ハイスペックボディで2度目の人生満喫しようとしたら、黒服になってた ()
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ぷろろーぐ

 

突然だが、私は転生した。

 

 

前世の私は一般家庭に生まれ、おおよそ皆が経験したであろうと変わらぬ程度に小学生、中学生、高校生、そして受験を挟み大学生。

それなりに真面目に生きてきたのが幸いしてなんとか一流企業に就職して、人並みに恋愛して嫁を貰い家庭を築いて、そして一生を全うした。

 

そんな私の一生を評価するとしたら可もなく不可もなくありきたり、と言うには少し惜しいので平均より少し良かった中の上とすることにしよう。

 

 

とまぁそんなこんなで期せず2度目の生を得た私は、折角だし前世ではあまり経験できなかったことも思い切ってやってみようと行動してきた。なんというかまぁ、俺Tueeeムーブをしてみたかった。

 

 

容姿に関しても前世で真面目に生きて徳を積んだと閻魔様に判決頂いたのか白髪赤目のアルビノ美少女。多少肌が日に弱いが体は健康そのもの、一度覚えたことは忘れないハイスペックボディ。最近の流行りでいうなら転生特典とでも言うべきだろうか。

 

とは言え日本人でアルビノは浮くと思いきやこの世界では髪の色も瞳の色も十人十色で色々と寛容な世の中のようだ。

 

 

小学生の時には某〇〇えもんのように株に手を出してみたり、中学生の時に厨二心が災いして始めた剣道で日本一になったり、文武両道を地で行っていた。

 

が、何もかもがいいこと尽くしであった訳でもなく、産まれてこの方風邪もひいたこともない超健康児である私に対し母親は私の幼い頃に亡くなっており、父親もまた、中学2年生の頃に死別した。

 

前世にて既に経験したことではあるが、両親を亡くすということで一番厄介なのは悲しみや喪失感や孤独感といった精神的なことではなく、事後処理と私の身の振りだった。

数少ない親戚同士でも何やら遺産だの親権だので揉めていたようだ。

 

 

色々な手続きがあり1年もの歳月が経った頃、私が子供だてら有能だったとこもあり紆余曲折を経て最終的に遠縁である弦巻家の養子となった。

 

 

 

そうしていきなり上流階級の一員となった私に待つのはシンデレラストーリーではなく厳しい現実だったのだが、持ち前のハイスペックを発揮して今では弦巻家御当主付きの秘書見習い。(ここまでの半生を記すだけで六法全書並みの自伝を書けそうだがここでは割愛するとしよう、大事なのは今だからね)

 

そしてゆくゆくは見習いも取れて財閥御当主様の美人秘書!

人生2週目で夢見た俺Tueeeムーブ完遂まであと少し!

 

 

だと思っていたのだが

 

 

 

「今、なんと仰りましたか? 旦那様」

 

 

突然の異動通達に普段はあまり仕事をしない表情筋も働いたらしく鳩が豆鉄砲を食らったような呆けた顔で聴き返してしまった。

 

15歳になる娘がいるとは思えない程若々しく無邪気な顔付きをしている弦巻家御当主兼父親はイタズラが成功した子供のような笑顔でこう言った。

 

 

 

「虚、お前明日からこころ付きの黒服な」

 

 

 

最後に改めて自己紹介をしてみよう。

 

私の名前は虚(読みはホロウじゃなくてウツホね)

弦巻 虚。

明日からは妹付き黒服の纏め役、隊長になります。

 

世界を股にかける弦巻家の秘書ともなれば忙しく、自然かわいい義妹に接する機会も少なかったので、これはこれでアリと思うことにしてみます。

 

 

 

 

 

 




最近バンドリ熱が高まって気付いたら書いていた。


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1話 ひとまず現状はこんなもの

黒服要素は次回からとなります。


お父様から妹付きの黒服になるよう言い渡された翌日、私は久々に弦巻家本邸へと帰ってきたのであった。実に一月振りである。

 

世界の弦巻、とまで評されるように国内外を問わず飛び回る私やお父様は10日に一度本邸に帰れればいい方であり、期間の長い時は今回のように一月も空いてしまうこともある。その前回であっても仕事の都合上近くに来たので、無理矢理スケジュールを調整してなんとか顔を出した程度。

ゆっくり会話を交わしたとなるとこころが例のバンドを結成するよりも前だったはずだ。

 

中学を卒業して弦巻の養子になった私だが、有能さが災いしてか高校には行かずにそのまま秘書見習いとなり、今ほどではないが家を空けることが多かった。

そのため義妹であるこころともあまりともに過ごした記憶はない。

 

見た目という点に於いてもハイスペックの私をしてもなお、こころはかわいい。

サラサラな金色の髪、爛々と輝く瞳、太陽のような笑顔。そして突然家族の一員となった私をお姉さま! と慕ってくれる無邪気な天使のごとくかわいい義妹。

 

 

こころが幼い頃からお父様は多忙で、私としてもこころにもっと義理とはいえ姉として接したかったのだが、遠縁とはいえ所詮は養子。それもお父様が半ば強引に決定した判断だったらしく私は有能で養子にした価値があると周囲に認めさせねばお父様に迷惑を掛けてしまう。

そう心懸けて頑張った甲斐があり、私は周囲に認められたのだが自分のことに精一杯だった。私とてもっとこころと遊びたかったのになぁ。

 

 

私は秘書見習いということでお父様と過ごす時間はこころと比べてそれなりにあったのだが、同時にそれがこころへの罪悪感にも繋がっていた。

実子であるこころよりも養子である私の方が父親と一緒に過ごす時間が長いなど普通に考えれば文句の1つや2つ、ワガママの3つや4つ出そうなものだが、幼いながらにこころは物分りが良すぎた。お父様の邪魔をしてはいけないと我慢していたのかもしれない。

いや、していたのだろう。その証拠にこころは私が少しでも忙しそうにしてる時は近付いて来なかったし、遠慮気味な態度がよく見て取れた。

 

 

今回の異動も黒服たちのサポートなんか建前で本当はこころの様子を見てきて欲しいんじゃないかと思っている。

お父様はいつもこころの写真を収めたロケットを持ち歩いていたし、結構子煩悩なことを私は知っている。

ここは私がお父様の代わりに精一杯かわいがってあげるべきだろう。こころを支えるのが私の役目なのだ。

 

 

 

と思っていたのだが、ナニコレ。

こころが結成したバンドの活動に目を通していたのだが、ミッシェルとかいう着ぐるみの権利やライブ活動に関する費用や手続きは良いとして、豪華客船・・・?

とんでもないことしてんね、こころちゃん。

そりゃあ黒服も大変だろうに。記録を見る限り即日即出発っぽいし。

金銭面では大した問題ではないがお金さえあればポンと船を出せるというものではない。いつでも港に停泊してるとは言えそれなりに手続きは必要である。

 

 

実はこころ付きの黒服は言わば野球で言う2軍のようなものなのだ。

こころの思いつきに対応出来ないようであれば、スケジュールが秒単位で刻まれているお父様の付き人など務まるはずもないということである。

 

けれども最近はスケールのでかい要望が増えたので対応が追いつかなくなってきて困っていたようだ。

そうだよね、今まではこころ1人だったのにお友達合わせて一気に5人分の用意ってなるとそれも仕方ない。

私としては中学の時とは違って高校では仲のいい友達ができた証明だと思うので嬉しいよ。

 

よし、というわけで現状の把握も出来たし本格的な仕事は明日からかな。

部下になる黒服たちも、長旅で疲れてるだろうから今日はお休みくださいと言ってくれてたしね。

 

 

 

今日は平日でこころはまだ学校みたいだし何しようかな。

そうだ、思えば長いこと触ってなかったがアレはどうなっているだろう。大丈夫だとは思うけど見に行こう。

思い立ったが吉日、私は即座に自室から出てアレがある部屋へと向かう。

 

そう、アレとはピアノのことである。

前世の私の唯一とも言える趣味であり心置きなく楽しめるモノだった。

外国というものを経験したから特に実感できたが、日本のサラリーマンは自由な時間が少なく休みの日でもないと外出などとてもじゃないが難しい。

自然と家で何ができるかと模索した結果たどり着いたのがピアノだ。

幾分年をとってから始めたせいか覚えが悪かったが、誰に強制されてやってた訳でもないし、アニメの曲や某シューティングゲームのBGMや好きなものしか弾いてなかったので楽しかった。人に聞かそうと思うと変に技術とか気にしたり緊張しちゃうじゃん? 誰のためでもなく自分のために自由に弾くのがとても心地よかったんだ。

 

友達とかにねこふんじゃっただけは弾けるっていう人いなかった? それの上位互換だと思ってくれれば分かりやすいと思う。ぶっちゃけ数十年経っても楽譜読むの覚束なかったしね。

 

という訳で昔取った杵柄と言うべきか、今生においても嗜む程度には続けていた。

ピアノが弾きたいと言えば高級感溢れるグランドピアノが用意されたのには驚いたがそこは慣れ、機会が少なかったがこころにも聴かせてあげたこともある。最初は誰かに聞かせる気はなかったんだけど、お父様からのお願いもあったし、キラキラした目でもっと聴きたいと言われたら断れる訳ないじゃん。こころに何かをお願いされるなんてこと滅多にないんだから。

 

 

どれ、調律や整備もしっかりされてたことだし時間もあるから折角だしちょっと弾いてこ。

 

 

 

 

 

最近忙しくて久々だったせいか弾いてるうちに楽しくなって夢中になってた。

気付けばもう夕方だ。そろそろやめようと手を止めたらパチパチと拍手の音が聞こえてきた。

音のしたほうへ顔を向けるとそこには私の天使、こころがいた。

 

 

え、いつの間にいたんだいこころちゃん。

 

 

疑問を口にしてみると、どうやら1時間くらい前から聴いてたらしい。夢中でお姉ちゃん気付かなかったよごめんね。

でもありがとう、眩い笑顔で素敵な演奏だったなんて褒めてくれて超嬉しい。

 

あの曲が良かったこの曲の時は明るい気持ちになれたとか色々感想も言ってくれてまだまだ話したそうだったから私としても聞いていたいけど、こころは学校帰り。制服姿めっちゃかわいい。

ゆっくりこころの話も聞きたいし今日は夕食一緒に食べられるからその時ね、っていうと元気な返事とともにこころは部屋を去っていった。

 

 

 

 

 

ご飯を一緒に食べながら高校生活はどう? と尋ねるとバンド仲間のハローハッピーワールドのメンバーたちや、仲の良いクラスメイトと遊んだことなど楽しそうに話してくれた。この前なんて天体観測に行ったそうだ。楽しそう、私もこころと星空みたい。

しかし、黒服からの定期報告通り充実した高校生活を送れているようで何よりだ。

でもねこころ、ミッシェルはクマではなくその美咲という子なんじゃないのかい?

 

 

私の方も今日からはここで働くから基本的にこの家で生活すると伝えるとこころは、ならこれからは毎日一緒にご飯が食べられるのねと喜んでくれた。

 

流石に黒服としてずっとこころのことを見ていると窮屈だろうと思ったので少しぼかして伝えちゃったけど。

 

 

 

よし、かわいいこころに元気をもらえたし、これから頑張るとしようかな。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「こころ様、本日より虚様が御自宅に帰られているそうです」

 

 

 

学校の帰り道、黒服の人からそう教えて貰ってあたしはとっても嬉しくなったわ。

この前に会ったのはいつだったかしら、もう1ヶ月くらい前だった気がするわ。

 

 

虚お姉様、お父様が今日からこころのお姉さんだよと連れてきたのは小学生の頃だったかしら。当時は養子とか難しいことはよくわからなかったけれど新しく家族が増えるのはとても良いことだと喜んだわね。

 

今もだけれどその頃からお父様は忙しくてあまり構ってもらえなかったけれど、時折弾いてくれるお姉様のピアノが何よりの楽しみだったわ。

近頃は機会もなかったけれどまたお姉様のピアノが聴きたいわね。でもお姉様はお父様のお仕事を手伝って忙しいのだからあまりワガママは言えないわ。

 

 

今日はどれくらいいられるのかしら、お話したいこともたくさんあるし一緒にディナーまでできるとハッピーねっ!

ハロハピのみんなや香澄たちと楽しいことをすることが増えたけど、お父様やお姉様といられないのはさみしいわ。

短い間でもなんとか時間を作って帰ってきてくれているのだし、本当はもっと会いたいのだけれどもお仕事で忙しいのに困らす訳にはいかないもの。

 

会えないことをかなしむよりも一緒に過ごせる時間をどう楽しむか考えるほうが良いに決まってるじゃない!

 

 

 

楽しみがあると時間が早く過ぎるとはよく言ったものね!

今日はいつもよりの帰り道が短く感じたわ!

 

 

使用人さんたちのお出迎えしてもらってあたしの部屋へ向かう途中、ふと懐かしい音色が聴こえてきたの。もしやと思い胸を弾ませてその音の元へとたどっていくと着いたのはピアノがあるお部屋。

扉は空いており中を覗けばそこにはお姉様の姿があった。

 

 

まさかさっき望んだばかりなのに、こんなにも早くお姉様のピアノが聴けるなんてとってもラッキーね!

黒服の人に座るものを用意してもらって特等席で聴かせてもらいましょっ?

 

お姉様はあたしが部屋に入ってきたのに気付いてないくらい夢中なのね。

昔からピアノを弾くお姉様の横顔を見るのがあたしはと~ってもだいすきだったわ。

 

真っ白で雪のように綺麗な髪に、宝石のような真っ赤な目。

透き通るような白いお肌。

お姉様は昔から落ち着きがあってあんまり笑顔をみることはなかったのだけれど、ピアノを弾いてる時だけはいつも楽しそうな顔をしているの。

 

奏でる音楽もそう、今にも音が形になってピアノから飛び出て踊りだしそうなくらいに楽しい音なの。聴いてるだけであたしの胸の中がふわふわして笑顔になっちゃうくらい!

 

昔にもっと多くの人に聴いてもらったらどうかしらとすすめてみたこともあるのだけれど

 

 

「私はね、誰かに聴いて欲しいから弾いてるのではなくて、自分が楽しいから弾いてるの。私の音は自分が楽しむためだけのもの、誰かのために弾いたらそれはもう私の音じゃないわ」

 

 

と言われてしまった。

その時はもったいないと残念がっていたけれど、その言葉の意味も今では分かる気もするの。

だってあたしは『お姉様の音楽』が好きなのではなくて、『楽しそうに音楽を奏でるお姉様』が大好きなんだものっ。

 

 

 

「と~っても素敵な音だったわお姉様!」

 

 

 

それにちょっぴりずるいかもしれないけれど、お姉様の音はひとり占めしたいって思ってしまうくらいあたしにとってトクベツなの!

 

 

 

「あら、いつからそこにいたのかしら? こころ」

「うーんと、1時間くらい前からかしらね?」

「そう」

 

 

お姉様はあたしがいたことに少し驚いた顔をするけども質問に答えるといつもの表情に戻ってしまった。お姉様にはもっと笑っていて欲しいわ。だから今のあたしの楽しい気持ちが分けられたらいいなって、弾いていた曲のわくわくしたところを伝えたわ。

 

 

「それとね! 最後に弾いたあの曲も」

「こころ」

 

 

伝えたいことがいっぱいあってお口が止まらなかったのだけれども、お姉様に名前を呼ばれて遮られてしまったわ。

 

 

「学校から帰ってそのままでしょう。いつまでもこんなところにいないで着替えてきなさい」

「はい・・・・・・」

 

 

そうよね、お姉様は忙しいんだもの。これからお仕事があるかもわからないのに、ピアノを弾き終わったところを引き止めて話し込んでしまっては迷惑よね。

思いがけず久々にお姉様のピアノが聴けて舞い上がってしまったわ・・・・・・

 

ほんの少し前までは晴れてたあたしの心も突然曇がかかってしまったようにしょんぼりしてしまって俯いて返事をすると、間も置かずお姉様の手が頭に添えられていた。

 

「今日は時間がたっぷりあるの。だから、その話の続きはディナーの時にゆっくり聴かせて頂戴?」

「・・・・・・ええ!」

 

 

頭を撫でられながら告げられた一言であたしの曇空は吹き飛んでしまった。

嬉しくてまたあとでと手を振りながら小走りでお部屋に向かってしまったわ。

 

 

 

 

 

 

やっぱりご飯は皆で食べるのがさいこうね!

いつもと同じものを食べているはずなのに今日は一段とおいしく感じるもの!

 

 

「学校はどう? うまくやれてる?」

「学校は楽しいわ! お友達もたくさんいて、楽しいことがい~っぱいなの!」

 

 

美咲やはぐみや香澄たち学校のお友達とお花見したことや、薫や花音、ミッシェルのハロハピの仲間たちと豪華客船に乗ったこと。

日菜や蘭につぐみ、学校の違うお友達と天体観測に行ったこと、ライブで感じたことや楽しかったことや色んなことをお話したわ。

お姉様はあたしが身振り手振りで話していると、時には頷いたり相槌をうって先を促してくれたりして聞いてくれてとても話しやすかったわ。

 

 

「今度はお姉様のお話も聞きたいわ!」

「そうね。私はこれからの話になるのだけれど、暫くはこの地域を中心に活動することになるわ」

「まぁ! つまりそれって・・・!」

「生活基盤はこの家に置こうと思っているから、お父様にも頼まれているし今までよりはもっとこころの面倒をみれると思うわ」

「じゃあ明日も! 明後日も一緒にご飯を食べられるのね!?」

「えぇ、明日明後日と言わずにこれからは出来るだけ毎日一緒に過ごせるように努めるつもりよ」

 

 

その知らせにあたしは思わず席を立って踊りだしそうになったわ。

今日一緒にディナーできただけでも幸せだったのにこれからはお姉様もこの家で一緒に生活するなんて!

いつ振りかしら!

 

 

 

これからは今までよりも~っと素敵なハッピーな毎日になりそうね!

 

 

 

 

 

 



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2話 笑顔の太陽

さーて今日から本格的に黒服だ!

 

美人秘書も捨てがたいけど、ビシッとスーツキメてる黒服も中々魅力があるとは思わない?

打てば響くように、主が指を1つ鳴らせば、直様傍に控えて「ここに」って言いたい。言いたくない?

まぁこころはそんな風に黒服を使わないだろうけどね。

黒服の人と呼ばれてるもののSPだし。メインは身辺警護で、日本の治安なら視界に入らずとも十分な程だ。

いやーお父様について回って海外にもよく行ってたけど大変だったからねー。秘書が主な仕事とは言え実はSPも兼ねてるし。他にもちゃんとした専門の護衛もいたけど、少なくとも自衛できないと話にならないって訳よ。小国の王族とか大富豪との仕事もあったからテロやクーデターに巻き込まれた時用の対策までしてたんだよ。

日本マジで平和。

 

 

まぁそんな訳で基本的には私は裏方こっそりサポートで現場に出るのは不測の事態や人手が足りない時だけかな。なんだかんだ私他にもやること多いし。

勿論たまには様子見に行くけどね、こころの学生生活をこの目で見たい。

初日ってこともあるし今日は行くよ。学校の方にも話通しときたいこともあることだしね。

 

 

という訳で、着替えます。

まず、黒スーツに袖を通します。こういうカッコイイ服は気合入るね。

次に、カツラを被ります。何故かというと白髪は少し目立つ、皆黒髪だしね。制服と一緒で装いを統一することで連帯感を生むのだ。

そして最後に、サングラスをかけます。肌が白いのは仕方ない、流石にこれを隠すのは手間が掛かる。

はい完璧、これでどこにでもいる黒服の人完成です。

 

 

登下校は他の黒服に任せて、私は花咲川女子学園の理事長に会ってきます。

今まで黒服も学園の敷地内に入ってたけど、弦巻家の権力やら何やらでなぁなぁになっててキチンと話通してなかったみたい。

多額の寄付金を出してたり向こうの先生もどうしたら良いか分からないだろうし、天文学部が作られたのもそのへんに原因があるとのこと。

 

 

 

 

って訳で話つけてきました。

内容を簡単に説明すると、まず黒服たちが学園の敷地内に入る許可。分かりやすいように許可証も発行してもらう。

敷地内の隅っこの空きスペースをもらって詰所を建てる許可。この建物はこころが卒業時に撤去か、そのまま倉庫か警備員用に使いまわすかする。

代わりに私たちは学園に労働力を提供する。例えば出張や休暇で人手不足の時に、試験監督や自習の監督。駅から学園付近の警備。あとは可能なら部活動のコーチングとかもやってくれたら嬉しいとか。一応黒服の中には教員免許持ってる人もいるから問題はないね。

正式に決まったので後日生徒たちにも告知するって。

 

 

これでより柔軟な対応が出来るでしょう。

あぁ、私って有能だなぁ。ひと仕事終えて悦に浸るこの時間が好き・・・・・・

前世と違って造形が良いからついナルシスト気味になっちゃうのよね。

前世フツメンだったのにアニメのキャラかのような美形になったら皆こうなるよ、オシャレとか楽しいもん。あまりする機会なかったけど。

 

 

ともあれこれでようやく我が天使こころちゃんの学校生活を見守れるね!

誂え向きに丁度昼休み! 私の眼をもってすれば遠目からでも表情まで見えるのさ、ハイスペックと自分で言うだけあるよ。視力多分5.0とかいくよ。

 

どれどれ、おぉいい笑顔してますねー! 友達っぽい子に楽しそうに話しかけてる。

相手の女の子も迷惑そうな顔をしつつもこれは満更でもないヤツじゃないですかー。

分かるよ、こころは本当に楽しそうに話すから聞いてるこっちまで幸せになれるもんね。

 

昨日の話からも分かってたけどいい友達ができたみたい。本当に感謝しなければ。

中学では少し浮いていたり、少し疎まれてたらしいからね・・・・・・突飛な言動はあるけどちょっとしたお茶目じゃないか。

 

多感な時期だし中学生にもなるとひねくれた奴も出てくるんだよ。

変にクール振って大人に憧れたりね。

皆経験あるだろうけど、自分の黒歴史思い浮かべてごらん?

大体中学生くらいの頃じゃないかい?

何が言いたいかっていうとつまり、そういうことさ。

 

 

ちなみに私の中学の頃はね、すごかったよ。

ハイスペックな身体能力と相まって無茶苦茶してたからね。

剣道してたんだけどさ、やっぱ剣とか刀とか武道って厨二心をくすぐるというか。

漫画の技再現しようとしたりとか秘剣とか憧れるじゃん?

大会で日本一になったけど試合内容とか賛否両論だったし、型無視するし荒いしで品格云々がーって言われてたよ。

荒かったのは認めるがルール内で許されていることをしただけだ。私は悪くない。

 

 

いや、私の自分語りなんてどうでもいい話を戻そう。

そうこころはね、太陽なんだよ。

笑顔が眩しくて直視できないとかそういうのではなくアレね、存在がね。

陽の光が恵みをもたらす様に、こころは周りの人間を豊かにしていくの。

多少疎まれたりもするけどそれも結局一時的なもの、必要な存在なの。

 

とはいえ、太陽の眩しさに堪えられない人がいるというのも、太陽だけでは世界全てを照らすことが出来ないのも残念ながら事実だ。

中学生の時のこころはまさにこの状態だった。こういう言い方は心苦しいのだが、簡単に言うと独り善がりだったのだ。

このありがた迷惑とも言える部分は、家族としてこころに接する時間が少なかった私たちにも責任があるので偉そうに言えないんだけど・・・・・・

家族から十分に与えられなかったものを外に求めるのは当然なんだから。

 

 

けれども今は違う。

太陽が眩しいという人には優しい輝きを、陽の光が届かないという人には自身が映し身となって光を届ける。

陽の光を映して照らす月のように、こころに足りないものを補ってくれる。

そんな友達が、存在ができた。

 

 

『世界を笑顔に』

 

 

そんなの無理だって言う人も多いだろうし、夢物語だと鼻で笑う人もいるだろう。

でも私はそうだとは思わない。

今のこころならできるって本気で信じてる。

 

 

 

願わくば、私の存在がその夢を一助とならんことを。

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

何事もほどほどに、それが私の信条だった。

勉強も授業に置いて行かれない程度にやって、孤立しない程度に友達を作って遊んだり、放課後にバイトしたり、そうやって漫然と高校生活を消費して大人になると思っていた。

私は別にそれで良かったし、一度しかない高校生活だからと気合を入れたりしなかった。

今まで通り、日々の小さな幸せを糧にこれからも生きていくんだと思ってた。

 

 

けれどもそんな私を嘲笑うかのように、高校というものにも慣れてきた頃、ある意味では人生のターニングポイントとも言える劇的な出来事が訪れた。

そう、なんとバンドを結成することになった。中学の頃の私が聞けば仰天するだろう、それほどに縁遠いことだったのだ。

 

勿論、私の中で大きな決意やキッカケがあったわけではなく、とある人物の突飛な行動に巻き込まれたのが原因だ。

 

 

「美咲ーっ! お昼よー! 一緒に食べましょうっ?」

 

 

昼休みに突入するや否や私のもとへ飛びついてくるのは、弦巻こころ。人呼んで『花咲川の異空間』である。

異空間と称されるだけあってその言動は理解の範疇になく、あれやこれやで私は気付けばハロー、ハッピーワールドの一員となっていた。

 

 

「はぐみは今日は部活のお友達と食べるみたいで断られてしまったのだけれど、花音も誘っておいたからもうすぐ来るはずよっ」

「はいはい分かったら少し落ち着こうね」

 

 

いつにもましてテンションの高いこころをなだめて私もお弁当を取り出す。

しかし花音さんも可哀想に、高校にもなると学年が1つ違うだけで先輩後輩という上下関係が中学の頃より明確に表れる。

なので昼休みとはいえ上級生が下級生のクラスにくるのは目立つ。まぁ逆のパターンよりはマシだけど。

こころは物怖じしない性格なので気にせず行けるだろうが私は上級生のクラスに行ってご飯を食べるなんて無理だ。

ここは1つ花音さんに頑張ってもらいたい。

 

 

 

「あれ? 今日はこころのお弁当なんていうか、すごい普通じゃん」

「そうなの! 今日のお弁当はね、お姉様が作ってくれたものなのよ!」

 

 

目の前にこころが持ってきたお弁当は少し大きいけど、よく見る2段重ねの普通のお弁当箱だった。

見た目に反してこころはよく食べる。だからいつもは重箱のようなサイズで中身もおかず1つ1つに手間を掛けられてるのがひと目で分かる程で、おそらく弦巻家で雇ってるシェフが腕によりをかけたものなのだろう。

 

それに比べて今日はどうだろう。

玉子焼にハンバーグにタコさんウィンナー。流石に全て手作りで冷凍食品なんかは見受けられないが私のお弁当と似通った、中身も出来も普通のお弁当である。

何があったのだろう、私にとっての普通などこころにとってはもはや異常だ。

 

いや待てお弁当に意識が行ってたがこころはなんて言っていた?

確か、おねえさまがつくってくれたとか・・・・・・?

って、お姉様ぁ!?

 

 

「え、こころちゃんってお姉さんいたの・・・・・・?」

 

 

私が驚愕してる間に、丁度このクラスに着いたばかりで今の会話が聞こえていたであろう花音さんが挨拶も忘れて疑問を口にしている。

 

 

 

「えぇ! いつもは忙しいお姉様なのだけれども今日は時間に余裕があったからとお弁当を作ってくれたの!」

「そうなんだ。だから今日のこころちゃんはいつもより元気だったんだね」

 

 

こころにお姉さんがいたなんて初耳だ。

どんな人なんだろう。やっぱりこころのお姉さんなんだしブッ飛んだ人なんだろうか。

でもこのお弁当を作ったと言われると所帯染みてるというか普通の感性を持ってるのかもしれない。

うーん、気になる。

 

 

それは花音さんも同じだったようでどんな人なのか聞いている。

こころは待ってましたと言わんばかりに嬉しそうに話しだす。

いつも通り擬音だらけの独特な表現で、要領を得ないが小さい頃に絵本を読み聞かせてもらったとか、美人だとか、バク転を教えてもらったりもしたとか。

おっきな男の人を投げ飛ばしたのを見たこともあるらしい。

それと、ここ数年はこころのお父さんの仕事を手伝って海外に行ったりしてたけど、昨日帰ってきてこれからはあの屋敷で一緒に暮らすらしい。

 

 

 

「ふふ、こころちゃんはお姉さんのこと大好きなんだね」

「もちろんよ! とーっても素敵なお姉様よ!」

 

 

 

まぁ、こころがこんなに慕ってるってことはいい人なんだろう。

結局どんな人か想像できなかったけどいつか顔を合わせることもあるだろうし、その時までの楽しみにしておこう。

 

 

 

 




みさここはいいぞ


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3話 正直、女の子に囲われたい

もっと軽い文が書けるようになりたい。


本日はオフの日となります。

 

当たり前だけど黒服も立派な仕事な以上休みの日はあります。完全週休2日とまではいかないけどね。

黒服も人数自体はそれなりにいるしローテーションで休みを回している。勿論情報共有や引き継ぎはしっかり徹底させておりますとも。

法律で定められている通りに休みはあげないとね、割と激務だし効率の問題もある。

黒服だけどブラックとは言わせません!

 

今日はね、商店街あたりをぶらつこうかと思ってます。

こころは何かと行動範囲広いから送迎やらで車運転すること多いんだよね。だから今日はお散歩の気分なんですよ。

 

 

ちなみに折角の休みなのでオシャレしてきてるんですよ。

テーマはね、海外女優のオフ。

髪の毛後ろで縛って、シャツに薄手のカーディガンにジーパンっていうシンプルな格好。

あとはサングラス、勿論黒服の時のとは別だよ。

素材がいいから成り立つオシャレだね。

 

 

ここの商店街は結構活発みたいで人もそれなりに多いね。若い子も多いし。

見たところシャッター閉まってるとこないし。私の前世的なイメージでは商店街って寂れてる印象あるんだけどな。

近くにショッピングモールもあるのにね。うまいこと住み分けできてるんだろう。

 

 

こうやって歩き回ってるとなんか逆に新鮮だなー。

パン屋さんとかすごい人気じゃん。混んでたしあそこはまたの機会にするとして、楽しみにしておこう。

あと急に自動販売機が喋り始めたりしたんだけどビックリするからやめてほしい。

日中だから良いけどこれ夜中なら完全にホラーだよ。

 

 

とか思ってたらまた横から話しかけられたんだけど、今度はなんだ。

 

声のした方に顔を向けてみたらなんと、かわいい女の子じゃないですか。

こういうのは大歓迎です。

 

 

どうしたの? って聞いたらなんかるんっ♪ってきたらしい。

うんうん直感って大事だよねーわかるー。

君もおめめキラッキラでいい笑顔してるね。我が天使こころちゃんを彷彿とさせるよ。

あ、そうだこころと言えば思い出した。

昔こころが好きだったアレをやってあげよう。今でもやったら喜ぶだろうけどね。

 

ちょっと失礼して、はーいたかーいたかーい。

私のたかいたかいはね、ほんとに高いよ。

なんせ持ち上げてそのまま上に放り投げてるからね。割と力持ちだし安全面にはちゃんと気を遣ってるからそんなに危なくないよ。

それにこの子はなんか大丈夫そうだし。

 

 

お気に召しくれたようで、もっかーい! ってねだられた。

結局一度や二度じゃ満足しなかったみたいで十回近くやっちゃった。流石に疲れたよ。

 

それから今更だけどお互いに自己紹介した。

あなたヒナっていうのね、私うつほっていうの。

ヒナちゃんとは仲良くなれそうだったので連絡先を交換しといた。

 

で、最後にユウジョウ!って言いながらハイタッチして別れた。

またねー。

 

 

すごい独特な感性をお持ちな子だったな。

時間にすれば10分程度の出来事だったけどいい出会いでした。

 

 

 

とはいえ少し疲れたから一休みしたいな。

どっかの珈琲店がいい感じって聞いたしそこに行ってみるかな。

 

お、あそこかな。分かりやすそうな位置にあるし間違いではなさそう。

羽沢珈琲店ね。

 

 

 

え、珈琲店だよねここ?

