第FⅦ特異点 片翼の天使 (陽朧(ゆっくり再開))
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これまでの記録(第2章まで)

この物語も長くなってきましたので、まとめも兼ねて今一度振り返りをしようかと綴ったものです。抵抗のある方は申し訳ありませんが、この設定回は読み飛ばしていただければと思います。


①時系列に沿ったできごと

②登場キャラクターについて

上記の通りに書き記します。

主にポイントとなる部分をピックアップしております。

 

 

 

 

 

①時系列に沿ったできごと

 

【セトラ時代編】

―――古代種の英雄譚

生涯を旅に費やす一族に生まれた兄弟は、幼いながらに両親を亡くし2人で生きていくことになる。兄は死んだ両親に代わり弟に生きる術を教えていく。剣を、魔法を全て叩き込んだ兄は、“名刀”を弟に与え、最後の戦場へと赴いた。

 

【神羅時代編】

―――悲劇の英雄譚

人間たちはジェノバの封印体を掘り起こし、その一部をジェノバ細胞と呼んで、実験体の胎内に埋め込んだ。ジェノバ細胞に適合した赤子は、セフィロスと名付けられ、研究所にて育つ。研究所というつめたい檻の中で、セフィロスは“とある本と出会う。

 

【現代編】

―――とある一般人の話

古代種の英雄として死んだ兄は、所謂現代に生まれ落ちたらしい。

何気ない日常を謳歌する中で、彼はとあるゲームたちと出会う。

 

【FGO編】

―――英雄たちの集合話(残滓)

≪第1章≫

人類最後のマスターであり、人理修復を成し遂げたリツカは、制限は掛けられていたがレイシフトによる任務を遂行する日々を送っていた。その日も同じようにレイシフトに臨んだのだが、行き着いた先は荒れ果てた大地だった。荒野を臨む断崖絶壁に彼は、それを見た。

灰色の空の下に佇む、1人の男がいたのだ。その存在は異端であり、その力はあらゆるものを超越していた。

その存在がどうしても気になったリツカは、周囲の制止の声を振り切り男へと近付く。そうしたリツカの行動により縁は結ばれ、男はカルデアへと呼ばれることになる。

カルデアで行った検査の結果、体と魂がちぐはぐであることから、怪しげな存在として認識された男はセフィロスと名乗った。

セフィロスの強さは英霊に劣らなかった。その強さに群がるように、戦いを好む者たちが彼に挑み、その存在を認めていく。

そんなある日のこと、セフィロスを知るものが訪れる。研究者のなりをしたそれは、宝条と名乗った。宝条は違法な研究を重ねていた。彼の研究所を訪れると、多くの証拠が残されていた。

 

≪第2章≫

(side カルデア)

狂化された母性の塊、凍て付いた母なる大地、そして生まれざる子供の集合体、彼らに関わるにつれて、セフィロスは自分という存在を顧み始める。

宝条は英霊を召喚していた。セフィロスをコピーしたようにそっくりな英霊は、かつて宝条がつくりあげた英雄であった。英霊は、カルデアのマスターに呪詛を吹き込む。リツカは星痕症候群という病に蝕まれ、倒れた。

 

リツカの相棒であるマシュは、セフィロスに助けを求めた。セフィロスはリツカの呪いを解くためには、薬をつくる必要があると告げた。幸いなことに材料はカルデアに集まった英霊たちに関係するらしい。セフィロスとマシュの話を盗み聞きした英霊、源 頼光と共に素材集めへと向かう。追剥ぎの如く奪われていく(順調に集まっていく)素材たち。問題は、事前説明は皆無の中でこれらが行われていることであった。

 

(side ???)

目を閉じていても感じるじわじわと迫り来る“死”の中で、リツカは突如目覚めを迎える。

気が付けばベッドに寝かされていたリツカは、そこが自分の知る場所ではないことを悟る。

状況はわからないまま、2人の男がリツカを訪れる。ザックスとアンジールと名乗った、彼らはリツカを保護することを告げた。

疲弊した様子のリツカを眠らせて、ザックスとアンジールは“とある人物”へ報告に向かう。

リツカを助けたという男、それは“英雄”セフィロスであったのだ。

 

 

 

 

 

②登場キャラクターについて

 

【登場人物】

 

*古代種の男(通称:セトラ)

かつて古代種の英雄としてジェノバ相手に激闘を繰り広げた男。

当作品では古代種=セトラではなく、古代種の英雄=セトラ。

古代種時代のセフィロスの実兄であり、セフィロスに武芸や魔法を叩き込んだ。

不死であるジェノバを倒すことはできず、封印する方法を選ぶが、未知なる力を持つジェノバを封印するためには強力な楔が必要であった。そこでセトラは、その魂を以てジェノバを封印することに成功した。

 

永遠にジェノバを封印するための楔となる予定であったが、まさか人間に掘り起こされるとは彼も予想していなかった。そして、最も予想外であったのは、“とある実験体”に移植されたジェノバ細胞の中には彼の力が宿っていたことであった。

その実験体は奇しくも“セフィロス”と名付けられ、セトラの力が宿るジェノバ細胞と見事に適合を果たした。こうしてセフィロス自身の才能や能力にセトラの力が上乗せされた結果、他の追随を許さぬ英雄は誕生した。

しかし、自分自身の生い立ちを知ったセフィロスの暴走により、ジェノバ細胞が目覚めてしまう。ついにセトラの力はジェノバ細胞に圧し負けて消失、セフィロスは狂気に蝕まれていくことになる。

 

そんなことが起きているとは露知らず、当の本人はジェノバ細胞の封印が解かれたことにより魂が巡り、現代へと転生していた。なんでもない一般人を満喫していた最中、2つのゲームに出会う。1つは“悲しき英雄と勇気ある青年”の物語で、もう1つは、数多の仲間と共に世界を救う物語であった。なんとなく既視感を覚えながらも、長い旅に終止符を打ったセトラは、突然の死を迎える。まるでセトラが、2つのゲームをクリアするのを待っていたようなタイミングであった。

 

2度目の死の感覚。しかし、すぐに次の目覚めは訪れる。

荒れ果てた大地が眼下に広がり、足元は断崖絶壁、見知らぬ場所であるのにそこがどういう場所かなんとなくわかっていた。

ふと視界に入った自分の体をよく見ると、それは自分のものではなかった。

2m近い高身長に、特徴的な銀の髪と黒い手袋にコート、その姿は―――。

こうして第3回目の人生のはじまりであった。“人”生と言って良いのかは些か疑問ではあるが、降り立った当時古代種であった頃の記憶を忘れていたため、状況が掴めず内心で慌てふためきながらも健闘する。

 

そんな中リツカと出会い、カルデアへと召喚された。しかし体は生身の人間である状態でどうやって召喚できたのか。今のところマスターと、とある英霊だけがその真相を知っている。

 

 

 

セトラの実弟(セフィロス)(古代種)

両親を亡くしたセフィロスをセトラが育てあげた。

剣の腕前は、兄と並ぶかそれ以上であったとか。

その最後は謎に包まれている。

 

 

 

*英雄セフィロス

英雄の名を欲しいままにしていた男。

胎児であった時にジェノバ細胞を植え付けられた。

自分の生い立ちを知る前までは、人格者であり、剣の腕はもちろんのこと魔法にも長けた非の打ちどころのない、まさに英雄を具現化した存在であった。

『セトラの英雄』という古い英雄譚を愛読しており、そのことになると途端に饒舌になるので、彼の同僚をうんざりさせている反面、利用されることもある。

 

 

 

堕ちた英雄(セフィロス)(英霊) クラス:???

宝条に召喚された英霊。

その性質や性格から、世界に仇なすものとなった彼の姿を反映したものと思われる。

セトラを“父”と呼ぶが、その理由は不明。

リツカに呪詛を掛け、死に至らしめようとする。

 

 

 

*宝条

かつて世界を混乱に陥れた原因をつくった男。

本来存在するはずのない男であるが、詳細は不明。

時計塔の研究者として在籍している一方、怪しげな研究を進めている。

彼のもとについた研究員のほとんどが失踪しているのだが、真相は握り潰されており、外部には洩れていない。

 

 

 

*イフリート

古代種時代セトラの親友であった炎の神。

セトラは数多の召喚獣と契約を結んだが、その中で一番多く力をかりた。

ひょんなことから、彼の召喚マテリアはキャスターの持ち物となり、今はキャスターのポケットに収まっているが、どうやら不服らしい。

 

 

 

*リツカ

人理の修復を成し遂げた少年。

一般人でありながら、その両肩に世界を背負い過酷な旅を成し遂げた。

良くも悪くもお人好しであり穏やかな性格だが、好奇心旺盛で猪突猛進な一面も持ち合わせる。個性豊かな英霊たちと絆を結んできた彼は、協調性皆無で自由奔放なセフィロスを相手にめげず、少しずつ絆を深めていく。

宝条に付け狙われた挙句宝条の英霊に呪詛を掛けられ、星痕症候群を発症する。

 

 

 

 

 

2020/02/11

*随時更新予定*



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序章:光と闇の翼
1-1 荒野にて①


 

遥か古の時代。

人間とは異なる種族である、古代種と呼ばれる民がいた。

彼らは星と会話をすることでその意志や願いを感じ取り、星を遥か昔から守護してきた存在として語り継がれてきた。

 

そして、彼らは約束の地を探すことが出来る能力を持っていた。

辿り着いたもの全てに至上の幸福が与えられるという、祝福された地。

彼らは皆その地を探し続けた。

 

その旅路は生半可なものではなかった。

今と違い、ヒトではなく自然や獣に支配されていた時代である。

満足に体を休める場所もなく、傷を癒す術もない。

傷や病で歩けなくなったものたちは、仕方なく旅を諦め集落を作り上げた。

すると旅の途中で家族を失うなどして、旅の目的を見失ったものたちが、その集落に集まるようになったのだ。

 

こうして、辛い旅をやめたものたちが一つの場所に定住していくようになる。

これが今の人間の先祖というわけである。

 

 

 

そうして段々と星に人間たちの住処が生まれていく中、突如それは飛来した。

今から幾千年か前の、北の大地からそれは始まったのだ。

――厄災ジェノバ。

未知なる侵略者は後にそう名付けられた。

 

ジェノバの持つウイルスは相手の自我を奪い自らの駒とする、凶悪で最悪のものだ。

瞬く間にそのウィルスは古代種を蝕み感染させた。

これにより多くの古代種は、モンスターと化したのである。

 

もちろん古代種も、ジェノバを倒そうと立ち上がった。

だが何とも皮肉なことに、古代種の敵として立ち塞がったのはジェノバに操られた同胞であったのだ。

残酷で厳しい戦いが続いた。古代種のほとんどがその時に命を落としたといわれる程に。

それでも彼らは決死の力を振り絞り戦い、なんとか地中深くに封印することに成功する。

 

 

 

それから時が経ち、古代種に代わって人間が星の大半を占めるようになった頃のこと。

時は人々から記憶を奪い、古代種は過去の存在となっていた。

そんな中とある研究者は地中深くに埋められたジェノバを発掘し蘇生を試みる。

実はこの研究者たちは、ジェノバを古代種と間違えていたのだ。

この間違いがやがて大いなる悲劇を生むことは、誰も知らなかった。

 

こうして、人間の手により完全復活を遂げた厄災は『とある青年』を巻き込み完全悪として世を恐怖に陥れた。

 

その青年は、ジェノバ細胞を移植された『人間』に過ぎなかった。

しかし、ジェノバの恩恵というべきか呪いというべきか。

その体は普通の人間より身体的に強化されていた。

これにより、生まれた時から人間を超越した力を持つことになる。

 

異常とも呼べるその強大な力は、青年を英雄へと仕立て上げた。

だが青年は、常に己の持つ力に疑問を持ち続けていた。

そして、とある切っ掛けにより青年は己の出生に関係するような資料を探り当ててしまう。――その資料の根底に、とある研究者の過ちがあることなど知らずに。

 

青年もまた、ジェノバと古代種を混同し、自分は古代種の末裔であると思い込んでしまう。その結果『旅をやめたもの達』……即ち人間たちを裏切りものとして、報復を開始してしまったのだ。

 

 

 

―――青年は、英雄であった。

移植された細胞の影響により生まれながらに驚異的な身体能力を示し、幼少期から戦場へと赴いて様々な武勲を立てた。

しかし、彼が英雄と呼ばれた理由は、その圧倒的な強さだけではない。

友や味方を重んじ、不器用ながらも後輩を育て導く、まさに優れた人格者であったのだ。

青年はいつしか皆の憧れの存在となっていった。

 

 

しかしそんな英霊は、ある日突然豹変し堕ちていった。

 

 

そして破壊を尽くした果てに、一人の青年の手によって倒された。

たった一言『思い出にはならない』という言葉を残して。

 

 

 

***

 

 

 

荒廃した大地に吹き荒れる風によって(しろがね)がふわりと踊る。

人形のように血を感じさせない白の肌が、分厚い雲から微かに漏れる光によって浮き立っていた。離れた距離でもわかるその存在感に圧倒され、足が竦むのを遠くに感じた。

 

気が付けば身体の動きは奪い去られ、辛うじて動く目でそれを見る。

背中から伸びるは片翼の、黒い翼。

色を失った世界に映える漆黒は、禍々しくも悲しかった。

 

 

「……なんだ、……あれは」

 

 

異様な光景であった。切り立った崖に佇むそれは身動き一つせずただそこに在るのみ。

眼下には雄大に広がる荒れ果てた大地。ただ、それだけだ。

 

 

「まさか、あいつも人類悪(ビースト)の…?」

 

「いや、そんなモンじゃねえ……。撤退だ、マスター。あいつは……やべえ」

 

 

人類最後のマスターであったリツカは、歴戦の英霊が額から汗を滲ませ引き攣った声で、撤退を進言したことに驚きを隠せなかった。

人理修復さえも成し遂げた彼の傍には、その大いなる功績に相応しい力を持つ英霊たちが控えている。それにも関わらず、彼らはあの最終決戦を想わせる表情を浮かべて、そう言ったのだ。

 

リツカがこの地に辿り着いたのは、つい先ほどのことだ。

いつも通り任務を受けてレイシフトを行い、そして次々と湧き出る黒い英霊を退け、目的地として示されているこの場所へ行き着いた。そこまでは、何も問題はなかった。

しかしリツカたちの前に現れた片翼の男により、それは突如覆る。

一目でわかるその強さに、戦いを知るものたちの表情を一変させたのだ。

 

 

「間合いに入ったら、即やられちまう。

俺が引き付けっからその隙に行け」

 

 

常に自分を導いて来たその杖が、そう言うのだ。

『相当なもの』だろうことは良くわかる。

だが完全にそれにあてられてしまったリツカの足は、簡単には動いてはくれない。

 

 

「……」

 

 

常に自信に溢れ、どのような場でもその余裕を崩したことがない王が隙を窺っている。

乱れた呼吸に焦るようなその貌を見るのは、初めてであった。

 

 

「……っ、マスター……。こっちだ」

 

 

赤い外套の弓兵が、リツカを背後へと隠す。

彼もまたそれから一度も目を離すことはなかった。

 

彼らは皆、わかっていたのだ。

一度でも、隙を見せればそれは襲い来るであろうと。

 

 

高まる緊迫感に、喉が鳴る。

息をすることすら、苦しくて堪らない。

直ぐにでも逃げ出したい、けれど背中を向けることが出来ない。

 

武器を構える英霊たちに、それは酷く緩慢な動作で視線だけを投げた。

 

 

「……っ!!!!」

 

 

氷をそのまま埋め込んだような、青い瞳。

その目で見るもの全てを否定するような、冷たさを宿したガラス玉が射貫く。

纏う黒いコートがそれの動きに合わせて揺れ動いた。

 

 

客人(まろうど)か。……この、壊れた地に、何用か?」

 

 

温度を一切感じさせない声が死の大地に重く響いていく。

 

 

「貴様は、……なんだ?」

 

「……」

 

 

ぐと唇を噛んだ金髪の王が、静かに問う。

怯んでいたとしても、怖気づいてはいない。

流石は英雄王という所だろうか。

 

それは、静かに目を伏せて唇を動かした。

 

 

「……お前たちが、忘れたもの」

 

「わすれた……?」

 

「……さっさと去れ。此処にいても、意味はない」

 

 

その言葉は絶対の拒絶であった。

興味を失ったかのようにリツカたちから視線を逸らすと、それは灰色の空を静かに見上げた。淀んだ空を見上げるその姿に、リツカは何故か虚しさを憶えたのだ。

 

リツカはその横顔を見つめる。

他の英霊たちに勝るとも劣らないうつくしい男であった。

しかしまるで中身を亡くしたような虚しさを、そして寂しさを、リツカは感じたのである。多くの英霊と時を共にしてきた彼は、その顔に浮かぶ色の意味がなんとなくわかった気がしたのだ。

 

 

「っ、お……おい!マスター、待てっ!!」

 

 

リツカは一度目を閉じると、何かを覚悟したかのようにその足を動かした。

先程まで一歩も動きもしなかった、その足は軽く、重く、しっかりと動いた。

 

 

「……止めておけ、マスター。あれは英霊なんてモンじゃねえ」

 

「わかっている、でも……放って、おけないんだ」

 

 

身を案じて止めて来る己の英霊たちには、悪いとは思っていた。

だがリツカという少年の本質はとても固い。一度決めてしまうと成し遂げるまで進む性質なのである。それを良く理解している英霊たちはそれでも尚、今回ばかりは不味いと止めに掛かる。

 

 

「大丈夫だって、……そんな、気がするから」

 

 

ぎこちなく笑ってみせるマスターに溜息を吐いた金の王は、そこに立つ片翼の男に視線を向ける。かの王であっても、男を『見ることは』できなかった。

ぼんやりと霞掛かったようにしか、『見えなかった』のである。

 

男は近づいて来た少年、リツカを見下げる。

怯えや恐れを含んでいるがその青空のような瞳は、ただ真っ直ぐに……男を見上げていた。その瞳に『何か』が重なったような気がして、男はその表情を微かに変える。

 

 

「お、……俺たちは、此処を、修復しに来たんです」

 

「……修復、だと」

 

 

何とか絞り出したリツカの声は上擦っていながらも、男の耳に入ったらしい。

どうやら話は通じるようだと安堵の息を吐いた英霊たちは、正直生きた心地がしなかった。

 

真っ直ぐで素直なマスターは、どうもまだ危機感や警戒心が足りないらしい。

そう溜息を零した赤い男は、その手に持っていた弓を消した。

 

そして彼らは語り始める。

自分たちの旅路をそして、今この場所にいる意味を。

 

静かにただ耳を傾けていた男は、ふと息を吐き出す。

 

 

「その必要はないだろう。

……この地は、もうとっくに壊れている」

 

「壊れている、だと?……そりゃ、どういうことだ」

 

「とあるウィルスの蔓延によって、閉鎖された地。

言わば死んだ土地だ。修復が可能なものは……ありはしない」

 

 

淡々と吐き捨てられたのは、要点だけを切り取られた言葉であった。

リツカは改めて周囲を見渡す。

今まで巡って来た特異点とは異なり、人の影もなければ、国も、何もない、ただの荒れ果てた地であった。

 

この場所がもし特異点でなければ、何故レイシフト先として選ばれてしまったのか。

彼が首を傾げるも、この時カルデアとの通信は完全に切断されてしまっていた。

どうやら、その答えを聞くのはまだ先のようである。

 

 

ふ、と突然何かの気配を感じた。同時にリツカの顔が強張る。

すると不意に墨をぶちまけたような闇が足元に広がったかと思うと、黒く染まった英霊たちのなれ果てが次々と蠢きながら現れた。

あっという間にそれらに周りを完全に囲まれてしまい、再び武器を構えた英霊たちはリツカに指示を求めるように声をあげた。――その時だ。

 

 

一閃。

 

 

鋭い光が横に払われたかと思うと、一瞬でそれらは姿を消していた。

 

 

 

「……っな、……まじ、かよ」

 

 

灰色の世界に瞬いた、白刃の光り。

それは目を疑うほどに長い刀であった。

 

ただでさえ背の高い男の身の丈以上あるだろう長さのそれ。

それを片手で軽やかに繰ると、瞬く間に敵は塵と化す。

この場所に出現する敵たちは中々の強敵で、リツカたちは散々苦戦を強いられていた。

だがこの男は、一瞬でそれらを薙ぎ払い消したのだ。

英霊のクラス関係を構うことなく、全てその一撃で。

 

 

「つよ、い……」

 

「……キリがないな」

 

 

リツカが思わずそう感嘆するも、男はただその冷たい瞳で湧き上がる闇を射貫くだけであった。男は何かを考えるような素振りを見せると、空に視線を向ける。

 

 

「……お前たちの、目的地はあの場所だろう」

 

「え……?」

 

「この世界を歪めた原因があるとすれば、厄災しか考えられん」

 

「やく、……さい?」

 

「ああ。……あの場所にいるのは、」

 

 

やはりこの男は何かを知っている、と金の王の紅玉が鈍く光った。

そして歯切れの悪くなった言葉に狙いを定めた王は、更に問い詰めようとしたが……。

ぴぴっという軽い機械音が突然声を上げたため遮られてしまった。

リツカが身に着けている通信装置が、音を立てて起動し始めたのだ。

 

 

『リツカ君!!……良かった、大丈夫かい?

どうやら、レイシフト先が自動的に切り替わってしまっているようだ……。

一度戻ってきてくれ!!』

 

「ど、ドクター?……切り替わったって」

 

「そこは本来レイシフトを行う予定だった所ではなかった、ということさ!

君が無事で、良かったよ……ほんと」

 

 

モニターに映ったピンク色の髪の男は、リツカの顔を見ると安堵の笑みを浮かべた。

怒涛の勢いで喋り始めた男に、いつもならば心底ほっとするだろう。

そして、直ぐにでも帰還を宣言するであろう。

しかしリツカは、言葉を飲み込んでしまった。

 

傍にいる一人の男の存在が、どうも引っ掛かってしまい放っておけなかったのである。

そんなリツカの心を察したように、その男は青い髪の英霊に一瞥をくれた。

さっさと連れて行け、ということであろうか。それを察した英霊は軽い舌打ちを一つ打った。

 

 

「全く、ちったあそのド天然を何とかしな!!知恵の王サマよ。

ほれ、マスター……。長居は無用だ。さっさと帰んぞ」

 

「え……、あ、でも……」

 

「?、どうしたんだい、リツカ君。

何かそこにあったのかい?」

 

「そ、そうだ……ドクター、此処で…って、え?」

 

 

男のことを説明しようと、リツカが横を向くがそこに男の姿はもうなかった。

慌てて周囲を見回してもその影すら見当たらない。

動揺するリツカであったが、周りの英霊たちが首を横に振り帰還を宣言すると、仕方なく頷いたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何やらやり取りをした後にもう一度だけ周囲を見回して、名残惜しげに英霊に引っ張られていったリツカを、男は遠く離れた岩場から見ていた。

 

 

「……参った、な」

 

 

ふう、とため息を零した男は、片手でその髪を掻き上げて顔を歪める。

実はこの男、中身と外身が全くの別人であったのだ。

どういう意味かを説明すると少々長くなるだろう。

この中身は、ずっと前に死んだ『古来種』であった。

彼は厄災を封じた張本人であり、古代種の英雄(セトラ)と呼ばれるその人であったのだ。

 

だが男自身の記憶は、霧が掛かったように曖昧であった。

明瞭に思い出せる記憶といえば、これが『三度目の生』であることだろうか。

 

一度目は、古代種の一人として生まれ、英雄として死んでいった。

二度目は、なんとその後転生を迎え、この体の持ち主が『とあるゲーム』の悪役として、絶大な人気を誇る世界に生まれたのである。その世界で生を謳歌した魂は、やがて『とあるゲーム』にも出会った。

先程のリツカと呼ばれた少年のように、マスターという令呪を宿した人間が、英霊と共に聖杯を掛けて戦う物語であった。

そして三度目は、それらを全てやり尽くすのを待っていたかのように、ゲームをクリアした男は次に目覚めたらこの世界にいたのである。

なんとも夢のような話だが、気が付いたらこの場にいて、銀髪の美丈夫の姿になっていた。ということだ。

 

もちろん男は大いに動揺した。

この身体は死んでいると定義されていたが、それでも尚伝説に刻まれるほどの価値がある。故に、驚異を超越した身体をスムーズに動かすのには大変苦労したし、何よりもおかしなことだらけであった。

 

まず、この身体の主があのマスターに出会うこと自体あり得ないことである。

一体全体どうなっていると考えているうちに、リツカとの会話が終わってしまったのだ。

そして状況判断も何も出来ていない中で、これ以上彼らと関わると不味いのではと思い、此処まで逃げたのだ。

 

あのドクターがいるということは、ひょっとして人理修復を終えていないのだろうか?

如何せん知識がある分助かることもあるが、動く難いこともあるだろう。

そうやってぐるぐると回る思考に、思わず男は額に手を当てる。

 

大きく溜息を吐き出した男は、空を見上げる。

己がなすべきことは、何となくわかっていた。

 

あの空に浮かぶ神殿の向こうに、『忘れられた水の都』に繋がる扉がある。

そこにこの空間を曲げているものが存在するので、それを消せばすべてが終わるであろう。それは男の感覚なのか、それとも体の主の感覚なのかはわからなかったが、確かにそう感じていた。

 

 

 

「……これはきっと、お前の懺悔なのだろう?」

 

 

 

全て終わった後の、誰もいない世界に呼ばれた男はそう静かに呟いた。

 

 

 

***

 

 

 

「え?もう一度あの場所に行きたい?」

 

「うん、どうしても……行きたいんだ。お願い、ドクター」

 

「うーん。でもあの空間は、解析不可能だったし、もう座標も何処にも見当たらないし……」

 

「そんな……」

 

「ちょっと調べてはみるけど、正直不可能に近いと思うよ。

寧ろ……。偶然にでもそんな場所に行けたことが、奇跡だ」

 

 

困ったような顔をした男に、リツカは肩を落として項垂れた。

そして『頑張ってはみるよ』という言葉に祈りを託して彼は管制室を出る。

 

 

「よう、マスター。随分辛気臭い顔してんなあ」

 

「……キャスター」

 

「まあアンタのことだ。どーせ、あの男のこと気にしてんだろ?」

 

「うん。……どうしても、気になって」

 

「まあ、気持ちはわかるぜ」

 

「え?」

 

「ありゃ、異質だ。そして何よりも強い奴さね」

 

「……う、ううん?」

 

「いくらキャスタークラスとはいえ、目は衰えちゃいねえ。

俺でも、あの剣筋は見えなかった」

 

「つまり……、戦ってみたい、ってこと?」

 

「わかってるじゃねえか、流石だぜ」

 

「……まあ、……同じこと言いそうなのが、あと3人はいると思うからね」

 

 

リツカに声を掛けたのは、杖を片手にした青い英霊であった。

キャスターと呼ばれたその英霊は、落ち着いた笑みを零してリツカを見る。

別のクラスとして召喚されている同名の彼を想わせる、そのぎらぎらとした瞳に、嫌な予感がしたリツカは目を逸らした。

 

 

「あれは、英霊じゃあねえ。だが人間でもねえ。

なあ……マスター。此処は一か八か、賭けてみねえか?」

 

「……え?」

 

 

 

くつりと、低く喉を慣らした英霊は、何かを含んだその目をリツカに向けた。

途端に己に生じた、冷汗が背中を伝う感覚と胸の高鳴りに、彼は暫く考える素振りをみせたが、やがて一つ頷いた。

英霊はそんな少年の肩を叩いて、じゃあ早速行こうぜとにんまりと笑った。

 

 

「……大丈夫、かなあ」

 

 

己の胸を占めるその予感が、どのような類のものかは経験上わかっていた。

近づいてくる嵐を告げるかのようなそれに、リツカはただ導きの杖を信じるしかなかったのである。

 

 

 

 

 



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1-2 荒野にて②

生きとし生けるものを喪失した世界。

それは、神になり損ねた男が造り上げた世界。

一つの可能性に過ぎない世界で男は独り、ただその黒き片翼を広げる。

 

 

 

『あんたを尊敬していたのに……憧れていたのに……』

 

 

『……――さ、……生まれ、変わったら…、――見つけ、て』

 

 

 

記憶から流れ出るその声は、誰のものであったか。

男の体は、突き立てられた刃の痛みを憶えている。自分の痛みであったから。

男の脳は、そのワンシーンを憶えている。忘れられない名シーンであったから。

 

だがもう一つは、誰の記憶であっただろう。

ノイズまみれの、その声は子供のものに思えたが。

もしかしたら男の知らない、この体の記憶なのかもしれない。

小さく息を吐いた男は、やけに耳に残るその声を振り払う。

 

異なる心と体を無理矢理擦り合わせたとしても、所詮は継ぎ接ぎの存在に過ぎない。

ならば、此処に在る男は何を成せば良いのだろう。

 

孤独の丘に佇み、示された道を見上げる男は一人思案する。

 

 

だが、そんな男に背後から忍び寄る影があった。

もぞもぞと体を蠢かせると、影の中から一本の巨大な手が現れる。 

闇を煮詰めたような黒いそれは、背中を向ける男にゆっくりと忍び寄ると、その爪を突き立てるように襲い掛かったのだ。

 

 

「……」

 

 

濃厚な闇の気配に気づいていた男は、ただ振り向き様に愛刀を振り抜く。

その風の如き一の太刀に、あっという間に影は雲散した。

 

しかし男は、元々手というものが一対のものであることを失念していた。

男の不意を突いて出現したもう片方の手に、咄嗟に刃を突き立てるも、断崖絶壁の淵に立っていた男は、そのままバランスを崩した。これは、油断ではなかった。

人間を神すらも超越する力を秘めた体に、精神が追い付いていなかったのだ。

男はまだ、自分の精神と彼の肉体とのバランスを取ることが出来ていなかった。

 

 

灰色の薄汚れた空が、遠退いていく。

―――落ちる、墜ちる、堕ちて いく。

体に宿る魔力を開放すれば、直ぐにでも体勢を立て直し空へと舞い上がることは容易い。

 

しかし男は、今はこの吐き気がする程の不安定な浮遊感を味わっていたかったのだ。

それに、こんな崖から落ちたところでこの体がダメージを受けるとは思えなかった。

 

 

「……なん、だ?」

 

 

分厚い雲に覆われた空は、希望すら捨て去ったその世界を映し出しているかのようである。隙間から辛うじて差し込む薄光が、濁った世界を醜く彩っていた。

 

落下しながらも、男がぼんやりとそれを仰いでいると突如何もない空間に魔法陣が出現した。虹色の光を零すそれは、男の直ぐ下へと現れたのだ。

 

得体の知れないその魔方陣は、色のない世界で鮮明に輝く。

いくら直下に現れたものであろうとも、回避はそう難しいことではなかった。

だが、不思議と抗う気は起きなかったのだ。

 

 

『魔晄炉に落ちた時のよう』に、つぷりとのまれていくその感覚は、案外心地の良いものであった。

 

 

 

 

 

ぐらりと視界が揺れて、何かが近づいて来るような感覚に体が勝手に反応した。

軽やかな動きでくるりと身を反した男は、その瞳を開ける。

 

そこは、先程までいた荒れ果てた地とは真逆であった。

白い壁と床に囲まれた一室に、ふと脳裏に蘇った記憶は男のものではない。

 

何処からか吹いた風が、男の長い(シロガネ)を靡かせる。

満ちた眩い光が少しずつ薄れていく。

 

 

「ほ……ほんとに、召喚できた……」

 

「まあ、召喚ちゃ召喚だな。かなりの荒業だが。

にしてもほんとこんなんばっかだぜ。

もうちょい知的にいかねえのかねえ」

 

 

つい最近聞いたばかりの声たちに、男がそちらに視線を動かす。

そこには、青い髪の男とその少し後ろにいる黒髪の少年の姿があった。

 

きらきらと瞳を輝かせた少年に、溜息混じりにそう返した青い髪の男。

二人が繰り広げた会話に男は目を細める。

自分自身の記憶にあるその『召喚』という言葉に、何となく状況を察することが出来たのだ。どうやら、男はこの少年にカルデアの施設に召喚されたらしい。

 

 

「そうか、お前が呼んだのか」

 

 

小さく呟いた男は、少年のもとへと足を一歩踏み出した。

 

 

「待ちな。……アンタ、どこまで知っている?」

 

「……何も」

 

 

少年を庇うように立ちはだかった英霊は、訝しげに男を睨み上げる。

一切の温度を受け付けない青の瞳と、奥に炎を閉じ込めたような赤の瞳が、交差した。

その一瞬。氷の手に心臓を握られるような得体の知れない恐怖に駆られる。

しかし、それだけで怯むほどその英霊は大人しくはなかった。

 

手に持つは導きの杖だとしても、心は敵と見れば吠え猛り喉笛を喰らう獣犬のそれ。

クランの猛犬の名は伊達ではない。

 

鋭く細められた瞳が爛々と輝いたかと思うと、杖の先が男の喉元に突き立てられた。

ランサーと比較すると敏捷さは劣るが、それでもその動きはキャスタークラスには似つかわしくないだろう。

 

 

「おっと、この俺を誤魔化そうったって、そうはいかねえぜ?

これでもちっとは頭使えんだ。頭脳戦もイケる口ってことさね。

どうだい?……試してみねえか?」

 

「……遠慮する。回りくどいことは好きではない」

 

「ははっ、そりゃ良いねえ。中々気が合いそうだ」

 

 

獰猛に笑う獣の睨みを見下ろし、小さく溜息を吐いた男は後ろで固唾を飲むリツカに視線を移す。

 

 

「何か用があって呼んだのだろう。頭があるなら、話が先だ」

 

「つまんねえこと言うなよ。……ったく。

まあ、偶にゃお楽しみは最後に残しとくのも良い……か」

 

 

一つ舌打ちを落とした英霊は、あっさりと杖を退ける。

その姿に驚いたように目を瞬かせたリツカは暫く惚けていたが、慌てて話が出来る場所に移ることを提案した。

そうして、三人はカルデアの心臓部へと向かうことになったのだ。

 

長い廊下を歩きながら、男は考える。

このカルデアに召喚されたということは、自分は英霊となったのだろうか。

いくらこのカルデアのマスターが、世界各地の英雄や神々すらも呼び寄せる力を持っていたとしても、男からしても体の主からしても、呼ばれる由縁はないのだ。

 

そして、英霊となるということは、聖杯という力に縛られることになる。

要するに、持ち得る力に制限が入る筈なのだ。

しかし、体に満ちる人を超越した力と魔力は、あの荒野にいた時と何一つ変わりはないように思えた。

それならば、初めから英霊としてこの世界に呼ばれたということであろうか。

 

いくら考えても、男の数少ない情報では答えを得ることは出来なかった。

男は考えを広げながら、色々とちょっかいを掛けてくる青い英霊(の攻撃)をいなす。

 

その疑問の、ほんの一部が明かされたのは……。

案内された先で、待ち受けていたカルデアのトップに説明を受けた後のことである。

 

 

「結論から言うと、君は英霊ではない。……人間でもないようだが……。

心当たりはあるかい?」

 

 

中央管制室とやらに入るや否や検査室に放り込まれ、説明も曖昧なままに身体検査を受けさせられたのである。

その場にいたものたちが、数値化された男のデータに驚きを示したのはその数分後のことであった。

 

桃色の長髪が特徴的なドクターと、世界的な微笑みを浮かべたダヴィンチが、揃って表情を変えたのだ。

このややこしい身体に気付いたのかと、男は眉を顰めた。

 

 

「……いや、ないな」

 

 

淡々と、冷たく零れる言葉たちは、男の言葉であってそうではない。

自分の持つ記憶や知識を、肉体が持つそれらと融合させて、『誰か』が話している。

男はずっと操られているような、不自由さを感じていた。

 

 

「君のいた場所についての報告は、リツカ君から受けている」

 

「……偶々、紛れ込んだ場所なんだろう」

 

「死んだ世界。君はそう言ったそうだね」

 

「ああ。あの世界はとうに滅びている」

 

「ならば何故、君はあの場所に?」

 

 

興味津々といった表情で問いを続けるドクターに、男は淡々と言葉を返す。

それに苦笑いを浮かべたのは、万能の名を冠した麗しき英霊であった。

 

 

「まあまあ、ロマニ。そうがっつくことはないじゃないか。

相変わらず君は研究熱心だねえ」

 

「なっ!!そんなんじゃないさ、君だって気になっているだろう?

レイシフト先が突然変わるなんて、今までなかった話じゃあないか。

あれは計算に計算を重ねてさらに計算して…っ!!ああ、兎も角、虚無の地に行き着くことはない筈なんだよ」

 

「……だが、それを知ってどうする?

あの場所には修復するものはない、なんの利にもならない」

 

 

熱を上げるドクターに、静かに男は問うた。

そもそも偶々行き着いた先が、あの荒野であった話なのだ。

 

レイシフトとは完璧なものではないことも、男は知識として知っている。

実際に人理修復中であった頃よりはマシにはなったが、未だに正確に着地点を定めることは出来ていなかった。

飛ばされた先でリツカが英霊たちと逸れることだって稀ではない。

 

偶々紛れ込んだ先が崩壊した世界であろうが、気に留める理由も必要もないだろう。

態々自分を召喚してまで、それを解明しようとする意味が男にはわからなかった。

 

 

「……あるさ。知る意味なら、充分にね。そうだろうリツカ君」

 

 

ふふ、と軽やかな笑みを零したドクターは、共に話を聞いていたリツカに視線を投げる。

すると、緊張に顔を強張らせながらもしっかりと頷いた彼は、恐る恐る口を開いた。

 

 

「例え、壊れた世界でも、死んだ世界でも……。

あなたは見捨てなかった…、だから、あの場所にいたんですよね?」

 

「……」

 

「俺は、正確にはあなたの力は……知らない。

でも、あの場所から出ていくだけの、力はあるように思えました。

でも……。行かなかった」

 

 

少年の真剣な眼差しと言葉に、男は静かに目を伏せる。

確かに、あの場所から飛び立てる力はあった。

男にとっても、あんな荒れ果てた場所などどうだって良かった筈であったのだ。

しかし、リツカの言うようにあの場所に居続けたその訳は……。

 

 

「あなたは、……何を守っているんですか?」

 

 

生けるもののいなくなったあの場所には、もう記憶をするものがいない。

忘れられた歴史、忘れられた人間、忘れられた英雄……。

まるで墓守りのようだと、男はそっと口角を上げた。

 

 

「……いいだろう。どうせもう終わったことだ」

 

 

真っ直ぐに自分を射抜くのは、かのものと重なる青の瞳。

男は椅子に凭れると、白い無機質な天井を仰いだ。

 

そうして、記憶を手繰り寄せると静かにあの世界について話し始めた。

人間とは異なる種族である古代種について、厄災ジェノバについて、厄災が起こした争いについて……。

淡々とした男の言葉で語られるそれらは、遠い御伽噺のようで近い現実があった。

 

 

「そんで、その厄災っつーのが、あの場所にまだいるわけか」

 

 

男が話し終えても、誰も何も言うことはなかった。

恐らくその場にいる誰よりも熱心に耳を傾けていたリツカは、予想以上の壮大な話に飲み込むのに時間が掛かった。

静寂の中で、会議室の壁に凭れ感情の読めない瞳を男に向けた英霊は、そう声を上げた。

 

 

「ああ、そうだ。……あれは、まだ死んではいない。

眠りに就いているだけだ」

 

 

一度は厄災に取り込まれた身である故に、手に取るように男にはそれを感じ取ることが出来る。

厄災ジェノバはまだ生きている。そして復活の機会を窺っているのだと。

 

かつて研究者たちが挙って厄災について調べた。

しかし、結局その目的は何も解明されることはなかった。

何故、人間に滅びを与えたのか。

それすらもまだわからないままなのである。

 

ただ、一つだけわかっていた。

アレは星を喰らい、滅びを与える……世界に仇なす者。

星から星を渡り歩き、支配し破滅させる厄災なのだ。

 

 

「なら……。あるじゃねえか、マスター」

 

「うん。……俺たちは、聖杯によって歪められた存在しない筈の過去を、修復するのが役目……」

 

「……存在しない、か」

 

「あの場所にレイシフトされたのは、偶々なんかじゃない。

聖杯の、力が関与しているんです。もしかしたら……」

 

「あの世界の滅びに、関係していると?」

 

 

あの世界について、男は一つ確信を持っていた。

それは、一つの可能性を反映した世界であるということ。

男が知るストーリーの終盤に、とある男が放った破壊魔法メテオによって滅ぼされた。

そう本来ならばメテオからあの世界を守る筈であった、とある女の究極魔法ホーリーが発動されなかった世界なのだ。

 

強い、青の瞳が男を見据える。

リツカは言った、あの世界に聖杯が関係していると。

 

ならば……。

此処に在る男に与えられた役割、それは。

 

 

「一緒に、戦って……くれますか?」

 

 

そう言って伸ばされた手を見る。

その甲に刻まれた赤い印がこの少年に課した試練を、男は画面越しで見ていた。

きっと、物語の裏でこの少年は何度も嘆き苦しんで来たのだろう。何度も膝を心を折ってきたのだろう。

 

それは所詮男の想像でしかないが、服に隠し切れないその傷は真実なのだ。

 

 

「ああ。そうだな……。今度こそ、俺が導こう」

 

 

堕ちた英雄は、自分を慕ったものたちまでも巻き込みどこまでも堕ちた。

だから今度こそ、この青の瞳を持つ少年を導くのもまた……運命なのかもしれなかった。

 

 

 

少年のまだまだ柔らかな手を、握った男は微かに微笑んだ。

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「……どういうことだ。これは」

 

「どうもこうも、お待ちかねのお楽しみの時間だろ?」

 

 

やっと話が纏まりひと段落した頃、また後日に方針を決める会議を開くことになり会議は解散と相成った。

会議室を出た男はカルデアの施設を案内すると、意気揚々に提案したリツカに付いて行こうとしたのだ。

 

しかし、男の前にそれは立ちはだかる。

その気配が動いたのを感じた直後、リツカ以上に意気揚々とした腹を空かせた獣のような英霊が目の前に現れた。

それから、あっという間に連れ込まれたのは、武闘派英霊御用達のトレーニングルームであった。

 

 

「本気で来なァ、じゃねえと後悔するぜ」

 

「……新人の洗礼というやつか?随分荒っぽいんだな」

 

 

オンとオフを使いこなしているのか、会議室で見たあの冷静な表情は何処にもない。

この英霊にこれ以上何を言っても無駄だと判断した男は、身の丈以上の愛刀……正宗を出現させる。

トレーニングルームは様々な英霊の武器に耐えられるように広く造られているため、その長い刀を存分に振るうことは可能であろう。

 

魔術師らしく距離を取って見せる英霊に、男は固い床を蹴った。

同時に浮かんだルーン文字から、炎が放たれる。

それを炎ごと切り裂いた男は、そのまま英霊に向けて刀を薙ぎ払う。

張り巡らされた守りの術を難なく裂いた男に冷や汗を浮かべた英霊は、更に術を口遊む。

そうして己に強化の術を掛けると、杖を槍に見立ててくるりと回し男へと振り翳した。

 

 

「ふん、……術師とは紛いの姿か」

 

「ははっ、舐めてもらっちゃ困る。何せ俺ァ天才だからなあ!!」

 

 

杖先から弾けた炎に男が後退すると、直ぐに追撃が放たれる。

咄嗟にそれを避けるも、ぼこりと床から現れた大きな手に足を掴まれ地面に縫い付けられた。

 

 

「いくぜ、覚悟しな。とっておきをくれてやるさね。

焼き尽くせ木々の巨人……っ、灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)!!」

 

 

魔力を込めて杖を回し床に突き立てる。

するとルーン文字が力強く輝き、閃光が弾けた。

現れた巨人が男を飲み込もうと更にその手を伸ばし、放たれた炎が男を焼き尽かさんばかりに轟々と噴きあがった。

 

 

「流石にやり過ぎた、か?」

 

 

長期戦は不利と判断した英霊が、全力で放った魔術。

ぎりぎりまで魔力を込めたその連撃と止めの一撃は、相当な威力を誇る。

滴る汗を拭い、煙に埋め尽くされた視界に目を凝らした……その時。

 

脇腹に鋭い痛みが走った。

 

反射的に動いた体で守りの術を唱えるも、残り僅かな魔力では満足な防御は出来ない。

先程あっさりと破られていたことを考えると、防御魔術など意味はなさないのかもしれないが。

急所を避けるように放たれる斬撃が、英霊の体を裂いていく。

 

 

「……中々、やるようだな」

 

「けっ、どの口が……っ」

 

 

滴る血が、床を赤く染め上げる。

咄嗟に杖で支えると、見上げた先には無傷の男とその背後には無残に切り刻まれ地に膝をつく巨人の姿があった。

 

 

「さて、どうする?降参か。それとも」

 

 

伽藍洞な瞳が見下げ、そう問う。

それに応じるようなあっさりとした根性は持ち合わせていなかった。

 

 

「悪ぃな、粘り強いのが売りなんでね」

 

 

傷だらけの体でそう笑う英霊の喉元に剣先を突き付けた男は、その手に力を込めた……その時。

ほぼ反射的に男の体が、防御体制へと切り替わった。

 

――がきん、と鋭い音と共に姿を現したのは朱色の槍で。

飛来したそれを受け止めたことにより、男に微かな隙が生じてしまう。

 

それを見逃してくれるほど甘い相手ではなかった。

突き付けられた杖から放たれた呪文は、焼き尽くさんばかりの猛火となり男を襲ったのである。

 

 

「やったか?」

 

「いや、……手応えがねえ」

 

 

地面に突き立った槍が、持ち主のもとへと戻る。

それを軽々と受け止めた青いタイツを纏った英霊は、その赤い瞳を細めてそう唸った。

 

 

「ったく……情けねえな。魔力切れのキャスターほど使えねえモンはねえだろ。

ほれ、俺が折角時間を稼いでやったんだ。さっさと行きな」

 

「……その槍、寄越しやがれ」

 

「はっ、残念だったな。やらねえよ」

 

 

雰囲気の異なる似た顔が二つ並ぶ。

名は同じだが性質が全く違うその英霊たちは、このカルデアならではのものだろう。

裂かれたフードを被り不満げな顔をしたキャスターと、爛々と瞳を輝かせるランサー。

不意に飛んできた斬撃を弾いたランサーはキャスターを外へと追い出すと、その槍をくるりと回した。

 

 

「ほう……。次は槍か、芸達者な男だ」

 

「はっ、一緒にすんなよ。こっちが本業だ」

 

 

男からすれば予定外の戦闘だが、都合が良かった。

上手く噛み合わない体とのバランスを少しでも埋めておかねば、あの厄災の相手をするのは不可能だと考えていたから。

このカルデアにいるのは、名の知れた百戦錬磨の英霊たち。これを利用しない手はないのだ。

 

いつの間にか集まっていた数多の英霊たちが、男とその英霊の戦いを観戦している。

うずうずと触発されたように体を疼かせる彼らがいる限り、相手に困ることはないだろう。

 

再び構えられた剣と、槍。

それは夕飯の時間だと青筋を立てた赤い弓兵が乱入するまで、続いたのであった。

 

 

 

 

 



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1-3 カルデアにて①

揺らめいた影に囲まれ、男は静かに瞳を閉じる。

 

 

 

―――ずっと、ずっと、考えていた。

何故自分が、セフィロスという名の英雄の体に入り込んでしまったのか。

何故自分が、人類の消え失せた世界に一人佇んでいたのか。

何故自分が、人類最後のマスターと出会いカルデアに導かれたのか。

 

男は生前は古代種として、約束の地を目指して旅をしていた。

厄災ジェノバに襲われ、仲間は次々に地に伏していった。

あの時、これだけの力がもしあったなら……。

もしかしたら、厄災を殺すことが出来たのかもしれない。

そうすれば、古代種も滅びることなく、この身体の主もただの人間として暮らせたのかもしれない。

 

 

 

―――男はずっと、考えていた。

強い相手を前に昂るこの闘志は、一体誰のものだろうか。

ふつりと沸き立つこの憎しみは、一体誰のものだろうか。

 

それはこの身体が持つ潜在意識(ポテンシャル)であり、男のものではない。

だからこそ、男は探し当てなければならないのだろう。

 

 

 

 

 

ふ、と目を開ける。

目の前には襲い掛かる、黒い英霊の姿が。

 

 

 

「……そう……我が名は、セフィロス。

お前たちに絶望を贈るもの」

 

 

 

刀を振るうのも、敵を殺すのも、全ては男の意志でしかないのだ。

ならば、その意志に従って動く体は、例え一時的なものだとしても男のものである。

少しくらい好きに動いたって、一体誰が咎めるというのか。

そんな簡単な答えにすら辿り着けないとは、一体どれほどに動揺していたのだろう。

 

 

 

そうして男はこの時、初めてその名を口にしたのだ。

 

 

 

***

 

 

 

リツカはシミュレーションルームに入ったまま、未だ出てこない銀髪の男に痺れを切らしていた。

 

男はキャスターとランサーとの手合わせで、その力を見せつけた。

見たこともない長い刀を流れるように振るだけで、キャスターの魔術もランサーの槍も封じて見せたのだ。

赤い弓兵が乱入する直前にクーフーリンの膝を折った男は、悠然とした様子で刀を納めた。

 

それからリツカも一緒に夕食を取ったのだが、目を離した隙に彼の姿は消えていて。

慌てて探してみると、とある部屋に入っていく姿を見たという話を、とある金ぴかの王から聞いた。

 

シミュレーションルームというのは、組み込まれたプログラムから反映される架空の敵と戦うことのできる部屋で、戦い慣れしていない英霊が良く活用している部屋だ。

あれだけ他の英霊と戦える男が、その部屋を利用すること自体疑問ではあったが……。

 

仕方なく私用を済ませて戻って来たリツカは未だ使用中となっている部屋の表示を見て、肩を落とす。

だが、ふと頭に閃きが降りた。

シミュレーションルームは、トレーニングルームと同じく観戦用の部屋が併設されている。

英霊の中には覗かれるのを嫌がるものもいるので遠慮していたのだが、こうも出てこないと他に方法はないだろう。

 

ええい、ままよ!と観戦室の扉を開けて中に入ると、電源の付けられた専用のモニターには、普段リツカたちが戦っている敵を模したものに囲まれる探し人の姿が映っていた。

 

 

「……」

 

 

鋭い武器を手に殺気立つ敵たちに囲まれても、ただ瞳を伏せて佇む男に一瞬で目を奪われる。

瞑想でもしているのだろうか?

ぴんと張り詰めた空気がモニター越しに伝わり、リツカの体にも緊張が走った。

 

 

『……我が名は、セフィロス……。

お前たちに絶望を贈るもの』

 

「せ、ふぃ……ろす」

 

 

画面越しに呟かれた言葉にリツカは目を見開いて、その名を紡いだ。

真名を名乗らない英霊もいるので慣れてしまっていたが、そういえば名前を聞いていなかったということに気づいたのである。

セフィロス、と何度も咀嚼するように名前を繰り返す。

滲み出る存在感と共に佇む、その片翼の男にその響きは良く似合っていて、口遊みやすかった。

 

 

「……っ」

 

 

ふ、と開かれた氷の瞳。

だが……。リツカには、先程までとは何かが違うように見えた。

 

手にした刀を払うと、黒いコートを靡かせてセフィロスは動き出す。

前方にいる敵に向けて刀を振り上げ、連撃を重ねる。

斬撃波と共に繰り出される、刃が敵を割いて一瞬で消滅させた。

 

一つ一つ動作を確認するようにリーチの長い刀を振るう姿は、月並みの言葉ではあるが、舞い踊るようにうつくしく優美なものであった。

 

動く度にさらさらとした銀の髪が靡き、扇の如く広がり海のようにうねる。

 

プログラムされた敵たちは、セフィロスが満足するまで無限に湧いて出るようにセットしてあるようだ。

疲れの色を見せない彼が止まるのはまだまだ先のようだと感じつつ、リツカは彼が織り成す鮮やかな攻撃に見入っていた。

 

ばさりと、彼の片翼が靡く。

宙に浮いて動きを止めたセフィロスは剣先に魔力を集中させると、詠唱を口にし始めた。

 

 

『…苦しみを送ろう。悶え苦しみ果てるが良い』

 

 

禍々しい黒と赤の光が剣先に弾けセフィロスがそれを思いっきり振るうと、敵の群れに直撃する。

すると、苦しげな呻き声を上げた敵たちが地面をのたうち回り始めたのだ。

リツカはその様子を見て先程の攻撃が毒を帯びていたことを知る。

 

無感情な瞳でそれらを見下ろす彼は、力尽きて消えていく敵たちの代わりに再び沸き立つ新手を視界に入れると、先程よりも緻密に魔力を練り始めた。

部屋に満ちる濃密な、魔力。

ぱきり、と何かが罅割れるような音が聞こえてリツカはぎょっと目を見開いた。

 

 

 

 

 

『創世にして破壊の王よ、さあ姿を見せろ』

 

 

 

 

 

静かなる低声は、耳馴染みの良いものだ。

しかし、放たれた言葉に応じるように現れたそのドラゴンは凶悪極まりなかった。

黒い鱗に覆われた頑丈な身体に、翼には深い青、腹から首にかけて橙色の鱗で覆われており、その咆哮は部屋のガラスの罅を更に広げた。

 

ばさばさと翼を羽搏かせながら、首をしならせて口に炎の弾を生成する。

そして、勢い良くその炎を地上へと放たれ、群がる敵を一掃したのである。

 

ぱりん、と高い音を立てて次々と割れていくガラスと、どたばたと音を立てて近付いてくる足音。

リツカはそれすら聞こえないほど、衝撃波に揺れる銀をただ見ていた。

 

 

 

***

 

 

 

「何をそう、目くじらを立てる必要がある?」

 

 

理解できんな、と椅子に凭れて腕を組む銀髪の佳人は、目の前の男に視線を投げた。

内心では、流石にやり過ぎたかと冷や汗を掻いていたのだが……。

何せセフィロスという冷静沈着な男の表情筋は、それを表に出すことを許さないのだ。

これでは更に火に油としかなり得ないだろう。

 

 

「ほう?……あれだけの破壊をし尽くして、どの口がそれを言う」

 

「壊した分は、修理した。何も文句はないだろう。

それに最低限まで力を落とし込んで、放った召喚術だ。耐えきれない方が問題だと思うがな」

 

「ぐ……っ、そ……それを言われると、ちょっときつい……なあ」

 

「ドクター!しっかりしてください!!

バーサーカーの英霊が好きなだけ暴れてもビクともしなかったのは実証済みじゃないですか!」

 

「マシュ……でもね、確かに……シミュレーションルームは誰が使っても、安心安全を売りにしているんだ……。この結果は色々不味いんだよ……」

 

 

案の定目を吊り上げた赤い外套の英霊にも、平然とした態度を示したセフィロスの放った言葉に、ドクターは机に顔を伏せる。

 

あのクーフーリンを始めとした英霊たちと刃を交えた男は、無意識に自分自身に制限を掛けていたことに気が付いた。

すると不思議なことに、ふわりと体が軽くなったのだ。

馴染んだように軽い体で、振るう刀は中々に良いものである。

そうしている内に、この世界で向こうの魔法を使うと、どうなるのかという疑問が生じた。

 

そして、セフィロスが使っていた技も魔法もそして召喚術に至るまで、どこまで使用することが出来るのかを検証した。

その結果がこれである。

 

 

「にしても、やりすぎだよ。

少しは加減というものを知らんのかね」

 

「……」

 

 

部屋に満ちた魔力は膨れ上がり、安全装置にエラーを起こした。

鳴り響いたアラートに、駆け付けたドクターと手の空いていた英霊たちがみたものとは……。

滅茶苦茶に破壊の限りを尽くされた部屋と、宙に羽搏くドラゴンの姿であった。

 

響いたのは、誰の絶叫であったか。

部屋の変わり果てた姿を見たマシュの悲鳴であったか。

龍の王と名高い幻獣を目にしたドクターの悲鳴であったか。

いつの間にかセフィロスに担がれていたリツカの悲鳴であったか。

 

一瞬でその場は阿鼻叫喚に陥ったのである。

そんな中、当の本人は冷静に詠唱を始めると時戻しの術を発動させた。

あっという間に元通りになった部屋を一瞥すると、用は済んだと言わんばかりに部屋を出ようとした。

 

そこを止めたのが、この赤い外套の英霊であったのだ。

そうして、連れ込まれた食堂で事情聴取が開始された。

というのが事の成り行きである。

 

 

「力の、勝手がわかっていなくてな」

 

「勝手が、わからない?」

 

「……ああ。どこまで戦えるのか、正直把握していない」

 

 

リツカが思わず聞き返すと、男はその目を細める。

それは紛うことなき本音であった。

 

男の記憶にある限り、セフィロスはどんな相手にも一度も膝をついていない。

主人公相手であろうがなんだろうが、負ける姿を見たことがなかった。

故に、その力の限界が何処までであるのか想像もつかない。

だから試す必要があったのだ。

 

要所を伏せて話した男に、リツカは言葉を失った。

 

 

「なるほど、それで暴れまわっているわけだな」

 

 

駆け付けた英霊の一人であるエミヤは、合点が言ったとばかりに頷いた。

この男がこのカルデアに来て間もないというのに、トレーニングルームやらシミュレーションルームやらに籠っていたので、若干気になってはいたのだ。

あの青い英霊により、連れ込まれたものであっても、さして抵抗もせずに付いていく姿にも疑問を持っていた。

 

確かに己の力量がわかっていないと不便だろうと、エミヤは思考する。

そして、根が世話焼きの彼はとある提案が頭を掠めた……が、それを口にする前に、ぴくりと眉を動かす。

食堂へと近付いてくる、その魔力を感じ取ったのである。

 

 

「……なんの騒ぎだ」

 

 

地を這う低いその声に、食堂の空気が固まった。

禍々しさすら感じる気配が姿を現したかと思うと、棘に覆われた尻尾がゆらりと不機嫌そうに床を叩く。

そして、その黒い頭巾を被った英霊は、セフィロスへを見るとゆっくりと瞳を細める。

 

 

「ほう……。これはまた毛色の違うモンが紛れ込んだな」

 

「お……オルタ、」

 

 

ぎらりと輝いた瞳と、つい先ほどに見た瞳が重なる。

それはトレーニングルームで嫌というほど目にした、ものであった。

 

 

「なるほど、似て非なるもの……か」

 

 

流れる魔力の性質の違いを感じ取った男は、そう呟く。

どろりとしたそれは、槍の男とも杖の男とも全く異なるものであった。

真逆とも言って良いのかもしれない、そう考えた男の直感はほぼ当たっていた。

 

 

「妙な魔力がしたんでな、……どうやら、来て正解だったようだ」

 

 

緩慢な動きで近づいて来たその英霊に、周囲に緊張が走る。

椅子に座る男へと近付くと、まじまじとその顔を覗き込んだ。

吟味するかのような視線に、思わず眉を顰めた男を気にすることなく、英霊は凶悪な笑みを浮かべる。

そして、くるりと踵を返して背中を向けた。

 

 

「来な。……物足りねえんだろ」

 

 

ちらりと目だけで振り返った棘の英霊は、にいと歯を見せてもう一度笑うと食堂を出ていく。

英霊のその機嫌が良い素振りに、リツカは驚きを隠せなかった。

 

暫く考えるようにその背中を見つめていた男が立ち上がると、エミヤが鋭い視線を向ける。

 

 

「そう睨まないでくれ。もう壊さないさ」

 

「どうだか」

 

 

銀をふわりと揺らして、去っていく後ろ姿にエミヤは深い溜息を吐いた。

食堂を出たセフィロスの後をリツカは追おうとしたが、困ったような顔をしたドクターとマシュに止められた。

 

 

「あとは私たちに任せて、先輩はもう寝てください」

 

「うん、それが良いよリツカ君。何かあればカルデアの英霊全員で抑え込むから」

 

「……そ、それは心強いね」

 

 

二人にそう言われてしまっては、仕方がない。

引き攣ったような笑みを浮かべたリツカは、後ろ髪を引かれつつも自室へと戻ることに決めた。

あのセフィロスと話をしたかったのだが、今は引き下がった方が良いのだろう。

 

それにあの英霊……。クーフーリンオルタがあそこまで興味を持ったのだ。

横取りするような真似をすれば、いくらマスターであろうとも槍でぐさりという可能性だってある。

そうなっては、命がいくつあっても足りないだろう。

 

 

「明日、改めて会いに行こう……」

 

 

小さく呟いたリツカは、何気なく廊下の窓から空を見上げる。

一面に広がる漆黒の空に、きらりと輝く星が滑り落ちていくのが見えた。

 

 

 

 

 



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1-4 カルデアにて②

無数に降頻る雪の結晶はぴたりと止み、

煌々と輝きを放つ月や星にも叢雲が掛かる。

今宵の喧騒を察したかのような、静かな夜であった。

 

やけに刺々しい尾を追い、セフィロスが誘われたのはカルデア施設の外である。

山々の頂上に立つ施設から少し離れたところにある平坦な場所は、確かにいくら暴れても問題はなさそうだ。

もし、山崩れが起きても施設には影響しないだろうし、このような場所に住まうものはいないだろう。

 

分厚い雲から微かに差し込む月の光だけが、唯一の光源であった。

雪の残る大地がその光を反射して、控えめな光を放つ。

 

 

「……」

 

「言葉は必要ねえ、……てめえも武人なら、得物で語りな」

 

 

向かい合う二人の間に流れる冷たい風に、青と銀が靡く。

ぎらりと輝く赤の瞳と凍てつく青の瞳が交差し、互いに己の武器を手にした。

 

数々の名だたる将の血を吸ってきた禍々しい朱色の槍が、獲物を前に滾りを示す。

一振りの後に構えられたしなやかな身の丈を超える剣が、獲物を前に凪いでいく。

 

戦い以外には興味を示さない棘の王が、セフィロスに何を感じ取ったのか。

それを問おうにも先手を打たれてしまった今、目の前の英霊の言った通り戦うしか選択肢はなさそうだ。

 

セフィロスという男も中の男も、剣を握るもの。

英霊の持つ歪んだ魔力もその体に秘める戦闘能力の高さも、窺い知れる。

 

 

「さて……愉しもうじゃねえか」

 

「ふん、心まで切り刻んでやろう」

 

 

白き大地を蹴り、その武器を振りかざしたのも……同時。

高い音を立ててぶつかり合った二人は、その唇に笑みを刻んだ。

 

 

 

***

 

 

 

「……っ、な……なんの音……かしら……」

 

「ふん、……無骨な(けだもの)共が……。

こんな時間に、騒ぎおって……喧しくて寝れもせぬ」

 

「け、獣……っ!?」

 

「我の前で何という間抜けた面を曝しておるのだ……不敬極まりない女よな。

……それに、獣なぞ比べ物にならない凶悪なものが、貴様の巣穴には山ほどおるではないか」

 

「そ、そんなに野蛮なもの……いないのだわ!!

私がちゃんと管理しているもの」

 

 

遠くで聞こえる地響きがカルデアまでも伝わり、細かい振動に山が揺れる。

段々と大きく激しくなる二つの魔力に、英霊たちも騒めき立っていた。

特に作家の名を冠する英霊たちは、絶妙に気に障る振動と轟音に比例して苛立ちを露見させる。

 

深夜過ぎの時間に眠りを妨害され食堂に集まった英霊たちは、各々の反応を見せていた。

激突する魔力に触発されるもの、ただ呆れたように溜息を零すもの、苛立ちを募らせるもの、それを楽しむもの……様々である。

 

事前にドクターロマニから説明がなされていたので動揺するものはいないが、迷惑極まりないことには変わりはない。

 

時々聞こえる獣が唸り立つような声に、びくりと体を跳ねさせた冥界の女主人は手にしたカップを揺らす。その姿を鼻で笑った金ぴかの王が、頬杖をついて呆れたような口振りでそう言った。

しかし、その唇には愉快だと言わんばかりの笑みが浮かんでいた。

 

 

「あんたね!なんでそんな楽しそうな顔してんのよ!!こっちは、安眠妨害も良いトコなんだからね!

あーもう……この玉の肌を荒れさせたら、許さないんだから」

 

「そう喚くな。貴様の肌なんぞ誰も興味ないわ」

 

「へえー?この私に喧嘩売ろうっていうの……」

 

「……食堂で喧嘩はやめたまえ」

 

 

金髪を高く二つに結い上げた冥界の女主人の隣に座した、黒髪の同じ髪形をした英霊が不機嫌そうに鼻を鳴らす。

天界の女主人の名を冠する彼女は、椅子に凭れて足を組む王をじとりと睨み上げた。

 

そんな彼女の後ろから現れた赤い英霊が彼女を宥めるように声を掛けるが、それにべーと舌を出すと彼女は顔を背けた。

赤い英霊はやれやれと肩を竦めると、手にしていたティーカップを彼女の前に置く。

 

 

 

「恐らく、彼はなり立ての英霊だろう。大目に見てはどうかね」

 

「……なによ、あんたヤケにあいつの肩を持つわね」

 

「別にそんなんじゃないさ。

ただ……そうだな、マスターにせよ英霊にせよ、新米の時は苦労するものだ」

 

「ふん、……相変わらず貴様の目は節穴よな、贋作者(フェイカー)

アレはそのように生易しい存在ではあるまい」

 

「……どういうことかね、英雄王」

 

「わからぬならば、それまでよ」

 

 

くつりと低く笑みを零した英雄王と呼ばれた金ぴかの王には、セフィロスの体に流れる『二つの魔力』が見えていた。

 

リツカとキャスターがとある方法で召喚したセフィロスについては緘口令が布かれており、彼の身を知るのはあの場にいた、リツカとキャスター、そしてドクターとダヴィンチのみであった。

それ以外の英霊たちには、新たな、なり立ての英霊として紹介されていたのでそのように扱われていたのだ。

 

それ故に、赤い弓兵は自分の歩みを彼に重ねて同情的な姿勢を見せており、天界の女主人も文句を言いつつも気にしていた。

 

 

「……興が乗った」

 

 

訝しげな顔をして己を見る英霊たちを横目に、英雄王はそう小さく呟いた。

 

 

 

***

 

 

 

「……っ」

 

 

はあ、はあ、と荒げられた息が白く吐き出される。

体中に滲んだ赤が滴り、足元の白を赤く染め上げていた。

はらりと、肩を流れる青い髪。被っていた頭巾は何回目かの衝突で切り刻まれ、地面へと落ちた。

 

 

「……どうした?もう終わりか」

 

 

所々に傷は負っているが、どれも浅い。

はじめと変わらぬ様子で佇む銀は、そう言って刀を払った。

 

 

「は……っ、ぬかしやがる……!」

 

 

再び構えられた槍に、セフィロスは眉を顰めた。

英霊が目を閉じると、ぐんと一気に高まった魔力が緻密に編まれていく。

それを感じ取ったセフィロスが阻止しようと刀を振り下ろすと、赤黒い爪に容易に受け止められ弾かれた。

 

 

「……っ」

 

「全呪解放。加減はなしだ……!」

 

 

地の底を這うような声に、呼応するように英霊の姿が変わる。

紅海の魔獣の一部を鎧として身に纏ったその姿はまさに、わだつみの如く海を狂わせその咆哮は竜巻を呼ぶという、遠き海に在った偉大なる海獣。

英霊の持つ魔槍ゲイ・ボルクの元となったという魔獣のそれであった。

最早死の獣となった英霊は、全身に沸き立つ闘志と殺意を開放するように叫びをあげた。

 

 

「絶望に挑むがいい」

 

 

瞬きする間もなかった。

目の前に現れた獣は、怒り狂うが如くその鎧の爪を連続で振り下ろす。

その速さと力に、弾き切れなかった斬撃がセフィロスの体に容赦なく突き刺さる。

全身を引き裂く痛みがセフィロスの隙となった。……そして、それが、致命的であった。

 

 

噛み砕く死牙の獣(クリード・コインヘン)!」

 

「ぐ……ぁ……っ」

 

 

体をしならせて力を溜めると、勢い良く突き出された爪がセフィロスの腹を貫通した。

 

その呪われた爪から繰り出される攻撃は、それだけではない。

尖った棘や鋭い爪は刃が無数に付属した怪物のような意匠となっており、相手に突き刺さるとそこを基点に無数の棘が四方へと伸びる。残虐としか言いようのない酷いつくりのものであった。

 

突き立てられた爪は本能のままに体内で無数の棘を生み、容赦なく内側から引き裂く。

その瞬間、夥しい量の血が弾け飛んだ。

口からも赤が吹き出し全身をばらばらに引き裂かれたような痛みに、呻く。

 

滅茶苦茶に切り裂かれた肉や臓器から噴き出す血に、意識がぼやけていく。

普通の人間ならば意識すら保てないであろう痛みを噛み締めた男は、『自分の名』を思い出した。

 

そして、ずるりと抜かれた爪に地面へと叩き付けられそうになった時。

 

 

「……っ、……」

 

 

無様に地に伏せることは、許されない。

自分で背負い、自分で名乗りを上げた名に、相応しくないことはできない。

いつの間にかそれが、男のプライドとなっていたのだ。

 

どくり、と刻まれた筈の心臓が力強く鼓動したのがわかった。

それは呼応であり、共鳴であった。

セフィロスは迫り来る地面に身を翻した。

 

 

「ほう……。俺の宝具を喰らい尚も、立つか……!」

 

「全く、愉しませてくれる……っ」

 

 

揺らめいたのは、ほんの一瞬。

背筋を伸ばして立ち上がったセフィロスに、狂乱の王は高らかに笑った。

 

敵として現れた自らの師でさえも躊躇なく切り裂いた英霊は、戦いと殺戮それだけの戦闘機械として勝利をひたすらに渇望する。その餓えは生へのものではなく、死に至るためのものであった。

 

自らを獣とした英霊は、死に至るまで全力で駆け抜ける事を存在理由と謳った。

その為ならば手段は厭わない。その疾走感が唯一、この棘の王を満たす、餌であった。

 

そんな狂乱と殺戮の化身となった英霊は、これまで血湧き肉躍る相手に出会ったことはない。

対等な戦いを求めていたかというと、否であろう。

 

 

しかし、今確かに英霊は目の前の銀の男との戦いに、体中を駆け巡る高揚を感じて酔いしれていたのだ。

 

 

「は…っ、はは……!ははははははっ!!!!!」

 

 

見開かれた目は血走り、えも言われぬ高ぶりを浮かべる。

凶悪な顔を浮かべ勢いのままに突撃して来た英霊を躱し、斬撃を放つ。

幾重にも放たれた重い斬撃を軽くいなし距離を縮めて来た獣の胸を、セフィロスはその長い剣で貫いた。

 

 

「ぐ……っ」

 

「……お前に似合うものをずっと、考えていた。

お前には、痛みを贈ることにしよう」

 

 

胸を貫く銀の刃が、英霊の動きを縫い留める。

空に浮いた体で抗うも、深く刺さったそれはびくともしない。

 

セフィロスは刀を引き抜くと、背中から黒き片翼を出現させた。

ばさりと、優雅に広がった翼で一つ羽音を立てると高く舞い上がる。

 

 

「さあ、絶望に喘ぐが良い……!

舞い降りろ、心無い天使よ」

 

 

空中で放たれたセフィロスの詠唱のもと、現れた大いなる闇の渦が英霊を呑み込む。

慈悲さえも知れぬ闇は英霊の魔力と体力を根こそぎ吸い上げて、消え去った。

 

 

「終焉の時だ」

 

「ち…、……くそが…っ」

 

 

いくら耐久に優れようとも、魔力を動力とする英霊は膝を地面に着けるしかない。

しかし、他の英霊ならばとっくに体力切れで強制送還されるであろう技を喰らい、尚も爪牙を立て睨み上げる棘の王にセフィロスは目を細めた。

 

ふわりと地に降り立った片翼の男は、その長い刀で英霊の心臓を目掛け再び突き刺す。

 

 

「ぐ、ぁ」

 

「痛いか?……いいぞ、この痛みを記憶しろ。

そして……この痛みで俺を思い出せ」

 

 

温度を忘れた氷の瞳が見下ろす。

それは英霊にとって最大の屈辱でもあり、起爆剤でもあった。

ぐと握る手に力が込められたかと思うと、力は全て闇に喰われた筈の英霊は槍を振るった。

 

 

「な……っ、!」

 

「は…っ、ざまあ……みやがれ……っ!!」

 

 

口から血を吐いて笑う英霊が放ったその瀕死の一撃は、黒き羽を切り裂いた。

半分近くを落とされた翼は、修復が間に合わず崩れ去る。

 

 

「ここまで、やるとはな」

 

「そりゃ、……こっちの、セリフ……だ。てめえ、……名前は」

 

「……セフィロス」

 

「……はっ、……いいか、憶えておけ……!

セフィロス……てめえは、俺が……殺す!!殺して、その余裕ぶった面、砕いてやる……!!必ず、……な」

 

 

狂瀾怒濤にそう叫び、セフィロスを睨んだ紅玉はふと意識を失い地へと伏した。

二度も心臓を穿たれても最後まで猛犬の如く噛み付いてきた英霊に、思わず口角が上がる。

 

 

「終わるには早すぎる。……そうだろう?」

 

 

ゆっくりとした足取りでセフィロスは英霊に近づくと、とある詠唱を口にしたのであった。

 

 

 

***

 

 

 

どさり、と投げ入れられたその体に、食堂にいた英霊たちは目を見開いた。

ぼろぼろに切り裂かれた衣はかなりの血を吸っているようで、重い音を立てて地面に舞い落ちた。

 

 

「治療はした。寝かせてやってくれ」

 

 

淡々とそう言った銀髪の男もまた、ぼろぼろのコートを纏っていたが外傷は見えない。

床に転がされた英霊に、白いエプロンと狐のような尻尾を持つ英霊が駆け寄るが応答はないようだ。

騒然となった食堂を背にした、セフィロスはそのまま出て行ってしまったらしい。

 

 

「な……、も、もしかして……勝っちゃった、の……?」

 

「あ、……ありえないのだわ……」

 

 

英霊には向き不向きもあるし、相性もある。

個性と同様に性能の違いも大きいので、勝ち負けは勿論ある。

しかし、限界まで強化され聖杯の加護も付与されている英霊が、来たばかりの英霊に負けるなど誰が想像出来ようか。

声を上げた二人の英霊を尻目に、英雄王は堪え切れないとばかりに声を上げて高らかに笑った。

 

 

そんな英霊たちの動揺が食堂から零れる中、セフィロスは一人廊下を歩いていた。

山の向こうから光が漏れているので、もうそろそろ夜明けの時間であることがわかる。

徐々に明るくなってきた視界を、今の自分と重ねていた。

 

なんの因果か、カルデアに来てセフィロスが剣を向けたのはクーフーリンという名の英霊たち。

似て非なる者たちではあるが、彼らとぶつかることで色々と整理がついたのだ。

 

自分に宿った力はセフィロスのもの。

しかも、ジェノバの恩恵を受けているのか、回復が凄まじく速い。

先ほど棘の王に抉られた傷も、今ではきれいに元通りになっていた。

 

愛刀である正宗も充分に振え、魔法も使える。

戦うには充分だが、まだ何かが足りないことに気が付いた。

だがその肝心な何かは、まだ見つかっていない。

それを見つければ、きっと……。

 

 

「……」

 

 

あと一つ、大きな発見があった。

様々な魔法を試した中で、黒魔術と呼ばれる攻撃魔法よりも白魔術と呼ばれる回復魔法の方が得意だということである。

このことは中の男が影響しているのかもしれないが、もう少し試験が必要だ。

 

そうして、得られた一つ一つをまとめ頭の中で整理しつつ、与えられた自室に向かっていたが不意に足を止めた。

 

 

「……何か、用か?」

 

 

振り返らず言葉を落としたセフィロスに、後ろから近づいて来ていたそれは……低く嗤った。

 

 

「これはまた随分、おかしなナリをした男だと思ってね。

まあ、俺が言えたセリフではないが……」

 

 

白い床を打ち鳴らす黒い靴に、すらりと伸びる長身、鈍く光る金の瞳が、捉える。

かちゃりと何かが外れる音に、夜明けを告げる囀りにしては物騒だと……呟いた。

 

 

 

 

 



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1-5 カルデアにて③

騒がしい夜が終わりを告げ、昇りゆく陽の光が大地へと降り注ぐ時刻。

セフィロスが纏う黒いコートに流れる銀と、現れた男の真っ直ぐな金が、窓から差し込む朝日に輝いた。

 

その日の朝を告げたのは、爽やかな鳥の鳴き声でもなく、台所の軽やかな包丁の音でもない。

掲げられた銃口が照準を合わせた、なんとも物騒な音であった。

 

廊下で相対する二人の男は、冷えたしじまの中で互いを見据えていた。

 

 

「やれやれ……此処に来てから落ち着かないな」

 

「それは結構なことだ。……アンタのようなものを、そう易々と歓迎するわけにはいかないのだよ」

 

「ふん、門番のつもりか?」

 

「これでも、雇われの身でね。それくらいの仕事はするさ」

 

 

黄昏の色を融かしこんだかのような亀裂の入った浅黒い体に、虚ろな金の瞳を持つ男は、抑揚を忘れた声でそう言った。

しかし、向けられた赤と黒の二挺の銃に殺気が見えないことに気が付いていたセフィロスは、刀を抜くことはせずただ静かにその金色を見ていた。

 

魔晄の影響で青く染まった瞳は、男の中を巡る魔力の流れをも見透かす。

セフィロスのその目に映っていたのは、途切れ途切れの回路を何とか継接いで、繋ぎとめているような、危うい男だった。

 

 

「……壊れた男(ロストマン)、か哀れなものだ」

 

 

溜息と共に吐き出された言葉に、男は訝しげに眉を顰める。

何故男がそのような状態になっているのか、セフィロスにとっては何の興味のないことであった……が。

ある意味では、自分の中も同じような状態なのかもしれないと思ってしまったのだ。

それは同情でも親近感でもなく、ただの思考の一つに過ぎなかったが。

 

 

「それで、どうする」

 

「ふ……アンタ相手だと、力尽くで聞き出すのは少々骨が折れそうだ。

俺としてはそちらの方が効率的で好ましいのだが……、まあ、相手は選ぶことにするよ」

 

「……利口なことを言う」

 

「どこかの王様を気取った獣と一緒にされては困る。

人間は、話し合うという手段があるからこそ……だろう?」

 

「一つ問おう」

 

「……なんだね」

 

「何故、そこまで俺に興味を抱く?

