやるんだGOGO!」

「文化部がやる事じゃねえ!これ今やらなきゃダメ⁉︎ 」

「当たり前さ。これは君のための特訓なんだからね。さあやるんだ!兎飛びをさせないだけ良心的だぞ?」

「がんばってー瞬」

「お前ら他人事だと思ってコンチクショウが!」

 

 部室に響き渡る瞬の悪態。

 彼の日常は、こうして一回り大きくなりましたとさ。

 

 

 

 

To be continued……




フィフティのクソ野郎っぷりが最大限に発揮されました。彼は基本的に好き嫌いが激しい奴なので、一度嫌った人間には中々態度を変えません。言動がムカつきますがそれは私も同じです。ただ今回はアラタが全面的に悪いから仕方ない。

悪い奴じゃないけど結構疲れる。ハルはそういう子。

いい加減話進めたいからここから暫く急足になります。一章終わらせないと日常回がろくに入れられないからねぇ。
次回はあの賛否両論の作品がメイン。僕は好きです(鋼の意志)

オリジオン紹介!


サーフィスオリジオン
名前:羽間九一(はざまくいち)
前世名:内海家鶴彦(うつみやつるひこ)
転生特典:幽波紋(スタンド)「サーフィス」
(ジョジョの奇妙な冒険第4部 ダイヤモンドは砕けない)

転生特典は変身能力を持ったスタンドの「サーフィス」。
ハイスクールD×Dの世界に転生してイキリちらす筈が、色々とクロスオーバーした世界だったが故に、イレギュラーを排除して無理矢理にでも原作通りに進めようと画策していた。それも全部原作の展開をなぞった上で活躍する為。本編ではめだか達生徒会と仮面ライダーアクロスの排除を目的に行動を起こした。

しかしめだかボックスの原作についての知識が無いのが裏目に出て、無謀にも生徒会に喧嘩売ったのが運の尽き。生徒会の各個撃破も失敗し、肝心の変身能力も、所々でボロが出てる為にめだかに見破られる結果となった。
そもそも原作通りに修正するのは自分が活躍する舞台を整えるためであり、原作愛なぞ微塵もない。

元ネタのスタンドの外見から連想して、丑の刻詣りのモチーフも入れてます。


グールオリジオン
名前:波馬剛(はばたけし)
前世名:山田松信(やまだまつのぶ)
転生特典:喰種(グール)の力(東京喰種)

噛ませ犬要員。
自分は選ばれし者たがら何してもいいと思い込んでいる馬鹿。転生して社会常識すら捨ててきた模様。現代日本でこれは無いですね。一体これまでどうやって生きてきたんだろうか……?

最後はレイラに捨て石にされた。結局、彼は選ばれしものでもなんでもなく、ただの雑魚キャラでしかなかったのだ。

ぶっちゃけると即興で作ったやられ役。だから扱いが悪い。


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第20話 レッツ、エンタメデュエル!

遊戯王ARC-V編です。
リンクスにARC-Vが来ますね。何というベストタイミング。

注意
・私はARC-Vへの批判自体は否定していません。今回の敵がそういう思想だったというだけの話……です。色々と惜しい作品とは思っています。
・デュエルについてはマスタールール3を基本にします。ペンデュラムはバンバン出てきますし、オリカやアニメ効果、アクションカードもありますのでご容赦ください。リンク召喚はしないしNo.も出ません。多分。
・たぶん四天の龍たちはアニメ効果になる。
・デュエルは割とノリと勢いで書いてます。一応ADSやリンクスでデッキを回したり、wikiや公式データベースで効果を調べながら書いてはいますが、いかんせん私はOCGプレイヤーじゃないので……クオリティは察してください。


質量を持ったソリッドビジョンの発明により生まれたアクションデュエル。フィールド、モンスター、そして決闘者(デュエリスト)が一体となったこのデュエルは、人々を熱狂の渦へと巻き込んだ ——

 

 

 

 

 

 白い、白い空間。

 無限に広がる、普通ならば誰も辿り着く事は不可能な、どこでもない場所。しかしながら、その純白の世界には一点だけ、残された場所があった。

 それは瓦礫の山だった。何処かの神殿だったのかは知らないが、瓦礫には華麗な装飾がところどころ見られる。

 

「人生をやり直したくないか?」

 

 呆然と白い大地に立ち尽くしている男に、ギフトメイカー・ティーダは問いかける。はっきりとしない意識のまま、男は質問する。

 

「ここは何処だ?俺は夢でも見てるのか?」

「貴様は死んだ、それだけのことだ」

 

 あっさりと、残酷な真実が告げられる。それは男の混濁していた意識を覚醒させるには、あまりにも衝撃的すぎるものだった。みるみる男の顔が青ざめ、目に見えて取り乱す。

 

「いや……そんな筈はない!これは夢だ!タチの悪い悪夢に決まってる!俺はここで死んでいい人間じゃあないんだ!」

「それは此方も同意見だ。だから —— ひとつ、チャンスをやろう。光栄に思うがいい、貴様は千載一遇の機会を得たのだ」

 

 事実を受け入れられずに塞ぎ込んだ男に、ティーダはあるチャンスを持ちかける。それはまさしく、天より地獄へと垂らされた蜘蛛の糸。唯一の希望だった。

 —— そのタチの悪さに、最期まで彼は気付くことはないのだが。

 

「貴様は幸運な事に、別の世界に転生する権利を得た。今ならば転生特典をひとつだけ与えてやる事もできる。こんな上手い話はそうそう無いはずだ。どうだ、するかしないか、早く答えろ。時間は有限だ」

「するするするする!させてくれ!俺はまだやり残した事が沢山あるんだよ!アンタの言うこと何でも聞くから!」

 

 即答だった。欲深いというか、単純というか、口ぶりからして信用すべきでは無いのは明らかなのだが、この男はティーダの足元で土下座までして頼み込んだ。その様子を見てティーダはほくそ笑むが、男はそれに気づいていない。

 ティーダは男に顔を上げさせると、話を続ける。勿論、無償で転生させはしない。あっさりと食いついた男に、ティーダはある契約を持ちかける。

 

「ただし見返りとして、俺達の力になってもらう。安心しろ、力が必要になれば呼びつけるが、基本的に貴様は自由だ。何をしてもいい。何故なら、貴様は選ばれし人間だからだ」

「何をしても……?なら、転生先を選ばせてくれないか?どうしても許せねえ奴がいるんだ!ソイツを甚振りたいんだ!」

「貴様の望みはきいてやる。だから俺達に協力しろ。いいな?」

「分かった!分かったから!転生できるならなんでもするさ!」

 

 喜びで身体を震わせながら、男はもう転生した後のことを考えていた。前世に残してきた家族のことなんて知ったことではない。趣味に理解を示してくれない家族なぞ、彼にはどうでも良かったのだ。

 彼の目的はただ一つ。それは転生者の大半が望む、ありふれた、それでいて最も忌み嫌われる願いだった。

 

 

 

 殺すのだ。

 榊遊矢 ——— 決闘者の面汚しに制裁を下すのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬達の住む天統市のお隣、舞網市。デュエルに関する技術が突出している事以外は割と普通の街である。余談だが、見た目川内の潮原提督もこの街の鎮守府で頑張っているぞ。

 それはさておき、ゴールデンウィークが間近に迫ったある週末。舞網市の中心部にある総合公園に、瞬達はOC部の面々は来ていたのだが。

 

「ぎょめぇええええええっ⁉︎ 」

 

 のっけから汚いアヒルのような声を上げながら、アラタは地面に倒れる。

 痛みで熱を持った背中を摩り、服についた芝や土を払いながら状態を起こすアラタに、いつもとは違って私服スタイルの潮原提督が手を差し出す。

 

「一本取ったな。ったく『いきなり強くなりたいから特訓に付き合ってくれ』と言われるとはな……けど、いきなり俺とタイマンなんてお前正気じゃねーよ……」

「いやいいんだ。俺は強くならなきゃいけないんだ」

 

 差し伸べらた手を取り、アラタは立ち上がる。

 この間、アラタは大切な人を自力で守れるくらい強くなると誓った。故に今回、潮原提督にわざわざ付き合ってもらって、格闘戦(こんなこと)をしているのだ。

 

「それにしても、せっかくの休みの日なのに、わざわざ付き合ってもらって申し訳ないっすよ。潮原さん、忙しいんじゃ?」

「いいって事よ。お前の姉さんには、提督になってから世話になりっぱなしだし、お前の事は弟のように思ってるんだぜ?これくらいお安い御用だっての。ほら、まだやるんだろ?」

「ああやるぜ!」

 

 潮原提督の言葉で奮起し、再び立ち上がるアラタ。服には土や草がついているが、その目は真剣そのもの。強い意志のようなものが感じられる。大鳳には、その意志の源が何であるかは知る由もないのだが。

 

「ほーら逢瀬くん?次はあのジャングルジムをジャンプで飛び越えようか。少しでも掠ったらアウトね」

「いやいきなりそれは無理が有りませんかね」

「拒否権はないよ。ほらいきな」

 

 遠くのほうでは、瞬がフィフティに特訓をつけられている。公園中の遊具を全部ジャンプで飛び越す特訓に、イマイチ唯は意味を見出せないのだが、きっと大事な意味があるんだろうと思い、温かい目で瞬を見守る。

 

「流石に私もジャングルジムは無理だよなー、せいぜい鉄棒レベルだよ」

「それはそれで凄いけど……」

「やっぱり唯さんは凄いや!ほらお兄ちゃんも唯さんを見習ってー!」

 

 湖森に理不尽な内容の声援を送られ、瞬は苦笑する。妹とは須らく兄に対して横暴に振る舞うもの。世の中の兄はそれを受け入れるしか無いのだ。

 

「てーいーとーくーはーやーくー。ボクは早く帰ってデッキを組みたいのさー!」

 

 一方、瞬からもアラタからも離れた位置にあるベンチでは、潮原提督の部下である艦娘・初月が、ベンチに腰掛けながら不満そうに足をバタつかせていた。その隣では、ご存知五航戦こと翔鶴と瑞鶴がニコニコ笑いながらアラタと潮原提督の取っ組み合いを見ている。

 

「初月、散々連れ回しといて文句言わないの。一人一箱までの限定BOXの複数買のために提督や翔鶴姉を半ば強引に連れてきたのは誰だったかしら?」

「説明台詞サンクスです瑞鶴さん。てかそんなことして大丈夫なんすかね……私はそこら辺の事情に詳しくないのでよくわからないんですが」

「転売ヤーから買うよりはマシでしょ。それに翔鶴姉とは違って私もプレイヤーだし、ちょうど欲しかったのよねこれ」

「へー意外。瑞鶴、ちょっとデッキ見せてよ」

 

 ハルと瑞鶴が何やら盛り上がっている様子。そこに、一旦休憩をする為に瞬が戻ってきた。

 瞬はハルからスポーツドリンクを受け取るが、その時、初月の手元にあるカードらしき物に目がいく。絵柄から見るに、トレーディングカードゲームか何かだろうか。

 

「なあ初月、それって何?カードみたいだけど……」

「デュエルモンスターズだよ、知らないのかい?世界的な知名度と人気、競技人口を誇るカードゲーム。常識だよこれ」

「そーそー!お兄ちゃん、山籠りでもしてたか記憶喪失にでもなったの?」

「いやそうじゃ無いんだけど知らない……」

「私もよーくわかんない……」

 

 さも知っていて当然、というような反応をする皆に対して、瞬と唯は、困惑気味に答える。

 そりゃあ、2人が知っているはずがない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。にもかかわらず、まるで昔からあったかのように存在している。あの日以来、こういう齟齬が絶えないのだ。

 

「唯さんてっきりデュエルにも精通してるかと思ってたな〜。意外だな〜うん」

「ごめんカードゲームは全く守備範囲外で……」

 

 遠慮がちに唯が言う。

 

 その時、ぶわりと突風が吹き、初月の元にあったカードが風に乗って空へと舞い上がってしまう。

 

「あっ買ったばかりのカードがぁ!」

「だから外で広げんなって言ったでしょ……どうすんの?」

 

 慌ててカードを拾いに行く初月と、呆れながらそれを手伝う瑞鶴。瞬達も仕方なしにそれを手伝うことにした。

 瞬はふと空を見上げる。すると、風に煽られて空に舞い上がったカードが、ひらひらと落ちてきているのが見えた。跳んでキャッチしてやろうと、

 

「ふんっ!」

 

 が、その手は届かず、逆に手を動かした際に発生した風によって、カードは瞬から離れるように飛んでいってしまう。その先には、ローラースケートで疾走する少年が一人。

 そして、その少年の顔に、飛んできたカードが舞い降り、その視界を塞ぐ。本人はいきなり視界が塞がれて思わず取り乱してしまう。

 

「うわわわわっ⁉︎ 前が見えなくなった⁉︎ 」

「ちょい前!前街灯!」

 

 瞬の注意も間に合わず、少年は頭から公園内の道の脇に立っていた街灯に突っ込んでしまう。視界が急に塞がれたことに加え、ローラースケートによって結構なスピードが出ていた為か、避けることもままならなかったらしい。

 ゴチンと、痛そうな音が響き渡り、瞬は思わず自分の目を手で覆ってしまう。なんか前にも似たようなことがあったような気がするが、ほっとくわけにもいかないので、一応声をかけてみる。ちなみにカードは少年と街灯にサンドイッチされたせいで、開封したばかりにもかかわらず少し曲がってしまっていた。カードコレクターにとっては、きっと失神ものだろう。

 

「大丈夫か……?記憶や魂飛んでないよな?」

「痛え……何が起きたんだよもう……」

 

 痛がる少年の顔を見て、瞬は何か引っかかるものを感じた。何処かで見た覚えがある。しかしそれがいつ何処でだったか、思い出せない。ゴーグルを頭につけ、緑と赤の派手な髪色をした少年だった。まるでトマトみたいな色合いだなー、といったことを考えていると、瞬はあることに思い至った。そして少年の方も思い至った。

 

「アンタは……この間の川流れしてた人!」

「ちょくちょく見かけてたトマト頭!」

 

 どっちもひでー呼び名である。お互いにそう思ったのか、なんとも言えない表情のまま数秒ほど固まってしまう。

 そして瞬は思い出した。春休みの時と、ドライグオリジオンに川に突き落とされた時だ。単に道を聞かれただけだったり、湖森と一緒に川を流れていた瞬を救助してくれていたりと、直接的な絡みはほぼ無かったものの、やけに特徴的な髪色が印象に残っていたのだ。

 湖森や初月、ハルに唯も、瞬のもとにやってくる。湖森も、顔を見るなり思い出したのか、少年を指差す。

 

「あ、お兄ちゃんが川流れしてた時に助けるの手伝ってくれた人だ」

「いや俺そんなに役に立って無かったし……ほとんど権現坂のパワーに任せていたし」

「礼を忘れていたな。あの時はありがとな」

 

 瞬は言い忘れていた礼を言いながら、少年の手を引いて立ち上がらせる。少年はズボンの汚れを手で払いながら、自己紹介をする。

 

「どういたしまして。俺の名前は榊遊矢(さかきゆうや)。これもきっと何かの縁なのかもしれないな。よろしく」

「逢瀬瞬だ」

 

 滞りなく互いに名前を明かし、自己紹介がおわる。が、遊矢の名前を聞いた初月が、驚きの声をあげる。

 

「え、あの榊遊矢⁉︎ほんとにホントのマジ⁉︎ 」

「嘘でしょ……まさか同じ学校だったなんて……」

「何なの湖森ちゃんも初月ちゃんも……この人、有名人かなんか?」

 

 何故2人が驚いているのか全くわからない唯は、困惑気味に尋ねる。瞬も分からないのはは同じだ。この少年がいったいどうかしたのだろうか?

 唯に訊かれて、初月はめちゃくちゃ興奮しながら答える。

 

「アクションデュエルの開祖・榊遊勝の息子にして、自力で新しい召喚法であるペンデュラム召喚を編み出した新鋭デュエリスト!決闘者(デュエリスト)なら知らない奴は居ないくらい凄い人なのさ!」

「そんなに褒められるようなもんじゃないさ。父さんと比べたら俺なんかまだまだエンターテイナーとしても決闘者としても未熟だよ」

 

 初月の発言に、謙遜するようなそぶりを見せる遊矢。だが、説明をされてもデュエル知識皆無な瞬と唯は、何が凄いのか、そもそも初月が何を言っているのかすらよく分からず、頭の中でクエスチョンマークが大量発生してしまう。

 そこに、2人分の足音がこちらに近づいてくる。見ると、遊矢の後方から、ノースリーブの服を着た、ピンク髪ツインテールの少女と、赤い鉢巻を巻いた、ガタイのいいリーゼント頭の少年がこちらに向かって走ってきていた。

 

「遊矢大丈夫⁉︎ なんか凄く痛そうな音が聞こえてきたんだけど⁉︎ 」

「何もそんなに急ぐことは無かろうに。別に今日買わなければいけないわけでもないだろう」

「柚子、権現坂……急がないと売り切れるかもしれないだろ?」

 

 どうやら遊矢の連れらしい。ここで初月が、彼らの会話から何かを察したのか、先程開封したカードの空き箱を見せながら、こう訊いた。

 

「もしかして……君たちもこれを買いに?」

「ああそうだよ。ちょっと出遅れちゃって、それで急いでたんだけど……」

「なら無理だね。僕が買った時にはもう数えるほどしか残ってなかったから。多分もう売り切れてるよ」

「そんなあ……かんっぜんに出遅れた……」

 

 それを聞いて、遊矢はがっくりと肩を落とす。瞬はカードゲームには疎いが、これは残念なことなのだろうということくらいはわかる。

 

「で、そちらの方々は?」

「ああ紹介するよ。昔からの友達の柚子と権現坂だよ」

 

 紹介された2人が、それぞれ挨拶する。ツインテールの少女が柚子で、大柄なリーゼント頭の少年が権現坂だ。

 

「あら、貴女もデュエルやってるのね。私は柊柚子(ひいらぎゆず)。家はデュエル塾をやってるの。どう?もし良ければ、今度ウチに見学にでもこない?塾長……父さんもきっと喜ぶわ」

「いきなり勧誘は良くないと思うが……権現坂昇(ごんげんざかのぼる)だ。どうやらウチの遊矢が迷惑をかけてしまったようだ。友人として代わりに詫びよう」

「いやいや、元を辿ればこっちのせいだから……」

 

 そこまでして謝罪されるようなことでもないし、そもそも初月が全部悪い。瞬は若干困惑しながら、権現坂に頭をあげさせる。またまた個性的な奴らと出会ってしまったものだ。今回に至っては、髪色からして個性的だ。どこのホビーアニメの世界だろうか。

 

「で、このカード……もしかして、お前もデュエルモンスターズを?」

「いや俺はデュエルなんてルールすら知らないんだけど」

「初心者には厳しいからね」

「ルールは複雑そうに見えるけど複雑よ!」

「え〜不安になってくるんだけど……」

 

 柚子がやけに自信気に言うが、それは自信たっぷりそうに言う台詞ではない。そういうのを言ってしまうと、初心者は寄り付かないと思うのだが。

 ゆずの言葉で、デュエルに対してかすかに拒否反応を示し始めた瞬と唯に、すかさず柚子とハルがフォローを入れ始める。

 

「モンスターカードや魔法・罠カードを駆使して相手のライフポイントを0にすれば勝利、ほら、簡単でしょ?」

「それが結構ややこしいのですよホント。カード効果の処理とかがややこしすぎて、初心者は皆苦労するんですよね。かくいう私もその一人でしたし」

「対象を取る取らない、チェーンブロックを作るか否か、カードの発動と効果の発動etc(エトセトラ)……面倒ったらありゃしない。でも楽しいからやめられないんだよね」

 

 フォローがフォローになってないし、それを秒で無碍にしちゃったよコイツら。彼女らが羅列する専門用語の数々に、思わず拒否反応を示してしまう瞬と唯。知恵熱が出てしまいそうな気分だ。こんなことを何なく理解できているカードゲーマーを見ていると、本当はコイツら、自分達とは別の生命体ではないのかと思えて仕方がない。

 遊矢も横で話を聞きながらも、コイツら一旦止めて自分が話した方がよくね?とは思ってはいるが、中々その気になれない。幼馴染みとのパワーバランスが如実に現れている瞬間であった。

 そこに、物凄くデカい声が聞こえてきた。

 

「み、つ、け、た、ぜ!我が永遠のライバル榊遊矢ぁ!」

 

 瞬が振り返ると、なんか派手な髪色の、いかにもお金持ちのボンボンですといわんばかりのオーラダダ漏れの少年が、こちらに向かってずかずかとやってくる。後ろには如何にもTHE・取り巻きという感じの少年を3人ほど付き従えている。

 少年の顔を見るなり、柚子は露骨に嫌そうな顔をする。

 

「げ、沢渡……」

「何知り合い?」

「此奴は沢渡シンゴ。奴もまた決闘者の一人。まあ腐れ縁というやつだな」

「腐れ縁じゃねえ。ライバルだ!」

 

 権現坂の紹介を一部否定する沢渡。彼はつかつかと此方に向かって歩いてくると、やけに自信たっぷりな笑みを浮かべながら、突然現れた沢渡にきょとんとしている瞬と唯を指差して、

 

「おいおい、このてぇっんさいエンタメデュエリスト、ネオニューアルティメットハイパー沢渡シンゴ様をご存知無いとは、お里が知れるってもんだな!」

「ダサい名前だ……」

「ダサいのは同意するけど、口にしちゃいけない言葉ってもんがあんだろ!」

「沢渡さんを悪く言うな!一度機嫌損ねたら中々治らないんすよ!」

「俺たちの沢渡さんはまじパネェから!」

 

 いきなりのマウントであった。取り巻き達も便乗してきてるし、一体何なのだろうかコイツら。というか取り巻き達も地味に沢渡をdisっている気がする。コイツら本当に取り巻きなんだろうか?

 

「ネオニューアルティメットハイパー……小学生かな?」

「精神年齢的には間違ってないかも」

「誰が小学生だ誰が!よし決めた、榊遊矢!今日こそこの沢渡様の華っ麗でスーパーアメイジングなデュエルで勝利してやんよ!」

 

 沢渡はそう叫ぶと、ズボンのポケットから、小型のタブレット端末のような機械を取り出す。はて、カードゲームにあんなものが必要だったりするのだろうか?

 疑問に感じながらも、瞬は隣の唯の方をちらりと見るが、どうやら彼女も同じ考えのようだ。と、未知との遭遇をしたような顔をしている2人に気づいたのか、沢渡が煽り気味に声をかけてきた。

 

「なんだ?デュエルディスクも知らないのか?幾ら興味無かったといってもそりゃ無いぜ。どこの未開の地育ちだよお前ら」

「さーどこでしょうねーうふふふふ」

「え、いやーなんだろなーあはははは」

「唯も逢瀬も気色悪いな……」

 

 瞬と唯の目が明後日の方に泳ぐ。異世界転生したら多分こんな気分なんだろう。

 

「デュエルディスクはデュエルの必需品。これ無くして決闘者に在らず、ともいわれている。これ常識だぞ?」

「知らないからって責めたり囃し立てたりすること無いでしょ。ほらこれがソリッドビジョン。立体映像によってカードやモンスターを投影出来るの」

「すげ〜いつの間に人類はそこまで進歩してたんだ〜」

 

 久しぶりに人間の世界にやって来た人外のような反応をしてしまう瞬。それを見て、沢渡の取り巻き達がクスクスと笑っているが、瞬と唯は気づかない。

 

「まあデュエル以外にもタブレット端末としても使えるし、なにかと便利なんだよね」

「でもお高いんでしょう?」

「まあそれなりにね」

 

 みるみるうちに、会話が通販番組みたいなノリになる。これは話の脱線の色が濃厚になってきた。はたしてこの話の脱線っぷりに異議を唱えられる奴はいるのだろうか。

 

「おいお前ら!さっきから俺ほっぽって何話進めてやがんだよぉ!」

「うわ沢渡がうるさくなった……」

 

 話の軌道修正をしたのは、先程から影が薄くなりはじめていたぽっと出の沢渡シンゴであった。

 話の中心からみるみるとフェードアウトさせられていった沢渡が、柚子に対して文句を言ってくる。少し除け者にされただけで、すぐにぷんすかご立腹になる。なるほど、確かに典型的な困った御坊ちゃまだ。

 と、ここで柚子が、地団駄を踏んでいる沢渡を見て何かを思い付いた模様。

 

「丁度いいわ。この2人のデュエルを観戦しない?実際に見たりやったりした方が理解できるわよ」

「俺はチュートリアルの敵キャラ扱いかよ⁉︎ ったく、それならそれで俺様が残らず魅力させてやるぜ?構わねーよな?」

 

 沢渡の凄まじいまでの切り替えの早さに、ある意味感心してしまう。さんざん弄られたことにつっ込んでおきながらも、すぐにギャラリーを魅力させようと意気込むスタイルには、遊矢もエンターテイナーとして、思わず見習いたくなるものを感じる。

 だが、遊矢も負けてはいられない。負けじと沢渡に強気な口調で言い返す。

 

「それはどうかな。俺だってプロになって多少は成長しているつもりさ!」

「いいぜ、かかって来な!」

 

 決闘の火蓋が、切って落とされようとしてした。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、デュエル……といっても、それ相応の舞台が必要になるだろう。別にデュエルの場所くらい何処でもいいだろ、と言う人もいるだろうが、こういうのは場の雰囲気も大事な要素の一つなのだ。

 一同は、公園の敷地の端の方に位置するデュエルコートに移動する。この施設では、金を払えば誰でもアクションデュエルが出来るのだ。

 

「広いな……体育館くらいはあるぞ?たかがカードゲームにこんな広いスペースが要るのか?」

「お兄ちゃん知らなさすぎだよ〜。アクションデュエルだから派手に動き回るんだよ?これくらいは大会なら普通だよ?」

「アクション……なんだって?」

「アクションデュエル。ほらあれ見てよ」

 

 湖森が指差した先には、床がガラス張りになっている箇所がある。そこを覗くと、何やら大きな機械が見えた。

 

「あれがリアルソリッドビジョンシステム。普通のソリッドビジョンは質量を持たないんだけど、これを使えば触感や質感も再現出来るんだって。科学の力ってすごいよねー」

「そ。あそこがその操作室よ」

 

 コートの端の方には、野球場のスタンドのような箇所があり、そこにはなにやらでかい機械のようなものが見える。どうやらあれがリアルソリッドビジョンシステムの操作をする場所らしい。

 

「誰かリアルソリッドビジョンシステムを起動してくれないか?」

「じゃー私が!フィールド魔法は私の独断で決めるからね!」

「僕も行くよ」

 

 湖森が名乗り上げ、デュエルコートの端にあるリアルソリッドビジョンシステムの操作パネルへとスキップしながら向かってゆく。志村も、より見晴らしの良い場所を求めて湖森の後に続いてゆく。

 湖森は、操作パネルの側に保管されていた操作説明書を読みながら、鼻歌混じりにアクションデュエルのフィールドを選ぶ。

 

《フィールド魔法 臨海遺跡クリアオーシャン》

 

 そんな音声がしたかと思えば、ソリッドビジョンシステムが稼働し、眩い光を放ち始める。瞬はたまらず、目を閉じてしまう。

 

「な、なんだぁ⁉︎ 」

「軍の訓練でもたまにリアルソリッドビジョンは使うけど、何度やっでも慣れねーなこれ……」

 

 数秒たって、光が収まってくる。瞬は恐る恐る目を開ける。すると、先程まで殺風景な室内コートにいた筈なのに、いつの間にか、周囲の風景は、よく分からない謎の遺跡らしきものの点在する砂浜に切り替わっていた。

 見た目だけではない。近くの石柱は本物さながらの質感と触感だし、足元の感触も砂浜のそれだ。これがリアルソリッドビジョン。質量を持った立体映像。

 

「すっごい……本物そっくりだよコレ」

「足場の感触も砂浜のソレだ……かがくのちからってすげー」

「観客席に下がった下がった。派手に動き回るからね」

 

 初めて体験するソリッドビジョンに驚いている瞬と唯。そんな2人をはじめとするギャラリー達を観客席まで下がらせ、沢渡と遊矢は相対する。2人は自分の左腕にデュエルディスクを装着し、腰のホルダーからデッキを取り出してディスクに装填する。すると、ディスクのタッチパネルが点灯し、リアルソリッドビジョンによってカードプレートが形成される。

 2人は互いに不敵な笑みを交わし合うと、観客席の方を向き、アクションデュエルの始まりの口上を言い始める。

 

「戦いの殿堂に集いし決闘者が!」

「モンスターと共に地を蹴り天を舞い、フィールド内を駆け回る!」

 

 2人の頭上に浮いていたアクションカードの塊が弾け飛び、フィールド中にアクションカードがばら撒かれる。

 さあ、決闘開始だ。

 

「「アクショーン……デュエル!」」

 

遊矢:4000LP

沢渡:4000LP

 

「先攻は俺だぁ!」

 

 沢渡は始まるなりフィールドを駆け始める。足場の悪い砂浜から早々に抜け出し、地面に横たわる石柱に飛び乗る。

 沢渡は石柱の上から遊矢を見下ろしながら、手札から2枚のカードを見せつけ、高らかに宣言する。

 

「俺はスケール0の魔界劇団-メロー・マドンナとスケール2の魔界劇団-ワイルド・ホープで(ペンデュラム)スケールをセッティング!」

 

 沢渡は手札からモンスター2体を、デュエルディスクの両端に置く。すると、彼の両脇に光の柱のようなものが現れ、その中に、桃色の髪の女性のようなモンスターと、ガンマンのような格好のモンスターが、それぞれ浮かび上がってくる。

 これがペンデュラムモンスター。ディスクの両端に存在する(ペンデュラム)ゾーンに、魔法カード扱いとして発動できるモンスター。この次元で生まれた召喚法。

 

「まずはメロー・マドンナのペンデュラム効果だ!1ターンに1度、1000LP支払ってデッキから魔界劇団Pモンスターを手札に加えることができる!俺は魔界劇団-サッシー・ルーキーを選択するぜ!」

 

沢渡:4000LP→3000LP

 

 沢渡の全身に、少し顔をしかめるほどの、軽めの衝撃が走る。沢渡はそれを堪えながら、デッキから新たにモンスターを手札に加える。

 

「さあさあとくとご覧ください!我らが魔界劇団の誇るペンデュラム召喚を!」

「何が我らが〜よ!アンタが生み出したわけじゃ無いでしょ!」

「チッチッ、ペンデュラムが生まれて早2年だぜ?もうペンデュラムは榊遊矢一人のものじゃないんだっつーの」

 

 柚子の講義を軽くいなし、気を取り直して沢渡はデュエルを続ける。

 

「今回はデュエル初心者が居るみたいだし、ペンデュラム召喚の説明もしちゃうぜ?俺ってサービス精神旺盛☆やっさしぃ〜☆」

「分かったから早くしなさいよ。タイムアウトになっても知らないわよ」

「柊柚子ぅ!茶々入れすぎなんだよお前!マナーがなってないんじゃねーの?」

 

 ぷんすかと観客席に向かって怒りながら、沢渡は説明を再開する。

 

「俺の場にはスケール0のメロー・マドンナとスケール2のワイルド・ホープ。ペンデュラム召喚は、この2体のPスケールの間のレベルを持つモンスターを、手札のモンスターとEXデッキに表側表示で存在するPモンスターの中から可能な限り特殊召喚できるのさ!」

「ほら、これがペンデュラムカード。で、ここに書いてあるのがPスケールで……」

「はえー、やっぱ実物見るとわかりやすいわ」

 

 沢渡の説明に、すかさず柚子が自分のPカードを瞬達に見せて補足を入れる。

 

「EXデッキって?」

「融合、シンクロ、エクシーズモンスターを入れるトコ。Pモンスターもフィールドを離れる場合はEXデッキに行くの」

 

 言葉だけじゃいまいち理解しづらい。やはり、実演や実践の方がわかりやすいような気がする。まあデュエルが進めばきっと自ずからわかるだろう。

 

「まずはワイルド・ホープのP効果を発動!それによってメロー・マドンナのスケールをターン終了時まで0から9に変更する!これで俺はレベル3から8のモンスターが同時に召喚可能!行くぜ、ペンデュラム召喚っ!」

 

 

「劇団の名悪役(ヒール)!レベル8、魔界劇団-デビル・ヒール!洒落た新人!レベル4、魔界劇団-サッシー・ルーキー!そして本日の主演!レベル7、魔界劇団-ビッグ・スター!」

「ははぁっ!」

「ふんっ」

「きゃははははっ!」

 

魔界劇団-デビル・ヒール ATK:3000

魔界劇団-サッシー・ルーキー ATK:1700

魔界劇団-ビッグ・スター ATK:2500

 

 沢渡のフィールドに、3体のモンスターが一気に揃う。劇団の名の通り、どれもが派手な衣装を身に纏った隻眼の人型モンスターの姿をしている。

 

「やっぱりソリッドビジョンを使ったデュエルは迫力が段違いよね〜。あー私も時間が取れたらやるのになー」

「瑞鶴、今度暇があれば僕とデュエルデートを……」

「初月は落ち着け、な?」

 

 エキサイティングして来た初月を、なんとか静止させるアラタ。この初月は、話す内容の大半が瑞鶴とデュエルの事なのだ。そういう点では、ハルと同じなのかもしれない。実際、これまでの会話の中でもちょくちょく意気投合してる節があったし。

 一方、瞬は、デュエルという未知の世界に圧倒され、言葉を失っていた。まだ序の口なのはわかっている。だが、モンスターが実体化するカードゲームなんて、瞬からすれば前代未聞なのだから仕方ない。隣では唯も同じような反応をしている。

 そしてもちろん、フィフティもこの場にいた。どうやら彼はあんまりデュエルには興味がないらしく、他の面々と比べると落ち着いているように見える。

 

「こっからが演目の始まり、というわけだね。たまにはこういうのも悪くないね。心躍るなぁ」

「本当かよフィフティ……目が笑ってなくない?」

「逢瀬くん、それはデフォルトだから安心して欲しい」

 

 はたしてそれは安心していいものなんだろうか。瞬は首を傾げるのであった。

 

「俺はカードを2枚伏せ、ターンエンドだ。さあ榊遊矢!テメェのデュエル、見せてもらおうじゃねーか!」

「言われなくとも!俺のターン!ドロー!」

遊矢:手札5枚→6枚

 

「俺はスケール6のEMギタートルをペンデュラムゾーンに発動!そして魔法カード、デュエリスト・アドベントを発動する!」

「遊矢もペンデュラムを使うのか」

「両者とも初動の手札消費の激しいペンデュラムの特性を補っているな」

 

 亀とギターが合わさったかのようなモンスターが出現し、光の柱に包まれ登ってゆく。遊矢は、自分の背丈程はある大岩に、華麗なジャンプで飛び乗り、カード効果の説明をする。

 

「デュエリスト・アドベントは、Pゾーンにカードが存在する場合、デッキから“ペンデュラム”と名のつくPモンスター、または“ペンデュラム“魔法・罠カードを1枚手札に加えることができる。俺はEMペンデュラム・マジシャンを手札に加える!」

 

 そして、遊矢は大岩から石柱に難なく飛び移り、デッキからカードを一枚手札に加える。先程の身のこなしからするに、どうやらアクションの面では遊矢の方に軍配が上がるようだ。

 

「そしてもう一方のペンデュラムゾーンにスケール6のEMリザードローを発動!」

「おいおい、同スケールじゃペンデュラム召喚できないって事を知らないわけじゃないわだろうに、何やってんだよ」

「ペンデュラム召喚はまだだよ。後のお楽しみってヤツ。俺はEMギタートルのP効果発動!もう一方の自分のPゾーンにEMカードが発動した時、1枚ドローできる!そしてEMリザードローのP効果!もう一方のPゾーンにEMカードが存在する場合、リザードローを破壊して1枚ドローできる!」

 

 沢渡の茶化しを笑って返しながら、遊矢はカード効果を続け様に発動させてゆく。Pゾーンにいたリザードローが光の粒子となって霧散すると引き換えに、2枚のドローを行い、手札を順調に増やしていく遊矢。

 

「俺は手札からEMドクロバット・ジョーカーを通常召喚!ドクロバット・ジョーカーの召喚成功時、デッキからEM・オッドアイズモンスター、または魔術師ペンデュラムモンスターの内一体を手札に加えることができる!俺はこのカードを手札に加える!」

「ハハッ!」

EM ドクロバット・ジョーカー ATK:1800

 

 某夢の国のネズミみたいな声を上げながら、遊矢の前にシルクハットを被り、黒と紫の奇術師が何処からともなく現れる。そして、遊矢はサーチしたカードを沢渡に見せる。二色の眼を持つ赤き龍 —— オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン。沢渡はそれを見て、真剣な表情になる。お互いにメインキャストが揃う瞬間が近づいているのだ。

 遊矢は腕を広げ、声高らかに宣言する。さあ、ショーの始まりだ。

 

Ladies & gentlemen(レディースエーンドジェントルメーン)!」

「なんだ?何が始まるんだ?」

「始まるのよ、遊矢のエンタメが!」

「さあご覧あれ!本家本元、私榊遊矢のペンデュラム召喚による、本日のキャスト達の御登壇です!」

 

 先程までとはうってかわり、芝居がかった口調に切り替わる遊矢。手札から一枚のカードを見せて、

 

「まずは手札からスケール3の、EMリターンタンタンをPゾーンにセットし、効果を発動!自分フィールドのEMカードを1枚手札に戻すことができます!これによりPゾーンのギタートルを手札に戻し、そして新たにスケール8のEMオッドアイズ・ユニコーンをPゾーンにセット。これでレベル4から7のモンスターが同時に召喚できます!」

 

 カードを動かしながら、砂浜に半ば埋もれた、祭壇らしき場所へと続く階段を駆け上がる。

 茶釜のような胴体を持つ狸がリザードローのいたPゾーンに入れ替わりに出現すると同時に、今度はギタートルが手札に戻り、新たに二色の眼を持つ小柄なユニコーンがPゾーンに置かれる。

 そして、階段の最上段沢渡の方に振り返ると、いよいよペンデュラム召喚に入る。

 

「揺れろ、魂のペンデュラム!天空に描け光のアーク!ペンデュラム召喚!現れろ、俺のモンスター達!手札からEMペンデュラム・マジシャン、EMラ・パンダ、そして本日の主役!二色の眼持つ龍、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン!」

EMペンデュラム・マジシャン ATK:1500

オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン ATK:2500

EMラ・パンダ ATK:800

 

 そう高らかに宣言した。すると、空からモンスター達が、遊矢のフィールド上に舞い降りてきた。華やかな衣装を身に纏ったEM達に混じって、けたたましい雄叫びをあげながら現れたのは、赤い体躯をもつ二色の眼を持つドラゴンだった。これが遊矢のエースモンスターである、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン。

 

「EMペンデュラム・マジシャンのP効果発動!このカードの特殊召喚に成功した時、自分フィールドの表側表示のカードを2枚まで破壊し、その数だけデッキからEMを手札に加える事ができる!俺はPゾーンのリターンタンタンを破壊し、デッキからスケール5のEMチェーンジラフを手札に加え、Pゾーンにセッティング!」

 

 リターンタンタンが消え、キリンの様なモンスターが入れ替わりにPゾーンに置かれる。幾つものモンスターが入れ替わり立ち替わりにフィールドに姿を現す様は、まさしくショーである。

 遊矢はオッドアイズの背中にひらり跨ると、ゴーグルをしっかりとかけ、不敵な笑みを浮かべながら宣言する。

 

「さあ行こうオッドアイズ!一気に駆けるぞ、バトルだ!」

 

 遊矢の言葉に、荒々しい鳴き声をあげて答えるオッドアイズ。瞬にはドラゴンの言葉は分からないが、やる気に満ち溢れているように感じられる。

 遊矢を背に乗せ、オッドアイズは砂浜を駆ける。その前方、地上から約4〜5mの位置に、アクションカードが浮遊しているのが見える。

 アクションカード。これがアクションデュエルの醍醐味である。フィールドに落ちているカードを利用して、戦況を変化させる。ランダム性の強さやアドバンテージの得やすさ故に嫌悪する人も多々いるのだが、それでもアクションデュエルにおける最重要な存在であることには変わりはないのだ。

 

「跳べっ!」

 

 遊矢の声に合わせて、オッドアイズが砂を思い切り蹴って飛び上がる。そのジャンプの頂点で、遊矢は立ち上がり、オッドアイズの背中から跳躍し、空中のアクションカードを見事にキャッチする。その身のこなしは、見事の一言に尽きる。

 オッドアイズの背中に難なく着地した遊矢は、改めて、前方で待ち構える沢渡に攻撃宣言をする。

 

「オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンで、魔界劇団-デビル・ヒールを攻撃!螺旋のストライクバースト!」

 

 遊矢の命令により、オッドアイズの口から、魔界劇団-デビル・ヒール目掛け、光線のようなものが発射される。ソリッドビジョンとは思えない迫力だ。

 

「そしてこの時、EMオッドアイズ・ユニコーンのP効果が発動!自分の“オッドアイズ”モンスターの攻撃宣言時、そのモンスターの攻撃力を自分フィールドの他の“EM“モンスター1体の攻撃力分アップさせる!俺はオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの攻撃力を、EMペンデュラム・マジシャンの攻撃力分、すなわち1500ポイントアップさせる!」

「ゴオオオオッ‼︎ 」

オッドアイズボン・ペンデュラム・ドラゴン ATK:2500→4000

 

 Pゾーンに存在する、EMオッドアイズ・ユニコーンの目が光ると同時に、EMペンデュラム・マジシャンの身体からオーラのようなものが流れ出て、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンへと注ぎ込まれてゆく。それに併せて、オッドアイズの咆哮もより力強いものになる。味方の力を得てパワーアップしたオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの攻撃が、沢渡に迫る。

 

「オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンがレベル5以上のモンスターとバトルする時、相手に与える戦闘ダメージは2倍になる!リアクションフォース!」

「くっ……!2000のダメージは流石に許容範囲外だっての!

 

 オッドアイズの光線が、一段と太さを増して沢渡に襲いかかる。必死に逃げる沢渡は、毒づきながら、石柱の上に置かれていたアクションカードを拾い、即座に発動させる。

 

「アクション魔法発動!奇跡!モンスターの戦闘破壊を無効にし、戦闘ダメージを半減する!」

「だがダメージは受けてもらう!」

「ぐっ……これくらい!」

沢渡:3000LP→2000LP

 

 デビル・ヒールの身体を覆う様にバリアの様なものが生成され、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの攻撃から身を守る。しかし、バリアに光線が直撃した時の衝撃で、沢渡の身体は石柱の上から吹き飛ばされ、砂浜へと落下する。

 口に入った砂を吐き出しながら、砂の中から身体を起こす沢渡に、遊矢のモンスターの追撃が迫る。

 

「EMペンデュラム・マジシャンで、魔界劇団-サッシー・ルーキーを攻撃!」

「攻撃力は向こうのほうが上なんじゃ……」

「ここでアクションマジック、アタック・フォース発動!自分フィールドのモンスターが自身より攻撃力の高い相手モンスターとバトルする時、モンスター1体の攻撃力を、ダメージ計算時のみ600アップする!」

EMペンデュラム・マジシャン ATK:1500→2100

 

 先程取得したアクションカードにより、EMペンデュラム・マジシャンが強化され、魔界劇団-サッシー・ルーキーを蹴り倒し、沢渡に戦闘ダメージを与える。

 

沢渡:2000LP→1600LP

 

「くそっ!だがサッシー・ルーキーは1ターンに1度、破壊されない」

「まだ俺の攻撃は残っているよ。ドクロバット・ジョーカーでもう一度サッシー・ルーキーを攻撃!今度は破壊だ!」

「うっ……」

沢渡:1600LP→1500LP

 

 

 

 

「だがこの瞬間、サッシー・ルーキーの効果が発動する!サッシー・ルーキーが破壊された時、デッキからレベル4以下の“魔界劇団“1体特殊召喚できる!こい、魔界劇団-コミック・リリーフ!」

魔界劇団-コミック・リリーフ:ATK1000

 

 破壊されたサッシー・ルーキーに代わり、新たに分厚い瓶底眼鏡を掛けた、小太りのモンスターがフィールド上に現れる。残ったEMラ・パンダの攻撃力では、攻撃したところで返り討ちに遭うだけ。実質的に、遊矢のモンスターの攻撃はこれで終了したようなものだ。

 沢渡のライフはかなり削れたものの、盤面的にはそこまで崩せてはいない。まだまだ油断は禁物だろう。遊矢は反撃に備え、カードを魔法・罠ゾーンに伏せておく。

 

「俺はカードを1枚伏せてターンエンド。EMオッドアイズ・ユニコーンの効果も終了し、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの攻撃力も元に戻る」

オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン:ATK4000→25000

 

 ターン終了の宣言と同時に、上昇していたオッドアイズの攻撃力が元の数値に戻る。

 ライフコストを支払ったとはいえ、ライフ的には、僅か2ターンでかなり追い込まれてしまった沢渡。だが彼も決闘者。これくらいで戦意喪失するような人間では無い。良くも悪くも諦めが悪いのが、沢渡シンゴという少年なのだ。

 服についた砂を払いながら、沢渡は自信満々にドローフェイズ突入を宣言する。まだまだ勝負はこれからだ、とでも言うかのように。

 

「俺のターン!」

沢渡:手札0→1枚

 

「この瞬間、魔界劇団-コミック・リリーフの効果が発動!自分スタンバイフェイズ時に、コミック・リリーフのコントロールを相手に移す!さあ行ってやりな、俺の演目はこっからが山場だぜ?」

 

 沢渡がそう言うと、沢渡のフィールドに居たコミック・リリーフが、ケタケタと笑いながら遊矢のフィールドへと移動してゆく。自分のモンスターを相手に渡して、何をするつもりなのだろうか?

 不思議に思うギャラリー達を他所に、沢渡は自身たっぷりの笑みを浮かべながら、効果の説明を続ける。仕込みは終わった、ここからは此方の舞台だ、とでも言うかのように。

 

「コミック・リリーフのコントロールが移った時、その元々の持ち主は自分フィールドにセットされた“魔界台本”カードを1枚破壊できるのさ!」

「自分のセットカードを自分で破壊⁉︎ 一体何を考えて……」

「まあ黙って見てろよ」

 

 沢渡はそう言いながら、自分の魔法・罠ゾーンに伏せていたカードを破壊する。

 

「破壊したのは魔界台本『ロマンティック・テラー』!このカードが相手の効果で破壊された場合、デッキから魔界台本を任意の数まで魔法・罠ゾーンにセット出来るのさ!俺は3枚のカードを伏せる!」

 

 破壊する対象は沢渡が決めてはいるものの、コミック・リリーフは今、遊矢のフィールドに存在するモンスターである。一応相手フィールドで発動した効果であるので、「相手の効果で破壊された」事になるようだ。早速デュエルのややこしさを見せつけてきている。

 破壊されたカードの効果により、新たに3枚の魔界台本カードが魔法・罠ゾーンにセットされる。一体何を伏せられたのだろうか。

 

「そして再びワイルド・ホープのP効果発動!メロー・マドンナのスケールを0から9に!そしてペンデュラム召喚!今一度御登壇の時だ、魔界劇団-サッシー・ルーキー!」

魔界劇団-サッシー・ルーキー:ATK1700

 

 先程破壊されたサッシー・ルーキーが、何語とも無かったかのように、再びフィールド上に舞い戻ってくる。

 

「あれ、あのモンスターはさっき破壊された筈じゃ」

「Pモンスターは破壊されても墓地に行かず、EX(エクストラ)デッキに移るの。そしてEXデッキに表側表示で加わったPモンスターは、ペンデュラム召喚で場に呼び出せる。これがペンデュラム召喚の一番の特徴ね」

「えっと……それってつまり?」

「Pスケールが無事ならば、普通に破壊しても毎ターン甦っちゃうのさ。いやーほんとヤバい召喚法だね」

「アンデットでもないのに、そんなにわんさか蘇るとかアリかよ……」

「墓地からの特殊召喚なんか日常茶飯事だけど?」

「いやそういう意味じゃなくてね?」

 

 柚子と初月の説明を聞いて、改めて遊矢と沢渡のデッキの恐ろしさを理解する瞬と唯。たった一度の特殊召喚で、何体ものモンスターを呼び出すペンデュラム召喚。デュエルモンスターズの中でも取り分けて厄介な召喚法を操る両者の勝負の行方から、いやでも目が離せなくなる。

 視点を戻して、沢渡のフィールド。彼はセットした魔界台本カードの内の一つを発動させる。ここからが彼の逆襲の始まりだった。

 

「そして先程セットした魔法カード、魔界台本『魔王の降臨』。俺のフィールドの攻撃表示の魔界劇団モンスターの種類の数まで、場の表側表示カードを破壊する!俺はお前のフィールドの魔界劇団-コミック・リリーフと、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン、EMペンデュラム・マジシャンを破壊する!ここから先は俺の舞台、邪魔者には降板願おうかなぁ!」

 

 用済みだと言わんばかりに、コントロールを渡した自分モンスター諸共、遊矢の場のモンスターを消し飛ばしてしまう。オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンが破壊された事で、その上に乗っていた遊矢は宙に放り出され、波打ち際へと背中から落っこちてしまう。

 しかし、落下しながらも、遊矢は伏せていたカードを発動させる。

 

(トラップ)発動!フレンドリーファイア!相手がカード効果を発動した時、そのカード以外のフィールドのカード1枚を破壊する!

 

 狙いは沢渡の伏せカード。

 しかし、それはまさしく藪蛇だった。

 

「馬鹿かよ!破壊された魔界台本『魔界の宴タ女(エンタメ)』効果発動!このカードが相手によって破壊された時、デッキから“魔界劇団“Pモンスターを任意の数だけ特殊召喚する!追加キャストの御登壇だ、魔界劇団-ファンキー・コメディアン、魔界劇団-プリティ・ヒロイン!」

魔界劇団-プリティ・ヒロイン:ATK

魔界劇団-ファンキー・コメディアン:ATK300

 

 カードが減るどころか、かえって増えやがった。新たに召喚された魔界劇団を含め、これで沢渡の場には5体のモンスターが集結した。前のターンとは立場がまるで逆転してしまっている。

 

 

「ファンキー・コメディアンは召喚・特殊召喚に成功したとき、自分の攻撃力を、自分の場の“魔界劇団”モンスターの数×300アップする。俺の場には5体の劇団員達。よって1500ポイントアップだ」

魔界劇団-ファンキー・コメディアン ATK300→1800

 

「そしてセットしていた魔法カード、魔界台本『オープニング・セレモニー』を発動。自分の場の“魔界劇団”モンスターの数×500LPを回復。これで振り出しに戻ったというわけよ」

沢渡:1500→4000LP

 

 沢渡の場には5体の魔界劇団モンスター。よって2500ポイント回復する。彼のいうとおり、先のターンまでのダメージを帳消しにしてしまった。いや、振り出しというより、一気に遊矢が追い込まれてしまった。遊矢の場のモンスターは、先程の“魔界台本「魔王の降臨」”で主力のオッドアイズをはじめ、半数近くが破壊されてしまった。一方、沢渡のフィールドには高打点のデビル・ヒール、ビッグ・スターを含め5体のモンスター。誰の目から見ても、沢渡が優勢なのは一目瞭然だろう。

 

「魔界劇団-ファンキー・コメディアンのもう一つの効果発動!他の魔界劇団1体の攻撃力を、ターン終了時までファンキー・コメディアンの攻撃力分、アップさせる!俺はデビル・ヒールの攻撃力を上げる!」

魔界劇団-デビル・ヒール ATK3000→4800

 

 ただでさえ高打点だったデビル・ヒールが、更にパワーアップする。今遊矢の場にはEMドクロバット・ジョーカーとEMラ・パンダの2体のみ。どちらの攻撃力も、今のデビル・ヒールには遠く及ばない。

 沢渡は調子づいて、意気揚々と更なる攻撃をする。

 

「バトルだ!プリティ・ヒロインで、EMラ・パンダを攻撃!」

「ラ・パンダの効果発動!1ターンに1度、Pモンスターへの攻撃を無効にする!」

 

 だが、その攻撃は凌がれてしまう。プリティ・ヒロインの攻撃はラ・パンダに当たる事なく、虚空に霧散する。

 しかしたった1回の攻撃を無効にしたところで、沢渡のフィールドにはまだまだモンスターが残っている。この調子ならば、このターンで遊矢のライフを削り切れる。

 

「ならビッグ・スターでもう一度ラ・パンダを攻撃!」

 

 既にラ・パンダの効果は使用済みであるため、ビッグ・スターの攻撃を防ぐ事は出来ず、ビッグ・スターの飛び蹴りをくらったラ・パンダは爆散し、遊矢は大ダメージを受けてしまう。

 

「ぐっ……」

遊矢:4000→2300LP

 

「そして、魔界劇団-プリティ・ヒロインの効果発動!自分または相手が戦闘ダメージを受けたとき、相手の表側表示モンスター1体の攻撃力をその戦闘ダメージの数値分ダウンさせる!」

EMドクロバット・ジョーカー:ATK1800→100

 

 先の戦闘で遊矢に発生したダメージは1700。よって遊矢の場のドクロバット・ジョーカーの攻撃力がその分ダウンする。このまま攻撃を受け続けてしまえば、ライフが尽きて負けてしまう。

 

「デビル・ヒールでトドメ……と、いきたいが、もうちょっとだけショーを長引かせてやるか。簡単に幕引きにしちまったらつまらないしな!魔界劇団-サッシー・ルーキーでドクロバット・ジョーカーに攻撃!」

 

 完全な舐めプ発言をかます沢渡。この状況ならば、どの順番で攻撃しようが、遊矢のライフを削り切れるとふんだのだろう。攻撃命令を受けたサッシー・ルーキーは、弱体化したドクロバット・ジョーカーの顔面に右ストレートをお見舞いし、ドクロバット・ジョーカーを撃破する。

 1600の戦闘ダメージ発生により、これで遊矢のライフは700。攻撃力4800の魔界劇団-デビル・ヒールの攻撃を受けてしまえば、遊矢のライフは尽きる。

 —— と思っていた沢渡だったが、遊矢はまだまだ倒れない。ドクロバット・ジョーカーの破壊をトリガーとして、すかさずカードの効果を発動する。

 

「EMチェーンジラフのP効果!自身モンスターが戦闘破壊された時、チェーンジラフを破壊することで、破壊されたモンスターを特殊召喚する!来い、EMドクロバット・ジョーカー!この効果で特殊召喚したモンスターはこのターン、戦闘では破壊されない」

EMドクロバット・ジョーカー:DFE100

 

 Pゾーンに存在していたチェーンジラフの背中から、鎖が数本伸びてゆき、破壊されたドクロバット・ジョーカーをフィールド上に釣り上げる。効果発動の代償として、チェーンジラフは破壊されて居なくなったが、これでこのターン、遊矢は攻撃を凌ぎ切る事がほぼ確定した。

 沢渡は自身のプレイングミスを後悔して悔しがり、捨て台詞を吐きながら、渋々自分のターンを終了する。

 

「先にデビル・ヒールで攻撃してれば良かったぜ畜生……覚えてろよ!俺はカードを1枚伏せてターンエンド!ファンキー・コメディアンとワイルド・ホープの効果も終了し、メロー・マドンナのPスケールとビッグ・スターの攻撃力も元に戻る!」

魔界劇団-メロー・マドンナ:Pスケール9→0

魔界劇団-デビル・ヒール:ATK4800→3000

 

 ファンキー・コメディアンは、自身の効果を使用したターンは攻撃ができない上、仮にできたとしても戦闘では破壊できないし、守備表示のモンスターを攻撃しても、基本的にはダメージは与えられない。要するに、このターンで仕留めるのは不可能になったというわけだ。

 一方、遊矢はなんとか攻撃は凌いだが、遊矢の場はほぼガラ空き。手札にはEMギタートルが1枚のみ。これだけでは沢渡の盤面は崩せない。勝負の命運は、このドローにかかっている。

 

「あれ大丈夫なの?遊矢のフィールド、壊滅じゃん」

「いや唯、ゲームは最後の最後まで何が起こるかはわからないモンだよ。たった一度のドローで勝敗が決する……それがカードゲームの醍醐味なのさ!ドヤァ!」

「さっすがネプテューヌ!ゲーム知識だけは豊富なんだから!」

「いやあそれ程でも?なんせゲェムギョウ界の女神ですし?これくらい朝飯前だしぃ?もっと褒めてもいいんだよ?ねえ瞬?」

 

 感心した湖森におだてられ、得意げになって瞬にマウントを取ってくるネプテューヌ。だが悲しいかな、瞬はデュエルを観るのに夢中になっている為、ねぷアピールをガン無視してらっしゃる。なんだかんだいって、デュエルという未知の世界に興味津々なのであった。

 

「……」

 

 遊矢は、無言でデッキに手をかける。いつだって、どんな決闘者でも、ドローの時は必死に祈るものだ。デッキトップの一枚を手にかけ、指に力を込める。

 —— こんな時こそ笑え。これくらい、全然大したことないだろう?

 皆を笑顔にするエンターテイナー自身が、笑顔でなくてどうする?さあ笑ってカードを引こう。そうすればきっと、デッキも応える。遊矢は、思い切り笑顔になって、カードをドローする。

 

「お楽しみは、これからだ!」

 

 勢いよく引いたカード。それを確認した遊矢の頬が上がる。

 

「まずは手札から魔法カード、EMキャスト・チェンジを発動!これにより手札のEMを任意の枚数相手に見せた後、そのカードをデッキに戻してシャッフル、そして戻した数+1枚カードをドローする。俺の手札には、前のターンで手札に戻したEMギタートルが1枚。よって1枚戻して2枚ドロー!」

 

 要するに手札交換のカードだ。遊矢は、手札のEMギタートルを公開した後にデッキに戻す。デュエルディスクの機能により、デッキが自動でシャッフルされる。そして改めて、遊矢はデッキから2枚のカードをドローする。

 さて、ドローの結果は如何に。遊矢はドローしたカードをまじまじと見つめると、にっこりと笑う。

 

「さーて、結果は……あれ、まだまだ出るのは先ってことか。続いて手札を1枚捨て、魔法カード、ペンデュラム・コールを発動!デッキからPスケールの異なる“魔術師”Pモンスターを2体まで手札に加える!俺はスケール0の調弦の魔術師と、スケール1の龍脈の魔術師を手札に!そして、セッティング済みのEMオッドアイズ・ユニコーンと、スケール1の龍脈の魔術師で、Pスケールをセッティング!これでレベル2から7のモンスターが同時に召喚可能!」

 

 空いていたもう片方のPゾーンに、青を基調とした衣装の、杖を持った人型モンスターがのぼってゆく。

 

「更にコストとして墓地に送った罠カード、ペンデュラム・ラバーズの効果!このカードが効果で墓地に送られた時、自分の墓地にモンスターカードが無ければ1枚ドローできる!」

遊矢:手札2→3枚

 

 そして遊矢は、もう一枚のカードを発動する。

 

「そして……またまた運試しの時間みたいだ。これが正真正銘、運命のドロータイム!手札から魔法カード、ペンデュラム・ホルトを発動!」

「また魔法カード……」

「このカードは、自分のEXデッキに表側表示のPモンスターが3種類以上いる場合に発動できるカード。発動後、ターン終了時までデッキからカードを加えられなくなる代わりに、2枚ドローできるんだ」

「サーチもドローも出来なくなる……それってキツく無い?」

「うんキツイよ。デュエルにおいて、手札アドバンテージはとても重要。それを増やす手段を封じるとなると、結構厳しいね」

 

 手札アドバンテージが直に影響してくるデュエルモンスターズにおいて、たった1ターンでも手札を増やせないのはかなりキツイ。他のカードゲームにあるような、マナだのコストだのの概念が希薄なこのゲームならば、それは尚更のこと。

 遊矢は、いいカードを引き当てることを祈りながら、デッキから2枚のカードを引く。いつだってドローはドキドキするのだ。たった一回のドローが、勝利を導くことは日常茶飯事なのだから。

 思い切り力を込めて引いたカードを、遊矢は確認する。その顔は、笑っていた。

 

「今一度揺れろ、魂のペンデュラム!天空に描け光のアーク!ペンデュラム召喚!今一度舞い戻れ!EXデッキからオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン!手札から、EMファイア・マフライオ!チューナーモンスター、調弦の魔術師!」

オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン:ATK2500

調弦の魔術師:ATK0

EMファイア・マフライオ:ATK800

 

 先程破壊されたオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンに加え、新たに2体のモンスターがフィールドに現れた。1体は、先程のEM達と似たように、煌びやかな衣装を身につけた、炎の立髪を持つライオンだが、もう1体は、EMとは明らかに風貌が異なる、音叉のような形状の杖を持ち、白いローブを身に纏った小柄な人型モンスターだった。

 

「調弦の魔術師の効果発動!手札からP召喚に成功した時、デッキから他の“魔術師”Pモンスター1体を、効果を無効にして守備表示で特殊召喚する!来い、黒牙の魔術師!」

黒牙の魔術師:DFE800

 

 調弦の魔術師が杖に付いていた音叉を鳴らすと、何処からともなく、黒と紫を基調とした服装の、やや筋肉質な人型モンスターが現れる。

 

「手札に加えられないなら、直接場に出せば良いのさ!」

 

 遊矢の言う通り、手札は増やせないが、手札を介さずにデッキから直接場に引っ張ってくる事は可能だ。

 そして遊矢は、フィールドに揃った2体の魔術師を利用して、ある事を行う。

 

「俺はレベル4の黒牙の魔術師に、レベル4の調弦の魔術師をチューニング!剛毅の光を放つ勇者の剣!今ここに閃光と共に目覚めよ!シンクロ召喚!レベル8、覚醒の魔導剣士(エンライトメント・パラディン)!」

覚醒の魔導剣士:ATK2500

 

 遊矢がそう宣言すると、調弦の魔術師の身体が、四つの緑色の輪に変化して一直線に並んでゆき、その輪を黒牙の魔術師が潜ってゆく。すると、黒牙の魔術師の身体が4つの光球に変化し、やがて光の柱なってフィールドに降り注ぐ。

 激しい光の後に現れたのは、純白の法衣を身に纏い、双剣を構えた剣士だった。一体何が起きたのかわからない瞬に、見かねた権現坂が説明を加える。

 

「シンクロ召喚?」

「チューナーと呼ばれるモンスターと、それ以外のモンスターのレベルの合計となるレベルのシンクロモンスターを、EXデッキから特殊召喚する方法だ。要するにレベルの足し算だな」

「ペンデュラム以外にも色んな召喚法があるんだな」

「EXデッキからの特殊召喚!実に燃えるよねー」

 

 どうやらペンデュラム以外にも色々とあるらしい。奥が深いというか、複雑というか……。

 

「覚醒の魔導剣士の効果!“魔術師”Pモンスターを素材に(シンクロ)召喚に成功した時、墓地の魔法カードを手札に加える!俺が選択するの、アクション魔法、アタックフォース!」

 

 覚醒の魔導剣士が、装備していた二振りの剣の柄同士を合体させ、それを前方で回し始める。すると、周囲のアクションフィールドの破壊された部分が、まるで時間が巻き戻るかのように治ってゆく。やがて覚醒の魔導剣士が剣を再び分離させると、それはピタリと止んだ。そして、遊矢の手にはいつのまにかアクションカードが1枚握られていた。

 遊矢はバトルフェイズ突入を宣言すると、オッドアイズに攻撃命令を出しながら、サルベージしたアクションカードを発動させる。

 

「バトルだ!オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンで魔界劇団-デビル・ヒールを攻撃!そしてこの時、アクション魔法、アタック・フォースを発動!オッドアイズの攻撃力を、ダメージステップ終了時まで600アップ!」

オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン:ATK2500→3100

 

 オッドアイズの攻撃力がデビル・ヒールを上回る。沢渡は砂浜を掛け、防御札を求めてアクションカードを必死に探す。

 そして見つけたのは、藻やタニシに覆われた石造のアーチの上。しかし、取得は間に合わずに、オッドアイズの攻撃を受けてしまう。

 

「ぐへぇっ‼︎」

沢渡:4000→3800LP

 

 オッドアイズの効果により2倍の戦闘ダメージを受けるが、沢渡はサッシー・ルーキーを踏み台にして、遅ればせながらアーチの上のアクションカードを入手する。

 そして、すかさず魔界劇団-プリティ・ヒロインのモンスター効果を発動させる。その効果は、先のターンで使用したので、軽く説明するだけで良いだろう。

 

「魔界劇団-プリティ・ヒロインの効果発動!自分または相手が戦闘ダメージを受けた時、相手モンスター1体の攻撃力を、そのダメージの数値分ダウンさせる!」

オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン:ATK3100→2500→2300

 

 せっかく上昇したオッドアイズの攻撃力が、元々の数値以下に下がってしまう。

 しかし、これくらいで遊矢の攻勢は止まらない。

 

「EMファイア・マフライオの効果!自分のPモンスターが相手モンスターを戦闘破壊した時、そのモンスターはバトルフェイズ終了時まで攻撃力が200アップし、もう1度攻撃できる!オッドアイズで、魔界劇団-サッシー・ルーキーをを攻撃!螺旋のストライクバースト!」

オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン:ATK2300→2500

 

 ファイア・マフライオの立髪の炎が勢いよく吹き上がり、オッドアイズの前方に火の輪を作り出す。遊矢はオッドアイズの背中に再び乗り、

 

「行け!」

 

 なんと、そのまま火の輪くぐりを始めた。いくらソリッドビジョンといえど、よくもまあそんな事を臆せずもできるものである。火の輪を潜ったオッドアイズの攻撃力は、プラマイゼロで元の数値に戻る。そして、サッシー・ルーキー目掛け、口から光線を発射する。

 サッシー・ルーキーのレベルは4であるために、オッドアイズの効果による戦闘ダメージ倍化は出来ない。だが、それでもダメージは十分通る。

 しかし、沢渡もタダではやられない。すかさず、伏せていたカードを発動させる。

 

「速攻魔法発動!Ai(アイ)打ち!自分と相手のモンスター同士がバトルする時、そのダメージ計算の間のみ、自分モンスターの攻撃力を相手モンスターと同じにする!そしてダメージステップ終了時にモンスターが戦闘破壊されたプレイヤーは、その元々の攻撃力分のダメージを受ける!」

「道連れ……⁉︎ 」

「いや、サッシー・ルーキーは1ターンに1度だけ、戦闘・効果による破壊を無効にできる!破壊されるのはお前のモンスターだけだよ!」

 

 沢渡が勝ち誇った様に言うと同時に、両者のモンスター同士の攻撃が衝突する。すると、それを中心に爆発が起き、砂と海水が巻き上げられる。沢渡は飛んできた砂から咄嗟に顔を守りながら、勝利を確信していた。自分の勝ちだと。

 近くにあった、横倒しになっている石柱に登り、そこから遊矢のやられた様を見下してやろうと思う沢渡。爆煙が晴れ、遊矢の姿が顕となる。そこには、沢渡の思惑とは裏腹に、無傷で佇むオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンと遊矢の姿があった。

 

「な、んで……」

「墓地の罠カード、ペンデュラム・ラバーズの効果を発動したのさ。このカードを墓地から除外することで、Pモンスター1体の破壊を無効にした」

 

 一体いつ、そんなカードを墓地に落としたんだと、沢渡はこれまでのデュエルの流れを思い返す。そして、思い至った。このターンの初めの方に、ペンデュラム・コールの効果発動のコストで捨てた手札。それがこの罠カードだったようだ。

 悔しそうに歯軋りをする沢渡だったが、遊矢の攻撃はまだ残っている。自信満々に、遊矢は攻撃宣言をする。

 

「デュエルは何が起こるか分からないものだろ?さあ、デュエル続行だ!覚醒の魔導剣士で魔界劇団-プリティ・ヒロインを攻撃!」

「ぐっ⁉︎ 」

沢渡:3800LP→2500LP

 

 覚醒の魔導剣士の二刀流による軽やかな剣戟で、プリティ・ヒロインは呆気なく倒される。プリティ・ヒロインの効果は既に使用済みなんで、効果は発動しなかった。

 必死に踏ん張る沢渡に、更なる追撃が迫る。

 

「覚醒の魔導剣士の効果発動!相手モンスターを戦闘破壊した時、その元々の攻撃力分のダメージを与える!」

「させねえ!アクション魔法“加速”発動!効果ダメージを0にする!」

 

 遊矢がそう言うと、覚醒の魔導剣士が斬撃を放ってくるが、沢渡は先程取得したアクションカードを使用する。すると、沢渡の動きが数秒間だけ速くなり、覚醒の魔導剣士が放った斬撃を難なく回避する。斬撃が直撃した石柱は木っ端微塵に砕け散る。

 沢渡は服についた砂を払いながら、すくりと立ち上がり、いきなり笑い始めた。

 

「遊矢、仕留め損なったな。お前の攻撃モンスターは、ドクロバット・ジョーカーとファイア・マフライオの2体。だがその2体の攻撃を受けても俺のライフは残る!残念だな!次のターンで俺が勝つぜ!」

 

 自分を仕留めきれなかった遊矢を笑いながら、次のターンへの展望を自信満々に言う沢渡。確かに、沢渡の言うとおり、今の遊矢の場のモンスターでは沢渡のライフは削りきれない。ドクロバット・ジョーカーでサッシー・ルーキーを、ファイア・マフライオでファンキー・コメディアンを攻撃しても、与えられるダメージは僅か600。沢渡の2500LPを削りきれない。

 だが、デュエルでは一瞬の油断が命取りになる。何が起きるか分からないのがデュエルなのだから。最後まで気を抜かなかった奴が、勝つ。

 

「まだだ。俺は速攻魔法、瞬間融合を発動!自分フィールドから融合モンスターによって決められた融合素材モンスターを墓地に送り、EXデッキから融合モンスター1体を融合召喚する!」

 

 遊矢が手札から、その魔法カードを発動すると、遊矢の背後に渦のようなものが出現し、その渦にオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンと、覚醒の魔導剣士が吸い込まれてゆく。

 今度は一体何が起ころうというのだろうか。

 

「勇者の剣を振るう魔道士よ!眩き光となりて龍の眼に今宿らん!融合召喚!秘術ふるいし摩天の龍!ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴン!」

ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴン:ATK3000

 

 遊矢のその口上に呼応するように、渦の中から、新たなモンスターが飛び出してきた。そのモンスターの見た目はオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンと似て入るが、片目が眼帯で隠れていることと、背中に輪のようなものがぶっ刺さっているところが異なっている。

 

「今度は融合……」

「融合魔法によって、融合モンスター毎に決められた、特定のモンスター同士を合体させる召喚法ね。私もこう見えて融合を使うの」

「へえ……」

 

 すかさず柚子の説明が入る。シンクロ・ペンデュラムと比べると、融合は文字通りの意味なので、まだ分かりやすい。

 

「融合ってロマンあるよな。男なら一度は合体ロボにうつつを抜かすものだよ、うん」

「提督古ーい。いつの話よいつの。合体ロボなんか今ではあんまり見かけないっての」

「見かけるわたわけ!合体も融合も、変わらず男のロマンなんだよ異論は認めねえ!」

 

 融合から脱線して、潮原提督が男のロマンについて語り始めるが、瑞鶴にばっさりと否定されてしまう。

 どうでもいいが、川内の(そんな)姿でオッサン臭い事言ってると、なんかシュールさというか、そういった類のものを感じてしまうのは気のせいだろうか。

 

「ルーンアイズは、融合素材となった魔法使い族モンスターのレベルによって攻撃回数が変化するモンスター。魔法使い族である覚醒の魔導剣士はレベル8。よって攻撃回数は3回だ!」

「うーそーだああああああああああああああっ!」」

「行こうルーンアイズ!魔界劇団-ビッグ・スターを攻撃!シャイニーバースト!」

 

 遊矢はルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの背中の輪に捕まりながら、攻撃宣言をする。ルーンアイズの背中の輪から放たれた光線は、瞬く間にビッグ・スターの全身を包み込んでしまう。

 

沢渡:2500LP→2000LP

 

「トドメだ!魔界劇団-ファンキー・コメディアンを攻撃!進撃のシャイニーバースト!」

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ⁉︎ 」

 

 攻撃対象となったファンキー・コメディアンはその場から逃げようとするも、それは間に合わず、沢渡諸共ルーンアイズの攻撃に一瞬で飲み込まれてしまった。爆発音と、沢渡の断末魔の叫びが、デュエルフィールド中に響き渡る。

 —— 見事なオーバーキルだった。

 

沢渡:2000LP→0LP

 

 ライフが尽きた事を告げる音が沢渡のデュエルディスクから鳴り、それとともに、モンスター達の姿を映していたソリッドビジョンも消え去る。

 瞬達は観客席からデュエルフィールドに立ち入る。遊矢は瞬達の方に振り返ると、お辞儀をしながらデュエルの感想を訊く。

 

「どう?少しはデュエルに興味持ってもらえたかな?」

「目まぐるしい攻防だった……でもこれ、初心者には刺激強くないか?」

 

 一進一退のバトルにハラハラさせられたのは事実だが、初心者の瞬には、ところどころ何が起きているのか分からない箇所があった。遊矢もそう言われて、すこししょんぼりとする。

 

「かもね……そこはちょっと反省しなきゃな。

「相変わらず殺意高すぎるぜお前のデッキよ……エンターテイナーというか、ガチで殺しにかかってない?」

 

 沢渡が文句を言うが、彼のいうとおり、複数回攻撃や直火焼き(バーン)効果でフィニッシュを決めるのは、果たしてエンタメなのか。難しい問題である。

 

「エンターテイナー……それを目指してんのか?」

「ああ。今はまだ道半ばだけど、いつか父さんを追い越してみせる。俺はデュエルで皆を笑顔にしたいんだ」

「笑顔かー、それはまた難しい夢だよねー。でもほら、諦めずに努力すれば夢は叶うから!うん!ファイトだぜ遊矢っち!」

 

 遊矢の夢語りを聞いた唯は声援を送るが、若干適当な言い方だと思うのは瞬だけだろうか?

 

「デュエルで笑顔を、か……」

 

 瞬は、遊矢の言葉を聞いて、そう呟く。

 遊矢もまた、夢に向かって邁進する人種なのだ。それは瞬からすれば、眩しいものだった。自分にはないものだからこそ、余計にそう見えるのかもしれない。

 

「デュエルとかよくわかんないけど……まあなれるんじゃないか?努力が実るかどうはか人それぞれだけど、夢を叶えた奴は皆努力してる。だから、進む道が見えてるなら、多分大丈夫だよ」

「瞬……ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」

「ちょっとデュエルに興味湧いてきたかも」

「それはもっと嬉しい。俺達のデュエルがキッカケになってくれるなんて、最高だよ!ほら、さっきのデュエルについて色々と解説とか —— 」

 

 デュエル談義が始まりそうだ。

 やれやれ、これは長くなりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼は憎悪の中で生きていた。

 始まりは、前世で見たとある娯楽作品(アニメ)だった。長年にわたって愛されているカードゲームを題材にした作品。いつものように、期待しながらそれを見始めた。

 

 

 

 だが、その期待は裏切られた。

 ストーリー、キャラクター、カードバトル。それら全てが散々な有様だった。はっきり言って、誇りあるカードゲームに泥を塗る内容に、彼は怒った。

 あんなものを認めるわけにはいかない。なんであんなものを作った。

 その憎悪の矛先は、作品の象徴である榊遊矢(しゅじんこう)に向けられた。エンタメとは程遠い、デュエルを汚す害虫。脚本の被害者?いや違う。あれは生まれながらの邪悪。生まれてはならなかった存在。

 気に食わなかった。あんなのが遊戯王だなんて、俺は認めない。皆もそう言って叩いている。だから正しい。

 だから自分がやる。この手で、あの屑を殺すんだ。

 

 

 

 

 

「いやあ派手だったね……目眩がしそうだよ」

「ふふん、志村さんはまだまだですね。強豪同士のデュエルはもっともっと迫力あるんですから!」

 

 公園内のデュエルコートに付属している、リアルソリッドビジョンシステムの操作室。僅かに開いた扉から、話し声が聞こえる。どうやら、誰かがこのデュエルコートを借りているようだ。

 ドアの隙間から中の様子を伺う。操作盤に向かっている少年と少女の後ろ姿と、コート内部の様子を映し出すモニターが見える。そのモニターに映っている人物の姿を見た瞬間、彼の中で燻っていた憎悪は、一瞬で決壊した。

 

「榊……遊矢……!」

 

 それは、彼が最も忌み嫌う存在(キャラクター)。彼が転生した最大の理由。アイツを糾弾し、蹂躙し、否定するために、この命はあるといっても過言ではない。その執念は狂気の領域に達するものであるのだが、転生者という存在の中には、彼のような人種はごまんといるのだ。これくらい普通なのだ。

 ともかく、憎む相手の姿を確認した彼は、冷静さをかなぐり捨てると、転生した際にもらったとある力を解放させる。転生特典を暴走させ、強化する外法。その名はオリジオン。

 彼はオリジオンに変身すると、操作室の扉を蹴破って中に入る。憎悪に支配されている彼にとって、先客の存在など、煩わしいだけだった。

 

「うわぁっ⁉︎ お、オリジオン⁉︎ なんでこんなところにぃ⁉︎ 」

「お、お兄ちゃん!お兄 —— 」

 

 オリジオンの姿を見て、助けを呼ぼうとして立ち上がった少女の側頭部を、彼は即座にぶん殴った。彼女の意識は一撃で途切れ、ソリッドビジョンシステムの操作盤に頭を強打しながら、先程まで座っていた椅子ごと床に倒れる。

 打ちどころによっては死んでいるかもしれないが、そんなことはどうでもいい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「湖森ちゃん……!君、なんてことをするんだ!」

「うるさい黙れ!俺の邪魔をするな!」

「ぶけふぁっ⁉︎ 」

 

 口答えしてきた少年の頭を鷲掴みにし、壁に叩きつける。冷たいコンクリート壁と人間の頭がぶつかり合う、鈍い音が部屋中に響き渡り、頭を打ちつけられた少年は、後頭部から血を流しながらずるずると床に崩れ落ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、瞬は?」

「ヒビキちゃんと一緒にトイレだって」

「字面だけだと完全に事案だな……」

 

 デュエルが終わり、数分が経った。どうやら瞬は席を外しているらしい。

 

「じゃ、そろそろ片付けましょ」

「そうですね」

 

 さて、デュエルも終わったことだし、いい加減ソリッドビジョンを解除すべきだろう。いつまでも公共のデュエルコートを占領しているわけにはいかない。

 操作室にいる志村達に、ソリッドビジョンを切ってもらうよう呼びかけなければなるまい。

 

「もうリアルソリッドビジョン解除していいよ、志村ー」

 

 唯が呼びかけるが、操作室からの返事はない。

 

「志村?湖森ちゃん?」

 

 幾度呼べども、彼らからの返事はない。そう言えば、2人ともまだ、リアルソリッドビジョンの操作室から出てこない。どうしたのだろうか。やけに静かだ。

 数分が経過して、痺れを切らした沢渡が、呼びに行こうと動き出す。

 

「なんだよ、俺が直接呼びにでも —— 」

「……」

 

 が、その時だった。

 沢渡の背後に、突如として現れる1体のドラゴン。姿は、霧に包まれたように視認が困難だが、そのドラゴンは、ひと吠えすると、沢渡に対してその尻尾を叩きつけようと、身体を大きく捻り出した。

 それに気づいた皆は、まだ気づいていない沢渡に呼びかけるが、

 

「沢渡後ろぉ!」

「んへぇ?」

 

 遊矢の叫びは惜しくも届かず、勢いよく振り回されたドラゴンの尻尾は沢渡の背中にクリーンヒットし、沢城は間抜けな声をあげて飛んでいった。

 

「がはぁっ……!」

「沢渡さんんんんんんんんん⁉︎」

「なんなんだよいきなり!リアルソリッドビジョンで殴るとか正気じゃねぇ!」

「大丈夫っすか沢渡さん!」

 

 取り巻き達が驚きながら、リアルソリッドビジョンでできた砂浜に突き刺さった沢渡に駆け寄っていく。

 

「やれ、夢幻のスパイラルフレイム!」

「グアアアアッ‼︎ 」

「やめろ!何やってんだお前!」

 

 続け様に、吹っ飛んだ沢渡に駆け寄ってゆく取り巻き達に向かって、ドラゴンが口から光線を発射した。

 

「え」

「何」

「あ」

 

 取り巻き達が振り返った時には、すでに光線は彼らの眼前にきていた。そのまま、何が起きたかも理解する暇すら与えられず、気絶した沢渡を巻き込んで、取り巻き達は光線に飲み込まれてしまう。爆発を起こし、まるでボールのように4人の身体が宙を舞い、そのまま観客席に頭から突っ込んでゆく。

 その暴挙に、遊矢は思わず怒りをあらわにする。間違いない。これは、ソリッドビジョンを用いた暴力行為だ。

 

「いきなり何してんだよお前!こんな事しちゃ駄目だろ!」

「警察と救急車を呼ぶ!お前らはここから離れろ!」

 

 危機的状況だと判断した潮原提督の指示のもと、翔鶴がスマホで警察と救急に通報し、瑞鶴が皆を避難させようとする。が。

 

「提督、電波がつながりません!」

「な⁉︎ リアルソリッドビジョンに阻まれて出られないんだけど⁉︎ 」

 

 そのどちらも失敗に終わる。スマホは圏外、出口はいつのまにかリアルソリッドビジョンで塞がれてしまっている。普通は観客席はソリッドビジョンの範囲外なのだが、これは一体どうした事か。

 が、そうこうしているうちに、新たにドラゴンが翔鶴と瑞鶴を標的に定める。地面を揺らしながらドタドタと走ってゆく。

 

「これ以上は見過ごせん!超重武者ビックベン-K!ガードしろ!」

 

 すかさずデュエルディスクを起動した権現坂が、大きな鎧武者のようなモンスターを召喚し、ドラゴンの体当たりを防ぐ。リアルソリッドビジョンだからできる芸当といえよう。

 

「ぬう……俺のモンスターをこんな形で披露する羽目になるとは……姿を現せ外道!ソリッドビジョンで暴力を振るうとは、それでも貴様は決闘者か!」

「そうだ!カードゲーマーならカードで勝負しろ!暴力反対!」

 

 権現坂とネプテューヌが、御もっともな怒りをぶつける。ビックベン-Kに突き飛ばされたドラゴンは、砂と海水を撒き散らしながら砂浜に倒れ、光の粒子となって霧散する。

 その向こうから、何かを引きずるような音と共に、誰かが歩いてくる。遊矢はその人物を睨む。普段は温厚な彼だが、こんな事をされて黙っていられる程の聖人君子ではないのだ。

 

「貴様らがデュエルを語るなよ……お前らスタンダード次元のカスどもに、その資格なんてねーんだよ……」

 

 それは、着崩した学ラン姿の少年だった。

 そして、その両手で引きずっているのは、気を失っている湖森と志村。頭から血を流し、顔には何度も殴られたような痕が見られる。

 

「志村!湖森ぃ!」

「あんた、一体何を……⁉︎」

「観衆は黙ってもらおうか、な!」

《KAKUSEI ODDEYES》

 

 唯達の言葉を遮るように怒鳴り散らすと、少年の姿が、奇術師に扮した左右の目が異なるドラゴンのような見た目に変化する。それはどこか、先程のデュエルで召喚されたオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンを思わせるような姿であった。

 つまるところ、彼もオリジオン……転生者であった。

 彼 —— オッドアイズオリジオンとでもしておこう —— は、志村と湖森を心配して、脇目も振らずに走り出した唯に対し、躊躇いなく攻撃を仕掛ける。口から放たれた光弾は、唯の足元に着弾し、唯の身体を大きく吹き飛ばす。

 

「あうっ……」

「唯!」

「……何が目的なんだ、オリジぐぶっ⁉︎ 」

 

 アラタは怒りのままにオリジオンを問い詰める。が、オリジオンはそれすら煩わしかったのか、アラタを無言で殴り倒す。倒れたアラタをわざと踏みつけながら、彼は遊矢につかつかと歩みより、人間の姿に戻ると、力強く遊矢を指差す。

 その腕には、デュエルディスクが取り付けられていた。つまり、彼もまた決闘者なのだ。

 

「榊遊矢、俺とデュエルしろ」

「なんだと……⁉︎ 」

「俺が勝てば、お前も含めてここにいる奴を皆殺しにする」

「っ!そんなデュエル、するわけないだろ!」

 

 それはあまりにも残酷なゲームだった。一体何があって、こんな事をしようというのだろうか。当然ながら遊矢は突っぱねるが、少年の方はそれが気に食わなかったのか、

 

「拒否権なんてねえよクズ!なんなら今すぐ殺してやろうかこの毒トマト小僧がっ!」

「あぐっ⁉︎ 」

「遊矢!」

 

と、遊矢の股間目掛け、躊躇なく膝蹴りを喰らわせて踞らせる。

 

「ほら蹲ってんじゃねうよ、汚ねえ色の髪見せつけるなよ不快なんだよ!」

「がっ……」

 

 今度は遊矢の頭を踏みつけにかかった。先程デュエルすると言ったのは嘘だったのかという突っ込みを忘れるほどに、ひどい光景だった。

 

「やめなさいよ!出会い頭にこんな真似して……こんな事してタダで済むと思ってんの⁉︎ 」

「ギャンギャン喧しいんだよ、腐れトマトの信者(シンパ)共が!俺の名は札道マサル!クズで卑怯者な榊遊矢を断罪する為にやって来た、正義の執行者だ!」

「俺を断罪……⁉︎ 何言ってんだよ⁉︎ 一旦落ち着いて話をs」

「黙れ糞トマト野朗!お前みたいな奴なんかと話したくもねえ!来いよ、お前をコテンパンに負かして俺が正しいってコトを解らせてやる!」

 

 札道マサルと名乗った男は、遊矢の言葉に耳を貸さずに一方的に罵声をぶつけると、遊矢の頭を蹴り飛ばす。鼻頭を思い切り蹴飛ばされた遊矢は、思わず意識を手放しかけるが、マサルはそれを許さず、遊矢の髪の毛を、頭皮もろとも引き千切らんとする勢いで鷲掴みにし、その激痛で意識を無理やり維持させられる。

 

「いい加減にしろよ!おい遊矢、こんな奴のデュエルに乗る必要なんかねえ!瞬に頼んでここから締め出してもらおう!」

「アクロスなら来ないぜ?ギフトメイカーの奴らが妨害しに行ってるからな!さあ榊遊矢!デュエルでお前を断罪してやる!」

 

 マサルはそう怒鳴り散らすと、勝手に遊矢のデュエルディスクを起動させる。出会って早々暴言を吐いてくる時点でマトモな人間では無いことだけは確かだ。

 解放された遊矢は、柚子の手を借りてなんとか立ち上がる。

 

「こうなったら仕方ない……!」

 

 遊矢としては、デュエルを争いの道具にするのはあまり好まないのだが、どの道今のマサルには自分の言葉は通じないようだ。こうなればお望み通りデュエルをしてやろう。そうすればきっと落ち着くだろうから。

 それに、皆の命がかかっているのだ。負けてられない。

 

「わざわざデュエルするんだね」

「そーゆー生き物なのよ、決闘者ってね」

 

 皆が一度は思ったであろう感想を唯が呟く。それに対し、柚子は自嘲気味に笑って返した。住む世界の違いがデカすぎる。唯は、乱入者・マサルに目をやる。そしてその顔を見て、彼女は戦慄した。

 それは人間がする表情としてはあまりにも邪悪で、一目でわかるほど、憎しみに満ちた表情だった。

 

 

 

 

 

 

 そして、その様子を見ていた者達がいた。

 ギフトメイカー・リイラとレドである。どうやってかは知らないが、遊矢と沢渡のデュエルからずっと見ていたのである。もっとも、彼らはデュエルになんか微塵も興味がないので、ほとんど内容は覚えていないが。

 

「なんで決闘やるのかしら……普通に殴って殺して奪えば済むのに」

 

 皆が思っていてもあえて言わなかったであろう事を、平然と言ってのけるリイラ。

 

「なんでも、決闘であのトマト頭の奴を負かしてバッシングしたいんだと。僕らが選んだ転生者のほとんどが彼を嫌ってるっぽいんだけど、ホント、彼何したんだろうね?」

「其れは神のみぞ知るってコトよ」

 

 彼女はレドの言葉に、興味なさそうな返事を返す。メタ的な話は専門外なのだ。

 彼らは、他人が知ったことではない。罪なき一般人も、自分達の手駒であるはずの転生者も。何故なら、それらは押し並べて、彼らの目的の前では無意味なものだからだ。

 

「ま、神様なんていないんだけどね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 公園内 公衆トイレ

 

 デュエルコートから少し離れた位置にあるトイレに、瞬はいた。手を洗いながら、先程のデュエルを思い返す。

 

「ホントに……変わっちまったなぁ世界ぃ……」

 

 思い返して、改めて、深い溜息を吐いた。

 艦娘の時といい、さっきのデュエルといい、今の世界は明らかにまともでは無い。まるで異世界に来てしまったかのような常識の齟齬を、これまで幾度となく経験してきた。まるで世界そのものが、書き換えられてしまったかのようだ。

 だが、いくら考えても、違和感を解消する手立てはない。考えていても仕方がない。早いとこ戻らなくては。気を紛らわすように、顔を洗う瞬。そこに、

 

「そうだね、いい加減教えるべきだろう。今の世界について」

「へぁあっ⁉︎ 」

 

 いきなり肩に手を置かれて、思わず某伝説の超戦闘民族(スーパーサイヤ人)みたいな叫び声をあげてしまう瞬。顔をあげて鏡を見ると、いつの間にやら、フィフティが瞬の後ろに立っているのが映っていた。顔を洗っていて気づかなかったのもあるが、ほんと神出鬼没だなコイツ。

 ビビって変な顔になりながら、瞬はフィフティに文句を言う。

 

「心臓に悪い登場の仕方するんじゃねえよ⁉︎ 」

「ちょっとしたファンサービスだよ、驚いたかい?」

「要らねえよそんなファンサービス。犬にでも食わせてろ」

 

 はっはっは、と爽やかに笑うフィフティ。殴りたくなる笑顔とは、今のフィフティの事を言うのだろう。うん。

 瞬がフィフティに悪態をつくが、その時、トイレの外からヒビキが呼ぶ声が聞こえてくる。そういえば、ヒビキもトイレに来ていたんだった。フィフティと共にトイレから出ると、外で待っていたヒビキが、

 

「遅かった……いやなんでもない。お楽しみだったんだね……」

「そうやって男2人並んでたらなんでもホモに結びつけるのやめろ」

 

 フィフティと一緒にトイレから出てきた瞬を見て何を思ったのか、瞬から距離を取るように後退りしやがった。勘違い甚だしいとはこの事か。

 あんまりにも理不尽な疑惑を生み出された瞬の怒りの矛先は、もちろん、その実質的な元凶であるフィフティへと向けらる。

 

「お前のせいだからなこの野郎」

 

 瞬に睨まれても、何処吹く風といった感じに、フィフティは信頼性皆無の爽やかスマイルを浮かべている。黙って押し通す気だこいつ。

 閑話休題、デュエルコートに附設されている待合室に移動する。4月末とは思えない暑さの外よりは、冷房の効いた中の方が話が進むだろうとの判断だ。実際、トイレに行っていた数分間の間だけで、瞬の身体から汗が出始めていた。

 

「さ、話をするとしよう」

 

 待合室のソファーに腰を下ろしたフィフティが話し始める。

 

「今から難しい話始まるけど、いいのか?」

「いやこのタイミングで離れるとかなしじゃない?それに子供扱いしないでよね」

「子供扱いも何もお前、正真正銘の子供だろ……」

 

 長い上に小学生には難しい話になりそうだし、先に唯達の所に戻ってもらおうと、瞬の横に座ったヒビキに声をかけてみたが、彼女はそれをつっぱね、瞬の隣に座る。

 

「それに、この話は私にとっても大切な気がするから」

「それってどういう……」

 

 瞬はそう言いかけたが、ヒビキの顔を見て、言葉が途切れた。ヒビキの様子が、いつもとは明らかに違っていたからだ。

 その表情は、いつもの彼女からはかけ離れた、真剣そのものといえるものだっただった。普段の年相応の無邪気さに溢れたものとは違う、不相応に大人びた雰囲気のようなものが感じ取られた。

 

「フィフティ、続けていいぞ」

「オーケイ。じゃあいこうか」

 

 瞬の了承を得て、フィフティは話し始める。

 

「君の疑問について、このフィフティさんが答えてあげようと思ってねぇ。なんで世界が変わってしまったのかという事についての答え、欲しいだろう?」

「欲しいです」

 

 というか説明遅すぎたんじゃないですかね。導き手とかほざきながら、随分とアクロスについて放置気味のような気がするのだが。

 そんな瞬の不満をガン無視しながら、フィフティは、あっさりと瞬の疑問に対する回答を告げる。

 

「次元統合だよ」

「じげん……とうごう?」

 

 思わず聞き返す瞬。一体、それはなんだというのだろうか。

 

「ネプテューヌも兵藤一誠も桐生戦兎も、艦娘達も黒神めだかも榊遊矢も、本来は全員別の世界の住人、決して出会うことの無かった者達だ」

「別の、世界?」

並行世界論(パラレルワールド)……君のようなオタク(人種)にとっては、常識中の常識だろう?」

 

 並行世界(パラレルワールド)。フィクションでは腐る程語り継がれてきた、異世界の概念。瞬はそれを聞いて、冗談かと思ったが、フィフティの真剣な表情からするに、どうやら大真面目らしい。

 瞬もフィクションには結構慣れ親しんでいるので、並行世界云々の説明については必要がない。ただ、それが現実の話だと言われると、そう簡単には信じられない。自分の生きる世界とは違う、別の世界。それが本当にあるというのだろうか。

 

「手っ取り早く話を進めたいから、ここからは並行世界があるという前提で話を進めるよ。平たく言うと、無数に存在する世界同士が、一つになり始めている。これは危機的状況なんだ。わかるかい?」

「世界が、一つに?」

「そうさ。歴史や文化、常識から法則(ルール)、共通点がてんでない世界同士が無理矢理一つにされるんだ。そんなことをされて、世界が無事でいられるはずが無い。2つや3つならまだしも、10や20、それ以上の数なら尚更のこと。圧縮された世界は、そのうち矛盾と飽和に耐えきれずに、滅亡してしまうのさ」

「滅亡って……」

「3、4個世界が合体するくらいならまだ許容範囲内なんだけども、億は軽く超える世界が一つになるんだ。どう考えてもキャパオーバーするだろう?それがこの世界だけで無く、他の世界でも起きている。このままだと、遠からず全ての世界は1つになった後、滅亡してしまう」

 

 世界が滅亡する。あまりにもあっさりと告げられたその事実に、瞬は現実味を感じることができなかった。そもそもさっきからフィフティの言っていることが突飛すぎて、実感が湧きにくいのだ。

 しかし、フィフティの言っていることも分かる気がする。これまで世界に対して瞬が抱いていた違和感は、本物だった。まるで世界がまるっと変わってしまったようだと思っていたが、まさか本当に変わっていたとは。

 

「そしてもう一つ。統合された世界は、それに合わせる形で中身が書き換えられるんだ。単純に言うと、初めからそれらの世界は一つだったという様に、世界の歴史が、人々の記憶が書き換えられるんだよ。君の感じている齟齬は、そこから来ているのさ」

「……」

 

 つまりなんだ。瞬が今いる世界は次元統合の結果生まれたものでり、次元統合によって、この世界は、悪魔がいて、艦娘がいて、デュエルが広まっていて……といったように、それらがひとまとまりに存在する世界として変化してしまったということか。

 そしてそれを皆、はじめからそれが当然だと思っているのだ。本来あり得ない繋がりを、そう思いこまされているのだ。

 

「ここで例外を1つ。次元統合で繋がった世界同士が、常に完全に混ざり合う訳じゃ無い。次元統合の過程で、一方の世界が他方の世界を完全に塗りつぶしてしまう事もあるんだ。融合ではなく、上書き。下敷きになった世界は完全に無くなってしまうんだ。あの時、次元統合の影響で、君の知る世界は消滅する寸前までいった。先で言う下敷きになりかけたんだ。それを防いだのがアクロスの力。君がギリギリの所で変身してくれたおかげで、君の世界はこの世界と融合する形で生き延びたんだ」

「えーと、つまり?」

「逢瀬くんの住んでいた世界は、次元統合の余波で一度滅びかけたのさ。あの時君が見た光景は、まさに世界が終わる瞬間だったんだよ。あの世界にはヒーローが居なかったからね。消えるのは時間の問題だったんだ。ライドアーツ落とした時は我ながら焦ったよ……」

 

 フィフティは当時のことを思い返しながら、ホッとしたような顔になる。異形の怪物が跋扈し、街が消滅してゆく光景。あれは比喩ではなく、正真正銘の世界の終わりだったのだ。

 

「なんでこんな事が起きているのかは私もわからない。ただ、ギフトメイカーはこれを利用しているのは間違いないだろうね」

「……なあそろそろ教えてくれよ。ギフトメイカーって、オリジオンってなんなんだよ?俺が戦っているのは、いったい何なんだよ?」

 

 瞬は、ついに根本的な疑問を口にした。

 仮面ライダーになって早一ヶ月。いい加減、自分が敵対している存在について知るべきだと思っていた。本人達に聞いても、あの調子だとマトモに会話ができるかどうか怪しい。同じ言語を使っているはずなのに、住む世界が違いすぎててんで噛み合わないのだ。ならば、フィフティから聞くしか無い。何か知っている可能性は高い。

 フィフティは、少し言い淀んだような表情になりながらも、まあ話すべきだろう、と前置きし、話し始める。

 

「いいかい逢瀬くん。ギフトメイカーというのは —— 」

「邪魔をしないでいただけますか?アクロス、フィフティ」

「「⁉︎ 」」

 

 その時、フィフティの言葉を遮る様に、酷く冷淡な声が2人にかけられる。

 声のした方を向くと、黒いコートを着た眼鏡の男がそこにいた。正気のこもっていない、人を人として見ていない様な目つきでこちらを見ながら、不気味に笑っている。

 

「お前は……?」

「私はタロット……ギフトメイカー直属の精鋭部隊、リバイブ・フォースの一員です。以後お見知り置きを」

 

 固まっている瞬とフィフティに、親切に名乗ってきた。カツン、カツンと、靴音を通路中に響かせながら近づいてくる。その音で我に帰ったフィフティは、即座に身構えながら、瞬に警戒を呼びかける。

 

「気をつけたまえ。彼、只者じゃあないぞ……!」

「ええ、我々は選ばれし者ですから。ちょっと今回は、野蛮な仮面ライダーには本筋から外れてもらわねばなりませんので。なんせ、今ここにやってきた()は、榊遊矢とかいう奴を始末する邪魔をされたく無いとの事でして、それで手持ち無沙汰な貴方の御相手を担当することになったのですよ。暇人同士、殺し合いません?」

「遊矢を……⁉︎ まさか、オリジオンが —— 」

 

 その時、待合室に備え付けられていたモニターが点灯する。そこには、新手のオリジオンと相対する遊矢の姿が映し出されていた。オリジオンの足元には、殴られて気絶している志村と湖森の姿も確認できる。

 それを見た瞬間、瞬はキレた。妹をボコボコにされたというされたという事実が、どうしても許せなかったのだ。思わずタロットに掴みかかろうとするが、その直前、タロットの姿が忽然と消え去り、伸ばした腕は虚空を切る。

 

「正義のヒーローともあろうお方が、随分と野蛮ですねぇ」

「いつの間に……」

 

 いつの間にか、タロットは瞬の背後に立っていた。背後から皮肉めいた声をかけられたことで、瞬はそれに気づく。

 

「テメェ、湖森に何を!」

「私は何も。ただ、彼は非常に気性が荒いので……恐らく彼女が邪魔だったんでしょうねぇ」

 

 まったく悪びれもしないタロット。瞬は我慢ならずに、すぐさま皆のところに向かおうと、タロットを押しのけようとする。しかし、タロットは瞬の腕をがしりと掴み、それを止める。

.

「邪魔するなと言っているんだ。デュエルの邪魔をするなんて無粋の極み。というか、我々の邪魔をするなよ有象無象の害虫供め。身の程を知れ!」

《KAKUSEI TAROT》

 

 丁寧な言葉遣いから一変し、強い口調で罵りながら瞬を突き飛ばすと、タロットは怪人態へと変身する。全身にジッパーが出現し、それが一斉に開いてゆく。人間としての姿の下から、法衣の様なものを身に纏った怪人が姿を現す。身体のあちこちには、タロットカードの絵柄が彫られたレリーフが存在し、顔は右半分が骸骨、左半分が黄金の仮面に覆われている。

 タロットオリジオンは、右手に持った杖を、尻餅をついている瞬に向かって振り下ろしてきた。瞬は咄嗟に避けるが、杖の当たった部分の床にはクレーターの様なものが出来ていた。

 

「逢瀬くん、変身だ!」

「分かってる!ヒビキを頼む!」

 

 フィフティに言われながらも、瞬はヒビキをフィフティに預け、クロスドライバーを取り出し、腰に装着する。

 

「変身!」

《CROSS OVER!想いを、力を、世界を繋げ!仮面ライダーアクロス!》

 

 アクロスに変身した瞬に対し、タロットオリジオンは余裕そうな態度を崩す事なく、不気味に笑いながら殺害予告をする。

 

「いいでしょう、貴方を地獄に落としてあげます。我々に逆らった罪は重い……死んで後悔しろ!」

「お前を倒して、皆のところに辿り着く!負けてたまるか!」

 

 もう一つの戦いの火蓋が、切って落とされようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺が狙いなら、俺が相手する!だから皆に手を出させない!」

「さあ始めようぜ!クソ野朗の処刑の時間(キリングタイム)だ!」

 

 デッキをセットし、互いにデュエルディスクを起動させる。リアルソリッドビジョンによるカードプレートが生成され、ディスク本体に収納されていた、EXデッキとメインデッキ用の領域がそれぞれ展開される。アクションフィールドは沢渡の時から据え置きのため、変化はしない。

 

「「デュエル‼︎」」

遊矢:4000LP/手札5枚

マサル:4000LP/手札5枚

 

「先攻は貰う!俺は手札のスケール8の星読みの魔術師と時読みの魔術師でPスケールをセッティング!」

 

 先攻になった遊矢は、早速2枚のペンデュラムカードをPゾーンにセッティングし、Pスケールを組み上げる。今度はいきなりペンデュラム召喚を決めるようだ。

 

「揺れろ魂のペンデュラム!天空に描け光のアーク!ペンデュラム召喚!いでよ、レベル7、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン!レベル4、EMアメンボ―ト!」

オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン:ATK2500

EMアメンボート:ATK500

 

 今回はオッドアイズに加え、アメンボのようなモンスターをペンデュラム召喚した。どうやら後者はペンデュラムモンスターでは無いようだ。

 遊矢は、ひらりとオッドアイズの背中に跨ると、オッドアイズでフィールドを駆け始めた。どうやら早速、アクションカードを探しに行くらしい。オッドアイズですれ違いざまに、苔むした岩の上に鎮座していたアクションカードを取得する。

 

「アクションカードゲット!」

「アクションカード……忌まわしい……!デュエルモンスターズを汚す愚物に頼るとは、貴様はやはりクズだな!今に後悔させてやる……デュエリストになったことを!」

「あー、お前はアクションカードは取らないのか」

 

 遊矢がアクションカードを手に取ったことに対して、露骨に嫌悪の表情を見せるマサルを見て、遊矢はそう察する。アクションデュエルに興じる決闘者の中には、好みの問題だったり、戦略上の都合だったりで、アクションカードを使わないものも少なく無いのだ。

 だが相手がアクションカードを使わないとなると、自分だけがアクションカードを使う事に、僅かながら申し訳ない気持ちが湧いてくる。すでに取ってしまったアクションカードを見ながら、果たしてコイツを使っていいものかと悩む遊矢だったが、そこに、マサルの汚い言葉が飛び込んでくる。

 

「アクションカードを使う奴が決闘者を名乗るな!俺は認めない、アクションデュエルを!」

「なら今からでも普通のデュエルに」

「黙れクズが!テメェみたいなカスに情けかけられるくらいなら死んだほうがマシだよ!お前の顔も声も全部不快だ!さっさとこのデュエルで始末してやるからな!クズ!」

「なっ……」

 

 そこまで嫌いならアクションデュエルではなく、普通のデュエルにするかという遊矢の提案を蹴り、遊矢を容赦なく罵倒する。ここまで言われてしまえば、流石に遊矢も黙るしかなくなる。

 

「……俺はこれでターンエンド」

「俺のターン、ドロー!」

マサル:手札5→6枚

 

「俺は手札から魔法カード、トレード・インを発動。手札のレベル8モンスターを1体捨て、デッキから2枚ドローする」

 

 マサルは1枚手札を墓地に送り、2枚ドローする。

 

「魔法カード、ペンデュラム・トレジャー発動。これにより、Pモンスターであるオッドアイズ・アークペンデュラム・ドラゴンをEXデッキに移動させる」

「オッドアイズだと……⁉︎ 」

 

 オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンと同じ、オッドアイズの名を冠する未知のドラゴンの存在に、遊矢をはじめ観客席の面々も驚きの声をあげる。ひょっとして、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンと何か関係のあるカードだったりするのだろうか?

 予想だにしないカードの登場にざわつく一同を他所に、マサルは更なる驚愕のカードを披露する。

 

「そして手札のスケール1のオッドアイズ・・ドラゴンとスケール8のオッドアイズ・・ドラゴンでペンデュラムスケールをセッティング!」

「まだいるの⁉︎ 」

「冥土の土産に見せてやるよ。オッドアイズの真の力を!俺の方がお前より上であるということを!」

 

 新たに2体の、オッドアイズの名を冠するドラゴンが、マサルのPゾーンに浮かび上がる。どうやら、彼もペンデュラム使いらしい。

 

「我が憎しみに焦がれ揺れろ、忌まわしき振子(ペンデュラム)よ!ペンデュラム召喚っ!来やがれ、全てを滅ぼす我が僕達!オッドアイズ・ファントム・ドラゴン!」

「‼︎ 」

「あれは……」

「いや、そんな馬鹿な⁉︎ 」

 

 マサルが、やたらと物騒な口上を唱え終わると、激しい光と轟音を伴い、マサルのフィールド上に1体のモンスターが降臨する。その名を聞いた時、遊矢は思わず自分の耳を疑った。なぜならば。

 

「オッドアイズ・ファントム・ドラゴン……だと?」

 

 二色の眼を持つドラゴンという点では同じだが、マサルのドラゴンは、亡霊(ファントム)の名の通り、その鱗のつき方が何処か骸骨のように見える。

 オッドアイズ・ファントム・ドラゴンが咆哮を轟かせると、それに呼応するように、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンも雄叫びをあげる。ソリッドビジョンで作られた存在といえど、こうして見ていると、本当に生きているかの様に錯覚してしまいそうだ。

 睨み合う両者のドラゴン。先に動いたのは、オッドアイズ・ファントム・ドラゴンだった。

 

「バトルフェイズに突入!オッドアイズ・ファントム・ドラゴン!オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンを粉砕しろ!夢幻のスパイラルフレイム!」

 

 マサルは攻撃宣言をしながら、手札から速攻魔法を発動する。

 

「速攻魔法“オッドアイズ・デストロイ”発動。オッドアイズ・ファントム・ドラゴンの攻撃力をターン終了時まで700アップする!」

オッドアイズ・ファントム・ドラゴン:ATK2500→3200

 

 手札にあるアクションカードを使えば攻撃を凌げる。しかし、自分だけが使うのは如何なものか。そんな後ろめたさが、遊矢の手を止める。だが、このデュエルには皆の命がかかっている。この状況で、そんな甘ったれた思考で大丈夫なのか?

 悩んだ末に、遊矢はアクションに移った。

 

「アクション魔法発動!バトル・チェンジ!相手モンスター1体の攻撃を別のモンスターに移し替える!」

 

 遊矢の発動したアクション魔法により、オッドアイズ・ファントム・ドラゴンの攻撃は、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンから外れ、その隣にいたEMアメンボートへと向かってゆく。

 

「そしてEMアメンボートのモンスター効果!攻撃表示のアメンボートが攻撃対象となった時、アメンボートを守備表示にすることで、攻撃を無効にする!」

EMアメンボート:ATK1000→DFE2000

 

 さっと身構えたアメンボートに、オッドアイズ・ファントム・ドラゴンの攻撃が命中するが、アメンボートは破壊される事なく、その場で踏ん張り続ける。

 

「チッ!アクション魔法とかいう不純物に頼りやがって……そんなんだからテメエはカスなんだよ!」

 

 アクションカードを使った遊矢に対し、マサルは暴言を吐く。一目瞭然、明らかに苛立っている。しかし、彼は遊矢の提案を蹴り、自分からアクションカードを使わないと言い張ったのだ。今更文句を言っても意味はないだろう。

 マサルは、怒りで息を荒くしながらも、バトルフェイズを終了し、別のカードの効果を発動させる。

 

「オッドアイズ・デストロイのもう一つの効果発動!墓地のこのカードを除外することで、デッキから「オッドアイズ」と記されたPモンスター以外のカード1枚を手札に加える!俺はフィールド魔法、“天空の虹彩”を手札に加え、発動!このカードは1ターンに1度、自分フィールドの表側表示のカード1枚を破壊することで、デッキから「オッドアイズ」カード1枚を手札に加えることができる。俺はオッドアイズ・ファントム・ドラゴンを破壊!」

「フィールド魔法だって⁉︎ 」

 

 マサルがフィールド魔法を発動すると、遊矢が驚いたよう声をあげる。アクションデュエルでフィールド魔法カードを使う人間は滅多にいないので、遊矢が驚くのも無理はないだろう。

 発動したフィールド魔法により、アクションフィールドの空が、澄み渡る夏空から、赤黒い光帯が不気味に輝く、奇妙な空模様へと変化する。

 

「このとき、オッドアイズ・デストロイのさらなる効果!このターン、オッドアイズ・デストロイの効果の対象になったモンスターは、効果で破壊された場合1度だけ、自分フィールド上のカード1枚を破壊することで、復活する!俺はペルソナ・ドラゴンを破壊!」

「そんなのあり⁉ 」

「続けて“オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴンの”P効果ア!俺の場の“オッドアイズ”Pモンスターが戦闘・効果で破壊された場合、自分のPゾーンのカード1枚を破壊することで、自分のエクストラデッキからミラージュ・ドラゴン以外の表側表示の“オッドアイズ”Pモンスター1体自分のPゾーンに置く!そして、サーチしたカードを伏せる!これでターンエンドォ……さあ、地獄はここからだぜ?」

 

 なんとか攻撃は凌いだが、これは恐ろしい強敵だ。更にオッドアイズを使うときた。一体どうやって、どこから手に入れたのかは知らないが、最大限に警戒しなければならないだろう。

 遊矢は、緊張感につつまれながらも、それを振り払う様に、声を張り上げ、思い切りカードをドローする。

 

「俺のターン!」

遊矢:手札1→2枚

 

「俺は手札から永続魔法“星霜のペンデュラムグラフ”を発動!そして、セッティング済のPスケールを使い、ペンデュラム召喚!いでよ、EMペンデュラム・マジシャン!」

EMペンデュラム・マジシャン:ATK1500

 

 召喚されたのは、沢渡とのデュエルでも登場したEMペンデュラム・マジシャン。やはり、Pゾーンの張り替えに加え、2枚のサーチと、効果が便利なので、必然的に出番も多くなるのだろう。

 

「ペンデュラム・マジシャンの特殊召喚に成功した時、自分フィールドのカードを2枚まで破壊することで、その数だけEMを手札に加えることができる!俺はPゾーンの星読みの魔術師と時読みの魔術師を破壊して、EMドラミングコング、EMパートナーガの2体を手札に加え、空いたPゾーンにセッティングする!」

 

 2人の魔術師が消え去り、新たにゴリラとヘビのようなモンスターがPゾーンに浮かび上がる。スケールの都合上、ペンデュラム召喚はできないのだが、どうやら遊矢はスケールではなくP効果目当てでこの2体を置いたようだ。

 

「まずはEMパートナーガのP効果!自分フィールドのモンスター1体の攻撃力を、ターン終了時まで、

自分フィールドの“EM”カードの数×300アップする!俺の場のEMカードは、Pゾーンを含めて4枚。よってオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの攻撃力は1200アップする!」

オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン:ATK2500→3700

 

「更に“星霜のペンデュラムグラフ”の効果発動!1ターンに1度、“魔術師”Pモンスターがモンスターゾーン・Pゾーンを離れた場合、デッキから“魔術師”Pモンスター1体を手札に加えることができる!俺は“竜穴の魔術師”を手札に加える!」

 

 カードを動かしながら、遊矢はアクションカードを探す。沢渡とのデュエルの時からデュエルフィールドは引き継がれているが、今いるあたりのアクションカードは、粗方取ってしまった様だ。ここにはないと判断し、場所を移ろうとした遊矢だったが、ちょうど視界に、一枚のアクションカードが入る。

 

「あった!」

「おっとアクションカードは取らせねえ!

「ぶわぁっ⁉︎ 」

 

 バトルの前に、アクションカードを拾いに走ろとした遊矢だったが、彼がそれを許すはずもなく。マサルは足元の砂を蹴り上げ、遊矢の視界を奪う。咄嗟の出来事だった為に、ゴーグルで防ぐことも出来ずにまんまと策にはまってしまい、遊矢の足が止められる。

 そして、マサルは遊矢を突き飛ばし、遊矢が取ろうとしていたアクションカードを踏みつける。これでは取りようが無い。というか、今の行為はデュエル的にかなりグレーなのでは無いだろうか。

 このカードは諦めるしか無いな、と判断した遊矢は、バトルフェイズ突入を宣言する。

 

「仕方ない、バトル!オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンで、オッドアイズ・ファントム・ドラゴンを攻撃!」

「ガアアアアッ‼︎ 」

 

 遊矢の声に応じる様に、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンが吠える。

 

「この時、EMドラミング・コングのP効果発動!自分モンスターの攻撃宣言時、そのモンスターの攻撃力をバトルフェイズ終了時まで600アップさせる!」

オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン:ATK3700→4100

 

「まーた軽々と打点4000越えしてるよ……」

「やっぱりEMは脳筋……」

 

 あっさりと攻撃力4000越えをしたオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンを見て、潮原提督とアラタは苦笑いする。先程のデュエルでも、攻撃力がモリモリ上がっていたのからするに、見かけによらず、遊矢のデッキは脳筋寄りのようだ。

 話を戻して、仲間の力で、オッドアイズ・ファントム・ドラゴンを上回る攻撃力になったオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンは、威嚇する様にひと吠えすると、口から光線を発射する。風圧で海水や砂を周囲に撒き散らしながら、光線はファントム・ドラゴン目掛けて飛んでゆく。

 

「甘いんだよ!永続罠、“ロード・オブ・オッドアイズ”を発動!俺の場に“オッドアイズ”モンスターが存在する時、1ターンに1度、相手の攻撃を無効にする!」

 

 しかし、マサルは前のターンに伏せていたカードを発動する。それにより、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの放った光線は、ファントム・ドラゴンの目前で霧散してしまう。

 これ以上遊矢の場に攻撃できるモンスターは居ない。正確にはEMペンデュラム・マジシャンがいるにはいるのだが、ペンデュラム・マジシャンの攻撃力ではオッドアイズ・ファントム・ドラゴンには敵わず、返り討ちにあうだけだ。遊矢はオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの背中から飛び降りると、岩陰に隠すようにして置かれていたアクションカードをゲットする。

 

「俺はアクション魔法を1枚伏せてターンエンド。EMドラミング・コングとEMパートナーガの効果も終了時し、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの攻撃力も元に戻る」

「いいぜえ……さあ、処刑の時間だぜ腐れトマトォ!俺のターン!」

マサル:手札0→1枚

 

「この時、“ロード・オブ・オッドアイズ”の効果発動!俺の場の“オッドアイズ”モンスターは、ターン終了時まで攻撃力が500アップする!」

オッドアイズ・ファントム・ドラゴン:ATK2500→3000

 

「続いて魔法カード“ペンデュラム・パラドックス”発動!EXデッキからPスケールが同じでカード名の異なるPモンスター2体を手札に加える!俺は“オッドアイズ・アークペンデュラム・ドラゴン”、“オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン”の2枚を手札に加える!そしてこの時、再び“天空の虹彩”の効果を発動し、“ロード・オブ・オッドアイズ”を破壊!デッキから“オッドアイズ・ファング・ドラゴン”を手札に加える!そして、“ロード・オブ・オッドアイズ”が破壊された場合、デッキから“オッドアイズ”Pモンスターを1体EXデッキに表側表示で加える!俺は“オッドアイズ・レムナント・ドラゴン”をEXデッキに加える」

 

 EXデッキに行っていた2体のドラゴンがマサルの手札に戻るとともに、マサルのフィールドから罠カードがなくなり、更なるオッドアイズが彼の手札に加わる。更なるオッドアイズの存在を周知された遊矢は、緊張しながらマサルのプレイングを見守る。ここから何がきてもおかしくないのだ。気を抜くわけにはいかない。

 

「俺は“オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン”とセッティング済みの“オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴン”でPスケールを再構築!ペンデュラム召喚!“オッドアイズ・ファング・ドラゴン”!“オッドアイズ・レムナント・ドラゴン”!“オッドアイズ・アークペンデュラム・ドラゴン”!」

オッドアイズ・ファング・ドラゴン ATK2000→2500

オッドアイズ・レムナント・ドラゴン ATK2000→2500

オッドアイズ・アークペンデュラム・ドラゴン ATK2500→3000

 

「4体のドラゴン……」

「圧巻、だな」

 

 フィールドに並び立つ、4体の未知のドラゴン。その咆哮は空間そのものを震わせているかのように、周囲一帯に轟いた。その威圧感に、遊矢を含め、観客席の面々も思わず圧倒されてしまう。

 そして、ドラゴン達の前に立つマサルは、不気味に笑っていた。お楽しみはこれからだ、これからはお前が苦しむ時間だと告げるように。

 

「オッドアイズ・ファング・ドラゴンの効果!このカードの特殊召喚に成功した時、自分の墓地からPモンスター以外の「オッドアイズ」モンスター1体を手札に加える!俺は墓地からオッドアイズ・アドバンス・ドラゴンを手札に加える!」

 

 最初のターンに捨てたオッドアイズをサルベージするマサル。

 

「オッドアイズ・アドバンス・ドラゴンは、レベル5以上のモンスター1体のリリースでアドバンス召喚が可能!俺はオッドアイズ・ファング・ドラゴンをリリースし、降臨せよ、オッドアイズ・アドバンス・ドラゴン!」

オッドアイズ・アドバンス・ドラゴン ATK2500→3000

 

 アドバンス召喚。レベル5以上のモンスターを通常召喚するには、自分フィールドのモンスターをリリースしなければならない。古典的にして基本的な召喚である。

 そんな召喚法により現れたのは、新たなるオッドアイズ。ファントム・ドラゴンと比べると、まだオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンと似たような姿をしている。

 

「オッドアイズ・アドバンス・ドラゴンの効果発動!アドバンス召喚に成功した時、相手の場のモンスター1体を破壊し、その元々の攻撃力分のダメージを与える!俺はEMアメンボートを破壊!スパイラル・バースト!」

「うわっ⁉ 」

遊矢:4000LP→3500LP

 

 オッドアイズ・アドバンス・ドラゴンの眼孔から、閃光のようなものが放たれたかと思えば、次の瞬間、遊矢のフィールドにいたEMアメンボートが、大爆発を起こして木っ端微塵に吹き飛んだ。その衝撃は凄まじく、遊矢を一瞬でデュエルフィールドの端まで吹き飛ばすほどのものであった。

 一方、唯は遊矢を心配しながらも、マサルの行為について疑問も抱いていた。

 

「な……アメンボートじゃなくて、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンを破壊すれば大ダメージが狙えたのに……なんで?」

「楽に終わらせたらつまらねえだろ。テメエの言葉を借りるなら……そうだ。お楽しみはこれからだ、ってやつだよ」

 

 唯の疑問に、あっさりと、そう答えるマサル。それは、じっくり甚振ってやるという宣言だった。立ち上がろうとする遊矢に対し、まるで邪神が人の皮をかぶっているんじゃ無いかと思うほどの邪悪な笑みを浮かべながら、バトルフェイズ突入を宣言する。

 彼の狙いは初めから決まっている。マサルは、遊矢を心配するかのように、彼の元にドタドタと走ってきたオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンを指差し、悪意マシマシの声を張り上げる。

 

「バトルフェイズ!俺はオッドアイズ・ファントム・ドラゴンで、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンを攻撃!夢幻のスパイラルフレイム!」

「オッドアイズ……!」

 

 両者の声を合図に、2体のオッドアイズが互いに向かって口から光線を吐きだし、それが激突する。しかし、攻撃力の方は向こうの方が上。衝突した2匹の光線も、初めは拮抗しあっていたように見えたが、徐々にオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの方が押されていき、終いにはオッドアイズ・ファントム・ドラゴンの光線が押し切ってしまい、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの身体を貫いた。

 断末魔の悲鳴を上げながら、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンが爆散する。その衝撃は生半可なものではなく、砂や海水が撒き散らされると共に、遊矢の身体は10m以上は吹き飛ばされ、デュエルコートの壁に叩きつけられる。

 

「ぐはっ……」

遊矢:3500LP→3000LP

 

 うつ伏せ大の字になって地面に倒れる遊矢。全身にほとばしる痛みに必死に抗いながら、なんとか立ち上がろうと両手に力を入れる。

 この衝撃、痛みは普通じゃない。質量を持ったソリッドビジョンを用いる都合上、アクションデュエルはヘタをすると大事故を引き起こしかねない。それを防止するために、ソリッドビジョンの出力は普段は抑えられている。しかし、この衝撃は明らかにおかしい。先程の沢渡とのデュエルと比較しても、その何倍も強いのだ。

 遊矢はそんな事を考えながら、よろよろと立ち上がるが、マサルは思い切り笑いながら、遊矢に更なる苦痛を与えようとする。

 

「オッドアイズ・ファントム・ドラゴンの効果!戦闘ダメージを与えた時、Pゾーンの“オッドアイズ”カードの数×1200ポイントのダメージを与える!」

「じゃあ遊矢には2400ポイントのダメージが……!」

「喰らえ。とっておきだぜ?」

 

 とびっきりの笑顔を浮かべながらマサルが宣言すると、マサルのPゾーンにいる2体のドラゴンから、激しい電光が飛び出し、遊矢目掛けて一直線に降り注いだ。

 そして。

 

「がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ⁉︎ 」

遊矢:3000LP→600LP

 

「遊矢ぁ!」

 

 少年を塵芥に帰してやると言わんばかりの、あまりにも強い衝撃が、遊矢の全身を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 別所。

 遊矢とマサルのデュエルが開始した直後。コートから壁を隔てたすぐ側で、アクロスとタロットオリジオンの戦いの火蓋が切って落とされていた。

 

「やあ!」

「ふんっ!」

 

 アクロスの先制攻撃。何の捻りもない右ストレートが、タロットめがけて突っ込まれてゆく。が、タロットはアクロスのパンチを難なく受け流し、お返しと言わんばかりに、アクロスの胴体に一撃をお見舞いする。

 

「がふっ⁉︎ 」

 

 その瞬間、アクロスの身体に尋常じゃない衝撃が走る。まるで胴体がとんでもなく重たい物に押し潰されているような、そんな衝撃が身体を貫く。そして、それを受けたアクロスの身体は、バウンドしたスーパーボールのように跳ね上がり、天井に頭から突っ込んだ後、崩れた天井と共に床に落ちる。

 これは単純なパワーの問題ではない。何かカラクリがある。アクロスのその考えを察していたのか、はたまた余裕からなのかは知らないが、タロットオリジオンは、自身の能力について話し始める。

 

(strength)—— タロットカードに対応した21の能力の行使……それが私のオリジオンとしての力です。」

「へ、へぇ……」

 

 タロットカードについては殆ど知らないアクロスは、ただ強がるように、そう答えて立ち上がった。敵の能力は未知数。だが、そろは足を止める理由にはならない。アクロスは即座に駆け出し、タロットに殴りかかろうとする。

 

(Moon)……迷いの象徴。貴方の攻撃は当たらない」

 

 しかし、攻撃が当たる直前に、タロットが囁くようにそう言うと、タロットの右膝のレリーフが発光する。すると、アクロスの拳はタロットの身体をすり抜け、そのまま素通りしてしまった。まるで霧を相手にしているかのように。

 

 こうなったら一撃で決めるしかない。これ以上厄介な能力を使われて翻弄され続けるよりはマシだろう。アクロスはライドアーツをドライバーから引き抜いて、ツインズバスターの柄の部分にある差し込み口に突っ込む。

 

《CROSS BLAKE》

 

 すると、ツインズバスターの刀身から赤いプラズマのようなものが放出され始める。これで一気に終わらせる。ツインズバスターを強く握りしめ、アクロスはタロットオリジオン目掛けて思い切り駆け出した。

 

「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ‼︎ 」

 

 両者が激突した次の瞬間、赤電を纏ったすれ違いざまの一撃が、タロットオリジオンの胴体に直撃した。

 タロットは避けなかった。真正面からそれに立ち向かったのだ。ツインズバスターの刃は、タロットの胴体をぶった斬ることは叶わず、押し止められていた。身体一つで必殺技を受け止めきったタロットに、アクロスは驚くが、タロットは薄気味悪い笑みを浮かべながら、自身の胴体に当てられているツインズバスターを手で掴むと、

 

吊るされた男(Hunged man)……逆境を耐えた先には、希望がある」

 

 そう言って、アクロスごとツインズバスターを投げ飛ばした。アクロスの身体は弧を描いて吹っ飛ばされ、待合室の椅子に叩きつけられる。椅子の残骸から身を起こしたアクロスのもとに、悠然とタロットは歩み寄ってくる。

 

正義(Justice)……裁きの剣は我が元に」

 

 そう呟くと、タロットの手元に、どこからともなく一振りの剣が現れる。そして、立ち上がったばかりのアクロスをその剣で突いた。

 

「ぐああああああああっ‼︎ 」

 

 アクロスはタロットの剣による一突きで大きく吹き飛ばされ、近くのコンクリートの壁を突き破り、デュエルコートの外に弾き出される。コンクリートの残骸と共に地面を転がってゆくアクロス。実力差は明白だった。

 アクロスは瓦礫の中から即座に身を起こし、落としたツインズバスターを拾いながら、再びタロットに向かって駆け出す。ここで立ち止まっている場合じゃない。唯達のところに辿り着かなくてはならないのだ。

 だが。

 

隠者(Hermit)……我が姿を秘匿する」

「姿が……」

 

 タロットがそう呟くと、タロットの姿が周囲に溶けるようにして消え去ってしまう。明らかにこの状況で、彼が逃げるとは考えられない。そう考え、アクロスはツインズバスターを構えて周囲を警戒する。

 が。

 

魔術師(Magician)……四大の力を受けよ!」

 

 真後ろからの声に反応して振り返ったが、もう遅い。タロットがこちらに向けてかざした手のひらから、アクロス目掛け、火球と竜巻と大岩と水流が一気に押し寄せてきた。アクロスはなんとか大岩をツインズバスターで一刀両断し、火球を打ち払うと、竜巻と流水を回避する。そして、タロット目掛けて斬り込みにかかる。

 ガキン!と、両者の剣がぶつかり合い、火花を撒き散らす。アクロスは、ツインズバスターを握る手に思い切り力を込め、自身の能力で筋力をブーストしているタロットの剣と鍔迫り合いに持ち込む。

 

「らあああっ‼︎ 」

 

 結果は引き分け。両者ともに剣が弾かれ、あらぬ方向へと得物が飛んでいってしまう。アクロスはそのまま戦いを続行しようとしたが、タロットに殴りかかろうとしたその時、ある疑問が頭によぎる。

 その疑問は、この襲撃によって有耶無耶になりかけていたもの。そして今は、敵の正体を知る絶好の機会なのだ。アクロスは息を切らしながら、タロットに問いかける。

 

「何が目的だ……?」

「はい?」

「これまで、何度もオリジオンと戦ってきた……全員訳わかんねー事ばっか口走ってたけどよ……どいつもこいつも、力と欲望に溺れて好き勝手やってたよ。あんな奴らを使って、何がしたいんだ?何の目的でオリジオンを暴れさせる……⁉︎ 」

 

 アクロスにはわからない。ギフトメイカーが何故、オリジオンを生み出し、暴れさせるのか。そもそもギフトメイカーとは何なのか。戦闘の直前までフィフティと話していたことで、余計に気になっていた。

 タロットはその問いかけをうけて、幾ばくか考えるような素振りを見せた後、

 

「まあ、暴露したところで減るものではないですし、教えて差し上げましょうか」

「え、いいのかよ……⁉︎ 」

「どうせ貴方に我々は止められないでしょうし」

 

 タロットは、疲弊しきったアクロスの姿を見て嘲笑しながら、あっさりと、そう言った。

 要するに、ハナから脅威とは思われていないのだ。ギフトメイカー側は、自分達の邪魔をするアクロスの存在を、ただ鬱陶しい羽虫か何かだと、その程度にしか思っていなかったのだ。邪魔をしてくるから反撃はするが、ただそれだけ。居てもいなくてもいい存在だとしか見ていないのである。

 タロットは腕を組むと、アクロスを鼻で笑って、自分達の目的をべらべらと語り始めた。

 

「神を作るんですよ」

「は?」

 

 訳がわからなかった。

 このタイミングで、くだらない冗談を言っているのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。タロットは大真面目に、こんな馬鹿げたことを(のたま)っているのだ。まだ、厨二病を患ったイタい思春期の男子が書いた、出来の悪いライトノベルもどきでも、もう少しマシな内容が書かれていそうだ。それくらい、突拍子もなく、馬鹿げた発言だったのだ。

 あんまりにも荒唐無稽な目的を聞かされ、呆れてものも言えないアクロス。だが、アクロスを舐め腐っているタロットは、そんなのお構いなしにつづける。

 

「死んだ転生神に変わる、次世代の、全能の神を。オリジオンの中から生まれればよし、出来ないならギフトメイカーの中から作れば良し。貴方達は等しく、神の踏み台なんですよ」

「なんだと……⁉ 」

 

 アクロスの拳をひらりとかわしながら、タロットは続ける。

 

「転生、という言葉くらい分かりますよね?」

「転生……あの転生だよな?生まれ変わりとか、そういう感じの」

「そうです。一柱の神による転生。その際に転生者は神からのギフト……所謂転生特典を貰います。我々はそれを更に覚醒させたもの。原点(オリジン)をも超えた頂点。それがオリジオンなのですよ」

 

 転生。俗に言う生まれ変わり。死後の魂の行き場として、冥界(あの世)と並び立つもの。瞬は一応転生については知ってはいるが、それは空想の話としてだ。実際には信じてはいない。

 だが、タロットは、実際に転生はあり得るものであるかのように話している。

 

「私も転生者です。貴方とは、ハナから我々と同じ次元で相手できるような存在じゃあないんですよね!悍ましき旧世界の遺物め、惨めな現世人と共に消え去りなさい!」

「ぐはあっ⁉︎ 」

 

 タロットの一撃でアクロスは大きく吹っ飛ばされ、ベンチの上に落下する。ベキベキベキッ‼︎ と、アクロスの下敷きになったベンチが大きな音を立てて壊れる。その残骸の中からアクロスは起きあがろうとするが、タロットはその隙すら与えず、一瞬のうちにアクロスの目の前に移動すると、杖でアクロスの頬をぶっ叩いた。

 ベンチの残骸諸共アクロスは真横に吹っ飛んでゆき、自動販売機に激突する。衝撃で倒れ、壊れた自販機の上に横たわる形となったアクロスに、タロットは余裕たっぷりに近づいてくる。

 

「コイツ……強い!」

「当たり前です。私はオリジオンの中でも選りすぐりの存在と自負しておりますので」

 

 自分の力に絶対的な自信を持っている。悔しいが、彼と今のアクロスとの実力差は歴然。完全に負けイベントだった。

 しかし、現実は更にアクロスに追い討ちをかけてきた。

 

「おーいおーい、タロットやーい。アクロス独り占めとか酷くねーか?おん?」

「⁉︎ 」

 

 アクロスの後方から、品のない声がとんでくる。聞いているだけで鳥肌が立つような、不快と悪意の塊のような声。

 この声は聞き覚えがある。つい数日前 ——

 

パラララッ‼︎

「あがっ⁉︎ 」

 

 思考する間も与えられずに、振り返った瞬間、アクロスはダメージを受けた。一体どんな攻撃を受けたんだと、アクロスは咄嗟に胸部装甲に目をやると、そこには幾つもの真新しい銃痕が、煙を吐いている様が映し出されていた。どうやら銃撃されたらしい。生身の状態だったら、今ので間違いなく死んでいただろう。

 

「レイラぁ、楽に殺しちゃつまらねーだろ、な?」

「アクロスの始末が私の仕事だ。速攻で蹴りをつけるに限る」

「グゥ……」

 

 アクロスの視界に現れる3つの影。黒いライダースーツを見に纏った、ギフトメイカー・バルジと、サブマシンガンの銃口をアクロスに向け続けている軍服少女・レイラと、相変わらず知性の感じられない呻き声をあげている、素性不明のガングニールオリジオン。

 

「よお仮面ライダー。殺しに来たぜ」

「アクロス……今回はマトモな戦いが出来そうだな」

「Guuuuuuuuuuuuuuu……」

「嘘だろ……」

 

 ボスキャラが一気に3人も増えやがった。バルジもレイラも、その強さは伊達じゃないことは、アクロスも充分理解しているのだが、なにもこのタイミングで来ることはないだろう。

 非情なる援軍の襲来に途方に暮れるアクロスの様子をバルジは笑いながら、懐からあるものを取り出し、瞬に見せつける。それは、一枚のCDのように見える。緑色に発光するそれの表面には、一言、こう刻まれていた。

 —— “igalima(イガリマ)”。

 

「俺の真の力、見せてやるぜ」

 

 そう言うとバルジは、そのディスクのような物を自分の額に押し当てた。すると、ディスクはバルジの頭の中に溶け込むようにして入っていき、しまいには完全にバルジの中に取り込まれていってしまった。

 

「異次元の聖遺物の力、ちょっとだけ見せてやるから覚悟しとけよ」

《KAKUSEI IGALIMA》

 

 邪悪極まりない笑顔を浮かべたまま、バルジの姿が変化してゆく。バルジの全身にジッパーが出現し、それが一斉に開いてゆく。そこから黒い瘴気のようなものが噴き出し、バルジの全身を包んでゆく。

 瘴気が晴れてゆくと、そこに立っていたのは、深緑のローブと三角帽子を身に纏い、ステレオタイプな死神が持っているような大きな鎌を携えた怪物だった。その姿は、なんとなくガングニールオリジオンと近しいものを感じる。以前見せたオリジオン体は、本気ではなかったということだろうか。

 バルジ —— イガリマオリジオンは、大鎌の刃先をアクロスに向け、戦線布告する。

 

「イガリマの力、その身に刻むが良い……なんてなっ!」

「‼︎ 」

因果収縮・霊子光波砲(ホロプシコン・クォンタム・レイ)!」

「Eeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeッ‼︎ 」

 

 イガリマオリジオンがそう言い終えると、4人は一斉にアクロスに襲いかかってきた。

 鎌を構え、一気に懐に潜り込もうとするイガリマオリジオンと、なんかよくわからないエネルギーを集めて、レーザー砲として発射するレイラと、手に持った杖から炎を発射するタロットと、ただ本能のままに、雄叫びを上げながら飛びかかってくるガングニール。

 一体、この状況で、どれから対処すれば良い?逃げ場はない。というか逃げるわけにはいかない。だが、この状況を切り抜ける手はあるのか?

 焦るアクロスに、ギフトメイカー達の猛攻が迫る。

 

 

 

「ぐああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ⁉︎ 」

 

 

 次の瞬間。

 絶叫と共に、アクロスの姿は瞬く間に爆炎の中に呑まれた。

 

 

 

 

 




アクロス、幹部勢にボコられる。4人同時とかねーよ……序盤の仮面ライダーにあるまじきオーバーキルだよ!

マサル……あそこまで啖呵切ったのだから、今更遊矢にアクションカード使われようが文句言っちゃ駄目よ?自分から縛りプレイ始めたんだからね?


初めてのデュエル描写&架空デュエル構成をやったので、色々至らぬところがありますが、暖かく見守っていただけると嬉しいです。今後もデュエルをちょくちょくやっていきますので、場数をこなすことで、おそらくクオリティも上がっていくと思います。




ARC-Vのキャラはアニメ本編から2年後という設定です。だから遊矢はプロデュエリストになってますし、学年でいうと瞬達の一つ下になってますね。ただ完全にアニメと同じ流れは辿っていない世界の話になります。何話か後にその辺りをやります。


ちなみにオッドアイズはアニメ効果です。
出来ればエクシーズ召喚もやりたかったけど、デュエル構成の段階で出る幕がなくなりました。残念。
 今回の敵は熱心なARC-Vアンチくんです。カードゲーマーとしともアカンキャラ造形にしております。あの作品の酷評っぷりとアクロス世界の転生者民度の低さが悪魔合体したヤベー奴です。歴代トップクラスの屑ですね……まあ次回には死にますからご安心を。





オリジナルカード紹介!
壊ればっかとか言わない。OCGも大体9期から壊れてるし別に問題ないない。


ペンデュラム・ラバーズ
通常罠
このカード名のカードの①②の効果はデュエル中に1回ずつしか発動できない。
①このカードが効果で墓地に送られた場合に発動出来る。デッキから1枚ドローする。この効果は、自分の墓地にモンスターが存在しない場合に発動と処理ができる。
②自分フィールド上のPモンスター1体のみが戦闘・効果で破壊される場合、墓地のこのカードを代わりに除外できる。

********


オッドアイズ・デストロイ
速攻魔法
このカード名の効果は、それぞれ1ターンに1度ずつしか発動できない。                       ①自分フィールドの「オッドアイズ」モンスター1体を対象として発動できる。ターン終了時まで対象モンスターの攻撃力は700アップし、対象モンスターが相手に与える戦闘ダメージは倍になる。
②このカードの①の効果の対象になったモンスターは、このターン、以下の効果を得る。
●このカードが効果で破壊された場合、自分フィールド上の表側表示のカード1枚を対象として発動できる。対象のカードを破壊し、このカードを特殊召喚する。
③墓地のこのカードを除外して発動できる。デッキから「オッドアイズ」と記されたPモンスター以外のカード1枚を手札に加える。自分のPゾーンに「オッドアイズ」カードが2枚存在する場合、この効果で手札に加えられる枚数は2枚になる(同名カードは1枚まで)。この効果の発動後、ターン終了時まで自分は「オッドアイズ」モンスターしか特殊召喚できない。

********


ロード・オブ・オッドアイズ
このカード名のカードの①③の効果は、1ターンに1度、いずれか一つしか発動できない。
①1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示の「オッドアイズ」Pモンスターが存在する場合、相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。その攻撃を無効にする。
②自分スタンバイフェイズに発動する。自分フィールドの「オッドアイズ」モンスターは、ターン終了時まで攻撃力が500アップする。
③フィールド上の表側表示のこのカードが破壊され墓地に送られた場合に発動できる。デッキから「オッドアイズ」Pモンスター1体を選択し、EXデッキに表側表示で加える。

ファングとレムナントは次回に回します。


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第21話 交差するオッドアイズ

後編です。

初めに言っておきますが、私は遊戯王ARC-Vは好きな作品です。ARC-Vのおかげで遊戯王熱が再燃しましたし、今ではデュエルリンクスにうつつを抜かす日々を送ってます。見て分かる通り、本作にも多大な影響を与えている作品でもあります。

結構難産でした(いつもの)



 榊遊矢は嫌われ者である。

 彼の軌跡を描いた物語は皆が嫌っている。主人公である彼を皆が憎んでいる。

 あんなもの無ければいいのに。あんなもの作りやがって。後悔と嫌悪は止まることを知らない。誰もが仕方ないとその現状を諦める。批判されるようなことをした奴が悪い。

 

 ギフトメイカーはその怨嗟を拾う。それを解放しろ、暴れさせよと囁く。

 何故なら、どうでもいいから。彼らは目的以外に興味を見出さない。

 

 

 原作主人公の一人や二人、殺されようが知ったこっちゃないだろ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼方からの号哭が、微かな嘆きが、朦朧とした意識を繋ぎ止める。

 

(……これは)

 

 傷つき、倒れた遊矢は、啜り泣くような吠え声に反応し、閉じかけていた目を開ける。ぼやけた視界の先には、こちらを見下ろす対戦相手と、彼の背後に立つ一体のドラゴン。先程から聞こえる嘆くような咆哮は、このドラゴンがだしているのだ。

 そして、それを見た遊矢は、自身の置かれていた状況を思い出した。

 

(そうか、俺……オッドアイズ・ファントム・ドラゴンにやられて……)

 

 オッドアイズ・ファントム・ドラゴンの効果によって大ダメージを受けた遊矢は、ソリッドビジョンの砂浜に倒れていた。指を動かすことさえもままならない程の激痛が全身を襲ってくる。息を吸っている感覚さえもあやふやになり、視界もぼやけている。

 リアルソリッドビジョンはダメージの衝撃をも具現化するが、今の衝撃は普通の比ではない。恐らく、マサルが装置を弄ってソリッドビジョンの出力を大幅に高めているのだ。それも、常人ならやらないレベルで。

 マサルは、痛みで中々起き上がれない遊矢の前へと歩いていくと、その頭を鷲掴みにして自分に向けさせ、その顔面に比喩でもなんでもなく、唾を吐く。

 

「情けねえなぁ……やっぱりお前にゃ遊戯王の主人公なんぞ合わねーよ。大人しくサーカス団に入ってピエロでもやってればいいんだ」

「……」

 

 その言葉には、この世の決闘者(デュエリスト)に求められるものであろう、対戦相手への敬意なぞ微塵もなかった。純度100%の嫌悪をどストレートにぶつけ、あまさつえ文字通り唾を吐く様からして、コイツはもう決闘者云々以前に人として終わっていた。

 遊矢は、マサルの暴言に対し、言い返すだけの体力も無かった。負けたら皆殺しにされる。それだけは避けたいという一心で、なんとか立ち上がったはいいものの、こうして立っているだけで精一杯なのだ。その体力もいつまで持つか分からないのだ。

 よろよろと立ち上がった遊矢を見て、マサルは不快そうに顔を歪めると、プレイを続行する。

 

「“オッドアイズ・レムナント・ドラゴン”の効果発動!自分の“オッドアイズ”モンスターが相手モンスターを戦闘で破壊した時、自分フィールドのカードを1枚選んで破壊することで、自分はデッキから1枚ドローする!俺は“オッドアイズ・アークペンデュラム・ドラゴン”を破壊し、ドロー!」

 

 アークペンデュラム・ドラゴンが光の粒子となってフィールドから消え去り、マサルがカードをドローする。そしてマサルは引いたカードを見てニヤリと笑うと、そのカードを即座に使用した。

 

「速攻魔法、揺れる眼差しを発動!お互いの(ペンデュラム)ゾーンのカードを全て破壊し、破壊した数に応じて効果を適用する!」

 

 マサルがカードを発動すると、二人を取り囲むようにして突風が吹き荒れ、お互いのフィールド上で、ペンデュラムスケールとして宙に浮いていたモンスター達が、光の粒子となって霧散する。アクションフィールドも突風により大きく荒らされ、砂や海水、設置されたアクションカードが風によって巻き上げられてゆく。

 

「1枚破壊した時の効果により、貴様に500ダメージ」

「うがぁっ⁉︎ 」

遊矢:600LP→100LP

 

 不意に発生した、小さな竜巻が遊矢にぶつかり、ハンマーで頭をかち割られる衝撃が遊矢に襲いかかる。たった500のダメージなのに、この威力。そしてもうライフは風前の灯火。微弱なバーンカード一枚で吹き飛ぶほどの危機的状況である。

 

「2枚破壊により、デッキからPモンスターをサーチ。俺は”オッドアイズ・ファンタズマ・ドラゴン”を手札に加える」

 

 手札に加えられるは、新たなオッドアイズ。それに驚く時間も与えられずに、更なる脅威が押し寄せる。

 

「3枚破壊により、フィールドのカード1枚を除外する。その目障りなAカードを消し去ってやる!」

 

 遊矢が伏せていたアクションカードが風で飛ばされ、空の彼方へと飛んでいってしまった。

 

「4枚破壊により、デッキから2枚目の揺れる眼差しを手札に加える」

 

 同名カードのサーチまでやって来やがった。これで遊矢の場はガラ空き同然になってしまった。手札や墓地にも、攻撃を捌く防御札はない。万事休すだ。

 マサルはガラ空きになった遊矢のフィールドを見て鼻で笑うと、見下したような言い方で攻撃宣言をする。

 

「トドメだ。“オッドアイズ・アドバンス・ドラゴン”で“EMペンデュラム・マジシャン”を攻撃!死ね榊遊矢!神聖なるデュエルモンスターズを汚す大罪人めええええええええええええええええええ!! 」

 

 怨嗟と憎悪の塊のような声で、マサルはトドメの宣言をする。遊矢の場にはモンスターは居ない。間違いなく遊矢は負ける。そして殺されるのだ。

 ギャラリーは皆絶望の表情になり、柚子は耐えられずに目を閉じてしまう。ああ無情かな。これで彼らも殺されてしまうのだ。

 

 

 

 

 

 だが忘れちゃいけない。これはアクションデュエル。起死回生の手段なんて、いくらでも転がっているのだから。

 

「アクションマジック、回避!攻撃を無効にする!」

 

 遊矢が手札からアクションカードを発動すると、オッドアイズ・アドバンス・ドラゴンの攻撃は遊矢からそれ、あらぬ方向へと飛んでいってしまった。

 しかし、遊矢は先程からその場を動いてはいない。一体いつ、アクションカードを入手していたのだろうか。

 

「アクションマジック……いつの間に⁉︎ 」

「さっきの突風で、未取得のカードが飛んでいってるのを見たんだ。偶然近くに飛んできた時に、それをちょっとね」

 

 そう。先程の揺れる眼差しの発動時の突風で、アクションフィールドはめちゃくちゃに荒らされた。その際、砂に紛れて飛んできたアクションカードがあったのだ。痛みでまともに動けなかった遊矢にとっては、まさしく渡に船だった。自分の方に飛んできたそれを掴み取り、首の皮一枚で繋がったというわけだ。

 

「ああ苛々するぜ!そんなものに頼ってんじゃねえぞゴミカス!ったくこれだからスタンダード次元は雑魚なんだよ……恥ずかしくねえのかよ!おとなしくくたばれよぉ!」

 

 アクションカードを使った遊矢に対して、ボロクソに非難するマサル。アクションデュエルで構わないと言った以上、相手が使おうが文句を言われる筋合いは無いはずなのだが、遊矢憎しで思考するマサルはそんな事は考えちゃいなかった。ただ、遊矢を糾弾したいがためだけの発言なのだから。

 

「糞が!俺はスケール0の“オッドアイズ・ファンタズマ・ドラゴン”をPゾーンにセット。そしてP効果発動。手札を一枚捨てて、EXデッキに表側表示で存在するドラゴン族Pモンスター1体を手札に加える。“揺れる眼差し”を捨てて、アークペンデュラム・ドラゴンを回収し、Pゾーンにセッティング」

 

 先程居なくなったアークペンデュラム・ドラゴンが、今度はPゾーンに出現する。アークペンデュラム・ドラゴンのPスケールは8。これでマサルは次のターン、レベル1〜7のモンスターをペンデュラム召喚できる、という訳だ。

 

「次のターンで必ず仕留めてやる……!」

 

 マサルが忌々しそうにターンエンドを宣言する。

 彼の背後に立つオッドアイズ・ファントム・ドラゴンは、心なしか、悲しそうな眼差しで主人(マサル)を見ていた。その視線に気づいたのは遊矢のみ。観客席にいるアラタ達も、オッドアイズ・ファントム・ドラゴンを従えているマサルも、それに気づいてはいない。

 先程から、しきりに嘆くように吠えるファントム・ドラゴン。そして今の眼差し。そこから遊矢は、ある推測を立てはじめる。

 

「あれは……」

 

 が、そこで遊矢の思考は止まった。受けたダメージに耐えきれずに、遊矢はその場に膝を突き、そのまま倒れる。

 

「遊矢ぁ!」

「おい……これガチでまずいやつだろ!このデュエルを続けたらまずいっての!」

 

 柚子の叫び声が聞こえるが、もう既に、応えるだけの力も無い。

 そのまま、意識が闇に溶け込んでゆく ——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デュエルコート外部

 

「あ……ああ……」

「逢瀬くん……!」

 

 アクロスの戦闘を物陰から見ていたヒビキとフィフティ。彼らの目の前に広がる光景は、まさに悪夢そのものだった。

 プスプスと煙を上げながら、力なく地面に横たわるアクロス。対して、イガリマオリジオン、レイラ、ガングニールオリジオン、タロットオリジオンの4人は未だピンピンしており、アクロスを始末する気満々である。このままほっとけば、間違いなくアクロスは死ぬ。

 

「出てこいフィフティ。そこに居るのは分かってるんだ」

「っ……」

 

 レイラがこちらに気づいたのか、フィフティの隠れている木の方に向かって声をかける。これは下手に逆らわない方がいいと踏んだフィフティは、ヒビキをその場に待たせ、しぶしぶと物陰から姿を現す。

 

「脅威とは思っていないと豪語するくせに、随分と私達の始末に御執心のようだね。ティーダの差金かい?」

「減らず口を……部屋に害虫がいたら始末するだろ?それと同じだ。単純に鬱陶しいんだよ、お前達は」

 

 フィフティの発言に対し、面倒くさそうに答えるイガリマオリジオン。

 

「なぜお前はアクロスに加担する?お前はただの死に損ないだ。俺達と敵対する意味など無いはずだろ?」

「……確かにその通りだ。だがしかし、私にはやらねばならない事がある。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ね。個人的にはギフトメイカーと敵対する意味はないんだけども、君達のやってる事は私も看過できない。だから全力で邪魔をする」

「へえ、やっぱお前も腹にイチモツ抱えてるタイプ?いいねぇ、親近感湧くなぁ」

 

 イガリマオリジオンは、ニタニタと笑いながらフィフティに話しかけるが、フィフティはそれに対し、露骨に嫌そうな顔をする。フィフティ自身、ロクでもない人間性なのは確かだが、それでもまだ良識は持ち合わせていると自負している。しかし、イガリマオリジオン —— バルジは違う。こいつは明らかに自分の快楽しか頭に無い。良心が通用しないタチの人間だ。

 そんなフィフティからの嫌悪もつゆ知らず、イガリマオリジオンは鎌を構え、倒れたまま動かないアクロスの元へと歩み寄る。

 

「でも残念だったな。お前がアクロスを利用して何をするつもりかは知らねーが、たった今から俺達がアクロスをブチ殺す。それだけでお前も自動的にご退場だ」

 

 イガリマオリジオンはそう吐き捨てると、倒れたままのアクロスの首筋目掛け、鎌を勢いよく振り下ろす。そう、これで邪魔な仮面ライダーの首はすっぱりと斬れ ——

 

 

 

 

 —— なかった。

 振り下ろした刃が、アクロスの首筋まで後1センチの所でとまっている。

 

「まだ……終わっちゃいねえ……」

「瞬……!」

 

 見ると、アクロスが、自分に向かって振り下ろされた刃をがしりと掴んでいた。幾ら変身しているとしても、刃物を素手で掴むのは正気の沙汰ではないはずだ。

 

「ってぇ……っ!手ぇ切れる……っ!」

「今だ!そぅれぃっ!」

 

 すかさずフィフティが、落ちていたツインズバスターをイガリマオリジオン目掛けてぶん投げる。ツインズバスターは、イガリマの鎌を弾き飛ばしながら、近くの木にぶっ刺さる。

 フィフティの肩を借りながら立ち上がるアクロスに、レイラはサーベルの刃先を向けながら悪態をつく。

 

「意外としぶとい……いや、悪運があるのか?よくもまあ懲りずに立ち上がれるものだな」

「ここで俺が倒れたら、誰が暴れるオリジオンを止めるんだ……!あんな奴らを……のさばらせはしない!お前達に……好き勝手させるかよ……!」

 

 アクロスは、完膚なきまでに叩き潰されながらも尚、立ち上がる。

 気に入らないやつを消したい。好きな子を独り占めしたい。自分の思うように周囲を変えたい。そんな身勝手な欲望を抱えたオリジオンに、多くの人が傷付けられたのを見てきた。彼らの身勝手な理由で、関係ない人が傷付くのは許せない。身近な人が傷つくのも許せない。アクロスの力は、その為に使う。

 こんな人でなしどもに、自分達の生きる世界をめちゃくちゃにされてたまるものか。その憤りが、アクロスの身体をまだ動かすのだ。

 

「転生者だのなんだの、ごちゃごちゃうるせぇよ……皆生きてるんだよ……背景でもなく、端役でもない。俺みたいな木偶の坊なんかと比べたら!よっぽど!皆の方が!立派に生きてるんだよ!」

 

 アクロスは啖呵を切る。立っているだけでもやっとだが、それでも倒れるわけにはいかない。

 しかし。

 

「何です?もう話は終わりましたか?なら結構。生憎貴方の言葉は我々には届きません。いくら綺麗事をほざこうが、彼らは転生者には叶わない。次元が文字通り違いますので」

「トドメを刺すぞ。確実に殺れるタイミングでやらなければ、やられるのは此方だからな」

「心配すんなってのレイラちゃんよぉ。こぉんな雑魚、瞬殺に決まってんじゃん!」

 

 タロットはアクロスの発言をあっさりと否定した。そして、4人は満身創痍のアクロスにトドメを刺すべく、その足を動かす。

 アクロスを殺す事しか考えていないレイラに、彼女の言葉に軽い調子で答えるイガリマ。ハナから対話する気のないタロットに、言葉すら通じないガングニール。全員。完全にアクロスを舐めてかかっている。自分達の優位は揺るがないと思っている。

 先陣をきって、イガリマオリジオンが鎌を構えて突っ込んできた。アクロスは思わず身構える。イガリマは、楽しそうに笑いながら鎌を振り下ろす。

 

「さあもっとだ!お楽しみはこれからなんだからさぁ!」

 

 その時だった。キイイイイインッ‼︎ と、何かが凄まじい速度で向かってくるような音がした。イガリマはそれを聞いて刃を止め、空を見上げる。そして、先程よりもさらに楽しそうな笑みを浮かべながら、空に向かって声をかける。

 

「へえ、やっぱ来んのなお前。いいぜ、中々愉快な展開じゃんか!」

「あれは……」

 

 アクロスもつられて空を見上げる。

 空を飛ぶ、あの純白の姿には見覚えがある。確か、初めて会ったときもあの姿だったか。

 

「ようバルジ。この間の続きをしようぜ?」

 

 仮面ライダーサイガ。無論変身しているのは転生者狩りだ。

 背中のフライングアタッカーで飛来してきたサイガは、イガリマオリジオンを見下ろしながらそう言い、フライングアタッカーの砲口を向ける。

 

「今度は逃がさねぇ!ここでケリをつける!」

 

 そう叫びながら、地上にいるギフトメイカー達に向けて機銃で攻撃を仕掛けてきた。当然ながら、近くにいたアクロスも巻き込んで。

 

「ちょわあああああああああっ⁉︎ 」

 

 とばっちりで攻撃を受けたアクロスは、数発程喰らいながら吹っ飛んでゆく。その際に腰のクロスドライバーも外れ、変身が解除される。

 

「ってぇ……なんだよ⁉︎ 」

 

 アクロスの変身が解かれた瞬は、降りしきる弾丸の雨の中、落ちたクロスドライバーをなんとか拾い上げ、フィフティ達がいる方へと走ってゆく。このままだと瞬まで巻き添えで殺さねかねないし、何より他の皆が心配だ。

一方、三度合間見えたイガリマオリジオン —— バルジとサイガ —— 転生者狩り。サイガは、ベルトのサイガフォンに付いているミッションメモリーを外し、背中のフライングアタッカーの操縦桿に取り付け、操縦桿を引き抜く。すると操縦桿は、フォトンブラッドの刀身をもつ二振りのトンファー型武装、トンファーエッジへと変化する。

 そして、トンファーエッジをイガリマオリジオンに突きつけ、ドスの効いた声を投げつける。その手は怒りで震えていた。

 

「また会ったなぁ……バルジィ……!」

「へえ、懲りないなあお前。それ程俺が憎い?」

「当たり前だ!家族を……俺の世界を滅ぼしたお前を!決して許しはしない!」

「世界を滅ぼした……⁉︎ 」

 

 サイガの発言に、瞬は驚きの声をあげる。

 が、イガリマオリジオンは、サイガの発言を否定する事なく、それどころか、全く悪びれていない様子で、ヘラヘラと笑いながら開き直る。

 

「人聞きの悪い事言うなよガキンチョ。俺はただ、やりたいようにやっただけ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。俺は悪くねぇ!ってな!」

「っ……このクソ野郎がっ!」

 

 イガリマの発言にブチ切れ、サイガは目にも留まらぬ速度でトンファーエッジを振り抜く。しかし、イガリマオリジオンは、それ以上の速さで大鎌を振るい、サイガの手からトンファーエッジを弾き飛ばす。

 瞬は、物陰に隠れながら2人の様子を伺う。果たしてサイガの言ってることが事実か否か、瞬には知る由はないのだが、転生者狩りがバルジに向けている尋常じゃない憎しみと怒りが、両者の間に因縁らしきものが存在していることを証明している。

 

「その表情たまんねぇなぁ!仮面越しにだって分かるぜ。俺が憎くて憎くて堪らないですって顔してんのがよぉ!それくらいの勢いで歯向かってくれなきゃつまらねーだろぉがよぉ!」

「俺の命はテメェを殺す為だけにある!テメェみたいな腐れ外道は!俺が!殺す!」

 

 なんだが、瞬そっちのけで殺し合いが始まってしまった。対話を放棄した斬り合いを傍観しながら、いったいどうすべきかと考えている瞬に、フィフティが声をかける。

 

「……どうする?今ならギフトメイカーを彼に任せて先に進めるけど」

「でも……置いていくってのもなぁ……」

「その必要はない」

 

 後から来た奴に全部押しつけてしまうのは凄い迷惑なんじゃ無いのかと考えていた瞬。その考えを、ばっさりとサイガは切り捨てた。

 

「大方助太刀するかどうかを話し合ってたんだろうが……悪いがお前らの助けはいらねぇ。コイツだけは俺が殺さなきゃならないからな!」

 

 因縁のある者同士の戦い。そこに赤の他人が介入するのはあまり良く無いだろう。それに今のアクロスの実力では、この戦いにはついてこられない。足手纏いになるだけだろう。

 

「行けよ!そこにいられたら邪魔なんだよ!」

 

 サイガは苛立ちながら、瞬達にそう吐き捨てる。ここまで言われてしまっては、ここに居座る意味はない。

 

「……じゃあ任せる!」

「恩に着るよ」

 

 瞬はヒビキを抱き抱えると、フィフティと共に戦場から離脱しようとする。いつまでも足止めを食らっているわけには行かない。こうしている今も、デュエルコートの中では皆がオリジオンの脅威に晒されているのだ。早く向かわなくては。

 傷ついた身体を引き摺るように、瞬は走る。想像してしまう最悪の未来を振り切るように、皆の元を目指す。

 が、ここで忘れかけていた脅威が牙を向く。

 

「行かせるか!」

「始末します」

「UUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUッ‼︎ 」

 

 イガリマとサイガのタイマンが勃発して手持ち無沙汰になっていたレイラをはじめとする他のギフトメイカー達が、一斉に瞬達に襲いかかってきた。

 マズイ。ヒビキを抱き抱えているせいで、アクロスに変身しようにも、両手が塞がっていてドライバーを取り出せない。ガングニールオリジオンの凶拳が、瞬に迫る。

 その時だった。

 

「行け、DDD烈火王テムジン!」

「uAu⁉︎ 」

 

 鋭い声と共に、炎を纏った人型モンスターが、瞬とガングニールオリジオンの間に割り込むと共に、ガングニールの攻撃を打ち払い、地上に叩き落とした。

 モンスターは、ガングニールの動きが止まったのを確認すると、光の粒子となって霧散する。いったい何が起きたのだと周囲を警戒する瞬やギフトメイカー達のもとに、ある人物が現れる。

 

「リアルソリッドビジョンを荒事に使うのは避けたいのだが……人命がかかっていては仕方がない。大丈夫か?」

 

 声の主は、デュエルディスクをつけた、銀髪眼鏡の青年だった。4月も終わりだというのに、赤いマフラーを首に巻いており、なぜか靴下は履いておらず、素足に直接スニーカーを履いている。青年のズボンの裾が捲られているので、どうしても目につくのだ。

 

「邪魔するな。死ね」

 

 青年の姿を見るなり、レイラは躊躇なくライフルの引金を引いた。余りの迷いのなさに、瞬は思わず縮み上がってしまう。

 しかし、青年は、なんと着けていたデュエルディスクのプレート部分で弾丸を叩き落とした。弾かれた弾丸が、瞬の足元に転がってゆくのを見て、瞬はその常識外れの行動に、思わず笑ってしまう。

 

「誰だお前は」

赤馬零児(あかばれいじ)。ただの決闘者だ」

「なら引っ込んでろ。お前とアクロスは面識がない。赤の他人のはずだろう。何故邪魔をする」

「私もこの中に用がある。だがお前達はここに誰かが入られたら困るのだろう?」

「困る、と言ったら?」

「私が全力で押し通してあげよう」

 

 赤馬零児と名乗った青年とギフトメイカー達の押し問答に、フィフティが割ってはいる。それを見てタロットは、信じられないといったような反応を見せる。

 フィフティは瞬達を庇うように、その前に立つと、いつになく真剣な表情をギフトメイカー達に向ける。

 

「行きなさい。いい加減、口だけじゃ無いって所見せないとね」

「……大丈夫、なんだな?」

「いいから。君は君のやるべきことを」

 

 その力強い言葉に、瞬は黙るしかなかった。心配そうにフィフティの方を見ながら、瞬達はその場を離れる。

 フィフティは半ば強引に瞬達を先に行かせ、改めてタロットと相対する。そして、瞬達が建物の中に入っていったのを確認すると、

 

「という訳で、君達の相手は私なのーだ☆」

 

 と、ノリノリでウインクを決めながらタロット達の方を振り返る。一方、ギフトメイカー達は、フィフティが自分達に相対すると知って、あからさまに嘲笑してくる。

 

「まさか貴方が戦うつもりですか?冗談は口だけにした方がいいですよ。かつてはどうだったかは知りませんが、今の貴方はクロスドライバーを扱えない程までに落ちぶれている。そんななりで我々と勝負になる訳がないでしょう?」

「そうだね。今の私ではクロスドライバーが使えない。だからこうして逢瀬くんをアクロスにした。その歯痒さは私が一番わかっているとも」

 

 フィフティはそう言いながら、何処からか杖を取り出し、その柄で地面をトンと軽く叩く。

 

「だから、往生際悪く足掻かせてもらうよ。それくらいしなきゃ釣り合わない」

 

 

 

 

 

 フィフティのおかげで、なんとかデュエルコートに入ることができた一行は、皆の元へと走っていた。時折壁越しに聞こえてくる轟音が、瞬を容赦なく焦らせる。あれからどうなった。皆はまだ無事なのか。最悪の展開にならないことを祈りながら、瞬は通路を走る。

 一方で、瞬に抱き抱えられているヒビキは、いきなり現れた零児に不信感を抱いているようだった。

 

「いきなり出てきたけど、貴方は一体何者?」

「安心しろ、私は敵ではない。たまたま君達と目的地が同じだったので手を貸しただけだ」

「んなこと言われても信用できないよ……」

「出会って数分の人間を信用しろというのも無理な話だろう。だが疑っている時間はないぞ。急がなければ、死人が出る」

 

 零児の言う通り、事態は一刻を争う。兎に角今は先を急ぐべきだ。他のことはそれから考える。

 タロットオリジオンとの戦いでボコボコになった通路を走り抜け、瞬達は観客席に通じる扉の前にたどり着いた。抱っこ状態から降ろされたヒビキが、ドアノブに手を掛けるが、ドアノブはびくともしなかった。

 

「うそ、開かない!」

「どうやらソリッドビジョンを使って塞いでいるようだ……こうなったら操作室に行き、システムを落とすしか無い」

 

 零児の提案を受け、瞬達はリアルソリッドビジョンの操作室に向かう。あそこからならコートのソリッドビジョンを自由に弄ることが可能だし、コートに通じる扉もある。

 再び廊下を駆け抜けて、操作室に入る。

 

「なっ……」

 

 室内に踏み込んで、瞬は絶句した。

 木製の扉はバキバキに砕かれた状態で床に放置されており、室内はこれでもかというほど荒らされていた。椅子や机は倒れ、壁や床には引っ掻いたような傷や血痕が散見される。確かここでは、湖森と志村がソリッドビジョンの操作をしていたはず。という事は、恐らく2人はここでオリジオンに襲われたのだろう。

 妹が襲われていながら何もできなかった自分に苛立ち、瞬は拳を強く握りしめる。またしても彼女を危険な目に遭わせてしまったのだ。

 

「見て!あれ!」

「……!」

 

 その時、ヒビキが前方を指差しながら叫んだ。瞬ははっとして顔をあげる。前方には、ソリッドビジョンの操作盤と、デュエルコートを確認できるモニターが確認できる。

 モニター越しにコート内の様子を見て、瞬は絶句した。そこには、まるで喧嘩にでも巻き込まれたのかと思うほど、満身創痍で横たわる遊矢と、それを踏みつける対戦相手 —— マサルの姿が。

 

「なんだよこれ……何をどうやったらカードゲームでこんなに傷つくんだよ⁉︎ 」

「これ、カードゲームなんだよね……なんであの人、あんなにボロボロに……」

「アクションデュエルに怪我は付き物だが、これは明らかに度を越している……ダメージ設定を弄っているのか!」

 

 自分の想像するカードゲームとはかけ離れた惨状に驚愕する瞬とヒビキの横で、零児が操作盤を弄りながら毒づく。

 アクションデュエルはその性質上、モンスターの攻撃などによりプレイヤーが怪我を負うこともある。その危険性をなるべく減らすために、小さい子供などのことも考慮して、リアルソリッドビジョンの出力を調整できるようになっている。

 しかし、現在の状態はLV.MAX。普段は使わないレベルにまで引き上げられている。こんな状況でダメージを何度も喰らえば、大事故は避けられないだろう。

 

「っ!封鎖は解除出来たが、ダメージ設定の変更が出来ない!誰かがコートの外から邪魔をしているのか?」

「中に入れるだけでも万々歳だ!行こう!」

 

 零児のおかげで、なんとか中に入ることができた瞬。扉を開け放ち、アクションフィールドの中へと飛び込んでゆく。

 

「皆!無事か⁉︎ 」

「瞬!」

 

 観客席の方から、皆が顔を出して瞬の方を見てくる。ボコられていた志村や湖森の様態が心配だが、とりあえずその他の皆は無事らしい。

 一方、デュエルコートを見下ろした柚子は、瞬の隣に立つ零児を見て、思わず声をあげていた。

 

「赤馬零児……⁉︎ どうしてここに⁉︎ 」

「柚子ちゃん、あの眼鏡の人知り合い?」

「知ってるも何も、デュエル業界の最大手、レオ・コーポレーションの社長!決闘者なら知らない人はいないレベルの有名人だよ⁉︎ 」

「あー、そんなに凄い人だったのかこの人……」

 

 観客席での唯とハルの会話を聞いて、思わず感心してしまう瞬。ちらりと零児のほうを見ると、彼は気恥ずかしそうに咳払いをし、眼鏡のレンズを光らせていた。

 遊矢を踏みつけているマサルは、ギフトメイカーの手を借りて事前に締め出したはずの瞬が戻ってきたことに苛立ちを露わにし、遊矢を踏みつける足に力を込めながら、忌々しそうに瞬を睨みつけてくる。

 

「おいおい、部外者が入ってくんじゃねーよ。今はデュエル中だぜ?」

「んな事言ってる場合かよ……こんなになるまで痛めつけるのがデュエルだと?」

「生半可な考えで割り込んでんじゃねーよ素人(トーシロ)が!それに仮面ライダーが今更来たって遅い!もうすぐ榊遊矢は死んじまうんだからよ!」

 

 マサルは苛立ちながら、気絶している遊矢を強く蹴り飛ばす。頭から砂をかぶりながら、意識のない遊矢の身体は地面を転がってゆく。思わず瞬は遊矢に駆け寄る。

 

「何でこんな事を……」

遊矢(コイツ)が嫌いだからに決まってんだろ。決闘者ならこいつの身勝手さには虫唾が走って当然だろ?憎まれる奴が全部悪いんだよ、なあ?」

「んな訳ないだろ……」

 

 瞬は、反射的にマサルの言葉を否定していた。怒りからなのか恐怖からなのかは分からないが、その声は震えていた。

 

「嫌いだから、邪魔だから消します殺しますって……そんな事やってなんになるんだよ!そんな事繰り返してたら、何もかも無くなってしまう!それでお前はいいのかよ⁉︎ 」

 

 そう。基本的に、()()()()()()()()()()()()。大多数の人間は、嫌いな奴がどうなろうが知ったこっちゃないのだから。誰もが少なからず、こう言った感情は持っているだろう。

 しかし、それを制御せずに思いのままに振るう事は許されない。不快感のままにあらゆるものに攻撃をした末に残るものは無い。他者の介在を許さない自分だけの世界のみ。

 が、瞬の言葉は通じなかった。

 

「嫌いな奴殺せるなら万々歳だよ。俺達は人生半ばで一度死んだ可哀想な身分。だからなんでもしていいんだ。いや、そうでなきゃ釣り合わないんだよ。だから邪魔するな。俺達の幸せを邪魔するな」

 

 きっぱりと、そう言い放つマサルに、瞬は唖然としていた。今言葉を交わしている存在が、本当に自分と同じ人間(いきもの)なのか。本当に同じ言語で話しているのか。まるで得体の知れない化け物と会話しているような気持ちになってくる。

 マサルが何かを喋るために、ドス黒い何かが、瞬の心の中に注がれていくような感じがする。

 

(ああ……どうして)

 

 —— 何故転生者(こいつら)は、こんなにも容易く人間の心を捨てられるんだ?なんでこんなにも、他人を人間として見ずにいられるんだ?

 一誠を執拗に狙ったオリジオンも、鎮守府を襲撃したオリジオン達も、今目の前にいるマサルも。今まで戦ってきた転生者は、どいつもコイツも自分の欲望のままに好き勝手やっていた。そして、それを悪びれる奴は1人もいなかった。

 瞬にはさっぱりわからない。いや、無意識に拒絶しているのだ。何かに対する嫌悪感自体は、誰だって大なり小なり持っている。それを直視するのが怖いのだ。分かってしまえば、自分を嫌いになってしまいそうだから。

 

(コイツらは……駄目だ)

 

 だが、拒絶するには、あまりにも醜いものを見過ぎた。転生者はどうしようもない存在だと、一瞬だけでも思ってしまった。

 一度抱いた嫌悪感は自力では拭えない。そのまま、瞬の心が闇に ——

 

 

 

「瞬……瞬!」

「っ‼︎ 」

 

 強く名前を呼ばれながら身体を揺すられて、瞬は我に帰った。ばっと振り返ると、入り口に放置していた筈のヒビキが、瞬の肩を掴んでいる。

 

「ヒビキ……俺は……」

 

 呆けたような顔のまま、瞬は正面を向く。両手は、気絶している遊矢の身体に添えられている。それを見て、瞬はドキリとした。—— 嫌悪感を武器にしようとしていた自分に。

 ()()()()()()()()()()()()()()。嫌悪を嫌悪で返すな。負の感情の倍々ゲームに足を踏み入れようとするな。そもそもそんな事をしている場合じゃないだろう。そう言い聞かせ、瞬は顔を上げてマサルを見つめる。

 それは嫌悪ではなく、理不尽に対する怒りだった。

 たとえ今日出会ったばかりの人間だとしても、目の前で踏み躙られるのは許せない。ごく普通の正義感を以って、瞬はマサルの前に立ちはだかる。

 

「お前がなんと言おうが、俺はお前の行動を認めないし許さない。お前が何かを嫌うのは勝手だが、それを理由に誰かを傷つけようとするなら、俺は全力でお前を止める!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 果てしない闇の中、何処からか聞こえる咆哮。

 

 

 それは嘆きの唄。

 望まぬ蹂躙を強いられる悲しみと、それから逃れられない苦しみ。

 

(あ……)

 

 潮騒の様に幾度となく繰り返されるその嘆きの声が、闇に沈んでいた遊矢の意識を引きずりあげる。

 身体の感覚が無くなってから、幾ら経ったのだろうか。光源のない闇の中では、目を開けているかすら怪しくなって来る。頼れるのは己が耳のみ。咆哮を繰り返し聞いているうちに、少しずつ、身体の感覚が戻ってきた様な気がしてきた。全身を覆うやけつく様な痛みに顔を顰めながら、遊矢は闇の中を泳ぐ。

 咆哮の主はすぐに見つかった。それは、光なき闇の中であるにも関わらず、はっきりと姿を視認できた。

 

「オッドアイズ・ファントム・ドラゴン……」

 

 本来なら邂逅するはずのない存在。遊矢の知らない、どこか遠くの世界の決闘者のエース。札道マサルというイレギュラーによって持ち込まれた異物。そして、遊矢を焼き払った存在。

 それが、二色の眼で遊矢を見つめている。敵意は感じられない。その目を見て、遊矢は確信した。

 

(勘違いなんかじゃない……コイツは、泣いている)

 

 一度目に気絶した後、目が覚めた遊矢は、嘆くオッドアイズ・ファントム・ドラゴンを見た。あの時は意識が朦朧としていたのもあって、気のせいかと思っていたが、あれは間違いではなかったのだ。

 では、何故泣いているのか。遊矢は既にその答えを知っていた。

 

(多分、コイツは他人を無闇に傷つけたくはないんだ)

 

 それは一種の共感(シンパシー)からだった。遊矢も元来、他人を傷つけるのは好まない性格だ。デュエルを戦いの道具として使うのも好まない。しかし、ある事情からデュエルを戦いの手段に使わざるを得ない状況に追い込まれていった。

 エンタメデュエルと、勝敗が生死に直結する次元戦争下のデュエル。戦いの道具としてのデュエルを繰り返さざるを得ない状況。その板挟みに苦悩し続けた遊矢だからこそ、オッドアイズ・ファントム・ドラゴンの苦しみがよく分かる。

 

「お前もこんな事、続けたくないんだよな。分かるよ、その気持ち」

 

 遊矢は、オッドアイズ・ファントム・ドラゴンの額に手を置く。ファントム・ドラゴンは、黙ってそれに身を委ねる。こうして触れ合うだけでも、その言葉にならない悲痛の叫びがひしひしと伝わって来る様に感じられる。

 だが悲しいかな。その苦悩は自らの主人には通じない。榊遊矢への嫌悪と憎悪に駆られ、遊矢を全否定しようと躍起になっているマサルには、届かない。

 ならば一体どうすべきか。

 それはもう分かっている。

 

「そうだ……観客も、相手も、そしてモンスターも笑顔にするのが、俺の目指すデュエル……エンタメ……」

 

 父親から受け継いだエンタメデュエル。かつて世界を滅ぼしたとある決闘者の信じた理想のデュエル。そして、今自分が目指しているもの。今目の前に、泣いているモンスターがいるならば、それをも笑顔に変えて見せる。それが真のエンタメデュエル。

 答えは決まった。後は覚醒するだけ。遊矢はオッドアイズ・ファントム・ドラゴンに暫しの別れを告げ、闇の中を上へ向かって泳ぎ始める。こういう時は、上に行けば何とかなるのがセオリーなのだ。

 

 

 

 さあ、お楽しみはこれからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 視点は現実に切り替わる。

 倒れたまま動かない遊矢と、それを見下ろすマサル。そして両者を固唾を飲んで見守る唯達。

 

「湖森……志村……」

 

 そして、観客席に寝かされた、満身創痍の湖森と志村を、心配そうに見つめる唯。マサル —— オッドアイズ・オリジオンに理不尽にも襲われた2人の意識はまだ戻らない。瞬達が来てくれたはいいものの、状況は変わらない。遊矢は気絶したままだし、怪我人を抱えてこの場から逃げられるかというと、それは無理なものだ。

 ただ、傍観しているだけ。それがなによりももどかしい。友達が傷つけられても、立ち向かうことができない自分に、唯は嫌気がさしてきそうだった。

 その時だった。湖森の瞼が不意に開いたのだ。意識を取り戻した湖森の顔を見て、唯は安堵する。

 

「ゆい……さん?」

「湖森ちゃん!大丈夫なの⁉︎ 」

「ギリ大丈夫……背中とか顔とかめっちゃ痛いけど」

「よかったぁ……ホント無事で良かったあぁ……」

 

 涙ぐみながら、唯は湖森を抱きしめる。

 同時に、隣で取り巻き達と共に気絶していた沢渡も目を覚ましたらしく、観客席の背もたれに背中を預けながら、嫌みたらしく声をかけてくる。

 

「俺を忘れんなよ……一応俺様もボコられた側の人間なんだぜ?」

「その調子なら大丈夫でしょアンタは」

 

 が、柚子が一蹴。沢渡さんは今日も扱いが雑だった。

 一方、潮原提督達は、コート内で倒れたまま動かない遊矢を見下ろしていた。

 

「遊矢くん、目覚めないね」

「あれマズイんじゃねーか?もう封鎖は解かれたんだし、さっさと逃げて病院に担ぎ込まなきゃならねーだろ?」

「確かにマズイし、あのままだとデュエルもタイムアウトで強制敗北よ。でも札道マサルが、素直に私達を逃すと思う?提督も分かってるはずよ」

 

 瑞鶴の言う通り、あの少年が自分達を逃すタマとは考えられない。というか、アレは躊躇や情けなどという言葉が通じないタイプだ。

 マサルが周囲に向ける、あの眼には見覚えがある。他者を自分と同じ生き物として見ていない、背筋が凍てつきそうな眼。先日、鎮守府を襲撃したオリジオン。彼もまた、同じ眼をしていた。

 

(何が起きてんだよ……なんでこうも、人を人と見れない様な奴がウヨウヨいんだよ……)

 

 そんな潮原提督の懸念なぞ知る由もないマサルは、自分に真っ向から歯向かってくる瞬を罵倒し始めた。

 

「先に気分を害されたのは俺だ!ヒーローならさぁ、そんな屑守る価値ないって分かれよ!何原作主人公守ってんだよ、優等生気取りか!」

「んな理屈通るわけないだろ⁉︎ 」

「黙れ邪魔するな消え失せろ!榊遊矢を早く殺させろよ!」

 

 あくまで自分を正当化し続けるマサルだが、そんな理屈は転生者ではない瞬には通じない。というかただでさえ支離滅裂な理屈だというのに、転生者以外には通じないシロモノなのだから当然だ。

 その時。

 

「まだ、だ」

「⁉︎ 」

 

 下から声がした。

 瞬が頭を下げると、気絶していた遊矢が、目を覚ましていた。

 

「チッ、しぶといな。腐っても主人公補正は健在かよ」

 

 マサルは息を吹き返した遊矢を見て、忌々しそうに舌打ちをするが、誰も耳を貸すことは無かった。

 零児も遊矢の元に駆け寄り、声をかける。

 

「榊遊矢。その怪我でアクションデュエルは無理があるだろう。それでもやるというのか?」

「零児、心配しなくてもいいさ。コイツだけは、俺がなんとかしなきゃ駄目なんだ。この憎しみは俺一人で受け止めなきゃいけない。それを他の人に負わせることはできない。それに、こんなところで膝をついちゃエンタメデュエリストの名折れだ!デュエルはまだ終わってない!まだ笑顔になっていない人がいるなら、俺のエンタメで笑顔にしてみせる!それが対戦相手や、モンスターであっても!」

 

 側から見れば空元気に映るだろう。マサルからすれば噴飯物だろう。しかし、遊矢は本気だった。

 遊矢は、まっすぐにオッドアイズ・ファントム・ドラゴンを見つめる。目の前の、望まぬ戦いを強いられる竜をも笑顔にしてみせると、そう決意を固めていた。

 瞬は、傷だらけになりながらも立ち上がる遊矢を心配し、声をかける。

 

「お前、いけるのか?」

「二人とも、心配してくれてありがとう。だけど、これは初めから俺がやらなきゃいけないことだ。だから、せめて最後まで見ていてくれないか?まだ皆にデュエルの楽しさ、見せきってないし」

 

 きっぱりとそう返し、瞬の肩を借りながら立ち上がる遊矢。その眼には、確かに闘志が宿っていた。ちょっとやそっとじゃびくともしない、固い決意。それを確かに、瞬は感じ取っていた。

 ならば、瞬から言えることは何もない。決断した後の人間に、外野が出来ることはないものだし、そもそもこれははじめから遊矢とマサルの戦いだ。そこにアクロスという異物が介在する余地は無いのだ。だから、瞬は背中を押す。

 

「じゃあ見せてくれ、お前のエンタメデュエルを!」

「分かった!」

 

 遊矢は瞬の肩から手を離し、自分の足で立ち上がる。気を抜けば崩れ落ちそうになるが、ここまで啖呵を切ったからにはそうはいかない。最後まで舞台に立ち続けてみせる。

 瞬達が観客席に移動し終えたのを確認すると、遊矢は微かに笑みを浮かべながら、デッキトップに指をかける。

 

「お楽しみは……これからだ!」

遊矢:手札2→3

 

 そして、なけなしの力を振り絞り、遊矢はカードをドローする。

 

「魔法発動!“スケールアウト・ドロー”!自分のフィールドに存在するカードが、スケール3以下のPモンスター1体のみの場合、そのモンスターををリリースすることで、リリースしたPモンスターのスケールの数だけデッキからカードをドローする!俺はスケール2の“EMペンデュラム・マジシャン”をリリースし、2枚ドロー!」

 

 手札を補充しながら、アクションカードを求め、遊矢はフィールドを駆ける。しかし、先程のダメージが堪えているのか、その足取りはかなり重い。

 

「行かせるかぁ!」

 

 しかし、マサルがそんな行為を許すはずもなく、遊矢の背中に、マサルの飛び蹴りが炸裂し、遊矢は顔面から石畳の地面に向かってはっ倒される。ここまでくると、最早ゲームの体裁をかなぐり捨てた暴力だ。

 だが遊矢は止まらない。鼻血を出しながら、遊矢は立ち上がって大地を駆ける。砂浜の端に鎮座する、一戸建て住宅程の大きさはありそうな巨大な巻貝の殻。その中に、アクションカードが確認できた。それを見ると、遊矢はまっしぐらにそれを目掛けて走る。

 

「やれ!あのカスにアクションカードを取らせるな!」

「くっ……そぉ!」

 

 マサルの命令を受けて、オッドアイズ・ファントム・ドラゴンが、哀しげに鳴きながら尻尾を振りかざしてくる。遊矢は傷だらけの身体に鞭打ち、無理やり前方に飛び込んで尻尾を躱し、アクションカードを掴み取る。

 

「アクション魔法、“アクション・エナジー”発動!自分墓地のアクション魔法の数×500LPを回復する!」

遊矢:100LP→1100LP

 

 遊矢の墓地には使用済みのアクション魔法が2枚。よって遊矢は500×2=1000LPを回復する。ギリギリの状態だった先程までと比べると、わずからながら余裕が出てきた。これが絶望の先送りか、希望の兆し、どちらに転ぶかはこれからの展開次第だろう。

 遊矢はマサルを真っ直ぐ見据えると、手札から新たに2枚のカードを選択し、Pゾーンに発動する。

 

「俺はスケール8の“竜穴の魔術師”と、スケール1の“龍脈の魔術師”で、Pスケールをセッティング!これでレベル2~7のモンスターが同時に召喚可能!今一度揺れろ、魂のペンデュラム!天空に描け光のアーク!ペンデュラム召喚!EXデッキから舞い戻れ、“オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン”、“EMドラミング・コング”、“EMパートナーガ”、“EMペンデュラム・マジシャン”!」

オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン:ATK2500

EMドラミング・コング:DFE900

EMパートナ-ガ:DFE2100

EMペンデュラム・マジシャン:DFE800

 

 破壊されたモンスター達が、一斉にフィールドに舞い戻ってくる。これがペンデュラム召喚の脅威でもあり、強みでもある。

 召喚されたオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンが、遊矢に「乗れ」と言うかのように、その頭を下げる。遊矢は、重い身体をなんとか動かし、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの背中にもたれかかる様に跨る。

 

「ペンデュラム・マジシャンの効果発動!“竜穴の魔術師”と“龍脈の魔術師”を破壊し、“EMセカンドンキー”、“EM小判竜”を手札に!同時にパートナーガの効果発動!パートナーガが召喚・特殊召喚に成功した時、自分フィールドのモンスター1体の攻撃力を。自分フィールドの“EM”の数×300アップさせる!俺はオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンを選択!」

オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン:ATK2500→3400

 

 Pゾーンの魔術師が消え、入れ替わりに、遊矢の手札に2体のEMが舞い込んでくる。しかし、遊矢はそれらのモンスターを召喚はせずに、バトルフェイズ突入を宣言する。

 

「リベンジだ!オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンで、オッドアイズ・ファントム・ドラゴンを攻撃!螺旋のストライクバースト!」

 

 遊矢の攻撃命令に合わせ、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンが光線を放つ。

 

「この時、EMドラミング・コングのモンスター効果発動!1ターンに1度、自分のモンスターが相手モンスターと戦闘を行う攻撃宣言時、その自分のモンスター1体の攻撃力をバトルフェイズ終了時まで600アップさせる!」

オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン:ATK3400→4000

 

 パートナーガの隣にいた、ゴリラのようなモンスターが、自身の胸を激しく叩く。すると、ドラミング・コングの身体からオーラのようなものが放出され、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンへと注ぎ込まれてゆく。

 攻撃力の差は1500。だがこれだけではない。オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンにはまだ効果があるのだから。

 

「オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンがレベル5以上のモンスターとバトルするとき、戦闘ダメージを2倍にする!リアクションフォース!」

「無駄だ!オッドアイズ・レムナント・ドラゴンの効果発動!フィールド上のこのカードを除外することで、デュエル中に1度だけ、戦闘ダメージを半分にする!」

マサル:4000LP→2500LP

 

 攻撃が直撃する直前、フィールドにいたオッドアイズ・レムナント・ドラゴンがオッドアイズ・ファントム・ドラゴンの前に割って入り、その攻撃を身を挺して受け止め、爆散する。

 2倍からの半減で差し引きゼロ。だがダメージは通る。オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの攻撃により、オッドアイズ・ファントム・ドラゴンは爆散し、マサルにもダメージが与えられる。爆煙と砂煙で互いの姿が隠れ、視認が困難となる。

 

「やったか⁉ 」

「それで済めばいいけどね……」

 

 それを見た潮原提督は思わずガッツポーズをきめるが、対して初月は浮かない表情を見せている。

 

「ようやく反撃できたんだから、喜ぶべきでしょ」

「これはちょっと……いや駄目だ。明らかにマズイ」

「何がマズイの?」

「いやいや、よく考えてみなよ。見下してる奴に急に反撃されて平気でいられる人間が、この世にいると思うかい?」

 

 ネプテューヌの発言に、初月だけでなく、フィフティも浮かない表情で答える。遊矢の身を案じるような、はたまたマサルに呆れているかのような態度を見せる。

 マサルへのダメージ。フィフティ達の言う通り、それは虎の尾を踏み抜くに等しい行為であった。

 砂煙が晴れ、傷ついたマサルの姿が(あらわ)となる。

 

「やりやがったなテメエ……榊遊矢の分際でえええええええええええええええ!!許さねえ……殺してやる!このデュエルで息の根を止めてやる!」

 

 傷だらけになったマサルは、自らの喉を潰す勢いで遊矢を罵倒してきた。常軌を逸した、理解を拒みたくなる程の激しい怒りの声がぶちまけられる。

 見下している相手に傷を負わされたことで、マサルの怒りはあっさりと限界点を超えた。元来人間は、下に見ている存在に痛手を負わせられたら怒り散らすのが普通。特に沸点の低いマサルがこうなるのは必然だった。

 怒りのままに、マサルは反撃の一手を進める。

 

「オッドアイズ・アークペンデュラム・ドラゴンのP効果発動!“オッドアイズ”モンスターが破壊された場合、手札・デッキ・墓地から“オッドアイズ”モンスター1体を特殊召喚する!俺はデッキから二体目のアークペンデュラム・ドラゴンを特殊召喚!」

 

 まさかの2体目のアークペンデュラム・ドラゴンの出現に、皆は驚愕する。

 

「1枚カードを伏せてターンエンド。この時、ドラミング・コングの効果が終了し、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの攻撃力も元に戻る」

オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン:ATK4000→3400

 

 バトルが終わったことでEMドラミング・コングのP効果が切れて攻撃力が下がるが、パートナーガのモンスター効果は永続効果である為、オッドアイズの攻撃力は3400のままだ。

 

(ファントム・ドラゴン……)

 

 ターン終了の宣言をしながら、遊矢は、マサルのフィールドのオッドアイズ・ファントム・ドラゴンについて思考を巡らせていた。

 闇の中でオッドアイズ・ファントム・ドラゴンと対話をした時から、このデュエルは、ただマサルに勝てばいいというわけではなくなった。例えこのまま勝ったとしても、全員を笑顔にできていないのならば、エンタメデュエリストとしては負けたも同然。

 今フィールドにセットしたカード。これを発動できれば望みはある。しかしその前に、マサルに問わねばならないことがある。

 

「なあマサル」

「なんだ、サレンダーする気になったか?」

「お前には聞こえないのか?ドラゴン達の悲痛の叫びが」

 

 オッドアイズ・ファントム・ドラゴンについて聞くならば、今しかないだろう。そう思い、遊矢は質問した。馬鹿にした様に勝ち誇るマサルだったが、予想だにしなかった内容の遊矢の問いかけに、思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。

 

「は?お前何言ってんの?お前そういうキャラじゃねーだろ、おい」

「俺にはずっと聴こえている。オッドアイズ・ファントム・ドラゴンの嘆きが。お前の、他のドラゴン達もそうだよ」

「何が言いてえんだよ」

「きっとファントム・ドラゴンはこんな戦い方を望んでいないんだよ……人を傷つける様なデュエルを嫌がってるんだよ。さっきからしきりに、悲しそうにないてるだろ?」

 

 一方、観客席では、いきなり変なことを言いだした遊矢を心配する声が上がり始めていた。

 

「遊矢のやつ……いきなりスピリチュアルな事言い出したけど大丈夫か?打ちどころ悪かったんじゃ……」

「いや……分かるよ」

 

 頭でも打って可笑しくなったんじゃないのかと心配するアラタだったが、まさかの唯が遊矢に同意し始めたのでドン引きしてしまう。

 

「遊矢の言う通り、あのドラゴン達は人を傷つける事を嫌がってるんだ。だけど、カードは持ち主には逆らえないから、苦しんでいる。勘だけどね」

「勘、かぁ」

「案外馬鹿にできないかもよ?古来からデュエルとオカルトは密接なものとされているからね。モンスターが決闘者に不満を抱く可能性もゼロじゃない」

 

 初月の言葉に、アラタはきまりが悪そうに唸るしかなかった。そりゃあホビーアニメとかだとその類の話は良くあるが、それが実際にあるとはアラタには考えにくい。決闘者ではないアラタにはその真実を知る術がないのだから仕方ない。

 皆が話し合っている間に、遊矢は、自分が闇の中での対話を通して知った事をマサルに語り終えた。だが悲しいかな。マサルに遊矢の言葉は届かなかった。そもそも嫌いな奴の言葉を素直に聞けるほど、できた人間はそうそういないのだから当然だろう。

 

「カードとの絆だの決闘者としての誇りだの、テメーにだけは言われたくねーんだよクズ!アクションカードに頼らないと勝てない雑魚の癖してよぉ、一丁前の決闘者面すんな不快なんだよ!だからとっとと負けてくたばっちまえ!」

マサル:手札0枚→1枚

 

 捲し立てるように遊矢を罵倒すると、マサルはデッキからカードをドローする。

 その時、遊矢は掠れる様な声である疑問を投げかける。

 

「……どうしてなんだ?」

「あ?」

「俺をそんなに憎み嫌う理由はなんなんだ?はっきりと言ってくれ!でないと……納得できない」

「お前を見てるとムシャクシャして仕方がないんだ。笑顔になる事ばかりを押しつけて、デュエルを疎かにする!他人の気持ちも考えない人でなし!その態度が気に入らねーんだよ!」

「……」

 

 マサルの発言は、遊矢の掲げるエンタメデュエルを完全に否定するものだった。お前がやっているのはエンタメでもデュエルでもなんでもない。それに怒っているのだと。

 確かに、遊矢はエンターテイナーとしてはまだまだ未熟。それは重々承知の上だし、だからこそ日々更なるエンタメを目指している。マサルの言い分にも、正しい部分もあるのかもしれない。しかし、だ。それでも許せないことがある。

 

「だけど」

「?」

「お前のやってることは間違ってる。俺が悪いなら、俺が憎いなら、俺だけにそれをぶつけろ!関係ない人を巻き込むな!」

 

 沢渡、志村、湖森。たまたまこの場にいたという理由だけで、マサルに傷つけられた人達。マサルが語った内容の中に、彼らが傷つけられる理由など無いというのに。ただ遊矢が憎いならば、その憎しみは遊矢に対してのみぶつけられるべきなのだ。否定されることなら慣れているから。

 だが、マサルは違う。関係ない人を巻き込み過ぎた。遊矢はそれが何より許せないのだ。

 

「関係なくねえよ。お前みたいなクズを持ち上げてるんだから同罪だ」

「っ……」

 

 だがその反論は一蹴された。マサルは本気でそう言っているのだ。坊主が憎けりゃ袈裟まで憎いとはよく言うが、そんな理由で大量殺人を引き起こそうというのだから、もうどうしようもなかった。取り付く島もない。

 マサルは遊矢をより一層強く睨みつけると、高らかに笑い声を上げながら、ペンデュラム召喚を行う。

 

「お喋りは終わりだ。俺はセッティング済のPスケールを使い、ペンデュラム召喚!EXデッキから出でよ!“オッドアイズ・アークペンデュラム・ドラゴン”、“オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン”、“オッドアイズ・ファントム・ドラゴン”!」

オッドアイズ・アークペンデュラム・ドラゴン:ATK2800

オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン:ATK1200

オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴン:ATK1200

オッドアイズ・ファントム・ドラゴン:ATK2500

 

 ペンデュラム召喚により、5体のオッドアイズがマサルのフィールドに集結する。その様は、敵ながら圧巻と言わざるを得ないだろう。ステータスの低いペルソナ・ドラゴンやミラージュ・ドラゴンも含め全て攻撃表示なのを見るに、どうやらこのターンでカタを付ける気マンマンのようだ。

 

「さあ死に損ないのクソトマト野郎!俺が引導を渡してやる!カードを1枚伏せてバトル!」

 

 下される死刑宣告。遊矢が負ければ、マサルはこの場にいる全員を殺しにかかる。それだけは避けなければならない。負けるわけにはいかない。

 力の限りを振り絞って、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンかな跨った遊矢は、再びフィールドを駆け回り始める。

 

(あのカードを使うには、今のままじゃ駄目だ……だが俺の今の盤面ではどうしようもない。ならば、アクションカードにかける方無い!)

 

 微かにだが、勝ち筋は見え始めている。オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンは、遊矢を背中に乗せた状態で思い切り地を蹴り、大きく跳び上がる。遊矢はそれに合わせて手を伸ばし、宙に浮く形で設置されていたアクションカードをゲットする。

 入手したアクションカードを確認して、遊矢は確信した。これで条件は整った。後は発動を邪魔されなければいけるはずだ。

 

「アクション魔法、“アクション・エナジー”!墓地のアクション魔法の数×500LP回復する!」

遊矢:1100LP→2600LP

 

「ライフを増やしたところでもう遅いんだよ雑魚が!速攻魔法“星遺物を巡る戦い”を発動!オッドアイズ・アドバンス・ドラゴンをエンドフェイズまで除外し、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの攻撃力を除外したモンスターの攻撃力分ダウンさせる!」

オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン:ATK3400→900

 

 せっかく強化されたオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンも、これでは返り討ちに遭ってしまう。それに、この攻撃を受ければ遊矢は負ける上、出力の上がったリアルソリッドビジョンにより、最悪命に関わる事態になりかねない。

 

「罠カード発動!“好敵手(とも)の記憶”!相手の攻撃モンスターを除外し、その攻撃力分のダメージを俺は受ける!」

「なっ、そのカードは⁉︎ 」

遊矢:2600LP→100LP

 

 攻撃を受ける直前で、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの目前で、オッドアイズ・ファントム・ドラゴンがかき消えてしまった。

 どうやら、先程からちまちまとLPを回復していたのはこの為のようだ。しかし、せっかく増えたLPも、再び風前の灯に。その上、マサルの場にはまだモンスターが残っている。攻撃力の下がったオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンが攻撃されれば、今度こそ遊矢のLPは尽きる。

 

「はぁ!どの道お前は死ぬんだよ!行け、オッドアイズ・アークペンデュラム・ドラゴン!オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンを粉砕しろぉ!」

 

 マサルは遊矢を鼻で笑いながら、トドメを刺そうとする。が。

 

「アクション魔法“ディフェンス・シフト”!自分フィールドのモンスター1体を守備表示にする!」

オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンATK900→DFE2000

 

 咄嗟にアクションカードを発動することで戦闘ダメージは防いだものの、先程まで跨っていたオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの破壊に伴う衝撃によって、遊矢の身体は宙を舞い、頭から波打ち際へと落下する。

 

「うわああああああああああっ‼︎ 」

「奴の場のモンスターはすべて守備表示……これではダメージは与えられない!糞が!奴のライフは風前の灯火だってのによお!お前ら、この目障りな雑技団共を一掃しろ!」

 

 またしても仕留め損なったことに苛立ち、マサルは自分のモンスターに当たり散らす。

 マサルのモンスター達が、残った遊矢の場のモンスターを蹴散らしていく。そうして後には、がら空きになった遊矢のモンスターゾーンが残された。しかし、マサルのモンスターはすでに攻撃し終えている。わずかなライフを残し、生き延びた遊矢の姿に、マサルは吐き気を催す。

 

「エンドフェイズに、“好敵手の記憶”によって除外されたオッドアイズ・ファントム・ドラゴンは俺の場に特殊召喚される」

オッドアイズ・ファントム・ドラゴン:ATK2500

 

「奴のドラゴンが……遊矢の場に!」

「あのドラゴン……なんかさっきより生き生きとしてない?」

「いやいや、あれはソリッドビジョンだぞ。んな訳ないって……」

 

 唯の発言を、反射的に否定したアラタだったが、言われてみれば確かに、遊矢の場に現れたオッドアイズ・ファントム・ドラゴンは、マサルに使われていた先程までと比べると、どこか活力にみちたような佇まいになっている……ようにも見える。それに、あれほどしきりに聞こえていた、嘆き悲しむ様な咆哮が、ぴたりと止んでいるのだ。

 

「デュエルモンスターズのカードには、精霊が宿るという都市伝説がある。もしかすると、あのドラゴンもそうであるのかもしれないな」

「カードの精霊、ねぇ……」

 

 零児の言葉に、半信半疑になる瞬。ただ、仮に、彼の言うことが正しいとするならば、あのドラゴンは嫌がっていたのかもしれない。憎しみをぶつける道具として使われることに。

 

「返しやがれ!俺のカードだぞ!」

 

 マサルは当然のように怒り狂う。自分のカードを他人に使われるコントロール奪取系のカードは、使われた側はあまり気分が良いものでは無いのが普通である。しかし、マサルの場合は、誰よりも嫌う相手である遊矢に使われたことに、最大の恥辱を感じさせられていた。

 顔を真っ赤にしながら遊矢の方に駆け寄ってくるマサルだったが、その時、オッドアイズ・ファントム・ドラゴンが、マサルに向かって思い切り吠えかかってきた。

 ビリビリと肌を焦すような衝撃が、フィールド中に広がってゆく。マサルは思わずビビって足を止めるが、即座に我に返り、怒りの声を漏らす。

 

「なんだよ……持ち主は俺だ!お前は榊遊矢を殺すための存在だ!そのために俺はこのデッキを転生特典に選んだんだぞ!それなのに、テメェは裏切るのかよ⁉︎ 榊遊矢に与するのかよ⁉︎ 」

「GUUUUUUUUUUUUUUU……!」

「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼︎ 」

 

「お前らまで……ふざけるな!お前らは俺のモンスター達だ!

 

「俺のターン!」

遊矢:手札3枚→4枚

 

 

「俺はスケール8の“黒牙の魔術師”とスケール3の“EMゴールド・ファング”をPゾーンにセッティング!」

 

 ガラ空きになったPゾーンに、新たに黒衣を纏った魔術師と、金色の毛の狼が浮かび上がってゆく。

 

「これでレベル4~7のモンスターが同時に召喚可能!ペンデュラム召喚!三度現れよ、“オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン”!そして手札から、”EM小判竜(ドラゴリモーラ)”、“EMセカンドンキー”!」

EM小判竜:ATK1700

EMセカンドンキー:ATK1000

オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン:ATK2500→3000

 

「小判竜が場に存在する限り、小判竜以外の俺の場のドラゴン族モンスターは攻撃力が500アップし、効果で破壊されない。そして、俺のPゾーンにカードが2枚存在し、セカンドンキーの召喚・特殊召喚に成功した時、デッキから“EM”モンスター1体を手札に加えることができる!俺は“EMライフ・ソードマン”を手札に加え、通常召喚!」

EMライフ・ソードマン:ATK0

 

「そして、ライフ・ソードマンをリリースして効果発動!自分フィールドのモンスター1体の攻撃力をターン終了時まで100アップする!」

オッドアイズ・ファントム・ドラゴン:ATK2500→3000→4000

 

 小柄な剣士が現れたかと思えば瞬く間に退場し、それと引き換えに、オッドアイズ・ファントム・ドラゴンの攻撃力を大幅に引き上げる。

 

「黒牙の魔術師のP効果!相手モンスター1体の攻撃力をターン終了時まで半分にし、このカードを破壊する!」

オッドアイズ・アドバンス・ドラゴン:ATK3000→1500

 

 Pゾーンの黒牙の魔術師がその手に持った杖を振るうと、オッドアイズ・アドバンス・ドラゴンに向かって電撃の様なものが飛んでゆき、その攻撃力をダウンさせる。それと引き換えに、黒牙の魔術師はフィールドから消えていく。

 

「“魔術師”PモンスターがPゾーンを離れたことで“星霜のペンデュラムグラフ”の効果が発動し、デッキから“魔術師”Pモンスター1体を手札に加えることができる!俺はスケール8の“調弦の魔術師”を手札に加え、セッティング済みのゴールドファングと合わせてPスケールをセッティング!」

 

 新たにPゾーンに上がったモンスターには、瞬は見覚えがある。沢渡とのデュエルで召喚されたモンスターだったか。ただし、既にペンデュラム召喚をした後である為、いくらスケールを揃えても、このターンはもうペンデュラム召喚はできない。

 

「調弦の魔術師がPゾーンに存在する場合、俺の場のモンスターの攻撃力は、EXデッキに表側表示で存在する“魔術師”Pモンスターの種類×100アップする。俺のEXデッキに魔術師は5種類。よって500アップ!」

オッドアイズ・ファントム・ドラゴン;ATK4000→4500

オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン:ATK3000→3500

EMセカンドンキー;ATK1000→1500

EM小判竜:ATK1700→2200

 

 遊矢のEXデッキには、龍穴の魔術師、龍脈の魔術師、黒牙の魔術師、星読みの魔術師、時読みの魔術師の、計5体の魔術師Pモンスターが存在する。遊矢の頭上に、フィールドから離れていった魔術師達の幻影が現れ、地上にいる遊矢のモンスター達に手をかざし、力を与える。

 盤面は揃った。いよいよ反撃の時だ。

 

「バトル!オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンで、オッドアイズ・アドバンス・ドラゴンを攻撃!螺旋のストライクバースト!」

「と、罠カード“体力増強剤スーパーZ”を発動!自分が2000以上の戦闘ダメージを受ける際、ライフを4000回復する!」

 

 苦し紛れの罠カードで、ライフ回復を図るマサル。しかし、ダメージを無効にするわけでは無いので、戦闘ダメージは受けてしまう。それも、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの効果で、2倍の。

 

「ぐああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!! 」

マサル:2500LP→6500LP→2000LP

 

 回復分込みで500LPの損失。しかし、40000の戦闘ダメージは馬鹿にならならない。その上、現在はリアルソリッドビジョンの出力を、人を容易く負傷させるレベルにまで上げている。遊矢を心身ともに甚振るための仕掛けが、ここにきて牙を剥いてきた。

 全身の肉を削がれ、骨を砕かれるような衝撃が、マサルに襲い掛かる。オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの、怒りの一発をモロに受けたマサルは、エースピッチャーが投げた豪速球のように飛んでゆき、コートの壁に叩きつけられる。

 

「ふざけんな……ふざけんなよ!貴様ごときが俺にこんな傷負わせてよぉ……!」

「EM小判竜で、オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴンを攻撃!」

「オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴンの効果!Pゾーンにオッドアイズが存在する場合、1ターンに1度、オッドアイズ1体の破壊を無効にする!」

マサル;2000LP→1000LP

 

 調弦の魔術師のP効果で強化された小判竜の噛みつき攻撃を、オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴンは、自身の効果で耐え切る。戦闘ダメージは受けるが、破壊は免れた。

 一見意味がないようにも思えるが、マサルはゴールドファングのP効果を警戒したのだ。EMゴールドファングには、1ターンに1度、EMが相手モンスター1体を戦闘破壊した際に1000ダメージを与える効果がある。なので、ここでミラージュ・ドラゴンの効果を使わなければマサルは負けていたのだ。

 —— 最も、それをしたところでどの道彼は敗北するのであるが。

 遊矢の場には、先程コントロールを奪われた、マサルのオッドアイズ・ファントム・ドラゴンが居る。ファントム・ドラゴンの攻撃を受ければ、マサルは負ける。

 

「こんなやつに……こんなクソ野郎に!俺が!負けるはずが無いんだああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

 散々見下してきた榊遊矢(げんさくしゅじんこう)に、自分のモンスターでとどめを刺される。そんな、あまりにも屈辱的な現実を受け入れられず、マサルは発狂した。しかし、いくら発狂したところで、現実は変わらない。アクションカードを取ればまだ可能性はあったのだろうが、アクションデュエルを嫌悪する彼には、そんな行為を許せるはずもなく ——

 目の前に、オッドアイズ・ファントム・ドラゴンが迫る。最後まで相手を侮辱し続け、望まぬ蹂躙に加担させられ、終ぞ決闘者としての魂を持ち合わせることの無かった主人に、裁きの牙を剥く。

 

「オッドアイズ・ファントム・ドラゴンで、オッドアイズ・アークペンデュラム・ドラゴンを攻撃!夢幻のスパイラルフレイム!」

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!! 」

マサル:1000LP→0LP(LOSE)

 

 マサルは、喉を潰すような悲鳴を上げながら、オッドアイズ・ファントム・ドラゴンが放った光線に、真正面から呑まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 一方、外。

 転生者狩りと交戦しているバルジ以外の3人を相手に、時間稼ぎに名乗り出たフィフティ。彼はなんやかんやで追い詰められていた。

 それはもう、完全にだ。なんせ彼には戦う術がないのだ。どちらかというと彼はサポート役。攻撃的なスキルといった類のものは持ち合わせてはいない。例えバフが使えても、元の肉体が貧弱なのでは効果も薄い。言うなれば、攻撃魔法が使えない魔道士が最前線にほっぽり出されているようなもの。ゲームで言えば無理ゲーの類だ。

 だが、彼はしぶとかった。彼の役目はあくまでも時間稼ぎ。勝つ必要は無いのだから。そして、レイラ、タロット、ガングニールの3人に追い詰められ、殺される寸前になっても尚、その態度は飄々としたものであった。

 

「いい加減くたばってくれないか、亡霊風情が」

「うーん、3対1でリンチしてる奴が言う台詞じゃないでしょそれ。弱く見えるぞ?」

「弱いのは貴方です。身の程を知りなさい。減らず口を叩くのをやめなさい」

 

 サブマシンガンと剣を突きつけられながらも、軽口を叩くフィフティに、レイラは苛つく。この男とは致命的に合わない。そう確信していた。

 フィフティはこの期に及んでもなお、口を閉じなかった。盛んにギフトメイカー達を挑発する。

 

「やだね。私は弁舌には自信があってね、怒らせた人間は数知れずなのさ。ほーら、私と無駄話をたくさんして時間を潰そう。殺し合うより話s

「やれ、ガングニール!奴の頭を潰せ!」

「グラァッ!」

 

 

 ぐしゃっ。

 

 

 次の瞬間。

 あっさりと、フィフティの頭が縦に潰れた。

 

 

 フィフティの背後に立っていた、ガングニールオリジオンの一撃だった。まるで蚊を殺すかの様に、フィフティの頭部はガングニールオリジオンの両の掌で叩き潰されていた。水風船を割ったかの様に、潰れたフィフティの頭から、血と潰れた脳組織が周囲に飛散する。軍服を返り血で汚したレイラは、間髪入れず、頭が潰れたフィフティの胸に、持っていたサーベルを突き刺した。完全なるオーバーキルだが、どうやら彼女も、短い間ながらもフィフティの言動に苛ついてたらしい。

 どちゃり、と地面に血肉をぶちまけて倒れる、フィフティの首無し死体。本能のままさらにぐちゃぐちゃにしてやろうと試みるガングニールを、タロットが制止する。

 

「ステイ、これ以上やっても無駄です。良くやりましたね貴方」

「呆気ない最後だったな、ったく」

 

 用は済んだとばかりに、死体を放置して立ち去ろうとするレイラ達。アクロスのアドバイザーは始末した。後はどうとでもなる。

 そこに。

 

 

「生存確認を怠る事勿れ。これ戦場の常識だよ?」

 

 

「⁉︎ 」

 

 もう聞こえるはずのない声に、レイラはマシンガンを構えながらばっと振り向く。

 そこには、先程頭を潰されて死んだはずのフィフティが、生きた状態で存在していた。身体は血塗れで、首筋からは尚も赤い血が流れている。これには流石にギフトメイカー達も驚きを隠せなかったようで、レイラは呼吸を荒げているし、タロットも目を丸くしている。

 フィフティは、彼らが何故驚いているのかが全く理解できない、といったようにとぼけたような顔をしており、足元に落ちていた、飛散した自分の脳組織を踏みつけ、呆れた様に言う。

 

「おいおい、驚く事じゃないだろう?だって君達、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「いや、だって……それはティーダやバルジが」

「ああそうか、君達はこれを知らなかったか。彼らが私をそう呼んでいたから、何も知らずに、考えずに私を死に損ないと呼んでいたのか。これはね、ちょっとした呪いだよ。不老不死のね」

 

 不老不死。これが本当とするならば、フィフティを始末することはまず不可能になった。なんせ死なないのだから。ならば異空間等に放逐して閉じ込めてやろうかと思ったが、生憎今すぐ実行できそうにない。

 これは予想外だった、とタロットは重要事項を開示しなかった上司(バルジ)を心の中で責め立てながら、すぐさま撤退に走る。しかし、レイラは違った。

 

「なら絶え間なく身体を吹き飛ばしてやれば済むだろう。怯える必要は皆無だ」

 

 なんという力押し。再生するならば、それが追いつかない速度で殺せばいい。レイラは両手に持った2丁のサブマシンガンの引き金を、躊躇いなく引いた。

 直後、耳を引き裂く様な銃撃音と硝煙が、瞬く間に周囲一帯を覆い尽くした。銃撃音に紛れ、びちゃりという、人間の血が辺りに散らばる音も聞こえてくる。その躊躇いのなさとレイラのゴリ押しっぷりに、退散しようとしていたタロットは、思わず頭を抱えてしまう。

 僅か十数秒で弾を撃ち尽くしたサブマシンガンを投げ捨て、レイラは硝煙の向こう側を真っ直ぐと見つめる。

 銃撃音と硝煙が辺りから消え、現れたもの。それは。

 

「酷いなぁ、服は再生しないんだ。これ一張羅なんだけど、弁償とかしてくれんの?」

 

 先程と同じく、ピンピンしているフィフティだった。ただし、服は銃撃によってズダボロになっており、半裸の状態になっていた。フィフティは、ボロボロになった上着を脱いでレイラに向かって投げ捨て、上半身は完全に裸になる。

 

「というか、スピードは関係ないんだよね。私はどうあっても死ねないから、君のプランは結実しないよ。言ったじゃ無いか、私は不死身だと」

「化け物め……」

「それ、君達が言う?」

 

 化け物をけしかけている側に化け物呼ばわりされたフィフティは、不機嫌そうにわざとらしいため息をつくと、レイラに背を向け、瞬達のいるデュエルコートに向かって歩き出す。

 そして、思い出したかの様に足を止め、一言。

 

「ああそうそう。この呪い、もう一つ効果があってねぇ……」

 

 フィフティがいい終わる直前、地面に伸びていたフィフティの影から、突如として無数のトゲの様なモノが飛び出し、タロット達を貫いた。

 余りにも突然の出来事に反応が遅れ、3人はなす術なく串刺しにされてしまう。複数のクラッカーを同時に鳴らしたかの様に、一斉に鮮血が舞い上がる。血の雨を浴びながら、フィフティは虫の息のレイラに種明かしをする。

 

「私が致命傷を負ったら、その時私が受けたダメージが、周囲に拡散しちゃうんだよね。一種のカウンター攻撃って奴さ」

「聞いてないぞ……」

「そりゃあ聞かされる訳無いじゃん。君達はティーダの捨て駒なんだからさ」

 

 きっぱりと、そう断言するフィフティ。

 

「じゃあね」

 

 ギフトメイカーの生死などどうでもいいのか、フィフティはそのまま別れの挨拶を告げると、ボロボロの服に返り血のボディペイントという、明らかにヤバい格好で瞬達の元へと歩いて行ってしまった。遠くなってゆくフィフティの背中を見届けるレイラの腕が、だらりと垂れ下がる。

 瞬間、串刺しにされていたタロット、レイラ、ガングニールの身体がぐにゃりと崩れ、血溜まりと共に地面に溶け込む様にして消えてしまった。

 そして、何もなかったはずの空間から、死んだはずのレイラ、タロット、ガングニールの3人が姿を現す。タロットの能力で、直前で幻影とすり替わったのだ。

 

法皇(Hierophant)……彼に錯誤をもたらしましょう」

「ほんと便利だなお前の能力は。しかし、法皇から幻覚能力はおかしいだろう」

「こじつけですよ。能力バトルというのは、自分のルールを如何にして世界に押し通すかの戦い。拡大解釈や捏造くらい、誰だってやってますよ」

「……ともかく、完敗だな」

 

 能力バトル論を語り出したタロットを軽くいなし、レイラは空を見上げた。

 タロットは瞬に対して、アクロスなんて自分達の敵と見なすレベルではないと言ったのだが、どうやらそれは向こう側 —— フィフティも同じだったらしい。お前達なんてさしたる障害じゃ無い。こうして自分達が生き延びていること自体が、フィフティに嘗められているということを暗に示していた。

 それが腹立たしかった。始末する価値もない、戦う価値はないと判断された、ぞんざいに扱われた怒りが、レイラの拳を震わせていた。

 

「覚えていろ……アクロス……フィフティ!」

 

 少女ね静かな怒りが、血の匂いが漂う昼下がりの公園に残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《WINNER YUYA》

 

 デュエル終了を告げるブザーが鳴り響き、今度こそ、ソリッドビジョンが解除されてゆく。無機質なコートが姿を現し、マサルは、その中央で膝をついて項垂れる様な体勢になっていた。

 

「もう、こんな事はやめないか」

 

 遊矢は、マサルに声をかける。誰かを傷つけるためのデュエルは、続けても誰の為にもなりはしない。ひとりぼっちになるだけだ。ならばそれをやめた方がよっぽどいい。そう思って、遊矢は声をかけた。

 が。

 その思いは最も容易く踏み躙られる。

 

「煩え卑怯者がぁ!」

「があっ⁉︎」

 

 歩み寄って来た遊矢を、マサルは敵意剥き出しの叫び声をあげながら殴り飛ばした。腹を抉られるような痛みに襲われながら、遊矢は地面に背中から倒れる。

 マサルはそのまま倒れた遊矢の胸を足で踏みつける。肺から空気が絞り出されるような衝撃が遊矢を襲う。マサルは、何度も足で遊矢の胸を踏みつけたり、反対の足で蹴飛ばしたりする。突然のことに理解が追いつかず困惑する遊矢に、マサルは罵倒しながら暴力を振るいつづける。

 

「調子こいてんじゃねーよクソが!次元戦争を経てすらこれっぽっちも成長しないクズにヨォ!お前如きが俺を見下すな!雑魚の癖に俺をそんな目で見るなぁ!くたばれ!」

「何やってんだ……お前、何やってんだよ⁉︎」

 

 この期に及んでまだ暴力に走るマサルを止める為、瞬は観客席を飛び出した。やめろ、こんなの決闘じゃない。ただの虐めじゃないか。この場にいる全員がそう思っていた。周囲のマサルを見る目が、侮蔑と恐怖に染まっていくが、本人は遊矢を甚振るのに夢中で気づかない。

 勝負がついたにも関わらず実力行使にまで出て遊矢を甚振るマサルに対し、柚子と権現坂も見かねて止めに入る。

 

「ちょっとあんた、これは無いでしょ⁉︎ 」

「理由も訊かずに一方的に襲いかかり、負けたら実力行使とは情け無い。お前には決闘者としてのプライドがないのか?」

「煩い煩い!お前らに何が分かる⁉︎ トマト野朗の信者どもが知った様な口を聞くな!」

「いい加減にしろ!」

「がっ……」

 

 柚子と権現坂に意識が集中し、遊矢を蹴飛ばすマサルの足が止まる。その隙をついて、瞬が横から回り込んでマサルの頬を思い切り殴り飛ばした。鈍い音とともに、マサルは地面にぶっ倒れる。普通の喧嘩ならば、誰かしらがマサルにも駆け寄ったりするのだろうが、この場合、それはなかった。

 瞬は遊矢を起こしながら、マサルから引き離そうと試みる。ただでさえデュエルで負傷しているというのに、これ以上やられたらたまったもんじゃない。

 

「大丈夫か⁉︎ しっかりしろ!」

「ああ……いてっ!」

 

 一方、瞬にぶん殴られたマサルはというと、まったく反省しておらず、ぶたれた頬を抑えながら、マサルは上体を起こし、逆ギレをかましてきた。

 

「お前達こそなんだ!アクションカードとかいう卑怯なモノに頼ってのデュエルなんて、恥ずかしいと思わないのか⁉︎ それともなんだ、お前らもこの腐れトマトのよいに頭沸いてんのか⁉︎」

「何よその言い方!遊矢があなたに一体何をしたってのよ⁉︎ 説明くらいしてくれたっていいじゃ無い!」

「気に食わないんだよ!此奴の掲げるエンタメデュエルがな!あんなのただウゼェだけの茶番だろうが!決闘ってのはなぁ、真剣勝負なんだよ!そこに笑顔とかいうゴミは要らねえんだってまだ解らねえのか馬鹿どもが!」

「だからって殴る蹴るは駄目だ。決闘者ならカードで語るべきだろう。こんな狼藉、この男、権現坂が断じて許さん!」

 

 傷だらけの遊矢を庇う様に、権現坂が仁王立ちをする。マサルが顔を上げると、権現坂や柚子だけではない。沢渡も、零児も、瞬も、唯も、アラタも —— 皆がマサルを睨んでいた。

 予定調和の四面楚歌。誰から見ても、マサルに味方が現れることはない。

 

「煩い黙れトマトシンパが!一体全体、そんな屑の何処を好いてるんだ⁉︎ エンターテイナーなら他人からの批判を受け入れよろ⁉︎ こうやって反対意見を潰すからコイツみたいな奴がつけあがるんだよ!」

「批判じゃねーだろ、どうみても」

 

 口を開いたのは、アラタだった。彼も怒っている。一誠の時といい、転生者に誰かがいたぶられる事に対し、同じ転生者として怒りを露わにしていた。

 

「例え遊矢がお前の言うような奴だとしても、お前の行いは許せるものじゃ無い。お前はただ、自分が気に食わないモノに当たり散らしているだけのガキだよ。そんな奴の言葉なんか、誰も聞いちゃくれない」

「煩えよカス!知った様な口を聞くな!」

「それは貴方の —— 」

「もうやめろ」

 

 柚子とマサルの言い争いを静止したのは、遊矢だった。

 

「遊矢……」

「俺のことを悪く言ったり、嫌ったりするのは構わない。けど、皆を巻き込むのはやめてくれ!俺が……俺のエンタメデュエルが憎いなら、俺だけにぶつけろよ!」

 

 それは切実な願いだった。

 遊矢は、父親の失踪を機とする世間からのバッシングや、次元戦争で心身共に幾度となく振り回されたことから、悪意に晒されるのは慣れている。だから傷つくのが自分だけなら許せる。だが、自分のせいで皆が傷つくのは間違っているし、許せない。

 ボロボロになりながらも、尚もマサルに抗う遊矢に、瞬も加勢する。

 

「俺は今日デュエルに出会ったばかりの素人だけどな、これだけは言える。遊矢をお前なんかと比べられてたまるか!お前のあからさまに人を傷つけるようなデュエルが、他のデュエルより優れているわけないだろ!」

 

 素人ながらも、瞬はそう判断していた。そもそもデュエル云々を抜きにして常識的に考えても、ゲームで他人を痛めつける様な奴が認められる訳がないのだ。

 だがマサルは、部外者である瞬に口出しされたこと自体にキレて、瞬にくってかかる。

 

「素人なら黙ってろ!