カフェとかよしんばレストランだよね??

 

お寿司屋さんじゃないよね? 元気な声で何握りましょうかって言われたんだけど。

ま、まぁ聞かれたことだし一応答えとこうかな。春だし鰹お願いします。なんとなくだけど鰹って秋が旬なイメージあるよね。

 

 

カツオイッチョー! って奥に向かって言ってるけどどうなるんだろ。

あ、違う子きた。

お寿司はやってないって? やっぱり?

 

自分のミスをさとり始めたのか板前(仮)の女の子はおろおろしちゃってる。

いや、いいんだよ。私は気にしてないからね。

ささ、仕切りなおして席へ案内しておくれ。

 

 

席に着くやいなやさっきの、イヴという子に謝られた。

ふざけてた訳じゃなくて帰国子女だからまだまだ不慣れなだけだって。

飲食店ではああいう挨拶もあるって知ったから言ってみたとか。

なるほどねー、喫茶店では言わないけどラーメン屋とかコンビニだとあんな接客もあったりもするし仕方ないね。

 

取り敢えず先に注文だけお願いしようかな。

色々あって悩むけど、さっきからむこうの席の子がモカモカ言ってるし、モカコーヒーにしてみるとしよう。

 

店内が空いてたこともあって、想像してた以上に早く持ってきてくれた。

湯気で曇るしサングラスを外してるとイヴちゃんがじーっとこちらを見ていた。

どうしたの、お姉さん照れちゃうよ。

 

なになに、私をどこかで見たことある気がする?

んー私最近帰ってきたからここらで見かけたってことはないと思うけど。黒服姿と結びつくこともないだろうし。

気のせいじゃない?

 

 

と思ったらビックリ、昔の、弦巻になる前の名前を呼ばれた。前世のじゃないよ。

てかマジ? どこでその名前知ったの。

 

ふんふん、イヴちゃん剣道してるの。え、アイドルも? すごいじゃん。私今アイドルとお話してる。

それでその伝手もあって私が載ってる雑誌を読んだことあると。

 

いやいや確かに私大会優勝した当時インタビューとか受けたけども、いつのナンバーよ。

何年前だと思ってるの。

はぁ、私まだその界隈で話題に上がるの? やんちゃしすぎたか。

強くて凛々しくてまさに武士ですってイヴちゃん褒めすぎだよ。

 

剣道もそうだけど私リアル中二あたりの時期が一番はっちゃけてたからその頃の話されると少し恥ずかしい。

黒歴史ってほどでもないから悶えるとかはないんだけど。

 

 

そのまま少しお話して、イヴちゃんは仕事に戻っていった。

少しというか結構話してた気もする。店員さんを引き止めてたわけだけど大丈夫だったのかな。

いや、大丈夫か。向こうでもピンク頭の子と店員さんおしゃべりしてるもんね。あ、目があった。

 

とは言え、あまり長居はせずに帰るとしようかな。

1人だし、ちゃっかり頼んどいたケーキも食べ終わったしね。

 

 

お会計の時に是非またきてくださいって言われちゃった。

おいしかったし可愛い子も多くて気に入ったのでまたきます。はい。

 

 

 

いい休日だった。

帰ったらこころもいるし、こんな充実した生活を続けていければいいな。

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「つぐ聞いてよーモカってばまたさー」

 

 

今日は珍しくお昼すぎにうちにきたひまりちゃんはケーキを注文して食べ終わったと思えば、ほっぺをテーブルに貼りつけながら愚痴をこぼしていた。

最近こうして愚痴を聞くことが少なかったから鬱憤が溜まってたのかもしれないね。

 

 

愚痴の割合はモカちゃん5、蘭ちゃん3、巴ちゃん2ってとこかなぁ。

半分がモカちゃんだってことを少ないと言うべきか多いと言うべきかわかんないや。

 

 

今はお店も落ち着いてるからそのままひまりちゃんの話を聞いていると、チリンチリンと入客を知らせる扉の鈴が聞こえた。

入ってきたお客さんは真っ白な髪と肌でサングラスをかけたお姉さんだった。

ああいう髪のくくり方はミドルポニーテールって言うんだったかな?

巴ちゃんのカッコイイをキレイに置き換えた女性って感じがする。

 

 

 

「ふわぁ、キレイな人・・・・・・外人さんかなぁ?」

 

 

 

ひまりちゃんもその人を一瞥すると感嘆の声をあげていた。

私は気を取り直して接客しに行く態勢に入ったけど、一緒にシフトしているイヴちゃんが先に動いてくれていた。

バイトを始めて日が浅いけれど、積極性のある姿勢はお父さんも褒めていたし私も見習わなきゃっ。

 

そしてイヴちゃんは、お客さんの前でこう言った。

 

 

「へいラッシェーイ!! なに握りやしょーか!」

 

 

えええええぇぇええ!

イヴちゃあああああぁぁああぁあんんん!

常連さんならともかく一見さんにそれはだめだよぉ!

 

 

「え、あぁ、じゃあ。鰹でお願いします」

「カシコマリヤシタァ! カツオイッチョー!」

 

 

かしこまりましたじゃないよぉ。お客さん困ってるよ!

こうしちゃいられないと私もフォローに向かう。

 

 

「す、すいませんっ。うちはカフェなのでお寿司やってないんです・・・・・・」

「そ、そうですよね」

 

 

私たちの間に流れる空気に、流石のイヴちゃんも何かが違ったことに気付いたのかおろおろし始めた。

 

 

「私は気にしてないので大丈夫ですよ。さぁお嬢さん、席を案内してもらえる?」

「は、はいコチラです!」

 

 

お姉さんはゆったりした口調でイヴちゃんを落ち着かせるように声をかけてくれた。

優しい人で良かったねイヴちゃん、ちゃんと謝って働きぶりで挽回してね!

後ろから応援の念を飛ばして、ひまりちゃんのところへと戻る。

 

 

「イヴちゃんすごいねー・・・・・・」

「あはは・・・・・・」

 

 

ひまりちゃんもさっきのやり取りは聞いてたみたいでちょっと引いてるような感心してるような微妙な顔をしていた。

私は誤魔化すように苦笑いを返すしかできなかった。

 

2人してお姉さんが座ったテーブルをみて、どうやらちゃんと謝れて大丈夫そうなのを確認すると、ひまりちゃんはまた愚痴をこぼし始めた。

やっぱり内容はモカちゃんが多くて、聴いてるだけでモカちゃんの声が頭の中で再生されてしまう。

 

 

そうこうしてるとイヴちゃんもオーダーをとってきたようだ。

モカコーヒーってこれもしかしてひまりちゃんがモカモカ言ってたからだとかないよね・・・・・・

まぁだからなんだという話でもないんだけど。

 

ひまりちゃんもどさくさに紛れてケーキ追加してるし。

さっきモカちゃんに「その調子だとひーちゃんじゃなくてぶーちゃんになっちゃうよ~?」って言われてひどくない!? って愚痴ってたばかりじゃん。

 

 

注文したケーキをあっという間に平らげたひまりちゃんはまたテーブルにほっぺを張り付かせながら楽しそうに会話しているイヴちゃんをみていた。

それにしても、そのだらけっぷりはゆるキャラみたいだよひまりちゃん・・・・・・

 

「綺麗なお姉さんだなー、目のほよーになる・・・・・・」

 

いや、ひまりちゃんが見ていたのはお姉さんの方だった。

確かにサングラスを外して晒されてる素顔は小顔で、キリッとした眼にすぅっと通った鼻筋で完成された造形品のようだ。

そういえばひまりちゃんは薫先輩の大ファンだし、時々巴ちゃんのイケメンさにときめくとか言ってるしミーハーなとこあるもんね。

今でもじっと見つめてて、ほぅってため息吐いてるし。

 

 

ひまりちゃんの熱い視線に気付いたのかお姉さんはこちらを向いて視線を交わらせたと思ったらなんと、ウィンクしてくれた。

その堂に入ったウィンクに少し見蕩れてしまった。

はぅ、これは確かに薫先輩にファンが殺到するのも分かる。

 

私でこれなんだからひまりちゃんはどうなってるんだろう。

あ、顔が真っ赤だ。

だらしない姿勢のままだったことも相まって羞恥と興奮が混ざり合った顔してる。

 

 

 

あ、お姉さんはお会計みたいだ。

イヴちゃんは食器をさげてくれてるから私がレジだね。

 

 

「ありがとうございました! また是非ご来店くださいねっ!」

「ケーキ、おいしかったわ。これからも通わせてもらうことにしようかしら」

 

 

 

会計が終わってお姉さんを見送ったけど、ひまりちゃんはまだ余韻に浸ってるみたいだし、私はイヴちゃんにどんなお話をしてたか聞いてみることにした。

 

 

「ウツホさんはとってもすごいブシなんですよ!」

「ブシ・・・・・・武士?」

「ハイ!」

 

 

うつほって名前なのかぁ、お姉さん。

それにしても武士? どういうことなんだろう。

 

 

「ウツホさんは剣道をやっていらしてて中学生の頃、大会で優勝して三連覇を成し遂げた人なんです!」

「三連覇! すごい・・・・・・」

「ハイ! ウツホさんの試合をみたことがある人は彼女こそ現代のサムライだと仰っているほどです!」

 

 

イヴちゃんは憧れの人に出会えたかのように興奮して彼女にまつわる逸話をいくつか話してくれた。

中学の公式試合では無敗だとか、噂を聞きつけた高名な剣術家の先生に教えを受けたとか。

 

 

「でも中学以降はパッタリ姿を消してしまったらしいのですが、今日お会いできて良かったです!」

 

 

イヴちゃんは本当に嬉しそうにしていて、見ている私も思わず嬉しくなってしまうくらいだった。

さっきこれからもうちに通おうと言ってたことを教えてあげると、喜びながらも一層精進しなくてはと気合を入れていた。

 

 

私もそろそろお店のお手伝いが終わる時間だし、喜びそうだからひまりちゃんにも今の話してあげようかなっ。

 

 

 

 




次は何かしらイベントの話にしようと思います。


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4話 おやすみ

敷地内に詰所建てる許可取っておいて本当に良かった・・・・・・

今日みたいに雨が降っている時とかすごい助かる。

 

今までは外に車用意してたみたいだけど、あんまり長いこと置いてたら怪しいし迷惑だしね。

それに狭いし普通に不便。かといって傘さしてずっと見守っとけってのも酷な話。

 

こころが授業中はここから確認すればいい。詰所から教室の窓まで遮蔽物ないから望遠鏡とかで見える位置だしね。

一応GPSもつけてるからこっちの機械も随時確認してればそうそう問題はない。

休み時間だけは私たちも外に出て、こころたちの視界に入らない程度に見守ればいい。

 

そして、下校時や放課後は学園の警備に必要な人だけ残して、あとはひっそり周りを固めとけば完璧。

 

 

今日はお友達の香澄ちゃんと美咲ちゃんと一緒に帰るみたい。

こころが友達と一緒に下校するというだけで私は嬉しい。

昔はそこまで親しい友達もおらず車で送迎してたからね。

警備上の手間を考えると送迎した方がやりやすいけれど、こころが楽しい学校生活を送れるようにするために黒服がいるのだ。そのために掛かる手間なら寧ろ喜んで増えてもらいたい。

手間が増えるほど、こころが充実してるってことだからね。

 

 

でもねーこころ、雨の時は傘さそうね。香澄ちゃんも。

せめて私みたいになるべく屋根とか雨除けのあるところ通るとかしようよ。案外楽しいよ、こころたちの視界に入らずかつ雨に濡れない位置取りをしてるとなんかステルス忍者アクションって感じで。

 

しかしこころはともかくとして、香澄ちゃんもめっちゃ元気ね。美咲ちゃんはゲンナリしてるのに。いや、あれは雨だからってより気疲れかな。

振り回されてる感じすごいもんね。保護者みたい。

でもね美咲ちゃん、こころの保護者は私だ。譲らないよ。

 

 

おや、なんか太鼓の音がする。

どこからだろう、商店街の方っぽいな。

週末はお祭りするらしいし練習してるのかな。

 

 

あ、こころたちも太鼓の音を感じ取ったみたい。

どうやらこころの好奇心を刺激するには十分で、香澄ちゃんと走っていってしまった。

頑張れ美咲ちゃん。

 

 

目的地の神社に着きました。

それにしても、雨が止んでたとはいえ君たち速いね。全然息切らしてないし、テニス部だという美咲ちゃんでも息切れしてるのに。

 

ってことで会話が途切れてる今がチャンス。

ちょっと失礼するよ。君たち髪の毛濡らしたまんまじゃないか。

タオル用意してあるからささっと拭いてあげよう。こころと、はい次は香澄ちゃんもね。てかなにこの猫耳みたいなの。気をつけてたとはいえタオルで拭いたのに乱れないぞ。

あ、美咲ちゃん驚かしてごめんね。急に人が現れたらビックリするよね。

ついでだし君も少し汗かいてるから拭いてあげよう。いやいやお礼なんていいんだよ。お礼を言いたいのはこちらの方さ。

 

うん、これでよし。じゃあ私はまた離れて見とくから続きをどうぞ。

 

 

 

 

太鼓を叩いてたのはこころたちのお友達らしい。

と、も、え。巴ちゃんか。流石に会話が聞き取れる距離ではないので唇を読むしかない。

皆身振り手振りで話すから内容も想像しやすいしね。

 

なになに、こころも太鼓叩きたいと。そしてOKだと。

で、練習はまた明日と。なるほどね。

じゃあ今日はもう帰るだけだね。

 

 

ん? 深みにハマっちゃいそうって美咲ちゃん。

いいよいいよー、その調子でかわいいかわいいこころ沼にハマっていこう!

 

 

 

 

その後は無事に何事もなく帰路についたこころたち。

水たまりでパシャパシャ遊んではいたけどね。

 

家に帰ってきたこころにひとまずはお風呂に入るように言っておいた。

途中で一度髪は拭いておいたとはいえ服も濡れてるし靴なんてぐっしょり水を吸って重いくらいだ。

 

 

こころがお風呂入ってる間に私も着替えとこうかな。

雨の日は湿気もすごいからカツラ蒸れる。

しかし、やっぱりこころは黒服姿の私に気付いてないみたいだね。まぁミッシェルをクマと信じてるくらいだからそりゃそうか。

 

 

最近は晩ご飯時はこころが楽しそうに今日1日の出来事を話すのを聞く時間になりつつある。食事はついでって感じ、お互いにね。

私はこころと一日中一緒にいる気分だけど、こころ的には私と会って話出来るのはこの時間が中心だもんね。

たまに夜もお話したりもするんだけれど私も一応やることがあるし、それを分かってるこころも遠慮してる感じがあるんだよね。

 

ごめんね・・・・・・お父様が黒服しろって言ったくせに他の仕事も送りつけてくるんだ・・・・・・!

養子とはいえ私も『弦巻』だから、お父様と私にしか処理出来ない仕事があるから仕方ないことなんだけれども。

これもこころと一緒に暮らすために必要なことだから頑張ります。

 

 

 

仕事を片付け時間を確認してみればもう日付も変わろうかという時間。

私もそろそろ寝ようかなと思ったけど1つ気になることがあります。

という訳でゴー。

 

 

はい、きました。こころちゃんのお部屋です。

部屋を覗いてみると懸念してた通り。

やっぱりまだ起きてたのねこころちゃんや。

 

おや、何不思議そうな顔をしてるんだい?

こころは昔から楽しみなことがあると眠れない子だったからね。

明日は太鼓を叩くのが楽しみってご飯の時話してくれたでしょ? だから様子を見に来たのさ。

 

 

ほら、まずはこのホットミルクをお飲み。

私はココア。コーヒーだと次は私が眠れなくなるからね。

 

よしよし、次はベッドだね。

眠るまでおてて繋いでてあげるからねー。へへ、恋人繋ぎしちゃった。

 

うわー、久々に手を握ったけど相変わらず柔らかい。それにちっちゃい。

白魚のような手ってこころのような手を言うんだろうね。

それに比べて私はペンダコとか剣ダコがあるから少し硬い部分あるんだよね。このハイスペボディでも流石にそこまで融通利かなかったよ。

 

こころも懐かしいって言ってくれて嬉しいなー、ちゃんと昔のこと覚えてくれてるんだね。

うんうん、ついでに頭も撫でちゃお。

はー髪の毛さらっさら。極上品のシルクのような手触り、いつまでも触ってたい。

私得だ・・・・・・

 

 

そうやっているとこころも落ち着いてきたのか徐々に瞼が重そうになってきている。

女の子の眠そうにとろんとした顔って本当にかわいいよね、犯罪的。

 

 

 

おやすみ、こころ。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

ざあざあ、ばらばら

 

 

このところずぅーっと雨が続いているわ。

おかげさまで? 最近みんなすこしゲンナリしてるみたい。

 

雨が降ってるとお外で遊べないからかしら?

ふしぎよね。なんで雨が降ると外で遊べないって決め付けるのかしら。

 

あたしは雨の日もすきよ。

雨水が屋根を打つ音も、鏡のような水たまりも、歩くだけでいつもと違う感触が楽しめるのも。

普段は見つけられないような、いろんな楽しいがそこら中にあるんだもの!

 

こうやって、肌で雨を感じることもお外にでないとできないことだわ。

ずっと屋根の下にいるなんて勿体ないわ。

 

ほら、すこし探せばいつもは恥ずかしがり屋さんで姿をみせないカタツムリもお外にシャワーを浴びにでてきちゃうのよ。

 

 

「香澄! みてみて! ここにもカタツムリがいたわよ!」

「ホントだっ! このカタツムリ子供をおんぶしてる~! かわいい~!」

 

 

そうそう、今日は美咲だけじゃなくて香澄も一緒に帰ってるの!

美咲は濡れるのが好きじゃないから傘をさして後ろを歩いてるのだけれど、香澄はあたしと同じで雨の日が好きみたい!

やっぱり楽しいはみんなで共有したほうがいいわ。

 

 

あら? 美咲と一緒に雨の中を裸足で歩こうと思っていたのだけれど、それよりもっと楽しそうな音が聞こえて来たわ!

これが太鼓の音なのね! お祭りをやるときに鳴らすのだって!

 

 

「お祭り! とっても楽しそうね! あたし行ってみたいわ!」

「私も私も!」

「美咲! 香澄! これから行ってみましょうよ!」

 

 

あたしはお祭りは行ったことないけれど、香澄は行ったことあるみたい。

金魚すくいっていうのがあるのね! 楽しそうだわ。早く行きたいわね!

香澄は一足先に走っていったわ。あたしたちもこうしちゃいられないわ!

 

 

「美咲もほら! 一緒にいきましょっ」

 

 

美咲はのんびりやさんね、はやくこないと置いてっちゃうわよ?

待ちきれないから手を取って連れて行ってしまおうかしら!

 

 

 

さぁ神社についたわ!

お祭りはどこかしら? 金魚すくいも!

 

んー、残念だけれどまだやってないのね。

 

 

「失礼します」

「うわぁ!!」

 

 

黒服の人じゃない。どうしたのかしら。

あ、美咲ったら大きな声をだしてへんな顔してるわ! たのしそうね!

 

 

「そのままでは風邪をひかれてしまうかもしれませんので」

 

 

そう言うやいなや黒服の人は素早い動きであたしの髪を拭いてくれた。そうね、風邪をひいたら大変だものね。

あたしが終わると次は香澄の番でくすぐったいのか、わひゃーって言ってるわ。でもなんで黒服の人は首をかしげてるのかしら?

 

 

「奥沢様も」

 

美咲は傘をさしてたから濡れてないんじゃないかしら。と思ったら走ってきたから汗をかいてたみたい。

首周りを拭かれて驚いたり恥ずかしそうにしたり百面相だわ。

 

それじゃあスッキリしたところで奥にいきましょっ。

 

 

わ~、とっても大きな太鼓ね~。

巴もいるじゃない!

 

巴も太鼓の音に誘われてきたのだと思ったけれど、そうではなくてさっきまで太鼓の音を鳴らしていたのは巴だったのね!

お祭りに向けての練習だそうよ。

もう少し練習するから演奏を見ていってくれですって!

 

 

 

 

ソイヤーーーっ!

なんだかとっても元気がでる言葉だわ!

 

和太鼓の響きもステキであたし感動したわ。

これは皆元気になれそうね! あたしも太鼓を叩いてみたいわ!

香澄も叩いてみたいって言ってるし決まりね!

 

巴も明日からなら大丈夫ってOKをくれたし楽しみね!

 

 

 

 

お家に帰ったらお風呂にはいって、お姉様とご飯を食べて、いつもみたいに今日あったことをお話したわ。

明日から太鼓を叩けるってことを話したら頑張りなさいって!

 

夜になって、すこしお勉強したりハロハピのみんなとチャットで話してたりしたらもう寝る時間。

ベッドに横になって眠ろうとしたのだけれど、明日のことを考えるとわくわくして中々寝られないわ。どうしましょう。

そうだわ、ちょっとだけお星様を眺めてようかしら!

 

んー、もう日付がかわってしまうわ。もういっそこのまま寝ないでいようかしら?

ベッドでミッシェルのぬいぐるみを抱きしめてそんなことを思っていると、控えめな音とともに部屋の扉が開いたの。

こんな時間にいったい誰かしら?

 

 

「お姉様・・・・・・?」

 

 

そう、扉から顔だけだして白い髪をゆらゆらさせていたのは虚お姉様。

どうしたのかしら。

 

 

「やっぱりまだ起きてたのね」

「え、えぇ・・・・・・ごめんなさい。もう寝ないといけない時間ですものね」

「大丈夫、怒ってる訳じゃないわ」

 

 

夜更かしはダメだと叱られるかも、と思っていたらお姉様はあたしの隣に並ぶようにベッドのふちに腰をおろしたわ。

 

 

「眠れないのでしょう?」

「え・・・・・・?」

「何そんな顔をしているの? こころは昔から、楽しみなことが控えていると夜眠れなくなってたでしょう?」

 

 

変わってないのね、と頭を撫でられた。

恥ずかしくて、ついミッシェルのぬいぐるみに顔をうずめてしまう。

 

お姉様はすこし待っててと言うと部屋からでてしまった。

けれどほんの数秒後には両手にカップを持って戻ってきたわ。

 

 

「はい、ホットミルクよ」

 

 

外に既に準備していたってことは、お姉様はあたしが眠れずにいたことはお見通しだったみたい。

お姉様の持つ方からはあまい匂いがしてきた。ホットココアのようね。

じーっと見てたから欲しがってたと勘違いされたのか、ひとくちあげましょうかって差し出されたからいただいたわ。あまくておいしい。

 

 

お互いに飲み終わるとお姉様はカップを片付けにまた少し部屋を離れた。

戻ってくると、とりあえず横になるように言われたわ。

 

 

「こころが眠るまではこうしてましょうか」

 

 

そう言ってお姉様はあたしの手を握ったの。

眠るまで、という言葉に反応してしまって離さないとばかりに指を絡めてしまったわ。

けれども何も言わずに微笑んでくれたお姉様をみて、嬉しくてきゅっと確かめるように手を握っちゃった。

 

 

あたしよりもすこし大きな手。

雪のように真っ白で、それでいて力強くて、頭を撫でてくれる手。

ペンや刀をよく握ってきたからかすこし硬いところがあるけれども、あたしを安心させてくれるお姉様の手がだいすき。

 

 

「ずーっと前にもお姉様にこうしてもらったこと、思い出しちゃうわ」

「最近は、こうしてあげることもなかったわね。ごめんなさいね、こころ」

 

 

昔は今みたいにお姉様も一緒に暮らしていて、あたしが起きてる間はだいたい忙しそうでお家にいることも少なかったのだけれども、夜はお姉様も帰ってきていて何度か一緒に寝たいとねだったこともあったわ。

その時もこうして手を繋いでくれてたわね。

 

握っている手が、頭を撫でて髪を梳く手が、微笑んでくれる優しい笑顔が。

全部が懐かしくて、あたしの胸はふわふわして安心するの。

 

胸の中がぽかぽかして幸せで、このまま時が止まればいいのにと思ってしまう。

だんだん目も開けていられなくなって、もうすこしで夢の世界にふわ~っと飛んでいけそう。

 

 

 

「おやすみ、こころ」

 

 

 

お姉様が昔からしてくれるおまじないの感触をおでこに感じて、耳元に囁かれる声を最後にあたしは夢の世界に旅立ったわ。

 

 

きっと、今日はいい夢がみられると確信して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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5話 雨のち晴。だといいな

ソイヤ会を続けるか否か、それが問題だ。


まーた今日も雨だよー。

私も雨がそんなに嫌いではないんだけど、足の裾とか濡れるのがすごい嫌なんだよねー。

ぶっちゃけ曇りの日が一番好き。ハイスペックとはいえ一応アルビノだからね、直射日光にすこし弱い。

それに私にとっての太陽はこころで、私の心の中はいつでも晴れやかなのさ!

 

 

で、私の太陽兼天使兼妹のこころちゃんはというと、運動服姿で太鼓を叩きにきております。

活発な女の子の運動服はそれだけで眩しい。あの子たちの周辺だけ晴れ晴れとしてるよ。私の目で見えてる分にはね。

 

 

へー、このお祭り起源は晴天祈願だったのか。

というかこころ晴天祈願知らないのか。やっぱ弦巻家の教育はアレだね。すこしグローバル過ぎたね。英語教育とかはしっかりしてたのに。

いや、でも私は華道も教養として習ってたしどうだろう。私が剣道華道と和に寄りすぎたからこころの教育は洋に傾いたのかな。

ううむ、ひょんなところで謎が生まれてしまった。

 

 

なんだか巴ちゃんや美咲ちゃんの話聞いてると、感覚派と理論派は噛み合わないって思い知らされるね。

どっちの意見も分かるからね、私は。前世理論派で今生では感覚派なので。なんというか、考え方って変わるもんなんだね。不思議。

それはさておき、美咲ちゃんにとっては災難かもだが君の周りにいる子は多分みんな感覚派だよ。

 

まぁそんな美咲ちゃんに私が敢えてアドバイスするとしたら、太鼓は思いっきり叩け! だ。

声は届かないだろうから念力飛ばしとくね。あ、なんかキョロキョロしてる。もしかして届いちゃった? 私エスパーの才能もある?!

 

 

習うより慣れろってことでこころたちが太鼓を叩き始めて早一時間。

巴ちゃんは流石というか叩き慣れてるのかまだまだ元気だ。

美咲ちゃんと香澄ちゃんは疲労が溜まって腕が痛い様子。

 

こころ?

こころはピンピンしてるよ。あの子も割と体力お化けだからね。

巴ちゃんの観察眼では体力だけでなく体の動きも評価してるみたいだ。

お目が高いね。

 

 

あ、こころがターンを決めながら叩いてる。天使が舞ってる!!

美咲ちゃんと巴ちゃんは驚いてるけど私は驚きよりも興奮が優ってしまう。

 

 

こころがあれだけ動けるのも私知ってるしね。知ってるというより、私がこころに体の動かし方を教えたのだ。

小さい頃から体力や力を持て余してたからこのままではこころも、周りも危ないと判断してお父様に頼み込んだのだ。こころのために時間をくれと。

力の入れ方ひとつで体への負担も随分変わるし、ましてや成長しきってない体とこころの持つポテンシャルが釣り合ってなかった。スポーツしてる子供とかによく言われるやつだね。

 

それからは柔軟に始まり、側転バク転鬼ごっこパルクールと色々遊びながら教え込んだ。

多分あの頃が一番こころと触れ合ってたんじゃなかな。楽しかったなぁ。

まぁそのせいかこころのやんちゃ具合が加速度的に増してしまったけど。

 

まだまだ子供と油断してたら黒服たちの眼をかいくぐるどころか撒いちゃってたからね。

そりゃ小学生が身の丈越える壁をものの数秒で乗り越えていくなんて想像できないよね。

 

 

こころが未だに太鼓を叩いてる中、休憩してる香澄ちゃんたちの会話はてるてる坊主になっていた。

君たちは数よりバカみたいにでかいてるてる坊主作りそうだね。

 

 

とか話しているとそこには新たな人影が。

おっあのヒナちゃんにそっくりな子、私知ってるよ。紗夜ちゃんって言うんでしょ。

ヒナちゃんとチャットしてるとよく話題にあがるもん。お姉ちゃんお姉ちゃんって。

私も姉だし妹が姉を慕っている話を聞くのは楽しくて、ヒナちゃんも思いっきり姉を語れるのが嬉しいのか写真もたまに送られてくる。

おそらく本人からの許可はとってないと思う。

 

 

 

ふーん紗夜ちゃんて雨女なんだ。結構紗夜ちゃんについて詳しくなった(ヒナちゃんと話してると自然とね)と思ってたけど知らない情報だ。紗夜ちゃんマイスターへの道は遠いな・・・・・・。

 

そんなことを思っていると、いつの間にか太鼓を叩くのをやめていたこころが会話に混ざり込んでいた。

紗夜ちゃんが砂漠に行けばみんなが笑顔になるとはなんて前向きでポジティブで希望に満ち溢れた考えなんだ・・・・・・まぶしい。

 

あまりの純粋さに紗夜ちゃんも顔を綻ばしている。

こころは間髪入れずその勢いのまま紗夜ちゃんをお祭りに誘った。やんわり断られてたけど。

しかし多少強引だがこんなに違和感なく誘えるとはやっぱコミュ力高いね。

 

 

 

 

そしてお祭り当日、最近一緒でもはや顔なじみとなった美咲ちゃんと香澄ちゃんとで集まっている。

こころが楽しみで寝付くのが遅かったと言えば美咲ちゃんが叱っていた。以前にも寝てないことがあったようだ。

でも安心して、昨日は私が寝かしつけてちゃんと寝てるよ! この前手を握ってあげたのが余程気に入ってくれたのか、昨日遠慮がちに一緒に寝ようと言ってくれたんだ。嬉しくて震えた。私にとってはご褒美だからもっと遠慮せず言ってくれていいんだよ。

 

それとなくそれを伝えてみたけど、こころの反応をみるとなんか逆効果だった気がしなくもない。なんでだ。

こころが何をしようが私の負担になるはずなんてないのにね。

 

 

 

あーこころはお祭りを楽しんでるなぁ。

弦巻家は家族旅行とかはするんだけど、家族でお出かけって気軽に出来ないんだよね。

だからこころが小さい時も家にいる間構うことはできてもどこかへ連れて行って家族団欒ってのは難しかった。

当然、お祭りなんて行ったことがない。

 

こころの笑顔をみると癒されるなぁ。

りんご飴食べてる姿もかわいい。

いや、何をしててもかわいい・・・・・・

 

 

お、いつの間にか紗夜ちゃんも合流してるぞ。

なんだかんだお祭りに来てくれてるなんていい子だ。

でもそんなんだからヒナちゃんにツンデレなんていわれるんだよ。

 

 

紗夜ちゃん射的うまいね。張り合うようだけど私もうまいよ射的。というか射撃?

しかし弓道と似てるって言うけど、似てるかな・・・・・・?

銃は片目で照準合わせるのに対して弓って両目だから逆に違和感ありそうだけど。

まぁ、本人が似てるって言うんならそうなんだろう。所詮出店の射的だしね。

 

ちなみにこころには射的とか一切やらせてないよ。

あの子に飛び道具持たせるのはよくない。流石に私でも分かる。

それでも本人がどうしてもっていうならやらせたけど、そんなに興味ひかなかったみたいだったし。

むしろ私が剣道してたからそっちを真似してたよ。棒振り回してたりしてた。危ないからちゃんと教えたけど。

 

 

とか言ってる間にぃー、こころたちの演奏の時間が近付いてきました。イェーイ。

皆気合入れてるし私も楽しみなんだけどさ、これ、雨降ってきてない・・・・・・?