このカルデアとやらには、様々な英霊が集まると聞いている。

一人一人気にしているわけではないのだろう」

 

「ああ、殺戮対象かそれ以外かだ。それ以上に興味はない。

だがアンタは、それすらも見えん。あの男もそうであった筈。

オルタナティブ(俺たちのようなもの)だから、わかるのかもしれんがな」

 

「それは……」

 

 

どういうことだ、と聞かなくともセフィロスは理解していた。

いや厳密には中の男が知っていた。

方法は英霊の数だけ違うが、反転された英霊……オルタナティブ。

目の前の男がそうなってしまった理由も、知識として、知っている。

 

だからこそ、問うた。

とある英霊よりも壊れ果てたこの男は、目的遂行のために無慈悲な殺戮を平然と行うこと、それ以外に興味を示さない、殺戮専用機械と自ら謳っている。

その男が自分に興味を示すとするならば、何かしらの命を受けてのことではないかと考えたのだ。

 

 

「ほう……。どうやら、アンタは随分知っているようじゃあないか」

 

 

金の瞳が愉快そうに細められた。

じわじわと相手を舐る蛇にも似た視線と何かを察したような声が、セフィロスへと向けられる。

 

正義の味方という在り様を亡くしても尚戦場に赴いた男は、人間の抱える欲望の底にある闇の底すらも覗いた。

絶望の淵で、相手を上手く利用する方法も、蹴落とす方法も学んだのだ。

 

故に生けるものの、視線、呼吸、仕草などを読み取ることに長けており、裏切りものを見つける為の手段の一つとして、大いに役に立ってきたのだ。

最早癖ともいえるだろうそれを、息をするように感じ取った男はゆるりと口角を上げる。

 

 

「何を疑っているのかは知らんが……」

 

「一つ問おう。アンタのクラスは……何かね」

 

 

夜に戦った男よりもこの男の方が面倒だと、セフィロスは目を細める。

興味という言葉が男の中にあるのかは知らないが、気になったものには口巧者となるタイプらしい。

尋問でもされている気分にもなったセフィロスは、銃を下ろして少しづつ距離を詰めて来た男を睨む。

 

英霊として召喚されたと振る舞わなくてはならないことは、ドクターから聞いていた。

しかし、肝心のクラスなどについては何も聞いていないのだ。

ならば勝手に決めてしまって構わないだろうと、セフィロスは口を開いた。

 

 

「アルターエゴ、……とある自我から分離された、一つだ」

 

 

厄災ジェノバからの分離体ともいえる肉体を考えると、エクストラクラスの一つであるアルターエゴクラスが相応しい。

それは、咄嗟に出た答えであった。

 

自我から分かたれた分身を差すアルターエゴクラスは、オリジナルから別れた生命であり、自我を獲得したもの。

そして本体とは理を分かつことができ、身体は同じようでも、違う。まさに似て非なる存在である。

 

自分の在り様に悩む男の唇から吐き出された無意識の言葉は、もしかしたら男が求めている答えであったのかもしれない。

 

 

「……アルターエゴ、か。なるほど。妙に癇に障るわけだ」

 

 

瞬間、男の瞳に初めて感情が宿る。

忌々しいと言わんばかりのどろどろとした深淵を浮かべた男は、更にその目を鋭くした。

どうやら地雷でも踏んでしまったようだ、とセフィロスが再びその唇を開いた、その時。

 

 

「セフィロス……!此処にいたんだ!」

 

 

だだだだ、という慌ただしい足音が遠くから響いて来たかと思うと、現れた黒髪の少年に名を呼ばれる。

教えた記憶のないそれに、セフィロスは少年…リツカに視線を移した。

セフィロスの視線を受けはっとしたように目を見開いたリツカは、慌てて口を噤んだ。

 

 

「ご、ごめん……!俺、」

 

「別に構わない。英霊というものは、始めに名乗りを上げるのだろう?」

 

 

この世界ではセフィロスの名を知るものはいないであろう。

英霊が真名を隠すのは、己の弱点が露呈するのを避けるためと聞いたことがあった。

そういった意味では隠す理由はない。動揺一つせずに、セフィロスはそう返した。

 

 

「マスター」

 

「わ!……エミヤオルタ、珍しいね……此処にいるの」

 

「ふん、そこの男に用があっただけだ。

なあ……マスター、一つ教えて欲しいのだが、良いかね」

 

「え…?、あ、うん……いいけど、なに?」

 

 

ふと己に向けられた金の瞳に、リツカは思わず緊張してしまう。

この英霊の扱いが非常に難しいことはその身を以て知っていた。

己を傭兵とするエミヤオルタという英霊は、一度納得してしまえばそれを命として受け入れただ只管に遂行する。そこに私情も容赦も伴わない。

一言でいうと、融通が利かない英霊であるのだ。

 

いくら記憶が欠如しようともその在り様は変わらないようで、帳尻を合わせる為ならば悪い方にも頭を回す。

その所為で色々と振り回されたことは、本人は忘れてもリツカは絶対に忘れないであろう。

故に、既視感すら感じる表情と含んだ声を聞いたリツカは、嫌な予感に苛まれた。

 

 

「この男は、アンタが召喚した英霊……なのだろう?」

 

「う……うん、そうだけど」

 

「それなら、この男のクラスを知っているな」

 

「……っ!!な、なん……なんで?」

 

「なに、久しぶりの新人じゃあないか。是非とも仲良くしたいと思ってね」

 

 

セフィロスは小さく溜息を吐いた。

どうやらエミヤオルタは、先程の会話で鍵を見つけたらしい。

しかし、鍵穴をみせなければその鍵も役には立つまいと思っていたのだが、もう一人の鍵穴となる存在が現れてしまったのだ。

 

流石にこれは誤魔化せないだろう。

何ともワザとらしい口調で問い詰めるエミヤオルタとあからさまに動揺を見せるリツカを見て、セフィロスは仕方なく次の手を考え始める。

 

 

「おいおい、しっかりしてくれやマスター。

そいつは、アルターエゴ、だろ?」

 

 

いつからそこにいたのか。

向かい合うように立つセフィロスとエミヤオルタの間に姿を現したキャスターは、呆れた表情でリツカに言った。

壁に背を預けるその姿に眉間の皴を濃くしたエミヤオルタは、舌打ちを一つ落すと殺気すら滲ませた瞳で睨み付ける。

 

 

「おーおー、そんなに怖い顔で睨みなさんな。良いタイミングだろ?」

 

「ああ、俺の怒りを買うには、本当に……良いタイミングだよ」

 

 

ばちばちと火花が散る、錯覚を覚えるほどに一気にその場の空気が緊迫して張り詰めた。

水と油の仲ともいうべきか。嫌悪の顔で睨み合う二人に、リツカはいつものことながら慌てる。

エミヤオルタの意識がキャスターに移ったことを確認すると、セフィロスは話の区切りがついたと判断して身を反す。

 

 

「待て。まだ話は終わっていない」

 

「……これ以上の話は無意味だ。また後にしてくれ」

 

 

セフィロスは顔だけで振り返ると、引き止めようとするエミヤオルタにそう吐き捨てた。

同時に、読めない色の瞳を向けるキャスターに一瞥をくれる。

そうして、何も言わずに自室がある方へと歩いていった。

 

 

「あ……行っちゃった」

 

「まあ、晩から朝まで厄介な野郎どもに付き合わされたんだ。

ちぃとは休ませてやんな」

 

「ええ…!もしかして、クーフーリンオルタとも……?」

 

「少し前まで、向こうの山で……な。いやあ、お盛んなこった」

 

 

去り行く長身の背中に肩を落とすリツカに、キャスターが快活に笑いフォローらしきものを入れた。

そうして振り返ったリツカは、反対側にいた英霊の姿も見えないことに気が付いて溜息を吐く。

 

 

「なんだったんだろ」

 

「さあな。さ、ほれ……此処で悩んでたってしかたねえさ。

さっさと朝メシ食いに行って来な。もう少ししたらレイシフトするんだろ?」

 

「そうだね……。あ、そうだ。

レイシフトって、セフィロスも出来るのかな…」

 

「セフィロス…。ああ奴のことか。そんなら、アイツに聞いてみたらどうだい」

 

「うん、そうする。ありがとうキャスター」

 

 

セフィロスへのリツカの用の一つに、レイシフトへの誘いも入っていたのだ。

結局話すことも出来ずに終わってしまったので本人からの承諾は得ていないが、ドクターに確認を取ってからでも遅くはないだろうとリツカは顔色を明るめた。

 

それにしてもエミヤオルタが誰かに絡むなんて珍しい。そう思ったリツカは交互に彼らが去って行った方に目をやる。

そんなマスターにキャスターは背中を押すような言葉を掛けると、リツカは食堂の方へと走って行った。

 

 

「やれやれ、世話の焼ける……」

 

 

一人廊下に残されたキャスターは、杖を片手にほっと息を吐く。

そして再び顔に飄々とした含みを乗せると、先程のエミヤオルタと同様にゆるりと口角を上げた。

 

 

 

***

 

 

 

ドクターたちの配慮なのか、与えられたのは一人部屋であった。

すっかり慣れてしまった白い壁と床に囲まれた部屋は酷く殺風景だが、無駄なものを持たないセフィロスにとっては丁度良い静けさである。

 

シャワーを浴びると、用意されていたラフな服装に着替えた。

英霊たちには睡眠も必要ないらしく服装も礼装であるために、一々服を切り替えることをしないものが多いと聞いた。

女性の英霊などは夜に寝間着に着替えて眠るものが多いらしいが、これもまた個人の自由なのだろう。

 

水気を含んだ長い髪を拭いつつ、ソファーへと凭れたセフィロスは静かに溜息を吐く。

自室の扉へと近づいて来た気配を察したのである。

間髪入れずにノックされた扉に開いていると声を掛けると、躊躇なく開かれた扉から現れた姿に眉を顰めた。

 

 

「お前の顔は見飽きた」

 

「ひっでえなあ、こんな男前が部屋を訪ねて来たんだぜ?

嬉しそうな顔ぐらいしたらどうだい。

それに、さっき助け船出してやっただろう?」

 

「……とんだ泥舟だがな」

 

「どんな船でも、ないよりはマシってやつさね」

 

 

肩から流れる青い髪も煌々と輝く赤い瞳も、昨日から見続けているものである。

例え同一人物とは言えない存在であるとはいえ、広義では同じなのだ。

青い瞳が冷え冷えとした視線を送るが、あっけらかんとした笑顔には通じない。

我が物顔をしてテーブルを挟んだ反対側のソファーに腰を下ろしたキャスターは、膝に頬杖を付いてセフィロスを見上げた。

 

明るい笑みが、ふとランサーにはない表情へと変化する。

落ち着きを払った表情を悟らせないそれに、セフィロスもまた瞳を細めた。

 

 

「ま、それよりも先に……だ」

 

 

にっと口角を上げると片目を瞑ってみせたキャスターは、素早く術を唱えると杖先を床にかつりとあてた。

ふわ、と柔らかな風が部屋を流れ、水を吸い重くなっていたセフィロスの髪が一瞬で乾かされる。

セフィロスはさらりと流れ落ちた銀の糸に触れると背中へと流し、呆れたように目の前の英霊を見た。

 

 

「何のつもりだ?」

 

「ったく、素直に礼ぐらい言えねえのかい。見てて湿っぽくて仕方ねえ。

あのなあ……良質な魔力を貯めるにも、髪ってのは大事なんだぜ」

 

「魔術師になった憶えはないが」

 

「けっ、アルターエゴになった憶えもねえ癖によ。

……それにしても、だ。セフィロス、あんた何処まで知っていやがる?」

 

「初めにも聞かれたが、……俺は何も知らないさ」

 

「何も知らねえ人間が、アルターエゴなんてクラス出すかよ。

なあ、そろそろ隠し事はやめにしねえか」

 

 

自分の名をあのマスターである少年から聞いたのであろうことは、想像に容易い。

真っ直ぐにセフィロスを見る紅玉の瞳は、今度こそ逃さないとばかりに鈍い光を放っていた。

 

 

「……お前たちは、何を知りたい?」

 

「あんたのことだ。あのマスターがあんたと協力すると言って聞きやがらねえ。

だがあの坊主は人が良過ぎるきらいがあってなぁ。後先考えねえ所もある」

 

「それが、若さというやつだろう」

 

「ま、そりゃそこは否定しねえが、な。お前さん、ちぃと怪しすぎんだよ」

 

 

キャスターたちはクーフーリン・オルタを捻じ伏せて見せたこの男のことを、人間でも英霊でもない存在であることしか知らない。

 

セフィロスには伝えられていないが、ドクターをはじめとしたカルデアの職員が彼について色々と調べを進めている。

そして、その間はこの男を英霊として扱うように通達されており、他の英霊たちは事実を何一つ知らされていないのであった。

 

しかし、歴史に名を遺した英霊をそう簡単には欺けない。

その存在に疑問を持つ者達が動きを見せており、中でもオルタの名を持つ英霊たちがセフィロスに非常に興味を示しているのだ。

 

オルタナティブ(彼ら)にしかわからない何かがあるのだとしたら、彼の正体について仮説が絞られて来るだろう。

そう思ってキャスターは、エミヤオルタとの話を立ち聞きしていたのである。

 

 

「……この世界のことは何一つ知らない。知る必要もないだろう。

ただ、あの世界を、終わらせるために……あの少年と手を組んだ。それだけだ」

 

「終わらせる、ねえ」

 

「その聖杯とやらがあそこにあるのだとしたら、きっと……アレが持っている」

 

「心当たりがあるのかい?」

 

「ああ、……あの、厄災だ」

 

「ジェノバとかいう、ウィルスみてえな奴のことか」

 

「そうだ。あれの望みは、わかっていない。

だが……そうだな、アレは星を喰らう。喰らって、次の星へと移り、また繰り返す」

 

 

その星の中にはこの世界に影響するものが含まれているかもしれないと、呟いたセフィロスにキャスターは思考を深める。

 

あの世界がどこと繋がるのかはわからないが、もしこの次元に現れたのならば被害は避けられないであろう。

宇宙からの襲来なのだ。いくら最新鋭の機械が揃っていても、それを予期することはできない。

 

 

「あー、もうめんどくせえ!!兎も角、その厄災を殺せば良いんだろ?」

 

「……頭脳派が聞いて呆れるな」

 

 

可能性を語っていても、途方もない話となるだけで解決にはならないのだ。

それに彼らのマスターが、このセフィロスと協力すると宣言している以上共闘しなければならないのである。

 

ならば、己のやることは疑うことではない。

 

そう腹を括ったキャスターは、また目の色を変えてセフィロスを見据えた。

 

 

「なあ、……あんたのこと、俺は信じるぜ。その代わり、教えちゃくれねえか」

 

 

にいと上げられた唇から告げられた言葉に、暫く押し黙ったセフィロスはやがて頷いた。

 

 

 

 

 



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1-6 カルデアにて④

無機質な機械の呼気だけが響く中央管制室。

そこに配置された少数精鋭の職員たちが、人理修復を遂げた今も忙しなく動き回っていた。

弾かれるキーボードの上を、ピアノでも奏でるように指先が躍る。

羅列されていく文字がモニターに刻まれ、やがて一つの形を作り上げた。

徹夜続きで腫れた瞼をやっとモニターから離した淡い髪の男は、聞こえてきた足音に目を擦る。

 

飛び込んで来たのは、予想していた通りの顔で。

若さ故か疲れを感じさせない溌溂とした表情に、ドクターと呼ばれる男は柔らかな笑みを浮かべた。

 

 

「やあ、リツカ君。そろそろ来る頃だと思ったよ」

 

「え?」

 

「ふふ……。君の考えそうなことはお見通しだよ。

それに今更、君がレイシフトについて質問するとすれば、一つだからね」

 

 

ふわふわと柔らかな髪に似合う表情のままリツカを見たドクターは、自慢げにそういうと一つ咳払いをした。

本人の性格などが災いし軽く思われがちではあるが、そこはカルデアのトップに君臨するだけあるというもの。

幾つ夜を寝ずとも、その頭は叡智のものであることには変わりはない。

 

 

「結論から言うと、彼をレイシフトに連れて行くことは可能だよ」

 

「ほ、本当に!?」

 

「ああ、勿論だとも。このDr.ロマニに嘘はないさ」

 

「ありがとう、ドクター!!伝えなきゃ…!」

 

 

そわそわとした落ち着かない態度を見せていたリツカは、ドクターの一言に思わず破顔一笑した。

そして、急いで体を反転させると、来た時と変わらない勢いで管制室を出て行ってしまう。

 

 

「あ!ちょっと、リツカ君……!!相変わらずだなあ」

 

 

余程あの男とレイシフトを共にしたかったらしい、と察したドクターは静かに溜息を吐いた。

 

 

「でも、まだ彼の解析途中なんだけど……」

 

「彼に結論を先に述べるのは、少々悪手だったんじゃないかいロマニ」

 

「仕方ないだろ、癖なんだからさ」

 

 

くすくすと華やかな笑みが、肩を落とすドクターに向けられる。

それに君も同罪だろと呟いた言葉は、英霊の顔がたたえるうつくしい微笑に一蹴され消えていった。

 

 

 

一方、そんな管制室でのやり取りを知らないリツカは、脇目も振らずに廊下を駆けていた。

必死さを滲ませる彼に、擦れ違う英霊たちは目を丸くして声を掛けるも、また後で!と躱されてしまい、首を傾げる他なかった。

廊下は走るものではないぞ!という声も聞こえなくもなかったが、それ所ではないので、リツカの耳には入らない。状況を察したように、笑みを深めるものもいたが、それも急ぐリツカの目には映らなかったのである。

 

 

「セフィロス!!」

 

 

基本的にカルデアにある扉は全て自動ドアであった。

自室となる部屋には、ロック機能も備わっている。

余談ではあるが、最新鋭のシステムが組まれているので、指紋認証や虹彩認証という設定も可能となっており、レイシフト先で鍵を落としては大変という理由から、リツカもそれらを使用していた。

 

この部屋の主は、ロックを掛けていなかったらしく、開閉ボタンを押せば直ぐに扉が開いた。

リツカの訪れを察していたように、悠然とソファーに凭れる男は手にしていたカップをテーブルへと置いた。

 

 

「朝から騒々しいことだ」

 

「う……ごめん」

 

「……まあ、いいさ。さっさと入ったらどうだ」

 

 

リツカが足を踏み入れると、部屋に満ちた珈琲の香りに包まれる。

インスタントとも異なるその匂いに、内心首を傾げた。

何処かで、嗅いだような気がするのだ。

普段珈琲を特にブラックなどは、あまり口にしないので香りから質や種類を当てることは出来ない。

しかし、その香りに記憶が擽られ、何かが脳裏を過った気がして引っ掛かった。

 

 

「それで、今度はどうしたんだ」

 

「あ、そうだ!お願いがあるんだけど……。

レイシフトに、同行してくれないかな……?」

 

「……構わないが」

 

 

セフィロスの言葉にはっとしたリツカは、緊張を隠せない面持ちで彼をレイシフトへと誘う。

 

この施設にいても誰かしらに絡まれることは目に見えていたので、任務にでも出て刀を振っていた方がマシであると瞬時に判断したセフィロスは、淡々とそう返事をした。

 

特にあのエミヤオルタのように、面倒な絡み方をされるのは避けたかったのである。

 

良い返事を受け取り、きらきらと目を輝かせたリツカは勿論そんなセフィロスの考えを知らない。

 

どちらかというと寡黙で口下手な方であるセフィロスは、考え全てを話す程に雄弁ではなかったのだ。

要するに『一言(どころの話ではないが)足りない』性格なのである。

 

物事は歯車の如く、一つ一つが噛み合って進んでいくものだ。

それが例えほんの微妙なズレであっても、歯車の数が増えれば増えるほどに、そのズレは大きくなり、やがて亀裂となっていく。その綻びは、大抵事が起こってから気付くものなのである。

 

 

「じゃあ、また時間になったら呼びに来るから!!」

 

 

満面の笑みを浮かべて、そう言ったリツカはまた慌ただしく部屋を飛び出していった。

 

遠ざかっていく気配を黙したまま見送ったセフィロスの傍らで、濃くなっていく影が一つ在った。

その身を燻らせて高らかに笑った影は、やがて形を成して……。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

人類最後のマスターとして謳われるべき偉業を成し遂げたリツカという人間は、魔術師とするにはあまりにも平凡であった。身に宿す魔力も、持ち得る魔術も、一般人のそれと変わらない故である。

 

そんな彼が此処まで至れたのは、数多の英霊の加護を受けることが出来たことにあろう。

歴史に名を刻む英霊たちは、各々確固たる矜持と意志を持つもの。

個性豊かな彼らを束ね、結束して、目的を果たすのは、並大抵の人間が出来ることではない。

 

リツカは、魔術のマの字も知らぬ一般の人間であった。

スポンジのような素直さや、一度決めたら曲げぬ強さを持ち合わせた、竹の如きしなやかな少年であった。

 

そんな彼だからこそ、英霊たちは揃って力を貸したのだ。

 

過酷な旅路にどれだけ心が悲鳴を上げようとも、体中に傷を負おうとも、彼は周りの助けを得て導きを受け歩み続けた。

そうして彼は、辿り着く。

 

人間に想いを馳せた愛を知らぬ獣は、リツカを最後にこう呼んだ。

『我が怨敵。我が憎悪。我が運命よ』と。

リツカという少年の在り様は、人間そのものを現わしていたのかもしれない。

獣に堕ちたそれは、最後に王に還った。

それを成したのは、名の知れた英霊でも、魔術師でも、ない。

リツカ、という一人の少年であったのだ。

 

 

「うーん……。いまいち、苦手なんだよなあ」

 

 

そんな少年は、自室にてタブレット端末を片手に頭を悩ませていた。

もう何度目か知れないレイシフト先へと共に行く英霊の編成なのだが、未だに組み合わせに悩む。

実は、この少年。チーム編成を組むのがとても……下手であった。

クラスやスキルの相性云々の話ではなく、英霊そのものの相性を見極めるのが下手なのだ。

 

かの賢王すらも呆れ果てるような采配を成すが、何だかんだそれが上手く行ったりするので、本人はそこまで意識はしていないのも問題なのだろう。

組まされる英霊たちのその周囲は、毎回冷や汗を滲ませることになる。

まるで狙ったかのように、性格的相性の悪い英霊を編成するのだから。

 

そんなこともあり、時々に応じて誰かしらの英霊が最終チェックをしている。

しかし、本日の任務は素材集めが主なあったことと、もう何回も赴いたレイシフト先であることもあり、リツカに一任されていたのであった。

 

 

「できた……!」

 

 

タブレットによって組まれた編成は、カルデア施設の至る所に設置されたモニターに映し出され、編成された英霊たちにも伝えられるようになっていた。

ちなみに、モニターをチェックしなかったとしても、時間になると強制的に管制室に送られる仕組みにもなっている。

強制送還を嫌う英霊たちは、自らの足で管制室へと訪れるのだ。

 

高らかに掲げられたタブレットに並んだそれを送信したリツカは、ぐっと伸びをして立ち上がった。

いくら慣れた任務であっても油断は大敵だという後輩の言葉を思い返し、魔術礼装を身に纏う。

 

不意に廊下の外から賑やかな叫び声が聞こえ、リツカはほのぼのとした笑みを浮かべる。

思えば、最初の頃は物音一つしないくらい閑散とした施設であったのだ。

只管任務へと赴いて、縁を結んだ英霊を召喚して、一人また一人と増えていき、気が付けばカルデアは100を超える英霊で賑わっていた。

 

懐かしむようにそれを思い返したリツカは、部屋の壁に掛かる時計を確認すると、慌てて自室の外へと飛び出したのである。

 

 

「ま、マスター!」

 

「あれ、どうしたのエレシュキガル?」

 

「あ、あ、あなた……!!正気なの!」

 

「え?」

 

「だ、だって、あれほど、暴れ回ってたひとたちを組ませるなんて!!

正気ではないのだわ!!」

 

 

自室から一番近いモニターの下で唖然としていた少女の形をした英霊が、リツカの顔を見た途端に声を上げた。

見開かれた透明感のある赤い瞳に、興奮を表すように揺れる金の髪がきらきらと輝く。

うつくしさよりも可愛らしいその(かんばせ)を紅潮させて詰め寄る彼女に、リツカは目を瞬かせた。

 

 

「……それに!!私はまだあの男を認めていません!

万が一のことがあったら、どうするのです」

 

 

実はオルタたちよりも顕著ではないが、神に名を連ねるものたちもまた一目見た時から、セフィロスの存在に疑問を抱いていた。

ドクターをはじめリツカも、神の瞳まで誤魔化せるとは思ってはいなかった。

しかし、言い換えれば神の瞳を以てしても、その正体を暴くまでには至らないのだ。

珍しく息を潜めるように、様子を窺っている王たちや、冠位を持つたちも、同様である。

 

その中でも、冥界を司る女主人は特にリツカの身を案じていた。

闇すらも恐れる深淵の奥底まで己に会いに来てくれた、リツカという人間に恩を感じているからこそ、彼女はこうも心配を露わにするのだ。

 

 

「大丈夫だよ、エレシュキガル。セフィロスはそんなんじゃないし……。

それに、もし万が一何かあっても彼がいるから大丈夫だって」

 

 

己を信じてくれた時と何一つ変わらぬその無邪気な笑みに、エレシュキガルは言葉を詰まらせる。

人が好過ぎるマスターがそう言うであろうことは何となく想像が付いていたが、と彼女は顔を伏せた。

そんなエレシュキガルに、もう一度微笑んだリツカはありがとう、と一言告げた。

 

こうして素直に自分の身を気にしてくれているのは嬉しいし、微笑ましい。

だからこそ彼女にも、そして他の英霊にも、リツカはわかって欲しかったのだ。

あのセフィロスが何者であれ、悪い存在ではないということを。

 

 

「ねえ、エレシュキガル。……戻ってきたら、一度話をしてみてよ」

 

「え……っ、ええ……!!こ、この私が……あの、男と?」

 

「うん。俺も一緒にいるからさ、ね?」

 

「わ、わかったのだわ……。そこまで、あなたが言うなら」

 

 

少なくとも、このカルデアにいる間は心穏やかに過ごして貰いたい。

英霊一人一人によってその定義は異なるだろうが、出来るだけ良い時間を過ごして貰いたいのだ。

それこそが、至らぬ身でありながらマスターとなった己に出来る精一杯のことだと、リツカは考えていた。

英霊の中には聖杯戦争を何度も経験して、様々なマスターと共に時を重ねてきたものもいる。

リツカはそんな彼らの記憶に、このカルデアで過ごした日々を留めて欲しいと思っていた。

 

例えそれが英霊ではなくとも、同じことなのだ。

セフィロスという存在について、リツカもまだ良くは知らない。

しかし、彼の数多の英霊たちと関わって来た経験が、何となく告げているのだ。

彼は決して、周りを拒むことはしない。孤高ではなく、孤独の存在なのだと。

 

 

「あ!!しまった、時間だ……!」

 

 

ふと手元の時計を見て叫んだリツカに、エレシュキガルはびくりと肩を震わせた。

ごめん、また後で。そう言って勢い良く駆けて行ったマスターの背中を見つめ、彼女は小さく笑みを零した。

 

 

 

***

 

 

 

言葉通り迎えに来たリツカに誘われるがままに、セフィロスは中央管制室へと足を踏み入れた。

そして、中で待ち受けていたそれらに、溜息が零れるのを禁じ得なかった。

思わず反しかけた踵を何とか堪えると、凶悪な笑みを浮かべる赤い瞳を睨み付ける。

 

 

「これはまた、お見事な采配だな……マスター。

流石の私も、言葉が出ないよ」

 

「え?何が?」

 

 

一瞬で張り詰めた空気に、やれやれと小さく首を振ったのは赤い外套の英霊である。

夜から朝の騒動について英霊たちが話しているのを食堂で聞いていた彼は、モニターに映された編成に唇を引き攣らせた一人でもあった。

 

 

「マスター……。以前、君にお願いしたことを憶えているか?」

 

「エミヤからお願いされたこと……?ああ!調理器具がたr「違う、それじゃあない……!」

 

 

溜息を零したエミヤは、筋肉質な太い腕を組み片目を閉じるとぎろりとリツカを見据えた。

 

 

英霊(サーヴァント)のクラスに相性があるように、英霊そのものにも相性がある。とあれ程言った筈だがね。君は何度も何度も!!金色のアーチャーと青いランサーという、ピンポイントで編成をするものだから……!」

 

 

悲しいことにもうすっかり慣れてしまったよと嘆くように天井を仰いだエミヤに、なら良かったじゃんとリツカはいつものように明るい笑みを浮かべた。

 

 

「はっ、相変わらず固ェ頭してんなあ。そうきゃんきゃん騒いでも仕方ねえだろうがよ。

そろそろ学習したらどうだい」

 

 

二人のやり取りを見ていた青いランサーは、けらけらと軽やかな笑みを浮かべてそう言った。

勿論犬猿の仲であることは変わりないが、此処で喧嘩しても何もならないことをいい加減学んだのである。

それであれば、早くレイシフトを終わらせてさっさと解散した方がマシであるのだ。

しかし、今回は勝手が違った。

 

 

「ほう、……偶にはマスターのポンコツも良い仕事するじゃねえか」

 

 

ゆらりと視界の端で動いた禍々しい薔薇の茨を想わせるそれと共に、赫々とした瞳がセフィロスを捉える。

あのまま治療を施さずに転がして置けば良かった、と後悔の念を抱いても時既に遅し。

今にも噛みつかんばかりに殺気立つ英霊……クーフーリンオルタに、セフィロスは鼻を鳴らした。

 

 

「マスター、レイシフトを。

このままだと管制室が吹っ飛ぶぞ」

 

 

今にも武器を顕現させぶつかり合いそうな二人に、エミヤは落ち着いたトーンでそう進言する。

それに、一つ頷いたリツカは慣れた様子でコフィンへと入った。

遠巻きに、セフィロスとオルタを見ていた職員がそれを合図に、転送準備を開始した。

繋がれたモニターに広がるデータのうち、意識レベルを表す数値がゆっくりと減っていく。

 

そうして、リツカの意識は黒から白となり、途切れた。

 

 

 

――ふと意識が戻ると、いつも通り視界が空に埋め尽くされていた。

 

最早リツカのいる現世では見られないくらいの、あらゆる宝石を砕いて散りばめたような星々を見るのは、初めてであった。

 

レイシフト先に飛ばされると、大体は空から落下することが多い。

最初こそ死ぬ思いで叫び倒したが、今ではアトラクション感覚を通り越して、車に乗るのと同じくらいの感覚となってしまったのだから慣れとは、げに恐ろしいものである。

 

息を呑むほどのうつくしい煌めきに、リツカは思考すら奪われ息を忘れた。

 

段々と遠ざかる空と、迫り来る大地に、リツカの傍らに控えていた英霊たちが体勢を変える。

生身の人間であるリツカを受け止めるように着地した彼らは、周囲に湧き立つ怪しげな気配に、己が武器を抜いた。

 

 

「……な、んで……。こんな、場所じゃ……なかったのに」

 

 

リツカ達の訪れを察していたかのように、次々と具現化する闇の化身にあっという間に囲まれる。

リツカは動揺していた。星に思考を奪われた彼は直ぐには気が付けなかったのだ。

降り立った場所が、いつもの場所とは思えぬほど異質であることに。

レイシフト先は森の中であることには違いない。しかし、このような不気味さを昼夜問わず感じたことはなかった。

そもそも地形が異なるのだ。

もしやまた、レイシフト先にミスが発生したのだろうか、と通信機器を繋ごうとしても応答はなかった。

 

 

「今は思考よりも魔力を回せ。マスター、指示を」

 

「そんな顔すんなって、やることは一つだろうがよ」

 

 

森の影を作り出す星々が、嘲笑うように点滅を繰り返す。

あれだけうつくしく見えた星空が、退廃的な妖しさを持つ不気味なものへと豹変したように見えて、リツカの背中が震えた。

そんなリツカの肩にぽんと手を置いたランサーと、エミヤは、力強い声でそう言った。

いつもと変わらぬ灰と赤の瞳に、リツカは無意識に安堵の息を零すと、その瞳から怯えを消す。

少し冷静さを取り戻したリツカは、とある姿が見えないことに気が付いて、慌てて周りを見回した。

 

 

「ふ、二人は……?」

 

「そりゃ、杞憂ってヤツさ。お前さんが心配することじゃねえ」

 

「心配するとするならば、この島が破壊の限りを尽くされないかどうか……だろうな」

 

 

随分離れたところではあるが、確かに感じる慣れた魔力と何処か異質なそれに、ランサーは快活に笑う。

そんなランサーとは真逆の厳めしい表情をしたエミヤは、投影した剣を手にすると弓を番える。

こうなってしまっては仕方ないと腹を括ったリツカは、取り敢えず逸れてしまった二人との合流を第一の目標として、放たれた矢と共に指示を飛ばした。

 

 

 

***

 

 

 

星々の光を弾いて羽搏いたのは、片つ方の黒き翼。

夜の紺碧すら、その漆黒を溶かすことは出来ない。

 

くるりと宙で体勢を整えたセフィロスは、その長い銀を風に靡かせる。

 

見下げる大地は、緑に覆われており、かつての場所とは似ても似つかない。

見上げる大空は、星に覆われており、かつての場所を想わせる空であった。

 

暫く空を見上げていたセフィロスは、ふと力を抜くと重力に従い地上へと降りる。

ふわりと、黒いコートが優雅に揺れた。

そうして大地に足をつけると、途端に背後から感じた数多の気配に動じることなく愛刀を出現させ、その身を引き抜いた。

 

振り向かずに、空を裂いた一振りに闇がセフィロスを捉えた。

星々のうつくしい輝きによってつくり出された影が、明らかにこの世のものではない形を得て蔓延る。

それは、光あるところには影もある、その言葉を具現化したような光景であった。

 

一陣の風が吹き荒れ、木々の葉を鳴らす。

大きく咆哮を挙げた影たちが、その鋭い爪や牙をセフィロスに向けた……。

 

 

「……容赦など必要ない」

 

 

それは誰に向けた言葉であっただろうか。

星々の光すら切り裂く慈悲を知らぬ長い刃が、闇を薙ぎ払う。

振り向き様に振られた刃は、あっという間に周囲の影を切り裂き消滅させた。

しかし、湧き上がる闇は次々と数を増やしていく。

襲い来るそれらに振るおうと剣を上げるも、瞬時に感じた気配に軌道を修正し横へと薙いだ。

 

がきん、と高い音を立ててぶつかり合った朱の槍にセフィロスは眉を顰める。

 

 

「なんのつもりだ」

 

「てめえには、つまんねえモン相手にしてる暇なんざ……ねえんだよ」

 

 

カルデアに召喚されてからというもの、すっかり正気を取り戻していたがその本質に変わりはない。

更に、己に敗北を刻み、久々に脈動する戦いを与えたセフィロスという存在が、オルタをより枯渇させていたのだ。

 

リツカ達と逸れたオルタは、動じることなく好き勝手に狩りを進めていた。

しかし、この銀の男と斬り合った時の高揚感は得られるわけがなく、すっかり飽いてしまったその時。

見つけたのは、夜の闇に浮き立つ銀の髪(探しビト)

気が付けば、手にした槍を銀に向けて放っていた。

 

呆気なく防がれたそれに、オルタは、笑む。

 

 

「てめえのその顔、見ているだけで殺したくなる。

背を合わせて戦うよりも、この方が似合いだと思わねえか」

 

「……良いだろう。

俺も、お前の顔はとうに見飽きている」

 

 

そう吐き捨てたセフィロスは、突き出された朱の槍を軽やかに避ける。

すると、その後ろにいた悍ましい姿をした敵を穿ち消滅させた。

空中で繰り出された斬撃波を流れるように弾き返すと、オルタに襲い掛かろうとしていた敵が切り裂かれて、真っ二つとなる。

 

お互いを狙う攻撃を受けて次々と倒れるのは周りの敵。

とばっちりとも言えなくはないが、そもそも二人の目にはもう、それらは映っていない。

 

交わる銀の刃と朱の槍の音色が、森に木霊し大地を揺るがす。

 

再び二人が己の武器を下ろした時、そこには一本の矢が地面を貫いていた。

 

 

 

 

 



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1-7 見知らぬ森にて

空に浮かぶ星々が連なり、毒々しさすら感じる緑の蛍光色の光を放っている。

セフィロスは刀を納めながら、見覚えのあるその色を見上げた。

このレイシフト先に降り立った時から、一つの予感を感じていたのだ。

 

同じように構えを解いたオルタは地面に突き立つ矢に一瞥をくれると、草木を掻き分けて近づいてくる足音に視線を投げる。

そうして現れた彼らのマスターは、予想通りに荒れ果てた周囲を見回して溜息を吐いた。

 

相対する二人の英霊を囲んでいた木々は、無残な姿で地に伏せている。

抉られたように吹き飛んだ大地は、所々が陥没して穴が開いていた。

 

 

「それで、気は済んだかね」

 

「あ?邪魔をした野郎が何を言ってやがる」

 

 

白々しいんだよ、と吐き捨てたオルタは、興奮冷めやらぬ瞳をぎらつかせて睨みつける。

忌々しいと言わんばかりのその目を鼻で笑ったエミヤは、これが只の斬り合いではないことに気が付いていた。

お互いが本気であったかは置いておくとして、ぶつかり合った痕跡は確かに刻まれていた。

しかし、それにしては余りにも周囲を害している。

それはまるで攻撃対象がお互いだけではなく、その周りにも向けられたような無差別なものであったのだ。

 

 

「……協力するときは、素直にそうしたらどうだ」

 

 

嘲笑するようにエミヤがそう視線を向けるが、オルタがそれに答えることはなかった。

 

 

「ねえ、セフィロス。この場所に憶えはある?」

 

 

冷めた青の瞳が微かに緑がかって見えたのは、あの星々の色を反射したからであろうか。

リツカは夜風に靡く銀の主に、なんとなしに問うた。

すると空を見上げていたセフィロスは、ゆっくりとその目をリツカへと向ける。

 

 

「いや、……この場所は知らないな」

 

「そうだよね。困ったな」

 

「場所が変わったのか」

 

「……原因はわからないけど、此処はいつもレイシフトしている場所じゃないんだ」

 

 

何度か素材を集めに訪れた場所を行先に指定したのは、確かなことであった。

今までのレイシフトでも、このようなことは起きていない。

例外があるとすれば、セフィロスがいたあの場所であろうか。

だとしたら、今回もまた……。そこまで考えたリツカは、不意に視界の端を過った影に顔を上げた。

 

 

「アンタが何かした、ってコトじゃあ……ないんだな?」

 

「何が言いたい?」

 

「いやあ?……ただこの前の件といい今回の件といい、何か知ってんじゃねえかと思ってよ」

 

 

全身に青を纏うその英霊は愉快げな表情を隠すことなく、セフィロスを見上げる。

その真っ直ぐな言葉は、このランサー故のものだろう。

何の含みもないそれに、セフィロスは呆れたように溜息を吐いた。

 

 

「俺が態々任務を面倒なものへと変えた、と?」

 

「へっ、お前さんが連れ込んだって可能性もあるぜ」

 

「……確かに知能はあのキャスターの方が上だな」

 

「あ!?」

 

 

疑うというよりも揶揄いに近いニュアンスを含んだ言葉であったが、どちらにせよ馬鹿らしいことに変わりはない。そう淡々と返された言葉にランサーの額に青筋が立つ。

それにリツカが慌てた表情を見せるが、後ろから傍観するエミヤからすると自業自得である。

 

 

「こうなっては仕方ないだろう。

通信が回復するまで探索を進めることを提案するよ」

 

「そ、そうだね。なんか新しい素材とかあるかもしれないし」

 

 

此処にいても碌なことにはならないだろう、とエミヤがマスターへと進言する。

それに頷いたリツカは様子を窺うように潜む闇の気配を感じつつも、森のその奥へと通じる道を振り返った。

 

森の奥へと辿り着くまでの道のりは、呆気ないほど容易なものであった。

沸き立つ影を二本の朱槍が穿ち、遠距離から術を放つ影を矢が射貫く。

後ろから迫り来る影を長い刃が薙ぎ払った。

リツカが指示を飛ばすまでもなく、襲い来るものたちは瞬く間に消えていった。

 

 

「それにしても明るいね」

 

「ああ。あの星の光が森の中まで届いているからな」

 

「……」

 

 

木々の間を縫って差し込む緑の光が、煌々と行く先を照らす。

それにより足元までも確認することができるので、危なげなく進むことが出来た。

リツカの白い肌がその光に照らされて、緑がかる。

セフィロスは何かを考えるように、それを見つめた。

 

隣を歩むランサーはそんなセフィロスの姿を、静かに窺う。

トレーニングルームにて相見えた時から、その異質さは感じ取っていた。

しかし、その正体を計り兼ねていたのだ。

オルタ化した自分を軽々と撃破してみせたこのセフィロスという男。

戦闘狂でありそれ以外に執着を見せない筈のオルタが、先程のようにこの男との戦いを渇望している。

同じ名を持っていても中身は異なるので、オルタが何を感じ取っているかはランサーにはわからない。

 

 

「……悪ぃな、俺だって負けたままじゃいられねえのよ」

 

 

に、と口角を上げて澄んだ赤い瞳が見た先は、暗い赤を湛えた似て非なる存在であった。

この男がどのような存在であるかはどうでも良い。

それは恐らくオルタも同じである。

 

強きものであること、武人ならば誰しもが持つ欲求を満たすものであること。

それがランサーとしてのクーフーリンが、男に見出した価値であろう。

己に胸が震え血湧き肉躍る戦いを齎すもの(セフィロス)という存在に、朱槍を向ける理由なのだ。

 

ならばと、頭に過ったそれにランサーは笑みを深める。

オルタ化した自分が見出したものは……。

 

 

己に死を齎す可能性のあるもの(セフィロス)……か」

 

「……なんだ」

 

「いやあ、俺も中々頭使えんなと思ってよ」

 

「はっ、随分と笑わせてくれる。

冗談はその顔だけにしておいた方が利口だと思うがね」

 

「あァ!?黙んな、てめえには言ってねえよ……!」

 

 

突然隣の英霊から呟かれた名前に、セフィロスは訝しげに眉を顰めた。

すっきりとした顔で晴れ晴れと笑うランサーは気にすることなく、足を進める。

そんなランサーを見て思わず言葉を漏らしたのは、不可解だと目を細める本人ではなく、その後ろを歩く赤き弓兵であった。

 

 

「上手くいっているようで、良かった」

 

 

明らかに楽しそうではない三人の姿は、リツカの目には愉快に見えてしまうらしい。

どんな化学変化が起きているのかは知らないが、これが彼の采配に繋がることは言うまでもないだろう。

そんなマスターを横目で見たオルタは瞳に呆れを滲ませた。

 

 

 

***

 

 

 

部外者を拒むように生茂る木々の間を抜けていく。

聞こえるのは風が葉を擽る音だけで、それが更にこの森を異質なものに飾り立てていた。

そうしてリツカ達は高い木々に閉ざされた、その奥へと辿り着く。

 

 

「……わ、あ」

 

 

開けた視界の先に、思わずリツカは声を上げた。

そこにあったのは森の木々と一体化した、大きな建物であった。

元々は一つの建物であったのだろうが、今ではすっかり植物に侵蝕されてしまっている。

植物との調和によって彩られたその姿は神秘的でうつくしく、何か荘厳なようなものを感じさせた。

 

 

「城、ではないな。これは……」

 

「……神殿」

 

「神殿?……確かになんか神々しい感じはするけど、何でわかったの?」

 

 

差し込む光が明るい太陽のそれであったのならば、このうつくしさはより浮かび上がるのだろう。

残念なことに不気味な星の光の下では、そのうつくしさこそが禍々しさを引き立てる原因となってしまっている。

見上げた建物の造りにセフィロスが一言呟くと、首を傾げたリツカがそう問う。

 

 

「入ればわかるさ」

 

 

返って来た言葉はやはり、単調なものであった。

苔生したレンガを黒いブーツで踏み締めたセフィロスは、先に足を進める。

男の背中に揺れる銀を見つめたリツカは、その背を追うように足を踏み出した。

 

所々が朽ち果て植物に侵蝕されているが、荒らされた形跡などは見当たらない。

門を抜けて中庭を抜けると、閉ざされた扉の前に立つ。

罠があっては困るとリツカを下がらせると、セフィロスはその扉を開け放った。

どうやら鍵は掛かっていなかったようだ。

 

長年に渡り人を受け入れなかった扉は、軋んだ音を立ててゆっくりと開かれる。

そして、その中に広がっていたのは……。

 

室内であるにも関わらず、一面に白い花々が咲き誇り淡い光を放つ。

何かが祀られていたのだろうか、祭壇のようなものが奥に置かれていた。

 

そして、その祭壇の奥にあるものに、セフィロスは目を見開いた。

ぽっかりと空いた地面を埋めるかのような、緑の光。

それはまさしく、星の命(ライフストリーム)と呼ばれるもの。

 

古代種である男はかつて星たちの声を聞き、とある星を救った。

堕ちた英雄は神となるが為にその力を集め、とある星を滅した。

 

ゆらゆらと緑の光を放ち揺れる液体は、かつての記憶を呼び起こさせる。

 

 

「おい、どうした」

 

「……いや。なんでもない」

 

 

表情を滅多に変えなかったセフィロスの動揺は、意図せずとも大きく出てしまったのだろうか。

少し先に立つオルタから掛けられた声にはっとしたセフィロスは、いつの間にか先に行ってしまったリツカ達を追う。

どうやら、彼らに抜かされたことを気付かないぐらいに硬直していたようだ。

 

周りの探索をしつつ何かの材料になりそうなものを採取しているリツカが、恐る恐る祭壇の向こうを覗き込んでいる姿が目に入る。

途端に、セフィロスはその後襟を掴み引っ張った。

 

 

「ぐえっ……!び、…びっくり、した……!!」

 

「容易に近づくな。……生身のお前が触れて良いものではない」

 

 

セフィロスたちの世界では、人間をはじめ生きとし生けるものは皆やがて星へと還るとされた。

生けるものが死を迎え星に還るとき、持つ知識やエネルギーは星へと蓄えられる。

そうして、蓄えられたエネルギーからまた新たな生命が生み出されるのだ。

この生死の理であり生命の循環を、ライフストリームといった。

 

生身の人間がこの中に転落することは、今まで溜めこまれた膨大な知識やエネルギーの中に落とされるのと同義である。大抵の人間はそれに耐えきれずに精神崩壊を引き起こす。

 

 

「……そろそろ、説明してくれても良いのではないかね」

 

 

リツカを祭壇から下がらせたセフィロスは、緑の光を放つその液体に近付く。

長い銀の髪が放たれる光により緑がかり、透けるように白い肌にも仄かな緑が差した。

セフィロスという肉体の中に眠る相反する二つの魔力が、蠢くのを感じる。

それに耳を傾けていると、不意に後ろから低い声が掛かった。

 

振り返らずもわかるその厳めしい男に、セフィロスはふと口角を上げた。

 

 

「あの世界を憶えているか?」

 

「……お前がいた、あの荒野か」

 

「ふ……。あれでも元は、お前たちの世界と同じ一つの星だった」

 

「おい、待てよ。俺にもわかるように説明しやがれ」

 

「そういえば……。お前たちはいなかった、か」

 

「その如何にもめんどくせえって顔やめろや。

こっちだって好きで増えてんじゃねえ」

 

 

初めてセフィロスに出会ったのは、とある荒廃した世界でのこと。

そこにいたのは金ぴかの王と、エミヤ、そして……キャスターである。

広義では同じなのだから記憶も共有すれば良い、と思ったその言葉が顔に出てしまったらしい。

舌を一つ弾ませたランサーは、じろりとセフィロスを睨み上げた。

 

仕方ないと言わんばかりに溜息を吐いたセフィロスは、一つずつ語り出した。

このライフストリームという液体について、そしてそれがあの世界で何に使われていたかを。

 

 

「……あの世界ではこのライフストリームを魔晄というエネルギーとして使用していた。

だが、魔晄を汲み上げることは循環の阻害を意味する。

それが結果的に、大地と星の衰退に繋がることになった。

これが、俺の知っていることさ」

 

「ライフストリーム……これが、エネルギー」

 

 

煌々と燃え上がる緑の炎を想わせる、液体。

遠くからそれを見つめたリツカは、自分の世界で使用されていた燃料を思い浮かべた。

この場所は恐らく貯蔵庫として使用していたのだろうと、セフィロスは言った。

 

 

「それが、何故こんなところに貯蔵されている?」

 

「……知らんな」

 

 

此処にあるものは知っているが、その理由は一切わからない。

そう言って口を噤んたセフィロスに、眉を顰めたエミヤは不可解なことが起こり過ぎていると呟く。

 

 

「敵も出ねえし、なんか気持ち悪ぃ場所だよな。

なんでこんな場所に来ちまったんだか」

 

 

祭壇に凭れるランサーは、その赤い瞳をセフィロスへと向ける。

目で理由を問われても、知らないものは知らないのだ。

セフィロスは溜息を吐いて、首を横に振った。

 

その時、リツカが身に着けていた通信機器が耳障りなノイズを上げた。

 

 

「……っ、つ……。繋がった!やっと、繋がったあ……!」

 

「ど、ドクター!」

 

「ああよかった。突然エラーが出て機械が故障したんだ……。

心臓が止まるかと思ったよ」

 

「エラー……」

 

「とても不安定だけど座標は捉えた。

でも、直ぐに戻った方が良い。また見失う可能性もある」

 

「何が起こっているの?」

 

「わからないんだ。その原因解明のためにも、直ぐに帰還してくれると助かるよ」

 

 

通信画面に走る酷いノイズの嵐は、今にも途切れてしまいそうな通信環境を表していた。

何とか音声は聞こえるので、ドクターの声に集中する。

向こうの緊迫感は痛い程リツカにも伝わった。

後に控える英霊たちを見渡して、セフィロスの顔を見る。

問題ないと頷いた彼に、リツカは帰還を宣言した。

 

 

 

***

 

 

 

レイシフトから戻ったリツカは、ドクターを筆頭とするカルデア職員に囲まれバイタルチェックを受けるべく検査室へと連れていかれた。

詳しい話はまた後で、と告げられ解散となった英霊たちは一斉にセフィロスへと視線を向ける。

どうせまたドクターらに話すことになるのだろう、とセフィロスは彼らに背を向けた。

 

どうやらリツカ達がレイシフト先で行方不明となったことは大々的に伝わっているらしい。

管制室を出て廊下を歩くセフィロスの耳に、リツカを心配する数多の声が入って来る。

その声を横目に自室へと入ると、久しぶりに感じる静寂に小さく息を吐いた。

 

それにしても、あの場所は一体何であったのか。

ソファーに座り、セフィロスは思考を巡らせる。

 

あのような建物は記憶にはなかった。

だが、ライフストリームは確かにあの場所に貯められていた。

セフィロスの記憶に残る研究所のような場所にも見えないので、あそこで何かをしていたわけではないだろう。

 

 

「……似ている、か」

 

 

淡い光を放つ白い花を思い出して、動いた唇。

それは無意識に漏れた言葉であった。

 

いくら元の世界で激務に慣れた身とはいえ、少し疲れたようだとセフィロスは軽く首を振る。

始めはちぐはぐだった精神と肉体もある程度同調しているが、まだ完全とはいえないのだ。

また招集を掛けられる可能性はあるが、気配に敏すぎる体は訪問者に反応して目覚めるだろう。

それまで休もうと決めると、セフィロスはソファーに深く凭れた。

 

 

 

 

 



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1-8 カルデアにて⑤

沈む意識は、海の底へと落ちていく感覚と似ていた。

深部に近づけば近づくほど、光から切り離されていく。

そうして、真っ暗になった世界に、浮かんできたのは一つの映像であった。

 

セフィロスという一人の男が辿った道が、正しいとは思わない。

彼は己のためならば、人を、星を、崩壊させることなど厭わなかったのだ。

しかし、男はかつて自分が救った星を害した彼を、憎もうとはしなかった。

 

ありきたりな話だ。人が人として育つ為には愛情と理解が必要となる。

そして、彼にはそれが足りなかった。だから歪んでしまったのだろう。

免罪符にもなりはしない話だ。が、もうそれを審議する(問う)必要はない。

何故ならば、もうセフィロスという男は……。

 

 

「……ほう」

 

 

波打つ思考を巡らせていた男は、突如意識が覚醒するのを感じて、目を開ける。

それはまるで、何かに体を掴まれ無理矢理浮上させられたような衝撃であった。

故に目の前の光景に暫く頭が追い付くまで時間が掛かってしまう。

交差する銀と朱が、示すことに。

 

 

「中々良い反応をみせる」

 

 

無意識に動いた腕は愛刀を握り締め、振り抜いていた。

もはや耳に慣れてしまっている高い音に、またあの英霊かとセフィロスは眉を顰める。

だが、聞こえた声は男のものではなかった。

 

 

「……影の国のものか」

 

 

例え英霊の身であろうとも、染み付いた濃厚なにおいは誤魔化せない。

 

セフィロスがいた世界にも影の国は存在した。

黒魔法を得意とする魔導士たちが、力を合わせ建国された、古代都市『マハ』。

その都市は時代の流れと共に消失したが、マハの魔道士たちは更にとある都市を切り拓く。

影の国ダン・スカーと呼ばれたその都市は、彼らの思惑から外れ、妖異が支配する邪悪な国となっていた。

 

しかし、それはあくまでもセフィロスのいた世界の国の話。

セフィロスは、自分の記憶にあるそれとは、異なるであろうことにも気付いた。

そんな彼の言葉に、女は気を良くしたように笑うと、交差した朱槍を退けた。

 

 

「私は影の国の女王。異境、魔境の主。スカサハだ。

どうやら弟子が世話になったようだな、異端のものよ」

 

 

すらりとした長い足がソファーに乗せられ、履いているヒールが生地に食い込む。

それを横目に、セフィロスは深い溜息を吐いた。

 

 

「可愛い弟子の仇討か?」

 

「ふっ、私はそこまで面倒見は良くなくてな」

 

 

つるりと光を滑らせる朱の槍を見れば、関連する人物は嫌でもわかった。

赤みの強い紫の髪が流れ落ち、そのうつくしい顔がセフィロスの顔を覗き込む。

 

 

「ふむ。あの男が揃って名を口にするだけある。

お主、随分面倒なつくりをしておるな」

 

「……」

 

 

セフィロスを女の赤き瞳が、見通すかのように見下げる。

すると虚構を映していた死の瞳に、光が宿ったように感じた。

それが女が男に向ける艶っぽいものではないことは、察するに余りあることである。

このカルデアに来てから、同じような槍を持つものたちに、向けられ続けてきたそれと同じ色をしていたのだから。

 

 

「弟子が弟子なら師匠も師匠だな」

 

「ケルトの戦士は常に強きものを求める。その中でも、私が好むのは勇気ある者。

ただの戦士ではいけない。ただの蛮勇でもいけない。

勇気ある戦士こそ、私の好む可能性あふれる存在だ」

 

 

微かな感情を込めて言ったスカサハの、形の良い唇がゆるりと弧を描いていく。

その獰猛な笑い方に、確かによく似ていると、セフィロスは突き付けられた矛先を見た。

 

 

「力を見せるがよい、勇士よ。出来なければ、お前の命を貰うまで。

……もし、お主が私を満足させることの出来る男ならば、然るべき褒美をやろう」

 

「餌で釣る気か?」

 

「悪い話ではないぞ。ん?それとも、このスカサハの誘いを断ると?」

 

「やれやれ、気が強い女は好みではないのだが」

 

 

一度青い瞳を閉じると、先程の残夢が脳裏を過る。

此処にいても考えるのはきっと意味のないことであろう。

セフィロスはスカサハを見上げた。

するとその意を察したように、笑みを深めたスカサハは、その華奢な背中を向ける。

 

 

「付いて来い」

 

 

振り返った影の国の女王は、そのしなやかな指で差招く。

白い床に伸びる影が、妖しげに揺れたのは気のせいであっただろうか。

 

見据える瞳と、含みを湛える瞳が静かにぶつかり合った。

踏み出した足に、前を向いた背中は、ほぼ同時。

 

自動ドアの閉まる音を最後に、伽藍洞な部屋は再び静寂を取り戻した。

 

 

 

 

***

 

 

 

診察を終えたリツカは、検査着から普段の礼装へと着替える。

そして、診察用の椅子に座ると、柔らかな笑みを浮かべるドクターを見上げた。

直ぐに数値化されたリツカのデーターは、その顔を見る限り特に異常は認められないのだろう。

それを察し取れるくらい、慣れてしまっていた。

 

 

「ふう、一時はどうなるかと思ったけど……。

特に異常はないようで、本当に良かったよ」

 

「でも、何が原因だったんだろう」

 

「ううん……。それがね、さっぱりなんだよねえ。

機械もプログラムも何も異常はないし、ぜーんぶ見直したんだけど……」

 

「……」

 

「だから、リツカ君。今回レイシフトした先について詳しく聞かせてくれないかい?」

 

「もちろん!……でも、俺もあまり良くわかってなくて」

 

「話せるだけ話してみたら良いさ。

君の話と、同行した英霊(サーヴァント)たちの話を繋げれば何かわかるかもしれないんだ」

 

 

設置された机に記録紙を広げたドクターは、その役職に似合いの笑みを浮かべる。

物腰柔らかな口調と仕草は心地の良いもので、とても話やすいのだ。

事情聴取というよりも、カウンセリングといった方が良いだろう。

そんな落ち着いたような雰囲気の中で、リツカは記憶を辿り始めた。

 

 

「すごく、綺麗な星空だったんだ。はじめは。

俺が気付いたのは、……敵に囲まれてから」

 

 

レイシフトされてから降り立つまでに見た空は、澄んだ紺碧をしていた。

散らばる星々も、様々な色の宝石を砕いたように美しかった。

しかし、英霊たちと合流して、影が具現化するように出現した敵に囲まれたとき……。

 

リツカの目に映る空は、豹変していた。

 

 

「……なんていうか、緑の、嫌な感じがする色になってた。

エミヤとランサーと合流して、それで逸れた二人を見つけに行ったんだ」

 

「ふむ。それがクーフーリンオルタと、彼……セフィロスだね」

 

「うん。二人とも合流して……。

カルデアとの通信は途切れていたし、探索してみようってことになって」

 

「そう……。ねえ、リツカ君」

 

「なに?」

 

「その間に、何かおかしなことはなかったかい?」

 

「おかしな……こと」

 

「なんでも良いんだ。何か変なものを見た、とか……。何か様子がおかしかった、とか」

 

「……特には」

 

 

オルタとセフィロスが何やら争っていたが、それは今更いうことでもないと判断したリツカは、記憶を掘り下げる。

腕を組んで視線を彷徨わせる様子をじっと見るドクターは、何かを意図しているようにも見えた。

 

 

「ううん、と。いつもと違うのは……敵も、そうだったかな」

 

「敵って、エネミーたちのことかい?」

 

「うん……。今まで見たことない、本当の影って感じがして……。

そうだ。目が……あの星と同じ、緑だった」

 

 

闇を引き摺りリツカ達に襲い掛かってきた敵の、宵闇に浮かぶ緑の光が頭を過った。

あの虚ろな緑を見ていると、見てはいけない何かを見ているような気がしてしまう。

今も思い出すだけで、体に寒気が走るのだ。

 

 

「大丈夫かい?嫌なことを思い出させてしまったね」

 

「ううん、大丈夫……」

 

「本当に?無理はしちゃ駄目だよ」

 

「ありがとう、ドクター」

 

 

心配げな眼差しに、首を横に振って微笑んだリツカは、少しまた視線を動かす。

その仕草を見たドクターは、記録紙にペンを走らせると、質問を続けた。

 

 

「探索と言ったね。何か良いものはあったかい?」

 

「ああ!忘れてた!!

森の奥にね、大きな城があって……」

 

「城?」

 

「間違えた、神殿……だったっけか」

 

「森の奥に、神殿ね……」

 

「そういえば、何で神殿ってわかったんだろう……

結局聞けなかったな」

 

「どういうことだい?」

 

「あの建物のことを神殿って言ったのは、セフィロスなんだ。

俺全然わからなくて……」

 

「その神殿について、彼はなんて?」

 

「えーと、入ってみればわかる……ってだけ」

 

 

でも、結局わからなかったんだけど……。と呟いたリツカに、ドクターは後で聞いてみれば良いさと笑う。

一つ頷いたリツカは、脇に置いてあったバッグに手を伸ばした。

いつもレイシフトへと持っていく小型のそれは、採取した素材などを入れているものだ。

今回も例外なく、赴いた森の中の神殿で見つけたものが、詰められている。

 

 

「それで、今回の戦利品は……。

神殿の中に咲いていた白い花に、小瓶に入った液体に、なにかの鍵に……あと、カードキーかな」

 

「ず、随分色々と持って帰って来たんだね……」

 

「人の気配はなかったし、良いかなって」

 

 

ずらりと並べられたそれに、ドクターは思わず苦い笑いを零した。

青みを帯びたガラス瓶に入った何かの液体は、怪しげな雰囲気を醸し出している。

成分鑑定を行う必要がありそうだと、ドクターは小瓶を光に透かしながら呟いた。

ついでに、可憐な白い花も解析に回す手配をしておく。

残りの何かの鍵と、カードキーらしきものについては、保留にするしかないだろう。

 

 

「あの場所には、建物は他になかったし、あの中も他に部屋がありそうな感じはしなかったから……。

どこのだろうって……あれ?」

 

 

カードキーを手に取ってまじまじと見つめるリツカは、擦れた文字がそこに書かれているのを発見した。

擦り切れて殆ど読めないが、何かローマ字のようなものが確認できる。

 

 

「……うーん、ドクター、これ読める?」

 

 

眉を顰めながら渡されたカードキーを、ドクターも同じように見る。

確かに、何かの文字が掛かれているのがわかった。

 

 

「肉眼だと、難しいかもね。

ちょっと待ってて。これくらいならすぐに復元出来るから」

 

 

得意げにほほ笑んだドクターは、机の上に伏せてあったノートパソコンに手を伸ばす。

パソコンを起動させパスワードを解くと、とあるソフトを立ち上げた。

傍に置いてある機器を繋ぎ、電源を入れると、カードキーのスキャンを行う。

すると、パソコンの画面にカードキーの画像が映し出される。

 

 

「それで此処を拡大して、こう補正したら解像度を上げて……と」

 

「あ!すごい、見えた!!……ううんと、エス、エイチ、アイ、エヌ……?」

 

「シンラ、って書いてあるね。どこかの組織かな。

後で調べてみるよ」

 

 

 

きらりと輝いた瞳は、彼の中の研究心が擽られた故のものであろうか。

頼もしいその言葉にリツカも、心を躍らせる。

この時、リツカには確信があったのかもしれない。

ただのカードキーが、何かに繋がる。そんな気がしたのだ。

 

こういう時の勘というものは、侮れないことを後に彼は知ることになる。

 

 

 

***

 

 

 

たん、と軽い音を立てて爪先が地面に触れた。

一拍遅れてセフィロスを囲むように、赤い雨が降り注ぐ。

ふと掛かった影に、愛刀を振り翳すと、体重を掛けた一撃が襲った。

 

 

「ふふ……っ、面白い、こうもこの私の攻撃に耐えるとは……!

いいぞ、予想以上だ」

 

 

ぎりぎりと競合う刃と槍に、迫る赤の瞳。

セフィロスは一つ舌を打つと、力で押し返し、咄嗟に斬撃波を放つ。

それに合わせてふわりと後ろへと跳躍したスカサハは、高らかに笑った。

同時に、彼女は理解する。

このセフィロスという男が、何故『異端』であるのかを。

 

 

「固い女だ。……試し斬りにはちょうどいい」

 

「ほう?ならこのスカサハが直々に、お前の太刀筋を見てやるとしよう」

 

 

構えられた長刀に、更に笑みを深める。

このように笑ったのは久方ぶりかと、スカサハもまた槍を構えた。

 

神殺しを成したスカサハは、英霊としてあるために、その大いなる力の大部分を封じている。

だが、人理修復という旅路の中で、自身の霊基やマスターリツカの成長、聖杯の力の吸収などを重ねた結果、ある程度の力を引き出すことが可能となった。

彼女にしたらほんの微量であろう。しかし、その圧倒的な武勇、ルーン魔術は神代の領域である。

 

音速を越える切り合いの中で、隙あらば高度の魔術を惜しげ無く放ち翻弄しようとするスカサハに、セフィロスも魔力を練り、魔法を放つ。

神をも凌ぐ彼女の一撃はとてつもなく重く、放たれる魔術はまともに喰らえば即死であろう。

 

 

「ふ、ふふ……これは不味いな。私とあろう者が、つい本気になってしまいそうだ」

 

「……お前には、何を贈ろうか」

 

 

不死という呪いの中で己の死を望む彼女も、その本質はケルトの人間であった。

相手が強ければ強い程、その神髄を更に求め敬愛する。

そうして気に入った相手と、力と力で語り合うのが、何とも心躍る時間なのだ。

 

だからこそ、こうしてまともにうち合える存在に餓えていた。

クーフーリンオルタにも同じような面があるが、不死である彼女はそれ以上なのである。

 

浅く息を吐いて、セフィロスは刀を薙ぐ。

中の男からすれば実に戦いたくない相手なのだ。

しかし、こうなっては全力を尽くすしかないであろう。

膝を付くことは許されない体が、どうして背を向けて逃げることを許そう。

 

じり、と再び足に力を込めて、溌剌と燃える赤い瞳を見据える。

一瞬の隙も存在しない、優雅な立ち姿。

編み込んだ魔力を手に、セフィロスは大地を蹴り上げた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「ど、ドクター!!ドクターロマニ!!

た、た、大変ですうう!!」

 

「わあ!!な、な、なんだい!!び、びっくりしたなあもう……!」

 

「す、す、すみません……!でも、大変なんです!!」

 

 

 

話し終えたリツカが席を立とうとしたその時であった。

血相を変えたカルデアの職員が、息を荒くして飛び込んできたのだ。

リツカとドクターは同時に肩を跳ねさせて、驚きを示す。

どうやらそんな二人を気にする余裕すらない様子の職員は、大きく息を吸った。

 

 

「ま、ま、魔術師協会から……っ!!

魔術師協会から、視察の、知らせが……っ!!」

 

 

リツカは、絞り出したその声の、発した言葉の意味を理解するのに数分の時間を要した。

窓の外で、不穏な空気を察したが如く飛び立った鳥の、羽音が大きく耳朶を打った。

 

 

 

 

 



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1-9 カルデアにて⑥

はらりと散った漆黒が、純白に落ちる。

染み付いた赤と、黒、そして白のコントラストが、二人の間を彩っていた。

トレーニングルームの壁に背を凭れ座るスカサハは、口の端から流れ出る赤を拭い笑うと、更に込み上げてきた鉄の味を噛み締めた。

 

 

「見事だ、セフィロス」

 

 

室内灯の光を反して、白銀にも見える髪が地に広がることはなかった。

悠然と佇む長身は、一つ大きく息を吸い込む。

上下した胸には、朱色の槍が突き刺さっていた。

黒い手袋をした手がそれを掴み、ずるりと引き抜く。

途端に、塞ぐものの無くなった傷口から夥しい量の血が噴き出した。

 

 

「……大したものだな、影の女王よ」

 

 

からんと、音を立てて転がった槍に付いた血が、飛び散る。

変わらぬトーンで紡がれた言葉は、珍しく称賛の意味を持っていた。

 

もはや傷を塞ぐ術を唱える魔力すら、セフィロスには残されていない。

スカサハの『死溢るる魔境への門(ゲート・オブ・スカイ)』と、セフィロスの『心無い天使』によって、互いの魔力は削り尽くされていた。

しかし、それが白旗を挙げる理由にはならなかった。

お互いに得意とするのは魔術でもなければ、魔法でもない。

最も得意とするもの、それは己の武器、即ち肉弾戦である。

再びぶつかり合う二人は、存分に槍と刀を揮った。

 

死を許されたスカサハと、ジェノバにより驚異の回復力をもたらされたセフィロスとの差であったのかもしれない。

それを含めたリミットを理解した上での勝負なので、勝敗はついたといえよう。

 

刀を納めたセフィロスは、その回復力を以てしても塞ぎきれない傷を抱え、スカサハへと近付く。

そのゆっくりとした足取りを、スカサハはただ見上げた。

 

 

「……」

 

 

革の手袋の上からはめられた腕輪から、下がる青い石のチャームが揺れる。

目の前に差し出されたそれに、スカサハは目を丸くした。

 

 

「ふ、……ははっ!!なんだ、少しは女の扱いを心得てはいるようだな」

 

「そういう意味じゃあないさ」

 

 

抱腹絶倒といわんばかりに笑い出したスカサハは、薄らと目に涙を湛えていた。

何をそこまでと眉を顰めたセフィロスは、手を引こうとするが、それを察したスカサハがまた笑う。

そうして乗せられた手を引くと、流れ落ちる血が嘘のように、彼女は立ち上がった。

 

 

「……合格だよ、セフィロス。

私はお前を実に気に入った」

 

「死の宣託か。悪いがまだその時ではない」

 

「なんと失礼な。このスカサハからの希少な言葉を、素直に受け取らぬか」

 

「趣味ではないものでね」

 

 

あまりにも張り詰めた空気は、第三者がいれば、いつ破裂するかと肝を冷やすほどであろう。

戦いの名残を瞳に浮かべるスカサハに、セフィロスはその青い瞳で一瞥をくれる。

そして、黒いコートを翻すとその背を向けた。

 

 

「セフィロスよ。一つ、忠告してやろう」

 

「……なんだ」

 

女性(レディー)のエスコートぐらいは、利き手でやるものぞ」

 

 

鋭い視線を背中で受けたセフィロスは、一瞬、その足を止める。

だが、その唇は動くことはなく、彼はそのまま部屋を出て行った。

 

スカサハは武器を納めると、傷ついた体を見つめる。

痛みを、死を忘れた体に、降り注いだ斬撃はじんわりと脳に刻み付けられた。

拳を、武器をぶつけ合うことをコミュニケーションツールとする彼女は、セフィロスとの斬り合いで、その力のみならず人となりを見抜いていた。

赤き瞳に、他者の素質と気質を見抜く優れた鑑識眼を宿す彼女は、直接力をぶつけ合うことで、それを確信したのだ。

 

 

「継ぎ接ぎの男か、……人形にしておくには、ちと惜しいな」

 

 

くつくつと、沸き立つ笑いを零す。

掲げた指先をぱちりと鳴らすと、荒れ果てたトレーニングルームは元の白い空間を取り戻した。……たった一つを残して。

スカサハは、つるりとした床に膝を落とすと、落ちていたそれを拾い上げる。

 

一枚の黒い羽根であった。

 

柔らかくも、芯の通ったそれは光を受けて艶やかに光る。

ほんのりと感じる魔力に、良い素材になりそうだと考えた。

 

 

「……それで、お前はいつまであの男をストーキングしているつもりだ?」

 

 

呆れた声でそう言ったスカサハは、扉へと視線を投げる。

すると、棘の尾を揺らして彼女の前に、一人の英霊が現れた。

赤い刺青が入った顔に、いつも以上の不機嫌さを浮かべた英霊は、スカサハを睨みつけた。

 

 

「あれは、俺の獲物だ」

 

「ほう……一丁前に嫉妬とはな。

だが、お前にあの男は手に負えんよ」

 

「知ったことか。あの男を殺すのは、この(オレ)だ。

あんたの出る幕じゃねえ」

 

「聞かん奴だな。まあ、元からか」

 

 

苛立ちの籠った声に、これはこれで面白いとスカサハは目を細める。

ぎろりとした視線を向けた英霊は、スカサハの体に刻まれた、あの長い刃の痕跡を注視した。

クーフーリンの師匠である彼女の、その強さは身を以て知っている。

例え英霊として召喚されたとしても、実に敵に回したくない女性であることに違いはない。

 

クーフーリンという男にとって、彼女は強さの象徴であった。

神に名を連ねるものであろうとも、彼女の前で膝を折らなかったものは見たことはなかった。

 

 

「……」

 

 

本気ではないとはいえ、あのスカサハさえも、かのものに敗北を与えられないのだ。

喉元に込み上げる何かを耐えるように、英霊はスカサハに背を向ける。

そうして、セフィロスと同じように部屋を出ていく、その唇には、歪んだ笑みが浮かんでいた。

 

 

 

***

 

 

 

「うわっ!!セフィロス、大丈夫?」

 

「掠り傷だ。問題ない」

 

「……え、ええ…」

 

「はあ……お前に問題はなくとも、此方にはある。

食堂前を血塗れでうろつくな。汚らわしいぞ」

 

 

心臓部を槍が貫通した痕は、もう消え去っていた。

しかし、一度心臓を潰されたのだ。

血の輸送を司る臓器の損傷は、勿論夥しい出血を伴う。

コートの色でカモフラージュされてはいるが、滴る赤は一切隠せていない。

 

廊下に転々とつけられた血痕と足跡に気づいたのは、リツカであった。

『魔術協会から視察の知らせ』が届いたという通達は、一気にカルデアに拡散された。

申し入れではなく知らせ、というカルデアの都合を丸々と無視したそれに、職員は一様に青筋を浮かべたという。

リツカも顔を青くした一人であるが、管制室にいても出来ることはないと判断して、部屋を出た。

そして、ふと足元に視線を映すと、彼はぎょっと目を見開いたのであった。

 

慌てて血痕を追うと、見えてきた長身にリツカは何が起きたのかを察した。

偶々食堂から出てきたエミヤも廊下を見下げると、リツカと同じような顔をして、溜息を一つ零した。

 

 

「……朱の槍は見飽きた。

暫く近づけないでくれ」

 

「また、クーフーリン関係かね」

 

「今度はその師匠だ」

 

「え……っ。ええ!!??

