RELEASE THE SPYCE ~満ちたる月の兄妹~ (サク&いずみーる)
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EPISODE:001 Sorasaki's rumor

当アカウントの妹の方、いずみーるですっ!
リリスパにハマって、五恵ちゃんにハートを奪われて書き出したこの小説…年に数回も出したら頑張った方!
基本的にこっちはボク1人で頑張るので応援してください!



 ────ある街では、こんな噂が囁かれていることをご存知だろうか。誰から言い始めたか、今となっては分からないこの噂を。

 

 ────『この街には陰ながら、街の平和を守る正義の味方がいる』と。

 

 

 まあ、所詮は噂。「どうせ警察だろ?」と鼻で笑うも結構。

 何せ、噂というのは真偽の分からないもの。

 ある小説家は"噂というのはデタラメが大半を占める"と言っているし、そもそも確固たる証拠もないのに信じろと言われても無理があるだろう。

 

 そんな噂のある街──空崎市は人口100万を超える、関東南部の政令指定都市だ。

 重工業地帯として発展したその街は様々な人種、生活、文化が混沌と混ざり合っている。

 夜になると空崎沿岸部は工場から発せられる光でライトアップされる。その幻想的でさえある光景は、知る人ぞ知る名所となっている。

 

 その夜、工場の1つに5つの影があった。見れば、全て年の若い少女たちである。彼女たちの纏う特徴的な装束が、春にしては少しひんやりした夜風になびいていた。

 

 煌々と輝く工場が幻想であるならば、その中に立つ5人の少女たちもまた幻想であろう──そう思わせるほど非現実的な美しさを帯びている。

 幻想の少女たちは工場の屋根から柱、柱からパイプへ…と跳び、闇に溶けていく。

 

 工場内に無防備に忍び込めば、アラームの大合唱が聞こえてくるはずだ。しかし、彼女たちの服に搭載された迷彩機能が最新の監視カメラすら欺く。

 

「…これ、虹彩認証式セキュリティ……持ってきて正解、だった」

 

 5人の中で最も小柄な少女が呟く。スマホを取り出し、工場関係者のSNSアカウントのアイコンになっている写真を拡大、瞳を大きく映し出す。

 読み込み完了と同時に繋いだ機械が虹彩をコピーしたコンタクトレンズを作成する。

 

「よしっ任せて!」

 

 快活な声で応えた少女がコンタクトを付け、認証用のカメラに目を近づける。

 すると、固く閉ざされていた扉は驚くほどあっさりと開いて、黒髪の少女以外が侵入する。残りの4人はそれぞれ打ち合わせ通り、配置につく。

 

『警備の数は"人形"20体、人間10人。アクセスすると即座に警報が鳴ります』

 

『なお、人形は全てαポイント全域に配置されているものと判断。各自、警戒を怠るな』

 

 耳につけた通信機から聞こえるのは少女と青年の報告。工場から少し離れた場所から少女たちをサポートする2人だ。

 

「こちら"千代女"と…」

 

「"風魔"。了解!」

 

 快活な少女と勝ち気そうな少女──千代女と風魔と名乗る少女たち。

 

「"五右衛門"、待機位置についている」

 

 黒髪の少女──五右衛門、

 

「…"出雲(いずも)"………いつでも指示を」

 

 最も小柄な少女──出雲の4人が配置についたことを報告する。そして、

 

「こちら"半蔵"。目標を確認」

 

 右目に傷を負った少女──半蔵が遅れて報告する。

 これで全員、準備は整った。

 

『目的のデータを取得した後は速やかに脱出を』

 

『健闘を祈るぜ』

 

 半蔵は微かに頷き、声を発した。

 

「"ツキカゲ"、ミッションスタート!!」

 

 その言葉と共に少女たちは動き出した。

 手始めに半蔵がサーバーにアクセスし、データを盗むと予定通りにアラームがけたたましく鳴り響く。これだけで工場内の人間は大慌てだろう。

 

「やっぱロックされてる…」

 

 一方、風魔は厳重に閉ざされた扉の前にいた。この扉の向こうにも、さぞかし重要なデータがあることだろう。

 

『遠隔では開けられません…』

 

 仲間の報告を受けて、風魔は小悪魔な笑みを浮かべた。

 

「計画通り強行突破ね!」

 

 リップクリームを取り出して扉にくっつけると、風魔は急いで距離を置く。もちろんこのリップクリーム、ただのリップクリームではない。

 

 ドカアアアアァァァン‼︎

 

 リップクリーム型の爆弾によって、木っ端微塵に吹き飛んだ厳重なセキュリティ(笑)をくぐり抜け、風魔もサーバーからデータを奪うことに成功する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分後。

 いつの間にかアラームは止み、少女たち──私設諜報機関"ツキカゲ"のメンバーは最初にセキュリティを破った場所に集合していた。

 

「ついでにアラーム切ってきたよ!お疲れちゃんっ」

 

 千代女がブイサインで扉を抜ける。

 

「ありがと…あのアラーム、うるさ過ぎ……」

 

 他のメンバーが既にフードを取っているのに対して、未だに被りっぱなしの出雲はフード越しに耳をさすった。

 

「確かにね。私は明日、筋肉痛かも」

 

 今までずっと重たい扉を押さえていた五右衛門が苦笑いする。最後に戻ってきた半蔵を通して手を離し、少し手首を回す。

 

「3分後に合流する。ポイントに車を」

 

『こちら"局"、了解です』

 

『"甲賀(こうが)"から出雲へ通達。ツナ缶用意して待ってるから、ちゃっちゃと戻って来いよ!』

 

 サポーターの2人──局と甲賀の話を受け、半蔵は出雲に向かって小さく微笑んだ。

 

「だそうよ、出雲」

 

「……ん、がんばうっ」

 

 小さくガッツポーズをする出雲も、微笑ましく見ていた他のメンバーも物音のした方向に目をやる。

 そこには大量の警備ロボット──人形が集まっていた。しかも、ご丁寧に武器まで構えて臨戦状態である。

 

「やはりこの工場はクロだな。キメるぞ」

 

 その言葉を合図にツキカゲたちはそれぞれの"スパイス"を口にくわえた。

 スパイス。それはツキカゲの切り札の1つだ。

 人間は普段、自らの能力にリミッターをかけて生活している。特殊な品種改良によって生まれたこれらのスパイスは、人間の脳に働きかけ、リミッターを外す。そして常人を遥かに超えた力を引き出すのだ。

 

 人形たちの発砲はスパイスによって強化されたツキカゲには届かない。

 跳躍して銃弾の雨を避けると、半蔵は人形に急接近して自らが愛用する日本刀で次々と真っ二つに叩き斬っていく。

 

  何も全員が同じ武器というわけではない。千代女はクナイで人形の腕を断ち、風魔は手裏剣で中距離から千代女を援護している。息ピッタリである。

 

「完全無欠のコンビですね!」

 

「スマートに決まったな…」

 

 勝利の余韻に浸る2人の間を弾丸が飛ぶ。撃ったのは五右衛門。2人の背後に迫る人形をスナイパーライフルで撃ち抜いたのだ。

 

「銃で決められるとこっちの立場ってもんがさぁー!」

 

「あうぅ……」

 

 助けたのに千代女に文句をつけられる五右衛門。世の中、理不尽である。

 

「油断してんのが悪ィんだよ!獲物はまだいる、ボサっとしてると狩られるぜッ!!」

 

 五右衛門の背に刀を振り下ろそうとしていた人形を鎖鎌──鎌と分銅を鎖で結んだ武器で仕留めたのは出雲だ。暗くても分かる出雲の瞳はスパイスの効果で青く輝いているが、スパイスだけが原因というわけではないようだ。

 

「あいつ、スパイス使うと性格ガラっと変わるわね…」

 

「使うちょっと前まで、すごくおどおどしてたのにね」

 

 風魔も五右衛門も、見慣れてはいるがやはり、何度見ても驚かされる光景だ。今の彼女──嬉々として人形を破壊し尽くさんとするその姿は狩りに飢え狂った獣にも見える。

 

『敵が急速に接近中。人間だ』

 

「私が相手をする」

 

 甲賀の警告に反応したのは半蔵だった。出雲は異論も不満もない様子で人形を潰し続ける。

 

『援護します!"雪ちゃん"?』

 

「……半蔵だ』

 

 上空を旋回するフクロウ──ツキカゲをサポートする動物"シノビ"のモノミが持たされた武器から羽根を模した針が発射され、巡回中の人形2体に刺さる。

 針にはウイルスが仕込まれており、人形のプログラムをハッキング、遠隔操作できるようになるのだ。

 

『乗っ取り完了!これでお友達ですね』

 

 ………その"お友達"に昇龍拳させるのはどうかと思うが。

 

「全く…今夜は嫌な予感がしてたんだよな」

 

 現れたのは黒いコートに身を包んだ男だ。

 乗っ取られた人形が男に向かって発砲する。しかし、男は身軽に避けて拳銃を構える。

 

「死神と…踊りな!」

 

 男は人形を蜂の巣に変え、涼しい顔でふっ、と笑った。

 

「俺にかなう奴は、いねぇよ───はぁっ!?」

 

 半蔵の着地による飛び蹴りを偶然喰らった男は「いたか…」と言い残して意識を手放した。

 

 瞬速フラグ建築回収士に半蔵は銃に変形したスマホを向ける。スマホ画面には"記憶消去"と表示されている。

 これはツキカゲのスパイ道具の1種で、殺傷能力はないが、撃たれた人間の記憶を消去する弾丸だ。

 半蔵は彼に2、3発ほど撃ち込んで記憶を消した。

 残りの後始末は警察の仕事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜モモside〜

 

 

 

 私、源モモはお母さんと一緒に空崎の沿岸にある港に来た。

 小さい頃からよく来るんだけど、そこから見える工場のライトアップが本当に綺麗なんだ。

 

「わあ…!いつ来ても綺麗だね!」

 

 それこそ、思わず口に出ちゃうくらいにはね。

 って、あれ?あそこに見えるの何?鳥、にしては大きいし……

 

「お母さん、あそこ誰か飛んでない?」

 

「んん〜?見えない」

 

 うーん…絶対なんかいると思うんだけど……なんだろう?怪しい………

 

「本職は事件の匂いを感じます!」

 

「あっ!お父さんに似てる」

 

「本当?えへへ……♪」

 

 お父さんっぽく敬礼してみたら似てるって!嬉しいなぁ〜♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー…おー、こっちこっち」

 

 甲賀が車から降りてツキカゲたちを出迎える。

 

「ミッション達成〜!腹ペコまる〜ん!」

 

 千代女はすっかり気が抜けた様子でぐーっと伸びをする。

 

「何食べたいです?」

 

「……ツナ、缶…」

 

「あーツナ缶ね、ほい」

 

 甲賀は約束通りツナ缶を出雲に渡す。

 

「必要ならいろいろ、中にあるぜ」

 

 それを聞いて微かに顔を綻ばせて中に乗り込む出雲を見届けると、甲賀は遠方を見やる。

 目線の先には港がある。工場地帯からは相当な距離があるため、普通ならぼんやりとしか港は見えない。

 

「半蔵、気づいてるか?」

 

「ええ。はっきりとは分からないけど、なんとなく」

 

 だが、彼──甲賀は。

 

「一般人の女の子、確かにお前らのことを見てたぞ」

 

 港にいた少女──源モモの存在をはっきり、鮮明に確認していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜モモside〜

 

 

 

 

 

 今日から本格的に学校…学年も上がって2年生!頑張らないと!

 私は部屋を出る前に"お父さん"に挨拶する。

 

「行ってきます、お父さん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 商店街にはすっかり春の匂いが広がってる。あと、コロッケの匂いと…

 

「やけん、ワシがぼてくりこかしたばい!」

 

「マジっすか!?」

 

 ……うっ、タバコの匂いも。怖そうな人たちが吸ってるんだ。

 あ、ポイ捨てした。

 危ないんだよね、タバコのポイ捨てって。

 

「よーし…!」

 

 と、意気込んで1歩踏み出したのはいいものの、やっぱり怖くて声かけられない……って私がためらってると。

 

「おい、アンタぁ何しとるん」

 

 後ろから凄みの効いた声が…ああ、やっぱりそうだ。

 

 手入れしてなさそうなボサボサの真っ黒な髪、緑色の瞳をした鋭い目付き、左目の下の傷、着崩された制服。あとこの関西弁っぽい特徴的な話し方。

 私の通ってる空崎高校の3年生で、校内では不良だ、って評判の望月(もちづき)疾風(はやて)先輩だ。

 また怖い人が来たなぁ…と思ったら、

 

「タバコのポイ捨ては危ないやろ、早よ拾いや!誰かケガしたらどないすんねん!!」

 

「ひぃっ!?すんません!!」

 

 あ、あれ?思ってたイメージと違う?

 

「……」

 

「ひっ…」

 

 わわわ‼︎すっごい睨んできてらっしゃる!?何か怒らせるようなことしちゃったのかな?!

 

「あ!」

 

「……チッ」

 

 望月先輩、舌打ちして行っちゃった。

 

「大丈夫だった?」

 

「おばあちゃん!」

 

 商店街の梅子おばあちゃんが心配してくれた。

 

「全く…あの若いのは……」

 

「あの、先輩がどうかしたんですか?」

 

「ほら、あいつって良い噂がないじゃない?それに何故だか、私のことをよく避けていくのよ。やましいことでもあるんだか…」

 

「へえ…」

 

 でも、それにしてはさっきのポイ捨ての人たちに注意してたんだよね。よく分かんないなぁ…。

 

「それはそうと、どうだい?新しい学年は」

 

「クラス分けで友達とバラバラになっちゃって…新しい友達を作るのが目標です!」

 

「モモちゃんならすぐできる!」

 

 おばあちゃんは親指を立てて言った。このおばあちゃんがそう言ってくれると、本当にできる気がしてくるんだ。

 

「ありがとう!行くね、おばあちゃん」

 

「行ってらっしゃい」

 

 おばあちゃんに見送られて私は走り出した。新しい友達…新しい友達!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うう、1時間目、2時間目…って誰か話しかけてくれるの待ってたんだけど誰1人来なかったよぉ…。4時間目はさすがに諦めモードに突入しました。本当に誰も来ないんだもん‼︎

 

「全然ダメだぁ〜…」

 

 む、誰かが肩をつつく感触、これは!

 

「はいっ!」

 

「うっす!」

 

「ああ〜結愛!来てくれたの?」

 

 つついてきたのは1年生の時のクラスメート、畠山結愛。クラスはバラけちゃったけど、今でも大切な友達です!

 …ちなみに新しい友達じゃなくて少しガッカリしたのは内緒で。

 

 

「うん!こっちはクラスで友達できたし」

 

「よかったね!」

 

 さすが、コミュ力の塊だなぁ〜。

 

「それ、"警察官"って書かないの?」

 

 結愛が指差したのは、前の時間に配られた進路希望調査書。しかも真っ白。

 

「ちょっとあってね、自信が持てないというか…」

 

「やれるよ、モモちなら!鼻とか目、すっげぇいいし!」

 

「そこかぁ〜!」

 

 それって警察官っていうより、警察犬じゃない?

 

「昨日もなんか見たって言ってたし」

 

「そうそう!工場の夜景見に行った時、怪しい人影が空に浮いてた!」

 

「なんじゃそれ…」

 

「ほんとだよ?」

 

 そりゃあ私も、最初見た時は自分の目を疑ったけど…

 

「じゃ、そろそろ行くね。次、移動教室だから」

 

「うん!来てくれてありがと〜!」

 

「ねーねー源さん?」

 

 結愛を送り出した後、クラスの人が話しかけてきた。

 1人はオレンジっぽい色の髪をサイドテールにして制服の下にパーカーを着た、いかにも元気そうな人。

 

 もう1人は反対にクールビューティって感じの長い黒髪が綺麗な人。

 確か…

 

「八千代さんと石川さん?」

 

「さっきの話、ちょっと聞こえてさ。これから仲良くしてくれない?」

 

 石川さんもうんうん、と頷く。『いや、何か喋ろうよ!?』とは言わずに。

 

「もちろんだよ!」

 

「よかった」

 

 あ、石川さんが喋ってくれた。ちょっと嬉しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから八千代さんと石川さんと話して仲良くなれた。2年生初めての友達ができたよ!

 

「私がバイトしてるお店なら、おまけしてもらえるよ」

 

「石川さん、アルバイトしてるんだー…あうっ」

 

 話しててよそ見してたら誰かにぶつかっちゃった。

 

「ごめんなさ……いっ!?」

 

 しかも、よりによって望月先輩だ……‼︎

 

「…アンタぁ、朝の」

 

「ご、ごめんなさいすいません!どこか怪我は…」

 

「こんくらいで怪我なんざ、せえへんがな。もっと気ぃつけて歩きや」

 

「す、すいません!!」

 

 先輩は私を睨んで去って行った。なんで今日に限って2回も会っちゃうかなぁ?

 

「怖かったぁ…」

 

「え、そう?」

 

 えっ、八千代さん怖くないの?

 

「石川さんは?」

 

「全然?」

 

 2人ともメンタル強すぎるよぉ〜……

 

「だって、望月先輩っていえば商店街でも有名な不良だよ?たった1人で大きな暴走族を潰したとか、この辺りの不良は先輩が仕切ってるとか言われてる先輩だよ?」

 

 それでも今朝の出来事は謎だったけど。

 

「言われてもねぇ〜、信憑性に欠けるというか何というか」

 

「うん、証拠もないし」

 

「えぇ〜……あっ!」

 

 また3年生の先輩だ。軽くウェーブがかかったロングヘア、赤縁眼鏡の穏やかそうな先輩と青いおさげに目に傷がついている先輩……って!?

 

「こんにちはー」

 

 眼鏡の先輩──青葉初芽先輩が挨拶してくる。

 

「こんにちは」

 

「ごきげんよー♪」

 

 八千代さんの挨拶の仕方にツッコむ余裕は今の私にないっ‼︎

 

「こっ、こんにちは……ですっ」

 

 かろうじて、それだけ言えた。もう少しで噛みそうだった…。

 

「こんにちは」

 

「はわぁ……‼︎」

 

 挨拶返してもらっちゃった…!ああ、先輩が輝いて見えるぅ〜‼︎

 

 間違いなく今の私の顔は真っ赤なんだろうなぁ〜……

 

 

 それから、八千代さんが目の前で手を振るまで緊張と放心で動けなかった。

 

「ちょいちょ〜い?もう行ったよー?」

 

「はぁ〜…」

 

 やっと力が抜けて息を吐く。呼吸してた記憶が一切ない。

 

「あの先輩に憧れてるの?」

 

「分かる?」

 

 やっぱり分かっちゃう?