「……どうしてなんだ。嫌いな人がいるのは仕方ない。けど、お前達はなんでそんなに容赦なく人を甚振れるんだよ……お前ら転生者には、人の心がないのかよ……⁉︎ 」

 

 話は平行線のまま、ただひたすらにお互いの怒りだけが蓄積されてゆく。瞬の握りしめた拳が、プルプルと震えているのが一目瞭然だ。

 それに待ったをかける様に、今まで黙り込んでいた零児が割ってはいる。

 

「札道マサル、君の過去のデュエル映像は見させてもらった。デュエル中の対戦相手への誹謗中傷、ソリッドビジョンを利用したアクションデュエル中の対戦相手への加害行為……君のそれは明らかに度を越している。公式大会出禁も納得だ。それに今回も、無関係の人間をモンスターで襲った上、公共物であるここのソリッドビジョンシステムを改造し、危険なレベルまでソリッドビジョンの出力を上げた事……それは到底見逃せない。然るべき処罰を下さなければならない」

 

 零児の言うとおり、マサルは十分にやり過ぎている。他の皆とは異なり、ただ淡々とマサルの罪状を読み上げる零児に、マサルは恐れをなしたのか、狂った様に笑いながら後ずさる。

 そして、壁に背をつけたマサルは、腕に付けていたデュエルディスクを投げ捨てると、

 

「笑わせんなよ……間違ってるのはお前らの方だ!エンタメデュエルで負わされた俺の心の傷は、貴様らの絶望でしか満たされないんだよ……!」

《KAKUSEI ODDEYES》

 

 そう言うと、マサルは再びオリジオンの姿に変身し、怒りの限り叫んだ。完全に自分勝手な怒りなのだが、それ程までに嫌悪していたのだ。遊戯王ARC-V(げんさく)を。

 大地を揺らす程の咆哮を轟かせ、オッドアイズオリジオンの身体がさらに変化していく。ピエロの衣装を身に纏ったドラゴン、といった感じの見た目だったオリジオンの外見が、膨張してゆく。まるで蝶が蛹から羽化するかの様に、オッドアイズオリジオンの背中が裂けてゆき、中から全長10メートルは有りそうな、赤い体色のドラゴンが姿を現す。一体どうやって、こんな巨大な化け物が人型の殻に入っていたのかは分からない。だだ、コイツは放置したら駄目だと、この場にいる全員が思っていた。

 

「死んでしまえ……!ペンデュラム次元なんか、粉々に砕いてやる!こんな世界、生まれたことが間違ってるんだ!ははははははははは!」

 

 見下していた遊矢に負けてプライドが跡形もなく破壊された上に、身体の内側から溢れ出す力に呑まれてしまい、完全に正気を失ったマサルは、ただひたすらに、気に入らない周囲への八つ当たりを開始した。尻尾を一振りするだけで、デュエルコートの壁が砕け散り、瓦礫が周囲に拡散してゆく。

 瓦礫が降り注ぐ中、瞬は皆を必死に屋外へと逃がしながら、アクロスに変身し、単身オッドアイズオリジオンに立ち向かう。

 

「変身……っ!」

《CROSS OVER!思いを、力を、世界を繋げ!仮面ライダーアクロス!》

 

 皆と共に脱出した後、崩れゆくデュエルコートを見つめながら、皆の前で変身する。遊矢をはじめとする決闘者達は、初めて見る仮面ライダーに驚きを隠せない。

 

「お前……それは一体⁉︎ 」

「話は後!皆は逃げてくれ!」

 

 怪我人は唯達に任せて、瞬は暴れるオリジオンの元へと向かおうとする。

 しかし、遊矢は重症であるにもかかわらず、まだ動こうとする。

 

「あれは……俺が……」

「無理をするな遊矢!その怪我で何ができる?勇気と無謀は違うのだぞ」

「でもアイツは俺を憎んでいた。なら、俺が出なきゃ駄目だ。俺が対峙すべきなんだ」

 

 権現坂に止められるが、遊矢は諦めない。自分を憎悪する人のせいで皆が傷ついたという事実に負い目を感じているのだ。

 だが、アクロスはそれを許せなかった。

 

「あんな卑怯者のこと気にかける必要はねーよ」

「え……」

「お前が無駄に傷つく必要は無いって言ってんだよ。遊矢、これまで皆の為に頑張ってたんだろ?なら休んでろ。それにアイツを許せないのは皆同じだよ。だからその憤りは俺が持ってく。それが俺の役目だから」

 

 湖森を傷つけられたのもあるが、アクロスは、どうしてもマサルに共感ができなかった。マサルが遊矢にぶつける、常軌を逸した嫌悪。あんなものを他人に臆面もなくぶつけられる人間がいる事に、恐怖と悲しみを抱いていた。

 アクロスの力で倒しても解決出来るかはわからない。だが、ともかく現在進行形で暴れるオッドアイズオリジオンを止めなければ、街はパニック一直線なのは間違いない。

 嫌悪に呑まれるな。正義感を糧にして、戦え。自分にそう言い聞かせるように、仮面の下でなんとか笑顔を作り、遊矢に語りかける。

 

「楽しいデュエルを見せてもらったんだ。今度は俺のターンだ。怪人と殴り合うのは仮面ライダーの役回り……らしいからな」

《リンケイジゲーター!》

 

 アクロスは、紫色のライドアーツをドライバーに装填する。すると、手のひらサイズの鍵が、みるみるうちに一台のバイクへと変形してゆく。前にも使ったのだが、一体どうやったらバイクが小さな鍵の形に収まっているのかが不思議に思う。

 アクロスはバイクに跨り、エンジンをかける。前はエンストするという、仮面ライダーにあるまじき失態をやらかしたが、今回はちゃんとかかった。しっかりと整備していたおかげだ。

 

「いっちゃって、瞬!」

「おう!」

 

 唯の言葉に力強く答えながら、アクロスは勢いよくバイクを発進させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻

 

 

 サイガに変身している転生者狩りと、イガリマオリジオンに変身したバルジの戦いは、苛烈を極めていた。

 

「はあああああああああああああああああっ‼︎ 」

 

 空を飛ぶサイガは、背中のフライングアタッカーから、地上に居るイガリマオリジオンに向かってフォトンブラッドの光弾を連射する。イガリマは、それを巧みな鎌捌きで弾きながら、近くにあった、戦いの余波で折れ曲がった街灯を足場にし、サイガのいる位置めがけて跳躍する。

 

「オラオラどうしたぁ!ヌル過ぎるんじゃあねーの⁉︎ 」

「っ!」

 

 サイガは更に高度を上げてイマリガオリジオンを躱すが、イマリガは、背中から無数の鎖を伸ばし、サイガの足にそれを巻きつける。

 

「堕ちろよガキンチョ。テメェは地べたを這いつくばってるのがお似合いだよ」

「堕ちるのはテメェだけだ!地獄に……堕ちろおおおおおおおおっ!」

 

 しかし、サイガはフライングアタッカーの操縦桿を片方だけ引き抜き、腰のサイガフォンについていたミッションメモリーを操縦桿に差し込んでトンファーエッジに変えると、それで巻き付いた鎖をぶった斬り、イガリマの拘束から逃れる。

 イガリマは一人で、地上に落下する。しかし、これで終わる訳がなかった。綺麗に受け身をとって着地するなり、イガリマは鎌の刃を取り外し、サイガ目掛けてブーメランの様に投げつけてきた。

 

「その程度、撃ち落としてやる!」

 

 サイガは飛んできたそれを、難なく撃ち落とした。

 —— が、それで済むほど甘くは無い。撃ち落とされて地上に落下していく筈だった刃が、急に角度を変え、再びサイガ目掛けて飛んできた。

 

「ホーミング機能付きなんだぜ、それ。それに一枚だけだと思うなよ?」

 

 刃を失い、ただの棒切れって化した鎌を地面に突き立てながら、イガリマは空を見上げて嗤う。すると、鎌の柄の先端から、にょきっと新たな刃が生えてきて、バルジ目掛けてひとりでに飛んでいった。

 決して撃ち落とせない必中の一撃が、たったひとりを目掛けてとめどなく押し寄せる。サイガが撃ち落とされるのは、時間の問題だった。

 

「くっ……!フライングアタッカーが持たない……」

 

 繰り返し襲ってくる刃によって、サイガの主力武装であるフライングアタッカーもかなりの損傷を受けていた。何処かがショートしたのか、火花があちこちから飛び出る音がする。こうなったら、地上戦に切り替えだ。

 壊れかけたフライングアタッカーをパージし、サイガは地上に向けて一直線に落下してゆく。パージされたフライングアタッカーは、その直後、飛んできた鎌の刃に一刀両断され、爆発する。

 

「変身!」

 

 サイガドライバーを取り外し、別のベルトを装着する。すると、何処からかコウモリを模したロボットが飛来し、ベルトのバックルにひとりでに装填される。

 

「へえ……えらくバリエーション豊かだねぇ。拍手喝采がお望みかな?」

 

 転生者狩りを中心に、猛烈な吹雪が吹き荒れる様を地上から見ていたイガリマは、余裕たっぷりな笑みを浮かべている。

 転生者狩りが変身したのは、仮面ライダーレイ。王の鎧を模して作られた、冷血なる人造兵器。全てを凍てつかせる悪の仮面ライダー。レイは、変身時に放出した冷気で、飛んできた刃を根こそぎ凍りつかせて無力化しながら、レイは華麗に着地する。

 

「俺はまだやれるぞ。お前を殺すまで俺はやるぞ……!」

「じゃ、やろうや —— 」

 

 この程度で終わってはつまらない。まだまだやりたりない。イガリマは、懲りずに立ち向かってくる転生者狩りを見ながらほくそ笑む。

 

「ああ、これで終わらせてやる!」

 

 レイは、足に冷気を集め、イガリマに向かって飛び蹴りを放つ。イガリマオリジオンも、負けじと鎌を振りかざし、蹴りと鎌の刃が衝突する。

 瞬間、周囲に冷気と爆風が一気に拡散した。木々は凍りつき、街灯は折れかかった状態で固定され、バルジが立っていた箇所は土が抉れてクレーターができていた。両者の姿は確認できない。どうやら、両者とも衝撃で吹き飛んだらしい。

 

「くそっ……」

 

 凍りついた空き缶を踏み砕きながら、冷気の中から、変身が解けた転生者狩り —— 無束灰司が姿を現す。激しい戦いだったにもかかわらず、ライダーシステムが丈夫なのか、はたまた灰司が頑丈なのかはわからないが、それ程傷ついていないようにみえる。

 白い息を吐きながら、灰司はあたりを見渡してバルジの姿を探す。辺りには誰もいない。

 

(奴だけは俺が殺さなきゃならねぇんだ……出てこいよクソ野郎!)

 

 灰司の生まれた世界を遊び感覚で滅ぼした、憎き存在。それを生かしておくわけにはいかない。血眼になって辺りを探すが、見つからない。その時、バルジが見つからずに焦る灰司を嘲笑うかの様に、何処からか声が聞こえてきた。

 

「いやー、お前面倒くさい奴だよなー。なら俺ももうちょい本気出さなきゃならないか。でもなあ、結構久々に使ったから鈍っててヨォ、転生特典の調整しなきゃならねえんだわ。だから勝負は預けるぜ。また、遊ぼうや」

 

 間違いない。バルジの声だ。終始他人を小馬鹿にした様な物言いは、間違いなく奴だ。しかし、声のありかが見つからない。何処から声がしてるのかもわからない。

 氷漬けになった公園の一角を必死に走り回る灰司。しかし、すでにその時には、バルジの声はしなくなっていた。逃げられたのだ。

 

「ふざけるな!こっちは遊びでやってんじゃねぇんだよ……!」

 

 灰司は怒りのままに、近くに生えてた木の幹に拳を叩きつける。遊びで世界を滅ぼす様な輩を生かしてはならない。

 こうして、因縁の戦いの決着はまたの機会に持ち越しとなった。

 

 

 

  

 

 

 

 

 轟音。轟音。爆発を経て咆哮。

 おおよそ現代日本に似つかわしく無い音が、昼下がりの舞網市街に繰り返し響き渡る。

 

「くそっ……あいつ手当たり次第に街壊す気かよ⁉︎ 」

 

 混乱する街中にバイクを走らせながら、アクロスは悪態をつく。

 その前方には、巨大化したオッドアイズオリジオン。散々馬鹿にし、否定していた遊矢に負けたという事実が余程堪えたのか、もはや理性はわずかばかりしか残っていない。マサルの様なタイプの転生者にとって、原作主人公(あてうま)に敗北することは最大の恥辱なのだ。少なくとも、オリジオンとしての力を暴走させるくらいには。

 目の前に現れた車を蹴り飛ばし、ビルの壁面に文字通りの爪痕を残し、オッドアイズオリジオンは走る。そもそも彼は、遊戯王ARC-Vという作品自体が嫌いだった。元々この世界を蹂躙するために転生してきたのだ。だから、この破壊行為も彼からすれば、目的の一つなのだ。側から見れば、正気の沙汰ではないだろうが。

 

「やめろ!これ以上無茶苦茶なことは!」

「仮面ライダー……邪魔すんなよ……!」

「幾らだって邪魔してやるよ!お前が誰かを傷つけるのをやめない限りな!」

 

 オッドアイズオリジオンは、自分に呼びかけてきたアクロスを殺すべく、尻尾を叩きつけてきた。しかし、アクロスはバイクごと跳躍して回避し、尻尾に飛び移り、そのままバイクでオッドアイズオリジオンの尻尾を伝って頭部まで接近していく。

 

「乗りやがって……邪魔なんだよ!」

 

 苛立ちながら、オッドアイズオリジオンはアクロスを振り払う。バイクに乗っている状態では、踏んばることは到底叶わず、アクロスは近くの看板に叩きつけられ、地上に落とされる。

 ドスン、ドスン、と地面を大きく揺らす足音が、倒れたアクロスに接近してくる。顔を上げると、オッドアイズオリジオンがアクロスを凝視していた。彼は、邪魔をしてきたアクロスが気に入らないらしく、怒りの籠った唸り声をあげながら、前足でアクロスを摘み上げる。

 

「ウザいんだよ、お前。ぽっと出の癖に何邪魔してくれてんのさ。俺が間違ってるってのか?榊遊矢が正しいってのか?ああ⁉︎ 」

「少なくとも、お前は間違ってるよ」

 

 オリジオンの言葉に、アクロスは間髪入れずに答えた。

 

「だから止める。お前が何度繰り返そうが止める」

「黙れよ!何でわからねーんだ⁉︎ アイツはこれからもエンタメデュエルで洗脳を続ける!デュエルを汚し続ける!決闘者として許せるわけねーだろ!」

「だったら!暴力振るう必要も、他の人を巻き込む必要もないだろ!」

 

 誰かを嫌う事を否定はしない。しかし、その感情は免罪符にはなり得ない。無条件で嫌悪感を振りかざせる程、この世は単純にできてはいないのだから。湧き上がる嫌悪を抑えてこそ、人間社会は成り立つのだから。嫌いな奴には何をしてもいいという理屈が通るわけがない。マサルはそれにさえ気づかない。だからアクロスとは話し合えない。

 アクロスを掴んでいるオッドアイズオリジオンの前脚に、力がこもってゆく。怒りでアクロスを握り潰す勢いだ。しかし、アクロスは諦めない。これだけは言わなければ気が済まなかった。

 

「俺はお前の言ってることは理解できない。決闘者じゃないし、遊矢とは初対面だし。だが、お前の八つ当たりで傷ついたやつがいる。それが俺は許せないんだ!」

「御託はどーでもいい!死ねよアクロス!邪魔者は消え失せろ!」

 

 自分の意見に反対するアクロスにキレて余計に力を込めるオリジオン。ミシミシと、アクロスの身体中が軋み始める。このままだと、胴体が粉砕されてしまいそうだ。

 

(遊矢が皆の為に頑張ってくれたんだ。なら今度は俺がやらなきゃ筋が通らねえ!)

 

 リンクドライグなら力技でこの状況を打破できそうだが、がっしりと掴まれた状態ではライドアーツも使えない。しかしここでオリジオンを倒さなければ、皆は助からない。

 

「俺は諦めねえ……お前を止める……!」

 

 そんな言葉も、今となっては虚勢と見做されるが関の山。万事休すか。

 その時だった。

 デュエルコートの方角から、一筋の光が飛び立ったのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何⁉︎ 」

 

 壁に寄りかかって座り込み、救急車を待つ遊矢。が、突如として彼の身体が淡い光を放ち始めた。当然ながら、唯や柚子も驚いて遊矢に駆け寄る。

 

「何なの⁉︎ 決闘者って光るの⁉︎ 」

「私達をなんだと思ってるのよ……」

「何これ⁉︎ 何がおきっ……痛っ!」

 

 突然光りだした自分の身体に驚いてたじろぐ遊矢だが、傷に触った様で顔をしかめてしまう。

 皆が皆、光りだした遊矢を困惑の眼差しで見つめる。そりゃあ誰だってそうするだろう。その中で、アラタはあることを思い出した。

 

「いや、この光はアレだ……めだかの時の」

 

 アラタに言われて唯も思い出した。これは新たなライドアーツが誕生する瞬間。ビルドの時と合わせて3回目の目撃となる唯は、一体今度は何が出てくるのか、と無意識ながらワクワクし始めていた。

 遊矢の全身を覆う形で存在していた光は、遊矢の胸元に集まってゆくと、そこからどこかに向かって一直線に飛んでいってしまった。おそらく、アクロスの元に向かっていったのだろう。一同はただ、青空を割くようにして飛んでいった一筋の光を呆然と見上げていた。

 

「おさまった……何だったのだ今のは」

「あんまり気にしなくていいよ。大丈夫、瞬はなんとかなる」

 

 答えにならない、根拠のない自信。

 

 

 

 

 

 

 

「なん、だあ……」

 

 あまりの眩しさでオッドアイズオリジオンの目が眩み、アクロスを握り潰さんとしていた手が緩み、アクロスは地面に落下する。

 

「いったぁ……」

 

 地面に落ちたアクロスは、地面にうちつけた尻をさすりながら立ち上がる。ご都合主義もここまであからさまだと、ご都合主義を起こした本人すらも失笑してしまいそうになる。

 その時、アクロスは自分の左手が何かを握りしめているのに気づいた。手を開くと、そこには、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンらしきモンスターの紋様が存在する、一つのライドアーツ。一体いつの間に握らされていたのだろうか。

 

「これでなんとかしろってことか?」

 

 アクロスは、なんだか釈然としない気分のまま、ライドアーツをバックル上部に装填し、側面部に向かって倒す。

 オッドアイズオリジオンは、トドメをさせなかった事でさらに機嫌を悪くする。息が一層荒くなり、ミシミシと足元のアスファルトにヒビが入るほどに地面を強く踏みしめる。

 

「くそ……小賢しい真似をしやがって……」

「待てよ。お楽しみはこれから、だろ?」

《LEGEND LINK!揺らせ揺られろSSSSOUL!ladies &gentlemen!LINK PENDLUM!》

 

 そう言いながら、アクロスはライドアーツを起動した。

 すると、アクロスの頭上に、ペンデュラム召喚の際に出た様な光帯が出現し、その中から一筋の光がアクロス目掛けて一直線に落ちて来た。

 

「なんだ⁉︎ 」

 

 再び、オリジオンの視界が閃光で染め上げられる。だが、この距離ならば見えずともやれる。そう判断し、アクロスがいるであろう場所を、前足で薙ぎ払う。

 しかし手応えがない。光がおさまり、オッドアイズオリジオンが目を開けると、そこにアクロスはいなかった。が、後ろに気配を感じる。

 

「ちょこまかと逃げやがって!」

 

 サイズ差の都合上仕方ないのだが、マサルは怒りながらばっと後ろを振り返る。だが、そこに居たのは、新たな姿となったアクロスだった。

 右肩は黒い法衣を、左肩は白い法衣を纏った人物を模しており、それは遊矢の持つPモンスター、時読みの魔術師と時読みの魔術師を想起させるデザインだ。胴体には青く巨大な宝玉が浮かび上がり、複眼は赤と緑のオッドアイ。奇しくもそれは、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンと同じだった。

 仮面ライダーアクロス・リンクペンデュラムの爆誕である。

 

「んだよソレ……お前まであのクソ野郎のエンタメに洗脳されたってのかよ!堕ちたな仮面ライダー!」

 

 アクロスの新たな姿を見て、オッドアイズオリジオンはあからさまに嘲笑う。遊矢の力なんか得たところで意味なんてない、そんなの敵ではないと、一目見ただけでそう判断していた。

 自分の気に入らない奴の味方をする奴は「洗脳された可哀想な奴」と見下す。その傲慢さが仇になっている事に、オッドアイズオリジオンは気づかない。—— どの道気づいた所で、彼がそれを反省する機会はおそらく訪れないが。

 

「いくら外見が変わってもヨォ、図体の差は埋まらねえんだぜぇ⁉︎ 」

 

 オリジオンは意気揚々とアクロスに向かって突っ込んできた。アクロスはそれを走って避ける。ぶつかったコンクリート塀が木っ端微塵に砕け散る。

 

遊矢(ザコ)アクロス(ザコ)足しても雑魚なのは変わらねえ!惨めったらしくブチ殺してやんよぉ!」

 

 オッドアイズオリジオンはアクロスの方を向き直ると、アクロスを馬鹿にしながら口から光線をはいてきた。この距離では避けきれない。直撃すればこっちのもんだと、オリジオンは完全に勝ち誇っていた。

 しかし、アクロスに光線が当たる瞬間、アクロスの身体から煙が吹き出し、ポワンと、一瞬のうちにアクロスの姿が煙と共に消えてしまった。

 

「残念だな、俺はこっちだ!」

 

 背後からかけられた声に反応して振り向くが、その時にはすでに遅く、今まさにツインズバスターを振り下ろそうとするアクロスの姿が、オリジオンの瞳に入っていた。いつの間に後ろに回り込んだんだ、と考える間もなく、ツインズバスターの刃がオリジオンの頸を切り裂く。

 予想外のダメージで前足を地面につくオリジオンだが、地面に着地したアクロスを睨みながらブチ切れる。

 

「テメェ……ふざけんなぁ!」

 

 オリジオンは怒りのままに、目の前にいるアクロスを踏み潰そうとする。アクロスは動かない。

 

「死ねえええええええええええっ!」

 

 今度こそ終わらせてやる。そう意気込み、叫びながら足を下ろす。

 が、踏み潰される直前、再びアクロスは煙を吹き出した。そして、オリジオンの足が地面と接するが、何かを踏み潰したような手応えが感じられない。

 まさかまた逃げたのかと思いながら足元を見下ろすと、そこにはなんと、アクロスが2人いた。どうやらこれが、リンクペンデュラムの能力らしい。

 

「増えた⁉︎ 」

「「お返しだこんちくしょう!」」

 

 困惑するオリジオンだが、2人のアクロスはお構いなしにツインズバスターでオリジオンの両足を斬りつけ、転倒させる。ズシンと大きな音を立てて、尻餅をつくような形になるオリジオン。そこからアクロスはさらに分身し、続け様に立ちあがろうとするオリジオンを斬りつけ、最後は空高く飛び上がり、オリジオンを飛び越しながら頭部を斬りつけ、その背後に回り込む。

 着地際に1人に戻ったアクロスは、銃形態に変形させたツインズバスターを連射しながら、必殺技を発動させる。

 

《PENDLUM CROSS BLAKE!》

 

 すると、オッドアイズオリジオンを挟む様に、彼の左右に光の柱が立ち並ぶ。そして、その光の柱から、虹色のラインが伸び、オリジオンを縛り付けてゆく。

 満足に動けないオリジオンは、それでもなんとかギチギチと頭を後ろに向けようとする。そんな彼の視界の端に映ったのは、足に虹色のエネルギーを溜めたアクロスが、空高く跳び上がる姿だった。

 

「負けるのか……俺が?デュエルでも、コッチでも……?」

 

 現実を受け入れられないオリジオンは、迫るアクロスのキックに対して、ただ唸ることしかできなかった。

 アクロスは、虹色のエネルギーを纏った右足を突き出し、オリジオン目掛けて急降下する。その背後には、遊矢が身につけていたペンデュラムの幻影らしきものが重なっていた。

 

「虹彩のスパイラル・ストライク!」

 

 アクロスは技名を叫びながら、オッドアイズオリジオンの背中を蹴り抜いた。そして、硬い鱗で覆われていた身体を貫き、アクロスはオリジオンの前方へと出ていく。

 

「くそがああああああああああああああああああああああああっ‼︎ 」

 

 オリジオンは叫ぶ。もうどうにもならなかった。

 そして彼は、自分を貫いたアクロスの後ろ姿を、憤怒の表情で睨みながら、爆散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

—— 何故、誰も受け入れない?

 

 

 マサルは、満身創痍になりながら地面に横たわっていた。

 手足は動かない。気力も体力もない。今の彼は、ただ恨み言を呟くことしかできない。

 

(皆遊矢の事嫌ってるじゃん……なら、同じ世界にいる俺がやらないで誰がやるんだ?俺は間違ってないだろ……あんな奴許しちゃダメなんだって皆言ってたじゃんか……なんで誰も味方してくれないんだよ……)

 

 彼は全く改心していなかった。自分の意見を受け入れない周囲を恨んでいた。

 そんな事は知る由もない瞬は、変身を解きながらマサルに近づく。

 

「やめとけ、話すだけ無駄だ」

 

 ふいに、瞬の肩に、手がかけられた。振り返ると、仮面ライダーレイ —— 転生者狩りがいた。

 

「トドメは俺だ。お前みたいな奴には人殺しは無理だ」

「殺すって……まさかコイツを?もう特典とやらもなくなってるんだし、警察にでも引き渡せば済むんじゃ……」

 

 瞬の言葉を無視し、転生者狩りは瞬を押し除け、倒れているマサルの間近に立つ。そして、上から顔を覗き込みながら、マサルに語りかける。

 

「最後に言い残す事は?」

「何故だ!何故俺を認めない⁉︎ 俺は正しいことをしてるんだ!皆榊遊矢を糾弾してただろ!嫌いなんだろ⁉︎ アイツが間違ってるからなんだろ⁉︎ 俺は代弁者なんだよ!」

 

 マサルは、この期に及んで尚態度を改めなかった。嫌いな奴、間違っている奴には何をしてもいい。これ程までに一人の人間を激しく憎み続けるその執念に、転生者狩りはかえって感心してしまう。

 だがいくら繰り返し叫ぼうが、彼に同調する者は現れない。転生者狩りは、心底見下げた奴だとでも言うかのようにマサルを鼻で笑うと、マサルの胸ぐらを掴み上げ、ドスの効いた声で説教する。

 

「だからどうした。お前が散々甚振ってたのはキャラじゃない、この世界に生きる一人の人間だ。いい加減前世気分は捨てろ。いつまで夢見てやがんだ」

「あんな人でなしを守って何になる⁉︎ まさかお前も榊遊矢に買収されて —— 」

 

 遊矢憎しのあまり、あらぬ妄言を吐き連ね始めたマサル。あまりの醜さに、瞬も転生者狩りも耐えきれず、彼の言葉に耳を貸す事をやめていた。悪意を隠しもしない目の前の存在を、どうしても受け入れられなかった。

 転生者狩りは苛立ち気味にマサルを投げ捨てると、瞬の方を向く。

 

「ほらな。俺は多くの転生者を狩ってきたから分かる。情けをかけるだけ無駄な奴ってのが世の中にはいるんだよ。コイツみたいにな」

 

 マサルを指差しながら、溜息混じりに転生者狩りは言った。仮面で表情は読み取れないが、その声は、まるで何かに失望したような、諦観が直に感じられるものだった。マサルの罵声をBGMにしながら、転生者狩りは続ける。

 

「これがお前が戦ってきた相手、転生者だ。厚顔無恥で傍若無人、自分以外は気にも留められない完全悪。世界の癌。まともな奴なんてほんのひと握りだ。口だけは達者でも、中身は屑。遍く全てを腐らせる。俺は仕事柄、そんな奴をごまんと見てきた」

「でも……命を奪うまでは……」

「殺さなきゃダメなんだ。改心するかどうかなんて本人次第、そんなギャンブルじみた事出来るわけないだろ。綺麗事じゃダメなんだよ。世界を確実に守るには、殺した方がいい」

 

 悪人が必ずしも改心するとは限らない。再び牙を剥くかもしれない。だから殺す。償いという行為を信用できないから、その機会を初めから与えない。そうすれば確実に安寧が訪れる。転生者狩りはそう言っている。瞬は、それに対して何も言えなかった。一理はあるが、納得できない。だがそれを言語化する事ができない。そのもどかしさに、瞬はただ、拳を強く握りしめる事しかできなかった。

 ぐるんぐるんと、思考を働かせる瞬だったが、ふとある事を思い出し、転生者狩りに問いかける。

 

「なあ」

「お前言ってたよな?ギフトメイカーに世界を滅ぼされたって。どういう事なんだよ?」

 

 それを聞いて、転生者狩りは「それ聞く?」とでも言うかのように、頭を抱えてため息をつく。

 

(しまったな……怒りのあまり余計な事を口走ってしまったか。だが話してしまったからには、いっそのことバラした方が邪魔されなくなる)

 

 バルジと相対した際に怒りのあまり、あの場にいた瞬の事を忘れて互いに因縁をぶつけ合っていた事を思い出す。できれば話したくないが、瞬みたいな人種には、中途半端に明かして混乱させるよりは、懇切丁寧に話した方が余計な真似をしなくなるだろうと考えたのだろう。転生者狩りは、そっぽを向きながら重たい口を開く。

 

「どうもこうも、文字通りだ。バルジは俺の世界を滅ぼした。遊びでな」

「遊びで……だと?」

「ああ。俺にはもう何もない。あるのは奴への復讐心だけだ。全て、奴が奪っていったんだ。だから俺は、奴を殺すために転生者狩りを始めた」

 

 それが彼の戦う理由。瞬の予想以上に壮絶な因縁があったのだ。何もかもを壊されて、元凶は懲りずに好き勝手やっている。これで怒らない方がおかしいだろう。転生者狩りの拳と声が、怒りで震えているのがわかる。彼が抱く、抑え切れないほどの怒りと憎しみは、瞬には計り知れないものだった。

 

「お前がギフトメイカーとやり合うのは勝手だ。だが、バルジだけは俺が殺す。分かったら邪魔はするな」

 

 釘を刺すように、転生者狩りは瞬に忠告した。

 瞬は何も言えなかった。否定する理由、邪魔する理由が無かったからだ。他人同士の因縁に、外野がとやかく言う資格はないのだから。

 ここで、ズダボロのまま放置されていたマサルが声を上げる。

 

「さっきから俺を無視してんじゃねえよ……クソッ……身体がうごかねぇ……動けりゃテメェらをぶち殺せるのにぃ……」

「ああ、忘れていた」

「がびぃっ⁉︎ 」

 

 散々無視されていたマサルがしつこく喚いていたので、転生者狩りはマサルの顔面を思い切り踏んづけて黙らせる。もがもがと足元でもがくマサルを意にも介さず、転生者狩りは瞬にここから立ち去るよう促す。

 

「立ち去れよ。俺は今からコイツを殺す」

「……どうしてもか?」

「ああ。あれだけ醜いものを見て尚、お前は生かそうというのか?」

「俺には殺す事なんて出来ない。それだけだ」

「仮面ライダーとして戦い続ける以上、それから逃げ続けることはできない。いずれお前にも、誰かを殺さなきゃならなくなる時が来る」

 

 瞬は、転生者狩りの言葉に、何一つまともに反論ができなかった。

 

「無理強いはしないがな。嫌ならここを去れ」

「お前、最近やけに当たりが緩くなってないか?最初は俺を容赦なくぶん殴ってきた癖に、どういう風の吹き回しだよ?」

「……いいから行け。それともなんだ、このクズが内臓ぶち撒けらて死ぬザマを間近で見たいってか?」

「……」

 

 幾ら悪人といえども、そんな惨い死に様を見届けらる程、瞬は強くはない。普通の人間にとっては、間近で人が死ぬのは結構ショッキングな話なのだ。転生者狩りは、瞬の精神衛生を考慮して、こんな事を言っているのだ。

 だが、目の前で人を殺しますのでどっか行ってくれ、と言われてのこのこと立ち去るような真似ができる奴はいないだろう。瞬はどうすべきが決めあぐねいていた。そこに、聞き覚えのある声が割り込んできた。

 

「彼の言う通りにするといいさ」

 

 振り向くと、服がボロボロになり半裸状態になったフィフティがいた。ギフトメイカー達を引きつける囮役を買って出てくれていた筈だが、身体中に血がついているあたり、相当激しい戦いだったのだろう。

 

「フィフティ……その格好……」

「いやあ派手にやられちゃった。色々あって君に追いつくのに手間取ってね。ああ、怪我なら大丈夫。もう治ったから」

 

 言われてみれば、フィフティは血だけらだが、その身体には傷は一つもなかった。という事は、これは返り血かなんかなのだろうか?というか、公園からここまでその格好で来た様だが、よく騒がれなかったものである。

 

「逢瀬くんは私が連れてくから安心して。それにしても、君にしては随分と優しくなったじゃないか。なんだい、彼を認めたのかい?」

「黙れ、とっとと失せろ」

「ならお言葉に甘えて。ほーら、皆が待ってるだろ。急いだ急いだ」

「ちょっと……」

 

 瞬は、フィフティにぐいぐいと押されるがまま、この場から引き離されてゆく。思ったよりもフィフティの力が強く、戦いで疲弊した瞬では押されてしまう。

 瞬とフィフティがいなくなったのを確認すると、仮面ライダーとしての変身をようやく解いた転生者狩り —— 無束灰司は、マサルを踏みつけたまま、拳銃を取りだして弾丸を込める。

 

「さて、と」

 

 銃口を突きつけられる。逃げ出したいが、満身創痍のマサルは既に、寝返りもうてないほどに疲弊していた。ガタガタと歯が震え、目には死の恐怖から涙が浮かんでくる。

 

「いやだ……こんなところで終わりたくない……せっかく転生したのにぃ……」

「転生してまで誰かを叩く、か。随分とまあ、無駄な人生だったな。あばよ、クソ野郎」

 

 マサルを蔑みながら、灰司は引き金を引いた。

 パン、と乾いた音が響いた。

 

「が……」

 

 マサルの撃たれた眉間から、血がドクドクと垂れ流される。最後まで抗おうと伸ばしていた腕は、力なく地面に倒れる。灰司は、マサルが死んだのを確認してから、彼から足を退ける。

 マサルの命は尽きた。

 最後まで他者を憎み、蔑むことしかできず、嫌悪で全てを棒に振った男は、誰にも憐れまれることなく、無様な最期を迎えた。

 その時、灰司のズボンのポケットから、バイブ音が聞こえてきた。スマホに着信が来ている。灰司はマサルの死体から離れながら、通話に応答する。

 

「無束灰司です。転生者を一人始末しました。事後処理は頼みます」

 

 転生者狩りとしての彼が所属する組織からだった。事後処理を任せ、灰司は足早にここから去ろうとする。事前に人払いをしていおいたとはいえ、瞬がいるということは、他の連中も来ているという事。灰司が転生者狩りである事を無闇にバラすわけにはいかない。

 

「次はない……バルジ……」

 

 その目には、激しい憎しみがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬は、フィフティに強引に腕を引っ張られながら移動していた。

 

「なんで無理やり離したんだよ」

「君も彼も、互いの考えに絶対納得しないだろ。あれじゃキリがないから、無理やり離したんだよ」

「なんか子供扱いされてる気分なんだが」

 

 瞬は、無理やり転生者狩りのところから引き離された事が不服の様だった。マサルは間違いなく悪人だし、やったことは許せないが、殺す意味はあったのか。転生者狩りは、悪人が改心するかなんて他人からすれば実質運次第であり、そんなものに委ねるよりは殺した方が確実に安全になる、ということだ。つまりは、性善説と性悪説の違い。それが、あのやりとりを生んでいた。

 フィフティは、その違いからくる意見の対立なんて不毛でしかないと踏んだのだ。互いに納得することが決してない対立なぞ、早めに断ち切るに限る。

 だが、フィフティが瞬を無理やり引き離したのは、それだけが理由ではなかった。

 

「それにだ。君に人殺しを見せる —— 死と向き合うのはまだ早い。幾ら屑でも、直接人の死を見ちゃうのは、結構キツいんだよ」

 

 真面目なトーンで、フィフティはそう言った。

 確かに、瞬はまだ死というものと向き合った事はない。だが、それを何故今更になって言い出すのだろう。こういうのは普通、もっと前に言うべき事なのではないだろうか。

 

「今君はアクロスとして戦いながらも、かろうじて誰も殺していない。だけど、これからの戦いはもっと厳しくなるかもしれない。敵を殺す —— 命を奪わなきゃならなくなるか時がくるかもしれない。アクロスの力を使えば、オリジオン化した転生者を生かしたまま無力化することができるけど、いつもそれが出来るとは限らないんだ」

 

 フィフティの言う事は間違ってはいない。戦いである以上、死からは逃れられない。戦場に死は付き物だからだ。

 転生者の持つ転生特典は、転生者の魂と強く繋がっている。だから、特典を消そうとすれば持ち主たる転生者自身の命に関わる。オリジオン化してしまえば、そのリスクはさらにあがる。だが、アクロスの力には、転生特典を転生者から安全に分離できる能力がある。だから、オリジオン化した転生者を生かしたまま、特典だけを破壊する事ができる。これを使えば、基本的には誰も死なない。

 だが、それが出来ない場合があるかもしれない。今まではたまたま手を汚す事なくうまくいってるが、いずれ手にかけなきゃらならなくなるかもしれない。はたまた、身近な誰かが死んでしまうかもしれない。その時に耐えられるのか。それをフィフティは危惧しているのだ。

 

「命を奪う、というのはかなりキツい事なんだ。特に君みたいな現代っ子にはね。戦い続けるには、それに耐えられる精神を育てるべきなんだ。特に君みたいな人間は、たった一つの死でも、立ち直れなくなるかもしれない」

「……」

「誰も死なない様に、殺す必要がなくなる様にするというのが一番だけども、万が一死に直面した時に備えて、心を鍛えておく。要は重圧からの逃げ方だ。それを知っているかどうかで、メンタルの耐久性が大きく変わるんだよ」

 

 綺麗事かもしれないが、それが一番。だが、万が一を考えて、回復の仕方を知っておく。ようは覚悟を決めろ、という事なのだ。ここから先は、死と向き合う機会が増えるかもしれない。それに耐えられるのか。それが問われているのだ。

 

「それにだ、あれは君の精神衛生を鑑みた上での、彼なりの気遣いだ。ならありがたく受け取るべきだよ。本当なら、殺しの現場なんか見ないに越した事が無いんだからね」

 

 瞬は、転生者狩りの人となりをよく知らない。出会い頭にぶん殴られた事もあるし、正直言って良い印象は持っていない。だが、彼にも他人を気遣う事はできるらしい。そのことを、瞬は意外に思っていた。

 そうこうしているうちに、皆がいる公園に戻ってきた。壁の崩れたデュエルコートの前に、救急車がやってきているのが見える。

 

「瞬!戻ってきた!」

 

 唯が瞬の顔を見るなり、こちらに駆け寄ってくる。

 

「ただいま、皆」

「妹さんなら安心してください。一週間もすれば完治するそうです」

「よかった……」

 

 ハルからその言葉を聞いて、瞬はほっと胸を撫で下ろす。あたりを見渡すと、丁度遊矢が救急隊員の肩を借りながら救急車に乗せられてゆくところだった。瞬は遊矢の元に駆け寄って行き、声をかける。

 

「遊矢、大丈夫か?」

「うん、まあね。アクションデュエルで普段から鍛えてるから大丈夫だよ」

 

 遊矢はそう言ってるものの、一番酷い怪我をしていることには変わりない。カタはついたが、傷跡はそれ以上に大きかった。

 遊矢はどうやら、マサルと最後まで話が通じなかった事に、心を痛めている様だった。

 

「俺、まだエンターテイナーには程遠いみたいだ。まだまだ俺を認めない人は居るんだって痛感した」

「だったらさ、わからせてやろうぜ。お前の決闘でさ。お前と沢渡の決闘、正直……素人目に見ててハラハラした。だから自信を持てよ。ここに一人、お前のデュエルに感化されたやつがいるんだからさ」

 

 瞬は、自分を指差して言う。味方ならここにいるさと、遊矢を元気付けるべく。遊矢はそれを聞いて、笑顔で応える。

 

「……ああ!次はもっと笑顔になれるデュエルを見せてやるさ!」

 

 互いに拳を突き合わせると、遊矢は救急車に乗せられて病院へと運ばれていった。何度失敗しても、更なる高みを目指す。その姿勢には見習うべきものがあると、瞬は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レオ・コーポレーション 社長室

 

 舞網市の中心部に聳え立つ、中腹部分がややくびれたような形状の高層ビル。それが、デュエル業界の最大手である、レオ・コーポレーションの本社ビルである。

 その最上階に位置する社長室。街を一望する、一面ガラス張りの壁を背に置かれたデスクに、赤馬零児は座していた。

 

「……で、中島。要件はなんだ?」

 

 零児は、座っている椅子を、デスクの方から窓の方へと回転させながら、デュエルディスクを介して、部下からの通信に応答する。

 

「次元回廊に異常が?」

「はい、接続先が不安定で、此方から他の次元への移動ができないケースが多数報告されております。それに、エクシーズ次元とは1ヶ月近く通信が確認できず —— 」

「他はどうした?」

「融合、シンクロは今のところ接続は問題ないのですが、やはり、この次元と同様に、無秩序な改変現象が頻発しており ——」

「わかった。引き続き調査を頼む。必要に応じて現地民の協力を仰いでくれても構わない」

「は。承知しました」

 

 通信が終わり、室内に静寂が訪れる。灯りの灯ってない部屋の中で、零児は椅子から立ち上がり、月明かりの差し込む窓の方へと歩み寄る。

 街を見下ろしながら、零児は呟く。街を見下ろす零児の、眼鏡越しの眼光には、鋭くも強い信念らしき物が宿っていた。

 

「次元戦争の二の足は踏ませない。侵略者どもの好きにはさせない……」

 

 

 

 

 

 

 




EMってすぐ打点モリモリ森鴎外になるよな……ペンデュラムってすぐ手札がカツカツ勝海舟になるよね……
リンクスでも早速EM魔術師オッドアイズを組みましたが、カードプール少ないにも関わらず高ダメージ叩き出せるので気持ちがええんじゃ。

今回の転生者はど畜生でした。
決闘者独特の思考+転生者独特の屑思考が悪魔的フュージョンしてるので、瞬とはマジで話が通じ合わないんですよ。自分でも書いてて苦しかった……ただ露骨にやり過ぎたのは反省しなきゃいけませんね。


散々屑転生者を見てきて、いよいよ瞬も転生者に嫌悪感を抱き始めました。はてさてどうなるかなー?
そりゃあクズを散々見せられた挙句こんな劇物ぶち込まれたら怒るわ。


ここんとこ屑転生者続きだったんで、そろそろ嗜好を変えたやつに移ろうと思います。1章はやる事多すぎて絡め手を使った敵が中々だせないんだよなぁ。
次回はまたまた驚きのキャラが。それが過ぎたら1章後半戦がいよいよはじまります。

最後が若干適当な気がする。



オッドアイズオリジオン
本体:札道マサル
前世名:小野柘久(おのつみひさ)
転生特典:前世で使用していたカード

熱心な遊戯王ARC-Vアンチ。自分とは異なる意見を持つ奴には徹底して付き纏い糾弾する屑。OCGプレイヤーとしても態度は最悪で相手を煽ったり貶したりを繰り返して出禁になった大会は数知れず。転生後も同じような言動を繰り返していた為にユース資格取り消しもあわや、となっていた。アクションデュエルが嫌いなのでアクションカードは死んでも取らない。

遊矢を甚振ろうとし、決闘で返り討ちにあった。負けたくせに実力行使にでるリアリストの皮を被った人間の屑。遊矢を糾弾しながらそれ以下の存在に成り下がるというエンタメを皆に見せてくれた。
オッドアイズ・ファントム・ドラゴンに裏切られるなど、カードとの信頼はなかった模様。
正直言って決闘者の恥晒し。ルールとマナーを守って楽しく決闘しよう(提案)。




オリジナルカード





アクション・エナジー
通常(アクション)魔法
①自分の墓地のアクション魔法の数×500LP回復する


******


スケールアウト・ドロー
通常魔法
「スケールアウト・ドロー」は1ターンに1度しか発動できず、この効果を発動。するターン、自分はPモンスターしか特殊召喚できず、他のドロー効果を発動できない。
①自分のフィールドに存在するカードが、スケール3以下のPモンスター1体のみの場合、そのモンスターを対象として発動できる。対象のカードをリリースし、除外したPモンスターのスケールの数だけデッキからカードをドローする。


******



オッドアイズ・レムナント・ドラゴン
ATK2000/DFE1300
[★5]効果/ペンデュラム/ドラゴン族/闇属性
【Pスケール;青3/赤3】
①1ターンに1度、自分フィールド上のドラゴン族Pモンスターが相手モンスターと戦闘を行う場合、その攻撃宣言時に発動できる。ダメージステップ終了時までその自分モンスターの攻撃力は相手フィールド上のモンスターの数×300ポイントアップする。
【モンスター効果】
オッドアイズ・レムナント・ドラゴンの①の効果は1ターンに1度しか発動できず、②の効果はデュエル中に1度しか使用できない。
①このカードが自分フィールド上に表側表示で存在し、自分の「オッドアイズ」モンスターが相手モンスターを戦闘で破壊した場合に発動できる。自分はデッキから1枚ドローする。この効果を発動するターン、このカードは攻撃できず、自分はエンドフェイズまで他のドロー効果を発動できない。
②自分が戦闘ダメージを受ける場合、そのダメージ計算時に発動できる。フィールドのこのカードを除外し、その戦闘で自分が受ける戦闘ダメージを半分にする。


******


オッドアイズ・ファング・ドラゴン
ATK2000/DFE1300
[★5]効果/ペンデュラム/ドラゴン族/闇属性
【Pスケール;青3/赤3】
①1ターンに1度、自分フィールド上のドラゴン族Pモンスターが相手モンスターと戦闘を行う場合、その攻撃宣言時に発動できる。ダメージステップ終了時までその自分モンスターの攻撃力は相手フィールド上のモンスターの数×300ポイントアップする。
【モンスター効果】
このカード名のカードの効果は、1ターンに1しか発動できない。
①このカードが特殊召喚に成功した場合に発動できる。自分の墓地からPモンスター以外の「オッドアイズ」モンスター1体を手札に加える。この効果を発動したターン、このカードは攻撃できず、Pモンスターしか特殊召喚できない。


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第22話 オルタナティブ・ランページ

今年度最後の投稿です。結局あんまりすすんでないやんけ!
レジェンドライダー2人目になります。
今回は今まで放置していた物をどうにかしていく回になります。

やりたい話はたくさんあるけどなかなか進まない!
特に今回は、やらなきゃならない話をいつどの順序で持ってくるか、結構悩んでます。


今回の話と矛盾しないようにちょいと過去の話を改稿しました。


 ギフトメイカー・バルジは、瓦礫の山の中を歩いていた。

 ここは渋谷。かつては都会中の都会だったのだが、数年前に隕石が落下した事で廃墟になってしまっている。今では一般人の立ち入りが禁止されており、誰もここがかつては都心の一部だったとは思わないだろう。

 だがそんな事はギフトメイカーには関係が無い。立ち入り禁止のテープを乗り越え、半ば崩れかかった建物の中へと入ってゆく。元がなんだったのか分からない有様だが、そこには気にも留めず、とある一室にあったハッチを開け、バルジは地下へと降りてゆく。

 

「元気にしてるかなー?おー?」

 

 ここは他のギフトメイカーの面々すら知らない、バルジの実験場。彼が好き勝手やる為の空間。鉄扉を開ける彼は、心なしか浮き足だったように見える。

 扉の向こうは、幾つもの鉄格子が並んでいた。バルジは、鉄格子の向こう側に向かって声をかける。

 

「元気そうで何よりだ、カラス共」

「ふざけないで……何のつもりよ、一体!」

 

 鉄格子の向こうの暗闇から、罵倒する声が飛んできた。ガチャガチャと、鎖が擦れる音も聞こえる。

 

「あのさあ、お前ら自分の立場わかってる?お前らは俺の実験動物(モルモット)になったんだぜ?実験動物が逆らうとかホントクソだよ?」

「人間の分際で……」

 

 少女 —— レイナーレは、バルジを睨みつける。

 レイナーレ、カワラーナ、ミッテルト、ドーナシーク。彼女達は神器(セイクリッド・ギア)回収の任務を受けて行動していた堕天使だ。

しかし、ギフトメイカーの生み出した転生者が暴れ回ったせいで任務は失敗するわ、体制上は敵対関係にあるリアス達悪魔サイドに捕まるわと踏んだり蹴ったりの結果だった。あまさつえ、悪魔から逃げ出せたのも束の間、目の前にいるバルジにとっつかまってこの状況に至るわけだが、プライドの高いレイナーレにとって、この状況は許し難いものだった。

 彼に捕まって早半月。普通ならば人間と堕天使では話にならない実力差があるのにも関わらず、レイナーレ達が逃げ出せないのには、ある理由があった。

 

「凄いよね、これ。神滅具(ロンギヌス)・天逆鉾《あまのさかほこ》……だったけ?天より来るものを問答無用で行動不能にしちゃうんだ。たまたま殺したやつが所有者だったから貰ったんだよ。凄いだろ?」

 

 バルジは、自身の腹に手を突っ込むと、そこから一本の槍を取り出す。これが彼が先程言っていた神滅具だ。天より来るもの —— 天使や神霊を磔にして動けなくする力を持つものだが、堕天使も元を辿れば天使なので、レイナーレ達も動けなくなっているのだ。

 

「何の用だ、貴様。わざわざ出向いてきたということは、何かしら目的があるんだろう?ただ単に話をしにきたという訳でもあるまい」

「おお、君、中々話がわかるね。半月で俺を徐々に理解し始めているんだね、僥倖だ」

 

 ドーナシークの言葉に、大仰な反応を示すバルジ。

 

「その通りだ。ちょいといいモン手に入ったからヨォ、お前らで試そうと思うんだ。いいだろ?」

 

 そう言うと、バルジは懐から数枚のディスクの様なものを取り出し、レイナーレ達に見せつけてきた。それが何なのかは分からないが、少なくともまともなものでは無いことだけはわかる。

 

「全然よく無いっす!ウチらをなんだと思ってるんすか⁉︎ 神器で封じられてるからって舐めるな ——」

 

 いち早く反応したのはミッテルトだった。身の危険を感じたのか、バルジに吠えかかる様に叫ぶが、その声が唐突に途切れた。見ると、バルジが鉄格子越しに、手に持っていたディスクの内の一枚をミッテルトの額に押し付けていた。

 すると、ディスクはまるで再生機器に挿入されたかの様に、すっとミッテルトの身体の中に入り込んでいった。

 

「煩い。これだから三大勢力は。人間サマの話をもっと聞かなきゃ駄目だろ?こうして人間を見下してる奴はな……こうなるんだよ」

 

 バルジがそう言うと、ディスクを入れられたミッテルトが、急にその場にうずくまり出した。カワラーナが近寄ろうとするが、バルジはすかさず別のディスクをカワラーナに向かって投げつける。

 

「がっ……何、これぇ……⁉︎ 」

「大丈夫、死なないよ。単に転生特典を得てオリジオンになるだけだから」

 

 ディスクはカワラーナの身体に溶け込む様に入り込んでゆき、彼女の身体を激しく痙攣させる。ドーナシークとレイナーレは、一体何が起きているのだと、2人を交互に見る。

 すると、うずくまっていたミッテルトの体表面に、幾つものジッパーが浮かび上がってゆき、それが一斉に開き出した。まるで皮を脱ぐかの様にして、小さな堕天使の少女の身体が、異形の怪物へと変化していく。

 

《KAKUSEI —— 》

「あ……ぐがががががぎぎぎぎぎぎいいいいいいいいいううううううううNeeeeeeeeeeaaaaaaaaaaaaaaannnnReassaaaaaaaaa —— ⁉︎ 」

「⁉︎ 」

 

 堕天使の少女の身体は醜く変質してゆき、それに伴い悲鳴も、おおよそ人の喉から出そうにない、常軌を逸した不協和音に変化してゆく。部下が目の前で変質してゆくのを、レイナーレはただ見ていることしかできなかった。

 バルジはニヤケ面をレイナーレ達の方に見せつけながら、ディスクをチラつかせる。

 

「ちょいと兵隊が欲しくてさ。ああ拒否権は無いよ。だってお前ら堕天使 —— 人外だろ?化け物が化け物になるんだ、そこに何の変わりもないじゃんか、ねぇ?」

「やめろ……やめ、ろ……」

 

 堕天使達は抵抗しようとするが、神器の影響でろくに動けない。敵意剥き出しの表情のレイナーレの視界に最後に映ったのは、自分の顔に押し付けられようとしているディスクだった。

 ディスクが彼女の顔に触れると同時に、バルジのねっとりとした囁きが耳に入る。

 

「さあ、変わるんだ」

「ふざけ —— 」

 

 口からなけなしの罵声が出た直後、彼女達の自我は霧散した。

 


 

 深夜、東京某所。

 

 

 

 終電も過ぎ、人影がめっきりと減った夜の街に、慌ただしい足音が響きわたる。蟻の頭部を思わせるデザインのヘルメットを被った、武装した集団が、地下通路の出口を塞ぐ様にして集まってきていた。

 ジャキリと、一斉に地下通路の出口に向かってマシンガンの銃口を構える。銃口の向けられた地下通路から、髪を金色に染め、ピアスになんかよくわからない金属アクセサリーをジャラジャラつけた、いかにもTHE・チャラ男ですといった感じの風貌の青年が出てくる。

 青年は、出口を塞ぐ変な集団に困惑する。至極真っ当な反応であろう。

 

「え、なんすか一体……あんたら誰?」

「お前がワームである事は既に知っている。正体を現せ!」

 

 集団のうちの一人が、銃口を突き付けながら叫ぶ。すると、ヘラヘラと笑っていた青年の顔が、すんと、無表情になる。まるで、スイッチが切り替わったかの様に。

 

「ああ、なんだバレちゃってたのか。ならお前ら皆殺しにしなきゃならねーな……あー面倒くさ」

 

 わざとらしいため息を吐き、気怠げそうに青年はつぶやく。すると、青年の姿が崩れ落ち、茶色い体色のカマキリのような怪物へと変化していくではないか。両手からは鋭い鎌のようなものが生え、背中にある脚のような部位が、不気味に蠢いている。

 だが、これはあらかじめ予期していた為、集団の方は怯まない。むしろ疑惑が真実だったので、ビンゴだ。

 

「怯むな!撃て撃て!」

 

 銃口を突き付けていた人物の命令を皮切りに、怪物に対して一斉掃射が行われる。夜の街に響く激しい銃撃音。これにより、怪物は一網打尽になる —— 筈だった。

 次の瞬間、怪物の姿が消えた。かと思えば、瞬く間に怪物は、自分から一番離れた位置にいた集団の一員の首を、鎌で跳ね飛ばしていた。ボトンと、頭の詰まったヘルメットが地面に落ち、ちょん切られた首から噴水の如く鮮血が噴き出す。

 

「ああ、ああああ!」

「おいこら逃げるな —— 」

 

 それを見て恐れをなした一人が逃げ出し、もう一人がそれを咎めようとする。しかし、どちらも叶わず。次の瞬間、二人は腰を堺に上下にぶった斬られていた。何が起きたのか理解する前に、二人の生命反応が一瞬で尽き果てる。

 さらに、それが合図になったのか、どこからともなく緑のずんぐりしたシルエットの怪物が複数体出現し、一斉に襲いかかってきた。近接ブレードやマシンガンで各々対応していくが、いかんせん数が多い上、奇襲を受けてしまっては対処が難しい。

 万事休すかと思われたその時、ひとつのエンジン音が、この場に向かって急接近してくるのが聞こえた。怪物はそれに反応し、殺しの手を止める。

 次の瞬間、横から突っ込んできたバイクに、怪物は思い切り跳ね飛ばされた。

 

「グガッ⁉︎ 」

 

 自分を跳ねたバイクに、敵意剥き出しで唸り声をぶつけてくる。バイクの搭乗者は、怪物の方を向きながら、バイクから降り、フルフェイスのヘルメットを脱ぐ。

 二十代半ば程の、スーツ姿の若い男だった。

 

「すまない、本部からの呼び出しで遅れた」

 

 男はそう言いながら、右手を天に掲げる。すると、どこからか蜂の羽音が聞こえてきた。怪物は当たりをキョロキョロと見渡す。すると、空の彼方から飛んでくる、一つの物体を見つけた。

 飛来するは手のひらサイズの機械仕掛けの蜂。羽音を鳴らしながら飛んできたそれは、男の手の中に収まる。男はそれを、左手首に身につけていたブレスレットにセットする。

 

「ワームめ……殲滅してやる!変身!」

《HENSHIN》

 

 すると、ブレスレットを起点に、男の身体に装甲がまとわりついてゆく。そして、厚い装甲を持った仮面の戦士へと姿を変える。顔の部分からするに、それはまるで蜂の巣の様であった。その名はマスクドライダー・ザビー。

 相対する怪物 —— ワームは、死体から切り取った腕を乱雑にザビーに投げつけ、挑発するような鳴き声をあげる。ザビーは、それを見るなり、ワームに向かって突っ込んでいく。

 秘密組織ZECT。

 擬態能力と、高速移動(クロックアップ)能力を有する地球外生命体・ワームに対抗する唯一の組織。

 そして人類が唯一ワームに対抗する術。それが、ZECT謹製のマスクドライダーシステムである。

 


 

「ふんっ!ぬうん!」

 

 ザビーのジョブが、絶え間なくワームを襲う。ワームの方も、負けじと両手の鎌を振り回すが、ザビーの硬い装甲を切り裂くのは至難の技。火花が散るだけで、傷一つ作ることができない。

 ザビーは、ワームに回避の隙も与えないほどの猛攻を仕掛け続ける。時折顔面へのストレートを混ぜながらジョブを繰り返し、ワームを着実に後退させてゆく。

 

「はぁあ!」

 

 焦るワームの腹部に、力を込めたザビーの裏拳が直撃し、ワームは吹っ飛んで陸橋の柱に身体を打ち付けられる。ワームは苦悶の声を上げながら、よろよろと立ち上がろうとする。が、ザビーはそんな猶予を与える気はさらさら無い。そのまま更なる追撃をしようとする。

 その時だった。ワームとザビーの間に、交戦中だったゼクトルーパーの一人が、サナギ体のワームに投げ飛ばされてきた。そして、彼を投げ飛ばした個体と思われるワームが、それを踏みつける。

 が、よく見ると、そのワームからは凄まじい熱気が放たれている。これは脱皮の兆候だ。ワームは脱皮することで、節足動物に似た姿へと変化すると共に、クロックアップ能力を手に入れる。ザビーの目の前で、サナギ態ワームの体表がグズグズに崩れ去り、中から鈴虫に似た姿のワームが姿を現した。

 

「隊長、脱皮しました!至急救援を!」

「ああくそ、成虫が増えたか!いいか、成虫態は俺がやる!負傷者は下がらせ、大丈夫な奴はこっちのサナギを!」

 

 部下達に指示を出しながら、ザビーは増えた成長ワームを、自分の方へと引き寄せる。クロックアップが出来ないサナギ体ならゼクトルーパーでも対処可能だが、成虫体はライダーに任せるしか無い。ザビーは、ブレスレットにとまっているザビーゼクターの羽根の部分を上にあげ、ザビーゼクターを180度回転させる。

 

《CAST OFF》

 

 すると、電子音声と共に、ザビーの全身を覆っていた装甲が弾け飛び、高速で周囲にばら撒かれていった。成虫ワームやゼクトルーパー達は咄嗟に避けるが、動きの鈍いサナギ態ワームの一部は、装甲がクリーンヒットし、そのまま緑色の炎をあげて爆散してしまった。猛スピードで金属の塊が飛んでくるのだ。そんなもん当たったらひとたまりもないだろう。

 装甲を脱ぎ捨てたザビーは、雀蜂を模したと思われる姿に変わっていた。これがザビーの本来の姿。防御面を捨て、ワームのクロックアップに対抗するための策。

 成虫ワーム達は、飛んできた装甲を叩き落としながら、ザビー目掛けて突っ込んでくる。

 

《CHANGE WASP》

 

 ザビーゼクターから音声が鳴り、ザビーの複眼が点灯する。ワームは達は、口から涎のようなものを垂らしながら、再びクロックアップを始める。だが、その程度では優位性は立てられない。

 

「クロックアップ!」

《CLOCK UP》

 

 ザビーは、腰に巻かれたベルトの右側にあるスラップスイッチをスライドする。

 その瞬間、ザビーとワーム以外の世界の全てが、止まっていると錯覚してしまいそうに成る程に遅くなった。ゼクトルーパーが放ったマシンガンの弾も、ワームが粉砕したことでバラバラになって宙を舞う自転車も、スローモーションで動いてゆく。

 勿論これは彼らの主観でしか無い。側から見れば、双方が知覚困難な程に速く動いているとしか思われないし、それを人間が見ることは叶わない。

 これがマスクドライダーシステムの切り札・クロックアップ。ライダーシステムがワームに対抗しうる最終手段であるが所以。彼方が速く動くなら、此方も速くなればいいという理論だ。

 

「貴様らに好き勝手はさせない!」

「イガッ⁉︎ 」

 

 カマキリ型ワームの鎌が振り下ろされるよりも早く、ザビーの鉄拳が、ワームの顔面を貫く。よろめくワームに、続けてザビーのパンチが

襲い掛かる。

 

「ヴィイイイイ……ッ!」

 

 壁際に追い詰められた同胞を見たもう一匹の方が、背中の羽根を強く振るわせて衝撃波を生成し、ザビーに向かって放ってきた。ザビーはそれに咄嗟に気づき、後方に跳んで避ける。それを好機と見たのか、先程までザビーにボコられていた方のワームは、一気に距離を詰め、回避後の隙が生まれたザビーを、両腕の鎌で斬り付ける。

 飛び散る火花。しかし今度は、しっかりとダメージが及んだ。ライダーフォームは、クロックアップ能力と引き換えに、マスクドフォームの

厚い装甲を失っている為、必然的に防御力が下がるのだ。

 

「クソッ!」

《CLOCK OVER》

 

 ここで両者ともクロックアップが解除される。ワームはお構いなしにザビーに猛攻を仕掛ける。ザビーは振り下ろされた鎌を避けて背後に回り込み、ワームの背中に裏拳を叩きつける。そこに、もう一匹の方が再び衝撃波を放つ。衝撃波はザビーの背中に直撃し、ザビーは思わず膝をついてしまう。

 いくららライダーといっても、成虫ワーム2体を同時に相手取るのは一苦労だ。サナギ態ワーム達は、他のゼクトルーパー達が奮戦してくれているが、成虫に対処可能なのは自分一人。さてどうするか。

 そこに、此方に向かって走ってくる足音が聞こえてきた。ザビーが振り向くと、スーツ姿の青年が此方に向かってくる姿が見えた。

 再び、どこからか聞こえてくる羽音。走る彼の元に、どこからか青いクワガタムシ型のガジェットが飛来し、彼の手の中に収まる。青年は、それを自身の腰に巻いていたベルトにセットする。

 

「変身!」

《HENSHIN》

 

 青と銀を基調とした、厚い装甲が纏われる。ザビーとは違い、両肩にはバルカン砲がつけられている。これがマスクドライダー5号機・ガタックである。

 

「加賀美……貴様!」

「偶々近くを通りがかっただけだ。兎に角俺も加勢する!」

 

 ガタックはやってくるなり、自分に目掛けて襲い掛かってきたサナギ態のワーム達に、肩のバルカン砲をお見舞いする。その一発は非常に強力で、サナギ態ワームは一発で爆散してしまった。

 

「キャストオフ!」

《CAST OOF》

 

 襲いかかってきたサナギ態ワームの撃破を確認すると、ガタックはベルトにセットしているガタックゼクターの角を一気に開き、角が真反対を向く状態にする。すると、ガタックの厚い装甲が一気に弾け飛び、その下からメタリックブルーの装甲が顕となる。顔の両縁にクワガタのツノのようなパーツが展開し、複眼が赤く光る。

 

《CHANGE STAG BEETLE》

 

 ザビー同様にライダーフォームに変身したガタックは、両肩についていた双剣・ガタックダブルカリバーを手に持ち、カマキリ型ワームに立ち向かう。

 

「ったく……」

 

 なんとも言えない気分になりながらも、ザビーはもう一匹のワームと相対する。

 

「はああっ!」

 

 ガタックダブルカリバーの横薙ぎが、ワームの腹部を斬り付ける。ワームは自身に傷を負わせたガタックに怒り、肩目掛けて自慢の鎌を振り下ろす。しかしガタックは、すかさずガタックダブルカリバーの刀身でそれを受ける。

 激しい金属音と火花を散らしながら、カマキリ型ワームの鎌と、ガタックダブルカリバーの刃がぶつかり合う。両者とも鍔迫り合いによって両手が塞がれる格好になるが、ガタックはすかさず蹴りを入れてワームを突き飛ばす。

 

「へぁあっ!」

 

 体勢が崩れたのを見逃さず、ガタックカリバーで縦にぶった斬られ、ワームの両腕の鎌が折られる。武器を失い動揺するワームだが、すかさずガタックダブルカリバーの突き攻撃が襲いかかり、問答無用でぶっ飛ばされてしまう。

 立ち上がろうとするワームを見据えながら、ガタックは、ガタックカリバーを肩に戻し、ガタックゼクターのボタンを3回押す。

 

《1,2,3》

「ライダーキック!」

《RIDER KICK》

 

 ゼクターからエネルギーの様なものが、ガタック頭部の角を経由し、右足に流れ込んでゆく。ガタックは雄叫びを上げながら、ワーム目掛けて突っ走る。

 そして、ワームの目前で勢いよく地を蹴って飛び上がり、そこから回し蹴りをワームの上半身目掛けて叩き込んだ。

 

「ていやあ!」

 

 飛び回し蹴りをモロに喰らったワームは、痛みに悶え苦しみながら、ガタックを恨む様な呻き声をあげてよろめく。そして、灰色の爆炎を上げながら、ワームの身体が木っ端微塵に粉砕された。

 一方、ザビーの方も、決着がつこうとしていた。

 

「トドメだ……!」

 

 ザビーに思い切り殴り飛ばされたワーム。ザビーは、左腕のザビーゼクターのボタンを押して、必殺技を発動させようとする。

 その時だった。突如として、両者の間に、何者かが割り込んできた。その姿には、何処か見覚えがある。

 

「カブト……か?」

 

 ザビーは、忌まわしい名を呼ぶ。

 ZECTに従わないはぐれ者のライダー。自分勝手で、あらゆる面でめちゃくちゃに強い彼に、何度も手を焼かされている。

 だが、目の前のそれは何かが違う。額から伸びる角はねじれ、背中にはグシャグシャの羽根が一対。肩や膝からは昆虫の足のようなものが飛び出て、うねうねと蠢いている。胸元から股間にかけてはジッパーの様なものが伸びている。

 何かが違う。ザビーもガタックも、本能的にそう察していた。

 

「ザビー……最弱のマスクドライダー……」

「何だと……⁉︎ 」

 

 カブトに似たそれは、ザビーを見るなり、あからさまに見下した様な態度をとる。ストレートに雑魚呼ばわりされたことで、ザビーも若干喧嘩腰になる。

 

「俺の糧になれ……!」

「なっ⁉︎ 」

 

 怪物はそう言うと、いきなりザビーに襲いかかってきた。ワームはそれを見て、これ幸いとばかりに逃げ出す。

 

「待て……!」

「逃げるな、俺と戦え!」

「ぐはっ⁉︎ 」

 

 ガタックは逃げたワームを追いかけようとするが、カブトに似た怪物はそれを許さず、ザビーに腹パンを一発食らわせると、ガタックに向かってドロップキックを仕掛けてきた。ガタックはそれをモロに受け、ゴロゴロと地面を転がってゆく。

 ワーム退治を邪魔された挙句いきなり殴られたザビーは、怪物に殴りかかりながら怒鳴り散らす。

 

「お前に構ってる暇はないんだよ!」

「貴様の事情なぞ知らん。俺は奴に挑まねばならん。貴様はその為の経験値稼ぎだ!」

「さっきから俺のことを馬鹿にしやがって……!」

 

 ザビーのパンチをガードする素振りも見せず、モロに受け続けているにも関わらず、怪物は全く怯まない。怪物は、飛んできたザビーの拳をがしりと鷲掴みにすると、思い切り頭を振り下ろし、ザビーの脳天に頭突きをお見舞いする。

 額を抑えながら膝をつくザビー。怪物はすかさずザビーを蹴り飛ばし、近くにいたガタックにぶつける。

 

「馬鹿にされたくなければ実力を示せ。そんなんでは天童総司には勝てんぞ?」

「貴様ぁ……!この一発で決めてやる!」

 

 カブトの資格者の名前を出し、盛んにザビーを挑発する。ザビーは早期に決着をつけるべく、ザビーゼクターのボタンを押す。

 

「ライダースティング!」

《RIDER STING》

 

 音声が鳴ると、左腕から突き出る形になっているザビーゼクターの針の部分に、タキオン粒子が凝縮されてゆく。当たった対象を一撃で原子崩壊に導く必殺技、ライダースティングだ。ザビーは、飛びかかりながら左拳を突き出し、怪物目掛けてライダースティングをぶち込もうとする。

 しかし、相手はそれを許さなかった。

 

「クロックアップ」

「何⁉︎ 」

 

 その発言にザビーは驚きの声を上げるが、次の瞬間、怪物以外の全ての動きが、大幅に遅くなった。怪物がクロックアップを使用したのだ。勿論、これはクロックアップをしていない他者には認識出来ない出来事だ。咄嗟の出来事だったので、ザビーもガタックも、クロックアップが間に合わない。

 今にもパンチを繰り出そうという体勢のまま、空中で固まるザビー。怪物はその姿を鼻で笑うと、自らの右足に力を溜めてゆく。ビキビキと、稲妻の様なものが彼の頭部の角から右足に向かって走ってゆく。

 

「ライダー……キック」

 

 そして、怪物は、超低速度で空中浮遊しているザビーに、渾身の回し蹴りを叩き込んだ。ザビーの左脇腹に走る衝撃。だが、その瞬間を彼が認知することは出来ない。気づいた時には、既に彼は戦闘不能になっているからだ。

 

「だから言ったろ。お前は最弱だとな」

 

 怪物はそう最後に笑うと、クロックアップを解除した。すると、ライダーキックが直撃したザビーは、大きく吹っ飛ばされ、近くの陸橋の上に叩き落とされた。ダメージに耐えかね、左腕のザビーゼクターがブレスレットを離れ、夜空へと飛んでゆく。

 

「なっ……影山……」

「次はお前だ、ガタック……!」

 

 怪物は、戦闘不能となったザビーは用済みと言わんばかりに放置し、ガタックを次なる標的に定める。こいつは生半可な相手ではない。全力で立ち向かう他ないと決め込み、ガタックは身構える。

 そこに、此方に向かってくるエンジン音。また別のライダーでも来たのかと思い、ガタックと怪物は同時にエンジン音のした方を見る。

 そこには、闇夜の中で光るバイクのヘッドライトと、オレンジ色の複眼があった。よく見ると、肩や胴体にも薄橙色に光るラインが確認できる。

 

「なんだ……アイツは」

 

 アイツもライダーなのか。しかし、ガタックはあんなライダーは知らない。

 

「見つけたぞオリジオン!」

 

 そのライダーは、怪物を見るなりそう叫んだ。

 

「チッ、アクロスか。本日2度目とは、随分と仮面ライダーごっこに熱心なんだな。鬱陶しいにも程がある」

「何をしているんだ、お前は」

「お前はお呼びじゃないんだ。今日はここまでにする」

「逃すかっ!」

 

 突然現れたライダー —— アクロスは、逃げ出した怪物をバイクで追いかける。

 

「ちょっとお前 —— 」

 

 ガタックは慌てて追いかけるが、既に遅し。完全に見失ってしまった。

 

「なんだったんだ今の……」

 

 ガタックは、ベルトのガタックゼクターを外して変身解除する。変身者 —— 加賀美新の手を離れたゼクターは、悔しそうに辺りを猛スピードで旋回しながら、夜空の彼方へと飛んでいった。

 ワームではない怪物に、謎のライダー。一体何が起きているのか、今の彼には知る術は、ない。

 


 

 数分後。

 

 アクロス —— 逢瀬瞬は変身を解き、バイクから降りていた。

 

「逃したか……逃げ足早いなアイツは……」

 

 あれから結局、オリジオンには逃げられてしまった。

 瞬は昼間に一度だけ、先程のオリジオンを偶然見かけたのだが、その時もあっという間に撒かれてしまっていたのだ。一度たりとも目を離していないはずなのに、一瞬で数百メートル離れた位置にまで移動していた。

 超スピードか、はたまた瞬間移動かはわからないが、どっちみち圧倒的不利なのには変わりない。オリジオンの目的は分からないが、放置しておくねはマズイ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……にしても、さっきの……あれも仮面ライダーなのか?」

 

 先程オリジオンのいた場所にいた、青いやつ。オリジオンを追う事で頭がいっぱいで深く気にしていなかったが、あれは何だったのだろうか?どことなくアクロスやビルドに近しいものを感じたような気もしなくもない。

 

「よくわかんねぇな……」

 

 新たなライダーに、目的不明のオリジオン。考えなきゃいけない事はたくさんあるが、現在は深夜2時。とても眠いし、見つかれば補導間違いなしだ。瞬は大あくびをしながらヘルメットを被り、バイクのエンジンをかける。

 もやもやとした気持ちを抱えながら、瞬は帰路に着くのであった。

 


 

 翌朝

 

 長かったようで短かった4月も終わりを迎え、いよいよゴールデンウィーク初日。世間はレジャーだのバカンスだのに浮かれに浮かれてらっしゃる時期だが、逢瀬家にそんなのはあまり関係がなかった。

 保護者たる環四郎おじさんは忙しい身だし、湖森の怪我が完治していないし、そもそもレジャーだのバカンスだのに行く気もない。というわけで、いつも通りのだらけた休日を過ごしていた。

 

「いやあ長かった……まさか焼きプリン論争があそこまで過熱するとは。お前らの精神年齢の低さ舐めてたわ」

「焼きプリンなぞ邪道!カスタードプリンが至高に決まってる!」

「いや俺はどっちもいいと思うんだけどね……」

 

 両手に幼女とパンパンのエコバッグをぶら下げながら、昼間から遠い目をしてらっしゃるのは、高校生兼駆け出し仮面ライダーの逢瀬瞬。

 ただいま彼は買い物帰り。途中、ヒビキのお人好しスキルが暴走してひったくり犯を捕らえるという手柄を立てる羽目になったり、焼きプリンとカスタードプリン、どちらを買うかでネプテューヌと瞬とで激しい議論が繰り広げられるというアクシデントに見舞われながらも、逢瀬家の買い出しは一応終わっていた。

 

「で、結局両方かー。強欲だねぇ」

「まあ、湖森のお見舞いの品には丁度いいかもな。アイツも早く元気になって欲しいよ」

 

 そう言いながら、瞬の顔が若干暗くなる。自分の力不足で湖森を再び傷つけてしまった事が、どうしても許せないのだ。

 湖森は、買い出しくらい自分が行くといって聞かなかったのだが、前述の通り、先日オリジオンに襲われた際の怪我が完治していないのだからと、無理やり家事も休ませて留守番させている。 3度目は無いぞ。もう繰り返してなるもんか、と思いながら歩く帰路。ほんの些細なきっかけだった。

 ヒビキとネプテューヌ。瞬の前方を歩く、2人の居候幼女。2人の後ろ姿を見ていた瞬は、ふとこんな疑問を抱いた。

 

「んあー、お前ら本当に今のままでいいのか?」

「どういう意味?」

「ネプテューヌは帰る場所あるんじゃないのか?ヒビキは何か思い出したりしたのか?」

「意外……てっきりもう私達に興味無くしたのかと思ってた」

「全然。わっかんないんだよなーこれが」

 

 そう、フィフティ曰くネプテューヌは別世界から来たらしいし、ヒビキは記憶がない。異世界人や記憶喪失者なんてフィクションの中だけだと思っていたが、こうして目の当たりにすると、どう接していいのか、少し悩んでしまう。が、本人達はさほど気にしていないように見えるので、瞬もそれに合わせて接している。

 ネプテューヌはともかく、ヒビキに至っては、一体何処から来たのかも分からない。なんせ本人が殆どの記憶を失っているのだから、ある意味当然なのだが、それにしては、全くと言っていいほど、ヒビキについての情報は見つからない。ただ、妙に唯や瞬に懐いてしまったようで、こうして逢瀬家に居候する羽目になったのだ。

 てかヒビキを見つけたのだから、唯が預かれよと当初は思ったのだが、唯の家は瞬と比べると割と一般寄りの家庭。そんなところが、見ず知らずの幼女を預かれる訳ないので、色々あって逢瀬家に身を置くことになったのだ。明らかに色々とアウトな気がする。どうか警察沙汰にはなりたくないものだ。

 

「だけど、私は何か理由があってここに来たような気がするんだよね……手がかりはさっぱりなんだけどね」

 

 ヒビキはそう言いながら首を捻る。その様子を見て、ふと瞬はこう思った。

 ぱっと見10歳ぐらいの少女が記憶を失うなど、明らかに普通ではない。きっと壮絶な出来事とかがあったんだろう。そんな事を考えているのが顔に出ていたのか、瞬が我に帰ると、ヒビキが瞬の顔を覗きこんでいた。

 

「そんな悲しそうな顔しないで。記憶があろうと無かろうと、私は私だから」

「泣いてねーよ。ただ、色々とバタバタしてたからな……改めてそう思ってしまっただけだよ」

 

 誤魔化すようにそう言って、瞬は顔を逸らした。

 ヒビキとネプテューヌ。放置されている問題の象徴。彼女らとも、いずれは向き合わなければならない時が来るのだろうか。それは果たして、瞬の手に負えるものなのだろうか。そんな考えが、瞬の頭にこびりついていた。

 

(放置されている問題……となると、昨夜のアレもだよなぁ……)

 

 放置されている問題、で一つ思い出したことがある。昨夜のオリジオンと謎のライダーについてだ。前者がどこで何をしているのか見当もつかないし、後者が何者なのかは全然分からない。フィフティに訊こうにもいつも通り連絡はとれない。八方塞がりだった。

 そんな事を考えながらも歩道橋の階段を差しかかったとき、ヒビキがネプテューヌにこんな質問をぶつけてきた。

 

「で、ねぷねぷはどうしてとどまっているの?」

「私の場合は単に帰る手段が無いだけなんだよね。帰りたいのは山々なんだけどね?この世界では女神の力は使えないし、色々と大変で大変で……」

 

 ネプテューヌはこう言っているが、彼女の日々のだらけっぷりを見る限り、全然そうは見えない。明らかに現状を満喫してるだろうこの駄目幼女。

 呆れ笑いをこぼしながら、瞬は歩道橋の上から、自分の向かう先の道を見下ろす。すると、人混みの雑踏の中、あるものが目に入った。歩道橋を降りてすぐの曲がり角。そこに立っているある人物。

 あの白い頭には見覚えがある。

 

「あそこに居るのは……灰司か?」

 


 

「……」

 

 無束灰司 —— 転生者狩りは、電柱の影にさりげなく身を隠しながら、様子を伺っていた。

 彼がこんなことをしている理由は、彼の視線の先にあるものにあった。

 

(司馬神真(しばしんま)……本部から討伐命令の下っている転生者……)

 

 灰司の視線の先には、髑髏柄のレザージャケットを着た金髪の青年。彼は、灰司の所属する転生者狩りの組織・転生者秩序維持同盟(Alliance to Maintain the Order of Reincarnations) —— 通称AMORE(アモーレ)により認定された、転生凶悪犯。放置すれば世界に害をなす危険人物なのである。

 事前調査によると、彼の周りで行方不明になる人間が後を耐えないとのこと。捕まえるにしろ、殺すにしろ、まずは彼が具体的には何をしているのかを掴まねばなるまい。

 標的は近くのファミレスに入店した。しばらくここで待ち伏せすることになりそうだ。灰司は、ファミレスの敷地の端から店舗内を凝視しながら缶コーヒーの封を開ける。

 そこに、

 

「あれ、灰司じゃん。お前こんな所で何してんの?」

「⁉︎ 」

 

 背後から声をかけられ、とっさに灰司は、振り返りながら拳を突きつける。

 

「うわっ⁉︎ 」

 

 声の主は、突然飛び出してきた拳に驚き、尻餅をつく。灰司はその人物の顔を見て、しまった、と思った。

 

「瞬……」

「凄い……全然動きが見えなかった」

「ってぇ……いきなりソレはないだろ……あ、卵割れてねえよな……?」

 

 声の主は、逢瀬瞬だった。一応灰司は、現在は上司からの命令で、アクロス —— 瞬の監視も兼任している。無束灰司と転生者狩りがイコールであると思われてはならないのだが、背後を取られたことで、咄嗟に手を出してしまった。

 なんとか誤魔化さねばなるまい。被っている猫を脱ぎ捨てるには早すぎるのだから。

 

「な、なんだ君かあ……驚かせないでよ」

「驚いたのこっちだけどな……何お前、武術とかやってんの?さっきの動き、めっちゃキレ良くなかったか?」

「すみません、僕、昔から柄の悪い人に絡まれやすい体質で……それで警戒心が強くなったというか……」

「つまりはビビリってことですかー。防御は最大の攻撃って言うからねー、うん。それで護身術かなんかも齧ったって感じ?」

「そうそう、そんな感じです」

 

 灰司の手を借りて立ち上がる瞬。尻餅をついた時に、バックの中の卵が割れていないかと確かめたが、そちらは無事だった。もし割れてたらある意味大惨事になっていたであろう。

 ともかく、怪しまれずに済んだようだ。ネプテューヌが思わぬ助け舟を出してくれて、灰司は正直ありがたかった。

 灰司はチラリとファミレスの方を見る。この位置からは、ターゲットの席が割とはっきりと確認できる。ターゲットたる転生者は、メニュー表らしきものを見ながら悩んでいるようで、まだ余裕はありそうだ。瞬達と適当に会話してから、適当に離れてもらおうと灰司は考えていた。

 

「そちらは?妹さん……じゃないですよね。明らかに血が繋がっている気配ないですし」

「自称女神の居候」

「自称じゃないんですけどー⁉︎ ちょっと最近扱い雑過ぎないかなー⁉︎ 私、ネプテューヌは瞬に抗議しまーす!」

 

 灰司が、瞬の隣にいるネプテューヌに興味を示し始めた。そりゃあ、買い物帰りの同級生が幼女引き連れているのだから、気になるのが人間の性。もちろんこれは、灰司にとってはただの話題逸らしでしか無い。

 一方、灰司に聞かれた瞬は、どストレートに事実だけを告げるが、ネプテューヌは、ぞんざいな扱いをされたことに対して文句を言ってくる。

 

「ははっ、元気な彼女さんだね。これは唯さんも、幾ら幼馴染みといえどらうかうかしてられないかもね」

「何一つ合ってねーよ!唯とはそんな関係じゃねーし、俺にロリコン趣味は無いってーの!」

「私にヒロイン属性はちょっとね……女神ってほら、皆の為にあるべき存在だし、誰か一人と愛を育むのは存在的に矛盾してるというか……」

 

 灰司の茶化しに、二人揃って分かりやすく取り乱す瞬とネプテューヌ。ネプテューヌに至っては、気まずそうに目を逸らしており、なんか若干キャラが崩れかかっているような気がする。

 と、ここでネプテューヌが、あることに気づいた。

 

「あれ……ヒビキちゃんは?」

「え」

 

 ネプテューヌに言われて、瞬は辺りを見渡す。

 頭数が足りない。ヒビキが居なくなっていた。

 

「まさかあいつ、またフラフラと人助けに行っちゃったのか?何、遺伝子レベルでお人好しなの?」

「探しに戻ろうよ。ね?」

「そーだな。悪いな灰司、邪魔した」

「あーうん、それじゃ」

 

 瞬とネプテューヌは、ヒビキを探す為この場を離れていく。二人が見えなくなったのを確認すると、灰司は猫を被るのをやめ、再び鋭い目つきでファミレス内を観察し始めた。

 標的はまだ逃げていない。呑気にランチタイム中だ。

 

(さて、邪魔者もいなくなったし、再開と行くか)

 

 空になった缶を握りつぶしながら、灰司は標的を暫く観察するのであった。

 


 

 一方、こちらでは、買い物帰りの別のグループがいた。

 

「悪いな姫柊。ウチの買い物に付き合わせてしまって」

「いえ、先輩の監視が私の任務ですから」

 

 第四真相・暁古城と彼の監視役・姫柊雪菜。なんやかんやで2人が出会って丸一月は立っていた。その辺りの事情を知らない周りの人からは、既に同棲中だの交際中だのと思われ始めているのは語るまでも無い。2人は多分認めないだろうが。

 それは2人の目の前を歩く、古城の妹・凪沙も同じだった。

 

「2人とも仲良いよねー。ほんと古城くん、最近になってやたらとモテるようになってない?」

「気のせいです気のせいです!ホント最近の若い子は、男女2人組が並んでると直ぐ恋愛関係に直結するんだからぁ!」

「いや古城くんもその“最近の若い子”の一人だからね?」

 

 色々と省くが、古城はこの一ヶ月の間に、獅子王機関の舞威媛だの異国の王女様だの、色々と濃い女性と立て続けに出会ったり、昔からの付き合いのあった子と色々とあったりと、兎に角、ラノベ主人公街道を突き進んでいたわけである。古城だって、その辺りを突っ込まれたら取り乱さざるを得ない。

 乾いた笑いを浮かべる古城。その時、雪菜が2人をよびとめた。

 

「ちょっと待ってください」

「どうした?」

「あの子……迷子かなんか、でしょうか?」

 

 雪菜が指差した先には、10歳くらいの女の子が、5歳くらいの男の子の手を引いて歩いている。男の子の方は泣きじゃくっており、必死に母親を呼んでいるのに対し、女の子はというと、涙ひとつ流さずに時折男の子の頭を撫でながら落ち着かせようとしている。

 それを見て、古城は一瞬、めんどくさそうだしほっとこうかと思った。これまでの生活を振り返って、些細な好奇心がデカい事件につながっていることが多々あった気がする。てかそればかりだった。偶には平和に過ごしたいんだがなー、とぼやく古城であったが、これを放置すれば、凪沙と雪菜の視線が痛くなることは間違いない。それは困る。

 というか、すでにその2人が子供達の元に行っちゃってる。早くも選択肢を奪われていた古城は、溜息をつきながら2人の後を追って子供達の元へと向かう。

 

「迷子かなんなか、お前ら」

「私はちがうよ?この子が泣いてたから一緒に親探ししてるんだ」

 

 女の子の方 —- ヒビキはそう言ってるが、側からみれば、迷子であることを悟られまいと強がってる様にしか見えないのは古城だけだろうか。

 

「安心してください。私達も手伝いますから、ね?だから泣かないで。きっとお母さんに会えますから」

 

 雪菜は、泣いている男の子に目線を合わせる様にしゃがみ込みながら、男の子の頬を伝う涙を指で拭い、元気付ける。なんか途中で古城の方をチラリと見ていた気がするが、多分気のせいじゃないだろう。

 

「これは心強いです!ありがとうございます!」

「キミ、歳の割に凄いしっかりしてるよねー」

 

 協力してくれることに対する礼を言うヒビキに、凪沙がごもっともなツッコミを入れる。古城はヒビキを見て、なるほど、たしかに小学生くらいだというのに、随分としっかりとした子だ。これは凪沙に匹敵するかもしれない、と若干教育ママじみた感想を抱く。

 それを察知したのか、凪沙が古城の方に顔を向け、鋭い指摘をしてくる。

 

「古城くん、また変なこと考えてない?」

「俺をもうちょっと信用してくれてもいいんじゃないか……流石にここまでぞんざいに扱われ続けると凹むというかなんというか」

「ともかくGOです!レッツ親探しツアー!」

「なんで嬉しそうなんだお前」

「少しでもこの子を安心させようと思って。ほら笑って!再開の時は笑顔が一番なんだからさ!」

 

 わからなくもないような意見に古城は苦笑する。

 どうやら、第四真祖には平穏は訪れないらしい。

 


 

 十数分ほど経って、親子の再会は叶った。

 母親と再開した男の子は、笑顔で古城達に手を振りながら、母親に手を引かれて帰っていった。それを見送った古城は、今度はヒビキに着目する。

 

「あとはお前だけだな」

「あれ、私も迷子にカウントされてた……?」

「何故されてないと思ったんだ」

 

 本人は必死に否定しているが、ここまできたらアレだ。迷子をもう一人送り届けるくらい朝飯前だ。

 と、その時だった。

 

「いたいた、ヒビキぃ!お前またふらふらと人助けしてたのかよ?」

「あ、瞬」

 

 人の流れに逆らう様にして、一人の少年 —— 逢瀬瞬がやって来た。ヒビキは瞬の顔を見るなり、何処かばつの悪そうな顔になる。

 

「ごめん……でもほっとけないじゃん?」

「お前の人助け癖は分かったから、勝手に一人でうろちょろするんじゃありません。わかりましたか?」

「はーい……」

 

 瞬に叱られ、しょんぼりとするヒビキ。

 

「貴方がこの子の?」

「ああ、保護者……みたいなもんだな」

 

 雪菜の問いかけにそう答えると、瞬は、ヒビキの手をやや強めに引く。

 

「さ、帰るぞ。ネプテューヌも心配してたんだ、ほら」

「あ、ちょっと」

 

 その強引なやり方に、ヒビキだけでなく、古城達も微かに怪しいものを感じる。だがよその家庭にとやかく言うことは出来ないし、ただの思い過ごしかもしれない。

 そこに、こちらに向かっつ近づいて来る話し声が。その声に反応してヒビキは振り向き —— そして戦慄した。

 

「とりあえず来た道を戻るしか無いか。ったく、どこ行ったんだ?」

「でもほら、ヒビキちゃんくらいの年齢なら多少ほっといても問題ないんじゃ無いかなー?」

 

 声の主はヒビキを探してやって来た2人だった。それが誰かなんて言うまでもないのだが、ここはあえて言っておこう。

 声の主は —— ネプテューヌと、()()()

 

 

 

 単刀直入に言おう。

 ()()()()()()()()

 

 

「「……え?」」

 

 ネプテューヌも、ヒビキも、そして2人の瞬も、それを見て固まってしまう。部外者たる古城達は、状況が読み込めず、彼らとは別の理由で混乱する。

 

「双子さん……?」

「いやいや、んなわけ無い……」

 

 凪沙の言葉をバッサリ切り捨てるヒビキ。ヒビキの手を握る瞬の力が、強くなっていっているような気がする。

 

「まさか新手のオリジオンか?」

「ふざけるな偽物。俺が本物だ」

「いや待てよ、俺が本物だって!だよなネプテューヌ!」

「俺が本物だよな、ヒビキ。お前は分かるよな?」

 

 2人の瞬は、ヒビキとネプテューヌに、それぞれ自身が本物であることを確認する。古城達も、いよいよこれは只事ではないと判断し、警戒体制を取る。古城は凪沙を庇う様にして立ち、雪菜も背負ったギターケースをいつでも開けられるようみ身構える。

 2人の瞬に問い詰められる形となったネプテューヌとヒビキは、ダラダラと冷や汗を流しながら固まる。どっちだ、一体どちらが本物なのだ?というか、もう一人の方は一体なんだというのだ?訳がわからなさすぎる。

 ネプテューヌと手を繋いでいた方の瞬は、バクバクと心臓を鳴らしながら、あることを思いつく。

 

「……来いよ偽物。俺が本物だって証明してやる」

 

 だがその案を実行するには、この衆人環境化ではやりにくい。

 瞬は、目の前にいるもう一人の自分に対して、自分についてくるよう提案する。提案された側も、敵意剥き出しの表情で、それを了承する。

 

「いいよ、やってやる。俺が本物だって示してやる」

 


 

 東京タワーからそう遠くない場所にあるレストラン『ビストロ・ラ・サル』の店内にて。

 

「で、なんだ。俺が影山を襲撃したと?」

「ホントにアレはお前じゃないんだよな?」

 

 加賀美は、テーブルをはさんで向かい側に座る男・天道総司に、念を押すように問いかける。もちろん、周囲に聞こえないくらいの声量で。ZECTは秘密組織、他言無用なのだから。

 天道は、鯖味噌を一口食べると、呆れた様に答える。

 

「だから言ってるだろう。そもそもする必要がない」

 

 そう言ってはいるが、彼は言葉よりも行動で示すタイプ。出会って数ヶ月が経つが、未だに加賀美は、天道が何を考えているのかイマイチ掴みきれていない。だから、余計に神経質になる。

 

「少なくとも奴はクロックアップをしていた。だが、ワームにしては何か妙なんだよな……なんかよくわかんないけど、明らかに……世界観的に違うような?」

「兎に角気をつけろ。やつの目的がまだわかってない以上、いつ何処で出くわすかわからない。それに、コテンパンにされたせいか影山の機嫌も悪い。距離とった方がいいかもしれない……て、お前なら心配いらないよな」

 

 ZECTも、カブトに酷似した謎の存在に自陣営のライダーが襲われたせいか、いつも以上にピリピリとした雰囲気を感じていた。一応忠告はしたが、天道なら大丈夫だよな、とも思ってしまう加賀美であった。なんかコイツならなんとかしてしまいそうだし。

 椅子の背もたれに背中を預け、加賀美はでかいため息をつく。ZECTに入ってから —— というか天道と出会ってから —— 似たような事は色々とあったが、今回もまた、色々と厄介なことになりそうだ。

 その時だった。コンコンと、近くの窓を軽く小突くような音が聞こえてきた。まるで誰かを呼びにきたかのようだ。天道が窓に目をやると、窓の向こう側には、手のひらサイズのカブトムシ型のメカ —— カブトゼクターが浮遊していた。それを見て天道は察する。

 —— ワーム出現だ。

 

「今日は次から次へと……人気者は辛いな」

 

 鯖味噌を完食した天道は、代金をカウンターに置き、店の外に停めてあったバイクに跨り、颯爽と走り出す。加賀美も、店主に一言声をかけてから、慌ててその後を追うのだった。

 


 

 人が少ない公園にやってきた、二人の瞬。

 彼らだけでなく、ヒビキもネプテューヌも緊張している。なんせ、なんでこんなことになっているのか、全然分からないのだ。果たしてこれをどう収拾すればいいというのだろうか。

 二人の瞬は、互いに視線を一度たりとも外すことなく睨み合う。ピリピリとした、緊張感あふれる雰囲気が周囲を取り巻いていた。

 

「で、策って?」

「簡単だよ……あまり乗り気じゃないけど!」

 

 ヒビキの疑問に、瞬は半ばヤケクソ気味にそう答えると、クロスドライバーを取り出して装着する。

 

「変身……っ!」

《CROSS OVER!思いを、力を、全てを繋げ!仮面ライダーアクロス!》

 

 2人の瞬のうち、一方がアクロスに変身した。フィフティは、あまり不容易に変身するなと言っていたが、混乱した瞬の頭では、これくらいしか咄嗟に思いつかなかったのだ。さて、これで証明になれば良いのだが。

 

「これで満足か?」

「そんなの証拠になるか!俺から盗んだんじゃ無いのか⁉︎ 」

 

 もう一人の瞬は、痛いところをついてきた。確かに、そう言われてしまえば、瞬にはそれが事実無根であることを周りに証明することは困難。いわゆる悪魔の証明である。

 そもそも、アクロスに変身したからといって、だからどうしたというのだ。変身したはいいが、その後のことを考えついていない。つまるところ、無駄だった。

 

「どーすんだよもう……これじゃ俺、無駄に変身しただけじゃん……」

「殴ればいいんじゃないかな」

「いやでも自分で自分の顔を殴るのは気がひけるというか」

「いや何してんの。何やりたかったの。意味わかんないっての」

 

 その場にしゃがみ込んで項垂れるアクロス。もう一人の瞬も、思わずツッコミを入れてしまう。

 そこに、

 

「何ですかコレ……」

「灰司⁉︎ 」

 

 先程別れたはずの灰司が通りかかった。彼もこの光景を見て、目を丸くしてしまっている。困り果てたアクロスは、解決できる出来ない関係なしに、兎に角この場に現れた新たな第三者に泣きついた。

 

「俺の偽者が出たんだよ!どうにかならないのかよ⁉︎ 」

「偽者か……チッ」

 

 事情を知った灰司は、思わず舌打ちをしてしまった。

 

(ターゲット追跡中だというのに、面倒事起こしやがって……)

 

 そう、彼はまだ転生者狩りの任務中。アクロスなんかに構ってる余裕は無いのだ。だがアクロスはというと、なんか割と本気で困っている様子。ここで放っておけば、アクロスとの関係に亀裂が入り、監視任務に支障をきたしかねない。それに灰司は“偽者”の正体に、ある程度の目処が立っていた。それが本当なら、尚更看過出来ない。

 結局、灰司に逃げ道はなかった。不機嫌そうに低く唸りながら、灰司は両者の間に割って入ってゆく。

 

「偽者……擬態……可能性としては充分だが……」

 

 ぶつぶつとそう呟きながら、瞬の前に立つ。

 

「えっと……まさか俺が偽者だとか言わないよな?」

「……」

「え、なんで黙ってるの」

 

 不安からか、あからさまに取り乱しだす瞬。灰司は瞬の目の前で、腕を組んで考えこんでいるが、それが余計に皆を不安に誘う。見ているだけで、春の真昼間のはずなのに、妙な寒気を感じてしまう。

 

「あのー?話聞いてま

 

 その瞬間。

 瞬の鼻頭に灰司の拳が思いっきり突き刺さった。

 

 

 

 弧を描きながら吹っ飛ぶもう一人の自分の姿を、アクロスは何とも言えない表情で見ていた。

 そして数秒遅れて。

 

「はにゃああああああああああああああああっ⁉︎ 」

「結局殴ったああああああああっ⁉︎ 」

(残念だが、ワームの擬態を見破る手段は無え。なら実力行使が確実だろ)

 

 あんだけ勿体ぶっときながら結局力づくという、拍子抜け極まりない結果に、幼女2人が思わず大声で突っ込むが、仕方がなかった。灰司には他に打つ手が無かったのだ。

 ワームは人間の姿形だけでなく、記憶も完璧にコピーしてしまう。故に他人が見分けることは不可能。だから、こればかりは実力行使した方が手っ取り早いのだ。力ずくでどうにかするしか無いという時点で、人間側には不利な2択なのだ。

 

「さてと、結果は……」

 

 灰司は冷ややかな目つきで、殴り飛ばされた方の瞬を見下す。

 

「何故、分かった?」

「偶々だよ。ただ、変身してる方より生身の方が殴りやすかったから殴っただけさ」

「お前酷えな」

「くそっ……!」

 

 殴り飛ばされた方の瞬は、腫れた頬をさすりながら悪態をつく。すると、その姿は蜃気楼の様に揺らいでゆき、鈴虫の怪人のような姿 —— ワームへと変化していく。

 

「うわあっ⁉︎ 気持ち悪ぅ⁉︎ 」

「うげぇ……」

「うわあああああっ⁉︎ 」

「とりあえず助かった!灰司は下がってろ、あとは俺がやるから!」

 

 こうなれば後は単純、倒すだけの事。皆を下がらせ、アクロスはワームに向かって突っ走る。ワームの両腕をがっしりと掴み、皆のいる位置から引き離してゆく。

 それを横目に灰司はヒビキ達を避難させると、中断させられていた転生者の追跡を再開すべくスマホを取り出す。その画面には標的の位置情報が示されている。どうやらまだ動いてはいないらしい。それを知って思わず頬があがる。

 

「すみません、僕は用事があるので!では!」

 

 とりあえず断りだけ入れておきながら、この場を立ち去る。後は灰司がいなくともなんとかなるだろう。この言葉が果たしてアクロスに届いているのかは曖昧だが。

 ワームの方は、体表面に瞬の姿をうっすらと投影しながら、アクロスに訴えかける。

 

「貴様もZECTの一味か⁉︎ 一体なんなんだ貴様は⁉︎ 」

「こっちが訊きてーよ偽者野朗!俺に化けて何が目的なんだ⁉︎ 」

「話す義理は……ないっ!」

 

 だが悲しいかな、互いに話が通じるはずもなく。逆ギレ気味にワームはそう吐きすてると、羽を震わせて衝撃波を生成し、それをアクロスに向かって解き放った。

 

「くっ!」

 

 至近距離で衝撃波を喰らい、地面にひっくり返るアクロス。そこにすかさず、ワームの鋭い爪が飛び込んでくる。アクロスはそれを横に転がって避けつつ立ち上がると、ワームに体当たりを仕掛ける。

 

「はああっ!」

 

 お互いに揉み合うように、ごろごろと地面を転がってゆく。ワームは唸りながらアクロスを蹴り飛ばそうとするが、それよりも早く、アクロスの脚が動く。アクロスに腹を強く蹴飛ばされたワームは、公園端の花壇に頭から突っ込んだ。

 

「uuuuuuuuuuuuuuuu……」

 

 低い唸り声をあげながら、身体についた花びらや土を振り払い、ワームは起き上がる。

 

「まだやるか……⁉︎ 」

 

 アクロスもそれに応じて身構える。

 が、次の瞬間。

 

 

 アクロスの視界には、一面の青空が広がっていた。

 

(え?)

 

 疑問の声が口から出るよりも先に、背中に衝撃が走り、アクロスの身体が前方に吹っ飛ばされる。続いて腹、続いて肩、続いて膝 —— 次々と、まるで見えない何かに殴る蹴るの暴行を受けているかのような衝撃が、連続して襲い掛かった。

 体感時間にして数秒の間にボコボコにされたアクロスは、近くの鉄棒に衝突する。その姿は、まるで干された布団のようだった。

 

「何が起きた……⁉︎ 」

 

 何が起きたか理解出来ていないまま振り返ると、いつのまにかワームがアクロスの目前に迫ってきていた。

 

「fyuuuuuuuuuuuuuuuuuっ!」

「ぶはあっ⁉︎ 」

 

 ワームの放った衝撃波で、身体を預けていた鉄棒ごと吹っ飛ばされるアクロス。公園のフェンスを突き破り、根本から折れた鉄棒の残骸ごと、アクロスは車道に放り出される。

 

「こんにゃろ!」

「Guっ!」

 

 アクロスは受け身をとって即座に体勢を整えると、飛びかかってきたワームの脳天に拳を叩き落とす。鈍い音を立てて地面にぶっ倒れたワームは、悔しそうな呻き声を上げる。

 とりあえず、先程の奇妙な攻撃をもう一度喰らう前に勝負をつけるしかない。今のアクロスには、アレに対抗する術が無いのだから。起き上がろうとするワームを蹴り倒しながら、アクロスはドライバーを操作して必殺技を発動させる。

 

《CROSS BLAKE》

 

 アクロスは高く跳び上がり、空中で右足を突き出したキックの体勢をとると、ワーム目掛けて一直線に急降下する。アクロスの右足にオレンジ色の光が集まってゆくのが見える。この一撃で決める。そう意気込みながら、アクロスは雄叫びをあげる。

 

「はああああああああああああああああああああっ‼︎ 」

 

 ワームとアクロスの足が触れるその瞬間、爆発が起き、周囲を煙が包み込む。それは離れた位置にいたヒビキとネプテューヌにも届き、彼女達の視界をも灰色に埋め尽くす。

 アクロスは、地面を強く踏み締めていた。技は確かに発動した。しかし、手ごたえがない。何かにあたった感触が皆無だった。煙を振り払いながら、あたりを見渡す。すると、フェンスを挟んで向こう側、公園の敷地のど真ん中にワームの姿が見えた。避けられたのだ。

 

「fufufufufufufufufufu……」

 

 ワームはキックを外したアクロスを嘲笑うかのような素振りを見せると、背中の羽根を羽ばたかせ始める。飛んで逃げるつもりなのだ。

 

「待てっ!」

 

 アクロスがそう叫ぶと同時に、ワームの足が地面から離れ始める。

 コイツを放置するのはまずい。擬態能力をもっているようだが、そんな奴を一度逃してしまえば打つ手なしなのは、古今東西のフィクションでもお決まりの展開だ。オリジオンとは違うが、それでもやるしかない。

 ヒビキ達を置いていく事になるのが不安だが、背に腹は変えられない。アクロスは、此方を見下ろしながら飛んで逃げるワームの後を追い、走り出した。

 


 

 その様子を物陰から見ていた者がひとり。

 

「あのライダーは一体なんだ……?」

 

 仮面ライダーザビー・影山瞬である。昨夜オリジオンにコテンパンにされたせいで、頭に包帯を巻いていたり頬にガーゼが貼られていたりと酷い有様だったが、それでも彼は任務にあたっていた。

 ワーム発見の連絡を受けて現場に一番乗りしたかと思えば、ZECTが関与していないライダーの発見。これまでも散々ZECTに従わないライダー達に手を焼いてきたが、今回は全くの別。あれはZECTが作ったライダーですらない。そんなものがワームと戦っているとなると、流石に本人に問いただす必要がありそうだ。

 

「お前に恨みはないが、怪しい奴が調べられるのは当然のことだ。多少強引な手になるが、な」

 

 影山はワームを追うアクロスの後ろ姿を見つめながら、自身の部下達にアクロスを追跡するように命令するのだった。

 


 

 都内某所。陸橋の上を、1人の男が歩いていた。

 ハンチング帽を被った長髪の男。手には大きなギターケースが一つ。彼の名は風間大介。女性に人気のカリスマ美容師にして、ZECT製のマスクドライダーシステムの適合者の1人である。だが、兎に角自由人な彼は、あまりその事を深く気にしてはいない。今日も、自分の腕を求める女性の元へと歩いていた。

 が、そんな彼の目の前に、一つの人影が立ちはだかる。

 

「……風間大介だな」

「すまない、急いでいるんだ」

「仮面ライダードレイク……貴様も俺の踏み台になれ。太陽へ至る為の……な」

「お前、ZECTの関係者か?」

 

 風間は、男の話を聞いて険しい表情になる。コイツは風間がライダーである事を知っている。ということは、ワームかZECTの関係者の可能性が高い。色々あってZECTにあまりいい印象を抱けていない風間は、思わず警戒体勢をとる。

 

「話すことはない。話しても理解はできない。なぜなら、俺は太陽だからだ。全てを遍く焦がす者だ……!」

《KAKUSEI KABUTO》

 

 男の全身にジッパーが浮かび上がり、それが一斉に開いてゆく。そして、まるで被っていた人間の皮を脱ぎ捨てるように、その姿が変化してゆく。中から現れたのは、先日ザビーを襲撃した、カブト似の怪物だった。

 

「向かい風、か……」

 

 風間は商売道具の入ったギターケースをその場に置くと、懐から棒状の物体を取り出す。すると、どこからともなく、トンボ型のガジェット —— ドレイクゼクターが風間の元に飛来し、彼の頭上を旋回し始める。

 そして、飛来してきたドレイクゼクターは、風間の持つ棒状の機械の先端に、まるで本物のトンボのように停まる。そのシルエットは、まるで銃のようだった。

 

「変身!」

《HENSHIN》

 

 風間がそう言うと、ゼクターを持つ右腕を起点に装甲が形成されてゆく。風間 —— 仮面ライダードレイクは、変身し終えるなりゼクターの引き金を引く。光弾がドレイクゼクターの口吻部分から発射され、怪物の身体に直撃する。しかし、あまり効いていないように見える。

 怪物の方は、飛んできた光弾を腕で防ぎながら、ドレイクに一直線に突っ込んできた。

 

「ふんっ!」

「っ!」

 

 振り回された怪物の腕を、ドレイクはマスクドフォームの厚い腕装甲で防ぐと、今度はドレイクゼクターの銃口を怪物の身体に密着させた状態で引き金を引く。ゼロ距離ならまた違った結果になるかもしれない。そう思いながら、ドレイクは引き金を引く。

 バババババッ‼︎ と銃撃音と火花が連続して発生する。しかしそれでも怪物は怯まない。もう片方の腕が、ドレイクの側頭部に勢いよく叩きつけられ、ドレイクは陸橋の手すりに身体を打ちつけられる。

 

「あまり乗り気じゃ無いが……ただでやられる訳にはいかないな」

 

 ドレイクは元来戦うのはあまり好きでは無い性なのだが、相手は一筋縄ではいかなさそうだ。それに、いきなり戦いを挑んでくるような奴は総じてマトモじゃない。どうあがいても戦う以外に道は無い。

 ドレイクは、避けられない戦いに憂鬱になりながら、ゼクターの尾の先端のグリップを引っ張る。

 

「キャストオフ」

《CAST OFF》

 

 すると、ドレイクの装甲がパージされ、猛スピードで周囲に拡散していった。厚い装甲の下から、トンボのシルエットを模したようなデザインの頭部、翅を思わせるような形状の肩アーマー等が顕になる。仮面ライダードレイク・ライダーフォームてある。

 怪物は、飛んできたマスクドフォームの装甲を避けながら、ライダーフォームになったドレイクを見てほくそ笑む。まるで、それを望んでいたかのように。

 

「そうこなくちゃ面白くない。ザビーは雑魚だったからな。せいぜい足掻けよ?お前が足掻けば足掻くほど、それを打ち破った俺はヤツに近づけるんだ」

「ヤツだと……?」

「ああ。お前はその為の通過点……踏み台になれ」

 

 怪物はそうのたまうと、再びドレイクに向かって突っ込んできた。ドレイクはそれをひらりと躱すと、すれ違いざまに怪物の背中に肘鉄を入れる。そして、間髪入れずドレイクゼクターによる射撃も撃ち込む。

 すると、怪物はぐるんと大きく身体を回転させ、回し蹴りを放ってきた。ドレイクは後方に飛んで躱すが、怪物の回し蹴りが当たった陸橋の手すりは粉々に砕け散ってしまう。装甲の薄くなったライダーフォームで、コイツの攻撃を受けるのはあまり良くはなさそうだ。

 

「ならば……クロックアップ!」

《CLOCK UP》

 

 ドレイクは、腰のベルトについていたスイッチをスライドする。すると、ドレイク以外の全てがまるで止まったかのように遅くなる。クロックアップしたのだ。

 

「甘い。クロックアップ」

 

 が、それで済むわけもなく。

 怪物も負けじとクロックアップをして対抗してきた。ワームでもライダーでも無い存在が、クロックアップをして来たという事実に、ドレイクは驚きを隠せない。

 

「驚く事じゃ無いだろう。()()()()()()()()。クロックアップくらい出来て当然だろう?」

「カブトだと……?」

「おっとお喋りはここまでだ。続きといこうぜ?」

 

 怪物 —— カブトオリジオンは、早々に会話を切り上げると、ファイティングポーズをとる。会話の糸口は無し。むしろ戦う事を要求されている。ならば、どうしてもやるしかないのだ。

 通常とは異なる時間の流れの中、両者は三度衝突する。

 先手はカブトオリジオン。地面を勢いよく蹴り、瞬く間にドレイクの懐に潜り込み、腹部に強烈な一撃を加える。ドレイクの身体がくの字に折れ曲がるが、ただでやられるような彼ではない。がしりと、殴るために突き出したカブトオリジオンの腕をホールドし、そのまま思い切り捻りあげる。

 骨を折る気マンマンの行動だが、そうはいかない。カブトオリジオンはドレイクの手を振り払うと、左肩を突き出してゼロ距離でタックルを仕掛け、ドレイクを退かせる。

 

「ハッハァッ!」

「うぐっ⁉︎ 」

 

 鳩尾目掛けてハイキックを繰り出しも、ドレイクはそれを腕でガードする。そして、ドレイクはカブトオリジオンの顔面にドレイクゼクターの銃口を突きつけ、再びゼロ距離で銃撃を浴びせる。流石に今度は効いたのか、カブトオリジオンの身体が若干蹌踉めく。

 しかし、向こうはまだピンピンしている。すぐに体勢を整えると、カブトオリジオンは目にも留まらぬ速さで地を蹴り、跳び膝蹴りをかましてきた。

 

「くっ‼︎」

 

 猛スピードで迫り来る膝に対し、ドレイクは前方へと跳躍する。

 

(何をする気だ⁉︎ )

 

 わざわざ当たりに来たのか、とは思わなかった。ドレイクは、跳び膝蹴りの為に突き出されたカブトオリジオンの太腿に足を置き、さらにそれを踏み台にして高く跳び上がった。そして、カブトオリジオンの頭上を取った彼は、水平に広げていたドレイクゼクターの羽根を畳み、それを後ろに倒し、尾の部分についていたコックを引っ張る。

 

「ライダーシューティング!」

《RIDER SHOOTING》

 

 その音声と共に引き金を引く。すると、銃口からサッカーボール大の光弾が、カブトオリジオンの脳天目掛けて発射される。真上からの一撃。カブトオリジオンは咄嗟に見上げる。

 しかし、それは間に合わず。直後、カブトオリジオンの脳天に光弾が着弾し、彼を起点に赤い爆炎が巻き起こった。

 

《CLOCK OVER》

「とんでもないヤツだったな……」

 

 クロックアップを解除したドレイクは、息を切らしながら爆炎を見つめる。いきなり襲いかかってきたから否応なしに応戦したが、かなりの難敵だったのは間違いない。ともあれ、降り掛かってきた火の粉を払えたらのだから良しとしよう。ドレイクは踵を返し、その場を立ち去ろうとする。

 が。

 

 

 

 

 

「残念……だったな」

 

 

 

 その声を聞いて、ドレイクは戦慄する。彼の背後で、ゆらりと、爆炎の中から立ち上がる一つの影。

 カブトオリジオンは、まだ死んでいなかった。

 

「な……⁉︎ 」

「ライダーキック!」

 

 ドレイクが振り返るよりも早く、カブトオリジオンの回し蹴りがドレイクの胴体を横に切り裂くように直撃した。物体を原子崩壊に導くタキオン粒子を纏った蹴りが、ドレイクを一撃で変身解除に導く。

 変身を解かされた風間大介は、口から血を垂らしながら陸橋の手すりに倒れかかる。握っていたグリップが手から溢れ落ち、ドレイクゼクターは空の彼方へと飛び去ってゆく。

 

「ぐ……うう……」

「大したことないな」

「何故、生きている……」

「単純な事だ。俺が強かったから死ななかったんだ」

 

 あっけらかんとした態度で答えるカブトオリジオン。その時にはすでに、風間の意識は薄れ始めていた。カブトオリジオンは、変身を解いて陸橋の下を見下ろす。パーカーのフードを深く被っているため、その顔はよく見えない。

 

「これで2人目か。さあ、次は……」

 

 そう呟いた瞬間、陸橋の下を2台のバイクが通過した。それを見て、カブトオリジオンの変身者の頰がつりあがる。あのバイクには見覚えがある。前世から知っている。

 

「カブト……ガタック……丁度いい、リハーサルと洒落込むか」

 

 2人のライダーを発見したオリジオン。まだ倒すべきライダーは残ってはいるが、今の実力を試すいい機会だ。彼は、打ち破った風間には目もくれず、陸橋の手すりを乗り越え、下の道路へと飛び降りていった。

 


 

 一方、逃亡したワームを追って、人と人がギリギリすれ違えそうかという程狭い路地を走るアクロス。

 擬態能力を持った奴を逃したら間違いなく厄介なことになる。それは分かっているが、空飛ぶ敵を追跡するのは至難の業だ。ネプテューヌライドアーツを使えば空は飛べるが、あれは翼を大きく広げなければ飛べず、この狭い路地では翼を満足にひらけないし、とてもじゃないがバイクも使えない。つまり、アクロスが追いつける絶望的だった。

 

「Hahaッ‼︎ 」

 

 頭上からワームが嘲笑うかの様な鳴き声をあげながら、衝撃波を放ってくる。狭い路地にいるアクロスはそれを避けることもままならず、モロに食らってしまい、ひっくり返り、近くに設置されていたエアコンの室外機頭を強打する。

 頭を押さえながら起き上がるアクロスだったが、その時には既にワームはいなくなっていた。

 

「くそっ!思い切り舐めやがって!」

 

 仕方なしに変身を解きながら、瞬は路地を抜け出す。するとそこは、学校の近くだった。先程いた公園よりも、家から遠い位置だ。無我夢中でワームを追っていたらかなり離れたところまで来てしまったようだ。置いてきたヒビキ達が心配になり、瞬は引き返そうとする。

 そこに、

 

「おいアンタ、さっきの……」

「あ」

 

 先程別れた筈の古城達と遭遇した。

 

「さっきの兄弟喧嘩……か?あれは丸く収まったか?」

「いや俺に男兄弟なんていねーよ……ったく、人間に擬態する怪人とか、この間も似たような奴と戦ったってのによ……」

「擬態?戦った?」

「いやなんでもない。とりあえず、あれは兄弟でもなんでもないから。すまなかったな、巻き込んでしまって」

「あ、はい」

 

 思わず初対面の人に対して愚痴ってしまい、慌てて誤魔化す瞬。あんなもの、無闇矢鱈に赤の他人に説明すべきではないだろうし。

 

「とりあえず大丈夫だから。ごめん、巻き込んでしまって」

「なにも頭下げなくても……大丈夫大丈夫。へーきだから」

 

 とりあえず、変なことに巻き込んでしまったことは謝らねばと思い、瞬は頭を下げる。凪沙は謝罪など必要ないと言うが、瞬としては、少なからず迷惑をかけてしまったのだから、謝らなければならない。

 

「……?」

 

 瞬は頭を上げるが、なにかが引っ掛かっていた。

 

(この子……なんか見覚えあるんだよな……)

 

 そう。凪沙の顔を見た時から、彼女の顔に見覚えがあるような気がして仕方がないのだ。思い出そうとしてもなかなか思い出せない。

 

「なんだよ、人の妹の顔をまじまじと見て……」

「古城くんやめなよー。なんか見苦しいよ?」

「いや、どっかで会ったような気がしたんだけど……気のせいかな?」

「おいお前、ナンパにしてもそれは稚拙すぎやしねーか?」

 

 凪沙の顔を見ながら必死に思い出そうと苦悩する瞬だが、その姿は完全に不審人物そのもの。故に先程から古城に警戒されまくっている。側から見れば謝罪した直後にこれなのだから、そりゃあそんな態度にならざるを得ないだろう。

 ポケットに手を突っ込み、中でライドアーツをカチャカチャと触りながら考えている内に、瞬は思い出した。

 

(あ、もしかしてあの時の?)

 

 そう。一ヶ月前、瞬はネプテューヌと出会う直前に、凪沙と会っている。転生者に襲われる直前の場面で偶然やってきて、結果的に彼女を守った。あの時は直後にガングニールオリジオンが襲いかかって来たので、色々と有耶無耶になってしまったのだが、どうやらあれから無事だったようだ。

 

「大丈夫……みたいだ。よかった」

「えっと、何ですか?」

「ああ、こっちの話。なんでもないから、ほんとに」

 

 なんだか知らないうちに納得して、こちらを見て安堵の表情になる瞬に、戸惑いを隠せない凪沙。そりゃそうだ。

 

「怪しいな……凪沙、こいつ知り合いか?」

「ううん、知らないよ?」

 

 瞬が助けに入った時は凪沙は意識を失っていたため、当然ながら凪沙側からすれば面識はない。それが余計に古城と雪菜の瞬に対する不信感を募らせてゆく。こうなってしまえばきっと何やっても怪しまれる。瞬は完全にドツボにはまっていた。

 

「うーん……」

「怪しいですね……」

 

 なんとか記憶の違和感は払拭できたが、これまでの言動のせいで完全に不審者扱いされてしまっている。古城と雪菜からの警戒心バリバリの視線が痛々しく感じてくる。こりゃたまらん、さっさと立ち去った方が無難だと思い、瞬は足早にその場を立ち去ろうとする。

 

「じゃあ俺はこれで —— 」

「おーうせくーん、みーつけたっ!」

「⁉︎ 」

 

 その時だった。瞬が自分の通ってきた路地の方を振り返った直後、ねっとりとした不快な声が耳に入ってきた。路地の奥の方に目をやると、そこにはライダースーツの上から汚れた白衣を着たバルジがいた。

 

「俺ってやっぱりツイてるよなぁ!ちょいと新兵器の試運転したいなーって思ってたらよぉ、的の方からやってくるとか、ホント最高だよな!」

「ギフトメイカー……何しに来たんだ⁉︎ 」

「お前個人には恨みはないが……運が悪かったな。そこの原作キャラ(ザコ)共々コイツらの餌になってくんねーかな?」

 

 バルジはニタニタ笑いながらそう言うと、パチンと指を鳴らす。すると、上半身が炎に包まれた怪人と、朽ちた包帯を全身に巻いた怪人が、バルジの背後から瞬目掛けて飛び掛かってきた。

 

「やれ、イノケンティウス、タイアード。さあ、貴様は新要素まで辿り着けるかな?」

「ブゥウウウウウウッ!」

「ギイイイイイイイイイッ‼︎ 」

「っ!」

 

 対話もへったくれもなかった。顔を見せたと思ったら数秒で殺しにかかってきた。襲い掛かってくるからにはやるしかないと、瞬はクロスドライバーを取り出そうとするが、

 

「危ないっ!」

「うおっ‼︎ 」

 

 雪菜が咄嗟に瞬を抱え、飛び掛かってきたオリジオン達を回避する。ズサアッ!と身体が地面に擦れる音を立てて、2人は地面に突っ伏した状態になる。

 そして、雪菜と瞬を守るかのように、古城が2人とオリジオン達の間に立ちはだかる。

 

「プッ!」

 

 燃え盛る怪人 —— イノケンティウスオリジオンが、唾でも吐きかけるかのように、小さな火の粉を口から吐き出した。ほっといてもすぐに消えてしまいそうなほど小さなその火は、古城の手前の地面に落下し —— 大きな火柱を生み出した。

 

「うわぁっ⁉︎ 」

「きゃあっ‼︎ 」

 

 火柱と共に巻き起こった熱風が、暁兄妹の身体を吹き飛ばす。古城の身体は瞬の後方まで吹っ飛んでゆき、凪沙の身体は近くの街路樹に打ちつけられ、彼女の意識は瞬く間にブラックアウトする。

 古城は身体を起こしながら、オリジオン達を見据える。古城には見覚えがある。先月、彼はオリジオンと戦った。あれは何故だか知らないが、矢鱈と古城を目の敵にしており、その必死さに古城は異様なものを感じずにはいられなかった。今目の前にいるオリジオン達も、同じだった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そんな感覚だった。

 

「早く逃げろ!そいつらは危ない!」

「いえ、貴方こそ逃げるべきです。事情は存じませんが、貴方を狙った攻撃なのでしょう?ならば逃げてください。ここは私達がなんとかしますので」

 

 雪菜はそう言うと、即座に立ち上がって持っていたギターケースを開け、その中身を取り出す。中にあったのは、楽器ではなく一振りの槍だった。冷たく輝く銀色の槍。それはおおよそ、中学生の女の子が持つようなものではない。そんなものをさも当然のように取り出している彼女は、一体何者なんだろうか。

 瞬はそんな事を考えながら、よろよろと立ち上がる。兎に角、赤の他人である古城達を巻き込むわけにはいかない。狙いは自分なのだ。なら瞬が立ち向かえば済む話だ。それで周りへの被害が収まるなら万々歳だ。が、それを遮るように古城が声をかける。

 

「妹を —— 凪沙を連れて逃げてくれ。事態はよくわからないが、あいつらがまともじゃないってのは十分わかった。そしてお前が標的らしいってのもな。なら選択肢なんかないに等しいだろ……お前が逃げるんだよ」

「おいまて、お前ら本気であいつらと戦うってのかよ⁉ 」

 

 当然ながら瞬は反発する。瞬は古城が第四真祖であることを知らないし、古城は瞬が仮面ライダーであることを知らない。お互いに戦いに巻き込ませまいと相手を逃がそうとする、善意からなる言動なのだが、それ故に主張が平行線に陥ってしまう。

 

「ごちゃごちゃ言ってる場合じゃ ― 」

 

 古城の台詞が途切れる。イノケンティウスオリジオンが炎でできた剣を投擲してきたのだ。炎の剣は古城と瞬の間を突っ切り、はるか後方の郵便ポストに突き刺さり、ポストを燃え上がらせる。

 確かに、ここで四の五の言っている余裕はない。瞬は、気絶した凪沙の方を見る。人命と怪人討伐。どちらが大事かなんて考えるまでもない。

 

「……任せていいんだな⁉︎ 」

「ああ。こう見えてこういう類のいざこざには慣れててな、妹を巻き込みたくはないんだ。だから凪沙と一緒に安全圏まで逃げてくれるとやりやすい。結構派手にやるからな」

 

 瞬としては、見ず知らずの他人にオリジオンとの戦いを任せるのは気がひけるが、戦えない人を逃すことが優先されるべきだということもわかっている。隣で倒れている凪沙を背負い、瞬はこの場から離脱する。古城達がこの場を切り抜けることが可能かどうかは瞬にはわからないが、とりあえず今はこうするのが最善のように思える。ここで瞬が戦いに加勢したら、気絶している凪沙を誰が守るというのだ。

 

「くれぐれもうちの凪沙に変な気起こすんじゃねーぞ」

「先輩は凪沙ちゃんのことになるとほんと口煩くなりますね……」

「いくらなんでもほぼ面識のない女子中学生相手にそんな真似しねーよ……」

 

 

 最後まで若干とげとげしい会話を終え、瞬は凪沙を背負ってこの場から立ち去る。非戦闘員(瞬については古城達が勝手にそう判断しているだけだが)がいなくなったことで、これでようやく戦いになりそうだ。なんせ古城の眷獣はどいつもこいつも馬鹿みたいな破壊力の持ち主故に、周りへの被害が尋常じゃないのだ。

 

(大丈夫……なんだよな、あいつら)

 

 古城は、凪沙とともに逃げた瞬のことを一瞬考える。瞬の先ほどまでの言動もあってか、古城は瞬のことを信用できていない。しかし、だからといって瞬がオリジオンに襲われるのを静観するのも、妹を戦いに巻き込むのもお断りだ。

 

「おいおい、お前らは関係ないだろ。邪魔の極みなんだけどよぉー」

「いきなり襲い掛かってきといてそりゃねえよ。何者だ?」

「俺はギフトメイカーのバルジ。よろしくう……つーか俺が悪いの?俺のせいじゃないし。近くにいたお前らが悪いんだし」

「何が目的なんですか?さっきの人とはどういう関係で?」

「だーかーらーぁ!部外者がごちゃごちゃうるせーんだよ!なんでお前らみたいなカスの一から十まで説明しなきゃならねーんだ⁉ 俺はお前らの親でも先公でもねーんだよ!とっとと実験兵器の錆にでもなんでもなっちまいやがれ!」

 

 バルジは、本当はアクロス相手に試したかったようなのだが、古城達の強情っぷりに折れたのか、古城達で妥協することにしたようだ。やけくそ気味に、2体のオリジオン達に顎で指図し、古城達に襲い掛からせる。

 

「来ます!」

「わかってる!」

 

 今日はもう厄介ごとから解放されたんだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。どうあがいても、事件に巻き込まれる星のもとに生きているのかもしれない。

 古城と雪菜は、一か月ぶりとなるオリジオンとの戦いに身を投じることとなった。

 


 

 ビルの隙間を縫うように、2台のバイクが疾走する。

 加賀美と天道、2人の男が戦場へと向かっていた。

 

「ワームはこの先だ!」

 

 他に車も歩行者も居ない道を、バイクで猛スピードで駆け抜けようと、加賀美は更にバイクを加速させる。

 その時、突然加賀美の目の前に人影が出現する。フードを目深く被った男が、何の前触れもなく2台のバイクの目の前に現れた。辺りには人っ子一人居なかったはずなのに、だ。

 

「うわぁっ‼︎ 」

 

 加賀美は慌ててブレーキをかける。バイクは男の直前でギリギリ停止するが、人身事故が起きる寸前だったにも関わらず、男の方は微動だにもしない。

 

「お前 —— 」

「昨日の続きをしよう、ガタック」

「‼︎ 」

 

 加賀美の声を遮るように、男が話しかけてくる。その発言内容を聞いて、加賀美と天道は即座に男を警戒する。マスクドライダーシステムを知っているということは、間違いなく一般人ではない。

 男は、鼻で笑いながら加賀美のバイクを蹴飛ばす。すると、バイクは加賀美を乗せたまま宙を舞い、天道の後方の歩道橋の上へと打ち上げられてしまった。加賀美は途中でバイクから転落するも、受け身をとって華麗に着地し難を逃れる。

 

「まともな人間じゃないな、お前」

「何を今更。変身」

《KAKUSEI KABUTO》

 

 男はそう言うと、全身に力を込め、怪物 —— カブトオリジオンの姿へと変身する。

 

「お前は昨日の……!」

「昨日は邪魔が入ったが、今回はそうはいかない。3人目の踏み台はお前だ」

「3人目……すでに2人目を倒したという事か」

「そうとも。今回はリハーサルを兼ねるからな、容赦しないぞ」

 

 カブトオリジオンは歓喜で身体を震わせながら、天道達の方へと歩み寄ってくる。それに呼応するように、空の彼方から目にも止まらぬ速度で、2つの鉄の塊が飛来する。一つはガタックゼクター、もう一つは、赤いカブト虫型のガジェット —— カブトゼクター。

 加賀美はガタックゼクターを、天道はカブトゼクターをキャッチすると、あらかじめ腰に巻いていたライダーベルトにゼクターをセットする。

 

「変身っ!」

「変身!」

《HENSHIN》

《HENSHIN》

 

 すると、ベルトを起点に厚い重装甲が天道と加賀美に纏わりついてゆく。それが全身を覆い切ると、両者それぞれの複眼が光る。

 仮面ライダーガタックと、仮面ライダーカブト。

 その姿を見て、カブトオリジオンは目に見えて興奮する。

 

「さあ、腕試しといくか!カブトォ!」

 


 

 その頃、瞬は凪沙を背負って逃げていた。

 まさかほぼ初対面の女の子を背負って逃げる羽目になるとは思わなかった。果たして古城達は無事なのだろうか、やはり自分が言った方が良かったんじゃないだろうかと考えてしまうが、向こうは瞬が仮面ライダーである事なんて知る由もないし、凪沙の安全性を考えるとこれで良かったのだと瞬は思っていた。

 

「はぁっ……、はあ……」

 

 少なくともここまで来ればマシだろうと、瞬は凪沙を下ろしてその場に座り込む。女子中学生を背負って全力疾走したのだ。いくら戦いの中で身体が鍛えられつつあるといっても、これはキツイ。

 というか、押し付けられたはいいが、その後のことを何にも考えていなかった。凪沙はまだ起きない。果たして瞬は、ちゃんと凪沙を古城の元に帰してやれるのかだろうか。

 

「どーすんだよもう……いやまあ、この子のことも心配だけどさあ」

 

 近くのフェンスに手をつきながら、これからどうしたらいいのかを考えていた瞬。そこに、

 

「瞬⁉︎ どーしたの一体⁉︎ 」

「唯⁉︎ 」

 

 なんと、偶然にも唯と鉢合わせしてしまった。なんという幼馴染みパワー。しかしどうしてこんな時に限ってやたらと知り合いに出くわしてしまうのか。まるで物語の導入が下手糞なライトノベルみたいだ。

 

「いやあ、こうして会えるなんて……私達ってそれほど強固につながっているってコト?」

「なんかその言い方やだなあ……」

「で、背中にJC(女子中学生)背負って何してるの……?まさかとは思うけど誘拐とか……?」

「俺がそんな真似すると思ってんのか?」

 

 案の定、背中の凪沙のことを突っ込まれてしまった。確かにこれは誤魔化しようがない。戦いに巻き込ませまいと考えての行動だったのだが、内心後始末的なヤツはどうするんだと瞬は頭を抱えていた。

 とりあえず唯に事情を話す。唯がこのまま引き下がってくれる可能性は皆無だし、それなら問題を共有させて一緒に悩んだ方がいくらかましだ。

 

「かくかくしかじか」

「へえ……(適当)」

 

 今ので伝わったのか……と、唯の適当そうな相槌に不安を感じる瞬。

 

「とりあえず瞬、その子は私がおぶりますのでご安心を。てかヒビキちゃんたちほっぽりぱなしでしょ?一旦回収するなりなんなりしてあげたら?」

「助かる……ちょっと疲れてきたところだったんだ」

 

 唯の言葉で、瞬はヒビキとネプテューヌの存在を思い出す。すぐに戻ってこられると思ってあの場に置き去りにしてきたのだが、随分と厄介な状況に放り込まれてしまったみたいだ。あのまま放置しておくのはよくない気がするが、かといってすぐに帰れそうにない。一応彼女らもそこまで子供じゃないので、電話で先に帰っておくようにでも言っておくかとスマホを取り出し、ネプテューヌに連絡する。

 しかしいくら掛けねど応答はない。スマホゲームのし過ぎで充電切らしたりでもしてるのか?とため息をつきながら瞬は空を見上げる。先ほどまで綺麗な青空が広がっていたが、今は圧倒的曇天。今にも雨が降り出しそうな空模様だ。

 

「勝手にうろちょろしてなきゃいいけど……特にヒビキはすぐ人助けに走るから……」

「あはは……よっこらせっとととっ」

 

 瞬に代わって唯が凪沙を背負うが、立ち上がろうとした際に少しよろけて数歩後退する。

 

 

 

 そこに、ストンと。

 先ほどまで唯が経っていた場所に、ギラギラとおぞましく刃を光らせたサーベルが突き刺さっていた。

 

 

 

 思わず、二人の呼吸が止まる。

 予兆はなかった。ただ、一瞬のうちに、さも最初から当然のようにそこに存在していたかのように、一振りの剣がアスファルトに斜めに突き刺さっている。自分が知らないうちに、ほんのちょっとの偶然で死を回避していたという事実に気づいた唯は、みるみるうちに自らの血の気が引いていくのを感じた。

 サーベルを使う人物に、瞬は心当たりがある。なんせついこの数日前にも戦ったのだから。サーベルの突き刺さり方から飛来してきた方向を判断し、その方向を向いて瞬は叫ぶ。

 

「出て来いよ……レイラ……!」

 

 その声に呼応するように、閑静な団地内に乾いた靴音が響き渡る。瞬たちの前方には、美麗な軍服を身に纏った銀髪の少女の姿。

 ギフトメイカー・レイラ。三度(みたび)、瞬を殺すためにやってきたのだ。彼女は、ハイライトの存在しない瞳を向けながら、感情のまるで籠っていない冷たい声で出会た喜びを語る。

 

「会えてうれしいよ、アクロス」

「全然そうは見えないけどな……」

「早速死ね」

 

 それはあまりに唐突だった。会話の流れを意図的にぶち壊すように、レイラはどこからともなくサブマシンガンを取り出し、瞬めがけて弾丸を撃ち放った。瞬は咄嗟に横に跳んで回避する。弾丸は瞬の背後のフェンスを貫き、その向こう側にあった団地の駐輪場を瞬く間に鉄くずへと変えてしまう。粉砕された自転車の残骸やら駐輪場の天井のベニヤ板やらが周囲に散乱する。

 これはまずい。明らかにまずい。というか今日は何だというのだ。ギフトメイカーはアクロスなんぞ脅威とは思っていないとのたまっていた癖に、今日に限ってやたらと瞬に襲い掛かってくるのは。もとよりあんまり信じる気にはなれなかったが、やはりあの発言はただの戯言だったということなのか。

 兎に角、瞬がすべきことは決まっている。

 

「唯、その子を連れてここから離れろ!」

「大丈夫なの⁉ ねえ⁉ 」

「大丈夫に決まってんだろ。てめえの幼馴染みだろ、信じろよ」

 

 精一杯強がりながら、瞬は唯に凪沙を連れて逃げるように呼び掛ける。きっと向こうもこれが強がりだってことはわかっている。今の瞬ができることは、二人を戦火から逃がすことと、この強がりを現実に変えることのみ。

 

「じゃあ信じる!勝手に事件に巻き込まれて勝手にお陀仏とか許さないからね!」

「死ぬ気も死なせる気もさらさらねえよ!」

 

 レイラのサブマシンガンから放たれる横殴りの銃弾の雨を必死に避けながら、唯と約束をかわす。唯はいまだ目覚めない凪沙を背負い、レイラに単身立ち向かう瞬を横目にその場から逃げ去る。その後ろ姿をちらりと見た後、瞬はアクロスに変身すべくクロスドライバーを取り出そうとする。

 しかし、レイラはそれを許さない。弾倉が尽きたサブマシンガンを放り出し、また新たなサブマシンガンをその手に持つ。そして、それを瞬めがけてぶっ放す。瞬はクロスドライバーと取り出す暇もなく、弾丸の雨に降られないように回避を余儀なくされる。これでは変身はおろかドライバーを取り出す余裕すらありはしない。

 

「くそ……武器の貯蔵は十二分ってか!いつまでこんな理不尽な鬼ごっこを続ければいいんだよ⁉ 」

「無限にだ。私の武装に際限はない。なんせいくらでも生み出せるのだからな」

「物質創造!それがお前の転生特典か……!」

 

 武器を創造する。単純ながら厄介な能力だ。なんせそんな能力があれば、まず消耗戦が無意味と化す。武器の消耗という概念が一切ない。体力を度外視すればいくらでも戦えるのだから。銃が弾切れになったら新しく残段MAXの銃を生成すれば済むし、剣が折れれば新たな剣を生み出せばよい。

 だがそれ以上に、あらゆる武器を使いこなすレイラの戦闘技術が厄介なものとなっている。瞬は戦闘のプロというわけではないので断言はしかねるが、レイラは強い。瞬からすればまさにそれは鬼に金棒だった。

 しかしレイラは、瞬の発言を聞いて何か可笑しい所を感じたのか、弾丸の尽きたサブマシンガンを投げ捨てながら笑う。

 

「転生特典だと……?随分とおかしなことを言うな」

「え?」

「これは転生特典ではない。私の生まれ持った能力だ」

 

 てっきり瞬は、ギフトメイカーは全員転生者なのだと思っていた。しかし彼女は転生特典を持っていないという。瞬は転生者についてはまだ詳しくない為、それがどういうことかは分からない。

 だがレイラは、この程度の情報を漏らそうが別に構わないといった感じに、瞬の疑問を払拭するような発言を重ねる。

 

「そもそも私は転生者ではないからな。オリジオンとしての姿を期待していたようだが残念だったな。それともなんだ、よもや人間の姿をした相手じゃ戦いづらいとか言うんじゃないだろうな?」

 

 瞬は答えなかった。

 

「ああ答える必要は無いよ。今ここでお前は死ぬんだからな」

 

 拳銃を連射しながら、レイラはじりじりと瞬との距離を詰める。間一髪で瞬はそれを避けていくが、とうとう退路がなくなってしまう。T字路の突き当り、背後は高いフェンスをはさんで線路。横に逃げようにも、フェンスをよじ登ろうにも、その前に撃たれる。

 

「終わりだ、アクロス―!」

「―!」

 

 冗談じゃない。こんな幕引きがあってたまるか。こうなればイチかバチか、撃たれる覚悟で動くしかない。レイラの引き金にかけられた指と、瞬が動き出そうとする。

 その時だった。

 

《KAKUSEI KABUTO》

 

 すぐ近くで、そんな音がした。その音を聞いて、瞬もレイラも動きを止める。

 この禍々しい音声には聞き覚えがある。転生者がオリジオンに変身する時のものだ。これがしたということは、近くで誰かがオリジオンに変身したということ。瞬は頭を右に向ける。

 そこには、赤いカブトムシのような姿をした怪物と、それと相対する二人の男の姿があった。怪物の姿に瞬は見覚えがある。間違いない、昨日から瞬が追い続けていたオリジオン―カブトオリジオンの姿があった。

 

「お前は昨日の……!」

「昨日は邪魔が入ったが、今回はそうはいかない。3人目の踏み台はお前だ」

「3人目……すでに2人目を倒したという事か」

「そうとも。今回はリハーサルを兼ねるからな、容赦しないぞ」

 

 カブトオリジオンが、男たちに接近する。まずい、このままでは彼らが危ない。しかし、瞬はいまレイラに殺されようとしている。いったいどうして助けることができようか。焦燥にかられる瞬だったが、そこに、どこからか虫の羽音のようなものが聞こえてくる。空を見上げると、空を覆う雲の隙間から、何かが猛スピードで地上に向かって落ちてきているのが見えた。

 赤いカブトムシ型のガジェットと青いクワガタムシ型のガジェット。それは風を切る勢いで飛来し、レイラの手から拳銃を叩き落としつつ、男たちの掌へと収まってゆく。

 

「変身っ!」

「変身!」

《HENSHIN》

《HENSHIN》

 

 すると、ベルトを起点に厚い重装甲が二人の男に纏わりついてゆく。それが全身を覆い切ると、両者それぞれの複眼が光る。上半身は厚い装甲に覆われている一方、下半身は相対的に装甲が薄いように見え、黒地のアンダースーツが目立っており、どこかアンバランスなものを瞬は感じている。

 

(なんだ……あれ)

 

 あれもライダーなのか……?と疑問に思う瞬。しかし、その疑問を抱いている場合ではない。レイラの手元から武器が消えた今がチャンスだ。瞬はクロスドライバーとアクロスライドアーツを取り出し、即座にアクロスに変身する。

 

「変身!」

《CROSS OVER!仮面ライダーアクロス!》

 

 そのままレイラの頭上を飛び越えて、彼女の背後へと回り込む。

 レイラは、さんざん妨害していたアクロスの変身を予想外の存在に邪魔されたことで、あからさまに不機嫌になり、サーベルを両手に出現させて斬りかかろうとする。

 しかし、その直前、何の前触れもなくレイラの手からサーベルが零れ落ちた。攻撃に対して身構えていたアクロスは、来ると思っていた攻撃が来なくなったことに困惑を隠せないでいる。

 

「時間切れ……か……!」

 

 忌々しそうにつぶやくレイラの手は震えている。いや、手だけではない。彼女の身体はほとんど動かなくなっていた。手も足も、今の位置から前に出すことができない。まるで何かに止められているようだ。それでも彼女は、無理矢理身体を動かしてアクロスを殺そうとする。なぜなら、それが彼女の存在価値だからだ。

 しかし、彼女の身体は言うことを聞かない。どうすることもできなかった。レイラとしては大変不服だが、ここは撤退するしかない。レイラは、少し離れた位置で戦闘を始めたカブトオリジオンに呼び掛ける。 

 

「チッ……!とりあえずそこのお前、アクロスの始末を任せたぞ!」

「待て!」

 

 アクロスが駆け寄るよりも早く、レイラの足元にジッパーが出現し、それが開く。レイラの身体は、ジッパーが生み出した漆黒の穴の中へと沈んでゆく。逃げる気だ。しかしアクロスも黙って見ているわけにはいかない。アクロスもそのあとに続こうと、地面にできた漆黒の穴へと足をのばす。

 しかし、穴はアクロスを拒絶した。踏み出した足には、しっかりとした地面の感触が伝わってくる。穴が開いているはずなのに、落ちない。レイラは問題なく穴の中へと沈みこんでいるというのに、だ。

 

「覚えていろよアクロス……お前は必ず私が殺す……!」

 

 恨み言を吐きながら、レイラの全身が穴の中へと沈み切り、それと同時にジッパーが閉じて焼失する。その目は、最後までアクロスをにらんでいた。

 いったい何が起きたのかさっぱりわからないが、とりあえずレイラは去ったようだ。いきなり殺しに来といてそれを完遂することなく勝手に帰るとか何しに来たんだろうかと思いたくなる。なんだか拍子抜けした気分だ。

 

「いやいや!オリジオンがまだいるだろ!」

 

 そう。まだ戦いは終わってはいない。近くでは謎のライダー2人がカブトオリジオンと交戦中だ。ならば加勢しない手はない。アクロスは謎のライダー―カブトとガタックに加勢すべく、オリジオンめがけて走り出す。

 

「とりゃあ!」

 

 カブトと殴り合っていたカブトオリジオンの背後から、アクロスは跳び蹴りを仕掛ける。カブトとガタックに集中していたオリジオンはそれを事前に察知できず、背中にもろに蹴りをくらってしまう。

 昨夜アクロスと遭遇しているガタックは、アクロスの姿を見て驚く。

 

「お前は昨日の……!」

「どうした加賀美」

「こいつは昨日現れた謎のライダー……!」

 

 ガタックからすれば、アクロスは敵か味方かわからない素性不明の存在だ。警戒するのも無理はない。

 

「お前はいったい何者なんだ⁉ 」

「話は後でする!少なくとも俺達の敵は共通、ならば今はとにかく共闘した方がいい!」

 

 いろいろと事情を説明すべきなのだろうが、今はオリジオンをどうにかするのは最優先だ。とりあえずお互いの敵が共通であることを告げ、共闘を持ちかけようとする。

 カブトオリジオンは、完全なる部外者であるアクロスが乱入してきたことが気に入らなかったようで、回し蹴りをアクロスに叩き込み、近くのフェンスへと叩きつける。

 

「有象無象がごちゃごちゃと……!アクロス、そんなに俺の糧になりたいのか?なら望み通り打ち倒してやるよ!」

「ぐ……!」

「らああああ!」

 

 すかさずガタックがオリジオンに殴りかかるが、オリジオンはそれを片手で難なく受け流し、仕返しといわんばかりにガタックの胸に肘鉄を打ち込み、腹に蹴りを打ち込んでガタックを吹き飛ばす。

 

「弱いな。これならさっきのドレイクの方がマシだった」

「お前……既に風間を⁉ 」

「ああ。俺はすべてのライダーを倒す。俺こそが太陽なのだから!」

「おかしなことを言うな。太陽は1つで充分、そしてそれは俺だ」

 

 声高らかに叫ぶオリジオンだが、その台詞をカブトは即否定する。その堂々っぷりに思わずアクロスは困惑する。

 

(すごい自信だ……一体何喰ったらそんな自信家になるんだ?)

「そうこなくっちゃ面白くない……それでこそ倒しがいがあるもんだぜカブトオオオオオオオオオオオ!」

 

 カブトの返答を聞いてなぜか昂りだすオリジオン。興奮を全身で表現するかのように、背中の羽を大きく広げ、腰や後頭部の触手をわさわさと動かす。その様子は正直言って気持ち悪い。

 カブトはその様子を見ながら、そろそろ本気を出すべきかと判断し、ベルトにとまっているカブトゼクターのゼクターホーンに指をかける。キャストオフをしようというのだ。加賀美もそれを見て、ガタックゼクターのゼクターホーンに指をかける。その直後、カブトは、近くのアクロスに一応ながら忠告する。

 

「おい」

「?」

「少し離れるか屈むかした方がいいぞ」

《CAST OFF》

「???」

 

 状況が読み込めないアクロスをよそに、カブトとガタックはゼクターホーンを動かす。すると、カブトとガタックを覆っていた厚い装甲が一気にはじけ飛び、周囲に拡散する。アクロスは咄嗟に腕でガードして顔を守るが、そもそも鉄の塊が猛スピードで飛んできて無事に済むはずがない。ガードした腕に跳んできた装甲がぶち当たり、鈍い痛みが両腕に走る。

 マスクドフォームからライダーフォームに変身したカブトは、顎から下に向かって伸びていた角が上がり、複眼が青く光る。そのフォルムは先ほどまでとは異なり、非常にスタイリッシュなものに変化していた。ガタックの方も、折りたたまれていた側頭部の角が上がり、複眼が青く発光する。

 

《CHANGE BEETLE》

《CHANGE STAG BEETLE》

「あれは……!」

 

 アクロスはガタックの方には見覚えがあった。昨晩カブトオリジオンを追っていた際にその姿を目撃したからだ。しかし、マスクドフォームの方は見ていなかったので、この時まで気づかなかったのだ。

 ライダーフォームになったカブトとガタックを見て、さらに感情を昂らせるオリジオン。

 

「ようやく本気を出したか……さあ、俺の速度に付いて来い!クロックアップ!」

「「クロックアップ!」」

《CLOCK UP》

 

 すると、アクロス以外の3人の姿は一瞬にして消え失せてしまった。先ほどのワームの時と同じだ。

 

「またこれだ……一体皆どこに消えたんだ⁉ 」

 

 クロックアップに対抗するすべはおろかその存在さえ知らないアクロスでは、はなから同じ土俵に立つことすら不可能だった。たとえ脅威への対抗策がなくとも、脅威の存在さえ知っていれば最低限助かる道は開ける。しかし、脅威を認識さえできないとなると話は別。早い話、この時点でアクロスがカブトオリジオンに勝利することは不可能だった。

 困惑しながらあたりを見渡すが、常人にはクロックアップの世界を認識することは不可能。そんなアクロスの背中に、クロックアップの世界からオリジオンの一撃がやってきた。

 

「ぐうううううっ⁉ 」

 

背中に衝撃が走ると同時に、アクロスの身体が宙を舞い始める。それを認識した時にはすでに、アクロスの胸部に二撃、加えられていた。キックなのかパンチなのかすらわからない。ただ攻撃されたという結果だけがアクロスの認知下に加えられる。

 先ほどとは反対方向に吹き飛ばされるアクロス。しかし、そこにさらなる攻撃が加えられ、アクロスの身体は再び逆の方向へと吹っ飛んでゆく。その様子は、まるでアクロスをボールに見立てた、透明人間たちのバトミントンのようであった。

 

(何がおきてるんだ……まったくわからねえ!)

 

 手も足も出なかった。クロックアップの世界にただ一人はいることのできないアクロスが集中攻撃されるという結果。一撃しか加えていないにもかかわらず、すでにアクロスはボコボコにされていた。

 それでも立ち上がる。きっと手はまだあるはずだ。考えろ、思考をやめるな。諦めなければまだ手は―

 

 

 

 

 

《RIDER STING》

「え」

 

 

 

 

 

 立ち上がった直後だった。

 突如としてとびかかってきた仮面ライダーザビーのライダースティングが、がらあきのアクロスの胸に直撃した。

 

「ぐあああああああああっ!」

 

 もとよりワームやオリジオンのクロックアップで一方的にやられていたアクロスはその一撃で変身解除にまで追い込まれる。クロスドライバーは瞬の身体から外れ、道路の反対側まで滑るように転がってゆく。瞬は衝撃で5メートルほど吹っ飛ばされ、近くの電柱に身体を強く打ち付けられた後、地面に落ちる。

 先ほどから理解が追い付かない。瞬を置き去りにしていろいろなことが起こりすぎている。瞬は立ち上がろうとするが、身体に力がうまく入らない。まるで羽をもがれた虫のようにもがく瞬のもとに、変身を解いたザビー―影山が姿を現す。

 

「なんだ……お前……!」

「それは此方の台詞だ。上の命令なんだよ、ZECTの関与しないライダーシステムの存在が確認されたから本部まで連行しろってな」

「ZECT……?ライダーシステム……?いったい何のことだ……?」

 

 満足に動けない瞬を取り囲むように、大勢のゼクトルーパーが現れ、瞬の両腕をつかみ上げる。銃を突き付けられた瞬に、影山は言う。

 

「さあ、本部まで同行してもらおうか」

「これ強制連行だと思うんですがそれは」

 


 

 

 その頃。

 公園に残されたヒビキとネプテューヌ。

 

「瞬、まだ戻らないね」

「だね」

 

 ワームを追って行ったきり、瞬が戻ってこない。すぐに戻ってくるだろうと思いながら待ってみたものの、戻らない。

 ヒビキとネプテューヌは、ある一つの可能性に至る。それはアクシデントの発生。予想以上に苦戦しているのか、はたまた別種の厄介ごとに巻き込まれているのかは定かではないが、どうやらこれは長い待ち時間になりそうだ。

 

「先帰っちゃう?」

「なら連絡でもいれなきゃね」

 

 こうなったら先に帰ってしまおうと考えたネプテューヌは、その旨を瞬に伝えるべく、スマホを取り出し電話をかける。が、電波状況が悪いのか、繋がらない。液晶に映るアンテナマークはゼロ。こりゃだめだ。

 

「あっれー?電波通じないぞーおっかしーなー?」

「ちょっとねぷねぷ、何処行くのー?」

「電話かけようにも電波通じてないみたいだから、ちょっと通信環境いい場所求めて旅に出てくるねー」

「ならあんまり遠くまで行かない事、いいね?」

「はーい」

 

 通信環境の良い場所を求めてネプテューヌは公園から離れてゆく。1人残されたヒビキは、トイレにでも行こうとする。

 が。

 

 

 

 

「駄目じゃないか、一人でこんな場所にいたら」

「え

 

 瞬間、ヒビキの視界が真横に倒れた。

 

 

 

 

 

 

 ドサリと音を立てて、ヒビキの身体が地面に倒れる。遅れて感じてきた側頭部の痛みで、ようやく自分が殴り倒されたのだとヒビキは理解した。

 なんとか視線を上に向け、ネプテューヌに助けを求めようとするが、更なる一撃が頭頂部に炸裂する。頭部へのニ撃による痛みで意識が徐々に薄くなってゆくヒビキに、頭上から声がかけられる。

 

「運が悪かった、なんて思わないでくれよ。悪いのは運じゃない、君なんだ。だって一番近くにいたんだ。君みたいなか弱い女子供が一人でいるなんて、どうぞ好き勝手(めちゃくちゃに)して下さいと言ってるようなもんじゃないか、ねえ?」

 

 声の主は、しゃがみ込んでヒビキの顔を覗き込む。レザージャケットを着た金髪の男だ。一見するとただ笑っているようにしか見えないが、その瞳は酷く無機質。転生者特有の、人を人として見ていない目だ。その発言も、支離滅裂な自己正当化にすぎない。

 ヒビキは知る由もないが、彼の名は司馬神真。灰司が追跡していた転生者だ。

 

「転生者狩りの追跡も振り切れたし、これで漸く趣味に没頭できる。ああ興奮してきちゃうなぁ……」

(ねぷ……てゅー……)

 

 司馬の遥か後方には、この場から離れてゆくネプテューヌの後ろ姿。朦朧とする意識の中で、ヒビキは助けを求めるように手を伸ばすが、その喉からは既に声が出ることなく、彼女の意識は途絶えた。

 意識が完全に落ちたヒビキを縛り上げると、司馬はウキウキ気分でヒビキを担ぎ上げてその場を立ち去る。彼の向かう先には一台のワゴン車。

 助けは、来ない。

 

 

 




カブト編です。結構前から考えてはいました。
ただそれ以外の要素もガン積みしてるからビルド編のようにはいきそうにないです。

基本的にライダー組は原作後で出すつもりなんですが、カブトは数少ない例外。だって出したいキャラが出せなくなるからね。時系列的には加賀美がガタックになったばかりくらいです。
ただ今回は都合上サブライダーの皆さんがほぼ噛ませになります。すまない……またどこかで補填するから許して。

あとストブラ組が久々の登場です。時系列的には少なくとも3巻以降になってます。実質的には初邂逅になるので、作中のような展開になりました。たぶんカミングアウトは先送りになるかな?


何もわからないまま未知の敵と戦わされる面々の運命とかは次回!
ではよいお年を。


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第23話 太陽に近づく飛翔(イカロス・ハイ)

カブト編後編です。
全開から丸4ヶ月経ちました。大変申し訳ございません。これも全部50人クラフトばっか見てるせいです。恨むんならそちらを恨んで、どうぞ。

お前も遊戯王マスターデュエルやらないか?

●前回までのあらすじ

マスクドライダーを次々と襲撃するカブトオリジオン。
彼の目的はいったい何なのか。

さらにZECTに捕らえられた瞬に、拉致されたヒビキ……一体どうなる⁉


 —— 嗚呼愚かなイカロス。

 —— 蝋の翼で空へと羽ばたいたイカロス。

 —— 太陽に翼を焼かれ、地に堕ちたイカロス。太陽に近づいたが故に、彼はその身を滅ぼした。

 

 

 ただそれだけの話だ。

 これは、太陽に焦がれて次元を超えた男の、破滅への道筋。

 

 


 

 

 カブトオリジオンと交戦を続けていたカブトとガタック。クロックアップが終了してもなお、3人は戦う。

 それを横目に、影山は乗ってきた装甲車へと瞬を連行する。自分をうちのめし馬鹿にしたカブトオリジオンは気に入らないが、それよりも任務が優先される。私怨をぐっとこらえ、抵抗する瞬を車内へと無理矢理押し込もうとする。

 が、ガタックがそれに気づいた。影山の行動は、傍から見れば民間人を無理やりどこかに連行しているようにしか見えなかった。

 

「おい⁉ なにやってるんだよ⁉ 」

 

 カブトオリジオンがカブトと殴り合っている隙をつき、ガタックが影山に詰め寄る。

 

「こいつは昨夜お前が目撃した未確認ライダーだ。こいつが何者であれ、詳しく調べるのは当然だろ?」

「だからって……」

「逃げんなよガタックゥ……!お前は俺の糧になるんだよ!」

 

 影山に反論しようとしたが、戦いの最中話し合いをしているのが気に食わなかったカブトオリジオンが、カブトの頭上を飛び越えてガタックの元へと着地し、横から飛び膝蹴りでどついて会話を終わらせる。頬に膝が直撃し、サッカーボールのように吹っ飛んでゆくガタック。カブトオリジオンは、影山の方を一瞥すると、

 

「負け犬に興味はない、とっとと失せろ」

 

 と、あからさまに影山を見下したような反応を示す。影山はそれに怒りをあらわにするが、

 

「お前との勝負は昨晩ので着いただろう?俺はお前より強い。お前は俺より弱い。その事実が変えられるとでも?」

「貴様あ……!一度勝ったくらいで調子に乗りやがって……!」

「俺とお前とでは勝負にならない。矢車ならまだまっとうな勝負になったかもしれんが……お前じゃどのみち無理だな。俺ははじめから結果が見えている勝負にかまけている暇はないんだ」

 

 全否定であった。言いたいだけ言うと、カブトオリジオンは影山の前から去り、立ち上がったガタックに再び攻撃を仕掛け始めた。

 それは、頭の傷口が開きそうなほどの屈辱だった。噛み締めた唇からは血が滲んでいた。しかし、本人の言う通り、カブトオリジオンは強い。ましてや今の影山はまだ怪我が完治していないため、彼の言う通り勝負にならないかもしれない。

 

「隊長、搭乗完了しました」

「あ、ああ……よし、この場を離脱する」

 

 部下からの報告で我に返った影山は、装甲車に乗り込みこの場から離脱を始める。

 

「待て!」

「戦いから逃げるな!」

「ぐふっ⁉ 」

 

 動き出した装甲車を追いかけようとするガタックだが、戦いから逃げることを許さないカブトオリジオンがその腹を蹴り上げて妨害する。

 その背後から、カブトのクナイ型武装・カブトクナイガンの刃が襲い掛かってくる。カブトオリジオンは、それを振り返ることなく片腕で防ぎ、身体を素早く捻って回し蹴りをくりだす。

 

「ふっ!」

 

 カブトオリジオンの回し蹴りに対し、カブトはハイキックで応戦する。両者の足がぶつかり合い、膠着状態に陥る。ぐぐぐ、と力を込めて、互いに互いの足を力で押し切ろうとするが、両者とも譲らない。

 

「今だ!」

 

 そこに、オリジオンに鳩尾を蹴られてダウンしていたガタックが、肩のガタックダブルカリバーを、オリジオンに向かって投擲した。オリジオンはそれを避けるべく、あげたままの足を素早く下ろし、上半身をマトリックスの如く大きく後ろに逸らしてそれを避ける。

 ガタックはすかさず残ったもう一振りのカリバーを投げる。オリジオンは上体を逸らした体制のまま地面に手をつくと、バク転をしながら飛んできたダブルカリバーを蹴って弾いた。

 

「なっ……」

 

 ブーメランの如くもどってきたダブルカリバーを肩に戻して、ガタックはオリジオンに向かって走る。そしてオリジオンに向かって飛び蹴りをかます。

 しかしオリジオンはそれをパンチ一つで返り討ちにした。ガタックが地面に落ちると同時に、今度はカブトの猛攻が始まる。

 

「来い、カブト!」

「 —— !」

 

 オリジオンの挑発を意に介さず、カブトはオリジオンの胸部を貫くような鋭いパンチを繰り出す。オリジオンはそれを防御する素振りも見せずにモロに喰らうが、あまり効いていないように見える。

 カブトはそれに動じる事なく、オリジオンの首元目掛けて反対側の腕を振り下ろす。オリジオンはそれも防ぐことなくそのままうける。

 

「どうした、お前の力はもっと上だろう!」

 

 オリジオンはそう叫びながら、カブトの腕を掴もうとするが、カブトは素早く腕を引き、逆にオリジオンが伸ばしてきた腕をへし折る勢いでチョップを振り下ろし、オリジオンの腕を叩き落とす。

 

「まだ隙が多いな」

「ああ、だが俺はまだ強くなる。あんたを倒せるほどにな!」

 

 何がこのオリジオンの、カブト打倒という執念を滾らせているのか、誰にも分らない。ただ、彼は本気でそれをやろうとしていること、その熱意だけはガタックにもカブトにも伝わってくる。

 オリジオンは雄叫びをあげながらカブトに殴りかかるが、カブトはその拳を容易く打ち払い、返しにオリジオンの脇腹に拳を叩き込み、オリジオンの頭を殴り倒す。

 

「はぁっ!」

「ぐあっ⁉︎ 」

 

 カブトのハイキックを腹に受け、オリジオンは大きく吹っ飛ばされる。カブトはオリジオンの方に悠々と歩を進める。

 

「トドメを刺す!ライダーキック!」

《1、2、3……RIDER KICK》

「ライダーキック」

《1、2、3……RIDER KICK》

 

 カブトとガタックは、それぞれゼクターに付いているボタンを押した後、ゼクターホーンを左に倒し、再度右に倒す。すると、ゼクターからタキオン粒子が、頭部の角を経由して右足に流れ込む。

 そして、ガタックはオリジオンの方に走りながら飛びかかり、跳び回し蹴りを、カブトはオリジオンの至近距離まで近づいて回し蹴りを、同時に叩き込む。

 ダブルライダーのキックが直撃し、オリジオンは膝をつく。流石にこれで倒れただろうとガタックは思っていたが、どうやら違うようだ。

 

「ぬう……ぐ、ぐうおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 渾身の雄叫びをあげながら、オリジオンは立ち上がった。その直後に人間の姿に戻ったが、彼は身体の随所から血を流している。満身創痍だが、まだ生きていた。

 

「なっ……まだ生きているのか⁉︎ 」

「当たり前だ……俺が負けるはずが無い!だがこれでハッキリしたよ……俺がまだ力不足だということがね……」

「まだやるのか」

「ガタックとあと1人、そいつを倒したら再戦とする。お前との決着を待っているぞ、カブト!」

「まっ……」

 

 オリジオンだった青年はそう吐き捨てると、常人離れした跳躍力で隣の線路を飛び越え、線路の向こう側へと逃げていってしまった。

 2人は変身を解く。そして加賀美は、オリジオンの捨て台詞で、ある事に気づく。

 

「あと1人……まさかアイツも⁉︎ 天道、俺は奴を追う。お前は影山を追ってほしい」

「まったく、ZECTも懲りないな。これではまるで悪役のする事だ」

 

 加賀美はそう言い残し、即座にバイクで走り出す。というか、陸橋の上まで投げ飛ばされていたはずだが、一体いつの間に近くに持ってきたのか、そしてよく壊れていなかったな、とか突っ込んではいけない、いいね?

 天道としても、先程のライダー —— アクロスについては多少ながら気になってはいるし、ZECTが組織外のライダーについてあまりよく思っていないことからも、影山に連れ去られた少年がロクな目に合いそうにないというのは容易に考えられる。後者については、果たしてそれがZECT製でないライダーにも適用されるのかどうか、些か疑問ではあるが。

 

「夕飯の仕込みでもしようと思ったが……これは忙しくなりそうだ」

 

 夕飯の事を考えながら、天道はバイクのエンジンをかける。

 そこに、

 

「あのさあ、ちょっと頼みごとがあるんだけどいいかい?天道総司くん」

 

 (フィフティ)からのコンタクトが、あった。

 

 


 

 

 

 

 

 

 一方、ZECTに捕らえられることとなった瞬。装甲車に無理やり押し込まれ、周囲の異様さにオドオドしているうちに、ZECT本部へと着いていた。

 手錠をはめられ、ゼクトルーパーに囲まれながら、瞬は車から降ろされる。場所は何処かの地下駐車場だろうか。ここまで外の景色を見る事が出来なかったため、ここがどのあたりに位置せるのか、瞬には見当もつかない。

 

「なんなんだよ、あんた達は……」

「話は中で聞く」

 

 瞬が思わずぼやいた言葉に、ゼクトルーパーにうちの1人が冷たく答える。まるで犯罪者みたいな扱われ方をされながら、瞬は建物の中へと連れていかれる。

 クロスドライバー含め、貴重品は全て取り上げられてしまった。唯は凪沙を連れてうまく逃げてくれただろうか。オリジオンに立ち向かっていった古城達は無事なのだろうか。ネプテューヌとヒビキはほったらかしにしてしまったがどうしているのだろうか。瞬は不安から、この場にいない皆の心配ばかりしてしまう。

 色々と考えているうちに、瞬は一つの扉の前に立たされる。ゼクトルーパーが扉を開くと、中には刑務所の面会室のような内装の部屋が広がっていた。

 

「入れ、尋問を行う」

 

 突き飛ばされるような形で、瞬は部屋の中に押し込まれる。瞬は強引に、部屋に置かれたパイプ椅子に座らされ、両脇にゼクトルーパーが佇む。

 瞬が着席すると同時に、ガラス窓の向こう側の扉が開く。扉を開けて中に入って来たのは、瞬を殴り飛ばしてここに連行して来た男 —— 影山であった。影山は、瞬からはガラス窓を挟んで反対側の椅子に座り、話し始める。

 

「さあ、話をしようか」

「……」

「お前の個人情報を調べさせてもらった。逢瀬瞬、16歳の高校生。両親は既に他界し、妹と共に叔父の手で育てられる —— 」

 

 影山は、手に持った書類の内容を読み上げ始める。瞬の生年月日、住所、家族構成、学歴ect……瞬はそれを延々と聞かされ続け、時折、読み上げられたものの確認を取らされる。こうして、自分の人生の足跡を赤裸々に読み上げられるというのは、なんだか恥ずかしい気分になる。

 一通り資料を読み終わった影山は、資料を乱雑にカウンターの上に置く。

 

「経歴上は何かしらの組織との関係性は見出せない、か。しかし、まだ秘密裏になんらかの組織と通じている可能性も否めない」

「俺怪しい者じゃないですよ」

「信用できるか!そういう台詞が出る時点で信用性は皆無なんだよ!」

「デスヨネー」

 

 どうにかこの場を切り抜けなければ、と思うが、緊張しすぎて思うような言葉が出ない。右も左も分からない状態に陥るのはもう何度目になるのかは分からないが、今回はまた違った方向にマズイように思える。

 自身に落ち着くように言い聞かせ、瞬は口を開く。ふと、気になったことがあるのだ。

 

「あの……ベルトの方はどうなってるんすか?」

「それならここだ」

 

 そう言うと、影山は机の下からクロスドライバーを瞬に見せつけ、机の上に置く。手を伸ばせば届きそうな距離だが、瞬と影山の間は一枚のガラスに隔てられている上、瞬は手錠をかけられているため、それは出来ない。

 

「言っておくがお前の元に返ってくることは二度とない。あれは後ほど解析班に回す。お前の使っているライダーシステムは、我々のモノとは大きく異なる。あれは何だ?あんなモノを持ってるお前は何者なんだ?」

 

 瞬に詰め寄る影山。さて、どうしたものか。強引なやり方だが、影山の行動は筋が通っている。アクロスという未知の存在に対し、その解明を試みる。向こうからすれば、アクロスが敵か味方かわからないのだから無理もない。

 だが、素直に話したところで、彼等は信じるのだろうか。瞬自身も含め、転生者だのオリジオンだの、そういった類の話を簡単に信じるような奴はいない。そもそも瞬もそこまでアクロスの力について詳しいわけではない。

 

「素直に話したら釈放されるんですよね……?」

「それは上が決めることだ」

 

 瞬は恐る恐る影山に聞いてみたが、その結果は御覧の通り。明らかに帰す気がない。

 

(やべえなコレ……俺これからどうなんの?何されんの?無事に帰れんの?)

 

 必死に考える。瞬には、このZECTとやらがどんな団体なのかわからない。だが、なんだかよく分からないうちに殴り倒されてここに連行されたもんだから、当然ながら信用はできない。それに、馬鹿正直に話した所で無事に帰してくれるとは到底思えない。良くて飼い殺し、最悪ベルトだけ手に入れて瞬は終了(ころ)されるのが関の山だ。

 —— 早い話、詰み(ゲームオーバー)だった。どう足掻いても、自力でここを切り抜けられるビジョンが浮かばない。

 どうせ助からないなら。いっその事こと全部話して ——

 

「……駄目だ」

 

 すんでのところで、瞬は踏み留まる。

 瞬を力ずくで拉致した組織だ。馬鹿正直に洗いざらい話せば、唯達も危険に晒されるのは想像に難くない。それはだめだ。ただでさえギフトメイカーとの戦いに巻き込まれているというのに、これ以上皆を危険に晒すわけにはいかない。

 瞬は顔を上げ、率直に述べる。

 

「お前達を信用できないし、皆を危険には晒せない。だから言えない」

「なんだと……?寝言は寝て言えよ餓鬼ィ……」

「馬鹿よせ!影山さんの前だぞ⁉︎ それに下手に傷を負わせたら面倒だろうが!」

 

 瞬の横にいたゼクトルーパーが、瞬の反抗的な態度に苛立ち、思わず瞬の胸ぐらを掴み上げ、それをもう一人のゼクトルーパーが静止する。

 

「くそっ!」

 

 ゼクトルーパーに乱雑に突き飛ばされ、瞬は椅子に身体を打ちつけられるようにして座らされる。思うようにいかない現状に苛立ち、影山の顔が歪む。

 が、いくら意地を張ろうがどのみち瞬は助からない。アクロス周りを除いて個人情報を握られている以上、もはやどうしようもなかった。その事実に影山はほくそ笑み、席を立って瞬に背を向ける。

 

「こうも臆せずZECTに歯向かうとは、相当な命知らずなのか馬鹿なのか……まあいい、ひとまずお前は独房行きだ。どうせ逃げられはしないんだ」

 

 ガラス越しにゼクトルーパーに、瞬を独房に連行するように指示を出す。

 さらに奥深くへ、連れて行かれる。

 


 

「……?」

 

 ネプテューヌは、一本の大木の下である存在と睨み合っていた。

 ここは先程までいた公園からそう遠く無い、寂れた神社。瞬がクロスドライバーを拾った場所でもあるのだが、その事は彼女は知らない。

 電波環境の良い場所求めて小旅行していたら、いつの間にやらヒビキがいなくなっていた。どこを探せど見つからず、あったのは買い物袋のみ。その後、いなくなったヒビキを探して近くを探し回っている最中に、この神社に立ち寄った彼女だったが、ある存在によってここで足止めを食らっていた。

 

「……」

 

 御神木らしき大木の根元。そこには一匹の猫。自分の髪色と同じ毛色の猫に、ネプテューヌは、妙な親近感を感じていた。こうして間近で相対しても微塵も逃げる気配を見せないのをみると、随分と人間慣れしているようだ。

 

「ま、私は女神なんですけどねー!ドヤァ!」

 

 一体誰に対してのドヤ顔なんだろうか。そしていきなり地の文に反応するなと言いたい。ネプテューヌにそう突っ込みをいれるかのように、猫の目がジト目に変わる。

 

「んー、困ったなー。今猫にあげられるようなもの、持ってないんだよなー」

「にゃーご」

 

 流れ的になんかあげたりした方がいいのかな、と思うネプテューヌだったが、生憎手持ちはゲーム機とチョコレートと玉葱のみ。後ろ2つは猫の体にはよろしくないものとされているものなので、あげたくてもあげられない。

 やばいな、折角主人公らしいシチュエーションが巡ってきたのに、これじゃ主人公らしいことなんも出来ないぞ。そう思って焦るネプテューヌ。はてさてどうしようかと考えていたのだが、

 

「いやいやいや!それよりもヒビキちゃん探し!一体どーこに行ったのやら……」

 

 本来の目的から外れることなかれと自分に言い聞かせて、ネプテューヌは自分の頬を叩き、気を取り直してヒビキ捜索を再開する。買い物袋をほっぽり出して一体何処に行ったのやら。

 まったく困った子だ、と呆れながら神社を後にする。がら

 

「……あのー?」

 

 鳥居をくぐり抜けてから数分歩いたあたりで、背後から猫の鳴き声が聞こえてきた。ネプテューヌはチラリと後ろを見る。そこには、先程神社にいた猫が鎮座していた。

 

「駄目だよ、着いてきても。あげられるもんは無いし、ウチじゃ多分ペット飼えないし。他の人にねだりなよー」

「ねーむぅ」

 

 振り返ってちょっと強めに言ってみたが、通じていないのか無視しているのかはわからないが、猫は逆にネプテューヌに近づいてくる。そして、凄い跳躍力を活かしてネプテューヌに飛びついてきた。

 

「ひゃうあっ⁉︎ 」

 

 両手が買い物袋で塞がっているネプテューヌは、猫の体当たりになす術なく押し倒されてしまう。なんか買い物袋から卵が割れる音がしたがそれは聞かなかったことにしたい。

 ネプテューヌを押し倒した猫は、甘えるような鳴き声をだしながら、のしのしと彼女のまな板な胸部を踏み締め、ネプテューヌの頭部に向かって歩いてくる。そして、首を伸ばしてネプテューヌの頬を舐め始めた。

 

「あれ……これ、懐かれちゃった?懐かれる要素あったかな……」

 

 なんか頬にザラザラした感触が伝わる中、凄まじいスピードで野良猫とフラグを立ててしまった事を疑問に感じるネプテューヌ。だが彼女は基本的に能天気なので、これも自分の主人公気質が成せる技だということで納得してしまった。

 だからといってこの猫を連れて帰るわけにはいかない。多分瞬が反対する。しかしこんなに懐かれては置いて帰るのには一苦労しそうだ。

 

「はあー、主人公は辛いなー」

 

 メタじみた台詞を吐きながら、ネプテューヌは起き上がる。先程から空模様が怪しくなってきている。これは一雨降るんじゃないだろうか。できればその前に見つけたいな、と思いながら、ネプテューヌは立ち上がる。

 

「……あれ?」

 

 そんな彼女の視界に、あるものが映る。

 明らかにじめじめとした廃工場。敷地を覆うコンクリートの隙間から雑草が茂っているあたり、かなり長い間放置されているのだろう。その建物の入り口から少し離れたあたり。古びたコンテナが積み上げられている箇所に、誰かがいる。

  ネプテューヌはその顔には見覚えがあった。なんせさっきも会ったのだから。

 彼の名は無束灰司。転生者狩りのエージェントだ。

 


 

 市内郊外 雑木林

 

 一方、2体のオリジオンと戦う羽目になった古城と雪菜。

 2人は、なるべく人気(ひとけ)のない場所を目指して移動していた。古城の眷獣は揃いも揃って破壊力の塊。そんなもんを街中で解放すればどうなるのかは言うまでもない。故に、周りへの被害が及ばない場所まで逃げていた。

 バルジは、実験がてらにアクロスにオリジオンをぶつける手筈が狂ったことを愚痴りながらも、移動する戦場について行っていた。最低でもデータが取れればいいらしい。だが逃げ回る2人については本気でつまらないと思っているようだ。

 

「おいおい、つまんねーのなお前ら。周りに気い使って逃げ回るとか……別にいいだろ、周りを巻き込んでもさ。それで死んだら本末転倒だろ?」

「お前はそうなんだろうが俺は違うんだよ!」

「良い子ぶるなよ。巻き込まれて死んだやつはそいつが悪い、それでいいってのに……」

「ふざけんなよテメェ……んな道理通る訳ねえだろ……!」

「俺と話している暇があるのかな?」

 

 バルジの自分勝手な考えに嫌悪感を示す古城だったが、突如として古城の足元の感覚が柔らかくなり、目線が下がる。下を見ると、古城の膝から下が地面に埋まっていた。慌てて足を引き抜くと、乾いた泥団子を潰したような感触がした。

 

「地面が柔らかく……⁉︎ 」

 

 ばっと後ろを振り向くと、古城のすぐ後ろまでタイアードオリジオンが迫ってきていた。タイアードの振り下ろされた拳を、咄嗟に腕でガードする古城。

 そして、劣化した足元の砂を蹴りながら後方に飛ぶ。砂で目眩しを狙ったのだが、劣化した砂粒はタイアードの顔に届く前に霧散する。

 

「……!」

 

 タイアードは無言で古城に飛びかかる。古城はタイアードの攻撃を、近くの木を盾にしてやり過ごそうとする。しかし、その木はタイアードの拳が触れた瞬間、まるで砂のように崩れ落ちてしまった。その拳は、崩れた木を貫通し、古城の胸元に突き刺さる。

 

「グッ……」

 

 殴られた瞬間、古城は肺から空気が放り出されているような感覚がした。助走をつけた渾身の一撃は、古城の身体を近くの木に猛スピードで叩きつける。

 咳き込みながら古城は立ち上がるが、先程からなんだか胸元に肌寒さを感じる。見ると、古城の着ていたパーカーの殴られた箇所に、虫に食われたように穴が空いていた。

 

「は……?」

「タイアードは触れるモノ全てを劣化させるのさ。お前の腕、はたして動くかな?」

「……あれ?」

 

 バルジに言われるがまま、古城は左腕に力を込める。しかし、左腕は動かない。だらんと垂れ下がったままだ。痛みも熱も感じ取れない。まるで神経が通っていないような感じだ。

 

「まさか、さっき攻撃を防いだ時に……」

「御明察。俺の邪魔をした罰だ。思う存分いたぶられてくれ!」

 

 バルジはタイアードにそう命じ、物陰に身を隠す。仮面ライダーが相手ではないからか、今回は自分は戦わないつもりらしい。

 タイアードオリジオンは、地面を指でなぞりながら古城に接近し、跳び蹴りを繰り出す。とにかくコイツに触れるのはやばいと判断した古城は、即座に避けようとするが、足がうまく動かない。足元を見ると、先ほどと同じように、古城の足が地面に沈んでいた。古城は急いで足を引き抜こうとするが、それよりも早く、タイアードオリジオンの足裏が古城の胴体に着弾した。

 

「いっ⁉ 」

 

 蹴とばされた古城は、雑木林を突き抜け、隣の遊水池のほとりまで転がっていく。吹っ飛んできた古城に驚いて、池にいた水鳥が一斉に飛び去ってゆく。

 

「クソ……満足に動けねえ……」

「HAHAHA……!」

 

 池に架かった橋を這う這うの体で渡る古城に、タイアードオリジオンが追い付く。この状態で逃げるのは非現実的な案だ。どうあがいても、撃破一択しかない。

 タイアードオリジオンは、追い詰められつつある古城を見て笑っている。それを見て、古城は怒りがこみ上げてきた。

 

「なめんなよ!いきなり戦う羽目になった俺達の気持ちも考えろっての!」

「FAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

 古城の怒りに呼応するようにして迫るタイアード。両手を広げ、古城をホールドするような姿勢になる。どうやら能力で一気に古城の身体能力を奪う算段らしい。

 

「やられっぱなしで終わるかよ!」

 

 古城はキレ散らかしながら、迫るタイアードの額めがけて勢いよく頭を振り下ろす。両者の頭が衝突した瞬間、ゴチンという鈍い音が周囲に響き渡った。

 頭突きをくらったタイアードも、繰り出した古城も、双方が痛みに悶えながらのけぞる。しかし古城は痛みをこらえ、よろけたタイアードの顔面を右拳で容赦なく殴りつけ、その後、タイアードの顎を思いっきり蹴り上げて宙に浮かす。

 頭部に三発くらったタイアードは、犬のような悲鳴を上げながら、背中から橋の上に落ちる。このまま追撃を加えようとした古城だったが、その時、突如として古城の足元が大きく揺れる。

 

「BUUUUUUUUUUUUU……!」

「まさか……!」

 

 タイアードの手のひらは、橋桁に触れていた。それがどういう結果をもたらすのかは言うまでもない。なんせ先程まで散々味わされたのだから。

 バキバキと、橋の随所が音を立てはじめる。ガクンと、水平だった橋桁が、タイアードの方へと傾いてゆく。タイアードの能力で、橋全体が急速に劣化していっているのだ。早く止めなければ、と古城は駆け出すが、すでに遅し。池に架かっていた橋はバラバラになって崩壊し、タイアードと古城は池の中に落っこちていった。

 

「ぶはっ……!ぐおおお……!」

 

 藻や水草の生い茂る水中へと、古城の身体が沈んでゆく。諸説あるが、吸血鬼は水に弱い。それは古城も例外ではなく。一刻も早く水中から這い出なければ、古城が負ける。

 だが、これはチャンスだった。今ならば、最大級のダメージをタイアードにぶち込める。古城は素早く橋の残骸にしがみつき、いち早く岸に這い上がる。

 

疾く在れ、獅子の黄金(きやがれ レグルス・アウルム)!」

 

 古城はここにきて、ようやく眷獣を解放した。周囲に凄まじい稲妻を迸らせながら、稲妻の身体を持つ雷光の獅子が古城の背後に顕現する。古城が最初に開放した眷獣だ。その嵐のごとく荒れ狂う強大な力の塊は、ただ存在するだけで、周囲に雷を落としてゆく。

 タイアードはそれをみてマズいと判断したのか、慌てて池から這い上がろうとする。しかし、それよりも早く、雷光の獅子がタイアードに向かって水面に飛び込んでゆく。

 

「感電しやがれこの野郎!」

 

 池に背を向け、古城は走り出す。

 瞬間、池全体が黄金の稲妻に包まれた。

 


 

 灰司は、廃工場内の様子を伺っていた。

 

(司馬神真……ここが奴の根城か)

 

 組織からの命令で始末することになった転生者。そいつを追い続け、ようやくこの場に辿り着いたのだ。

 しかし、この廃工場内には無数の罠が仕掛けられている。唯一の入り口にも、巧妙に隠されてはいるが、赤外線センサーらしきものが設置されている。用意周到に張り巡らされた罠を確認しながら、灰司は、転生者にしては頭が回る奴だな、と感心していた。

 ともかく、この罠を解除しなければ侵入は厳しい。仮に侵入できたとしても、すぐに撮り逃してしまうだろう。まずは罠の位置を探る必要がある。灰司は、手持ちのダークライダーの力の中から、この状況に役立ちそうなやつがないかと探り始める。

 そこに、喧しい頭痛の種がやってきた。

 

「あれ、さっきの根暗そうな人だ」

(クソッタレ……邪魔しに来てんじゃねーよ)

 

 なんという事でしょう。猫を抱えたネプテューヌが、いつの間にか灰司の背後に立っていたではありませんか。あまりのタイミングの悪さに、灰司は思わず舌打ちをする。

 が、即座に猫をかぶって取り繕う。相手は子供だ、適当に言いくるめれば何とかなるはずだ。

 

「な、なんですか……?」

「いや、こんなところで何してるのかなーって思いまして」

 

 それはこっちの台詞だ、と灰司は思わず言いたくなった。先程は瞬と一緒にいたはずだが、一体どこにいったのやら。保護者ならばその責任を果たしてもらいたい。子供に仕事の邪魔をさせるな。

 らしくないとは思いながらも、穏便にネプテューヌをこの場から引き離そうと試みる。

 

「ほら、この辺は危ないですから……君は帰りなさい」

「いやーあのさぁ、帰りたいのはやまやまなんだけど……ヒビキちゃんがどっかに行っちゃってさぁ……見つけるまではどうしても帰れないんだよね……瞬も帰ってこないし」

「マジかよ……」

 

 できることならさっさと瞬に押しつけてやろうと考えていたのに、肝心の瞬が行方知れずになっているという事実に、思わず悪態をつく灰司。なんでこうも厄介事に巻き込まれるんだアイツは。

 アテが外れて頭を抱える灰司。ネプテューヌの好奇心が、容赦なく灰司の被った猫に損害を与えてくる。

 

「で、何してるの?」

「君には関係ないでしょう。君が探してる人は多分ここにはいませんよ……ほら行った行った」

「じゃあさ……瞬とヒビキちゃん探すの手伝ってくれない?」

「いや僕は忙しいんですよ」

「こんなところでじっとしているだけじゃないか」

「ああギタギタにしてぇ……」

「なんか急にキャラ変わった⁉︎ 」

「⁉︎ いやなんでもないなんでもないです!」

 

 危ない危ない。ネプテューヌのしつこさに若干心の声が漏れ出てしまっていたようだ。なんとか取り繕うが、灰司の胃痛メーターは上昇する一方。これだから子供は嫌なのだ。

 

「兎に角此処に瞬はいませんよ。ほらさっさと他の場所に探しにでも行ったらどうですか」

「手伝ってくれないの?友達なんでしょ?」

(誰が友達だ!あんな考えなしの馬鹿タレと友達になってたまるか!)

 

 ネプテューヌの発言に、思わずカチンときてしまう灰司。瞬はただ組織の命令で監視しているだけであり、灰司の転生者狩り業に無駄な首を突っ込む邪魔者でしかないのだ。

 それに灰司に友達なんてものはいない。既に皆世界ごと死んだのだから。灰司の全てはもう残ってはいないのだ。

 

「にゃぉう!」

「あっ!」

 

 その時だった。灰司の苛立ちを察知したのか、ネプテューヌの腕の中の猫が、この刺々しい雰囲気から逃れるかのように、ネプテューヌの腕からするりと抜け出し、工場内へと向かって走り出してしまった。

 

「待って!どこいくの⁉︎ 」

「馬鹿野郎お前何やって —— 」

 

 猫を追いかけるネプテューヌと、それを慌てて止めようとする灰司。先程灰司が調べたとおり、工場内には罠がたくさん張り巡らされている。そんな場所に不用意に踏み込めばどうなるか、言うまでもないだろう。

 ネプテューヌが工場内へと一歩足を踏み出したその瞬間。下にスイッチでもあったのだろう。彼女の足元で、カチリという音がした。

 

「ひゅ?」

 

 すると、どういう絡繰かは不明だが、壁の隙間から一本のナイフが、 ネプテューヌ目掛けて飛来してきた。ナイフの軌道は、一直線に彼女の側頭部を目指している。

 

「くそ!世話が焼ける!」

 

 兎に角、どうにかしなければならない。灰司は悪態をつきながら、地面を強く蹴り、一瞬のうちにネプテューヌの間近に接近し、飛来してきたナイフを素手で叩き落とした。少し手に傷がつき、少量の血が飛び散るが、大した事ではない。

 

「ったく、こんな馬鹿が女神だとは……ゲイムギョウ界ってやつは何考えてんだ、ったく……」

「なんかディスられた⁉︎ てか大丈夫⁉︎ 血出てるけど……」

「誰のせいだと思ってるんだ」

「あうっ」

 

 負傷を心配してくれるのはありがたいが、原因はネプテューヌである。灰司の中でのネプテューヌに対する評価は、右肩下がり一直線であった。散々振り回してくれた腹いせに、デコピンを一発彼女にくれてやる事にした。

 デコピンを食らったネプテューヌは、額を抑えながら唸る。その様子を見て、いい気味だと灰司は鼻で笑う。

 

「というか、なんか急にガラ悪くなったね?さっきと全然キャラ違うじゃん……てかそっちの方が自然体なんじゃ?」

「あ、やべ」

 

 思わず被ってた猫をかなぐり捨ててしまっていたようだ。ネプテューヌに指摘され、ようやく灰司はそれに気づいた。そして、こんな凡ミスを頻発するなんてらしくもない、と軽く自己嫌悪に陥る。

 不機嫌そうに舌打ちをしながら、あたりをぐるりと見渡す。巧妙に隠されてはいるが、そこかしこに罠が張り巡らされている。灰司一人ならなんとかなるが、さっきのような事を防ぐにも、ネプテューヌを不用意に行動させるわけにはいかない。

 

「……まあいい、兎に角お前は勝手に動くな」

「でも猫をほっとけないよ」

 

 その言葉に灰司はイラッときた。何我儘ほざいてんだクソガキ、と。

 しかしながら、ほんの少しの間といえ、ネプテューヌとあの猫の間には縁ができてしまっている。彼女の善性は、それを放っておくことを許さなかった。

 そして灰司は、人の善性の厄介さというものを知っている。それは時として、灰司のような人間にとっての1番の敵になる。理屈や大局をガン無視して、それらを打ち破ってしまう。転生者狩りとして幾人もの転生者を殺し、捕らえてきたが、そういった“善意”に邪魔をされたことは数えきれない。

 

「……」

「……」

 

 無理矢理にでも黙らせることは可能だが、敵のお膝元で騒ぎを起こすのは愚の骨頂。かと言って今更罠地帯のど真ん中からネプテューヌを帰すのは骨が折れるし、そもそも本人にその気はない。

 ぶっちゃけると、灰司に選択肢は既に無かった。頭が痛くなりそう(というかもうなっている)だが、本人の身の安全の為にも、彼女を連れていくしかない。ゲイムギョウ界ならともかく、この世界ではネプテューヌは基本的に無力な存在なのだ。

 

「ついて来い。怪我したくなければ、俺から決して離れんなよ」

「合点承知っ!」

「……駄目そうだなこれ」

 

 今日はきっと厄日なんだろう。灰司はそう思わずにはいられなかった。

 


 

 神代邸

 

 都心から少し離れた位置にある豪邸に、加賀美は来ていた。ヨーロッパとかその辺りにありそうな庭園を抜け、豪邸の玄関前までやってくる。

 庭先で待っていた加賀美のもとに、白いタキシードを着た茶髪の青年が姿を現す。彼の名は神代剣。名門貴族ディスカビル家の末裔にして、ZECTのマスクドライダーシステムの資格者の一人である。

 

 

「忠告はありがたいが、気持ちだけ受け取っておこう。心配は無用だ」

「奴は強敵だ。お前1人じゃ多分勝てない」

「随分と舐められたものだな。俺は全てにおいて頂点に立つ男、無論戦いにおいても同じことだ。それが分からないお前ではあるまい?」

「……」

 

 駄目だこれ、話聞いてくれそうにないぞ。元よりプライドの高い剣が素直に忠告を聞いてくれるとはあまり思っていなかった加賀美だが、案の定それが的中し、げんなりとしてしまう。

 

「まあせっかく来たんだ。茶でも飲んでゆくがいい」

「だからそんな場合じゃ……」

 

 もてなしてくれるのは有り難いが、今はそんな場合ではい。いつオリジオンがここにやってくるのか分からないのだ。しかし剣は加賀美の呼びかけにも応えず、屋敷の中へと入ってゆく。加賀美も剣を追い、中に入る。

 2人が着いたのは、客室だった。室内はいたるところに華美な装飾が施されているが、テラスに通じる窓にはカーテンがかかっており、部屋は若干暗く感じる。

 

「む、カーテンが閉じているではないか」

 

 剣がそれに気づいて、カーテンを開ける。

 

 

「よう……」

 

 カーテンを開いた窓の向こう側には、カブトオリジオンが佇んでいた。

 

 

 

「っ⁉︎ 」

「入るぜ」

 

 カブトオリジオンはそう言うと、容赦なく窓ガラスを蹴破って部屋の中に入って来た。大きな音を立ててガラスが砕け、破片が室内に散らばってゆく。剣は咄嗟に顔面を腕で覆いながら、部屋中に飛び散るガラスの破片から逃れる。

 

「俺の屋敷に土足で踏み入るとはいい度胸だな……!」

「そんなことどうだっていいだろう。どうせこれからここは戦場になるんだからな」

「お前の目的はなんだ⁉︎ 何故ライダーを襲う⁉︎ 」

「カブトだ。俺が用があるのはカブトだけだ」

 

 加賀美の問いかけに、オリジオンはそう答える。加賀美と剣は、それを聞いて訳が分からなかった。カブトが狙いならば何故、他のライダーを襲っているのだ?奴がライダー打倒にもやす信念はかなりのものだ。しかしそれならば、余計に訳が分からない。

 二人の疑問を察したのか、カブトオリジオンは、ガラスの破片を踏み砕きながら答える。

 

「レベリングだよ。俺が強くなってカブトに挑むための踏み台になれと言ってるんだ」

「貴様……この俺を踏み台呼ばわりとはいい度胸だな。ふざけるのも大概にしたらどうだ?」

 

 その答えを聞いて、剣が思わず反発する。

 すべては前哨戦。言うなればRPGで大ボスに挑むための経験値稼ぎ。カブト以外のライダーは、そのためだけに倒される存在だと言っているのだ。

 

「口だけならどうとでも言える。御宅を並べる暇があるなら俺と戦え、そして完膚なきまでに倒されろ。お前達を倒す事で俺は更なる高みにのぼるのだ……!」

「調子に乗るな……俺は全てにおいて頂点に立つ男だぞ?」

《STANDBY》

 

 その音声と共に、剣の足元に小さな穴が空き、そこからサソリ型のガジェット —— サソードゼクターが這い出てきて、剣の手のひらのなかめがけて跳躍する。

 

「変身」

《HENSHIN》

 

 剣は、剣型モジュール・サソードヤイバーの鍔の部分にゼクターをセットする。すると、ヤイバーを持っている右手を起点に剣の身体が装甲に包まれてゆく。紫を基調とする装甲に、随所にオレンジ色の管が繋がっている。これが剣のもう一つの姿、仮面ライダーサソードである。

 

「さあ挑んでくるが良い、俺が完膚なきまでに打ち倒してやろうじゃないか」

「そうはさせない!変身!」

《HENSHIN》

 

 カブトオリジオンを止めるべく、加賀美もガタックに変身しながら突っ込んでゆく。

 

「馬鹿の一つ覚えとはこのことか。お前の攻撃は既に見切った!」

「ぐあああっ!」

 

 カブトオリジオンはそう叫びながら、突っ込んできたガタックを軽く蹴り飛ばす。ガタックは壁際に置かれていたキャビネットにぶち当たり、キャビネットをぶち壊す。

 一撃で吹っ飛ばされたガタックと入れ替わりに、サソードがサソードヤイバーを構えて突っ込んでくる。カブトオリジオンは腕でガードするが、サソードはそのままカブトオリジオンを屋外へと押し出し、力任せにヤイバーを振り下ろす。

 

「俺を馬鹿にしているのか?ならとんだ命知らずだな!いいだろう、貴様をねじ伏せてやる!」

「そういう大言は勝ってから言えよ。そんなこと言って負けたら大恥ものだぞ?」

 

 サソードの剣撃をカブトオリジオンは素手で受け流すと、オリジオンはサソードの肩目掛けてハイキックをぶち込む。衝撃でサソードヤイバーを落とすサソード。オリジオンは続けて反対側の足でサソードを何度も蹴り付け、締めにドロップキックを浴びせ、サソードの身体をを庭の端の塀にぶつける。

 ぶっ飛ばされたサソードを鼻で笑いながら、オリジオンは更なる追撃をしようとするが、そこにガタックが後ろから奇襲を仕掛けらオリジオンを羽交い締めにする。

 

「無駄だと言っただろ!」

「ぐはっ⁉︎ 」

 

 カブトオリジオンは難なくそれを振り解き、ガタックの顔面を殴り飛ばす。よろけて塀に手をつきながら、ガタックはゼクターホーンを展開し、キャストオフをする。

 

「キャストオフ!」

《CAST OFF……CHANGE STAG BEETLE》

「キャストオフ!」

《CAST OFF……CHANGE SCORPION》

 

 ガタックに続いてサソードも、サソードヤイバーの鍔に取り付けていたサソードゼクターの尻尾を押し込み、キャストオフをする。サソードのバイザー型の装甲が一斉にパージされ、中から、紫色のサソリが巻き付いたようなデザインのライダーが姿を現す。

 ライダーフォームに変身した2人は、同時にオリジオンに攻撃を仕掛ける。カブトオリジオンの両サイドから、サソードヤイバーとガタックダブルカリバーの刃が迫る。

 

「ふん!」

 

 しかし、オリジオンは腕を軽く振るうだけでガタックダブルカリバーを振り払った。

 

「闇雲に突っ込んで勝てるとでも思ったか?」

《RIDER SLASH》

 

 ガタックを見下す発言をするカブトオリジオン。しかしその時、サソードが必殺技を発動させる。タキオン粒子とポイズンブラッドがサソードヤイバーの刀身に凝縮され、等身が紫色に輝く。振り払われるよりも早く、光子を纏った一撃が、ゼロ距離でオリジオンに解き放たれる。

 すかさずガタックも、振り払われた直後に、二振りのガタックダブルカリバーを合体させて鋏の形にし、オリジオンの胴体を挟み込む。挟み込んだ瞬間、周囲に凄まじい電流が迸る。

 

「ライダーカッティング!」

《RIDER CUTTING》

「ぐ……ぬうおお……ぐあああああああああああっ!」

 

 ダブルライダーの剣撃が、オリジオンの身体を貫く。オリジオンの口から、大量の血が流れ出て、足元の芝生や煉瓦を赤く染め上げる。

 

「やったか……?」

「いや……残念だったな……!俺はこんな場所では死なん……!俺は超えるんだ……ヤツを超える!折角転生して得たチャンスを、こんな前座で不意にしてたまるかあああああああああああああああ!」

 

 全身に染み込んだタキオン粒子により、身体中に電流のようなものを迸らせるカブトオリジオンは、満身創痍になりながらも、尚も倒れなかった。ついさっきカブト・ガタックと戦ってライダーキックをぶち込まれた上でこれなのだから恐ろしいにも程がある。

 ここまでくると、その執念は最早呪いに等しかった。曇天を吹き飛ばしそうな程の雄叫びを上げながら、カブトオリジオンはガタックとサソードの顔面を掴み、人形遊びをするかのように、両者の頭を衝突させる。

 

「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!ライダーキック!」

 

 そしてそのまま、至近距離で回し蹴りをかまし、2人を吹き飛ばした。

 

「があああああああああああああああああああああああっ⁉︎ 」

「ぬぅああああああああああああああああああああああっ⁉︎ 」

 

 身体の随所から火花を散らしながら、2人は吹っ飛んでゆく。ゼクターが飛んでゆき、サソードとガタックの変身が解ける。カブトオリジオンも、変身を維持する体力が尽きたのか、変身を解除してその場に膝をつく。

 

「……連戦は……骨が折れる……」

 

 当初の想定を超えるダメージに、男は耐えきれずに座り込む。

 しかし、座り込んでいる時間はない。これで残るはカブトただ一人。彼との戦いに勝利すれば、男の悲願は叶うのだ。それまでは、倒れる訳にはいかない。たとえ幾ら血を吐き骨を折ろうとも、転生で得たチャンスを不意にしたくはないのだ。

 男は、傷だらけの身体を引きずるようにして、血の跡を作りながら神代邸を後にする。その身体に、ポツポツと雨が降りかかりだす。

 まるで血を洗い流すかのように、雨が降り出していた。

 


 

 あれからいくら経っただろうか。

 影山の手によって瞬は独房に放り込まれていた。

 

「……」

 

 ゼクトルーパー達に乱雑に独房に投げ込まれ、瞬は床に倒れ伏している。後ろ手に手錠がかけられている為になかなか立ち上がれず、這って移動するしかない。

 兎にも角にも、壁を利用して身体を起こすべく、壁際に移動を試みる。なんとか壁際まで移動すると、壁に背を預け、天井を見上げてため息をつく。

 

「なんだよ……今日は随分と厄日じゃねーか……」

 

 今日1日の出来事を振り返っていると、ザビーのライダースティングを喰らった箇所がズキンと痛むのを感じた。置いてきてしまったヒビキとネプテューヌ。オリジオンに立ち向かっていった古城と雪菜。なんとかレイラの魔の手から逃がせた唯と凪沙。彼らは大丈夫なんだろうか。

 これまでも、そして今日だって、自分の至らなさのせいで、見ず知らずの人達を戦いに巻き込んでしまっている。

 

「あーくそ……俺なんもできてねぇ……」

 

 瞬は思い返しているうちに、自分の情けなさにだんだんむかついてきた。ただただ周囲に巻き込まれるだけで、何にも変わっちゃいない。中身がすっからかんだから、こうして手も足も出ないような状況に勝手に流される。

 瞬がもっとちゃんとしていれば、少しはマシになっていただろうか。

 

「どうなるんだろう、俺」

 

 だんだんと気分が落ち込み始めていたその時。

 ガシャンと大きな音を立てて、天板の一部が外れ、床に落ちてきた。

 

「え、何……?」

 

 当然ながら、突然の出来事に戸惑う瞬。目の前に落ちてきた天板は、まるで誰かが蹴飛ばしたかのように凹んでいる。

 瞬が困惑していると、天井に空いた、人一人は通れそうな大きさの穴から、見覚えのある人物が独房内へと降りてきた。その人物は、イマイチ信用ならないが、有能な人物だった。

 瞬はその人物の名を口にする。

 

「フィフティ……!」

「ただいまお助けに参りました、てね。ちょっと手を上げてくれないかな?」

 

 そう言うとフィフティは天井裏から華麗に着地し、瞬を立たせると、なんと瞬の手錠を素手で引きちぎった。ビスケットを砕くかのように呆気なくバラバラになった手錠だったものが足元に落ちていくのを見て、瞬は思わず身震いしてしまう。

 が、その時、独房に近づいてくる複数の足音が聞こえた。先程の音で気づかれたらしい。瞬が何か言うよりも早く、天井の穴からもう一本の腕が伸びてきて、瞬の手を掴んで引っ張り上げる。

 

「なっ……」

「逃げ出した⁉︎ 」

 

 音を聞きつけてゼクトルーパー達がやって来るが、その時には既に独房内に瞬の姿はなく、凹んだ天板と手錠の残骸だけが残されていた。

 


 

 瞬の脱走により、各所が一斉に騒がしくなる。

 警報が鳴り響き、階下から大量の忙しない足音がしているあたり、そうとう焦っているのだろう。当然っちゃ当然だが。

 

「こっちだ」

「うわ暗っ!」

 

 フィフティに急かされるがまま、瞬はハッチを潜り梯子を降りてゆく。近づいてくる足音から逃げるように、ハッチを閉じて梯子を飛び降りる。

 ハッチの先は真っ暗でじめじめとした地下通路だった。相当古いのか、備え付けられた蛍光灯はほとんどが点灯しておらず、僅かに点灯しているものも、消えかかっていたり極度に光が弱かったりとしており、まるで心霊スポットかなんかのような雰囲気をだしていた。

 フィフティは壁に手をつきながら、先程からずっと先頭を走っていたもう一人の男 —— 天道総司に声を掛ける。

 

「君と接触できたのは僥倖だったよ、天道総司くん。君がいなかったらこんなにもスムーズにいかなかっただろうね」

「おばあちゃんが言っていた。人助けというのは義務だ。特に俺みたいな人間にとってはな」

「あんたは一体……?」

「俺は天の道を行き、総てを司る男 —— 天道……総司」

「はあ……?」

 

 よくわからない奴、それが瞬が天道に抱いた第一印象であった。天を指差しながら、なんだかよくわからないことを喋っている。そのくせ佇まいはやけに自信に溢れている。はっきり言ってとっつきにくい。瞬も引き気味に天道の後ろ姿を見つめるしか無かった。

 そんな瞬の背中をフィフティが押しながら、今後の展開について話し始める。

 

「まあ話は後だ。僕らのするべきことは二つ、クロスドライバーの奪還とここからの脱出だ。ドライバーの在処に心当たりは?」

「影山とかいう奴に盗られたままだ」

「だよねぇ……ひとまずここを離れよう。ドライバーなら最悪私一人でも取り戻せる……と思う」

「できるのか……」

 

 地下通路を歩きながら、盗られたベルトをどうするかについて話してゆく。あの後どこにやられてしまったのか、正直予想がつかない。ただ、じっとしていても戻ってはこない事だけは確かだ。壊されたりしないうちに取り返す算段を考えておかねばなるまい。

 そんなことを話していると、先頭を歩いていた天道が、思いだしたかのように口を開いた。

 

「お前もライダー……選ばれし者か」

「……?間違っては……ないのかな?」

 

 何をどう問われているのかよく分からないが、瞬は奇妙な緊張感に襲われた。天道から発せられる、まるで瞬の挙動の一つ一つを見定められているかのようなプレッシャーは、気のせいだと思いたい。

 緊張感に押しつぶされ、瞬は黙り込む。ただ水の跳ねる音の混じった足音だけが、地下通路内に響き渡る。瞬が黙り込んでいると、天道がさらに問いかけてきた。

 

「どうだ、なってみて」

「え」

「ライダーになってみて、どうだったと聞いている」

 

 その質問を受けて、瞬は黙り込む。

 そして、少し考えてから、吐き出した。

 

「俺なんかまだまだだ。守るべき人を巻き込んでばっかで、何かに振り回されるばかりで……今だってそうだ。まったくもって不甲斐ない」

「それも無理はない。俺が世界の中心だからな」

 

 ……何をいっているのだろうか、この人は。突拍子のなく理解のしがたい言動に、瞬は首をかしげる。ぽか~んという効果音が聞こえてきそうだ。

 

「世界からすれば、俺以外の全ては俺という中心点にに巻き込まれている端役にすぎない。地球が太陽の周りを回っている事を恥じるか?それと同じだ」

「スイマセンマッタクワカリマセン」

「要するにあれだよ、ほら。全ては自分中心に回っているから、自分以外の奴は振り回されるのは仕方ないって事……ああもう言語化しづらいなぁ。まあ私的な解釈を入れるとだね、いくらヒーローでも一人で全部を守るなんて至難の業さ。頼れる所は頼る、やれる所は妥協しない。それを続ければ次第に出来ること、守れる範囲も増えていくはずさ」

「それ本当にあってる?なんとなくいい感じに纏めようとして中身空っぽになってない?」

 

 フィフティの解釈違いか、はたまた天道がぶっとんでやがるかは定かではないが、とりあえず無茶苦茶な回答だということだけはわかった。こんな慰めかたがあってたまるか、と突っ込まずにはいられまい。

 

 その時、瞬とフィフティのやりとりを聞いていた天道が、僅かに微笑む。

 

「なんすか、急に笑ってさ」

「知り合いに似ててな。暑苦しい奴だが、あの正義感の強さは一目置けると思っている。それを忘れるな。それを無くさない限り、お前はいくら迷おうが何度でも走り出せる」

「まよっても、ねえ」

「そんなこんな話しているうちに、ほら見てみなよ」

 

 フィフティに促されるまま、瞬は前を見る。暗い地下通路の果てに、光があった。外が見えてきたのだ。そこから見えるそとのけしきは、あいつの間にやら雨になってはいたが、ここと比べれば遥かに明るい。もう少しで地上に到達できそうだ。

 しかし、

 

「おめでたいな。まさかZECTから逃げられるとでも?」

 

 そこに立ちはだかる人影が一つ。通路の終端から影が伸びている。雨に濡れ、満身創痍のその姿を、瞬は知っている。

 

「影山……」

「悪く思わないでくれたまえ、全て上からの命令でね。これ以上勝手な真似をするようならば命の保障はない」

「相変わらず乱暴だな」

「なんとでも言えよ。この際貴様も倒してやる」

 

 影山は天道を睨みつける。天道はそれを意にも介さず、涼しげな顔をしたままだった。

 すかさずフィフティが、クロスドライバーの在処を尋ねる。

 

「クロスドライバーの在処を言いたまえ。あれは凡人に扱える代物じゃない」

「ドライバーなら俺が持っている。他部署に渡す前にこんな事になったからな。ほんと迷惑にも程がある」

 

 そう言うと、影山はクロスドライバーを取り出して嫌味ったらしく見せびらかす。彼からすれば、ただでさえ面倒臭い仕事の途中だというのに、余計な仕事を増やされたのだから、当然ながら不機嫌にもなるだろう。

 影山はクロスドライバーをしまうと、こちらに近づいてきながら話を続ける。怪我のせいか、その足取りは若干重い。

 

「俺達の使命は人類の命運を左右している。その為にも、お前のような不確定要素を放置するわけにはいかない。それが我々に牙を剥く前に、手綱を握らなければならない」

「いや、でも俺は別にあんた達と敵対する気は無かったんだし……」

「そう、我々は別に君達と敵対する気は当初はなかった。少なくとも君が先に仕掛けてこなければこんな事にならなかったんじゃないかな?実力行使ではなく、対話の道を選べば穏当な結果になった筈だ」

「未知の存在相手に信用なんて、そんな博打じみた事ができるわけないんだよ。わずかな可能性に賭けちゃ駄目なんだ。盤石に、確実にやらなければならない。大人の世界ってのは基本的にそうできている。そこに感情を持ち込まれちゃあいい迷惑だ」

 

 影山の言うとおり、得体の知れないやつを信じるのというのは、一種の博打だ。ましてやZECTのように世界を守るという重大な役目を担う組織にとって、些細な決断一つが人類の命運を分けかねない。そんな状況下では、安全牌以外を選ぶことは至難の業だろう。

 双方とも言い分に一理はある。これはただ、考え方の相違の結果なのだ。そしてそれは、どうしようもない断絶でもある。

 

「黙って待っていればよかったんだ。そうすれば最低限命の保障がなされるルートに入ることだってできた。それが堅実だった。だがお前は、そのチャンスを自ら踏み躙った。だから殺されても文句は言えないんだよ……!」

「随分と短絡的だな。短気は損気という言葉を知らないのか?」

 

 影山と天道、両者の手の中に、それぞれゼクターが飛来してくる。

 対話は無用。否、初めからそんなものはなかった。

 

「「変身」」

《HENSHIN》

 

 両者ともライダーに変身し、互いに殴りかかる。拳と拳がぶつかり、火花が飛び散る。続いて蹴り同士がぶつかり合うが、ザビーの方が吹っ飛ばされ、地下通路の外に弾き出される。どうやら怪我で踏ん張りがあまり効かないようだ。しかしザビーは諦めることなくカブトに挑みかかる。

 カブトはザビーの攻撃を適宜受け流しながら前進し、ザビーに次いで地下通路の外に出る。カブトに殴り飛ばされたザビーは、雨を斬るかのように走り出し、カブトに迫る。

 

「カブト!今日こそお前を……!」

「やめておけ。お前まだ昨夜の傷が治っていないだろう」

「そんな事は関係ないだろ……!お前も大人しく投降しろ!」

 

 情けをかけられて怒るザビーのジャブを、カブトは悉く受け流してゆく。ザビーが突き出した拳を、カブトが片っ端から手で受け流している様は、まるでザビーがカブトに弄ばれているかのようだ。

 痺れを切らしたのか、ザビーは大きく跳び上がり、ジャンプパンチを繰り出してきた。しかし、ジャブでさえ全て防がれたにも関わらず、そんな隙の大きい攻撃がカブトに当たるはずもなく、簡単に避けられ、ザビーの拳は地面に激突する。

 

「フゥー……キャスト、オフ!」

《CAST OFF……CHANGE WASP》

 

 怪我のせいなのか、ザビーは息を切らしながら、ゼクターを回転させてキャストオフをする。瞬間、装甲が一斉にパージされ、周囲に散らばってゆく。瞬とフィフティは、咄嗟に物陰に隠れてやり過ごすことを余儀なくされる。

 

「キャストオフ」

《CAST OFF……CHANGE BEETLE》

 

 カブトもすかさずキャストオフで装甲を飛ばし、飛んできたザビーの装甲を弾き飛ばしつつ、装甲のパージと同時に攻め込んできたザビーに応戦する。

 

「うらあ!」

「っ」

 

 まずは、飛んできたザビーの拳を掴み、そのまま投げ飛ばす。地面に叩きつけられたザビーは、素早くカブトの手を振り解き、横に一回転しながら立ち上がりざまにカブトの顎目がけ、アッパーカットをくらわせようとする。

 しかし、カブトはそれを難なく叩き落とし、ザビーを蹴り飛ばす。地下道の壁に激突したザビーは、懲りずに殴りかかってくるが、それは片手で防がれ、逆にカブトのパンチを腹にくらい、大きく吹っ飛ばされてしまう。

 

「凄い……圧倒してる……」

「感心するのは後だ!今ならドライバーを奪い返せる!」

 

 フィフティに言われるがままザビーの方を見ると、彼の後方にクロスドライバーが転がっているのが見えた。どうやら、さっきの衝撃で落としたらしい。

 兎に角今がチャンスだ。瞬は雨の中走り出し、ドライバーを取り返そうとする。

 

「させるか!クロックアップ!」

《CLOCK UP》

 

 しかしそれを妨害すべく、ザビーがクロックアップを発動する。降り注ぐ雨水も、瞬の足も地に着く事なく静止しているかのようにスローモーションになる。

 普通の人間はクロックアップに対抗する手段を持たない。できるのはワームと、ZECT製のマスクドライダーシステムのみ。

 だからこの時点で、ザビーの最後の障害は自ずと決まっていた。静止した雨水を掻き分けるように、ソレはザビーに近づいてきていた。

 

「カブトォ……!お前は関係ないだろ!何故こいつを庇う!」

「巻き込んだのはお前だろうに。そんなに不穏分子を恐れているのか?」

 

 カブトはザビーの怒りを受け流しながら、ゼクターホーンを左に戻し、ゼクター側面のスイッチを順に押してゆく。ライダーキックで早々に蹴りをつけるつもりらしい。

 ザビーもそれを迎え撃つべく、ゼクターのスイッチを押す。

 

「いつもいつも俺達の邪魔を……!」

「何人たりとも、天の道を歩む俺を妨げることはできない」

《RIDER STING》

《RIDER KICK》

 

 カブトの右足と、ザビーゼクターの針の部分に、それぞれタキオン粒子がチャージされてゆく。そして、両者はほぼ同時に必殺技を繰り出した。

 ザビーの左腕はカブトの胸元を、カブトの右足はザビーの左脇腹を、それぞれ抉るような勢いで目掛けて動き出す。2人とも避けはせず、ただ相手より先に攻撃を当てて撃破することのみを考えている。先に倒せば、それで済む ——

 

《CLOCK OVER》

 

 クロックアップが終わると同時に、必殺技が命中し、周囲に衝撃波が拡散する。カブトは右足を上げたまま、ザビーは左腕を突き出したまま動かない。

 

「え?な、何が起きたんだ⁉︎ 」

 

 瞬はその様子を見て困惑しながら、クロスドライバーを拾い上げる。なんせ側から見れば、一瞬のうちにカブトとザビーが必殺技を打ち合ったような状況になったのだ。

 

「…………………………ぐふっ」

 

 長い沈黙の後、先に倒れたのはザビーの方だった。突き出した拳は、僅かにカブトに届いてはいなかった。やがて腕がだらんと下がり、がくりと膝をつき、カブトの足元へと倒れ込む。そして、腕のザビーゼクターがブレスレットから外れ、空の彼方へと飛んでゆき、変身が解除される。

 カブトは足を下ろすと、倒れた影山に目もくれずに、傍に停めてあったバイクに跨る。

 

「待て……貴様らぁ……!」

「感謝するよ天道総司。おかげで全て解決した」

「あ、ありがとうございます」

 

 瞬は呻き声を上げている影山の方をチラチラと見ながら、天道に礼を言う。天道は振り返ることなく、バイクのエンジンをかけながら、

 

「次からは気をつけるんだな。次はお前自身で切り抜けろ」

「ハイゼンショシマス」

「厳しいねえ君は。まあ今回は奇跡的に協力してくれたようなもんだし、当然か」

 

 フィフティよ、後半の内容を本人の前で言うんじゃない。多分それは心の中で思っておくだけで済ますべき内容だから。

 瞬は、バイクで雨を突っ切り走り去ってゆく天道を見送りながら、上記の意味を込めた拳骨をフィフティにくらわせた。やっぱりコイツは駄目な気がする。

 とりあえず、早いところこの場を離れなければ。ZECTの追手が来るし、色々ほったからかしてきたものをどうにかしなければならない。あれから皆はどうなったのだろうか。オリジオンと戦わされている古城達に、凪沙を任された唯、置いてけぼりにしてしまったヒビキ達。ここから一気に忙しくなりそうだ。

 

「……よし、行かねーと」

 

 瞬は、雨の中、拳を握りしめながらそうつぶやいたその時、手のひらに硬い感触があった。

 あり得ない。手には何も持ってはいない筈なのに。首を捻りながら、瞬は握りしめた拳を開く。開いたその手のひらの中には、どこか見覚えのあるものが。

 

「これって……」

 

 カブトのライドアーツ。

 いつの間にか、それが手の中にあった。

 


 

 ヒビキが最初に感じたのは、コンクリートの床の冷たさだった。

 じんじんと痛む頭をおさえながら、ヒビキは起き上がる。薄暗く、じめじめとした廃倉庫のような場所だった。光源は床から遥か高くにある天窓のみ。その天窓から見える空は、今にも雨が降り出しそうな曇天だった。

 

「あ、起きた」

「君は……」

 

 すぐ近くでした声に反応してばっと横を向くと、ヒビキと同い年くらいの、頬に傷のある銀髪の女の子がヒビキの顔を覗き込んでいた。

 

「ねえ、ここって……」

「ほかにもいるよ」

 

 少女がヒビキに、あたりを見るように促す。

 促れるままあたりを見渡してみると、そこかしこに10歳前後の子どもたちの姿が確認できた。何もわからず困惑する者、恐怖で泣き出す者、まだ気絶している者 ― あわせて20人前後いるだろうか。もしかして、彼等もヒビキと同じように、無理矢理連れてこられたのだろうか。

 意識を失う寸前に、ヒビキに話しかけてきた青年。彼はいったい何者で、何のために子どもたちをここに集めたのだろうか。

 

「なんなのこの状況?いったいどうして私達はこんなところに集められたの?」

「さあ……わたしたちもわかんないんだ。だけど一つだけわかる。わたしたちを連れてきたアイツはろくでもない奴だって、おかあさんが言ってるの」

「……うん?おかあさんも近くにいるみたいな言い方だけど……?」

「わたしたちのことは気にしないで。霧崎律刃(きりさきりつは)。そう呼んで」

 

 なんだか少女の話し方が変だぞ?と思ったヒビキだったが、あえて何も言わなかった。世の中にはいろんな人がいるのだ。これも個性なのかもしれない。

 

「私はヒビキ。こんなことを言うのも変だけどさ、ここで会ったのも何かの縁……だったりするのかな」

「縁……かあ……」

 

 その時、突如として、壁に設置されていたモニターが点灯し、1人の男の顔が映った。耳にピアスをジャラジャラつけた金髪の男。柔和そうな笑みを浮かべてはいるが、その顔に温かいモノなど微塵も感じない。

 その顔にヒビキは見覚えがある。間違いない、自分を連れ去ったヤツだ。

 男 —— 司馬神真は、口元だけを吊り上げた歪な笑みを浮かべながら、まるで学校の先生のように、あくまで友好的だと言わんばかりに振る舞いながら、モニター越しに声をかけてくる。

 

『やあ、皆元気そうで何よりだ。これからここにいる皆で楽しいことをしようじゃないか、ねえ?』

「なんなんだよ!いきなり連れてきといて!けーさつ呼ぶぞけーさつ!」

「ママァ〜!おねえちゃぁああああん!」

「気持ち悪い……」

 

 反発する者、泣き出す者、嫌悪する者。多種多様な反応を示す中、ヒビキと律刃は無言だった。困惑していたのもあるが、この異様な状況に警戒していたのもある。そんなふたりの態度が物珍しかったのか、司馬はモニター越しにヒビキ達に視線を向ける。

 

『おや、そこの2人。随分と大人しいね。俺の経験則からするに、こういう時は泣き叫んで暴れるのが普通の反応だと思うんだけどね』

「……」

『まあいいや。本題に入ろう』

 

 無言で睨み返すヒビキ。司馬は楽しさを抑えきれていない様子で、早速本題に入る。その態度は完全に場違いだった。

 

『突然だけど俺はね、君たちみたいな未来溢れる子供達が惨殺されるのを見るのが趣味でねぇ。ほら、好きな子が虐められる光景って興奮するだろ?』

「いや、何言って……」

『早速だけどいこうか。カモン』

 

 子供達が「何気持ち悪い事言ってるんだこいつ」と言いたげそうな顔になるが、待ちきれなくなった司馬は、屈託のない笑みを浮かべながら指を鳴らす。

 すると、ガラガラと大きな音を立てながら、奥のシャッターが上がり始めた。パシャリと、水溜りに踏み込む音がする。シャッターの向こう側の闇から、恐怖がやってくる。

 

「Guuuuuuuuuuu……」

「これってさっきの奴らと同じ……⁉︎ 」

 

 それはワームだった。サナギ態だけだが、その数は10は裕に超える。それは何の力もない子供達にとっては、絶望そのものでしか無かった。

 瞬く間に辺り一帯が悲鳴で埋め尽くされ、子供達は一目散に逃げ出す。その姿を嘲笑うかのように、モニター越しに司馬の声がかけられる。

 

『ほーらさっさと逃げなきゃ死んじゃうぞー?まあ俺的にはそっちの方が興奮するんだけどね。悲鳴を聞きたいなぁ!君達の純粋無垢な断末魔を聞かせてくれないかなぁ!』

「来ないで……こないでぇ……うあああああああああああああっ‼︎ 」

 

 腰を抜かして動けなくなった少年に、ワームが迫る。涙ながらに張り上げたその悲鳴が、少年の最後の言葉となる。血が飛び散り、少年の生命が終わる。ワームはその様子を見て、嬉しそうに鳴く。

 

「あああああ……ああああああああああっ!」

 

 そのショッキングな光景を見た別の少年が、その場にへたり込んでしまう。その背後には、ワームの姿。その後は言うまでもないだろう。次々と子供達が殺されていく。ヒビキと律刃も、ただ逃げるしか無かった。逃げ場なんてどこにもないのに。

 その頃、別の子供達の一団は、廃倉庫内のコンテナが迷路のように積まれた一角に逃げ込もうとしていた。あそこならば少しは目を誤魔化せる。そう考えた奴がいたのだろう。しかし、その目論見は潰える。

 

「あれ……どうしたんだよショータ」

「……」

「マリちゃん?」

 

 先頭を走っていた数人がふいに立ち止まり、集団全体を堰き止める。不審に思い、彼らの知り合いが声をかける。しかし返事はない。すると、

 

「ごめんね」

「え」

「俺達、実は人間じゃないんだ」

 

 彼らは振り返りながら、擬態を解く。

 —— 子供達の中に、既にワームが紛れ込んでいたのだ。

 

「死んでね、皆」

「ああああああああああああああああああああああっ⁉︎ 」

「きゃああああああああああああああああああああっ⁉︎ 」

 

 友達だと思っていたのが、全く別の存在だったことに対する絶望を感じながら、無惨にも彼らは殺された。小さな身体がバラバラに引き裂かれ、血肉が当たり一面に散らばってゆく。この光景を見れば、きっと生き延びても、トラウマモノ間違いなしだろう。

 その光景を横目に、ヒビキと律刃はコンテナの中に隠れる。運良くワームに見つからずにここまでくることが出来たが、それも時間の問題。既に半数以上の子供達が殺されている。そう遠くないうちに、自分達に魔の手が迫るのは避けられない。

 

「わたしたち、おしまいなのかもね」

「冗談じゃない……っ!こんな馬鹿げたことがあっちゃ駄目だ……!」

 

 コイツは狂っている。本当に彼は同じ人間なのだろうか。あの皮膚の下にはちゃんと赤い血が流れているのかと疑いたくなるような感性だ。少なくとも、ヒビキはあれを人間とは思いたくは無かった。

 ヒビキは、司馬への恐怖よりも怒りを覚えていた。殺されることは怖くない。それ以上に、無辜の人々が命を弄ばれるのを許せない。そして、ヒビキにはそれをどうにか出来るだけの力が ——

 

(……あれ?)

 

 そこまで考えて、ヒビキは戸惑いを感じた。今のは何だ?今湧き上がってきた感情(モノ)はなんだ?その原動力はどこなのだ?