す、スカサハが……?」

 

「驚いたな。お前が好かれているのは、呪いの槍そのものか」

 

「……さあな。好かれた記憶もないが」

 

 

人間や英霊を含めた物事を俯瞰する立場であるスカサハの姿を、リツカは頭で描く。

この英霊が来てからというもの意外な英霊たちが動くなと、エミヤは腕を組んだ。

 

 

「す、スカサハと……戦ったの?」

 

「……ああ」

 

 

息を呑んだリツカは、平然と構えるセフィロスの全身を見回す。

その出血からすると、酷い傷を負ったのだろうことは想像に容易いだろう。

しかし、やはり傷は見当たらない。

 

 

「暫く『赤』はごめんだ」

 

 

深い溜息を吐いたセフィロスは、リツカの隣にいる弓兵に視線を流す。

私は関係ないだろうと、顔を呆れさせたエミヤはいつものような笑みを浮かべた。

 

 

「そもそも、君が応じなければ良い話だろう?」

 

「ほう?……常に噛みつき合っているお前が、言う台詞か?」

 

 

嘲笑するように言葉を放ったセフィロスに、リツカは目を瞬かせた。

感情の抑揚が抑えられた態度は出会った時から変わらないが、その表情にふと疑問を感じたのだ。

それは、悪い疑問ではなかった。

寧ろ良いと言っても過言ではないだろう。

 

身長の関係から見下げるような形になるその顔が、ほんの少しではあるが和らいでみえた。

 

息を吸うように皮肉を練り込んだ言葉を返すだろうエミヤが、それ以上何も言わなかったのは、彼もリツカと同じ驚きを露わにしている証拠である。

 

ぽかんとした顔を見せるリツカに、怪訝な表情を浮かべたセフィロスは用は済んだと背中を向ける。

はっとしたリツカは慌ててコートの袖を掴むと、立ち去ろうとする彼を引き留めた。

 

 

「ちょ、ちょっと待って!!聞きたいことがあるんだ」

 

「……」

 

「さっきのレイシフト先で見た、あの建物を……神殿だとわかったのは、なんで?」

 

「……特に意味はないさ。そう感じた。それだけだ」

 

「なら、……これ、知ってる?」

 

 

リツカは腰に付けていたバッグから、ドクターに見せたものと同じカードキーを取り出す。

一歩離れたところからそれを見ていたエミヤは弓を扱うが故の優れた目で、セフィロスの瞳孔が微かに揺れたのを捉えた。

 

 

「これ、あの中で拾ったんだけど……。どこの鍵かわからないんだよね」

 

 

カードキーにつけられた黒いコードは残っているが、それ以外の文字などはもうすっかり薄れている。

浮かぶ微かな痕跡に目を細めたセフィロスは、静かに首を横に振った。

 

 

「知らないな」

 

「そっか、セフィロスも知らないんじゃ……。

ドクターの解析待ちかあ」

 

「解析に掛けているのか?」

 

「うん、此処の文字なんだけど……『Shin-Ra』って書いてあるらしくて。

どこかの組織じゃないかって今、ドクターが調べてくれているんだ」

 

「……そうか」

 

 

交わされる会話を耳にしながらも、エミヤはセフィロスを注視していた。

浮かぶ表情も、視線も、瞳孔の動きも、変化があったのは先ほどの一瞬だけのようだ。

余程用心深く感情を制御しているのか、それとも只の間違えか。

それを判断するには、まだ材料が揃っていない。

エミヤの唇は黙していた。しかし、その瞳は獲物を狙う狩人のそれであった。

 

 

「あ、そうだ。あのね……明日、魔術協会が視察に来るらしいんだけど」

 

「……魔術協会?」

 

「魔術師の理をつくり上げ、管理を行っている、魔術師の為の団体だ。

一般社会(外の世界)で魔術がらみの事件を起こすと、直ぐに処刑される。

一部とはいえ……気難しい、プライドだけの連中が多くてね。」

 

「なるほど」

 

「明日来るのは、研究機関の人達みたい」

 

「ふん、あの中でも特に変わり種だな。

正直……私は、あまり好ましいと思わない」

 

 

他人(一部を除いてだが)をあまり悪くは言わないエミヤが、苦言を呈したことに、リツカは苦い笑いを浮かべる。

生粋の魔術師であればあるほど、そして家柄が良ければ良いほど、態度も比例する傾向にあることを彼らは身を以て知っている。それの良し悪しは置いておくとして、研究関係の人間は更に性質が悪かった。

 

 

「うーん、なんか……実験動物(サンプル)として、見られている気がするんだよねえ」

 

「研究熱心なのは構わないが、ね。

あれでは狂気の科学者(マッドサイエンティスト)と呼んだ方が似合いだろう」

 

「……科学者とは然もありなん、か」

 

 

思い出すのも疎ましい記憶を払うように、セフィロスは首を横に振る。

どうやら明日は部屋にいた方が賢明なようだ。

そのような状況ではレイシフトどころか、カルデアの職員はきっと己の仕事ですら手につけられないだろう。

 

 

「そういえば、その男も来るのか?」

 

「ああ、研究部門のボスの……えっと、宝条……だっけ。

来るらしいよ」

 

「……宝条?」

 

 

揺れ動いた青い瞳は、エミヤのみならずリツカにも捉えられるものであった。

表情を歪ませたセフィロスに、思わずリツカにも動揺が走る。

 

 

「うん、宝条先生っていう人が統括しているみたいで」

 

「……」

 

「おい、もしかして知っているのか?」

 

「……いや、……似た名前を知っているだけだろう」

 

 

魔術師関係に知り合いはいない筈だと、呟いたその顔はいつも通りであった。

驚いたように自分の顔を見るリツカと、何か言いたげな顔をするエミヤに、溜息を一つ吐く。

 

 

「昔から、研究者と関わると碌なことにならない。

明日は大人しくしているさ」

 

 

セフィロスはそう言うと、自室の方へと足を動かした。

その背中を見送ったリツカは首を傾げる。

そして、隣に佇む英霊を見上げようとして、ふと何か影のようなものが動いたのを感じた。

素早く視線をその方へと動かすと、もうその影は消えていた。

 

 

「……?」

 

 

きょろりと周りを見渡すリツカの横に佇む英霊の目は、その影をしかと捉えていた。

しかし、それ以上に彼は気にしていたことがある。

 

 

「さて、どうしたものか」

 

 

小さく呟いたエミヤは、セフィロスと……その影が消えていった方に、その鋭い眼光を向けた。

 

 

 

***

 

 

 

「よお、やーっと戻ったか。待ちくたびれたぜ」

 

「……約束をした記憶はないが?」

 

「何言ってやがる。アンタがレイシフトに行く前に、しただろ」

 

「今日とは言っていないがな」

 

 

自室の扉を開けると、まず目に飛び込んできたのは見飽きるのにも飽きた青であった。

革のソファーに流れるそれに、溜息すらもう出ない。

我が物顔で寝そべる英霊、キャスターはセフィロスの表情に笑い声を上げた。

 

 

「槍、だけではなかったな」

 

 

先ほどのリツカとの会話を思い出して、そう呟く。

セフィロスは向かいのソファーに腰を下ろすと、キャスターは腕を付いて頭を支える姿勢で赤い瞳を向けた。

 

 

「聞いたぜ。師匠とやりあったんだってな」

 

 

すと落ち着いた光が宿る。

杖を持つ英霊に流れる血も、ケルトのそれなのだ。

気になって仕方がないらしい様子が、ありありと浮かんでいた。

 

 

「……本人に聞け」

 

「つれねえこと言うなや。

なあ、俺の相手もしてくれるだろう?」

 

「はじめにしただろう」

 

「あん時は、誰かさんの召喚の為にえらい魔力を割いていてね。

アンタ相手にデカすぎるハンデだと思わねえかい」

 

「……言い訳は無用、だろう。

それにお前の用件はそれではない筈だが?」

 

 

 

不機嫌そうに眉を寄せたキャスターは、その台詞にぱと目を輝かせる。

ランサーよりも落ち着いた印象を受けてはいたが、これではあまり変わらないとセフィロスは思った。

 

 

「しかし、わからんな。

お前はもう……あの影の女王から、充分高度な魔術を与えられているのだろう?」

 

「ほう、そいつを知ってんのかい」

 

「……身を以て、な」

 

「そりゃ、興味深い話だな。

あれを喰らってピンピンしてるとは……」

 

 

よっこいしょ、と体を起こしたキャスターはソファーに体を凭れさせる。

 

 

「まあ、いいさ。アンタを信頼すると言ったのはこの俺さね。二言はねえ。

その代わりに、セフィロス……。アンタの使うモンを教えてくれるんだろ?」

 

「面倒だが、な」

 

「そういうなって。こう見えても俺は知的好奇心に溢れてるんだ。

あと向上心にもな」

 

「……少なくとも、言動は伴っていないが」

 

「うるせえ!時には殴った方が早いんだよ。

槍と杖は使いよう、っていうだろ」

 

「……。まあ、いい」

 

 

英霊たちからの信頼を特に得たいとは、考えていなかった。

このカルデアにおいて、己の身が異端であることは充分に理解していたからである。

それと、もう一つ。あまり長く留まるつもりはないのだ。

 

しかし、このままこのキャスターという英霊を放っておくと、何とも面倒な探られ方をするだろう。

エミヤオルタのように、じわじわと探られるのは好まない。というのが本音であった。

とはいえ、毎日のように槍や杖と自分の剣を交えるつもりはない。

 

そう思考を巡らせたセフィロスは、キャスターの提案を受け入れたのである。

 

 

「俺らの使う魔術は、ルーン文字を刻むことで発現させるものだ。

アンタの付けているヤツと同じさね。呪文詠唱とは違う」

 

 

セフィロスの腕輪から下がる、青い石に視線を移したキャスターはそう言った。

確かに、魔力の込められた石ではあるがルーンを刻んだ覚えもない。

その辺は此方と彼方の違いに値するので、取り敢えず口を噤んでおくことにした。

 

 

「まあ、その気になりゃ……何だって作り出せるモンだ。

だが……アンタの使う魔術は違うだろう?」

 

「……」

 

「キャスターとして顕現したんだ、いつまでも槍にしがみ付いてるわけにはいかねえのさ。

それに、このまま打ち止めじゃあつまらねえ」

 

「それで、俺を利用すると?」

 

「ははっ。そりゃ語弊ってやつだろ。

良いか?これは協力だ、セフィロス」

 

「……協力、か」

 

「何事も組み合わせが大事ってね。

俺のルーンと、アンタの魔術……。

こりゃ星の一つや二つ、ぶっ飛んじまうかもなァ?」

 

 

 

にい、と歯を見せて笑ったキャスターは、体を前に倒すとセフィロスを見上げる。

実に体のいい言葉だが、待ち受ける厄災を考えると、それもまた一つの手になる可能性もあった。

 

 

「合体魔術、っていうのも面白いと思わねえかい?」

 

 

その言葉に、セフィロスは眉を顰める。

世界の違いと言ってしまえば、そこまでだろう。

 

この世界において、魔術師の基本は等価交換である。

科学を用いて、結果を起こす。自然の流れを利用したもの。

魔法と定義されるのは、原理がないもの。他人には絶対に再現できないものを示唆する。

魔法使いが一つの魔法を担うからこそ、価値のあるものなのだ。

 

セフィロスの世界では、基本的に用いられるのは魔法であった。

マテリアという魔晄(ライフストリーム)を、凝縮して結晶化されたものがある。

マテリアは、『古代種の知識』が蓄積されているとされ、一つ一つにそれらが込められている。

故に、攻撃魔法から回復魔法、そして召喚魔法を使用することが可能となるのだ。

因みに、色々な魔法を用いる為には、その分のマテリアが必要とされる。

 

これをこちらの定義に当てはめると、魔術と言った方が良いのかもしれない。

 

 

「……」

 

 

そうすると、こちらの世界にいるのだから、言葉もこちらに合わせるのが通りだろう。

郷に入ればなんとやら。セフィロスは、元から身に着けていたマテリアを出した。

 

球状の掌に収まるサイズのそれは、様々な色の輝きを放つ。

惑星を縮めたような模様をしたマテリアを、キャスターは物珍しそうに見つめた。

 

 

「これは……」

 

「媒体だ。魔術を用いる為には、必要となる」

 

 

純血の古代種である中の男には必要ない、と説明するにはまだ早いだろう。

 

最高位の魔法が詰め込まれたそれを手にしたキャスターは、感じたことのない、濃密なそれに背筋を凍らせた。

己の使うルーン魔術も、スカサハのそれも、原始のルーン文字を用いた神代のもの。

北欧神話における最高神オーディンが編み上げたその性能も、言葉では示せない、神の領域である。

 

目の前の結晶の持つそれは……また違う、恐ろしさを秘めている。

伝う魔力から、それを感じたのだ。

 

 

「使うものの魔力にも依存するが、上手く用いれば死者の蘇生も可能だ」

 

 

此方の世界ではそこまでの効果をもたらせるかは、正直わからない。

しかし、回復魔法は問題なくその力を発揮したので、可能性はあるだろう。

そう判断して告げた言葉を、どう捉えたのか。

キャスターは手に乗せたマテリアに意識を集中すると、流れる魔力を紐解くように分析する。

 

 

「……参ったな。想像以上だ」

 

 

静かに、低く呟かれた声。

ふと上げられた赤が、青とぶつかり……そして。

 

 

 

 

 



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1-10 カルデアにて⑦

緑色の液体に満ちた培養槽から、こぽりと空気の抜ける音が響く。

 

様々な言語で書かれた分厚い本や書類が積みあがる机と、部屋の隅々に置かれた実験機器に埋め尽くされた部屋は、実際の面積の半分以下の広さに見えた。

 

魔術協会総本部として名高い時計塔から、少し離れた所に造られた巨大な研究施設では、魔術の基礎となる科学から生体を用いた応用までの、幅広い研究を行っていた。

 

魔術協会(主に時計塔)では、絶対的な権力を握る貴族をロードと呼ぶ。

時計塔に設けられた各学部のトップである君主(ロード)とは、意味合いが異なっているのだ。

現在では、最も力を有する三家を貴族(ロード)とし、12人の君主(ロード)が存在していた。

 

時計塔は魔術師を目指すものであれば、必ずや憧れるであろう選ばれし者の学び舎である。

しかしそれは、あくまでも何も知らぬものから見た外面(マヤカシ)でしかない。

その内部は、大昔から続く権威主義と権力争いの掃溜めと化しており、完全に腐敗していた。

 

それを上手く利用したのが、この宝条という男である。

宝条は研究者としては二流であった。

しかし人の弱点を嗅ぎ付け、利用することに関しては、天才的であったのだ。

とある方法で貴族(ロード)の一人に取り入った宝条は、時計塔に科学部門を設けさせ、多くの魔術師とその卵を配置させた。

 

宝条が突き付けた条件は『不可侵条約』。

お互いに『内容』に関しての関与はしない。

研究助成金を受け取る代わりに研究成果を手渡す。その逆も然り。

謂わば、この研究所は彼の城であり、誰にも侵されぬ楽園でもあったのだ。

 

 

そんな禁断の園を手に入れた男は一人、暗い笑い声を上げていた。

 

 

「上手くはいかぬか。まあ人型を保てただけ、良いとしよう。

それにしても、我が最高傑作を超えるものはいつ現れるのか……」

 

 

照度の落とされた光に、揺れる水面が床に映る。

培養槽に入れられ、沢山のコードで繋がれたそれを覗き込むと、手元の記録紙に何かを書き入れた。

 

 

「おお!そろそろ約束の時間だな。

貴重な実験動物(サンプル)との時間は、大事にしなければならぬ」

 

 

没頭して時間を注ぎ込んでいたことに、ふと気付いた宝条は、机の上に乱雑に置かれた資料の束を掴む。

 

 

「協会から寄越された実験体は、使い果たしてしまったからな。

新たな標本抽出(サンプリング)をしなければ。

クックッ……。そろそろいい頃合いだろう?」

 

 

資料を埋める文字の端に、とある少年の写真が貼られていた。

黒髪のまだ若い少年に向けて、恍惚な笑みを浮かべる。

 

 

「最近のサンプルは魔術師ばかりだったからな。

寧ろそれが失敗原因である可能性も、ある」

 

 

前髪を全て上げ後ろで一本に束ねた黒髪を指で弄ると、培養槽のとあるスイッチを押す。

すると部屋に置かれた、数台の培養槽に満ちていた液体が、全て抜けていき、やがてその扉が開かれた。

 

 

「さあ、行くぞ。ローブを着たまえ」

 

「……ハイ、……オトウサン」

 

 

ぱちりと開いた瞳が、焦点を彷徨わせる。

ノイズの入った声が、機械的に発せられる。

満足げに笑った宝条は、何かを見据えるように瞳を輝かせた。

 

その視線の先には……何も入っていない空の培養槽が、ぽつんと佇んでいた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

味方との手合わせであっても、こうも続くと眠りが浅くなる。

交感神経の興奮が中々冷めやらないのだ。

慣れない環境にいることも影響しているのだろうが、主な原因はあの朱槍であろう。

戦場に身を置くものとしては当然のことでも、体を休めたい時に休めることが出来ないのは不便であった。

 

浮上した意識を、もう一度沈めるのは容易なことではない。

どうしたものかと明瞭となりゆく思考を回していると、何かの物音が聞こえた。

耳を澄まさなくとも聞こえるそれに、セフィロスは身を起こす。

カリカリという音は、まるで固い素材を鋭利なもので引掻いているようであった。

 

明かりを消した部屋でも、その瞳は充分に見ることが可能だ。

躊躇なく扉に向けて足を向けると、音は大きくなっていくのを感じた。

草木すら眠る時刻に、響く異音は中々に恐ろしい。

しかし、部屋の扉を開いたセフィロスは、いつも通りであった。

 

 

「……」

 

 

カルデア施設の扉は、身長の高い英霊にも対応出来るように設計されている。

天井も高く造られているので、3m以上身長が英霊でも快適に過ごすことが出来るのだ。

 

一般人からすればセフィロスも高身長の部類に入る。

しかし、目の前にある青みを帯びた毛並みはそれを優に超えていた。

狼というと、その大きさは理解出来る範囲を超越しているだろうが……。

それ以外に表現は見つからなかった。

 

ぐるると低く鳴らされた喉に、金の瞳が見下げる。落とされた顔が、じいとセフィロスを見つめた。

 

見極めるようなその鋭い目を、青い瞳が見上げる。

 

暫くの沈黙。だがそこに張り詰めたものはなかった。

 

 

「……夜の散歩にでも行くか?」

 

 

聞こえる獣の呼吸音は、どちらかというと穏やかなものに聞こえる。

セフィロスがそう声を掛けたのは、半分気まぐれに他ならなかった。

しかし、ぱたと動いた大きな尻尾はそれに乗ってしまったらしい。

 

 

「……」

 

 

カルデアに来てから、猛犬の相手ばかりをしているセフィロスからすれば、いきなり噛み付いて来ない狼は、躾が行き届いていて可愛いものである。

狼からすればその評価は侮辱に値するかもしれないが、此処に来てからのことを考えれば本心からの言葉であった。

 

セフィロスは部屋を出ると、爪音を立てて追って来る音を聞きながら、階段を上がった。

 

一年を雪の中で過ごすこのカルデアは、凍てつく寒さと不便さに囲まれた場所である。

分厚い雲に覆われた空は、殆ど姿をみせない。

しかし、稀に見る夜空は山の澄んだ空気も相俟って、それはもううつくしい夜空が広がるのだ。

 

 

「これほど騒がしいということは、良く見えるだろう」

 

 

星の民(セトラ)は『星読み』という能力を持っていた。

簡易的に言うと、星の声を聞くことが出来る。

なので、星が綺麗な夜は彼らにとって賑やかな夜なのだ。

 

しんと静まり返るカルデア。

耳を澄ませると、彼の耳には絶えず声が降り注ぐ。

 

屋上へ通じる扉を開くと、満天の星空がそこにあった。

紺碧に散りばめられた星々は、あのレイシフト先で見た星空よりも、澄んだ輝きを放っている。

 

 

「……」

 

 

雪の残る地面を踏み締めると、申し訳程度に設置された手摺に背を預ける。

ぐと仰ぎ見た星々は、瞬きの光と声を届けた。

そんな男の姿を、それはじいと見ていた。

 

狼は、その生涯から人間という存在を嫌っていた。

憎しみという言葉を煮詰めに煮詰めた、ヘドロのような、憎悪を抱えていた。

それは英霊になっても変わることはない。

同じ英霊でも、元が人間であるならば同義なのだ。

 

そんな狼が、この男を見つけたのは偶々であった。

それも、マスターに呼ばれ仕方なく地上へと出た時に、遠目に見た程度である。

 

 

「……」

 

 

狼は男の隣に腰を下ろすと、同じように星を見上げてみる。

ちかちかと輝く点滅は遠い記憶を、擽った。

ずっと昔、まだ白と共に在った時、何処かの草原で見たような。そんな気がした。

 

 

「空にある星は、もう亡きものだ」

 

「……?」

 

「生けるものの瞳に映る星は、過去のもの。

それほどまでに、此方の時間と彼方の時間は違っている」

 

「……」

 

「星は常に先を視る。だからこそ過去を知る。

自然に生きるものは星を見上げる。だからこそ星も地上の命を知る。

……大地を駆けたお前の、生き様も、在り方も、彼らは知っている」

 

 

語り掛けるわけでもないその言葉は、男の独り言であった。

ぴくりと耳を跳ねさせ、男を見下げる狼は、青い瞳に映る星々を見つめた。

 

 

「お前は人間ではない、獣だ。

守るために殺す。それこそが自然の理だろう。

何故俺のもとに来たのか、理由は問うまい。

だが、俺は……お前が羨ましい」

 

 

植物も、動物も、人間もそして神々でさえも。

空を、星を知らぬものはいない。その逆も然り。

 

男が耳を傾けると、星は語り続ける。

このカルデアの英霊や、英雄たちのことも、その歩みも。

 

 

「……」

 

「……」

 

「守ることは、本能だ。

……理由など考えている暇は、ないのだな」

 

 

夜風を受けて舞い上がる銀の糸。

狼は、ただ黙したままそれを見る。

 

 

「……」

 

 

その青い瞳を、狼は知らない。

猫のように瞳孔が縦に長い、まるで冷たい氷のようだ。

 

 

「お前は、自分の生まれた場所……故郷を知っているか?」

 

 

その青い瞳を、狼は知っている。

何かに思いを馳せるような、全てを喪った者のそれだ。

 

 

「……もし、知っているのであれば」

 

 

空を見上げる瞳を見て、狼は理解する。

それは嘆きである。それは悲しみである。それは孤独である。

この男は……同じであり違うのだと。

 

 

「何を言っているんだ、俺は」

 

 

吐き出された溜息と同時に、男の瞳は、狼の知らぬものに戻る。

星に呑まれ感傷に浸ってしまったかと、男は首を振った。

 

人間のにおいのしない男は、狼にとってはよくわからない存在である。

しかし、何故だかこの男に、狼は憎しみを向けられなかったのだ。

 

 

「……そろそろ戻るか」

 

 

これ以上付き合わされては、自分を見失いそうだと呟いた男に、狼は首を傾げる。

再び来た道を戻り始めた男に、狼は寄り添うように共に歩き出した。

 

 

「中に入るのか?……まあ好きにすると良いさ」

 

 

自室に戻っても、一向に帰る様子を見せない狼に、セフィロスはそう言った。

狼は中に入ると、鼻を鳴らして何かを威嚇するように喉を鳴らす。

そして、とあるものに嫌悪の眼差しを向けていたが、セフィロスがそれを横目にベッドに戻るとそれに伴う。

結局狼が何をしに来たのか。語る言葉を持たないその心を察するのは、難しいだろう。

ベッドの足元に体を丸めたそれは、それ以上動く様子はなかった。

 

 

「本物の獣の方が、大人しいとはな」

 

 

気配が一つ増えた部屋に、穏やかな寝息が二つ響いては消える。

その音を聞きながら、セフィロスは再び目を閉じた。

 

 

 

***

 

 

 

朝の訪れを感じた体が、自然に瞳を開ける。

白い天井と、白いシーツに視線を彷徨わせて、セフィロスは昨日の記憶を手繰り寄せる。

結局深夜までキャスターに付き合わされ、眠れずにいた所を来訪者と星を見に行き……。

やっとベッドで寝れたのは、何時であったか。

ラフな服装に着替えていることから、シャワーは浴びたのは何となく憶えていた。

 

 

「……」

 

 

セフィロスは体を起こすと、一日の予定を考え始める。

今日はあまり外に出ない方が良いだろう。

昨日のリツカ達の話と、自分の勘がそう言っていた。

 

 

「……結局、此処で寝たのか」

 

 

何か時間を潰せるものを、と室内を見渡していると、ソファーに流れる青が目に留まる。

静かに上下する胸元を見る限り、ぐっすりと安眠しているらしい。

朝から溜息を吐くはめとなったセフィロスは、ソファーに寝転ぶキャスターから目を移した。

ベッドの直ぐ足元で、青い巨体が丸まっている。

それを避けるように立ち上がると、洗面台へと向かった。

 

 

「……珈琲の配達か?朝からご苦労なことだな」

 

 

鏡に映る自分の、その後ろに視線を向けて告げる。

するとどこからか、高らかな笑い声が聞こえ、部屋に響いた。

 

 

「相も変わらず、暴れ回っているようだな。異端の騎士よ」

 

「……俺が望んだことではない」

 

「だが、お前は受け入れている。そうだろう?」

 

「勘弁してくれ。ただ血の気の多い英霊が寄って来るだけだ」

 

「クハハ!!……それは、お前の持つ気質がそうさせているのだ。

斯く言うこの俺も、な」

 

 

ずるりと、影から現れた一人の英霊が、金の瞳を煌々と輝かせる。

緑の外套をばさりと翻した英霊は、どこかの英霊と同じく我が物顔でソファーへと腰を下ろした。

 

ふわりと芳醇な香りが、部屋に満ちる。

態々挽いて来た、その拘り抜いた豆と淹れ方は、珈琲好きにはたまらないであろう。

 

この巌窟王という英霊は、セフィロスがリツカにレイシフトへと連れ出される前に、この場所を訪れていた。

似たような気配に興味を持ったらしい。が、それが嘘か真かはわからない。

セフィロスが出会った英霊の中で、比較的大人しい部類であるため、好きにさせているのだ。

 

 

「それにしても、何故この二匹がいる?」

 

「知らん。詮索目的だろう」

 

「ほう。貴様は獣に好かれるようだな。……ふむ」

 

 

床に転がった杖と、寝息を立てるキャスターに眉を顰めた巌窟王は、再び腰を上げる。

そして長い足を軽やかに上げると、無防備な腹に向けて振り下ろした。

 

 

「ぐっ……!!」

 

「……起きたか」

 

「てめえ……っ、何しやがる……!!」

 

「フハハッ!!愚鈍な男め!

この程度に反応出来ぬとは、槍を失い相当鈍ったようだな」

 

 

無慈悲にも相当な力を込めて振り下ろされた一撃を、夢の中にいたキャスターが躱すことはなかった。

強烈に訪れた目覚めに背中を丸めた彼は、見下ろす赤い瞳を睨み上げる。

 

 

「朝から元気なものだ」

 

 

セフィロスは蹴られた腹部を擦りながら起き上がったキャスターに、呆れた声を零す。

差し出された珈琲を優雅に口にする銀の男に、キャスターは額に青筋を浮かべた。

すると後ろから聞こえた唸り声に、思わず目を見開く。

 

 

「うおっ、こいつは……珍しい、っつか、ありえねえ……」

 

「……気付いていなかったのか?」

 

「あー。なんか、すっげえ良く寝ちまったんだよな。

あんたらの気配に気付かねえとは……ったく、情けねえな俺」

 

 

そう問いかけたセフィロスは、空いていた巌窟王の隣に腰を下ろす。

膝の上で頬杖をついたキャスターは、気まずそうに視線を逸らした。

 

ソファーの端に座ったセフィロスに、それが寄り添うように近づく。

 

 

「狼王ロボ。……語る言葉を持たぬものに問うても無駄であろう。

しかし、全ての人間を憎むお前が何故……」

 

 

ロボ、と呼ばれた英霊(オオカミ)はセフィロスの前に伏せただけで、何も反応は見せなかった。

興味深げにそれを見ていた巌窟王は、セフィロスへと視線を移す。

 

 

「……お前は、人間の英霊ではないのか」

 

 

色味の異なる赤い瞳が揃ってセフィロスに向けられる。

散々異端扱いされて来たので、もうそのような類の視線には慣れてしまっていた。

 

 

「さあな。……ただ懐かれただけだ」

 

 

答えになっていない答えを、淡々と返したセフィロスはそれ以上口を開くことはない。

それを察したキャスターは、文句を言いつつも用意された珈琲カップを置くと、話題を変える。

 

 

「そういや、今日は魔術協会の連中が来るんだろ?」

 

「……ああ。全く身勝手なことだ。

これ以上カルデア(我々)に関与しようとしても、無駄であろう」

 

「どうも、あのジイさんがしつこいらしいぜ。

科学者だかなんだか知らねえが、どうも好きになれねえんだよな」

 

 

その人物を思い出したのか、あーやだやだと声を上げたキャスターに、巌窟王が無言の同意を示す。

そして、視界の端に映る(シロガネ)の動きが一瞬止まった気がして、巌窟王は隣に視線を移した。

どこか朧にも見える青い瞳は、何かを考えているようにも見えるが……。

巌窟王の視線に気が付いたのか、すぐにいつもの色を取り戻した。

 

 

「科学者、か」

 

「宝条って言ってな。いやーな男だぜ?

マスターのことを気に入ってんのか、蛇のような目で見てやがるんだ」

 

「……頻繁に来るのか?」

 

「ああ。いつからだか忘れたが、しょっちゅう来るんだ。

魔術協会がどうたらで、受け入れなきゃならねえらしい」

 

「そうか。……」

 

「まあ、何しに来てんのかいまいち良くわからねえが……」

 

「……どうやら、来たようだぞ」

 

 

巌窟王がそう呟いて窓へと視線を投げる。

セフィロスの足元で、ぴくりと耳だけを動かすロボもそれを悟ったようである。

そこまで声が響いているわけではないが、このカルデアでは聞き慣れない声なので、良く聞こえた。

 

微かに聞こえるリツカと、ドクターとダヴィンチの声に、セフィロスは瞳を伏せた。

 

 

 

***

 

 

 

人理修復を終えたリツカを、宝条という研究者が訪れるようになったのは比較的最近のことだ。

一か月か二ヶ月おきに頻繁に訪れる(しかも連絡があるのは決まって前日という性質の悪いことをしてくれる)ので、カルデアではすっかり嫌われ者となっていた。

用があって来るならまだ理解できよう。

しかし、リツカと英霊を舐めるように見て、何かしらの記録を取って帰っていく。それだけなのだ。

真の訪問理由がはっきりしないことも、大きなマイナスポイントであろう。

 

不敬な無礼者を相手にする筋合いも時間もない、と顔すら見せなくなった英霊も多くいる。

それ故に、リツカに付き添うのは、主にドクターとダヴィンチの二人だ。

勿論、何かあった時の為に会議室の外で何人かの英霊が待機しているが。

 

 

カルデアの職員に出迎えられた、宝条は黒い長髪をオールバックにして後ろで一本に括り、いつも通り白衣を羽織っていた。

その後ろには、今日も今日とて弟子だという、怪しげなローブを羽織ったお供が何人も付いている。

リツカ達は、このお供たちが何かを話しているところを見たことがなかった。

いつも不気味な程静かに、宝条の後ろに佇むだけで、何も発することはない。

 

 

「これはこれは宝条先生。今回も良く、この辺鄙な所まで」

 

 

ほんのりと嫌味を混ぜたダヴィンチの台詞に、薄い笑みを浮かべた宝条は、暗い瞳をぎょろりと動かした。

寒気すら感じるその瞳にリツカの頬が引き攣る。

 

 

「ああ、これはダヴィンチ女史。

今回も視察させてもらうよ」

 

「……お手柔らかに」

 

 

会議室へと通された宝条に、警戒を浮かべるダヴィンチはさり気無くリツカを庇う。

いつもの柔らかさを潜めて、様子を窺うドクターの目は真剣そのものだ。

 

宝条の視察の目的は、一般人であるリツカが、レイシフトを重ねたことによる影響を知るためと説明されている。

しかしそれは、カルデアにある機器で測定することも可能なのだが……。

とはいえ、カルデア側の意見を聞き入れてくれるような、素直な組織ではないのだ。

 

そして、カルデアが何も言わずに受け入れている一番の理由がある。

魔法協会の圧力と、素直に受け入れるならばリツカの身は拘束しない。という脅しが裏に潜んでいるのを、カルデアのトップは察していたのだ。

 

 

「……それで、何か変わったことはあるかね」

 

 

会議室の机に記録紙を置いた宝条は、ずらりと後ろに弟子たちを立たせたまま、向かいに座るリツカへ質問を開始した。

リツカの挙動を絶えず捉える目は、恐ろしい程の好奇心が浮かんでいる。

研究者とは然もありなん。セフィロスの言葉を思い出したリツカは、本当に研究者とはこういうものなのかと、改めて息を詰める。

 

 

「いいえ、とくには」

 

 

得られたデータを数値化するために、質問内容はいつも同じだ。

慣れてしまった返答を重ねていくリツカは、ふと違和感に気が付いた。

いつもよりもペンを走らせる時間が長い気がするのだ。

質問に対する返答は以前と変わりはない。

にも関わらず、やけに時間が掛かっている気がした。

 

 

「一つ聞きたいことがあるのだが」

 

「……え?あ、はい」

 

「そこの白い花は……どこで採取したものかね?」

 

「え……」

 

 

宝条の視線の先には、あのレイシフト先で見つけた白い花が、小さな瓶に活けてあった。

ドクターが、花びらの端を小さく切って鑑定やらを行ってくれたのだが、特別なものではなかったのだ。

とはいえ、可憐な花をそのまま捨てるのも可哀想だと言ったマシュが、透明な瓶を持って来て活けていたのを思い出す。

置き場所に迷っていたようだが、会議室に置かれていたとは知らなかったと、リツカは目を瞬かせた。

 

 

「……それを知ってどうするんだい?」

 

「クックッ、そう怖い顔をしないで欲しい。

ただ……細かいことがどうしても気になってしまうのだよ。

前に、あの花を見たことがあるのでね」

 

「普通の白い花、でしょう?」

 

「ククッ、……あれを普通の花と一緒にされては困る。

このにおい、この気配……。これは、星の命(ライフストリーム)……!」

 

「……?」

 

「おっと、私としたことが。つい興奮してしまった……。

この花は少々特殊でね。生息地も環境もとても限られる」

 

「……」

 

「答えられぬのならば、結構。

しかし、これだけは教えてもらいたい。

どうしてこれを……摘んで来たのだ?」

 

「それは、レイシフト先で……珍しいと思って」

 

「ほう……?珍しい?

ただの普通の花にも見えるが?」

 

「……とある英霊が、気にしていたのが気になった。

それだけです」

 

 

宝条の目が、明らかに何かを探ろうとしている。

リツカもダヴィンチも、ドクターもそれを察していた。

途端に走った嫌な予感は気の所為ではないのだろう。

 

ねっとりとした問い掛けが、段々と激しくなる。

リツカが早く断ち切りたい一心で発したその言葉に、宝条の目が輝いた。

しまった。と思ってももう遅い。

 

 

「ほう……随分鼻の利く英霊を飼っているじゃあないか。

是非とも紹介して欲しいのだが……どうかね」

 

「何故、そこまで拘るのか。まずそこを聞かせて頂きたい」

 

「……カルデアの、ドクターロマニ。か。

いいだろう。この花は、星の命(ライフストリーム)という、謂わば特別なエネルギーに反応して咲くんだ」

 

「ライフ、ストリーム……?聞いたことがないな」

 

「それはそうだろう。まだこの世界では実験段階なのだから。

聞いたことがあっては困るよ」

 

「それで、それがどうしたっていうのさ」

 

「そう結論を急ぐな、ダヴィンチ女史。

万能の名が泣くぞ。ん?」

 

「……まあ、腹は立つけど此処は大人の対応をしておくとしよう」

 

 

麗しいその貌に青筋を立てたダヴィンチは、口の端を引き攣らせた。

慌ててリツカが先を促すと、宝条は高らかに笑う。

 

 

星の命(ライフストリーム)を別のエネルギーに変換すれば、物凄い発見となる。

この世界にはまだない技術だ。さぞ……偉大なる業績となろう!!

私はそれを望んでいるのだよ。だからこそ、君に協力を要請したい。

なに……協力と言っても、その花の採取場所を教えてもらうだけで、良いさ。

そして、その英霊もだ」

 

「……呆れた。それは自分たちだけの利益じゃないか」

 

「んん?この天才宝条の研究に協力できたのだ。

それだけで充分価値があると思うがね」

 

 

喉を鳴らして笑う宝条に、ダヴィンチは呆れた顔をするも、徐々に自分の世界へと入っていく男には通用しない。

 

 

「ああ、下手な誤魔化しはしないでくれたまえ。下らないことは嫌いなものでね。

もし……素直に応じてくれるならば、今日で視察を終わりにしよう」

 

「え……?」

 

「もうこのカルデアを煩わせる真似はしないと言っている。

どうだ、悪い話ではないだろう?」

 

 

心を突く洞察力と顔色を見極める観察力は、科学者という職業故か。はたまたその性格故か。

科学者としての理論は一流だが、観察力は二流といわれるこの男がどちらなのかは、問うまでもないだろう。

表情と感情が一致しているリツカの顔を注視している所が、なんとも厭らしい。

確かにこの宝条の顔を見なくて良くなるのならば、それに越したことはないが……。

 

リツカは、ドクターとダヴィンチの顔を見る。

この二人にとっても、宝条とその後ろにいる魔術協会は煩わしい以外の何ものでもないだろう。

ふと息を吐いたリツカは、顔を上げた。

 

 

「リツカ君」

 

「……彼を、呼んできます」

 

「セフィロスを、かい?」

 

「ええ」

 

 

静かに頷いたリツカは、心配そうに表情を崩したドクターにそう言う。

その瞬間。宝条の顔色がはっきりと変わったのを、ダヴィンチは見た。

 

 

「……今、……なんといった?」

 

「え……?」

 

「その、英霊の名を、なんと……?」

 

「……せ、……セフィ、ロス……です、が」

 

「セフィロス?確かに、セフィロスと言ったな?

それは、長い銀髪の男か?」

 

「……な、……何故、しって……」

 

「ク……クククッ!!はははははははは!!」

 

 

目を見開いた宝条は、血走った瞳をぎらつかせた。

狂気すら感じるその表情に、背筋を凍らせたリツカは恐怖に慄く。

しかし、なんとか引き攣った唇を動かして再度告げた名に、宝条は更なる哄笑を上げた。

 

 

「ああ!!何ということだ!!これぞ、運命か……ヒヒッ!!

セフィロス!!セフィロスか……ククククッ!!」

 

 

痙攣でも起こしたように体を震わせて笑い狂う男に、リツカは事の重大さを察した。

強張った頭で昨日のセフィロスの様子を思い出す。

彼は何も言わなかったが、確かにあの顔は……。

 

 

「どうした?まさか、言葉を覆す気じゃあないだろうな?」

 

 

リツカの心を見通すように、宝条はねっとりと笑う。

 

 

「……」

 

 

ぎゅと目を閉じて拳を握ったリツカには、もう逃げ場はない。

やけに自分の心臓が煩い。真っ白になった頭ではまともな思考は出来なかった。

ドクターとダヴィンチの心配そうな視線を背で受けつつ、立ち上がると会議室の扉を開けた。

 

 

「……っ!!……び、びっくりした……」

 

「……あの男を、呼んでくれば良いのだろう?」

 

「う、うん……」

 

「俺も同行しよう」

 

 

廊下に出ると、リツカの前に一人の英霊が姿を現した。

浅黒い肌に、黒地に金の刺繍の入った衣を纏う男を見上げたリツカは、直ぐに顔を伏せる。

 

 

「何故、そのような顔をする?」

 

「……だって、俺、とんでもないことを……」

 

「それはアンタの所為じゃないだろう。

……大事なことなら、前以て話しておくべきだ。

どう考えてもそれを怠った方に責任はある」

 

「……」

 

 

淡々と正論を述べたエミヤオルタの言葉も、リツカには届かない。

何かわからないけれど、大変なことをしてしまったのではないだろうか。

そう、込み上げて来る罪悪感という名の吐き気を堪え、じんわりと重い胸を引き摺る。

どうやって足を動かしたのかさえ、憶えていなかった。

 

気が付けば、リツカは彼の自室の前に辿り着いていた。

 

 

 

 

 



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1-11 カルデアにて⑧

セフィロスの自室では、自然と会話が重ね続けられていた。

意識せずとも途切れることはなかったのである。

復讐者(アヴェンジャー)ではあるが比較的分別のある巌窟王と、ランサーと比較すると落ち着きがあり打ち解けやすいキャスターが、テンポ良く口を開く。所々で話を振られるセフィロスは、無表情かつ口数は少ないものの、それらを拒絶することはなかった。

セフィロスの傍で寝そべるロボは、態度は我関せずといったものであったが、時折耳を動かしているのがわかった。

 

そんな穏やかともいえる空気の中で、ソファーに背を預けながら巌窟王とキャスターの話に耳を傾けていたセフィロスは、ふと何か騒めくものを感じた。

嫌な予感とも少し異なる、形容しがたい感覚に眉を寄せると、敏い彼らは直ぐにそれを見抜く。

 

 

「……」

 

 

何かを問おうとしたキャスターは、近付いてくる二つの気配に視線を扉の方へと流す。

そうして、その内の一つの気配に眉を寄せた。

 

 

「……せ、……セフィロス、いる?」

 

「……入れ」

 

 

柔らかな明るい少年の声は、真逆のものであった。

どうやら何かあったらしい。三人は直ぐにそれを察する。

セフィロスがそう声を掛けると、一拍おいて扉が開けられた。

 

現れたリツカの表情は、セフィロスが初めて見るものであった。

強張った表情に、動揺と悲痛を隠せない瞳が彷徨う。

その後ろから入ってきたエミヤオルタの顔は、いつも通りであったが。

 

 

「……宝条、か」

 

 

リツカの顔を見たセフィロスは、溜息と共にそう呟く。

その名前を聞いてから、この肉体に付き纏う因果からは逃げられない。そんな気はしていた。

 

それでも、態々最初から事を起こすようなことはしたくなかった、ということもあるが、同名の別人であることへの希望に縋りたい気持ちもあった。

 

しかし、今にも倒れそうな顔をしたリツカがこうして呼びに来たこと、その後ろに立つエミヤオルタの視線の意味を考えると、そうも言っていられないらしい。

 

 

「会議室だろう、行くぞ」

 

 

表情一つ変えずに立ち上がったセフィロスに、エミヤオルタの視線が鋭くなる。

セフィロスは指を一つ弾くと、発動した術により見慣れた黒いコートを纏った姿となった。

リツカは何かを問おうとして口を開けたが、問おうとすることが多すぎて喉に引っ掛かる。

結局言葉は出なかった。

 

 

「待ってもらおう。少し説明不足が過ぎやしないかね」

 

「……」

 

「アンタ……宝条という男と、面識があるのだな?」

 

「……確証はなかったが、向こうがこの俺を指名したのだろう。

つまりはそういうことだ」

 

 

リツカの言葉を代弁するかのように、金の瞳が鋭くセフィロスを睨む。

張り詰めた空気に動いたのは、セフィロスの足元にいた一匹であった。

のそりとロボは体を起こすと、後ろからエミヤオルタへと唸り声を向ける。

それにエミヤオルタは眉を顰めるが、一拍置いてくいと口の端を釣り上げた。

 

 

「ほう。……全ての人間を憎悪するもの(狼王ロボ)まで手懐けるとはね。恐れ入ったよ。

……そういうことか」

 

「その話は今するべきじゃあねえだろ。

セフィロス、アンタ……あの、狂人(マッドサイエンティスト)とはどういう関係だ?」

 

「……気になるなら、付いて来るといい」

 

 

こうして視線を向けられるのは、もう何度目だろうか。

セフィロスは落ち着いた声でそう言うと、扉の方へと足を向けた。

リツカはその姿を何も言わずに見ていたが擦れ違うその時、セフィロスの足が一瞬止まった。

 

 

「……すまない」

 

 

ぽつりと、小さく落とされた声に、リツカは目を見開く。

はっとして見上げようとするも、その背中はもう遠退いていた。

 

 

「ははっ。アイツは……とんでもねえ不器用なだけさ、マスター。

どこぞの朴念仁と同じでな」

 

「……キャスター」

 

「おら、さっさと行くぞ。ぼーっとしてんな」

 

 

ぶっと噴き出して笑い声を上げたキャスターに、リツカの緊張が一気に解れる。まさにそれは、魔法の言葉であった。

 

周りを見渡すと、ロボと巌窟王の姿はもう消えていた。どうやらセフィロスに付いて行ったらしい。

 

いつの間に打ち解けたのだと、回るようになった頭で考えるも、それは後で本人の口から聞けば良いのだ。

 

リツカは考える。

セフィロスという男が此処に訪れてから、色々なことが起こり過ぎた。

ゆっくりと話す時間さえ与えられなかったのだ。

だからこれが終わったら、セフィロスと話をしよう、と。

そうすればきっと……。

 

 

「……いつまでそうしているつもりだ?」

 

 

呆れた声を上げたエミヤオルタが、リツカを見る。

深い思考に沈んでいたリツカは明瞭となった視界で、頷いた。その顔にはもう影は見当たらない。

エミヤオルタは溜息を一つ付いて、背中を向けた。

どうやら彼も行くらしい。と意外そうにリツカは、その背中を見上げる。

 

 

「しかし、アンタがしゃしゃり出て来るなんて珍しいじゃねえか」

 

「……ふん。興味本位だよ。深い意味はないさ」

 

「ほう?しっかり記憶してやがる癖に、興味本位とは……ねえ」

 

 

揶揄うような口振りで目を細めたキャスターから目を逸らしたエミヤオルタは、鼻を鳴らすと何も言わずに部屋を出て行った。その背中を追うようにリツカも部屋を出る。

 

 

「さて、……鬼が出るか蛇が出るか」

 

 

くつくつと喉を鳴らしたキャスターは、愉快そうに笑うと、同じように部屋を出た。

 

 

 

***

 

 

 

かつり、と静かな廊下に響いた靴音が止まる。

目の前にある会議室への扉が、どことなく重々しいものに思えるのは、伝わる気配を体が拒絶しているからであろうか。

小走りでやって来たリツカが、不安と心配を顔に浮かべてセフィロスを見上げる。

 

それにしても、リツカだけではなく、あの場にいた英霊全員が付いて来るとは若干予想外であった。

しかし、特別問題があるわけではないので何も言いはしない。

 

そうして、セフィロスは扉を開けるために背を向けると、ゆっくりと扉を開け放った。

 

 

 

「お……。おお!!な、なんと……!!なんということだ!!

我が最高傑作(セフィロス)よ!!」

 

「……二度と、お前の顔は見るまいと思っていたが」

 

 

椅子から腰を上げた宝条の叫びが、会議室に、いやカルデアに反響する。

相変わらず耳障りな声だ、と狂気を滲ませて喚き散らす見慣れた顔を睨む。

セフィロスは、その感情の隆起が少ない人形のような顔に、嫌悪を浮かべた。

それは後ろにいたリツカ達には見えなかったが、ドクターとダヴィンチには良く見えた。

 

始めて見るその表情に、二人は思わず息を呑む。

 

 

 

「そうかそうか、お前もまた……英雄であったなあ!!

しかし、この世界に呼ばれるとは、クククッ。運命とは、悪戯なものよ」

 

「性根は変わってはいない、か。

……何を企んでいる?」

 

「ヒッヒッヒッ!!……私の目的は、変わらぬよ。

なんの因果か、この世にも……星の命(ライフストリーム)を見つけてなあ……。

これは、いやこれこそ女神の贈り物だ!!

女神は言っている、今度こそ、私が……世界に、ククククッ!!」

 

「……コンプレックスを具現化した男のまま、か。哀れだな」

 

「ああ、そうだったな……。お前は、この私を見下していた……。

しかし、お前もまた悲願を願うのだろう?

知っているか?ん?この世界には聖杯と呼ばれる、魔法の杯がある。

これに願えば、この星を支配することなど容易いだろう」

 

「……」

 

「もちろん、ただの聖杯ではないさ。

この私が……直々に、分析して改良したものがあるんだ。

どうだ?協力するというのならば、お前に授けてやっても良いのだぞ?

お前の体に更なる力を与えよう……ククククッ!!」

 

「……何を勘違いしているかは知らないが。

俺は、もう星になど興味はない」

 

「……なに?……なんだと……っ!!」

 

 

この場にいるのが、セフィロスという一人の男であったとしても、宝条の言葉は耳に入って来なかったであろう。

沸々と湧き上がる感情を感じながら、流れるように口から出る言葉を発音していく。

 

取り付く島も無く跳ね除けられた宝条は、苛立ちを露わにし始める。

己の思惑から少しでもズレると直ぐに感情的になるその癖を、昔からセフィロスは知っていた。

 

彼の怒りに比例して、セフィロスの感情は凪いで行く。

 

 

「……なんと、いうことだ……どこで間違えた!?

お前は……っ!!」

 

 

それはまさに激高であった。わなわなと全身を震わせる宝条は、怒りのままに机を叩く。

先程まで歓喜で震えていた肩は怒り一色となり、荒いだ息と血走った目がセフィロスからリツカへと向けられた。

いつも不気味な余裕を携えて来た宝条の豹変に、言葉を失っていたリツカは、その泥沼のような暗い視線に背中を凍らせる。

 

 

「まさか、…まさかっ!!お前も、英霊として、……召喚者の影響を受けているというのかッ!!

腑抜けたものだなセフィロス!!英雄と崇められ、神となろうとした男が……っ!!」

 

「……お前は、何もわかってはいない」

 

 

宝条という男は、思い込みの激しい男であった。

そして、一度思い込むと周囲の声を跳ね抜けて、暴走するような男でもあった。

この時宝条は、セフィロスが英霊としてカルデアに召喚されたために、野望を失っていると思い込んだのだ。

 

唇を噛み締めた彼は憎悪を宿してリツカを睨み付けていたが、長身の体がそれを遮った。

セフィロスが、宝条の視線を遮るように合間に入ったのだ。

 

その行動に宝条は目を見開く。

かつて星ごと消滅させようとした、人間という存在をセフィロスが庇ったのだ。

 

 

「お前は、……ッ」

 

 

目の前のセフィロスという存在は、特別なものである。

宝条にとっては、彼の功績の象徴であり、最高傑作なのだ。

それに綻びが生じるということは、彼自身の研究の否定にも繋がる。

狂っているとはいえ、研究に命を捧げる宝条にとって、絶対に許されざることでもあった。

 

 

「ク……クククッ、ははははははっ!!

仕方あるまい、壊れたのならば、またつくりなおせば良いこと……!!

ついでに聖杯も埋め込んでやろう……ああ、そうだ、そうすればよい」

 

 

天を仰ぎ高く笑った宝条に、セフィロスは目を細める。

酷く緩慢な動きで、宝条はセフィロスを、そしてリツカを見た。

 

ぱちり、と高く響いた音は、彼の指の音であったか。

 

その瞬間。後ろに控えていたローブを纏う、者たちが一斉に動き出したのだ。

舌を打ち刀を顕現させるも、その長い刀は狭い室内では圧倒的不利となる。

動きを、捉えるのに時間が掛かってしまった。

そして、その隙に後ろに回り込まれたリツカが、拘束されてしまう。

 

 

「っ、うわ……っ!!」

 

「マスターッ!!」

 

「っち、……連れていたのは、バケモンかよ……っ!!」

 

 

リツカの周囲にいた英霊たちも、咄嗟に武器を構えた。

しかし、それらの動きは彼らさえも上回ったのだ。

 

障害物となる机や椅子などを擦り抜け、触手のような腕が伸びたかと思うと、リツカの体に巻き付いた。

絡め捕られたリツカをぎりぎりと、紫に近い肌をしたその腕が締め上げる。

苦痛に呻いたリツカに、英霊たちは顔を歪めた。

 

 

「ク……クククッ、この私が、此処で何をしていたか。

お前はそう聞いたな」

 

「……」

 

「私は、……ずっと、このマスターに協力を要請したくてね。

魔術協会からサンプルは山ほど送られて来るのだが、どうも魔術師とは合わないらしい。

……そんな時に、彼を見つけたんだよ」

 

「……人体実験か。芸がないな」

 

「クククッ!!

私はなあ、セフィロス……。

聖杯というものをつかって、お前をつくってみたのだよ」

 

「……なに……?」

 

「しかし、失敗だ……っ!!

所詮玩具に過ぎぬもの。ジェノバには到底及ばぬ。

お前ほどの、力を持つ……作品は、出来ぬのだ」

 

「……」

 

「クククッ、まずは初めの目的を果たすとしよう」

 

 

宝条は拘束されたリツカに、濁った笑い声を零しながら近づいていく。

その手には、注射器が握られていた。

中に充填されている緑を帯びた液体が、リツカの目の前でゆらりと揺れる。

 

 

「そう怯える必要はない。ただの星の命(ライフストリーム)だ。

超人的な力を授けてくれるだろう。まあ、運が良ければ……だがね。

本来ならば、しっかりと体を浸けねばならぬが……。

それは帰ってからのお楽しみにしておこう」

 

「……い、た……っ」

 

「マスター!!」

 

 

毒々しい蛍光色に、リツカはレイシフト先でそれを見たことを思い出す。

生身の人間が触れるものではない。確か、セフィロスはそう言っていた。

抵抗しようにも、がっちりと関節を固められ、体はびくとも動かなかった。

 

突き付けられた針先に、英霊たちは下手に動くことは出来ない。

星の命(ライフストリーム)を知らぬもの達も、明らかに害を成すであろう液体に下手に動くことは出来なかった。

 

誰も、動けない。ぴたりと時が止まったような、そんな感覚がリツカを襲う。

迫る針先に体が震える。息が出来なかった。

その様子を愉しむように、笑う宝条は、爬虫類にも似た瞳を近づける。

 

そして、大きく腕を振り上げると、リツカの腕を目掛けて突き刺した。

 

どす、と針が肌を突き刺さる音が聞こえた気がする。

同時に、突然体の拘束していた力が無くなったのを感じたかと思うと、続いてどさどさと何かが落ちるような、倒れるような音が聞こえた。

 

それを不思議に思ったリツカは、反射的に閉じていた目を開けた。

 

 

「あ……」

 

「っ、き……貴様!!、セフィロス!!

なぜだ……っ、何故、邪魔をする……っ!!」

 

 

リツカの頬を、何か柔らかなものが擽る。

よくよく見るとそれは、銀の糸……いや、髪であることに気が付いた。

前を見る。大きな背中だ。

質の良い黒いコートを、身に纏った。

 

 

「……」

 

 

ちかちかとした視界は、動揺と混乱が頂点に達した証であろう。

絶句すること以外に、リツカはもう何も出来なかった。

 

縫い付けられたように固まるリツカに一瞥をくれたセフィロスは、ドクターとダヴィンチに目配せをする。

流石と言うべきか。それは的確に伝わったらしい。

直ぐに動いたダヴィンチが、リツカの腕を引いて走り出す。

ちらりと、セフィロスに視線を向けたドクターも、それに続いた。

 

 

「おい、セフィロス。

……大丈夫か?」

 

「問題ない」

 

 

腕に突き刺さったシリンジを引き抜いたセフィロスに、キャスターが歩み寄る。

中の液体は全て注入されてしまったらしく、シリンジ内には僅かな液体しか残っていない。

キャスターは心配の意味で眉を顰めて、セフィロスの顔を見上げた。

セフィロスは、針とシリンジを床に放り踏み潰すと、キャスターに一言だけ返す。

そして、宝条に再度視線を向けた。

 

 

「……彼らも、作品というわけか」

 

「失敗作だ。まあ、その中でもマシな方だがね」

 

「あんた、……まさか、」

 

 

残された英霊たちとセフィロスは、宝条とローブのものたちと相対した。

先ほどセフィロスに切断されたリツカを捉えていた異形の腕は、何事もなかったかのように再生していた。

宝条とセフィロスの会話から、一つの確信を導き出したキャスターは、唸るように呟く。

キャスターの言葉に体を震わせた宝条は、誇るように、叫ぶ。それは彼が持つ唯一の矜持であった。

 

 

「科学には、犠牲はつきものだ。

謂わば人柱だよ。神に捧げる供物と同じだ。

ク……ククククッ……そして、そして神は……この、私!!」

 

「……胸糞悪ぃぜ……」

 

「クククッ!!なにを綺麗ごとを!!

英霊とは言え、お前も魔術師だろう?

ならば、わかるはずだ」

 

「一緒にすんじゃねえよ」

 

「……狂人に、耳を貸すな。外へ追い出せ」

 

 

壊れたように目をぎらつかせて笑う宝条に、怒りを露わにしたキャスターを、セフィロスは止める。

狭い室内では、充分に戦うことは不可能と判断しての言葉であった。

それに荒々しく舌を打ったキャスターは、杖を構える。

 

 

「セフィロス」

 

「……!」

 

「そのような刀を振り回されては此方も迷惑だ。使え。

……無いよりはマシというレベルのものだがね」

 

 

不意に横から浅黒い腕が伸びて来たかと思うと、セフィロスにそれを渡す。

受け取ってのは、極めて普通の剣であった。

セフィロスの愛刀のように、歴史上に名の残る名刀でもなんでもない一本の剣だ。

 

『弘法筆を選ばず』という言葉があるように、それは何の問題にもならない。

確かに、ジェノバによって身体能力は人外の域まで強化されていよう。

だが、その剣の腕も、戦い方も、セフィロスが積み上げたものに他ならないのだ。

短い(正確には正宗が長すぎるのだが)剣を確かめるように、一振りしたセフィロスに、エミヤオルタは唇を上げた。

 

 

「それくらいのハンデは、くれてやっても良いだろう?」

 

「……ああ。そうだな」

 

 

突然、どおん!!という轟音が耳を劈いた。

牙を剥いたロボがその巨体を揮い、敵と見做したものたちを押し出したのだ。

渾身の力を込めた巨体の体当たりに、会議室と外を隔てる壁も、ガラスも、轟音を立てて突き破られる。

 

それを合図に、巌窟王が燃え盛る魔術を放った。

降り注ぐ業火に容赦など見当たらない。

 

 

「おいおい、施設を壊す気かよ……っ!!」

 

「人のことを言っている場合か?」

 

 

襲い来る敵に、強化した杖を突き刺したキャスターは、力いっぱい外へとそれを飛ばす。

すると目の前を過った、銃剣が頬を掠る。

そして、それはキャスターの死角から迫った触手を刻んだ。

助けられたと理解した彼の歪められた眉を、エミヤオルタが鼻で嗤う。

 

 

「……ぐ、……せふぃ、ろす……っ!!」

 

「祈りは済んだか」

 

 

慣れた武器ではないため、本人からすれば威力不足ではあるが、宝条にダメージを与えるには充分であった。刃を鞭のように振るい連撃を放つと、蹲った体に剣を振り上げる。

 

 

「があああっ!!」

 

 

ガラスも壁も無くなった室内から、外へと飛ばされた宝条は地面へと伏した。

全ての敵を外へと放り出したその瞬間。エミヤオルタから渡された剣が音を立てて砕け散る。

 

 

「随分脆いな」

 

「……アンタが荒っぽく扱うからだろ」

 

 

嫌味ではなくただ呟かれたその言葉に、エミヤオルタは溜息を吐く。

確かに、あの男(腐っていない自分)からすれば、投影魔術のランクは落ちるだろう。

しかしそれでも、このように脆くはない筈だ。

たった数分の猛攻に耐えられぬ剣など、彼のプライドに掛けて造り出す筈はない。

 

ぐと目に力を籠めたエミヤオルタの様子を気にすることなく、セフィロスは愛刀を顕現させた。

 

長い刃が、しなやかな光を滑らせた。同時に床を蹴り上げると外へと跳躍する。

はためく黒いコートを、暫く見ていたエミヤオルタは、後を追うように床を蹴った。

 

 

「ぐ、ああああ!!セフィロス……っ!!お前までも、この私を……!!」

 

星の命(ライフストリーム)も厄災ジェノバも、この世界(ほし)には必要ない。

そして、お前も……な」

 

 

鋭い剣先が、宝条の喉元へと突き付けられる。

周りには彼が連れていたローブのものたちは、英霊たちに抑えられているため動けない。

どう考えても、勝敗は見えていた。

しかし、その男はあっさりと負けを認め諦めるほど、素直な人間ではなかった。

 

 

「ヒーッヒッヒッヒッ!!

こうなっては、仕方あるまい!!」

 

 

背中を丸めたまま、再び不気味な笑いを高らかに放った宝条は、白衣の内ポケットから再びあの注射器を取り出した。リツカに突き付けたものと同じような液体が、充填されているのが見える。

宝条は取り出したそれを、躊躇なく自分の腕へと突き立てたのだ。

 

 

「さあて、この世界で私が作り上げた魔晄ジュースの効果はどうかな?」

 

 

ばきばきと、耳障りな音が大きく響いた。

かくりと宝条の体が折れたかと思うと、骨が軋み上げ変形していく。

巨大化した体は足が一本にくっ付いて、まるで鮫のようにも見える。

紫を帯びた固い皮膚に覆われ、口が耳まで裂けているのがわかる。

右腕に巨大な三本の鋭い爪が、左腕には四本の大きな触手がついていた。

 

人間の姿を捨て去り化け物となった男は、獣を想わせる咆哮を上げる。

 

セフィロスが剣を構えると、その隣でロボが戦いの声を上げた。

 

 

 

***

 

 

 

カルデアを揺るがす轟音が、始まりの合図であった。

ダヴィンチとドクターに連れ出されたリツカは、騒ぎを聞きつけて集まって来た英霊たちと共に、食堂へと避難した。

 

特に目立った外傷は見られなかったため、ナイチンゲールに軽くその場で診てもらっていると、突然カルデアが揺れた。同時に聞こえた轟音に、リツカ達は慌てて窓へと走り外を見た。

そこには、会議室でリツカに襲い掛かって来たものたちと、宝条が地面に蹲っていた。

 

 

「……どうやら、噂は本当だったようだね」

 

「噂……?」

 

「ああ。あの宝条という男は、自分に付けられた人間を使って人体実験を行っている。

……今まで証拠はあがって来なかったようだけど。確信したよ」

 

「……じゃあ、あの人たちは」

 

「残酷な話だけど、彼らは実験結果というわけさ。

彼の話だと失敗作らしいけど。

……超えてはいけない壁を、簡単に超えてしまったようだね」

 

 

深刻な顔でそれを見下ろすドクターの重々しい声を聞いていたリツカは、飛び出して来た見覚えのある影達が、宝条たちの前に立ちはだかるのを見た。

 

殺気を剥き出しにした青の狼が、今にも襲い掛からんばかりに身を低くする。

舞い降りるように、黒いコートが雪に染まる大地に足を付けた。

その隣に立つキャスターの青い衣が揺れ、フードが下ろされた。露わになった顔には、怒りの表情がはっきりと浮かんでいた。

食堂まで響く高笑いを浮かべたのは巌窟王で、蔑むようなその瞳は金に染まっているのが見える。

射手として後方に控えるエミヤオルタは、黙したまま銃口を掲げた。

 

 

 

「なんだ、あの男(セフィロス)絡みの騒動であったか」

 

「……スカサハ」

 

「マスター。そうであれば早く言ってくれ。このスカサハも赴いたものを」

 

「う、ううん……。どういう関係か、いまいち良くわからなくて。

でもセフィロスは、凄く嫌っているみたいだし」

 

「ならそういうことなんだろ。

英霊も人間も同じさね。相性っつーのは大事なんだぜ、坊主」

 

 

わかったならもう少し編成考えてくれよなー、と明るい笑みを見せたランサーに、スカサハは呆れた顔をする。

 

眼下ではエミヤオルタや巌窟王、キャスターそしてロボといった、なんとも不思議なメンバーが戦っているのが見える。意外にも息は合うようであった。

エミヤも、ランサーも、そしてクーフーリンオルタも、何かを言いたげにその戦いを見ていた。

 

カルデアの敷地内であるので、マスターであるリツカは戦闘に入らなくても問題はなさそうだ。

近いに越したことはないが、宝条がリツカを狙っているのだ。下手に前線に出ない方が良いだろう。

 

 

「あの、セフィロスという男……。古代種(セトラ)であるのか?」

 

「……賢王(ギルガメッシュ)。うーん、それはわからないんだよね」

 

「星を読み、星の声を聴く民のことは我も知っている。古い文献で呼んだ(から)な。

古い伝承だ。至高の幸福が在るとされる『約束の地』を目指し、旅をしていた者たち。

人間が人間となる前の、存在……。ふむ、そういうことか」

 

「……?」

 

 

窓の外を覗くリツカの後ろから、現れたのは金髪の英霊であった。

何かを思考するように、赤い瞳がセフィロスに向けられる。

集中している様子の賢王は、それ以上何も言おうとしなかった。

 

 

「……少し、良いかい?」

 

「あ、アヴィケブロン……?」

 

 

不意に掛けられた声に、リツカが振り返るとそこには仮面の英霊がいた。

黒と青のマントと、ボディースーツを纏い、つるりとした金の仮面を付けた英霊……アヴィケブロンが、こうして声を掛けてくるのは珍しい。

 

その伝承にあるほど病的な人間嫌いではないが、必要最低限の会話を好む筈のアヴィケブロンは、何処か興奮したような口調で話し出した。

 

 

「彼、セフィロスというのだろう?」

 

「う、うん」

 

「…も、もしかして……彼は、セフィロトの樹に関係するものだろうか?

例えば……思想が具現化したものとか」

 

「セフィロト……?」

 

「生命の樹とも呼ばれる思想さ。

ユダヤ教の伝統に基づいた神秘主義思想なんだけど、これについては置いておこう。

神に至る道を説いたものと、取り敢えずは考えてくれて構わない」

 

「……彼のことはまだ、わからなくて」

 

「ふむ、不詳というところか。

……彼が此処に来てからの噂も、英霊たち(みんな)の推測も、耳にしていてね。

僕も仮説を立ててみたんだ」

 

「え……!?」

 

「あくまでも仮説だ。しかも、可能性としては低いが……。

此処にいる英霊たちの成り立ちなどを考えると、ありえなくもない話だ」

 

「……」

 

「僕はあまり関与していない部分なんだけどね。

セフィロト(Sephiroth)を読み変えると、セフィロスともなるだろう?

これだと洒落だと思われてしまうが、彼の様子を聞いてぴんと来たんだ」

 

 

すらすらと話される言葉に、思わず聞き入ってしまう。

癖であるのか、聞くものの頭に入りやすい話し方であった。

哲学者であり、詩人でもある彼は、カバラの基盤を作り上げたその人である。

魔術師の世界に大きな影響を与えたとするアヴィケブロンは、更に話に熱を込めた。

 

 

「……ふむ、それは我も興味がある」

 

「そう言ってもらえるとうれしいよ。

セフィロトの樹はね、十個の玉(セフィラ)二十二の枝(パス)から成るんだ。

人体の小宇宙と、広大な大宇宙を象徴している……んだけど、これも置いておこう。長くなるからね」

 

「……」

 

「ふふ、まあ理解は後で良いさ。今は図説もしようがないから。

ただ……生命の力、覚醒させる力、人と神との融合などを示すその樹は、やがて魂を大いなるものへと導く叡智。でも、人間として存在している以上は、辿り着けない領域もある」

 

「……言おうとしていることは、大体わかった。

しかし、そうだという証拠もない」

 

「勿論。こればかりは本人にぶつけて見ないと、わからないよ」

 

 

頭上を飛び交う会話に、リツカの思考はクラッシュしていた。

もはや説明ではなく、議論となってしまっているので、さっぱりわからない。

これは後で詳しく聞いた方が良いなと、ダヴィンチやら王様たちやらを巻き込んで、広がり始めた宗教的及び哲学的思想の話に、白旗を挙げる。

 

くらくらと眩暈のする頭で彼らの様子を見ていたが、そういえばと外で行われていた戦いを思い出す。

慌てて窓の外を見ると、そこに宝条の姿はもうなかった。

 

 

 

***

 

 

 

「っは、あ……キリがねえ」

 

「フハハハッ!!その程度かキャスター!!

貴様の炎なぞ、我が怨念に燃ゆる憎悪の炎には敵うまい!!」

 

「はっ!!言いやがる。だが……言葉は気を付けた方が良いぜ!」

 

 

ローブを纏うものたちの再生能力は、目を見張るものがあった。

いくら高度な術を放とうが、銃弾を打ち付けようが、切り付けようが、瞬時に修復されてしまうのだ。

それならば、彼らに残された方法は一つ。修復出来なくさせてしまえば良い。

言い換えると、跡形もなく砕いてしまえば良い。ということである。

 

巌窟王とキャスターが放つ炎により全身を溶かし、エミヤオルタとロボが止めを刺す。

失敗作、といってしまえばそれまでだが、耐久性をそこまで備えていないそれらはバラバラに燃え尽きて消えた。

 

 

「……」

 

「ぐ、ぐぐぐ……。貴様、貴様さえ……。セフィロス……っ」

 

 

宝条の得意とする魔法は、混乱を起こして同士討ちを招くものである。

それを知っていた男は、早急に『心無い天使』を発動させて、その魔力を枯渇させた。

同時に、体力も奪っておいたので、呆気なく宝条はその身を倒すことになったのだ。

 

 

「何人、犠牲にした?」

 

「……お前、から……そんな言葉を、聞くことに、なろうとはな……ッ!!

まあ、データとしては取ってある、が……そんなもの、どうでも良い。

全て、すべて、スベテ!!失敗作だ!!なんの価値もない……ッ!!」

 

「……だからこそ、お前は……二流なのだ」

 

 

鋭い歯を露出させ、今にも噛み砕かんばかりに睨みつけるロボを制し、セフィロスはその刀を振るった。

ばらばらに刻まれていく肉片を、巌窟王とキャスターの炎が燃やし尽くす。

途端に充満する嫌なにおいを、魔法……いや魔術で消したセフィロスは、深い溜息を吐いた。

 

 

「……下らぬ、戯れだ」

 

「……?」

 

「これは、本体ではない」

 

「なんだと?……本体は、別にいる。そういうつもりかね」

 

「ああ。試作品、いや……失敗作の一つだろう」

 

「愚かしいな。人間でも造る気か?これは神に対する冒涜となろう」

 

「また面倒な奴が出てきたってことか。……カミサマにでも、なる気かね」

 

「……」

 

 

神になりたかった。それは、誰であっただろうか。

宝条という男は、この肉体にとっては切っても切り離せぬものであろう。

セフィロスが此処にいるということは、きっと本体にも伝わっている筈だ。

また、厄介な戦いが始まる。そんな予感がした。

 

考えながら、汚れを払うように刀を一振りすると、その長いリーチの範囲内にいたらしいキャスターから非難の声が上がる。

文句を言いつつもちゃんと回避したキャスターにセフィロスは、一瞥をくれただけであった。

 

青を帯びた艶やかな毛並みがセフィロスに寄り添う。

どうやらすっかり懐かれてしまったらしい。

 

 

「……魔術協会、か」

 

「止めておけ。碌な組織ではないぞ」

 

「売られた喧嘩は、基本的に買う主義でな」

 

「おっ、いいねえ!気が合うじゃねえかセフィロス。カチコミでもする気なら付き合うぜ」

 

 

セフィロスの言葉に隠された意味を読み取った巌窟王が、眉間に皴を寄せた。

関わると面倒であることは、良くわかっていたが、リツカもセフィロスも狙われ続けることになるだろう。

あの宝条という男の粘着質さ(しつこさ)は、身を以て理解している。

 

に、と笑みを浮かべて、肩から滑り落ちた青い髪を払ったキャスターは、嬉々として声を上げた。

 

 

「今後の方針を決めるならば、さっさと戻った方が良い。

セフィロス、忠告してやろう。アンタの秘密主義にはもう付き合ってられん。

……今回ばかりは全て吐き出した方が身の為だ。

無理矢理吐かされる方がお好みならば、何も言わないがね」

 

「……仕方あるまい」

 

 

壊れた壁と窓、そして狙われたリツカ。それを考えるとセフィロスだけの問題ではなくなったと言えよう。

実害が出たのだ。カルデアとしても、黙ってはいられなくなる。

そうなれば、カルデアの英霊として召喚されたセフィロスも、協力せざる負えないだろう。

 

喉を震わせ嘲笑を浮かべたエミヤオルタに、セフィロスは溜息を吐いた。

 

 

 

 

 



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1-12 カルデアにて⑨

――とある男は、星の導きに従い厄災ジェノバ(侵略者)に抗い続けた。

多くの仲間と共に、守るために刀を振るった。

多くの犠牲と共に、守るための魔法を編み出した。

いつしかその男を、英雄と呼ぶものが現れた。

いつしかその男は、守るべき星を背負っていた。

いつしかその男は、侵略者に永き封印(ねむり)を与えることに成功した。

 

全ては遠い昔。遥か古代の話だ。

男は朧な記憶を辿っていく内に、とあることを思い出していた。

男は寿命で死んだのではない。

侵略者を封じる人柱として、共に眠りについたのである。

自分の魂を以て、侵略者を封じ続けたのだ。

それは決して安らかな眠りではなかった。

 

 

――とある男は、星の英雄として数多の兵士を導いた。

多くの兵士が、男の背中に続いた。

多くの人間が、男の剣に守られた。

いつしかその男を、英雄と呼ぶものが現れた。

いつしかその男は、人間を憎悪するようになった。

いつしかその男は、侵略者に蝕まれていった。

 

侵略者の一部を埋め込まれた男は、人外の力と知能を以て英雄となった。

それは確かに、恩恵であった。それ故に、男は壊れていった。

蝕まれていく中で、大いなる自我により侵略者すら取り込んだ男は、とあることに気が付く。

己に埋め込まれたものが、『それ』だけではなかったということに。

 

 

 

 

 

「……」

 

 

傾いた太陽が、世界を黄昏に染め上げる。

魔の時刻とも呼ばれるその刻に、セフィロスは会議室にいた。

 

 

「この花は、星の命(ライフストリーム)を糧に育つもの。

微量なものでも、この部屋を修復するぐらいの力は持つ」

 

 

首を垂れた白い花は、力を果たしたのだろう。

枯れ果てたその姿に、リツカは目を伏せた。

 

 

星の命(ライフストリーム)は、本来壊れた星を修復する生命エネルギーだ。

生まれ還る命が集まり作り出すエネルギーは、それほどに莫大なもの」

 

「……セフィロス、腕は……大丈夫なの?」

 

「問題ないさ。この肉体にとっては、己の血と同じ。

俺に投与しても、意味はない」

 

 

アルビノの透き通る肌に銀の髪を、夕映えが染める。

真っ直ぐな瞳を向けるリツカは、何よりもその身を案じていた。

己を庇って目の前で、あの緑の液体を打たれたのだ。

あの液体がどのようなものであるかは知らない。

しかし、害をなすものであることは、想像が付いていた。

 

心配を滲ませた言葉にセフィロスがそう返すと、リツカの傍に控える英霊が声を上げた。

 

 

「ほう、それは……君が、あの宝条という科学者。いや失敬。狂人の方が似合いかな。

狂人の偉大なる作品の一つであり、その中でも極めて完成度の高いもの、という認識で間違えはなさそうだ」

 

「……真実を解き明かしてしまう者(シャーロック・ホームズ)か」

 

「いかにも!私がシャーロック・ホームズ。

世界最高の探偵にして唯一の顧問探偵さ。

謎多き男(セフィロス)よ、私はずっと君のベールを剥したくて堪らなかった。

おかげで薬の効きもイマイチでね」

 

 

宝条が起こした一連の事件は、重大事件としてカルデアに伝わった。

それは宝条が所属する科学部門、ひいては魔術協会に対して抗議……いや、殴り込みに値する、極めて悪質なものである。マスターリツカを狙っているとあっては、英霊たちも他人事ではいられないのだ。

 

仕掛けてきたのならば、報復は当然のこと。と息を荒げた血の気の多い英霊たちを抑え、頭脳派の英霊が中心となって、セフィロスのもとを訪れた。

そのうちの一人、知らぬものがいないであろう探偵の名を名乗った英霊は、やっと出番が来たといわんばかりに、セフィロスの前に立つ。

 

白いシャツに、落ち着いた色のネクタイとベストを上品に着こなしたホームズは、好奇心と思惑を浮かべた瞳をセフィロスに向ける。

交わう瞳は、セフィロスを見ているようで見ていない。

どこか虚ろで、どこか明瞭なそれは、違う次元を見るものの目であった。

此岸と彼岸を結ぶ橋のような神秘と人知を繋ぐ瞳は、確かに心に謎を抱えるほとんどのものが屈するのも頷ける。

 

 

「……お得意の推理を聞こう。その方が早いだろう」

 

「賢明な判断だ。よろしい。私の推理をお聞かせしよう」

 

 

何処か芝居がかった動きで一礼をしてみせたホームズは、滔々と語り出す。

それは、持ち得る人の域を超えた観察力と洞察力、それに倫理的な思考を重ね合わせて、更に思考を重ね、磨き上げられたもの。

物静かさや慎重にも見える外見とは裏腹な、隠しきれない大胆であり行動的でもある、まさに探偵という概念を具体化した男は、興味深い観察対象としていたセフィロスについて述べた。

 

 

「まず、あの狂人が言った言葉からいくつかの推測が立てた。

感情に素直な人間ほど、激情に駆られたとき本音を発しやすいものだ。

常に感情的な人間ほど、粗を出しやすい。ということだね。

……逆に、感情とは縁のなさそうな君のような男は、実に厄介だ。

今だって、視線一つ動かないのだから」

 

「……」

 

「ふふ……。それでこそ、謎多き者(私が暴く価値のある者)だ。

あの男の言ったことで不可解な点がいくつかある」

 

 

宝条のあの目と異なるようで同じ目が、セフィロスを見据える。

瞬き一つ逃がさない、刃を想わせる瞳であった。

犯人を暴き出す時のように、適度な間を置きながら話すホームズは、まるであの場にいたような口振りで、宝条の言葉を再現し始めた。

 

 

――【この世界】に呼ばれるとは、クククッ。運命とは、悪戯なものよ――

――【この世】にも……星の命(ライフストリーム)を見つけてなあ――

 

「まず一つ。私はこの言葉から……君と宝条が、この世界に名の無いそして存在しない人間であったことを推察した」

 

 

英霊を英霊とするもの、英霊となる条件は信仰にある。

神話や伝説、実在などその種類は問わないが、確かな知名度と信仰心がなくては成立しないのだ。

逆に言うと、その条件さえ満たしてしまえば、物語の人物であろうが概念であろうが、現象であろうが、英霊に成り得るといえよう。

多くの英霊は、そのバックグラウンドを持つ。つまり根底に、英霊たる証拠を持つのだ。

語り継がれる神話であり、伝説であり、実在の証明に値するものである。

きっとこの探偵は、数多の歴史書を引っくり返して、セフィロスの名を探したに違いない。

 

そして、ホームズの言葉の裏には、仮にこの世界以外の世界が存在するとしても、別世界の英雄が、何故このカルデアに英霊として召喚されたのか。その疑問が隠されているのだ。

 

 

「……」

 

「相変わらず、回りくどいねえ……探偵サンよ」

 

 

椅子に座り足を組んだキャスターは、机に頬杖をついた。

固唾を呑んで二人を見ていたリツカは、大きく欠伸をしたキャスターに視線を移した。

そんなキャスターの声など聞こえないホームズは、ゆっくりとした足取りで窓際へと向かう。

 

 

「君は、英霊ではない。そうだね?」

 

 

傾ぐ陽が、整った顔に陰影を落とす。

確信を持って突き付けられたその言葉を、誰が問いかけだと思うのだろう。

 

 

「だが……人間でも、ない」

 

「英霊でもない、人間でもない。

それならば……君を、君たらしめるものは、なんだ?」

 

「……未練だ」

 

「ほう、ならば君は……亡霊とでも?」

 

 

流石、というべきだろう。

ホームズは、セフィロスが抱えるものの中で一番深い部分を的確に掴み上げてみせた。

己からは逃げられない、と敢えて言外で示すためか、それとも余程その部分に興味を持ったのか。

セフィロスは、投げられたその言葉には何も返さなかった。

 

 

「ふむ、理解した。それでは次にいこう。

宝条の目的は、カルデアのマスターの捕獲並びに、君を連れ戻すことだろう。

宝条は、魔術協会の科学部門に君臨する男だ。

そこで配属された魔術師の卵と、助手たちを実験体として、研究を行っていた」

 

「……あの男に、倫理はない。

目的のためならば、異生物同士の配合も、未知なるウィルスの注入も簡単にやってのけるさ」

 

「宝条の目的は、君のような作品の完成にあるのか?」

 

「そうであり、そうではない。

アレはコンプレックスの塊にしか過ぎない。

しかし、自尊心を満たすためならば何だってやる男だ」

 

「……欲しいのは、天才の名か」

 

「自らの理論が受け入れられ、それを糧に『宇宙(そら)に飛び立ち生命を導く』存在となること……だったか。愚かなことだ」

 

 

星を滅ぼせる力を持つこと、それは誰にも膝を折ることの出来ない圧倒的な力を以て、新たな星を確立することと同義である。

それを成すのは、厄災ジェノバでももう一つの力であるカオスでも、それ以外でも構わない。

要は『宝条が確立したもの』がこの星を滅ぼすに至れば、彼の本願成就といえよう。

 

 

「宝条は、こうも言っていた」

 

 

――この世界には【聖杯】と呼ばれる、魔法の杯がある。

これに願えば、この星を支配することなど容易いだろう――

――もちろん、ただの【聖杯】ではないさ。

この私が……直々に、分析して改良したものがあるんだ――

 

 

「……聖杯については、俺は知らない」

 

「そういうと思ったよ。

しかし、どうやら君も関わっているようだ。

この言葉を聞いただろう?」

 

 

――私はなあ、セフィロス……。

聖杯というものをつかって、お前をつくってみたのだよ――

――しかし、失敗だ……っ!!

所詮玩具に過ぎぬもの。ジェノバには到底及ばぬ。

お前ほどの、力を持つ……作品は、出来ぬのだ――

 

 

「……」

 

「それで、君はこう思っている筈だ。

あの宝条の研究所に行って、確かめてみるべきだと」

 

「……」

 

「私もそれに賛成するよ。

ほぼ間違えなく、答えはそこにある。

さて、次に相見える時こそ……明かされる時(クライマックス)だ、カルデアの亡霊よ」

 

 

その言葉が示すのは、宝条か、それともホームズ自身か。

答えは得たり。と弧を描く唇に、セフィロスは溜息を吐いた。

 

この探偵が知りたかったことは、会話として交わしたことではない。

それ以外の、何か。この複雑怪奇な英霊が、興味を持つことが他にある。

一通りの会話を終えても尚、探るような視線がセフィロスに向けられているのがその証拠であろう。

 

 

「セフィロス。……最初から、説明して欲しいんだ。

宝条博士の言っていた星の命(ライフストリーム)って、なんのことなんだい?」

 

 

ホームズが口を閉ざすと、今まで会話を聞き入っていたドクターが恐る恐る声を上げた。

セフィロスは求められるままに、星の命(ライフストリーム)や厄災ジェノバについて、一から説明をする。

 

 

「……カルデアのマスターに危害を成したんだ。

こっちも黙っていられなくてね。

セフィロス、……君の協力が必要だ」

 

 

深刻な顔をした彼らは、セフィロスからの説明に何やら深く考え込む。

やがて顔を上げると、ゆっくりと口を開いた。

そこに普段のドクターロマニの顔はない。

紛れもない、カルデア施設のトップを務めるものの顔であった。

 

 

 

***

 

 

 

主に探偵との会話は、言葉と言外の両面で行われるため、駆け引きでもしているような錯覚に陥る。

その心理的及び身体的な会話を巧みに繰り、時に誘導し、時にブラフを張る。

そうして相手の隙を誘い容赦なく突き詰める話術(テクニック)は、まさに『明らかにする者(シャーロック・ホームズ)』なのだろう。本当にえげつない英霊である。

 

一瞬も気が抜けないやり取りを満喫して満足したホームズは、何かを含んだように笑い去っていった。

セフィロスはこの会話において、彼がまさに気に入る行動(大きなミス)をしてしまったのだ。

 

そもそもセフィロスの持つ、精神力は並大抵のものではない。

精神的にも肉体的にも人外の域まで鍛え抜かれており、ジェノバさえもその心を折ることは出来なかった程である。

そんな安定した精神力が、ちょっとやそっとの揺さぶりで崩れることはないのだ。

ぼろを出すことは無いに等しい。

 

そして、ホームズをはじめとする頭脳派の英霊たちは、難攻不落を好む。

一言でいうと、難しければ難しいほど燃える性質なのである。

 

 

「……」

 

 

会議室を出た頃には、すっかり夜の帳が落とされていた。

昨日に引き続き、今宵も空の機嫌が良いらしい。

 

膨大な敷地に建つカルデアでは、あまり使われない部屋が集まるエリアは早く消灯してしまう。

その代わり、研究エリアは24時間365日ほぼ点灯のままであるが。

人工的な明かりに満たされた場所から移動するために階段を降りると、そこからは足元すら見えぬ闇が広がっていた。

 

滑らかな廊下を歩く。かつりかつり、と響くのはセフィロスのそれだけだ。

大きく繰り抜かれた窓から見える、星々は昨夜と同じくらい明るい。

人間の目には不十分であろうが、セフィロスには充分であった。

 

廊下の突き当りの、広く造られた窓辺に腰を下ろす。

そうして、壁に凭れると夜空を仰いだ。

 

久々の静寂のように思えるのは、自室にいても何処にいても英霊やらリツカやドクターやらが、絶えず傍に寄ってきたからであろうか。

誰かと肩を並べるのも、対等に言葉を交わすのも、随分久しい気がする。

そして、形はどうであれ対等に剣を振るうのも、共に戦うのも……。

 

頭に過る記憶たちは、もはや肉体のものか精神のものか、わからない。

このまま同化してしまうのだろうか?

それでも構わないと、感じているのは誰なのだろう。

 

一つ一つ浮かぶ思考に、目を閉じて、ただ耽る。

しんと静まり返った暗い廊下は、闇を具現化したようにセフィロスを包み込むようだ。

 

 

ふ、と閉じていた瞳を開く。

 

 

「めんどくせえ奴に、目ェ付けられたな。

……なあ、セフィロス」

 

「なに、探偵とはそういうものさ。

少しでも気になる謎を前にしては、暴かずにはいられない……。

なんとも無粋な男だと思うがね」

 

「ははっ。人間でも英霊でも、素直が一番ってことだろ。

てめえみたいに、複雑極まりねえ野郎にとっては天敵だろうがな」

 

「……貴様のように、本能で生きる獣のような男とは違うのだよ。

お前もそう思うだろう、セフィロス」

 

 

微かな星の光に照らし出されたのは、青と赤であった。

僅かに感じていた足音と呼吸音を察してはいたが、と顔を見ずともわかる英霊たちを見上げる。

 

 

「また、呼び出しか?」

 

「いいや。お前さんを探しに来たんだ」

 

「……この男と同じなのは不本意だが、ね」

 

 

犬猿の仲ほど、なんとやら。

心底お互いを嫌悪して見えるが、馬は合う時は合うらしい。

物好きなことだ、と吐き捨てたセフィロスに、青い方の英霊……ランサーは笑った。

 

 

「それにしても、ありゃ本気(マジ)だぜ?

少しでもコケてやりゃ良かったのによ。

まあ、お前さんがそんな器用なことするとは思えねえが」

 

「それこそ無駄だと思うがね。

小手先が通用する相手ではあるまいよ」

 

 

薄らと床に伸びた二つの影のうち、一つが快活に声を弾ませ、もう一つは呆れたように溜息を吐いた。

 

 

「先程、お前は人間でも、英霊でもないと言っていただろう?

あれはどういうことかね」

 

「……言葉の通りだ。

どうやら、俺を語るには亡霊という言葉が一番合うらしい」

 

「自分の在り様を見失った……ということか?」

 

「いいや。存在すら、しない。

忘却でも喪失でもない。元々無いもの」

 

 

ホームズとの会話の後で、セフィロスの身体検査を行った結果が報告された。

検査に時間が掛ったのは、簡潔に言うと特殊すぎる肉体であったからであるらしい。

肉体はほぼ英霊たちと同じ反応を示した。

しかし霊基や座も確認することは出来ず、その精神を測ることは不可能であった。

何よりも、セフィロスという存在の記録が何処にもないのだ。

 

 

「お前さん、アルターエゴクラスって言ったよな。

ありゃあながち嘘ではないってことかい」

 

「ああ。……言っただろう。

俺はあの宝条の、作品の一つに過ぎない」

 

「……ほかにも、お前のようなものがいる。そういうことか?」

 

「……おそらく、な」

 

 

己を語るものがない。そんなことは最初からわかっていた。

己が何者であろうが、なすべきことさえ理解していれば良いと、思っていた。

しかし、宝条という男が現れ、セフィロスだけではなくリツカも狙っているとなれば、話は変わる。

 

宝条が何をしようとしているのか。その目的を明らかにするということは、必然的にセフィロスの正体もいずれ明かされることになるのだろう。

セフィロス自身も、この世界に存在している自分がどういう存在であるのかわからない。

皮肉なことに、その解を持つ可能性があるのが、あの宝条という男なのだ。

 

長い銀を垂らし、その瞳を星に向けるセフィロスに、エミヤは眉を寄せる。

エミヤは、その存在を危うさを一番良く知っていた。

一番星のように強い瞬きを放ちつつも、流れ星のようにあっという間に消えてしまいそうな、矛盾を含んだ存在に、エミヤは悪い癖が疼くのを感じた。

 

窓際に座るセフィロスに近付くと、その腕を掴む。

驚いた様子もなく振り返ったセフィロスに、エミヤは口を開いた。

 

 

「感傷に浸るのは後だ。夕食の時間だぞ」

 

「……」

 

「その「面倒だ」という顔止めたまえ。

君の、その言葉の足りなさは今更言うまでもないが……。

これだけカルデアを賑わせているんだ。顔を出すぐらいしても良いだろう」

 

「諦めなセフィロス。コイツもしつけえ奴でな。

スイッチを入れちまった以上、否が応でも追い回されるぜ。

さ、メシ行こうぜ。食後の運動にも付き合ってやっから」

 

「食事だけで充分だ」

 

「つれねえこと言うなや。

アンタみたいなのを、この先相手するようなんだろ?」

 

「……それは、編成次第だろう」

 

 

くつくつと喉を低く鳴らすランサーの、赤い瞳がぎらりと輝く。

床に足を付けたセフィロスは、相変わらず戦いの事しか頭にないらしい英霊に、溜息を吐いた。

灰の瞳に急かされるように、仕方なく足を食堂へと向けることにする。

黒いコートに続く英霊たちは、素っ気ない態度を取っていても、決して周りを拒絶することはしない背中を見て、ふと口角を上げた。

 

 

廊下に伸びた三つの影を、空に輝く星々が静かに見つめる。

そうして連れ出されるように、セフィロスは、光の灯るエリアへと戻って行った。

 

 

 

***

 

 

 

「あ!!セフィロス!」

 

 

食堂に近付くにつれて視覚的な明るさが増していく。

それに伴い、気配と声も段々と賑やかになっていくので、更に眩しさを感じた。

食堂まであともう数歩というところで呼び止められたセフィロスは、正面から走って来たリツカに、微かに眉を顰める。

 

いくら周りが声に溢れていても、洗練された戦士の耳は誤魔化せない。

ほぼ反射的に手にしていた剣を、迷いなく突き立てた。

 

 

「……っ!!な、……なに、する「何者だ?」

 

 

人の指紋や声紋に個人差があるように、足音にもそれはある。

そして武を極めるものたちは、それぞれ独特のリズムを持つことを知っていた。

今まで出会って来た英霊たちのリズムは記憶しているので、仕草も声音も同じようで異なるリツカの(なり)をしたそれとは、顔を合わせたことがない。

 

顔を青褪めさせたそれが体を強張らせて見せるも、もう遅い。

長いリーチを誇る剣が振るわれる瞬間に、それの体がちゃんと反応を見せていたのを見逃しはしていなかった。

容赦を知らない剣先が、それの首の皮膚を軽く裂く。

 

セフィロスの揺るがない氷の瞳に観念したのか、リツカの(なり)をしたそれの瞳の色がじわりと変わった。

 

その時である。

ひゅう、という軽い口笛が耳朶を打ったと同時に、何かが剣を弾いた。

 

 

「おー、随分楽しそうなことしてんじゃねえか!!