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

行かないと決めていたはずのお祭りに、私は足を運んでいた。

通りかかっただけで、普段の私なら気にもせずに寄ることはなかったのだろうけれど、今日だけは何故か誘蛾灯に誘われるかの如く気付けばお祭りの会場にいた。

 

私は所謂雨女というもので、こういったイベントに参加すると大抵雨が降る。

もしかするとイベントの日に雨が降るという印象だけが強く残っているだけで実際はそうでもないかもしれないけれども、この場合は私がそうであると認識しているのにも関わらず、今までの経験則に逆らう行動をしているという点が重要な訳です。

 

普段と違った行動を選んでしまったのはやはり、この前の弦巻さんに言われた言葉が関係しているのだと思う。

私がいれば雨が降る。という言葉を、雨を降らしたいなら私を呼ぶ。と言葉遊びのように直様言い換えられてしまった。

そんな馬鹿な例え話、と一笑に付したいところではあるけれど、その馬鹿な例え話も元は私が雨を降らしてしまうと自らの言葉を発端にしている。

 

今まで信じてきた経験則か、それとも雨を降らすなどただの自信過剰だったのか。

どちらかハッキリさせたいと無意識のうちに考えていたのだろうか。思わされていたのだろうか。

或いは、自ら築き上げた固定概念が崩れて欲しいと期待しての行動だったのか。

 

 

 

結果だけを言うならば、祭りの最中に雨は降った。

けれども結果的に、雨はあがった。

 

奥沢さんの言っていた通り、天気予報が示していたように雨のち晴。ただ今日はそういう日だったというのは簡単です。

でも私は弦巻さんや宇田川さん、戸山さんの頑張りで定められた天気を変えてしまったようにも思えた。だからこそ柄にもなく応援して、あまつさえ踊ってしまったのだろう。

 

 

思えば、弦巻さんは不思議な方です。

皆さんが言うように突然奇天烈な行動を取る、という意味ではなく知らぬ間に周囲の人間に影響を与えている、という意味でです。

 

バンドをしているという共通項がありますが、それでも私たちはあまり接点がありません。

けれども私は弦巻さんを目で追ってしまうことがある。

 

それは、弦巻さんの天真爛漫な振る舞いがどうしても日菜を思い出させるからだろう。

劣等感を刺激するあの子と似ている。といっても苦手意識がある訳でもない。かといって進んで関わろうとは思わない。だから目で追うだけに留まっている。

私の中でそんな微妙な立ち位置にいるのが彼女だ。

 

 

そんな距離感にいる彼女の一言が私に与えた影響は、言葉にするよりも今日の私の行動をみれば明らかだろう。

柄ではないと自覚できるほどで、思い返せば少し恥ずかしいけれども嫌ではない。苦くも甘い、そんな気持ちです。

 

 

改めて、弦巻さんは不思議な方です。

 

理解できない妹に似た不思議な子、彼女ともっと話したならば、少しは日菜のことが理解出来るのだろうか。

いつも明るく無邪気な彼女にも、心の裡では悩みを抱えていたりするのだろうか。

 

仮に悩みがあったとすれば、それは私たちにも理解できるものなのだろうか。

 

 

 

 

 

 




前話で案外綺麗に纏まったからお祭り本番の話がかえって書きにくくなってしまった。
ということで紗夜ちゃんからみた弦巻さんのお話。

割と皆こころに尊みを感じてくれてて嬉しい。


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6話 ねこねこねここふっわふわ

段々サブタイが雑になってきてるこの頃


なんと今日は!!!

おやすみです!

 

しかも、ただのおやすみではありません。

そう、我が天使こころちゃんとのお出かけするおやすみなのです。

 

はぁ~この日のために私は仕事を頑張ってるんだろうな~。

ちなみにこの場合の仕事っていうのはこころに直接関係ないやつの話ね。

黒服としてこころの支えになるのはもはや仕事というより生き様だから、私の。

 

 

そうそう黒服と言えばね、元々こころ付きだった人たちなんだけど、最近対応力が増してきたというか柔軟性に幅がでてきた感じがあるんだよね。

直接言われた訳じゃなけど、お父様付きから屋敷に配置替えされた私を見て奮起しているかららしい。

まぁお父様付きの秘書と言えば黒服界のトップエリートみたいなところあるからね。私に憧れてる人も、なんかいるらしいし。

どんな理由でも積極的に私に指導を願ってきてくれる人がいるのはやりやすい。

 

とはいえ逆にそんな人が急に来て上司になったら萎縮したり戸惑ったりするかもしれないと懸念してたから素直に嬉しい。

私のためにお父様が気をきかせてくれたという事情もあるけれど、元々いた人たちからしてみれば、私がこっちに寄越されたのは能力不足だって言われたようなもんだからね。

しかしそこは流石は弦巻に集う人材と言うべきか、不甲斐なさを感じることはあれどその感情を糧にすることができる上昇志向な方ばかりで良かった。

 

 

そんなこんなで、私に掛かる負担も減って休みも増えたという訳だ。

私とこころが一緒にお出かけ出来るのなんて今の内だけだろうし一杯思い出作っとかないとね!

 

 

という訳で、お出かけの準備しないとね。

私のじゃなくて、こころのね!

なんとこころがね、今日のお出かけの時は髪をポニーテールにしてみたいって言ってくれたのさ!

私とお揃いがいいって!

 

ポニテなんてゴムでくくれば終わりって思ってるでしょ?

いやいや甘いよ。最近は髪型1つにも凝ってるもんで編み込んだり纏めあげたり色々あるんだよ。

こころは私とお揃いならどんな形でも良いって言ってくれたけど、こんな機会滅多になさそうだしオシャレにしないとね!

私も普段は後ろに纏めて低い位置、所謂ローポニーテール? とかに軽く一手間掛けるくらいなんだけど、今日は気合いれますよ。何せお揃いなのでね。

 

 

内心うきうきしてお部屋に行くとこころもお待ちかねとばかりに椅子に座って待っていた。

よしよし愛い愛い。それでは手短に、されど丁寧に。いざ!

 

まずは櫛で髪を梳かします。

正直こころの髪はさらっさらで梳かす必要がないくらいだけど、これは私がやりたいからやっている。

だって手触りいいんだもん。無限に触っていたい。

 

そして十分に梳かしたら、次は軽く巻きます。

しっかりしたストレートな髪質だからこのままでも綺麗なんだけど、やっぱり髪型遊ぼうとするなら巻いた方が幅広がるんだよね。

 

今回はこころの活発なイメージを活かして高めに括ります。ハイポニーテールってやつだね。

手順は色々あるけど、今回はサイドの髪から先にねじねじ。編み込むってよりはツイストって感じ。

スタイリング剤でボリューム出すのも忘れずにね。

で、サイドから作った髪と残りの後ろの髪を纏めてちょちょいとくるりんぱ!

仕上げに纏めた尻尾の部分をもう一度しっかり巻きなおす。

 

はい完成!

尻尾がちゃんとふっわふわ! 会心の出来!

かわいい! 好き!

ちょっとギャルっぽいアレンジになったけどこころの溌剌としたイメージのお陰で嫌味がない。

 

こころも鏡を見て嬉しそうにしてる。

立ち上がってぴょんぴょんするとポニテのふわふわな部分も一緒に跳ねるのを見て楽しそう。

 

いやー、頑張った甲斐があったなぁ。

スムーズに出来たように見えるけど、これ先に私の髪でやった時完成まで1時間以上掛かったからね。

こころと私の髪質が似てたのが幸いだった。

 

 

 

それじゃあオシャレもできたことだし行きますか。

猫カフェに!

 

 

 

 

はい、到着しました。

最近できた店舗で評判がいいと噂の猫カフェ。

猫スタッフの体調管理やらもあるので今は完全予約での時間制。

権力使わずに普通に申込みましたよ。だから貸切でもなく他のお客さんもいます。

 

 

無邪気な人ほど動物に好かれるのか、こころは猫まみれになっていた。

ふわっふわな髪も猫さんには好評なのか全身に張り付かれてる。

このお店は猫スタッフが比較的多くて20匹くらいいるっぽいけど、そのうちの7割くらいはこころの周りにいる。

天国か、写真とっとこ。勿論許可は得てますとも。

 

ちなみに私には何故か肩の上に1匹のお猫様がおります。少女漫画とかによくある相棒ポジションね。

私あんまり動物に好かれないんだよね。無愛想だから近寄りにくい雰囲気でも出てるのかな。

動物は本能的にそういうのに敏感そうだし。だから1匹でも傍に居てくれてるのは嬉しい。

 

ともあれ、他のお客さんがお猫様と触れ合うことができなくなるのでは? と思ったけれど、猫とこころたちを眺めてるだけで癒されているご様子。

どう? うちの天使ちゃんかわいいでしょ? あれ私の妹なんすよ、へへへ。

 

とか思ってるとお客さんの中からこころに話しかける人が。

猫に好かれるコツでも聞かれているのかな。

 

おやこころちゃんのその反応、お友達なのかい?

2人いるけれど茶髪のギャルっぽい子は、猫に熱心な子の付き添いできたみたいね。

ギャルっぽい子は猫よりもこころの髪型に興味がおアリなようだ。

 

お、こころも嬉しそうにしてる。

お姉様にしてもらったの! と、そのまま話の流れで私を紹介してくれた。

 

ほうほう、リサちゃんって言うのね。

聞いたことある。ヒナちゃんとのチャットにたまにでてくるリサちーは君だな?

もう1人の猫好きな子は友希那ちゃんと言うのか。

 

私は、弦巻虚。こころの姉です。よろしくね。

 

 

 

偶然とはいえ、折角一緒なのだからとそこからは4人でお話したり猫を愛でたり、時間がくるまで楽しんだのだった。

その間ずっと私の肩にいた子はそのままで、つい帰り際に肩に乗っけたまま店をでようとしてしまったのを店員さんに止められたのはここだけの秘密ね。

 

 

家に帰ってもこころはお友達とも会えて嬉しかったのか上機嫌で、また一緒にお出かけしたいって眩しい笑顔を向けてくれた。

勿論だとも、私は二つ返事で了承したよ。

 

 

さて、それじゃあ私はちょくちょく撮影してた写真をプリントアウトする作業に移りますか!

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

今日は学校もロゼリアの練習も休みの日。

珍しく友希那から出かけようと誘われてた日でもある。

 

何やら最近の休みの日は猫カフェに通ってたらしくて、会う回数を重ねれば懐いてくれると思ってたみたいだけどそこは気まぐれの代名詞とも言われる動物なだけあって成果はイマイチなようだ。

だから猫に好かれるにはどうすればいいか私にアドバイスを求めに来たんだけど、猫カフェに詳しい訳じゃないから取り敢えず一緒に行ってみようという流れになったんだ。私も行ってみたかったしね。

 

何で私に相談したのか聞いたら他のメンバーに聞くのは恥ずかしいだってさ。

もう友希那の猫好きはロゼリアのメンバーどころか他のバンドの子たちにもバレバレなのに。

 

 

友希那行きつけの店舗は猫スタッフの数も多くて、完全予約の時間制。

事前準備として軽く調べてみたけど、おもちゃの持ち込みは店によって違うらしいけどここはNGらしい。

だから物珍しさとかで興味を引くのは難しいようだ。

 

 

動物は嗅覚が鋭いから今日は香水とかも控えて、化粧品もなるべく匂いのないものにしてきたよ。

友希那はー、まぁ化粧とかあまり興味ない子だからそこらへんの問題は大丈夫そう。

服装は、私は普段通りの格好で、友希那はセーターにボンボンが付いてるので少しでも猫の気を引こうとしてるのが伺える。友希那なりに頑張ってるみたい。

 

完全予約制だから1つの組みで貸切って訳じゃなくて他にも何組みかのお客さんもいるみたい。

他の猫カフェに比べて猫スタッフが多いからできるやり方だね。

 

 

こういうお店では基本的に自分から触りに行くのは良くなくて、猫の方から寄ってきたらその子と触れ合う。っていうのがルール、というかマナーらしい。

だから何もしなくても寄ってくる人には寄ってくるし、どう頑張っても来ない人の下には来ないんだって。

まぁ人慣れしてるから全く来ないってのはよっぽどじゃない限りないそうだ。

 

 

友希那はお目当ての子がいるのか、じーっとその子の前にいて警戒心が解けるのを待ってるようだ。

私はどうしたものかと周りを見渡すと、山を見つけた。

 

そう、山である。

そうとしか表現できない程の猫の山ができている。

何が起きているのかと思えばどうやら山の中心には人がいて、ここにいる猫の半分くらいがその人に張り付いてあの山をなしてる。

動物に好かれる人というのは話に聞くが、ここまで好かれるとなるとそうはいないんじゃないかと思う。

 

 

徐々にその山に集う猫が増えていき、友希那のお目当ての子もその山に連なってしまった。

 

 

「あっ・・・・・・」

 

 

非常に残念そうな声を漏らし、友希那が私の方にやってきた。

 

 

「あははー、あんなに動物に好かれる人もいるんだねー」

 

 

羨ましそうに見てる友希那にそう慰めつつ、ひとまず飲み物でも注文して落ち着くのを待とうと提案しようとしたんだけど、山の中心になってる人物になんとなく見覚えがある気がして私もそちらを凝視する。

 

 

「んーもしかしてあれ、こころ・・・・・・?」

 

 

ちらほら見える金髪とあんなにも動物に好かれそうな人物にこころは十分当てはまる。

むしろ一度そう思うとこころ以外ありえないとまで思えてくる。

友希那にちょっと一声かけてみようと誘い猫の山に近づいていく。

 

 

近づくと埋もれていた細部もハッキリ分かり確信する。

 

 

「やっぱりこころじゃーん、やっほー」

 

「ん?」

 

 

名前を呼んで声を掛けてみると、こころはこちらに振り向いた。

その拍子に顔付近にいた猫たちが何匹か振り落とされていく。

 

 

「あら、リサに友希那じゃない! こんなところで奇遇ね」

 

 

いつも通りの、にぱーと明るい笑顔を見せるこころだけれど何か普段とは違和感がある。

猫に気がいってたから少し遅れたけど、違和感に気付けばいつもと違う部分はすぐにわかった。髪型が違うんだ。それも普段とはかなり違う。

 

綺麗な金色の髪が一纏めにされている。

ただくくられただけのポニーテールじゃなくてサイドの髪は丁寧にツイストされているし、巻かれている髪もこれしかないってくらいの巻き具合だし思わず触りたくなるくらいふわっふわな仕上がりだ。その証拠にそのふわふわ揺れる髪に夢中な猫もいる。

 

というか、え?

見れば見るほどプロのスタイリストに整えてもらったかのような完成度なんだけど。

私もギャルっぽい見た目をしてるだけあって流行やオシャレには気を遣ってる方だと思うんだけれど、こころのそれはレベルが違う。

 

髪型って盛れば盛るほどなんか、遊んでそうというか品のなさが出ちゃうっていうかどこぞの嬢っぽくなってしまうというかさじ加減が難しいんだよね。

けど今のこころにそんな雰囲気は一切感じないし、綺麗とかわいいとオシャレって良い要素だけを詰め込みましたって程だ。

仮に私が同じようにしてもこうはならないだろうと思う。

こころの強みをよく理解したセットで、こころだからこそという魅力を感じる。

 

 

同時に、なんでそんな今日はオシャレなのか気になってきた。

友希那が「これが弦巻さんの力・・・・・・!」って慄いているのをよそに聞いてみた。

 

 

 

「こころ今日はすっごくオシャレじゃん。その髪どうしたの?」

 

「この髪ね? よく聞いてくれたわ!」

 

 

 

こころはばっと腕を広げて飛びきりの笑顔で

 

「今日はねっ、お姉様とお揃いの髪型なの!」

 

と、こころはドヤ顔でそう言った。

 

 

「えっ! こころお姉さんいるの!?」

 

微妙に理由になってない答えだったけど、それよりも気になるワードが出てそちらに食いついてしまった。

 

「ええ、今日もお姉様と一緒に来たのよ! あそこにいるわ!」

 

普段より一層自慢げなこころが指差した方を辿ると1人の女性に行き着いた。

 

 

その女性を見て、呼吸が止まった。

こころのお姉さんはどんな人だろうとか、日菜と紗夜のところみたいに似てるのかな?

それともあこのところみたいなのかとか考えてたことが全部吹き飛ぶくらい、綺麗な人だった。

 

肩に乗せた猫を撫でながら控えめに戯れあうその姿は映画のワンシーンもかくやと言う程の光景だった。

 

 

こころの太陽のように輝く金髪とはある意味対照的な、雪のような肌とどこか儚さを感じさせる真っ白の髪。

お揃いと言うだけあってこころのお姉さんも同じ髪型だけど、微妙に細部は違っていて巻き具合も少し抑えられている。こころは活発なイメージを連想させるけど、お姉さんからは大人の落ち着きを感じさせられた。

 

 

「うわー綺麗な人だねー」

 

思わず声に出してしまった。

 

「そうでしょう! お姉様はとってもステキな方なのよ!」

 

 

まるで自分が褒められたかのように嬉しそうにしてるこころの姿は日菜やあこにそっくりで、やっぱり妹ってのはお姉ちゃんが大好きになるようにできてるんだねぇと思う。

 

 

こころの髪も今日はお姉さんがセットしてくれてたようで、もっとお姉さんの良い所を知って欲しいと言わんばかりで紹介するわ! と私たちの手を取って連れて行かれてしまった。

 

 

見たところお姉さんはこころとは結構年が離れてて大人と言っても差し支えなさそうで、綺麗な人であることも相まって少し緊張してしまった。

友希那なんて名前を言うとき噛んでしまって、湊ゆきにゃですって言っちゃって顔真っ赤にしてた。その様子に吹き出してしまったら恨めしそうに睨まれちゃった。ごめんって。

私も名乗ったらどこか知ってる風だったけど、もしかしてこころとの会話に出てきたりしたことがあるのかな?

こころのお姉さんは虚という名前で、虚さんと呼ばせてもらうことになった。

 

 

それからは4人でお話したり、こころが猫たちにお願いしたら友希那が猫まみれになったり、楽しい時間が過ぎていった。こころと虚さんを見てたらお互いが大好きで仲良し姉妹なんだなーって思わず私も姉妹が欲しくなってしまうくらいだった。

 

 

お店を出るとき虚さんが終始肩に乗っけてた猫を乗せたまま退出しようとして慌てた店員さんに止められたのはちょっと面白かったな。

でも美人で少し抜けてるところもあってかわいいなんてずるいよね。

 

 

 

こころたちと別れた帰り道に友希那が思案顔で、こころたちを見て猫に好かれるのに髪型は重要な要素と思ったのか、今度来るときは私に今日のこころみたいな髪型にしてほしいってお願いされたのが私にとって本日一番の収穫なのかもしれない。

折角だから私たちもお揃いにしよっかと言えば、好きにしたら、と照れてる友希那もかわいかったな~。

 

 

友希那も今日はこころのお陰でいっぱい猫と触れ合えてご機嫌だしで、こころたちと会えたのはラッキーだったね☆

 

 

 

 




こころの歌うカバー曲ではシルエットが好きです。

ハイポニーテール アレンジで調べるとどんな髪型かイメージしやすいと思います。


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7話 大人になって授業に体育があったことの有難みを知る

いつものように晩ご飯の時に学校のことやその日あったことをこころが話してくれるんだけど、今日は体育祭の組み分けの発表があったんだって。

こころは白組のようで、こういった運動系のイベントでいつも一緒だったはぐみちゃんは紅組で別れちゃったらしい。

その代わり、美咲ちゃんや香澄ちゃんと同じ組で嬉しそうだった。

いつぞやの太鼓のメンツだね。まぁ巴ちゃんは学校違うし紗夜ちゃんは学年が違うけどね。

 

体育祭の準備や警備には黒服にもお仕事があるんだよね。

生徒の自主性を養うとかで生徒に任せてる部分も多いけど、女子高だしあんまり重たい物や大きい物を運ばせたりしたら危ないからね。

保護者や一般の方も観に来たりするだろうから、それに不審者が紛れ込んだりしないかチェックもしなければ。

 

 

私も黒服参加だから精々お弁当を作ってあげるくらいかな。

いやでも体育祭だし皆でおかず交換とかするかもしれないから私よりシェフに任せた方がいいのかなぁ。

 

 

 

 

それから数日を経て、ついに体育祭がやってまいりました。

やっぱりお弁当は作ってあげることにしました。ちょっと気合い入れて凝ってみたら思ったより時間が掛かって朝こころに渡せなかったけど。

こころ周りに待機してる役の黒服にお昼時に渡すように言ってあるから問題はない。図らずもサプライズみたいになっちゃったね。喜んでくれるといいな。

 

 

体育祭の始まりと言えば選手宣誓だよね。

えーと、確かあの子は香澄ちゃんと同じバンドの子だよね。

真面目な内容で良いと思うけど1年生に選手宣誓させるってすごいね。緊張してたけど様になってたよ。

 

最初の競技は徒競走か。

こころも徒競走に出るって言ってたからしっかり見とかないと。

順番は後の方って言ってたっけな。

 

お、選手宣誓の子だ。さっき調べたけど市ヶ谷家のところの子だったようだ。美竹家と並んで昔ながらの名家ってやつだね。

バンドではキーボード担当だとか。元はピアノを習ってたらしい。一応ピアノを嗜む身としてはいつか聞いてみたいな。

 

そして肝心の運動神経の方は、うん。よく頑張ってた。

私としては暴れる胸元がすごかったと言いたい。まぁそのようなご立派なものがあれば走りにくいでしょうな。

女子高で良かったね。共学なら男子にガン見されてたよ多分。

 

 

次は、香澄ちゃんとはぐみちゃんか! 

二人共運動神経良さそうだし見応えありそう。

 

 

おぉはぐみちゃん速いね~。圧倒的じゃん、こころよりも速そう。

それどころか私といい勝負できそうなくらいだ。

このハイスペックボディ、簡単に言えば個体値6Vだからね。それと争えるってすごいことだよ。

だというのに、はぐみちゃんあんまり嬉しそうじゃないね。どうしたんだろう? 

 

 

 

そしてついにこの徒競走のメインと言っても過言ではないこころの番が回ってきました。

うんうん、花咲川の異空間と言われてるこころだけれどこういうイベントでは人気者だね。

結構な声援が聞こえる。

 

さぁスタートです! 

 

こころ選手速い! 他の選手との差をグングン広げていきます! 

綺麗なフォームとそこから生み出されるスピードに観客の皆さんも感嘆の声をあげています! 

ちなみにこころに走り方を教えたのは私です。元々の体力も多い上に疲れにくい走り方もしてるから、一旦走り出したこころを追いかけるのは黒服たちも苦労してるようです。

 

まぁそんな黒服たちの苦労は置いといて、結果はなんと、1位です! 

流石こころ! かわいい! 素敵! 

美咲ちゃんとハイタッチ、というかもう抱きついてる姿もいいよぉ、私の目には少しばかり眩しすぎる…………

 

 

徒競走は終わり次の種目は玉入れ、私の知ってる子で出場してるのは、白組は美咲ちゃん。

紅組からはイヴちゃんが出場するようです。

 

始まって眺めていたらす、すごい子がいる…………

美咲ちゃんと小動物みがある子で玉を集めて背の高い子に渡してるんだけど、同じテンポ、同じフォームで淡々と投げ入れている。

カゴに玉を入れるって言ったら簡単そうに聞こえるけど、狙ったとこに物を投げるのは想像以上に難しい。

それを機械のごとく当たり前のように入れていくとは…………恐るべし。

 

当然、白組の勝利となった。

こころの徒競走や玉入れの勝利が印象的だったけれど、徒競走は紅組優勢っぽかったし、全体としては紅組が少しリードってとこかな。

 

 

 

さっきの2人三脚までで午前のプログラムは全て消化したのでお昼休憩だ。

こころお弁当喜んでくれるかなー。私はささっとご飯食べて今のうちに午後の準備しないと。午後にはチアリーダーのダンスもあるみたいだしちょっと気になるし見てみたいよね。

 

と思ってると黒服の1人が近づいてきた。

ん? 2つのお弁当を手渡される。

これ片方は渡しといてって言ったお弁当じゃん。もう1つは私の分? 

それでそれで、え? お昼の仕事は任せてくれていいから私はこころのところへ行っていいって? 

マジ? 最高かよ君たち。決めたよ、その仕事ぶりを称えてお給料上げておく。

 

 

黒服姿のままだとアレだからって着替えの私服も用意してくれてた。日差しも強いから私が普段使ってるサングラスまで。

黒服たちも成長したなぁ、私は嬉しい。

 

 

とはいえこころの元に行くのも緊張しちゃうね。だって今美咲ちゃんと香澄ちゃんだけじゃなくて他にもお友達いるんでしょ? 

実際はどうあれこころ以外初対面みたいなもんだし急に姉ですってお弁当届けに行っても変じゃないかな? こころと似てる訳でもないし誰? ってならない?

もう近くまで来たけどなんて声掛けよう。

 

 

迷ってる間に気付かれてしまった。

あぁ、誰って思われちゃってる。ごめんよ、髪の色同じだけどイヴちゃんのお姉さんじゃないんだ私は。

 

そんな中こころがお姉様! って私の元に来たからお友達がビックリしている。

そうなんです。私はこころのお姉ちゃんなんです。お弁当を届けにきたんです。

 

すると私も自分の分のお弁当持っているのを見て香澄ちゃんが一緒に食べようと言ってくれた。

こころもそれに乗っかり、他のお友達もOKしてくれたのでご一緒させていただく運びになり申した。

女子高生に囲まれてお弁当を食べれるなんて、感無量です。

 

当然話題はまずお弁当になるんだけれど、そりゃ今持ってきたばかりだしこころのお弁当に注目するよね。

自分では上手く作れたと思うけど緊張する。こころはワクワクしているみたいで、それ~と掛け声と共に蓋を開ける。

 

中を見たこころは歓声を上げて喜んでくれた。

そう、こういうイベントでのお弁当と言えばキャラ弁だよね! 

そしてこころにキャラ弁って言ったらそりゃミッシェルしかないよね! 頼むからネタ被りしてくれるなよ! 

 

 

私が作ったと聞けば香澄ちゃんを始めとしてすごいとかかわいいとかめっちゃ褒めてくれる。

そんなに褒められるとお姉さん照れちゃうよ。

 

でもそれが会話の取っ掛りになって、お昼休みはこころたちと楽しい時間を過ごさせてもらった。

 

 

 

これで午後からも頑張れます! 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

さぁ! 体育祭が始まったわよ! 

みんなで楽しみましょう? 

 

最初の競技は徒競走! 

あたしもこれに出るのよ。それに香澄も! 

組は分かれてしまったのだけれど、はぐみも出るらしいわ。はぐみはとっても足が速いのよ。一緒に走れたら楽しそうね。

あたしもお姉様に褒められるくらい走れるのだし間違いないわ!

 

 

と思っていたのだけれど、はぐみと走ることになったのはあたしじゃなくて香澄だったわ。

香澄もとても頑張っていたのだけれど、はぐみはびゅーん! ってとても速かったの! 

 

けれどはぐみは走り終わったあと複雑そうな顔をしていたわ。

きっと、はぐみは優しいから自分が勝ったことよりも負けた人たちのことを考えてしまってたのね。

でもね、はぐみ。楽しむということに勝ち負けは関係ないのよ? 

勝ったから楽しいのではなくて、頑張ったからこそ楽しさを感じるの! 

 

 

お姉様も昔に言っていたわ。楽しむに勝る努力はない、って! 

だから頑張った人はみーんな楽しくていいの。

それを教えるのは簡単なのだけど、はぐみは自分で気付けるわ。

だって貴女は世界を笑顔にするハロー、ハッピーワールドの一員なのだもの! 

 

 

そんなことを思っていると次はもうあたしの番。

スタートの位置につくとみんなの応援が聴こえてくるわ。

この声が、もっとあたしに頑張ると楽しいをくれるの。

 

そして一緒に分け合う人がいると胸がふわってするのよ。

 

 

「美咲ぃ! あたし、とーっても楽しかったわ!」

「はいはい。すごかったですよー、っとと」

 

はいたーっち! のつもりが勢いあまって美咲に抱きついてしまったわ。

しっかり受け止めてくれてありがと美咲っ。

 

 

 

 

徒競走や玉入れ、2人三脚と順調に種目が進んでいってついにお昼休憩だわ! 

おなかがぺっこぺこよ! 

お弁当は黒服の人が届けてくれると言っていたけれどまだかしら? 

 

りみがみんなで食べるためにシートを敷いてくれてその上に座り、香澄や美咲たちはお弁当の用意を終えてしまったわ。

 

 

「あれ? こころんお弁当は?」

「黒服の人が持ってきてくるのはずなのだけれど、来ないわね」

 

 

お腹でも痛くなってしまったのかしら? 

そんなことを考えていると香澄とたえの視線が私の後ろのほうにいったわ。

 

 

「もしかして黒服さんじゃないけど、あの人かな? お弁当持ってるみたいだよ」

「あぁ、あのなんかうさぎっぽい人」

 

 

うさぎっぽい人? 

不思議な人ね、りみみたいな人かしら? 

 

 

「でもイヴちゃんのお姉さんの可能性もあるかなー?」

「確かに少し戸惑ってる感じもするね」

「それよりも見てあの白い毛並み、いいツヤしてるよ」

 

 

 

うさぎっぽい人っていうのは雰囲気じゃなくて髪の色だったのね。

それに、イヴにもお姉さんがいたのね。どんな人なのかしら。

あたしの中で白い髪と言えば虚お姉さまが頭の片隅によぎるけれど、こんな場所にいるはずがないと思い直して後ろを振り返ってみる。

 

 

そうして振り返った先にいたのは、どれだけ遠くにいても見間違えることはずなんてない大好きな人だった。

その姿を捉えただけでうれしいが胸いっぱいに広がっていく。

 

 

「お姉様!」

 

 

気付けば跳ね上がるように立ち上がってお姉様のもとに駆け出していた。

うれしくてうれしくて、香澄たちの驚く声もどこか遠く聞こえるくらいだったわ。

 

 

「はいこころ、お弁当よ」

 

 

目の前にたどり着くとお姉様は少しだけ居心地悪そうにしながら手に持ったお弁当を差し出してきたわ。

きっとお姉様はここにいる自分が場違いだと思っているに違いないわ。

あたしが一目見ただけでこんなにも舞い上がってしまう程なのに、場違いなんて有り得ないのに。

 

どうして、なんでここに。そんな疑問は浮かぶそばから消えていくわ。

学校という場にお姉様がいるというだけで、うれしいがあふれて笑顔になっていくのが分かるわ。

 

 

お父様もお姉様もとても忙しい人。

小さい頃からお屋敷にいる時間は短くて、一緒にお外にお出かけなんて数えることが出来るほどしかしたことがないわ。

それでもお父様は会えない日々が続いても、あたしにお手紙を添えてプレゼントを贈ってくれたりしてくれているの。

お姉様も今では毎日一緒にご飯を食べてくれているし、この前なんてあたしのお休みに合わせてくれて2人でお出かけをしてくれたの! 

 

2人ともあたしのことを大切に思ってくれているのは知っているわ。

それなのに、学校の体育祭に来てほしいだなんて言って困らせること、言えるはずがないわ。

 

 

今日だって、時間を見つけてこのお弁当を渡しに来てくれただけで、すぐ帰ってしまうかもしれない。

それでも、ただ会いに来てくれたと言うことだけであたしがしあわせな気持ちになるには十分過ぎるわ。

 

 

「その、今日のお弁当も、私が作らせてもらったの」

「まぁ! それはと~ってもうれしいわ!」

 

 

あたしはお姉様の作るお弁当が大好きなの! 