 だが、それを堪えることが出来ない。立ち止まっていられない。この理不尽に対する怒りを止めてはいけないと、身体が叫んでいるのを感じる。

 そしてヒビキは気づいた。これは正義の心。自分が忘れていただけで、今なおそこにあるもの。かつての自分が一体どうやって、それと関わってきたのかは思い出せないが、一つだけわかったことがある。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……」

 

 ヒビキは立ち上がる。瞬がこの場にいれば止めさせようとするだろうが、彼女はどうしても黙ってやり過ごすことが出来なかった。

 

「どこにいくの?」

「……ごめん、無理。ただ逃げるなんて出来ない」

 

 律刃の手を離し、ヒビキはコンテナの外の様子を伺う。辺りに子供達の死体が散らばっている。チラホラ生き残っている者の姿も見えるが、あれがワームの擬態という可能性もある。

 策はない。だがそれが足を止める理由にはならない。こんな悪趣味なショーに付き合ってなんかいられない。ヒビキは、殺戮の空間に足を踏み入れようとする。

 その時。

 

「待てよ」

 

 そう言って、コンテナから飛び出そうとしたヒビキの手を、律刃が掴んで引き止める。その声のトーンは明らかに低い。まるで別人のように顔付きが変わっているように見える。それでもヒビキは行こうとするが、律刃の手を振り解けない。

 律刃は前髪を上げ、ヒビキの両手を取って言う。その時、ヒビキには、律刃の顔の傷が光っているように見えた。

 

「いい加減(オレ)もこんな悪趣味なショーのせいで吐き気マシマシになってきたところなんだ。ここは(オレ)に任せろ。全部わたしたちがバラバラにしてやっから」

 


 

 その頃の唯はというと。

 

「……マジでこれどうすれば良いんだろうか」

 

 一向に起きない凪沙を前に、腕を組んで絶賛悩み中であった。

 とりあえず何処かの公園に適当に入り込み、ベンチの上に凪沙を寝かせてみたはいいものの、ここからどうすればいいんだろうか。というかこの子は誰なんだろうか。ギフトメイカーから逃すべく彼女を任されたというのは分かるが、これはあまりにも気まずい。

 外は絶賛雨真っ最中。この場には屋根があるからいいものの、あんまりここから動きたくはないというのが本音だ。

 

「ったくー、これ私が男だったら事案間違いなしの絵面だよなー」

 

 唯は空いているベンチに腰掛け、足をぶらぶらさせながら空を見上げ、口をこぼす。別に今の状況自体に不満があるわけではない。説明不足な点に文句垂れているのだ。

 

「にしても雨かぁ、雨降る前に帰れると思って傘持ってきてなかったんだよなー濡れたくないなー」

 

 一向に止まない雨に、若干ナイーブな気持ちになりかける唯。

 はあ、とため息をついたその時。

 

「そこから離れなさい!」

「びゃあああああああああああああっ⁉︎ 」

 

 なんかメカメカしい銀色の槍の穂先が突きつけられた。思わず唯は悲鳴をあげて距離をとる。一体何事か。

 見るからに鋭そうな槍にビビり散らしながらも、唯は槍の持ち主の方を見る。そこにいたのは、中学生くらいの女の子 —— 姫柊雪菜であった。彼女は警戒心バリバリで唯を睨みつけているし、なんか雪菜の後方には傷まみれのおねーさんが倒れていらっしゃる。一体全体なんなんだこれは。

 雪菜は銀槍 —— 雪霞狼を構えながら、唯に問いかける。

 

「貴女は一体何者で、凪沙ちゃんに何をしようとしているのですか?返答次第では刺しますがよろしいですね?」

「あのぅ経緯とか事情とかはちゃんと話すんで、その槍おろしてくれませんか?それになんか後ろに人倒れていない?あれ私の幻覚とかじゃないよね?」

「正当防衛ですのであしからず」

 

 雪菜はあっけらかんとしているが、これでは明らかに危ない人にしか見えない。やべえよこれどうしたらいいんだ。

 唯が冷や汗ドバドバ出しながら考えていると、近くの草むらからガサゴソと音がしだした。まるで何かが此方に向かってきているようだ。この状況でなんか来るのはさすがに勘弁いただきたいものだと辟易しだす唯。

 草むらを突っ切って現れたのは、暁古城であった。彼も彼で、ボロボロになっているし、背中になんかへんな男の人を背負っている。意識のない人を連れ回すのがトレンドになってたりしてないよね?と思わずにはいられないだろう。

 古城は冷や汗まみれの唯と雪霞狼を構えた雪菜を見て即座に状況を察したのか、慌てて二人の間に入って止めにかかる。

 

「ストップストーップ!いきなり襲い掛からない!お前そんなに血気盛んなやつだったか⁉︎ 」

「先輩……すみません、ついカッとなってしまって……で、その背中に背負ってらっしゃる人は?」

「ああこれ?さっきの怪物の正体だよ。ほっとくのもアレだし連れてきたんだけど……この人、未登録魔族みたいだぜ?大丈夫なのかな……」

 

 なんでこの場に要救助者が三人も集まっているんだ、と思わず頭が痛くなる三人。おまけに凪沙を任せたはずの瞬は、凪沙を唯に任せてどっかに行ってしまっているしで、まるで共通の知人が不在の時のような何とも言えない雰囲気があたりに漂っていた。

 頭を抱えて唸りながら、古城は素性の知れない唯に問いかける。

 

「で、アンタは何者で、なんで凪沙と一緒にいるんだ?」

「じつはかくかくしかじか」

 

 唯もすべてを理解しているわけではないが、ここまでに至る経緯をとりあえず説明し、自身が怪しいものでないということを証明しようとする。仮面ライダーやるのは良いけど、守るべき人をほっぽりだすのはよくないのだ。次会ったらそこんとこをきつく言わねばなるまい。

 とりあえず唯の説明のおかげで事情を理解したらしく、雪菜が頭を下げてきた。まあ、友人が見知らぬ人と一緒に居たら警戒したくなるのも無理はないだろう。

 ちなみに瞬が仮面ライダーであることは伏せている。普通の人は言っても眉唾物だと思うだろうし、本人以外の人がヒーローの正体をベラベラ喋るのもどうかと思ったからだ。

 

「で……その人は大丈夫なんですか?」

「多分大丈夫だよ。瞬はそう簡単に倒れるような奴じゃないよ」

「信頼してるんですね」

「おうよ、10年来の付き合いだよ?いい所も悪い所もだいたい把握済み、それが幼馴染の長所なのよ」

 

 そう強がる唯だったが、心配していないわけではない。仮面ライダーになって以降、自分の知らない所で、瞬は普通に生きていても巻き込まれないような出来事に巻き込まれている。それが不安でもあるし、不謹慎だが寂しくもある。

 なんだか瞬だけが、勝手に先に進んでしまっているような感じがする。今まで一緒にいただけあって、唯は他の誰よりもそれを感じている。

 今からでも追いかけなければ。瞬に会って色々と言ってやらねば。そう思いながら、唯はベンチから腰を上げる。

 

「じゃあ私はこれで……いつまでも部外者がいたらお互い気まずいでしょ?それに瞬のやつも探しに行かなきゃならないしさぁ」

「なんなら手伝おうか?元はといえば俺が凪沙を頼んだせいでもあるからさ」

「気持ちだけ受け取っておくから —— 」

 

 古城達も瞬を探すのを手伝おうと申し出てくれるが、唯はそれを断って公園の出口へと向かう。

 その時、唯が向かう先にあった公園の出口に、一台のバイクが停車する。雨の中、合羽も着ずにびしょ濡れの乗り手は、唯の顔を見るなり、被っていたヘルメットを脱ぐ。

 それは、よく知っている顔だった。

 

「あ、唯」

「おやおや、よもやこんなところで再開するとはね」

 

 バイクに乗っていたのは、瞬とフィフティだった。どこか間の抜けたような声を出す瞬に、先程まで色々と考えこんでいた唯は、雨の中一直線に瞬へと駆け寄り、瞬をぽこすか叩いたりバイクをゆさゆさと揺らし始めた。

 

「あ、じゃないが!あ、じゃないんだってば!」

「やめろやめろバイク倒れるぅ!」

「ばかばかおばかあ!幼馴染たる私を差し置いてどこほっつき歩いてたんだよぅ!」

「それは悪かった!でも追い回されたり尋問されたりでこっちも大変だったんだよ……ごめんな、いきなり巻き込んじまって」

「巻き込むのはいいよ⁉︎ でも人のこと巻き込んどいて途中下車とかマジありえないんだって!いっつも蚊帳の外とかホントモヤモヤするんだよ⁉︎ 」

「うぶぉあバイク倒れるぅ!」

 

 感情に任せてバイクを揺さぶりすぎたのか、バイクスタンドを下ろしていなかったのが仇となり、バイクは瞬を跨らせたまま横転してしまう。またもや雨で濡れた地面にぶったおれる瞬。足がバイクの下敷きにならなくてよかった、と胸を撫で下ろしながら、フィフティと共に倒れたバイクを起こしてゆく。

 そして、バイクを張り倒した唯の頭に、お仕置き代わりに軽くチョップを叩き込み、唯の両肩に手を置いて、改めて話を聞くことにした。

 

「で、お前の主張をもう一度聞かせてもらおうか」

「巻き込むのは構わないよ。でも、置いてけぼりは許さない」

「……やっぱりそう言うか」

「わかってたんならよし」

 

 瞬的には、唯を危険な目に合わせたら彼女の親と湖森に合わせる顔が無くなってしまうので、極力唯は巻き込みたくない。だが、唯はそんなのお構い無しに首を突っ込むと宣言しちゃっている。そして瞬は知っている。コイツを説得するのは無理だと。唯との10年来の付き合いがそう物語っている。

 ならば、唯に危害が及ばないように自分が頑張るしかあるまい。瞬にはその為の力があるのだから。前回のようなことは繰り返させない。

 そう決意しながら、瞬は再びバイクのエンジンをかける。当然のように唯がフィフティからヘルメットを奪い取って瞬の後ろに乗ってくるが、今更突っ込むのもあれだろう。

 そこに遅れて雪菜と古城もやってきた。

 

「無事だったんですね。良かったです」

「2人とも、巻き込んでしまってごめん」

「ま、まあ、とりあえず無事でよかったよ。凪沙のこともありがとう」

「途中でほっぽり出してたんだけどね」

「あのまま仲良く御陀仏よりはマシだろうに」

 

 周りへの被害に無頓着なレイラと戦うのだから、あの時は唯に任せるのが最善策だったと思う。まあ結果的に元の鞘にもどって一安心だ。

 

「フィフティ、ネプテューヌとヒビキの居場所は分かるか?あいつら、勝手にうろちょろしてなけりゃいいけど」

「勿論だとも。バイクの方にナビを付けておいたからね」

 

 そりゃあ良かった。このまま当てもなく街中を走り回るのは流石に無理があったので、フィフティに頼んでおいたのだ。本当ならスマホで電話を掛ければいいのだが、なぜか2人とも繋がらないし。

 2人について考えを巡らせていると、無性に不安になってきた。早く行かなくては。瞬はヘルメットを被り、バイクのアクセルを回そうとする。そこに、古城が声をかけてくる。

 

「自己紹介、まだだったよな?俺は暁古城」

「姫柊雪菜です」

 

 確かに、ここまで関わっておきながら、まだ互いに名前を知らなかった。一応互いに恩があるわけだし、名前を知らないというのは流石に失礼だろう。

 

「諸星唯だよ」

「逢瀬瞬だ。2人とも、ありがとな」

「どーも」

 

 互いに遅い自己紹介を交わし、瞬はバイクを走らせた。

 雨の中、瞬と唯を乗せたバイクが遠ざかってゆくのを、古城と雪菜は見送っていた。

 が。

 

「なんで貴方は此処に残ってるんですか?」

「いや今の流れ的に彼女が一緒に行くべきだと思ってね。それに流石に3人乗りは無理だよ。私は徒歩でゆくさ」

 

 何故かフィフティが置いてけぼりをくらっていた。というかコイツ、先程から半分居ないもの扱いされていたような気がする。

 雪菜の問いかけに、半笑いになりながら答えると、フィフティは雨に濡れながら、鼻歌混じりに瞬の後を追いかけていってしまった。古城は、フィフティのあのローブみたいな服装、絶対水含んで重くなってるよな、とか思っていた。

 ともかく役目は終わったので、凪沙を起こして帰ろうする古城。

 

「……ともかく帰ろうぜ。あんまり雨に濡れると風邪ひくし」

「いやでも、この人達どうすれば —— あれ?」

 

 雪菜が指差した先には、先程までオリジオンにされていた2人がいた筈だった。しかし今は、そこには誰もいなかった。

 


 

 神代邸近辺

 

 天道は、バイクを走らせている途中、ふと加賀美の事を思い出した。

たしか加賀美は、他のライダーの元へと向かうと言っていたような気がする。一時停止の標識に従い、天道はバイクを停車させる。ちょうど今、天道は神代邸の近くにいる。

 カブトオリジオンは、全てのライダーを倒すと豪語していた。ならば、神代剣 —— 仮面ライダーサソードも奴の襲撃を受けていてもおかしくない。そしてやつは、いずれ再び天道の元へとやってくる。何がしたいのかは不明だが、向こうがその気なら迎え撃ってやろうではないか。

 天道がそう考えていると、どこからか救急車のサイレンらしき音がこちらに近づいてくるのが聞こえてきた。

 

「まさか……」

 

 ある予想のもとに、天道は再びバイクを走らせる。

 そうして天道が神代邸にたどり着いた時には、神代邸の者の前に救急車が停車していた。そして、門の向こうから、担架に担がれた怪我人が運ばれてくる。それは、天道のよく知る人物達だった。

 

「加賀美……」

 

 神代剣と加賀美新。満身創痍の2人が、救急車の中へと運ばれていた。 —— 奴は、もう2人を撃ち破っていたのだ。

 救急車に担ぎ込まれる2人を眺めていると、救急隊員達に続いて、門から1人の老人が出てくる。彼は神代剣に使える使用人。剣からはじいやと呼ばれている。じいやは天道に気づいて、天道の元へと駆け寄ってくる。

 

「天道様。坊っちゃま達が何者かに襲われて……私は丁度家を離れておりまして、帰ってみればこのような……」

「ああ、一歩遅かったようだな」

「しかし坊っちゃま達をここまで痛めつけるとは……何者なんでしょうか」

「あんたはあいつらについて行くんだ。敵の狙いは俺だ」

「は、はい……気をつけてください」

 

 怪我人2人とじいやを乗せた救急車が遠ざかり、天道だけがこの場に残される。

 

「……」

 

 天道はバイクを降りて、神代邸の敷地へと足を踏み入れる。

 庭は、ひどい有様だった。そこかしこが荒らされ、あちこちに血痕が残されている。その中から、建物の裏手に一筋に伸びる血痕があった。こんな分かりやすい痕跡を残すような馬鹿はそうそういないだろう。十中八九、誘っている。

 だが、行くしかない。天道は、罠を承知の上で血痕を追うことにした。

 

「出てこい。狙いは俺だろう?」

 

 天道は、血痕を追いながら呼びかける。すると、天道の前方で物音がした。たしかこの先は裏門だった筈。

 天道は裏門に辿り着く。其処には、血痕の終点が居た。

 

「待っていたぞカブト。俺は4人のライダーを倒した……今こそ、決着をつけよう」

「望む所だ」

 

 今、カブトとカブトの再戦が始まろうとしていた。

 


 

「ここか……」

 

 ドアガラス越しに部屋の様子を伺いながら、灰司は呟いた。

 ここまで幾度となくトラップに襲われてきたが、その都度対処しながら、最深部まで辿り着くことができた。ネプテューヌを守りながらの道中だったので、いつも以上に灰司は疲弊している。

 部屋の中には、ずっと付け狙っていた転生者・司馬神真の姿が見える。彼は、モニター越しに子供達が殺されてゆく様を眺めながら、ゲラゲラと笑っている。どう考えてもまともじゃない光景に、灰司はぐっと歯を食いしばる。

 彼はゲーム感覚で子供達を殺していたのだ。それも何度も。血飛沫が飛び散る様を見てはしゃぐその姿は、人の姿をした化け物と形容しても差し支えない程の嫌悪感を出している。

 オマケに、どうやって手懐けたのかは知らないが、ワームまで使っている。これは厄介なことになりそうだ。

 

「皆を助けないと……あのままじゃ皆殺されるよ⁉︎ 」

「わかっている」

 

 灰司を急かすネプテューヌ。こんな時、女神の力が使えれば良かったのだが、あいにくこの世界では彼女は無力な存在。どうしようもない。

 灰司もネプテューヌの気持ちはわかってはいる。しかし、ワームへの対処と司馬の捕縛。両方をやり遂げなければならないが、それができない。戦闘要員があと一人いれば、何とかなりそうなのだが ——

 そう考えていたその時。

 

「ん、あれ……」

「どうした」

 

 ネプテューヌが、何かに気付いたように指をさす。その先 —— 司馬のいる部屋の隅、そこには金属製の縦長ロッカーが鎮座している。その半開きのロッカーの中から、何かが垂れ下がるようにして見えている。

 灰司達がロッカーに注目していると、ギイ……、と音を立てて、ロッカーの扉が開いてゆく。

 その中身を見て、二人は驚愕した。

 

「な、に……?」

「まさか……」

 

 中に入っていたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。

 今部屋の中でモニターを見てゲラゲラ笑っている彼と、全く同じ容貌をしたバラバラ死体が、ロッカーの中に詰め込まれていた。では今生きている司馬は一体なんなのか。灰司はその答えを既に知っている。ネプテューヌも、それを既に見ている。

 

「え、何、どゆこと?」

「どうもこうも無ぇ。コイツは多分 —— 」

「あーあ、バレちゃったかぁ」

 

 その時、今までモニターを見ており灰司達に気づくそぶりも見せていなかった司馬が、突然灰司達の方に顔をむけてきた。

 

「いやあ、中々いい趣味してるよなぁコイツ。成り代わってみてよーく分かったよ……」

 

 司馬はそう言いながら椅子から腰を上げ、眉一つ動かさずに一歩ずつ近寄ってくる。一歩ずつ前進するたびに、司馬の姿が揺らいでゆき、人間とは到底思えない姿へと変化してゆく。

 焦げ茶色の皮膚に、肥大化した複眼、背中から生える萎びた羽根。人間に擬態する地球外生命体・ワームた。それも、先程瞬に擬態していたものと同一の個体。時系列的には、どうやら灰司達がここにくる直前に、本物の司馬を殺して成り代わったようだ。

 

「せっかくだから仲間も呼んでみたんだけど、こりゃあ癖になる。弱い奴が死から逃れようと右往左往する様は最高に笑えるよ」

「理解できない……こんなのゲームでもなんでもないし、ゲーム呼ばわりすることが間違っている!少なくとも私は、人の命を弄ぶゲームなんて許せないんだから!」

「餓鬼がごちゃごちゃ煩えっての。お前らもすぐに殺してやる。そして俺達の中で生き続けるんだ」

 

 ネプテューヌの怒りを軽くあしらい、ワームは爪を立てながら歩み寄る。灰司はネプテューヌを庇うようにしてじりじりと退がるが、通路の奥の方から呻き声のようなものが近づいてくるのに気づく。おそらく、他のワームがこっちに来ているのだろう。

 早くやるしか無い。ワームに対抗するならば、クロップアップが可能なマスクドライダーシステムしかない。灰司はダークカブトに変身しようと考え、ライダーベルトを腰に巻く。

 その時だった。

 

『グギャアアアアアアッ!』

 

 司馬が付けっぱなしにしていたモニターから、人間のものとは思えない断末魔が響き渡った。

 おかしい。そんなはずはない。集めたのは何の力もないただの子供。そんな奴らにワームが負けるはずがないのに、今の悲鳴は一体なんだというのか。

 ありえざる事態に動揺しながら、司馬に擬態していたワームは、モニターを凝視する。灰司達もつられてモニターを見る。

 そこには。

 


 

 

「あはははははははっ!見せてよ!もっと見せてよ!じゃないとばらばらにしちゃうからね!」

 

 モニターの向こうでは、律刃が大勢のワーム相手に無双していた。

 

「ほらそこ!」

 

 華麗なバック宙でワームの突撃を躱しながら、律刃はワームの頭に足でしがみつき、ランドセルの中に入っていた2本の彫刻刀をワームの側頭部目掛けて振り下ろす。

 ワームは断末魔と体液の飛沫を上げながら、自分達が殺してきた子供達の血の海の中に倒れる。律刃はワームの上から降りると、陽気に鼻歌を歌いながら、血の滴る彫刻刀を指揮棒のように振り、周囲を取り囲むワーム達に言う。

 

「ねぇ、次は誰からばらばらになりたい?わたしたち的には誰からでも大歓迎だよ?宇宙人をばらばらにするのははじめてだから、わくわくしちゃうよね!」

(この子……一体なんなの?ただの彫刻刀であんな真似できる?てか身のこなし的に明らかに普通の小学生じゃないし……)

 

 コンテナの中に隠れながら様子を見ているヒビキも、律刃にドン引きしていた。彼女が一体何者なのかは分からないが、少なくとも普通じゃない。だかしかし、この状況を打破できるのは、律刃しかいない。だから今は、頼るしかない。

 律刃は鼻歌を歌い続けながら、ワーム達に近づいてゆく。想定外の犠牲にたじろぎながらも、ワームの中の一体が、律刃に無謀にも突っ込んでゆく。

 

「遅いよ」

 

 しかし、ワームの振り下ろされた爪は空を切る。律刃の姿が忽然と消えてしまったのだ。驚くワームだったが、次の瞬間、ワームの背中に激痛が走った。

 振り返ると、そこには、ワームの背中に彫刻刀を突き刺した状況の律刃がいた。

 

「宇宙人の開き、いっちょあがり」

 

 ワームが吠えるよりも早く、律刃はワームに刺した彫刻刀を素早く動かした。すると、まるで魚の開きを作るかの如く、ワームの背中が切開され、体液を撒き散らしながらワームはぶっ倒れた。

 

「グギャアアアアアア!」

「そこっ!」

 

 仲間の死に怒りを感じたワームが飛びかかってくるが、律刃はすかさず彫刻刀を投げつける。飛ばされた二振りの彫刻刀は、ワームの脳天と

胸部に突き刺さり、一瞬でその生体反応を奪い取る。

 律刃はワームに刺さった彫刻刀を回収しにいこうと、この血生臭い場に似合わない、可愛らしい足取りで歩き出すが、獲物を無くした敵が見逃されないはずがなく、2体のワームが丸腰の律刃に襲い掛かる。

 しかし、

 

「甘いんだよ。()()を倒そうってんなら少しは考えて立ち向かってこいよ化け物が」

 

 そう言うと律刃は、すかさずランドセルから彫刻刀の入っていたケースを取り出し、その中に入っていた別の彫刻刀を装備すると、両サイドから飛び掛かってきたワーム達にブッ刺した。

 ワームの死体から彫刻刀を引き抜くと、律刃はため息をつきながら、まるで誰かに語りかけるかのように言う。

 

「ったく油断すんなよな。今のお前がなんなのかちゃんとわかってんのか?……行くぜ、あっという間にばらばらにしてやるからな?」

 

 その瞬間、何かの合図でもするかのように、律刃の目が光った。

 ワーム達はそれにお構いなく突っ込んでくる。しかし、突如として律刃の周囲に濃い霧が立ち込めだし、ワーム達の視界が白一色に塗りつぶされてしまう。

 困惑するワーム達に、律刃からの死刑宣告が下される。

 

「さあお片付けの時間だ!擬・解体聖母(マリア・ザ・リッパー・オルタナティブ)!」

 

 そう叫んだかと思えば、次の瞬間、律刃が霧の中から姿を現した。いかにも必殺技らしい流れだったというのに、何もなかったというのか。ヒビキも、霧に囚われたままのワーム達も、同じ事を思っただろう。

 しかし、それは突然来た。

 何の前触れもなく、ワームの内の一体から血飛沫があがり、断末魔を上げながら床に倒れる。それを皮切りに、次々とワーム達はその身体から血飛沫ど断末魔を上げながら、その命を散らしていく。そして、全てのワームが死んだと同時に、霧が晴れる。

 後には、ヒビキと律刃と、僅かに生き残った子供達だけが残されていた。子供達は、たった一人でワームを殲滅した律刃に恐れを成して、部屋の隅でガタガタと震えている。そりゃあこんなものを見せられて怖がるなという方が無理だろう。

 ヒビキとてそれは同じだった。返り血に塗れた律刃は、最初に会話した時と変わらない調子で語りかけてくる。あんな事をやっておきながら、平然としている。ヒビキはそれが怖かった。

 

「さ、帰ろうか」

「君は一体……?」

 

 手を差し伸べる律刃に、ヒビキは震える声で問いかける。

 そう言われると、律刃は、無邪気にこう答えるのであった。

 

「霧崎律刃。ものをばらばらにするのが好きな、ただの女の子だよ?」

 


 

「ありえない……ありえない!ただの子供にこんな真似が!」

 

 律刃による虐殺の一部始終をモニター越しに目撃していた、司馬に擬態したワームは、机を叩きながら怒鳴り散らす。

 

(あのガキ……ひょっとして転生者か?)

 

 一方で、灰司は、律刃の正体にある程度気づき始めていた。

 転生者ならば、例え子供だろうとあんな事が出来てもおかしくはない。それに、律刃の外見に、彼は見覚えがある。彼女の言動からするに、あの転生者の転生特典は ——

 

「くそ!こうなればヤケだ!俺の手で皆殺しにしてやる!」

 

 そこまで考えた所で、司馬に擬態したワームが自棄になって灰司に牙を剥いてきた。灰司は思考を中断し、ネプテューヌの手を引いて素早く通路側に引き下がる。

 それと同時に、灰司達の背後の窓ガラスを突き破りながら、ダークカブトゼクターが灰司の元に飛来してくる。

 

「そうは行かせねえよ。変身!」

《HENSHIN》

 

 灰司はそう啖呵を切りながらゼクターをベルトにセットし、ダークカブトに変身してワームを迎え撃つ。ワームの鉤爪がマスクドフォームに重装甲と激突し、火花を散らす。

 ワームの初撃を難なく受け止めたダークカブトは、即座にワームを蹴り飛ばすと、ネプテューヌを抱え、ダークカブトゼクターが突き破った窓から地上に向かって飛び降りる。

 

「うおおっ⁉︎ 」

「たかが2階からの飛び降りだ、びびる必要なんざねえっての!」

 

 ダークカブトを追って、ワーム達も窓を突き破って飛び降りてくる。ガラスの破片が降り注ぐ中、ダークカブトはネプテューヌの背中を押して逃がそうとする。

 サナギ態のワームの群れを引き連れたコオロギ型のワームは、じりじりとダークカブトににじり寄ってくる。

 

「逃さないと言ったろ?安心しろ、お前達は俺達の中で生き続けるんだ。だから怖がらなくていいんだ」

「表面上はそうかもしれない。だが俺はそんなの真っ平御免だ。ったく反吐が出る。クソ野郎(てんせいしゃ)クソ野郎(ワーム)のブレンドなんざノーサンキューの極みだ。どの道お前を野放しにはできないしな、さっさと終わらせてやるよ」

《CAST OFF……CHANGE BEETLE》

 

 ダークカブトはゼクターホーンを動かし、ライダーフォームに移行する。パージされた装甲が容赦なくサナギ態のワームを蹴散らしてゆき、一部のワームはそのまま緑色の爆炎を上げながら木っ端微塵に砕け散る。

 同胞の死に憤りながら、コオロギ型ワームは背中の羽根を素早く動かして真空の刃を解き放ってくる。しかしダークカブトはそれを難なく飛び越え、そのままワームの懐まで潜り込み、肘鉄をぶち込む。

 

「ぐっ……」

「っはぁっ!」

 

 ダークカブトは仰け反ったワームの顔面に、続け様にパンチを叩き込み、さらに腹パン数発、脇腹へのハイキック3発、回し蹴り1発を続け様に命中させてゆく。反撃の隙など与えやしない。ただ速やかに標的を殲滅する戦い方だ。

 生き残っていたサナギ態のワーム達が、背後からダークカブトに飛びかかるが、ダークカブトはすかさずカブトクナイガン・アックスモードで振り向きざまにワームを一刀両断し、爆散させる。彼らは最早戦いの土俵にすら立っていなかった。

 

「コピーする相手を間違ったんじゃないのか?」

「黙れよ!ならお前を倒して俺がお前になってやる!」

 

 ダークカブトの言葉に苛立ち、ワームは殴りかかる。が、

 

「やめとけよ。お前如きに俺が務まってたまるか」

 

 ダークカブトはカブトクナイガンを素早く振り抜き、ワームの片腕を切り落としてしまう。血飛沫と悲鳴がワームから発せられ、片腕を失ったワームは地面に倒れる。ダークカブト的にはこれで殺せると思っていたのだが、案外相手もしぶといらしい。

 だがそれがどうした。それならまだまだ殴ればいい。斬れば済む話だ。ダークカブトは倒れたワームの胸ぐらを掴み上げ、そのまま何度もワームの顔面を殴りつける。その姿はまるで、カツアゲをする不良のようであった。一体どちらが悪なのだろうか。

 

「……勝手に動いちゃ駄目だからね。危ないんだよ?」

「なぁ」

 

 その戦いを廃工場の建物入り口付近の物陰から見ていたネプテューヌは、自身の腕の中に抱かれた猫にそう語りかける。

 なぜか妙にネプテューヌに懐いているらしく、呑気なのは、はたまた状況がわかっていないのかはわからないが、猫はのんびりと欠伸をしながらダークカブトの戦いを静観している。

 

「しかし、あの人も仮面ライダーだったなんて驚きだよねー。いいなぁ、私も女神モードになれたらなぁ。しばらくお仕事サボってたからレベル1になってるかもだけど」

 

 自分が戦えないことひ歯痒さを感じながらも、それを仕方なしに受け入れ、ネプテューヌは物陰でやり過ごそうとする。猫をぎゅっと抱きしめ、ぽつり。

 

「ごめんね、—— 。こんな不甲斐ないお姉ちゃんで……あれ?」

 

 そう言って、彼女は首を傾げた。はて、今変なことを口走ったような気がする。しかしながら、それがなんなのかさっぱりわからない。

 

「なんかおかしな事言っちゃった感半端ないんだけど……どゆことよこれ?」

「ぬーあ?」

 

 腕の中の猫と共に首を傾げるネプテューヌ。まだ物忘れに苦しむ年頃じゃないというのに。

 ネプテューヌがうんうんと唸っていると、ガコンと、彼女の近くにあった、廃工場の入り口である鉄扉が開く音がした。そして、扉の向こうから、数人の子供達が顔を見せる。律刃の活躍で生き延びた子供達だ。勿論、律刃も、そしてヒビキの姿もその中に確認できる。

 

「あ……ネプテューヌ!」

「ヒビキ!無事だったんだね!」

 

 お互いに気づき、再会を喜び合う。迷子同士がようやく合流できたのだ。

 そんな2人の様子を遠巻きに見ていた律刃は、保護者目線で言葉を送るが、

 

「良かったね再会できて。うん、わたしたちが頑張った甲斐があったよ」

「あー……うん……」

「怖がらなくていいよ」

「いや怖がる要素しかないよ……」

 

 あんな血みどろの惨状を作って子供達にトラウマ植えつけといてよく言うよ。ヒビキもネプテューヌも思わず律刃から距離を取る。よく見れば周りの子供達もガタガタ震えっぱなしである。これはメンタルケアに苦労しそうだ。

 が、そこでワームが逃げ出してきた子供達に気づいた。ダークカブトにボコボコにされてはいるが、それでも許せなかった。司馬(じぶん)の娯楽を台無しにした律刃を。

 

「貴様はさっきの —— 許さねえ!貴様も死ねぇ!」

 

 ワームは、自らの腕を掴んできたダークカブトの手を振り払うと、金切り声をあげながら、口から毒々しい色の液体を噴き出した。その液体は強い酸性を示しており、人体なぞ容易く溶かし尽くしてしまうシロモノだ。

 猛スピードで放たれたそれは、無防備な子供達目掛けて飛んでゆく。ダークカブトも、律刃も、アクションを起こそうとするも、圧倒的に時間が足りない。間に合わない。

 

「ハッハァ!1人たりとも生きて帰すわけねえだろ!死ねぇ!」

「させるかぁ!」

 

 ワームが上記の台詞を吐き捨てたその時。

 コンクリート塀を飛び越しながら、廃工場に隣接していた雑木林の中から、一台のバイクが飛び出してきた。そして、そのバイクの乗り手らしき人物が、銃らしきもので溶解液の弾を瞬時に打ち落としてしまった。

 一体この局面で、誰が邪魔しにきたというのだ。

 バイクの乗り手は、ヘルメットを外す。その顔は、ワームにとってもダークカブトにとっても見覚えのあるものだった。

 

「……またあったな虫野郎。こんな子供を手にかけようとは、腐った野郎だ」

「あのう……瞬、ここ何処?また戦場?」

 

 逢瀬瞬。一度退場した筈の彼が、舞い戻ってきたのだ。

 バイクの後ろに載っている唯は状況を飲み込めていないのか、辺りをキョロキョロと見渡している。

 

「瞬!」

「悪いな、お前らをほっぽりだしちまって」

 

 瞬の姿を見てネプテューヌとヒビキが駆け寄ってくる。瞬が離れていってしまったせいで、これまで散々な目に遭わされたのだ。彼女達には申し訳ないことをしたな、と瞬は2人の頭を撫でながら謝罪する。

 が、今は再会を喜び合うような場合ではない。邪魔をされて不機嫌そうなワームと、交戦中だったダークカブトがコチラを見ている。

 

「アクロス……!」

「はっ!誰かと思えばクロックアップのできない雑魚ライダーか!お前はお呼びでないんだよ!さっさと死ね!」

「そーいやぁお前とやり合うのはこれで3度目だったっけな。いい加減うんざりしてたんだ、ケリつけようぜ」

 

 ダークカブトと取っ組み合いながら、クロックアップのできないアクロスなぞ敵ではないと豪語するワームだが、瞬は不敵に笑いながら新たなライドアーツを取り出す。その赤いライドアーツには、こう書かれていた。

 —— KABUTO。

 それに気づいた瞬間、ワームの顔色が変わる。コピーした司馬の記憶から、とある可能性に辿り着いてしまう。それが正しければ、今ある優位性は無くなってしまう。

 

「唯、離れてろ」

「うん」

 

 唯達を安全な場所まで下がらせると、瞬はバイクから降りながら、あらかじめ巻いていたクロスドライバーに、アクロスライドアーツとカブトライドアーツを装填する。

 

「変身!」

《CROSS OVER!思いを、力を、世界を繋げ!仮面ライダーアクロス!LEGEND LINK!着いてきやがれ天の道!光速のオンリーワン!LINK KABUTO!》

 

 長ったらしい変身音声が流れ、いつもの様にアクロスに変身した後、アクロスの頭上に、何処からともなくアクロスと同じくらいの大きさのカブトゼクターに酷似したユニットが飛来してくる。

 飛来してきたそれはアクロスの頭上で羽ばたきながら、ワーム達を威嚇するかの様に数度複眼状の部位を光らせると、パーツ毎にバラバラになってアクロスに引っ付いていく。ゼクターホーン部分はアクロスの額にくっ付き、本物の仮面ライダーカブトのようなシルエットを作り出し、鉄の羽根はアクロスの背中にくっ付き、スイッチらしき部位はアクロスの腕にくっ付き、残りの部位は胸部や脚部にくっ付き、赤い装甲に変化する。

 これぞ天の道を行くライダーとの繋がりの結晶、仮面ライダーアクロス・リンクカブトである。繋がった時間は僅かなれど、その縁は確かに今結実したのだ。

 

「その姿……また新たなフォームか!」

「は!変にゴタゴタつけやがって!速攻で叩いてやる!」

 

 ワームはダークカブトのカブトクナイガンによる一閃を躱すと、クロックアップで即座にアクロスを叩き潰そうとする。ダークカブトも即座に反応し、ワームと同時にクロックアップ状態となる。

 例え片腕しか無かろうと、コイツを始末できるはずだ。最悪の予想が実現する前に終わらせて ——

 

「言っただろ、ケリをつけるってな」

「……あ、ああ!」

 

 その声を聞いた瞬間、胸に強い衝撃を受けると同時にワームは絶望した。

 ゴロゴロと地面を無様に転がったワームは、見上げる。そこには、クロックアップの世界でも、普通に活動しているアクロスの姿であった。彼もまた、クロックアップの世界に突入してきたのだ。

 

「情けねえな、たかがイーブンになっただけだろ?まさかお前、自分が完全有利じゃないと発狂するタチか?」

「前の様には行かないぞ……さあ、突っ走るぜ」

 

 クロックアップした2人のライダーは、狼狽えるワームに突っ込んでゆく。まずはアクロスの攻撃。鋭い右ストレートがワームの顔面を捉え、ワームを仰け反らせる。そこにすかさず、ダークカブトのカブトクナイガン・ガンモードによる射撃が命中し、ワームはなすすべなく撃ち抜かれてしまう。

 入れ替わりに、アクロスの連打がワームの腹部に食い込み、ワームはくの字に折れ曲がって吹っ飛んでゆく。ぶち当たったドラム缶の山がガラガラと音を立てて崩れ、ワームはその下敷きになってしまう。

 クロックアップならばそれは避けられた筈なのだが、ワームはそうしなかった。いや、できなかった。今やクロックアップの有無という圧倒的な優位性を崩されたワームは、みるみるうちに戦意を喪失していた。コピーしま司馬神真の性格に引き摺られ、対等な戦いに恐れを抱き始めていたのだ。

 

「ひいいっ!ああ!くそ、お、お、俺を守れよ!」

「逃すか!」

「おい待てそいつは俺の —— ああクソッタレ!また子守かよ!」

 

 サナギ態ワーム達に足止めを命じながら、司馬に擬態していたワームはクロックアップで逃げ出した。ダークカブトの制止を振り切り、アクロスはそれを追ってクロックアップで駆け出す。

 雨粒が地面に着くよりも速く、瞬きよりも速く、両者は駆ける。しかし、アクロスとワーム、双方のメンタル面での差異が、その距離差を埋めてゆく。

 双方は工場地帯を抜け出し、近場の河川敷にまで移動していた。雨が降り頻る中、必死でクロックアップしながら逃げるワーム。しかし、その足取りはだんだんと力無いものになってゆく。元より弱い者イジメしか出来ない小心者だった司馬神真の記憶の影響を受けて、どんどん弱気になっていっているのだ。

 

「来るなぁ!来るなって!」

「もう追いついてるんだよ!」

 

 叫ぶワームだが、それよりも早く、追いついたアクロスがワームを殴り飛ばした。びしゃびしゃと水飛沫を上げながら、濡れた地面に倒れるワーム。

 アクロスは、ライドアーツを一旦挿入口まで戻し、再度ドライバーにセットする事で、必殺技を発動させる。

 

《RIDER CROSS BLAKE》

「はあっ!」

 

 アクロスは雨を突っ切りながら、空高く飛び上がる。すると、アクロスの全身を覆っていたカブトゼクターに酷似したユニットがアクロスから分離し、アクロスの両足に新たな形でくっついてゆき、ちょうど、アクロスの下半身がカブトゼクターと一体化したかの様な形状となる。

 そして、アクロスはその状態のまま、ワームめがけて一直線に急降下する。足の先は、ちょうどゼクターホーンと一体化している。このまま突き刺す算段らしい。ワームは情けない悲鳴を上げながら逃げようとするが、これまでに食らったダメージが響いて上手く身体を動かせない。

 ワームは闇雲に腕を振るう。しかしそれはもはや悪あがきにもならず、アクロスの脚部のゼクターホーンが、ワームの身体を突き破った。

 

「うわっ……と?」

 

 通常フォームに戻りながら着地したアクロスは、胴体にでかい穴が空いたワームの姿を見る。ワームは、司馬の姿とワームの姿を交互に取りながら、アクロスに向かって恨めしそうに手を伸ばす。

 

「ふ、ざ、け、る —— 」

 

 言い終わる前に、終わりが来た。

 致命傷を負ったワームの身体は、赤い炎を撒き散らしながら爆散した。後には何も残らなかった。

 

「……ふう」

 

 戦いが終わり、雨に濡れながらほっと一息つく。

 ともかく、早く戻らなくては。さっきの二の舞はもう懲り懲りだ。アクロスはどっと押し寄せた疲労を押し殺して、皆の元に戻ろうと足を動かす。

 その時だった。

 何気なく目をやった、川の対岸。そこにアクロスは、あるものを見た。

 

「あれは —— 」

 


 

 川の対岸にある遊歩道。そこに、土砂降りの雨の中、2人の男が佇んでいる。

 一方は天道総司。雨に濡れながら、ただただ無言で目の前の人物を凝視している。その胸の内は誰にもわからない。もう一方はカブトオリジオンに変身していた青年。ライダー達との連戦で満身創痍であるにもかかわらず、その目は今なお闘志に燃えている。リベンジマッチが、幕開けようとしていた。

 

「待ってたんだぜ、天道ぉ……」

「……その執念にはほとほと呆れかえる。何故そこまで俺を倒したがるのかには興味はないが、いいだろう。乗ってやる」

 

 神代邸から場所を移し、雨降る川岸に2人は対峙する。雨は一層強まり、川の水位は更に増してゆく。他の人が見れば、間違いなく危険だと判断し、2人をこの場から引き離そうとするだろう。

 だが、そんなことは起こり得ない。2人は今か今かと戦いの時を待ち侘びるかのように、互いを凝視している。幾許かの静寂ののち、それを破るかのように、羽音を響かせながら、天道の元へとカブトゼクターが飛来し、天道の腰のライダーベルトにひとりでに収まる。

 

「変身」

「変身」

《HENSHIN》

《KAKUSEI KABUTO》

 

 天道がカブトに変身するのと同時に、青年の方もカブトオリジオンに変身する。

 そして、両者ともに一斉に駆け出して間合いを詰める。まずはカブトオリジオンの先攻、ひねりのない右ストレートが、カブトにむかって放たれる。しかし、カブトオリジオンの拳がマスクドフォームのカブトの腕装甲に阻まれ、ガキンッ!! と、大きな音を立てる。

 カブトは左腕で受け止めたオリジオンの拳を振り払うと、即座にカブトクナイガン・アックスモードを振りぬき、オリジオンの胸部を横一文字に斬りつける。しかし、カブトオリジオンは素早く身を引いたため、カブトクナイガンの刃はオリジオンの胸に浅い傷をつけるだけに終わり、たいしたダメージを与えることができずに終わった。

 

「ふううああああああああああっ!!」

 

 カブトオリジオンは地面を強く蹴って目にもとまらぬ速さでカブトの懐に潜り込み、装甲の薄いベルト周辺にパンチを叩き込もうとする。だがカブトがそれをみすみす食らうはずもなく、間合いを詰めすぎたのがあだとなり、オリジオンは横っ腹に蹴りを食らってごろごろと地面を転がってゆく。

 遊歩道と川を隔てる柵に身体をうちつけられ、あおむけに倒れるオリジオン。ぴくりとも動かない彼の姿に、対岸から見ていた瞬は「これで終わったのか」と思う。カブトは、あおむけに倒れたカブトオリジオンに問いかける。

 

「もう終わりか?あれほど俺達を倒すと豪語したのに」

「んなわけあるか……俺はあんたを倒すまで死ねないっ!! 」

 

 それに呼応するように、カブトオリジオンはばっと起き上がり、カブトの複眼めがけて肘鉄をかます。カブトは頭を捻って避けようとするが、先ほどまでよりも速かったその一撃は、流石のカブトも完全には避けきれず、側頭部にオリジオンの肘が食い込み、カブトの体制が崩れる。

 カブトオリジオンはその隙を見逃さなかった。立て続けにハイキックを数発叩き込み、カブトをじりじりと後退させてゆく。カブトは抵抗せずに、オリジオンの猛攻をただただその身に浴び続ける。そして、オリジオンは大きく飛び上がり、両足を使ったドロップキックをカブトにむかって放つ。

 だが、肘鉄を受けてから無抵抗だったカブトは、そこでカブトクナイガン・アックスモードを思いきり投げ、ドロップキックでこちらに飛び込んできたオリジオンに、その刃を叩きつける。オリジオンのキックはカブトの胸に、カブトが投げたクナイガンの刃はオリジオンの脇腹に突き刺さる。オリジオンは痛みに悶えながら地面にたたきおとされ、カブトはその場に膝をつく。

 戦いはまだ終わらない。カブトオリジオンは、突き刺さったカブトクナイガンを引き抜いてはその場に放り捨て、地面に膝をついているカブトを挑発する。

 

「クロックアップを使えよ。もっと本気で来い!」

「……iいいだろう」

《CAST OFF……CHANGE BEETLE!》

 

 その挑発に応えるように、カブトはベルトのカブトゼクターのホーンを右に動かし、クロックアップの可能なライダーフォームへと変身する。カブトオリジオンは、カブトのキャストオフによって周囲に弾き飛ばされたマスクドフォームの装甲を打ち払うと、歓喜の震えるような声で叫ぶ。

 

「そうだ……それだ……!もっといくぞお!クロックアップだ!」

「そちらがその気なら付き合ってやる。クロックアップ」

《CLOCK UP》

 

 両者ともにクロックアップ状態に入る。二人に降り注いでいた雨が、まるで空中で静止したと錯覚するほどに、その速度を遅くする。空に浮いた雨粒をかき分けながら、カブトオリジオンはカブトに向かって突っ込んでくる。

 カブトは跳んできたオリジオンの拳を片手で打ち払うと、身体を素早く捻って回し蹴りを叩き込む。オリジオンは回し蹴りをくらいながらもその場に踏みとどまり、カブトの両肩をがしりと掴むと、自身の頭部についている角を思いきり振りかざした。頭突きで一瞬だけ、カブトの体勢が崩れる。オリジオンは、そこに続けて両の拳を使ってカブトの頭をぶん殴ると、力任せにカブトを蹴り飛ばした。

 ずさささ……っ!!と後退するカブト。しかし彼はまだ倒れない。軽やかなステップを踏みながら、一瞬で開いた間合いを詰め、お返しと言わんばかりにオリジオンの顔面を容赦なくぶん殴る。オリジオンはカブトの腕をがしりと掴み、心の内を吐露する。

 

「あんたは俺の憧れだった……あらゆる意味で完璧な存在で!その生きざまは、多くの人を魅了してきた!」

「で?」

「だから超えたい!同じカブトになったのだから!全てのライダーを下し、最強である事を証明したい!憧れのあんたを超えたいんだよ!」

 

 それが理由。本来ならかなうはずのなかった、憧れのヒーローとの対峙。それが今かなっていることに対する歓喜が、カブトオリジオンに力を与える。強すぎた憧れは。「あの人のようになりたい」から「あの人を超えたい」の境地まで行き着いた。だから止まらない。止まれない。なぜなら、ゴールはすぐ目の前にいるのだから。

 カブトオリジオンは掴んだカブトの拳を下へと叩きおとすと、もう片方の拳でカブトの顎を抉るかの勢いでぶん殴った。しかしカブトは、アッパーカットで打ち上げられた勢いを利用して、そのままきれいなムーンサルトキックをカブトオリジオンに食らわせる。カブトは着地するなり、よろけるカブトオリジオンに向かってハイキックを食らわせてオリジオンを吹き飛ばす。

 そして、心境を吐露したオリジオンに問いかける。

 

「その先は?俺を超えて何をしたい?」

「先なんてない!憧れってのは昇華しなきゃ意味が無いんだ。燻らせ続けると、人を狂わせちまう。俺はそうなる前にチャンスを手にした。ならば、やるしかないだろ!」

 

 ただ超えるだけ。壁を超えた先にあるものにはさしたる興味はない。ただ超えたいから超える。根底にあったのは、生粋のチャレンジャー精神だった。彼からすれば、たとえどれほどの人を傷つけようとも、壁を超えることに比べれは些事たるものでしかない。他の転生者とはまた違った意味で、彼も狂っていた。

 そんなカブトオリジオンに、天道はこう告げる。 

 

「おばあちゃんが言っていた……他のものがいくら輝こうとも、太陽の輝きには届かない。お前は、俺にはなれない」

「なめるなあああああああああああああああああああああああああああああっ!! 」

 

 心の底からの叫びとともに、カブトオリジオンは天高く飛び上がる。そして、左足を突き出した姿勢のまま、一直線にカブトめがけて急降下してくる。―― ライダーキックだ。

 カブトオリジオンの跳び蹴りがカブトに迫る。しかし、カブトはオリジオンに背を向けたまま、一切動じない。いや、彼もまた、同じ技で迎え撃とうとしていた。

 

「ライダー……キック」

《RIDER KICK》

 

 すでに準備は済んでいた。

 カブトがそう呟きながらゼクターホーンを右に再度倒すと、電子音声とともに、ゼクターからタキオン粒子が放出され、カブト頭部の角を経由し、カブトの右足に粒子が集まってゆく。

 カブトオリジオンのキックが到達するまで、あと1,2秒か。

 

「はぁっ!」

 

 カブトは、目にもとまらぬ速さで振り返りながら、迫りくるカブトオリジオンめがけて回し蹴りを放った。振り回された右足は、遠心力でブーストしながら、突き出されたカブトオリジオンの左足と激突を起こす。瞬間、途轍もない衝撃があたりに巻き起こり、周囲の雨粒を根こそぎ吹き飛ばしてしまう。土砂降りの雨の中、二人の周囲だけがまるで晴れているかのような状態に変化する。

 激突から1秒ほど遅れて、二人のクロックアップが解除される。そしてその瞬間、ひとつの断末魔が雨の中に響き渡った。

 

「ぐ、お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ⁉︎ 」

 

 瞬の目には、その始動は見えなかった。

 断末魔の主は、カブトオリジオンだった。喉が張り裂けるような声量で叫びがらが、雨を突き破り、空に投げ出されてゆく。カブトは、足を振りぬいた姿勢のまま、ライダーキックを放つ前と同様に、オリジオンに背を向けたまま微動だにしていない。

 全身に激痛が走る。これまでのライダー達との連戦で負った傷が、今になってカブトオリジオンの意識を奪おうとしてくる。蹴り飛ばされた勢いのまま、がむしゃらに手足を動かすオリジオンの視界に、カブトの背中が映る。

 それを見て、彼は確信した。自分の思いは間違ってはいなかったのだ。あの日、画面越しに抱いた憧れは正しかったのだ。

 

(ああ、幸せだ —— )

 

 そう思いながら、カブトオリジオンは爆発した。生じた爆風は周囲の雨水と川の水を思いきり吹き飛ばし、カブトはおろか、対岸に居た瞬にまでそれを叩きつける。

 爆風の中から、カブトオリジオンの正体であった青年が、満身創痍の状態でとびだし、地面に叩きつけられる。きている服は原型をとどめない程にボロボロに敗れ、体中の傷から血が流れだしては雨水にとけこんでいく。

 次第に、雨がやんでゆく、カブトは、右手を空に掲げ、人差し指を天高くつきたてる。すると、まるで勝者を祝福するかのように雲が切れ、そこから顔をのぞかせた太陽が、カブトを照らし始めた。カブトは終始無言だったが、その佇まいは暗に告げていた。

 ――俺こそが太陽だ、と。

 

「…………」

 

 青年は、雲の隙間から覗いてきた日の光に包まれながら、意識を手放した。

 太陽を目指して飛んだイカロスは、翼を失い地に堕ちた。彼も天の道に焦がれ、目前で潰えた。

 

 

 だが ——

 その顔は、満足そうだった。

 

 


 

《RIDER KICK》

「せやぁ!」

 

 一方、此方も決着がついていた。

 灰司 ——ダークカブトの回し蹴りが、彼の周囲を取り囲んでいたワーム達に炸裂し、ワーム達は一斉に爆散する。

 

「終わったん……だよね?」

「なんかよくわかんなかったけど、これで一件落着って感じ?」

「あー、なんか終わった途端にどっと疲れが —— 」

 

 そう言いかけて、ヒビキは塀に寄りかかりながらずるずるとその場に崩れ落ちる。ヒビキだけでない。唯も、ネプテューヌも、子供達も、皆一斉にその場に倒れこんでゆく。

 そうして、全てが意識を喪失する。ただ一人平然としていたダークカブトは、皆が意識を失ったのを確認してから変身を解く。

 

「悪く思うな」

 

 灰司が撒いたのは催眠ガス。これから灰司は、皆から今回の事件についての記憶を消すのだ。

 アクロスの監視任務を受けている以上、瞬や彼に近しい人間に灰司の素性を知られるのは不都合なのだ。普段は細心の注意を払ってはいるが、今回はやむを得ずネプテューヌにバラしてしまったので、仕方なしに記憶処理を施す事にしたのだ。

 おまけに、今回の事件はかなりショッキングなものであった。生き残った子供達の精神的ダメージを和らげるべく、この処理は避けられないものであった。ちなみに唯やヒビキについては記憶処理をするまでもないのだが、この場にいたのでついでに受けてもらう事にしよう。

 ちなみに経費が結構かさむので、灰司的にはあまりこういう事はしたくないらしい。

 

「ああ面倒くせぇ。さっさと終わらせてやる」

「へえ、こんな事するんだな」

 

 しかし、ここでする筈のない、灰司以外の声が聞こえた。灰司は咄嗟に隠し持っていた拳銃を、声のした方に向けて構える。

 

「悪いな、俺息止めるのだけは得意なんだよ」

 

 声の主 —— 霧崎律刃は、得意げに笑いながらドラム缶の上に腰掛ける。コイツを始末すべきか、と一瞬考えた灰司だったが、即座にその考えを破棄する。

 AMOREは転生者そのものを憎む組織ではない。あくまで世界の秩序を維持するために、悪しき転生者と戦うのだ。転生者だからといってむやみやたらに殺していいわけではないのだ。灰司も転生者狩りの端くれ、その程度のことはちゃんとわきまえている。

 

「お前、転生者狩りなんだろ?」

「……やはりお前も転生者だったか」

「俺達を殺すのか?」

「いや、AMORE(おれたち)が裁くのはあくまで悪人だけだ。転生者なら誰彼構わず殺すなんて独裁者じみた事してたまるか。まあ……お前のこれから次第、だな」

「へえ意外。俺の経験上、お前みたいな奴は融通効かない奴ばっかだから、てっきり殺すのかと」

 

 偏見のこもった律刃の反応に、そんなの悪役と変わんないだろ、と灰司は吐き捨てる。

 

「俺の記憶は消さないのか?」

「記憶処理は金がかかる。俺みたいな一介のエージェントにゃ結構厳しいんだよ。だから言っておく。今回のことは口外するな。いいな?」

「安心しろ、口の堅さには自信があるんだ」

 

 軽口をたたき合いながら、灰司と律刃は別個にこの場から立ち去ってゆく。

 後には、巻き込まれた女子供のみが残されていた。

 

 


 

 その夜、逢瀬家では。

 

「……で?」

「だからさあ、この仔すっかり私に懐いちゃってさあ……全然離れてくれないんだけどどうしたらいいの?」

「黙りなさいこん畜生。うちにペット飼う余裕なんてないんだよ!ただでさえ居候二人増えて大変だってのに、これ以上叔父さんの負担増やそうとするな。悪魔かお前は」

「女神だよ!悪魔呼ばわりとは失敬な!」

 

 猫を膝に乗せながら、きらきらとしたおめめで懇願するネプテューヌを、容赦なく瞬は一蹴した。瞬の言うとおり、現在の逢瀬家の家計はほぼ全部環四郎おじさんが担っている。別に生活が苦しいわけではないのだが、それについてはわりと本気で申し訳ないと思っているので、これ以上の負担は増やさせまいと瞬は意固地になっているのだ。

 が、そんな瞬の思いを無碍にする一言が、

 

「まあいいんじゃないかな、その代わり世話はちゃんとするんだよ」

「叔父さんは楽観的すぎんだよ……」

 

 まさかの叔父さんからのOKサイン受領である。本人がOKしてしまった以上、もうどうしようもない。歓喜の雄たけびをあげる幼女二人を眺めながら、瞬は思わず頭を抱えるのだった。

 


 

 とある場所。廃病院のような場所の一室で、埃をかぶった患者用ベッドに腰掛けながら、バルジはつぶやいた。その手には、DISCのようなものが数枚。室内には彼以外に、窓の外に目を向けて佇んでいるレイラに、犬のように断続的に唸り声をあげるガングニールオリジオン、そして、ベッドの上に寝かされた二人の人影が存在している。

 

「実験は部分的に成功。しっかし、これを自前で調達できないのが難点だよなあ」

「ほんとお前はいつ見ても悪趣味だな。一体どんな教育受けたらそんな糞野郎になるんだ?」

 

 そんなバルジに対し、レイラは壁に身体を預けながら悪態をつく。その表情からするに、本気でバルジのことを嫌がっているように思われる。バルジはレイラの発言を意に介していない様子で、ケラケラと笑いながら、

 

「悪趣味とか言うなよ。お前らがそろいもそろって頭脳労働できねえから俺が一手に引き受けてんだぞ?」

 

 そう言って、持っていたDISCのうち1枚をレイラに投げ渡す。

 

「いい加減オリジオン化の一つや二つ、やってくれないかねえ?お前だけだぞ、ギフトメイカーの中でオリジオンになれてないの」

「黙れ。私は私のやり方で行く」

「あっそ」

 

 くだらない意地張りやがって、と言うかのように、バルジはレイラを突き放す。

 一方で、レイラは話を切り替える。

 

「お前が私を呼び寄せたのはこれが理由ではないはずだ」

「ああそうだが?」

 

 糞みたいな享楽主義者のバルジと生真面目なレイラとでは水と油。上記の会話で実るものは何もないということは、お互いに重々承知しているはず。それなのにわざわざレイラを呼んだというからには、それ以外に、バルジ側に何らかの事情があるはずなのだ。

 

「お前さ、最近頭痛が酷くなってきているだろ?」

「……ああ」

「それ、なくしてやろうか」

 

 バルジがそう言った瞬間、バルジの背後の壁が一斉に蠢いた。

 否、それは壁では無かった。何か無数の、小さいものが壁一面にうごめいている。

 レイラはそれに気づいた瞬間、ここから逃げ出そうとするが、それよりも早く、それらが一斉にレイラにとびかかっていった。

 

 

 

「不調はどうにかしてやるからさ。大人しくギフトメイカー続けていてくれや、哀れな負け犬ちゃん」

 

 ひどくなってゆく頭痛の中、少女は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 




オリジオン紹介

カブトオリジオン
人間態:???

元はただのカブトファンだったが、その憧れがゆがみまくり、ただ天道を超えるためだけに生きる修羅へと変貌を遂げた。
マスクドライダーとの連戦を繰り返しながらもカブトと接戦を繰り広げる正真正銘の人外。間違っても序盤の一般怪人が持ってていいタフネスでは無い。
まあ天道と戦うんだからこれくらいしてくれなきゃ困るってもんです。



イノケンティウスオリジオン
人間態(?):
元ネタ:とある魔術の禁書目録

とある魔術師が作り上げたルーン魔術の術式の名を持つオリジオン。本来ならルーン文字の刻まれたカードによって結界を築かなければ満足に力を発揮できないのだが、こいつにはそんな制約はない。自在に灼熱の炎を操る。

戦闘シーンがバッサリカットされたのはネタ切れだからではない。


タイアードオリジオン
人間態(?):
元ネタ:ブギーポップ・クエスチョン 沈黙ピラミッド
物体を劣化させる合成人間の力を持ったオリジオン。原点同様、触れた箇所を一瞬で劣化させる。四肢を動かなくし、地面を脆くする。彼の前では物理的な防御など無意味と思った方がいいだろう。
オリジナルの使い手からしてデバッファー要員。主に行動を封じるために用いる。劣化した生体組織は能力が解除されれば元通りになる。
火力はそんなにないのでまあ大したことはない、


今回は色々わちゃちゃしすぎた気がしますが、おそらくここからこんな感じで話が進んでいくと思います。
カブトVSカブトの構図がやりたいがための回でしたので、瞬がオリジオンに関わる機会を極力減らしました。
転生者のキャラが一辺倒すぎるなーと思ったので、今回はただ屑やゲズではないやつを目指しました。一方は天の道を踏破せんとする狂人チャレンジャー。もう一方は小心者のサイコパス。敵のバリエーションをどんどん増やさなきゃだめだなこりゃあ……まだまだや。
あと天道語録むずすぎる。二度と書きたくない。



1章もいよいよ後半戦。灰司とバルジの因縁については1章で蹴りをつけなきゃならないのですが、その前に出さなきゃいけないキャラを出し切ってしまわねばなりません。序章で予告していたクロスオーバーもちゃんとやりきらねば。サブタイトルの時点で次の舞台はわかると思います。ではまた何カ月後とかに!





次回 池袋ジャック・ザ・ボマー


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1章-池袋編
第24話 AM10:00/池袋ジャック・ザ・ボマー


1章も折り返しです。就活つらいよ。

今回は新キャラ達の顔見せ程度です。あんまり話は進まないよ。
今回は余りプロットが出来てないのでかなり遅いペースになります。


※淫夢要素有り










※2022年10月18日改稿


5月2日未明・都内某所

 

 

 視界に広がるは、燃え盛る火の海。

 元は大層豪華な家屋だったのだろう。華美な装飾の施された額縁やシャンデリア、椅子やテーブルの残骸が、それを物語っている。しかし、それらは既にあるべき姿を失っている。炎に巻かれ、砕け、潰れたそれに、元の価値はなかった。

 

「な、なんで……ワシが……」

 

 瓦礫の下から、しわがれた声が発せられる。そこに、1人分の足音が接近する。

 

「よう死にぞこない。俺のことを覚えているか?」

 

 足音の主は、しわがれた声にそう言いながら、声のしたあたりの瓦礫を力を込めて踏みつける。すると、ぐちゅりという気色悪い音がして、しわがれた声が途切れた。瓦礫と瓦礫の間から、おびただしい量の血がにじみ出る。文字通り潰されたのだ。

 足音の主は、焼け崩れた天井の穴から、空を見上げてつぶやく。

 まるで、誰かを呼ぶかのように。

 

「さあこいよ■■■……俺を殺しに来い……!」

 

 その直後、もうひとつの足音が聞こえた。あり得ない。既にここにいる人間は全員殺したはずだ。全員の死にざまの一部始終をこの目に収めたのだから間違いない。サイレンは聞こえてこないことから察するに、消防車や救急車が来たわけでもない。この状況で、外部からの侵入者でもやって来たというのか。

 男は、燃え盛る瓦礫の山をぐるりと見渡す。生命反応はない。そこに、背後から声がかけられる。

 

「おいおい、こりゃ随分と派手にやってんなあ」

「誰だ!」

 

 そう叫んだ時には、既に彼の喉元にナイフが突きつけられていた。

 刃が当たらないように、なんとか目線を動かす。ナイフを突き立てていたのは、目元から頬にかけて走る傷と真っ白な髪が良く目立つ、小学生ぐらいの女の子だった。

 この場に圧倒的に似つかわしくない存在だが、男は察していた。コイツは転生者(どうるい)だと。相手の転生特典も大方の目処がついている。

 

「お兄さん、ここでなにしてるの?これ、あなたが全部やったの?」

 

 少女が問いかける。見た目に違わない、あどけない声だった。しかし油断はしてはならない。彼女はおそらく自分と同じ転生者、見た目で判断するのは三流のやることだ。しかし一体、何故彼女は自分の邪魔をしに来たのだろうか?

 喉元にナイフを突きつけられたまま、男は逆に問い返す。

 

「お前……AMOREか?」

「いや、通りすがりの殺人鬼だ。たまたま散歩していたらこの火事を見つけてな……要救助者がいるかもと思って飛び込んだはいいけど……この調子だと、生存者はゼロみたいだな」

「ヒーロー気取りか?なら引っ込んでろ!」

 

 男は肘鉄をくらわそうとするが、その肘は空を切る。

 少女は、ひらりと身をかわし、火の手が回っていない箇所に着地する。

 

「月に代わって御仕置きされてみるか?ちょっくら残虐だけどな!」

 

 ナイフを突きつけながら、少女はそう言った。

 


 

 

 

5月3日早朝・都内某所

 

 闇の中で、こんなやり取りがあった。

 

「これを、この住所に」

『いや、それなら宅配業者に頼んだ方がいいんじゃないですか?』

「本当なら俺が直接届けたかったんだが、生憎俺は今命を狙われているんだ。それに、追っ手もこれを血眼になって探している。だからある程度腕っぷしの立つ奴じゃないと任せられないんだ。その点貴女は大丈夫だ。なんせ■■■■■■■だからね」

『失礼ですが、誰からそれを?』

「仕事柄そういったものに縁があったのさ。それで貴女のことを知った」

『……』

「怪しむのも無理はない。なんせこれは()()()()命がかかっているんだからな。頼む、金ならいくらでも積む」

『まあ、報酬については文句ないのですが……』

 


 

 5月3日早朝 AMORE本部内

 

 

 どこかの世界に存在する、AMOREの本部。その施設内の、とある部屋。

 プロジェクターの光以外に光源のない真っ暗な部屋の中で、ミーティングのようなものが行われていた。プロジェクターの脇に立つのは、目の下に隈をつくった壮年の男性。ところどころに金の装飾が施された白い制服に身を包み、自身の前に立つ数人のAMORE隊員と思しき若者たちに、本日の作戦内容を伝えているようだ。

 壮年の男性に相対するのは、様々な服装の若者たち。青いバンダナを巻いた金髪の青年だったり、全身包帯まみれの男だったり、どうみても無理のある魔法少女コスの成人女性だったりと、どうみても世界を守る使命を負う者には見えない格好の奴らだった。

 壮年の男性は、プロジェクターに映し出された数人の顔写真を指示棒で指し示しながら、ミーティングを締めくくった。

 

「……これが今回のターゲットだ。すべて必ず生かして捕えること。以上」

「質問いいですか?」

 

 ミーティングを切り上げようとした壮年の男性に、バンダナの青年が手を挙げて質問する。

 

「なんだ」

「あのう……ターゲットの背景とかの説明はないんですか?いつもはあるのに……」

「それを教えて私に何か得があるのか?ないだろう?君たちに求めるのは、命令を確実に成功させるに足る実力だけだ。ったく、相変わらず君は反抗的だな……これ以上無駄な口答えをするようなら、降格も辞さないがいいのかね?」

「いえっ……はい、なんでもないです」

 

 男性の高圧的な態度にいち隊員であるバンダナの青年は黙り込むほかなかった。ちらりと同僚達を見てみると、他の皆はただ静かに話を聞いているだけ、一見すると真面目に話を聞いているだけのように見えるが、その実は「コイツに何言っても無駄」という、一種の思考停止に陥っているのだ。

 バンダナの青年が黙り込んだのを確認すると、壮年の男性はプロジェクターを片付け、去り際に部屋の証明をつけると、不機嫌そうに退室していった。男性の姿が見えなくなったのを確認すると、緊張の糸が解けたのか、隊員たちが一気にだらけたような態度になる。

 

「どうした、あんまり乗り気じゃないみたいだが。お前が応森さんとの関係が微妙だからと言っても、あれはまずくないか?」

「だってさあ……ただ理由も聞かずに転生者捕えろとか言われてもさ、なんか納得しにくいというか……そう思わないっすか?」

「考えるだけ無駄よ。あたし達は所詮下っ端。上には上の考えがある……下っ端には想像もつかないような、ね」

 

 想像もつかない考え。それが不安の種でないことを祈りたい。

 バンダナの青年は、そう祈りながら、貰った作戦内容の記された資料に目を通していた。

 


 

 5月2日早朝

 

 あれから少したった頃。

 少女は早朝の街をひとり歩いていた。

 

「逃げられちゃったねえ……まあ、あもーれには気をつけろっておかあさん言ってたし。変に目をつけられる前に逃げだしといて正解かもね」

 

 そう、結局、燃え盛る洋館での死闘は決着がつかなかったのだ。決着がつく前に、AMOREに介入されてしまい、互いになりふり構わず逃げだしたのだ。あんな場所にいたら自分まで捕まってしまう。こちとら()()()()()()()()()()()()だ。

 鼻歌を歌いながら、少女は朝焼けに包まれた街を歩いてゆく。早く帰らないと親が心配するだろう。いくら前世ではいい年した大人だったといえど、今の自分は小学生。夜遊びには早すぎる年齢だ。

 そんなことを思いながら歩く少女。その手の中には、あるものが握られていた

 

「しっかし……これ、なんだろうね?あの転生者からくすねたんだけど……」

 

 それは、透明なケースに収められたチップのようなものだった。それが何なのかは見当もつかないし、恐らく彼の大事なもののだろうが、持ってきてしまったものは仕方がない。

 

「まあいいかな。あの人がさっきのようなことを続けるなら……また会えそうだしね。返すのはその時でいいかも」

 

 彼女は、随分と気楽な様子だった。

 少女はチップを短パンのポケットにしまうと、鼻歌を歌うのを再開した。

 

 

 

 これがきっかけで、翌日彼女は、実質的な指名手配犯にされてしまうことを、少女はまだ知らない。

 


 

 同じころ。

 人気の少ない小道を歩いていた男は、あることに気づいた。

 

「クソ……さっきのガキに盗まれたか……!」

 

 どうやら何かを盗まれたらしい。落としたとかではない。確実に、あの洋館での決闘の最中に奪われたのだと、男は確信していた。

 

「はあ……面倒なことになったぜ畜生……まあ、優先事項は他にもあるんだ。それをやっていきゃあ見つかるだろ」

 

 悪態をつくものの、すぐに気持ちを切り替えた。落とし物を回収することも大事だが、他にもやることがあるのだ。

 たとえそれが、誰にも理解されないとしても、だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 起点を語るとするならば、これくらいで十分だ。

 これは、よくある因縁の話。

 

 


 

5月3日AM10:00

 

 

「ぬわあああああああん疲れたもおおおん」

 

都内のある大学の空手部の部室である、臭く狭い和室の中に響くデカくて不快な声。頭をタオルで拭きながら、襖を勢いよく開け放つ浅黒い男が一人。

 彼の名は田所浩二。周りからは野獣と言われている24歳の大学生だ。浅黒い膚にイボの乗った汚い不細工面、ステロイド疑惑が尽きない、そこそこガッチリしてる身体付きにやや高い声。人望はない。

 

「チカレタ……」

 

野獣に続いて入ってきたのは、小声で愚痴をこぼす坊主頭のアホ面男・三浦智将。田所より年齢は下だが、学年で言えば先輩にあたり、この迫真空手部の主将もしている。ものすごい馬鹿頭の持ち主だが、主将なだけあって腕っ節は確かだし、飯をホイホイと奢ってくれる気前のいい一面もある。

 

「辞めたくなりますよ〜部活ぅ〜!せっかくの休日に朝練とかキツスギィ!」

「お、そうだな。おい木村ぁ、隅っこにいないでコッチに来るゾ」

 

 ズボンを脱いでシャツとブリーフだけになった三浦は、部屋の隅で雑誌をチラチラ読み始めた青年に話しかける。

 彼の名は木村直樹。野獣達よりは綺麗な顔立ちの、爽やかそうな青年だ。空手部の中では一番の後輩かつ唯一の常識人であるが、野獣をわりと本気で嫌っている。

 

「なんだよ木村、何嫌そうな顔してるんだよ?」

(だって野獣先輩臭いし煩いから近付きたくないんだよなぁ)

 

 まあ、体臭を差し置いても、好んで近づきたい存在ではない。

 三浦に金集るわ部活サボるわ下品だわ2浪だわ非常識だわ、と底辺のオンパレード。そんな人間と深く関わりたくないというのが本音だ。なんでこんな部活に入ってしまったんだろうか、と儚げな顔になる木村。

 

(いやまあ、空手は大学でも続けたいなと思ってたけど……まだ入ったばかりだけど、やめようかな……)

「何読んでんだよ、見せろよ見せろよ〜」

「あ」

 

 自分のせいで木村が思い詰めてるとは梅雨知らずな野獣は、木村の読んでた雑誌を無理やり奪い取ってパラパラとめくり始めた。見たところ普通の週刊誌であるようだが、ふとある一文が彼の目に留まった。

 

「爆破事件?何これ」

「池袋を中心に頻発してるんですよ。今朝も電車が遅延してましたよ」

「はえー、俺電車通学じゃないから知らなかったわ」

 

 そう。近頃、池袋近辺で次々と謎の爆発騒ぎが起こっているのだ。爆発の原因は不明だが、既に死傷者がでているようで、世間では不安の声が上がっている。

 

「カッチャマもすっげー怖がってたゾ。なんとかしてやりたいゾ」

「なんとかって……僕らみたいな一般人に出来ることなんてありませんよ。だいたい僕らがでしゃばらなくても、警察とかがなんとかしてくれるでしょ」

 

 木村に正論を言われ、「あ、そっかぁ……」と三浦は呟き、部屋の隅に畳まれていた布団の束に背中を預ける。

 が、そこで野獣が調子こいてこんな事を言い出した。

 

「お前さ木村さぁ、俺達空手部だよなぁ?爆弾魔くらいでビビってたら、一体何のために練習してるのか、これもう分かんねえなぁ」

「野獣もいいこと言うなぁ〜。よし、俺も犯人捕まえて刑務所にぶち込んでやるぜ」

 

 馬鹿なのかコイツらは、と言いたくなる木村だったが、実際この2人は馬鹿だしそれを言ったところで意味がないのでグッと飲み込む。どうせなら野獣だけ爆殺されればいいのに。

 兎に角早く帰らねば。このままだと自分まで巻き込まれる。

 厄介ごとは御免だと言わんばかりに、木村はジャージを羽織ってスポーツバックを肩にかけると、部室を後にしようと入口の襖に手を掛ける。しかし、木村の行動は遅すぎた。

 野獣ががしりと、木村の肩に手を置く。

 

「逃げるのか?先輩達に任せて1人だけ帰るのか?」

「はいそのつもりですが?警察ごっこならあんたら2人でやっててください。僕を巻き込まないでって散々言ってますよね?」

「拒否権はないってそれ一番言われてるから。それに空手の修行と思えばいいじゃねえか」

「普段部活サボりまくってる人間が言っていい台詞じゃない」

 

 年上への敬意もへったくれもない辛辣な言葉をぶつけまくるが、野獣は引き下がらない。何故こいつはここまで躍起になっている?打算でしか動かないような野獣が犯罪者退治に乗り気になるワケがない。裏があるに決まっている。

 それがわかっているからこそ、木村は帰りたいのだ。今まで野獣が欲望に駆られて突っ走ったせいで、どれだけ散々な目に遭ってきたか。今日こそは逃げてやるのだ。

 しかし木村は失念していた。敵はもう1人いたのだ。

 そいつは、野獣と口論している木村の横から近づき、木村の手をがしりとつかんだ。

 

「ホラホラ、木村も行くぞー。正義の味方みたいで格好いいだルォオ⁉︎ 」

「あ、ちょ……三浦先輩⁉︎ 何するんですか⁉︎ やめっ……おいコラ!離せポンコツハゲ入道!」

 

 必死に抵抗する木村だったが、三浦の怪力になすすべなく、部室へと引き戻されてしまう。この人は悪意がない分余計厄介なのだ。

 ——— ああ、今日も駄目だった。

 木村は諦めたような顔をしながら、三浦に担ぎ上げられていった。

 

 

 


 

 

 5月3日AM11:17  池袋

 

「……こんなはずじゃなかったんだがなぁ」

 

 道端のベンチに腰掛け、空を見上げながら、瞬はそうぼやいた。

 まだ午前中だというのに、酷く疲れた気分だ。隣では、アラタも半分死んだような顔で缶コーヒーを啜っている。隣のベンチでは、そんな2人を見つめておろおろしている志村。

 さて、何故男性陣が揃いも揃ってこの有様なのかというと、だ。

 

「いやあ荷物持ちがいると捗るよね」

「偶には遠出してみるものですね。近場じゃ手に入らないあれやコレが

がこんなに……欲を言えば秋葉原まで行きたかったんですけどね」

「お前目的忘れてない?これは湖森の回復祝いなんだからな?」

 

 そう。舞網市での一件でオリジオンに怪我を負わさせた湖森が、ようやく完治したというので、景気付けに池袋まで遠出してきたのだ。なんでも、湖森が行きたい場所があるんだとか。

 しかしついてきた他の面々があれ買いたいこれ買いたいと色々注文つけてきた結果、それに付き合わされた瞬とアラタは疲弊しまくっていた。まあこれには連日のフィフティとの特訓の疲れもあるっちゃあるのだが。

 それにしても、今はゴールデンウィーク真っ只中だから、てっきり皆それぞれ遊びに行っていて不在だかと思いきや、まさかいつものメンバー全員が集まるとは思っていなかった。集合を呼びかけた張本人である瞬は、駅前に集まった顔ぶれを見て、皆どんだけ暇なんだと呆れたような、笑ったような顔になった。

 そんなこんなでぐでーっとしている2人のもとに、女性陣と灰司が帰ってきた。

 

「2人ともお疲れ様です。僕なら大丈夫ですから、2人は休んでいてくださいね」

「灰司くんも来てくれるなんて思わなかったよ。僕らだけじゃキツい……」

「いいですよ、ちょうど暇でしたから。それに僕だって仲間ですからね」

 

 瞬に缶ジュースを手渡しながら、爽やかな笑顔をむける灰司。瞬はそれを受け取りながら、すげえな気遣いレベルMAXかよ、と感心する。モテる人種というのはこういった奴を指すのだろう。

 ハルは手に持っていた袋を灰司に手渡し、瞬とアラタの間にどしりと座り込む。何故わざわざ狭いところに座るんだ。そしてそれを見た唯がフシャーッ!とハルを威嚇する。猫かお前らは。

 唯を宥めながら、瞬は灰司から渡された缶ジュースを口にする。冷たく甘いグレープジュースが、瞬の身体を癒してゆき、少し体力が戻ったような気がした。

 しばらく経って、思い立ったかのように唯が立ちあがる。

 

「あ、次あそこ行くねー!じゃっ後で!」

「勝手にしてくれ……」

「あ、まってよー!置いてかないでぇ!」

「2人とも大丈夫?キツかったら私に言ってくれていいからね?」

 

 女性陣+灰司が居なくなり、再びアラタと瞬(+おまけで志村)だけがこの場に残された。5月のくせに凄まじい光を放つ太陽に身を焦がされながら、瞬は考えていた。

 そして、ふと、思考が口から洩れた。

 

「転生者ってなんなんだろうなあ……」

「いきなりなんだよ」

「いや、前にフィフティやギフトメイカーの連中が言ってたんだよ。転生者がどうたらこうたらって」

 

 転生者。最初にその言葉を聞いた時は、馬鹿げていると思った。

 今の瞬が言えたことではないが、とんだ絵空事だというのが、その単語を聞いた時に抱いた感情だった。しかし、ギフトメイカーはそれを大真面目に言うのだから、どうしたものかと頭を抱えるほかなかった。

 転生者をオリジオンに変えて、その中から新しい神さまを生み出す。荒唐無稽にして、迷惑極まりない。仮にそれが事実だとしても、間違いなく碌なことにならない。

 

「転生者か……アニメとかラノベとかの世界だけの話かと思ってたけがど、本当にいたなんて……事実は小説よりも奇なり、というのかな?」

「神さまから凄ーい力を貰って?前世の記憶と人格を持ったまま漫画やアニメの世界に転生して?欲望の限り好き放題やる?笑えねーよ。馬鹿馬鹿しいにも程がある」

「あれ、逢瀬くんいつもより機嫌悪くない?」

「悪くなるに決まってるだろ。身勝手な転生者の身勝手な理由で、これまで多くの人が傷つけられてきたし、そしてこれからも多くの人が傷つけられるんだ。これで怒らない方がアレだよ」

 

 瞬のその言葉には、転生者という不条理に対する、確かな怒りがこもっていた。

 これまでも、多くの人が転生者とギフトメイカーに傷つけられてきた。気に入らない奴を痛めつける、気に入った異性を手に入れる、そのためならばどうなろうが構わない。瞬に限った話ではなく、そんな考えは世間一般では受け入れられないのだ。

 苛立ち気味にため息をつき、瞬は空を見上げる。

 

「……まともな転生者とやらに会ってみたい、というのは贅沢なんだろうか」

「……」

 

 その言葉に、アラタは沈黙するしかなかった。

 なぜなら彼も転生者。だが、今それを言い出すことはできない。今の瞬が転生者に抱くイメージは最低レベル。そんな状態でカミングアウトすれば、少なくとも今の人間関係は崩れ去ってしまう。それに、身勝手な理由でこの世界に転生したという点では、アラタもそこいらの転生者と変わらないのだ。だから、何も言えない。その資格がない。

 晴天のGWの雰囲気とは裏腹に、瞬達の周囲だけが、一気にどんよりとした雰囲気になってしまう。志村は、この雰囲気に耐えらないのでどうにかしたいとは思うものの、何もできないので、ただ1人でベンチの隅に座り込んでいるほかなかった。

 そこに、見知らぬ声が割り込んできた。

 

「君達、ちょっといいかい?」

「えっと……どちらさん?」

 

 声をかけられた瞬は、空を見上げていた顔をおろす。

 眼鏡とスーツを着用した、厳つい顔の男が話しかけてきた。歳は20代中盤くらいか。ぱっと見、どこかのエリートサラリーマンみたいな雰囲気を感じさせているその男は、スーツのポケットから名刺のようなものを取り出し、瞬に差し出してきた。

 

「俺は裁場誠一(さいばせいいち)。武偵をやっている」

 

 そう言って、彼はスーツの襟のあたりに付いている微章を見せてくるが、瞬はさっぱり分からない。

 

「武装……探偵?」

「名前通りだよ。凶悪化した犯罪に対して武力によって立ち向かう探偵の事さ」

 

 武偵というワードがピンとこない瞬に、横からアラタが説明を加える。要するに警察みたいなもんか、と雑な理解をした上で、瞬は名刺を受け取り、男の話を聞くことにした。

 

「俺は今、池袋連続爆破事件を追っている。君もニュースで聞いたことくらいはあるだろう」

「ありますけど……」

 

 勿論、瞬達も事件についてはニュースで連日耳にしている。今朝も池袋まで行くと知った瞬間、叔父に咎められたものだ。

 

「要するに聴き込み調査ってこと?」

「そういう事だ。協力していただけるだろうか?」

 

 そうは言ってくるものの、瞬達は何にも知らない。

 

「いや、俺達この辺の人間じゃないんで良く知らないっすね」

「ニュースで報道されている内容以上のことは知らないぜ?」

「そうか。時間を取ってしまって申し訳なかった」

 

 裁場はそう言って、立ち去ろうとする。

 

「すみません、お力になれなくて」

「謝る必要はないさ。君たちも気をつけたまえ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()etc(えとせとら)……爆弾魔以外にも、この街は色々と危ないからね」

 

 ……ん?

 裁場が何を言っているのか、瞬は分からなかった。聞き違いだろうかと思い、横のアラタを見ると、アラタはアラタでなんだか唖然とした顔で、「マジかよ……まさかそこまでクロスしちゃう?」と呟いているが、一体何のことなのだろうか?

 —— 真面目そうな雰囲気を纏っている癖に、変な人だ。

 それが、瞬の、裁場整一という人間に対する第一印象であった。

 

「さーて、アイツらの買い物ひと段落してる頃合いかもだし、そろそろ行こうぜ」

「そうだな。あーまた荷物持ちかぁだりぃなぁ……」

「まあ荷物持ちくらいやってやろうよ、ね?」

 

 店の方に目をやると、レジに並んでいる唯の姿が、自動ドアのガラス越しに見える。休憩時間が終わるという事実に苦しみながら、重い足取りで唯のもとに向かおうとする。

 その時だった。

 

 

 ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ‼︎ と。

 瞬達の頭上で爆発が起きた。

 

 

 

 正確には、爆発したのは瞬達のいた場所のすぐそばにある雑居ビル。そのワンフロアが吹き飛んだのだ。

 池袋の空に、黙々とたちのぼる黒煙と火の粉に、瞬とアラタを含め、辺りの人々は皆釘付けだった。だが、呆然としている場合ではない。命の危機が、迫っていた。

 爆発の衝撃で、ビルの屋上に建てられていた広告用の看板が、地上に向かって落下してきている。落下地点は、瞬とアラタの今立っている場所だ。

 

「やべっ……おい逢瀬っ!逃げろぉ!」

「あっ」

 

 一足先に我にかえったアラタが、瞬の首根っこを掴んで走り出す。身体を覆うように迫る影から、必死に足を動かして逃げる。ぶわりと、素早い物体が通過したような感覚を背中に感じたのちに、ズガシャアアンッ‼︎ と大きな音を立てて、ひしゃげた看板が地面に衝突する。

 勢い余ってすっ転んだアラタは、息を切らしながら後ろを振り返る。そこには、五体満足で大の字になって転がる瞬と、ひしゃげた看板があった。どうやら、誰も下敷きにならずに済んだらしい。

 

「大丈夫か⁉ 」

「あ、はい……なんとか……」

 

 爆発音を聞いて引き返してきた裁場が、地面に倒れこんでいる瞬に手を差し伸べる。瞬はその手を借りて立ち上がり、ビルの方を見る。

 

「また……起きたというのか⁉︎ 」

「なんだよ……なんなんだよ畜生!」

「これが……さっき言っていた爆弾魔の仕業だってのか?」

 

 黒い煙を上げるビルを呆然と見上げながら、瞬は身体を振るわせる。それは恐怖からか、怒りからかは定かではない。

 その時。

 

「た、助けてください!階段がくずれちゃって出られないんです!」

 

 煤けたガラス窓の向こうから、大声で助けを求める声があった。それは、今にも終わってしまいそうな、切羽詰まった声だった。

 その声を聞いた途端、裁場と瞬は、黒煙を上げるビルに向かって一目散に走りだした。

 

「何やってんだお前ら!死ぬ気か⁉ 」

「あ、ちょっとアンタら……!」

「まてよ二人とも!いくらなんでも無茶だって!」

 

 周囲の静止を歯牙にもかけず、両者はビルの中へと入ってゆく。下の方はまだ火の手が回っていないとはいえ、既に一部の天井板が床に落下しているのがちらほらと確認できる。あまり長居はできないだろう。もう止まっているであろうエレベーターを無視し、裁場は迷うことなく非常階段を上り始める。瞬も慌てて裁場の後を追う。

 

「何故君まで来るんだ⁉ 君は戻るんだ!」

「嫌です!2人でやった方がより多くの人を助けられる!」

 

 階段を駆け上がりながら、両者は互いを帰そうと口論を繰り広げる。

 純粋な正義感で動いているがゆえに、互いに譲れない。自己犠牲の精神同士が激しくぶつかり、対立しあう。

 言うことを聞こうとしない瞬に苛立ちを覚えたのか、裁場は階段に足をかけた状態で立ち止まり、叱りつけるように言う。

 

「いいか⁉ これは遊びじゃないんだ。君みたいな子供が行っても死体が増えるだけだ。そんな事、俺は許容しない」

「わかっています。でも、俺にできるなら、やらない訳にはいかないんです!」

 

 瞬は、真っ直ぐな目を向けながら、そう言い返した。

 自分にはアクロスの力(これ)があるのだから、それを手にしたのだから、そうする義務があるのだ。人を助けられる力が、手段があるというのに、それを使わない、しないということは、逢瀬瞬という人間にはできないのだ。

 だって、()()()()()()()()()()()()()()() ――

 だがしかし、裁場はそれを認めるわけにはいかない。それは武偵という職業柄か、はたまた大人としての責任か。

 

「できる出来ないの話じゃない!死にたいのか⁉ 」

「本気だよ。何言われようが俺は ―― 」

 

 瞬が言い返そうとしたその時、激しい轟音と衝撃が響き渡った。

 

「うわあああああああああっ⁉ 」

 

 振動で階段から瞬の足が浮き上がり、瞬は10段近くの高さから投げ出され、後方の踊り場まで放り出される。背中に数度激痛が走り、瞬の口から少量の血が吐き出される。

 

「裁場さん……っ!」

 

 瞬は歯を食いしばって起き上がり、階段の上の方を見る。しかし、そこは既に瓦礫と炎で埋まってしまっていた。僅か数メートル先で、メラメラと炎が燃え上がっている光景に、瞬は思わず立ちすくんでしまう。

 どうやら、もう一発爆発が起きたらしい。上の方は、一酸化炭素の煙が充満してしまっている。ここから先は生身で向かうのは厳しいだろう。それに、いつまでもここに居座るわけにはいかない。助けるにしろ引き返すにしろ、ここはもうこの手しかなかった。

 

「ならば……変身!」

《CROSS OVER!仮面ライダーアクロス!》

 

 瞬は、クロスドライバーでアクロスに変身して、先に進むことにした。これならば炎や煙もある程度防げるし、瓦礫をどかすことも容易だろう。水を操れるようなライドアーツがあればよかったのだが、生憎そんなものはない。アクロスのスーツ越しにも、すさまじい熱気が瞬の身体に伝わってくる。

 

「裁場さんも無事だといいんだが……」

 

 炎をかき分けながらそう呟く。瞬よりも近い位置であの衝撃をうけた彼は、果たして無事でいるのだろうか。そうであってほしいと思いながら、アクロスは階段をのぼり始めた。

 

「……?」

 

 次の踊り場にたどり着いたとき、奇妙なものが見えた。誰かが廊下を走っていったのだ。

 ひょっとして裁場なのかと思い、アクロスは廊下を覗き込んだが、そこには誰もおらず、ただ煙の充満したボロボロの廊下だけが広がっていた。しかし、その中で一つだけ、キラリと光るものがあった。

 

「ん?」

 

 手近にあったそれを、アクロスは拾い上げてみる。それは、一本の彫刻刀だった。それを見たのは小学校以来だろうか。おまけに、明らかについさっきこの場に置かれたかのようにまだ真新しい。

 

「なんなんだよ、一体」

 

 廊下の端は、もう一つの非常階段に通じている。ならば、さっき廊下を走っていった誰かも、そこに行ったのだろうか。

 

「……とにかく、先に行かないと」

 

 この彫刻刀の持ち主の無事を祈りつつ、アクロスは階段を再び上り始めた。

 


 

 外では、爆発音を聞きつけて唯達も戻ってきていた。

 

「はあ⁉ お兄ちゃんがあの中に⁉ 」

「ああそうなんだよ!止める暇もないくらい程にな!」

「マジで何考えてんの……」

 

 アラタから、瞬が燃えるビルの中に飛び込んでいったことを聞かされ、皆血の気が引いたような顔いろになってゆく。

 中でも唯は、一番動揺していた。

 

(瞬……変わった……?)

 

 そう。

 10年近く共に過ごしてきた仲だから分かる違和感があった。

 瞬は、世間一般でいうところの「良い奴」というカテゴリに含まれる人間だと、唯は思っている。なんだかんだ言いながら、唯の無茶ぶりにも大体乗ってくれるし、唯やヒビキほどではないが、困った人間を放ってはおけない性分だ。

 だが、いくらなんでも、ここまでやる奴だっただろうか?他人のために命まで張れる人間だっただろうか?

 そんなのは普通の人間ではない。躊躇いなく自分の命を張れるようなものを、少なくとも普通の人間とは定義しないだろう。瞬は、仮面ライダーになってから変わった。いや、もしかすると、もともとそうだったのかもしれない。誰も知らなかっただけで、逢瀬瞬という人間は、そういう生き物だったのかもしれない。

 そんなことを考えているうちに、唯の中に、ある感情が浮かんできた。

 それは、また、1人遠くに行ってしまったような、自分が置いて行かれたような孤独感と疎外感。このタイミングで普通は出てこないような類の物。

 

(ほんと、ずるいよ……)

 

 幼馴染の変化に対し、唯は、気づけばそう呟いていた。

 

「唯さん、唯さん」

「……」

「はむっ」

「ひょわあああっ⁉ 」

 

 突然、耳たぶを誰かに甘噛みされた感覚が唯を襲い、思わず彼女は恥ずかしい声をあげてしまった。

 

「は、ハル⁉ いきなる何すんの⁉ 」

「呼んでも返事なかったんで」

 

 だからって耳を甘噛みするのはないだろう。それもこんなに多くの人がいる中、同性に。あまりに刺激が強すぎたのか、山風が口をあんぐりと開けて呆然としているではないか。ひょっとしてハルには()()()()気があるのだろうか。別にどうでもいいけど。

 

「で、何」

「灰司くんがいません」

「ほんとだ……どこ行ったんだろう……」

 

 そう言われてあたりを見渡してみると、確かに、灰司の姿が見当たらない。どこにいったのだろうか?

 辺りには、騒ぎを囲う群衆しか見当たらなかった。

 


 

 転生者秩序維持同盟(Alliance to maintain the order of reincarnations):通称「AMORE」。またの名を転生者狩り。

 転生者だって人間だ。善人もいれば悪人もいる。そして彼らは共通して転生特典を持つ。その大半は、やれ幽波紋だの個性だの宝具だの魔法だのといった、何処かの世界の誰かさんがもっていたような、異世界の力だ。そんな力で暴れられれば、最悪世界が滅亡してしまう。それを憂いた一人の転生者が組織した有志団体が、AMOREの前身となっている。

 やむを得ない場合や、余りにも凶悪な転生者を除いて、基本的にはAMOREは転生者を積極的に殺す真似はしない。あくまで彼らは自警団。殺戮者ではないのだから。

 故に。

 

 

 

「よう、転生者狩りさんよぉ。最近ここら辺の転生者を次々と倒してらっしゃるそうじゃないっすかぁ?」

「酷くない?俺達セカンドライフを満喫したいだけなんだよ……なんで邪魔するの?マジ許せないんだけどー」

「だからさぁ、ストレス解消兼ねていっちょ仇討ちさせてもらうわ!ギフトメイカーに貰ったこの力でなぁ!」

 

 —— こんなことになっても、自分から打って出られない。

 灰司の目の前には、お揃いの革ジャンを身に纏った3人の男が立ち塞がる。その後方には、灰司と同い年くらいの少年がぶっ倒れている。男達の手には、くしゃくしゃになった万札が数枚。大方、カツアゲをした直後だったのだろう。転生者になってまで、オリジオンになってまでやる事がカツアゲとは、正直言って恥ずかしくないのだろうか。

 そんな風に憐れむような目を向ける灰司に、男達は更に激昂する。不良という生き物は、プライドだけで生きているようなもの。それを傷つけられたと判断したら最後、その原因を排除するまで止まらないのだ。

 

「つーか、俺随分と有名人じゃねえか。なるべく正体露見しないようにしてたつもりだったんだがなぁ」

「へっ!転生者の間で持ちきりなんだよ、仮面のヒーローが転生者倒しまくってるってな!」

「ちなみにオメーの正体はお仲間ボコって聞き出したぜ?ちなみにソイツは俺様がこんがり焼いて病院送りにしたぜ!ザマーミロ!」

「俺達3人の力を合わせれば転生者狩りだって屁じゃねぇ!行くぜ!火吹、水亀!俺達の新たな力で蹂躙してやろうぜ!」

「やっちまいましょう、木花のアニキ!」

《KAKUSEI FUSHIGIBANA》

《KAKUSEI LIZARDN》

《KAKUSEI KAMEX》

 

 3人のチンピラは、それぞれ自身の転生特典を発動し、オリジオンとしての姿を眼前にさらす。背中にラフレシアに似た花を咲かせ、頭部から毒液を垂れ流すのは、フシギバナオリジオン。その後ろで、大きな翼を広げながら口から小さな炎の吐息をもらして此方を威嚇してくるのはリザードンオリジオン。そして、大砲を生やした大きな甲羅を背負い、のしのしと大きな足音を立てている大亀はカメックスオリジオン。

 この世界には存在しえないポケモン(いきもの)の力を持った異形達が、灰司を睨みつけていた。灰司は彼らを見て、ほくそ笑む。

 お前らなんぞ大した相手にならないんだぞ、と存外に告げるように。

 

 

「なるほど、純粋な戦闘特化型か。やりやすくて助かる」

《standing by》

 

 オリジオン達を挑発するように、これ見よがしにカイザフォンを取り出し、変身コードを入力していく。

 正体が露見しているならば、コソコソ隠れて変身する必要はない。全員ぶちのめせば後処理もいらない。

 

「変身」

《complete》

 

 カイザフォンがドライバーにセットされると同時に、黄色いフォトンブラッドのラインが灰司の身体を包み込み、カイザのスーツが出現する。親指を下に突き立てながら、首を掻っ切る仕草をし、オリジオン達をさらに挑発する。

 

「さあかかってこい。てめえらが誰に喧嘩売ったのか、その腐った身体に教えてやるよ」

 


 

 熱で変形したドアを蹴り飛ばし、アクロスは部屋の中に入る。そこには、地上とは比べ物にならない程酷い光景が、そこに広がっていた。

 元は喫茶店だったその場所は、地獄になっていた。瓦礫が上半身が潰れた死体や、黒焦げになってしまい老若男女の区別がつかなくなった死体がアクロスの視界に入り、思わず吐きそうになったが、助けを求めてきたあの声を思い出してなんとかこらえ、歩を進める。助けを求める声が聞こえてきたのはこのあたりの階層だった気がするが、果たしてこの状況で声の主はまだ生きているのだろうか。そうであってほしい。

 

「誰かあ……いませんかあ……」

「⁉ 」

 

 瓦礫の向こう側から、か細い声が聞こえた。アクロスは即座に反応し、声のした方に向かう。

 行く手を阻む瓦礫を蹴り砕き、要救助者の居る空間にたどり着く。瓦礫が砕かれる音に反応し、うずくまっていた要救助者がアクロスの方を振り向く。そして、アクロスと彼女は、互いに素っ頓狂な声をあげた。

 

「と、トモリさん⁉ あんた何してんだよそんなところで!」

「あ、あれえ⁉ アクロスう⁉ な、なんで君が来るのお⁉ 」

 

 悲報:知り合い(トモリ)だった。何なのこの人。児童誘拐事件の時も確か助けたような気がするのだが、よっぽどの巻き込まれ異質だったりするのだろうか。なんだか一気に緊張の糸がほどけるような感じがして、アクロスは力なく笑う。

 そこに、少し遅れて裁場がやってくる。

 

「大丈夫か!」

「え、あ、はい」

 

 顔を煤だらけにしながら、裁場はトモリにそう声をかける。そして、トモリの横にいたアクロスに目をやると、一気に険しい顔になった。

 

「っ!お前は一体……」

「あ、やばい」

 

 裁場はアクロスの姿を見て、完全に警戒してしまっている。そりゃあ、傍から見れば変なスーツを着た得体のしれない人型実体なのだから、警戒されるのは仕方ないだろう。おまけに状況が状況だ。最悪爆弾魔だと思われてもおかしくないだろう。

 どう言い訳したものかと悩むアクロス。そこに、

 

「火中にわざわざ飛び込んでくる馬鹿発見♪」

「⁉ 」

 

 アクロス達をあざ笑うような声が、火の向こうから聞こえた。ばっと一同が声のした方を振り向くと、そこには一体の怪物(オリジオン)がいた。

 ダイナマイトを思わせる形の頭部に、煤けた猫の仮面のようなものが引っ付いている。さらにデフォルメ化された爆弾のような形状の両肩からは、導火線のような紐が何本もぶら下がっており、その先端からは煙がのぼっている。

 さしずめ、ボマーオリジオンといったところだろうか。ボマーは、姿を現したアクロスを見るなり、何かに感心するかのような素振りを見せる。

 

「仮面ライダーが来た……ってことは、それなりに効果があったという事だな?」

「まさか、俺を呼ぶためだけにやったのか?」

「自惚れるな、お前はただの前座さ。お前には用はない、さっさと始末してくれる!」

 

 そう言うと、ボマーオリジオンは即座にアクロスに殴りかかってきた。

 兎に角まずは非戦闘員を逃がすのが先だ。アクロスはそう判断し、オリジオンの拳を受け止めながら、裁場達に先に逃げるように告げる。

 

「くそ!2人は先に逃げて!」

「……っ!ああ、わかった!」

 

 声をかけられた裁場は、一旦アクロスを警戒するのを中断し、人命救助のほうを優先する。トモリを抱き上げると、廊下の方へと走り出す。

 

「ちょっと⁉ まさかこんなところで戦うつもり⁉ いくらなんでもやばいって!」

「大丈夫だ、俺もこんな場所で死ねない」

 

 去り際のトモリのもっともな意見にそう返すと、アクロスはボマーオリジオンの掴んだ拳を思いきり自分の方へと引き寄せ、そこに強烈なパンチを加えた。ボマーオリジオンは数歩後退するも、ニヤリと笑いながら、足元の火のついた瓦礫をアクロスに向かって蹴り飛ばしてきた。

 

「っ!」

 

 アクロスは蹴り飛ばされた瓦礫を蹴り砕き、オリジオンの懐めがけてジャンプパンチを繰り出す。ボマーオリジオンはそれを身体で受け止めると、アクロスの身体をがっしりと掴み、そのまま壁めがけて勢いよく投げ飛ばした。

 燃える壁を突き破り、アクロスは廊下まで投げ出される。起き上がろうとするアクロスに向かって、ボマーオリジオンは、手のひらをかざす。すると、オリジオンの手のひらから、凄まじい熱気が放出され、アクロスを再び壁へと叩きつけた。2度も壁に叩きつけられてなお起き上がろうとするアクロスに、ボマーオリジオンは鼻で笑う。

 

「なんだ……思ったより大したことないな。いいから邪魔をするな、お前の出る幕じゃないんだ」

「いくらだって邪魔してやるよ!お前ら転生者の好き勝手にはさせない!」

 

 アクロスはそう啖呵を切って立ち上がり、再びボマーオリジオンに向かって突っ込んでゆく。

 

「馬鹿の一つ覚えみたいに突っ込んでくんなよ……爆殺!」

 

 その様子を見て、ボマーオリジオンはほくそ笑みながら指を鳴らす。

 すると、一瞬だけ、アクロスの腹部あたりが歪んで見えたたかと思えば、次の瞬間、アクロスの腹部が爆発した。苦悶の声を漏らしながら、アクロスは三度壁に叩きつけられる。

 

「が……っ⁉ 」

「インスタント・ボム……殺傷力は低いが、まあ連発すれば済む話だ」

 

 そういうと、ボマーオリジオンは何度も指を鳴らした。アクロスは咄嗟に前に転がる。すると、アクロスが先程までいた地点が小さな爆発に包まれた。続いて、アクロスの前方数センチの位置が爆発する。もう少し転がる距離が長かったら、直撃していただろう。

 3発目は、アクロスの頭を狙っていた。爆発の前にくる空間の歪みを頼りに、アクロスは頭を横に倒してそれを躱す。そして、4発目がアクロスの足元に放たれる。

 アクロスはそれを跳んで躱しながら、ツインズバスターを自らの手に出現させ、ガンモードに変形させたツインズバスターの引き金を引く。向こうが遠距離攻撃をしてくるならば、こちらもやってやろうではないか。

 

「やあ!」

 

 次々と迫り来る爆発攻撃を躱しながら、ツインズバスターを連射するアクロス。攻撃の後隙を狙って放たれた数発の光弾が、ボマーオリジオンの胸部に命中する。

 硝煙をあげながら、ボマーオリジオンがよろける。アクロスも、こんな火災現場に長居するわけにはいかない。消防車のサイレンが聞こえてきているし、このままだと消火活動の邪魔になる。

 

「こんな場所からはさっさとトンズラさせてもらうぜ」

「それは此方の台詞だ。チッ……今回はハズレか。まあ、目的の一つは果たせたからよしとするか」

 

 ボマーオリジオンは不満そうにそう言うと、両手を強く握りしめる。すると、彼の両手が激しく光り出す。どうやら、この一撃で決めるつもりらしい。そして、それはアクロスも同じだった。ツインズバスター・ガンモードのグリップ部分に、腰のホルダーから抜いたペンデュラムライドアーツを差し込む。

 

《PENDULAM CROSS BRAKE!マルチバース・ブラスト!》

「いっけえええええええええええええ!」

「はあああああああああああああああ!」

 

 ツインズバスターの銃口に、エネルギーが貯められる。そして、アクロスが引き金を引くと、銃口から螺旋状の光線がオリジオンに向かって放たれた。オリジオンも負けじと、どこぞの戦闘民族の如く両手にエネルギーを貯めると、それを光線に目がけて受け放つ。

 そして、双方が放ったそれらが衝突し、大爆発を引き起こした。

 

「く……うう……っ!」

 

 その衝撃はフロア内の火の手を瞬く間に消滅させるとともに、アクロスの身体を浮き上がらせ、天井に叩きつける。爆発により生じた煙が視界をふさぎ、これまでの衝撃で脆くなっていた壁が次々と崩壊を始める。このままではあと少しもしない内にこのビルは倒壊するだろう。

 だが、アクロスは逃げない。あのオリジオンがまだ無事である限り、これが繰り返される。そんなことはあってはならない。煙を振り払い、前方の壁に空いた穴の向こう側を覗き見ようとしたところ、そこに予想だにしないものを見てしまった。

 

「ああああああああああああああああああああああああああっ!」

「何いいいいいいいっ⁉ 」

 

 それは、穴から今まさに空中へと放り出されようとしている男性の姿だった。隅々までこのフロアを探索していた筈だが、アクロスは見逃していたのだ。もう1人の生存者のことを。

 アクロスは手を伸ばす。しかし、それはどうあがいても届かない。間に合わない。

 

「クソおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 


 

 その悲劇を回避したのは、1人の男だった。

 

 

 アクロスがいる階層よりも下。

 そこの窓から、ひとりの男が姿を現す。

 

「やれやれ……これ以上人死にがでるのは勘弁願いたいものだ……な!」

 

 男 ―― 裁場はそう言うと、ズボンのポケットから拳銃のようなものを取り出し、その銃口を真上に掲げながら、なんと割れた窓から地上に向かって飛び降りた。

 

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 裁場のすぐ上に、ビルから投げ出された男が落ちてくる。死への恐怖からくる鼻水と涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら落ちてくる男を、裁場は冷静に自身の元へと引き寄せると、手に持った拳銃らしきものの引き金を引いた。

 すると、銃口から凄まじい速度でワイヤーのようなものが射出され、ビルの壁面にその先端が突き刺さった。繋がれたワイヤーによって、2人の落下速度は抑えられ、2人は安全に着地する。助けられた男は、自分が助かったことを理解すると、その場にへたり込む。

 

「た、たすかった……」

「さて、後は……」

 

 へたり込んだ男の元に、救急隊員が駆け寄っていく。裁場は鎮火されつつあるビルを見上げる。

 あと一人、帰ってこなければならない人間がいる。

 

 


 

 それから1分ほど経って、瞬が地上に戻ってきた。

 

「はあ……はあ……」

「瞬!」

 

 戻ってくるなリ、泣きそうな顔をした唯が、野次馬をかき分けながら瞬の元に駆け寄ってきた。

 

「ホント何考えているわけ⁉ 瞬ってこういうキャラじゃなかったでしょ!何簡単に命投げ出そうとしてるのさあ!」

「今回ばかりは看過できないな。ったく、いつの間にそんなにヒーロー気質になりやがったんだお前?」

「ごめん……でも、どうしてもいかなきゃって思って……」

 

 唯やアラタが、瞬の軽率な行いを非難してくる。彼らの言い分は最もだ。いくらヒーローとしても力を持っていようが、いきなりこんな真似をされたら、周囲の人間からすればたまったもんではない。なんせ、最悪の場合もありえたのだ。瞬もそれをわかっているからこそ、彼らの言葉に委縮する他なかった。ただ黙って、泣きつく唯の頭を撫でることしかできなかった。

 そこに、つかつかと近づいてくる足音。救急隊員の静止を振り切り、その足音の主は瞬の隣へとやってくる。足音に気づいた瞬が顔をあげると、そこには、険しい顔をした裁場が立っていた。

 裁場は、瞬の胸倉をつかみ上げ、怒鳴った。

 

「この馬鹿野郎!」

「っ!」

「え、どちらさん……」

 

 そのあまりの剣幕に、周囲が静まり返った。

 

「正義感が強いのは結構なことだ。だがな、自分の命を捨てようとするんじゃない」

「……」

「そんな救い方はやっては駄目だ。命を救えても、心は救えない。お前がこれからも人を助けたいと思うなら、まずは自分を大事にすることだ。死して英雄になるというのは、救われた者に十字架を背負わせるだけなんだ」

 

 彼の言っていることは正しかった。

 行き過ぎた正義感は、時に身を滅ぼす。それは独善という名の悪になり果てるという形ではなく、自己犠牲という形でも成り立つ。自己犠牲で救われた人は、確かに命は救われるかもしれない。しかし、その心は傷つく。自分なんかのために他人が傷ついたという事実に対する罪悪感という形で、当人をむしばむのだ。

 裁場は胸倉をつかんでいた手を放し、瞬の両肩に手を置き、諭すように言う。

 

「君は1人じゃないんだ。頼むからそんな真似はやめてくれ。君の友達を、家族を、泣かせるんじゃない」

「裁場さん……」

「……すまない。気が立ってしまった」

 

 裁場はそう言い残すと、瞬に背を向けて歩き出す。

 

「…………」

 

 裁場の残した言葉の一つ一つが、瞬にひっついて離れなかった。

 


 

 

 5月3日AM13:40 池袋某所

 

 池袋の何処かにある、どうやって利益出してるんだと言いたくなるほど入居者が少ない、古臭いアパート。

 その2階外通路、とある一室の扉の前に、2人の男が立っていた。金髪グラサンのバーテンダー風の男と、ややくたびれたドレッドヘアの男だ。彼ら —— 平和島静雄と田中トムは、テレクラ代金の回収業者、要は借金取りじみたことをやっている。今日もまた、代金を滞納している顧客の元へとやってきたのだ。

 

「鍵は掛かっている、と」

 

 当然ながら扉は鍵が掛かっていて開かない。最初のインターホンに応じて顔を出した部屋の住人は、静雄達の顔を見るなり、速攻で扉を閉めてしまったきり、全く反応しない。そりゃあ金払いたくないんだから、向こうから開けるわけがない。

 

「ほーらお宅さん、大人しく支払ってくださいよ。早いとこ払えば穏便に済むんだよ」

 

 扉の向こうにいる客相手に、やさしく諭すように言うトム。これですんなり出てくればいいのだが、残念ながらそうはならない。大抵口論になったり、時には乱暴な手に出ることだってある。そして、今回のケースでは、引きこもって無反応を貫くことが選択されていた。

 留守というのはありえない。なんせ2人は、この部屋の住民がこの中に入っていくのを、つい先ほど見たのだから。丁度帰宅した時に訪問したということになる。強情な客にしびれを切らしたのか、静雄がドアノブに手をかけながらトムに尋ねる。

 

「扉引きちぎっていいすかね」

「やめとけ、また弁償しなきゃならなくなる」

「それもそうですね。じゃあ ―― 」

 

 そう言いながら、静雄はドアノブから手を離す。

 その時だった。

 

 

 

 閃光と熱風と轟音が、一瞬にして辺りを包みこんだ。

 

 

 

 

 

 トムは、何が起こったのか分からなかった。反射的に顔を腕で守ったが、熱風に煽られ、トムは外通路の柵に身体を打ちつけられる。

 

「何が……どうなって……」

 

 恐る恐る顔をあげる。

 目の前には、先程まで自分達の前に鎮座していた扉が、煙を上げながらドロドロに溶けかけた状態で転がっていた。先程の衝撃といい、まさかと思いながら、トムは外れた扉の向こう側を覗き込む。

 そこには、下半身が消し飛ばされた死体が、廊下の奥に転がっているのが見えた。死体は焼け爛れ、玄関口から死体までの間には、血の道が出来上がっている。床や壁は穴が開いており、そこからは下の部屋が顔をのぞかせている。両隣と下の部屋が空き部屋だったのが幸いか。

 あまりの光景に、トムは絶句せざるを得なかった。仕事柄、時たま血を見るようなことはあるが、いくらかんでもここまでの光景には慣れていない。しばらく呆然としていたが、トムははっと我に返る。

 

「静雄は?」

 

 そう。静雄はトムよりもより近い位置で爆発に巻き込まれた。しかし、通路には静雄の姿が見当たらない。

 まさかと思い振り返って下を見ると、そこには、地上の駐車場にぶっ倒れている静雄の姿があった。爆風で吹き飛んで落ちたのだ。

 

「お、おい⁉ 」

 

 思わず声を荒げながら、慌てて静雄の元に駆け寄る。落ちたとしても2階ほどの高さだし、静雄の頑丈さを考慮しても死んでいるようなことなないと思うが、それでも大事な後輩だから心配なのだ。トムが階段を駆け下りて静雄に駆け寄ると、静雄は頭を押さえながら起き上がっているところだった。爆発に巻き込まれたというのに、まるで滑って転んだレベルのリアクションだった。

 

「ってえ……」

「良かった静雄、大丈夫だった —— 」

「……」

「静雄?」

「……また服が駄目になっちまったじゃねぇか」

 

 その顔には、青筋が浮かんでいた。

 大事な弟がくれた服が、また一つダメになってしまった。それはもう、彼を怒らせるには十分すぎた。

 

(ああ、爆弾魔さんよ。お前詰んだぞ)

 

 警察に電話しながら、トムは色々と諦めたような顔をする。何故なら爆弾魔(そいつ)は、池袋で一番怒らせてはいけない人間を怒らせたのだから。

 まだ見ぬ爆弾魔に、早くも哀悼の意をあらわにするのであった。

 

 


 

 同時刻、とある駐車場にて。

 

「むぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 断末魔がコンクリートジャングルに響き渡った後、停められていた車のうちの1つが、凄まじい音を立てて空に舞い上がった。断末魔の主であるフシギバナオリジオンは、車を1台吹き飛ばしたのちに、別の車にぶつかり、そこでようやく停止する。勿論、車の方は無残にもスクラップになってしまった。

 ブチブチと、身体にまとわりつく蔦を乱雑に引きちぎりながら、カイザは自身が殴り飛ばしたフシギバナオリジオンに接近してゆく。

 

「もっと踏ん張れよ。損害賠償いくらすると思ってんだよ?」

「テメエが殴り飛ばすのが悪いんだろうが!」

「俺だって、テメエがここまで吹っ飛ぶとは思わなかったんだ。お前らを過大評価しすぎた」

「何い⁉ 」

「転生特典貰ってイキる奴が強い訳ねえってのは分かりきっていることなのにな……転生者狩りに真っ向勝負挑んでくるから、相当実力に自信があるんだろうと思っていたが、結局はただの考えなしだったということか」

 

 カイザは、僅か1分足らずでここまで追い詰められたフシギバナオリジオンに対し、呆れたようにため息をつく。

 3人と彼とでは、勝負になっていなかった。3人の猛攻に対し、カイザに変身している灰司の方はほぼ無傷、対してオリジオン3人組はかなり焦っていた。フシギバナオリジオンはすでに満身創痍、残る2人もかなり疲弊している。この時点で、軍配がどちらに上がっているかはほぼ明白であった。

 フシギバナオリジオンに吹っ飛ばされた車が、カイザの後方に落下してくる。それが接地した瞬間、その衝撃で車は爆発を起こした。爆炎を背後に迫りくるカイザの姿は、オリジオン達にとっては恐怖でしかなかった。

 

「く、くるなあ!」

「喧嘩売った癖に何言ってんだお前。それにどの道、俺はお前らを倒さなきゃなんねえってのが分からねえのか?」

 

 情けない声をあげるフシギバナオリジオン。それを守ろうとするかのように、リザードンオリジオンが空からカイザめがけて急降下しながら、炎のブレスを吐いてきた。

 

「火ィ吐アアアアアアアアアアアアアアア!」

「ぬうん!」

 

 しかし、カイザはその炎を、手に持っていたカイザブレイガンでいとも容易く切り裂き、強引に防いでしまう。それを見て狼狽するリザードンオリジオン。しかし、急降下は止められない。そのまま、真正面からカイザブレイガンでぶった切られ、赤い血をまき散らしながら地面をゴロゴロと転がっていった。

 それを見ていたカメックスオリジオンは、やけくそ気味に叫びながら、カイザ目掛けて突っ込んでいく。

 

「二人とも……!クソォ!俺があ!」

「馬鹿の一つ覚え、だな」

 

 しかし、そんな攻撃が通るわけがなく、カイザに、まるで寄ってくる羽虫を払うかのように軽くあしらわれ、お返しと言わんばかりにカイザブレイガンで数回斬られ、思いきり蹴とばされてしまった。だが、流石の灰司と言えど、鈍重なカメックスオリジオンを吹き飛ばすことは難しかったようで、カメックスオリジオンはなんとかその場に踏みとどまる。

 

「なめんなあ!」

「うがああ!」

 

 カメックスオリジオンは、背中の砲門から高圧水流を発射し、リザードンオリジオンは、再び口から火炎を吐き出す。大量の炎と水が激しくぶつかることで、周囲に大量の蒸気が発生し、全員の視界が白く染まる。

 

「やったか⁉ 」

「よし、今のうちに兄貴を!」

 

 あれで倒せれば御の字、無理でも多少の足止めにはなる。そう判断し、リザードンオリジオンとカメックスオリジオンは、兄貴 ―― フシギバナオリジオンの救出と離脱を試みる。

 しかし、それは叶わぬ夢となる。

 

《EXCEED CHARGE》

「何……!」

 

 蒸気の向こうから、リザードンオリジオンのいる方に向かって、誰かが走ってきている。この状況で聞こえる、切羽詰まった声。間違いなくカイザではない。

 

「いやだああああああ!捕まってたまるかああああ!」

 

 蒸気をかき分けるようにして出てきたのは、フシギバナオリジオンだった。泣きそうな声をあげながら逃げるその姿には、彼らが普段兄のように慕う威厳など、とっくになくなっていた。

 それでも構うもんかと、リザードンオリジオンは手を伸ばす。が、

 

「遅い」

 

 フシギバナオリジオンのすぐ後ろから、デジカメ型ツール・カイザショットを右手に構えたカイザが飛び出し、そのまま、逃げるフシギバナオリジオンの背中に、カイザショットを使った強烈なパンチが浴びせられた。

 

「あ、に、き……!」

「ぐああああああああああああああああああああああっ⁉︎ 」

 

 背中を勢いよく押されたフシギバナオリジオンは、勢いよく前方にかっとんでゆき、その果てで悲鳴をあげながら爆発した。オリジオンとしての力を喪失したチンピラが、アスファルトの地面にうつ伏せになってぶっ倒れる。

 カイザは、フシギバナオリジオンに変身していたチンピラに近づくと、その両腕に手錠をかける。すると、チンピラの身体が光の粒となて霧散してゆく。これは転生者捕縛用の特殊手錠。手錠をかけるだけで、すぐさま転生者をAMOREの留置所に転送できるのだ。

 まずは1人。残った2人も片付けようと、カイザはあたりを見渡すが、そこには既に誰もいなかった。

 

「逃げたか……」

 

 灰司は変身を解く。戦闘直前に居た路地の方を振り返ると、先程の転生者達にボコされた被害者が横たわっている。救急車でも呼んでやるべきだろうとスマホを取り出すが、その時、取り出したスマホがブルリと振動した。

 画面を見ると、そこにはメールの通知が一件。差出人はAMORE局長。本部からの通達だ。

 灰司は、スマホに送信されてきた画像ファイルを開く。

 そこには、煤煙を掻き分けるようにして壁に開いた穴から出てくるとある人物の顔が写っていた。

 その顔に、灰司は見覚えがあった。見た瞬間、思わず乾いた笑いが漏れた。

 

「なんとも……数奇な巡り合わせだな」

 

 小学生くらいの体躯に、白い髪。顔には大きな傷跡。その両手には鋭く刃を光らせるナイフ。小学生には到底似つかわしいその獲物の存在が、彼女がまともな存在でないと頑なに主張している。

 彼女の名は霧崎律刃。

 またの名を■■■■・■・■■■■ ――

 


 

「……」

 

 事件から数時間後、警察の事情聴取を終えた裁場は、とあるビルの屋上から池袋の街を見下ろしていた。

 彼の脳裏には、あの炎の中で出会った仮面の戦士の姿が浮かんでいた。それを思い出すたびに、彼の顔つきが険しくなる。

 

(あの姿は……間違いなくアクロス。まさか既に資格者がいたとはな……)

 

 知りえるはずのないその名を、彼は反芻していた。

 そして、その手には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 




あまり長すぎるとアレだよな、と思ったので今回は短めにしました。多分次回からはこれくらいの長さになると思います。

淫夢要素ありますねえ。
某ホラー淫夢シリーズの影響を受けているので、野獣が屑っぽく見えるだろう?
空手部なら鈴木だろという突っ込みは野暮。今回は顔見せしかできませんでしたが、たぶん次回からは本格的に巻き込まれてもらうことになります。果たしてただのホモが生き残れるのか……?

あと序章で存在を匂わせていた奴らも出て来ます。
AMOREについても補足を加えたりと、今回もつかれたよ。
まさかここまでくるのに3年かかるなんてなあ!




今回から募集オリジオンも出始めます。出すタイミングに恵まれなかったのですが、ようやく機会に恵まれたので出しました。




オリジオン紹介

フシギバナオリジオン/木花(原案:黒い幻想氏)
カメックスオリジオン/水亀
リザードンオリジオン/火吹


カントー御三家のオリジオン。見た目は普通のチンピラ。
転生者狩りを倒そうとするも、灰司が強すぎたため失敗に終わる。
どうやら仲間意識は高い模様。
フシギバナオリジオンは倒されたが、残りの2体は逃走した模様。





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第25話 PM5:52/数多の邂逅の狭間で

池袋編その2です。
就活してました。一応内定は取れたので卒論頑張ります。

前回のあらすじ。
・迫真空手部、爆弾魔を追ってみる
・瞬と裁場、爆破事件に巻き込まれる
・灰司、因縁をつけられる
・爆弾魔、静雄を怒らせる
・律刃、重要参考人……?

事件はさらなる混迷を極める……!


※途中汚い箇所があります。大変不快になると思われますのでご注意を


 

 回想2:後悔のデータ

 

 

 —— 私が、生まれたせいなんですよね?

 この悲劇も、今の惨状も。

 

 —— ああ、やめてくれ。

 そんな顔をしないでくれないか。そんな事言わないでくれないか。これはお前のせいなんかじゃない。生まれたことが悪いなんて、そんな道理があってたまるか。

 悪いのは全部向こうだ。彼女を死なせ、俺達をバラバラにしたアイツらが悪いんだ。

 だから、俺は君を逃す。それが彼女と俺の望みだし、奴らへの一番の復讐になるからだ。

 

 —— なんで、そこまでするんですか?真っ当に生み出された訳でもない、異物そのものの私に、そこまでできるのですか?

 —— 私には、わからない。

 

 —— 今は分からなくとも、いつかわかる時がくる。人間ってそういうもんだぜ?

 お前の幸せが、俺とアイツの願いなんだ。きっと、世の中の親ってこんな気持ちなんだろうな。今ならわかるよ。

 

 

 

 

 

 

 —— だから安心してほしい。

 —— 生まてきて幸せだった、生きていてよかったと思えるような未来を、お前に与えてやる。

 


 

 現在

 

「……はっ⁉ 」

 

 薄暗い部屋の中で、彼は目覚めた。

 どうやら、少し眠っていたらしい。そんな余裕はないはずなのに。どうやら、思っていた以上に疲れがたまっていたようで、いつの間にか日が傾いてきているのが、部屋の窓から見てとれる。

 ここはとあるビジネスホテルの一室。ロングコートを羽織り、帽子とマスクとサングラスで頭部を徹底的に隠したその人物は、部屋の明かりもつけずに、この中でじっとしていた。受付でもこの格好だったので、フロントの従業員はめちゃくちゃ怪しんでいたが、彼にはそうしないといけない理由があった。

 理由は単純明快、彼は今、追われている身である当時に、追っている身であるからだ。

 

「…………」

 

 しかし、随分と懐かしい悪夢を見てしまった、と彼は思う。正確には、まだ1年前の出来事なのだが、到底思い出したくない過去であることだけは確かだ。あれを思い出してしまうたびに、悲しさと怒りで身体が震えて仕方がない。この思いは、未だに払拭できない。

 手のひらを見つめながら、彼はこう言った。

 

「絶対に、俺がなんとかしてやるからな……」

 


 

 PM5:16 

 

「つ、か、れ、たぁ……」

 

 瞬の事情聴取が終わったときには、既に夕方になっていた。

 あの後、警察や消防隊からもビルの中に突っ込んでいったことをこってりと怒られ、すっかり瞬はしょぼくれていた。まあ、あんなことして怒られない方がおかしいのだ。自らの行いが軽率だったという点に関しては、反省する他ない。

 警察署から出てくると、唯達が待ってくれていた。結構長い間経っていたと思うのだが、待っていてくれたことには感謝するしかない。

 

「御免な、せっかくの休日潰しちまって」

「瞬が謝ることじゃないよ。まさか巻き込まれるなんて思ってもみなかったし。てか、怪我とか大丈夫?」

「アクロスに変身してたから平気だよ。それに、これくらいの怪我ならもう慣れたから」

「それはそれで大丈夫じゃないわよ」

 

 大鳳の冷静な突っ込みに、瞬は言い返せずに縮こまる。

 

「もう夕方だし帰ろうか。一希さんが腹すかせてるかもだし」

「姉貴自活能力皆無だからなあ。悪いけど俺たちは帰らせてもらうぜ」

 

 アラタは、家で待っている姉のことを心配している模様。瞬達はあったことがないのだが、話を聞く限り、どうやら一人にしたらいけないタイプの人らしい。

 ざっと全員の様子を伺うと、各々顔に疲れがモロに出ている。ハルは少し名残惜しそうに、部長らしく解散宣言をする。

 

「じゃあ現地解散としましょうか。ところで灰司さんはどこにいったのでしょうか」

「あれ、そういえばいないね……」

 

 解散宣言をしながら、ハルが気づいた。

 言われてみれば、灰司がいない。どこにいったのだろうか?

 

「爆発騒ぎが起きた直後は私たちと一緒にいたよね?」

「ええ、そうだったわ。電話は……出ないわね」

 

 大鳳が電話をかけてみるが、反応はない。

 

「まあ、子どもじゃあるまいし大丈夫じゃない?」

「ンな無責任な……ここあんまり治安よくないらしいから、放置はよくないんじゃないか?あいつ見るからに不良とかに難癖付けられそうな雰囲気してるじゃん」

「なんで僕の方をジロジロ見ながら言ってるの?」

 

 志村のほうをチラチラと見ながら、灰司を心配するそぶりを見せる瞬。灰司の素性を知らない瞬達は、本気で灰司のことを心配しているのだ。流石に揃っていないのに帰るわけにはいかないだろう。

 

「よし、灰司迎えに行こうぜ」

「いや瞬は無理しないで……」

「無理してないよ。連日いろんな事件に巻き込まれてっからさ、少々タフになってんのよ」

「……ならいいけどさ。あんまり独断専行とかよしてよね」

「え、あ、うん」

 

 ――唯のやつ、なんか様子おかしくないか?

 瞬はそう思いながらも、いったいどこがそうなのかまではわからなかったので、何も言い出せなかった。

 


 

 同時刻・池袋某所ビル内

 

 

 瞬がぐったりしている頃、どこかで見た事あるようなトマト頭がぐったりしていた。

 

「疲れたなぁ……」

「お疲れ遊矢。インタビュー大変だったね」

「いやー人気者は辛いなぁ」

「無理してそんなキャラにしなくていいから」

 

 色々やりきった感満載の顔をしながら、遊矢は柚子から受け取った缶コーラをがぶ飲みする。柚子は疲れ切った遊矢の姿を見て、なんか萎びたトマトみたいだ、と思ってしまう。まあ実際そうなんだけど。

 今日、遊矢はとある雑誌のインタビューを受けていたのだ。一応彼もプロデュエリスト。そして、アクションデュエルの開祖たる父を持ち、かつ自身はペンデュラム召喚の先駆者(パイオニア)という肩書きを持つ。要は色々とネタになる人物なのだ。昔ほどではないが、今でもたまに、今日のようにインタビューや対談が設けられる事がある。

 今日は『榊遊矢と彼の身近な人に聞く!ユースデュエル界のアレコレ!』というテーマだった為、幼馴染みかつデュエル塾・遊勝塾の仲間である柚子も呼ばれたのだ。

 

「正直言ってデュエルの時よりも緊張するんだよなぁ……何度やっても慣れないな。でも、今回は柚子が一緒だったからいくらか気が楽だったよ」

「まさか私もインタビュー受けることになるなんてね。まあ遊勝塾の宣伝にもなったし、いい機会だったかも」

「こうしてデュエルについて語ると、自分ももっと上を目指さなきゃなって思うんだ。もっと皆を笑顔にできるようなデュエルをしてみせる。そして父さんを追い越してみせるって!」

「あたしも、いつまでもユースに甘んじる訳にはいかないわ。絶対プロになって追いついてやるんだから!」

 

 話しているうちに盛り上がり、疲れも忘れ、遊矢と柚子は互いに拳を突き合わせる。その姿は、異性の幼馴染み同士というよりも、同じ道を進む好敵手(ライバル)であった。

 

「じゃあ帰って特訓といこうぜ」

「上等よ」

 

 思い立ったが吉日。即断即決。遊矢たちは帰ろうとその場を離れる。

 ビルの外に出ると、一気に熱気が全身を包み込むようにして襲い掛かる。まだ5月だというのに、随分と太陽は熱心に仕事をしているようで、若干げんなりとした気分になる。

 ビルの前の信号は赤。この暑い中信号待ちはキツイものがある。手持ち無沙汰気味に、遊矢は横を見る。そこには。

 

 

 

「狭スギィ!イクイクイクイクイク……ンアーッ!」

「黙れ早漏野郎!それくらいでイクな!ほら三浦先輩も引っ張って!」

「チカレタ……」

 

 

 なんかいた。

 具体的には、浅黒くて体臭のきつそうな男がビルとビルの隙間に挟まっていた。

 

 

 

「何してんだこの人たち……」

 

 見るからに関わっちゃまずいのは明らかだ。ビル同士の隙間に上半身が挟まっている浅黒い男をどうにかすべく、坊主頭の男とさわやかそうな雰囲気の男が彼を引っ張っている。その姿はどこか滑稽だった。周囲の人々は関わりたくないのか、露骨に嫌そうな顔をしながらそれを素通りしている。遊矢もできればそうしたいが、生憎信号待ちをしているので離れられない。迂回しようにも面倒くさい。

 何とも言えない顔で遊矢がその光景をチラチラ見ていると、引っ張っていた2人の男が、こちらに気づいて声をかけてきた。

 

「あ、すいません。ちょっといいですか?」

「え、俺達に言ってる?」

「当たり前だよなあ?」

 

 しらばっくれようと思ったが、坊主頭の男の圧に押され、遊矢は黙り込んでしまう。男たちは柚子にも声をかけてくるが、柚子は嫌そうな顔をしながら言い返す。

 

「何ですか一体?ナンパですか?」

「ンなわけないゾ。仮にそうだとしてもお前ら両方とも俺のタイプじゃ無いから絶対しないゾ」

「は?」

 

 なんだこの坊主頭、いきなり失礼なこと言いやがって。坊主頭の無神経な発言に、思わず柚子の額に青筋が浮かぶ。それに気づいたのか、もう一人の男がすかさずフォローをいれてくる。

 

「ああ気にしないでいいよ、この人馬鹿だから」

「……で、何の用ですか?」

「見ての通り助けてほしいんだ。先輩が自分の太さを省みずにこんな隙間に突っ込んだから、僕たち苦労しているんだよね」

「助けてえええ!痛いし狭いし暗いし臭いよおおおお!木村あ三浦あ!あくしろよおおおおおお!」

「黙っててください。それと臭いのは十中八九あんたの体臭だろ」

 

 青年はそう言って、ギャーすか騒ぐ浅黒い男を叱責する。その発言の中に、明らかに私怨が混じっていたのは気のせいではないだろう。

 柚子も関わりたくないと思い、適当な理由をつけてこの場から離れようとする。

 

「あのー私たち急いでるんで……」

「情けは人の為ならずとカッチャマから習わなかったのかゾ?」

「いやそれ助けを乞う側が言うべき台詞じゃないし!」

「僕からも頼むよ。個人的には助けたくないどころかあのまま放置して帰りたいんですけど、助けないと野獣先輩に変な因縁つけられるんだ……頼む!僕の平穏のために君たちの力を貸してほしい!」

「ええ……」

 

 建前をかなぐり捨てて本音まっしぐらな青年の頼みに、思わず遊矢たちは呆れてしまう。完全に自分の保身の為じゃん、という突っ込みすら口にするのも馬鹿馬鹿しくなるほどだった。

 はてさて、彼らを助けるべきか否か。男たちの後方で騒いでいる被害者の醜態、坊主頭の威圧、青年の本気で助けを求めるか如くかわいそうな目付き。それらを総合的に判断し、遊矢はため息交じりに結論を出した。

 

「仕方ない……助けよう、柚子」

「ええっ⁉ この人たちを⁉ 」

「その方が手っ取り早い気がしてきた」

「ああもう……しょうがないわね……!」

 

 その言葉に、青年は歓喜の声をあげた。

 

「ありがとう2人とも!じゃあ早速てつだってほしい!」

「やれやれ……」

 

 頭を抱えながら、遊矢と柚子は男の元へと向かう。どうやら自分は、災難から逃れられない星の元にいるらしい。そんな自嘲めいた考えが、遊矢の頭をよぎるのだった。

 


 

  AM9:01

 

「追うわよ!爆弾魔!」

「導入部分キンクリしやがったなこいつ」

 

 遠山キンジの休日は、神崎・H・アリアのその一言であっけなく吹き飛ばされた。

 

「池袋で頻発する爆破事件、知らないわけではないでしょ?」

「武偵高にいたら嫌でも耳に入るって―の」

 

 わざとらしい溜息をつきながら、キンジは答える。

 ここは東京都立武偵高校。レインボーブリッジ南の人工島に設立された、武装探偵の養成機関である。キンジもアリアも、武偵見習いとして日々訓練に励んでいる。

 そして、武偵高の生徒は、民間から有償で依頼を受けることができ、その成否も成績に反映される。世間を騒がせる凶悪犯の追跡だってできる。確かに、爆破事件の犯人捕まえられたら評価もうなぎ上りかもしれない。しかし、キンジは乗り気ではない。

 

「いや流石にきつくないか?春先から掲示板に張り出されてはいたけど、全員リタイアしてる難関依頼だぞ?」

「だからよ。武偵として見過ごせないでしょ」

「なんで俺の周りのヤツらは話を聞いちゃくれないんだ……」

 

 キンジの悲痛な叫びは、出た瞬間に虚空に掻き消える。全国の主人公諸君に安寧が訪れることはないのである。

 

「あんたは私のパートナーなのよ?拒否すればどうなるか、わからないわけではないでしょ?」

「ったく……ああ分かったよ、行けばいいんだろう?」

 

 自分の意見が通らないことには慣れている。アリアの横暴っぷりにも慣れている。彼女の言うとおり、キンジはアリアのパートナーなのだ。ならば、火中の栗とわかっていようが飛び込むしかないのだ。彼女を引き戻せるのは自分だけなのだから。

 

「まあ行けるだけ行ってみるか……なんかろくでもない雰囲気しかしないけど」

「事件は全部ろくでもないものばかりじゃない。ほら、行くわよ」

 

 

 


 

 

 学生寮を飛び出した2人を、その人物は遠くから静観していた。

 その手には、ぐしゃぐしゃになったキンジの顔写真が握られている。

 

「遠山キンジ……お前を殺してやるよ……」

 


 

  PM5:40

 

 

 ――というような経緯で始まった今回の仕事だったのだが。

 

「ここが昼間爆発騒ぎがあったところか……」

 

 2人は、昼間に爆発騒ぎがあったというアパートにやって来た。本来ならばもっと早く来たかったのだが、謎の黒バイクと変な集団のチェイスに巻き込まれたり、ホモの三人組に絡まれたりとさんざんな目に合ったのだ。道中のさまざまなトラブルのせいで、キンジ達の気力は既にごっそり削られていた。

 今2人は、現場付近を流れる川の橋の上から、事件現場を眺めていた。橋から見える現場には、既にビニールテープが張られている。今から行っても、既にわかりやすい証拠は警察の方で見つけているだろう。だが、2人は武偵。そんな理由で諦めるなんて論外だ。

 

「もう一件の現場も見て回るか?結構な家事になったらしい」

「ようやくまともな捜査ができる……なんで本編に入る前にここまで苦労するのよ……」

「それについては同感だ。さ、暗くなる前にいこうぜ」

 

 そう言って、キンジは橋を渡り終え、土手の上へと踏み出す。すると、

 

「ちょいと待て、そこの兄ちゃん、わしらと遊ばないか」

「…………」

「…………変態だ」

 

 後ろから声をかけられ、振りかえるキンジとアリア。そこには、褌と地下足袋だけを身に纏ったおっさんと、いかにも浮浪者ですといったいで立ちのおっさんが立っていた。2人ともアリアには目もくれず、キンジの方を凝視している。

 キンジは身震いした。今の“遊ぶ”のニュアンスに、危険なものを感じたからだ。そんなキンジの気持ちに気づいてないのか、知っていて無視しているのかは定かではないが、おっさんはキンジの肩に手を置いて続ける。

 

「土手の下で糞遊びしようぜ」

「嫌だ!」

 

 なんか明らかに文字に起こしてはいけないような、ピー音で隠さなきゃいけないような単語があったような気がする。とにかく、こいつは危険だ。

 キンジとアリアは、それほど多いわけではないが、それでも数少なくない死線を潜り抜けてきた。ゆえにわかる。目の前にいるのは、そういった死線とはまったく別種の危険性を有している。明らかに異質なものであった。

 

「まさかこいつらもイ・ウー⁉ 」

「いや、流石にこんな奴らを仲間認定したら可哀想だと思うぞ……気持ちはわかるけど!あとむやみに銃抜こうとしない!」

「だけどっ……」

 

 おっさんと浮浪者に引っ張られるがまま、キンジは土手の下へと連れてゆかれる。こんな状況といえども、むやみに銃を抜くわけにはいかないのだ。ゆえに、アリアもキンジも迷っている。

 すると、おっさんがふと、アリアの方を見た。彼は、アリアをまじまじと見つめると、心底げんなりとしたように一言、こう言った。

 

「すまないが幼女はNG」

「だれが幼女よこの変態野郎!あたしは高2だっつってんだろうがっ!」

 

 あの野郎、アリアの地雷踏みやがった。気にしている幼児体型のことを指摘されたアリアは、激昂して今にも発砲しそうになる。やめてくれ、今やったら洒落にならない。

 

「待て待て!いくらかんでも撃ったらマズいだろ⁉ 」

「いや公然猥褻で突き出してやるわよ⁉ 」

「どかちゃんや、お主のストライクゾーンは40歳以上だったと記憶して居るが……」

「にいちゃんがいないからこいつで」妥協するぜ。折角上京したのににいちゃんと連絡付かねえとか、悲しくて気が狂う」

 

 キンジ達の絶叫を意に介することなく、おっさん達は嬉々として変態トークに花を咲かせている。キンジは必死におっさん達の手を振りほどこうとするが、彼らは予想以上に力が強く、なかなか振りほどけないでいる。

 

「兄ちゃんみたいなモヤシ野郎が、土方仕事で鍛えたこの身体に勝てるわけがねえぜ」

「楽しみじゃなあ、けつの穴こじ開けるの楽しみじゃなあ!」

「大変不謹慎なこと言うんだけど、こういうのって俺みたいな男子高校生よりももっと別の人がやられるのが普通じゃないかなあ!」

 

 残念だがキンジよ、世の中には特殊な嗜好を持つ人も多数いるのだ。事実、おっさん達はひどく興奮した様子で、キンジのズボンのベルトを外そうとしてくる。

 キンジの貞操が危ぶまれる中、アリアは手をこまねいている。体格では圧倒的に不利、拳銃もむやみに使えない以上、どうすればいいのか。

 

「もう何とかしなさいよおおおおおおおおおおおおおおおおおっ‼ 」

 

 

 

 

 

 

 その声を、聞いた者がいた。

 

「そこまでだ!」

「ぐひゃあっ!」

 

 そんな情けない悲鳴を上げて、浮浪者が横に吹き飛んだ。

 

「誰や、わしらのプレー(意味深)の邪魔をする奴は!」

 

 おっさんは慌ててキンジから手を放し、あたりを見渡す。しかし、あたりには誰もいない。アリアは相変わらず自分の目の前にいる。彼女はまだ銃を抜いてはいないし、仮に接近戦にもちこんでいたとしても、距離的に、浮浪者を攻撃できるわけがない。

 正体不明、現在地不明の邪魔ものを警戒するおっさん。しかし、その人物は既におっさんの背後に回り込んでいた。

 

「捕まえたぞ、彼を離すんだ」

「お前、こんなことしてタダで済むと思うなよ、お前の故郷糞まみれにしt」

「うぇえええええいっ‼ 」

 

 おっさんがそう言い終わる前に、乱入者の見事な一本背負いが炸裂した。綺麗に投げ飛ばされたおっさんは、縁石に頭を強打し、ふらふらと立ち上がった後、

 

「ああ~気が狂う!」

 

 そう言っておっさんは気絶した。浮浪者の方は、気絶したおっさんを背負うと、橋の下の方へと逃げ帰っていった。

 

「た、助かった……まじでやばかった」

 

 かくして、キンジの貞操は守られた。キンジとアリアは、力なくその場にへたり込む。これまで生きていた中で、冗談じゃないくらい危なかったような気がする。武偵として潜り抜けてきた死線よりも生きた心地がしなかった。願わくば、今後一生このような目にはあいたくない。ほんとに、だ。

 緊張が解け、乾いた笑いをこぼすキンジの元に、救世主が駆け寄ってくる。

 

「大丈夫か?」

 

 救世主の正体は、背が高めの茶髪の青年だった。その場にあおむけに寝転がっていたキンジは、彼から差し伸べられた手を取り、上体を起こす。

 

「ああ、お陰様で……情けない所さらしちまったな……くそっ……」

「助かったわ……で、アンタ何者よ?なんか随分と身のこなしが良かったけど……」

「仕事柄手荒事が多くてな。とにかく、無事でよかった」

 

 安堵するキンジ達の元に、土手の上の方から声がかけられる。声のした方を見ると、土手の上から数人の少年少女が、此方に向かって駆け下りてきていた。

 それはチャラそうな見た目の男子高校生だったり、緑の髪に黒いリボンが特徴の小柄な少女だったり、興奮気味のボブカットの少女だったり、もみあげがやや長い茶髪の少女だったりと、まあなんだ、いろいろとやってきていた。

 彼らが誰かなんてキンジ達には知る由もないが、念のため言っておくと、アラタ、山風、ハル、大鳳である。瞬達とは別行動で灰司を探しに行っていたのだ。

 

「あの人たちは?」

「ああ、ちょっとバイクエンストしちゃってて……あいつらが助けてくれたんだ」

「ちょっとおおっ⁉ どこ行ってたんですか⁉ 」

「見ちゃいけないものを見てしまった気がするのよね……気のせいと思いたいけど……」

「いやあ見事な立ち回り……逢瀬さんよりすごいのでは?」

「さっきのおっさん達、どっかで見覚えがあるような……まさか、な?」

 

 大鳳は本能的に忌避感を抱き、アラタは、先ほど達のおっさん達に心当たりがある様子。前世の記憶をも辿ってみるが、脳が知ることを拒否しているのか、なかなか思い出せないでいる。

 

「とにかく、ありがとう。あの……名前を聞いてもいいか?」

 

 キンジは、青年に名を訪ねる。

 青年は、それに答える。

 

 

 

 

「俺か?俺は剣崎一真(けんざきかずま)。君たちが無事でよかったよ」

 

 

 

 

 

 

 彼らは知る由もないが、それは、運命にあらがう戦士。

 瞬のあずかり知らぬところで、ここにひとつ、新たな運命が参入していた。

 


 

 AM4:55 池袋某所

 

 

「ORDERRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR!」

(ああもう!何時もの事とはいえ、なんなんだ一体⁉︎ )

 

 セルティ・ストゥルルソンは、バイクを全速力で走らせながら悪態をついた。

 彼女の後方からは、大地を揺るがすがごとく咆哮をあげながら、あるモノが追ってくる。それは、巨大な人間の頭蓋骨にキャタピラがついた姿をした、異形の存在だった。それが、機関銃をぶっ放しながらセルティを追ってくるのだ。

 いつも通り運び屋としての依頼を受けたはいいが、早々にこんな状況に陥ってしまった。一体どこからこいつが現れ、なぜセルティを追ってくるのかはわからない。だが彼女は、最初からなんとなくろくなことにはならないだろうな感じていた。

 

(なんでこんな依頼受けてしまったんだろう……)

 

 


 

 話は数刻前に遡る。

 

「これを、この住所に」

 

 依頼人を名乗ったその人物は、見てくれからあからさまに怪しかった。なんせ、帽子を目深くかぶり、顔にはサングラスとマスク、その上大きなトレンチコートを身に着けている。こんな格好をしてれば『どうぞ私は不審者です。通報なり逮捕なりご自由にどうぞ』と言っているようなもんである。

 しかし、セルティはそれについては別段驚くようなことはなかった。仕事柄、自分の正体を知られたくないという依頼人もたまにいるのだ。セルティの仕事は、所謂運び屋。社会のアングラな部分を駆け回る、いろいろときな臭い仕事だ。

 目の前の依頼人は、住所らしきものが書かれた紙を渡しながら、セルティに頼み込んできた。

 

『いや、それなら宅配業者に頼んだ方がいいんじゃないですか?』

 

 セルティは冷静に、PDAで文字を打ち、その画面を依頼人に見せる。訳あって彼女は声を出せない。なので、基本的にセルティはこのようにしてコミュニケーションをとっているのだ。

 セルティの指摘に対し、依頼人は肯定するかのようにうなずく。かなりアンダーグラウンドな世界の住人である彼女に頼むというのは、依頼者か運搬物、どちらかに後ろ暗い事情があることに他ならないのだ。

 

「本当なら俺が直接届けたかったんだが、生憎俺は今命を狙われているんだ。それに、追っ手もこれを血眼になって探している。だからある程度腕っぷしの立つ奴じゃないと任せられないんだ。その点貴女は大丈夫だ。なんせ■■■■■■■だからね」

 

 依頼人の発言に、セルティは動揺した。なぜならそれは、ごく一部の人物しか知らないことだからだ。普通ならば決してたどり着くことのないその事実をさらりと言い当てた依頼人に、セルティは警戒態勢を取る。そして、その出所を訊く。声はないはずだが、PDAに打ち出されたその文章からは、ぴりついた雰囲気が確かに伝わってくる。

 

『失礼ですが、誰からそれを?』

「仕事柄そういったものに縁があったのさ。それで貴女のことを知った」

『……貴方は何者なんですか?』

「お互いのためにも、無用な詮索はよしてくれないか。依頼が果たされるまで、私の素性を明かすわけにはいかない」

 

 答えになっていない。その件については話す気はないらしい。

 セルティが纏うぴりついた雰囲気に動じることなく、依頼人は話を続ける。

 

「怪しむのも無理はない。なんせこれは()()()()命がかかっているんだからな。頼む、金ならいくらでも積む」

『まあ、報酬については文句ないのですが……』

「すまない、話はここまでだ。それでは頼んだぞ」

『ちょっと⁉ まだ話は――』

 

 セルティの言葉を無視して、依頼人は逃げるようにその場から走り去ってゆく。

 

『……それにしても、これは一体なんなのだろうか』

 


 

「ORDERRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR!!」

 

 回想を打ち破るように、けたたましい音をたてて機関銃が放たれる。

 セルティはバイクのアクセルを強く回す。それと同時に、彼女の身体から黒い影が噴出し、彼女とバイクを覆うようにして広がってゆく。化け物がセルティに向かって放った機関銃の掃射は、影のヴェールによってそのすべてがはじかれる。

 

(くそっ!こうなればやるしかない!)

 

 掃射がおわったのを確認すると、セルティは悪態をつきながらヴェールを解く。すると、輪郭を失った影がセルティの左手に集まり、巨大な鎌を形成する。それを見た化け物がスピードを上げてセルティに突っ込んでくる。そして、口から光線のようなものを吐き出してきた。

 すかさずセルティは、バイクごとジャンプをし、空中でハンドルを右にきり、化け物と正対する。化け物が放った光線は、誰もいない道路を容易くえぐり取ってゆく。

 

(これでも食らっていろ!)

 

 セルティは心の中でそう毒づきながら、影の大鎌を振りかざす。大鎌の鋭い一撃は、化け物の頭部上半分を気持ち悪いくらいに綺麗に切断する。化け物の光線が止まり、セルティは地面に着地する。

 ――なぜだろうか。これで終わったとは全然思えない。

 そして、その予感は的中する。

 

「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

(やはりこれくらいでは死なないか……!)

 

 鼻から上を失った化け物は、早朝の街一体に轟くような咆哮をあげながら、再び動き出した。セルティはすかさずUターンをし、再び化け物に背を向ける。

 

「UBBNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNN!!」

 

 化け物が叫ぶと、頭部の切断面からいくつもの触手のようなものが生えだし、セルティに向かて伸びてきた。すかさずセルティは大鎌で触手を切断するも、触手は即座に再生し、再びセルティに襲い掛かってくる。もうなんでもありである。

 これまでも何度もドンパチに巻き込まれてはきたが、まさか自分と同じ正真正銘の化け物と戦うことになろうとは思わなかった。果たして今回は無事に帰ってこられるのだろうか。今回の依頼を受けたことを後悔しながら、セルティはT字路を右に曲がる。そして、歩道橋を潜り抜けた直後だった。

 

「だーいぶっ♪」

(へっ⁉ )

 

 いきなり、上から誰かが落ちてきた。セルティの背中に、何者かの体重を感じる。振り返ると、小学生くらいの女の子が、セルティにしがみついていた。

 

「ごめんね、乗せてもらうよ」

(え、いや、何?)

 

 彼女はそれだけ言って、後ろの方を指さした。

 

「ちょっと厄介な事になってな……ほらきた」

 

 セルティは、これ以上厄介なことになるの⁉ と叫びたくなった。きっと自分に顔があったら、露骨に嫌そうな顔になっているだろう。そう思いながら、少女が指さした先を見てみる。

 そこには、先ほどの化け物に加えて、複数人の男女がこちらに向かって走ってきていた。バンダナを巻いた青年や、どこぞの魔法少女のようなコスチュームに身を包んだ少女、全身包帯まみれのマッチョに、空飛ぶ車椅子に腰掛けた女性。まるで下手な少年漫画や中二病系ライトノベルにでてきそうないで立ちの少年少女が、一斉に追いかけてきていた。

 

「なんで逃げるんすか!ちょっと話を伺いたいだけなんすよマジで!ほんとややこしくしないでくださいよおおお!」

 

 先頭を走るバンダナの青年が、悲痛そうに叫ぶ。

 

「不審者感丸出しの格好で追っかけきたらそりゃあ逃げるよね」 

「いや事情聴取から逃げるから……ほら!任意同行拒んだら厄介なことになるんだって!君のためにもほら、ついてきてよ!」

「やだよ。あなたたちは信用できない。おかあさんも大体同じだよ。いい加減にしないとバラバラにしちゃうけどいいの?」

(あれ、さっきと雰囲気が全然違う……?)

 

 少女の言動に、セルティは違和感を感じた。

 なぜなら、先ほどまでとは全然雰囲気が違うのだ。どこか大人びた印象だったのに、今は、すごいあどけなさというか、そういった類のものを彼女から感じる。

 

「そこのバイクの人も止まってね。あたしたち、」

 

 が、忘れてはいないだろうか。

 一体セルティが何に追われているのか、ということを。

 

「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

 セルティを追ってきた化け物が、歩道橋をゴールテープのようにぶち破りながら突っ込んできた。派手な音を立てて木っ端微塵に砕け散った歩道橋の残骸が、周囲に降り注ぐ。

 化け物は、自分達の目の前にいるコスプレ集団を無視して、セルティに向かって触手を伸ばす。いや、正確には、彼女の乗るバイク、もとい愛馬コシュタ・バワーの荷台に括りつけられている荷物。本日の依頼の品だ。セルティはアクセルを全開にするも、それ以上のスピードで触手は迫りくる。

 もう少しで接触する。そう思った矢先、

 

「鬱陶しいよ」

(!!)

 

 荷物の上に腰掛けていた少女が、どこからか取り出したカッターナイフで、伸びてきた触手をいともたやすく切り裂いた。切り落とされた触手は、なおもセルティに迫ろうとしたが、少女は続けざまに触手を斬りつけ、細切れにしてしまった。

 化け物はキャタピラをさらに早く回して追い付こうとする。しかし、化け物もまた忘れていた。勝手に割り込んできた第三勢力の存在を。

 

「さっきからてめえ邪魔なんだよぶん殴るぞ!」

「吠えるな煩い口縫い合わせるわよ!」

「邪魔するな!」

 

 白い少女を追ってきた集団が、一斉に化け物に襲い掛かってきたのだ。ある者は自身の身体に巻かれた包帯を伸ばして、ある者は手に持ったステッキからビームを放って、ある者は指先から無数の弾丸を放って、各々が思い思いの方法で攻撃を仕掛けてきた。

 化け物はセルティ追跡の邪魔をする少年少女が。少年少女は白い少女を追う邪魔をする化け物が。互いが互いを邪魔ものと認識した、それが衝突を引き起こした。

 

「今のうちに!」

 

 少女に促されるがまま、セルティはバイクを走らせる。唯一戦闘に参加していないバンダナの青年が、遠のいてゆくバイクを指さしながら、泣きそうな声で叫ぶ。

 

「ちょ、気持ちはわかるっすけど逃げられちゃうっすよおおおおお!俺戦闘向きじゃないからあれ一人で追うの無理なんすよおおおお!」

 

 その時、誰の耳にも届かない泣き言を叫ぶ青年の元に、一人分の足音が近づいてくる。

 

「面倒なことになってんな……」

「あ、先輩!」

 

 そこに現れたのは、無束灰司だった。

 

「朝っぱらからギャーギャー騒いでんじゃねえっての。そんなやつ一瞬で始末しちまえよ」

「でもコイツ、再生するしめっちゃでかいんすよ……」

 

 青年の泣き言を聞いた灰司は、同僚たちと戦う化け物を一瞥すると、青緑色のバックルとグリップのついた緑色のゲームカセットのようなものを取り出し、バックルを腰に巻き付ける。

 

「ならコイツで殺すか」

《仮面ライダークロニクル!》

「ここは任せろ、変身」

《ガシャット!天を掴めライダー!刻めクロニクル!今こそ時は極まれり!!》

 

 バックル前面にある「A」と書かれたボタンを押し、カセットをバックルに差し込む。すると、グラフィックを模したゲートが上部に放出されるとともに、灰司の前面に針のない時計が表示され、ゲートが自動的に降下する。そして、灰司の身体は緑と黒を基調としたライダー――仮面ライダークロノスに変身した。

 クロノスは、自分に向かってやってくる化け物を挑発しながら、こういった。

 

「こいよ化け物。俺が神判を下してやる」

 

 

 


 

 PM 5:00

 

 というようなことがあった。

 

「しかし、なあ」

 

 灰司は、スマホの中の律刃の画像を見つめながら、そうぼやいた。

 一体彼女が、何故この事件に絡んでいるのかはわからない。だが、むざむざ彼女を信じてやるほどの義理はない。たとえ犯人でなかろうとも、事件をいたずらに引っ掻き回すような輩を放置するわけにはいかない。不確定要素はあってはならない。本気で何かを守りたければ、性悪説を支持すべきなのだ。

 

「守りたきゃすべてを疑え……か」

 

 ―― 守るものなんかないのに?

 自分で発した言葉が馬鹿らしくなって、思わず灰司は笑みをこぼした。だいたい、今更自分が何かを守るだなんて、おこがましいにもほどがある。なんせ、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「しかしこの街はアマスベに負けず劣らずイカれてやがるぜ。」

 

 灰司は、スマホをしまってあたりを見渡す。彼の周囲には、何人もの不良少年が彼を取り囲むようにして立っている。今の時代に、こんな奴らがまだ存在していることに心底驚いている。なるべく目立たないように猫を被っていたつもりだが、彼らのような人種にとっては、絶好のカモのように思われたのだろう。目立たないように生きるのは思った以上に難しいようだ。

 先頭に立つリーダーらしき青年が、灰司にガン飛ばしてくる。見るからに頭が悪そうで、話も常識も通じなさそうな雰囲気に、灰司は内心辟易していた。

 

「お~いそこのスカした糞野郎くうううん?俺達さあ、ちょいとお金に困ってんのよ。未来ある若者への先行投資と、その態度で俺達を不快にした慰謝料、合わせて一人3万くらい寄付してくれませんかあ?」

 

 こいつらは転生者ではないようだが、頭の出来はどっこいどっこいだ。灰司は青年のガバガバ理論に呆れながら、とりあえず返答してみた。話が通じるとは思えないが、一応、だ。

 

「アホか。俺はお前たちより年下だから、お前の理論に則ると、俺の方が未来ある若者ということになると思うんだが。それにだ」

「あ?」

「仕事の邪魔すんなKY野郎」

 

 青年にここから先の記憶はない。理由は単純明快。灰司に顔面ど真ん中をぶん殴られたからだ。

 鼻血をまき散らしながら、リーダー格の青年は地面に倒れ伏した。それを見て、周囲の不良少年たちが、一斉に灰司に敵意をむき出しにする。丁度いい獲物から、自分たちに歯向かう不届き者へと、認識が切り替わる。

 

「……治安の悪さはどこの世界も変わらないな」

 

 しかし、灰司に彼らに割くような時間はない。

 灰司は驚異的な跳躍力で飛び上がり、殴りかかってきた不良の頭を踏み越え、そのまま包囲網を軽々と飛び越える。

 

「てめえ!俺を踏み台にするとはいい度胸だな!」

「くそう!リーダーの敵討ちだ!野郎ども行くぜ!」

 

 躍起になって灰司を追いかける不良少年達。面子をつぶされた彼らの怒りはとどまることは知らない。どこまでも敵を追う、獣でしかない。

 灰司は、近くの曲がり角を右折する。不良少年たちも、その後の続く。が、曲がり角を超えた先には、灰司の姿はどこにもなかった。右折した先は一本道。隠れられるような場所もないはずなのに、だ。

 

「いねえぞ!何処隠れやがった⁉ 」

「小賢しい奴め……どこまで俺達を馬鹿にすりゃあ気が済むんだ!」

 

 馬鹿にするも何も、勝手に挑んで勝手に返り討ちにあっただけなのだが、彼らにそんな道理は通じない。

 辺りには、負け犬の遠吠えだけが響き渡っていた。

 

 


 

 

 その様子を、灰司はカーブミラー越しに見ていた。

 そこは、兎に角異質だった。生物は微塵も存在せず、静寂だけが闊歩する無機質な都会。そして、随所に散見される鏡文字。ここは、鏡の世界。普通の手段では決して立ち入ることは叶わず、されども一度入れば帰還できる保証はないし、長居すれば消滅してしまう。そんな場所に灰司はいた。

 鬱陶しい不良少年たちから逃れ、一息ついた灰司だが、そこに再びスマートフォンの着信音が鳴る。電話に出ると、AMOREの上司からだった。

 

『随分と騒がしかったようだが、一体……』

「ああ、野良犬に絡まれていただけだ。それよりも、オリジオンが見つかったのか?」

『そうだ。場所はそう遠くない、すぐ向かってくれ』

 

 新たな仕事。転生者狩りに安息はないのだ。

 灰司は通話を切ると、鏡の世界をさっそうと駆け抜けていった。

 


 

PM 5:33

 

 

 瞬達は、二手に分かれて灰司を探していた。一応ながら、チーム分けとしては、瞬・唯・志村・湖森

 

「ったく、何処行きやがったんだ」

「だけどさ、置いて帰るのもあれだもんね……あんまり遅くならなきゃいいけど」

「僕らの方が迷子になったりしてね」

 

 志村と唯は随分と気楽そうに見えるが、本当に大丈夫なんだろうか。既に日が落ちかけているし、あんまり買えるのが遅くなると家族に怒られてしまう。

 そう思いながらも、灰司探しを続ける瞬達は、とある公園に立ち寄った。すると、

 

「お~い瞬くううううううん!」

 

 見覚えのある変なおねーさんが手を振りながら此方に走ってきた。こんなことしてくるような年上の女性の知り合いは1人しかいない。もちろんトモリさんである。

 実質的なファーストコンタクトで既に彼女に対する心象が地に落ちている瞬は、露骨に嫌そうな顔をする。一応彼女を助けたことはあったものの、それとこれとは別なのだ。

 

「うわあ不審者だ」

「不審者じゃないってえの!港トモリ、ピッチピチの19歳だってばよ!まあもうじき二十歳の誕生日なんだけどね」

「クソほどどうでもいい」

 

 特に必要のないトモリの誕生日の情報を受け取らされた瞬は、さっと後ろに引いて唯にバトンタッチする。一応瞬よりは仲いいだろうし、それならば唯に押し付けた方がいいに決まっている。

 

「トモリさん、どうしたの?」

「事情聴取終わったから追っかけてきたんだ~」

「この人知り合い?なんか変な人だなあ」

「うん、悲しいことに知り合いなんですよね」

 

 悲しいことに、である。悲観している瞬だったが、そこにもうひとつ、聞き覚えのある声がかけられる。

 

「君は……また顔を合わせることになるとは、奇遇だな」

 

 瞬はその声を聞いて、ばっと顔を上げる。眼鏡越しにもわかるその眼光の鋭さは、たった数時間で忘れることはできない。瞬は声の主の名を、恐る恐る口にする。

 

「裁場さん……」

 

 そう、昼間に出会った武偵の青年・裁場誠一であった。隣には、見知らぬ男性が一緒に立っている。

 

「彼が君と話がしたいというので、連れてきた」

 

 そう言って、裁場は隣に立っていた男性にバトンタッチする。となりの男性にも見覚えがある。あのビルから投げ出された所を、裁場に助けられた人だ。片目が隠れるほど長い前髪以外に、これといった特徴のない、細身の男だ。

 

「ああ、お前もあの事件に巻き込まれたのか。君、炎の中突っ込んでいった人だろ?この武偵さんから話は聞いたよ。勇気あるなあ……ありがとう」

「俺は何にもできていませんよ。ただ余計な迷惑をかけただけで」

「そうだ。君の行いは褒められたものではない。正義感だけで突っ走れば、自他を傷つける事につながるということを肝に銘じておけ」

「はい……」

 

 念を押すように、再度叱られてしまった。だが、彼の言っていることは間違ってはいないのだ。本気で瞬のためを思って、このようなことを言っている。ゆえに、瞬は裁場に反論ができない。

 自省して黙り込んだ瞬。裁場は、男のほうに話しかける。

 

「ご自宅までお送りしましょうか?」

「いや、いい。外せない用事があるんだ」

「そうか……それなら、ここで。君も、俺みたいなやつとは二度と出会わないことを願っているよ」

 

 そう最後に言い残し、裁場と男は去っていった。唯は、裁場の言動に不満がある様子。

 

「あれが瞬が言っていた人?なんか感じ悪い……」

「いや、でもあの人の言うとおりだ」

 

 しかし、瞬は唯の怒りをなだめる。あの叱責は、瞬の至らなさが原因なのだから、此方が怒る正当性はないのだ。瞬はそれを理解している。それでも納得いかない態度を見せる唯とトモリだったが、

 

「あの人……裁場さんがいなかったら、あの男の人は助かっていない。俺じゃ届かなかった命を、あの人は救ってしまえる、そんな人なんだよ。俺なんかよりも立派な……ヒーローだ」

 

 その言葉を聞いて、唯は何も言えなかった。それでもなおも、トモリはなんとか反論しようと、瞬をほめようとする。

 

「いやいや、瞬くんは立派だって!2回も助けられた私が保障す……」

 

 と、言いかけたところでトモリの声が止まった。瞬は、どうしたと声をかけようとしたが、その前に、トモリは突然お腹を押さえてうずくまりだした。

 

「おなかいたたたたたたたたた……」

「え、ちょちょちょ大丈夫⁉ 」

「ごめんね、わたし昔からおなか弱くて……些細なことですぐこうなっちゃうんだよね……」

「あーわかります。僕も小さいときはそんな感じでしたよ」

 

 志村は変なタイミングで共感するんじゃない。

 まるで陣痛でも始まったのかといわんばかりに痛がるトモリは、公衆トイレのある方へと歩き出す。その足取りは、まるで生まれたての小鹿のようにプルプルと震えている。

 

「大丈夫、少し休んだら治ると思うから……いででででで……」

「ならいいんだけど……一応トイレまで連れていってあげますよ」

 

 湖森が心配して、トモリをトイレに連れていった。

 遠出してきたはずなのに、結局いつもと変わらないじゃねえかと、瞬は自嘲するのだった。

 


 

「…………」

 

 その人物は、それを見ていた。

 帽子とマスクとサングラスで顔を隠した典型的な不審者ルックスの彼(?)は、公園の茂みに身を隠している。10人中15人は怪しい奴だと断言するような格好のその人物は、必死に息を殺しながらサングラスの下で目線を動かす。

 その顔が向いている方向には、先ほど裁場達と別れた瞬達がいるのだが、彼(?)が瞬達に注目しているのか、はたまた裁場達に着目しているのか、それは他者からは判断しかねる。

 彼(?)は、手元のスマホの画面に目をやるかのように、顔を少し俯かせる。画面には周囲のマップが表示されており、そのうえでは赤い点が一方向に動いている。マップ上でなにかの位置情報を見ているのだろう。その人物が動いていないにもかかわらず、マップ上の赤い点が動いているのを見るに、確かめているのはその人物本人の位置情報ではないことだけは確かだ。

 

「さあどうくる……お前の餌はここにいるぞ……」

 

 限りなく小さな声で、そう呟く。

 彼(?)の役割は陽動。そのためにわざわざ首無しライダーに大枚をはたいて、自分の命よりも大事なものを預からせたのだから。

 そして、それが無駄にならないことを知っている。これから何が起きるかも知っている。そのうえで、多くの人を巻き込んでしまっている事実に申し訳ないとも思っている。

 だが、やめるわけにはいかなかった。

 これは、自分の半生への決着なのだ。

 

「ボマー……いや、■■■■……今日こそお前から取り返す……」

 

 


 

 同時刻

 

 公園の一区画。とあるベンチにて。

 ハゲとデブ、ふたりの中年男性がベンチに腰掛けて会話をしていた。

 

「また予算申請きてますよ……そう簡単に通るわけないというのに、ほんと、何考えてるんだか」

「現場の奴らは我々事務側のことを何にもわかっちゃあいない。向こうは向こうで、我々のことを、現場をわからない上役と思っているだろうが、それはお互いさまではないかと私は思うのだよ。違うかね?」

「私も最近になってようやく理解できましたよ。上に立つというのは、中々に苦労しますねえ」

 

 スマホの画面を見たハゲがため息をつき、話を聞いたデブが共感するかのようにうなずく。なんだかよくわからないが、いろいろと仕事のことで不満があるようだ。

 そんな、どこにでもあるような、ありふれた光景。そこに、一人の男がやって来た。

 フードを目深く被り、顔を隠したその男は、デブとハゲの前に立つ。2人の方も、自分達の前に突然現れ、無言で立ち尽くしている男に不気味さと鬱陶しさを感じ、追い払おうとする。

 

「なんだね君は。私達に何か用でもあるのか」

「…………」

「何とか言ったらどうだ?私は忙しいんだ。君のような人間にかまっている暇などないのだよ」

「そ、そうですよ。言っときますけど、不審者として通報してもいいんですよ?そうすれば――」

「見つけたぞ。AMORE経理課長・篠原治、人事部長・八手恵一だな?」

「え」

 

 2人のおっさんに詰められたフードの男は、2人の名前と立場を言い当てた。彼の言うとおり、彼らもまた、AMOREの職員。しかし、彼らは灰司のように前線で戦う実働部隊というよりかは、どちらかというと事務的な役割を担っている。

 フードの男は、2人を見下すかのように立っている。しかしながら、おっさん達は彼に対する心当たりがない。

 

「俺の顔を忘れたとは言わせんぞ」

「な、貴様は――」

 

 男たちは、フードを脱いだその人物の素顔を見て、驚愕の表情を浮かべる。そして、大声を上げようとしたハゲ頭の男の顔面を鷲掴みにすると、ぎりぎりと男の身体を片手で持ち上げてゆく。

 デブの方はベンチから転げ落ち、尻餅をついたままじりじりと後ずさってゆく。ハゲを助けるという選択肢は、その男の頭には浮かばなかった。そんなことをする度胸もなかった。ただ歯をガチガチと鳴らしながら後ずさってゆくことしかできなかった。

 

「なんでっ……今更……!」

「起爆だ」

 

 瞬間、ハゲの中年男性の頭が風船のように破裂した。

 


 

 その音は、瞬達の元にも聞こえてきた。

 パンという、現代日本には不釣り合いな乾いた音が、周囲の喧騒を一気に鎮静させる。それから少し遅れて、周囲に焦げ臭いにおいが漂い始めた。

 

「何⁉ 今の音なに⁉ 」

「なんだこの焦げ臭いにおい……」

「あっちの方からするね……行ってみる?」

「ちょ、危ないって!ねえトモリさんも逢瀬くんもとめな……って行ってる⁉ 」

「お兄ちゃんが止まるわけないんだよなあ」

 

 静止しようとする志村の声を振り切り、瞬達は異臭のする方へと走り出す。

 少し走ると、人気のない噴水広場にたどり着いた。なぜかこのあたりだけ、やけに静まり返っており、噴水の音だけが周囲に木霊している。瞬が異様な静けさに違和感を感じて立ち止まっていると、前方から、なんだかやけに切羽詰まったような足音が聞こえてきた。

 

「~~~~~~~~~~~っ‼ 」

 

 それは、声にならない悲鳴を上げながら、必死の形相で此方に走ってくる太った中年男性だった。顔は恐怖と鼻水と涙でぐしゃぐしゃになり、着ているスーツは思いきり崩れている。相当ひどい目に合ったことがうかがえる。

 

「あの、何かあったんですか」

 

 瞬は男性に声をかける。男性は何かを訴えるように自身の走ってきた方向を指差すが、声が出ていないので通じない。瞬が戸惑いながらも、何があったのかを聞こうとする。その時、

 

「逝け」

「あひ……」

 

 どこからか、そう一言だけ声が発せられると同時に、男性は瞬を強く突き飛ばした。尻餅をついた瞬は、当然ながら文句を言おうとするが、その瞬間。

 

 

 ボウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!と。

 男性の身体が爆発し、木っ端微塵に吹き飛んだ。

 

 

 凄まじい熱波と爆風が、近くにいた瞬に襲い掛かる。噴水の水が勢いよく吹き上がり、雨のように周囲に降り注いだ。つい数秒前まで人間だったものの残骸が、炎を伴って周囲に散らばる。地面には、焦げ付いた血がへばりついていた。

 瞬は目の前に起きた出来事に驚きを隠せないでいる。それと同時に、男性の行動の意図も理解した。彼は、こうなることを知っていたのだ。だから、瞬を自身の爆発に巻き込むまいとして、瞬のことを突き飛ばしたのだと。

 その光景は、後からやって来た唯達もしっかりと目にしていた。志村は情けない声を上げて尻餅をつき、トモリは湖森にそれを見せまいと、咄嗟に目隠しをする。今の爆発を聞いて、公園内にいた人が何人も集まってきていた。

 

「ひ、ひとがはじけとんだ……!」

「これも爆弾魔の仕業、なの?」

「あ~あ、見ちゃったか」

 

 呆然とする瞬の前に、フードを被った男が現れる。この場に似つかわしくない、つまらなさそうな声を上げながら。瞬は、恐る恐るきいてみる。

 

「お前がやったのか……?」

「おいおい、またかよ」

「また……?」

 

 その言葉に、瞬は違和感を覚えた。男はフードを脱ぎ、顔をさらす。

 

「あんた、さっきの……!」

 

 それは、先ほど裁場と一緒にいた男だった。先ほどの穏やかそうな態度とは打って変わって、いかにもワルですといったような雰囲気を全身から醸し出してる。男は、瞬の顔を見て、心底面倒くさそうにでかい溜息をつく。

 

「勘弁してくれよ。なんで1日に2回も邪魔されなきゃならねえんだ?」

「俺だって好きで巻き込まれてるんじゃない。そもそもお前がこんなことしなきゃいいだけじゃないのか」

「やだね。事情を知れば最低でも50%くらいは俺に正当性があると思うぜ?まあ死んでも教えないけど」

「人殺しに正当性なんかあってたまるか!」

 

 あくまで、自分が間違っているとは認めない。その態度は、瞬が今まで戦ってきた転生者達と同じだった。

 男は、火のついたたばこをその場に投げ捨てると、

 

「ついでにひと暴れといきますか!一応ギフトメイカーから頼まれたんでね!この力を授けてくれた音って奴に報いなきゃあ、男が廃るってもんだぜ!」

《KAKUSEI BOMBMER》

 

 そう言って、オリジオンに変身した。その姿は、数時間前に瞬が戦ったボマーオリジオンの姿だった。

 

「ふうっ!」

 

 ボマーオリジオンは、口から無数のシャボン玉を吐き出す。放たれたそれは風に流されるがままに漂い、周囲のものに触れた瞬間、割れると同時に爆発を引き起こした。

 

「うわああああああああああああっ!」

「ひいいいいいいいいいいいいいいいっ!」

 

 連続して引き起こされる爆発に、引き寄せられた野次馬たちがパニックを起こしながら逃げ惑う。中には、爆発に巻き込まれた死傷者が出てしまっている。瞬は思った。こいつを野放しにはしておけない、なんとしてでも止めなければならないと。

 瞬は爆発するシャボン玉を避けながら、野次馬たちを逃がしてゆく。声を枯らす勢いで叫び、足がちぎれるような勢いで走る。一人でも多くを逃がすために。

 瞬の目の前には、座り込んでいるギャルが一人。彼女も逃げ遅れた人なのだろう。

 

「君も逃げるんだっ!早く!」

 

 瞬はそう叫びながら、彼女に手を伸ばす。

 が。

 

「ばあ☆」

「ぬがっ⁉ 」

 

 突然、瞬の頬に痛みが走ったかと思えば、次の瞬間、瞬は空を見上げていた。

 数秒間の混乱の後、瞬は自分が殴られたのだということに気づいた。脳がその事実を認識するのにそれだけの時間を要するほど、一瞬の出来事だったのだ。

 

「な、何……?」

「あはははっ!話には聞いてたけど、お前ホント鈍いのなぁ!」

 

 彼女は、突然の出来事に困惑する瞬を嘲笑う。そして、その場でくるりと回ってウインクを決めると、

 

「変身☆」

《KAKUSEI BOOGIB POP》

 

 彼女はオリジオンへと姿を変えた。全身に開いた状態のジッパーが現れ、まるで着ぐるみを着るかのように、それらが一斉に閉まってゆく。

 ジャラジャラと鎖を巻きつけた円筒状の帽子に、裾が長すぎて引きずっているマント。そして、不気味なほどに満開の笑顔を浮かべた骸骨頭。まさしく、テンプレート的な死神を彷彿とさせるものであった。

 

「アタシはリバイブ・フォースの藤宮泡不(ふじみやほうふ)またの名をブギーポップオリジオン!イカよろ〜、っても今からアンタ死ぬけどね。いやマジで」

 

 リバイブ・フォース。以前戦ったタロットオリジオンも、自身のことをそう名乗っていた。彼曰く、ギフトメイカー直属の精鋭だとか。つまり、目の前の彼女も、タロットオリジオンに匹敵する強敵であるということだ。予期せぬ強敵とのエンカウントに、思わず瞬の息が詰まる。

 その様子を見て、藤宮泡不――ブギーポップオリジオンは、品のない笑い声をあげる。

 

「え、もしかしてビビってる?なら仮面ライダーって案外大したことないんじゃね?」

「く……」

 

 目の前に立ちはだかる2人のオリジオンの気迫に、無意識ながら気圧される瞬。そこに、追い打ちをかけるように、

 

「おいおい泡不ちゃん、独断専行はダメって言ったでしょ?ほら、数の暴力でいこうってあれほど言ったよね?」

「アクロス、今日こそ息の根を止めてやる」

「やあお邪魔虫君。単刀直入に言うけど死んでくれない?」

「……!」

 

 聞き覚えのある声に、瞬はばっと振りかえる。そこには、見覚えのある敵たちが待ち構えていた。レドにレイラ、バルジにガングニール。ギフトメイカー側も勢ぞろいだ。彼らの背後からは、2人の見知らぬチンピラが歩いてきている。瞬は知らないが、彼らは数時間前に灰司と戦った転生者達だ。

 これで1体8。状況は絶望的だった。

 

「変身」

《KAKUSEI IGARIMA》

「いい加減僕も戦線に立ってみようかなって思ってさぁ。喜べよアクロス、僕が直接蹂躙してやるよ」

《KAKUSEI BLADE》

 

 バルジがイガリマオリジオンに変身するとともに、レドもオリジオンとしての姿をあらわにする。天を刺すような勢いで伸びる一本のツノに、煤けた銀色の甲冑。その胸元には、緑色に染まったスペードマーク。彼が動くたびに、ガシャガシャとその全身が音を立てる。その姿はまるで、継ぎはぎの甲冑を身に纏ったカブトムシの怪人だった。

 

「ギフトメイカー・レド、ブレイドオリジオン。アクロス、お前で遊んであげようか」

 

 舞網の時よりも絶望的な状況だ。瞬はあまりにも絶望的な状況に、心が折れそうになる。しかし、ここで折れるわけにはいかない。瞬には、守るべき人たちがいるのだ。それが、そばにいる、だから、ここで瞬が言うべきことはひとつだった。

 

「みんな逃げろ!」

「いやいや!瞬は大丈夫なの⁉ 1体8とか正気の沙汰じゃないよね⁉ 」

「そもそもお前らは戦えねえだろ!だから逃げてくれ!俺なら大丈夫だから!」

 

 唯は何か言いたげだったが、志村が強引に彼女の手を引っ張って逃げようとする。

 

「行こう……唯ちゃん。僕らじゃどうしようもない」

「……っ!瞬、無茶しないでよね!」

「湖森ちゃんも!ほら!」

「う……うん!」

 

 唯達の姿が遠くに消えてゆくのを横目に見届けながら、瞬はクロスドライバーを腰に装着し、アクロスライドアーツをドライバーに装填する。

 

「変身!」

《CROSS OVER!仮面ライダーアクロス!》

「シャラクセエ!俺達に楯突こうってんならぶっ殺す!」

「俺達はヒジョーにイラついてんだ!なんせ兄貴をぶっ倒されてんだからよオ~⁉ 」

《KAKUSEI LIZARDN》

《KAKUSEI KAMEX》

 

 2人のチンピラも、リザードンオリジオンとカメックスオリジオンにそれぞれ変身する。

 

「さて、数も実力もこちらに軍配が上がっていると思うんだけど、それでもやるのかな?」

「やるよ。お前らのやっていることは見過ごせない」

 

 生きて帰れる見込みはない。今日が命日に、ここが死に場所になってしまうかもしれない。そう思いながらも、アクロスはギフトメイカー達の前に立つ。どうしても見過ごせないから。許せないから。死の恐怖を正義感で誤魔化しながら、アクロスは今この場に立っていた。

 アクロスは、一歩踏みだす。今まさに、戦いの火ぶたが切って落とされようとしていた、その時だった。

 

「おいおい、1対8は無しだろ。俺も混ぜろよ」

 

 そんな声がしたかと思えば、突然、何かがアクロスとギフトメイカー勢の間に、イッチョクセンに降り注いできた。まるで隕石でも降ってきたかのような衝撃と、大量の土埃が舞い上がる。

 少しして、土煙が徐々に晴れてきた。両社の間の落下地点に立っていたのは、漆黒のスーツに黄金と白銀の装甲、赤黒いマントを纏った騎士の如き出で立ちの仮面の戦士。アクロスも、ギフトメイカー達も、本能的に察していた。こいつは転生者狩りだと。

 

「その声……転生者狩りか⁉ 」

「今の俺は仮面ライダーソロモンだ。」

「お前っ……」

「勘違いするな、俺とお前は仲間じゃない。俺は俺の目的の為にここに来た」

 

 ソロモンは、大剣カラドボルグの剣先をイガリマオリジオンに突き付けながら、そう吐き捨てる。イガリマオリジオンは、自身に向けられている明確な殺意に全く動じることなく、へらへらと笑いながらソロモンを盛んに挑発する。

 

「懲りないやつだな。よっぽど死にたいと見た」

「それはコッチの台詞だ。テメェだけは俺の手で殺す……!」

「寝言は寝て言うもんだぜ?雑魚が勝手に死んだだけだ。何故俺が責められなきゃならない?」

「バルジィ!」

 

 それは一瞬だった。

 激昂したソロモンのカラドボルグによる一撃と、イガリマオリジオンの大鎌が、激しい音を立ててぶつかった。ぎりぎりと鍔迫り合いが繰り広げられる中、イガリマオリジオンは、自身の背後で待機しているレイラとガングニールオリジオンに、命令を下す。 

 

「まあ俺様は優しいからさあ、お前の遊びに付き合ってやるよ。レイラ、ガングニール、お前らは逃げてったガキどもを始末しろ」

「無論だ」

「イッチョクセンニ、ブンナグル!」

「行かせるか!」

 

 イガリマオリジオンの命令を受け、レイラ達が唯達を追おうとする。それを阻むべくアクロスも駆け出すが、すかさずブレイドオリジオンがその背中めがけて斬りかかってきた。

 

「ぐう……」

「駄目じゃないか……逃げるなんて、さあ!」

 

 続くブレイドオリジオンの第二撃を、アクロスは咄嗟に構えたツインズバスターの刃を以て弾いた。金属同士が激しくぶつかり合う音が響き渡り、周囲の空気がぶるぶると震えるのが目に見えて分かった八日気がした。

 

「おいおい、前は俺なんか眼中にないって言ってませんでしたっけ?」

「部屋の中を小蠅が飛んでいたら目障りだろ?それと同じさ。別に殺す必要はないけど、死んでくれた方が僕たちにとっては快適なんだよ……ねえ!」

 

 その方が楽だから。アクロスとギフトメイカーの間には、圧倒的な意識の差があった。そして、ギフトメイカーの方は、そんな態度でいられるだけの力を有していた。

 ブレイドオリジオンが勢いよく振り下ろした剣を、アクロスは間一髪で避ける。誰にも当たらなかった

剣は、アスファルトを思いきりえぐり取り、周囲にもひび割れを生じさせる。目の前の敵は、ガングニールオリジオンに負けず劣らずのパワーを持っている。あの剣の一撃に当たるのはまずい。たった一発うけただけの背中が、既に熱を持っている。

 

「あたしのこと忘れてもらっちゃあ困るんだけど!」

「ぐああっ!」

 

 ブレイドオリジオンに集中していたアクロスだが、突如として背中に鋭い痛みが生じた。痛みを堪えながら振り返ると、ブギーポップオリジオンが笑っていた。

 アクロスはすぐさま駆け出そうとしたが、自身とブギーポップオリジオンとの間を走る、ギラリと光る何本もの線に気づく。金属ワイヤーが、彼女の手から伸びていた。

 

「そいつは生身の人間くらいなら容易く切り落とせる優れものよ。流石に仮面ライダーとかじゃそううまくはいかないけど、それなら死ぬまで斬り続けるだけ。あたしの経験値になってもらうから、覚悟しろよ!」

「経験値って……ゲームじゃねえんだ……ぞっ!」

 

 アクロスは即座にツインズバスターでワイヤーを切断する。ブギーポップオリジオンが続けて何本ものワイヤーを手のひらから放ってくるが、アクロスはそれを斬り伏せながら、彼女へと距離を詰めてゆく。

 

「まじ?ワイヤーあっさり攻略されちゃう感じ⁉︎ 」

「せやぁっ!」

 

 ワイヤーが思ったよりもあっさりといなされてゆく事実に困惑するブギーポップオリジオンの横っ腹に、ツインズバスターの刃が叩き込まれた。それは斬るというよりも、ぶっ飛ばすと言った方が近いか。攻撃をうけたブギーポップオリジオンは、悲鳴を上げながら地面を転がってゆく。

 

「きゃあああああっ⁉︎ 」

「お前頭悪いんじゃないの?数の差考えろってーの!」

「わかってらぁ!」

 

 すかさず、ブレイドオリジオンが背後から斬りかかるが、アクロスもツインズバスターで応戦する。両者共に振りかざされた刃同士がぶつかり、弾き合う。

 ブレイドオリジオンの一撃は重い。少しでも気を抜くと、あっという間に押し切られそうだ。

 

「ぐぬぅ……」

「ほら、もっと本気出せよ!」

「っ……!」

 

 ブレイドオリジオンの重い一撃に耐えきれず、刃を防いだツインズバスターが、アクロスの手から弾き飛ばされる。得物を失ったアクロスに、勢いよく振り上げられたブレイドオリジオンの刃が遅いかかった。

 

「ぐああああああっ!」

 

 火花を撒き散らしながら、アクロスの身体が大きく吹き飛ばされる。そこに、ボマーオリジオンが真っ黒な球体を投げてきた。それはアクロスに当たると同時に、小規模な爆発を引き起こし、アクロスに連続してダメージを与える。その球体は爆弾だったのだ。

 続けて爆弾が何個も飛んでくるが、アクロスはツインズバスターを拾い、ガンモードに変形すると、飛んできた爆弾を光弾で迎撃する。爆弾は空中で爆発し、黒煙と衝撃波を巻き起こす。

 

「くそっ……!こうなったらレジェンドリンクだ!」

《LEGEND LINK!揺らせ揺られろSSSSOUL!ladies &gentlemen! LINK PENDLUM!》

 

 不利を悟ったアクロスは、ペンデュラムライドアーツをドライバーに装填し、仮面ライダーアクロス:リンクペンデュラムへと変身すると、腹部の宝玉から螺旋状のビームを解き放った。

 

「はああああああああっ!」 

「ディアーサンダー!」

 

 アクロスの放ったビームは、ブレイドオリジオンの放った電撃と相殺され、爆発を引き起こす。発生した爆風を掻き分けながら、アクロスはブレイドオリジオンに向かって突っ走る。ブレイドオリジオンは続けざまに電撃を連発するが、アクロスはそれを紙一重で躱してゆく。

 そしてアクロスは、ドライバーに装填していたペンデュラムライドアーツをツインズバスターの持ち手にある挿入口に差し込み、自らの頭上に向かってツインズバスターの引き金を引いた。すると、一瞬だけアクロスの身体が煙に包まれたかと思えば、次の瞬間には、アクロスの姿が幾人にも増えていた。ペンデュラムライドアーツの能力の一つである分身能力を使ったのだ。

 

「分身か!小賢しい真似を……!」

「落ち着けよ。分身は全員ぶちのめすのがセオリーってもんだ。ボマー君、纏めて爆殺してしまいな!」

 

 面倒なことになったと怒りをあらわにするにボマーオリジオン対し、イガリマオリジオンは脳筋理論じみた考えで一蹴してしまう。ボマーはそれに嬉々として賛同すると、

 

「言われなくともそうさせてもらうぜ!」

 

 突っ込んでくる分身アクロス達に向かって、手のひらから無数のシャボン玉をうちだした。

 凄まじい爆音を立てて、分身たちが霧散してゆく。しかし、本物のアクロスに攻撃は命中していない。爆炎の中から、処理し損ねた分身アクロスが数体、ボマーオリジオンとブレイドオリジオンの懐へと突っ込んでくる。

 

「しゃらくせえ!リザードスラッシュ!」

 

 ブレイドオリジオンがそう叫ぶと、彼の尻からトカゲの尻尾のようなものが出現する。その先端は、鋭い刃のような形状をしていた。そして、ブレイドオリジオンはその尻尾を勢いよく振り回し、自身に向かってきた分身アクロスを一刀両断する。

 ボマーオリジオンも、分身アクロスの頭にそっと触れる。すると、先ほどの中年男性たちのように、分身アクロスが爆発して跡形もなくなった。

 

「出て来いよ雑魚アクロス。頼みの綱の分身共は全滅したぜ?」

「ああ、出てきてやるよ。望みどおりにな!」

《LEGEND LINK!SET UP!ネプテューヌゥウウ!》

 

 その声と共に爆風を突っ切り、リンクネプテューヌとなったアクロスが上から現れた。紫のラインが走る黒い機械チックな翼を広げ、急降下を仕掛けてくる。

 

「せええええええええええいっ!」

「だからお前と僕では実力の差ってのがあるんだよ!」

 

 ネプテューヌライドアーツの能力で、刀身が大きくなったツインズバスター・ソードモードを構え、勢いよくブレイドオリジオンに斬りかかる。ブレイドオリジオンも、負けじとアクロスを馬鹿にしながら剣で迎撃しようとする。

 ガキンッ!! と大きな音を立てて、両者の刃が再び激突する。そこにすかさず、ブギーポップオリジオンがワイヤーを伸ばしてアクロスを捉えようとするが、アクロスは飛んで回避しながら、そのワイヤーをツインズバスターで切り裂く。ブギーポップオリジオンは、空を飛ぶアクロスを忌々しそうに見上げながら愚痴をこぼす。

 

「雑魚のくせに空飛ぶとかうざくない?」

「わかるよ分かる。ならこうするしかないよね。バッファローマグネット!」

 

 ブレイドオリジオンは彼女の愚痴に頷きながら、剣を地面に突き立てる。すると、空を飛んでいたアクロスの身体が、ガクリと大きく傾いた。

 

「なんだ⁉ 」

 

 別に攻撃がされているわけでもない。ただ、身体が急に重くなったのだ。アクロスは踏ん張って高度を上げようとするが、高度は上がるどころか下がり続ける。いや、ただ下がっているだけではない。これは――

 

「引き寄せられている……⁉ 」

「磁力を操っているのさ!仮面ライダーといえど、そのスーツにはたんまり金属が使われているだろう?この力にあらがえるわけがないのさ!堕ちろ!お前如きがのうのうと空飛んでんじゃあねえ!」

「うあああああああああああああっ‼ 」

 

 ブレイドオリジオンの剣を起点として、強い磁力が発生しているのだ。それに、アクロスのスーツが引っ張られている。必死にあらがうアクロスだったが、全身を引っ張る磁力に逆らえず、次第にアクロスは地面へと落ちてゆく。

 それでもなおもあがくが、そこに、ブギーポップオリジオンがワイヤーを素早く伸ばし、アクロスの足にそれを結び付けると同時に、もう一本のワイヤーでアクロスの右翼をぶった切ってしまう。ワイヤーと磁力の組み合わせで、さらにアクロスの落下速度は上がる。

 

「ぶった切られちまいな!捕食網(プレデターネット)!」

「‼ 」

 

 そして、とどめと言わんばかりに、アクロスの落下地点に、ブギーポップオリジオンが蜘蛛の巣のようにワイヤーを広げる。あのワイヤーの威力は十分に理解している。変身しているといえど、突っ込んだらマズい。しかし、避けられない。

 アクロスのあがきもむなしく、彼はなすすべなく、鋼鉄ワイヤーでできた蜘蛛の巣のど真ん中に突っ込んだ。

 


 

「せええええええい‼ 」

 

 仮面ライダーソロモンに変身した転生者狩り――灰司は、怒りのままにイガリマオリジオン――バルジに斬りかかる。

 しかし、彼の怒りを乗せた一撃は、イガリマオリジオンの大鎌に軽くいなされる。

 

「軽いね、軽い!君ぃ、弱体(ヤムチャ)化してないか?それともなんだ、主人公補正でも切れて、それが実力だったりするのかな?どっちにしても、笑っちまうくらいなんてことないねえ!ほらほらぁ!」

「ふざけるなっ……テメエは……生きてちゃいけない人間だ……!絶対に俺が殺すんだ!」

 

 いつもの飄々とした態度はどこへやら、ソロモンは激昂しながら何度もカラドボルグを振りかざす。当たれば即致命傷にもなりうるラスボスクラスの斬撃を、イガリマオリジオンは臆することなく、一つ一つ、冷静に対処してゆく。右からの一撃を受け流し、左からの一撃を弾き、上からの一撃を受け止めては押し返す。

 スペックでは上回っているはずのソロモンは、怒りでその差を自ら縮めてしまっているのだ。ゆえに、イガリマオリジオンが優位に立てている。イガリマオリジオンもそれを理解しているからこそ、ソロモンの冷静さを一層奪うべく、盛んに挑発を繰り返すのだ。

 そこに、半ば放置気味だったリザードンオリジオンとカメックスオリジオンが乱入してきた。そして、仲間を倒した転生者狩りに一矢報いようと、背後から飛び掛かる。

 

「俺達も加勢するぜ!こいつは許せねえ!兄貴のかたき討ちだ!」

「転生者狩り、覚悟おおおおおおおおおおおおおお!」

 

 ガツンと、リザードンオリジオンとカメックスオリジオンのパンチが、ソロモンの後頭部に直撃した。しかし、それが却って、ヒートアップしたソロモンの怒りをさらに上のレベルへと押し上げた。

 

「邪魔するな雑魚が!」

《オムニバスローディング!SOLOMON BREAK!》

 

 ソロモンは苛立ち気味に、腰のドゥームズドライバーバックルにセットされている、オムニフォースワンダーライドブックを一度閉じ、ベルト上部にあるスイッチ・ドゥームズライドを1回押す。すると、カラドボルグの剣先から赤い衝撃波が解き放たれ、リザードンオリジオンとカメックスオリジオンを吹き飛ばした。

 ソロモンは情けない悲鳴を上げてぶっ飛んでゆくチンピラ達に目もくれず、必殺技を発動し終えると、一目散にイガリマオリジオンに斬りかかってゆく。吹き飛ばされた二人は、悔しそうに歯ぎしりをしながら、その様子を見ていた。

 

「つ、つええええ……」

「くそお……俺達なんか眼中にないって感じだぜ……」

 

 両者の実力差は圧倒的なもの。いくら馬鹿なチンピラ達であっても、2度もコテンパンにされてしまえば嫌でもそれが理解できてしまう。自分達の実力ではソロモンにはかなわない。ソロモンのスペックも、それを操る転生者狩り自体の実力も、隔絶されたものだ。ここで、ソロモンに挑むことがかなわないのならば、もうひとりの敵に彼らの意識が向くのは、ある意味当然だったといえよう。

 チンピラ達の視線は、ブレイドオリジオンと戦っているアクロスの方に向いていた。ちっぽけな意地を糧に、傷だらけの身体を引きずるようにして立ち上がり、アクロスの方へと歩いてゆく。

 

「あの知らねえ仮面ライダー殺せばいいじゃん」

「だな!あわよくばあの力を奪っちまおうぜ……!」

 

 アクロスの方へと走ってゆくチンピラ達には目もくれず、ソロモンはイガリマオリジオンに斬りかかる。しかし、何度斬りかかっても、ソロモンの攻撃はイガリマオリジオンには届かない。ソロモンが振り下ろしたカラドボルグの刃を、イガリマオリジオンは素手で受け止める。ソロモンは力を込めて押し切ろうとするが、なぜかそれができない。

 そんな彼を嘲笑うように、イガリマオリジオンが言う。彼は、本気で自分が悪くないと思っているのだ。彼の言葉で、ソロモンの怒りがさらに燃え上がる。

 

「だからなんで責められなきゃあならないんだ?ただ単に弱い世界が一つなくなっただけだってのに」

「俺の世界を侮辱するな!」

「俺たち転生者は一度死んだ身だ。理不尽にも一度目の生を奪われたんだ。だからさ、何やってもいいじゃん。俺達を一度死なせた世界のことを省みる義理なんてないじゃん?てか世界をめちゃくちゃにする権利だって俺達にはあるんだよ!俺達は正当な権利を以てこれをやってんだよ!それを綺麗事ほざいてめちゃくちゃにする権利がてめえらなんかにあるわけねえだろうが!」

 

 バキンと、音がした。

 イガリマオリジオンが、カラドボルグの刃をへし折ったのだ。本来ならば、折れるはずのないもの。それを、奴はいとも簡単にやってしまった。

 

「いい加減消えな!俺様を否定する奴は全員消えてもらわなきゃあいけねえなあ!」

「があああああああああっ‼ 」

 

 下から斬り上げるかのような、大鎌の一撃。その一撃で、ワンダーライドブックが、切り裂かれた。力の源を失い、ソロモンは変身を維持できなくなり、その場に膝をつく。

 砕け散るようにソロモンの姿が掻き消え、その下の素顔があらわになる。ダークライダーの仮面をかぶり続けた少年の素顔が、アクロスの眼前にさらされる。

 

「く、そ、が……!」

 


 

 その光景は、満身創痍となったアクロスもしかと目にしていた。

 

「灰司……⁉ お前だったのか⁉ 」

 

 変身の解けたソロモンの中から現れたのは、無束灰司だった。アクロスの予想だにしない事実。それは、彼の冷静さを奪うには十分だった。

 

「よそ見している場合か!しぶといんだよねえ君は!」

「ぐっ……」

 

 ブレイドオリジオンの一撃を受けた衝撃で、レジェンドリンクが解かれ、基本形態に戻ったアクロス。スーツのあちこちには、痛々しい傷跡ができており、随所から煙が上がっている。誰がどう見ても、限界だった。このままでは、アクロスのスーツが破損し、装着者である瞬の生命が危ぶまれる。

 その様子を見たボマーオリジオンは、今こそと判断し、アクロスから逃げようとする。

 

「逃げるな!」

「何?俺様が律義にお前らと戦うと思ってんの?」

「くそっ!」

「させないよ、ライトニングスラッシュ!」

 

 アクロスは慌ててボマーオリジオンを追おうと走り出すが、ブレイドオリジオンが割って入り、電撃を纏った剣の一突きで、アクロスの身体を地面へと押し戻す。焼けつくような痛みが、アクロスの肺から空気を押し出そうとする。

 そこに、逃げたはずのボマーオリジオンが馬乗りになる。

 

「逃げるのはフリだ!二度も邪魔されてよお、俺が怒らないとでも思ったかあ⁉ お前は邪魔だ!俺の目的を果たす前に爆死してもらうぜ!爆裂鎮魂歌(ハートレスシャウト)!」

「っ……!」

 

 ボマーオリジオンがそう叫ぶと、彼の両手が炎に包まれる。もはや、もがくだけの体力すら、アクロスにはなかった。

 

「起爆だあああああああああああああああああああああああ!」

 

 炎の拳が、アクロスの眼前に迫る。

 

 

 

 

 

 

 

 筈だった。

 

 

 

 

 

 バチュンという音があった。それと同時に、ボマーオリジオンの動きが止まっていた。

 

 少し遅れて、ボマーオリジオンの左肩から硝煙が上がり始めた。誰かが撃ってきたのだ。しかし、痛みはない。オリジオンに変質した彼には、通常兵器なぞ通用しないのだから。事実、銃弾の当たった左肩からは、血の一滴も流れてはいなかった。

 彼が動きを止めたのはダメージを受けたからではない。拳銃なんぞで転生者に挑もうとした命知らずの顔を見てやりたかったからだ。アクロスも、ソロモンも、他のオリジオン達も、乱入者を凝視する。

 それは、眼鏡をかけた、スーツ姿の男だった。ぱっと見は、少し怖い顔つきをしたサラリーマンのように見える。しかし、その手には拳銃が握られており、彼が一般人ではないことを如実に示していた。そして、その男のことをアクロスは知っている。なぜなら、アクロスは彼と既に会っているからだ。

 

「あんたは……!」

「テメェ……」

 

 男の名は裁場整一。フリーの武偵だ。

 彼は、戦場のど真ん中であるにもかかわらず、冷静沈着であった。まるで、こんなの慣れっこだと言わんばかりに。そして、彼は灰司は姿を見て、一瞬驚いたような顔を見せるが、即座に表情を削ぎ落としてブレイドオリジオンの方を向き、口を開く。

 

「俺も混ぜてもらおうか」

「あ?なんだお前。やんのかゴラァ⁉︎ 」

「捻り潰されるのとすり潰されるの、どっちがいいか選ばせてやるぜぇ?」

 

 突如として現れた裁場に下品な罵声を浴びせるオリジオン達だったが、彼らの提示した選択肢は、そのどちらも選ばれる事はなかった。

 彼が選んだのは、第3の選択。裁場は、躊躇いなくそれを選んだ。

 

「なら、お前たちを倒す」

 

 裁場がそう言いながら掲げた手。その手には、アクロスにとって非常に馴染み深い、かつとんでもないものが握られていた。

 何故なら、それは――

 

「クロスドライバー⁉︎ なんでアンタが……」

《UKNIGHT》

 

 そう、彼が取り出したのは、アクロスが今身につけているモノと全く同じ、紛れもないクロスドライバー。鈍い光沢も、あの形状も、間違いなくクロスドライバーそのもの。見間違えるはずがない。

 動揺するアクロスの目の前で、裁場は、紫色のライドアーツをドライバーに装填する。そして、胸元で両手を合わせて、

 

「変身!」

《CROSS OVER》

 

 そう言って、ライドアーツの装填部をスライドさせ、横に倒した。

 

《正義の意志をフュージョライズ!不撓不屈のウォリアー!仮面ライダーユナイト!》

 

 裁場の背後に、光り輝く渦が出現し、そこから装甲のようなものが渦の回転に沿って裁場の近くに飛来してくる。そして、盾のような形状をしたプレートが裁場の両肩に引っ付くと、それを皮切りに装甲が次々と裁場の全身に装着されてゆく。

 肩には水晶のついたシールド状のアーマーが、背中には長槍を背負い、腰には銃の入ったホルスターがぶら下げられている。

その姿はまるで近代西洋の軍服を思わせる。

 

「貴様……何者だ?」

「俺の名は仮面ライダーユナイト。まさか、再びギフトメイカーとやり合うことになるとは思ってもみなかった」

 

 腰のホルスターから銃を取り出し、銃口を構えながら、彼は告げる。

 

「お前ら、纏めて裁かれてみるか?」

 


 

 PM6:00

 

 

「ひいいいいいいっ⁉ 」

「くっ!」

 

 唯と志村は、ガングニールオリジオンとレイラから必死に逃げていた。湖森とトモリは別方向に逃げてしまったため、2人がどうなっているのかはわからない。無事であってほしいと願うしかない。

 2人にあらがう術などない。圧倒的な実力差の前に、ただ逃げるしかなかった。

 

「アクロスの仲間……いや、何の力もないお荷物か。貴様ら個人に恨みはないが、バルジ様の命令だからな。死んでもらうぞ」

「冗談じゃない……まだ死ねるか!」

「威勢だけは一丁前……くだらないな」

 

 レイラに啖呵を切りながらも、逃げることしかできない。その現実は、唯の心を着実に消耗させていた。

 なぜ自分はなにもできないのか。なぜこうして逃げることしかできないのか。瞬にすべてを押し付けて情けなくないのか。そんなことばかり考えてしまう。

 

「ぜえ……ぜえ……」

「志村⁉ 足遅くなっているけどお⁉ 」

「無理無理無理無理!体力尽きるううううううううううううううう!」

 

 逃げること数分。根っからのもやしっ子な志村の体力が、早くも尽きかけていた。息は絶え絶え、心臓はバクバク。顔もなんか形容のしがたいような凄まじい形相になり果てている。状況が状況でなければ、その様子を見て笑ってしまいそうだ。

 唯と志村の距離がどんどん開いていく一方、ガングニールオリジオンと志村の距離がだんだんと詰まってゆく。志村はなんとか追い付こうと必死に手足を動かすが、元来の運動神経の差は覆ることはない。

 やがて、体力の限界が近づいた志村は、足元の小石に躓いて派手にすっ転んでしまった。

 

「あべしっ」

「志村!」

 

 追ってきたガングニールオリジオンの標的が、ずっこけた志村に定まる。ガングニールは大きく飛び上がり、空中で拳を構える。ジャンプパンチをかますらしい。

 

「イッチョクセンニ、ツラヌク……!」

「ぎゅあああああああああああああああ死ぬうううううううううううううううう!」

 

 ガングニールオリジオンの怪力っぷりは唯も志村も理解している。あんなパンチを受けてしまえば、ひ弱な志村の身体なんぞ軽く木っ端微塵に吹き飛んでしまうだろう。

 志村の絶叫を聞いた唯の足が、180度向きを変えた。理由は単純明快。友達が危ないから。瞬がいない以上、自分がやるしかない。唯の行動に気づいた志村の静止も振り切って、唯はガングニールオリジオンに向かって駆け出した。

 

「何してんだお前えええ!」

「だ、駄目だ唯ちゃん!僕のことは良いからアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 ―― なんて無力なんだろうか、私は。幼馴染みが戦っているのを見ているだけで、それを尻目に逃げるだけだなんて。

 

 元来から、諸星唯は考えるより先に身体が動く方の人間であった。

 しかし、アクロスとオリジオンの命がけの戦いにおいて、それはできなかった。仮面ライダーとして着実に心身ともに成長している瞬と、ただの幼馴染のままの唯。その差は広がるばかり。いつしか、そこには守るものと守られるものという上下関係が生まれてしまっていた。もちろん、瞬の行いは褒められるべきものだ。彼が本気で唯をはじめとする周囲の人々を気遣っているからこそ、彼は皆を守ろうとしている。それはわかっている。

 だが、守られるものと守るものとの関係というのは、決して対等にはなりえない。どうしても精神的な距離というモノが生じてしまうのだ。長年瞬と付き合っている唯だからこそ、それに人一倍敏感だった。

 その距離を瞬にわかってもらいたい。そういう思いも多少あった。だから、あんなことを言った。

 

 ――巻き込むのはいいよ⁉︎ でも人のこと巻き込んどいて途中下車とかマジありえないんだって!いっつも蚊帳の外とかホントモヤモヤするんだよ⁉︎

 ――巻き込むのは構わないよ。でも、置いてけぼりは許さない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 置いていかれたくないと吠えているくせに、今の自分はただのお荷物でしかない。そんなんで彼と一緒に居たいだって?遠くなるのが嫌だって?

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「私だって…………」

 

 守られるだけの都合のいい幼馴染(ヒロイン)に収まってるんじゃない。突っ走って、追い付いて、追い抜く。背中に居座る庇護者から、ともに同じ視点に立つ英雄(ヒロイン)になってみせろ。

 そのほうが、諸星唯(じぶん)らしいではないか?

 

「私だってやってやるんだあああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 自分の不甲斐なさへの怒りで我を忘れ、ただがむしゃらに走り、ガングニールオリジオンの顔面目掛けて綺麗なフォームの跳び蹴りをぶち込んだ。

 いくらフィジカル面で圧倒的に有利なガングニールオリジオンといえど、空中では踏ん張りようがない。唯の蹴りをもろに喰らったガングニールは、そのまま背中から地面に墜落し、潰れたカエルが如き苦悶の声を漏らした。

 

「瞬ばっかに押し付けてられるか……何が何でも隣に立つ」

 

 ほんの些細な意地と、疎外感と、寂しさと、いろんな感情がごちゃ混ぜになったまんまの状態で、唯は立ちふさがる。とにかく今は逃げない。どれほど無謀でもあがいてやる。多分、そのほうが性に合ってる。

 レイラはそれが心底面白くなかったようで、手に持ったサーベルを投げようとする。

 

「ほう、友のために無謀にも我らに挑むか。身の程を知れ、凡人」

「駄目だ!逃げよう!」

「……っ‼ 」

 

 唯が身体を動かすよりも速く、レイラの手からサーベルが放たれる。圧倒的に、絶望的に、間に合わない。

 血飛沫が、生まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聞こえたのは、血飛沫の音ではなかった。

 ガキンッ!!!! と、金属同士が激しく衝突する音であった。

 

 

 

「な……」

「え、なにが……」

 

 困惑するレイラだが、彼女の目は容赦なく、唯めがけて投げたはずのサーベルが真っ二つにへし折られた状態で地面に転がっているという現実を見せつけられる。そして、

 距離的に外すわけがない。唯や志村が何かをしたわけでもない。だが、事実レイラの攻撃は外れている。ならばと、レイラは即座に気を取り直し、ガングニールオリジオンに2人の始末を命ずる。

 

「BYIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII!!!!」

 

 言葉にならない雄たけびを上げながら、ガングニールオリジオンが唯に飛び掛かる。

 しかし。

 

「抜剣・千輪一爆!」

「ぐばしゃああああああああああああっ⁉ 」

 

 突然、何者かが上から降ってきたかと思えば、地面に突き刺さった剣を引き抜き、即座にガングニールオリジオンの胴体を縦一直線に斬り裂いた。そのあまりにも早い一振りは、強大な摩擦熱を生み出し、堅牢なガングニールオリジオンの身体を炎で包み込んだ。

 ならばと、レイラはサーベルで斬りかかる。一体何者かは知らないが、邪魔をする以上敵でしかない。殺す理由はそれだけで充分だった。常人にはまず認識できない程の速さを誇る一閃。しかし、乱入者はその一撃を難なく剣で受け止めてしまった。

 

「何者だ、貴様は!」

「助けを求める声があった。だから来た」

 

 凛と透き通るような、かつ、力強さも秘めた声が、そう口にした。それがさも当然であるかのような、超然とした気迫を、志村は第一に感じた。

 そして彼女は、レイラのサーベルを彼方へと弾き飛ばすと、唯達の方を振り返って安否を確認する。

 

「怪我はないか?」

 

 風になびく緑色のポニーテール。眼前の敵を鋭く見据える、強さとやさしさを併せ持った目付き。ビルの隙間から差し込む夕日を反射して輝く、荘厳な装飾の施された、ファンタジックかつどこかSFチックな銀色の鎧。左手に握られた、淡い紫色の光に包まれた片手剣。

 その姿は、異世界より現れた一人の女騎士だった。

 彼女の姿に、志村は息をするのを忘れるほどに、圧倒されていた。

 

「君は一体……」

「貴女、どこかで……」

 

 そして、唯はその人物を知っている。

 半月ほど前に、オリジオンに拉致された大鳳を救出したという、一人の騎士。

 

「我々の邪魔をするとはどういう意味か知ってのことか?」

「知る必要がどこにある?私はただ、己の騎士道に従っただけに過ぎない」

 

 レイラの脅しに臆することなく、騎士は名乗りを上げる。

 異界の女神に従いし、その名を。

 

 

 

 

「ゲエムギョウ界一の護神騎士、セラ・フルルスローネ、参る!」

 

 

 

 




はい、ようやく出ましたセカンドライダー!その名は仮面ライダーユナイト!
名前は「UNITE」+「KNIGHT」から来てます。単純ですね。ナイトと被るとか考えなかったんでしょうか。馬鹿だなぁ


そしてリバイブ・フォースもようやく3人目です。
まさかのチョイスです。
かなりの長編なので幹部格を大量に出さにゃもたんのです。




そして今回の中心人物もそろそろ盤面にあがりきったと思います。
書くことがいっぱいです。
・ユナイトのキャラをある程度示す
・ボマーオリジオンの背景
・灰司とバルジの確執の詳細
・まだ盤面に上がっていないモノをあげる
・唯や瞬の成長
・律刃の深堀り
ということを最低限やったうえで、各サイドの話もやらにゃならんのです。
大変よ~大変。でも群像劇の練習ということでトライです。


キンジサイドのネタに困ったので彼らに暴れてもらいました。すまないキンジ。
Q:あの人老け専だよね?
A:そこはお目こぼしを。
だがしかし、キンジサイドは戦闘シーンの次に筆乗ってたのも事実。
赤松中学先生、大変申し訳ございません。


そして、まさかの人物が。次回、接触なるか⁉

*************************************

オリジオン紹介

ブレイドオリジオン
人間態:レド
元ネタ:仮面ライダーブレイド

まさかのライダー系のオリジオン。
カード型爆弾やあらゆるものを封印するカードなどを投げてくるぞ。
一応剣はもっているけど、本人の性格上あんまり近接攻撃は仕掛けてこないぞ。
スペードスートのラウズカードの技も使えるぞ。

ライダー系のオリジオンについては、一応ながらアナザーライダーと被らないようなデザインを考えてはいます。アナザーブレイドがマッシヴな体系なのでブレイドオリジオンはスマートなシルエットをイメージしていただきたい。





ブギーポップオリジオン
人間態:藤宮泡不
元ネタ:ブギーポップシリーズ

「世界の敵」の敵ことブギーポップの能力を持ったオリジオン。
金属製のワイヤーを自在に操って戦うぞ。人体を簡単に切断するほどの強度なので要注意。
ブギーポップ本人がアクロスに出るか否かはわからないです。でも一応リスペクトしている作品の一つでもあるので、できればどこかで出したいなとは思っています。

名前の元ネタは「()()花」+「ブギーポップ(()気味な())」






次回 PM6:23/その名はユナイト
そろそろ設定集だそうかねえ。どうしようか?


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第26話 PM6:23/玩具の涙

池袋編その3。


前回よりあらすじ
・新たなライダー、ユナイト登場!
・キンジが糞遊びさせられそうになる
・遊矢、迫真空手部に絡まれる
・セルティさんと律刃たんのランナウェイ
・セラ、再び現れる!
・アクロス再びフルボッコ


リコリス・リコイル見終わりました。ありゃあみんな絶賛するわなあと納得。



 

 

 

 回想3:喪失感

 

 

 

 

 もう、幾ばくかしか思い出せない記憶があった。

 

「兄貴~今夜勉強教えてくれよ~中間テスト近いんだって!」

「いいぜ?その代わりお前の小遣いから家庭教師代を支払ってもらうぜ?」

「ケチ!弟が落ちこぼれていいのか?」

「ははは、それは困る」

 

 ――弟と駄弁りながら家を出て。

 

「今回も学年1位……さっすが優等生!」

「次は絶対負けないから!あたしが一番だって証明してやるわ!」

「青春だねえ。うん、いいねえ」

「あんた教師だろ、放置してていいのかよ」

 

 ――学校に行けば仲間たちと楽しく過ごして。

 

「ねえ、いつになったらあたしたちの仲を打ち明けるの?」

「いや……だって面倒じゃん……」

「面倒とか言うんじゃないわよ⁉ あんたが及び腰だから、余計に公表しづらくなってんじゃない!」

「このまま秘密の関係、ってのもロマンティックじゃないか?お前、こういうの好きだろ」

「~~~~~~!」

 

 ――甘酸っぱくて、それでいていつ終わりが来るかわからない、淡くて若い恋があって。

 

「おかえりなさい、随分と遅かったね」

「あれ、親父もう帰っていたの?」

「聞いたぞ、学年1位だったんだって?さっすが自慢の息子だ!」

「そりゃあね。次もとってやるよ。他の奴には負けたくないしな」

「いいなあ、俺も兄貴みたいな頭脳があればなあ」

「そういうお前は随分とサッカー頑張っているじゃないか。人には得手不得手があるんだから、お前はそこでがんばればいいだろ?だからといって勉強を疎かにする言い訳にするのはなしだぞ?」

「は~い……」

 

 ――家に帰れば心安らぐ、家族団欒があって。

 

「おやすみ、また明日」

『ええ、おやすみ、憎たらしいあたしの彼氏様』

 

 ――多分だけど。

 未来のことなんかよくわかんないけど。

 

「おやすみ、俺」

 

 今日も明日も明々後日も、それなりの一日が始まって、それなりの一日が終わる。

 筈だったんだ――

 


 

 

「誰か……誰か返事をしてくれよ……」

 

 少年がひとり、火の海を渡っていた。

 帰るべき家はもうない。少し目を離した隙に、瓦礫と灰の山になってしまった。出迎えてくれる家族はいない。父も母も弟も、みんなひとつに溶け合い、人間とは程遠い生き物にされてしまった。

 つい数時間前までは、普通の日常が営まれているはずだった。そして、これからもそれが続くはずだった。しかし、それはすべて奪われてしまった。こんなにもあっけなく、それでいて完膚なきまで。少年を残して、世界はあっという間に滅びたのだ。

 

「アア、ハイジクンジャナイ。アア、オトウサンハパイナップルトイッショニレイゾウコデベンキョウチュウヨ?オフロワイタカラサクニュウシナサイ。エエ、ママノバカ!」

「黙っていてくれ……お願いだから喋らないでくれ……」

 

 30人ぐらいの人間が一つに融合したゲル状の肉塊を、少年はそばに落ちていたバットで鬱陶しそうに何度も殴打する。殴るたびに、目玉がボロボロと落ちるし、耳が分裂する。少年以外の生き物は、皆こうなてしまった。今や、まともな生き物の形をしているのは、この世界には彼一人しかいない。

 

「オヤスミ、アタシノカレシサマ。オヤスミ、アタシノカレシサマ。オヤスミ、アタシノカレシサマ。オヤスミ、アタシノカレシサマ。オヤスミ、アタシノカレシサマ――」

 

 彼の腕の中に抱えられた肉塊からは、壊れたオルゴールのように、繰り返し、そう発せられている。恥ずかしくて打ち明けられなかったけど、将来をぼんやりと誓い合った仲だったのに。今胸の中にいる彼女は、目も耳も髪も手も足も全部一緒くたにされ、うねうねと地面を這いずることしかできない獣と化してしまった。

 空を見上げると、巨大な肉の塔が月を覆い隠していた。あれは全部人間だ。人間が溶かされて一つに混ぜ混ぜにされたものを、粘土のようにくみ上げられたのだ。

 もう、完膚なきまでに終わっていた。少年の生きていた世界は、取り返しのつかないレベルでぐしゃぐしゃに破壊されてしまった。これならば、一思いに全部木っ端微塵になっていた方がマシだとさえ感じている。できることならば、自分もあんなふうになってしまいたかった。なっていたら、きっと楽だったろうに。

 

「なんでだよお……なんで俺だけが残ったんだ……?」

 

 だけど残酷にも、運命は少年一人だけを生かした。残しやがったのだ。

 

「ああ……あ……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 

 終わってしまった世界に、ただ一人の人間の号哭がこだまする。

 少年の名は無束灰司。ただ一人生き延びてしまった、哀れな子羊。

 

 

 

 ――そして、これより復讐者となる者である。

 


 

  PM 5:52

 

 アクロス以外に現れた、クロスドライバーを持つ者。その存在に、戦々恐々するもの、戸惑いを隠せない者。各々が、思い思いの反応を示していた。

 

「ユナイト……だと……?」

 

 灰司は、忌々しそうにユナイト――裁場誠一を見つめていた。

 一方バルジは、裁場のことを知っていたのか、旧友に会ったかのようなリアクションを見せる。

 

「久しぶりだなぁ!まさかまだこの界隈にいるとは思わなかったぜ!」

「バルジか。お前も懲りない奴だ……次はこの世界を壊すのか?」

「おいおい、俺様は好きで壊しているわけじゃあない。俺様の趣味に耐え切れない軟弱な世界の方がわるいのさ!」

 

 バルジ――イガリマオリジオンは、ユナイトの発言を鼻で笑う。それを聞いて、ユナイトは心底軽蔑し切ったような声で、糾弾を続ける。コイツには何を言っても響かないけど、それでも、言わずにはいられなかった。

 

「これまでもそうやって正当化してきたんだな。だが、それもここまでだ。お前を何としてでも止める」

「笑わせるなよ。俺を取り逃がした挙句転生者狩りも辞めた癖して、何今更俺の目の前に現れてんの?馬鹿なの?死ぬの?」

「ああ、何度だって現れてやるさ。お前らのような奴がいる限り、俺は何度だって立ち上がる」

 

 その声には、強い意志があった。たとえどんな困難な道のりだろうと乗り越えてしまうような、そんな気迫を、アクロスはユナイトに感じていた。

 そこで、話の流れをぶった切るように、空気を読まない罵声が飛び込んできた。リザードンオリジオンとカメックスオリジオンだ。彼らは話の内容は全く理解できていなかったが、ただ一つ分かったことがある。そこにいる第三者(ユナイト)は自分たちの敵だということだ。彼らからすれば、ユナイトの方が戦いに割り込んできた空気の読めない糞野郎という認識だった。そしてそれは、その属性は、チンピラが怒るにはちょうどいいものであった。

 

「しゃらくせえ!ユナイテッドだろうがユニオンだろうが知った事か!俺達の天下を邪魔する奴は誰だろうとぶちのめす!」

「木花兄貴の仇を取らせてもらう!仮面ライダー、ぶっ殺してやらあああああああああああっ!」

「馬鹿っ、むやみに突っ込むんじゃあないっ!」

 

 ブレイドオリジオンの静止を振り切り、リザードンオリジオンとカメックスオリジオンが、ユナイトに向かって突撃してゆく。ユナイトは、泰然自若とした様子で、それを待ち構える。

 

「ふん」

「あぐっ⁉ 」

 

 ユナイトは、自らの元へと急接近してきたカメックスオリジオンを、すれ違いざまに投げ飛ばした。少なくとも、アクロスの目にはそう見えた。

 投げられたカメックスオリジオンは、訳が分からないといった様子の顔を見せながら、地面に叩きつけられる。そこに、ユナイトの蹴りが舞い込んでくる。道端の小石を蹴とばすかのような感覚で、地面に倒れたカメックスオリジオンが蹴とばされる。

 仲間をコケにされたリザードンオリジオンは、怒りのままに、身体に炎を纏いながら翼で滑空してくる。

 

「テメエッ!俺のダチをコケにすんじゃあねえ!」

「君たちの友情は大したものだ、しかし……」

《フュージョンマグナム!》

「進むべき道を大きく踏み外したな。友が道を誤った時は正してやるのも、友の責務ではないのか?」

 

 ユナイトは臆することなく、手に持った銃でリザードンオリジオンの翼を撃ちぬいた。震え上がるほど、正確な一発だった。翼を撃ちぬかれたリザードンオリジオンは、バランスを崩して腹から地面に落下する。ユナイトは、墜落したリザードンオリジオンに続けて発砲する。

 アクロスと灰司には、その光景をただ見ているだけしかできなかった。あまりにもレベルが違い過ぎるのだ。

 

「動きに無駄がない……」

「…………」

「クソがっ……俺を……馬鹿にするなあああああ!」

 

 地面に転がっていたカメックスオリジオンが、背中の砲門から高圧水流を解き放った。ダメージはないかもしれないが、足止めとしては充分すぎる性能だ。しかし、ユナイトはそれを華麗に飛んで回避し、おまけとして真上からフュージョンマグナムによる射撃をカメックスオリジオンに撃ち込んでゆく。

 

「いてえ……いい加減に……しろよおおおおっ!」

 

 カメックスオリジオンは怒りをばねに起き上がり、着地したばかりのユナイト相手にタックルを仕掛ける。だが、その直線的でわかりやすい攻撃が当たるはずもなく、軽くユナイトに避けられた挙句、お返しといわんばかりに、すれ違いざまに脇腹に鋭い手刀を食らい、カメックスオリジオンはその場にうずくまってしまう。

 そこに、ユナイトからの無情な死刑宣告が下される。リザードンオリジオンは銃撃のダメージでまだ動けない。なぜか、ギフトメイカーの面々もボマーオリジオンも助けに入らない。理由は単純明快、彼はユナイトの実力を測る被検体にされたのだ。馬鹿なカメックスオリジオンは、ここに来てようやくそれを理解した。しかし、それはあまりにも遅すぎた。

 

「トドメだ、この一撃でお前を倒す!」

《UNION PUNISH!》

 

 ユナイトがフュージョンマグナムの引き金を引くと、紫色の光弾が発射される。リザードンオリジオンは素早く飛んで躱すが、鈍重なカメックスオリジオンは回避が間に合わず、光弾が着弾する。

 すると、大柄なカメックスオリジオンの身体が浮き上がり、地上3〜4m辺りの位置に固定される。カメックスオリジオンはジタバタともがくが、その身体はその場に固定されたまま、動くことはできない。

 

「か、身体が浮いて……!」

「水亀ぇ⁉︎ 」

 

 狼狽えるオリジオン達を見据え、ユナイトは飛び上がる。そして、空中で右足を前に突き出し、跳び蹴りの体勢になる。

 そして、それに応えるかのように突風が発生したかと思えば、狼狽えるカメックスオリジオンが、突如としてユナイトの方に引き寄せられるように移動し始めた。

 風の終点は、ユナイトの右足の裏。これは竜巻なのだ。ユナイトの右足に吹き寄せられた旋風は、やがて、赤と紫の竜巻へと変化してゆく。

 ――引き寄せられている。そう気付いた時には、カメックスオリジオンのすぐ近くにまで、ユナイトの足が迫っていた。

 

「や、ヤメロォ!俺はこんな所で終わりたくないんだ!俺は最強n」

「裁かれろ!」

 

 みっともなく泣き喚くカメックスオリジオンの声をぶった斬るようにユナイトがそう言うと同時に、赤と紫の竜巻を纏ったユナイトのキックが、カメックスオリジオンを貫いた。

 

「なああああああああああああああああああああああああああああああああああっ⁉︎ 」

 

 カメックスオリジオンは、断末魔をあげながら爆発した。アクロスは、爆発で発生した衝撃を踏ん張るので精一杯だった。

 そしてユナイトは、爆風の中を貫くように飛び出して着地する。そこからやや遅れて、カメックスオリジオンに変身していたチンピラ・水亀が地面に墜落する。完全なる勝利が、そこにはあった。

 木花に続いて水亀も失ったリザードンオリジオン――火吹は、仮面ライダー達に怒りをあらわにする。

 

「ああ……くそ!よくも2人をやりやがったな!絶対許さねぇ!」

「仲間の為に怒れる点は評価する。だが、何故その気持ちを他者に向けられなかった?そこに君が転生者狩りに目をつけられた理由があるんじゃないのか?」

「黙れ!俺達転生者は特別なんだよ!お前ら現地の雑魚共とは違う!選ばれた主人公なんだよ!」

 

 まただ。アクロスは、このような主張を何度も聞かされてきた。他人を傷つけておきながら、それを悪と思わずに正当化する。そんな悪魔じみた主張にはうんざりしていた。

 ――やめてくれ、それ以上言うな。さもなければ、怒りで我を失ってしまう。だから、そんなみっともない事をほざかないでくれ。

 無意識のうちに、アクロスの拳は震えていた。

 その時だった。

 

「やめやめ、帰るよ」

 

 ヒートアップするリザードンオリジオンを嗜めたのは、ブギーポップオリジオンであった。彼女は、ワイヤーを伸ばしてリザードンオリジオンを無理やり拘束すると、引きずるようにしてその場を離れようとする。

 

「いい加減力量差を理解したらどうだい?お仲間2人やられてるんだよ?君も倒されたくないじゃん?」

「俺は負けねえ!俺はああ!」

「黙れ」

「うっ……」

 

 なおも吠えるリザードンオリジオンに苛立ちを覚えたブレイドオリジオンが、リザードンオリジオンに腹パンを1発食らわせる。すると、クリティカルヒットしたのか、1発喰らっただけでリザードンオリジオンは変身が解け、気を失ってその場に崩れ落ちてしまった。ギフトメイカーの面々も、それぞれ変身を解くと、先ほどまでの敵意はどこへやら、何もかも終わったかのように、その場を離れだす。

 オリジオンとしての姿を解いたバルジは、倒れている灰司の元へとつかつかと歩み寄ると、髪の毛を掴んで灰司の頭を持ち上げ、その顔面に唾を吐く。

 

「お前も、復讐なんて非生産的な行為なんかやめて、好きなように生きればいいのさ。それができないからお前はゴミなんだよ」

「テメエ……何様のつもりだ……!」

「バルジ様のつもりだぜ!まあなんだ、次はもっと俺の玩具らしく、面白可笑しくなっていてくれや。それじゃあな!今日の戦いはクソつまんなかったぜ!」

 

 そう言って、灰司の頭を地面に叩きつけると、一発蹴りを入れてからその場を後にしていった。そこにあったのは、強者と敗者という、単純明快にして絶対的な差だった。

 バルジたちに続いて、ボマーオリジオンも逃げようとする。

 

「俺も貴様らに付き合っている暇はない……もうすぐなんだ。もうすぐ会えるんだ……!」

「待てっ……く……!」

 

 逃げようとするボマーオリジオンを追いかけようとするアクロスだが、全身に走った痛みで足が止まり、それは叶わなくなる。その場に膝をついたアクロスに目もくれず、ボマーオリジオンはどこかへといってしまった。

 あとに残されたのは、アクロスとユナイト、そして灰司の3人だけであった。

 

「……」

 

 アクロスとユナイトは、互いに向き合いながらベルトを外す。ベルトが外れると、アクロスとユナイトの姿はテレビの砂嵐のようなシルエットとなりながら消失し、変身が解除される。

 変身を解いた瞬の顔を見て、裁場は驚きながらも、どこか納得したような表情をみせる。

 

「君、だったのか」

「あんた、仮面ライダーだったのか……」

 

 瞬は驚きのあまり、そこから先の言葉が出てこない。それは裁場も同じだったのだろう。話を逸らすかのように、彼は目線を逸らす。その先には、満身創痍の身体を無理やり立ち上がらせている灰司の姿があった。

 裁場は、覚悟を決めるかのようにごくりと唾をのみ、灰司に話しかける。

 

「久しぶりだな、灰司」

「っ……今更どの面下げて……っ!」

「やはり、君はその道に進んだんだな。あの日、世界を失ったその日から」

 

 互いに面識のあるような物言いだ。瞬のあずかり知らぬところで、彼らは面識があるのだろうか?灰司は、いつもの態度からは想像もつかないような、ひどく取り乱したような態度で、裁場を強く拒絶する。

 

「なんなんだよ!今更ヒーロー面して俺の前に現れんなよ!」

「分かっている。俺が間に合っていれば、バルジを取り逃がしていなければ、君の世界は滅ぼされずに済んだ」

「だから転生者狩りをやめたってのか⁉︎ そして力を手に入れたから、今になってやって来たってのか⁉︎ なにもかも遅いんだよ!」

「ちょちょちょちょいとまて!全然話についていけねえんだけど⁉ ととととにかくお前ら落ち着けってーの!」

 

 灰司は、満身創痍の自身の身体のことを気にもかけずに、胸倉をつかんで裁場に殴りかかろうとする。だんだんヒートアップしてきた2人を落ち着かせるべく、瞬が半ば強引に話に割り込んだ。その行為が、結果的に2人を多少なりとも落ち着かせることとなった。

 

「……すまない」

「…………チッ」

 

 灰司は舌打ちをしながら、裁場から手を離し、近くのベンチに腰を下ろす。

 

「というか……お前が転生者狩りだったのか?」

「…………」

「その沈黙はYESととっていいんだな?じゃあ、バルジに世界を滅ぼされたってのは……」

 

 デリケートな質問だから、簡単には答えてくれないだろうと思いながらも、一応聞いてみた。そうしなければ気が済まなかった。だが、瞬の予想に反して、灰司はあっさりと返答してくれた。おそらく、瞬の目の前であそこまで敵意むき出しにしていた以上、もう隠す必要もないと踏んだのだろう。

 

「俺はこの世界の人間じゃない。他の世界で生まれ、転生者狩りとしてこの世界に送り込まれてきた」

 

 異世界人だと。灰司はそう言ったのだ。そういえば、以前フィフティが異世界についてあれこれ話をしていたが、あれは本当だったのだ。あの時は半信半疑だったが、こうして異世界人を目の当たりにすると、信じるほかなくなってしまう。

 驚いている瞬の様子が馬鹿らしかったのか、灰司は吐き捨てるように言う。

 

「何驚いてやがる。転生者がいるんだから、異世界人だっているだろ。転生して別世界に来ているか、転生せずに来ているか、その程度の違いしかねえっての」

「それも……そうか……」

 

 そう言われると、納得せざるを得なかった。

 だが、瞬の疑問はそれだけではなかった。

 

「そもそも転生者狩りってなんなんだよ?なんで転生者と戦うんだ?」

 

 そうだ。これまで、オリジオンやギフトメイカーが転生者狩りと呼ぶから、瞬も何となく便乗して灰司のことをそう呼んでいたのだが、そもそも転生者狩りとは何なのかが、瞬にはわからない。その疑問に答えたのは、裁場だった。

 

「転生者狩りというのは、転生者のあいだの通称……いや、蔑称に近い。正しくは、転生者秩序維持同盟(Alliance to Maintain the Order of Reincarnations)――通称AMORE(アモーレ)。実際には、悪さをする転生者をとらえる、警察組織みたいなものだ」

「え、殺さないのか?」

「ギフトメイカーの連中みたいに、よほどの凶悪転生者でない限りは逮捕という形をとっている。そんなに血なまぐさい組織じゃあないんだ、あそこはな」

 

 それは裏を返すと、ギフトメイカーは殺害命令が出ているほどに危険な奴らであるということだ。奴らは、それほどまでの危険人物だったのだ。そんな奴らを、瞬は相手にしているのだ。そりゃあ一筋縄ではいかないわけだ。

 裁場の説明を聞き、へえ~、と相槌を打つ瞬。すると、

 

「もういいだろ、この馬鹿にレクチャーしている場合じゃない。俺はやらなければならないんだ。どけよ」

 

 ずっと地面に腰を下ろしていた灰司が、話の腰を折った瞬に毒づきながら立ち上がり、瞬と裁場を押しのけつつその場から立ち去ろうとしだした。おぼつかない足取りで進む彼を心配して、瞬が声をかけようとするも、灰司は鬱陶しそうに瞬を押しのけて進んでゆく。

 そこへ、灰司の行く手を阻むようにして、裁場が立ちはだかる。灰司は強引に押しのけようとするが、裁場は動かない。

 

「……どけよ」

「悪いがそれはできない」

「どけって言ってんだろうが!」

「できないと言っている!」

 

 お互いに譲ることなく、大声で怒鳴り散らす。

 しばらく沈黙が流れた後、裁場が口を開いた。

 

「……君はバルジに復讐したがっている。その気持ちは分かる。だが、それを成してしまえば君はどうなる?」

「……え?」

 

 裁場の問いかけの意味が、瞬には理解できなかった。

 眉をひそめる瞬を放っておいて、裁場は続ける。

 

「今の君からは、バルジへの復讐心以外のものが感じられない。ひょっとして、復讐が完遂できるならば、死んでも構わないと思っているんじゃないのか?復讐が終わった後の未来なんて眼中にないんじゃないのか?」

「え、それって……」

 

 瞬が何か言おうとする前に、それを遮るように、裁場はこう言った。

 

「復讐が終わったら死ぬ気なんだろ、君は」

 


 

 

 しばらくの間、あたりに充満していた沈黙を最初に破ったのは、瞬だった。

 

「な……嘘だろ……?」

「…………」

 

 灰司は何も言わない。裁場も沈黙を保っている。

 瞬は、そんなわけがないと、裁場の言葉を否定するかのように、そうであってほしいと願うかのように、ベンチに座って俯いている灰司の方を見る。彼は無言を貫いている。崩れかけた噴水から流れる水の音だけが、しばらくの間流れていた。

 ――本当は、瞬もわかっている。この沈黙は、肯定の意であると。

 しばらくたって、灰司が口を開いた。

 

「何驚いてるんだよ」

「え、だって……」

「俺はすべてを失った。家族も友も、故郷も、なにもかもだ!お前は耐えられるのか?何もかもを失い、自分の命一つだけが残された孤独に!生き残ってしまったこの苦しみが分かる訳ねえだろ!」

「……サバイバーズ・ギルドか」

 

 生き残った罪悪感(サバイバーズ・ギルド)。大規模な災害や事故から生き残った者が抱く、自分だけが助かったことや、他者を助けられなかったことに対する自責の感情。それは、生きる気力を奪うには充分すぎるほど苦しくて、ただの温室育ちの逢瀬瞬(ヒーロー)には決して祓えぬほどに、途方もなく深い闇。

 80億人の屍の上に立っている灰司。その闇は尋常じゃない程に、彼を蝕んでいるのだ。灰司は俯いたまま、瞬の反論を事前に封殺するように吐き捨てる。

 

「生きてりゃいいことあるって言いたいのか?なら無神経甚だしいぞ。どうしようもない死にたがりだってこの世にはいるんだ」

「…………」

 

 ――どうすればいいのだ?