どうだい、俺も混ぜちゃくれねえか!!」

 

 

セフィロスの剣を弾いた長物は、槍であったらしい。

遊ぶようにくるりと回された槍を、構えた英霊は高らかに声を上げる。

リツカらしきものの前に立ち、セフィロスと相対したのは、銀の簡易的な鎧を纏った男であった。

上げられた緑の髪と、ランサーとはまた違った好戦的な瞳に、嫌な予感がしたのはセフィロスだけではないだろう。

 

前の世界であっても、このカルデアであっても、セフィロスという男の存在感の強さは変わりはないらしい。

特に強きものを求めるものたちの嗅覚に引っ掛かるらしく、一癖も二癖もあるものたちが引っ切り無しに寄って来る。

 

 

「待ちなァ!!……こいつは、俺の獲物だ。

いくらアンタでも譲ってやんねえよ、アキレウス」

 

「ほう!クー・フーリンか!!

あんたまで認めるとは、上物ってことだろ?

俺はライダーの英霊(サーヴァント)、アキレウスだ。

よろしく頼むぜ……セフィロス」

 

 

溜息を吐いたセフィロスは、顕現させた剣を納めた。

横で腕を組む赤の弓兵の額には、青筋が浮かんでいる。

このまま此処にいては、とばっちりを喰らうことに間違いはなさそうだ。

そう判断すると、足早に食堂内へと足を向けようとした……が。

 

 

「マジかあ、瞬殺かよ。流石に自信なくすぜ」

 

 

ぽふんと軽い音を立ててリツカであった男の姿が変わる。

濡羽色の長髪を翻らせ、刺青の花が咲く鮮やかな体を露出した男は滲んだ血を指で拭い、にっと口角を上げた。

 

 

「まあいいや。そうでなきゃつまらねえ。

アサシン、燕青だ。アンタの『噂』はよおーく聞いているぜ」

 

「……」

 

「あー、待て待て。セフィロス、今俺を見ただろ!!

そりゃ濡れ衣だ。どうせキャスターの俺だろうよ!」

 

 

燕青と名乗りを上げた英霊に愛刀を納めたセフィロスは、原因であろう英霊の背中に視線を流す。

例えランサーでなくとも、彼の名を持つものに相場は決まっている。

そう思ったセフィロスの考えは当たっていた。

 

 

「此処にいるってことは、これから飯だろ?」

 

 

一緒に食おうぜと明朗に誘う燕青を、見据える。

人懐っこい笑みや態度を見る限り、人当たりは良いのだろう。

しかしそれに軽薄さは感じられない。

鋭牙を隠した獣のような男だ、とセフィロスは目を細めた。

 

 

「……好きにしろ」

 

「やっりぃ!なあなあ、アンタ酒もいけるクチかい?

昼間飲むとそこの赤い兄さんが煩くてね。今夜にでもどうだい?

……それとも、こっち(手合わせ)の方がお好みってんなら、付き合うぜ」

 

 

ランサーにも似た気さくさを見せる燕青の、その根本は混沌と悪であった。

基本的には本能に従って行動しているが、何をやらかしてくれるかは読めない、飄々とした性質を持っていた。

行動の原理は単純明快。しかし、いつどこで爆発するかも知れない危険な思考を併せ持つ。

ぎらりと光った瞳は、ランサーやアキレウスの持つそれと同じ色をしていた。

 

 

「このカルデアには、好戦的な英霊(このようなもの)しかいないのか」

 

「はあ、そんなわけないだろう……。

いい加減にしないか!!ランサー!!ライダー!!」

 

 

思わずセフィロスがそう呟いた言葉に、エミヤは唇を引き攣らせた。

そして鈍い金属音が聞こえ始めたと同時に、堪忍袋の緒が切れたのである。

 

顕現させた双剣を手にすると、床を爪先で弾き、素早く緑と青の間に入り込んだ。

宙に翻った赤い衣が、三原色に溶ける。

きいん、と双剣で受け止めた二つの槍がぴたりと止まった。

 

 

「……まあ、あの兄さんも大概なんだけどなあ」

 

 

けらけらと笑い声を上げた燕青は、付き合いきれないと食堂の中へと入って行った、セフィロスの後を追い駆けたのである。

 

 

 

***

 

 

 

「あ!!セフィロス!」

 

 

カルデアに勤める職員数は20名前後と少数精鋭型であるが、召喚された英霊たちは100を超える。

そのため、食堂や談話室、娯楽室などの集まるための場所は、広々とした造りになっており、様々な体格を持つ英霊たちにも対応しているのだ。

 

少し離れた所から聞こえてきた、高め少年の声が、つい先程聞いたものと同じ言葉を放つ。

そちらへと視線を移した二人の、銀と黒の長髪が揺れた。

 

 

「あれ、燕青も一緒なんだ」

 

「よ、大将。さっき廊下で、な」

 

「……随分暴れていたようだが?」

 

「げ……。なんだ、あんたもいたのかよ」

 

 

うげ、と呻いた燕青は、食堂の椅子に深く凭れ紅玉の瞳を流す、その英霊に苦く笑う。

シルクであろうか。うつくしい光沢を輝かせる衣は金を基調としており、身に着ける宝石たちも、豪奢な煌めきを惜しまない。そのような服に似合いの、重厚な貫録を醸し出す英霊は、早々にセフィロスへと瞳を向けた。

 

 

「キャスター、ギルガメッシュ。無論知っていような」

 

「……最古の王、だろう」

 

 

何処かで聞いた名前だが、その体格は真逆であり似ても似つかない。

王であるがための不遜な態度と言葉を放つギルガメッシュは、セフィロスと燕青に着席を許した。

洒落た造りをした長机は、公共のものにしては質が良いのがわかる。

会議室で会話をした時とは真逆の、柔らかな笑みを浮かべるリツカに、クーフーリンとはまた異なる色合いの瞳を持つギルガメッシュ、そしてそわそわと落ち着かなそうに体を揺らしているのは、青と黒のボディースーツを纏う、アヴィケブロンであった。

 

 

「君が……セフィロスだね。僕はキャスター、アヴィケブロンだ。」

 

「ほう、カバラの哲学者か」

 

「僕を知っているのかい」

 

「……ああ」

 

 

無貌の仮面からは表情は伺えないが、声の波長から何となく想像は出来る。

アヴィケブロンの言葉に肯定を返すと、ギルガメッシュの瞳が意味深に細められたのがわかった。

どうやら、話があるらしい。

先程のように拳で語ろうとしてこないあたり、まだ良いのかもしれないが……。

エミヤオルタやホームズのように、精神的に摩耗させようとしてくる英霊もいるので、気は抜けない。

アヴィケブロンという英霊は、態度や仕草、口調をみるに問題なさそうだ。

そうすると問題は、何かを狙うような眼をしたギルガメッシュだろう。

 

ただの夕食での会話に、此処まで考える必要はない。

しかし、いかにリツカの人格が影響しているとはいえ、歴戦の英霊たちが全員仲良しを謳っているわけではない。

必要以上の面倒事に巻き込まれないように、自衛も大事なのである。今のところあまり意味を成していないが。

 

 

「セフィロスよ。お前は、古代種であるのか?」

 

「……」

 

「ふん。言っておくが、この我が瞳(オレ)に誤魔化しは利かぬ。

そして、沈黙も許さぬ。真実のみを口にするが良い」

 

 

深い、(ルビー)に流れる特殊な魔力に、千里眼という言葉を思い出す。

確かこの(おとこ)が持つのは『平行世界を含めた未来を見渡す眼』であったか。

 

 

「初めは、この(まなこ)を以てしてもお前を見透かすことは出来なんだ。

しかし……カルデアに召喚されしその体は、どうやらこの世に定着したらしいぞ。

正直不明瞭であり、他の奴らのようにはいかぬが……。

お前の言葉が、真実かそうでないかくらいは、見抜けよう」

 

「……なあ、マスター。それって千里眼関係あんのか?」

 

「う、うーん?」

 

「聞こえておるぞ貴様ら!!

兎に角、この我に嘘は許さぬ!!さあさあセフィロスよ、語るが良い!!」

 

 

リツカの隣に座った燕青がこっそりと耳打ちするが、地獄耳である王には意味をなさなかったようだ。

腕を組んだギルガメッシュは、不機嫌そうにリツカたちを一瞥すると、セフィロスに鋭い眼光を向ける。

その眼光から逃れることは許されなさそうだ

 

何故ギルガメッシュが、古代種のことを知っているのか。

それを問うことは、セフィロスが解を述べない限り拒否されるだろう。

厳密にいうとこの肉体は、古代種ではない。

だが、此処でその話をするにはまだ早いであろう。

 

真実を述べよ。王はそう言った。

それならば、セフィロスの答えは一つである。

 

 

「星の声を聞き、約束の地へと誘う……古代種、確かに俺は、その一族だ」

 

「……ほう、やはり……」

 

「だが、何故。古代種を知っている?」

 

「古い文献があった。我も見たのは一度きりだ。

口惜しいことに、宝物庫に入れる前に戦火で焼失してな。

もはや知るものは、我ぐらいであろう」

 

「……」

 

「遥か昔のことである故に、我も忘れておったが……。

星の命(ライフストリーム)と聞いて、思い出したのだ」

 

 

古代種に関する文献が残り、尚且つ今も息吹いていたのならば、とある可能性はあっただろう。

セフィロスではなく、中の男に関する可能性ではあるが。しかし、そう物事は上手くいかないようだ。

 

 

「約束の地って、桃源郷のようなモンだろ

あんたは……行ったことがあるのかい?」

 

「……忘れたさ」

 

 

人間の住まう俗界から離れた、理想郷(シャングリア)と同じ意味でも用いられる桃源郷とは、少し意味は異なる。

しかし、至福を得るという面では同じであろう。

一言だけ返したセフィロスに、アヴィケブロンが口を開いた。

 

 

「一つ、聞かせて欲しいんだ。

セフィロト(Shefiroth)の樹を知っているかい?」

 

「……ああ。神へ至る道を示すものだろう」

 

「そうさ、生命の誕生、生力そしてや神性の流出の象徴ともされるもの。

そして……君の名を、示すもの」

 

「……」

 

「セフィロス。君は英霊として存在する理由を持たない。

だが、僕はそれは違うと思った。

何故なら、君の見せた魔力と、英霊とは言え神に名を連ねるものを跳ね除けた力は、説明出来ないんだ。

冠位がついても良いくらいの力と、その黒き片翼、そして君の名前。

まだまだ仮説であり、聞かせるほど論が立ってはいない。

でも、……君は今、召喚されて此処にいる。それだけは確かなことさ」

 

 

どの英霊たちも、セフィロスが否定しきれない論をぶつける。

それだけ彼らの目が優れているという証拠であろう。

歴史を読み、真理を見つけ、理を成してきたものたちを、少し侮っていたのかもしれない。

例え武を持たぬものであっても、その智が彼らを生かしてきた。

 

それぞれの時代からこの現代までその息吹を残すものたちは、力や知恵そして勇気を以て、生き抜いたものたちである。

 

 

「ねえ、セフィロス。

俺は……もっと、セフィロスのことを知りたいんだ」

 

「……充分に、話したと思うが?」

 

「違う。……なんていうんだろう。

セフィロス自身のこと、何も知らないから」

 

 

古代種とか、宝条の作品とか、そういう話はもう充分に聞いた。

理解しきれていない部分もあるだろう。

しかし、リツカはセフィロスの想いを一言も聞いていないのだ。

 

セフィロスは、静かに目を閉じる。

リツカの言いたいことの意味は、わかっていた。

しかし、何を語れというのか。

存在を証明するものなど何も持たないセフィロスに、その言葉は重すぎた。

 

 

「……面白い話ではないさ」

 

「ふん、思いあがるなよ……セフィロス。

審判者はこの我だ。お前ではない」

 

 

机に頬杖を付いて、見下げるようにセフィロスを睨む。

この唯我独尊を地で行く王が、そこまで興味を示すとは思ってもいなかった。

 

 

「はあ、……先程から聞いていれば、つまらん男だな。

己の人生(ものがたり)ですら紡げぬとは、愚かしい。

今までお前はその目で何を見て来た?

今までお前はその剣で何を切って来た?

今までお前はその口で何を語って来た?

……今までお前はその背中で、何を語って来た?」

 

「……あ、アンデルセン!!」

 

「なんだその「いたの!?」という顔は。

最初から居たわ!!馬鹿め!!」

 

「ふふふ……知っている、知っていますぞ!!あなたのその虚無を飾る顔を!!

星よ、明かりを消せ。(Stars, hide your fires;)俺の暗黒の野望にひかりをあてるな(Let not light see my black and deep desires.)』ですな!

それでも、あなたは逃げられぬのです!!セフィロス!何故ならば、あなたは星の民。

自ら光を放つ故に、自らの闇を隠せぬ哀れな男……」

 

 

「しぇ、シェイクスピアまで……」

 

 

はあ、と食堂に響くほどに大きなため息が落とされた。

そうして、ぎろりと大きな青い瞳がセフィロスを睨み付けた。

青を基調としたベストに、ネクタイ、ハーフパンツを着こなした英霊はかのハンス・クリスチャン・アンデルセン、その人である。外見は子どもであるが、その声は何とも貫禄があった。

目の下に浮かぶ黒い隈は、彼が今日も今日とて締め切りに追われている証といえよう。

 

その向かいの席には、中世ヨーロッパを思わせる洒落た色使いの服に身を纏った、ウィリアム・シェイクスピアが優雅な仕草で謳うように口を開いた。

己の作品をそのまま台詞に落とし込むシェイクスピアは、まるでこの場を舞台としているように、視線をセフィロスへと向ける。

 

個性豊かな英霊たちの中でも、その名が上がるであろう二人の作家は、どこか愉快そうな顔をしている。

どうやらネタ探しに訪れたらしく丁度良いタイミングだと、アンデルセンは唇を上げた。

 

 

「お前が召喚されてからというもの、何かと騒がしくてたまらん!!

作家妨害も良いところだ。いつ物申してやろうか手ぐすね引いていたが、良い機会だ!!

今まで散々邪魔されたぶん、ネタの収集をさせて(はたらいて)もらうぞ言葉足らず(愚か者)め!!!」

 

「あなたが本当に何もないもの(人間でも英霊でもないもの)であるならば、今までのあなたの行動を何と謳いましょう。

ことばは宙に舞い、思いは地に残る。(My words fly up, my thoughts remain below.)思いのこもらぬ祈りは天には届かぬ(ords without thoughts never to heaven go.)

あなたの足掻きを言葉としましょう、あなたの歩みを物語にしましょう、あなたの嘆きを詩にしましょう。

おめでとう!幸福な人よ。あなたは今、ここにカルデアの偉大なる作家たち(われわれ)の手によって、英霊となる(名を刻む)のです!!」

 

「ふん、一々喧しい演劇作家様だ。

こっちは忙しいんだ、さっさと話せ。

お前という男の価値、ひたすらにコキおろしてやろう。」

 

 

焼失した歴史的文献の語り部として、そして新たな物語のスパイスとして、彼らはセフィロスに開口を望む。

英霊となっても尚、彼らの知的好奇心は尽きることを知らないのだろう。

そして、良質なそれを嗅ぎ分ける嗅覚も、衰えることを知らないのだ。

 

 

「下らぬ話だ」

 

「バッカ!!雑踏な話の中に、宝石は眠るのだ!!」

 

 

ふと零した言葉に、アンデルセンが噛み付く。

期待に染まるリツカの瞳がきらりと輝いた。

 

 

その、瞬間のことである。

 

 

不意に頭の中で、こぽりと水の音が聞こえた気がした。

その音に聞き入るように目を閉じる。

それは融けていた意識が、揺れた音であった。

それは胎動であった。

再び、セフィロスはその目を開ける。

 

 

「……あれ?」

 

 

リツカは、唇から自然と滑り落ちた言葉も拾わずに、セフィロスを見つめる。

猫を想わせる縦に長い瞳孔が、人間のそれに戻っていた。

自分では気づいていないのか、周りの視線に構うことなく、その瞳で窓に広がる星を見上げる。

 

その眼差しが、かつてセフィロスが友と呼んだもの達に向けていたものと同じだと、知るものはいない。

 

様子の変わったセフィロスを注視していたリツカであったが、不意に視界の端に何かが映った気がして、そちらに目を移す。

 

 

「ねぇねぇ、おかあさん」

 

「ジャック……来ていたのかい」

 

「うん!」

 

 

くい、とリツカの服の裾を引いた少女の形をした英霊は、明るい笑みを浮かべる。

随分軽やかな服装をした少女は、大きな笑みをきょろりと動かすと別の所に興味を移したのか、呼び掛けたにも関わらず何も言わずに、体を動かした。

猫のように気まぐれで、子供のような言動を取るこの英霊は、哀しい子供たちの集合体でもあった。

 

 

「ねえ、……おにいちゃんも、おかあさんの英霊(サーヴァント)なの?」

 

「……」

 

 

おかあさん、その言葉に記憶の中の何かが揺れる理由は、わかっている。

それでも思うように口が動かないのは、かつてこのセフィロスという存在を唯一動かしたものに、まだ囚われているからなのだろうか。

洞察力に優れた英霊たちは、その変化を察していた。

そして、口は閉ざしたまま観察ともいえる眼差しを向ける。

 

何も言わないセフィロスに、痺れを切らしたのは幼き英霊であった。

小さな手でセフィロスに触れると、あろうことかその膝の上によじ登り始めたのだ。

そうして、顔を覗き込むように見上げると、ふわりと笑う。

 

突然の行動に目を見開いたリツカは、咎めることも拒絶する様子も見せないセフィロスに、キャスターの言葉が頭を過った。確かにセフィロスという男は『とんでもなく不器用』なようだ。

おそらく、表情の表し方も知らないほどに。そう思ったのはリツカの直感であったが、間違えでもない気がした。

 

 

「おおっと、これはこれは随分モテモテじゃないか!!

ふうん、そうしていると兄妹にも見えるね、君たち!」

 

「きょう、だい?…きょうだい、知らない、わたしたち……。

でも、……おにいちゃん、」

 

「……」

 

 

かつかつと、床をヒールで叩く音が近づいてくるのがわかった。

しかし膝の上の英霊の所為で身動きが取れない。

彼女が放った言葉は、揃いの銀の髪が仲睦まじく引っ付いているのを見てのことであったが、あくまで第三者視点である。セフィロスからすれば半強制的なことでしかない、といっても拒否を見せなかった分もあるが。

ぎゅ、と小さな手が強く握った黒いコートに、セフィロスは溜息を吐いた。

 

 

万能の人(ダ・ヴィンチ)か、よくもまあ次から次へと」

 

 

くつくつと喉を鳴らしたギルガメッシュに、ダヴィンチはぱちりと片目を瞑ってみせた。

そうして、手にしていた一枚の紙を食堂の机の上に置く。

 

 

「宝条博士の、置き土産さ。

セフィロス……この、意味を知っているかい?」

 

 

宝条という言葉に反射的に目を細めたセフィロスを、ジャックが心配げに見上げる。

紙を手に取ったギルガメッシュが速読をすると、セフィロスに目をやった。

 

 

「これは、詩のようだな」

 

「ほうほう!!詩ですか、それは興味深い!!」

 

 

ギルガメッシュの言葉に目を輝かせたのは、劇作家(シェイクスピア)である。

相変わらず興味のあることには、秘めた行動力を発揮するようだ。とリツカは苦笑いを零す。

シェイクスピアは、紙を手にすると早速目を通す。

そして、常に浮かべられた飄々とした笑みを消した。

 

 

「これは決して、吾輩のように優れた文筆家の作品(もの)ではない。

これは決して、吾輩の作品のように緻密で繊細な悲劇でもなければ、万雷の喝采を受けるものではない。

光るもの必ずしも金にあらず(All that glisters is not gold.)』……しかし、これは神秘であろう!!」

 

「おいおい、独り占めはねえだろ?

そうだ、折角だしアンタが読んでくれよ」

 

 

机に頬杖を付いた燕青は、じとりとした目をシェイクスピアに向けた。

一瞬不満げに顔を歪めたシェイクスピアは、暫く考える素振りを見せた後に、一つ頷いた。

 

 

「……ふむ、よろしい。

我が作品以外を読むことはしない……が、これは特別です。

良いですか?聞き逃すことは許しませんよ!!

 

 

 

『獣たちの戦いが世に終わりをもたらす時

 

冥き空より、女神が舞い降りる

 

光と闇の翼を広げ至福へと導く『贈り物』と共に』」

 

 

 

 

それは、なんとも飾りのない言葉であった。

淡々とした短い言葉であったが、それは、何かを感じさせる響きを持っていた。

読み手があのシェイクスピアであることも影響しているのだろう。

言葉の一つ一つに乗せられたアクセントが、込められた神秘性をより際立たせる。

誰もが聞き入るであろう、うつくしい朗読であった。

 

 

「序章、か」

 

 

魅力的に彩られた言葉たちに、セフィロスは溜息を零す。

どうやらその詩は、自分への呪いでもあるらしい。

まさか、此処でも耳にするとは、と目を細めたセフィロスに、ダヴィンチが歓喜の声を上げた。

 

 

「やっぱり、知っているんだね。

このダヴィンチちゃんの勘に間違いはなかった、ってことかな」

 

「……毎日聞かされれば、嫌でも憶える」

 

「え、毎日?」

 

「……そうだな、……その、話から始めよう」

 

 

耳朶を打つ低音は、いつもよりも穏やかな響きを持っていた。

それに目を瞬かせたダヴィンチは、セフィロスを囲う英霊たちに目を移して、なるほどと呟く。

漸く重い口を開く気になったか、ギルガメッシュとアンデルセンが鼻を鳴らしたその時である。

 

ぬと伸びてきた重々しい影が、長机に掛かった。

 

 

「……君たち。いつまで話し込んでいるつもりかね?」

 

「無粋極まりないな、贋作者(フェイカー)

今我は忙しいのだ」

 

「はあ、どうせ長い話になるのだろう?

それならば食事をさっさと済ませてからにしてくれたまえ」

 

「あー、忘れてたぜ。そういや飯食いに来たんだよな」

 

 

腕を組んだ赤い弓兵が仁王立ちをして、セフィロスたちを見下げる。

けらけらと笑う燕青を一睨みしたエミヤは、盛大な溜息を吐いた。

 

 

「片付けが終わったら、食堂を開放しよう。

……それで良いだろう?」

 

 

実は、さり気なく近くの席を陣取り耳を傾けていた英霊たちがいた。

食堂にいる全員に聞こえるように告げられた言葉に、仕方ないと言わんばかりに皆が立ち上がる。

 

セフィロスの話に集中していたリツカは、改めて驚きを示す。

薄々勘づいていたが、リツカとはまた別の意味で、セフィロスには英霊を引き寄せる何かがあるらしい。

 

何故か王自らが休憩だと音頭を取る姿に、やっと夕食の時間となりそうだとエミヤはキッチンへと戻る。

 

 

「くくっ、自分が聞きたいからとはいえ……良く言うぜ」

 

 

いつの間にか後ろにいた青い衣の英霊は、低く喉を震わせた。

エミヤの真意を手に取るように察したようである。

仲が良いんだな、と呟けば、殺気を押し出した目でセフィロスを睨み上げた。

 

 

「気色悪いこというなや。あいつの顔にはもう、うんざりしてるんだぜ」

 

「……俺は、お前の顔にうんざりしているが」

 

「つれないねえ。だが残念だ。

まだお前さんには用がある」

 

「……」

 

「そんな顔すんなよ。

……なあ、セフィロス」

 

「……なんだ」

 

「中々、悪かねえだろ?……このカルデアも」

 

 

に、と快活に笑ったキャスターは、セフィロスを見上げる。

先ほどとは違い、猫のように長い瞳孔は何も感情を映さない。

しかし、それでもセフィロスという男の中で、何かが変わりつつあるのを、キャスターは察していた。

 

 

「騒がしくて、落ち着かんな」

 

 

確かに、研究所の機械音だけが、唯一の音であったあの時とは真逆であった。とは思う。

そして、異質で異端な力を浮き彫りにさせ、持て余していたあの時とは……。

仲間は多く在った、しかしその大半がセフィロスを敬遠した。

友と呼べる存在は在った、しかしそれも脆く崩れ去った。

 

確かに、カルデアでは全てが覆った気が……していた。

 

 

「王様」

 

「なんだ、リツカ」

 

「約束の場所って、どこにあるのかな?」

 

「知らん。……それを知るのは、古代種だけだ。

あやつらにしか、わからぬ事だ」

 

「……どうやったら、わかるんだろう」

 

「文献には、旅の果てに感じるとしか書かれていない。

憶測に過ぎんが、辿り着けば自ずとわかるのだろう」

 

「なら、さ。……俺、思うんだ」

 

「なんだ?申してみよ」

 

「このカルデアがーーーーーー」

 

 

 

何処からか現れたのかキャスターが、セフィロスに何かしらを話しているのを遠目に見ながら、リツカはギルガメッシュに話しかける。返される言葉も、態度も高圧的ではあるが、それは悪気のあるものではないので、リツカはもうすっかり慣れてしまっていた。

 

そして、リツカの言葉にギルガメッシュは声高らかに笑った。

 

 

「ふはははははっ!!それは、……それは面白い!!

はははっははは……っ!!なんと、凡庸で粗雑な言葉だ!!

だが、良いぞ!!その物語(チープさ)も悪くはない…っ!!

あー笑った、久しぶりに我は、笑ったぞ……!!」

 

 

遠くからエミヤの怒鳴り声が聞こえた来た気がするが、ギルガメッシュは機嫌良く笑い続ける。

そして、訝しげに視線を向けてくる英霊たちを気にすることなく、にやりと口角を上げた。

 

 

 

 

約束の地(カルデア)……か。悪くない響きだ」

 

 

 

 

突如食堂に響いたギルガメッシュの笑い声に、キャスターとセフィロスもそちらへと視線を移していた。

悪い顔してんなあ、と呆れたように零したキャスターは、再びセフィロスへと視線を戻す。

 

 

「なあ、あの伊達男(シェイクスピア)が読んだ詩をお前さん、知っているんだろう?」

 

「……まあ、な」

 

「なんて言うタイトルなんだ?」

 

「LOVELESS……。破滅の物語(うた)だ」

 

 

静かにそう告げたセフィロスは、空を見上げる。

硝子越しにも充分に伝わるその瞬きが、何かを訴えるように煌いた。

 

 

 

 

 

落ち着きのない光が示すのは、動乱の幕開け。

 

……そして、変化の兆しでもあったのだ。

 

 

 

 

 

***

シェイクスピアのセリフは、上から順に

マクベス、ハムレット、ヴェニスの商人から引用しております。



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閑話
片時の交差①


番外編その①
前編:vs 施しの英雄
後編:動き出す鬼神


軽やかな足音が、廊下を駆けていく。

柔らかな黒髪を、風に靡かせながら。

カルデアのマスターリツカは、今日も忙しなく施設内を走り回っていた。

 

 

「よお、マスター。そんなに急いでどうした?」

 

「キャスター!!良いところに!

ねえ、セフィロスを知らない?」

 

「あー。アイツなら、いつものトコだろ」

 

「もう!いつものトコが、いくつあると思っているのさ!」

 

「まあ、気紛れな奴だからなあ」

 

「キャスターには言われたくないと、思うよ」

 

 

進行方向から姿を現したのは、杖を抱えた青い髪の英霊であった。

リツカは探し人と仲の良い英霊を見つけたことで、声を弾ませた。

ちなみに仲が良いかどうかは、あくまでも彼目線から見ての話しである。

 

 

「そうさね。今日は天気も良い、きっと屋上にいるんじゃねえの?

トレーニングルームにはいなかったしな」

 

「そっか、ありがとう!行ってみるよ」

 

「おーっと。待て待て、俺も行く」

 

「キャスターも?」

 

「ああ、用があるんだ」

 

 

考えるように顎に手を当てたキャスターが、考えられる場所を告げる。

確かに今日は珍しく良く晴れた日である。

そして、探し人は空に近い場所を好むのを知っていた。

リツカは一つ頷くと、屋上への階段がある方へと足を向けようとしたが、がしりと肩を掴まれて呼び止められる。

思わず苦い顔で振り返ると、そこには企みを含んだ顔があった。

 

 

「構わないけど……。喧嘩しないでよ?」

 

「ははっ。そりゃ、その時の気分さね」

 

 

飄々と笑ったキャスターは、疑心を滲ませるリツカを促すと共に屋上へと上がった。

そして、重々しい鉄の扉を開け放つ。

常に暗い雪雲に遮光された空は、久しぶりにその瑞々しい青を露わにしていた。

カルデアに来る前は当たり前にあった、そのうつくしさを改めて心に焼き付ける。

暫くその青に見入っていたが、空よりも深い青を持つ英霊が、ふと息を零した音に我に返った。

 

 

「爽やかな蒼天には、合わねえなあ……アレ」

 

 

重厚な存在感が、静かに佇んでいた。

滑らかな銀髪を、風に遊ばせながら。

屋上に置かれた避雷設備の上に、リツカの探し人はいた。

 

キャスターの言葉に、思わず苦い笑いが零れる。

確かに透けるような空の下では、探し人の存在感が浮き彫りとなってしまっているのが、リツカにもわかった。

 

 

「さーて、どうすっかね。

俺は弓兵(アーチャー)でも槍兵(ランサー)でもねえ。

となれば……。方法は一つだな」

 

「え、ちょ、ちょっと待っ「ansuz(アンザス)!!」

 

 

リツカの制止など間に合う筈もなかった。

もし近くにあの銀の男がいれば、待てが出来ない犬か、と呆れていただろう。

いや、もしかしたら聞こえていて、心の中で呆れているのかもしれない。と想像できるくらい、リツカはかの男の性格を理解しつつあった。

 

ぽう、と浮かび上がった魔法陣とルーン文字が、キャスターの詠唱により炎を呼び出す。

それはとても良く見慣れたもので、とても頼りになる魔術であることは、何度も助けられているリツカは身を以て知っていた。しかし、それはあくまでも戦闘においての話だ。

放たれた炎の玉が、真っ直ぐに向かった先……それは。

 

 

「……」

 

「おっと!あっぶねえな」

 

「わっ、!」

 

 

銀の男は、振り向き様に居合の構えを取ると、向かって来た炎を切り裂いた。

二つに分かれた炎は空中で爆発し消失する。

しかし、それだけではない。

炎を裂いた斬撃波は止まることなく、むしろ勢いを増してキャスターへと迫った。

隣にいるリツカからすれば、完全なとばっちりである。

 

口では慌てた素振りをみせつつも、冷静にリツカを担ぎ上げたキャスターは、横へと飛び退く。

キャスターの髪を掠り、床を削ったそれは随分な手加減がなされていることが窺えた。

もし本気であったならば、施設が半分に分かれていた可能性だってあるのだ。

冷や汗を流したリツカを、心底愉快そうな顔をしたキャスターが地面へと下す。

リツカは不機嫌そうな顔で、キャスターを睨み上げた。

 

 

「……迷惑な奴だ」

 

「セフィロス……!」

 

 

重力を無視したように、リツカたちの前に飛来した銀の男が溜息を吐いた。

己の心を代弁した言葉に、リツカは深く頷く。

二人の反応を意に介した様子を微塵も感じさせないキャスターは、悪い笑みを浮かべて、セフィロスを見る。

 

 

「鴉を撃ち落とそうとしただけさね」

 

「……待ても出来ない、吠えるだけの犬に何ができる」

 

 

青い瞳を流して吐き捨てたセフィロスに、キャスターは笑みを浮かべていた唇を引き攣らせた。

同時に、どこからかぴきりと亀裂の入ったような音が聞こえた気がする。

瞳の色を変えたキャスターは、ゆっくりとセフィロスに近づく。

 

セフィロスがカルデアに来て日は浅いが、色々な意味で深い。

なので、リツカはこの先の展開の先が見えてしまっていた。

 

 

「そ、そうだ!……セフィロスに、用があったんだけど……!!」

 

「……」

 

 

慌てて二人の間に身を挟んだリツカに、セフィロスは手にした刀を納める。

キャスターは渋々といった様子で、身を引いた。

揃って向けられた青と赤の瞳に、仲が良いなら一々喧嘩しないで欲しいと、心の中で思うリツカを誰も咎めはしないだろう。

 

 

「データを、取らせて欲しいんだってさ」

 

「……散々取っただろう」

 

「今までのとは違って、……えーと、セフィロスの体は英霊と同じなんだから、強化は出来るんじゃないか、って」

 

「別に、必要性は感じないが」

 

「た、確かにそうだけどさ」

 

「良いじゃねえか、セフィロス。

中途半端な力なんざ、いざってとき役に立たねえからよ」

 

「……」

 

 

英霊の力を限界まで引き出すために、協力を惜しまないことも、マスターとしての役目だとリツカは思っていた。英霊が不自由なく力を揮うことは、リツカの、ひいてはカルデアのためになる。……という考えも出来るが、リツカの考えはそうではない。

 

人理修復を成し得た今も尚、リツカは自分を未熟者だと思っている。

魔術師とはいえない、一般の人間なのだ。

自分自身には戦う力はない。知識もない。

それならば、代わりとなってくれている英霊たちに、せめてもの出来ることをする。

それが、彼の信念でもあった。

 

リツカを導いてきた杖は充分にそれを知っていた。

だから、助太刀をしたのだ。

呆れるほどのお人好しであり、決して損得勘定だけでは動かない、人間としてのリツカを気に入っていたからである。

 

セフィロスは黙したまま、扉の方へと足を向ける。

その行動に慌てたリツカが制止の声を上げようとしたが、横から聞こえた笑い声に気を取られ言葉を飲み込んだ。

 

 

「……行こうぜ、何処でやるんだ?」

 

「え、えーと、談話室だったかな」

 

「ほう?医務室じゃねえんだな」

 

「データを取るだけだから、どこでも出来るみたい」

 

 

に、と笑ったキャスターに背中を押され、黒いコートの後に続く。

そうして、リツカはやっとセフィロスが無言の肯定をしたのだということに、気が付いた。

言葉足らず、とは誰が言ったか。確かにそうだな、とリツカは微笑みを浮かべながら心の中で同意した。

 

 

 

***

 

 

 

上品な深い紅の絨毯が敷き詰められ、少し照度の落された部屋は、落ち着いたBarのような雰囲気を醸し出している。

高い天井から下がるシャンデリアの、カットされた宝石の光が至る所に散らばっていた。

どうやらセフィロスが来ることを察していたらしい。

揃えられた器具を手にしたドクターが、ふわりと微笑んだ。

 

 

「ああ、良かった!!来てくれたんだね」

 

「……随分、便利な眼だな」

 

 

準備満タン、といった様子で満面の笑みを浮かべるドクターは、セフィロスの呟きにも、にこりと笑うだけであった。

リツカと何故か付いてきたキャスターも、その様子に苦笑いを浮かべつつ、ソファーへと腰を下ろす。

部屋の雰囲気に似合いの革製のソファーは、王様たちが拘っただけあって、柔らかく体を包み込んだ。

ぼふりと沈む体に、リラックスしながら、リツカはセフィロスの様子をのんびりと見ることにした。

 

 

「さあ、はじめようか。リツカ君から聞いたかい?」

 

「ああ」

 

「なら話が早いね。今回はすぐに終わるさ」

 

 

英霊のように強化出来るか否か、それだけの検査ならば簡易的な装置で行えるらしい。

手袋を外すようにだけ指示をされたセフィロスは、常に装着している手袋を外す。

そうして、ソファーに座ったセフィロスは、ふと扉の方に視線を向けた。

 

一拍置かずに開け放たれた扉から、飛び込んで来た影は、迷うことなくセフィロスの方へと走り出した。

 

 

「おにいちゃん!!」

 

「……」

 

 

たたた、という助走を付けて床を蹴った軽い体を受け止めることなど、容易いことだ。

何故この英霊にこんなにも懐かれているのか、セフィロスはただ溜息を零す。

膝の上に座った英霊…ジャック・ザ・リッパーは、アサシンとしては成熟している。

殺人を行うための、術も、知識も、充分に兼ね備えているのだ。

しかし、ジャックという一つの体に収まっているのは、数多の哀しい子供たちである。

故に、子供の純粋さ、残酷さ、好奇心旺盛さを持つと共に、産まれざるものたちの、願望と怨念を抱えているのだ。

非常にアンバランスで、危うい存在ともいえよう。

 

恥ずかしがりという一面も持っているため、昼間はあまり出歩こうとしないジャックが姿を見せたことに、リツカは驚きを隠せなかった。

 

 

「おいおい、そんな朴念仁が兄貴じゃつまんねえだろ」

 

「そんなことないもん!!おにいちゃんに、意地悪するならバラバラにしちゃうからね」

 

 

べ、と赤い舌を見せてキャスターを睨むと、セフィロスへと凭れる。

ダヴィンチが言ったように、揃いの銀髪と少し似たような瞳の色とを見ていると、兄妹のようにも親子のようにも見えてしまう。

くすくすと、笑みを零しながらも測定器をセットしたドクターは、柔らかな眼差をジャックに向けた。

 

 

「ジャック。少しおにいちゃんは検査があるから、おかあさんのところに行ってくれるかな?」

 

「いや。私たち、おにいちゃんが良い」

 

 

ぐさり、と言葉の刃はリツカへと刺さった。

途端に堪える気もなかったであろう笑い声が、隣の青い英霊から上がる。

身を返したジャックは、ぎゅ、とセフィロスの腰へと抱き着いた。

相手が幼子なだけに、対処が思い付かないセフィロスは、もう一度深い溜息を零す。

 

 

「……好きにさせておけ」

 

「ほう、随分優しいじゃねえかオニイチャン?」

 

「……切るぞ」

 

「やれるモンならな?」

 

 

セフィロスは、子供と接したことが殆どなかった。

あるとすれば、実験体として選ばれ、用済みとなった子供たちの処理の時だけである。

それにあの宝条は、生物の倫理を犯した研究も行っていた。

実験体の一人であるセフィロスは、成功した作品だ。逆を言えばその裏には、数多の失敗作がある。

 

ジャックという英霊はセフィロスに、何かを感じているのかもしれない。

そして、セフィロスがジャックを強く拒絶出来ない理由も、そこにあるのだろう。

 

緩やかに弧を描いた唇とは、似合わない赤い瞳が、じっとセフィロスを見据える。

それに気付かない振りをしながら、セフィロスは、検査のためにドクターへと手を差し出した。

 

 

「ふむ、……」

 

「もう結果がわかるの?」

 

「ふふ、あの天才(ダ・ヴィンチ)が作った検査器具だからね。

手を翳すだけである程度ならわかるのさ」

 

 

ピピという軽い音を立てた機械に、表示された数値を読み取ったドクターは眉を顰めた。

そこに表示されていたのは、やはり今までの英霊たちとは異なるものであったのだ。

その顔を見たリツカは、不思議そうに声を上げる。

表情を明るいものへと戻したドクターは、にこりと笑いそれに答えた。

 

 

「結果的に言うと、セフィロスを強化するのは……可能だと思う」

 

「え、ほんと……?」

 

「ああ、だが……今は、無理だ。

必要となる素材の割り出しと、……まあ、色々と必要になるからね」

 

 

目を輝かせたリツカは、セフィロスの方へと視線を移す。

そこには、相変わらずジャックに懐かれている姿があった。

そして、どうやらセフィロスの髪が気に入ったらしい。

ジャックは、流れ落ちる銀の糸を三つ編みをするように、弄っている。

暗器を器用に繰る手は、狂いなく均等に編み込みを続けており、ジャックの目も真剣そのものであった。

もしこの場にナーサリーライムなどがいたら、更に盛り上がっていただろう。

 

以前に餌食になったことがある、キャスターが遠い目をしているのを、リツカは見逃さなかった。

 

 

「アレ、中々解くの大変なんだよなあ」

 

「……セフィロスの髪も長いものね」

 

 

この後、ジャックがセフィロスにお揃いにして欲しいと、散々強請った為に、もうひと騒動起きることになったのだが、それはまた別の話としよう。

 

 

 

 

セフィロスの検査が終わった頃には、ジャックはすっかり眠りに就いていた。

人懐っこく見えて警戒心の強い英霊は、人前で寝ることはしない。

ドクターに生暖かい目で見られつつも、セフィロスはジャックをリツカに預けた。

しっかりと握られた手を離させるのは、とても苦労したが。

 

何か用があるらしいドクターにキャスターが応じている姿を横目に、談話室を出る。

呼び止められた気もしなくはないが、キャスターからの用件など想像に容易いのだ。

 

さっさと自室へ戻ってしまおうと、廊下を歩いていると、カルデアに来たばかりの頃とは違う友好的な眼がセフィロスを見た。擦れ違う英霊たちに軽く声を掛けられるが、好戦的なものはいなかったので、何事もなく済んだ。

 

 

「片翼の男よ」

 

 

良く、通る声がセフィロスを呼び止めた。

窓から射す太陽の光を纏いそこに佇む英霊に、セフィロスは目を細める。

それが、賢王(ギルガメッシュ)とも違う高位の存在であることを察した。

『静』であり『動』でもある、天秤のような男だと、英霊の瞳を見る。

 

 

「……ランサー。真名……カルナという」

 

「……そうか。施しの、英雄か」

 

 

細身の体に金の鎧を纏い、胸元には赤い石が埋め込まれている。

施しの英雄カルナは、ただその目で、セフィロスを見ていた。

 

 

「お前も、苦しみ足掻く者か。

しかしそれは、本当にお前が背負うものなのか?」

 

「……何を、言っている」

 

「気付いているのだろう。しかし、見ぬ振りをしている。

だがそれを背負う故にお前は、お前なのだろうな」

 

「……」

 

「俺は、その瞳を知っている。だからこそお前の前にいる。

審判者を気取るつもりはないが、その瞳を持つものの末を知るものとして、

お前がそれに耐え切れる男かを見定めさせてもらいたい」

 

 

万人に対して平等であり、万人を『それぞれの花』として敬うカルナは、優れた人格者でもある。

その生い立ちは華々しいものではない。

母に捨てられ、身分制度に苦しめられ、優れた才能や知能を有していながらも苦難を辿ったカルナは、それでも尚、誰も憎むことはしなかった。

苦難の中で様々な人間を見てきたからこそ、気付いたのかもしれない。

神さえも認めた高潔な精神を映し出す、瞳は、セフィロスの抱えるものを見透かしたのだろうか。

迷いなく紡がれるそれは、純粋な疑問と確信だけを含んだ言葉であった。

 

カルナは、探る者でもなんでもない。

ただその在り様を問う者であった。

 

ふと、息を吐いたセフィロスは、自室へと向けていた足を反した。

それを察したカルナは、それ以上言葉を発することなく、セフィロスと共にトレーニングルームへと赴いたのである。

 

 

 

***

 

 

 

カルデアに召喚されてから日は浅いが、その中で大半の時間を過ごしたトレーニングルームに訪れるのは、もう何度目であろうか。その中で、様々な英霊と剣を合わせて来たが、今回は特に厄介だろう。

スカサハと同じか、もしくは……。結果として、セフィロスの考えは当たっていた。

 

神をも殺すという雷の槍は、盾や城壁などの物理的なものや魔術などのバリアなどを含めた、防御という概念、いや『存在』すらも燃やし尽くし、無へと還す。

その大槍を流れるように操る技量は、破格の大英雄故のものであろう。

正確無比にして神速を誇る刺突は瞬く間に急所を穿ち、太陽神としての性質も兼ね備えるカルナから放たれる劫火は、まさに太陽の如く地上を焼き尽くす力を持つ。

そしてこの炎を翼のように広げ、噴射することで驚異的な飛行能力も得られるのだ。その速さはジャンボジェットを凌ぐというのだから、並大抵の敵では空中戦でも勝ち目はないだろう。

まさに、桁外れの戦闘力を誇る英霊であった。

 

このカルナの最大の武器は『意志の強さ』にある。

腕を切られようが、臓器を抉られようが、彼が膝を付けることはあり得ない。

どのような致命傷でも、カルナにとってはその限りではないのだ。

 

 

「……っ」

 

「なるほど……数多の英霊たちが、お前と剣を合わせたがる理由は解した。

そしてそれをお前が拒まない理由も、な」

 

 

敏捷はカルナの方が上回っていた。

傷を負うことは避けられたが、攻撃を繰り出す速度の差でどうしても押されてしまう。

そして、これは肉体のみの戦いではない。精神の強さも試されているのだ。

セフィロスは剣を振るうと、同時に召喚魔法を発動させる。

 

 

「ダイアモンドダスト、シヴァ」

 

 

青い光を帯びた魔法陣が浮かび上がり、セフィロスの詠唱に応じるように姿を現したのは氷を司る女神であった。

その名に相応しい美貌と肢体は、神でさえも魅了する。

優雅に微笑みを浮かべた女神は、氷を纏い万物を凍らせる息吹を放つ。

 

太陽神の加護を受けたカルナの炎を掻き消し、凍てつく世界を造り上げた女神は、ふわりと消え去った。

そして止まった世界に、新たな斬撃が刻まれる。

氷に阻まれ、全体的な攻撃速度が低下したカルナに、セフィロスの重い一撃が与えられた。

 

 

「ぐ……っ!」

 

「絶望するがいい」

 

 

再び放たれた炎に、音を立てて氷が崩れる。

カルナ相手では、足止め程度の効力しかないことはわかっていたので、出来た隙を狙い次々と術を放つ。

刀に纏わせた魔力を振り下ろすと、たちまちその魔力は、闇となりカルナの体力と魔力を根こそぎ奪う。

しかし、クーフーリンオルタすら膝を付いたその攻撃に耐えたカルナは、その槍でセフィロスの追撃を受け止めた。

 

 

「さあ、玩具の槍は片付けろ」

 

「出直すがいい」

 

 

それは、様子見から本気へと切り替わった瞬間である。

燃え盛る炎を出現させたカルナは、ふと微笑む。

セフィロスという男の、本質をこの短い戦いで掴んだのだ。

そしてその在り様を彼は静かに、受け入れた。

 

その笑みをなんと捉えたのか。

目を伏せたセフィロスの、背中から現れた黒き片翼が空へと伸びる。

 

お互いに、小手先だけの攻撃など通用しない体であった。

そして……致命傷だけでは、物足りない体であった。

だからこそ、存分に力を揮えるというもの。

互いは互いに、それを感じ取っていた。

 

床を蹴り上げたのは、ほぼ同時。

そして、槍と剣が交差する、その瞬間。

 

 

「おい、……誰の許可を得て、戦っている?」

 

「ちいと頭に血が上り過ぎだぜ、お二人さん」

 

 

カルナの槍が棘の槍に阻まれ、朱の槍がセフィロスの剣が受け止めた。

施設ごとぶっ飛ばす気かよ。と呆れた顔をしたランサーに、セフィロスは剣を下ろす。

加減して戦っていたつもりであったが、どうやら言われた通りであったらしい。

続いて槍を下ろしたカルナは、いつの間にか冷静さを欠いていた己に気が付いた。

 

 

「……そうか、そうか。すまない、オレは……オレを、忘れていた。

ふむ、不思議な気分だ。セフィロス。お前はどうやら英霊(オレたち)を縛る宿婀を忘れさせる力があるようだ。

だからこそオレは何もかもを忘れてただ、戦士(クシャトリア)として戦おうとした。

ああ、そうか……。お前たちも、そうなのだろう?」

 

「ははっ、相変わらず小難しく考える奴だな。

俺はこいつと戦いたいから、戦った。それだけさ」

 

 

心地の良い気分だ、とカルナは言った。

彼は全て偽りなくただそれを受け入れる、気高き者である。

しかし、その心は消化しきれないものに雁字搦めに縛り付けられていた。

生前、血の繋がった兄弟との敵対をはじめ、様々な悲劇を背負い、真価を発揮することが出来ずに命を落とした英雄は、英霊となった今も、それを背負っていた。

 

しかし、身の丈を優に超す剣と己の槍が交わう度に、それが昇華されていくような気がした。

一時的なものであったとしても、その心地良さは、尚胸に残っていた。

 

 

「……今度は、もっと広い場所で。そうだな、遮るものが何一つない広大な大地のもとで、お前と打ち合おう。

その大いなる意志も力も、偽りのものではない。

俺が打ち倒す価値のあるものだ」

 

 

微かな微笑みを浮かべたカルナは、セフィロスたちに背を向けると、静かにトレーニングルームを出て行った。

元々カルナが知りたかったのは、セフィロスの剣ではないのだろう。

 

顕現させた剣を納めようとした所で、不意に横から感じたそれを弾く。

 

 

「不完全燃焼、って面してんじゃねえか」

 

「……」

 

 

にい、と笑みを浮かべたクーフーリンオルタに、セフィロスは溜息を吐く。

ぎらりと光る赤い瞳が四つ、闘志を纏う槍が二本、突き付けられた。

 

 

 

***

 

 

 

「あれ?セフィロスは?」

 

「あの野郎……っ、逃げやがって」

 

 

リツカ達がセフィロスの自室へと訪れると、そこはもぬけの殻であった。

リツカからの、そしてキャスターからの話はまだ残っていて、彼らはまたセフィロスを探す羽目になったのだが、今度も足取りが掴めない。

 

 

「……また、捕まってんのかなあ」

 

「そうだと思うぜ?となるとトレーニングルームだろ」

 

 

好戦的な英霊と顔を合わせればまず、絡まれる特性を持っている銀を頭で描いたリツカは、キャスターと一緒に踵を返す。そう言った意味では、今一番忙しい男であろうと苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 

 

「マスター」

 

 

 

 

 

不意に後ろから聞こえた、その声にリツカは思いっきり肩を跳ねさせた。

淑やかで落ち着いた声は、とてもうつくしい音色だが、その反面を考えると聞き惚れてもいられないのだ。

恐る恐る振り返ったリツカは、いつからだかそこにいた英霊に、引き攣る唇を何とか動かす。

 

 

「……頼光、ど、どうしたの?」

 

「ふふ……少しお話がありましてね。

今宜しいですか?」

 

「うん、良いよ」

 

 

紫を基調とした衣に、艶やかな黒髪を垂らした優美な女性の英霊は、穏やかに笑んだ。

頼光と呼ばれたこの英霊、こう見えてもバーサーカークラスに属する強者である。

彼女は『懐に入れたもの』を『愛する』母性の強い女性であった。

しかし、それは息子と思い入れたものに対する、異常なる愛でもある。

マスターリツカも、その枠内に入れられそうになったところを、ぎりぎり踏み止まってもらっている状態でもある。

見識にあふれた良識人にも見えるが、一度暴走すれば、息子(いとしいもの)のためならば、世界を敵に回すという、ぶっ飛んだ考えの持ち主でもあった。

 

うっとりとした彼女の顔を見たリツカは、何故だか嫌な予感に苛まれたのである。

 

 

「あの、うつくしい銀髪の(かた)は……セフィロスというのですね?」

 

「え、あ……うん」

 

「そう……。セフィロス……。

ああ、なんと悲しい目をしているのでしょう!

あの(かた)のあの瞳を見た時から……(わたし)は、いてもたってもいられないのです!!

ええ、ええ。マスター、きっとあの(かた)は、さみしいのですわ。

(わたし)には良くわかるのです。

ですから……申し訳ありません。少しだけ、マスターの傍を離れることをお許し下さいませ」

 

「え、え…、えええ!!ちょ、ちょっと、頼光!!待って!!

それはまずいって、もういない!!」

 

 

手を胸の前でぎゅと組んだ頼光に、目を見開いたリツカは唖然として言葉を失くした。

はっと我に返り慌てて叫ぶものの、流石バーサーカークラス。思い込んだら一直線である。

顔を青白くしたリツカは、体中に冷や汗が流れるのが分かった。

 

 

「ど、どうしよう……キャスター!!」

 

「……やべえな」

 

 

様々な英霊に喧嘩を吹っ掛けられるセフィロスに、もしあの頼光が付き纏ったら、色々な意味でカルデアは崩壊するであろう。そして、そろそろセフィロスの胃に穴が開くであろう。

キャスターすらも、唇を引き攣らせたこの事態が、更に大きくなっていくことになるのだが……。

 

遠くで聞こえた聞き慣れた悲鳴に、リツカは遠い目をするしか出来なかった。

 

 

 

 

 

*終わり*



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片時の交差②

番外編その②
前編:音楽家と王妃様
後編:3本の朱槍と1本の杖


充実した設備を誇るカルデアでは、造り替えがなされることが多々ある。

それは、様々な分野で名を遺した英雄たちが持つ強いこだわり故のことだ。

 

例えばトレーニングルームは、主に戦闘に長けたものたちが全力で楽しめるよう強固な造りとなっている。

最近では、シミュレーションの導入により戦闘場所(ステージ)が指定出来るようになった。

それとは別にシミュレーションルームもあり、此方は戦闘に不慣れな英霊であったり、そもそも英霊であることに慣れていない者たちが、体を慣らす為に使用している。

 

また、娯楽室では古代のものから現代のものまでの『遊び道具』が揃っており、日本のテレビゲームも大いに人気を誇っていた。

 

このように、多くの設備が充実したカルデアでは、任務が入っていない英霊たちがそれぞれ好きに楽しんでいる。

各分野で才能を見せた英霊たちは個性が強い者が多いので、書斎から出てこなかったり、夜にしか行動しなかったりと、生活リズムはバラバラであるものの、それぞれが充実した日々を過ごしているのだ。

 

 

「……」

 

 

セフィロスもまた、自室やトレーニングルーム、屋上といった、ある程度居場所が決まっている一人である。

最近は任務の入っていない日は、賢王に仕事を振られたり、王たちと言葉を交わしたり、騎士たちと剣を合わせたりと、中々に多忙なスケジュールをこなしていた。

要するに、神羅の英雄(ようへい)であった頃と変わらない日々を送っていたのである。

 

そして、久しぶりに訪れた休日の始まりは、賢王に渡された書類の消化からであった。

どう判断したのか、セフィロスを使える人材として認識したらしい。

自分を容赦なく手足として使おうとする賢王に、力を貸してはいるものの、それは決して『タダ働き』ではない。

賢王に『とある交換条件』を取り付けたセフィロスは、ジェノバや星の命(ライフストリーム)の恩恵が宿る、という点で類稀なる、その頭脳を回すことになったのだ。

 

 

「おーい、セフィロス。

起きてっかって、まあお前さんが寝てるとこ見たことねえが」

 

 

ノックもせずに入ってくるのは、同じ顔故の特徴の一つであろうか。

確かに、鍵は掛けていないのが悪いと言われればそこまでだが、それを差し引いても粗暴な男であるとセフィロスは眉を顰めた。

一通りの礼儀を知っている癖に、最低限の所以外ではそれを発揮しようともしないのは共通点であろう。

とはいえ、これがどこぞの騎士王のように礼儀正しくても気持ちが悪いだけかと、セフィロスは些か理不尽とも言える思考を溜息に代えて吐き出した。

 

無造作に跳ね上がる群青色の髪に、快活そうな赤い瞳を緩めた英霊は、クーフーリンの名を冠する者の中で一番若い男だ。プロトタイプのクーフーリンということもあり、マスターリツカ達からはプロトと呼ばれている。

 

ずかずかと部屋に入ってきたプロトに、セフィロスは手元の書類の束を手渡した。

 

 

「また俺にお遣いしろってか?」

 

「使われているうちが華と思え」

 

「相変わらずの横暴ぶりだな。

ま、アンタの頼みなら聞いてやらないこともないさね。

その代わり後で俺の相手しろよ?」

 

「……気が向いたらな」

 

 

記憶に在る『とある子犬』を彷彿とさせるプロトを、セフィロスが構い始めたのはいつからであったか。

他のクーフーリンと比べると、未成熟故の青臭さが残る彼は一言でいうと扱い易い。

セフィロスが彼にある程度の勝手を許すのは、そのような面を気に入っているからかもしれなかった。

 

 

「そーいや、マスターが探してたぜ」

 

 

談話室にいるんじゃねえかな、と言って笑ったプロトはどうやらセフィロスを呼びに来たらしい。彼の言葉にそうかと、一つ頷いたセフィロスは、その儘部屋を出て行った。

 

 

「って、そのついでにコレ渡してくれば良い話だろ……。

はー、全くとんだオヒメサマだぜ」

 

 

それを見送ったプロトは、はっとしたように声を上げた。

しかし、その物言いや性格など何処かスカサハにも似ているセフィロスに、彼は何だかんだ逆らえず言うことを聞いてしまう。

当然の如く人を使うので、流されてしまうのである。

やれやれと肩を竦めたプロトは、渡された紙の束を抱えて部屋を出て行った。

 

 

 

***

 

 

 

その扉が開かれていることに気が付いたのは偶然であった。

防音の為か、常に閉ざされている重厚な造りの扉は、掌ほどの無防備な隙間が出来ている。

隙間からは赤い絨毯に覆われた室内が窺えた。

主に『音楽』に関する英霊たちが集うその部屋は、ピアノをはじめ様々な楽器が並んでいる。

 

常に音が絶えない部屋だが、どうやら今は空いているらしい。

セフィロスは、暫く何かを考えるように立ち止まっていたが、ゆっくりとした足取りで赤い絨毯を踏み締めたのだ。

 

教会のそれと似た、ステンドグラスがうつくしく並ぶ室内は、荘厳な造りとなっている。

一切の雑音を許さない静寂に包まれた空間を飾るのは、豪奢な花であった。

洋風の花瓶に生けられた花々は、高貴なその身を惜しげなく煌めかせている。

鮮やかなガラスが差し込む光に色を付け、毛の長い絨毯に映えている。その上をセフィロスの影が滑って行った。

 

中央に置かれたグランドピアノは、この部屋の主だといわんばかりの存在感を放っていた。

艶やかな黒い体は、常に適切な手入れがなされているのだろう。

音楽家たちの魂が宿っているかの如く、生きているようにそこに在る。

 

 

「おや、珍しいお客さんだね」

 

 

ふと聞こえた声に、振り返るとそこには赤みの濃い紫を纏う一人の英霊がいた。

癖のある長い金髪を揺らし緑の瞳をセフィロスに向けた英霊は、不敵な笑みを浮かべる。

 

 

「僕はアマデウス、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。

音を以て彩る者(音楽家)さ」

 

 

澄んだ声音がうつくしく部屋に響く。

神の域ともいえるその音感(センス)で、自らの声の響きすらも調整したような、魅力的な音であった。

モーツァルト。音楽史を語る中で絶対に外せない、天才の名。

アマデウス(神に愛されし子)はその名の通り、祝福されし人間である。ただし頭に音楽に関しては、という言葉が付随するが。

 

 

「此処に来たということは、君も何か音楽を奏でるのかい?」

 

「……気まぐれだ」

 

 

セフィロスの息遣い一つ一つに興味を示すかのように、音を探りながらアマデウスは問い掛けた。

ここ最近の騒動の中心にいるセフィロスのことは、彼でも知っていたし、実際に何度か作業妨害をされたこともある。

一応戦う力を持つがどちらかというとサポートに回りたいアマデウスは、武闘派であろうセフィロスがこうして此処に姿を現したことに素直に驚いていたのだ。

戦うものが教養を持たないというわけではないが、カルデア内の傾向を考慮すると、そう思うのも納得出来よう。

 

 

「はは、まあ折角だ。何か弾いていけよ」

 

 

音楽を奏でるのか、という問いに、セフィロスは首を横に振らなかった。

ということは心得はあるということだろう。アマデウスは、それを確信していた。

自分以上の音はないという自負を持つ彼がそう言ったのは、ただの気まぐれに過ぎない。

他人の音が、何かしらのインスピレーションに繋がることもあるので、とんでもない無作法者でない限り、アマデウスは拒否はしないのだ。

 

 

「俺は、「その手袋は取ってくれよ。剣を握ったものだろう」」

 

 

長身の男に近づいたアマデウスは、セフィロスを見上げて言った。

奔放な性格である彼は、一度言い出したら聞かない性格でもあるらしい。

仕方なく手袋を外したセフィロスは、アマデウスにより蓋を開けられたピアノに視線を移す。

白雪を想わせる白鍵に艶やかな黒鍵が引き立つ、調和された世界がそこにあった。

 

アマデウスに言われるがままに、セフィロスはうつくしい彫刻がなされた椅子に座ると、その指を鍵盤へと乗せる。

そうして記憶を手繰るように、浮かんでくる旋律をそのまま音にしていく。

 

瞳を閉じたアマデウスは、珍しく黙したままそれを聞いていた。

 

 

「……心無いメロディ(Heartless melody)だな、セフィロス」

 

 

滑るように動いていた指が止まった瞬間、アマデウスはその瞳を開けた。

表面上はとても美しい、しかし中身が虚無(からっぽ)だ、と音の天才は嘆くように言った。

セフィロスの音は正確無比な、機械的なものであったのだ。

それは、セフィロスにとって音楽というものは、研究データを取る為に与えられた一つに過ぎないからだろう。

誰の為でもないその音は、曲ではない。

ただ楽譜を読み取り音にしただけの心無きものだ、と言われてしまえばそこまでなのだ。

 

しかし、アマデウスはその中に埋もれる一つを見抜いた。

だからこそ、途中で演奏を止めさせはしなかったのである。

 

 

「女神の加護が泣いているよ」

 

「……女神?」

 

「いい鍵盤には女神の加護が宿るものさ。

そして鍵盤は、この僕であり、このピアノである。

演者は時に愛を、時に涙を、時に苦悩を込めて、世界をつくるものだ。

そうでなければ、女神への冒涜に値するからね」

 

 

ぽん、とアマデウスの指が一つの音を鳴らす。

たった一音、それでもその音は星が降りる如くうつくしい響きを孕んでいた。

 

 

「……でも、君に奏でる資格がないとは言わない。

セフィロス。今の君は、芽生えだ」

 

 

音の天才は、音を通して人を知るらしい。

全てを見通した緑の瞳は、揺るぎない自信に溢れていた。

セフィロスが椅子から立ち上がると、アマデウスが椅子へと座る。

 

それと同時に、まるでタイミングを図ったかのように、軽い音を立てて扉が開かれた。

 

 

「ごきげんよう、アマデウス。

……あら、あなたは……天使さま!!」

 

「ぶっ!!アハハハハハハ!!

ま、マリア、て、て、天使って、ハハハハッ!!」

 

「もう!!アマデウスったら、はしたない。

そのように笑うだなんて、失礼だわ」

 

 

可憐な愛らしさを具現化したような少女は、弾むような足取りでセフィロスに近付いた。

彼女の動きに合わせて跳ねる金の糸に、慈しみが滲む青の瞳はあたたかな温度を湛えている。

生まれながらの偶像(アイドル)として、愛し愛されることを人生とした少女は、セフィロスの前で優雅に名乗った。

 

 

「はじめまして、セフィロス。マリーよ」

 

 

国を魅了したその微笑みは、まさにその生き様に似合うものであった。

そこに哀しき王妃の姿はない。陽だまりの中にきらきらと輝く、宝石のような英霊が、セフィロスを見上げていた。

 

 

「そうだ、マリア。君に送りたい曲があるんだ」

 

「まあ!素敵だわ、アマデウス。聞かせて頂戴」

 

「セフィロス。君も聞いていきたまえ」

 

「ええ、ええ。それが良いわ。

ねえ、セフィロス……此方へ。貴方も一緒に聞きましょう」

 

 

滑らかなマリーの手が、セフィロスの手を取った。

そうして、特等席だという場所まで王妃自らエスコートをしたのだ。

その天真爛漫さは、隔たりなく国民を愛した彼女が持つ魅力なのだろう。

あたたかなその手を振り払う隙はなかった。

仕方なくセフィロスは、音楽界至高の聖人が奏でる音楽(せかい)に静かに目を閉じた。

 

 

 

 

 

「君は、何処となく僕の友人と似ているよ」

 

 

演奏を終えたアマデウスは、セフィロスに視線を移すと小さくそう呟く。

その言葉にぴくりと反応したのはマリーであり、一瞬ではあるもののその瞳に影が走ったことに、セフィロスは気が付いた。それは、どんな悲劇があろうとも、常に笑顔で在ろうとする彼女が見せる、珍しい表情(かお)であったのだ。

 

 

「また気が向いたら、弾きに来ると良い。

……君の変化には、僕も興味があるんだ」

 

 

何かを想うようなその瞳は、セフィロスを通して誰かを見ているようであった。

 

 

 

***

 

 

 

「おや、セフィロス。此処にいたのか」

 

 

セフィロスの視界に、赤紫の髪がふわりと広がる。

体のラインに沿ったスーツを纏う影の国の女は、ヒールの音を響かせてセフィロスへと近づいた。

 

 

「ずっと考えていたのだがお主……ランサーの特性もあるだろう」

 

「……使えぬことはないが、必要はない」

 

「まあそう言うな。何事も経験だぞ、セフィロスよ」

 

 

にいと口角を上げた、その笑い方は弟子のそれとも似ていた。

弓を使わない弓兵もいるくらいなのだから今更だが、英霊たちは皆、主なクラスとは別に特性を持っている。

英雄たちは多芸なものが多いので、クラスを越えて武器を振るったり、騎乗スキルを発揮したりと、比較的自由にしているらしい。

 

セフィロスも、剣以外に興味を示さなかっただけで、使おうと思えば使用することは可能だ。

しかし戦力に溢れるこのカルデアで、愛刀以外を振るう理由は無い。

そう判断したのだが、どうやら英霊というのは自分の意見を曲げないらしい。

 

スカサハは、セフィロスの腕を掴むと、その儘トレーニングルームへと向かったのであった。

 

 

「物は試しだ。ふふ……私の教えは、実践あるのみ。

付き合ってくれような、セフィロス」

 

「……それが目的か」

 

「なあに、戯れよ。私は弟子を虐げる趣味はない」

 

 

投げ渡された真紅の魔槍を受け取ると、くるりと回す。

慣れない感覚だが、言った通り使えないことはなさそうであった。

問題は、目の前にいる相手にあるのである。付け焼刃が通じる相手でもあるまいに、とセフィロスは溜息を吐いた。

 

どの口が、とか、いつの間に弟子に数えられていたのか、とか、第三者がいれば口を挟んでいただろう。

 

セフィロスが次に口を開く前に、襲い来た朱色を、朱色で弾く。

こうなっては意地でも槍を使うしか、生き残る術はないだろう。

くつくつと愉快そうに笑う女王は獲物を見定める双眸を煌めかせると、再びセフィロスへと槍を向けた。

勿論、そこに手加減などはなかったのである。

 

 

 

 

 

「派手にやられたな」

 

「見ていたなら、なんとかしてくれ」

 

「そりゃ無理だ。俺にだって戦いたくない相手はいる」

 

 

容赦なく突き立てられた無数の槍を引き抜くと、トレーニングルームの白い床が赤に染まる。蜂の巣となることからは逃れられたが、前に手合わせをした時よりもダメージは大きかった。それもその筈である。慣れない武器を押し付けられ、全力で手合せをさせられたのだ。

 

当の本人は満足げに艶々と顔を輝かせると、またな、という不穏な言葉を残して去って行った。どうやら適いたくない、御眼鏡に適ってしまったらしい。

 

自らに回復魔法を掛けて損傷部位を塞いでいたセフィロスに、足元から声が掛けられる。似て異なる本人より少し高めのトーンの声は、顔を見なくともわかった。

 

 

「塞いだのか」

 

「ああ」

 

 

血濡れのコートはどうしようもないが、傷の方は問題はない。

セフィロスは、床に転がるスカサハから借りた槍を拾い上げる。

すると足元にいたそれは、セフィロスが屈んだと同時に床を蹴り、軽快な身のこなしで体をよじ登った。

肩に座ったそれは、黒い棘を宿した尾をセフィロスの首に巻くと、赤い瞳を向けた。

 

 

「お前も、厄介なのに好かれやがる」

 

「……お前程ではないさ」

 

 

縫いぐるみのような小さな体に鋭い目と尻尾を持つ小さな獣は、クーフーリンの名を持つ一人でもあった。

その精神(なかみ)は狂王そのものであり、異なるものだ。

マスターリツカがバレンタインのお返しとして受け取ったらしく、クーちゃんという可愛らしい愛称で呼ばれているが、その力は決して可愛らしいものではなかった。

 

ちなみに、以前セフィロスの寝床に潜り込んでいた所を引っ張り出したのが、二人の出会いである。

 

 

「血生臭ぇ、さっさと着替えろ」

 

「言われずともそのつもりだ」

 

 

会話自体は淡々としているが、相性は良いらしい。

テンポ良く会話を重ねながらトレーニングルームを出ると、遠くから勢い良く何かが近付いて来るのがわかった。

 

 

「あーーーーーっ!!クーちゃん、此処にいたのね!!!!」

 

「うるせえ、チー鱈ぶつけんぞ」

 

 

風に靡くピンクの髪に、勝気な金の瞳が星のように輝く。

勢いに任せて姿を現したのは、白い衣を纏うコノートのうつくしき女王であった。

肩に座るクーにそう声を上げると、彼女はぐとセフィロスへと詰め寄る。

 

 

「あら、貴方が……片翼の。うん、いい男じゃない!!

私はメイヴ。女王メイヴ!私のために戦ってくれる素敵な勇士に、貴方はなって下さるかしら」

 

 

うっとりとした蕩けるような瞳は、メイヴのロックオンのサインであることを肩の上の獣は知っていた。

スイッチが入ってしまったらしい、と面倒そうに目を細めたクーに、セフィロスもまた溜息を吐く。

良い男と財を愛するメイヴは、天真爛漫な少女のようであると共に、淫蕩を好み暴悪さも持ち合わせる破天荒な女性であった。特にいたぶり甲斐がある(打たれ強い)勇士を好むメイヴは、例外なくセフィロスにも目を付けたというわけだ。

 

クーは、彼女が求める男の条件を思い浮かべる。

彼女がもう何度も口にしている為、不本意ではあるが覚えてしまっていたのだ。

『気前よく、嫉妬せず、恐れを知らない勇士』確かに、当て嵌まりそうな気もした。

 

 

「……探し物は見つかっただろう」

 

「うん?あ、いいの、貴方と一緒なら大歓迎だわ」

 

「おい、メイヴ」

 

「きゃあ……セフィロス、貴方血塗れじゃない!

血も滴るイイ男、だけど……折角の綺麗な髪が、痛んじゃう!」

 

「マスターが、呼んでたぞ。さっさと行ってやれ」

 

 

このままだとセフィロスごと彼女の部屋に連れ込まれる、と先手を打ったクーの言葉に、メイヴはぴたりと動きを止める。彼女の優先順位は言わずもがなではあるが、このカルデアにいる間はそうも言っていられないのだ。

 

クーフーリンという男に執着していたメイヴだが、カルデアで過ごす内に彼女の中の蟠りが少し解消されたらしい。

勿論それが失せることはないのだろうが、以前ほど付き纏われなくなったと、彼らは口を揃えて言う。

その変化を齎したのは、マスターリツカの影響でもあろう。

 

実は世話焼きの一面もある彼女は、マスターを時に弟のように面倒を見るのだ。

 

 

「……仕方ないわ。残念だけど……。

ねえ、セフィロス。私、もっと貴方のことを知りたいの。

今度また会って下さる?」

 

 

クーちゃんもセットだと嬉しいわ、と無邪気に笑ったメイヴは、そのまま返事も聞かずに来た道を戻っていった。

その足取りが妙に軽く見えたことから、彼女の中ではもう決定事項なのだろう。

嵐のような彼女に、なんとも言えない顔をしているセフィロスの肩を、クーの尻尾が叩いた。

 

 

 

***

 

 

 

「お、戻ったか……って、その槍、まさか」

 

「師匠がまた何かしたのかい。

全く、ちっとは歳考えろってんだ」

 

「おいやめろ俺、不用意な発言すると俺らまでとばっちり食らうんだよ」

 

「……勝ったのか?」

 

 

自室の扉を開けると、ずらりと並ぶ青い頭が目に入る。

部屋を間違えたのかと思うくらい、我が物顔で揃ってソファーで寛ぐクーフーリンたちに、セフィロスは溜息を禁じ得なかった。だが、まあ丁度良いかと、手にしていた朱槍をキャスターへと投げ渡す。

 

 

「っと、」

 

「借り物だ。返しておいてくれ」

 

「あ?借り物だと?」

 

 

不思議そうに槍を見るキャスターとランサーに、セフィロスは簡易的に説明をする。

 

 

「あー、そりゃ……なんつーか、良く生きてんなお前さん」

 

 

一気に同情の眼差しとなった4つの紅玉に、苦く笑ったプロトが労うように言葉を掛けた。

 

 

「ふん、つまらんな。てめえの得物で本気で殺合う(しあう)のが楽しいんだろうが」

 

 

オルタがセフィロスにそう吐き捨てた。

だが、元々はあの師匠の思い付きであるので、セフィロスはそれに巻き込まれたに過ぎない。

黒い色のコートは一見わかりにくいが、濃厚な血の匂いに濡れており、その匂いに触発されたオルタの目が変わった。

 

それを察したセフィロスは踵を返して背を向けようとしたが、伸びて来た狂王の手に腕を掴まれ阻止される。

 

 

「丁度良いじゃねえか。てめえも中途半端なんだろう?」

 

 

くつくつと笑う棘の王に、8つの赤が爛々と燃え盛った。

呆れたような顔を見せたセフィロスも、遊びという名の鍛錬は嫌いではない。

立ち上がった猛犬たちに、セフィロスもまた続いていく。

 

 

 

こうして休日は過ぎていくのである。

 

 

 

 

 

*終わり*



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第1章:女神の贈り物
2-1 カルデアにて①


深く沈む意識の中で、何となくそれが夢だとわかっていた。

こぽり、と零れる気泡に、自分が水の中にいることを理解する。

 

水面の方から淡い光が差し込む。

何故だか、泣きたくなるほどに優しい光景であった。

優しい緑と青を混ぜたような水の中に、誰かの優しさと寂しさと、悲しさが溶けているような、そんな気がした。

 

ふと、何かの気配を感じた。でも体は動かない。

辛うじて目を動かして、周囲を窺ってみることにする。

しかし、何もいない。

そんな自分に気付いたように、くすくすと女性の鈴を転がしたような笑い声が聞こえて来た。

 

 

『古代種の民、星より生まれ 星と語り 星を開く。

 

古代種の民、約束の地へ帰る。 

 

至上の幸福、星が与えし定めの地』

 

 

歌うように囁かれた言葉は、水の中とは思えないほど明瞭であった。

古代種、古代種とは何であったか。最近良く耳にする言葉であることは憶えているが。

揺り篭の中にいるような意識では、上手く思考を回すことは出来なかった。

 

 

『……あなたに これを わたしましょう

 

あなたが【善】であるかぎり あのひとが【あのひと】であるかぎり

 

きっと うんめいをきりひらく ひかりと なるでしょう』

 

 

ぱあ、と強い光の塊が形を成して、ゆっくりと降りて来る。

きらきらと輝く光の玉は、息を呑むうつくしさと力を秘めているように思えた。

胸の前までに降りたそれに、誘われるように手を伸ばす。

指先がそれに触れた、その瞬間弾け飛んだ光に包まれる。

同時に、ゆっくりと瞼が下りていくのを感じた。

 

遠退く意識の中で、優しい緑の光を見た気がした。

 

 

 

 

 

ぱ、と開けた視界に広がるのは、もうすっかり見慣れてしまった自室であった。

勢い良く起き上がると、自分のものではない私物が散乱した部屋を見渡して、そっと息を吐く。

あの場所が、何処かの神聖なる場所であることは、今までの経験上から想像が付いた。

澄み切った空気に、包み込むような優しさに溢れた水の中を思い起こして、願わくばもう一度訪れたいと思ってしまう。

 

 

「……そう、いえば……」

 

 

最後に受け取ったものは、なんだったのだろう。

そう首を傾げたリツカは、枕元に何か丸いものが置いてあるのを見つけた。

掌に収まるサイズの、水晶のようにつるりとしたそれは、澄んだ水色をしている。

 

朝日に照らされて、うつくしく輝くそれが、外見とは裏腹に眩暈がするほどの濃厚な魔力に溢れているのを、リツカは感じ取った。

 

 

「古代種、……そういえば、古代種って、」

 

 

ぼんやりとそれを見つめながらリツカは、夢で見た光景をもう一度頭に描く。

そうしてあの声の主に言われたことを思い出して、今更ながらぴんと来たのだ。

ならばとるべき行動は決まっている、とすっかり目が覚めてしまったリツカは、立ち上がると素早い動きで身支度を整えた。

そんなに早く出来るなら、普段からして下さい!という菫の少女の声が聞こえた気がするが、思い立ったらすぐ行動するタイプのリツカには、届かない。

 

慌ただしく部屋を飛び出たリツカは、一直線にとある方向へと足を向けたのである。

 

 

 

「セフィロス!!」

 

 

 

ちなみに、現在の時刻は日の出前である。

紺碧の空にじわりと曙が差してきた、まだまだ人の目覚めには早い時間であろう。

このカルデアにいる人間も英霊も含めて、規則正しい生活を送っているのは一握りであるが、静まり返った廊下にリツカの足音は大きく響いた。

 

何度か訪れている部屋は、基本的に鍵は掛かっていないのを知っている。

なので、ボタンを押すと直ぐに開かれた扉に、躊躇せずに中へと踏み込んだ。

 

 

「……」

 

 

オンとオフをきっちりとわけるらしいセフィロスという男は、普段のコート姿とは異なり、随分とラフな服装をしていた。備え付けられたテーブルの上には、何かの分厚い本が山積みとなっている。

その一冊を手にしていることから、セフィロスが今まで読書に明け暮れていたことが窺えた。

 

リツカの訪れは、足音と気配で察していたのだろう。

艶やかな長い銀を垂らし、その青を静かに向けたセフィロスに、リツカは入って来た勢いの儘に向かいのソファーに腰を下ろした。……のだが、ぐえ、という潰れたような声と共に、ソファーとは異なる感覚を感じたリツカは目を瞬かせる。

 

 

「あれ、キャスター?」

 

「『あれ、キャスター?』じゃねえだろ!!

相変わらず向こう見ずって言うか……状況判断能力っつーのも大事なんだぜ、マスター」

 

「……少なくとも、お前には言われたくないだろうな」

 

 

よっと体を起こしたキャスターは、どうやらソファーで寝ていたらしい。

それに全くと言って良い程気付かずに、彼の腹の上に腰を下ろしてしまったようである。

手にしていた本を閉じたセフィロスは、ぶつぶつと文句を言うキャスターに冷ややかな視線を送った。

 

 

「げ、まだこんな時間じゃねえか!どうかしたか、マスター?

あんたがこんな時間に起きるなんざ……また人理でも崩壊したかね」

 

「さりげなく失礼だよね。うん、もう慣れたけど」

 

 

起き上がったキャスターの隣に改めて座り直したリツカは、ふと首を傾げた。

 

 

「それにしても、何でキャスターがいるの?」

 

「あん?おべんきょーに付き合ってやってんのさ」

 

「……頼んだ覚えはないがな」

 

「勉強?」

 

「セフィロスの扱う魔術を見たことはあるかい?」

 

「うん、何度か」

 

「ならわかるだろう?

こいつの使う術は、俺たちのとは少し違う。

まあ、違う世界の術ってんなら、当然かもしれねえが……な」

 

「……そう、なんだ。俺、気付かなかったけど」

 

「ははっ、そりゃ経験ってモンさ。

この世界にいる限りは、程度は異なってもこの世界の理に縛られる。

だから一から教えてやってんだよ」

 

 

この俺が直々にな、と快活に笑ったキャスターに、セフィロスは再度頼んだ覚えはないと溜息を吐いた。

クーフーリンという名を冠した英霊たちは皆揃って、面倒見が良い傾向にあるので、それについては不思議はない。素っ気ない態度を示すセフィロスが、他人との交流を拒みはしないことも、リツカは知っていた。

そうして、キャスターをはじめとした英霊たちによって、少しずつカルデアに馴染んできているのも、そういうことには敏いリツカは気付いていた。

 

無意識に緩んでしまった口元に、呆れた顔をしたセフィロスが口を開く。

 

 

「…それで、何用だ?」

 

「え、ああ!!忘れてた!」

 

 

は、とした表情を見せたリツカは、枕元にあったそれをポケットから取り出す。

つるりとしたそれが、柔らかな光を放った。

 

 

「……これは、…また…随分、どえらいモンだな。

マスター、これどうしたんだい?」

 

「それが、……良くわからないんだけど……」

 

 

リツカの掌に乗せられたそれを見て、キャスターが目を見開いた。

そして同時に、自らの額に手を当てる。

あまりにも濃厚な魔力は、キャスタークラスの彼にとっては毒にも等しい。

呑まれてしまいそうな感覚に、ぐと唇を噛み締めると、小さく息を吐いた。

その様子を心配げに見たリツカは、促されるがままに、見た夢について説明をした。

 

 

「……何かの前触れかもな。

悪いモンじゃねえのは、わかるが……。

なあ、セフィロス。お前さんはどう思う?」

 

「……」

 

「せ、セフィロス?」

 

 

キャスターの問い掛けに、リツカはセフィロスの方へと視線を移した。

すると、セフィロスの青い瞳は、じいとリツカの掌の上を見ていた。

恐る恐るリツカが声を駆けると、青い瞳は一度閉ざされる。

 

 

「……それは『白のマテリア』、星を害するものから守るためにつくられたもの」

 

「星、を……?」

 

「……」

 

 

ソファーに凭れて天井を仰いだセフィロスは、何かを想うように瞳を細めた。

 

 

「かつて、侵略者から星を守るために編み出した魔法……。

究極の防御魔法を、発動させるものだ。

その中には大いなる守りの術式が描かれている。

そして……星を守るために命を落としたものたちの、魔力が詰め込まれている」

 

「……そ、そんなものが、何で……?」

 

「詳しいことは、わからない。

お前が見た夢に……何かが、あるのかもな」

 

「……何処かもわからないんだ。

ただ水の中で、女の人の声が聞こえて……」

 

「ふむ、……流石に、それだけじゃわからねえな」

 

「だよねえ……。でも、なんか……広い、湖……いや、違う、洞窟……?」

 

 

うーんと思い出すように夢の記憶を巡らせるリツカが、ぶつぶつと呟く。

キャスターは、うつくしく輝くそれとセフィロスの様子を交互に見て、ゆるりとその赤い瞳を細めた。

 

 

「……それはお前が持っていると良い」

 

「でも、これって」

 

「揺るぎなき『善』であるお前が持っていた方が……良いだろう」

 

 

布でも捲いておけ、と言ったセフィロスが、それ以上何も言うことはなかった。

確かにこのままだと、何かと目立つし、傷ついてしまいそうだと、手にした『白のマテリア』を見て頷く。

 

 

「布、ねえ……。なんかあったかね。

おっと、これなんかどうだい?」

 

「……キャスター、これって」

 

「おいおい、そんな目で見んじゃねえ!