いつものシェフが作るものの方が綺麗なのだけれど、お姉様のはなんだかとってもあたたかいの。

 

このままお話していたいのだけれども、あまりみんなを待たせるのも悪いわ。

だからお姉様もそんなに急いでいる様子には見えないから少しだけ勇気を出して聞いてみたわ。

 

 

「お姉様、少し時間はあるかしら?」

「えぇ、お昼休憩の間くらいなら大丈夫よ」

「そうなのね! 良かったわ! あたし、美咲たちにお姉様のこと紹介したいって思ってたの!」

 

 

あたしはそう言ってお姉様の手を取って美咲や香澄たちの待つところへ歩き出す。

美咲はあたしにお姉様がいることは知っているけれども、会ったことはないからどんな人か興味を持っていたわ。

いい機会なのだし、他のみんなにもあたしのお姉様はこんなに素敵な人なのよってことを知ってほしいわ。

 

 

 

あたしとお姉様は血が繋がっていないのだから似てないの。だから見た目で姉妹だと分からないのは仕方ないわ。

でもね──虚お姉様はイヴのお姉様じゃなくて、あたしのお姉様ってことをみんなに覚えてもらわなくちゃね! 

 

 

 

 

そして、お姉様を紹介したあとはみんなで一緒にお弁当を食べることになったの。

楽しい時間はあっという間で、お昼休憩が短く感じたほどだけれど、この時間はあたしにとっての宝物だわ。

 

これからも、こんなたのしい思い出をみんなでもっとも~っと作っていければ最高ね!

 

 




こころは勿論尊いけれど、みさここも尊い


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7,5話 黒い服

今更だけど主人公の説明回みたいな感じ。
タイトル通りハイスペックなんですよと。


弦巻家が雇い入れる人間は皆がエリートであり、事実そう呼ばれてきた者も多い。

屋敷で働くメイドや使用人たちにも教養や品が求められ、直接的間接的にあらゆるサポートをこなす黒服ともなれば弦巻家で働く人間の中でも特に高い能力を持つ人間である。

 

一流の学府を卒業し、常に研鑽し続けてきた者たちだけが黒服になれる。

だからこそ弦巻家から支給される黒服に袖を通したばかりの新人は自意識が高く、更に上を目指そうとするものも多い。

 

しかしそんな新人の黒服には洗礼というべきか、プライドを折られる機会が2度あると言われる。

 

 

1つは環境。弦巻の人材は全国どころか全世界からエリートと呼ばれる人間が集まる。

多くの1番が集まれば自然と格付けは行われる。そこで自らは井の中の蛙だと知る者が大半を占める。

 

仮にその環境の中で上位に位置したとしても、次の機会で全ての者が例外なく長くなった鼻っ柱を折られることになる。

それは弦巻家の長女であり養女である弦巻虚お嬢様の存在だ。

 

事実として、最高学府を主席で卒業しエリートの集まる黒服。その同期の中でも1番で自分以上に優れた人間がいないのではないかと思っていた私などがいい例だろう。

御当主様の実子であるこころお嬢様はともかく、養子であり有名な大学どころか高校にも通っていなかった中卒だというではないか。

御当主様付きの秘書として有能さを発揮していると言われても、それ以前の経歴を見れば下に見てしまうのは当然だった。

 

が、今のように本家勤めでなく御当主様と世界を飛び回っていた時期でも、短い時間ながら我々を指導して頂ける機会があった。

見た目が良く、同性でも見惚れる程の美人であることは認めていた。だからこそ見栄えが良いから御当主様の傍にいられるだけで、実際はどの程度出来るものなのやらと上から目線で思っていたが、その僅かな指導の時間だけで私は虚お嬢様に能力でも劣っていると認めてしまった。

今思い返せば恥ずかしいばかりだ。

 

上には上がいる。

ならばその頂点は誰だ? と言われればそれは虚お嬢様のことを指すのだろう。少なくとも弦巻家にいる黒服たちはそう答える。

それ程までに虚お嬢様のスペックは高かった。

学力、知識、マナー、品。集中力、記憶力、洞察力。身体能力といったあらゆる能力が優れており同じ人間として生まれながらこうも違うのかと思ったものだった。

 

弦巻家の屋敷に勤めて長い古株の使用人や黒服の先輩方に虚お嬢様についての話を聞けば驚きの連続だった。

役職は秘書であっても事実上は御当主様の片腕だとか、国から皇宮側衛官への打診もあったとか、ある小国ではクーデターに遭遇するも事態の解決に協力して英雄扱いだとか。

剣の腕など現代の侍と呼ばれ生まれる時代が時代なら名を馳せていただろうと語った評論家もいるほどだとか。

何を馬鹿な、と一笑したいところだが虚お嬢様をこの目で見た今なら十分に有り得ると納得してしまう自分がいる。

 

古株の方々や先輩たちは、当時の私のような新人に虚お嬢様の話を聞かせ驚く顔をみることが楽しみらしい。

 

 

だけれども、話を聞かせてくれた誰もが最後に語ることがある。

それは、虚お嬢様とこころお嬢様のことだった。

 

俄かには信じがたいが、こころお嬢様は昔はとても落ち着きがあった静かな子で、部屋で独り絵本を読むことを好んでいたという。

虚お嬢様が弦巻家の養子になった頃も、こころお嬢様はそのような状態だったという。

突然大財閥の養子になった虚お嬢様は当時、様々な圧力があったり大変であったそうだが、僅かでも時間があればこころお嬢様のもとに通っていたらしい。

 

今では仲睦まじい姉妹だが、当時は姉妹とは言い難い関係だったと聞く。

それがいつしかこころお嬢様は虚お嬢様を姉と認め、今のようになったとも。

 

陳腐な言い回しだが、虚お嬢様のこころお嬢様への愛の力だと当時を知る人は口を揃えて言う。

そして今も、虚お嬢様はほかの誰よりもこころお嬢様のためを思って生きているし、愛しているのだろうと。

 

 

虚お嬢様はおそらく本人がなりたいとさえ思えば、なんにでもなれる程の能力がある。

であるにも関わらず、その能力全てをこころお嬢様のためだけに使われている。

捧げていると言ってもいい。

他の何者よりも、どのような名誉よりも、こころお嬢様の姉であることを選んでいる。

 

そんな虚お嬢様の眩しいほどの献身と、それによって齎されるこころお嬢様の笑顔の輝きをみていたい。

そしてそんな虚お嬢様の一助になれるなら、と己を研鑽する。

 

弦巻家にいる人間は皆そうなのです。と穏やかな笑顔で話は締め括られる。

 

 

 

そして私もまた、その時の先輩と同じ気持ちで、同じ話を目の前の新人の子たちにするのでしょう。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

この前の体育祭を通して黒服たちに成長がみられたのは良いことだ。

多少の私情が入っているのは否めないが、私が異動してきた頃より様々な点で向上があることは確かだ。

黒服たちのモチベーションが高いのも大きいだろう。

 

私はこころ付きの黒服たちを2軍と称したけれど、十分エリート集団と言っても問題ないしね。

弦巻家の黒服になれなかったけど、最終選考まで残ったというだけで他の企業は欲しがるってくらいステータスらしいよ。

やっぱ弦巻家ってすごいんだわって改めて実感する。

 

だけれども、私は黒服たちへの指導を一段階上げようと思う。

今までをノーマルモードだったとすればこれからはハードモード。

エリートを弦巻家にふさわしい超エリートにレベルアップさせるのだ。

 

黒服たちの能力が上がるということは則ち、こころの生活の質が上がることを意味しているからだ。

となれば私が黒服たちを扱き回すことに違和感などあろうものか、いや、ない。

元々ここにいる黒服たちのスキルアップも私の異動の一因ではあるしね。

 

 

まぁやることと言えば地味だけどね。まずは走り込みです。

座学にせよなんにせよ体力がある奴が有利なのは間違いない。

 

あとね、ここの子たち機動力とかは割とあるんだけど持久力が足りてないね。

こころは結構ふらふらどっかに行っちゃう子だから、勿論黒服たちは追いかけないといけない。

車では追いにくい進み方をするので走って追うことになる。気付かれないようにね。

そして先の体育祭でも分かるだろうがこころは足が速い。身体能力が高く、2〜3階程度の高さなら普通に飛び降りちゃうくらい道なき道でもなんのその。面白そうだと思えばどこへでも行く。

 

何が言いたいかっていうと、こころはかわいい。おっとつい本音が。

実は黒服たちは度々こころを見失ってたりする。とは言ってもGPSとか機械類で位置情報は把握してはいる。だけれど肉眼では追えてない。

それじゃあダメだよ。視界に入れてないとリアルタイムで対応出来ないじゃないか。

 

こころがすごいから仕方ない、というのでは許されない。

っていう旨を私は黒服たちに伝えて、走り込みをやらせた訳だ。

文句は出なかった。本人たちも自覚していた部分はあるだろうし、私も一緒にメニューをこなしているからだ。

 

まぁそうやって走らせた後は役割別で様々な課題を与えていった。

こころの傍に近い組は護衛も兼ねているので護身術やらを。思い付きで外国に行こうとかよく言い出すので馬鹿に出来ない。特に今はお友達も一緒に、だろうし。

場所によっては治安良くない可能性もあるし、極端な話誘拐とかも有り得るからね。

 

 

あとはなんだろう、連携とかもあるしグループワークみたいなこともさせてるかな。

特にやる気もある人とかはよく質問してきたりもするし個別にちょちょいと教えてあげたりもするね。

私結構無表情なことが多いから冷たいとか思われてるかもって少し気にしてたんだけど、こうやって個人的に質問にきてくれたりする子がいると考えると杞憂だったみたいで嬉しい。

 

 

しかし黒服の人ってすごいよね。

私みたいなハイスペックボディならいざ知らず、ここまで色々なことが出来るようになるんだから。

お父様付き、私の例えでいうなら黒服1軍たちなんて各々がプロフェッショナルみたいなもんだし。

っていう話をするとお父様は私のお陰だと言うけれど。まぁ分かりやすい目標がある方が頑張れるのかな。

 

 

私もまだまだ成長出来る。これからも頑張らないとね。

私の頑張りがこころの自由を増やすことに繋がるんだし、気合いが入るってもんだよ。

 

 

こころ for All, 私 for こころ。

こころは皆のために、私はこころのために。って感じかな!

 

 

 




虚はヤンデレの素質はあるが、ヤンデレにはならない。


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8話 たまにはお茶目なこともしたくなる

なんかひまりがいる回は書きやすい


学校が終わりこころたちハロー、ハッピーワールドはサークルでバンド練習の日。

スタジオ練習だからその間は何人かの黒服を置いて、私の黒服業務は終了しあとは屋敷に帰って書類仕事だけだ。

 

とは言え私にも休憩というものは必要で、やってきました羽沢珈琲店。

今日みたいにちょっと時間が空いた時にはちょくちょく来ている。すっかり常連になっちゃった。

何せここにくればかわいい女の子がいるんだよ? おっさんみたいなこと言うけど店員も、お客さんも皆かわいくて本当癒される。

勿論、ケーキもコーヒーもおいしいしね。

 

私が来る時間はちょうどお客さんの少ない時間帯なのか、店員さんとお喋りできちゃうんですよ。

つぐみちゃんとかイヴちゃんとかね。

新作スイーツの試作出してくれて感想求められたりもするんだ。学生も多いけど私くらいの年代の女性の感想も聞きたいって。

味もあるけどついでとばかりに値段設定とか新作による話題性と対費用効果とか色々口出しちゃったけど有り難がられているなら嬉しい限り。

 

 

今日はイヴちゃんがシフトの日だったみたいだ。

イヴちゃんとは話が合うんだよね。この前迷惑じゃなければって言われて連絡先交換しちゃった。えへ。

 

つぐみちゃんもいるけど今日はバンドのメンバーと打ち合わせがあるからシフトはしてないようだ。

でもまだメンバーは揃ってないようで、つぐみちゃんと桃色の髪の子しかいない。

あの子見るとすごいゆるキャラを連想しちゃうんだよね。それに時折あの子から熱っぽい視線感じるんだよね。

ただ目が合うとすぐ逸らされちゃうんだけどね。

分かるよ、この顔めっちゃ綺麗でしょ。前世の価値観から見ても美人と自信を持って言える。

 

 

つぐみちゃんとは話したことあるけどあの子とは話したことないんだよね。

なんか悪戯心が湧き出てきた。向こうもまだ時間あるだろうし話掛けてみよう。

 

 

こんにちはー。

少しお話しませんか。

 

OK? じゃあお隣失礼しますね。

断られなくて一安心だよ。

 

それで、名前を聞かせてもらっていいかな?

へぇ、ひまりちゃんって言うんだ。いい名前だね。

 

寄り添うようにして手を取ってあげれば顔を真っ赤にしてかわいい。

比べる訳ではないけどこころはこういう反応しないからちょっと新鮮。

しかし失礼な話だけどこの子少しチョロくない……?

将来ホストとか悪い男に引っかからないようにね?

 

 

なんだか楽しくなってきたけどあまりからかうのも可哀想だからこの辺にしとこうか。

そう思って覗き込むように近付けてた顔を離す。

あっ、って名残惜しそうな声が聞こえてくる。テンパってたけどやっぱ満更じゃなかったんだね。

 

 

とか思ってたら今度はどこか冷たい視線を感じる。

振り返ると赤メッシュの入った黒髪の女の子が。

その後ろには巴ちゃんともう一人女の子がいる。

 

もしかして今の見てた? ならその視線も納得です。

でも私怪しい奴じゃないの。ちょっとしたお茶目なんです。

 

 

なんて弁解しようとする前につぐみちゃんがフォローしてくれた。

常連さんでひまりちゃんが毎回意味ありげな視線で見てるから話しかけてくれたって。

すると赤メッシュの子は今度はひまりちゃんへジト目を向ける。

ひまりちゃんが慌てて言い訳するけど見られてたなら説得力ないよね。

 

しかしこの子の顔どこかで見覚えあるような……?

随分昔に見た気がする。今のひまりちゃんとのやり取りにあったけど名前は蘭っていうのか。

 

蘭、蘭……うーん、あっもしかして美竹さんちの蘭ちゃんか!

 

 

苗字を言い当てると赤メッシュもとい蘭ちゃんが不思議そうに首を捻る。

ほら、小学生くらいの頃君のお父さんに華道教えてもらいに行ってた虚お姉さんだよー。

 

そうそう弦巻さんちの虚だよ! 合ってる合ってる!

 

 

え? 弦巻ってことはこころのお姉ちゃんかって?

うん私はこころのお姉さんだよ?

 

うおぅビックリしたー。皆揃って大きな声で驚きすぎじゃないですかね。

なんか後ろからも聞こえたと思ったらイヴちゃんも一緒になって驚いてる。

あぁそう言えばイヴちゃんは弦巻になる前の名前知ってたもんね。そりゃ驚くか。敢えて言わなかったけど名前変わってるんです。ごめんね。

 

 

 

 

じゃあ折角だし改めて自己紹介でもさせてもらおうかな。

こころの姉の弦巻虚です。よろしくね。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

今日はつぐの店で次のライブイベントでのセトリや練習の日程についての打ち合わせをする日だ。

モカがパン屋に寄りたいって言ったから巴とあたしはそれに付いて行って、つぐとひまりは店でお茶して待っている。

 

いる、はずだったんだけど。この光景は一体なんなんだろうか。

 

 

「君の名前を聞かせてもらってもいいかな?」

「ひ、ひまりって言います」

「ひまりちゃんか、いい名前ね」

「は、はうぅ」

 

 

年上の美人にひまりが口説かれている。

肩が触れ合う程ぴったり寄り添ってひまりの右手を美人なお姉さんが両手で包み込むように握っている。

 

モカはひーちゃん真っ赤ーとか言ってるけど、確かにひまりは頬どころか顔全体が真っ赤で湯気が出そうなくらいだ。

 

戸惑いつつも嬉しいって感じだね。

薫先輩とはまた違ったタイプだけど、あたしから見ても美人だしひまりが好きそうな顔だ。

 

 

とは言え、つぐは苦笑いしつつも止める様子はないしどうしたらいいんだろう。

自然、冷めた目つきで眺めていることになった。

 

 

「あっ……」

 

 

と思っているとお姉さんは寄り添うような姿勢を止めてひまりから離れた。

ひまり、何名残惜しそうにしてんの……。

 

 

するとあたしたちの存在に気が付いたのかお姉さんとあたしと目が合う。

そして微妙に気まずい雰囲気が流れる。

あたしたちもなんて言ったらいいか分からないし、おそらくは向こうも同じだろう。

 

 

「え、えーとね? 蘭ちゃん」

 

 

困惑を破ってくれたのはつぐだった。

この女の人は少し前から通ってくれている常連さんで、普段はつぐとかイヴと話してるだけだったんだけどひまりが事あるごとに視線を送るから気になって話しかけてくれたそうだ。

それがどうしたらあんなホストクラブみたいなノリになるのかは分からないけど。

でも大体は分かった。ひまりのことだ、綺麗な人だから目の保養とか言ってジロジロ見ていたんだろう。

そりゃあ気になっても仕方ない。

 

「えー、えーっとね! 違うの! これは違うんだよ!」

 

ジト目でひまりを見てたら慌てて両手を振って言い訳してくる。

一体何が違うと言うのか。

 

 

「モカちゃんの目にはだらしなく頬を緩ませてたひーちゃんしか見えなかったんだけどなー」

「そうだぜーひまり、満更でもなさそうな顔してたぞ」

「うっ」

 

 

モカと巴もあたしと同じ意見のようだ。

将来ホストとかにはハマらないでよね。まったく。

 

 

「少しからかい過ぎたみたいだね。ごめんねひまりちゃん」

「い、いえそんな! むしろまたやって欲しいくらいです!」

 

 

お姉さんの方も悪ノリしてた自覚があったみたいだ。

それに比べて、自分に素直だねひまりは……

 

 

「あの、何か?」

 

お姉さんの視線はひまりからあたしに移ったようで、こちらをジッと見ている。

年上だから敬語を使わなくちゃいけないんだけど色々あってあたしも混乱してるのか、失礼と思われかねない返事をしてしまった。

 

 

「美竹、蘭ちゃん?」

「は?」

 

 

あぁダメだつい素で返してしまった。

 

「どこかでお会いしたことありましたっけ……?」

 

ひまりじゃないけどこんな綺麗な人と会ったことがあれば流石に忘れないと思うんだけど、白い髪の人なんてそんなにいないし。

だけど、なんか頭の片隅に引っかかる感じがする。

 

 

「もう随分経ってるから忘れちゃったかな。昔君のお父さんに華道を習いに行った時に何回か顔を合わせた程度だったものね」

 

あ、そういえば小学生の頃に家に華道を習いに来てた人がいた。その人もとても綺麗な人だった気がする。

父さんが失礼のないようにって言ってた。

 

「うつほ、さん?」

 

朧げな記憶から引っ張り出してきた名前を言うとお姉さん、虚さんは小さく笑って頷いてくれた。

 

 

でもあれ?

段々思い出してきたけど、父さんが家に招いて直接教えるなんてことはそうそうない。

どこかの家のご令嬢だから失礼のないようにって父さんは言ってた。

そう、確か……

 

「弦巻……?」

「名前まで覚えてくれてたのね。そう、弦巻虚」

「弦巻ってじゃあ、こころちゃんのお姉さん!?」

 

つぐはしっかりあたしたちの会話を聞いてたようだ。

常連さんで話してたのに名前知らなかったの?

いや、それよりその通りだ。

弦巻と言えば、あたしたちの知り合いにも同じ名前の子がいる。

 

 

「こころのお友達? そうね、こころは私の妹」

 

 

本人の口からそう告げられて、1秒2秒と経過して。

 

 

「「「えええぇぇぇ!?」」」

 

 

あたしたちは叫んでいた。

少し離れたところではイヴも同じように驚いていた。

 

今あたしたち以外にお客さんはいなくて本当に良かった……

 

 

「そう言えば苗字を名乗ったことはなかったわね。隠していた訳ではないけれど、それでは改めまして」

 

 

あたしたちの知るこころとは似ても似つかない落ち着いた様子で虚さんは佇まいを整えて透き通るような声で言った。

 

 

「こころがお世話になってます。こころの姉の弦巻虚、よろしくね?」

 

 

最後にしてくれたウィンク、それだけは確かにこころの姉と思わせるくらい堂に入ったものだった。

 

 




ポリスこころがほしい


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9話 いえゔぁんぽるか

書き初めに想像してたのよりすっごい長くなった。


最近は色々と充実してる気がする。

毎朝こころを見ることから始められるし、黒服たちの仕事ぶりも随分良くなってきたから私の自由な時間も少しずつ増えていっている。

喫茶店に通ったりも出来てるし、かわいい女の子の知り合いも増えた。

 

食生活にもゆとりがあっていい、流石に毎日とはいかないがこころと一緒に晩御飯を摂れてるなんて最高の一言に尽きる。

今が一番青春って感じがする。

 

中学生の頃の私はそういう意味では枯れていた。幼い頃は転生に浮かれていたものの、中学生にもなれば落ち着きを取り戻した。

だけれども、実はまだ私が知らないだけでこの世界には隠されたファンタジーや漫画のような何かがあると思ってたんだ。

何せ鍛えれば鍛える程強くなる身体、学べば学ぶほど蓄えられる知識。前世で好きなアニメの技を思い浮かべ試してみれば、驚く程に冴えわたる剣技。

まさに漫画の登場人物みたいなスペック、だからちょっと期待してたけど結局そんなファンタジーやSF要素はこの世界にはなかった。

ここまでくると戦国時代とか江戸時代とかにでも生まれてれば良かったのにね。実際色んな人に言われるし。今の時代で腕っぷし強くてもあまり意味がない。

 

だから親を亡くして私の引き取り先で揉めてた時は、いっそ某格闘漫画の人みたいに紛争地域練り歩いたり、世界を旅してやろうかと思ったほどだ。

まぁ、弦巻家に来てからはそれまでの考えは吹き飛んだんですけどね!

私は天使から、真の愛を知った(真顔)

 

 

と、ここまでが前置きなんですが。

何が言いたいかって言うと、なんとイヴちゃんに剣を教えてほしいとお願いされました!

厨二心からとは言え、剣の道を志していて良かった! お陰様でアイドルの子と仲良くなれました!

 

剣を教えてと、大袈裟に言ったけどまぁ実際は素振り見てほしいって感じだけどね。学校の部活動以外でも本とか動画を見てるらしいけどやっぱりキチンと学ぶとなると難しいみたい。

流石に参考書と言ってバトル漫画を渡してこの剣を参考にしろとかは言えない。

外国人特有のミーハーなやつかと思ってたけどイヴちゃんの熱意は結構ガチだった。

ついでに武士の心構えも教えてほしいそうだけど、私武士じゃないからね。

 

 

って訳で、学校から程よい近さにある公園で個人レッスンをすることになったんだ。

丁度こころは他校の友達と部活動するって言ってたしね。

こころは天文部だった筈だけどお昼から何するんだろう。残月でも観測するの?

まぁボランティアやらをバンド活動って言うくらいだから部活動と言いつつ普通に遊ぶだけかもしれないけど。

 

 

約束の時間に公園に行くとイヴちゃんは既に到着して私を待っていたようだ。道着と袴を着て正座してる状態で。

え、想像以上にガチじゃん。私普通に私服なんだけど。

素振り見て欲しいって話だったから、私の中ではキャッチボール感覚で来ちゃったけど、イヴちゃんの中ではピッチングフォームの調整からの投げ込みをするってくらいの熱意を感じる。

 

 

ま、まぁそのくらい楽しみにしてくれてたと思っとこうかな。

実際今日という日を楽しみにしてました! って目をキラキラさせてるしね。

 

という訳で早速見せてもらおう。

 

 

ブシドー! と気合を入れながら竹刀を振るイヴちゃん。

掛け声は気にならないでもないけど、様になってるし普通に綺麗に振れてるじゃん。

聞いた話だとライブハウスのラウンジとかでも暇があれば素振りしてるらしいね。

割と肌身離さず竹刀持ってるっぽいし私より侍してるよ。

 

とはいえ指摘出来るとこが無い訳ではないので色々とアドバイスしていく。

一応お手本がてら私も素振りしてね。一応今でも素振りはするんだけど、竹刀じゃなくて専ら木刀ばっかだから微妙な違和感があるけどこの程度は誤差の範囲内だ。

弘法は筆を選ばないのだよ。

 

剣道っていうのは当たれば勝ちで、当てた際のダメージは全く関係ない。勿論防具は付けてるとは言え当たり所によれば相当痛いが。

だから競技としての剣道は自然と速さが追求されてきた。

 

でもイヴちゃんは試合に勝ちたいんじゃなくて剣の理法を学び、その先にある武士の精神を学びたいんだろう。

だから私はゆーっくり素振りしてみるのも良いよと伝えてみた。

案外人っていうのは意識して素早い動作をするより意識して緩慢な動作をする時の方が集中できる。

私もやってたけど、精神統一法の一環って感じでさ。

 

って持論を語ってるとイヴちゃんから尊敬の眼差しを向けられていた。

素晴らしいですってヨイショしてくれるけど、かわいい女の子にそういうこと言われるとお姉さん調子乗っちゃうよ。

でもやはり現代のサムライと呼ばれるだけはありますって、それは恥ずかしいからやめてほしい。

 

 

 

しばらくは雑談やイヴちゃんからの質問を交えつつ稽古(イヴちゃん曰く)は終了した。

そして私たちは事前に約束していた通り、サウナ施設のあるスパへ向かうことに。

 

最近の日本は四季が仕事してないせいで四半年どころか半年近く暑い。日中に外で素振りなんかしてたらそりゃあ汗かくよね。

だから剣道のアドバイスが終われば汗を流そうって話になって、折角だからサウナのある所に行こうと提案したのだ。

 

フィンランドと言えばサウナみたいなとこあるしね。サウナってフィンランド語なんだよ。

私が日本文化教えるからイヴちゃんはフィンランド文化教えてよ! ってノリで言ったら快諾してくれた。

 

しかもしかも、スパへはこころと合流して皆で行くんですよ!

今しがた連絡もあって、こころのお友達も一緒だとか!

イヴちゃんも裸の付き合いです! って喜んでるし最高ですね。

 

 

 

こころのお友達が着替えとか用意しに一旦帰って準備をするから公園でちょっと待っててとのことなので、ベンチでイヴちゃんとの会話を楽しんだ。

イヴちゃんも着替えたらどうかとは思うけど。

フィンランド人はサウナ好きって聞いてたけど、イヴちゃんの家にもサウナ室あったんだって。日本じゃなくて向こうのね。

どうでもいいけど、サウナンヤルケイネンって面白い単語だよね。

 

楽しくお喋りしてるとどうやらこころたちがもうすぐ到着するようだ。

あっ、入り口付近でこころが手を振ってる! かわいい、私も振り返さないと!

お友達も一緒に手を振ってる、と思ったら何やら見たことがあるぞ?

 

 

ヒナちゃん! 君はヒナちゃんじゃないか!

こころのお友達はヒナちゃんだったのか!

 

ヒナちゃんの方もこころの姉というのが私だと分かってビックリしている。

そうだよね、私たち結構チャットで話しているようで自分の好きなことしか言ってないからお互いのこと自体はそんなに詳しくないんだよね。

という訳でヒナちゃんをたかいたかいしてあげる。

 

こころも久々にして欲しそうだったからたかいたかいしてあげる。

言ってくれればいつでもやってあげるのに。

 

2人がキャッキャ喜んでるのを見て興味ありげなイヴちゃんもたかいたかいしてあげる。

大丈夫大丈夫私パワーあるからイヴちゃんでもイケるイケる。

 

 

今知ったけどヒナちゃんもアイドルなんだって、しかもイヴちゃんと同じグループだとか。

世間って狭いね。皆知り合いじゃん。

 

よし、では行くとしましょうか!

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

最近、こころちゃんにはお姉ちゃんがいるってことを知った。

ここ数年は仕事の関係で家にいなくて、週に1度会えればいい方だったみたいだけど今は帰ってきていて一緒に暮らしてるんだって。

だから昨日はどんなことを話したとか、どこに行ったとかを聞くようになって、こころちゃんにお姉ちゃんがいることが判明したんだ。

 

この前なんてペアルックみたいにお揃いの髪形にして出掛けたんだってー、いいなーあたしもお姉ちゃんとお揃いの髪形にして一緒にお出かけしたいなー。

まぁ無理だろうなぁ。髪の長さが違うとかの前にお姉ちゃんそういうの好きじゃなさそうだもん。

 

 

「こころちゃんのとこは仲が良さそうでいいなー」

「あら、日菜にも紗夜がいるじゃない。仲良くすればいいのよ!」

「でもなぁ、最近は話し掛けてもちゃんと返事してくれるようになったけど、一緒に出掛けるとかないんだよね。練習に忙しいみたいだし」

 

 

今日はこころちゃんと楽しいこと探しをしていたんだけど、いっぱい楽しいことを見つけて満喫したのであたしたちはファミレスでお互いのお姉ちゃんについて話していた。

どうやったらこころちゃんのとこみたいに仲良くなれるんだろう。羨ましいなー。

そんなことを言ったら、意外な返事が返ってきた。

 

「あたしとお姉様も昔は今ほど仲良くはなかったわ。だから日菜も大丈夫よ!」

「えー、ほんとにー?」

 

あたしとお姉ちゃんが仲良くなれるってのもそうだけど、こころちゃんたちも昔はそれ程でもなかったというのは信じられない。

こころちゃんは見ても分かるようにお姉ちゃんの話をする時は笑顔で楽しそうだし、聞いてる分にはお姉ちゃんの方もこころちゃんを大切に思ってるみたいじゃん。

疑わしくて2重の意味であたしは聞き返していた。

 

 

「えぇ、だってあたしはお姉様のこと昔はよく遊んでくれる人、くらいにしか思っていなかったもの」

「こころちゃんがー? うっそだー」

 

 

こころちゃんがお姉ちゃんのことを話す姿は丸っきり自分がお姉ちゃんのことを話してる時に似てる。

それなのに昔はあまり興味なかったみたいなこと言われても信じられるわけないよ。てっきりあたしみたいにこころちゃんが相手にされてないパターンを想像していた。

まぁもしそれが本当なら気になるし参考にもなるし詳しく聞いてみることにした。

 

 

どうやら、そのお姉ちゃんは養子で血が繋がってる訳じゃないらしい。遠い親戚ではあるみたいだけど。

当時はこころちゃんも友達もいなくて親も構ってくれなかったんだって。

そんな折、今日から知らない人が姉になると言われるもどうしたらいいかよく分からない。

それでも時間があれば色々遊んでくれてはいたから、姉とか家族としてはよく分からなかったけど、遊んでくれる分お屋敷のメイドや使用人たちよりは好印象って程度だったと。

 

「じゃあなんでそれが今みたいになったの?」

 

聞いている限りだと、姉妹というよりは年の離れた友達っていう程度の認識だと思う。

何があってその認識が変わったんだろう。それが分かればあたしがお姉ちゃんと仲良くなるヒントになるかもしれない。

 

「それはね、とーっても簡単なことだったのよ」

 

こころちゃん家がお金持ちだから色々なことがあったらしいけど、あくまでそれは気付くキッカケだっただけであたしの知りたいことはもっと単純なことらしい。

 

 

「あたしがどう思っていようとお姉様はあたしの姉で、ずぅーっとあたしのことを愛してくれていたの。それに気付いた時、あたしの中でお姉様は本当のお姉様になったわ。

だから日菜はそのままでいいの、紗夜はまだ少しだけしか気付けてないのよ。でもいつかきっと日菜の愛は届くわ! だから大丈夫! 日菜が諦めなければその『いつか』は必ずやってくるのよ!」

 

 

そう言ったこころちゃんはとびっきりの笑顔で、自信満々な顔をしていた。

あたしたちは必ず仲良しになれる日が来るって信じて疑ってない。

 

「もー、それじゃあ時間が解決してくれるって言ってるのと一緒じゃん」

 

時間が解決してくれるなんて、何も出来ない人たちがする言い訳の定型句だと思ってた。

でも何の根拠もないのに、今のこころちゃんの話はるんっ♪ってきて、気付けば釣られるように笑っていた。

 

 

「いいえ、それは違うわ日菜」

「うん?」

「時間じゃないわ。日菜のその笑顔が、解決してくれるのよ! 笑顔になるのは楽しいからだわ。だからその笑顔が伝えてくれるの、あなたといるだけで楽しくてうれしくて仕方ないことなのって」

 

 

こころちゃんもあたしも、他人からはあまり理解されない突飛なことをよく言い出すし、あたしもそこは自覚している。

あたしたちは似てるんだろうなって思う。だからなのかな? こころちゃんの言葉は驚く程すんなり胸に落ちてくる。これ以上ない程に背中を押してくれている気がする。

 

 

「それは、とってもるんっ♪って感じだね」

「えぇ。あっそうだわ!」

「うわ、どうしたの?」

「今日はこの後お姉様とお風呂に行くの! 日菜もくればいいのよ!」

 

 

あー、だからこころちゃん今日は手ぶらじゃなくて鞄持ってたんだね。

でもそれだとあたし着替えとか持ってないから一回家に帰らないとだなー。

あれやこれやの間にこころちゃんはお姉ちゃんに連絡を取ったみたいで、一緒にあたしもお風呂に行くことになった。

 

 

 

そうと決まれば行きましょう! とこころちゃんとあたしは移動を開始した。

2人でキャッキャ言いながら家を経由して待ち合わせ場所の公園に着いた。

こころちゃんはお姉様ーって大きな声を出して手を振っている。

あたしもついでに振ってみる。

 

先に聞いていた通りイヴちゃんもいて、その隣で手を振り返してくれてる人がこころちゃんのお姉ちゃんなのだろう。

遠目だとこころちゃんのお姉ちゃんっていうよりイヴちゃんのお姉ちゃんに見えるけどそれは黙っておこう。

 

段々近づいてきて、よく見るとどこか見覚えのある人な気がする。

いや、見覚えどころか毎日のようにチャットで話してる人だった。

 

 

「ああぁー!! うつほちんじゃん!! うそー! こころちゃんのお姉ちゃんってうつほちんだったの!?」

 

 

流石のあたしもこれにはビックリだよ!