 瞬としても、バルジ達ギフトメイカーのやっていることは見過ごせない。灰司の復讐心も理解できる。だけど、何もかもを失った彼にとっては、自分からすべてを奪ったバルジに対する復讐心しか残ってはいないのだ。そしてそれを取り去ってしまえば、彼はどうなる?瞬がバルジを倒すにしろ、灰司が復讐を果たすにしろ、どの道灰司の未来はないのだ。そしてそれを、ただ黙って見ていていいのか?

 しかし、瞬には何もできることはない。瞬にはどう転んでも、灰司を死へと追いやることしかできない。なにより本人がそれを望んでいるのだ。いくら手を差し伸べたところで、本人がそれを拒否するのだからどうしようもない。

 

「今のきみは、バルジへの復讐心で無理矢理希死念慮を抑え込んでいるに過ぎない。だから、バルジへの復讐が果たせない状況に陥った時点で、きみはその命を燃やし尽くしてしまう」

「だったらなんだ。まさか、俺を止めるとか言い出すんじゃあないだろうな」

「君をここまで追い込んだのは俺の責任だ。君の復讐の終わりを人生の終点にはさせやしない。それが俺にできる償いだ」

「じゃあ止めてみろよ。目の前のガキ1人救えやしなかった、テメェの正義とやらで!」

 

 灰司はそう叫びながら、掌サイズの黒いカードデッキを取り出し、裁場に見せつけるように掲げる。すると、どこからかバックルのようなものが出現し、ひとりでに灰司の腰に装着される。そして、灰司はバックルにカードデッキを挿入する。

 裁場も、再びクロスドライバーを装着し、ユナイトライドアーツをバックルに装填し、ユナイトに変身する。

 

「「変身!」」

《CROSS OVER!正義の意志をフュージョライズ!不撓不屈のウォリアー!仮面ライダーユナイト!》

 

 すると、裁場がユナイトに変身すると同時に、幾つものシルエットが回転しながら灰司に重なってゆき、彼の身体にアーマーを装着させてゆく。そうして、黒い甲冑の戦士 —— リュウガに変身した灰司は、近くに停めてあった誰かのバイクに近づいていく。そして、バイクのサイドミラーに、吸い込まれる様にして消えていった。

 

「か、鏡の中に入った⁉︎ 」

 

 驚いた瞬がサイドミラーを覗き込むと、そこには、鏡の向こう側から此方を凝視するリュウガの姿があった。しかし、後ろを振り返れども、そこにあるはずのリュウガの姿はない。本当に鏡の中に入ってしまったのだ。

 鏡の中にいるリュウガは、向こうから裁場を挑発する。こっちの土俵に上がれるもんなら上がってみやがれと、そう言っていた。

 

「来いよ」

「そうか……なら、君の土俵に乗ってやる」

「え」

 

 ユナイトはそう言うと、腰のホルダーから、一つのライドアーツを取り出し、バックルに装填した。

 

《LEGEND LINK! If you don't fight, you can't survive!龍騎ィ!》

 

 すると、赤い蛇龍が何処からか飛んできて、ユナイトの身体に纏わりつくようにして合体してゆく。そして、赤い鎧に身を包んだ竜騎士へと姿を変えた。瞬は知る由もないが、これが、仮面ライダーユナイト・リンク龍騎である。

 レジェンドリンクを終えたユナイトは、一度だけ瞬の方をちらりと見ると、リュウガと同じように鏡の中へと吸い込まれるようにして消えていった。

 

「え、ちょ、おいっ!」

 

 瞬は鏡越しに、相対するユナイトとリュウガに呼び掛けるが、その声は2人には届かない。

 

「俺は君を止める。君を死なせるわけにはいかない!」

「煩えんだよ……俺の邪魔をするってんなら、アンタだろうと殺す!」

 

 リュウガの怒りに呼応するかのように、黒龍 —— ドラグブラッカーが空の果てから飛翔し、リュウガの周囲を旋回し始める。リュウガは、それを横目に、バックルのカードデッキから一枚のカードを取り出し、左腕に着けている龍召機甲ブラックドラグバイザーに読み込ませる。

 

《STRIKVENT》

 

 すると、その音声と共に、リュウガの右腕にドラグブラッカーの頭部を模した手甲・ドラグクローが出現する。負けじとユナイトは、左腕に備わった、ドラゴンの頭部を模したアームキャノンを突き出す。おして。

 

「「はああああああっ!」」

 

 ユナイトはアームキャノンから、リュウガはドラグクローから、それぞれが灼熱の炎を放った。赤と青の炎は空中で激しくぶつかり合い、空を斬るかのような大爆発を引き起こす。

 

「うわっ‼ 」

 

 そしてその衝撃は、鏡伝に瞬の居る現実世界へと伝播した。鏡越しに一部始終を見ていた瞬は、発生した衝撃で、戦闘の余波でボロボロになった噴水に頭から突っ込んでしまう形で吹き飛ばされてしまう。

 

「ってえ……そうだ!2人は⁉ 」

 

 慌ててバイクのミラーを見ようとするが、先ほどの衝撃でバイクは倒れ、サイドミラーは粉々にっ砕けていた。これではどうなっているのか見ることができやしない。

 割れた鏡の向こう側から、2人が戦う音が聞こえる。そしてそれは、瞬には止めることができない戦い。どうしようもなくなって、横倒しになったバイクの前で膝をつく瞬。そこに、幾つもの足音がこちらに近づいてくるのが聞こえてきた。

 

「ここに居た!」

「大丈夫⁉ なんとも……ないとは言えなさそうね……」

「おーい!瞬、なんだ今の衝撃は……」

「瞬さ~ん!このあたり、すっごい惨状ですけど、なにかあったんですか?」

 

 山風に大鳳、アラタにハル。分かれて灰司を探しに行っていた面々と合流した。彼らの後ろからは、見知らぬ男子高校生と幼女、背の高い青年がついてきている。

 

「何よこの荒れよう……まるで激しい戦いがあったみたいね……」

「まるで何かが爆発したような……まさか、ここでも爆弾魔が犯行を?」

「爆弾魔……テレビでいっていたあれか?こうして目の当たりにすると、聞いてた以上にやばそうだな……」

 

 彼らはいったい何者なのかと聞こうとしたが、その時、急に瞬の身体のあちこちにできた傷が痛みだし、発声が阻害される。それを見た大鳳が、心配そうに駆け寄ってくる。

 

「すごい傷だらけじゃない……またギフトメイカーと戦ったのよね?唯達は?灰司は見つかったの?」

「……ああ、そうだ!唯は⁉ 湖森は⁉ 」

 

 大鳳の言葉で、瞬は思い出した。そうだ、唯達はガングニールオリジオンとレイラに襲われていた筈。瞬も助けたかったのだが、戦いでそれどころじゃなかったし、灰司や裁場に関するあれこれが衝撃的すぎて思いっきり失念していた。一体あれからどうなったのだろうか?慌てて立ち上がり、駆け出そうとする瞬だが、その時、身体中の傷が一斉に痛みだし、瞬の足を止めてしまった。

 再びその場に膝をつく瞬。今すぐにでも走り出したいが、傷を負った身体がそれを許してはくれない。行かなくてはならない。手を伸ばさなくてはならない。だけど、できない。アラタが瞬に肩を貸し、ハルも瞬に寄り添う。

 

「唯……湖森……」

「無理せず少し休みましょう。多分……無事ですから……」

「根拠は?」

「勘」

「ええ……」

 

 ハルのその言葉に呆れるアラタだったが、同時に、そうであってほしいと願わずにはいられなかった。

 


 

 PM5:56

 

 ガングニールオリジオンとレイラに追われていた唯と志村。そこに現れたのは、以前大鳳を助けた謎の少女騎士・セラであった。

 

「騎士、か。騎士、ねえ」

「なんだ」

「私は騎士が何よりも嫌いなんだ。蜂の巣と剣山、どっちがお好みかな?」

 

 レイラは、片手にサーベル、片手にライフルを持ちながら尋ねる。まるで「寿司とハンバーグ、何方が好き?」と訊くかのように。それくらいの感覚で尋ねていた。そして、その目は笑っていなかった。

 ガングニールオリジオンは、レイラの背後で低い唸り声を上げながら此方を凝視している。その姿は、さながら犬のようにも感じられた。

 

「どちらもノーサンキューだ。お前のような奴からの質問なぞ、答えるだけ無駄と相場が決まっている」

「死にたいんだな。ならばお望み通り、お前を蜂の巣にしてから剣山にしてやるよ!」

「2人とも伏せろ!」

 

 セラに言われるがまま、唯と志村はその場に伏せる。すると、先ほどまで彼女たちの頭があった位置を、ライフルの銃弾が飛んでいった。レイラが発砲したのだ。撃たれた弾丸は誰にも当たることなく、遠くにあった自販機に銃痕を残してゆく。

 

「ひいいいいっ‼ 」

「ここは私が何とかする、だからお前らはここから早く逃げるんだ!」

「あ、貴女はどうするの⁉ 戦う気⁉ 」

「無論だ!」

 

 唯の言葉にそう返しながら、セラはレイラの投げたサーベルを剣で弾き飛ばす。弾かれた剣はくるくると回りながら宙を舞い、ガングニールオリジオンの背後の地面に突き刺さる。

 

「やるぞガングニール!この邪魔者を我々の手で始末するのだ!」

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼ 」

 

 レイラの命令を受けて、ガングニールオリジオンがセラに飛び掛かる。ガングニールオリジオンは、空中で右足をセラの方に突き出し、跳び蹴りの体勢になる。すると、ガングニールオリジオンの踵から鋭い突起のようなものが出現する。あれでセラを蹴り抜く算段だ。

 しかし、セラは冷静に剣を構える。

 

「必剣・流星返し(メテオカウンター)!」

 

 セラの剣の刀身が、激しく紫色に発光しだした。そしてセラは、ガングニールオリジオンの跳び蹴りに対し、剣で迎撃する。

 鍔迫り合いじみたことは怒らなかった。セラの剣とガングニールオリジオンの右足が触れた瞬間、ガングニールオリジオンの身体ははるか後方へと吹っ飛ばされていた。たった一瞬、目にも見えない速度で振り上げられた剣が、彼(?)の身体を押し返したのだ。唯と志村には、何が起こっているのか理解できなかったが、レイラは忌々しそうにセラを睨みつけながら、

 

「小癪な……なら次はこれだっ!」

「銃弾如き、全部打ち払って見せよう!」

 

 虚空から2丁のサブマシンガンを取り出し、迷うことなくその引き金を引く。普通の人間なら容易く蜂の巣になるような速度で降り注ぐ、横殴りの銃弾の雨。唯と志村は慌てて射線上から身を引くが、セラは、自身に向かって降り注ぐ銃弾の雨を、すべて1本の剣で弾き出した。

 

「うわわわわわわわわわわわわわわっ‼ 」

「相変わらず容赦ないっ!」

 

 銃弾の雨から逃れながら、唯はセラの方を見る。彼女は全く被弾していない。身に纏っている鎧には銃痕の一つもついてはいないどころか、彼女の足元には、バラバラになった銃弾が次々と落ちてきている。本当に、彼女は銃弾をすべて斬り伏せてしまっているのだ。一体、どんな風に経験を積めば、あの領域にたどり着くのか、唯には想像もつかなかった。

 セラの力量を息を呑むようにして見守っていた唯。志村は、そんなことしている場合じゃないと言うかのように、彼女の肩をたたく。

 

「あ、あの人に任せて逃げようよぉ!ここにいたら命がいくつあっても足りないんだけどぉ⁉ 」

「でも……」

 

 志村の言っている通り、今逃げなければ、セラの救援が無駄に終わってしまう。そんなことはわかっている。しかし唯は、どうしてもセラを放ってはおけなかった。

 ――また逃げるのか?自ら遠ざかるのか?

 ――追い付きたい、隣に立ちたいと願ったそれは噓偽りだったのか?

 

「…………」

「どうしたんだよ唯ちゃん⁉ 今立ち止まったらまずいって!ホント死ぬから!逢瀬くんもアラタくんも、みんな悲しむって!唯ちゃん!」

 

 志村が必死の形相で叫ぶが、今の唯には全く届いてはいない。

 ――隣に立つためには、どうしたらいい?

 

「なら次はこれだ!」

 

 そう言うと、レイラはサブマシンガンをその場に放り捨て、虚空からロケットランチャーを取り出した。まるでギャグかと言わんばかりの光景だったが、笑っていられる状況ではない。レイラは、肩に担いだそれを、セラめがけて発射した。大きな発射口から放たれるのは、4発のミサイル。自動車の2~3台は軽くスクラップにできてしまうほどの威力を持ったそれが、一人の騎士と2人の一般人めがけて発射された。

 セラは今度も斬り落とそうと剣を構えるが、そこで、唯と志村が未だに逃げていないことに気づいた。当然ながら、彼女は焦る。これでは、自分がここに来た意味がなくなってしまう。いくらセラでも、ミサイルを爆発させずに処理するのは不可能。この距離でミサイルを斬り伏せれば、唯達は十中八九爆発に巻き込まれる。

 

「お前たち、何をしている⁉ 早く逃げろ!」

「ほら、騎士さんもそう言ってるし、早く!」

 

 志村が必死の形相で、唯の手を引っ張る。しかし唯は、この状況に似つかわしくない、虚ろな表情をしている。

 

(私は何を望めばいい?瞬の隣に居続けるためには、何が必要?)

 

 守られているばかりの自分は嫌だ。置いていかれるだけの自分は嫌だ。安全圏で見ているだけの自分は嫌だ。だけどそこから踏み出すための力がない。非力である限り、唯は現状から抜け出せない。いつまでも幼馴染みに守られ続けるだけの、人の形をしたお荷物。

 じゃあもう一度、今一度、自分の心に問いかけてみようじゃないか。ここから飛び出すには何が必要で、何をすべきだと思う?

 その答えは、はじめからわかりきっていた。

 

 

 ――単純明快。

 ――戦える力を望めばいい。立ち向かえる術を手に入れれば全て解決じゃあないか。

 

 

「くそっ!間に合わないっ!」

 

 セラの剣が、一発目のミサイルと触れ合う。セラはなんとかミサイルを破壊しまいと、必死に押し堪える。しかし、そんな彼女の行為を無に帰すかのように、彼女の頭上を残り3発のミサイルが通過してゆく。標的はもちろん志村と唯。

 

「も、もうだめだああああああああああああああああっ!」

 

 唯の手を引っ張りながら、志村が泣き叫ぶ。

 ああ、もう駄目だ。次の瞬間には“志村優始ここに眠る”と書かれた墓石の下で永眠することになるだろう。短い人生だった、悔いしかない。

 そう諦めて、志村は目を閉じる。

 

 

 

 しかし、いつまでたっても爆発と熱風は志村を焼き尽くすことはなかった。

 

「…………?」

 

 覚悟していた苦痛がいつまでもやってこないことを怪訝に思った志村は、恐る恐る目を開ける。

 

「え……」

 

 最初に目に入ったのは、暖かな光だった。それはまるで、春の麗らかな日差しのように、志村と唯を包み込んでいる。そして、その発生源は――

 

「…………ゆい、ちゃん?」

「……」

 

 唯だ。彼女がかざした手のひらを起点に、2人を包み込むようにして、ドーム状に広がっている。これはバリアだ。ミサイルから2人を守るためだけに生み出された障壁。光の正体はそれだった。

 恐る恐る、志村は唯の顔を覗き込む。普段の彼女からは想像もつかない、人智の範疇を大きく外れたような、何も読み取ることのできない、形容しがたい表情だった。ただ、緑色に発光する彼女の虹彩に、志村は底知れぬ不気味さを感じ取っていた。

 その異様な光景に、この場にいた全員が圧倒されていた。一瞬で、この場の主導権が切り替わっていくのが目に見えて分かる。今ここは、彼女(ゆい)の独壇場であると。

 

「な、ん、だ……?」

 

 これにはセラもレイラも、ガングニールオリジオンも、驚きを隠せなかった。

 誰もが困惑する中、唯はバリアを解除すると、悠然とした態度でレイラへと近づいてゆく。

 

「き、貴様はなんだ⁉ 貴様はただの人間のはず!どうして、どうやってこんなことを……」

「驚くことはないはずだ。貴様らはこれを知っているはずだろう?」

 

 唯は、レイラとセラに向かってそう言う。しかし、彼女たちは内容自体よりも、彼女から発せられる、あまりにも冷ややかな声にぞっとしていた。今目の前にいる少女は、ほんとうに諸星唯なのだろうか?まるで彼女の姿を借りて、なにか高次元的存在が顕現したと言われた方がまだ納得がいく。それに、“これを知っているはず”とは、どういうことなのだ?必死に考えても、2人には心当たりがない。

 

「■■■、■■■■・■■■■の名のもとに命ずる」

 

 取り乱すレイラの顔に手をかざすと、唯はそう告げる。なんらかの単語を発したはずなのだが、なぜかノイズが走ったかのように聞き取れない。

 唯は、レイラに向かって、こう言った。

 

「己を取り戻すがいい、異邦の旅人よ」

 


 

 瞬間、レイラの頭にとてつもない衝撃が走った。

 

(⁉ )

 

 まるで頭を直接シェイクされているかのような衝撃が迫る。あまりのショックに思わず吐き出しそうになるが、なぜか吐き出せない。いや、心臓の鼓動以外のすべてが止められてしまったかのような、そんな感覚がレイラの全身を支配している。

 得体のしれない感覚に怯えるレイラだったが、そこに、ある光景(ビジョン)が浮かび上がる。

 

 ――姉さんの剣術はほんとすごいよ。私なんか全然だよ。

 ――何言ってるんだ。お前の魔術の腕は相当なもの、流石自慢の妹だ。

 ――そっかなあ、嬉しいなあ、照れるなあ。

 

 暖かな日差しの中、草原に腰を下ろして最愛の妹と駄弁る光景。しかし。

 

(しら、ない……こんな記憶、わたしは知らない……!)

『いいや、知っているはずだ。貴様はただ見失っているだけなのだ』

 

 こんな記憶はないはずだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 有り得ざる記憶を必死に否定するレイラ。しかし、どこからか聞こえてきた唯の声が、レイラの思考をを否定する。

 

 ――安心して、お姉ちゃんが守るから。

 ――ほんとに?ほんとにまもってくれるの?

 ――当たり前でしょう?妹を守るのは姉として当然のことなんだから!

 

 幼い妹を安心させるために張った虚勢も。

 

 ――ハッピーバースデー、誕生日おめでとう。

 ――双子なんだから、姉さんもハッピーバースデーじゃん。

 ――いやいやいや、私はこういうのはあんまり似合わないというか、性に合わないというか……

 

 姉妹揃って祝われ、照れ臭かった誕生日の思い出も。

 

 ――絶対に、絶対に取り戻す!だから待っていてくれ……!私は、何年かかろうともお前と帰る!

 

 妹と生き別れ、再開を誓った旅立ちの夜も。

 

「なんだ⁉ 私は何を見せられている⁉ 私は知らない!こんな記憶があるはずがないんだ!」

 

 何一つ、レイラは知らないのだ。あんな風に笑う(リイラ)を、(レイラ)は知らない。知らないはずなのに、それはとめどなくレイラの頭に流れ込んでくる。膨大な見知らぬ記憶の洪水に、レイラの精神はなすすべなく翻弄されていた。まるで自分が自分でなくなるような、アイデンティティのすべてが木端微塵にされていくような、想像を絶する苦痛がレイラに降りかかる。

 注がれてゆく記憶達を必死に否定するレイラ。しかしそこに、再び唯の声がかけられる。

 

『名乗れ、自らの名を』

「わ、わたしは……レイラ……ギフトメイカーとして、世界を終焉に……」

『ちがう』

「間違ってはいない……わたしは……レイラだ……!」

『ちがうと言っているのがわからんのかお前は』

 

 名前すら否定され、アイデンティティをことごとく打ち倒されてきたレイラ。もはや、彼女に反論するだけの精神力すら、残ってはいなかった。

 虫の息となったレイラに、最後の声が届けられる。

 

『これより私が貴様を救ってやる。本来の自分を思い出せ』

 

 その言葉が、レイラが最後に聞いた言葉となった。

 

 


 

 現実世界

 

 

「ああ、ああああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼ 」

「これは……一体何が起きてるんだ……?」

「GUUUUUUU?」

「唯ちゃん……その子に何をしたんだ……?」

 

 志村もセラもガングニールオリジオンも、ひどく困惑した様子だった。

 それもその筈、豹変した唯がレイラの顔に手のひらをかざした途端、レイラが頭を押さえて苦しみだしたのだ。弾を打ち尽くしたロケットランチャーをその場に放り捨て、発狂しながら頭をかき乱すその姿には、先ほどまでの冷酷な処刑人だった彼女の面影は微塵も感じられなかった。

 被っていた軍帽を地面に投げ捨て、髪を結んでいたリボンをほどいては噛みちぎり、自らの肩を抱いて空に吠えたり、頭をがんがんと地面に何度も叩きつける姿は、先ほどまでとは別ベクトルの恐怖を志村に植え付けていた。

 

「違う違う違う違う……わたしはレイラで……いやそうじゃなくて、リイラでもなくて、ああええと……」

 

 頭を抱えてその場にうずくまるレイラ。その目は尋常じゃない程に血走っているし、頭からは血がどくどくと流れ出ていた。彼女はやがて、思い出したかのように立ち上がってはコートを脱ぎ棄てて、頭を振り乱したかと思えば、全身を震わせながらこんなことを口走った。

 

「いやいやいやいや、わたしはレイラ!バルジ様に誠心誠意尽くす奴隷なのです!いいやこれも違う!あたしはレイラ、クソ雑魚捨て駒ヒットマンのレイラちゃんなんだからあ……いや、ええと……ああこれだ……ご主人様の世界滅亡をサポートする敏腕メイドのレイラちゃんだぞっ☆……もしくはこれか?べ、べつにあなたがすきだから転生特典を与えるんじゃないんだからねっ!頑張ってあばれなさいよ?そしたらあなたのお嫁さんに……じゃなくてえ……ふええ、はずかしいけどバルジおにいちゃんのためにがんばるよお……えちえちアポカリプス系チアガールのレイラだよおお……これもちがってえ……」

 

 はっきり言って、恐怖でしかなかった。あらぬ方向に土下座をしたかと思えば、反対方向を向いて何かに祈りを捧げ、かわいらしくウインクを決めたかと思えば、誰に充てているのかわからないツンデレ発言を繰り出す。挙句の果てには顔を赤らめながらチアガールの真似事までする始末。ひとつひとつのシチュエーションはよくよく聞けば萌えるのだろうが、この状況では逆に得体のしれないものとしか感じられなかった。

 志村もセラも、恐怖におののいていた。一体何がどうなっているというのだろうか。これは明らかにおかしい。そう感じてはいるものの、その実態は全く理解できない。ただ、レイラの痴態と奇行を見守ることしかできなかった。

 

「ど、どうしたんだ?さっきから何言ってるんだ?」

「ふぁいとお~……れいら、がんばるよ~……お風呂にする?ごはんにする?それとも、て・ん・せ・い?」

「お、おい?本当に大丈夫なのか?」

 

 敵対していたとはいえど、これは心配になるレベルだ。思わずセラが駆け寄るが、レイラは子どものように笑うだけで何もしない。敵だったセラが目の前にいるというのに、だ。

 志村は、唯の方を見ながら、恐る恐る訊いてみた。

 

「唯ちゃん……一体この子に何したの……?」

 

 唯からの返事はない。それどころか、彼女は微動だにしない。志村は、身体の震えに無理矢理逆らいながら立ち上がり、唯の肩に手を置く。

 すると、唯の身体がぐらりとその場に崩れ落ちた。

 

「え⁉ ちょっと唯ちゃん⁉ 」

 

 志村は必死に倒れた唯の身体を揺さぶる。彼女からの反応はないが、呼吸はちゃんとしている。どうやら気絶しているだけのようだが、どうしてこうなったのだろうか?志村には見当もつかないし、彼女を目覚めさせる方法もわからない。

 志村が必死に唯に呼び掛けるその目の前では、先ほどまで奇行に走っていたレイラが、ピタリと奇行を辞め、その場に座り込んでいた。そして、まるで何かを悟ったかのように、空を見上げながらこんなことを言いだした。

 

「……そうだ、違うんだ」

「ちがう?」

「あの子はリイラじゃあない。わたしのいもうとはそんななまえじゃなかったようなきがする」

 

 それは、先ほどまでの彼女なら決して言わないはずの言葉であった。しかし、今の発言は、上の空気味ながらも、どこか確信めいたような声色だった。

 そこから、どんどんとレイラという人間の意識は崩れ去っていった。もはや、彼女を構成するあらゆる要素を、彼女自身が信じられなくなっていたのだ。壊れかけた頭で考えれば考えるほどに、彼女の自意識は崩壊の一途をたどってゆく。その様子が、セラや志村にも一目瞭然だった。

 

「わたしだってそうだ。わたしもれいらなんかじゃなかったようなきがする……」

 

 自分の名前も、過去も、何もかもを信じられなくなった彼女。ぼろぼろになった精神では、言葉を紡ぐことさえ厳しくなっている。

 そして、最後にかすかに残った彼女の自意識は、かすれるような声で、セラと志村の方を向きながらこう問いかけた。

 

「――じゃあ、わたしはだれなのでしょうか?」

 

 それが、彼女の発した最後の言葉だった。その言葉を発したのを最後に、レイラは、口からよだれを垂らしながら喃語(なんご)を繰り返すだけの存在になってしまった。まるで中身だけが赤ん坊に戻ってしまったかのようだった。自分と同年代と思わしき少女が、指をしゃぶりながらばぶばぶと言う姿は、襲い掛かってきた相手とはいえど、見ていてなんともいえない気分にさせられるものだった。

 志村とセラは、その異様な光景をただただ見ているだけしかできなかった。ガングニールオリジオンも、事態の一部始終を静観していた。理性のない狂犬である彼(?)からしても、一連の光景は恐怖そのものでしかなかったのだ。

 

「だー、ばぶーぶえーぶえー……あーい!」

 

 まるで赤ん坊の様なふるまいを見せる一人の少女。そこには、先ほどまであった敵意も不安も、何もかもが消え失せていた。

 どれほどの間、それを静観していただろうか。その沈黙を破ったのは、セラでも志村でも、ましてやガングニールオリジオンでもなかった。

 

「あーあ、何してくれてんだよ」

 

 志村の後ろから、品のない声がした。ばっと振りかえると、そこには紫色のライダースーツの上に白衣という、端的に言ってセンスの欠片もない服装をした男が立っていた。志村はそいつの名を知っている。

 

「君は……バルジ⁉ 」

「そ、よく覚えてくれてるじゃあねえか!俺様うれしい……なあっ!」

「ぶべらっ⁉ 」

 

 バルジはそう言いながら、志村の顔面を思いきり蹴とばした。痛みが頭を伝って全身を震わせ、鼻血がだらだらと垂れては地面に赤い染みを作り出してゆく。

 バルジはもがいている志村を踏み越えると、指をしゃぶるのに夢中なレイラの元へとたどり着く。

 

「ここまでぶっ壊してくれちゃってさあ、()()()()()()()()()()()()()()()

「洗脳だと……?彼女はお前たちの仲間ではないのか?」

「おいおい、何寝ぼけたこと言ってるんだ?コイツはただの傀儡だよ。都合のいい俺様の玩具さ」

「あうー?」

 

 バルジの足元では、レイラがはいはいをしている。今の彼女にはバルジの言っていることが微塵も理解できない。そうするだけの知性が失われているのだ。バルジはしゃがみこんでは、レイラの頭に手を当てて、彼女の頭を隅々まで確認する。

 眼や耳や頭頂部やうなじを舐めまわすかのように観察し終えた後、にんまりと笑いながら何度もうなずく。

 

「う~ん……もう一回ぐらいならいけるか……?あんまりやりすぎると脳みそ壊れちゃうんだよなあ。でも、30回も“虫”の挿入に耐えたんだし、今回も行けるっしょ!」

「30回、だって……?」

「ああそうさ。なんせコイツの精神力は凄まじいものだからな、何度洗脳しても自力で解いちまう。そのたびに俺様が洗脳し直してるってわけよ。ついでに性格もいじってツンデレ花嫁にしたり恥ずかしがり屋な妹チアガールに変えたりとしているがな」

 

 変態だ、と志村は思った。まさかエロ同人みたいなことを実際にやっている奴がこの世にいるなんて思わなかった。しかし同時に、コイツならやっていてもおかしくないという思いも、どこかで感じていた。それはおかしいと言い返してやりたかったが、非力な志村が言ったところで、バルジには雑魚の戯言としかうけとられないだろう。まあそもそも、コイツに何を言っても無駄なのだが。

 レイラを担ぎ上げたバルジ。そこに、セラが剣を突き付ける。彼女は、鋭い目でバルジを睨みつけている。しかし、バルジはなんでそんな目で見られているのかが理解できないようで、とぼけたように彼女に訊く。

 

「……何の真似だ?」

「先ほどから黙って聞いていれば、貴様の言動は目に余る」

「え、まさかお前こいつを心配してんの?うっそお!コイツはなあ、いなくなった妹を探して俺達までたどり着いた挙句、妹を返せとかほざきやがったんだ。マジ有り得ねえだろ?だから返り討ちにしてから洗脳して、俺様専用のモルモットとして調教してやったのさ!」

 

 まるで悪いのは向こうだと言わんばかりの発言。しかし、これがバルジという人間の在り方だった。自分の非は決して認めず、周りに責任転嫁する。そのような生き方しかできない社会不適合者にして、天性の人格破綻者。

 平たく言うと、彼はいてはいけない人間だった。セラが即座に斬り殺すことを決意するくらいには。そう決断した彼女は、素早くそれを行動に移した。

 

「せえいっ!」

「無駄だっての」

 

 しかし。

 セラの神速を超える居合を、バルジは片手間に受け止めてしまった。

 

「悪いな、俺は玩具(レイラ)の修理をしなきゃあならない。だから今回は見逃しといてやるよ。運が良かったな」

「くそっ……待て!」

 

 バルジは乱雑にセラの剣を奪ってその場に投げ捨てると、レイラを抱きかかえたまま人間離れした跳躍力で飛び上がって、どこかへと行ってしまった。放置気味だったガングニールオリジオンも、慌ててバルジについていった。

 

「思った以上に厄介な奴らだな……」

 

 セラは、バルジが消えていった方角を見つめながら、忌々しそうにそう言った。

 志村は鼻血をぬぐいながら立ち上がり、セラに礼を言う。

 

「ありがとう、助けてくれて」

「騎士として当然の務めを果たしただけだ。それよりも彼女、まだ目覚めないのか?」

「うん……どうしたらいいんだろう」

 

 志村は、足元で気を失っている唯を見ながらそう言った。

 先ほど彼女が見せた力。あれはいったい何だったのだろうか?レイラがあんな風になったのは?わからないことだらけだ。とてもじゃないが、志村一人には抱えきれないものだ。志村は気絶したままの唯を背負うと、瞬の元へと戻ろうとする。きっと彼はまだ先ほどの公園にいるはず。見たことを可能な限り伝えて、共有したい。

 志村はそう思いながら歩き出そうとするが、ふとその足を止めて振り返る。そして、セラにこう言った。

 

「セラさん……だっけ?君も一緒に来ない?」

 


 

 PM6:11 ミラーワールド内

 

 鏡の世界で、ユナイト・リンク龍騎とリュウガの戦闘は続いていた。

 

「……チイッ!」

 

 瓦礫まみれの地面の下から、リュウガが這い上がる。

 2人が今いる場所は、現実世界において先ほどギフトメイカーと交戦した公園だが、両者の炎の衝突で、周囲は先ほど以上の荒れようとなっていた。ここが現実世界だったら大惨事になっていたであろうことは想像に難くない。

 リュウガは、炎に包まれた大地を見渡す。奇しくもそれは、自分以外のすべてを失ったあの日の光景に似ていた。それを思い出してしまったリュウガは、仮面の下で忌々しそうに舌打ちをする。

 

「出て来いよ。どうせ生きてんだろ」

「…………」

 

 リュウガの呼びかけに応じるように、なぎ倒された街路樹の影からユナイトが無言で姿を現す。その姿を見たドラグブラッカーが、リュウガの周囲を旋回しながら威嚇の咆哮をあげる。しかし、ユナイトは動じない。

 リュウガは、ドラグブラッカーの尾を模した剣を構えながら言う。

 

「贖罪のつもりか?ならお前は根本的にやり方を間違えている。邪魔すんなよ」

「いいや、これが俺のやり方だ。どう言われようとも、これが俺の使命だ」

「この堅物野郎!」

 

 リュウガが剣で斬りかかるが、ユナイトは左腕のアームキャノンを盾代わりにしてそれを防ぐ。

 

「お前がバルジを取り逃がしたせいで、奴は俺の世界に来た!そして、俺の世界を壊した!」

「ああ、だから俺はAMOREを辞めた。お前の世界を救えなかった俺に、あそこに居続ける資格はなかったからな」

 

 取り逃がしたことと、間に合わなかったこと。裁場のその2つの過ちの末に生まれたのが、今目の前にいる無束灰司という人間だ。だからこそ、彼は見過ごせないのだ。たった一つ残った命が、死へと向かおうとすることを。例え、それを本人が望んでいることだとしても。

 ユナイトはリュウガの剣を払いのけると、右手に持っていたフュージョンマグナムで光弾をリュウガに撃ち込む。胸部装甲から煙を上げながらのけぞるリュウガだったが、即座にドラグクローから青い火球を撃ちだして応戦する。ユナイトのフュージョンマグナムから放たれた光弾と、ドラグクローの火球が相殺し合い、小規模ながらも再び爆発が起きる。

 煙の向こう側から、ユナイトの声がする。それは、固い決意に満ちたものであった。

 

「まだだ、俺はまだやれるぞ」

「いい加減諦めろよ……俺は救ってほしいだなんて一度たりとも頼んでない!お前の差し伸べた手はじゃまでしかないんだって理解しろよ!」

「それでも手を伸ばす!無理だとわかっていても、望まれていなくても伸ばす!それが、あの日、お前という存在に手を伸ばせなかった……俺にできる贖罪だ!」

 

 ――ユナイトの脳裏に浮かび上がるのは、肉塊と灰に包まれた終焉世界(ポストアポカリプス)

 生き残った命はたったひとり。どうあがいても元には戻せず、滅びを待つだけの世界に、生き残ってしまった少年の号哭がこだまする。

 自らの手が届かなかった。その至らなさが、無力さが生んだ地獄を、彼は見届けるだけしかできなかった。

 

「押し付けがましいことをほざいてんじゃ!ねえよ!」

「っ‼ 」

 

 リュウガはそう叫びながら爆炎のなかを一直線に突っ切り、ユナイトの顔面を思いきり殴りつけた。しかし、ユナイトは殴られながらも、リュウガの腕をつかみ取って思いきり投げ飛ばした。ボロボロになった石畳の上に背中から落ちるリュウガ。

 しかし、彼は立ち止まっていられない。役立たずの分際で、自分にたった一つ残された生きる道を独善でつぶそうとする、目の前の男がどうしても許せなかった。バルジにもらった傷が開くことを厭わずに立ち上がり、力の限り声を張り上げる。

 

「まだ、だあああああっ!」

「……いや、残念だがそれは無理だ」

 

 しかし、ユナイトがそれを制止する。その言葉を聞いて、リュウガは自分の手のひらに視線を下ろす。

 リュウガの手が、輪郭が、周囲に拡散するかのように消え始めていた。時間切れだ。ミラーワールドにおいて、現実世界の存在の活動時間は限られている。それを超えれば、その肉体は消滅する。

 

「クソッ……時間切れか」

「どうする?現実世界で続けるつもりか?」

「言ったはずだ、俺はテメエが何と言おうとも先に進む!」

 

 リュウガはそう叫びながら、ユナイトの腕を振り払う。それと同時に、彼の叫び声に呼応するかのようにドラグブラッカーが青い炎をユナイトに向かって吐きかけてきた。

 咄嗟に回避しながらも、フュージョンマグナムを構えるユナイトだったが、当のリュウガはドラグブラッカーの炎に紛れて姿をくらましていた。

 

「……やはり君はその道を選ぶのか」

 

 たとえなんと言われようが、止めるしかないのだ。男もまた、その道だけしかない。

 ――未だ脳裏に鳴り響く号哭に苛まれながら、男は歩を進めた。


 

 PM6:37

 

『ながい、道のりだった……』

「そうだね。ドライブすっごい楽しかったね」

『それで済ませていいもんじゃないと思うんだが』

 

 日暮れの街。とある一区画。人気のない高架下にバイクを止め、セルティと少女は一時休憩に入っていた。

 あれから半日以上の間、街のあちこちでいろんな奴らに追いかけられたのだ。それは、今朝のコスプレ集団だったり、人間に擬態する地球外生命体だったり、土方姿の変態だったりと様々だったが、2人を疲弊させるには充分だった。

 人通りの少ない場所にバイクを止めたセルティは、ぼんやりと空を見上げる。自分に口があったら、きっと溜息をこぼしているだろう。

 

「その荷物をしつこく狙っているけど、いったい何なの?」

『私も知らない。だが、わざわざ私を頼ってきたんだ。余程知られたくないブツらしい』

 

 少女にそう聞かれるが、セルティにも、一体それが何なのかはわからない。だがセルティは、その中身を積極的に知ろうとは思わなかった。プライバシー保護の観点というのもあるが、裏社会では、余計な好奇心が命取りになる。必要以上のことは知るべきではないのだ。それにそういった類のものは、大抵ろくなものじゃないから。

 ――その光景を、一歩離れたあたりで見ている人間がいた。平和島静雄と田中トムである。昼間に爆弾魔の事件に巻き込まれた2人は事情聴取を受け、出てきたところをこうしてセルティと出会ったのだ。彼女から愚痴を聞かされた静雄は、同情するかのように語り掛ける。

 

「お前も大変そうだな」

『ああ、きっと新羅が今日の出来事を知ったら顔色変えて抱き着いてきそうだ』

「だろうな。アイツの喧しさが容易に想像できる」

 

 セルティはそうPDAに打ち込みながら、心配性な同居人の顔を思い浮かべる。というか、予想以上に仕事が長引いてしまっている。なんせ、目的地に向かおうとするたびに邪魔が入るのだ。

 変な旧友に思いをはせていた静雄だったが、ふと、セルティの横にいる少女の姿が目に入った。

 

「で、このガキはなんなんだ?」

『なんか勝手についてきたんだ。えっと、名前はなんて言ったかな』

「霧崎律刃」

 

 彫刻刀が収まったプラスチックケースを片手に、少女は名乗る。なんで彼女は彫刻刀を常備しているのだろうか。そんなに使う機会はないと思うのだが。律刃に危なっかしさを感じたトムは、律刃の手から彫刻刀のケースを取り上げる。

 

「彫刻刀振り回すのはよせっての。ったく、最近のガキはなんでこうも危険物振り回すことに躊躇がねえんだ?」

「あー返してよー、わたしたちにとってはアイデンティティじみたものなんだってばー」

『あれ?』

 

 その時、律刃の短パンのポケットから何かが転がり落ちるのを、セルティは目撃した。律刃は彫刻刀のケースを取り戻すのに集中していて、落とし物に気づいていないし、自分以外に気づいた様子もない。セルティはそれを拾い上げる。

 それは一見すると、透明なケースに収められたICチップのようなものだった。なんらかの機械の部品だったりするのだろうか。

 

「おいセルティ、なんだそれは」

『この子が持っていたみたいなんだけど……何のチップなんだろうか?』

「おい、お前なんか心当たりとかないのか?」

「ないよ。たまたま拾っただけだもん」

 

 つまりは、彼女もこのチップについては知らないということだ。一体これが何なのかはわからない。いくら頭を捻ってもわからないので、とりあえず一旦棚に上げることにした。

 ――その判断が正しいことを、ほんのわずかに祈りながら。

 


 

 PM6:41

 

 いくら走っただろうか。逢瀬湖森と港トモリは、日暮れの池袋の街をただひたすらに走り続けていた。

 自分たちを追ってきたオリジオンから必死に逃れるために、がむしゃらになって見知らぬ土地を走り続けたのだ。追ってくる気配がないことに気づいたのは、逃亡劇の幕開けから30分以上が経った時のことであった。

 

「もう……いませんよね……?」

「多分、そうじゃないかな……ああ疲れた……」

 

 2人はその場に座り込む。ぶっ続けで走り続けたせいで、もう心臓はバクバク鳴っているし、汗はだらだら、息も絶え絶えになっていた。これ以上走ったら、身体がバラバラになってしまいそうだ。ビルの隙間を通る微かな風すら、今の二人にはひどく涼しいもののように思えていた。

 湖森は、

 

「あれ、そういや唯さん達は?」

「そういえば……どこに行ったんだろう」

 

 あたりを見渡すと、一緒に逃げていた筈の唯と志村がどこにもいない。今この時になるまで、全然気づきもしなかった。ひょっとして、無我夢中で逃げていたせいで、何処かではぐれたのかもしれない。もしくは、唯達は奴らに殺されてしまったか――

 

「いいやそれはない!唯さんが死ぬわけない!」

 

 ふと頭に浮かんできた最悪の想定。湖森はそれを必死に拭い去ろうとして、ぶんぶんと頭を振る。だが、それはトモリも同じなのだ。最悪の場合がちらついてしまって仕方がないのだ。

 

「私だってそう思いたいよ?で、でもさあ……あの、オリジオンだっけ……?あいつら明らかにやばそうだったじゃんか……唯ちゃんは無事だって信じたいけど、最悪の場合ってのがどうしても頭からはなれないんだよ……!」

「あのぅ……さっきからなんか騒々しいっすけど、なんかあったんすか……?」

 

 恐怖におびえる2人だったが、そこに、申し訳なさそうに声がかけられる。一体何者だと思いながら湖森が顔を上げると――そこには、端的に言って変な奴らがいた。

 もう一度言おう。変な奴がいた。冗談ではない。どこぞの魔法少女みたいなコスチュームに身を包んだ少女だったり、全身包帯に身を包んだ変態だったり、パンツ以外は全部ボディペイントで誤魔化している変態だったり、ワ○ピースの敵役かと言いたくなるような体格のおっさんだったりと、様子は様々だったが、まともな外見の奴は1人もいなかった。

 あかん、こいつらは関わっちゃダメな奴だ。そう思った湖森とトモリは一目散に逃げだそうとするが、行く手を阻むかのように、魔法少女コスの少女と青いバンダナを巻いた青年が立ちはだかる。

 

「なんかオリジオンがどうたらこうたらとか言っていたけど、まさか出くわしちゃったクチで?」

「え、知ってるんですか⁉ 」

「湖森ちゃん、話に乗らない!こいつら怪しすぎるっての!」

 

 まるでオリジオンを知っているかのような口ぶりに、驚く湖森。ということは、目の前の青年は少なくとも、一般人ではないのかもしれない。

 トモリの静止も聞かずに、湖森は彼らとの対話を試みる。

 

「知ってるも何も……俺達はAMOREだぜ?」

「あもーれ?」

 

 聞きなれない言葉に首をかしげる湖森。すると、話を聞いていた包帯の男が、釘を刺すようにバンダナの青年に言う。

 

「おい、現地住民にそうホイホイと漏らすんじゃあない。記憶処理剤のコストもバカにならない。そんなんだからお前はいつまでも下っ端なんだよ。少しは灰司さんを見習えってんだ」

「え、あなたたち……灰司さんの知り合い?」

「マジすか⁉ 先輩の知り合い……先輩ストライクゾーン広すぎないっすか?女子中学生から女子大生まで手篭にしているとか凄すぎるっす!」

 

 なんか盛大に勘違いしているようだが、青年の暴走っぷりに湖森は口をはさむ余裕がない。

 青いバンダナを巻いた金髪の青年は、白い歯をみせて笑いながら名乗った。

 

「俺は御手洗倫吾(みたらいりんご)。俺達についてりゃあ大丈夫っすよ!」

 


 

 PM6:53

 

「お~~~~い!逢瀬くーん!」

 

 唯を背負った志村は、セラと連れて先ほどの公園へと戻ってきていた。無我夢中で逃げていたのもあって、帰り道が分からず不安だったのだが、そこは文明の利器に頼った。あのごたごたでスマホが壊れていなくてほんと助かった。

 ちなみにセラは、戦いが終わるとすぐに鎧を脱ぎ、以前大鳳の前に姿を現した時同様に、緑色のコートに身を包んでいる。やはりあの鎧姿は、現代日本では目立つのだろう。

 

「志村と唯が戻ってきたぞ!」

「なんかひどくくたびれたような……あれ、その人は?」

 

 仮面ライダーとギフトメイカーの激戦の爪痕が残るその地に、一部を除いた全メンバーが再集合していた。2人の無事を喜ぶ者、隣のセラに興味を抱く者に加え、なんだか見知らぬ顔も混じっているが、それはそれ。此方に気づいた瞬が、ベンチに腰掛けながら手を振り返してくる。

 

「志村が無事でよかったよ」

「生きた心地しなかったあ……まあセラちゃんと唯ちゃんのおかげで何とかなったんだけど」

「ん、セラ……?」

 

 志村に促されるがまま、瞬は、志村の隣に立っていたセラに視線を向ける。

 

「お前は……!」

「セラだ。セラ・フルルスローネ。偶然通りすがり、彼らを助けた」

「そっか……ありがとな」

「随分と怪我をしているようだが……それにここの荒れよう……何かあったのか?」

「まあ、色々と」

 

 セラは、あちこちボロボロの噴水広場の様子を怪訝そうに見渡しているが、今の瞬には彼女の疑問に答えるだけの気力がない。

 一方、かつてセラに助けられたことのある大鳳は、セラに気づくなり彼女に駆け寄り、頭を下げてきた。セラのほうも大鳳に気づくなり、彼女の元気そうな姿に安どしたような表情を見せる。

 

「貴女はあの時の……!」

「久しぶりだな。元気そうで何よりだ」

「逢瀬から聞いたよ、お前が大鳳を助けてくれたんだってな。礼を言わせてほしい」

 

 大鳳に続いて、アラタもセラに頭を下げる。本来なら自分が行くべきだったにもかかわらず、オリジオンにけがを負わされてそれがかなわず、赤の他人である彼女にそれをさせてしまったのだ。

 2人からの礼をもらったセラは、それを誇ることなく、さもそれが自然であるかのようにかえす。

 

「騎士として当然のことをしたまでだ」

「騎士かあ、誰かに仕えていたりするの?」

「ああ。だけど今はその人がいなくてな。探しに来たんだ」

「奇遇ね、今私達も友達探しの最中なのよ」

「…………!」

「逢瀬?どうした?」

 

 大鳳の言葉で、瞬は灰司のことを思い出した。

 灰司は転生者狩りで、詳細は不明だがギフトメイカー・バルジへの復讐をもくろんでいる。おそらく、瞬達に近づいたのも何か理由があってのことなのかもしれない。瞬は、灰司のことを何にも知らない。知らなさすぎる。こんなありさまで、彼のことを友達と言うのは烏滸がましいのではないだろうか?

 そして、皆に言うべきなのだろうか。灰司の素性を打ち明けてもいいのだろうか?そしたら、どうなるのだろうか?

 

「――いいや、なんでもない」

「ならいいんですけどね」

 

 ――それはできない。少なくとも、人の秘密を勝手にべらべらしゃべるような行為はやっちゃいけない。灰司だって、このことは知られたくないのだろう。今回瞬にばれたのだって、全くの偶然なのだ。

 だから、瞬は黙秘という選択肢を選んだ。向こうはそうは思ってはいないだろうが、瞬にとっては、目的は違えど、灰司は同じ敵(ギフトメイカー)と戦ってきた仲。秘密を共有してあげるだけの義理はあるのだ。

 一方、瞬がそんなことを考えているとはつゆ知らずな志村は、先ほどから気になっていることを訊いてみた。あの黒髪の目付きの悪い少年と、ツインテールのちびっこはいったい何処のどいつなのだ?

 

「そこの人は?」

「ああ、灰司探しを手伝ってくれてるんだ」

「俺は遠山キンジ、武偵高校の生徒だ。で、隣のがアリア。俺のパートナー……だ」

「なんで言いよどんだのよ?」

「へえ~、僕ナマ武偵見たの初めてだなあ」

「……どことなくあたしを見る目が動物園のパンダを見るような感じなのは気のせいじゃないのよね?」

 

 ――そりゃあどう見ても小学生だしなあ、お前。

 志村やセラに物珍しそうな視線を受けるアリアを見ながら、キンジはそう思ったが、声にだしたら間違いなく風穴まみれにされるので言わなかった。

 

「…………?」

「どうしたんだ逢瀬、セラの顔をじろじろ見て。まさか一目惚れか?唯がいながら何他の子にうつつぬかしてんだお前」

「うっせえわ。お前もいいのか、大鳳(かのじょ)セラに取られるかもしれないぞ?」

「NTR百合ですか、個人的にはすんごいそそりますね」

「「誰もお前に話してねえんだよ」」

 

 ハルの空気の読まない発言に突っ込みを入れながら、瞬は、隣で眠っている唯の顔を覗き込む。

 

「似てないよなあ……」

「何が?」

「いや、どう見ても似てないんだよ」

「だから何の話なんだ」

 

 謎の少女騎士・セラ。そしてギフトメイカーの一員であるリイラ。見た目も中身も全然違うはずなのに、彼女たちを見るたびになぜか既視感を感じてしまう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。まるで、数式とその答えだけがポンと提示されていて、その過程が全く開示されていないような、どうにもしっくりこない感覚が頭から離れない。

 考察しようにも情報が少なすぎるし、先ほどからの傷が痛んで思うように考えがまとまらない。ひょっとすると、自分の感じている違和感は気のせいなのかもしれない。はたまた、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 思わぬ難問に再開し、苦悩する瞬。それを、痛みに苦しんでいる顔と勘違いしたのか、キンジが心配そうに声をかけてくる。

 

「どうしたんだ?」

「えっと……確かお前は、キンジだったっけ」

「ああそうだが。なんかお前、痛がっているように見えてさ……やっぱりその怪我、まずいんじゃないか?」

「いいや大丈夫、慣れてるから」

「慣れてるって……普段どんな生活送ってんだお前?俺も一応武偵だからさ、仕事で同じくらいの怪我を負ったことあるけど、結構つらかったぞ?」

「……話で聞いていたよりも危険なんですね、武偵高校って」

 

 慣れというのは恐ろしいもので、ここ最近、瞬はこの程度の怪我ではあんまり動じなくなってきていた。少なくとも一誠と共闘した時よりも、自分のダメージに無頓着になっている。今の瞬は、身体のあちこちにあざや擦り傷ができていて、背中には多くの切り傷ができている。瞬はそれをさほど大したことないと考えてはいるが、キンジが心配するのも無理はないだろう。

 スポーツマンや戦士にとって、怪我に慣れるというのは、自分の傷に無頓着になるというのはよくないのだ。自分のダメージを測れないというのは、自分のコンディションを測れないのと同義。そんな状態で身体を酷使すれば、必ず反動がやってくるのだから。

 

「あんまり無理しない方がいいぞ。無茶しすぎると、肝心な時になってそのツケが来るもんだ」

「……肝に銘じておく」

「で、どうしたんだ?なんか悩んでいるように見えるけど?」

「なーんかなあ、納得いかないというか……理屈の分からないなぞなぞのような……そんな感じのことで悩んでいる」

「???」

 

 キンジとアラタの頭にいくつものはてなマークが浮かび上がる。そりゃそうだ。だって瞬ですらよくわかっていないのだから。

 

「俺はもっと知る必要があるのかもしれない」

「何を?」

「……いろいろとな」

「答えになっていないですよ」

「で、あの人は誰?あの人も武偵だったりすんの?」

「剣崎さんのことですか?いやあ、なんか色々とはぐらかされちゃうんですよね~不思議系男子ってやつだったりするんでしょうか?」

「…………」

 

 志村の指さす先では、剣崎が自身のバイクに腰掛けながら缶コーヒーを飲んでいる。瞬達に遠慮して、わざわざあんなところにいるのだろうか。なんだか巻き込んでしまって申し訳ない気分だ。

 

「はっ!こんなことしてる場合じゃない!キンジ、あたしたちが何をしに来たか忘れたの⁉ 」

「そりゃあ、爆弾魔事件の捜査だけど……あ」

 

 どうやらすっかり忘れていたようだ。まあ、変態に絡まれた挙句さんざん人探しに付き合わされたんじゃあインパクト的に忘れてしまってもおかしくないだろう。

 キンジとアリアは急いで立ち上がる。

 その時だった。

 

 ――ダンッ‼

「危ないっ!」

「えっ」

 

 突如として鳴り響く銃声。それと同時に、剣崎が叫びながらキンジをかばうようにして飛び出した。瞬間、剣崎の頬をかすめるようにして、何かがものすごいスピードで飛んでいった。かばわれたキンジが剣崎の顔を見ると、彼の右頬から赤い血が垂れていた。

 一体何が起きたのだと考える暇もなく、新たな銃声が鳴り響いた。今度はキンジが剣崎を抱き寄せるような形で横へと転がって、2人は銃撃を回避する。

 

「キンジっ⁉ 一体何が……」

「外したか……」

 

 忌々しそうな声と共に、物陰から狙撃手が姿を現した。それは、金の装飾が施された黒いメカニカルなボディに赤と青のラインが両腕と両脚に刻まれた怪物。その両手には自動拳銃が握られている。

 ――間違いない、オリジオンだ。

 

「結構射撃の腕には自信があるんだけどな。こう見えて俺、強襲科(アサルト)だし」

「強襲……もしかしてお前、武偵高校の生徒なのか⁉ 」

 

 強襲科とは、キンジ達の通う武偵高校の学科の一つ。主に剣や銃器による実力行使をこなす、武偵高校の中でも飛び切り危険な学科である。目の前のオリジオンは、確かにそう言った。

 こいつは、武偵の癖に人を殺そうとした。それは、目の前の彼が同業者でもなんでもなく、ただの犯罪者であることを示している。

 

「…………?」

 

 血をぬぐいながら、剣崎はある違和感に気づいた。

 負傷の仕方があきらかにおかしい。負傷の原因と結果がちぐはぐになっている。普通ならば、銃で撃たれたら風穴があいたりするだろう。だが、剣崎は銃で撃たれたはずなのに、その頬に出来た傷は明らかに切り傷だった。

 

「お前は一体――」

「問答無用!ギフトメイカーからの命令だ!お前ら全員、このガンズが皆殺しにしてやるぜ!」

 

 キンジは、躊躇いなく発砲してきたオリジオンに向かって銃口を向ける。その瞬間、オリジオンはすかさずキンジの脇腹目掛けて発砲する。

 

「なっ……!」

 

 自動拳銃から放たれたのは弾丸ではなく、斬撃だった。銃口から弾丸の如く放たれた斬撃は、キンジの脇腹をいとも容易く切り裂き、地面に鮮血をぶちまけながら飛んでいく。斬られたショックで、キンジの手から拳銃が零れ落ちる。

 瞬は思わず助けに入ろうと、クロスドライバーを取り出そうとするが、それを妨げるかのように、ギフトメイカー達にボコボコにされた傷が痛みだす。

 

「ぐ……」

「その傷で戦うのは無茶ですよ!」

「何なのよ一体!銃の癖に斬撃飛ばすとかイカれてるんじゃないの⁉ 」

「抜剣・絢爛たる女神騎士《コード・ヴァルキリア》っ!」

 

 瞬の肩を担ぎ上げて逃げようとするハルに、オリジオンは発砲する。放たれた弾丸は斬撃に変じて彼らに襲い掛かろうとするが、騎士モードへと変身したセラとアリアがその間に入り、それぞれ剣とナイフでその斬撃を斬り伏せる。オリジオンは攻撃を防がれたことに一瞬顔色を変えるが、即座に気を取り直して、再び銃の引き金を引く。

 しかし、それをさせまいと、アリアは素早く手に持っていたナイフをオリジオンの腕に向かって投げつけた。目にもとまらぬ速度で投げられたそれは、オリジオンの右腕に深々とぶっささり、そこから赤い噴水を巻き起こす。それは、オリジオンを怒らせるには充分だった。

 

「ってえなあ!何しやがるんだこのガキっ!」

 

 ダダダダダンッ‼ と、立て続けに鳴り響く銃声。それはいくつもの斬撃となって、アリアとセラに迫りくる。

 いくら2人でも、これをすべて防ぎきれるかと言われれば、不安が残る。だが、回避なんてしようものならば、後ろにいる瞬達に斬撃が襲い掛かる。肉の壁になるしか道はない。

 

「がはっ……」

 

 しかし、その役割は2人には回ってこなかった。その役回りを引き受けたのは、セラでもアリアでもない。

 

「け、剣崎さん!なにやってんだよ⁉ 」

 

 2人の少女の前に立ちふさがったのは、剣崎だった。2人をかばった結果として、身体のあちこちに切り傷が生じ、そこから赤い血がポタポタと流れている。だが剣崎は、その傷にお構いなしに立ち上がり、オリジオンの方を睨みつける。

 

「皆離れてくれ。ここは俺が何とかする」

「⁉」

 

 そう言うと剣崎は、どこからか銀色の四角いバックルのようなものと、1枚のカードを取り出す。カードに書かれているのは“♠A CHANGE”。それはトランプだった。

 

「まさかとは思うけど……あんたはもしかして……?」

 

 瞬の問いかけを背中で受けながら、剣崎は、バックルにトランプを挿入する。すると、バックル横から何枚ものトランプが連なって伸びてゆき、ベルトとなって腰に装着される。待機音が鳴り響き、周囲が固唾を呑んで見守る中、剣崎はオリジオンを見据えながら、右手を前方へと伸ばしてゆく。

 そして。

 

「ヘシン!」

《TURN UP》

 

 剣崎は右手首を反対方向に捻ると、即座に右手をバックルの方に戻しながらバックル右のターンアップハンドルを引くと同時に、反対に左手を前に突き出す。すると、カードリーダー部分が回転して、スペードマークが刻印されたプレートが出現するとともに、剣崎の前方に等身大の、青く光り輝く板・オリハルコンエレメントが出現する。

 勢いよくバックルから投影されたオリハルコンエレメントは、目前まで迫ってきていたガンズオリジオンを軽く弾き飛ばす。

 

「なっ……まさかあんた……」

「おいおい嘘だろ?この世界、ほんと何でもありだな!」

 

 驚愕の表情を見せる瞬達の前で、剣崎はオリハルコンエレメントを走り抜ける。

 エレメントを潜り抜けた剣崎は、濃い青色のインナーの上から銀を基調とした配色の装甲を纏い、頭部には大きな雫のような形状の仮面を被った戦士へと、姿を変えていた。彼は、腰に携帯していた剣を抜きながら、ガンズオリジオンに挑んでゆく。

 

「貴様は……仮面ライダーブレイドッ⁉ 何故お前が⁉ 」

「俺を知っているのか……アンデッドではないようだが、人に危害を加えるつもりなら俺が止める!」

 

 ――彼の名は仮面ライダーブレイド。

 運命に抗う過程にある英雄である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ようやく灰司の過去が明かされました。
1章の間にこの因縁は蹴りをつけるということが当初から決まっていたので、いつそれをねじ込むかと考えた結果、ここになりました。

レイラも唯も、とんでもないものを吐き出させました。尊厳破壊ってレベルじゃあねえぞ!
本来はもうちょっと裁場と灰司の話がメインになるはずだったのですが、唯サイドが予想以上に筆が乗ってしまって……とりあえず今回はブレイド変身まででいったん区切ります。ごめんなさい。

とにかく次回もお楽しみに!


推奨BGM:揺れろ!魂のペンデュラム!



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オリジオン紹介。今回はリクエストボックスからの登場です。

ガンズ・オリジオン(原案:名もなきA・弐氏)
人間態:半崎平一(はんざきへいいち)
能力:炎刀・銃(元ネタ:刀語)
能力:召喚した連発式自動拳銃と回転式自動拳銃の二丁による遠距離からの精密性と連射性に長けた銃撃戦。出典故に『刀』としての性質があるため、放たれた弾丸は全て「斬撃」となる
東京武偵高校・強襲科の生徒である少年が覚醒させられた姿。元々キンジをつけ狙っていたが、ギフトメイカーからの命令を受けてアクロス抹殺も任される。
遠距離からの連続精密攻撃を可能にした、飛び道具としての刀「炎刀・銃」で攻撃する。本来なら近接技も可能だが覚醒者自身に与えられた特典の知識がない。格闘経験が少ないため、近距離戦は不得手。



次回 PM7:14/夜会は美味いラーメン屋の屋台で


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第27話 PM7:14/夜会は美味いラーメン屋の屋台で

池袋編その4です。相変わらず酷いタイトル詐欺です。
前回のあらすじ
・ユナイト出陣!
・明かされる灰司の過去
・唯ちゃんがなんか覚醒する
・レジェンドライダー・ブレイド見参!
・湖森ちゃん、AMOREの変態集団と出会ってしまう

サイド間でけっこう目まぐるしく同行メンバーが変わって混乱していると思いますので、ここで冒頭時点での同行メンバーをまとめます。
●瞬サイド
瞬・唯・志村・アラタ・大鳳・山風・セラ・ハル・キンジ・アリア・剣崎VSガンズ
●湖森サイド
湖森・トモリ・倫吾他AMOREの変態達多数
●野獣サイド
野獣・木村・三浦・遊矢・柚子
●セルティサイド
セルティ・律刃
●単独行動組
灰司・裁場・ボマー
●ギフトメイカーサイド
レド・バルジ・ガングニール・泡不・レイラ・火吹

それでは本編、いってみよ~


 

 

 PM6:30

 

「ヴェイ!」

「ぐっ……」

 

 結論から言わせてもらうと、剣崎――仮面ライダーブレイドの攻撃に、ガンズオリジオンは追い詰められていた。

 瞬達全員の皆殺しをギフトメイカーに命じられて襲撃を仕掛けた彼だが、暗殺に失敗。やむを得ず交戦することとなった。手負いの仮面ライダーとその他大勢の原作キャラとモブキャラ相手に手こずることはないと高を括っていた彼だが、運の悪いことに、もう一人の仮面ライダー・ブレイドが居た。

 そしてそのまま、ブレイドの剣による攻撃になすすべのないまま追い詰められていた。

 

「く、そ、がああっ!」

「撃たせるかっ!」

 

 ガンズオリジオンは苛立ち気味に銃の引き金を引こうとするが、それをさせまいとブレイドが手に持ったブレイラウザーでオリジオンの腕をぶっ叩き、銃をその手から叩き落とさせる。石畳の上をすべるように、オリジオンから銃が離れてゆく。

 ガンズオリジオンはやけくそ気味に殴りかかるが、がら空きになった胴体にブレイラウザーの刃が叩き込まれ、オリジオンは膝をつかされる結果となった。

 

「て、めえ……俺に膝付かせるとかマジでねえし……」

「よし、相手の銃を叩きおとした!これでいける!」

「いいや志村、全然終わってねえよ」

 

 喜ぶ志村に釘を刺すアラタ。その前では、ブレイドが膝をついたガンズオリジオンに斬りかかろうとしていた。

 ガンズオリジオンにブレイラウザーの刃が迫る。その直前で、ガンズオリジオンは新たに自動拳銃を手の中に生成して、ゼロ距離からブレイドの腹を撃ちぬいた。火花をまき散らしながらよろけるブレイド。ガンズオリジオンは高笑いしながら、拳銃の引き金を引く。

 

「馬鹿め、得物があれだけだと思ったか!」

「くっ!」

 

 ガンズオリジオンはブレイドの腹を蹴とばして間合いを取ると、手に持った自動拳銃から次々と斬撃を解き放った。

 

「あれ、効いて……ない?」

「コイツを使ったのさ」

 

 ブレイドはそう言いながら、一枚のカードを見せつける。そのカードには“♠7 METAL”と書かれている。

 ブレイドのライダーシステムは、カードに封印した不死身の生命体・アンデッドの力を使って戦う。ブレイドが使ったカードは、自身の肉体を硬質化させる“♠7 METAL”。その能力によって自身の肉体を硬質化させることで、ガンズオリジオンの斬撃を耐えきったのだ。

 そのまま、ブレイドは狼狽えるガンズオリジオンの懐に飛び込み、その顔面を思いきり殴り飛ばす。

ガンズオリジオンは踏ん張ることもできずに、バレーボールのシュートの如くスピードで吹っ飛び、石畳の上を何度も跳ねていく。もとより彼は射撃一辺倒の人間であり、接近戦は不得手。武偵高校でもお世辞にも実力が高いともいえず、狙撃科への転属を打診されているくらいだ。ゆえに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()にこうも後れを取っている。

 背中の痛みに耐えながら、ガンズオリジオンは落とした得物を拾おうとするが、そこに、セラが剣を突き付けながら尋ねる。

 

「なんで私達を狙う?」

「目障りなのさ!俺達転生者の天下にゃあ、お前らみたいな善性の権化みたいなやつらは居るだけで破滅ルートまっしぐらなんだからよぉ!」

「どうしても相容れないということか、転生者(おまえたち)とは」

「その気がないって言ってんだろうがっ!」

 

 ガンズオリジオンはそう叫びながらセラに飛び掛かるが、即座にブレイドに足を掴まれ、地面へと引きずり倒される。起き上がろうとするオリジオンだが、その時、ズキンと腕が痛みだす。最初にアリアのナイフで刺された箇所が、今になって痛み出したのだ。腕を動かそうにも、激痛でそれがままならない。片腕では起き上がることは難しい。

 ブレイドは、ブレイラウザーの柄の部分にあるオープントレイを展開する。そこには、何枚ものラウズカードが収納されており、ブレイドはそのうちの二枚を取り出すと、ブレイラウザーに読み込ませる。

 読み込ませたのは“♠3BEAT”と“♠6THUNDER”。

 

《BEAT,THUNDER》

「てめっ……その組み合わせはなんだ⁉ お、俺は知らないぞ!」

《LIGHTNINGQUAKE》

 

 すると、ラウズされたカードがブレイドの胸に吸い込まれるようにして溶け込んでゆくとともに、ブレイドの右拳が帯電を始めた。ガンズオリジオンは、自身の知らない(げんさくちしきにない)必殺技を使われたことに狼狽える。原作を知っている転生者は、いわば常に攻略本片手に生きているようなもの。故に、想定外の事態に弱い。

 片腕で必死に起き上がろうとするガンズオリジオンだが、その時にはすでに、ブレイドの拳が眼前に迫っていた。

 

「ウェエエエエエエエエエエエエエエエエイッ‼ 」

「プフォアアアアアアッ⁉ 」

 

 眼を閉じた瞬間、凄まじい衝撃と電流がガンズオリジオンの全身に迸った。

 電撃を帯びたブレイドのパンチをもろに喰らったガンズオリジオンは、変な声を上げながら近くの茂みの中へと飛んでいってしまった。ブレイドは後を追って茂みの中へと飛び込むが、そこにはすでにオリジオンの姿はなかった。

 

「逃げた……のか」

 

 ブレイドはそう呟きながら、バックルのターンアップハンドルを引く。すると、バックルが回転しながらオリハルコンエレメントが現れ、ブレイドの元へと向かってゆく。そして、オリハルコンエレメントをくぐると、ブレイドの変身は解けていた。

 仮面ライダーをはじめて目の当たりにしたキンジとアリアは、柄にもなく目を丸くしていた。

 

「本当だったのか……あの都市伝説」

「え、都市伝説?」

「ああ、人知れず異形の怪物と戦う仮面の戦士の噂、結構みんな噂しているぞ?」

「なにそれ全然知らないんだけど」

 

 まさか仮面ライダーが都市伝説になっていようとは。

 それにしても、今日一日だけでふたりも新しいライダーに出会うことになるとは、正直言って予想外であった。新たなライダーに興味を抱いた瞬は、傷ついた身体を引きずるようにして、剣崎の前に立つ。

 

「貴方も……仮面ライダーだったんですか?」

「あなたも、ってことは……まさか……?」

 

 瞬の質問で、仮面ライダー(どうるい)であることを悟った剣崎は、目を丸くする。瞬は、ただ黙って頷く。どこかのフィフティ(不審者)は「不用意にライダーであることをバラさない方がいい」と言っていたような気がするのだが、とうの瞬はというと、疲労と驚きでそんなことは忘れてしまっていた。

 

「なんで自分からバラしたんだ?」

「いや、なんとなく話してみたいな~って思って」

「そうか」

 

 そう言われてしまうと、剣崎としてはそれ以上追及できなかった。一応剣崎としても、自分の把握していないライダーの存在には驚いてはいるのだが。

 で、ここから仮面ライダー2人の対談が始ま――らなかった。なんか盛大に脱線が始まろうとしていたのをギリギリのところで本題に引き戻したのは、ずっと蚊帳の外にいた大鳳だった。

 

「……で、これからどうすんの?」

「灰司くんは見つからないし、湖森ちゃんともはぐれちゃったし……どうすんだろうね」

 

 そう、問題は何にも解決しちゃいなかった。当初の目的である灰司との合流は果たせていないどころか、ギフトメイカー襲撃のごたごたで湖森(とついでにトモリ)もどっかに行ってしまった。キンジ達の持っていた医療キットで応急処置は済ませたとはいえ、瞬は怪我人だし、唯はなぜか気を失っているしで、むしろ深刻化しているような気がする。

 ここで、部外者でありながら本来の目的を全く果たせずにただただ巻き込まれた被害者であるアリアが、現状に対して文句を言いだした。

 

「と、とりあえず色々と説明を要求するわ!」

「さっきの怪物の事、仮面ライダーのこと……あんたたちは何か知っているのか?」

「そう言われてもなあ……俺もなにがどうしてこうなってんのかよくわかんないんだけど?」

「そうだな。私もいろいろと話したいことがあるのだが、ここじゃあおちおち話もできやしない。どこか落ち着いて話のできる場所があればいいのだが……」

「俺達完全に蚊帳の外だよな、山風」

「もう慣れたかも」

 

 アリアの発言を皮切りに、各々が抱えていた不満だの話したいことだのが混沌の如くぶちまけられ、一気に喧しくなった。アリアと一緒に瞬と剣崎に詰め寄るキンジ。何か言いたげなセラに、蚊帳の外であることを愚痴るアラタと山風。瞬も皆の気持ちはわかるのだが、とりあえず一旦落ち着いてほしい。

 そんな無秩序めいた騒々しさに一喝したのは、瞬ではなく、これまでずっと沈黙を保っていたある人物であった。

 

「あーもううるさいんじゃいっ!目覚めて早々なんなのこの騒がしさはっ!」

 

 そう、唯だ。ブレイドとオリジオンとの戦闘の間もずっと意識を取り戻すことなく、ずっと近くのベンチで寝かされていた彼女が、いつの間にか目を覚ましていたのだ。予想だにしていない事態だったが、こうして彼女が目を覚ましてくれたことについては、瞬は素直に嬉しかった。

 瞬は、やいのやいの言いながら群がる皆を押しのけながら、身体を起こした唯に近づいてゆく。

 

「お前……一体何があったんだよ……全然目を覚まさないと思ったら、あっさり目覚めやがって……心配させんなよ、ったく」

「いや~私もなにがなんだかよくわかんないんだよね……知らない間に気絶しちゃってたみたいでさあ……え、嘘じゃないよ?いやほんとだって!」

 

 いつも通りの彼女の様子に、瞬はどこか安堵していた。

 そんな二人の間に流れる雰囲気を一言でぶっ壊したのは、瞬の隣に立っていたハルであった。彼女は、空気の読まない腹の音を盛大に鳴らしながら、場の空気を微塵も読んでいない提案をしてきた。

 

「まあ積もる話はあるだろうけどさ、皆腹減らないっすか?」

「お前ほんと空気読まないな!湖森ちゃんも灰司の奴も見つかっていないってのに、それどころじゃないだろうが⁉ 」

「でも腹が減っては戦はできぬと……」

「飯を言い訳にしたらタスク放り出してもいいってか?んな道理が通るかよ。おい、逢瀬もなんか言ってやれよ」

「……ごめん、正直言うと体力的にキツイから休みたい」

 

 湖森を、大事な妹を探しに行きたいのはやまやまだった。しかし、今の瞬には見知らぬ土地を駆けずり回るだけの体力が残っていないのだ。応急処置でマシになったとはいえ、まだ身体のあちこちに残っている傷がじんじんと痛むし、オリジオンとの連戦と昼間の事情聴取、それと大小さまざまな出来事の連鎖で心身ともに疲弊している。じっとしてる場合じゃないはずなのはわかっているのに、動く気力がない。

 というか、昼間はビル爆破事件からの事情聴取のコンボのせいで、瞬は昼食を食べていないのだ。そんな状態でギフトメイカーとの激戦に挑んだのだから、当然動く気力もなくなる。セラも、瞬の疲弊っぷりを感じ取ったのか、瞬の意見に賛同する。

 

「見たところ彼は相当疲れているようだ。何かをするにしろ、情報整理を兼ねて一旦どこかで休まないか?」

「それならよさそうなところがありましたよ、ほら」

 

 ハルがそう言って、スマホの画面を見せる。そこには、この周辺のマップが表示されいた。

 その中に、赤いピンがひとつ立っているのが確認された。場所はそう遠くない。

 その場所は――“露西亜寿司”。

 


 

 PM7:14

 

「……」

「……」

「おっちゃん、豚骨ラーメン5人前!モヤシマシマシ麺多めで!」

 

 ――いったいなぜ、こんなことになってしまったんだろうか?

 柊柚子と榊遊矢は、ラーメンを前に駄弁るホモたちを横目に、そんなことを考えていた。

 

「すっげえいい匂いだゾ~秋吉先生の手作りラーメンを思いだすゾ」

「げ、やめてくださいよ三浦先輩。俺大学外であのムエタイ野郎のこと考えたら吐き気するんだよ」

「それは先輩が真面目に部活やらないからでしょうが」

 

 ――あのあと、茶色いステハゲ新生物こと野獣を助けた遊矢と柚子だったが、馬鹿坊主こと三浦が“腹減ったなあ”とぬかしやがったので、路地の入口付近にあったラーメン屋の屋台に来ていたのだ。まあ味については満足のいくものだったので、これはこれでいいかもしれないと遊矢は思っている。

 

「美味いなこのラーメン。今度は遊勝塾の皆もつれてこようぜ」

「それについては同感ね……でもこのこってり具合、カロリーが不安だわ……」

「その分動けばいいだろ」

「それもそうね」

 

 そんな風に、柚子と若干惚気気味にラーメンを啜っていると、木村が申し訳なさそうに言ってきた。

 

「ごめんね、迷惑かけちゃって……お詫びには程遠いだろうけど、ここは僕たちがおごるから」

「そんな……それこそ気が引けますよ。自分で払いますから」

「へいよ!」

「おほ~この香り、見た目!たまんねえよなあ!」

 

 野獣の舌の肥え具合だけは素直に褒められるんだよなあ、と思いながら、木村も麺を啜る。度々部活終わりに外食をすることがあるのだが、大変憎たらしいことに、野獣の選んだ店はどれも料理がおいしいのだ。木村的には、それ以外の部分については、あの美食センサーだけ残して死んでくれないかなと思うくらいに酷いのだが。

 そんな風にラーメンを食ってる一行。そこに、もう1人客がやって来た。その客は、野獣の後姿を見るなり、嬉しそうに声をかけてくる。

 

「見覚えのあるステハゲがいるなあと思ったら田所先輩でしたか」

 

 そう言われて遊矢が振り返ると、そこに立っていたのは、どことなく爬虫類を思わせる顔つきの青年だった。野獣の知り合いかなんかだろうか?

 

「レプティリアンだあああああ⁉ 」

「失礼な、ぼくはれっきとした人間だよ。決してレシートリザードなんかじゃあない」

 

 いや誰もレシートリザードなんか言ってねえよ、てかレシートリザードってなんだよ。すると、野獣が青年の肩に手を回しながら、嬉しそうに紹介を始めた。

 

「コイツは遠野まずうち、俺の彼氏だ」

「やだなあ先輩、見ず知らずの他人にぼくらの仲を明かすなんて……恥ずかしいじゃないですか」

「急にのろけだしたぞこの人……」

「あ、俺替え玉頼むぜ」

 

 気持ち悪いとか言ってはいけない。現代においてLGBTQへの配慮を欠かすような輩は存在価値ゼロなのだから。遊矢もそれをわかっているからこそ、急にのろけだしたことに対する突っ込みだけで済ませたのだ。このご時世に、他人の愛の形にやいのやいの言うのは馬鹿のすることなのだ。

 遠野は自身の肩に回されていた野獣の手を払いのけると、野獣の隣に座り、ラーメンを注文し居始めた。

 

「でさあ、俺達爆弾魔探しているわけよ。捕まえたら感謝されまくってウハウハよ!そしてあわよくばお金貰えるかもしれないし!」

「遠野さん、この野獣(ばか)のいうことなんか無視して構いませんからね?いくら恋人でも悪いことは悪いと言わなきゃ付け上がりますよ」

「動機はどうあれ、街の平和につながるしいいと思うけどね」

「恋は盲目とはこのことなんだろうか……」

「おい店主、替え玉何時まで待たせるんだよ?これ以上待たせるようならけ○あな確定な?」

 

 遠野の無理のある好意的解釈に呆れる木村達の横で、一向に来ない替え玉に苛立ちを隠せない野獣が、店主に怒鳴る。

 そういえば、先ほどから店主が動いていない。野獣の声にも反応を示さない。麺を茹でていた鍋からは沸騰した水が噴き出しているし、手に持った湯切り網からはぼたぼたとお湯がまな板の上に垂れている。流石に遊矢も不審に思い、声をかけてみるが、店主からの反応はない。ずっとこちらに背を向けたまま、微動だにしない。

 その時、柚子がこんなことを言いだした。

 

「ちょっと待って……なんか、カチカチ音がしない?」

「音?」

 

 柚子に言われるがまま、遊矢達は耳を澄ませる。すると、お湯のぐつぐつと煮立っている音に混じって、カチカチという音がしている。時計の針の音なんかじゃない。屋台に備え付けられているのはデジタル時計だからだ。

 ――音は、店主の頭部から発せられている。

 

「いい加減にしろよクソハゲ野郎!いくら常連の俺だからって堪忍袋の緒が切れるってもんだぜ⁉ 何とか言えよこの野郎が!」

「野獣、やめるんだゾ……」

 

 ここで、とうとうしびれを切らした野獣がカウンター越しに身を乗り出し、店主の肩を強く掴んだ。そして、そのまま店主を強引に振り向かせる。

 こちらに向いた店主の顔を見て、一同は愕然とした。

 その顔には、生気も理性も感じられなかった。黒目があらぬ方向を向き、口からはよだれが垂れている。そして何よりも目立ったのは、その額。店主の額には、小さなデジタルタイマーのようなものが埋め込まれるようにして存在していた。そして、その液晶に表示されているカウントは“3”。あまりの異様さに静まり返る一同の前で、タイマーのカウントが“2”を経て“1”になる。その時になって、ようやくある考えが頭に浮かんだ。

 ――このカウントは何なのだ?ゼロになった時に何が起こるというのだ?

 わからないが、兎に角ここを離れなくてはいけない。膨れ上がる原因不明の恐怖心が、そう言っていた。

 

「田所先輩危ない!」

 

 カウントがゼロになる。それと同時に、いち早く正気に戻った遠野が、野獣の肩を強く引っ張る。

 瞬間、爆炎を伴いながら、店主の頭が風船のように破裂した。

 バガアアアアアアアアアンッ!!と大きな音を立てながら、ラーメン屋の屋台が木っ端みじんに砕け散り、生じた爆炎が暖簾に引火したりガスボンベを破損させながら、さらに大きく激しいものへと進化していく。爆風に煽られて吹っ飛び、ビルの壁に叩きつけられる遊矢達。熱風と壁に挟まれ、口から赤い液体が漏れ出しているのが感じる。

 そんな遊矢達の目の前で、たちまち都会の片隅に豪勢なキャンプファイヤーが出来上がっていった。

 

「が……な、なんだよこれっ!」

「店主さんが爆発した……⁉ 」

 

 和気藹々とした雰囲気も、今の出完全に吹き飛んでしまった。一体何が起きたのか、理解が追い付かない。ただ一つ確実にわかっていることは、ラーメン屋台の店主が目の前で殺されたということだけであった。

 遊矢達と同様に吹っ飛ばされた三浦は、さっきと変わらない呆けた顔で火に包まれた屋台を眺めていた。そして、なんとも呑気な感想を一言。

 

「秋吉先生の正拳突きより痛いゾ~」

「そんなこと言っている場合じゃあないですよ三浦さん……これはいったい何なんですかね?」

「さあ?最近の屋台ってすごいサービス精神豊富なんだな~俺すっごいびっくりしたゾ~」

 

 駄目だこの馬鹿坊主、状況何にもわかっちゃいない。予想通りの馬鹿っぷりに、木村と遠野はあきれてものも言えなかった。こいつに何言っても無駄だ。なんせ図体だけでかい子供のようなものなのだから。そこに年長者としての威厳なんて見出すなんて不可能なのだから。

 そんなことよりも、野獣はどうなったのだろうか。木村はあたりを見渡す。すると、野獣は近くのゴミ箱に尻から嵌っているのが発見された。身体には熱々のラーメンスープがぶっかかっており、服は生ごみとラーメンで汚れていた。その姿を見て、遊矢は思わず顔をしかめる。木村に至っては、無事な野獣の姿を見て露骨に嫌そうな顔をしている。

 

「なんだ生きてたのか、心配して損した」

「おい木村あ!先輩に向かってそれはねえだろうが!」

「木村さんはなんであそこまで田所さんを嫌っているんですか?」

「あの人我儘で下品でドケチだからね……多くの人が先輩に恨み抱いてるんだよね」

 

 それを遠野から聞いて、よくそんな奴と交際続けられるなあと感心する遊矢。全く好きになる要素がないのだが、一体遠野は野獣のどこを見て恋人関係にまで至ったのか不思議でならなかった。

 その時、野獣の視界の片隅で、誰かが動くのが見えた。

 沸点の低い野獣は、即座に判断した。その人物はは何か知っていると。

 

「あ、待てこら!お前かこれやったの⁉ テメエが爆弾魔か⁉ こんなことしてタダで済むと思ってんのか⁉ 」

「田所先輩、危ないですって!やめましょうよ!」

 

 言いがかりに近い流れだったが、殺されかけて怒り心頭の野獣には関係ない。とにかくこの怒りをどこかにぶつけねば気が済まなかった。その場から逃げるようにして立ち去ってゆく影を追い、路地の奥へと飛び込んでゆく野獣。それを心配して後を追う遠野と木村。三浦のほうは状況が読み込めていないのか、先ほどからずっと燃え上がる屋台を呆けた顔で眺めている。

 

「ど、どうするのよ遊矢」

「……なんとなくだけど、あの人ほっといたらマズい気がする」

「それって爆弾魔の方?それともあの土気色のホモの方?」

「どっちもだよ」

 

 出会いも最悪、印象も最悪だけど、放っておくのは目覚めが悪い。理由はそれだけで充分だった。

 兎に角この場を離れよう。遊矢と柚子は、その場で呆けている三浦を引きずりながら、野獣たちの後を追うのであった。

 

 


 

 PM8:40

 

 ギフトメイカー達は、とあるビルの屋上に集合していた。

 すでに日は落ち、空には星々が、眼下では街明かりが灯り始めている。まるで今現在、いくつもの騒動が並行して進行中であることなど歯牙にもかけていないかのように、不気味で非情なまでに、この街は平常運転であった。

 レドとリイラは、どことなく生暖かい夜風に当たりながら、屋上から夜の街を見下ろしていた。

 

「5月だってのにひどく蒸すなあ……流石大都会だ」

「早く帰ってエアコンの効いた部屋でゴロゴロしたーい。汗は乙女の天敵なのよ?」

 

 階段に通じるドアが開け放たれ、レイラを担いだバルジと、彼に付き従うガングニールオリジオンがやって来た。バルジは、レイラを床に寝かせると、どこからか何本ものコードが伸びるヘルメット状の装置を取り出しては彼女の頭に取りつけ、コードを持っていたノートパソコンに接続する。そして、パソコンの画面を眺めながら、面倒くさそうにぼやく。

 

「あーあ、こりゃオーバーホール必要かもなあ」

「……そいつ、また壊れた?」

「ああそうだよ。しかも今回は外的要因による故障だ。まさかアイツにあんな力があるなんてな……」

「アイツって?」

「そりゃあ、アクロスに金魚の糞みてえに引っ付いてる女だよ……ええと、名前なんて言ったっけ?転生者ですらないモブキャラの名前なんていちいち覚えてらんねえんだよなあ……」

 

 バルジはそう言いながら、パソコンのキーボードをカタカタと叩き始めた。

 目の前で年頃の少女が心身ともにいじくりまわされる光景を眺めながら、レドは横にいたリイラに問いかける。

 

「一応姉だろ?あいつにいじくりまわされてて何とも思わないのか?」

「別に。無能な姉を持ってしまって恥ずかしいったらありゃしませんわ。昔から空気も読めない堅物でしたからねえ……そんなんだからいつまでもオリジオンに覚醒させてもらえないのよ」

「ふっ、恐ろしいほどに冷酷だね」

「ギフトメイカーに身内の情なんか期待するだけ無駄よ……レドだってそれは承知の上でしょ?」

 

 姉と妹。そこに身内の情はなかった。

 元々レイラは、望んでギフトメイカーになったわけではない。彼女は、居なくなったリイラの行方を追う過程でギフトメイカーに辿り着いた。そして、ギフトメイカーに下った妹を取り換えそうと必死になっていたが、ギフトメイカー側はそれを疎ましく思い、レイラをリンチした挙句バルジの技術で洗脳を施し、人間としての尊厳を極限まで破壊しながら都合のいい玩具としてこれまでこき使ってきたのだ。

 リイラは望んでギフトメイカーに下ったのだから、姉のことは鬱陶しいゴミとしか思っていなかった。レイラの思いは今もなお踏みにじられ続けている。そして、それを知りながら助けようとする者はいない。そこに救いはない。

 なんとも悪辣な光景だろうか。そして、それを実際にやってしまったバルジの悪趣味っぷりには、レドは内心辟易していた。だが、そんな感情を共有する相手はいない。今もレドの心の中に巣くったままだ。

 そんなことを考えていたレドだったが、ふいに、屋上の扉が乱暴に開け放たれる音で彼は現実に引き戻される。扉の方を見ると、険しい顔をした壮年の男性――ティーダがやってきていた。

 

「はあ……来たよ」

 

 レドはティーダの顔を見るなり、露骨にげんなりした表情になる。それに気づいたティーダは、無言でつかつかとレドの元まで歩み寄り――その頬を思いきり引っ叩いた。

 

「――っ!」

 

 ビンタを喰らったレドは、頬を赤く腫らしながらティーダを睨みつける。叩かれた箇所が熱を持ち、じんじんと痛みを発していたが、そんなことはどうでもよかった。ティーダは。そんなレドの反抗的な態度が癪に障ったのか、続けて数発、レドの頬を引っ叩く。

 

「おめおめと敗走なぞしおって……やる気あるのか?」

「なんも仕事してねえ癖に一丁前に叱ってんじゃあねえよクソ親父。」

「俺は仮面ライダーを殺せと言ったはずだ。仕事のできない部下を叱責するのは上司の役目だ」

「働かない怠け者についてくる奴なんかいねえよ。本気で誰かの上に立とうとするなら自分から動けよ」

 

 レドのその言い草にキレたのか、ティーダは手刀をレドの首筋目掛けて振り下ろす。レドはそれを難なくよけ、手刀は彼の背後にあった屋上のフェンスにぶち当たる。手刀の当たったフェンスは、ガシャンと大きな音を立てて、まるで刃物か何かで切り裂かれたようにボロボロになっていた。

 続けてティーダはレドを殴ろうとするが、背後から何者かがティーダの腕をつかんでそれを止める。キッと振り返りながら睨みつけると、そこには笠原がいた。相変わらずの鉄面皮だが、目だけはティーダの言動に呆れかえっているのが、サングラス越しでもわかった。

 

「久しぶりに顔を見せたと思ったが……何のつもりだ?」

「おお怖い……貴方のその短気っぷり、改善した方がいいんじゃないですか?そのせいで何人のメンバーが死んだとお思いで?皆知らないだろうから言いますけど、人的資源は有限なんです。もっと丁重に扱うべきではないでしょうか?」

「命令通りに動かない奴を人材というほど俺は甘くない」

 

 ティーダはそう言いながら笠原の手を振りほどくと、屋上の隅で縮こまっているリザードンオリジオン――火吹と、ガンズオリジオン――半崎平一のほうに近づいていくと、レドと同じようにビンタをする。血を吐きながら床に倒れ伏す2人に、ティーダの罵倒が容赦なく浴びせられる。

 

「お前らもだ!何のために貴様らを転生させ、オリジオンに覚醒させたと思っている?俺は慈善事業でこんなことをしてるんじゃあない。貴様らに求められているのは、俺の命令を果たすことだけ。それができないようであるならば、命を以てその代償を支払ってもらうことも辞さないが……どうだ?」

 

 その言葉に2人は何も言い返せなかった。否、言い返す勇気、気力すらなかった。彼らはオリジオンに覚醒させてもらった際に、ティーダの力の一端を垣間見ている。その時に植え付けられた恐怖が、2人を完全に支配しているのだ。

 ティーダは放心状態にある半崎と火吹を放置し、泡不やガングニールオリジオンのいるほうを向くと、彼女たちに対しても罵声を浴びせ始める。

 

「ギフトメイカーだのリバイブ・フォースだのと銘うっているが、貴様らも同類だ。仕事のできない能無しに居場所も価値もない。切り捨てられたくなければ、必死に働け。それが社会というモノだ」

 

 ティーダの発した価値のないという発言に反応したのは、半崎だった。彼は、わなわなと震えながら、狼狽えるようにティーダに縋りつく。

 

「お、俺が無価値だと……⁉ 俺が無価値……んなのは嫌だ!折角転生したのに、ここでも無能扱いかよ……!」

「なら結果を出せば済む話だ。せいぜい頑張るのだな」

「がッ……」

 

 ティーダはそう言いながら自身に縋りついてくる半崎を蹴とばすと、空中にジッパーで転移ゲートを生成すると、その中へと消えていった。ジッパーが完全に消えたのを確認すると、リイラがわかりやすくため息をついた。その様子からすると、これがティーダの平常運転であるようで、彼女はだいぶ辟易している模様。

 リイラは、屋上に座り込んでいるレドにハンカチを手渡しながら、ティーダの癇癪に愚痴をこぼす。

 

「今日のティーダ、やたらと機嫌悪かったわね。ほら、大丈夫なの?」

「……殴られるのは慣れてる。それにしても、僕達の話すらまともに聞かないなんてな」

 

 そう。ティーダはレド達の話に耳を傾けようとするそぶりすら見せなかった。新たなライダー・ユナイトのこと。謎の力に目覚めた諸星唯のこと。更に言えば、2度に渡って邪魔をしてきた少女騎士・セラのことさえも未だに話していないのだ。社会のあれこれについて語る癖に、肝心の彼自身がその基本たる報連相ができていないのだから、レド達からすればとんだお笑い種だった。

 ティーダが傍若無人にふるまっている中、ずっとレイラの“再調整”をしていたバルジは、そんなティーダの醜態を嘲笑う。仮にもギフトメイカーのリーダーだというのに、ティーダには人望なんてものがなかった。

 

「相変わらずおっかねえなあティーダの奴。今どきあんな言い方じゃあ誰もついてこないってのに」

 

 彼はそう言うと、パソコンの電源を切り、放心状態になっている半崎と火吹の元へと歩いてゆく。レイラの調整は済んだらしい。

 

「その分俺様は優しいぜ?ただ不出来な部下を叱るだけじゃなく、手助けまでしてやるんだからな」

「手助け……?」

「おう。俺様がお前を強くしてやるから感謝しとけ」

 

 バルジは不気味に笑いながら火吹と半崎の肩に手を回すと、2人を半ば強引に連れて、ティーダの出ていった扉から屋上を後にした。

 

「では私も。仕込みがありますので」

「アタシも行くわ!あのおっさんなんもしねえ癖に偉そうだしパワハラするしでマジ空気悪い!戦闘になったら呼んでね~☆」

「ウウウウウ……」

 

 笠原も泡不もガングニールも、各々の理由で屋上から姿を消す。後には、レドとリイラだけが残された。レドは、リイラから借りたハンカチを押し付けるようにして彼女に返すと、口元の血を手で拭いながら歩き出す。

 

「どこ行くの?」

「リベンジマッチだ。流石にあれじゃあ消化不良すぎる。足手纏いがいなきゃもっと痛めつけられたってのに」

「へえ……ねえ、私も連れていきなさいよ。最近引きこもりっぱなしで暇だったから、久々に暴れたいのよね」

「勝手にしなよ」

 

 そう言いながらも、レドはリイラの同行を止めはしなかった。彼女の実力はティーダに迫るものがあることを、彼は知っている。彼女ならば、火吹のように足手纏いにはならないはずだ。それに、丁度先ほどのティーダの罵倒にイラついていたところだ。

 つまるところ、ストレス解消。自分よりさらに格下の存在を蹂躙することで、レドは腹の内にたまったそれを解消しようとしている。

 

「サンドバッグぐらいにはなってくれよ、仮面ライダー」

 

 その声は、胸の内に抱えた苛立ちと、自分が負けるはずがないという自信に満ち溢れていた。

 


 

 PM7:53

 

 オリジオンから逃げていたら、AMOREエージェントの一団と出くわした湖森とトモリ。彼女らは、彼らと共に近くの個室制の焼き鳥屋に集まっていた。この店は飲み会などにうってつけのようで、本日も大学生やサラリーマンの集団があちこちで騒がしくしていた。

 そんな中で、焼き鳥をほおばりながら、御手洗倫吾は湖森達にAMOREについて説明する。

 

「AMOREっていうのはねえ、平たく言うと……警察みたいな感じっす。悪いことしてる転生者を捕まえて、更生させる」

「へえ~そうなんだ~」

 

 きっと男の子だったらすごい興奮するのだろうが、湖森は女の子。倫吾から説明を聞かされても、いまいちパッとせず、適当に生返事で済ませるだけであった。トモリの方はというと、名前は知っていたらしく、実在していたことに驚いている様子。

 

「転生者の知り合いから冗談半分に聞いていたけど、実在したんだ……」

「まあ基本秘密組織だからな……ったく、なんでそうベラベラ喋るんだ阿保倫吾(アホップル)

「酷いっすねえ下澤さん!」

 

 守秘義務もへったくれもない社会人失格の倫吾に呆れているのは、全身包帯男こと下澤巻密(しもさわまきみつ)。その横では、20歳くらいでありながら魔法少女コスに身を包んだイタい女性・池映寧理(いけうつしねいり)が、でっかいビールジョッキに並々と注がれたビールを浴びるように飲んでいる。倫吾の話によると今は仕事中とのことなのだが、いいのだろうか?

 まるで知らないサークルの新歓に無理矢理参加させられたような居心地の悪さがトモリを襲う。でもお腹はすいているので、甘んじて焼き鳥は食べるのであった。人間も生き物であるがゆえに、生理的欲求には逆らえないのだ。 

 トモリは隣の湖森に泣きつく。成人女性が女子中学生に泣きつくとか恥ずかしくないのだろうか?

 

「どうしよう……ねえ湖森ちゃん、ほんとどうしたらいいと思う?」

「いやネギマ頬張りながら訊いてる時点で全然真剣じゃないですよね?」

「ねえ、瞬くんに連絡できないの?私着信拒否されてるからできないんだよね」

「駄目、お兄ちゃんのスマホにつながらない」

 

 トモリの着信拒否は自業自得じゃないのか?と思いながらも、湖森は先ほどから何度も瞬のスマホに電話をかけてはいるものの、一向につながらない。念のため唯にも電話をかけてはいるが、そちらも出ない。東京のど真ん中で電話がつながらないはずがない。オリジオンと戦っている中でスマホがぶっ壊れでもしたのだろうか?

 

「困ったなあ……他の皆の電話番号知らないしなあ……どうしたらいいんだろう」

「そんな時はあ~飲めばいいのさあ~!」

「うわ酒臭っ!近寄らないでよ気持ち悪い!てか私中学生だから飲めないし!」

「寧理やめんか!ったく、貴様の酒癖の悪さは筋金入りだな……」

 

 べろんべろんに酔った成人済み魔法少女こと寧理が湖森にダルがらみしてきたが、隣に座っていたボディペイントパンイチ野郎こと古峰諭太(ふるみねろんた)が彼女の頭に拳骨を叩き込んで静止させる。非常識極まりない見た目とは裏腹の酷い常識人っぷりに、湖森は見ているだけで頭がおかしくなりそうだった。彼女の脳内は、もうやだこの変態集団から解放されたい、という思いでいっぱいだった。

 寧理と古峰から距離を取るように、湖森はトモリと身を寄せ合う。そこに、向かいに座っていた、右半分がバニースーツ、左半分がチャイナドレスという、控えめに言って頭おかしい服装をしている美女・着半藤殊宮(きはんふじことみや)が、警戒心バリバリの湖森に問いかけてきた。

 

「ねえ、あなたたちを襲ったオリジオンはどこに行ったかわかるかしら?」

「……と、言われましてもねえ……無我夢中で逃げていたから、どこに行ったのやら。唯ちゃんたちの方を追っかけていったんだろうけど、あれから大分時間がたっているし、居場所なんて見当もつかないなあ……」

「それもそうっすよねぇ……それにしても、今回の仕事マジでキツすぎないっすか?」

「うむ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……なんか話聞いただけでも怪しさ満載なんだけど?」

 

 この人を捕えてください。ただしその理由は伏せられている。

 こんなの、どう見たって怪しい。素人目から見てもそれは明らかだ。こういう時は、大抵何かしら裏があるというのが鉄板だ。

 

「そうねえ……でもまあ、上の考えることなんか、一介の転生者であるあたしたちには理解できないわよ」

「そ~そ~、私らは命令通り転生者と戦って捕まえるだけ……現場作業員なんてそんなもんよ~」

 

 思考放棄に走っている殊宮と寧理の様子を見て、社畜ってこういう人たちを指すんだろうなあと子どもながらに悟ってしまう湖森。それはある意味で楽なのだろうが、危険な道でもあるのだ。それをこの人達はわかっているのだろうか?

 その時、倫吾のスマホから着信音が鳴りだす。

 

「あ、ごめんなさい。ちょいと上からの連絡っす。ここで話すのもあれなんで席外しますね」

 

 そういって倫吾はスマホを片手に席を立ち、店の外に出ていったが、守秘義務違反してるくせに今更こそこそと電話する意味があるのだろうか。

 湖森とトモリは、小さな声で囁き合う。

 

「マジでどうしよう……」

「私でもわかる。この人たち、私達をどうにかするつもりだよ」

 

 素人目でもわかる。彼らは湖森達を解放する気がないのだと。理由はわからないが、倫吾達は湖森達の身柄をなにかに利用するつもりなのかもしれない。だいたい、いきなり悪い転生者を退治する警察組織なんて言われても信じられるわけがない。見た目からして不審者まみれの奴らを馬鹿正直に信じられるほど、湖森もトモリもお人よしではないのだ。

 しかし、か弱い女性2人だけで、これだけの大人数から逃げられるはずもなく。個室焼き鳥屋という環境も、彼女達にとって逆風となっている。人数差・周囲の環境・土地勘の無さエトセトラ……ともかく、様々な要因が積み重なり、2人を追い詰めているのだ。

 

「お願いだから……誰か助けてください……」

 

 ともかく今の2人には、窓越しにそう祈るしか道はなかった。

 


 

PM8:54

 

「はあっ……くそっ……」

 

 無束灰司は、身体を引きずりながらミラーワールドから這い出てきた。

 振り返ると、鏡越しにドラグブラッカーが吠えている。果たして、上手く撒けたのだろうか。裁場の実力は灰司よりも上だった。戦場に立ち続けてきたキャリアの差が、実力差となってこの結果を招いた。だが、灰司は立ち止まっていられないのだ。

 懐から取り出した注射器に収められたAMORE謹製栄養剤を乱雑に体内にぶち込みながら、灰司はふらふらと狭い路地を彷徨い歩く。

 

「ほんと、余計なんだよ……どいつもこいつも……」

 

 灰司の頭の中は、バルジへの憎悪と、今更になって出しゃばってきた裁場への憤りでいっぱいだった。なぜあそこで邪魔をする?役立たずの癖になぜ今になって救うなどふざけたことをぬかせるのだ?もう彼の役目は終わっているのだ。今更、裁場誠一という人間のに与えられる役割なんてものはないのだ。それがなぜわからない?

 思い通りにならない現実と、それをどうにかするだけの力がない自分の無力さに苛立ちながらも、灰司は歩を進める。とにかく、立ち止まっていたくなかった。そうしなければ、バルジを逃しそうだし、裁場にまた止められるかもしれないからだ。

 ふらふらと歩き続けた灰司は、いつの間にか路地を抜けていた。

 その時だった。

 

「あぶない!」

「っ!」

 

 その声に反応して、灰司は即座に後ろに跳んだ。急な運動で身体のあちこちが悲鳴をあげるかのように痛みを発するが、そんなことはどうでもよかった。

 振り返ると、先ほどまで灰司の居た場所には、黒いバイクが一台止まっていた。どうやら人身事故一歩手前だったようだ。しかし、AMOREのエースエージェントであるはずの灰司が、何故バイクに轢かれかけたのであろうか。いくら負傷しているといえど、接近するバイクに気づかないはずがないのだ。

 理由は簡単。なぜなら、そのバイクはエンジン音が全くしていなかったことに加え、無灯火だったからだ。

 そして、バイクの乗り手――首無しライダーは、満身創痍の灰司を見るなり、バイクを降りて心配そうに駆け寄ってきた。

 

『大丈夫か?なんか酷い怪我だが……』

「おー誰かと思えばこの間の転生者狩りさんだ~」

「なっお前は……!」

 

 首無しライダー――セルティの後ろから顔を出したのは、霧崎律刃であった。

 前にあった時は、別段悪事を働いているわけでもなかったので見逃したのだが、どういう風の吹き回しか、今回の剣の重要参考人になってしまっている転生者の少女。バルジを追うことも大事だが、灰司もAMOREのエージェント。仕事はしっかりとこなさなければならない。

 

『知り合いなのか?』

「まあ、うん」

「霧崎律刃……お前がなぜ事件に巻き込まれている?」

「わかんないんだよね。いつも通りわるいことしてるひとを切り刻んでただけだよ?」

 

 とぼけたように律刃はそう答える。まるで、自身に心当たりも悪気もないことで親に叱られた子供のように、そんな無責任な無邪気さがそこにはあった。

 

「それよりも首無しライダーさん。目的地ってここなんだよね?」

『ああ、そうなんだが……それにしても、この荒れようは一体……?』

「あ…………?」

 

 セルティは律刃に言われて、後ろを振り返る。

 そこは、一見すると廃病院のように見えた。都会のど真ん中にこれほど立派な廃虚が残っていたことも意外だったが、その荒れようは端的に言って異様であった。全体的にひどく焼け焦げたように煤けており、そのうえから何かが引っ掻いたような跡が随所についている。2階部分は、異常なまでにきれいに球状に抉れており、そこからみえる内部は、真っ白いカビで覆われている。

 一体ここで何があったのかうかがい知ることができない程に、この建物はちぐはぐな荒れ方をしていた。その異様な光景に、灰司も圧倒されていた。

 ここを最終目的地に設定した、依頼人の思惑はいったい何なのか。ここまで狙われるような荷物を運ばせた理由はいったい何なのか。セルティには、依頼人に問いただしたいことがたくさんある。基本的に依頼人のプライバシーは尊重するのだが、依頼がきっかけで、今日一日だけで何度も変な騒動に巻き込まれたのだから、そのあたりの弁解ぐらいは欲しいものだ。

 そんな思いを抱きながら、セルティは目の前の廃虚を見上げる。

 

 

 

 

 

 彼らは知る由もないが。

 一連の事件の発端は、すぐそこにある。

 

 

 

 




ラーメン屋要素すくねえじゃねえか!

というのはさておき。
今回はギフトメイカー側の描写を多くしました。
向こうも向こうで一枚岩ではないのです。ティーダはパワハラするし、バルジはクソだし、レイラは玩具だしで労働環境最悪すぎだろ……トジテンドとどっこいどっこいです。

AMORE側は変態ばっかです。
意識して出オチ感満載の色物キャラばかりを出しました。こんなんが後輩とか灰司くん相当苦労しただろうなあ……(他人事)。何人かネームドキャラは出たのですが、ぶっちゃけると別に彼らのことは覚えなくて大丈夫です。安心してください。また、湖森ちゃんについては、HSDD編以降はモブキャラ同然の扱いになっていたので、今回はこのようなかたちで巻き込まれていただきました。病み上がりだというのに大変そうだなあ。

そして登場した仮面ライダーブレイド。
ラウズカードの組み合わせは自由自在ですので、調子に乗ってオリジナル必殺技を出させていただきました。
瞬との対話は次回に持ち越しです。瞬サイドが大所帯過ぎるのが悪いんですよ!

そして、今回瞬くんはアクロスに変身していないです。これまでは一応主役ライダーとして、一話に一回は変身させようと心掛けてはいたのですが、そこまで書けませんでした。
まだまだ書き足りないのですが、このあたりで区切った方がいいと思うので、いつもの半分ほどの文量ですが、ここで区切ります。ではまた次のお話でお会いしましょう。では。





ひさびさにオリジオン紹介は無しです。期待してた人はごめん。



次回 PM8:10/引力で結ばれたクソッたれな関係


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第28話 PM8:10/引力で結ばれたクソッたれな関係

池袋編その5です。
今回と次の話は多分戦闘メインにはならないと思います。池袋編の折り返し地点として、2話ほど用いて前半戦の振り返りと後半へ向けた全体の雰囲気のシフトチェンジをやっていくお話です。

前回のあらすじ
・ユナイト出陣!
・明かされる灰司の過去
・唯ちゃんがなんか覚醒する
・レジェンドライダー・ブレイド見参!
・湖森ちゃん、AMOREの変態集団と出会ってしまう


サイド間でけっこう目まぐるしく同行メンバーが変わって混乱していると思いますので、ここで冒頭時点での同行メンバーをまとめます。


●瞬サイド
瞬・唯・志村・アラタ・大鳳・山風・セラ・ハル・キンジ・アリア・剣崎

●湖森サイド
湖森・トモリ・倫吾他AMOREの変態達多数

●野獣サイド
野獣・木村・三浦・遠野・遊矢・柚子

●セルティサイド
セルティ・律刃・灰司

●単独行動組
裁場・ボマー

●ギフトメイカーサイド
レド・バルジ・ガングニール・泡不・レイラ・火吹・半崎


 

 

 

 PM8:10 露西亜寿司店内

 

 池袋のとある場所にある寿司屋。

 名前の通りロシア人が経営する寿司屋とのことで、物珍しさ半分で入店した瞬達。今いるメンバーの大半が寿司なんて未体験ということで、みんな揃って目を輝かせていた。なお瞬とアラタはというと、カウンター寿司って高いんだよね?高校生の金銭的にはめっちゃ不安なんだけどなあ……と半分憂鬱な気持になっているのだが。

 とりあえずテーブル席に座り、お茶(あがり)でもいただきながら、状況と情報を整理することにした。とにかく今日はいろんなことが起きすぎていて皆混乱気味なのだ。

 

「うわっ…………⁉ 」

 

 店の前で客引きをしていたデカい黒人にもびっくりしたのだが、入店してからもびっくりした。店の入り口に一番近いカウンター席に、マスクと帽子とサングラスでこれでもかというほどに顔を隠し、分厚いロングコートを着た人物が座っていたのだ。こんなにコテコテに怪しい風貌の人間をこれまでに見たことがあっただろうか?

 しかしながら、その人物は無言でカウンター席に座っているだけ。関わり合いになりたくなくてスルーしているのかは定かではないが、板前も普通に接客しているし、他の客も気にしていない。瞬達もなるべく触れないでおこうと思い、そのまま店の奥に進んだ。

 席に着くなり、唯はセラの顔をまじまじと見つめはじめた。顔に息がかかりそうな距離まで顔を近づけ、舐めるように観察する。なんかふたりの背後にキマシタワーがうっすらと建ちかけている気がするが、あれは幻覚と思いたい。

 

「う~ん」

「な、なんだ。私の顔をまじまじと見て」

「不思議だなあ……なんでか知らないけど、実質的に初めて会ったはずなのに他人のような気がしないんだよなあ……もしかして生き別れの姉妹だったりする?」

 

 やはり、瞬の感じている違和感は、唯自身も感じているらしい。まあ本人はいたって呑気なもんで、生き別れの姉妹(仮)の登場に喜んでいる様子を見ていると、真剣に悩んでいるのが馬鹿らしく思えてくる。なんだかすごく無駄なことで悩んでいる感が半端ないのだ。

 顔をひっこめた唯は、あらぬ妄想に没頭し始める。セラは首を横に振りながら、呆れたように言う。

 

「……どうだろうな。私は親の顔を知らないから何とも言えないな」

「てことはマジで姉妹だったりして!唯ちゃんがお姉さんでセラさんが妹でさ!」

「志村、ふざけたこと言わないで。真面目な話の最中なんだからさ」

「ええ……ぼく、まじめじゃないとおもわれてるの……?」

 

 調子に乗って変なことを言いだした志村は、山風にぴしゃりとキツイことを言われ、隅の方の席で縮こまって湯飲みに口をつける。

 閑話休題、くだらないおしゃべりはここまでにして、そろろそ本題に入るとしよう。丁度頼んでいた寿司もやって来たので、それをつまみながら会議がはじまった。

 

「これまでの状況を整理しようか」

「お願いします」

「お前も参加するんだよ」

 

 他人任せにしようとしていた唯が、瞬に諫められる。

 

「まず、セラ……だっけ?お前の見たことを話してくれないか?」

「ああ」

 

 瞬に言われて、セラは語り始めた。レイラ達に襲われる直前で、一般人であるはずの唯が謎の力を発揮してそれを防いだことと、その力を受けたレイラが“壊れてしまった”ことを。

 

「ギフトメイカー・バルジ……奴にとっては同じギフトメイカーですら玩具扱いか……」

「つまり……あのレイラも被害者だってことか」

 

 話を聞けば聞くほど、バルジの悪辣さだけが強まってゆく。これまで何人もの転生者を相手にしてきた瞬だが、比べ物にならない程に邪悪だ。

 そして、そんなバルジに洗脳されていたレイラ。これまで何度か彼女に殺されかけた瞬であるが、それが彼女の意思に反して行われたことと知った今は、敵意よりも憐憫を抱いていた。彼女もまた、バルジの被害者なのだ。

 

「だったらどうするんだ?助ける気じゃないだろうな?」

「……志村、お前の目には、さっき見たレイラがどんな風に映った?」

「え、僕に聞くの⁉ 」

 

 突然話を振られた志村は、自分に話が回ってくるとは思っておらず、心の準備ができずに戸惑ったが、1,2分ほどうんうんと唸りながら考えた挙句の果てに、ひとつの答えを出した。

 

「……とっても苦しんでたよ。初対面の僕から見ても可哀想なくらいに」

「そうか」

「え、まさかお前……あいつを助ける気じゃないよな?」

「助けるよ。それが唯からもらった、俺の正義だ」

「瞬……」

 

 例え殺し合った相手だったとしても、それが本人の望む者でないとするならば、瞬としては看過はできなかった。ビルドオリジオンの時もそうだった。彼は最終的に自ら変わろうとしていたのに、ギフトメイカーの意思で暴れさせられていた。あの時は助けられたのだ。今回も行けるはずだと、瞬は思っていた。

 しかしアラタは不服なようで、瞬に文句を言ってくる。

 

「アイツはギフトメイカーだぜ。そんなの助けたって……」

「そんなのは関係ないだろ。ヒーローが助ける人を選り好みをしちゃいけない。その人を本気で助けたいと思ったら、その気持ちを大事にするべきなんじゃないかな」

「剣崎さん……」

「先輩ライダーからのちょっとしたアドバイスさ」

 

 剣崎は微笑みながらそう言うと、熱い緑茶に口をつける。

 ヒーローとは、助けを求める人に手を差し伸べられる人の事。そこに貴賤はない。それをやってしまったら、それはもうヒーローとは言えないのだ。

 話を変えて、次は唯の謎の力とやらに踏み込んでみよう。しかしながら、瞬は半信半疑の様子。まあ信じられないのも無理はないかもしれない。

 

「で、唯。お前が変な力に目覚めたって言ってるけど……本当なのか?」

「いや~それが全然覚えてないんだよねえ。何があったのやら……セラ、本当に私がやったの?」

「やったな。思い切りやってた。あれは何だ、前々から使えていた……とかではないのか?」

「嫌、そんな筈はないね。私は生まれも育ちもごくごく普通のJKでっせ?あんな馬鹿恐ろしい能力を前々から持ってたら、今頃とっくにスーパーヒーローの仲間入りしてるね」

 

 冗談交じりに笑い、気丈にふるまう唯。彼女の言っていることが本当なのだとしたら、その原因はどこにあるのだろうか?血統か、それとも外的要因によるものなのか。とにかく今は分からないことだらけだ。なんせ本人が覚えていないのだから、他者にわかるわけがないのだ。

 しばらく考えたけど、先に志村がギブアップを宣言したので、皆がそれに同調する形で、この件は後回しにされてしまった。結構重要なことだと思うのだが、瞬達には他にも考えるべきことがあるのだ。

 

「この話は後回しにしない?考えるだけ無駄な気がする……」

「そう……だな。じゃあ話を変えて、当面の問題をおさらいしようか。まずは例の爆弾魔。志村たちが撮ってくれた奴の顔写真があったんで、そいつを元に調べたところ……奴の身元が分かった」

 

 キンジはそう言いながら、志村のスマホに保存されていた、ボマーオリジオンに変身した男の顔写真を表示させる。瞬はこういうのにあんまり詳しくないのでよくわからないのだが、こんな短時間で分かるものなんだろうか?

 

赤浦健一(あかうらけんいち)、25歳。機械工学に精通した若手の技術者だ。1年前まで仲間と共に小さな工場を営んでいたようだが、原因不明の火災により工場が全焼してからは他のメンバー共々消息不明になっている。都会のど真ん中で起きたから、結構大騒ぎになっていたんだ」

「あ、そういえばこの人の顔ニュースで見たかもしれない。けっこう大きな騒ぎになってたよね?」

「そうそう、池袋のど真ん中での火災だったから、すごい目立ってたのよね」

 

 大鳳達が赤浦の画像を見ながら頷いている。彼女ら曰く、連日報道されるくらいの大事件だったらしいのだが、瞬にはピンとこない。それほど大騒ぎになったのならば、普段ニュース番組を見ないような人でも知っているはず。おそらくこれは、次元統合によって生まれた歴史なのだ。故に瞬はそれを認識できていないのだ。

 しっくりこない様子の瞬と唯だったが、他の皆は気づいていない。キンジはスマホを操作して、言及した火災についてのネット記事を画面に表示する。そこには、赤浦の他に、二人の男女の顔写真も掲載されていた。ひとりは、額にサングラスを引っさげた青髪の男。もうひとりは、白衣を着た、血てきそうな雰囲気を漂わせる茶髪の女性だった。

 

「こっちが赤浦健一の同僚。相藤(あいとう)レイと青島慈愛(あおしまじあい)。彼らも火災事故以降消息不明となっている。思いっきり怪しくないか?」

「死んだ……とかじゃないの?」

「いや、焼け跡からは2人の死体は見つかってはいない。故に生死不明ってことらしい」

 

 皆が自分の知らない話題に突入している時の疎外感とは、なんとも居心地が悪い。折角の寿司も味気なく思えてしまう。瞬はそれをごまかすかのように、次の話題にうつる。兎に角、敵の素性が分かっただけでも一歩前進だ。

 

「次に湖森と……ついでにトモリのこと。多分、オリジオンから逃げてる途中で唯達とはぐれてしまったんだろう。電話は繋がらない。どうしたらいいんだろうなあ……」

「そりゃあ……しらみつぶしに?」

「アホか唯。そんなんで見つかりゃ苦労せんわ」

「だよね……湖森ちゃん、危険な目にあってなきゃいいけどさあ……」

 

 瞬と唯は、湖森の顔を思い浮かべる。仮面ライダーになってからは、色々と苦労を掛けてしまっている。今日は湖森の全快記念の遠出だったのにも関わらず、三度巻き込んでしまったこと。それと、怪我のせいですぐには助けに行けない今の現状が、非常に腹立たしく思えてくる。

 その屈辱を少しでも紛らわそうと、次の問題にうつる。黙り込んでいると、ますます自己嫌悪に陥りそうだ。

 

「3つ目は、さっきの武偵のオリジオン。次はいつ襲ってくるかわかったもんじゃない……いつも通り、話通じなさそうな感じだったしなあ」

「……普段お前らはどんな生活送ってるんだ?」

 

 キンジが呆れたように言うが、話の通じない相手と毎日のようにドンパチやってる生活を望む奴がどこにいるというのだ。瞬だって望んで戦っているわけじゃない。できれば戦いたくはないのだが、オリジオンによって傷つけられている人を守るために必死に戦っているのだ。

 続けて瞬は何か言おうとしたが、ふと言いよどんでしまう。

 果たして、これを伝えるべきなのだろうか。短い間とはいえ、一緒に過ごした友人の秘密を、勝手に暴露していいのだろうか。きっと彼は望まないだろう。だが、ショックが大きくなる前に伝えてしまった方がいいのかもしれない。

 瞬は意を決して、カミングアウトした。

 

「それに裁場誠一……仮面ライダーユナイトと、転生者狩り……灰司のこと」

 

 この場にいるものの中では、瞬以外は知らなかった、ふたりのライダーの素性。それを明かした。

 真横でそれを聞いていたアラタは、素っ頓狂な声をあげて困惑する。

 

「え、何言ってんだよ……え、灰司が転生者狩り?てかユナイトって何?」

「灰司は転生者狩り……仮面ライダーだった。俺も知ったのはついさっきだったけどな」

「マジで言ってんのかそれ……目立たない奴だと思ったら、そんな裏の顔があったのかよ……」

 

 驚きすぎて若干放心気味になっているアラタ。しかし、瞬だって驚いているのだ。これまでちょくちょく戦場で顔を合わせていた転生者狩りの正体が、こんなに身近にいたのだから無理もないだろう。おまけに本人は、ユナイトと戦いを始めて以降音沙汰無し。今頃、灰司はいったいどこで何をしているのだろうか。

 そして裁場誠一――仮面ライダーユナイトの存在。彼がなぜクロスドライバーを持っているのか、そしてどういう目的で仮面ライダーとして戦っているのかが謎である以上、安直に彼を信用していいのか、疑問符が残る。

 しかし、瞬は彼らともう一度会うべきだと思った。わからないのなら、本人から聞けばいい。ろくに話もしないで、その人を理解できるはずがないのだから。

 

「そして、もう一人のクロスドライバーの持ち主、裁場誠一。あの人が敵か味方がわからないけど……とにかく俺は、もう一度あの2人に会って話をしなきゃいけないと思う。」

「私たちが道草食っている間にそんなビックイベントが起きていたなんて……九瀬川ハル、一生の不覚なり……お詫びとして着ているスク水を自ら切り刻んで……」

「それ切腹のつもりなの?てか今日も着てきてたの?」

「何よそれ、変態?」

「アリアさんもきっと似合うと思うんですけどね」

「お断りよ!」

 

 泣きながらシャツを捲り上げるハル。その下には、紺色のスクール水着がてかてかと輝いていた。ご丁寧に名前の記入された白いゼッケンも貼られている。あれインナー見せてるんじゃなくてスクール水着だったのかと驚く一方で、ハルの変態っぷりに一同ドン引きしていた。おまけにアリアにスク水薦める始末。なんか向こうは今にも銃を抜きそうになっているが大丈夫なんだろうか。

 これまでの重苦しい雰囲気とは一変し、なんか一気に騒がしくなった。ハルを落ち着かせながら、山風が問いかける。

 

「で、どうするの?帰る気……は、皆なさそうだね……」

「まあ無視して帰るにしては、深入りしすぎた感があるよなあ……」

「あんたたちと一緒に進んでいけば、あたしたちが追っている爆弾魔にも辿り着けるってことでいいのよね?」

「かち合う可能性は十二分にあるかもね」

 

 てんでバラバラな始まりだったが、行き着く先はだいたい同じ。

 瞬は寿司をもう一貫食べると、おもむろに席を立つ。

 

「ん、どこ行くんだ?」

「トイレだっての」

 

 そうかい、とそっけなく返すと、アラタは再び談笑に戻っていった。

 瞬は若干にぎやかな店内から外れ、静かなトイレに向かう。途中だった。

 

「…………さっき、赤浦健一と言ったな?」

「⁉ 」

 

 突然に、後ろから声をかけられた。

 驚いて振り返ると、そこには、先ほど店の入り口付近にいた怪しい風貌の人物が立っていた。まるで瞬の退路を断つかのように。

 それよりも、今コイツは赤浦健一の名前を発した。先ほどの会話を聞いていたのかと思ったが、瞬達のいた席は店のかなり奥の方だし、声のボリュームは絞っていた。他の客の話し声も加味すると、この不審者の席からは瞬達の会話内容を聞き取るのは、よっぽど耳に自信がないと困難なはずなのだ。

 それとも、コイツは赤浦が起こしている事件に何らなの形で関与していたりするのだろうか?目の前の人物の風貌の怪しさが、どんどん瞬の警戒心を増幅させてゆく。

 

「アンタ……何者だ……?まさか奴の仲間じゃ……」

「いや、俺はどちらかというと被害者……否、標的に近い」

 

 コイツは何を言っているのだ?

 瞬が不審者の発言の意図を汲み取れずに首をかしげていると、彼(?)は瞬の肩にぽんと手を置いて、こう言った。

 

「君たちがなぜ赤浦を追っているのかは知らないが、一応忠告しておく。これ以上はやめておけ」

「忠告だって……?」

「これは俺と奴の問題だし、真っ当な解決手段なんてない。たぶん、俺とアイツのどちらかが死なないと終わらない」

「結局のところ、何が言いたいんだ……?」

「他人の喧嘩に横やり入れんな死にてえのか馬鹿野郎、ってことだよ」

 

 不審者は、冷ややかな声でそう言った。

 何が何でも自分が終わらせる。そんな固い決意の込められた冷たさだった。

 が、そうは言っても簡単にはいそうですかとは言えない。

 

「いきなりなんなんだよアンタは……そんなことを初対面の怪しい奴に言われても信じられない」

「それは至極真っ当な意見だ。だがな……この件に関しては本当に君たちは部外者なんだ。単純な正義感で介入されたら余計こじれて、俺と奴の喧嘩どころじゃすまなくなる。それは俺も君たちも望まないはずだ。だから手を引いてほしい。俺だって、これ以上ことを大きくしたくない」

「だったら素性くらい名乗ってもいいんじゃないのか?それとも、明かせない理由があるのか?」

「……俺は追う側でもあり追われる側でもあるからな。すまないが俺から言えるのはここまでだ」

 

 そう言うと、その不審者は勝手口から店を出ようとする。

 ドアノブを捻りながら、瞬に向かって一言、こう言った。

 

「安心しろ、代金なら既に支払った後だ」

 

 いや無銭飲食の疑い晴らしても不審者なのは変わらないし、そもそも追われている癖にすさまじく怪しい恰好で寿司食いに来るとかいう悪目立ちやるとか馬鹿なのかとか色々と言ってやりたかったが、彼(?)の言うことがどうも納得いかない瞬は、その人物を呼び止めようとする。

 急に出てきといて引っ込んでろと言われ、言われたとおりに引っ込む奴も納得できる奴もいない。どう考えても、ここまで巻き込まれた奴に対して言うことじゃない。それに瞬は、ボマーオリジオンの被害に2回も合い、その脅威を身に染みて理解しているからこそ、ボマーオリジオンを放置してはいけない存在であると認識している。目の前の人物は、自分とボマーの問題だから自分でなんとかすると言っているが、それまでにでる被害を考慮すると、瞬としてはどうしても引き下がれない。

 

「やっぱり俺は、あんたの言うことは何一つ納得できない!あいつは放置すればどんどん――」

「危ない!」

 

 瞬が怒鳴るのと同時に、不審者がそう叫びながら、瞬を突き飛ばした。

 すると、どこからか目にもとまらぬ速さで一本の剣が飛んできて、ドアを通過してその向こうの壁に突き刺さった。あまりにも早すぎて、突き刺さった音すらも置き去りにするものだった。

 瞬が突き刺さった剣に呆気に取られていると、どこからか聞き覚えのある声が飛んできた。

 

節制(Temperance)の剣を躱すとは……流石、無力ながらも転生者というべきですか」

 

 そう言いながら、路地の果ての闇から姿を現したのは、黒いコートを着た眼鏡の男だった。眼鏡越しに此方を覗いている、人を人として見ていない様な冷たい目をしたその男を、瞬は知っている。

 ギフトメイカー直属の精鋭転生者であるリバイブ・フォースのひとり、タロットオリジオン。舞網で交戦したその男が、再び瞬の前に現れていた。

 

「見つけましたよ……こんなところに隠れていたのですか」

「な、お前は……!」

「では改めまして自己紹介を。私はリバイブ・フォースが一人、二十鬼占(とつきほく)。またの名をタロットオリジオンと申します。以後お見知りおきを……そしてさようなら」

《KAKUSEI TALOT》

 

 二十鬼はお辞儀をすると、オリジオンとしての姿をあらわにする。身体のあちこちに浮かび上がるタロットカードの絵柄が彫られたレリーフ、右半分が骸骨、左半分が黄金の仮面に覆われている頭部。その姿はまぎれもなく、前に出会ったタロットオリジオンであった。

 タロットオリジオンは、手に持った杖を突きつけながら瞬に言い放つ。

 

「アクロス、再び合間見えましたね。ついでです、纏めて始末してしまいましょう」

「くそ……よりによってギフトメイカーが出てくるとは……」

「あんたを追っている奴らってギフトメイカーなのか⁉ てか転生者だったの⁉ 」

「そんなことよりもここから逃げるぞ!このままだとこの店がぶっ壊れかねない!」

 

 彼(?)の言葉に従い、瞬は開け放たれたままの勝手口から外へと飛び出した。不審者も瞬に続いて勝手口に飛び込む。その瞬間、先ほどまで瞬達の立っていた箇所が一瞬で円形に抉れた。音すらない破壊であった。

 向こうは完全に殺す気で来ている。それならばアクロスに変身して応戦するしかない。瞬はクロスドライバーを装着しながらタロットオリジオンに突進する。兎に角店にいる人達を巻き込まないように、タロットオリジオンをこの場から引き離す。

 

「邪魔です、(The Tower)!」

「え、あれ、え?」

 

 タロットオリジオンがそう叫ぶと、抑え込んでいた筈のタロットオリジオンの身体を、瞬がすり抜けてしまった。瞬は突然消え去った質量に困惑しながら、前のめりに倒れこむ。

 

「無意味です。貴方の行いはバベルの塔の如く、無駄に終わりました」

「いったい幾つ能力があるんだコイツ……!」

「そして、太陽(The Sun)の逆位置。貴方のすべてが停滞する」

「しまっ……」

 

 タロットオリジオンが不審者に手をかざしながらそう告げると、彼(?)の身体の動きがピタリと停止する。身動きを封じられてしまったのだ。タロットオリジオンは、壁に突き刺さった剣を引き抜くと、動けない不審者の胸元に突き立てようとする。

 その人物を死なせるわけにはいかないと、瞬は判断した。それは打算的な意味ではなく、純粋な正義感からくるもの。アクロスライドアーツを取り出してクロスドライバーに装填すると、タロットオリジオンに向かって体当たりを仕掛ながら変身する。

 

「変身!」

《CROSS OVER!仮面ライダーアクロス!》

「邪魔なんですよ!」

 

 タロットオリジオンは不審者に突き立てようとしていた剣を、突っ込んできたアクロスに向かって投げつけた。しかし、アクロスはそれを片手で打ち払い、真上に打ち上げる。これにはさすがのタロットオリジオンも驚いたようなそぶりを見せるが、アクロスは構わずに、剣を打ち払ったのとは反対側の拳でタロットオリジオンの脇腹をぶん殴る。

 タロットオリジオンがよろけると同時に、彼の能力が途切れ、不審者が解放される。

 そのままアクロスは、不審者を庇うようにタロットオリジオンの前に立ち、ツインズバスターを構える。

 

「前よりはマシになっていますね、貴方」

「そりゃああれから何度か戦ったからな。経験値溜まってんだよ」

「やはり貴方には我々の脅威となる素質がある……早急に始末するべきでしょう」

 

 タロットオリジオンはそう言いながら杖から幾つもの火球を生み出し、自身の周囲に旋回させる。その声には僅かながら、自身の手を煩わせる者への苛立ちのようなものがこもっているように聞こえた。

 アクロスは、背後にいる不審者の方を見る。兎に角彼はギフトメイカーから狙われており、赤浦健一について何かを知っている。情報源として、そもそも被害者として、助けないわけにはいかなかった。アクロスは彼(?)の手を引っ張りながら、タロットオリジオンのいる方とは逆方向に駆け出す、同時に、タロットオリジオンの周囲を回っていた火球が、一斉に彼らの後を追うように動き出す。

 

「逃がしません、貴方達を野放しにするわけにはいかないのです!」

「くそっ、迎撃するにしろ兎に角ここから離れた場所に行かないと!」

「それもそうだな!戦うにしてもここは狭いし目立つからな!」

 

 さあ、追いかけっこの始まりだ。

 

 

 

 

 

 

 ちなみにこの時。

 タロットオリジオンの火球から逃げながら、アクロスはこんなことを考えていた。

 

「やべ、これ無銭飲食にならないかな……」

 

 命のやり取りの最中とは思えない、何とも言えない悩み。しかしながら、仮面ライダーが犯罪行為とか笑えないのも事実。

 兎に角、他の皆が払ってくれていることを祈ろう。

 そう思いながら逃げるのであった。

 


 

 PM8:44 焼き鳥屋『健太焼』裏手

 

「…………」

 

 通話を切った御手洗倫吾は、呆然としていた。

 ダラダラと冷や汗が流れていることさえも気に止まらない程に、今の彼は困惑していた。

 

「そんなこと……できるわけないっすよ……何考えてんすか上は……」

 

 電話の相手は、AMOREの上層部からだった。倫吾の上司は、部下の些細な失敗を針小棒大に取り扱ったり、部下の手柄を自分の手柄のように自慢するような、世間一般でいう典型的なブラック上司なので、部下達から苦手意識を持たれている。故に倫吾も、気が乗らないながらも仕方なしに電話に応じだのだが、彼から告げられた命令に耳を疑った。

 ――あんなこと、できるわけがない。能力の問題ではなく、倫吾の中にある、人間として当たり前に持っている良識が、それを実行することを拒んでいる。上司としては尊敬できなくとも、世界を守る責務を負うにふさわしい一線というものを持っていた筈の上司が、本気で人間とは思えなくなった。

 困り果てた倫吾は、下澤巻密に相談することにした。チームメンバーの中では一番の古株である彼ならば、きっと自分の意見に賛同してくれるだろうと思いながらの行動だったのだ。彼をメールで店の外に呼び出し、事情を話す。

 しかし、彼は倫吾の期待を見事に裏切った。

 

「それが俺達の仕事ならやるしかないんじゃないか?俺達下っ端が何言っても無駄だよ」

「で、でもこんなの……明らかにおかしいっすよね⁉ AMOREは正義の組織じゃなかったんすか⁉ 」

「AMOREの目的は多次元の秩序維持だ。そのためならなんだってする……オリエンテーションの時からそう言われていた筈だぞ」

 

 揺らいでゆく。

 自分の抱いていたものが、音を立てて崩れ始めてゆくのが分かる。

 

「お前がやらないってんなら俺達がやる。そんなんだからお前はいつまでも下っ端なんだ」

「…………………………………………」

 

 そう言い残すと、巻密は店内へと戻っていった。

 倫吾は何も言えなかった。

 

「そ、そうだ……灰司先輩に電話を……!」

 

 思い出したかのように、彼はスマホを取り出して灰司に電話をかけた。

 倫吾は、灰司にはAMORE入隊時から世話になっており、人一倍彼のことを尊敬している。実力と実績を併せ持つエースエージェントとして、AMORE内では憧れの的であった。そんな灰司ならなんとかしてくれるかもしれないという淡い希望を抱きながら、今か今かと電話がつながるその時を待つ。

 しかし、その行動はあまりにも遅すぎた。

 ガシャンと、店内から大きな音がした。

 

「……………………」

 

 嫌な予感がする。

 倫吾は、冷や汗を全身から吹き出しながら店の方を振り返る。スマホを落としたことに気づかない程に、彼は動揺していた。なんとなくついてしまっている予想がはずれていることを願いながら、彼は個室に戻る。そうだ、あんなことできるわけがない。今も店内では皆が和気藹々とやっているはずなんだから。そうであってほしい。そう思いながら、倫吾は戻る。

 だが。

 その希望はすぐに葬り去られた。

 

「え……」

 

 席に戻った彼が見たのは、死んだように眠る湖森とトモリ、そして、彼女たちを取り囲むようにして某立ちしている同僚たちの姿であった。先ほどまでの和気藹々とした雰囲気はどこにもない。店内の他のボックス席では、いつもと変わらない賑やかさが存在していることが、余計にこの場の異様さを強めているように思えた。

 うわ言のように「え?」とつぶやきながら、倫吾は湖森やトモリの肩をゆする。死んではいないようだが、彼女たちは目覚めない。2人が殺されたわけでもないことに内心安堵しながらも、震える口で同僚たちに問いかける。

 

「なに、やってんすか」

 

 その問いかけに答えるものは居ない。皆、無言で湖森達を見下ろしている。

 

「あんなふざけた指令を……ほんとにやっちゃったんすか……?嘘っすよね?」

 

 縋りつくように何度も問いかける倫吾だったが、誰も答えない。しかし、倫吾も察していた。この沈黙は肯定の意であると。自身の問いかけは、それを補強しているだけに過ぎないと。

 ばっと後ろを振り返る。そこには、冷ややかな表情を浮かべた巻密が立っている。

 

「嘘であってくれよ……こんなの、あんまりっすよ」

 

 そう言った瞬間、倫吾は後頭部を思いきりぶん殴られて意識を手放した。

 

 

 

 思惑が、加速する。

 


 

 PM8:48

 

 ミラーワールドから抜け出した裁場は、武偵としての仕事をこなしながら灰司の行方を追っていた。仕事とは無論、爆弾魔――ボマーオリジオンの捜索だ。

 彼の手によって、今日だけで5人が死んだ。昼間のビル爆破事件はかなりの騒ぎとなったが、それとは裏腹に、死者はたったひとりだけであった。同時刻のアパート爆破事件も、玄関前にいたバーテン服の男が軽傷を負っただけで死者は爆発源の部屋の住人ひとりだけ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そして、この世界の住人たちは気づいていない、被害者たちの本当の素性を、裁場は知っていた。

 

「やはり、狙われているのはAMOREの元隊員……それも、あの事件の関係者として疑われていた人物ばかりだ」

 

 ではなぜ、わざわざ爆殺という目立つ方法でやるのだ?彼の転生特典を駆使すれば、ビル火災を起こすほどの爆発を起こさずとも、ターゲットだけを爆殺することができるはずなのだ。まるで、誰かにわざわざ見せつけているかのようだ。

 ――()()()()()

 

「ん、あれは……」

 

 思考する裁場だったが、ふいに、視界の果てに見知った顔を見かけた。

 何かから逃げるように、路地から飛び出してきたそれを、裁場は知っている。

 

「アクロス……いや、逢瀬瞬……何をしているんだ?」

 


 

 PM8:56  廃虚前交差点

 

 目の前にそびえたつ廃虚を見上げながら、セルティは待っていた。

 ここが、依頼の際に提示されていた最終ポイント。託されたブツをここまで持ってくることが、彼女に課せられた依頼であった。少し前に、依頼者から“近くまで来ているからもう少し待ってくれ”と言われたので、こうして待っているのだ。

 彼女から少しばかり離れたところでは、律刃と灰司が地面に座り込んでいた。

 

「帰りなよ、キミは関係ないはずだよね?」

「お前を見張っているんだ。組織が何を考えてんのかは知らねえが、お前を見張っていればおのずとそれがわかる」

「ふーん、キミって変に真面目なんだね……でもそれは建前。ほんとはまだ傷が癒えていないだけ、そうでしょう?よかったらわたしたちがなんとかするけど?」

「余計悪化しそうだからナシだ。お前の転生特典はだいたいわかっているからな」

 

 そう毒づきながら、灰司は目の前の廃虚を見上げる。

 律刃の言っていることは事実だった。今はまだ万全ではない。悔しいが、バルジを確実に殺すためには体力を回復しなければならない。故に、灰司はここにとどまっている。

 そして、セルティ達からもらった情報をまとめ終えた灰司は、口を開いた。

 

「……お前らの話を総合するに、お前らの持っているナニカ……それをギフトメイカーとAMOREの双方が狙っているようだ」

「キミもAMOREなんでしょ?その辺は知らないの?」

「俺に下った指令じゃないから知らん」

『転生者、か。誠に信じがたい話だ……遊馬崎あたりだったら羨ましがるんだろうけども』

 

 情報をまとめる過程で転生者について知らされたセルティは半信半疑だったが、そもそも自分がデュラハンの癖に今更輪廻転生を否定するのもなあとも思っていた。自分含めてオカルティックなものをいくつか目の当たりにしているのだから。

 話を聞く限り、彼女達はギフトメイカーだけでなく、AMOREにも追われている。恐らく今朝出会った際に倫吾達が従事していたのも、その任務の一環だろう。

 

(どこだ?どこに中心核がある?)

 

 事件の中核がいまだにわからない。どこか遠くにあるような気がしてならない。

 身体中にとめどなくはしり続ける痛みを忘れてしまうくらいに思索にふけっていた灰司だったが、そこに、此方に近づいてくる。一つの足音が耳に入る。

 灰司が反応するよりも早く、律刃が手に持っていた彫刻刀を一本、足音のする方に向かって投げた。ギラリと刃を光らせながら飛んでいくそれは、闇の中から現れたひとつの手によって受け止められる。その手は、キャッチした彫刻刀を鬱陶しそうにその場に投げ捨てると、闇の中からぬっと手を伸ばし、手の主の姿を灰司達の元へと晒す。

 

「見つけたぜ……」

「あなたは昨日の爆弾魔さん……また殺し合う?」

 

 そこから現れたのは、ボマーオリジオンだった。

 彼は律刃の方を見るなり、手のひらから火花をバチバチと走らせながら彼女を睨みつける。

 

「お前のせいで予定が狂った。だからお前からブツを取り返した後にたっぷりといたぶることにした」

「わたしたちとしては特にあなたに恨みつらみはないんだけど……おかあさんの望みなら殺すよ」

 

 両者は相対する。そこに、セルティも灰司も、介入の余地はなかった。

 

「待てや爆弾魔ぁ!人殺しかけといて逃げるとか人間の屑がこの野郎……!」

「先輩マズいですよ⁉ あれどうみてもまともじゃないですから!」

 

 そこに、何とも不快な甲高い怒号が飛んできた。ボマーオリジオンが、自身の走ってきた方を振り返ると、茶色いステハゲと馬鹿面坊主がこちらに向かって走ってきていた。

 ラーメン屋の屋台での犯行で巻き込まれた野獣たちが追い付いてきた。特に一番危ない目にあった野獣は怒り心頭のようで、遠野が心配して静止するのも聞かずに、握りこぶしを携え、三浦と共にボマーオリジオンに突っ込んでいこうとする。

 

「三浦先輩行きますよーイクイク!ホラホラッシュだ!」

「迫真空手奥義、ぶち込んでやるぜ」

 

 そして、思いきり地面を蹴って跳躍し、挟み撃ちになるように着地すると、野獣と三浦はボマーオリジオンに向かってパンチのラッシュを仕掛けた。

 

「ホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラアッ!」

「チラチラチラチラチラチラチラチラチラチラチラチラチラチラチラチラチラチラチラチラチラチラチラチラチラチラチラチラチラチラチラチラチラチラチラチラチラチラチラチラチラチラチラチラアッ!」

 

 どこぞの幽波紋使い達の様な掛け声を上げながら、目にもとまらぬ速度でパンチを繰り出してゆくステハゲと坊主。これこそ迫真空手の奥義のひとつ・ホラホラッシュである。鍛え上げられたそのパンチは、一発一発が音を置き去りにするほどの速さをもつ。その臭さと凄みに、遠野は圧倒され、追い付いてきた遊矢と柚子は理解に苦しんだ。

 しかし、毎秒数十発もののパンチをもろに喰らっているというのに、ボマーオリジオンはびくともしていない。ラッシュが始まって3秒くらいたって、流石に野獣と三浦も危険なものを感じたようだ。しかし、それはあまりにも遅すぎた。ボマーオリジオンは片手を軽く薙ぎ払うだけで、野獣と三浦もホラホラッシュを中断させ、ふたりの胴体をがら空きにした。

 そして、非常に苛立ったような声でこう言った。

 

「ホモ共のお遊戯会に付き合っている暇はない……本物のラッシュってのはなあ、こうするんだっ!」

「ヌッ⁉ 」

「あっ……」

『そこの二人、危ない!』

 

 野獣と三浦は慌てて身構えるが、ぎりぎり間に合わない。次の瞬間、ボマーオリジオンはホラホラッシュを凌駕するスピードでラッシュを繰り出した。いくらホモといえども生身の人間とオリジオンとでは、基礎ステータスの時点で圧倒的な差異がある。ボマーオリジオンの強烈なラッシュをもろに喰らった野獣たちは、バレーボールのシュートの如き勢いで地面にたたきつけられた。

 ぴくぴくと痙攣している野獣たちに、木村たちが慌てて駆け寄る。いくら嫌いな先輩といえども、さすがにこの状況ではそうは言っていられないのだろう。

 

「ふたりともしっかりしてください!」

「迫真空手が……通じない……だと……」

「アーイキソ……」

 

 絶望したような顔をしながら、野獣と三浦は気を失った。

 邪魔者を無力化したボマーオリジオンは、再び律刃の方に向かって歩き始める。

 

『お前が何を考えているのかは知らないが、その子に手を出すなら――』

 

 セルティが身構える。

 そこに、またしても乱入者が現れた。

 

「しぶといですね。ですがこれはどうでしょう?」

「同じ手を二度も喰らうかっての!」

 

 アクロスがタロットオリジオンと戦いながら此方に転がり込んできた。

 ツインズバスターでタロットオリジオンの剣と鍔迫り合いを繰り広げながら、アクロスはボマーオリジオンと律刃の間に割って入ってゆく。その最中、瞬はいくつかの見知った顔の存在に気づいた。

 

「遊矢、灰司⁉ なんでここに……」

「そういう瞬こそ、なんで……てかこれ、どういう状況……?」

 

 その疑問に答え得る者はいない。この場にいる全員が、無軌道な邂逅の連鎖の果てに、ここにたどり着いただけに過ぎないのだから。

 

「感動の再開のところ悪いのですが、死ね!」

「うわっ⁉ 」

 

 何が起きているのかわからずに立ち尽くす空手部の面々の前で、タロットオリジオンの火球をツインズバスターで弾き飛ばしていくアクロスだったが、タロットオリジオンは電撃を纏った杖をアクロスに向かって投げつけてその身体を大きく吹き飛ばし、変身解除に追い込む。

 クロスドライバーが身体から離れ、灰司の足元まで転がってゆく。変身解除された瞬は、ごろごろと転がりながら、停めてあったセルティのバイクに激突する。

 タロットオリジオンは地面に落ちた杖を拾い、瞬に追撃をしようとする。しかし、

 

「それっ♪」

 

 律刃がタロットオリジオンの首筋目掛けて彫刻刀を投げつけた。だが、その彫刻刀は首に刺さる直前でタロットオリジオンにキャッチされてしまう。

 

「ごめんね。おかあさん、随分と正義感とか強い人だからさ。あなたみたいな人は許せないんだ」

「ほう、転生者の身でありながらギフトメイカーに逆らうのですか。なんとも愚かな」

 

 そう言うとタロットオリジオンはキャッチした彫刻刀を一枚のタロットカードに変化させると、それを律刃に向かって投げた。律刃は隠し持っていたカッターナイフでそれを切ってしまおうとするが、タロットカードはカッターナイフの刃をすり抜け、律刃の腹部に深々と突き刺さった。黒いシャツが血で赤く染まり、律刃はその場に膝をつく。

 小さな口から少量の血を吐き出しながら、律刃は刺さったカードを乱雑に引き抜いて投げ捨てる。そのタロットカードに書かれていたのは「愚者(The Fool)」。まるで律刃のことを馬鹿にするようなチョイスであった。

 そこに、背後からボマーオリジオンが飛び掛かってくる。すかさず律刃は振り向いて反撃するが、負傷により反応が遅れ、その頬にボマーの一撃を喰らい、地面に倒れる。それと同時に、彼女の短パンのポケットから何かが転がり落ちる。それは、少し前にセルティに見せた、チップのようなものが入った透明なケースだった。ボマーオリジオンはそれに気づくと瞬時にその手を伸ばし、ケースを回収する。

 

「あ、しまった」

「貰ったぜ……!返してもらったぜ!」

 

 そう言いながら、ボマーオリジオンは律刃を蹴とばした。幼い少女の身体が、血をまき散らしながら瞬の目の前まで転がっていく。瞬は腹を押さえてうずくまる律刃に手を伸ばそうとするが、そこに、タロットオリジオンが真上から攻撃を仕掛けてきた。

 

「アクロス、その裏切り者の転生者共々死になさい」

 

 タロットオリジオンと共に、何本もの氷の刃が瞬と律刃に向かって降り注ぐ。変身する暇も、避ける暇もない。瞬にできるのは、律刃の肉壁となることのみ。瞬は意を決して、目の前の少女の肉壁になろうとする。

 しかし、突如として瞬に向かって降り注がれるはずだった氷の刃が、空中で砕け散った。その音を訊いて瞬がばっと真上を見上げると、降ってくるはずだった氷の刃が次々と砕かれていった。一体何が起きているのかと困惑する瞬だったが、即座に我に返る。

 十数本の氷の刃が同時に襲ってくるならば回避は不可能だが、タロットオリジオンの手にある一本だけならばまだなんとかなる。そう判断した瞬は、律刃を抱き寄せながら、上から降ってきたタロットオリジオンの身体を軽く手で押して、その落下軌道を僅かにずらす。瞬めがけて落下攻撃を仕掛けたはずのタロットオリジオンは、僅かに逸れて瞬の真横に着地する。

 

「誰です、我々に仇なす者は!」

「俺だ」

 

 その声と同時に、タロットオリジオンの顔面に光弾が撃ち込まれた。

 光弾と声が飛んできた方を、瞬は見る。そこに立っていたのは。

 

「間に合ったようだな」

「裁場、さん……」

 

 裁場誠一だった。紆余曲折あって、彼もここにたどり着いたのだ。

 裁場は、フュージョンマグナムの銃口を構えながら此方に近づいてくる。しかし、ボマーオリジオンはお構いなしに瞬に向かって飛び掛かってくる。

 

「はああああああああああああああっ!」

「っぶねえ!」

 

 ボマーオリジオンは勢いよく拳を突き出す。瞬は咄嗟に頭をひっこめてそれを躱すが、ボマーオリジオンの狙いは瞬の首ではない。正確にはその背後、セルティの乗ってきたバイクの荷台に括りつけられた依頼物。括りつけていた紐を引きちぎりながらそれを手元に引き寄せると、バリバリと外装のバッグを破いてゆく。

 その作業の傍ら、ボマーオリジオンは手のひらから極小の手榴弾のようなものを生成すると、瞬とタロットオリジオンがやって来た方――息をひそめながら事態を静観していた不審者目掛けてそれを投げた。

 

「…………!」

 

 瞬間、その人物は爆炎に包まれた。

 ビー玉サイズの爆弾が引き起こした爆発は、瞬く間に人間一人を軽く焼き殺すほどの熱量へと変化する。不審者は、火に包まれたコートや帽子を咄嗟に脱ぎ捨てることで、炎が全身に燃え広がるのを回避する。そして、燃え上がる炎の向こう側から、どこか気だるげそうな、だけど芯が確かにあるような、そんな声がする。

 

「相変わらずっ……やることが過激だなお前……」

 

 コートが焼け焦げ、ボロボロの白衣が現れる。つけていたサングラスとマスクが落ちる。

 コートの下から現れたのは、額にサングラスをひっさげ、青い髪をした、190cmはありそうなほどの長身の男だった。露になったその顔を見て、ボマーオリジオンは歓喜の声をあげた。待ち焦がれていたものがようやく目の前に現れた時のような、クリスマスプレゼントを目の前にした子供のような、そんな無邪気さのこもった声だった。

 瞬はその男の顔に見覚えがあった。なんせついさっき顔写真を見せられたのだから。

 青髪の男に睨まれながら、ボマーオリジオンはその男の名前を呟く。忌々しさと歓喜が入り混じった、まるで空気を震わすかのような声だった。

 

()()()()()()()()()……」

「最悪だな、赤浦……テメエとこんなに早く再開する羽目になるなんてな……」

 

 青髪の男――相藤レイと、変身を解いたボマーオリジオン――赤浦健一は、互いに睨み合う。

 

「この場所が何か、お前は知っているか?」

「知っているもなにも……ここが、俺達の居場所だった……!お前がぶち壊した、俺達のすべてが詰まった場所だ!」

「一つ付け加えるのを忘れてるぜ?ここは、俺と彼女の愛の巣になるはずだった場所だ」

「…………まだそんなこと言ってやがんのか?」

「なるね!お前はわざわざ俺のためにアイツをここまで運んできてくれたんだろう⁉ 既にこの廃虚にあったブツは俺が手に入れている。だから、ピースは揃ったんだ」

 

 そう言いながら、赤浦はバッグを引きちぎってその中身を引っ張り出す。中には、銀色のアタッシュケースが納められていた。赤浦はアタッシュケースについていたテンキーに、迷うことなく4桁の数字を打ち込み、その封を開ける。

 その中身を見て、赤浦とレイ以外の全員が絶句した。

 

「なんだよ……それ……」

 

 その中に入っていたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 どういうことだ?これは一体なんだ?なんでこのタイミングでこんなものが出てくるのだ?

 瞬もセルティも裁場も灰司も遊矢も木村も律刃も、わけがわからなかった。

 それは、酷く綺麗だった。眠っているかのように安らかな表情をした少女の頭部。間接ごとに分解された腕と足。透き通るような白い肌を見せる胴体。天使の輪を思わせる、頭部についた金属の輪。防腐処理などでは到底不可能な清潔さに、誰もがこう思った。

 

『こいつは……人間じゃ、生き物じゃない』

 

 勢いよくアタッシュケースが開かれた衝撃で、少女の二の腕が一本、セルティの足元まで転がっていく。セルティはそれを拾い上げる。そして気づいた。

 こいつは冷たい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。もっと無機物めいたものだ。

 つまり、これは死体ではなくて――

 

「そうさ。そいつは死体じゃない。彼女は俺達が作り上げた最新鋭のアンドロイドなんだからな」

 

 答え合わせのように、赤浦はそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女こそが、今回の事件の発端。

 ひとつの夢の結晶が招いた、愛の暴走。

 

 

 

 

 

 ここから語られるのは、その前日譚(プロローグ)だ。




ようやく池袋編の本題に入れました。
最後に出た彼女こそが、今回の騒動の発端になります。




そしてとうとう登場、今回の事件の最重要人物、相藤レイ。
実は彼は僕が小学生の頃に考えたキャラになります。いろいろと設定をアクロスナイズしながらも、なるべくそのまんま持ってきています。
まさかこいつとこんなに長い付き合いになるとは思わなんだ……そしてこの作品にも出す羽目になるとは……ある意味愛されてるんでしょうかねえ。


書いてて思ったけど、行き当たりばったりで書いてた弊害が出まくってますね……今度からは気を付けなければ。



次回はボマーオリジオンの動機に踏み込んだお話です。
多分回想メインになります。

次回 PM9:02/望まれて生まれた生命


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第29話 PM9:02/望まれて生まれた生命

池袋編その5
と言ってもほぼ回想です。書き溜めしていたので早めに投稿しました。

事件の発端が明かされます。
こーゆー話書くの初めてだけど、これも練習です。がんばるぞ~

サイド間でけっこう目まぐるしく同行メンバーが変わって混乱していると思いますので、ここで冒頭時点での同行メンバーをまとめます。

●瞬サイド
瞬・野獣・木村・三浦・遠野・遊矢・柚子・セルティ・律刃・灰司・裁場・ボマー・レイ・タロット

●唯サイド
唯・志村・アラタ・大鳳・山風・セラ・ハル・キンジ・アリア・剣崎


●湖森サイド
湖森・トモリ・倫吾他AMOREの変態達多数


●ギフトメイカーサイド
レド・バルジ・ガングニール・泡不・レイラ・火吹・半崎



 

 

 

10年前

 

 

 とある昼下がりの高校の教室にて、少年と少女が語り合っていた。

 少年の名は相藤レイ。頭の良さに自信があるだけで、人並みに笑い、人並みに悲しむことのできる、普通の少年だ。彼は、目の前の少女に対して、自身の夢を熱く語っていた。

 

「人型ロボットを作りたい?」

「そうそう!誰もが一度は憧れるもんじゃあないのか?」

「馬鹿なこと言わないで。どれだけの人がそれに挑み、諦めてきたと思っているのよ?」

「ええ~?折角転生したんだからさあ、なんかでっかいこと成し遂げたいじゃん」

「それならハーレムでも作ってなさいよ」

「すでに皆やった後だってーの!めぼしい美少女はみんな他の転生者が取っていったの、お前も見ていただろうが」

「まあその前に貴方の性格じゃどんな女の子でも寄ってこないわよ。せいぜいわたしみたいなもの好きぐらいが関の山。わかっているでしょう?」

 

 相藤レイの必死のプレゼンテーションを、冷めた態度でいなす少女。彼女の名は青島慈愛。幼いころから頭脳明晰であるがゆえに、周囲を冷めた目でしか見ることのできない哀れな少女。そして、後ろの席で2人の会話をずっと聞いていた少年が、ここにきて口をはさんできた。彼の名は赤浦健一。どこか拗ねた雰囲気の、どちらかというと陰気な部類の人間だ。

 3人は転生者だった。人生半ばで不幸にもその生涯を終えた彼らは、何の因果か、こうして第2の青春を謳歌していた。他にもたくさんの転生者がいたが、その大半は原作キャラと繋がりを持ちたがり、気に食わない原作キャラを虐めたり、転生者同士で殺し合ったりと、かなり殺伐とした人生を歩んでいたが、レイ達はそんなことには興味はなかったので、のらりくらりと躱しながら、普通の人間と同じような生活を送っていた。

 そして、前世の知識というアドバンテージを多少生かしながらも、基本的には自分の力で努力して名門高校に進学した彼らは、こうして夢について熱く語り合っていた。

 

「お前らさっきから何話してんだ?人型ロボット?」

「三人寄れば文殊の知恵と言うじゃないか。俺達の頭脳を合わせればきっといける!俺はそう信じている!」

「船頭多くして船山に上るとも言うぞ。そうならなきゃいいがな」

「ああもう、赤浦!お前はどうしていつもそうなんだ?お前みたいにさ、現代人ってのはロマンってのがないんだよ!」

「ああ?」

「……でも、面白そうね」

「正気か慈愛、コイツの世迷言に乗る気かよ?」

「折角第二の人生を得たのに、なにも残さずに人生終えたら意味ないじゃない。他の奴らのように、原作キャラ(だれか)から奪うような生き方じゃなくて、何かを生み出して残す。そんな生き方をわたしはしたいの」

「そうそう、その方が建設的だ。」

「……お前らだけじゃ心配だしな。俺も乗ってやるよ」

「そう言うと思ったぜ!じゃあ早速始めよう。なんせ果て無い道のりだ。さっさと始めねえと――」

 


 

 ――3人の夢は、そうして始まった。

 3人は、それぞれ違った形の天才であった。赤浦健一は機械工学、青島慈愛は人工知能の、相藤レイは突出した箇所は無いものの、幅広いオールラウンダーな天才として、互いの得意分野を駆使して、彼女を作り上げた。最初はレイに半ば強引に巻き込まれた他の2人だったが、夢を追い続けるうちにいつしか本気になっており、熱意が暴走して無茶苦茶なアイデアをレイに提示しては、彼を困らせることも多々あった。

 そして、同じ夢を追い続けてから、7年の月日がたった。彼らの夢がこの世界に形を以て産み落とされたその日のことを、レイは今でも鮮明に思い出せる。彼女の歩き出したその日を、彼は生涯忘れることはない。

 

「できたぜ……最終調整完了だ。あとは実際に動かしてみてからでないと微調整は難しいな」

「人格データのインストール、無事に完了よ。あとは電源を入れるだけよ」

「そうか……ついにお前が動くんだな」

 

 眼の下に隈を作りながら、レイは歓喜の声を上げる。

 彼らの目の前には、夢の結晶が座らされている。肩まで伸びる銀髪に、生気を感じない美しい寝顔。天使の輪のように浮かんでいるリング状の精査機構(マルチレーダー)。人間のものとは思えないくらいにきめ細かな白い肌。長めのサイドテールへと整えられた銀色の髪。背中には折り畳み式の飛行機構(フロートシステム)。ノースリーブのシャツとプリーツスカートを履かされた“彼女”は、起動の時を待っていた。

 レイは、唾をごくりと呑み込みながら、(うなじ)の電源スイッチ入れた。起動音なんてものはない。ただ、ゆっくりと“彼女”の瞼が開いた。

 

「ここは何処ですか?」

「お、問題なく動いてるじゃねーか」

 

 そんな第一声と共に、作業台の上に座らされていた彼女は目を覚ました。身体を手に入れて、最初に目にしたのは、笑顔で此方を覗き込んでくるレイの顔だった。

 レイは作業用として付けていたゴーグルを外しながら、少し考える。そして、考えた後に言った。

 

「ここは……そうだな、お前を作った研究室だ。俺達がお前を作った……いわば親みたいなもんだな」

「ちょっと、なに親面してるのよ?精神(ソフトウェア)面作ったの私よ?」

「それを言うなら身体(ハード)作ったの俺だぜ?」

「だあーうるせえ!お前らの変態仕様をちゃんと稼働可能なレベルに調整したのは誰だと思ってんだ⁉ 4徹させられるこっちの身になれよ!」

 

 彼女そっちのけで、科学者同士が物理で殴り合いを始めやがった。大の大人が子供じみた剣かを繰り広げるさまを、生まれたばかりの“彼女”はじーっと見ていた。無駄に瞳を輝かせながら。生まれたばかりの“彼女”にとっては、目に映るすべてのものが新鮮に見えるのだろうが、レイ達の喧嘩は見せるべきではないと思う。間違いない。

 しばらくの間、三人はやいのやいのと言い合いを繰り広げていたが、自分たちに向けられる、あまりにも無垢な目線にいたたまれなくなったのか、慈愛が停戦を申し出た。

 

「きょ、教育に悪いからやめましょう」

「そうだな……あの純粋な目で見られたら叶わんよ……うん」

「すまないな……見苦しいものを見せちまって」

「滑稽でした」

「「「鼻で笑われてるー⁉ 」」」

 

 早くも鼻で笑われた3人。彼女が最初に学んだことがこんなんでいいのだろうか。幸先が思いやられるとはこういうことだろうか。

 兎に角形だけの停戦協定を結びおえると、慈愛は次の課題に手を出し始めた。

 それは非常に重要なものだった。

 

「名前……名前、何にしようかしら」

 

 名前だ。名前とは、人間が生まれた時に最初に貰う贈り物であり、概念を区別するための最重要事項。それに名前は基本的に一生モノだ。ゆえに、慎重に選ばなくてはならない。

 どういう名前が良いだろうか。どんな願いを乗せるべきか。どんな子になってほしいか。できればそれを盛り込んだ名前にしたいが、全然絞り込めない。慈愛はうんうんと悩みながら、部屋をうろうろとする。この世に一人、また新たな親バカがここに誕生していた。

 

「なまえ……なまえ……ああ全然決まらないいいいい!」

「それなら決まっている」

 

 彼女の名前決めに悩んでいる慈愛と対照的に、レイはすでに決めていたようだ。レイは“彼女”の肩に手を置くと、考えていた名前を伝える。

 それが“彼女”が最初に受け取った贈り物だった。

 

「イスタ。それがお前の名前だ」

「イスタ……それが、わたしの……」

「なるほど……今日は復活祭(Easter)。だからイスタ、か。レイにしてはいいネーミングじゃないの」

 

 別に、レイも身草も慈愛も十字教信徒ではないが、たまたまその日がそうだったから、そんな安直だけど、悪くはない名前が、彼女につけられた。

 

「ってなにが復活だよお前。復活も何も、コイツはいま生まれたばっかしだろうが」

「いいや、これは俺達の夢の結晶さ。誰もが子供の頃に考えたことあるような絵空事。みんなが大人になるときに捨てていったそれを拾ってくみ上げた、そんな夢を蘇らせたのが彼女だ。そう思った方がロマンあるだろ?」

「レイ、お前ほんとわけわかんねーこと言うよなあ」

 

 レイの意味不明な講釈に、赤浦は頭を抱える。レイとは長年の付き合いだが、これだけはいくらたっても理解できない。

 だが、レイにとっては、それでいいのだ。レイはイスタのことを、誰もがうち捨てた夢の跡から生まれた存在と定義した。誰にも理解されなくとも構わない。なぜなら、ロマンに理解は求められていないのだから。

 

「で、だれがおとうさんでだれがおかあさんになるか決めた?」

「決めなくていいだろ、俺達は俺達だ」

 

 慈愛の問いかけに、レイはあっけらかんとした顔でそう答える。

 そして、イスタに手を差し伸べながらこう言った。

 

「よろしくな、イスタ」

「…………はい」

 

 イスタは小さくうなずき、レイの手を取って握手をした。その時、慈愛には、イスタがわずかにほほ笑んだように見えた。まだ感情が希薄だというのにだ。

 こうして、少し変わった4人の共同生活が幕を開けた。

 


 

 イスタが生まれて半年がたった。

 彼女の学習能力は申し分なく、性能も上々。予想以上の結果を残していた。レイ達との日々を過ごす中で、イスタは多くのことを学んでいき、人間らしくなっていった。性能面でも、レイや赤浦がときどきはっちゃけながらも新機能を(ときどきはっちゃけながらも)追加した結果、当初の予定を遥かに上回る多機能性を手に入れていた。

 また、レイ達は転生者や異世界転移者相手に自家製の装備や便利グッズの製造販売を始めていた。元々イスタの開発資金を稼ぐために始めていたのだが、彼らの優秀さが転生者や転移者間で広まり、小規模ながらも優れた技術力を持つ技術者集団として認知されていたのだ。そしていつしか、それが食い扶持となっていた。

 そんなある日のこと。

 

「レイ、貴方また仕事サボってません?昨日も仕事赤浦さんに押し付けていましたよね?」

「サボってねえし、ちゃんとやってたし」

「馬鹿言うな。昨日の仕事はほとんど俺がやったんだよ。お前何してた?ただイスタの身体にべたべたと触っていただけじゃねえか。セクハラか?」

「セクハラじゃねえよ!イスタの機能チェックに決まってんだろ!設計者である俺が一番把握してなきゃいけねえってのに……これも赤浦、お前が勝手に変な機能追加するのが悪いんだろーが」

「は?俺の追加した熱光線が邪魔だってのか?」

「うちのイスタにそんな危険な行為させられっかよ。俺達は戦闘マシン作ってんじゃないの」

 

 サボって漫画雑誌を読みふけっていたことを咎められたレイが、赤浦と喧嘩を始めていた。これはよくあることで、働き者の赤浦と昼行灯なレイは兎に角意見が対立しやすいのだ。最初はイスタも必死に止めていたが、半年もすれば流石に慣れたのか、半ば適当に止めるようになっていった。

 

「あんまりだらけてばっかいると御仕置きですよ。ケツバットとロケットパンチで乳首ドリル、お好みなのをどうぞ」

「おい誰だイスタに乳首ドリルなんか伝授した奴!」

 

 なんか下品な言葉がイスタの口から飛び出したことについて、親心から心配の声をあげるレイ。しかし親の心子知らずとはよくいったもので、無情にもイスタの鉄槌がサボり魔レイに下される。その名もロケット乳首ドリルスーパーターボ。イスタの両手が発射され、器用にレイのシャツを捲り上げると、彼の両乳首を掴んで猛烈な勢いで回転しだした。

 その回転は乳首がねじ切れるどころか、逆に乳首を中心にレイの身体全体が激しく横回転するほどのものだった。

 

「いだだだだだだだだだだだだだだちくびもげるううううううううううううう!」

「おいそれくらいにしてやれ……見ていてすげえ痛そうだから」

 

 流石に赤浦も見るに堪えなかったようで、ロケット乳首ドリルスーパーターボは僅か5秒で終わった。

 回転が止まり、頭から床に激突するレイ。その乳首はじんじんに腫れていた。

 

「やべえ乳首イキどころじゃなくて昇天しかけた……」

「結構余裕じゃないですか」

 

 アホなことを言いながら乳首や頭をさするレイに呆れ気味にそう言うと、イスタは研究所地下にあるメンテナンスルームへと一足先に向かっていった。レイはというと、ひっくり返った体勢のまま未だにぐちぐちと言っていた。

 

「なんでイスタのやつ、俺にだけアタリきついんだ?」

「知らないわよ。初期データを作ったのは私だけど、そこからの成長はイスタ自身によるもの。レイがだらしないから、イスタがそれを反面教師にしてるのよ」

 

 慈愛にそうびしりと言われてしまったレイは、何も言い返せなかった。一応レイはイスタの設計者なのだが、その威厳は皆無であり、イスタは慈愛や赤浦にはそれなりの態度で接する一方、レイには割とぞんざいに接していた。何もこんなところまで人間をエミュレーションしなくてもいいんだけどなあとレイは思うのだが、そもそもレイがだらしないのが悪いというのが他の2人の結論だった。

 赤浦はレイのだらしなさっぷりにため息をつきながら、先ほどのいざこざがきっかけで床に落ちた漫画雑誌をレイに向かって投げつける。

 

「たりめーだろ、お前年頃の娘の前で成人向けのやつ読むとか、どうぞ嫌ってくださいと言ってるようなもんじゃねえかよ」

「うるせーやい!てかサ○デーもマ○ジンも成人向けじゃねえし!表紙のグラビアだけ見て判断してんじゃねーよ!俺からしたらグラビア邪魔なんだわ!」

「へーへーそーですかー。さっすがなまけもののあいとうくんだ」

「お前なあ覚悟しとけよ――」

 


 

 皆が寝静まった夜。イスタはひとり、研究所内を歩いていた。

 彼女はアンドロイドであるが故に睡眠を必要としない。よって皆が寝静まるこの時間は非常に暇なのだ。本来ならば生き物ではない彼女が「退屈」という感情を抱くことはないはずなのだが、慈愛が張り切り過ぎた結果、人間に近しい情動を獲得している彼女は、それに近しい結論を導き出していた。

 昼間は慈愛が若干過保護気味なために傍から見ればやや窮屈な暮らしをおくっているように見えるイスタだが、この夜の間だけは真に自由となる。静まり返った階段を上がり、テラスへと向かう。

 階段を上がりながら、今夜はどうしようかと彼女は考えた。今日は飛行ユニットの自己点検でもしようか。今日は雲量も風量も少ないし、夜間飛行にはうってつけだろう。そんなことを思いながら、テラスに続く扉を開ける。すると、微かな夜風が流れ込んでくるとともに、彼女の目にひとつの影が映った。

 あの青髪とだらしない顔は嫌でもわかる。レイだ。

 彼はイスタに気づくなり、微笑みながら声をかけてきた。

 

「おう、まだ起きてたのか」

「その言葉をそっくりそのままお返しします。それに、そもそも私はアンドロイドですので睡眠は必要ありません」

「それもそうだな」

「何をしているのですか?」

「人間ってのはな、ときたま意味もなく空を見上げたくなる生き物なんだよ」

 

 レイの言っていることが、イスタにはよくわからなかった。レイは胡坐をかきながら、傍らにあった缶ビールに口をつける。

 

「何の意味があるのでしょうか…………?」

「意味なんかなくてもいいんだよ。意味のないことができるからこそ、人間はここまで進化できたと俺は思っているよ」

 

 レイの発言内容をよーく考えてはみたものの、やはりイスタにはわからない。機械であるイスタは、どうしても理屈や合理で物事を考えてしまう。幾ら人間に近しい情動を持っているとはいえ、風流などを理解するのは、今のイスタにはまだ難しいことなのだ。

 レイもそれをわかっているからこそ、あえてこのようなことを話しているのだ。レイは膝をポンと叩くと、とある提案をした。

 

「よし、ならばちょいと人間チックな思考の練習でもしようか」

「それを機械にさせるのはどうかと思いますけど」

「まあまあ、思考実験の一環だと思って俺と語りあかそうじゃねえか」

 

 レイはそう言いながらイスタの肩を抱き寄せ、自身の隣に座らせる。イスタははじめは抵抗しようと思ったが、よくよく考えれば断る理由もないし暇つぶしに丁度いいと判断し、あえてレイの提案に乗ることにした。

 2人は月明かりに照らされたテラスに座り込み、夜空を見上げる。今夜は雲の一つもないので、非常に星が良く見える。生憎ここは都会なので見える星はそれほど多くはないのだが、それでも都会っ子のレイとイスタには充分綺麗に見えた。

 イスタが空を見るのに夢中になっていると、レイがこんな質問をぶつけてきた。

 

「生まれてきて、どうだった?」

「…………質問の意図がわかりかねますが」

「そのまんまだよ。お前が生まれて早半年。これまでの日々はどうだったかって聞いてんだよ」

「それって……感想を求めてるってことですか?」

 

 イスタがそう訊くと、レイはこくこくと首を縦に振った。

 これはイスタにとっては、非常に難題だった。ロボットやAIというのは、基本的に自分の意見――自意識を有していない。3人の類稀なる技術力と多少の転生特典のおかげで、イスタは例外的にそれを克服してはいるものの、彼女もアンドロイド。故に、自分の意見を考えるという行為に対し、苦手意識を持っていた。

 知恵熱というか、オーバーヒートでもしてしまうんじゃないかと自分で思うくらいに、脳回路をフル稼働して考えるイスタ。その様子を見ていたレイは、アドバイスをする。

 

「難しく考えなくていいんだ。アレが楽しかっただのコレが良かっただの、その程度でいいんだって」

 

 単純に考えろと言われても、イスタには難しい。ひょっとしてレイは、意地悪のつもりでこんな質問をぶつけてきたんだろうか。

 

「今のイスタには難しすぎたかあ……残念だ……」

 

 レイのその言葉に、イスタはカチンときた。

 なので意趣返しとして、今度は彼女の方から質問をぶつけてみた。

 

「なら私からも質問です。なんで私を作ったんですか?」

「そりゃあ簡単だよ、作りたかったからさ。人間のようにふるまえるロボットをこの世界に誕生させる……誰もが夢見て、挑み続けるそれに、俺も関わりたかった。この思いは前世から変わっていない。それにさ、そーゆーロボットがいたら面白くないか?」

 

 あっけらかんとそう言ったレイの態度に、イスタはするはずのない頭痛を感じた。思った以上に軽い内容に拍子抜けしたのもある。

 

「面白そうだから作ったとでも言うんですか……?」

「きっかけなんてそんなもんだよ。俺達は一度死に、文字通り生まれ変わった。だからこそ、この第二の生を悔いのないものにしたいと思っている。だからこの夢を引っ張り出して、馬鹿みたいに頑張ったんだ。そしてお前が生まれた。それについてはすげえ嬉しい。子供のころからの夢がかなって、今俺はすっごく幸せなんだ」

「じゃあレイは今夢がかなった状態ということですか」

「いや、人間の夢ってのは終わりがない。一つ叶えたらまた別の夢が生まれる。今俺はな、お前が“生まれてきてよかった”と言えるようにしてやりたいと思っている。それが俺の新しい夢だ」

 

 きっぱりと、レイはそう言った。

 彼は、本気でイスタのことを大事に思っているのだ。彼女のこれからの歩みがどのようなものになろうと、彼女がそれを悔いることがないようにと、今も願い続けている。願われているイスタの身からすると、なんともいえない恥ずかしさがそこにはあった。

 それを何とか取り繕うように、レイにいつものように毒舌を放つ。

 

「……普段アレな癖に、なんでこういう時に限って恰好つけるんですか?」

「それがパパに対して言うことですかーええ?」

「レイがパパとか死んでもいやです」

「そんなあ~」

 

 レイはショックを受けながらも、どこか嬉しそうだった。それはきっと、ひとつの夢がかなった嬉しさと、新たな夢を育てる楽しさが、彼にそうさせているのだ。

 いつか自分も、そう思えるのだろうか。

 イスタは、レイを見ながらそう思うのであった。

 


 

 ある日のこと。

 赤浦は依頼者の下での仕事を終えて研究所に帰ってきた。

 

「……邪魔だな」

 

 リビングに入るなり、全身からアルコールの匂いを放出しながら部屋の入り口で爆睡しているレイの姿が目に入った。どうやら酔いつぶれて床で眠っているようだ。

 レイはともかく、慈愛はどこにいったのだろうか。照明やテレビがつけっぱなしのリビングには、床で雑魚寝しているレイ以外の姿は確認できない。見る者がいない癖に喧しいテレビの電源を切ると、どこからか話し声が聞こえてきた。

 

「この声は……イスタと慈愛か」

 

 声は上の方から聞こえる。おおかた、イスタのメンテナンスでも行っているのだろう。

 赤浦は階段を上り、声のする方へと向かう。声は2階にある慈愛の自室から聞こえている。

 

「いや私アンドロイドなんで下着とか要らないんですけど」

「そうはいっても、イスタは女の子でしょ?流石にノーパンノーブラはまずいでしょ。レイにいやらしい目で見られるわよ?」

「それは嫌ですね。ぜひお願いします」

「よろしい、じゃあこっちおいで」

 

 少しばかり開いた扉からは、慈愛に新品のブラジャーを押し付けられて困惑するイスタの様子が見える。流石にここを覗くほどの気概はないので、赤浦は咄嗟に目を逸らすと足音を極限まで小さくしながら部屋の前を通り過ぎようとする。

 しかし、次の瞬間、部屋の中で慈愛はイスタを突然抱きしめた。

 それを見た赤浦は、微かに開いた扉越しに呆然としていた。

 

「なんでこの流れで抱きしめられてるんでしょうか……?」

「ひんやりしてるから好きなのよ……たとえ血の通っていない冷たい身体だとしても、その中にある心はいつまでも暖かいものであってほしい。私たちはそう願っているわ」

 

 傍から見れば、仲睦まじい光景。

 しかしその時の赤浦には、それがなぜか非常に苦しいものに見えてしまった。

 

(なんだ……?この気持ちは一体なんだ?)

 

 チクリと、赤浦は自分の心が痛むのを感じた。

 何とも言えない気持ちに、赤浦は困惑したままその場で立ち尽くす。原因は不明。この感情がどういうもので、なぜ湧き上がっているのかがわからない。それなのに、なぜかそれから目を逸らすことができない。放置してはいけないと心が叫んでいる。

 慈愛とイスタの仲睦まじい声を背中で受けながら、自分に芽生えた未知の思いに、赤浦は困惑し続けるのであった。

 


 

 イスタが稼働した日から2年が経つ頃のこと。

 イスタはいつも通り、慈愛に稼働実験の終了を報告していた。

 

「今日の稼働実験のメニュー、完了しました」

「うん、完璧ね。じゃあメンテナンスが終わったら昼食としましょうか。ほら男ども、用意しなさいよ」

「わかったわかった……ああ面倒クセェ、カップ麺とかでいい?」

「駄目よ。一応味覚センサーとか、人工臓器とかの稼働実験も兼ねてるのよ?それに、この子には出来るだけ多くのことを経験してほしいと思っているの」

「そんなんだからお前ガリガリなんだよ。運動云々以前にもっとちゃんと飯食え」

「元々太らない体質なんだってーの」

 

 男どもがやいのやいのといつも通りの口喧嘩を繰り広げていると、インターホンが鳴った。

 

「誰かしら?」

「お客様が来たみたいだな。イスタの点検は俺がやっておくから、慈愛は客を頼んだ」

 

 レイにイスタの点検を任せ、慈愛は研究所の玄関の扉を開く。

 そこには、白いスーツに身を包んだ金髪の男が立っていた。アンモナイトのようにうねった髪型をした、奇怪な男だった。その後ろには、同じく白いスーツを着用した男女が10人ほど待機している。その様子は、酷く不気味だった。

 

「私はこういうものです」

「え、あ、はい」

 

 男は張り付けたような笑顔を浮かべながら、名刺を手渡してくる。そこには、『AMORE外部技術部長・黄堂城花(こうどうしろばな)』と書かれている。

 

「AMORE、聞いたことぐらいあるでしょう?貴女も転生者なのですから」

「もちろんありますけど……一体、どういうご用件でしょうか?」

 

 AMOREは、転生者ならば知らない者はいないほどの巨大かつ秘密の組織。直接組織の者と出会うのは初めてだが、慈愛も名前だけは聞いていた。しかし、わざわざ自分たちの元までやってくるとは、何が目的なのだろうか?慈愛は、少なくとも自分たちはAMOREに目をつけられるような悪事は働いていないと自負してはいるものの、やはりこうして対面すると、ポイ捨てのような些細な悪事にすら怯えてしまう。

 僅かばかりに恐怖心を抱きながら、慈愛は黄堂と名乗った男とその一味を応接室へと案内する。そして、淹れたてのコーヒーを用意し、テーブルに向かい合って座る。

 ひりつくような緊張感に包まれながら、黄堂が口を開いた。

 その内容に、慈愛は絶句した。

 

「…………………………………………なんですって?」

「おや、その年で難聴ですか?なら耳に入るまで何度でも繰り返しましょうか……イスタを我々に売ってほしい」

「それはできないわ!」

 

 開口一番に飛び出たのが、その発言。それを聞いた慈愛は思わず取り乱し、テーブルを強く叩く。コーヒーの入ったマグカップが倒れ、応接室の床にコーヒーがぶちまけられるが、そんなことを気にしている余裕はなかった。

 

「イスタを買い取ってどうする気なの?転生者と戦わせる?それとも危険分子として処分する?」

「それはお答えできません。なんせ我々は秘密組織ですから、色々と話せないことが多いのです。ですがご安心ください。勿論貴女の言い値で買いますし、イスタを売って頂ければ、貴方達をAMOREの技術者として雇用します。悪い話ではないと思うのですがね」

 

 慈愛は、首を縦に振ることはなかった。できるわけがない。仮に売るとしても、黄堂の提示する条件では全然釣り合わない。

 イスタは慈愛にとって娘のようなもの。イスタの人格面の設計を担い、誰よりも深く彼女の心に寄り添ってきたからこそ、人一倍イスタを大事に思っているのだ。

 

「調べによると、イスタ開発を主導したのは君ではなく相藤レイの方だ。なぜ君がそこまで彼女に入れ込むのかがわからない。君は彼に巻き込まれただけじゃないか」

「ええ……はじめはそうだったわ。でもね、9年間も付き合ってくれば嫌でも愛着がわくってことが分からないかしら?私はイスタを自分たちの娘のように大事に思っている。そんな娘をいきなり売り渡すような、人でなしに転生したつもりはないわ!」

 

 例えば、目覚めの日を夢見ながら何度もイスタの人格データのシミュレーションを繰り返した夜。

 例えば、様々なものを見て知って学んでゆく彼女の姿をすぐそばで見ていた時に感じた誇らしさ。

 例えば、イスタとレイと赤浦の4人で過ごした楽しい日々。

 初めはレイに誘われる形で見た夢だったけど、いつの間にかそのすべてが愛おしいものになっていた。自分の命が続く限り、そうであってほしいと思うようになった。それをみすみす手放すことなんて絶対にできない。

 なぜなら、彼女は家族だからだ。血は繋がっていないどころか、一般的には生き物というカテゴリーに含まれてすらいない存在だが、それでも、イスタは家族だった。そんな家族を売り払うなんて真似は絶対にできなかった。

 

「だいたい、いきなりやってきてはイスタを寄越せだなんて、そんなの強盗と何が違うのよ⁉ 兎に角イスタは売り物じゃない。いくら貴方たちが世界を守る秘密組織だとしても、その要求は呑めないわ。他の2人もきっと同じことを言うはずよ」

 

 感情が高ぶりすぎたせいか、いつの間にか慈愛の瞳から一筋の涙がこぼれていた。それほどまでに必死に反論したのだ。黄堂は、慈愛の意見を黙って聞いていた。

 しばらくの間沈黙が保たれていた室内に、口を開いたのは黄堂だった。

 

「なら交渉決裂、ということで」

 

 そう言うと黄堂は腕を上げて、背後に控えていた部下たちにこう告げた。

 

「やれ」

「え」

 

 黄堂にそう命じられた白服が、リモコンのようなものを懐から取り出し、そのボタンを押す。

 

 

 

 

 

 瞬間。

 途方もない閃光と熱風が、部屋中を駆け巡った。

 

 

 

 

 爆心地は、入り口近くにいた白服。そう、黄堂はあろうことか、部下を人間爆弾に仕立て上げたのだ。

 当然ながら、文字通り爆発した白服は即死。応接室は粉々に吹き飛び、瞬く間に火の海と化した。崩れ落ちた天井や壁が瓦礫となって周囲に散乱し、爆発に巻き込まれた慈愛はみるも無残な状態で床に転がっている。

 この様子を見て、話を聞かされていなかったのか、白服のひとりが、突然の出来事に困惑して黄堂に問いかける。

 

「黄堂さん⁉ 一体何を……⁉ 」

「殺せ、我々AMOREの理想に反するクズ転生者共だ。殺したって罪にならんさ」

「な、何考えてるんですか⁉ それじゃあギフトメイカーと何m」

 

 口答えした白服の命はそこで途絶えた。黄堂が彼の頭部を真正面から拳銃で撃ちぬいたからだ。

 飛び散った鮮血が部屋を包む熱気で焦げ付き、壁にへばりつく。その様子を見て他の隊員達は声も出せない程におびえるが、黄堂は人間味を感じさせない程の冷たい声で、彼らに訊く。

 

「私に逆らうのかい?」

「…………い、いえ!さ、さ、逆らいません!従いますとも!従いますとも!」

「宜しい、では残りも始末してイスタをいただくとしようじゃないか」

 

 すっかり怯え切った白服達は、ガタガタと震えながら応接室から出てゆく。

 炎に包まれた応接室に一人残った黄堂は、床に倒れている慈愛に声をかける。辛うじてまだ息をしていた彼女は、ボロボロになったソファーに腰掛けている黄堂を睨みつける。

 

「さいしょから……こうするつもりだったのね……」

「いや、私としても不本意だよ。君たち程の頭脳を失うのは大変残念だが、悪意に染まるくらいならばここで消えてもらった方が世界のためだ。君たちの研究成果はすべていただいたうえで死んでもらう」

「だめ……イスタは……渡さない……!」

「死にぞこないめ、とっとと死んでろ」

 

 黄堂は自身の足に縋りつく慈愛を蹴とばすと、瓦礫の山に腰掛けながら、空を見上げて笑った。

 

「さて、仕事開始だぜ」

 


 

 その音は、地下室で点検作業中っだったレイとイスタにもしっかりと聞こえた。

 

「なんだ今の音……」

「私が確認してきます」

「あ、おいちょっと、まだ点検終わってねえんだけど!」

 

 まだ点検がすべて終わっていないにもかかわらず、イスタは一目散に音のした方へと駆け出していく。慌ててレイはそれを追いかけていくが、その胸の内には、妙な胸騒ぎがあった。

 地下室の階段を上がり、地上へと向かう。

 扉を開けると、真っ先に飛び込んできたのは耐えがたい熱風だった。

 

「なっ……これは⁉ 」

 

 地上に上がったふたりが見たのは、火の海に包まれた研究所だった。

 団欒の時を過ごしたリビングも、日夜研究開発に明け暮れていた作業室も、跡形もないほどに破壊されていた。天井や壁はあちこちが崩落し、すべてを燃やし尽くさんとする勢いで炎が噴き出している。10年間の結晶が、みるも無残に破壊されていく様を、レイとイスタはただ茫然と見ていることしかできなかった。

 言葉を失っているふたりだったが、そこに、階段を降りてこちらへと近づいてくる足音が聞こえてきた。階段の方を見ると、そこには、重火器を携えた白服の男女が数人ほどいた。

 

「誰だお前らは⁉ まさかこれをやったのはお前らなのか⁉ 」

「相藤レイだな、死ね!」

 

 レイの声を無視して、白服たちは手に持ったサブマシンガンを一斉に撃ってきた。対話の余地はない。問答無用で此方の命を奪いにきていた。

 

「危ない!」

 

 咄嗟にイスタが射線上に割り込むと、手のひらからバリアを生成して銃弾を弾く。念のためにと実装しておいたのだが、まさかこれを実際に使う時が来るとは思わなかった。サブマシンガンを全弾撃ち尽くした白服たちは、物陰に隠れながらリロードしようとするが、すかさずイスタは背中の飛行ユニットを用いて瞬間的に距離を詰めると、目からレーザー光線を放ち、白服たちの重火器だけを的確に破壊していく。

 得物を失った白服たちは狼狽えて逃げ出そうとする。しかしその瞬間、白服たちの身体が爆発し、木っ端微塵に弾け飛んだ。新たに追加された爆炎が容赦なく逃げ道をふさいでゆく。

 行く手を阻む炎に毒づきながら、レイは突飛のない理不尽に不満をあらわにしていた。

 

「なんだよ一体……どうしてこんなことに……?」

「情報不足ですね。ですが、まずは慈愛と健一を助けるのが最優先事項ではないでしょうか?」

 

 イスタの言葉で、レイは我に返った。

 そういえば、彼らは無事なのだろうか?なぜこうなっているのかは知らないが、まだどこかにいるであろうふたりを探しに行かなければならない。

 

「……そうだな、行こう」

「ですね」

 

 2階の階段を上る2人。2階は、一階以上に酷い有様だった。壁は吹き飛び、天井は影も形もなくなっており、夜空に輝く星が見える。火の勢いは一階を凌駕するモノであり、少しでも触れたらそのまま死んでしまいそうなほどだった。

 瓦礫の中を進んでいくレイとイスタ。確か、慈愛は客と共に応接室に向かったはずだ。だから、彼女がもしまだ逃げていないとするならな、きっとそこにいるはずだと考えていた。

 

「ここ……だよな?」

「はい、私の中のデータによると、確かにここが応接室……」

 

 イスタの情報を頼りに、応接室だった場所にたどり着いた。2階より上は跡形もないほどに崩れており、もはやどこがどの部屋だとか、そういうのを目視で判断することは不可能になっていた。

 外れて床に落ちている応接室の扉を踏み越え、炎の海を一歩一歩進んでいく。

 そこで、見つけてしまった。

 

「…………………………………………慈愛?」

 

 20年近く共に過ごしてきた家族が、転がっていた。

 足は瓦礫に押しつぶされてぐしゃぐしゃになり、顔には深い火傷痕、腹部には深々と突き刺さった鉄筋。どう見ても、無事ではなかった。

 

「慈愛っ……どうしたんだよ!何があったんだよぉ⁉ 」

「これは……何があったのですか⁉ 」

 

 慌てて駆け寄る2人。そこに、再び白服が姿を現す。

 その手には、拳銃が握られていた。

 

「殺せ!交渉決裂だ!」

「危ない!」

 

 咄嗟にイスタがレイの前に立ち、指先からワイヤーを飛ばして白服の手から拳銃を叩きおとす。叩かれた手を押さえながら此方を睨みつける白服だったが、そこに続けてイスタのロケットパンチが炸裂し、彼の身体を数メートルほど吹き飛ばしてゆく。殴り飛ばされた白服は、そのまま2階から放り出され、地上へと落ちてゆくが、レイ達にはそれを気に留めている余裕などなかった。

 瓦礫の中で虫の息になっている慈愛を抱きかかえるレイ。唐突に目の前に現れた悲劇に、彼の心はぐしゃぐしゃになっていた。辛うじて息はあるが、それもいつまで持つかわからない。彼女の意識を必死につなぎとめるかのように、レイは何度も慈愛に問いかける。

 

「何があったんだよ⁉ おい……教えてくれよ……!」

「AMOREが……イスタを奪いに来たの……」

「嘘だろ……だってAMOREは世界を守る組織だろう⁉ それがどうしてこんなことをするんだ⁉ 」

「わからないわ……どこから嗅ぎつけたのかさっぱり……でも、アイツらはイスタを渡す気がないと知るや否や、研究所をめちゃくちゃに……」

 

 なんで、なんで、なんで、なんで。どうして、こんなことに。

 うわ言のようにイスタはそう繰り返していた。

 

「それは君が生まれたからさ、イスタ」

 

 その声に、反応するものがいた。

 レイとイスタが声のした方を向くと、そこには白いスーツを着た金髪の男――黄堂城花がいた。彼は、火の海の中だというのに、やけに涼しげな顔をしている。

 レイとイスタは瞬時に理解した。コイツが元凶であると。

 

「お前か……お前がこんなことを……!何故だ⁉ 何故こんなことをした⁉ 」

「君達は危険だからだ」

「何…………?」

「彼女の完成度は非常に素晴らしいものだ、そこは素直に称賛されるべきだろう。しかし、それが万が一悪意ある者の手に渡ってしまえば、途轍もない脅威になる。そしてそれは、イスタを作り上げた君達にも当てはまるのだ。君たちは自分たちがあくまで中立的存在だと思っているようだが、我々からすればそのような中途半端な存在は黙認できない。優れた技術者を野放しにするわけにはいかないんだ。故に、君たちの手綱を握りたいと思っていたのだが……慈愛君は拒否した。だから始末した」

「あんた達は世界を守る組織のはずだろ⁉ それがなんでこうなる⁉ 」

「世界を守るためには、少しの不穏分子の存在も許されない。君たちのような存在は許容できないんだ」

 

 黄堂がぱちんと指を鳴らすと、ぞろりと、瓦礫に隠れていた白服たちが一斉に姿を現す。一体どこにどうやって隠れていたのかは知らないが、レイ達を取り囲んで重火器を構えている。逃がす気はないらしい。

 

「相藤レイ!貴様はAMORE職員を爆殺した……よって抹殺する!」

「ふざけんな……ふざけんな!」

 

 どうやら、研究所襲撃事件を「レイ達がAMORE隊員たちを謀殺するために仕組んだ事件」にすり替える算段らしい。当然ながらそんなことをされたらたまったもんじゃない。レイは兎に角どうにかするしかないと判断し、体を動かす。

 その直後、パンッ!と乾いた音が鳴ったかと思えば、それと同時にレイがその場に倒れた。その音が何を意味するのか、イスタはもちろん知っている。

 レイが撃たれたのだ。その証拠に、白服たちのもっている拳銃の内のひとつから、硝煙が上がっているのが確認できる。

 

「なっ……」

 

 どうやら撃たれたのは足らしく、レイはまだ生きていた。しかし、撃たれた左足からは血がだらだらと流れており、逃げるのは難しそうだ。

 白服のうちのひとりが

 

 それが、

 

「私の家族に……手を出すなああああっ!」

「ぶがっ⁉ 」

 

 加減なんてしなかった。イスタは思いきり、白服の顔面をぶん殴った。人間の比ではない、アンドロイドのフルパワーで殴られた白服の頭は原形すらとどめず、水風船のように破裂した。鮮血が飛び散り、頭を失った胴体が床に倒れる。

 同僚の死によってパニックに陥った白服のひとりが、イスタに向かって火炎放射器の引き金を引こうとする。しかし、イスタは自身に向けられた火炎放射器の銃身を殴って叩きおとし、火炎放射器を奪い取る。そして、その引き金を躊躇なく引いた。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああちいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ⁉ 」

 

 その白服は、自らの得物であった火炎放射器に焼き殺された。

 ガタリと、イスタの手から火炎放射器が落ちる。白服たちはすっかり怯えており、戦意喪失している。

 

「いやだ、俺は死にたくない!」

「わたしも……わたしも死んでたまるかあ!」

 

 イスタに恐れをなして、武器を放り捨てて一斉に逃げ出す白服たち。だが、イスタの怒りは収まらなかった。

 彼女は逃げ出した白服たちに向かって、目からレーザー光線を発射する。先ほどは武器の破壊にとどめていたが、今回は違う。本気で、殺す気で放った。彼女の両目から放たれたそれは、白服たちの身体をいともたやすく真っ二つにしてしまった。レーザー光線の餌食となった彼らは、断末魔を上げる暇すらなく絶命した。

 ぼとぼとと、レーザー光線でバラバラになった白服たちの死体を前に、イスタはあることを理解した。

 

(今ならわかる……これが怒り……なんですね……!)

 

 大切なものを奪おうとする者達への、明確な敵意。それは、これまでの生活の中では決して抱くことのない感情であった。生まれてはじめて抱いた怒りに、イスタの意識は呑まれつつあった。

 恐怖からその場にへたりこんだ白服に視線を向ける。彼は、声もまともに出せない程におびえていた。しかし、イスタにとっては敵でしかない。彼女は右手をドリルに変形させると、躊躇いなくそれをロケットパンチとしてはなった。ぶちゅりと、男の胴体にサッカーボール大の穴が開く。

 

「だ、だめだ……こんな奴に勝てるわけ」

 

 じゅばっ。

 弱音を吐いた白服の首を、高周波ブレードで跳ね飛ばす。

 

「な、なかまのかたきいいいいいいいいいいいいいいっ⁉ 」

 

 ギュガガガガガガガッ!!

 仲間の敵討ちを敢行した白服は、丸鋸でミンチにした。

 

「あば、ばばばばばば……」

 

 ビリリリリリリリリっ!!

 泡を吹いて倒れた白服は、高圧電流で感電死させた。

 怒りに任せて白服たちを惨殺していくイスタの姿を、レイは呆然とした表情で見ていた。そして、その様子を共に見ていた黄堂は、酷く失望した態度をとった。

 

「残念だ……君たちの愚かさは私の予想を遥かに超えていたよ。もう、無理だ」

「待てっ!殺してやるっ……逃げるな……!」

 

 黄堂はそう言うと、逃げ出した白服たちに続いて研究所から立ち去ろうとする。ここまで火の手が広がった以上、自分たちが手を下すまでもなくレイ達は焼死すると踏んだのだろう。

 しかし、イスタの怒りは止まらなかった。返り血塗れになった身体で、黄堂を追いかけようとする。

 

「待って……それ以上……手を汚さないで」

「っ!」

 

 激昂したイスタを止めたのは、瀕死の慈愛だった。

 その言葉で、イスタは我に返った。

 

「あ、ああ…………わたしは、なんてことを……!」

 

 そしてその場にしゃがみこみ、自らの犯した行為を理解し、嘆いた。

 今自分は何をしていた?それはもうわかっている。自分は今、怒りに駆られて人を殺してしまった。

 幼いイスタの心に、殺人の罪の意識が容赦なくのしかかる。彼女自身も意外だったのだが、悪人だからと言って、自分たちをきずつけたからといって、その命を奪ってもいいと判断できるほど冷徹にはなれなかった。どうやら、思った以上に自分は人間らしくなってしまったみたいだ。

 それを慈愛もわかっていたのか、掠れるような声でイスタに語りかける。

 

「ずいぶんと……人間らしくなったのね……嬉しいな、わたし……」

「慈愛……」

「あんな奴の言うことなんか真に受けちゃ駄目よ……わたしは、間違ったことをしたとは思っていないから」

「でも……でも……!」

「娘のために体張ったんだよ……こんなに誇らしいこと、ある……?」

「わけわかんないんですよ……なんでそこまで笑っていられるんですか⁉ 今にも死にそうだっていうのに!」

「わたしたちは、イスタが生まれてきてくれてよかったと思ってる」

 

 そう言いながら、慈愛はイスタの頬を撫でる。その手は酷く震えており、相当無理して動かしていることがイスタにも伝わった。

 そして、慈愛は。

 残り僅かな力をすべて使い果たしながら、イスタにほほ笑んだ。

 

「大丈夫……あなたは私たちの……自慢の娘よ……」

「慈愛……じあい……!」

 

 それが、彼女の最後の言葉だった。

 だらんと首が垂れ下がると同時に、その瞳からは既に光が失われ、火傷の残った身体には早くも蠅が寄ってきている。イスタの両手の温度センサーは、慈愛の身体から体温というモノがなくなっていっていることを告げているし、瞳に内蔵された生命体センサーは、イスタの抱きかかえるモノからは生命反応を微塵も感じないということを告げている。

 青島慈愛は、死んだのだ。

 イスタの各種センサーがそれをしつこく伝えている。頭ではわかっているはずなのに、あるはずのない心がそれを否定したがっている。もしもイスタに涙腺があったら、とっくのとうに泣き出しているだろう。それほどに、悲しかったのだ。

 

「嘘ですよね……嘘ですよね……!死んだふりとか貴女らしくないですよ⁉ 目覚ましてください!」

「よせ……よせよ!もう、死んだんだよ……!」

 

 慈愛の死を認めずに、必死に慈愛の身体を揺さぶるイスタを、レイが制止する。

 イスタが振り返ると、レイは泣いていた。煤まみれの顔を涙でぐしゃぐしゃに濡らして、身体を震わせていた。いつものへらへらとした態度など微塵も感じさせないくらいに、その顔は悲しみと怒りに満ちていた。

 両者ともに、その場から動くことはなかった。じわじわと火の手が近づいてきてはいるが、それを気に留められるほどの余裕がなかった。あまりにも唐突で、残酷な理不尽が、レイとイスタの心を抉っていた。

 しばらくして、慈愛の亡骸を抱きかかえたまま、イスタが口を開いた。

 

「私が、生まれたせいなんですよね?」

 

 ぼそりと、そう言った。

 その声は震えていた。

 

「この悲劇も、今の惨状も。私が生まれたから……なんですよね?」

「…………」

 

 ふざけるな、と。

 レイは掠れた声でそう反論していた。

 ああ、やめてくれ。そんな顔をしないでくれないか。そんな事言わないでくれないか。そんな顔をさせるために、お前を作り出したんじゃない。生まれたことが罪だなんて言わせるような、残酷な現実の方が悪いに決まっているだろう。

 レイは、必死に反論した。イスタに、自分たちの夢が、イスタの存在が間違っているだなんて言わせないために。泣きじゃくりながら彼女の言葉を否定した。

 

「これはお前のせいなんかじゃない!生まれたことが悪いなんて、そんな道理があってたまるか!悪いのは全部向こうだ……慈愛を死なせ、俺達をバラバラにしたアイツらが悪いんだ!」

「でも……彼らは私をなんとしてでも捕らえようとするでしょう。そして、そのために邪魔なレイや健一を殺す。そんなの……私は耐えられない……」

 

 イスタは慈愛の亡骸を抱きしめながら、泣きそうな声で言う。

 

「奴らの思い通りにさせてたまるかよ……俺もお前も、赤浦も……みんなで生き延びるんだ……!だから、俺は君を逃す。それが彼女と俺の望みだし、奴らへの一番の復讐になるからだ」

「なんで、そこまでするんですか?真っ当に生み出された訳でもない、異物そのものの私に、そこまでできるのですか?私には、わからない」

「今は分からなくとも、いつかわかる時がくる。人間ってそういうもんだぜ?お前の幸せが、俺とアイツの願いなんだ。きっと、世の中の親ってこんな気持ちなんだろうな。今ならわかるよ」

 

 イスタにそう言いながらも、レイは内心で降りかかった理不尽に怒りをぶつけずにはいられなかった。なんでだ?なんでイスタにここまで言わせるような仕打ちを受けなければならないというのだ?自分たちはそれほどまでに悪いことをしたというのか?

 前世と現世ともに順風満帆な人生を送ってきたレイは、世界を呪ったことはなかった。心が張り裂けるような悲劇というのは自分には絶対に降りかからないだろうという謎の自信を抱いていたし、多少の不運くらいは自力で何とか出来ると思っていたからだ。だが、この時レイは、生まれてはじめて世界の理不尽さを呪った。

 だが、世界を呪うこと以上に、彼にはすべきことがあった。自らの存在のせいで悲劇を招いてしまったことを悲しみ、目の前で泣いている(イスタ)に、どうしても言わなければならないことがあった。

 レイは、イスタを後ろから抱きしめると、噛み締めるようにこう言った。

 

「だから安心してほしい。生まてきて幸せだった、生きていてよかったと思えるような未来を、お前に与えてやる」

「…………」

 

 彼女には笑顔でいてほしい。それがレイの願い。だからこそ、こんな悲劇が最後であっていいはずがなかった。バットエンドではなく、ハッピーエンドを望んだ。彼女が、いつかそう思える日を迎えてほしいと常日頃から思っていた。

 レイは、イスタを抱きしめながら、彼女のうなじについている電源ボタンに触れる。すると、イスタの瞳から光が消え、彼女の身体がその場に崩れ落ちる。

 

「ちょっと眠ってろよ……お前には、重すぎるだろ」

 

 レイは、イスタの電源を落としたのだ。

 そして、動かなくなったイスタから、彼女の人格データの入ったチップを抜き取ると、それをスマートフォン程の大きさの、専用のケースに収める。

 

「忘れた方がいい。今日のことも、慈愛のことも……お前が背負うべきじゃないんだ……」

 

 レイは、イスタの記憶を弄ることで、彼女に、今日の出来事について忘れさせるつもりなのだ。

 これが本当に、彼女の為になるのかは分からない。慈愛だったらどうするだろうか。ぶん殴ってでも反対するだろうか。だか、今のレイに出来ることといえば、これくらいしかなかったのだ。

 そして、イスタの辛そうな顔を、見続けるだけの度胸が、レイにはなかった。そんな情けない自分が憎たらしくて、涙があふれてたまらなかった。さっき散々泣き喚いたはずなのに、どこからこんなに出てくるのかと思うほどに。

 

「弱いな……俺ぇ……」

 

 辛うじてまだ無事だった装置を稼働させる。応急処置くらいはできるかもしれない。

 そこに、ひとつの声がかけられる。

 

「よう」

「お前、無事だったのか……」

 

 レイはその言葉を聞いて、振りかえる。

 瓦礫の影から出てきたのは、赤浦だった。彼も身体のあちこちに火傷を負っているが、それ以上に目を引くものがあった。それは、彼が引きずるようにして手に持っている、黒焦げになった人間の死体だった。驚いて言葉を失うレイだったが、赤浦はそれを意にも介さず、その焼死体を乱雑に地面に投げ捨てる。

 

「こいつらだろ、慈愛を殺したのは」

「お前……殺したのか……」

「正当防衛だ。俺も殺されかけたんだ」

 

 赤浦はそう吐き捨てながら、よろけながら壁に手をつく。

 

「最後にひとつ、言っておくことがある」

「最後って……まさかお前……」

 

 その言葉に、レイは動揺した。

 よく見れば、赤浦の顔色はかなり悪い。まるで今にも死にそうなほどにだ。もしかすると、彼は既に致命傷を負っており、今はかなり無茶をしている状態なのかもしれない。慈愛に続いて赤浦までいなくなってしまったら、自分はどうすればいいのだ?そんなの、耐えきれない。

 赤浦を心配して駆け寄るレイ。それは友として当然の行動だった。

 

 

 

 しかし。

 その思いは、赤浦の次の一言で完全に消え去った。

 

 

 

 

 

「あいつらにイスタを売っぱらう話を持ち掛けたのはな、俺なんだ」

 

 

 

 

 

 

 

「………………………………………………………………なんだって?」

 

 訳が分からなかった。

 言葉の意味ではなく、その真意。

 一体なにがどうなったら、その行動に行き着くのかが、レイには理解できなかった。衝撃的な事実に呆然としているレイに、かまわず赤浦は続ける。

 

「俺は、最近になってようやく気付いたんだがな……好きだったんだよ、慈愛を」

 

 そう言った赤浦は、どこか上の空だった。

 これが酒の席とかだったならば、笑いながら恋愛相談などに発展したのだろうが、こんな状況でそんなことを言われても反応に困るし、なによりも慈愛はさっき死んだのだ。レイは、このタイミングで慈愛への恋心を打ち明ける赤浦の動機が、全く理解できなかった。

 困惑するレイだったが、赤浦は自分語りをやめないどころか、さらに調子よく話し続ける。その内容は、次第に狂気じみたものへと変わっていった。

 

「だけど、アイツの愛は全部イスタが持っていってしまう。アイツが生まれてから俺の愛は届かなくなった。端的に言うと……邪魔だった」

「邪魔ってお前……お前だって……イスタにテメエの夢詰め込んだんじゃなかったのかよ⁉ あの時の誓いは全部嘘だったってのかよ⁉ 」

「嘘じゃあないよ。ただ、邪魔になっただけだ。ただアイツらが慈愛を殺すのは予想外だったよ。だから奴らは半分くらい殺した」

「ふざけるな!お前のせいで慈愛は死んだんだぞ!」

 

 大切な人を奪った張本人が目の前にいて、さらにそいつが全く悪びれずに意味不明な理論で正当化を図る。それは、レイを激怒させるには充分すぎるものだった。

 レイは泣きながら身草の胸ぐらを掴み上げ、近くの壁に叩きつけた。なんども、なんども、赤浦の後頭部を壁に叩きつける。壁に血がつくくらいにはやっただろうか。それでもなおレイの怒りと悲しみは収まらなかったし、赤浦は薄ら笑いは剥がれ落ちることはなかった。赤浦の人間性に気づけずに友人として接してきた自分が情けなかった。

 しばらくたって、赤浦が再び口を開いた。

 

「ああ、慈愛は死んだ。だが、イスタとお前がまだ生きている」

「へ?」

「慈愛はもう居ない。だったらさ、慈愛が愛したイスタを壊したら、きっと俺が一番になる筈なんだ。俺に注がれる筈の愛を横取りしたアイツをぶっ壊せばよぉ……俺の愛の方が強くて正しいって事にならねぇかぁ?ん?」

 

 訳が分からなかった。

 あまりにも理解しがたいその発言にレイは動揺して、思わず赤浦の胸倉をつかんでいた手が緩んでしまう。

 コイツは狂っている。

 嫉妬というのは、ここまで人を狂わせるモノなのだろうか。

 

「何言ってやがる……全然理解できねえんだよ!寝言なら寝て……いや、血迷い事なら地獄でほざけよ!」

 

 常軌を逸した身草の物言いにレイは激昂するが、興奮した身草は、胸倉を掴み上げていたレイの手を乱雑に振り払うと、逆にレイの手を捻り上げ、地獄の形相で吠え散らした。

 

「俺と彼女はまだ途切れちゃあいない!この赤い糸はよぉ、三途の川を隔てて繋がっているんだっ!」

「ふざけるなよ……そんな理由で、何もかもぶち壊したってのかよ……」

「だからよぉ…………そいつを寄越せ!」

「なっ……」

 

 そういうと、赤浦はレイの左手に向かって手を伸ばし始めた。レイの左手には、イスタの人格データの入ったチップが握られている。

 ――渡すわけにはいかない。自分たちの夢の結晶であり、子どもであり、すべてである彼女を、こんなやつに渡してはならない。そう決意すると、レイは右の拳で思いきり赤浦の顔面を殴り飛ばした。ボゴッ‼と鈍い音を立てて、赤浦の身体が床に崩れ落ちる。レイは即座にイスタの身体に人格データを戻してから彼女とともに逃げようとする。

 が。

 

「逃がさねえよ……人の恋路邪魔しといてよお、それは筋が通らねえよ」

《KAKUSEI BOMBER》

「な、お前、その姿は…………!」

 

 立ち上がった赤浦は、異形の怪人――ボマーオリジオンに姿を変え、レイに襲い掛かってきた。

 

「あいつらに貰ったこの力、お前になら存分に振るえるぜえ!」

「ふざk」

 

 レイが何か言い終わる前に、ボマーオリジオンの拳がレイの腹部に触れる。

 瞬間、ボマーオリジオンの手が爆発した。

 

「ぼか……かはっ……!」

 

 容赦ない高熱と衝撃がレイの全身をずたずたにしてゆく。血塗れでその場に崩れ落ちるレイの手から、イスタの人格データの入ったチップが零れ落ちる。レイは慌てて拾おうとするが、ボマーオリジオンはその手を思いきり踏んづける。傷だらけのレイの口から、苦悶の声と血を口から吐きだされる。

 赤浦はオリジオン態を解除しながら、イスタの人格データのチップを拾い上げる。レイが何か言いながら縋り付いてきたが、赤浦はそれを鬱陶しそうに蹴り飛ばす。そこにもはや、友情なんてものはなかった。今の彼には。20年来の友情よりも優先するべきものがあるのだ。

 それよりも、イスタの中身が赤浦の手に渡ってしまったことが問題だ。会話の流れからするに、奴はイスタを壊すつもりなのだ。しかし、レイの予想とは裏腹に、赤浦は行動に移さなかった。手に入れたチップをまじまじと見つめながら、赤浦は地べたに這いつくばるレイに問いかける。

 

「……奪ったはいいがよぉ」

「…………」

「こんな状態でぶっ壊しても意味がねえんだよなあ。俺が壊したいのはこんなチップじゃない、完全な形のイスタをぶっ壊してこそ、俺の愛は証明される。そう思わないか?」

「思うわけ…………ねえだろ…………」

 

 仮に今、慈愛が生きていて赤浦の言葉を聞いたならば、レイ以上に激しく彼を拒絶するはずだ。彼女がイスタを自分以上に愛していたことをレイは知っているし、当然ながら赤浦も知っているはずだ。しかし、赤浦はそれを知っていながらもイスタを壊すと言っているのだ。愛した者の愛するものを踏みにじろうとしている外道への友情を、レイは切り捨てることにした。

 ずるずると、傷ついた身体を引きずりながら、イスタを守るように立ちふさがる。

 もう、イスタはレイの夢の結晶なんかじゃない。慈愛の生きた証なのだ。それを失うわけにはいかなかった。

 

「…………テメエの恋は一生実らねえよ」

 

 レイはそう毒づきながら、懐からリモコンのようなものを取り出し、あるボタンを押す。

 赤浦は、完璧な状態のイスタを壊さなければ意味がないと言っている。ならば、それが叶わなければいい。そこに賭けることができれば、たとえ一時しのぎだとしても、この局面だけは切り抜けることができるはずだ。

 

「…………何をしている?」

「イスタの緊急用の遠隔操作リモコンだよ……こいつがあればイスタの機能を外から使える」 

「なんだと……そんな機能俺は知らないぞ?」

「おいおい、イスタの設計は俺だぜ?イスタの機能については、本人の次によーく知ってる。なんなら、彼女自身が知らない機能もな。これもそのうちのひとつだ」

《DIMENSION WARP実行》

「次元転移だと……⁉ 」

 

 そう、彼は別の世界に逃げようとしているのだ。

 レイがリモコンのボタンを押すと、レイとイスタの身体が光に包まれだした。赤浦が慌てて手を伸ばすが、間に合わない。光は次第に強くなり、それと反対にレイとイスタの姿はおぼろげになってゆく。このままでは目的がかなわない。愛が遠ざかってしまう。そんなことは許さない。

 赤浦は、せめて邪魔者であるレイだけでも殺そうと拳を振り上げる。

 最後に、光に包まれたレイはこう言い残した。

 

「絶対にイスタは取り返す。たとえ何年かかってでも、俺はあいつに未来を届けてやるんだ――」

 

 その言葉を最後に、レイとイスタの身体が激しい光に包まれ、赤浦は思わず目を背ける。

 数秒経って、光が収まった頃には、その場に残されていたのは赤浦だけであった。レイとイスタは、別の世界へと姿を消していた。

 

「…………逃がすかよ」

 

 ぼそりと、赤浦が呟いた。

 

「何年たっても、何十年たっても、お前たちを見つけ出す!俺の愛の証明はまだ終わっちゃあいないんだっ!絶対に!俺の愛を!天国の慈愛に届けてやるからなあ!見ていてくれよ……慈愛ぃ……じあいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!」

 

 狂気の愛の叫びが、果てしない夜の闇にこだました。

 かくして、因縁は始まったのだ。ひとりは夢と未来を守るべく。ひとりは己の愛を証明すべく。互いに決して理解は示されず。あるのは怒りと悲しみ、そして愛。

 ――それは、1年の歳月を経て再び巡り合う。

 

 

 

 

 ――余談だが、この一件はAMOREの一部が独断行動を起こした結果であり、事態を重く見たAMORE局長は内部監査を徹底したものの、首謀者たちはすべての罪を黄堂に押し付けてまんまと責任逃れを果たし、黄堂自身も、懲戒免職通知を受けた翌日に失踪を遂げてしまったのだという。

 


 

 現在 PM9:03 研究所跡地

 

 

 そして現在になって、赤浦とレイは再開した。

 赤浦の方は、勝手に暴走して慈愛を殺したAMOREへの制裁と、レイとイスタの殺害のためにオリジオンとして暴れ、一方レイは、イスタの再起動用のツールと人格データを回収するためにこの世界へと戻り、その間にイスタの身体を守る役割をセルティに依頼。その結果として巻き起こったのが今回の事件だったのだ。

 そして、軍配は赤浦の方へと上がりつつあった。彼の手元に、イスタの身体と人格(なかみ)、そして再起動用のツールが揃ってしまった。

 

「俺の勝ちだな」

 

 赤浦はそう言いながら、再起動用のツールを見せびらかす。それは、人間の腕くらいの厚さの円盤状の装置であった。赤浦はそれをイスタの頭部にあるリング状のユニットに接続し、操作していく。

 既にバラバラに分解されていたイスタの身体は組み上げられている。あとは、人格データの再インストールが完了すれば彼女は再び目覚めることになる。

 

「起動だ……さ、一年ぶりの目覚めと行こうぜ、イスタ」

 

 赤浦はそう言いながら、イスタのうなじの電源ボタンを押した。

 すると、一年もの間眠り続けていた機械少女の瞼がわずかに動いた。

 

「動いた……目覚めるぞ、彼女が!」

「なにがどうなってんのか、これもうわかんねえなあ」

 

 遊矢も野獣もセルティもタロットも瞬も、この場にいる誰もが固唾を呑んでその光景を見ていた。

 ガシャリと、イスタの頭部にくっついていた再起動用ツールが地面に落とされる。目覚めたばかりのイスタは、状況が読み込めずに困惑しているようで、不思議そうな顔をしてあたりを見渡している。ずっと休止状態だった彼女の記憶は、研究所の火災の日で止まったままなのだ。

 

「ここは……私は……これまで何を……」

「久しぶりだな、イスタ」

「健一……レイ……なぜふたりとも睨み合っているんですか?」

 

 見知らぬ人たちに囲まれて警戒心をバリバリにとがらせる彼女だったが、その中に見知った顔を見つけ、少し安堵する。そして、彼女は赤浦の本性をまだ知らない。彼女の中では、赤浦はいまだに大切な家族の一員なのだ。

 レイはイスタに、赤浦の本性を打ち明けるべきかと考える。ただでさえ慈愛を失って不安定になっているところに、慈愛を間接的に死に追いやったのが彼だと教えれば、彼女はショックを受けるかもしれない。いや、それどころでは済まないかもしれない。

 悩んでいるレイだったが、その葛藤は杞憂に終わった。

 

『ほらよ』

 

 ザシュ。

 そんな軽い音を立てて、レイの背中にナイフが突き刺さった。

 

「な、に…………?」

 

 レイは困惑したまま、その場に膝をつく。

 

「誰だ……誰がやったんだ⁉ 」

 

 瞬はあたりを見渡す。しかし、レイを刺したのは赤浦でもタロットオリジオンでもない。2人ともレイの前方にいるため、彼の背中を刺すことなど不可能なはずだからだ。他の奴らには、彼を刺す動機がない。一体誰がやったというのだろうか?