 

「半蔵門雪先輩…!道場の跡取りで、強くて綺麗でかっこよくて頭も良くって!入学式の時からずっと憧れなの‼︎」

 

「なるほど〜」

 

 八千代さんは面白そう、と言いそうな目をした。

 

「私もあんな風になりたい…!」

 

「一緒にいた青葉初芽先輩も素敵な人だよ!」

 

 へえ〜、石川さんは青葉先輩推しかな?

 

「雪先輩の幼なじみなんだよね?」

 

 石川さんは嬉しそうに頷いた。

 

「詳しいねぇ?」

 

「先輩周りはひと通り調べて………ひ、引いちゃった!?」

 

 うわあ…これってある意味ストーカーっぽいもんね……

 

「"気になったものは調べる"、いいね!」

 

「よかったぁ…」

 

 親指立てて笑顔の八千代さん見て安心した……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここだよ。カレーが名物なんだ」

 

 石川さんの案内で来たのは、学校からそう遠くない場所にあるカレー屋さん。

 

「"Wasabi"…?こんな近くなのに知らなかったよ」

 

「入るぞ、坊主!」

 

 坊主って……八千代さんに肩を組まされて、お店に入る直前。

 

「あっ…!」

 

 薄紫のツインテールがかわいい女の子が出てきた。

 

 八千代さんが挨拶すると、ちょっと嬉しそうだった表情が暗くなった。

 

「…どうも」

 

「こんにちは…」

 

 ツインテールの子は軽くお辞儀すると、どこかへ走ってっちゃった。

 

「今の子、1年生だよね?」

 

「そだよー」

 

 ん?

 

「んぬぐぐぐぐ…………!!」

 

「ひっ!!」

 

 さっきの子が曲がり角に隠れてすっごい睨んでくる‼︎望月先輩といい、あの子といい、本当になんでこんなに睨まれるんだろ…。ううん、気を取り直して!

 

 

 お店の中に入ると、違う女の子がいた。

 肩より少し長い真っ黒なセミロングの髪をバレッタで留めた、宝石みたいな緑の瞳の小柄な子。

 エプロンを着てはいるけど、その下は私たちと同じ空崎高校の制服だ。

 

 ビクッ、と肩を震わせて私たちの方を見るとふぅ…と息を吐いた。…なんかかわいい。

 

「頑張ってる?」

 

 石川さんが訊くと、コクンと頷くバレッタの女の子。私たちが座ったタイミングで、メモとペンを準備して近づいてくる。注文待ちだよね?

 

「ベーコンカレー、お願いね」

 

「メイはドライカレー!」

 

 わ、私も選ばなきゃ!

 

「私は……ハンバーグカレーお願いします!」

 

 女の子はグッ、と親指を立てて奥に入っていった。ところで…

 

「あの子は…」

 

望月(もちづき)深結(みゆ)ちゃん、って言ったら分かる?」

 

「やっぱり!?」

 

 望月深結といえば、本当は中学生だけど、成績優秀過ぎて飛び級で高校1年生になったこと。

 それとあまりに無口だから先生たちですら、声を聞いたことがないことで入学式の時から学校ではちょっとした有名人。

 

 噂では極度の人見知り、心に大きな傷を負っている、病気の後遺症で声が出ない…と賛否両論。結局、どれが本当なのか誰にも分からないんだとか。

 

「望月さん、ここで働いてるんだ…」

 

「うん、私の同僚…かな?」

 

 バイトとかしなさそうなのになぁ……意外かも。

 

「知ってる?あの後輩ちゃん、望月先輩の妹ちゃんなんだよ?」

 

「え!?」

 

 確かに同じ名字だし、言われてみれば真っ黒な髪、目つきは違うけどエメラルドの瞳。

 似てるところは少しあるかもしれない。不良のお兄さんがいてかわいそうだな……

 

「あ、戻ってきた。おーい」

 

 石川さんが手を振ると、望月さんは小さく手を挙げて応えた。持ってきたジュースのストローを噛んでるところを見ると、幼く見える。

 

 なんというか、入口で会ったツインテールの子も幼く見えたけど、望月さんはもっと幼く見える。小学生って言われても違和感ないと思う。って、ん?

 

「ねぇ、あれ本物だよね?」

 

 いつの間にか望月さんの頭の上にフクロウが留まってる。頭、痛くないのかな?

 

「マスコットだよ。かわいいでしょ?あと…テレビの下と、レジの横にも」

 

 テレビの下にはカエルが、レジの横にはアライグマかな?みんな首にスカーフを巻いてるんだ。かわいい!それにしても…

 

「んん〜!クミンやクローブのいい香り〜♪」

 

「あら、五恵ちゃんたちだったのね。いらっしゃい」

 

 店員さんらしい人が注文したものを持ってきてくれた。金髪碧眼の綺麗な女性で、すごく優しそう。

 

「それにしても、あなた何のスパイスか分かるの?」

 

「はい!」

 

「鼻がいいのね♪」

 

 店員さんはクスッと笑うと、望月さんの方を向いて手招きした。

 

「深結ちゃんもこっちに来たら?いつもの出してあげるわ」

 

 望月さんは手を横に振ってお断りした。

 

「ふふっ、あの子とも仲良くしてあげてね?」

 

 そう言って店員さんは1度奥に戻って行った。この2人を見てると親子に見える…

 

「ん〜!おいしい!スパイス効いてるの大好き!」

 

 ここのカレー、本当においしいから、また来て他のカレーも食べてみたいなぁ♪

 

「源さん、幸せそうに食べるね」

 

「さん付けは堅いなー、改めて自己紹介!メイは八千代命、メイでいーよ?」

 

 八千代さん──メイちゃんは明るく言った。

 

「石川五恵」

 

「五恵ちゃんでいーよ?」

 

「ふふっ、いいよ?」

 

 石川さん──五恵ちゃんは望月さんの方を見て、

 

「望月深結ちゃん。とりあえず、深結ちゃん…でいいよね?」

 

 望月さん──深結ちゃんは無言のグーサイン。なんというかブレない。

 

「ふふっ、OK出た」

 

 次、私だね!

 

「源モモだよ。あだ名は…"モモち"とか?」

 

「じゃあ、メイたちもそう呼ぼー!」

 

「うん、うん!」

 

 戻ってきた店員さんが微笑ましそうに笑っていた。

 

「ふふっ、仲良くなった記念に一杯奢らせて?」

 

「スカッシュをー!レモンではなく、ライムで」

 

「こ、こだわるんだね…」

 

 しかも、すごいイケボだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いろいろ話してるうちに2人の趣味とかも分かってきた。

 五恵ちゃんはかわいいぬいぐるみが好きだとか。

 メイちゃんは音楽が好きで、よく駅前の弾き語りをしてるとか。五恵ちゃんが大絶賛してるくらいだ。

 

「今度、聴きに行くよ!」

 

「おぉ〜!本当!?」

 

 メイちゃんは嬉しそうにギターを置いて、私に抱きついてきた。

 

「我が友よ!」

 

「えへっ、どういたしまして!」

 

 メイちゃんの中ではイケボがブームなのかな?

 あ、そういえば。私はメイちゃんの首筋を舐めた。

 

「うわっ!?」

 

「メイちゃん、睡眠不足?」

 

「えっ?正解だけど…」

 

「やっぱりね。少し調子悪そうだったから」

 

「なんで分かったん?」

 

「私、舌が敏感で……舐めたりすると体調が分かったりするんだ」

 

 なんなら、嘘をついてるかどうかもこれで分かったりする。我ながら不思議な特技。

 

「すごっ!?五恵ちゃんもやってみー!」

 

 五恵ちゃんはちょっと怪しむように手を差し出した。

 

「どうぞ…」

 

「じゃあ失礼して…」

 

 五恵ちゃんの手の甲を舐める。この味は………

 

「…少し筋肉痛だ」

 

「合ってる……ふぁっ!」

 

 メイちゃんも私の真似して五恵ちゃんのほっぺをペロッ。五恵ちゃんの声がちょっと色っぽくてドキッとした。

 

「んー、これが筋肉痛の味…なるほど、分からん」

 

「普通、味しないと思うけど…舌がいいんだね」

 

「目と鼻もいいよ!昨日もね、夜景を見に行ったら空に人影が見えてー…」

 

「…へー、どんな感じだったの?」

 

「シルエットだけで、はっきりしなくて……もしかして!」

 

「?」

 

「フライングヒューマノイド?」

 

 2人に大笑いされた。深結ちゃんですら、笑いをこらえるようにプルプル震えてる。実在するってテレビで見たのに…

 

「あはは!あーホント、仲良くなれてよかった!」

 

「こっちこそ!」

 

「いずれ、メイの秘めたる一面を見せていくとしよう!」

 

「あるんだ?」

 

「女の子だもーん!秘密の1つや2つあるよっ☆」

 

 そう言ってメイちゃんはウインクした。本当にこの2人と友達になれてよかった!……深結ちゃんは友達ってことでいいのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「モモチャ〜ン!コンニチハー!」

 

「こんにちは!」

 

 帰り道にも通る商店街には知ってる人がたくさんいる。薬局でバイトしてる外国人の張さん。

 

「おう、モモ!また育ってるな?」

 

「押忍っ!毎日すくすく育ってます!」

 

「おやまぁ、いいことあったみたいだね?」

 

「はいっ!」

 

 居酒屋の岡本さんは私が小さい頃から見守ってくれてるし、朝もこの辺で会った梅子おばあちゃんも面倒見がいい。

 

「モモちゃーん!肉食べてる?肉!」

 

「ガツンと食べてまーす!」

 

『肉のモロボシ』の主人、諸星明さんはいつもおいしいコロッケをごちそうしてくれるんだ。

みんな優しい人たちです!と、突然、

 

「野郎っ!泥棒っ!!」

 

 女の人の叫び声。声が聞こえた先にはヘルメットを被ったいかにも泥棒って感じの男の人が引ったくりをして逃げていた。荒い息を吐いて、私の方に来る。

 私も警察官の娘なんだ、捕まえなきゃ、とは思うけど。

 

「ハッ…ハッ……どけぇっ!!」

 

 泥棒に吠えられて足がすくむ。結局、私は怖くて目をつぶることしかできない。泥棒が横を通り抜けた__と思ったら。

 

「ふっ!…はぁっ!!」

 

 かけ声1つ、柔道か何かの技で泥棒が投げ飛ばされる。投げ飛ばしたのは婦警さん。そして、この婦警さんも私が知ってる人だったりする。

 

 

 

 

 

 

「バッタリ出くわしてよかったよ。ビックリしたでしょ?」

 

 婦警さん──新垣歩さんが私の頭を撫でてくれる。歩さん相変わらずいい匂いする…♪ちなみに、さっきの泥棒は現行犯逮捕でパトカーに乗せられていった。

 

「最近、街に変な奴が増えたのよねー…」

 

「そうなんですか…」

 

「まっ、それよりどうよ?新しい友達できた?」

 

「できました!けど、新しい問題が…」

 

 バッグの中から白紙の進路希望調査書を取り出す。歩さんは少し目を細めて、プリントを見つめた。

 

「私も、お父さんみたいになれたらって。でも、今の引ったくり見て固まっちゃって…こんなのでできるのかなって…」

 

 これが私の悪いところだ。優柔不断っていうか、臆病というか。いつもあと1歩を踏み出す勇気が足りない。

お父さんみたいな立派な人になりたいのに…。

 歩さんはふーむ、と唸って考えてる。

 

「お父さんにお世話になった私にとっても、大事な問題ね。よし!休憩時間に相談にのってあげる!」

 

「ありがとう歩さん!」

 

「連絡するよ。扇町の方を見回って休憩だから」

 

「はいっ!」

 

 歩さんはパトカーに乗る直前、

 

「では、本職は任務に戻ります!」

 

 そう言って敬礼してみせた。私には、その光景が"あの時"とフラッシュバックして見えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 




頑張った…10000文字超えとか、さっくんとだってやったことない………

ちなみに、rumorは"噂"という意味だそうで。



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EPISODE:002 Burning Heart

『半蔵門先輩とも会話できちゃった♡』

 

『しあわせ』

 

『え!マジで!おめでとう!』

 

 結愛とLINEで話して、改めて喜びと実感が湧いてくる。

 

「半蔵門先輩…♪嬉しい嬉しい……!えへへ♪」

 

 ベッドに顔を埋めて足をバタバタ、喜びを噛みしめる。我ながら随分と顔が緩んでそう。人には見せられないや。

 顔を上げた拍子に視界に時計が入る。9時…もう連絡がきてもいい頃なのに…

 

「歩さん遅いなぁ…何かあったのかな?」

 

 なんとなく嫌な予感がして、思わず昔のことを思い出す。

 

──『本職は任務に戻ります』

 

──『いってらっしゃい!』

 

 あの一言がお父さんと交わした最後の会話になった。

 お父さんはあの後、事件に巻き込まれて殉職した。

 

───もし、歩さんも同じようなことになってしまったら?

 

 そう考えたら、私の行動は速かった。家を出て、自転車を飛ばして歩さんの匂いを辿る。

 運がよかったみたいで、お母さんはぐっすり眠ってた。"嫌な予感がする"って理由は1人で夜の街に出るには不十分過ぎるもんね。確か、歩さん…

 

──『扇町の方を見回って休憩だから』

 

 って言ってたよね?よーし…!

 

「扇町っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歩さんの匂いを追ってここまで来たけど、やっぱりいない。自転車漕ぎ過ぎて疲れた私は、郵便局の近くの階段に腰かけた。

 

「はぁ…歩さんの匂い、確かにするんだけどな…」

 

 半分くらい諦めかけた時、春にしては少し冷えた風が私の頬を撫でた。その風に乗って、歩さんの匂いも少し流れてくる。

 

「ふんふん…あっちだ!」

 

 匂いを追うと、少し先に倉庫地帯がある。そこに、誰かいる。1人、2人じゃなくて…もっと大勢。

 

「何……?」

 

 頭のどこかで引き返した方がいい、という声が聞こえた気がした。

 でも、やっぱり好奇心には逆らえない。身を隠しながら、倉庫地帯に入っていく。コンテナの影に隠れて見てみると、2人の婦警さんが捕まっていた。しかも、1人は歩さん──!?

 

「サツに見つかるなんてねぇ…これだから、お前たちとの取引は嫌なんだよ」

 

「ど…どどどどどうしよう……」

 

 あからさまにマズい感じ…これ絶対、犯罪的な何かが行われてる現場じゃん!

 

「そ、そうだ!警察っ」

 

 私が通報しようとした時。

 刃物のような金属音が聞こえた。

 

「さっさと片付けて逃げましょ」

 

 ううん、筋骨隆々な女の人が本当に刃物を取り出して、歩さんに近づいている。

 

「ふふ〜ん、クッキング開始♪」

 

 どうしよう!?これじゃあ、連絡入れてる時間もない…また体が動かなくなる。

 また…こうやって固まってるだけなの?

 

 

 本当にそれでいいの?

 

 

 

 

 

 

 ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 …いや、ダメだ……

 

 

 

 ここでまた固まってちゃ………ダメだ!

 決意を固めろ、源モモっ!

 

 そう念じると、金縛りにあってたみたいに動かなかった体が言うことを聞くようになった。

 よし、あとは…!

 

 パシャパシャッ!

 

 場違いな私のスマホのシャッター音にそこにいた全員の視線が集まる。

 

「警察呼んでます!顔もバッチリ撮りましたから!」

 

 これで歩さんたちは一時的にでも助かる。でも、その後はどうすれば…

 

「まだいたか…」

 

「あたしに任せなさいィ!」

 

「うわぁ!?警察呼んでますって!?」

 

 考えてる暇もない、早く逃げなきゃ!

 迷路みたいに入り組んだコンテナを抜けて、曲がって、どうにか振り切ろうとするけど…

 

「な〜かなか逃げ足速いじゃな〜い!?」

 

 見た目の割に筋肉の女の人の動きが速い。撒いても撒いても追ってくる。

 

「誰か助けてぇ〜‼︎」

 

 あ、次を抜けたら広い所に出られる…それなら!

 と、考えてた私が甘かった。

 

「うわっ!?」

 

 視界が開けた瞬間、世界が逆さまに映った。理由は私の左足を掴んで宙ぶらりんにされてるから。掴んでるのは…ロボット?

 

「うーん、商品は確かみたいだねぇ?」

 

 燃えるような赤い髪の人は満足そうに言う。筋肉の人は私のスマホを取り上げると、

 

「写真は消滅ゥ♪」

 

 片手でスマホを粉々に砕いちゃった。進級祝いに買ってもらったばっかりなのに…それに最後の希望まで文字通り砕かれた気がして、悔しかった。

 

 勇気…出したんだけどなぁ……でも、嫌なことはまだ終わらない。

 

「若い娘なんて、海で溺れさせてやる!」

 

 赤髪の人がリモコンを弄ると、ロボットが海に向かって私を投げ捨てた。

 

「うわあああああああああ〜!!」

 

 迫る海を見て、『私はこれで死んじゃうのかな』という想いが湧いてきた。

 記憶が一気に頭を駆け巡る。走馬燈ってやつかな。

 

 お母さん、最期まで心配かけてごめんね。

 

 結愛、親友でいてくれてありがとう。

 

 メイちゃんと五恵ちゃん、もう少しお話したかったなぁ。

 

 深結ちゃん、1度でいいから声を聞いてみたかった。

 

──そして、半蔵門先輩。

 

 あの時、挨拶を返してもらっただけでも私は幸せでした。

 覚悟を決め──たわけじゃないけど、ギュッと目を瞑る。せめて、もっと半蔵門先輩とお話…してみたかったな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トスッ。

 

 そんな音と一緒に温かい感覚が伝わってきた。明らかに水のそれじゃない。

 目を開くと、綺麗な青髪、白い肌、特徴的な右目の傷。…え?