でもそう言えばちょっと前に妹とお揃いの髪形にして遊びに行ったって言ってた!

 

驚いてたのはあたしだけじゃなくてうつほちんもだったみたい。

 

 

「こころのお友達っていうのは、ヒナちゃんだったのね」

「ヒナさんもウツホさんとお知り合いだったのですね!」

「とってもステキな偶然ね!」

「あははー、どうやらそうみたい!」

 

 

つまるところ、あたしたちは皆知り合いだったようだ。

そうと分かるとうつほちんも最初より柔らかい雰囲気になって近づいてきて、いつしかのようにたかいたかいしてくれた。

 

これをたかいたかいと言っていいのか分からないくらいだけど、あたしは結構お気に入りだ。

普段だと有り得ない視界の高さ、空を飛んでいるみたい。

 

「わーい! もう一回お願い!」

 

おかわりを要求すると返事代わりに再び空へと投げられる。

今更だけど少なくとも40~50kgはある人を苦も無く持ち上げる、どころかお手玉のようにキャッチ&リリースしてるってすごいよね。

 

 

私の番が終わると次はこころちゃんをたかいたかいしていた。

こころちゃんのキラキラおめめが一層キラキラしててお星さまがこぼれ出そうなくらい喜んでる。

すっごぉい楽しいもんね。

 

「折角だしイヴちゃんもやってもらいなよ!」

 

あたしたちを見てケガしないか不安なのか、それでも興味はあるのかちょっぴりそわそわしてるイヴちゃんにおススメしてみる。

こころちゃんもとっても楽しいわよ! と援護射撃してくれて、イヴちゃんもたかいたかいしてもらっていた。

 

なんだかんだ言いつつイヴちゃんも楽しそうにしてる。

やっぱイヴちゃんって度胸があるというか肝が据わってるよね。勧めといてなんだけど普通人があんなに浮いてるとこみたらやって欲しいってならないよ。

 

 

と、全員が知り合いという嬉しい想定外のお陰で話が逸れてしまったけど、あたしたちが行くのはお風呂じゃなくてスパなんだって。

なるほどねー、フィンランドってサウナ有名だもんね。厳密にはフィンランドが発祥ってわけじゃないんだけど、=で連想するくらいには根付いてる文化だし。

 

 

 

それにしてもうつほちんとこころちゃんが姉妹だったとはねー。

落ち着いた見た目もあるけど、うつほちんとのチャットの中でのやり取りに、お姉ちゃんを投影してなかったと言えばウソになる。

あたしの話をちゃんと聞いてくれて、適度に自分の意見も言ってくれて、お姉ちゃんと比べれば少し茶目っ気があるけど、もしお姉ちゃんならこんな感じに返事してくれるのかなーとか思ってた。

 

どこかあたしたち姉妹と似ているうつほちんとこころちゃん姉妹。

けれどあたしたちと違って円満な関係の姉妹。

 

この姉妹を観察してるとすっごいるんっ♪ってする予感がする。

 

 

今から行くサウナもそうだけど、これから先も楽しそうだね!

 

 

 

 




まさか書き切れずに前後編になるとは。

次回、『110度の蒸気をブンブンブン』


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10話 ゆけむりたくさんモックモク

まさかヒナちゃんもアイドルだったとはねー。

しかもイヴちゃんと同じグループだなんて。

 

イヴちゃんがパスパレっていうグループに所属してるのは知ってたしヒナちゃんがバンドしてるってのは知ってたけど結びつかなかったよ。

私あんまりテレビ見ないんだよね。ニュースくらいかな。周りに若い子多いと世俗に疎いの浮いちゃうな……

最近テレビの仕事増えたって言ってたしこれからは時間作って見てみることにしよう。

 

しかし、そんなアイドルたちと我が天使こころ含めたJK3人とお風呂ってなんか字面的に犯罪臭がするね。

私も女だから大丈夫なんだけど、こうね。一応メンタリティも女性寄りなんだけど美少女に囲まれると流石にうかれざるを得ない。

 

 

という訳でスパに到着しました。

貸し切りにしてる訳でもないから他の人に迷惑を掛けないようにだけ先に注意しておく。

こころも大衆向けのところは初めて来たと思うし言っておかないと何するか分からないとこあるからね。

一応保護者ポジだし、しっかりしとかないと。

 

今日来たところは、温泉とリクライナールームとサウナ、岩盤浴がある。

フィンランドサウナっていう結構ちゃんとしたのがあるとこらしい。

サウナストーンがあって自分たちでロウリュできるし白樺の葉も置いてある。

イヴちゃんに本場仕込みの技、見せてもらおうじゃないか。

 

で、まずは温泉にということで脱衣所にいるんだけれども、こころさん、育ちましたねー。

何がとは言わないけどさ、けしからん。

イヴちゃんはモデルもこなしてたからかスタイルも抜群だし、ヒナちゃんもアイドルだけあってとってもスリムで綺麗である。

大丈夫? お金とか払わなくていい私?

 

 

とか思ってるとこころとヒナちゃんが脱衣所から駆け出てしまった。

こらこら君たち、走っては危ないぞ。

 

言うが早いか2人して転びそうになったところを素早く近づいて支えてあげる。

今の私じゃなかったら2人とも本当に転んでたからね?

合法的にお触りできたのは役得かもしれないけれど、きちんと叱っておく。

ヒナちゃんも後から来たイヴちゃんに叱られているようだ。

 

一応反省しているようなので気を取り直して、体を洗おう。

こころは自分で髪を洗うのがあまり上手ではないので、代わりに私が洗ってあげる。

気持ち良さそうに鼻歌を歌いながら洗われているこころを視界に入れているだけで癒される。

 

こころの髪を洗い終わり泡をお湯で流すと、次はヒナちゃんがあたしもーとやってきた。

まぁヒナちゃんはこころに比べて髪も短いしささっと洗ってあげよう。

 

 

よーし終わりー。体は自分で洗うんだぞー。

と思いきや、ヒナちゃんとこころは今度は2人で背中を洗いっこするようだ。

その様子をずっと眺めていたいが、流石によろしくない。それに私も自分の髪を洗っておかないとだしね。

なんだけれども、次はイヴちゃんから視線を感じる。

 

え、お背中をお流しします?

時代劇で弟子が師匠の背中を流すシーンがありました! って力説してくれてる。

それ男同士で絵面凄まじいことなってそうだねその時代劇。

ともあれ、男ならいざ知らず美少女に背中流してもらえるなんてそうそうないので快く了承しましたよ。

えぇ、二つ返事ですとも。で、私たちいつの間に師弟関係になってるの?

 

正直、そんなに期待してなかったんだけどイヴちゃんめっちゃ上手いじゃん。

絶妙な力加減だよ。

日本に来て誰かの背中を流すのが夢だったからどうやってかしらないけど練習してたらしい。

すごいピンポイントなところで情熱的だね。

 

イヴちゃん自身は私がこころたちを洗っている間に、既に洗い終わってたようなので皆で温泉に入る。

こころが泳ぎだしたりしないように手を繋いでみたらにこにこ笑顔で隣でゆったりお湯に浸かっててくれていた。

まぁここで手を振り払われて泳ぎだされてたら私たぶんショックで口から魂出てたと思う。

 

サウナに入る前にあんまり長く浸かっているのもアレなので温泉は程々にして上がることにする。

ヒナちゃんはあまりこういった場所にこないらしく、サウナを結構楽しみにしてるみたいだ。

入り口にあるヴィヒタ──白樺の葉を見てハシャいでいる。イヴちゃんがそれで体を叩くって説明すると驚きながら笑っている。

ちょっと違うけど日本にも乾布摩擦って文化あるしそういうこともあるよねって納得してる。

 

改めてサウナルームの中を見渡すと私たち以外には誰もいなくて貸し切り状態だった。

他に人がいるとロウリュしていいかの確認するのがマナーらしいし丁度良かった。

 

最初の室温は結構低めに設定されているようで、この程度だと数分経ってじんわり汗をかくかどうかというレベルだ。

なのでここは本場のサウナプロであるイヴちゃんに温度調整をしてもらおう。

そう言うとイヴちゃんはお任せくださいとサウナストーンに水をかける。

じゅわ~と水が蒸発する音と共に蒸気が立ち上る。

 

それをみたこころとヒナちゃんがあたしもやるー! と言って水の量などイヴちゃん指導の下ロウリュが行われる。

おおう、結構熱くなったね。ちょっと汗でてきたよ。

 

そしてイヴちゃんが頃合いを見てヴィヒタを持ってくる。

ブシドー! と気合を入れながらまずはヒナちゃんへヴィヒタを振るう。そこで日芬文化交流させますか。

続き様にスタンバっていたこころも同じように叩きつける。

この流れを途絶えさせないように私もイヴちゃんにヴィヒタしてもらう。

 

うーん、回復(物理)って感じ!

爽やかな香りもするし清められた気がする。

 

 

一通り満喫したからかヒナちゃんが一足先にサウナルームから退出した。

事前に無理をしないようにとイヴちゃんが真剣に注意していたお陰だろう。

私もこころに先に出ているように促す。私たちと合流する前に体力消費してただろうしね。

こころは小さい子供のように体力が切れたら途端に眠りだすタイプだからその辺はよく見といてあげないといけない。

 

イヴちゃんは流石と言うべきか慣れているだけあってまだまだ大丈夫なようだ。

私も鍛えてることもありまだ余裕がある。私は光に弱いだけであって熱に弱い訳じゃないからね。

いい機会だし存分に汗をかきたい。多少の運動じゃもうそこまで汗かかないんだよね。

 

 

という旨をイヴちゃんに言うともう少し温度を上げますか? と聞かれそれに応じる。

イヴちゃんの調整が上手いのか程なくしていい具合に汗をかいてきた。

 

それにしても、イヴちゃんの色気が凄まじい。

タオルは体に巻くのではなく最低限前を隠す程度に持っているだけだ。

イヴちゃんも結構な無邪気キャラのせいかあまり強調されないが、モデルをやっていた経歴が示すように、もう大人の体と言っても差し支えない。

外国人特有の腰元のくびれ、首元から谷間に流れる汗、浅めの呼吸、上気した顔。

 

端的言えばそう、エロい。

 

 

 

 

……よし! こころたちも待ってるだろうしそろそろ出ようかイヴちゃん!!

 

 

 

サウナ、良い文明だな。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「気付けばこころも、大きくなったわね」

 

 

皆でお風呂を入りに来て服を脱いでいる時、お姉様があまり普段見せることのない笑顔でそう言ったわ。

ほんとに些細なことだけれど、ちゃんとあたしのことを見てくれてるのだと思うと嬉しくて足取りも軽くなっちゃうわ。

 

だから皆でサウナも楽しみなのが相まって、はじめに注意されたにも関わらず日菜とお風呂場へ駆け出してしまったの。

運悪くというのかしら、丁度あたしたちの足元にあわあわがいっぱいのお湯が流れてきた。

あ、と思った時にはもう遅くて足を滑らしてしまったわ。一緒にいた日菜は実際に「あっ」と声に出していたわ。

おしりを打っちゃうと思った次の瞬間には、体にタオルを巻いたお姉様に日菜とともに腰に腕を回されて支えられていた。

 

黒服の人もそうだけれど、お姉様は本当に音もなく隣に突然現れる時があるわ。

昔どうやっているのかと聞いたらお姉様は瞬間移動が出来るらしいのよ!

 

 

「先程周りをしっかり見て気を付けなさいと、そう言ったわよね?」

「ヒナさんも! 武士は慌てるべからず、ですよ!」

 

 

お姉様は少しだけ困った顔をしながらあたしに問いかけてきたわ。

日菜の方はイヴが少し大きめの声で注意しているわ。

 

「ごめんなさい」

 

あたしも少し舞い上がりすぎたと思って謝ったわ。

せっかくお姉様が事前に声を掛けてくれていたのに悪いことをしてしまったわ。

 

「もう転んではダメよ? それじゃあ、まずは体を流しましょうか」

 

お姉様も怒っていた訳ではなく、頭を一撫でしてからあたしを椅子に座らせてくれたわ。

 

お姉様はごく自然に持ってきていたシャンプーを使ってあたしの髪を洗い始めてくれたわ。

あたし、中学生になる前くらいかしら? その頃でも自分の髪が思うように洗えなくて、いつの間にか体中泡だらけになるあたしを見かねてお姉様が髪を洗ってくれていたの。

一緒にお風呂に入るのなんて何年ぶりか分からないけれど、今でも自然に昔のように何も言わずに髪を洗ってくれて嬉しいわ。

 

お姉様とお風呂に入るまではメイドさんが洗ってくれていたのだけれど、お姉様が来てからはお姉様に洗ってもらって、お姉様と入ることがなくなってからは自分で洗えるように練習したの。

だから本当はもう自分で洗えるのだけれど、お姉様には内緒にしててもいいわよね?

 

 

頭からざぱーとお湯を流されると、そのタイミングを見計らったように日菜が次はあたしー! と言いながらやってきたわ。

お姉様は日菜を椅子に座らすと手早く、けれど丁寧に髪を洗い終えたわ。

 

流石に身体の方は自分で洗うようにあたしたちに言うと、日菜は今度はあたしと洗いっこしようと言ったわ。

いいわね! とっても楽しそう!

 

 

お姉様はどうやらイヴに背中を洗ってもらっていたようで、次は皆で温泉よ!

あたしはさっき走り出してしまった前科? があるからかお姉様におててを捕まえられちゃったわ。

本当は温泉で泳いでみたいとちょっぴり思っていたのだけれど、お姉様に捕まってしまったからじっとしてないといけないわね!

 

 

今日のメインはサウナだからあんまり長湯するのはやめておこうと言うことで、次はサウナね!

あたしこういうところはひえらぽりす? とかしか行ったことなかったから色々楽しいわね!

 

サウナルームに入ってたのだけれど思ってたより熱くないわね?

そんなことを思っていたらイヴが部屋の真ん中にあった石に向かって水を掛け始めたわ。

すごいわ! いっぱいモクモクしてるの!

 

「これはロウリュと言ってサウナストーンに水を掛けて水蒸気を発生させて体感温度を上げる入浴法なんです!」

「へぇ~! おもしろーいあたしもやりたーい!」

 

日菜も同じことを思っていたようで、あたしもイヴにやりたいと告げる。

 

「あまりたくさんやると慣れてない方には危ないので少しずつしましょう!」

 

イヴに教えてもらって準備はばんたんだわ!

 

 

「「ろうりゅ~!」」

 

 

わぁ! おにくが焼けるような音がしてたっくさんのモクモクができたわ!

ろうりゅってすごいのね!

 

 

「あ˝あ˝~、もうダメ! あたし先に出るね!」

 

日菜はろうりゅをしてた時は元気だったのだけれど、座って少しお話をしていたら突然立ち上がって颯爽と部屋を出て行って、程なくしてざぱーんと水の中に飛び込む音が聞こえたわ。

 

「こころ、貴方も少し辛そうだわ」

 

お姉様の言葉にそんなことないわ! と言おうと思ったのだけれど、体のことに関してお姉様が間違いを言ったことはないわ。

先に出てしまった日菜も外で1人になっちゃうからあたしはお姉様の言葉に従ってお外に出たわ。

 

 

「こころちゃーん! こっちこっちー」

 

声がした方を向くと水風呂と書かれた場所に日菜がいたわ。

あたしは水風呂の前まで歩いて向かい、近くに人がいないことを確認したわ。

 

 

「えいっ!」

 

 

おそらく日菜がやったのと同じようにあたしは飛び込んで大きな水しぶきを作ったのだった。

 

 

 

 

皆が最後に汗を流してお風呂を上がったリクライナールームで聞いたのだけれど、イヴの住んでたフィンランドではサウナから出たあとは雪の上に転がったり、凍った湖の中に飛び込んだりすることもあるのですって!

いつかあたしもやってみたいわね!

 

サウナから上がったあとは自分で思ってる以上に体力を使ってるんですって。

だからその後は皆でのんびりお話したり、マッサージしたりして楽しんだわ!

 

今日はとーっても楽しかったから今度はハロハピの皆とも来たいわね!

 

 

 

でも、お姉様とイヴが2人で楽しそうにしているのを見ると胸の中が少しモクモクするの。

サウナでたくさんモクモクを吸ってしまったからかしら?

 

 

 




シーズン2になってからこころがまったくもってけしからん、けしからんよ。


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昔話 私と、私の天使が生まれた日

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ありがとうございます。


そして今回ちょっぴりシリアス風味


これは私が弦巻家に引き取られて間もない頃のお話。

そう、私の2度目の生に意味を得た10年ほど前のある日の出来事までのちょっとした昔話。

自分語りなんていいからこころの癒されるエピソードを聞かせろって?

まぁそう言わずに、たまには私のことも知っていってよ。

 

 

中学3年生になった頃には既に両親を亡くし、親権やらで揉めること約1年。周りも中学生という多感な年頃では親を亡くしたクラスメイトへの接し方も分からずに、私が学校で腫れ物扱いになっていたのも仕方ないだろう。

保護者も一番血筋の近い叔母がひとまず暫定的になっているだけで、卒業後も引き取り先によっては引っ越すことも有り得るという状態なので高校の受験もせずにいた。

まぁ私の成績からすればどこの高校でも中途編入出来ると見做されてのことだったが。

 

そして中学卒業直前、母方の血筋で遠縁の弦巻家に引き取られることが決まった。

前世との違いを探すためにそれなりに世情に詳しかった私は勿論、弦巻という大財閥の名前は知っていた。

血縁関係にあるとまでは思わなかったけれど。

 

これから父親となる男性に連れられ屋敷に行き、名前が変わり私は弦巻虚となった。

不謹慎だったかもしれないが、この時私は少しだけ期待してたんだ。

文武両道を地で行く美少女が両親を亡くし引き取られた先は大財閥。いかにも漫画でありそうな展開じゃない?

だから私はこれから何かの事件に巻き込まれたりして世界の裏側とか真実を知ってしまう! みたいなね。

中学生にありがちな妄想だろうけど、何せ転生なんて摩訶不思議な経験をしていればそんな妄想をしてても仕方なくない?

 

けれどけれども現実はそんなことはなく、高校にも行かずに帝王学を学び弦巻の将来を担う一員となるべく英才教育を施されただけだった。

勿論財閥の養子になり英才教育を受けるなんて前世では考えられもしないことだが、結局は座学の勉強だし定年まで働いていた私にとっては仕事の手伝いすら目新しくはあっても想像を大きく上回るものではなかった。

 

 

私を引き取った男性、つまりはお父様なんだけれども、そのお父様から私を引き取った理由を実は初めに聞かされていた。

1つは優秀そうだから、女であるということを差し引いても釣りが出るくらいの能力があると判断して養女にしたと。

そして理由の2つ目がお父様の娘で、私の義妹になるこころという少女にあった。

 

 

世間一般で言えば幼稚園や保育園に通うあたりの年齢の女の子。

流石は上流階級と言うべきか屋敷で家庭教師を雇って勉強を教えているらしい。そのこともあり生活はほぼ弦巻の敷地内で完結している。なんでもあるしなんでも用意できるからね。

弦巻家が主催する社交会に連れて行ったこともあるが、運悪くというべきか同世代の子供はおらず友達もいない。

周りは大人だけ、姉妹もいない、親も仕事ばかりであまり接することが出来ないという今の環境。

 

うん、どう考えても問題しかない。

だからこそ自分の代わりという訳ではないのだろうが、まだ年の近い私を多少無理を通してでも弦巻の姓を与え家族として迎えたそうだ。

私とて親を亡くしてそう時間が経っている訳でもないのだし、環境が変わり大変なのはお父様も分かっている。

それでも、こころを新しい家族として、それが難しくともせめて遊び相手でもいいから気に掛けてくれないかとお願いされた。

 

 

後日、義妹のこころに会った時に抱いた私の印象は、お人形さんみたいなかわいい女の子だな、だった。

もう10年もして私と同じ年頃になれば深窓の令嬢という言葉が似合うお嬢さんになるんだろうと思った。

 

 

それからは時間が空けば義妹のもとへ足を運ぶようにしていた。

私もそれなりにハードスケジュールだったのだが、幸いこのハイスペックボディは疲れも溜まりにくく体力もあった。なので常人ならば休息に充てるべき時間をも活用出来た。

 

最初は大人しいと思っていたこころも、会う回数を重ねる度に笑顔を見せてくれることが増えて、今では私の顔を見るやウツホ! と嬉しそうに抱き着いてくる程だ。

生来は活発な子なのだろう。やはり子供というのは遊んでなんぼということだ。

こころは絵本が好きなようで、何度も私に読み聞かせて欲しいとねだってくる。その度、前世でも子供や孫が小さい頃は絵本を読んであげていたことを思い出す。

 

 

私が家族として触れ合えていたかは分からないが、こころが段々明るくなり笑顔が増えていったことをお父様は嬉しく思っていたそうだ。

 

しかし偶に私も自分が分からなくなる時がある。

私がこうしてこころのもとへ足繁く通うのは、家族の愛を知らない子を不憫に思っての老婆心からなのか。それともこころを通し未だに忘れられない前世の懐古に浸るためなのだろうか、と。

 

 

こころにとっても私のことは姉と思えないのだろう。よく遊んでくれる人、友達感覚でしかないように私もまたこころのことを妹としてみれていないのかもしれない。

確かにかわいいとも。初めて会った時にお人形のようだと思ったように、髪はきらきらで輝いてまだまだ成長途中の小さい体は保護欲をかき立てるが、それだけだった。

 

弦巻家に引き取られて1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月になろうとも私たちの関係は姉妹と呼べるものではなかったと思う。

勿論こころのことは好きだ。かわいいし、私に懐いてくれている女の子、好きになって当然だろう。

けれど愛しているかと言われればそうではないと言うしかない。何かが足りない気がするんだ。

 

 

足りないと言えば、2度目の生を受けてからずっと何かが欠けている気がしてたんだ。

何でも出来る可能性を持つ体を持っていても中身がない。胸にぽっかり穴が開いた気分になる。

私を虚と名付けた親の慧眼を褒めるほかないだろう。私は、空っぽだった。

 

 

最初は刺激を求めていたのだと思った。

2度目を得たのだから1度目に出来なかったこと、想像もしてなかったようなことを求めていたのだと思ってた。

バンドやスポーツも考えていたけれど、思い切って格闘漫画のごとく物理的な強さを磨いてみた。

日本人らしく剣を振ってみた。始めのうちは楽しかった。みるみる上達する腕前に、空想の中でしかなかった技を再現出来る快感に酔っていた。

そして、実戦的な剣術家の先生に見初められて学び終わる頃には楽しさなどは疾うに消え去っていた。

鬱憤を晴らすかのように大会では相手をねじ伏せるような試合をしていた。

そのせいで挫折して剣道を辞めた子もいたらしい。

現代日本において剣の腕前や強さなどに大した意味はない。競う相手もいないのでは、もはや剣を振るのも座禅と変わらないものになっていた。

 

次に、弦巻家に引き取られ英才教育を受けた。

前世と比べるまでもないような特別だ。生活も様変わりして刺激という意味ならば十分だろう。

でも、私の心にはずっぽりと穴が開いたままだった。何を見ても色褪せていた。

 

 

決定的だったのは、生前ではあれ程楽しく弾けていたピアノを改めて弾いた時、楽しさを感じなくなった時だった。

当時好きだったアニメの主題歌、好きなアーティストの曲、不意に頭に浮かんだフレーズを、思うままに時間も忘れて弾いていた。

我流で学び基本や基礎はめちゃくちゃで、お世辞にも上手ではなかっただろう。

けれど、そんなことは気にならなかった。音を外しても、ミスをしても楽しかったんだ。

 

それが今はどうだろう。

音が外れた。気になってしまう。そして次に弾く時には修正して弾けている。

今生のこの体は耳の出来も良いようで、ミスを聞き分ければその時にはもう頭の中で音のズレが調整されている。

ただただ機械的に上達していくだけになってしまっていた。

好きな曲を通して弾けた時に感じた感動はもうなくなって久しい。

 

何でもすぐに上達し、何でもこなせるこの体は私から情熱というエンジンを奪っていたのだと思う。

私に足りないのは、情熱なのだろうか……?

 

 

 

私に足りないものが何だったのかが分かるのは、それからまたしばらく経った頃だった。

 

 

 

ある昼下がり。過去を引きずるだけだからと、もう弾くのは止めようと思っているピアノの前に私はいる。

タバコを止めれない人はこういう気持ちなのだろうと思いつつ、いつものように指を弾ませる。

前世では何年も何年も弾き続けても大して上達しなかったのが嘘のように、めっきり上手くなってしまった。

誰に習った訳でもないのに、コンクールに出ても恥をかくことはないだろうと思える程には弾けてるだろう。

 

私はこんなに上手くなかった。でも今の私はこんなに上手い。

私が何度弾こうとしてもついぞ弾けなかった曲。それが苦も無く弾けてしまう。

転生したと言っても今の私と前世の私は別人だということを、嫌でも突き付けられる。

 

あまりに優秀なこの体は、私の精神と見合うものではなかったんだろう。

出来ることはたくさんある。けれどやりたいことが見当たらない。モチベーションを保てない。

人は、まともな人間の精神は2度も人生を繰り返すことに耐えられないことを理解した。

ある説では、体感的な人生の折り返し地点は20歳だと言われている。80年以上もあるとされる人生において、20歳までに体験する出来事は残りの60年で起こりうる出来事に匹敵するということだ。

年を取るごとに1年の体感時間が短くなる現象と同じだ。初めて体感した時と、2度目に体感した時の感動に差があるのは当たり前だ。

 

転生したと分かった時は幸運だと思った。自分の体がハイスペックボディと自覚した時は天運だと思った。

けれど幼い頃に母親が死に、中学の間に父親も逝った時ですら特に何も感じなかった時に、気付いてしまった。

普通の人間が2度目の生を得たところで、意味などないと。こんなのに耐えうるのは狂人的なナニかだけだろう。

 

どうしても彩り豊かな前世を脳裏に浮かべ比べてしまう。

このまま私は無感動なまま惰性で生きていくのだろうか。

 

 

よく分からないまま、私は日々こころのもとへ通い続けていた。

もしかしたら、私が来ると笑顔を見せてくれるこころに依存していたのかもしれない。

ただの遊び相手であろうと必要とされていると思いたかったのかもしれない。

そんな思い込みが功を奏していたのか、こころと遊んでいる時だけは、どういう訳か世界に少し色が戻っていた。

 

これでは、相手をしてもらっていたのは私の方だ。

 

 

「ウツホは、いいコでいようとしているの?」

 

 

だからだろうか、こころにこんなことを言われてしまったのは。

幼いながらに何かを感じ取ったのか、こころは拙いながらも思ったことを伝えようとしてくれた。

 

 

「ウツホがおうちにくるまで、わたしもきっとそんなお顔をしていたとおもうの」

 

「おとうさまをこまらせないように、いいコでいようとしていたわ」

 

「すきなえほんをよんでも、あんまりわくわくしなくなったわ」

 

「でも、ウツホとあそんで、ウツホとよむえほんはとってもわくわくするの」

 

「おとうさまも、いいコのわたしより、いまのわたしのほうがいいっていってたわ」

 

「だからね、ウツホも、もっとわらえばいいとおもうの!」

 

 

的を射ているような、そうでもないような。

的外れのようでいて、核心を突いているような。

 

不思議とこころの言葉に聞き入っていた。

思えば、最後に笑ったのはいつだろう。

こころが微笑ましいと頬を緩ませたことはある。だけれども、自分でも笑ったと思えた時がいつだか思い出せない。

弦巻家に来てから笑ったことはあっただろうか。いや、そもそも私はそれ以前からちゃんと笑えていたのだろうか、それすらもう分からない。

 

 

「わたし、ウツホのぴあのがすきなの」

 

「いっかいだけウツホがひいてくれたとき、とってもわくわくしたわ」

 

「ウツホがわらって、たのしそうにぴあのをひいていたから、きっとわたしもわくわくできたの」

 

「だからぴあのをひいたら、ウツホはもっとわらえるようになるとおもうの!」

 

 

いつだったか、お父様に弦巻での生活に不足はないかと聞かれた時に、私はピアノが欲しいと言った。

前世の趣味は今生に至ってもそのままで、ここ数年は触れていなかったが弾きたいとは思っていた。仕事が忙しい時や陰鬱な気分になった時でも、自室でピアノを奏でていれば自然と気分が晴れていた。

だからこそ環境も変わり多忙な現在も、ピアノを弾けば一種の精神安定剤となるのではないかと思ったんだ。

 

お父様は1つの条件を出しつつも、快諾してくれた。

それは簡単なことで、こころにもピアノを聞かせてやってくれとのことだった。

 

私は自分の弾きたいように弾き、他人に聞かせるものではないと前世では家族の前ですら碌に弾いたことはなかったのだが、ピアノとなるとそれなりの値が張るものだ。

いくら家がお金持ちであっても、決して安くないものを要求している自覚はある。それに音楽は教養に良いというし、子供のこころに聞かせる程度は別に構わなかった。

 

 

希望したその翌日にはピアノが用意されており、お父様は私が人に聞かせるのにあまり好意的ではないと察してくれたのか、黒服や使用人はいなかった。

確認がてら調律していたところに偶々こころが通りがかり、部屋には私とこころの2人きりだった。

こころに聞かせるという約束もあったことだし、初披露でもあるのである意味丁度良かったのかもしれない。

 