俺のじゃねえって。メイヴのヤツがよ、押し付けて来たんだ」

 

「そ、そう……」

 

 

何処から出したのか、キャスターの手に握られたのは淡いピンク色の布であった。

元々はリボンとして用いる為に用意したらしいが、彼女の髪の色と同系色のそれは見事保護色となってしまったために、手放したということらしい。

色んなモンを何も考えずに衝動買いするからだ、とうんざりとした顔で吐き捨てたキャスターに、リツカは苦笑いを零す。相変わらず苦労をしているようだ。

 

彼女にしては、ピンクという色の中でも、落ち着いた上品な色味のものだなと思いながらも、リツカは光の玉に布を巻いた。

 

 

「まあ、持ち主は混沌・悪の気を持ってはいるが……。

それだけの力があるんなら、問題ねえだろ」

 

 

軽くなったぜ、と笑うキャスターに、処分に困ったものを押し付けられただけじゃ……とリツカは呆れる。

だが、これで持ち歩くにしても傷付くことはないだろうと、いつも持ち歩いているポーチにそれを入れた。

 

 

「……」

 

 

セフィロスはただ黙したまま、ピンクのリボンに巻かれたそれを、見ていた。

 

 

 

***

 

 

 

「マテリア、って言ったな。

この前お前さんから預かったこいつと同じものか?」

 

「……預けた憶えはないが?」

 

 

朝から会議があるんだ、とさっぱりとした顔で去って行ったリツカを見送った。

そして、先程から何かを言いたげな顔をしていたキャスターが、赤い瞳を光らせてセフィロスを見る。

キャスターが懐から出したのは、以前に見せたマテリアの一つである。

炎系極大魔法が込められたそれが見当たらないとは思っていたが、予想通りであったらしい。

 

 

「あれは、特別なものだ。

発動させることが出来るのは、古代種のみ」

 

「ほう、それじゃ……お前さんが持っていた方が良いんじゃねえか?」

 

「……今は、まだその時ではない」

 

 

目を伏せたセフィロスの様子から、それ以上を語るつもりはないらしいと察したキャスターは、掌の上に転がる、色合いの異なるマテリアを見た。

赤を煮詰めたような、深く暗い深紅の球体の中に秘められた魔力は、心地良く思える。

しかし、先程のマテリアは違った。拒絶をされていたのか、はたまた相性の問題であろうか、と考えを巡らせる。

 

 

「……気に入ったのなら、好きにすると良い」

 

「あ?良いのかよ?」

 

「俺には、必要のないものだ」

 

 

つるりとした球体に、薄らとキャスターの顔が映る。

物欲しそうに見た憶えはないが、持ち主がそういうのならば、断る理由はない。

良い研究材料でもあるし、これを扱えるようになれば、自分の魔術も成長させることが出来るだろう。

 

 

「それは、地獄の火炎を呼ぶもの。

善悪問わず焼き尽くす灼熱の王の、炎。

……使いこなせなければ、その身ごと消し炭となるだろうな」

 

 

淡々と告げられた言葉に、キャスターはその口角を上げる。

セフィロスからすれば事実を述べただけなのだが、どうやら彼のスイッチを押してしまったらしい。

 

 

「上等じゃねえか」

 

 

早速試そうぜと立ち上がったキャスターから、セフィロスは視線を反らしたが、ささやかな抵抗に過ぎなかったようである。

 

 

「さて、セフィロス。お前さん授業料ぐらい払うよな?」

 

「……ただの押し売りだろう」

 

 

本を押し付けて寝てただけだろうに、と呆れた顔で息を吐いたセフィロスだが、爛々と輝く瞳に何を言っても無駄だということは学習済みである。

仕方なく立ち上がったセフィロスに、笑みを深めたキャスターは、揃って部屋を出たのであった。

 

 

 

***

 

 

 

灼熱の炎が肌を溶かし、満ちた熱が喉を焼く。

じりじりと焼けていく青の衣を脱ぎ捨てたキャスターは、滴る汗をそのままに握る杖に意識を集中する。

マテリアを発動させたキャスターは、炎を司る神の声を聞いた。

 

 

『異界の魔術師が、我が炎を求むとは……面白い!!

その力、我に示すが良い……!!』

 

「暑苦しいのは、苦手なんだよなあ……。

ま、此処は腕の見せ所ってやつかね」

 

 

キャスターがスカサハより授けられたルーン魔術は、神に由来する高位なものである。

それを自在に繰るキャスターの魔力や知識、技も、それに相当するものだ。

しかし、今発動しているものは、異界の神に由来するもので、縁も所縁もない力なのである。

普通の魔術師であれば瞬く間に骨の髄まで溶かされていたであろう、地獄の炎に耐え、魔力を交わそうと踏ん張るキャスターの精神力と体力は、流石であるといえよう。

 

基本的に自然の力を借りる為には、神々に力を示さなければならない。

神々の性格により条件は異なるものの、その中でも特に炎を司る神は荒々しく攻撃的で、力を好むのだ。

簡単に言ってしまうと、力で捻じ伏せれば良い。

単純明快で、このクーフーリンという英霊の気質に合っているだろうと、トレーニングルームの壁に寄り掛かったまま様子を見るセフィロスは考えていた。

 

 

「……っ、はっ……あっちぃ、な、」

 

 

ぼたり、と汗が落ちる。

これはあの炎神の試練の、はじまりに過ぎなかった。

炎神は気に入ったものにしか試練を課さないのだ。

それを考えると、キャスターの魔力と気質は、認められたらしい。

 

地獄の業火により、体の内側から焼かれているような熱と痛みが、キャスターを蝕む。

それでも尚、立ち続けるその瞳ははっきりとした意志の光が宿っていた。

 

 

「……」

 

 

赤黒い炎に囲まれながら赤い魔方陣の上に立ち続ける姿に、セフィロスは目を細める。

どうやら、しぶといだけの男ではないようだ。

半神であり、太陽神の血を引くクーフーリンにとって、地獄からの炎は真逆の性質のものであろう。

それを自らの魔力で浄化(へんかん)し、自らの炎と成す。

そうすれば、この世界の者であっても存分にその力を揮うことが出来よう。

 

異世界の炎神とキャスターの魔力がぶつかり合う。

少しでも力を抜いた瞬間、地獄の業火が襲い来ることはわかっていた。

限界まで擦り減らされ、段々と意識すらも曖昧になっていく。

そして、杖を手放しそうになった、その時。

 

不意に、身を焼いていた熱気が鎮まった。

どうやら認められたらしい、と燃え盛る炎が体に馴染んだのを感じ思わず安堵が零れる。

同時に、ずるりと足が滑り体が前に倒れた。

限界を突破し、すっかりカラになった魔力と体力では、己の身すら支えきれない。

 

目の前に迫った地面が、ぴたりと止まる。

視界に入った銀と黒を最後に、キャスターの意識は完全に絶えた。

 

 

「……馬鹿な男だ」

 

 

異界のものを受け入れ自らの力としようと考えるとは、どこまでも恐れを知らない英霊である。

そう考えると、あのマスターもカルデアにいる英霊たちも似たようなものであるが。

崩れ落ちた体を受け止めたセフィロスは、発火したように熱を持つ体に眉を顰める。

長時間地獄の熱に耐えたのだ。ダメージは大きいだろう。

 

落ちた杖を拾い、キャスターを担ぎ上げると、セフィロスはトレーニングルームを出た。

 

 

「……おや?お主は」

 

 

部屋を出たセフィロスは、正面から現れた英霊にそう声を掛けられた。

紫を基調としたドレスを纏う英霊の形は見覚えのあるものだが、中身は異なるらしい。

そして、それが神に名を連ねるものであることは、予想が付いた。

 

 

「私は神霊スカサハ=スカディ。

北欧の古き神々の花嫁にして、かつて女王であった異聞帯サーヴァントである」

 

「氷雪の女王、か……。中々良いタイミングだ」

 

「ん?なんぞ、火神の気配がするな。

……いや、これは異なるものか。ふむ……私とは相容れぬものだ」

 

 

赤みの強い紫の髪を揺らし、セフィロスを見上げたスカディがゆるりと瞳を細める。

かのスカサハに似た形をした、スカディの性質は、全ての命を愛する自然の神々のそれであった。

脆く儚い人間には、神の愛が必要だと考える彼女の心は、慈悲に溢れた母性に満ちている。

それ故に、だろうか。彼女の生命に対する扱い方は「殺す」か「愛す」かの二択しかない。

敵と見定めれば氷雪を以て滅殺し、愛すると決めれば慈愛を以て愛し抜くのだ。

 

 

「……一つ、頼みたい」

 

「ほう?かつて神々の女王であった私に、願いとな?」

 

「神々の麗しい花嫁よ、慈悲を」

 

 

慈悲深くも無慈悲な自然を司る神を前にしても、セフィロスは揺らぐことはなかった。

頭を垂れることなく放たれた言葉に、スカディは眉を寄せる。

 

 

「……ふむ、…ふむ。

私は神々の花嫁であり、生きとし生けるものの母である。

良かろう。この麗しき女神が、お前の願いを叶えよう」

 

 

氷を思わせる瞳を、じいとみたスカディは一つ頷いた。

彼女が守る大地を想わせる瞳を、無下には出来なかったのだ。

スカディはその神の双眸で、セフィロスの中に、澄み切った透明の氷と吹雪く風、そして静寂に閉ざされた世界を見た。

 

 

「その代わり、お前は今後一切その瞳を曇らせることは許さぬ。

その瞳は、我が守護せし雪の大地の一部。

それを穢すことは、私に対する宣戦布告(ぼうとく)に値する。

良いな?……絶対だぞ?」

 

 

毅然とした凛々しさを浮かべていた瞳が、慈悲に満ちた暖かなそれに変わる。

どうやら彼女の庇護に値するものとして、認識されたらしい。

セフィロスの応答も待たずに、スカディは手にした杖を揮う。

 

すると、発熱でぐったりとしていたキャスターがたちまち氷に覆われた。

 

 

「火神の炎を受けし体には、これくらいが丁度良いだろう」

 

 

直ぐに飛び起きるだろうよ、とスカディは満足げに笑った。

燻っていた熱気がすっかり冷気に変わっているので、若干やり過ぎな気もしなくはない。

 

 

「……礼を言う」

 

「構わぬ。庇護下の存在(我が子)のためならばこのスカサハ=スカディ、例え……燃え盛る業火の中であろうとも飛び込んで見せよう」

 

 

ひんやりと冷気を帯びた指先が、セフィロスの頬に触れる。

細い女性の、指。それを求めた男がいた気がした。

 

 

「……お前は」

 

 

不意に見せたその表情に、何かを言おうとしたスカディは開きかけた口を閉ざす。

キャスターを担ぎ直したセフィロスは踵を返すと、彼女に背を向ける。

そうして、静かに去って行った。

 

 

「……危うい、存在(こども)だ」

 

 

残されたスカディは一人廊下に佇む、そして何かを考えるような仕草を見せた。

やがて、何かを思いついたように顔を輝かせると、彼女は軽やかな足取りで、歩き出す。

足を向けた先は、リツカの部屋がある方向であった。

 

 

 

 

 



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2-2 カルデアにて②

カルデアには多くの部屋があるが、流石に百を超える英霊たち全員分は賄えない。

それ故に、気の合う者同士や、血縁者、またはクラス別など適当に組んで同室となってもらっていた。

王様たちやらは、周りの従者たちの声もあり、個室を占拠して勝手に弄っているようだが、それはまた特別な話であろう。

 

キャスターを肩に担いだのは良いが、自室に置いておくとまたひと騒動起きそうな予感がしたセフィロスは、医務室か何処かにでも放り込むことを考え、廊下を歩いていた。

丁度朝食の時間ということもあり、食堂と離れたエリアは静まり返っている。

 

 

「随分無様な恰好じゃないか。

そのしぶとい男(クランの猛犬)が沈黙というものを知っているとは、驚いたよ」

 

 

嘲笑を含んだ声に足を止めると、進行方向に壁に背を付けた英霊の姿が見えた。

浅黒い肌を裂く歪な傷跡を露とした英霊は、朧な金の瞳をセフィロスへと向ける。

 

 

「……」

 

「まあ、その男が使えない状況ならば……編成の見直しが必要だろう」

 

「編成?」

 

「おや、確認していないのかね。

今日の探索は、あの宝条という研究者を撃退した時とほぼ同じメンバーだ」

 

「……そうか」

 

 

ずっとトレーニングルームにいたために確認していなかったが、どうやら今日は何かの任務があるらしい。

そしてその編成の中に、自分が組み込まれていることを知る。

忙しいことだ、と溜息を吐いたセフィロスに、エミヤオルタは愉快そうに口角を上げた。

 

 

「その様子では、任務先すら知らないのだろう?」

 

「……」

 

「喜ぶと良いさ。

アンタが乗り込もうとしていた、研究所。それが今回の任務先だ」

 

「レイシフトでは、ないのだな」

 

「ああ。山を下りるそうだ」

 

 

どうやら、今度はカルデアから仕掛けるらしい。

ふとリツカが言っていた朝の会議という言葉を思い出した。

恐らくそこで決定したのであろうことは、想像に付く。

 

 

「……その男の部屋は、この階の突き当りから3番目の部屋だ」

 

「憶えているのか」

 

「ふん、何処で聞いたかは知らんが……。酷く口の軽い(良く吠える)輩がいるものだ。

まあいいさ。最近は……記憶が持つんだ。

元々壊れかけの体(ジャンク)だ。どうせ一時の気紛れだろうがね」

 

「……そうか」

 

「そうでなくとも、このエリアで一番喧しい部屋でね。

……嫌でも憶え直されていただろう」

 

 

セフィロスがぽつりと呟いた言葉を、キャスターをはじめとした英霊たちから情報を得ているのだと認識したのだろう。溜息を零したエミヤオルタは、やれやれと肩を竦める。

その何処かキザっぽくも見える仕草は、英霊が疎む赤い弓兵を彷彿とさせた。

 

 

「集合は二時間後だ。……精々、遅れないようにしたまえ」

 

 

そう言って背中を向けて去って行ったエミヤオルタは、初対面の時と比べれば穏やかな方であろう。

今にも噛みつかんばかりに、警戒心を露わとしていたのだが、それはもう無くなったらしい。

一々噛み付かれるよりはマシか、とセフィロスは、エミヤオルタが言った方へと足を向けた。

 

 

 

 

 

「あん?……なんだ、珍しい客じゃねえか」

 

 

いくらこのキャスターという男が、セフィロスの部屋を訪れる際にノックもせずに入って来るとはいえ、自分も同じことをするほど礼儀知らずではない。

そう思い手袋をした手でノックをすると、暫くして出てきたランサーが驚いたように目を見開く。

開けられた扉から、黒い尾のようなものが見えた気もしなくはない。

どうやら、此処はクーフーリンという名を冠した英霊たちの部屋であるようだ。

セフィロスは肩に担いだキャスターを、ランサーへと押し付ける。

 

 

「行き倒れだ。寝かせておけ」

 

「……ほう、行き倒れねえ」

 

 

にい、と口角を上げたランサーは、セフィロスと手合わせした結果だと勘違いをしているのだろう。

いくら不可抗力とはいえ、日頃の行いから考えるとそう思うのも頷けなくもない。

用は済んだとばかりに、部屋を去ろうとしたセフィロスに後ろから声が掛かった。

 

 

「待ちな。……妬けるじゃねえか。

キャスターの俺ばっか相手しやがって、なァ?」

 

「……どのお前の顔も、とうに見飽きていると何度も言っているが」

 

 

気色悪い言い方をするな、と溜息を吐いたセフィロスはそのまま足を進める。

逃げられちまったと不満げに表情を歪めたランサーは、部屋の中に戻ると、キャスターのベッドにその体を適当に放り投げる。顔面からベッドに着地した気もするが、既にランサーの視線は外されていた。

 

 

「これだけ搾り取られて、行き倒れとは下手過ぎるだろ。

全く……ふざけやがって。

アンタもそう思わねぇ?」

 

「……ふん」

 

 

くつくつと喉を鳴らしたランサーは、キャスターである自分の魔力の残量を感じ取り、笑みを深める。

それを横目に鼻を鳴らしたオルタは、何かを考えるように先ほどセフィロスがいた扉の向こうを睨んだ。

 

 

 

***

 

 

 

「あ、セフィロス!!良かった、会えて」

 

「……任務のことか」

 

「あれ?知っていたの?」

 

「先ほど聞いた」

 

「そっか、えーとじゃあ簡単に話すね。

なんか結局魔術協会からの返事がなかったから、

様子見というか、あくまでも視察として行くみたい」

 

「……お前はいかない方が良いだろう」

 

「ううん。俺も行くよ。

少しでも知りたいし、力になりたいんだ」

 

 

自室へと戻る途中、聞き慣れた足音が近づいてきたかと思うと、早朝に会って以来のリツカが姿を現した。

セフィロスが思った通り、朝の会議でそれが決まったらしい。

 

宝条の件でカルデア側から正式に詳しい説明を求めたが、魔術協会は相変わらず黙秘というか無視を続けていた。だが、痺れを切らしたダヴィンチがその天才的な頭脳を回して、上手く視察を申し込むことに成功したのだ。

 

それが罠である可能性もあるので、リツカが同行することはカルデア全員が難色を示した。

しかし、いざとなった時にマスターであるリツカがいなければ、存分に戦うことが出来ないのも事実なのである。それらも含めて朝からずっと話し合った末に、結果として折れたのはダヴィンチやドクターであったのだ。

 

 

「……好きにするが良い。だが、あの男は使えんぞ」

 

「え?」

 

「キャスターのクーフーリンのことだ」

 

「ええ!?なんか……あったの?」

 

「……自業自得だ。寝ていれば回復するだろう」

 

「そ、そうなんだ……。えーと、じゃあ……」

 

 

会議で決まったことであるならば、これ以上自分が口を挟む必要はないだろう。

そう判断したセフィロスは、エミヤオルタが言っていたことを思い出して、リツカに告げる。

驚いた顔はしたものの、リツカはタブレット端末を取り出したかと思うと、ささっと操作をした。

素早く英霊を選び出す様子を見ていたセフィロスは、あまりにも迷いのない指先に口を開く。

 

 

「予備を決めていたのか?」

 

「予備、っていうか……。さっき言われたんだ。

もし編成が変わることがあれば、入れてくれって」

 

「……そう、か」

 

 

段取りが付くのであれば、問題はない。

メンバーが誰であれやることは変わりはないのだ。

廊下に取り付けられたモニターが切り替わったのを確認したリツカは、また後でと声を掛けて慌ただしく去って行った。

それを見送ったセフィロスもまた、自室へと足を向けたのである。

 

 

 

 

 

人の気配のない部屋に入ると、机にはキャスターが置いていった本が山積みのままとなっていた。

任務開始まであと二時間もないが、逆を言うと中途半端に持て余す時間が二時間もあるのだ。

その内の一冊を手に取る。古い本であるが、大切に扱われたことが良くわかる。

分厚い本を開くと、所々に細やかな書き込みが見えた。

ああ見えて影で努力をする派なのだろうか。まあ、あの師匠のもとでならばどんな天才も努力せざるをえないだろう。

 

魔術の定義を学ぶということは、その歴史を追うにも等しい。

一つ一つページを捲る度に、嫌でも自分が異世界にいることを思い知らされた。

目で文字を追いながら、同時に思考を巡らせる。

 

リツカが手にした『白のマテリア』のことは勿論知っていた。

あれはかつて、中の男が数多の犠牲と共に編み出した、究極の防御魔法を発動させるためのもの。

そして、残されたもの達に受け継がれていったそれを、最後に手にしたのが誰かを、男は画面越しに知っている。

 

リツカが夢の中で授けられたという白のマテリアは、きっと何かの暗示なのだろう。

彼の話から推測するに、その夢はきっと最後の古代種に関する夢である。

ならば、いつかこの手で発動させる時が来るのだろうか。

星の声は昔と変わらずに鮮明に聞こえる。例えこのセフィロスの体であったとしても、古代種として、あの究極防御魔法を使える可能性は大きい。

 

問題は、対となる『黒のマテリア』が何処にあるか、だ。

白が究極の防御ならば、黒は究極の攻撃の力を秘めているものである。

一度発動すれば、この地球など一瞬で焼け野原となるだろう。

 

 

「……問題も、山積みか」

 

 

ぱた、という音を立てて本を閉じる。

それと同時にふわりと瑞々しい香りが鼻を擽った。

先程までは古書特有の香りしか感じなかったので、本の香りではないだろう。

新たなる来訪者の訪れに、セフィロスは溜息を吐いた。

 

 

「こんにちは、異世界の剣士……いや、英雄と呼んだ方が良いかい?

私はマーリン。人呼んで花の魔術師。気さくにマーリンさんと呼んでくれ。堅苦しいのは苦手なんだ」

 

「……英雄など、下らない」

 

「あっははは!中々はっきり言うじゃないか。

でもそれを誇りに思っている英霊もいるんだ」

 

「それは、お前もか?」

 

「さあて、私はあくまでも見届けるものだからね。

未来を行くものにしか見えない、妖精さんさ」

 

「……ならば、俺にはお前が見えないことになるな」

 

「え……ええ……!!そんな寂しいこと、言わないでおくれよ。

っというか存在否定するようなその目は止めてくれないかなあ。

お兄さんショック……」

 

 

少し開けていた窓から入って来た風が、何処からか現れた花びらを舞い上げる。

部屋に広がった色とりどりの花はうつくしいとは思うが、それよりもまず、片づけをして欲しいというのが本音であろう。

扉もなにも関係なく、魔術で擦り抜けて現れた一人の男は、何処か浮世離れをした雰囲気を纏っていた。

 

白いローブに、長い白髪、そしてその表情。どれも柔らかな印象を受ける。

かのアーサー王を導いた存在、花の魔術師マーリンは、古より伝わる話に良くその名が登場する偉大なる存在として、魔術師の頂点ともいえる男であった。

『世界を見通す』千里眼を持ち、理想郷に聳え立つという高い塔の上から、その時代の万象全てを把握し、その物語を鑑賞してきた。

夢魔との混血である彼は、あくまでも傍観者として、マスターリツカが織り成す物語に付き合っていたが、彼と歩みを共にするうちに、大分考えは改善されたようにも見えた。

 

しかしその本質は、変わらない。彼は心躍る物語が好きなのだ。

 

 

「ごほん、異世界の騎士(セフィロス)よ。

突然だけど私の眼では、君を見ることが出来ないようだ」

 

「そうか」

 

「そうかって、君ね……!!

それがどれだけ大変なことかわかるかい!?

ひょっとしたら、私は非常に面白い……じゃなかった。

非常に偉大なる物語を見逃す可能性があるということなんだ!

そして、これは面白い……じゃなかった。

えーと、そのハッピーエンド好きな、私にとってはとても勿体ないことなのだよ」

 

「……ハッピーエンド(そんなもの)など、所詮はおとぎ話に過ぎん」

 

「そんなことはないさ。

私は数多くの人類が紡いだ物語を見て来た。

確かに、その中にはとても下らないものや、目を覆いたくなるほどのものがあった。

でも……そんな物語を、継いでいくものたちがいる。

下らないものはとんでもない喜劇に。

目を覆いたくなるものはとんでもない傑作になることだってあるんだよ」

 

 

身に纏う花の香りの所為か、それとも本人の緩い表情の所為か。

歌うように口を動かすマーリンという英霊に、セフィロスは胡散臭さすら感じて眉を顰める。

 

ぽふん、と弾むようにソファーに座ったマーリンは、そんなセフィロスを見て微笑む。

その姿だけ見れば、愛嬌のある人好きのするように見えるだろう。

しかしその瞳にある、じっとセフィロスを観察するような色が、この英霊の性根を物語っているように思えた。

 

 

「何を、語りたい?」

 

「ふふ……中々鋭いじゃないか。

君に聞かせたい物語は沢山ある、けど先ずは初めに……。

王の話をしよう」

 

「……悪いが、任務に出る時間だ」

 

 

余程その話がしたかったのかとも思うほど瞳を輝かせたマーリンは、はっきりと突き付けられた言葉に、肩を落とす。

思考しつつ本を読んでいたことと、この花の魔術師との会話で随分時が流れたらしい。

気が付けば集合時間はもうすぐというところまで、迫っていた。

 

 

「お前には、宝条(アレ)は見えるのか?」

 

「いいや……。どうやら君に関わることは、全て私の眼であっても見通すことが出来ないらしい。

余程イレギュラーなのか。相当な力で遮断されているようだ」

 

「……」

 

 

前に同じく千里眼を持つ賢王(ギルガメッシュ)は、明瞭ではないが見えると言った。

彼が持つ眼は『平行世界を含めた全ての未来』を見通す。

ならば何故『現在の全て』を見通すマーリンには、見えないのか。

思わず考え込みそうになるが、取り敢えずそれはまた後にした方が良いらしい。

 

 

「さて、そろそろ時間だったね。任務に向かおうじゃないか」

 

「……」

 

 

立ち上がったマーリンが先陣を切る勢いで歩き出した。

何故か、とそれを問うまでもないだろう。

あのマスターが先程キャスターの代わりに追加したのか、それとも。

 

どうやらこの任務は、違う意味でも面倒なことになりそうだと、ふわふわと揺れる白いローブに流れる髪を見て、溜息を吐いた。

 

 

 

***

 

 

 

「おお、来たか。凍てついた大地の子(セフィロス)よ」

 

「……」

 

「文句はマスターに言ってくれ。

あれからどうも編成を大きく弄ったらしい。

……改悪、と言った方が良さそうだがね」

 

 

中央管制室の扉を開けた瞬間、目に入った顔ぶれは聞いていたものとは異なっていた。

白を基調とし紫で縁取ったドレスを靡かせて近寄って来た神々の花嫁に、思わず情報源(エミヤオルタ)に視線を向ける。

だが、その本人も聞かされていなかったらしい。

不可解だと言わんばかりに眉を顰めたエミヤオルタが、溜息を零した。

 

 

「ふふ……。いくらクーフーリン(あの男)でも、古き神々の一人である火神の炎を浴び続けては、暫くは立ち上がれまい。だが案ずるな。このスカサハ=スカディがお前の力となろう」

 

「おや、随分彼女に気に入られているじゃないか」

 

「……」

 

 

ひんやりとした冷気と笑顔は、まさに慈愛の塊と言えよう。

にんまりとした満面の笑顔は、まさに愉快と言わんばかり。

セフィロスは呆れたように表情を崩すが、聞こえて来た足音に扉の方に視線を移した。

 

 

「ごめん、遅くなった!」

 

 

視察という名目故なのだろう。現れたリツカの礼装はいつものそれではなかった。

白いシャツに青いネクタイを締め、上から赤のニットを着て、紋章の入った黒いローブを纏っている。

それは、魔術協会の制服であった。

 

 

「よっ。……って、なんだこの面子」

 

「あ!おにいちゃん!!」

 

 

リツカの後ろから現れた燕青が、管制室内にいる英霊の顔を見回して、目を丸めた。

その更に後ろから飛び出して来た、ジャックは無邪気にセフィロスの元へと駆け寄る。

 

 

「……」

 

「全く素晴らしい采配だよ、マスター。

この俺ですら意図が読めんとは……」

 

「いや、あんたじゃなくてもこれはわからねえだろ」

 

 

一人ひとりを見れば、百歩譲ってわからなくもない。

しかし、全体的にみると狙いが全くといって良い程わからないと、エミヤオルタと燕青は額に手を当てた。

それを不思議そうに見つめたリツカは、首を傾げる。

 

 

「え?だってセフィロス、暫くクーフーリンとはごめんだって言っていたから」

 

「……」

 

「……」

 

 

それで?と聞き返しそうになった口を閉じた燕青は、諦めた顔をするエミヤオルタとセフィロス、実に愉快げに微笑むマーリンの顔を見て、一つ頷いた。

 

 

「ま、まあ……今日はなんだ、探索……いや視察なんだろう?

ちゃちゃっと終わらせて来よう。な?」

 

「うん。そうだね」

 

 

決して主を悪くは言わないとはまるで従者の鏡だな、とエミヤオルタは溜息を吐いた。

 

 

「それでマスター、今日はどんな楽しい計画なんだい」

 

「うーん、楽しいかはわからないけど。

下山したらそのまま研究所に行って、ドクターと通信しながら内部調査かな」

 

 

リツカを抱えて山を下りれば、半日も掛からずに宝条が管轄する研究所に辿り着くだろう。

ドクターと通信しながら内部を撮影し、視察をして来るというのが、大まかなプランらしい。

 

 

「……」

 

 

あの宝条が好き放題する施設だ、これまでのそして更に前の記憶を思い出しても、何事もない方がおかしい。

今回の任務において最優先は、内部調査と情報収集……なのだが、前提としてリツカの身の安全の確保も重要な仕事となるであろう。

 

 

「じゃあ、行こうか」

 

 

よろしくね、と明るい笑みを浮かべるリツカを一瞥したセフィロスは、何となくこれが長い任務になるだろうという予感がしていた。

そして、部屋を出ていくリツカに続いて足を動かすと、突然赤みの強い紫が視界に入って来る。

 

 

「そのような顔をするな。お前にはこの母が付いている」

 

 

横に並んだスカディが、セフィロスの顔を覗き込んだのだ。

セフィロス自身もそこまで表情を外に出したつもりはなかったのだが、形の良い唇に浮かぶ微笑みは自信に溢れていた。

 

 

 

 

 



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2-3 宝条研究室にて①

生としての肉体を持たない英霊は、気温による影響を受けない。

しかし、人間であるリツカは違う。

肌を突き刺す冷気に身を震わせた彼は、白い吐息を空に浮かべる。

 

いくら晴れているとはいえ、常に吹雪に覆われる雪山を芯から温めることは不可能であろう。

分厚い雲を退けて差し込む太陽の光は積もる白雪を表面を撫で、きらきらと輝かせるだけであった。

 

 

「よーし、行くぞマスター!しっかり掴まってろよ!」

 

「……安全運転で、お願いね」

 

 

リツカを担いだ燕青を筆頭に、山の急勾配を駆け降りる。

どのような断崖絶壁でも、英霊たちの足を止める障害にはなりえない。

レイシフトを繰り返すことにより、その心臓までも鍛えられたリツカは、吹き荒ぶ山の風にも表情を変えることはなかった。ジェットコースターに乗って急激に落下する時のような、内臓が浮くような感覚にももうすっかり慣れてしまった彼は、遠ざかる山頂をぼんやりと見上げる。

 

任務としてカルデアの外に出るのは、初めてかもしれない。

こうしてカルデアを外から眺めるのは変な感じだ、とリツカが思っていると視界を黒い何かが遮った。

 

 

「わ……」

 

 

黒い、片翼の翼。

漆を塗ったような濡れ色をしたそれは、天使というにはあまりにも武骨で、悪魔というにはあまりにも高潔なうつくしさを持っていた。

リツカの視界の端で、燕青の動きに合わせ扇のように舞う黒髪とは、また違ったうつくしさがあるように思う。

 

 

「ねぇねぇ、おにいちゃん!」

 

「……なんだ」

 

「それ、すごくきれい」

 

「……」

 

「おにいちゃん……わたしたちも、飛んでみたい。だめ?」

 

 

空を舞う翼に特に目を輝かせたジャックが足を止めたかと思うと、セフィロスを目掛けて助走した。

だめ?という問い掛けは、問い掛けではなかったらしい。

とんとん、と僅かな足場を軽やかに飛んだジャックは、そのまま切り立った崖から飛び降りる。

マスターの愛情という名の強化を重ねた体は、山から滑落した程度では大したダメージにはならないだろうが、深い溜息を吐いたセフィロスはその小さな体を受けとめた。

 

 

「わあ……!!すごい、おかあさん!!わたしたち、飛んでる!」

 

「うん、良かったね。ジャック」

 

「ほう……愛いな、愛い。

どれ、セフィロス。私にもしてみせよ」

 

「……勘弁してくれ」

 

「おやおや、楽しそうじゃないか。私も是非混ぜてくれ」

 

「お前は自分で飛べるだろう」

 

 

きゃっきゃと燥ぐその姿は、ただただ微笑ましいに限る。

その生い立ちからか、どこか影を背負うジャックが手放しで喜ぶことは稀であるから、余計にそう思えた。片手でジャックを支えるセフィロスは、柔らかく微笑みながらも揶揄うスカディに、呆れた表情を浮かべた。

そして視界の端で両手を広げた花の魔術師を一蹴すると、リツカたちにペースを合わせるために、一度足場へと降り立った。

 

 

どの英霊も、それぞれの魅力を持っている。

魅力とは、容姿や力だけでなく、人柄を含めた意味で、リツカはそれを見抜くことに優れていた。

そして、彼がマスターとして慕われている理由の一つに、それを引き出すことに長けていることがあげられるだろう。本人は無意識であるが、ダヴィンチやドクターをはじめとしたカルデアの職員は、皆その素質に気付いていた。

だからこそ、謎の多いセフィロスを、リツカが気に掛けて構うことを後押ししたのだ。

徐々にそれが功を奏しているだろう兆候が、こうして垣間見ることが出来る。

それはまだ微々たるものでしかない。それでも貴重な変化であった。

 

勿論、リツカだけの奮闘だけではない。例え意図していないにしろ、カルデアの英霊たちもまた起因であろう。

 

いつか、冬の凍えた大地が春を迎え新芽が息吹を成すように……。

リツカはそこまで考えて、ふと気付く。

意識的かそれとも無意識的かは置いておくとして、ジャックを気遣いながら翼をはためかせるセフィロスの、隣に寄り添うスカサハ=スカディもまた、そう願っているのではないかと思ったのだ。

 

それならば、生命が沈黙と生命の芽吹きを好む自然の女神の、瞳に溢れる優しい色に、説明が付く。

 

 

「おい、マスター。そろそろ地上に着くぜ」

 

「え、もう?」

 

 

どうやら随分思考に耽ってしまったらしい。

燕青に声を掛けられたリツカは、はっとして下を向く。

そこには久しぶりに見る雪を被っていない地面があった。

 

 

「燕青、ありがとう」

 

「お安い御用さ、マスター」

 

 

燕青に降ろされたリツカは、続いて降り立った英霊たちを確認すると、遠くに見える時計塔を見据える。空へと伸びる塔から感じる重々しい空気に、まるでそこだけが違う空間にも思えた。

 

リツカたちが降り立った場所から時計塔の、丁度中間に位置するのが、今回の目的地である宝条研究所だ。

広大に広がる敷地に、世界でも有数の最先端の機器が揃うと謳われる施設が、いくつも並んでいるのが遠目から見てもわかった。

一応許可は得ているので、恐らく正面から入ってしまっても構わないだろう。

そう考えたリツカは、研究所施設まで歩くことにした。

 

 

「……」

 

 

英霊たちと言葉を交わしながら歩くリツカから、少し離れた後ろを歩くセフィロスは、研究施設に近付くにつれて大きくなる何かの予感を抱いていた。

ざわざわと胸を騒がせるそれが、決して良いものではないだろう。が、明確な正体はわからない。

視線や殺気ではない不快な騒めきを抱え、見えてきた研究所の入り口へと視線を向ける。

 

 

「おにいちゃん、どうしたの?」

 

「……いや、なんでもない」

 

 

隣を歩くジャックが首を傾げながらセフィロスを見上げる。

子供とは言え、アサシンの英霊なのだ。ヒトが纏う空気の変化にも敏い。

だが確証のないただの予感を口にすることは憚られたので、一言そう返すだけに留めた。

そんなセフィロスの黒いコートを掴んだジャックは、何か言いたげに瞳を揺らす。

 

 

「ふん、あの狂った科学者(マッドサイエンティスト)の巣窟なだけはある」

 

 

施設の正門前までやって来たリツカ達が、一番初めに感じたのは、物々しい静寂であった。

吐き捨てるように呟いたエミヤオルタに、リツカは苦笑いを零す。

確かに纏わりつくような空気といい、背筋を撫でるような不気味さと良い、施設長を思い起こさせられる。

 

リツカは、正門近くにある警備室らしき建物の中を覗いてみた。

防犯カメラを映したモニターやらの機械が並んでいるのが見えたが、人の気配はないように感じる。

暫く様子を窺っていたが、結局警備員が姿を見せることはなかった。

自動で全て管理しているのだろうか、と首を傾げたリツカは、恐る恐る門へと手を伸ばす。

 

 

「……開かない」

 

 

立ち塞がる白い重厚な門はぴたりと閉じており、ビクともしなかった。

どうやらロックされているらしい。おそらく警備室の中にある機械で管理しているのだろう。

警備員が不在の今は警備室にも入ることは出来ない。

リツカは辺りを見回しつつも、カルデアに通信を入れることも考え始めたその時、突然ふわりと体が浮いた。

 

 

「何をしている、マスター。

まさか鍵を開ける方法を考えてはいないだろうね」

 

「え?……だって、開かないし」

 

「非効率的だよ。此処で無駄な時間を使うわけにはいかないだろう」

 

 

金の刺繍が施された黒衣が視界の端で揺れている。

エミヤオルタに担がれたリツカは、再びの浮遊感を感じて反射的に舌を噛まないように口を閉じた。

助走もせず地面を蹴り上げたエミヤオルタは、軽やかに門を飛び越えると、狂いなく着地を決める。

一瞬の、飛翔であった。

 

 

「ひ、一言言って欲しかった……。でも、ありがとオルタ」

 

「ふん。迅速に動きたまえ。

……どうせ、視察だけでは済まないだろうからね」

 

「どういう、こと?」

 

「あの男絡みのことで、面倒事にならなかったことはない。

そういうことだよ」

 

「そんなトラブルメーカーみたいな」

 

「ふむ、言い得て妙だなマスター。

偶には良いことを言う。まさにトラブルメーカーだ」

 

 

そういう配慮をするタイプの英霊ではないが、思わずそう零したリツカの口元には笑みが浮かぶ。

はじめはマスターであるリツカにも関わろうとしなかった彼が、任務遂行のためとはいえ、一番初めに動いたのだ。皮肉な笑みを浮かべて目を伏せたエミヤオルタに、言葉とは裏腹なやる気を感じる。

いくら冷静沈着を装っていても、その性根は隠せていないのだ。

こういう所は本当に不器用な英霊だと、リツカは笑った。

 

勿論、門を挟んだ真向かいにいる『あの男(本人)』には丸聞こえだが。

 

 

「ははっ、このまま仲良くご帰宅じゃあつまらねえだろ。

ちょっとばかし刺激的な方が、おもしれえ」

 

「……ちょっと、で済めば良いがね」

 

 

続いてリツカの隣に着地した燕青が、けらけらと明るい笑い声をあげた。

腕を組んで溜息を吐いたエミヤオルタは、ちらりとセフィロスに視線を投げる。

 

 

「……宝条(ヤツ)に言ってくれ」

 

「あはははっ!!彼には随分、嫌われているじゃないか」

 

 

ぶと噴き出すように笑うマーリンを横目に、セフィロスは地面を蹴り上げた。

全くつれないなあ、と肩を竦めた花の魔術師が手にした杖を振るうと、ぱあと花びらが舞い上がる。

ふわりふわりと踊るそれは、そのまま柵を通過して中へと入り込んだ。

目の前で爆発した花びらに、リツカは思わず目を瞑る。

 

 

「ぶっ、……あいっかわらず、迷惑な花びらだよなあ」

 

「失礼な。私だって好きで咲かせているわけじゃないさ」

 

 

リツカが再び目を開けると、花びらが口に入ったらしく燕青が顔を歪めていた。

そして、長い銀髪を靡かせて降り立ったセフィロスの、隣にマーリンの姿を見る。

白い髪を風に遊ばせながら、うんざりとした顔をしたセフィロスを見上げたマーリンは、ふわふわと笑う。

 

リツカは、ふと視界に入ったそれに目を瞬かせた。

セフィロスの腕には、見慣れた銀髪の子どもが収まっているのが見えたのだ。

今のメンバーの中で一番身軽なクラスである筈のジャックが、また強請ったのだろう。

そうして、リツカが満面の笑みを浮かべるジャックを見ていると、視界に不意に影が落ちて来た。

 

 

「セフィロス」

 

 

凛、とした声が耳朶を打つ。

そちらに目を向けると、門の上に佇む氷雪の女王の姿があった。

逆光を受けて此方を見下ろすその姿はまさに、女王の貫禄とうつくしさがある。

しかし何処かその声音に、不機嫌さを感じるのは自分だけであろうか。そうリツカは首を傾げる。

 

 

「か弱い母を放っておくとは何事だ。

全く、こういう時は手を貸すものだというのに、まだまだ配慮が足りぬ。

良いな?このか弱い母には、常に気を向けよ。

良いな?よ・い・な?返事」

 

「……」

 

 

か弱い?とか、それって介護じゃないか、とか言うことなかれ。

それらを口にした瞬間に、この辺りが豪雪地帯と化すであろうことは想像に容易い。

リツカは言葉を何とか飲み込むと、静かに溜息を吐いたセフィロスに哀れみの視線を送る。

 

そうして、青と赤の瞳が交わったその時、スカディの体が空を舞った。

セフィロスが、空いている方の腕を伸ばしたのは、反射的な反応であっただろう。

山を下りる時のジャックのように、セフィロスを目掛けて飛び込んできた彼女を、片手で軽々と支えた。

そして、ゆっくりとその体を降ろすと、満足げに女王は微笑んだ。

 

 

「うむ、流石わが子(セフィロス)

良いエスコートであった。これからも励むと良い」

 

 

その殆どが強制的であるにも関わらず、けろりとした表情でそう言い放つと、スカディは弾むような足取りで先を歩き始めた。その後ろに続くように、慌ててリツカも足を進める。

 

 

「女難の相が出ているな。……哀れなことだ、同情するよ」

 

「……少なくとも、お前に言われる筋合いはないな」

 

 

嘲るような言葉とは裏腹に、その金の瞳には哀れみが滲んでいる。

経験者は語る。ということなのだろう。

しかし、エミヤオルタほど酷い覚えはないのだと、セフィロスは淡々と言葉を返す。

そうして、ぴくりと眉を動かしたエミヤオルタに背を向けると、リツカたちの後を追って歩き出した。

 

 

「ふふ……。彼をいじるのが楽しいことは良くわかるけど、

程度が過ぎれば嫌われてしまうよ」

 

「……少なくとも、アンタに言われる筋合いはないがね」

 

 

性悪夢魔めが、という言葉を飲み込んだエミヤオルタが、マーリンを睨み付ける。

マーリンは笑みを深めると、足元に咲く花びらを散らしながら歩き出した。

 

 

 

***

 

 

 

手入れのなされた中庭には、色とりどりの薔薇が咲き誇り、噎せ返るほどの匂いが広がっている。

中央には女神が佇む噴水が鎮座していて、まるで一枚の絵を想わせる光景であった。

その女神を模った像は、石の琴を空へと掲げており、そこから澄み切った水が流れ落ちている。

 

正門の目の前に見える建物が、メインの研究施設らしい。

ガラス張りの扉には、正門と同様に厳重なロックが掛かっており、認識装置のようなものが付いていた。

それはカルデアのそれとほぼ同じ形をしているので、おそらく虹彩認識装置であろう。

鍵穴は見当たらないので、ヒトの虹彩だけが鍵となるようだ。

 

リツカはどうしたものかと思う前に、物理的に突破しようとしている英霊たちを慌てて止める。

中まで入っている今説得力はないかもしれないが、あくまでも視察目的なのだ。

流石に扉などの器物損壊は不味いだろうし、どんなセキュリティ機能が作動するかわからない。

 

 

「……」

 

 

何か他に方法がないかと周囲を見渡していると、後にいたセフィロスが扉へと近づく。

するとその時であった。

ぴぴ、という電子音を立てて機械が動き始めたのである。

その音にセフィロスが認識装置へと顔を向けると、かちゃという何かが開く音が聞こえた。

すると自動扉が開き、薄暗いエントランスが目の前に広がった。

 

驚いたリツカたちは、思わずセフィロスの瞳を注視する。

猫を想わせる特徴的な青い瞳は、そうそうあるものではない。

それに認識に使われる虹彩は、個人差が存在するため同じものはないのだ。

 

 

「……ええ…!!開いた、の?」

 

「開いただと……?おい、セフィロス……。

アンタ、此処に来たことがあるのかい?」

 

「……俺は、ない」

 

 

青い瞳を流して、問い掛けた燕青を見たセフィロスの表情は変わらない。

しかし、燕青にはその表情が何処か強張っているようにも思えた。

だが、直ぐに背を向けて中へと入ってしまったので、確証は持てなかった。

 

 

「相変わらずミステリアスだね。彼」

 

「……はあ」

 

 

無機質な床に花を咲かせながら呟いたマーリンは、その背中を追う。

エミヤオルタの深い溜息が聞こえたが、リツカはこの場にいても仕方がないと内部へと足を踏み入れた。

 

光沢のある白い壁と床に覆われた施設内は、カルデアと同じように見えて全く違う印象を受ける。

ひんやりとした空気と痛いほどの静けさが相俟って、非常に居心地が悪い。

何よりも、施設内に入っても人の気配を微塵に感じないのだ。

 

 

「マスター、視察に来ることは告げてあるのだろう?」

 

「う、うん……」

 

「出迎えもなしかい?……ふむ、とんだ歓迎だなあ」

 

「……」

 

 

かつり、とリツカと英霊たちの足音だけが響いていく。

まるで廃墟のような虚しい静寂に、ぞわりと肌が泡立つのを感じた。

流石にこれはおかしいと、リツカの背中に冷や汗が流れる。

 

 

「なーんか、出そうな雰囲気だよなあ」

 

「な、なにかって、なに……!!」

 

「んー。キョンシーとか?」

 

 

場違いにも思えるほど陽気にそう言った燕青に、びくりと背中が震える。

そんなリツカの様子に、明るく笑った燕青が目の前に手を突き出した。

緊張感のない言動だが、今のリツカにはそれが良かったらしい。

少しだけ解れた恐怖心に、再び前を向く。

 

 

「おにいちゃん、あれ!」

 

「……ああ。案内板らしいな」

 

 

少し先を行くジャックが、エレベーター前に置かれた透明な板を指差して声を上げた。

透明な板の上に貼られたそれを見ると、この施設内の地図が描かれていた。

黒い手袋をした指が、いくつかの部屋をなぞる。

 

 

「セフィロス、目的を先に済ませるぞ。

あまり散策が過ぎると藪蛇となりかねないだろう」

 

「……そうだな」

 

 

地図を覗き込んだエミヤオルタが、一つの部屋を指差した。

研究長室と書かれたそのフロアは、どうやら最上階にあるらしい。

縦にも横にも長い研究施設の最上階は10階にあるようだ。

 

それを確認したリツカは、横にあるエレベーターのスイッチを押してみる。

すると上に表示された階数を示すランプが、淡い光を点した。

電気は生きているらしい。ならば何故施設の明かりは点いていないのだろうか。

本当に人がいないのか……?と思考を回していると、ぴんという軽快な音が聞こえた。

 

一拍置いて開かれた扉の向こうは、明るい。

リツカのベッドが4つほど入るくらいの広さのエレベーター内に足を踏み入れると、10階のボタンを押した。

 

 

「それにしても、な-んで人がいないかね」

 

「うーん。ドクターたちが連絡してくれた筈なんだけど」

 

 

エレベーターの壁に凭れた燕青が、うんざりしたように溜息を吐いた。

それを聞いたリツカも、困惑した表情を浮かべる。

 

 

「……宝条の、研究を知っているか?」

 

「うん、人体実験がどうのって……。まさか」

 

「おいおい、まっさか全員やっちまったってことか?」

 

「……」

 

 

セフィロスの問い掛けに、リツカはダヴィンチとドクターから聞いたことを思い出す。

この研究所に配属された助手や生徒を、実験体として使用していた。

ならば、この静寂は……。と顔を強張らせたリツカに代わって、燕青が声を上げた。

 

 

「部屋に死体が並んでなければ良いがね」

 

「態々そのようなものを発掘する理由はあるまい。

用が済んだら、さっさと帰るぞマスター」

 

 

エミヤオルタが、喉を鳴らして低く嗤う。

珍しく神妙な顔をしたスカディが、リツカに目を向けてそう言った。

 

 

「……そうだね、なんか此処あまり長くいたくない」

 

 

ねっとりとした嫌な空気に包まれた施設内は、いるだけで精神的に疲労が積もるようだ。

スカディに同意しながらリツカが頷くと、丁度10階に到着したらしい。

 

再び軽い音を弾ませて開いた扉の向こうには、やはり眩暈がするほどの白い空間が広がっていた。

 

 

 

 

 



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2-4 宝条研究室にて②

ちりちりと頬を焦がす熱を感じ、はっと意識を浮上させる。

どうやら気を失っていたようだと、周りを見渡せばそこはカルデアではなかった。

一言で表すならば赤い世界。溶岩と炎が唸りをあげる灼熱の世界であった。

煮え立つマグマに囲まれた岩の上で体を起こしたキャスターは、そこに満ちる魔力に事態を把握する。

 

 

「おいおい、マジかよ。

強制連行(デート)先が、灼熱地獄とはなァ……。

いや待てよ、確かに身に憶えもなくはない……か?」

 

 

頬を伝う汗は、尋常ではない熱によるものかそれとも。

ぺたりと肌に付く髪を払う。赤が支配する世界で、キャスターの深い青の髪は鮮やかに浮き立っていた。

不意に、ゆらゆらと揺れていた陽炎がその動きを増す。

それに連動するように大地が揺れ、地響きが溶岩を波打たせた。

咄嗟にルーンを浮かべ、跳ね踊る火の玉から身を守ると、ぼこぼこと沸き立つマグマの動きが大きくなっていく。

そして、火山が噴火するように大きく跳ね上がった火の海から、巨大な影が飛び出て来たのだ。

 

 

「おおっと、……ったく、丸焼きにする為に呼んだんじゃねえんだろ?」

 

 

5mはあるだろうか、人型の巨人は纏っていた炎を消した。

露わになった巨人の姿に目を凝らすと、長髪の頭には右側に一本、左側には複数の、角が生えているのがわかる。

煌びやかな宝石が飾られた冠と腕輪が炎の明かりを受けて、揺れるように輝いた。

 

炎の中に出現した、髑髏や骨で出来たこれまた巨大な玉座に腰を下ろすと、頬杖を付きキャスターを眼光炯々と睨む。

威圧的なその魔力は、キャスターが知るそれとは違っていた。

 

 

「ふん、……人間とは、実に(げに)弱きものよ。

此れしきの炎にも耐えれぬか」

 

「残念だなおっさん、もう人間じゃあねえんだわ」

 

「同じことよ」

 

 

重々しい厳かな声からヒシヒシと伝う魔力に、キャスターは目を細める。

 

 

「我が名はイフリート。炎を司るもの。

異国の魔術師よ……我の炎を耐えしものよ。

お前に、知恵の炎を授けよう」

 

「……」

 

「そう警戒するな。そちらの世界に興味などありはしない。

……ただ、そうだな。これは余興だ」

 

「余興……だと?」

 

「此方のものが、紛れ込んでいるだろう」

 

「……セフィロスのこと、か」

 

「ふん。それは外皮の名であろう」

 

「外皮……?」

 

「厄介なことになっているようだな。

アレはアレであって、アレではない」

 

「……さっきから、何を言っていやがる」

 

 

イフリートという存在が、堕天使または悪魔であり天界から追放されしものであることは、何処かの本で読んだ記憶があったので知っていた。

くつりと低く喉を鳴らして笑う巨人を、キャスターは訝しげに見た。

 

 

「あの男には、二つの魂が宿っている。

……お前も感じている筈だ」

 

「確かに、異なる魔力が二つ流れているのは……知っているさ。

だが二つの魂ってのは、どういうことだ?」

 

「そうだな……。お前に、星の民の英雄と堕ちた英雄(とある二人の英雄)の話をしよう」

 

「待ちな。何故俺にそれを語る?」

 

「ククッ、……ただの嫌がらせよ」

 

「あァ?」

 

「“セトラ”には『借り』がある。

ただ返すだけではつまらんだろう」

 

「セトラだと?」

 

「ああ、その名を知らぬのか。

古代種の英雄の通称よ」

 

「ほう……。セトラねえ。

それにしてもアンタ、イイ性格してやがるぜ。

だがな、そう簡単に信じるわけにはいかねえよ」

 

「好きにすれば良い。

理解を求めようなどとは思っておらぬ」

 

 

ふんと鼻を鳴らしたイフリートに、キャスターは暫く考えるように黙していた。

しかし、聞いてみないことには始まらないだろう。

キャスターは、玉座に座すイフリートを見上げる。

悪魔と称されるこのイフリートが何を言おうが、セフィロスという男を信じると決めたのは、他でもないキャスターである。

キャスターにとってそれは、誓い(ゲッシュ)なのだ。破ることは許されない。

 

強い色をしたその瞳に、ゆるりと頷いたイフリートは、語り出す。

それはセフィロスという男が決して口にすることはなかった、真実であった。

 

 

 

***

 

 

 

窓から差し込む光が、見えざる何かに遮られているように薄暗い。

最上階であるにも関わらず、地下にいるような感覚に囚われる。

迷路のような造りをした施設内を歩き、宝条という掛札が掲げられた部屋を見つけたリツカ達は、扉の前に立った。

 

 

「あれ……。開かない」

 

 

スライド式の扉は、自動で開閉するタイプのものだ。

しかし、ぴくりとも動かない。エレベーターが動いているのならば電機は来ている筈だろうと思い、リツカは扉の周りを見回す。

 

 

「マスター」

 

「あ、認証装置……ってことは」

 

 

伸ばされたエミヤオルタの指先が示した方を見ると、そこにはこの施設の入り口にあったものと同じであろう装置が置かれていた。それならば、とリツカが見上げると、仕方ないと言わんばかりに溜息を吐いたセフィロスが装置を覗き込む。

するとまたかちゃ、という軽い音と共に扉が開かれた。

 

開かれた扉の先には、如何にも研究室という光景が広がっているのが見えた。

広い造りの筈の部屋には、実験器具や何かの資料が散乱している。

 

警戒しながらも室内へと足を踏み入れると、リツカは部屋の電気を点ける。

明るくなった部屋を見て、リツカは目を瞬かせた。

 

 

「意外と……綺麗だね」

 

 

物で溢れているとはいえ、それなりに清潔感を感じられる部屋に思わず声が漏れる。

あの宝条博士(マッドサイエンティスト)の部屋であるという先入観や、施設内の不気味な雰囲気から、もっと怪しげな部屋かと想像をしていたリツカは、安堵の息を吐いた。

 

そして、リツカは通信装置を起動すると、カルデアとの通信を試みる。

レイシフトの時と比較すると、大して距離も離れていない為か、直ぐに繋がった。

 

 

『リツカ君、どうだい?』

 

「ドクター!今、宝条博士の研究室に入りました!」

 

『良かった。無事だね……!』

 

 

モニター越しに映った見慣れたピンクの髪に、リツカは顔を綻ばせた。

何度も窮地を救ってくれた頼もしい彼の顔を見ると、何があっても大丈夫だという心強い気持ちにさせてくれるのだ。

後から多くの話し声が聞こえる。一番良く聞こえて来るのは、某ウルクの王様であろう。

 

 

「無事、なんだけど……。あの、この施設……俺たち以外、人がいなくて」

 

『人が、いない?おかしいな……ちゃんと許可は下りて、案内人が付くようにしてあるのに』

 

「正門も閉じたままだし」

 

『……もしかしてリツカ君、乗り越えたのかい?』

 

「え、あ……」

 

『まあ……仕方ない、か。

それで施設には鍵が掛かっていなかったの?』

 

「ああ、それは……掛かってた、んだけど……」

 

『……鍵を、取ってこれたのかい?』

 

「いや、その……虹彩認証で」

 

『虹彩認証?』

 

「……セフィロスの、目で……開いたんだ」

 

『セフィロスの!?……彼、施設に来たことが?』

 

「ううん、ないみたい」

 

『そ、……そう、』

 

 

リツカの話を聞いたドクターは、暫く沈黙する。

何故、施設に行ったこともない、彼の目が鍵となっているのか。

隣に座したホームズの目が、爛々と輝き始めたことに気付かないフリをしながら、ドクターはリツカに指示を送る。

今それを考えていても仕方ないだろう。そう判断したのだ。

 

リツカはドクターからの指示を受けながら、手当たり次第書類を捲っていく。

すると、あの絵画を想わせる微笑みを浮かべたダヴィンチが、机の中も捜索するように指示を出した。

 

 

「え……ええ、い、良いのかな。そのプライバシーとか」

 

『ふふ、面白いことをいうね。リツカ君。

逆に聞くけど、今まで彼らが此方のプライバシーを考慮してくれたこと、あったかな?』

 

「……ないです」

 

 

ご尤もなその一言に、反論出来るものはいない。

机の引き出しを開けると、中に入っていた書類を一枚ずつ通信機のモニターに映していく。

モニター越しにチェックされた書類を、せっせと選別するリツカに燕青が手を貸した。

 

その姿を横目に、エミヤオルタがパソコンのスイッチを入れる。

表示されたパスワード入力画面に、面倒だなと呟いた彼は、近くにいたセフィロスに視線を投げた。

その視線を察してか、目をそちらに向けたセフィロスは首を横に振る。

そして、部屋の隅に置かれた大きな金庫に目を移した。

 

 

「……」

 

「おにいちゃん、それ、開けて欲しい?」

 

「……ああ」

 

「うん、わかった。わたしたちに任せて!」

 

 

にこりと笑ったジャックが、何処からか取り出した針金を手に金庫へと近づく。

どうやら暗証番号が無くとも、金庫の上の方に付いている鍵穴を何とかすれば、開錠することが出来そうだ。

手際良く作業を始めたジャックに、その場を任せることにする。

 

 

「我らの愛する命を冒すとは……。

ああ、なんと愚かなことよ」

 

「……」

 

「此処は穢れておる。

人間の欲望を満たす為に、自然の理を歪めたな」

 

 

綺麗に磨かれた一つの実験台を見つめ、ゆっくりと呟かれた言葉には、怒りが滲んでいた。

生きとし生けるものを見守るスカディには、その実験台の上にいたものの姿が、見えているのだろうか。

忌々しいと細められたその瞳が、哀れみに揺れていた。

 

不意にかちゃ、という音が響いた。

ジャックが解錠に成功したのだろう。

中を覗き込むと、良く見るデザインのA3サイズのノートが数冊と、鍵が一つ入っていた。

 

 

「こういう所は、昔と変わりないんだねえ」

 

「……肉筆でなければ、証明出来ないからな」

 

「手柄の証明ってわけかい。科学も魔術も相違はないね」

 

 

何処にいたのか、突然現れたマーリンがセフィロスが手にしたノートを覗き込む。

実験が機械化された世の中であっても、その記録は肉筆で残されることが多い。

遥か昔に宝条の研究ノートを見たことがあるセフィロスは、このノートの持ち主が彼ではないことに気が付いた。

軽くページを捲ると、それは日記のようにも見えた。

 

 

「えーっと、何々……」

 

 

覗き込んだノートに記されたそれを、マーリンが読み始める。

室内にいた全員が耳を傾けた。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

Mar. 10, 2013

今日、宝条博士から、とある研究プログラムに参加しないかと誘われた。

それは魔術協会の今後を担うとても重要なものらしい。

大変光栄なことだ。私は即答した。

 

Mar. 20, 2013

研究のサンプルが届いた。

これまで様々な動物実験を行ってきたが、これは何というか……。

それでも、やらねばなるまい。

 

Apr. 13, 2013

なんということだ、これは……、

魔術協会の為でも、国の為でもなかったのだ。

全てはあの、化け物を作り出す為の、餌でしかなかった。

 

Apr. 24, 2013

一人、また一人消えていく。

聞いても、辞めたとしか言われない。

だが見てしまった。

皆、あの地下に行ったのだ。

 

May. 16, 2013

遂に、私以外誰もいなくなってしまった。

しかし直ぐにまた、補充されるのだろう。

何も知らぬ、学生が、そして助手が。

私にはもう、彼を止めることは出来ない。

 

Mar. 19, 2013

見てしまった。あれは聖杯だった。

宝条博士が手にしていた、あれは。

 

Mar. 21, 2013

天使を見た。いや、悪魔だったのかもしれない。

片翼の、

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

次のページには何も記されてはいなかった。

しん、と走った沈黙を、かたかたという高い音が破る。

音の方を見ると、エミヤオルタがパソコンのキーボードを素早く叩いていた。

ロックが掛かっていた筈だが、解けたのかと口を開く前に、エミヤオルタがセフィロスに視線を流す。

 

 

「one-winged angel……。

良かったじゃないか、悪魔ではなかったらしいぞ」

 

 

鼻で嗤ったエミヤオルタは、再び画面へと集中する。

その姿を見たリツカは、彼が自身の武器の改造をはじめとした機械弄りを好むのは知っていたが、パソコンまでお手のものであったとはと、感嘆する。

 

 

『聖杯、それに片翼のって聞くと……。

もう決まったようなものだ……けど、』

 

「……それって」

 

『そう結論を急ぐものじゃあないさ。

私は、地下に真実の鍵があると見ているのだが……。

どうかな。君にその勇気は、あるかね』

 

「ち、地下……って、此処の、だよね……」

 

 

思考を巡らせていた名探偵が、遂に口を開いたということは、あらかたの解は得たのだろう。

此処に彼がいたならば好き勝手歩き回った挙句、平気な顔で地下にも足を踏み入れていることは想像に容易い。

それはあくまでも彼が場慣れした、強靭な精神力を持つ存在だからであって、リツカは違うのだ。

 

 

「……マスター。足を踏み入れるならば、相当な覚悟が必要となるだろう」

 

 

ずっと動き続けていた、キーボードを滑る武骨な指先が止まる。

エミヤオルタは、パソコンに保存されているデータのロックを解除した後、隠れていたフォルダも見つけ出した。

そして、通信の為の回線が生きていることを確認すると、必要となるであろうデータをまとめてカルデアへと送信したのだ。

彼はその内容の酷さに目を伏せて、溜息を吐いた。

 

 

『うっわー。此処までやるとはねえ。

知の追求といえば、それっぽいけど……。これじゃあ、ただの』

 

 

エミヤオルタの送ったデータに目を通したダヴィンチが、呆れたように声を上げる。

ホームズは相変わらずの無表情だが、ドクターの顔は険しい。

そんなに酷いものなのだろうか、とリツカは頬を引き攣らせた。

 

 

「……仕方あるまい。マスター、俺たちが見て来よう」

 

「俺たち、って」

 

 

その方が効率的だろうと口角を上げたエミヤオルタは、とある方に視線を送る。

パソコンの前から立ち上がった彼を見上げたリツカが首を傾げると、視界の隅で銀が動いた。

 

 

「どうせその千里眼()で見る気だろう?

……なら、万が一のことがあれば、マスターを連れてカルデアまで行け」

 

「ああ。言われなくともわかっているさ」

 

 

ふわふわと笑うマーリンの、その『眼』が頼りになるだろう。

宝条をはじめとするセフィロスのことは見えないと言っていたが、この研究所内は問題ないらしい。

 

 

「ならば、この私も参るぞ」

 

「す、スカサハ……」

 

「えーい!!何遍も言わすでない!!

スカサハではない、スカサハ様じゃ!」

 

 

いつの間にかセフィロスの隣にいたスカディの言った言葉に、リツカは目を丸くする。

自然を愛する神が、その冒涜の為に造られたような施設の地下へと赴くとは、想像も出来なかった。

 

 

「なんじゃその顔は、私では不満だと言うつもりではないだろうな?」

 

「ち、違うって!!まさか、その……行くって言うとは思わなくて」

 

「ふん。私とてこのような悍ましい施設の地下になんぞ行きたくもない。

だが……私は、行く」

 

 

ぐと目に力を込めて神々の花嫁は、言った。

その言葉に込められた意味を、正確に読み取ることは出来ない。が、何か大切な意味合いが含まれていることだけは何となくわかった。

 

 

「おにいちゃん、わたしたちも」

 

「……お前は此処にいろ」

 

「やだよ。わたしたちも、一緒に行くもん」

 

 

ぎゅと引っ張られたコート。足元に視線を移すと、ジャックがセフィロスを見上げていた。

一緒に行きたいという言葉を拒んだセフィロスに、リツカは意外そうな表情を見せる。

セフィロスが、女性や子供の要求を拒んだ所を見たことはなかったのだ。

 

 

「おい、ジャック。そう駄々を捏ねんじゃねえよ。な?」

 

「……やだ」

 

「辞めておいた方が、身のためだと思うがね。ジャック・ザ・リッパー。

向かう先は、お前の嫌いな医者も、仲間も、多くいる場所だ。

……到底耐えきれるものではないだろう」

 

「え、い…医者って」

 

 

ぽんとジャックの頭に手を乗せた燕青が、腰を落として目線を合わせる。

頬を膨らませたジャックが首を横に振ると、冷淡な口調でエミヤオルタが言葉を吐き捨てた。

 

 

「……此処には、倫理など存在しない」

 

 

セフィロスはそう低く呟くと、エミヤオルタに視線を送る。

一つ頷いたエミヤオルタは部屋を出るために、踵を返した。

それに続こうとするセフィロスのコートを掴んだままのジャックは、いやだと首を横に振った。

 

 

「ジャック、俺と一緒に待っていよう?」

 

「……いやだ。やな予感が、するの」

 

「嫌な予感?」

 

「……わからない、わからないけど、……おにいちゃん、行っちゃ、だめ」

 

 

嫌な予感がする、といつもとは違う表情で訴えるジャックに、リツカは何も言うことは出来なかった。

子供のようで子供とは違う彼女が、こうも任務に対して感情を挟むのは稀なことである。

その様子を見ていると、リツカにまで嫌な予感がして来た。

やはり全員で出向くべきかと、泣きそうにも見えるジャックの顔を見て考えた、その時。

 

高く、ヒールの音を響かせたスカディが、その体をしなやかに曲げてジャックの顔を覗き込んだ。

 

 

「案ずるでない、生まれずとして生まれた子供よ。

セフィロスにはこの私が付いている」

 

「……」

 

「ああもう!!わかった!!

この私が!!この(スカサハ=スカディ)の名に懸けて!!このセフィロスを、守り抜こうぞ!!

約束だ、ジャックよ」

 

「……やく、そく」

 

「そうだ。この神々の花嫁が、約束しよう」

 

「……おにいちゃん、とも」

 

「おお、それは良い。ほらセフィロス、ヒトとヒトが約する時は、指切りというものをするのだろう」

 

「それは必要な「ははっ、良いじゃねえか。ほれさっさと指出しな」」

 

 

明朗に笑う燕青の手甲を付けた手が、セフィロスの腕を掴んだかと思うと、勝手にジャックの前に差し出したのだ。ぱちぱちと目を瞬かせたジャックは、嬉しそうに頬を綻ばせると己の小指を、黒い手袋に包まれた小指に絡めた。

ゆーびきった、という弾む声と強く絡んだ小指を、セフィロスが拒むことはなかった。

 

 

「……おにいちゃん、怪我しちゃだめだよ」

 

 

心配げに目を伏せたジャックに、セフィロスは溜息を吐くと、ぽんとその頭に手を置く。

そして振り返ることなく扉から出て行った。

 

 

「あ……、せ、セフィロス。待て!!やっぱり私とも、指切りをせんか!!」

 

 

慌しくその背を追い駆けて行ったスカディに、燕青が笑い声を上げた。

こうしてリツカ達は待機組と偵察組に分かれて行動することになったのである。

 

 

 

 

 



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2-5 宝条研究室にて③

「……吐き気がするよ」

 

 

セフィロスとスカディが宝条の研究室から出ると、横の壁に凭れ腕を組んだエミヤオルタがそう吐き捨てた。

彼の言葉がパソコンの中にあったデータのことを差していることは、直ぐにわかる。

 

 

「魔術師たちが餌食になっていることは、知っていたがね。

……まさか、幼い子供を、そして妊婦にまで手を加えていたとは」

 

「実験材料だ。あの男にとってはな。

言っただろう、奴に倫理など存在しない。

材料として使える(価値がある)か否か、それだけだ」

 

「……ああ。それは良い。清々しい程の外道だ。

此方としても、始末のしがいがある」

 

 

広がる銀髪は、薄暗い視界の中で浮き立つ。

先を歩くセフィロスの動きに合わせてゆらゆらと揺れる幽玄の銀は、無機質な暗い空間に、浮彫になっているようにも、馴染んでいるようにも見えた。

 

 

「セフィロス……。あの宝条博士(冒涜者)は、何を目的としているのだ?」

 

二番手(コンプレックス)からの脱却……だろう」

 

「……劣等感(コンプレックス)……?」

 

「あれは、自尊心(プライド)に似合う程の才能(センス)を持ち得ない」

 

 

セフィロスの横に並んだスカディが怪訝そうに顔を歪める。

彼女は、神や女王(統べるもの)の性質を持ち、それに釣り合う力を持つ存在だ。

人の心の機微から生じる闇を、アンタには理解できまいと、エミヤオルタは小さく呟いた。

 

正義の味方(借りものの理想)を追い続けたエミヤオルタは、そのような人間を多く見て来た。

それに彼自身が、全ての人間を救いたいという心と、零れ落ちていく命たち、その二律背反に身を腐らせるほどに苦しみ足掻き続けたのだ。

 

 

「……」

 

 

エミヤオルタという英霊の根底は、歪な善(せいぎ)である。

彼自身霊基再臨を重ねた影響により、それすらも朧な記憶となってしまっているが。

彼の脳裏には、画面越しに見た実験材料(にんげん)たちの暗い目が焼き付いて離れない。

どろりとした闇を煮詰めたような色のそれを思い起こす度に、胃を掻き回す不快感に苛まれる。

 

画像データにあったのは、ホラー映画に出て来るようなゾンビにも似た風体をした、魔術師であったものたち。

彼らが何らかの薬のようなものを投与させられ、日に日に変化していく過程が残っていたのだ。

しかし、それだけではなかった。

彼が言ったように、年齢問わず集められた子ども達をあの緑の液体(ライフストリーム)へと突き落としている映像が、残っていたのだ。彼らが苦しみ悶えながら、狂ったように死んでいく姿を、鮮明に記録がなされていた。

妊婦を集めたのは胎児を使った研究を行っていたようで、真っ当な人間であれば思い付かないであろう、文字通り想像を絶することが行われていた。

 

 

「お前も、……そんな顔をするんだな」

 

「……少なくとも、あの男よりは真っ当な人間だったものでね」

 

「……そう、か」

 

 

一度も振り返らずに掛けられた声に、エミヤオルタはゆっくりと息を吐き出した。

 

 

 

***

 

 

 

地下のフロアは、地上のそれとそれほど変わりはなかった。

しかし、まだ上の方がマシだと思ったのは、肌を撫で上げる充満する空気感であろうか。

濁った水の淀みのような、嫌な重さを感じる。

 

 

「……この部屋のようだな」

 

 

ちゃりとプラスチックと鉄が擦れる音と共に、エミヤオルタは鍵を取り出す。

研究室の金庫に入っていた、鍵に取り付けられていたタグには、部屋の番号が書かれている。

地上の研究室は細かく区切られており、部屋数が多かったのに対して、地下の部屋は一つ一つの面積が大きく取られており、部屋数は少ない。

故に、目的の部屋を発見するまでには、それ程時間を要さなかった。

 

エミヤオルタは、セフィロスへと視線を流した。

相変わらずその表情は読めないが、何処となく強張っているようにも見える。

ふと息を吐いたセフィロスは、エミヤオルタに視線を返した。

 

それを同意と受け取ったエミヤオルタは、手にした鍵を鍵穴へと差し捻る。

軽い音を立てて解錠された扉を、中の気配を探りつつ開け放つ。

 

 

「っ、」

 

「……?、な、なんじゃ、セフィロス。

見えぬではないか」

 

「見る必要はない」

 

 

分厚く造られた扉は、外に一切の情報を遮断しているようだ。

匂いも音も一切漏らさないよう配慮がなされた部屋の中は、研究者の狂気を体現していた。

 

こぽと何かが脈打つ音は、呼吸音であろうか。

つんと鼻を刺す刺激臭は、試薬かそれとも……。

天井から床まで伸びる円柱のようなものが無数に並んでおり、漏れる緑の光が部屋の中を怪しく照らしている。

 

その光に映し出されたものに、エミヤオルタは息を呑んだ。

セフィロスの背中に続いて部屋に入ったスカディは、突然暗くなった視界に声を上げる。

同時に妙な刺激臭を拭い去った一つの香りが、セフィロスが纏うそれであることに気付いた。

スカディの視界をその背で阻んだセフィロスに、彼女は小さく笑む。

 

 

「……セフィロスよ。この母に対する配慮、嬉しく思う。

しかし私とて、血を知らぬ乙女ではないよ」

 

 

普段とは違う優しい声音で囁かれた言葉に、セフィロスは何も返さなかった。

一拍置いて、セフィロスがその身を動かす。

開かれた視界に先ず飛び込んできたのは、無数に並ぶ円柱のようなものである。

中には子供から大人までの人間が、いや人間であったもの(被験体)が浮かんでいるのがわかった。

 

 

「これらは、成功したものということか」

 

 

浅黒い肌に、緑の光が滲む。

円柱のようなものは培養槽と呼ばれるものであり、充填された緑の液体が……魔晄(ライフストリーム)であることを、セフィロスは感じ取っていた。

 

培養槽に近付いたエミヤオルタは、浮かぶそれらを見上げる。

どの被験体も、体の一部が欠損している代わりに、鋭い爪のようなものが生えていたりと、人間と呼べる身体では無くなっていた。

隅に置かれた机の上には、大きめの瓶が並んでいるのが見える。

その中にも同じ色の液体が入れられており、胎児のようなものが浮かんでいるのが見えた。

 

 

「……」

 

 

左右に並ぶ培養槽に目もくれず、セフィロスは奥へと進んでいく。

 

 

「おい、」

 

 

エミヤオルタの呼び掛けにも、応じることは出来なかった。

この時、ずくりと広がる頭痛が脈打つように、セフィロスを蝕んでいたのだ。

何かが呼んでいる。そして、何かが……自分を自分でなくするような。

セフィロスを何かから引き離そうとしているような、言い表せぬ感覚。

それは、内臓を掴まれているような不快感でもあり、融けていくような快感でもあった。

 

 

「……っ、……ああ、」

 

 

部屋の一番奥に、置かれたそれは、他のものと明らかに異なっていた。

どくりと心臓が震える。

 

 

 

 

 

『そうだ、モンスターを生み出したのは……神羅カンパニーの宝条だ』

 

『魔胱エネルギーが創り出す異形の生物、それがモンスターの正体』

 

『ま、まさか……俺も?』

 

『…俺はこうして、生み出されたのか?』

 

『俺はモンスターと、同じだと言うのか…』

 

『お前も見ただろう、こいつらの中にいるのは…まさしく人間だ…』

 

『…子供のころから、俺は感じていた』

 

『俺は他の奴等とは違う、俺は特別な存在なんだと、思っていた』

 

『しかし それは…それはこんな意味じゃない』

 

 

 

 

 

『俺は 人間なのか…?』

 

 

 

 

 

蘇る記憶に、体を震わす絶望は、男のものではなかった。

まさしくそれは英雄セフィロスの、記憶。

それを目にした途端に、ぐらぐらと視界が揺れ、内側から零れ出る様々な感情や記憶に、吐き気が込み上げた。

 

 

「セフィロス、」

 

 

培養槽の硝子に手を付いて耐えるセフィロスの背に、白い手が触れる。

スカディは様子が一変したセフィロスを案じるように、何かを言おうとした。

だが、その唇が動く前に、がちゃりという銃の音が聞こえ、思わずスカディはそちらへと視線を向ける。

 

 

「何者だ……っ!!」

 

「フッ…何も知らぬ、英霊……か」

 

「……何を、言っている?」

 

「お前たちは、踊らされているだけだ」

 

 

突然姿を現したそれは、入って来た扉の前に影の如く佇んでいた。

突き付けられたエミヤオルタの銃剣に、冷笑を浮かべたのは……。

その姿にエミヤオルタとスカディが大きく目を見開く。

 

 

「ほう。コピーが、いるようだが……。

オリジナルは一人で充分だ……そうだろう」

 

「……お前は、聖杯の…」

 

「如何にも。あの宝条という欲深き人間が、聖杯に込めた歪んだ理想を具現化した姿……。

ククッ、愚かな男だ。余程完成品に縋りたいと見える」

 

 

深淵なる氷を象徴する闇を秘めたつめたい硝子玉に、肌が泡立つのを感じる。

流れる銀は緑を帯びて怪しく輝き、身に纏う黒は死神のそれのようであった。

 

ゆっくりとその足が、近付く。

 

 

「……っ、英霊、か?」

 

「そこにいる半端ものと一緒にするな。

私は、完全な存在だ」

 

「答えになっておらぬな」

 

 

セフィロスを庇うようにスカディが前に出る。

眼光を鋭くしたエミヤオルタは、意図が読めない相手に眉を顰めた。

 

緩やかに弧を描く唇に冷え冷えとした瞳は、彼らが知るセフィロスとは違うモノ。

セフィロスの異質さとは、全く異なる異端なそれは、言い知れぬ恐ろしさがあった。

 

 

「……この星は、私のいた星とは違う。

だが、それも良いだろう」

 

「何が、目的だ?」

 

「私が星の正統なる後継者となる。

そして、約束の地を探し出すのだ。

その為には、お前たちには消えてもらう他あるまい」

 

 

喉を鳴らして笑う『それ』に、セフィロスが顔を上げた。

 

 

「星を破壊したのは、お前だろう」

 

「ふっ、あの星はもう死にかけていた。

私が手を下すまでもなかったな」

 

「……それで、次は……この星、か」

 

「この星には、力がある。

特に『修復する力』は、凄まじいものだ」

 

「それすらも、喰らう気か」

 

 

聖杯により造られた宝条の理想(セフィロス)の、成し遂げるべきものは変わらない。

己を否定する星を捨てて、母と生きること。

その為に、星のエネルギーを己のものとすること。

そう滔々と語った『それ』は、セフィロスに視線を向ける。

 

 

「……お前は、何だ?」

 

「……」

 

「ジェノバ細胞を身に宿すものたちは、例えバラバラとなろうとも、時期が来ればやがて一つの場所に集結し、再結合をする。……ならば、お前も、違わない筈だ」

 

「再結合だと……?」

 

「ククッ、何も聞かされていないのか。

リユニオンという、不完全な欠片が集まり完全体となることだ。

ジェノバ同士は互いを感知する……。だが、この男(コピー)には、それが薄い。

だが、まあ良いさ。オリジナルは私だけで良い」

 

 

にやりと笑った『それ』は、セフィロス達の後ろの培養槽を見上げた。

うっとりとした陶酔するような目で、培養槽の中に浮かぶそれを見つめる。

 

 

「母さん。まだ、見つからないんだ。

……約束したのに、まだ」

 

「やめろ、それは……違う」

 

「違う?何が違うというのだ」

 

「宝条にいつまで踊らされる気だ?」

 

「ククッ、母さんは優れた能力と、知識、そして魔法で、この星の支配者になるはずだったんだ。だが……愚かな人間ども所為で……っ」

 

「違う。お前は、惑わされているだけだ。

ジェノバと……『あの男』を混同している。

いい加減目を覚ましたらどうだ……!」

 

 

そのひと際大きな培養槽の上に付けられたタグに記された、『JENOVA』という文字。

その中にいるのは、頭を機械に覆われた、銀髪の女性のようにも見えるもの。

『それ』が母と呼ぶ、ものに、エミヤオルタ達も視線を移す。

 

しかし、息を荒げて全ての言葉を否定したセフィロスの様子を見る限り、それが真実ではないことを察する。

セフィロスが、取り乱す様子を見せるのは初めてのことであった。

 

 

「黙れ。オリジナルは一人で良いと言っただろう。

兄さんを語るのは、私だ。

コピー如きが口にするのは許さん」

 

「我ながら、馬鹿な男だ」

 

「クックックッ……さあ、そろそろお喋りは終わりにしよう。

英霊など所詮、マスターがいなければ存在出来ぬもの。

ならば、マスターごと葬ろう。地獄での再会に、期待するんだな」

 

 

かつりと、黒いブーツが床を叩く音が響く。

いつの間にかその手には、あの長い刀が握られていた。

 

 

「決めたよ。お前は我が城の影に溶けるしか無かろう」

 

「惨たらしく、絶命しろ。

アンタにはそれが相応しい」

 

 

マスターリツカへの敵意の言葉が、英霊たちの心を決めさせた。

両手に二挺銃を構えたエミヤオルタは、勝算を巡らせ、相手の隙を探る。

スカディは杖を手にすると、セフィロスへと目を移した。

 

 

「アレは、お前ではないのだろう……セフィロス」

 

「ああ」

 

「ならば、殺そう(あいそう)。アレも哀しき子なのだろう。

しかし、我が愛しき子(セフィロス)は一人で良い」

 

 

引き摺られそうになる意識に、歯を食いしばり耐える。

セフィロスは、怪しい笑みを浮かべる『それ』を睨むと、手に愛刀を握った。

 

 

 

***

 

 

 

「要するに、救世主と災厄が混在してるっていうことか」

 

「ああ。しかし、災厄であれば……とうにアレは、お前たちに害を為していただろう」

 

「っつーことは、なんだ、あのセフィロスは」

 

「英雄であった頃の、精神が宿っているのだろうな」

 

「ややこしいぜ。……まあ、性格からしてややこしい……って、いつも喋ってんのはどっちだ?」

 

古代種の英雄(セトラ)は、ずっとあの英雄に付属していた。

それは、先程説明した通り」

 

「厄災ジェノバの細胞を自分の魂で封印したのが、セトラなんだろ?