 

「ふええ!?半蔵門…先輩!?」

 

 見間違えるはずがない。半蔵門雪先輩が、私をお姫様抱っこして飛んでる。ただ、服装がいつもの制服でも私服でもなかった。

 まるで、忍者みたいな服。

 陸に着地すると、私をゆっくり降ろしてくれた。

 

「こんばんは!いいねー、夜の空崎は」

 

「なんだ!?」

 

 聞き覚えのある声の方を見ると、やっぱり見覚えのある人たちがコンテナの上に立っていた。

 その数、5人。全員が半蔵門先輩と同じような忍者のような格好をしている。

 

「えええ!?どうして!?」

 

 混乱し過ぎて、もう私の頭が追いつかない。

 

「軍事人形の密輸現場…ですね」

 

「キメるぞ」

 

 その一言でフードを被ったままの1番小さい人以外の5人が一斉に何かを取り出して口にした。その途端、みんなの動きが速くなる。

 

「ミッション…スタート!」

 

 ぽかんと立ち尽くす私をよそに、青葉先輩やメイちゃん、ツインテールの人が大人たちと戦ってる。半蔵門先輩と五恵ちゃんは私を投げたロボットと格闘している。なんかもう映画か夢を見てる気分…

 

「モモちっ!!」

 

 メイちゃんの叫びに振り返ると、

 

「おらぁああああああ!!」

 

 鉄パイプを持った人が私に向かってくる。私はみんなみたいに戦う力はない。今度こそ終わりだ──そう思った次の瞬間、

 

「ぎゃあああああ!?」

 

 ギュウンッ‼︎という音と共に、向かってきた人が見えない何かに弾き飛ばされた。

 音が止むと、目の前にバイクに乗った、同じく忍者装束の人が急に姿を現した。ただ、1つ違うのは他のみんながスカートなのに、この人だけ短パンだということ。

 

「はっはー!悪いね、到着が遅れた!」

 

 この声も、やっぱり聞いたことがある。私が聞いた時はこんなに明るい声じゃなかったけど。

 

「もちづ──」

 

「おーっと、ここでネタバレしないでくれ?言いたいことは分かったから」

 

 私の話を遮ると、望月先輩はバイクを動かし、青葉先輩を囲んでいた敵をドリフトで弾いていく。

 

「なんだよ…何なんだよッ!!」

 

 かろうじてドリフト攻撃から逃げ切った人が1人、トラックに乗って逃げようとしているのが見えた。でも、全然動く感じがしない。

 

「クソッ…!」

 

「…無駄…中のコードから、切ってある……」

 

 1番小柄な人がぽつぽつと話すと、トラックに乗ってた人を引きずり出して地面に叩きつけた。

 

「がっ…!」

 

 それだけで意識を失っちゃったみたい。見た目によらず強いなぁ…メイちゃんたちも戦ってた筋肉の人を倒して、襲ってくる人はもういない。それが分かった赤髪の人は逃げようとした。

 

「くそぉ…うっ!?」

 

 小柄な人が飛ばしたワイヤーが赤髪の人を捕まえて、地面に叩きつける。

 

「…何…?逃がして、やると……思った?」

 

 顔は見えないけど、ぽつぽつと出る声は嘲笑っているような感じに聞こえる。

 

「まっ、とりあえずコンプリート!」

 

 あ、そうだ!こんなことがあって忘れかけてた、ごめん歩さん…

 

「歩さん!大丈夫ですか?」

 

「うん…大丈……」

 

 何か飛んできて歩さんたちに当たると、2人とも首がガクッと垂れた。

 え…?まさか2人とも殺された……?

 

「この数時間のできごとを忘れてもらうだけ」

 

 私の心を読んだみたいに半蔵門先輩は持っていたものを見せた。変わった銃──スマホが変形したような形の銃の画面には"記憶消去"って書いてある。安心して、ホッと息をつく。

 

「警察も、じき来るわ」

 

 と、その時。

 

 キィイイイイイイッ‼︎とタイヤが擦れる音、でも来たのはバイクじゃなくて、もう1台のトラックだった。捕まえた赤髪の人を回収して、さっさと逃げていく。

 

「まだ仲間がいたか…」

 

「…ごめん、ミスった……っ」

 

「そんなの後、今は追うわよ!」

 

 半蔵門先輩は私を見て言った。えっ?私もですか!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……えーっと、今の状況を説明します…まず、流れで巻き込まれた私は後部座席にいます。

 左はツインテールさん、右は半蔵門先輩に挟まれて。

 運転席に青葉先輩、助手席にメイちゃん。

 さらに、私たちが乗っている車を追うような感じでバイクには望月先輩、その後ろに五恵ちゃんが乗ってます。

 ちなみに、あの小柄な人は後部座席の後ろ──トランクスペースにいる。

 

 後ろから銃弾が飛ぶ。確か、大きい銃を持ってた五恵ちゃんが撃ったんだ。

 弾は弾き返されて、トラックに傷1つつかない。

 

「わお!完全防弾じゃん!」

 

 ところで…

 

「あの〜…こ、これは私の記憶も消されるとか…」

 

 さっきから銃を向けたままのツインテールさんの手を下げようとしてみる。

 

「ん!!」

 

「ひぃっ!!」

 

 やっぱりダメでした〜…

 

「………どー、どー…」

 

 小柄な人が後ろからひょこっと頭と腕を出して、物騒な手を下げてくれた。

 

「ありがとう。えーっと…」

 

 誰だか分からず、戸惑う私を見て、その人はずっと被っていたフードをパサッと取る。溢れた真っ黒な髪にはやっぱり見覚えがあった。

 

「深結ちゃん!?」

 

「………ぶいっ」

 

 誰も聞いたことがないと言われた深結ちゃんの声は、幼くてかわいらしいけど、どこか抑揚のない声だった。

 

「いいかしら?」

 

「はいっ!!」

 

 半蔵門先輩の一言で体がビクッと跳ねる。

 

「まず、ゆっくり落ち着いて。それから話をしましょう」

 

「は、はい…」

 

「あなたは八千代命に推薦されたの」

 

 まだ落ち着いてないですぅ…突然そんなこと言われても…

 

「んぐぐぬぬぬぬ……!!」

 

 ツインテールさんがまたもご立腹の様子で銃を突きつけてくる。一体何に怒ってらっしゃるんだろ…私、そろそろ泣きそうなんですけど…

 

「記憶を消すかどうかは話をしてから」

 

「へっ?」

 

 先輩の言葉を聞いて、また深結ちゃんが銃を下げさせる。

 

「私たちは空崎高校に通う学生であると同時に、平和を守る活動をしているんです」

 

「その名も"ツキカゲ"!戦国時代からある、悪を蹴散らす正義の組織さ!」

 

「戦っている相手は、この街に根を張っている世界規模の犯罪組織"モウリョウ"」

 

「及び、そこに協力している悪ども!」

 

「…まぁ、みんなには秘密の…スパイ活動…」

 

 "秘密"のスパイ活動って…

 

「相当派手にやってるような…」

 

 車はともかく、望月先輩と五恵ちゃんが乗ってるバイクはごまかしようがないかと…

 

「大丈夫、ホログラムで迷彩してるし!」

 

「…多分、今…パトカーの、大群に…見えてる」

 

 深結ちゃんに言われて後ろを向くと、確かにバイクの代わりにパトカーが並んでる。

 

「警察もいろいろあって協力的なのよ」

 

 人が全くいない高速道路に入ったことで、ホログラムが消えてバイク組の2人がまた現れる。

 赤髪の人が身を乗り出し、こちらに向かってロケットランチャーを向けてくる。

 

 え、ロケットランチャー!?

 

「疾風くん?」

 

『"甲賀"だっ!方向北西気味、正面!』

 

 青葉先輩の呼びかけに応じて、望月先輩が叫ぶ。それと同時にロケットが発射される。

 

 ふ、吹き飛んじゃう〜!?

 

 五恵ちゃんがロケットを打ち抜く。空中で爆発して車には当たらずに済んだ…よかったぁ…煙を抜けた後、青葉先輩はふふっ、と笑った。

 鏡越しに見えた先輩はほんわかとした笑顔。でも、今は逆に怖い。

 

「お行儀が悪いです♡」

 

 笑顔のまま、ボタンを押すと私たちが乗っている車からもミサイルが出た。何この車…さらに、

 

『同一方向、正確に』

 

 望月先輩の指示で、また弾丸が飛ぶ。

 

「うげっ!?」

 

 さっきの五恵ちゃんみたいに撃ち墜とそうと、あっちが構えていた銃を正確に弾いちゃった。

 

『因果応報、倍返しだクソったれ』

 

 おかげでトラックに全弾命中。それでも、あまりダメージはなさそうに見える。

 それにしても…

 

「すごい車…」

 

「そうなんですよ!3秒で時速100キロまで加速、緊急脱出装置もありで、これはうまく作れました!」

 

 嬉しそうに早口で説明するのも、すごいって分かったのもいいんですけど!

 

「前!前!!」

 

 高速道路で余所見しないでいただけませんか!?

 

「…ほんと、作るの…苦労した……」

 

「催涙ガス搭載もこの車のアピールポイントよ」

 

「それですそれです♪」

 

「そうではなく〜!」

 

 3人ともなんで、そこまで冷静なんですか!?と、私が半泣きで訴えている横で、

 

「ガタガタうるさいです」

 

 ツインテールさんが下ろされかけていた銃を構え直した。

 

「完全無欠の私のように…」

 

 銃弾が降り注ぎ、回避行動を取ろうと急ブレーキをかける。

 

「「うわっ!!」」

 

 その結果…何故か、ツインテールさんのほっぺにキスしていた。あれ?この味…

 

 カシャッ!

 

 カメラのシャッター音で我に返った。

 

「うぅ〜…!!」

 

「あっ!ご…ごめんね」

 

「…いいもの、撮れた……♪」

 

 カメラを切った犯人は深結ちゃんだったらしい。にしても…あの味、怒り3分の2で…残りは嫉妬?

 

「なんで写真撮ったのよ!」

 

「"師匠"と…報酬の、等価交換…そのネタ…」

 

「なっ!?消しなさい、今すぐ!」

 

「…だが、断る……」

 

 怒りはさっきの事故が原因なのは分かるけど、嫉妬…?なんで?

 2人をよそに、1人で思考にふける私。ある意味カオスです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくして、私も2人も落ち着いた頃(ツナ缶と交換という話で落ち着いたっぽい。本当にそれでいいの?)、私はずっと思っていた質問をぶつけた。

 

「あの…なんで私をスカウトするんですか?」

 

 特別なことも何もない、こんな一般市民の1人な私をスカウトしてどうするつもりなのか。もっと他にもいい人材はたくさんいるはずなのに。

 そんな疑問にはメイちゃんが答えてくれた。

 

「舌や鼻がすごくいいじゃん!さっきもキスして、なんか分かったんじゃない?」

 

「あは〜やっぱりそこかぁ」

 

 確かに、それは常人離れしてる自信があるかも。

 …何が分かったかは言わないけど。

 

「何より、婦警さんのために頑張った!」

 

 続いて出た答えは、予想外だった。ていうか、どうしてそれを?みんながいるところでは言ってないはずだし…

 

「出てきていいわよ、カマリ」

 

 その声で私のパーカーのポケットから、ぴょこんと見覚えのあるカエルが出てきた。

 

「なっ!?」

 

 全っ然気づかなかった…

 

「…カマリちゃん、おつおーつ…」

 

 カマリ、と呼ばれたカエルは深結ちゃんのもとに飛びついた。

 

「忍者の訓練を受けているカエルです」

 

「モモちが工場でみた人影って、メイたちなんだよねー。カマリをポケットに忍ばせたの!」

 

「…タイミング、としては…Wasabiで…メイメイ先輩が『我が友よ!』って…抱きついた時、ぐらい…?」

 

「そそ!ごめんね!」

 

 てへぺろっ、とメイちゃんが笑う。

 

「あなたは私たちに監視されてたのよ。だからすぐに助けに行けた」

 

「…カマリちゃん、マイク…持ってるし……?」

 

 確かにカマリは何かを掲げて胸を張るような仕草をしてる。

 えっ!?っていうことは…

 

「部屋での独り言も聞いてたんですか〜!?」

 

「…ばっちり」

 

 うわぁぁああああああああ〜!恥ずかしい恥ずかしい… ///

 ツキカゲのみんなにひとしきり笑われた後、青葉先輩が切り出してきた。

 

「ちょうど半蔵…雪ちゃんの弟子が空いてるんですよね。だから、そのポジションにどうかな…と」

 

「えっ?」

 

 私が…半蔵門先輩の弟子…?隣の先輩は黙ったまま顔つきを厳しくした。

 

「断るようなら、夕方からの記憶消すので、今すぐ決めてください」

 

 ツインテールさんが急かしてくるけど、私の心から迷いは消えてくれない。

 

「できるよモモちなら!女子高生は無敵っ!」

 

 メイちゃんは背中を後押ししてくれるけど。

 

「わ…私」

 

 商店街の人たちの顔が頭の中をよぎる。

 確かにこの街も、街の人たちも大切で守っていきたい。

 

「私は…守り、たいけど…」

 

 もう1度頭をよぎるのはロボットと、スマホを握り潰した筋肉の人の光景。

 あの光景を見て身がすくんだことを考えると、

 

「自信が……ないよ」

 

 …とても、できるとは思えない。

 

「自分は半蔵門先輩のように、武術道場の跡取りとか…そういうのじゃないですし…ツキカゲで、やっていけそうには…」

 

 もちろん、望月先輩のような強さも、深結ちゃんや青葉先輩のような頭のよさがあるわけでもない。

 ただの高校生──一般市民。そんな私が、すごい人だらけのツキカゲに入っても守っていけるとは思えない。

 

「私や師匠だって一般市民ですよ?」

 

「えっ?」

 

 単純な驚きで気の抜けた声が出た。ツインテールさんが一般市民?

 

「捕まえました!」

 

『標的が焦ってんな…攻勢に出る可能性が高い、畳み掛けるなら今じゃねぇか!?』

 

 半蔵門先輩は小さく頷いて、屋根がなくなった車の座席から立ち上がった。

 

「初めに自信がないのは、当たり前のことよ」

 

 先輩の言葉は、まだ少し混乱していた私の頭の中の霧を一気に晴らした。

 

「積み上げた努力と、その成果が自信に繋がる」

 

 その言葉と、吹きつける風をものともせずに立つ先輩の姿に、私は思わず目を見開いた。

 

「最後の手段!」

 

 トラックの荷台の部分を突き破って、あのロボットが出てきた。

 

「…チェック、メイト」

 

「えっ?」

 

「…あいつ、もう…詰んだ……」

 

 深結ちゃんの一言は現実になる。

 先輩はワイヤーの上を走った。ふらつくこと無く、真っ直ぐに。

ロボットのパンチも大きく跳んで避けた後、サクッ、と何かをかじる音が聞こえた。

 

 この匂いは…シナモン?

 

 もう1度出されたロボットの重そうな一撃を刀で滑るように受け流した。

その身のこなしはさっきまでとは比べものにならないくらい、鋭く、速い。

 

「はぁっ!」

 

 気合い一閃、大きいロボットは先輩の一撃で真っ二つに斬られた。ロボットの残骸が車から落ちた反動でトラックが横転した。

 

「あとは、ひと握りのスパイス」

 

 私は止まった車から降りた。外を見れば、夜が開け始めている。

 緊迫した空気から解放されたからか、半蔵門先輩のすごさを目の当たりにして驚いたからか、膝の力が抜けてへたり込んでしまった。もしかしたら両方かもしれない。

 

「積み上げた努力と…その成果…」

 

 先輩の言葉を繰り返し、自分の手を見下ろす。

 頼りない、小さな手。でも。

 

「私はまだ…何もしてない…」

 

「大切なのは意志。やるというのなら私が鍛えるわ」

 

 その言葉を聞いて、私の体の奥から何か熱いものが込み上げてくる気がした。

 

「なんだろう…?体が、ふつふつと…」

 

「それは”滾り"よ」

 

「"滾り"……」

 

 なら、先輩に教えてもらった滾り、先輩たちにぶつけよう。

 それが、私の一歩目だ。

 

「私は、この街が好きで!街のみんなが好きで!だから守りたい、そう思います!ツキカゲ、やらせてください!!」

 

 半蔵門先輩は力強く微笑んだ。

 昇る朝日はより一層輝きを増しているように見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 空崎某所にて。

 

「ううッあッ…ああっ……あ"ッ!!」

 

 1人の男が白目を向いて息絶えた。傍らには点滴のような薬が置かれている。

 もう1人の男は早々に命を落としている。

 この男たちは先日、ツキカゲが潜入した工場のリーダーと用心棒である。

 

「お前たちのような無能は、せめて新薬の実験体となって役立て。なぁ、チッチ?」

 

 女は肩に乗った文鳥に慈しむような眼差しを向ける。

 

『盗まれたデータは大丈夫かね?』

 

「あれだけでは何も分からんさ」

 

 女は鼻で笑って答えた。モニターに映る幹部の顔は見えないが、世界各国の様々な立場の人間がこの犯罪組織──モウリョウに関わっている。

 ヤクザのトップ、大企業の社長、殺し屋。中にはある国の大統領秘書もいるそうだ。

 

『忌々しいな…ツキカゲの仕業なのだろう?』

 

 モウリョウに関わる人間でツキカゲの名を知らない者はいない。

 空崎では昔からツキカゲとモウリョウが対立し続けてきた。お互いに情報が掴めていないため、戦いは平行線を保っていた。いや、どちらかというとツキカゲの方が少し有利かもしれない。

 だが。

 

「つい先程ですが、ツキカゲの人間が1人、我らモウリョウに寝返りたいと接触してきたようです」

 

 女の側近である青い瞳の少女がそう報告すると、モニターの幹部たちからどよめきが起こった。

 それは、モウリョウ側が大きく優位に立てることを意味するからだ。長い歴史の中でも前代未聞の事例であった。

 女は不敵な笑みを浮かべた。

 

「今回の計画でツキカゲは潰す。この街もろともな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「内通者、ねぇ…」

 

 空崎某所。こちらではたった今、男がヘッドホンを外し、満足そうに口元を歪めていた。

 

「なるほど?また忙しくなるってわけか」

 

 その目は獲物が罠にかかることを待つが如き、策士の眼だ。

 モウリョウの人間は1つ、致命的な勘違いをしている。

 

「潰されるのはテメェらだ、クソ組織(モウリョウども)。俺の目を誤魔化せると思うなよ?」

 

 今夜の空崎は満月だ。

 

 

 

 




思ったより早く投稿できてしまった…

本作では、Burning Heartは"滾る心"という意味のつもりで。



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EPISODE:003 The first ordeal

基本的にこの作品、疾風くん視点で話が進みます!
後、文字数ヤバいです。それだけ覚悟してください…!