高級感溢れるグランドピアノを前に少し尻込みしないでもなかったが、これを自由に使っても良い事実に久々に少し胸が高鳴った。

いつもであれば私は思うままに好きな曲を弾いていたのであろうが、ここにはこころがいる。

私のレパートリーにはこの世界に存在するものもあれば存在しない曲もある。どちらにしろ、こころは知る由もない曲だろう。

 

私もブランクがあることだし、ここはこころも知っていそうな曲で、当時初心者の私が初めて弾いた曲にしようと思う。

タイトルは『きらきら星』

 

その後もこころが分かりそうな童謡などを中心に、初心者だった頃を懐かしみながら弾いていた。

こころも体を揺らして知ってる曲は一緒に口ずさみながら聞いていた。

その純粋な様子がまた私の懐古を深まらせるようで、前世では経験しなかったが偶には人に聞かせるのも悪くないかもしれないと思った記憶がある。

 

 

だが、結局はその時だけだった。

私はピアノを弾いていた今ではなく、昔を懐かしんでいただけだった。

だからこそ、今はこんなにも無感動なのだろう。

こころに聞かせてあげるという約束すら、その一度切りで既に果たせていない。

 

 

「でも、私はもうピアノを弾いても楽しくないわ」

 

「だから、笑えるとは思えない」

 

 

とてもじゃないが、私の為を思ってくれた子供に対して返す言葉ではなかった。

それでも、言わずにはいれなかった。ピアノを弾いて楽しくなかったということは、それだけで私が大人げなくなるには十分なことだった。

 

 

「わたしも、おんなじだったわ」

 

「すきなえほんをよんでもわくわくしないの」

 

「すきなのに、すきだったはずなのに、かなしくなるの」

 

「わくわくしなくて、かなしくなっちゃうのにまたよんじゃうの」

 

「でもウツホといっしょによむえほんはわくわくしたの」

 

「そのときになんでひとりでえほんをよんでたのかわかったの」

 

「わくわくしなくても、かなしくなちゃっても、わたしはずっとえほんのことがだいすきだったの」

 

 

こころの眼がジッと私を見つめていた。

こんな小さな女の子のことが、眩しく見えた。

私はまだ、眩しさを感じることが出来るのだと、どうでもいいことが頭をよぎった。

 

 

「ウツホもおんなじだとおもうの」

 

「いまはたのしくないかもしれないわ」

 

「でもすきだから、たのしくなくてもひいてしまうの」

 

「だいすきだから、またてをのばしちゃうの」

 

 

そう言ってこころは私の手を取った。

そのまま私の手を引いて、部屋を出ようとする。

こころの意図が何かが分かると、次の習い事もあり今はピアノを弾く時間などないと告げる。

 

 

「ウツホも、たまにはいいコじゃなくてもだいじょうぶよ!」

 

「だから、いきましょ?」

 

 

私はもう、その言葉に頷くしかなかった。

 

 

こころに連れられ、ピアノの前。

ここまで来れば私も腹をくくることにした。

それに、いい機会かもしれないとも思った。

今までずるずる習慣と惰性で弾いていたピアノも、これで辞める良い区切りになるかもしれないと。

 

折角だからこころにどんな曲が良いか尋ねるも、好きな曲を弾けばいいと返される。

ならばと私は前世でも良く弾いていた曲を弾き始める。

 

弾き始めてみるも、悪い意味でいつも通りだった。

こころを横目に見てみると、全く知らない曲だろうに、それでもリズムに乗って体を左右に揺らしていた。

楽しそうに、聞いていた。

 

私はこんなにもつまらなくて、心がざらついて苦い思いをしているのに。

だから私は意地悪をするようにテンポが独特な曲を選んで弾いた。

悲壮感の強い暗い曲、転調が多くリズムに乗りにくい曲。

皮肉なことに、ただ無意味に上達した私の腕前は、前世の私では到底弾けないこれらの曲も弾きこなせるようになっていた。

 

 

案の定こころは狙い通り、リズムの取り方も分からずに首を傾げながら体をふらふらさせていた。

だけれども、それでもこころは楽しそうだった。

 

曲を弾き終えるとこころと眼が合った。

 

 

「いまのウツホ、とってもたのしそうにぴあのをひいてるわ!」

 

「やっぱりおともだちとすきなことをするとわくわくするの!」

 

「たのしいは、ひとりじゃなくてみんなでうまれるのよ!」

 

 

その言葉を聞いて、思考が止まり、息をするのを忘れていた。

こころだけが楽しそうにしているのが気に入らなくて、意地悪な選曲をした。

この曲ならどうだと2曲3曲、気付けば時間が過ぎていた。

 

楽しかったかどうかと言われれば分からない。

それすら分からないほどに、真剣だった。

夢中になっていた、のだと思う。

 

少なくとも、ただ作業の如く機械的に弾いていたなどとは程遠い。

今私が感じているものが何なのか確かめたかった。

 

 

「最後に、聞きたい曲はある?」

 

 

好きな曲を弾けばいいと言われていたのに関わらず、私はこころに尋ねた。

こころは少しだけ悩んでから、私の意図を察して笑顔で答えてくれた。

それは、私が初めてこころに聞かせてあげた曲だった。

 

 

「きらきらぼし!」

 

 

最後のこの曲は自分の為ではなくて、こころの為に弾こうと思った。

さっきとは違い明確に意識して、こころの為に弾きたいと思った。

そして、こころと一緒に歌いながら弾いて曲が終わる。

 

 

 

「わたしはとってもたのしかったわ! ウツホは、たのしかった?」

 

パタパタと私の傍まで寄ってきたこころは満面の笑みで、分かり切っている質問を投げかけてきた。

 

「えぇ、私もとっても、楽し、かったわ」

 

 

色褪せていた。何をしていても昔を思い出しては比べていた。

何をしてもこんなものだったかと、落胆を覚える度に、世界から色が抜け落ちて行った。

 

だけど、この時。

私の視界は滲んでいたが、確かに世界に色が戻っていた。

 

 

 

私は前世と今では別人だと気付いてはいたが、理解していなかった。

自分の為にピアノを弾いて、それだけで良かったのは前世の自分。

今の私は誰かの為に、楽しませることで私も楽しめる。

 

それが今、ようやく分かった。

今までの私は何をするにしても全て、自分の為にしか行動していなかった。

 

 

傍にいるこころにおいで、と言って抱きしめる。

暖かかった。

じんわりと伝わってくる熱が、心に空いていた穴を埋めてくれる。

心の穴を埋めてなお溢れ伝わる熱が、涙となって頬を伝う。

 

今までの私は空っぽの伽藍洞、中身のない前世の亡霊だった。

 

中身が満たされ、間違いなく私は今日生まれ変わったんだ。

私は今、弦巻虚として生まれることが出来たんだ。

 

 

腕の中のこころを一層ぎゅっと抱きしめる。

少しだけ苦しそうな声を出したが、こころも私の背に腕を回してくれた。

 

 

こころが、私の胸に空いた穴を埋めてくれた。

こころのお陰で私は生まれ変わったんだ。

 

私は体で、心で、魂で理解した。

私の2度目の生に意味をつけるのであれば、それはきっと――私はこころの為に生まれてきたんだと。

 

これからはこころを守り、支え、傍にいて。こころの為に生きようと私は誓った。

 

 

 

 

 

 




FILM LIVEとRASライブDAY2行ってきました。
映画のこころは最高だし、ライブのみっくも最高でした。

神戸牛たべたい。


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11話 みずもしたたるいいおんなになろう

すごい長くなってしまったのに話が終わらなかった……

水着回です。




最近暑いよね。日本はね、湿度が高い。

蒸し暑くて体感的な辛さは赤道直下の国よりも日本のがキツイっていう人もいるくらいだからね。

室内ですら暑い。海外だと日陰に入ると涼しかったりするのに。

この前のサウナは大変良かったけれど、日常的に味わうのは勘弁願いたい。

 

という訳でね、今日はこころとショッピング!

水着の!

 

やっぱりハロハピや友達とも暑いって話になって、今度海かプールかに行くことになりそうなんだって。

折角だし水着を新調したいってのもあるし、去年までのだとサイズがキツくなっていたんだと。

まぁ、色々育ってましたからねぇこころさん。

 

だから今日は午前の間に水着を買って、午後は試着がてら屋敷のプールで過ごす予定なのさ!

自分の部屋で鏡を前に試着とかじゃなくて、本番前に自宅のプールで試着ってスケールでかいでしょ?

でもね、これが弦巻の力なんですよ。いいでしょ、どやぁ。

 

それにお友達と泳ぎに行くのもいいけど、私とも水着を着て一緒に泳ぎたいってこころに言われたらそれに応えない訳にはいかないよね。

寧ろ私からお願いしたいくらい。

 

さて、こころも準備が出来たみたいだしお買い物に行くとしますかー!

 

 

向かう先はショッピングモールにある水着屋さん。

お昼ご飯をどうするかは混み具合とか気分次第だね。

 

 

しかしこころはワンピースが似合うなぁ。よくお召しになっている短パンも御々足が眩しくてとても趣深くもあるのですけれど、こころのワンピースは活発な雰囲気の中から仄かに感じさせるお淑やかさがね、良いんですよ。

なんだかんだドレスも結構な頻度で着てるしね。どんな服装でも着こなすこころかわいい。

私はこころがスーツ着ててもときめくしB系の恰好してても撫でまわしたくなるし毎日着ている制服姿にも有難みを感じている。こんなにも色んなジャンルの服を着こなす人いる? ってレベル。

 

勿論、季節限定の水着姿なんて筆舌に尽くしがたいよね。どんな水着にしよう。

スク水は学校で着るだろうし犯罪臭がするから置いておくとして、まずはワンピースタイプにするかセパレートタイプにするかだよね。

 

スタイルも良いからビキニ! って言いたい所なんだけれども、ワンピースも捨てがたいんだよねぇ。

最近はオフショルダーとかもあるし、種類が豊富で悩むんだよねぇ。

まぁそこは商品を見ながら決めようかな。

 

モールのショッピングにしたのにもそこら辺の理由あるんだよね。オーダーメイドだと本当に何でも作れちゃうから悩むけど、既製品だとある物の中からでしか選べないからね。

選択肢が多いことが必ずしもいい訳ではないのだ。

 

 

それにしても週末だとやっぱり人が多いねー。

これで商店街の方もそれなりに栄えてるんだからすごい。

まぁモールとか女子高生とか若い子からしたら良い遊び場だよね。取り敢えずで行けるしお金使わなくても結構時間つぶせるし。

 

私としては人が多いのあまり好きじゃないんだけど、それを理由にさり気なくこころと手を繋げるからそういう意味では好き。

黒服としてこころを見てると動き回ってやんちゃなんだけど、私といる時は合わせてくれているのか結構落ち着きがあるんだよね。ほんとにいい子、すき。

動のこころと静のこころって感じ。1粒で2度おいしい。私の場合噛み締めすぎて2度で済むかどうか怪しいけど。

 

 

で、こころの話と手の感触を味わってるうちに水着屋さんに到着した訳だけれども、そこには見知った顔が。

私たち姉妹は勿論そうだが君たち4人も水着を買いに来たのかい?

学校も違うしなんか珍しい組み合わせだね。そんなに交友関係知らないけど。

 

えーとねその4人組って言うのはねですね、まずはひまりちゃん。

彼女が言い出しっぺで最初に誘ったのがリサちゃん。2人はよくファッションとかの話をしてるみたいで、水着を新しく買おうという流れになったらしい。

次に、リサちゃんがそれならと誘ったのがイヴちゃん。そうだよね、イヴちゃんモデルだしファッションも詳しいだろうからそりゃ誘うよね。

で、イヴちゃんを誘った時に一緒にいた市ヶ谷さん家の有咲ちゃん。有咲ちゃんはあまりファッションとか興味なかったみたいだけど、香澄ちゃんたちポピパの子たちとどうせ海とか行くことになるから新調することにしたみたいだ。

とは言え女子力が高いメンツに囲まれて借りてきた猫みたいになってるけど。

 

私も最近彼女たちのバンドちゃんと調べてきたんですよ。

有咲ちゃんがポピパことPoppin' Partyのキーボードで、ひまりちゃんがAfterglowのベース、イヴちゃんがPatel*Palettesのキーボード、リサちゃんがRoseliaのベースでしょ?

で、こころがハロー、ハッピーワールドのボーカル!

ここら辺で有名なガールズバンド勢揃いじゃん。珍しい組み合わせって言ったけど担当楽器も被ってるし案外話せば盛り上がりそうだね。

 

っていうか、君たちには共通項があるな。

そう、胸がでかい。こころ含め。全員けしからんな、実にけしからん。

ある意味納得のメンツかもしれない。大きい人にしか分からないこともあるっていうし。

 

私? 私はほら、一応普通にはあるし無い訳じゃないし。胸とかあんまり大きくても邪魔だし???

鍛えてるからスタイル自体は良いし?

巨乳ってのはハイスペック機能には含まれてないんですよ。

 

 

あ、こころが折角会えたのだから水着買ったら家でお昼食べて一緒にプールに入ろうって誘ってる。

私に許可を求めてきてるけど二つ返事よ。全員話したことある子たちだしね。私もJKの知り合いが増えたなぁ。

私は学生時代友達いない訳じゃなかったけど少なかったからね。中学の頃なんて色々ゴタゴタしてたし、卒業する頃なんて片手で足りてしまう。

卒業以降疎遠になっちゃったけど、まりなちゃん元気にしてるかなぁ。

 

 

おっといけない思い出に浸っていた。

この後の予定も決まったし水着選んでいこうか。

 

 

JKってすごいねー。

流行に敏感というか最先端って感じするよ。

時折知らない単語が飛び交っている。有咲ちゃんなんて全くついていけてなくてちょっと面白い顔になってる。大丈夫その子たちちゃんと日本語喋ってるよ。

 

しかし意外と言うか、割と早く皆選び終えたようだ。

自分の強みとか好みがハッキリしてるからそんなに迷わないみたいだね。

 

それじゃあ君たち、1人ずつ選んだの持っておいで。この後お披露目するからどんなの買ったかはその時まで内緒の方がいいでしょ。

私が纏めてお会計してあげよう。

お金? よいよい、私のポケットマネーから出してあげる出してあげる。

子供が遠慮しちゃダメだぞ。かわいい子たちと一緒に遊べるだけで私的にはプラスだし。

 

 

思ったより早く買えたけど、帰る時間とか色々含めたらちょっと早めにランチってくらいだね。

 

 

期せずして大所帯になっちゃったから黒服にモール前まで車回してもらっとこ。

黒服がいると息苦しいだろうし運転は私がするけど。やっぱ黒スーツにサングラスって圧があるよね。

 

 

待たせるのも悪いし先にランチ準備してもらうように伝えとこうかな。

私含めて6人いるし。あ、その後水着に着替えるわけだし軽めにしといてもらわないとね。

 

そう言えば、君たちは弦巻邸に来るのは初めて?

ふんふん、イヴちゃんと有咲ちゃんはお花見しにきたことあるんだ。こころが私が帰ってくる前にお花見したって言ってたけどそれかな?

ならリサちゃんとひまりちゃんは初めてになるのかー。

 

 

はい、良いリアクション頂きました!

リサちゃんもひまりちゃんも期待通り、いやそれ以上に良い反応してくれました。

有咲ちゃんもだよなーって顔してるね。

 

それじゃあお次はランチタイムですね!

皆大好きパスタだよ。そんな凝ったものではないけれど、シェフの腕は確かだからおいしいよ。

 

うんうん、おいしそうに食べてくれてシェフも喜んでると思います。

食後のティータイムもあるよー。

時間も余裕があるし、普段あんまり集まらないメンツがこうしている訳だし色々お話すると良いよ。

 

え、聞き専でいるつもりだったんだけど君らめっちゃ質問してくるね。

気を遣って会話に混ぜてくれてるのかと思ったけど、この勢いは興味津々なやつじゃん。

私モテ期到来。いや、こころの姉だもんね。そりゃ気になるのも分かる。

わりかし突然現れたしね私。

 

 

いやはや花の女子高生とはかくも凄まじきものか。

喋るのが好きで溜まらないって感じがひしひしと伝わりました。

1時間や2時間程度あっという間だね。

 

ではそろそろ参りますか。本日のメインイベントに!

各自着替えてプールに行こう!

お楽しみということで水着の上から羽織る長袖ロング丈のラッシュガードも渡しておく。

 

後で順番に披露していこう。ファッションショーっぽくね。

 

 

 

因みに屋内プールです。

屋内とは言え十分広いし、天井と外側はガラス張りだから解放感はバッチリだよ!

プールサイドにはパラソル付きのチェアとか諸々準備もしてあるから楽しんでいってね!

 

そうこうしている内に皆着替え終わって集合しました。

私も水着に着替えてたんだけど、褒められちゃった。えへへありがと。

でも私正直観客気分だったから上に何も羽織らずにいて空気読めてない奴みたいになっちゃったかもしれない。

 

まぁそれはいいとして、誰から行くのでしょうか。

私は大体どんなのか知ってるけど人が着てこその水着だからね、楽しみ。

 

お、こころからか!

いきなり真打登場じゃないですか! カメラカメラ!

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

今日はなんと! お買い物に来ちゃいました!

それもAfterglowの皆とじゃなくてリサ先輩とイヴちゃんに有咲の4人なんだよ!

 

蘭たちと夏休みに海に行きたい! って言ったんだけど皆予定が中々合わなそうで、それならせめて水着を買いに行こうって誘ったの。

でもまさかそれすら難しいなんておかしいよ~。蘭は華道の方で忙しいって言うし、巴は夏祭りの練習があるって言うし、つぐは家の手伝いがあるからって言うし、ならばモカは大丈夫でしょ!? と思ってたらバイトがあるって言うしどちらにせよ2人しかいないから今年は見送ろうとか言うんだよ!

高校一年生の夏は人生で一度しかないのに!

 

挙句に私はいっつも宿題ギリギリまでやらないんだから早めに終わらせときなよって言われる始末だよ!

 

こうなっては流石にAfterglowのメンバーと行くのは諦めたよ。今年は。

でも私は海に行きたいの!

だから知り合いの中で一緒に海に行ったり水着を買いに行ったりしてくれそうな人に声を掛けてみることにしたの。

そう! リサ先輩!

 

思いついたら即実行という訳で連絡してみたら、二つ返事でOKだった!

流石リサ先輩だよ~。

その後に事情を話すと2人だと盛り上がりに欠けるし他にも誘おうという流れになって、リサ先輩がイヴちゃんはどうかって。

アイドルだから一緒に海に行けるかは分からないけど、モデルをやってるし水着を選びに行くのだけでも誘ってみようって。

 

という訳でイヴちゃんに聞いたら予定を確認してから返事しますって連絡があったの。

で、週末が空いてるってのと、一緒に有咲もいいかって聞かれたんだよね。

私は勿論リサ先輩も人数が増える分には大歓迎だけど、どうして有咲? って思ってたらイヴちゃんに連絡した時丁度有咲の家にお邪魔して盆栽鑑賞をしてたんだってさ。

 

有咲もポピパの皆で海に行く予定があるから水着を新しく買っときたかったから一緒していいか聞いてきたと。

去年まで着てたのが合わなくなったらしい。

分かるよ~基本的に1年周期でしか着ないから久々に試着したらキツくなってたりするよね。

 

皆羨ましいとか妬ましいとか言うけど、胸が大きいと色々大変なことも多いんだよ~?

まず下着とかかわいいデザインが少なくて探すのも苦労するし、やっと見つけたと思ったらお値段が高めだったり。

 

はっ! そう思えば皆この気持ちを分かり合えそうな人たちじゃん! 担当パートも被ってるし!

珍しい4人だと思ったけど意外と盛り上がりそう! 週末が楽しみになってきたぞ~! おー!

 

 

 

「やっほ~!」

 

「リサ先輩っ! こんにちは!」

 

 

今日が楽しみで待ち合わせの時間よりだいぶ早く来ちゃってたんだけど、約束の15分くらい前にリサ先輩が来た。

うわーやっぱりおシャレだなぁ。髪形も綺麗にばっちりセットされてるし流行を取り入れたファッション。

流石のセンスだよぉ。

 

 

「お待たせしました!」

 

「り、リサさんとひまりちゃん……お、おまたせ」

 

 

それから丁度集合時間ピッタリにイヴちゃんと有咲の2人が到着。

2人で先に合流してから一緒に来たみたい。まぁリサ先輩が有咲は照れ屋なところがあるって言ってたもんね。つまり、そういうことなのかな?

 

 

「よ~し! 皆揃ったことだししゅっぱ~つ!」

 

「おー!」「オー!」

「お、おぉ~?」

 

 

 

ショッピングモールって女子高生の味方だよね。

流行のお店があったり、欲しいものは大体揃えられるし、お店見て回るだけでも楽しい!

今日みたいに皆でお買い物も楽しめるしね!

 

 

「皆はどんな水着にするか考えてるの?」

 

「んー、アタシはなんとなーくはイメージしてるけどお店で実物見てって感じかなー」

 

 

私は楽しみにしてただけあって雑誌とかで話題の水着とかチェックしてたんだけど、皆はどうなのかと思って聞いてみた。

最初に答えてくれたのはやはりというかリサ先輩で、おおよそ決めてるけど色とか細かいとこはお店に行ってからチェックするみたい。

 

有咲はネットで事前に色々調べてたらしくて候補がいくつかあるから、その中から選ぶってさ。

あとあまり流行とかに詳しくないから選ぶときに出来ればアドバイスとか下さいだって! ふふ~ん! まっかせなさい!

 

それでイヴちゃんはリサ先輩とは逆で色は決めてるらしくて、どんなタイプのにするかはまだ決めてないらしい。

 

選び方1つとっても皆それぞれだよね~。

因みに私はお店でビビッときたやつにするつもり!

雑誌とかネットも色々みたけどやっぱり直感も大事だよね。

どんとしんくふぃーる、ってやつだね!

 

思った以上に会話が弾んでたところでお店に到着!

やっぱり夏=水着みたいなところもあるからセールもしてるし、お店も広くて商品も種類がたっくさんあるんだって!

これは期待するしかないよ~!

 

 

4人でお店に入ってさぁ選ぼうって時、見覚えのある姉妹が目に入った。

妹の方は薫先輩も所属しているハロハピのボーカル、こころちゃん!

そして最近知り合ったこころちゃんのお姉さんのうつほさん!

 

あーつぐのお店でいる時みたいなクールな雰囲気もいいけど、今みたいに柔らかい雰囲気のうつほさんも素敵……

2人が姉妹って聞いた時は驚いちゃったけど傍からみても仲が良さそう。うつほさんみたいなお姉さんがいて羨ましいなぁ。

 

 

「ひまり何ぽけーっとしてるの? ってああなるほど」

 

リサ先輩は私の視線を辿ってその先の人物を見ると納得した顔でにやりと笑った。

 

「虚さん美人だからねー、ひまりああいうタイプ好きそうだもんね」

 

「えっ!? リサ先輩うつほさん知ってるんですか!?」

 

「アタシとしてはひまりが知ってるってのも驚きだけどね」

 

 

2人してうつほさんの方を見ながら話してると、向こうもこちらに気付いたようで目が合った。

 

 

「あら、ひまりとリサにイヴと有咲じゃない! 奇遇ねっ!」

 

「本当ね、ここにいるってことは貴女たちも水着を買いに来たのかしら?」

 

 

こころちゃんが手を振りながらこっちに駆け寄ってくる。

その後を追うようにうつほさんもこちらに向かって歩いてきた。

 

勿論このお店に来ている以上水着を買いに来たのだけれど、お互いにそこに至った経緯を話す。

こころちゃんも今年の夏用に水着を新調するようで、うつほさんはその付き添いだそうだ。

それにしても自宅のプールかぁ、いいなぁ。

 

私を筆頭に有咲ちゃんを含め全員がそう思ったのが顔に出ていたのかこころちゃんがピコンッと何かを思いついた顔をしていた。

 

 

「そうよ! ならこの後は皆うちに来たらいいわ! ねっ? お姉様!」

 

「えぇ、勿論よ。皆さんがよろしければ、だけれど」

 

 

私たちはそんな有難い申し出を断るはずもなく満場一致で頷いた。

 

 

これからのお楽しみも増えたところで早速水着を選んじゃおー!

皆決まったら声を掛けてねと残してうつほさんとこころちゃんと一旦別れることになった。

 

私たちはある程度方向性は考えていたからさほど時間が掛かることもなく決まった。

思った以上に早く決まったとはいえ皆であれこれ言いながら盛り上がって楽しかった!

こういうのを味わいたかったんだよ私は!

 

さっきうつほさんに、この後に家でプールに入るのだし最終的に決めた水着はその時にお披露目する為にそれぞれ内緒にしておいてねって言われたの。

とは言え有咲には皆でちゃんとアドバイスしつつ、最終的に候補に残った中から自分で選んでもらうことにした。

 

という訳でうつほさんに皆決まった旨を報告しに行く。

丁度うつほさんたちも決まったところみたいで、残るはお会計となった。

うう、セールとは言え決して安くない買い物だよぉ。これからはちょっと節約しないと。

 

だなんて現実を思い出していたら、うつほさんから驚きの言葉が。

 

いやいやいやそんな纏めてお会計してあげるなんて!

このくらい自分で出すんで大丈夫ですよ!

 

慌てて手を振りながら断りの言葉を入れるんだけど、うつほさんは私の口に人差し指をそっと突き出してジッと見つめながら一言。

 

「いつも仲良くしてもらってるお礼にお姉さんからプレゼント、じゃダメかな?」

 

「ぇぅ、その、そーいうことなら、あの……」

 

うつほさんの私の心を狙い撃ったかのような仕草に、ボンッて一瞬で顔が真っ赤になったのが自分でも分かってしまう。

ダメだよぅ、こんなことされたら断れる訳ないよぅ。

他の皆にもダメ押しするように、ねっ? と付け加えるとリサ先輩や有咲ですら断れないようでお礼を言いながら頭を下げていた。

 

 

 

そんなこんなで私たちはお店を後にしこころちゃんのお家に向かう。

水着も軽いとは言え人数分あるとかさばって結構な荷物になってしまい、人数も6人と多くなったので車でだ。

黒塗りの高級車なんて乗るの初めてじゃないかな。

 

「皆は家に来るのは初めてかしら?」

 

運転しながらそう声を掛けてきたのはうつほさん。

イヴちゃんと有咲は春にお花見してたみたいで、初めてなのはリサ先輩と私だけみたいだ。

というか自宅で花見って……すごい。

 

 

 

「うわぁ! 流石に広いねー!」

 

「でっかーい!!」

 

 

私が想像以上していた以上にこころちゃん家はでかかった。さっき門通ったけどもうあそこから弦巻家の敷地なんだって!

驚いている私たちの後ろで有咲も、だよなぁって顔をしている。

多分有咲も初めて来たときは同じようなこと思ったんだろうね。うん。

 

 

「それじゃあ少し早いけれど、ランチにしましょうか」

 

 

気が付いたら現れてた黒服の人たちが荷物を預かってくれて、うつほさんに大きなテーブルのある部屋へと案内される。

車を出すときにはもう連絡を入れてたみたいで、さほど時間も掛からず出てくるから楽にして待っててねと言われる。

お屋敷についてからのこの流れるような対応に感動するを通り越して恐縮してしまいそう。

 

他の皆も似たような感じだったけど、それも料理が出てくるまでだった。

 

 

「すっごーい! おいしそう!」

 

 

運ばれてきたのはペペロンチーノ!

よくある料理だけど私が普段食べてるようなのと違ってすっごくいい香りがするの!

あとお皿も綺麗で盛り付けも完璧! 豪華!

 

ここがお店なら写真を撮ってSNSにあげたいくらいなんだけど、その時間が勿体ないくらい早く食べたい。

それに、ここまでちゃんとしてるのにスマホを取り出して写真なんか撮ってたらはしたないと思われちゃいそうだし……

 

皆でいただきますをして、一口食べただけで思わず笑顔になっちゃうくらいおいしい!

そしてあっという間に食べ終わってしまった。

 

こころちゃんはこの後プールが控えてると言うのに私たちに出されたものの倍くらいの量を食べていた。すごい。

逆にうつほさんは私たちより少なかった。小食なのかな?

 

 

皆食べ終わって食器を下げられると、代わりにティーポットが出てきて食後のティータイム。

至れり尽くせりだよぉ。

 

女の子が集まっていて話が弾まない訳がなくて、たくさんお喋りしてしまった。

話題の中心になったのはうつほさんで、私たちが色々質問してるとちょっと戸惑ってたようだった。

こころちゃんも自慢のお姉様なの! って言って色々話してくれた。

 

リサ先輩とは猫カフェに行った時に偶然出会って知り合ったとか、その時姉妹でお揃いの髪形にしてたそうで、スタイリングをしてたうつほさんにリサ先輩が色々聞いてたり。

この前の花咲川の体育祭も行ってたようで選手宣誓をしていた有咲の姿も見てたとかで有咲が恥ずかしそうにしたり。

イヴちゃんは最近剣の稽古をつけてもらったとか、その後サウナに行ったとか、うつほさんが日菜先輩と実は知り合いということが判明したりしたとか。

色んな話をした。

 

日菜先輩と結構頻繁にメッセージでやり取りしてるって話の流れから、皆でうつほさんの連絡先を教えてもらったりもした。

折角交換したんだからちゃんと送ってきてね? って悪戯交じりの微笑みにちょっとドキっとしちゃいました。

 

 

気付けば話し始めて2時間近く経っていて、このままずっとお喋りしてても良いくらいだったんだけど、今日のメインイベントは水着!

ということでプールへ移動することになった。

 

着替える前にうつほさんから長袖のラッシュガードを渡されて水着の上からそれを羽織って出てきてねって言われた。

順番に脱いでファッションショーみたいにしましょうって。

更衣室も1人1人ちゃんとスペースがあって仕切りで隣が見えないように配慮されていた。

シャワーを浴びる専用のスペースもあるしすごい。やっぱりお金持ちは違うなぁ。

 

皆も大体似たようなことを思ってたみたいで、仕切り越しに話しながら着替えも終わった。お店でも試着したとは言え水着をちゃんと着れたことに一安心だよ~。

そんな私をよそに、真っ先に着替え終わったこころちゃんが待ちきれないのかびゅーんってプールへ走って行ってしまった。

 

私たちもこころちゃんに続くように更衣室を出てプールへ向かう。

うーん! 楽しみ!

 

 

「ひろーい!」

 

 

学校のプールとなんて比べ物にならないよ!

25メートルどころかその倍はありそう!

屋内プールだけど天井と外側はガラス張りで陽の光があって明るい!