そんで、胎児だったセフィロスに、ジェノバ細胞が埋め込まれた際にセトラも入り込んだ」

 

「そうだ。しかし……魂は眠り続けた。

あの英雄が壊れなかったのは、大いなる精神力(自我)を持っていたからということもあるが、セトラの加護があったことも大きい」

 

 

イフリートが司る炎に包まれた空間で、キャスターはセフィロスの真実を耳にしていた。

人類に知恵の火を与えし神が語ったことは、哀しき英雄たちの繋がりであった。

 

古代種の英雄(セトラ)は、厄災ジェノバから星を守った。

そしてその身を犠牲とし、その魂を以て、ジェノバを封印した。

 

堕ちた英雄は、そのジェノバの細胞を埋め込まれた人間であった。

その細胞には、偶々古代種の英雄(セトラ)の魂が含まれており、彼らは知らずして共存していたのである。

 

しかし、この時点では魂は覚醒しておらず、堕ちた英雄は哀しき運命を全うすることになったのだ。

 

 

「……ああ、よーくわかんねえ」

 

「理解は求めていないと言っただろう。

あとはアレに聞くが良い」

 

「つってもなァ、素直に教えるタマじゃねえだろ」

 

「ふ……。ならば、星降る夜に聞け」

 

「あァ?どういうことだ、おっさん」

 

「普段は、大いなる自我に抑え込まれているが、セトラは星の民だ。

星の良く見える夜はその力を増す」

 

「セトラの方に聞け、ってことかい」

 

「ああ。奴の方が……、まあ、比較的喋るだろう」

 

 

あまり変わらん気もするが、と付け加えたイフリートに、キャスターは溜息を吐いた。

どうやら二人の英雄に、明確な性格的な違いはなさそうだ。

確かに、あのセフィロスが軽快に話す姿は想像出来ない。ぺらぺらと話されるよりは良いか、とキャスターが頷くと、イフリートはふと笑った。

 

 

「しかし、アレに友が出来ようとは……。

物好きもおるものだな」

 

「はっ、似たような奴がゴロゴロいるカルデアじゃあ、大したモンじゃねえよ」

 

「……そうか」

 

 

キャスターの返答に、イフリートは驚いたように目を瞬かせる。

青髪の魔術師は、友人という言葉を否定しなかったのだ。

考え込むような素振りを見せたイフリートに、キャスターは怪訝な顔をしたが、不意に視界が揺れるのを感じた。

 

 

「残念ながら時間切れのようだぜ、おっさん」

 

「……ああ。最後に一つ、サービスだ。

導きの杖であれ。そうすれば、お前の炎は更に力を増す」

 

 

静かに、見据える双眸がキャスターを見る。

それに返事をしようと口を動かした時、ぷつりと意識が途切れる音がした。

 

キャスターの姿が消えると、煮えたぎる炎の音だけが残った世界で、イフリートは何かを想うように空を仰いだ。

 

 

 

 

 



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2-6 宝条研究室にて④

かつて女王メイヴがクーフーリンオルタを呼び出したように、宝条もまた聖杯に願いを捧げた。

そうして呼び出された英霊(セフィロス)は、まさに混沌と悪を体現した姿をしている。

黒衣を揺らし銀を靡かせる男の目は、暗い闇に張る氷のようだ。

温度を拒絶する青い瞳を灯せるのは、復讐という名の業火のみ。

 

その生涯から人類への復讐にしか興味を示さない男には、唯一の存在があった。

それが厄災(はは)なるものである。

悲しき英雄を狂わせた宇宙からの侵略者は、英霊となって尚もセフィロスという男の心を雁字搦めに縛り付けている。

 

 

「お前も、私の一部ならば憶えている筈だ。

私に残った最後の尊厳すら奪い去った、あの痛みを。

一つ一つが、罅割れ、壊れていく音を」

 

「……ああ、その痛みは知っている。

しかし、お前の行為はその傷を広げるだけだ」

 

 

目の前の宝条の聖杯(セフィロス)は、宝条の思い描いた姿そのものであり、完全にジェノバと一体化した存在であり完成品である。一つの星を崩壊へと追いやった力を持ち、神へと代わる存在になり得るものと言って良いだろう。

 

 

「……何故、あの男に従う?

少なくとも、俺にはただの狂人にしか見えないがね」

 

「ふん、従う気はないさ。科学者としても二流以下の役に立たん男だ。

しかし……アレの狡猾さは悪くはない。

私という作品の為ならば、アレは何でもするだろう」

 

「それが例え、無垢なる命の上に成り立つものだとしても……か」

 

「ふふ、いずれ失われるものだ。何を嘆く?」

 

 

エミヤオルタは、己が知るセフィロスよりも表情豊かなその英霊を睨み付けた。

表情豊かといえど、そこに人間らしさはない。寧ろ背筋を撫でる嗤い方は宝条と重なって見える。

 

 

「まさか、此処で終わりではないだろう?カルデアの英霊よ」

 

「誰に向かって言っておる。頭が高い、神にひれ伏せ」

 

「ふん。神はこの私だ。神は一人で良い」

 

 

薄らと浮かぶ妖しげな笑みを、スカディが冷たく睨み付けた。

 

そして再びぶつかり合う剣と銃剣、弾き合う剣と氷、鬩ぎ合う剣と剣。

しかしそれが何度繰り返されようとも、その英霊の余裕が崩れることはなかった。

 

傷を負っても直ぐに修復される身体は、セフィロスと同じものであるが故に、敵に回すと相当厄介なものである。

しかもその力は完全なるジェノバの力を継いでいる分、セフィロスよりも英霊の方が上回っていた。

 

 

「っち、しぶとい奴だ……っ」

 

「どうした?使いこなせない武器(おもちゃ)なら片付けろ。目障りだ」

 

「生憎……これは、俺のオリジナルでね……っ!」

 

 

鋭い咆哮と共に放たれる数多の銃弾を、英霊の刃が全て切り裂く。

生じた隙に素早く距離を詰めると、手にした銃剣を振り翳した。

 

だが、銀の糸から覗く口元は、歪な笑みを浮かべていたのだ。

 

誘い込まれたのだと気付いた時には、エミヤオルタの心臓部へと長い剣先が伸びていたのである。

ぷつりと肌を刺す感覚に身体を逸らそうとするが間に合わない。

それならばと、ダメージを最小限とする為に魔力を練り始めたその時、何かがエミヤオルタを突き飛ばした。

咄嗟に受け身を取り床へと着地した彼は、直ぐに顔を上げ己がいた場所を見て、その目を見開く。

 

そこには、恐ろしい程に長い刃に貫かれたセフィロスの姿があった。

しかも、細い刃先は心臓部を突いているようにも見えるのだ。

 

後方で上がったスカディの悲鳴に、エミヤオルタははっと意識を取り戻した。

 

 

「っ……ぐ、」

 

「……ほう?あの男が生み出した模造品(おもちゃ)の一つだと思っていたが、どうやら違うらしいな」

 

 

英霊がその剣を握る手を上げると、セフィロスの体が浮き上がる。

溢れ出る血と、黒いコートから滴る血が、白い床を染め上げた。

 

英霊はセフィロスをまじまじと見上げると、ねっとりとした蛇を想わせる瞳を細めた。

交わう青と青の、瞳。それが全く異なる色を持つことを、知る。

 

 

「セフィロス!!」

 

 

クーフーリンオルタやスカサハの朱槍で心臓を抉られようが、悠然とした表情を浮かべていたセフィロスに、始めて苦痛の色が浮かぶ。英霊の剣で貫かれた部分から、これまでにない身体の内側から焼けるような激痛が走ったのだ。

逆流する血が、その唇から伝う。

それを見たスカディが杖を振るい魔術を唱えると、ぱきぱきと音を立てて英霊の足元が凍り付く。

同時に出現した氷の矢が英霊に向けられたかと思うと、一斉に放たれた。

 

凄まじい速度で迫り来るそれに視線を流すと、英霊は足に絡む氷塊へと炎の魔法を放つ。

だが氷雪の女王が生み出す氷は、慈悲なきもの。炎を以てしても簡単に溶かすことは出来ない。

 

 

「……ぐう……っ」

 

 

降り注ぐ女王の矢を受け、英霊の手から剣が零れ落ちる。

それと共にセフィロスの身体は床へと崩れた。

すかさず駆け寄ったスカディは、突き立つ剣を引き抜く。

心臓からは外れているが、出血が多い。太い動脈を損傷したらしいことが窺えた。

 

しかし通常ならば、セフィロスの自己治癒力は凄まじく大抵の傷は直ぐに塞がってしまう筈である。

だがその傷は一向に塞がる様子はなかった。

スカディは表情を歪めて、セフィロスの顔を覗き込んだ。

 

 

「セフィロス、セフィロス……。ああ、痛いだろう?

すまぬ……私は、回復魔術を持たぬのだ」

 

「……問題ない」

 

「待て、動いてはならぬ……!」

 

 

身を起こそうとするセフィロスを、スカディがそっと抑えた。

そして、床に膝を付いて座ると、その頭を己の膝に乗せる。

スカディが扱う術は、主に自然の力を借りそれを刃とするものであった。

 

故に回復させる術を持たない彼女はせめてもの応急処置として、止血の為に自らのドレスを引き裂いたのだ。

 

英霊は死ぬことはないが、一定の傷を負うとカルデアへと強制送還されてしまう。

セフィロスがそれの対象となるかは微妙なところではあるが、しかし、彼女が止めたのはそのような理由ではなかった。

 

スカディの処置により抑えられているものの、流れ出る血は止まることを知らない。

大丈夫だと無理にでも体を起こそうとするセフィロスの顔色は、かつてない程悪かった。

殺しきれない苦痛に歪む顔と零れる声からは、いつもの余裕は欠片ほど見えない。

あの英霊の攻撃はセフィロスにとって重大なダメージになるようだと、遠目から見ていたエミヤオルタは眉を顰めた。

彼は今までセフィロスという男を、尋常ではない自己回復に優れ、クラス及び属性共に相性の良し悪しがない、使い勝手の良い存在であると認識していた。しかし、どうやらそれは間違えであったらしい。

 

 

「ふっふっふ……」

 

「……大した、回復力だ。久方ぶりに背筋が凍ったよ」

 

 

それに対してゆらりと立ち上がった英霊は、あれだけの攻撃を受けながらも傷一つ負っていなかった。

英霊の動きを警戒していたエミヤオルタが再び銃剣を構える。

だが、英霊はゆっくりと顔を上げると、セフィロスにその目を向けた。

 

 

「お前の、大切なものは……『それ』か?」

 

 

低く喉を鳴らした英霊が、仄暗い冷笑を浮かべる。

その含みを持った言葉を聞いた瞬間、エミヤオルタの脳内に警報が鳴り響く。

剣を構え直した英霊がセフィロス目掛けて地を蹴るのと同時に、エミヤオルタも足を動かした。

 

キィン、と響いた金属音は、繰り出された英霊の刃を一対の剣が受け止めた音であった。

セフィロスを庇うように杖を手にしたスカディは、己を守るように立つエミヤオルタに、守りの魔術を掛ける。 

 

 

「……狙撃手(アーチャー)が前線に出るとは、愚かな。

さて、どこまで耐えられる?」

 

「ぐ……っ」

 

 

ぎりぎりと交わう刀同士は鍔迫り合いとなり、至近距離でぶつかる青と金の瞳が射るような眼光を放つ。

見るものを気圧すような互い瞳に、違う色が滲み始めた。

剣を扱うもの(セイバー)であろう英霊と、真正面から打ち合っては少なくとも力勝負では負けるだろう。

宝具を展開しようにも近くにマスターがいない今、魔力を大幅に消費することは避けたい。

どうする、と焦りを滲ませるエミヤオルタを、愉快とでも言うように英霊が嗤った。

 

 

「いい顔だ……。しかし、此処で終わりにしよう」

 

 

縦に裂けた瞳孔が目の前に迫ったかと思うと、突如込められた力に押し切られるように弾かれる。

そして次を構える隙を与えず、横に振られた刀に薙ぎ払われ、エミヤオルタは壁へと激突した。

壁に頭をぶつけるも、ぐと唇を嚙み意識を保った彼は、ふらついた身体で起き上がろうとする。

 

 

「例え、お前に何が混ざっていようとも……。

所詮は私の模造品(コピー)であることに、変わりはない。

まずは、そうだな……。お前の大事なものを、壊すとしよう」

 

「っ、……やめろ」

 

 

セフィロスは、突き付けられた刀と言葉に、目の前の英霊が何をしようとしているのかを察した。

叫ぶように声を上げると、全身が麻痺したように動かない身体を力付くで動かして片手に剣を握り締めた。

だがその瞬間、柔らかい手がセフィロスの身体を抱き締めたのだ。

 

それにより塞がれた視界の中で、セフィロスの耳に肉を裂く音が響く。

 

 

「……っなに……!?」

 

「くっ……ああ、痛い……。私は、痛いのが嫌いなのだ」

 

「……な、ぜ……、なぜ、そこまで」

 

「お前こそ何を言っている、私は、人を愛する神霊(はは)であるぞ。

生きとし生ける大地の子は我が子であり、愛するもの。

……故に、問う理由はないだろう」

 

「……私の、母の名はジェノバ。

そして私を、愛するものは……。私が、愛するものは……」

 

「お前はもう、人の道理を外れた化け物よ。

どのような運命の下であろうが、な。

……だが、せめてもの情け、最後にこの私の慈悲を与えよう」

 

 

セフィロスを掻き抱く腕に、一切の迷いも震えもなかった。

それと対比する刃は小刻みに震え、浮かべられていた薄笑いが完全に崩れている。

スカディはその胸を貫いた刃にも動じず、ただ静かに、英霊の顔を見上げていた。

明鏡止水を映した赤みを帯びた紫の瞳が、英霊を揺るがしていたのだ。

 

彼女が言うように、その英霊は大いなる地母神の慈愛から外れた存在である。

心身ともに英雄(セフィロス)という存在をまるごと乗っ取ったジェノバの分身、それは彼女の庇護下(こども)ではない。だが英霊の言葉の端々に感じる狂気から、時折垣間見える母親への想いをスカサハ=スカディは哀れんだのだ。

 

 

「……お前に残った、心は泣いているよ」

 

「何を、馬鹿なことを」

 

「いくら成り代ろうと、その心は代わりはせぬ。

お前の怒りの、そして嘆きの根源が悲しみである以上、お前の企みは決して成就することはない」

 

「悲しみ?……悲しみだと

私に、何を悲しめというのだ……?」

 

 

ずるりと、長い剣がスカディから抜き取られる。

そして震えた声が、噛み締めるようにゆっくりとそう問うた。

英霊の表情は嘲笑のそれであるが、声には確かに怒りの感情が込められており、スカサハを射抜く瞳にもそれが滲んでいる。

 

 

「……お前は、人間であったよ」

 

「黙れ、……お前に、何がわかる……」

 

 

研ぎ澄まされた刀身が、赤を滴らせてぬるりと光る。

スカディの凪いだ顔と声を拒絶するかのように、顔を歪めた英霊は彼女に向けて刀を振るう。

びちゃ、と飛び散った、赤い飛沫がセフィロスの頬を濡らした。

 

 

「……っ……!!」

 

 

ひと際強く込められた腕は、スカディの想いを表していたのかもしれない。

するりと解かれた腕に、セフィロスが身体を起き上がらせると、後ろへと倒れ行く彼女の姿が見えた。

まだ麻痺の残る身体を無理矢理起こして、彼女の身体を受け止める。

首を走る深い傷を見るに、致命傷であることは間違えなさそうだ。

 

セフィロスはスカディの身体を抱き上げると、剣についた血を払い構え直した英霊と距離を取る為に、後ろへと跳躍した。そして回復魔法を唱えようとするも、不気味な笑い声と共に放たれた斬撃派はその余裕を与えてはくれない。

 

 

「……連れて、撤退しろ」

 

「お前はどうする」

 

「後を追うさ」

 

「仕方ない……か、わかった。だが、必ず来い」

 

 

狙撃手らしく物陰に潜み、英霊の攻撃を妨害していたエミヤオルタに目配せをする。

傭兵として数多の戦場を駆け抜けてきた英霊は、冷静に現在の状況を見極めていた。

セフィロスの言葉に静かに頷いた彼は、片手の銃をしまいスカディを受け取った。

 

 

「ククッ、逃げられるとでも、思ったか?」

 

「……俺が、相手になろう」

 

 

すかさず振り下ろされた刀を、セフィロスが弾く。

そして、エミヤオルタに早く行けと視線を送ると、阻止しようと動き出す英霊の足止めをする。

 

 

「セフィロス……これを使え」

 

「これは……」

 

「セトラブレイドという剣だ。

あのデータに残っていたものを再現した。

……あくまで模造品だがな」

 

「……」

 

 

魔術を発動させたエミヤオルタが、一本の刀を投影し、セフィロスへと差し出す。

それは、柄の部分に片翼があしらわれた、黒い洋剣であった。

宝条の研究室にあったパソコンのデーターの中にあったというその剣を忠実に再現した彼が、それを憶えていたのは偶々のことであったのだ。

 

エミヤオルタは、そうして改めて見たセフィロスの表情に静かに息を零す。

静かな、だが、隠しきれない確かな怒りが、今にも噴出さんばかりにそこにあった。

 

 

「貸しはつくらない主義でね」

 

「そうか」

 

 

帰還する為に必要となる魔力だけを残し、エミヤオルタに残る全ての力を込めて作り上げたそれは艶やかな漆黒に相応しい力が込められていた。その剣に持ち替えたセフィロスは、ぴったりと手に馴染む感覚に不思議な懐かしさを覚える。

 

 

「……約束を、違えるなよ。セフィロス」

 

「わかっているさ」

 

「帰る場所を、決して間違えるな。

俺に言えることは……それが、全てだ」

 

「……ああ」

 

 

無感情にも思えるその言葉は、何処か重々しい響きを持っていた。

頷いたセフィロスに一瞥をくれたエミヤオルタは、スカディを抱え直すと扉の方に向けて床を蹴った。

そして彼らの前に立ちふさがった英霊を、セフィロスが代わりに応戦する。

そうして、始まった剣戟に背を向けた彼は、一度も振り返ることなく部屋を出たのである。

 

 

 

***

 

 

 

「やあ、無事なようでなりより」

 

「……どうやら、視力に問題があるようだね。

老眼なら早めの対処をお勧めするよ」

 

「やだなあ、私はそんなに老いたつもりはないよ」

 

 

一階のフロントへと戻ったエミヤオルタは、待ち受けていたリツカ達と合流することに成功した。

花の魔術師の『眼』に狂いはなかったようで、現状を把握しているらしいリツカが、慌ててエミヤオルタに駆け寄ると意識をなくしてぐったりとしたスカディへと魔力を送る。

 

 

「仮にも神に名を連ねるものだ、大したことはないだろうが……早く帰還する必要があるな」

 

「……そう、良かった」

 

「ねえ、……おにいちゃんは?」

 

「取込み中だ。時間が掛かるだろうね」

 

「あくまでも今回の任務は、視察なんだろうマスター?」

 

「うん、そうだけど……でも」

 

「うーん。私は撤退をお勧めするかなあ。

ちょーっと相性が悪そうだ」

 

「でも、セフィロスが」

 

 

不安げに瞳を揺らすジャックに、エミヤオルタが淡々と返した。

その『眼』を通して敵を見たマーリンが険しい顔を見せる。

スカディが戦闘不能となってしまった今、一度戻って編成を組み直すべきだと、リツカは頭の隅ではわかっていた。

しかしセフィロスを一人残していくのは嫌だったのだ。

 

 

「……マスター」

 

「うん、わかっている。わかっているけど……」

 

「しょーがねえなあ、マスター。俺が残ろう。それなら良いだろ?」

 

「燕青。でも」

 

 

任務における最優先は、マスターリツカの安全であり、全滅の回避である。それを忠実に守るエミヤオルタが鋭い瞳を向けるが、リツカは素直に頷けなかった。

それを察した燕青が、明るい笑みを浮かべてそう提案した。主であるリツカの性格は重々承知していたので、彼の考えることなどお見通しであったのだ。

 

 

『リツカ君、事情はわかった。此方からも撤退を推奨するよ』

 

「ドクター……」

 

『……送ってもらったデータの解析が全て終了した。

調べるべきことは、一通り完了したと言って良いだろう』

 

「でもドクター!セフィロスが」

 

『ああ、勿論把握している。

だから……編成を替えよう。そのメンバーだと相性が悪すぎる』

 

「……なら俺は此処に残るから、カルデアから英霊を送って」

 

『それだとリスクが高い。スカディも戦闘不能だ。

万が一のことを考えると、賛成できない』

 

「そんな」

 

『わかるだろう、そこは宝条博士のテリトリーだ。

詳しくは後で話すけど、……敵は一人とは限らないんだ」

 

「え……」

 

『……一度、帰っておいで』

 

 

軽い音を立てて通信機が作動したかと思うと、ドクターからの連絡が入った。

今までにないくらいに神妙な顔をした彼は、いつもよりも低いトーンで指示を出す。

その後ろでダヴィンチやホームズを筆頭とした頭脳班が、ドクターと同じような顔をして、書類と思われるものと向き合っている姿が見える。

 

セフィロスたち探索組を待っている間に、リツカ達は宝条の研究室を調べ尽くしていた。

すると膨大な記録の中から、内部秘として扱われている重要書類が多く出て来たのだ。それにパソコンの中に入っていた実験データを重ねると、宝条が行おうとしていたことの予測が付いたらしい。

今行われているのは、ディスカッションを含めた解読であろう。

 

 

「……おかあさん」

 

「うん?どうしたの、ジャック」

 

「わたしたちも、残る」

 

「え、でも」

 

「……お願い」

 

 

くい、と服の裾が引かれる感覚にリツカは目線を下げると、そこには真剣な顔をしたジャックが見上げていた。

いつもの子供らしい無邪気な明るさはそこにはなく、浮かぶのは不安と心配といったセフィロスを案じる表情である。それをみたリツカは、考えるように眉を顰める。だが、彼にはジャックの気持ちが良くわかった。

 

 

「わかった。……俺の分も、頼むよジャック」

 

「うん!」

 

 

リツカは託すように願いを込めてジャックの頭を撫でた。

それに強く頷いたジャックに、決心がついたリツカは改めて撤退を宣言した。

 

こうして燕青とジャックを残して、リツカ達はカルデアへと戻ることとなったのだ。

その間も何かを考えるように黙したマーリンの表情を見て、エミヤオルタは静かに目を細めた。

 

 

 

 

 



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2-7 宝条研究室にて⑤

それは、もう二十数年以上も前のことだ。

雪氷のように透き通った白い肌と、氷河のように青い瞳を持った、うつくしい赤子が誕生した。

周りは皆その赤子の誕生を、祝福した。ただし、それはとても冷たい祝福であった。

何故ならば、赤子は人間としてではなく、実験体の一つとして生み出されたものに過ぎなかったのだ。

 

母を、父を知らぬその赤子は、閉ざされた世界で育っていった。

一通りの教育は与えられたが、それもまた実験データを取る為のことでしかなかった。

 

特殊な細胞を埋め込まれた子供は、温もりを知らずに成長した。

その子供は優秀であった。文字通り何でも出来る特別な子供であった。

だがそれは、研究者たちにとって、当然ともいえる結果であったのだ。

 

一日の大半を、研究施設で過ごしていた子供は、膨大な本で埋め尽くされた図書室を好んだ。

研究施設内にある図書室であるので、子供向けの本は一切置いていなかったが、遊び相手のいない子供にとっては唯一楽しみを感じられる場所であったのだ。

そこには子供が見ることの出来ない広い世界が、詰められていた。

字が読めるようになって直ぐに、図書室の本を漁り出した子供が、そこにある本を全て読破するのに、そう時間は要さなかった。

 

幾千万以上もの本の中で、毎日のように読み返し続けた本がある。

それは、子供の育て親だった男が勧めた本であり、成長しても手元に置き続けた本であった。

 

 

「セフィロス、まだその本を持っていたのか」

 

「ふ、いつもその本を持ち歩いているお前に言われたくはないな」

 

「この本は、俺の(しるべ)だ。剣と同じさ」

 

「……それならば、俺も同じだ」

 

 

かつての友が、デスクに置かれた本を見てそう言ったのを憶えている。

その頃にはもうボロボロで、色褪せていたが、手元に置いていないと落ち着かなくなるのだ。

 

 

「……俺は、……古代種の。……だとしたら」

 

 

だからこそ、自分の出生を知った時、先ず感じたのは歓喜であった。

らしくもなく、心臓が大きく高鳴り、身が震えた。それは、恐怖でも絶望でもない。

長年の憧憬が報われたような、心躍る感情の渦であったのだ。

 

 

「俺は、……あなたの意志を、継ぐもの……ふっ、ふふふ……ふはははははっ!!!!」

 

 

例えそれが、崩壊の始まりだとしても。

もう止まらなかった。長年に渡り、ずっとずっと心に抱えて来た想いが、その瞬間一気に暴発したのだ。

疑念、嫌悪、怨念、そして……渇仰。その感情は、力となった。

 

 

ジェノバに蝕まれても、それは最後までその心に在り続けた。

その本の名は……『古代種の英雄(セトラ)』。

 

星を守り、人を導いた、古の英雄の話である。

 

 

 

***

 

 

 

カルデアへと帰還したリツカは負傷したスカディを医務室へと連れて行き、中央管制室へと向かった。

英霊は生身を持たないので、消費した魔力を戻せば、負った傷も全て零へと戻る。例え手足がもげようが、心臓をもぎ取られようが跡形もなく回復するのだ。

 

少なくともこのカルデアでは、役目が終わらない限り英霊は座へと帰ることはない。

とはいえ、戦闘で英霊が負傷する度に、リツカの心にも相応の痛みが走る。

それは彼の性根が優しく出来ているからであること、そして、彼なりにマスターとしての責任と向き合っている証拠でもあろう。

 

 

「待っていたよ、リツカ君」

 

 

するべきことを終えても、リツカの中ではまだ任務は完了していない。

全員が無事に帰還していない今、彼の表情は険しかった。

そんなリツカの心内をわかっているかのように、出迎えたドクターロマニは、いつもよりも控えめに微笑む。

 

 

「ある程度の解析が終了して、仮説が立った。

まだ奥の部屋でレオナルドと、ホームズがディスカッションを重ねているけど……。

取り敢えず話せることを話そう。そこに座って」

 

 

ドクターに言われるがままにリツカは、椅子に腰かける。

管制室に充満する引き締まった空気が、これから話される内容を予感させた。

無意識に喉を上下させたリツカは、睨むように真剣な瞳でドクターを見つめる。

 

 

「結論から先に話そうか。

あの施設で行われていたことは、予想していた通りのことだ。

……君は、実物を目にしていないようで、安心したよ」

 

「実物って、あのエミヤオルタが送ったデータにあったやつ?」

 

「……うん。正直に言うとね、僕だって研究者の一人だ。

宝条博士のそのような好奇心を持つ気持ちは、わからなくもない。

でも、一線を越えてはいけないこともあるんだ」

 

 

ぐと目に力を入れたドクターは、手元の資料をリツカへと手渡す。

それは送られたデータの中から、見せられる範囲の資料や写真をまとめたものであった。

 

 

「宝条博士の目的は、ジェノバプロジェクトを成功させることだったんだ」

 

「ジェノバ、って……セフィロスが言っていたやつ?」

 

「そう。宇宙からの侵略者で未知なるウィルス。それがジェノバ。

宝条博士の前任に、古代種について研究をしていたガスト博士という研究者がいたらしい。

その博士は、かつてそのセトラによって封印されたジェノバを発見して掘り出した」

 

「なんで、わざわざ……?」

 

「ジェノバが星に侵略して来たのは、遥か昔の話だ。

正確に記録が残されていなかったんだよ」

 

「……」

 

「ガスト博士は、ジェノバを古代種だと勘違いしたんだ。

だからジェノバを掘り出して、復活させてしまった」

 

「それで、……セフィロスとはどんな関係があるの?」

 

「復活させたジェノバの一部を、まだ胎児だったセフィロスの体に埋め込んだんだ」

 

「……お、お母さんは……?それに、父親だっていた筈だろ?」

 

「……」

 

「ど、ドクター?」

 

 

リツカから発せられた一つの問いに、ドクターは躊躇を見せた。

一瞬ではあるものの、外された目と、忙しなく動いた指先に、リツカは不安げな顔をする。

もごもごと唇を動かしつつも、暫く黙していたドクターであったが、やがて再び口を開いた。

 

 

「父親も、母親も……そのプロジェクトに関わる研究者だったんだよ」

 

「え……」

 

「母の名は、ルクレツィア。

美しく聡明な女性であったそうだ」

 

「ルクレツィア?……ジェノバではないのかね」

 

「あ、え、エミヤオルタ……」

 

 

突然後ろから聞こえて来た声に、リツカは肩を震わせて振り返る。

すると、そこには入口の壁に背を凭れさせた、黒衣の弓兵の姿があった。

エミヤオルタは、地下でセフィロスと英霊との間で行われていた会話を全て聞いていた。

それに対して、リツカはマーリンを通して状況を聞いただけである。そして、あの花の魔術師は、そこで行われた会話をリツカへと告げていなかった。

 

 

「記録には、宝条博士がそう教えたそうだよ。

まあ広義で考えると、間違えではないのかもしれないね。

それでも、その結果……彼は、大きな勘違いをしてしまうんだ」

 

「……ふん。そういうことか」

 

「おや、君は知っていたのかい?」

 

「あの英霊が、言っていた。

地下の培養槽にいた、見るも悍ましい生物に向かって、母さんと……な」

 

「そうかい。……なら、今も。彼にとって母親は……」

 

 

エミヤオルタの言葉を聞いたドクターは静かにその瞳を伏せた。

 

 

「……順を追って話そうか。

ジェノバ細胞を宿して生まれたセフィロスは、類稀なる力と知能を発揮した。

彼はその力を使って、多くの命を救った。

そうして、セフィロスは英雄になったんだ。

研究者たちはその結果から、プロジェクトは成功したと考えた。

でも、ガスト博士は真実に気付いてしまった。ジェノバが古代種ではなかったことに」

 

「……」

 

「その結果、ガスト博士は失踪。プロジェクトは破綻に終わった。

母であるルクレツィアから生後直ぐに引き離されたセフィロスの面倒は、全てガスト博士が見ていたらしい。

だから博士の逃亡によって、彼は独りになった」

 

「…ち…父親は?」

 

「……セフィロスの、父親は……名乗り出なかった」

 

「そ、そんな……」

 

「ガスト博士の後を継いだのが、あの宝条博士だ。

彼はジェノバに、分割した細胞が本体に戻ろうとする能力があると考えた」

 

「……それって、」

 

「宝条博士は実験体にジェノバ細胞を埋め込み、セフィロスのコピーを作ろうとしたんだ。

だが、殆どが失敗作となった」

 

「失敗作……」

 

「ジェノバは、埋め込まれた人間の精神を侵食して汚染する。

大抵の人間はそれに耐えきれずに狂っていくんだ。

宝条博士はそれにも目を付けた。

わざと精神的に強度のない人間に、ジェノバ細胞を埋め込んだんだ」

 

「……なんて、ひどい……」

 

「そうして、失敗作と呼ぶ人間に埋め込まれたジェノバ細胞が一つに集まることを、証明しようとした」

 

「……それが、再集結(リユニオン)ということかね」

 

「ああ。そうさ」

 

「ま、待って、それって……セフィロスが、あの英霊と同化するってことなの?」

 

「……この理論からいうと、そうなるんだ」

 

「だったら早く……!!」

 

「言っただろう、リツカ君。

宝条博士は、無作為に選んだ人間にジェノバ細胞を投与している。

……君が戻って、万が一のことがあれば……」

 

「……っ!!そんな、」

 

 

以前セフィロスが言っていたことと、ドクターからの説明が、なんとなくリツカの頭の中で繋がった。

そしてその瞬間に、セフィロスが、地下に現れたという英霊と同化してしまうのではないか、という考えが過ったのだ。そして、リツカは慌てて席を立とうとしたのだ。

 

 

「だが、英霊は肉体を持たない。

再集結(リユニオン)しようとしても、無駄だろう」

 

「うん、僕もそう思う。だからリツカ君、君は行ってはいけないよ」

 

「……」

 

 

宝条によって英霊として呼び出されたセフィロスは、もう生身ではないのだ。

ならば同化することは不可能である。それが、ドクターたちの結論であった。

だが、リツカは納得のいかない顔で、どうにか許可を得られないかと頭を回していた。

そうしてドクターの言葉をもう一度考え直している中で、ふと疑問が生じた。

 

 

「そ、……そういえば、今の話だとセフィロスが古代種じゃないってことになるけど……」

 

「ああ、良く気付いたね。

どう考えても、セフィロスは古代種ではない」

 

「でも、セフィロスは……古代種だって」

 

「……それについては、……わからない。

だけど、彼の未練なのかもしれないね」

 

「未練?」

 

「そう、セフィロスはジェノバによって親も、友も失ったんだ。

巨大すぎる力は、人からも忌避された。でも利用され続けたんだ。

そうして心の拠り所を失った彼は、ある日ジェノバプロジェクトについて知ってしまう。

セフィロスは、自分の母親の名前をジェノバだと言い聞かされて来たわけだから、勘違いをしてしまうんだ」

 

「……」

 

「自分の母であるジェノバは古代種である。

そして、古代種は昔から星を守り続けてきたのにも関わらず、人間たちは母を無下にし続けている……ってね」

 

「……その成り果てがアレ、ということか」

 

「それから豹変した彼は、堕ちた英雄として……今まで守って来たものを破壊し始める。

彼の力は物凄かった。それこそ神の力と言っても相違ないくらいに。

それでも、星を破壊しようとした彼の目論見は失敗に終わった、というところで記録は途絶えていたけれどね」

 

「……全然そんな風には、見えないのに」

 

「うーん、でもこれが真実だ。恐らく死ぬ直前に、彼は彼に戻ったのかもしれないね」

 

 

リツカの知るセフィロスという男は、感情の機微が薄く口数は少ない、クールな男であったが、それでも何処か穏やかな印象を受ける。

アヴェンジャークラスの英霊たちが滾らせる怨念の感情も、バーサーカークラスの英霊たちが滲ませる狂気も感じたことはない。だから、彼はセフィロスを恐らく善か、善に近い属性を持つものだと思っていた。

 

 

「あの英霊が、宝条の理想の形であることは納得出来るよ。

そして、星を壊そうと企んだこともね。

ならば……逆に問おう。カルデアに現れたセフィロスは、何だ?」

 

「……英雄だった頃の、セフィロス。

僕はそう思っているよ」

 

 

エミヤオルタは、初めてその姿を見た時からずっと疑問であったその問いを、再び口にした。

鋭い眼差しを以て向けられたその問いに、ドクターははっきりとそう答える。

 

 

「まあ、それも間違っちゃいねえが……アイツはそんな素直なヤツじゃねえよ」

 

「きゃ、……キャスター……!?」

 

 

また突然、気配無く現れた英霊に、エミヤオルタの顔が歪んだのが視界に入った。

落ち着きの払った声は、彼をキャスターだと判断する一つである。

青い髪を流した魔術師は、一気に自分へと集中した視線に、ゆるりと唇を歪めた。

 

 

 

***

 

 

 

漆黒の刀身を持つその剣は、かつて古代種の英雄(セトラ)が振るっていたものであった。

古代種の一族が握ると更なる力を引き出すことが出来るそれは、セフィロスという男にとっては皮肉のものでしかないだろう。

セフィロスの愛刀正宗よりもリーチは短いが、室内で戦うには丁度良い。

とはいえ、本物ではなくエミヤオルタが投影したもので、この世界でいう宝具としての使用は不可能であろう。

 

 

「ほう、抗うか。いいだろう……苦しみ、足掻く姿を見せてくれ」

 

「……っ!」

 

 

愉快そうに揺れる声に、セフィロスは再び剣を握る。

この場所が、ジェノバがいる部屋だからであろうか。目の前の英霊は明らかに全力ではなかった。

それでも、その攻撃の一つ一つがセフィロスにとって致命傷となり得ることはわかっていたので、音速を越えて振われる剣を正確に弾いていく。

 

 

「……それは、古代種の剣だな?ならばお前は、私と同胞じゃないか」

 

「俺は、違う。それにお前は古代種ではないだろう」

 

「ふ…ふふふふ……。そんなことはもうどうでも良い。

私の目的は、星の果てで再び母さんと一つとなること。

その為にはまずこの星を、我が物としなければな」

 

「俺は、ジェノバ(おまえ)にはならない」

 

「ならば、何だ?人間だとでも言うつもりか?」

 

「……セフィロス(おれ)は人であった。

お前が一番良く……憶えている筈だろう」

 

「クックックック……愚かな。

何がお前に、そんな夢を見させた?」

 

「夢ではないさ。真実だ。

お前がずっと……肯定されたかった、真実。

宝条の虚言に惑わされ続けた、愚かな男のな」

 

 

相対する同じ顔をした二人の男に浮かぶ、その表情はいつの間にか真逆のものとなっていた。

持ち得る力は英霊の方が勝っている、しかしセフィロスの表情に焦りは見えない。

 

 

「俺は、お前とは違う。あんなものは母ではない」

 

「何を言っている?母さんは、母さんだ」

 

「……違う。あれは、仇だ。

お前のいや俺の大事なものを壊した、敵だ」

 

「っ、黙れ!……仇だと?敵、だと?」

 

 

セフィロスの言葉に、英霊が揺らいだ。

スカディの言動が予想以上に彼に動揺を与え、更にセフィロスがそれを煽ったのだろう。

ジェノバに食い荒らされた英霊の微かな残渣。それが英霊の存在を中途半端にしている、とセフィロスはそう感じた。

 

 

「哀れだな。いっそ、一思いに喰われた方が楽であっただろうに」

 

 

静かに、目を伏せたセフィロスは、自分ですら意図せずに呟いた。

その途端に、目の前の英霊が纏っていた空気が変わる。

ぐと高まったのは、肌を刺し、心臓を震わせる殺気であった。

反射的にセフィロスが剣を構えると、天井へと伸ばされた英霊の刀が振り下ろされる。

高い金属音が鳴り響くと同時に、天井の一部が崩れ落ちた。

どうやら、地雷を踏んでしまったらしい。

 

セフィロスは、崩壊した天井から見える一階を見上げる。

加減を忘れた英霊と、これ以上此処で戦うことは出来ないだろう。

このままでは施設ごと切り刻まれかねない。そう判断したセフィロスは、積み上がる天井の残骸を足場にすると、一気に跳躍した。真上の部屋は、空き部屋であった。机一つない部屋の床は、英霊の攻撃により大きな穴が開いてしまっている。

直ぐに距離を詰めて来る英霊の攻撃をいなし、窓を割って外へと出た。

 

この施設に来てから相当な時間が経過している為、もう夜の帳は直ぐそこまで近づいていた。

ちらちらと見え始めた、星々が、宵闇を踊る。

 

するとセフィロスは、己の内側から込み上がる何かを感じた。

薄く息を吐き出すと、手にしたセトラブレイドが緑の光を帯び始める。

 

 

「……俺は、お前を憎く思ったことも、恨んだこともない。

全て全て、厄災ジェノバが引き起こした悪夢……。

例えお前が、俺が守り抜いた星を滅ぼそうとしたものでも……」

 

「なに……?」

 

 

月光を弾いて、舞い降りた銀の英霊に剣先を向ける。

その剣は自分の体の一部のように、軽かった。

 

 

「……っ!!」

 

 

剣を構えた男と、英霊の瞳が交わう。

男の目を見た英霊は、噛み締めるようにゆっくりと呟いた。

 

 

「ああ……っ!そうか……。

そこに、いたのか……」

 

 

長い刀身を下ろすと、英霊は静かに目を閉じた。

そして武器を納めたかと思うと、男の方へと距離を詰める。

いくら手ぶらとはいえ、近づいて来る敵に油断するわけにもいかず、男は訝しげに顔を歪めた。

 

 

「――父さん」

 

「……?父、だと?」

 

「ふ……ふふふ、はははははっ!!!!

そうか、何と言う……運命よ」

 

「……」

 

「父さん、漸く見つけた。

これで約束が果たされる……!」

 

「約束、だと?」

 

「ああ、まだ戻っていないのか。

残念だが問題はないさ。私が、傍にいる」

 

「っ!わけのわからぬことを……!」

 

 

その瞳は、今までに見せていたそれとは、また違って見えた。

不意に伸ばされた手が男に翳されたかと思うと、突然男の視界がぐらりと揺らいだ。

唐突に訪れた酷い眩暈に、剣を地面へと突き刺して耐える。

 

 

「ぐ……っ、なに……を」

 

「大丈夫だ、父さん。

これからはずっと、一緒にいよう」

 

 

ふと緩められた唇が、小さく何かを囁いた。

それを聞き取る前に男は、ぐらりと身体が前に倒れる感覚に意識を奪われる。

だが、地面へと崩れ落ちる前に、姿を現した何かが男を支えたのだ。

 

 

 

「セフィロスから離れなっ!!……って、両方セフィロスか」

 

「おにいちゃん、ケガ……しちゃダメって約束したのに。嘘つき……」

 

 

 

視界の端に流れた艶やかな黒髪と、鮮やかな刺青が咲く体は、帰還したと思っていたものたちの一人であった。そして、一拍遅れてセフィロスの足元に姿を現したのは、銀髪の少女である。

 

 

「大丈夫かい。セフィロス」

 

「お前は……、撤退していなかったのか」

 

「ははっ。そんな薄情モンじゃねえさ。俺もマスターもな」

 

「わたしたちも、いるもん」

 

「おー。そうだったな、ジャック。わりぃ」

 

 

セフィロスの肩を支えた燕青と、武器を構えながらも頬を膨らませたジャックは、英霊が天井を突き破った轟音を聞いて此処まで来たのだ。

どんな英霊と手合わせをしても、ピンピンとしていたセフィロスのぐったりとした姿に、燕青は目を瞬かせる。目の前の英霊と相性が最悪であることは、聞いていた。しかし、どうにもこの男が弱っている姿を、想像出来なかったのだ。

 

地下で遭遇したというセフィロスと同じで違う英霊は、相当強いらしいと燕青は、目を鋭くした。

睨んだ先は、夜風に靡く長い銀の糸。

その表情は見えないが、何かを考えるようにその英霊は、佇んでいた。

 

 

「……また、邪魔をするのか人間ども……!」

 

「はっ!悪い奴の邪魔をするのが仕事みたいなものでね」

 

「父さんを返してもらおう」

 

「父さん?はあ!?父って、親父!?

おい、どういう……」

 

「ずっと、ずっと……探していたんだ」

 

「……ダメだこりゃ、話になんねえな」

 

 

英霊が言葉を発する度に、セフィロスの意識が掻き乱されるようであった。

そんなセフィロスの様子を察してか、ジャックが心配げに顔を見上げる。

 

 

「ふ、ふふふふ……。

父さん、約束したじゃないか」

 

「約束など、した憶えは……!」

 

「そうか、そいつらに惑わされているのか……。

父さんは優し過ぎるから、私が付いていないとな」

 

「……っ!!寄るな……!」

 

 

突然自分を父と呼び始めた銀の英霊に、ぞわぞわとした何かが背を這うのを感じた。

異常な執着という狂気をチラつかせるその瞳に、仄暗い悦びが宿っている。

ゆっくりと近付いてくるそれは、あのジェノバに向けたものよりも、更に優しく何処か甘さを含んだ表情をしていて。アンバランスな瞳と表情に、ずきりと頭が痛む。

その表情には、覚えがあった。

頭痛と共に蘇って来た記憶に、片手で頭を押さえると、不意に英霊の歩みが止まる。

そして嫌悪の表情を見せたかと思うと、深い溜息を落とした。

 

 

「……宝条め」

 

「宝条?」

 

「仕方あるまい。今日のところは、此処までとしよう」

 

「……」

 

「次に相見えた時は、約束が果たされる時だ。

それまでに私を思い出してくれ」

 

 

英霊はその瞳を煌々と光らせると、空へと片翼を広げる。

そして、薄い笑みを浮かべながら飛び去って行った。

ふわりふわりと舞い散った黒い羽根が、夜の闇に紛れて消えていく。

 

 

「おい、セフィロス……どういうことだよ?」

 

「……知らん」

 

「知らんって、アンタ」

 

「俺に息子はいない」

 

「……ってことは、あいつの勘違いか?」

 

「……」

 

 

燕青が眉を顰めて問うが、何せ自分自身でも理解していないのだ。

もちろん、セフィロスとセトラは血が繋がっているわけでもない。

不可解だと考え込む男へと、軽い足音が駆け寄る。

 

 

「おにいちゃんは、おにいちゃんだもん。

……だから、帰ろう?」

 

 

あの英霊との関係性はどうであれ、自分がいる限りまた襲撃に合うであろうことは想像が付く。狙われたままの状態でカルデアに帰るわけには、いかないだろう。

そう思って、口籠った男の腰に軽い衝撃が走った。

下に視線を向けると、銀色の少女が抱き着いていたのである。

それと同時に燕青が溜息を吐く。

 

 

「アンタはカルデアの英霊だ。筋を通さにゃならねーのは、カルデアとマスターだろう?

勝手に判断して、勝手に消えるなら……。この燕青、一度殺してでも連れて帰ろう」

 

「……マスターへの、義理立てか」

 

「ははっ、好きにとってくれ」

 

「わかっているさ。そのくらい」

 

 

諦めたように呟いたセフィロスに、燕青が明朗とした笑みを浮かべる。どうやら交渉が成立したらしい。

そんなセフィロスを見て、最初に比べると聞き分けが良くなった、と心の中で燕青は呟く。それはまさに『中らずと雖も遠からず』という言葉が似合いだろう。正確に表現するならば、他人との付き合い方がわかってきた、である。

 

 

「おにいちゃん、……わたしたちと、帰ろう」

 

「ああ……だが、」

 

「大丈夫、わんわん来てくれたから」

 

 

嬉しそうに笑ったジャックに、そう返事を返したは良いものの、思うように動かない身体では直ぐに帰還は不可能だ。言葉を詰まらせたセフィロスに、不意に大きな影が掛かった。

月明りを遮る大きなそれは、振り返らずともわかる息遣いを響かせて、唸る。

 

 

「来たのはアンタだけかい」

 

 

ぐるるる、と喉を鳴らした影はセフィロスの前にまわり込むと、その巨体を伏せさせた。

それにより、やっと気づかわしげな顔が、彼らの視界に入る。狼王ロボ。孤高の狼は、セフィロスに乗れというように背中を震わせた。

 

それを察した燕青がセフィロスを手伝い、少し硬いが滑らかな毛並みに包まれた背中へと乗せる。

 

 

「わたしたちも乗りたいな……おにいちゃん、だめ?」

 

「……俺に聞くな」

 

 

人間を憎悪する英霊(アヴェンジャー)にとって、人の形をしているだけで嫌悪の対象になる。

英霊でもそれに例外はない。ロボにとってそれは永遠に消えることのない、憎悪の炎なのだ。

 

セフィロスは素っ気なくそう言いつつも、ロボの背中をそっと叩いた。

その生き様も在り様も、否定も肯定もする気はなかった。セフィロスがそうしたのは、ただ気紛れだった。

 

するとその意図が通じたのか、嫌そうな目はそのままに、ロボはふうと息を漏らした。

それはまるで、一度だけだぞ、と言っているようで。

ジャックはぱっと顔を明るめたかと思うと、ロボへと飛び乗り、セフィロスに凭れるように座った。

 

ロボは星を仰ぐように顔を上げると、紺碧に君臨する月に向かって吠えた。

雄々しくもうつくしい野生の調べは、山々へと響き返った。きっとカルデアにも届いたかもしれないロボの声に、月が揺れる。そしてロボは静かに立ち上がった。

 

 

「さあ、帰るか」

 

 

ぐと伸びをした燕青が零した言葉に、セフィロスは夜空に広がる星々を見上げる。

帰る場所が、カルデアとなったのはいつからだろうか。

そんな漠然とした問いに、笑うように瞬く星は、ただ今宵もそこに在ったのだ。

 

 

 

 

 



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2-8 カルデアにて③

伏せられていたらしい瞼を、開ける。

カルデアへの帰還中であった筈だが、いつの間にか意識を失っていたのだろうか。

だが、広がった世界は、雪に覆われた銀世界でもなく、見慣れた白い部屋でもなく、緑一色の世界であった。

上から差し込む光によって、色合いを変える緑はゆらゆらと揺らめき、影をつくり出している。

まるで、水の中にいるような不思議な錯覚に囚われるが、纏う服は濡れてはおらず、重力にも変わりはない。

()

 

「……目が、覚めたか」

 

「っ!!……お前は、」

 

「そう警戒してくれるな、俺は英霊(あの男)ではない」

 

 

目の前に、悠然と佇む黒装束の男の姿があった。

それは、とある日から毎日鏡越しに見ることになった顔で、そしてつい先程剣を合わせた男でもあった。

思わず身構えた男は、視界に入った自分の手がいつものそれと異なっていることに、漸く気が付く。

男の服も、すっかり着慣れてしまった黒いコートではなく、随分と懐かしさを感じるものへと変わっていた。

腰には、あのセトラブレイドが納められている。それはエミヤオルタの投影したものではなく、自分の愛刀として振るっていたものだ。

 

 

「……これは、俺……?」

 

 

古代種の英雄としての、姿がそこにあった。

もう何千年も前に失われたものであったが、自分の体を見紛うことはない。

 

 

「それなら、お前は……セフィロスなのか」

 

「ああ」

 

 

艶やかな銀の髪に、緑の光が反射する。

あの英霊よりもずっと穏やかに見えるその顔は、改めて見ると、英霊たちに負けず劣らず造形が良い。

どうでも良いことではあるが、元の世界では、ファンクラブまで存在していたことを思い出して、思わず納得した。

 

 

「堕ちる前の、神羅の英雄……セフィロス」

 

「やめてくれ。俺は……ただの傭兵さ」

 

「……そうだな。俺だって、そうだった」

 

 

相対するかつての英雄たちは、お互いを見据える。

奇妙な縁で結ばれた者たちは、お互いを知っていた。

 

 

「セフィロス、お前は……死んでいるのか?」

 

「さあな。どうだと思う?

俺のことは、俺よりもお前の方が良く知っているのだろう」

 

「……」

 

「それにしても、まさか古代種の英雄(セトラ)と謳われし男が、俺の中にいたとはな」

 

「いただけさ。何の役にも立っていない」

 

「いいや、少なくともお前は……俺を、俺で在らせた。

お前がいなければ、俺はとっくに自我なき失敗作(もの)となっていただろう」

 

「買い被るなよ。全ては、お前の力だ……セフィロス」

 

 

宝条がセフィロスに埋め込んだジェノバ細胞に、残されていた封印の力は、かつて男が施したものである。

その力は小さな欠片に過ぎなかった。だがその小さな力が奇跡を生んだのだ。

セフィロスの魔力とその力は、良く馴染んだ。

厄災を封じる力が、セフィロスの魔力と合わさることにより、再び蘇ったのである。

そして、セフィロスの成長とともに力は増していった。

その力によってセフィロスの人格は守られ続けてきた。

 

そうして、ある意味では、ジェノバの恩恵(メリット)のみを受けることが出来たといえよう。

だが、皮肉なことに、そのバランスの良さがセフィロスの疑心に火を付けてしまうことになる。

 

 

「……俺は、俺の意志で堕ちた。お前の所為ではない」

 

 

静かな湖面のような瞳が、男へと向けられる。そこにあの狂気は見当たらなかった。

不意に、降り注ぐ光がちかちかと点滅をし始める。

どうしたのかと男が周囲を見渡すと、セフィロスがゆっくりと口を開いた。

 

 

 

「さあ、目覚めの時間だ」

 

「……最後に、一つ問いたい」

 

「良いだろう」

 

「あの男の言っていた、『父』とはなんのことだ?」

 

 

セフィロスの言葉に、それが目覚めの合図であること、そしてやはりこれは夢の中であることを、男は理解する。

ならば最後にと男が発した問いに、セフィロスは静かな微笑みを浮かべた。

微かに口角を上げただけの、彼らしい笑い方であった。

 

 

 

「――――」

 

 

 

***

 

 

 

「聞こえますか?……もう、大丈夫です。

処置は終わりました」

 

 

淡々とした女性の声が、近くで聞こえた。耳慣れないそれに、二度目の目覚めを迎える。

つんとした消毒液のにおいが鼻を擽り、この場所が何処であるかを察した。

緑の世界から、白の世界へ切り替わった視界に、少しだけ目が眩んだ。

 

 

「気が付きましたか、気分は」

 

「……悪くはない」

 

「それは良かった。しかし、今日は絶対安静です。

良いですか、絶対に安静ですよ」

 

 

長い髪を三つ編みにして束ねた英霊が、その赤い瞳をじろりとセフィロスに向けた。

落ち着いた色合いの桃色に、目が覚めるような赤い軍服のような礼装を纏う彼女の名が、頭に過る。

 

 

「そこまで重症となった記憶は、ないのだが」

 

「いいえ、貴方は病気です」

 

「……」

 

「病気ならば治療が必要です。そして全ての患者には、治療を受ける権利がある。

いいえ、受けなければなりません。何故ならば貴方は人間なのだから」

 

「俺は、」

 

「いくら心臓を貫かれても死なない不死なる者だろうと、

深い傷でも直ぐに治ってしまう、驚異の自己回復力の持ち主であろうと、

病気にならない保障はないのです。

医療の対象は、病める臓器、病める人体ではなく、病める人間、悩める人間ですから」

 

 

つらつらと話されるそれは、理に適ってはいるものの、それは会話と呼べるものではなかった。

華やいだ容姿とは裏腹の、確固たる意志をぎらつかせる表情は、彼女の性質を示していた。

花を撒く立場に生まれながらも戦うことを選んだ女性、フローレンス・ナイチンゲールは、微笑むことなき看護の鬼である。

 

 

「また、様子を見に来ます。どうか安静に」

 

 

体に巻かれた包帯に一瞥をくれたナイチンゲールは、念を押すようにセフィロスの顔を覗き込む。

そこに滲む狂気にも似た気迫に、少なくとも今日はこの部屋を出ることは出来ないだろうと、ため息が零れた。

医務室を出て行ったナイチンゲールを見送ると、暫くしてベッドから起き上がる。

しんと静まり返った部屋は、清潔を絵に描いたように磨き倒されており、何処もぴかぴかに輝いていた。

ベッドはカーテンも備え付けられているが、特に閉める理由はない。

 

広々とした造りの医務室は、ナイチンゲール病棟と呼ばれる設計だろう。

近くにある机を見ると、きちんと揃えられた医療道具などが並んでいる。

隅に配置された棚の中に並ぶ薬品も、アルファベッド順か使用頻度順かはわからないが、油断なく整頓がなされていた。

 

改めて自分の体を見る。服は治療の為に脱がされており、剥き出しの上半身は包帯が巻かれていた。

いつもの黒いコートはベッドの横に掛けられている。引き裂かれてはいないようだ。

 

 

「……」

 

 

少し身体を動かしてみるが、痛みはない。

しかし、包帯を取ることは施された治療の拒否に繋がる。そうなると、あのナイチンゲールは黙ってはいない。

セフィロスは、ベッドから動かない方が良いだろうと判断した。

 

そうすると手持無沙汰な時間ではあるが、頭の中を整理するのには良い時間と環境である。

セフィロスは一度目を閉じようとした。だが、視界の端に止まったそれに、ふと思い出す。

 

セフィロスが寝ていた場所から、少し離れたベッドのカーテンが閉められていた。

誰か治療を受けているのか、とも考えた時に、スカディの顔が頭を過ったのである。

英霊はカルデアに帰還すれば自動的に回復をする、と誰かが言っていた気もするが、彼女はどうしたであろうか。

胸を一突きにされ、首の動脈を切られた彼女の姿を思い出す。

あの相当深い傷がそう簡単に治るものだろうか、もしかすると、あのベッドに寝ているのは彼女ではないだろうか。

そう考えたセフィロスは、静かに立ち上がるとベッドに近付く。そして迷いなくカーテンを開いた。

 

 

「……やはり、そうか」

 

 

白いベッドに、薔薇のような髪が流れている。

剣が突き立てられた胸の傷は、もう塞がれているのだろう。

いつもの礼装のままに、横たわるスカディの顔色はあまり良く見えなかった。

何も言わずに、その顔を見ていたセフィロスは、彼女の傍へと近付く。

無様にも、あの英霊の一撃により体が動かなくなってしまった自分を、庇ったのはこのスカディだ。

目を伏せたセフィロスは、力なく置かれている彼女の手に軽く触れた。

 

 

「……」

 

 

ひんやりとした、手は、彼女が氷雪を操るものであるからだろうか。

例え彼女が神であろうとも英霊であろうとも、人型を取っている以上、その冷たさは死を連想させた。

小さく息を吐いたセフィロスが手を放そうとした時、ぴくりとスカディの手が動いた。

そして、今度はその手がセフィロスを掴んだのである。

 

 

「人間の熱を私はあまり好まぬ……が、ふむ、お前のは悪くないぞ」

 

 

軽やかな笑い声と共に耳朶を打った声に、セフィロスは顔を上げる。

そこには穏やかな顔をした、スカディがその瞳を開けていた。

 

 

「そのような顔をするでない、セフィロス。

それに、許可なく女の寝間に押し入るとは……お前でなければ氷像と化していたところだ」

 

 

まるで子供を叱る母親のような、声音でスカディは言った。

だがそれは、これまでに見た表情とも少し違うよう様子に見える。

セフィロスは怪訝な顔をすると、彼女の顔を見据えた。

それに気付いたのだろう、スカディは静かに目を伏せる。

長い睫毛が影を落とし、スカサハとはまた色合いの違ううつくしさを描き出した。

 

 

 

「ずっと、夢を……見ていた。久しぶりよ、夢を見るなどというのは」

 

「夢……?」

 

「ああ、夢だ。ひどい夢であった」

 

「……」

 

「お前を初めて見たとき、私は……お前の叫び(こえ)を聞いた。

ずっとそれが気になっていてな。だから、お前に付き纏ったのだ。

そして、やっとその意味が、わかった」

 

「……」

 

「あのような化け物(もの)は、お前の母に相応しくない。

よって、今日よりこの私を、母と呼ぶが良い!否、呼べ。良いな?」

 

「……」

 

「よ・い・な?ほら、呼んでみるが良い!」

 

 

勢い良く体を起こしたスカディは、セフィロスに詰め寄る。

彼女が見た夢、それは英霊の刀に宿る魔晄(ライフストリーム)が、微量に体内に入り込んだことによる影響であった。

普通の人間であれば、例え微量であったとしても魔晄(ライフストリーム)を浴びれば、その身を侵される。

しかし、彼女は英霊であり神霊である。故に身体を蝕まれるようなことには、ならないのだ。

 

 

「……何ともないようだな」

 

「ふふ、お前は心配性だな。この母の言うことを信じよ」

 

 

鈴の音のような柔らかな声に、目を伏せたセフィロスは、部屋の外から響いて来た足音に気が付く。

ばたばたと騒がしいそれは、もう聞き慣れているものであった。

 

 

「おや、相変わらず騒がしい人間よな」

 

 

表情に呆れを滲ませたスカディに、同意を示すかのように一つ頷いた瞬間、医務室の扉が勢い良く開かれたのであった。

 

 

 

***

 

 

 

医学的に言うと、通常の安静の場合、生活上不可欠な行動について大抵のことは許されている。しかし、絶対安静とは、外部からの刺激を一切遮断する必要があり、基本的にベッドから動いてはいけない。時には寝返りを打つことすら禁止されることもあるという。

 

しかしながら、生前も戦士として第一線で剣を振るい続けてきたセフィロスは、ジェノバの影響もあり病気などしたことがなく、病院とは一切縁がなかった。それに、元々素直に言われたことを聞くタイプでもない。よって、暇を持て余したセフィロスは、遂に医務室を抜け出して屋上へと向かった。

 

ちなみに目を覚ましたスカディは、もう何も問題はなかったらしいので、部屋に戻されている。

セフィロスの傍を離れようとはしなかったが、流石の彼女も、あの狂気の天使には適わなかった。

人を蝕む病を、最善の形で治そうとするあの婦長は、治すことを最善と考えている。そして生前はその為に、文字通り粉骨砕身し、自らを犠牲として看護の世界に光を灯した。

そんな彼女からすれば、セフィロスは『最悪の患者』であろう。

完全に一体化したジェノバ細胞という、ウィルスは取り除くことは出来ない。そして何よりもそれをセフィロスは望むことはないのだ。セフィロスにとって、それが普通であり、ある意味ではそれが英雄を英雄たらしめたもの。この世界でいう宝具のようなものなのだ。

 

 

「……」

 

 

夜空を仰ぐセフィロスの瞳に、滑るように星が落ちたのが見えた。

堰を切ったように光芒を残しながら落ち始めた星々は、何処へと向かうのだろう。

どうやら今日は流星群が観測できる日であったらしい。

ダヴィンチなどに聞けばわかったのかもしれないが、態々聞いてみるものでもない。

 

狼王と見上げた時のように、手摺に凭れたセフィロスは、星降る空を静かに見上げた。

遠くから近づいて来る、足音を耳にしながら。

 

 

「……よう、やっぱ此処にいたか」

 

 

階段を上がる音は、屋上への、セフィロスへの来客の合図であった。

屋上へと続く重厚な扉が開かれたかと思うと、予想通りの顔が現れる。

そして、青い衣を夜風に翻し、それはゆっくりとセフィロスへと近付いた。

 

 

「星降る夜、か。まるで御膳立てされているみてえだ」

 

「……何か用か?」

 

「ああ。だがお前さんじゃねえ」

 

 

宵闇を裂く星々に、目を細めたキャスターは、静かにその双眸を向ける。

それはセフィロスを見ているようで、見ていなかった。

 

 

「俺は、アンタと話がしたい。……古代種の英雄(セトラ)さんよ」

 

「……」

 

「おっと、下手な誤魔化しはしねえ方が良いぜ」」

 

 

キャスターの言葉に、微かな反応を見せたセフィロスは、星から視線を外した。

もう何度目となるだろうか。交差する赤の瞳には、何かを確信したような強い光が宿っていた。

 

 

「……何故、それを?」

 

「ははっ、借りを返す為に、俺にぜーんぶ吐いちまうような……親友(おともだち)に心当たりは?」

 

「ないな」

 

「おお、薄情な奴だね。(やっこ)さん、地獄の底で泣いているぜ」

 

「……イフリート、か」

 

「せーかい。トモダチは大切にしねぇとな」

 

 

キャスターを見る瞳が、ふと変わる。猫を思わせるその瞳孔が普通のそれに戻ったのだ。

一つ溜息を吐いた男は、観念したかのように、口を開く。

 

 

「そのように口達者な友を持った憶えはない」

 

「そう言うなって。アンタのような口の重い人間には、丁度良いさね」

 

「……それで、それを知って……どうするつもりだ」

 

「どうもしねえさ。それにアンタの口から聞いたわけじゃねえ。

だが……もう潮時だぜ」

 

「そうだな。此処まで事が大きくなるとは、俺も想像していなかった」

 

「初めから、話しちゃくれねえか」

 

「お前は……あのイフリートが、認めたものだ。構わないさ」

 

 

イフリートから話を聞いたというキャスターに、だからだろうか。

遂に閉ざされた口を開き始めた男に、キャスターは、耳を傾け始める。

 

 

「一つ言っておくが、俺自身は……ただの剣士だ。

俺に付けられた英雄という肩書は、始末屋と同義。

偶々剣の腕があって、偶々厄災(やつ)に対抗できる力を持っていた。ただそれだけさ」

 

 

再び星々へと瞳を戻した男は、記憶を手繰り始めた。

とはいえ男の英雄譚など、セフィロスのものと、そしてクーフーリンのものと比べれば、たかが知れていよう。

だが、同じように隣に並び手摺に背を凭れさせたキャスターは、何も言わずにそれを聞いた。

 

 

「ジェノバが現れたのは突然のことだった。

何処からともなく現れた奴は、次々と同胞を喰らい、自分の手足と変えた。

……敵は、皆、仲間だ。流石に気が狂いそうだったよ」

 

 

ジェノバはただ殺すのではなく、殺した相手の体に寄生して操るなんとも趣味の悪い力を持っていた。

次々と敵になっていく仲間たちを、男はただ殺すしかなかった。

そんな男の姿を見て、他の古代種たちは仲間殺しと糾弾したのだ。

 

 

「やっとその性質がわかってきた時は、殆どが奴の支配下だった。

土地も、生き物も、星の全てがな。

このままでは、古代種は全滅する。そう思って、俺はかつての仲間の遺体を使い『とある魔法』をつくり上げた」

 

「……魔法、だと?」

 

「ああ。あの白いマテリアを憶えているか?」

 

「マスターに預けた、アレのことか」

 

「そうだ。あれには『ホーリー』という魔法が封じられている。

今ではどうかわからないが、当時は究極防御魔法であった」

 

「そりゃ、大層なモンだな。どう使うんだい」

 

「簡単なこと。ホーリーは、星にとって害をなすものを消去する為に編み出したもの」

 

「……って、ことは」

 

「もはや形振り構っていられなかった。

誰が敵で、誰が味方かはもう、わからなくなっていた。

……だから、一度、全てを終わらせようと思った」

 

 

ウィルスに蝕まれた古代種たちは、自我を喰われ、元に戻ることはない。

そしてウィルスが蔓延した世界では、その発症は、突然に起こった。

だからこそ、『とある方法』で仲間の遺体から抽出した『とあるもの』を集めて、男はそれをつくり上げたのだ。

一度全てを無に還す為に。やり直す為に。

 

 

「そして、俺はホーリーを発動させた。

だが……良い意味と悪い意味の両面で、計算違いが生じた。

良かったのは、ホーリーが排除したのは、ジェノバの毒牙に掛かったものだけであったこと。

最悪であったのは、主原因であるジェノバを消しきれなかったことだ」

 

「……」

 

「あと一歩というところまでは、追い詰めたのだが……足りなかった。

仕方なく、俺は俺を代償として、封印を掛けた。

それ以上奴と戦う力も残っていなかった。それにもう古代種に戦えるものは、いなかったからな」

 

「全滅、したのか?」

 

「いいや、女子供……そして彼女らを守る為に前線に出なかった男たちは残っていた」

 

「アンタが、最後の砦だった……。そういうワケかい。

アンタ自身、感染はしなかったんだな」

 

「奇跡というべきか、俺は……どんなにジェノバに近付いても、発症しなかった。

もしかしたら免疫があったのかもしれないが、それはわからない。

確かめる術も意味もなかったからな」

 

 

ふわりと正面から吹き荒れた風が、長い銀髪を靡かせる。

露になった顔は、静慮を浮かべているようにも、悼んでいるようにも見えた。

 

 

「……英雄と呼ばれたのは、その後のこと。

それまではただの同胞殺しさ」

 

 

その後、というのはジェノバの封印に成功した後のことである。

要するに、男がしてきたことが理解されたのは、男の死後であったのだ。

 

 

「そこからは、記憶はない。

厄災を封じ込める力として、共に地中に埋まっていただけだ」

 

「最悪の同衾だな。色っぽさの欠片もねえ」

 

「……ああ、本当にな」

 

「そこまではわかった。

……アンタとセフィロスにどういう関係があるんだ?」

 

「セフィロスに埋め込まれた細胞に、俺の力が宿っていた。

偶々、彼の魔力と相性が良かったらしい」

 

「アンタの意識はなかったんだな」

 

「ああ。ジェノバの封印が解かれた時、俺は死んだ……のだと思う。

気が付いたら、あの荒野にいた。そこからはお前も知っている通りさ」

 

「何故アンタの意識が、今になって覚醒したんだ?」

 

「それが、わからない。だが……一つ思い当たることはある。

ホーリーが再び必要になる時が、近いのかもしれん」

 

「防御魔法が?」

 

「あれは、古代種にしか発動させることが出来ない」

 

「……その為だけに、か?」

 

「それしか考えようがない」

 

 

今更男の意識が覚醒したところで、肉体は遥か昔に朽ちてしまっている。

かつての研究者たちが勝手にしたこととはいえ、セフィロスの体に寄生することしか出来ないのだ。

これでは、ジェノバと何の代わりもないだろう。

 

 

「なあ、普段はどっちが話してんだ?」

 

「此処に来た当初は俺の意識が強く出ていたが、今はセフィロスに任せている」

 

「ほう……そりゃまた、何故だ?」

 

「当然だろう。これはセフィロスの体だ、俺の出る幕はない。

それに、そろそろ誰にも影響されない、生き方をするべきだ。

まあ、俺が言えたことではないが……な」

 

「……セフィロスは、アンタの存在を知ってんのか?」

 

「そのようだな。……いつからかは、知らんが」

 

「にしてもよ、そんならそうと早く言えば良かったじゃねえか」

 

「俺自身、把握しきれていなかった」

 

「……ああ。そうかい。アンタも、憶測を語らねえクチか」

 

「言っただろう。此処まで事態が大きくなるとは思っていなかった。

それに、あの宝条が……此処にいるとは、な」

 

「そういや、あの男もお前さんの世界の人間なんだろ?」

 

「それは確かだ。しかし、何故……こっちに来たのか。

狡猾でプライドの高い男だ、その心に抱えるものを達成出来なかった怨念は、相当であっただろうが……。

あれこそ、英霊になる資格は持たないはず」

 

 

男がセフィロスに力を貸せる力は、限られている。

星の声を聴き、星の導きを受けられる能力と、ホーリーを発動させられる力である。

だが、それは古代種の力であって、男独自のものではない。

負の言い方をすれば、古代種であれば誰でも持ち得る力なのだ。

 

一通りのことを話し終えたと、男は小さく溜息を零した。

キャスターに話すことで、男自身も整理が付いた。

現状における謎はまだまだ多く残されているということも、改めて思い知らされたのだ。

 

 

「俺が話せるのは、此処までだ。

……どうだ?あの馬鹿の話と同じだろう」

 

「ああ。そう……だな」

 

「何故今になって口を開くのか、と聞いたな?

それは別に、お前がイフリートの信頼を得たというだけではない」

 

「……ほう?」

 

「……宝条の研究所で、英霊にあった」

 

「それは、聞いているぜ」

 

「奴は、おそらく俺とセフィロスを分離しようとしている」

 

「あ?」

 

「奴の力を流し込まれた時に感じたんだ。

この体の中にある『俺』を抽出しようとしていた」

 

「……アンタだけを取り出すことに、意味があるってことかい」

 

「推測に過ぎんが、思い当たることはある。

俺とセフィロスが離れてしまえば、ホーリーを発動させることは不可能となる。

それに、セフィロスがどうなるか正直わからない。

最悪の場合、奴のもとに行ってしまう可能性もある」

 

再結合(リユニオン)……か」

 

「そうだ。そして、いつあの英霊がこのカルデアを襲撃するかわからん」

 

「はっ……。あちらさんから来てくれるんなら、楽で良いじゃねえか」

 

「だが、これは俺の個人的な戦いに過ぎない。

お前たちを巻き込む意味こそ、ないだろう。

死んでも責任は取れんぞ」

 

 

無感情に放たれた言葉は、セフィロスという男に似つかわしくない弱さを含んでいるように、キャスターには思えた。

それを耳にした瞬間、咀嚼する間もなくキャスターは叫んでいた。

体中の血が一気に頭へと集中した感覚、それは怒りであった。

 

 

「はっ、ふざけんな!!」

 

 

赤い瞳が闇夜に浮き立つ。キャスターはセフィロスの腕を引き、その胸倉を掴み取った。

男の言葉は、少なくともキャスターにとって、いやクーフーリンという男にとって、侮辱でしかなかったのだ。

 

 

「いいか、てめえがどうなろうと……俺を殺せるわけがねえ。

突然牙を剥く可能性があるから、何だってんだ。

そんときゃ、この俺がぶっ殺してやる」

 

 

低く唸るように、キャスターは男を睨み上げる。

 

 

「憶えとけ。その気遣いは……侮辱でしかねえ。

このカルデアでは、てめえは特別じゃねえんだ。

……お前の暴走ぐらい、簡単に止めてやらあ」

 

「だが、この問題は俺の「お前は、このカルデアの英霊だ。それにもうてめえだけの問題じゃあねえ。ったく、何度言いやわかるんだ」」

 

「……」

 

「お前は……その目で、剣で、確かめて来た筈だぜ」

 

「……そう、……か。そうだったな。

此処にいるのは……」

 

 

過ぎたる力を持て余していた、あの頃とも。

過ぎたる力を押し殺していた、あの頃とも。

過ぎたる力を忌避され続けた、あの頃とも、違う。

このカルデアでは、セフィロスの力は決して特別ではない。

 

 

「……すまない、失言だったな」

 

「けっ。全くだぜ」

 

 

小さく告げられた謝罪の言葉に、キャスターは舌を打った。

そして、男から手を離すと、小さく溜息を吐く。

やれやれと言うように、呆れた表情のまま懐から煙草を取り出すと、口へとくわえる。

 

 

「それに、お前さんが逃げ出したところで、何も変わりはしねえだろ。

それよりも、まず次をどうするか……だ」

 

「……もう一度、あの研究所を調べたい」

 

「あァ?調べて何の意味があるよ。

使える資料なんかは全部マスターが確認済みだぜ」

 

「だろうな。だが……今のところ、他に手掛かりはない」

 

「……そんなら次は俺も行くぜ」

 

「……?」

 

「なあに、唯の興味さね。

科学と魔術っつーのは、相性が最悪なようで、最高なんだ」

 

「……何の意図があるかは知らんが、好きにしろ」

 

「言われなくとも、好きにするさ。

なあ、火ぃ付けてくれねえか」

 

「それならお前の得意分野だろ」

 

「つれねえこと言うなって、な?」

 

 

からりと雰囲気を変えたキャスターは、いつもの明るい笑みを浮かべながら、そう言った。

それに目を瞬かせた男は、呆れたような表情を浮かべるが、仕方なく煙草の先端へと指先を向ける。

そして、ふと男の口角が上がったかと思うと、ぼん!という軽い音を立てて爆ぜた。

 

 

「うおっ!あっぶねえ!!」

 

「……避けたか」

 

「ふつーに、避けるに決まってるだろ!!

……ったく、こんな男前の顔狙うとは……」

 

 

寸前の所で体を後ろに引いたキャスターは、火の付いた煙草を指で挟み、じとりと男を睨む。

何処か残念そうにも見える顔で、しれっとそう言った男に、キャスターはぶつぶつと文句を零す。

 

 

「……吸うなら、早くした方が良いぞ」

 

「あ!?誰のせいだ、と…思って……って、まじかよ」

 

「ああ、まじだ」

 

 

会話に集中していた男は、それが屋上に至る階段を上り始めるまで気が付かなかった。

かつ、かつ……とゆっくりだが確実に近づいて来るそれに、キャスターも気付いた。

キャスターが顔を青褪めさせたのとほぼ同時に、再びその扉が、開かれたのだ。

そこから現れた、白い手が握るランプと感情の見えない赤い瞳が、セフィロスを捉える。

 

 

「何故、こんな所にいるのです?」

 

「この男に連れ出されただけだ」

 

「なっ!!お、お前……!」

 

「絶対安静といった筈ですが、私の言葉は聞こえなかったのでしょうか。

私の治療を拒むなんて、いいえ、拒んではいないのね。

そう……貴方が、またケルトの。また私の邪魔をするんですか」

 

「お、おい、婦長さんよ。こいつの言うことはでたらめ…って、聞いちゃいねえよな。やっぱ」

 

「俺は医務室に戻る。……大人しく寝ているのが、病人の務めだろう」

 

「ち、ちょっと待て、セフィロス……!!」

 

「待ちなさい。まず、喫煙エリア外での喫煙は違反です」

 

 

まるで審判者のような眼差しを向けて来るナイチンゲールに、顔色一つ変えずにセフィロスはそう言った。

その途端、勢い良くナイチンゲールの首が動き、その瞳がキャスターをロックオンする。

我関せずといった様子で、彼女が入ってきた扉へと向かったセフィロスを追おうとしたキャスターは、向けられた銃口に足を止める。

 

 

「借りは返してもらうぞ、クーフーリン」

 

 

振り返りもせずに、告げられた言葉にキャスターは思わず目を見開く。

借りというのはおそらく、以前意識を飛ばしたキャスターをセフィロスが部屋まで連れて行ったことだろう。それは良いのだが、問題は、初めてあのセフィロスという男が、名前を口にしたのだ。クーフーリンの名を冠する男が一人ではないことから、クラス名であったが。それでも、他人に興味を示さない為に、名前を憶えなかった男の変化は、衝撃が大きいものである。

 

ばたん、と扉が閉まる音が聞こえるまで、暫く呆けていたキャスターは、やっと正気を取り戻す。

そして目の前に突き付けられた、銃口に再び顔を引き攣らせたのであった。

 

 

 

 

 



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2-9 カルデアにて④

「……ううん」

 

「あれ?どうかしましたか、先輩」

 

「いや……なんか、複雑だなあと思って」

 

 

任務がひと段落したリツカは、食堂で夕食を済ませた後、タマモキャットの淹れた紅茶を片手に頭を悩ませていた。

不規則に働くカルデアの職員も利用する食堂は、一応夜遅くまで解放されている。

しかし、金髪頭の食料泥棒(ねずみ)をはじめとする、食い意地の張った英霊たちが、引っ切り無しに盗難事件を起こすため、そのセキュリティは非常に硬い。

誰が命じたわけでもないが、自然と台所を担うようになった英霊たちに守られた聖域ともいえるこの場所は、憩いの場であると同時に戦場でもあるのだ。

 

今日も役目を果たした食器を労わるように磨く、赤い衣にエプロンを付けた英霊の後姿を横目に、リツカは溜息を吐いた。

そんなマスターの様子を見た菫の少女が、心配そうに声を掛ける。

 

 

「……このカルデアには、本来なら英霊にならない、神様とかが、英霊としているだろう?

なのに、セフィロスは……違う。英霊でも半英霊でもない」

 

「セフィロスさん、のことですか。

……正直、私……あの方に、親近感のような、そんなものを感じているんです」

 

「それは、マシュが……」

 

「ええ、私も似たようなものですから。

私と造られ方は同じでも、埋め込まれたものが異なる……。

なんかそう考えると、他人事ではいられなくなってしまって」

 

 

マスターリツカが、唯一直接的に契約を交わした、半英霊マシュ・キリエライトは静かに目を伏せた。

彼女は、カルデアの前所長の手によって、英霊と融合させられた被検体であり、唯一の成功品である。

英霊を人間とするために遺伝子を操作され、誕生したデザインベビーは、それから14年間に渡り研究所に監禁され、監視を続けられた。

マシュの扱いは、人間でも、英霊でもなく、あくまでも実験サンプルとしてのものであった。

その抑圧的な環境は、彼女の性格に大きく影響を及ぼした。

無口で、自ら意思を示すことはない、まさに研究者たちの人形であったのだ。

 

しかし、そんな彼女には差し伸べられた手があった。

そして、そんな彼女には奇跡的な出会いがあった。

 

そうして広い世界に向けて、羽ばたいた彼女は、元々の純粋さと高潔な意思を武器とし、大いなる任務を果たしていく。

彼女は人類を守るために、戦った。

 

 

「……私は、恵まれていたんですね」

 

「マシュ……」

 

「私も、自分の存在にずっと疑問を抱いていました。

生まれてからずっと、外の世界を知らずに、ただ生きていただけです。

そんな中で、私は……そう、何もしなくとも、差し伸べられた手があった」

 

「そんなことはない、マシュだって、必死だったんだろ?

だからこそ、俺と出会った時も、あんなに戦えたんじゃないか」

 

「ええ、そう……です。私には……先輩も、いた」

 

 

高度な魔術回路と無垢な魂を持つが故に、実験体として選ばれてしまったマシュは、歪むことが許されなかった。

いや、その魂の純潔さは、歪むことを知らなかったのだ。

 

 

「先輩。……私、セフィロスさんと話して来ます。

もっと知らないと、いけない気がするんです」

 

「え、マシュ……セフィロスは、今」

 

「ちょっと行ってみます!