 裁場もその考えに至ったのか、必死に周囲を警戒している。

 その時。

 

『そこまでだ。イスタ再起動、誠にご苦労であった』

「⁉ 」

 

 酷く尊大な、他者を見下しているのが丸わかりな声がかけられた。

 この場にいた全員が声のした方を振り返る。すると、背後にそびえたつビルの屋上に、幾つもの人影が見えた。月をバックにしている為、影になっていてよく見えないが、屋上から此方を覗く影たちは、そのどれもがなんともいえない形をしている。

 何が起きているのかわからずに呆然としている瞬達だったが、影たちのいる方から、再びこえがかけられる。

 それは端的に言うと、あまりにも唐突過ぎる勝利宣言であった。

 

 

 

『君たちの働きは見事なものだった。だが残念だな、最後に勝つのは我らだと決まっているのだよ。イスタとアクロスは、我々AMOREが貰い受ける』

 

 

 

  




※この作品は仮面ライダーアクロスです。



ようやくこの回がいけました。
いつも以上にテイストの違う内容でしたので、かなり苦労しました。

ちなみにイスタちゃんは私のTwitterアイコンになってます。



↓赤浦君の思考回路
・慈愛のこと好きだけどレイとイスタ邪魔だから殺したい。できれば自分の手で壊したい
・イスタをAMOREに売り払おうとしたけどAMOREが慈愛殺しやがった許せん
・慈愛は死んだけど俺の愛は不滅!慈愛が愛していたレイとイスタを殺せば自分が彼女の愛を一番多く受け取れる!慈愛死んでるけどそれはかわらないよね!


そしてAMOREも後ろ暗さ満載で出てきました。当初はこんなにブラックな組織にするつもりじゃなかったのに、どうしてこうなった!
ここからは後半戦。ここから大激戦への導入が始まります。



黄堂に関しては次章に出てくる予定です。


池袋編のストック尽きたので次回の更新はすこーしながら遅くなります。


次回 PM11:24/池袋(まち)の真ん中で歪んだ愛を叫べ


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第30話 PM11:24/それが業であるならば

池袋編その7です。
プロセカ始めましたのと、卒論が待ってるのでペース落ちます。



前回のあらすじ
・ボマーオリジオンの動機が明かされる
・とうとう本性表しやがったなAMORE!(他人事)


 

 

 

『君たちの働きは見事なものだった。だが残念だな、最後に勝つのは我らだと決まっているのだよ。イスタとアクロスは、我々AMOREが貰い受ける』

 

 盤外から発せられた、理不尽極まりない宣言。

 それにいの一番に怒りをあらわにしたのは、赤浦だった。ねっとりと、それでいて怒っているのがまるわかりなほどに震えた声を喉から捻りだしながら、血走った眼付きで声のした方を見上げる。

 

「また……邪魔をするというのか……?」

『おかしなことを言うな。イスタが邪魔だった君とイスタを欲した我々とで、各々の利害は一致していた。それを私利私欲からふいにしたのは君だろう、ボマー』

「慈愛を殺しといて何言ってやがんだお前。他人の恋路を邪魔しやがってよぉ……のうのうと生きてるとか許されねえよなあ……?」

 

 1年前のことを蒸し返してネチネチと詰め寄る赤浦だが、彼に怒る資格はないのだ。常識的に考えれば、あの悲劇の引き金を引いたのは双方の責任。そしてそれに怒りを抱く資格を有するのは、レイだけなのだ。一体どの面下げて怒っているというのだろうかと、レイの心の中から怒りがふつふつと湧き上がってくる。

 その横で、瞬は先ほどの宣言の内容について考えていた。

 奴らはアクロスを貰い受けると言った。一体、何のために?AMOREについては少し前に灰司や裁場から少し聞いただけであんまり分かっているとは言えないのだが、彼らがこんなことをして何になるというのだろうか?

 

「なんでアクロスまで奪われなきゃいけないんだ?お前たちは何が目的だ?」

『貴様に拒否権はない。現在、逢瀬湖森及び港トモリの身柄を拘束している。我々の要求がのめないならば彼女たちの命の保障はない』

 

 その言葉に、瞬は耳を疑った。戦いで熱を持った身体が、一気に冷えていく。

 

「湖森を預かったって……どういうことだよ⁉ 」

『そのままの意味だ。返してほしくば、我々の要求を呑め』

 

 声の主は、冷たく、そう言い放った。意味が分からなかった。

 あまりの横暴さに、裁場も元AMORE隊員として怒りをあらわにする。

 

「お前たち……それでもAMOREか⁉ 」

『世界を守るためにだったらなんだってする……そういう組織じゃないか。まさか清廉潔白な正義の味方が存在するとでも思ったのか?そんなのは絵空事にすぎんというのに』

「こんなこと……創設者は絶対に黙って見ていないぞ!アイツはそんな絵空事を掲げてAMOREを結成した!必ずお前たちは処罰される!」

『あんな青二才の戯言に付き合っていられるほど純粋じゃないのだ。なんせ私は大人だからね』

 

 声の主は、裁場の言葉を意にも介さず、傲慢な態度を崩すことはない。赤浦やタロットも含め、声の主が言っていることに納得している者は、この場に誰一人としていない。

 

「何故だ……何故お前たちはイスタを欲する!一度のみならず、二度も!」

『相藤レイ、君は要注意人物に指定されている。転生者でありながら優れた技術力を持ち、アンドロイド・イスタの開発にも成功した。そんな能力を有する君を放置するわけにはいかないんだ。過ぎた力は必ず世界の毒となる……転生者なら、わかるはずだが?』

 

 レイの怒号に対し、冷酷に答える。それは1年前に、レイが言われたことと同じだった。

 その可能性があるから。かもしれないから。リスクマネジメントという観点からすれば合理的な考えなのだろうが、踏みつぶされる側からしたらたまったもんじゃない。可能性の話で大事なものを奪われようとしているというのに、それを黙って受け入れられるわけがない。

 だが、声の主は聞き入れない。1年前と同じように、レイの言葉を一蹴する。

 

『だからイスタは預からせていただく。君達の存在が悪意あるものの手に渡る前にね。不穏分子は早急に排除せねばならない。なんせ我々転生者はひとりひとりが強大な力を持つ……いわば生ける核爆弾なのだよ。そんな奴らを相手に世界を守っているんだ。故に我々には、僅かな失敗も許されない』

「……ふざけんな。世界を守ってくれるとか言ったくせに、お前たちは慈愛を殺した」

『彼女は我々の敵となる道を自ら選んだのだ。殺されても文句はあるまい』

「慈愛が悪いってのかよ⁉ あいつは、あいつはただ……俺達と同じ夢を追いかけてただけで……」

『転生者は、世界をゆがませることしかできない、死にぞこないの異物。そんな奴らが一丁前に夢を見るなど悍まく、危険極まりないにもほどがある。転生者を野放しにすることがどれほど危険か、転生者犯罪の横行する現在がはっきりと証明している。故に、君達は我々に管理されなければならない』

 

 声の主は、大きく咳払いをしたのちに、続けて言う。

 

『そしてだ。私が相藤レイに言ったこと。それはアクロス、君にも当てはまるのだよ。何処に属するでもなく、ただ己の心に従ってその力を振るう。君はヒーロー気取りでいるようだが、我々からすればそのあり方は転生者共となんら変わりない。いや、それ以上に悪質だ。アクロスの力は君が思っているよりも強大……君のような不安定な年頃の少年が持つべきでないのだ。ちょっとの刺激で善にも悪にも転がり得るイーブン……そんなギャンブルじみた存在がいること自体が、世界にとって悪なのだ。故に通告する。クロスドライバーとライドアーツを、纏めて全部引き渡せ』

 

 要するに、信用していないのだ。

 世界というのは、ほんのちょっとのきっかけで大きく変化してしまうし、人の心というのは、些細なことで善にも悪にも染まる。そんな不安定な世界を守ろうとするならば、人の心という不確定要素を信頼することはできないのだろう。ましてや、強大な力を持った人間がどうなるかという悪い実例――転生者という存在を、AMOREはよく知っている。だから余計に人の心を信じることができないのだ。

 だからといって、このような暴挙を許していいはずがない。どんな大義名分があろうとも、悪の芽を潰すために罪のない人を盾にするなんてことがまかり通っていいはずがないのだ。こんなの、正義の組織がやることじゃない。

 

『我々の要求をすべて呑めば人質は解放しようじゃないか』

「ふざけるな!そんな言い分が通るわけないだろ!」

 

 レイがそう叫んだ瞬間、声のした方から凄まじい速度で何かがレイに向かって飛んできた。赤ん坊ほどの大きさはあろうそれが衝突した瞬間、肺の中身が根こそぎ捻りだされるかのような衝撃がレイの全身に駆け巡り、その身体は九の字に折れ曲がった状態ではるか後方へと吹っ飛んでゆく。

 レイにぶち当たったものは、その衝撃で原型を失って周囲に飛沫する。瞬の顔に飛び散ったものからは、独特の匂いが漂っていた。

 それは塗料のようなものだった。恐らく、ペンキか何かなのだろう。今飛んできたのはその塊――いわば巨大なカラーボールのようなものだったのだろう。

 皆がペンキ塗れになって痙攣しているレイに気を取られている隙に、2発目の巨大カラーボールが発射される。今度の標的は赤浦だった。しかし赤浦は即座にボマーオリジオンに変身すると、即席の爆弾を生成してカラーボール目掛けてぶん投げる。カラーボールと衝突した爆弾は即座に爆発し、周囲に爆炎と塗料の雨を降らせる。

 

「一時撤退だ……だが覚えておけ。俺の恋路は誰にも邪魔はさせねえからな……」

「ほんとうに、この世界の住人は総じて悪運が強い。ではまた時を改めてお会いしましょう」

 

 いたずらに被害を拡大させながら、タロットとボマーは爆炎と塗料の雨に紛れて撤退していった。

 

「逃げるな爆弾魔!とっとと俺に捕まって●俗代になりやがれ!」

『うるさいぞそこのステハゲ、黙っていろ』

 

 逃げたボマーオリジオンに罵声を浴びせる野獣が目障りだったのか、今度は野獣目がけてカラーボールが飛んできた。それは野獣と、ついでに近くにいた三浦や木村も巻き込んで破裂し、彼らをペンキ塗れにしたうえでぶっ飛ばした。

 

「イスタっ!こっちだ!」

「くっ……ペンキのせいで視界が……っ!」

 

 煙を掻き分けながら、瞬はイスタに手を伸ばす。彼女とは初対面だけども、彼女をAMOREに渡すわけにはいかない。渡したくない。あんな傲慢な言い分を認めるわけにはいかない。そんなある種の反発心から、瞬はイスタの元へと駆け寄ろうとする。

 しかしそこに、また別の何かが猛スピードでイスタに向かって飛んできた。それは黄色いリボンがぐるぐる巻きにされた球状の物体だった。その球体はイスタに着弾するや否や、ほどけて一本の長いリボンになって彼女の身体にまきついて、その身体を拘束する。そして、リボンでぐるぐる巻きにされたイスタは、まるで何かに引き寄せられるかのように、声の主達のいる方へと引っ張られていく。

 

「待てっ………!」

 

 ペンキ塗れのレイが必死に手を伸ばすも、届かない。

 再び、イスタは彼のもとを離れてしまった。

 

『アクロス、最後通告だ。クロスドライバーを引き渡せ。期限は深夜2時ジャスト。プラネットプラザで待っている』

 

 イスタを手に入れた声の主はそう言い残し、沈黙した。瞬達が少し目を離した隙に、ビルの屋上からのびていた影たちは跡形もなく消えていた。

 完全に漁夫の利を取られた。その悔しさはレイだけでなく、ほぼ無関係であるはずの瞬達も感じていた。

 レイは涙を流しながら、怒りのままに地面に拳を叩きつける。

 

「くそっ……ようやく目覚めたってのに……!なんだよ!俺達のしたことがそんなに悪いってのかよ⁉ 」

「さっぱり状況が読み込めないんだけど……なんかただ事じゃないだけは分かった……」

 

 その横で木村が、皆の気持ちを代弁するかのようにそう呟いた。それを皮切りに、この場にいた全員が思い思いに口を開いた。

 

「なんだよアイツら⁉ よくわからんがあの生意気っぷりには頭に来ますよ⁉ 」

『なんだか余計に厄介なことになってないか……?』

「湖森が攫われた……どうすれば……」

 

 状況は分からないけど、本能的に声の主が悪い奴だということだけは分かったのか、怒りをあらわにする野獣と、依頼は完遂したけどそのまま離脱するは雰囲気的に難しそうだな、と思ってその場にとどまるセルティ。その横では遊矢が真剣な表情でどうすべきかを考えている。皆混乱しているのが明らかだった。

 しかし瞬は迷ってはいなかった。

 各々が迷ったり考えたり怒ったりしている中、ひとりその場から立ち去ろうとする。その手を、裁場が掴んだ。瞬は振りほどこうとしたが、裁場は離さない。

 

「待て、ここは俺が行く。君は待っていたまえ」

「…………放せよ」

「断る」

「放せって言ってんだよ。湖森達を助けに行かなきゃなんねえんだよ」

「だからそれは俺が行くと言っているんだ。君を戦わせたくない。むやみやたらに危険に突っ込んでいくのがヒーローとでも思っているのか⁉ 」

「じゃあなんでもかんでも他人から取り上げて、自分ひとりでやろうとするのが大人なのかよ⁉︎ 」

 

 ここでカチンときて、瞬は言い返した。一般的に、家族が危険な目にあっている状態で諭すようなセリフを言われても、火に油を注ぐだけなのだ。自分が冷静でないことは自分が良く分かっている。それでも、じっとしているわけにはいかなかった。

 裁場もそう言われることをわかっていたのか、眉一つ動かさずに瞬の手を強く引き、自らの方を向かせ、説教を続ける。

 

「子供が戦場に向かおうとしているのを静観するのが大人とでも?俺はAMORE隊員として、多くの戦場を経験した。その中で、君の様な若者が死んでゆくのを何度も目にしてきた。君にその虚しさが、悲しさが想像できるか?これは遊びなんかじゃない。君が傷付けば皆の心が傷つく。君がつけられる傷は、君の後ろにいる皆の傷にもなる。それを黙って見過ごすわけにはいかない。君みたいな子供に戦ってほしくない」

 

 裁場は瞬の肩に手を置きながら、必死に頼み込むかのようにそう言った。

 瞬は、しばらく黙り込んだ後、そっと裁場の手を肩から退けながら言う。理解はできるけど納得はできない。その答えは変わらなかった。

 

「あんたの気持ちも分からなくはない。けど、黙って助けを待つことなんて俺にはできない」

「そんなことをまだ言うってのか?」

「そうしないと――」

 

 瞬がそこまで言いかけた時。

 バキイッ‼ と、鈍い音とともに、裁場が吹っ飛んだ。誰かが、横から裁場をぶん殴ったのだ。

 ビルの壁面に側頭部を打ちつけられた裁場は、そのまま地面にずるずると崩れ落ちてゆく。裁場がかけていた眼鏡は、彼の顔を離れて宙を舞い、地面に叩きつけられるように落下して砕け散る。

 一体誰が殴ったのか。裁場と瞬は、同時に拳のとんできた方向に目をやる。

 

「何をっ……!」

「イライラするんだよ……お前のその偽善っぷりがな!」

 

 そう罵倒したのは、灰司だった。彼が裁場を殴り飛ばしたのだ。

 呆然とした顔をしている裁場に、灰司は続けて罵声を浴びせる。

 

「戦ってほしくないだと?死んでほしくないだと?俺の気持ちなんかまったく考えてねえ癖に出しゃばるなよ……余計な真似すんなよ、この役立たずが!」

「――っ!」

 

 その言葉に、裁場は何も言い返せなかった。

 灰司も、そして瞬も、裁場の手を払い除けた。端から、彼の助けを求めている者はいなかったのだ。灰司の言うとおり、裁場のやろうとしていたことは偽善、余計なお世話だったのだ。

 灰司は、立ちあがろうとした裁場を突き飛ばすと、すたすたとその場から立ち去ろうとする。

 

「待て……」

 

 裁場はそう言いながら灰司に手を伸ばすが、全て無視された。灰司は路地を抜け、夜の街へと消えていった。

 灰司がいなくなってからしばらくして、裁場はどこか気の抜けたような顔のまま立ち上がり、ふらふらとした足取りで歩き出す。瞬が声をかけても、反応はない。誰の声にも耳を貸す事なく、裁場は灰司がいなくなったのと同じ方向へと歩を進める。

 

「灰司を止められないならば、せめて今回の事件だけは俺が……」

 

 そう。彼はまた別の目的で動き出していた。平和のために罪なき人々を利用する、AMOREの横暴を止めるために、彼は単身で挑むつもりなのだ。

 瞬が声をかけたが、またまた返事はなかった。慌てて後を追いかける瞬だったが、裁場の足の予想以上の速さに、曲がり角ひとつで見失ってしまう。首や目を動かして探すも、見つからない。夜の街のどこにも、裁場の姿を見つけることはできなかった。

 後には、落胆の表情を浮かべたままその場に座り込むレイと、ただ巻き込まれただけの野次馬達が残された。

 


 

PLAYBACK Ver:裁場誠一

 

 ――裁場先輩、よろしくお願いします!一緒に平和を守りましょう!

 元気な声でそう言った少女は、穴という穴に成人男性の足程の太さはあろう金棒を突っ込まれた死体となって見つかった。

 ――俺はヘマなんかしませんよ。家族のため、生活のために絶対に勝ち続けます。

 家族思いの青年は、記憶をすべて消された上で改造人間(サイボーグ)となり、悪の手先として討伐された。

 ――見ろよこの風景の美しさを。俺達の居た世界では決して見れない美しさだろ?

 数多もの世界の美しさに魅了された少年は、直径5cmの球体に身体と精神を押し込まれ、永遠の苦痛を味わい続ける末路となった。

 ――この曲良いですよ!皆さんもぜひ聞いてくださいね!

 音楽好きな内気な少女は、転生者に身体を入れ替えられて何もかも奪われ、自分の身体を手に入れた転生者の手によって、犯罪者として処刑された。

 

 AMOREエージェントの殉職率は非常に高い。対峙する転生者は総じて強力な転生特典を持つからだ。ましてや広域指名手配されるレベルとなると、世界の2,3個は片手間感覚で滅ぼせるのがデフォルトになってくる。AMORE側にも転生者はいるのだが、実力者となると少ない。故に多くのエージェントが戦死または再起不能となっていた。

 そして裁場は、その全てを看取ってきた。15歳で入隊して10年間、数多もの同胞の最期を見てきた。中には人としての尊厳を根こそぎ奪うかのような悲劇もあった。そして不幸にも、彼はそれを回避できるだけの力を持っていた。

 

「…………」

 

 殉職者の墓に手を合わせながら、裁場は嘆く。

 仲間の死に出くわすたびに、自分が強者であることが嫌になる。なぜ守るべき弱者だけが犠牲となり、自分が生き残ってしまうのか。その思いは日に日に強くなる一方だった。

 

 

 それが決定的になったのは3年前。

 ある日裁場は、別の世界でギフトメイカー・バルジと交戦して逃げられた。

 当時はまだギフトメイカーの悪名がそこまで広まっていない――彼らの危険性が十分に把握されていないのもあって、民間人もAMOREエージェントも含め、多くの人間がその犠牲となってしまった。その時も10人がかりでバルジに挑み、半数近くが再起不能となった。

 なんとか五体満足で戦いを切り抜けた裁場は、急いで逃亡先の世界を特定し、そこに赴いたが――すべてが手遅れだった。

 

「なんてことだ……」

 

 裁場が目にしたのは、地獄だった。

 街は焼かれて灰と瓦礫になり、人は粘土のように混ざり合った歪な存在となり果て、どこもかしこも血の匂いばかり。そこに生命は皆無だった。どこまでも広がる屍の海が、視界一面に横たわっていた。

 それでも裁場は、生存者を探さずにはいられなかった。

 

「君……名前は……?」

「…………」

 

 その少年こそが、無束灰司。

 裁場は、少年の身体を抱きしめながら涙を流した。その涙は頬を伝い、嗚咽を吐き出し続ける裁場の口へと入ってゆく。

 一人だけでも助けられたことへの喜びと無力な自分への怒りがごちゃまぜになった涙は、吐き気がするような味だった。

 


 

 数日後、AMOREの局長への事後報告の際のことだった。

 局長が、こんな事を言い出した。

 

「ああそうだ、先日君が助けた少年だが……」

「?」

「本人の希望でAMOREに入隊することになったよ。復讐のためにすべてを投げうつ覚悟を決めているとのことだ。あんなに若いというのに……大したものだ」

 

 その言葉に、裁場は絶句した。

 折角助かったというのに、何故わざわざ再び地獄につきおとすような真似をするのだ?そんな真似が許されるはずがない。義憤に駆られて思わず司令官に掴みかかろうとする裁場だったが、司令官はそんな裁場の心境を理解していたようで、すかさず補足説明をいれる。

 

「仕事の過酷さも危険性もすべて話したうえで、彼は了承した。本人が強く望んでいるとあれば、それを止める資格はない……私はそう思っている」

「そういう問題じゃ……!」

 

 裁場がそう言いかけた時、部屋の自動ドアが開く音がした。裁場が振り返ると、そこには、先日助けた少年――灰司が立っていた。

 

「君……AMOREに入ったというのは本当なのか⁉ 」

「ああ。俺はあいつに復讐をする。そのために入った」

「何故だ……折角助かったというのに……何故君は……!」

「家族も友人も、帰る場所も……俺にはないんだよ……俺にはもう、復讐(コレ)しかないんだよ……!俺からすべてを奪ったアイツを殺す……そのためなら命だって惜しくない!」

 

 少年は、裁場に掴みかかりながらそう叫んだ。

 司令官が少年をなんとか裁場から引きはがし、彼を落ち着かせようとする。裁場は放心状態で、その場に突っ立っていた。それしかできなかった。

 

「…………辞めます」

 

 気づけば、そう呟いていた。

 


 

 もう、耐えられなくなった。

 死に向かう命を見ることが、怖くなった。

 

「…………」

 

 突発的にAMOREを退職した当初は、死のうかと思ったが、すぐに自分にその資格がないことに気づいた。死にぞこないの自分が自死を選んではいけないのだ。それでは、死んでいった者達に示しがつかない。

 でも、どうすればいいのだ?

 答えは出ない。

 虚ろな目をして、真っ暗な自室の中で天井を見上げて呆けていた裁場だったが、そこに、運命がやってきた。

 

「おやおや……折角選ばれたというのに、随分と暗い顔してるね」

 

 するはずの無い、自分以外の人の声。

 顔をあげると、こちらを覗き込む不審者(フィフティ)の姿。その手には、バックルのようなものが握られている。

 

「仮面ライダー……だろ?俺にやれというのか?」

 

 これまで戦ってきた転生者の中には仮面ライダーも大勢いたので、転生者で無い裁場でも知っている。裁場が出会ってきたその全てが、ヒーローの仮面を被った人でなしであったが、目の前の人物は、自分にそれと同類になれとでも言うつもりなのだろうか?だとしたら笑う他ないだろう。

 自然と、裁場の口から笑い声が漏れていた。フィフティはそんな裁場の姿もお構いなしに話を続ける。

 

「知ってるなら話は早い。君は世界を救える力を持ったんだ。救世主になる気はあるかな?できればあって欲しいものなのだけど……」

「今更……そんなものになれるはずがないだろ……」

 

 絞り出すように、裁場はそう言った。

 目の前の命ひとつ救えずにのうのうと生き延び続けている死にぞこないに、救世主なんて大役がつとまるはずがない。というか、その資格すらない。

 裁場が黙り込んでいると、フィフティが口を開いた。

 

「自分に嘘をつくなよ。君の本音はどうなんだい?」

「……」

「君の経歴は此方で既に調べてある。君は、他人が犠牲になるのを認められなくて、それでも犠牲をなくせない自分が嫌なんだろう?ならば、君ひとりで全部救えば問題ないじゃないか。そしたら、傷つくのも犠牲になるのも君ひとりだけ。それがお望みなんだろ?この力があれば、それを為し得るだろうさ」

「…………」

「さ、どうする?」

 

 フィフティに差し出されたバックルを見つめながら、裁場は考えた。自分にもっと力があれば、他の誰かが戦う必要がなくなる。そうすれば、他の人は傷つかない。それを何よりも望んでいたのは、自分ではないのか?

 そう理解してしまえば最後、裁場はフィフティの言っていることに頷くほかなかった。

 どうやら、この心の中に宿っていた正義感は、思った以上に強いものだったらしい。死という選択肢を選ばせない程に。がっしりと、呪いのように心身を縛り付けていた。ならば、全てを救って見せよう。この命が果てるまで、救い続けて見せよう。それが、裁場誠一という人間に課せられた宿命(のろい)であり、罪過なのだから。

 裁場は、フィフティから差し出されたクロスドライバーとライドアーツを手に取る。

 

「…………選ばれてやるよ。死にぞこないらしく、全てを救済し続けよう」

 

 ――こうして裁場誠一は仮面ライダーユナイトとなった。

 同時に、武偵高校の卒業生だった彼は、それを生かして私立武偵としての活動も行うようになったという。

 


 

 現在

 

 夜の街の喧騒を突き破るかのように、裁場は全力疾走していた。

 逢瀬瞬や無束灰司を戦わせるわけにはいかない。すべて自分ひとりで片付けなければならない。その一心で裁場は走る。目的地はひとつ、プラネットプラザ。この街にある商業施設にして、AMORE側から提示された取引現場。

 ボマーオリジオン――赤浦健一も、恐らくだがそこにやってくるはず。AMOREもギフトメイカーも、すべて自分だけが戦えば済む。すべてを自分ひとりで解決すればそれでいい。誰も傷つかないのだから。そう思いながら歩道橋を駆け上がる裁場だったが、その中間地点に、立ちふさがる人物がいた。

 その人物は、まるで子供を諭す直前の教師の様な顔をしながら、ため息交じりに声をかける。

 

「大人気ないねえ、裁場くん?」

「フィフティ……」

 

 裁場は、忌々しそうにその名を口にする。どうやら彼もまた、フィフティと面識があるらしい。

 歩道橋のど真ん中に立ちふさがっていたフィフティは、金属製と思わしき、よくわからない装飾の施された杖をつきながら、裁場の方へと歩いてくる。そして、裁場を憐みのこもった笑みを浮かべながら、まるで休日に街中でいじめられっ子に出くわしたいじめっ子のように、馴れ馴れしく声をかけてくる。

 

「全く変わらないなぁ。悪い意味で、だけど」

「しばらく顔を見せないと思ったが……何故、逢瀬を選んだ?」

 

 裁場はそんなフィフティの言動に眉一つ動かすことなく、低い声でそう問いかける。

 フィフティは裁場が何故怒っているのかを察したようだが、あくまでも自分が悪いことをしているとは思っていないようで、無責任にも肩をすくめながらへらへらと笑う。

 その態度が裁場の怒りに火をつけた。裁場は目にもとまらぬ速さでフィフティの胸倉をつかみ上げると、歩道橋の手すりに彼の身体を押し付ける。歩道橋から上半身を乗り出す形になったフィフティは、背中の下を走る車たちに臆することなく、笑みを崩さずに裁場の問いかけに答える。

 

「選ばれたものはしょうがない。いや、クロスドライバーの出自を考慮すれば、あれは必然だったのかもしれないね」

「そんなことはどうでもいい。どういうつもりなんだ⁉ なぜ彼みたいな子供が仮面ライダーになったんだ⁉ 」

「何が不満なんだい?逢瀬くんのポテンシャルはなかなかのものだ……きっと君と肩を並べられるだろうに……いや、もしかしたら君をしのぐかもしれないよ?頼もしいと思わないかな?」

「そういう問題じゃない!こんな戦いに身を投じるのは俺の様な大人だけでいいはずだろう……何故、何故逢瀬瞬を――」

 

 フィフティの胸倉をつかみながら裁場がそこまで言いかけた瞬間、フィフティが大声を上げて笑い出した。それに驚いた裁場は思わず、フィフティの胸倉を掴んでいた手を緩めてしまう。その隙をついて、フィフティは身体をよじって裁場の手を振り払うと、持っていた杖の柄先で裁場の腹を軽く小突きながら、裁場から距離を取る。

 その間、フィフティはずっと笑っていた。まるで裁場の言動のすべてを馬鹿にするかのように。そして、杖の先端で1回だけ歩道橋の橋桁を強く叩くと、馬鹿でかい溜息をつきながら、心底呆れたようにこう言った。

 

「笑わずにはいられないよ……裁場誠一、君の傲慢っぷりにはね!」

「傲慢だと……?」

「ああ、先ほどのAMOREの声明とタメを張れるレベルでの傲慢っぷりさ!おまけにそれに無自覚とはつくづく救いようがない……君とさっきのAMOREのお偉いさんの言ってることの、どこがどう違うというんだい?」

「…………何が言いたい?」

 

 裁場のその言葉を、フィフティは鼻で笑う。

 君の馬鹿さ加減には心底うんざりだよ、とでも言うかのように。

 

「逢瀬くんや灰司くんを戦わせたくないというエゴを押し通し、彼らの意見意思には耳を貸さない。他人の意思を尊重することなく、己の信念のためにそれを否定する。その一点においては同じ穴の狢だよ。それでヒーローを気取るようならば……クロスドライバーを没収することも吝かではないのだがね」

 

 フィフティは手に持っていた杖の先端を裁場の喉元に突き立てながら、釘を刺すように言う。酷く冷たい声だった。

 そう。裁場の、瞬や灰司に対する言動は、本人達の意思を認めていないものだ。真っ当な大人としての責任感から来る正しいものであると同時に、どこまでも独りよがりでしかない意見だ。本気で彼らを戦いから遠ざけたいと思うのならば、彼らの意見もよく聞くべきだったのだ。だが、裁場はそれが不十分だった。そうなってしまった理由はただ一つ。

 

「私はね、君が望んだから力を授けたんだ。君の贖罪意識に共感したわけじゃあない。君の自責の念に他人を巻き込むな。私はそんなくだらないもののために君を仮面ライダーに選んだのではない」

「…………」

 

 そう告げるとフィフティは杖を下ろし、裁場に背を向けて歩き出す。

 裁場はただ静かに、歩道橋の下の道路を見下ろしていた。その脳裏に浮かぶは、死んでいった同僚たちの顔。AMOREエージェントとして最前線で転生者達と戦ってきた中で積み重なってきた、自責の念。目の前で命を散らしていった年下の同僚達と、屍の山で落胆する少年の顔が、どうしても離れないのだ。

 死にゆく命を減らしたいという願いと、戦ってでも成し遂げたい思い。曲げるべきなのは、どちらなのだろうか。おそらく、どちらも尊いもので、天秤にかけることも烏滸がましいのかもしれない。だが、裁場はその価値を図ることを辞めるわけにはいかなかった。

 

「…………どっちにしろ、やることは変わらないさ」

 

 そう呟き、裁場は顔を上げた。

 まずは現実の問題を片付ける。それは一種の逃避なのかもしれないが、間違いなく、裁場がしなければいけないことなのだ。

 

「傷つくのは俺だけでいい。それが俺の正義だ」

 

 裁場は、自らに言い聞かせるように、そう呟いた。

 


 

 PM23:44 プラネットプラザ2階

 

 御手洗倫吾が目覚めて最初に感じたのは、床の冷たさだった。

 ひんやりとしたタイル張りの床は、朧げになっていた意識を確固たるもののするには充分すぎるものだった。起き上がってあたりを見渡すと、兎に角暗い。服を着たマネキンが陳列されていたり、商品棚に積まれた玩具のパッケージがあったりするところを見るに、どうやらデパートかなんかだろうか。それもとっくに営業時間の過ぎ去った。

 子供の頃に、誰もいない無人のデパートで好き放題する妄想を一度はしたことがあるだろう。シチュエーションは確かに叶っているのだが、それ以上に暗く静まり返ったこの空間への恐怖の方が勝っていた。好奇心なんて刺激されるわけがない。

 

「ここは、一体……」

 

 手探りで暗闇の中を歩くうちに、倫吾は、少しずつ暗闇に慣れてきた。少し歩いてみると、壁に行き着いた。どうやら自分が今いるのは、デパートの中でもかなり端っこの方らしい。ここからは、壁をつたって歩いてゆくことにした。手探りで進むならば、その方が安全だからだ。

 

「嘘っすよね……皆があんなことするはずないっすよね……」

 

 気を失う前に見たあの光景。眠らされた湖森とトモリの姿と、それを平然と見つめている同僚たちの姿がフラッシュバックする。たった数分前まで和気藹々としていたはずなのに、どうしてあんなことができようか。あれらを思い出すたびに、吐き気がこみあげてくる。

 あれはきっと悪い夢だったんだ。そう思いたかったが、そしたら今の状況が説明つかなくなる。今自分が置かれている状況が、否が応でもあれが夢なんかじゃなかったことを思い知らせてくる。

 その時だった。

 

「…………?」

 

 ガサゴソと、近くで音がする。

 こんな真っ暗闇の中で、誰が何をしているというのだろうか?倫吾はビビりながらも、AMORE隊員としての意地を頼りに音源に向かって手探りで歩いてゆく。自らが、怖さを打ち消せるほどの行動力を持ち合わせていることに、この瞬間だけは嫌悪した。

 少し歩くと、暗闇の中で揺らめく光源らしきものが見えてきた。警備員が懐中電灯でも持って巡回しているのだろうか。

 倫吾は念のため、商品棚の影に隠れながら様子を伺う。懐中電灯を持った人影が、吹き抜け脇の通路を歩いている。その姿は、人影自身が手に持った懐中電灯で明るく照らされている。あの嫌でも目立つ痛々しい魔法少女コスの女性を、倫吾は知っている。寧理だ。

 知った顔に思わず安堵し、倫吾は物陰から這い出て背後から彼女に声をかける。

 

「ね、寧理……こんなところで何を……?」

「あら倫吾、ようやく目が覚めたのね」

 

 振り返った彼女は、いつも通りに受けごたえする。しかし、倫吾はあることに気づいた。

 寧理が振り返った際、彼女が手に持っていた懐中電灯によって、ほんのわずかな間だけ照らされた吹き抜け。そこに、何かがあったように見えた。しかし、暗闇になれたとはいえ、辺りは暗いので光源なしではよく見えない。

 気のせいだろうかと考えていると、寧理の背後からもうひとつの影が現れる。懐中電灯の光に照らされたその人物もまた、倫吾のよく知る顔であった。

 

「終わったぞ」

「巻密……終わったって、何やってたんすか?一応チームメイトなんだし教えてくれてもいいじゃないっすか」

「見ればわかる――ほら」

 

 巻密がそう言って吹き抜けの方を指さすと同時に、暗闇に包まれていたデパート内の照明が一斉に点灯する。眩しい光に思わず目を瞑ってしいそうになる倫吾だったが、彼の目に飛び込んできたのは光だけではなかった。

 

「え……?」

 

 その光景は、倫吾の声を奪うには充分なものだった。

 倫吾の目に映っていたのは、吹き抜けから吊るされた2人の女性――湖森とトモリの姿だった。

 3階通路の手すりと天井から伸びる縄で吊るし上げられた彼女たちは、眠ったまま微動だにしない。ゆっくりと吹き抜けの下の方に視線を向けると、1階の通路から此方を凝視する殊宮と古峰の姿がそこにはあった。高さにして10数メートル。あの高さから落ちたら、よくて大怪我、最悪死亡するだろう。一般人であるはずの彼女たちがそんな状態に置かれていること自体がおかしいのだ。

 

「なに、やってんすか……?」

「仕事よ」

 

 やっとのことで絞り出したその言葉に、寧理は冷たく、端的にそう言い放った。

 これが、仕事?

 たった数時間前に出会ったばかりの人間を文字通り吊るし上げる仕事とはなんだ?AMOREの仕事内容を思い返してみても、こんなことをする必要性がまるで分らない。なんでこうなっているのだ?そして、なんで寧理も巻密もこんなに平然としているのだ?倫吾は、彼らがこんなことをするような奴ではないということはよく知っている。

 状況が読み込めずに混乱している倫吾の様子を見て、巻密は、なんで驚いているのかわからないとでも言うかのように、不思議そうな顔をする。

 

「何驚いてるんだ?たった数時間前に出会った人間に対して、随分と入れ込んでいるじゃないか」

「いやおかしいっすよ!会ったばかりの人間にこんな仕打ちをする方がおかしいじゃないっすか⁉ 」

「それは彼女達が人質だからだよ」

 

 動揺する倫吾に、更なる声がぶつけられる。

 

「え、なんであんたが此処に……?」

 

 商品棚の影から姿を現したのは、白い制服を身に纏った壮年の男性――倫吾達の直属の上司だった。

 普通、上の役職の者は滅多に前線に赴かない。いつも本部に引きこもっては、倫吾達のようなフィールドエージェントに通信越しなどで命令するような感じなのだが、どういうわけか、こうして前線に出てきている。

 いや、彼がなぜここにいるのかなんてどうでもいい。

 問題は発言内容。人質と、そう言ったのだ。一体何に対する人質なのかはわからないが、少なくとも彼女たちがこのような扱いを受けていいとは、倫吾には到底思えなかった。立場の違いを忘れ、思わず上司に掴みかかろうとするが、その瞬間、倫吾の頬に鈍い痛みが走るとともに、彼の身体は横に吹っ飛ばされる。

 ガシャンと大きな音を立て、玩具の箱がうず高く積み上げられていたワゴンを押し倒すような形で尻餅をつく倫吾。彼が顔を上げると、そこには、上司を守るように立ちはだかる巻密の姿があった。いきなり自分を殴りつけた同僚のその目は、人形のように無感情だった。その様子を見て、倫吾は彼らはまともじゃないと判断する。

 

「どういう……ことなんすか……」

「ああ、君は聞いていなかったのか」

「だ、だっておかしいじゃないですか……こんなの正義の味方がすることじゃあないっすよ……?俺は、純粋に平和を守りたくてAMOREに入ったんすよ⁉ 」

「我々は正義の為に戦うのではない。秩序の為に戦うのだよ」

 

 上司がそう言うと、いつの間にか下の階にいたはずの殊宮と古峰までもが、倫吾の前に立っていた。

 そして、彼らは一斉にぞっとするような冷たい笑みを溢しながら――本性をあらわにした。

 

《KAKUSEI THE・HAND》

《KAKUSEI INKLING》

《KAKUSEI CHAOS SOLDIER》

《KAKUSEI TEXIRO・FINALE》

「あ、ああああ……!」

 

 倫吾の目の前で、同僚達がオリジオンに変化していく。

 巻密は両手が肥大化した怪人に、寧理は全身が黄色いリボンでぐるぐる巻きにされ、マスケット銃を両手に持った怪人に、古峰は全身から泥のようなものを垂れ流すイカのような怪人に、殊宮は黒いボロボロの甲冑を身に纏った怪人に、それぞれ姿を変えていた。

 オリジオンと化した巻密達の背後で、上司が笑っている。どうして彼が笑っていられるのか、倫吾には理解できなかった。これは明らかな離反行為。トップが知ればよくて懲戒解雇からの牢獄送り、最悪抹殺されるほどの重罪だ。

 尻餅をついたままその場から動けないでいる倫吾を、上司は嘲笑う。

 

「長官のお花畑っぷりには心底うんざりさせられるよ。世界を守るためには泥水を啜る覚悟がなくてはならんというのにな……不穏分子は極限まで排除するのみ、だ。アクロスもイスタも回収し、我々が管理する。それでこそ秩序は守られるのだよ!」

「そんなの秩序でもなんでもない……ただの支配だ……!俺はこんなことをするために組織に入ったんじゃない!世界を守るためにAMOREに入ったんだ!」

「おいお前ら、有事に備えてデモンストレーションでもやったらどうだ?丁度ここに的がいるようだしな」

 

 上司がそう投げかけると、オリジオン達が一斉に倫吾の方を向く。

 瞬間、倫吾ひとりに幾人分ものの殺気が浴びせられる。それは、命の危機を知らせるには充分すぎた。

 それでも、倫吾は呼び掛けずにはいられなかった。

 

「皆、目を覚まs」

 

 ――バシュン。

 倫吾が何か言おうとした直後、殊宮が変じたオリジオンが、手に持っていた剣で容赦なく倫吾を斬りつけた。

 


 

AM0:00 公園

 

 

 公園にて、瞬達は合流した。ついでに遊矢とか野獣(ステハゲ)とかセルティとかもいる。大所帯過ぎるだろという突っ込みはない。する奴も余裕もない。

 瞬から事情を聴かされたアラタは、腕を組んで悩む。

 

「少し目を離した隙にそんなことになってるなんてな……」

「また蚊帳の外⁉ 私を放置しないでよ!」

 

 またまた自分のあずかり知らぬところで事態が進展していることに対して、唯は不満たらたらだった。そんな彼女に瞬はぽかぽかと殴られながら、なんか言動がネプテューヌまんまなんだよなあ、と留守番中の自称女神の顔を思い出してげんなりしながら、話を進める。

 

「……と言った具合に、思った以上にややこしいことになっている」

「ボマーはイスタって子を狙ってるんだろ?ならボマーも確実にそこに来るんじゃないのか?」

「うん。あの執着具合からすると、絶対来るよ。おかあさんもそう言ってる」

「ならAMORE・イスタ・ボマーのいずれかを追うにしろ、どの道目的地は同じになるんじゃないかしら?」

 

 アラタの発言に、律刃と大鳳が同意する。確かに、現状は全ての陣営がイスタを手中に収めんとして動いている。キンジや野獣はボマー、レイはイスタといった具合に各々で目的は違うが、そのどのゴールを目指す過程でも、ぶつかる障害は変わらない。

 

「ともかく事態は一刻を争う。俺はこれから湖森と(ついでにトモリも)助けに行く」

「じゃあ相手の要求を呑むの?」

「それは……」

 

 大鳳の問いに、瞬は答えられなかった。

 クロスドライバーを差し出せば、湖森達はかえってくる。瞬としては、当然のことだが妹である湖森の安全が最優先だ。どんな代償を払ってでも彼女を取るだろう。それでいい――

 

(――それでいいのか?)

 

 ――とは思えない。

 AMOREに攫われたアンドロイドの少女・イスタ。要求を呑もうが拒もうが、どの道彼女を見捨てることになる。湖森達が戻ってきました、で済ませていいのか?それで本当にハッピーエンドなのか?

 瞬が悩んでいると、それを察したレイが縋り付いてきた。

 

「まさかお前、イスタを見捨てるとか言うんじゃないだろうな……?」

「っ!! そんなつもりは……」

「頼むよ……あいつを取り返してくれ!あいつを……渡したくない……頼む……」

「…………」

 

 こちらに泣きつくレイの姿を見て、瞬ははっとした。

 見ず知らずのアンドロイドを差し出すことはできない。身近な人のためにほぼ初対面の他人を犠牲にするような、狭量な人間にはなれない。それをしてしまえば、切り捨てた瞬自身も、それを知った湖森達も苦しむ。何より、仮にもヒーローを名乗る人間が命の選別をしてはいけないのだ。ヒーローは救う命を選ぶ資格のない存在なのだから。

 同時に、瞬の脳裏に裁場の言葉がよぎる。

 

“――むやみやたらに危険に突っ込んでいくのがヒーローとでも思っているのか⁉”

 

 戦ってほしくないという彼の気持ちも分かる。それは良識ある大人がもつ、ごく一般的な感情だ。できることなら瞬もそうしたいと思っているが、どうしてもそれができない。すべてを裁場に押し付けて自分たちは安全圏で結果待ち、というのを果たして許容できるだろうか?

 瞬が考えこんでいると、剣崎が問いかけてきた。

 

「どうするんだ?」

 

 言われるまでもなかった。

 そんなの、はじめから決まっている。

 

「助けるに決まってんだろ……湖森達も、イスタって子も助ける。クロスドライバーだって渡さない。ひとつだって取りこぼしはしない!」

 

 悩む必要は無かった。

 これまでと変わらない。誰かが助けを求めていて、自分にはそうできるだけの力がある。おそらくだが、仮面ライダーとして戦っているうちに、そうせずにはいられなくなっていたのだ。 

 ギフトメイカーや転生者が、多くの人を傷つけていることを知ってしまったから。被害者の存在を知ってしまった以上、それに手を伸ばすことを辞めて日の当たる場所でのうのうと生き続けることはできないし、きっと耐えられない。

 その考えに至ったのは、瞬だけではなかった。

 

「私も納得できない。ガツンとカチコミ入れて、思いきり言ってやろうじゃん! “お前は間違っている”ってさ!」

「同意見だ。弱きを助け強きを挫く……それが私の騎士道だ」

 

 唯とセラは、そう言いながら強く頷いた。

 否、彼女達だけではない。

 

「助けたいんだろ?ならその気持ちに嘘をつくべきじゃない。俺も力を貸す」

「思った以上に大事になったけど……これも何かの縁だ。俺達も手伝う」

「勝手に決めるなっ……まあアタシもあの……オリジオンだっけ?一発風穴開けてやりたいと思ってたのよね」

「なんかよくわかんねーけど、俺を殺しかけやがったうえに無視とかバッチェ頭に来ますよ!絶対文句言ってやる!連れてけよ~頼むよ~」

「瞬には前に助けられたからな。俺もできる限り力を貸す!」

『ここで帰るのは気分が悪い……乗り掛かった舟だ、私も最後まで付き合おう』

 

 剣崎もキンジもアリアも野獣も遊矢もセルティも、同じ気持ちだった。ここで降りることを望む者は誰一人としていなかった。

 ある者は正義感。ある者は事態の片棒を担いだ責任。ある者は恩返し。ある者は憤り。目的も感情も今一つ纏まらないが、行き先は同じだった。

 

「行こう。全てを終わらせに」

 

 一斉に、足を踏み出す。

 この乱痴気騒ぎの終幕は、近い。

 




ねちねちフィフティ再びです。
他人の気持ちを考えられてはいないという点では、裁場もそうなんだということを指摘するためのシーンでした。善意のぶつかり合いの決着は、もう少し先になります。

これで導入はおわり。
ようやく後半戦。ここから再びバトルの連続です。
できれば年内に1章完結まで行きたいなあ。

次回 AM1:23/破滅を誘うサーキット


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第31話 AM1:23/破滅を誘うサーキット

池袋編その8……だったと思います。

前回のあらすじ
・皆集まって!総力戦だよ!


…………がんばります!


 

 AM1:00 プラネットプラザ付近

 

 夜の池袋の街を、なんか変な集団がぞろぞろと歩いていた。

 

「なんか、すっごい大所帯だよね……」

「今更何も言うまい」

 

 志村のつぶやきに、セラがそっけなく返す。

 彼の言うとおり、瞬達はかなり大勢で行動している。仮面ライダーに決闘者(デュエリスト)にホモ、首無しライダーに武偵に騎士に小学生と、かなりバラエティ豊かな面子が集まっている。おまけに、そのうちの半分くらいは、もともと別の事件を追っていた部外者と来た。

 なんで全員で律義にAMOREの元へと向かっているのかという疑問は当然わいてくる。最後尾を歩いていた大鳳が、「なんで君達同行しているの」組筆頭であるキンジとアリアに問いかける。元々彼らはボマーオリジオンの事件を追っていたところを、アラタ達が無理矢理巻き込んだ形となっているからだ。

 

「……わざわざあなたたちまでついてくる必要は無かったのに」

「武偵が依頼を投げ出すのは許されない。それに、イスタを狙っている以上、関係者は全員ここにあつまってくるはずだ。あの場からいなくなった奴を含めて、全員がな」

「キンジ、その言葉に嘘はないのよね?もし嘘だったら風穴開くけどいい?」

「安心しろよ武偵の坊主……赤浦は絶対来る」

 

 イスタを追えば必ずボマー――赤浦に行き着くと思っているキンジと、半信半疑なアリア。しかし、レイはキンジの考えに強く同意している。ボマーをよく知るレイが言うのだから、きっとそうなのだろう。

 

「それにしても、首無しライダーの噂がホントだったなんて驚きですねー」

『……驚かないんだな、君達は』

「まあ色々と化け物を見てきたと言いますか……慣れ、なのかな」

『その遠い目、なんか凄く不安になるからやめてもらっていいか?』

「で、だ。直接戦闘は俺と瞬、セラが担当するとしてだな……」

「わたしたちもやるー!」

『君の実力を過小評価しているわけじゃないんだけど、それはちょっとできないな』

「流石に小学生に戦わせるのは大人として感じ悪いというか……」

「三浦さん、なんか腹減んないすか?」

「腹減ったなあ」

「ですよねえ」

「数分前まで自分をコケにされていたことに怒ってた人とは思えない会話だなあ……」

 

 瞬の後方では、セルティの存在に興味津々のハルだったり、冷静に戦力分析をしている剣崎だったり、空気を読まずに腹減ったと言い出すホモ2匹だったりと、なんだかわちゃわちゃした会話が繰り広げられていた。これから喧嘩売りに行くとは思えない雰囲気である。

 それをちらりと見ながら、出発前のあの真剣な顔はなんだったんだと愚痴をこぼす瞬。

 

「あれ、おにいさんそれ……」

「え?」

 

 瞬の腰に巻かれたクロスドライバー――正確には、その側面にぶら下がっているライドアーツ用のホルダーを指差している。このホルダーは、某猫型ロボットのポケットのように異次元空間となっており、際限なくライドアーツを入れられるようになっている。ベルトを巻いていない時は、ベルト部分共々バックルに格納されている。

 瞬が何か言おうとする前に、律刃はライドアーツホルダーに手を突っ込んだ。慌てて瞬が彼女の手を引っこ抜こうとするが、それよりも早く、律刃はとあるものを引っ掴んでいた。

 それは、最初にボマーオリジオンと遭遇したビルで拾った彫刻刀だった。クロスドライバーのベルト部分にぶら下がっていたライドアーツホルダーに一緒に突っ込んでいたので、ベルトを外す際にそのままホルダーごと収納されてしまっていたのだ。

 

「…………お前のだったのか?」

「うん。爆弾魔追ってるときに落としたみたい」

 

 なんでそんな危ないもん持ち歩いているのかとか、なんであんな危ない場所にいたんだとか、色々と言いたかったのだが、瞬の内心を察した律刃はとてててと走り去り、アラタの背後に隠れてしまう。

 そうこうしているうちに、瞬達は、AMORE側から取引現場として指定されたショッピングモール・プラネットプラザに到着していた。

 既に営業時間を過ぎたショッピングモールは、不気味に沈黙を保っている。流石に都心と言えど、この時間帯に外を出歩いている人は少ないので、それが不気味さに拍車をかけている。

 時刻は深夜1時ジャスト。取引時刻まで1時間を切ろうとしているが、そもそもはじめから決裂するどころか、成立しえない取引だ。期限は目安でしかない。それはきっと向こうも同じだ。あんな取引なんて、最初から何の意味もなしてはいないのだ。

 

「ここなんだよな?」

「地図上ではここなんだけど……」

 

 スマホの地図アプリを見ながらアラタの問いに答える唯。

 その時、

 

「おっと、ここから先は通さないぜ?」

「誰だお前は⁉ 」

 

 なんともシチュエーションにピッタリな台詞が飛び込んできやがった。

 瞬の声に答えるように、街路樹の影から、学ランのような格好をした長髪の青年が姿を現す。その左腕には、遊矢や柚子のモノと同じ機種のデュエルディスクが装着されている。

 

「俺はサキュラス、決闘者(デュエリスト)だ。ギフトメイカーの命を受けて貴様らの邪魔をしに来た……さあ決闘(デュエル)だ!」

 

 そう言うと、サキュラスは左腕に装着したデュエルディスクを、瞬達に見せつけるように突き出す。それと同時に、リアルソリッドビジョンのカードプレートが出現する。相手はやる気満々だ。

 しかし、この場にいる決闘者は遊矢と柚子のみ。

 ここは自分がいくしかないと腹をくくり、遊矢がズボンのポケットからデュエルディスクを取り出しながら、皆の前に出ようとする。

 

「丁度いい、一度転生者と直接話がしたいと思っていたところだ」

「は?」

 

 しかし、その申し出を受けたのは、遊矢でも柚子でも、瞬でもなかった。

 その声は、瞬達のはるか後方からしていた。

 振り返るとそこには、いつの間にか1台の黒いリムジンが停車していた。そして、リムジンの後部座席の扉が開かれ、そこから一人の男が姿を現す。

 その人物の姿を見て、瞬も遊矢も、そしてサキュラスも驚愕した。なぜならその人物は、この状況で出てくるにはあまりにも唐突過ぎる存在だったからだ。おまけに、彼らはその人物のことを知っている。

 サキュラスは忌々しそうに、その人物の名を口にした。

 

「なんでそこでお前が出てくるんだよ……赤馬零児!」

 

 そう。

 赤いフレームの眼鏡をかけ、灰色のタートルネックセーターの上から、針金が入っているのかと思わざるを得ないような形状をした赤いマフラーを首に巻き、スニーカーを素足履きした銀髪の青年。

 彼の名は赤馬零児。

 レオ・コーポレーション社長にして、この次元屈指の実力を誇る決闘者(デュエリスト)。その名と実力は、この世界の決闘者ならば誰もが理解している。それほどまでの強者が、何の前触れもなく表れたことに、この場にいる誰もが驚愕と困惑の表情を浮かべずにはいられなかった。

 零児は、そんな周囲の反応を気にすることなく、ズボンのポケットかた灰色のデュエルディスクを取り出して左腕に巻き付け、腰のデッキホルダーからとりだしたカードデッキをデュエルディスクにセットする。

 すると、セットされたデッキが自動的にシャッフルされるとともに、デュエルディスクの液晶パネルが点灯し、格納されていたEXデッキが展開する。そして最後に、リアルソリッドビジョンでできたカードプレートが生成される。

 ――準備万全であった。

 

「どうした、決闘がお望みなのだろう?」

「けっ……まあいい、ギフトメイカーに送り込まれた決闘者はもう1人いるんだ。他の奴らの相手はそいつに任せることにするさ。貴様ほどの実力者を下せれば、きっとギフトメイカーも俺を認めてオリジオンにしてくれるはずだからな」

 

 ご丁寧な説明台詞を舌打ち交じりに言い切るサキュラス。

 

「零児……どうしてお前が……」

「転生者……君たちの存在については、わが社が独自に調査を進めている。この前はよくも舞網(にわ)で暴れてくれたものだ。君たちが何を考え、何を思い、何を企んでいるのかは知らないが、この前の様な暴挙を繰り返されては敵わない。だからこうして、転生者(きみたち)と話をする機会を待ち望んでいた」

「流石大企業の社長……ぬかりないというか、末恐ろしいというか……」

「念のため榊遊矢に監視をつけていて正解だった。どうやら転生者は余程彼が嫌いらしい……この1週間だけでうようよと釣れたよ」

 

 そう。零児は少し前に舞網で暴れたオッドアイズオリジオン――札道マサルの一件で転生者の存在を認識し、それを危険視し、独自に調査をしていた。

 その結果、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、遊矢の周囲を監視することで転生者を探し出し、それを捕まえることで調査を進めていたのだ。

 それを知った遊矢は当然反発する。知らない内に転生者を誘う餌にされていたのだから、怒るのも無理はない。

 

「俺を知らない内に餌にしてたってのかよ⁉ 」

「それについては後で詫びよう。ともかく、ここは私が引き受ける。この先に用があるのだろう?早く行きたまえ」

「あ、ああ……任せたぞ!」

 

 色々と訊きたいことがあったが、今は湖森達を助けるのが最優先だ。瞬は何か言いたげな遊矢の手を引っ張りながら、プラネットプラザの入口へと走っていった。

 後には、零児とサキュラス、そしてリムジン内に待機している零児の部下数名が残される。

 両者が思ったことはただ一つ。

 これで邪魔者は消えた。思う存分戦える。

 

「「決闘(デュエル)!!」」

 赤馬零児:LP4000 HAND×5

 サキュラス:LP4000 HAND×5

 


 

 プラネットプラザ1階 中央吹き抜け通路

 

 零児の予期せぬ乱入のおかげで、難なく店舗内に侵入できた瞬達。

 本来ならば既に営業時間は過ぎている為、自動ドアも動かなくなっているはずなのだが、何故か普通に動いていた。恐らくだが、AMORE側が勝手に稼働させているのだろう。

 

「それにしても、閉店後のショッピングモールって不気味だよね……まさしく、沈黙の巨大迷宮って感じかも」

「勝手に戦場にされて、お店の人達はいい迷惑だろうなあ……」

 

 唯と志村が呑気なことを言っているが、その内容自体はまあまあ頷けるものだった。普段ならば大勢の客で賑わっているであろうショッピングモールも、酷く閑散としている。照明やエスカレーターが普通に稼働している分、余計に不気味な印象を抱かせるのだ。

 

「よくわからないけど、助かったんだよな?」

「ああ。零児の実力は折り紙付きだ。あそこはあいつに任せても――」

 

 遊矢がそう言いかけた時だった。

 

「覚悟しろ!AMOREに逆らう不届き者め!」

「うわっ⁉ 」

 

 吹き抜けの上の方から声がしたかと思えば、次の瞬間、瞬達のすぐ目の前で、ガシャン!と大きな音がした。

 一体何事だと瞬が前方を見ると、そこには、ひしゃげたショッピングカートが転がっていた。今の音は、誰かが上階からショッピングカートを投げ捨てた音だったのだ。下手をすれば誰かに当たって視認が出ていたかもしれない。その事実を認識しただけで、瞬の身体は軽く震えあがる。

 

「外したか。まあもとより当たるとは思っていなかったし、これで終わってしまっては味気ないからな」

 

 目の前に設置された、2階へと続くエスカレーターの最上段。そこに、素肌の上に白いコートという、若干寒そうな格好の青年が仁王立ちしていた。青のメッシュの入った、戦闘民族(サイヤ人)ばりに逆立った黒髪と、コートの下から垣間見える、鍛え上げられた筋肉が、彼を只者ではないと暗に告げているような、そんな印象を瞬は受けた。

 青年は、自身の左腕に装着したデュエルディスクを見せつけると、エスカレーターの最上段から1階へと飛び降りた。高さにして20数段。それほどの高さから飛び降りれば、骨の1,2本は軽く折れるはずなのだが、階下へと着地した青年はそんなそぶりをつゆも見せずに、ペタペタと足音を立てながら、瞬達に接近してくる。

 

「オレは恐竜崇(おそれたつたか)。AMOREエージェントと決闘者(デュエリスト)を兼任している」

「今度はAMORE……!」

「ここから先は通さない。オレのリングで全員K.O.してやるよ」

 

 ギフトメイカーの次は、AMORE配下の決闘者(デュエリスト)が現れた。

 もう、さっきのように都合のいい増援はやってこない。ならば、やることはひとつだった。

 

「ここは俺が何とかする」

「遊矢……」

 

 そう言いながら、遊矢が皆の前に立つ。

 決闘者(デュエリスト)の相手ならば、同じ決闘者(デュエリスト)がするのが筋というモノ。それならば、遊矢か柚子がこの役目を引き受けるしかない。それに遊矢は、決闘者(デュエリスト)である共にエンターテイナー。決闘(デュエル)という名の舞台から逃げるような真似はどうしてもできない。

 瞬は何か言いたげだったが、間髪入れず遊矢は彼の背中を押す。

 自分に構わず先に行け。助けたい人がいるんだろう?と諭すように。

 

「妹さん、ちゃんと助けてやれよ?」

「……わかった」

 

 瞬はそう言うと、皆を引き連れて先に進む。竜崇は行かせまいとして、カードを数枚、手裏剣のように投擲するが、投げつけられたそれらは、律刃が彫刻刀で全部バラバラに切り裂いてしまった。その様子を見て、竜崇はわざとらしい溜息をつく。

 後には竜崇と遊矢と、彼を心配して残った柚子の2人が残される。竜崇は自分のデッキをシャッフルしながら、カード手裏剣を外したことについて愚痴をこぼす。

 

「やっぱ実力行使はむいてないのかもなーオレ。肝心な時に限って外すんだよなーこれ」

決闘者(デュエリスト)ならカードで勝負しなさいよ」

「やっぱそうするしかないか……その方が性に合ってるんだろうな」

 

 竜崇はそう言うと、デッキをデュエルディスクにセットし、目を覚ますかのように、自分の両頬を数回叩く。

 そして、遊矢を指差して宣言する。

 

「こいよ榊遊矢!オレが完膚なきまでにぶっ倒してやるぜ!」

「瞬達の邪魔はさせない!お前を倒して、先に進む!」

 

 デュエルディスクを取り出しながら、遊矢も負けじと啖呵を切る。

 

「遊矢がやるなら私も!私だって決闘者なんだから!」

「柊柚子、お前は観客(ギャラリー)だ」

 

 遊矢がやるならと、自身も戦おうとする柚子。

 しかしそんな彼女がが鬱陶しかったのか、竜崇はズボンのポケットから一枚のカードを取り出し、柚子目がけて投げる。

 柚子はそれを難なく避けるが、カードが床に刺さった瞬間、カードから鎖の様なものが跳びだし、柚子の身体を拘束する。

 

「柚子⁉ 」

「安心しろ、決闘(デュエル)が終われば解放してやる。さあ始めようぜ、新時代の決闘(デュエル)を!」

「新時代の決闘(デュエル)……?」

《フィールド魔法発動、"クロス・オーバー"》

 

 遊矢のデュエルディスクが起動し、デュエルデプレートを生成すると同時に、アクションフィールドを生成する。アクションカードと青い半透明の足場が空中にいくつも出現し、周囲は淡い光に包まれる。

 

「「決闘(デュエル)!」」

 遊矢:LP4000 HAND×5

 竜崇:LP4000 HAND×5

 

 また一つ、戦いの火蓋が切られた。

 


 

プラネットプラザ 正面入口前

 

 瞬達を先に行かせる為に、サキュラスを足止めすることとなった零児。

 

「先攻はお前さんにやるよ。かかってきな!」

「ならそうさせてもらおう……私は魔法カード“隣の芝刈り”を発動!自分のデッキ枚数が相手より多い場合、デッキ枚数が相手と同じになるように、デッキの上からカードを墓地に送る!」

「いきなり芝刈りかよ……ふざけやがって」

「私のデッキ枚数は45枚。君は35枚。よってその差……10枚のカードを墓地に送る」

 

 そう言うと零児は、自分のデッキトップからカードを10枚取り出し、それを纏めてデュエルディスクの前面にある墓地に送る。

 それを見て、サキュラスは早くも先攻を譲ったことを後悔し始めていた。転生者である彼は、零児の使用するデッキの特性をよく理解している。零児のデッキは墓地活用が非常に得意。初手で10枚も墓地を肥えさせられた以上、ここから零児の怒涛の展開が始まることは容易に想像がつく。

 だが、サキュラスは焦りながらも、未だに余裕も捨ててはいなかった。

 

(ふっ……いくらお前が強かろうが、お前は既に俺の土俵に入っているんだ!お前の知らない決闘を見せてくれる……!)

 

 それが強がりかどうかは、本人以外にはわからない。だが、大抵の決闘者ならば、口をそろえてこう言うだろう。

 “決闘を続ければわかる”と。

 

「そして、永続魔法“地獄門の契約書”を発動。その効果により、デッキから“DDスワラル・スライム”を手札に加える」

「来るか……!」

「ほう、その顔を見るに、君はどうやら私の戦術を知っているようだ……ならば望み通り、君の期待に応えるとしよう。私は手札の“DDスワラル・スライム”の効果発動!このカードと手札の“DDバフォメット”を素材に融合召喚を行う!黒き翼をもつ異形の神よ、自在に形を変える神秘の渦よ。今一つとなりて新たな王を生み出さん!融合召喚!レベル6、"DDD烈火王テムジン"!」

DDD烈火王テムジン:☆6 ATK2000

 

 零児がそう言うと、零児の手札から青緑のスライムのような生物と、山羊の頭と大きな翼をもつ悪魔が飛び出し、光の渦となって零児の頭上で溶け合い、ひとつとなる。そして、その渦の向こうから、炎の剣と大盾を持った人型のモンスターが現れる。

 だが、これで終わりではない。ここからが零児の操る"DD"の真骨頂だ。

 

「更に私は、墓地の"DDネクロ・スライム"の効果発動し、ネクロ・スライムと墓地の"DDプラウド・オーガ"を除外することで、融合召喚を行う」

「"隣の芝刈り"で落としたカードか……ったく、運がいいな」

「自在に形を変える神秘の渦よ、誇り高き戦鬼と一つとなりて、真の王と生まれ変わらん!融合召喚!レベル7、"DDD神託王ダルク"!」

DDD神託王ダルク:☆7 ATK2800

 

 サキュラスが愚痴をこぼす前で、零児の墓地から髑髏を携えた黒いスライムと、鎧と大鎌を装備した(オーガ)が飛び出し、テムジンの時同様に光の渦に溶け込む様にして消え、そこから、鎧を身に纏った悪魔の女騎士が現れる。

 

「"DDD烈火王テムジン"の効果!自分フィールドに他の“DD”モンスターが特殊召喚された時、墓地から“DD”モンスター1体を特殊召喚する!私は“DDバフォメット”を特殊召喚!」

「GUUUUUU!」

DDバフォメット:☆4 ATK1600

 

 墓地から呼び出されたのは、テムジンの融合素材となったバフォメットだ。地面に空いた穴から勢いよく飛び出したバフォメットは、翼を大きく広げながら着地する。

 

「更に墓地の“DDスワラル・スライム”を除外し効果発動。手札から“DD”モンスター1体を特殊召喚する!現れろ、全てを統べる超越神…… “DDD死偉王ヘル・アーマゲドン”!」

DDD死偉王・ヘルアーマゲドン:☆8 ATK3000

 

 零児の手札から呼び出されたのは、軽く2~3mはありそうな巨大なモンスター。水晶の塊のような形の胴体の上に顔が乗っかているさまは、形容しがたい、異様な威圧感を放っている。これが零児のエースカードであるペンデュラムモンスター、その名もヘル・アーマゲドン。

 

「そして、手札からチューナーモンスター“DDナイト・ハウリング”を通常召喚し、効果発動。ナイト・ハウリングは、召喚成功時に墓地の“DD”1体を攻守を0にして復活させる。私は“隣の芝刈り”の効果で墓地に送られた“DD魔導賢者コペルニクス”を特殊召喚する」

DD魔導賢者コペルニクス:☆4 ATK0

 

 ヘル・アーマゲドンに続いて零児の手札から呼び出されたのは、空間に口と目だけが現出したかのような化け物だった。そいつはフィールドに現れるなり地面に向かって長い舌をのばすと、まるで穴からひっぱりあげるかのように、虚空から謎の機械のようなものを吊り上げる。

 

「私は“DDバフォメット”の効果発動。ナイト・ハウリングのレベルを3から2にする。そして、レベル6のテムジンにレベル2となったナイト・ハウリングをチューニング!その紅に染められし剣を掲げ、英雄たちの屍を越えていけ!シンクロ召喚!生誕せよ!レベル8、"DDD呪血王サイフリート"!」

DDD呪血王サイフリート:☆8 ATK2800

 

 バフォメットのレベル変動効果を使って呼び出されたのは、血に濡れた大剣を担いだ騎士だった。

 

「更に、レベル4のバフォメットとコペルニクスでオーバーレイ!この世の全てを統べるため、今 世界の頂に降臨せよ!エクシーズ召喚!生誕せよ、ランク4!"DDD怒濤王シーザー"!」

DDD怒涛王シーザー:★4 ATK2400

 

 零児がそう言うと、零児の目の前の地面に暗い穴のようなものが出現し、バフォメットとコペルニクスが紫色の光となってその穴に吸い込まれていく。そして、光が爆発するようなエフェクトが現れた後、黒い鎧と大きな金棒を装備したモンスターがフィールドに現れる。

 これがエクシーズ召喚。エクシーズモンスターがレベルの代わりに持つ、『ランク』という数値と同じレベルのモンスターを複数体並べ、それらの上に重ねる形でEXデッキからモンスターを特殊召喚する方法だ。

 融合、シンクロ、エクシーズ、ペンデュラム。4種のモンスターを先攻1ターン目に並べる展開力の高さと、それを迷いなくスムーズに行える判断力の高さが、DD――ひいては零児の恐ろしさなのだ。転生者であるサキュラスは、前世の知識から知ってはいたが、いざ目の当たりにすると流石に気圧され気味になってしまう。

 

「私はこれでターンエンド」

 

 零児は4体の大型モンスターを立ててターンを終わらせた。

 神託王ダルクには、効果ダメージをライフゲインに変換する効果。シーザーにはバトルフェイズ終了時に、このターンに破壊されたDDを蘇生する効果、サイフリートには魔法・罠の無効効果が備わっている。相手の攻めに対する最低限の対処手段は確立されている……はずだ。

 

「なら俺のターン!」

サキュラス:HAND5→6

 

 張り詰めた空気の中、サキュラスのターンに突入した。

 

「俺は手札から“オルフェゴール・プライム”を発動。手札の“星遺物-『星盾』”を墓地に送り、2枚カードをドローする。」

「星遺物……聞いた事のないカードだな……」

 

 零児が未知のデッキに警戒する中、新たにドローしたカードを見て、サキュラスはニヤリと笑った。

 

「魔法カード"予想GAY"!自分フィールドにモンスターがいない時、デッキからレベル4以下の通常モンスター1体を特殊召喚できる!"星杯に誘われし者"を特殊召喚!」

星杯に誘われし者:☆4 ATK1800

 

 魔法カードの効果により、ボロボロの外套に身を包んだ青年が出現する。零児はサイフリートの効果を使わなかった。使うタイミングを計っているのだ。

 しかしその時、ふいにサキュラスが笑い出した。

 

「見てろよ社長さんよお……あんたらの時代遅れの決闘とは違う、俺の新時代の決闘をな!」

「新時代の決闘だと?」

 

 新時代の決闘。それが何を意味するのか、この時の零児には想像がつかなかった。

 しかし、零児はそれをすぐに理解することとなる。

 サキュラスが天を指さすと、サキュラスが召喚した"聖杯に誘われし者"が赤い光となって空へと上がっていく。零児が空を見上げると、そこには、謎の枠の様なものが浮かび上がっており、光はそれに突っ込んでいっている。

 

「現れろ、破滅に誘うサーキット!アローヘッド確認、召喚条件はトークン以外の通常モンスター1体。俺は“星杯に誘われし者”をリンクマーカーにセット。 サーキットコンバイン!リンク召喚!現れろ、リンク1、聖杯竜イムドゥーク!」

聖杯竜イムドゥーク:LINK1-(上)ATK800

 

 枠の中から、途轍もない閃光と共に降り注いできたのは、一匹の小型のドラゴンだった。あどけなさの中に凛々しさを同居させるそのモンスターだが、零児はそれには微塵も意識が向いていなかった。

 零児が意識していたのは、もっと別のモノ。

 モンスターという結果ではなく、その召喚法(かてい)

 

「リンク召喚……だと?」

 

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 その存在は、零児から冷静さを奪うには充分だった。こんな衝撃は、初めてペンデュラム召喚を目撃した時以来だろうか。

 

「お前まだ気づかないのか?デュエルディスクをよく見ろよ……!」

「何?」

 

 サキュラスに言われるがまま、零児はデュエルディスクに目をやる。

 

「モンスターゾーンが……1つ増えている⁉ 」

 

 カードプレートの形だった。何故か2か所、本来はなかったでっぱりの様なものが存在する。液晶画面で確認すると、右から2番目と4番目のモンスターゾーンの上に、もう一つのモンスターゾーンが存在している。本来モンスターゾーンは5か所のみのはずなのに、だ。

 サキュラスは、零児を指さしながら得意げに言う。

 

「言ったはずだ。ここからは新時代の決闘だとな……さあ、存分に惑うが良い!」

「…………!」

 


 

 プラネットプラザ1F西口

 

 瞬達を先に行かせるべく、竜崇の相手を引き受けた遊矢。

 鎖で縛られた柚子が見守る中、最初のターンが幕を開ける。

 

「先攻は俺が行く!俺は手札から、スケール8の“竜穴の魔術師”とスケール5の“慧眼の魔術師”でペンデュラムスケールをセッティング!」

「…………」

「そして“慧眼の魔術師”のペンデュラム効果発動!もう片方のペンデュラムゾーンに“魔術師”“EM”が存在するとき、自身を破壊することで、デッキから他の“魔術師”をペンデュラムゾーンに置くことができる!俺はデッキからスケール1の“龍脈の魔術師”をセッティング!」

 

 ペンデュラムゾーンに出現した、金と黒の法衣を身に纏った魔術師が瞬時に霧散し、新たに白い法衣を身に纏った赤毛の魔術師がペンデュラムゾーンに出現する。これでペンデュラムスケールは1と8だ。

 

「揺れろ、魂のペンデュラム!天空に描け光のアーク!ペンデュラム召喚!現れろ、俺のモンスター達!EXデッキから“慧眼の魔術師”!手札から“EMセカンドンキー”、“オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン”!」

EMセカンドンキー:☆4 DFE2000

オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン:☆7 ATK2500

慧眼の魔術師:☆4 ATK1500

 

 遊矢がそう宣言すると、天空に浮かび上がった光の輪から、3体のモンスターが出現する。

 1体は先ほどペンデュラムゾーンで破壊された慧眼の魔術師。もう1体はロバの様なモンスター。そして最後の1体は、2色の目を持つ赤いドラゴン――遊矢のエースモンスターであるオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンだ。早速主役のご登壇である。

 

「セカンドンキーのモンスター効果!ペンデュラムゾーンにカードが2枚存在する状態で召喚・特殊召喚に成功した時、デッキから“EM”モンスター1体を手札に加える!俺は“EMドクロバット・ジョーカー”を手札に加え、通常召喚!」

「ヤハッ!」

EMドクロバット・ジョーカー ☆4 ATK1800

 

「ドクロバット・ジョーカーは、召喚に成功した時、デッキから"EM""オッドアイズ""魔術師"ペンデュラムモンスターの内、1体を手札に加えることができる」

 

 遊矢が手札に加えたのは、特殊召喚時にサーチ効果が使える"EMペンデュラム・マジシャン"。本来なら初手で使いたかったのだが、生憎今の遊矢の手札には、手札のこのカードを特殊召喚するすべがない。なので、ここは

 

「俺はレベル4の"EMドクロバット・ジョーカー"と"慧眼の魔術師"でオーバーレイ!黄金の竜騎士よ、風の秘獣と一つとなりて招来せよ!エクシーズ召喚!現れろ、ランク4!"昇竜剣士マジェスター(パラディン)"!」

 

 ドクロバット・ジョーカーと慧眼の魔術師が紫の光となり、遊矢の目の前に現れた黄金の渦に吸い込まれてゆく、そして、2体が吸い込まれていった光の渦から、ユニコーンに跨り、鎧を身に纏った竜人が飛び出してくる。

 

「俺はカードを1枚伏せ、ターンエンド。そしてこの時、マジェスターPの効果を適用する。エクシーズ召喚したターンのエンドフェイズに、デッキからペンデュラムモンスター1体を手札に加える」

 

 遊矢はカードを1枚セットするとともに、デッキからペンデュラムモンスター1体を手札に加える。手札に加えたのは防御用のモンスター。相手がどんなカードを使ってくるかわからない以上、防御用のカードを保持しようとするのは当然の心理だろう。

 

「オレのターン!」

竜崇:HAND×5→6

 

「相手フィールドにのみモンスターが存在する場合、手札から"ダイナレスラー・バーリオニクス"を特殊召喚できる!こい、バーリオニクス!」

「シャアアアアアアッ!」

ダイナレスラー・バーリオニクス:☆3 ATK1600

 

 竜崇の手札から出てきたのは、人型の恐竜の様なモンスターだ。そいつは出てくるなリ、遊矢を威嚇するかのように吠える。

 

「そして、手札から"ダイナレスラー・パンクラトプス"を特殊召喚!こいつは自分フィールドのモンスターの数が相手より少ない場合に、手札から特殊召喚できるのさ!」

ダイナレスラー・パンクラトプス:☆7 ATK2600

 

 続いて出てきたのは、2本の足で直立するトリケラトプスだった。

 

「うわ……すごいむさくるしそう……」

「まだまだ行くぜ?オレは手札から"魂喰いオヴィラプター"を召喚!オヴィラプターは召喚成功時に、デッキから恐竜族を1体手札に加えるか墓地に送ることができる」

 

 竜崇の展開はまだ終わらない。次に出てきたのは、卵泥棒の異名を持つ恐竜・オヴィラプトル。大きな卵を抱えて出てきたそいつは、出てくるなリその卵をかち割ってしまう。そして、割れた卵の中から一枚のカードが飛び出し、竜崇の手札に加わる。

 

「そして、手札に加えた"ダイナレスラー・イグアノドラッカ"の効果!手札から恐竜族1体を墓地に送り、イグアノドラッカを特殊召喚する!」

ダイナレスラー・イグアノドラッカ:☆6 ATK2000

 

 あっという間に、竜崇のフィールドには4体の恐竜が出現してしまった。

 しかし、だ。これだけモンスターを並べて素直に終わるとは、どうしても思えない。きっとまだ何かをしてくるはずだ。遊矢の中に存在する、数多の決闘によって磨かれてきた、決闘者としての勘とでも言うべきものがそう告げている。

 そして、その勘はあっさりと的中する。

 竜崇は、拳を天高くつき上げ、不敵な笑みを浮かべながら、こう豪語した。

 

「見とけよ榊遊矢!これが新時代の決闘だ!」

「新時代の決闘……?何をする気なの?」

「現れろ、勝利の頂に続くサーキット!アローヘッド確認!召喚条件は"ダイナレスラー"モンスター2体!」

 

 竜崇がそう叫ぶと、イグアノドラッカとバーリオニクスが赤い光となって上ってゆく。遊矢が上を見上げると、光の向かう先には、見たこともない形をした、何かの枠の様なものが浮かんでいる。

 

「オレは"ダイナレスラー・イグアノドラッカ"と"ダイナレスラー・バーリオニクス"をリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン!リンク召喚!現れろ、リンク2!"ダイナレスラー・テラ・パルクリオ"!」

ダイナレスラー・テラ・パルクリオ:LINK2-(左/上)ATK1000

 

 上っていった2本の光が枠にぶつかると同時に、枠の内側から凄まじい閃光が解き放たれる。そのあまりの眩しさに、遊矢は思わず目を逸らす。

 数秒程して光が収まり、遊矢は恐る恐る目を開ける。するとそこには、赤い装甲を身に纏った、鶏冠(トサカ)の様な部位を持つ恐竜が立っていた。

 遊矢は、モンスターの出現に驚いたのではない。驚いたのは、その方法だった。

 なぜなら、それは。

 

「リンク…………召喚…………?」

「え……今、何したのよ……?」

 

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 アドバンス、儀式、融合、シンクロ、エクシーズ、ペンデュラム。遊矢の知る召喚法に、リンク召喚なんてものは存在しなかったし、そんなものを使ったことのある決闘者は、()()()()()のどこにも存在しなかった。しかし、デュエルディスクが違反行為を検知していないということは、この召喚法はルールに則ったものということになるのだろうか。

 わけがわからない。予想外の出来事に戸惑いを隠せない遊矢は、竜崇の方を見る。彼は不敵に笑っていた。その顔を見るに、今の遊矢の反応も織り込み済みということらしい。

 

「カードプレートをよく見ろよ」

「あ……?あ⁉ 」

 

 呆然とする遊矢の様子を鼻で笑いながら、竜崇はそう促す。

 遊矢は困惑しながらも、自身のデュエルディスクから生成されているカードプレートに目をやる。そこには遊矢のモンスター達とペンデュラムスケールが並んでいるだけで、なんら変わったところは――

 

「――いや、なんか変だ!これは一体……?」

「おお、意外に早いんだな」

 

 カードプレートの形が変わっている。直線的なフォルムだったカードプレートに、何故か2か所、本来はなかったでっぱりの様なものが存在する。液晶画面で確認すると、右から2番目と4番目のモンスターゾーンの上に、もう一つのモンスターゾーンが存在している。

 

「オレは親切だからよお、教えてやるよ。それはEXモンスターゾーンだ」

「EXモンスターゾーン…………?」

「そう、リンクモンスターはEXデッキからEXモンスターゾーンに召喚されるモンスター。その恐ろしさは――お前がこれから身を以て味わうことになる」

「リンク召喚……そんな召喚法があったなんて……」

 

 自分の知らない、未知の召喚法。

 何の因果か、かつてペンデュラム召喚という未知の召喚法を生み出した遊矢が、今度はリンク召喚という未知の召喚法に驚かされている。あの時とは、完全に立場が逆転していた。

 

「言ったはずだぜ、新時代の決闘を味わえってな」

 

 不敵な笑みを浮かべながら、竜崇は言う。

 

「お前は既にオレのリングに上がっちまってるんだよ!さあここからが本番だ!せいぜいお前のお得意のエンタメデュエルとやらで足掻いて見せろよ」

 


 

 プラネットプラザ・地下駐車場

 

 

 月明かりの入らない地下駐車場には、数名のAMOREエージェントが屯していた。

 その全員がうつろな表情をしており、時折言葉にならない呻き声の様なものを上げながら巡回している様は、明らかに異様で、彼らはまともではないというのが、一目瞭然だった。彼らは皆、操り人形と化しているのだ。

 その様子を、バルジ達は静観していた。

 地下駐車場の柱の影に身を潜めながら、彼はほくそ笑んでいる。その後ろには、妙にウキウキとしているリイラと、そんな2人から距離を取っているレドの姿も見える。

 彼らの傍らには、大型トラックが一台。だが、AMOREの連中はそれに気づいていない。なぜなら、バルジの手により、トラックには認識阻害装置が取り付けてある。それを使えば、周囲からは「見えない」と認識させることなど造作でもないのだ。

 

「いくらイスタとアクロスが欲しいからってあそこまでやるか?」

「必死過ぎてキモイよね」

「…………」

 

 イスタ欲しさに部下を操り人形にするAMORE側の所業に引いてるバルジだが、少なくともお前にだけは言われたくないだろう。そう思うレドだった。

 レドは昔から、バルジのこういうところが嫌だと思っていた。レド自身も充分に趣味が悪い方の人種だという自覚はあるのだが、それに他人を巻き込もうとするバルジのスタンスが気に入らなかった。それに、奴は自分以外のすべてを見下しているのが、節々から見て取れる。そんな奴とは一緒にいたくないというのがレドの本音なのだが、向こうは平気な顔をして絡んでくる。

 ――正直に言って、鬱陶しかった。

 これから大勝負だというのに、こんな気分では勝てる戦も勝てなくなる。負ければティーダの叱責(パワハラ)が待っている。撤退しただけでぶち切れるのだから、負けでもしたら殺されかねない。

 

「どうしたのレド、なんで私達から距離取っているのかな?」

「……別行動だ、僕はアクロスを殺しに行く。その方がいいだろう?」

 

 レドが自分達から距離を取っていることに気づいたリイラだが、レドの返答に興味なさそうに返事をする。彼女はいつもこんな感じなのだ。子供のように気まぐれで自分勝手だが、その分単純でわかりやすいし、少なくともレドは彼女のことは嫌いではない。

 

「邪魔すんなよバルジ、お前は転生者狩りで遊んでやがれ」

 

 去り際に、レドはバルジにそう吐き捨てると、非常階段へと続く扉の中に消えていった。

 その様子を見ていたリイラが、心配そうにバルジに訊く。

 

「いいの?あいつを独断専行させて。ティーダに怒られるよ?」

「気にしない気にしない、あんなパワハラ野郎のことなんて気にする価値もないよ。てか何?レドのこと気にかけちゃって……もしかして好きなの?」

「いや、あの子いい玩具になりそうだから、ほっとけないのよね」

「それな!」

 

 リイラの言葉に、バルジは笑顔で同調する。悪人たちの、クソとしか言いようのないやり取りだった。

 その時、ガコンと、トラックのコンテナの内側で音が鳴った。しかし、トラックに積まれた認識阻害装置の効果によって、AMOREの隊員達は気づかない。

 

「さ、レイラちゃんもハンドレッドも暴れてらっしゃいな☆」

 

 バルジがトラックのコンテナを開く。

 コンテナの解放から少し間をおいて、最初に出てきたのは、赤と緑の蛍光色の鎧を身に纏ったオリジオン。背中からは蝋燭のような形状の突起がいくつも確認でき、両の目元あたりから胴体を伝い、足首までジッパーが伸びている。そして、胴体には赤茶けた"100"の文字がでかでかと存在している。

 続いて出てきたのは、変わり果てた姿のレイラだった。今までの軍服とはうって変わり、いつものコートの下には露出度の高いメイド服を着せられている。目はギンギンに充血し、頭は包帯でぐるぐる巻きにされた上に、人の手ほどの大きさの虫のようなものが、彼女の頭に尻尾をぶっ刺している。

 レイラはバルジの方を見ると、挨拶代わりにウインクをする。今までの彼女ならば、絶対にしないであろう仕草だ。

 

「再洗脳の具合はどうかな?」

「大丈夫です!お陰様で、こんなに惨めで無様な操り人形になれました!ご主人様、ありがとうございます!」

 

 媚びるような声をあげながらダブルピースをキメるレイラ。そこには、冷酷に仮面ライダーの命を狙う戦士としての彼女はなかった。どこまでも惨めで、無様な1匹の奴隷の姿だけがあった。そして、それを憐れむことのできる者はこの場にはいないのだ。

 隣では赤と緑の怪物――ハンドレッドオリジオンが、背中の蝋燭のような突起から炎を吹き出しながら、近くに置かれていたカラーコーンをティッシュのように丸めている。そして、興奮気味にカラーコーンの残骸を握りつぶす。

 

「ニンゲン、ヨワイ!ワタシ、ツヨイ!」

「わかりましたご主人様っ☆可哀想な無能操り人形のレイラちゃんにお任せあれ☆」

 

 レイラは両手でハートマークを作りながらそう言うと、コンテナ内に安置されていた2本のモップを手に取り、AMORE隊員達のいる方へと向かっていった。

 トラックに積まれた認識阻害装置の効果範囲外に出たことで、AMORE隊員達はようやくレイラの存在に気づく。

 

「さ、お片付けの時間だぞ♡」

「くそっ……いつの間に……⁉ 」

「燃え燃え急死(キュン)♡」

 

 AMORE隊員のひとりが慌てて腰の拳銃を構えるが、それよりも早く、レイラがモップの柄の先を勢いよくその隊員の首目がけて突き刺した。

 モップは、隊員の首をいとも容易く貫通する。ブジャアアアッ!と、貫かれた首から大量の血が噴き出る。AMORE隊員は、自分のみに何が起きたのかを理解する間もなく、その命を散らした。

 

「コイツ…………っ!」

「ニンゲンダアアアアアアアアアアアアアッ!」

「のぶっ⁉ 」

 

 すぐさま別の隊員が駆け付け、レイラに向かって発砲する。

 しかし、ハンドレッドオリジオンがその間に瞬時に割って入り、腕を軽く一振りする。それだけで、発射されたはずの弾丸はレイラに当たることなく、地面に落ちる。ハンドレッドオリジオンが弾丸を素手で叩きおとしたのだ。

 銃が利かないなら、と、今度は各々の能力に頼った戦法に切り替えるAMORE隊員達。ある者は両手から炎を生み出し、ある者はチーターに変身し、ある者は髪の毛を梁のように尖らせて発射する。

 しかし、

 

「効かないんですよねー☆これくらいでやられちゃあ奴隷失格ですしっ」

「ニンゲン、コロス!」

 

 レイラがモップを一振りするだけで、10人近くいたAMORE隊員達があっけなく吹き飛んだ。

 否、それだけではすまない。至近距離にい3人の隊員については、胴体を真っ二つにぶった切られて即死していた。

 血と内臓をまき散らしながら、地下駐車場の壁に叩きつけられる死体たち。それは、生き残った者たちの怒りに火をつけるのには充分だった。

 

「ああ、品名木(しななぎ)織戸芝(おとしば)御嵩(みたけ)!」

 

 生き残っていた隊員が、殺された仲間たちの名を叫ぶ。洗脳されているといえども、どうやら仲間意識は健在らしい。拳をわなわなと震わせ、雄たけびを上げながら殴りかかる。他の隊員達も同じだ。武器を手に取り、死した仲間の敵討ちの為に駆け出す。

 少年漫画やヒーロー作品ならば、仲間の死をトリガーに感情を爆発させてパワーアップ――という展開が待ち受けているだろう。残虐な悪役に血反吐を吐きながら逆転勝利しましためでたしめでたし、となるのが理想、のはずだ。

 だがしかし。

 いくら感情を爆発させようが、埋めようのない差というモノは存在するのだ。

 

「死んじゃってください雑魚共(ごしゅじんさま)♡」

「ザアコ、ザアコ!ザコニンゲン!ワライトマンナーイ!グヒャヒャヒャヒャヒャ!」

 

 ブワッ!と、ハンドレッドオリジオンの拳とレイラのモップが弧を描く。

 それだけだった。

 

 

 ベキベキベシャベシャボキボキベッコンッ!!!!!!!!! と、盛大な音を立てて、彼女達に突っ込んで来た隊員達が全員即死した。

 

 

 きっと、彼らには走馬灯を見る間すらなかったのだろう。

 それほどまでにあっさりとした最期だった。

 骨が砕かれるとか、身体がちぎれるとかの次元ではなかった。文字通り、攻撃が当たった箇所より上の身体が原型を残さずに吹き飛んだのだ。腰に攻撃を受けた者は腰から上が無くなり、頭に攻撃を受けた者は首が跡形もなく粉砕され、残った身体の部位が、血肉をまき散らしながら慣性の法則に従って前のめりに倒れてゆく。

 可憐なメイド服におびただしい返り血を浴びながらも、レイラは笑みを崩さなかった。

 幾度となく洗脳を施されたことにより、彼女本来の倫理観はおろか、自我すら存在しないに等しい。彼女は心身共にバルジの奴隷になっているのだ。レイラは血塗れのままバルジの元に駆け寄ると、笑顔で彼に抱き着いてきた。

 

「見てくださいましたかご主人様!レイラちゃんのお掃除(さつりくしょー)!もーっと頑張りますので、いっぱいほめてくれたら嬉しいな☆」

「おーよしよしよしよし!よくやった!よくやったぞおお人形(レイラ)ちゃん!やっぱメイドだよなあ!気分転換を兼ねて調整した前の彼女は生意気すぎてクソだったからな、これくらい無様に媚びて食える方が興奮するってもんだぜ!」

「一応ここに女の子いるんだから、すこーし自重してほしいかなあバルジ君?私じゃなかったら即通報案件だからね?」

 

 イチャイチャしている人でなしカップルに、一部始終を見ていたリイラが笑いながら突っ込みを入れる。勿論、彼女も本気ではない。むしろ姉の醜態が見られて満足そうである。

 

「さて、俺らも行こうぜ。こんな雑魚ばっかりじゃあ実験相手にもなりゃしねえ、そうだろ?」

「ウン!」

「そうですね!レイラちゃんの可愛(わる)さをもっともっと知らしめてやるのです☆」

 

 バルジの言葉に元気いっぱいに頷くレイラとハンドレッドオリジオン。

 彼らの前には、死体だらけの地下駐車場が広がっている。その向こうには、ショッピングモールへと通じるエレベーターホールが、自動ドア越しに確認できる。

 

「ま、前座は終わったようだし?私も久々に暴れましょうか」

 

 リイラはそう言うと、大きく伸びをしてから振り返る。

 既にバルジ達はエレベーターホールに向かっている。先ほどまで虐殺行為を働いていたとは思えないその和気藹々っぷりは、見る者が見れば戦慄し、嫌悪するほどのものだった。しかし、リイラは根っからの悪人なのでそんな気持ちは微塵も沸かない。

 彼女の心の中にあるのは、まだ見ぬ惨劇への期待だけ。自分の力でどれほど凄惨な光景を築き上げられるか、その1点だけだ。

 

「それに、あの子たちもここにやってくるようだし、ほんと濡れちゃいそう♡」

 

 そう呟きながら、じゅるりと舌なめずりをする。

 リイラは鼻歌交じりにバルジ達の後についていくのだった。

 


 

 プラネットプラザ2階 中央通路

 

 

 決闘者(デュエリスト)達の相手を遊矢と零児に任せ、瞬はプラネットプラザの2階にやってきていた。

 階下からは、激しい決闘(デュエル)の音が聞こえてくる。瞬達は決闘者(デュエリスト)ではないので遊矢達に助太刀することができないが、勝利を願う気持ちは充分にある。今はそれを念じるしかない。

 止まっているエレベーターを自力で上った先の通路は、フードコートに隣接していた。昼間ならば多くの客で賑わっている空間なのだが、今はがらんとしており、フードコート全体が底知れぬ不気味さを放っているように感じられる。

 

「2階に来たけど……湖森ちゃん達はどこに……?」

「油断するな、ここは敵地のど真ん中だ。」

 

 キンジの言うとおりだ。ここは敵地のど真ん中。いつどこから敵がやってくるかわからない。

 既に瞬達はAMORE側の刺客とギフトメイカー側の刺客の両方と出会っている。ここはギフトメイカーとAMOREと瞬達、三つ巴の戦場となっているのだ。

 周囲を警戒しながら、瞬達はフードコートに入ってゆく。少しでも遮蔽物がある場所の方が安全だろうという考えと、ひょっとしたらここに敵が潜んでいるかもしれないという考えの2つが、その行動の根拠となっている。マッピングして安全地帯を広げるように、慎重に歩を進める。乾いた足音が、フードコート内に響く。

 ふと、先頭を歩いていたセラが唯に問いかけた。

 

「なんだ、さっきから人のことジロジロと見て……流石に私といえど、そこまで見つめられたら気になるんだが」

「う~ん…………」

「唯、こんな時に何考えてんだよ?」

 

 先程から、唯がセラのことをチラチラ見ながら何かを考えているようなのだ。瞬は彼女と長い付き合いであるが、こんな真剣な表情の彼女はあまり見たことがない。

 セラの方も、チラチラ見られていては気になって仕方がない。一体どうしたんだと言うかのように、唯にぐいっと顔を近づける。唯もそれに応じるかのように、セラの顔を覗き込む。

 数分ほどそんな時間が続いた後、唯が口を開いた。

 

「なんか、セラちゃんを見てるとね……他人とは思えないんだよね」

「どんだけ掘り返すんだこの話……そりゃまあ、気にはなるけどさ」

 

 なんとなく予想はついていたが、やはりそこに行き着いた。

 最初にセラやリイラを見た時に感じた妙な既視感。あれはやはり瞬の思い違いではなかったのだろう。

 

「セラだけじゃない。ギフトメイカーのリイラ、アイツを見た時も同じようなものを感じた」

「……だれだっけ?」

「ほら、ビルドオリジオンの時にいた……」

「居たっけ?」

「…………」

 

 唯に聞いたのが間違いだったのかもしれない。そもそもあの時は、彼女の相手をネプテューヌに一任していたから、唯達からすれば印象が薄いのも致し方ないのだ。

 一方セラの方は、リイラの名前に心当たりがあったようだ。

 

「リイラ……ギフトメイカーの事は噂程度に知っているが……そうか、彼女も……」

「気になる?」

「彼女の残虐性はギフトメイカーの中でも指折りと聞く。そんな奴と一緒にされるとは誠に心外だ」

 

 少し怒ったような声でそう言うセラ。瞬は怒っている彼女の顔を見て、そんなに悪名高い存在と自分に共通点を勝手に見出されているのだから当然の反応だろうと思うと同時に、それほどまでにギフトメイカーの悪評は広まっているという事実を再認識する。やはり、彼らを野放しにはできない。

 そこに、ちょっと離れたところで話を聞いていた志村が、恐る恐る声をかけてきた。なぜこんなにビビっているのかというと、たった今セラがリイラの話題で若干怒り気味になったからだろう。

 

「セラ……ちゃん?」

「どうした?」

「さっきからずっと疑問に思ってたんだけどさ……セラちゃんって何者なの?」

 

 志村の発言で、そう言えばそうだったと思い出す瞬と唯。

 瞬達は、何か知らないけど唯達を助けてくれた親切な人程度にしか彼女のことを知らないのだ。彼女と出会ってから、ガンズオリジオンの襲撃やらブレイドとの出会いやらイスタの一件の露見やらで色々とあって訊く機会を逃していた(ほとんど瞬の方からその機会を放棄していた)ので、出会って数時間が経過した今に至っても、瞬達はセラのことをほとんど知らない状態であった。 

 

「私?私はただの騎士だ」

「騎士……何かの比喩……じゃないよな。それにしては全然そうは見えないけど」

「これは隠密行動用の服装だ。ここだと鎧姿は目立つからな」

 

 そういうセラの今の服装は、志村達を助けに入った時の鎧姿ではなく、緑色のロングコートに身を包んでいる。瞬は大鳳拉致事件の際に彼女の鎧姿を見ているので、現代日本じゃあの鎧姿は目立つだろうとうなずく。

 

「じゃあなんでここに来たの?」

「仕えていた主人が行方知れずとなっていてな……探しに……というか迎えに来たんだ」

「セラのご主人様ってどんな人?」

「そうだな……子供っぽくて、我儘で目立ちたがりですぐ仕事をサボるが……正義感があって、人気者で、私の……光なんだ」

 

 そう言ったセラの顔には、微かな笑みが浮かんでいた。それは、その人のことをそれだけ大事に思っていることの、一番の証拠なのだ。

 それに瞬は、セラの人物評に当てはまる人物に心当たりがあった。

 

「なんか唯みたいだな」

「えー?そう?」

「……半分くらい当てはまってないような気がする」

 

 ……どうやらそう思ったのは瞬だけらしい。唯達の何とも言えない反応に耐えられなくなった瞬は、気を紛らすように、再び同じ疑問について思索を始める。

 唯。セラ。リイラ。

 彼女たちに対して瞬が感じるものが、気のせいであってほしいと無性に思う。ここから先はまだ考えるべきではないとでも告げているかのように、そんな思いが胸の内で広がっていく。

 

「多分だけど、何かある。俺達の計り知れない何かがあるんだ」

「私も気になるが……今はそれを考えている場合じゃないだろう。全てを片付けてから考えよう」

「お姉ちゃんもその意見、賛同するから!」

「ちなみに生き別れの姉妹説は無しだからな。絶対に認めん」

「ひっどい!」

 

 なぜか姉貴面してきた唯を冷たくあしらうと、セラは瞬達の元を離れて周囲の警戒に戻る。セラの態度に唯は不満そうだが、ほぼ初対面の人間に姉貴面されて良い気分になる奴は極めて少数派だろう。

 

「おいそこ、イチャついてんじゃあねえ!」

「野獣先輩、遠野さんの乳首いじりながら怒鳴っても説得力皆無ですよ」

「先輩やめてください……人前でこんな……ああっ♡」

「何しとるんじゃお前らは⁉ 」

 

 瞬と唯がぺちゃくちゃ喋っていたのが気に食わなかった野獣が叱責するが、そういう野獣も遠野と文字通り乳繰り合っていたので完全にブーメラン発言である。というかそういうのは家でやれ。

 ハルはというと、流石にモノホンの同性愛者を目にしたことがなかったらしく、興味津々で色々と訊いている。よくこの流れで訊く気になったものだ。

 

「え、ホモなんですか?」

「なんだよホモで悪いか?あんまりうるさいとLGBTQ差別で訴えるぞ」

「いえ……純粋に行為の内容とか気になりますねえ!」

 

 なんちゅう質問しとるんじゃお前は!と、この場にいた全員が思わず突っ込んだ。女の子がそんな質問しちゃ……だめだろう。

 ハルはまだまだ色々と訊きたがっていたが、見かねた木村がハルを野獣から引きはがす。これ以上彼女を野放しにしていたら、とてもじゃないが文字に起こせないような猥談が繰り広げられかねない。というか野獣と女子高生が並んでいる時点で十分アウトなのだが。

 

「変な目で見ちゃ駄目よ山風、愛の形は人それぞれなんだから」

「そうだよね……思い返せば軍隊でも同性愛は結構多かったもんね」

 

 大鳳と山風は野獣と遠野がゲイカップルであることに対して、そこまで驚いてはいない様子。軍隊では昔から同性愛が多い。それは艦娘が活躍する現代でも同じであり、大鳳達は直接目にしたことはないのだが、現役時代には、艦娘同士のカップルや憲兵同士の痴情のもつれ等の噂を耳にしたことがある。

 この一連の流れを黙ってひと通り聞いていたレイだが、流石に喧しいと感じたのか、ここで叱責する。

 

「あまり騒ぐな、ただでさえ集団で行動してるというのに、大声出したら確実に気づかれる」

『ここは敵地のど真ん中だ。もう少し真面目にしてほしいものだが……』

「すみません、うちのドブ野郎が……殴って黙らせますので」

「もう殴られてるんですがそれは」

 

 木村が、頭にたんこぶを作った野獣の頭を下げさせる。人一倍甲高い声の癖して一番うるさかったので、木村が日頃の恨みを込めて一発ぶん殴ったのだ。勿論野獣は殴り返そうとしたが、愛する遠野の前でそんな見苦しい格好を見せるわけにはいかないと判断したのか、しぶしぶと木村に従う。

 その時だ。

 近くで、ドサリという音がした。

 

「なんだっ⁉ 」

「ほら気づかれちゃったじゃあないか!」

 

 ばっと音のした方へと振り向く一同と、ビビりちらかす志村。

 音がしたのは瞬達の後方、フードコートの端の方だ。そのあたりは丁度フードコートの仕切りが存在するため死角となっており、仮に誰かが隠れ潜んでいたとしても、今いる位置からは確認しようがない。

 敵に気づかれたのか、はたまた湖森が逃げてきたのか。音だけでは判断はできない。音からするに、誰か床に腰でも下ろしたり、重たいものを床に置いたりでもしたのだろうか。考えていても仕方がない。ここは危険を承知で確認していくしかないだろう。

 セラとキンジが先行して音源の方に近づいてゆく。

 敵なのか、そうでないのか。どちらにせよ、兎に角目視で確認しなければならない。

 フードコートを抜け、吹き抜けのある中央通路に出る。すぐ近くの柱の影。そこに誰かがいる。柱から、僅かに人間の指先が見えるのだ。

 

「……そこにいるのは誰だ?」

 

 キンジが声をかける。隠れている人物は動かない。

 そろりそろりと、拳銃を構えながら歩み寄る。向こうからの反応はない。奇襲や偵察目的ならばあまりにも迂闊だし、既に自身の存在がばれているこの状況でいまだに動かないというのはありえない。普通だったら開き直って攻撃してくるなリ逃げるなりといった行動をとってくるはずだ。

 それをしないということは、奇襲や偵察目的の敵ではないということなのか。もしくは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『…………安心しろ。不意打ちを仕掛けてこようと、私が初撃を防いで見せる』

「あたしだったらそもそも不意打ちすらさせないわよ。キンジ、早くしなさい」

 

 頼もしいことを言うセルティと、それに張り合うアリア。それを聞き流しながら、セラとキンジは柱のそばまでやって来た。

 意を決し、ばっと柱の影から飛び出すように移動し、拳銃を構えるキンジ。

 しかし、そこにいたのは敵ではなかった。

 

「おい、おま……え……⁉ 」

 

 正確には、その人物には敵対できるほどの力が残されていなかった。

 そこにいたのはひとりの怪我人だった。青いバンダナを頭に巻いた青年が柱に背中を預けた状態で座り込んでいる。全身に真新しい痣や切り傷を無数に作り、頭から血を流している。見るからにただ事ではない。彼の歩いてきたであろう道が、血痕となって示されている。

 青年の姿を見て、アリアの静止を振り切って駆けよる瞬達。青年は、駆け寄ってきた瞬の顔を見ると、呻き声をあげながら、瞬の名前を口にする。

 

「逢瀬…………瞬さん、っすよね…………」

「おい、あんた大丈夫か⁉ 」

「傷は深いが治療すればまだ間に合うわ。私達が外まで運んで救急車を呼ぶから、まずは応急処置を!」

「それならドラッグストアとかから何かしら取って来た方がいいんじゃないのか?こんだけ店があるんだ、一軒ぐらいあるだろ?」

「ぼ、僕とって来ます!」

 

 そう言って、木村が近くにあったドラッグストアに入ってゆく。

 それにしても、瞬のことを知っているとは、この青年は何者なのだろうか?

 

「俺は御手洗倫吾(みたらいりんご)……AMOREエージェントっす」

「……⁉︎ 」

 

 その言葉を聞いて、この場にいた全員が身を強張らせる。

 AMOREという事は、彼は敵なのだろうか?それならば、この怪我の具合はなんなのだ?なぜ彼は大怪我を負っている?負傷した仲間を囮にした、AMORE側の作戦の一環かなんかなのだろうか?

 瞬達が警戒する中、倫吾は咳き込みながら訂正する。彼が咳き込むたびに、彼の口から血が流れ出る。

 

「俺は敵じゃあない……そもそも、こんな怪我で戦えるわけないっすよ……逢瀬さんのことは、灰司先輩から聞いてるっす……お願いです!仲間たちをとめてください!」

「喋るな、傷が開くぞ」

「灰司の知り合いなのか?今あいつがどこにいるか分かるか?」

「いや、無理っすね……灰司先輩は局長直属のエリートで、俺達一般隊員とは指揮系統が違うんで……俺もわかんないっす……じゃなくて!」

「?」

「ごめんなさいっす……おれ……湖森ちゃんたちを助けられなかった……」

 

 倫吾は瞬の手を取りながら、申し訳なさそうにそう言った。彼の目から、血の混じった悔し涙がこぼれる。それは、自らの不手際と無力さへの憤りだ。

 しかしレイは、謝り倒す倫吾の胸倉を怒りのままにつかみ上げる。2度もAMOREの横暴に巻き込まれた被害者からすれば、倫吾は憎きAMOREの一員であることには変わりない。倫吾の謝罪の言葉も、信用するに足らない虚言としか受け取れなかった。

 倫吾の怪我の具合などお構いなしに、レイは倫吾を問い詰める。

 慈愛に続いて、イスタまで奪われてたまるか。彼の頭の中は、その気持ちだけでいっぱいだった。

 

「おいお前、AMOREのエージェントなんだろ⁉ 答えろ!こんなことしてまでイスタが欲しいのか⁉ 世界平和のためなら、踏みつけられる人間が出ても構わないってのか⁉ 」

『やめろ!相手は重傷なんだぞ⁉ 』

 

 セルティが止めに入るのも聞かずに、レイは倫吾の胸倉をつかんで激しく揺する。その度に、揺すられた衝撃で傷口が開き、倫吾は苦悶の声をあげる。

 倫吾は開いた傷口の痛みに苦しみながら、なんとか声を紡ぐ。

 

「俺だって……ほんとはとめたいんすよ……でも、俺ひとりじゃ出来ないんすよ。一緒にきた仲間が全員洗脳されて……俺は偶然洗脳から逃れたんすけど、戦力にならないからって殺されかけてこのザマっす……」

「洗脳……そうまでして欲しいのか……?」

 

 なんとAMOREは、意に沿わない人員から自由意思を奪ったうえで、無理矢理悪事に加担させているというのだ。これには瞬も剣崎もキンジもセルティも戦慄した。人間としては結構なクズである野獣も、流石にドン引きしている。

 しかし怒りと憎しみにとらわれたレイは、倫吾を柱に叩きつけ、怒りのままに吐き捨てる。

 自分から大事なものを奪ったAMORE。そのメンバーが目の前にいる。その事実は、AMOREそのものを憎むようになったレイの怒りと憎しみを放出させるには充分すぎるものだった。

 

「はっ!さっすが悪の組織AMORE……なんだ?イスタの技術を吸収して世界征服でもしようってのか?ああ⁉ 」

「訂正させてください。AMOREは悪の組織なんかじゃあない……今回の件は、AMOREの一部が独断で動いているんです……おれたちは知らない内にその片棒をかつがされていたんすよ……俺以外のメンバーは全員洗脳されて、お偉いさんに従っています……」

「だから許してくださいってか?洗脳されてたから、知らなかったから許せと……?ふざけるな!お前たちが俺から何もかも奪おうとしていることには変わりない!お前も同類だよ……!死んでしまえ――」

「やめろレイ!」

 

 レイが倫吾をぶん殴ろうとした瞬間、瞬がレイの顔面を殴り飛ばした。

 観葉植物の植えられた鉢植えをなぎ倒し、鈍い音を立てて床にぶっ倒れるレイ。レイの手が離れた倫吾はその場に崩れ落ち、ごほごほと血の混じった咳をする。さっきの衝撃で傷が開いたのか、その頭からは血が流れていた。

 頬を押さえながら瞬を睨みつけるレイ。

 瞬は、レイに睨まれながら静かに、諭すように言う。

 

「……あんたがやりたいことは何だ?復讐じゃないだろう……?」

「瞬……」

「あんたのやりたいこと……いや、今すべきことは、イスタを取り返すことだろ」

「でも……」

「レイの気持ちもよくわかるよ……けど、今は復讐よりも優先すべきことがあるんじゃないのか?俺だってAMOREのやってることは許せない。けど今は湖森達を助けることのほうが大事だと思っている。あんただって同じだ。レイは、復讐とイスタのどちらを選ぶんだ?」

「…………」

 

 レイの気持ちはよくわかる。誰だってあんなことをされたら憎しみを抱くし、瞬だって、AMOREのやっていることを許すつもりはないし、少なからず怒りや憎しみも抱いている。

 だが、今はそれ以上に湖森達の保護を優先しなければならない。復讐という一時の感情に任せて、大事なものをみすみす手放すような真似はしてはならないし、あってはならない。復讐なんてものは、助けるべき人を助けてからでもできるのだから。

 辺りがしんと静まり返る。

 しばらくして、倫吾が再び口を開く。

 

「俺は、どうしても許せない。イスタがどうのこうのはよくわからないけど、仮面ライダーをおびき出すためだけに、罪のない一般人を人質にするのは許せないんすよ……!そんなの、完全に悪役のやることじゃあないっすか!俺は、こんなことをするためにAMOREに入ったんじゃないんすよ……!お願いします……こんな正義を認めないで……全部否定して、ぶち壊してほしいっす!」

「……わかった。だから君は安静にしてて」

「包帯とかパクってきました!」

「木村も悪よのぅ」

「黙れおしゃべりクソ野郎」

 

 戻ってきた木村から包帯などを受け取り、大鳳が応急処置をしてゆく。艦娘現役時代に何度か経験があったのか、その手際はなかなかのものだった。

 しかし、それは最後まで成し遂げられなかった。

 皆が応急処置の光景を見守る最中、バンッ!と乾いた音が響き渡る。大鳳は作業中の手を止め、辺りを見渡す。

 大鳳の足元にできた真新しい銃痕から、か細い硝煙が立ち上っている。一体どこから撃ってきたのだろうかと一同が襲撃者を目視で探していると、上の方から声がした。

 

「見つけたわよ御手洗倫吾(みたらいりんご)。役立たずのカス!」

「洗脳も失敗してよお、あまさつえ裏切るとか、それでもAMOREエージェントかよ?」

寧理(ねいり)……古峰(ふるみね)……!」

 

 声がしたのは、近くにある3階に通じるエスカレーターの上方だ。

 そこには、魔法少女(実年齢20代半ば)こと池映寧理(いけうつしねいり)と、半裸ボディペイントの変態こと古峰諭太(ふるみねろんた)がいた。2人とも異常に目が充血している上に、半開きの口からよだれを垂れ流している。正気を失っているのが一目瞭然だ。

 レイも流石におかしいと思ったのか、倫吾から手を離し、冷静に寧理と古峰を見つめる。

 

「お前の言ってたお仲間さんか?こりゃあひでえな……確かに正気を失っている」

「ど、どうするの逢瀬くん……なんかこの人達完全に目がイっちゃってるよぉ……!」

 

 2人の異様な雰囲気に怯える志村。それに対して、セラとアリアが素早く剣を鞘から抜こうと身構える。臨戦態勢に入ったのだ。

 しかし、そんな彼女達よりも、闘志に満ち溢れた者達が居た。野獣と三浦だ。意図してか、はたまたせずしてか、彼らはセラ達を庇うように立ち、ぽきぽきと拳を鳴らしながら古峰を睨みつける。特に野獣は怒り心頭のようで、今にも殴りかかりそうな形相で古峰を睨みつけている。

 野獣は本能的に察していたのだ。先ほど自身をペンキ塗れにしたのは古峰であると。

 

「お前か……さっき俺をペンキ塗れにしたのは!もう許さねえからなあ?」

「おい木村あ、この半裸野郎倒そうぜ~?」

「え、い、いやあそんなこと……」

「じゃあけつの穴舐めろ」

「やめてくれよ……(絶望)」

 

 後ろ向きな発言をした木村に対し、野獣が臭い尻を突き出してくる。ズボン越しに臭う悪臭に、思わず顔をしかめる木村。その脳裏には、合宿の際に風呂場で見た野獣の黒いイボケツが浮かんでおり、木村に耐えがたい吐き気を催させる。嫌なもん思い出させるんじゃねえと思わず野獣の尻を蹴とばしたくなった木村だが、とてもじゃないがそれはできない。野獣の尻を蹴とばすと言うのは、排泄物を踏むのと同じだからだ。

 野獣と三浦は完全にやる気だった。こうなったら野獣は意地でも自分の決めたことを変えない。それは木村もよくわかっている。乗り気ではないが、やるしかなかった。先輩の意見には絶対服従なのが体育会系の習性なのだ。それに逆らうことは不可能だ。

 

「ホモの癖に生意気な!インク塗れにしてやんよ!」

「お、ホモ差別か?じゃけんSNSで炎上させましょうね~」

 

 いや拳で戦うんじゃないんかい。今のは完全にその流れだっただろ。確かに今のご時世ならば効果抜群なんだろうけども。

 

「ステハゲの癖に嘗めやがって……パワーアップした俺を見せてやる!」

《KAKUSEI INKLING》

「良いわあ、みじめったらしい最期にしてあげるから覚悟しなさいよ!」

《KAKUSEI TXILO・FINALE》

 

 野獣の間抜けな発言にキレながら、古峰はインク塗れのイカの様な姿をしたオリジオンに姿を変える。同時に、今まで若干放置気味だった寧理も、リボン塗れの薄汚い魔女の様な姿のオリジオンに変身する。

 身構える瞬だが、今度は律刃が前に立つ。どうやら寧理の相手を引き受けるつもりらしい。

 

「あのリボン女はわたしたちが殺すよ?」

「できれば殺さないでほしいっすね……きっとぶっ倒してオリジオン化を解けば正気に戻るはずっす……ほんと、お願いします……皆にこれ以上悪事を働かせたくないんです!」

 

 物騒なことを言いながら彫刻刀の刃先を寧理に向ける律刃に、志村に背負われた倫吾が懇願する。こんなことになってしまったけど、それでも倫吾にとっては苦楽を共にしてきた同僚なのだ。殺されていいはずがないと思うのは当然だろう。

 それを聞いた律刃は、やれやれ、といった感じに溜息をつく。骨が折れそうだが、やれなくはない。今の溜息は、そういったニュアンスのそれだ。

 志村に背負われながら1階へと向かう倫吾が、去り際に瞬に伝える。

 

「湖森ちゃん達は3階っす!」

「わかった!ここから先は一気に突っ切る!変身!」

《CROSS OVER!思いを、力を、世界を繋げ!仮面ライダーアクロス!》

 

 瞬がアクロスに変身すると同時に、一行は3手に分かれる。

 山風・ハル・志村・遠野は負傷している倫吾を保護すべく外へ。

 空手部と律刃は2体のオリジオンとの交戦に。

 残りの面々は湖森達を助けるべく3階へと。

 

 

 

 さあ急げ、狂想曲はまだ始まったばかりだ。

 

 

 

 




だからいい加減サブタイトル詐欺辞めろとあれほど……


というわけで久々のデュエルです。
転生者だからARC-V世界でリンク召喚くらいしますよそりゃあ……そもそも原作からしてアクションデュエルとかいうホームルールを多次元の決闘者に押し付けてましたからね。立場が逆転しただけです。

というわけで今後本作のデュエルは、新マスタールール(11期)にペンデュラムゾーンを追加したオリジナルルールで行かせていただきます。





レイラの尊厳破壊はとどまることを知らず…………
彼女にはもっと苦しんでもらいます。ええ。






オリジオン紹介
ハンドレッドオリジオン
変身者:????
転生特典:ハンドレットパワー(TIGER&BUNNY)
ワイルドタイガー及びバーナビーの特殊能力「ハンドレットパワー」の特典をもとに生み出されたオリジオン。見た目もふたりのヒーローが歪にまじりあった化け物となっている。
オリジナル同様に、5分間だけ身体能力を100倍に引き上げることができる。能力発動中は背中の蝋燭のような形状をした突起から炎を吹き出す。
ただでさえオリジオン化してステータスが上がっているというのに、そこから100倍になってはまさに鬼に金棒と言えるだろう。
バルジに完全に従っており、知性は低い。



次回 AM1:55/軌跡の果てより来る異眼(ビヨンド・ザ・オッドアイズ)


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第32話 AM1:50/可憐なる捕食者

池袋編その9
あけおめことよろ!


※途中汚いシーンがあります。ご了承ください。


 

 

 プラネットプラザ3階

 

 アクロスは仲間と共に、止まったままのエスカレーターを駆け上がる。

 背後で始まったドンパチに目を向けている余裕はない。イスタと妹(とトモリ)を一刻も早く助け出さなければならない。取引がすでに決裂している以上、彼女達の安全保障も既に烏有に帰した。ここは戦いを引き受けた彼らを信じて先に進むしかないのだ。

 先頭を走っていたアクロスだが、エスカレーターの最上段に足をかけた状態で不意に立ち止まった。

 

「どうした、何か……え?」

 

 剣崎が怪訝に思い声をかけるが、その先に広がる光景を見た瞬間、その声は途中で止まった。

 

「なにこれ……入った時にはなかったよね?」

 

 3階に辿り着いた彼らの前に見えたのは、異様な光景だった。

 うねうねと蠢く触手のようなものが、まるで木の根のように天井一面を覆っている。触手からは謎の粘液が滴り落ちており、床はところどころが粘液で濡れていた。アクロス達がこの建物に入った時、吹き抜け越しに見えた3階の天井には、こんなものはなかった。

 この異様な光景に、思わず尻込みしてしまう一行。だがしかし、湖森達を助け出すためには、踏み込むほかない。

 一歩、アクロスが足を踏み入れる。床に広がる粘液は、なんとも言えない粘付きを披露している。スーツ越しに不快感が伝わってくるが、粘液の粘り気は動けなくなるほどのモノではない。

 他の面々も、アクロスに続いて3階に足を踏み入れる。

 その時だった。

 

「駄目ですよね~ほんと。取引不意にするとか、悪いお兄ちゃんにもほどがありますよ」

「ああ……思った通りのクソ野郎だ。正義の味方の風上にも置けない」

 

 ねちゃりとした足音と共に、通路の向こう側から誰かが歩いてきた。足音は2人分。誰かがこちらに向かってきている。

 曲がり角から姿を現したのは、一言で言うと変態だった。

 ひとりは、全身包帯ぐるぐる巻きの人物。体格や素肌が垣間見える顔から判断すると、大学生くらいの男だ。衣服らしいものは短パンと、肩にかけている白いコートくらいしか身に付けていない。見た目からして変態としか言いようがない存在だった。

 もうひとりは、右半分がバニースーツ、左半分がチャイナドレスという、センスの欠片もない変な服装の女だった。スタイルもいいし、顔も美人の部類に入るのかもしれないが、服装がそれを補って余りあるレベルでぶっ飛んでやがる。こんなのと付き合うなんて罰ゲーム以外の何物でもないだろう。そんな存在だった。

 下の階で出会った魔法少女(おばさん)とボディペイント野郎に匹敵するレベルの変態に、警戒心むきだしで身構える一行。

 すると、バニーチャイナの女が口を開いた。

 

「わたくしは着半藤殊宮(きはんふじことみや)。あなた方……これはAMOREに対する裏切り行為と判断して宜しいのですよね?」

「解せぬ。貴様らは平和の敵ということになるが……なぜその道を選んだのだ?返答次第ではこの下澤巻密(しもさわまきみつ)が貴様らを葬ることになるだろう」

「またかよ……!」

「どうする?」

 

 ご丁寧に名乗ってくれたが、正直言ってこんな変態達とは関わり合いになりたくない。だが、おそらくこいつらを突破しなければアクロス達の目的は敵わない。

 

(俺が相手をして皆を先に行かせるか……それとも……?)

 

 悩むアクロス。

 そこに、

 

「ひゃっはあああああああああああああああああああっ!開け風穴ァ!」

「消し炭になりなサーイ!イヤッホゥウウウウウウウウウウウッ!」

 

 吹き抜けの下の方から、世紀末じみたテンションの掛け声と共に、燃え盛る炎が吹き上げてきた。

 最初、アクロスはAMORE側の増援かと思ったが、巻密達の反応を見るに、どうやらそうでない模様。向こうも驚いているようだし、なによりこのチンピラじみた声には聞き覚えがある。

 勢いの落ちた火柱と入れ替わるように飛び上がってきたのは、2体のオリジオン――ガンズオリジオンとリザードンオリジオンだった。ガンズオリジオンの方は変わりないのだが、リザードンオリジオンの方は、赤みがかっていた体色が黒くなっている上、人型だったシルエットが、翼竜に近いものに変化している。パワーアップでもしてきたのだろうか?

 リザードンオリジオンの背中に跨りながら、ガンズオリジオンはキンジとアリアに向かって意気揚々と銃口を向ける。

 

「遠山キンジィ!テメエの相手は俺だということを忘れたか!さあ再戦と行こうじゃあないか!」

「転生者狩りは居ねえようだがよぉ!俺はバルジ様の力添えで進化した!お前らなんぞ一捻りってわけだぁ!」

 

 威勢のいい怒号と共に、リザードンオリジオンが口から灼熱の炎を吐き出してくる。アクロスチーム、AMORE双方はさっとそれを避けるものの、炎が通ったあたりの床はグズグズに溶けてしまっており、下の階まで貫通する穴ができてしまっている。

 リザードンオリジオンが炎を吐き出すと同時に、その背に跨っていたガンズオリジオンがキンジとアリア目がけて飛び掛かってきた。

 バババババッ‼ と、ガンズオリジオンが飛び掛かりながらキンジとアリア目掛けて銃を撃つ。2人は他の面々に流れ弾を浴びせまいと、アクロス達から離れながら銃弾の雨を躱してゆく。

 

「邪魔はさせない……卑怯堂々と殺し合いをしようじゃあないか、ええ⁉ 」

「なんでだ⁉ なぜ俺達を狙う⁉ 」

「気に食わないからさ!お前は光の中で生きる存在、俺達は闇に押し込まれて生かされる存在!そこにあるのは羨望と嫉妬のみ!お前は嫉まれる側の人間なんだよ!」

 

 キンジの問いかけにそう返しながら、ガンズオリジオンはナイフを投げる。

 恐ろしいほどの速度で投げられたそれは、キンジの頬をかすめ、出血させる。

 ガンズオリジオンは拳銃を乱射しながら2人を追う。

 

「お前を殺し、俺がそこに座る!これは椅子取りゲームだ!主人公という椅子に座る奴を決める椅子取りなんだ!」

「勝手に言ってなさいよこの野郎……あんたなんかじゃ力不足だっつーのっ!」

「簡単に変わりが務まるような人生送ってねーんだよ……とりあえずしょっ引かれろ!」

 

 お互いに啖呵を切りながら、銃を構える。

 身勝手な羨望を打ち砕くための戦いが、はじまる。

 

 

 

*************************************

 

AM2:00

プラネットプラザ1階西

 

 

 リザードンオリジオンの放った業火は、床を溶かしてアクロス一行を分断していた。

 アクロスとアラタから見て、溶けた床の向こう側には、セラと唯が取り残されている。そして、アクロス達の目の前には、AMOREの刺客達が今すぐにでも殺さんとする勢いで此方を睨んでいる。

 

「キンジ達は大丈夫なのかよ……⁉ 」

「大丈夫だ……ぽっと出の転生者(よそもの)なんかにやられるようなたちじゃねえよ、多分」

 

 ガンズオリジオンに追われてこの場からいなくなったキンジ達を心配するアクロスに、アラタはそう返す。

 アラタは"緋弾のアリア(げんさく)"についてはそこまで詳しいわけではない。だが、あの2人がそう簡単にやられるような奴ではないと信じている。転生特典(もらいもの)便りの転生者なんかに負けるはずがないんだと、自分に言い聞かせるようにアクロスに言う。

 ――アラタ自身も同類なのだが。

 どうするべきかを考えていたアクロスだが、ここで、穴を隔てた向こう側から、唯が声をかけてきた。

 

「瞬!アラタ!そっちは大丈夫なの⁉ 」

「大丈夫だ!唯は先に行け!俺達は回り込んで――」

「あなたたちはわたくしがぶった斬って差し上げますわ。光栄に思うことです……ねっ!」

《KAKUSEI CHAOS SOLDIER》

 

 唯を先に行かせようとしたアクロスだが、そうはさせまいと、殊宮がカオスソルジャーオリジオンに変身し、斬りかかってきた。

 まずい。アクロスに変身している瞬はともかく、生身のアラタはぶった斬られたら致命傷になりかねない。

 アクロスはオリジオンを迎え撃とうと、腰にぶら下げているツインズバスターを抜刀しようとするが、それには僅かばかり時間が足りない。ならばと咄嗟に計画を変更し、アクロスはアラタを守るように前に立ち、自身が肉壁になろうとする。アクロスのスーツの防御力ならば、数回斬られても平気だからだ。

 カオスソルジャーオリジオンの剣が、アクロスに迫る。

 その寸前、

 

「ヘシンッ!」

《TURN UP》

「ばぐれぺまっ⁉ 」

 

 カオスソルジャーオリジオンの真横から青い畳の様なものが突っ込んできて、彼女を勢いよく吹き飛ばした。まるでバットで打たれたボールのように飛んでいったカオスソルジャーオリジオンは、近くのケータイショップのカウンターに頭から突っ込む形で落下する。

 アクロスは何が起きたのかわかっていないが、アラタは知っている。これはオリハルコンエレメントだと。

 アラタが畳の飛んできた方を見ると、そこにはブレイバックルを装着した剣崎が居た。

 

「コイツの相手は俺がする。お前たちはもう1人を!」

 

 剣崎はそう言うと、自身の前方に展開されたオリハルコンエレメントに突っ込んでいき、ブレイドに変身しながらカオスソルジャーオリジオンに向かっていった。

 

「お前の相手は俺だ!」

「…………現地民は黙っててくださいませんか?」

 

 カオスソルジャーオリジオンは、自身に不意打ちをしたブレイドにキレたようで、標的を彼に変える。

 ブレイドが相手してくれている今の内だと、アクロスはアラタを連れて反対側の通路に回り込もうとする。しかし、ここに敵はもう一人いるのだ。

 

「倫吾が世話になったな、アクロス。仲間に押し付けて先に行きますってのがそう何度も通じると思ったか?お前はここで倒れる。この戦いをお前の仮面ライダー人生最後の1ページにしてやる。光栄に思うがいい」

 

 下澤巻密。全身包帯まみれの変態が残っている。

 彼は包帯の隙間から鋭い眼光をアクロスに向けている。そこには人間らしさの類は微塵も感じられない。まるで肉の鎧を着こんだロボットのような雰囲気だった。

 アクロスは、無言で巻密の前に立つ。倫吾の名前が出た瞬間に、これだけは言っておかねばならないと、そう思った。

 

「あいつは、お前たちのことを心配してた。取り返しがつく今のうちに止まってくれって願ってた。止めてくれって俺に頼んだんだ」

「それがどうした?俺達はAMOREの意向に従うのみ。従えなかった軟弱者のことなぞ知ったことか!だいたいアイツはお荷物の癖に一丁前にリーダー気取りで邪魔だったんだ。だからあのタイミングで切り捨てられたのは幸運だったと思っている」

 

 ポキポキと拳を鳴らしながら近づいてくる巻密。

 瞬は倫吾のことをほとんど知らないが、彼の願いは信じるに足るものだと思っている。だが、ボロボロになってまで、正気を失い悪事に手を染めようとしている仲間を助けてほしいと願ったあの青年の願いを、コイツは否定()()()()()

 ――彼らを洗脳した奴は、随分と悪趣味なんだな。

 アクロスは、仮面の下でそう小さくつぶやく。

 

「俺としてはあの役立たずのことは一刻も早く忘れたかったのだが……よくも思い出させてくれたな。礼代わりに貴様を消し飛ばしてやる」

「……どうしても逃がす気はないようだな」

「初めからそのつもりだ!」

《KAKUSEI THE・HAND》

 

 そう言うと、オリジオンとしての姿を現した巻密は、軽く右腕を振るった。

 瞬間、ガオンッ!と音を立てて、アクロスの足元が跡形もなく消し飛んだ。

 

「何が起きたんだ⁉ 」

「……やはり覚醒したばかりで安定せぬか」

 

 巻密――ザ・ハンドオリジオンはそうぼやきながら、再び右腕を振るう。

 何が起きたのかはわからないが、避けなきゃマズいことになる。そう判断したアクロスは、右腕が振り下ろされると同時に一気に前方に向かって駆け出し、ザ・ハンドオリジオンに向かって体当たりを仕掛ける。

 アクロスに壁際に押し込まれたザ・ハンドオリジオンは、苦し紛れに自身を押しているアクロスの背中をぶっ叩く。

 

「ぐっ……」

 

 一瞬だけアクロスの押し込みが弱まった隙をついて抜け出し、ザ・ハンドオリジオンは三度右腕を振るう。すると、アクロスの頭上にあった、天井から案内板を吊り下げていた支柱が跡形もなく消え去った。

 

「痛っ……!」

 

 支えを失った案内板がアクロスの頭に直撃し、アクロスは苦悶の声をあげる。

 ザ・ハンドオリジオンは左手でアクロスの胸倉を掴み上げると、右拳でアクロスの顔面をぶん殴ろうとする。しかし、アクロスは首を傾けて回避する。ザ・ハンドオリジオンは右拳を即座に引っ込めると、再び殴りかかる。

 だが今度はアクロスに逆に突き出した自身の拳を掴まれ、そのまま投げ倒されてしまう。ずしんと音を立てて背中から床に倒れるザ・ハンドオリジオン。彼はふらふらと立ち上がりながら、アクロスに語りかける。

 

「貴様の選択は間違っている。本気で人質を救いたいならば大人しく降伏すべきだったのだ!貴様の選択は人質をいたずらに危険にさらすだけだということがなぜわからぬ?」

「でもそれはイスタを見捨てることになる!そんな終わり方を望んでる奴は俺達の中には誰一人としていないんだよ!」

 

 確かに、AMOREの要求を呑めばこんな戦いをする必要は無かったし、湖森達の安全も保障される。

 だが、瞬はレイが泣きながら懇願してくるのを見てしまった。彼の抱える因縁を聞いてしまった。それを無視することができなかった。赤の他人を犠牲にした安寧を受け入れることができなかった。そしてそれは、他の皆もそうだった。

 だから今ここに立っている。取捨選択を拒んで、全てを拾い上げるために。

 バチコンッ!と音を立てて、両者の拳が激突する。

 ザ・ハンドオリジオンは、以上を以て結論を下した。仮面ライダーアクロスの脅威性にはそのライダーシステムのスペックだけでなく、逢瀬瞬のパーソナリティも絡んでいる。双方の速やかな排除又は管理が必要である、と。

 

「やはり貴様は危険だよ。貴様の様な未熟な精神性の持ち主がそんな力を持っていては駄目だ。大佐の言うとおり、貴様は生かしてはおけない。ここで殺す!」

 

 

 

 

******************************************

 

「えーと、俺の相手は……」

 

 他の奴らが早々にバチバチと臨戦態勢に入る中、相手が見つからずに手持ち無沙汰気味にキョロキョロしているリザードンオリジオン。そんな彼の視界に、ある人物が映る。

 それは、この場の雰囲気に紛れて先に進もうとするアラタ達だった。

 もとより我慢のガの字も知らないようなクソ転生者だったリザードンオリジオンは、パワーアップした力を一刻も早く振るいたくて仕方がなかった。そんな彼からすれば、そろりそろりとこの場から離れようとするアラタ達の姿は、格好の的でしかなかった。

 こいつらを殺しても何ら問題はないだろう。

 なぜならば自分達は転生者だから。転生者とそうでない奴らの間には絶対的な差というモノがあるのだ。分不相応に戦場に立つ目の前のアラタ達(ゴミカス)に、それをわからせなければならない。

 

「なんかやばくない……?」

「ウォーミングアップだ!進化した力、お前らで試させてもらうぜ!」

「やっぱりろくなやつじゃねええええええええええ!」

 

 リザードンオリジオンの標的が、この場からひっそりと立ち去ろうとしていたアラタと大鳳に切り替わる。

 いくら転生者といっても、アラタは何の力もない一般人。大鳳も、元艦娘なだけであり、艤装がなければちょっと鍛えた一般人程度でしかない。しかも相手はやる気満々の、灼熱の炎を操るオリジオン。

 要するに2人ではオリジオン1体を相手取るなんて到底不可能ということだ。

 リザードンオリジオンの口内に、炎が充填される。

 それと同時に、アラタと大鳳は一目散に逃げだした。

 

 

 

***********************************

 

 プラネットプラザ1階中央通路

 遊矢VS竜崇 ACTIONDUEL

 

 

 

「リンク召喚……だって……⁉ 」

「なにあれ……あんな召喚方法、知らない……!」

 

 本来この世界に存在するはずのないリンク召喚(もの)を披露した竜崇に、驚きを隠せない遊矢と柚子。

 戦いに飢える恐竜たちの後方から、竜崇の声が響く。

 

「驚くのも無理はない。なんせ異世界の召喚法だからな」

「異世界……?でも、俺の知ってる世界ではリンク召喚なんてどこも……」

「まあもっとじっくり味わえよ。決闘(デュエル)はまだはじまったばっかりなんだからさ」

 

 竜崇はそう言いながら不敵に笑う。まるで遊矢達の反応を楽しんでいるかのようだ。

 転生者である彼からすれば、遊矢達の反応はあまりにも予想通り過ぎていて、かつ滑稽なものだった。

 だが、竜崇はこれを望んでいたのだ。

 決闘(デュエル)の最先端をひたすら追い続けていた彼にとって、この世界の決闘(デュエル)は退屈でしかなかったのだ。古いルールに存在しない召喚法に存在しないカード。それらが使えないことに日頃から苛ついていた。だから、様々な世界を自由に行き来できるAMOR隊員という立場を使い、この世界にリンク召喚を持ち込んだのだ。

 それをいざ実行に移した今この瞬間、竜崇は、これで自分の望んだ決闘(デュエル)ができると、歓喜に震えていた。

 

(榊遊矢!時代遅れの決闘者であるお前を打ち倒し、オレが新時代を作る!)

 

 上官に半ば強引にこの世界に呼ばれた時はあまり乗り気ではなかったが、こうしている今は、招集されたことに感謝しかない。

 任務なんてどうでもいい。今はひとりの決闘者(デュエリスト)として、目の前の遊矢(てき)を叩きのめしたくて仕方がなかった。

 竜崇は上機嫌でプレイを続行する。

 

「オレは墓地の"幻創のミセラサウルス"の効果発動。墓地からミセラサウルスを含む恐竜族モンスターを任意の枚数除外することで、除外したモンスターの数と同じレベルの恐竜族をデッキから特殊召喚する。オレは"幻創のミセラサウルス"と"ダイナレスラー・バーリオニクス"の2体を除外し、レベル2の"ベビケラサウルス"を特殊召喚!」

ベビケラサウルス:☆2 ATK500

 

 "ダイナレスラー・イグアノドラッカ"の特殊召喚のコストとして墓地に送ったミセラサウルスの墓地効果を適用することで、新たなモンスターを呼び出した竜崇。呼び出されたのは小さな恐竜だった。

 

「そして"魂喰いオヴィラプター"のもう一つの効果!オレの場の他の恐竜族モンスター1体を破壊し、墓地の恐竜族を1体特殊召喚する!イグアノドラッカを蘇生!」

ダイナレスラー・イグアノドラッカ:☆6 DFE0

 

 竜崇がそう言うと、"魂喰いオヴィラプター"がその身体からオーラの様なものを生み出し始める。そてと同時に、隣の"ベビケラサウルス"から人魂の様なものが飛び出し、オヴィラプターの口内へと吸い込まてゆく。

 すると、呼び出されたばかりの"ベビケラサウルス"が爆散するとともに、その爆炎の中からリンク素材として墓地に送られた"ダイナレスラー・イグアノドラッカ"が再び姿を現す。

 

「さらに破壊された"ベビケラサウルス"の効果発動!"ベビケラサウルス"が効果で破壊された時、デッキからレベル4以下の恐竜族1体を特殊召喚する!現れろ、"ダイナレスラー・カパプテラ"!」

ダイナレスラー・カパプテラ:☆4 ATK1600

 

 竜崇の怒涛の展開は終わらない。

 爆散し霧散してゆく"ベビケラサウルス"だった粒子が再集結しながら、プテラノドンを人型にしたようなモンスターが出現する。

 竜崇はカードをプレイしながら大きく飛び上がり、空中に浮かんでいた台座の端に置かれているアクションカードをゲットする。

 

「そしてアクション魔法"追蜂(ついほう)"!自分フィールドのモンスターの数が相手と異なるとき、その差の数までフィールドのモンスターを破壊できる!俺は"昇竜剣士マジェスティ(パラディン)"を破壊する!」

「うわっ⁉ 」

 

 アクションカードの効果により、遊矢の場の"昇竜剣士マジェスター(パラディン)"が爆散する。竜崇のフィールドのモンスターの内、マジェスターPの守備力を突破できる攻撃力を持つのは"ダイナレスラー・パンクラトプス"のみ。そして、パンクラトプスの攻撃力は"オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン"より上だ。

 竜崇は少しでもダメージを多く与えるために、攻撃表示の"オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン"ではなく、守備表示のマジェスターPを破壊したのだ。

 

「バトルだ!"ダイナレスラー・カパプテラ"で"オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン"を攻撃!」

「攻撃力はオッドアイズの方が上……ってことはアクションカード狙い!」

 

 柚子の予想通り、竜崇はアクションカードを狙いに行った。

 彼は壁を勢いよく蹴って更に高所にある空中に浮かぶ足場に飛びつき、そのままよじ登る。負けじと遊矢も"オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン"の背中に飛び乗り、そこからさらに跳んで空中の足場に上る。

 両者が飛び移った先の足場には、それぞれアクションカードが1枚ずつ。

 バトルの結果はアクションカードの内容に委ねられた。

 

「ご明察だ!アクション魔法"バイアタック"!"ダイナレスラー・カパプテラ"の攻撃力をターン終了時まで倍にする!」

ダイナレスラー・カパプテラ:ATK1600→3200

「アクション魔法"回避"!攻撃を無効にする!」

 

 遊矢のアクションカードの効果により、飛び掛かってきた"ダイナレスラー・カパプテラ"を、"オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン"が跳んで回避する。

 

「ピンポイントで"回避"を引くとは運がいいな。だがよぉ……破壊の方法はまだまだあるんだぜ……!」

「⁉ 」

「"ダイナレスラー・パンクラトプス"の効果発動!"ダイナレスラー"モンスター1体をリリースし、相手フィールドのカード1枚を破壊する!こいつはフリーチェーンの効果だから、このタイミングでも使えるのさ!俺は"ダイナレスラー・カパプテラ"をリリースし、"オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン"を破壊!」

(トラップ)カード発動、"臨時収入(エクストラバック)"!ペンデュラムモンスターが表側表示でEXデッキに加わった時、このカードに魔力カウンターを1つセットする!」

臨時収入:COUNTER×1

 

 竜崇は攻撃が無駄に終わったカパプテラをリリースして効果を発動する。すると、リリースされたカパプテラが光となって"ダイナレスラー・パンクラトプス"の両腕に集約されるとともに、パンクラトプスが勢いよく飛び上がって"オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン"に馬乗りになる。

 "オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン"は苦しそうに吠えるが、パンクラトプスはお構いなしにその両拳をオッドアイズの両側頭部叩きつける。

 すると、殴られたオッドアイズは爆散し、すさまじい爆風を周囲にまき散らした。それは何かに捕まっていなければ立つこともままならない程の威力であり、柚子は鎖で縛られたまま壁際まで転がってゆき、爆風に煽られた遊矢は足場から転落してしまう。

 

「おわああああああああああああああああああっつ⁉ 」

「遊矢⁉ 」

 

 悲鳴をあげる遊矢だったが、丁度落下地点には"EMセカンドンキー"が居たため、その背中に飛び乗る形でなんとか無事に地上に降りることができた。それを見て柚子は安堵する。相変わらず危なっかしい決闘(デュエル)だ。

 遊矢はセカンドンキーの背中から降り、竜崇を見上げる。

 竜崇は既に2枚目のアクションカードの目前まで近づいていた。遊矢の近くにはアクションカードはない。なんとかして彼に追いつかなくては、差をつけられる。

 

「またアクションカードを……!そうはさせるか!」

「返り討ちにしろ、パンクラトプス!"EMセカンドンキー"に攻撃だ!」

 

 慌てて走り出す遊矢だが、そこに竜崇からの攻撃命令を受けた"ダイナレスラー・パンクラトプス"が膝を前に突き出しながら飛び掛かってきた。飛び膝蹴りだ。

 遊矢は咄嗟に屈んでそれを躱すも、パンクラトプスの飛び膝蹴りは、遊矢の背後にいたセカンドンキーに命中し、蹴りが命中したセカンドンキーは爆発四散する。守備表示であるために戦闘ダメージこそ発生しなかったものの、その衝撃はすさまじく、遊矢の背中を思いきり前方へと押し出す。

 地面にうつぶせに倒れた遊矢に、上から竜崇が語り掛けてくる。その手には、新たなアクションカードが握られている。またしてもおくれを取ることとなったのだ。

 

「パンクラチオンの味はどうだい?身体にクるよな?」

「なんの……!俺は手札の"EMバロックリボー"の効果発動……!自分のモンスターが戦闘破壊された時、手札からこのカードを特殊召喚する!さあおいで、バロックリボー!」

EMバロックリボー:DFE3000

「ならば"魂喰いオヴィラプター"で攻撃!そしてこの時、アクション魔法(マジック)"アンコール"を発動!墓地のアクション魔法(マジック)"バイアタック"の効果をコピーして発動するぜ!オヴィラプターの攻撃力を倍に!」

魂喰いオヴィラプター:ATK1800→3600

 

 遊矢は負けじと壁モンスターを展開するが、アクションカードの効果で攻撃力を上げられて突破されてしまう。

 

「これで壁は消えた!"ダイナレスラー・テラ・パルクリオ"で直接攻撃(ダイレクトアタック)!」

「ぐっ……!」

遊矢:4000LP→3000LP(-1000)

 

 そして、壁モンスターの居なくなった遊矢に直接攻撃が命中する。

 "ダイナレスラー・テラ・パルクリオ"のアクロバティックな一撃を受け、遊矢は膝をつく。

 竜崇はその隙に空中の足場に飛び移り、3枚目のアクションカードを入手する。

 

「ダメージはあまり通せなかったが……まあいい、どのみちお前はオレを輝かせる踏み台になる定めよ……!カードを1枚伏せてターンエンドだ!」

 

 思ったように攻めきれなかったことを愚痴りながら、伏せカードをセットしてターンを終える竜崇。

 対して、なんとか1ターン凌ぎ切った遊矢は、内心ほっとしていた。

 

(思った以上に苛烈な攻め方だ……気を抜いたら押し切られる……動揺したらダメだ!)

 

 竜崇の猛攻に気を抜く暇はない。少しでも気を抜けばそこから崩れるからだ。いくら相手が未知の召喚法を使うからといっても、それに対して動揺してはいけない。事実、遊矢はこのターン、得意とするアクションカードの応酬においても劣勢に立たされてしまっている。

 平常心を失うな。冷静に、かつ楽しく決闘(デュエル)しろ。そう言い聞かせるように深呼吸をしながら、遊矢はドローフェイズに入る。

 

「俺のターン!ドロー!」

遊矢:HAND×2

「俺はセッティング済みのペンデュラムスケールを使いペンデュラム召喚!今一度舞い戻れ、"オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン"!そして手札から"EMペンデュラム・マジシャン"!」

オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン:☆7 ATK2500

EMペンデュラム・マジシャン:☆4 ATK1500

 

 既にセッティング済みのペンデュラムスケールを使い、再びペンデュラム召喚を行う遊矢。しかしここで、ある違和感に気づく。

 

「あれ……?なんで……?」

 

 "オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン"の位置がおかしい。

 同時にペンデュラム召喚した"EMペンデュラム・マジシャン"よりもかなり前に出ている。怪訝に思いながらデュエルディスクから伸びるカードプレートを確認すると、オッドアイズのカードは、カードプレートに新たに生まれたでっぱりの部分に存在している。竜崇曰く、そこはEXモンスターゾーンだったか。

 なぜ、こんなことになっているのだろうと不思議に思っていると、その疑問に答えるかのように、竜崇が笑いながら語りかけてきた。

 

「EXデッキからのペンデュラム召喚する場合はEXモンスターゾーンにしか出せない。これでペンデュラム召喚の無限の大量展開も制限されるってことだ」

「何⁉ それじゃあ……」

「ああ、今まで通りに進めると思うな。言ったはずだ、新時代の決闘(デュエル)を味わうがいいとな」

 

 竜崇によって開示された新たなルール。それは遊矢にとっては大きな痛手であった。倒されても何度でも大量展開できるというペンデュラム召喚の強みが半減したようなものだ。今までの様な無限湧きはできない。破壊前提のプレイングを見直さなければならない時が来たのだ。

 だからといって臆するわけにはいかない。

 ここは任せろと啖呵を切った以上は友情に嘘はつけないし、決闘者(デュエリスト)として逃げるなんて言語道断だ。

 遊矢はそう決意しながら、プレイングを続行する。

 

「"EMペンデュラム・マジシャン"の効果発動!特殊召喚成功時に自分フィールドのカードを2枚まで破壊し、その数だけ"EM"モンスターを手札に加える!」

 

 手札に加えたのは、"EMウィップ・バイパー"と"EMバリアバルーンバグ"の2枚。相手の苛烈な攻撃をしのぐためにも、アクションカード以外の防御手段も常に抱えておきたいのだ。

 

「俺は"EMウィップ・バイパー"を通常召喚」

EMウィップ・バイパー:☆4 ATK1700

 

 遊矢が召喚したのは、紫色の蛇だった。こいつは遊矢のエンタメデュエルの顔役のうちの1体ともいえるモンスター。アクションデュエルにおいても結構な頻度で使用している。

 召喚されたウィップ・バイパーは竜崇を威嚇すると、するすると遊矢の身体を上ってゆき、その腕に絡みついてゆく。

 

「そしてバトルだ!"オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン"で"ダイナレスラー・テラ・パルクリオ"を攻撃!螺旋のストライクバ――」

「パンクラトプスの効果発動!パンクラトプス自身をリリースし、"オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン"を破壊!」

 

 竜崇がそう命令すると、パンクラトプスがオッドアイズに特攻し、盛大に自爆した。効果で道連れをしやがったのだ。

 オッドアイズは撃破されるが、発動中の"臨時収入(エクストラバック)"に2つ目のカウンターが点灯する。

臨時収入:COUNTER×2

 

「ならば"EMペンデュラム・マジシャン"で"ダイナレスラー・テラ・パルクリオ"を攻撃!」

「オレは"ダイナレスラー・マーシャルアンガ"を手札から捨てて効果発動!"ダイナレスラー"モンスターが自身より攻撃力の高い相手とバトルする時、そのバトルによる戦闘破壊を無効にし、バトルフェイズを終了する!」

竜崇:4000LP→3500LP

 

 ペンデュラム・マジシャンの攻撃は確かにテラ・パルクリオに命中した。しかし、ペンデュラム・マジシャンの攻撃が当たる寸前にテラ・パルクリオの周囲にバリアの様なものが出現し、その破壊を防いだ。戦闘破壊こそできなかったものの、この効果はダメージをなくすことはできない。よって竜崇には戦闘ダメージだけは伝播する結果となった。

 遊矢の場にはまだウィップ・バイパーがいるが、バトルフェイズが終了させられたため、攻撃はできない。竜崇は何もできなくなった遊矢を見て思わずほくそ笑む。

 

「バトルフェイズは終了、続いてメインフェイズ2だ」

「お前が何もしないというならば、此方から仕掛けるまで!(トラップ)カード発動!"メタバース"!こいつはデッキからフィールド魔法カードを1枚選んで発動できるのさ!オレが発動するのはこいつだ!榊遊矢!これがお前を敗北という名の闇に沈める舞台(リング)だ!フィールド魔法"ワールド・ダイナ・レスリング"発動!」

 

 竜崇がそう言いながらフィールドゾーンに魔法カードを発動する。それを見て、柚子も遊矢も意外そうな顔をする。システム上は可能なのだが、アクションデュエルにおいてはフィールド魔法を使うプレイヤーは少ない傾向にあるからだ。

 竜崇と遊矢を取り囲むように、フェンスに囲まれた円形のフィールドが地面からせり上がる様にして出現する。フェンスの向こう側には無数のシダ植物の様なものも生えだしており、さながらここだけ密林と化したような光景となっていた。もちろんこれはソリッドビジョンによるものなのだが、その威圧感はなかなかのものだ。

 

「そして"ワールド・ダイナ・レスリング"が発動したことにより、"ダイナレスラー・テラ・パルクリオ"のモンスター効果が発動し、墓地の"ダイナレスラー"1体をサルベージ出来るぜ。オレは"ダイナレスラー・カパプテラ"を回収する……ほら、ターンエンドを宣言しろよ。お前のターンだろうが」

 

 得意げそうにそう言う竜崇。

 呆気に取られていたが、今は遊矢のターンなのだ。しかし、遊矢にできることはなにもない。

 

「くっ……ターンエンド……!」

「ならばいかせてもらおう。オレのターン、ドロー!」

竜崇:HAND1→2

 

 遊矢が悔しそうにターンエンドを宣言すると同時に、入れ替わるように竜崇がデッキからカードをドローする。

 

「……このターンでお前をリングに沈めることが決まったようだ」

「強気だな……その口振り、余程いいカードを引いたみたいだな」

 

 遊矢のその言葉に、竜崇はにやりと笑って返す。

 

「今一度現れよ、勝利の頂に続くサーキット!アローヘッド確認!召喚条件は"ダイナレスラー"モンスター2体以上!俺はフィールドの"ダイナレスラー・イグアノドラッカ"とリンク2の"ダイナレスラー・テラ・パルクリオ"をリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン!リンク召喚!現れろ、リンク3!"ダイナレスラー・キング・Tレッスル"!」

ダイナレスラー・キング・Tレッスル:LINK3(左下/下/右下)ATK3000

 

 テラ・パルクリオの時と同じような演出を経て顕現したのは、覆面を被ったTレックスだった。その巨体が1歩足を動かすだけで地響きが起こり、唸り声だけで周囲の空気が激しく震える。それを一目見た柚子は縛られていることも忘れて逃げようとするが、当然ながら満足に動けるはずもなく、ただリングの外で無様にもがくだけに終わる。

 正対している遊矢も、内心では恐怖していた。

 リンクモンスターを素材に更なるリンク召喚を決めてきた竜崇。彼はここから何を仕掛けてくるのだろうか。

 

「リンクモンスターをリンク素材にする場合、そのリンクマーカーの数と同じ数のリンク素材として扱うことができるのさ。そしてこの時、リンク素材となった"ダイナレスラー・テラ・パルクリオ"の効果が発動する!パルクリオがリンク素材として墓地に送られた時、墓地の"ダイナレスラー"1体を効果を無効にして特殊召喚できる。オレはリンク素材としたイグアノドラッカを復活!」

ダイナレスラー・イグアノドラッカ:☆6 DFE0

 

 リンク素材となったイグアノドラッカがよみがえる。

 

「ダメ押しでもういっちょ行くぜ!オレは手札からチューナーモンスター、"ダイナレスラー・コエロフィシラット"を通常召喚!」

「チューナー……ってことはシンクロ召喚を⁉ 」

「当然だ!オレはレベル6の"ダイナレスラー・イグアノドラッカ"にレベル2の"ダイナレスラー・コエロフィシラット"をチューニング!屈強なる太古の王者よ、全ての敵を蹴散らせ!シンクロ召喚!現れよレベル8!"ダイナレスラー・ギガ・スピノサバット"!」

ダイナレスラー・ギガ・スピノサバット:☆8 ATK3000

 

 けたたましい咆哮をあげながら現れたのは、ワニのような頭部と刺々しい背びれを持つ、紫色の肌をした恐竜だった。その大きさは"ダイナレスラー・キング・Tレッスル"と並び立つほどのものであり、その2体が並んでいる様はまさに圧巻というほかないものであった。

 遊矢も柚子も、すべきではないとはわかっていながらも、思わず彼らに圧倒されてしまう。

 

「デッカイ……てか強そう……」

「ああ。こいつはほんとに強いぜ?」

 

 得意げになる竜崇の後方で、2体の恐竜が唸り声をあげる。

 血を寄越せ、今すぐにでも戦いを味合わせろと、そう催促しているように感じられた。

 しかし、遊矢としては、あんな大型モンスターの攻撃を受けるわけにはいかないので、ウィップ・バイパーの効果をここで使うことにした。

 

「俺は"EMウィップ・バイパー"の効果発動!お互いのメインフェイズに1度、フィールドのモンスター1体の攻撃力と守備力を入れ替える!俺は"ダイナレスラー・キング・Tレッスル"の攻撃力と守備力を――」

「ははははははははっ!そりゃあ無理だぜ!」

「……何がおかしい?」

 

 ウィップ・バイパーの効果を使おうとした遊矢だが、竜崇がそれを聞いて大笑いする。一体何がおかしいというのだろうか。

 むっとする遊矢と柚子に、呆れながら竜崇が説明する。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!だから攻撃力と守備力を入れ替える効果なんて効かねえし、守備表示にもならない!常識だぜ……あ、そっか。この世界にはリンクモンスターはいないんだったっけ?」

 

 理屈としては、エクシーズモンスターと同じだ。

 エクシーズモンスターはレベルを持たないので、レベルを参照する効果を受けないし、適用できない。それはもちろん遊矢も知っている。

 リンクモンスターも理屈としては同じで、守備力が0なのではなく、ない。故に守備力を参照するウィップ・バイパーの効果を適用できないのだ。

 

「そんな……ずるいわよ……!」

「榊遊矢、お前だってペンデュラム召喚で似たようなことしてたんだからさ、お前にオレを責める資格はないんだぞ?そこんとこしっかり理解してる?」

 

 遊矢がペンデュラム召喚の創始者であることを引き合いに出しながら、逐一自分を正当化する竜崇に、柚子は怒りが抑えきれないでいた。この身体が自由ならば、自分が決闘(デュエル)であいつをぶん殴れるというのに、それができないこの現状が悔しくてたまらなかった。

 しかし、今更知ったところで、既にウィップ・バイパーの効果を発動してしまった以上、キャンセルはできない。ここから遊矢はウィップ・バイパーの効果の適用先を決めなければならない。

 

(ならば"ダイナレスラー・ギガ・スピノサバット"だ。アイツはシンクロモンスターだからウィップ・バイパーの効果が通じる――)

 

 キング・Tレッスルに効果が通じないならば、シンクロモンスターであるギガ・スピノサバットに使おう。攻撃力3000のモンスターを1体でも弱体化できればそれでいいと判断し、遊矢は効果の適用先を選ぼうとする。

 しかし、竜崇はそれを読んでいた。

 そして、事前に手に入れていたアクションカードで遊矢の行動を先回りして潰しにかかった。

 

「お前の考えはお見通しだ!オレはアクション魔法(マジック)"透明"を"ダイナレスラー・ギガ・スピノサバット"に対して発動!これでスピノサバットはこのターン、相手の効果を受けねえ。ウィップ・バイパーの効果も通じねえってことだ。だが発動しちゃったからにはよお、効果処理は最後までしてもらうぜ?」

「……俺はウィップ・バイパーの効果の対象をオヴィラプターに変更。攻撃力と守備力を入れ替える」

魂喰いオヴィラプター:☆4 ATK1800/DFE500→ATK500/DFE1800

 

 2体の大型モンスターへの効果適用ができない以上、こうする他なかった。

 竜崇は笑いながら、蹂躙開始を宣言する。

 

「じゃ、遠慮なく蹂躙するぜ……バトルフェイズ!オレは"ダイナレスラー・キング・Tレッスル"で"EMウィップ・バイパー"を攻撃!」

「頼むウィップ・バイパー!アクションカードを狙うぞ!」

 

 竜崇の命令を受け、"ダイナレスラー・キング・Tレッスル"が遊矢のいる方へと走ってくる。

 遊矢はアクションカードでこの状況をどうにかすべく、ウィップ・バイパーの尻尾を自身の手に巻き付けながら飛び上がる。それと同時に、ウィップ・バイパーは遊矢の期待に応えるように自身の身体を長く伸ばし、発動中の"ワールド・ダイナ・レスリング"のフェンスを顎で噛んで掴む。

 そして、遊矢はウィップ・バイパーの身体をワイヤーロープのように使い、リングから離れようとする。

 しかし、

 

「アクション魔法(マジック)"ブレイクアップ"!自分フィールドのカード1枚を破壊し、自分モンスター1体の攻撃力を300アップさせる!オレは"ワールド・ダイナ・レスリング"を破壊し、キングTレッスルの攻撃力を300アップ!」

ダイナレスラー・キング・Tレッスル:ATK3000→3300

 

 竜崇がアクションカードを発動すると、"ワールド・ダイナ・レスリング"が消滅し、それと同時に、リングを支えとしてたウィップ・バイパーと遊矢も落ちてしまう。

 悲鳴をあげながら落ちる両者に、キング・Tレッスルの鋭い爪が迫る。

 避けることはできない。

 

「張ったフィールド魔法をすぐに破壊した⁉ 」

「"ワールド・ダイナ・レスリング"には、お互いに1ターンに1体のモンスターでしか攻撃できないデメリットがあるからな……お目当てのテラ・パルクリオのサルベージ効果も使い終わったし、総攻撃には邪魔だろ?オレ達の決闘(デュエル)はこんな狭いリングじゃあ収まらねえのよぉ!」

「ぐああああああああああああああああああああああっ!」

「遊矢!」

遊矢:3000LP→1400LP

 

 キング・Tレッスルがウィップ・バイパーの尻尾を掴み、遊矢目がけて勢いよく投げつける。

 投げられたウィップ・バイパーは遊矢に激突するとともに消滅し、遊矢は勢いよく吹っ飛び、近くのテナントのシャッターに叩きつけられる。

 

「止めだ!"ダイナレスラー・ギガ・スピノサバット"で"EMペンデュラム・マジシャン"を攻撃!」

 

 立ち上がろうとする遊矢。しかし、その動きは遅い。

 竜崇の命令を受け、最後に残ったペンデュラム・マジシャン目がけてギガ・スピノサバットの右脚が飛んでくる。この一撃を受ければ遊矢のライフは尽きる。

 

「これでフィニッシュだああああああああああああああっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「遊矢ああああああああああああああっ!」

 

 柚子の絶叫をBGMとして伴いながら、ペンデュラム・マジシャンの鳩尾にギガ・スピノサバットの右脚がめり込む。その瞬間、ペンデュラム・マジシャンは苦悶の声をあげながら爆発四散し、突風が吹き荒れる。

 勝利を確信した竜崇が勝利の雄たけびを上げるその目の前で、爆炎が遊矢の姿を覆い隠していく。

 

「――オレの、勝ちだ」

 

 

 

 

 

****************************************

 

AM2:08

プラネットプラザ正面入口前

零児VSサキュラス

 

サキュラス:4000LP

零児:4000LP

 

 

「リンク召喚、か」

「ああ。これが俺の力……お前を倒す力だ」

 

 本来この世界に存在するはずのない召喚法・リンク召喚。それを目の当たりにした零児は、懐かしい感覚に包まれていた。

 それは今から2年前。榊遊矢がとあるプロ決闘者(デュエリスト)との公式試合の最中に、これまで確認されていなかった新たな召喚法・ペンデュラム召喚を生み出した時のことだった。モニター越しにその試合を見ていた零児は、それをきっかけに遊矢に大きな関心を寄せるようになった。以前まではプロとしてデュエル界のトップに君臨し続けた零児にとっては、あの時抱いた感情は新鮮そのものであった。何としてでも追い付きたい、追い越したい、抜かされてたまるものかという、好奇心と対抗心と憧れの入り混じった感情を胸に、自力でペンデュラムカードを作り上げ、自分のものとした。

 そして今、その時に近しい感情が零児の中に蘇っている。

 未知の召喚法を使う目の前の相手は、一体ここから何を見せてくれるというのか。期待の眼差しを込めた目線を受けながら、サキュラスは決闘(デュエル)を続ける。

 

「俺は"レスキューラビット"を召喚。そして"レスキューラビット"を除外し、効果発動。こいつは自分をフィールドから除外することで、レベル4以下の同名の通常モンスター2体を特殊召喚できるのさ。俺は"聖杯を戴く巫女"2体を特殊召喚!」

レスキューラビット:☆4 ATK300

聖杯を戴く巫女:☆2 DFE2100

 

 安全ヘルメットを被ったウサギがフィールド上に召喚されたと思いきや、ウサギはすぐさま消滅し、入れ替わりに、杖の様なものを持ち、巫女装束の様な衣装に身を包んだ少女型のモンスターが2体姿を現す。デュエルのルール上はあり得ることなのだが、ソリッドビジョンの存在も相まって、全く同じ姿をした少女が並んでいるというのは、どこかシュールさを感じずにはいられない。

 

「"星杯竜イムドゥーク"が場に存在する限り、俺は通常召喚に加えて"星杯"モンスター1体を召喚できる。俺は"星杯竜イムドゥーク"をリリースし、"星遺物―『星杯』"をアドバンス召喚!」

星遺物―『星杯』:☆5 ATK0

 

 サキュラスの目の前に、巨大な蒼銀色に輝く謎の機械の様なものが出現する。それは青く光っており、何とも言えない神秘的な雰囲気を放っている。

 

「そしてイムドゥークの効果発動!イムドゥークがフィールドから墓地に送られた時、手札から"星杯"モンスター1体を特殊召喚する!来い、"星杯の妖精リース"!」

星杯の妖精リース:☆2 DFE2000

 

 間髪入れず、サキュラスが新たなモンスターを呼び出す。

 呼び出されたのは、小さな銀色の妖精だった。妖精は無邪気に笑いながらサキュラスの周囲を何周か飛び回った末に、"星杯を戴く巫女"の型に乗っかる。

 

「リースが召喚・特殊召喚に成功した時、デッキから"聖杯"モンスター1体を手札に加える。俺は2体目の"聖杯に誘われし者"を手札に加える……再び見せてやろうか?リンク召喚を!」

「またリンク召喚をするのか⁉ 」

「アローヘッド確認!召喚条件は"星杯"モンスター2体!俺はフィールドの"星遺物―『星杯』"と"星杯の妖精リース"をリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン!リンク召喚!現れろ、リンク2!"星杯剣士アウラム"!」

星杯剣士アウラム:LINK2(右下/左下) ATK2000

 

 現れたのは、剣と盾を装備した少年剣士だった。

 

「墓地に送られた"星遺物―『星杯』"の効果!通常召喚したこのカードがフィールドを離れた時、デッキから"星杯"モンスター2体を特殊召喚する!俺は"星杯に選ばれし者"2体を特殊召喚!」

星杯に選ばれし者:☆3 ATK1600

 

 サキュラスのフィールドに、剣と盾を装備し、赤いマフラーとゴーグルを身に付けた銀髪の青年が2人出現する。どことなく先ほど召喚された"星杯剣士アウラム"に似ているように見えるのは気のせいではないだろう。

 

「アローヘッド確認!召喚条件は"星杯"モンスター2体!俺はフィールドの"聖杯を戴く巫女"と"星杯に選ばれし者"をリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン!リンク召喚!現れろ、リンク2!"星杯神楽イヴ"!」

星杯神楽イヴ:LINK2(右/左) ATK1800

 

 現れたのは、"星杯を戴く巫女"と似た少女だ。恐らく同一人物(という設定のモンスターカード)なのだろうが、持っていた杖は光を放っていたり、服装が若干異なったりしている。少年漫画風に表現するならば、"覚醒した"とでも表現すべきだろうか。

 零児が冷静に観察していると、サキュラスが得意げそうに解説を入れてくる。しかしそれは親切心からではなく、マウントを取りたいという傲慢さからの行為だということは、誰が見ても明らかであった。

 

「リンクモンスターはEXモンスターゾーンか、リンクモンスターのリンク先――リンクマーカーの指し示す先にしか特殊召喚できない。脳死で出来る芸当じゃないのさ、リンク召喚はな」

 

 サキュラスは自身のリンク召喚を随分と鼻にかけている様だが、零児は意に介さない。寧ろ、()()()()()得意げになっているサキュラスに内心呆れていた。

 確かに、未知の召喚法自体には驚かされた。しかし、それだけだ。

 いくら特別なモノを有していようが、その程度で奢る様では底が知れるというものだ。例え今サキュラスと対峙しているのが零児でなくとも、ある程度の実力者ならば、サキュラスの態度は全くもって“強者”ではない。寧ろ弱く感じるモノでしかない。とんだ期待外れだ。

 そんな感情が籠った零児の目線を受けたサキュラスは、それが大層面白くなかったようで、舌打ちをしながらカード効果を発動する。

 

「俺は"星杯剣士アウラム"の効果発動!アウラムのリンク先にいる2体目の"聖杯に選ばれし者"をリリースし、墓地の"星杯竜イムドゥーク"をアウラムのリンク先に特殊召喚する!」

 

 サキュラスがそう言うと、"星杯に選ばれし者"が消滅するとともに、アドバンス召喚のリリースによって墓地に行ったイムドゥークが復活する。

 

「4回目ぇえええ!アローヘッド確認!召喚条件はリンクモンスター2体以上!俺はフィールドのイヴとイムドゥークをリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン!リンク召喚!現れろ、リンク3!"星杯戦士ニンギルス"!」

星杯戦士ニンギルス:LNK3(右/上/左) ATK2500

「墓地に送られた"星杯神楽イヴ"の効果!手札から"星杯に誘われし者"をニンギルスのリンク先に特殊召喚!」

 

 4回目のリンク召喚で出現したのは、"星杯に誘われし者"と同一人物と思われる青年だ。しかし、古びた外套に身を包んでいた"星杯に誘われし者"とは異なり、青く光る槍と鎧を身に着けており、その存在感はなかなかのものだ。

 

「ニンギルスの効果発動!ニンギルスがリンク召喚に成功した時、自身のリンク先の"星杯"モンスターの数だけドローする!」

 

 ニンギルスが出されたのはアウラムの存在するEXモンスターゾーンの真下。ニンギルスのリンク先には、"星杯剣士アウラム"と"星杯に誘われし者"の2体の"星杯"モンスターがいる。故にドロー枚数は2枚となる。

 

「俺はドローした魔法カード"星遺物の醒存(せいぞん)"を発動!デッキトップを5枚確認し、その中に"星遺物"カードが存在する場合、そのカードを手札に加え、残りのカードを全て墓地に送る」

 

 サキュラスはデッキの上から5枚カードをめくってゆく。めくったカードは"星遺物を巡る戦い"・"星遺物ー『星杖』"・"星遺物ー『星櫃』"・"タスケルトン"・"錬装融合(メタルフォーゼフュージョン)"の5枚。手札に加えるべきカードはこの中だと"星遺物を巡る戦い"が妥当だろう。残りは墓地で真価を発揮したり、リリースが必要な最上級モンスターばかりだ。既に召喚権を使いきっている以上、モンスターは持ってきてもこのターンは使えないだろう。

 サキュラスはそう判断し、"星遺物を巡る戦い"を手札に加え、残りの4枚を墓地に送る。

 

「俺は墓地の"聖杯に選ばれし者"2体を除外し、手札から"星遺物の守護竜メロダーク"を特殊召喚!」

星遺物の守護竜メロダーク:☆8 ATK2600

 

 サキュラスがそう言うと、彼の目の前に、煤けた色合いの翼竜が出現する。

 

「こいつは手札・墓地の通常モンスター2体を除外して特殊召喚できるモンスター。そして、メロダークがフィールドに存在する限り、相手モンスターの攻守は俺の場のドラゴン族モンスターの数×500ダウンしてしまうのさ」

DDD怒涛王シーザー:TK2400→1900

DDD呪血王サイフリート:ATK2800→2300

DDD神託王ダルク:ATK2800→2300

DDD死偉王ヘル・アーマゲドン:ATK3000→2500

「そして"星杯戦士ニンギルス"の効果発動!お互いのフィールドのカードを1枚ずつ墓地に送る!俺は"星杯に誘われし者"と"DDD怒涛王シーザー"を選択する!」

 

 ニンギルスが手に持った槍を振るうと、零児のフィールドの"DDD怒涛王シーザー"と"星杯に誘われし者"が光の粒子となって霧散する。

 

「フィールドから墓地に送られたシーザーの効果発動!デッキから"契約書"カード1枚を手札に加える」

 

 零児は墓地に送られたシーザーの効果を使い、次のターンへの布石を打つ。

 サーチしたカードは融合召喚を行える効果を持つ"魔神王の契約書"。今すぐ使えるカードではないが、それでもあった方がいいのだ。

 それを見てサキュラスはほくそ笑む。

 次などあってたまるか。たかが原作キャラの1人に自分が負ける道理はないと高をくくりながら、カードを発動する。

 

「フィールド魔法、"星遺物との邂逅"発動。これにより"星杯"モンスターの攻守は300アップする」

星杯戦士ニンギルス:ATK2500→2800

星杯剣士アウラム:ATK2000→2300

星遺物の守護竜メロダーク:ATK2600→2900

「これで準備は完了……さあ、思う存分蹴散らしてやる!バトルだっ!"星遺物の守護竜メロダーク"で"DDD死偉王ヘル・アーマゲドン"を攻撃ぃ!」

「…………っ!」

零児:4000LP→3600LP

 

 フィールド魔法とメロダークの効果により、零児のモンスターの打点は悉くサキュラスのモンスターのそれを下回っている。おまけに零児の場には攻撃を防ぐカードがない。メロダークのブレス攻撃により、ヘル・アーマゲドンは跡形もなく粉砕されてしまった。

 ヘル・アーマゲドンには、味方モンスターが破壊された際にその攻撃力を自身の攻撃力に加える効果を持つ。だからサキュラスは真っ先にヘル・アーマゲドンを撃破したのだ。

 

「続いてニンギルスでサイフリートを破壊!」

「くっ……だがこの時、サイフリートの効果発動!フィールドの表側表示の魔法・罠カード1枚の効果を次のスタンバイフェイズまで無効にする!私は"地獄門の契約書"を選択!」

零児:3600LP→3100LP

 

 サキュラスの命令に従い、ニンギルスが槍を振り下ろす。

 零児は破壊される寸前にサイフリートの効果を発動する。

 "契約書"カードは、維持し続けることで大きなアドバンテージを稼げるが、代償として自分スタンバイフェイズ毎に効果ダメージが発生する。このターンに受ける戦闘ダメージの量によっては、次のスタンバイフェイズに契約書の効果で自滅しかねない。なのでそれを回避すべく、零児はサイフリートの効果を使ったのだ。

 

「"DDD呪血王サイフリート"の効果発動!サイフリートが墓地に送られた時、自分フィールドの"契約書"カードの数×1000LP回復する!」

零児:3100LP→4100LP

 

 零児のフィールドには発動中の"地獄門の契約書"が1枚。よって零児は1000LP回復する。

 

「最後に、"星杯剣士アウラム"で"DDD神託王ダルク"を攻撃!そしてこの時、速攻魔法"星遺物を巡る戦い"を発動!"星遺物の守護竜メロダーク"をエンドフェイズまで除外することで、神託王ダルクの攻守の数値をメロダークの攻守の数値分ダウンさせる!」

「何っ⁉ 」

DDD神託王ダルク:ATK2300/DFE2000→ATK0/DFE0

 

 サキュラスがカードを発動すると、メロダークが禍々しいオーラとなって実態を失うと共に、そのオーラが信託王ダルクに纏わりつき、彼女をみるみるうちに弱体化してゆく。

 これでダルクの攻撃力はゼロ。対してアウラムの攻撃力はフィールド魔法の上昇分を加味して2300。大ダメージは逃れられない。

 

「ぬう……っ!」

零児:4100LP→1800LP

 

 アウラムの剣撃によってダルクが悲鳴を上げながら一刀両断される。

 零児は戦闘ダメージを暗いながらも、膝をつくまいとなんとか踏ん張る。発生した爆風が零児のマフラーを激しく靡かせ、周囲の街路樹を揺らし、電灯にヒビを入れる。

 

「俺は魔法カード"貪欲な壺"を発動。墓地のモンスター5体をデッキに戻してシャッフルし、2枚デッキからドローする。さらに墓地の"錬装融合(メタルフォーゼフュージョン)"の効果発動。墓地のこのカードデッキに戻し、1枚ドロー」

 

 サキュラスがデッキに戻したカードは、星杖・星櫃・イヴ・イムドゥーク・巫女の5枚だ。

 これでサキュラスの手札は2枚の消費で1枚増えたことになる。

 

「俺はカードを2枚伏せてターンエンド。そしてこの時、"星遺物を巡る戦い"の発動コストとして除外されたメロダークが帰還する」

 

 サキュラスがカードを2枚伏せると同時に、メロダークが再び彼のフィールドに舞い戻ってくる。

 それを零児は無言で見ていた。

 

「…………」

「恐れをなしてビビってんのか?」

「リンク召喚…………存分に堪能させてもらったよ。ならば私もそれに応えるまでのこと。それがエンタメデュエルではないのかね?」

「はっ、何がエンタメデュエルだ!決闘(デュエル)は真剣勝負、どんな手を使ってでも勝てばいい。負ければ無意味!お前だってそれを理解しているはずだぜ?」

「それはそうと……勝ち誇るのはまだ早いと思うぞ。勝負はまだ決していないのだからな」

 

 零児はそう言うと、デッキに指をかける。

 彼の言うとおり、まだ勝敗はついていない。決闘(デュエル)に限った話ではないが、僅かな油断、高慢が勝敗を大きく左右するのだ。その点では、サキュラスはまだ未熟というほかない。本人は認めないだろうが。

 零児は眼鏡を光らせながら、カードをドローする。

 

「ここからは私のプランニングだ。心行くまで堪能していくがいい」

 

 

**********************************

 

 AM1:48

 プラネットプラザ2階・フードコート

 

 

 フードコートで古峰諭太――インクリングオリジオンと対峙することとなった迫真空手部の3人。

 同時に戦闘を開始した律刃と寧理――ティロ・フィナーレオリジオンは、早々にフードコートを飛び出し、アクロバティックな空中戦を繰り広げている。

 バンッ!と、インクリングオリジオンが、フードコート内の椅子の座面に乱雑に足を置く。これは威嚇だ。とっとと失せろと言外に告げているのだ。

 しかし、野獣も三浦も動かない。野獣の方はオリジオンの意図を読み取ったうえであえて無視しているのだが、三浦のほうは多分わかっていない。恐らくだが、「椅子に足乗っけるなんて行儀悪いゾ~コレ」程度のことしか考えられていないと思う。少なくとも木村の目にはそう映っている。

 一向に自分の意に従わないホモ達に痺れを切らしたのか、インクリングオリジオンが口を開いた。その声色には「言わなきゃわかんねーとか馬鹿なのか、察せよステハゲ」という、野獣達への苛立ちが込められていた。

 

「まさかとは思うが、生身の人間が俺に勝てると思っているのか?」

「その偉そうな態度、頭に来ますよ~?」

「初対面の人にそんな態度取ってたら友達出来ないゾ」

「三浦先輩は黙っててください」

 

 ぽきぽきと、野獣が拳を鳴らす。

 同様に、チラチラと三浦がインクリングオリジオンを見る。

 見事なまでに対話は不成立だった。そもそも互いに対話できるほどの知性がないので当然ともいえるが。

 インクリングオリジオンは、足を乗っけていた椅子を乱雑に蹴とばす。それが、戦いの合図だった。

 

「どうしても邪魔すると言うならば、崇高なる我らの使命の前に死ね!」

「ファッ⁉ 」

 

 インクリングオリジオンはそう吐き捨てながら、手に持った水鉄砲のようなものから何かを撃ちだした。そのあまりにも早い一撃に、一介のホモである野獣は反応できず、もろに顔面にそれを喰らってしまう。

 瞬間的に、野獣の視界が黒く染まる。今の一撃は目潰しを狙ったものだったのだ。血は流れてはいないが、何かが野獣の目元にぶっかけられたような感触がする。

 

「野獣⁉ 」

「ヘーキヘーキ、平気だから……!」

 

 三浦が心配するが、野獣はそう返す。

 野獣が今顔面にくらったものは、別に毒液とかそういう類のものではない。この妙に鼻につく匂い、生温かくて粘り気のある感触を、野獣は知っている。

 

「インクか……くそ、目が……!」

 

 少し前に投げつけられたカラーボール。それと同じだ。

 野獣の顔にかかったインクは、彼の目を一時的に潰すことに成功している。先ほどから野獣達を見下す発言を繰り返してばかりだが、どうやら相手は慎重派のようで、万全を期して、目を潰したうえで仕留めるつもりらしい。

 兎に角、まずは顔についたインクを拭うのが先だ。インクが目に染みたことで発せられた痛みに顔をしかませながら、野獣は手で目元のインクを拭い去る。ねっちょりとした不快な触感が目元から手に移動し、野獣の視界が開ける。

 初手からこんな真似をしやがって、と野獣は怒り心頭だった。兎に角あのオリジオン(イカ野郎)をぶん殴って血塗れにしてやらなければ気が済まない。

 が。

 

「あれ、どこにいった?」

 

 気づいたときには、インクリングオリジオンの姿が消えていた。

 辺りを見渡すと、そこかしこがインク塗れになっている。椅子やテーブルは押し倒された上にインク塗れになっており、近くでは野獣同様にインクで目潰しされた三浦がウロウロしている。

 この調子では、三浦にオリジオンの居場所を聞いても恐らく無駄だろう。三浦の役立たずっぷりに舌打ちをしながら木村に声をかけようと思ったが、姿が見えない。

 その時、

 

「ここだよステハゲ野郎」

 

 足元でインクリングオリジオンの声がしたかと思えば、次の瞬間、野獣の下顎にオリジオンの拳がめり込んでいた。

 顎を中心とした鈍い痛みが野獣に襲い掛かり、野獣は背中からインク塗れの床に倒れる。

 

「テメッ……どこから……!」

 

 野獣は起き上がって反撃しようとするが、身体に纏わりつくインクの重みが、その動きを遅くする。

 いや、何かがおかしい。いくらなんでもこれはインクの粘り気ではない。まるで文字通り、ぬかるみの中にいるような重さだ。野獣の身体はインクの海から起き上がることは敵わずに、ずっとインクの上に倒れたままだ。

 それに、()()()()()()()。仰向けに倒れているのだが、やけに床が近くに見える。これではまるで、野獣の身体がインクの中に沈んでいるようではないか。

 そう考えていると、突然、野獣の首元に圧迫感が生じた。目をやると、野獣の頭の近くの床にかかっているインクの中から、インクリングオリジオンの腕が伸びており、野獣の首を絞めているのだ。

 

「お前はもう捕らえた。後はあそこの馬鹿坊主だけだ」

 

 野獣のすぐ後ろで、インクリングオリジオンの声がした。なんとか目を動かすと、野獣の頭のすぐ近くから、インクリングオリジオンの頭部が突き出ていた。まるで水上の得物を水中から引きずり込もうとするかのように、オリジオンが野獣をインクの中から抑え込んでいる。

 ずぶずぶと、徐々に野獣の身体が沈んでゆく。

 どうやらこのインクの中は異次元空間か何かになっているようで、見た目以上の深さを有している。オリジオンが最初に姿を消したのも、こうしてインクの中に潜っていたからなのだろう。

 野獣はそれを理解したが、だからといってこの状況が解決するわけではない。こうしている間にも、野獣の首はさらに強く絞められている。このままでは絞殺されてしまう。

 

「後輩は既に俺が捕らえている……このまま殺す!」

 

 インクリングオリジオンはそう言うと、インクの中からもう片方の腕を引き上げる。その腕の先には、首を絞められてもがいている木村の身体があった。木村は一番最初にやられていたのだ。

 ここで、ようやくインクを処理できた三浦が、後輩たちの危機を目にすることになる。三浦の目に映ったのは、今にも死にそうな野獣と木村の姿。

 馬鹿な三浦でもわかる。自分がどうにかしなければ野獣達が死ぬと。だから、一目散に駆け出した。

 ――何故か尻を丸出しにして。

 

「野獣!木村!待ってろすぐ助けるゾ!迫真空手肆の型――結乃阿納(ケツノアナ)!」

 

 三浦はそう叫びながら、インクリングオリジオン目がけてヒップドロップを繰り出した。オリジオンに迫るむちむちとしたホモ坊主の尻。その悍ましい光景から逃れようと、インクリングオリジオンはインクの中へと再び潜行しようとする。

 しかし、そこに追い打ちをかけるように、三浦の尻穴からブフォオオオッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! と下品極まりない爆音が鳴った。尻を突き出した体勢でこの音、そしてたちまち周囲を包み込むこの刺激臭は、誰もが知っている。

 ――わざわざ明言しなくてもわかるだろうが、ここはあえて明言しよう。

 三浦の渾身のオ○ラが、インクリングオリジオンの顔にぶっかけられた。

 

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ⁉ 」

 

 三浦のオ○ラをもろに浴びたインクリングオリジオンは、声にならない悲鳴をあげながら、野獣達から手を放してインクの中に潜り込んでいった。そりゃあそうだ。

 そしてだ。

 インクリングオリジオンが至近距離でオ○ラを浴びたということは、当然ながら傍にいた野獣と木村もそれをモロに浴びたということで……

 

「臭すぎィ!イクイクイクイクイク……」

「ぷももえんぐえげぎおんもえちょっちょっちゃっさっ……」

 

 御覧の有様である。

 野獣はぴくぴくと汚らしく痙攣しているし、木村も普段の真面目なキャラが木っ端微塵になるレベルで悶絶している。というかこうなるんだったら結局首絞められるのと大差ないと思うのだが、そこのところは三浦的にはどうでもよかったのだろうか。

 三浦は死にかけてる後輩二人を見て、いい仕事したな~とでも言っているかのように満足げな顔をしている。その様子を見て、野獣と木村の中に三浦に対する殺意がふつふつと湧き上がる。

 

「おえええええええええええええええええええええええええっ……この野郎っ……!普通この流れで屁こくか⁉ コロコロコミックじゃあねえんだぞ⁉ 」

 

 野獣達から少し離れたところでは、インクリングオリジオンが吐いていた。

 彼の心の中に生まれたのは、絶大なる屈辱感だった。

 前世と合わせて50年以上生きてきたが、こんな屈辱を味わったのは初めてだ。この汚らしい生き物(ホモ)を野放しにしておけない。こんな目に合わせたこいつらを血祭りにあげなければ気が済まない。

 洗脳で脳味噌がぐじゃぐじゃになっているインクリングオリジオンの脳内が、屈辱感で更にかき混ぜられてゆく。

 

「テメエら、覚悟しとけよ…………」

「お、起きるゾ!」

 

 怒りのままに、インクリングオリジオンはインクの中から身体を起こす。

 そして、思いっきり叫んだ。

 

「いい加減にしろよホモ共め……この恨みと怒り……テメエらの“屈辱ある死”で支払ってもらうぜえええええええええええええええええええっ!」

 

 

 

 

*******************************

 

 

 

 

「…………なにこれ?」

 

 逢瀬湖森は目を覚ますと、ロープでぐるぐる巻きにされら状態で天井につるされていた。

 人間、あまりに驚きすぎると声を失うようで、湖森は自分が置かれている状況を理解した途端に、声にならない悲鳴をあげた。

 どれくらい無音の悲鳴を上げ続けただろうか。掠れ気味ながらも声を取り戻した湖森は、当然の疑問を口にする。

 

「どうなって……なんでこうなっているんだっけ……?」

 

 彼女のすぐ横では、トモリが同じようにぐるぐる巻きにされた状態で吊るされていた。湖森とは違って、まだ意識を取り戻してはいないようだ。じんわりと頭に痛みを感じる辺り、どうやらぶん殴られて気絶させられ、その間にこんな状態に置かれたらしいということはわかった。

 上を見ると、天窓が見えた。そのすぐそばからはロープが吊るされており、それは真っ直ぐに下に延び、その終端に湖森とトモリを縛り付けたうえで彼女たちの身体を吊るしている。

 下を見ると、かなり下方に床が見えた。今彼女達がいるのは、ショッピングモール3階の天井付近。彼女達の下には吹き抜けがあり、1階まで足場は皆無。地上までの距離にして10数メートルはあるだろうか。もしこの高さから落ちれば、致命傷は免れないだろう。それを想像しただけで、湖森はサーッ!と血の気が引いていくのを感じる。

 と、ここでトモリも目を覚ましたようだ。

 

「ん……ここは……?」

「と、トモリさん……」

 

 トモリは朦朧とする意識の中で、ふと下を見る。

 そして、彼女は完全に覚醒すると同時に激しく恐怖した。

 

「なっ、なっ…………ぎょええええええええええええええええええええええええええええええっ⁉ 」

「ゆ、揺らさないでよ⁉ 私達のロープは繋がっているんだよ⁉ 千切れて落ちたらどうするの⁉ 」

 

 パニックになって暴れるトモリを必死に落ち着かせようとする湖森。もちろん湖森自身も怖いのだが、彼女が言ったように、2人は同じロープの両端に巻かれている。そして、そのロープは天井付近で天窓の枠に固定されている。なので片方のロープが千切れてしまえば、もう一方も自重で落下することになる。いわば運命共同体なのだ。

 少女たちがパニくっていると、そこに、乾いた足音が近づいてきた。

 湖森達は動きを止め、足音のした方を見る。彼女達が吊るされている位置より少し下、3階の中央通路から、彼女達を見上げる壮年の男性がいた。

 

「初めまして。私は苛木甚作(いらぎじんさく)。うちの倫吾たちが世話になったな」

「倫吾たちの上司……?」

 

 男はそう名乗ると、近くのベンチに腰掛ける。

 

「な……なんなのこれ⁉ 」

「君達は人質だ。アクロスとイスタ、その双方を我々AMOREの手に収めるための、な」

「人質って……そんなこと……」

「だがそれも徒労に終わったようだ。君の兄は我々との取引をふいにした。よって君達を生かす理由もなくなったというわけだ」

 

 苛木はそう言うと、手元の端末を操作する。すると、空中に映像が投映される。

 映像の中では、オリジオンと戦うアクロスが映っている。いや、アクロスだけではない。アラタも遊矢も、ブレイドや空手部やセラやキンジ(見知らぬ人たち)も、皆がこの建物内で戦っている。映像の内容は各々の戦いの光景に切り替わった後、プツンと途切れる。

 苛木はベンチに腰掛けたまま、わざとらしく嘆く。

 

「彼らが大人しく要求を呑めば楽に済んだのだが……何故こうも意に沿わぬというのだ」

「初めからその気なんてない癖に、よくもまあぬけぬけとそんなことが言えますね」

 

 その時、苛木のズレた嘆きを、とある声がばっさりと切り捨てた。それは湖森ではないし、トモリでもない。声がしたのは、苛木の足元だった。

 彼の足元に、白い少女が鎖で縛られた状態で転がっている。ノースリーブのシャツとスカートを着用し、自らの頭上に天使の輪を思わせる機械を浮かべた少女だ。

 

「誰…………?」

 

 少女 ーー イスタは、苛木を睨みつけている。

 今彼女を縛り付けているのは赤片聖鎖(シャトー・ディフ)。見た目は普通の鎖とそう変わらないものの、物理的・概念的な強度を限界まで高めている。AMORE内では主に強力な転生者に対して使われる事が多い。鎖の“縛り上げる”という概念そのものを強化しているがため、この拘束を撃ち破るのは至難の業なのだ。

 苛木は、足元に転がっているイスタを足蹴にしながら、余裕たっぷりに言う。それは、赤片聖鎖の存在からくる優位性によるものか、はたまた苛木自身の実力からくるものなのかは、外からは窺い知ることはできない。

 

「開口一番にそんな言葉を吐けるとは余程の怖いもの知らず……おっと、お前はアンドロイドだから恐怖なんてものとは無縁だったな、イスタ」

「この建物のあちこちに爆弾や各種トラップを仕掛けてあるのは既に感知済みです。大方、取引後に建物を爆破して敵対者を皆殺しにする腹積もりなのでしょう……貴方の部下もろとも」

「え…………じゃ、じゃあ倫吾くんたちは……?」

「御手洗倫吾に関してはクビにした。洗脳もうまくいかない役立たずの癖に本作戦に反対したからな……あれだけ盛大に送別会をやっ(ボコボコにし)たんだ。とっくに死んでるだろう」

 

 それを聞いて、湖森達は絶句した。

 彼女はまだ社会に出たことはないが、それでも苛木の言っていることはが間違っているのはわかる。ブラック企業さながらの悪事を、まったく悪びれることなく言えるその精神性に、湖森とトモリは戦慄していた。

 しかし、苛木は彼女達の反応が解せないようで、わざとらしく肩をすくめてつらつらと妄言を吐きつづける。それは、湖森達にとっては聞くに堪えないものであった。

 

「何を驚くことがある?崇高なる我らの理念に従えない屑が1人消えただけのこと……役立たずが排除されるのはこの世の摂理だろう?」

「おかしいよ……そんなの……」

「調和を乱すものは消えるべきだからな」

「黙りなさい!」

 

 呆気に取られる湖森達の前で妄言を積み重ねる苛木だったが、ここでイスタが、その妄言達を一蹴する。

 

「慈愛を死に追いやったのは貴方達だということは知っています。貴方は自分が恨まれる立場だということをわかっていないようですね」

「憎いか?機械の癖に憎しみを感じるというのか?それならばお門違いも甚だしい。我々は正義と平和のために動いているのだ。君に使われている技術を徹底的に調べ上げて吸収すれば、転生犯罪者に煮え湯を飲まされ続けてきたAMOREの技術力は大きく躍進するはずだ。さすれば全次元秩序維持も叶う。私は大いなる善行を為しているのだよ」

「慈愛を殺したり、意に沿わない部下を洗脳したりもですか?」

「大儀の前の小事、だ。我々の意に沿わない身勝手な転生者が一人死んだだけだ。理想の礎になることに感謝してほしいものだがね……」

 

 湖森はそれを聞いて、悟った。

 ああ、駄目だ。こいつは話が通じない。自分の理想の為ならばあらゆる手段が正当化され、その過程で生じる犠牲を一切考慮しない邪悪だ。少しでも異を唱えたものは彼に排斥され、死してなお踏み躙られつづける。

 そんな悪を、湖森は許せなかった。こんなことを許容してなるものか。きっと兄も同じことを言うはずだ。

 そう思った次の瞬間には、彼女は口を開いていた。

 

「馬鹿じゃないの……思想だけで人がついてくると思ったら大間違いよ!」

「馬鹿は君だよ逢瀬湖森。清廉潔白な方法ではもはや間に合わない。どんな手を使ってでも我らが理想を実現せねば、その前に人類の愚かさによって世界が終わりかねない。後の世の者も分かるはずだ。我らの行いは平和のための大いなる善行であったと!」

「踏みつけられる者のことを考慮しないからそんなことを言えるのです!貴方のやり方では、レイの様な人間がたくさん生み出される!少しばかり人類史を振り返ればすぐわかることでしょう⁉ 」

 

 イスタも苛木の暴論を否定する。

 しかし次の瞬間、苛木はキレた。

 

「立場をわきまえろ!貴様らは取引材料と人質ということを忘れたか!その口を閉じぬと言うのならば今ここで壊しても構わぬのだぞ⁉ 我々が欲しいのはイスタの技術のみ!イスタそのものは破壊しても構わない!技術なんぞガラクタからいくらでも吸い上げられるのだからなあ!」

 

 好き勝手な物言いを繰り返す人質達に苛ついた苛木は、ものすごい剣幕で怒りながら、腕にはめられたブレスレットに手をかける。

 そのブレスレットは、彼の転生特典のトリガーとなる重要なもの。これを使えば、彼は光の巨人(ウルトラマン)としての能力を覚醒させる。人間の1人や2人は楽々と殺せるし、自分の権力を使えば幾らでももみ消せる。

 故に、苛木は圧倒的な自信を持っていた。

 だがその時。

 

「起爆だ、吹っ飛びやがれ!」

 

 そう声がしたかと思えば。

 ズガアアアアアアアアアアンッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! と。

 大きな音を立てて、苛木のすぐ後ろの床が爆発した。

 

「な、なに……」

「揺れりゅゆれりゅおちりゅうううううううううううううううううううっ⁉ 」

「この呼吸・熱量・生体波動は……まさか!」

 

 天井から吊るされていたトモリと湖森は、もろに爆風に煽られて激しく揺すられパニックに陥る。こんな心臓に悪いブランコは初めてだ。サーカスの空中ブランコだって命綱代わりのワイヤーがいくらかあるだろうに。

 しかしこの時、イスタの瞳に搭載された各種センサーは、爆炎の中にいる者達を正確に感知していた。否、そんなデジタルな情報ではなく、機械にあるはずのない勘や超感覚じみたもののような形で、彼女は理解していたのかもしれない。

 もくもくと立ち上がる黒煙と共に、床を貫通するように開いた穴から、何かが飛び上がってくる。それはイスタと苛木の目の前に華麗に着地するとともに、彼らの足元に無造作に何かを投げ捨てる。

 ドサリと大きな音を立てて床に投げ捨てられたそれを目にして、湖森達は絶句した。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。顔面はまるで耕されたようにぐしゃぐしゃになっており、焼け焦げた皮膚の随所には溶けかけたガラスの破片のようなものが刺さっている。微かに残った輪郭から、その死体の性別が女性であることだけは読み取れるが、もはやそれが誰であったのかは外観からは判別不可能だった。

 

「僕たちが一番乗りだね」

「コイツは果敢にも俺達に向かってきたから殺してやった。障害が多いほど恋は燃えるとは言うけどよぉ……これはちっとばかし許容範囲外だな」

「来たか、ギフトメイカー」

 

 苛木は部下の死体を目の当たりにしても眉一つ動かすことなく、ただ二言だけ、そう言った。

 この反応を目にして、湖森達は結論付けた。苛木甚作は自分達とは決して相いれない存在だ、と。部下を殺されても無反応を貫けるような非情さを有する人間との取引なんて成り立つはずがない。

 黒煙の中から現れたのは2人。ひとりは、派手ながらの赤いシャツを着た、湖森とそう歳が変わらなさそうな小柄な少年――レド。もうひとりは、レザージャケットを羽織った青年――赤浦健一。

 一番イスタを渡してはいけない連中が、真っ先にゴールに到達してしまったのだ。

 赤浦は周囲を一瞥すると、歓喜の声をあげながらイスタに向かって一目散に駆け出した。

 

「待ってたぜイスタ……!さあ、俺の愛の生贄になってくれないか?」

 

 

 

************************************

 

AM1:55

プラネットプラザ 3階中央通路西側

 

 唯とセラは、触手に覆われた天井の下を走っていた。

 なし崩し的に彼女達が最奥に向かうことになったのだが、思った以上にこのプラネットプラザは広い。結構な距離を走ったはずなのだが、未だに湖森達は見つからない。

 だが、変化もあった。

 天井を覆う触手のようなもの。進むにつれてその密度がだんだんと増してきているのだ。これが何を意味するのかはまだわからないが、少なくともこの先には何かがあるという証拠ともとれる。セラも唯も、自身が感じ取った勘を信じ、こうして進んでいた。

 

「この先だ。ここから触手は伸びている」

「なにがあるんだろう……」

 

 天井から滴り落ちる粘液を避けながら走ること数分。

 2人がたどり着いたのは、隅っこにある資材倉庫だった。その扉は固く閉ざされているが、扉と天井との隙間からは無数の触手が伸びている。ここが天井に広がる謎の触手の発生源であることは一目瞭然だった。

 扉は粘液まみれとなっており、見るからにべたべたしていて触る気が失せてくる。だが、ここに何かがあるのは間違いない。

 

「だけど……触りたくないなあ……」

「それなら簡単だ。消し飛ばせばいい」

「え?」

 

 唯が扉に触るのを躊躇っていると、セラが唯を押しのけて扉の前に立ち、剣を鞘から抜いた。

 そして、剣を思いっきり振り下ろした。

 

「覇剣・勇撃障破斬(ブレイバークラッシュ)!」

 

 すると、剣の刀身が赤く光ると同時に、振り下ろされた剣から赤い衝撃波が発射され、べちゃべちゃな扉を貫いた。

 ぶった斬られた扉は、フラフラと前後に揺れながら、大きな音を立てて部屋の内側へとぶっ倒れる。金属製の扉がバラバラになって崩れ落ちる様を目の当たりにした唯は、そのあまりの威力に思わず取り乱す。

 

「ちょちょちょセラちゃんんんんんんんんんっ⁉ 扉の向こう側に湖森ちゃんたちがいたらどうするのおおおおおおおっ⁉ 」

「安心しろ、ここにお前が探している奴は居ない」

「え、じゃあなんで――」

 

 それならば何故ここにやって来たのか、と言おうとした唯だが、ここで気付いた。

 バラバラになった扉の残骸の奥。真っ暗な資材倉庫の最奥に、人影が見える。部屋の入口から差し込む通路の照明に照らされ、辛うじてその輪郭だけは認識できた。

 あれは湖森でもトモリでもない。あんな触覚みたいなものが生えたシルエットの持ち主なんて、唯は知らない。

 

「貴女は……だれ……?」

「酷いなあ、初手私を斬り殺そうとしたでしょ?せめて顔見せの時間くらいは欲しかったな~ほんと」

 

 明かりの元に姿を現したのは、ゴスロリ衣装に身を包んだ少女だった。しかし、その外見は明らかに普通の人間ではない。紫色の髪の隙間から、昆虫の触覚や脚のようなものが何本も覗かせていたり、背中から蝶の羽根のようなものが生えている。そんな異形の少女が、倉庫内に置かれていた木箱に腰掛けている。

 唯は彼女を見たことがある。半月ほど前、ビルドオリジオンの事件の際に、ギフトメイカーの一員として立ちふさがった少女の名前を、唯は知っている。

 少女は、わざとらしく大あくびをすると、腰掛けていた木箱から降りて、一歩、唯達の方へと歩み寄る。

 

「いや~待ちくたびれたわ。こうしてセンサーを張り巡らせたはいいけど、思った以上に遅いんですもの。折角の興奮が冷めちゃうところだったのよ?」

「その常軌を逸した邪悪さ……扉越しにでもわかるさ。お前が触手の発生源……でいいんだな?」

「ええそうよ。私はギフトメイカーのリイラ。出来損ないの姉がお世話になったようね」

「姉だと……?」

 

 少女が名乗ると同時に、彼女の背後から何者かがセラに向かって飛び掛かってきた。その人物は手に武器のようなものを持っており、その得物でセラを攻撃しようとしている。

 セラは咄嗟に剣を構えてそれを防ぐ。ガキンッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! と大きな金属音が鳴り響き、火花が飛び散る。襲撃者は攻撃を防がれたと判断すると、即座に得物を手放してセラから距離を取る。

 カランと音を立てて、襲撃者の武器がセラの足元に落ちる。

 それは一本のモップだった。見た目は木製だが、あの硬さや音は金属だった。おそらく、見た目だけは木製で中身は金属製なのだろう。

 

「誰だ⁉ 姿を現せ!」

 

 セラは襲撃者にそう呼び掛ける。

 直後、彼女目がけて闇の向こうから何本ものナイフが飛んできた。セラは剣でそれを弾き飛ばすと同時に、足元に転がっていたモップを、ナイフの飛んできた方向に目がけて蹴り飛ばした。モップはビュンと風を切りながら飛んでいき、壁にぶち当たると同時にぽっきりと2つに折れて散らばる。

 唯は、セラが弾き飛ばして足元に落ちたナイフを見て、軽く震えあがる。セラが居なかったらおそらく既に唯は死んでいる。今この状況において、彼女は足手纏いでしかない。そんな事実を改めて思い知らされた唯は、拳を強く握りしめる。

 

「乱暴はだめですよ~?大人しく無抵抗でお嬢様に食べられてくださ~い☆」

 

 8本目のナイフが弾き飛ばされた瞬間、唯の背後から、この状況にそぐわない媚び媚びな萌え声が聞こえてきた。

 一体いつの間に後ろに回り込まれていたのだと驚きながら、唯は自身の背後にいるであろうもう一人の敵に対して反射的に肘鉄を喰らわせようとするが、唯が突き出した肘は空をきる。声の主は既にそこにはいなかった。

 否、彼女は既に正面に移動していた。

 それは、透き通るようなボリューム溢れる銀髪をツインテールにしたミニスカメイドだった。黒いワンピースの上からリボンやフリルが大量に盛られた白いエプロンを付け、頭には血の滲んだぐるぐる巻きの包帯の上から、フリルのあしらわれたヘッドドレスが載せられている。露出した肩やニーソックスとガーターベルトの組み合わせと、何から何まで徹底的にこてこての萌えを追求したような存在が、そこに居た。

 そして、そのメイドの顔を、唯とセラは知っている。

 だが、見知った口から発せられたのは、とんでもなく素っ頓狂な台詞だった。

 

「やっほ~☆みんなの玩具兼サンドバックをやらせてもらってます♡役立たずメイドのレイラちゃんですっ♡お嬢様のために残虐の限りを尽くして抹殺しますので、みなさん燃え燃え滅ッ☆してくださ~い♡」

「は……え?なんかキャラ思いきり変わってない?」

 

 レイラと名乗った目の前の少女の変わりように、唯もセラも思わず間の抜けた声を出した。

 唯は、彼女には一方的に襲われてばっかりでほとんど会話したことがないが、それでも今のレイラが正気ではないことは分かる。漆黒の軍服に身を包み、冷酷に自分達の命を狙ってきたあの彼女と、今目の前にいる彼女が全然結びつかない。誰かがレイラに成り代わっていると言われた方がまだ納得できるレベルだ。内面に共通点が全然見いだせないのだ。

 敵ながらレイラの変貌に戸惑いを隠せない唯達の反応を見て、リイラはくすくすと笑いながら、嬉々として語りだす。

 

「ああ、これ?あんたが壊しちゃったからさ、もう一度洗脳してもらったのよ。私としては惨めったらしくて結構気に入ってるのよ……私を連れ戻しに来た勇敢なるお姉さまは、哀れなメイド人形に成り下がりました。BAD END(めでたしめでたし)、ってね♪」

 

 まるで万引きを自慢する中学生のようなノリでとんでもないことを暴露したリイラに、唯とセラはドン引きしていた。彼女の話どおりならば、リイラは自身の姉を嬉々としてこんな風に変えさせたのだ。一体どうすればこんなことをして平気でいられるのか、唯には想像もつかないし、したくもなかった。

 

「ギフトメイカー……お前らもイスタとやらを狙っているのか?」

「ええそうよ。でも私個人としてはそこまで興味はないの。興味があるのは……貴女達」

 

 リイラはそう言いながら、セラと唯を指さす。

 自分達に興味があるとは、一体どういうことなのだろうか?

 

「私達は同類なの。切っても切れない縁で結ばれた運命共同体……というか運命そのものなの」

「冗談じゃない……誰があなたみたいな性悪と一緒だ……!」

「はあ、どうやら何も知らないようで……まあいいか、そのほうが手っ取り早く済むし。特に貴女はまだ力を使いこなせていないみたいだし、私の手を煩わせないで済みそうね」

 

 リイラはそう言いながら、唯達に歩み寄る。彼女が一歩歩くたびに、その背中から触手の様なものが1本ずつ伸びてくる。

 唯は、まるで蛇に睨まれた蛙のように、その場から動くことができなかった。リイラが何を言っているのか微塵も理解できないが、目の前の少女が危険人物だということは分かっている。これからとんでもなく碌でもないことが起きるということも分かってる。だが、威圧感と恐怖心が唯の足をがっしりと掴んで離さないのだ。

 狂気の化身は笑う。

 大好物にありつける喜びを全身で受け止め、脳内を快楽物質で満たしながら告げる。

 

「何もかも忘れて、私の中で身も心もひとつになりましょう?その方が今よりずっと素敵でしょう?」

 

 

 

 それはある者にとっては死刑宣告で。

 またある者にとっては死線(デッドライン)の始まりで。

 

 

 

 ――ある者にとっては、覚醒の始まりだった。

 




インクリング戦が汚い-810点

本当はデュエルはこの回で決着つけたかったんですが、ボリュームの問題で次回に回しました。だって30000文字超えてんだぜ?馬鹿だろ(今更感)
ひとまず、これでひととおり対戦カードを並べ終わったので、次回からは各個消化していきます。さーていくらかかるかな〜(白目)

それではまた次回〜

****************************
オリカ紹介コーナー

■ブレイクアップ
アクション魔法
⑴:自分フィールドのカード1枚を対象として発動できる。そのカードを破壊し、自分フィールドのモンスター1体を選んでその攻撃力をターン終了時まで500アップする。

■追蜂
アクション魔法
⑴:自分フィールドのモンスターの数が相手フィールドのモンスターの数と異なる場合に発動できる。その差の数までフィールドのモンスターを選んで破壊する。


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第33話 AM2:33/軌跡の果てより来る異眼(ビヨンド・ザ・オッドアイズ)

決戦編!
遅くなってすまねぇ!

※主人公が出ません


 

AM1:59

プラネットプラザ3階倉庫前

 

 

 最初に動き出したのは、リイラだった。

 

「そーれっ!」

 

 軽めなノリの掛け声と共に、彼女は天井へと伸ばしていた触手をベリベリと引き剥がし、唯達めがけて鞭のように振り下ろした。

 唯は慌てて身を屈めながら吹き抜けのある方へと逃げ出す。外れた触手は勢いよくバウンドしながら、今度は隣のセラに狙いを定める。

 しかし、セラは瞬時に剣を振り抜き、自身に向かってきた触手を切断する。人間の動体視力を遥かに凌駕する一閃により、触手はただの肉でできた残骸に成り下がった。

 リイラは続いて数本の触手を伸ばすが、それらも全てセラの剣撃によってあっさりと切断されてしまう。

 ここでリイラは考えた。触手センサーを大規模に展開して消耗している今の状態で、やる気満々のセラを相手取るのは面倒くさい。ならばもうひとりの、簡単な方からやってしまおう。

 

「決めた、あっちから先に食べちゃおっ」

「なっ……待て!」

 

 リイラはセラを無視して、天井から引き剥がしたものとは別に、もう2本程触手を背中から生やすと、その触手を脚のように使って唯を追い始めた。触手の先で壁を蹴り、その勢いを以て一気に唯との距離を詰めてゆく。

 セラは、そうはさせまいと動くが、その時、彼女の足元に何本ものナイフが突き立てられる。

 セラが振り向くと、血走った目をしながらモップを構えたレイラが、セラめがけて突っ込んできていた。

 

「お嬢様の邪魔はさせませんっ!貴女の相手はこの敗北クソザコメイドのレイラちゃんが相手しますっ☆」

「……戦う前から敗北クソザコメイドを自称するなよ!」

 

 当然の突っ込みを入れながら、セラは剣でモップを切断しようとする。レイラも負けじと、セラの胴体を粉砕する勢いでモップをぶん回す。狙うは鳩尾。セラは知らないが、レイラのモップは人体ぐらいは軽く粉々にできる代物(Made in バルジ)だ。まともに当たれば即死は免れない。

 それを知らないセラだったが、その程度の情報アドバンテージの差では彼女を殺すことはできない。ガギンッ‼ と激しく火花を飛び散らせながら、セラの剣とレイラのモップが衝突する。

 

「わたし、騎士って嫌いなんですよね~。なので死んでくれませんか?」

「それはできない。貴様らの悪辣さを看過するわけにはいかないし、私にはやらねばならないことがある――!」

 

 片や、異界より現れし騎士。

 片や、哀れな玩具と化した少女。

 不要な戦いの火種が、またひとつ生まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 そして、リイラとの追いかけっこに興じさせられることとなった唯はというと。

 

「なんでっ……こっちに向かってくるのさ⁉ 」

「弱そうなやつから狙うのが狩りの基本なのよ。覚えておきなさい」

「おぼえておきたくないいいいいいいいっ!」

 

 迫りくる触手だったり溶解液だったりを必死にかいくぐりながら逃げていた。

 というか湖森達を助けに来たつもりなのに、なんでこんな人の形をした化け物と追いかけっこしなきゃらなんのだ。なんでギフトメイカーに横やりを入れられなければならないのだと、不平不満を心の中にため込みながら、唯は必死に走る。

 此方を刺し殺さんとするような勢いで飛んできた触手を、唯は前方の柱に飛びつきながら避ける。

 標的から外れた触手は床に勢いよく突き刺さり、そこに二の腕ほどの直径の穴を残して引っ込んでゆく。それを見て、唯の血の気が一気に引いてゆく。

 

(やっぱ無理だ!私なんの力もないし……勝てない!)

 

 感じたのは、圧倒的格差。

 肉食獣に追い詰められた草食獣の如き恐怖感が、唯の心を覆ってゆく。 

 

「しぶといわね、貴女」

「……一応運動神経には自信があるんだよね」

 

 伸ばした触手を引っ込めながら、リイラが近づいてくる。それは、人の形をした恐怖の象徴にしか見えなかった。

 だが、それを悟られないように、唯は強気に言葉をかえす。

 勝率0%でも、逃げの一手を選ぶ気はさらさらない。

 何故ならば。

 

(ここで逃げたらまた瞬が遠くなる……!瞬や皆が戦ってるってのに、逃げることなんてできない!ここで逃げたら女が……諸星唯の名が廃る……!)

 

 それはただの意地でしかないということは、唯自身も理解している。デッドエンドへの片道切符であることも分かっている。

 だが、引けない。

 それ以上に、幼馴染みに置いていかれることの方が、唯にとっては怖いのだから。

 そんな唯の感情を知ってか知らずしてか、リイラは笑みを浮かべる。

 

「貴女さあ、本気で私と戦おうとか思っている?」

「乙女の意地を勝手に読み取らないでよね」

「いや、馬鹿だなあと思って」

 

 それは、リイラからすれば至極真っ当な感想だった。

 つかまっていた柱から身体を離し、床に足を下ろした唯の動きがピクリと止まるが、リイラは気づかずに続ける。目の前の弱者の思い上がりを排するために。

 

「貴女は間違いなく弱い。こうして私に抗う術を持たないレベルで。にもかかわらずつまらない意地張って戦場に立って……誰の背中追いかけてるのか知らないけどさ、きっとそいつも内心では鬱陶しいと思ってるわよ。そんなことすら考えられないから、馬鹿だと言ったの……わざわざ言わせないでよ……ねっ!」

「ごふっ……!」

 

 瞬間、リイラの右ストレートが唯の頬にめり込んだ。もろに一撃を喰らった唯は女の子らしからぬ声をあげながら、側頭部から床に倒れる。

 わざわざ素手で殴ったのは、手加減したからではない。その逆、唯を心身ともに追い詰めたうえで喰らうためだ。彼女の志を否定したうえで、その全てをむさぼる。()()()()()()()()()()。そこに理屈なんてなかった。

 

「ほら、つまらない意地張るのなら、それに見合う道化っぷりで楽しませてよ!そのほうが楽しいじゃない!」

 

 唯を煽り立てるリイラの頭に生えていた触覚から電撃が飛ばされた。

 床に倒れていた唯は、リイラから離れるように床を転がって電撃を回避していく。だが、攻撃の雨は止まない。

 間髪入れず、リイラの触手が飛んでくる。まだ立ち上がれないでいる唯の身体を3等分にしようと、先の尖った2本の触手が迫りくる。それは、ただの女の子を殺すにはいささかやりすぎともいえる代物にも感じられた。

 が、唯も黙って殺されることを望んではいない。ダンッ!!!! と彼女は手で勢いよく床を押し、その反動を利用して起き上がる。その動きは、まるで地面に倒れるのを逆再生したかのような不自然さが見受けられるほどのものだったが、これは純粋に彼女の身体能力が為した技だ。またまた標的を外した触手たちは、唯の身体の代わりに床をえぐり取ってゆく。

 が、少女のギリギリの綱渡りもここまでだった。

 彼女が顔を上げた時には、既にリイラは触手を切り離し、唯の眼前に迫っていた。

 いや、リイラだけではない。天井一面に木の根のように張り巡らされていたリイラの触手が、一斉に唯に向かって伸びてきていたのだ。

 

「お疲れ、そしてさようなら。貴女と話すことなんて何にもないからね」

「ま――」

 

 心底詰まらなさそうにリイラはそう言いながら、唯の鳩尾を殴りつける。

 それと同時に、天井に張り巡らされたおびただしい数の触手が、唯の身体を貫かんとして突っ込んで来た。

 

 

 

 

 

 

 


 

 AM2:00

 プラネットプラザ1階西通路

 遊矢VS竜崇

 

 

 

 

 

「は、はははは」

 

 勝利を確信した竜崇の口から、歓喜の声が漏れる。

 "ダイナレスラー・ギガ・スピノサバット"の攻撃により"EMペンデュラム・マジシャン"は戦闘破壊され、それに伴う爆発によって生じた爆炎は、瞬く間に遊矢を覆い隠した。 

 観戦していた柚子が茫然自失となっているが、そんなことは知ったことではない。竜崇は勝ったのだ。完膚なきまでに遊矢を打ち負かした。AMORE隊員として命じられた仕事は果たしたし、決闘者(デュエリスト)としてのプライドをかけて全身全霊で勝利した。

 彼の中にあるのは、勝利に対する満足感だった。

 兎に角今は、苦労して手にした勝利を噛み締めよう。敗北の苦渋を呑む羽目になった遊矢の有様を思いっきり笑ってやろう。優越感で気が大きくなった竜崇は、高笑いをしながら遊矢の方へと一歩歩み寄る。

 が。

 その優越感は次の一言で吹っ飛んだ。

 

「残念だが、決闘(デュエル)はまだ終わってないぞ」

 

 爆炎越しに、遊矢の声がした。

 それと同時に両者を隔てていた爆炎が掻き消え、遊矢の姿があらわになる。

 遊矢は倒れてはいなかった。"EMペンデュラム・マジシャン"の戦闘破壊には成功したが、遊矢のライフは1400から減ってはいない。本来ならば1600ポイントのダメージを受けて尽きてなければいけないのに、だ。

 固まる竜崇に対して、遊矢は肩で息をしながらネタばらしをする。

 

「俺は手札の"EMバリアバルーンバク"の効果を発動していた。モンスター同士がバトルする時、こいつを手札から捨てることで、その戦闘で発生するお互いへの戦闘ダメージを0にする効果……それを使って凌いだんだ」

 

 そう、竜崇はすっかり失念していた。前のターンに"EMペンデュラム・マジシャン"の効果で手札に加えていた"EMバリアバルーンバク"の存在を。サーチカードは基本的に相手に公開されるため、竜崇も"EMバリアバルーンバク"が遊矢の手札にあることを知っていたにもかかわらず、だ。リンク召喚を自分だけが使えるという優越感が、彼の判断を鈍らせたのだ。

 ちなみに、遊矢としてはもっと早くバリアバルーンバクの効果を使いたかったのだが、最初の攻撃の際は、いきなり空中に放り出されたせいで間に合わず、発動できなかったのだ。しかし、今回は間に合った。

 だが、いくらダメージを凌いだと言っても、遊矢のフィールドはがら空き。対して竜崇のフィールドにはまだ攻撃していない"魂喰いオヴィラプター"が残っている。"EMウィップ・バイパー"の効果で攻撃力が下がっている為、このターンでライフを削ることはできないが、少しでもライフを削るべく、竜崇はオヴィラプターでの追撃を宣言する。

 

「オレは"魂喰いオヴィラプター"で攻撃!」

 

 それと同時に、竜崇は再び走り出す。"ダイナレスラー・キング・Tレッスル"の背に飛び乗り、そこから更に跳躍して空中に浮かぶ足場に乗る。

 彼が何を狙っているのかは、一目瞭然だった。

 

「あいつ……アクションカード狙いかっ!」

 

 そう。この決闘(デュエル)はアクションデュエル。そうなれば、ここぞという時にアクションカードを取りにいくのは至極真っ当だろう。

 そして、今回の決闘(デュエル)では、アクションカードの攻防において遊矢が後手に回ってしまっている。基本的にアクションカードは使ったもん勝ちである。これ以上竜崇に使われてしまえば差は開くばかり。

 遊矢も負けじと走り出すが、アクションカード取得を手伝ってくれるモンスターが居ない今、カード収集能力において、両者には決定的な差があった。竜崇は足場の上から地上の遊矢を見下ろしながら、手に入れたアクションカードをこれ見よがしに見せつけた後、それを発動する。

 

「アクション魔法(マジック)"ハイダイブ"!モンスター1体の攻撃力を1000アップする!」

「――俺は墓地のバリアバルーンバクのもうひとつの効果を発動!相手が直接攻撃(ダイレクトアタック)してきたとき、手札から"EM"モンスター1体を墓地に送り、自身を墓地から特殊召喚する!」

EMバリアバルーンバク:☆6 DFE2000

 

 アクションカードが手に入らないならば、それ以外の手段で凌ぐまでだ。

 遊矢は前のドローフェイズにドローした"EMユニ"を捨て、効果を発動した。すると、地面からデフォルメ化された大きな獏が出現し、その巨体で遊矢を守るようにして立ちふさがる。

 オヴィラプターの現在の攻撃力は1500。それに対してバリアバルーンバクの守備力は2000。竜崇の他のモンスターは皆攻撃を終了している以上、これでは突破しようがない。竜崇は悔しがりながらターンエンドを宣言する。

 

「くそっ……オレはこれでターンエンド……!」

ダイナレスラー・キング・Tレッスル:ATK3300→3000

魂喰いオヴィラプター:ATK1500→500→1800/DFE1800→500

 

 ターン終了と共に、竜崇のフィールドのモンスターのステータスも元に戻る。

 

「次のターンで仕留めてやるさ」

「どうすんのよ遊矢……」

 

 柚子は不安そうに遊矢を見つめる。

 遊矢のフィールドには、バリアバルーンバクとカウンターの溜まりきった"臨時収入"のみ。ペンデュラムゾーンのカードは前のターンに自分で破壊してしまったので、次のドローでなんとかしてペンデュラム召喚の準備を整えなければ負けてしまう。ここから一体どうするつもりなのだろうか。

 遊矢は無言で、デッキに指をかける。

 兎に角、ドローしないことには始まらない。

 

「俺の――」

 

 ターン突入を宣言しながら、カードをめくろうとしている指に力を籠める。

 その時だった。

 

 目も開けられない程の閃光が、遊矢の後方で発生した。

 

 

 


 

 数分前

 プラネットプラザ3階中央通路

 

 

 リイラは、崩れ落ちた吹き抜けの一部を見下ろしていた。

 その一角は、リイラの触手攻撃によって2階を貫通し、1階まで粉々に崩れ落ちていた。触手一本でも床に穴を開けられるほどの威力なのだ。それを何十本も喰らえば、当然ながら崩落する。仮に、奇跡的に触手攻撃を受けてもなお即死していなかったとしても、3階から1階までは10数メートルはある。そんな高さから生身の人間が落ちて無事で済むはずがない。

 リイラは、1階にできた瓦礫の山に向かって飛び降りる。勿論、触手をロープ代わりに使って、安全に、だ。

 彼女の目的は唯の殺害ではなく捕食。だからこそ、わざわざ確認の為に下に降りたのだ。

 

「ふうん、てっきり覚醒してるかと思ったんだけど……あれはまぐれだったのかしら?」

 

 リイラの脳裏に浮かぶのは、唯の中に宿る、レイラを退けたというあの力の存在。

 レイラの映像記憶を抽出して得た情報から、唯が食べごろになったと期待してわざわざ前線に出てきたのだ。先の蹂躙劇の際も、ひょっとすると唯が反撃してくるかもと期待していたのだが、この光景を見るに、どうやらそれは見込み違いだったようだ。

 リイラは足元にあった瓦礫をひとつ、山の頂上から蹴り落とす。瓦礫は固い音を立てながら、山のふもとまで転がり落ちていく。

 

「案外つまんないのね。所詮は仮面ライダーの腰巾着か」

 

 リイラはつまらなさそうにため息をつきながら、瓦礫の山を悠々と降りてゆく。そして、彼女の足が1階の床につく。

 そこで、彼女の顔に笑みが現れた。

 

「……へえ」

 

 瓦礫の山を下りきったリイラは、その光景を目の当たりにして感心していた。

 彼女の心の中は、待ちわびていたものをようやく目にすることのできた嬉しさと、それを我が身に取り込むことのできる優越感でいっぱいだった。

 恍惚とした表情を浮かべる彼女の視線の先。

 そこにいたのは。

 

「――この私を呼んだのはお前か」

「そうだけど、何?眠ってたところをたたき起こされて気分でも優れないのかしら?」

 

 此方を凝視する声の主に、リイラは開き直るようにそう言い切る。

 リイラの前にいたのは、ひとりの少女。肩まで伸びた金髪も、ダボっとした肩だしパーカーも、パーカーの裾に隠れて、まるで下に何も吐いていないように見えるが確かに存在している短パンも、その少女が諸星唯であると主張しているし、彼女を知る者がいればそう答えるだろう。

 だが、彼女を取り巻く雰囲気が、それを否定している。彼女の全身から放たれる、この世のものとは思えないほどの重圧感が、目の前の少女が、そんな普通の存在ではないということを、全身全霊で主張している。

 そして、それをリイラは待ちわびていたのだ。

 

「おはよう。てっきり目覚める前に死んじゃうかと思ったのだけど……そうならなくてよかったわ」

 

 そして、リイラの期待は実現した。

 諸星唯は、リイラの期待通りに、レイラを壊した力を引き出してくれている。普段の彼女が絶対しないような、冷酷な表情をこちらに向けてきてくれている。もう、リイラの中は喜びと興奮でいっぱいだった。

 

「それでこそよ。それでこそ、食べ甲斐があるというものよ!」

 

 口から涎を垂らしながら身体をくねらせるリイラ。側から見れば色んな意味で危ない子でしかない。

 が、唯はそれを冷たくあしらう。

 

「ごちゃごちゃ煩い。私はお前を倒して先に行く。邪魔をするんじゃあない」

「そう硬いこと言わないでよ。私達はぶつかり合う運命にあるのよ……貴女も分かっているでしょう?これを避けることなんてできないって!」

「プロポーズのつもりか?なら口下手にも程がある。そんな言葉では誰も振り返らないぞ」

 

 言葉のドッジボールを繰り返しながら、両者は距離を詰めていく。

 理解は不要。ただ魂の奥底から湧き上がる宿命に背中を押されるがまま、少女たちは身体を動かす。

 

「いだだきます」

「かかってきやがれこの虫女」

 

 瞬間。

 2人の身体から目も眩むほどの閃光が迸った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 かつて、赤馬零児はある仮説を立てた。

 曰く、榊遊矢――いや、正確にはその内側に巣くっていた存在(モノ)は、カードを創造するちからを有していた可能性があるという。

 現に、彼はかつての戦争の中、異次元の決闘者(デュエリスト)との接触を通して数多のカードを生み出してきた。ペンデュラム召喚だけでなく、融合・シンクロ・エクシーズをも我が物とし、成長してきたのだ。

 だが、それを実証するにはあまりにも時間がなかった。照明されるよりも早く事態は進み、そして、戦いの末にその力の根源は封じられた。

 だから、あんな奇跡はもう起きない。

 ――筈だった。

 

 

 


 

 その光は、遊矢まで届いていた。

 まるで遊矢の背中を押すように、大事なものを届けに来たかのように、それは遊矢の背中を照らしていた。

 

(なん、だ?これ……)

 

 柚子や竜崇があまりの眩しさに目を逸らす中、遊矢は奇妙な感覚にとらわれていた。

 何かが胸の内から沸き上がり、形を持とうとしている。具体的に何が生まれようとしているのかは、まだわからない。しかし、遊矢はこの感覚を知っている。それは遊矢が長らく感じていなかったもので、悪魔(ズァーク)の力がこの身からなくなった今では、おそらくもう二度と感じることはないであろうものだった、はずだ。しかし、それは今確かに遊矢の中にあった。

 ()()()()()()()()()

 それは遊矢が――正確には、遊矢の中に居た悪魔(ズァーク)の手により、幾度となく行ってきたモノだ。だが、今はすでに悪魔(ズァーク)は封じられているため、遊矢にそんなことができるはずがない。

 しかし、現に今、遊矢の頭の中には、見たこともないカードの姿(ビジョン)が浮かんでいる。

 なぜ今になって、それが可能になったのかはわからない。

 

(なんだかよくわからないけど……きっとこれは、俺を応援してくれているんだ!なら、エンターテイナーとしてそれに応えるっきゃない!)