 

 

「紫外線遮断の加工がされたガラスだから、日焼けに関しては安心していいわよ」

 

 

プールの立派さに驚いている私たちの後ろから声を掛けてきたのは勿論うつほさん。

こんなに解放感があってまるで外みたいなのにお肌の心配をしなくていいなんてかがくってすごい。

 

そう思いながら振り返ると水着姿のうつほさんが視界に入った。

 

 

「うわぁ」

 

 

気付けば口から感嘆の声が漏れちゃっていた。

 

絹のような白い髪に雪のように真っ白なお肌。オシャレなサングラス。

程よい胸のふくらみを覆うライトグリーンの水着。

クロスビキニというやつなんだけど、胸元の露出は控えめなデザインのもので上品さが表されている。

引き締まったウェストに、本当に同じ人種なのかと思ってしまう程美しいくびれ。

腰に巻かれたパレオのスリットから覗く足は、私とは比べ物にならないくらい綺麗で眩しさすら感じちゃう。

脚ながっ。

 

完成された美ってのはこういうことを言うんだろうなぁ。思わず拝みたくなっちゃうレベルだよぉ。

 

 

「ふふ、どうかしら?」

 

 

私たちがジッと凝視しているのが分かるとうつほさんは自慢げな顔でポージングを決める。

 

 

「とーってもステキです! ベッピンさんですよ!」

 

 

イヴちゃんの言葉を皮切りに皆思い思いの言葉で褒めちぎる。

 

 

「そこまで褒められてしまうと、流石に照れてしまうわね。それじゃあお次は皆の番ね?」

 

 

うっ。

嫌味な感じもなく、純粋に楽しみにしているうつほさんの言葉を聞いて私たちは瞬時に視線を交わらせる。

 

則ち、誰から行くか。

 

 

目の保養どころか見ているだけで元気が湧いてきそうな程綺麗なうつほさん。

私だってオシャレにも気を遣っているし平均よりはかわいいんじゃないかって思っているんだけど、うつほさんと比べると見劣りしてしまうのは必至。

一番手を名乗るには余りにもハードルが高いよぉ。

 

有咲は絶対無理と言わんばかりに顔を小さく、小刻みに横に振る。

私も気持ちは痛い程に分かる。なので私には荷が重いですとリサ先輩へとアイコンタクトを送る。

その意図を正しく受け取ったリサ先輩だけど、年上としての矜持を見せたい、でも最後の一声が出ない様子。

イヴちゃんは現状を見取り、ならば自分がとまさしく武士と言えるような覚悟を決めた顔つきになる。

唯一アイコンタクトが通じず首をかしげるこころちゃん。

 

ここまでおよそ3秒弱のやり取り。

 

 

「それじゃああたしから行くわね!」

 

 

私たちが葛藤に悶える中、最初に名乗り上げたのはこころちゃん。

ありがとう……ありがとうこころちゃん……っ。

 

私たち4人はほっと安堵すると同時にこころちゃんへ感謝の念を送る。

 

 

 

それはそうとして、いつの間にそのカメラ用意したんですか? うつほさん。

 

 

 



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12話 みんな違ってみんな良い

リサ姉に弟がいるという驚愕に事実が判明してしまいましが、こころは公式設定で一人っ子なので突然こころに兄弟がいてこの小説の設定崩壊にはならないので胸を撫で下ろしています。


美しい……

 

 

ハッ!?

我が天使こころの水着姿に思わず放心しかけてしまった。

 

勢い良くラッシュガードを脱ぎ捨てたその下は勿論水着。

一緒に選んだからどんな水着かは知っていても身に着けてみれば私の想像を遥かに上回るかわいらしさと美しさ。

 

悩んだ末に決めたビキニタイプ、Simple is the bestということで無地で飾りもない真っ赤な水着。よく育ったお胸に眩しいふともも! 撫でまわしたくなるおなか!

 

両手を目一杯広げてとびっきりの笑顔を見せているこころ。

すかさず持っていたカメラを構えて連射する。

勿論私の網膜にも焼き付けることは忘れない。

 

あぁ、私はこの光景が見たかったんだ……

 

心の中で合掌しつつ努めて冷静を装い意識を切り替える。

このまま何時間でも眺めれるしシャッターを切り続けれことは可能だけれども、今日はこころのお友達も来ている。

 

当然こころの関心もそちらに向いて次は誰かしら! と呼びかけている。

 

 

その声に応えたのはイヴちゃんだった。

一歩皆の前に出て、こなれた動きでラッシュガードを脱ぎ去っていた。

 

シンセングミをイメージしてみました!

というイヴちゃんの水着は肩紐が少し太めで背中で交差するようになっており成程ここがたすき掛けをイメージしているようだ。

色は水色と白のグラデーション、いやここは浅葱色と言うべかな?

そしてボトムは長めのフリルがあしらわれている。

 

流石モデルというだけあって堂々とした振る舞いのポージングである。

 

カメラを持って今更感があるが写真を撮っていいかと許可を取る。

ついでに順番待ちのリサちゃんたちにも断りを入れておく。

 

イヴちゃんはフィンランドとのはハーフというだけあって肌も白くて足も長い。

そして日本人にはない外国人特有のくびれ!

そりゃモデルになるよねと納得するしかないスタイルだ。

 

さりとてポージングこそ決めてるものの表情は柔らかくいい笑顔である。

女の子はやっぱり笑顔が一番。

 

 

私、こころイヴちゃんと半数のお披露目が終わり、折り返し地点。

お次は誰かなーと思っていると元気よく手を上げたのはリサちゃん。

 

 

この前もこころの髪形やスタイリングに興味もあり私服もオシャレなファッションセンス抜群のリサちゃんである。

これは期待が高まるね!

 

じゃーん! とラッシュガードの下から現れたのは花柄の水着。

これは、ハイビスカス柄かな?

 

鮮やかな赤や黄色、暖色系の色でビキニ&ボトムスとハーフ丈のパレオの3点セットの水着だ。

ハーフ丈ということでちょっと肩に羽織ったり腰に巻いたり用途はたくさん。リサちゃんは今回は肩に羽織って胸元で結んである。

私はパレオは腰に巻く派なんだよね。脚の露出はなんというか気になる。ズボンも必ず長ズボンだし、スカートでもドレスでもなんでもロング。

 

まぁ私のことは置いといて、流石はリサちゃんだ。これがJK、これがギャルの力か……

カメラを向けると笑顔でピースしてくれてノリが良い。

このワンショットを擬音で表すとキャピキャピって感じ。若さが溢れてるよ。

 

 

眼福だなー。

お次は覚悟が決まったのか肚を括ったのか、おずおずと一歩を踏み出した有咲ちゃんだ。

がんばれ!

 

こころたちのように一気にラッシュガードを脱ぎ捨てることはせず、最後の砦と言わんばかりにゆっくり脱いでいる。

そういうのって逆にえろいから気を付けた方がいいよ!

 

そうして1分近くを掛けて有咲ちゃんの水着姿がようやく白日の下に晒された。

 

おっ、最近流行ってきてるタンキニ水着ってやつじゃないですか!

知ってる? タンキニってタンクトップとビキニを合わせたやつなんだけど。上下セパレートタイプだけれどもお腹周りも隠せちゃうっていう。

まぁタンクトップとは言いつつ実際は色々種類あるけどね、有咲ちゃんはキャミソールタイプのものをお選びになったようだ。

 

色は藍色で露出は控えめで落ち着きを感じさせるけれど、刺繍が施されておりしっかり押さえているところは押さえている。皆からのアドバイスがしっかり活かされている証拠だね。

あと大きなお胸のせいかチラチラ見え隠れするお腹が最高です。

 

いいよいいよーかわいいよー!

少し自信なさげにしてるけど有咲ちゃんも十分かわいい。

皆違って皆良い、だよ。

 

そしてすかさずパシャリ。うんよく撮れた!

 

今決めたけど、今日撮った写真纏めて編集して写真集にする。それがいい。

 

 

 

最後はひまりちゃん!

 

少し緊張してるみたいだけど、えーい、と元気な掛け声と共にラッシュガードを脱い捨てた。

 

うわぁ、これはすごい視覚効果ですね。

今年の夏は攻めてみるのか色は黒! そのせいもあってか胸元に視線が集中しちゃうのは仕方ないよね。

驚異的だよ。

 

オフショルダーのレース付きの水着で、二の腕までカバーされているタイプ。

もっとかわいいを前面に押してくると思ったけどこれもアリ。JKがちょっと背伸びしてる感がツボを刺激する。

 

どうですか? と聞いてくるひまりちゃんに私はぐっ、と親指を立てることで答える。

 

いやしかしホント君たち豊満なお胸をお持ちですね。

特に有咲ちゃんとひまりちゃんなんてもはや凶器だよ。かわいい子ばっかりだしそんなんで海行ったら男の子皆前かがみになりそう。

 

 

いやー良いお披露目会でした。こころたちも皆で水着の感想を言い合って楽しそう。

この光景だけでまだ一滴もプールの水に触れてないのに私満足したよ。

 

思わず空を仰ぎ見ちゃうね。

 

 

まぁ本来は水着の試着だった訳で目的はもう達成されてるしね。

とはいえ、プールを目の前にして花の女子高生たちが大人しく出来るはずもない。

 

こころにお姉様もと言われれば私も頷かざるを得ない。

 

私もプールは久しぶりだし皆で遊んじゃおうか!

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

最初は、イヴがうちに盆栽を見に来てただけだった。

それが気が付けば、とんとん拍子で話が進んでた。

この一言に尽きる。

 

リサさんたちから水着を買いに行くのを誘われたからアリサさんもどうですかとイヴに誘われて、私も新調するのに丁度良い機会だからって深く考えずにOKしちゃってた。

リサさんは勿論モデルのイヴやひまりちゃん、皆オシャレだからどんな水着がいいかアドバイスしてくれたらなーとしかこの時は考えてなかった。

 

 

だけれども、イヴと先に合流してから待ち合わせ場所に向かってると緊張してきた。

私の知る限りファッションセンス抜群の面子なんだけど、そこに混じって私浮かねーかな? 今更そんな不安が押し寄せてきた。

 

 

「り、リサさんとひまりちゃん……お、おまたせ」

 

 

元気いっぱいひまりちゃんやイヴに比べて、私はどもって微妙な挨拶になってしまった。

 

 

ともあれ、皆集まって出発だ。

ひまりちゃんの号令に私だけノリ切れなかったけれど、ひまりちゃんはそれでも何故か満足そうだったなぁ。

 

 

「有咲はどんな感じの水着にするの?」

 

 

店に向かうがてら皆で今日の目的の水着の話してて、私は会話に入るタイミングが分からずにただ聞いてるだけだった。矢継ぎ早に進む会話にこれが女子高生かと震える。

そんな私を察してくれたのか、自然なタイミングでリサさんが私に話を振ってくれた。

 

「えーと、ネットで少し調べてきたんですけど今回はた、タンキニ? ってやつにしようと思ってます」

 

「おーいいねー、最近流行ってきてるもんねー」

 

「うんうん! 気になるお腹周りもフォロー出来たりするしね!」

 

ひまりちゃんが私もそれにするか悩んだよーってお腹に手を当てつつ分かるよーと共感してくれた。

リサさんも話し上に手聞き上手でそれからも答えやすいような話を適度に振ってくれて助けられた。

やっぱリサさんのこういうところ尊敬するよなー、こう周りをよく見てるっていうか。

 

 

そのお陰で道中の会話でだいぶ私も馴染めてきた。

 

 

で、こっからが怒涛の展開だったんだけど、お目当ての店に着いたらなんとそこには弦巻さんとそのお姉さんがいた。

香澄たちから体育祭で弦巻さんのお姉さんと一緒にお弁当を食べたって話を聞いてたから弦巻さんに姉がいるのは知ってたけど会うのは初めてだった。

落ち着いた綺麗な大人のお姉さんって聞いてたけど、弦巻さんの姉だしどんな人とか思ってたがこれはその通りだと頷かざるを得ない。ちなみにおたえはうさぎみたいな人って言ってて参考にならなかった。

 

ひまりちゃんとの会話を聞いてたけど自宅にプールがあるってやっぱ弦巻家はすげーな……試着のスケールでかすぎだろ……

皆同じことを思ったのは顔を見たら一発だった。

そしたらあれよあれよのうちに弦巻さんの家に行く流れになって、太っ腹なことに弦巻さんのお姉さん、虚さんが私たちの分の水着まで買ってくれて、いつの間にか黒塗りの高級車に乗っていた。

あまりの展開スピードに戸惑ってしまうけど、奥沢さんはいっつもこんな気持ちなんだろうな……

 

屋敷についたらひまりちゃんとリサさんが家のでかさと立派さに感嘆の声を上げてた。

だよなぁ、普通に生きてたらまずこんな所これねーもんな。

 

着いて早々だけど、車の中でも話してたけど少し早めのランチということになった。

弦巻さんがうちのシェフのご飯はとってもおいしいのよ! って言ってたから少し楽しみだ。

 

出てきたのはペペロンチーノ。

私も食べたことはある、というか現代人なら誰だってあるだろう。

でもなんというか、本物ってのはこういうのっていうんだろうな。

もう料理がテーブルに乗る前からいい香りしてたし、目の当たりにするとただのパスタがそこはかとない高級感を漂わせてる。

 

 

あっという間に食べ終わってしまった。

これから水着を着るなんて話じゃなかったらもうちょっと食べたいくらいだった。

 

とはいえまだ昼前だし食休みも兼ねてティータイム。

 

まさに優雅、といった風情で紅茶を口にしていた虚さんにひまりちゃんが話しかけていた。

どうやら積極的に会話に加わるつもりがなかったのか虚さんは目を丸くしていたが、皆興味深々の様子だった。

かくいう私もその一人だった。そりゃあ弦巻さんの姉ってだけで気になるよなぁ。

 

弦巻さんも自慢の姉なの! と嬉しそうに色々話してくれて、リサさんたちと知り合った経緯とかも話していた。

その中で体育祭の時、私の選手宣誓も聞いてたらしくて少し恥ずかしかった。

 

他にも知り合いはいないのか話題になるとなんと紗夜先輩の妹の日菜さんとよくチャットしているらしい。

街中で知り合って連絡先交換して以来結構やり取りしてるとかなんとか。コミュ力ある人間ってすげーな……

この話の流れならいけると思ったのかひまりちゃんが私もと連絡先の交換を申し出ていた。

虚さんは快諾してそれならとここにいる皆とも交換することに。

 

やべー、弦巻財閥の長子の連絡先が私の携帯に登録されちまったぞ。

 

「遠慮せずに連絡頂戴ね?」

 

いや無理だろ!

悪戯っぽく笑う虚さんにハードルが高すぎだと内心突っ込みを入れる。

私たち学生と違って虚さんは働いててしかも世界の弦巻と呼ばれる程の一大グループの娘だぞ!? 恐れ多くて普通無理だろ!

 

と思ってたらそれすら見越したように虚さんが率先してこのメンバーのグループを作ってしまった。

勿論私にも招待はきた訳で、参加を押す指が少し震えてしまった。

 

 

とまぁそんなこんなでも会話は盛り上がり、そろそろお目当ての水着の試着をしようということになった。

 

更衣室の前で皆に水着の上から着る上着──ラッシュガードというらしい、を渡される。

折角だしファッションショーみたいに順番にお披露目しましょうって。

 

嘘だろ……この面子でファッションショーなんてハードル高すぎだろ……

私が感じている重圧をよそに皆結構乗り気なようで楽しそうにそれぞれが着替えに移っていった。

 

 

それで着替え終わったんだけど、この上着いいな。普通に欲しい。

なんて思ってると後ろから虚さんの声がした。

 

振り返ると水着姿の虚さんがいた。

 

いや、いやいや美人でお金持ちでエリートでスタイルもいいってスペック高すぎだろ。

非の打ちどころがない姿に思わず現実逃避してしまいそうになる。

そこいらのモデルよりよっぽど綺麗じゃねーか……

 

ひまりちゃんなんて熱の籠った息吐いてるし。

私たちの視線に気付いてポージングする虚さんは様になりすぎてもはや称賛の言葉しか出てこない。

 

 

「それじゃあお次は皆の番ね?」

 

 

期待を含んだ声で私たちに訴えかけてくる虚さん。

その瞬間、私たちは視線を巡らせた。

 

無理無理、絶対無理なんですけど。

これが美の模範解答ですみたいな姿見せつけられた次に披露するとかどんな拷問だよ。

そんな思いを込めて私が全霊で拒否する。

 

様々な思いが交錯し私たちの間に天使が通ったかのように数秒沈黙してしまう。

 

 

「それじゃああたしから行くわね!」

 

 

私たちの葛藤に気付かず首を傾げていた弦巻さんだが、私たちの間にあった沈黙をどう受け取ったのか一番手を名乗り上げてくれた。

助かった~!!!

姉妹だから気にしてないとか色々あるかもしれないが今ばかりはただただ感謝しかない。

 

それで虚さんはと言うと、いつの間にかカメラを構えていた。

え、写真撮るの?

 

 

なんて思ってると次はイヴが、その次はリサさんが順番に水着姿を披露していく。

写真も撮る流れになっちゃってるしこのままだと最後になっちゃうしで頭がぐるぐるする中で次行きますと恐る恐る手を上げる。

 

ジィィとファスナーを下して上着を脱ごうとするも緊張と恥ずかしさで中々披露するまでに至らない。

ううぅ、やっぱ私なんかがこんな綺麗かわいいしてる女の子の中にいるのは場違いじゃないかと思ってしまう。

1分程時間を掛けてようやく上着を脱ぎ去るも自信がなくて、虚さんや皆の視線を感じて肩を縮こませた姿勢になってしまう。

 

 

「とっても似合っているわ、有咲ちゃん。皆とはまた違った魅力があって素敵よ」

 

 

そんな中虚さんが私の眼をしっかり見据えて褒めてくれた。

全く嫌味を感じさせず、本当にそう思ってるだろうのが伝わってきた。

虚さんの言葉を聞いたから肩の力を抜けて、ささやかながら、私にとっては思い切って皆のようにカメラに向かってポージングを決めてみた。

 

人の上に立つ人間ってちげーなー、あれがカリスマか。と後になって改めて感じた。

 

 

私の次にラストのひまりちゃんがお披露目して、今回の目的は達成したのだけれどこんな立派な貸し切りのプールを前にして私たちが興奮を抑えられる訳もなく皆で楽しく遊んだ。

 

弦巻姉妹は魚もかくやと言わんばかりに水中を自在に駆け巡ったり、イヴがのしです! とどこから知識を仕入れてきたのか日本の古式泳法を披露してくれたり、ひまりちゃんやリサさんと水を掛け合ったり目一杯プールを満喫した。

 

 

撮った写真は後日また皆に送るねとのことだったので、私はてっきりパソコンとかに写真を取り込んでグループチャットにでも送られるか、現像された写真でも貰えるのかと思っていたのだが予想を遥かに上回ったものが自宅に郵送で送られてきた。

取り出したるは一冊の本。

まさかと思いつつ恐る恐る開いてみるとやはりと言うべきか、あの日撮影した写真で作られた写真集だった。

 

「これが、私……?」

 

余程良いカメラを使って、念入りに加工していたとしても驚く程綺麗に映っている自分の水着姿があった。

――素敵よ

ふとその時に言われた虚さんの言葉が頭によぎって顔が熱くなる。

 

ピロン♪

 

携帯から軽快な電子音が聞こえてきて恥ずかしさもあいまって写真集をパタンッと閉じる。

どうやら例のグループにチャットがきているみたいだ。

 

『あの日の写真を届けさせたのだけれど、気に入ってくれたかしら?』

 

その文章に続いてかわいいスタンプが押されていた。

 

すぐさまピコンピコンと通知が鳴って返事が表示される。

 

流石というかひまりちゃんとリサさんの2人が真っ先に返事をしていた。

私も何か打たないといけないと思って急いで両手で携帯を握って操作する。

 

『とても綺麗な仕上がりでした。ありがとうございます』と。

いやひまりちゃんたちに比べて硬すぎるかな?

でも虚さんも先輩どころか年上の大人だしこんなもんでもいいか……?

 

悩んでも仕方ない。ええい、これでいくか!

 

 

そこにイヴも加わって凄まじい勢いでチャットが流れていくが、ついていけそうにないから後で見直そうと画面をそっと閉じる。

 

 

取り敢えず、この写真集は香澄たちに見つからねー場所にしまっておかねぇとな。

 

 

 

 



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13話 こうみえてもバリバリ働いてるので癒されたい

ながらくお待たせしました。
Twitterで見かけたモブ女失恋合同というものが気になるこの頃です。


エポスカードのこころのポニテが最高でした。
かわいい


お父様の命でこころ付きの黒服に配置換えされ早数か月。

部下の皆も指導の甲斐ありメキメキと能力を上げてきて日常を安定してサポートできている。私の黒服ではなくお父様の娘、『弦巻』としての仕事も良好だ。

 

私はお父様の秘書であったが、同時に弦巻でもあった。

お父様のサポートは勿論、代理でもあったのだ。

弦巻という姓はそれほどまでに力がある。

 

そのせいもあり、私が日本を拠点として戻ってきたのは大変に意味のあることだったりする。

世界の弦巻と評されるように、海外を飛び渡っていて中々捕まえることの出来ないお父様。

そんなお父様の代わりに日本のお偉いさまと交流しなければならない。私が日本に滞在している以上これは仕方のないことだ。

お茶会やパーティ、会食と言ったような場は財閥の役職だけではなく、弦巻の血縁に繋がる人物が出席することに意味がある。

そこに養子か実子かは大した問題ではない。要は弦巻か否か、だ。

 

仕事が安定してきて余裕が出てきた今、先に先にと引き延ばしていたそれらの要件も消化していかなければならない。

今日も丁度その日で、夜は会食に出なければならない。

 

それがどういうことか分かる?

そう、そうなんですよ。

こころとね、一緒にご飯を食べれないの。

 

こころがどんな一日を過ごしたのか話してくれるのを聞くのが私の楽しみだったのに。

いや、私はまだいい。

私は黒服として一方的にではあるが、日中にこころを見たり接することが出来ている。けれどこころが姉の私と会えるのは基本的に夕飯の時だけだ。

勿論同じ家にいる以上多少の接触は出来るがきちんと時間を取って話せるのはその時だけだ。

後は精々寝る前だけど、私も仕事がある以上必ず時間を取れる訳じゃない。

私にとってはこころが何よりも優先すべきなんだけれども、その他がどうでもいい訳でもない。

それが分かっているからこころも滅多に私に会いに来ることはない。

 

同じ家にいて会いたいのに会えないだなんて、何が家族か。

こんな恵まれた能力を持っていて忙しいなど言い訳にもならない。

出来る限り時間を作ろうとはしても、結局のところこころに我慢をさせている。

 

 

ふぅ、こうして朝から鬱になってても仕方ないし気持ちを切り替えていこう。

1人になるとどうも思考がマイナス方面に寄って良くない。私の悪癖だ。

 

朝の仕事はこころの通学を見守ることから始まる。

通学路に関しては黒服たちが日に何度も安全を確認しているが、こころはその時々によって学校までの通学ルートを変えてしまうので油断は出来ない。

 

だから私たちは遠目に、されど離れすぎず、こころに悟られずを意識しつつ警戒を怠らない。

偶に一緒に登下校する美咲ちゃんが潜んでる黒服に気付いたりもするが概ね現状に問題はない。とは言え、流石に私は気取られた事はないがよく黒服を察知することが出来るね。よく周りを見てるものだ。

 

とまぁこのように私たち黒服は毎朝こころの登校を見守っている。

学校に到着しさえすれば後はある程度の安全は保障されているので詰所に2,3人だけ待機しておくばかりだ。

私はその間に書類仕事や電話対応、メールでの連絡に追われる。

パソコンを複数起動して画面と睨めっこしつつも違う案件の電話を対応する。

所謂マルチタスク、分割思考というやつだが創作の世界だけのスキルかと思っていたがやってみたら案外出来た。私やっぱハイスペックすぎ。

 

合間合間に休憩を挟みつつ夕方を迎える。

この時間になると学校を終えて放課後に突入したこころを見守るべく黒服たちが動き出す。普段は私もここに加わるのだが、今日は会食の日なので涙を飲んでそちらへ向かう。

 

 

屋敷に帰るとこころがお出迎えしてくれて、おかえりなさいをしてくれる。

ただいまと頭を一撫でして名残惜しいと思いつつも夕方以降に溜まった仕事を処理する為に、私は自室へ向かう。血の涙を流す思いである。

でも、ここの頑張り具合がそのまま私の休暇時間に繋がるので気合を入れなければならない。

まぁこころニウムを補充した私はスピードにバフが掛かって無敵状態になるので今日は日付も変わらないうちに全て終わるだろう。

 

 

なんか思った以上に早く終わったので晩酌をしてみる。

今日は満月のようで外を見上げればまんまるお月様が顔を出している。美女が夜更に月見酒、あぁなんと優雅な風情だろうか。

 

このハイスペックボディ、当然のように内臓も強靭であり、アルコールの分解速度も滅法速い。つまり、私はザル。

なのだが、肌の色素が薄いことも相まってか頬は僅かに紅潮する。

これも私の悪癖の1つなのだが、私はお酒を飲むと酔ってしまうのだ。

アルコールに、ではなく自分に、だ。ざっくり言えば雰囲気酔いである。

まぁお酒飲む時って誰でもそういうとこあるよね。あるよね?

 

ふと、扉の外に人の気配を感じた。

10秒、20秒経っても扉の前にいるだけで動きはない。

だから私はその来訪者を自ら迎えに行く。

 

扉を開けるとそこには驚く顔の我が愛しき妹、こころがいる。

なんで分かったかって? 私がこころのこと分からない訳ないじゃないか、はは。

 

仕事も早めに終わって気分良く晩酌していた私にご褒美かのようにこころが訪ねてきて私はもう有頂天。

なんて素晴らしい日なのだろうか。

テンションも上がって調子に乗った私はこころを膝の上に乗せて後ろから手を回すようにして座り直した。

 

あ~癒される~。

寝巻姿のこころもかわいいし良い匂いもするし抱き心地も抜群で何もかもが愛おしい。

何時間でも永遠にでもこうしてられそう。というか、できる。

 

こころも気持ち良さそうな声を出していたけど、机の上に置かれてた飲みかけのグラスを見つけて問い掛けてくる。

お酒っておいしいの? って。

んー簡単なようで難しいこと聞くねーこころちゃん。

 

なんだろうね説明するのは難しい。飲んでみたら分かるって言いたいけど未成年飲酒を勧めるようなことをしてはいけない。

あぁでもこころが成人したら一緒に飲みたい。めちゃくちゃ強そうだけど。でも酔った姿も見てみたい。

じゃなくてちゃんと質問には答えないとね。

 

そうだねー、味そのもので言ったらジュースとかのがよっぽどおいしいと思う。

嗜好品だし絶対に必要なものではないけど、飲み過ぎなければたのしいし気持ち良い。

 

んん? たのしいのに飲み過ぎたらダメなのって?

お酒はね、適量じゃないと酷い目に合うんだよ。

人によって量の違いはあるけど、程々がいいんです。

二日酔いとか潰れると悲惨だぞー。外聞的にもみっともないし。

過ぎたるは猶及ばざるが如し、ってやつ。

 

何もお酒だけじゃないからね。

たのしいことでも、正しいことでもやりすぎちゃダメってことは覚えておくんだよこころ。

 

うん、いい返事だ!

取り敢えず覚えておくだけでも損はないからね!

 

 

 

それからはいつもこころがご飯の時にしてくれるように、今日はどんなことがあったとか色々なことを話した。

まだまだこうしていたいけどこころもそろそろ眠そうだし、こころの健康のことも考えるとここらで切り上げなければ。

なんなら既に遅いが、これくらいならまだちょっとした夜更かし程度で済む。高校生だと考えると寧ろ健全なくらいだ。

 

よーし、という訳で今日は一緒に寝ましょう。

こころを布団に運んで、ささっと着替えて私も布団に潜り込む。

いつもと同じように手を繋ぐ。かわいいお手てだ。

寝入りのいい子でこころはもう寝息を立てている。

 

寝顔もかわいくてずっと見てたいけど私も寝ないとね。

こころと一緒に寝れるなんてあんまりないから堪能したいけど、寝れる時に寝とかないと、睡眠は大事。

 

 

出来る事なら毎日でも一緒に寝たいくらいなんだけどねぇ。こころが嫌じゃなければ、だけど。

 

こころの顔を見ながら今日の一日を振り返る。

偶々今日はこうして夜にこころと過ごせたけれど、会食の日やらでタイミングが悪いと下手すれば朝に一言二言交わすだけで終わる日もある。

こころも高校生だし今時そんな家庭は珍しくもないだろうけど、毎日一緒に暮らしてたらそういう日もある、って話だ。

 

だけれど私たちは違う。ここ数年なんて一緒に暮らすどころか週に一度も会えるかどうか。

ようやく一緒に暮らせるようになったと思えば仕事仕事でこの有様。

今までの分も埋め合わせるくらい一緒にいようと思ったのに情けないね。

 

こころはこうして慕ってくれてはいるけれど、私はダメなお姉ちゃんかもしれないなぁ。

 

 

不意に、きゅっと手に力が入った気がした。

そんなことはない、って言ってくれた気がしたのは都合が良すぎるかな?

それでも今日は、私もよく寝られそうな気がしてきたよ。

いつも私のことをお姉ちゃんって呼んでくれてありがとうね、こころ。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「こころのお姉さんって普段どんな仕事をしてるの?」

 

学校で美咲とお話していたら、美咲がそういえば、とお姉様のことを聞いてきたわ。

 

「んー、お仕事で忙しいのは分かるのだけれど、どんなのと言われるとあんまり考えたことはなかったわね」

 

「ふーん。答えを期待してた訳じゃないけど、やっぱそういうもんなのかな。あたしもお父さんがどんな仕事をしてるか具体的には知らないしね」

 

美咲はそれだけ言い終えると、どこか納得したように肩をすくめて大きく息を吐いたわ。

確かにお姉様はお仕事で忙しいのだけれど、実際にその姿を見た事はほとんどないわね。

うちでは自分のお部屋で机に向かって難しい顔をしているのを見かけるくらい。

 

お姉様はお仕事中でもいつでもあたしがお部屋に近づくとすぐに気付いてしまうから、邪魔にならないようにあまり寄らないようにしているの。

黒い服の人に聞いてもどこにいるかは教えてくれるけれど、どんなことをしているかは教えてくれないのよね。

 

あぁ、そういえば今日はお姉様は夜もお仕事で外に行くからご飯は一緒に食べれないと言っていたわ。

ハロハピもはぐみと薫は部活で、花音はバイトだって言ってわ。美咲もミッシェルは今日は用事があると言ってたから、練習はお休みだし、どうしようかしら。

 

そうだわ!

なら今日はお姉様がどんなお仕事をしているのか調べるのよ!

帰ったら黒服の人とお屋敷の皆に聞いてみましょう!

 

 

「虚お嬢様のお仕事、ですか」

 

「えぇ!」

 

 

学校からお家に帰った時にはもうお姉様は出掛けていたから、その隙にお屋敷のみーんなに聞き込み調査ね!

まずは執事のおじいちゃんから!

 

 

「そうですなぁ。少なくとも、この屋敷にいる人間の中で一番の働き者は虚お嬢様でしょう」

 

 

次は黒服の人たちね!

 

 

「ここにお戻りになられた頃は私たちへの指導を主にされていたと思います」

 

「この地域のこともお調べになられていたようです」

 

「最近ですと今日のように旦那様の代わりに会食や取引の会談が増えてきておりますね」

 

 

お次はメイドさんたち!