思い立ったら、行動しないと気が済まないので!」

 

「ちょ、ちょっと……!!」

 

 

真っ直ぐにリツカを見つめる大きな瞳は、濁りのない水晶のように澄んでいる。

成り行きでセフィロスのことを耳にしたマシュは、ずっと気になっていたのだ。

自分でもその理由は、解せずにいたのだが、漸く溜飲が下がった。

きっかけとなったのは、ドクターやダヴィンチが解読を進めている宝条の研究データであった。

 

真摯な表情を浮かべ思案したリツカは、やがて一つ頷く。

セフィロスの心内を解き明かすためには、彼女ほどの適任者はいないだろう。

しかし、同時に彼女の傷も、セフィロスの傷も、抉ることになりかねない。

リツカはそれを案じていた。

それにセフィロスは今、とある英霊により軟禁状態であったのだ。

 

 

「大丈夫ですよ、先輩。

私はもう……あの時の私では、ありませんから」

 

 

リツカの心を読み取ったように、柔らかな微笑みを浮かべたマシュは、自分の意志で立ち上がったのである。

そうして軽やかな足取りで食堂を出て行った彼女を、リツカは見送るしか出来なかった。

 

 

「相変わらず、苦労性だな。マスター」

 

「はは……。エミヤに言われちゃった」

 

 

マシュとの会話に集中していたリツカは、いつの間にか片付けの音が止んでいたことに気付いていなかったのである。

不意に、伸びて来た腕が、リツカの目の前に何かを置いた。

ことり、と小さな音を立てて置かれた白い皿の上には、綺麗に切り分けられた洋菓子が乗っている。

 

 

「……ありがとう」

 

「いいさ、偶には息抜きも必要だよ」

 

「ねえ、エミヤ……」

 

「ん?ああ、紅茶淹れ直すか?」

 

「いや……そうじゃ、ないんだ」

 

 

英霊の数だけ、歴史がある。その裏には、喜劇があり、悲劇がある。

それは、神であろうが、人間であろうが、変わりはない。

華やかな栄華の裏に、仄暗い傷痕が存在する。

彼らと絆を深めることで、彼らが背負うものを、リツカは実際に目で見て耳で聞いて来たのだ。

 

沈痛な面持ちを見せるリツカに、エミヤは小さく息を吐く。

もう長い付き合いになるマスターの、考えることはわかっていた。

多くの英霊と心を通わせるリツカは、良く言えば人間性に優れている。悪く言えば、共感が過ぎるのだ。 

 

 

「あまり共闘者に入れ込み過ぎるな。

奴とて、英霊となる素質を持つ者だ。お前が心配する必要はないさ」

 

「……わかって、いるんだけど」

 

「宝条博士は、カルデアを害そうとした。

そしてお前を実験体として捕えようとしていた。

……宝条博士の英霊はセフィロス。かつて一つの星を滅ぼした男。

カルデアにいる、あの不愛想な男とは違う……男だ」

 

「ふ……っ、ははは……!不愛想って」

 

「事実を言ったまでさ。

それにしても、今度は世界を救うための任務とは……。

此処にいると飽きないね」

 

「うん……。折角人理を修復したのに、壊されちゃ意味がなくなっちゃうから。

また頑張らないと」

 

 

宝条の研究所から持ち帰った資料の分析結果から、今回の一連の事件が、とんでもない規模の事件へと繋がっていることを発見した。

宝条の目的は、この世界を滅ぼして、乗っ取ること。

それは全て、自分の研究成果を証明する為であり、文字通り地球規模の大実験を行い、自分の承認欲求を満す為であるのだ。そして、その手段の一つとして呼び出されたのが、あの英霊である。

宝条や職員の日記には、歪んだその計画が事細かに書かれていた。

 

 

「しかし、わからないのは……カルデアのセフィロスの方だ。

本人はジェノバに乗っ取られる前の『本物』だと言っている。

それにもう一人の人格が宿っているのだろう?」

 

「古代種の人、だよね。……王様も知っているみたいだった」

 

「セフィロスのいた世界が、我々のいる世界と違うものであるとしたら、それはおかしい

……ふむ。もう少し話を聞く必要があると思うが」

 

「そうだね。ドクターストップというか、ナイチンゲールストップが解除されたら、また話すよ」

 

 

宝条の研究所から、燕青たちと共に戻ったセフィロスは、狼王ロボの背中から降りると同時に意識を失ったのだ。

体が崩れ落ちる前に燕青が支え、医務室まで担いでいったが、それから姿を見ていなかった。

医務室で寝ていたスカディの話では、本人はいつも通りピンピンしていたらしい。

だが、婦長は何かが引っ掛かったらしく、彼女の独断でドクターストップならぬ、ナースストップが発令されたのだ。

よって、セフィロスから話を聞くことはまだ出来ていない。

 

宝条のデータと、目的が明らかにされた今、カルデアとしても本格的に腰を上げる必要がある。と方針が出された。

相変わらず魔術協会は黙したままであるし、その他の機関も様子見を貫いている。

普段はあれほど煩い癖に、とダヴィンチが愚痴を吐いていたが、変に口を挟まれたり妨害されないだけマシであろうと、カルデアが動くことになったのである。

 

 

「ああ、話す時は食堂に連れて来てくれ」

 

「いいけど、エミヤも用があるの?」

 

「……少し、聞きたいことがあるんだ」

 

 

灰の瞳を細めたエミヤは、そう言って空になった皿を回収すると、再び台所へと向かっていった。

意味深な仕草に首を傾げたリツカは、暫くその後姿を見つめていたが、やがて席を立つと自室へと戻っていったのである。

 

 

 

***

 

 

 

セフィロスが医務室を出ることが出来たのは、その夜のことであった。

暫くはナイチンゲールの検査を受けること、という条件は付いたものの、ずっとベッドに縛り付けられているよりはマシであろう。

自室へと帰ったセフィロスは、乾いた血が毛先に付着しているのに気が付き、シャワーを浴びることにする。

胸に巻かれた包帯を外すと、丁度心臓の上に、刀の幅と同じくらいの傷が残されていた。

クーフーリンオルタやスカサハとの手合わせでも、同様の傷を負ったが、その時は直ぐに塞がった。

それに対して、あの英霊から受けた傷は消えずにそのまま残っているのだ。

 

 

「……厄介だな」

 

 

エミヤオルタを庇って攻撃を受けた時、暫く体が動かなかったことを考えると、あの英霊の攻撃は自分にとって脅威となり得るものだろう。それならば、その逆もあり得るのだろうか。なんにせよ、今は情報が足りないのだ。

 

セフィロスには一つ、考えがあった。

あの宝条という人間は、二流なれど研究者である。

狡猾で高慢な男だが、同時に神経質で非常に細かい男であることを知っていた。

そんな男ならば、あの英霊に対するデータを何処かに記録しているだろうことは、予測が付いていた。

カルデアの英霊たちも、ステータスが全て記録されており、電子データとして残っている。

ならば、同じようにあの英霊のデータも、研究所の何処かにあるのではないか。

そう思ったからこそ、もう一度研究所を調べに行く必要があるとキャスターへと告げたのである。

 

 

「……セフィロス」

 

 

以前キャスターがやったように、魔法で髪を乾かすと洗面所を出る。

すると、いつからそこにいたのだろう。氷雪の女王がソファーに座していた。

蘇芳色の瞳でじっとセフィロスを見つめる彼女に、マスターたちの前で見せる、少女のような可憐さは鳴りを潜めていた。

神霊の名前に相応しい厳かさと神聖さ湛えた双眸に、周りの空気が澄んでいくようだ。

 

 

「母の傍へおいで」

 

 

スカディは、自分の隣を指し示すと、柔らかな微笑みを浮かべた。

それに従いセフィロスが隣に座ると、静かに口を開いた。

 

 

「お前の髪は、鋭利な白刃のようにも、柔らかな雪のようにも見えるな。

どれ、この母が梳いてやろう」

 

「……用があったのでは?」

 

「おや、お前と話に来たのだが……。

それでは、用の内に入らぬか?」

 

「……」

 

 

ぱちん、と細い指を弾かれたかと思うと、スカディの手に櫛が握られていた。

くすくすと笑い声を零した彼女は、セフィロスの髪を一房手に取ると、手慣れた様子で櫛に髪を通し始める。

2m近い身長の、半分以上を覆う銀の糸は、粉雪のようにさらさらと流れ落ちていく。

セフィロスは、真剣な眼差しで自分の髪に触れる彼女の様子に、何が面白いのかと疑問を抱くが、好きにさせておくことにした。

 

 

「髪は結わんのか?」

 

「面倒だからな」

 

「剣を振るう時に、邪魔だろうに」

 

「もう慣れたさ」

 

「そうか、なら私が結わってやろう」

 

「……必要ない」

 

「ふふ、この母がしてやるというのだ。ありがたく思うが良いぞ」

 

「……」

 

 

身長差もあるためソファーから立ち上がったスカディは、セフィロスの後ろに回ると、毛先まで丁寧に櫛を通す。

交わされる会話は、淡々としたものであったが、二人の間には穏やかな空気が流れていた。

 

 

「俺には、母も、父も……故郷も何もなかった」

 

 

ぽつりと、呟くようにセフィロスが言葉を零した。

スカディはそれに静かに耳を傾ける。

 

 

「それでも良かった。

例え戦力としてでも、俺は……必要とされていたから、な。

だが、ずっと疑問には思っていた」

 

 

セフィロスは、自分の両手を開くと掌に視線を移した。

 

 

「『他を逸脱した力』は、俺を英雄にさせた。

……同時に、俺から友を、そして俺自身を奪った。

あの研究所の地下にいた、女の形をしたものを憶えているか?」

 

「ああ、アレは悍ましいものじゃった。

アレは良くないものだ。かつて、人間の祖“星の民”が絶滅をした引き金を引いたもの。

ジェノバ……まさか、あんなところにあるとはな」

 

「知って、いたのか」

 

「ふむ。お前には話しておく必要があるだろう。

かつてジェノバが、古代種を襲撃した時、多くの神々もまた力を貸した。

だがお前も知っている通り、アレは肉体を持たぬもの。

他人の身体に寄生して操る力を持っていたのだ。

長期に渡る激戦の末に、一人の男が戦いを治めた」

 

「……古代種の英雄(セトラ)、か」

 

「そうだ。ジェノバを殺すことは出来なかったが、封印には成功したのだ。

問題は、封印体をどうするかじゃった。

神々は話し合いの末に、異空間へ還すことにしたのだ。

元々アレは、別世界からの襲来者であったからな。

……封印体は神々の手によって、別の世界即ちお前の世界へと送られたのだ」

 

「なに……?」

 

「そして語り部として、生き残った古代種を二つに分けたのだ。

古代種は、この世界に残ったものと、お前の世界へと旅立ったものに分かれた。

それぞれの地で、古代種のそしてジェノバの記録を残し、やがて古代種は役目を終えて死んでいった。

セフィロスよ……。お前の、運命を狂わせたのは……私にも原因があるのだ」

 

「……っ、どういうことだ」

 

「ヤツが降り立ったのは、北欧異聞帯世界……。

私の守護する国であった」

 

異聞帯世界(ロストベルト)……?」

 

「異聞帯とは、剪定事象されなかった歴史(ものがたり)だ。

辿るべき人類史を外れた、「有り得ざる歴史の断片」のこと。

私は、北欧神話の最終章(ラグナロク)が遂げられなかった歴史(せかい)に残された……たった一人の神であった」

 

「……」

 

「ジェノバが現れたのは、神々が私に遺したこの冠を受け取るずっと前のことだ。

我が北欧異聞帯世界に破滅が訪れるより、うんと前のことだよ。

北欧を形作る九つの領域に『ニブルヘイム』という国があった」

 

 

ニブルヘイム、それは天地創造前から存在するとされる国の一つである。

北欧神話の九つの世界のうち、下層に存在するとされる死の国とされ、ニブルヘイムの住人は病気や寿命で死んだものであり、女神ヘルにより支配されていた。

 

だがセフィロスにとって、ニブルヘイムという地名は異なる意味を持っていた。

動揺を隠せずに、小さく肩を揺らしたセフィロスの様子に気付いたスカディは、心配そうに顔を歪める。

 

 

「……うん?どうした、セフィロス。辛いのか?」

 

「いや、何でもない。続けてくれ」

 

「奴はな、神をも操る存在だった。

あの戦いで命を落としたのは、人間だけではない。

神もまた……操られ、他の神(なかま)によって葬られた。

これは我々には脅威でしかなかった。だから、いくら封印体であったとしても、置いておくわけにはいかなかったのだよ」

 

「……送られた封印体が辿り着いたのが」

 

「お前の、世界ということだろう」

 

 

何と言う、ことだろう。セフィロスは静かに目を閉じる。

全ては繋がっていたのだ。

 

始めにジェノバが降り立ったのは、この世界のニブルヘイムという北の大地。

ジェノバの封印体が落とされたのは、セフィロスの世界の北の地にある大空洞。

そして、セフィロスの世界にあるニブルヘイムという小さな町で、セフィロスは己の出生を知り、運命を大きく捻じ曲げたのだ。

 

 

「お前を初めて見た時、初対面とは思えぬほどの既視感があった。

あの研究所で全て納得がいったよ。お前は……私の、愛するものであった」

 

「……」

 

「……だから、決めたのだ。

私はお前に手を貸すと」

 

「それは、罪悪感とやら……か?」

 

「いいや、私は私の地を守った。それが私の役目だからだ。

そして、それは他の神々も同じこと。

だから今度は私はお前を守る。……それだけだよ」

 

 

スカディを始めとする神々はセトラと共に、飛来した厄災から北欧の地を守り抜いた。

だがそれを消し去ることは出来ず、やむを得なく、別の地へと送ったのだ。

それが最善であった。悔いるとすれば、自分が愛すると決めたもの達を、全て守りきることが出来なかったことだろう。

 

 

「……そうか」

 

 

セフィロスは一つ息を吐くと、口を閉ざした。

とことん自分は不運の星のもとにあるらしい。

だが、それを恨む気持ちにもなれなかったのである。

 

 

 

 

 



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2-10 カルデアにて⑤

つるりとした光が映える床を、軽快な爪先が弾く。

菫色の髪と纏う白衣を靡かせた少女は、とある部屋の前でぴたりと足を止めた。

そして、二回ほど深呼吸をすると、恐る恐る扉をノックする。

すると一拍置いて、中から声が返って来た。

 

 

「し、失礼します……!」

 

 

様々な英霊たちが訪れるらしい部屋の扉に、鍵が掛けられていないことは、マスターであるリツカから聞いていた。

マシュが開扉ボタンを押すと、案の定扉は素直に口を開いた。

開いた扉の先には、窓辺に佇む銀の佳人と、少し距離の離れた所で寝そべる狼王の姿があった。

 

 

「ほう。珍しい客人(まろうど)だな」

 

 

窓ガラスに映ったマシュの姿を見て、その男は振り返らずに呟く。

リツカと直接契約をしたという意味では、彼の唯一の英霊であるその少女が、自分にあまり近寄らないことに気付いていたのだ。

 

 

「あ……あの、今、お時間よろしいでしょうか……?」

 

 

微かに上擦った声から、彼女の緊張がひしひしと伝わる。

男は一つ頷くと、マシュに座るように言った。

マシュがソファーに腰を下ろすと、男もまた向かいの席へと座る。

その途端にむくりとその体を起こしたロボが、ぐるるとその喉を低く鳴らした。

 

警戒するような眼差しを向けられたマシュは、ふと込み上げた疑問に首を傾げる。

人間という全ての生き物を憎悪する、狼王ロボという英霊は、召喚したての頃から比べれば柔らかくなったものの、基本的に英霊であれ人間であれ、近寄らない。

しかし、何かを感じたのか目の前のセフィロスという男には、懐いていた筈である。

だが、今のロボは、その警戒をマシュだけではなく、セフィロスにも向けているのだ。

 

 

「ああ、『彼』が懐いているのは俺ではないさ」

 

「え?でも……あの研究所から運んで来たのは……」

 

「俺は、憎んでいないからな。

厳密にいうと、憎悪の対象となるものは皆死んだ」

 

「……貴方が、セトラ」

 

「ご名答。もうあのマスターから話は聞いているのだろう?」

 

「ええ。ですが、まだ先輩は納得がいっていない様子です」

 

「だろうな。俺自身も、全てを解していない」

 

 

ロボは生前から利口な狼であった。

『悪魔の化身』として恐れられた彼は、己を捕えようとする人間との知恵比べに決して負けることはなかった。

それほどまでに賢かったのだ。

しかし、狡猾さは人間の方が上であったらしい。

人間たちの策略により、彼の大事な存在が奪われたその瞬間、今まで積み上げられてきた人間への怒りや恨みが、一気に爆発した。それから、異例の形で英霊として召喚された今でも、爆発した怒りは冷めることを知らない。

 

だからこそ、同じ形をしていても中身が異なる男を、ロボは別に見ていたのである。

人間の受ける情報の大半は、視覚に依存する。しかし野生動物であるロボは、研ぎ澄まされた感覚全てを使って状況を判断する。本能的であるが故の鋭さに、男はただ感嘆した。

 

何となく男の言葉の意味を察したマシュは、向かい合う男の顔をまじまじと見る。

縦に裂けていた瞳孔は、人間と同じそれになっており、表情も柔らかい。

それに対して、彼女の記憶にあるセフィロスという男は、馴れ合いを好まず、人間に寄り付かない……。まるでロボを人間にしたような、男であった。

 

 

「……何となく、セフィロスさんが好かれる理由がわかった気がします」

 

「ふ、言いたいことはわかる。だがあまり笑わせないでくれ」

 

「何故ですか?」

 

「あまりこの姿で、大笑いしたくないんだ」

 

「……?」

 

「まあ、こっちの都合だ。気にするな。

それで……何か用があったのでは?」

 

 

溜息と共に吐き出された呟きの意味は、マシュにはわからなかった。

取り繕うようにソファーに凭れ、その長い足を組んだ男は、マシュの顔を見据える。

まだ少女とも言える年齢に相応しい無垢な顔に、あどけない表情を浮かべたマシュは、一度顔を伏せた。

 

 

「その、セフィロスさんの話を聞いて……。

私も、同じだったなって思って」

 

「……同じ、か」

 

「あ、同情とか、そんな意味じゃないんです!

ただ……私自身も、わからないことがあって」

 

 

顔を上げたマシュは、ぽろりと零れてしまった自分の失言に慌てて手を横に振った。

 

 

「私も、とある研究プロジェクトの被検体として……生まれました」

 

 

忙しなく視線を動かしていたマシュは、覚悟を決めたように表情を引き締める。

そして、とつとつと自らの人生を話し始めた。

英霊と人間の融合体(デザインベビー)として、生まれた彼女のことは、間接的ではあるが男は知っていた。

星の民である男は、生きとし生けるものを空から見守る星の話を聞くことが出来るのだ。

カルデアの中核の一人として、働く彼女のことも、一通り耳にしていた。

それに男は、その物語を実際に『見て』いた。これについては誰にも言う気はないが、カルデア内部のことは網羅しているのである。

 

静かにマシュの話に耳を傾けていた男は、不意に揺らめいた意識に、一度目を閉じる。

彼女の話を聞いて、かつての記憶が呼び出されたのか、それとも単に興味を持っただけであるのか。

それは男にはわからないが、『彼』が交替を告げていることだけは、わかった。

 

 

「それでも、私は……人間で在りたいんです。

先輩と一緒に歩んでいく為に」

 

「だがそれは、お前の感情論でしかない」

 

「……っ!」

 

「お前はあの男の盾だ。

それ以上でもそれ以下でもない……この施設ではな」

 

 

セフィロスの視界の端で、巨体を起こしたロボがゆっくりと歩き出す。

そしてセフィロスの足元に腰を下ろしたロボは、その膝の上に頭を乗せた。

 

 

「……私は」

 

「何を悩んでいるのかは知らんが……。

あの男が、そのような繊細な精神構造をしているようには到底思えん。

何故……人間であることにこだわる?」

 

「それは、」

 

「俺は、自分が人間につくられた化け物だと認めたくはなかった。

研究者どもに良いように利用されている自分が、どうしようもなく虚しいものに思えてな。

……だから真実を、真実たらしめようとした」

 

 

縦に裂けた瞳が、マシュを見据える。

先程の柔らかなものとは異なる、氷の視線が彼女を射抜いた。

だが彼女はその目を毅然と見つめ返す。

ぞくりと背筋を撫でるようなそれが、何故だかとても寂しいものに見えた。

 

 

「俺とお前は違う。

お前は光に手を伸ばした。俺は……光を、振り払った」

 

「……」

 

「後悔しているのか?」

 

「いいえ、……いいえ。

今まで歩んで来た旅路に、後悔などあり得ません」

 

「……だろうな」

 

 

その言葉を最後に口を閉ざしたセフィロスは、擦り寄るロボの喉元を撫で上げた。

マシュはその可憐な顔に複雑な色を宿して、膝の上に置いた手を握り締める。

 

 

「いつか、来る終わりが怖いんです」

 

「……」

 

「私は、ずっとこの施設にいなければならない。

でも先輩は違う。元々、あの方は普通の人間なんです。

この旅路が終わりを迎えれば、普通へと帰ってしまう」

 

「……」

 

「私も……っ、共に、出来ることならば一緒に、生きたいっ。

でもそれは、先輩を此処に縛り付けることになる。

だから、私は、」

 

「永久の旅路を望む、か」

 

「……っ」

 

「純潔な想いは時に狂気を孕む。

お前は、お前自身が歪みの原因となろうとも……それを望むのか?」

 

「……そ、れは……」

 

 

高潔な眼差しに見える、彼女の心を、セフィロスは見抜いていた。

マシュ・キリエライトという英霊は、実に無垢な心を持っている。

その心が、彼女の盾となり、リツカを守り支える要となるのだろう。

しかしそれは、時に彼女を縛る鎖ともなる。

 

 

「その想いは、罅だ」

 

「ひび……?」

 

「堅固な城壁に生じた亀裂でもあり、己の殻に生じた芽生えでもあるだろう。

少なくとも今のお前は、砂の盾でしかない」

 

 

リツカと同じ色をした、青い瞳に一切の温度は見えない。

その揺らぐことを知らない色は、今のマシュには心地良く感じられた。

交わし合う言葉の中で、自分の心の叫びを知っていく。

気が付けば彼女は、その胸の内までもを口にしていた。

それは誰にも話したことのない、彼女が抱える仄暗い想いであった。

 

セフィロスは溜息を零す。

やっと手に入れた光を手放したくない想いも、握り合った手を放すことの恐ろしさも、今ならわかる気がしたのだ。

 

 

「……いつまで、縛り付けられている気だ?」

 

「え……?」

 

研究所(こんな場所)も、研究プロジェクトも、お前には関係のないものだ。

研究者どもに弄ばれるだけの、下らぬ人生を辿る気か。

お前は長い旅路の中で、自分の人生を開いた。そのまま、飛び立てば良い。

……何を恐れている?」

 

「……だって、私はその為に」

 

「戯言だ」

 

 

感情の抑揚に欠けた顔に、初めて波が立った。

それをいち早く察したロボが、ぴくりと耳を動かす。

世界を巡ったマシュは、命の価値を、マスターリツカの価値を、生きる意味を、その唇で謳い、貫き続けてきた。

しかし彼女は、彼女自身の意味を、そして価値を、明確に理解していなかった。

それが酷く、セフィロスに過去を思い出させたのである。

 

 

「お前は、マスターの英霊だろう。

その価値も、在り様も、全てはあの男の意思の下にあるはず。

……あの男は、お前に犠牲を強いる人間なのか」

 

「っ、そんなことない!!先輩は、そんなことは……しない!」

 

「ならば、何を悩む?

……お前の翼は、既に完成されているはずだ」

 

 

英雄と呼ばれていた時でも、他人の相談に乗ることなどなかった。

そういう役目は同僚が担っており、そもそも別格として扱われていたセフィロスに声を掛ける者は殆どいなかった。

セフィロス自身も、誰かに自分の抱えることを打ち明けることはしなかった。

弱点を見せることを忌避しており、英雄として召し上げられた自分がそれを口遊むことは、許されなかったのだ。

 

 

「……そう、ですね。

私はこんなことを悩む必要も、恐れる必要も、なかった」

 

 

マシュの瞳に再び強い輝きが戻るまで、セフィロスが言葉を並べ続けたのは本人からすれば『ただの気紛れ』であろう。

中で聴いていたセトラは、小さく笑みを零した。

いつになく饒舌に語る言葉が、他の人間の為であったことは、セフィロスという男にとっては大きな変化でもあったのだ。

 

 

***

 

 

 

「腑抜けた面をしているな。セトラよ」

 

「そう……だったか?」

 

「実に、不敬であるぞ。我らを誰と心得る」

 

 

来た時よりも更に軽やかな足取りで去っていったマシュに、結局何をしに来たのだろうかと内心首を傾げていると、再び扉が開かれた。姿を現したのは、同じ顔をした二人の王であり、片方は黄金の鎧を、もう片方は粘土板を手にしていた。

 

黄金の鎧を纏った英霊がその長い指を鳴らすと、膨大な魔力が巡り、あっという間に部屋が様変わりをする。

まさにその英霊、ギルガメッシュが好みそうな様相に変化した部屋に、男は溜息を零しただけであった。

玉座を想わせる装飾がなされた椅子に腰を下ろしたギルガメッシュは、頬杖を付くとセフィロスに視線を移す。

同様に質の良い革製のソファーに座ったウルクの王もまた、愉快そうにその瞳を歪めた。

 

 

「何用だ」

 

 

個性豊かな英霊が集まるカルデアの中でも、あらゆる面でトップレベルの性質を持つ王が、呼び付けるわけでもなく、態々この部屋を訪れたのだ。何か重要な用があることに違いはないだろう。

そう思った男の表情は、微かだが若干引き攣っている。

 

リツカからの指示により、この二人と任務を共にしたことはあるが、どれも碌なことになっていないのだ。

というのも、セフィロスの力を使えるものと思ったのか、それともただ興味が沸いただけか、何かと声を掛けて来る。

それはまさに、家臣に用を申し付けるが如く、扱き使うと言っても良いだろう。

生前は、傭兵として第一線で活躍を見せていたセフィロスとしては、尊大な態度の上司というのは、確かに慣れたものである。だが、好まぬ任務は引き受けないスタンスは相変わらずで、気が乗らない時は、決まって男と交代をするのだ。

よって、最終的に体を張るのは、男の方であった。

 

 

「我はこの目を以て世の智を網羅し、俯瞰する(もの)である

故に、この我に無知は許されん」

 

「如何にも。しかし我とて好みはある。

何時如何なるところに愉悦が隠されているか、こればかりはわからぬものぞ」

 

「よって、セトラよ。この書を見よ」

 

 

賢王によって、その本はテーブルへと投げられた。

本というよりも冊子といった方が良いであろう、薄さのそれの表紙には擦れた文字で『星の民』と書かれていた。

どうやらそれが、この世に残された古代種の歴史であるらしい。

男は冊子を手に取ると、ぱらぱらとページを捲る。

そこには、先ほどスカディが話したことと同じことが書かれていた。

 

 

「其れは世界最古の、歴史書だ。

人間より前に在ったとされる、星の民のことが書かれている」

 

「……これだけ、か」

 

「そうだ。たったそれだけだ。

歴史上最悪とされる厄災の襲来により、滅びた民を語るものは、それだけしか存在しないのだ。

しかし、今此処にはその語り口となり得る男がいる。

これ程のチャンスはあるまい?」

 

「……世界最古の、英雄はお前だろう。

今更俺が語ることはない」

 

「愚か者め。真実の隠蔽こそ、最大の罪過よ。

それに 我は人間の守護者として生まれたもの。

この星の文明(みらい)を築くのが、王の役目だ」

 

「この星を、滅ぼそうという愚行を企んでおる雑種共を一掃するのも……な」

 

 

赤い双眸が、鋭さを以て男を射抜く。

その口ぶりからすると、これから起ころうとしている事態の深刻さに気が付いているのだろうか。

 

脳裏に浮んだものは、リツカに渡した『白のマテリア』と、その対となる『黒のマテリア』のことであった。

それらが発動するのは、星を滅ぼせる力を持つ究極魔法であり、男が懸念していることでもある。

だが、その詳細については、キャスターにしか話してはいない。

もし、この二人の王が何らかの形でそれを知ったのだとしたら、今のこの状況も納得がいった。

 

 

「待て、酒を用意しよう。

特別に極上の美酒を開けてやる」

 

 

“全ての英雄たちの王”の名を冠し、神すらも超越した視野を持つ王ならば、黒のマテリアについて何か有益な情報を持っているかもしれない。そう思った男が口を開こうとした時、唐突に英雄王が宝物庫を開いた。そして取り出されたのは、艶やかな琥珀の液体の入った洒落たガラス瓶と、何処かで見た形の杯であった。

 

そうして、注がれた杯を供として、歴史の海に沈んだ真実が語られ始めた。

歴史書には記されていなかった、古代種が拓いた文化をはじめ、(まつりごと)に関することなど、王が興味を示した事柄について深く掘り下げていく。

 

 

「ほう……マテリア、とな。

そのようなものは我が宝物庫にもないものだ」

 

「確かに、神の力の一端が込められたものだが、そこまでの価値はない。

此方の世界にはないものではあるがな」

 

「だがその白と黒のマテリアとやらは、違うのだろう?」

 

「ああ。その二つは別格だ。

白のマテリアは、仇をなすものから『防御する(まもる)』ために。

黒のマテリアは、仇をなすものを『攻撃する(こわす)』ために。

それぞれつくり上げたもの。

しかし、この二つはあくまで星を守るためにあるものだ」

 

「……ふむ。中々に興味深いな」

 

 

美麗とも呼べる顔に浮かぶのは、愉悦そのものであった。

つるりとした紅玉の瞳が嬉々とした光を放つ。

男の予想通り、王が特に興味を示したのは、マテリアの存在である。

 

マテリアから発動される究極魔法は、あくまでも星を守るものであって、人間を含む生きとし生けるものは、その対象には入らない場合があるのだ。使いどころを間違えれば、あっという間にこの星は滅びるだろう。男が淡々と告げた言葉に、王は眉を顰めた。

 

 

「なれば、早々に我が手に収める必要があるだろう」

 

「まて、若き我よ。そのような宝物……貴様にはまだ早い。

ここは我の宝物庫に招こうぞ」

 

「何を言う。いくら我だからとはいえ、世の宝物はこの我のもの。

そのような力は全盛期の我だからこそ相応しい」

 

 

椅子とソファーに踏ん反り返った英霊たちが、互いに視線を交わしたかと思うと、口論を始める。

ふてぶてしい態度が似合ってしまうのは、態度に釣り合うものを持っているからであろうか。

自分の宝物庫に入れることを前提に、ヒートアップしていく同じような声を流しながら、男は明るくなって来た空を見上げる。その気となってしまった王に、何を言っても無駄だということは、もう学習済みであった。

 

 

「まあ、良い。セトラよ。

我が宝物のため、お前に力を貸してやろう」

 

「この我が直々に動くことを、喜び噎び泣くが良い」

 

「……。まあ、それは心強いな」

 

 

そうして、やっと王たちの話に区切りが付いた頃には、もう陽が高々と空に輝いていた。

げっそりした男の様子に、満足げに艶々と顔を輝かせた王たちは、また夜会を開くぞと、さりげなく次回の予定を突き付けて去って行った。

 

ふう、と息を吐いて全身から力を抜いた男は、ソファーに凭れると、次はセフィロスに出てもらおうと心の中で誓ったのであった。

 

 

 

 

 



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2-11 宝条研究室にて⑥

ぱあん、と鋭い銃声が遥か遠くに揺れる的を射抜く。

人間の肉眼では捉えることすら不可能な距離に、エネミーを模した的が不規則に歩き回っており、放たれた銃弾が狂いなくそれらの急所を貫いた。

 

カルデアの豊富な施設の一つに、トレーニングルームの隣に併設されている射撃場がある。

主にアーチャークラスの英霊たちが利用しているそこは、あらゆる場面に対応した最新鋭のバーチャルシステムが導入されていた。

単なる腕試しとしても、カスタマイズをした武器の試し撃ちとしても用いられており、個室で分かれている。

一人でも複数人でも利用出来るため、使い勝手が良いと好評を博しているのである。

 

 

「見事なものだな」

 

「なに、当然のことさ。

こんな身形でも(腐っても)弓兵(アーチャー)なのでね」

 

 

しなやかな指裁きでリロードを行い、碌に標準も合わせずに引き金を引く。

魔力を駆使すればリロードすら必要はないが、そこは本来の性質(カッコ付け)に無意識ながら引っ張られているのかもしれなかった。

それに、この英霊は機械音を好んでいた。

カスタマイズにより異なる音色は、銃の悲鳴でもあり歓声でもある。

何処かに狂いが生じればその音色は不快なものとなり、細部に至るまでが完璧に仕上がるとその音色は軽やかなものとなる。その繊細さが堪らなく、男の性質を擽るのだ。

 

あくまでも効率を重視した武器だ、と無感情に銃を繰る持ち主であるが、彼のマスターは見抜いていた。

拘りに拘り抜いて造り上げたその銃が、何もかもを失った男(ロストマン)が唯一持つ意志なのだということを。

 

全ての(イミテーション)を殲滅したことを告げる音が鳴ると、構えられていた銃が下げられる。

 

 

「それで、何用かね。アンタも訓練か?

まさか、その(なり)弓兵(アーチャー)の適性があるとは言うまい」

 

「お前には言われたくないがな。

……依頼だ、傭兵」

 

「依頼……?」

 

「無論、それなりの報酬は払うさ」

 

「ほう?……話は聞こうじゃないか」

 

 

射撃中に、突然入ってきたその気配に気付いてはいた。

振り返らずそれに問うと、意外な言葉が返された。

思わず眉を顰め、入口の扉の横に凭れた黒いコートを振り返る。

 

 

「もう一度、宝条の研究所に行く」

 

「……それで?

まさか、この俺に同行しろとでも?」

 

「そうだ」

 

「はあ、概ね予想が付くが……。

何故俺に依頼する?」

 

「お前の力を借りたい。それだけだ」

 

「……だろうな。

俺は、アンタの武器庫ではないのだがね」

 

 

呆れたような仕草で溜息を吐くと、傍若無人に自分を利用しようとする男を睨む。

だが腕を組むその男は、涼しげな顔で言葉を繋げた。

 

 

「融けゆく記憶に、抗う気はないか?」

 

「……」

 

「一時的であるが、歯止めを掛けることは出来る。

例えそれがお前が望んだことであろうとも、日記を綴り続ける日々は退屈だろう」

 

「マスター、か。全く少しはプライバシーというものを尊重して欲しいものだ。

それが報酬というわけか?」

 

「悪くない条件だろう」

 

「余計なお世話というヤツだよ。

……だが、そうだな。

例え一時的であったとしても、取り戻せるなら……味覚の方が、良い」

 

 

虚ろな金の瞳が明瞭な光を宿すのは、敵を殲滅するという己の存在意義を満たすその時だ。

しかし、今、遠くを見据える金色は、何かを懐かしむように、柔らかな光が浮かんでいた。

 

 

「交渉成立だな」

 

 

青い瞳を伏せた男は、静かに呟く。

そして踵を返して背を向けると、ゆっくりとした足取りで部屋を出て行った。

 

 

「ふん。……何を企んでいるかは知らんが、暇潰しぐらいにはなりそうだ」

 

 

頑なに自分を語ろうとせず、単独行動を旨としていた男の『依頼』に興味がないといえば嘘になる。

男が自分に何をさせようとしているのかは、これまでの一連の事から想像に容易い。

宝条のデータから見つけ出した『とある剣』を、投影した己を、再び使おうとしているのだろう。

提示された報酬は、もはや己にとって必要とはしないものであったが。

良いように使われているのは、慣れている。

依頼を受けたのは、唯の興味から来る、気紛れであった。

 

銃をしまうと先に出て行った男を追うように、明け方の静寂に包まれたカルデアの廊下に出た。

宵が残る空の色に染められた銀髪が、遠くに見える。

そして、その隣に見えた青い色に、ただ溜息を零したのである。

 

 

 

***

 

 

 

 

「おいおい、セフィロス。

そいつも連れて行くのかよ」

 

「何があるか、わからんからな」

 

「ったく、何でこうも縁があるのかね」

 

「腐り果てた縁など、縁とは呼べんよ。

相も変わらず小さな男だな」

 

「あァ?こちとら、てめえの顔なんざ見飽きてんだ。

愚痴ぐらい零しても罰はあたりゃしねえよ」

 

「はっ。それは、俺の台詞だとは思わんかね」

 

 

例え辿って来た運命が異なったとしても、その名を持つものである限りこの二人の仲に変化は無いようだ。

背後で、絶えず言い合いを続ける彼らに、構うことなくセフィロスは足を進める。

何故か行き先を知っていた彼女(かれ)の、絵画に見るよりも麗しい微笑みに見送られながら、カルデアを出た三人は再び地上へと降り立つ。そして記憶に新しい道を辿り、研究所へと着いた。

更におどろおどろしい雰囲気を感じるのは、研究所内で行われていたこと、そして研究所内に潜んでいたものを知ってしまったことに起因するのだろうか。

 

セフィロスは、あの宝条という男がどういう男(狂人)であるかを身を以て理解している。

だが、あのマスターを始めとした所謂この世界の人間たちが、その異常性を明確に把握したのは、カルデアへと持ち帰った資料と、データを目にしてからである。

しかし、あの菫の少女がセフィロスに語ったように、元々はカルデアという組織も変わりはないことをしていた。

今はドクターロマニとダヴィンチを筆頭とした優れたスタッフたちによって管理されているが、それ以前は魔術師たちの研究所であったのだ。

要するに、確かに宝条研究所で行われていたことは異常ではあるが、特例ではない。

偶々白日の下に晒された、氷山の一角という扱いとなるだろう。

 

 

「そんで、どうするんだい大将。

使えそうなモンは粗方回収しただろう?」

 

「地下だ」

 

「なるほど。あの場は未探索だったな」

 

 

相変わらず無人の警備室を後目に、この前と同様に正門から入ろうとしたが、この前とは異なる気配に気付いた三人は一度足を止める。唯一、先日の編成に組み込まれていなかったキャスターは、ぴくりと眉を動かした。

 

 

「……大層賑わってんじゃねえか。

人気がねえって聞いていたがな」

 

「その筈だが、どうやら状況が変わったようだ」

 

 

研究所の中に多数の気配が在るのだ。

気配一つ無かったと、マスターから報告を受けていたキャスターは、その赤い双眸を光らせると己の武器を握り締めた。

戦闘モードに切り替わったキャスターに、呆れたような表情を見せたエミヤオルタも、手に一対の銃剣を握る。

そんな英霊たちを横目に、認証装置へと近付き解錠すると、セフィロスは躊躇なく扉を開け放った。

 

 

「っと、手厚い歓迎だ、なっ!!」

 

「おい、扉は閉めておけ。

外に出すと色々と面倒だ」

 

 

開かれた扉に、中にいたそれらが一斉に顔を向けた。

そして三人を認識すると、獣を想わせる唸り声を上げ、襲い掛かってきたのだ。

先陣を切ったキャスターが、杖を振るい、術を放つ。

怯んだその隙を突いて、見事にヘッドショットを決めたオルタが、セフィロスに向けて声を飛ばした。

 

応戦を二人に任せたセフィロスは、地に伏せたそれの隣に膝を付く。

ぼろぼろの白衣に、首に下がる名札用のストラップは、それが人間であった名残であろう。

腐食し変色した皮膚、死人の濁った瞳……。それが生ける屍(ゾンビ)であることは、軽く見ただけでもわかった。

 

 

「全員失敗作ということか」

 

 

英霊の力を以てすれば、それらを倒すことは容易い。

次々と炎に焼かれ、頭を打ち抜かれて倒れていく、ゾンビたちに目を移す。

英霊の力を以てしても、それらを殺すことは困難だ。

時間経過と共に再生する、腐敗した肉体は、また直ぐに起き上がるのだ。

 

 

「とんだ生物学的危害(biohazard)だな。

相手が、人間ではないだけ気が楽だよ……っ!」

 

「けっ、似合わねえ台詞だなあ!」

 

「時間の無駄だ。地下に行くぞ」

 

「ってか、剣兵(saber)がサボってんじゃねえよ!

アンタが唯一の前衛だろ!?」

 

「……前衛しかいないと思うが?」

 

 

悠長にエレベーターを待つ時間はない、と判断したセフィロスは、非常階段のある方へと走り出す。

セフィロスの背に続くキャスターがそう声を上げるが、戦力は足りているだろうと、一蹴される。

その様子を見ていたオルタは溜息を吐くと、走りながら魔力を練り上げた。

 

 

「お望み通り、仕事をしてやろう。使え」

 

「……」

 

「まさか心得がないとは言うまい?」

 

「……趣味ではない」

 

「ふん。俺の知ったことではないな。

それに、ああいう類の敵(ゾンビ)といえば銃が相場だろう」

 

「何の話だ」

 

 

手渡されたのは、銃剣の形を模した銃であった。

銃口が縦に二つ並ぶ、二連装で、十発装填可能の銃を渋々といった様子で手に取ったセフィロスは、洒落たデザインのそれに目を滑らす。

 

 

「ベルベットナイトメア。宝条のデータにあった武器の一つだ」

 

「……そうか」

 

 

宝条のパソコンにアクセスをして、データを引き抜いたのはこのエミヤオルタである。

そして、その中にあった武器のデータを記憶しているらしく、その造りも把握済みであるらしい。

ベルベットナイトメアという名の、銃を手に、セフィロスは小さく溜息を吐いた。

セフィロスは剣士でありながらも、一通りの武器を扱うことは可能だ。

だがしかし、英霊たちとは違い、付け焼き刃に過ぎないだろう。

愉快そうに目を細めるキャスターのように、本来の武器ではなくとも、英霊として独立した存在になり得るほど熟練した腕ではないのだ。

 

 

「さあて、お手並み拝見といこうじゃねえか。セフィロスさんよ」

 

 

廊下の曲がり角のその向こうからぞろぞろと現れた、腐敗し果てた屍たちに、オルタの銃剣が向けられる。

そして三人を追って後ろから迫って来た、それらに向かって、キャスターの炎が放たれた。

だが数が数だけに、全てを足止めすることは不可能であった。

セフィロスは、近距離から飛び掛かって来たそれに、一度銃を噛ませると勢い良く蹴り飛ばした。

その反動で後続の敵たちを巻き込みながら、吹っ飛んでいったゾンビ目掛けて、弾を叩き込んだ。

 

 

「……性に合わん」

 

 

銃は面倒だ、と顔に浮かんだ表情に、オルタが嘲笑を浮かべる。

その面倒なことに付き合わされたツケ代わりの、ほんの戯れであったが、これはこれで中々に愉快だとオルタは軽々と銃剣を振るうと、敵の頭を飛ばした。

 

 

「今のうちだ、一気に突破するぜ!」

 

 

言葉通り、一気に練り上げられた濃厚な魔力を感じたかと思うと、巨大な炎の玉が進行方向の敵を吹き飛ばした。

その隙を突いて、再び走り出した三人は非常階段を下りて行ったのであった。

 

 

 

***

 

 

 

地下に降りた三人は、先日の英霊(セフィロス)と戦った部屋へと足を進めた。

天井に穴が開いている以外は、変化はない。

一階と同く部屋中には敵たちがいたが、キャスターの炎により灰と化した。

 

 

「……ジェノバの姿がない」

 

「ジェノバ?ああ、あの生命体のことか。

持ち去られたのだろう。アンタのお友達にな」

 

 

緑色の液体に満たされた培養槽の中は、全て空となっていた。

あの英霊が『母さん』と呼んだ、ジェノバの姿も消えていたのである。

 

 

「這いずり回った痕跡が残ってんな。

アイツら、全部この中にいたヤツらっつーことか」

 

「恐らくな。もう用済み、ということだろう」

 

「はっ。都合の良い掃除屋として使われた気分だぜ」

 

 

被験体が解放される時は、基本的にデータを取り切った(用済みとなった)時のみである。

敢えて始末はせずに、放置したのには何か理由があるのだろうか。

散らばった書類に目を通しながら、セフィロスはこの研究所が残された意味を考えていた。

宝条のして来たことが明るみとなった今、証拠隠滅も兼ねて研究所ごと焼き払うことも出来た筈だ。

しかし、こうして研究所も、研究所内の資料やデータもそのまま残っている。

セフィロスには、あの狡猾な男(宝条博士)が、ワケもなくこの研究所を放置するとは思えなかった。

 

 

「にしても、勿体ねえな。

こうも敵がうろついてんじゃ……無理か?」

 

「そういえば、アンタは……何故此処に来たのかね」

 

「あー。まあ、アレよ。

外にでけえ薬草園があっただろ?

此処が無人になるっつーんなら、俺の工房にすんのもありかと思ったんだが……」

 

「物好きな男だ。何が植えてあるかわからんぞ」

 

「ははっ、まさかアンタに心配される日が来るとはね」

 

「誰が心配などするか」

 

 

資料に目を通しながらも考え込むセフィロスの背後で、壁に貼られていた地図を凝視していたキャスターは小さくぼやく。

敵の気配を絶えず探っていたオルタは、キャスターの零した言葉に眉を顰めると、関係のない彼がこの研究所を訪れた真意を訪ねた。

マスターからこの研究所のことを聞き、持ち帰った資料に目を通したキャスターは、正面玄関から東の方に、温室と研究室を兼ねた巨大な建物があることを知ったのだ。

使わないのならば、貰ってしまおうと訪れた場所では、敵が大量にうろついており、工房とするには危険であろう。

そう嘆いたキャスターは、セフィロスへと視線を向けた。

 

 

「なあ、あの薬草園……どうにかなんねえかい」

 

「敵を殲滅すれば良い話だ」

 

「……だよなあ。それが一番手っ取り早い……んだが。

偶にはこう、知的にいきてえな」

 

「キャラではないだろう」

 

「どう見ても、知的キャラだろうが!」

 

「いずれにせよ、アレらのことを報告すれば殲滅命令が下りる筈だ。

野放しにしておけば、増えるだけだろうからな」

 

「ほう?奴らは感染するということかね」

 

「ああ、人間が噛まれれば仲間入りだ。

……それに、一部のヤツに噛まれれば英霊も感染する」

 

「なんだと?」

 

「もしかしたら、それが狙いなのかもしれん。

仲間内で争わせるのが、一番手っ取り早い」

 

「……黒化みてえなモンか。

それで、その一部っつーのは?」

 

「さあな。そこまでは書かれていない。

ただ……成功した、という記載があるのみだ」

 

「成功、ねえ。おっそろしいこと考えんなあ、ったく」

 

 

英霊の、所謂ゾンビ化というところであろう。

力を持つものが、敵味方見境なく襲い掛かると考えると、恐ろしいものがある。

無論それだけではない。数多の英霊たちと絆を繋いで来たリツカが知れば、間違いなくショックを受けるであろう。

そして、そんなものが、もしカルデアに放たれたら、壊滅する可能性だってあるのだ。

 

 

「目当てのものは、見つけた。撤収するぞ」

 

「目当てって、その資料のことかい」

 

「ああ。恐らく、宝条がいるであろう場所の『座標』だ」

 

「座標だと?……それに、何故そんなものがある?

十中八九罠に決まっている」

 

「……だろうな。しかし、放ってはおけない」

 

 

様々な危険性を抱え込んでいる、あの宝条を野放しにはしておけなかったのだ。

例え、無造作に置かれていた資料に書かれていた座標(いきさき)が、目に見えた罠であったとしても。

ミッドガル、と書かれた下に並ぶ幾つもの数字達を、カルデアに持ち帰れば直ぐに解析してくれるだろう。

 

 

「どうやら……。その話は戻ってからにした方が良さそうだな」

 

 

神妙な顔を崩したオルタは、再び手に銃剣を構えた。

三人の声と気配を辿って来たのか、いつの間にか部屋の直ぐ近くまでそれらは来ていた。

低く濁った呻き声が、壁一枚を挟んだ向こう側から聞こえて来る。

 

 

「お?毛色の違うヤツがいんな」

 

「なんにせよ、相手をしているだけ時間の無駄だ」

 

「ふむ、注意したまえ。アレがアンタの言っていた、英霊を蝕むものかもしれんぞ」

 

 

白衣や検査着を着た人間であったものたちの中から、姿を現したのは小さな子供であった。

体中に黒い模様のようなものが刻まれ、目や口から黒い瘴気のようなものを吐き出している。

苦しげな呻き声が、絶えず漏れ出ており、目を覆いたくなる程ひどい姿をしていた。

 

 

「えげつねえことをしやがる」

 

 

表情を歪めたキャスターが、言葉を吐き出す。

表情こそ変えないものの、瞳に鋭い色を宿したオルタは、小さく息を吐いた。

体を這う黒い模様を注視したセフィロスは、その『症状』に覚えがある気がして、手にした武器を降ろす。

 

 

「あれは……「ヴヴ…ヴ、あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 

小さく動かされた唇から発せられた言葉は、その子供の発した物狂おしい悲鳴に掻き消された。

苦しみに悶え啼く声に、引き寄せられるかのように、更に敵の数が増していく。

あっという間に出口を塞がれ、逃げ場を失くした三人は、静かに己の武器を手にした。

 

 

「ヘマをしたら言え。直ぐに葬ってやろう」

 

「へえ?アンタにしちゃ、お優しい言葉だな」

 

「……」

 

「ぼけっとしてんじゃねえぞ、セフィロス!

もうこの施設には用がないんだろ?」

 

「良かったじゃないか、ご自慢の長刀を存分に振るうが良い。

なに、間違って頭の青い魔術師を切り刻もうとも構わないさ」

 

「あァ?てめえ、誰に向かってモノ言ってやがる」

 

 

得体の知れない嫌な予感が、胸を過ったのだ。

セフィロスがそのことに一瞬意識を取られると、すぐさまキャスターの叱咤が飛ぶ。

確かに今は不透明な予感よりも、目の前の危機を解決する方が先であろう。

今にも襲い掛かりそうな敵を再び見据えると、セフィロスは慣れた武器を顕現させた。

 

キャスターが短く呪を口遊み、足元に大きく広がった魔法円が炎を呼び出す。

かちゃ、と軽やかな音を立てて、銃剣が構えられた。

その音を開戦の合図とするように、飛び掛かって来た無数の敵を、しなやかな刃が切り刻んだのである。

 

 

 

***

 

 

 

「い、った……っ!」

 

 

欠けた月が闇に融けた、新月の夜。

任務を終えて自室へと戻るために、廊下を歩いていたリツカを、突然激痛が襲った。

身を引き裂かれるような、鋭い痛みは、全身を走り抜け余韻を残しながら消えたのだ。

思わず蹲ったリツカは、ふと自分の腕を見る。

 

――その白い腕には、切りつけたような黒い傷が刻まれていた。

 

 

 

 

 



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2-12 カルデアにて⑥

「ああ、セフィロス。

丁度良かった。今全ての解析が終わったところなんだ」

 

「……そうか」

 

「さ、座って。まず君のことから話そう。

粗方はリツカ君、そして森の賢者(君の友達)から聞いている。

でも本人の口から証言を得ないとね」

 

 

ほんわりとした笑みを浮かべた、ドクターロマニが白衣を揺らして振り返る。

診察室兼彼の仕事場となっている部屋は、本と書類に埋もれていた。

カウンセリングでもするかのように、セフィロスを椅子に座らせて、その向かいに座ったロマニは、まとめあげた資料を引っ張り出す。

 

セフィロスという謎の存在が現れた日から、カルデアの頭脳たちはこぞってその記録をまとめ、分析を行ってきた。

しかし、この場にその頭脳たちの姿はない。

それは、彼らの中でまだ引っ掛かりがあるからであろうか。

 

特にあの探偵を題名する男は、真実と確信のあるもの。即ち証拠があること以外は口にしない男だ。

『次に相見える時は、全てが明らかとなる時』と、何かを見据えた瞳で言った、かの名探偵は今も尚、更なる真実を追い求めているのだろう。

何故そこまであの気紛れな男が興味を示しているのかは、わからない。

だが彼の琴線に触れるだけの何かが、あるに違いはなかった。

 

 

「英霊には様々なタイプがいてね。

復讐者(アヴェンジャー)クラスのヘシアン・ロボを、知っているかい」

 

「いや、あの狼王とは何度か会っているが」

 

「そうか、ヘシアンとはまだ会っていなかったのか。

でも直ぐに会うと思うよ。君は随分彼に懐かれているようだから。

それで話を進めると、彼らは本来英霊には届かない霊基を合体・融合させたもの。

他の英霊とは違って無理やり格を造り上げたんだ。本来は有り得ない方法でね。

まあ、そんな感じでこのカルデアにいる英霊は、一概には言えないつくりをしたものがいる」

 

「……」

 

「君は、二つの魂を持つものだ。

二人が一つの英霊として召喚されるケースもあるけど、一つの体に二つの魂が宿り、それぞれ自我を持っているのは中々に珍しい。

基本的に実体化された英霊や神霊は、霊基と霊核を持っていることは知っているかな?

霊基とは魂の器(カラダ)であり、霊核は魂のこと。

でも、英霊の魂というのは人間のそれとは意味合いが異なるんだ。

英霊の魂とは、情報のことさ。

伝説や神話に基づいて、座に記録された情報が英霊を英霊たらしめるものとなる。

君の体の特殊な部分は、この座を持たないということだ」

 

 

異なる世界の存在であるセフィロスが、英霊として認められることは不可能に近いだろう。

ロマニたちが疑問を抱いたのは、セフィロスの体である。

その体を解析した結果、英霊と同じデータが得られているのだ。

難なくレイシフトを行うことが出来ており、おそらく強化や再臨なども可能であろうことから、彼らは一つ仮説を立てた。

 

 

「セフィロス、そしてセトラ。

君たちにはもう一つ混じっているものがあるんじゃないか?」

 

「……ジェノバか?」

 

「そう思って、君のデータとリツカ君が持ち帰ったものを照合したんだけど、一致しなかったよ。

それにそのもう一つは、神霊適性を示した」

 

「神霊適性……だと」

 

「所謂神性は、そのランクが高いほどより物質的な神霊との混血とされるものさ。

一つの基準として、神話における神霊の息子達は最低でもBランク以上……。死後祀り上げられたり、一体化したり、神霊の分霊だったりするとAランク以上を示す場合が多い」

 

「神と関わった記憶はないな」

 

「うーん。でも、この判定が出ている以上何かあると思うんだけどなあ」

 

 

セフィロスも、セトラも、神と直接関わったことはなかった。

しかしロマニは、何かしらの関わりがあるという。

暫く首を捻っていたロマニであったが、このままでは議論が進まないことに気が付いて、ぱっと顔を上げた。

 

 

「そうそう、リツカ君と君が持ち帰った資料と、エミヤオルタが送信してくれたデータの解析も、終わったんだ。

いやーほんと、大変だったんだからね!徹夜続きで、何人屍と化したことか……」

 

「いつものことだろう」

 

「そ、そうだけどさ!もう少し労ってくれたって良いんだからね」

 

「……」

 

「あーもう、そんな目しないでくれよ。

わかった。続きを話そう。

宝条の目的は、端的にいうと『自らの理論の証明』のために『最強の英霊(かみ)』を作り上げること。

だから既存の英霊や人間にああいった実験を行って、データを集めていたんだ。

……あの場にいた『セフィロス』は、宝条の召喚した英霊で、唯一被検体にはならなかったようだね」

 

「奴からすれば、俺のデータなど見飽きているだろう」

 

「……。そういう、こと……なのかな?

いや、良いんだ。それについては僕が口を挟むことではない。

君の持ち帰った座標を登録しておいた。

人類史にも存在しない未知の場所だったけど、何とか解読出来たんだ。

宝条博士の潜伏先である可能性が非常に高いね」

 

「ミッドガル……か」

 

「どういう場所なんだい?」

 

「人間の欲が、具現化した……場所さ」

 

 

無感情なその瞳に、一瞬、色が指したのを研究者の目は見逃さなかった。

何かを思い出すような、それにロマニは何も言わずに目を細める。

 

その時であった。

 

廊下から誰かの高い悲鳴が上がり、ばたばたと無数の足音がロマニたちのいる部屋に近づいてきたのは。

 

 

「ドクター!!ドクターロマニ!!大変です!

マスターリツカが、リツカ君が……っ!」

 

 

蹴破る勢いで、部屋に雪崩れ込んできた職員たちは、血相を変えてロマニに詰め寄る。

反射的に椅子から飛び上がったロマニは、小走りで部屋を飛び出した。

一気に騒がしくなったカルデアの気配たちと、職員の言葉から、リツカに何かが起きたことを察する。

 

セフィロスは、誰もいなくなった部屋で静かに瞳を閉じた。

 

 

 

***

 

 

 

故郷も両親も知らぬ男が生まれたのは、世界第一の商業都市であるミッドガルにある、とある会社の研究室であった。冷たい試験管の中で、冷ややかな白衣を纏う研究者たちに観察されながら産声を上げた男は、セフィロスという名を与えられた。

 

ミッドガルという街は、神羅電気動力株式会社(神羅カンパニー)という、言わずと知れた大企業の城下町として、恩恵と支配を受けていた。町の中央に聳え立つ神羅カンパニーの本社ビルを囲む、八つもの巨大なビルがあり、その中に様々な部署が入っている。幅広い事業を手掛ける企業故の、巨大な敷地と建物の中は、社員でも知らぬ部屋がいくつもあり、これが神羅カンパニーの抱える黒い雲の一つでもあった。

 

黒い雲とは、神羅カンパニーの華々しい業績に付随する、悪い噂のことを指す。

噂が噂を呼んでいる部分もあるが、町を牛耳り、非人権的な治安の維持まで手掛ける神羅カンパニーは、誰も非を唱えることは出来ない。もはや国でさえもその存在に畏怖していたのだ。

 

 

『……おい、いるか?』

 

「なんだ、終業時刻はとっくに過ぎているが」

 

『はっ。そんな言葉は知らねえな』

 

「仕事人間なのは勝手だが、それを他人に押し付けるな」

 

『冷たいこというなよ。俺とお前の仲だろ?』

 

「さて、どんな仲だったか」

 

 

眠らない町とは良く言ったもので、深夜を過ぎても煌々とした明かりに満ちる町は、相変わらず人の動きが激しい。

零区を神羅カンパニーとして、壱~八区にわかれているこの町の治安は、区々ではある。

基本的に警備員が配置されているため、女性が一人で出歩けないこともないが、止めて置いた方が身の為だろう。

 

神羅カンパニーの抱える巨大ビルの至る所に明かりが灯っている。

研究部署などを代表に、研究熱心を通り越して、研究中毒者を多く抱えるこの企業は、正月であろうともなんであろうとも、完全に明かりが消えることはない。

ちなみにこれらは全て自由意思で行っているので、本人の趣味の領域である。

 

そんなミッドガルという町を、ビルの屋上から俯瞰する一つの影があった。

吹き荒れる夜風に、纏うコートを揺らしたその影は、行き交う人間たちをただただ見つめていた。

 

 

『お前、また任務放棄しただろう』

 

「気が乗らなかっただけだ」

 

『おいおい、査定に響くぜ?』

 

「……興味ないな」

 

『ははっ。まあ、お前らしいがな』

 

 

ざり、と耳障りな音と共に、装着している通信機から低い男の声が聞こえて来る。

相変わらずの快活の声に挨拶ぐらいしたらどうだと溜息が零れた。

テンポ良く交わされる会話は、その間柄が親しいものであることを表していた。

 

手摺に凭れながら、星を忘れた空を見上げる。

いつからであろうか。この町は星の瞬きも、月の淡い光も、遠いものとなってしまった。

超巨大都市と謳われる町には、風情という言葉が欠けているのだろう。

きらきらと輝くネオンの光は、自然のそれに比べると強すぎるのだ。

それがまた、町の疲れを煽っているのかもしれなかった。

 

 

『……任務(シゴト)だ。新人のお守りという、重大な任務さ』

 

「やれやれ、何でも屋になった憶えはないのだが」

 

『ま、何事も始まりは肝心ってことだ。

良いじゃないか、夢を持つ若者の道標だぜ。

うってつけのお仕事だろうよ、英雄さん』

 

「ふん、下らんな。

お前が行けば良いだろう」

 

『おっと、残念だがそいつは無理なのさ』

 

「……」

 

『大御所からの直々の指定だ。お前さんに拒否権があると思うか?』

 

「それは査定に響くな」

 

『少しは、興味が沸いただろう』

 

「……ああ、そうだな」

 

 

超高層ビルの屋上に吹く強い風に、ふわりと銀の髪が揺れる。

長い長いその糸は、まるで蜘蛛の糸の如く空を舞う。

低く喉を鳴らして笑うと、その男もまた明るく笑い声を零した。

 

 

『戻ってきたらいつものトコで奢ってやっから、今度はサボるんじゃねえぞ……親友(あいぼう)

 

 

ぷつりと音を立てて切れたそれに溜息を吐くと、迷いなく歩き出す。

外と中を繋ぐ重厚な扉を開き、室内へと姿を消したその背を、焼け付くような光が照らしていた。

 

 

 

***

 

 

 

「セフィロス……!」

 

 

聞こえた声に、悪い予感がしたのは、いつもの余裕をかなぐり捨てたそれが、かつてない焦燥を滲ませているからであろうか。らしくもなく、追憶に意識を沈めていたセフィロスは、扉を張り倒す勢いで侵入してきた英霊に肩を掴まれた。

先ほどの職員たちと同様の顔色をした英霊の、下ろされた青い髪が視界を横切る。

 

 

「なんの騒ぎだ」

 

「マスターが、倒れた。良いから早く来い!」

 

 

ぐいと腕を掴まれ、強制的に立ち上がらされ、部屋の外へと出された。

態々自分を呼びに来たということは、何かしらの関わりがあるのだろうとセフィロスは、キャスターの背中を追った。

 

 

「先輩……!せん……ぱい!」

 

 

辿り着いた医務室には、彼の相棒であるマシュをはじめ数多の英霊が顔を揃えていた。

どの顔もキャスターと同じように心配に翳っており、泣き叫ぶようなマシュの声が部屋に響いていた。

リツカを囲むように、女性の英霊たちが瞳を潤ませている。

彼女らは確かあらゆる意味で、リツカに懐いている英霊たちであったのを男は記憶していた。

そのうちの一人である、黒髪の英霊が顔を上げた途端に、男は背中から冷や汗が滲むのを感じたのだ。

 

 

「あら?貴方は……!」

 

 

良くも悪くも、母性溢れる彼女は、前からセフィロスに対して熱い視線を送っていたのである。

そのことに気が付いたリツカによって、何とか遭遇することなく過ごしていたが、こうなってしまった以上逃げ道はないらしい。

また『面倒ごと』を察してか、強制的にチェンジさせられた男にとっては堪ったものではなかった。

 

 

「おいおい、頼光さんよ。

今はそんな状況じゃねえだろ」

 

「まあ……私としたことが、恥ずかしい。

さあさあ此方へ、マスターを診て差し上げて下さいませ」

 

 

艶やかな垂れ目がきらりと光ったかと思うと、何とも優雅に立ち上がったその英霊に、キャスターが呆れた顔で制した。

バーサーカークラスでありながらも、一応は言葉の通じる彼女はスイッチが入らない限りは、暴走をすることはない。

急に連れて来られた男はいまいち現状が理解していなかったが、頼光に手招かれ、ベッドに眠るリツカを覗き込んだ時、やっと意味がわかった。

 

 

「これは、星痕……?」

 

「せいこん?それは、なんですの?

もしかして旦那様に、どこぞの馬の骨やも知れぬ汚らわしい輩の(マーキング)が付けられたというのですか!ああ、許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない……」

 

 

風貌を怒りに染めた一見すると幼い少女は、長い緑髪を逆立てて男を見上げる。

開かれた瞳孔は狂気が滲み、その少女のクラスに似合いの表情に、男は只管嫌な予感を噛み締めていた。

白拍子のようなふわふわとした着物は優雅なものだが、本人の表情がどうもいただけないのだ。ミスマッチともいう。

 

 

「……言わば、毒を受けた状態だ。

このままでは全身に回り死に至る」

 

「なっ!!」

 

「毒……?でも、マスターは……」

 

「この毒は心の衰弱に比例する。

……何か抱えるものがあったのだろう」

 

 

令呪を宿す腕が黒く染まっており、不気味な靄を漂わせていた。

それは、セフィロスの世界で流行った病であり、星痕症候群と呼ばれるものであったのだ。

ライフストリームを浴びた人間が発症するその病は、黒い膿が患部から、末期には穴という穴から吹き出し、苦痛を伴い死に至る。

 

苦しげに呻くリツカの薄っすら開かれた瞳を見て、男は確信した。

セフィロスと同じように、その瞳孔は縦に裂けていたのだ。

 

 

「……そうか、迂闊だった」

 

「どういうことだ、セフィロス」

 

「あの宝条の研究所に、満ちていた星の命(ライフストリーム)()てられ、発症したのだろう」

 

「ライフストリーム……。あの緑の液体か?」

 

「あれは、人体には有害だ。だが通常この病を起こす程ではない。

おそらくマスターの浴びたものの中に、ジェノバの思念が混入されていたのだ」

 

「……っ!!じゃあ、マスターは」

 

「ジェノバの思念に打ち勝つだけの精神力が必要となる。

でないと、待つのは惨たらしい死のみだ」

 

「そ、んな……。マスター……。何故、私の毒にだって耐えた貴方が……」

 

 

均等の取れた褐色の体にフィットする、黒い衣。

マスターに想いを募らせ始めた頃から露わにした顔を悲痛に歪めたのは、静謐のハサンである。

数ある掟に忠実で、徹底した暗殺者(アサシン)である彼女もまた、悲しみに瞳を染めていた。

彼女らの様子を冷静に見つめた男は、静かに溜息を吐いた。

 

これらは全て、あの宝条が描いた絵図なのだろう。

彼はきっとこの時を待っていたのだ。

カルデアにちょっかいを出せば、報復としてカルデアは宝条を調べ始めるだろう。

そしてあわよくば、研究所へと誘き寄せることが出来る。

しかしその場で捉えることはしない。

何故ならば、そう……ジェノバの思念が入ったライフストリームを浴びさせることが目的であるからだ。

 

 

「…ちっ、踊らされてたってワケか」

 

「アレは狡猾な男だと言っただろう」

 

「マスターを治す方法は、あるのでしょうか?」

 

「……ないことは、ない」

 

「本当に……?私嘘は、大嫌いですの。

本当に、あるというのですね?」

 

「確実ではないがな。

本人の意志の強さも、大きく関わる」

 

「それなら…!マスターは、大丈夫。

ええ、ええきっと……」

 

 

男の言葉に、頼光、清姫、ハサンの瞳がきらりと輝いた。

同時に向けられた鋭くも期待を含んだ視線に、男は内心で頬を引き攣らせる。

万が一、この場で曖昧なことを言ったのならば、焼き殺される運命が待っているのだろう。

なまじ再生能力の高い体であるが故に、死ぬことも出来ず、ただ焼かれ続けることなど考えたくもない。

そんな男の肩に、ぽんと乗せられたキャスターの手には、同情が込められていた。

 

 

「だが、そのためにはレイシフトを行う必要がある。

例えそれが、あの宝条の張り巡らせた罠に飛び込むことになろうが……な」

 

 

内側から細胞を蝕まれていく痛みとは、どれ程のものか。

全身から汗を拭きだして、苦しみもがくリツカを、泣きそうな顔で見つめた三人の英霊はゆっくりとその顔を上げる。

その表情に、隣に佇むキャスターが乾いた笑いを零したのであった。

 

 

 

***

 

 

 

「あれは、星痕症候群。

お前の……いや、厳密にいうと向こうのセフィロスが放ったメテオと、ホーリーがぶつかり合った末の弊害だ」

 

 

人気のない暗い廊下の片隅は、最早定位置となっている場所である。

窓枠に腰掛けて窓を見ると、鏡状となったガラスに自分の顔が映し出された。

先ほど見たリツカのそれと同じような瞳は、無感情のように見えて、そうではない。

 

 

「癒しの水が、変わらずに湧いていると良いが……」

 

 

あの三人娘、特に清姫にああ言ってしまった以上、男の記憶と異なっていた時の代償が大き過ぎることに、今更ながら冷や汗が零れる。このタイミングで、あの場所へレイシフトが行えるようになったことは僥倖だが、そこがセフィロスや男の記憶と全く同じである保証は何処にもないのだ。

セフィロスという男の表情は変わりはなかっただろうが、男自身は相当動揺していたらしい。

もう少し考えてから、発言すれば良かったと後悔しても、後の祭りであろう。

 

 

「ミッドガル、か。とんだ里帰りだな」

 

 

ぽつりと落とされた、その言葉は誰のものであったか。

特筆して感じるものもない帰郷の時は、きっと動乱で終わるであろうことは何となく想像が付いた。

それよりも、脳裏に蘇る記憶の場所(ミッドガル)に、自分たちがこの世界に呼ばれた理由があるのだろう。

そんな直感を感じていたのである。

 

 

 

 

 



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2-13 カルデアにて⑦

静まり返ったカルデアは、まるで落日を迎えた城のようであった。

ばたばたと忙しなく廊下を駆ける音も、百騎を超える英霊たちに時間の許す限り会話を交わすその声も、少なくともセフィロスが召喚されて以来絶えることなく、在ったもので。いつしか、それが日常となっていた。

時折苦痛に表情を歪め呻く姿など、見ていて気分の良いものではなかった。

 

真っ白な、消毒液の匂いに満ちた部屋で、一人眠るリツカの青白い頬に、一筋の銀が流れる。

常に明朗な表情を浮かべ、戦場においてはまだ青いながらも一端の戦士の姿を見せるこの少年は、一応セフィロスと契約を結んだマスターなのだ。

元々傭兵の身であったセフィロスは、誰かに仕えることに抵抗はない。というよりも興味はなかった。

 

 

「……」

 

 

リツカは、影で『英霊たらし』と言われるほどの、英霊の扱いに長けた少年であった。

本人が無意識なのが、質の悪い話であるが。

個々のサーヴァントに深入りはせず、善も悪も人外にさえも対等に接する。

そして、決して彼は、その在り様を否定することはなく、時には寄り添い、時には振り回し、いつしか仲間としてごく自然な形で、絆を深めていく。

 

偶に視察という名目でカルデアを訪れる魔術師たちは、リツカを蔑みを込めて『一般人』と称していた。

確かに、リツカは一般人だ。しかし、このカルデアには無くてはならない存在であった。

実際に、彼の沈黙はカルデアの沈黙となっている。

 

セフィロス自身は、然程この世界に興味を持っているわけではない。

だが、召喚されてから今まで、退屈を感じていなかったのも事実である。

 

 

「……お前さんが、そんな顔するなんざ珍しいな」

 

 

リツカが眩しくないように、と落とされた照明の中で、いつの間にか後ろにいた英霊は小さく笑った。

 

 

「まあ、大抵のヤツはそうさね。

初めは……ただの人間だと思って邪険にしてても、気が付いたら絆されている」

 

「お前も、か?」

 

「いいや。俺はちゃーんとわかってたぜ?

何せカルデアで初めて召喚されたのは、この俺だからよ」

 

「……」

 

「こいつは、弱いんだ。

能天気な面してるが、人理修復を終えた今でも戦闘に尻込みを見せるきらいがある。

魔術に関してはからっきしだな。魔術回路さえ怪しいトコだ。

だが、な。臆病モンでも、飾りモンでもねえ。

どんなに死ぬ思いをしようが、決して大事なモンを手放さねえ強さがある。

敵味方関係なく良いと思えば、躊躇なく突っ込んでいく度胸を持っていやがる」

 

 

リツカの隣の、ベッドに腰を下ろしたキャスターは今までの歩みを語るように、滔々と話した。

振り返らずに黙って、その話に耳を傾けるセフィロスの脳裏にはとある人物が浮かんでいた。

 

 

「……なあ、セフィロス」

 

「なんだ」

 

「いんや……。お前さんも、変わったと思ってよ」

 

「……変わった?」

 

「ああ。初めに会った時とはえらい違いだ」

 

「……」

 

 

キャスターの、師匠の姿を借りるあの神霊が言っていたように、セフィロスは氷の大地そのものであった。

凍て付いた大地は、他の者を寄せ付けなかった。

だが、その微かな温度さえも拒む気高き孤高が、不器用さ故のものであることに気が付いたのは、他でもないリツカなのである。

 

 

「かつて、俺にも……友と呼べるものがいた」

 

「へえ……。そりゃ物好きもいたもんだな」

 

「ああ。だが……それは、傷の舐め合いのようなものだったのかもしれん。

同じく奴らの実験体だったが、真実を知るまでは……良くつるんでいたさ」

 

 

ゆっくりと、自分自身のことを話し始めたセフィロスに、キャスターは目を丸くした。

これまで決して、積極的に己に関することを語ろうとはしなかったセフィロスが、自分から口を開いたのだ。驚愕しつつもキャスターは、リツカが倒れたことが、何かしらセフィロスに影響を与えていることを、察する。

 

 

「“三人の友は戦場へ

ひとりは捕虜となり

ひとりは飛び去り

残ったひとりは英雄となった”」

 

 

ふと顔を上げたセフィロスは、窓際まで歩いていく。

今宵は分厚い雲に覆われて、星空も見えなかった。

 

 

「ふ……。まさか、まだ憶えているとはな」

 

「今のは……。あの、」

 

「“LOVELESS”第一章の一節さ。

ヤツが良く口遊んでいた」

 

「……」

 

「英雄など、実に下らぬものだ。

少なくとも俺にとっては……」

 

「アンタにとって、英雄と呼べるのは一人だけだったんだろ」

 

「……。そう、かもしれんな」

 

 

窓辺に立つ長身の男は、暗い雲で覆われた夜空を見上げる。

まだ短い時であるが、その中で幾度も武器と会話を交わして来た、セフィロスという男のことを、キャスターは理解していた。

生粋の武人肌で、悉く人並みという言葉を知らない。

それは良くも悪くも人を遠ざける。これが、セフィロスに見え隠れする孤独の正体であろう。

人との関わりを知らないからこそ、人との会話の術を知らないわけで。

 

そんな不器用な男だからこそ、その胸に在る『憧憬』を追い続けて来たのだろう。

 

 

「残った一人、っつーのがお前さんかい?」

 

「……かもな」

 

「なら、残りのお二人さんは?」

 

「……。それぞれの、道を選んだ。

それだけの話だ」

 

「そうかい」

 

 

セフィロスの背中に視線を移し、静かに笑んだキャスターは、それ以上問うことはしなかった。

 

 

「次のレイシフト先に、マスターを治すモンがあるんだな」

 

「……おそらく、な」

 

「おそらくって、おい。確証があったんじゃねえのかよ」

 

「ふ、あの男の言ったことだ。俺は知らないな」

 

「はあ……。ったく、どうなっても知らねえぜ」

 

 

宝条の研究所で発見した、座標。

それは、セフィロスの元の世界に通じるものである。

宝条と例のセフィロスを追うために、レイシフトをする予定であったが、リツカが倒れたことにより目的が変更となった。

セフィロスいや厳密に言うとセトラが、示唆した場所に、リツカの身を蝕む『呪い』を解く手掛かりがあるらしい。

 

 

「宝条を筆頭とする人間たちが、より戦力を求めて作りあげたのがソルジャーという存在だ。

年端もいかない人間に、星の命(ライフストリーム)を浴びせ、適合した者のみを採用する」

 

「マスターも、それを浴びたっつーことだろ?」

 

「ああ」

 

 

ふと息を吐いたセフィロスは、静かに室内を振り返る。

影の落ちたその顔に、微かに浮かぶ色を見たキャスターは、何かを考えるように瞳を伏せた。

 

 

 

***

 

 

 

ぼんやりとした重さが頭の中をふわふわと漂う。

曖昧な意識の中で、僅かな覚醒を感じたリツカは、その瞼を開けた。

 

 

「……あれ……?」

 

 

そこには、何処かで見たような世界が広がっていた。

 

空を見上げると、星々が連なり、毒々しさすら感じる緑の蛍光色の光を放っている。

眼前には、森の木々と一体化した大きな建物が物々しく在った。

すっかり植物に侵蝕されてしまっているそれは、改めてみると教会のような造りをしていることに気付く。

植物に侵食され所々に荒廃が窺えるが、何処となく荘厳で、神秘的な佇まいは、何度見てもうつくしい。

 

 

「ここは……あの時の」

 

 

警戒する、というよりも記憶を確かめるという意味で、周囲を見渡したリツカは、ゆっくりとその足を進める。そうしている内に、この場所がセフィロスと初めてレイシフトをした時に、辿り着いた場所と同じであることを確信した。

少々戸惑いながらも、大した動揺は見せずリツカは先へと進んでいく。

突然、突拍子のない場所へと飛ばされることは、慣れていた。これまでの経験の賜物ともいえよう。

 

茨の絡み合う門を抜けて、彩り鮮やかな野薔薇が咲き誇る中庭を抜けていく。

すると、あの時に通り抜けた扉の前に、誰かが立っているのが見えた。

 

 

「……っ、せ…ふぃ、ろす?」

 

二メートル近い長身に黒いロングコートは、リツカがもう見慣れてしまったものだ。

長い髪がリツカの視界で、ゆらりと揺れた。

 

 

「お前は……。カルデアの、マスターとやらか。

なるほど、お前も星痕を賜りし者となった……ということだな」

 

「っ!!」

 

 

扉へと続く階段の先で、リツカを見下ろすその男が、自分の知る男ではないということは直ぐにわかった。

見るもの全てを凍て付かせるその眼光に、足が竦む。

カルデアのセフィロスの瞳は、確かに同じような色をしていた。

だがそれは、温度というものを知らなかったことに起因するもの。

決して、今リツカが相対しているセフィロスのように、温度すら拒絶するような冷たさはなかった。

 

 

「クックック……何を怯える?

そう怖がることはないだろう。リツカよ」

 

 

くつりと低く喉を鳴らし目を細めたセフィロスに、ぞわりとリツカの肌が粟立つ。

それはどうしようもないくらいの恐怖を感じている証であった。

今のリツカには戦う術はないのだ。

味方となってくれる英霊の姿も、ありはしない。

 

 

「星痕を宿したのならば、そう選択肢は多くはない」

 

「せい、こん……?」

 

「ふ、なんだ。何も聞いていないのか?

過去の私はそんなにも……。いや、若しくは……。

まあ良い。教えてやろう」

 

 

その口元に浮かぶ薄い笑いは、妖しい色を纏うものであった。

カルデアのセフィロスが、決して浮かべることはないであろうその表情に、リツカは息を呑んだ。

 

 

「お前は先日、宝条の研究所でライフストリームを浴びているな?」

 

「ライフストリームって、あの緑色の液体……?」

 

「ふ……。液体だけではない、ライフストリームは気化してもその力を失うことはないのだ。

お前は無防備にもそれを浴び続けてしまった。だから、発症した」

 

「な……っ!!俺、が?」

 

「ふん。宝条の張り巡らせた罠だ。

……どうやら、そこまでの想定はしていなかったようだな」

 

「……」

 

「ライフストリームに溶け込んでいたジェノバ因子を取り込んだお前は……。

このままいけば、死に至るだろう」

 

「っ!」

 

「だが、案ずることはない。

星痕を宿した死者の思念…それはライフストリームと共に星を巡り、やがて星を浸食する。

お前も、その一部となる。それだけの話だ」

 

 

ふと視界に入った、自分の腕を見てリツカは絶句した。

黒い痣のようなものが、ぽつぽつとその白い肌を蝕んでいたのだ。

じくじくと体中に感じる痛みは、セフィロスの言う星痕症候群を発症しているからだろう。

眼前が暗くなる感覚に、リツカはぐと唇を噛み締める。

 

 

「いい顔だ、カルデアのマスターよ。

もう間もなく苦痛の時は訪れるだろう」

 

「……何が……目的だ」

 

「私の望みは、たった一つだ」

 

「お前も……あの宝条と同じなのか!?」

 

「ふ、ふふ……ハハハハッ!!

あのような下賤な科学者と一緒にされては困る。

私がアレの召喚に応じたのも、全ては……。

用が済めば、好きにすると良い」

 

 

吐き捨てるようにそう言ったセフィロスの周りに、黒い光が浮き上がる。

そして、セフィロスはその闇に片手を埋めると、再びリツカへと視線を向けた。

 

 

「伝えるが良い。私は『ニブル山を越えて北』へ行く。

またこの星を救うというのならば……。また会おう」

 

 

ばっと散った光と共に黒い羽が視界を覆う。

ふわりふわりと舞う羽がリツカの足元へと、落ちた。

思わずそれに目を奪われていたことに気付き、慌てて顔を上げると……。

そこにはもう、セフィロスの姿はなかったのである。

 

 

 

***

 

 

 

がばりとベッドから体を起こしたリツカに、キャスターは目を瞬かせた。

隣のベッドに下ろしていた腰を上げると、心配げに傍へと近付く。

 

 

「おい、大丈夫か?」

 

「は、あ……。び、びっくり、した……」

 

「そりゃこっちの台詞だぜ。なあ、セフィロス」

 

「っ!!うわあ……っ!!」

 

「おいおい、どうしたんだマスター?」

 

 

リツカの顔を覗き込んだキャスターが、セフィロスへと話を振る。

窓際にいたセフィロスも、リツカの様子に眉を顰めると、ゆっくりと近付いた。

だが、近付いてきたセフィロスに、リツカは悲鳴を上げたのだ。

明らかにおかしいリツカの様子に二人は顔を見合わせた。

 

 

「……もしかしてお前さん、また夢でなんかあったのか?」

 

「う……うん」

 

「そうか、合点がいったぜ。

セフィロスに関することだな」

 

「う。……ご、ごめん、セフィロス……。

違うんだ……。セフィロスだけど、セフィロスじゃなくて……」

 

「あァ?なんだそりゃ……。いや、待てよ」

 

「……何を、言っていた?」

 

「俺が、星痕症候群を発症していることと、残された時間は、少ない……ってこと」

 

「……」

 

「ねえ……セフィロス。本当、なの?」

 

「事実ではある」

 

「……やっぱり、俺」

 

「あー。もう、アンタはいっつも一言足りねえなあ!