 俺の高校での肩書きは不良で通ってる。この肩書き自体に不満はない。むしろ、俺が動きやすくなるために入学時、意図的に流した情報ですらある。

 ただ、暴走族潰したとか不良仕切ってるとか、それは俺知らねぇぞ?…やろうと思えばできるけど。

 あと、商店街まで噂が流れてることも驚いた。噂って怖ぇ。

 

 てなわけで、学校じゃ生徒はおろか、教師一同にも怯えられる始末だ。ほんと、動きやすくなったが、代償に友達と呼べる友達がいねぇ…表向きには。

 

 そんな俺が今どこにいるか?答えは屋上。1番大きい校舎の屋上な。ここは数少ない、俺の憩いの場の1つで絶賛授業放棄中だった。

 あ、チャイム鳴った。何時間目だ?時計…は持ってねぇし、スマホ…うげっ、教室かよ!あーミスった…誰か来ねぇかな……と思った矢先、誰かが来る気配がした。反射的に身構える。

 

 俺の特技その1、鋭い気配察知能力。

 人間はもちろん、動物や機械の気配が分かる。集中すれば、罠や奇襲にも気づける。

 この気配は…源モモか。

 

「あ、こんにちは…」

 

 ビンゴ。俺は軽く手を挙げて応じる。ツキカゲ候補の後輩だ。

 名前と同じ、桃色の気持ち長めなミディアム、黄褐色の瞳、犬みたいに人懐っこい雰囲気なはずだが、俺を前にバリバリに怯えている。

 

 まぁ、何度でも言うが、俺は『怖い不良先輩』ってことになってるしな。

 

「今、何時間目か知らん?時計もスマホも忘れてしもてな」

 

「えっと…今は4時間目が終わって、昼休みになったところ…です」

 

「さいですか…あんがとさん」

 

 別に、関西出身というわけではない。単に好きなキャラクターを真似てるだけなんだが。ブレザーを丸めて枕にすると、そこに寝そべった。

 

「俺んこと、怖いやろ?」

 

「い、いえ!そんなことは…」

 

「ははっ、嘘ついてるん見え見えやで?ええてええて、俺がそないな風に見せてるんやし」

 

 むしろ、キャラが崩れてないという確認が取れて安心した。

 

「ただ、俺たちが相手取っとんのはこれ以上の連中なんよ。これで怯えてると、任務に支障が出るかもしれんね」

 

「はい…」

 

「…ツキカゲやるっちゅーことはそれ相応の覚悟がいるんよ。半端な覚悟じゃ、周りの命も危険に晒す」

 

 とうとう源が俯いてしまった。俺の悪い癖が出た。いかんいかん、こういう時は後始末もしっかりしないと。

 

「まぁ、ユッキー…半蔵門ちゃんやないけど、やるなら俺も手ぇ貸したるわ。大切な後輩ちゃんになるんやからな」

 

「…はいっ!」

 

 おー、笑った。やっぱり女の子の笑顔は2番目に好きな表情だ。ちなみに1番好きなのは涙目プラス上目遣い。場合によっちゃあ死ぬ。

 とか考えてたら、また人の気配。しかも2人。2人ともよ〜く知ってるやつらだ。

 

「よっ、マイシスター&さがみゅ」

 

「やっぱり分かるんですか…」

 

「極めとるからね」

 

 悔しそうな顔をするのは1年生の後輩、相模楓。

 淡黄色の瞳で、薄紫のツインテールと幼い顔立ちの割には強気な性格の少女。『完璧』とか『完全無欠』って言葉が口癖だが、当人はドジっ子だと思う。俺的には。

 この少女のことは"さがみゅ"って呼んでる。由来はなんとなく。ツキカゲのメンバーは基本、あだ名で呼ぶことにしている。

 

 そして、苦笑いしているのが愛すべき我が妹、望月深結だ。

 俺と同じ、闇に溶けそうなくらい真っ黒な髪は肩を越すくらいの長さ。綺麗な髪をバレッタでハーフアップにして、大人っぽさを出そうとしているらしいが、顔立ちは年相応…どころか幼いため残念ながら大人っぽさはほとんどない。エメラルド、というよりはアレキサンドライトに近い、柚葉色の瞳はやっぱり俺より綺麗だ。

 

 基本的にはおどおどした性格ではあるが、中学生の年にも関わらず、飛び級で高校に受かるほどの才能を秘めた俺の自慢の妹なのだ。

普段は無口で、周囲からは病気の後遺症を疑われるほど。ツキカゲ関係者以外で深結の声を聞いた奴はいないだろう。

 

 ホント、さがみゅと同じクラスでよかったな。無言で紙袋を渡される。

 

「めっちゃええ匂いやね、カレーパンやろ?」

 

「…しかも…カトリーナさん、特製…今朝、忘れてった…」

 

「Oh…」

 

 なるほど、今朝の違和感はそれだったか…不覚。ご丁寧に飲み物まで入ってる…すげぇ。

 Wasabiに行ったら笑顔で怒ってそうな顔を思い浮かべながらカレーパンを囓る。相変わらず美味いんだ、これが。

 さがみゅは不意に源の隣に来ると、遠くに見える建物を指差した。

 

「知ってますか?あの病院、変形してロボになるんですよ」

 

 いや、そんなの騙されるわけ──

 

「ええ〜!?本当?」

 

 …あったか。いや、マジか。プフーッ、と深結が吹く。その小馬鹿にしたような笑い方はやめて差し上げようか。

 

「源、それ嘘やで」

 

「うえっ!?」

 

 さがみゅは、はぁ…とため息。そして、

 

「アタシほどじゃなくても、裏世界は切れ者が多いです!先輩じゃ純粋すぎて向いてません!やめておいた方がいいかと!」

 

 源のほっぺ、腹…体の至るところをプニプニ、ツンツンし始めた。微妙に目のやり場に困る。

 

「…それでもツキカゲに入るというなら、Wasabiに行って、こう注文してください。"オリジナルカレー、ハチミツ抜きガラムマサラ増し増し"」

 

 言い残して、さがみゅはぷいっと屋上を後にした。

 

「…待ってる、から」

 

 深結も追うように行ってしまった。すっかり静かになった屋上に俺と源が残される。

 最初こそバリバリに怯えてたけど、後輩2人のおかげでいくらかほぐれたらしく、少し怯えた様子がなくなった。

 

「まぁ、あれや。ああ見えて、さがみゅも源のこと心配してくれてるんよ。向いてない、は言い過ぎかもしれんけど…」

 

「いえ、大丈夫です!」

 

 源の瞳には決意の炎が燃えていた。

 

「やってやる!もう迷わない!この街を守るって決めたんだから!」

 

「いい心構えやんな」

 

 カレーパンを食べ切ると、体を起こしてブレザーを拾い上げた。…うえっ、汚ぇ。

 

「初回特典として、俺がWasabiの中で待っといたるか。学校終わったらなるべく早よ来るとええな」

 

 

 

 

 学校終わってすぐ…違うな、厳密には最後の授業が終わった直後に学校を出て、Wasabiに来た。

 

「いらっしゃい、疾風くん」

 

 優しそうな雰囲気、目が覚めるような綺麗な金髪。蒼の瞳は全てを見通すように澄んでいる。

 

 この女性こそ、カレーショップWasabiの店長 カトリーナ・トビー。俺の師匠であり、恩人の1人でもある。俺がまともな敬語を使うのは、この人ともう1人の恩人だけだ。

 

「お疲れ様です、師匠」

 

 不良が敬語というのも、おかしな話だが。

 

「そういえばあなた、今朝お昼の分を忘れて行ったわよね?」

 

「うげっ、覚えてたんですか…って愚問ですね、師匠が簡単に忘れるはずがないか」

 

「ええ、深結ちゃんほどじゃないけどね」

 

 やっぱり、この人には敵わねぇな。

 

「以後気をつけます…何かないですか?」

 

「そうね…いつものカレーのスパイスを変えてみたんだけど、食べてみる?」

 

「ふむふむ…お願いします」

 

 ツキカゲの仲間たちを待ちながら過ごすこの時間は、最近の俺のお気に入りだ。アライグマのラッパが寄ってくる。俺と同じで目つきが悪いやつ。

 

「ラッパか。暇潰しに付き合ってくれん?」

 

 コクン、と頷いて俺の隣に来る。何気に、膝に座ってもらえたことはない。

 

 紙コップをいくつか、ビー玉1つ。これがある程度できるようになってきたら、今度はトランプでゲームをしてみたいもんだ。ババ抜きとか。

 最終目標はポーカーかブラックジャック。できたらすごい、なんて考えながら暇潰しを始めることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから3戦後(意外とラッパが考え込むから時間かかった。カレーもできて、食べ終わってしまった)、やっと源後輩が来た。

 ちなみに、みんなは既に来ていて源を迎える準備をしている。

 

「いらっしゃいませー」

 

「オリジナルカレー、ハチミツ抜き、()()()()()()増し増しっ!」

 

 入店直後、緊張の面持ちでツキカゲの合言葉を言うも、噛んだ。ガマムマサラって…

 

「ちょっとええか?」

 

 源の首筋に指を軽く当てる。

 

「ひゃっ!な、何ですか!?」

 

「動かんとって」

 

 トクン…トクン…触れた指先から脈の拍動を読み取る。

 俺の特技その2、源の舌が体調を見抜けるくらい敏感なように、俺の指──触覚も相当に鋭い。血液の流れ方で様々なことが分かったりする。

 

 体調はもちろん、話の真偽、人物特定エトセトラ…まぁ、いろいろと。静かな場所なら地面に手をついて震動で、接近する敵との距離、敵の大まかな種類が割り出せる。3〜5秒の時間を要するけどな。

 閑話休題。

 

 この少女は間違いなく源だ。ちなみに、源の脈の打ち方を知ったのは…いや、やっぱ内緒で。

 

「待ってたで、次からは『ガラムマサラ』って言えるようにしときや。初回特典で今回だけ見逃したる」

 

「はいぃ〜…」

 

「では、こちらにどうぞ」

 

 師匠の言葉でフクロウのモノミが看板を変えに行って、俺たちは店の奥に入る。

 

「源モモです、改めてよろしくお願いします!」

 

「カトリーナ・トビーよ」

 

 軽い自己紹介をして、師匠がレバーを降ろす。

 すると、小さな部屋がガクンと重力から少しだけ解放されるような感覚に襲われる。この個室そのものがエレベーターになって、地下深くに降りているのだ。

 

「うえええっ!?エレベーター!?」

 

「うふふ、驚くのはこれから」

 

 壁ばかりだった視界が開けて、全貌が明らかになる。

 そこが地下であることを忘れさせるほどの広い空間。立っている巨大な建物と門は和風で、武家屋敷か神社のような印象を与える。だが、古風な見た目の割に使っているシステムは最新式だ。

 

「あれ〜…地下なのに?」

 

 源の表情がすげぇコロコロ変わって面白い。見てて飽きない。

 とはいえ、俺も初めてこの光景を見た時、同じような反応をしたからな。なんというか、男の子心をくすぐられる感じで胸が高鳴ったのを昨日のことのように覚えている。今では慣れてしまったけど、たまに懐かしいと思える。

 やがて、エレベーターが地下に到着してドアが開く。

 

「グッドラーック♪」

 

 師匠の見送りに一礼して、未だ呆然とする源を案内する。

 

「こっちこっち、この門や」

 

 一直線に進んだ先にある門を指して、開けるように促してやる。今回の主役は源だからな。

 門を開くと、待っていたのは他の6人のツキカゲたち。これで全員集合というわけだ。まぁ、紹介しておこう。

 

 クールビューティな雰囲気を纏う少女、石川五恵。

 黒茶色の瞳と黒髪ストレート。怖い印象を持つ奴がたまにいるらしいが、実際は彼女の師匠譲りの優しい少女だ。

 俺命名は『ごえちー』。

 

 そんな彼女の師匠が青葉初芽。命名、『はっちゃん』。

 赤ぶち眼鏡が特徴で、軽くウェーブのかかった亜麻色ロングヘアは穏やかな印象を与える。

 

『ユッキー』こと、半蔵門雪はごえちーとは違ったクールさを持っている。

 瑠璃色の髪を二つ結びのおさげにしているのは女の子らしい。右目に傷を負っていて、開いた鋭い左目はまさにアメジストの色。

 

 八千代命──『メイメイ』は一言で表すなら、元気っ子。

 明るいあやめ色の瞳と赤支子(あかくちなし)(要はオレンジっぽい色)のサイドテールがそれを表している、と思う。

 あと、俺の悪友。

 

 メイメイの隣にいるのがさがみゅで、ごえちーの陰に隠れてんのがうちの()の深結。紹介は省略。

 

「待ってましたよ!モモちゃん」

 

「歓迎しちゃ〜う!」

 

 メイメイが源に向かってクラッカーを放つ。やめて差し上げてくれ、深結がビビってるから。

 

「あぁ…ビックリしたぁ…」

 

「楓ちゃんも、初めこんな感じでしたね」

 

「せやったね。確か、あん時はメイメイがめっちゃ気合い入っててなぁ」

 

「あ、アタシはもっとクールでした!」

 

 何だよ、クールに驚くって。

 こんな話をしてる間にも、ごえちーが源の頭にかかったクラッカーのゴミを払ってる辺り、優しさを感じる。

 

「ほな、みんな行こかー、さがみゅいじりはまた後で」

 

「まだ続ける気ですか!?」

 

 いや、だって楽しいじゃん?メイメイが俺と目を合わせてニヤリと悪い顔。さっすが俺の悪友。

 それはそれとして。

 

「ツキカゲの秘密基地へようこそっ!」

 

「派手〜…」

 

 基地内部自体も伝統ある武士の屋敷か、寺のような構造で、ところどころに神社の鳥居とか黄金のコマイヌとかも置いてある。さぞかし莫大な費用がかかっていることだろう。呆気に取られる源にユッキーが説明を始める。

 

「この街は昔から交通の要所として栄えていたけど、治安は悪かった」

 

「そこで街を守る自警団が設立されたの。ツキカゲの始まりね」

 

……俺もちったぁコミカルにやるか。

 

「さぁさぁ、その頃の世界は大航海時代!長旅の中で重宝されたのは香辛料や!食いもんの長期保存によし、調理のひと工夫によし、種類によっちゃあ薬によし!こないな万能な代物を皆さん、喉から手が出るほど欲しがってなぁ?そのあまり、なんでも、香辛料と金塊が同じ価値になるくらいやと。まさに時代はスパイスバブル!って、何やねんその目は!?」

 

「いや、ふーくんがすごいノリノリで説明してるなーと思って」

 

「悪いんか!?」

 

 OK、もう二度とコミカルにはやらねぇ。あ"ー死にたい。俺が精神的ダメージの回復に努める間にも説明が進んでいく。

 

「外国で香辛料の貿易をしてた商人が設立者でね、彼女の遺してくれた莫大なお金を運営している財団がツキカゲの母体」

 

「それでこんなにすごい基地が…」

 

「以後、ツキカゲはどの国にも属さない正義の私設情報機関──いわゆるスパイとして、犯罪組織と戦っている」

 

 黄金の大仏の前に来ると、目が赤く光った。

 俺は最初見た時、相当警戒心剥き出しで危うくぶっ壊すところだった。師匠に止められたよ、『ただの認証システムだから落ち着いてー!』ってな。

 

「えっ!?今度は何!?」

 

「大丈夫、顔が登録されてるだけです」

 

 登録が終了すると、俺たちが立っている床が沈んでいく。

 

「わわわわわわっ!?」

 

 いや、ほんと面白い反応するね源は。

 

「私たちが活動できるのも、こういう設備があるからこそ」

 

「もう映画の世界ですね…」

 

 源の言う、その光景は360°巨大モニターが張り巡らされた地下空間だ。

 ある画面には世界地図にクモの巣のように広がる連絡網が表示され、ある画面ではスロットマシンのように数字が目まぐるしく変動している。確かに、現実ではそうそうお目にかからない光景だろう。

 

「このように世界各地の私設情報機関と連絡を取ってます。21世紀以降、目まぐるしく動く国際情勢もありまして…警察とも協力関係を築いてきています」

 

 モニター室を出て、メイメイはこんな話を始めた。

 

「知ってた?"スパイ"の語源って香辛料…つまり、"スパイス"の省略形なんだよ」

 

「へえ〜…」

 

「注意、あくまで一説にすぎません」

 

 今まで無干渉を貫いていた深結もコクコクと頷く。

 

「…1番、有力なのは…印欧語で…"見る"、を意味する言葉…」

 

「あぁ、"spek"説やね。スパイって英語で"spy"って書くんやけど、『見つける、探し出す』って意味で"espy"と同じなんやって。古期フランス語で『見張る者』を意味する"espion"を指して、今のフランス語で『諜報機関』の意をもつ"espionage"の語源やんな」

 

「……まぁ…所詮は、一説だから…」

 

 しばらく進んだ所で、ユッキーが壁に触れる。すると、からくり屋敷のように隠し扉が出現した。

 

「うわっ!ニンジャ!?」

 

 …あながち間違いでもないけどさ。将軍でも住んでそうな大広間に置かれた立派な鎧。その兜の角をガクンと下ろせばあら不思議、壁に隠れていた道具たちのお披露目だ。

 

「私たちが普段、自然に持てるような秘密アイテムです!」

 

「こういうの使いこなしてこそスパイなのだよ」

 

 メイメイのイケボブームは今も続いてるのか。

 

 置いてある道具はほとんど女子高生が持ち歩くようなものとか文房具の類いだが、ほとんど性能は普通と程遠い代物ばかりだ。

 

 例えば、リボンのついたかわいらしいあのヘアゴムは大人1人を拘束できる。あの缶バッジは通信機だし、あの傘の防御力はロケットランチャーを受けても何ともないくらいだ。

 はっちゃんは生き生きと道具の説明をしている。

 

「一見、ハンドクリームですが!」

 

 にゅっ、と出たクリームを反対の手の甲に塗る。速ぇ。

 

「塗布するとその部分が光学迷彩に!」

 

「おお〜」

 

「素肌に塗らないとすぐ効果が切れるので透明人間になるには裸になります!」

 

「おおぅ…///」

 

 源の顔が赤く染まる。そら、そう思うよなぁ…しかも俺なんか下手すれば女子高生のヌードを拝んじまうわけだし?