 

 だが、遊矢はそれを受け入れていた。

 力強く背中を押してくれているこの光を裏切りたくはない。その一心で、頭の中に生まれたビジョンに手を伸ばす。

 光はいつの間にか収まっていた。

 目の前では、竜崇が腕を組んで遊矢の出方を伺っている。

 

「…………」

 

 遊矢は、自身の左腕に装着されているデュエルディスクに目をやる。

 新たに生まれたカードの気配を、そこに感じていた。

 やることは変わらない。いつも通り、笑って始めるだけだ。

 

「レディース&ジェントルメーン!ここまで散々やられっぱなしだったけど、ここからは俺のターンだ!俺にはライフもデッキもまだ残っている!ここで折れるわけにはいかないんだ!」

 

 遊矢は口角を精一杯上げて、エンタメデュエルの始まりを宣言する。

 

「ほう、その顔……ここから勝つつもりか?ならば見せてみろ!」

「ならお言葉に甘えて……そらよっ!特殊召喚されたモンスターが相手フィールドに存在し、相手フィールドのモンスターが自分フィールドのモンスター数以上の場合、"EMラディッシュ・ホース"は手札から特殊召喚できる!」

EMラディッシュ・ホース:☆4 ATK500

 

 売り言葉に買い言葉とはよく言ったものだ。大口を叩きながら遊矢が召喚したのは、根菜類で出来た身体を持つ子馬だった。

 そして、遊矢はにやりと笑う。その顔を見て、柚子は悟った。

 

「あの顔……遊矢のエンタメデュエルが始まるのね……!」

「準備も整いましたし、それでは榊遊矢のエンタメデュエルの新顔をお見せいたしましょう!」

 

 胸元にぶら下げているペンデュラムを揺らしながら、遊矢は声高らかに宣言する。

 新たに生まれたものを、手にしたものを、今現実に解き放つために。

 

「現れよ、天空に描く光のサーキット!」

「⁉ 」

「まさかお前……!」

 

 その文言を聞いて、柚子も竜崇も驚愕の顔をする。彼らの予想が正しければ、それは遊矢の口から絶対聞けるはずもないものであり、遊矢にはできるはずのないことだからだ。

 しかし、そんな2人の反応とは裏腹に、遊矢の宣言の直後、遊矢のフィールドに居た"EMバリアバルーンバク"と"EMラディッシュ・ホース"の2体が赤い光となって天に昇ってゆく。そして、光の行く先には、サイバーチックなデザインのゲートが浮かび上がってる。

 

「アローヘッド確認!召喚条件はペンデュラムモンスターを含む効果モンスター2体!俺はフィールドの"EMラディッシュ・ホース"と"EMバリアバルーンバグ"をリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン!リンク召喚!現れろ、リンク2!"軌跡の魔術師(ビヨンド・ザ・ペンデュラム)"!」

軌跡の魔術師(ビヨンド・ザ・ペンデュラム):LINK2(右下/左下) ATK1200

 

 閃光を轟かせながら現れたのは、白い法衣に身を包んだ、赤髪の女魔術師だった。風に吹かれて垣間見える、長く伸びた彼女のスカートの後ろの方の中布は、左右で赤と青に分かれており、さがならペンデュラムスケールを表しているように見える。

 竜崇は、あり得ざる奇跡を目の当たりにし呆然とする。

 彼の知識が正しければ、今の遊矢にはリンク召喚を行えるはずがない。彼はリンクモンスターを持っていないし、存在も知らないし、そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だ。

 

「なぜ、お前がリンク召喚を……あり得ない……既にあの力はお前にはないはず!今のお前にはカードの創造など到底――」

「"軌跡の魔術師"の効果!このカードがEXモンスターゾーンにリンク召喚された時、1200LP支払うことで、デッキからペンデュラムモンスター1体を手札に加える!そして、この効果の発動後、俺はペンデュラム召喚に成功しない限り、このターンの間はモンスター効果もペンデュラム効果も使えない」

 

 予期せぬ展開に狼狽えていた竜崇だったが、遊矢から"軌跡の魔術師"の効果の説明を聞いた途端、彼はその顔に笑みを浮かべる。

 そして、高らかに声をあげて笑い出す。

 

「ふははははははははっ!ペンデュラム召喚に成功しない限り、だと?笑っちまうぜ!お前の手札は1枚!ペンデュラムスケールは前のターンに自分で破壊しちまってる!それじゃあペンデュラム召喚はできないぜ?」

「じゃあ……どうすんのよ……?モンスター効果も封じられたんじゃどうやったって……」

「お前がリンク召喚してきた時はビビっちまったが、自らライフをギリギリまで減らしたうえに馬鹿な縛りまでやっちまってよぉ!まさか面白おかしく自滅しちまうってのがお前のエンタメデュエルだってのかよ?それなら喜んで悪役(ヒール)を買って出てやるぜ?」

 

 そう。

 "軌跡の魔術師"のデメリットにより、遊矢はペンデュラム召喚をしないとモンスター効果もペンデュラム召喚も使えない。しかし、遊矢の手札は1枚のみ。これではどうあがいてもペンデュラム召喚はできない。要するに、このターンはこれ以上動けなくなる。

 だが、竜崇は忘れていた。

 彼はアクションデュエルと、遊矢を真正面から打ち破ることに固執しすぎていたあまり、とんでもないものを残してしまっていた。

 それに気づかず悪役(ヒール)感たっぷりににやついている竜崇だったが、次の遊矢の一言が、その笑みを容赦なく奪い取った。

 

「……2人とも、このカードの存在を忘れてない?」

 

 そう口にした、遊矢の顔は笑っている。

 彼が指さす先。そこには、

 

「そう、"臨時収入(エクストラバック)"!」

 

 最初のターンに発動した永続罠カードが、破壊されずに残っていた。

 竜崇は最初のターンに召喚した"ダイナレスラー・パンクラトプス"の効果を使っていれば、これをいつでも破壊できたはずなのに、そうしなかった。遊矢を、彼の十八番であるアクションデュエルで完膚なきまでに打ち倒そうとするその執着心が、竜崇の判断を鈍らせていたのだ。

 

「俺は"臨時収入"を墓地に送り効果発動!カウンターが3つ乗っているこのカードフィールドから墓地に送ることで、デッキから2枚ドローする!」

「なっ……」

「このカードを残しておいてくれて助かったよ。俺の命運はまだ尽きちゃいない……お楽しみはこれからだっ!」

 

 自分の慢心と執着が生んだミスに苦しめられる竜崇の前で、遊矢はカードを2枚ドローする。

 それは、ある者にとっては敗北への第一歩であるとともに――ある者にとっては勝負の運命を左右する一手となる。

 そして、勝利の女神は。

 

「――来た!」

 

 ――彼に微笑んだ。

 

「俺は魔法カード"アメイジング・ペンデュラム"を発動!自分のペンデュラムゾーンにカードが存在しない時、EXデッキからカード名の異なる表側表示の"魔術師"2体を手札に加える!」

 

 遊矢はドローしたカードの内の1枚を、即座に使う。

 今遊矢のEXデッキには、前のターンに自分で破壊した"竜穴の魔術師"と"龍脈の魔術師"の2枚が存在する。これらを回収して発動すれば、ペンデュラムスケールの確保の問題は解決される。

 

「俺はEXデッキからスケール8の"竜穴の魔術師"とスケール1の"龍脈の魔術師"を手札に加え、ペンデュラムスケールにセッティング!」

「ドローで……変えやがった……!」

「三度揺れろ魂のペンデュラム!天空に描け光のアーク!ペンデュラム召喚!EXデッキから甦れ!"オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン"!"EMラディッシュ・ホース"!」

オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン:☆7 ATK2500

EMラディッシュ・ホース:☆4 DFE2000

 

 2体のモンスターがEXデッキから帰還するとともに、ペンデュラム召喚の成功によって、遊矢に課せられていた"軌跡の魔術師"のデメリットも解除される。"臨時収入"のドローでうまい具合にカードを引き込めたが故にできたことだ。

 特に、本決闘(デュエル)中3度目の召喚となる"オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン"は、相当やる気に満ちているようで、フィールドに出現するなりけたたましく咆哮をあげる。その咆哮は場の空気を激しく震わせ、砂嵐の如く竜崇の肌にぶつかってゆく。

 

「そして、"軌跡の魔術師"のもうひとつの効果!自身のリンク先にレベルの異なるモンスター2体が同時にペンデュラム召喚された時、フィールドのカード2枚を破壊できる!」

「アクション魔法(マジック)、"効果暴走"!相手モンスターの効果を無効にし、500ポイントのダメージを与える!お前のライフは残り200!これで終わりだあ!」

「俺は手札から"EMレインゴート"を捨てて効果発動!効果ダメージを0にする!」

 

 "軌跡の魔術師"が解き放った魔力弾が火の玉に変化して遊矢に襲い掛かるが、遊矢の目の前に、レインコートと一体化したような見た目の山羊が現れ、身を挺して遊矢を火の玉から庇う。"軌跡の魔術師"の効果こそ不発に終わったが、効果ダメージはかわすことができたのだ。

 

「そして俺は手札から"EMフレンドンキー"を召喚!フレンドンキーは召喚成功時に、墓地のEMを1体復活させる!俺は墓地から"EMウィップバイパー"を特殊召喚!」

EMフレンドンキー:☆3 ATK1600

EMウィップ・バイパー:☆4 ATK1700

 

「そしてウィップ・バイパーの効果!"ダイナレスラー・ギガ・スピノサバット"の攻撃力と守備力をターン終了時まで入れ替える!」

ダイナレスラー・ギガ・スピノサバット:ATK3000/DFE0→ATK0/DFE3000

 

「これであいつの攻撃力は0!オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンで攻撃できれば終わりね!」

「それは不可能だぜ!"ダイナレスラー・ギガ・スピノサバット"と"ダイナレスラー・キング。Tレッスル"はな、自身以外のモンスターを攻撃対象に選択できなくさせる効果がある。2体ともだ!その意味、分かるよな?」

「あ…………」

「…………しまった!」

 

 ようやく掴んだ勝利の光に喜ぶのも束の間。竜崇に反撃が届く寸前で、それは瓦解した。

 "自身以外を攻撃対象に選択できない"モンスターが相手フィールドに複数体並んだ場合、攻撃対象に選択できるモンスターが相手フィールドに存在しないこととなり、こちらからの攻撃が封じられることとなる。その為、いくら遊矢が高打点のモンスターを揃えたり、相手モンスターを弱体化させても、攻撃そのものが封じられたのでは意味がない。

 遊矢のライフは残り200。竜崇にターンを渡してしまえば、確実に負ける。しかし、攻撃する手段がない。どうにかして2体のうちどちらかを効果でフィールドから退けるか、モンスター効果を無効化するしかないのだが――

 

「ここは……もうひとりの新人にお任せあれっ!Lady's and gentlemen!」

 

 遊矢は笑顔でそう言いながら、指をパチンと鳴らした。

 彼の反撃の手はまだ終わってはいない。なぜならば、遊矢の奥の手はまだ盤面上に現れてはいないからだ。

 

「新人……まさか……⁉ 」

 

 遊矢の口振から、竜崇がこれから起こることを察した瞬間、竜崇と遊矢を取り囲むように強い風が吹き始める。それは瞬く間に竜巻となって、フィールド全体を包み込む。ソリッドビジョンじゃなかったら、今頃この施設はとんでもない有様になっていただろう。

 竜巻はこれから起こることを予想している。だが、それを止める手段がない。苦虫を嚙み潰したような顔をすることしかできない竜巻の前で、遊矢は新たな力を今まさに披露しようとしていた。

 

「そのまさかさ!再び現れよ、天空に描く光のサーキット!アローヘッド確認!召喚条件は"EM"、"魔術師"、"オッドアイズ"モンスターを含む効果モンスター3体以上!俺はフィールドの"EMラディッシュ・ホース"と"EMセカンドンキー"、リンク2の"軌跡の魔術師"をリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン!リンク召喚!現れろ、リンク4!嵐を突き破る2色の(まなこ)!"オッドアイズ・テンペスト・ドラゴン"!」

オッドアイズ・テンペスト・ドラゴン:LINK4(左/右/左下/右下) ATK2500

 

 竜巻を切り裂きながら現れたのは、二色の眼を持つ銀龍だった。

 機械の様な翼を赤と青に光らせながら、それはフィールドに降り立つ。

 

「オッドアイズの……リンクモンスターだと……⁉ あり得ない!」

 

 竜巻は、その銀龍を見て狼狽えることしかできなかった。これまでの流れ的に、なんとなく来るのではないかと薄々思ってはいたが、いざ目の当たりにしてしまうと、彼のちっぽけな覚悟なんてものは、いとも容易く粉々に吹き飛ばされてしまった。

 "軌跡の魔術師"はまだ有り得た。前世の世界でも存在したカードだからだ。しかし、目の前のドラゴンは違う。あんなモンスターは存在しない。

 竜崇に限った話ではないが、転生者は原作知識を有しているが故に、原作キャラに優位に立てる。それは未来の筋書き(シナリオ)と敵の手札を知ってるが故の精神的な余裕からくるもの。言わば攻略本片手に挑むゲーム攻略だ。なので彼らは、それが通用しない想定外の事態に弱い。

 遊矢が編み出したオリジナルのリンクモンスターの出現によって、竜崇の優位性はなくなった。普通の転生者ならばこの時点で絶望するのだろうが、竜崇は違った。

 彼はその場から一歩も動かなかった。

 彼の心の中に巣食う決闘者としてのプライドが、それを許さなかった。

 たとえ目の前に敗北を突きつけられたとしても、最後まで倒すべき相手を見据え続ける。それが決闘者としての流儀だと、竜崇は思っていた。

 

「"オッドアイズ・テンペスト・ドラゴン"の効果発動!このカードが"EM"ペンデュラムモンスターを素材にリンク召喚に成功した時、自分フィールドの"EM"モンスターの数までフィールドのモンスターを選んで、その効果を無効にする!」

「…………!」

「これで攻撃ロックは解除された!いける!いっちゃって遊矢!」

「バトルだ!」

「……すげえよお前。やっぱり腐っても主人公というべきか……これだから原作主人公と敵対するのは嫌なんだ。どうあがいてもオレ程度じゃあ運命力が決定的に足りない。AMORE(おれたち)程度の闇なんか、主人公(おまえら)の輝きでかきけされてしまう……」

 

 負けを悟った竜崇は、恨めしそうにそう言った。

 それは、主人公という存在に対する羨望だった。

 羨ましくて仕方がないけど、敵わないことも知っている。自分の力で打ち倒せるかもしれないけれども、その可能性を信じきれない。だからあえてAMOREに入り、闇の中で戦う人生を選んだ。

 オッドアイズ・テンペスト・ドラゴンの生み出した暴風で、竜崇が事前に位置を把握しておいたアクションカードは全て吹き飛ばされてしまった。今から探しに行けばギリギリ間に合うかもしれないが、彼はもう諦めていた。

 彼の根底にあった諦観を勝利の女神は見抜いていたが故に、軍配は向こうに下された。

 

「オレの負けだ……行けよ、とっととオレをK.O.して、先に行くがいいさ」

「"オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン"で"ダイナレスラー・ギガ・スピノサバット"を攻撃!」

「…………!」

「"オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン"がレベル5以上の相手モンスターとバトルする時、戦闘ダメージを2倍にする!リアクション・フォース!」

 

 オーバーキルもいい所だ。竜崇のライフは残り2500。オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの素の攻撃力でも即死するほどしかない。この攻撃を回避できなければ、竜崇のライフは尽きて敗北してしまう。

 が、ここで駄目押しの一発。

 

「"オッドアイズ・テンペスト・ドラゴン"の効果!ペンデュラムモンスターが相手モンスターとバトルするとき、戦闘ダメージを2倍にする!」

 

 攻撃力3000の"オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン"が、攻撃力0の"ダイナレスラー・ギガ・スピノサバット"に攻撃した場合に発生するダメージは3000。しかし、"オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン"の効果で戦闘ダメージは倍になるうえ、そこからさらに"オッドアイズ・テンペスト・ドラゴン"の効果で戦闘ダメージは倍加する。

 倍の倍で4倍。数値にして、12000ポイントのオーバーキルが襲い掛かる。そして、それを回避する手段はない。

 

「螺旋のストライク・バーストオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

「うわああああああああああああああああああああああああああああっ⁉ 」

竜崇:2500LP→0LP(-12000)

 

 

 

 

 

 


 

 あれから、どれくらい斬り合っただろうか。

 それすらわからなくなるほどに、2人は苛烈な殺し合いを続けていた。

 

「お掃除されなさ〜いっ☆」

 

 レイラがあざとそうにウインクしながら強酸入りバケツをセラに向かってぶちまけるが、セラは近くにあったマネキンを投げつけ、飛んできたバケツの口の向きを変える。ばら撒かれた強酸はセラではなく、近くのエスカレーターに降り注ぎ、ジュージューとヤバそうな音を立てている。

 攻撃を去なされたレイラは間髪入れず、何処からかティーカップを取り出しては、それをセラ目掛けてぶん投げる。

 セラはそれを難なく斬り伏せる。

 が、

 

「馬〜鹿☆」

 

 その瞬間、ぶった斬られたティーカップが爆発した。

 発生した爆炎は瞬く間にセラの身体を包み込んでゆく。

 

「騎士なんて単細胞生物(バカ)楽勝(ランナウェイ)だもんねっ❤️さっすがレイラちゃん!可愛くて強くて雑っ魚〜い❤️」

 

 黒い煙をたちのぼらせながら燃え上がる炎を前に、矛盾極まりない自画自賛を吐き連ねるレイラ。その目はギンギンに充血しているどころか血涙を流しており、頭に巻いた包帯からは血が滲み出ていた。

 だが、彼女は今宵の戦いにおいてはいまだに無傷に等しい。

 それにもかかわらず、彼女は血を流している。

 

「……げふっ」

 

 咳き込んだ彼女の口から、血が吐き出される。

 吐き出された鮮血が、白いエプロンを赤く染めてゆく。

 

(もう、長くないかな……あたし、無理しすぎたみたい)

 

 徹底的に貶められ、歪められた彼女の自我は、自らの状態を察していた。

 バルジによって幾度となく洗脳を重ねがけされ、心身ともに改造を繰り返された彼女の身体は、とっくのとうに限界が来ていた。ましてや今の彼女は、今宵の戦いに合わせて急ピッチで改造された為、碌に調整ができていない。

 このまま戦い続ければ、先に倒れるのはレイラだ。

 それは彼女も理解している……筈だった。

 

(でも、その方がクソ雑魚奴隷メイドのレイラちゃんらしいよねっ!)

 

 歪められた彼女の意識は、そう判断していた。

 自らに罰を、恥辱を、尊厳なき最期を。今の彼女は、自ら陵辱を望み、自ら奈落に落ちるように施されているのだ。それはもはや、自力では止めることはできない本能と化していた。

 レイラはボロボロの身体に鞭打ち、完全に、確実にとどめを刺すべく、目の前で燃え上がる炎に突っ込んでいく。

 手に持った金属製の鈍器(モップ)を強く握り締め、精一杯の笑顔で周囲に愛嬌を振りまきながら、彼女は目の前の敵を殺しに行く。

 が、

 

「せやぁああああああっ‼︎ 」

「あっ……❤️」

 

 それは、予想通りだった。

 レイラが炎に到達する直前で、炎の壁を突き破りながら、セラの剣先がレイラ目掛けて突っ込んできた。

 ガキンッ‼︎ という金属音が響き渡り、レイラの手からモップが離れてゆく。

 まるで喘ぎ声みたいな悲鳴をあげながら、レイラはその身体をくの字に折り曲げて壁に激突する。

 ずるずると床に崩れ落ちるレイラに剣先を突きつけながら、セラが炎の中から這い出してくる。銀色の鎧はその表面を煤けさせているが、セラの身体には傷ひとつなかった。

 

「誰が……単細胞生物(バカ)だって?」

「あぅ……」

 

 セラに剣を突きつけられるレイラ。誰がどう見ても、勝負はついた。

 筈だった。

 

「……まだだよ」

「お前……」

「まだ、です!」

 

 レイラはそう言うと、突きつけられていたセラの剣先を素手で掴んで押し上げ始めた。

 当然ながら、素手で剣の刃を掴めば血が出る。目や口や手のひらから鮮血を垂れ流しながら、彼女は抗おうとする。 

 

「やめろ。その身体で戦えば死ぬぞ」

「情けのつもり?やめてよね、クソ雑魚奴隷メイドのレイラちゃんにもプライドがあるんだから…………ねっ!」

 

 セラの情けも一蹴し、血塗れになった手で突きつけられた刃を押しのけ、レイラは走り出す。

 そして、もう片方の手に持っていたナイフを、セラの喉元目がけて突き刺そうとする。

 

「しんじゃえええええええええええええっ!」

 

 血を吐きながら叫ぶレイラ。

 そこにはもはや自らの命への執着なんてものはなかった。ただご主人様(バルジ)の邪魔をする敵を殺す。与えられた命令だけが、彼女の身体を突き動かす。

 元々あまり殺す気がなかったセラだが、レイラの異常さには内心引いていた。洗脳されているとはいえここまでやるのか、と。

 

「くっ…………!」

 

 だが、みすみす殺されるわけにはいかない。セラは膝を折り曲げて下からレイラの腕を突き上げる形で膝蹴りを喰らわせた。関節に対して垂直に突き刺さったセラの膝蹴りは、ナイフを突き刺さんとしていたレイラの肘を破壊する。

 ボキンッ!! と、人体から出てはいけない音を立てて、レイラの片腕は有り得ない方向に折れ曲がる。折れた腕ではナイフを持てず、カシャンと音を立ててナイフが床に落ちる。

 これで大人しくなる――と思っていた。

 

「お帰りくださいませっ!」

「なんだと…………っ⁉ 」

 

 折れた腕に拘泥する素振りすら見せず、レイラはもう片方の腕――剣先を素手で伸ばして血塗れの腕――を伸ばしてきた。

 咄嗟にセラは回し蹴りをレイラの顔面に喰らわせ、彼女を蹴り飛ばす。近くの質屋のガラスケースに頭から突っ込む形で倒れるレイラ。頭の半分近くが血に塗れ、片腕は折れるほどの傷を負いながらも、彼女はなおも立ち上がろうとする。怪我の具合も相まって、その光景はまるでゾンビのようだった。

 そこに、

 

「案外早くボロが出たな。耐用年数が尽きかけてんのか」

「お前は……!」

 

 品のない声が市かかと思えば、次の瞬間、セラの頬に傷ができていた。

 死角からの、常軌を逸した一撃。ほぼ無傷だったセラにできた最初の傷。

 セラがばっと振り返ると、ライダースーツの上から白衣を着た青年――バルジが立っていた。

 

「よう、また会ったな女騎士サマ!ウチのクソメイドが世話になってるよーで……にしてもスゲェ奴隷根性だな。我ながら恐ろしいぜ」

 

 仲間が死にかけているというのに、バルジはへらへらと笑っている。やはり、彼には人の心はないのだろうか。

 レイラはバルジが来ているのに気付いたのか、ガラスの破片を身体のあちこちに食い込ませながら、バルジに向かって笑いながら手を伸ばす。

 

「ご、しゅじん……さま……みてて、レイラちゃんが殺すよ……」

「おーよしよし!すっげえ無様だな!ちゃんとボロボロになってるようで何よりだ!」

「…………まさか、その為に彼女を洗脳してこき使っているのか?」

「当たり前だろ。コイツは俺様達に歯向かった身の程知らずなんだ。だから死ぬまで貶め続けられなきゃあいけない。その為にコイツを暴れさせてるんだ。趣味と実益を兼ねた資源の有効活用だよ」

 

 敵対者を傀儡に変えて使い潰す。それは酷く合理的で悪趣味で――この男(バルジ)らしいやり方だった。

 そのことを理解したセラは、一気に顔を曇らせる。

 セラの目の前では、血塗れのレイラがバルジに跪き、彼の靴を舐めている。セラには、レイラが本当はどんな人間だったのかは知る由もない。だが、レイラがたとえ悪人だったとしても、こんなに貶められ、堕とされるべきだとは、セラにはどうしても思えなかった。

 バルジはレイラに靴を舐めさせながら、上機嫌で彼女を馬鹿にする。

 誰も聞く気はないというのに、彼はそれを辞めない。

 

「妹思いのお姉ちゃんは妹を取り戻すために、自ら妹ちゃんの悪いお友達の玩具になって一生を終えました!BADEND(めでたしめでたし)!どうだ、すっごい興奮するだろう?」

「なんで笑っていられるんだ?」

「楽しいからに決まってるじゃん。楽しいことを好きなだけやる、それを否定する権利は誰にもない!それにな、世界のすべてはいずれ俺様達のモノになるんだ。俺様は未来のカミサマだ!なら今好き勝手してもいいだろうがよぉ……"選ばれた者"にはその権利がある!」

 

 もう、支離滅裂だった。

 湧き上がる欲望を抑えることをやめ、悪意の限りを尽くし、正当化を拗らせに拗らせた身勝手の権化が、目の前にいた。

 レイラを回収しに来た時と、今。セラがバルジと関わったのはたったそれだけなのだが、それだけで理解した。

 

(こいつは…………私の一番嫌いな人種だ!人を何とも思わない精神性、人を平気で踏みつぶす驕り高さ……コイツを野放しにしては駄目だ!今ここで倒す!)

 

 セラは剣を握る手に力を籠める。騎士として、他者を踏みつけるような輩を許してはおけない。

 そして、床を強く蹴り、バルジに向かって勢いよく斬り込もうとする。その動きは、常人にはまず認識不能なレベルで速かった。傍から見れば、セラが一瞬消えてバルジの目の前に瞬間移動したように見えるだろう。

 普段はあまり進んで殺生を行わないセラだったが、今だけは違った。コイツだけは生かしてはいけない。一瞬で始末しなくてはならない。心の奥から湧き上がる正義感が、目の前の邪悪を今ここで殺すべきだと叫んでいる。

 そして、セラの剣がバルジの頭上目がけて振り下ろされる――筈だった。

 

「――(うごめ)け」

 

 たった一言、バルジはそう言った。

 瞬間、セラの全身に激痛が走った。

 

「な……っ⁉ がっ…………⁉ 」

 

 原因不明の激痛によって、バルジに肉薄する寸前でセラの動きが止まる。彼女の手から剣が零れ落ち、セラは目の前のバルジに寄りかかる形で倒れる。

 彼女の身体に起こった異変は、激痛だけではない。セラは指一本動かせなかった。まるで首から下が無くなってしまったのように、ピクリとも動かない。ただ、身体の内側から刺されているような激痛だけが伝わってくる。

 何が起きたのかわからない顔をしているセラに、囁くようにバルジが種明かしをする。

 

「俺様の嫌いなタイプの女を教えてやろう。俺様はな、お前みたいに真っ直ぐな目をした利他主義じみた馬鹿が死ぬほど嫌いで……()()()()()()

 

 ぞくりと、セラに悪寒が走る。

 

「少し前に、お前に"虫"を仕込んどいた」

「虫……?」

「ああ、精神を犯し、俺様の傀儡に仕立て上げる木偶坊虫(ウッドエン・ドール)……一度寄生されれば俺様の手で何時でも自在に人格を改造できる」

「――あの時か!」

 

 そう。

 最初の不意打ちの時点で、セラは敗北していた。

 頬を斬られた時に、既に虫を入れられていたのだ。

 次第に、セラの視界がぼやけてきた。意識も薄れ始めている。おそらく、全身に走る痛みも含めて虫が原因なのだろうということは分かるが、今のセラひとりではどうすることもできない。

 ぼやけて暗くなってゆくセラの視界に、気持ち悪い笑みを浮かべるバルジが映り込む。

 

「お前はどんな風に変えてやろうか?卑怯上等な悪女、妖艶な保険医、低能野生児……考えてるだけで勃ってきた……!」

「ふざ、けるな……わたしには使命が……!」

「ごちゃごちゃうるせえんだよ、とっと堕ちろ雑魚が」

 

 バルジは自身に寄りかかっているセラを突き飛ばし、彼女の腹を踏みつける。

 これからセラは、レイラのように死ぬまで恥辱の限りを尽くされる。やりたくないことをやらされ、積み上げてきたアイデンティティを徹底的に破壊される人生を送るだろう。否、それはもう人生ではなく、玩具としての未来といったほうが適切なのかもしれない。ともかく、セラ・フルルスローネという少女の人生はここで終わる。

 彼女の胸の内には、後悔しかない。

 本来の使命も果たせずに、騎士道精神に突き動かされるがままに首を突っ込んだ戦場で野垂れ死ぬ。そんな終わりを、認めていいはずがない。

 

(ああ――ごめんなさいパープルハート様。私は貴女に巡り合うことができな――)

 

 そこで、セラの意識が途切れた。

 

 


 

 

 

 それは憧れだった。

 少女が見たのは、或る星の輝きだった。

 無邪気で、能天気で、それでいて誰よりも全てを愛していて。その輝きは光も闇も一緒くたに引き寄せてゆく。なんとも危なっかしくて――それでいて、愛されている。

 少女は、危なっかしくも愛おしいその煌めきを目の当たりにして、こう思った。

 

 ――わたしもあんなふうにかがやきたい。あれのためになにかしてみたい。

 

 それが、誰も知らぬ少女の始まりだった。

 選び取った道が、苦難の道だったのは言うまでもない。始めは誰も少女の歩みに目もくれなかったし、自らの非力さを呪う夜を幾度となく過ごした。

 しかし、いつしか彼女の歩みを目の当たりにして――ともにその道を歩む仲間ができた。少女の歩みを認める者が出てきた。ひとりの憧れからはじまったそれは、いつしかその煌めきにも認識されるようになり、頼られるようになっていった。

 そして、幾度となくその煌めきと共に、闇に立ち向かい続けた彼女は、いつしか人々からこう呼ばれることになった。

 ――護神騎士、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

「……あん?」

 

 ふと、バルジは異変に気付いた。

 目の前に倒れているセラの様子がおかしい。

 

「虫は脳味噌の奥底まで入りきっている……命令(コマンド)も書き込んだ。なのになぜ動かない……?」

 

 洗脳は完了した。洗脳完了までの間、相手の自由を奪う木偶坊虫(ウッドエン・ドール)の神経毒ももう時期消える。だというのに、セラはぴくりとも動かない。

 ひょっとすると今ので死んだのではないだろうか、とも思ったが、自分の技術に絶対的な自信のあるバルジは、その可能性を即座に否定する。

 

「おいレイラ、この女騎士の安否を確かめるんだ」

「かしこまりましたご主人様っ」

 

 バルジはその辺に倒れているレイラに、セラの安否を確かめさせようとする。

 心身ともに壊れる寸前だというにも関わらず、レイラはボロボロの身体に鞭打ちながらバルジの命令に嬉々として従う。一言喋っただけで、彼女の口からは何度も血が吐き出される。もう彼女の身体は限界に近いのだ。

 身体のあちこちにガラスを刺したまま、レイラはセラに近づいてゆく。モップを構え、ナイフを忍ばせながら、一歩一歩着実に前進してゆく。

 そして。

 レイラのモップの先端がセラに触れる寸前のことだった。

 

 

 音もなく。

 モップが切断された。

 

 

「え…………?」

 

 呆気にとられるレイラ。

 しかし、彼女には状況を理解するだけの時間はなかった。

 次の瞬間。

 

「ぼふぁっ⁉ 」

 

 レイラの身体は音もなく切り裂かれ、鮮血の噴水へと姿を変えた。

 音はない。ただ、斬られたという事実だけしか認識できていない。

 

「何が起きてやがる⁉ 」

 

 想定外の事態に焦るバルジは、前方を見る。

 

「……………………」

 

 ゆらり、と。

 先ほどまで指ひとつ動いていなかったセラが、立ち上がっていた。

 最初は洗脳が失敗したのかと思ったバルジだったが、それにしては様子はおかしい。目の前の少女から放たれる雰囲気の変化が、ただ事でないことを嫌でも思い知らせてきている。

 セラから向けられている感情は、先ほどまでの、バルジに向けられていた敵意とは比較にならない、否、それとはまた別種の――そもそも、同じ人間に対して向けられているものですらないのかもしれない。

 まるで虎の尾を踏んだような、神の逆鱗に触れたような、途方もない禁忌を犯してしまったかのような。バルジの今の現状を表現するならば、そう形容する他ないだろう。

 普通の人間ならば恐れをなして悲鳴を上げたり逃げたりするのかもしれない。だが、この男は違った。

 

「なんだなんだぁ?その力はよぉ!お前只者じゃあねえな⁉︎ 」

 

 その言葉は、恐怖からくるものではなかった。

 それは好奇心。

 彼はこの時、自分がなにか凄いものを引き当てたのだと直感で理解していた。故に、それをさらに知ろうとして、セラに一歩近づいてゆく。

 が。

 

「失せよ」

「――っ⁉ 」

 

 一言、少女がそう発しただけで、バルジの身体は後方へと吹っ飛んでいった。

 バルジはショーケースに背中から突っ込んでかち割り、粉々になったガラス片と共に床に転がされてゆく。

 だが、彼の顔は笑っていた。

 

「すげえなお前!ただの正義馬鹿だと思っていたが、ここまでやってくれるなんてさぁ!最高だ!もっとその力を見せてくれ!もっと研究材料(おもちゃ)らしく俺様を楽しませてくれよ!」

 

 予想だにしなかった玩具の出現に、彼は完全に歓喜していた。

 もうそのあたりで転がっているぼろ雑巾(レイラ)なんかどうでもいい。今は目の前の新しい玩具(セラ)でもっと楽しみたい。イスタを手に入れるというティーダからの命令は、この時点でバルジの脳内から跡形もなく吹き飛んでいた。

 セラは、大笑いしているバルジに顔色一つ変えることなく、床中に散らばっているガラスや商品を踏みつぶしながら近づいてゆく。

 眼孔全体を緑色に光らせ、全身から赤いオーラの様なものを発しながら近づいてゆくその姿には、先ほどまでの騎士らしさなんてものはどこにもなかった。

 

「――いいだろう、そこまで死にたいのならば見せてやろう」

 

 バルジの言葉に、そう答えるセラ。

 その直後。

 セラが全身から激しい光を放ちながら、バルジに向かって突っ込んで来た。

 

 

 

 

 


 

 

 同時刻

 プラネットプラザ正面入口前

 零児VSサキュラス

 

 

 零児がドローフェイズ時のドローを行おうとしていたその直前のことだった。

 突如として、零児の後方で激しい爆発が発生した。

 

「何だっ⁉ 」

「あれは――!」

 

 思わずサキュラスも零児も決闘(デュエル)を中断し、謎の爆発に意識を向ける。

 爆発の衝撃はかなりのモノで、そこそこ建物から離れているはずの零児の足元にまで瓦礫が転がってきている。一体何が起きたのだろうか。

 プラネットプラザの方を見ると、3階部分に大きな穴が開いている。恐らく、何かが壁を突き破って外まで吹っ飛んできたのだろう。

 状況把握に努めていた零児だったが、そこに、瓦礫の中から嬉しそうな声が聞こえてきた。

 

「さいっ……こうだなあ……!やるなあ…………お前!」

「な、に?」

「ば、バルジ様⁉ 」

 

 瓦礫の中から、一人の男が立ち上がる。

 紫のライダースーツの上に白衣を羽織った長身の男――バルジだ。

 これまでほとんど傷らしい傷を負っていなかったはずの彼が、服を煤けさせ、頭から血を流している。ギフトメイカー配下の転生者であるサキュラスは、その事実を目の当たりにして驚愕していた。

 

「何が起きたんですか⁉ 何が――」

 

 そう言いかけた時だった。

 プラネットプラザの外壁に空いた穴から、激しい光を放つ何かが飛び出してきた。

 

「なんだっ…………⁉ 」

「まぶっ……目がっ……⁉」

 

 そして、雲に覆われ星ひとつない夜空を白く染め上げた。

 

 


 

 

 その閃光は、零児の全身をくまなく包み込んでいた。

 だが、不思議と悪い気分ではなかった。むしろその逆だ。その光は、まるで零児に力を与えているかのように感じられた。柄ではなのだが、根拠とかではなく直感でそう思った。

 

(不思議だ――だが、悪い気分じゃあない。私に何かを与えようとしているのか……?)

 

 そう思った瞬間、零児の手元がより激しく光り輝き始めた。

 

「なんだ…………?」

 

 零児は自分のデュエルディスクを見る。

 デュエルディスクに内蔵されたEXデッキが光を放っている。

 何が起きているのだと確かめようとする零児だったが、その時、光がより激しさを増して零児の視界を白く塗りつぶした。

 

「これは――⁉ 」

 

 


 

 

 

「――はっ⁉ 」

 

 零児が次に目を開くと、先ほどまでの閃光は跡形もなく消えていた。

 空を見上げると、ぽつぽつと雨が降り始めていた。

 

(さっきの光景はなんだ……?)

 

 零児はくらくらする頭を抱えながら、先ほどの光景を反芻する。

 あの光の中で見た光景。あれがなんだったのかは見当もつかないが、柄にもなく、あれに安心感を覚えている自分がいる。不思議なことに、そのことに奇妙さは感じない。

 そして、だ。

 先ほどデュエルディスクから発せられたあの輝きに対して、零児の経験からくる勘が告げている。あれにはきっと意味があると。

 零児は、先ほど激しい光を放っていたEXデッキを確認する。

 そして、驚愕した。

 

(これは――)

「おい赤馬零児」

 

 零児が自身のEXデッキを見て驚いていると、同じく正気を取り戻したサキュラスが声をかけてきた。零児は我に返ってサキュラスの方を見ると、サキュラスは先ほどと同じように、余裕たっぷりの笑みを浮かべていた。

 

決闘(デュエル)再開と行こうぜ。まあ結果は見えているんだけどな!ははははははっ!」

「――勝ち誇るのはまだ早いだろう。君も決闘者(デュエリスト)ならばそれくらいわかっているはずだが」

「言ってろ!次のターンでお前を蹂躙して――」

「私のターン!」

零児:2000LP・HAND×0→1

サキュラス:4000LP・HAND×1

 

 零児はサキュラスの言葉を遮って、デッキからカードをドローした。

 リンク召喚には驚かされたが、それで己の決闘(デュエル)を見失うほど(やわ)ではない。

 冷静さを崩すことなく、零児は決闘(デュエル)を続行する。

 

「スタンバイフェイズ時に、"地獄門の契約書"の効果で私は1000ポイントのダメージを受ける……が、"地獄門の契約書"の効果は"DDD呪血王サイフリート"の効果によって無効になっている。よって私はダメージを受けない。そして、スタンバイフェイズが終了したことで、"地獄門の契約書"の効果は復活する」

「踏み倒しは得意のようだな」

「リスクをいかに軽減するか……金の世界ではそれを常に考えねばならない」

「だがちょっと待った!俺もスタンバイフェイズ時に、墓地の"星遺物―『星盾』"の効果を使わせてもらう!"星遺物―『星盾』"はお互いのスタンバイフェイズ時に1000LPを支払うことで墓地から特殊召喚できる!」

サキュラス:4000LP→3000LP

星遺物―『星盾』:☆8 DFE3000

 

「そしてこの時、お前も手札か墓地からモンスターを1体特殊召喚できるぜ?さあどうする?この誘いに乗るか?」

「ならば私は墓地の"DDバフォメット"を特殊召喚」

DDバフォメット:☆4 ATK1400→1100

 

 サキュラスの誘いに乗った零児の墓地から、翼を持った魔人が復活する。

 

「"地獄門の契約書"の効果発動。私はデッキから"DDD超視王ゼロ・マクスウェル"を手札に加える。そして永続魔法"魔神王の契約書"を発動!その効果により、墓地のテムジンとシーザーを融合する!燃ゆる覇道を歩む王よ、押し寄せる波の勢いで、新たな世界を切り開け!融合召喚!出現せよ!極限の独裁神、"DDD怒濤壊薙王(どとうかいちおう)カエサル・ラグナロク"!」

DDD怒濤壊薙王カエサル・ラグナロク:☆10 ATK3500→3000

 

 地面からおどろおどろしい咆哮を轟かせながら現れたのは、零児の倍近い体躯はあろう、大柄な魔人だった。どことなく前のターンに除去された"DDD怒涛王シーザー"に似てはいるものの、全体的に刺々しさと禍々しさが増しているように見える。カエサルとはシーザーの別の読み方。故にこの2体は似ているのだろう。

 初手で大型モンスターを呼び出した零児。しかし、これで終わるわけがないというのは、前のターンで証明されている。

 

「更に墓地の"DDネクロ・スライム"の効果発動。墓地からネクロ・スライムと"DDD制覇王ガイゼル"を除外し融合する。絶大なる支配者よ、神秘の渦と一つに溶け合い、覇道の頂きを渇望せよ!融合召喚!"DDD烈火大王エグゼクティブ・テムジン"!」

DDD烈火大王エグゼクティブ・テムジン:☆8 ATK2800→2300

 

 カエサル・ラグナロクに続いて、地面を突き破ってもう1体の悪魔が姿を現す。ぱっと見は"DDD烈火王テムジン"に似てはいるが、腕が4本に増えた上に、1つの大盾と3本の剣を装備した3刀流となっている。名前からしてテムジンの進化形態なのだろう。

 

「墓地の"DDラミア"の効果!発動済みの"魔神王の契約書"を墓地に送り、このカードを特殊召喚する!いでよ、チューナーモンスター、"DDラミア"!」

DDラミア:☆1 DFE1900→1400

 

「そしてこの時、エグゼクティブ・テムジンの効果が発動する。私の場に"DD"モンスターが召喚・特殊召喚された時、墓地から"DD"モンスター1体を特殊召喚する。私はサイフリートを復活させる」

DDD呪血王サイフリート:☆8 ATK2800→2300

 

 エグゼクティブ・テムジンの効果により、再びサイフリートが現れる。

 が、幾ら大型モンスターを呼び出そうとも、サキュラスの場にいる"星遺物の守護竜メロダーク"の効果で弱体化するうえ、サキュラスのモンスターはフィールド魔法の効果で強化されている。このままでは削りきることは難しい――サキュラスはそう思っていた。

 ――この時までは。

 

「君にひとつだけ言っておこう」

「は?」

決闘(デュエル)に絶対はない。どれほど最善を尽くそうとも、どれだけ優位に立とうとも逆転の可能性を常に考慮してこそ一流……いや、三流決闘者(デュエリスト)でもそれくらいの心構えはある。ましてや――」

 

 零児は、サキュラスを指さして、彼の驕りをつきつける。

 

「君のように、自分だけの武器(リンク召喚)なんてものに胡坐をかいているような者を、強者とは呼ばない。そんな個性(つよみ)だけでは決闘(デュエル)を制することなど不可能に近い」

「何を言い出すかと思えば……要するに俺だけリンク召喚できることが羨ましいんだろう?案外お前も大したことないんだな」

「逆だ…………()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…………なんだって?」

 

 その言葉に、サキュラスは引っ掛かりを覚えた。

 そしてこの時、零児は賭けていた。出所の分からない勝利の女神の手を引くことに。

 零児は、どちらかというと合理や理論を重んじるタイプの人間だ。それは決闘(デュエル)においても変わらない。偶然という不確定要素に頼り切ることなく、鉄の理性を主軸に置いたうえで、綿密な戦略の元にデッキを回して相手を下す。それが赤馬零児の決闘(デュエル)だった。

 だが、今だけは。

 彼は、降ってわいた幸運に賭けることにした。

 

「現れろ、大いなる力のサーキット!」

「⁉ 」

 

 零児がそう宣言したのを聞いて、サキュラスは驚愕した。なぜならばそれは、零児が決してできるはずのないリンク召喚の宣言だからだ。

 この世界にはリンク召喚は存在しない。リンク召喚を行えるのは、転生者である自分達のみのはずだ。

 だが実際に、目の前では零児の頭上にゲートが出現している。そして、零児の場にいる2体のモンスターが、赤い閃光となってゲートに吸い込まれるようにして浮かび上がっていく。

 

「召喚条件は"DD"モンスター2体。私は"DDリリス"と"DDバフォメット"をリンクマーカーにセット。リンク召喚!現れろ、リンク2、"DDD深淵王ビルガメス"!」」

DDD深淵王ビルガメス:LINK2(右下/左下) ATK1800→1300

 

 全身から禍々しいオーラを放ちながら現れたのは、剣や槍、斧など、幾つもの武器を携えた青い肌の悪魔だった。半神半人の英雄王の名を持つ異次元の王。本来ならば赤馬零児が扱えるはずのないリンクモンスター。それが今、サキュラスの眼前に姿を現していた。

 

「馬鹿なっ……なぜお前がリンク召喚を……」

「今回ばかりは救われたよ……()()()()()()というやつにな」

「創造だと……?あり得ない!榊遊矢はともかく、お前は普通の人間!そんな真似ができるはずがない!」

「ああ、創ったのは私ではない。誰かは知らないが――神は私に味方した」

 

 それは偶然なのか、必然なのかはわからない。だが、サキュラスはそれを偶然ではないと感じていた。

 これは不条理だ。まるで世界が、ギフトメイカーに与する転生者の思い通りになんぞさせるものかとでも言うかのように、まるでサキュラスを負かそうとするかのように、運命が横やりを入れてきたのだ。

 動揺するサキュラスの目の前で、零児の独壇場が繰り広げられる。

 零児自身も未だに信じられないのだが、与えられたこの力を無駄にするわけにはいかない。そう自分を律しながら、決着への一手を進めてゆく。

 

「"DDD深淵王ビルガメス"の効果発動!デッキからカード名の異なる"DD"ペンデュラムモンスター2体を選び、ペンデュラムゾーンに発動する。その後、私は1000ポイントのダメージを受ける」

零児:2000LP→1000LP

 

「私はスケール10の"DD魔導賢者ニュートン"とスケール4の"DDD死偉王ヘル・アーマゲドン"をペンデュラムスケールにセッティング!これでレベル5から9のモンスターが同時に召喚可能!ペンデュラム召喚!EXデッキから"DDD死偉王ヘル・アーマゲドン"!手札から"DDD超視王ゼロ・マクスウェル"!」

DDD超視王ゼロ・マクスウェル:ATK2800→2300

DDD死偉王ヘル・アーマゲドン:ATK3000→2500

 

「私はヘル・アーマゲドンのペンデュラム効果発動。それによりモンスターゾーンのヘル・アーマゲドンの攻撃力を800アップする」

DDD死偉王ヘル・アーマゲドン:ATK2500→3300

 

「バトルだ。私は"DDD超視王ゼロ・マクスウェル"で"星遺物―『星盾』"を攻撃!そしてこの時、ゼロ・マクスウェルのモンスター効果発動!」

「何⁉ 」

「ゼロ・マクスウェルが守備表示モンスターとバトルする時、その守備力を0にする!」

星遺物―『星盾』:DFE3000→0

「そしてゼロ・マクスウェルは守備貫通効果を持つ!貫け、ゼロ・マクスウェル!」

「ぐあああああああっ⁉ 」

サキュラス:3000LP→700LP

 

 実質的な直接攻撃を喰らい、サキュラスは大きく吹っ飛ばされる。その衝撃で、自動ドアのガラスを突き破り、破片の海に背中からダイブするサキュラス。

 

「だが、俺は"BK(バーニングナックラー)ベイル"の効果を発動する!戦闘ダメージを受けた時、コイツを手札から特殊召喚し、その数値分のライフを回復する!」

BKベイル:☆4 DFE1800

サキュラス:700LP→3000LP

 

 すると、サキュラスのライフが回復すると共に、身を守るようにパットを両手に持ったボクサーのようなモンスターが出現する。

 だが零児は躊躇しなかった。する必要もなかった。

 

「ならば"DDD呪血王サイフリート"で"BKベイル"を攻撃する」

 

 サイフリートの大剣により"BKベイル"は一刀両断される。

 

「続いて"DDD怒濤壊薙王カエサル・ラグナロク"で"星杯戦士ニンギルス"を攻撃。そしてこの時、カエサル・ラグナロクの効果発動。このカードがバトルする時、私の場の"DD"または"契約書"カード1枚を手札に戻すことで、カエサル・ラグナロクとバトルするモンスター以外の相手モンスター1体を、カエサル・ラグナロクの装備カードにする!私は"星遺物の守護竜メロダーク"を装備!」

「なにっ……!」

 

 カエサル・ラグナロクの背後から無数の腕がメロダークに向かって伸ばされ、メロダークを捕縛する。メロダークは必死にもがくが、逃れることはできない。

 そして、メロダークが居なくなったことで、メロダークの効果で下がっていた零児のモンスター達の攻守も元に戻る。

 

「バトルは継続中だ!行け、カエサル・ラグナロク!ジ・エンド・オブ・ジャッジメント!」

(トラップ)カード、"星遺物が齎す崩界"!俺の手札・場・墓地から"星遺物"モンスター1体を除外することで、自分フィールドのリンクモンスター1体の攻撃力を、除外したモンスターの攻撃力分アップさせる!俺は墓地の"星遺物―『星櫃』"を除外し、ニンギルスの攻撃力を星櫃の攻撃力分アップさせる!」

星杯戦士ニンギルス:ATK2800→5300

 

 "星遺物―『星櫃』"の攻撃力は2500。よってニンギルスにその数値が加算され、攻撃力は5800にまで上昇する。これでカエサル・ラグナロクを返り討ちにしたうえで、零児のライフも削りきれる。

 しかし、

 

「"DDD烈火大王エグゼクティブ・テムジン"の効果発動。自分ターンに1度、魔法・罠カードの発動を無効にする」

「なぬっ……⁉ 」

 

 エグゼクティブ・テムジンの効果によって罠カードの発動が封じられ、攻撃力増加もなかったことにされてしまう。カードの発動を無効にされようが、支払ったコストは帰ってこない。"星遺物が齎す崩界"の発動時に除外した"星遺物―『星櫃』"は除外されたまま。払い損である。

 これでニンギルスの攻撃力は元のまま。このままでは戦闘破壊とダメージは逃れられない。

 だがサキュラスの墓地には、前のターンに"星遺物の醒存"で墓地に送った"タスケルトン"がある。こいつで攻撃を防ぐことは可能だ。

 

「くそっ……こうなれば墓地の"タスケルトン"の効果発動!こいつを墓地から除外することで、モンスター1体の攻撃を無効にする!」

 

 サキュラスがそう叫ぶと、ニンギルスの前に骸骨のヴィジョンが浮かび上がる。カエサル・ラグナロクは構わずに手から光線を放つが、放った光線はニンギルスに当たることなく、骸骨のヴィジョンに吸い込まれるようにして消えてしまう。

 だが、こんなものはその場しのぎでしかない。零児のフィールドにはまだまだモンスターが残っている。それも、どいつもコイツも馬鹿みたいに高ステータスの奴ばかりが。

 

「ほう。ならばヘル・アーマゲドンでニンギルスを攻撃だ!地獄触手鞭(ヘルテンタクルウィップ)!」

「ぐっ……!」

サキュラス:3000LP→2000LP

 

 零児の命令に従い、ヘル・アーマゲドンが光線を放つ。再び狙われたニンギルスだが、今度は守る術がない。光線に貫かれたニンギルスは断末魔を上げながら爆散し、サキュラスに戦闘ダメージが伝わる。ヘル・アーマゲドンの攻撃力もニンギルスの攻撃力も効果で変化している為、ダメージは通常よりも大きなものとなる。

 膝をつくサキュラス。彼の頭の中は、疑問で埋まっていた。

 何故だ?何故零児がリンク召喚をできたのだ?何故自分が追い詰められている?

 これまでサキュラスは、自分だけが使えるリンク召喚で好き勝手やってきた。未知の召喚法に狼狽え、困惑したまま負かされてゆく相手を見ると興奮した。

 しかし、相手も同じ武器が使えることを知った途端に、その余裕はなくなった。

 これはサキュラスに限った話ではない。一部例外はいるが、転生者というのは、大多数が転生先のルールをガン無視した転生特典(ちから)を持っている。それは原作キャラ達には決して理解も利用もできない彼らだけの特権。そんな力を生まれながらに持っているが故に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だから、対等な戦いという場において存在する一瞬の緊張感に、彼らの精神は耐えられない。要は、優位性が失われた途端に、一気に精神的に弱くなるのだ。

 そんな状態で、サキュラスに勝機はなく、ましてやこの次元でも指折りの実力者である零児に勝てる道理がある訳がなかった。

 ガタガタと震えるサキュラスだが、まだ決闘(デュエル)は続行中。零児のエグゼクティブ・テムジンがアウラムに襲いかかる。

 

「エグゼクティブ・テムジンでアウラムを攻撃!」

「うがああああああああああああああああっ⁉ 」

サキュラス:2000LP→1500LP

「"DDD深淵王ビルガメス"で直接攻撃(ダイレクトアタック)!」

 

 もうサキュラスを守るモンスターは居ない。攻撃力1800のビルガメスの直接攻撃を受ければ、サキュラスは負ける。

 だが、まだ最後の砦は残っている。

 一枚だけ残っている伏せカード。それを使うしか、サキュラスが生き残る術はない。

 

「…………かかったな!(トラップ)カード、"波紋のバリア―ウェーブフォース"!相手が直接攻撃(ダイレクトアタック)をしてきた時、相手フィールドの攻撃表示モンスターをすべてデッキに戻す!あひゃひゃひゃひゃ!終わりだああああああああああ!」

 

 狂ったように笑うサキュラス。その態度に、当初の余裕は完全に存在していなかった。

 だが忘れてはならない。

 彼はあるモンスターの効果をまだ残しているのだから。

 

「"DDD呪血王サイフリート"の効果。表側表示の魔法・罠カードの効果を次のスタンバイフェイズまで無効にする」

「………………………………あ」

 

 文字通りの最後の壁もあっけなく突破され、サキュラスの眼前にビルガメスの剣が迫る。

 ありえない。

 なぜ。

 サキュラスは狼狽えるが、彼の敗因はただひとつ。

 弱かったからだ。

 

「うそだああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ⁉ 」

サキュラス:1500LP→0LP(-300)

 

 

 


 

 

 セラに吹っ飛ばされたバルジは、プラネットプラザを突き抜けて外に放り出されていた。

 だが、その顔は笑っている。

 

「はは」

 

 彼は歓喜に震えていた。

 それは未知なるものを目の当たりにできた喜び。新たな玩具を見つけた嬉しさか。どちらにせよ、それはまともな感情ではないことだけは確かだ。

 そんな感じに大笑いをしていたバルジの元に、ひとりの少女が降り立つ。

 その全身から放たれていた激しい光は既に止んでいる。緑色の髪を逆立たせ、眼孔を緑色に光らせ、激しい光の代わりに全身から赤黒いオーラを吐き出しながら立つその少女騎士は、冷酷にバルジに向かって剣先を突きつけている。

 笑っているバルジに対して、セラが訊く。

 

「何を笑っている」

「笑うしかねえだろ!だってこんなもん見せられてよぉ!興奮しないわけあるか!」

 

 悪魔のように邪悪な笑みを浮かべながら、バルジはそう言った。

 彼は最高に興奮していた。ギフトメイカーになってから、否、転生してからの人生の中でも、こんなに興奮したのはそうそうない。それほどまでに興奮していた。実際、現在彼の()()()()は勃っていた。

 それに対して、セラは何も言わない。

 普段の彼女ならば、ここでバルジに対してなんらかの否定的なアクションがあるはずなのだが、今は違う。驚くべきほど静かに、冷酷にバルジを見ていた。

 しばらくの間、沈黙が走っていた。

 やがて、沈黙に耐えきれなくなったバルジが、口を開いた。

 

「なんとか言えよ!さっきから黙り込んじゃってさぁ!折角俺様の玩具認定をもらったんだ!喜んでほしいもんだぜ!」

「残念だが――貴様にそんな時間は与えられない」

 

 バルジの身勝手な意見をバッサリと切り捨てながら、セラはバルジの背後を指さす。

 ――バルジはなんとなく、指さす先に何があるのかを察していた。

 あれほどの閃光が夜の街に轟いたのだ。嫌でも目立つはずだ。そして、この状況でバルジと戦うような人間は、ひとりしかいない。大変不快だが、バルジはそれをわかっている。

 だから、自分の背後にいるその人物が次に言う台詞も、彼の予想通りのモノだった。

 

「見つけたぞ、バルジ!」

「――負け犬の癖にしつこいな、お前」

 

 傷だらけの転生者狩り。

 無束灰司が、戦場に到達した。

 

「あれだけ馬鹿みたいに光ってりゃあ嫌でもここに行き着く……ま、テメエが此処にいるとは幸運ここに極まれりって感じだな」

「散々ボコられといてよくもまあそんな減らず口が叩けるよなぁ。やっぱ馬鹿だなお前」

「言ってろ」

 

 バルジと口論しながら、灰司はその腰にカイザドライバーを装着し、カイザフォンにコードを入力していく。

 一方、セラはというと、灰司がやって来たのを確認するなり、用済みだといわんばかりにバルジに背を向け、プラネットプラザの内部に戻ろうとする。

 

「おい、どこ行く?」

「私は……探しに行かなくてはならない。近くにいる、私の求めるべきものがここにいる――!」

「おい逃げんなっ!お前は俺様の玩具なんだぞっ!」

 

 そんなうわ言を吐きながら走り出したセラを引き留めようとするバルジ。

 折角面白そうな玩具を見つけたというのに、それを手放すわけにはいかない。そう思いながら、彼は瓦礫の中から立ち上がって彼女を追おうとする。

 しかし、すかさず灰司がバルジに向かって、手に持っていたカイザブレイガンを発射する。黄色いフォトンブラッドでできた光弾がバルジの足元をかすめ、その足を無理やり止めさせる。

 

「言ったはずだ、お前の相手は俺だとな」

 

 何度も何度も、カイザブレイガンを撃つ灰司。

 バルジが足を止められている隙に、セラは悠々とプラネットプラザ内へと戻っていってしまった。

 

「…………クソッたれが。そこまで死にたいならお望み通り殺してやるよ!」

 

 玩具の奪還を妨害されたバルジは怒り振動だった。

 だが、灰司もまた、怒っていた。目の前に自分から全てを奪った怨敵がいるのだから当然だ。

 灰司は怒りのままに、カイザフォンをカイザドライバーに装填する。同時に、バルジもオリジオンとしての姿に変身する。

 

「変身っ!」

《complete》

「変っ身!」

《KAKUSEI IGARIMA》

 

 お互いにカイザとイガリマオリジオンに変身し、向き合う。

 

「行くぞバルジ。今日こそお前を葬ってやる」

「俺の遊びの邪魔すんなよクソガキ、マジだるいわ」

 

 そして。

 両者は衝突する。




4年もハーメルンで連載しといてろくに特殊タグ使えない作者がいるらしいんですよ~(自虐)

オリカ紹介のこ~な~


■オッドアイズ・テンペスト・ドラゴン
リンク・効果モンスター
リンク4/光属性/ドラゴン族/攻 2500
【リンクマーカー:左/右/左下/右下】
「EM」「オッドアイズ」「魔術師」Pモンスターを含む効果モンスター3体以上
(1)このカードがリンク召喚に成功した場合に発動できる。このカードのリンク素材となったモンスターに応じて、以下の効果を適用する。
●「魔術師」Pモンスター:自分フィールドのPモンスターの数までフィールドのカードを選んで破壊する。
●「オッドアイズ」Pモンスター:自分フィールドのPモンスター1体を選び、その攻撃力をターン終了時まで倍にする。
●「EM」Pモンスター:自分フィールドの「EM」モンスターの数までフィールドのモンスターを選び、その効果を無効にする。
(2)リンク召喚したこのカードがフィールド上に存在する限り、自分のPモンスターが相手モンスターとの戦闘で相手に与える戦闘ダメージは倍になる。

次回 AM2:41/インクリングとティロ・フィナーレ


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第34話 AM2:44/インクリングとティロ・フィナーレ

池袋編

サブタイは「インクリングとティロ・フィナーレ」とありますが、正確には「インクリングとティロ・フィナーレ(とザ・ハンド)」だったりします。
サブタイ詐欺常習犯ですいません。

とりあえず今回で3つくらいバトル終わらせます。
今回は最初から最後までバトルづくしです!

■今回の対戦カード
アクロスVSザ・ハンドオリジオン
霧崎律刃VSティロ・フィナーレオリジオン
迫真空手部VSインクリングオリジオン


Ready……fight!


 

 

 プラネットプラザ2階・中央通路

 

 ショッピングモールにある、とある高級洋服店。

 さまざまなブランド品が並ぶその店は、甚大なる被害を受けていた。

 

「っ!」

 

 ガシャンッ!と音を立てて、ショーウィンドウが破壊される。

 中に立っていたマネキン達はバラバラになり、それらが身に付けていた衣服もビリビリに破れて商品価値を喪失する。

 そして、砕け散ってゆくガラス片の雨の中を、人間の形をしたなにかが飛んでゆく。

 

「がっ……」

 

 飛んでいる、いや正確には吹き飛ばされているのは、ティロ・フィナーレオリジオン。口から血を吹き出しながら、彼女はガラス片とマネキンの残骸の散らばる通路へと投げ出される。

 それに続く様に、バラバラになって飛び散る破片の中から、彫刻刀を逆手に持った小さな少女が飛び出してくる。

 その目は、幼い子供のものとは思えないレベルでギラギラしていた。

 ティロ・フィナーレオリジオンはその目を知っている。

 ()()()()()()()()()()と。

 だが、彼女は仕事でここにいるのだ。

 洗脳によって勝機を失いながらも、持ち前の責任感を糧に立ち上がり、内心で強がりながら、目の前の律刃(てき)に対して口を開く。

 

「霧崎律刃、貴女を手配する理由はなくなったんだけど……そうまでして死にたいのね?」

「それってそっちの勝手な都合だよね?わたしたちはともかく、おかあさんが迷惑してたんだよね」

 

 そう。

 律刃がAMOREに狙われる理由となったのは、彼女が赤浦からイスタの人格データ入りのチップを、そうとは知らずに奪ったからだ。だが、イスタはもう既に復活しているので、AMORE側には律刃を重要参考人として手配する理由がない。

 が。

 そんな理由で彼女は止まらない。

 

「でも、おかあさん的にはあなたたちが許せないみたいだし、それならわたしたちも同意するしかないよね。」

「分からず屋共め、そこまで死に急ぐというのなら私が望み通りにしてやるわっ!」

 

 自分に何か徳があるわけではないが、それはAMOREのやっていることを許せるかどうかとは別だ。律刃はあくまでも徹底抗戦の構えを示している。

 その意思を聞き取ったティロ・フィナーレオリジオンは、それならば打ち倒すまでと判断し、腕に巻き付けていた黄色いリボンを触手のように素早く伸ばしだした。

 

「こっちは本気で世界平和の為に戦ってんのよ!なんとなく許せないとか、ほっとけないとか、そんな曖昧な理由で戦うんじゃない!そういう思い上がった考えの奴が一番邪魔なのよ!」

「思い上がっているという点ではそっちも同じだよね?こういうのを五十歩百歩っていうんだよ?」

 

 罵声と共に繰り出されるティロ・フィナーレオリジオンのリボン攻撃を、律刃は彫刻刀を自在に振り回して弾いてゆく。ぱっと見は普通のリボンのはずなのに、まるで鉄を斬っているかのように彫刻刀の刃が全く通りやしない。というかどうみても金属音みたいな衝突音がしているあたり、おそらくこのリボンはただのリボンではないのだろう。

 4回目のリボン攻撃を凌いだ律刃。そこに、渇いた音が耳に入ってきた。

 律刃は反射的に、自らの側頭部を守るかのように彫刻刀の刃を動かす。すると、何かが彫刻刀の刃に弾かれるような音がした。

 

「正義の味方の癖にせこいね」

「……ちぃっ!」

 

 律刃は彫刻刀を下ろしながら、ティロ・フィナーレオリジオンのほうを睨む。

 ティロ・フィナーレオリジオンは、マスケット銃の銃口を向けながら律刃に向かって舌打ちをする。その銃口からは、真新しい硝煙が上がっていた。今の音は、ティロ・フィナーレオリジオンの狙撃の音だったのだ。

 続けて4発、同じ音が鳴る。

 それが何の音なのかは、律刃は見ずとも分かった。ただ、反射的に身体を捻り、壁を蹴る。その動きで、自身を貫かんと発射された弾丸を回避していく。それはあまりにも軽やかすぎる身のこなしだった。

 が、

 

「――ん?」

 

 銃弾を躱し終え、再びオリジオンの懐へと潜り込もうとした律刃だったが、意図せずその足が止まり、前のめりに倒れそうになる。

 足元に視線を下ろすと、左足に黄色いリボンが巻き付いている。ティロ・フィナーレオリジオンのリボンだ。銃弾を囮にすることで、律刃に気づかれることなくそれを巻き付けていたのだ。

 リボンを切断しようにも、先ほどの接近戦でこのリボンの強度は嫌というほど思い知っている。手持ちの武器ではコイツに傷一つ与えることもできない。

 律刃はリボンの切断を諦め、視線を再度前に向ける。

 そこには、ティロ・フィナーレオリジオンが何丁ものマスケット銃の銃口をこちらに向けた状態で立っていた。両手だけではなく自身のリボンも使い、十数ものの銃を構えながら、勝ち誇ったように彼女は叫ぶ。

 

一誠掃射(フルバースト)っ!全身蓮コラにでもなってなさいっ!」

(あ、まずい)

 

 律刃がそう思ったのと同時だった。

 数にして18。それだけの数のマスケット銃が、一人の少女目がけて一斉に火を噴いた。

 通常を遥かに超える速度と威力、そして連射力を以て放たれた無数の弾丸が、律刃を蜂の巣にすべく襲い掛かる。おまけに彼女は、切断不能なリボンで身動きを封じられている為、それから逃れることはできない。

 

 

 結果として。

 おびただしい硝煙越しに、弾丸が人体を貫通する生々しい音がした。

 


 

 

 プラネットプラザ2階 フードコート

 

 

 迫真空手部の3人とインクリングオリジオンとの戦いは、端的に言って空手部の劣勢となっていた。

 

「ぐらあっ!」

「ヒギィッ⁉ 」

 

 インクリングオリジオンはフードコートの随所に飛沫しているインクに潜航しながら、的確に死角からの攻撃を命中させていく。

 いくらホモといえども、機動力の差がありすぎる。

 

「ホラホラホラホラホラホラホラホラァッ‼ 」

 

 野獣は苦し紛れのホラホラッシュを繰り出すものの、インクリングオリジオンはインクに潜ってそれ回避し、野獣の足元から手を出してはインク弾を命中させる。

 インク弾は野獣の汚い肌に着弾するなり爆発を起こし、野獣の身体を押し除けてゆく。

 

「駄目だっ……インクのせいで全然攻撃が当たらない……!」

「せめてインクを洗い流せればいいんだけど……あっ!」

 

 その時、木村が何かを思いつく。

 彼はインクで滑る床をなんとか走り抜けて野獣のところまで辿り着くと、野獣のズボンのポケットに手を突っ込む。

 なにを勘違いしたのか、野獣が無駄に甲高い声で喘ぎ始めたが、そんなのはどうでもいい。不快な騒音を意識の外に追いやりながら、木村は野獣のズボンのポケットの中から銀色の箱状の物体を取り出す。

 それがなんなのかは言うまでもない。ライターだ。

 

「先輩、ライターお借りしますっ!」

「あ、これ盗るなっ!」

 

 野獣が文句たれるが、そんなものに耳を傾けている余裕は木村にはない。ライターの蓋を外し、天下スイッチに指をかけながら、天井にあるスクリンプラー目がけて跳ぼうとする。

 そう、木村はスプリンクラーの水で周囲のインクを処理しようというのだ。完全に流すことはできない可能性が高いが、それでも、べとべとのインク塗れの今よりは状況がマシな方になるかもしれない。そんな一縷の望みを胸に抱きながら、木村はライターを点火する。

 

「スプリンクラーを作動させる気だな⁉ そうはさせるかっ!」

 

 が、木村の目論見に気付いたインクリングオリジオンが、それを阻止すべく木村にむかってインク弾を発射する。

 発射されたインク弾は木村の手からライターを弾き飛ばす。スプリンクラーの作動するすんでのところで、ライターは木村の手から離れ、床へと落ちてゆく。悔しそうな顔をする木村に、インクリングオリジオンの嘲る声がぶつけられる。

 

「そんな猿知恵で勝てると思ったのか?所詮お前らはただのホモ野郎、我に勝てるはずがないっ!」

 

 インクリングオリジオンの言葉に続くように数発、インク弾が木村に着弾する。背中にインク弾を受けた木村は、苦悶の声をあげながらテーブル席の上に墜落する。

 それと同時に、()()()()()()()()()()()に、火のついたライターが落ちてゆく。

 

(え?)

 

 インクリングオリジオンが違和感に気付いたのもつかの間。

 

 

 ボワッ!!!!!!! と。

 フードコートの床が勢いよく燃え上がった。

 

 

「なんだとっ⁉ 」

 

 一瞬にして足元が火の海と化したことに、インクリングオリジオンは驚きを隠せないでいた。

 

「近くの店の厨房から拝借してきた油だ!こいつで火事を起こせばライターの火よりもでっかい炎がでるっ!スプリンクラーも作動するっ!」

「無駄だっ!」

 

 インクリングオリジオンは、すかさず天井のスプリンクラーに向かってインク弾を放ち、それを破壊する。これで木村の目論見は潰えたとほくそ笑むオリジオン。

 しかし、

 

「な、なんだこれ……インクが固まって……」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?そうすれば、貴方はインクに潜航なんて出来なくなる!」

 

 そう。

 火事になるほど大きな炎を発生させれば、それだけの熱が発生する。そして、インクリングオリジオンがばら撒いたインクも熱で凝固する。

 そして、床一面に広がった炎はインクリングオリジオンの身体にも燃え移る。油まみれの床を踏んでいた彼の足にだって油はついているのだ。

 周囲のインクを固められて潜行も封じられたインクリングオリジオンは、全身を焦がす痛みに耐えながらも、尚も立ちはだかるホモ達を始末せんと挑みくる。

 

「ぐっ……はっ……!」

「迫真空手八の型・キムランス(素手)っ!」

「ぬがああああああっ!」

 

 一瞬。刹那の差で先制を取ったのは木村だった。

 槍の如き鋭さを持った木村の突きが、インクリングオリジオンの腹に深々と突き刺さる。体内から根こそぎ空気を搾り出す様な痛みが、オリジオンの全身に迸ってゆく。

 そして、木村の止めのひと蹴りで、オリジオンは一気に吹き飛んだ。

 燃え上がる炎を背中で突き破り、フードコートのテーブルや椅子をボウリングの様に薙ぎ倒しながら、オリジオンはフードコートの壁に激突する。

 壁に叩きつけられたインクリングオリジオンは、ずるずると崩れ落ち、炎の中へと沈んでゆく。

 

「よくやったゾ~木村。何言ってるのかわからないけどいいゾ~コレ」

 

 その様子を見ていた三浦が、木村に駆け寄りながら彼を褒め称える。

 いつのまにかフードコートはそこら中が燃え上がっていた。そして、インクリングオリジオンが壊したのとは別のスプリンクラーが消火のために作動しており、三浦の頭を濡らしてテカらせていた。

 

「やりますねえ!じゃ、後は俺がトドメ刺しますね〜」

 

 三浦が木村の奮闘を讃えていると、先程まで空気だったくせにやけにご満悦顔の野獣がやってきた。後輩と先輩にやらせといて、最後だけは自分が頂く算段らしい。

 が。

 

「…………で?」

「なっ……」

「お前らさ、嘗めすぎ。基礎スぺックから違うっていうのに、ただの人間がオリジオンに勝てるわけねえだろ」

 

 ガシリと、炎に包まれたインクリングオリジオンの手が、野獣の手首を掴む。

 そして、屈辱と怒りの籠ったインクリングオリジオンの渾身の一発が、野獣のきたないイボの目立つ顔面に突き刺さった。

 

「や、野獣!」

「ばっ……ぐはっ……⁉ 」

 

 三浦の叫び声が耳に届くよりも早く、野獣の身体が吹っ飛ぶ。

 インクリングオリジオンに殴り飛ばされた野獣は、フードコートの机や椅子を薙ぎ倒しながら吹っ飛んでゆき、窓ガラスを突き破ってフードコートのテラス席まで放り出される。

 大きな水飛沫を立てながら、野獣はテラスに倒れる。冷たい水が、野獣のシャツの内側に滑り込んでくる。

 いつの間にか、外は土砂降りの雨になっていた。

 

「や、ばい……痛すぎィ!逝く逝く逝く……」

 

 痛みで意識が飛びそうになる野獣だが、インクリングオリジオンへの反抗心だけを頼りに、なんとか飛びそうな意識を手元に手繰り寄せる。

 土砂降りの雨に打たれながら野獣が飛び起きると、インクリングオリジオンが屋内から野獣を凝視していた。その目には、格下と思っていた相手に反撃されたことに対する屈辱の感情がにじみ出ているのがよくわかる。

 それを見て、向こうからの反撃が来ると思い、野獣は即座に身構える。

 が、

 

「……あれ?」

 

 インクリングオリジオンは野獣を追撃せずに、屋内にいる木村達の方へと突っ込んでいった。

 てっきり野獣を狙いに行くはずと思っていた木村達は、自分達の方に突っ込んでくるインクリングオリジオンに対してわずかに反応が遅れる。

 インクリングオリジオンは身体に炎を残したまま、木村に殴りかかろうとするが、そこに三浦が割って入り、木村を庇う。

 

「ぐっ……!」

「三浦先輩っ!」

 

 鼻血をまき散らしながら壁に激突する三浦だが、自身のダメージも顧みず、真上から降り注ぐ消火用スプリンクラーの水を浴びながら、自身を心配して駆け寄ろうとする木村の背中を押す。

 

「俺に構わず攻撃するんだゾ!」

「あ……はいっ!ナメナメナメナメナメナメナメナメナメナメナメナメナメナメナメナメェッ!」

 

 三浦の後押しを受け、木村はインクリングオリジオンに対してラッシュ攻撃を繰り出した。オリジオンの身体の炎が自身に燃え移るのも厭わずに、木村は攻撃を続ける。

 野獣や三浦と比べれば威力は多少落ちるものの、その分スピ―ドは優れている。これまでの戦闘で傷を負っているインクリングオリジオンは、それを躱しきることができず、もろに数十発喰らい、まるでバットで打たれたボールのように飛んでゆく。

 が、オリジオンは即座に近くの柱を掴み、無理やりその場に踏みとどまる。

 そして、そのまま柱を掴む手に力を込め、思いっきりそれを突き放す。プールの内壁を蹴って泳ぎ出す水泳選手の様に、勢いをつけ、木村目掛けてつっこんでくる。

 そこで野獣が叫ぶ。

 

「三浦っ!伍の型だっ!」

「!よくわかんないけどやってやるゾ!迫真空手伍の型・保茶魔(ポッチャマ)っ!」

「なっ……!」

 

 野獣に言われるがまま三浦が両手をかざすと、三浦の手のひらから無数のシャボン玉が勢いよく発射される。

 それはインクリングオリジオンに触れるなり激しく爆発し、木村の眼前に迫っていた彼の身体を吹き飛ばす……が、何か様子がおかしい。

 

「あ……くっ……からっ……!ぐああああああああああああああああああああっ⁉ 」

 

 インクリングオリジオンは、三浦の攻撃を受けた部分を押さえながら激しくのたうち回り始めた。

 三浦の使った技はあくまで牽制程度の威力しかないはずなのだが、それにしてはこの痛がりようはいささか大袈裟すぎるような気がする……と木村は違和感を抱く。三浦はというと、そんなことは全く考えられておらず、自分が相手に大打撃を与えたことを純粋に喜んでいる。

 

「おいお前!今のはどういう仕組みだっ⁉ お前ら人間じゃねえのかよっ!」

「人間じゃないゾ、ホモだゾ」

「手からバブル光線放つホモがいてたまるかっ!」

「秋吉先生は鉄板噛み千切れるし、ゆうさくはスズメバチに何回刺されても蘇るし、姉ちゃんは目からビームや霊魂発射するんだけどなぁ」

 

 インクリングオリジオンのもっともな突っ込みに対し、身近な人達を例に出して反論する三浦だが、明らかに比較対象がおかしいことに三浦は気付いていない。

 床に転がりのたうち回るインクリングオリジオン。

 そこに追い打ちをかける様に、背後から首をホールドされる。

 首を絞められて苦しみながら、なんとか首を回して後ろを見ようとするインクリングオリジオン。

 そこには、雨でずぶ濡れとなった野獣がいた。彼の腕が、オリジオンの首を絞めていた。

 オリジオンが何か言おうとする前に、野獣が口を開く。

 

「もしかしてだが……おまえ水に弱いんじゃないのか?」

「……っ!」

「その顔……ビンゴだな?俺や三浦さんにトドメを刺さなかったのも、雨やスプリンクラーに濡れずに攻撃する手段がなかったからだ。この土砂降りじゃあインクを飛ばしてもその前に溶けちまいそうだしな」

 

 そう。

 野獣達は知らないが、インクリングという生き物は泳げない。それも、水に入れば浸透圧差で一瞬で身体が解けてしまうほどに。それを知っていたが故に、彼は雨やスプリンクラーの下にいる野獣や三浦に手を出せなかった。三浦のバブル光線で大ダメージを受けた。

 そして、そんな致命的な弱点を知ってしまったら、相手がどんな手に出るのかは明白だった。

 

「くそっ……こんなのっ……!こんなホモ共にっ……!」

「おいおい同性愛差別かよ、どうやらお前は心までバケモンらしいなっ!」

 

 悪態をつくインクリングオリジオンだが、その首をホールドする野獣の腕にさらなる力が加えられ、ずるずると引きずられてゆく。

 引きずらる先は明白。土砂降りの雨が降り注ぐテラスだ。

 三浦のバブル光線であれほど苦しんだのだから、土砂降りの雨にさらされればどうなるのかは明白だ。

 だからこそ、オリジオンは全力で抵抗する。

 

「ぐらああああああああああああああああああああっ!」

 

 火事場の馬鹿力というやつなのか、インクリングオリジオンは雄叫びを上げながら、自身の首にまわっている野獣の腕を掴むと、彼を強引に引き剥がし、投げ飛ばした。

 汚い悲鳴をあげ、雨晒しのテラスに放り出される野獣。

 だが、遅かった。

 既に、木村と三浦が近くまできていた。インクリングオリジオンは、野獣達に完全に囲まれていた。

 周囲は火と雨、焼けこげた身体ではインクを吐くこともままならず、仮に吐けたとしても周囲の炎によってすぐに乾いてしまう。

 早い話、彼は詰んでいた。

 

「いくぞ2人とも!秋吉先生のシゴキの成果見せようぜっ!」

「サボり魔の癖に調子いいこと言わないでくださいよ……まあ今回ばかりは乗りますけどね!」

「おし、じゃあぶち込んでやるぜ!」

 

 狼狽えるインクリングオリジオンと、一斉に気合をいれる迫真空手部。

 そして、

 

 

「「「迫真空手十の型・武知破(ブッチッパ)っ!」」」

 

 

 ドゴンッ‼︎‼︎‼︎と。

 3人の同時攻撃をモロに喰らったインクリングオリジオンは、悲鳴を上げる間もなく雨の中へと突っ込んでいった。

 吹っ飛んだオリジオンはテラスを飛び越し、雨の降りしきる池袋の夜空へと飛んでゆく。その身体は、雨に濡れた箇所から、まるで常温下に置かれたドライアイスのように煙を立てながら薄れていく。

 そして、その落下地点はというと、水着の男女で賑わう、ガラス張りの天井のナイトプール。

 

「く、そがぁぁぁあああっ……クソッタレがぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

 落下地点をそらそうにも、満身創痍なその身体は動くことを許さない。ただ、断末魔を上げながら恨むことしか、今の彼にはできなかった。

 そして。

 ガシャンッ!と激しい音を立ててガラスを突き破り、水が貯められたプール内へと墜落した。

 

 

 


 

 プラネットプラザ1階東

 

 多数の銃痕の残る通路にて。

 先程まで戦っていた律刃が硝煙の中に消えたのを見て、ティロ・フィナーレオリジオンは勝利の笑みを浮かべていた。

 足元には、律刃が使っていた彫刻刀が散らばっている。それらは全て刃が折れており、もはや使い物にならない。

 

「あなたが悪いのよ。あなたが余計な真似をするから拗れた!あなたが大人しくしていればこんな戦いをせずに済んだのよ!」

「――それは無理な話だ」

 

 が、それを一瞬で裏切る声。

 それは先程まで戦っていた律刃の声だ。聞き間違えるはずがない。

 しかし、今ティロ・フィナーレオリジオンの耳に届いている声は、まるで別人の様にしか聞こえなかった。

 声真似だとかそういうものではない。雰囲気がガラリと変わっているのだ。先程まで感じていた、底知れぬ恐怖の中から湧き上がる無邪気さがぴたりと止み、代わりに静かなる義憤が声に纏わりついている。まるで、誰か別の人間が律刃の口を使ってしゃべっている様だ。

 薄れゆく硝煙の中、律刃はそこに無傷で立っていた。

 困惑するオリジオンに、彼女は語りかける。

 

「ヒトの善性を縛ることなんてできない。というか、あれを放置していたら()()()()()。親心としては、どうしても止めに入らざるを得ないと思ってる」

「…………何を言っている?」

 

 ティロ・フィナーレオリジオン――池映寧理は、動けなかった。

 律刃の雰囲気の変貌を受け入れられない。幼いながらも聡明だった彼女とはうって変わり、どこか異様に大人びた雰囲気をだしている。まるで、()()()()()()()()()()()()()――

 

「お前……まさかその特典は……⁉ 」

 

 そこまで考えて、彼女はある可能性に思い至った。

 それを感じ取ったのか、律刃は薄ら笑いを浮かべている。

 そして、彼女は口を開いた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 


 

 一説によると。

 それは子供の怨念の集合体だという。

 絶大なる繁栄を迎えていた霧の都で生まれたそれは、魔術師の手によりあっけなく霧散した――筈だった。

 しかし、一度生まれたモノの記録は消えることはない。残された噂や信仰により、それは反英雄として人類史に刻まれた。

 

 

 結論から言おう。

 今この世界に存在する霧崎律刃という少女は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()宿()()()()()()()()()()()()()

 混ざり物の存在ゆえに、本来のクラスである暗殺者(アサシン)ではなく分身(アルターエゴ)として定義された。

 これは律刃の中に宿る“彼”も望んではいないことだ。

 “彼”が願ったのは、ほんのささいなことだ。

 だが、“彼”を転生させた者の悪意が、それとも転生先の世界の法則ゆえか、結果として誕生したのが、霧崎律刃という存在だ。

 

 

 転生という不正行為(ズル)によって生まれたエラー。

 そんな彼女は今。

 本領を発揮しようとしていた。

 


 

 

「憑依……いや精神同居!なんて悍ましいっ! 」

「ああそうだ。オレはジャック・ザ・リッパーと混じり合い、受肉した存在。本来ならば彼女とは別の存在としてこの世に降り立つはずだった転生者だ……これで満足か?」

「いや、そんなことはどうでもいい!どのみちAMOREに逆らうものは始末するっ!」

 

 ティロ・フィナーレオリジオンは、頭の中に浮かび上がった悍ましさを振り払うかの様に、律刃に向かってリボンを伸ばす。

 

「憑依なぞ許すものかっ!それは人間の尊厳を破壊する——最悪の行為なんだっ!」

 

 


 

 

 ティロ・フィナーレオリジオン——池映寧理は、憑依系転生者を忌み嫌っている。

 理由は簡単、憑依とは他人の尊厳を汚す最低の行為だからだ。

 見ず知らずの他人に身体をなすすべなく横取りされるのだから、される側からすればたまったもんじゃない。

 事実、過去には凶悪な憑依能力者による犯罪が問題となった末、AMOREは憑依能力者の掃討作戦を決行するまでに至ったのだ。

 故に彼女をはじめ、AMORE内では憑依に対してネガティブな印象を持つ隊員が少なくない。

 中には過激な意見を持つに至るものもいるという。

 そして、寧理はそのうちのひとりだった。

 


 

 故に、彼女は律刃に対して最大限の殺意を向ける。

 目の前の存在を生かしてはおけない。

 彼女はAMOREの邪魔をする敵であり、他の存在に文字通り寄生することでしか生きられるない、転生者の恥だ。

 普段は理性によって心の奥底で封じられている悪感情が、洗脳によってその枷を外され、牙を剥こうとしていた。

 この瞬間、池映寧理は正義を捨て、完全なる悪となった。

 いっときの感情に突き動かされるがままに、気に入らないものを排除する悪になったのだ。

 それを知ってか知らずしてか——

 

「おかあさんのこと悪く言ったんだから、ばらばらにしてもいいよね?」

 

 彼女は、隠し持っていた得物を取り出す。

 それと同時に、肉体の主導権が■■■■から律刃(ジャック)に切り替わる。

 

「ナイフ⁉︎ いつの間に⁉︎ 」

 

 いつの間にか、律刃は彫刻刀ではなく鈍い光沢を放つ果物ナイフを持っていた。

 彼女達はここにいたるまで、このプラネットプラザを広範にわたって駆け回った。そのどこかで、ティロ・フィナーレオリジオンの目の届いていないタイミングで調達したのだろう。

 新品のそれを自在に扱いながら、ティロ・フィナーレオリジオンのリボンをいなしてゆく律刃。

 彼女は、中にいる■■■■(おかあさん)に問いかける。

 

「ねえ、あの人解体していいでしょ?」

“おいおい、相手さんは正気を失っているだけだぜ?殺すのは無しだ。ぎりぎり死なない程度に頼む”

「おかあさんは相変わらず注文が多いなあ……」

“すまないが、殺すのは周りの雑魚で我慢してくれ。他人から悪く言われるのは慣れてるから、さ”

 

 えー、といいながら、律刃はナイフを構える。

 そして、宝具を使った。

 

解体聖母・偽魂(マリア・ザ・リッパー・フェイク)――」

「――え?」

 

 それは一瞬だった。

 ナイフの刃を抜いた律刃は、瞬く間にティロ・フィナーレオリジオンの背後に移動していた。

 律刃の方を振り返った彼女が何か言おうとする。

 しかし、声より先に出たのは、おびただしい量の鮮血だった。

 

「ひぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ⁉ 」

 

 真っ赤な噴水ができあがった腹部を押さえながら、悲鳴をあげてその場にうずくまるティロ・フィナーレオリジオン。その姿は、みるみるうちにボロボロに崩れ去ってゆき、元の人間――寧理の姿に戻ってゆく。

 しばらくして、血を流し過ぎた彼女は、力なくその場に倒れこむ。びちゃりと、床に広がった血が飛び散り、律刃の背中にかかる。

 

“ちゃんと生きてる……よな……?”

「たぶん、ね。おかあさんとのやくそくだもん」

 

 勝敗は決した。

 返り血まみれの少女は、鼻歌を唄いながらその場を後にする。

 それを咎めるものは、もういない。

 

 


 

 プラネットプラザ2階・中央階段前

 

 バンッ‼ という音と共に、天井に埋め込まれていた照明が破損し、その機能を喪失する。

 理由は簡単。

 アクロスがザ・ハンドオリジオンに殴り飛ばされ、天井に激突したからだ。

 

「くっそ……いってえ……!」

 

 天井の破片とともに床に落ちてきたアクロスは、自身の叩きつけられた天井を見上げる。天井を覆っていた筈の気味の悪い触手は、既に消え失せていた。あれがなんだったのかはいまだに不明だが、それについて思案するだけの余裕はない。

 顔を正面に向けると、アクロスを殴り飛ばしたザ・ハンドオリジオンがこちらに向かって走ってきている。

 ザ・ハンドオリジオンは、走りながらその右腕を振るう。

 それは誰にも当たることなく、空を掻く――だけでは終わらなかった。

 

「な」

 

 ガオンッ!という音がしたかと思えば、次の瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 距離にして10メートル以上は開いていたにもかかわらず、一瞬でそれが無くなった。何が起きたのか理解できていないアクロスの顔面に、ザ・ハンドオリジオンの左拳が突き刺さる。

 

「ぐっ……う……っ⁉」

 

 殴り飛ばされながら、何が起きたのかを思考するアクロス。

 だが敵は、思考を巡らせている暇を与えてはくれない。

 ザ・ハンドオリジオンが再び右腕を振るう。すると、ザ・ハンドオリジオンに殴り飛ばされ、彼から離れる形で吹っ飛んでいた筈のアクロスは、次の瞬間にはザ・ハンドオリジオンに胸倉を掴まれていた。

 瞬間移動とかそういう類のモノかと思ったが、殴られる直前と周囲の風景の見え方というか、視点が同じ辺り、オリジオン側は一歩も動いてはいない。まるでアクロスの方が引き寄せられたかのような動きだった。

 

「ハメられてたまるかっ!」

 

 このままでは格ゲーでいうところのハメ技ルート一直線だ。

 最悪の袋小路を察したアクロスは、ザ・ハンドオリジオンの腕をなんとか払いのけると、急いでオリジオンから距離を取る。

 そして、腰に携帯していたツインズバスターを銃形態(ガンモード)に変形させると、射撃一辺倒の遠距離戦に切り替える。

 

「くそっ……なんなんださっきのは……⁉ 」

 

 ツインズバスターを連射しながら後退するアクロス。

 こいつはいままでのオリジオンのように単純なフィジカル勝負では済まなそうだ。先ほどにハメ技の絡繰を見抜けなければ同じことの繰り返しだ。それまでは不要に近づかない方が――

 

「――逃がすかよ。お前の墓標は既に決定されているっ!」

「ぬぁにっ⁉ 」

 

 ザ・ハンドオリジオンが忌々しそうにそう怒鳴りながら右腕を振るうと、10メートル以上はあったであろう両者の距離が、瞬時に10分の1以下にまで縮まった。アクロスの逃げの一手は一瞬で瓦解したのだ。

 ツインズバスターによる威嚇射撃の網をすり抜けてアクロスの眼前までたどり着いたザ・ハンドオリジオンは、右の拳でアクロスを殴りつけようとする。

 が、アクロスはツインズバスターの銃身でオリジオンの腕を下から突き上げる形で殴りつけ、オリジオンの腕の軌道を上にずらす。アクロスの側頭部を抉るように進むはずだったオリジオンの腕の軌道は上に逸れ、アクロスの頭上をかすめる。

 その隙を利用し、アクロスは構え直したツインズバスターの銃口をザ・ハンドオリジオンの腹部に押し当て、ゼロ距離でツインズバスターを連射した。内部で生成された特殊エネルギー弾はその姿を外気に晒すことなく、ザ・ハンドオリジオンの腹部を何度も貫いてゆく。

 

「ぶっふがっ…………⁉ やったな貴様っ!」

 

 腹から硝煙を吐き出しながらよろけるザ・ハンドオリジオン。そこに間髪入れず、アクロスの蹴りが滑り込んでくる。

 アクロスとしては渾身の一発のつもりだったのだが、相手は曲がりなりにも正規の訓練を受け、最前線で戦ってきたAMOREエージェント。アクロスのキックで押されながらも体勢を崩すことなく、吹っ飛びの勢いが落ちた瞬間に、一気にアクロスとの距離を詰めてゆく。

 ブンッ‼ とザ・ハンドオリジオンは右腕を振るう。すると、先ほどのように、両者の距離がほぼゼロになる。

 が、同じ手をそう簡単に受けるわけにはいかない。

 アクロスはそれを見越して、剣形態(ソードモード)に変えたツインズバスターを振り下ろしていた。要は置き技だ。

 照明が破壊されて薄暗くなっていたこともあって、それの認識が遅れたザ・ハンドオリジオンは、自らツインズバスターの刀身の軌道に頭から突っ込むこととなり、その脳天にツインズバスターの刃を喰らってしまう。

 豚の鳴き声のような悲鳴をあげながら、ザ・ハンドオリジオンは吹っ飛んでゆく。近くの家電売り場の入り口に置かれたワゴンを押し倒し、オリジオンは地面に尻をつく。

 肩を上下させながら呼吸を整えるアクロス。

 彼は、これまでの戦いの中で、相手の能力に気づきはじめていた。

 

「その右腕……そいつがお前の能力のトリガーなんだな?」

「ああ、馬鹿正直に何度も使えばわかるよな、そりゃ。だが、俺が何をしているのかはわからないだろう!」

「空間、だろ。削ってるのは空間だ!」

「っ……察しがいいな。伊達に視線を潜り抜けてはいないという訳か」

 

 ザ・ハンドオリジオンは、予想以上のアクロスの察しの良さに素直に賞賛を送っていた。

 アクロスの言う通り、今彼が持っているのは“空間を削る力”だ。元より隠す気はなかったが、気づかないならばそれはそれで滑稽だとも思っていた。

 

「だが、これでも手加減はしているんだぞ?お前の身体にこの能力を直接当てれば致命傷になるのだからな」

「……まだやるのか?さっきの一撃、かなり効いたと思うけど?」

「当たり前だ。俺達は世界平和のために戦う。そのためには手段は選ばない!」

 

 ザ・ハンドオリジオンはそう言うと、ばっと立ち上がってアクロスに殴りかかってきた。

 その動きはあまりにも速すぎたので、アクロスも反応が遅れ、その顔面にオリジオンの拳が直撃する。

 拳を受けたアクロスは一瞬ふらつくが、なんとか踏ん張って耐え、オリジオンを殴り返す。

 鈍い音と共に、殴られたザ・ハンドオリジオンがよろける。

 

「こっちも伊達にライダーやってないんだよっ!」

「しぶといなこの野郎っ!一般人は大人しく引っ込んでやがれ!戦場に軽々しく出られちゃあこっちの迷惑でしかないんだ!」

 

 ザ・ハンドオリジオンがそう叫びながら腕を振り下ろすと、ガオンッ!と音を立てて、アクロスの立っていた箇所の空間が削れる。

 アクロスはオリジオンの腕の動きを見て、即座に前に飛んで空間掘削を回避する。その直後、アクロスのすぐ後ろで空間が削れる音が鳴り、アクロスの背中を振るわせる。

 

「消え去れ!お前の様な部外者がいていい場所じゃないんだよっ!」

 

 ザ・ハンドオリジオンの懐に飛び込んだアクロスは、オリジオンにもう一発入れようとするが、負けじとザ・ハンドオリジオンがもう一度空間を削ろうと腕を振ろうとする。

 が、アクロスはその腕をがっしりと掴んで静止させる。

 

「多分、その意見は受け入れられない」

 

 そして、ザ・ハンドオリジオンの先程に言葉に対して、そう言った。

 

「俺は、物語の中のヒーローが遠い存在のように、自分には届かない位置にいるものだって思っていた。見ず知らずの人の涙や笑顔に本気になれて、自己犠牲を軽々しく選べるような人種(ヒーロー)になんてなれないと思っていた」

「……?」

「けど、仮面ライダーになってみて分かったんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう。

 この池袋(まち)を訪れてから、その片鱗はあったのだ。

 こうして戦っている今も、昨日のビル火災のときもそうだ。

 以前までは身近な人の為だけに戦っていた瞬だが、今は違う。

 彼は今、妹を助けるという気持ちに加え、ほとんど初対面であるはずのレイとイスタを救うという気持ちも糧として戦っているのだ。要は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それをある人は「ヒーローとしての進歩」と捉え、ある人は「人間としての崩壊」と捉えるだろう。

 しかし、この瞬間。

 逢瀬瞬は着実に、以前よりも一歩先に進み出していた。

 

「世の中には、安全圏で大人しくできない人種がいるんだ。それが――俺だ!」

 

 彼は、自覚したのだ。

 ただ力を与えられただけの存在ではなく、自らがヒーローであることを。

 故に、止まらない。

 止まるわけにはいかない。

 

「俺はイスタのことなんて全然知らないけど、だからといってほっとくこともできない!湖森も助けるし、イスタも助ける!取捨選択なんかしてたまるかっ!俺はそういうヒーローになるんだ!」

「何も知らないから貴様はそんなことが言えるのだ!そんな欲張りが通用するほど現実は甘くないんだ!」

「欲張らないでヒーローができるかっ‼ 」

《CROSS BRAKE》

 

 本人は気づいてはいないが。

 彼が口にしたのは、まさしくヒーローの本質だった。

 アクロスは叫びながら、掴んでいたザ・ハンドオリジオンの腕を押しのける様に手放すと、クロスドライバーのライドアーツ挿入口を上にあげ、再度下ろす。

 硬く握りしめた拳に赤黒い稲妻が走り、終結してゆく。

 ザ・ハンドオリジオンは、必死になって腕を振り下ろそうとする。

 そして。

 

 

 空間を削る右手を滑るように乗り越えたアクロスの渾身のパンチが、ザ・ハンドオリジオンの右頬に衝突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




続くよ?

はい、ようやく律刃について開示できました。
律刃の設定は割と早い段階で決まってました。
憑依・なりきり系転生者というコンセプトで1キャラぐらいだそう。でも単なる憑依やなりきり系だと有象無象の敵役にしかならないぞ、ということで、ある意味無茶苦茶な彼女が出来上がりました。
ちなみにジャックちゃんにしたのは完全なる私の趣味です。
ちょうどその頃はFGO始めたばっかりだったから……


あと、なんか若干ザ・ハンドオリジオン戦が駆け足気味になってしまい申し訳ございません。
ここで謝ります。


とりあえず次回はリザードン戦とカオスソルジャー戦を片付けるつもりです。



■霧崎律刃
真名:ジャック・ザ・リッパー
クラス:アルターエゴ
〇ステータス
筋力:D
耐久:C
敏捷:B-
魔力:D
幸運:E
宝具:C

〇保有スキル
■気配遮断B+
混ざり物であるが故に本来よりランクがダウンしている。
■対魔力(転生者)B
転生者が一律で有する異能の力への抵抗力が変化したもの。
魔術攻撃への耐性の他、異能の力に対しても初撃程度ならば肉体・精神への影響を遮断できる。
■双魂A
全く異なる2種の精神が同居している稀有な状態。
精神力の総量が単純に他の英霊よりも多いため、通常よりも高い精神攻撃への耐性を持つ。

〇宝具
解体聖母・偽魂(マリア・ザ・リッパー・フェイク)
暗黒霧都(ザ・ミスト)

それ以外はだいたい殺ジャックとだいたい同じ。ただ転生者人格が完全に足を引っ張っているので随所でランクダウンを起こしている。


次回 再来のロストウィル


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第35話 AM3:00/再来のロストウィル

今回はガンズ・カオスソルジャー・リザードンとの決着回です。

■前回のあらすじ
ザ・ハンドオリジオンVSアクロス
ティロ・フィナーレオリジオンVS律刃
インクリングオリジオンVS迫真空手部
——決着!


 

 プラネットプラザ2階・洋服店

 

 

 ショッピングモールのテナントのうちのひとつである、なんてことのない洋服店。

 数多の服が陳列されてるこの場所では、先ほどから、この場にふさわしくない音――銃声が散発していた。

 その発生源となるのは3人。

 武偵高校の生徒である神崎・H・アリアと遠山キンジ。そして、彼らと敵対する異形の怪人、ガンズオリジオンだ。

 他の皆を先に行かせるべく、ガンズオリジオンの相手を引き受けた2人。

 その戦いは既に、両者ともに何回引き金を引いたのか曖昧になってしまうほどに、続けられていた。

 

「くっそ……あっちだけ弾数無限とかずるいっての!」

「ないものねだりをしてもしょうがない……約束通り、俺達がコイツを引き留めるしかねえんだ!」

 

 キンジは半ばやけくそ気味に、隠れていた商品棚の影から身体を乗り出し、ベレッタの引き金を引く。狙うは当然ガンズオリジオンだ。

 発射された弾丸は、一直線にオリジオンへと向かってゆく。

 しかし、ガンズオリジオンは近くに置かれていたマネキンを掴んで盾にすることで、キンジの射撃を防御する。そして弾をすべて防ぎ切った後、弾除けにしたマネキンをキンジ達の方に向かって、思いっきりぶん投げた。

 

「こんなのっ!」

 

 アリアは苛立ち気味に得物を双銃から双剣へと切り替えると、飛んできたマネキンを切り裂く。当然ながらマネキンは真っ二つに切断され――その奥から、ガンズオリジオンの足が飛び出してきた。

 マネキンを投げたのは攻撃の為ではない。視界を妨げるためだったのだ。

 

「ボラァッ!」

「ぐっ………………!」

 

 突発的に飛びこんできたオリジオンの蹴りを、アリアは咄嗟に腕を交差させてガードする。

 しかし、オリジオンの蹴りの威力は相当なものであり、小さなアリアの身体は、埃をまき散らしながら床を滑ってゆく。蹴りを防いだ両腕が、メキメキという音を立てるのが、アリアの耳にも入ってきた。武偵高校特性の防弾防刃制服を着ていなければ、きっとアリアの両腕の骨は粉砕されていたことだろう。

 

「この野郎……なめんなっ!」

 

 オリジオンの蹴りでダメージを負ったアリアだが、彼女もただではやられない。

 アリアは即座に、ガンズオリジオン目がけて拳銃の引き金を引く。

 勿論狙いはその脳天。常人では回避するのも困難な一発が迫る。

 しかし、

 

「無駄だっ!」

 

 アリアの放った弾丸は、ガンズオリジオンのアームキャノンの砲身によって見事に跳ね返されてしまう。子気味良い音と共に弾かれた弾丸は、カラカラと音を立てて床を転がってゆく。

 そして、お返しと言わんばかりにガンズオリジオンは手に持った拳銃を発砲してきた。

 

「こんな弾丸っ!」

 

 キンジは瞬間的に判断していた。

 避けるのではなく、迎え撃つ判断を。

 足ではなく腕を動かし、手に持ったベレッタの引き金を引く。発射された弾丸は、ガンズオリジオンの放った弾丸と空中で激突し、互いに本来の軌道を逸れ、あらぬ方向に飛んでゆく。

 咄嗟の銃弾撃ち(ビリヤード)が成功した事に、一瞬安堵するキンジ。

 が、甘かった。

 

「なっ……」

 

 キンジが弾き飛ばした弾丸の背後。そこに、ギラギラと輝く2発目の弾が存在していた。

 あの時、ガンズオリジオンは一瞬で2発の弾丸を発射していたのだ。1発だけの弾丸を想定していたキンジの反撃では、2発目の弾丸に対処する術も時間もなく、2発目の弾丸はキンジの腹部を貫いてゆく。

 

「ぐふっ……」

「流石だぜ!」

 

 弾丸で腹を貫かれたキンジは、口から血を吐き出しながら膝をつく。

 狙い通りの結果を引き寄せたガンズオリジオンは、調子に乗ってガッツポーズをする。

 そして、キンジにトドメを刺すべく、アームキャノンの砲口を向けて発射準備に入る。

 向けられたアームキャノンの砲口内に、光が充填されてゆく。

 

「キンジっ!」

 

 それを見たアリアは、咄嗟に2人の間に割って入る。

 ガンズオリジオンのアームキャノン目掛けて放たれるアリアの弾丸。それはアームキャノンにはわずかな傷をつける程度の蟻の一穴でしかないが、僅かかながら、オリジオンの意識をキンジから逸らすことには成功する。

 その隙をついて、キンジは腹の痛みを堪えながら立ち上がり、ガンズオリジオンに飛びついた。同時に、アリアがオリジオンに飛びつき、その首筋にナイフを振り下ろそうとする。

 2人の行動によって、オリジオンのアームキャノンの砲口がずれ、チャージの終わっていたアームキャノンは、あらぬ方向にビームを発射する。

 

「ぬわっ……⁉︎ 」

「ちょっ⁉︎ 」

 

 誤射されたビームは、3人のいた床を粉々に破壊した。

 足場を失ったキンジ達は、瓦礫と共に1階へと落ちてゆく。2人の手にあった武器も、彼らから離れるように落下する。

 突然の出来事ながらも、キンジとアリアは、それぞれ受け身を取りながら着地することで、落下の衝撃を最小限に抑えることに成功する。対して、オリジオンの方は、まるで溶けて落ちたアイスのように、べちゃりと床に叩きつけられる。

 

「くそっ……余計な真似をしやがって!」

「逃がさないわよ!」

 

 悪態をつきながら立ち上がるガンズオリジオンに、二丁の拳銃を携えたアリアが突っ込んでゆく。

 彼女の手に握られたガメハンドから、硝煙と共に弾丸が放たれる。

 しかし、ガンズオリジオンはアームキャノンの砲身で弾丸を弾き飛ばし、懐に飛び込もうとしてきたアリアの腹を蹴り飛ばす。

 

「きゃああああっ⁉︎ 」

 

 拳銃を取り落としながら、悲鳴をあげて吹っ飛ぶアリア。

 ガンズオリジオンは倒れたアリアに追撃することなく、彼女に背を向け、手負いのキンジを狙いにいく。

 誰がどう見ても、明らかな舐めプ。そんな扱いを受けたアリアが怒らないわけがなかった。

 

「まちな……さいよ!」

「邪魔すんなよ……オメーは対象外だ」

「なんですって?」

「お前は俺にとってのトロフィーワイフなんだよ。狙った女をわざわざ殺しちゃうバカがいると思うか?」

「なによそれ……あたしは物じゃない!あんたみたいな気持ち悪い音なんかこっちから願い下げよ!」

 

 落下時に取り落とした剣を拾いながら、ガンズオリジオンに気持ち悪い言動に、必死になって言い返すアリア。

 オリジオンはそれをバックに、キンジに迫っていた。

 カチャリと、左手のアームキャノンに砲弾を装填する。先程使ったビームではなく、実弾で仕留めるつもりらしい。彼は、アームキャノンの砲口をキンジに向けながら、自らの目的を明かす。

 

「俺の標的は端から遠山キンジ、お前だけだ」

「俺が……?なんで……?」

「気に入らないんだよ。平穏(ラブコメ)闘争(バトル)。そのどちらにも染まりきれないどっちつかずの癖に、きっちりとそのどちらにおいても美味しい所はいただいている。そんなお前を羨み、嫉んでいる奴は俺以外にもごまんといる。俺はな、そういったやつらの代表として、お前を殺しに来たんだよ……遠山キンジ!」

 

 ドパンッ!と音を立てて、ガンズオリジオンのアームキャノンから、彼の恨み嫉みの籠った砲弾が発射される。

 キンジは床を強く蹴って真横に飛んで、飛んできた砲弾を避ける。避けられた砲弾は床に着弾するなり、凄まじい熱風と衝撃を周囲に撒き散らした。

 

「うおおおおおおおおおおおっ⁉︎ 」

 

 身体を焦がすような爆風に煽られながら、床をゴロゴロと転がってゆくキンジ。

 彼はなんとか立ち上がると、弾丸を拳銃に装填しながら、ガンズオリジオンの身勝手な主張をバッサリと切り捨てる。

 

「ふざけんなよ!そんな理由で殺されてたまるか!」

「出る杭は打たれる、だ。お前は俺にとって、床板から飛び出ている杭なのだ!」

「そんなしょうもない理由であたしのパートナー殺そうっての⁉ ほんと、ふざけるのもいい加減に――っ⁉ 」

 

 ガンズオリジオンに怒っているのはキンジだけではない。アリアもまた、その身勝手さと気持ち悪さに怒りと嫌悪感を露わにしていた。

 双剣を構えながら、ガンズオリジオンに背後から斬り込もうとするアリア。

 しかし、その動きが突然止まった。

 そして、次の瞬間には、カランと音を立てて、アリアの手から双剣が零れ落ちていた。

 

「おい、どうした⁉ 」

 

 それを目にしたキンジは、思わず足を止めてアリアに声をかけるが、彼女からは苦悶の声しか帰ってこない。

 アリアの顔は、まるで苦痛に耐えているかのように歪んでいる。

 ——結論から言おう。

 アリアの腕には、ヒビが入っていた。

 先程、ガンズオリジオンの蹴りを両腕を使って防いだ時に、彼女の腕は大ダメージを受けたのだ。防弾防刃制服を以てしても、あの一撃を防ぎ切ることはできなかったのだ。

 

「アリアっ⁉︎ お前腕を——」

「よそ見してるんじゃあねえ!お前は俺に黙って殺されてりゃあいいんだよ!」

「ぐはあっ⁉︎ 」

 

 キンジがアリアを心配した、その隙を、ガンズオリジオンは逃さなかった。

 ガンズオリジオンは、いつの間にかキンジの背後に回り込んでいた。

 それに気づいたキンジだが、遅かった。振り返る間も与えられずに、次の瞬間には、ガンズオリジオンの手刀がキンジの後頭部に命中していた。

 まるでスイカ割りでもするかのように、一切の容赦なく振り下ろされたその一撃は、グシャリという鈍い音をキンジの後頭部から絞り出させるとともに、彼の身体を床に伏せさせた。

 

「なっ……」

「終わりだよ、遠山」

 

 そう呟きながら、ガンズオリジオンのアームキャノンから、2発目の砲弾が発射される。

 アリアは腕の痛みを押し殺し、キンジの元に向かって走り出す。

 そして次の瞬間。

 

 

 爆炎が、生まれた。

 

 

 その爆発は、またもや周囲の床を破壊し、3人を直下の地下駐車場へと突き落とす。

 キンジはおろか、アリアやガンズオリジオン自身も巻き込み、破壊的な爆風と衝撃が周囲に撒き散らされてゆく。それでもなお、ガンズオリジオンはピンピンしていた。

 

「死んだな……死んだなあっ!」

 

 今の爆発で自慢の装甲は吹き飛んでしまったが、それでも優位性はゆるがない。いくらキンジが原作主人公といっても、所詮は人間。オリジオンである自分が負けるはずがないと、ガンズオリジオンは勝ち誇っていた。

 そうして、最後に惨めに吹き飛んだキンジの死体でも確認しようと思って、瓦礫の海を歩いて渡り出したガンズオリジオン。

 

 

 直後、彼のアームキャノンが爆発した。

 

 

「なあああああああああああああああああああああっ⁉︎ 」

 

 あまりにも唐突すぎる

 

「爆発の規模が大きすぎると思わなかったのか?俺が手榴弾を砲口にぶち込んでやったんだよ」

「な、馬鹿な……」

 

 ガンズオリジオンは振り返る。

 そこには、

 

「やあ、誰が死んだって?」

「なんだとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ⁉︎ 」

 

 全身灰まみれになったキンジとアリアが立っていた。

 だが、キンジのその雰囲気は先程までとは違う。なんだか妙にキザな印象だ。

 ——それがなんなのか、何が起きているのか、ガンズオリジオンは知っている。

 

「しかもお前……ヒステリアモードになっているな⁉︎ 一体いつなったんだ⁉︎ 」

 

 ヒステリアモード。

 それは、遠山キンジの個性(ちから)。異性に対する性的興奮をトリガーとしたリミッター解除(パワーアップ)。ガンズオリジオンは、万が一のことを考え、キンジがそうならないように最新の注意を払っていた。

 しかし、最後の最後でやらかした。

 こうして、目覚めさせてしまった。

 

「しかし、なんだ……どのタイミングで……」

 

 あの爆発の直前、アリアがキンジに駆け寄っていた。その後のことはガンズオリジオンにはわからないが——偶然にしろ故意にしろ、兎に角、キンジがヒステリアモードになるような出来事が起きたのだ。

 せっかく、ヒステリアモードにならないようにしていたのに、それを乗り越えてきやがった。

 その事実を理解したガンズオリジオンは、怒りと嫉妬にかられるがままにアームキャノンを構える。

 

「こ……このラッキースケベ野朗があああああああああああああっ!ふざけんな、そーゆーところが嫌いなんだよぉおおおおおっ!」

「黙ってろ!」

 

 が、ガンズオリジオンに撃たせまいと、アリアが地面に落ちていた自分の剣を思いきっり蹴り上げた。

 柄の先端を正確に狙い撃った剣蹴玉(ソードシュート)。蹴飛ばされた剣は、ザシュッ!と音を立てて、オリジオンのふくはらぎに剣が深々と突き刺さる。

 

「がっ……」

「ありがとうアリア!最後は俺がなんとかする!」

 

 キンジはそう言って拳銃に弾を込めながら走り出した。

 さっきの爆発で装甲を失った今ならば、ガンズオリジオンを撃ち抜ける。

 

「くそっ!ならばこの一撃で切り裂いて——」

「遅い」

 

 バッ!と。

 拳銃を構えたのは同時。しかし、引き金を引いたのはキンジが先だった。ガンズオリジオンが引き金を引くよりも早く、キンジのベレッタから弾丸が発射された。

 狙うは銃口——鏡撃ち(ミラー)だ。

 ヒステリアモードになったキンジの方が、瞬発力では上だった。

 そして、

 

「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ⁉︎ 」

 

 ガンズオリジオンの銃が暴発し、飛び散った銃の破片が、装甲をうしなったガンズオリジオンの身体に幾つも突き刺さった。

 


 

 プラネットプラザ2階・西通路

 

 ギンッ‼︎と、金属同士が激しくぶつかる音が、戦場と化したショッピングモールに響き渡る。

 それは今宵何度目かもわからない、この地で繰り広げられている戦いの証拠。

 

「あばばばばあっ!」

「くうっ……!」

 

 端的に述べよう。

 ブレイドはカオスソルジャーオリジオンの二刀流に苦戦していた。

 彼女の剣戟は肉眼で捉える事ができないほどの速さだった。それでいて、当たれば馬鹿みたいに太い棍棒で殴られたかのような重みのある衝撃が加わってくる。もし生身だったら、とっくのとうに身体のあちこちが抉れているのが容易に想像がつく。

 ブレイドは、自身の脳天目掛けて振るわれた一撃をブレイラウザーで受け止め、押し返しながらカオスソルジャーオリジオンを蹴り飛ばして距離をとる。

 

「ほら、時代遅れの平成ライダーさん。無謀にも我々に歯向かって……仮面ライダーの名が聞いて呆れます」

「何の罪もない一般人を人質に取ってる時点で、お前らはヒーローでもなんでもないんだ!お前達が何と戦い、何から世界を守っているのか、俺にはよくわからないけど……少なくとも、今のお前達を正義の味方だとは俺は思わない!」

 

 それは、この戦場で何度も繰り返された言葉。決して交わることのない平行線。

 片や、全次元の平和のために少数の心を踏み躙るのを良しとし。

 片や、犠牲ありきの平和を良しとせず。

 どちらもその原動力は正義であるが故に、言葉程度ではとまらないのだ。それは、単純な善と悪の戦いよりも遥かに厄介なモノであった。

 

「不穏分子を駆逐しなければならない。場当たり的な対処では無く、圧倒的な武力を持たねば世界が滅ぶ。それが何故わからない?」

「協力を申し出るというのもあったはずだろ⁉︎ 何でわからない⁉︎ 」

「だから言っているだろう!お前らは守られるべき弱者なんだ!私たちが転生者からお前らを守ってやるから大人しくしててくれないかなぁっ⁉︎ 」

「それは……犠牲の言い訳にならないっ!」

《♠︎2SLASH》

 

 ブレイドがそう言いながら、ブレイラウザーに1枚のカードを読み込ませる。すると、ブレイラウザーの刀身がが青く輝きだす。

 カオスソルジャーオリジオンは、2本の剣を同時に振り下ろしながら、思いの丈を叫ぶ。洗脳によって歪められた正義感は、すでに醜悪な傲慢に成り下がっていた。

 

「何故お前は戦う⁉︎ お前は部外者、我らの戦いに首を突っ込まず、アンデット退治でもしてればいいんだっ!」

「それだけが俺の使命じゃない!他人の涙以外に理由なんかいらない!誰かの涙が許せないから仮面ライダーをやってるんだ!」

 

 ガキンッ!と音を立てて、カオスソルジャーオリジオンとブレイドの剣がぶつかり合う。

 僅かな差によって鍔迫り合いに打ち勝ったブレイラウザーの刃が、カオスソルジャーオリジオンの剣の軌道を跳ね上げる。

 そして、ガラ空きとなった彼女の胴体に、ブレイドの一撃が滑り込み、彼女を吹き飛ばす。

 

「っ!」

 

 口の中に広がる鉄の味を噛み締めながら、カオスソルジャーオリジオンは剣を地面に突き立て、強引に身体を床に着地させる。

 そして、

 

「時空走破斬っ!」

「なっ……!」

 

 距離にして10メートル。

 それだけの間合いを一気に無に還し、カオスソルジャーオリジオンが、一瞬にしてブレイドに肉博する。

 わずかに反応が遅れるブレイド。そこに、カオスソルジャーオリジオンの二刀流が容赦無く降りかかる。

 ブレイドは咄嗟に、手にしていたブレイラウザーでガードをするが、圧倒的な速度と腕力で振り下ろされたオリジオンの刃は、ブレイドの手からブレイラウザーを容易く弾き飛ばし、彼の身体をVの字に斬り裂く。

 

「ぶはっ……っ!」

 

 斬りつけられた胸部アーマーから火花を散らしながら、ブレイドはその場に膝をつく。

 ブレイドの胸部アーマーには、先の一撃に起因する深い傷が刻まれており、周囲の床には、ブレイドから飛び散ったアーマーの破片らしきものが散見される。

 その有り様を目にしながら、カオスソルジャーオリジオンはほくそ笑んだ。

 ——終わりだ、と。

 

「あれほど大言壮語を吐き連ねたくせに、この程度なの?やはり現地民はこの戦いに関わるべきでは——」

「今だ!」

 

 トドメを刺そうとオリジオンが近づいた瞬間のことだった。

 膝をついていたブレイドが、カオスソルジャーオリジオンの両手首を掴む。そして、一気に彼女の身体を引き寄せ、

 

「ウェイッ!」

「ぬぶっ……⁉︎ 」

 

 彼女の下顎目掛け、頭突きを喰らわせた。

 上部の尖った水滴状のブレイドの顔部アーマー、その形状を利用した一撃が、カオスソルジャーオリジオンの身体を上へと跳ね上げる。それはさながら、ツノを突き上げたカブトムシの様だった。

 完全に油断しきっていたカオスソルジャーオリジオンは、ブレイドの反撃によって後ろによろける。得物である二振りの剣も、彼女の手から零れ落ちてゆく。

 

「ウェエエエエエエエエエエイッ‼︎ 」

 

 ブレイドは即座に立ち上がると、よろめくオリジオンに向かって、渾身のドロップキックをくらわせる。彼の全体重を乗せた至近距離からの一撃はまさに一級品の威力であり、カオスソルジャーオリジオンは、ヤギの鳴き声みたいな悲鳴と共に吹っ飛んでゆく。

 体勢を整えたブレイドは、落ちていたブレイラウザーを拾い上げる。

 そして、ブレイラウザーのオープントレイを展開し、そこから3枚のラウズカードを取り出す。

 取り出したのはパンチ力を強化する“♠︎3BEAT”、電撃を発生させる“♠︎6THUNDER”、肉体を鋼鉄化させる“♠︎7METAL”の3枚。ブレイドは取り出したそれらをブレイラウザーでラウズする。

 

《♠︎3BEAT・♠︎6THUNDER・♠︎7METAL》

「これで……トドメだ」

《LIGHTENING METEOR》

 

 3枚のカードをラウズし終わると、ブレイドの右拳が鉄のような質感に変化すると共に、電撃を纏い始める。

 拳を固く握りしめて走り出したブレイドを迎え打つべく、剣を全て失ったカオスソルジャーオリジオンは負けじと立ち上がる。それはAMOREとしての意地か、はたまた洗脳で正気を失っているが故に成せる技なのかはわからない。

 必殺技が撃たれる前になんとかしなくてはならない。

 そう判断したカオスソルジャーオリジオンは、雄叫びを上げながらブレイドに向かって走り出す。

 そして、

 

 

 バキンッ‼︎ と。

 電撃を纏ったブレイドのパンチが、カオスソルジャーオリジオンの鎧を砕いた。

 

 

 

 

 


 

 AM2:48

 プラネットプラザ2階

 

 

 止まっているエスカレーターを駆け下りる、2人分の足音。

 それを追う、全てを焼き尽くす灼熱の炎。

 

「ひゃっはあああああああああああああああっ!パワーアップした俺のデモンストレーション相手になってくれよおモブ共よぉっ!」

「ふざけんな!それ俺達をころすといってるようなもんだろうがっ!」

「言い返さなくていいから足を動かして!死ぬわよ⁉ 」

 

 バルジの手によってパワーアップを果たしたリザードンオリジオンは、有頂天になりながらアラタと大鳳を追いかける。その台詞はもはや、現代日本よりも世紀末に転生した方が良かったのでは?と思わざるを得ないレベルで終わっていた。

 リザードンオリジオンの口から放たれる火炎放射を紙一重で回避しながら、アラタ達はエスカレーターを駆け下りる。アレに当たったら火傷どころか、熱いと感じる前に全身が消し炭になりかねない。

 

「ぬうらぁっ!」

 

 2階に到着した大鳳は、近くにあった観葉植物の植えられた鉢を持ち上げると、エスカレーターの最上段から2階に向かって飛び降りてきたリザードンオリジオンめがけて、それを思い切りぶん投げた。

 艦娘を引退した身といえども、その力は並の少女を上回る。

 大鳳が投げた鉢は、リザードンオリジオンの吐く炎を飛び越し、彼の額にぶち当たって砕け散る。

 聞くに耐えない破壊的な音が発生するとともに、リザードンオリジオンのジャンプの軌道がエスカレーター上からずれ、彼の身体が空中に投げ出される。

 そして、リザードンオリジオンは、吹き抜けを通じて1階まで落下していった。

 

「今のうちに離れるわよ!」

「だな……悔しいが、今の俺たちじゃあ何にもできないしな」

 

 躊躇いなく鉢をオリジオンに投げて撃ち落とすという行動に出た大鳳を末恐ろしく感じながら、アラタは彼女の言葉に従って通路を走る。

 すぐ近くに1階に通じるエスカレーターがあるが、そこの近くには、落下していったリザードンオリジオンがいる為、選択肢としては論外だ。行くならば、他の階段かエスカレーターしかない。

 しかし、

 

「アレくらいで死ぬと思ったか⁉︎ 俺は天下無敵の転生者サマだ!お前ら雑魚とは違って世界に愛される身なんだよねえっ!」

「なっ……!」

 

 下で伸びていると思っていたリザードンオリジオンが、1階から吹き抜けを通じ、たった1回のジャンプで、大鳳の真横まで飛び上がってきていた。

 予想以上の復活が早い。

 大鳳は身構えようとするが、リザードンオリジオンは彼女のアクションを許さず、そのまま彼女を押し倒す。

 

「大した人気もない艦娘風情が、俺に一矢報いたつもりかぁ?調子乗るのも大概にしろよ!」

「くっ……」

 

 押さえつけられた大鳳は、リザードンオリジオンの口内に凄まじい熱気が溜まっていくのを感じた。彼は、この至近距離からの火炎放射で大鳳を焼き殺す気なのだ。

 彼女はなんとかして脱出しようと試みるが、リザードンオリジオンの力は相当なモノであり、大鳳の力を以てしても、オリジオンの身体はびくともしない。

 暴れる大鳳を押さえつけようとして、リザードンオリジオンの腕の力が増す。大鳳の腕を押さえているリザードンオリジオンの手の爪が、大鳳の肌に食い込んで出血を起こす。

 

「絶体絶命……ね」

 

 大鳳は、身体では尚も反抗を続けていたが、彼女の心の中には、早くも諦めの感情が芽生え始めていた。

 

(まあ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()あるべき姿に戻るだけ)

 

 もとに、もどるだけ。

 精神とは逆に、いまだに生存を諦めてはいない自分の身体に、そう言い聞かせる。

 アラタは無事に逃げられただろうか、と、最期に大事な家族について思いを巡らせた大鳳。

 そこで、気づいた。

 

(いやあり得ない!アラタが私を置いていくわけがない!アラタは、どんな無茶をしてでも私を助けにくる。そういうヤツだ!)

 

 舞網鎮守府の時もそうだった。

 結果としては惨敗だったが、アラタは大鳳を助けるために、生身でオリジオンに立ち向かった。その一件以来、彼はフィフティにわざわざ弟子入りしてまで強くなろうとしている。

 そんな彼が、大鳳が身代わりになろうとしている今を許せるだろうか?

 答えは簡単。

 

「テメェ大鳳に何してくれとんのじゃあこの腐れトカゲ野郎!顔面マリアナ海溝にしてやろうかっ⁉︎ 」

 

 グサリ、と。

 怒り心頭で暴言を吐き散らしながら、アラタが手に持っていた包丁を、リザードンオリジオンの側頭部にぶっ刺した。

 完全に、意識外からの一撃。

 それを思いきりくらったリザードンオリジオンは、刺された箇所から血を噴き出しながら、情けない悲鳴をあげる。

 

「大鳳からどきやがれっ!」

 

 その隙に、アラタはリザードンオリジオンを蹴り飛ばし、大鳳の上からどかす。蹴り飛ばされたオリジオンは、包丁で刺された頭から血を流しながら、ショッピングモールの床をゴロゴロと転がってゆく。

 そして、オリジオンから解放された大鳳の手を引っ張り、彼女の身体を起こす。

 

「悪い、得物とってくるのに時間かかった」

「あ、ありがとう……それはそうと、包丁なんてどこから……」

「近くの家具屋からパクってきた。盗んできちまったけど、お前の命に比べたら安いもんだろ。怪我はないか?」

「ちょっと腕から血が流れているくらいよ、大丈夫」

 

 怪我の具合を心配するアラタに、大鳳は強気に笑いながらそう返す。

 そんな2人を睨みながら、リザードンオリジオンは、頭に刺さった包丁を引き抜いてその場に投げ捨て、ゆらりと立ち上がる。

 そして、

 

「ああああああああああああもうイライラ止まらねえよおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 その口から出たのは、空気をビリビリと震わせる咆哮だった。

 足元に投げ捨てた包丁を何度も踏み砕きながら、彼は怒りの限り吠えた。

 

「殺す……貴様らは絶対に許さん!」

 

 激昂したリザードンオリジオンは、自らの尻尾を思いっきり振り回し、アラタと大鳳に叩きつけた。

 

「ごぶひゅっ……⁉︎ 」

「ねべあっ⁉︎ 」

 

 内臓が根こそぎ体内から飛んでいきそうな程の衝撃をその身に受けながら、2人の身体が空高く浮かび上がる。2階にいたはずの2人は、吹き抜けを通じて、3階の天井付近まで打ち上げられる。

 そして、わずかばかりの浮遊感のあと、2人は落下を始めた。

 

「わあああああああああああああああああああああああああっ⁉︎ 」

「おちりゅううううううううううううううううううううううっ⁉︎ 」

 

 高さにして10数メートル。こんな高さから落ちたらひとたまりもない。

 泣き喚きながら、2人は落ちてゆく。

 ——筈だった。

 

『危ないっ!』

 

 地上まで2メートルを切ったというところで、ガクンと、2人の身体が何かに引っかかった。

 見ると、黒いネットのようなものが、アラタ達の真下に広がっている。通路一面を覆う、弾力のあるそれが、2人の身体を支えているのだ。

 そして、ネットの外側には、黒いライダースーツに黄色い耳付きのフルフェイスヘルメットを被った首なしライダーが佇んでいた。このネットは彼女の、影を自在に操る能力によって生み出されたものなのだ。

 恐る恐る、ネットから地上に降り立ったアラタと大鳳は、下で待っていたセルティに礼を言う。

 

「せ、セルティ……助かった……」

「正直忘れてたわ」

『忘れてもらっては困る。ずっといたのだが……私はそんなに影が薄かったのだろうか?』

 

 瞬達と合流して以降、いろんな意味で放置気味だったことにしょげるセルティ。

 が、のんびり会話している暇はない。

 

「お喋りしてる余裕がお前らにあるのかい⁉︎ 」

 

 バッ!と。

 背中の翼を広げながら、リザードンオリジオンが2階から飛び降りてきた。

 セルティは何も言わず(というか頭がないので言えないのだが)、手に影でできたバットを生成する。

 そして、

 

「ぬぎゅおえっ⁉︎ 」

 

 突っ込んできたリザードンオリジオンを、フルスイングでぶっ放した。

 カキーン!と、影でできているはずのバットから金属的な快音が鳴り響くと共に、リザードンオリジオンは天高くぶっ飛ばされる。

 その勢いは、吹き抜けを経て3階の天井にぶつかった程度で止まることは一切なく、そのまま天井を突き破り、空を覆う雨雲に向かってぶっ飛んでゆく。

 

「凄い……」

「やべえな」

 

 一部始終を見たアラタと大鳳は、語彙力の欠片もない簡単の言葉を口にする。

 その直後だった。

 

『ん?』

 

 空を見上げていたセルティは、何かに気づいた。

 何かがこっちに向かってきている。

 赤くて大きい何かが、降り注ぐ雨粒に匹敵する速さでこちらに向かってきている。

 それは、

 

「なっ……」

「メガシンカだああああああああああああああああああっ!俺は!負けないっ!」

 

 全身に炎を纏いながら急降下してきている、リザードンオリジオンだった。

 その姿は大きく変動しており、翼竜を人型にしたような見た目から、完全な翼竜の体型へと変化していた。おまけに、その体色は黒くなり、その身に纏う炎も、赤から青へと変わっている。

 進化の限界を超えた進化(メガシンカ)

 バルジの処置によってパワーアップした姿。

 今の彼は、もう既にリザードンオリジオンでは無くなっていた。さしずめ、メガリザードンオリジオンといったところだろうか。

 彼は全身に青い炎を纏いながら、アラタ達のいる位置目掛けて落下してきている。その様子はまるで流星のようだった。

 

「まずいわ……あんなのが落ちてきたら建物がもたない!」

「どうすんだ⁉︎ 」

『任せろ』

 

 狼狽えるアラタ達だったが、それとは対照的に、セルティは冷静に対処しようとしていた。

 セルティの手に握られた、影でできたバットが、その輪郭を失ってゆく。そして、バットを構成していた影が、みるみるうちに増大化し、アラタ達を守るかのように変形を始める。

 それは網だった。

 プラネットプラネットの通路ほどの幅を持つ影の網で、落下してくる凶星を受け止めようというのだ。

 メガリザードンオリジオンと、影の網が接触する。

 すると、グインッ!とネットが伸び、メガリザードンオリジオンの巨体を押しとどめる。

 

「やったのか?」

 

 希望的観測を口にするアラタ。

 しかし残念ながら、その期待は儚くも崩れ去る。

 

「ぐらああああああああああああいっ‼︎」

 

 バチンッ!と。

 怒声をあげたリザードンオリジオンが、セルティの影網(シャドウネット)を食い破った。

 

「なっ……」

「嘘でしょ⁉︎ 」

(マズイっ……!)

 

 想像以上の相手のパワーに、3人はなす術がなかった。

 影による呪縛を突き破ったメガリザードンオリジオンは、地上にいるアラタ達を食い殺さんと急降下をしてくる。

 もう、なす術なんて無い。

 声にならない悲鳴をあげるアラタだったが、それでも大鳳だけは守らねばならないと思い、必死に彼女に手を伸ばそうとするが、間に合わない。

 オリジオンの牙が、迫る。

 

 

 

 

《LEGEND LINK!ドラララララララァ!CRAZY DIAMOND!》

「!」

 

 メガリザードンオリジオンの牙がアラタの身体に食い込もうとする、その瞬間だった。

 突然この場に響き渡る、クロスドライバーのレジェンドリンクの音。

 その直後、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なんだ⁉︎ 」

 

 その様子は、まるで、釣り竿かなんかで釣り上げられたんじゃないかと思ってしまうほどのものだった。

 メガリザードンオリジオンは空中でもがきながら、自分がプラネットプラザの天井にぶち明けた大穴を見上げる。

 大穴の上。その縁に、誰かがいる。

 

「お前は……お前は!」

「………………」

 

 そこに立っていたのは、ひとりの仮面の戦士だった。

 アラタは最初にそれを見た時、てっきり、瞬がアクロスに変身して駆けつけてくれたのかと思ったのだが、一目で分かった。アレはアクロスではない、と。

 

「アクロスじゃない……じゃああれが逢瀬の言っていた……!」

「ユナイト……!また貴様かぁっ!」

 

 メガリザードンオリジオンは、忌々しそうにその名を叫ぶ。なぜならそれは転生者狩りに並ぶ、自らの仲間を打ち破った怨敵だからだ。

 穴の縁に立って彼を見下ろしていたのは、仮面ライダーユナイトだった。

 だが、普段とは見た目が違う。メガリザードンオリジオンが以前に出会った時とは異なり、ユナイトはデフォルトのアーマーの上から、白いプロテクターを上から着用している。

 彼らは知る由もないが――これは仮面ライダーユナイト・リンク“クレイジー・ダイヤモンド”だ。

 

「その姿はなんだ⁉ 俺に何をした⁉ 」

「俺はただ直しただけだ。お前が大穴を開けたこの建物の天井をな」

 

 その言葉を受けて、メガリザードンオリジオンは周囲を見渡す。

 そこには、空中に浮かぶいくつもの瓦礫があった。

 オリジオンはその瓦礫が元は何だったのかを知っている。それは、彼がぶち破った、このプラネットプラザの天井だったものだ。

 それらが浮上している。彼の身体同様に、まるで何かに引き寄せられているかのように、上へと浮き上がっている。

 

(俺は知っている……クレイジー・ダイヤモンド……まさかっ⁉ )

 

 ここでオリジオンは、ユナイトの行っていることを理解した。

 クレイジー・ダイヤモンド。それはとある世界において、とあるひとりの少年が得た幽波紋(スタンド)の名だ。

 その能力は物体の修復。ユナイトは今、その力を得て使っている。ユナイトはそれを使って、オリジオンが破壊したプラネットプラザの天井を直した。

 それによって、地上に散らばった瓦礫は元あった天井に向かって引き寄せられている。そしてそれは、メガリザードンオリジオンの身体に突き刺さっている瓦礫も例外ではない。元の位置に戻ろうとしているそれが、オリジオンの身体を引っ張っているのだ。

 全てを理解したメガリザードンオリジオンは背中に刺さっている瓦礫を取り除こうとするが、まなじ完全な翼竜形態になってしまったが故に、その短い手では背中に届かない。結果として彼は、ただもがくことしかできずに、ユナイトのいる、プラネットプラザの屋上駐車場まで浮上させられてしまう。

 

「助けてっ………………折角転生したんだっ!ムショおくりなんかやだああああああっ!」

「だったら最初から悪いことなんかするな」

 

 泣きわめくオリジオンに、ユナイトは冷たく言い放つ。

 そして、

 

《UNION PUNISH!CRAZY DIAMOND》

「弩ララララララララララララララララララララララララアィッ!!!!!! 」

 

 劇的に強化された腕力にものを言わせた、怒濤のラッシュ攻撃が繰り出された。

 ユナイトの拳は、思わず耳をふさぎたくなるほどの強烈な破壊音をまき散らしながら、メガリザードンオリジオンの身体に余すことなくぶち込まれてゆく。そのラッシュの速さは、残像が発生するほどのものであった。

 ラッシュの衝撃は、ユナイトの何倍もの体躯のメガリザードンオリジオンの身体の芯まで伝わり――

 

「ふざけんな……!ふざけんなぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!! 」

 

 彼の身体と転生特典を、跡形もなく爆散させた。

 

「…………」

 

 呆然とするアラタ達の目の前に、雨粒と共に、ボロボロのメガリザードンオリジオン――火吹が落下してくる。

 彼は生きてはいるものの、その顔面は月面の如くべこべこになっており、全身をピクピクと痙攣させるだけで何もできない状態だった。

 

「……………………」

『助かった、のか』

 

 ユナイトの手によって、完全に修復された天井を見つめるアラタ達。

 ユナイトの実力を目の当たりにした彼らは、ただただ圧倒されていた。

 

 

 

 

 


 

 ザ・ハンドオリジオン——下澤巻密を撃破した瞬は、アクロスの変身を解いて壁に寄りかかっていた。

 連戦によって、瞬の体力は尽きかけている。多分今眠りについたら、1週間は平気で眠っていられそうだと、瞬は確信していた。

 そこに、ずっと物陰に隠れていたレイがやってくる。

 

「終わった……のか?」

「ああ、ここはな。先に行った唯達はどうしてるかな……」

 

 瞬は呼吸を整えながら、先に行った唯とセラの身を案じる。

 彼女達だけでない。今この場で戦っている皆の無事を、瞬は祈っていた。それは気休め程度にしかならないというのはよくわかっているが、それでも瞬は祈らずにはいられなかった。

 

「そこは皆の実力を信じるしかない。俺たちは俺たちの、出来ることをやるしかないんだよ」

「そっか、そうだよな……なら、行くしかないよな」

 

 レイの声に耳を傾けながら、瞬は立ち上がる。

 その時だった。

 突如として、プラネットプラザ全体を激しい揺れが襲った。

 

「ぬわっ……な、なんだ⁉︎ 」

 

 壁に手をつきながら、瞬は、何が起きたのかを把握しようとする。

 

「地震じゃない……爆発……まさかっ⁉︎ 」

 

 何かを察したレイが、震源地に向かって走り出した。

 それを慌てて追いかける瞬。あちこちで戦闘が頻発しているこの場で、非戦闘員であるレイを1人にするわけにはいかない。

 

「おい待てよレイっ!1人で先に行ったら危ないって——」

 

 先を走るレイを呼び止めながら、彼に追いつくべく全力で走る瞬。

 モヤシが擬人化したようなレベルのヒョロヒョロ体型のくせに、レイは矢鱈と足が速かった。元陸上部だった瞬でも、見失わない様にするのが精一杯だ。

 そして。

 

「やっと……止まって……追いついた……」

 

 時間にして30秒。

 それだけの追跡劇を経て、2人は震源地に辿り着いた。

 瞬の身体に、オリジオンと戦っていた時以上に、どっと疲れが押し寄せてくる。

 壁に手をつき、息を切らしながらも、瞬は目の前の惨状を見つめる。

 そこには、

 

「よう、一足遅かったなレイ。イスタはご覧の通り——俺の手の中だ」

 

 炎と瓦礫の海の中、イスタの首を掴み上げている赤浦健一の姿があった。

 彼の周囲に転がっているのは、瓦礫だけではない。

 瓦礫に紛れて、湖森とトモリが倒れているのを、瞬は見逃さなかった。

 

「お前……何をした⁉︎ 」

 

 怒りで声を震わせながら、瞬は赤浦に訊ねる。

 

「何って、邪魔だから吹き飛ばした」

「なんだと……」

「もしかして、あそこのよくわかんねー人質どもの事で怒ってんのか?あれはオレの管轄外だ。AMOREの馬鹿が勝手にやった事だしな、まあ、息はしてるんじゃないかな?」

 

 あっけらかんと、赤浦は言い放った。

 それを耳にした瞬の拳が震える。

 赤浦に首を掴まれているイスタは、煤けた顔をレイのほうに向けながら、苦しそうに声を出す。

 

「レイ、来ちゃ……駄目」

「それは出来ない。俺はお前と再会するためだけにこの1年を生きてきた。今更止まれない。赤浦を倒して、お前と2人で日の当たる世界に帰るんだよ」

「お前らの夢は叶わない……オレが壊すからだ。お前らがいたから、慈愛はオレのモノにならなかった。だから、彼女の愛を独り占めするために、オレはオレの手でお前らを消し去らなきゃならない」

 

 赤浦もレイも、それぞれの抱く思いは以前と変わってはいない。

 再開を望む執念と、愛の独占を目論む狂気。

 仮面ライダーだのAMOREだのギフトメイカーだのといった要素は、所詮ただの添え物(フレーバー)。今回の事件は結局のところ、この2人の対立に終始するモノでしかない。

 

「碌に戦う術を持たないお前と、オリジオンに覚醒したオレ。同じ転生者といえども、オレとお前じゃハナから勝負にならないという事は分かっているはずだろう。それでもやる気とか、狂ってないか?」

「お前にだけは言われたくないな……こちとら(イスタ)取り返しに来たんだ。親は子のためなら、いくらでも狂ったことをしでかせる生き物なんだぞ?」

 

 レイも赤浦も、両者共に譲らない。

 瞬は湖森とトモリを安全な位置まで移動させながら、2人の対話を聞いていた。

 瞬は2人の因縁を詳しくは知らない。せいぜい、レイから軽く教えられた程度だ。それでも、赤浦の狂気性は身に染みてわかる。

 あいつは倒さなくてはならない。自らの手でその機会を手放した、もう2度と叶うはずのない愛。そのために、ひたすらに破壊を撒き散らし続けるこの男を、なんとしてでもここで止めなければならない。

 そう感じとった瞬は、クロスドライバーを腰に装着し、アクロスに変身しようとする。

 その時だった。

 赤浦は、瞬の方をチラリと見て、こう言った。

 

「言葉をぶつけ合うのにも飽きた。とりあえずひと想いに吹き飛ばしてやるか」

 

 その言葉が合図だった。

 赤浦が指を鳴らした瞬間。

 激しい閃光と熱風を伴って、再びプラネットプラザ全体が激しく揺れた。

 

 

 

 

 

 




ガンアクションむず過ぎだろ!という愚痴はさておき。

なんとか3バトル終わりました。
順調に昇華が進んでいるようで何よりです。
なんかもう、特に書くことがないのでオマケコーナー入りますね。

オリジナル技
ライトニングメテオ AP3400
♠︎3+♠︎6+♠︎7の3枚を使ったブレイドのコンボ技。
電撃を拳に惑わせた上、さらに腕を鋼鉄化させることで威力を底上げしている。リーチは短いがその分威力は極めて高い。

オリジオン紹介のコーナー

火吹(かぶき)/リザードンオリジオン
転生特典:リザードンの力(ポケモン)
チンピラ御三家のリーダー格。
池袋を中心に仲間と共に暴れていたが、2度にわたる灰司との交戦の末に仲間を2人とも失い、その後はバルジの手でパワーアップを果たす。
メガシンカ習得後は有頂天となり、無関係のアラタ達を襲うが……結果は本編の通りだよ。



着半藤殊宮(きはんふじことみや)/カオスソルジャーオリジオン
転生特典:カオス・ソルジャー(遊戯王)
AMORE隊員・着半藤殊宮が洗脳によって無理やりオリジオン化させられた姿。見た目は燻んだ色の鎧を着た騎士。
2本の剣を使った素早い剣戟が持ち味。

次回 覚悟VS責務


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第36話 AM3:10/覚悟VS責務

池袋編だけで1章の話数の半分近くつかってるってまじ?

■前回までのあらすじ
ガンズオリジオンVSキンジ・アリア
カオスソルジャーオリジオンVSブレイド
リザードンオリジオンVSユナイト
——決着!

そして、ついにボマーに追いついた瞬だったが……?


 

 

 プラネットプラザ 地下駐車場

 

 

「げほっ……ここは何処だ……?」

 

 逢瀬瞬は、瓦礫の海の中で目を覚ました。

 目覚めて早々、何気なく腰に手をやった瞬は、腰に巻きっぱなしだったクロスドライバーがなくなっていたことに気づいた。何処にいったのだろうか。

 というか、一体何が起きたというのだろうか?

 ひとつの疑問を胸に、全身をくまなく走る痛みに突き動かされるがまま、瞬は歩き出す。

 

「確か……レイと一緒にボマーの所まで辿り着いて……それから……」

 

 歩きながら、ここに至るまでの経緯を思い返す。

 瞬はAMORE側の刺客であるザ・ハンドオリジオンを撃破した後、レイと共に、爆発の起きた箇所までやって来た。そこでボマーオリジオン——赤浦健一と再開し戦おうとした瞬間、奴が引き起こした爆発に巻き込まれた。

 その結果が今だ。

 プラネットプラザは広範囲にわたって崩壊を起こしており、ひどい有様となっていた。我ながらよく生きていたものだと、瞬は自分の運の良さに笑わずにはいられなかった。

 彼が意識を失っていた時間は数十秒。だが、この状況下においては、数十秒という時間は、状況を激変させるには十分過ぎるものであった。

 

「レイっ!湖森っ!トモリ!返事してくれ!」

 

 瓦礫の上を歩きながら呼びかける。

 返事はない。

 

(まさか、崩落に……いや嘘だ!まだ生きてるはずだ!)

 

 瞬は、頭の中に浮かんだ最悪の予想を振り払うかの様に、必死に呼びかける。

 その時だった。

 

「また会ったな、逢瀬瞬」

「‼︎ 」

 

 突然、名前を呼ばれた。

 ばっと瞬が後ろを振り返ると、そこには、今回4度目となる顔があった。

 眼鏡をかけた、険しい顔つきの男——裁場整一が、そこに立っていた。

 彼の手には、アクロスのライドアーツが刺さったままのクロスドライバーが握られている。おそらく、瞬が落としたものを彼が拾ったのだろう。

 

「何故ここに来た?君はもう戦いに関わるなと言ったはずだ。既に君のクロスドライバーは俺が回収している。君が戦う術はもうなくなったんだ」

「それで止まる様なら仮面ライダーやってないんだよ。それに俺は、レイの願いを犠牲にしてまで平和な世界に戻る気もない。レイもイスタも、湖森もトモリも、皆を助けるには、戦うしかないんだ」

「だから俺が全部なんとかすると言っただろう。戦って傷つくのは……俺だけで構わない」

 

 以前会った時同様に、裁場は瞬を戦いの場から降ろそうとしてくる。

 だが、瞬はそれを受け入れられない。

 

「あんたが俺のためを思って言ってくれているのは知ってるよ。でも理屈の問題じゃない。これは約束なんだ……唯との」

「約束だと?」

「唯が、俺を逢瀬瞬(おれ)にしてくれた。だから、それに応えなきゃいけないんだ。それを裏切ることはできない」

 

 一向に引き下がらない瞬。

 だが、裁場もそれは同じだった。

 大切な人を助けたい一心で立っている瞬と、これ以上誰も傷つかないようにと願っている裁場。どちらもかたくなに譲らないが故に、もはや話し合いで解決できるような状態ではない。

 

「君はまだそんなことを——」

 

 裁場は声を張り上げようとして

 

“なんでもかんでも他人から取り上げて、自分ひとりでやろうとするのが大人なのかよ⁉︎ ”

“戦ってほしくないだと?死んでほしくないだと?俺の気持ちなんかまったく考えてねえ癖に出しゃばるなよ……余計な真似すんなよ、この役立たずが!”

“笑わずにはいられないよ……裁場誠一、君の傲慢っぷりにはね!”

“私はね、君が望んだから力を授けたんだ。君の贖罪意識に共感したわけじゃあない。君の自責の念に他人を巻き込むな。私はそんなくだらないもののために君を仮面ライダーに選んだのではない”

 

(——⁉︎ )

 

 その時。

 突如として裁場の脳裏にフラッシュバックする、鋭い言葉の数々。それを振り切るように身体を動かそうとするが、脳内でリフレインするその言葉たちが、裁場の身体を地面に縫い付けて動くことを許さない。

 瞬に何か言おうとしても、それは呻き声にしかならない。

 認めたくないだけで、裁場はすでに分かっているのだ。自分の行いは、他人を心配する心から来ているのではなく、自己満足でしかないということに。誰も救えなかった、無力な過去の自分を否定したいがための、浅ましい行為でしかないことに。

 それが頭の中に浮かんでしまった裁場は、動けなくなっていた。

 そこへ、

 

「おーおーおー、ライダー同士で仲間割れはよせよ。今令和だぞ?いつまで平成気分でいるわけ?」

「お前は……レド!それにボマーも……!」

 

 声のした方に、ばっと首を向ける瞬。

 そこに居たのは、赤いシャツを着た金髪の少年——ギフトメイカー・レドであった。

 彼も爆発に巻き込まれたのか、全身煤まみれな上に服もボロボロになっているが、そんなの平気だぜ、と言わんばかりにぴんぴんしている。

 その隣には、ボマーオリジオン——赤浦健一が佇んでいる。ずっと俯いてはいるが、そのギラギラした目だけはまっすぐに瞬達を捕えている。

 瞬と裁場は我に返り、同時に身構える。

 

「おっ、やる気に満ち溢れてるね。僕もバルジの悪趣味に嫌々付き合わされてるんだ。本当なら君たちで憂さ晴らしをしたいんだけど……ティーダに雷落とされるのもアレだから、もっと確実な方法で倒すことにするよ」

「何をする気だ……⁉︎ 」

 

 レドはそう言うと、瓦礫の後ろから何かを引き摺り出す。

 瞬はその引き摺り出されたものを見た瞬間、思わず叫んだ。

 

「湖森⁉︎ 」

 

 そう。

 なぜならそれは、ずっと助けようとしていた妹だったのだから。

 彼女もかなりボロボロになってはいるものの、まだ息はある様だ。2回も爆発に巻き込まれているくせに生きているのは、この兄にしてこの妹ありと言うべきだろうか。

 瞬は我を忘れて駆け出し、湖森を助けようとする。

 クロスドライバーが無くたって構わない。変身できなくとも、家族の為にならいくらでも命を張ってやる。

 そう意気込んで突っ込んできた瞬を、レドは笑いながら見ていた。

 

「そう、君の妹だ。これを——こうだ!」

「⁉︎ 」

 

 レドは一枚のカードを取り出し、湖森に押し当てる。

 すると、湖森の身体がみるみるうちにカードの中へと吸い込まれるようにして、消えてしまった。

 

「なっ……何をした⁉︎ 」

「カードに封印した。人質の持ち運びが便利になるからね」

「湖森を返せ!目的は俺なんだろ⁉︎ なら俺だけを狙えよ⁉︎ 」

「ヒーローになった時点でさ、敵にこういう手段を取られることも考慮してなきゃダメだよ。本当、清々しいまでのテンプレ反応をどうもありがとさん。仮面ライダー……アァッ!」

「ばふしっ⁉︎ 」

 

 人質作戦という卑怯な手に出たレドに怒りを燃やす瞬だったが、湖森が文字通りレドの手の中に治っている以上、迂闊に手が出せない。

 レドはそんな瞬の様子をケラケラと笑いながら、無抵抗の瞬を殴りつけた。

 殴られた瞬の身体は、瓦礫の山を一気に転がり落ちてゆく。

 ゴツゴツした瓦礫の斜面に身体を傷つけられながら、アスファルトで舗装された最下層まで落とされる。

 

「ギフトメイカー……どこまで卑劣なんだ……‼︎ 」

「そうカッカするなよ。てか、僕はまだ優しい方だと思うよ?バルジだったら、目の前で爆殺どころか、バケモンに変化させて襲い掛からせるくらいの事はしてただろうしさ」

「お前……五十歩百歩という言葉を知ってるか?」

 

 レドの卑劣な手段に、裁場も怒りを抑えきれないでいた。

 が、レドはバルジを引き合いにだして正当化を試みる。レドはバルジのことを嫌っているが、結局のところ、彼らは同類でしかないのだ。

 裁場はクロスドライバーに手をかけてはいるものの、湖森が人質に取られている以上、迂闊に変身ができない。

 

「くそっ……なんとかして湖森を取り返さないと……!」

 

 瓦礫の山の麓まで転がり落ちた瞬は、下から瓦礫の山の頂上で睨み合うレドと裁場を見つめていた。

 瞬のクロスドライバーは、現在裁場の手にあるため、瞬は変身できない。仮に出来たとしても、その場合は湖森の身が危ない。

 どうすればいい。

 どうしたらいい。

 

(どうしたら……いいんだよ……⁉︎ )

 

 瞬はレド達の方を見上げながら、悪態をつく。

 が、ここで気づく。

 

(あれ?ボマーのやつ……何する気だ?)

 

 ゆらり、ゆらりと。

 レドの後ろに立っていた赤浦が、ゆっくりとレドに近づいていっている。先程までずっと黙り込んでいた彼だが、一体何をする気なのだろうか。

 不気味なまでに沈黙を保ち続ける赤浦に、警戒を強める瞬。

 だかその沈黙は、瞬の予想を遥かに上回る早さで破られた。

 

「マイン・ザ・ドッグス!」

「⁉︎ 」

 

 湖森を封印したカードをチラつかせながら優位に立っていたレド。

 その後頭部に、いきなり強い衝撃が加えられた。

 グシャリと、聞くに耐えない鈍い音が響き渡るとともに、レドが殴り倒される。

 何が起きたのだと後ろを振り向くレドだったが、ここで自分の手足が金属製のリングのようなもので拘束されていることに気づく。

 こんなことをするのは、できるのは、この場には一人しかいない。

 

「なっ⁉︎ 赤浦っ……お前何考えてんだよ⁉︎ ギフトメイカーである僕にこんな真似をしてタダで済むとでも⁉︎ 」

 

 レドは後頭部から血を流しながら、自身の背後にいた襲撃者——赤浦に罵声を浴びせる。

 レドが先程まで立っていた場所には、血走った目をした赤浦が立っていた。彼は、仲間だったはずのレドを見下すかのような目つきをしている。

 突然の敵の仲間割れに、裁場は動揺を隠しきれない。

 

「何⁉︎ お前ら……仲間じゃないのか⁉︎ 」

「いい加減にしろよ……これはさあ、俺と慈愛の問題なんだ。AMOREとかギフトメイカーとか仮面ライダーがでしゃばっていい話じゃねーんだよォ……爆破(ころ)すぞ」

「ふざけんなっ……ただの転生者の分際で……っ!」

「動くなよ。無理に恥ずそうとすれば、その拘束具は爆発する」

 

 飼い犬に手を噛まれるとはまさにこのこと。赤浦の言葉を聞いたレドは、顔を歪ませる。

 目の上のたんこぶだったギフトメイカーをあっさりと無力化した赤浦は、ボマーオリジオンへと姿を変えると、自身を警戒している仮面ライダー達に顔を向ける。

 

「今日はツイてない。誰も彼も横槍が入りすぎて、己の目的を果たせないでいる……お前らだってそうだろ?この一日だけで何度邪魔をされた?何度ゴールから遠ざけられた?いい加減に足踏みばかりのスゴロクから一抜けしたいんだよ、俺はさ」

「悪いがお前がゴールに辿り着くことはない。俺がここでお前を倒すからだ」

 

 同情を求めるかのように被害者ぶるボマーオリジオンを、裁場は軽くあしらいながら、カチャリと、自身のクロスドライバーを腰に装着する。

 ボマーが地を蹴って裁場に突貫しようと動き出すのと、裁場がライドアーツを装填し終わったのは、同時だった。

 

「変身っ!」

《CROSS OVER!仮面ライダーユナイト!》

 

 ガッ‼︎‼︎‼︎ と、ユナイトとボマーオリジオン、両者の拳がぶつかり合う。ぶつかり合った拳達は、まるで反発しあう磁石のように弾き上げられる。

 

「ほらあっ!」

《フュージョンマグナム!》

 

 拳を弾かれたユナイトだが、即座に腰のホルスターに携帯していた銃型武装・フュージョンマグナムを引き抜き、速射した。まるで西部劇のガンマンの如き光弾銃の早撃ちが、ボマーオリジオンの腹部に命中する。

 が、この程度で止まるような相手ではない。

 ボマーオリジオンは、デフォルメ化された爆弾のような形をした肩アーマーを取り外すと、その導火線を噛む。そして、ボマーの口が導火線から離れたときには、そこには火が灯っていた。

 そして、その爆弾をぶん投げながら、ボマーオリジオンはたずねる。

 

「火薬100%の特製爆弾と、プラスチック爆弾の雨。どちらが好みだ?」

「悪いがどちらも却下だ」

《LEGEND LINK!Unbrakable golden spirit!CRAZY DIAMOND!》

 

 ユナイトはそう吐き捨てると、別のライドアーツをクロスドライバーの左スロットに装填する。すると、銀色とピンク色で構成されたプロテクターのようなものがユナイトの背後に出現し、彼に覆い被さるようにして装着されていった。先程アラタ達の前で曝け出したフォーム・リンククレイジーダイヤモンドである。

 レジェンドリンクをし終えたユナイトだが、間髪入れずにボマーオリジオンが、左手に握りしめていた、ビー玉サイズの無数のプラスチック爆弾をばら撒いた。

 ユナイトは眼前には、火薬たっぷりの肩パッド爆弾と、横殴りの雨のように降り注ぐ大量のプラスチック爆弾。

 だが、彼はその場から一歩も動かなかった。

 

「ドララララララララララララララララララララアィッ‼︎ 」

 

 ユナイトは目にも止まらぬ速さのパンチのラッシュで、爆弾の雨を迎え撃った。

 

「なっ……なんだっ……⁉︎ 」

 

 まるで手が何本にも増えたかのように錯覚してしまうほどに素早いラッシュ攻撃が、小さなプラスチック爆弾の雨を完全に弾いていた。

 いや、弾いているのではない。

 ()()()()()()

 殴られた爆弾達が、黄色いオーラを纏いながら、自身が生み出された場所であるボマーオリジオンの手のひらの中へと、戻って出ているのだ。

 そうして、数秒のラッシュの後。

 ボマーオリジオンが生み出した全ての爆弾は、爆発することなく無力化されていった。

 

「くそっ……そりゃあ相性最悪にも程があるぜ⁉︎ 」

「だろうな。これ以上破壊をばら撒かれても困るからな」

 

 ユナイトの反則めいた能力に、思わず文句を垂れるボマーオリジオン。

 その時、それまでずっと2人の戦いをずっと見ていた瞬が、ここで動き出した。

 

「そうだっ!今のうちに湖森を!」

 

 ずっと2人の戦いを見ていた瞬だが、そんな場合ではない。

 今レドはボマーに拘束されて動けない。ならば、今こそ湖森が封じ込められたカードを奪うチャンスだ。

 瞬は、ユナイトとボマーの激戦を迂回しながら瓦礫の山を登り、うつ伏せの状態で固定されているレドの元まで辿り着くと、彼の手の中にあったカードを奪い取る。

 レドの手には他にも何枚かカードが握られており、どれが湖森が封じられたものなのかはわからなかったので、瞬はとりあえず全部奪い取ってみた。

 

「返せっ……!」

 

 レドの言葉を無視して、取り上げたカードを確認する瞬。

 そこには“港トモリ”“相藤レイ”“イスタ”“逢瀬湖森”と書かれた4枚のカードが存在していた。何処となくブレイドの使うラウズカードに似たようなデザインなのは、気のせいだろうか。

 レドは、あの崩落のどさくさに紛れて、レイ達も封印していたのだ。

 予想が当たってしまって苦虫を噛み潰したような顔になりながら、瞬はレドにたずねる。

 

「どうやったらカードに封印された奴らを解放できる?」

「僕の転生特典でしか解放できない。だけど僕がそんなことするわけがないだろ?君の妹はずっとカードの中ってわけさ!あははははははっ!」

 

 手足を瓦礫の山に磔にされながらも、瞬を笑うレド。

 彼の話が本当だとするならば、瞬に残された手段はただひとつ、レドの撃破しかない。

 しかし、瞬は今クロスドライバーを取り上げられているため、戦う術がない。

 

(くそっ……どうすれば……)

 

 

 その時だった。

 キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインッ‼︎‼︎‼︎ と、脳味噌を直接揺さぶるような破壊音と共に、何かが一直線に突っ込んできた。

 

 

 


 

 

 プラネットプラザ・地下駐車場

 

「なんだこれ……⁉︎ 」

 

 崩落に巻き込まれた瞬が目覚めたのと同じ頃。

 手負いの倫吾を背負って逃げていた志村達は、その光景を見て絶句した。

 元々普通にプラネットプラザを脱出する手筈だったのだが、予想以上にあちこちで戦闘が勃発していたがために思うように外に出られず、紆余曲折あって「じゃあ地下駐車場から外に出よう」となり、今に至る。

 だが、その選択をした数分後に、彼らはそれを後悔した。

 理由は単純。

 逃げた先の地下駐車場には、地獄が顕現していたからだ。

 

「あ、ああ…………」

 

 そこに転がっていたのは、多数の死体だった。

 身体が千切れて内臓が飛び出しているもの。胴体に穴をあけられたり、頭がありえない形に変形してしまっているもの。そのどれもが、惨たらしい最期を迎えていた。

 倫吾と同じ白い制服を着ているあたり、彼らもAMOREの隊員達なのだろう。瞬達はこんな真似をしない。瞬達以外の誰かがここに来て、彼らを惨殺したのだ。

 

「うっぷ……おええええええええええっ‼︎ 」

 

 死体の海を目の当たりにした志村は、耐えきれずにその場に嘔吐する。

 びちゃびちゃと、志村の足元に吐瀉物の溜まりができてゆく。

 

「全員……死んでます」

「ウソ……」

「地獄、ですね」

 

 一緒にいた遠野や山風やハルも、この凄惨な光景に言葉が出なかった。

 志村は何度もえずきながら、死体の海から目を逸らす。これ以上見続けていると、冗談抜きで胃の中身が空っぽになるまで吐いてしまいそうだからだ。

 死体の海を視界に入れまいと、後ろを向く志村。そこへ、幾つもの声と足音が近づいてきた。

 

「あれ、アンタ達逃げたんじゃなかったの⁉︎ 」

決闘(デュエル)している間にこんなことになってたのか……」

「なんだこれはたまげたなぁ……すっげえ崩壊してるゾ〜コレ」

「すごいわね……」

「なんかバコスカ殴り合ってる音がするよ?」

 

 アリアにキンジ、遊矢に柚子、迫真空手部に律刃、剣崎にアラタに大鳳にセルティ。各々の戦いを切り抜けた仲間たちが、この場所に続々と集まってきていた。

 皆が皆傷だらけだが、その目は死んではいない。誰もがまだ、無事にこの戦いを終えて帰るのだという信念のもと、心と身体を動かしていた。

 志村は仲間たちの無事に安堵し、彼らに駆け寄っていく。

 

「みんな……無事でよかった!」

「志村、お前まだ逃げてなかったのか?ったく、皆考えてる事は同じってことかよ」

「?」

「逢瀬達がまだいない。きっとこの先にいるんだ」

 

 アラタはそう言って、死体の海の果てにある、瓦礫の壁を指差す。

 そこは、プラネットプラザの崩落によって生じた瓦礫が、地下駐車場を分断していた。そしてその奥から、何やら誰かと誰かが殴り合っているような音が断続的に聞こえてきている。

 それを聞いた全員が、薄々勘付いていた。

 あそこに逢瀬瞬はいる、と。

 

『どうする?助けに行くのか?』

「ああ。まだ終わってないなら助太刀に行く。言い出しっぺがいなきゃ話にならないからな」

「そうだよな。じゃ、いこうか」

 

 セルティの問いかけに、皆が一斉に頷く。満場一致だった。

 意を決して、アラタが先陣を切って死体の海に足を踏み入れる。すべては、仲間を助けるために。

 

 

 その時だった。

 キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインッ‼︎‼︎‼︎ と、脳味噌を直接揺さぶるような破壊音と共に、何かがアラタ達の間を通り抜け、瓦礫の壁へと突っ込んでいったのは。

 

 

 

 その音は、凄まじく不快なものであった。

 まるで脳味噌に稼働中の電動ドリルをぶち込まれたかのような、脳味噌が比喩でなく木っ端みじんになってしまいそうな、そんな衝撃がアラタ達を襲い、彼らの身体を地面へと押し倒す。平衡感覚がなくなり、意識が消失と覚醒を繰り返し続ける。

 吐きそうになるような不快感に耐えながら、アラタは顔を上げる。

 そして、“ソレ”を見た。

 

「あれは………………なんだ?」

 

 アラタが、ぐわんぐわんと未だに揺れている脳味噌で、必死に絞り出した第一声がそれだった。

 追突した瓦礫の壁は跡形もなく吹き飛び、その向こう側の光景をアラタ達に曝け出していた。そこには、ボマーオリジオンと謎の仮面ライダーが戦っており、そしてその前では、地面に倒れたギフトメイカーの傍らに立ち尽くす逢瀬瞬の姿も確認されている。

 瓦礫を吹き飛ばした“ソレ”は、そこに立っていた。

 “ソレ”を、アラタ達は知っている。

 金色のショートヘア。肩を出した裾の長いパーカーと、その下に隠れたスパッツ。よくわからないメーカー製のスニーカー。どれをとっても、何度見ても、それはアラタ達のよく知る存在だった。

 だが、何かが違う。

 見た目は同じはずなのだが、その身から漂わせている雰囲気が決定的に違う。

 震える唇で、アラタは“ソレ”の名前を口にする。

 

「唯……なのか……?」

 

 諸星唯。

 “目醒めた”彼女が、そこにいた。

 

 

 


 

 

 一番驚いていたのは、間近で“ソレ”の飛来を目撃していた瞬だった。

 

「なんなんだよ、これは……⁉︎ 」

 

 途轍もない速度でつっこんで瓦礫を吹き飛ばしながら、目の前に現れた“ソレ”を見た瞬は、目を疑った。

 脳を揺さぶる破壊音によって立つこともままならなくなり、瓦礫の山に伏せていた瞬だが、”ソレ”を目にした瞬間、おぼろげだった意識が強引に覚醒した。

 

「唯………………」

 

 ”ソレ”は、瞬のよく知る人物だった。諸星唯。毎日の様に顔を合わせていた幼馴染み——の筈だ。

 しかし、その身に纏う雰囲気は明らかに普段と違う。

 何処をどう見ても、生物学的には間違いなく諸星唯であるはずなのに、瞬の魂が「それは違うのでは?」と否定してしまう。まるで唯そっくりに作られたロボットか何かと相対しているような気分になってくる。

 

「唯……どうしたんだ?」

 

 瞬の問いかけに、唯は答えない。

 彼女は無言を貫いている。人間味を微塵も感じさせない眼差しだけが返ってくる。

 ひょっとすると、これが志村が言っていた“目醒めた唯”なのだろうか。

 

「ぼふっ……だ、が……!」

 

 その時、瞬の後方でか細い呻き声がした。

 ばっと振り返ると、そこには一人の少女が倒れていた。ぼさぼさになった紫髪、ボロボロになったゴスロリ衣装、口から流れ出ている赤い血。それらすべてが、彼女が酷く打ちのめされたことを示している。

 そして、彼女の素性を瞬は知っている。

 ギフトメイカー・リイラ。

 敵対者の一人。

 彼女は、瓦礫まみれの地面から身体を起こすなり、ボロボロの身体を震わせて笑い出した。

 

「あはははははっ‼︎ 最高よ‼︎ これでこそ食べ甲斐ってもんがあるわ‼︎ 最初はどうしようかと思ったけど、予想以上の爆発っぷり!それでこそ私の見込んだ逸材!世界を無茶苦茶にできる力の源泉!」

「………………何言ってるんだ?」

 

 口から血を吐きながら狂ったように笑うリイラを見た、瞬の第一声がそれだった。まるでタチの悪い酔っ払いを見てしまったかのような視線が向けられていることも厭わずに、リイラは笑いつづけている。

 そんな彼女に困惑している瞬に、ひとつの足音が近づいてくる。

 唯だ。唯の形をしたなにかが、リイラに向かって歩き始めているのだ。

 

「唯………………?」

「あれは貴方の知る彼女じゃないわよ」

 

 瞬の言葉をバッサリと否定したのは、リイラだった。

 瞬はリイラの元へと駆け寄ると、彼女の肩を掴んで問い詰める。

 

「どういうことだよ⁉︎ 何か知ってるのか⁉︎ 」

「知ってるよ、でも教えない。教えたところで私以外にはわからないだろうし」

「なに……⁉︎ 」

「でもひとつだけ事実を教えてあげるわ。アレは最初から彼女の中に眠っていた力。私達が干渉しなくても、遅かれ早かれ目醒めていたモノ。それが私との衝突で目醒めてしまった」

「なんだって……?」

 

 瞬は、唯の方を振り返る。彼女はすでに、リイラのすぐそばまで来ていた。

 ゆっくりと、唯が手を伸ばす。

 たったそれだけの動作のはずなのに、瞬は震えあがった。まるで巨大怪獣の足元に放り出されたような気分だ。いつ踏み潰されるかわかったもんじゃない。そんな恐怖が、瞬の全身を包み込んでいた。

 だが、怖がっているわけにもいかない。勝手に震える唇をなんとか自分の意思のままに動かして、瞬は唯に声をかける。

 

「待てよ唯、何をする——」

 

 瞬がそう言いかけた時だった。

 ここでようやく、唯が口を開いた。

 

「ひれ伏せ」

 

 一言、そう発した。

 それだけで、先程まで戦っていたはずのユナイトとボマーオリジオンが、まるで見えない手か何かに押さえつけられたかのように、地面に押し倒された。

 そしてそれは、瞬とリイラも同じだった。

 彼らもまた、ユナイトタチのように地面に押し付けられていた。凄まじい重圧に、身体が押し潰されてしまいそうになる。首を上げるのがやっとなほどだった。

 

「なんだっ……コレは⁉︎ 」

「成長はやすぎないっ……ダメ、このままじゃ逆に喰われる⁉︎ 」

 

 唯の“覚醒”について何かしらを知っているリイラにとっても、この行動は予想外だったようで、先程までの比較的余裕のあった態度が崩れ始めている。

 まるで死にかけの蝉のように手足を動かすリイラに、唯が声をかける。

 

「何を怯えている?お前の望み通り出てきてやったんだ、感謝こそされれど、恐怖されるいわれはない」

「……いや、あっけないなあと思って」

「ああ、呆気ない。あれほど強がっていたくせに、態度だけだったとはな。心底拍子抜けしたよ。正反対の力を持つお前とぶつかり合えば、何かを思い出すと思ったが——やはり、ひと想いに取り込んでやるのが手っ取り早いか」

 

 そう言いながら、唯はリイラのそばで座り込み、彼女の首に手をかける。

 そこに、

 

「待てよ唯……何しようとしてんだよ、お前」

「なんだ人間。まだ立つのか?」

 

 寸前で割り込んできた瞬の声。

 リイラの首を握る手に力を込めようとしていた唯——の姿をした何かは、その手を離して、瞬の方を見る。

 酷く冷たい眼差しに身体を貫かれながらも、瞬は続ける。

 瞬は、全身に重くのしかかっている重圧に必死で耐えながら、両手で地面をしっかりと押さえ、立ちあがろうとしていた。

 

「お前が何をしようとしてるのかは分からないけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……おかしなことを言う。私が偽者?いや違う、()()()()()()。私はいわば諸星唯に眠っていた力の根源、それが意思を持ったもの。危機に瀕した彼女を救うために現れた防衛機構だ」

「お前がなんでそこにいるのかはわからないけど……ぽっとでの癖に、俺の幼馴染みを勝手に動かしてるんじゃねえよ!これ以上事態がややこしくなってたまるかっ!」

 

 唯がどうしてどうなっているのかわからないけど、ここでひれ伏しているわけにはいかない。瞬はその思いだけを糧に、途方もない重圧に逆らって直立する。

 足はガクガクと震えているし、連戦によってついた傷口からは、いまだに血は流れっぱなし。そんな有様でも、瞬は立ち上がらざるを得ない。こんな得体の知れない奴に唯を好き勝手させてたまるものか。その思いを燃やし、瞬は“彼女”に肉薄する。

 しかし、

 

「ふん」

「がっ……」

 

 “彼女”は容易く瞬をあしらうと、お返しと言わんばかりに、瞬の身体に強烈な打撃をお見舞いし、彼の膝を地に付かせる。

 “彼女”の足元にひざまづく形となった瞬に、彼を非難するような声が振りかけられる。

 

「お前が守らないから私が動かざるを得なかった。彼女はわたしたちの中で唯一覚醒していないが故、自力で身を守る術がない。だから防衛機構として、代わりに私が生み出された。私は、お前の無力の象徴なのだ。なあ……仮面ライダーアクロス」

「………………」

 

 瞬は、“彼女”の言葉を聞いて黙り込んでいた。

 一体、こいつはなんなのだ?

 なんでこんなものが唯のなかにある?アイツは、諸星唯は、普通の女の子のはずだろう馬鹿でお調子者で後先考えなくて、でも誰よりも優しくて他人のことを思える。そんな普通の女の子だったはずだ。それは瞬と出会った時から変わっていない。

 それがどうして、こんな得体の知れないモノに身体を奪われなきゃならない?彼女が何をしたというのだ?

 混乱と畏怖で呼吸が荒くなる瞬に、“彼女”の冷ややかなる声がかけられる。

 

「お前と諸星唯じゃ力不足だ。だからここから先は私がやる。お前は大人しくすっこんでいろ、コレはお前の手に余る」

 

 不甲斐ない宿主とそのパートナーに対する戦力外通告。

 そのために“彼女”は姿を現した。

 “彼女”は、身動きできないリイラにトドメを刺すべく動き出す。全ては、宿主を守るため。脅威を取り除くため。ひとりの少女のために生まれた守護者は、少年の真横を素通りして、脅威の排除に赴く。

 

「お前の分まで戦って、運命を断ち切る。その方が幸福だろう?」

「…………」

 

 瞬は、考えていた。

 いや、考えるまでもなかった。

 怯える必要も、戸惑う必要もない。

 初めから、言うべき言葉は決まっていた。ただ、ぶつけるべき相手が増えただけのことだ。

 “彼女”の一言が、瞬に火をつけていた。

 がしりと、“彼女”の手を掴んで、瞬は立ち上がる。

 

「さっきから何勝手なことを言ってんだ……?」

「勝手ではない、諸星唯が望んだのだ。“守られ続けるだけなんて嫌だ、私も瞬の隣に立ちたい。”その願いに応じて私は呼び出された。故に、だ。無力なお前らに変わって戦いを引き受ける。悪い話ではないはずだが?」

 

 その言葉で、瞬は確信した。

 というか、キレた。

 ——コイツ、何様のつもりなんだ?と。

 

「お前は大馬鹿だ!お前だけじゃない……AMOREも裁場も、馬鹿じゃねえの⁉︎ 何が“お前の代わりに戦ってやる”だ⁉︎ ふざけるな‼︎ 勝手に他人の力量を決めつけで推し測って、そいつから何もかも取り上げて救った気になって……そんなもんが“助ける”であってたまるか‼︎ それは、ソイツの頑張ってきたこと……いや、存在や意思を否定しちまうようなもんなんだぞ⁉︎ ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 瞬は、必死になって叫んでいた。

 その言葉は、今もなお“彼女”の重圧に押し潰されているユナイト——裁場にも突き刺さっていた。いや、それはもとより、裁場に対してぶつけられるべき言葉だったのだ。

 

「何が言いたい?」

 

 眉を僅かに動かして、“彼女”がたずねる。

 そして、瞬の言いたいことは、次の一言で集約された。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()‼︎ 」

 

 そう叫びながら、瞬は“彼女”の顔面を殴りつけた。

 それが大切な幼馴染みの顔であるということも忘れた、感情任せの一撃。なんの力もないただの人間の拳は、“彼女”の頬骨を完璧に捉えていた。

 そして、少年の拳が着弾した瞬間。

 閃光が、再び生まれた。

 

 

 

 

 

 




唯ちゃんの厄ネタ、ようやく瞬が目の当たりにしました。
本来はもうちょっとマシな形で出したかったのですが……当初の想定を上回るレベルで狂ってしまったよ……どうして⁉︎

次回は結構難産かも?

次回 ふたりで歩む資格


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第37話 AM3:21/ふたりで歩む資格

難産!
何回書いても決意表明は慣れねえよなぁ!


 PLAYBACK4・Ver.逢瀬瞬

 

 逢瀬瞬には、何もなかった。

 物心ついた時から、瞬には親がいなかった。

 否、正確には6歳より前の記憶があやふやなのだ。どこそこに遊びに行っただとか、アレを買ってもらったとか、そういうのは覚えているのだが、それを誰と経験したのかを覚えていない。自分と共に過ごした人についての記憶だけがすっぽりと抜けている、なんとも歪な記憶喪失であった。芽生えていた幼い自我が、気づいたらまっさらになっていた。

 記憶とは、心とは、他者と共に紡いでゆくもの。人との関わりの記憶が心を作るのだ。だから、その片方が欠落した逢瀬瞬は、酷く歪なものだった。同年代の人間とは何ら変わらない知能を持ちながらも、ロボットのような感受性を持った木偶人形。それが逢瀬瞬。

 そうして一度リセットされた瞬は――驚くべき程に、周囲に対して無関心になっていた。

 具体的に言えば、

 

「おいオカマやろう!おれたちが男らしくしてやるからカンシャしとけ!」

「やめてっ……ぶふっ⁉ 」

「男らしさのけいこだい、一回1000円な!ほらほら立てよ!」

 

 ――教室内で公然として行われている虐めの現場を見ても、何とも思わないくらいに。

 普通の人間ならば、止めに入ったり便乗して虐めに加担したり、はたまた関わり合いになるのを避けるために避けたりするだろう。そこには、いじめられっ子やいじめっ子への嫌悪感だとか怒りだとか哀れみだとか、そういったものが生じるはずだ。それは小学生だろうと変わらない。

 しかし、当時の瞬はそれすら抱かなかった。ただ、完全な無。何も感じない、情動反応が欠落したかのような反応。背景が何かしゃべっているな、とぐらいにしか感じなかった。心を動かされることのない、生を感じさせない情動が、続くはずだった。

 ――この時までは。

 

「ふざけるなああああああっ!」

 

 突如として教室内に響き渡る甲高い声。そのあまりにも威勢のいい声に、教室中が一瞬静まり返り、そのあとすぐにどよめきが波のように教室中に伝播してゆく。瞬も異変を感じ取ったのか、柄にもなく教室を見渡してみる。

 が。

 

「何やってんだこのくそやろうがキイイイイイイイック!」

「ぼふあああっ⁉ 」

 

 次の瞬間、大柄ないじめっ子の身体が瞬に向かって吹っ飛んできた。ガシャンと大きな音を立てて机や椅子をなぎ倒しながら床にぶっ倒れるいじめっ子。どこかにぶつけたのか、その膝や額からは血が流れていた。

 瞬はいじめっ子が飛んできた方向に視線を向ける。そこには、金髪の女の子がいじめられっ子に手を差し伸べている光景があった。

 

「き、きみはだれ……」

「だいじょうぶ?けが……はあるよね……ないはずないよね……」

 

 女の子はどこからか絆創膏を取り出すと、ボコボコにされていたいじめられっ子にそれを張ろうとする。しかし、ここでいじめっ子がキレた。

 

「どけ!」

「ぬっ⁉ 」

 

 近くにいた瞬を無理矢理椅子から引きずり落とすと、なんと、瞬の座っていた椅子を持ち上げて女の子目がけてぶん投げた。他者に痛みを与える側として君臨し続けた6~7年の短い人生の中で、初めて他者から痛みをもらったという事実に、彼の幼い精神が耐えられなかったのだ。

 この場にいた誰もが目を逸らした。どんな馬鹿力でぶん投げたのかは知らないが、椅子は見事なまでに女の子に向かって飛んでいる。彼女の負傷は避けられない。そう思っていた。

 しかし、

 

「スターキイイイイイイイックッ!」

 

 女の子は、仮面ライダー顔負けの綺麗なフォームによる跳び蹴りで、飛んできた椅子を迎撃した。蹴りの命中した椅子は、投げたいじめっ子目がけて跳ね返ってゆき、彼の顔面に勢いよく背もたれから突っ込んでいった。勿論近くにいた瞬は慌てて避けた。

 ガシャガシャガシャンッ‼ とけたたましい音を立てていじめっ子のが倒れる。

 あとはもうしっちゃかめっちゃかだった。

 

「ぶっ殺す!ぶっ殺す!ぶっ殺す!」

「よわい者いじめをするようなひきょうもののぼうげんなんかいたくもこわくもないわ!ぜんいんまとめてたおしてあげるよ、かくごしな!」

「女のくせになまいきなんだよ!よくも徹人(てつと)をやりやがったな!ゆるさん!」

「みんなで徹人のかたきうちだ!いくぞ!」

 

 いじめっ子グループが一斉に女の子に向かって飛び掛かっていった。

 怪我を負わされた友達の仇討と言えば聞こえはいいのだが、そもそも公然で虐めをやっておいてそれを咎められた側なので、全然同条はできない。むしろ、この瞬間、虐めを止めるためにやってきた彼女が、この場で一番ヒーローらしかった。

 が、流石に女子1人で男子5~6人を相手取るのは厳しい。しかし、止めに入ろうにもそんな勇気を持つような奴はいない。誰もが彼女の敗北を悟り、逃げ出していた。

 

「…………」

 

 ――あの時、なんであんなことができたのか、今でもわからない。

 ――この時のことは、今でも鮮明に覚えている。

 

「ばふぃんっ⁉ 」

 

 気づいたら、瞬はいじめっ子グループの内のひとりの後頭部を殴り飛ばしていた。

 バランスを崩したいじめっ子は、前方にあった机に顔面から突っ込み、ぐしゃりという不快な音と血をまき散らした。その光景を見た大人しい方の女子が悲鳴をあげようとしたが、あまりの衝撃で文字通り声を失ったのか、その喉からは掠れた吐息だけしか出てこなかった。

 いじめっ子が机と熱いキスをした瞬間、彼の頭部から飛んできた何か固いものが、瞬の頬にぶち当たる。それは歯だった。生え変わったばかりの永久歯が、ポロリと取れたのだ。その光景に、いじめっ子も女の子も、思わず動きを止める。

 最初に口を開いたのは、いじめっ子のうちのひとりだった。

 

「な、に……やりやがった……?」

「…………」

「なんとかいえよ!てかだれなんだよお前!」

「……助けてくれたの?」

「…………やるぞ」

 

 瞬は女の子の傍らに立ち、無意識のうちにそう言っていた。

 彼女もその一言で何かを察したらしく、無言で大きく頷いた。

 

「かずがふえたところでかんけいねえ!まとめてぶったおす!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

「うるさいからはやくおわらせよう」

「だね。もうこいつらのかおみたくもないよ」

 

 戦いの火蓋が、切って落とされた。

 

 


 

 

 この後は全校集会が緊急で開かれ、更に関係児童の保護者も呼ばれて大事に発展した。いじめっ子連中は勿論、いじめっ子グループ相手に大立ち回りした瞬達もしこたま怒られた。もう小学生時代の叱責が全部まとめてやってきているんじゃないかというほどに怒られた。

 いじめっ子連中は瞬達以上に酷く叱責された上、まとめて転校していったのだが、ふたりの大立ち回りがトラウマになったのか、いじめられっ子はクラス替えで別の学級に移動してしまった。そこだけは至らなかったな、と今も反省している。

 これは後に環四郎から聞いたことだが、当時の担任教師は虐めを黙認していたことを問われ、新年度が始まってまだ1カ月もたっていないというのにも関わらず、別の学校に飛ばされたらしい。ご愁傷様です。

 そうして、数時間にわたってカミナリを落とされまくって泣きじゃくった後のことだった。

 

「すけだちありがとね!あたし、諸星唯!となりのクラスなんだ!」

「…………逢瀬瞬」

 

 互いに名を告げる。

 互いにめちゃくちゃに叱られて泣き腫らした顔だった。しかし、不思議と後悔はなかった。

 これがふたりの、あまりにも苛烈な出会いだった。

 

 


 

 

 唯と出会ってからは、瞬は兎に角振り回されまくった。

 ある日は“近所の山の頂上まで競争な!“といきなり言われて山に連れて行かれた挙句、行方不明になっていた近所の飼い犬を連れ帰ってきて飼い主に礼を言われたり、またある日は“よーし夏だ!海だ!海水浴だ!”とうるさいので渋々一瞬に海に行けば、迷子探し×3や更衣室の盗撮犯を捕まえて褒められたりと、なんかもう無茶苦茶だった。

 普段がしっちゃかめっちゃかな癖に、それ以上に周囲に幸せを与えてしまう。それが諸星唯の本日からだったのだ。

 もちろん瞬は、最初は彼女のはちゃめちゃっぷりに振り回されるだけであった。何度余計なトラブルに巻き込まれたかはもう数え切れない。だが不思議と、心地良い日々だった。

 そうして、唯と出会って数年の時が経った。

 中学入学を間近に控えた頃、夕暮れの帰り道の途中のことだった。

 瞬はぽつりと、つぶやいた。

 

「時々さ、虚しくなるんだ」

「いきなり何?詩人じみた台詞なんか言い出して。中二病?」

「やめろ、お前ほどイタくねぇわ」

 

 唯の揶揄いに軽くツッコミを入れる瞬。

 空を見上げながら、彼は続ける。

 

「自分が、空っぽに感じる。何も持っていない、木偶の坊に思えてしまうんだ」

「そう?」

「笑うなよ。割と真剣なんだぜ」

「いや、笑うしか無いじゃん。アンタそういうキャラだった?

「青年期特有のアレだって……お前だってそうだろ?」

「いやいや、私はさぁ、皆ハッピーの精神の持ち主なワケですじゃん?。でもさ、私が昔っからこんな言葉掲げてたと思うかい?分かってるんでしょ」

「……たしかに、お前にそんな事考えるほどの頭は無いわな」

「うわひでぇ。女の子にバカって言いやがったよこいつ」

 

 まあ割と唯が馬鹿なのは事実でしかないのだが。テストで0点とか取るようなやつが馬鹿じゃなくてなんだというのだ?

 頭の出来を馬鹿にされた唯は、膨れっ面をしながら先を歩くが、ふと、何かを思いついたかの様に「あっ」と声をあげる。

 

「そうだっ!そんなに空っぽが怖いなら、私があげようか?」

「どういう事だよ?」

「中身の話さっ」

 

 唯は横断歩道の白い部分だけを踏んで渡る。

 そして、渡り切った先でくるりと一回転して、さも名案が思いつきましたと言わんばかりの嬉しそうな笑顔をこちらにむけながら、唯は両手を広げ、自らの考えを口に出す。

 

「瞬はさ、自分の役目とか、そういうのがないから不安になってるんだよ。なら今はひとまず、私と一緒のものを目指せばいいじゃん。最初は誰かの受け売りでもいいよ。ただ、続けていれば、いつかきっと瞬のモノになると思う。瞬なら続けられるさ、私が保証するさ!」

「お前と一緒……お前の人助け精神を、俺が?」

 

 目指すべきものがないなら、自分がそれになってやると。唯はそう言っているのだ。

 しかし瞬には、できる気がしなかった。自分と彼女は別の人間だ。自分は彼女のように、誰かを助けることなんてできない。

 

「誰かの受け売りだっていいよ。単純に、瞬がやりたいことやってれば、そんな気持ちすぐ吹き飛ぶよ」

「……なれるのかな、俺に」

「瞬ならできる。初めて会った時、何も言わずに私に助太刀してくれたんだ。瞬には素質があるんだよ、きっと」

 

 そう言いながら瞬の肩をポンと叩くと、唯は一人で先へと走ってしまう。

 誰かを助ける。何もない自分に、果たしてそれができるのだろうか?正直言って、うまくやれる自信がない。

 だが不思議と、できる様な気がしていた。

 

(あいつが……背中を押してくれているのか?)

 

 唯の言葉を反芻する度に、胸の奥に熱い何かを感じ取る。

 無根拠に自分を信じてくれる彼女。その思いを裏切るのは、なんだかとてももったいない様な気がして仕方がない。

 それならばいっそのこと。

 

「やって……みるか」

 

 彼女の言う通りに、やってみるのもいいのかもしれないと、瞬は思っていた。

 この時から、“逢瀬瞬“は始まった。

 その時から、瞬の中にソレが宿った。

 そして、今——

 


 

????

 

「……懐かしい夢を見たな」

 

 気がつくと瞬は、真っ白な空間で大の字になっていた。

 “彼女”をぶん殴った瞬間、閃光に包まれた彼は、これまでずっと過去を思い返していたのだ。

 身体を起こすと、どこまでも広がる真っ白な空間。地平線も何もない、だだっぴろい空虚な場所だけが鎮座している。

 白一色の世界に存在する色といえば、ここで寝ていた瞬と——

 

「……ふにゃ?」

 

 瞬の隣で眠っていた唯だけ。

 こんな状況だというのに涎を垂らして眠そうな顔をしている彼女だが、瞬はそれを見て呆れると同時に、安堵していた。

 いつもの唯だ。

 “彼女”に突き動かされてはいない、普通の女の子だ。

 

「お前も、見たのか?」

「うん」

 

 瞬の言葉に、唯は首を縦に振る。どうやら彼女も、瞬と同じ夢を見ていたらしい。

 二人は、気が遠くなるほど真っ白な空間を、ただ見つめていた。

 さっきまで血反吐を吐きながら戦いまくっていたのが嘘に思えてしまうような、それくらいさっばりとした風景だった。

 どれくらい空白を眺め続けていただろうか。

 何気なしに瞬が上を見上げた、その時だった。

 

「まさか、だ。まさかあの一撃で、諸星唯を目覚めさせるとはな」

「⁉︎ 」

 

 瞬と唯の二人しかいないはずの空間に、するはずのない、第三者の声が発せられた。

 背後から聞こえてきた声に驚き、ばっと振り返る二人。

 そこには、“彼女”がいた。

 服装も髪型も声も何もかもが唯と瓜二つ。しかし、中身はまるで違う。どこまでいっても“彼女”は、人間性のかけらもないシステムでしかない。

 身構える瞬に、“彼女”は問いかける。

 

「そうまでして戦いたいのか、お前達は」

「?」

「傷つくような役目は他人に任せて、自分はぬくぬくと安全地帯に引き篭もることを望む。それが人間ではないのか?」

「…………」

 

 瞬が“彼女”の言葉にどう返すべきか考えていると、先に唯が口を開いた。

 

「貴女が誰なのかはわからないけど、私達を思ってくれているのは知ってるよ。でも、それは受け入れられない。それは諸星唯(わたし)じゃない。誰かの涙を見てしまったら、いつだって何度だって火中の栗を拾いに行く。それが諸星唯なんだよ」

「は……?いや、何言ってんだよ?お前おかしいぞ……」

「コイツはそーゆー人間なんだ。自分だけすっこんでるってのができるわけないだろ。本人が望んでいない救いは毒にしかならないぞ」

「………………」

 

 ありえない、と言う様な顔で固まる“彼女”。

 そこに追い撃ちをかけるかのように、瞬が続ける。

 

「俺は、誰かの為に傷付きたいと思っている」

「なんだと?」

「俺は仮面ライダーになってから、いろんな奴を見てきた。どいつもこいつも、俺なんかにはないようなすげえものを持っていた」

 

 そう。

 瞬は自分の空虚さを知っている。新しい出会いのたびに、それを思い知らされてきた。

 兵藤一誠のように心を燃やせるようなモノも、桐生戦兎のように確固たる信念も、黒神めだかのような大志も、榊遊矢のような夢も、天道総司のような強大な自我も、遠山キンジのような覚悟も、剣崎一真のような意志の強さも、そのどれもが瞬からすれば羨ましくて、輝かしいモノだ。

 皆、自分には無い何かを持っていた。自分にはないと思っているからこそ、それが尊いモノである事を知っている。そんな人達が生きるこの世界を守りたい。あれらが、悪意に踏み潰されてはならない。

 そのための礎は、自分が引き受ける。それを踏み躙ろうとするならば、何度だって立ち上がる。

 

「誰もが譲れない信念とかがあって、それが傷つけられることが許せない。だから、この憤りは絶やさずに持っていたい」

「私だって同じだよ。誰かが泣いたりするのは嫌だし、それを見て見ぬ振りってのは気分が悪い。ヒーローってそーゆーもんだと思うんだけどね」

「狂っているぞ、お前ら……」

 

 瞬と唯の答えを聞いた“彼女”は、目に見えて狼狽えていた。

 こんな自己犠牲精神旺盛な存在を、“彼女“は知らない。

 元より“彼女“は、宿主である諸星唯を守るために自我を獲得した。しかし、守るべき当の本人から不要と断じられてしまった以上、“彼女”は今、おおいに混乱していた。

 しかし、だ。

 同時に“彼女”は、それをどこか「良かった」と思ってもいた。

 

「だが、その方がお前達らしい。それでこそ、私が目醒めるに値する存在なのかもしれない」

「え……?」

 

 そう言った“彼女”は、何処か憑き物が落ちたような、すっきりした顔をしていた。

 

「お前達の覚悟は嫌という程分かったよ。これ以上私がでしゃばる意味はなくなった——お望み通り、制御権を返そう」

「制御権……?」

「ああ。私の役目は終わった。大人しく消えて、諸星唯に全てを託すさ。だが、ここから先は運命との戦いだ。逃れる術はない。それでもお前達は——己を貫けるのか?立ち上がれるのか?」

 

 そう問いかけると、“彼女”の身体が光の粒子となって、唯の中に溶け込むようにして消えてゆく。“彼女”が流れ込んでくる度に、唯の中になんとも言えない、暖かさと力強さの様なものが伝わってくる。

 消えゆく“彼女”に唯が何かを言おうとするが、“彼女“は唯の唇に指を当てて、彼女の発声を妨げる。

 最後に残った口で、“彼女”はこう言った。

 

「せいぜい私を使いこなしてみせろよ、■■の■■(諸星唯)——」

 

 


 

 

 そうして、二人の意識は現実へと舞い戻った。

 気づけば、瞬は瓦礫の山の上で座り込んでいて、唯は瞬の前でぶっ倒れていた。

 それは、現実時間にしては刹那のひと時に過ぎなかったもの。しかし、二人にとっては何より大切な、成長の瞬間だった。

 瞬は、目の前で倒れている唯に手を差し伸べる。

 

「……唯、立てるか」

「立てるよ」

 

 瞬の手を借りながら、唯が立ち上がる。

 

「やっと、同じ場所に立てたね」

「ああ」

 

 心も立場も違ったけど、今こうして、2人は同じ立ち位置に居られる。

 守る守られるの一方通行でも、教え諭される一方通行でもなく、互いに切磋琢磨し合い、背中を預ける仲間に、彼らはなったのだ。

 

「……さてと」

 

 瞬は唯と手を繋ぎながら、後ろを振り返る。

 そこには、瓦礫の山の麓からこちらを見上げている、満身創痍の裁場がいた。先程までユナイトに変身してボマーオリジオンと戦っていたはずだが、いつのまにか変身もとけている。

 ボマーオリジオンの方は、瓦礫に背中を預けるようにして倒れている。どうやら両者は相当激しくやり合ったようだ。

 裁場は、瞬達の覚悟を決めたような顔を見ながら、悲痛そうに叫ぶ。

 

「なんで……なんでそんな目ができる⁉︎ なぜお前達は立ち上がれる⁉︎ 長年戦いに身を置いていたわけでもない、戦いに身をおかねばならない理由もないのに、どうしてだ⁉︎ まさか、正義感だけでここに立っているのか⁉︎ 」

 

 しかし。

 叫びながらも、裁場は分かっていた。

 本当は羨ましいのだ。

 自分が見失っていったものを、目の前で失われるのを見てきたソレを持っている瞬と唯が。ソレが失われてしまうかもしれないことが。これ以上失いたくないから、全部自分一人でどうにかしようとした。

 裁場の脳裏にこびりついた、正義感に満ち溢れた戦友達の、凄惨たる末路。それが、裁場を孤独な戦いに駆り立てる。逢瀬瞬を否定したがっている。

 瞬が、裁場に手を差し出してくる。

 

「クロスドライバーを返してくれ」

「……無理だ、俺はお前達を信じてやれない。俺の目の前では、お前達のような目をした奴らから死んでいった。今でも頭に焼き付いて離れないんだ……彼らの顔が」

「なら、これから信じさせるまでだ。俺達は死なないって」

「……………」

 

 瞬と唯の力強い顔つきに、裁場は何も言えないでいた。

 ——これではまるで、自分が悪じゃないか。

 誰かが傷つくのが嫌だから、自分以外の誰かから傷付くという可能性を奪おうとした。だがそれは、自分と同じ思いを持つ者に関しては余計な者でしかなかった。フィフティはそれをわかっていたからこそ、裁場を否定していた。

 もう、裁場には瞬達の前に立ちはだかる資格がない。否、初めからなかったのかもしれない。それを理解してしまった裁場は、黙り込んでしまった。

 

「……………………」

 

 そして。

 長い長い沈黙の後、裁場は口を開いた。

 口から出たのは、羨望の言葉だった。

 

「……羨ましいよ。俺も昔は、お前達みたいな顔ができていた」

「前にできていたんだから、多分今もできるはずだよ」

「分かっている。俺がどれだけ突っぱねようとも、お前達は折れないということは」

「ああ、あんたが何度邪魔をしようとも、俺達は変わらないぞ」

「ならば……お前達を試す」

「試す……?」

 

 裁場はそう言うと、懐からクロスドライバーを取り出した。

 差し出されたソレを、瞬は見つめていた。一体どういうつもりなのだ?

 瞬が差し出されたクロスドライバーを見つめていると、裁場はそれを半ば強引に押し付けるかのように、瞬に返却する。

 

「今から始める戦いで、お前達の覚悟を俺に示してみせろ」

 

 裁場がそう言った直後、近くで瓦礫が崩れ落ちる音がした。見ると、先程まで動いていなかったボマーオリジオンが、再び立ちあがろうとしていた。

 ボマーオリジオンは大変怒っているようで、口元から血を流しながら、自分の邪魔をし続ける仮面ライダー達に怒りをぶつける。

 

「さっきから俺を蚊帳の外にしてるとか、お前ら舐めてんの?部外者の癖にしゃしゃり出てんじゃあねーよこのクソカス野朗共ッ‼︎ 」

 

 ボマーの怒号に臆する者は、誰もいなかった。

 瞬と唯は、互いに軽口を叩き合いながら、ボマーオリジオンと相対する。

 

「戦えんのかよ、お前。敵はめっちゃ強いからさ、こちとらあんまりお前にまで気ぃ回せねえかもしれねぇぞ。いいのか?」

「ははーん、随分と調子こいてない?言っとくけど、私の方が運動神経も上だし、お節介の先輩だよ?先にヒーローになったからって、あんまり見くびらないでよね」

「言ってろよ。さっきまで自分の力に呑み込まれてたのは誰だよ」

「私だよ。いいから行こうよ。何もかも終わらせてさ、こんな所、さっさと出よう」

(———っ!)

 

 この瞬間。

 裁場の目には、消えていった数多の戦友達の姿が、見えた気がした。

 自分も瞬達のように、熱い正義のハートを胸に戦っている時があった。だがいつしか、悲劇を繰り返すうちになくなってしまった。目の前でなくなってゆくソレを眺めるうちに、見ることが怖くなってしまった。

 

(俺も……アイツらのようにできるのか?あの時のような気持ちを、持っていいのか……?)

 

 答えはまだ出せない。だが、彼らを失うのだけは嫌だと、強く思った。

 一歩、裁場は足を踏み出す。

 心身ともに擦り切れた戦士が、再び歩き出そうとしていた。

 


 

 その頃、少し離れた位置で一部始終を見ていた志村達はというと。

 

「何が起きたんだ、あれ」

「さあ……?兎に角、唯ちゃんが正気に戻った……ってことでいいのかな?」

「これもうわかんねえなあ」

 

 何が起きたのかさっぱり分からず、絶賛混乱中であった。

 だが、なんだかんだで危機的状況を脱したというのだけは、雰囲気で察していた。あとはボマーオリジオンさえどうにかしてしまえば、事件のかたはつく……筈だ。

 

「俺達も加勢した方がいいのか……?どうする?」

 

 ここで見守っているよりも、自分達も加勢した方がいいのではないか?と思った剣崎は、死体の海に一歩足を踏み入れる。

 その時だった。

 

「剣崎さんの身体……いや、ブレイドのバックルが光っている⁉︎ 」

「なあっ⁉︎ 」

 

 突然、剣崎の懐にしまってあったブレイバックルから、眩しい光が発せられた。

 その眩しさにたまらず一同は目を覆うが、その直後、ブレイバックルから凄まじい勢いで一筋の光が飛び出し、瞬のいる方目掛けてとんでいった。

 

「……なんだったんだ、今の」

「分からないけど……多分、あれは逢瀬を助けてくれる筈だ」

 

 暗い地下駐車場を照らしながら飛んでゆく一筋の光を見届けながら、アラタはそう言った。

 その光は、最後の一押しとなる。

 

 


 

 

 その光は、まるで吸い寄せられれかのようにして、瞬の手のひらに飛び込んできた。

 手に伝わった衝撃に思わずふらつきながらも、瞬は自身の手のひらを覗き込むと、そこには、見たことのない、新たなライドアーツが握られていた。

 ややデフォルメ化されたブレイドの顔の記された、青いライドアーツだった。

 

「これは……」

「いいじゃん、新たな力とか燃えるよね」

 

 唯の言葉に頷きながら、瞬はクロスドライバーを腰に装着し、アクロスライドアーツとブレイドライドアーツをバックルに装填する。

 そして、

 

「変身!」

《CROSS OVER!正義の意志をフュージョライズ!不撓不屈のウォリアー!仮面ライダーユナイト!》

「変身っ!」

《LEGEND LINK!Fight your destiny, awaken, warrior! LINK BLADE!》

 

 瞬と裁場は、2人揃ってアクロスとユナイトに変身する。

 アクロスが変身した直後、何処からともなく大きなトランプが飛んできて、アクロスの周囲を旋回し始める。そして、そのトランプ達が、勢いよくアクロスにぶつかるとともに、その形を変えてゆく。

 背中にぶつかった数枚は赤いマントに、肩にぶつかったものはスペードマークを模した形状の肩アーマーに、胸にぶつかったものは、ブレイドのモノに酷似した形状の胸部アーマーに、顔にぶつかったものは、ブレイドの顔を模したフェイスプレートとなって、アクロスの顔面を覆った。

 そして、アクロスの左手には、ブレイラウザーに似た形状の剣が出現する。アクロスはそれを強く握りしめ、刃先をボマーオリジオンに向けて叫ぶ。

 

「仮面ライダーアクロス:リンクブレイド、反撃開始だ!」

 

 これより、この夜最後の戦いが幕を開ける。

 

 

 

 




色々と吹っ切る回でした。
唯ちゃんみたいな子が、ただ守られてるだけで収まるなんて不可能よ。
ただのライダー系ヒロイン書いてもアレだし。

瞬の過去についてはぼんやりとしか決めていなかったので、この回を書くに当たって序章を結構手直ししてます。

■“彼女”
諸星唯の中に眠っていた得体の知れない力——正確には、力そのものが獲得した、自我を持つ防衛機構。
力を使いこなせない唯に変わって、彼女の身を守る為に表に出ていた。

次回 歪んだ愛を唄う街


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第38話 AM3:25/歪んだ愛を唄う街

ようやくここまできました。
今回はボマーを殴るだけです。もちろんAMOREの顔に泥を塗りまくった不届者へも制裁を下さなきゃあいけません!


 

 アクロス達がボマーオリジオンとの決戦を始めたその頃。

 今回のイスタ及びアクロス奪取作戦を指揮していたAMORE隊員・苛木甚作(いらぎじんさく)は、頭から血を流しながらプラネットプラザの出口を目指していた。

 ボマーオリジオンの爆破に巻き込まれた彼は、片腕は折れ、背中は焼け爛れ、身体のあちこちから血を流している。まさしく満身創痍、這う這うの体で逃げていた。

 普通なら既に意識を失ってもおかしくない程の大怪我なのだが、苛木は逃げながらも、その顔に邪悪な笑みを絶やしてはいなかった。

 

「ふふ、ははははっ……」

 

 笑う度に、苛木の口から血が零れ落ちる。中も外も、彼の身体はボロボロを極めている。

 2回も至近距離で爆発に巻き込まれながらもいまだに歩ける程度の負傷で済んでいるのは、苛木の生存能力の高さと、彼の着ているAMORE特製の強化制服の性能の合わせ技がなせる事だろう。

 

「どいつもこいつも何故わからない……⁉︎ これは世界を守るための行いだっ!だというのに、この未開の猿共は……‼︎ 誰が転生者からお前達を守ってやってるというのだ⁉︎ 」

 

 苛木は、折れていない方の腕でプラネットプラザの壁を叩きながら、自らの邪魔をしてきた者達への呪詛を吐きまくる。

 本来の目的だったイスタも、アクロスへの人質として捕らえていた女共も、ギフトメイカーの少年にカードにされて奪われてしまった上、()()()()()()()()()()()()()()でオリジオン化させた隊員達も全員倒されてしまった。

 もはや、苛木に勝機はなかった。

 だが彼は諦めてはいない。ここを生き延びればまだなんとかなる。とあるルートから仕入れたオリジオン化のノウハウはまだ生かせるし、自身の権限を使えば、失った部下の代わりの人員はいくらでも招集できる。まだ、やりなおせる。

 

「1年前にイスタを手にいれようとした時だって、なんとかなったんだ。私の権力を使えばこの程度の失態は簡単に無かったことに——」

「なると思ったのか?んな都合のいい話が通るわけないだろう、組織の面汚しめ」

 

 が、運命は彼を見放した。

 苛木の野望はここで潰えることとなった。

 ずっと俯き気味に歩いていた苛木が顔を挙げると、彼が目指していたプラネットプラザの出口に、誰かが立っているのが見えた。

 出口の自動ドアのガラスから覗く街灯の光による逆光と、凄まじい豪雨のせいで、苛木からはその人影の詳細を確認することができない。

 

「誰だお前たちは……そこを退け!」

 

 苛木は出口を塞ぐように立つその人影達に怒鳴り散らす。

 人影達は苛木の言葉に無反応を貫きながら、プラネットプラザ内部に入ってくる。

 プラネットプラザ内の照明に照らされ、人影達の素顔が露わとなる。

 一人は、ウェーブがかった黒い長髪の、痩せ型の中年男性。コートからズボン、ブーツまで全身真っ白な衣装を身に纏い、上着の胸ポケットにはよく分からないブローチのようなものをつけている。

 もう一人は、真っ白なAMORE隊服を着た、高校生くらいの少女。アホ毛のようなものがぴょこんと立った黒い髪に、やけに目立つ白いカチューシャをつけており、ミニスカートから覗かせている太腿には、ホルスター付きのベルトを巻いている。

 少女の方はともかく、問題は男のほうだ。

 苛木は男の素性を知っている。あの白い服装は間違いなくAMOREの一員なのだが、彼の場合はそれ以上にヤバい。

 まるで喉元にナイフを突き立てられたかのような重圧を身に受けながら、苛木はその男の素性を口にする。

 

「四切宮局長……なんで貴方が……⁉︎ 」

「私がいることに対して何か文句があるのか?むしろ私の方が君に文句を言いたいのだがね」

 

 四切宮嗣郎(しきりみやつぐろう)

 彼こそがAMOREの創設者にして、組織を束ねる局長だ。

 四切宮は、満身創痍の苛木にツカツカと歩いて近づいてくる。土砂降りの雨の中にいたというにも関わらず、その身体は全く濡れていなかった。

 

「君の悪事は全て調べさせてもらったよ。一年前の事件——青島慈愛(あおしまじあい)の殺害及び、イスタ強奪未遂の件もね」

「なっ……何故ソレを⁉︎ 私に繋がるモノは全て完璧に切り捨てたんだぞ⁉︎ 今更私に辿り着けるはずがない‼︎ 」

「まさか君如きが私を欺けると思っていたのかい?だとしたら心外だな。組織内で私がどう呼ばれているのか、知らないわけではあるまい」

「“全能”……ふざけやがって‼︎ 」

 

 苛木は怒りのままに四切宮を突き飛ばそうとするが、突き出した腕は四切宮に触れる事も叶わず、虚空を押すにとどまる。

 ばっと後ろを振り返ると、四切宮はいつのまにか苛木の背後に回り込んでいた。まるで瞬間移動でもしたかのような動きだった。

 苛木は腰に携帯していた自動小銃を抜くと、ノールックで四切宮目掛けて引き金を引く。しかし四切宮は、まるで埃を払うかのようにウデを一振りするだけで、放たれた弾丸をはたき落としてしまった。

 四切宮の人間離れした身体能力に驚きを隠せない苛木。恐怖のあまり自動小銃を取り落とし、四切宮から離れようとする。

 

「ふざけているのは君の方だろう。我々AMOREは影に生きるもの。転生者絡みの事件を除いて、必要以上に異世界に関与してはならない。だが、君はやりすぎた。世界を守ることを建前に、悪徳転生者との不正な取引に加え、何の罪もない民間人を人質にとっての脅迫……懲戒免職ではすまないだろうね」

 

 淡々と、四切宮は苛木を糾弾する。

 AMOREのトップに立つものとして、世界を守る者として、組織の名誉を貶めた裏切り者を決して許しはしない。

 苛木は淡々と接近してくる四切宮に狼狽えながらも、必死に自らの言い分をぶつけようとする。

 

「あ、貴方のぬるいやり方では世界を守ることなんて到底不可能なんだ!ギフトメイカーの台頭によって、転生者犯罪の脅威は日に日に大きくなる一方だ。今までのやり方じゃあ駄目なんだ!本気で世界を守ろうというならば、不穏分子を滅ぼして我々自身が絶対的な力で管理するしかないのだ! 」

「ソレはダメだ。そんなことをしてしまえば、我々も悪徳転生者と同じになる。君がやろうとしていることはただの独裁だ。AMOREは転生の秩序を守るための組織、それ以上でもそれ以下でもない。君はソレを履き違えた。だからこそ、罰しなければならない」

「ふざけるな!こうなったら貴様を始末して私がAMOREのリーダーに——っ!」

 

 あらゆる面で否定されて自棄になった苛木は、四切宮を力尽くで排除すべく襲い掛かる。傷だらけの身体にも関わらず、手にナイフを持ち。血気迫った顔で四切宮に迫る。

 しかし、バシバシバシンッ‼︎ と。

 苛木がナイフを振りかざそうとした瞬間、どこからか伸ばされてきた光の鞭が、苛木の身体を思い切り跳ね飛ばした。

 

「がばぶっ⁉︎ 」

 

 跳ね飛ばされながら、苛木は目を動かし、自分を滅多打ちにした人物の姿を捉えようとする。

 

「往生際悪すぎるんとちゃうか?いい加減諦めなよオッチャン、ウチと局長の手をこれ以上煩わせないで欲しいんやわ」

 

 そこに滑り込む関西弁。

 苛木を滅多打ちにしたのは、ずっと四切宮の傍に佇んでいたカチューシャ少女だった。両手に光の鞭を持った彼女は、まるで虫でも見るかのような目で苛木を見ていた。

 全身を鞭で滅多打ちにされた苛木は、自動ドアに頭から突っ込んだ。大きな音を立てて自動ドアのガラスを突き破り、土砂降りの野外に転がってゆく。

 二度の爆発に加え、今の鞭による乱打。もはや彼に立ち上がるだけの力はなかった。

 

「なんだっ……何だ貴様は……⁉︎ 」

 

 雨ざらしになりながら大の字になっている苛木に、カチューシャ少女が近づいてくる。

 彼女は鞭をしまうと、制服の襟首を見せつける。そこには、赤いメビウスの輪を模したバッジがついていた。

 

「トクエンか、貴様っ‼︎ 」

 

 そのバッジを見て、苛木は少女の正体を察した。

 特務援別部隊、通称“トクエン”。

 AMORE隊員の中でも特に優秀な者だけが選ばれる、局長直属のエリート隊員だ。他の部隊や部署とは完全に独立した指揮系統を持ち、局長の命令を除き、基本的に単独で任務を遂行する。余談だが、灰司もトクエンの一人である。

 少女は手錠を取り出すと、動けなくなった苛木の手首にソレをかける。すると、苛木の身体は光の粒子となって霧散してしまった。牢獄に転送されたのだ。

 四切宮は、元凶を捕らえ終わった少女の元に近づいてゆき、彼女に(ねぎら)いの声をかける。

 

「お疲れ様まほろ。君がいてくれたおかげで助かったよ」

「褒めても何もでーへんっての。ウチにかかれば、前線を退いたオッサンなんか朝飯前やっての。てかわざわざ局長が出てこんでもよかったんとちゃうの?」

「アクロスとユナイト、それと相藤レイ君には多大な迷惑をかけてしまったからね。せめてもの償いとして、尻拭いは私自らがしなければならないのは当然だと思うがね」

「そーですか。じゃ、さっさと後始末を済ませて引き上げようや」

 

 まほろと呼ばれた少女は四切宮にそう声をかけると、後始末をすべく、再びプラネットプラザの内部に入ってゆく。

 彼女はボロボロになった屋内を歩きながら、AMORE専用の通信端末を起動させる。先程苛木をしばき倒した際に、彼からくすねたものだ。

 通信端末の画面には、一人の少年の情報が表示されていた。

 

「逢瀬瞬16歳、仮面ライダーアクロス……」

 

 まほろが閲覧しているのは、瞬に関するデータだった。

 彼女はそれを、懐かしむような顔をしながら閲覧していた。

 

「ほんま、瞬は根っからのヒーローやなぁ。全然変わらへんわ」

 

 瞬の仮面ライダーとしての活躍を知ったまほろは、そう言って微笑みながら、プラネットプラザの深部へと消えてゆく。

 その後ろ姿は、どこか嬉しそうに見えた。

 

 


 

 

 プラネットプラザ・地下駐車場

 

 時刻は午前3時を過ぎ、外の雨はゲリラ豪雨じみた激しさとなっている。

 激戦に次ぐ激戦により半壊したプラネットプラザにて、最後の戦いが幕を開けていた。

 アクロス、ユナイト、そして唯。自身の行手を阻まんと挑みかかってくる3人を排除すべく、ボマーオリジオンは手のひらで生成した爆弾を投げる。

 

「何人いようが同じことだ!何度だって爆破する!イスタを壊さなければ、俺の愛は証明できない!」

 

 全てを葬らんとする激しい爆発に紛れて、ボマーオリジオンの魂の叫びが、3人の戦士達にぶつけられる。

 しかし、彼らはとまらないし、ボマーの言葉に反応もしない。

 元より両陣営にはさしたる因縁はないし、戦う必然性もない。故に、両者間では対話なぞ成り立つ筈もなく、単なる言葉と暴力の応酬に終始する他しかなかった。

 容赦ない熱風と衝撃がアクロス達を襲う中、その隙間を縫うようにしていち早く脱したユナイトが、銃型武装・フュージョンマグナムを構えながら、ボマーオリジオンに向かって突撃する。

 

「散々爆撃は受けたんだ!お前の爆撃の癖は見切っている!」

「クソがっ!」

 

 ユナイトのフュージョンマグナムの銃口から放たれた光弾を、ボマーオリジオンは超小型のプラスチック爆発を投げて防ぐ。

 そして、光弾が当たった衝撃で起爆した爆弾の爆風に乗って、ボマーオリジオンは上に飛び上がると、そのまま急降下してユナイトに蹴りをお見舞いする。

 

「とりゃあっ!」

「ぬうっ………………!」

 

 しかしユナイトは、ボマーオリジオンの足を掴んで跳び蹴りを防ぐと、そのまま力の限りボマーオリジオンの身体を振り回し、後方へと投げ飛ばした。

 投げとばされたボマーオリジオンが到達する、その着弾点。素早く次の行動に映るべく、そこに目をやったボマーが見たのは、煤まみれになりながら剣型武装・ツインズバスターを構えたアクロスであった。あの爆発の嵐を、アクロスは耐えきっていたのだ。

 滞空しているが故に体勢を整えられないボマーオリジオンの正中線に滑り込むかのように、アクロスのツインズバスターの刃が振り下ろされる。

 

「つぉあああああああっ⁉ 」

 

 火花と血をまき散らしながら、ボマーオリジオンが地面に叩きつけられる。実際には身体はまだ繋がって入るが、一瞬だけ、身体が真っ二つになったかのよな感覚がボマーの全身を包み込む。まるでスイカ割りのスイカのような気分だ。

 

「ふざけんなよ……何も知らないくせに俺の前に立ちはだかるんじゃあねえよ!」

 

 地面に叩きおとされたボマーオリジオンは、なおもアクロスに掴みかかろうとする。

 そもそもこれは、赤浦健一と青島慈愛の問題なのだ。そこに仮面ライダーもAMOREも、ギフトメイカーでさえも入る余地はない。

 それをわかろうとしない他者に、彼は怒りを燃やしている。

 全てを灰に返す勢いで、ボマーオリジオンはアクロスの胸倉を掴み、拳を振り上げる。

 しかし、

 

「わったし忘れんなあっ!」

「ぼべっ⁉ 」

 

 仮面ライダーたちよりやや遅れて爆風を突っ切ってきた唯が、ボマーオリジオンの頬を思いっきり引っ叩いた。

 ぱっと見は、なんてことのない、生身の人間の平手打ち。しかし今の唯は、もう既にただの守られるべき普通の人間ではないのだ。叩かれたボマーオリジオンは、猛烈な勢いで吹っ飛んで死体の海に頭から突き落とされる。

 

「唯っ⁉︎ 大丈夫だったか⁉︎ 」

「大丈夫!全然ピンピンしてる!」

「はっ……ばあっ……」

 

 近くに転がされていたAMORE隊員の死体を乱雑に蹴飛ばしながら、死体の海から起き上がるボマーオリジオン。

 アクロスは唯の無事を確認すると、ボマーの方に向かって瓦礫の山を降りてゆく。

 

「レイから聞いたよ、お前のことは」

 

 ここでようやく、アクロスがボマーオリジオンの言葉に反応した。

 

「その上で、お前を止めるって決めたんだ」

「何様のつもりだよお前……ふざけんのも大概にしろよ」

「レイは俺達に助けてくれって頼んできた。だから、応えなきゃいけないんだよ。それが、逢瀬瞬——仮面ライダーアクロスの生き方なんだ!」

 

 言葉を紡ぎながらボマーのすぐ前まで辿り着いたアクロスは、そのままボマーを思い切り殴りつけた。鈍い音を立てて、立ち上がったばかりのボマーオリジオンが膝をつく。

 しかし、彼にも意地がある。ボマーオリジオンは膝をついたまま、アクロスの腹目掛けて拳を叩き込む。

 すると、ボマーの拳がアクロスに触れた瞬間、そこを中心として凄まじい爆発が発生した。

 

「俺は爆破の化身だ。爆弾生成だけで無く、肉体全体を起爆させることだって造作もないんだぜ?」

 

 熱風で全身を焦がされながら、勝ち誇ったように笑うボマーオリジオン。

 ここまでの連戦で疲弊した所に、ゼロ距離の爆発をモロに受けたのだ。仮面ライダーといえども、これだけやれば戦闘不能は確実だろう。ボマーはそう思いながらほくそ笑んでいた。

 が、

 

「勝ち誇るのはまだ早いだろ……捕まえたぞ、赤浦!」

 

 ガシリと。

 ゼロ距離での爆発をモロに喰らったはずのアクロスは、倒れることなく、ボマーオリジオンの腕を掴んでいた。

 よくみると、アクロスの全身がまるで鉄のような光沢と質感に変わっている。ボマーオリジオンはそれをみて、ある可能性に至る。

 

「メタル化っ……!そうか、ブレイドの力を使えるという事は——!」

「そうか、お前転生者だからわかるんだよな……俺より詳しいもんなぁ……ブレイドの力についてさっ!」

 

 今のアクロスは、ブレイドの力を使うことができる。ならば、ブレイドの持つラウズカードの力を使うことができるのは容易に想像がつく。

 ブレイドの所持するラウズカードには、全身を硬質化させる“♠︎7:METAL”のカードが存在する。アクロスはその力を使い、爆発を防いだのだ。

 

「今だ2人とも!」

 

 ボマーオリジオンを掴んだまま硬質化を解除したアクロスが、後ろに向かってそう叫ぶ。

 するとアクロスの背後から、ユナイトと唯が同時に飛びかかってきた。

 

「てりゃあっ!」

「なんかすごい風圧パンチっ!」

 

 ユナイトのフュージョンマグナムによる射撃と、唯の正拳突きによって発生した凄まじい風圧が、アクロスの肩越しにボマーオリジオンに命中する。

 ボマーオリジオンは血反吐を吐きながら吹っ飛ばされてゆき、地下駐車場の柱にぶち当たって地面に倒れる。

 

「トドメだッ!」

 

 ヨロヨロと立ち上がったボマーオリジオンに、間髪入れず殴りかかろうとするユナイト。

 しかしその拳は、ボマーオリジオンに受け止められてしまう。

 

「調子乗るのも大概にしとけよ。ハナから俺たちは対話する必要がない関係性だ。つまんねー会話のキャッチボールよりかは、暴力と主張のドッヂボールの方がお似合いだとおもわねーか?」

「何が言いたい?」

「殺し合い継続だっつってんだろーがこの馬鹿どもがっ!シアーハートアタック、起動せよっ!」

「後ろだ、伏せろっ!」

 

 ユナイトは言葉を受けて、アクロスは反射的に身を屈める。

 すると、瓦礫の山をぶち破りながら、けたたましい咆哮を轟かせ、巨大な骸骨を乗っけたキャタピラの怪物が現れた。

 ボマーオリジオンはユナイトの手を振り払ってそいつに飛び乗ると、その怪物——アナザー・シアーハートアタックに命令する。

 

「焼き払えっ!」

 

 ボマーオリジオンがそう命ずると、アナザー・シアーハートアタックは、悍ましい唸り声を上げながら、空っぽの眼孔や鼻腔、口内といった、至る所から灼熱の炎を放出しだした。

 一瞬にして、半壊した地下駐車場が火の海に包まれ、死体と瓦礫と炎が散乱する地獄絵図が生み出されてゆく。まるで、絵の具まみれのキャンバスの上から更に大量の絵の具を塗りたくるかのような暴挙だ。

 

「くっ……」

「熱いっ……めちゃくちゃ熱い!」

 

 全方位から迫り来る凄まじい熱波に、アクロスも唯も顔をしかめずにはいられない。

 そんな彼らの姿を見下ろしながら、口から血を垂らしたボマーオリジオンは、両手に爆弾を手に持って高らかに叫ぶ。

 

「さあ、第二ラウンドと行こうか……邪魔ばっかりでいい加減ウンザリしていたんだ。俺はお前らを殺して先に行く!こんなクソッタレた障害物レースなんぞ、全部消し炭にしてやるよ!」

 


 

 

 アナザー・シアーハートアタックの火炎放射により、地下駐車場は火の海と化した。

 そして、その熱波は、離れた位置にいたアラタ達にも容赦なく襲いかかってきた。

 

「あっつぅ⁉︎ アカンこのままじゃ焼け死ぬぅ!」

「カード燃えるって!やばいって!」

「兎に角逃げるぞ!皆、俺についてこいっ!」

 

 このままではみんな仲良く真っ黒焦げ不可避だ。

 そんな結末は当然嫌なので、剣崎の先導の元、アラタ達は来た道を引き返して地下駐車場を後にする。

 火の手が回っておらず、まだ出口が塞がっていない方へと走る一同。

 その途中、セルティがある事を思い出していた。

 

『私はあれを知っている——アレは今朝のヤツだ 』

「知ってるのセルティ?」

「朝わたしたちを追ってきたバケモノだよ。あれっきり姿を見せないと思ったら——あれ、ボマーの一部だったんだね」

「一部……⁉︎ 」

 

 律刃の言葉を聞いたアラタは、地下駐車場の出口へと通じるスロープを駆け上がりながら、熱波に包まれた後方を振り返る。

 

(マジで規格外すぎんだろっ……!だいたい、転生特典に“キラークイーン”を持ち込むとか馬鹿だろ⁉︎ 逢瀬も唯も、あんなのに勝てるのかよ……⁉︎ )

 

 転生者であるアラタは、ボマーオリジオンの転生特典を知っている。それ故に、恐怖せずにはいられない。

 しかし、友としては、彼らの勝利を願わずにはいられない。

 どんな無茶な相手だろうと絶対に撃ち破り、そして皆で帰るのだ。そう、約束したのだから。

 

(頼む……死ぬんじゃねーぞお前ら……!)