安心しろマスター。手は打ってあるさ。

セフィロスが責任もってちゃーんと治してやるとよ」

 

「っ!!ほんと……?」

 

「だから、今は寝とけ。

まだ回復してねえんだろ」

 

「……わ、わかった」

 

 

どうやら夢の中で予期せぬ会合を果たして来たらしいリツカは、青白い顔のまま項垂れた。

敵である方のセフィロスに何かしら言われたのだろう。

悲痛を隠した声音が、彼の心を良く表していた。

縋る様に問われた声に、淡々と返したセフィロスに、キャスターは呆れを滲ませる。

セフィロスの言葉を補うように、キャスターがそう言葉を足していく。

すると、幾分か安心したのだろう。リツカの目に少し光が戻った。

 

それを見たキャスターは、まだ顔色の良くないリツカに休むように言う。

 

 

「あっ!そうだ、セフィロス……。

『ニブル山を越えて北へ行く』って、あと、『またこの星を救うというのならばまた会おう』って、言ってたんだけど意味わかる?」

 

「……ああ。充分過ぎるほどな」

 

「そう、良かった。なら後でちゃんと聞かせてよね。

俺も一緒に行くんだからさ」

 

「……」

 

「ははっ、良い釘を刺したなマスター。

その通りだぜセフィロス。

マスターがこうなっちまった今、頼れるのはお前さんだけなんだからよ」

 

「……。わかって、いるさ」

 

 

リツカは明るい笑みを浮かべると、セフィロスを見上げる。

揶揄うようなキャスターの言葉に小さく溜息を吐いたセフィロスは、そう呟いた。

そんなセフィロスの様子に、満足げに頷いたリツカは、ゆっくりとその瞳を閉じたのである。

 

 

「そんで、状態はどうなんだい」

 

「……何とも言えんな。

言っただろう?星痕症候群の進行は、心理的状態にも影響される」

 

 

キャスターの問いにそう答えたセフィロスは、リツカが眠りについたのを確認すると踵を返した。

 

 

「そろそろ、あの女医が来る時間だぞ」

 

「げ」

 

 

セフィロスの言葉を待っていたかのように、廊下から足音が響いて来る。

かつん、かつんと規則正しく打ち鳴らされるそれは、確実に医務室へと近付いていた。

 

 

「じゃ、じゃあまた来るぜ、マスター」

 

 

安らかな寝息を立てるリツカに、キャスターはそう声を掛ける。

そして、さっさと医務室を出て行ってしまったセフィロスに続いたのであった。

 

 

 

 

 



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閑話
片時の交差③


番外編その③
前編:セフィロスの絆イベント
後編:夢魔とセトラの密会



大体のレイシフトは、体内の内臓がふわりと浮く感覚から始まる。

空高く輝く太陽の光と目が合ってしまい、眩む視界に思わず目を閉じた。

じりじりと肌を焼くその光が遠ざかっていき、身を切る風に魔術礼装が忙しなくはためいた。

 

遠退く太陽、近付く大地、肌に感じる熱……。

それらを感じる度に、とある神話が頭を過る。

『太陽に近付きすぎた者は、蝋で固められた翼を奪われ、大地へと堕とされる』

その度に所詮人間は人間であることを思い知らされる。

れ以上にもそれ以下にもなれない無力でちっぽけな存在でしか、ない筈であった。

 

だけれども、この一年と少しの間に俺は……。

一般人ではあり得ない経験を何度も重ねてきた。

歴戦の英霊たちと共に神に名を連ねるものたちに挑み、何度も膝を折り、何度も心を砕かれた。

それでも、俺は『人類最後』のマスターとして何度も立ち上がって来たのだ。

というと格好が付くだろうけれど、実際は周囲の人間や英霊たちに助けられただけである。

時には無理矢理肩を掴まれ立たされたり、時には一緒にしゃがみ込んでくれたり、それを積み重ねてきただけ。俺は名の知れた魔術師たちとは違う、ただの一般人であり、それ以上でもそれ以下でもない。

 

 

「どうした?早く掴まれ」

 

「……セフィ、ロス」

 

 

それでも何とか人理を修復して、そろそろ俺の役目も終わりかと思った頃に現れたのが、このセフィロスという英霊であって英霊でない存在であった。

凍て付いた瞳と威圧感に初めこそ圧倒されたけれど、気が付けばその裏にある姿を見ることが出来ていた。一つの肉体に二つの自我を宿している、とある英霊にも似た特殊体質らしいが、カルデアという場所に慣れてしまった俺からすれば、特別驚くことではない。

最近では、その二つの自我のどちらが出ているのかを直ぐにわかるようになって来たのが、少しの自慢だ。

どちらも感情の機微があまりはっきりしない面はあるものの、このセフィロスよりも、セトラの方が若干表情豊かで良く話してくれる。

ちなみにセトラというのは、通称らしかったが、皆彼をセトラと呼んでいてそれがいつしか定着していた。

 

――青い空に、黒い翼が広がる。

何処までも透き通るような青に、何処までも不透明な黒は正直アンバランスだ。

でも、手入れを欠かさないというその長い銀髪とか、その瞳が、太陽の光を反射しきらきらと輝くのを見ていると、あの太陽の騎士のようだとも思ってしまう。

夜に輝く星(セフィロス)昼に輝く陽(ガウェイン)では、真逆の存在かもしれないが。

 

 

「どうやら、また逸れたようだな」

 

「うん、そうみたい。皆の魔力が感じられないんだ」

 

「不安か?」

 

「全然」

 

 

表情に乏しく言葉が足らず、そして気紛れな性格故に、誤解されがちだけど、その根本は優しく出来ていることを知ったのは最近のことだ。

ジャックをはじめとした子供の形をしている英霊たちに不思議と懐かれたり、ロボをはじめとした動物にも好かれるセフィロスは、呆れた表情は見せるが拒絶したことは一度たりともなかった。

そして、こうして任務へと同行してもらっているうちに、さりげないフォローを入れてくれることも増えてきた。本人曰く気紛れらしいけれど。

 

 

「何処へ向かう?」

 

「うーんと、まずあっちかな」

 

 

返事代わりに、ばさりと羽搏いた漆黒が俺の指差した方へと方向を変える。

いつも通り6人の英霊を連れて来た筈だけど、セフィロスの魔力しか感じない。

別々に飛ばされてしまったのか、それとも抑々レイシフトが出来なかったのか……。

今まで経験したトラブルが頭に過るけれど、取り敢えず一人ではないのだ。そこは幸運といえよう。

 

 

「降りるぞ」

 

「うん、お願い」

 

 

舞い散る羽と共に、大地へと降り立つ。

きょろりと辺りを見渡すけれど、仲間の魔力は相変わらず感じ取れなかった。

その代わりとでもいうように、何処からともなく闇が沸き立つ。

現れたエネミーたちが視界に入ると同時に、その長い白刃が翻ったのが見えた。

俺を後ろへと下がらせたセフィロスは、あっという間に敵を切り捨てると、再び刀を消した。

 

彼の法具ともいえるその武器は、兎に角長い。

その分攻撃範囲が半端なく広いので、単騎戦向けでもあるだろう、

しかし、女性や子供の英霊が一緒の時は考慮しているようだが、特にクーフーリンやエミヤ、アキレウス、燕青、カルナといった、今まで手合わせをして来たメンバーがいると、その気遣いは塵と消え失せるらしく、容赦なく振り回すので、良くその場で喧嘩になることは多いが、これもまたセフィロスが気を許している証拠である……と思っている。

 

 

「ううーん、どうしよう。

カルデアからの通信もないし、英霊たちの魔力は感じられ……。セフィロス?」

 

「態々此方から赴く必要はないだろう」

 

「え?」

 

「要は居場所を示せば良い話だ」

 

「セフィロス……、まさか」

 

 

レイシフトでは常に通信機を用いたナビゲートが行われているが、それは通信状態に依存するために、今回のように正常に作動しないことも多々あった。樹海の中の方位磁石のように、エラーを起こしたそれと睨めっこをしていると、視界の端で黒いコートが動いた。

嫌な予感を感じて慌てて顔を上げるが、間に合うはずはない。

ランサーたちに比べ敏捷さは劣るものの、英雄の名に相応しい身体能力を持つものに勝てる筈はないのだ。

 

 

「--神の裁きを」

 

 

ぐんと高まった魔力に、息が詰まるのを感じた。

空へと翳されたセフィロスの手から放たれた魔力が、雲を突き抜けて空を貫いたかと思うと、ゴロゴロという低い音を立てて空が唸り始めた。

そして、どおん!という音が大地を波打たせ轟いたかと思うと、周りにいたエネミーたちの気配が雲散霧消し、砕かれた地面と焦げた匂いが辺りに充満したのだ。

 

 

「わっ!!か、かみなり……?」

 

「ふん。大した魔法ではないさ」

 

 

セフィロスが手を下すと、ちゃらりと手首から垂れ下がる青い石のチャームが軽い音を立てる。

思い立ったら即行動するタイプだということは承知していたが、こうも突拍子のない行動をされると心臓がいくつあってももたない。

 

 

「び、びっくりした……!

もう、そういうことは、やる前に言ってよって何度も言っているんだけどなあ、

俺が雷苦手だったら、卒倒してたよ」

 

「別に構わないだろう。餌を撒けば勝手に集まる」

 

「そういう問題じゃなくて、って……ほんとだ」

 

 

唐突に、目の前に数発の雷を落されて平然としていられるほど、俺の心臓は強くはない。

そう訴えても本人は何処吹く風で、しかも至って真面目なのだ。

キャスターなんかは俺を揶揄う為に、偶に魔術を使うことはあるが、あくまでもお遊びである。

涼しい顔をして平然とそう言ったセフィロスに溜息を吐いた時、慣れた魔力が近付いて来るのを感じた。

 

 

「マスター・リツカ、ご無事ですか!」

 

「ガヴェイン!!良かった……」

 

 

太陽の加護を受けしその体が、一段と輝いて見えるのは気の所為ではないだろう。

彼にとって一日の中で最も輝く時間だからこそ、その表情もいつもよりも明るく見えた。

駆け寄ってきたその英霊は端麗な顔をほっと緩めたが、周囲の状態を見て再び表情を引き締める。

 

 

「これは……!」

 

「あ、あー。それは、うん、ちょっとね……」

 

「もしかして貴方じゃないでしょうね、セフィロス。

マスターの御身を守護せし立場である以上、突発的で無茶なことはしないようにとあれほど……!」

 

「効率を選んだだけだ。お前たちが集合するのを待っていると日が暮れそうだったものでな。

ふっ、そうなっては都合が悪いだろう?」

 

「……。はあ、だからと言ってもう少し手段はあった筈ですよ」

 

 

トレーニングルームで一度手合わせをしてから、仲良く……なったらしい二人はどうも気が合わないことが多いらしい。その真逆の性質によるものか、それとも真逆の性格によるものか……。

それはともかくとして、身長180センチと200センチ近く、ガタイの良い英霊に挟まれては息が詰まるというものだ。俺を挟んで口論するのは辞めて欲しい。

 

 

「マスターに免じてお説教は帰った後といたしましょう。

先程の雷により、英霊たちが此方へと向かって来ているようです。

もう間もなく合流と……。おっと、その前に招かざる客が来られたようです」

 

 

甲冑に身を包んだガヴェインが、口元を緩めながらそう言った。

心底面倒だというように溜息を吐いたセフィロスを横目に、俺はやっとそれらの魔力を探知できた。

一般人の域を出ない俺の魔力探知は、大したものではない。

アサシンなどの気配に敏感な英霊たちなどとは、比べものにはならないだろう。

 

風の如く俊敏に近付いてくる気配に、再び暗澹とした闇の気配が混じる。

すると両側から剣を抜く高い音が響いた。

 

 

「日が沈む前に、終わらせてしまいましょう」

 

「星と共に、始めよう」

 

 

一度だけ目を合わせた二人は、それぞれ得物を構える。

静かなその構えを見せた一拍後に、その鋭い切っ先が敵を切り裂いたのであった。

 

 

 

***

 

 

 

目を閉じていても感じる、甘さを含んだ清らかな香り。

そしてその香りを常に纏う英霊の顔が頭に浮かぶ。

徐々に鮮明さを取り戻す思考回路に、漸く目を開けるとそこは果てのない花畑が広がっていた。

 

 

「……此処は」

 

「星の内海。物見の(ウテナ)。楽園の端から君に聞かせよう……。

ようこそ、理想郷へ。似て非なる星の海に漂いし者よ」

 

 

大地に寝転ぶ体の下に感じる柔らかな感触。

頬を擽る小さなそれから発せられる香りは、微睡にも似ていて。

気怠い体を何とか起こすと、視界を『白』が埋め尽くした。

 

 

「マーリン、……ということは」

 

「ふふ。そうご明察の通りさ。

此処はボクの牢獄(理想郷)。うつくしい所だろう?」

 

「……ああ。そう、だな」

 

 

色鮮やかな花たちが風にそよぎ、ふわふわと飛び交う蝶が踊る。

少し離れた所に見える水場には、きらきらと光を散らす妖精たちの姿が。

『神話において常春の国とも、林檎の島とも呼ばれた小世界』であり、かのひとのためにつくられた理想郷(ユートピア)。その場所であった。

 

花のような笑みを湛えた郷主は、男の隣に腰を下ろすと空を仰ぐ。

 

 

「何故、俺を此処に?」

 

「それは、セフィロス(きみ)ではなくセトラ(きみ)を呼んだ理由を問うものかい?」

 

「……わかっているだろうに」

 

「ははっ、そう怒らないでくれよ。

何せ客人を迎えるのは……久しぶりでね。

ついボクもこうテンションが上がってしまうんだ」

 

 

飄々としたその口振りと仕草は、何処か胡散臭さすら感じさせるものである。

それはこの英霊に与えられた定めによるものか、それとも元々のものか。

そのような振舞いを見せるマーリンだが、グランドクラス即ち英霊の頂点に立つ始まりの七つの一角を担うものである。

男も、カルデアにて出会い任務を共にしたこの英霊が、時折垣間見せる『瞳』はずっと気になっていたのだ。

 

 

「最初から知っていたんだろう、マーリン」

 

「さて、何のことだい」

 

「しらばっくれても無駄だ。

初めこそ本当に視えていなかったのかもしれないが、

俺とセフィロスが完全に『分かれた』あたりから、視えていた。違うか?」

 

「……ふ、ふふ、あっははははは!!」

 

 

マーリンが笑い声をあげると、呼応するようにぶわりと舞い上がる花びらを男は呆れた顔で払う。

セフィロスとはまた違った意味で機微の読めない男は、文字通りそのまま笑い転げた。

 

 

「ははははっ!!ごほっ、ごほっ……。

あーあ、こんなに笑ったのは何時振りだろう。

笑い死にをした人間たちは山ほど見て来たけど、その気持ちがわかる日が来るとはねえ」

 

「何がそんなにおかしい?」

 

「気を悪くしないでくれ。ふふ……。

君の言っていることは概ね当たりだ。良く気付いたね」

 

「……静か過ぎたんだよ、ただそれだけだ」

 

「ん?静か過ぎた……?」

 

「あの宝条の研究所で、な。

その時に視たんだろう」

 

「いやあ、照れるね。

そこまで君がボクを見ているとは」

 

「誤解を招く言い方をするな。偶々だ」

 

「ふふ。ボクも同じだよ。偶々視えてしまったのさ。

君の……いや、君たちのことがね」

 

「だが何故、あの場所でそれを視た?」

 

「……そうだね。星の命(ライフストリーム)と言ったかい。

アレには少々興味があるんだ」

 

「なんだと?」

 

「君は、ボクのことを……いや、この世界のことをよーく知っているね。

ああ、そんなに身構えないでくれ。それが何故かはまだ、問わないさ。

君は知っている筈だよ。

このマーリンさんが、何を以てこの幽閉塔でこの世界を見て来たのか。

そして何故カルデアへと至ったのか。

それならば話は早いのさ。

ボクはうつくしい物語が好きだ。

ボクは悲しい別れとか大嫌いだ。

……だからこそ、ボクは君の物語が知りたい」

 

「お前が、視る価値があるということか」

 

「ふふ。そういわれると心外だなあ。まあ事実だけどね。

あの星の流れ(ライフストリーム)は、ボクにも視ることの出来ない世界の記憶が満ちている」

 

「やめておけ。猛毒だぞ」

 

「知っているさ。アレは蝕むものだ。

(ビースト)とはまた違う、愛無き侵略者なのだろう」

 

「……」

 

「アレに融けているもの。それが君の追い求めるもの。

この世界に来た意味であり、この世界で成すべきことの正体」

 

「ああ。そうだ。

俺は……アレを、ジェノバを再び封じなければならない。

それが俺に任された使命だ」

 

「……押し付けられた、の間違いじゃないかい」

 

「いいや、違うさ。

俺は自ら、それを望んだ」

 

「そうか。君もまた……」

 

 

奥深い光を宿して、男を見るマーリンは静かに瞳を伏せる。

永い刻を生きるマーリンがこれまで視て来たものたちの中にも、

この男と同じような目をしていた者がいた。

彼らは決まって、戦地を駆け名を馳せる運命にあったが、そんな栄光の果てには茨の海が必ず待ち受けていたことを、マーリンは知っていたのだ。

 

それでも彼は傍観者であり、読者で在らねばならない。

隣に座る男が、例えかつての王のような道を歩むことになろうとも、その背中に手を伸ばすことは許されないのだ。本来であれば。

 

だが男は、この世界に来た。そしてこのカルデアに来た。

そして……。マスター・リツカの辿る物語と、男の追い求める物語が交差した。

 

 

「運命の出会い、か。中々ロマンティックで綺麗なものだ」

 

「……?」

 

 

マスター・リツカの物語に魅せられたマーリンは、いつかそれが完結するまではカルデアに在ろうとしていた。だからこそ、この男の物語にリツカが介入するのであれば、己もそれに従うだろう。

これもまた、大いなる運命の流れの一部というわけである。

 

 

「星を詠み、星と語り、星と生きる。

古代種よ。異世界の星の民よ。

一時の間、ボクと友達にならないかい」

 

「……とも、だち……だと?」

 

「ボクにはもう友と呼べるものがいないんだ。

寂しい男だろう?そうなんだ、でも寂しいという感情も知らなかった。

ボクもまた、あのマスターから感情を教えられた一人なのさ」

 

「……まあ、構わないが」

 

「本当かい!」

 

「お前のその声は、嫌いではない」

 

「うん?声……?」

 

「いや、なんでもないさ。気にするな」

 

「そう言われると、おにーさん気になっちゃうぞ!」

 

「若作りも大概にしておけ」

 

「あっ、酷いじゃないか……。

僕の心は聖剣のように繊細なんだからね」

 

「……。何も問題ないだろ」

 

 

突発的なその発言に、男は考え込もうとして止めた。

このマーリンがマスターであるリツカのファンを名乗っていることを知っていたから。

男が、そしてセフィロスがリツカに仇をなさない限り、敵となることはないだろうし、マーリンが『あちら側』に堕ちることはないだろう。

 

一つ頷いた男に、マーリンは花咲くような微笑みを見せたのである。

 

 

「そういえば、君……。キング君に会ったかい?」

 

「……キング君?」

 

山の翁(ハサン・サッバーハ)の初代統領と言えばわかるだろう」

 

「ああ、名は知っているが……。

会ったことはないな」

 

「ふふ。なら……今度会ってみると良いよ」

 

「……。何故?」

 

「それはお楽しみさ。別に彼が君の羽に興味を示していたとか、そういう理由ではないんだからね」

 

「……遠慮しておく」

 

 

山の翁。確かグランドクラスの一人であり、暗殺教団の頭領として暗躍した男だったか。

頭の中に蘇った記憶に、男は背中に何か冷たいものを感じた気がして、首を横に振った。

 

 

「そんな緊張することはないさ

寧ろ……。天使同士、気が合うんじゃないかい」

 

「お前、面白がっているだろ」

 

「ははっ、そんなことあるわけないじゃないか……友よ」

 

「……取って付けたようにいうなら、辞めるぞ」

 

「おお!友ヤメというヤツだね!

でもそれは駄目だ。ちゃんと契約しちゃったんだから」

 

「……契約?」

 

「ふふ。おにーさんとの契約は絶対なんだぞ。

口約束だけじゃ、不十分だって今まで何度も視て来たからねえ」

 

「待て、お前……。何を」

 

「おっと。そろそろ目覚めの時間だ、マイ・フレンド。

楽しい時間だったよ。また明日ね」

 

 

ばいばーい、という気の抜けるような声に伴うように遠くなっていく意識を感じる。

だが頭の中はそれどころではなかった。

山の翁だの、契約だの、そして『また明日』だの。

最後の最後で言いたいことを言って、容赦なく爆弾を落としてくれた。

 

やはり、気安くあのマーリンの友達になると言うんじゃなかった。

そう後悔しても全ては、後の祭りだ。

おそらくだが、後でセフィロスに呆れた表情で嫌味の一つや二つ言われるだろう。

男は頭を抱えながら、夢から目覚めへと続く渡殿を進んでいったのである。

 

 

 

 

 

*終わり*



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第2章:惜しみない祝福
3-1 セトラの過去①


第二章より以下注意
・セフィロスの中にいた男(セトラ)が偶に分離します。
一応オリ主扱いになるかと思います。
・セフィロス(豹変後)がマザコンではなくファザコン(ブラコン)となります。
・腐的な意味は一切ありません。全てファザコン(ブラコン)の延長線上です。
・幼少期のセフィロスが出ています。設定の捏造や改変あり。
・pixivとは別視点の物語がちょこちょこ入ります。
片方しか読んでなくとも、問題ないように書いていく予定です。



夢は自分の心を映し出す鏡であるらしい。

なれば、一度目の死を迎え、幾度魂が廻ろうとも、

忘れ得ぬ夢は、魂に刻まれたセトラ(おれ)の心なのだろうか。

 

ある夜は、父親と母親そして弟と共に歩いたあの旅路を。

ある夜は、弟の震える肩を腕を取り抱き寄せたあの時を。

ある夜は、ジェノバの振り撒いたウィルスにより変異していく仲間たちのあの姿を。

そして今宵は、血を分けた弟を切り裂いたあの瞬間を。

 

思い出したくはない。でも、忘れたくはない。

そんな心を嘲笑うように何度も何度も繰り返される映像は、刃のように俺を抉るのだ。

 

 

『にい、さん……』

 

 

聞こえるその声音は、風前の灯の如くか細くて。

伸ばされたその腕は、縋るように俺へと……?

いや、待て。弟?兄……?

 

――俺に弟などいない。

 

いない、筈なのに。

何故こんなにも、その声に胸が痛むのだろう。

 

 

『兄さん』

 

 

どくりと心臓が一段と大きく跳ね上がる。

俺はまだ、何かを忘れているのではないか?

何か、そう、大事なことを……。

鈍い頭痛と共に忙しなく脈打つ心臓を抑えると、不意に目の前が開けた。

 

 

 

紺碧の空に流れる星々。鬱蒼と茂る木々。

藍と碧のうつくしくも不気味なこの空間は、覚えがあった。

初めてのレイシフトで訪れた所で、確か星の命(ライフストリーム)を見つけた場所である。

 

 

「……夢、ではないのか?」

 

 

思わず漏れたその声に、違和感を抱く。

自分のものであって自分のものではない声音は、随分久しぶりに聞くもので。

視線を落として手を見る。見慣れてしまった黒皮の手袋ではなく懐かしい自分の手であった。

一回り小さく見える手を、目線を、そして視界に移る服を見る。間違えようはないであろうそれは、俺自身であったのだ。

 

 

「戻って、いる?」

 

 

以前もこうして自分の姿を取り戻しセフィロスと会話をしたことがあったので、てっきりまたセフィロスに呼び出されたのかと周囲を見渡すも、その気配は感じられなかった。

肌を撫でる風が生温かくやけにリアルである。

夢も現もわからぬままだが、このまま此処にいても仕方がないだろう。

そう思ってさわさわと木々の葉が擦れる音を背に歩きはじめると、不意に緑が開けそれは姿を現した。

 

マスター・リツカたちと訪れた時と寸分違わない館。改めてみると、それは教会のような造りにも見える。

何処かで見たようなこの洋館は中に星の命(ライフストリーム)があることといい、もしかしたらあの世界と繋がっているのかもしれない。根拠はないがそう感じた。

 

端々が脆く崩れた石畳を歩いていくと、館の扉が完全に閉まっていないのが見えた。

もしかして誰か先客がいるのだろうか?ぞわりとした冷たいものが背筋を伝う。

 

動じない精神(セフィロス)は、今此処にはいない。

短いようで長い間体を共有したかの者の存在は、俺にとって精神的な支えにもなっていたのだろうか。あの絶対的な強さと精神は、確かに心強かった。

 

どくどくと音を立てる心臓に、深い溜息を吐く。

どうやらセフィロスの恩恵は相当なものであったらしい。

情けない限りだが、仕方がない。

俺自身は唯の人間なのだ。

星と語り、星を詠み、星と共に歩む種族の血が流れているだけの。

俺に被せられた『英雄』の名に、価値も意味などない。

 

 

「……はあ」

 

 

『本物の英雄』の皮を被せられてから、ずっと気を張っていたのだろう。

自然と溜息が零れては消えていく。

劣等感ではないが、自分の情けなさを実感させられた気分だ。

 

段々とネガティブになって来た思考を振り払うように、軽く頭を振る。

そんなことを今考える余裕はない、まず今の状況をなんとかしなければ。

切り替わった脳内が、何故自分が此処にいるかを考え始める。

……だが、もちろん記憶にない。

リツカが倒れている今、レイシフトは出来ない筈だ。

そもそもカルデアから出た記憶がないのだ。

 

一通り考えたが、解を得られずに終わった思考を一度止める。

その教会にも似た洋館の入り口が、もう目の前まで迫っていた。

異常ともいえる星の煌めきにより視界は確保出来ているので、あっさりと扉の前に辿り着くことが出来たのである。

他に行き場もないしいくら星の照明で足元が明るくとも、不気味な森の中を歩くよりはマシだと、扉をゆっくりと押し開けた。

 

 

「っ!?……セフィ、ロス?……いや、違う……」

 

 

天井から差し込む薄光が、スポットライトのように館内に注いでいた。

その中央に佇む長身の男に心臓が口から出そうな程吃驚したが、何とか悲鳴を口内で噛み砕く。

二メートル近い長身の大半を覆う銀の糸が、ゆらりと揺れた。

悲鳴を押し殺した言葉にもなっていない不格好な呟きであったのに、どうやら聞こえてしまったらしい。

 

 

「な……っ、」

 

 

ゆっくりと上げられた顔に、今度こそ驚愕の声を発してしまう。

恐ろしいほどに整ったその顔に、一筋の雫を見た気がしたのだ。

 

 

「……父さん?」

 

 

縦に裂けた特徴的な瞳は、何度も自室の鏡で見たものと同じだ。

しかしその瞳の奥に存在する虚ろな光は、俺の知っているセフィロスとは違う存在であることを饒舌に物語るものである。それにしても兄と呼ばれたり父と呼ばれたり、忙しい日だ。困ったことに、どちらともそう呼ばれるに至る記憶はないが。

 

 

「ああ、やっと来てくれたんだね……父さん」

 

「ジェノバ……っ!?」

 

「ククッ、酷いじゃないか。

いくら長い間顔を合わせていなかったとはいえ、最愛(むすこ)の名を間違えるとは……クククッ」

 

「戯言を。俺に息子などいない」

 

「ふっ、そうか。まだ戻っていないのか」

 

「……?」

 

「まあ良い。時間はまだある。

私は、父さんを取り戻すためならば……何だってしてみせるさ」

 

「どういう、ことだ?」

 

「可哀想な父さん、記憶まで食い破られてしまうとは……。

つくづく人間共というのは、愚かな虫けらよ」

 

 

朽ちた天井から漏れ入る(ひかり)が、銀をぼんやりと染め上げる。

俺を父と呼ぶその男の圧倒的な存在感が、空気を張り詰めさせ、俺の息を止めようとしているようであった。

紡ぐその低音は、似て異なるものだ。

特に最近のセフィロスはふとした時に柔らかさを見せるようになったから、それが顕著にわかる。

ねっとりと纏わりつく蛇のような声音は、人の心を弄び惑わすためのものであるかのような、妖しさと艶やかさが織り込まれていた。

 

 

「父さん」

 

「……っ!!やめろ、父と呼ぶな……!」

 

 

何もかも、わからない。

何故この男にそんな声で呼ばれるのか。

何故この男にそんな目で見られるのか。

何故この男に胸が締め付けられるのか。

 

ずきりと痛む頭は、あの宝条の研究所でこの男と相対した時に感じたものと同じであった。視界が揺れて眩暈が襲う。それから逃れるように目を伏せた。

だがそれにより隙が生じてしまう。たった一瞬だが、その男には充分過ぎる隙であろう。

突如目の前に影が現れたかと思うと、慣れた香りがふわりと広がった。

 

 

「父さん。かつて父さんは、星を守ったんだ。

そして母さんと共に魂ごと封印された。

だが人間たちは、それに何か報いなかった。

それどころか、命を賭し魂をなげうった父さんの存在すら、知らない」

 

「……っ、俺は俺の役目を果たした。

別に祀り立てられるために、やったんじゃない」

 

「それじゃあ父さんは、英雄という名に縛られた人形に過ぎないだろう。

神々に利用され、死ぬことを奪われた、駒でしかない。

そんなことは……私が、許さない」

 

「お前の許しなど必要ない……っ」

 

 

黒い手袋に包まれた手が、ゆっくりと伸ばされた。

それを払い除けて睨むように、その男を見上げる。

するとその青の瞳が、少し歪んだように見えた。

だが、それもたった数秒のことで。

どん!という中々の轟音を立て男の左腕が俺の頭の横の壁を破壊したのは、一瞬であった。

 

 

「……っ!?」

 

「……約束、しただろう?

生まれ変わったら必ず、見つけ出すと。

そしてまた、一緒に旅を続けようと。

今度は……私と、俺と生きると」

 

「……、せ……ふぃ、」

 

 

頭一つ分高い、その男の顔が近付く。

そして俺は先ほど見たものが間違えではないことに気付いた。

氷にも似たその瞳から零れ落ちる、たった一粒。

それを雪解け水と呼ぶには程遠いであろう。

しかしそれは、俺の記憶を揺さぶるには充分であった。

 

確かに憶えが、あった。

自分から流れる涙を知らぬように、泣くその姿――。

 

 

「…っぐ、」

 

 

ノイズ混じりの映像を見た気がしたが、突然刺すような鋭い痛みが脳を走る。

思わず痛みに呻いた俺の頬に、あてがわれたそれは……。

黒い手袋越しでもわかる冷やかさを帯びていて。

混乱のあまりオーバーヒートを起こす俺には、丁度良い温度であった。

 

 

「父さん、」

 

 

親愛を含んだ、その呼び名が俺の中から何かを引き摺り出そうとする。

本当に何かを忘れているのだろうか。この男が関与するようなことを。

 

俺は星の民で、古代種の一人であった。

ジェノバと共に封印されて……。

そして、セフィロスの中で眠り続けた。

だからセフィロスとは、この世界に来るまでは接点はない筈だ。

それまでの記憶に、濁りはないと思う。

 

見下げるその瞳は、何処か縋るような弱さを持っていた。

無機質で感情の機微など微塵も見せない、この男が……だ。

それを見ていると、内臓を掻き回されているかのような不快感が込み上げ吐き気すら感じる。

だがそれと同時に脳内に浮かび上がる何かの映像が、途切れ途切れにチラついては消えていく。

 

自分が自分から剥離されていくような味わったことのない感覚が打ち寄せ、あまりの気持ち悪さと息苦しさに手で顔を覆う。いくら殺意や敵意は見えないとはいえ、この男から目を離すのは嫌であったが仕方がなかった。

 

すると俺が視界を閉ざしたのと同時に、何かの気配がした。

尾を引く気持ち悪さで鈍る感覚を奮い立たせてそれを探るが、やはり遅かったらしい。

 

――どおおん!と凄まじい轟音が響いたかと思うと、粉々になった瓦礫やらが降り注いだ。咄嗟に目を開こうとするも、立ち込める砂煙に再び目を覆うことになる。

 

 

 

 

 

「そこまでにしてもらおう」

 

 

 

 

 

目の前にいた男が消えたと同時に、地面に突き刺さった刃。

研ぎ澄まされた白刃が屋敷の床を抉り眼前に突き立つのを見て、思わず意識を飛ばしそうになる。

その刀と共に俺の前に落ちて来たそれはゆっくりと顔を上げると、後ろに大きく跳躍した男を睨んだ。

 

 

「……ふん。今更邪魔をする気か?」

 

「それは俺の台詞だ。

北の大地で大人しく待つのではなかったのか」

 

「ああ、待つさ。

だがそれは英霊としての任務に過ぎん。私自身の意思ではない」

 

「……宝条か」

 

 

そう言葉を吐き捨てたそれは、顔だけで此方へと振り返る。

青のその瞳には、俺を案ずるような色があった。

 

 

「……セフィロス」

 

「無事なようだな。なら良い」

 

 

似て異なるセフィロスの声は、随分柔らかく聞こえた。

 

 

『――にいさん』

 

 

同時に膝に固い感触が走る。

それが勝手に力の抜けた身体が崩れ落ちた合図であったと気付いたのは、意識を手放す寸前のことであったのである。

 

 

 

***

 

 

 

「にいさん、にいさん!」

 

 

波打つ軽い振動が、意識を覚醒へと導く。

目を開けるとあの星に支配された空間は、何処にも見当たらなくて。

一面に広がる青い空は先程いた場所とは、真逆の爽やかな明るさに満ちていた。

だが、その青を視界に入れる前に、その青が俺の顔を覗き込んだのである。

 

 

「にいさん」

 

「……セフィロス……?」

 

 

透き通るような青の瞳に白い肌、さらさらと流れる銀の髪は確かに見覚えがある。

だが問題は、そのサイズであった。俺の記憶では二メートル近くはあっただろう身長は、およそ半分まで縮んでおり、おまけに表情や仕草一つ一つにあどけなさが窺えた。

 

 

「……お前、今……幾つだ?」

 

「?……ごさい」

 

「ご……っ!?」

 

 

飛び上がりそうになった衝動を何とか堪える。

まろやかな頬に柔い肌とぱっちりとした目は、確かに幼さを感じさせた。

しかし俺は幼いセフィロスなど知らない、知りようがないのだ。

もしかしてこれもまた夢なのだろうか?

 

頭を抱えてぐるぐると迷走する思考回路に唸っていると、どすっと膝に重みを感じた。

はっとしてそちらを見ると、そこには明らかに不機嫌な顔をしたセフィロスらしき子どもの姿があったのだ。

 

 

「せ、ふぃろす……?」

 

「また、おれをほおってかんがえごとしてる」

 

「え」

 

「しかも、にいさんはおれのことせふぃって呼ぶのに……」

 

「……え、えっと」

 

「もしかして、にいさん……。おれのこと、きらいになった?」

 

 

肌理の細かい肌といい猫を想わせる瞳といい、五歳児といえど将来有望さを感じるうつくしさが宿っていた。だがその表情は年齢相応で、ころころと変わる。あの仏頂面は何処から来たのだろうと思ってしまう程だ。

 

 

「そ、そんなことはないさ、セフィ」

 

 

相変わらず状況判断すら出来ていないが、此処でこのセフィロス……いや、セフィの機嫌を損ねるのは悪手であろう。此処が何処であるのかを知っているのは、この子どもしかいないし、それに何故俺を兄と呼ぶのかを聞けるチャンスなのだ。

子どもの扱いなど知らないが、とりあえず風に靡く髪に触れてみる。

流砂のように引っ掛かることなく流れていく髪は、子どもの時代からであったようである。

 

そういえば、やけにシャンプーやコンディショナーに拘っていたなと手櫛で梳いていると、俺の手に柔い頬が押し付けられた。まるで猫だと思いつつも、頬を撫でてやると、今度は身体ごと押し付けられた。

ぎゅうと抱き着いて来たその背に手を回し、子ども特有のあたたかな体温を感じる。

 

そうしているうちに、俺にも落ち着きが戻っていくのがわかった。

 

 

「なあ、セフィ。此処は何処だ?」

 

「……まち」

 

「町……。ああ、そうか。だが」

 

「にいさん、だいじょうぶ?」

 

「少し記憶が混乱しているだけさ。

そんな顔をするな」

 

「……やっぱり、かあさんととうさんのこと……」

 

「母さんと、父さん?」

 

「……あれ」

 

「あれは……」

 

「おはか。きのう、にいさんとつくった」

 

 

少し離れた所から波打つ音が聞こえることから、此処は海が近いのだろう。

周りを見ると、貝殻をくりぬいたような家々が並んでおり所々に人の気配がした。

そういえば此処は、旅を続ける古代種たちが一時的に作り上げた都に似ている。

後に『忘らるる都』と名付けられるこの場所は、やけに気配に満ちていた。

まるで、そう昔のように。まだ古代種がこの星を巡っていたあの時代のように。

 

俺の様子がおかしいことに気付いているのだろう、セフィは恐る恐る俺の顔を見上げる。正直まだ混乱はしているが、これ以上その顔を曇らせるのは嫌だった。

 

俺の様子の変化に、何か思い当たることがあったらしいセフィが指を差した方を見る。

そこには二つの石碑のようなものと、軽く盛り上がった地面があった。

 

 

「……これは、」

 

 

墓だ。誰のかを問わなくとも、わかった。

これは俺の両親の墓だ。憶えている。

旅の途中で、あっけなく力尽きた両親の墓。

過酷な旅を続ける古代種たちの寿命は、まちまちだがそう長いものではない。

良くある話だ。だが、肉親の死というものはそう易々と受け入れられるものでもない。

特にこのセフィのような齢の子どもには。

 

 

「……」

 

 

両親のことは記憶にある。

大分古い記憶だが、一緒に歩んだ旅路の中で積み重ねて来た思い出を忘れたことはない。

しかしこの弟の存在は?もしセフィロスが俺の弟だというのならば何故憶えていないのだろう。

そもそもセフィロスは古代種ではなかった筈だ。それならば何故?

これが夢であれ現であれ、何故此処にセフィロスがいるのだろう。

記憶に残るこの風景は馴染みのあるものだが、如何せんセフィロスの存在が腑に落ちない。

 

深呼吸をするように息を吐くと、不安げに俺を見るセフィと向き合う。

 

 

「父が、母が恋しいか?」

 

「……ううん、おれにはにいさんが……いるから」

 

 

セフィロスという名の男は、母という存在そして父という存在につくづく恵まれないらしい。英雄としてのカリスマ性を持ちながらも、人に恵まれなかった一人の男をふと思い出す。

 

 

「そうか。大丈夫だ、セフィ。

お前は……私が導こう」

 

「みちびく?」

 

「ああ、私の背を追うと良い。

決してお前を、不幸にはしないさ。

私はお前と共に歩み、お前の先を行く。

そうすることが……きっと、お前を守る方法なのだろう」

 

 

するりと口から出た言葉に、抵抗はなかった。

ぱあと明るんだその顔に浮かぶ笑みを、ただ守りたいと胸の中の何かが叫ぶ。

その声に耳を傾けると、今まで頭を蝕んでいた疑問が解け消えるのを感じたのだ。

 

 

 

 

 



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3-2 カルデアにて①

星痕症候群という未知の病に伏せていたリツカであったが、数日もしないうちにいつも通り動けるようになっていた。

その体は、秒針の歩みと共に蝕まれ続けているが、カルデアの顕学たちの知と力、そして他でもないリツカ自身の精神力という名の免疫により、何とか元の状態まで回復したのである。

 

それでも予断を許さない状況であるには変わりはない。

一刻も早く治療をしなければと、とある場所へのレイシフト準備を急いでいた。

 

 

 

そんなある日の夜のことである。

 

 

 

自室のベッドに横になったリツカは、夢の世界へと意識を飛ばす。

そこまではいつも通り、変哲もない眠りであった。

しかし一体どうしたのであろう。

気が付けば、何ともいえない浮遊感の中にいたのである。

 

見知らぬ空間と、段々と明瞭になっていく意識に思わず動揺するも、何処か冷静な自分に気付く。意識が引っ張り出されるような、この不思議な感覚に憶えがあったのだ。

『白のマテリア』というらしい水晶にも似た玉を手にすることになった、あの夢とよく似ていた。

 

だが今回は、あの神秘的な荒廃に彩られた場所ではないらしい。

周りを見渡すと、立ち並ぶ棚にぎっしりと詰められた本たちによる四面楚歌状態であった。視界を埋め尽くすそれらに、この場所が図書館か資料室に類する部屋であることを察した。

カルデアにもいつの間にか造られた図書館があるが、それと少しだけ似ている気がした。

 

冷静さを取り戻したリツカの耳を、小さな音が擽る。

それはしんと静まり返った室内の唯一の音で、本のページを捲るそれであることに気が付くと総毛立つのを感じた。

 

 

 

誰かがいるらしい。

 

 

 

リツカはその音に何か焦燥のような鬼気迫るものを感じて、息を呑む。

どうしようかと悩んだものの、このまま佇んでいるわけにもいかないので、意を決して恐る恐る音のする方へと一歩踏み出した。

音を頼りに近付くと棚を挟んだ向かいに人影が確認できたので、スパイ映画のスニーキングミッション(さなが)ら身を低くして物陰に隠れ顔だけを覗かせた。

 

 

「……!」

 

 

床を埋め尽くす程に散乱した本や資料らしき紙の束に囲まれ、本棚に背を凭れさせ座る黒いコートの男をリツカは良く知っていた。

しかし何かを探し求めるように資料を捲るその横顔は、見たことが無いほどの焦りが浮かんでいる。

床に広がる銀の糸が人工灯の光をじわりと弾いて、重々しい輝きを放っていた。

 

 

「嘘だ、‥‥俺は、そんな、」

 

 

絞り出すようなその声は暗澹とした絶望が込められていた。

カルデアで見るセフィロスからはかけ離れた姿に、リツカは驚きを隠すことができず硬直してしまった。

そうしてリツカは暫く呆然とその姿を見ていたが、一向にセフィロスは気付く様子はないのだ。

 

人の気配すら察知できないほど動揺しているのだろうか?

そうも考えたが、リツカはその考えを直ぐに打ち払う。

あのセフィロスが歴戦の英霊たちのそれならまだしも、自分のような普通の人間の気配に気付かないとは考えにくかった。

 

 

「……セフィロス?」

 

 

いずれ気付かれるならば、と声を掛けてみる。

しかし応答はなく視線一つ返されることはない。

これが単なる夢か、それともリツカがセフィロスの記憶に紛れ込んでいるのかは判断が付かないが、少なくとも英霊が霊体化している時と同じようになっているらしい。

 

 

「あれ?」

 

 

ふと散乱する本の一冊に目を留めた。

目の錯覚かもしれないが一瞬淡い光が見えた気がしたのだ。

本を踏まないようにと、合間を縫って歩くが意味はなかった。

というのも身体が透明化しているらしく、本を踏んだとしてもすり抜けてしまうのだ。

だがそこは気分的な問題で出来るだけ避けて歩く。

 

そしてセフィロスの、足下にある本に手を伸ばす。

すり抜けてしまうかもしれないという考えはあったが、それは杞憂に終わった。

 

本の表紙に、吸い付くように触れた指先。

相当古い本なのだろう。

触っただけで崩れそうなそれは、リツカが触れるのを待っていたかのように今度は強い光を放ち始めたのである。

 

突然目を刺したその光に、視界が真っ白に染められる。

そしてそのまま光に吸い込まれるように視界が真っ白に染まったかと思うと、突然ぷつりと音を立てて意識が途切れたのである。

 

 

 

 

 

「眩し……」

 

 

チカチカと白黒に点滅する視界を引きずったまま迎える目覚めは、中々騒々しいものである。分厚い雲から差し込む細々とした朝日をあまり感じることなく、リツカは体を起こした。

 

するとまた、枕元に何かが置かれているのに気付く。

落ち着きを取り戻してきた目を凝らすと、それが先程触れた本であることがわかった。

色褪せ所々が擦れた本は、古めかしいものに思えたがそれにしては綺麗である。

端々に見える補強の痕跡などから、持ち主がこの本を大切にしていたことが伺えた。

 

 

「よ、読めない」

 

 

タイトルは褪せてしまって読めないものの、中に書かれた字は無事なようである。

だが問題は、そもそもその文字自体を読むことが出来なかったのだ。

日本語でも、英語でもない、どちらかというと象形文字に近いその文字は見たこともないもので、読み解くには辞書のようなものが必要であろう。

幸いカルデアには様々な国の、様々な歴史を生きた英霊たちがいる。彼らに声を掛ければきっと解読をしてくれる筈だと思った。

 

だが今回は、この本を読んでいた人物をリツカはその目で見ていのだ。

取るべき行動は一つであろう。そう。白のマテリアを託された時のように、とある人物の部屋へと駆け込むことであった。

 

 

 

 

 

「セフィロス、ちょっと良い?」

 

 

ノックと同時に開かれた扉の、その向こうに見えた部屋の住人は、呆れたような表情を見せたが、何も言わなかった。唐突に訪れるマスターをはじめとする英霊たちに、もうすっかり慣れてしまったのかもしれない。

気配は察知しているのだから問題はないだろうと暴論を口にしていた、青髪の英霊たちが頭を過った。

 

リツカもまた慣れた足取りで部屋に入ると、窓際に佇むその男がセフィロスであることを確認した。

セフィロスとセトラは一つの体に二つの自我を宿しているため、どちらが『出ている』かを見極めるのは中々難しい。

セトラの方がセフィロスの喋り方や仕草を崩さないようにと工夫しているのは知っていたが、それにしても似ているのだ。言葉にはし難いが雰囲気が似ている、とリツカは思う。兄弟といわれても納得がいく程に、落ち着きを払いつつも何処か浮世離れしたそれは、共通していたのだ。

 

初めは全く区別が付かずその瞳孔を見て判断していた。が、今ではそれを見るに至らなくとも区別が付くようになっていたのだ。これを単にマスターとしての成長と呼ぶかは、別の話になるだろう。

 

 

「……何だ」

 

 

すと耳をそよぐ低音にも呆れが浮かんでいたが、決して拒絶の色はない。

人を寄せ付けないようにも見えるこの男の性根は、それほど冷たくできていないことをリツカはもう知っていた。

 

前に聞いた話であるが、セトラは朝に弱いらしい。

なのでこの時間帯にいるのは、セフィロスであろうという狙いは当たっていた。

リツカが起床後直ぐにこの部屋を訪れたのは、それが理由であったのだ。

 

リツカは本を片手に、怪訝そうな顔をするセフィロスに近付く。

長い睫毛に縁取られた水面の瞳が、じっとリツカを見据えた。

随分上にあるその顔に、リツカは改めて目の前の男の背の高さを実感した。

 

 

「ねえ、セフィロス。これ知ってる?」

 

 

手にした本を、セフィロスに向けて差し出した。

まず返されたのは、長い長い沈黙であった。

リツカの投げかけた質問に、いつまで経っても解は返されなかったのである。

今度はリツカが怪訝な顔をする番であったが、それも直ぐに驚愕へと変わることになる。

 

凪いだ水面に石を投じたかのような、動揺。

見開かれた瞳は、揺れ惑い、その波紋を現すようにその手は震えていた。

 

 

「これは……!これを、どこで……?」

 

 

信じられないものを見る、唖然とした表情。

その手がゆっくりと、本へと伸ばされる。

 

 

「わからないけど、夢を見たんだ。

そしたら枕元にこれがあって」

 

「……夢、だと?」

 

「その夢にセフィロスも出て来たんだ。

だから、その、もしかしたらと思って持って来たんだけど……」

 

「……」

 

「図書室みたいな、本が沢山ある部屋にあったんだ。

セフィロスがその……何かを一心不乱に読んでて、足下に落ちてた」

 

「神羅屋敷の、地下室か」

 

「しん、ら?ごめん、場所まではわからないや」

 

「……そうか」

 

「やっぱり、大事なものだったんだ」

 

「……」

 

「その本を見た時なんかわからないけど、凄く大切にされていたんだなって」

 

「……ああ。

この本は俺の、宝物だった」

 

 

セフィロスは、リツカから受け取った本を胸に抱き寄せた。

そして静かに息を吐き出し、いくつか深い呼吸をする。

まるで涙を堪えるような、久方の再会を味わう姿に、その本がセフィロスにとって本当に大切なものであったことがリツカにも伝わった。

 

 

「……その本、」

 

「気になるのか」

 

「え、あ……うん。セフィロスが良ければ、聞きたいな」

 

「いいだろう」

 

 

目を伏せたセフィロスは、穏やかな表情をしていた。

口元に浮かぶ微笑は、無意識のものであろうか。

 

セフィロスは、かつて友と呼んだ男たちや後輩とも呼べる男たちにも、散々語り聞かせたことを思い出していた。その中の一人もまた同様に、自身の愛読書について聞き手がすっかりそれを憶えてしまうくらい語っていたので、お互いの『聖書』について話し始めるとついつい熱が入ってしまい、もう一人にうんざりした顔で止められるまで話し込んだものである。

 

一方、リツカは一抹の嫌な予感を抱えていた。

今のセフィロスの表情や雰囲気から、かの太陽王や英雄王にも似たものを感じ取っていたからであった。

それでも口数の少ない、どちらかというと無口なセフィロスが、饒舌に何かを話す姿は想像にしがたいものであったし、その本とセフィロスの関係にも興味があったので、リツカは普段キャスターが寝そべっているソファーに腰を下ろすと、真っ直ぐな瞳を向けた。

 

爛々とした青の瞳。

それは『とある話』に関してだけ口数が急激に増加するセフィロスの話を、飽きずに聞いて、時にはせがみすらした、とある青年たちを彷彿とさせるものであったのだ。

 

 

「セトラの話は、既に知っているだろう?

もう一度聞くと良い。もう一つ、別の話もしてやろう」

 

 

きらりと目を光らせて、リツカを見下ろすセフィロスは意気揚々と話を始めた。

その珍しい姿と、普段のそれに比較すると弾んでさえ聞こえる声に、気を取られたリツカは滔々と紡がれる物語に耳を傾ける以外、出来なかったのである。

某王様たちの激流の如き勢いとはまた違う、落ち着きを払いながらも一切の口を挟ませないような話し方は中々に迫力のあるもので、気付けばリツカは感情を共鳴させながら聞き入っていたのであった。

 

 

 

***

 

 

 

 

『古代種の英雄』について話し終えたセフィロスは一度言葉を切った。

英雄として祀り上げられたセトラが厄災ジェノバをその魂ごと封じるまでの物語は、今まで聞いていたものと同じであった。

 

セフィロスは小さく息を吐くと、再び口を開く。

そうして語り始めたのは伝記にも如何なる書物にも書かれていない、英雄に隠された物語であったのだ。

 

 

 

―――古代種の英雄の話は此処までだ。

此処からは、その裏に秘められしものを話そう。

誰にも話したことがない、いや話したくなかったことだが……。 

お前がこの本を見つけ出したということも、また運命の一つなのだろう。

 

星の民、古代種など呼び方はあるが、古代種と統一しよう。

とある古代種の男は、一族の使命のもと生まれて直ぐに旅に出た。

初めは両親と共に。

過酷な環境下で生きる術と戦い方を習い、やがて独り立ちの時を迎えた。

その時だ彼に弟が誕生したのは。

そして同時に両親は、呆気なく死んでしまった。

 

なに、そんな顔をするな。

過酷な旅を往く古代種の寿命はそう長くはない。

その時代には良くあることだ。いくら独り立ちを迎えようとも、まだ少年と呼べる齢の男には赤子を抱えることは荷が重く、捨て置いたとしても誰も責めはしないだろう。

自分が生き抜くことで、精一杯の時代(とき)であった。

 

だがその男は、弟を決して見捨てはしなかった。

弟を生かす為に神々の力を借りてまで、寒さを暑さを凌ぎ、怪我を治し、暗い旅路を光の力で照らし、より安穏な眠りへと闇の力で誘った。

 

そうして得た力と、知恵を編み上げて、少年は大いなるものをつくりあげる。

魔法石、後にマテリアと呼ばれるもの。その原石を。

いくら文明が時代が進めども、全てを解読することは不可能だといわれるとんでもないものを、弟のために男はつくった。

 

男は更に、弟に剣術をはじめとする武術を叩き込んだ。

鬼のように厳しかったが、まるでその姿は何かに追われているようにも見えたな。 

兄の背中を追い続けた弟は、その厳しさすら呑み込み、やがて兄以外には負けることを知らない剣士へと成長していった。

 

兄と共に歩む旅路はひたすらに過酷であったが、満たされていた。

それは羨望する兄と肩を並べて歩ける幸福と、共に剣を振るうことのできる誇り、そして様々な兄の顔を見れる喜びからのものであることを知ったのは……。皮肉にも、その全てを失ってからであった。

 

 

厄災ジェノバ

 

 

そうして、奴は、全てを奪い去った―――

 

 

 

 

 

「……って、ちょっと待て。

セトラの……弟だと?」

 

「わっ!?キャスター、いつからいたんだ!?」

 

「なんだマスター、気付いてなかったのかよ。

お前さんが、慌ただしくこの部屋に入っていくのを見てね」

 

「初めからいたってことじゃん」

 

「ま、細けえことは気にすんな。

それで、セフィロス、セトラはジェノバと共に封印されたっつーのは聞いたが、その弟はどうなった?」

 

「……感染後、兄の手で葬られた」

 

「そん、な」

 

「いやそれで、良かった。

他でもない兄の、その手で死ねることは……」

 

 

そこで言葉を切ったセフィロスは、深く息を吐いた。

リツカは気付かなかったようだが途中からリツカの向かいに座り、話を聞いていた青髪の魔術師は、段々とその輪郭を濃くしていった弟という存在をすかさず問う。

しかし何かを思うように空に視線を向けたセフィロスが返したのは、噛み締めるような呟きだけであったのだ。キャスターにはそれで充分であった。

 

 

「おい、まさかその弟……」

 

「……この本には、一つ絡繰りがあってな」

 

「からくり?」

 

 

セフィロスはキャスターの言葉を遮り、手にしていた本の裏表紙を指の腹で撫でる。

色褪せてしまって殆どわからないが、本には表紙と裏表紙に一つずつエンブレムにも、魔法陣にも思えるマークが描かれていた。

裏表紙に刻まれているそれをおもむろにトントントンと三回軽く叩くと、小さな光がそのマークをなぞるように浮き立った。

 

そしてマークの部分が透明になり、裏表紙に浅い穴が開いたのだ。

元々が大きく分厚い本であるのでその穴は小型サイズの手帳ならばすっぽりと入ってしまう大きさであった。

 

 

「……それは?」

 

「手記だ」

 

「手記?セトラのか?」

 

「ああ」

 

「何が書いてあるの?」

 

「……変哲もない日記だ。

同時に、俺にとっては分岐点となる鍵」

 

「え?それって……」

 

 

ふと、一瞬だけ浮かんだ笑み。

瞬く間に消えたそれは、悲しくもあたたかなものに見えた。

追求しようとしたリツカに、セフィロスはもう一度視線を向ける。

 

 

「そろそろ朝食の時間だろう」

 

 

話は終いだと告げるように、ぱたりと本が閉ざされる。

そこには、もう穴は見当たらなかった。

そんなに話し込んでいたのかとリツカは時間を確認して、はたと気付く。

リツカの閃きと同時に、小さく呟かれた言葉があった。

 

 

「……寝坊助なのは、昔からだな」

 

 

その声音は柔らかく優しいもので、今まで聞いたことのない響きを持っていたのだ。

 

廊下から騒がしい足音が聞こえたかと思うと、あっという間に消えていった。

腹ぺこな英霊たちが一直線に食堂へと、向かって行ったのだ。

そして間もなく食堂から一人の英霊が訪れて、この部屋の扉を叩くであろうことは想像に容易かった。

 

英霊に食事は必要ない。だが当然ながら、人間にとっては必要不可欠である。

一応その人間にカテゴライズされているセフィロスは、彼の管理下にある一人であった。

セフィロスのみならずリツカやカルデアの職員をはじめとした人間たちも、その対象であるものの、彼らはいくら多忙であろうとも食事を取る。その英霊がこのカルデアに召喚されてからというもの、すっかり胃袋を掴まれてしまっているから自然の流れであった。

 

だがセフィロスにはその欲求が一切無いらしく、はじめは食堂にも来ようとしなかった。ジェノバ細胞により食事も睡眠も必要ない体となった、とは聞いたことがある。

しかしその『我が儘』を許してくれるほど、あの英霊に優しさはなかった。

 

 

ふとリツカの耳に、一つの足音が聞こえた。

騒々しい足音は疾うに食堂へと消え去っていたので、尚その音は大きく響いた。

 

 

「はっ、毎日毎日ご苦労なこった」

 

 

皮肉混じりに鼻で笑ったキャスターは、セフィロスに目をやる。

涼しげな顔をしたセフィロスは、何も言わずに溜息を落とすのみであった。

 

 

 

 

 



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3-3 セトラの過去②

カルデアの職員たちが慌ただしい足音を立てて仕事に戻っていく。

今やすっかり台所の主となっている英霊が召喚されてからというもの、お手本のような不規則な生活をしていた職員たちも少しは決められた時間に食事を取るようになっていた。

だが全ての職員が揃ってというのは難しいので、彼らの仕事場となっている部屋に出前を持っていくのもまた、その主の仕事であった。

 

いそいそと大きな籠を持って食堂を出て行った赤い背中を横目に、優雅に紅茶を嗜んでいた一人の英霊が立ち上がる。何かを探すように視線を滑らせるが、どうやら目的のものは見つからなかったらしい。

不機嫌そうに眉を顰めた英霊は一つ溜息を吐くと、食堂を出た。

 

 

「全く……この我との約束を破るとは、とんだ雑種よ。

時が時であれば打ち首にも相当する不敬である」

 

 

風を切って歩くその姿にも、人々の目を惹き付ける威厳と神聖さを感じさせる。

ふわりと揺れる金の糸が、キラキラと光を残していくようであった。

そんな輝かしい容姿とは裏腹に、口から零れ出る言葉は悪態そのものである。

見るからに機嫌が宜しくない英霊(かれ)を、遠くから見ていた英霊(かのじょ)がくすくすと笑った。

 

艶やかな黒髪の一部を高い位置で二つに結い上げた英霊(かのじょ)は、まだ少しあどけなさが窺える少女の姿をしていた。中身は決して少女とはいえないで……いや、これ以上は止めておく。

 

そんな英霊(かのじょ)を睨み付けると、ふいと顔を逸らして目的としていたとある部屋に入っていった。

 

 

「なんだ、おらぬのか……。

折角この(おれ)が出向いてやったというのに……!」

 

 

気配がないことは入る前から察知していたが、あのままでは見ているだけで腹が立つ英霊と鉢合わせになりかねなかったので、取り敢えず部屋に入ったのだ。

予想通り、がらんとした部屋には英霊も人間もいない。

怒りを通り越して呆れた表情を浮かべた英霊は、ふとソファーの上に置かれた一冊の本に目を留めた。

 

 

「ほお?これは、中々愉快なものを持っているではないか」

 

 

本から零れ出る異質な魔力を感じ取った英霊は、横に結んでいた唇をつり上げた。

ずかずかと歩みを進めるとソファーに腰を下ろし、躊躇なくそれを手にする。

そしてパラパラとページを捲っていくと、その擦り切れた本が、前にセトラから聞いた『物語』であることに気が付いた。

 

 

「ふん。このような小細工で(おれ)の目を騙そうなどと片腹痛い。

百年、いや千年早いわ!!」

 

 

本を引っ繰り返しその背表紙に手を翳す。

異質な魔力の根源がそこにあることに、英霊は本を手にした瞬間から気付いていた。

英霊の魔力が本へと注ぎ込まれていく。

ぽわり、と本の裏表紙に描かれていたエンブレムが光り輝いたかと思うと、本の中から本が出てきたのである。どうやらマトリョシカのような構造であったらしい。

隠されていた本をこれまた躊躇なく開いた英霊は、ぱらぱらとページを捲り……。

そして初めからじっくりと、目を通し始めたのである。

 

 

 

***

 

 

 

此処に残すのは、無数に広がる木の根の一つの記憶だ。

作り話だと思えばそう思ってくれて構わない。

だがどうしても残しておかなければならないことがある。

 

これはただの日記だ。そして同時に手紙でもある。

長くなるかもしれないが、いつか、*****に*くことを****(何故か此処の部分だけ滲んでしまって読めない)

 

 

 

 

齢五つだというセフィを連れて、何千年、いやもしかしたら何千年以上ぶりになるかもしれない旅を再開した。星を旅して回り、約束の地を目指すというのは、古代種にとっては遺伝子レベルで染み着いている本能であるので、正直に言うと懐かしい高揚感に心が躍っていた。

 

一定の場所に留まることなく、渡り鳥の如く飛び回り時折羽を休ませる。

それでも時代(とき)経過(ながれ)は、文明を動かし少しずつ在り様を変えていくものだ。

旅をすることを生業としていた古代種も、最近ではぽつぽつと村や町そして都といった、規模は違えど集落をつくりあげ、定住するようになって来た。

 

セフィのように過酷な旅の中で家族を失うものも多くいるのは事実で、課せられた命題である約束の地の探索は、己の生涯を掛けても見つからない可能性の方が高い。

それならば家族と共にその地で生涯を終えた方が、良いと考えるものが出てきても特におかしいことではなかった。

女神の贈り物が眠るという『約束の地』を求めるのは古代種の宿命ではあるが、自らの幸福を擲ち(なげうち)求めるものかは、個々の勝手であろう。

家族と共に過ごすその場所が、幸福の地であるとするならば、それで良いと私は思う。

 

そんな中でもひょんなことから過去へと戻った私が選択したのは、やはり旅を続けることであった。

此処で私が旅を止めるということは、来るべき時を壊すことになるだろう。

かの厄災の襲来は、絶対に封じなければならない、それが私の使命だとも感じていたから。

これは驕りではなく、経験から推測される事実である。

 

 

「セフィ、……セフィロス。

幼いお前に選べという方が残酷かもしれないが、両親亡き今お前は自由だ。

今まで以上に過酷になるだろう旅を、本当にこの兄と続けるのか?」

 

「なんどもいっているだろう。

おれは、たとえしんでも……にいさんといっしょにいるってきめたんだ」

 

 

これは紛れもなく私の記憶を辿る旅路だ。

だが未だに、このセフィロスという子どもの存在は疑問に残るところである。

とはいえ、私を兄と慕うセフィを連れて旅を続けている内に情が芽生えない筈もなく、何度か平和そうな町を見つけて、置いていくことも考えた。

酷いようだが彼には彼の幸せを生きて欲しいという願いが、いつの間にか私の胸に生まれていたのだ。

 

……だが、その度に本人に泣かれ続け、少しばかり成長すると達観した強い瞳を返すようになっていった。

子供らしくない静かな涙、そして何かを決意したような綺麗な瞳を向けられては、白旗を揚げる他はない。

寧ろ、それを見て誰が無理矢理置いていくことを選択するであろうか。

 

私の知るセフィロスと同じ容姿をしたこの子供にとって『置いていかれる』ことは、トラウマにも等しいだろう。なんてそこまで考えてしまった私は、兄馬鹿というのだろう。

それに本当に安全な場所などないことを、他でもない自分自身が一番良く知っていた。

 

 

「にいさん、いこう」

 

「ああそうだな。セフィ、手を」

 

 

相変わらず、セフィのことはちっとも思い出せない。

だがその小さな手を握り共に肩を並べて歩いていると、何故か懐かしい気持ちになる。これは何なのだろうか?

 

セフィは相変わらず感情の機微に乏しい。

しかし意外と顔に表情が現れやすいことに、最近気が付いたのだ。

それに、口数は少ないものの仕草や素振りで伝えてくれる。

最近では私の真似をして、剣を握るようになった。

流石に剣筋が良く、将来ああなるのも頷ける素質を持っていた。

 

――なんていうことをつらつらと書き綴っていると、私の兄馬鹿さが露呈した子どもの成長記録のようになってしまうので、いい加減此処までにしておくとしよう。

 

そもそも何故私が、二度目の旅でこうして記録を残そうと思ったかというと、もしもこのセフィが私の知るセフィロスであるならば、私に出来ることは二つだ。

一つは、揺らぐことのない強さを教えること。

これは死んだ両親に代わり、兄としての役目であると思う。

そしてもう一つ。それは、セフィロスを心より親愛(あい)していた者がいた証拠を、残すことである。

 

 

「にいさん、つぎはどこにいく?」

 

「うーん、次は東に行くか。

北は寒いし、南は暑いから、いずれ行くにしても相応の装備が必要だろう」

 

「……にいさん」

 

「ん?」

 

「ひがしは、こっちだ」

 

「……。そ、そう、だったか?」

 

「……あいかわらず『ほうこうおんち』だな」

 

「ぐ……。お前、そんな言葉いつ憶えたんだ……。」

 

「さあな。にいさん、手」

 

「……」

 

 

確かに、私は生前極度の方向音痴であった……ようだ。

正直自覚はないが出会う人間全員がそう口を揃えていうのだから、よっぽどなのだろう。

馬鹿は死んでも治らないというが、方向音痴も不治の病であったらしい。

残念ながら、今でもこの方向音痴(スキル)は健全であるようだ。

 

そんな俺の背中を見て育ったセフィは、成長していくにつれて随分フォローを入れてくれるようになった。

こうして繋がれた手がいつか見向きもされなくなる時が来るのだろうかと思うと、少し寂しい気分になるがその成長は素直に喜ばしい。懐いてくれているのが純粋に嬉しいというのが本音だ。……決して、私が抜けているから呆れてフォローせざるを得ないのではない、と思いたい。

 

 

「なあセフィ。お前随分髪が伸びたな。

そろそろ切るか?」

 

「……いい。もっと伸ばす」

 

「そうか?剣を振るとき邪魔だろ?」

 

「それなら、にいさんだってそうだろ」

 

「私?……私はもう慣れてしまったからな」

 

「なら、おれもおなじだ」

 

「ふむ……。まあ、お前がそういうなら」

 

 

肩に付かないくらいであった白銀は、今や背中の真ん中ぐらいまで伸びていた。

セフィロスの髪が長いのはもうデフォルトというか見慣れていたので、つい反応が遅くなってしまったが、あまり同一視が過ぎるのも良くないだろう。

そう思ったついでに提案をしてみる。予想通り、仏頂面で一蹴されてしまったが。

私自身も人のことは言えないくらいに伸びていたので、それ以上は言うことはしなかった。

それに本人の好みにまで口を出す気はないので、セフィがそうしたいのならば、良いと思う。

 

ちなみに、私が髪を伸ばす理由としては魔術師のそれと同じである。

まだ魔法が確立されていない時代であるので、魔力は非常に貴重なものであった。

回復にも時間が掛かるので、いざという時に貯めておかないと困ってしまう。

なので仕方なく伸ばし続けているが、私の髪はセフィロスのそれと異なり癖が強い。

奔放な髪を持つ身としては、その性格を表すように真っ直ぐなその白銀は羨ましい限りだ。

 

さて、また随分と話が逸れてしまった。

厄災ジェノバが襲来するまでに、やらなければならないことがいくつかあった。

その一つは、魔法の構築である。

別にジェノバを撃退するために必要なだけではなく、これはセフィのためでもあるのだ。

 

これから先、超極寒の地や超熱帯の地も旅をすることになる。

私は慣れているが、まだ幼いセフィには辛いだろう。

先に言ったが、今のこの世界には魔法も魔法石(マテリア)も存在しない。

よって魔法を使うことが出来ず、怪我をしても治してやれないのだ。

 

それならば、とまず私が向かったのは神々のもとである。

契約をし直すことからはじめるのは、若干面倒ではあったが……。

これもセフィのためと思えば苦ではなかった。

 

炎神イフリート、氷神シヴァ、雷神ラムウ、水神リヴァイアサン、剣神バハムート、巨神タイタン ……。どれも顔を合わせたことのある神々である。

神と契約を結ぶのは骨が折れる。私が知るその神々はどうも好戦的なのだ。

案の定契約を結ぼうとすると逐一力を証明しろと言われ、再契約が全て完了するまで戦いに明け暮れた。

それまでには、セフィも充分な戦力となってくれたこともあり、苦戦を強いられたことに間違いはないが勝つことが出来たのである。

 

そうして再契約をしてくれたのだが、流石は神の座に坐すものたちといったところか、全員が私が今どういう存在であるのかを把握していた。

反応は様々であったがその中で特筆するとすれば、燃え盛る炎を掻い潜った先で待ち受けていた一人の神のことであろうか。

 

 

「ふははっ!!何やら愉快なことになっておるな」

 

「……イフリート。そう思うなら、なんとかしてくれ」

 

「それは出来ぬ。それはお前に課せられた使命でもあるのだ」

 

「使命……か。とにかく状況が掴めないんだ」

 

「そうだろうな。お前が困惑するのも無理はあるまい。

ふむ……。それならば、我が知ることのみ教えよう」

 

 

かつての親友である炎神イフリートの元を訪れた際には、記憶通りの尊大な態度で大笑いされた。

私がセフィを連れて彼方此方(あちこち)動き回っていることが可笑しくて仕方がないらしい。全く以て失礼な奴である。

周囲を煮え滾るマグマに囲まれ、中央に置かれたこれまた豪奢な玉座に腰掛けて踏ん反り返ったままイフリートは口を開いた。

 

 

「お前からすれば、今までの全ては予定調和に過ぎなかった。

初めから知識と力を持ち、ある程度の筋書きを知るお前にとってはな」

 

「……ああ。確かにそうだ」

 

「ふん。予定調和というものは、所詮世界という大木の根のたった一つに過ぎぬ。

その根は神や人間の数だけ存在し、尚且つ複雑に絡むもの。

自我を持つものたちは皆、選択を繰り返しながら生を全うする。

よって選択された世界と、選択されなかった世界は同じ数存在するのだ」

 

「全く、わからん」

 

「はあ……思考を放棄するな。

その思考能力こそ、神々が人間に与えしものである」

 

「お前の言葉は一々難解が過ぎる。

シンプルに言えば良いものの、変に深みを入れて捏ね繰り回すから、わかりにくいんだよ」

 

「不敬であるぞ、我が友よ。

我は神である。答えを与えるものではない。

神を解すのが人間であり、人間を神が解すことはないのだ」

 

「……わかっているさ。

だが今は違うだろう。私はお前と友として言葉を交わしているつもりだが?」

 

「……ぬ。……そう、か。そうであったな。

……お前が辿っているのは選ばれなかった世界だ。

正当な歴史から外れた世界は、悪しきものの干渉を得やすい」

 

「それなら、あの厄災が訪れなかった世界……。

古代種が生き残るという世界も、あるというのか」

 

「……否定はせぬ。

しかしお前がその世界に干渉することは出来ぬ。」

 

「だろうな。それならば、何故私はここにいる?」

 

「覆そうとしているものがいるのだ。

それは神にあらざるもの。今まで積み重ねて来た選択(せかい)を崩壊させ、新たなる選択肢(せかい)を創造しようとしている」

 

「……似た話を知っている。

また人理定礎の崩壊を狙うものがいるということか」

 

 

頭に過ったのは、カルデアのマスターが成し遂げた人理修復(大いなる任務)のことだ。 

そもそも彼の旅の始まりは、とある『獣』が人理定礎を掻き乱したことにあった。

それによって人理定礎のエラーが生じ、人類のターニングポイントとなる『七つのIF(特異点)』が誕生した。特異点は正常な時間軸から切り離されたもので、選択されなかった現実である。

人類の行きつく先を決定する重要にして究極の選択点であり、人類史の運命を決定付ける分岐点であった。

 

まさか同じことが起ころうと、いや起こっているのだろうか。

そう問おうとしてイフリートを見上げた。

 

 

「事はもう始まっておる。

存在する筈のないものが存在し、存在するものが存在しない。

行き着く結末は……我の口からは言えぬがな」

 

「私は……。私の記憶だとこの先ジェノバと共に封じられ、セフィロスの中で眠り続ける。そして次に目覚めるのは異なる世界だ。これもまた変わるというのか?」

 

「……」

 

「イフリート?」

 

「……いや、お前は……一時的に紛れただけであろう。

時が過ぎれはいつか、元に戻る」

 

「そうか……。わかった。

だがそうなると、この世界にも私と同じ存在がいるということになるな。

世界には同じ顔が三つあるというが、もし何処かで出会ったら面白いことになるだろう」

 

 

 

私は偶々紛れ込んだイレギュラーな存在に過ぎない。

ならばあまり大きくこの世界に干渉するべきではないだろうと思い、冗談半分にそう言った。

 

イフリートは一拍間を置いた。嫌な間の取り方であった。

一応長い付き合いであるので、ちょっとした仕草が何を意味するのかぐらいは読み取れる。

そして向こうも私がそれを察していることに気付いたのだろう。

大きく溜息を吐いたイフリートは、やがて口を開いた。

 

 

「我が友よ。お前は……この我の古き理解者でもある」

 

「……突然だな。どうした?」

 

「まあ、聞くが良い。

我は古の時代、人間たちに知恵の炎を授けた。

人間たちはその炎を手にしたことで、文明を開化させ繁栄へと辿り着いた。

そうして大きな力を持つようになっていったのだ」

 

「……」

 

「はじめは炎神として我を崇め奉っていた人間たちが、反旗を翻しはじめたのもその頃だ。

力は人間に欲深き傲慢さも与えたのだ。驕り高ぶった人間は世界に仇なす存在にしかならぬ。

だから(ちから)を与えし我が、人間も人間が築いたものも全て無に還そうとした。

……だが、それを他の神は許しはしなかった。

戦いに敗れた我は、「裏切り者の神」として封じられた。

お前に召喚()ばれ、共に旅をするようになるまで、永く神を人間を憎んでいた……。」

 

「……」

 

「お前の親友(とも)として、話そう。

……お前という存在はこの世界には、存在しない」

 

「存在、しない……?」

 

「残酷なことだが、選択肢には存在そのものも含まれるのだ」

 

「……ま、さか……っ!!」

 

「そう。少なくともこの世界には存在することのない存在、それがお前だ」

 

「……!」

 

「繰り返される選択によって人類史は、一本の道を成して来た。

あぶれたものたちは皆、歴史の闇に沈み飲まれ消え失せる。

お前にとってはとんだ皮肉であろう。

今動いておる『大いなる力』によって、運命に僅かな(ひずみ)が誕生したのだ。

その歪から生まれたのが、お前という存在だ」

 

「……待ってくれ、話が、良く」

 

「聞いておけ。これは我が慈悲よ。

それにお前も気付いていたのだろう。

お前が知る世界とは異なるものがあった筈だ。

歪は命運すらも大きく動かした。

途切れる筈であったものを繋ぎ留め、崩壊する筈であったものを塞き止めた」

 

「っ、」

 

「……わかるか、友よ。

お前の紡いできた時は、全て――」

 

 

神妙な表情を浮かべたイフリートが何かを口にしたが、此処から先は憶えていない。

奴の言葉を咀嚼することも出来ず、頭が真っ白であったのだ。

歪められた世界に生きる私という存在は、特異点の一部であることになるのだろうか。

ならば、私の存在は――。

 

 

「兄さん……?」

 

「あ、ああ……セフィロス。

良かった無事だったか」

 

「……顔色が悪い。回復を」

 

「いや大丈夫だ。

長いこと炎にあてられていたからな、調子が狂ったのだろう。

それよりこれで炎の力を借りれた。やっとマテリアがつくれる」

 

「……兄さん」

 

「問題ないさ、大丈夫。

お前が心配することではないよ」

 

 

この時はセフィと珍しく別行動をしていたので、幸いイフリートとの会話を聞かれることはなかった。

相当ひどい顔をしていたのだろう。セフィの視線が痛かった。

 

イフリート曰く、やはり私にはこの世界で成すべきことがあるらしい。

私という存在が存在しない世界で何を成せというのだろう。

それを探すためにも、かつて私が辿った道と同じ道を行くことにした。

同じようで違う道を行くことは、言葉にしがたい不思議な感じがしたが。

 

 

「ふう、これで完成だ」

 

「それは?」

 

「マテリア。魔法を使うための触媒となるものさ。

これでお前も魔法を使うことができる」

 

「……これで、魔法を」

 

「お前は私と違って器用だから、直ぐに使えるようになるだろう」

 

「そんなことはない、兄さんの方がよっぽど……」

 

「……?」

 

「いや、なんでもないさ」

 

 

神々の世界を離れ星に戻ると、賜った力の一部を結晶として魔法石を作り上げた。

これで後世にまで残り続ける……であろう魔法の源は完成した。

それを『私』の手で作り上げることに迷いは生じたものの、これはセフィの生存率を上げることにもなるのだ。理由はそれだけで充分であった。

 

この世界にジェノバが襲来するのか否かということは、置いておくとしよう。

備えあれば憂いなしだ。思いつく対抗手段は網羅しておくことにした。

ジェノバの発生させるウィルスを防御できる魔法があれば良いのだが、生憎私は回復呪文などに特化した白魔術については、さっぱりなのだ。

 

身体能力や魔力は当時の自分に引っ張られているらしい。

当時の自分というのは、攻撃は最大の防御であると豪語し攻撃から身を守るのは攻撃でしかないと、敵陣に突っ込んでいたという、今思うと頭を抱えたくなるくらいの攻撃一筋で脳味噌まで筋肉な男であった。

これについては、あまり思い出すと自己嫌悪により正気ではいられなくなるので此処までにしよう。

 

 

それから、東へ西へ南へ北へ旅を続けた。

細かい旅路は、個々の日記を見て欲しい。

 

どうやら私は、永い旅に出なければならないようだ。

何故ならば――。

 

 

 

***

 

 

 

「……」

 

 

本に流れる赤い瞳の視線が、ぴたりと止まった。

その目に浮かぶのは、困惑、そして――。

 

 

「……やはり、」

 

 

ゆっくりとその顔が上がる。

 

 

「お前はこの(おれ)との会話を避け、そしてこの目を拒んでいたな。

おかしいと思ってはいたが……。よもや……」

 

 

笑う赤と黙す青が対峙し、燃える(くがね)と凍る(しろがね)が張り詰めた部屋に流れる。そして、ゆるりと弧を描いた唇が重々しく開かれた。

 

 

 

 

 



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3-4 セトラの過去③

凍てついた灰色の大地は面積のみで考えると小さく、一周するまでにそれほど掛からないように思える。

しかし実際は地形的にも気候的にも、この星で一番生身厳しいといえるだろう。

常に雪と氷に覆われ、吹雪はもちろん竜巻、強風、落雷が襲う、恐ろしい場所なのである。

一番奥の地に辿り着くためには、山や谷、そして洞窟をいくつも超えていかなければならない。

いくら旅慣れていようとも、決して一筋縄ではいかないだろう。

少しでも気を抜けば凍てついた大地の餌食となるのは目に見えていた。

 

一応備えはしたが非常に気が重い。

というのも基本的に私は寒いのが大嫌いなのである。

隣を歩くセフィは相変わらず涼しい顔をしているが、北の大地の入り口ともいえる森に辿り着いただけでも、嫌な予感しかしていなかった。

 

そう北に向かってひたすら歩き続けた私たちは、とある森に足を踏み入れていた。

私の記憶では、生きとし生けるものを拒むこの地で唯一の森であったと思う。

この先は氷と雪の世界となるので、野営出来るのは最後となるだろう。

分厚い雪雲に覆われた北の大地の空は暗くなるのが非常に速いので、今日はこの森で休むことにする。

 

セフィが森に落ちている枯れ木を広い集めて来てくれたので、下級魔法を発動させて火を付けた。

こういう時魔法のありがたさをしみじみと感じるのは、私だけであろうか。

火の番をしがてら手元に紙とペンを用意すると、本日の旅路を出来るだけ細かく丁寧に書いていく。

この北の大地を制覇することができれば、この星の地図が完成する。

だが特別絵心があるわけではないので、落書きにも見えてしまうのが悲しいところである。

まあそこは、他の古代種たちも自分の記録を残していることだろうし、後世の人間たちが解読して正確な地図を作り上げるだろう。

 

そんな投げやりともいえる気持ちで歪な線を引いていると、ぱきりと枝を踏む音がすぐ近くで聞こえた。

 

 

「兄さん、また書いているのか」

 

「ああ。もう日課だからな。

これを書かねば、寝られん」

 

「そろそろ寝ろ。また起きれないぞ」

 

「ははっ、その時は頼むよ。セフィ」

 

「……わかっているさ。日課だからな」

 

 

声を掛けてきたセフィが呆れたように溜息を吐いた。

そんな顔をしながらも甲斐甲斐しく毎朝起こしてくれることはわかっているので、明日も甘えさせてもらうことにしよう。時計が内蔵されているのではないかと思うほどセフィは、時間に正確で