 

「効果は十数秒!」

 

「短くないですか!?」

 

 俺が透明人間になろうにも、十数秒後にはただの露出狂の完成だ。不良の他に露出狂の称号はいらねぇよ。

 と、いう訳で。

 

「…開発中…透明レインコート…」

 

「これは?」

 

「…リクエスト…付属の仮面、と同期させて…透明になる…予定…」

 

「おお…!って、予定?」

 

「ん……同期、させる素材…見つかって、ない…衣擦れの音も、課題……」

 

「へえ〜…」

 

 依頼したのは俺。理由は前述の通り。

 

「この痴漢対策ブザーからは、液体が噴出されます!目潰しなどに使えますね」

 

「もしかして全部…」

 

「はいっ!ほとんど私が作りました!」

 

「…一部…メイドイン、みゅー…♪」

 

 すげぇ、2人とも周囲に花が咲いてるのが見える。

 この2人がいるからこそ、ツキカゲはより便利で安全に任務を達成できていると言っても過言ではない。

 

 機械に強く、知識豊富、努力の発明家たるはっちゃん。

 薬品などにおいて右に出る者はおらず、コンピュータも真っ青の頭脳。天才科学者、深結。

 この2人に勝てる科学者か発明家がいるんなら名乗り出てほしいくらいだね。

 

「他にも鍵を開けるヘアピンが…」

 

「…むぅ…それ、言ったら…金属だけ、溶かす薬も……」

 

 珍しく深結も躍起になる。だが、ユッキーがそれを制した。

 

「落ち着いて初芽、深結。これの説明が先よ。ツキカゲの生命線でもある、スパイス」

 

 取り出したのは、小さな巻物の形をした茶色っぽい物体。

 これこそ、ツキカゲの切り札の1つ、スパイス"ソラサキシナモン"。このタイプのスパイスはユッキーのものだ。

 

「服用すると、脳が刺激されて、少しの間、超人的な動きができます。これはメイドイン私たちじゃなくて、昔から伝わる秘密道具ですね」

 

「お守りに1本持っておきなさい」

 

「はぇ〜…」

 

 すごいよな、こんな小さい植物の欠片があそこまで人を強くするんだから。

 

「それ、若い女子にしか効かないんだよ?」

 

 メイメイ、お前の弟子はヤキモチさんだからさ?ほら、みゅーが怯えてるんだって。

 

「え?じゃあ、望月先輩は?」

 

「まぁ、そうなるわな。俺の場合はちっと変わってんねん」

 

 俺が取り出したのは…あれだ。インフルエンザの人が最近使う、カチッとやるタイプの吸引薬みたいな入れ物……伝わるか?

 この中に粉末状の俺専用スパイスが入ってる。

 

「俺は正真正銘、生まれながらの男の子。ツキカゲに代々伝わるスパイスは使えへんよ。せやから、深結の手で限りなくスパイスに近い成分を持ったこの"フェイクスパイス"を作り出してもろたんや」

 

 ちなみに、深結はツキカゲの中で長らく継承者がいなかったスパイス"ソラサキクローブ"に適性があったため、それを使っている。

 

「なんにしろ、スパイスの効き目が落ちれば、ツキカゲは卒業よ」

 

「卒業なんてあるんですね」

 

「当然やん?中学校だって、いつまでも同じ学年はあらへんやろ?…高校は分からへんけど」

 

「卒業後は協力者として引き続きツキカゲをサポートするか、ツキカゲの記憶をさっぱり消して日常に戻るか選ぶ」

 

「Wasabiの店長であるカトリーナさんは元ツキカゲで、私と疾風くんの師匠なんですよ」

 

 ここもちょっとイレギュラーだ。少数精鋭のツキカゲは現役期間中に弟子を育成、技術と魂を継承していく。

 だが、本来は師匠格が取れる弟子は1人だけ。それでもカトリーナ師匠は無理を言って、後入りの俺を受け入れ、弟子にしてくれた。

 だから実際にははっちゃんは同い年だが先輩だ。もっとも、そんな素振りはしてないんだが。

 

「ちなみにフーはマイ弟子で〜す!」

 

 満面のスマイル&ピースでメイメイがさがみゅを引き寄せ、肩を組む。さがみゅもビックリしているが満更でもねぇ。やっぱこいつツンデレだろ。

 

「ということは…」

 

「ごえちゃんの師匠で〜す」

 

「弟子ですっ」

 

 はっちゃんは語尾にハートがついてそうなノリノリさ。ごえちーは恐れ多い、といった感じ…でも嬉しそうに2人で合わせてハートを作っている。こっちはちょっとカップル感がある。

 

「俺は深結の兄貴兼師匠や!」

 

「…弟子、兼…妹……不本意、ながら」

 

「不本意ってなぁ…」

 

 こんな口を叩かれてはいるが、信頼関係は伊達じゃない。

 源は羨望と期待に目をキラキラ輝かせている。

 

「そ、それで私が半蔵門先輩の弟子ということですね!」

 

「師匠と呼びなさい」

 

「師匠ぉ〜!」

 

 源だけがハイになっているように見えるが、ユッキーも嬉しそうだ。

 俺にゃあ分かる。ユッキーもツンデレだから。

 

「何かよくないこと考えたわね」

 

「いや〜別にぃ〜?」

 

……おちおち考えごともできねぇってか?勘弁してくれよ………

 ユッキーはため息をつくと、源に向き直る。

 

「まずは修行よ」

 

「訓練を積んで試験をパスすれば、晴れてツキカゲです!」

 

「果たしてやり遂げられますかねぇ?」

 

 さがみゅが煽る。俺も思わず苦笑いした。

 ユッキーの訓練はとにかくスパルタ、言っちゃ悪いけどあんなクソ真面目なJKは現代社会じゃ絶滅危惧種だろう。まぁ、彼女なりの優しさでもあるのは分かるけどさ。

 

「やる!やるよ!」

 

 やる気は十分にある源。いいことだ。

 

「頑張ってね、応援するよ!」

 

「…ふぁい、とー……」

 

「モモちならできる!多分!」

 

 多分て。

 

「うんっ!」

 

「では早速、今夜私の家に来ること」

 

「えっ?あっ!はい師匠!」

 

 理解に時間がかかったが、憧れの先輩の家に行けるということで源の目が輝く。ほんと、犬みたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユッキーの家といえば、伝統ある武術道場で有名だ。なんつーか、目の前にしただけで威厳を感じるとでも言えばいいんだろうか。

 

「はぁ…はぁっ……こんばんは」

 

 源、到着。

 

「んー、6時55分…約束の時間5分前やね」

 

 デートならいい頃合いだろうけども、あいにく今回は修行なんだな。

 

「今後は30分前に動くぐらいの気持ちでいなさい」

 

「は…はい!」

 

 すると、ユッキーは素早く振りかぶって、源のほっぺにポンッとスタンプを押した。サクランボをモチーフにしたかわいらしいやつ。

 

「えっ?」

 

 随分と間の抜けた声だこと。

 

「スパイの世界は常に戦場。以後、突然これを押しに行く。反応してガードができるようにしなさい」

 

「まぁ、反射神経を鍛える訓練と思ってくれたらええよ」

 

「はい……」

 

「じゃあ疾風、案内してあげて」

 

「あいよー」

 

 何度も来たユッキーの家はそこそこ広いが、もうある程度は覚えた。客を迎える和室まで連れてきてゴロンと寝そべる。畳特有の匂いだな。

 

「あの…どうして先輩も?」

 

「んー俺?俺は週1でここに来るんよ。夕飯と、道場を借りるためにな」

 

「はぁ」

 

「あと、ユッキーがどうやって弟子鍛えるか興味あるからやね」

 

 うちの弟子を鍛える時の参考にな。独学と経験じゃ足りないこともあるから。

 

「自慢のお茶。美味しいわよ」

 

 ユッキーがお茶を淹れてきた。ほーん、俺の分もある。へぇ……

 

「ど…どうも」

 

「あんがとさん」

 

 源はもらったお茶を受け取ると飲み始めた。対して、俺は湯飲みを見るだけで、畳に寝そべったまま。

 源の動きが一瞬固まる。ビンゴだ。あーあ、とうとう一気にあおっちゃった。

 異変はすぐ起こった。源の手から湯飲みが落ちる。それと同時にユッキー──否、()()()()()()()()()()()()()が源を組み敷いた。

 

「ふふん、さっきと身長変わってたことに気づかないと」

 

「なっ……」

 

 源の顔色が青い。神経毒の一種か。さがみゅは俺の方を見て眉をひそめた。

 

「こうなるってなんとなく分かってましたけど、やっぱり悔しいですね…」

 

「はっ、俺相手に嘘つくんは最低でも10年早いな。ユッキーなら『自慢のお茶』なんて言わへんよ」

 

 強いて言えば、ユッキーは俺にお茶──緑茶系のお茶を嫌がらせか、超ご立腹の時以外は出さない。あの独特の味が好みじゃないって知ってるからな。

 

「身長がバレにくいようにすぐ座ったんは評価するけど、ユッキーになるんやったら、俺に出す飲みもんはウーロン茶がええよ?それか炭酸」

 

 至ってヘラヘラとアドバイスする。こんな態度で接してやれば、さがみゅタイプの人間はリベンジ精神で燃えてくれるはずだ。

 

「さすが、そこは疾風といったところね」

 

 本物ユッキー登場。身長高めで、さがみゅよりはあるモノ……や、何がとは言わないけど。

 

「伊達にツキカゲやっとらんもんねぇ」

 

 ユッキーは一転して厳しい目を源に向ける。

 

「嘘をつく、変装する、毒を入れる。スパイにはよくあること。身をもって覚えて」

 

「ふぁ…ふぁい……」

 

「誰が出した飲食物でも、以後常に毒見する癖をつけなさい」

 

「うあ……」

 

 力なく呻いて源は気を失った。目の下にクマ、青白い顔に浮かぶ脂汗。…これ本当に神経毒かよ。

 

「これ、本当に大丈夫なやつなんですか?」

 

 さがみゅが心配そうに俺たちを見る。

 

「まぁ…大丈夫やろ…多分。これ作ったん、みゅーやし。万が一のために解毒剤もろてんやもん。何、心配?」

 

「べ、別に…アタシはただ、このまま入隊試験前に死なれるのは寝覚めが悪いだけです!」

 

 このツンデレ。今度、メイメイに話すネタが増えたな。

 

「あよいそっと」

 

 源を背負ってやると、ちゃんと食べてるのか不安になるくらい軽かった。次に行く場所は分かりきっている。

 

「後で夕飯食いに戻ってくるぞ」

 

「分かってるわよ」

 

 俺はユッキーの返答に満足して駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって空崎沿岸部は、東扇島東公園。

 

「んっ…や、ややっ?」

 

「お。お目覚めかや?」

 

 ベンチに寝かせていた源が意識を取り戻した。解毒剤も効いたようで何よりだ。

 

「私が連れてきたのよ」

 

「いや嘘つけ!源を背負って来たん俺やで!?」

 

 何自分がやりましたみたいにしてくれてんだ。

 

「師弟となる以上、互いがなんのために戦うか志を理解して奥必要があるわ」

 

「無視ッ!?」

 

「疾風は帰ってもらえるかしら」

 

「辛辣ッ!!」

 

 だが、その言葉の裏にある意図が汲めないほど俺もバカではない。俺はとりあえずユッキーの家に戻ることにした。

 

 あの2人にとって大切な話だから。

 

 あれは2人の最初の思い出になるものだから。

 

 

………ユッキーから以前聞いた話を思い出した。

 ユッキーは生まれも育ちも空崎だという。だが、今ほどこの街に思い入れはなかったらしい。別に嫌いでも、好きでもない、そんな考えだったと。

 

 しかし、彼女もまた己の"師匠"からこの景色と師匠の想いを聞いて、この街に愛と誇りを持てるようになったという。

 

 正直、俺は空崎という街に対して愛着が今だに湧かない。

 ただ、その話を聞いて工場の夜景を見た時、その幻想的な光景だけは心から好きだと思えた。

 ユッキーは『国の動脈〜』とか『人の営みだから〜』とか立派なこと言うんだろうけど、俺は単純にこの景色がああやって、人々の思い出になっているのが素敵だと思った。綺麗だし。

 

 すっかり見慣れた、でも見飽きはしないこの街を駆け抜けてユッキーの家に向かう。まだ夕飯もらってないからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜モモside〜

 

 

 

 

 師匠の想いを聞いた夜は明けて、早朝。修行が本格的に始まることになった。

 

「スパイスを使って強くなるといっても、基本ができてなければ意味がないわ」

 

「押忍、師匠!」

 

 体力作りの一環、ということでランニングをしている。疾風先輩も一緒、なのは分かるけど…

 

「すごい…いつもそれで?」

 

「せやねー。慣れたらおもろくしてぇなぁ、とか思うてさ」

 

 先輩は手首足首に重りを付け、後ろ向きで目をつぶって一定のリズムを保ったまま走っている。

 

「さすがに私もあそこまではしないわ」

 

 ポンッ。気づいたらほっぺにスタンプが押されていた。

 

「この最中も!?」

 

「常在戦場」

 

 すると、師匠は指を唇に当てて私の方を見た。『静かに』っていうことなのかな?でも、なん───っ!?

 師匠は針のようなものを音も立てずに先輩に向かって投げつけた。危ないっ!!

 

「ユッキーなぁ…お友達パンチ(フレンドリーファイア)にも程があるんやない?」

 

 先輩は全く動じることなく、前に突き出した手の人差し指と中指で挟んで止めた。しかも目つぶったまま。

 

「すごっ…」

 

「俺、ツキカゲでいっちゃん気配に敏感やもん。さすがにスパイスなしでこれできる奴は俺以外におれへんよ?でも、常に警戒心持つんは大事やで」

 

 ほなね、と言い残して先輩はペースを早めて行ってしまった。つくづくすごい先輩だ。

 

 その後、私は師匠と同じ武器──日本刀で戦うことになって倒れるまで素振りをやったり、『どんな環境にも備えておく』ということでまだ冷たい川を泳いだり…覚悟はしてたけど、やっぱり厳しいなぁ……。

 

 そして今。

 

「あ〜…」

 

 教室で五恵ちゃんのマッサージを受けてる。なんというか、こう…的確にいいところを突いてくるというか…

 

「どんなもんよ?」

 

「すごく大変だけど、なんとかなりそうだよ!」

 

 

 

 

 

……なんて、ブイサインで言ってたこともあったなぁ…と思うようになるのは3日後。

 

 顔中スタンプだらけで、体を少し動かすだけでもすっごく痛い。

 顔色最悪で机に突っ伏す女子高生がいた。

……というか私だった。

 深結ちゃんと廊下ですれ違った時、目を見開いて驚かれるくらいにグロッキーらしいです。

 

「あっあ"あ…体中が…つらいよぉ……」

 

「あうぅ…」

 

 今日も今日とで五恵ちゃんからマッサージを受けているけど、もはや気持ちよさを感じる余裕すら私の体にはないみたいだった。

 

 私のスマホが師匠からのメッセージを受け取る。

『屋上』、というたった2文字で私の気分はもう憂鬱。いや、覚悟はしてたし、諦める気もないけど…それはそれとして、つらい。そんな気持ちがかろうじて私の体を動かす。

 

「あぁ…行かなくちゃ……」

 

 教室を出ると2人の話が聞こえた。

 

「大丈夫かな?」

 

「根拠はないけど大丈夫!」

 

……メイちゃん、そんな無責任な保証は聞きたくなかったよ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜疾風side〜

 

 

 

 いつも通り屋上でグダる俺。だが、今回は珍しくユッキーもいる。

 もっとも、ユッキーは俺と違って授業が終わってから来たんだが。

 

「ユッキーは源のこと、どう思てん?」

 

「どういうこと?」

 

 ユッキーは怪訝な顔だった。

 

「や、興味本位やて。思った以上にスパルタやったからさ?例えば、俺やったらみゅーは俺んとっては大切な妹で、自慢の弟子やろ?」

 

……基本、弟子は1人しか取れないんだから、そりゃ1番だろうという意見は聞こえないフリで。

 

「ユッキーは"弟子として"どう思てんやろなぁーって」

 

 あれほど頑なに弟子を取ることを渋っていたユッキーが源を選んだのか、俺はちょっと不思議だったのだ。

 ユッキーは少し間を置いて答えた。

 

「未熟な弟子」

 

「思ったより悩んだな」

 

「でも、鍛え甲斐のあるかわいい弟子よ。もちろん、本人には言わないけど」

 

「…さいですか」

 

 思わず含み笑いが漏れた。やっぱこいつはツンデレだ。

 そう思った時、グロッキーな状態の源が来た。

 

「わーお…」

 

 深結から聞いてたし、自分でも見てたから知ってはいたがそれ以上だった。

 が、ユッキーは同情も慈悲もなかった。

 

「遅い。あと30秒は早く来られるはず」

 

「すみません師匠…体が痛くて……」

 

「体が痛いと言えば、敵は攻撃をやめてくれるの?」

 

「うぅ………」

 

 ユッキーの意見は正論だ。むしろ、その事実を利用して畳み掛けられる可能性だってある。というか、俺だってそうする。

 

「"ハチミツ抜き"という合言葉は甘さのないスパイの生き様を表したものよ」

 

 え、マジ?

 

「ごめんユッキー、俺その事実今初めて知った」

 

『え、嘘でしょ?』みたいな顔でこっち見られても。俺、生まれてこの方1度も嘘ついたことねぇよ。

 

「じゃあ、"ガラムマサラ増し増し"にはどんな意味があるん?」

 

「それは初芽か深結にでも聞きなさい」

 

「ひでぇ!?」

 

 絶対ユッキーも意味知らねぇんだろ。

 

「ともかく、あなたが身を置こうとしているのはそういう世界。嫌なら立ち去りなさい」

 

「せやね、生半可な考えで動くと即行、死と隣り合わせやし」

 

 一転して真面目に頷く。大袈裟でも脅しでもなく、本当に1歩間違えばゲームオーバー(死ただ1つ)。そういう世界だから。

 

「この後のスケジュールよ」

 

「うっ…」

 

「んー見せてちょーd…Oh…」

 

 いや、確かに下手なことすれば死ぬとか、1歩間違えばゲームオーバーとか思ったけどさ?何この分刻み&びっしりのスケジュールは。こっちが原因で源が死ぬんじゃね?