 

 望みは託された。

 それが叶うか否かは——直に明らかとなる。

 

 


 

 プラネットプラザ 地下駐車場

 

 火に包まれ、原型を留めないレベルで崩壊した地下駐車場。

 そこに唯一立つ人影があった。

 

「ははははははははっ!やったぞ!もう俺を止める奴は誰もいねえ……!全て爆破して、俺の愛の正しさを証明するだけなんだっ!」

 

 アナザー・シアーハートアタックの上に乗りながら、ボマーオリジオンは大笑いしていた。

 先程から、プラネットプラザ全体が小刻みに振動している。激闘に次ぐ激闘の余波であちこちがボロボロになっているため、建物自体の耐久性に限界がきているのだ。このままだと、数分以内にプラネットプラザは倒壊するだろう。人のいない閉店後でよかったというべきか。

 ここまでやったのだ。仮面ライダー共も、もう死んでいてもおかしくないはずだ。眼下に広がる火の海を眺めながら、ボマーオリジオンはそう思っていた。

 が、彼らのしぶとさはボマーの想像を遥かに超えていた。

 

「ふぅ……」

「⁉︎ 」

 

 むくりと、火の海の中で何かが立ち上がった。

 それを見たボマーオリジオンは、信じられないものを見たような顔をする。

 彼の視界の先、火の海の中で佇むモノ。それは、ひとりの少女だった。

 

「………………」

 

 ボマーオリジオンは、その少女を知っている。

 諸星唯。

 転生者でもないにもかかわらず、仮面ライダー達と共に自身に食らいついてきた、得体の知れない存在だ。

 彼女の服装は、先程までの肩出しパーカーとはうってかわり、ぴっちりしたレオタード風の衣装の上にメカめかしい装甲がくっついたという、まるで何処かの変身ヒロインかなんかの様な格好となっていた。

 誰もがそれを見れば、笑ってしまうだろう。

 しかしボマーオリジオンは、その変化を真剣に受け止めていた。アレが単なるコスチュームチェンジのはずが無い。きっと何かがあるはずだ。

 

「なんだ小娘……なんなんだよ、その姿」

「私も知らないよ」

 

 ボマーの言葉に、短く返す唯。

 その顔は、未だに闘志に燃えていた。

 

「でも、これがきっと私の力なんだよね。なら私は、精一杯振るわせてもらうよ」

 

 それは、独り言に近しい言葉だった。

 まるで何かを確かめるかのような。はたまた自分に言い聞かせてているかのような。そんな、ただの通過儀式であった。

 そして、唯の言葉に呼応するかのように、火の海の中から、新たな人影が立ち上がる。アクロスとユナイトだ。装甲の表面に焦げ跡を作りながらも立ち上がる2人のライダーに、ボマーは思わず身震いしてしまう。

 

「お前らまで……なんで……」

「倒れるわけないだろ……コッチもお前を倒して皆で帰るんだよっ!」

「ようやくお前を裁ける。この騒乱も、片がつく」

《FINAL UNION PUNISH!》

 

 ユナイトは、腰のホルダーから龍騎ライドアーツを取り出すと、フュージョンマグナムの銃身上部のスロットに装填する。

 

「フゥ————————-」

 

 唯は、腰を深く落として、拳を構える。

 その拳には、緑色の光が集まりつつあった。

 

《RAUZING CROSSBREAK!》

 

 アクロスはドライバーに装填していたブレイドライドアーツを抜き取ると、ツインズバスターの柄にあるスロットにブレイドライドアーツを装填し、剣を構える。

 すると、ツインズバスターの刀身に、青白い稲妻が纏わりつき始める。

 

「くそっ!アナザー・シアーハートアタック!もう一度焼き払えっ!」

「お前、自分の愛を証明したいんだったよな」

 

 ライダー達が必殺技を撃とうとしているのを見て、慌ててアナザー・シアーハートアタックに命じて今一度焼き払おうとするボマーオリジオン。

 しかし、そんな彼の声を、アクロスが遮る。

 アクロスはツインズバスターを構えながら、ボマーオリジオンの全てを否定する言葉を放った。

 

「悪いけど、お前の愛は叶わないよ、ボマー」

 

 刃と共に突きつけられる現実。

 次の瞬間。

 電撃を纏った斬撃と、龍のオーラを纏ったビームと、緑の光に包まれた衝撃波。

 それら全てが同時に、ボマーオリジオンの身体を貫いた。

 そして、

 

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ⁉︎ 」

 

 ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ‼︎‼︎‼︎‼︎ と。

 凄まじい音を立てて、ボマーオリジオンは爆発した。

 

 

 





次回、池袋編ラストです。


■ボマーオリジオン/赤浦健一
転生特典:キラークイーン(ジョジョの奇妙な冒険)
イスタ開発に携わった科学者・赤浦健一が変身するオリジオン。いつギフトメイカーと接触したのかは不明。
爆弾を自在に生み出す能力を持つ上、素の戦闘能力も非常に高い。
奥の手として、巨大な髑髏戦車であるアナザー・シアーハートアタックを生成する能力を持つ。アナザー・シアーハートアタックは、触手や火炎放射による高い全滅能力を持つため、単騎での撃破は至難の業だ。


次回 そして朝は訪れる


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第39話 AM6:00/そして朝は訪れる

池袋編、終わりました。
書き初めが昨年7月なので、かなり長い事かいてましたねぇ!


 

 

 摩天楼の隙間から、朝日がアスファルトを照らしている。

 赤浦健一は、這う這うの体で雨上がりの街を歩いていた。

 既に彼にはオリジオンとしての力——転生特典は無い。仮面ライダー達の力によって、彼の力の根源は破壊されたのだ。今の彼は、前世の記憶を持つ点を除けば、肉体的には普通の人間だ。

 

「まだだっ……今回は負けたが、まだ次があるんだよっ……! 」

 

 仮面ライダー達の必殺技を受けた彼は、勢いよくプラネットプラザから吹き飛ばされていた。しかしそのおかげで、こうして逃げ仰せている。

 満身創痍だが、まだ死んではいない。生きている限りチャンスはある。

 そんな希望を胸に、赤浦は傷ついた身体を引きずりながら、朝焼けの中を歩いていた。

 しかし。

 (せいぎ)は、赤浦(あく)を見逃さなかった。

 

 

 

「……よう」

 

 歩道橋の終端。

 そこに、平和島静雄(ばけもの)が、居た。

 

 

「……なんだお前」

 

 歩道橋を塞ぐように立っているバーテン服の男に、赤浦はガンを飛ばす。

 静雄の背後には、色々と諦めたような顔をしたドレッドヘアーの男性の姿をも確認できる。

 

「退けよ。往来妨害でサツに突き出されてーか」

 

 赤浦は、ヨロヨロと歩を進める。

 こんなことをしている場合ではない。早くこの街を離れ、再びイスタとレイを破壊する為の準備を始めなければならない。

 血を流しながら、赤浦は静雄を押し除けて進もうとする。

 その時、静雄が口を開く。

 

「セルティのやつから聞いたよ。あの爆発、お前がやったんだってな」

「…………? 」

 

 静雄の台詞に、赤浦は首を傾げる。

 はて、自分はこの男に何かしたのだろうか?

 心当たりがないのも無理はない。赤浦が爆殺していたのは、苛木配下の元AMORE隊員のみ。静雄は単に、それに巻き込まれただけの被害者でしかないのだ。

 

「結構大変だったんだぞ? 服は焦げるわかるく火傷するわ瓦礫ぶち当たって血流すわ……よくもやってくれたよな、お前」

 

 ピキリと、静雄の顔に青筋が浮かび上がる音がした。

 その瞬間、ゾクリと赤浦の背筋が凍りつく。これは恐怖だ。今自分は、目の前の男に恐怖しているのだ。

 静雄は青筋を立てながら、赤浦の腕を掴んで締め上げる。

 

「一応知り合いから、テメーがボコボコにされたって聞いたから、ある程度は抑留下がった……と思いたかったんだが、やっぱ気が済まねえんだわ」

「何が言いたい」

「お前……因果応報って言葉、知ってるよなァ? 」

 

 朝日に照らされ、静雄のサングラスが光る。

 直後。

 

 

 メタバキドグシャメメタァバコスカズバシャンッ‼︎‼︎‼︎ と。

 聞くに耐えない盛大な音を立てて、今宵の騒動の根源に、池袋(まち)の洗礼が降り注がれた。

 彼の愛は、この街からも見放されたのだ。

 

 


 

 

 同時刻、プラネットプラザ前。

 セルティが、ふと何かに気づいたかのように空を見上げた。

 

『終わったみたいだな』

「……なにが? 」

『静雄がボマーにトドメを刺したってさ。ほら、静雄のやつ、ボマーの爆破殺人に巻き込まれて凄く怒ってたから』

「うん、わたしたちがメールしておいたもんね」

 

 どうやら、律刃がメールで静雄に連絡したようだ。

 オーバーキルもいいところだ。

 

「ネットで聞いたことあるよ……池袋の怪物バーテンダー。あれマジの話だったのか」

「この街も、武偵高校に負けず劣らずの魔境よね……」

 

 それを聞いたキンジとアリアは、改めてこの街の異常っぷりに戦慄するのだった。もう当分は池袋に行きたくないと、二人は強く思っていた。

 周囲では、くたくたになってベンチに背中を預けている遊矢だったり、バイクに寄りかかって一息をついている剣崎だったり、洗脳が解けて気絶したAMORE隊員をボコそうとして、三浦に羽交締めにされてるステハゲだったりと、いろんな方法で戦いの幕引きを噛み締めている各々がいた。

 そして、その横。

 

「……うん? 」

 

 地べたにしゃがみ込んだ瞬の前。

 そこには、レドによってカードにされた者達——湖森、トモリ、レイ、イスタの姿があった。

 ボマーオリジオンを倒した後、瞬達はレド——ブレイドオリジオンを問い詰めて、湖森達のカード化を解く術を聞き出そうとした。しかし、彼はいつの間にか姿を消していたのだ。やはりギフトメイカー、中々に逃げ足が早い。

 途方に暮れた一同だったが、ある方法があった。

 それは、

 

「あれ、わたし……確かカードにされていた筈。なんで……」

「お前らが封印されていたカードを、ブレイラウザーに読み込ませたんだ。アイツがブレイドなら、同じブレイドの力でなんとかなるんじゃないかって思って。そしたらドンピシャだったってワケよ」

 

 困惑する湖森に、意気揚々とアラタが説明する。

 そう、オリジオンといえども、レドも曲がりなりにはブレイド。ならばその力は、本物の仮面ライダーブレイドと何らかの形で相互性があるに違いないと、アラタは考えたのだ。これは、彼が転生者であるが故に思いつけた解決策だ。

 湖森は、身体を起こす。

 そして、自分を見つめている兄の方を向く。

 

「……おかえり」

「ただいま」

 

 兄妹は半日ぶりに、挨拶を交わし合う。

 

「帰ろう、みんなで」

「うん」

「その前に事情聴取だけどなー」

「まじか……まあ仕方ないよね」

 

 いつのまにか周囲には、何台ものパトカーや救急車、消防車が集まっていた。あれだけ派手に暴れたのだ、これで警察や消防がこないなら先進国として終わっているだろう。

 一体どうやって説明すべきだろうか。

 待ち受けているであろう事情聴取を想像して気が重くなりながらも、瞬達は日常へと歩き出す。

 目の前には、目が眩むほどに眩しい朝日が輝いていた。

 

 


 

 プラネットプラザ1階 食料品売り場

 

「げほっ……! ぐふっ……! 」

 

 ボマーオリジオンが倒れたのと同時刻。

 食料品売り場のワゴンの上にぶっ倒れていたリイラは、意識を取り戻すなり、その口から血を吐き出した。

 ガシャン! と大きな音を立てながら、リイラはワゴンの上から降りる。

 身に纏っていた綺麗なゴスロリ衣装は、破れたり血に濡れていたりと、戦闘の余波で見るも無残な有様と化していた。

 しかし、ボロボロにされながらも彼女は笑っていた。

 

「予想以上にやるじゃん……おまけにこの感じ……ひょっとして覚悟決めちゃった系? 」

 

 不思議なことに、リイラは離れた位置で起こった唯の覚醒を感じ取っていた。

 リイラは床に転がった青果達を踏み潰しながら歩くと、近くに陳列してあったリンゴに齧り付く。ジャリジャリとリンゴを芯ごと齧りながら、リイラはご機嫌そうにあたりをうろちょろする。

 

「いいよねー、強くなってるよねー。まじ最高なんだけど」

 

 あの時。

 唯の中で目覚めた“彼女”に、リイラは瞬殺された。

 たった一回の蹴りで、リイラは沈められたのだ。

 だが、彼女は笑っていた。

 

「しかし、あの子は強かったなー。まさか私がワンパンで沈められちゃうなんて。ま、その方が食べ応えあるもんね」

 

 リンゴを完食したリイラは舌なめずりをしながら、出口の方向へとフラフラと歩き出す。

 その顔は笑っている。まだ見ぬ逸材に興奮している。

 

「さて、次はもっと楽しませてほしいわ☆」

 

 ゾッとするような笑みを浮かべながら、リイラは朝日に照らされた外へと歩き出した。

 

 


 

 同時刻

 

 身体を揺すられながら、セラは目を覚ました。

 

「……私は一体」

 

 気づけば、彼女は鎧姿のまま地面に倒れていた。

 空を見ると、とっくに雨は止み、日は登り始めている。

 先程まで自分は何をしていたのだろうか? なんだかやたらとズキズキと痛む頭を抑えながら、セラは雨に濡れた身体を起こす。

 彼女が身体を起こすと、とある人物がそばに居ることに気づいた。

 

「ようやく目を覚ましたか」

「お前は……」

 

 それは、赤いフレームの眼鏡をかけた、灰色の髪の青年だった。季節外れの赤いマフラーとタートルネックに、素足のままスニーカーを履いていたりと、服装はほんのりとイカれている。

 セラは、彼の顔を何処かで見たことがあるような気がするが、どうも思い出せない。

 セラが呆然としていると、青年の方から名乗ってきた。

 

「私は赤馬零児。少なくとも君の敵ではない」

「……そうか思い出した。お前は確か、ギフトメイカー側の決闘者(デュエリスト)を引き受けていた奴だな」

 

 名前を聞いて、セラは零児のことを思い出したようだ。まあ、彼女は零児とは会話していない為、覚えていないのも無理はないだろう。

 

「教えてくれ、あの後……私はどうなった? 」

 

 セラは、頭を抑えながら零児に尋ねる。

 

「残念だが、私では君の質問に答えることはできない」

 

 しかし零児は、セラの質問に対して首を横に振るだけだった。

 

決闘(デュエル)の途中だったので、事の推移は分からない。私が駆け付けた時には、ここで君が倒れていた」

「そうか……」

「先程遊矢達がここから出ていくのを見た。どうやら、全て終わったようだな」

 

 それを聞いたセラは、頭を抑えながら自嘲気味に笑った。

 

「騎士失格だな、私は。何も出来ずに、無様に倒されるとはな」

「それは違う。見たところ、君の身体はそこまで負傷していない。倒されたというより……力尽きたといった方が適切だろう」

「たいして変わらないさ。私は最後まで戦い抜けなかった。護神騎士失格だ」

 

 セラは、自らの力不足を悔やんでいた。

 騎士として人を守る為、最後まで立ち続けなければならないというにも関わらず、先に戦闘不能になってしまった。これほど惨めことはそうそうないだろう。

 硬く握りしめた拳に、悔し涙がこぼれ落ちる。

 こんなのではダメだ。もっと強くならなくては。

 そう何度も脳内で反芻しているセラを、零児は暫しの間、無言で見つめていた。

 そして、ふと思い出したかのように、こう言った。

 

「悔しがっているところすまないが、ひとついいか? 君、帰る場所がないのだろう? 」

「! 」

「どうしてわかった、とでも言いたそうな顔だな。なに、簡単なことだ。以前私は、君と似たような顔をした者と関わったことがあってね。それ故に君の事情を察することができた」

 

 微笑みながらそう言った零児を、セラは警戒の眼差しで見つめていた。

 この男は、明らかに只者ではない。王としての、人の上に立つものとして有しているべき風格を、彼は持っている。

 純粋な戦闘能力で零児を捩じ伏せようと思えば出来そうだが、それはセラの騎士道に反するし、そもそもそれは悪手だとしか思えない。ここはひとつ、話を聞いてみるのが最善だ。

 そう判断したセラだったが、零児の次の一言は、彼女にとって意外なものだった。

 

「もしよければ、手を組まないか? 」

 

 突然の申し出に、セラは困惑した。

 そしてすぐに、彼女は警戒心をむき出しにする。

 

「……なぜ私に協力しようとする? 」

「私はこの世界を守りたい。我々も転生者とやらには手を焼いていてね、少しでも彼らに対抗できる戦力が欲しい。それに、君もなんの手がかりもないまま、別の世界で人探しを続けるのは大変だろう? 我が社の力を使えば、君の目的ももっとスムーズに果たせると思わないか? 」

「っ! 何故お前がそれを知っている⁉︎ 」

「舞網市は我がレオ・コーポレーションの手の中にある。君が舞網市内で人探しに奔走していたのは、街の監視網を通じて把握している。勿論、()()()()()()()()()()()()()()()()、だ」

 

 セラは、零児の言葉に何も言えなくなってしまった。

 こいつには全てバレている。セラが別の世界の人間であることも、この世界に来た目的も。一介の騎士と大企業のトップという立場の違いが、両者の間に圧倒的な差を生んでいた。

 

「どうする? 別に断っても構わないが」

「…………」

 

 零児の申し出を受けたセラは、深く考えこんでいた。

 少なくとも、赤馬零児は敵ではない。だが、安易に彼を信じても良いのだろうか? シチュエーション的には明らかに怪しさ満載だ。

 しかし、彼の持つ立場の力というのは侮れない。彼の言うとおり手を組んだ方が、セラの目的である■■■■■■■の捜索も捗るのではないだろうか。事実、この世界に来て3ヶ月が経とうとしているというにも関わらず、彼女の目的は全く果たせてはいない。自分の世界の為にも、これ以上時間はかけたくない。

 セラは悩む。信じるか信じないか、二つの選択肢の間で揺れ動く。

 そして、しばらく考えた後。

 

「……いいだろう。せいぜい利用させてもらうさ」

「構わない。元よりそのためにこの話を持ちかけたのだから」

 

 そう言うと、両者は互いに不敵な笑みを交わし合う。

 信じるに足る足らないは関係ない。目的の為ならばなんだってすると、出発の際に誓ったのだから。

 セラは零児の手を借りながら立ち上がると、零児に連れられるがまま、近くに止めてあったリムジンに乗車する。

 

「ひとまず、我が社まで来てもらおう。詳しい話はそれからだ」

 

 2人を乗せたリムジンが走り出す。

 それは、新たな交わりの始まりだった。

 

 


 

 少し前

 プラネットプラザ・屋上駐車場

 

 ボマーオリジオンが倒される少し前。

 仮面ライダーサイガに変身した灰司は、イガリマオリジオン——バルジと絶賛交戦中だった。

 

「死ねっ! バルジィ! 」

 

 ズバババババババッ‼︎ と。

 サイガはフライングアタッカーで飛行しながら、地上のイガリマオリジオンに向かってフォトンブラッドの光弾を掃射する。

 それに対しイガリマオリジオンは、手に持った大鎌を器用に取り回しながら、放たれた光弾を弾き飛ばしてゆく。

 

「ほらほらぁっ! 」

 

 イガリマオリジオンはチンピラめいた声をあげながら、背中のローブを何本もの触手に変化させると、それを伸ばして空中のサイガを捉えて引きずり落とそうとする。

 サイガは光弾を撃ちながら高速で飛行することで、触手を回避していく。

 が、

 

「ヴィアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ‼︎ 」

「何⁉︎ 」

 

 突然、新たなオリジオン——ハンドレッドオリジオンが下から現れ、飛んでいるサイガにしがみついた。

 

「こいつ⁉︎ 何処から現れやがった⁉︎ 」

 

 時速800キロで飛び回るサイガに屋上駐車場から飛び上がってしがみついてきたハンドレッドオリジオンに、サイガは動揺を抑えきれない。即座に振り落とそうとするが、オリジオンはサイガの足をがっしりと掴んで離さない。

 掴まれたサイガの足が、ミシミシミシ‼︎ と音を立てる。このままでは足が粉砕されるんじゃないかと思ってしまいそうなほどの、凄まじい握力だ。

 そして、その隙をイガリマオリジオンは見逃さなかった。

 

「落ちろ雑魚がっ! 負け犬は負け犬らしく地面でくたばってりゃあいいんだよォッ! 」

 

 イガリマオリジオンは、手に持った大鎌の刃を取り外すと、それをブーメランのようにぶん投げた。

 投げ放たれたそれは、雨粒を切り裂きながらサイガに向かって飛んでゆく。サイガは避けようにも、ハンドレッドオリジオンがしがみついているせいで思うように動けない。

 

「ぐああああっ⁉︎ 」

 

 投げられた刃のブーメランは、サイガの腰に巻かれたサイガドライバーを粉々に打ち砕いた。

 パワーの源であるベルトが破壊されたことで、灰司はサイガの変身が維持できなくなり、生身のまま落下を始めてしまう。

 

「終わったな」

「ヨッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ‼︎ 」

 

 灰司にしがみつきながら歓喜の声を上げるハンドレッドオリジオン。

 が、灰司はまだ終わってはいない。

 バラバラになって落ちてゆくサイガドライバー。その下から、全く別のベルト——ゴーストドライバーが姿を現した。灰司はもう一本のベルトをつけていたのだ。

 そのベルトには、すでに変身用のアイテム——眼魂(アイコン)が装填されている。

 

「変身ッ! 」

《カイガン! ダークライダー! 闇の力! 悪い奴ら! 》

 

 ハンドレッドオリジオンにしがみつかれながらも、灰司はゴーストドライバーのレバーを引く。すると、眼魂からパーカーのようなものが飛び出して被さり、灰司の身体を変身させる。

 落下しながらも、パーカーを纏った白い骸骨のようなライダー——仮面ライダーダークゴーストに変身した灰司は、そのまま両手で印を結ぶ。

 すると、ダークゴーストの全身から白い波動のようなものが解き放たれ、しがみついていたハンドレッドオリジオンの身体を思いっきり吹き飛ばした。

 

「バアアアアアアアッ⁉︎ 」

「テメェは引っ込んでやがれッ! 」

 

 悲鳴を上げながら吹き飛ばされてゆくハンドレッドオリジオン。

 ダークゴーストはそこに間髪入れず、サングラスを模した剣・サングラスラッシャーをぶん投げた。

 勢いよく投げられたソレは、音すら立てずに、ハンドレッドオリジオンの脳天に深々と突き刺さる。

 

「消えろ、これは俺とアイツの戦いなんだ」

 

 スタッ、と華麗に着地するダークゴースト。

 それと同時に、サングラスラッシャーが突き刺さったハンドレッドオリジオンの身体が爆発する。

 断末魔をあげながら落下してゆくハンドレッドオリジオンに、両者とも目もくれず、互いに睨み合う。

 

「あーあ、やっぱ弱いなー。ま、アイツは失敗作だったから別に構わねーんだけど」

 

 仲間が倒されたというのに、イガリマオリジオンは酷く淡白な反応だった。

 ダークゴーストは分かりきっているが、これがバルジという人間だ。兎に角自分本位でしか考えられず、他人のことなど気にも留められない、真正の人格破綻者。それが彼だった。

 

「邪魔者は消えた。続きをやろうぜ」

「まだやる気かよ……飽きないなぁっ! 」

 

 しぶとく自身に食らいついてくるダークゴーストを鬱陶しく感じたイガリマオリジオンは、彼を一撃で葬るべく、いつの間にか刃が戻ってきていた大鎌で斬りかかる。

 それは常人には反応不可能なほどの速さだった。

 しかし、ダークゴーストは違う。幾千もの戦場を潜り抜けてきた歴戦の狩人の目には、はっきりとイガリマオリジオンの動きが見える。

 

「テメェの動きは見切ってんだよッ! 」

 

 ダークゴーストは、振り下ろされた大鎌を最小限の動きで回避すると、そのままの流れでイガリマオリジオンの腕を掴む。

 そして、ゴーストドライバーのレバーを4回引く。

 

《ダイカイガン! ダークライダー! オオメダマ! 》

 

 すると、ドライバーから巨大な眼魂型のエネルギー体が勢いよく射出され、イガリマオリジオンに容赦無くぶち当たる。

 その余波は凄まじく、イガリマオリジオンにダメージを与えるにとどまらず、2人が立っていた周囲の足場を丸ごと破壊し、2人はプラネットプラザの3階へと落下してゆく。

 瓦礫と共に床に背中から衝突するイガリマオリジオンと、瓦礫を避けながら難なく落下するダークゴースト。

 

「この一撃で蹴りをつける」

「同感だ。いい加減俺様も帰りたくて仕方がないんだ」

 

 立ち上がりながら、ダークゴーストの言葉に強気に答えるイガリマオリジオン。

 イガリマオリジオン——バルジは、鬱陶しい灰司との戦いを終えて帰る為。ダークゴースト——灰司は、バルジを殺して復讐を完遂する為。抱いている思いは異なれども、これ以上この戦いを続けたくないという点では、両者は一致していた。

 

「終わりだ、バルジ! 」

《ダイカイガン! ダークライダー! オメガドライブ! 》

 

 ゴーストドライバーのレバーを一回引くダークゴーストと、大鎌を再び構えるイガリマオリジオン。すると、ダークゴーストの足とイガリマオリジオンの大鎌に、それぞれエネルギーが集約されてゆく。

 そして、両者は同時に動き出す。

 ダークゴーストは飛び蹴りを。イガリマオリジオンは鎌による一閃をそれぞれ放つ。

 激しい音と火花を周囲に撒き散らしながらぶつかり合う、ダークゴーストのキックとイガリマオリジオンの大鎌の刃。

 そして。

 重き因縁の籠ったその迫り合いを制したのは。

 

「ぜやああああああああああああああああああああああああああああああああっ‼︎ 」

 

 ダークゴースト、灰司だった。

 迫り合いに負けたイガリマオリジオン、バルジの手から鎌がこぼれ落ちると共に、迫り合いを制したダークゴーストのキックが、大鎌の刃を越えてバルジの身体に直撃する。

 

「グヌぎゃあああああああああああっ⁉︎ 」

 

 オリジオンとしての姿を維持できなくなったバルジは、断末魔をあげながら遥か後方へと吹っ飛んでゆく。天井からぶら下がる案内板を突き破り、エスカレーターを真正面から突き破り、まるでサッカーボールのように、全身ズダボロとなって床をバウンドする。

 漸くバルジが止まった後、カランと音を立てて、彼の頭のあたりから何かが零れ落ちる。

 それは1枚のDISCだった。銀色に輝くそれは、バルジから離れるように近くの階段に向かって転がってゆき、階段をつたって階下に落ちてゆく。それにダークゴーストが気付いた様子はない。

 ダークゴーストの変身を解いた灰司は、満身創痍のバルジの元に辿り着くなり、腰に携帯していた拳銃の銃口をバルジに突きつける。

 

「勝負あったな。これで……俺達の因縁も終わりだ」

 

 そう口にした灰司の声は、震えていた。

 それは復讐が成就する事に対する歓喜なのか、復讐完遂を前に昂った憎悪なのか、はたまた奪われたものを思い返したが故の落胆から来るものなのかは、灰司本人にも分からない。

 だが、油断は禁物だ。

 バルジの悪趣味っぷりは群を抜いている。死に際になってさえも、それは決して油断してはならないものだ。

 この時の灰司は、それを失念していた。

 

「なんちって☆」

「何……っ⁉︎ 」

 

 バルジがそう言った瞬間、灰司は反射的に身構える。

 が、一手遅かった。

 灰司が身構えるのと同時に、どこからか光の矢が飛んできて彼の脇腹に突き刺さった。

 

「ぬぐああああっ⁉︎ 」

 

 突き刺さった光の矢はすぐに霧散するが、矢の刺さった脇腹がみるみると赤く染まってゆき、灰司から立つだけの力を奪い去ってゆく。

 怨敵を前に、脇腹を抑えてその場に膝をつく灰司。

 そこに、カツンと、誰かの足音が近づいてくる。

 灰司が顔を挙げると、そこには黒い髪の少女が立っていた。しかしその目はレイラ同様に異様に充血しており、目元には幾何学模様じみた痣が浮かび上がっている。

 少女の名はレイナーレ。かつて不幸にもオリジオンの事件に巻き込まれたことがきっかけで、部下共々実験動物(モルモット)にされた哀れな堕天使だ。

 レイナーレはバルジに近づいてゆくと、無言で彼を担ぎ上げてゆく。

 

「やっぱ持つべき相手は優秀な奴隷だなぁ! 頼むぜレイナーレちゃん、俺様を連れて離脱するんだ! 」

「待ちやがれ……っ! 」

 

 灰司は脇腹の出血も厭わずにバルジに手を伸ばすが、それはレイナーレに担ぎ上げらたバルジには届くことはなかった。

 バルジを担いだレイナーレは、背中から堕天使の象徴たる黒い羽を出現させると、そのまま天井を突き破り、朝焼けの中へと飛び去っていってしまった。

 後に残されたのは、満身創痍の少年ただひとり。

 

「くそ……クソがっ! クソッタレがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ! 」

 

 穴の開いた天井から差し込む朝日の中に、少年の号哭がこだました。

 

 


 

 

 そして、これは完全なる余談。

 

 

 

数日後・逢瀬家

 

「隣に引っ越してきました~!相藤レイでええええっす!」

「今何時だと思ってんだこの針金野郎っ!」

「ぎょへんっ⁉ 」

 

 夜中に引っ越しの挨拶くる非常識人(レイ)に向かって、瞬は手に持っていた箒を槍投げの要領で思いっきりぶん投げてやった。

 胸のど真ん中にに箒の柄先が直撃したレイは、胸を押さえながら逢瀬家の玄関先に膝をつく。

 しかし、元はと言えば非常識極まりない行動をとった向こうが悪いのだ。あれで瞬より10歳近く年上とか信じたくないし、つくづく大人だからといってまともだとは限らないことを痛感させられる。レイといいトモリといい、なんでうちの周りの大人ってこんな奴しかいないのだろうかと、瞬は本気で自らの環境を嘆くしかなかった。

 レイがダウンすると入れかわりに、その傍らに立っていたイスタがレイに代わって謝罪をする。

 

「申し訳ございません……私は止めたのですけども、レイがここまで馬鹿だとは思わなくて」

「俺も正直驚いてるよ」

「なんか瞬、また変な人連れ込んでるね」

「うんうん」

 

 イスタと瞬がレイの奇行に呆れていると、騒ぎを聞きつけたネプテューヌとヒビキが、リビングから顔だけを出して好き勝手なことをほざく。

 こっちだって好きで連れ込んでいるわけではない。向こうから勝手に上がり込んできたのにこの言い草はないだろう。

 

「私がこうしてレイといられるのは、皆さんの尽力があってこそです。深く感謝申し上げます」

「まあ、なんだ。お前たちのおかげで、俺は大事なもんを3度も失わずに済んだ。本当にありがとう、そして、これからよろしくな」

 

 レイは胸を押さえながらなんとか立ち上がり、握手を求めてくる。

 瞬も一応先ほどの箒投げで、夜間訪問に対する制裁は終えたので、挨拶ぐらいは応じてやるか、と差し出された手を取る。

 なんとも格好悪くてしまらない挨拶だけども。

 レイの抱く感謝の念は、握手を介してしっかりと瞬に伝わった。

 

 

 数多もの勇士達が血を滲ませた戦いの果てに守られたものは、今確かに瞬の目の前にある。

 その事実は、少年を笑わせるには充分だった。

 

 

 

 

 

 

 




池袋編、完結っ!
ですがまだ1章は終わりません。
次回からがほんとのラストです。バルジゆるさねぇ!


■ハンドレッドオリジオン/カワラーナ
転生特典:ハンドレッドパワー(TIGER&BUNNY)
捕らえられた堕天使を使って生み出されたオリジオン。バルジに新しい実験動物。
強靭な肉体を持つが、知性は低い。
純粋な戦闘能力しかもたない、完全無欠の失敗作。



次回 その男、不倶戴天につき


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Requiem for the avenger
第40話 その男、不倶戴天につき


ついに来ました、バルジとの決戦編。そして第1章完結編です。
池袋編はイスタ周りがメインになってたので、コイツとの決着にむけて進めます。これ終わらせないと1章終われないからね。
長さ的には池袋編の半分未満にはなると思います。そこまで長くしないつもりですので、どうぞよろしくお願いいたします。





OP ステロタイパー/灯油feat.やまじ


 

 

 ゴールデンウイーク最終日がやってきた。

 すでに日が昇ったアパートの部屋の中で、無束灰司は目を覚ます。

 

「…………今日もまだ、だ」

 

 半分死んだような命にも、また新しい一日がやってきてしまった。洗面台で顔を洗いながら、壁に掛けてある時計を見る。時刻は午前8時ジャスト。

 朝食前に日課の筋トレを行おうとするが、腹筋を始めようとした途端に脇腹のあたりがずきりと痛んだ。灰司は顔をしかめながら服をめくると、その下には何重にも巻かれた包帯が存在していた。先日、池袋でバルジに逃げられる直前に、奴の配下となった堕天使(レイナーレ)につけられた傷だ。

 

「……クソが」

 

 傷を見ていると、思い浮かべたくもない怨敵の顔が浮かんできてしまい、灰司は朝から機嫌を悪くした。復讐を誓ってから、灰司の機嫌の悪くない日など皆無に近いのだが、今日は一段と悪いような気がした。

 が、ここでさらに灰司の起源を悪くする出来事が起きる。

 バルジの顔を少しの間でも忘れようと筋トレを始めようとした灰司だったが、その時、インターホンが鳴り響いた。しかも連打してやがる。

 灰司はハンガーに掛けていたAMOREの制服を羽織ると、舌打ちをしながら玄関に向かう。

 基本的に灰司はAMORE内外問わずぼっちであり、彼のところを訪ねる物好きなど、馬鹿みたいに灰司を慕って来る倫吾ぐらいしかいないだろう。なので、この時点で灰司は来客は十中八九倫吾だと踏んでいた。仮にそうでなくとも、朝から他人の家のインターホン連打する常識知らずには一言文句を言わねば気が済まない。

 繰り返されるインターホンの音にイライラしていた灰司は、文句を言いながら勢いよくドアを開け放った。

 

「おい倫吾!お前朝っぱらからなに迷惑行為してんだ!ちったあこっちの事情を考え……ろ?」

 

 文句を言いながら、灰司は気づいた。

 倫吾の手前にいる、もう一人の訪問者の存在に。

 藍色の髪を小学生くらいの女の子が、今にも泣きだしそうな、しかしどこか覚悟を決めたような顔で灰司のことを見上げていたのだ。

 灰司は少女を見つめる。彼女は一体何なのだ?倫吾のやつはどうしてこんな子供を自分のところに連れてきたのだ?返答次第では拳骨が必要になってくるかもしれない。

 灰司からの無言の圧力を受け取った倫吾はぶるりとその身を震わせる。なんというか、灰司の不機嫌メーターがみるみるうちに上昇していくのが目に浮かんできたので、倫吾は爆発する前になんとか事情を説明しようと試みる。

 が、それよりも早く、少女が灰司の手を取った。

 そして、頼み込んできた。

 

「お願いします!お姉ちゃんを助けてください!」

「――何?」

 

 

 


 

 

 行江飛鳥(ゆくえあすか)。それが彼女の名前だった。

 灰司が文字通り朝飯前だったので、3人は朝食がてら近くのファミレスに立ちより、そこで詳しい話をすることにした。

 テーブル席に案内された3人は適当に注文をし、

 

「この子は先日AMORE(うち)が保護した被災者っす」

「被災者だと?」

「はい」

 

 数多に存在する世界。しかしそれらは、常に崩壊の危機と隣り合わせの存在なのだ。時たま、ひとつ、あるいは複数の世界が滅茶苦茶になってしまうような大事件が起きてしまう。それは転生者が原因だったり、もともとそうなる下地が世界にあったりと、原因は多岐にわたるのだが、AMOREではそういった次元災害の被災者の保護や復興支援も行っている。

 だから、AMORE隊員である灰司からすれば、飛鳥の境遇は、日本人が街中で外国人を見かけた時に「ちょっと珍しいな」と思う程度のものだった。

 しかし。

 倫吾の次の発言で、その考えは崩れ去った。

 

「この子の世界は、既に滅ぼされているっす。バルジに」

「…………!」

 

 その名前を聞いて、灰司は思わずその身から殺気を漏らした。

 まただ。

 奴はどれだけの悲劇を振り撒けば気が済むのだろうか。

 いや、本人は無自覚なのだ。初めから善悪の物差しが欠如しているバルジは、自身の悪辣さに死ぬまで気付けない。

 

「わたしの居た世界は……お姉ちゃんとわたしを残してみんなアイツが壊していきました」

 

 曰く、彼女の居た世界はバルジの“実験”で滅亡した。奴が暴れだしたのをすぐに感知し、AMOREの部隊の応戦もむなしく全滅したとのこと。結果として、飛鳥と、彼女の姉である|薫(かおる)だけが生き残った。

 その後は姉妹揃ってAMOREで保護されていたのだが、数日前に薫が突如として保護施設から失踪。解析したところ、バルジが施設の職員を洗脳して彼女を連れ去る姿が監視カメラに記録されていた。洗脳された職員は、現在洗脳の解除方法を探るべく檻付きの病院に収監され、薫の行方を追跡しているとのことらしい。

 ここのところ、灰司はこの世界での仕事に追われていたため、こうして倫吾から伝えられるまで詳しい内容を知らなかったのだ。

 

「それで……飛鳥ちゃんはお姉さんを探しに行くって聞かなくて……俺の次元転移に引っ付いて無断でこっちに来ちゃったんすよ」

「……これだから子供は嫌いなんだ」

「俺達も世間一般では十分子供っすけどね」

 

 何の目的で薫を拉致したのかは考えたくもないが、悪趣味の擬人化とも揶揄されるバルジのことだ。どうせ人体実験でもするのだろう。アイツは他人の尊厳を踏みにじるのが生きがいのような奴なのだ。

 そして、薫はきっとまだバルジの近くにいる。レイラのケースからして、奴は自分の玩具は自分の手元に置いておこうとするはずだ。

 現在ギフトメイカーは、この世界を活動の中心に据えている。自分たちの邪魔をする仮面ライダーの排除に躍起になり始めた今、彼らがそれを放棄して別世界に逃げるということは考えづらい。

 彼らのような悪徳転生者は、一般的にプライドが重力圏を突破しており、自分以外のすべてを見下している。彼らは自分の思い通りにならないものは何が何でも排除するし、そのための力を持っている。そういう人種なのだ。

 だから、十中八九ギフトメイカーは、そしてバルジはこの世界にいる。

 コップを握る灰司の手が、怒りと憎しみで震えていた。しかしその時、ふとある疑問が浮かび上がり、その怒りを鎮める。

 

「……何故俺のところに来た?」

「…………」

 

 そう訊かれた倫吾は、都合悪そうに目を逸らす。てか、下手な口笛吹始めているし、汗をだらだらと流してやがる。

 この時点で灰司は確信した。倫吾(こいつ)の入れ知恵だと。

 倫吾の口の軽さは筋金入りだ。彼ならば、何を漏らしてもおかしくはない。

 ぶすぶすと、傍にあったフォークで軽く倫吾の手を刺しながら、一体どういうことだと問い詰める灰司。一応倫吾はまだ怪我が完治していないのだが、そんなことはどうでもいい。痛みと恐怖に震えながら、倫吾は必死に言い訳をする。

 

「お、俺さあ……ちょくちょく飛鳥ちゃんと薫ちゃんに会いに行ってたんすよ。それで、先輩のこともちょろっと話してて……」

「お前の口の軽さは矯正が必要なようだな。縫うかはんだ付けされるか、どっちか選べよ?」

「いやホント反省してます!してますからあ!はんだ付けとか洒落になんないっすよ⁉ 」

 

 倫吾の言い訳を聞いて、灰司は呆れるほかなかった。

 仮にも警察組織(のようなもの)の一員だというのに、倫吾はすぐベラベラと喋ってしまう。コイツの辞書には守秘義務という単語が多分載っていないのだろう。先輩として一度くらいバチボコに説教せねばなるまい。

 そう息巻いていた灰司だったが、それを遮るように、飛鳥が灰司の手をとって頼み込んできた。

 

「灰司さん、とても強いんですよね?それに、アイツのことも知っている……それなら、わたしたちの気持ちもわかると思います」

「…………」

「お姉ちゃんを取り返してください! わたしにとっての、残された唯一の家族なんです! 」

 

 涙を流しながら懇願する飛鳥。

 しかし灰司は、

 

「どうでもいい」

「え?」

「俺は俺の為だけにヤツを殺す。お前の事情なんか知ったことか」

 

 少女の願いを、冷たく突き放した。

 願いを突き返された飛鳥は、涙を流しながら呆然としている。見かねた倫吾が文句を言おうとするが、それを遮る様に、灰司はテーブルを強く叩く。

 そのあまりにも大きな音に、店内が静まり返る。

 

「これは俺とバルジの問題だ。余計なもん持ち込もうとするんじゃねえよ」

「先輩?どこ行くんすか⁉︎ 」

「仕事だ。倫吾、そいつの御守はお前がやれよ」

「ちょ、先輩⁉ 」

 

 倫吾が何か言おうとしていたが、そんなことに付き合っている暇はなかった。

 灰司は自分の食べた分の代金を倫吾に押し付けると、さっさと店を出て行ってしまった。

 頼みを突っぱねらた飛鳥はというと、

 

「っ! 」

「まっ、飛鳥ちゃんまで……つ⁉︎ 」

 

 倫吾の制止も聞かずに、泣きながらファミレスを飛び出していってしまった。

 

「どうすりゃ良いんだよ……」

 

 それを見て、慌てて立ち上がる倫吾。

 狼狽えている場合ではない。見失ってしまう前に、一刻も早く飛鳥を追いかけなければならない。

 倫吾は急いで支払いを済ませると、病み上がりの身体に鞭打ちながら、飛鳥を追いかけて走り出した。

 

 


 

 同時刻 逢瀬家

 

「よう、遊びに来たぜ」

「フシャアアアアアアアッ!」

「ぎょええええええええっ⁉ 」

 

 逢瀬家に遊びに来たレイは、玄関扉を開けた瞬間、猫に思いっきり顔面を引っ掻かれた。 

 

「こらっ!なにやってるのさ⁉ それは爪とぎ用に板じゃないんだって!」

「ネプテューヌが寝坊して朝ごはん用意しなかったから気が立ってるんだよ……ごめんね」

 

 騒ぎを聞きつけてパジャマ姿のまま階段を駆け下りてきたネプテューヌが、興奮気味に何度もレイを引っ掻く猫を慌てて引き剝がす。猫はレイから引き剥がされて瞬の腕の中に納まってもなお爪を立てている。率直に言って殺意高すぎる。

 猫に引っ掻かれてぶっ倒れたレイを介抱しながら、イスタが挨拶代わりに説明を加える。

 

「レイは昔から動物に嫌われやすい体質なんです。犬に噛まれた回数は数知れず、酷い時は動物園を脱走したパンダにゲロかけられたこともあったんですよね」

「解説は良いから治療プリーズイスタぁ……大丈夫?俺顔面崩壊してない……?」

「大丈夫です、いつも通りの下品な顔つきです」

 

 一応生みの親の1人なのだが、イスタは割とレイに対しては容赦ない物言いをするようだ。が、ちゃっかりレイに絆創膏を手渡しているあたり、ひょっとするとただのツンデレなのかもしれない。

 猫を宥めながら2人のやりとりを眺めていた瞬だったが、そこに、レイ達の訪問を聞きつけたのか、なぜか既に遊びに来ていてお花を積んでいた唯が廊下の奥の方からひょっこりと顔を出す。

 

「あ、イスタちゃんおはよ~!」

「おはようございます唯さん。朝早くにお邪魔して申し訳ございません」

「いいってことよ!」

「いやお前もお客様だし!家主こっちィ!」

 

 家主そっちのけで会話を始めた2人にツッコミを入れる瞬。

 ところで、彼らは一体何しに来たのだろうか?

 

「で、何の用だ?」

「単刀直入に言わせてもらう。クロスドライバーを調べさせてほしい」

 

 瞬が用件について尋ねるなり、レイは頭を下げてそう頼み込んできた。

 ほんとにいきなりぶっ込んできた事にもびっくりしたが、その内容についてもびっくりした。クロスドライバーを調べたいとは、一体全体どうしてなのだろうか?

 

「そりゃまあ……なんで?」

「興味が湧いたからだよ。間近であの力を見てしまったからな……科学者としては興味をそそられる一品だよこいつは。それに、何もわからないでいるよりは、少しでもコイツについて知っておいた方が、お前にとってもいいんじゃないのか?どうせクロスドライバー(それ)について碌に知らないんだろ?」

「それはそうだけど……」

「私は気になるなぁ。ぜひ調べてもらおうよ、面白そうじゃん!」

「頼むよ〜金払うからさぁ!一回きり見せてくれれば僕はそれで満足するんだ。お願いだから、ネネ、いいだろう?」

「わかったよ……壊すなよ?」

 

 瞬としても、未だクロスドライバーは未知の物体だ。来歴・仕組み・その他もろもろエトセトラ……気にならないと言ったら嘘になる。これもフィフティが変に勿体ぶって碌に説明しないからだ。ほんと役に立たねえなあの不審者。

 このような心情もあってかレイの懇願に押し負けた瞬は、仕方なしにレイにクロスドライバーを手渡す。

 その直後だった。

 

「それは出来ない相談だ」

「その声は……フィフティ!」

 

 振り返ると、リビングの入り口付近にいつの間にかフィフティが立っていた。何時何処からどうやって入ってきたのか知らないが、もう逢瀬家のセキュリティもクソもへったくれもあったもんじゃない。どいつもコイツも他人の家にずがずがと上がり込みすぎだろう。

 フィフティは瞬とレイの間に割って入ると、レイからクロスドライバーを強引にひったくる。レイは当然ながらそれを取り返そうとするが、フィフティは伸ばされたその手を力強く叩き落とす。

 

「転生者であるという時点で私は君を信用していない。そんな君にクロスドライバーを触らせたら何をされるか分かったもんじゃない」

「誰だか知らないけど初対面の人間にそんな事言うんじゃないっての。何?俺そこまで信用ない?」

 

 叩かれた手を摩りながらキレ気味にそう言うレイ。両者の間にバチバチと火花が飛び交い始める。

 これはマズイと思った唯が、喧嘩を回避しようと2人を仲裁しにかかる。

 

「じゃあフィフティが見張ればいいじゃん。どうせ暇なんでしょ? 」

「よし決定! 」

「兎に角転生者である君は信用できない! ほらその汚らわしい手を離せ! クロスドライバーを逢瀬くんに返すんだこの薄汚い青髪め!」

「転生者だからなんだ⁉ 差別か⁉︎ 転生者差別かお前! フィフティっパリらしいな! 」

 

 が、唯の仲裁もあっけなく無駄となり、2人はたちまち掴み合いの喧嘩を始めた。あわあわとしているネプテューヌや、ヒビキに醜い争いを見せまいと彼女の目をふさぐ湖森に、場の雰囲気を察して瞬の腕の中で毛を逆立てる猫だったりと、もう部屋中混沌まみれだった。

 大の大人が2人そろって醜い喧嘩を始めやがったのだが、朝早くから他人の家に押しかけてまで何やってるんだこいつらは、と呆れずにはいられない。

 いっそのこと纏めてたたき出して、ここの家主が誰なのかを思い知らせねばなるまい。ここは暇な老人の屯する病院の待合室ではないのだ。そう決意した瞬は、箒と塵取りを手に持って2人の喧嘩を両成敗し(とめ)に入ろうとする。

 その時だった。

 すぽーん!と軽快な音を立てて、レイの手からクロスドライバーがすっぽ抜け、あらぬ方向へと飛んでゆく。一体どうしたらそうなるのか、物理法則もへったくれもないほどに凄まじい速度で飛んでいったクロスドライバーは、ピッカピカに磨かれたリビングの窓へと一直線に突っ込んでゆく。

 この場にいた全員がやばいと思った時には、既にもう手遅れだった。

 クロスドライバーが窓ガラスと接触した瞬間、ガシャンッ‼ と激しい音を立てて逢瀬家のリビングの窓がぶち破られる。皆が唖然とする前で、今朝湖森が綺麗に掃除したばかりの窓ガラスが、無数の破片となってその形を失ってゆく。

 そして、その原因たるクロスドライバーは、飛び散るガラスの雨の中を無傷で突破したうえで、庭先へと落下していった。

 

「…………」

「…………」

 

 5月とは思えない程に、一気に冷え込む室内。

 レイとフィフティに向けられる多数の冷たい視線。

 そして、幾許かの沈黙の後。

 

「す、すごい……傷ひとつついてないとは……流石クロスドライバー! どんな素材で作られているのかきになるなあ!あははははははははっ! 」

「だ、だろう? 激しい戦いに耐えうるよう、特別な素材で作っているからね! まあ君には理解できないだろうけどねえあははははははははっ! 」

「ライダーパンチッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 」

 

 メキャメキャボグンッ!!!!  と。

 笑って誤魔化そうとする馬鹿2人の顔面に、これまでの戦いによって鍛え上げられた瞬の鉄拳が勢いよくめり込んだ。

 

 

 


 

 

 それから少し経って。

 馬鹿2人を力づくで黙らせた瞬は、割れた窓ガラスをの処理をフィフティとレイに押し付け、庭先に飛んでいったクロスドライバーを探すことにした。

 

「どこに行ったんだ……? あれだけ大事にしとけって普段から言ってた本人が一番雑なんだよなぁ」

 

 そんなに広くない庭なのだが、碌に手入れをしてないがために草木が生い茂っていて、コンクリート塀がほとんど見えない有様だ。

 そんな荒れ放題の庭を見て一瞬気遅れする瞬だが、意を決して、ガサガサと草木を掻き分けながら進むことにした。

 そして、隣家との境界線であるコンクリート塀にたどり着いた。

 

「あったあった、こんなところに……うわあ泥まみれだ」

 

 そこで、生い茂った雑草の隙間から鈍い光沢を放っている、クロスドライバーを見つけた。

 クロスドライバーは雨上がりのぬかるんだ地面にどっぷりと浸かってしまっており、泥だらけになっていた。正直言って触りたくは無いが、回収するしか無い。

 瞬は意を決してクロスドライバーを拾い上げる。

 そして、顔を上げた時。

 

「………………あ、こんにちは」

 

 コンクリート塀の上に腰掛ける女の子と、目が合った。

 

「…………どちらさん? 」

 

 ……誰だ?

 知らないうちに人の家の庭に上がり込んで、そのくせきっちりと挨拶はする。親の教育がなってるのかなってないのか、一体どちらなのだろうか?

 だが悲しいかな、この1ヶ月半の間に色々とありすぎたせいで、瞬の感覚は麻痺してしまっていた。なので、いきなり自宅の敷地内に現れた少女に臆することなく、声をかけていった。

 

「……どうした?」

「あの……お兄さん、仮面ライダーアクロスなんですよね?」

「⁉︎ 」

 

 が、少女の口から出たのは、予想外の単語だった。

 何故彼女がアクロスの事を知っている? 新手の転生者とかだったりするのだろうか?

 瞬の麻痺しかけていた警戒心が、一瞬で再生される?

 

「い、いやー、なんのことか分かんないなぁ」

 

 瞬はしらを切るが、先程の反応が既に答えになってしまっているため、無意味である。

 少女もそれをわかっているのか、じーっと、燻んだ目をこちらに向けてきている。

 膠着状態に入る両者。

 そこに、

 

「みーつーけーたああああっす! 」

「げっ……」

 

 突然、少女の背後から、青いバンダナを巻いた包帯まみれの青年が現れた。

 少女はその声を聞くなり、明らかに「やべっ⁉︎ 」とでもいうかのような顔をし、即座にコンクリート塀から飛び降りる。

 

「勝手にうろちょろしたら駄目っすよぉっ! 危ないし、俺に雷飛ぶからっ! 」

「そっちの事情なんか知った事ないし。役立たず集団のAMOREなんかより、仮面ライダーの方がずーっと頼りになるんだからっ! 」

「ちょ、ちょっと待て⁉︎ AMOREって……一体どういう事なんだよ⁉︎ わけわかんねーんだけど⁉︎ 」

 

 少女は瞬の背後に隠れる様に回り込みながら、バンダナの青年に対して叫ぶ。

 瞬はもう何がなんだかよくわからなかった。いきなり人の家の敷地に上がり込んで喧嘩とかやめてほしい。迷惑極まりないので、今すぐにでも追い払ってやりたい。

 瞬はとりあえず、背後にいる少女を守りながら、茂みから出ていく。

 

(でも……このバンダナ野朗、どっかで見た様な……)

 

 目の前のバンダナの青年に相対した瞬だが、青年に何処か見覚えがある様な気がしてならなかった。だが、どうしても思い出せない。一体どこで彼を見たのだろうか?

 足に少女を守りながら、青年のことをなんとか思い出そうとする瞬。

 その時だった。

 

「トゥーッ! ヘァーッ! 」

「ザラァッ⁉︎ 」

 

 バコーンッ‼︎‼︎‼︎‼︎ と。

 瞬の背後から唯が飛び出し、青年を思いっきり蹴り飛ばした。

 鼻頭を蹴られた青年は、よくわからない悲鳴を上げながら後方にぶっ倒れ、背後のコンクリート塀に頭を強打する。めちゃくちゃ痛そうな音があたりに響き渡り、瞬は思わず目を逸らしてしまう。

 そして、瞬が再び視線を正面に向けた時、そこにあったのは、呻き声を上げる青年と、してやったりと言わんばかりにドヤ顔をキメる唯の姿だった。

 

「ちょっ……いきなり実力行使してんじゃあねえよっ⁉︎ 」

「いやだってどうみても危険な匂いがプンプンしてたし」

「理由になってないから! てかどう見ても怪我人だってのによく躊躇いなく蹴り飛ばせるな⁉︎ ほらお前、大丈夫か⁉︎ 」

 

 いくら敷地に勝手に上がり込んできたといえども、包帯まみれの奴を心配しないわけにもいかない。瞬は茂みの中に沈んでいるバンダナの青年を引っ張り上げ、軒下までひきずってゆく。

 

「て、キミどこかで見た事あるよーな……あ! 」

「やっと思い出してくれた……おうぶっ! 池袋以来になるっすかね……」

 

 唯は蹴り飛ばした後になって、青年の素性を思い出したらしい。

 ここで瞬も思い出した。

 この青年は確か、プラネットプラザで仲間だったAMORE隊員に裏切られ、リンチにあって死にかけていたAMORE隊員だ。彼は瞬達に助けられた後、志村達が外に連れ出して救急車で運ばれていったはずだ。

 名前は確か——

 

「御手洗倫吾です……ちょっとお話よろしいっすかね……」

 

 青年——御手洗倫吾はそう言うと、白目をむいて気絶した。

 直後、逢瀬家にいた面々は大いに混乱した。

 

 


 

 

「先日は本当に申し訳ありませんでした! 」

「こちらこそいきなり蹴飛ばしてごめんなさい……」

 

 30分くらい経った後、意識を取り戻した倫吾は、目を覚ますなり瞬達に土下座をした。

 ちなみに病み上がりの倫吾を蹴り飛ばした唯はというと、瞬から拳骨をもらった上で正座させられていた。そんな彼女をイスタは、「早とちりするからこうなるんだよ……」と言う様な目で見ている。

 

「えっと……いきなり謝罪されても困るんだけど」

「いやいきなり謝罪から入らずしてどうするっていうんすか! 洗脳されていたとはいえ、俺の仲間達が皆さんに危害を加えたって事実は変わりませんし……なんなら首と乳首を切り落として並べても足りないくらいなんすよ! 」

「いやそこまでしなくていいからな⁉︎ 」

 

 ガチ土下座をしたまま更なる詫びを入れようとする倫吾を、瞬は慌てて止める。別に倫吾を罰したいわけではないし、そうしたところで意味がないのもわかっている。

 一方レイは、イスタを庇う様に立ちながら倫吾を睨みつけている。彼からすれば、AMOREは自分からいろんなものを奪ったも同然の存在なのだ。敵意を抑えろという方が無理な話だ。

 そして、倫吾が追いかけてきていた少女——行江飛鳥は、先程から倫吾に警戒心を剥き出しにしており、ずっと唯の背後に隠れている。こちらはどうしたものだろうか。

 ともかく、逢瀬家の人口密度がまた一段階増してしまった。人集まりすぎにも程がある。

 

「本日伺ったのは、これをお渡しする為です」

 

 そう言うと倫吾は、1枚の封筒を手渡してきた。

 開けてみると、中には一枚のディスクケースが収められている。

 ケースからディスクを取り出し、リビングに置いているブルーレイデッキに装填する。

 すると、テレビの画面に、痩せた壮年の男性の顔が映し出された。

 

『逢瀬瞬、でいいんだな?これを見ているのは』

「うおっ⁉︎ 」

『私は四切宮嗣郎。AMOREの創設者にしてリーダーを務めている』

「!」

「こいつが、AMOREの……」

 

 瞬はテレビの画面を見つめたまま、ごくりと唾を呑む。

 四切宮嗣郎。これまで断片的にしか実情を知らなかった組織・AMOREのトップ。

 レイは画面に映ったその姿を見るなり、握り拳を震わせる。今にも画面を殴りつけにいきそうなほどに、だ。

 緊張感に包まれる中、ビデオレターの再生は続く。

 

『先日の件について、此方から詫びねばなるまい。私の部下が非道な真似をしてしまい、本当に申し訳ない』

 

 画面の中の四切宮は、そう言って深々と頭を下げた。

 そして彼は頭を上げると、再び淡々と話し始める。

 

『池袋事件の首謀者連中は既に処分を下した。洗脳されていた隊員達も、洗脳が完全に解けるまで入院という措置をとらせていただいた。誠意の代わりにはならないかもしれないが、本件についての慰謝料を口座に振り込んでおこう。無論、相藤レイにもだ』

「そんなもんが謝罪に……なると思っているのかよ」

『組織の方針としては、基本的に転生者絡みの案件を除いてその世界には深入りしないというというのが。私個人としては、君達を敵とは思ってはいない。寧ろ、同じ敵と戦う戦友でありたいと思っている。では、諸君らの健闘を祈る』

 

 そう言って、ディスクの再生は終わった。

 しばらくの間沈黙が流れた後、唯が口を開く。

 

「なんか、思ったよりマトモそうな人だったね」

「……いくら金を積まれようが謝られようが知った事か。俺がお前らを信じることは永遠にない。何度生まれ変わっても、お前らの過ちを忘れはしないからな」

「レイ……」

 

 レイは、倫吾に冷たくそう言い放つ。

 倫吾に当たり散らしても意味がないことはわかっているものの、どうしてもAMORE全体を憎まずにはいられない。しかし、イスタの前で暴力的な手段に出るわけにもいかず、レイは必死に堪えるしかなかった。

 四切宮からのビデオレターが終わり、重苦しい雰囲気に包まれるリビング。

 そこに、ネプテューヌが飛鳥を指差しながら、素朴な疑問を投げかける。

 

「でさ、この子は誰?」

「ウチで保護してる子っす。色々あって付いてきちゃいまして……まあ用事はもう済んだので大丈夫っすよ。ほら飛鳥ちゃん帰るっすよ!」

「帰らない」

「え」

 

 きっぱりと、飛鳥はそう言った。

 そして、自身の腕を掴んでいた倫吾の手を振り払うと、瞬の服の裾をぎゅっと強く握りしめ、目に涙を浮かべながら叫んだ。

 

「わたしは帰らないっ! おねーちゃんを見つけるまで帰らないっ! 」

「いやでもっ……ギフトメイカー絡みってなるとお姉さんだけでなくキミにも危険が及ぶかもだし! てかそんなことしたら俺が上に保護責任問われて叱られるしっ! 」

 

 必死になって飛鳥を説得しようと試みる倫吾。

 だがその時、彼の発したとあるワードに、瞬が反応した。

 

「ギフトメイカー絡み、と言ったな」

「あ、やべ」

「……色々と話してもらうぞ」

 

 瞬に肩を掴まれた倫吾は、ダラダラと冷や汗を流す。彼の口の軽さが、要らぬトラブルを引き寄せた瞬間である。

 彼に拒否権なんかなかった。

 


 

 暁家

 

 暁古城の朝は遅い。

 第四真祖、要するに吸血鬼である彼にとって、日光とは毒だ。流石に身体が焦げるとかいうレベルでは無いが、日光に当たると古城は頭がうまく回らなくなる。まあそのせいで補習常習犯なのだが。

 が、そんなことはつゆ知らずな世話焼きな妹・凪沙に叩き起こされたので二度寝するわけにもいかず、現在こうして大欠伸を連発しながら遅めの朝食を取っていた。

 

「せっかくの休みなんだから、ゆっくり寝かせてくれよ……」

「だーめっ! せっかくの休みだからこそ早く起きるんだよー。朝日を浴びれば古城くんもきっと目が覚める! てゆーか古城くんは雪菜ちゃん待たせてるんだからね? その辺りの自覚は欲しいかなぁ」

「もう目覚めてるよ……ったく、なんでどいつもこいつも朝から元気爆発してるんだか、わけわかんねーんだからもう……」

「別に私は待っているわけでは……というか朝早くから先輩の家にお邪魔してしまって申し訳ないというかですね……」

 

 凪沙の言うとおり、暁家には既に雪菜が来ている。流石にこのまま待たせっぱなしというのもアレなので、古城は急ぎ目になってトーストを飲み込む。

 その時だった。

 古城が朝食を摂り終えると同時に、インターホンが鳴った。

 

「誰だろう……? 」

「俺が出るからいいよ」

 

 古城は、口周りに付いたパン屑を水で流してから、玄関の扉を開ける。

 そこには、改まった様な顔をした男女3人が立っていた。

 古城がちょっとびっくりして固まっていると、先に彼らが口を開いた。

 

「なあ、あんた第四真祖なんだろ?」

「なんでそれを……」

「先輩、彼らは人間ではありません」

「え⁉︎ 」

 

 いきなりこちらの素性を口に出されて古城が戸惑っていると、古城の背後からぬっと顔を出しながら、雪菜がそう言った。

 訪問の唐突っぷりからして明らかにただものではないと思ってはいたが、相手が人外——魔族とあれば話はさらに変わってくる。

 古城も雪菜も、凪沙に対しては第四真祖のあれこれは伏せてあるし、それに凪沙は過去のとある事故が原因で魔族にトラウマを抱いている。どちらにせよここで話をするのは不都合でしかない。

 というわけで、古城と雪菜は凪沙に留守番を任せ、他所で話の続きを聞こうという事にした。

 

「ちょっと出掛けなきゃいけなくなった。留守番頼む凪沙! 」

「こ、古城くん⁉︎ 」

 

 凪沙が何か言おうとしていたが、古城は慌てて訪問者達をマンションから引き離し始めていた。

 ……どうやらのんびりとした休日はお預けのようだ。

 主人公(ヒーロー)に、休みは無い。

 




ED それがあなたの幸せとしても/巡音ルカfeat.Heavenz

バルジ出番ないやん!サブタイトル仕事しろや!
そして相変わらず原作キャラの出番が無さすぎる。
久々に堕天使組やストブラ勢が登場します。



次回 爆炎の傀儡武神


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第41話 爆炎の傀儡武神

RFA編その2です。

■前回のあらすじ
灰司の元に一人の少女が訪ねてきた。
彼女の名は行江飛鳥。彼女もまた、バルジによって住んでいた世界を失った被害者だ。
彼女は灰司に「バルジに攫われた姉を助けて欲しい」と頼み込むが、灰司に拒否されてしまい、今度は瞬に頼むことにする。
同じ頃、古城の元にもとある堕天使達が助けを求めにきていた。


 

 

 都内某所、とある廃ビル。

 そのワンフロアは、酷い有様だった。

 壁はぶち抜かれ、床には剣で斬りつけたかのような痕。窓という窓はぶち抜かれ、備え付けのデスクはバラバラに破壊されている。十五の夜でもここまでならないだろうというレベルで、完膚なきまでに荒らされていた。

 そんな部屋のど真ん中、唯一無事だったデスクの上に、バルジは腰掛けていた。

 

「なにこの荒れよう……アンタ一体何やらかしたのよ? 」

「聞くまでも無いだろ。大方の予想はつく」

 

 エレベーターから出てきたリイラとレドは、部屋の惨状を目の当たりにして、驚きと呆れの混じったような声をあげる。

 同僚の来訪に気づいたバルジは、いつものようにケラケラと下品な笑みを浮かべながら、2人を迎える。

 

「いやあ実験失敗(しくじった)。マジでやらかしたわ」

「……だろうな。この部屋の様子を見りゃあわかるっての。いいから詳細プリーズ」

 

 バルジの事を一方的に嫌っているレドは、バルジに冷たくそう言い放つ。

 が、バルジは他人の心が分からないので、レドの態度を意に介さず、いつものように馴れ馴れしく語り始める。

 

「俺様さー、あのダークライダー君にイガリマの特典台無しにされちゃったんだよね。だからちょいとムカムカして、実験で憂さ晴らししてたワケよ」

「お前でもムカつく時があるんだな。知らなかった」

「レド、おめーは俺様をなんだと思ってんだ。人並みの心の機微は有してるはずだぞ」

 

 いや嘘つけ、とレドは突っ込んだ。

 コイツに人並みの心の機微があったら、間違いなくここまで破綻してないだろう。レド自身も極悪人の部類だが、バルジに比べたら遥かにマシだという自負はある。それくらい、目の前の男はイカれているのだ。

 

「で、その後どうなったの? なんとなく予想はついてるけど、どうすならバルジ自身の口から言って欲しいかなー私は」

「オッケー、リイラちゃんの熱い言葉に答えちゃうぜっ☆ まあなんだ、イライラして実験動物(おもちゃ)実験して(あそんで)たら暴走しちゃってさ、逃げ出しちゃったんだよ。あーめんどくせぇ」

「自業自得じゃねーか馬鹿野郎」

 

 それを聞いたレドがもっともなツッコミを入れる。

 

「あの実験動物(おもちゃ)、AMOREからわざわざ盗ってきたわりには精神的にかなり不安定(こわれやすい)んだよね。ったく、いい暇つぶしになると思ったんだけどなぁ。どうせなら妹の方も一緒に拉致すりゃよかった」

「……ろくな事にならない気がする」

「そう? 最高だと思うけど」

「やっぱお前らイかれてるよ」

 

 狂人どもに囲まれたレドは、早くも頭痛を感じていた。

 バルジがヘマしたというのを笠原から聞いて、いつもの仕返しとして馬鹿にしてやろうと思ったのが間違いだった。こうなるんだったら顔出さなきゃよかった。

 そんな感じにレドが1人で後悔していると、突然バルジは、何かを思いついたような声を上げた。

 

「…………いい事考えた」

 

 ぞくりと、レドに悪寒が走る。

 バルジの目は、ギラギラ輝いていた。

 

 


 

 

 天統市内某所。

 謎の堕天使3人組の来訪を受けた古城と雪菜は、とりあえず近くの公園で彼らの話を聞くことにした。

 彼らの名はカラワーナにドーナシークにミットルテ。明らかに何かを警戒しているようなそぶりを見せていたり、古城の素性を知った上で来ていたりと、どうやら相当訳ありなようだ。

 

「つまり……自分達は仕事でこっちにきたけど、怪物に襲われて捕まっていた。そしてリーダーがまだ捕まったままだから助けてほしいと」

「はい」

「知っての通り、我々堕天使は悪魔とは敵対関係にある。だから悪魔達に助けを求めることはできないし……そもそも、任務に失敗した我々を上が許してくれるかどうかも……」

「……どうする? 」

「うーん……」

 

 雪菜と共に悩む古城。

 はっきり言うと、古城さ彼女達をあんまり信用できない。かといってこうも熱心に頼まれてしまった以上、拒否するのもほっとくのもなんだかバツが悪い。

 

「本当は自分達でなんとかしたい。しかし、私達ではどうしてもアイツに勝てないの」

「そんな時に、第四真祖の噂話を耳にした。我々三代勢力の間でも、あんたの事は結構噂になってるっすから……噂通りなら、アイツからレイナーレ様を取り返す力になってくれるかもしれない。だからこうしてやって来たんだ」

「あの方は我らの大切なリーダーなのだ……頼む、この通りだ! 」

 

 古城があまりにも優柔不断なもんだから、とうとうドーナシーク達は土下座までしだした。

 突然の土下座に、古城と雪菜は呆気に取られている。

 よく見ると、彼らの手は震えていた。きっと彼らは、恥を忍んで、藁にもすがる思いで古城の元に来たのだろう。それほどまでにレイナーレに身を案じているのだ。

 それを蹴る事は、古城達にはどうしてもできなかった。

 

「……ここまで本気でたのまれちまったらよ、拒否権ないようなもんだろ。いいよ、協力してやる」

「先輩がやるならば、私もです。皆さんの力になります」

 

 結局、古城の善性が怠さに勝ってしまった。

 古城がその気ならと、雪菜も頼みを引き受ける。

 古城達にはどうしても、彼らをほっとくことができなかった。それほどまでの嘆きだったのだ。

 

「……で、どうするんだ? 手掛かりとかあったら助かるんだけどな」

「そういえば……わたしが戦線に駆り出される少し前に、あのクソ野郎——バルジだったか。アイツ、人間の女の子連れてきてたわ。あの様子だと、彼女もわたし達みたいに実験動物

(おもちゃ)にされてるかも」

「その可能性はあるっすね。うちの総督も大概マッドだけど、アイツはそれ以上だ。アレに他人への情なんかない、ただ“自分が楽しいか“どうかしかの尺度しか無い根っからのサイコ野朗っす」

「きっとバルジは、その少女を使って何か事を起こすに違いない。アイツもレイナーレ様もその現場にきっと現れるはずだ」

 

 堕天使達の話を聞いた古城は考えこむ。

 要は向こうのアクション次第。根っからイかれているが故に常人にはその思考を理解しきれず、こちらから先手を打つ事が困難な相手だ。

 後手に回らざるを得ない、圧倒的に不利な状況。果たして、どうすべきなのだろうか。

 

「……思ったよりキツイな」

「ええ。互いに最新の注意を払うべきでしょう」

「その方がいい。相手は兎に角話が通じない」

 

 古城達の言葉にドーナシークが頷く。

 そして、彼からの忠告がその後に続いた。

 

「いいか、もしバルジと退治したら、絶対に奴と対話しようとするな。するだけ無駄だ。そして自分の大事なモノには意識を集中させておくんだ。アイツは兎に角他人を苦しませることに関しては天才の域、アキレス腱を少しでも見せればそこから嬲り殺しにされかねないのだからな」

 

 


 

 

 場所は変わって逢瀬家。

 紆余曲折あって、飛鳥の境遇を話す事になった倫吾。

 彼は、バルジが飛鳥の世界を滅ぼした事、その上更に飛鳥の姉すらも実験に使うべく拉致したことも、包み隠さず話した。

 瞬達は、それを静かに聞いていた。

 

「なるほどな……ギフトメイカーの奴等、どれだけの被害を出せば気が済むんだ」

「家族も友達も奪っておいて、その上でお姉さんまで奪うつもりなの……許せない」

 

 倫吾の話を聞いた瞬の声は、怒りで震えていた。

 普段ふざけまくっているネプテューヌでさえも、飛鳥の境遇を聞いて、バルジに怒りを露わにしている。

 

「面目無いっす……AMORE(おれたち)が不甲斐ないばかりに……」

 

 正座したままの倫吾が、申し訳なさそうにそう口にする。

 自分達の力不足が招いた結果がこの場にいるが故に、倫吾はそれに腹が立っているのだ。

 もちろん、瞬は倫吾を責めても何にもならないことも理解しているのだが、レイは違うようで、あからさまに倫吾を責め立てるような眼差しを向けている。

 

「ところで飛鳥ちゃん、お姉さんの手がかりとか無いの? 」

「ううん」

 

 唯の言葉に、飛鳥は首を横に振る。彼女はもう飛鳥を助けるつもり満々のようだ。

 飛鳥は、瞬の服の裾を一層強く握りしめながら、倫吾に自らの決意を告げる。

 

「兎に角、わたしはお姉ちゃんが見つかるまで帰らない。ここに居座ってやる」

「……嘘だろ、また居候増えるの? どいつもこいつも、うちを迷子センターかなんかと勘違いしてないか? 」

 

 今更ながら、我が家に幼女ばっかり集まってくる現状にツッコミを入れる瞬。

 自称女神、記憶喪失幼女に続いて家(というか世界)なき子ときたもんだ。ほっとけないのだが、流石にこれ以上抱えたら家計的にキツくなる。一体どうしたものか。

 かくなる上は、早いこと解決して姉妹揃って帰ってもらう他無い。

 

「やってやるよ……こうなりゃやるしかねえっ! 俺がお前の姉ちゃんを絶対に見つけてやるから! 」

「おお、いつもに増してやる気に満ちてるねえ瞬! なら私も頑張っちゃうから! 」

 

 半ば自棄になって頼みを承諾してしまった瞬。それを聞いた時の飛鳥の表情の明るさといったら、なんとも目が眩みそうなほどのものであった。

 

 


 

 その頃、土手の上では。

 

「つ、か、れ、た……」

 

 ジャージ姿の欠望(かけもち)アラタは、息も絶え絶えになりながら道路に膝をついた。

 アラタより先を走っていた大鳳と山風は、アラタが膝をついたのを見て、呆れたように息を吐く。

 

「だらし無いわね。せっかく私が付き合ってあげてるんだから、もっと頑張りなさいよ」

「いやお前らのペースが早すぎるんだよ……っ! 元軍人と普通の高校生じゃ明らかにスタミナとかに差があるだろっ⁉︎ 」

「それくらい叫べるならまだ平気でしょ……ほら頑張って。アラタがやるって言い出したんだから、そう簡単に投げ出しちゃダメだよ」

 

 大鳳も山風も冷たかった。可愛い顔してとんだスパルタである。

 かつて オリジオンに大鳳が襲われた際、アラタは何も出来なかった。その無力感からアラタは、自分も強くなろうと決心したのだが、勢いでフィフティに特訓を申し入れたのが運の尽き。アラタは連日ハードなトレーニングをこなす羽目になっていた。

 今もその真っ最中だ。

 今日はフィフティが不在なため、自主練として体力作りのための走り込みをしている。

 で、同居人である元艦娘の大鳳と山風も一緒にやらないかと誘った結果がこれだ。引退したとはいえど艦娘、普通の人間よりは鍛えられている。アラタは彼女達の走るペースについていくので精一杯だった。

 

「ちょっと休憩しない……? さすがにやべえよ……」

「いやまだいけるでしょ。瞬は池袋で半日近く戦いまくってたんだし、アラタもいけるよ、多分」

「基準がおかしいの分かってます(アンダスタン)⁉︎ 」

「ほら立って、まだまだ走るわよ」

「勘弁してくれ……」

 

 大鳳に無理矢理立ち上がらせられながら弱音を吐くアラタ。

 大鳳を守る為に強くなりたいと願っているくせに、今の自分じゃ彼女以下だ。アラタは自らの弱さを痛感し、情けなく思う。

 そこに、

 

「ア………………アア…………」

「なに、あれ」

 

 山風が指差した先。

 そこには、虚な目をした少女がふらふらと歩いている姿があった。顔はやつれており、

 少女の異様な様子に、周囲の人達は引き気味だった。道を歩いていた大学生のカップルや草野球をしていた男達、はてには土手の下で汚らしく遊んでいた土方まで、誰も彼もが少女を遠巻きに見ている。

 

「なんやあいつ、せっかくおっさんと糞遊びしていたのに……嫌だねぇ(興醒め)」

「あれ大丈夫なのかよ……通報とかするべきかな? 」

「てかなんなウ○コ臭くない? 近くの土方、臭ってない? 」

「何あの子……クスリかなんかやってんのか? 」

「いやでも高校生くらいよね? あの歳でそれはないと思う……」

 

 少女の姿を見た大学生くらいのカップルがそう口にする。

 すると、

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああッ‼︎ 」

《KAKUSEI LAMA》

 

 少女は喉が潰れるような勢いで絶叫した。

 それと共に、少女の全身にジッパーが現れて一斉に開いてゆくとともに、そこから炎を吹き出しはじめる。

 

「あれって……」

「間違いない、オリジオンだ! 」

「ドコイニルウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ‼︎ 」

 

 全身をくまなく炎に包まれた少女が叫ぶと同時に、彼女の全身にまとわりついていた炎が残らず弾け飛ぶ。

 炎の下から現れたのは、背中にさまざまな武器を背負い、薄手の鎧を着た怪人だった。変身時の音声から、便宜上ラーマオリジオンと呼称すべきだろうか。

 オリジオンを目の当たりにした周囲の人達は一斉に逃げ出す。

 

「うわああああああああっ⁉︎ 」

「なんだあいつ⁉︎ と、とにかく逃げようこれ明らかにやb

 

 声がひとつ、途切れた。

 オリジオンが背負っていた槍を、草野球をしていた男性のうちの一人に向かってぶん投げたのだ。

 男性は断末魔を上げる間すらなく、槍が当たった顎から上が跡形もなく吹き飛んだ。

 ぐらりと、頭がなくなった男性の死体がその場に倒れる。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ‼︎‼︎ 」

 

 悲鳴があがる。

 日常が崩れ去り、阿鼻叫喚の地獄が生まれる。

 

「くそっ……どうすりゃいいんだよ……! 」

「アラタ無理だって! 瞬を呼ぶしかないよ! 」

 

 山風と大鳳に引っ張られるがまま、アラタはその場から逃げ出す。

 しかし不幸なことに、アラタ達はラーマオリジオンの次の標的として選ばれてしまった。

 オリジオンは口から凄まじい熱波を吐き出し、逃げていたアラタ達の背中にそれをぶち当てて吹き飛ばす。

 

「がっ……熱っ⁉︎ 」

「ぐう…………」

 

 背中に一撃をくらったアラタ達は、地面にぶっ倒される。

 内臓が押し出されそうになる程の衝撃に襲われ、背中には、ジリジリと肌を焦がすような痛みが纏わりついている。

 ラーマオリジオンは言語化し難い唸り声をあげながら、背中に背負っていた剣を手に持つと、倒れたアラタ達に向かって斬りかかろうとする。

 

「嘘だろ——」

 

 その時だった。

 

「とりゃアッ‼︎ 」

「ドコブリャッ⁉︎ 」

 

 突然、横から誰かが飛び蹴りをオリジオンにぶち込んだ。

 そして、ラーマオリジオンを蹴り倒した人物が、アラタ達の前に姿を現す。

 

「なんだ、お前らか」

「灰司……⁉︎ 」

 

 それは無束灰司だった。

 

「邪魔だ退け、俺が片付けてやる」

《DESIRE DRIVER ENTRY》

 

 灰司はそう言ってアラタ達を押し除けてラーマオリジオンの前に立つと、黒い楕円形のドライバーを腰に装着する。その中央には、黄色いコアがはめられている。

 そして灰司は襲いかかってきたラーマオリジオンの剣を避けながら、ドライバー右部に黄色いバックルを装填し、そのレバーを引く。

 

《SET WARNING》

「変身」

《WOULD YOU LIKE A CUSTOM SELECTION! GIGANT BRASSTER! 》

「目障りだ、手っ取り早く片付けてやる」

 

 バックルを頭部から生えた鹿の角と、建設重機を模したアーマーの目立つ仮面ライダーに変身した。その手には、大きな銃火器——ギガントブラスターが握られている。

 

「仮面ライダーシーカー……目標を殲滅する」

 

 シーカーに変身した灰司は、ギガントブラスターを連射する。

 しかしラーマオリジオンは、背中に背負った薙刀を手に持つと、それを勢いよく振り回して銃撃を弾いてゆく。薙刀と大剣の二刀流だ。

 

「随分と器用だな! 」

 

 ズバババババババッ‼︎ と、絶え間なくシーカーのギガントブラスターが火を噴く。

 ラーマオリジオンは取り回しが難しいはずの薙刀と大剣を軽々と扱いながら、ギガントブラスターの掃射をいなしてゆく。彼女には未だに一発も命中してはいない。

 

「ならばこっちだっ! 」

《GIGANT HAMMER》

 

 銃撃を容易くいなしてしまったオリジオンに対して、業を燃やしたシーカーは、右側のパワードビルダーバックルに装填していたギガントブラスターバックルを外し、代わりに左側のギガントコンテナバックルから新たな小型バックルを取り出して、パワードビルダーバックルに装填する。

 すると、シーカーの手からギガントブラスターが消え、代わりに巨大な青いギガントハンマーが出現する。

 

「ドコダアアアアアアアアアッ‼︎ 」

「喧しいんだよ少しは黙れっ! 」

 

 薙刀と剣を振り回しながら叫びまくるラーマオリジオンに、シーカーはキレながらギガントハンマーをぶつける。

 ギガントハンマーでぶっ叩かれたラーマオリジオンは、骨が砕けるような音を鳴らしながら土手の上から転がり落ちる。

 

「はあああああああああああああッ‼︎ 」

 

 土手から転がり落ち切って立ちあがろうとしたラーマオリジオンだが、そこにすかさず、シーカーがギガントハンマーを振り下ろしながら飛びかかってきた。

 振り下ろされたギガントハンマーは地面にぶつかるなり、周囲に凄まじい衝撃波を撒き散らし、オリジオンの身体を吹き飛ばす。

 そしてその衝撃は、土手の上にいたアラタ達にまで伝わってきた。

 

「うわあっ⁉︎ 」

「山風捕まれっ! 」

 

 そして土手の下。

 剣を取り落としたラーマオリジオンは、残った薙刀を片手に、ハンマーを構えたシーカーに突撃してゆく。

 

「どりゃああああっ! 」

「‼︎ 」

 

 薙刀の刀身に炎を纏わせながら突撃してきたラーマオリジオンに対して、シーカーはギガントハンマーで迎え討つ。

 空気を切り裂きながら振り回されるギガントハンマー。それに対して、咄嗟に薙刀を体の前に突き出し、身を守ろうとするラーマオリジオン。

 しかし、細い薙刀ではハンマーを防ぐことはできず、ハンマーの勢いに押され、オリジオンの手から薙刀が溢れ落ちる。

 そして。

 ドゴオオッ‼︎ という鈍い音と共に、ラーマオリジオンの胴体にギガントハンマーがめり込み、その身体を猛烈な勢いで吹っ飛ばした。

 

「グギャアアアアアアッ‼︎⁉︎ 」

 

 吹っ飛ばされたラーマオリジオンは悲鳴を上げながら、川の対岸へと飛んでゆく。

 そして遠く遠くへ飛んでゆき——見えなくなってしまった。見事なまでの場外ホームランだ。これでは逃してしまったも同然だ。

 

「クソッ、やり過ぎたか……コイツはパワーがあり過ぎる。使用は控えるべきだな」

 

 予想以上にやり過ぎて結果的にオリジオンを逃してしまった灰司は、舌打ちをしながらシーカーの変身を解く。

 そしてそのまま立ち去ろうとするが、ひとつの声がする。

 

「待てよ灰司っ! 」

 

 灰司が振り返ると、先程の戦いを見ていたアラタが、土手の上から駆け降りてきていた。

 

「お前……本当に仮面ライダーだったんだな……」

「だからどうした」

「無事でよかった。池袋でいなくなったきりだったから、皆心配してたんだぞ」

「余計なお世話だ。そもそもお前らに接触したのはアクロスの監視の為。別に俺は、お前らに対して友情だの絆だのといったものは感じてない」

「なに……? 」

 

 同級生として心配していたアラタに、灰司は冷たくそう言い放つ。

 それにはアラタもむっとしてしまう。

 

「そして俺は転生者が嫌いだ。だから俺に関わるな、そして邪魔するな。それだけは覚えておけ」

 

 それだけ言うと、灰司はポケットから錠前の用なものを取り出し、そのロックを外す。

 すると、その錠前は急速に変形し、一台のバイクとなる。

 灰司はヘルメットを被ってそのバイクに跨ると、そのまま颯爽と走り去ってしまった。

 一人残されたアラタの元に、遅れて大鳳達が土手の上からやってくる。

 

「なに話していたの? 」

「…………なんでもねーし。結構薄情なんだな、アイツ」

 

 去り行くバイクを見つめながら、アラタはそう呟いた。

 

 


 

 

 川を渡った先にある、とある無人の公園。

 シーカーに吹っ飛ばされたラーマオリジオンは、そこに倒れていた。

 

「ア、アア………………」

 

 ぐぐぐ、と力を入れて、身体を起こす。

 オリジオン化によって頑丈になっているとはいえ、流石に野球ボールみたいに吹っ飛ばされたら相当なダメージになる。

 ヨロヨロと立ち上がったラーマオリジオンは、身体のあちこちから断続的に火を噴きながら歩き出す。

 

「アア…………ドコニイルノ…………」

 

 譫言(うわごと)のようにそう繰り返しながら、オリジオンは歩き続ける。

 噴き出す炎の量は次第に増えてゆき、ついにオリジオンは変身を保てずに、近くの木に手をついて地面に膝をつく。

 

「はあ、はあ…………」

 

 ラーマオリジオンに変身していたのは、薄紫色の髪の少女だった。

 顔はやつれ、瞳は(くす)み、着ている服はボロボロで、全身に痣や傷がついているという、文字通りの死に程になりながらも、彼女は歩みを止めない。

 血を流しながら立ち上がり、幾度となく繰り返された嘆きを口にする。

 

「ああ…………飛鳥、どこに居るの……お姉ちゃんを置いていかないで……ここにいるよぉ、ここにいるヨォ……‼︎ 」

 

 彼女の名は行江薫(ゆくえかおる)

 行江飛鳥の姉にして、たった一人残された家族。

 そして、バルジの実験動物(おもちゃ)だ。

 




久々に一万文字切ってる……嘘だろ?
さて、このエピソードはどのくらいかかるかなー。

よかったら評価・感想などよろしくね。
趣味第一で書いてるけど励みになりますので。


次回 或る復讐者のパーソナリティ


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第42話 ひとりぼっちな君への贈り物

●前回のあらすじ
・古城、堕天使3人組に力を貸す
・瞬、飛鳥の願いを引き受ける
・ラーマオリジオンの正体はまさかの……

バルジ君のヘイト稼ぎ回になります。
みんなどしどし彼を嫌いましょう。


 

「……なんで俺達、こんなところにいるんだろうか」

 

 やたらとカラフルな景色を目の前に、ベンチに腰掛けていた逢瀬瞬はそうぼやいた。

 

「流れ的にさ、飛鳥のお姉さん探しに移行する筈だったよなコレ」

「そうっすよね」

 

 瞬の隣に座る御手洗倫吾が相槌を打つ。その目が死んでいるのは、多分負傷のせいではない。

 少しばかりの間を置いて。

 浮かれに浮かれた人混みの中で、瞬は思いの限り叫んだ。

 

「なんで俺達遊園地であそんでるんですかねえっ⁉︎ 」

 

 


 

 

 

 フェニックスワンダーランド。

 瞬達の暮らす街にある、多彩なアトラクションとステージショーが人気のテーマパーク。

 正直言って瞬は、このテーマパークの存在を全く認知していなかった。

 おそらくだが、艦娘やデュエルモンスターズと同様に、次元統合の影響で出現したのだろう。フィフティから説明はされたといえども、自分の過ごす世界が知らない間に全くの別物へと変貌していく様子には、未だ慣れない。

 そんな話はさておき。

 現在瞬は、唯を本気で叱りたいと思っていた。

 

「むんぎゃあああああああああああああああああああっ! 」

「たーまやーっ! 」

「それ花火のかけぬぎゃあああああああああああああ口から色々と吐きそうだあああああああああああああああっ⁉︎ 」

 

 肝心の唯は、目の前のジェットコースターを満喫してやがった。

 おまけにクラスメイトの志村優始(しむらゆうし)九瀬川(くせがわ)ハルまで呼んで一緒に遊び出す始末。

 飛鳥はというと、瞬達の側ですっかりいじけてしまっている。切実な願いを胸にやってきた筈なのに、遊園地で遊び呆けている。そんな現状に耐えきれないのだ。

 と、その時。

 

「いやー楽しかったなぁ! よし次はミラーハウス行こうぜ、最下位はポップコーン全員分を奢りねっ! 」

 

 ジェットコースターを堪能し切った唯達が降りてきた。

 ちなみに志村とハルは、無理矢理ジェットコースターに乗せらたせいで気分を悪くしており、向こうのベンチで死にかけている。

 瞬はすかさずベンチから立ち上がり、唯に詰め寄ってゆく。

 

「んなことしてる場合かよ⁉︎ 俺達はバルジを探してボコすために出かけたの! 決してゴールデンウィーク最終日の思い出づくりのためなんかじゃないんだからねアンダスタンッ⁉︎ 」

「殴らないで馬鹿になるからっ‼︎ 仕方ないじゃん、バルジどころかギフトメイカーの奴ら、基本的に神出鬼没で探しようがないじゃん⁉︎ フィフティはどっか行っちゃったし、もうなんかどうしようもなくないっ⁉︎ 」

 

 開き直りやがる唯を、瞬と飛鳥がボコボコ殴りまくる。

 10年以上一緒にいたが、こいつがここまで能天気だとは思わなかった。本気で泣きたくなる。

 

「そ、それにさ……飛鳥ちゃんがお姉さん取り返した後の話も考えるべきだよ」

「何? 言い訳の続き? 」

「飛鳥ちゃんのメンタルケアだよ。飛鳥ちゃんはバルジに何もかも奪われて、すっごい傷付いている。だから、それを少しでも癒せないかなーって……」

「それ唯さんが遊びたいだけですよね。小学生だからって馬鹿にしないでもらえます? 」

 

 飛鳥にそう言われて固まる唯。

 女子小学生に図星を突かれて固まるとか、恥ずかしくないんですか?

 一通り唯にお灸を据え切った瞬は、飛鳥に平謝りする。

 

「ごめんな飛鳥、俺がコイツをとめてやってたら……」

「ホントそうですよね。彼女の手綱を握れないとか、仮面ライダーとして恥ずかしくないんですか? 」

 

 その時だった。

 何気ない少女の一言が、ふたりにクリティカルヒットした!

 

「なななな何を言っているのか飛鳥ちゃん⁉︎ 

別に私と瞬はそんな関係じゃあないんだからねーっ⁉︎ あんまりあることない事言うと背筋捻りパンみたいにしちゃうけどいいかなーっ⁉︎ 」

「ままま間違ってもコイツと付き合うとかあり得ないからなっ⁉︎ 今以上に疲れるのが目に見えてる、俺が5人居ても足りねーよ! 」

 

 目に見えて狼狽し出す唯と瞬。

 その様子はまるで、システムのバグったロボットか何かのようにしか見えなかった。

 あまりにもコテコテすぎて、いつの間にか復活していた志村とハルも、思わずツッコミをいれてしまう。

 

「唯ちゃんさあ、毎日のように逢瀬くん家に上がり込んでる時点で、説得力ゼロどころかマイナスだよね」

「逢瀬さんも逢瀬さんで、なんだかんだ不平不満言いながら唯さんと付き合い続けているあたり、だいぶズブズブだと思いますけどね」

 

 オーバーキル!

 逢瀬瞬と諸星唯は倒れたっ!

 瞬と唯はダウンしてるし、倫吾は相変わらず包帯まみれだし、志村は吐き気がぶり返してベンチと一体化しているしで、もう何もかもめちゃくちゃだった。

 その惨状を見た飛鳥の口から、無意識のうちに笑いがこぼれる。

 

「っははは」

「あれ、飛鳥ちゃん笑った? 」

「わ、笑ってないです! 幻聴幻覚ですよきっと! 」

 

 ぽかぽかと倫吾を叩きながら必死に否定する飛鳥。

 と、ここでずっと空気だったヒビキとネプテューヌが、飛鳥の肩に手を置きながら語りかけてきた。

 

「子供は笑っててなんぼだよ。笑顔を恥ずかしがる必要なんてナッシング、笑いたきゃ笑えばいいのさっ」

「うんうん、やっぱり人の笑顔は元気をもらえるね。これだからお人好しはやめられないんだよ」

 

 いやあんたらも子供ですやん。

 復活した瞬は、しばらくネプテューヌに冷めたような目を向けた後、ぼそりとこう言った。

 

「……さっきまでずっとコーヒーカップで目を回していたガキどもがなんか言ってるよ」

「黙れ女神キックッ‼︎ 」

「あぶぶばっ⁉︎ 」

 

 直後。

 自称女神の飛び蹴りが瞬の腰を貫いた。

 

 


 

 

 その頃、フェニックスワンダーランドにてひとりはぐれた湖森は。

 

「……許さねえからな兄貴」

 

 ソフトクリーム片手にショーを眺めながら、殺気のこもった声でそう呟いていた。

 

 


 

 

『よーしみんなーっ! 合言葉はわかってるよねー? なら思いっきり叫んじゃおっか! せーのっ、わんわんわんだほーいっ‼︎ 』

「「「「わんだほーいっ‼︎ 」」」」

 

 ジェットコースターの前でひとしきり騒ぎ切った瞬達は、野外にあるショーステージを訪れていた。

 ステージでは今まさにショーの真っ最中であり、主役である勇者の少女が、魔王に挑むにあたり観客席に向かって呼びかけているところだ。

 

『ぬーっはははははっ‼︎ そんなくだらない茶番で、この魔王サカツ様に勝てると思っているのかぁっ‼︎ 』

『みんなからの声援があれば、勇者えむは百人力なのだーっ‼︎ いくよ皆っ、力を貸してっ! 』

「おーっ! いっちゃえ勇者えむーっ! 」

「わんだほーいっ! ほら飛鳥ちゃんも応援しないとっ」

「え、えーと……が、がんばれぇー……」

 

 すっかりノリノリのヒビキ達に引っ張られるように、飛鳥も戸惑いながら声援を送る。

 その顔には、ぎこちないながらも笑顔が浮かべられていた。

 

「あの子達……確か、“ワンダーランズ×ショウタイム”だったかな。僕らと同い年なのに凄いよね。おまけに魔王役の天馬司(てんまつかさ)くんはクラスメイト……マジで凄いなぁ」

「語彙力なさすぎて全然褒めてるように聞こえないんですけど」

 

 志村とハルは、“ワンダーランズ×ショウタイム”の面々が同級生であるという点に驚いている模様。

 もちろんその記憶は、次元統合によって改変された後の記憶であるのだが、転生者でもなんでもない2人はそれに気づけない。

 そして、志村や飛鳥達から一列後ろの席。

 瞬と唯と倫吾は、ショーを眺めながら飛鳥の境遇について話し合っていた。

 

「AMOREに保護されてから、飛鳥ちゃんはひとりぼっちだったんすよ。お姉さん——薫さんは保護した当初からずっと意識不明でしたし、2人とも保護の名目で施設内に閉じ込められていましたから」

「……可哀想だね」

「俺もそう思って、ちょくちょく飛鳥ちゃんのいる施設に顔出しては、AMOREの任務で行ったさまざまな世界の話をしてあげてたんすよ。その時についうっかり、灰司先輩や瞬さんの話をしてしまったら、勝手についてこられてこの有様っすよ……」

「お前は秘密組織とかにいるべき人間じゃないと思うぞ」

 

 灰司と同様に、倫吾の口の軽さを心配する瞬。彼の辞書には守秘義務という言葉は恐らく存在しないのだろう。

 でも倫吾の口の軽さのおかげで、結果的に飛鳥は羽を伸ばす事ができている。

 あくまで結果論だが、その点だけはいいのかもしれない。

 

「……多分、灰司も同じなんだよな」

「いきなり何、どうしたの瞬」

「灰司も、バルジに全てを奪われた。飛鳥とは違って、正真正銘のひとりぼっちになった。そりゃあ、復讐しなけりゃ生きていけないよな……」

「そうっすよねぇ。灰司先輩はあんまり自分の事語りたがらないっすから、俺もその辺は噂でしか知らないんすよね……」

 

 何もかも失い、友達と遊ぶ事も家族に甘える事も出来ず、身を守る為に施設内に軟禁される日々。

 飛鳥の境遇は、大の大人でも辛い筈だ。それを10歳で経験している彼女は、それ以上に苦しい筈なのだ。

 だから、こうして飛鳥が遊園地で楽しんでくれている事が喜ばしい。ここに彼女の姉がいれば、飛鳥の笑顔はもっと良いものになっているだろう。

 

「……何としてもでも2人を再開させなきゃ、だよな」

「うん。たったふたりの姉妹だもん、離れ離れのままなんて、残酷にもほどがあるよ」

 

 ショーを観て笑う飛鳥の様子を見て、改めてそう思う2人なのだった。

 

 


 

 

 それからはもう、瞬達はめちゃくちゃに遊びまくった。

 お化け屋敷では、恐怖のあまり気絶した志村を背負う羽目になった。

 スペースショットでは、予想以上の加速に全員揃って白目を剥いた。

 ミラーハウスでは、壁にぶつかりまくってたんこぶをたくさん作った。

 そうしているうちに午後4時になっていた。

 背伸びをしながら、唯が満足そうな顔をする。

 

「いやー楽しかったよねー」

「目的忘れてないよな? バルジと飛鳥の姉を探すためにわざわざ出てきたんだからな? 」

「忘れてない忘れてない……うん」

 

 いや、その顔は絶対に忘れているだろう。

 瞬は心の中でそう突っ込んだ。

 

「あれ、ちびっ子どもはどうした? 」

「トイレっすね」

「そっか」

 

 現在は、ヒビキ・飛鳥・ネプテューヌのちびっ子3人のトイレ待ち。彼女達のトイレを済ませたら、瞬達はフェニックスワンダーランドから退園するつもりだ。

 欠伸をしながら3人を待つ瞬。

 そこに、

 

「おーにーいーちゃーんんんんっ⁉︎ 」

「っ⁉︎  」

 

 突然、とてつもないさっきを感じ取った瞬。

 慌てて振り返ると、そこには怒りの形相の妹・湖森の姿があった。

 フェニックスワンダーランドに来て早々に逸れてしまいそれっきりだったので、瞬は心配していたのだ。

 

「あ、湖森……お前今までどこ行ってたんだよ? ここに来て早々にいなくなっててさ……一応心配s

「白々しいんじゃこの野朗っ! 」

「ぎゃあああああああああっ⁉︎ 」

 

 瞬間、湖森は手に持っていた土産袋でフルスイングで瞬をぶん殴った。

 中身は不明だが、相当に中身が詰め込まれた土産袋をモロに鳩尾に食らった瞬は、土産袋の重力と遠心力を一気にその身に受け、派手に吹っ飛ばされる。

 そして、地面に盛大にぶっ倒れた瞬の体を、湖森は思いっきり踏みつけながら、思いの丈を言葉にし始めた。

 

「全然探す気配すらなかったよね⁉︎ L●NEめちゃくちゃ送ったけど既読ついてなかったよね⁉︎ おかげ様でこっちは、修学旅行の自由行動で孤立する陰キャ男子の気分なんだわっ! 少しは妹大切にしてくれっ! 」

 

 ぐうの音も出なかった。

 完全に鎮圧された瞬の様子を見て、志村とハルは震え上がっていた。

「湖森ちゃんも意外と怖いんだね」

「女性はみんなそんなもんですよ」

 

 瞬が助けを求めてきているが、ほとんど瞬が悪いので知ったこっちゃない。

 無情にも、瞬は湖森からボコボコにされ続けるのであった。

 

 


 

 

 その頃。

 用を足し終えて手を洗っていた飛鳥達。

 

「ねえ」

「どうしたの、いきなり」

 

 ふと、手を洗いながら、ネプテューヌが尋ねてきた。

 

「飛鳥ちゃんの世界ってどんな感じだったの? 」

「それを聞いて何になるんですか。傷口抉るのが目的だったりしませんよね」

「いやいや滅相もないっ‼︎ ただ知りたいだけだって! 」

 

 飛鳥に疑いの目を向けられて取り乱すネプテューヌ。

 飛鳥としては、ネプテューヌの質問には、できれば答えたくない。色々と思い出してしまい、辛くなるからだ。

 しかし、ここでヒビキまでもが、ネプテューヌと同じように好奇心を輝かせながら訊いてきやがった。

 

「私からもお願い。飛鳥ちゃんのことをもっと知りたいの」

「やめてよ……ちょっと考えれば、話したくないって分かるでしょ。何考えてんの……」

 

 2人を突き放そうとする飛鳥。

 しかし、ヒビキは飛鳥の手を取り、更に懇願してきた。

 

「飛鳥ちゃんの世界を覚えているのは、飛鳥ちゃんとお姉さんだけでしょ? それってあまりにも……寂しいなって思ったんだ。だから知りたいの、飛鳥ちゃんの生きていた世界を。それが、無くなってしまった飛鳥ちゃんの世界に対する、一種の“弔い”になると思うから」

「……………」

 

 ヒビキの言葉を受け、考えこむ飛鳥。

 飛鳥としては、失ってしまった過去を思い返すのは辛い事なのだが、それを自分の中にしまいこみ続けて風化させたくない、という気持ちも確かに持っている。

 ヒビキは、そんな飛鳥の思いを見抜いていたのだ。

 

「……はぁ」

 

 飛鳥はひとつ、ため息をつく。

 そして、ぽつりぽつりと、自分が生きていた世界のことを話し始めた。

 

「…………わたしの世界は、普通だったよ。不思議なことは何にも起きないけど、退屈はしていなかった。お父さんはちょっと馬鹿だけど家族思いだったし、お母さんは怒ると怖いけど、どんなときもわたしとお姉ちゃんを大事に思ってくれていた」

 

 ひとつひとつ、丁寧に噛み締める様に。

 なくなってしまったものを語る飛鳥の瞳には、涙が浮かび始めていた。

 

「クラスメイトの篠田(しのだ)くんはスポーツが得意で格好よくて、友達のかさねちゃんは頭が良くて、よく勉強を教えてもらっていたな。近所のタミエ婆さんは歳の割にはひょうきんだったし、隣に住んでるまーちゃんは兎に角わんぱくで、お姉ちゃん共々手を焼かされたっけ」

 

 話す度に、飛鳥の瞳から涙が流れる。

 止めようと思っても止められない。それらが、もう二度と戻ってこないものだと知っているからだ。

 

「そして、お姉ちゃんは…………ドジで人見知り気味でちょっと馬鹿だけど、一緒にいると安心できる、自慢のお姉ちゃんなんだ」

 

 ポロポロと涙を流しながら、飛鳥は自らの心中を搾り出すかの様に語った。

 やがて、悲しみに耐えきれなくなった飛鳥は、大泣きしながらその場に崩れ落ちる。

 

「前まではなんとも思っていなかったけれど、今となっては……全部全部、かけがえのないものだったんだ…………‼︎ それをバルジ(あいつ)は奪った! 壊した! そんなの……許せる訳ないじゃん……っ! 」

「お、落ち着いて飛鳥……ってのは無理だよね」

「ご、ごめん飛鳥ちゃん。悲しい事思い出させちゃって……」

 

 最後まで話を聞いたヒビキとネプテューヌは、予想以上に大泣きしてしまった飛鳥を宥める。

 そしてヒビキは、悲しみと憎しみで泣き崩れている飛鳥の身体を、そっと抱きしめた。

 

「大丈夫……なワケないか」

「…………ごめん、感情的になりすぎた」

「ううん、憎んで当然だよ。飛鳥ちゃんにはその権利がある」

「……話を聞いてくれてありがとう。これで少しでも……わたしの世界を覚えててくれたらいいかな」

「忘れないよ……絶対に忘れないから」

 

 ヒビキは飛鳥を抱きしめながら、噛み締めるようにそう約束する。ネプテューヌもそれに同意するように、強く頷く。

 それからしばらくの間、辺りには飛鳥の嗚咽が繰り返されていた。

 ———そこに、邪魔者が現れる。

 どこからか、ガタリという音がする。

 

「ミツ、ケタ」

「なっ———⁉︎ 」

 

 音のした方を振り向く少女達。

 そこでは、灰司に吹っ飛ばされていたラーマオリジオンが、トイレの窓から顔を覗かせていた。

 それを見た飛鳥は、心臓が縮み上がる。足がすくんで、その場から動けなくなってしまう。

 

「あ、ああ…………‼︎ 」

「ミツケタ……ミツケタ……オイデ、オイデ……‼︎  」

 

 ラーマオリジオンが窓枠に手をかけると、ミシミシミシッ‼︎ と激しい音を立てて、窓枠が周囲の壁ごと粉々に砕けてしまった。

 壁が一面丸々崩れたことで、やたらと開放的になった女子トイレ。

 ラーマオリジオンは譫言(うわごと)の様に同じフレーズを繰り返しながら、飛鳥達の方へと歩み寄ってくる。

 

「逃げよう飛鳥ちゃんっ! ここで死んだらお姉さんに会えなくなるって! 」

「そうそう‼︎  足を動かして‼︎ 兎に角今は逃げ一択だからっ! 」

「あ、あ……うん」

 

 足がすくんで動けない飛鳥を、ヒビキとネプテューヌが引きずる様にして動かしながら、オリジオンから逃げる。

 逃げ出した3人を見たラーマオリジオンは、背中に背負っていた槍を取り出すと、それをぐっと構え、投げの姿勢に入る。

 ラーマオリジオンは、槍を投擲するつもりなのだ。

 

「ニガサナイ……アスカ……ッ‼︎ 」

 

 ぐっと力を込め、ラーマオリジオンは槍を投げる。

 オリジオンの手から離れた槍は、螺旋軌道を描きながら飛鳥の頭目掛けて飛んでゆく。

 が、

 

「とりゃあっ‼︎ 」

 

 ラーマオリジオンが投げた槍は、トイレを飛び出したあたりで、突然、横から飛んできた謎の鉄パイプに弾かれて地面に落ちてしまう。

 

「ヌウウウウウウウウウウウウウウウウウッ⁉︎  」

 

 怒りのこもった呻き声をあげながら、トイレから飛び出して辺りを見渡すラーマオリジオン。

 そこに、

 

「ホラァッ‼︎ 」

「ガブッ⁉︎ 」

 

 背中への一撃をうけ、ラーマオリジオンはよろける。

 が、オリジオンはすかさず背中の薙刀を手に取ると、そのまま自分の周囲を斬り払うように一回転した。

 しかし、薙刀には何かを切った感触はない。

 困惑しながら辺りを見渡すラーマオリジオン。

 邪魔者は、目の前にいた。

 

「お前が男なのか女なのかは知らねーけど、女子小学生のトイレ覗くとか完全に事案だろ」

 

 逢瀬瞬。

 クロスドライバーを腰に巻いた彼が、ラーマオリジオンの前に立ち塞がっていた。

 彼が、鉄パイプで投擲槍を弾き、オリジオンの背中を蹴飛ばした張本人。

 

「これ以上飛鳥に悲しい思いをさせてたまるかよ……覚悟しろよ。変身っ! 」

《CROSS OVER! 思いを、力を、世界を繋げ! 仮面ライダーアクロス! 》

 

 瞬は、バックル右スロットにアクロスライドアーツを装填してアクロスに変身すると、すぐさまラーマオリジオンに攻撃を仕掛ける。

 

「ジャマダッ‼︎ ジャマダッ‼︎ 」

 

 ラーマオリジオンは邪魔が入った事に怒り、アクロスを抹殺せんと、炎を纏わせた薙刀を振り回してくる。

 アクロスは、腰に帯刀していたツインズバスター・ソードモードを取り出し、その刀身で薙刀を防ぐと、そのまま目一杯力を込め、薙刀を押し返す。

 

「コシャクナ……ッ‼︎ 」

 

 初撃を防がれたラーマオリジオンは、今度は口から灼熱の炎を吐き出した。

 

「うわ熱っ⁉︎ 」

 

 アクロスは咄嗟に横に転がって火炎放射を回避する。

 全く掠ってすらいないというのに、凄まじい熱気が襲いかかってくる。恐らく、あの火炎放射を生身で受けていれば即死だっただろう。

 

「危ねえだろっ‼︎ 骨まで溶かす気かっ‼︎ 」

「ヌブゲッ⁉︎ 」

 

 地面を転がったアクロスは即座に立ち上がると、一気にラーマオリジオンとの距離を詰め、その腹部にツインズバスターの斬撃を叩き込む。

 腹を切られたラーマオリジオンは、まるで血を噴き出すかのように、口から断続的に炎を漏らしながら地面を転がる。

 

「速攻で終わらせてやる。こっちは予定が立て込んでいるんでな」

 

 さっさとオリジオンを倒して飛鳥の姉探しに踏み込みたいアクロスは、早くも必殺技でフィニッシュを決めようとする。

 ベルトに付いているライドアーツホルダーからブレイドライドアーツを取り出し、ツインズバスターの柄の先端にあるスロットに装填する。

 が、

 

「シャアアアアアアアアアアアッ‼︎ 」

「なっ⁉︎ 」

 

 ラーマオリジオンは倒れたふりをしながら、背中に背負っていた巨大なブーメランを手に取ると、それをアクロスに向かってぶん投げたのだ。

 完全なる不意打ちが炸裂し、アクロスはツインズバスターを取り落として吹っ飛んでゆく。

 投げられたブーメランは大きく弧を描きながら、あたりの建造物やアトラクションを破壊する。

 

「ジャマスルナ、ッテイッタヨネ」

「……するに決まってる。お前が何をしたいのかは知らないが、暴れさせるわけにはいかないんだ」

 

 ラーマオリジオンは、手元に戻ってきたブーメランを再び投げようとする。

 そこに、

 

「てーりゃあっとなっ! 」

「ブッ⁉︎ 」

 

 飽きるほど聞いた声と共に、ラーマオリジオンの後頭部に蹴りが炸裂した。

 その衝撃で、ラーマオリジオンの手からブーメランがこぼれ落ち、オリジオンの身体は地面にぶっ倒れる。

 そして、ラーマオリジオンの背後から、誰かが姿を現す。

 

「さーんじょうっ‼︎ こっからは諸星唯バトルモードのステージだいっ! 」

 

 アクロスには分かっていた事だが、それは唯だった。

 池袋の時と同様に、ぴっちりしたレオタード風の衣装の上にメカめかしい装甲がくっついたという、まるで何処かの変身ヒロインかなんかの様な格好となっている。

 改めて見ると、中々に目のやり場に困る格好だ。どうにかならないものだろうか。

 

「瞬、加勢しにきたよっ! 」

「唯……他の皆は? 」

「もう逃げたよ。飛鳥ちゃん達は倫吾に任せてきた」

 

 それなら安心だ。

 アクロスと唯は、立ちあがろうとしているラーマオリジオンと対峙する。

 ここからが本番。

 だが、2人ならば負ける気がしないと、不思議とそう思っていた。

 

「お前大丈夫なのかよ、まだ戦い慣れてないんじゃないのか? コイツかなり強いぞ」

「足手纏いになる気はさらさらないからねっ! 一気にぶん殴って終わらせるよっ! 」

 

 


 

 

 その頃志村達は、物陰からアクロスと唯の戦いを見ていた。

 

「あれが唯ちゃんの新しい力……暴走してた印象しかないから、なんだか新鮮だな」

「志村さんは暴走の場に居合わせていましたからね、そう感じるのもむりはないでしょう」

 

 唯のバトルモード(仮称)を初めて目の当たりにした志村とハルは、それに興味津々の模様。

 倫吾も倫吾で、ヒビキ達の肩に手を置きながら、アクロスの戦いを見守っている。

 

「すごいな……短期間でここまで成長するなんて。苛木の奴が焦る訳っす」

 

 資料でしか知らなかったアクロスの戦いを目の当たりにし、倫吾は改めてその凄さを実感する。

 まだ戦い始めて1ヶ月弱しか経っていないにも関わらず、かなり戦い方が様になっている。ひょっとすると、灰司に匹敵するかもしれない。

 そんな人物を敵に回していた事に、今更ながら恐ろしさを感じる。

 

「っと、考えごとに集中しすぎたらダメっす。今は飛鳥ちゃん達を守ることに集中しないと。安心するっすよ飛鳥ちゃん、あの怪物は仮面ライダーが絶対に———」

 

 飛鳥を元気付けながら、倫吾は後ろを振り返る。

 そこに、飛鳥の姿はなかった。

 

 


 

 

 アクロスと唯がラーマオリジオンと交戦を開始してから、暫く経った頃。

 

「ようアクロス、せっかくのゴールデンウィークだってのに、派手に無様に戦ってるねぇ……よくもまあ飽きないもんだ」

 

 ありとあらゆるものを馬鹿にしているかの様にしか聞こえない声が、上の方からした。

 アクロスはラーマオリジオンと掴み合いになりながら、声のした方を見る。

 

「あそこにいるのは……バルジ⁉︎ 」

 

 紫のライダースーツの上に白衣を羽織り、狂気的な笑みを絶えず浮かべている一人の男———バルジだ。

 彼は、メリーゴーランドの屋根の上に腰掛けながら、アクロスとラーマオリジオンの戦いを見物していた。

 

「バルジ……このオリジオンもお前の仕業なのかっ⁉︎ 」

That's All(そのとおり)ッ‼︎ 逃げ出した時はマジで凹んだが、予想以上の暴れっぷりで結果オーライだっ! 」

「今度は何を企んでいるの⁉︎ 飛鳥ちゃんにした事を、私達は絶対に許さないからっ! 」

 

 アクロスも唯も、バルジに敵意剥き出しの眼差しを向けている。バルジの所業を鑑みれば当然だろう。

 しかし当のバルジは、なんで2人が怒っているのか全く理解できておらず、心底不思議そうに首を傾げながら、2人を落ち着つかせようとする。

 

「まあ落ち着けよ。せっかくの機会だ、俺様の楽しい実験(あそび)踏み台(あいて)にでもなってくれよ…………ほら」

 

 バルジかそう言うと、彼の背後からひとつの影が姿を現す。

 それを見たアクロスは、唖然とした。

 アクロスだけではない。

 唯も倫吾も志村もハルも、湖森もヒビキもネプテューヌも、誰も彼もが唖然として固まっていた。

 なぜならば、それは。

 

 

「本日の実験の主役はコチラッ‼︎ デデンッ、なんと行江飛鳥ちゃん10歳! パパもママもお友達もぜーんぶ奪われた挙句に、お姉ちゃんとまで離れ離れになった、とびっきりの逸材だっ! 」

「……………………」

「あす…………か? 」

 

 

 虚ろな目をした飛鳥だったのだから。

 

 

 あまりの光景に、アクロスと唯は戦いの途中だというのにフリーズしてしまっていた。

 誰も彼もが絶句して静まり返る中、バルジだけは抱腹絶倒している。

 そしてバルジは、笑い転げながら飛鳥の背中を軽く叩く。

 それが合図だった。

 

「ああああああああああああああああああああ痾阿合椏飽或鈳揚(ああああああああ)アアアアアアアアアアAAaaaaaaaaAaaAaaAああああああああああああああああああっ‼︎‼︎‼︎ 」

《KAKUSEI THETA》

 

 飛鳥は、小さな喉を潰す様な勢いで叫びだす。

 そして、変化が訪れた。

 飛鳥の体表にいくつものジッパーが現れ、それらが一斉に開いてゆく。開いたジッパーの隙間からは、断続的に炎が噴き出しはじめていた。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ‼︎‼︎ 」

 

 諸々の変化が完了した時。

 飛鳥は、オリジオンになっていた。

 見た目はラーマオリジオンに似ているが、兜の下から赤い髪の様なものが伸びていたり、背中に背負っている武器は弓だけだったり、全体的に装甲が薄く軽装だったりと、随所に違いが見られる。

 否、外見なんぞどうでもよかった。

 

 

「そんな…………飛鳥ちゃんがオリジオンに……⁉︎ 」

「嘘だろ…………」

 

 アクロス達にとっては、飛鳥がオリジオンになってしまったという事実がショックだった。

 それを引き起こした張本人であるバルジは、あまりの出来事に唖然とする一同を、馬鹿にする様に笑い転げている。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ぎゃははははははははっ‼︎ マジで痛快だろうっ さあ行け、思う存分暴れてやりなっ‼︎ 」

 

 バルジはケラクラと笑いながら、オリジオンと化した飛鳥の背中を押す。

 地上へと降り立った飛鳥———シータオリジオンは、着地するなり呻き声をあげながら、ラーマオリジオンと戦っているアクロス達に向かって突撃してゆく。

 

「ふざけるなああああああああああああああああっ‼︎ 」

 

 あまりの所業に、瞬はブチ切れた。

 高みの見物を決め込むバルジに、アクロスは拳を強く握りしめながら突撃する。

 ラーマオリジオンを蹴り倒し、バルジのいるメリーゴーランドに向かって一直線に走る。

 が、そこにバルジに焚き付けられたシータオリジオンが、アクロスに掴み掛かってくる。

 

「やめろ飛鳥、お前何やってんだよ⁉︎ 姉を助けるんじゃなかったのかよ⁉︎ 何バルジの手駒にされてんだよっ⁉︎ 」

「飛鳥ちゃん正直にもどって! 頼むからっ! 」

 

 アクロスと唯は必死に呼びかけるが、シータオリジオンと化した飛鳥は、呻き声をあげながら2人を攻撃する。

 アクロスは、理性を失い暴れ回るシータオリジオン———飛鳥を抑え込みながら、メリーゴーランドの屋根の上からこちらを見下ろしているバルジに怒りをぶつける。

 

「ふざけるなバルジぃっ! 飛鳥から何もかも奪っておいて、その上さらに飛鳥自身を玩具にするだと……⁉︎ どんだけ他人の尊厳を踏みにじれば気が済むんだお前はッ‼︎ 」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()鹿()()()()。弱い奴が悪い、選ばれなかった奴が悪い。悔しかったら復讐なりなんならやってみやがれよ、どうせ無理だろうけど」

 

 息を吐くように神経を逆撫でするバルジの発言で、アクロスは理解した。

 ———(バルジ)は生まれてはいけない存在だ。今ここで倒さなければならない。

 

 

 バルジの実験(あそび)は、始まったばかりだ。




実は一回下書き消してしまって書き直している。
これが無ければ昨日公開だったんだけどな……

良かったら感想、評価おねがいします。
次回は来週くらいの更新を予定してます。



そしてしれっと混ざるプロセカ要素。
あくまで顔見せレベルですけどねー


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第43話 故に、人は彼を天災と呼んだ

久しぶりのアクロスです!
待たせて済まない!


・前回までのあらすじ
なんやかんやあってフェニックスワンダーランドへ遊びに来た瞬達。
少しずつ飛鳥と心を通わせていくが、悲劇は終わらない。
オリジオンに襲われた飛鳥たちを助けるべくアクロスに変身した瞬だが、彼の目の前で飛鳥がオリジオンにされるという、あってはならない事態が発生してしまう―――!


 

 

 飛鳥がオリジオンにされた。

 そのショックはあまりにも大きかった。

 家族も友達も全て奪われ、挙げ句の果てには自分自身すら奪われてしまった少女は、獣のような雄叫びをあげながらアクロスに襲いかってゆく。

 

「………………嘘っすよね? 」

 

 御手洗倫吾は、目の前の光景を受け入れたくなかった。

 

「飛鳥ちゃんがオリジオンになるなんて、嘘なんすよね? 」

「…………現実ですよ、腹立たしいことに」

 

 倫吾の隣にいる九瀬川ハルも、静かに怒りを燃やしていた。

 

「………………」

「飛鳥…………」

 

 ネプテューヌとヒビキは特にショックが大きいようで、ほとんど放心状態になってしまっている。

 心を通わせた直後にこれなのだから当然だろう。

 

「やめろっ……! 飛鳥、正気に戻れよ⁉︎ バルジに何もかも奪われて、その上玩具にされて…………それでいいのかよ⁉︎ 」

 

 誰もがショックを受けている中、アクロスは飛鳥———シータオリジオンの攻撃をかわしながら、彼女に何度も呼びかける。

 しかし、アクロスの声は届かない。

 メリーゴーランドの屋根の上に腰掛けているバルジは、大笑いしながらその光景を眺めていた。

 

「ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! いくら声かけても無駄無駄、そいつは既に本能のままに暴れるだけの怪物! いい加減理解しろよ、ヒーローってのはなんでこうも馬鹿ばっかなんだ? いや、馬鹿だからヒーローなんかになって俺様達に歯向かうなんて愚かな真似するんだよな‼ 可哀想! 」

「ふざけるな! 飛鳥はお前の玩具なんかじゃないっ! 飛鳥だけじゃない、誰もかれも、お前の玩具にされるために生きてるんじゃねえんだよっ‼ 」

「“玩具じゃない”だと? そんな言葉、聞き飽きてあくびも出ねえよ。可哀想(おもしろそう)な面してる奴が十中八九悪いに決まっているだろ」

 

 暴れまわるシータオリジオンを取り押さえようと四苦八苦するアクロスに、バルジの心無い言葉が浴びせられる。

 バルジの言い分は、いじめられっ子に「虐めたくなるような見た目をしているお前が悪い」と言っているようなもんだ。ジャイアニズムも真っ青になるレベルでイかれている。

 アクロス自身も、既にバルジとの対話なぞできるわけがないと諦めきっている。それでも、灰司や飛鳥の境遇を思うと、言葉をぶつけずにはいられなかった。

 

「なんで……なんでギフトメイカー(お前達)は……っ‼ こうも人の心がないんだよっ‼ 本当に赤い血が通ってんのかよ⁉ たかが一回転生した程度で、ここまで化け物になれる理由がさっぱり分からない………………っ!!!! 」

「何それ褒め言葉? いやー照れるねえ。嫌いな奴からの罵声は最高の誉め言葉だ! 」

 

 シータオリジオンを投げ飛ばしながら、これまでの戦いの中でギフトメイカーに対して感じてきた怒りをぶつけまくるアクロス。しかし、どれだけ怒りをぶつけてもバルジはまるで堪えていない。まさに暖簾に腕押しというべきか。

 本当ならすぐにでもバルジを殴り飛ばしたいが、暴れまわるシータオリジオンをどうにかしない限りはそれができない。かといって、シータオリジオン―――飛鳥に攻撃するなんて真似は、アクロスにはできない。

 そこに、

 

「どぅばあああんっ! 」

「ゴボダオベッ‼⁉ 」

 

 ラーマオリジオンを蹴り飛ばしながら、唯が乱入してきた。

 ラーマオリジオンを踏みつけている唯の目は、普段では考えられない程に冷たかった。彼女もまた、バルジに対して怒っているのだ。

 

「瞬、さっさとコイツを倒しちゃおう。これ以上アイツと同じ空気吸ったら狂ってしまいそうだ」

「………………ああ」

 

 怒りで震える声でそう口にするアクロス。

 そこに、更なる乱入者が姿を現す。

 

「見つけたぞバルジ……今日こそテメエを殺してやる……っ!!!! 」

 

 サイドカー付きのバイクに乗って現れたのは、仮面ライダーカイザ。

 その変身者は勿論、

 

「カイザ……灰司か⁉︎ 」

「アクロス、引っ込んでいろ。コイツは俺が殺す! 」

 

 カイザ―――灰司はアクロスを冷たく突き放すと、そのままバイクでバルジの居る場所目がけて突っ走ってゆく。

 が、暴れん坊のシータオリジオンとラーマオリジオンがそれを看過するはずもなく。

 

「シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!! 」

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAっ!!!! 」

 

 獣のような雄たけびを上げながらカイザに襲い掛かってきた。

 カイザは腰に携帯していたカイザブレイガンを手に取ると、即座にその引き金を引く。

 

「邪魔するなっ!!!! 」

 

 何発もの光弾をもろにくらったオリジオン達だが、全くひるむ様子を見せない。身体のあちこちから炎を吹き出しながら、再び雄たけびを上げて飛び掛かってくる。

 一刻も早くバルジを倒したいカイザは、苛立ちながらバイクから飛び降りると、飛び掛かってきたラーマオリジオンに肘鉄を入れて叩きおとす。

 

「どうやら死にたいようだな……ならテメエらもバルジと同じ地獄に叩きおとしてやる! 」

 

 そして、炎の矢を連射しながら突っ込んできたシータオリジオンに、再度カイザブレイガンの銃撃を喰らわせようと銃口を向ける。

 が、引金を引く寸前で、倫吾がそれを止める。

 

「やめるっす灰司先輩! そのオリジオンは飛鳥ちゃんなんだ! 」

「っ⁉︎ 」

 

 倫吾の声を聞いたカイザの動きが一瞬止まる。

 が、カイザはそれを振り切るかのように、右手のカイザブレイガンの引き金を引く。

 

「ガガガガガッ……‼︎⁉︎ 」

 

 カイザブレイガンの銃口から発射された光弾は、シータオリジオンに次々と命中してゆく。

 その度に、シータオリジオンの口から苦悶の声が零れ落ちる。

 

「それがどうした、オリジオンになったならば倒すまでのことだ! どうせ撃破すれば元に———」

「やめとけよ」

 

 そう吐き捨てながら、続け様にブレイガンで斬りかかろうとするカイザ。

 しかし、突然横から伸びて来た腕に手首を掴まれて阻まれる。

 腕の伸びて来た方に視線を向けると、いつの間にかバルジがカイザの真横に立っていた。

 

「バルジッ……なんのつもりだ⁉︎ 」

「そこのバンダナ野朗の言うとおりだ。お前は幼気な少女をぶった斬るつもりか? ひぇ〜っ、仮面ライダーの風上にも置けない非道っぷり、俺様じゃなきゃ見逃しちゃうね」

「どの口が言ってんだこのクソ野郎ッ‼︎ 」

 

 カイザはバルジの腕を振り払い、カイザブレイガンでバルジを斬りつけた。

 完全に殺すつもりの一撃だったし、間違いなくバルジを両断した———感覚はあった。

 しかし、バルジは平然としている。一滴も血が流れていないどころか、彼の身体には傷一つついていない。

 

「なんだと…………⁉︎ 」

「もうひとつ言っておかなくちゃいけないことがある。()()()()()()()()()()()()()()()? 」

「なっ———」

「正確には、あいつらの洗脳のために使っている虫はな、寄生対象が強いダメージを受けると、脳内で爆発するんだよ。言わば人間爆弾さ」

「バルジ……‼ 」

「ならテメェを殺せば済む話だッ‼︎‼︎ 」

 

 拳を震わせながら怒るアクロス。

 対してカイザは、バルジを殺せば洗脳は解けると考え、ベルトに刺さったままのカイザフォンのENTERキーを押し、必殺技を発動させる。カイザスラッシュでバルジを斬り殺すつもりだ。

 が、

 

「それはだめだゾ~~~~~~~~っ❤ 滅っ!!!! 」

 

 気持ち悪いほどに媚びまくった声と共に飛んできたナイフが、カイザの手に握られていたカイザブレイガンを弾き飛ばした。

ナイフの飛んできた方を振り向くアクロスとカイザだが、そこに間髪入れず、続けざまに何本ものナイフが飛んでくる。

 2人は別々の方向に跳躍してナイフの雨を避けると、その発生源を睨みつける。

 そこには、

 

「ご主人様を傷つける奴は、クソ雑魚負け犬メイドのレイラちゃんが皆殺しにしちゃうぞっ☆ 」

 

 ………………酷い顔色をしたメイド服姿のレイラが居た。

 明らかに健康な人間がしてはいけないような顔色の酷さに加え、頭に巻いた包帯から血がにじみ出ていたり、焦点の在っていない目と、誰がどう見てもまともな状態じゃない。

 唯から話は聞いていたとはいえ、彼女の予想以上の酷さに、敵ながらアクロスは心配せずにはいられなかった。

 

「お、おい………………? お前本当に戦えるのか? 下がっていた方がいいんじゃないの? 」

「大丈夫です! わたしはバルジ様専属の奴隷メイドですので! 手足が千切れようと内臓がなくなろうと、全身全霊でご奉仕するだけですぅっ❤」

「っ……」

 

 その異様さに、アクロスはたじろいでしまう。

 以前にあった時とはまるで別人だ。

 恐らくだが、彼女にも飛鳥同様に寄生虫による洗脳が施されているのだろう。

 

「何をぼさっとしているんですか!! 戦闘の真っただ中ですよ! 」

「………………っ、そうだ! 」

 

 レイラの異様さに圧倒されていたアクロスだったが、ハルの声で我に返る。

 そして、横から唯も声をかけてくる。

 

「瞬っ! レイラの相手は私がやるから瞬は飛鳥ちゃんを! 」

「ああ! 」

 

 唯に鼓舞されながら、アクロスは再びシータオリジオンを止めるべく走り出す。

 彼の前方には、炎を纏った武具を持った二体のオリジオン。

 

(待っていろ飛鳥……絶対に俺達が助け出してやるからな…………!)

 

 


 

 

 一方、レイラと対峙することになった唯は、レイラのモップ攻撃をパンチ一発で弾き飛ばしながら、彼女の懐へと飛び込む。

 

「どんぶりゃあッ!! 」

 

 唯はそう叫びながら、渾身の正拳突きをレイラの胴体に叩き込む。

 たった一回の突き、それだけで周囲に突風が巻き起こり、レイラの身体ははるか後方へと吹っ飛んでゆく。

 ジェットコースターの支柱に叩きつけられたレイラは、口から血を吐きながら立ち上がる。

 

「ゆるっ……しません…………! 貴女はわたしが殺します……ぶち殺しちゃいますっ❤ 」

 

 ごほっ、ごほっ、と断続的に咳き込むレイラ。その度に、彼女の口から赤い液体が漏れ出してゆく。それと同時に、頭に巻かれた包帯からも、鮮血がにじみ出ては頬を伝う。どう考えても、唯のパンチ一発でこうなるはずがない。

 唯は、レイラの状態を察していた。

 

「ボロボロなんだ……この子もバルジに全身を滅茶苦茶にされて、もう限界なんだ…………!」

「ごほっ……げぼっ……! たとえこの身が滅びようともっ……ご主人様の邪魔はさせませんっ❤ 」

「どうわっ⁉ 」

 

 レイラは再びと結交じりの咳をしながら唯の心配を一蹴すると、懐からパリパリに乾いた雑巾のようなものを取り出し、ブーメランのように投げつけてきた。

 唯は側転しながらそれを避け、その勢いを保持したままレイラに突撃する。

 その背後から、ヒュンヒュンと風を切り、街頭や木を切り倒しながら雑巾のブーメランが迫りくる。

 

「ご主人様の為に死んじゃってくださ~~~いっ❤ 」

 

 レイラは生気の籠ってない笑みを浮かべながら、何処からかティーポットを取り出し、その蓋を外す。

 すると、ティーポットから灼熱の炎が飛び出し、まるで意思を持っているかのように、唯めがけて襲い掛かった。

 背後からは切れ味抜群の雑巾ブーメラン。前方からはタイルを溶かすほどの灼熱の炎。どちらを喰らっても致命傷待ったなしだ。

 が、その程度で臆する諸星唯ではない。

 

「それはノーサンキューだっ‼ 」

「なっ――」

 

 唯は背後から飛んできた雑巾ブーメランを素手で掴むと、前方から迫りくる炎に向かってそれをぶん投げた。

 切れ味抜群の雑巾ブーメランは、炎を容易く切り裂いてゆき、元の持ち主であるレイラの首筋目掛けて跳んでゆく。

 

「このっ‼ 」

 

 レイラは咄嗟にナイフを取り出して雑巾ブーメランを弾き飛ばすと、既に眼前まで迫っていた唯の顔面目掛け、そのナイフを振り下ろそうとする。

 が、唯はすかさずナイフを持ったレイラの腕を掴み、そのまま押し倒した。

 

「大人しくして! あなた、もう身体が限界なんじゃないの⁉ 」

「限界……? そんなことはどうだっていいの……! わたしはクソ雑魚奴隷メイドのレイラちゃん。バルジ様の玩具として、壊れるまで従うだけ……!」

 

 唯に取り押さえられたレイラは、血を吐き出しながら必死に自身の存在意義を主張する。だがそれは、バルジによって植え付けられた偽りでしかない。

 ヒトとしての尊厳を極限までそぎ落とされた少女の姿を見た唯は、どうしてもそれを敵だとは思えなかった。

 

「私は元のあなたがどんな人間だったかなんて知らない。でも、こんな終わり方は絶対にダメ。操られて、貶められ続けて、弄ばれる。それを壊してはいおしまいだなんて能天気な人間には、私はなれない」

「ごほっ……げほっ……! 敵に情けをかけるなんて言語道断ですぅ! 」

「もう動かないで、さっきから血を吐いてばっかじゃん! このままだと死んじゃうよ⁉ 」

「バルジ様の栄光の為なら、わたしは死んでもいいんですっ❤ わたしは身も心もbボフアッ‼ 」

 

 そこまで言って、レイラは激しく吐血した。

 白いメイド服が真っ赤に染まり、戦闘によって緩んだ頭の包帯からもどくどくと血が流れている。

 血を流し過ぎたレイラには、もやは意識を保つだけの力すらなかった。唯に取り押さえられたまま、彼女は気絶していた。

 

「まだ死んでない。けど……」

 

 レイラはまだ息はしているが、このままだといつ死んでもおかしくない。しかし、今彼女を助けたところで、洗脳が解けない限りは何度でもこれが繰り返される羽目となる。

 彼女を救う方法はただ一つ。

 

「瞬、早くバルジを倒して――! 」

 

 唯はレイラを取り押さえながら、バルジと対峙する仮面ライダー達を見つめるのだった。

 

 


 

 

 そして、バルジに挑もうとする仮面ライダー達はというと。

 

《EXCEED CHARGE》

「てやああああああああああああああああああっ!!!! 」

 

 カイザショットを右手に装着し、必殺技・グランインパクトを発動させながらバルジに突撃するカイザ。しかしバルジは生身の右手でそれを受け止め、受け流してしまう。

 そこに間髪入れず、アクロスがツインズバスターで斬りかかるが、バルジはそれも素手で受け流し、ついでといわんばかりにアクロスの横っ腹に蹴りを叩き込み、アクロスを蹴り飛ばしてしまった。

 怒りマックスのライダー達の波状攻撃を生身で対処し続けるバルジは、つまらなさそうにあくびをしながら、

 

「ぬるいよなア……考えなしに攻撃して勝てる相手じゃねえってのがまだわかんねえのか? ったく、これだから馬鹿(ヒーロー)は嫌いなんだ。人間の自由の為に戦う? 世界平和? 今どき小学生でもそんな妄想してねえよ! 強くて選ばれた俺様の様な奴が好き勝手する。それこそが世界の真理だっていい加減理解しろよ! こっちは馬鹿猿の相手するのも飽き飽きしてるんだっての! 」

 

 そう吐き捨て、アクロスとカイザをパンチ一発で吹っ飛ばした。

 カイザに至っては、ご丁寧にベルトを木っ端微塵に粉砕している始末。

 

「がっ………………ぐう………………」

「ぐっ……だが、俺にまだ……!」

《Deal……Decide Up! Deep(深く)Drop(落ちる)Danger(危機)! (仮面)Rider Demons!!》

 

 ベルトが破壊されたことでカイザの変身が解け、生身で地面を転がる灰司だが、即座に受け身を取って立ち上がると、新たなドライバーとスタンプの様なデバイスを使い、新たなライダーに変身する。

 灰司が腰に巻いたバックルにスタンプ型のデバイスを押し付けると、その姿が、顔面と胸部アーマーが蜘蛛の巣のようなデザインとなった仮面ライダー――デモンズに変化した。

 

「テメエだけは許さねえ! 俺から全てを奪ったお前だけはっ!!!! 」

「そう熱くなるなよ。復讐者が激情に駆られるなんて、最上級の死亡フラグだぜ? 」

「お前がそれを言うなっ!!!! 」

 

 灰司――デモンズはそれをバルジの戯言を怒りながら切り捨てると、指先から何本もの蜘蛛の糸をのばし、バルジを拘束しようとする。

 しかし、バルジが軽く触れるだけで、糸はあっというまにボロボロに朽ち果ててしまう。

 

「こっちの攻撃がまるで通じていない……」

「アクロス、よそ見は厳禁だぜ? 」

「! 」

 

 バルジがニヤつきながらそう言った直後、アクロスの身体が宙を舞った。

 

「ごはっ……⁉ 」

 

 全身の骨と内臓がシェイクされているかのような衝撃を受けながら宙を舞うアクロス。

 地上を見下ろすと、そこには弓を引き絞ったシータオリジオンの姿と、全身から熱気を吹き出して唸り声をあげているラーマオリジオンの姿があった。恐らくだが、ラーマオリジオンの体当たりを喰らったのだろう。

 そこに追い打ちをかけるように、シータオリジオンの炎の矢が飛んでくる。

 アクロスは空中で身をよじってなんとかそれを躱そうとするが、全てをよけきることはできず、炎の矢をその身に受けて地上へと撃ち落される。

 

「ぐっ……駄目だ…………」

「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!!! 」

「DEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEATHっ!!!! 」

 

 立ち上がることもできない程に満身創痍のアクロスの前で、シータオリジオンとラーマオリジオンが雄叫びを上げながら殴り合う。

 何とかしなきゃいけないはずなのに、できない。 

 

「飛鳥…………目を覚ましてくれっ……!!!! 」

 

 いくら声をかけても、彼女には届かない。

 地面に倒れたアクロスと、膝をついたデモンズ。

 それを見て、バルジは馬鹿にしたように笑う。

 

「へー、もう終わりなんだ。やっぱ仮面ライダーって雑魚だわ!!!! 世界に選ばれ過ぎて怖いぜ!!!! 」

「ざけんなっ……! 勝手なことほざいてんじゃねえぞこのクソ野郎! 」

 

 デモンズは諦めることなく、バックルにスタンプを再度押してから両側のノックを押し、必殺技を発動させる。すると、デモンズの右足に赤く輝く蜘蛛の足が収束し始める。

 

「無駄だって言ってんだろ、ほんとお前は馬鹿だよな! まあできもしない復讐なんかに現を抜かすような奴だからしょうがないかっ! 」

「テメエがそれを言う資格はねえんだよォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!! 」

 

 デモンズ―――灰司の復讐者としての在り方すら馬鹿にするバルジ。

 彼にとっては、この世のすべてが自分の玩具か邪魔者でしかない。彼の中では、自分と並び立つ人間なぞいないのだ。

 

「しつこいんだよ、ったく…………本当は使いたくなかったが、俺様の新しい力を使わなきゃわかってもらえないようだしな。ちょっとばかりサンドバックにでもなってくれよ、愚かな仮面ライダー? 」

「何だと……⁉ 」

「ピカチュウ、イガリマに続く俺様第三の姿を拝ませてやるから、よーく見とけよ? 」

 

 バルジは憎たらしさ全開の笑みを浮かべながら、パチンと指を鳴らす。

 

《KAKUSEI………………EVOLT》

「ぐはははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!!! 」

 

 

 

 バルジの高笑いが耳に入った直後。

 

 瞬間的に、世界が真っ暗になった。

 

 

 


 

 

 

 

「………………なにが、起きた? 」

 

 逢瀬瞬が目を覚ました時、そこには馬鹿でかいクレーターが出来ていた。

 受けたダメージが限界に達したのか、アクロスの変身は解けている。

 

「っ………………! 」

 

 立ち上がろうとしたが、全身にくまなく痛みが走っている。ぽたぽたと、頭から血が垂れる。

 辺りを見渡すと、そこには凄惨な光景が広がっていた。

 跡形もなく消し飛んだメリーゴーランドに、支柱が折れてレールごと倒壊したジェットコースター。先ほどまで多くの客で賑わっていた筈の遊園地。その一区画が、見るも無残な姿になっていた。

 瞬は傷ついた身体を引きずりながら、クレーターの中心部に向かう。

 そこには、ラーマオリジオンとシータオリジオンが倒れていた。彼らもまた、バルジの一撃に巻き込まれたのだろう。

 

「ア………………ア………………」

「ゴバ………………ド………………」

 

 二体のオリジオンは、呻き声をあげながら互いに手を伸ばす。

 それと同時に、両者の変身が解け、人間としての姿が露となる。

 一人は、藍色の髪をシニヨンにした幼い少女・行江飛鳥。もうひとりは、薄紫色の髪の高校生くらいの少女。その顔は、どことなく飛鳥に似ている。

 その顔を目にした飛鳥は、目を見開いた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 」

「あ、すか? 」

 

 少女の名は行江薫。

 飛鳥の姉にして、彼女にたった一人残された家族である。

 

 

 


 

 

 

 そして。

 その光景を、倫吾は見ていた。

 

「………………………………あ」

 

 バルジの攻撃の直前に唯がバリアを張ったために、倫吾達は無傷だった。

 だが、それ以上のショックが、彼を襲った。

 

「あ……あああああああ………………あああああああああああああああああああああっ!!!! 」

「ど、どうしたの⁉ 」

「バルジの奴………………すでに薫ちゃんを………………飛鳥ちゃんのお姉さんをオリジオンにしてやがった! アイツはただ二人生き残った姉妹を殺し合わせて楽しんでやがったんだ!!!! 」

「!!!! 」

 

 倫吾の言葉を聞いて、血相を変える志村達。

 バルジの度を超えた悪辣っぷりに、誰もかれもが怒りをこらえることができないでいた。

 しばしの沈黙の後、耐え切れなくなったヒビキが泣き出した。

 

「なんで……なんでそんなことができるの⁉ 」

「転生者に非ずんば人に非ず、とでも考えてるんでしょうかね……どちらにせよ、私も柄にもなくブチぎれそうです」

 

 ハルは表情を変えることなく、冷静そうにそう言ってはいたものの、その身体は怒りで震えている。

 この場にいる誰もが、ひとつの結論を下していた。

 ―――バルジ(こいつ)は生きてはいけない存在だ、と。

 

 


 

 

 そして、クレーターの中央。

 動かなくなった灰司を踏みつけながら立っている、一体の怪物がいた。

 端的に表現するならば、それは全身真っ黒な人型のコブラとでもいうような見た目をしていた。身体のあちこちにはボトルのようなものが刺さっており、腹部に空いた大きな穴の中では、底の見えない漆黒が胎動している。

 それはかつて、地球を破壊せんとした地球外生命体(エボルト)の力。

 愛と平和を謳うとある仮面ライダーによって打ち倒されたはずの厄災が、ここに舞い戻っていた。

 

「さて、そろそろトドメ刺してやるかな」

「くっ………………! 」

 

 バルジ改めエボルトオリジオンは、踏みつけたままの灰司にトドメを刺そうとする。

 

「やめろバルジっ! 」

 

 それに気づいた瞬が慌てて駆け寄るが、圧倒的に間に合わない。

 エボルトオリジオンの手のひらで生成された黒いエネルギー球が、灰司にむかって放たれる。

 

 

 ―――その寸前。

 

「………………あれ? 」

 

 エボルトオリジオンの右手に溜められていたはずのエネルギーが、突如として霧散してしまった。

 困惑するエボルトオリジオンだが、続けざまに、全身から黒い霧を吐き出しながら彼の変身が解け、人間に戻ってしまった。

 そのことに困惑するバルジだが、即座に理解する。

 

「………………チッ、もう限界かよ。やっぱりこの力、使うのは一筋縄ではいかねえか」

「なんだ………………? 変身が解けた………………? 」

 

 戸惑う瞬の目の前で、バルジは苛立ち気味に灰司を蹴とばすと、そのまま踵を返して歩き出す。

 

「くそっ、撤収だ! 」

「りょうか、ごほっ……ぼはぁっ!!!! 訳立たずのお二人の回収については、このクソ雑魚奴隷メイドのレイラちゃんにお任せくださげほげほっ!!!! 」

 

 撤収に入ったバルジに続いて、ボロボロのレイラが飛鳥と薫を両脇に抱えてついてゆく。その顔には正規の籠ってない笑みが浮かべられており、断続的に吐血交じりの咳を繰り返している。

 唯に取り押さえられていた彼女だが、唯がエボルトオリジオンの攻撃から皆を守ることを優先したために、拘束を解いてしまったのだ。

 

「待てっ……! 」

 

 逃がすまいとバルジ達の後を追う瞬だが、傷だらけの身体ではまともに走ることができず、傷が痛んでその場に蹲ってしまう。

 

「瞬、無茶だって! その傷じゃ戦いどころじゃないでしょ⁉ 」

 

 慌てて唯が駆け寄り、その場に崩れ落ちた瞬の身体を支える。

 霞む瞬の視界に、悠々と立ち去るバルジ達の背中が映る。

 

「くそっ………………くそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!! 」

 

 変わり果てた姿となった遊園地に、少年の慟哭がこだました。 

 

 

 

 

 




はい、完全敗北です。
バルジをエボルトにするとか阿保にもほどがあるだろう!

でもハーメルンだとエボルト(に限らずライダーラスボス)無双系がやたらと多かったよなあという印象が強いのも事実なので、思い切ってぶち込みました。
………………さて、どうやってコイツを倒そうか?



☆オリジオン紹介のコーナー!

■シータオリジオン/行江飛鳥
元ネタ:Fate/Grand Order・ラーマーヤナ
バルジに故郷を滅ぼされた少女・行江飛鳥がバルジの手によって強制的にオリジオンにさせられた姿。
彼女の意思は完全になくなっており、ただ本能のままに暴れるだけの獣。
弓矢に炎を纏わせる戦い方を得意とする。


■ラーマオリジオン/行江薫
元ネタ:Fate/Grand Order・ラーマーヤナ
バルジに故郷を滅ぼされた少女・行江薫がバルジの手によって強制的にオリジオンにさせられた姿。
彼女の姿はなくなっており、ただ本能のままに暴れるだけの獣。
背中に背負った様々な武具を自在に使いこなす戦闘能力の高さに加え、炎を操る力も持つ。

■エボルトオリジオン/バルジ
元ネタ:仮面ライダービルド
イガリマの力を失ったバルジの新しい姿。
このタイミングでラスボスの力を持ってくるあたり、彼の空気の読めなさがうかがえる。
その実力はもはや馬鹿みたいなレベルと化しており、生身で仮面ライダー達を圧倒できてしまう。
あまりにも力が強すぎるため、バルジほどの実力者ですら変身自体が長く持たないのが欠点。


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第44話 Avengersの敗走→合流

インターバル回。だらだらと話をする回だよん
こういう回の方が面倒くさいんだよねえ



■前回のあらすじ
飛鳥をオリジオンにされ、怒りのままにバルジに挑むアクロス。
しかしバルジの力は圧倒的であり、彼の新たな力の前に、なすすべなく惨敗してしまうのだった……

………………忘れてはいけない。
天災を追う者は、まだいることを。


 

 

 バルジとアクロスが交戦する少し前までさかのぼる。

 

「手がかり、ないっすねえ……」

「無いわねえ……」

「ああ………………」

 

 堕天使三人組は、ベンチにもたれかかれながら力なくそう口にした。

 その隣のベンチでは、彼らに付き合わされた暁古城と姫柊雪菜が、同じようにぐったりとしている。

 5月上旬といえど、気温だけは真夏日。地球温暖化を本気で恨みたくなるような猛暑だった。

 

「あの腐れマッドサイエンティストぉ……どこにいるのよぉ……」

「マッドサイエンティスト呼ばわりはやめた方がいい、アザゼル総督に飛び火する」

「いや総督がマッドなのは事実っすよね」

 

 カラワーナ、ドーナシーク、ミットルテの三人は、うだうだと言いながらベンチに身を預ける。日本の初夏の猛暑とレイナーレの見つからないことによる焦燥感が、彼らの心身を猛スピードで消耗させてゆく。

 その横では、古城と雪菜がギフトメイカーについて話し合っていた。

 

「一応、先月遭遇した際に獅子王機関に調査を依頼したのですが、今のところ有力な情報は見つかっていません」

「政府の組織でも情報がさっぱり見つからないって……一体奴は何者なんだ……? 」

 

 先月バルジと遭遇し、オリジオンと交戦した二人。

 あの戦闘の後、雪菜の所属する特務機関・獅子王機関側でもギフトメイカーの存在について調査を始めたのだが、有力な情報はつかめていない。あれだけ派手に暴れていながら、国家機関にほとんど認知されていなかったのが不思議なくらいだ。

 まさしく五里霧中とでも言うべきか。

 そんな感じで疲弊しきっていた古城一行。

 そこに、救いの手が差し伸べられる。

 

「おーやぁ~? そこの方々、何かお困りのようですねえ? 」

「んあ? 」

 

 若干メスガキじみた声が真上から浴びせられ、古城は閉じかけていた瞼を開く。

 古城の視界に入ってきたのは、此方の顔を覗き込んでいる、額にゴーグルをつけた黄緑色の髪の少女だった。年齢的には古城とそう変わらないように見える。そして、その手にはチラシのようなものが確認される。

 

「………………受け取れと? 」

「逆にこの状況で拒否とか人の心とかないんか? 」

「………………はあ、わかったよ。受とりゃあいいんだろ」

 

 半ば強引に、少女に手渡されたチラシを目にする古城。

 チラシには、“裁場武装探偵事務所―――迷い猫探しからテロリストの殲滅までなんでもおまかせ!”と書かれている。どうやら武偵事務所の宣伝に来たようだ。

 

「探偵事務所……? あのねえ、そんなもので解決出来たら苦労しないっての! 人間風情がウチらのてだすけなんかできるわけないっしょーが! 」

「馬鹿っ……! ミットルテ、何ナチュラルに正体ばらそうとしてんのよ⁉ 」

 

 少女をうざったらしく思ったミットルテは、暑さと焦燥感で参っているのもあってか、ついうっかり自らの素性を透かすような発言をしてしまい、カラワーナに止められる。

 しかし少女は、うんうんと頷きながらぽん古城の肩に手を置く。後方彼氏面とはこのことを言うのだろうか。

 

「わかってますよ分かってます。あなた方が人間でないことぐらい、このGUMIちゃんにはオミトオシなんですよねぇ」

「!! 」

 

 その言葉を耳にした、雪菜以外の全員の動きが止まる。

 

「お前……何者だ? 」

「わたしは一介のJKシンガーだよ。ちょっと裏事情を聞きかじっている程度の、ですけども」

 

 古城に問いかけられた少女は、チラシを見せびらかしながらニヤリと笑う。

 この時点で、半ば結論は出ていた。

 彼女は一般人ではない。人間であるか否かに関わらず、彼女には何かがある。

 

「………………案内してくれ、その探偵事務所とやらに」

「え、先輩正気ですか⁉ 」

「蜘蛛の糸だろうと藁だろうと、今はすがるしかねえだろ」

「お、決断速いね。なら早速案内しちゃうよ~、私に付いて来いっ! 」

 

 古城の返答を聞いた少女は、目を輝かせながら一行を案内する。

 一抹の不安を抱えながらも、古城達は少女についていくことにした。

 

 


 

 

 天統市某所

 

「ほらこっちですよこっち! 」

 

 少女―――GUMIに案内されるがままに、古城達はじめじめとした雑居ビル内の階段を上る。

 さっき通過した入り口には苔が生えてたし、隣の壁にはナメクジが這っているしで、こんな場所に本当に探偵事務所なんかあるのだろうか。仮にあっても怪しさ全開だろう。

 暁古城は現実の探偵というモノをよく知らない。少なくとも、ドラマや漫画のようにポンポンと難事件に巻き込まれるような死神めいたものではないことだけは確かだ。というかそんな奴がいたら真っ先に逃げるだろう。

 そんな感じに、早くも少女についていったことを後悔し始めていた古城。多分、雪菜や堕天使3人組も同じ気持ちなはずだ。

 3階分ほど階段を上がった先に、ひとつの扉が見えてきた。

 どうやら、この先がGUMIのいう探偵事務所らしい。

 

「おーい裁場ぁ~っ! 超無愛想なお前さんに代わって、激カワシンガー系JKのGUMI様がお客さん連れてきてやったぞ~っ!」

 

 GUMIは威勢のいい声をあげながら、古びた扉を思いっきり開け放つ。

 ソファーとテーブル、デスクに冷蔵庫と、必要最低限の家具しか置かれていない事務所の一室が、底には広がっていた。

 そして、窓際のデスクには、一人の男が座っていた。

 古城より一回りは年上のように見える、険しい目をした眼鏡の男だ。

 

「なんだ、今こっちは食事中なんだ」

 

 ――そう言った男は、ウスターソースの容器を口に加えていた。

 それを目にした古城達は戦慄した。

 

「「「「「そ、ソース直で吸ってやがる……っ! 」」」」」

 

 険しい目をした大人がソース直飲みしているという衝撃的な光景に、古城も雪菜も固まっている。これどう反応したらいいんだよ。マヨラーの亜種かなんかか? 

 まるで未知の生命体を目にしたときの様な目線が、目の前にいる眼鏡の男に向けられる。

 

「裁場……またウスターソース直飲みしてる……健康に悪いからやめなよ。それよりもほら、このGUMIちゃんお手製のライス定食でも如何かな? 」

「いやそっちもそっちでだいぶアレだと思うけど⁉ 」

 

 そう言いながらGUMIが冷蔵庫から取り出したのは、山もりの白米、白米、白米………………なんだこれ地獄かね?

 常人の理解を遥かに逸脱した食事の光景に、古城も雪菜もすっかり固まってしまっていた。もう理解したくもない。

 ライス料理の数々を差し出された男はというと、空になったウスターソースの容器を握りつぶしながら、さも自分が常識的であるかのようにGUMIの料理を否定し始めた。

 

「そんな栄養バランス終わっている食事を頼んだつもりもないし、そもそもお前みたいなバイトを雇ったつもりもないんだが? 」

「いやウスターソース啜ってる奴が言う台詞じゃねえし! てかこいつバイトでもなんでもなかったの⁉ じゃあなんで客引きなんかやってんのこの人⁉ 」

「善意から………………に決まってるじゃん」

「何ですかその間。すっげえ訳ありそうにしか聞こえないんですけど」

 

 もうツッコミどころしかなかった。

 不信感マックスになった古城達は、回れ右して帰ろうとする。こんな場所にいたら時間を無駄にするどころか気が狂いそうだ。

 が、それを眼鏡の男――裁場整一が呼び止める。

 

「まあ折角来たんだ、話を聞こう」

「あ、はい………………」

 

 先程とはうって変わり、真面目なトーンで男はそう言った。先程までウスターソース啜ってた奴と同一人物とは到底思えない変わりようだ。温度差で風邪ひきそうだ。

 あまりの馬鹿馬鹿しさに帰ってしまおうかと思っていた古城達だったが、裁場の雰囲気の変わりように気圧され、その場から動けないでいた。まるで蛇に睨まれた蛙にでもなったかのような気分だ。

 

「なんだこの威圧感……ただの人間と思っていたが、どうやら違うようだ」

「私にはわかる……こいつ、歴戦の戦士だ……それも尋常じゃない修羅場と死線を潜り抜けている、モノホンの猛者だ」

「ま、マジすか学園……もし敵に回したりでもしたら、ウチらじゃ太刀打ちできないかもしれないっすね……」

 

 先程まで「たかが人間の探偵風情」と見下していた堕天使たちも、裁場のオーラを感じ取ってその評価を改める。彼らも素人ではない。相手の力量を推し量る程度のことはできるのだ。

 

「君達の素性については既に周知している。第四真祖に獅子王機関の剣巫、それに神の子を見張る者(グリゴリ)の使者たる堕天使………………ここに来たってことは、所属勢力では太刀打ちできないモノに挑みに来たか、表立って探れないモノを探りに来たか。そのどちらかなのだろう? 」

「………………お前たちは何者なんだ? 政府の特務機関や三大勢力について随分詳しいようだが。本当にただの武偵なのか? 」

「単に仕事柄そういうのに詳しくなってしまっただけの、ただの探偵だよ」

 

 ドーナシークの指摘に、裁場は微笑を浮かべながらそう返答した。

 ただ口角をあげただけだというのに、そこには“それ以上の詮索はしないほうがいい”と、言外に告げているかのように思えた。

 

「俺の素性なんかはどうでもいいさ。さ、ここに来たわけについて話してもらおうか。そうしないと話が始まらないだろう? 」

「えっと………………え、俺が離さなきゃダメ? 」

 

 裁場に事情説明を催促された古城は、助けを求めるかのように雪菜達の方を見る。

 が、非情にも雪菜や堕天使3人組は、無言で古城に視線を投げ返してきやがった。つまり、大役を押し付けられたということだ。

 なんでこうも貧乏くじばっか引くんだろうか、と自分を軽く呪いながらも、仕方なしに古城は話し始めた。

 

「実は――」

 

 

 


 

 

 古城が軽く事情を説明し終わった後、裁場はきっぱりとこう言った。

 

 

「端的に言おう。君達はこの件から手を引け」

「⁉ 」

 

 その言葉に、驚きを隠せない古城一行。堕天使たちに至っては、声を荒げて反論する始末だ。

 

「それってどういうことよ⁉ 」

「そんなことできるわけないっすよ!! 」

 

 突然そう言われれも、古城達はともかく、堕天使達は納得できるわけがない。

 彼らは裁場を睨みつけるが、裁場はその視線に臆することなく、話を続ける。

 

「仲間を助けたいという気持ちは充分に理解できる。だが、相手が悪すぎる」

「相手が悪すぎるって……その、バルジとかいう奴は、そんなにも危険な相手なのですか? 」

「危険どころじゃない、奴は厄災そのものだ。下手に挑んで楽に死ねる可能性はまずないだろう。そもそも、君達が一度彼のモルモットにされながらもこうして五体満足でいること自体が奇跡のようなものだ。それをみすみす手放すような真似は、俺個人としては看過できない」

「ふ……ふざけるな! 俺達ではアイツに勝てないと、お前はそう言いたいのか⁉ 」

「やめてくださいドーナシークさん! 気持ちは分かりますが落ち着いて! 」

 

 実力を侮られたと感じたドーナシークは、思わず立ち上がって裁場に拳を振るおうとするが、見かねた雪菜がすかさずそれを制止する。

 

「別に君達を馬鹿にしているわけじゃない。アイツには俺でも勝てるかどうかわからない。ギフトメイカーの中でも最低最悪の人格破綻者にして危険人物。それがバルジという存在なんだ」

「そんな……やばい奴なのか……? 」

「ああ。第四真祖である君であろうとも、奴との交戦はしちゃだめだ。奴はお前のような正義感にあふれた人種とは相性最悪、例えるならなパーでチョキに挑むようなものだ」

「………………………………」

 

 古城と雪菜は、裁場の言葉に全く反論することができなかった。

 裁場は、小学生に自然災害についてレクチャーするように、懇切丁寧にバルジという存在の危険性について話した。

 古城達がバルジと対峙したのはほんの僅かな間だったが、それでもこいつが善人ではないということだけはすぐに分かった。しかし、実態はそれをはるかに上回る化け物だった。

 普通ならば、今の裁場の話は一笑されてしかるべきものだろう。だが、場の雰囲気がそれを許さなかった。異様なまでの信憑性というか、そういう類のものが、今の話には存在していた。

 沈黙が事務所内を包み込む。

 

「………………駄目よ」

「どうした? 」

 

 しばらくして、沈黙を破ったのは、カラワーナだった。

 彼女は瞳に涙を浮かべながら、その心中をぶちまける。

 

「例え敵わない相手だとしても、どうしようもない厄災だとしても、それでも諦めるわけにはいかないの……! レイナーレ様は私達の大切なリーダーなの! 苦しんでいるのに見捨てるような真似は絶対にできないの! 」

「そうっすよ……! 確かにウチらは後ろ暗いことはやっていた! でも……小悪党にだって意地とか尊厳があるんすよっ‼ それを踏みにじられていいことにはならない筈っす! 」

「何より俺は、奴のすべてを見下したような眼が気に入らない! 俺達をさんざん弄んだアイツに一矢報いなければ、俺達の汚された尊厳や誇りは戻ってくることはないのだ! 」

 

 カラワーナに続き、ミットルテとドーナシークも胸の内を曝け出す。

 誇り、尊厳、絆。それら全てを嘲るように弄んだバルジに、彼らは怒らずにはいられなかった。それは堕天使故のプライドからくるものではない。この世に生きるモノとして当たり前に持っているはずの生命の尊厳が、彼らの義憤を煽り立てているのだ。

 彼らの義憤を受け取った古城は、それを噛み締めながら、ゆっくりと口を開いた。

 

「……俺には、この声を無視することはできない」

「………………………………」

「あんたには敵わないかもしれないけど、俺だって何度か死線は潜り抜けてきたつもりだ。そのどれもが、巨大な悪意に踏みにじられそうなものを守るための戦いだった。だから、こいつらの言ってることはわかる、つもりだ」

「……例え敵わないと知っていても、か? 」

「そんなもんで止まるようなもんじゃねえだろ。あんただって知ってるはずだぞ、そういう人種を」

 

 古城の言葉を受け、黙り込む裁場。

 そう。

 裁場は古城の言わんとしていることを理解しているし、彼の言う“人種”とやらを、痛いほどに知っている。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 かつての裁場がそうであろうとし、貫けなかったその在り方を、目の前の少年は持っている。その輝きを持つものと、裁場はついこの間も出会っている。そして、それを止める手段を自分は持ち合わせていないということも、裁場は理解している。

 

「……また根負けしてしまったのか、俺は」

 

 またしてもそれを思い知らされてしまった裁場は、無意識のうちに呟いていた。

 

「? 一体何を――」

 

 雪菜がそう言いかけた時だった。

 デスクに置きっぱなしにされていた裁場のスマートフォンから、着信音が鳴りだした。

 

「あ、裁場。ほら電話っ」

 

 GUMIからスマホを投げ渡された裁場は、通話に出る。

 そして、しばらくの間古城達に背を向け、通話をしていた。

 

「…………そうか、わかった。今そちらに向かう」

 

 数分後、裁場はそう言って通話を終えた。

 そして、古城達の方を向き直り、ある提案をしてきた。

 

「戦う気概があるなら付いて来い。きっとそれが、お前達の望む結末に繋がるはずだ」

「………………ああ、飛び込んでやるよ。地獄だろうが何だろうが、喜んで足を踏み入れてやる! 」

 

 裁場の言葉に、古城達は強くうなずいた。

 彼の意図は、すぐに理解できていた。

 裁場に続いて、事務所を後にする一行。

 ――その目は、かつてないほどに決意に満ち溢れていた。

 

 

 同じ敵を追う英雄たちは惹かれ合う。

 それがたとえ、地獄に繋がる道であろうとも。

 

 

 


 

 

 その頃の逢瀬家。

 

「………………………………」

 

 和室に広げられた敷布団の上には、満身創痍の灰司が寝かされていた。

 バルジに逃げられた後、志村達と別れた瞬達は、満身創痍の灰司をひとまず逢瀬家まで連れ帰り、応急処置をして布団に寝かせた。全身に巻かれた包帯からは今も血が滲んでおり、彼の目は閉じたままだ。辛うじて息はしているようだが、予断を許さない状態だ。

 そんな灰司の様子を見ながら、枕元に座っていた倫吾がぽつりと言う。

 

「無茶だったんすよ……灰司先輩、先日の戦いの傷もまだ癒えてないってのに、バルジに挑むなんて……やっぱり、復讐の為なら死んでもいいと思っているんすかね……」

「………………」

 

 池袋で、灰司が転生者狩りであることを知った直後。

 裁場整一は、灰司は復讐を終えたら死ぬつもりだと断言していた。そして、灰司はそれを否定しなかった。

 彼には帰るべき場所も、帰りを待つ者もいない。全てを奪ったバルジへの復讐心のみが、心の死んだ灰司を突き動かしている。

 故に、灰司は己の身を省みない。傷の癒えない身体を復讐心で無理矢理動かした結果がこれだ。

 

「………………俺にはわからない」

「お兄ちゃん? 」

「灰司を止めてやるべきなのか、そうでないのか、俺には分からない。灰司が復讐に走る気持ちは理解できるけど、それで死んでもいいってのは納得いかない。でも、どうしたらいいんだ? どちらを取っても灰司は納得しない……俺の我儘で、灰司の復讐を否定していいのか? 」

 

 瞬は分からなくなっていた。

 事情を生半可に知ってしまったが故に、灰司を止めることができなかった。

 復讐を止めるのも、復讐を成し遂げさせるのも、きっと灰司の為にはならない。部外者たる瞬にできることは何もない。八方塞がりだった。

 

「もう少ししたらAMOREの回収班が来るので、そしたら向こうの医療機関に搬送するっす。それまでここで寝かせてあげてほしいっす」

「まあそれくらいならいいけど……」

 

 瞬が悩んでいる横で、倫吾の言葉にそう返す湖森。

 きっとこの場に叔父・還四郎がいたらびっくりするだろう。家に見知らぬけが人がいるのだから当然だ。

 暫しの間沈黙が流れた後、思い出したかのように瞬が口を開いた。

 

「………………ちびっ子たちの様子は? 」

「駄目。ヒビキちゃん、すっかりふさぎ込んじゃってる。ネプテューヌが慰めているけど、全然だよ」

「そりゃそうだよな……俺達だって同じなんだからさ」

 

 心を通わせたと思った矢先にこれなのだ。瞬達だってつらいのだから、特に幼いヒビキにはショッキング極まりないはずだ。

 灰司は重傷を負い、飛鳥はバルジの手に墜ち、バルジは滅茶苦茶強くなっている。絶望の3コンボに見舞われた一行は、すっかり意気消沈してしまっていた。いつもは明るい唯でさえも、どんよりと暗い表情を浮かべてしまっている始末だ。

 普段の騒がしさとはうって変わって、まるでお通夜みたいな雰囲気と化してしまった逢瀬家。

 そこに玄関の方から、空気を読まない不審者の声が響き渡った。

 

「やっほ~~~っ、みんなの北極星・イケメン導き手のフィフティさんが久しぶりに遊びに来たよ~~~」

 

 恐らく自分で考えたと思わしき謎の2つ名を名乗る怪しいイケボが、どんよりムードを容赦なく破壊しやがった。

 その声を聞いた瞬と唯は無言で立ち上がると、足音をできるだけ殺した早歩きで玄関に向かってゆく。

 玄関では、黒いローブを着たイケメン不審者ことフィフティがにこやかに手を振っていた。

 

「いやあ、揃いもそろって酷い怪我だね。調子はどうかな逢瀬くん」

「今までどこ行ってたんだこの役立たずパンチッ!!!! 」

「ぼばぉえっ⁉ 」

 

 先の戦いには全く姿を見せなかった癖してのうのうとお見舞いに来た不審者(フィフティ)に、唯の鉄拳が炸裂した。

 鼻血を吹き出しながら盛大にぶっ倒れるフィフティだが、彼を心配するものはひとりもいない。彼に人望がないというのもあるが、そもそもフィフティに構っている余裕がないのだ。

 そのままフィフティを踏みつけようとする唯だが、瞬に制止させられる。

 

「やめろ唯、怪我人が寝ているんだぞ」

「あ、ごめん瞬……コイツの顔見たらどうしても一発入れなきゃって思って」

「それはわかる」

 

 悲しいかな、フィフティに味方する奴はこの場にいないのだ。普段の神出鬼没っぷりに加え、ミステリアスかと思わせといてやたらと一部の人間(主にアラタ)に対してきつく当たるし、声も見た目も無駄にイケメンなのが余計に怪しさを増長させている。擁護しようがない。

 

「というか、逢瀬くん随分と元気そうだね? バルジに半殺しにされかけたって聞いてたけど、なんかぴんぴんしてるしさ」

「俺はあんまり奴にボコられなかったからな……それ以上に重傷な奴がいる」

「……ああ、彼か」

 

 瞬の言葉に、フィフティは素っ気なくそう返した。

 

「なんか露骨に興味なくしたね」

「うん、だって興味ないし。私は仮面ライダーの導き手だよ? 逢瀬くんや裁場は気にかけるけど、彼――無束灰司は違うだろう? あれはただの紛い物だ。そんなものに興味はないさ」

「そういう所で信頼度下げてるってわかってる? 」

 

 唯の鋭い指摘に、フィフティは張り付けたような笑みで返す。

 最近になって、フィフティは瞬達とそれ以外に対する態度の差が露骨になってきたような気がする。子供だってもう少し建前とか使いこなしているだろうに、コイツはどれだけ幼稚なのだろうか。

 瞬が元気そうなのを確認したフィフティは、灰司の心配謎微塵もすることなく、そそくさと帰ろうとする。

 

「元気そうだし、私は帰るよ」

「マジで帰る気だ……灰司を微塵も心配しないあたり、ほんとうに人の心とかないんだな……」

「だって私には関係ないし。そもそも、彼には事あるごとに色々と邪魔されてきたからね。個人的に嫌いなんだよ」

「……なんとなく予想はしてた」

 

 ベルトを奪ったアラタといい、どうやらフィフティは一度嫌った人間はとことん嫌い続ける性分らしい。融通が利かないというか、子供っぽいというか……。

 鼻歌交じりに帰り支度をするフィフティだったが、玄関扉に手を伸ばしたその時、瞬がフィフティを呼び止める。

 

「待てよフィフティ」

「………………なんだい? 」

「バルジの奴を倒したい。何か手はないか? 」

「ほう? 」

 

 その言葉を聞いたフィフティの眉が、僅かながら動いた。

 

「……それは、無束灰司の復讐の手助けでもするためか? 」

「いや。どうしても助けなきゃいけない奴がいる。復讐の為なんかじゃない、踏みにじられているモノの為に、俺はあいつを倒さなきゃいけない」

 

 そう。

 灰司とバルジの因縁云々の以前に、瞬自身にも、バルジと戦う理由が出来ていた。

 瞬は、故郷も家族も友達も失った上、自由と尊厳すらも奪われようとしている行江姉妹の姿を目の当たりにしてしまった。飛鳥の抱く孤独感を、悲しみを理解してしまった。

 ――だから、その元凶を許すわけにはいかなかった。

 フィフティは、瞬の決意に満ちた表情をしばらくの間見つめていたが、やがて、まるでこの成長を喜ぶ親か何かのように微笑を浮かべた。

 

「……少し見ない内に、随分とヒーローらしい顔をするようになったじゃないか」

「導き手を名乗る癖に放任主義すぎるんだよ」

「自由意思を尊重していると言ってもらいたいところだね」

 

 いまいち役に立っていないくせに一丁前に保護者ヅラするフィフティに、瞬は強気に言い返す。

 その時だった。

 

「逢瀬さん大変っす! ってうわあ変な人がいるっ‼ 」

 

 酷く動揺した様子の倫吾がどたどたと走ってきた。人の家の廊下を走るんじゃない。

 おまけにフィフティを見て驚く始末。いや変な人というのはまちがってはいないのだが、まるで妖怪か何かでも見たかの様な驚きようだ。

 

「ど、どうしたの……? なんかめっちゃ慌ててるけど」

「は、灰司先輩がいなくなったんすよ! 」

「なっ――⁉ 」

 

 倫吾の言葉に驚く瞬と唯。

 

「あの怪我で抜け出したのか⁉ 冗談じゃないぞ⁉ 」

「そうなんすよ! いくら灰司先輩が強くても、あんな状態じゃまず勝てないっす……そもそも、野垂れ児ぬ可能性だって……」

「兎に角手分けして探すぞ! 」

「うん! 」

 

 倫吾の話を聞いた瞬と唯は、直ちに家を飛び出し、灰司の捜索を開始する。

 灰司の怪我の具合からすると、戦うのはまず無理と言っていいだろう。なんせ素人でも一目でわかるレベルの大怪我を負っているのだ。あんな状態で街を彷徨っていたら、あっという間に救急車に囲まれるだろう。

 

(灰司の奴、本気なのかよ……いくらなんでもこれは焦りすぎだっての……! )

 

 瞬は夕暮れの街に飛び込んでゆく。

 灰司の復讐に対するスタンスについては、いまだに整理はついていなかった。

 

 


 

 

 市内某所

 

 

「………………俺はやらなくちゃいけないんだ」

 

 夕暮れの中、灰司はボロボロの身体を引きずるように歩きながら、うわ言のようにそう繰り返していた。

 歩くのもやっとなはずなのに、それでも灰司は止まらない。

 理由はひとつ。

 

「俺は、お前を殺さなきゃいけない……バルジ、お前は生まれるべきじゃなかった……! 存在してはいけない命だ……! 」

 

 全てを奪われ、たった一つ残された復讐心。

 その終わりが自らの命の終わりだということは、灰司自身がよく知っている。

 最期に残ったそれが、今もなお彼の身体を動かしている。それがある限り、何が何でも倒れるわけにはいかない。

 

「今夜で……終わらせる……! 」

 

 血の跡を残しながら、灰司は向かう。

 

 

 

 再戦の時は、近い。

 

 

 

 




今回はここまで。
次回はギフトメイカーサイドの話もできればなあ……それを乗り越えたら、多分バルジとの決戦が始まります。
無駄にハードルを上げてしまっている分、期待に添えるように頑張っていきたいですね。

実はきっかり10000文字なんですよね、今回。
それではまた次回っ!





次回 復讐前夜~決意と悪意と嗤うモノ~


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第45話 復讐前夜~決意と悪意と嗤うモノ~

灰司と瞬の対話です。
AMOREリメイクに着手していて遅くなりました。すいません。


 

 

 逢瀬家前

 

 灰司を探して瞬が飛び出していった直後。

 とある一団が、逢瀬家の前にやってきていた。

 気だるげそうなパーカー少年とギターケース担いだJC、自称シンガーのJKに眼鏡のおにいさん(28)、おまけに堕天使3人。ここまで列挙すればもうお分かりだろうが、古城達である。

 バルジを捕まえに行くぞと意気込んでやってきた古城達だったが、そうしてたどり着いたのが何の変哲もない民家だったので、古城達はなんだか拍子抜けしたような気分だった。

 

「あのぉ……ここ何処っすか? 」

「バルジに挑むのだろう? ならばここに来るのが手っ取り早い」

 

 困惑気味のミットルテの質問に裁場はそう答えると、戸惑う古城達を放置してインターホンを鳴らす。

 

「まさかここが奴の本拠地……? 」

「それにしては、普通の家にしか見えませんけど……? 」

 

 古城は裁場の行動に戸惑いながらも、「この流れでここに来たのだから、きっと何かあるはずだ」という考えを捨てきれない。

 戦士としてはまだまだ未熟な部類である古城だが、裁場の行動の節々からうっすらと漂っている、所謂強者のオーラの類の存在を、確かに感じ取っていた。それ故に、今の裁場の行動にも何かしらの深い意図があると考えているのだ。

 そんな感じに深読みする古城を他所に、インターホンを数回鳴らし終わった裁場は、居住者がドアを開けるのを待たずして、自分から玄関扉を開ける。

 

「入るぞ」

「え、まだ返事が――」

「はーい、どちら様ですかー? 」

 

 鍵のかかっていなかった玄関扉が開くと同時に、玄関のすぐ近くにあった部屋から、中学生くらいの少女が出てきた。

 逢瀬湖森である。

 何時ものように人当たりのよさそうな笑顔を浮かべながら玄関にやってきた彼女だったが、かってに玄関に上がり込んでいる裁場達の姿を目にした途端、一気に真顔になって固まった。

 

「………………誰? 」

「………………………………」

 

 ――気まずい。

 非常に気まずい。

 あまりの気まずさに、古城はフリーズしてしまっていた。

 知らない人の家に上がり込んで、居住者と思しき少女と顔を合わせている。普通ならばまず体験しないであろう種類の緊張感だ。少女の方は滅茶苦茶警戒心剥き出しだしで、古城は一刻も早くここから離れたくて仕方がなかった。

 が、そんな彼らの気持ちなど意にも介さずに、裁場は湖森に瞬の居場所を尋ねる。

 

「逢瀬瞬はいるか? 」

「あなたたち、ひょっとしてお兄ちゃんの知り合い? ………………なんか見るからに変な人達だなあ。お兄ちゃん、友達選び下手糞すぎない? 」

 

 裁場達の遠慮のなさに辟易した湖森は、思わず兄の交友関係を心配する。まあ、彼女も彼女で、ヒビキやネプテューヌを平然と受け入れているあたり、割と似たようなものなのだが。 

 

「少しばかり彼に用事があってな、こうしてやってきたんだ。知ってるか? 」

「いつの間にか家からいなくなってたんだよね。わたしは知らない。そこのフィフティならなんか知ってるかもね」

「この流れ知ってるわ……日本のRPGでよくあるたらいまわしよ」

 

 湖森の無責任じみた回答に、カワラーナは思わずそう口にする。

 

「そうか、なら上がらせてもらう」

「え、ちょっと待って、勝手に上がり込まないで⁉ 」

 

 湖森の返事を聞いた裁場は、彼女の許可すら得ずに、ずげずげと逢瀬家に上がり込むと、玄関のすぐ近くに位置するリビングの中を覗き込む。

 するとそこには、悠々とソファーでくつろいでいるフィフティの姿があった。

 

「よく来たな待ってたぞ、エアギター弾き語りしながら」

「似合わない冗談はやめろ」

「ギャグにマジレスはご勘弁だよ」

 

 ちょっとした冗談が裁場に通じなかったことに軽くショックを受けながらも、フィフティは裁場の呼びかけに応じる。

 裁場はリビングに入ってフィフティの目の前に立つと、眼鏡の奥の鋭い眼光を突きつけながら、フィフティに瞬の居場所を尋ねる。

 

「逢瀬瞬はどうした? 」

「あー、彼ならついさっき出ていったよ。ったく、なんでわざわざ無束灰司の為に駆け回ってるんだか。本人が死にたがってるんだからほっときゃいいのに」

「っ………………⁉ 」

 

 フィフティのその言葉を聞いた裁場の顔色が、一瞬でかわる。

 そして彼は無言で踵を返し、逢瀬家を飛び出していってしまった。

 あまりにも素早すぎる一連の動きに、古城達はおろかフィフティですらも、反応がワンテンポほど遅れてしまう。

 

「えっ、えちょっと待って⁉ どこ行く気⁉ 」

「なんだかよくわからないですけど……付いて行くしかないですね」

 

 古城達も戸惑いながらも、走り去ってゆく裁場を追いかけてゆく。

 そうして後には、フィフティがひとり取り残される。

 

「やれやれ、そこまでして彼らを案じるとは……相変わらず優しすぎるねぇ、裁場くんは」

 

 だが、フィフティは君のそういうところを見込んだうえで仮面ライダーにしたのだ。

 走り去る裁場の後姿を眺めるフィフティの顔は、先ほど瞬に向けた時同様に、子を見守る親の様な優しさと寂しさに満ちたような表情を浮かべていた。

 

 


 

 

 日が完全に沈み切った学校の屋上に、灰司は居た。

 屋上階段の上の、貯水タンク脇に腰掛けながら、夜の闇に呑まれゆく街を見下ろす灰司。その手には、空になった缶コーヒーがあった。

 ばたんと音を立てて、屋上階段に通じる扉が閉じる。

 誰かがやってきたようだ。

 

「何しに来た」

 

 灰司は扉の方を振り返ることなく、屋上にやってきた人物に声をかける。

 その人物――逢瀬瞬は、無言で梯子を上ると、灰司の腰掛けている貯水タンクの根元までやってきて、灰司の方を見上げる。

 

「話しに来た」

「お前、俺を止めに来たとか言うんじゃないだろうな」

「…………」

 

 灰司の言葉に、瞬は答えることができなかった。

 世間一般において、復讐についての意見は、肯定派と否定派の真っ二つに分かれている。肯定派は、当人が本当に望んでいるのならば復讐に走っても構わないと主張し、否定派は、復讐心を悪しきものと断じ、復讐にすべてをなげうつことを否定する。

 だが、瞬はその答えを出せないでいた。これまで、復讐なんてものとは縁のない人生を送ってきた彼は、こうして復讐者を目の当たりにして、初めてそれについて考え始めたのだ。

 しばらくの間、沈黙が走る。

 そして。

 瞬は、ひとつの結論を出した。

 

「多分、俺が首を突っ込む資格はない」

「そうだ。これは俺と奴の問題だ」

「だから、お前の話を聞きたい」

「前後関係がめちゃくちゃだぞ、お前」

「滅茶苦茶じゃない」

 

 呆れる灰司だが、瞬は引かなかった。

 

「――このままお前がいなくなったら、俺は永遠にわからないままなんだ。一緒に戦ってきたはずなのに、お前のことを何も知らないままで別れることになる。それだけは駄目だ」

「わけわかんねーことほざいてんじゃねえ。抽象的すぎるんだよ、パプリカでもキメてんのか? 」

「俺だってどう言ったらいいのかわからないんだよ。でも、今お前と話さないと、きっと後悔すると思う。だから俺はここに来た。唯達にも内緒でな」

「………………はぁ」

 

 瞬の灰司は観念して、瞬の話に付き合ってやることにした

 どの道、この怪我では瞬時にこの場から離れることなんてできない。

 瞬は灰司の腰掛けている貯水タンクに背中を預けると、こんなことを聞いてきた。

 

「灰司。確かお前、別の世界から来たんだよな?」

「なんだ、もう深堀するところはないと思うが」

「お前の居た世界って、どんな感じだったんだ?」

「………………………………」

 

 その問いかけは、灰司を沈黙に誘うには充分すぎた。

 しんと静まり返る屋上。

 そして。

 そして。

 長きにわたる沈黙の後、灰司は苦悩しながら口を開いた。

 

「…………俺の居た世界は、ここと変わらなかった。くだらないことを笑ったり泣いたりできる、そんな普通の奴らが生きる、ありふれた世界だった。それなりの家族愛を持った親、手のかかる弟、世話焼きな幼馴染み……こんなことを言うのは柄じゃねえんだが、まあなんだ。多分、恵まれていたんだろうな、俺は」

「………………」

「――それをアイツは踏みにじった‼ 」

 

 そう叫びながら、灰司は、手に持っていた空き缶を握りつぶした。ぐしゃりと音を立てて、空き缶がゆがむ。

 

「アイツが呆然とする俺になんて言ったかわかるか? 」

 

 “――この程度で滅ぶなんて、ほんとくだらない世界だな!玩具にすらなりゃしねえじゃねえか!”

 

「奴はそう言った。あんな奴を生かしておいたら、この世界も同じ末路をたどるのは明白だ……アイツは……アイツは、生きてはいけない存在なんだよ! 」

 

 あんな狂ったやつがいるだなんて、人間の姿をした人でなしがいるだなんて、知りたくなかった。そんな叫びを、瞬は確かに聞き取った。

 瞬はバルジと会話をした覚えはほとんどない。しかし、戦場で幾度となく見聞きしてきた彼の言動は、正直言って瞬からしても目に余るものであった。彼から直接的な危害を受けたわけでもない瞬ですら、彼にはことさら強い嫌悪感を抱いている。

 バンバンと、灰司は怒りのままに何度も空き缶を叩き潰す。

 何度も叩き潰された空き缶は、縦にひしゃげていた。それほどまでに、灰司の怒りは強いのだ。

 素手で空き缶をプレスしてしまった灰司の馬鹿力に若干ビビり散らしながらも、瞬は灰司に問いかける。

 

「お前、復讐を果たした後はどうするんだ? 」

「答える義理があるとでも? 」

「いや、だって……短い付き合いだけどさ、俺達は一緒に戦ってきただろ」

「アホか。俺はお前を戦友と認めた覚えはねえぞ」

「そりゃあ、立場や目的は違うし、最初は有無も言わさずボコボコにされたりもしたけどさ……一応、共通の敵と戦ってきたじゃんか。それってもう戦友では? 」

「………………」

 

 瞬の言葉に、灰司は面食らったような顔をしていた。

 信じられない馬鹿でも見たかのように、呆気に取られていた。

 

「……やっぱり裁場の言ってたように、復讐を終えたら死ぬつもりなのか? 」

「別にいいだろ。もう俺が死んでも悲しむ奴は居ない。なんせ全員死んでるんだからな」

「悲しんでくれる奴がいないなんて、そんな悲しいこと言うなよ。AMOREの仲間たちだって、きっとお前が死んだら悲しむはずだろ。それにさ、俺だって悲しいよ。同じ敵と戦ってきた間柄以前に、同級生だろ」

(コイツ、知らねえ間に随分と馬鹿(ヒーロー)になったな……)

 

 瞬の言葉に黙って耳を傾けていた灰司は、そう思いながらため息をつく。

 出会った当初、灰司は瞬のことを有象無象の悪党転生者と同類と思っていた。

 AMOREエージェントとして数多もの悪と対峙し続けたことで擦り切れてしまった灰司には、当時の瞬は、実現できもしない綺麗ごとを吐き連ねる無能、ひいては偽善者の面を被った悪にしか見えなかった。

 だが瞬は、灰司の予想を裏切り、ヒーローとしての成長を積み重ねた。

 その結果が今だ。

 馬鹿(ヒーロー)の道を進み続ける彼の姿に、灰司は感心する他なかった。

 

「だから死ぬなよ。それが俺からお前に言う、唯一の我儘だ」

「…………」

 

 瞬はそう言うと立ち上がり、屋上を去ろうとする。

 

「何処へ行くんだ。俺を連れ戻しに来たんじゃなかったのか? 」

「別に俺はお前を止めたくてここに来たんじゃない。お前と話すのは今しかないと思ってここに来たんだ」

「なんだその言い方、最初から俺が死ぬ気だって分かってたようじゃねえか」

 

 

「もう一度言う、死ぬなよ」

 

 そう言って、瞬は扉の向こう側へと消えた。

 藍色の空の下に一人残された灰司は、瞬の階段を下ってゆく足音が完全に聞こえなくなった頃になって、些細な愚痴を漏らした。

 

「………………そいつは聞けねえ願いだっての」

 

 

 


 

 

 

 ――あの日のことは、鮮明に覚えている。

 

 

 

 2年前 とある世界

 

 

 

「見つけたぞ‼ 」

「………………ンあ? お前誰だよ? 」

 

 何時ものように実験動物(おもちゃ)を使って一般市民を虐殺した帰り道。

 バルジとリイラの前に、一人の少女が立ちふさがった。

 黒くてごつい軍服に身を包んだ銀髪の少女だ。その顔立ちは、バルジの傍らにいるリイラによく似ていた。

 彼女の名はアステア・ライトレア

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ようやく見つけた……リベラ! 4年間、ずっと探してたんだぞ⁉ 突然いなくなって……色んな世界を巡りながら探したんだ」

「………………誰? 」

 

 しかしリベラ――否、リイラは、目の前の少女について、まるで見知らぬ他人でも見るかのような目を向けている。

 バルジはバルジで、まるで珍獣を見るかのような視線を少女に向けている。

 アステアはそんな目線を受けながらも、涙ぐみながらリイラを抱きしめる。

 

「な、何……? なんなのこいつ……⁉ 」

「……4年間も離れ離れだったんだ。お互い随分と様変わりしているから、わからないのも無理ないか。私だ、アステアだ。お前の姉で、たったひとりの家族のアステア・ライトレアだよ……! さ、帰ろうリベラ。義兄さんも心配しているぞ」

「………………」

 

 少女の言葉に、黙って耳を傾けていたリイラ。

 彼女はしばらく考えたあと、ようやく思い出したようだ。

 

「………………ああ、お姉ちゃんか」

「思い出してくれたか、リベラ

「うん。バッチリと………………ね」

 

 リイラが微笑む。

 その直後だった。

 

 

 

 グォバシャアッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! と。

 リイラの左腕が、鮮血と共にアステアの背中から勢いよく突き出した。

 

 

 

 

 断末魔をあげる間すらなかった。

 一瞬にして腹部にドーナツホールを開けられてしまったアステアは、訳が分からないとでも言うかのように眼球を動かしながら、

 リイラがアステアにぶっ刺した腕を引き抜くと、支えを失った彼女の身体は、綺まるで水風船が破裂した時のような勢いで風穴から血を噴き出しながら、その場に崩れ落ちてゆく。

 

「今更のこのこと私の前に姿見せるとか、一体どんなおめでたい頭してるのかしら。バカみたい」

 

 伸ばされたアステアの腕を乱暴に蹴り飛ばしながら、リイラは彼女に唾を吐き捨てる。

 リイラの発言を聞いたアステアは、目を丸くしていた。

 彼女の発言が、理解できなかった。

 

「ギフトメイカーになって私は生まれ変わったのよ。毎日が楽しくてたまらない。人の悲鳴を、絶望を、憎悪を生み出すのがやめられない。こんな刺激的なものがあるなんて、故郷に居た時は考えたこともなかったわ。わかる? わたしはいますっごい幸せなの! だから邪魔しないでよ。愚図で無能なお姉ちゃん? 」

(なん……で、だ……? )

 

 アステア・ライトレアは朦朧とする意識の中、困惑していた。

 生き別れた妹を探すために始めた冒険、その終幕がこんなものであっていいはずがない。

 だが、リベラに何があったというのだ? 離れ離れになって4年、その間に何があったらこうなるというのだろうか?

 考えたくても、できない。

 腹を貫かれたアステアは、その命を散らそうとしていた。全身が冷たくなっていくのを感じるし、思考は纏まらなくなってきている。どうあがいても、彼女の命はここで終わる。

 

(ああ……ごめん、リベラ…………)

 

 

 ――だが、ここで死んだ方が、幸せだったのかもしれない。

 何故ならば、ここには人間の皮を被った厄災(バルジ)が居たのだから。

 

「あー気持ち悪かった。さて、なんかイラつくからもう一度刺すか」

 

 リイラはもう一度アステアをぶっ刺そうと、血塗れの左腕を振り上げる。

 が、一部始終を黙って見ていたバルジがそれを制止させる。

 

「待てよリイラ、殺すなんてもったいねえだろ」

「……いやいや、勘弁してよ。こちとら大嫌いなお姉ちゃんに抱き着かれたせいで最悪な気分なんだけど? 」

「わざわざ俺様達の元まで来てくれたんだ。殺してハイおしまいってのはあっけなさすぎる」

「じゃあどうすんのよ? どのみちコイツ、じきに死ぬけど? 」

「まあ任せろっての。この天才バルジ様にかかれば、コイツを最高の実験動物(おもちゃ)にしてやれる」

 

 そう言うとバルジは、どこからかフラスコの様なものを取り出す。

 その中には、見たこともない虫のようなナニカがもぞもぞと蠢いていた。

 

「俺様の仲間を奪おうだなんて……身の程を知れよ、雑魚。ちょっとムカついたからよ、お前の身も心も弄んであげるぜ」

 

 フラスコから、蟲が零れ落ちる。

 それは、死にゆく少女の顔に――

 

 

 

 

 

 それからしばらくたった後。

 

「気分はどうだ? 」

 

 ガラクタの山の頂上に腰を下ろしたバルジは、目の前で跪いている少女に声をかけた。

 無言で跪いている彼女だが、先ほど穴を開けられたはずの腹は完全にふさがっており、目は不気味なまでに充血し、綺麗な顔に浮かび上がった血管の中では、なにかがもぞもぞと蠢くような挙動を見せている。

 

「頭に霧がかかったような、最高(さいあく)な気分です。」

 

 落ち着いた声色で、軍服の少女はそう答えた。

 バルジはガラクタから腰を上げると、全てを見下しているかのような下品な笑みを浮かべる。

 

「今日からお前はレイラだ。我らがギフトメイカーの為に思う存分すべてを投げだしてくれや」

 

 こうして、アステア・ライトレアは生まれ変わった。

 ギフトメイカー・レイラ。

 その役割は、実験動物(おもちゃ)。バルジの気の赴くままに弄ばれるだけの、都合のいい肉塊。

 そこにアステアの尊厳はない。起こしたくもない惨劇を起こし、やりたくもない奉仕を行い、最愛の妹からは蔑まれる。

 傍から見れば、その様子は学校でよくある虐めに見えるかもしれない。

 だが、彼女がそれに憤りや屈辱を感じることは決してない。何故ならば、彼女は既に心身ともに玩具になってしまっているからだ。玩具は何も感じない。

 

 その地獄から解放される日は、まだ――

 

 

 

 


 

 

 

「げほっ……がぼええええええええええええええええええええっ‼ 」

 

 夜の公園、その端。

 ギフトメイカー・レイラは、フェンスに手をつきながら吐血していた。

 頭に巻いた包帯からは今もなお鮮血が滲み出ており、幾度となく繰り返された吐血により、身に付けているメイド服は赤く染まっている。

 今にも倒れそうな彼女を、バルジはつまらなさそうな目で見つめていた。

 その後方には、リイラとレド、そしてガングニール・ラーマ・シータの3体のオリジオンの姿も見える。

 

「そろそろ耐用年数が近くなってきたか」

 

 まるで壊れた家電を買い替えるかのようなノリで、バルジはそう呟いた。

 実際、レイラは限界だった。

 彼女は幾度とない改造と戦闘により、心身ともに壊れる寸前まで来ている。洗脳し直すたびに寄生虫を頭の中に追加投入させられたせいで脳は圧迫寸前だし、無理矢理入れられた転生特典の負荷が常に彼女の身体を蝕んでいるし、人格を根本から何度も捻じ曲げられたせいで精神はほぼ崩壊しているしで、仮にここから解放されたとしても、彼女がまっとうな人生を送れる可能性は限りなく低いだろう。

 だがバルジは、否、ギフトメイカー達はレイラの命には微塵も拘泥しない。

 彼らにとってレイラとは、その程度の存在でしかないのだ。そこに仲間意識はない。

 

「ま、中々に楽しめたぜ? 最愛の妹を探してやっとのことで再会したと思ったら、今では身も心も玩具にされて、妹からも蔑まれる毎日だもんなァ。さぞ惨めだろうよ。お前もそう思うだろ、レド君」

「趣味悪すぎるんだよ、お前」

 

 話を振られたレドは、露骨に嫌そうな顔をしながらそう吐き捨てる。

 レドはバルジのことが嫌いだ。ボスであるティーダの頼みでもなければ、こんな悪趣味野郎を助けようなんてことを絶対しないくらいには。

 

「ティーダに命令されて来たけどさ、この調子だと僕たちの来た意味無くない? こいつ助けなくてもいいんじゃないかな」

「わたしはレイラの無様な最期が見たくて付いてきただけだし? まあ、同好の士として、必要なら手を貸すわよ」

「ああ、思いっきり遊んでやろうじゃねえか。この世界でよぉっ‼ 」

 

 心底嬉しそうにハイタッチをするバルジとリイラを前にしたレドは、顔をしかめながらそっぽをむく。

 一応レドも愉快犯じみた性格の持ち主だが、こいつらほど露骨に開く趣味に走る気はない。

 ――傍から見れば同じ穴の狢でしかないのだが。

 

「で、どーするのよ? わざわざわたし達を呼んだってことは、それなりに何か考えているんでしょうね? 」

「当たり前だっての。まずは――」

 

 リイラに惨劇(あそび)のプランを尋ねられたバルジは、嬉々としてそれを話そうとする。

 その時だった。

 

「見つけたぞゲロカス共ッ!!!!!! 」

 

 

 

 直後。

 圧倒的な爆発が彼らを包んだ。

 

 

 

 公演の敷地全体が激しく揺れ、土埃が土砂降りの雨のように降り注いでくる。

 その中で、ギフトメイカーの面々は涼しい顔をして不動を保っていた。

 バルジは白衣についた土埃を払いながら、土煙の向こう側に確認できた人影に対し、ため息交じりに文句を垂れる。

 

「あのさあ、空気読めよ。こっちはさんざんお前の復讐ごっこに付き合わされて辟易してるんだっての。いい加減にしてくれよ、俺様男にストーカーされるような趣味ないんだけど」

 

 土煙が晴れる。

 そこに立っていたのは、無束灰司だった。

 昼間の戦いで負った傷はおろか、先日の池袋での戦いで受けた傷すら完治していない、立っているだけでやっとなほどにボロボロの身体で、彼はこの場にたどり着いていた。

 この場を目撃している部外者がいたならば、即救急車送りにされるのは想像に難くない。それほどまでに傷つきながらも、灰司は立っている。バルジに敵意をむき出しにしている。

 それほどまでに、執念を燃やしているのだ。

 

「なに被害者ヅラしてんだ……お前が俺から何もかも奪ったんだろうがっ‼ お前さえいなければこんなことにはならなかったんだよっ‼ 」

 

 灰司はそう叫ぶと、ボロボロの身体に鞭打ちながらバルジに掴みかかろうとする。

 しかしバルジは、灰司の腕をいとも容易く掴みとってしまう。

 

「お前は生まれてはいけない存在だ。お前が生きている限り、悲劇は終わらない‼ 今日ここでっ! テメエを地獄の果てまで突き飛ばしてやる! 」

「雑魚で馬鹿の癖にイキってんじゃねーよ。今まで俺様に一度も勝てなかったお前が、俺様を殺す? 無理無理、無理に決まってんだろっ‼ 寝言はあの世で言うんだなっ‼ 」

 

 そしてバルジは灰司の腕を押しのけると、怒りのままに灰司の身体を蹴りとばした。

 彼からすれば、灰司は顔を合わせるたびに罵詈雑言を吐きながら襲い掛かってくる邪魔者でしかない。その辺を飛んでいる蚊やハエと同じような存在でしかないのだ

 だが、灰司からすれば、バルジは全てを奪い去った憎き相手。己の命を賭してでも殺さねばならない仇。

 両者の間には、圧倒的な認識の差が存在していた。

 

「ま、身の程を知らない死にぞこないを相手をするのにも飽いてた頃合いだ。ここらでいっちょトドメをさして因縁の清算とでも洒落込むか」

「ほざけ、清算されるのはテメエの罪だ」

《DESIRE DRIVER ENTRY》

 

 灰司はそう吐き捨てながら立ち上がると、デザイアドライバーを腰に装着する。

 そして、ドライバーの両サイドに、それぞれパワードビルダーバックルとギガントコンテナバックルを装填する。

 

《SET WARNING》

 

 バックルがドライバーに装填されると同時にブザー音のような音が鳴り響き、灰司の背後に工事現場の様な半透明なエフェクトが浮かび上がる。

 

「「変身っ!! 」」

《KAKUSEI EVOLT》

《WOULD YOU LIKE A CUSTOM SELECTION》

 

 両者は敵意剥き出しの眼差しを躱し合いながら、灰司は昼間にラーマオリジオンと戦った時に変身したライダー・シーカーに、バルジは先ほど手に入れた新たな姿・エボルトオリジオンに姿を変える。

 

《READY……FIGTH‼ 》

 

 ドライバーの音声と同時に、灰司の変身したシーカーの複眼が赤く発光する。

 その光は、彼の怒りと憎しみを現しているかのようだった。

 

 

 

 復讐劇、再演。

 今宵、決着が着く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いよいよバルジとの決戦が始まります。


……エボルト相手にどないせえっちゅーねん


次回 「デス&カラミティ」


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第46話 呼応する因縁、あるいはヒーローの集結

ここから数話はバトルばっかりになります!
今回は半分くらいバルジVS灰司だぞ。主人公活躍しろよ……


 

 エボルトオリジオンに変身したバルジと、仮面ライダーシーカーに変身した灰司。

 結論から言うと、その戦力差は歴然としていた。

 

《GIGANT BLASTER》

「死ねええええええええええええええええええええええええええええええええっ!! 」

 

 シーカーは銀色の大型機関銃・ギガントブラスターを召喚すると、即座に全弾をエボルトオリジオンに向かってぶちまける。

 生身の人間ならば、蜂の巣どころか跡形もなくなるほどの横殴りの銃弾の雨が、エボルトオリジオンに正面から降り注ぐ。しかし、エボルトオリジオンは銃弾の雨の中を悠々と歩きながら、真正面からシーカーに接近してくる。

 

「効かねえのがわからないのか? やっぱ復讐するような奴って頭悪いんだな」

 

 シーカーの無力さを嗤いながら、エボルトオリジオンはギガントブラスターに触れる。

 瞬間。

 ベキョベキョバコバコバコンッ!!!!!!!!!!! と激しい音を立てて、まるでティッシュを丸めるかのようにギガントブラスターがひしゃげ、ぐしゃぐしゃの鉄塊となってしまった。

 

「くっ……やはり……」

「そのまま死ねっ‼ 」

 

 エボルトオリジオンはそう叫びながら、無造作に腕を振るう。

 なんてことのない薙ぎ払い。たったそれだけで、シーカーの身体はまるで新幹線のように真横に吹っ飛んだ。

 腰のデザイアドライバーが粉々に粉砕されたことでシーカーの変身が解除され、灰司は生身をさらけ出しながらコンクリート塀に激突する。

 灰司が衝突したことによりコンクリート塀は崩れ、瓦礫の下に灰司の姿が埋もれてゆく。

 

「今のでベルトは破壊されたはずだ。さ、次はどいつで来る? 」

「舐めんンじゃねぇっ‼ 」

《DRIVE! TYPE NEXT! 》

 

 瓦礫に埋もれた灰司を挑発するエボルトオリジオン。

 直後、その声に呼応するように、ダークドライブに変身した灰司が瓦礫の下から姿を現す。

 

「はああああああああああああああああああああああああああっ!! 」

 

 身体のあちこちに乗っかった瓦礫を跳ねのけながら、ダークドライブの右ストレートがエボルトオリジオンに迫る。

 エボルトオリジオンは軽く手を突き出すだけでパンチの軌道を逸らすと、がら空きになったダークドライブの胴体に左の拳を勢いよく突き出す。

 

「がはっ……!! 」

「言ったはずだぜ、効かねえってな」

「黙れっ……お前だけは俺が殺さなきゃダメなんだっ……!! 」

 

 腹部に強烈な一撃を受けたダークドライブは、よろよろと数歩後ろに引き下がる。しかし、心にともした憎悪の炎を糧に、彼はその場に踏ん張る。

 エボルトオリジオン――バルジはその姿を嘲笑いながら、ダークドライブの頭部に向かって手を伸ばす。

 

「痛みは一瞬だ。ブラックホールで頭を消し飛ばしてやるよ」

「吹き飛ぶのはテメエの方だっ!! 」

《ネクスト! 》

 

 エボルトオリジオンの手がダークドライブの頭に触れる直前、ダークドライブはドシフトブレスのイグナイターを押して必殺技を発動する。

 すると、ダークドライブの両手に漆黒のタイヤ状のオーラのようなものが浮かび上がる。

 

「吹き飛べクソ野郎っ‼ 」

 

 ダークドライブがそう叫ぶと同時に、タイヤ型のオーラを纏った拳がエボルトオリジオンの胴体に突き刺さった。

 ダークドライブの一撃を至近距離で受けたエボルトオリジオンは、身体のあちこちからスパークを吐き出しながらのけぞる。いくら規格外のラスボスの力を持っているといえども、至近距離から必殺技を受ければ多少はダメージが通るのは当然といえよう。

 

「やりやがったなお前……死にぞこないの雑魚の分際で、俺様に噛みついてんじゃあねえってのっ!! 」

「ほざいてろ、今日がテメエの命日になるんだよっ‼ 」

 

 バキィッ!!!!!!!!!!! と激しい音を立てて、エボルトオリジオンとダークドライブの拳がぶつかり合う。

 しかし、両者ともに拮抗していたように見えたのはほんの一瞬で、ピキピキピキピキッ‼ とおとをたてながらダークドライブの拳、もといスーツにヒビが入り始める。

 

宇宙生物(エボルト)相手にダークドライブ(そんなの)で勝てるワケねーだろっ!! 格も実力も、何もかもがちげーんだよォッ!! 」

「ぐっ………………このぉっ………………!! 」

 

 エボルトオリジオンの常軌を逸したパワーに、ボロボロになってゆくダークドライブのスーツ。複眼は既に砕け、腰のベルトからは警告音とスパークが飛び散り、今にもダークドライブの力は失われようとしている。

 このままでは、変身が維持できくなる。生身でエボルトオリジオンの攻撃を受ければ、たとえ灰司が万全の状態であろうとも、即死は免れないだろう。

 

「くっ……なら次はコイツだっ‼ 」

 

 ダークドライブではもう対抗できないと判断した灰司は、咄嗟に拳を引っ込めて後方に跳躍する。ボロボロだったダークドライブのスーツは、灰司が地面に着地すると同時に、ボロボロになって崩れ去ってゆく。

 急に灰司が拳を引っ込めたことで、エボルトオリジオンは勢い余って目の前の地面を思いっ切り殴り飛ばしてしまう。

 その衝撃で周囲の土が根こそぎ吹っ飛び、局所的な土砂災害が発生する。

 

「往生際悪いなあ、正義の味方ってやつは。さ、どうせ次のベルトに乗り換えてるんだろう? 」

 

 視界が土埃で覆われる中、エボルトオリジオンは土埃の向こう側に声を投げる。すると、それに答えるように、土埃越しに複眼が金色に発光する。

 その直後、

 

《チェーン………ナウ! 》

 

 土埃の壁を突き破って黄金の鎖が飛び出し、エボルトオリジオンの四肢に絡みつく。

 その鎖の伸びてきた方向には、黄金の魔法使い――仮面ライダーソーサラーに変身した灰司が立っていた。

 エボルトオリジオンは左腕を咄嗟に引くことで鎖を回避すると、極小のブラックホールを生成してその鎖を消し飛ばし、左腕の自由だけは死守する。

 

「チッ、一本逃したかっ……だが両足は封じた!! この隙に叩き込んでやる!! 」

「お次は魔法使いってか!! だが効かないんだよねェッ!! 」

 

 バルジは唯一自由が利く左腕を前に突き出すと、手のひらから極太の光線を発射する。

 見るからに禍々しいその光線を前にしたソーサラーは、回避行動をとらずに、右手の指に填めたリングを腰のベルトにかざす。

 

《リフレクト……ナウ! 》

 

 すると、ベルトから音声が鳴ると同時に、ソーサラーの前に黄金に輝く盾が出現し、エボルトオリジオンの放った光線を跳ね返してしまった。

 

「何ィッ⁉ 」

「消し飛べッ、テメエ自身の攻撃でっ‼ 」

 

 ソーサラーがそう吐き捨てた直後。

 跳ね返された光線が、エボルトオリジオンの全身をくまなく焼いた。

 

 

 


 

 

 

 バルジ――本名・草宮創(くさみやそう)

 彼は生まれながらの異常者であった。

 

 

 なにか悲劇的な出来事だとか、悪に走らざるを得なかった事情だとか、そういう類のものは一切存在しない。

 ただ、その精神の在り方がヒトとして間違っていた。

 

 

 物心がつく頃には、彼は破綻していた。

 人の不幸を笑い、他者の絶望を好み、破滅と崩壊を尊ぶ。

 普通ならば、単なる終末論者や破滅諭者で済んだのかもしれない。

 だが彼には、それを自らの手で作り上げてしまえるだけの力と頭脳があった。それこそが、宇宙最大の不幸であった。

 

 

 そして。

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 念のために言っておくが、彼は別に滅ぼしたくて滅ぼしたわけではない。

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 世界が滅んだ余波で、彼自身も死んでしまったが、満足のいく結果だった。

 

 

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 転生しても、彼の性質は変わることはなかった。

 前世の記憶を思い出した直後に、今世での家族をバラバラにしてムカデ人間にした。

 話しかけてきた可愛いクラスメイトは、鶏や豚とまぜこぜにされて泣きわめきながら死んでいった。

 自身に逆らった奴らは、全員ミンチにされた上でひとつの肉団子になった。

 自分を倒そうとしてきた勇敢なる若者は、自我を奪われ、守るべき命を嬉々として狩る殺人マシンとして使い潰された。

 

 

 そうこうしているうちに、その世界は滅亡した。前世と全く同じである。

 気の向くままに実験(さつりく)を繰り返した結果、その世界の人類は絶滅したのだ。某宇宙の無法者を上回る悪辣っぷりだ。

 そうして壊れてしまった遊び場(せかい)を眺めながら、「さて次はどうするか」と考えていたバルジに、ひとつの出会いが訪れる。

 

「お前、俺の仲間にならないか? 」

「………………誰だ? 」

「俺達はギフトメイカー。後に世界を支配する者だ」

 

 バルジ以外の生命が途絶えたはずの世界で、彼に語り掛けてくる声があった。

 興味本位でバルジが振り返ると、そこには邪悪な顔をした壮年の男――ティーダが立っていた。

 顔を一目見ただけで、バルジは理解した。目の前の男は、自分の同類だと。

 

「最高だぜ、その話乗ってやんよ」

 

 バルジは少し考えた後、ティーダの話を快諾した。

 ここならばいくらでも地獄が見られる。ここでなら自由に滅茶苦茶にできる。

 ギフトメイカーという場所は、バルジにとってはまさに天国だった。なんせ、いくらでも世界を滅茶苦茶にできるし、その上同好の士までいるのだ。

 仲間を得たバルジは、水を得た魚のように、より一層実験に精を出すようになった。その結果、数多の世界が滅亡していった。

 しかし、バルジはそれを気に留めることはない。悔いることもしない。

 同情の余地などない、最低最悪の天災。

 人間社会に決して適合することのないバグ。

 それこそがバルジという存在なのだ。

 

 

 故に、彼は何としてもここで殺さなくてはいけない。

 生まれながらにして、すべての世界の天敵。

 

 

 今宵、彼の命運は尽きることとなる。

 

 


 

 

 現在

 

「ハァッ……………ハァ………………」

 

 ソーサラーはその場に膝をついていた。

 元より満身創痍の身の上、それを度外視して多数のライダーの力を使い潰すつもりで、全力で行使しているのだ。今こうしている時も、少し気を抜いてしまうと、魔力で生成した鎖が維持できずに霧散してしまいそうなのを、必死に押しとどめている。

 そして、

 

「………………今のは効いたぞ」

 

 自分で放ったビームをモロにくらったエボルトオリジオンも、ソーサラー同様に地面に膝をついていた。

 ソーサラーの疲労に加え、ビームが直撃したとも相まって、エボルトオリジオンの両足と右腕を縛り付けている鎖は今にも千切れそうなほどに劣化している。少しでも力を籠めれば簡単に引きちぎることができそうなのだが、そのための力がない。

 

(まだこの特典を使いこなせてねえのもあるが、まさかここまで苦戦させられるとはなァ……クソッ、最悪な気分だ……! )

 

 苦痛に顔をゆがませながら、エボルトオリジオンは唯一鎖の巻き付いていない左腕を使って、右腕と両足に巻き付いている鎖を引きちぎる。

 すると、ずっと戦いを静観していたリイラが、ケラケラと嗤いながらバルジのほうへと近づいてきた。

 

「ばーるじぃ、なんか思ったより苦戦してるようだけど、もしかして猫の手も借りたい気分だったりするかしらぁ? 」

「そ、そうですよっ! ここはこのレイラちゃんにお任せくださいっ‼ ご主人様の為に身も心も投げ出す、それがクソ雑魚奴隷メイドの本会ですからっ‼ 」

「邪魔するんじゃねえっ‼ 」

《ライトニング……ナウ! 》

 

 レイラ共々助太刀に入ろうとしたリイラだったが、横やりを良しとしないソーサラーが、彼女達に向かって電撃を飛ばしてきた。

 

「レイラ、盾になりなさい」

「了解しましたお嬢さまっががっがあががががががががあがががっ⁉ 」

 

 ソーサラーの放った電撃を、リイラはレイラを盾にすることで回避した。肉親の情や仲間意識が微塵も感じられない光景だが、誰もそのことに対して指摘しない。

 凄まじい威力の電撃を隅々にくらったレイラは、用済みと言わんばかりにその場になげすてられる。その姿は、もはやボロ雑巾という言葉が生温く感じるほどに痛ましくなっていた。

 にもかかわらず、レイラは全身から血と煙を吹き出しながら立ち上がる。

 

「お嬢さまに怪我がなくてよかったですっ……げほぼえっ‼ 」

「血を吐くな服が汚れる」

「ぶがっ」

 

 吐血しながらリイラに駆け寄るレイラだったが、服が吐血で汚れることを嫌ったリイラによって、思いっきり殴り倒される。

 そして、血を流しながら地面で痙攣しているレイラをいないものとしながら、リイラはエボルトオリジオンに尋ねる。

 

「で、どうするの? 助太刀とか必要? 」

「いいや………………お前らには他の連中の相手をしてもらうさ。ほら見ろ、来やがったぜ」

 

 エボルトオリジオンはそう言いながら、リイラ達の背後に視線を向ける。

 そこには。

 

「ごめん、遅くなった」

「余計なお世話かもしれないけど、助太刀に来たよ」

 

 黒髪の少年と金髪の少女。

 逢瀬瞬と諸星唯がいた。

 

「馬鹿で間抜けな自殺志願者(ヒーロー共)の登場だ」

「テメエみたいなサイコ野郎になるくらいなら馬鹿で結構だよ」

 

 エボルトオリジオンの見下すような発言を軽く受け流す瞬。その目はエボルトオリジオン――バルジを見てはいない。

 彼が見ているのは、倒すべき敵ではなく助けるべき命だ。

 行江薫と行江飛鳥。

 何もかもを失い、最後に残ったひとかけらすらも遊び半分で奪われようとしているとある姉妹を、彼は救いに来た。

 

「………………何しに来た?」

「復讐の邪魔をするつもりはない。俺は飛鳥達を助けに来ただけだ」

「うん、どの道ギフトメイカーは許せないから」

 

 ソーサラー――灰司の言葉に、瞬と唯はそう答える。

 新たにやってきたヒーロー達に煩わしさを感じたエボルトオリジオンは、その排除をレイラ達に押し付ける。

 

「ガングニール、レイラ。お邪魔虫の相手は任せるぜ」

「了解しましたご主人様っ♡ ご主人様の邪魔をするわるーい人たちはぁ、レイラちゃんが全力全霊で抹殺しまーすっ♡」

「フゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ……! 」

「っ………………! 」

 

 瞬達の目の前に現れたのは、昼間よりもさらに痛々しい姿と化したレイラだった。

 モノクロのメイド服を頭部からの流血で赤く染め、目の焦点は微塵もあってはいない。その様子は、まるで危ないクスリかなにかでもやっているかのようにしか見えず、敵とはいえども、瞬も唯も憐みの眼差しを向けずにはいられなかった。

 

「せっかくのお遊びだ、盛大にやろうぜ? 」

「飛鳥ちゃん達をどこにやったの⁉ 」

「ああ、あの死にぞこないのクソガキ? それなら、今お前の首をぶった斬ろうとしてるけど? 」

「⁉ 」

 

 エボルトオリジオンにそう言われて咄嗟に振りむく唯。

 そこには、今まさに薙刀をぶん回そうとしているラーマオリジオンが居た。

 

「唯っ! 」

「っ! 」

 

 瞬と唯は互いに別々の方向に転がり、薙刀を回避する。

 

「唯は飛鳥達をっ‼ 俺はレイラ達をどうにかする! 」

「わかってる! 」

 

 そしてそのまま、ふたりは反対方向に走り出す。

 瞬はレイラとガングニールオリジオンの方に。唯はラーマオリジオンとシータオリジオンの方に。

 

「さあかかってこいっ‼ 」

「これはもしかして……もしかしてだけどっ、レイラちゃん、本気出さなきゃいけない感じですかぁ? 」

「どうせお前はじきに壊れる。なら最後の祭りくらい盛大にやってやったほうがいいさ。思う存分暴れてやりな」

 

 息を切らしながら、エボルトオリジオンはレイラにそう告げる。

 それを聞いたレイラは頬を紅潮させながら、空元気を極めた返事と共に瞬の前へと跳躍する。

 

「はああああああああああああああああああああああいっ♡ レイラちゃん、壊れまああああああああああああああああああああああああああああすぅっ☆ 」

《KAKUSEI ALTAIR》

 

 レイラが声を張り上げると同時に、ブチブチと、彼女の額の血管が音を立てて千切れ、そこから鮮血が流れ出る。

 それに合わせるように、レイラの額からヘソのあたりにかけてジッパーのようなものが出現し、ズズズズズ、と上がってゆく。ずっと生身で戦っていた彼女が、オリジオンとしての姿をさらけ出そうとしているのだ。

 心身ともにボロボロになった洗脳メイド少女は、真っ黒なボロボロの軍服を着た怪人へと姿を変えてゆく。顔はまるでテレビの砂嵐のように歪んで判別できず、ボロボロの軍服から覗かせている肌は、様々な漫画や小説のページを切り貼りしたような、不気味な姿となっている。

 

「ある時は非常な殺し屋、ある時はクソ雑魚奴隷メイド……そんなレイラちゃんの正体はっ!!!!!! 森羅万象をねじ伏せるアルタイルオリジオンなのでしたぁああああああああああっ!!!!!! きゃはっ☆」

 

 どろり、と。

 アルタイルオリジオンと化したレイラのこめかみから、赤い血が流れ落ちる。砂嵐と化した顔面から、血が断続的に流れている。

 それを目にした瞬は顔をゆがませる。だがそれは、敵意によるものではない。

 瞬の中にあるのは憐憫。

 何もかもを踏みにじられ続け、こうなってしまうほどに使い潰されてしまった目の前の少女に対する、憐みの感情だった。

 

「………………それでいいのかよ、お前」

「? 何を言ってるのかさっぱりわからないんですけど? 」

「お前の事情は唯から聞いてるよ、バルジの野郎に操られているんだって。お前が元々はどんな人間だったかは知らないけど、多分、こんなことを嬉々としてやるような奴じゃないんだろ? 」

 

 悲しみと憐みのこもった声で、瞬はアルタイルオリジオン――レイラに語りかける。

 本来ならば、何度も自分を殺そうとしてきた相手に対して書けるような言葉ではないことは、瞬自身も理解している。

 ただ、部分的ながらも事情を知ってしまった以上、このままレイラを倒しても後味が悪くなる。

 瞬はそう思っていた。

 たとえ彼女が洗脳される以前からどうしようもない人間だったとしても、自分の意思を奪われて弄ばれているという事実は変わらないし、それを放置するなんてことは絶対にできない。

 ――そんな我儘を貫き通せる奴こそが、ヒーローなのだ。

 

「お前を救い出すのは――俺達だっ‼ 」

《CROSS OVER! 思いを、力を、世界を繋げ! 仮面ライダーアクロスっ‼ 》

 

 クロスドライバーにライドアーツをセットし、アクロスに変身する瞬。

 それを目にしたアルタイルオリジオンは、サーベルの刃先でコンクリートの地面を軽く。挑発、あるいは宣戦布告。その行為にどんな意図があるのかは、本人達の間でしか知りえない。

 そして。

 今宵二度目となる因縁の衝突が、生まれた。

 

 


 

 

 

「………………帰りたいなぁ」

 

 目の前で繰り広げられている戦闘を前にして、レドはそうぼやいた。

 元々レドはバルジのことが嫌いだ。頼んでもいないのに彼の実験(あそび)に付き合わされている上に、言動の節々から漂ってくる傲慢さが気に食わない。

 善に様々な形があるように、悪にも様々な形がある。レドとバルジでは、その相性が致命的に悪いということだ。

 いまこうしてここにいるのも、リーダーであるティーダの命令だからに過ぎない。それがなければこんな場所に来ていない。故にレドは、様々な因縁がぶつかり合うこの戦場で、ひとり手持ち無沙汰に観戦を決め込んでいた。

 が。

 悪党少年の些細な平穏は、ここで終わった。

 

「………………ったく、正義のヒーローってやつは勘が鋭すぎて嫌になるな」

 

 レドはそう口にしながら振り返る。

 そこには。

 

「ギフトメイカー、お前らに恨みのあるヤツはごまんといるんだ。ここからは俺達も加勢させてもらう」

 

 敵意をむき出しにした眼鏡の男――裁場整一がいた。

 否、彼だけではない。

 暁古城に姫柊雪菜、カワラーナにミットルテにドーナシーク(あとおまけでGUMI)。瞬達とは別口でギフトメイカーに迫ろうとしていた彼らが、遅ればせながらたどり着いたのだ。

 

「ユナイト……それに一緒にいるのは、第四真祖にバルジの元モルモットの堕天使か」

「この場に傍観者はいらない。どちらかが全滅するまで止まる気はない、そうだろう? 」

 

 裁場はそう言いながら、ユナイト専用の銃型武装・フュージョンマグナムの銃口を突きつける。

 が、レドは特に抵抗することなく、気だるげそうに両手をあげてしまった。

 

「パスパス、僕は今ちょっと戦えないからね。」

 

 これは事実だ。

 一見すると健康体に見えるレドだが、彼は先日の池袋での戦いで、自身の転生特典にもダメージが入っており、オリジオン態を維持することすら困難な状態だ。いくらギフトメイカーといえども、生身で仮面ライダーと戦うなんて無謀な真似をする気はさらさらない。

 そんなレドの態度を見て、見下されたと感じたドーナシークが激昂する。

 

「ふざけているのか⁉ それとも我々のことを馬鹿にしているのか⁉ 」

「代わりの相手ならいるからさ、ほら」

「なんだと……? 」

 

 裁場が怪訝そうに眉をひそめた直後だった。

 バシュンッ!! と、白い光の筋が凄まじい速度で飛び出し、裁場の足元に着弾した。

 裁場が足元を見ると、地面に人差し指の幅くらいの大きさの穴が開いている。まるで銃弾か何かでも撃ったかのようだ。

 再び裁場が顔をあげた時、そこには、先ほどまでいなかったはずの人物が居た。

 一見清楚そうに見える黒髪の少女。だが、頬はやつれ、その目は明らかに正気を失っている。そして背中からは、カラスの翼のようなものが生えている。

 それが誰なのかを、堕天使達は知っている。

 

「レイナーレ……さま……⁉ 」

 

 そう。

 彼らが探し求めていた大切な人。

 堕天使レイナーレ。

 バルジによって洗脳され悪の手先と化した少女が、そこにいた。

 

「わたしが、倒します」

「僕を守れ、そいつらを殺せ。複雑な命令なんて必要ないだろう? 」

「了解しました」

《KAKUSEI SIESTA》

 

 レドの命令を受けたレイナーレは、抑揚のない返事をしながらオリジオンへと変身する。

 大量のジッパーに覆われながら彼女が変じたのは、ウサギとカラスが入り混じったような姿をした怪人だった。白い軍服のようなものを身に付け、手には洋弓のようなものを持っている。

 シエスタオリジオン。

 それがオリジオンとなった彼女の名前だった。

 対話による奪還の道は途絶えた。ならば方法はひとつしかない。

 

「こうなったら戦うしかないっ‼ ぶん殴ってでも目を覚まさせるんだ! 」

「やってやるっす! うちらのリーダーを取り返して見せるっ‼ 」

「ここから先は俺達の聖戦(ケンカ)だっ‼ 」

《CROSS OVER! 正義の意志をフュージョライズ! 不撓不屈のウォリアー! 仮面ライダーユナイト! 》

 

 堕天使達は光でできた武器を生成し、雪菜は背中のギターケースから雪霞狼を取り出して構え、古城は眷獣を呼び出す態勢に入る。そして裁場は、クロスドライバーにライドアーツをセットし、ユナイトに変身する。

 堕天使に第四真祖、剣巫に仮面ライダー。

 傍から見たら寄せ集めにしか見えないパーティーだが、彼らの目的はただ一つ。

 ――ギフトメイカーという悪に報いを。

 

「やるなら勝手にやってくれ、どうなろうが知ったこっちゃないからさ」

「元よりそのつもりだ。ここで終わらせてやる」

 

 二度あることは三度ある。

 ここでもまた、因縁の衝突が発生しようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




レイラ/アルタイルオリジオン
■元ネタ:アルタイル(Re:CREATORS)
本名、アステア・ライトレア
元々捕虜の様な立ち位置だったが故にオリジオン化を許されていなかった彼女だが、死期が近いということで、「せっかくだから」オリジオンに覚醒させられた。
森羅万象(ホロプシコン)による無機物の生成・複製・消去を行える。
彼女が元来より有していた剣術や重火器の技能と相まって、単騎で高い戦闘能力を発揮することができるのだが、幾度となく行われてきた洗脳の影響で心身ともにボロボロであるため、本来の性能を発揮できていない。



次回 まだ命があるのなら


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第47話 それはきっと終わるべき生命

バルジとの決戦、その②です。
思った以上に長々と書いてしまっていて済まない。
4バトル同時並行とか馬鹿だろ。池袋編から何も学んでないじゃねえか!