 

 

「そうですねぇ、私たちメイドもそれなりに朝が早いのですがその頃には虚お嬢様は起きてらっしゃいますね」

 

「私たちの仕事には来客の準備も勿論含まれているのですが、その方たちの対応も執事長や虚お嬢様がされております」

 

「旦那様が御不在である以上、娘であり秘書であった虚お嬢様が代わりを務めてますものねぇ」

 

 

皆に聞き込んでいるうちにもうご飯の時間になってしまったわ。

いつもと同じお料理なのに、少し物足りないと感じてしまうのはやっぱりお姉様がいないからね。

少し前まではこれが当たり前だったのに。

 

分かってはいたけれど、お姉様はとっても忙しいのね。

夏休みの宿題を1日でこなしているようなもの、なんて例えていた人もいたくらいだもの。

今まで一緒にご飯を食べていたこの時間ですら、お姉様が頑張って時間を作ってくれていたからだったのね。

 

 

お姉様はいつも何でもないようにしているけれど、みんなのお話を聞くととっても大変なことだと思うの。

昔から暇があれば、あたしと遊んでくれるお姉様。あたしはお姉様と遊ぶ時間はだいすき。

でも、本当はその時間をおやすみに使った方がいいんじゃないかと思ってしまうの。

そうじゃないと昔みたいに()()、お姉様が倒れちゃうんじゃないかって。

 

 

ご飯を食べ終わってからもうーん、と考えていると執事のおじいちゃんが声を掛けてくれたわ。

そういえば、あたしが生まれる前からここで働いてるって言ってたわね。お姉様のことも家に来た時からずっと見てたって。

 

 

「虚お嬢様は、このお屋敷に来た頃はほとんど笑われることがありませんでした。けれども最近は、こころお嬢様とおられる虚お嬢様は本当に楽しそうにしておいでです」

 

難しい顔をしていたあたしを見る執事のおじいちゃんは、とってもあったかいえがおだったわ。

 

「きっと──こころお嬢様のことが大好きで、愛おしくて仕方ないのでしょうなぁ」

 

 

その言葉と笑顔で、さっきまで頭の中でぐるぐるしていたのも吹き飛んで、あたしの胸がポカポカしてきたわ。

 

 

「さて、そろそろ虚お嬢様もお帰りになられる時間ですな」

 

 

続けて、執事のおじいちゃんはまるで薫がお芝居をしている時のような仕草で時計を見ながら呟いたわ。

 

 

「それじゃあ! あたしお姉様をお迎えしてくるわっ!」

 

 

思わず玄関まで走ってしまって既に待機していた黒服の人に驚かれてしまったわ。

けれどすぐにいつものようにピシッと直立して、あたしにもうすぐお姉様が帰ってくると教えてくれたの。

 

 

まだかまだかとわくわくしてること数分、ついに玄関の扉が開いたわ!

 

 

「おかえりなさいお姉様っ!」

 

 

元気いっぱいのえがお! 自分でもかいしんのえがおだと思うわ!

 

 

「ただいま、こころ」

 

 

お姉様も驚いたみたいで目をまんまるにしてたわ!

その後に優しいえがおであたしの頭をなでてくれたの!

 

 

「お迎えありがとうね。ふふ、こころに元気を貰えたお陰で今日はいつもよりも速く仕事が終わりそうな気がするわ」

 

 

お姉様もそう言ってくれたのがうれしかったわ。

 

 

あたしもあのあとお部屋に帰ってきたものの、ついにやることもなくなって寝ようかどうしようと思っていたらノックの音が聞こえてきたの。

誰かと思ったらコックさんでどうしたのかと聞いたら、お姉様が先程お仕事を終えたそうだと教えてくれたの。

厨房で明日の準備をしていたらお姉様が仕事を終えて飲み物を取りに来たって。

今日あたしがお屋敷のみんなに色々聞きまわってたのを知ってたから、伝えに来てくれたんですって!

 

コックさんにちゃんとお礼を言って、お姉様のお部屋に向かったわ。

お部屋の前に着いたはいいけれど、本当にお邪魔していいのか少し迷ってしまったの。

でも執事のおじいちゃんの言葉を思い出してノックしようとしたその時。

 

 

「部屋の前でどうしたのこころ? そんなところにいないで、入ってくればいいのに」

 

「あ、お姉様……どうして」

 

 

お姉様が扉を開けて出迎えてくれた。

お姉様はいつもどうして、あたしがいるのが分かるのだろうか。

つい口から零れた言葉を聞いてお姉様はんー、と不思議そうな顔をして

 

 

「私がこころのことを分からない訳ないじゃない。おいで?」

 

 

となんでもないように言って、あたしの手を引いて部屋にいれてくれたわ。

そしてそのまま、あたしの両脇をひょいと持ち上げ抱え込むようにしてお姉様の膝の上に乗せられた。

 

ふんわりと抱きしめられて頭をなでられて、気持ちよくてねこさんみたいな声がでちゃった。

あんまり心地よくてずっとこうしてて欲しいと思っていたら、机の上に飲みかけのグラスが置いてあるのを見つけた。

 

 

「ねぇお姉様、お酒っておいしいの?」

 

「おいしい、かぁ。どうでしょうね。味そのもので言えばそんなにおいしいものではないかもしれないわね」

 

「? おいしくないのに飲んでいるの?」

 

「でもお酒は嫌なことを忘れさせてくれたり、たのしい気分にさせてくれたりするのよ」

 

「それじゃあみんなでたくさん飲んだらとーってもたのしくなりそうね!」

 

 

お酒ってすごいのね!

あたしはまだ飲んだらいけない年だけれど、大丈夫な人はいーっぱい飲んだらそれだけたのしくなれるのね!

あたしも飲んでみたくなるわね!

 

そう思ったのだけれど、お姉様はちょっと困ったような顔をしてしまったの。

 

 

「お酒もそうだけれど、何事もほどほどが一番なのよ」

 

「どうして? いっぱいたのしい方がいいんじゃないの?」

 

「勿論たのしいのは良いことよ。たとえばねこころ、おいしいお料理がたくさんあってお腹いっぱいになるまで食べれたらそれは良いことでしょう?」

 

えぇ、おいしいものを食べるとみんなえがおになれるもの!

 

「でも、お腹いっぱいになったけどまだまだ食べてと言われたらどうする? おいしいから喜んで食べ続けれるかしら?」

 

お腹がいっぱいになると苦しくなるでしょう? とお姉様は続ける。

 

「たのしいことでも、正しいことでも、やりすぎてはダメ。その人にとって必要な分だけ、それ以上はたのしくなくなってしまうわ」

 

 

あたしはお姉様のお話を想像して思わずお腹を押さえてしまう。

お姉様はそんなあたしの様子を見ながら頭をなでてくる。

 

 

「今のは例え話だけれど、そういうこともあるってことは覚えておいてね? 世界を笑顔にしたいと思うなら、大切なことだと思うわ」

 

「えぇ! わかったわ!」

 

「良いお返事ね。それじゃあ次は、こころのお話を聞きたいわね?」

 

 

それからはいつもご飯を食べる時のように今日はどんなことがあっただとかをお話したわ。

でも段々と眠たくなってきて、うとうとしてしまったわ。

ぽーっとしてて気がついたらいつの間にかベッドの上に。

 

手にお姉様の温もりを感じて安心して夢の世界に行けそうだと思っていたら、お姉様の呟くような小さな声が聞こえてしまった。

 

 

「毎日でもこうしてあげられたらいいのに、私は……あまりいいお姉さんではないかもしれないわね……」

 

 

それは違うわ、と言いたかったけれどもう目も開かなくなって口も開けなかった。

それでも、違うと繋がっていた手を握りしめたわ。

今日だけでも色々なことを知ったの。あたしが当たり前と思っていたことも本当はお姉様がとっても頑張ってくれていたものだって。

 

それに、こんなにもあったかいんだもの。

おてても、むねも。

あたしをいつもポカポカさせてくれるお姉様がだいすきなの。

 

 

「ありがとう、こころ」

 

 

完全に夢の世界に旅立つ前に、お姉様の声が聞こえた気がしたわ。

 

 

 




あまりプロットとかもなく気ままに日常をつらつらと書いてきましたが、そんな日々を過ごしていく中で虚がこころに救われる。
この小説はきっとそんなお話になるんだろうなとふと思いました。


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14話 嘘だった方が簡単なこともあるかもしれない

今日は休みのターン。

だがしかし、こころは美咲ちゃんとお出掛けです。

いいなぁ私も女子高生とデートしたい。

 

いや、正直ひまりちゃんとか誘ったら割と出来そうな気がするけど。

ただ反応が良い子だから私もついからかっちゃいがちなんだけど、そろそろ自重しないとガチでひまりちゃんの性癖と言うか色々なものを歪めてしまいそうな気がする。

それはあまりに忍びない。

 

だから私は今日も羽沢珈琲へと足を運ぶ。

あそこに行くと高確率で女の子がいるからね。つぐみちゃんやイヴちゃんがシフトしてることも考えると8割方いる。

かつ適度にランダム性があるからね。分かるよ。普通においしいし居心地良いもん。

メニューも季節に合わせて変わったりするしで通っちゃうよね。

 

という訳で入店。

あれ、結構混んでますね。人はともかくテーブルの片付けが追い付いてないっぽい。

人が減ってきた時間見計らって来たつもりだけどピークの時間がズレたのかな?

私は全然待ってても構わないんだけど申し訳ないし今日は帰ろうかなぁ。

 

 

とか思ってたら相席どうですかと声を掛けられた。

おや、花音ちゃんじゃないですか。

私はウェルカムだけど、一緒に来てる子は大丈夫なのか。まぁ大丈夫だから声掛けてくれてるんだよね。

 

一緒にいる子は誰なのかと視線を向けるとクリーム色の髪の女の子。って流石にこの子は知ってるぞ。

白鷺千聖じゃん。パスパレ、というか俳優してる芸能人だよね。

 

花音ちゃんと千聖ちゃんって仲良しだったのかー。

私もこっちに戻ってきてから結構経つしハロハピの子たちとは偶にだけど話すこともあるんだよね。

バンド練習とか会議も弦巻邸でよくやってるし。

ぶっ飛んだ子もいたけど基本的に皆いい子だったなー。

 

千聖ちゃんは改まって挨拶してくれたけど、なーんか見覚えあるな。

テレビじゃなくて直接どっかで。この感じ前にもあったな、蘭ちゃんの時と似てるぞ。

 

んー、テレビ……雑誌……インタビュー……

あとはなんだろう。

 

 

あ、思い出した。

はぐれ剣客人情伝。

 

 

あれ、顔固まったけど大丈夫千聖ちゃん?

見たのかって? いや見てないよ。

見たっていうか、私それに出演したからね。1話だけだけど。

 

私が剣道してたってのはもう知ってると思うけどさ、皆この設定も覚えてるかな。

剣術家の先生に師事してたっていうの。

その先生殺陣師も兼業してたというか歴史モノの作品だと結構演技指導とか手広くやってたのね。

 

で、私も付いていくじゃん?

中学で大会連覇とかもしてたしそれなりに私その界隈では有名だった訳よ。

しかも私美人じゃん?

 

現場監督も面白そうとか言って1話だけ何シーンか出ちゃったんだよね私。

当然共演者さんに挨拶はするよね。とは言えその頃の私は冷めてたというか淡泊だったというか。

魅せる剣を披露するというのは私もアリかなとは思ったけど、人にはあまり興味なかった。

 

まぁつまり、忘れてたよね。

そういや話題の子役でかわいい女の子いたわ。

ついでに言うと怯えられた気がする。ごめんね当時はツンツンしてて。

 

というかイヴちゃんにも前に聞かれてた。

はぐれ剣客人情伝に虚さん出てましたよねって。

イヴちゃん私のこと事あるごとにめっちゃヨイショしてくれるから……ちょっと流しながら返事したかもしれない。

かわいい女の子との会話を覚えきれてないなんて私としたことが……!

私の脳のリソースの大半はこころのために使われてるから仕方ないことなんだ。

 

けれど忘れていたのはどうやらお互い様だったようだ。

というよりも昔と今とでイメージが違ってて結び付かなかったという方が正しいみたい。

千聖ちゃんも小さい頃を知られてて気恥ずかしいみたいだけど私もちょっと昔のことを言われると恥ずかしい。

そんな訳だからこの話題はやめよう。花音ちゃんも興味持たないようにね?

 

ところで、さっき噂はかねがねって言ってたけどそれはどういうことかな?

ほうほう、イヴちゃん日菜ちゃんは想像してたけど花音ちゃん君もか。

こころが私の話する時とっても楽しそうだからつい他の人にもって? えー、照れるなぁ。

 

私もうちょっとした有名人じゃーん。

まぁこころ自体有名人みたいなところあるしそんなもんか。

それに私美人だし? やっぱ人の記憶に残っちゃうとこあるよね。女子高生がきゃいきゃいしちゃうのもしょうがない的な?

実際どんな風に噂されてるかは知らないけどね!

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

個人の俳優業は勿論、最近はパスパレも人気が出てきてスケジュールが随分タイトなものだったのだけれど今日は久々のオフ。

そんなオフの日をどう過ごそうかと思っていた時に花音から誘われた2人だけのお茶会。

近頃は1駅2駅電車に乗って遠出をすることも増えてきたのだけれど、今回は通い慣れた羽沢珈琲店でゆっくりお話することになったわ。

最近芸能活動が忙しいと言ったのを覚えてくれてたのか、花音ったら私に気を遣ってくれたのかしらね?

 

 

「つぐみちゃん、忙しそうだね」

 

「そうね。それでも入客も落ち着いてきたようだし、お言葉に甘えちゃいましょう」

 

 

同じガールズバンドを組んでいる仲でもあり、この羽沢珈琲の常連の私たちなんだけれど、いつも長居させてもらっているのだしなるべく人が少なくなってきた時間を狙ってきている。

のだけれども、今日に限っては随分盛況だったようでいつもなら落ち着いている時間なのにまだまだつぐみちゃんが慌ただしく店内を駆け回っていた。

 

開いていた最後のテーブル席に案内してもらった際に、後はもう片付けが終われば一段落という具合のようで先輩たちはゆっくりしていってくださいとのことだった。

そういう訳で、先に飲み物を注文して花音とお互い近況報告のように最近起きた出来事を話し合おうとした時。

 

チリンチリンと新たな入客を告げる鈴の音が鳴った。

 

 

「いらっしゃいませ!」

 

「こんにちは、つぐみちゃん」

 

 

新しく入ってきたお客さんはつぐみちゃんと顔見知りと思われる綺麗な女性だった。

席の向き的に私は入り口を向いていたので、自然と視界に入ってきた。その程度だったのだが、思わず少しの間目を奪われてしまう程だった。

仕事柄容姿の優れた人と頻繁に顔を合わす私は、誰かに目を奪われることなど錚う錚うあることではないと自覚しているだけにそうした反応をした自分にさえ、少しばかり驚いてしまう。

 

 

「今は少し、混み合ってる様ね」

 

 

その女性は店内を見渡して心なし残念そうに呟いた。

 

 

「あれ、虚さん?」

 

「あら、知り合いなの花音?」

 

 

私が入り口に視線を向けているのを悟り、振り向いて入り口にいる女性を見ると首を小さく傾げてその女性と思われる名前を呟く。

 

 

「うん。こころちゃんのお姉さんで、お家にお邪魔した時とかにお世話になってるんだ」

 

「あぁ、彼女がこころちゃんの」

 

 

最近になってよく聞くこころちゃんのお姉さん。

私は今まで機会がなくお会いしたことはなかったのだけれど、日菜ちゃんやイヴちゃんは会った事があると話題にあがったことがあるわ。

 

 

そんなことを思っていたら、席が埋まっていて彼女の困っている雰囲気を察したのか花音が相席に誘っていいかと尋ねてきたわ。

そうね、気にならないと言えば嘘になるし私は構わないと答える。

 

 

「本当にお邪魔していいのかしら?」

 

「そんな、私たちも色々お世話になってますし……千聖ちゃんもOKしてくれたので」

 

「えぇ、私もお姉さんの噂はかねがね伺ってますので機会があれば一度はお話したいと思っていたんです」

 

「そうなのね、有難う。では改めまして、私はこころの姉の弦巻虚というの。よろしくね」

 

「ご丁寧にありがとうございます。白鷺千聖です」

 

 

ひとまず簡単にこころちゃんのお姉さんとお互いに自己紹介を済ませる。

のだがお姉さん、虚さんは何が気になるのか私の顔をじっと見つめてきている。

弦巻家の人間ならば芸能人が珍しいということもないのだろうし、何かしらね。

 

 

「……はぐれ剣客人情伝」

 

「えっ」

 

 

ポツリ、と呟かれた予想外の単語に思わず反射的に声を漏らしてしまう。

子役として様々な作品に出させてもらったのだけれど、その中でも一際記憶に残っている。

かつ、今となっては黒歴史と言う程でもないけれどあまり見られたいと思わない作品。

 

何故ここでその名前が出たのかは分からないけれど、もしかして……?

 

 

「御覧になられた事が、あるんでしょうか?」

 

「あぁいや、突然ごめんなさいね? そういう訳ではないの」

 

 

あまりにも脈絡がない発言を気にしたのか謝罪の言葉を放つ虚さんだけれど、私としてはそれよりもあの頃の作品を見られずに済んだという安堵の気持ちが勝った。

ならばどうして、という疑問が浮かぶ前に虚さんは、「ただ」と前置きをして衝撃的な言葉を繋いだ。

 

 

「どうやら私と千聖ちゃんは初めましてじゃなかったって思い出してしまってね」

 

「ふぇっ?」

 

 

今度は私よりも先に花音が声に出して驚いていた。

とはいえ私も顔に出ていたようで虚さんは穏やかに微笑みながら答えてくれた。

 

 

「千聖ちゃんは変わらず可愛いままだけれど、私は昔と比べると変わってしまったから無理もないわね」

 

 

名前も変わっているしと加えて言った虚さんは前髪以外の髪を後ろ手に一纏めになるように掴み上げる。

 

「私も、監督の遊び心でゲストとしてちょっと出演させてもらってたの」

 

どう? と先程の微笑みと打って変わった鋭い眼付きに触発されてか私の記憶も掘り返される。

 

 

弓弦虚です。よろしくお願いします』

 

 

随分と昔で私も小さかったから全て思い出した訳ではないが、いくらか断片的に当時の記憶が感情と共に浮かんでくる。

 

――怖い人だと思った。

 

時代劇ということで殺陣の演技指導で撮影に度々顔を出していた先生。何やらその時はお弟子さんも同伴していて、監督も面白そうだということで突然出演が決まったらしい。

見学ならばともかく、たとえ1シーン1カットであろうと出演するならば共演者への挨拶周りは必要だ。

他の共演者さんは礼儀正しく、急遽決まった出演だというのに物怖じしない毅然とした振る舞いに概ね好感を抱いていたようだが、私は違った。

 

それは幼いからこそ人の態度に敏感だったから気付いたのか、そもそも私の気のせいかもしれない。

この人は、私に興味がない。いや、興味という言葉で済ませていいのかさえ分からないが、路傍の石ころ。彼女の人生という舞台において私はエキストラですらないと感じさせられた。

 

それを理解した瞬間、役者としての本能か何故か、怖かった。

そして今、何故私は子役として出演した数ある作品の中でこのはぐれ剣客人情伝に触れられると一際苦い気持ちなるのかも納得がいった。

 

 

「……千聖ちゃん?」

 

 

ある意味走馬灯のように頭の中で掘り起こされ流れた記憶のせいで呆けていた私を呼び起こしたのは、花音の心配する声だった。

 

 

「っ大丈夫よ花音。ちょっと思い出した昔の印象と違って驚いてしまってただけだから」

 

「そうなの? よかったぁ。すごく難しそうな顔をしていたからどうしたのかと思っちゃった」

 

 

誤魔化すように大丈夫と言ったものの、花音がそう言うということは当然虚さんにもそう見えた訳でもある。

いくら苦手意識があろうと失礼だったと口を開こうとしたのだが、先制する形で虚さんがパンと手を叩く。

 

「まぁ昔のことは置いておきましょう。それより、私はもっと千聖ちゃんたちの話が聞きたいわ」

 

ね? と悪戯げにウィンクしてくる虚さん。

先程の空気を払拭してくれた気遣いを察せない程鈍くもない私は有難くその流れに乗せてもらうことにする。

 

 

 

あれやこれやと気付けば時間は過ぎ、虚さんと花音とさよならをして帰宅。

そして現在、自室のベッドへと。

目を瞑りながら今日の会話を振り返る。

 

最初こそ思わぬ再会にどぎまぎしてしまったものの、終わってみればあの苦手意識はどこへ行ってしまったのかと思う程会話に花が咲いていた。

虚さんは聞き上手で私たちもつい話し過ぎてしまう程だった。しかし一転して虚さんが話し手に回れば興味深いことばかりで大変貴重な話を伺えた。

よくよく思えば虚さんは弦巻財閥の運営を担っている大物で、少し名前が売れた一介の女優程度の私がおいそれと同席出来る人物じゃない。

仕事の心構えやプロフェッショナルの考えは非常に為になり、お金では変えられない価値があった時間であったと今更ながらに思う。

 

 

それにしても――

 

 

「人は、ああまで変わるものなのね」

 

 

薫然り、私も人のことを言えた訳ではないけれど、そう思わずにはいられなかった。

第一印象は花音やイヴちゃんから聞いていた通り、優しそうで綺麗なお姉さん。

それが過去にある種軽いトラウマを与えられたと言っても良い人と同一人物だったなんて誰が信じれるだろうか。

 

今日とてこころちゃんの事を嬉しそうに話す虚さんの顔を思い出すと当事者である私でさえ到底信じられない。

人を人とも思えない価値観を持っていた人間が、あんなにも誰かのことを大切に思えるようになるなんて。

一体どんなことが起きればそんな変化が起きるのだろうか。

 

それとも、私が昔感じたモノは幼い子供が勝手な思い込んだ勘違いだったのではないか。

自らの感情を嘘だったと思えないが、その方がよっほど腑に落ちるというものだ。

 

 

まぁそんな小難しいことは置いといて。

 

――あんなにも愛されてるだなんて、こころちゃんが少し羨ましくなっちゃうわね。

 

色んなことがあったが目を瞑れば一番に思い浮かぶものは虚さんの笑顔。

女優としてこれだけは断言出来る、紛れもなく嘘のない暖かい笑顔だった。

 




ぼかしの入ってる部分は虚さんの昔の苗字です。
今までどうしようと思ってましたが丁度いいので今話書いてる途中に考えました。
案外いい思い付きだったと思います。

頑張ったらそのままでも読めるかもしれませんが、多分コピペすれば一発な気がします。


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15話 出会いはいつだって運命的

久々過ぎて作風がぶれてないか不安になってしまいましたが更新しました。


再会というものはいつだって思い掛けないものである。

 

蘭ちゃんや千聖ちゃん、2人とも10年程前に出会っていたけれどもただ顔を合わせていただけ、知り合いというにも程遠い。

私にとっての再会は、こころたちハロー、ハッピーワールドに付き添って初めて訪れたCiRCLEにあった。

 

 

意外かもしれないけど、私はCiRCLEに来たのは日本に帰ってきてから数か月も経った今日は初めてである。

厳密に言えば、営業時間に付き添いとして来たのが初めてなだけだが。

 

そもそも、弦巻家にはスタジオがあるし楽器も一通りあるので練習に来る回数が少ないし、ライブだって病院や保育園などの施設や野外ライブが多い。

私がここに来たのは、黒服がうろついたり色々迷惑を掛けるかもしれないからとオーナーと顔合わせした時以来だ。

ミッシェル像を建てたり、足湯を作ったり関りは結構あるんだけどね。

 

学校だと黒服用の詰所があるので腰を落ち着けて他の作業が出来るからいいのだけど、CiRCLEにはそんな場所はない。

だからスタジオ練習の付き添いは警備員みたいに何か起きない限り待機しているだけで、私が行くのは効率的じゃない。スタジオ練習してる所を見たくもあるのだが邪魔する訳にはいかないしね。

今日はホントに偶々、気が向いたので営業中のCiRCLEがどんな感じか1回くらい見てみるかと思っただけだ。

 

 

だからこそ、そんな気紛れが呼び込んだ唐突の再会に驚いてしまった。

 

まりなちゃん!?

え!? 嘘めちゃくちゃビックリなんだけど!

 

あ! ごめんごめんカツラとグラサンかけてたら分からないよね。黒服にいきなり話しかけられたらそりゃ身構えるわ。

改めましてと、久し振り! 中学以来ですね!

卒業と同時に音信不通になっちゃってごめんね。あの時代だと中学生はあんまり携帯電話持ってなかったし引き取り先が弦巻だったこともあって連絡先を教えることも出来なかったの。

 

 

いやーそれにしても懐かしいなー。

親友? と言えるまでの仲だったかは分からないけど、私にとってまりなちゃんは数少ない友達だった。

中学の頃はホントに厨二病真っ盛りな時期だったし、変に優秀だったから周りから嫌煙されてたんだよね。

教師ですら最低限の接触しかしなかった位よ。

でもそんな中でもまりなちゃんは私に話し掛けてくれてたんだよね。出来た子だよ。

 

自分でも灰色の青春だったとは思うけど、それでも人並みの生活を送れてたのは事あるごとに話し掛けてくれてたまりなちゃんのお陰かもしれない。

当時は有難みを分かってなかったけど今なら理解る。

 

初めての会話はそれはもう酷かった。放課後たまたま教室でまりなちゃんがギターを弾いてて、あまりに音もリズムもズレてたからつい口を出してしまったんだよね。

なまじ音感が鋭いだけにズレた音にも敏感になってしまってたんだ。その時は2,3アドバイスして終わりだったんだけど、ここから私たちの交流は始まった。

 

音楽だけでなく勉強も教えるようになったり、剣道部での練習姿を見に来たりするようにもなった。

 

 

という訳で、まりなちゃんと再会は私にとっては結構運命的だったのだ。

 

まさかライブハウスで働いてるとはねー。でも納得かな、まりなちゃってほんとに音楽が大好きだったもんね。

10数年振りだというのに、いやだからこそか。

お互い一応職務中だというのに昔話で盛り上がってしまった。

 

なんと私たちの母校、剣道部が全国常連になっているらしい。

嘘でしょ。私の在学中部員私だけだったんだよ?

正確には私が入部してから皆辞めていったというだけなんだけど。

 

何やら事情を聴いてみると私に憧れていたという後輩たちが私の卒業後にこぞって剣道部にはいって活躍していたという。

なんで私が卒業してからなの、いる時に入ってよ。え、近付きにくかったって? くそぅ。

で、当時の顧問の先生が私の素振りしてる姿や試合やらを撮影していたビデオが今なお受け継がれていってるらしい。

それを目標にして日々練習してるとか。それで全国常連までなるのかすごいね君らの情熱。

 

しかし、これで一つ謎が解けた。

イヴちゃんが言ってたビデオの出処はここだな? 先生布教と言わんばかりに周りの人に見せてるらしいじゃん。

私的には黒歴史でもあるんだけどなー?

 

 

お、気付けばそろそろこころたちも練習が終わる頃合いだ。

少しとは言え話せてよかったよ。まりなちゃんはあの頃から変わらないでいい子だね。

 

え、私は変わったけど変わってない? 変わったというなら分かるけど、どういう意味?

優しい笑い方は昔と同じって?

 

 

私、あの頃も笑えてたんだ。

 

 

ふーん、そっか!

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

私と虚ちゃんが友達と呼べる仲になったのは、中学の2年で同じクラスになってからしばらく経った時期だった。

 

それまでは同学年に才色兼備の天才少女がいるらしいって私が一方的に知っているだけの間柄だった。

同じクラスになった時どんな子なんだろーって遠目に見ることはあったけど、それはそれは日々つまらなさそうにしている子だった。

 

中学生になると制服というものを着るようになって、外に遊びに出かける範囲も広がって、先輩後輩っていう小学生の頃にはあまりなかった序列も増えて、私は自分の世界が広がっていく感覚がいっぱいで毎日が楽しかった。

だから、頭の良い子はよく分かんないなって思ってた。

 

 

けれどそれはある日を境に一変する。

とあるライブに行って音楽の魅力に惹かれた私は自分でもあんな風に演奏したいと思った。

なけなしのお小遣いでギターを買って、ウチじゃ防音なんてないから迷惑かもと思って学校の放課後の空き教室で試行錯誤四苦八苦という感じで練習していた。

 

 

「酷い音」

 

 

発している言葉とは裏腹に透き通るように綺麗な声が私の耳に届いた。

 

「音も、リズムも、弾き方もとてもじゃないけど見てられない」

 

「じゃあ、教えてよ。私だって中々上達しなくて悩んでるんだから!」

 

つい反射的に売り言葉に買い言葉で言ってしまったが、その相手の顔を見てしまったと思うも遅かった。

私の言葉を聞いた噂の才女――弓弦虚は私の持っていたギターを流れるような手つきで奪い去り弾き始めた。

 

口ではなんとでも言える。実際に弾いてみることがどれだけ難しいか分かるだろう。

きっとすぐに弦を抑える指が痛いとでも言うに違いない。そう思っていた。

 

が、聞こえてくるは最近流行りの曲のサビ部分。完璧だった。

思わず弾き終えた頃に拍手してしまったくらい。

 

 

この日から、私と虚ちゃんの中学校生活が始まった。

 

 

虚ちゃんの天才っぷりは噂以上だった。

テストは1位、部活の剣道でも全国大会優勝、文武両道を地で行っていた。

他にも色んなことを知ってるし、音楽に関しては先生と生徒みたいな関係だった。

何でも出来てすごい人だった。

 

何でも出来すぎて、他人から除け者にされてるって分かったのは友達になってからだった。

勿論、虚ちゃんがあんまり他人に興味を示さないのもあるだろうけど、根本的な原因は違ってた。

 

完璧過ぎて、一緒にいるのが辛くなっちゃうみたいだった。特に学校の先生や先輩たちがそうだった。

自分より年が下の女の子に何もかも負けてしまうのがダメだったようだ。

中学生なんて子供も子供、そんな子供に劣等感を感じる教師が腫れ物扱いするのもある意味当然だったのかもしれない。

そして、先生がそんな風に扱う虚ちゃんを同級生たちが遠ざけてしまうのも、当然だった。

 

 

だけど新入生、1年生の子たちからすれば虚ちゃんはとってもカッコいい先輩だった。

剣道の大会なんて応援に来る子たちでいっぱいだった。虚ちゃんは全然気にしてなかったけどね。

ああ見えて鈍い所は結構鈍いんだよ? 知ってた?

 

とは言え虚ちゃんの普段の姿は近寄りがたいというのも事実である。

きりっとした顔立ちで眼付きが鋭い。端的に言って、少し怖い。

そこがまた後輩からカッコいいと言われる所以ではあるんだろうけど。

 

ただ、そんな虚ちゃんも私が勉強教えてだの部活を見に行きたいだの言うと決まってこう言うんだ。

 

「仕方ないわね」

 

って、少し困った顔をして笑いながら。

 

 

 

そんなこんなで仲良くしていたんだけど、中学3年生に上がって少しした頃に虚ちゃんのお父さんが亡くなった。

お母さんも虚ちゃんがちっちゃい頃に亡くなってるらしくて親がいない。

そのせいか色々難しい問題があったようで学校も休みがちになっていった。

 

引き取り先が決まっても落ち着くことはなく、私もなんて声を掛けていいのか分からずにお別れも碌に言えないまま虚ちゃんはいなくなってしまった。

 

 

虚ちゃんの天才っぷりを知ってる私からすればいずれ有名になって名前を聞くこともあるだろうと思い10数年。

虚ちゃんは名前も変わって黒服で、こころちゃんのお姉さんになっていた。

 

今だから言えるけど、虚ちゃんは私にとって親友でもあって面倒見の良いお姉ちゃんでもあったんだ。

だからこころちゃんが少し羨ましくもあるけれど、今の虚ちゃんを見てると小さなことだと思えてくる。

 

短い間だったけど昔の話をしている虚ちゃんの色んな表情が見れて嬉しくなった。

それと懐かしさも相まって1つ虚ちゃんにお願いをしてみた。

 

 

「そうそう、今度また虚ちゃんのギター聞かせてよ」

 

虚ちゃんは少しだけ考えるそぶりを見せて返事をくれた。

 

「仕方ないわね」

 

困ったように笑う虚ちゃんを見て変わらないところもあるんだなって思っちゃった。

実は虚ちゃんのこの顔が大好きで色々わがまま言ってたのは内緒の話。

 

 

最後に、そうやって笑う所は変わらないねって言うと虚ちゃんは何故か驚いた顔をした。

どうしたんだろう、そんなにおかしなこと言ったかな?

なんて思っていると、私に今日一番の衝撃が走ることになった。

 

 

「そっか」

 

 

私も釣られて笑顔になっちゃうくらい、虚ちゃんのいたずらっぽい笑顔は素敵だった。

 

 

 

 



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