 まぁ、俺が声かけてやれることって言ったらこれくらいだ。少々、無責任だが。

 

「………頑張れ」

 

……この言葉に源が落胆したのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方。

 

 俺はなんとなく、あてもなく散歩していた。そのせいで街の連中からは『ナワバリの見回り』扱いだ。もっとも、慣れてしまったことだが。

 

 日も落ちてきて、人も減った道を歩いていると、見覚えのある2人がランニングしていた。源とユッキーだった。

 人もいないし、今なら様子見に行けるかと思って道路を突っ切って渡った直後、源が派手に転んだ。

 ユッキーはいつもの冷めた表情で弟子を見下ろす。

 

「早く立って」

 

「うっ…あぁ……」

 

 源はすぐに立ち上がれず、涙ぐんだような声で呻くだけだ。

 

「置いて行くわ」

 

 あーあ、そりゃそうもなるわな。俺はバッグの中から絆創膏を出してやる。

 

「そりゃアカンよ源」

 

「疾風先輩……」

 

「もしかして『少しくらい心配してくれたっていいのに』とか思てへんやろね?」

 

「うぅ………」

 

 分っかりやすーい。

 

「そんなんやったらユッキーも呆れるわけやわ。ゆーとくけど、それでユッキーは手ぇ貸してくれへんで?もちろん俺もな」

 

 もうすっかり先へ行ってしまったであろうユッキーの背中を見やる。

 

「一応、言っとくけど源のスケジュールを見て『大変そう』とは思っても『かわいそうに』とは思われへんよ」

 

 "共感"はすれども"同情"はしない。

 俺もそれが嫌いだから。

 

「はい………」

 

「んなわけで、早よ行きぃ?ほれ、GO」

 

「うぅ…っ」

 

 擦りむいて、さらに重たくなった足取りで力なさげに走る源を見て、俺はスマホを取り出した。

 今日の深結に急用がないといいんだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すっかり日も落ちて、街の灯りが夜道を照らす頃に源が戻ってきた。てか、ユッキーもどんだけ走らせたんだ。

 

「師匠…」

 

「おかえりー、チミの師匠殿は道場におられるで」

 

「なんで、先輩がここに…」

 

「ちょいとな」

 

 源に道場を覗いてみろ、と促す。

 中では既に戻っていたユッキーが道場着に着替えて素振りをしていた。しかも、こないだの早朝ランニングの俺みたいに重りを付けて。相変わらずストイック。

 

「こんばんはモモちゃん」

 

「初芽さん!?」

 

 コートを着たはっちゃんがニュルッと現れた。手には紙袋。

 

「あら、疾風くん珍しいですね。今日は雪ちゃんの家に行く日ではないですよね?」

 

「ちょいと気まぐれにな。はっちゃんこそ、荷物持ってどないしたん?」

 

「『筋肉痛がつらそう』と、深結ちゃんとごえちゃんから聞いたので、お友達として差し入れを…揉みしだきベルト1号です!」

 

 紙袋から取り出したのは笑顔マークがついた橙色のベルト。

 いや、待てい。"揉みしだきベルト"だと?

 

「まさかそれ、試作品やなかろうね?試運転したんやろうね?」

 

「安心してください!ちゃんと今回は深結ちゃんと一緒に最終チェックしました!」

 

 ホッ、とひと安心。危うく源の筋肉痛が悪化するところだったぜ。

 

「雪ちゃんは稽古中ですね。それじゃあ、お邪魔しました♪」

 

「あ…あの」

 

 帰ろうとしていたはっちゃんを、源は引き止めて訊く。

 

「師匠はいつもあんな風に訓練を?」

 

「はい。小さい頃から毎日毎日ですね」

 

 ユッキーのあの能力の高さは確かに才能もある。だが、常に己の実力を過信せず、努力を続けてきた成果が1番の理由だ。

 

「『積み上げた努力と、その成果』」

 

 以前、彼女が言っていた言葉。

 

「この言葉の重さ、言い訳の前によく考えてみぃ?ちったぁ置いてかれた意味、分かるんやない?」

 

 源は目を見開くと、道場に入って竹刀を手に取った。

 

「師匠、私…浮かれてました!それで甘えて、転んでました!すみません!」

 

「起き上がったのなら、ついてきなさい」

 

「はい!ついて行きます!」

 

 素振りをする2人から汗が弾けてきらめいた。あの2人はいい師弟になりそうだ。

 

「疾風くんは2人を心配してくれていたんですね」

 

「さぁ?俺は気まぐれに来てみただけやで?ほな、真っ暗なんやし送ったるわ」

 

「ふふ、そうですか♪」

 

 お言葉に甘えます、とはっちゃんは微笑んだ。

 やれやれ、兄弟子ならぬ姉弟子にはお見通しらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日の屋上。

 

「よいっと…Oh」

 

 珍しく授業に出席して(クラスの連中にも教師にも怯えられた。居心地悪いったらない)昼時だからと屋上に来たら既に先客がいた。

 

「あ、お先に失礼してるよふーくん!」

 

 俺のことを"ふーくん"などと呼ぶのは今のところ1人だけだ。

 

「マジかいなメイメイ」

 

 今日もゴキゲン、サイドテールのメイメイだった。

 

「お邪魔してまーす…」

 

「あはは…」

 

 源とごえちーまでいた。あれか、さてはメイメイに連れて来られた感じか。

 

「一応、俺のテリトリーなんやけどなぁ」

 

「ごめんごめん、代わりにメイのお弁当のおかず1つと…ほいっ」

 

 メイメイはバッグをまさぐると封筒を投げてきた。B5サイズくらいのあまり大きくはない茶封筒。

 

「それで見逃して?」

 

「何やこれ………っ!?」

 

 中に入っていたのは写真だった。

 しかもただの写真じゃねぇ…例の透明クリームの効果が消えかけて恥じらい、慌てるごえちー……だとっ!?

 複数枚、どれも局部が見えないが、赤面していてしっかりエロさがある……!!

 

「どうかな?」

 

「許した」

 

 俺は大満足の笑みで親指を立てた。

 もう全俺が超即刻満場一致で許した。無罪だったイノセントだった。

 こんな素晴らしいものをくださる人間が有罪なはずがない。

 

 盗撮だって?はっ、俺は受け取っただけだ。悪いのは撮ったメイメイでもなく、こんな体に育って写真を撮られたごえちーだ。

 スパイとしてなってない。全くもってけしからん!

 被害者に罪をなすりつけるとんでもねぇ変態高校生の姿がそこにあった。

………つーか、俺なんだけどさ。

 

 結局、メイメイの弁当から卵焼きをもらった(本当は卵焼き全部もらって『はい、一種類(1つ)』ってやろうと思ったが止められた。抜け目ねぇ)。この素朴な味が割と俺の好みに合う。

 

 JK3人組の話題が源の訓練の話に変わっていく。

 

「10日もユッキーについてってるなんて、大したもんだよモモち!」

 

「確かにあの分刻みのスケジュール、うちの弟子やったらガチ泣きもんやね」

 

「この調子で試験もパスしてみせるよ!」

 

 源はガッツポーズ。やる気はよし、だが、そんなに試験は甘くないんだなぁ。

 確か源の試験の内容は…

 

「試験はね、メイとの鬼ごっこだよっ☆」

 

 あぁ、そうそう。メイメイが相手になるんだった。

 

「えっ?」

 

「鬼ごっこだからってナメたらアカンよ?鬼ごっこで求められるのは単純な運動神経だけやない。相手をどう追い詰められるかっちゅー戦略の組み方、相手の行動に対する瞬時の判断力も必要になる。これは任務中も大切になってくるしな」

 

 そう説明してやる間にも、メイメイは弁当を片付けて臨戦体制だった。

 

「難しい話は抜きにして、ちょっとやってみよっか!今、メイを捕まえられたら、この場で合格でいいよ?」

 

 あ、無理だこれ。俺は即、脳内断定した。

 だが、源はそんなことを知るはずもなく。

 

「っ!遠慮な…くっ!」

 

 飛びつくように捕まえにかかった源だったが、その手は見事に空を切った。予想通りの結果といえた。

 

「えっ!?」

 

「なっはは〜!捕まえてごらんなさ〜い?」

 

 身軽にひょいひょいっと手をかわしていくメイメイ。とうとうフェンスに飛び乗ると、

 

「ほっ!ははっ、と〜うっ!」

 

 下の階のフェンス、宙返りで別棟のフェンス…と飛び移っていった。

 すげぇだろ?あんなパルクールみたいな真似しといてスパイス使ってないんだぜ?

 つか、それはそれとして某ネズミみたいな笑い方はやめろ。

 

「Karu…waza!」

 

 ネイティブっぽく言えばいいってもんじゃねぇぞ源。

 

「はぁ…ごえちー、メイメイの忘れ物頼むで」

 

「はーい」

 

 ごえちーが屋上から去るのを見届けた後、呆然としたままの源に教室に戻るよう促した。

 

 源はまだ知らないだろうが、メイメイの身体能力、実はスパイス抜きならツキカゲトップクラスだ。

 多分、本気で競争したらユッキーすら上回る。

 そんな彼女と真っ向勝負じゃ勝ち目はないが、果たして源はどう策を打つかねぇ?

 

 

 




深結ちゃんと疾風くんのスパイの語源講座はウィキ先生参照。
さぁ、ここから更新速度が落ちるぞぉ〜………!



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EPISODE:004 Strategy

バイト探し続けてたら元号変わりそう。




 〜モモside〜

 

 

 

 

 

 

 今日は師匠とカフェに来ました!疾風先輩も一緒、なんだけど…

 

「なんで、そんな格好を…?」

 

「あぁこれ?こうでもせえへんと見れんやろ、人多いし」

 

 先輩は見た目が全く変わっていた。

 師匠と同じ青い髪は短くして、ふちがない楕円形の眼鏡をかけている。パーカー姿のラフな私服はいつも制服姿か、ツキカゲ装束を纏うところしか見たことがない私にとって新鮮さを感じさせた。

 

 知的だけど優しそうな雰囲気…何も知らなかったら、変装とも先輩とも思えなかった。師匠の親戚って言われても疑わなかったと思う。

 

 ちなみに、この姿の時は"半蔵門冬芽(とうが)"と名乗っているらしい。……ちょっと妬けちゃう。

 

「私がこれを飲み終えるまでに、誰か1人新しい連絡先をゲットしてきなさい」

 

「えっ?」

 

 それって、ナンパと言うのではないでしょうか…?

 

「話術の訓練。修行は第2段階に入ったの」

 

 辺りを見回しても、知り合いは見当たらない。ということは…

 

「そこら辺の人から…ですか?」

 

「それ以外にどないな手があるんや…ほれ、早よせんとユッキーが飲み干してまうで?」

 

「はわわわわ……!?」

 

 慌てて立ち上がって、道行く人を観察する。

 目つきの悪そうなサラリーマン、あの人は厳しいし…いかにもセレブなおばさまっぽい人、この人は怖そう…はっ!学校の制服が同じで大人しそうな人、この人なら…!

 

「あ、あの〜ちょっとよろしいですか!?」

 

「は…はい」

 

 深緑の髪はおかっぱで、栗色の瞳に丸眼鏡の女の子は少し困ったように応じてくれた。

 

「決して怪しい者じゃ…ないんですけど、ちょっとお話をいたしたく…」

 

 あ〜ダメだぁ…クラス替え初日で誰にも話しかけられなかった私には厳しいよぉ…全く話が出てこない…すると、女の子の方から話を切り出してきてくれた。

 

「空崎高校の人…ですよね?」

 

「そ、そうそう同じ学校同じ学校!あの〜…何年生ですか?」

 

「2年生…ですけど…」

 

「じゃあ同じだ!私、C組の源モモっていうんだ!」

 

「A組の北斗凪です…」

 

 女の子──北斗凪ちゃんに、私は畳みかけるように頭を下げた。こういう時は勢いが大事っ!

 

「よければ友達になってくれませんか!?」

 

「えっ!?は…は…はい……」

 

 と、なんとか友達になって、連絡先もゲットできた。

 

「れ…連絡先ゲットしてきました〜!…はっ!?」

 

「遅すぎるわ」

 

 師匠はとっくにコーヒーを飲み終えて、パフェを食べていた。

 

「かかっ、頑張ってはいたんやけどなぁ。『決して怪しい者じゃない』ってセリフは怪しい奴の決まり文句やろ?」

 

「うっ…聞こえてたんですか?」

 

「耳の良さには自信があるんよ」

 

 サンドイッチを頬張りながら先輩は笑った。師匠は考えるようにパフェと先輩を見比べて言う。

 

「1度モモに手本を見せたらどうかしら、疾風」

 

「マジか」

 

「拒否するようなら、そのサンドイッチ代は自分で払ってもらうわよ」

 

「んぐっ!?げほっ、ごほっ…っあ"ー、どうりで『何か頼んでいいわよ』なんて言うわけやわ…」

 

 喉に詰まらせかけてむせた先輩に水を渡すと、一気にコップは空っぽになった。

 

「で、どうなの?」

 

「どうって、拒否権ないやん……はいはい、やりますよー…はぁ、じゃあ源」

 

「はい?」

 

 先輩は道行く人たちを指さした。

 

「こん中から好きに選んでみ?誰でもええよ、怖そうな人でも絡みにくそうな人でも。ハードル高くても怒らへんから」

 

 急に言われても…あっ。

 

「じゃあ、あの人で」

 

 私が指名したのはゴツめの中年のおじさん。ちょいワルというか、少なくとも積極的に話しかけたいとは思わない雰囲気の人。

 

「なら疾風、私がイチゴの段に届くまでに戻ってみなさい」

 

「や、(うせ)やろ?なぁ!?」

 

 その間に師匠はパフェに手をつける。

 

「マジかよオイっ!?くそっ…!」

 

 そう言って少し遠い位置にいるおじさんの元に走っていった。

 イチゴの段って…2段目だし、割ともうすぐなんだけどなぁ。

 

 会話は聞き取れないけど、やり取りは見える。

 怖そうな顔のおじさんに、優しい笑みで話しかける先輩。手振りも加えて話しているうちに、おじさんが目を見開いていった。と思ったら、笑顔になって堅い握手を交わして…あ、何かメモを渡された。

 笑顔で別れると、すっごい速さで戻ってきた───!!

 

「うわっ!?」

 

「かは……ッ!!はぁッ…どないなった……あと飲みもん…」

 

 私が水を取りに行く間も、肩を大きく上下させて呼吸をする先輩。パフェは───まだイチゴに届いてない!?

 

「すごい…」

 

「一応言っておくけど、ペースを変えるなんて気遣いはしてないわよ」

 

「知ってるて…そないな甘ったれたことするキャラとちゃうもん……」

 

 持ってきた水を一気にあおって空にすると、先輩は椅子にドカッともたれかかった。

 

「ぷはぁ…生き返ったわー……」

 

「なに話したらそんな一気に仲良くなるんですか?」

 

「んー、詳細は言えへんね、一般人にはプライバシーなるもんがあるから。でも強いて言えば、人は見た目で判断したらアカンっちゅーことやね」

 

 師匠も強く頷いて、驚くべき事実を口にした。

 

「あの人、別の学校の高校生よ」

 

 ……………………えっ?

 

「ええええええ!?」

 

「やっぱユッキーなら分かるか。せや、実際に話したら中年っぽい見た目の割に声は若かったんよ。おかげで自己ベスト更新」

 

「スパイたるもの、偏見や固定概念に惑わされない判断力は必須よ」

 

 うう…気をつけなくちゃ……さらに訓練はまだあった。Wasabiでやったのは……

 

 

「思っていることを顔に出さない訓練よ」

 

「今回はスペシャルゲストにラッパとカマリも来たで」

 

 机の上に座ってドンと構える、アライグマのラッパとその上のカマリ。ちょっと私も警戒気味。

 

「今から3分、何があっても驚きの表情はしないこと」

 

「了解です!」

 

 こんな向かい合った状態でそんな驚くようなこともないでしょ?な〜んて思ってたけど、それは甘々な考えだったらしく。

 

「?」

 

 なんとなく、目の前のラッパに目が止まった。緑色の小さい足が出ていて…え?そういえば、頭の上に乗ってたカマリもいない。ということは……ああああ〜!?

 

「アウト」

 

「うごふっ!?」

 

 師匠からのチョップが入った。

 

「…そこまで顔に出るって逆にすごない?」

 

 さすがの先輩も苦笑いする始末。ラッパの口から出てきたカマリはしてやったり、といった顔をしているように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ツキカゲ基地内部の一室──"軍議の社"に訓練中の3人以外のツキカゲメンバー全員が集まっていた。

 軍議の社では主にミーティングを行う。今回は以前潜入した工場から持ち帰ったデータが一部解読できたことによる報告だった。

 

「これは……花?」

 

「……"月下香"、だと思う…書いて、あるし…」

 

 五恵の呟きに対して、深結がフォローを入れる。

 

「ゲッカコウ?」

 

「…ん…チューベローズって、花の…別名……夜、咲いて…強い香り、出すから…月下香って、いうの……」

 

「へえ〜」

 

 だが、モウリョウ絡みだった以上、ただの花であるわけではない。

 

「建造物の設計図ですが…具体的なところはまだ不明です」

 

 そう。月下香の形をした巨大な建造物についてのデータだ。

 

「モウリョウ絡みの疑いがある工場ってことで侵入してみたけど、でっかいネタ掴めたねぇ♪」

 

「モウリョウ…今度は何企んでるんだろう……」

 

「他に何かデータ入ってた?」

 

「いえ、これくらい…ですね」

 

「…下っぱ、に……大きい情報…持たせる、なら…苦労して、ない……」

 

「そっか。よしっ、じゃあ解散!お疲れちゃんっ!」

 

 メイの一言で報告会は終わった。

 

「……月下香…『危険な楽しみ』…まさか、ね…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 _____

 ____

 ___

 __

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜にもなると、空崎の高速道路も一気に静まる。その道を走る1台の黒い高級車があった。

 運転しているのは、モウリョウ幹部とやり取りしていた文鳥の女だ。

 ちなみに、彼女の文鳥──チッチは鳥籠に入って助手席の筋肉隆々な女性(?)に預けられている。

 

「"ゲッカコウ”はどうなっている?」

 

「ベトナムで製造中、夏には仕上がります」

 

 側近の少女──テレジアが女の質問に答える。

 

「ならばよし」

 

「こちらに寝返ったツキカゲのスパイから、情報は入りましたか?」

 

「細々としたものはな。どれも本当のネタではあったようだが──見返りは金だそうだ」

 

 こちら側に寝返ったといえども、大きい情報はすぐには流れてこない。あちらもあちらで慎重に見定めているのだろう。

 とはいえ、これも立派な取引の一環。取引において信頼関係とは、品物や価格、条件よりも高い重要性をもつ。嘘の情報が1つでも流れたら、場合によっては全て水の泡となる。

 

「まだまだ信用できませんね…」

 

「何難しいこと話してんだ!」

 

 だが、その慎重なやり取りに不満と蹴りをぶつける者がいた。

 黒く長い髪を編み込んで2つに分け、腰元に垂らし、身につけている服は中国辺りのイメージを与える。年端もいかない少女…いや、幼女と言ってもいいくらいの年であろう子ども──桃源の白虎だ。幼女とはいえ、この車に乗っている以上、ただの幼女であるはずがない。

 

「負け知らずの白虎様だぞ!早く仕事させろーい!」

 

 繰り出すキックのペースがどんどん加速していく。幼い見た目からは想像もできないくらい素早く、力強いキック。

 だが、それを全て片手で受け流しているテレジアも相当な腕の持ち主であることが分かる。

 助手席に座る化粧と筋肉が凄まじい傭兵──ドルテが呆れたような表情をした。

 あまりの筋肉量に着ている赤いドレスははち切れそうだし、それを着ていなければ女性かどうかの判別すらできなかっただろう。……というか、着ていても判別が危うい。

 

「うるさいチビだな。この美しい私のようにドカッと構えろ」

 

「ああ!?」

 

 ……その美しさとはどこを指して言っているのか。

 

「お前の出番は近いさ」

 

 文鳥の女の一言で傭兵たちの騒ぎが一気に静まった。

 

「まずは協力者と会談だ」

 

 女はアクセルを少し強く踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜疾風side〜

 

 

 

 

 草木も眠る丑三つ時、ってこういうことを言うんだろうな。

 ところで、今の俺がどこにいるか、当てられる奴いる?いないだろうけど。

 

 正解は源んちのクローゼットでしたー。いや、ちゃんとした理由あるからな?