とにかく始めてしまったからには仕方ないので、全力で書ききりますね。
それではどうぞ。


 

 

 まずひとつ、言っておかなければならないことがある。

 仮面ライダー3人にギフトメイカー4人。加えてオリジオンやら第四真祖やら堕天使やらのひしめく戦場が、狭い児童公園に収まるわけがない。

 アクロスが二体のオリジオンと戦闘をはじめてものの数秒で、三者は公園の敷地外を抜け、夜の住宅街を疾走していた。

 アクロスは久々の出番となったバイクを全速力で駆り、空を浮遊しながらマシンガンを掃射してくるアルタイルオリジオンに追われていた。

 

「あれれぇええええええええええ? さっきまで威勢いいこと言ってた割には、第一手がそれですかぁあああああああっ? ヒーロー辞めちゃって大人しくレイラちゃんに殺されちゃえばぁ? 」

(勝手にほざいてろっ‼ まずはこいつらをあの公園から引きはがす、そこからが戦いの始まりだっ‼ )

 

 アルタイルオリジオンの嘲笑と銃弾の掃射を背中で受けながら、アクロスはバイクを加速させる。

 あの公園で大乱闘でもすれば、間違いなく周囲の住宅街への被害が出る。というか、バルジと灰司が本気で殺し合っておきながら、ほとんど周囲への被害が出なかったこと自体が奇跡なのだ。

 それを最小限にするべく、まずは敵を誘い出す。

 ただ敵を倒せばいい相手側とは違い、アクロスには周囲の被害に気を配る義務がある。

 ――そこが、悪党とヒーローの決定的な差にして、ヒーローの隙となる。

 

「イッチョクセンニイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!! 」

「なぁっ⁉ 上からぁ⁉ 」

 

 バイクを走らせるアクロス。その真上に、奇声を上げながら、ガングニールオリジオンが空から降ってきた。

 空を飛べるはずのないガングニールオリジオンの、空からの奇襲。想定外の攻撃に僅かながら反応が遅れたアクロスは、乗っていたバイクごと前方に吹き飛ばされ、突き当りにあった土手を乗り越えて河原までゴロゴロと転がってゆく。

 

「どうやって………………⁉ こいつ、どこから降ってきた……? 」

「コウエンカラ…………トンデキタ」

「嘘だろ⁉ 」

 

 なんとガングニールオリジオンは、律義にもアクロスの疑問に答えてくれた。それに思ってたよりも力技だった。

 ……と、ツッコミを入れている場合ではない。今は殺すか殺されるかの戦いの真っ最中だ。

 知性の感じられない唸り声をあげながら、ガングニールオリジオンが殴りかかってくる。アクロスはガングニールの馬鹿力は痛いほどわかっている。一発でも喰らえば大ダメージは確実だ。

 アクロスは横に転がってパンチを避けて立ち上がると、続くガングニールオリジオンの二撃目を左手で逸らし、そのまま腕の付け根目がけて左手でチョップを叩き込む。

 

「お前とは嫌になるほど戦ってきたんだ、受け流し方くらい身に付いてんだよっ‼ 」

 

 肩関節にダメージが入り、苦悶の声をあげるガングニールオリジオン。

 アクロスは追撃の手を緩めることなく、そこに続けざまに連続でパンチを叩き込み、ガングニールに着実にダメージを与えてゆく。

 

「ドガアアアアアアアアアアアッ‼ 」

「ぬあっ⁉ 」

 

 が、戦局は一変。

 アクロスのラッシュ攻撃をなすすべなく受けていたガングニールオリジオンが、雄たけびを開けながらアクロスのパンチを払いのけると、仕返しと言わんばかりに殴りかかってきた。

 アクロスはなんとかその拳を受け止めるが、ガングニールオリジオンの馬鹿力に徐々に押され始める。

 

「くそっ……! コイツ、更にパワーが増してやがる! 」

「オマエッ‼ コロスッ‼ ナグリコロスッ‼ 」

「おまけにちょっとずつ知能も上がってるしよぉっ‼ 」

 

 バキィッ!!!!!! と、音を置き去りにして両者の拳がぶつかり合う。

 これまでは押されるままだったが、数々の戦いを乗り越えてアクロスが成長した今、アクロスとガングニールオリジオンは互角の肉弾戦を繰り広げていた。

 

「フシャァアアアアアッ‼ 」

「目くらましかっ⁉ 」

 

 ガングニールオリジオンの拳が引っ込むと同時に、彼の首に巻かれていたマフラーが触手のように伸張し、アクロスの視界を覆わんとしてくる。

 アクロスは伸ばされてきたマフラーを素早く掴むと、それを思いっきり引っ張ってガングニールオリジオンの身体を引き寄せる。

 そして、

 

「どらっしゃああああああああああああああああっ!!!!!! 」

 

 アクロスは全体重をかけたタックルで、ガングニールオリジオンの肉体を思いっきり吹き飛ばした。

 限界を超えて引っ張られたマフラーは千切れ、その切れ端は砂のように崩れ去ってゆく。

 

「さんざんお前らギフトメイカーの悪辣っぷりを目にしてきたんだ。その程度の小手先の技、なんてことないんだよ」

「………………グウ」

 

 が、アクロスの敵はもう一人いることを忘れてはいけない。

 

(たわむ)れはここまでですっ☆ 大人しく蜂の巣になってくださいっ♡ 」

 

 いつの間にかアクロスの真上に浮遊していたアルタイルオリジオンが、媚び媚び声をあげながら両手に持ったサブマシンガンを掃射してきた。

 アクロスのそばにガングニールオリジオンがいるというのに、彼女はお構いなしにサブマシンガンをぶっ放す。仲間意識のなの字もあったもんじゃない。

 

「くっ……痛え……! いつものことだけど、仮面ライダーに変身してなかったら即死だった……」

 

 アクロスのスーツの頑丈さに救われたが、痛いものは痛い。

 這う這うの体で銃弾の雨から逃れるアクロスだが、そこに追撃が来る。

 

「じゃじゃーんっ☆ レイラちゃんのベコベコハンマーっ! キュートな版画にしてあげるぅ! 」

「うおおおおおっ⁉ 」

 

 アクロスが顔をあげた先では、漫画とかでしか見たことないような馬鹿でかい金槌をもったアルタイルオリジオンが、今まさに飛び掛かろうとしていた。

 アクロスが慌てて前方に転がり込むと同時に、アルタイルオリジオンの金槌が地面に触れる。

 すると、ズシンッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! と、まるで某ガキ大将のリサイタルを耳元で聞かされたかのような衝撃がアクロスの全身を襲う。攻撃は確かに避けたはずなのに、ダメージが減衰している気配が微塵も感じられない。

 が、それだけではなかった。

 

「まだまだ行くよーっ‼ 」

「え」

 

 アルタイルオリジオンが指をパチンと鳴らすと、アクロスを取り囲むようにして、空中にいくつもの巨大金槌が出現する。

 そして。

 

「はいっ、ぺっちゃんこっ♡ 」

 

 アルタイルオリジオンが両手でハートを作りながらそう言った直後。

 巨大金槌が一斉にアクロスをプレスしにかかった。

 

 

 


 

 

 

 そのころ、公園では。

 アクロスから行江姉妹の対処をまかされた唯が、オリジオンと化している2人と対峙していた。

 

「………………待っててね飛鳥ちゃん、薫さん。今助けるから」

 

 その言葉は、今の2人には届かない。

 バルジの暇つぶしで故郷はおろか、自我すら奪われ、殺し合いを強要させられている2人には、何を言っても通じない。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!! 」

「グルォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!! 」

 

 ラーマオリジオンとなった薫と、シータオリジオンとなった飛鳥。

 両者は互いを呼び合いながら、全身から炎を吹き出して激しくぶつかり合う。

 当然ながら、唯のとる行動はひとつだった。

 

「たった二人の姉妹で殺し合いなんて、そんなの絶対にさせないっ‼ 」

 

 地面を強く蹴って駆け出した唯は、2人の戦いを止めるべく間に割って入ろうとする。

 が。

 彼女の相手は別に存在する。

 それは、既に唯の背後に回り込んでいた。

 

「邪魔はさせないわよ」

「!! 」

 

 その言葉の直後だった。

 ズドドドドドドドドドドッ!! と激しい音を立てながら、唯の周囲の地面から何本もの鋭くとがった触手が突き出してきた。

 唯は咄嗟に立ち止まったことで回避したものの、もし判断がわずかでも遅れていれば、今頃串刺しになっていたのは想像に難くない。

 

眩しいくらい(反吐が出るほど)の正義のヒロインっぷりね、笑っちゃうわ。――だけどね、貴女の相手にはもっと適任者がいるってことをご存じない? 」

「………………やっぱりあなたもここにいるんだね、リイラ」

 

 唯が空を見上げると、そこにリイラが居た。

 彼女は背中から昆虫の羽のようなものを生やし、それを動かして空に浮かんでいた。

 その人物の乱入に対して、唯はどこか冷めたような反応だった。まるで、最初からそれを予期して怒下のようだ。

 

「そうよ。池袋の時は全然話にならなかったけど、成長してその力を使いこなせるようになった今ならば、ディナーとして不足無しといったところね」

 

 リイラの言葉を受けて、唯は自分の手のひらを見つめる。

 つい最近になって覚醒した、名前すらわからない力。

 池袋の一件で目覚め、制御に成功したこの力のことを、唯は何も知らない。

 

「あなたは……この力について何か知ってるの? 」

「それは"失われた女神の力"。遠い昔に朽ち果てたはずの、その残骸。確かなのはそれだけよ」

 

 それが何を意味するのかは、唯には理解できない。

 だが、リイラはこれ以上のことは話す気がないらしい。

 

「続きは……………ディナーの後にしましょうか? 」

「ごめんだけど、あんたの今日のディナーはお預けになるかもね。だって私、食べられる気なんてさらさらないからっ! 」

 

 ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾッ!!!!!!!!!!! と、リイラの真下の地面から、新たな触手がいくつも出現する。

 それと同時に、唯の全身が光に包まれ、ぴっちりしたレオタード風の衣装の上にメカめかしい装甲がくっついた、何処かの変身ヒロインかなんかの様な格好の戦闘スタイルに移行する。

 

願能装束(デザイアモード)

「? 」

「それがこの姿の名前。たった今そう名付けた」

「あっそ、どうでもいいからさっさとくたばってよ」

「そっちこそさっさとくたばれっ! 飛鳥ちゃん達を助けるのは私だっ! 」

 

 そして。

 世界の摂理を逸脱した二人が、再び衝突した。

 

 


 

 

 

「さあ始めるわよっ!! テメエら全員もれなくグサグサバキバキにして差し上げますので、ごかんしゃしてくださいましっ!! 」

「レイナーレ、あんた口調滅茶苦茶過ぎない⁉ 」

 

 バトルの幕開けは、シエスタオリジオンとカワラーナのそんなやりとりからだった。

 シエスタオリジオンが洋弓の弦を引っ張ると、何処からともなく光の矢が弓に装填される。

 そして、放たれる。

 

「キヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ!! 死んじゃえ死んじゃえ」

「うわっ⁉ 」

 

 シエスタオリジオンの放った光の矢は、まるで生きているかのように自在に軌道を変えながら、執拗にユナイトを射抜かんと追跡してくる。

 いや、彼だけではない。直後に放たれた何本もの光の矢が、古城や堕天使達にも同じように自動追尾を仕掛けてきている。彼女は――レイナーレは、本気で皆殺しにする気なのだ。

 

「目を覚ますっす! ウチらずっと一緒にやってきたじゃんかよォ⁉ 」

「こちとらギンギンになるレベルで正気よォッ!! それにねぇ、バルジ様に改造してもらいながら裏切った負け犬なんか必要ないのよねぇ! 」

「血の涙流しながら殺しにかかってる奴が正気なわけないっての!! 」

 

 光の矢を回避しながら、カワラーナが眩く光る魔力弾を指先から放つ。

 魔力弾は、空気を切り裂きながら一直線にシエスタオリジオンに向かうが、その鼻先を目前にして、横から飛んできた光の矢に貫かれて消滅する。

 

「無駄よ、あんた達と私の実力差を知らないわけではないでしょう? 」

「たかが実力差ごときで諦めるわけにはいかないの! あんたは私たちの大事なリーダーだしっ、それにこのまま糞みたいなマッド野郎にやられっぱなしだなんて、堕天使のプライドが許せない! 」

 

 絆と反骨心を糧になんとかしてシエスタオリジオンに食らいつこうとするカワラーナだが、及ばない。

 自由自在に軌道を変える光の矢が、執拗にカワラーナの身体を貫こうとしてくる。

 

「このっ……しつこいっての! 」

「やめろレイナーレッ‼ 正気に戻れッ‼ 操り人形のままでいいのか⁉ お前はそんなタチじゃあないだろう⁉ 」

「さっきからギャーギャー煩いのよ、バルジ様を満足させられなかった失敗作の玩具の癖にッ‼ 」

「ッ‼ 避けろ‼ 」

 

 ドーナシーク達の必死の呼びかけを煩わしく感じたレイナーレ――シエスタオリジオンは、キレ気味に光の矢を乱射する。

 複雑怪奇な軌道を描きながらドーナシークに迫りくるそれは、古城が叫ぶよりも早く、ドーナシークの胴体を幾度も貫いた。

 

「げはっ………………! 」

「おいアンタッ‼ 大丈夫か⁉ 」

「先輩っ、後ろから来てますッ‼ 」

 

 血を吐きながら膝をついたドーナシークに思わず駆け寄る古城。そこに、雪菜が雪霞狼(せっかろう)で光の矢を弾き飛ばしながら注意を促す。

 古城の背後には、迫りくる無数の光の矢。

 圧倒的に、回避が間に合わない。

 光が来る――その直前。

 

「屈めッ‼ 」

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおっ⁉ 」

 

 滑り込むユナイトの声。

 咄嗟にそれに従って身をかがめる古城とドーナシーク。

 その直後、ユナイトの右手に握られていたフュージョンマグナムから放たれた光弾が、古城達に迫っていた光の矢達に次々と命中していった。

 カワラーナの魔力弾が効かなかった通り、この光の矢を打ち消すことは不可能。だが、起動を逸らすことはできる。互いに正面衝突したフュージョンマグナムの光弾と光の矢は、互いに軌道を予期せぬ方向に曲げられ、そのまま周囲の地面や遊具に激突して霧散する。

 

「す、すごい……」

「この程度、造作もない。なるべく光の矢を逸らすんだ、打ち消したり撃ち落としたりができない以上、それが最善策だ」

「簡単に言ってくれるなあ! 」

 

 さも全員ができる前提で言っているかのようなユナイトの物言いに、古城は頭を伏せたまま悪態をつく。

 

「ただの人間風情が一丁前に抵抗しちゃってさあ……! あんただけはただでは殺さないわッ‼ 」

「強がるのはやめたらどうだ。もう既に限界が近いんじゃないのか? 」

「は、何言ってんのよ。私はまだ――がっ、ああっ⁉ 」

 

 ユナイトの言葉を鼻で笑おうとしたシエスタオリジオンだったが、その言葉を途中まで紡いだところで、突如として激しい頭痛が彼女を襲った。

 引こうとしていた弓をその場に落とし、頭を抱えながら苦しむシエスタオリジオン。

 彼女の豹変に困惑する堕天使達とは対照的に、ユナイトと、戦いを観戦していたレドだけは冷静さを保っていた。

 

「やっぱバルジの奴、はじめから使い潰す気しかないじゃん。洗脳のクオリティもレイラと比べたらはるかに劣っているし、素体への負担の軽減も全く考えていない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「何を………………言っているんだ………………⁉ 」

「早く助けないと手遅れになるということだ。このままじゃ彼女の身体が持たない」

「‼ 」

 

 ユナイトの言葉で、ようやく堕天使達はレドの発言内容を理解した。

 バルジはあえて、レイラ以上に負荷を伴う洗脳と改造をレイナーレに施した。ただそのほうが面白そうだから。それ以外の理由は、彼にはない。

 これがバルジの趣向。

 放っておけば全てを遊びの資材として使い潰してしまう、究極の簒奪者にして破壊者。何としてでも止めなければならない災厄。

 

「兎に角スピード勝負だ。取り返しのつくうちに、全てを終わらせる」

「やってみやがれよ雑魚。生まれ変わった私の本領はこれからよ」

 

 調子を取り戻したシエスタオリジオンが弓を構えるのと、ユナイトがフュージョンマグナムの銃口を向けるのは、同時だった。

 そして。

 光の矢と光弾が、再び衝突した。

 

 


 

 

 

 そして、本戦。

 仮面ライダーソーサラー――灰司と、エボルトオリジオン――バルジは、互いに目に見えて消耗し始めていた。

 怪我の関知しない内から連戦に身を投じていたソーサラーと、渾身の一撃をそのまま跳ね返されて大ダメージを負ったエボルトオリジオン。

 先に膝を地面から話したのは、ソーサラーだった。

 

「っ………………さあ、邪魔者はいなくなったんだ。第2ラウンドと行こうぜ」

「ケッ、どいつもこいつも寄ってたかって俺様の邪魔をしやがる。ヒーローってのはいつから集団リンチを正当化する卑怯者の集団に成り下がったんだ、ああ? 」

「被害者ヅラしてんじゃねえぞこのゴミクズ野郎っ‼ 」

 

 ソーサラーは怒りのままに地面を蹴って走り出す。

 それと同時に、エボルトオリジオンの両足を縛り付けていたボロボロの鎖が霧散し、ソーサラーの変身も解除され、灰司の素顔が露となる。魔力切れで鎖はおろか、変身すら維持できなくなったのだ。

 もう魔法使いの力は使えない。

 灰司は的確かつ迅速に、数多の手札の中から次の一手を選び取る。

 

「変身ッ‼ 」

《バグルアップ! デンジャー! デンジャー! (ジェノサイド!)デス・ザ・クライシス! デンジャラスゾンビ!!(Woooo!)》

 

 灰司が選択したのは、仮面ライダーゲンム・ゾンビゲーマー。

 どうやら、満身創痍の肉体をゾンビの不死性で補うつもりのようだ。それほどまでに、灰司は戦闘を継続しようとしているのだ。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!! 」

「魔力枯渇したからって次はゾンビアタックかよ。どうした、出血多量で思考能力にぶってきたりしてんのか、ああ? 」

 

 鎖が消えたことで自由を手に入れたエボルトオリジオンは、手のひらから光線を放つ。

 それは完璧な形でゲンムの顔面に直撃するが、突撃してくる彼を止めるには至らない。ゾンビゲーマーの不死性で攻撃を無理やり耐えながら、ゲンムはエボルトオリジオンの眼前まで進撃する。

 

「消えろッ‼ 」

「目障りなんだよゾンビ野郎! そのままくたばりやがれっ! 」

 

 バキイッ!!!!!!!!!!! と激しい音と火花を飛び散らせながら、ゲンムとエボルトオリジオンの拳が衝突する。

 両者の拳がぶつかった直後、同極の磁石同士が反発し合うように、2人の身体が間反対の方向に吹っ飛んでゆく。

 ゴロゴロと地面を転がりながらもなんとか体勢を整えて立ち上がろうとするエボルトオリジオンだったが、そこで異変に気付く。

 

「ッ‼ なんだッ……身体が重い…………⁉ 」

「………………今の一撃で、テメエの体内に高濃度のバグスターウイルスをぶち込んだ。感染すれば即座に発症しちまうくらいにドギツイやつをな」

 

 そう。

 ゲンムは先ほどの一撃で、エボルトオリジオンの肉体に超高濃度のバグスターウイルスを注入していたのだ。それにより、エボルトオリジオン――バルジの肉体は、現在進行形で著しく衰弱していっているのだ。

 バグスターウイルスは、普通の方法では治療不可能な常識外のウイルス。通常の者と比較しても毒性を極限まで増幅されたそれは、エボルトオリジオンの身体を猛烈に蝕んでゆく。

 だが彼は、ただで終わるような男ではない。

 

「おいおい、俺様の頭脳を見くびってもらっては困るんだ。こんな病気、すぐにでもこの場で治療してやるぜ」

「させると思うのか? 」

 

 次の瞬間、エボルトオリジオンの目の前にいたはずの灰司の声が、後ろから聞こえた。

 その異変に気付いた時には、すでに手遅れだった。

 

「ライダーキックッ‼ 」

《RIDER KICK》

「ッ‼ いつの間に変身をぉおぉぉぉおおおおおおおおおおおおおををををおをををおおおおおッ⁉ 」

 

 ゲンムからダークカブトに変身を切り替えた灰司が、クロックアップで灰司の真後ろに回り込み、ライダーキックを今まさに叩き込もうとしていたのだ。

 バグスターウイルスに感染したことで反応速度の鈍っていたエボルトオリジオンでは、攻撃には気づいても回避行動が間に合わず、結果として、顔面に全力のライダーキックをぶち込まれ、サッカーボールのようにぶっ飛んでいってしまう。

 

「がああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!! 」

「はあ、はあ……とりあえず、今のは効いただろ……これでもまだ遊びだとかほざくつもりかよ、この糞野郎」

 

 公園のフェンスを突き破り、アスファルトの上に放り出されたエボルトオリジオン。

 ダークカブトはふらふらとした足取りで、エボルトオリジオンの元へと歩み寄ろうとする。

 

「遊びに決まってんだろ。俺様は転生者、選ばれた人間だ。他の凡庸な雑魚共とは違うんだって何度も言ってるだろ」

「………………もう、ここから先は喋らねえぞ」

 

 負傷のせいで訛りのように重くなった足を動かしながら、ダークカブトはそう宣言した。

 憎しみをぶつけるのにも、他者を踏みつけるのにも、言葉はいらない。元より対話の余地がない相手だったのだから、これまでのやり取り自体が無駄でしかなかった。ここから先は、より効率的に傷つけあうことができる。

 

《1,2,3》

 

 再びダークカブトはライダーキックを放とうと、ベルトに装着されているダークカブトゼクターのボタンを押す。どす黒いタキオン粒子が頭部の角を経由して、ダークカブトの右脚に収束してゆく。

 ガシャン、とゼクターホーンが動かされると同時に、ダークカブトは空高く飛び上がる。

 そして、空中で右足を前に突き出し、全力のライダーキックでエボルトオリジオンに引導を渡そうとする。

 もはや、両者の間には雄たけびすら存在しない。

 ようやくエボルトオリジオンが立ち上がった時には、既にダークカブトの右足が眼前に迫っているところだった。

 

(これで終わる……これで、終わらせられる………………! )

 

 勝利を確信するダークカブト――灰司。

 が。

 

 

「フェーズアップ」

 

 ライダーキックを受ける直前に、エボルトオリジオンはそう口にした。

 すると。

 

 

 ゴワァアッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! と。

 エボルトオリジオンの全身から赤黒いガスのようなものが噴き出し、灰司の意識を数秒の間だけ吹き飛ばしてしまった。

 

 

 

 


 

 

 

「………………何が起きた? 」

 

 数秒間のブラックアウトから復帰した灰司が最初に目にしたのは、粉々に砕け散ったダークカブトゼクターだった。

 マスクドライダーシステムの動力源であるゼクターが破壊された以上、灰司はダークカブトの変身を維持できない。結果として、再び灰司は生身をさらけ出すこととなっていた。

 周囲には赤黒いガスのようなものが充満しており、視界は殆どふさがれている。灰司以外にもギフトメイカー達と交戦している輩はたくさんいたはずなのだが、彼らはどうなっているのだろうか。

 

「お前、俺様を本気にさせちまったんだぜ? 後悔しても知らねえからな? 」

 

 ガスの向こうからバルジの声がする。

 声のした方を灰司が凝視していると、そこからバルジが姿を現した。が、その姿は先ほどまでとはまるで違う。

 全体的はシルエットはエボルトオリジオンに似ているが、赤黒い体色だったのが全体的にモノクロに変化しているほか、まるで体内から突き破ってきたかのような生え方をした全身のトゲや、後頭部から垂れている赤いコード……というか血管のようなもの、そして不気味に胎動する露出した脳味噌など、グロテスクさが寄りましたような見た目に変化している。

 見るからに痛ましい姿に変貌しながらも、彼は笑っている。

 

「エボルトオリジオン・フェーズ2。ここからは遊びなんかじゃねえ、本気でテメエを排除するための戦いだ」

 

 ここからが彼の本気。

 本気となったバルジ――エボルトオリジオン・フェーズ2を目の当たりにした灰司だが、彼のやることは変わらない。

 敵を討つ。それだけだ。

 

「変身」

 

 カードデッキを腰のVバックルに装填し、仮面ライダーリュウガに変身する。

 それと同時に、何処からともなく赤黒いガスを突き破り、リュウガの使役する黒龍型のモンスター・ドラグブラッカーが飛翔してくる。

 拳を強く握りしめるリュウガ。

 痛みはとっくに麻痺している。これならば、死ぬ気で戦える。

 

 

 全てを滅茶苦茶にしてしまう生まれながらの厄災と、命を投げ出した復讐者。

 両者の決戦は、次なるステージに移行する。

 

 




オリジオン紹介のこーなー

■シエスタオリジオン
変身者:レイナーレ
元ネタ:シエスタ姉妹近衛兵(うみねこのなく頃に)
能力:変幻自在・伸縮自在の光の矢

バルジに洗脳されたレイナーレが強制的に変身させられた、ウサギとカラスがまぜこぜになったような見た目をしたオリジオン。
彼女本来の人格はほとんど存在しておらず、バルジの忠実なる兵隊として邪魔者を排除する。
光の矢の射程距離は無限。おまけに物質を貫通する。
防ぐには魔術的な防御手段が必須。


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第48話 呪縛を解くのは正義の心

思ったよりバトルが長くなったので更に分割しました。
いやなんでこれ1話に纏めようとしたんだろうか。

現在の対戦カード

■アクロスVSアルタイルオリジオン・ガングニールオリジオン
■灰司VSバルジ
■唯VSラーマオリジオン・シータオリジオン・リイラ
■ユナイト・古城・雪菜・カワラーナ・ミットルテ・ドーナシークVSシエスタオリジオン
■観客 GUMI レド

とりあえずバルジ以外はこの回で決着つくと思います。
灰司君の戦いは次回に回しますう


 

 

 

 水飛沫と土埃が降り注ぐ中、レイラ——アルタイルオリジオンは爆心地を凝視していた。

 森羅万象(ホロプシコン)によって召喚した大量のハンマーによる圧殺。逃れようのない一撃で、アクロスの息の根を止めることに成功した。

 手元の一つを残して召喚したハンマーを消去したアルタイルオリジオンは、アクロスの生死を確かめるべく、ハンマーを肩に担ぎながら悠々と歩いてゆく。

 

「死んだかな? 」

「ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオウ? 」

 

 アルタイルオリジオンの声に、唸り声で応えるガングニールオリジオン。

 その様子はまるで、飼い犬と飼い主のようだった。

 

「ぺっしゃんこのぐっしゃぐしゃになってるかなー? なっていたらご主人様に褒められたいなっ☆ 」

 

 血の涙を流しながら、うきうき気分で歩を進める。身体は既に限界を迎えているはずなのに、なおもバルジの為に生きようとする。自分が何をしているのかすらわからないままに使い潰される。そんなことがあっていいはずがない。

 アルタイルオリジオンが、アクロスの存在した辺りの地面を軽く足で叩く。

 その直後だった。

 

「せいやあああああああああああああああああああああああああああああああああっ! 」

《PENDLUM CROSS BREAK!》

「がはっ⁉ 」

 

 奇術師とドラゴンの入り混じったような姿――リンクペンデュラムとなったアクロスが、真後ろからアルタイルオリジオンに跳び蹴りをぶち込んだ。

 アクロスは死んではいなかった。ハンマーによる一斉攻撃の寸前にリンクペンデュラムにフォームチェンジし、瞬間移動で包囲を抜けていたのだ。

 必殺技をもろにくらったことで、ハンマーを取り落とし、近くの草むらに頭から墜落するアルタイルオリジオン。口から血を流しながら顔をあげた彼女の目の前には、まるでショーの真っ最中の奇術師を思わせる悠々とした態度で佇むアクロスが居た。

 

「レディースエーンドジェントルメーンッ! 華麗……とはいかねえが、脱出ショーは成功したぜ? 」

「……まだ生きていたのォ? ヒーローってのはどいつもこいつもほんっとしぶといね。反吐が出るほど嫌いになっちゃいそっ☆ 」

「死ぬわけねーだろ。俺にはまだ救えてない奴がいるんだ」

「じゃあもういっぺん食らわせてアゲルゥッ♡ ぐっちゃぐちゃミンチに生まれかわーれっ♡ 」

「そいつはもう喰らわねえッ‼ 」

 

 激昂したアルタイルオリジオンは、新たなハンマーを手元に召喚すると、それをブーメランの如く投擲した。

 何十キロもの鉄の塊がピッチャーの剛速球並みの速度で飛来してくる。これを生身でくらえば、そのままぶち当たった部位が消し飛んでしまいかねない。

 

「なら……コイツでも喰らいなッ‼ 」

「⁉ 」

 

 アクロスがそう叫ぶと、アクロス・リンクペンデュラムのローブ状のアーマーが変形し、ドラゴンの尾を形成する。そしてそれを思いっきりぶん回し、アルタイルオリジオンの投擲したハンマーを警戒な音と共に打ち返してしまった。

 アクロスを殺すべく投擲された超質量の鉄の塊が、そっくりそのままアルタイルオリジオンの脅威となって牙を剥く。

 

「チッ‼ 森羅万象(ホロプシコン)第三楽章・表象展観ッ‼ 」

 

 舌打ち気味にアルタイルオリジオンがそう叫ぶと、彼女に迫りつつあったハンマーが消失する。

 入れ替わりに、ガングニールオリジオンが弾丸のような速さでアクロスに突撃してきた。

 

「オマエ、ブッコワスッ‼ 」

「コイツッ………………⁉ 」

 

 その驚異的な速さに、アクロスは回避するのが精いっぱいだった。

 ガングニールオリジオンの突き出した拳は、アクロスの喉元ギリギリをかすめて通過してゆく。これまでの知性の欠片もない無軌道な暴走ではない。人の形をした殺人マシーンとして、的確に殺しにかかってきている。

 油断をすれば、そのまま殺される。

 ガングニールオリジオンの本気の一撃を回避したアクロスは、より一層気を引き締めてオリジオン達と対峙する。

 

「ドゥワアッ‼ 」

「そうらっ‼ 」

 

 ガングニールオリジオンのドロップキックをアクロスは華麗な身のこなしで回避すると、腰に携帯していた銃剣・ツインズバスターを抜き、すれ違いざまにその刃をガングニールオリジオンの胴体に叩き込む。

 勿論、この程度で倒れるような相手ではない。ガングニールオリジオンは脇腹に一撃を受けながらも、全くひるむことなくアクロスに襲い掛かってくる。

 

「てぇ~いっ♡ 」

「くっ⁉ 」

 

 そこにすかさずアルタイルオリジオンが加勢し、サーベルの二刀流で斬りかかってくる。アクロスは、片手にツインズバスターを持ってアルタイルオリジオンの剣撃をいなし、反対側ではガングニールオリジオンの猛攻を受け流す………………が、そんな無茶が長続きするわけもなく、2人の同時攻撃を受けて鉄橋の土台に叩きつけられる。

 

「ざーこざーこ♡ ご主人様の邪魔なんか絶対させないんだから♡ 」

「どうでもいいけど、口調コロコロ変わりすぎじゃねーのお前……それも洗脳の影響だったりするのか? 」

 

 川の浅瀬から起き上がりながら軽口をたたくアクロスに、アルタイルオリジオンは目に見えて不機嫌そうな態度をとる。

 そして、手元にマスケット銃を出現させると、その銃口をアクロスに向ける。

 

「ひっどーい!! レイラちゃんのとご主人様の絆を洗脳の一言で片づけないでよねっ‼ 」

「明らかに目がイッてる奴が言うことじゃねえだろっ‼ 」

《LEGEND LINK! 着いてきやがれ天の道!光速のオンリーワン!LINK KABUTO!》

 

 アルタイルオリジオンが引き金を引くと同時に、アクロスはライドアーツを付け替え、リンクカブトに変身する。

 アクロスがカブトライドアーツをドライバーに装填すると、どこからともなくカブトゼクター型のアーマーが飛来し、霧散するリンクペンデュラムのアーマーと入れ替わるようにアクロスに覆いかぶさり、フォームチェンジが完了する。

 

「クロックアップっ‼ 」

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアッ‼ 」

 

 フォームチェンジが完了すると同時に、アクロスはリンクカブトの固有能力であるクロックアップを発動させる。

 瞬間、アクロスの姿がブレたかと思えば、刹那の間にガングニールオリジオンの身体が真上の橋桁に叩きつけられ、アルタイルオリジオンの手元のマスケット銃が真っ二つにぶった切られていた――ように、アルタイルオリジオンには見えた。

 これが常人から見たクロックアップ。アクロスは超高速で移動しながらガングニールオリジオンを真上に吹っ飛ばし、アルタイルオリジオンの得物をツインズバスターで両断した。それを現実時間では1秒もかからない内に成し遂げていたのだ。

 

「ずるいずるいずるいっ‼ そっちだけクロックアップとかズルいの極みだよっ‼ 」

「2対1の時点でズルいだろっ! 」

「コヒュッ」

 

 クロックアップによって1秒足らずでアルタイルオリジオンの目の前に到達したアクロスは、駄々をこねるアルタイルオリジオンに悪態をつきながら、飛び膝蹴りを至近距離から叩き込む。

 胸部に叩き込まれた鋭い一撃は、一瞬だけアルタイルオリジオンの呼吸を妨害するとともに、彼女の口から血の混じった痰を吐き出させる。

 至近距離からの飛び膝蹴りを喰らい、サッカーボールのように飛んでいくアルタイルオリジオン。

 そこにすかさず、ガングニールオリジオンが雄たけびを上げながら突撃してくる。

 

「ゴォウオオオオオオオオオオオオッ!! 」

「ライダーキックッ‼ 」

 

 が、それを見抜いていたアクロスは、即座にタキオン粒子を右足に充填させると、振り向きざまの回し蹴りを真正面からぶち込んだ。

 骨が折れるような音を発しながら、ライダーキックッを受けたガングニールオリジオンが吹っ飛んでゆく。アルタイルオリジオンとは反対側、無素のクレーターに覆われた川辺に。

 

「はぁっ……はあ……」

 

 足を振りぬいたアクロスは、その体勢のまま息を切らす。池袋の時よりはマシとはいえ、一日に二度戦うのはそこそこに疲れる。

 そこにべちゃりと、アクロスの真後ろで液体が地面にこぼれるような音がする。

 振り返ると、口から血を吐きながら立ち上がるアルタイルオリジオンの姿がそこにはあった。

 

「ゴフゥッ……‼ 」

「っ……‼ もうやめろッ! これ以上はお前が持たないだろっ!! 」

「ご主人様じゃない癖にごちゃごちゃ煩いっ!! わたしはクソ雑魚奴隷メイドのレイラちゃん!! この身この魂が朽ち果てようとも、ご主人様の為に全てを捧げるっ!! それがレイラちゃんの命の使い方なのぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ♡ 」

「そんな命の使い方、俺は認めねえぞっ……‼ たとえ腐り果てた悪人でも、そんな風に命を投げ出していいわけがないっ!! 償うことも悔いることもできずに使い潰されるなんて、そんな結末には絶対させないっ!! 」

《LEGEND LINK!! SET UP!! ネプテューヌッ!! 》

 

 ダッ!! と、アクロスとアルタイルオリジオンが同時に地面を蹴る。それと同時に、アクロスは腰のホルダーからネプテューヌライドアーツを取り出し、ドライバーに装填しているカブトライドアーツと取り換える。

 アクロスがライドアーツを付け替えると、リンクペンデュラムの装甲が解除され、入れ替わりに紫色に発光する黒い装甲がアクロスの全身に装着されてゆく。それと同時に、手に持ったツインズバスター・ソードモードにも新たな刃が追加され、片手剣から大剣に変化する。

 リンクネプテューヌ。アクロスが最初に手に入れた絆の結晶だ。

 

「ぶった切ってあげるうううううウウウウウウウウウウッ!! 森羅万象(ホロプシコン)第一gゴハアッ⁉ 」

 

 アルタイルオリジオンは無数のサーベルを自分の周囲に召喚すると、そのうちのひとつを手に取ってアクロスを迎え撃とうとする。

 が、剣を構えようとした寸前で、彼女はまたしても吐血する。

 それが致命的な隙となった。

 次の刹那。

 ズバシャァアアアアアアアッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! と。

 アクロスは背中に追加されたスラスターと機械の翼で急加速しながら、そのまま大剣となったツインズバスターで、アルタイルオリジオンを思いっきりぶった斬った。

 

「………………もうやめろ、お前をバルジの玩具から解放してやるから、もうこんな真似はやめろ」

 

 ――その仮面の裏側の顔は、憐みの表情でいっぱいだった。

 

「あ、アア………………⁉ 」

 

 よろりと、腹部を斬られたアルタイルオリジオンがアクロスの方を振り返る。

 その時一瞬だけ、彼女はオリジオン態から戻ったかのように見えたような気がした。その時見えた顔は、死人のようにしか見えなかった。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!! 」

 

 アルタイルオリジオン――レイラの敗北を悟ったガングニールオリジオンが、雄たけびを上げながら突撃してくる。

 

「2人纏めてぶった斬ってやる、来いッ!! 」 

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼ 」

《EXEDRIVE CROSS BREAK‼ 》

 

 アクロスはツインズバスターの柄にネプテューヌライドアーツを差し込んで必殺技を発動させると、その柄を強く握りしめる。

 紫色の光が刀身に充填され、アクロスの複眼が紫色に発光する。 

 

 

 そして。

 目も眩むほどの閃光が、アルタイルオリジオンとガングニールオリジオンの視界を塗りつぶした。

 

 


 

 

 

 ユナイト、暁古城、姫柊雪菜、ミットルテ、カワラーナ、ドーナシーク。

 彼らは6人がかりでシエスタオリジオンと化したレイナーレに挑んでいながら、戦況は互角だった。

 理由は単純。

 

「さあズタズタのベキベキにしてあげるわッ!! 貫かれなさいッ!! 」

「くそっ、この光の矢……滅茶苦茶うざったいぞっ!! 」

 

 シエスタオリジオンは堕天使達の攻撃の隙間を縫うように移動しながら、弓を引いて光の矢を放つ。

 射程は無限、何処までも標的を追尾する掟破りの飛び道具。それが一斉に、ズバババババッ!! と空気を無理やり押し開けるような音を立てながら、ヒーローたちを亡き者にせんと襲い掛かる。

 

「このっ…………おおおおおッ!! 」

「避けるだけ無駄だ、兎に角軌道を逸らすしかないっ!! 」

 

 ユナイトの声がした直後、ギャリギャリギャリギャリッ!! と激しい摩擦音を立てながら、光の矢が雪菜の雪霞狼の穂先を滑ってゆく。

 

「しぶといわねっ……いい加減くたばりなさい失敗作どもッ!! バルジ様の期待に沿えなかった欠陥品の癖によくもまあのうのうと生きていられるわね! 」

「あんなマッド野郎の玩具になるくらいなら、失敗作で結構結構っ!! いい加減聞き飽きたし、さっさとくたばって正気にもどれっつーのっ‼ 」

「カワラーナ………………いいわ、まず貴女から(なぶ)り殺してあげる」

 

 バシュンッ、と放たれたカワラーナの魔力弾を最小の動作で回避しながら、シエスタオリジオンはそう口にした。

 瞬間、場の空気が一気に変貌する。

 まるでここからが本気だとでも言わんばかりに。

 

「あんたってやつは……ふざけるのも大概n」

 

 カワラーナの言葉はそこで途切れる。

 理由は単純明快。

 

 

 シュルルルルルルルルンッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! と。

 眼にもとまらぬ速度で放たれた光の矢が、ロープのようにカワラーナの首に巻き付いていたからだ。

 

 

 

「かっ………………はっ………………⁉ 」

 

 何が起きたのかわからない、といった表情を浮かべながら、光の矢によって

 彼女の首元には、長く伸びた光の矢が巻き付いている。その有様はもはや矢というよりも光のロープと行った方が適切のように見える。

 

「おいカワラーナッ⁉ 」

 

 ドーナシークが慌てて駆け寄ろうとするが、

 

「邪魔」

「がっ………………⁉ 」

 

 次の瞬間には、彼の首にも同様に光のロープが絡みついていた。

 シエスタオリジオンは首つり状態となったふたりを乱雑に振り回し、遠心力をも利用して2人を絞殺せんとする。

 このままだと2人とも仲良く首吊り死体は確定。しかし単純な物理攻撃では、あの光のロープを破壊することができない。

 

「ならばもっと破壊力のある一撃を食らわせるまでだっ‼ 」

「そんなものがあるのか⁉ 」

 

 古城の言葉にユナイトは無言でうなずくと、折りたたんだ状態で背負っていた槍型武装・ユニオンジャルグを手に取る。

 そしてそれを2つに分割し、腰に携帯していたフュージョンマグナムとガチャガチャと組み合わせ、長い銃身を持つライフルへと変形させる。これこそがユナイトの奥の手。槍と拳銃を合体させたライフル・アブゾーブスナイプの完成だ。

 

「槍と拳銃が合体した………………⁉ 」

「そのままぶっ放すっ‼ 」

 

 ユナイトが銃口を空に向けると同時に、ガシャンガシャン‼ とアブゾーブスナイプの砲身の表面が変形し三脚となる。シルエットだけ見れば野外に置かれた天体望遠鏡だが、実際には滅茶苦茶物騒なシロモノが、この場に出現していた。

 そして、スコープを覗き込みながらユナイトがアブゾーブスナイプの引き金を引く。

 ズバンッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! と地面を激しく揺らしながら、二発の弾丸が発射される。

 

《EXTEND CROSS BURST‼ 》

 

 二発の弾丸がカワラーナとドーナシークを吊っている2本のロープに触れた瞬間、その弾丸達は極小のブラックホールに変化し、ロープを虚空へと引きずり込む形で切断してゆく。

 極小といえどもその吸引力、それによって生じた突風はすさまじいものであり、シエスタオリジオンもユナイトも、戦闘に参加していた全員(+遠くからじっと観戦していたGUMI)を空中に巻き上げる形でその場から吹き飛ばしてしまう。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ⁉ 」

「ちょおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ⁉ いくら助けるためとは言ってもブラックホールはやりすぎじゃないっすかああああああああああああああああああああああッ‼ 」

「手持ちではこれが最善策だったんだ、許せ」

「あのさっきから気配消しながら観戦していただけのか弱い一般ピーポーの私を巻き込まないでくださいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ⁉ 」

 

 そして飛んで飛ばされ、一行は住宅街の端にひっそりとくっつくように存在していた廃工場まで吹っ飛んでいく。なんだか神の意志的なものが介在しているような特撮ワープ(つごうのいい)展開なような気がするが、あのまま住宅街のど真ん中の公園で戦い続けるよりは、周囲の被害に気を配る必要性がないぶんやりやすい。

 ドサドサドサドサッ‼ と人間の耐久力をガン無視した高さから落下していくユナイト達。しかし、ユナイトとシエスタオリジオンは自前の耐久性で、堕天使達は黒い翼で、古城・雪菜・GUMIの3人は堕天使達たちに抱えられる形で、それぞれ転落死を回避する。

 

「大丈夫か、お前ら」

「やりすぎよっ……まあおかげで助かったけど」

 

 ユナイトの言葉に、首に巻き付いたまま残った光のロープを引きちぎりながらそう答えるカワラーナ。

 彼らの目の前には、血を吐きながらよろよろと立ち上がるシエスタオリジオン。

 

「ふざけるんじゃあないわよっ‼ 全員纏めてワイルドに串刺しにしてやるっ‼ 」

「先輩、出番ですっ‼ 」

 

 シエスタオリジオンが大量の光の矢を放つと同時に、古城が無言で前に出る。

 その周囲には、荒れ狂うほどの濃密な魔力の奔流が生まれていた。

 

疾く在れ(きやがれ)、九番目の眷獣、"双角の深緋(アルナスル・ミニウム)ッ!!" 」

「皆さん、先輩から離れてくださいっ!! 」

 

 雪菜に言われるがまま、一斉に古城から距離をとるユナイト達。

 古城が叫ぶと同時に、彼の背後に緋色の双角獣(バイコーン)が出現し、その双角を激しく振動させる。

 自身の膨大な魔力を高周波の振動に変換し、周囲のあらゆる物体をずたずたにしてしまう破壊の化身。最初に顕現させた"獅子の黄金(レグルス・アウルム)"とはまた違った方向性の破壊兵器が、ここに顕現していた。

 双角獣の角から発せられる高周波音波は、うねりながら飛来してきた光の矢をずたずたに切り裂いてしまう。規模が尋常ではないとはいえ、ただの物理現象が通用したあたり、どうやらあの光の矢にはちゃんとした物理的実態が存在するようだ。

 そうして光の矢を粉砕した振動は、そのまま周囲の地面ごとシエスタオリジオンを蹂躙する。神代の兵器すら粉微塵にしてしまう破壊の権化が、彼女の全身を貫いてゆく。

 

「あ、あれ、レイナーレさん、死んじゃわないっすよね……」

「先輩ストップっ!! これ以上眷獣を暴れさせたらあの人死んじゃいますッ‼ 」

「いややらせたのお前だからな⁉ 」

 

 流石にやりすぎたと判断した古城がすぐに眷獣を非実体化させたことで、シエスタオリジオンを襲う暴力は中断された。

 高所から落とされるわ超音波で全身ズタズタに切り裂かれるわで、シエスタオリジオンは既にボロボロ になっていた。

 しかし彼女は諦めない。自らの命よりもバルジを優先するようにマインドコントロールされているシエスタオリジオンは、満身創痍の身体に鞭打ちながらなおもユナイト達との戦いを続けようとする。

 

「なめ、やがってえぇ………………‼ 転生者でもない雑魚の分際でバルジ様の邪魔を……! 」

「トドメだ、一気に全てを叩き込むッ!! 」

「なんだか虐めをしているよう気分だが……すまん、これもお前を救うためだ! 」

 

 ザッ、と。

 ユナイト達が横一列に並ぶ。

 彼らの思いはひとつ。これ以上弄ばれる前に、彼女(レイナーレ)を救う。

 

「これで終わらせますッ‼ 」

「ああ、こんな胸糞悪い遊びは終わりだ! 」

「やってやるっすよ、ここまで来たからにはっ‼ 」

「レイナーレには悪いけど、全力でぶっ飛ばすわよ! 」

「"獅子の黄金(レグルス・アウルム)"ッ‼ 」

「撃ちぬくッ‼ ジャスティスサイド・デットショット‼ 」

《CROSS BURST》

 

 先陣を切ったのは、雪菜の雪霞狼。魔力を切り裂く銀の矛が全力で投擲され、シエスタオリジオンの防御を打ち崩す。

 そこから先は暴力の嵐だった。

 堕天使達の高濃度の魔力の塊、古城の眷獣の荒れ狂う雷霆、そしてトドメはフュージョンマグナムから放たれた高密度の光弾。過剰なまでの一斉攻撃が、シエスタオリジオンに次々と襲い掛かる。その壮絶さに、周囲の音は完全に置き去りにされていた。

 

「………………ぁ」

 

 全ての攻撃が命中してからやや遅れて、ドドドドドドドドドッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! と凄まじい轟音と爆発が発生する。

 先程のユナイトのブラックホールに匹敵するレベルの爆風が容赦なく周囲に吹き散らされ、誰もかれもが目を開けていられなくなる。ライダースーツで全身を覆っているユナイトでさえ、爆風でまきちらされた粉塵で視界不良となるほどに、壮絶な爆発だった。

 

「げほっ……これ死んでないっすよね⁉ 生きてるっすよね⁉ 」

「当たり前だ、最大限に加減はした。古城の眷獣の暴走込みでな」

「だから俺、こういう共闘は苦手なんだって……」

 

 レイナーレの生存を不安視する者、その不安を払拭しようとする者、やらかしたのではないかと不安になる者と、様々な反応を見せる面々。

 しばらくして、土煙が晴れる。

 そこにいたのは、ボロボロになって地面に横たわるレイナーレだった。

 それを目にしたドーナシークが慌てて駆け寄り、レイナーレの生死を確認する。

 

「………………息はしている、死んではいない」

「でも、これだけボロボロにしちゃったんすから、きっと目が覚めたらブチ切れっすよね」

「それでもいいよ。死んでいたらそれすら叶わないんだからさ」

 

 ミットルテの言葉に、GUMIはそう答える。

 ともかく、彼らの当初の目的は達せられた。あとは目覚めたレイナーレが正気を取り戻していればミッションはコンプリートだ。

 

「………………最後の最後で何いい感じに台詞取ってるんだお前」

「いやそうしないとわたし存在感マイナスになっちゃうからね⁉ 」

 

 一人の少女を救うための戦い。

 その最後は、なんとも気の抜けた幕引きだった。

 

 

 

 


 

 

 時間は、ユナイト達の加勢する直前に遡る。

 行江姉妹を救うべく、立ちはだかるリイラと交戦を始めた唯。

 これまで何度か相まみえた2人だが、実際のところ、池袋の時は力が出せずに逃げ惑うだけだったり、かと思えば完全な暴走状態にあったりと、イーブンの勝負は一度もできていない。そして今も、単純な人数差で言うならば全くイーブンな状態ではない。唯一人に対して、リイラとオリジオンと化した行江姉妹。1対3である。

 それに対して不平を言ったところでリイラは耳を貸すような奴ではないし、行江姉妹に関しては完全に理性を失ってるので言葉すら通じない。だから唯は、考えるのをやめていた。

 全員ぶっ倒して、行江姉妹を助ける。

 それこそが最適解だと、唯は知っている。

 

「邪魔ッ……するなあッ‼ 」

 

 唯は一歩前に踏み出すと同時に、握り拳を前に突き出した。

 つい先ほどデザイアモードと名付けたその力。これで何ができて、何処までやれるのかはいまだ未知数。ならばここは、流れに身を任せるしかない。人間、ある程度割り切りが肝心なのだ。

 

「えーっと、なんかすさまじいインパクトッ‼ 」

「ワ? 」

 

 拳を突き出しながら叫ぶ唯。

 それと同時に、凄まじい衝撃波が発生し、技名に困惑する素振りを見せたラーマオリジオンを宙に舞いあげる。

 本当ならばかっこいい必殺技名とかを叫びたかったが、残念なことに唯は馬鹿なので、即興でかっこいい技名を口にすることができなかった。残念!

 そして唯自身も、まさかパンチ一発でこんなことになるとは思わなかったので、自分の拳をまじまじと見つめながら困惑する。

 

「なんか出た……」

 

 が、そんな余裕はない。

 いつの間にか、リイラが唯の真上に飛来していた。

 

「いつからここはギャグ空間にでもなったのかしら、せっかくのディナーショーなんだから真面目にやってくれない? メインディッシュがそれじゃあ食欲も失せるってものよ」

「っ‼ 」

「さあ、下ごしらえの開始よ(おたのしみはこれからよ)

 

 ブオンッ!! と大きな音を立てて、リイラの背中の羽根が振動する。

 たったそれだけでいくつもの真空の刃が発生し、一斉に唯を切り刻まんと襲い掛かる。

 

「どうわああああああああっ⁉ 」

 

 唯は情けない声をあげながら真横に転がり、真空の刃を回避する。標的から外れたそれらは、唯の背後にあったフェンスをずたずたに切り裂いてゆく。

 その情けない姿を、リイラは空から嗤う。

 

「その姿はただのコスプレ? なら大したことないわね」

「言ってくれるなあ! 」

「口だけは達者なようだけど、わたし以外のこと忘れてない? 」

 

 リイラがそう言った直後、唯の鼻先をかすめる形で真横から炎の矢が飛んできた。

 それがシータオリジオン――行江飛鳥(ゆくえあすか)のものだということに唯が気づいたのと、シータオリジオンが飛び掛かってきたのは同時だった。

 

「ごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ⁉ 」

 

 奇声を上げながら上体を思いっきり逸らし、飛び掛かってきたシータオリジオンを素通りさせる。腰の骨がバキバキになるような回避手段を選んだことを軽く後悔しながら、唯は体勢を整える。

 

「いってえ……膝曲げるべきだったかも! 」

「だーかーらぁーっ、遊びでやってんじゃないのよォッ‼ 」

 

 唯のふざけた態度が気に食わないリイラは、再び羽根を強く振動させて真空の刃を飛ばす。

 

「同じ手は喰らわないっ‼ 」

 

 唯は威勢よく啖呵を切りながら、右腕を最大速度で降り抜く。

 すると、振りぬいた右腕から衝撃波が放たれ、リイラの真空の刃と正面衝突を起こし、対消滅する。

 

「………………ずるくない? 」

「私だって好きでやってるんじゃないんだいっ‼ そもそもなんで狙われてるのかわかんないんだよこっちは! 」

 

 唯は空を飛ぶリイラに向かってがむしゃらに腕を振るい、やたらめったらと衝撃波を飛ばしまくる。リイラはなんだか大変不服なようだが、唯は望んでこんな力を手に入れたわけではないし、そもそもなんでこんな芸当ができているのか理解できてすらいない。

 背中に生えた羽根を使って縫うように唯の衝撃波を躱し続けるリイラ。

 その顔には、着々と不機嫌オーラがたまり始めていた。

 

「あーなんだかイラつく。なんでメインディッシュの癖にここまで抵抗するかなあ‼ そこの奴隷姉妹、ちゃっちゃと屠殺しちゃって! 」

「ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ‼ 」

「ボフゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ‼ 」

 

 面倒くさくなってきたリイラは、地上のラーマオリジオンとシータオリジオンに命じて唯を攻撃させる。

 まず先陣を切ったのはシータオリジオン。炎の弓を連射して唯の衝撃波を相殺しながら、彼女は突撃してくる。

 

「飛鳥ちゃん………………」

「オネエサンシネッ‼ 」

 

 そしてそのまま無駄にごつごつした弓で殴りかかってくるが、唯はそれを片手で掴んで受け止める。

 痛みは感じなかった。

 

「コロシテヤルウウウウウウウッ‼ 」

 

 そのままシータオリジオンの攻撃を押し返そうとする唯だが、そうする暇もなく、シータオリジオンの背後から槍を構えたラーマオリジオンが飛び掛かってくる。

 

「ッ‼ 」

 

 唯は咄嗟にシータオリジオンを突き飛ばしながら一歩下がると、眼前に槍を振り下ろしてきたラーマオリジオンの鼻頭を思いっきりぶん殴った。肉の焼けるような音と熱さが生じるが、唯は歯を食いしばって必死にこらえる。

 

「2人ともっ……バルジなんかに操られてていいのっ⁉ 全てを奪った相手に従って使い潰される、そんな終わり方でいいの⁉ 」 

「ダアアアアアアアアアアアアッ‼ 」

「ドオオオオオオオオオオオオッ‼ 」

 

 唯の呼びかけに対して返ってくるのは、自我持ち性もない雄たけびのみ。こうなれば力づくでも正気に戻すしか方法がない。

 意を決した唯は、身を屈めてラーマオリジオンの槍の薙ぎ払いを避けると、足払いで彼女を転倒させ、ついでに槍を奪い取る。

 そして、その槍でラーマオリジオンを刺突する。

 

「ヴォウッ⁉ 」

「たあっ‼ 」

 

 唯のパワーが強すぎたのか、はたまたラーマオリジオンが頑丈だったのかは定かではないが、ラーマオリジオンを突いた槍は一突き分の働きを終えると、そのままバキンッ、と折れてしまった。

 間髪入れずにシータオリジオンが炎の矢を放ってくるが、唯は回し蹴りで風圧を引き起こして炎の矢を鎮火してしまう。若者の人間離れここに極まれり、だ。

 

「いい加減に……目を覚ませえええええええええええええええええええっ‼ 」

「ドメラァッ⁉ 」

 

 唯はそのまま身体を反対方向に捻り、逆回転の回し蹴りをシータオリジオンにぶちこんで吹っ飛ばす。

 脇腹辺りに蹴りが命中したシータオリジオンは、その小さい体躯を九の字に折り曲げながら吹っ飛び、地面をゴロゴロと転がってゆく。

 続いて薙刀を持ったラーマオリジオンが突撃してくるが、唯は折れた槍の残骸を投擲してラーマオリジオンの薙刀を弾き飛ばすと、そのまま目にもとまらぬ速度の膝蹴りをラーマオリジオンの胸に突き刺した。

 あまりにも速いその一撃は、ラーマオリジオンの胸を穿つだけにとどまらず、真空の刃をも生み出し、周囲にまき散らしてゆく。

 それは周囲の遊具や木々、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を纏めてズタズタに切り裂いてゆく。

 

「これが私のっ、デザイアモードになった諸星唯サマの実力よぉおおおおおおおおおおおおおおっ! 」

 

 ダンッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! と勢いよく足を地面におろしながら叫ぶ唯。その顔は既に、一人のヒーローの風格を漂わせていた。

 オリジオン達は大ダメージを受けた上に触手は全滅。そんな状況に追い込まれたリイラは当然ながら不機嫌そうな顔になる。

 

「………………使えないヤツ」

「へっ、」

「でも、今の一撃は悪手だったと思うわよ」

「? 」

 

 リイラが指さす先。

 そこには――

 

 

 


 

 

 

 

「あーあーあーあーッ‼ こんなになるまでやられちゃってさぁ‼ 折角俺様が色々といじくってやったってのに、なんでここまで惨敗しちゃうかなぁあああああああああああああああああ⁈ 」

「なんっ………………だ⁉ 」

 

 ラーマオリジオンとシータオリジオンが吹っ飛んだ先では、リュウガ(灰司)エボルトオリジオン・フェーズ2(バルジ)が激戦を繰り広げていた。

 互いに激しく損耗した中、両者の間に滑り込むようにして吹っ飛んできたオリジオン達を目にしたエボルトオリジオンは、凄まじくハイテンションな罵声を彼女達に浴びせる。

 が、次の瞬間。

 エボルトオリジオンはにっこりと笑いながら、倒れているラーマオリジオンとシータオリジオンの額に手を当てる。

 

「だけど、俺様は優しいからね。こうなったら、()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()

「お前……何をする気だ⁉ 」

《ADVENT》

 

 エボルトオリジオンが何かをする前に止めるべく、リュウガはドラグブラッカーを呼び寄せて攻撃を仕掛けようとする。

 しかし、一歩遅かった。

 

「――フェーズ3・吸収」

 

 瞬間、エボルトオリジオンの両腕が著しく肥大し、ラーマオリジオンとシータオリジオンの身体を瞬く間に呑み込んでいってしまった。

 両腕から始まった体組織の肥大はあっという間にエボルトオリジオンの全身に行き渡り、彼の身体はすさまじい速度で変化してゆく。

 全身から漆黒の炎を噴き出し、背中にはドラゴンの翼のような器官が生成される。極めつけに両肩には、苦悶の表情を浮かべたラーマオリジオンとシータオリジオンの頭部が生えてしまっていた。

 エボルトオリジオン・フェーズ3。

 全てを食いものにしてしまう最低最悪の厄災は、またしても進化を果たしてしまった。

 

「さ、かかってこいよ」

 

 得意げに挑発するエボルトオリジオン。

 常人ならば、既に心が折れていたかもしれない。しかしリュウガ――灰司は折れない。復讐しか残されていない彼には、折れるという選択肢ははじめから持ち合わせてはいないのだ。

 

「関係ねえよっ………………テメエがいくら進化しようが関係ねえ! 俺の手で殺してやる! 」

「だから無理だっつってんだろォがッ‼ 」

 

 いくつもの激突が繰り広げられた今宵の決戦も、終幕を迎え始めていた。

 これが最後の激突。

 

 

 最終戦が、はじまる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




結構難産だったけど、なんとか予定通りに進められました。
いやー無駄にバトル増えるような展開書いた昔の自分を呪うしかねえ!

次回で多分決着つくんじゃないかな!



次回 因縁決着~requiem for the Avenger~


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第49話 因縁決着~requiem for the Avenger~

第49話です。
まだまだ悪あがきしてきやがります。




夏アニメ溜めまくってたらいつの間にか10月です。えぐいわぁ!


 

 ラーマオリジオンとシータオリジオンを吸収し、フェーズ3にまで到達したエボルトオリジオン。

 その進化は、アクロス達も目にしていた。

 

「なん………………だと」

「飛鳥ちゃん達を取り込んだ………………⁉ 」

 

 各々の戦いを終え、今宵の動乱の始発点である児童公園に戻ってきたアクロス達は、その光景を前に絶望していた。

 救うべき相手である行江姉妹を吸収したどころか、更なる進化を果たしてしまったエボルトオリジオンを前に、勝利のビジョンがまるで見えない。どうやったらこの厄災を止めることができるというのだろうか。

 ますます人間からかけ離れた姿となったエボルトオリジオンは、半狂乱になりながら叫び散らす。

 

「俺様は天才だァ! この俺様が負けるはずがないっ‼ この世界は余すべく俺様の玩具になってりゃあいいんだよォ‼ 」

 

 エボルトオリジオン――バルジは叫ぶ。

 全てを見下し続けてきた彼にとって、灰司を瞬殺できずにここまでの激戦を繰り広げる羽目になっていること自体が、耐えがたいほどに不快だった。そのストレスと戦闘によるダメージで、バルジの冷静さは失われようとしている。それは誰の目から見ても明らかだった。

 リュウガ――灰司は、叫び散らすエボルトオリジオンを前に、冷静に剣を構える。

 因縁に終止符を打つために。

 

「テメエのクソみてえな持論は聞き飽きたんだよ、とっとと死ねっ‼ 」

 

 剣を構え、突撃する。

 が、

 

「――ガハッ⁉ 」

 

 突如として、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 灰司が吐血したのだ。

 

「………………え? 」

 

 突然動きを止めたリュウガを目にしたアクロス達が困惑する。

 そこから数秒ほど遅れて、リュウガの手から剣が零れ落ち、同時に膝をつきながらリュウガの変身が解除された。

 露になった灰司の顔は、不自然なまでに青ざめていた。全身がガタガタと震え、目や口からはおびただしい量の流血が生じている。それは戦いで負傷しただとか古傷が開いただとか、そう言った類のものではない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 アクロスがそう思った直後、エボルトオリジオンが口を開いた。

 

「なあ、知ってるか? 転生者がひとつしか転生特典を持たない理由を」

「なんだ……いきなり………………? 」

 

 突然、わけわからないことを言い始めたエボルトオリジオンに、誰もが困惑する。

 だがエボルトオリジオンは周囲の反応に全く意を介すことなく、ベラベラと頼んでもいない説明を始める。

 

「転生特典ってのは、平たく言うと"扱う資格のない力を無理矢理使うためのチート"なんだよ。大抵の力ってのは、持つべき人間、振るう資格を持つ者が世界に定められている。俺様達が転生者に与えてる特典ってのはな、その摂理を捻じ曲げて力を行使させているんだ。そんな力を複数も持ってみろ。ひとつならまだ耐えられるだろうが、ふたつ、みっつ……数が増えれば、いずれお前の身体は耐えられなくなる」

「………………何を言ってるんだ? 」

「積載オーバーだって言ってんだよ。サイガ・ソーサラー・ダークゴースト・リュウガ・メタルビルド・デモンズ………………よくもまあそんだけのライダーの力を行使できたもんだ。大方、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、限界が来ちまったってわけだ」

「………………………………………………そう、なのか? 」

 

 ユナイトの変身を解いた裁場が、灰司に駆け寄りながら問いかける。

 灰司は沈黙を貫く。

 

「まさか………………そうなのか? 無束灰司、君はこれを知っていたから……自分の身体が長くは持たないと知っていたから、復讐にこだわっていた………………⁉ そうなんだな⁉ 」

「だったらどうした……言ったはずだ、俺には復讐(コレ)しかないってなァ……‼ 」

 

 灰司はそう吐き捨てると、裁場を突き飛ばしながらよろよろと立ち上がる。

 その顔は、生気が微塵も感じられないほどに青ざめており、目は異様なまでに充血し、耳からは断続的に血が噴き出して彼の白い髪を赤く染めている。それほどまでに傷つきながらも、灰司は立ち上がる。復讐を果たすべく、目の前の怨敵に挑もうとする。

 転生者達を倒す力を得るべく大量のダークライダーの力を獲得した灰司だが、その強大過ぎる力は、着実に灰司の身体を蝕んでいた。なんせ彼が変身するライダーというのは、怪人にしか変身できなかったり寿命を代償としてきたりと、どいつもこいつも危険極まりないモノばかりなのだ。そんな力を無理矢理扱おうとするのだから、その負担は尋常ではない。

 だが、灰司はそれでも構わなかった。復讐を遂げられるのならば、その後がどうなろうが知ったことではない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()。 

 

「来いッ、ダークキバットっ‼ 」

 

 灰司は天高く右手を掲げ、口から血を溢しながら叫ぶ。

 すると、何処からともなく黒い蝙蝠――ダークキバットが飛来し、灰司の手に噛みつく。

 

《ガブリッ》

「変し――」

「させるかよバーカッ‼ 」

 

 が、エボルトオリジオンはすかさず手のひらから光線を発射し、狙い撃ちでダークキバットを破壊してしまった。

 一撃で木っ端微塵になったダークキバットの欠片が周囲に飛び散り、灰司のボロボロの身体を吹っ飛ばしてゆく。

 

「があああああああああああああっ⁉ 」

「灰司ッ⁉ 」

 

 アクロスが反応するよりも早く、エボルトオリジオンは灰司の前に移動すると、そのまま彼の首をつかみ上げて絞め始める。

 

「がっ………………ぐお………………⁉ 」

「何ともまあ……つまらない幕引きだな。さんざんデカい口叩いた結果がこれかよ、マジ白けるわ」

「このっ……灰司を離せッ! 」

 

 首を絞められる灰司を黙って見てられなくなったアクロスが、咄嗟に助けに入ろうとするが、エボルトオリジオンは光線を放ってアクロスを牽制する。

 

「ヒーローってのはほんと空気読めねーんだな。邪魔すんじゃねーよカス」

「するに決まってるだろ……黙って見ているわけにはいかねーだろ……それが仮面ライダーだっ‼ 」

「だから邪魔するなって言ってんだろーが頭(わり)いのか脳味噌空っぽなのかあ˝あ⁉ 」

「がばっ………………⁉ 」

 

 牽制してもなおも介入しようとしたアクロスを鬱陶しく思ったエボルトオリジオンは、アクロスを思いきり殴り飛ばして変身解除に追い込む。

 アクロスの変身が解けた瞬は、まるで投げられたボールのように、勢いよく地面をごろごろと転がってゆく。

 

「ギャラリーが邪魔だな………………いっちょ全員吹っ飛ばしてやるか。ふんっ! 」

 

 そして、アクロス以外も鬱陶しく感じたエボルトオリジオンは、軽く全身に力を籠める。

 すると、エボルトオリジオンの身体からどす黒い衝撃波のようなものが周囲に向かって解き放たれ、裁場達を容赦なく襲った。

 古城も雪菜も堕天使達もGUMIも裁場も、衝撃波をモロにくらった面々は、声を発する暇もなくその意識を途絶させる。唯一、殴り倒されて衝撃波が直撃しなかった瞬だけが、辛うじて意識を保って地面に這いつくばっていた。

 敵も味方もほとんどが倒れ伏した中、エボルトオリジオンは灰司の首を絞めながら、倒れ伏した面々を罵倒する。

 

「弱い弱い弱い弱いッ‼ まさかこんな雑魚共にレイラもガングニールも負けたってのかよ⁉ あーあ、マジで失敗作だな! 」

「っ………………さっきから好き放題言いやがって‼ 」

「あ、お前まだ動けんの? 何その生命力気持ち悪っ、前世ゴキブリか何かだったりすんの? 」

 

 立ち上がろうとする瞬に露骨に嫌悪感を示すエボルトオリジオン。怪人体であるが故に表情が読み取りづらいが、きっとすさまじく下劣な表情をしているのだろう。

 瞬は立ち上がって灰司を助けようとするが、先ほどの衝撃波の余波を受けたせいか、身体がしびれて十分に力が入らず、立っているのが精いっぱいだ。

 と、その時。

 首を絞められていた灰司が声を発した。

 

「ほざい………………てろ」

「あ? 」

「俺はまだ負けてねえぞっ……勝ち誇った気になりやがって……! 」

「だーかーらぁーっ、もうお前は負けてんの! つーか俺様に勝とうと思った時点で身の程知らずだよ。首絞めてるんだからさっさと汚物まき散らして死ねよ。それともなんだ、首引きちぎった方がいい? 」

 

 灰司は自らを絞め殺そうとしているエボルトオリジオンの腕を掴むと、引き剥がそうともがく。しかし、ダークライダーの力の負荷と戦闘で負った傷、そして首を絞められていることによる酸欠でまともに力が入らない。

 今もなお、エボルトオリジオンの首を絞める力は強くなっている。このままでは窒息死の前に首が潰れそうだ。

 ミシミシと危険な音を発する灰司の首。しかし、灰司にも瞬にも、どうすることができない。

 圧倒的なまでのデッドエンド――のはずだった。

 

「………………は? 」

 

 その異変は、突然だった。

 灰司の首を握りつぶす勢いで絞めていたエボルトオリジオンだったが、ふいに、何かが身体の中に入ってくるかのような感覚をおぼえ、その手を緩める。

 エボルトオリジオンの手が緩んだことで、絞殺寸前だった灰司はその場に投げ出され、激しく咳き込む。灰司の首元は、尋常じゃない力で首を絞められ続けたことにより、首の皮膚が擦り切れて激しく出血しており、見るに堪えない程に赤くなっていた。

 

「げほっ………………げほっ………………⁉ 」

「灰司⁉ 」

「………………なに、しやがった? 」

 

 ドクンと、エボルトオリジオンの頭が胎動する。 

 灰司に駆け寄る瞬の存在が全く気にならなくなるレベルで、エボルトオリジオンは自身の真後ろに注目していた。

 オリジオン態の変身を解除しながら、バルジは後ろを振り向く。

 先程から身体の様子がおかしい。原因不明の耐えがたい吐き気と眩暈が全身を襲っており、気を抜くとその場に倒れてしまいそうになる。まるで酷い風邪でも引いたかのような気分だ。

 

「………………何をしやがったっていってんだよ」

「………………」

 

 ゆっくりとバルジが振り返った先には。

 酷く冷たいまなざしを向けるレドの姿があった。

 

 

 


 

 

 エボルトオリジオンの放った衝撃波は、当然ながら公園の端に居た唯とリイラにも平等に襲い掛かっていた。

 直撃すればたちまちに意識が途絶するのは確実。

 ――のはずだった。

 

「はあっ‼ 」

「そーれっ☆ 」

 

 衝撃波が到達すると同時に、唯とリイラは衝撃波に向かって片腕を突き出す。

 すると、2人に牙を剥こうとしていたどす黒い衝撃波が、いともあっけなく霧散してしまった。もちろん、2人には全くダメージはない。

 

「へー、思ってた以上に順調に覚醒していってるのね。僥倖僥倖(ぎょうこうぎょうこう)

「いやー、適当に腕突き出してみたらできちゃった……私だんだんと化け物になっていってない? 」

 

 リイラから感嘆の声を浴びせられながら、衝撃波にむかって突き出した腕を見つめる唯。その額には、冷や汗のようなものが浮かんでいる。

 願能装着(デザイアモード)。便宜上そう名付けたその力がいったいどれほどのものなのかを、唯はいまだに把握できていない。腕を振るうだけで真空の刃を飛ばせたり頑丈なバリアを張れたりと、もうめちゃくちゃだ。おまけにリイラの口振りからして、これ以上の"先"がある模様。

 

(どこまで……()()()()()()()()()()()()……⁉ )

 

 限界の分からない力。それを振るうことが酷く恐ろしい。

 これまで対峙してきた転生者達は、どいつもこいつも強大な力を嬉々として振るっていたように見えた。

 だが唯は、彼らのようにはなれない。

 彼らのように、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「………………」

「いつまで自分の手のひらとにらめっこしているつもり? そんなに死にたいなら死ねば? 」

「‼ 」

 

 が、唯には考えている場合はない。

 リイラが苛立ち気味に放った真空刃が、唯を切り刻まんと迫りくる。

 

「その手はもう喰らわないッ‼ 」

 

 唯は腕を振るって衝撃波を生み出すと、リイラの衝撃波と相殺させる。

 それを見たリイラは舌打ちをしながら、発生した土ぼこりと突風を真正面から突っ込んで唯に肉薄しようとする。

 

「料理の癖に抵抗しないでよ、踊り食いは趣味じゃないってのに」

「そもそも食人の時点で十分趣味悪いよッ‼ 」

「いーけないんだー、他人の趣味にケチつけるなんて駄目なんだーっ‼ 」

「どわわわわわわわわあっ⁉ 」

 

 中々倒れない唯に苛立ちを隠せなくなってきているリイラは、先の鋭い触手を何本も背中から伸ばし、唯に突き刺そうとする。が、それすらも唯に危なげなく避けられ、余計にフラストレーションをためる結果となる。

 地面から突き出した触手は唯にパンチ一発で粉砕され、羽根から飛ばした真空刃は相殺され、先ほどからリイラの攻撃は何一つ通っていない。しかし、唯のほうもまた、攻撃を受け流す以上の行動に踏み切ることができない。

 完全なる千日手。

 両者の戦いを一言で表すならば、それが一番ふさわしいだろう。

 

「面白くない……っ、ついこの間覚醒したばっかりの癖にちょこまかと逃げちゃってさぁ……! ほんと面白くないんだけどッ‼ 」

「こっちは貴女の相手をしている場合じゃないっての‼ 早くバルジの野郎をぶっ倒して飛鳥ちゃん達を助けるんだ‼ 」

「っ………………! 」

 

 唯のパンチで十数本目の触手が破壊され、その破片がリイラの頬に付着する。

 その瞬間、リイラの中で何かのスイッチが切れた。

 

「………………もう帰る」

「えっ⁉ 」

 

 唐突にリイラはそう言うと、攻撃の手を止める。

 唯に迫りつつあった触手は一斉に萎びてその場にへたり込むと、茶色く変色して崩れ始める。そしてリイラは唯に背を向けると、何処かへと飛び去ってしまった。唯の言葉すら完全に無視して、リイラの姿が夜空へと消えてゆく。

 唯は呆気にとられたような顔をして、枯れゆく触手の群れの中からそれを見つめていた。

 

「逃げ……いや、あれは多分……飽きた……のかな? 」

 

 唯はそう呟きながら、去り行くリイラの背中を見つめる。

 今のリイラの撤退には何か作戦があったとか、戦いを辞めざるを得ない事情があったとか、そういう類のものは一切ない。唯でもそれは容易に理解できた。

 彼女は飽きたのだ。いや、見下していた唯からの予想以上の反撃を受け、興がそがれたと言うべきか。ともかく、リイラの気まぐれによって唯は生き延びた。

 しかし、それを喜んでいる場合ではない。

 

「っ、こうしている場合じゃない! 行かないとッ‼ 」

 

 まだ最大の敵(バルジ)が残っている。

 唯は即座に踵を返すと、未だ健在のバルジの元へ、そして彼と戦っている仲間たちの元へと走り出した。

 

 

 


 

 

 そして、場面は戻る。

 

「レド、お前……何をしたんだ……⁉ 」

 

 いつの間にかバルジの背後に立っていたレド。

 瞬は、何がどうなっているのか理解できなかった。

 同じギフトメイカーであるはずの両者が、まるで敵対しているかのような雰囲気になっているのだから当然だろう。

 

「おい、お前何を……いや、()()()()()⁉ 」

 

 柄にもなく取り乱すバルジに、レドは冷ややかな目を向け続ける。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「落とし物……だと? 」

「ああ。お前が池袋で転生者狩りに負けて落としたイガリマのDISC。そいつを再びお前の体内にぶち込んだんだ」

 

 瞬にはレドの言っている内容が理解できなかったが、バルジの驚いたような表情を見る辺り、それはおそらく彼にとってはマズいことなのだろう。

 バルジはどこか焦ったような様子でレドに掴みかかる。そこに、先ほどまで満ちあふれていた余裕は微塵も感じられない。

 

「ふざけるんじゃねえぞ………………お前、何をしたのかわかってんのか⁉ 」

「わかってるに決まってるだろ。それでも僕はこうするよ。バルジ、お前の悪趣味っぷりに付き合わされるのはうんざりだ。だからこうした」

「ふざ……けんじゃねえ………………っ‼ ふざけんじゃねえぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ‼ 」

 

 予想だにしなかった仲間の裏切りに、バルジは我を忘れて激昂する。そうして怒りのままにレドを殴りつけようと手を伸ばしたその時だった。

 ブクブクブクブクッ‼ と、バルジの右腕の表皮が、まるで水面のように泡を生み出し始めた。

 

「………………あ」

 

 バルジが声をあげた時だった。

 ボゴボゴボゴボゴっ‼ と。激しい音を立てながらバルジの身体が膨張しはじめた。

 気泡を発生させていた右腕を起点に、バルジの細い身体がみるみるうちに膨れ上がってゆく。

 風船に空気を入れて膨らませているとか、そんな生易しい比喩ではとてもではないが表現できないほどの悍ましい速度で、バルジの身体は膨張し、人間としての形を喪失してゆく。

 瞬も唯も、いつの間にか意識を取り戻していた裁場も古城も雪菜も、その場にいた全員が動きを止め、その悍ましさに釘付けとなっていた。

 

「不おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!! 」

「ぐうっ………………⁉ 煩っ……! 」

 

 肉の塊と化したバルジから発せられる雄たけびは、アクロス達の全身をくまなく揺さぶり、周囲の建物の窓ガラスを根こそぎ破壊してゆく。

 ただ一人、これを引き起こしたレドだけが、この異変の渦中で満面の笑みを浮かべていた。

 

「なっ……これは一体っ……⁉ 」

「見ろよ仮面ライダー! これが転生特典のオーバードーズってやつだッ‼ 」

「それってバルジがさっき言ってた……まさか⁉ 」

 

 レドの言葉を聞いた瞬は、先ほどのバルジの言葉を思い返す。

 そう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 先程嬉々としてバルジが説明していた現象が、今まさに彼の身に起こっていた。

 

「お前、仲間じゃなかったのかよっ⁉ 」

「いくら同僚といっても限度ってもんがあるんだっての。聞きたくもないスプラッタートークを聞かされ、見たくもないしやりたくもない殺戮劇に付き合わされ……ホント、人の心が分からない奴とか味方にはいらないんだよね」

 

 レドが愚痴交じりに弁明している今も、彼の背後ではバルジだった肉塊が膨張を続けている。

 そしてそれは、血や脂を噴き出しながら瞬達の方へとゆっくりと近づき始める。まるで何かを求めるかのように、ブクブクに膨れ上がって原型を失った腕(?)を伸ばしてくる。

 その先には、満身創痍で動くこともままならない灰司。

 意識が飛んでいたせいで状況が理解できていない古城達だったが、それでもマズいということだけは分かっていた。

 

「なんかやばいって……おい、これ何とかした方がいいんじゃっ⁉ 」

「無束灰司っ‼ 早くそこから逃げるんだっ! 何かマズいことになっ……! 」

 

 必死に灰司に呼びかける裁場だが、ふいに彼の傷口が痛み出し、その声が途切れる。本当ならば助けに行きたいが、バルジの衝撃波をモロにくらったダメージが大きすぎて、裁場自身もその場から動けない。

 今動けるのは瞬と唯だけ。

 しかし、瞬がアクロスに再度変身するだけの時間もなければ、リイラとの戦いを終えて駆け付けようとしている唯も間に合わない。何もかもが灰司を助けるに至れない。致命的なまでに、駄目だった。

 そして。

 

「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ⁉ 」

「っ………………⁉ 」

 

 ボグンッ‼ と。

 大きく脈打つ肉塊が、灰司の前面を包み込んでしまった。

 

「灰司っ‼ 灰司ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ‼ 」

 

 瞬が必死に声を張り上げながら肉塊にしがみつこうとするが、肉塊の随所から勢いよく噴き出す体液に阻まれ、肉塊にたどり着けない。

 必死に足掻く瞬の前で、辛うじて見えていた灰司の背中が徐々に脈打つ肉に呑まれて見えなくなってゆく。

 

「くそっ‼ おい灰司ッ‼ 大丈夫なのかよッ‼ おいっ! 」

 

 瞬の声に返答はない。

 無束灰司は完全に、肉塊に呑まれてしまっていた。

 

 


 

 

 

「………………ここは? 」

 

 無束灰司が目を覚ますと、辺り一面が脈打つ血肉に覆われていた。

 地面はブヨブヨと不快な踏み心地だし、壁や床のあちこちから体液らしきものが噴き出している。そしてなにより生臭い。不快で仕方ない。

 傷だらけの身体を無理矢理動かして前進する。

 理由は分からないが、そうしなければならないという強い確信があった。

 

「………………やっぱり、か」

 

 数メートルほど前に進んだところで、灰司はそう呟いた。

 彼の目の前には、胸から下が肉壁に埋まった男――バルジがいた。

 

「テメエ……わざわざここまで来たってのか……? ヒーローってのは相当な死にたがりらしいな」

「お前が俺を取り込んだからここに来れたんだ。わざわざ呼んでくれてありがとな、クソ野郎」

 

 この期に及んでもなお神経を逆撫でするような言動をやめないバルジだが、その顔は憔悴しきっている。転生特典の多重投与(オーバードーズ)による暴走が、彼の身体を今もなお弱らせ続けているのだ。

 その様子を見て、灰司は確信した。

 ――今ならば、殺せる。

 長きにわたる因縁に蹴りをつけることができる。

 しかし、その前にやらなければならないことがある。

 

「………………いつまでこっち見てやがんだお前ら、鬱陶しいんだよ」

「………………あなたは? 」

「灰司、さん? 」

 

 灰司が見上げた先には、バルジと同じように壁に埋め込まれたとある少女たちの姿があった。

 行江飛鳥と行江薫。バルジに人生を狂わされた純然たる被害者たちが、そこにいた。

 彼女達は、まるで一身に救いを求めるかのような目付きで灰司を見つめてくる。灰司はそれを、酷く煩わしく感じていた。

 

「おねがい、します。たすけて、ください………………わたしたちを、たすけて……ください」

「………………」

 

 弱弱しく助けを懇願する飛鳥の声を、灰司は無言で聞いていた。

 ――灰司の答えは、決まっていた。

 

「ドウラァッ‼ 」

 

 灰司は持てる力を振り絞って、バルジ達の埋まっている壁を殴りつけた。

 ブヨンとした不快な弾力が、拳伝に灰司に伝わってくる。酷く不愉快だったが、それを掻き消すかのように、灰司は力と声を振り絞って拳を肉壁に押し当てる。

 すると。

 ボゴボゴボゴボゴッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! と一面の肉壁が激しく振動したかと思えば、激しく煙を噴き出しながらドロドロに溶け始めた。

 

「あああああああああああああっ⁉ 」

「おおおおおおおおおおおッ⁉ 」

 

 ドロドロに溶けた肉壁の濁流に流されながら、飛鳥と薫が肉の床まで落ちてくる。彼女達を縛る肉塊はもう存在せず、完全に自由を取り戻していた。

 そして彼女達が解放されたということは勿論、バルジも自由を取り戻している。ドロドロに溶けた肉塊から這いずり上がるかのように、バルジが姿を現す。しかし、バルジは見るからに消耗しきっていた。おそらく立っているのもやっとなほどなのだろう。

 

「灰司さん……」

「うるせえ、黙ってろ」

 

 灰司は飛鳥に冷たくそう言い放つと、行江姉妹の身体を掴んで近くの壁に強く押し当てた。

 ぎゅうぎゅうと肉壁に押し込まれた飛鳥と薫は、何が起きているのかわからないといったような顔で灰司のことを見つめている。

 その身体は徐々に肉塊に沈み込み始めている。しかし、それは2人をここから出すためのもの。灰司は2人に肉壁を通り抜けさせようとしているのだ。

 

「な、なにを………………⁉ 」

観客(ギャラリー)がいたんじゃおちおち復讐に集中できやしねえ。だからテメエらをここから出す」

「出すって……じゃあ灰司さんは⁉ 」

「俺は………………あのクソ野郎を殺す。その後のことは知らねえ。だが、きっとお前らは助かる。あの馬鹿みてえにまっすぐなヒーローが、お前らを助けるだろうさ」

「そん――」

 

 飛鳥の声が途切れる。

 行江姉妹の全身が肉塊に埋もれたのだ。後には、脈打つ肉壁だけが残されている。

 後のことはアクロスに任せる。血で汚れ切った自分には、誰かを助けるなんて真似はできないし、その資格もない。

 それに、命を投げうってでも復讐を成し遂げようとしている者からすれば、傍から見ている第三者は邪魔でしかない。誰もいない方がかえってやりやすい。これまでのAMOREとしての仕事でも、それは同じだった。

 

「さて、と」

 

 ゆっくりと、灰司は振り返る。

 振り返った先には、肉塊の中でふらふらと佇んでいる怨敵(バルジ)の姿。

 これで邪魔者はいなくなった。

 心置きなく、バルジを殺せる。

 

「ようやく――この時が来たな」

 

 数多もの命を奪い続けてきた人の姿をした厄災・バルジ。

 彼に向けられていた復讐の刃は、すぐそこまで来ていた。

 灰司はふらつく足取りで、立つだけで精一杯でまともに動けないバルジに近づいてゆく。

 彼もまた、戦いの傷と転生特典の多重投与(オーバードーズ)による副作用で全身ボロボロだった。視界は(かす)み、身体が内側から裂けるような痛みが絶え間なく襲い、自分の発した言葉すら半分ほど聞き取れていない。

 だが、ここまで来た。

 この復讐の刃を届かせる寸前まで来ることができた。それだけが、たまらないほどに嬉しかった。 

 

「最期に訊くぞ」

「………………あ? 」

「今まで奪った命に何か言うことあんだろ」

 

 バルジにとって、その問いかけはするだけ無意味であることは分かっていた。ただ灰司は、殺す前にな訊いてみたかった。

 灰司に胸倉を掴まれたバルジは血混じりに咳き込むと、いつも通りの下品な笑みを浮かべて灰司の問いかけに答える。

 

「まさかとは思うけどよォ……俺様に謝罪求めてんの? はっ、一体全体俺様のどこがどう悪かったってんだ? 死んだアイツらは全員俺様の遊びに耐えうる玩具じゃなかった。ただそれだけの話だろ? 」

「………………」

 

 あまりにも予想通りな返答に、灰司は思わず笑みを浮かべてしまった。

 コイツとこれ以上話しても何にもならない。わかりきっていた筈なのに、それをこの期に至っても確かめようとする自分の馬鹿真面目さ加減にも、笑わずにはいられなかった。

 

「わかったよ――これでお前を全力でぶっ殺せる」

 

 ――ああ、今日はなんて幸せな日なんだろうか。

 これほどまでに笑えたのは一体いつぶりくらいか。

 血と傷に塗れた顔に引きつったような笑みを浮かべながら、灰司は拳を振り上げる。

 そして。

 

 

 ――厄災(バルジ)に、鉄槌が下された。

 

 

 

 




次回 第一章最終回です。


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第50話 復讐の果て、或いは序章の終わり

第1章最終話です。
ここまで長きにわたって本作にお付き合いいただきまして、誠にありがとうございました。




 

 

 

 それは決定的だった。

 一人の復讐者の放った拳は、鈍い音を立てながらバルジの鼻頭に直撃した。

 

「ふがっ………………」

 

 転生特典の多重投与(オーバードーズ)をもろに受けてまともに体を動かせないバルジに、灰司の憎しみ全開の拳を避けるすべはなかった。鼻血を噴き散らしながら、立っているのもやっとだったバルジの身体が大きく揺れる。

 だが、この程度で灰司の復讐心が満たされるわけがなかった。

 

「がああああああああああああああああああああああああああああああっ‼ 」

 

 顔面を殴られて大きくふらついたバルジの左膝に、踏みつけるような灰司の蹴りが直撃した。

 ベキョリッ!!!! と、嫌な音を立ててバルジの膝が逆方向に折れ曲がる。片足を失い、やじろべえのように体をふらふらとさせることしかできなくなったバルジに、さらなる追撃がやってくる。

 

「これは■■■■の分だっ‼ 」

 

 片足を折られて肉塊の床に倒れたバルジに馬乗りになった灰司は、血塗れの拳でバルジを殴りつける。

 当然ながら、まだまだ灰司は手を緩めない。

 

「これは■■■の分っ‼ これは親父のッ、これは母さんのッ!! 」

 

 ベグシャッ!!!! ボグッ!!!! バギョッ!!!! と。

 灰司は勘定に任せてバルジの肩の骨をへし折り、肋骨を粉砕し、内臓を押しつぶす。とてもじゃないが常人に見せられた光景ではなかった。

 淡い好意を抱いていた幼馴染み。馬鹿みたいな青春を送っていた学友。やんちゃで手のかかる弟。自分と弟を育ててくれた両親。その全てを奪い去った目の前の(バルジ)に、怒りと憎しみの限りをぶつける。

 それを止める相手はいないし、おそらくその資格を持つ者もいない。もしいるとしたら、それはきっと底抜けの馬鹿かバルジと同等の悪党しかいないだろう。

 

「はァッ……ハァッ…………! 」

 

 幾ら殴ったか分からなくなるほどまで殴り終えた灰司は、血塗れの両手でバルジの胸倉を掴み上げる。

 

「へっ………………ばば………………」

 

 ありったけの怒りと憎しみをぶつけられたバルジは、もはや元の容貌が思い出せないレベルで変貌していた。顔面は陥没と腫れで見れたもんじゃないし、手足はすべて有り得ない方向にねじ曲がり、あちこちに内出血痕が確認される。

 そんなバルジの無様な姿を凝視しながら、灰司は拳を振り上げる。

 

「――二度と生まれてくるんじゃねえぞ、この人でなし」

 

 それが、灰司からバルジに向かってかけられた最後の言葉であった。

 まともな四肢を失った彼に、避ける術はなかった。

 灰司の生身の拳が、バルジの顔面に突き刺さる。

 ぼろきれのような有様だったバルジの身体が、背中から勢いよく肉塊の床にダイブする。肉塊にぶち当たったバルジの身体はサッカーボールのように元気よく跳ね上がり、何度も何度も地面をバウンドしてゆく。何回かそれを繰り返したのち、バルジの身体は、ジュザザザザザザザザザザザッ!!と派手な音を立ててようやく着地する。

 

「………………ああ」

 

 バルジは呻きながら手を伸ばす。その手は、手首から先がありえない方向に曲がり、指はまるでぐしゃぐしゃに丸められたティッシュのように骨から砕けていた。両足はべきべきに折れており、立つこともままならない。片目は潰れ、頭頂部からはだらだらと血と汗が混じった体液を垂らしている。

 常人ならば激痛で失神してするどころか、既に死んでいてもおかしくないのだが、そこは腐ってもギフトメイカーというべきか。いまだに自信の敗北を認められずに、灰司に向かって手を伸ばそうとしていた。

 ずるずると、死にかけた身体を引きずりながら、既に本来の機能を喪失した左手を伸ばす。灰司はそれを見ても何も言わない。

 

「………………お前、終わりだよ」

 

 虚ろな顔で虚空に手を伸ばしながら、掠れるような声でバルジはそう言った。

 

「お前はこれまで、俺様への復讐だけを生きがいにしてきた。その生きがいを、生きる意味を、お前はぶち壊したんだ。その意味、分かるよなぁ………………? 」

「………………」

 

 灰司は何も言わなかった。

 そう。

 灰司は全てを失ってから、その元凶であるバルジへの復讐のみを糧に生きてきた。

 しかし、復讐を完遂する以上、それはもはや灰司の原動力にはなりえない。後に残るのは、生きる理由を喪失した屍同然の命だけ。

 復讐を遂げた先に灰司を待ち受けるのは、裁場の危惧していた未来だ。

 

「楽しみだぜェ……俺様を打ち倒したクソ野郎の破滅がよぉ…………あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃァッ――」

 

 その呪詛が、彼の最後の言葉だった。

 バルジのギラついていた瞳から光が消える。ぐしゃぐしゃになった腕が力なく倒れ、開きっぱなしになった口からは体液が流れ出ている。

 死んだのだ。

 数多もの命と尊厳を凌辱し続けてきた悪魔が、ようやく滅びたのだ。

 

「………………ゴフッ」

 

 怨敵の死を見届けた灰司は、口から血を吐きながらその場に倒れる。

 彼もまた、限界が来ていた。

 

(ああクソ、身体が動かねえ……)

 

 核であるバルジが死んだことで、膨張と脈動を続けていた肉塊もまた力を失い、自壊をはじめていた。

 このままここにとどまっていれば間違いなく埋もれてしまうことになるが、もう灰司には身体を動かすだけの力が残されてはいない。

 だが、それでもよかった。

 元より復讐を終えた先のことなんて考えていなかった。もう灰司には帰りを待つ者も会いたいと願う者もいない。それらはすべてバルジに奪われているからだ。命一つが残っていたところで、その使い道がない。故に灰司は、危険極まりない転生特典の多重投与(オーバードーズ)を使用して復讐に挑んでいた。

 バルジの呪詛通りになるのだけは気に食わないが、どうせ彼は地獄行きだ。あの世が存在するとしても、きっと顔を合わせることはないだろう。

 

(待ってろよ――俺も今から、そっちに行く――)

 

 戦いの中で摩耗しきった懐かしき記憶達を思い浮かべながら、灰司は目を閉じる。

 そこに、上から肉塊が落ちてきて――

 

 

 


 

 

 時間は少し前に遡る。

 

「クソッ……どうすりゃいいんだよ……⁉ 」

「灰司………………」

 

 灰司を取り込んでなおも膨張を続ける肉塊(バルジ)を前に、残された瞬達は手をこまねいていた。

 体液を噴き出しながら不気味に脈打つそれを前に、ただ一人レドは笑い続ける。

 

「あはははははははははははははははははははははははははははははははははッ!!!! 無様だな無様だなァッ!!!! 悪趣味クソ野郎が見た目まで糞みてえになっちまいやがってよォ‼ マジで笑えるぜマレーシアンジョークゥッ!!!! 」

「所詮ギフトメイカー……仲間意識は皆無というわけか」

「他の奴らはともかく、バルジの奴なんかに仲間意識なんか持つだけ無駄だろ。あんなサイコ野郎、さっさといなくなってほしかったからせいせいするぜ」

 

 テンションを乱高下させながらそう吐き捨てるレド。

 私怨で仲間を蹴落とすようなチームワークの劣悪さもそうだが、組織のブレインであろうバルジを私怨で切り捨てるという愚行に走ったレドに、裁場は敵ながら呆れるしかなかった。

 そんな裁場の視線を感じ取って居心地が悪くなったのか、レドは懐からガムを取り出して口に含むと、くちゃくちゃと噛みながら、肉塊の前から立ち去ろうとする。

 

「じゃあ僕はこれで帰るぜ」

「待ちやがれっ‼ 」

 

 古城が咄嗟にレドを取り押さえようとするが、レドはすかさず自身の足元にジッパーを生成し、その中へと入り込む形で消えてしまった。

 

「くそっ……」

 

 レドの確保に失敗した古城が立ち上がる。

 異変が起きたのは、それと同時だった。

 それまで成長を続けていた肉塊が、急に動きを止めたのだ。児童公園の敷地を埋め尽くし、周囲の住宅へとその侵略を広げようとする寸前で、肉塊は動かなくなっていた。

 

「なん、だ? 」

「み、見て! 」

 

 怪訝そうな顔で動かなくなった肉塊を見つめる一同。

 直後、肉塊がその全身を細かく振動させ始める。断続的に体液を噴き出しながら、ぶるぶると震えるそれに、瞬達は思わず警戒態勢をとる。

 

「なんだ………………今度は何が起ころうとしているんだ⁉ 」

 

 そうこうしているうちにも、振動の激しさは増してゆく。

 それに伴って、肉塊に更なる変化が起きた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。一体いつからそれが出てきていたのかは定かではないが、それは振動と共に露出範囲を広げているように見える。

 

「サイズ的に………………え、もしかして」

「――まさかっ‼ 」

「おい逢瀬ッ、唯ッ‼ 」

 

 肉塊から飛び出した腕を目にしたことでひとつの可能性に至った瞬と唯は、裁場の静止を振り切って肉塊の元へと走り出した。先ほどは肉塊の膨張と体液噴出の激しさでロクに接近できなかったが、いまならいける。

 肉塊からあふれ出した体液と肉片に覆われた地面を駆け抜け、瞬と唯はそれぞれ肉塊から飛び出している腕を掴む。

 そして、その腕たちを思いっきり引っ張った。

 

 

「「うらあああああああああああああああああああああっ‼ 」」

 

 ベちゃぶちゅべちょっ、と不快極まりない音と共に、腕から先が露わとなる。

 その腕の先についていた胴体、下半身、そして顔。それを目にした瞬と唯の予想は、直ちに事実へと変わる。

 結論を言おう。

 腕の主は、瞬と唯の予想通り、バルジに取り込まれていた行江飛鳥と行江薫だった。

 

「飛鳥………………」

「生きてる、と思う。多分」

 

 唯はそう言いながら、飛鳥の傷だらけの身体に纏わりついている肉片を拭う。行江姉妹の意識はないようだが、呼吸はしているあたり死んではいないようだ。とにかく命は無事だったことに2人は安堵する。

 しかし、飛鳥を引きずりだしたというにもかかわらず、肉塊の振動は止まらない。

 否、激しくなっているだけではない。肉塊そのものが崩壊を始めているのだ。まるで中身を根こそぎ絞り出されているかのように随所から体液が噴き出し、振動のたびに表面の肉片が剥離して崩れていっている。肉塊の中で何があったのかは定かではないが、おそらく肉塊にとって致命的となる何かが起こったのだろう。

 

「瞬? 」

「………………」

 

 そんな中、瞬はある一点を見つめていた。

 それは、飛鳥を肉塊から引きずりだした後に残った穴だった。血や脂の混じった体液を噴き出しながら形を失いつつあるそれを、瞬は飛鳥を抱きかかえながら無言で見つめている。

 

「唯、ふたりを頼む」

 

 瞬は一言そう告げると、唯に飛鳥と薫を預け、肉塊に空いた穴に身体を突っ込んだ。

 

「ちょっと瞬ッ⁉ なにやってんのっ⁉ 」

「飛鳥やだけじゃないだろッ‼ まだ助けなきゃいけない奴がこの中にいるっ‼ 」

 

 そう。

 肉塊に取り込まれていたのは飛鳥だけではない。飛鳥と一緒に取り込まれた飛鳥の姉・薫、そして瞬達の目の前で肉塊に吸収された灰司。肉塊の中で何が起こったのかは不明だが、このまま崩れ去る肉塊の中に2人を放置し続けるのは良くないと、瞬は直感的に判断していた。

 耐え難い生臭さに顔をゆがませながら、瞬は肉塊の中を掻き分けてゆく。

 ぶよぶよとした地獄の中を掻き分けること十数秒、肉塊を掻き分けていた瞬の指先が何かに触れた。

 

「これだっ!! どらっしゃああああああああああっ!」

 

 残った力をすべて絞りきるかのように、瞬は雄たけびを上げながらその手を思いきり引っ張った。すると、ぶちゅぶちゅっと気色悪い音を立てながら、灰司の手首から先の肉体が顕となる。いくつもの肉片をウネウネと纏わりつかせながら、瞬に引っ張られる形で灰司が外気に晒される。

 べちゃりと音を立てて、灰司に纏わりついてた肉片が地面に落ちる。それは既に死んでいた。バルジの身体から生まれたそれらは、本体の死亡と共にその活動を次第に停止していき、まるで氷が解けるかのように消え始める。

 

「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――」

 

 灰司が引きずり出されると同時に、肉塊はけたたましい雄たけびを上げながら崩れ落ちてゆく。それにはもはや、まともな形を保てるだけの力はなかった。

 そうして、公園を占拠していた肉塊が、白い煙を立てながら溶けてなくなった後。

 そこには、既に死亡しているバルジだけが残されていた。

 

 


 

 

 

 

 すべては終わった。

 バルジは死亡し、レドとリイラは逃亡。レイナーレもレイラもガングニールも戦闘不能と、ギフトメイカー側の完全敗北という形で激戦の幕は下ろされた。

 肉塊に押しつぶされたり攻撃がぶち当たったりでぐしゃぐしゃになった公衆トイレや遊具に囲まれた中、瞬と灰司はバルジの死体を前にして座り込んでいた。

 

「なんで俺を助けた」

「ほっとけなかったし」

「これから死にゆく命なんだぞ、俺は」

「だとしてもだ。言っただろ、これまで一緒に戦ってきた仲だって」

 

 それにさ、と言いながら、瞬は顎を使ってある方向を指し示す。そこには、ようやく意識を取り戻した飛鳥の姿があった。彼女は今にも泣きだしそうな目で、ボロボロの瞬と灰司を見ている。

 

「あの子が悲しむ。少なくとも、あの子の前でそんな顔をしてやるなよ。目の前で恩人がそんな顔していちゃあ、喜べるもんも喜べねえだろ」

「……」

 

 瞬にそう言われた灰司の顔は、空虚さに包まれていた。

 ただひとつの生きる理由であった復讐を完遂した今、灰司の命にもはや意味はない。長きにわたって復讐だけを考えて生きてきたが故に、他の生き方を考えることができなくなっている。そこにいたのはひとりの復讐者ではなく、全てをやり終え、何もかもが無くなってしまったひとりの少年だった。

 しばらくの間、沈黙が続く。

 そして。

 うっすらと夜の闇が薄くない始めたころになって、灰司はゆっくりと立ち上がった。

 

「どうすんだよ、お前」

「しばらくほっといてくれ」

 

 灰司は、瞬の言葉にそう返した。その声は、いつも以上に投げやりに聞こえた。

 ふらふらとおぼつかない足取りで裁場や古城達の隙間を縫うように歩を進めながら、公園から出ていこうとする灰司。

 そんな灰司に声をかけようとする裁場だったが、その声は喉の手前で止まってしまう。

 

「………………」

 

 裁場整一は何も為せなかった。

 灰司に復讐者としての道を歩んでほしくないという願いは、復讐の完遂という結末を以て否定された。死んでほしくないという願いは、きっと叶わない。

 そもそも、裁場は今夜の激戦において蚊帳の外だった。彼のしたことといえば、一人の堕天使を救っただけだ。

 そんな自分が何を言えばいいというのだ? 灰司に声をかける資格があるのだろうか?

 

(………………俺は無力だ。あの時からなにも変わっちゃいないし、できてもいない)

 

 きっと、最初から復讐を止める資格はなかった。徹頭徹尾、裁場整一は無力だった。

 それが分かっていたが故に、裁場は立ち尽くしていた。

 それを無視して灰司い公園を出ようとする間際、瞬が声を振り絞った。

 

「灰司」

「………………なんだ」

「学校来いよ。俺は待ってるからな。俺だけじゃない。唯も志村もハルもアラタもきっと待ってるし……それに、飛鳥達にも顔くらい見せてやれよ」

「…………」

 

 瞬の言葉に、灰司は一瞬だけ此方を振り返り、何か言いたげそうな顔を見せるが、すぐにそっぽを向いて再び歩き出す。

 

「………………灰司、どうするのかな」

「あいつは死なないよ」

「……根拠なさそうだけど」

「もちろんないさ」

 

 根拠は全くないけれど。

 ただ、そうあってほしい。

 そう願いながら、瞬と唯は去り行く灰司の背中を見つめ続けるのだった。

 

 


 

 

 

 ――と、ここでいい感じで終わればよかったのだが。

 

「ちょ、瞬!後ろ後ろ!」

「へっ⁉︎ 」

 

 灰司の姿がすっかり見えなくなった頃になって、唯が慌てた様子で瞬の後方を指差しながら叫ぶ。

 ばっと後ろを振り返った瞬。後ろにいたものを見た瞬間、瞬の顔はたちまち青ざめていった。

 そこに立っていたのは、少し前に瞬が倒したはずのガングニールオリジオンだった。

 

「なちょっ……んはっ……⁉ 」

 

 まさか、あれだけやってもなお生きているというのか?思わず身構える瞬だったが、何やら様子がおかしい。ガングニールオリジオンはその場で棒立ちしたまま、微動だにしない。

 あ。という声が、誰かの口から漏れ出したのが、変化の合図だった。何の前触れもなく、ガングニールの顔に亀裂が走り出す。顔面からはじまったそれは、瞬く間に全身へと広がってゆく。まるで、卵の殻が破られるかのように。

 そして、亀裂が全身の隅々まで行き渡ってから少し経った頃、ふいにガングニールの皮膚がボロリと取れた。身体から離れたソレは、落ちながらボロボロになってゆき、地面に落ちる前に粉々になっていった。それを皮切りに、ボロボロと、ガングニールオリジオンの身体が崩れ落ちてゆく。

 

「これは一体……⁉︎ 」

 

 何が起きているのかはわからない。

 困惑する一同の前で、ガングニールオリジオンの中身が(あら)わとなる。

 中にいたのは、瞬と同い年くらいの少年だった。肩まで伸びる茶髪と、ひどく整った顔を持ち、全身が粘液のようなもので覆われている。ただ、普通の人間ではない箇所があった。頭に生える猫耳と、腰の下あたりから生える猫の尻尾。どうみても作りものなんかじゃない付き方をしている。

 その時、瞬の脳裏に思い浮かんだのは、搭城小猫のことであった。確か彼女はあくまであると同時に化け猫であった筈。さすれば、今目の前にいる彼も同じような存在なのかもしれない。

 瞬がそんなことを考えていると、目の前の少年が目を覚ました。

 

「うわっなんだこれ気持ち悪っ!」

 

 少年は目覚めるなり嫌悪感を露わにし、自身の身体についた粘液を振り落とす。

 そしてきょろきょろとあたりを見渡した後、何かに納得した様に何度もうなずくそぶりを見せる。

 

「ああ、お前らが解放してくれたのか」

「ええ……なにこの美少年」

「俺は風猫(ふびょう)アズマ。流れ者の化け猫系転生者だ」

「化け猫………………? 」

 

 首をかしげる瞬だったが、即座にオカルト研究部の搭城小猫のことを思い出して納得する。

 化け猫ということは、目の前の彼はおそらく小猫の同類なのだろう。

 

「いやあ助かったぜ! なんせ協力断ったら無理矢理オリジオンにしやがるんだもんな!ほんと重苦しかったし、頭もまともに回らねえしですっげえもどかしかったんだぜ? 」

「え、あの……」」

「ありがとよ、礼を言うぜ仮面ライダー」

 

 瞬の肩をたたきながら礼を言うと、アズマは瞬の横を通り抜けてゆく。

 

「え、ちょちょちょいどちらへ?」

「猫は気ままな生き物さ。今まで縛られていた分好きなように生きる……それだけのことよ」

 

 そう返すと、アズマは鼻歌を歌いながらその場から立ち去ってゆく。全身ズダボロのはずなのに、随分と軽やかな足取りだった。あれも妖怪であるがゆえのタフさなのだろうか?

 まさか強敵・ガングニールオリジオンの中身があんな奴だったとは夢にも思わなかった。彼もまた、バルジに自由を奪われていた被害者だったのだ。

 と、ここで瞬は思い出す。

 

「そうだっ、レイラの奴は⁉ 」

 

 そう。

 バルジの死亡に伴い、ガングニールオリジオン――風猫アズマが自由を取り戻した以上、彼女もまた同様に理性を取り戻しているに違いない。

 そう思った瞬は、慌てて先ほどまで戦っていた土手に向かおうとする。

 が、その肩を叩く者がいた。

 

「誰だ――え? 」

 

 振り返った先に居たのは、血塗れメイド服の少女――レイラだった。

 血の流し過ぎで顔色は見るからに悪いし、モップを杖代わりにして何とか立っているほどに弱り切ってはいるが、その顔には少し前まであった狂気がすっかりなくなっており、どこか憑き物が落ちたような顔つきになっている。

 

「レイラっ………………⁉ 」

「ありがとう、逢瀬瞬」

「お前、その身体で動いてて大丈夫なのかよ⁉ 」

 

 警戒する唯とは対照的に、ボロボロのレイラの姿を目にした瞬は、思わず彼女の身体を支える。

 戦う前からだいぶ死にかけていた上に必殺技までぶつけてしまった要か気がするのだが、なんでこいつは生きているのだろうか。良かったと言えば良かったのだが、レイラの生命力のえげつなさについつい引きつった笑みが漏れてしまう瞬だった。 

 

「大丈夫だ、初歩的な治癒魔法でなんとかなってごほほぼぼっ⁉ 」

「吐血してる時点でなんとかなってねーじゃねえか!! 血吐きすぎて顔色ほぼ死人だぞ⁉ 」

「大丈夫⁉ ねえほんとに大丈夫なんだよねぇ⁉ 」

 

 痩せ我慢というのも烏滸がましいレベルの強がりに、警戒心剥き出しだった唯も一緒になってレイラを心配する。

 そうして吐血がひと段落したレイラは、改めて瞬達の顔を見つめる。

 

「本当にありがとう。まさか、またこうして身も心も自由になれるとは……こうして生きているのが奇跡なくらいだ」

「………………まあ、よかったよ」

「レイラ、なんか随分と雰囲気が柔らかくなったね」

 

 当たり前といったらそうなのだが、洗脳されて敵対していた時と比べると、物腰が柔らかくなっているように感じられる。おそらく、これが本来の彼女なのだろう。

 

「レイラ、お前はどうしたい? 」

「それはギフトメイカーがつけた偽りの名前。私は……アステア。アステア・ライトレア。それが本当の名前だ」

「アステア………………それが本当の名前か」

 

 レイラ――否、アステア・ライトレアは、瞬の言葉に無言でうなずく。

 自由も尊厳も、そして名前すらも奪われていた少女は、ここでようやく己を取り戻すことに成功したのだ。あまりにも多くの者を奪っていったバルジだが、こうして救われたものもあった。そのことが、瞬達にとってはたまらなくうれしく感じられた。

 

「私は………………罪を償いたいと思う」

「償うって……お前、洗脳されてたんだろ? 」

「確かに私は洗脳されて、ギフトメイカーに命じられるがままに数多もの命を奪ってきた。だけど、洗脳を免罪符にはしたくないんだ。洗脳されていようとなかろうと、私が背負うべき罪であることには変わりはない。それが私の、命の使い方だ」

「アステア………………」

 

 彼女の決意表明に、瞬は異を唱えることができなかった。

 本人の言うとおり、洗脳されていたとしても、アステアが数多もの人間の命を奪ってきたという客観的事実は揺るがない。そしてそれを知っているが故に、アステアは罪から逃げることもできない。彼女には、罪と向き合う以外に道がないのだ。

 アステアは身体を支えていた瞬の手を除けると、モップを杖代わりに使いながら、瞬に背を向ける。

 が、そこに裁場が助け舟を出してきた。

 

「………………君はバルジに洗脳されていたんだろう? なら、情状酌量の余地はあると思うのだが……記録によると、君自身はそこまでギフトメイカーとしての被害の大きさは、冷遇っぷりが幸いして他の構成員よりも遥かに小さい。仮に情状酌量の余地なしと判断されても、そこまで重い罪にはならないと思うが……どうする? 」

「………………」

「AMOREには俺から話を通しておく。君はじっとしていろ、その怪我で動けているのが不思議なくらいなんだぞ? 」

「………………わかったよ」

 

 アステアはそう答えると、辛うじて原形を保っていた近くのベンチに腰を下ろす。

 彼女と入れ替わりに、裁場が瞬の前に立つ。その顔は、途方に暮れているように見えた。

 

「俺はどうすればよかったんだろうな……灰司どどう向き合えばよかったんだ? 」

「多分だけど、俺達ははじめから部外者でしかなかったんだよ。これはずっと灰司とバルジの戦いだったんだ。そこに俺達が口を挟む権利は………………ないんだ」

「そう、か」

 

 瞬の言葉に、裁場は短くそう答える。

 まるでそのまま消え入りそうなまでに弱弱しい雰囲気の裁場を見ていて居ても立っても居られなった瞬は、彼の胸に軽く拳を押し当てながら、裁場を奮い立たせようとする。

 

「なにしょげてんだよ。バルジは死んだけど、まだ他のギフトメイカーが残っている。奴らが何の罪もない人達を傷つけ続ける限り、俺達は戦うしかないんだ。だって、仮面ライダーなんだから」

「………………なんだか、君が眩しいよ」

 

 そう言った裁場の顔には、微笑が浮かんでいた。

 いつの間にか周囲は朝焼けに照らされており、公園の端の方では、意識を取り戻したレイナーレに飛びつく堕天使組やそれを見て笑い合う古城と雪菜、手持ち無沙汰気味に周囲をぶらつくGUMIの姿も見える。彼らもまた、無事に本懐を成し遂げていたのだ。

 瞬には彼らの事情は分からないが、自然と笑みがこぼれていた。

 

 

 その日の朝焼けは、むせかえるほどに綺麗だった。

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仮面ライダーアクロス with Legend Heros 第1章

陰謀交錯都市 アマスベ

――THE END――

 

 

 

 

 




第1章完結です。
ここまでお付き合いいただきまして、誠にありがとうございました。
まさかここまでダラダラと続く羽目になるなんて……!


多重クロスオーバーを謳っているわりにはオリジナル要素全開で進むという、詐欺に等しい内容になってしまいましたが、これでひと段落です。
瞬のヒーローとしての成長と灰司の復讐譚。結構ガバガバですが、自分なりに精一杯書ききったとは思っています。本当はもっと書きたいことがあったのですが、まあこれ以上引き延ばすわけにもいかんので、第1章はこれで幕切れとなります。
まあ正確には、もうちょっとエピローグ的な話を挟むんですけどね!


そして、ここからがアクロスの本番です。
第1章の次は、第1.5章!
新たなオリキャラや敵、新たなクロスオーバー等々を節操なくぶち込んで、よりカオスになったアクロスの世界をお届けします。乞うご期待!
瞬以外のキャラもバンバン掘り下げていくつもりです。


次のエピローグ更新を最後に、一旦アクロスの更新はストップです。
単なる書き溜め期間ですので大丈夫です。エタや失踪ではないからね!安心してよね!


長々と書きましたが、この辺で後が気を終わろうと思います。
それでは。


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?????? 救われたままでは終われない Her_Odyssey

第1章エピローグ的な話です。



数日後 AMORE本部前

 

 

「釈放だ」

 

 そう言い渡されたとき、アステアは浮かない表情をしていた。

 バルジの死亡に伴い、洗脳が解かれ正気に戻った彼女は、AMOREの本部が存在する別次元へと移送された。

 そして、そこでの数日にわたる取り調べの結果、彼女は罪に問われることはなかった。しかし、洗脳の影響がまだ残っているかもしれないとのことで、一旦彼女の世界に帰ったうえで、現地のAMORE隊員のもとで経過観察期間に入るとのことだ。

 上記の内容を言い渡されてからさらに数日経ち、彼女はAMORE隊員の男性に連れられ、空港のロビーのような場所にやって来た。

 この世界はどうやら瞬達の世界よりも技術が進歩しているようで、次元間の移動技術が一般に普及しているらしい。そして、彼女が今いる施設は次元航行艦の発着施設であり、ロビーの窓から外を眺めると、今まさに一隻の艦が別次元へと旅立とうとしていた。

 

「珍しいかね?」

「いや、そうでもない。だが私の世界では軍事利用が主だったからな……庶民の身では到底利用できるものではなかったよ」

 

 男性隊員の問いかけに、窓の外を眺めながらそう答えるアステア。その脳裏には、妹と共に生まれ育った故郷のことが浮かんでいた。

 お世辞にも良い世界とは言えなかった場所だが、それでも愛しの妹や、血は繋がらないが優しかった義理の家族たち、何かと張り合うことの多かった級友など、望郷の念を抱かせるには充分すぎる思い出があるのだ。しかしアステアは、彼らには黙って出てきてしまった挙句、当初の目的は果たせなかったどころか、悪の尖兵にまで身を落とした。そんな自分に、果たして帰る資格はあるのだろうか?

 思いつめるアステアに、男性隊員が続ける。

 

「君の妹については行方を追っている。だが……仮に行方が分かって、身柄を捕えたとしても、彼女は大罪人だ。君みたいに洗脳されている可能性が薄い以上、無罪放免は絶望的だ。最悪死刑や抹殺もあり得る。それでも……」

「それでも、頼みたい。これ以上罪を重ねる前に、あの子を捕まえてほしい」

「……僕は事務員みたいなものだけど、AMOREを代表して約束しよう。必ずギフトメイカーを撲滅させると」

 

 そう言いながら、男性隊員は敬礼をする。

 

「君の乗る船は分かっているな?6番ゲートから17時に出港する艦に乗りたまえ。まあチケットに書いてあると思うが………………と、何処へ行く? そっちはゲートとは反対方向だぞ? 」

 

 男性隊員はそのまま説明を続けようとするが、アステアは彼を無視し、ゲートとは反対の方向に歩き出していた。

 慌てて男性隊員が呼び止めると、アステアは不機嫌そうに鼻先で構内案内板を指し示す。案内板には、トイレやエレベーター、非常口の方向が記載されている。

 ——言わずもがな、彼女が用があるのはトイレである。

 

「お前は淑女のトイレを覗く趣味でも持っているのか?」

「これでも妻子持ちなんだ。リスクとリターンが割に合わない」

 

 アステアの嫌味を軽く受け流すと、男性隊員は去り行くアステアの背中を見送る。

 ——数分後、彼はこの選択を後悔することになる。

 

 


 

 

「…………」

 

 誰もいないトイレにやって来たアステア。

 勿論、彼女の目的は用を足すことなんかではない。

 

「いける、か? 」

 

 トイレの窓を見上げる。人一人は何とか通れそうな大きさだ。

 まず彼女は、窓を通るうえで邪魔になるであろう帽子と厚手のコートを脱いで畳む。そして、

 

因果歪曲・武想召喚(ホロプシコン・サモンウエポンズ)

 

 そう呟くと、アサルトの手の中に細いワイヤーのようなものが出現する。彼女はそれを窓の鍵に向かって投げて引っかけると、ワイヤーを引っ張って鍵を開けた。鍵が開いたのを確認すると、アステアはワイヤーから手を離し、畳んだコートと帽子を窓から外に放りなげる。その後、ガンッ、と床を強く蹴って飛び上がり、窓枠にしがみつく。手から離れたワイヤーは、その瞬間跡形もなく消え去っていった。

 腕の力でよじ登り、窓から身を乗り出す。2階相当の高さだが、この程度ならどうってことはない。そのまま、さらに身を乗り出しながら体重をかけ、窓から外に出る。

 

「…………!」

 

 当然ながら、頭から落下するような体勢になるものの、アステアは空中で一回転し、綺麗な三点着地を決める。そして、近くに放り投げていたコートと帽子を広いあげ、土埃を払って再び身に付ける。

 ここは搬入口に近く、人気は少ない。アステアは、先ほど身を投げた窓を見上げながら思う。

 

「あのままひとりで帰ることは、できない」

 

 哀れな被害者として、甘んじて保護される道も用意されていた。しかし、彼女はそれを自ら投げ捨てた。どうしても許せないし、認められなかった。

 誰かに任せて逃げるなんて真似をすれば、奴ら(ギフトメイカー)の玩具にされてまで妹を助け出そうとした自分の今までが無駄になる。どうしても、これだけは自分でやらねばならない。誰かを頼るつもりはないし、その資格もない。どれだけ途方もない道であろうとも、諦める気は微塵もない。

 夕日で照らされた頬に、一筋の涙が零れ落ちる。少女は帽子を目深く被りながらそれをぬぐい、決意表明をする。

 やるべきことは決まっている。ゆくべき場所もわかっている。

 ならば、はじめから選択肢はないも等しかった。

 

「待っていろ……絶対に私が救い出してやる……!」

 

 


 

 

 発艦予定時刻の17時がやってきた。

 しかし。

 アステア・ライトレアがその時刻に、搭乗口に現れることはなかった。

 

 




アステア・ライトレア
出身世界:■■■■・■■■■■
年齢:17歳
幼い頃に両親を失い、実の妹である■■■と2人でとある剣士の家に養子として迎えられる。
しかし10歳の時に■■■が失踪。
長きにわたる放浪の旅の末に再会するも、■■■はギフトメイカーの一員となっていた。
力づくで連れ戻そうとするも返り討ちにあい、以降はギフトメイカー・レイラとして洗脳され、バルジに弄ばれることとなる。

とある復讐譚の果てに自由を取り戻した彼女は、再び孤独な戦いに身を投じる。
今度こそ、■■■を救い出すために。



備考:ギフトメイカー・レイラとしての罪は、洗脳状態にあったことも考慮して情状酌量の余地あり。
   現在は洗脳の後遺症などの治療の為、ひとまずAMORE本部の医療機関にて保護予定。


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第1.5章 英邪混沌魔境クロスオーバー・ソウルズ
第51話 DREAMLIVERも夢を見る


お待たせしました。
そしてはじまりました1.5章!
1章は色々と制約があったので凝ったオリジオンやはっちゃけたギャグが入る余地がなかったのですが、ここからはそんな制約とはおさらば!これまで以上にバラエティに富んだお話を提供していきたいです。




今回は一件本題に関係ないように見えるお話ですが、一応新レギュラーも出るので読んだ方がいいです。

1.5章OP1 ワンミーツハー/ヒトリエ


 

 

 

 

 ――人は第一印象(みため)が大事だってよく言われるけど。

 それならば、ボクのような人間はスタートラインに立つ資格すらないってことにならない?

 

 

 

 

 どこかの学校の校舎裏。大人ですらめったに立ち寄ることのない、めったに日の当たらない、薄暗くてじめじめとした場所。

 そこは、子供たちにとって格好の遊び場であった。子供にだって、大人に隠したいことのひとつやふたつはあるのだ。それはベッドの下に隠したエロ本だったり、秘密裏に飼育していた野良猫だったり、誰にも理解されない趣味嗜好だったり、公にできない恋愛関係だったりと様々だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 校舎の影で、複数人の子供たちが、ひとりの子供を取り囲んでいる。そこからは時折、ボコスカと何かを殴りつけているような音が聞こえているが、誰もそれを気に留めないし、とがめない。

 

「勇者けーじ様の攻撃ぃ!オークキングに会心の一撃だあ!」

「っしゃあ!正義は勝つんだ!覚悟しろよ豚野郎!」

「ぶがっ…………」

 

 複数人の少年が、一人の少年を暴行している。

 ――平たく言うと、イジメの現場だった。

 虐められているのは、丸々と太った豚のような顔の少年。彼は身体中のあちこちにあざを作り、顔は鼻血と涙でぐしゃぐしゃになっている。

 

「きったねえ泣き顔見せんじゃねーぞ豚ァッ‼ 悪役なんだから大人しくやられていろよーっ‼ 」

「そーだそーだ! 」

「よし、次おれな! 必殺っ、正義の鉄拳っ! 」

「ひべばっ⁉ 」

 

 そうして次は、別のいじめっ子が思いっきり殴りかかって――

 

 

 

 

 

 

 

 ――それは今もなお、彼の心を蝕んでいる。

 

 

 儚芽陽菜多(はかなめひなた)

 彼は、前世では典型的ないじめられっ子だった。

 理由は単純明快。()()()()()()()()()()

 容姿が劣っているという一点だけで、彼の人生は幼くして最悪な方へと転がり落ちてしまった。幼少期の虐めが尾を引いて引っ込み思案となり、中学校でも虐められて引きこもり。たまたま外に出てみたら、運悪く歩道橋の階段で足を滑らせ、打ち所が悪くて即死だった。

 あまりにも惨めな幕引き。まるで誰かの肥やしや引き立て役になるためだけの無価値な人生。

 

 

 しかし世界は、彼に幸運をもたらした。

 異世界転生。

 転生特典を一つ選んで、別の世界に生まれ変われる。どうしようもなく惨めだった第一の人生を丸ごと塗りつぶせるほどの、かつてない幸運。

 願ったのは、ただ一つだった。

 

「後悔したくないんだ……ボクに……蔑まれることのない優れた容姿をくれ! 」

 

 ――転生して数年後。

 彼はその選択を後悔した。

 

 


 

 

 

 

 転生して数年。

 物心がつくと同時に前世の記憶を取り戻した陽菜多は、一目散に鏡へと向かった。

 そして、唖然とした。 

 

「……………………………………………………思っていたのと違う」

 

 鏡に映った今世の自分は、確かに美しかった。

 サラッサラの銀髪に、ぱっちりとした大きな目。男らしさの欠片もない、華奢で色白、それでいてところどころ肉の乗った身体。女性から羨望のまなざしで見られるほどに張りのある肌。透き通るようなソプラノボイス。鏡に映っているのは、10人中11人が振り返るであろうほどの美貌を持った、絶世の美少女であった。

 しかし、だ。()()()()()()()

 粗末ながらも、前世から苦楽を共にしていた股間の相棒(意味深)が、確かにぶらさがっている。

 

 

 結論を言おう。

 儚芽陽菜多は。

 所謂男の娘として第二の生を受けたのだった。

 

 


 

 

 

 

 5月22日

 PM12:40 開王学園 

 

「うむむむ…………」

 

 5月下旬の、妙に蒸し暑い学校に、昼休憩の開始を告げるチャイムが鳴り響く。

 多くの学生が校庭に遊びに行ったり学食に行ったりと騒がしくしている中、逢瀬瞬は教室の自分の席にて、真剣な表情で財布の中身と睨めっこしていた。机の上には、妹お手製の弁当が置かれているが、その封はまだ解かれていない。昼食を後回しにしてまで、何をしているのだろうか。

 唯は昼休憩が始まるなり、購買までダッシュしてこようと思ったのだが、そんな瞬の様子を怪訝そうに思い、教室に引き返して瞬に問いかけることにした。

 

「どうしたの瞬、早くいかないと購買閉まるよ?」

「いや俺弁当持ってきてるし。てか無理だよ」

「どうして?」

「簡単なことだ……お金がない」

 

 そう、少年は至極単純なことで悩んでいた。

 この間の池袋への遠征の際に予想以上にお金を使ってしまい、今現在の瞬の懐はというと、かなり寂しいものとなっていた。最初は冗談かと思ったが、財布の中身は嘘をつかない。いつだって持ち主の日々の暮らしを正直に反映しているのだ。

 

「こうなりゃバイトでもするしかねえかなあ……でも俺、仮面ライダーだし……いつどこでオリジオンが現れるかわかったもんじゃないし……」

「ヒーローって大変なんだね」

「他人事みたいに言いやがって……」

 

 唯のどこか薄情に思える反応に悲しくなる瞬だが、そんなことをしたところで(ふところ)は寂しいまま。仕方ないので、スマホで求人を探してみるものの、これだと思えるバイトは見つからない。

 そんな時だった。

 

「あーくそ、思ったより引っ掛かりが悪いな………………」

 

 そんなことをぼやきながら、目付きの悪い金髪の少年が近くの廊下を歩いていた。

 その少年を瞬は知っている。

 生徒会庶務・人吉善吉(ひとよしぜんきち)。生徒会のユニフォームである黒制服と腕章はよく目立つのだ。

 

「おーい善吉くーんっ、やっぽ~っ! 」

「その声は……諸星先輩に逢瀬先輩か」

「待て待て引きずるなっ! 」

 

 瞬は特に用があるわけではなかったのだが、唯にやや強引に引きずられるように教室の入口付近まで連れていかれる。

 そうして教室の入口の内ひとつを占有しながら、3人が会話する。

 

「生徒会の業務お疲れさん、イヤー頑張ってるねー」

「近所のおばちゃんみたいな態度するな。てか善吉、お前1年生だろ?わざわざこんなところまで来てどうした? 」

「実はさ――」

 

 そう言って善吉は事情を話し始めた。

 

 


 

 

 時は流れ、放課後・OC部部室。

 元は廃部寸前の漫画研究部だったものの、紆余曲折あってOC(オリジオン・カウンター)部とかいう馬鹿丸出しな謎部活へと変貌を遂げたこの場所が、瞬達のたまり場になっていた。

 

「ほう、アイドルグループのリアルイベントのスタッフバイトですか」

「生徒会の奴らも手伝うらしいんだけど、人手が欲しいんだってさ。丁度金に困っていたから応募しようと思うんだけど……どうせならお前らもやらないか?」

 

 そう、善吉から紹介されたのは、一件のバイト求人だった。

 近々とあるアイドルグループがこの学校でリアルイベントをやるとのことで、そこで裏方などを行うスタッフのバイトを募集しているのだ。

 

「内容によっては頑張っちゃいますよー私」

「大丈夫かなぁ……僕なんかができるかなあ」

 

 瞬からバイトのことを聞かされて変にやる気になってるのは元漫研部部長・九瀬川(くせがわ)ハル。一見するとボブカットの大人しそうな少女だが、その実スク水狂いのド変態。OC部メンバーの中ではぶっちぎりの危険人物である。

 対して不安そうな素振りを見せるのは、無駄に顔の良いヘタレ野郎・志村優始(しむらゆうし)。どうやらバイト経験がないらしく、初めてのバイトに不安マシマシなようだ。

 

「で、アイドルって言っても千差万別なわけだろ。どんな奴ら? ジャ●ーズ系? 」

「ちょっアラタ、暑いんだから肩に手を回すなよ」

「バイトかぁ、見たところ報酬もよさそうじゃない」

「社会勉強の一環に丁度いい……かも」

 

 瞬の背後から肩に手を回しながらまじまじと求人チラシを覗き込んできたのは、2人の艦娘と共に暮らす少年・欠望(かけもち)アラタ。傍らにはその同居人である艦娘・大鳳(たいほう)山風(やまかぜ)もおり、彼女達もバイトに興味津々な模様。

 皆の興味津々な視線を一身に受けながら、瞬はチラシの内容を声に出す。

 

 

「えーとどれどれ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……? 」

 

 

 

 ――瞬間。

 瞬と唯以外の全員が悲鳴を上げた。

 

 

 

「「「「「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!⁉ 」」」」」

 

 

 

 煩かった。

 なんかもう、鼓膜どころか全身の骨が吹き飛びそうなほどの絶叫だった。

 

「ほ、ホロライブとにじさんじの皆さんと会えるんですか⁉ マジやったーサイコーサイコー!」

「えっと……俺達よくわかんないんだけど……そんなに凄いのか?」

 

 瞬と唯は皆が何故こんなにも興奮しているのかが分からず、ひたすら困惑する。

 そこにハルがすかさず解説を入れてくる。

 

「数年前に超新星のように現れたトップアイドルグループ、ホロライブ!個性豊かなメンバーが織りなす最高峰の……ええと、なんていえばいいんでしょうか……駄目だ、ぜんぜん言葉が思い浮かばないですすみません」

「にじさんじも個性面では負けてないぞ!異世界人に未来人、社畜に悪魔に壁にメンヘラ!何でも揃いのやべー奴らだぞ⁉︎ 」

「それどちらかというと貶してるよね?」

 

 表に出しちゃいけない個性がちらほら出てきているのは気のせいだと思いたい。いやほんとに。

 アラタの興奮っぷりに若干引き気味になりながら、瞬はうんうんと頷くことしかできなかった。

 

「よ、要するに有名人なんだな、そいつらは」

「YES!そゆことです!まっさか私たちが仕事で関われるなんて……感無量……今すぐ死にたいです!」

「一旦落ち着こうか!さっきから情緒不安定にも程があるから!」

 

 いつもにましてハルが支離滅裂なことを言っているし、さっきから興奮しすぎて息も絶え絶えになっている。それほどにすごいことなのだろうか?

 そこに、ソレは来た。

 

「ヘーイ……話は聞いたぜお前たち……」

 

 がしりと、何者かが僅かに開いていた部室の扉を外から掴む。

 

「ま、まさかああああああああああああああああ!」

「煩い黙ってて」

 

 興奮のあまり騒ぎだしたハルを、山風が殴って止める。

 直後、部室の扉が勢いよく蹴とばされると共に、何者かが部室に飛び込んできた。

 咄嗟にパイプ椅子を手に取って武装する瞬。

 警戒する彼の前に、ソレは姿を現した。

 

 

 

「そう!私こそが!ホロライブ1期生…………皆の夫、夏色まつり様じゃああああああああああああいっ!」

「本格的♂清純派アイドル、白上フブキだよ~☆」

 

 

 

 …………飛び込んできたのは、サイドテールの少女と白い狐少女だった。

 それを見て、瞬が一言。 

 

「え……こんなのがアイドルとか世も末じゃね……?」

「「「ド直球!」」」

 

 なんか皆はショックを受けているようだが、初っ端からドアを蹴破るバイオレンスなアイドルを押すような趣味は瞬にはない。

 それはそうと、また変な奴に遭遇してしまった。

 これまでにも一癖も二癖もあるような奴等と出会っては絆を築き上げてきた瞬だが、今回は一段と変だ。というかテンションからしておかしい。

 瞬が唖然とする中、歓喜に震えすぎたせいで生まれたての小鹿みたいになったハルが、まつりとフブキの元へとよたよたと近づいてゆく。 

 

「ほっ本物の夏色まつりちゃんと白上フブキちゃんだっ‼ サインくださいあとパンツください‼ 」

「アイドルに何要求してんだお前っ‼ 」

「私のパンツは無理だけどフブキのなら……」

「なんであげようとしてんだ‼ つーかなんで俺に差し出そうとしてんだっ、あげるんなら言い出したハルの方にでもやれよっ‼ 」

 

 どこからか黒いパンツを差し出してきたまつりの手を、瞬は咄嗟に払いのける。何故ハルではなく瞬の方に差し出してきたのか、瞬には理解できなかった。

 と、ここで唯があることに気付く。

 

「てゆーか、私達一介の学生バイトだよ? それなのにわざわざアイドル本人が来てくれるなんて……」

「あれ、バイト内容知らないの? 」

「内容……? 」

 

 フブキに言われて、再度チラシに目を通す瞬。

 しかし何処をどう読んでも、チラシには"合同イベントのスタッフバイト"としか書かれていない。てっきり裏方じみた仕事でもやるのかと思っていたが、違うのだろうか?

 

「それは招待状なんだよ。君達はそのための外部プレイヤーとして選ばれたってわけ」

「プレイヤー…………? ゲームでもするってのか? 」

 

 瞬の疑問に、白上フブキは不敵に笑いながらこう答えた。

 

 

「そう、君達は選ばれたんだよ。"迷宮学園ホロさんじからの脱出"のプレイヤーとしてねッ!! 」

 

 

 それが、今回の発端となった。

 

 

 


 

 

 

 翌日。

 瞬達は早朝のグラウンドに集められていた。

 

「あ、瞬たちだ」

「……なんか見たことある顔がちらほらいるんだけど」

 

 眠い目をこすりながら校門をくぐると、そこには見知った顔もあった。

 例えば、寝癖が凄いことになっているトマト頭こと榊遊矢とその仲間たち(敬称略)。

 今回のイベント運営を任されることとなっている黒神めだか以下生徒会メンバー。

 立ったまま寝ている暁古城と、彼を何とかして起こそうとする雪菜や浅葱。

 他にも、学校でよく顔を合わせているクラスメイト達もちらほら見受けられる。瞬が言うのもアレだが、皆暇なのだろうか。

 

「生徒会の奴……さては節操なく誘いやがったな」

「まあいいじゃん、お祭りみたいで燃え上がってこない? 」

「わかりますわかります。九瀬川ハル、こう見えてお祭り騒ぎが大好きなんですよねえ」

「それはどうでもいいから」

 

 時刻は午前6時前。

 だというのに、唯とハルは既に元気いっぱいだ。なんでこんなにエネルギッシュなんだこいつら。

 そこに、やや遅れてアラタや大鳳も到着する。

 

「おーおー朝から元気いっぱいだなぁお前ら……」

「アラタ、なんかお前ジジ臭いよ」

「快眠中のところをモーニングコール連打されたら誰だってダルいだろ」

「同感」

 

 大あくびを連発しながら、明らかに頭の回っていないであろう会話を繰り広げる瞬とアラタ。

 三大欲求のひとつを取り上げられただけで、人はここまで腑抜けになるのだ。何とも恐ろしいものだ。

 と、その時。

 

「あ、あそこ見てっ」

 

 大鳳が指さす先に目をやると、そこには特設ステージらしきものが設置されており、舞台上には黒神めだかと眼鏡をかけたまな板が立っていた。

 めだかの方は何故かコンパニオンみたいな格好をしてるが、特に深く突っ込む気にはならなかった。というか幼馴染みの善吉が気まずそうに目を逸らしているのだ。他人である瞬達にはどうこう言えそうにない。というか言ったところで通じない気がする。

 目のやり場に困る舞台の上、まな板眼鏡がマイク片手に喋りだした。

 

「えー皆さんはじめまして。友人Aことえーちゃんです」

「すごいよハルちゃんっ、まな板が喋ってる! 」

「もしかして――まな板の付喪神かッ⁉ 」

「次言ったら殺すよ」

 

 まな板こと友人A(えーちゃん)はマイクをぐしゃりと握りつぶしながら、ドスの効きまくった声で脅した。

 舞台上にマイクだったものがパラパラと散らばると同時に、会場は静まり返る。

 彼女を怒らせてはいけない。この場にいる全員がそれを理解した。

 そうして静寂が訪れたのを確認すると、友人Aは新しいマイクを手に持って再び喋り始める。

 

「えーと、徹夜続きで限界なのでさっさと開会式終わらせたいと思います」

 

 そう言うと、友人Aの頭上に掲げられていたくす玉がパカリと開き、紙吹雪と共に垂れ幕が落ちてくる。

 垂れ幕には、えらく達筆な字でこう書かれていた。

 

 

 

 ――"にじ×ホロ☆ハイパーアルティメットウルトラミラクルドリームトレジャーハントッ!! ~エデンの戦士たちはそして伝説へ~"

 

 

 

 

 …………なぜだろう。

 なにをどうやったらここまで胡乱なタイトルを生み出せるのだろうか。きっとこれを書いたやつは何かしらキメて書いていたに違いない。

 というか昨日フブキから聞いたのとタイトルが全く違うのだが、そのあたりは一体どうなってるんだろうか。

 早くも嫌な感じがしてきた瞬だが、今更引き返すことはできない。

 腹をくくり、その場に踏みとどまる。

 

「ではここからは体力的に終わりかけているえーちゃん氏に代わり、この私黒神めだかが説明を引き継ごうと思う 」

「あ、ようやくまともな説明が始まるみたいだね」

「あのタイトルでまともな説明が来るとは思えないんだけど」

 

 なんか土気色の顔していた友人Aに代わり、コンパニオン衣装の黒神めだかがマイクの前に立って説明を引き継いだ。

 

「ルールは至って簡単だ。参加者は7人1組のチームとなり、この学園内に散らばっているこちらの"ライバーぐるみ"を集めてもらう。制限時間は5時間。一番多くのライバーぐるみを集めたチームが優勝だ。そして、優勝したチームには豪華賞品がもらえるそうだぞ! 皆切磋琢磨して正々堂々と競うがよい! 」

 

 そう言いながら、めだかは背後の机の上に置かれた袋から、白上フブキを模したぬいぐるみを取り出して掲げる。

 こうして、思ったよりも簡潔でまともな説明が終わった。

 壇上からめだかが消え、代わりに台車に乗った大きなガシャポンのような機械を押しながら、生徒会庶務・人吉善吉と生徒会会計・阿久根高貴が舞台上に姿を現した。

 

「じゃあめだかちゃんの説明が終わったことだし、さっそくチームを作ろうか。この抽選機を使ってランダムにチームを作っていくから、事前に配った番号札に従ってチームで集まってもらうよ」

「番号札って……これか」

 

 阿久根に言われて、校門の前で番号札を渡されていたことを思い出した瞬は、ポケットにしまっていた番号札を取り出す。

 

「じゃあ行くよ。君達の運命を分けるビンゴダイムだ。GOOD LUCK!! 」

 

 ガシャンと、阿久根が抽選機のレバーを下ろす。

 これより始まるのは、混沌に混沌を重ねたゲーム。

 

 

 その裏で、新たな悪意の手が目の前に迫ってきていることを、瞬はまだ知らなかった。

 

 

 


 

 

 

 その光景を、校舎の屋上から眺める影が二つ。

 一人は、赤いシャツを着たチャラそうな少年――レド。

 もう一人は、タンクトップを着たガタイのいい青年。爽やかなスポーツマンといったような雰囲気を漂わせてはいるが、地上へと向けられているその眼光は恐ろしいまでにギラついている。

 彼の名は鉄富亜腕(てつとみあわん)

 ギフトメイカー直属の精鋭転生者集団"リバイブ・フォース"の一員である。

 

「…………気に食わないなあ」

 

 ふいに、亜腕がそう口にした。

 

「…………何がだ?」

「アイドルだよ。あいつら、ほんと気持ち悪くて仕方がない。笑顔で媚び売るのも気色悪いし、それを有難がるキモオタ共も気色悪くて仕方がない。だというのにメディアにはイケメンアイドルだの女性アイドルだのが蔓延ってるし、なんなら最近はネットにもVtuberとかいうアイドル擬きが巣食っている始末。ほんと嫌になるよね、あんなゴミ共がのさばる世の中なんて。アイドルとそれを有難がるゴミオタク共、汚物はすべて消毒すべきだよ。それこそが健全な世の中を作る第一歩になると思うんだよね。きっと全人類それを望んていると思うんだけど、レド君はどう? 」

 

 怒涛だった。

 隠す気の微塵もない嫌悪感。

 しかし何よりも恐ろしいのは、それを思いっきりぶちまけておきながら、朗らかな態度を微塵も崩していないところだろう。

 あくまでも自然体で、彼は嫌悪と敵意を垂れ流している。

 これこそが、鉄富亜腕という男なのだ。

 彼の憎悪の限りをすべて耳にしたレドは、露骨に嫌そうに舌打ちをしながらそれらを一蹴し、話を本題に引き戻す。

 

「僕は別にアイドルなんかには興味ないからどうでもいいんだけどさぁ……本当にうまくやれるの、今回のコは」

「やれるさ、なんてったって俺の同志なんだから」

「……なんかろくな感じしないのはなんでなんだろうな」

 

 自信満々な亜腕の言動に、レドは呆れたようにため息をつく。

 

「まあ大船に乗った気でいたまえ、ガングニールの後継者はこの俺がばっちりと見つけ出してやるから‼ 」

 

 そう高らかに宣言すると、亜腕は校舎の屋上から勢いよく飛び降りていった。

 もちろん、飛び降り自殺ではない。というかオリジオンに覚醒した転生者がこの程度で死ぬはずがない。

 亜腕が動き出したのだ。

 

「さて、と」

 

 一人きりになったレドはその場に腰を下ろし、ズボンのポケットからあるものを取り出す。

 それは一枚のDISCのようなものだった。

 ゴムのような質感と弾力を持ち、金属光沢とは違った不思議な輝きを放つそれを、レドはまじまじと見つめている。

 

(このDISC……一体何なんだ? バルジの奴が持っていたってとこは何かがあるんだろうけど……)

 

 レドが今手にしているDISCには、"igalima"と印字されている。

 これは死亡した同僚・バルジの死体から回収したものだ。

 彼はこのDISCを使うことで、本来一人一つしか持てない筈の転生特典を複数使用することができていた。

 しかし、レドをはじめとする他のギフトメイカーはこんなものは知らない。バルジがそれをずっと隠していたからだ。

 

「テメエの事は死んだ今でも気に食わねえけどよ……遺したモノは有効活用させてもらう。死者の資源を生者が有効活用する、それが人間の歩みってやつなんだからよ」

 

 空にかざしたDISCに、レドのにやけっ面が反射して映り込む。

 彼の今回の目的はただ一つ。 

 ガングニールオリジオンの離反によって生じたリバイブ・フォースの欠員補充。

 そのためならば、手段は選ばない。

 

 

 

 

 


 

 

 

「……………………」

 

 目の前で稼働している抽選機を見つめながら、儚芽陽菜多は震えていた。

 別に歓喜しているわけではない。

 怖いのだ。

 

(無理なんだって……ボクみたいな奴が人前に出るなんて…………)

 

 女の子のような容姿で転生してしまったせいで、ヒナタの第二の人生は碌なものにならなかった。

 男子からのセクハラや虐めは日常茶飯事で、女子からも気持ち悪いと避けられる始末。身体を鍛えて男らしくなろうとしたものの、転生特典としてこの容姿が与えられてしまったためか、いくら鍛えたところで美少女を脱することはできず。それでも高校に入れば何か変わるかもと思ったが、その期待もあっけなく裏切られ、冬休み以降不登校生活を送っている。

 外に出ようとしても、自身の容姿が気になって仕方がなくて、出られない。そんな生活を送っていたら、いつの間にか半年近くが経過してしまっていた。

 本来はこんなイベントに参加したくなかったのだが、唯一の味方だった幼馴染みの、引きこもり脱出大作戦の一環として強引に参加させられてしまったので、幼馴染みの厚意を裏切る訳にもいかず参加する羽目に。

 上記の理由から、ヒナタは気が重くて仕方なかった。

 しかし、ヒナタには逃げるだけの度胸もない。

 どこまでいっても、彼は弱かった。

 

「…………なんか事故でも起きて中止にならないかな」

 

 そんな妄想を心の中に描きながら、ヒナタはパーカーのフードを目深く被る。

 ヒナタの体感時間上で気の遠くなるような時間を経て、7つの玉が抽選機の下部から排出される。

 阿久根がそれを拾い上げると、玉にかかれている番号を読み上げる。参加者各自の持つ番号札は玉にかかれた番号とリンクしており、これによりチーム分けが決定するのだ。

 

「まず最初のチームは――12番・58番・96番・44番・8番・15番・66番っ! 番号を呼ばれた人は前にっ! 」

「――ッ!! 」

 

 阿久根の言葉に、ヒナタの心臓が縮み上がった。

 ヒナタの持つ番号札は、12番。

 彼はしょっぱなから選ばれてしまったのだ。

 

「…………」

 

 抽選に当たったことを黙ってしまおうかと考えるヒナタ。

 しかし、その願いを踏みにじるかのように、彼の手の中に握られていた番号札がブザー音を発し始める。

 

「お、選ばれたみたいだな。行って来いよ」

「あっ…………」

 

 近くにいた茶髪の青年に背中を押されたヒナタは、促されるがままにステージの方へと向かう。

 ステージの前には、既に他のチームメイトたちが集合していた。

 その中には、ホロライブ・にじさんじのライバーの姿もある。

 白狐の白上フブキに、秘密結社HoloX総帥のラプラス・ダークネス、そしてにじさんじの顎こと剣持刀也。至近距離から放たれる名だたる有名人たちのオーラに、ヒナタは完全に圧倒されていた。

 

「白上フブキっ、僭越ながら一番手で行かせてもらいますねっ! 」

「光栄に思うが良いっ……この我、ラプラス・ダークネスと共に歩めることをっ! 」

「いや僕でいいのかな。なんかすっごい申し訳ない気持ちなんだけど」

 

 ファンサービスを欠かさないフブキとラプラスに対して、剣持の方は若干腰が引けている模様。名だたるライバーたちを差し置いて真っ先に選ばれたことがちょっと気になっているようだ。

 と、そこに、駆け足気味にふわふわの金髪ツインテールの少女が飛び込んでくる。

 

「うわととと到着っ! 天馬咲希到着でありますっ」

「あの子は…………」

 

 その少女を、ヒナタは知っている。

 天馬咲希。

 最近話題にあがりはじめた女子高生バンド・Leo/needのメンバー。

 彼女と同じ学校に通う幼馴染みからよく話題に出されていたので、ヒナタは咲希のことを一方的ながら知っていたのだ。

 予想外の人物にヒナタが内心驚きを隠せないでいると、そこに遅れて2人分の足音が近づいてくる。

 

「おやおや、逢瀬さんと同じチームとはついてますね私。今朝の星座占い最下位だったんですけど、案外あてにならないもんですねえ」

「どこがどうツイてるんだよ……ま、参加するからには楽しんだ方がいいのかもな」

 

 やって来たのは、黒髪の少年と小柄なボブカットの少女。どうやら2人は知り合い同士らしい。

 少年の方は、ヒナタに気付くなりすたすたと近寄ってくる。

 微栗と肩を震わせるヒナタ。

 少年はそんなヒナタに躊躇することなく、自然な笑顔と共に手を伸ばしてきた。

 

 

 

「お前が7人目のメンバーか。俺は逢瀬瞬、よろしくな」

 

 

 

 この時点では知る由もないが。

 これが、ヒナタの運命を変える出会いとなる。

 

 

 

 

 




1.5章ED1 ray/BUMP OF CHICKEN


とゆーわけで、Vtuber編開幕です。
導入からしてソシャゲのイベントシナリオ感を意識して書いてます。
のっけからハイテンションで行かせていただきました。キャラぶっ壊れてるような気がするけど、ホロぐらだとみんなこんな感じだし、多少はね?

一応ホロライブ側の主役については、今回はフブキングに。
彼女がメインです。

そして本格的にプロセカキャラも登場です。
そもそも前章でフェニックスワンダーランドが出てた時点で、ねえ。
宮女組を出すタイミングが思いつかなかったので、あえてここでぶち込みました。


たぶん僕はTS娘と男の娘の中毒者だと思います。


次回から本格的にゲームが始まるよ!


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第52話 宝探しゲーム①:剣道三倍段

AMOREの方に注力していて全然アクロス書いてなかったです。
申し訳ないです。

書き溜めしてないのでかなりスローペースになっておりますが、よろしくお願いします。


 

 生徒用駐輪場付近

 Aチーム(逢瀬瞬・九瀬川ハル・白上フブキ・ラプラス・ダークネス・天馬咲希・剣持刀也)

 

 

 そんな感じで始まってしまった宝探しゲーム。

 

「…………さて、どこから探そうか」

 

 スマホに表示した校内マップを眺めながら、瞬は考え込む。

 この学校は無駄に広い。次元統合による世界改変でここの生徒になってから2カ月ほどが経過した今になって尚、瞬はこの学校の全貌を把握しきれていないのだ。

 

 4棟ある校舎か、オカルト研究部(グレモリー眷属)のお膝元の旧校舎か、はたまた校舎とは真反対に位置するグラウンドか。

 選択肢は沢山あるが、闇雲に回っても疲れるだけだ。

 

「考えても仕方ありませんよ、ヒーローならヒーローらしくどーんとまっすぐ行きましょうっ」

「てか何大真面目に悩んでるんだ? ゲームは肩肘張ってするもんじゃないよ、もっと気楽に行こう」

「あ、ああ。ごめん」

 

 無言で考え込んでいた瞬だったが、ハルや剣持の言葉で我に帰る。

 どうやら戦いに慣れてしまったせいなのか、元々の責任感の高さが裏目に出たせいなのかは瞬自身でも分からないが、いつのまにか変に真面目になる癖がついてしまったみたいだ。

 スマホの画面から顔を上げると、沙紀や剣持が心配そうにこちらを覗きこんでいる。きっと、自分で思っていた以上に険しい顔つきになっていたのだろう。

 

「大丈夫? なんかちょっとシリアスな雰囲気だったけど……」

「あー、やっぱり作戦考えるのは皆に任せるよ。俺じゃついつい真面目になりすぎちゃってつまらなくなりそうだし」

 

 そう言って瞬は自分から身を引いた。

 沙紀やフブキ、ハル達がワイワイと作戦を考える中、瞬はひとり考えこむ。

 なんだか、自分でも知らない間に随分とヒーロー仕草が板についてしまっている。つい1ヶ月前までは普通の高校生やってた筈なのだが、慣れとは怖いものだ。

 

 ———と、若干アンニュイな気持ちになっていた瞬だったが、ここであるものが目に入る。

 ワイワイやってる他の面子から離れたところで、ひとりぽつんと佇んでいる少年。

 

「……」

 

 名前は確か———儚芽陽菜多だったか。

 先程から黙りっぱなしだが、大丈夫なんだろうか? ひょっとして皆と馴染めてないのではないだろうか?

 見た感じ、どこか居心地悪そうに、はたまた必死になって自身の気配を消そうとしているように見える。

 ちょっと心配になった瞬は、陽菜多に声をかけようとする。

 

 と、その時。

 

「おーい、こっち来てくれよ」

 

 校舎の入り口付近にいた剣持が皆に呼びかけてきた。

 

「剣持くんどーしたの? 」

「ほらこれ、探してた人形じゃないか? 」

 

 剣持が指差す先。

 そこには、階段の手すりに紐で吊るされたぬいぐるみがあった。

 手のひらサイズの、白上フブキをかたどったぬいぐるみだ。

 …………なぜか亀甲縛りなのは突っ込まないでおこう。

 

「早速一個発見だね」

「よし、じゃあ次行こう! 」

 

 ともかく、一個目のぬいぐるみをゲットした瞬達Aチーム。

 ゲームはまだまだ始まったばかりだ。

 

 


 

 

 西校舎1階廊下

 Dチーム(諸星唯・欠望アラタ・夏色まつり・兎田ぺこら・椎名唯華・星乃一歌・山風)

 

 

「おーし楽しもうぜレディースエーンドジェントルメーンッ! 」

「あたぼうよぉッ! この夏色まつりがついているんだ、大船に乗ったつもりで全身全霊で楽しもうぜイエーイッ! 」

「…………テンション高いなあお前ら。一体何キメたらそうなるんだ? 」

 

 欠望アラタは、最初からテンションフルスロットルな諸星唯と夏色まつりを、冷めたような目で見つめていた。

 

 なんでコイツらこんなにテンション高いんだろうか。

 いやまあ、アラタもわりとノリがいい方だとは自分では思っているのだが、コイツらは別格だ。レベルが違いすぎる。

 

「皆、装備はバッチリかな? あたしはバッチリさ」

「大丈夫、長引いたってこっちには非常食もある。な? 」

「不必要なぺこ虐はんたーいっ‼ 」

「あ、あの…………えーっと……だめだ、全然話聞いてくれない」

 

 少女達のよくわからんノリに完全に置いてけぼりを喰らったアラタは、喧騒から目を逸らして窓の外を眺める。

 チーム決めは完全ランダムなので仕方がなかったにしろ、誰か一人くらいブレーキ役を入れるべきだったのではなかろうか。気弱な山風では無理だし———

 

(あれ、もしかして俺がやらなきゃダメ? )

 

 ……どうやら、アラタ以外にいないらしい。

 それを認識した瞬間、一気に気が重くなる。果たしてこの面子の手綱をちゃんと握っていられるのだろうか。

 

(……あとは)

 

 星乃一歌。

 バンドユニット『Leo/need』のボーカル・ギター担当。

 彼女と関わるのは初めてなのだが、どうやら一歌も唯達のテンションにはついていけてないようで、遠巻きに眺めながら焼きそばパンを齧っている。

 

「あーごめんな、みんな騒がしくてさ。嫌だったりする? 」

「大丈夫だよ。この雰囲気、嫌いじゃないし」

「ならいいけどさ……」

 

 転生者のアラタは、前世では一応プロセカをプレイしていたので、一歌がどんな人物かはある程度把握しているつもりだ。

 前世で知っている作品の登場人物と実際に顔合わせるというのは、思っていた以上に緊張してしまう。アラタはこの時ばかりは、原作キャラにすぐアプローチ仕掛けようとする世の転生者達の図々しさが羨ましいと思った。

 

「さーてぺこーら、ぬいぐるみ探しちゃってよ」

「くんくん、こっちかもぺこ」

「ウサギの癖に犬みてぇだな」

 

 と、どうやらぺこらが何かを見つけたらしく、一人で先走って階段を登っていってしまう。

 呆れながらもぺこらについていくアラタ達。

 階段を上がり、東校舎に続く渡り廊下の前まで来た。

 その手前にあるのは、音楽室。

 

「へえ、ウチの音楽室ってこんな感じだったのか。音楽の授業選択してないから知らなかったな」

 

 足を踏み入れると、部屋の奥の方に鎮座するグランドピアノが真っ先に目に入った。

 開王学園高等部では芸術科目が選択制となっているため、生徒によっては一度も音楽室や美術室に踏み入れることなく卒業する奴も出てくるのだ。余談だが、アラタが選択している芸術科目は書道だったりする。

 

 と、2年生になって初めて入った音楽室の光景に興味津々のアラタ。

 そこに唯が、ニヤニヤと笑いながら囁いてくる。

 

「ねえ知ってる? この学校の七十七不思議。その中にあるんだよ、夜な夜なひとりでに鳴りだすピアノってのが」

「イマドキそんなテンプレな怪談があるかよ。てか不思議多いな! 」

 

 アラタは悪態をつきながら、グランドピアノに手をかける。

 その時だった。

 

 

「デででででっ」

 

 ズバシャンッ‼︎‼︎‼︎ と。

 帽子をかぶった半裸の男が天井を突き破り、グランドピアノを破壊して音楽室に降り立ってきた。

 

 

 

「……………」

 

 滑り倒したサプライズニンジャを前にして、呆れて何も言えなくなる一同。

 暫しの間を置いて、ようやく一歌が口を開く。

 

「……………………何なのこの人」

「よく来たな待ってたで弾き語りしながら」

「弾くどころか今派手にぶっ壊してたよね」

「お前らの望みは分かっている、このぬいぐるみだろう? 」

 

 男はツッコミを全無視しながら、帽子の中からいくつかのぬいぐるみをとりだす。

 舞元啓介に加賀美ハヤト、リゼ・ヘルエスタに西園チグサ。にじさんじメンバーの4人を模ったぬいぐるみだ。……なんか男の髪の毛がつきまくってて触りたくないのだが。

 

「オレの名はチャラオ・ツェペリ、このゲームの仕掛人の一人や。皆からは関西チャラ男と呼ばれとる」

「仕掛人…………? 」

「ああ、このゲームは学校の至る所に俺のような仕掛人が紛れ込んどる。そいつらの仕掛けるゲームに勝利すればぬいぐるみゲット、負ければ所持しているぬいぐるみは全部没収させていただく。どや、挑戦するか? 」

「するに決まってんだろ」

「よう言うたっ、それでこそ男やっ! 」

 

 歓喜の声をあげながら両手の指を鳴らすチャラオ。

 すると、どこからか複数のギターケースが両者の間に落ちてきた。

 

「オレの持ちかける勝負はギター対決やッ! どちらの演奏が上手いか真剣勝負といこうやないかっ! ちなみに勝負がつくまで音楽室(ここ)からは出られないからな」

 

 チャラオはギターをケースから取り出すと、目にも留まらぬ速度でギターを掻き鳴らす。

 素人でもわかるほどの見事なギターテクだ。

 

「ギターやれる? 」

「残念だけど俺、リコーダーと鍵盤ハーモニカ以外の楽器は触ったことないんだ」

「私マラカス握りつぶしたことあるよ」

「…………聞かなかったことにしよう」

 

 ド素人のアラタと蛮族な唯の返答を聞いた椎名は頭を抱える。

 どうしよう、早速詰んだかもしれない。

 ——と、その時。

 

「私が行くよ」

 

 名乗り出たのは、一歌だった。

 

「お前は…………Leo/needのボーカル、星乃一歌ッ! 」

「相手にとって不足はなし、だと思うけど」

「面白いッ! バンドガール相手とは光栄やッ! お手並み拝見と行かせてもらうでッ! 」

 

 勝負を受けた一歌は、ケースからギターを取り出して構える。

 両者の間には、西部劇の早打ち勝負のような緊張感が走っている。

 

 そして。

 

「「決闘(デュエル)ッ!」」

 

 

 ———決闘の幕が上がった。

 

 


 

 

 Aチーム

 剣道場前

 

「次はここに行くぞッ! 皆着いてこいっ! 」

YMD(イエスヤマダークネス)

 

 ひとつ目の人形を手に入れた瞬達Aチームは、ラプラスに連れられるがままに、グラウンドの端の方にある剣道場に足を運んでいた。

 

 ガラガラと音を立てて扉を開け、剣道場に上がり込む。

 そこら中を漂う汗の匂いに嫌な気分になりながらも、瞬達は進む。

 

「よく来たな」

 

 剣道場の中央。

 そこに居たのは、剣道着を着た眼鏡の少年だった。

 彼の背後には、他にも何人もの剣道部員らしき少年たちが集まっている。

 

「1年A組の日向(ひゅうが)です。先輩のことは善吉の奴から聞いてますよ、仮面ライダー」

「…………っ! 」

 

 そう言った途端、日向は温和そうな雰囲気から一変する。

 瞬が感じたのは、凄まじいまでの殺気。

 まるで得物を前にした猛獣のような、普通の高校生が持つべきでないソレを、目の前の少年は全身から噴き出させていた。

 

 日向の気迫に息が詰まりそうになる中、前に出たのは剣持だった。

 

「剣道なら僕の出番だな」

「剣持! 」

 

 前に出た剣持は、背中に背負っていたバッグから竹刀を取り出す。

 

「へえ、そんな細腕で相手になるのかよ」

「なるよ。にじさんじ舐めんな」

 

 剣持と日向は互いに竹刀を手に持って対峙する。

 

 

「お前たちが欲しいのはこのぬいぐるみだろう? 」

 

 日向はそう言うと、懐から剣持そっくりのぬいぐるみを取り出して見せつける。

 

「欲しけりゃくれてやる。ただし――俺達を倒せたらの話だがなッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 」

 

 日向がそう言った瞬間。

 日向以下開王学園剣道部が一斉に竹刀を持って襲い掛かってきた。

 

「のわあああああああああああっ⁉ 」

「あぶねえっ!! 」

 

 剣道部員たちが襲ってくると同時に、瞬は咄嗟に陽菜多を抱きかかえて回避する。

 標的を失った竹刀の突きはそのまま虚空を貫く。

 が、その突きにより生じた風圧のすさまじさは、真剣に匹敵するものだった。少なくとも瞬はそう感じた。

 

「安心しろ、殺しはしねえ。せいぜい保健室送りになるだけだ」

「あのこれ本当にゲームなんですよねッ⁉ なんかガチで殺されそうな勢いなんですけどッ⁉ 」

「よくあるだろ、モンスターハウスってやつ。それと同じだよ」

「ローグライクゲームじゃねえんだよッ! 」

 

 日向のズレた例えにツッコミを入れながら、瞬は竹刀を避ける。

 竹刀といえども当たればすごく痛いので、できれば当たりたくない。

 瞬は陽菜多を抱えたまま、剣道部員たちの猛攻を紙一重で躱してゆく。仮面ライダーとしての戦闘経験がまさかこんな時に活かされようとは夢にも思わなかったし考えたくもなかった。

 

「他の皆は――」

 

 次々と振り下ろされてくる竹刀を躱しながら、瞬は他のメンバーの状況を把握しようとする。

 剣持の方は竹刀で日向と激しい鍔迫り合いを繰り広げており、ハルの方は何故かスク水一丁になって忍者顔負けのアクロバティックな動きで竹刀を回避している。どうやらあの2人に関しては問題なさそうだ。

 

 そういえば、フブキとラプラスは?

 

 襲いかかってきた剣道部員を蹴り飛ばしながら、ホロライブの2人を目で探す瞬。

 

 剣道場の端。

 入り口から一番遠い壁際に、2人はいた。

 

 

 

 

「ラプちゃん行くよっ」

「え」

 

 ガシリと、フブキがラプラスの角を掴む。

 そして。

 

 

「えいよっと」

 

 

 ボキンッ!!!! と子気味良い音を立てて、ラプラスの片角をへし折った。

 

 

「……………………え」

「あの、なにやってんの? 」

 

 困惑するラプラスと瞬を他所に、フブキはへし折ったラプラスの角を剣のように構え、剣道部員たちを前に得意げになる。

 

「さあこれで得物ができたッ! さあ勝負勝負ッ! 」

「いや吾輩の角ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ! 折ったね! 部下たちにも折られたことないのにッ! 」

 

 角を折られて絶叫するラプラス。

 根元から思いっきり折られているせいで、どことなく角の断面が禿げ散らかしているように見えるのが、より悲壮感を漂わせている。

 これ大丈夫な奴なんだろうか? 救急車とか呼ばなきゃいけないよね? 

 瞬も陽菜多も、そして剣道部員たちすらも困惑と心配の間で揺れ動いていた。

 そこに、ハルが近づく。

 

 

「え、なに」

「なんかバランス悪いですしもう片方は私が頂きますね」

「ちょ――」

 

 

 

 が、無情にも。

 残ったもう片方の角も、ハルの手によってへし折られた。

 

 

 

「ちょっ…………追い討ちかけるんじゃねええええええええええっ!!!! 何やってんだお前っ、なんでこんなことした⁉ 」

「だって竹刀で襲われてるんですよ、こっちも武器のひとつやふたつあってようやくイーブンでしょ」

「その辺に竹刀とかあんだろッ! そっち使え! てかそんな尖ったもん振り回すな危ないから! 」

「普段怪人と死闘繰り広げてる貴方に言われても説得力皆無」

「それはそれ、これはこれ! ほら返してこいッ! 」

 

 しょうもない駄々を捏ねまくるハルから、なんとかしてラプラスの角を取り上げようとする瞬。

 ラプラスが可哀想だしそもそも角振り回すとか危ないしで、どこをどうとっても許容可能なところが一つもない。

 そんなこんなで揉み合いになっていた2人。

 

 

 

 が、その時。

 すぼーんっ! と小気味良い音を立てて、ハルの手からラプラスの角がすっぽ抜ける。

 

 

 そして、飛んで行った角はというと。

 

「がひゅ」

 

 ……剣持相手に牙突をやろうとしていた日向の額にブッ刺さった。

 

 

 

「…………………」

「えっと」

 

 ぐらりと。

 呆然とする一同の前で、頭から血を流しながら日向がぶっ倒れる。

 ピクピクと痙攣する日向の手から、彼が持っていた剣持人形が転がり落ちる。

 

 しんとする剣道場。

 しばらくして、若干申し訳なさそうな声色で、ハルがこう言った。

 

「…………最初の関門、突発ですね」

「悪・即・打ッ‼︎」

 

 直後。

 最もらしいことを言って誤魔化そうとしたハルに、瞬のゲンコツが炸裂した。

 

 

 

 


 

 

 

 旧校舎付近

 

 

 

「ではこれより、選抜試験を始めます。生き残った方には、空席となってるリバイブ・フォースとギフトメイカー、その栄えある一席を差し上げましょう。皆さま、存分に蹂躙なさってくださいね」

 

 ギフトメイカー・笠原はサングラスの奥の目をギラつかせながら、笑顔でそう語りかけていた。

 彼の目の前には、20人以上にものぼる転生者達。

 その全員が、オリジオンとして覚醒している。

 

「勝てばリバイブ・フォース入り…………! 」

「おまけについこの間の次元統合でVtuber共がこの世界に出現した。上手くいけばモノにできるかもしれねえ」

「なんだって⁉ それは本当かい⁉ 」

「ああ」

 

 笠原の言葉を耳にした転生者達は、皆口々に己の欲望を曝け出す。

 彼らは皆、ギフトメイカーの息がかかった転生者だ。己の欲望を満たすためならば平気で人を殺すし、人から奪う、俗に言う人間の屑だ。

 だがギフトメイカーはそれを至上とする。転生者達は、奪い壊し、成り上がることのみを求められている。

 それは今に始まったことではない。

 ギフトメイカーが転生のシステムを掌握したその時からずっと、長きにわたって続いている。

 

「さあお行きなさい! 君達の活躍を期待しています! 」

 

 笠原がそう宣言すると、転生者達は一斉に学園中に散らばってゆく。

 これより始まるのは、転生者達の苛烈な生存競争。

 仮面ライダー達はその為の(スコア)

 

 

 

 宝探しゲームの裏側にて、もう一つのゲームが幕を開けようとしていた。

 

 

 

 




ギフトメイカー側の戦力補強をどこでやろうかと悩んだのですが、この辺にぶち込むことに。
先延ばしにして薄味になるよりかはこっちの方がいいのかも。

前回から全然変身していない瞬ですけども、そろそろアクロスへの変身があるかも…………?


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第53話 宝探しゲーム②:些細にして致命的な敗因

宝探しゲームその③です。
前回に引き続いてコメディパートが続きます。
1.5章にはいってからアクロスへの変身がまだ1回もないというふざけた状況ですが、どうか許していただきたいです。

AMOREのほうに注力してたりアンデラに夢中になってたりしてたせいで結構間が空いてしまいました。ほんと申し訳ないです。




それはそうと、本日でアクロス&ハーメルン活動5周年を迎えました。
まさかこんなに長く続ける羽目になろうとは思わなかったぜ。自分の予想以上の遅筆っぷりに驚いてます。
…………全然話進んでなくてすみません。
これからも本作とわたくしをよろしくお願いいたします。


とりあえず本編GO!!


 

 

 

 宝探しゲーム開始から45分経過

 剣道場付近

 Aチーム(逢瀬瞬・九瀬川ハル・白上フブキ・ラプラス・ダークネス・天馬咲希・剣持刀也)

 

 

 

「…………大丈夫なんだろうか」

 

 剣道場を後にしながら、ふと瞬はそんなことを呟いた。

 

「なになに、どうしたのさ瞬くんや」

「いや、あの剣道部の人……日向とかいったっけ。ラプラスの角ぶっ刺さってたけど大丈夫なのかなって」 

 

 先程、瞬達は剣道場にて剣道部員達相手に大立ち回りをやらされていた。その結果、ラプラスの角がぶっ刺さるという大事故で剣道部主将・日向に勝利してしまったのだ。

 角、かなり鋭利だったように見えるし、結構大胆に額貫いていたと思うのだが、本当に大丈夫なんだろうか。取り乱して剣道場飛び出しちゃったけど、生きてるんだろうか。仮面ライダーが人殺しとか笑えないどころじゃないのだが。

 

 が、そんな瞬の心配はどこ吹く風。

 フブキは瞬の肩に手を置きながら、まあまあとなだめてくる。

 

「大丈夫だよ、ちょこせんせーあたりに任せてりゃなんとかなるって」

「あの吾輩もできれば保健室に行きたいんですけど」

「それくらい唾つけとけば治りますよ、ほら」

 

 ハルはそう言うと、自分の指を舐めて唾で浸し、それをラプラスの折れた角の断面に塗りたくる。

 ラプラスが唾を塗られながら何とも言えない恥ずかしげな声を出しているのだが、これ大丈夫なやつなんだろうか。

 そうしてハルは、角の断面同士を綺麗に接触させる。

 すると、

 

「あ、くっついた」

「お前の身体どうなってんだよ」

 

 ……もうツッコむだけ無駄に思えてきた。

 

「そういえばなんだけど」

「ん、咲希さんどうしました? 」

 

 咲希はそう言うと、チラリと後方に目をやる。

 そこには、瞬達から少し離れた辺りを遠慮がちについてくる陽菜多に姿があった。

 出会った時からそうだったが、パーカーのフードを目深く被っている為、顔もよく確認できていない。恥ずかしがり屋だったりするのだろうか。

 

「陽菜多くん……だったかな。ずっとあんな感じだから、何とかしてあげたいとは思ってるんだけどね」

「そうだよな……よしっ」

 

 咲希の話を聞いた瞬は、陽菜多の方へと近づいてゆく。

 すると、陽菜多はびくりと大きく身体を震わせた。

 ――ひょっとして苦手判定おりたりしてるのだろうか? だとしたらちょっとショックかもしれない。

 

 だが、その程度で臆する瞬ではない。

 ひとりだけいつまでも皆の輪の外というのは、なんだかんだ言って瞬からしても居心地が悪い。どうにかしてやるべきだろう。

 

「さっきからずっと黙り込んでるけど、具合とか悪かったりするのか? それとも人と関わるのが苦手だったり――」

「あっ……」

 

 そう言いながら、瞬が陽菜多の肩に手を回したその時。

 はらりと、陽菜多が目深く被っていたフードがずり落ちて脱げてしまった。

 

「…………な」

 

 瞬は。

 露となった陽菜多の顔を見て、呆気に取られていた。

 

「あ……………………ああ」

 

 さらりとした、青みががかった銀髪。

 美少女と見紛うほどの可憐な容貌。

 

 瞬だけでなく、ハルやフブキ、この場にいる全員が、露となった陽菜多の顔をまじまじと覗き込んでいる。

 だが、そんなことはどうでもよかった。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()

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 否、正確には思い出したというべきか。

 

 

「お前…………もしかして」

 

 瞬がそう言いかけた時。

 陽菜多は一目散にその場から逃げ出した。

 

「あ、ちょっと…………! 」

「おい待てッ、陽菜多ッ! 」

 

 行動は一瞬だった。

 瞬は皆を置き去りにして、慌てて逃げ出した陽菜多の後を追う。

 陽菜多は脱げたフードを再び目深く被りながら、校舎の中へと逃げてゆく。

 

(待てよ、俺はお前ともう一度話が――)

 

 それは瞬と陽菜多、両者にとって驚愕の再会。

 ――そして、その過去を知る者は、もうひとりいる。

 

 

 

 


 

 

 

 東校舎―西校舎間渡り廊下 

 Dチーム(諸星唯・欠望アラタ・夏色まつり・兎田ぺこら・椎名唯華・星乃一歌・山風)

 

 

 結論から言うと、チャラオ・ツェペリVS星乃一歌のギター対決は、一歌に軍配があがった。

 素人目からすればどちらも素晴らしい演奏だったのだが、流石現役バンドガールというべきか。厳正なる審査の末、一歌が勝利を勝ち取ったのだ。

 

 かくして、チャラオからぬいぐるみをゲットしたアラタ達Dチームは、次のぬいぐるみをゲットすべく校舎内を練り歩いていた。

 

「へくちっ」

 

 しばらくして。

 先頭を切って渡り廊下を歩いていた唯は、小さくくしゃみをした。

 

「なんだよ風邪か? 」

「いやぁ…………なんだか懐かしい気配がした気がしてさ」

「普通この流れだと噂話とかにならないかな? 」

 

 噂話をしているタイミングでくしゃみするというならばわかるが、懐かしい気配でくしゃみってなんなんだろうか。アラタには唯の言ってることがわからない。

 

「それにしても助かったよ一歌ちゃん。さっすがバンド女子、やっるう! 」

「即興にしては上手くやれたほうかな」

「これは…………負けてられないな」

 

 まつりに褒められて少し照れている一歌と、対抗意識を燃やし始める椎名。

 ゲームがはじまってそろそろ1時間が経過し、他人同士だった各チームにも少しずつ絆がはぐくまれ始めている。きっと他のチームも同じだろう。

 このゲームを通して、新たな絆が生まれる。

 そう思いながら、アラタはとある教室のドアを開ける。

 

「家庭科室――か」

 

 彼らが次に足を踏み入れたのは、家庭科室だった。

 シンクやIHの併設されたテーブルがずらりと並んでいる、その最奥。

 

 そこに、フードを目深く被った小柄な少女が座っていた。

 中学生ぐらいだろうか。

 

 ――だが、アラタにとってそんなことはどうでもよかった。

 問題は別のところにある。

 何故ならば、その少女は。

 

原賀(はらが)…………胡桃(くるみ)? 」

 

 そう。

 《《とある少年の運命の人のひとり》にして、超高燃費(はらぺこ)体質の女子中学生。

 世界観が思いっきりずれまくった世界の住人が、当たり前のようにそこに居た。

 

「ん、なんであたしの名前知ってんだ? 」

「ん、アラタどしたの? 知り合い? 」

「な、なんでもないなんでもない」

 

 要らぬ誤解が発生しているので、アラタは慌ててそれを払拭する。

 予想外の人物との遭遇に、思わず転生者としての素が出てしまったみたいだ。

 

 

 それにしてもこの世界、節操がなさすぎる。いったいどれだけの物語クロスオーバーさせる(くっつける)つもりなんだろうか?

 もしこの世界を作った神様がいるのならば、そいつは度を越した欲張り野郎に違いない。

 アラタはこの世界に転生してから随分立つの、最近はやたらと知ってる作品のキャラに出くわしまくるせいで胃もたれ気味だ。

 頼むからこれ以上カオスにしないでほしい。

 

「で、今度のお相手は君ってことでいいんだよね? 今度は何をするのかな」

 

 胡桃にそう訊ねるまつり。

 そこに、

 

「愚問だなッ‼ ここに彼女と俺がいるということが何を意味するのか、まさか分からないと申すのかいッ!!!!? 」

 

 ガタンッ、と音を立てて天井の板が外れたかと思いきや、そこから白いコック帽とコックコートを身に付けた少年が降りてきた。

 

「だ、誰ッ⁉ 」

「2年12組飯塚食人(いいづかくろうど)。食育委員長だッ‼ この並びを見てまだわからないというのかお前たちはッ!!!!? 」

 

 何故天井裏から出てきたとか、わからないのかと問われてもなんのことかわかんねーんだよとか、色々突っ込みたいところはある。

 が、雰囲気がそうさせない。

 有無を言わさない程の何かが胡桃と食人から発せられているのを、唯は感じ取っていた。

 

 そんな中、ひとりアラタは考える。

 メンバー内での唯一の転生者――原作知識を有する者として考える。

 原賀胡桃、飯塚食人。この両者に共通するものといえば――

 

「…………大食い対決、だろ」

「惜しい。確かにいい点はついてるが…………正確には()()()()()()

 

 食人はそう言うと、背後のテーブルを覆っていたカバーを勢いよく外す。

 

 カバーの下から姿を現したのは、山もりの焼きそばパンだった。

 基本的にクソマズい開王学園の学食において、数少ないアタリ食品。それ故に、昼休みのたびに希少な安牌を取り合うゴリゴリの争奪戦が繰り広げられている――というのは、この学園における周知の事実だ。

 

「あのさあ、前フリはいいからさっさと始めてくれないか。こちとら腹が減りすぎてイライラしてんだって」

「食欲旺盛なのは良いことだが、俺達一応仕事やってるわけだからさ。お金貰う分はしっかりしてもらわないと」

「…………チッ」

 

 腹の音を豪勢に鳴らしまくながら食人に抗議する胡桃。どうやらさっさと早食い対決に入りたいようだ。

 食人にたしなめられた胡桃は、ため息をつきながらアラタ達の方を向き直る。

 そして、

 

「全員でかかってきなよ――まあ、アタシらに勝てるワケないと思うけどさ」

 

 得物を前にした猛獣の如き鋭い眼光を、まっすぐに浴びせてきた。

 

「…………」

 

 原作知識を有するアラタだからこそ分かる。

 常人では勝負にならない。この二人に“食”で勝つには同レベルの怪物が必要になる。

 

 本来ならば即サレンダーするべきなのだろうが――アラタは違った。

 焼きそばパンの山の前の椅子に座ると、アラタば不敵な笑みを浮かべる。

 

「…………お前らは致命的なミスを犯したぞ」

「何? 」

 

 アラタの言葉に怪訝そうな顔をする胡桃。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう言ったアラタの隣には、いつの間にか一歌が腰を下ろしていた。

 ――その目には、途轍もない闘志のようなものが宿っていた。

 迫力だけならば、ギター対決の時以上のようにも感じる。

 

「皆、行くぞ」

「おっけーだよ」

「朝寝坊してご飯抜いてたから丁度いいや」

 

 唯やまつり、他のメンバー達も着席する。

 彼女達は胡桃達を恐れてはいなかった。

 形容するならば、勇敢なる戦士。

 その気迫を感じ取った食人は、歓喜交じりの声をあげる。

 

「…………ふふふふふふっ、面白い! 折角の対決なんだっ、腹はち切れるまで喰いまくってドカ食い気絶部と行こうじゃないかッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 」

「焼きそばパンなら別腹ッ!! わたしに焼きそばパンで挑んだことを後悔させてあげるッ!! 」

 

 

 そう。

 星乃一歌に対して焼きそばパンで挑むということ。

 それこそが、食人たちの最大の敗因となる。

 

 

 


 

 

 南校舎1階廊下

 

 

 

 瞬達が宝探しゲームに熱中している中。

 裁場整一(さいばせいいち)は、壁に寄りかかりながら缶コーヒーをちびちびと飲んでいた。

 

 フリーの武装探偵である裁場が何故ここにいるのかというと、平たく言うと依頼を受けたからだ。

 ホロライブ・にじさんじのライバー達が多数参加するこのゲーム。一応タレントである彼彼女達の安全は最大限保障されなければならず、そのための会場警備員といて呼ばれたのが裁場だった。

 本日は、裁場以外にも何人かの武偵が雇われて警備を担っている。

 彼らに課せられた任務は、イベント存続を妨げかねない脅威を秘密裏に排除すること。

 そのために、裁場は目を光らせ続けていた。

 

 

 ――そのセンサーに、引っかかった不届き者がひとり。

 

 

 とある教室の前。

 鼻歌を口ずさみながら手元の人形をいじくっている女性がいた。

 

 彼女はイベントの関係者ではない。

 事前に手渡された仕掛人・プレイヤーのリストには、彼女は載っていない。

 そして、この海王学園の生徒ですらない。

 

 ――では、彼女は何者なのだ?

 

「――何をしている」

「!! 」

「ここは関係者以外立入禁止のはずだ。もう一度問うぞ、ここで何をしている」

「そういう貴方こそ関係者に見えませんけど? 」

「その手に持っている者は何だ? ぬいぐるみ……ではないな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 裁場は少女が手に持っているぬいぐるみたちを指差して、その不自然性を指摘する。

 すると少女は、笑みを浮かべながらも、どこか苛立ち気味に裁場を突き放そうとする。

 

「邪魔しないでよ。ちょっとお掃除してあげただけなのに」

「誤魔化すのもいい加減にしたらどうだ? さっきから全然隠せてないんだよ、敵意がな! 」

 

 少女のはぐらかしを踏み越え、裁場が事実を突きつける。

 瞬間。

 少女の浮かべている笑みが、ゾッとするようなものに切り替わった。

 

《KAKUSEI PAPETTO》

 

 彼女が本性を現すと同時に、しゅるしゅると、無数の糸が彼女の身体にまとわりつき、オリジオン態へと変貌してゆく。

 それは、犬や猫、ライオンに羊と、様々な動物のぬいぐるみがごちゃ混ぜに入り交ざったぬいぐるみのキメラとでもいうような姿をした怪人だった。

 パペットオリジオン。

 それが少女の正体だった。

 

「姿を現したな、オリジオンッ!! 」

「残念。もうすこしスマートに行きたかったのだけど、こうなったら予定変更です。趣味じゃないですけど、貴方も私のコレクションに加えて差し上げましょう」

 

 パペットオリジオンはそう言うと、ふわりと後方に跳躍しながら、両の手のひらから糸のようなものを飛ばしてくる。

 裁場は素早く一歩後ろに下がって糸を回避すると、即座にクロスドライバーを腰に装着し、バックルにユナイトライドアーツを装填する。

 

「変身ッ!! 」

《CROSS OVER! 仮面ライダーユナイトッ!! 》

 

 変身しながら跳躍してパペットオリジオンの背後に回り込み、腰のホルスターからフュージョンマグナムを抜いて銃口を突きつける。

 

「おー怖っ、女の子にそんな物騒なもん向けるとかサイテーなんですけどっ‼ 」

「残念だが俺は男女平等主義者でな、オリジオンは男女その他関係なくぶち抜くって決めているんだ」

「へー、じゃあ死ねっ‼ 」

 

 罵倒と共に飛び出したパペットオリジオンの拳をユナイトは軽く打ち払うと、反対側の手に持ったフュージョンマグナムの銃口を彼女の胸元に押し当て、容赦なくその引き金を引く。

 すると、ババババババババババッ!!!!!! と激しい閃光と硝煙がまき散らされると共に、パペットオリジオンの身体が大きく吹っ飛んでゆく。そのままパペットオリジオンは控室の廊下から屋外まで放り出され、近くの木の幹にしがみつきながらよろよろと立ち上がる。

 そこに、ユナイトがフュージョンマグナムの銃口を突きつけながらゆっくりと歩みよってくる、

 そして、問い詰める。

 

「答えろ、ここで何をしていた? 」

「答えるわけないじゃん、あんたみたいなクソ野郎に。これはわたしとあの子だけの問題なんだから――さあっ‼ 」

「ふんっ‼ 」

 

 パペットオリジオンはキレながら、両手から糸のようなものを飛ばしてきた。

 しかしそれらは、ユナイトの精密射撃で次々と撃ち払われてゆく。

 

「その程度の小細工は効かないぞ」

 

 糸をすべて撃ち払ったユナイトは、続けてパペットオリジオンを撃つ。

 しかし、パペットオリジオンは糸を素早く伸ばして自身の前方に盾を展開し、光弾を受け止めてしまう。光弾とまともに相殺出来てしまうあたり、どうやら彼女の操る糸は見た目以上の強度を有しているようだ。

 

「銃は効かないか……ならばそれをぶった切るまでだッ!! 」

《LEGEND LINK!! Fight your destiny, awaken, warrior! LINK BLADE!》》

 

 銃撃は効果がないと判断したユナイトは、ブレイドライドアーツをドライバーに装填しリンクブレイドにフォームチェンジする。どうやら瞬から事前にライドアーツを借りていたようだ。

 変身した姿はアクロス・リンクブレイドと似てはいるが、複眼の色や形、アンダースーツがユナイトの者に変化している。

 ユナイトはリンクブレイドの拡張武装である、ブレイラウザーに似た片手剣・偽聖剣クロスラウザーを手に持つと、それを以てパペットオリジオンの糸の盾を切り裂こうとする。

 

「はあああああああああああああっ! 」

「っ…………‼ 」

 

 ユナイトの思惑通り、糸の盾は容易く切断された。

 そのままユナイトは、盾を失って動揺するパペットオリジオンにクロスラウザーによる刺突をお見舞いする。

 腹部を剣先で突かれたパペットオリジオンは、苦悶の表情を浮かべながらも、両手から大量の糸をのばして球状にし、それをユナイトに叩きつけて反撃する。

 光弾をまともに通さない強度の糸、それが球の形をとって質量兵器としてユナイトに牙を剥く。

 ユナイトの視界いっぱいに広がって迫りくる大玉。

 しかし。

 

「わかっているはずだ、お前の糸は俺の敵ではないっ! 」

 

 一閃。

 ひと刹那の間に振りぬかれたユナイトの一撃が、巨大な糸玉をいとも容易く両断してしまった。

 両断された糸玉は、ズドンっ! と大きな地響きを立てながら地面に落ちる。そして、それを目にしたパペットオリジオンは目に見えて狼狽えだす。

 

「トドメだっ! 」

 

 その隙を、ユナイトが見逃すはずがなかった。

 地面を強く蹴り、クロスラウザーの一突きでとどめを刺そうと、一気に距離を詰める。

 

 

「このわたしがっ…………‼ 」

「お前の野望はここで潰えるっ! 大人しく罪を償えっ! 」

 

 ユナイトの剣先が、パペットオリジオンを刺し貫く。

 ――その寸前。

 

 

 

「ざーんねーんでしたっ☆ 」

「!! 」

 

 突如として、パペットオリジオンの肉体が無数の糸となって分散した。

 標的を失って空を貫くユナイトの刃。

 それを嘲笑うかのように、どこからかパペットオリジオンの声がする。

 

 

「怪人を倒さんと威勢よく戦いを挑んだ仮面ライダー。だけどだけどっ、貫こうとしたそれは糸で作られた分身だった……ってね」

「っ! どこだっ⁉ 」

 

 直後。

 バヒュンッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! と、目にもとまらぬ速さでユナイトの四肢にパペットオリジオンの糸が絡みついた。

 

「なっ…………この速さっ、先ほどまでとは段違いだっ…………‼ 」

 

 手首足首に絡みついた糸は、着々とその面積を増してユナイトの体表を覆わんとしてくる。

 ユナイトは糸を振りほどこうとするが、なぜか身体に力が入らない。糸に覆われた箇所から、どんどん身体の力が抜けてゆく。まるでそこだけ神経が無くなってしまったかのようだ。

 そうこうしているうちに、首から下のほとんどが糸に埋もれてしまった。

 ぐぐぐ、となんとか首を上にあげるユナイト。

 その視界には、木箱に腰掛けながら此方を見下すパペットオリジオンの姿があった。

 

「仮面ライダーも大したことないんですね、とんだ拍子抜けです」

「いつの間に分身を――そうか」

 

 最初から分身だった場合を除くと、戦いの最中でパペットオリジオンが分身と入れ替わるタイミングはひとつしかない。

 あの糸玉を作った時だ。

 ユナイトの視界を覆うほどの大きな糸玉。それを目くらましとして利用し、糸で作った分身と入れ替わっていたのだ。

 そう考えているうちに、ユナイトの顎にパペットオリジオンの糸が巻き付き始めた。

 既に首から下の感覚はなくなっている。

 完全に詰んでいる(チェックメイト)

 

「なにを……する気だ……? 」

「安心してください、命までは取りませんよ」

 

 しゅるりと。

 ユナイトの複眼に糸が絡む。

 

 

 

 

「ただ、陽菜多君へのプレゼントのひとつになってもらうだけですから」

 

 

 

 

 その言葉を耳にしたのを最後に、ユナイトの意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 




まさかの奴が出てきてしまいました。

出すべきかどうかちょっと悩んだのですが、もっとクロスオーバーらしいことやらねば&せっかくの早食い対決ならコイツ出すしかねえ! と思って出しました。
後々恋太郎にも出てもらわないとですね。
…………気が重いなあ。



さて、後半のユナイトVSパペットオリジオンから分かる通り、次回から本格的にバトル色に染まっていくと思います。皆さん大変お待たせいたしました。ようやくドンパチが始まりますよ!
さあ、サバイバルの始まりだ!


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設定集
キャラクターズ・ファイル(オリジナル編)※随時更新予定


設定とかを垂れ流す場所。主に自分用。
随時更新

ここでは主にオリキャラ・用語・世界観メインで紹介していきます


◆MAIN KAMENRIDER

 

 

 

逢瀬瞬(おうせしゅん)

ICV榎木淳弥

本作の主人公。髪型は……例えるならばHACHIMANと神様の言うとおり弐の明石靖人の中間と言えばいいだろうか。少なくともイメージの方向性はそう。

周囲の勝手な事情で振り回され、口ではあーだこーだと言いながらも結局人助けしてしまう、典型的なやれやれ系主人公。ただしこれは、半ば強引な経緯で仮面ライダーになったことによる反発心からくる態度。根は素直なので、話が進むにつれてやれやれ系な要素は薄れていっている。

基本的には良識と、人並み以上の正義感と責任感を持った普通の高校生。

 

両親とは幼いころに離別しているが、生きているのか死んでいるのかは知らないらしい。

現在は叔父と妹、居候の幼女×2と野良猫と共に暮らしている。

 

 

■仮面ライダーアクロス

 

身長    198cm

体重     90kg

パンチ力 16t

キック力 24t

ジャンプ力 35m

走力  100mを3.5秒

《CROSS OVER!思いを!力を!世界を繋げ!仮面ライダーアクロス!》

 

クロスドライバーとアクロスライドアーツを使って逢瀬瞬が変身する仮面ライダー。

菱形上の肩アーマーは左右で色が異なり、右が赤で左が青。黒を基調としながら、手足にはオレンジのラインが走り、胸部装甲や膝当て等は銀色。腹部には映像フィルムのような模様がある。

 

変身シークエンスは、 

液晶から無数の光の線が飛び出してに巻き付く→全身が包まれた後、背後から振子がぶつかる→光がはじけとんで変身完了。

 

変身解除シークエンスは、

アクロスがテレビの砂嵐状のシルエットに変化→アーマーが霧散して解除。

必殺技音声は《(レジェンドリンク時はここにリンク状態のライドアーツに関連した語彙が追加)CROSSBRAKE》。

 

 

武装など

 

●クロスドライバー

変身ベルト。バックル上部に2つのライドアーツの差込口があり、そこにライドアーツを刺した後に差込口ごと横に90度倒すことで、ライドアーツの力を解放する。装着者から見て右側がアクロスライドアーツ、左側がそれ以外のライドアーツ専用の差込口。バックル中央部には円盤状の液晶があり、そこにライダーズクレストなどが浮かび上がる。

一度差込口を起こして、ライドアーツを抜かずに再度倒すことで必殺技を放てる。レジェンドリンク状態の際は2つの差込口を同時に動かす。

 

●ツインズバスター

専用武装。平成ライダー御用達の銃剣。

銃形態が基本モードであり、そこから折りたたんでグリップと銃身を接続すると、銃身の最後尾から柄が生え、結合したグリップと銃身が刀身となる形で変形する。

ガンモードではグリップ下部に、ソードモードでは柄の先端にライドアーツの差込口があり、そこにライドアーツを差し込むことで必殺技を放つ。

 

●クロシングチェイサー

専用バイク。専用のライドアーツをドライバーに使うことで何時でもどこでも手元に呼び出すことができる。最高時速は時速200kmと言われているが、そんな速度を日本の公道で出せるかと言われたら出せない。乗り手の技量次第では壁面走行もお手の物。

ちなみに開王学園はバイク通学が禁止されているので、これで学校に通うことはできない。

専用マシンの割には活躍がいまいち。なんならエンストしている。

 

 

■必殺技

《クロスオーバーシュート》

ライダーキック。

勢いよく飛び上がった後、額から標的に向かって光の軌跡を生成。その後、その軌跡に沿って急降下しながら蹴りをぶちこむ。

 

《クロスオーバースラッシュ》

剣技。ツインズバスター・ソードモードにアクロスライドアーツを装填して発動。

オレンジの光を纏ったツインズバスターで相手を素早く斬る。

 

《クロスビクトリースラッシュ》

リンクネプテューヌ時の必殺技。リンクネプテューヌの能力で生成される専用武装の大剣・パープロンに紫色の光を纏わせ、相手をVの字に切り裂く。斬撃を飛ばすバージョンもある。

 

《ブーステッドインパクト》

リンクドライグ時の必殺技。幾重にも倍加した腕力に物を言わせて重いきり相手をぶん殴る。

 

《虹彩のスパイラル・ストライク》

リンクペンデュラム時の必殺技。

遊矢のペンデュラムの幻影と共に、虹色の光を纏った足で相手を蹴り抜く。

リンクペンデュラム自体が分身や短距離の瞬間移動能力を有している為、回避が難しい。

 

《ボルテージクロスシュート》

リンクビルドの必殺技。

基本的にはビルドのキックと酷似した演出だが、出現するグラフが、標的を頂点とした下に凸の放物線グラフとなってる。

 

《クイッククロスオーバーシュート》

リンクカブトの必殺技。

クロックアップ状態で放つクロスオーバーシュート。基本的なモーションはクロスオーバーシュートとそう変わらないが、蹴りの直前で瞬間的に超加速をすることで、威力を何倍にも高めている。

 

 

裁場誠一(さいばせいいち)

ICV武内駿輔

フリーの武装探偵として活動する青年。目つき怖い眼鏡のイケメン。

その実はクロスドライバーで変身する、本作オリジナルの2号ライダー・ユナイトの変身者。本人が武偵・AMOREエージェントという経歴なため、そこで培われた戦闘能力は瞬を遥かに凌ぐ。

 

元々は責任感と正義感に溢れたAMOREエージェントだったが、バルジを取り逃したせいで灰司の世界の滅亡という結果を招いてしまい、その責任と自身の無力さからAMOREを退職し、武偵として活動しながら独自にギフトメイカーを追っていた。

灰司が復讐の道に走ってしまったことに負い目を感じており、彼を止めるべく立ちはだかる。

 

■仮面ライダーユナイト

 

身長    200cm

体重     94kg

パンチ力 12t

キック力 20t

ジャンプ力 36m

走力 100mを3.2秒

《CROSS OVER!正義の意志をフュージョライズ!不撓不屈のウォリアー!仮面ライダーユナイト!》

 

クロスドライバーとユナイトライドアーツを使って裁場が変身するライダー。アクロスの同型機。デザインモチーフは遊戯王OCGの「融合」カードと軍服。

変身シークエンスは

背後に光り輝く渦が出現→渦から装甲が渦の回転に沿って裁場の近くに飛来→装甲が次々と全身に装着、

という流れ。

 

●クロスドライバー

アクロスのものと同じなので説明は割愛。

 

●フュージョンマグナム

銃型のユナイト専用武装。腰のホルスターに携帯している。

ツインズバスター・ガンモードよりも精密性・射程距離・火力のあらゆる面を上回る。そのぶん撃った際の反動が大きいので、猛練習しないと取り扱いは難しい。

ライドアーツを差し込むことで、発射する光弾の性質を自在に変えられる。

 

●ユニオンジャルグ

槍型のユナイト専用武装。背中に背負っており、使わない時は短く畳んでいる。今のところ本編未使用。

 

●マッハフージョナー

専用バイク。今のところ本編未使用。

 

 

■必殺技

 

《アブゾーブシュート》

キック技。

フュージョンマグナムからブラックホール弾を撃ち込んで着弾した相手を拘束。そのままドロップキックを叩き込む。逃げようのない、殺意満載の必殺技。

 


 

◆MAIN CHARACTER

 

諸星唯(もろぼしゆい)

ICV安済知佳

金髪ショートの女の子。

初期設定では低身長かつぺたんこだったけど、色々とあって身長も胸も平均サイズになった。

瞬の幼馴染みであり、瞬が今の感じになるきっかけを作った。とにかく周りを巻き込むタイプの人間であり、周囲の人間をぐいぐい牽引してくバイタリティあふれる元気な少女。

何の力もないが、胆力は瞬以上であり、オリジオンに自ら突っ込むなどの無謀な真似も辞さない勇敢なヒロイン。

身体能力抜群であり、中学時代は陸上をやっていたが、あまりの化け物っぷりに多くの部員の心をへし折ってしまい、引退者を出したことに責任を感じて現在は引退している。

 

当初は普通の人間……と思われていたが、池袋編にてレイラに襲われた際に謎の力に目覚める。

バリアを生成して志村と自身の身を守ったうえ、レイラにかけられていた洗脳を強引に解除して彼女を“壊して”しまった。当人はその時のことを覚えてはいないようだが、この力は一体……?

 

逢瀬湖森(おうせこもり)

ICV桑原由希

瞬の妹。結構だらしない性格。

瞬がアクロスになった当初は、それをどう受け止めていいのかわからなくなり、距離を置いていたが、色々あって瞬の在り方を認めるようになった。

唯にべったりしている。トモリのことは鬱陶しいと思っている。

 

欠望(かけもち)アラタ

ICV増田俊樹

茶髪センター分け。作者の中では一番デザインが安定しない。

姉と2人の元艦娘と暮らす少年。友達思いなまっすぐな性格の持ち主であり、一誠とは高校入学時からの仲。

大鳳のことは単なる家族以上に思っているようで、彼女が傷つけられた際は、何もできなかった自身の無力さに悩み抜いた挙句クロスドライバーを盗むという暴挙に出たことも。

……まあ、それ程までに大事に思っている。

 

実は転生者なのだが、転生特典については一切語らない。何故……?

 

■ヒビキ

ICV悠木碧

ネプテューヌと共に瞬の家に居候している幼女。名前意外の記憶を失っているらしい。

唯以上の世話焼きであり、少し目を離したら誰かを助けてる。オリジオンにも物怖じしない肝っ玉幼女。

 

とある秘密があるようだが?

 

九瀬川(くせがわ)ハル

ICV高橋花林

黒髪ショートボブで常にジト目気味。

スク水大好きオタクガール。日課はスク水をキメる事。普段の服の下に常にスクール水着を着ている変態。生粋のアッパー系陰キャガールであり、空気が読めない言動が目立つが本人もに気している模様。

 

部員不足で廃部通知が出されていた漫画研究部を存続させるべく、黒神めだかの協力の元瞬達を部員として引き入れることに成功した。オリジオン騒動に巻き込まれた後は、漫画研究部の名称をノリでOrigion Counters部と改称した。

 

志村優始(しむらゆうし)

ICV永代翼

瞬達のクラスメイト。肩まで伸びるサラサラの金髪が特徴。

本人曰く「ルックス以外にいいところ無しのダメ人間」。

ドジで小心者だが、間違っていることは間違っていると言える度胸も併せ持つ。本作の賑やかし筆頭。

 

(みなと)トモリ

ICV坂本真綾

都内の大学に通う女子大生。環士郎の教え子の一人。

ヨッシーオリジオンとして児童誘拐を繰り返す転生者の友人を止めようとしたが叶わず、一緒に誘拐されたのだが、仮面ライダーとして戦う覚悟を固めた瞬の手によって助け出される。その後は唯がちょくちょくお見舞いに行っていたらしく、そこで唯と仲良くなった。

 

悪い人ではないが、恩返しの気持ちが空回りしまくっているので逢瀬兄妹からは鬱陶しがられている。

実はお腹が弱く、些細なことで腹をくだす。

 

■フィフティ

ICV櫻井孝宏

瞬にクロスドライバーとライドアーツを託した謎の青年。外見はぱっと見黒い某花の魔術師。

「仮面ライダーの導き手」を自称し、事あるごとに瞬の前に現れてはいろいろと諭したり説明したりするが、肝心な時に限って出てこないので、瞬からは全くと言っていいほど信用されてはおらず、それどころか不審者呼ばわりされている。しかし、味方側で唯一、ギフトメイカーや転生者、次元統合について詳しく知っている唯一の人物でもあるため、その知識は頼りにされている。

 

結構陰湿な性格でもあり、クロスドライバー盗難事件を起こしたアラタに対しては露骨に態度が悪い。しかし、特訓には付き合ってあげているあたり、完全に嫌っているわけではない模様。

灰司とは面識があるようだが、詳細は不明。

 

どうやら不老不死の存在らしく、ギフトメイカーに致命傷を負わされても何事もなかったかのように平然としており、それどころか自身の血を自在に操るという芸当も見せた。

 


 

●ギフトメイカー

転生者を唆してオリジオン化させている集団。転生者の中から、新たな転生神を生み出すべく活動している。

ギフトメイカー自身もオリジオンであり、その実力は普通の転生者を遥かに凌駕する。

転生システムを支配している為、今いる転生者の大半は初めからギフトメイカーの息のかかった屑ばかりになっている。

 

 

■ティーダ

ICV北田理道

ギフトメイカーのリーダー格。

別にスーパータイムジャッカーではないし、コンボが気持ちいい奴でもない。

非常に傲慢な性格であり、無理矢理オリジオンを暴走状態にするなど容赦がない。

その傲慢っぷりは部下にも容赦なく向けられるので、他のメンバーからは内心ではめちゃくちゃ嫌われている。それでも実力は最強クラスなので他のメンバーは誰も逆らえない。

 

笠原(かさはら)

ICV平川大輔

黒スーツにサングラスという、逃走中のハンターのような見た目をした男性。

ギフトメイカーの一員として、冷静に自身の仕事を全うしている。

 

■レド/ブレイドオリジオン

ICV山下大輝

ギフトメイカーの中では最年少。見た目はチャラそうな童顔の少年。コーカサスビートルアンデットの人間態をイメージすれば分かりやすい。

見た目通りの軽い性格で、あまり深く考えずにオリジオンを生み出している模様。

 

オリジオンとしての能力は、本家ブレイド同様にスペードスートのラウズカードの能力を自在に使うことが可能。カードをラウズする必要なしに発動可能なため、本家よりも隙が無い。他にもトランプ型爆弾やカード手裏剣も披露する。

 

■リイラ

ICV本渡楓

ギフトメイカーの一員。昆虫の触覚や足らしきものが頭や背中から生えてる紫髪ゴスロリ少女。ぶっちゃけ蠱惑魔の中に混じっててもおかしくなさそう。

レド以上に享楽的で残忍な性格。その実力は未知数。

姉であるレイラのことは無能と見下しており、バルジの玩具にされている現状もなんとも思っていない。

以前は姉妹揃って暮らしていたようだが、ある時を境にレイラの前から姿を消し、ギフトメイカーの一員になった。

 

なぜが瞬からは“唯に近しい存在”との認識を受けているが、その理由は不明。

 

■レイラ

ICV豊崎愛生

リイラの双子の姉。だがぶっちゃけあんまり似ていない。ごつい軍服を着た銀髪のおねーちゃん。

妹とは違って堅物であるのだが、その割には色々と変な行動を取っている。あと最近は頭痛が酷いらしい。バルジの事は普通に嫌い。

原理は不明だが、武器を自在に生成する能力を有しており、それによる物量押しで闘う。……エミヤ?

 

実はバルジに洗脳されており、本来の彼女は、少なくとも自分から悪事に加担するような性格ではない。

経緯は不明だがリイラと離れ離れになり、彼女を探してギフトメイカーに行き着いたはいいものの返り討ちに合い、洗脳されて手駒となっているのが真相。そのためギフトメイカーのメンバー内での地位は一番低く、メンバーからはあらゆる面で冷遇されている。

 

■バルジ/ピカチュウオリジオン→イガリマオリジオン

ICV山下誠一郎

ギフトメイカーのマットサイエンティスト。倫理観も良識もハナから持ち合わせておらず、ただ自分が楽しみたいからという理由でギフトメイカーをやっている。(ギフトメイカー全員そんなもんだろとか言わない)

灰司の世界を滅ぼしたり、レイラに洗脳プレイを施したりと悪趣味な面が目立つが、彼自身はそれらを全く悪いとは思っていない。それどころか盛んに灰司を挑発している。

実験と称してレイナーレ一派を監禁するなどしているが、その目的は……?

 

転生特典は当初はピカチュウの力と思われたが、それはカモフラージュであり、真の転生特典はシンフォギア・イガリマ。徹底的に相手を煽って冷静さを奪いながら、切れ味抜群の大鎌を難なく取りまわす。

 


 

●リバイブ・フォース

ギフトメイカーお抱えの精鋭転生者の集まり。定員は4名。

優秀だと見込まれた転生者の中から選抜され、ここで更に成果を上げればギフトメイカーの正規メンバーに昇格し、他者をオリジオン化する力を得られる。

残りの1人はまだ未登場。中々出すタイミングに恵まれない可哀想な奴等である。

 

■タロットオリジオン

ICV三木真一郎

劇中最初に現れたリバイブ・フォース。見た目は理知的な男性だが、人間態の名前は現時点では不明。

21枚のタロットカードに即した能力を持つ。

モチーフは仮面ライダーキバに登場するチェックメイト・フォーのビジョップ。

 

藤宮泡不(ふじみやほうふ)/ブギーポップオリジオン

ICV一之瀬加耶

リバイブフォースの紅一点。性悪ギャル。

 

転生特典は“世界の敵の敵”ことブギーポップ。

本家同様に切れ味抜群の鋼鉄ワイヤーを自在に駆使して戦う。

 

■???/ガングニールオリジオン

ICV藤原夏海

自我を殆ど喪失しているバーサーカー。その為正体は不明。

驚異的なパワーとタフネスを誇り、度々アクロス達の前に現れてはその都度苦戦させている。

 

転生特典はシンフォギア・ガングニール。

本来の使い手どうように強靭な肉体を惜しみなく使った肉弾戦を得意とする。

 

**************************************

 

●AMORE

正式名称は転生者秩序維持同盟(Alliance to Maintain the Order of Reincarnations) 。(主にギフトメイカーのせいで)悪化する転生者事情をどうにかすべく、転生者犯罪に心を痛めた、良識ある転生者達が作り上げた自治組織が前身となって作られた警察組織。次元を超えて転生者犯罪を取り締まっている。

エージェント達は“転生者狩り”と呼称されるが、これはあくまで転生者達による蔑称。よっぽど凶悪な転生者でない限りは殺さずに逮捕し、更生施設送りにするのが普通となっている。

構成員は転生者も非転生者も多種多様。

 

 

無束灰司(むつかはいじ)

ICV千葉翔也

悪意のある転生者を粛清する秘密組織「AMORE」のエージェント。

長年転生者狩りとして戦ってきたが故に、卓越した戦闘技術をもち、多数のダークライダーに変身することができる。

冷酷であろうとするが、なりきれない性格。転生者狩りとして数多もの悪意を目の当たりにしてきたために、人の善性をハナから信じておらず、そういう面をはじめとして瞬とはとことん折り合いが悪い。

 

バルジに世界を滅ぼされており、復讐の為に転生者狩りになった。復讐が果たせるならな自身の命などどうなっても構わないと考えており、相討ちなら上々、もし仮に復讐を遂げながらも自分が生き残っても、その後で自ら命を絶つつもりらしい。そのため、裁場からは復讐をやめるように言われているが、本人は聞く耳を持ってはいない。

18話で上層部からアクロス監視の任務を受け、素性を隠して瞬達に接近したが、25話で瞬に正体が露見した。

 

御手洗倫吾(みたらいりんご)

ICV島崎信長

AMOREエージェントの一人。灰司の後輩であり、彼に憧れている。

お調子者であまり後先考えない面が目立つものの、基本的には人当たりのいい好青年。

 


 

◆その他勢力

 

霧崎律刃(きりさきりつは)

ICV丹下桜

ヒビキとともに悪質転生者に攫われていたロリ。つかみどころのない性格だが、ワームによる虐殺を目の当たりにしても全く動じないレベルに肝が据わっており、彫刻刀でワームの群れを一網打尽にするほどの実力を持つ。どうやら転生者のようだが……?

 

■セラ・フルルスローネ

ICV石川由依

転生者に攫われた大鳳の前に姿を表現し、大鳳を救出した少女。

普段は燻んだコートに身を包んだ目立たない格好だが、必要とあらばファンタジックな女騎士然とした姿に変身して悪を討つ、高潔な精神と高い実力を併せ持つ少女騎士。

どうやらある人物を探しているようだが、果たして探し人は見つかるのだろうか。

 

どういうわけか瞬達からは“唯に似ている”と言われている。何故そう思ったのかは、言った当人たちも含めてわからない。

 

潮原東吾(しおはらとうご)

ICV佐倉綾音

舞網鎮守府提督を務める軍人。

元は普通の人間だったのだが、軍の暗部が行っていたとある実験に巻き込まれた結果、軽巡・川内の姿となってしまった。一応元から舞網鎮守府にいる川内との区別をつけるため、普段は白い軍服を着用している。

提督の中ではまだ若輩者だが、癖の強い艦娘達をまとめ上げる人望の強さと、海の安全を守る強い責任感を併せ持った人物。

欠望姉弟とは新人提督時代からの縁であり、ちょくちょくプライベートでも交流がある。

 

 

逢瀬環士郎(おうせかんしろう)

ICV土師孝也

瞬と湖森の叔父。親代わりとして2人の面倒を見ている。

大学教授であり、瞬曰く、大學では考古学かなんかを研究しているらしいが、詳しいことは瞬にもよくわからないらしい。

ネプテューヌやヒビキの居候を快く受け入れる懐の広い人物。

 

順一郎おじさんや美杉教授のパチモンとか言わない……言わないの!

 

欠望一希(かけもちいつき)

ICVかないみか

アラタの姉。

艦娘専門のカウンセラーをやっている。

現時点ではほぼモブ。

 


 

◆用語集

 

 

●オリジオン

本作の敵怪人。転生者の転生特典を意図的に暴走させる事で誕生する。転生特典自体、だいたいどこかで見た事あるようなやつばっかなので、そこから生まれるオリジオンはいうなればアナザーライダーなんでも版。

総じて元となった転生特典よりも凶悪な能力を有している。

変身シークエンスは、体表に無数のジッパーが現れ、それが閉じてゆく形で変化する、というもの。

共通して、身体のあちこちにジッパーがくっついているが、これは「どれほど外面を格好良くしようが所詮ごっこ遊びでしかない」という表れ。

別に元ネタと同じ力を使わないと倒せない、とかいった制約はない。

 

●転生者

死んだ人間が前世の記憶を残した上で、別の世界で生まれ変わったもの。ぶっちゃけハーメルンに入り浸ってる読者の皆さんには説明不用だと思う。

共通してなんらかの転生特典を持つ。

現在はギフトメイカーが転生システムを支配しているため、転生してくる人の大半が悪人だったり誘惑に負けるような心が弱い奴ばかりになっている。

ただ勘違いしてはならないのは、転生者=悪ではないということ。

悪い奴もいれば、その分いい奴もいる。それは至極当然のことなのです。

 

●ライドアーツ

鍵のような形状をした、本作のコレクションアイテム。

クロスドライバーの資格者が、原作キャラとの絆をはぐくんだ証。

 

●次元統合

世界同士が勝手に融合する現象。

統合された世界は、あらかじめ1つの世界として誕生していたように歴史が書き換えられる。なので基本的にその世界の住人は次元統合には気付けない。

 

世界同士が融合するのはよくある事であり、それ自体が危険というわけではないのだが、それはあくまでも世界観が近しい世界同士での話。あまりにも多くの、かつ差異の大きい世界同士がくっつきすぎると、世界自体が耐えきれずに崩壊を引き起こしてしまう。

また、融合する世界の組み合わせによっては、一方の世界がもう一方の世界を完全に上書きしてしまう事もある。

1話で起きていたのはコレ。

 

ルール的にはジオウやディケイドのそれに近い。

 


 

◆世界観

幾つもの世界が存在している。所謂マルチバース。

ただしなんらかの理由でそれらが一つになりつつある。

 

●天統市

瞬達の住んでる街。東京23区からそう離れてはいないが、大都会というわけではない。

市の半分がメガフロートで構成されている。

お隣にレオ・コーポレーションのお膝元の舞網市があるので、あちらほどではないが、少なくとも学校にアクションデュエル用の機械が併設されているくらいにはデュエル関連の技術が普及している。

少なくとも駒王町・神織島等が次元統合によって混ざった結果の産物。

 

●舞網市

「遊戯王ARC-V」の舞台のひとつ。遊矢達の住む街。

デュエル業界の最大手である大企業レオ・コーポレーションのお膝元であり、デュエル関連の技術産業が他の都市よりも発達している。

 

●開王学園

瞬達の通う学校。

次元統合のあおりを受けてかなり変質しており、校舎の間取りからして元の面影を残してはいない。

少なくとも統合前はそれぞれ“箱庭学園”“駒王学園”“彩海学園”と呼ばれていた3校が融合しているが、実情は定かではない。悪魔が裏で手を引いていたり、フラスコ計画が行われていたりと表も裏もカオスを極めている。

 


 

◆その他

 

●各原作の初登場時点での時間軸

ストブラ→1巻中盤。ただ原作追いながら書いてるから設定無視が多数

HSDD→原作1巻の冒頭。

ARC-V→アニメ最終回から2年後。ただし……

ビルド→少なくとも新世界後

カブト→加賀美がガタックの資格を得た辺り

めだ箱→喜界島加入前

ネプテューヌ→VII以降

デュラララ‼︎→SHを想定

淫夢→淫夢に時系列とかある訳ないだろいい加減にしろ!

緋アリ→3〜4巻あたり。

ブレイド→桐柳さん死んだあたり

 

 

 

イメージOP

澤野弘之&岡崎体育「膏」(1〜23話)

水樹奈々「ETERNAL BLEZE」(24話〜)

イメージED

BUMP OF CHICKEN「なないろ」(1〜23話)

SunSetSwich「モザイクカケラ」(24話〜)

 

戦闘曲

水樹奈々「アンティフォーナ」

 

 




私はこういうの更新するのだるくなるタイプ。
次の更新は1.5章中にやる予定。


原作キャラ関連のオリジナル設定ややオリジオン紹介のまとめは別途作ります


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オリジオン紹介(序章~1章編)※ネタバレ注意

一般オリジオンの紹介まとめです
一応紹介がなかった序章のやつらもまとめています。


 

************************************

 

序章編

 

■宵江誠/ギルガメッシュオリジオン

転生特典:王の財宝

古城編のボスであり、最初の一般怪人。

前世から、日頃から自分の気に入らないものをボロクソにとぼすようなろくでもない人間。なかでも、ライトノベル作品を特に嫌悪し、中身を知らずに人の又聞きで批判するという事を繰り返していた。

結果として周りから嫌われ、ネットでもリアルでも孤立していき、酔って川に転落し、誰にも助けてもらえる事なくそのまま溺死した。

 

転生後は嫌いだった「ストライク・ザ・ブラッド」の主人公である暁古城を排して原作ヒロインを手篭にすべく、凪沙を攫って古城をおびき寄せるなどの策を漏示たり、原作序盤の敵であるオイスタッハを先回りして撃破することでアスタルテを手中におさめたりと好き放題していた。終盤では、まだ眷獣を1匹も手なずけていない頃の古城を倒して雪菜も奪おうとするが、追い詰めすぎて逆に古城を覚醒させてしまい、結果として自身が排したオイスタッハの役回りをそのまま引き継ぐ形で撃破された。

 

最初の一般オリジオンということで、転生特典の代名詞ともいえる王の財宝に。

全身錆まみれの鎧を身に纏ったゾンビとでもいうべき見た目が特徴。英雄王にも賢王にもなれずに終わった彼らしい見た目である。

現時点では数少ない、仮面ライダー以外の手で倒されたオリジオン。

 

 

■ヨッシーオリジオン

転生特典:ヨッシーの能力

伸縮自在の舌を使って児童誘拐を繰り返していたオリジオン。。序章におけるアクロスサイドのボスキャラ。長い舌で対象を何でも体内に取り込み、卵の中に閉じ込めてしまう。見た目はまんま爬虫類。

児童誘拐を繰り返していたが、ある時友人のトモリの手でヒビキを逃がしてしまう。それを追いかけてヒビキを保護した唯を襲おうとするも、アクロスと転生者狩りの横やりで失敗する。しかしトモリを病院送りにすることには成功している。

 

次いで老婆に化けて湖森・ネプテューヌ・ヒビキを攫うことに成功するも、覚悟を決めたアクロスに執拗に追いかけられ、最後はリンクネプテューヌとなったアクロスに一刀両断されて撃破され、児童誘拐犯として逮捕された。

 

 

 

*********************************

 

第1章編

 

■ドライグオリジオン

転生特典:赤龍帝の籠手

1章の先鋒を飾ったオリジオン。見た目はまんまドラゴンの化け物。

本家同様の倍加能力に加え、異常に優れたフィジカルが合わさり、幾度となくアクロスやオカ研メンバーを苦戦させた。

悪魔を滅ぼして自分が魔王になるという野心を抱いており、一誠を心身ともにへし折ることもかねて、アーシアの神器をうばってさらに強くなろうとしていた。

しかし覚悟を決めたアクロスと一誠の一撃で敗れ去り、その後は内心彼のことを嫌っていたレイラの手で用済みと判断されて殺された。

 

 

■高山/ビルドオリジオン

転生特典:仮面ライダービルド

14・15話に登場。

燻んだ赤と青で構成された人型の怪物。

元は正義感の強い少年だったが、力こそすべてな現実に絶望し、自身が悪と断じたものに私刑をくだす通り魔となっていた。

最終的にはビルドとアクロスのダブルライダーキックで撃破され、ゆがんだ正義から解放された。

 

 

■児玉玲太郎/フリートオリジオン

転生特典:艦の力

16・17話に登場した「艦隊」の名を冠するオリジオン。

外見は、青白い肌に髑髏を模したマスクで覆われた目元、目を惹きつける妊婦みたいに丸々と突き出た腹(おまけにデベソが丸見え)、ボロボロの軍服と随所に見られる艦娘の艤装のような部位。ただし艤装は全て使い物にならないレベルで損傷しており、さらに様々な艦種のものが入り混じったカオスなものになっている。

 

艦娘と同種の力とされているが、いかんせん本人が使いこなせておらず、海上戦では練度の高い舞網鎮守府の面々に手も足も出なかった。

 

非常に傲慢な性格で、おまけに極度の女性軽視主義者ミソジニスト。前世も自分の性格のせいで孤立していたが、全然成長していない。エロ同人誌の竿役のような言動を平気でするのでギフトメイカーからも内心嫌われていた模様。

 

 

■木嶋海吉/デモンオリジオン

転生特典:鬼(鬼滅の刃)の力

16話に登場したオリジオン。見た目はジッパーまみれの赤鬼。

力だけをもってるので、鬼としてのデメリットはまるで無い。

この辺地雷オレ主あるあるのご都合チート味がありますねえ!

ちなみに転生特典はぜんぜん使いこなせてない。能力的には血鬼術も使える筈なのだが、練習をろくにしていないので使えず、基本的に力押ししか出来ない。結局アクロスにより強大な力押し戦法でやり返されて呆気なく撃沈。弱いぜ!

 

前世はナルシストを拗らせたブサイク独身男。自分勝手で本人の事情を全く考えずに女性にアタックしまくったりしていた。気持ち悪い(直球)

 

 

■羽間九一/サーフィスオリジオン

転生特典:幽波紋(スタンド)「サーフィス」

(ジョジョの奇妙な冒険第4部 ダイヤモンドは砕けない)

18・19話に登場。

転生特典は変身能力を持ったスタンドの「サーフィス」。

ハイスクールD×Dの世界に転生してイキリちらす筈が、色々とクロスオーバーした世界だったが故に、イレギュラーを排除して無理矢理にでも原作通りに進めようと画策していた。それも全部原作の展開をなぞった上で活躍する為。本編ではめだか達生徒会と仮面ライダーアクロスの排除を目的に行動を起こした。

 

しかしめだかボックスの原作についての知識が無いのが裏目に出て、無謀にも生徒会に喧嘩売ったのが運の尽き。生徒会の各個撃破も失敗し、肝心の変身能力も、所々でボロが出てる為にめだかに見破られる結果となった。

そもそも原作通りに修正するのは自分が活躍する舞台を整えるためであり、原作愛なぞ微塵もない。

外見は白装束を纏った藁人形。毒のぬられた釘を飛ばしたり、金槌での殴打で戦う。元ネタのスタンドの外見から連想して、丑の刻詣りのモチーフも入れてます。

 

 

■波馬剛/グールオリジオン

転生特典:喰種(グール)の力(東京喰種)

18・19話に登場した噛ませ犬要員。

自分は選ばれし者たがら何してもいいと思い込んでいる馬鹿。転生して社会常識すら捨ててきた模様。現代日本でこれは無いですね。一体これまでどうやって生きてきたんだろうか……?

 

最後はレイラに捨て石にされた。結局、彼は選ばれしものでもなんでもなく、ただの雑魚キャラでしかなかったのだ。

 

 

■札道マサル/オッドアイズオリジオン

転生特典:前世で使用していたカード

20話・21話に登場。

熱心な遊戯王ARC-Vアンチ。自分とは異なる意見を持つ奴には徹底して付き纏い糾弾する屑。OCGプレイヤーとしても態度は最悪で相手を煽ったり貶したりを繰り返して出禁になった大会は数知れず。転生後も同じような言動を繰り返していた為にユース資格取り消しもあわや、となっていた。アクションデュエルが嫌いなのでアクションカードは死んでも取らない。

 

遊矢を甚振ろうとし、決闘で返り討ちにあった。負けたくせに実力行使にでるリアリストの皮を被った人間の屑。遊矢を糾弾しながらそれ以下の存在に成り下がるというエンタメを皆に見せてくれた。

オッドアイズ・ファントム・ドラゴンに裏切られるなど、カードとの信頼はなかった模様。

正直言って決闘者の恥晒し。ルールとマナーを守って楽しく決闘しよう(提案)。

 

 

■カブトオリジオン

転生特典:仮面ライダーカブト

22・23話で登場。

仮面ライダーカブトの力を持ったオリジオン。

元はただのカブトファンだったが、その憧れがゆがみまくり、ただ天道を超えるためだけに生きる修羅へと変貌を遂げた。

マスクドライダーとの連戦を繰り返しながらもカブトと接戦を繰り広げる正真正銘の人外。間違っても序盤の一般怪人が持ってていいタフネスでは無い。

最終的にはカブトとの一騎打ちの末、敗北した。

本人的には満足の模様。

 

 

■イノケンティウスオリジオン

転生特典:魔女狩りの王(イノケンティウス)(とある魔術の禁書目録)

22・23話で登場。

とある魔術師が作り上げたルーン魔術の術式の名を持つオリジオン。本来ならルーン文字の刻まれたカードによって結界を築かなければ満足に力を発揮できないのだが、こいつにはそんな制約はない。自在に灼熱の炎を操る。

 

バルジが瞬たちにけしかけてきた。

戦闘シーンがバッサリカットされたのはネタ切れだからではない。

 

 

■タイアードオリジオン

転生特典:タイアード(ブギーポップ・クエスチョン 沈黙ピラミッド)

22・23話で登場。

物体を劣化させる合成人間の力を持ったオリジオン。原点同様、触れた箇所を一瞬で劣化させる。四肢を動かなくし、地面を脆くする。彼の前では物理的な防御など無意味と思った方がいいだろう。

オリジナルの使い手からしてデバッファー要員。主に行動を封じるために用いる。劣化した生体組織は能力が解除されれば元通りになる。

火力はそんなにないのでまあ大したことはない

 

作中では古城と交戦。最終的には湖の中に放り込まれたところを古城の眷獣の雷撃を受けて撃破された。

 

 

■木花/フシギバナオリジオン(原案:黒い幻想氏)

■水亀/カメックスオリジオン

■火吹/リザードンオリジオン

転生特典:カメックス・フシギバナ・リザードン

カントー御三家のオリジオン。見た目は普通のチンピラ。

転生者狩りを倒そうとするも、灰司が強すぎたため失敗に終わる。

どうやら仲間意識は高い模様。

24話でフシギバナが灰司カイザに、26話でカメックスがユナイトに撃破された。

 

 




随時更新予定


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