 一緒にいたユッキーがこっそりクローゼットから這い出て、ぐっすり夢の中にいる源の柔らかそうなほっぺに例のスタンプをポンッ。

 つまり…そういうことだ。

 

「!?」

 

「顔に『めっちゃ混乱してます』って書いてあるやん」

 

「隙だらけよ。ペナルティとして今から町内1周」

 

「頑張ってやー」

 

 窓から出て行く時、源の叫びが響き渡った。ご近所迷惑だ。

 

 そんなことがあったとはいえ、源は確かに成長していた。

 その後のペナルティも最初の頃は終わるとぶっ倒れていたのに、息切れ程度になってきた。…睡眠不足で少しうとうとしていたが。

 

 最近は壁を使って駆け上がる技も成功率が上がってきたし、話術の訓練では見知らぬギャル系JKとプリクラに行けるレベル。

 射撃訓練も筋がよくなってきた。いやはや、マンガみたいに弾が全く見当違いな方向に行ってた最初の頃が懐かしい。

 あ、この前Wasabiで眠ってる源にラッパがスタンプ押しに行こうとしたら、ラッパが返り討ちになったこともあったな。

 ランニングは重り付きで走ってたし。源は比較的吸収が早いタイプだったらしい。俺もビックリ。

 

 前と同じカフェに来て、また話術の訓練をする時、ユッキーが流れる人々をチラッと見た。

 

「今の人と、お茶を飲むくらいの仲になってみせなさい」

 

「はい!」

 

 最初の頃の慌てようが嘘みたいに、冷静に立ち上がって話しかけに行った。迷いなく、『この人!』みたいな感じで。見に行ってみたら、キャバ嬢風の人と仲良くなってるもんだから驚いたね。

 

「3分間、ポーカーフェイスを崩さないこと」

 

「はい!」

 

 この時は俺の方が危ないくらいだったかもしれない。

 

「ど、どうしてそんなに黙ってるんですかぁ?怖いですぅ!」

 

「………」

 

 ………。

 

「雪、泣いちゃいますぅ〜!」

 

「………」

 

 …………。

 

「よし」

 

「……終わったん?」

 

「ええ」

 

「さいですか…よし、源よ。俺権限でさっきのユッキーに対する感想をブチまけることを30秒間許可する」

 

「かわい過ぎですっ!!」

 

 …初っ端から飛ばすね。

 

「最初のセリフの時の涙目でハート撃ち抜かれましたあの後輩感とか弱い女の子感溢れるセリフ過ぎて黙ってることに罪悪感カンストしてますホントごめんなさいですよ!次に出たセリフなんか何ですか一人称"雪"って!顔覆ってうぅーってして泣かれたらヤバいなんてもんじゃないです『泣いちゃいますぅ』とかもう殺し文句ですよね殺しに来てますよねここまでポーカーフェイスをキープできた私って悟りの領域(ニルヴァーナ)開けちゃうんじゃないですかぁ!?」

 

「30秒経過。口つぐんで落ち着きぃ」

 

「ふぅー…とはいえ、実は1割も言えてないんですよね」

 

「マジか」

 

 まさか源の口から悟りの領域(ニルヴァーナ)なる単語が出てくるとは思ってなかった。残りはファックスで送ってもらおう。

 さて。

 

「俺もそろそろ限界みたいやね…」

 

 俺はその場にバタリと倒れた。

 

「疾風先輩!?」

 

「あん時のユッキー…涙目だけやなくて地味に上目遣いまで使おててなぁ……ギャップも相まって、ポーカーフェイスがやっとやったんや…」

 

 上目遣いに涙目。このコンボに耐え切れる猛者、いるならそいつこそが神の域に届く王者だと俺は思う。

 

「しっかりしてください、先輩!」

 

「源…アンタぁ強ぉなったよ…あれに耐えられたんや…俺が保証、する………ぁ」

 

「っ!?せんぱぁぁあああああいっ!1」

 

 俺の元に寄り添い、涙を流す源。大丈夫、彼女なら俺の意志を継いで、前に進み続けるだろう………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「茶番はそこまででいいかしら」

 

 ユッキーはどこまでも冷ややかな目だった。

 

「というか、早くしないとあなたの秘密の「はい起きました終わりますすんませんっしたぁ!!」

 

 倒れた状態からぐるんっと体を回転させて、土下座の体勢に変わった俺……我ながら弱え。

 うん、さすがにユッキーの上目遣いを喰らっても死にはしない。確かにユッキーは美少女だが、それでもせいぜい放心程度だ。

 

「つか、源も随分ノリがよかったな?」

 

「いやぁ、これは乗らねば!と思いまして」

 

 ふむ、嫌いじゃないねその考え方。この訓練を境にちょっと源と仲良くなりつつ。

 

 その日の夜、源の部屋に仕込んだ小型カメラが本人に見破られたり。いや、訓練な?クーラーの中に仕込んでたから、そう簡単には見つからないと思ってたけど、割とあっさりだった。恐れ入ったぜ。そして……

 

「いよいよ明日はツキカゲの最終試験よ」

 

「はい!」

 

「知っとるとは思うけど、内容は校舎内で制限時間内にメイメイ──八千代命を捕まえることや」

 

「開始するタイミングはこちらから伝えるわ」

 

 刹那、ユッキーが弾かれたように動き、腕を振りかざす───が、源は自らの腕をクロスして挟み込むことでユッキーの腕を止めた。その手に握られたスタンプは文字通り、目と鼻の先だ。

 

「ホーンマに成長したなぁ」

 

「体は仕上がってるわね。その調子で試験に備えなさい」

 

「はい!」

 

 さて、明日の源はどんな面白いものを見せてくれるかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜モモside〜

 

 

 

 

 

 試験に備えなさい、かぁ…そう言われても、体調万全にしとくぐらいしかないよね?

 

「…ぃ…ちゃん………モモちゃんってば!」

 

 あっ…全然聞こえてなかった。

 

「諸星さん!こんにちは」

 

 お肉屋さんの諸星さんがちょっと悲しそうに眉をひそめる。

 

「素通りとは冷たいじゃないか?」

 

「考えごとをしてまして…えへへ」

 

「半蔵門の道場に入門して、しごかれてるんだろ?」

 

「まぁ…あはは…」

 

 "ツキカゲに入るために道場に出入りしている"とは言えないし、"特に理由はない"だと怪し過ぎるので、表向きには"胸を張って警察官になりたいと言えるようになるため、道場に入門した"ということにしてある。……別に嘘でもないしね。

 

「ほら、これサービス!力をつけて!」

 

 そう言ってくれたのはコロッケの入った紙袋。

 

「おお〜!ありがとうございます!」

 

 コロッケを出して、毒見をする。諸星さんを疑うわけじゃないけど、一応ね。

 

「くんくん…いい香り!」

 

 混じり気のない、美味しさ100%のコロッケの匂いです!

 

「あーむっ…ん〜!やっぱり諸星さんのとこのコロッケ、美味しいです!」

 

「そらもう、仕込みが違うよ!」

 

 諸星さんは嬉しそうに胸を張った。へえ……

 

「仕込み…か」

 

 

 ──相手をどう追い詰められるかっちゅー戦略の組み方

 

 

 ──その調子で試験に備えなさい

 

 

 頭の中で何かがきらめいた。その正体は超名案、これだ!

 

「コロッケ、ありがとうございました!」

 

「お、おう」

 

 私は下準備のために学校へ駆け出した。これなら試験を突破できるかも!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試験当日。もうとっくに午後なんだけど、いつ試験やるんだろう…

 

「先生、気分が悪いので保健室行って来ます」

 

「1人で大丈夫か?」

 

「はい」

 

 いつも元気の塊みたいなメイちゃんが体調崩すなんて珍しいなぁ。

 ん?何か紙が飛んできた。飛ばした犯人は五恵ちゃん。五恵ちゃんはグッ、と合図を送ってきた。畳まれた紙を開いて中身を見る。

 

『最終試験開始。時間は今から授業終了まで。ノートは取っておくね。ガンバッテ!  五恵』

 

 メイちゃんが抜けたのはそういうことか!なら私も行かなくちゃ!

 

「先生!八千代さんのことが心配なんで、見てきます!」

 

 我ながらここまで大きい声が出るものかとビックリした。それは先生も同じだったらしく、若干押され気味だった。

 

「あ、ああ。行ってきなさい」

 

「ありがとうございます!」

 

 教室を出た後、猛ダッシュでメイちゃんの背中を探す。

 速く、でも授業中だからなるべく音を立てないように走る。これも師匠との訓練の成果だ。

 

 揺れるサイドテール、白い制服の背中……見えた!メイちゃんだ!

 メイちゃんは突き当たりの窓からバッ!と飛び出した。

 

「そう来たかぁ〜!」

 

 同じように窓から外へ飛び出してメイちゃんを追いかける。2か月前は見てるだけだった……けどっ!

 

 メイちゃんをうまくラウンジに追い込む。でも、体育の時間でよく見る、あの運動神経バツグンのメイちゃんをこんな…思ってたより簡単に追い込めるものなのかな…?

 

 頭の端っこで弱く、小さく引っかかる違和感を無理に振り切って、メイちゃんに仕掛ける。

 

「えいっ!」

 

「うわっ!?」

 

 タックルで体勢を崩した勢いで何回転も転がる。

 

 うぁ…目が回るぅ………

 

 反動で気を失いそうになるのを"逃げられちゃダメだ"という意地で抑え込む。

 あれ、思ってたより背が小さい?まさか…小さかった違和感が風船みたいに急激に膨らんでいく。

 

 疾風先輩は人の脈の打ち方でその人かどうか確かめるらしい。私にもそれができたら便利だと思って教えてもらった。

 まぁ、私の場合、触るんじゃなくて味覚で確かめるんだけどね。

 メイちゃんの鎖骨の辺りを舐める。

 

「ひゃあっ!」

 

 大きくなった違和感が確信に変わる。これは…

 

「危ない…実は相模さんだね?」

 

「……っ」

 

 僅かに動いたメイちゃん──ううん、相模さんの表情が大当たりだと知らせる。

 相模さんの特技はレベルの高い変装。

 

「騙されるところだったぁ〜!」

 

 本物のメイちゃんを探すためにまた廊下をダッシュする。

 変装を見破ったといっても、貴重な時間を無駄にしてしまったのも事実。本物のメイちゃんはどこに────?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風が吹きつける校舎の屋上、その一角にメイちゃんはいた。やっぱりそうだった。

 多分、相模さんはフェイントであると同時にヒントだったんだ。

 私が"ツキカゲと分かった後の"相模さんに初めて会ったのはこの屋上。

 相模さんはメイちゃんの弟子。

 つまり、メイちゃんはそこにいる。

 

 ……これがただの深読みだったら恥ずかしい。

 

「メイちゃん、捕まえに来たよ」

 

 声に反応してメイちゃんが振り返る。その顔には軽い驚きと大きな余裕が見えた。

 

「ふっふーん、モモちやるぅ!どうせなら刺激的に行こ?」

 

 その手にはスパイス"ソラサキローレル"。葉っぱの形をしたメイちゃんの切り札。あれを使われたら追いつけない。今の私の手元にスパイスなんて───

 

 

 ──お守りに1本持っておきなさい

 

 

 そうだ。

 

 あの時もらったスパイスだ!!

 

 

「心も体も、滾らせるっ!」

 

 

 サクっ。

 

 スパイスを口にした瞬間、体に電流が走ったような感覚がした。これが、スパイスの力………力が溢れてくるっ!!

 いつもならありえない身体能力で障害物を越えて行く。前にメイちゃんが見せたパルクールみたいな動きで追い詰める。

 でも、さすがはメイちゃん。スパイスに加えて元々の運動神経の良さもあって、なかなか距離が縮まらない。

 

「スパイスキメてるのはお互い様、この距離は埋められないんじゃない?」

 

 ごもっとも。でも───!

 

「埋めるよ!」

 

 よし、予想通りに誘導できてる。あとはあのポイントに行けば……!

 

「どうやって?」

 

「仕込みが大事っ!」

 

 メイちゃんは不思議そうな顔をしてスピードを上げた。っていうか、まだ上がるの!?ここで曲がってくれなきゃ勝ち目がない…お願いっ!!

 

 

 祈りが通じたのか、メイちゃんの驚く声が聞こえた。

 

 今しかないっ!!

 

「せいやぁ〜!!」

 

 本日2度目のタックル、メイちゃんが驚いた原因__使われなくなった通路を塞ぐ古い用具のバリケードを巻き込んで、メイちゃんを捕まえた。

 こっちのメイちゃんは……ペロッ。

 

「やったぁ!この味は本物だー!」

 

「どんな味!?」

 

 授業が終わったことを知らせるチャイムが鳴り響く。本当にギリギリだったんだぁ…やった、やったよー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜疾風side〜

 

 

 

 

 いつもの屋上から、適当な理由をつけて授業を抜けたユッキーは双眼鏡で、いつも通りナチュラル且つ堂々と抜け出した俺は肉眼で試験を見届けていた。

 

「っはぁ〜!すっげぇやんなぁユッキーの弟子!」

 

 正直、あの成長と吸収速度はツキカゲでも稀だろう。

 

「昨日のうちに、使われていない通路にバリケードを築いて、そこに逃げるように誘導したのね」

 

「ユッキーと別れた後、つけたら学校戻ってなんかやっとるなとは思うてたけど…恐れ入ったぜ」

 

 完全な源の戦略勝ちだ。ユッキーは満足そうに小さく頷いた。

 

「合格」

 

 歓迎会の準備、考えるべきかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、軍議の社。

 そこにツキカゲ全員が集まっていた。新たな仲間を迎えるためだ。

 

「防刃防弾は基本として、カメラに映らないようになる隠密機能もついてます♪」

 

「あ…スパイス、太ももの…ホルダー、に……入れる…」

 

 はっちゃんと深結の説明を受けながら、源はツキカゲの装束に身を包んでいく。二の腕まであるグローブに腕を通し、胸の下辺りの紐をキュッと結ぶ。

 

 ふむ、意外に実っt……ゲフンゲフン………ユッキー、睨まないでくれ。マジで怖ぇんだって。

 

 爪先をトントンと整え、マントがバサッと靡く。この姿こそ、正式にツキカゲと認められた者の証。

 

「おおっ!」

 

「これであなたも、立派なツキカゲです!」

 

「……ちょー、ぐっじょぶ」

 

「やったね!」

 

「メイの見立ては正しかった!」

 

 祝福の言葉をかけられ、満更でもない源にさがみゅは突っかかり気味に言った。

 

「まさか受かるとはね。ツキカゲではこっちが先輩だし、タメ語で話すわ、"モモち"」

 

「うん!楓ちゃん」

 

 まぁ、これがさがみゅなりの不器用なお祝いの言葉だと思っておこう。

 

「俺から1つお祝いの証をやるわ。源、お前のコードネームは"百地"──百地三太夫の百地や。そして俺は今後、お前を『みなもん』て呼ばせてもらうで」

 

「ありがとうございます!」

 

 源──みなもん、か。

 俺は少し顔が綻ぶのを感じた。

 

「ほれ、ユッキー師匠からもプレゼントがあるんやで」

 

 ユッキーが持っていたのは日本刀だ。

 薄桃色のグラデーションが美しい鞘には、舞い散る桜がデザインされている。

 

「これがあなたの刀よ。モモ」

 

 みなもんの表情が一気に引き締まる。なんせ、師匠から直々に武器(相棒)を授かるのだ。緊張もする。

 

「私の師匠も刀を使っていた。刀は極めれば、最強よ」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、まぁ、そんなこんなでいろいろあった夜。

 

「師匠、走り込み終わりました!」

 

「時間通りね」

 

 みなもんが戻ってきた。テーブルの上にはユッキーが用意したごちそうが並んでいる。

 魚の煮付け、肉じゃが、筑前煮、後は漬物とおひたし的なやつとか。……てか、全部和風じゃねぇかよ。

 

「わぁ…!美味しそう!これ師匠が?」

 

 キラキラと目が輝く。なんだろう。今、一瞬犬耳とブンブン揺れる尻尾の幻覚が見えた気がする。

 

「せや。ユッキーってば上機嫌で作っとって…おーっと何もあらへんよー?」

 

 そんなハイライトが抹消された目で、こっち見なくてもいいじゃん?ユッキーのその目はマジでシャレにならない。モウリョウといい勝負だよ。

 

「ほな、俺はお暇させてもらおか」

 

「あれ、今日は師匠の家にいる日じゃないんですか?あと、その袋は?」

 

「師弟水入らずでメシ食わせたろ思うて、みなもんがおらへん間に道場使い終わったねん。こん中身は俺のメシやな」

 

 合格おめっとさん、なんて言い残して半蔵門家を後にした。

 人気(ひとけ)のなくなった街に俺のスニーカーの音がこだました。待たせちゃマズいからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 誰もいない公園に2つの影が現れた。暗闇に紛れてよく分からないが、後から現れた方はベンチに挟まった紙切れを拾い上げると、そのまま立ち去った。

 車に乗り込むと鳥籠を持ったテレジアが待っていた。

 

「内通者から情報が入った。罠かもしれんが、飛び込む価値はある」

 

 被っていた老婆の仮面を破り、変装を解きながら女──文鳥の女は言った。

 

「仕掛けるぞ」

 

 "仕掛ける"──その言葉を聞いた白虎は嬉しそうに手のひらに拳を打ちつけて、獰猛な笑みを浮かべた。

 

「よっしゃ出番だ!」

 

 大いなる悪の意志は静かに、そして確実に動き出していた。

 

 

 

 

 




次は番外編を書きたさが増し増し………




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Intermission ツキカゲだって高校生なんです

テスト終了&1000UA突破を祝して番外編です!

※元ネタはリリスパの公式スピンオフをご覧ください。

※見た時からこのネタで書いてみたいと思って、途中で「あ、技術的にもう無理」ってなった結果がこれです。



 意志と才能を見出され、半蔵門雪の弟子として修行を重ねた源モモは晴れて、空崎の私設情報機関──ツキカゲのエージェントとして迎えられたのだった。

 これはそれから数日後、源モモが初任務に就く前のできごとだ。

 

 

 

 

 

 

「見て見て!じゃーん!」

 

「おーっ」

 

 モモは上機嫌も上機嫌、なんというかアゲアゲだった。やっと苦労の末にツキカゲになれたのだ。心が浮き立つのも無理はない。

 

「どう?メイちゃん、似合ってる?」

 

「そらもうバッチシ!ってこのやり取り何回やらせるんじゃ〜」

 

 八千代命はそう言いながらも嬉しそうにお菓子を口に入れている。

 確かに、浮き立って装束着てクルクルするのも無理はない。

 ないのだが…

 

「ねぇねぇ、みんなはどう思───」

 

 その問いに答える者はいなかった。みんな真面目にノートを開き、単語帳をめくり…と、まぁ勉強していた。

 

「…えーと、あれ?」

 

 特にすごいのは彼──ツキカゲ唯一の男性(イレギュラーピース)、望月疾風だ。

 元々、整っているとは言いがたい彼の漆黒の髪は掻きむしっていることでさらにボサボサ。

柚葉色の瞳には生気が見られず、口からは呪詛の如くボソボソブツブツと方程式やら英単語やらを垂れ流している。

 ちなみに疾風の弟子兼妹、深結はラボに閉じこもって薬の開発に励んでいる。

 

「っ──────────!?」

 

 …訂正、たった今、エレベーターから飛び出してきた。派手な爆発音とシノビたちと共に。

 

「どうしたんですか深結ちゃん!?」

 

「…みゅー…悪く、ないもん……!…ラッパくん、脅かす、からぁ……」

 

 それを聞いてちょっとしょげるアライグマ──犯人扱いされているラッパ。心なしか、他の2匹のシノビも呆れ顔である。

 しゃくり上げながら話す深結の情報を整理するに、こうだ。

 前に作った薬のストックを作っておこうと息巻いていた深結はモノミに手伝ってもらいながら(高いところにある材料を取るとか)やっていた。

 が、やって来たラッパが何か伝えようとしてか、深結の足首をペチペチ。集中していた深結はビックリした勢いで盛大に配分量をミス、そして今に至るということだ。カマリは途中で拾ったらしい。

 

「っていうか、それ気づかなかった深結も悪いじゃない」

 

「……ぅ」

 

 ごもっとも。

 

「あはは…」

 

「ところでモモ」

 

「ひゃいっ!?」

 

 呼びかけた雪の声のトーンは低かった。

 

「随分余裕があるようだけど、大丈夫なのあなた」

 

 それは浮かれていたモモに現実を突きつける一言だった。すなわち──

 

「3日後の期末テスト」

 

──そう。学生たちにとって忌々しき現実(テスト)だった。

 

「…期末……テスト……?」

 

「…ああ!」

 

 もう1名、忘れていた者がいた。メイである。モモは頭を抱えてうずくまってしまった。

 

「…確かに、もう…そんな時期……」

 

「どうしよう〜…入隊試験に根を詰め過ぎて全然気づかなかった…」

 

「そんなことは理由にならないわね」

 

「ですよねー」

 

 ばっさりと弟子の言い訳を両断して、雪はパフェに手をつけ始めた。今日もイチゴの気分らしい。

 

「師匠はさすがに余裕ですね」

 

「任務の直前に焦るようでは一人前のスパイにはなれないわ」

 

 ……カッコいいはずなのに、ほっぺにクリームがついているのが、どうにも締まらない。

 

「…あ、ユッキー先輩…ちょっと、だけ……」

 

 深結の要求に応じ、雪はクリームと刺さっていたポッキーを与えた。

 

「……あむっ…ん、おいし…♪」

 

「そういえば、深結ちゃんも余裕だよね。いいの?」

 

 げっ歯類の動物のようにポッキーを囓りながら、深結が頷く。

 

「………伊達に、飛び級して…ない……授業、1回聞いた、ら…全部、覚える…」

 

「この子、入試で文句なしの全教科満点を叩き出したのよ」

 

 これが"天性の才能"略して天才と読む系少女、深結の実態なのだ。余裕も余裕の深結をちょっと恨めしく思いながらも、モモは何とかポジティブに考える。

 

「ま、まぁ1週間あれば赤点を回避するくらい…」

 

「何言ってるのモモち」

 

 が、楓はさらにモモを追い詰める事実を無慈悲に告げた。

 

「ツキカゲのメンバーはテストで全教科70点以上取らないといけないのよ。それ未満は学業と両立できてないとみなされて、除名処分だから」

 

 "除名処分"。その言葉の意味を理解するのに要した時間は実に4秒。

『みるみる顔が青ざめる』とは、こういうことを言うのだろう。

 

「わあああもうダメだあああ!!」

 

 そりゃ、あの疾風も必死になって勉強するわけだ。

 

源モモ:ツキカゲ所属期間歴代最短記録候補。

脱退の原因:成績不振。

 

 実際に紙に書き出してみて、深結は思わず苦笑した。

 

「…なんか、いろいろ…酷い……ね」

 

「入隊直後に除名処分かあー」

 

「ひどいよメイちゃん!大体メイちゃんだって勉強してないじゃ……ん?」

 

 八つ当たり気味にメイのほっぺをムニムニと引っ張るうち、ある疑問にぶつかる。

 

──メイちゃんがまともに勉強してるところ、見たことあったっけ?

 

「メイちゃんはテスト大丈夫なの?」

 

 まさか、メイちゃんまで余裕の天才頭n「全然ダメ」

 

「ええ……」

 

 …モモと同じらしい。内心では安堵するが、除名候補が2人になって結局ピンチなのは変わらない。

 

「メイも今週はバタバタしててさー」

 

──いや、嘘つけ。

 

 そんなツッコミを楓と深結はグッと飲み込んだ。

 

「そういう時は──初さーん!アレ、お願い☆」

 

「もう、メイちゃんったら…そう言うと思って、一応持ってきてましたけど」

 

 若干呆れ気味に初芽が取り出したのは──

 

「はい、初芽特製ドリンクです」

 

「ありがとっ!」

 

 受け取った後、即座にドリンクをあおったメイ。

 

「…銭湯の…牛乳、みたいな…勢い……」

 

「モモちゃんにも渡しておきますね」

 

「これって栄養ドリンクですか?」

 

「はい」

 

 元々は張り込みなどの任務で、パフォーマンスを維持するために開発されたもので、飲むと3日は睡眠を必要としなくなるのだ。

 

「た・だ・し」

 

 初芽はモモの唇に指をそっと添えて注意する。

 

「基本的には効果の大きい栄養ドリンクです!効き目が強い分、その後の反動は覚悟しておいてくださいね?」

 

「……確か、はっちゃん先輩の時…丸1日、寝込んだ………」

 

「ひぇ……」

 

 それを何のためらいもなく使うメイ、恐るべし。

 

「疾風先輩もそれを?」

 

「……へ?…違う、よ…?」

 

 そう言って取り出したのは初芽のドリンクより小さいビン。大きさだけでなく、見た目も違う。

 初芽のは一見、栄養ドリンクと見間違えそうだが、深結のはもうビンの色が毒々しかった。

 

「…記憶上昇薬…おすすめ、しない……」

 

 使用から1週間の間、一瞬見ただけで完全に記憶できるという効果がある。

 これに至っては任務に実装されたことがない。理由はその反動が初芽のドリンクより酷いからだ。

 

「効果が切れると、その使用期間の記憶が全て抹消されてしまうんです。さらに個人差はあるかと思いますが、効果切れから3日は動けなくなります」

 

「…それに…期間中に、何か、あると……SAN値、ヤバい」

 

 なんでも、何故か使用期間中は決まって悪夢を見るらしく。いつもなら昼頃には忘れているのに、薬の効果で記憶が定着してしまい、発狂(ファンブル)寸前なのだとか。

 時折、青白い顔で『ガチ筋肉が…目の前でガチってた…アカン、吐きそ……』と言うのは気のせいではないだろう。

 

 とにかく、この薬は疾風以外にはまず使わない。

 

「…まぁ…代償、なくして…大きな、力は……手に、入らない……」

 

──結局、寝込むのは避けられないけどどうすんの?と。

 

 暗にそう言った深結にモモは半分ヤケで初芽のドリンクを一気飲みすることで答えた……。

 

「お………?」

 

「……?」

 

「おおぉ〜〜〜っ!!滾ってきたーーーっ!?」

 

「っ!?」

 

 背後に燃え盛る炎が幻視できそうな勢いで叫ぶモモに、思わず腰を抜かした深結。だが、そんなことなどうわの空。

 

「す…すごい!今なら何でもできそう!!」

 

 バク転、連続の高速鉄拳、と体を動かすモモに雪の「体力の無駄遣い」という指摘が飛ぶ。

 

「よーし早速…」

 

「モモ」

 

 やる気充分で教科書を開いたモモに、さらに追い打ちをかける。

 

「勉強はもちろんだけど、日課のトレーニングも忘れないように」

 

 ………この人、結局弟子にどうして欲しいんだろうか。

 

「……っ…はいっ!!」

 

「…『師匠の鬼!!』…って、顔に…書いて、ある…」

 

「表情を出さない訓練もやり直しね。ほら、ジャージに着替えなさい」

 

 基地に降りていく師弟を見送って、深結はあらかじめ師匠(あに)から受け取っていたツナ缶を手の中で転がし、ため息をついた。

 

「……見苦しい、し…手伝お…」

 

 疾風の背に小さな体を預けて深結が覗き込む。

 

「…これ、スペル違う…"a"じゃなくて、"u"……意味、変わっちゃう…よ?」

 

「え?うぉおお!?みゅーさんっ!?」

 

 どうやら本当にいろいろヤバいらしい、疾風。

 気配察知は彼の領分だというのに、派手な爆発音を伴ってきたはずの弟子(いもうと)にそもそも気づかなかったのだから。

 

「…その、ページ…終わった、ら…寝て……?…今の、師匠…年齢制限付き、のホラー級……」

 

 言外に"相当怖い"と実の妹に言われて、傷心気味に疾風は渋った。

 

「せやかて俺、そうしたいんは山々なんやけどねぇ……これこそR18G(グロ)やろっちゅー筋肉集団と?『ホモホモしよーぜぇ〜』って逃走中やっとる夢を?エンドレスに見続けろってか!?新手の拷問やんか寝てられっかぁぁッ!!」

 

 ゔぐぇぇええええ、と叫んだ勢いと思い出した勢いで危うく胃を空にするところだったのを必死に抑える疾風は、誰がどう見ても壊れていた。

 ビクッ、と半ば怯えながらも深結は続ける。

 

「…………大丈夫、だから…信じ、()

 

 命令形で言った己の弟子の瞳に涙は浮かべど、嘘はないと見た疾風は残り2、3問を解くと、ソファーにダイブした。

 3秒も数えないうちに『ぷすー…』という見た目に反してかわいらしい寝息を立て始めた師匠を一瞥、仰向けに直してやると深結が手招きした。

 

「…はつごえ、コンビ…どちらか、かもーん…」

 

「なら、私でいいですか?師匠」

 

 初芽は一瞬迷うも、何か思いついたように微笑んで、五恵の申し出を快諾した。

 

「ええ、いいですよ♪」

 

「それで、私は何をすればいいの?」

 

「……簡単、な話…」

 

 そう言うと、深結は疾風の前髪をグイッと引っ張って持ち上げると、それによって空いたスペースを指差した。

 

──この弟子、どれだけ師匠の扱いが雑なんだろう。

 

 この場にいた全員の心情が見事に一致した中、深結は続きの言葉を紡いだ。

 

「…師匠、に"膝枕"……して、あげるの…そしたら、安眠は…できる、はず……」

 

「はぇっ!?」

 

 五恵の顔がぶわっ、と赤くなる。年頃の女の子なんだし、同性ならまだしも、異性への膝枕は恥ずかしさもあろう。

 だが、そんなの知ったことかと言わんばかりに空けたスペースを叩く。

 

「…はりあっぷ(はよしろ)…師匠、起きたら…今度こそ……限界…」

 

 そんな必死な涙目で言われたら断ろうにも断れなかった。

 ……いや、元より断るつもりもなかったが。

 やむなく五恵が指定された所に行くと、深結は満足そうに頷いて、疾風の頭を柔らかそうな太ももの上に落とした。

 

「わーお、ふーくんってばさっきよりも安らかに寝てるよ?」

 

「…これ、どっちかって言うと"変態"じゃないかしら」

 

「…それ、は言ったら……めっ…」

 

「それじゃあ、皆さん帰りましょうか♪」

 

 何かを見通したような笑みの初芽の号令で解散する一同は、何を考えたのか皆目見当もつかない五恵を残してそそくさと退出した。止める暇もなかった。

 

「えぇー…」

 

 残された五恵も言葉が出ない。だが、決して嫌な気分ではなかった。

 いつもの不良らしい不機嫌そうな表情ではなく、これが彼の本来の表情であろう、あどけない遊び疲れたような子どものような寝顔を見ていると──

 

(なんだか、ラッパみたい…それか、弟がいたらこんな感じかなぁ)

 

「ふふっ…」

 

 試しにボサボサの真っ黒な髪を撫でてみる。自分の身だしなみはまず気にしないと言っていた割に、髪の質は悪くない。

 髪を梳けば、何度か引っかかりはするものの、それが疾風の性格を表しているような気がして面白い。

 

「ふあ〜……」

 

 穏やかに眠る1つ年上の先輩を見ていたら、五恵にも眠気が移ったらしく、そのままソファーにもたれて目を閉じた。

 

 

 しばらく後、2人には毛布がかけられていた。

 

「……♪」

 

 小さな影は幸せそうに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後のテスト勉強。

 モモは雪による訓練と勉強を合わせた独特の方法で。

 メイはドリンクで一夜漬けならぬ三夜漬け。

 疾風は薬と深結たちの全面的なバックアップでなんとか実力をつけていった。

 

 

 そして、テスト期間も終えて少しずつテストが返されてきた。

───とうとう、全教科が帰ってきた。

 ツキカゲ総員、Wasabiに集合して結果発表である。

 

 トップはやはり、深結。全教科ほとんど満点(1問だけ落としていたが、現代文の記述で句読点を忘れるという彼女にとって、珍しく、そして痛いミスだけである)。

 トップクラスの雪、初芽。

 問題ないくらいには優秀な五恵と楓。

 問題の3人は────!!

 

「「やったぁー!ミッションクリアー!!」」

 

「ふいー……」

 

 見事突破、1つとして70点を下回る教科はなかった。

 

「モモち、おめでとう!」

 

「ありがとうごえちゃーん!」

 

 喜びを体現するようにギューッと五恵に抱きついたモモは、流れるように寝息を立て始めた。見れば、同じくドリンクを使ったメイ、深結の薬を服用した疾風も眠りこけている。

 

「ドリンクや薬の効果が切れちゃったんですね」

 

「……少なく、とも…師匠、3日、動けない……」

 

 まだ1日学校あるのに、と呟いてどう学校に言い訳するか考えながら、楓が支えているメイをチラッと見る。

 普段はあまり見ることができないくらい無防備に寝こけている。そりゃもう、口の橋によだれがわずかに垂れるくらいには。

 

「…?フーち…なんで、ペン…持って、る………?」

 

「寝顔がなんか憎たらしいから師匠の顔に落書きするのよ」

 

「……おぉ……後で、貸して……みゅーも……やる」

 

 当人らにとって、とんでもない会話である。深結はともかく、楓も師匠を何だと思っているのか。

 あと数ミリでペン先が顔に触れる──という時。

 

 ガタンッ!!

 

「……っ!?」

 

「なんの音!?」

 

 敵襲であれば、即座に対応する必要がある。深結は反射的にスパイスを手にし、口に───

 

「って半蔵さん!?」

 

───する必要はなかった。

 雪が珍しく、顔から机に突っ伏していた。本来なら心配の1つでもしたものだが、深結はその理由を知っている。

 

「どうして雪先輩まで…」

 

「…ユッキー先輩、同じやつ………飲んで、た…」

 

「モモちゃんがトレーニング中に勉強するための問題を徹夜で作ってたみたいで…」

 

 そして、同じように効果切れということらしい。

 

「半蔵さんでも、そんな無茶するんだ…」

 

「意外だね?」

 

 楓と五恵が意外そうに見つめる中、初芽は雪をモモの隣に移動させ、深結の持ってきたブランケットをかけた。

 

「そういうところは、師弟そっくりです♪」

 

 前向きにひたすら突き進むモモ。

 クールでストイックな雪。

 一見、正反対に見える2人。だが、根のところは熱き努力家であり、優しい。

 無理をしてでも手を貸してくれる。それはツキカゲにとって、なくてはならない存在だ。

 

 ……それはそれとして。

 

「これ、丸1日寝たままなんですよね…?」

 

「…師匠、に至っては……3日間…」

 

「これ、試してみましょうか?」

 

「……みゅー…落書き、する…」

 

 

 その後、眠っている3人は初芽の新作発明の餌食となり。

 3日後には散々顔に落書きされた疾風の怒号が飛んだそうだが、それはまた別の話。

 

 

 

 

 




さすが番外編、いつもより文字数少ないね~…
本編はそのうちですね。難航してると言いますか……


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