Fate/Re:start night (無駄高容量ひきさん)
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その夜、碧空につき

とある一室に、月明かりが差し込む。

月光で照らされた窓には、蝶番もレールもない。

あるのは、見渡す限り大量の本、本、本……。

部屋は半径4m、高さ10mの円柱形をしており、そこを壁一面覆い尽くすように本が敷き詰められている。

それも、ただの本ではない。

全て例外なく、魔術に関係する本だ。

 

「……えぇと次は、せ…せ……」

 

積み上げられた本の山から、もぞもぞと人が出てきた。

顔つきや骨格からして男だと分かる。

しかし、身長170前半にしては少し痩せぎみで、胸板も薄い。

半分しか開いていない目は、いかにも「自分眠いです」と主張するかのよう。

髪の毛は手入れがされず、ボサボサで伸び放題。

誰が見ても分かる不健康・不衛生な見た目をしている。

……にも関わらず、肌のハリはまるで赤ん坊。

無駄毛はどこにも無いクセに、睫毛はとても長い。

本に囲まれた生活を送りながら、汗臭さやカビ臭さなどの体臭は一切しない。

世の女性たちが多くの時間と財産を費やしているものを、何の努力も無しに獲得している。

 

「せ……せい……せい……あったあった」

 

彼の名前は『綾目(あやめ)筑紫(つくし)』。

一般人の間に産まれた、無所属の魔術師だ。

魔術とは縁も縁もない家柄と血筋ではあるが、彼は正しく「魔術の鬼才」と呼べる才能を有している。

聖杯に迫る程の魔力を持って生まれ、8歳頃に魔術に目覚め、12歳では固有結界を展開できるようになった。

そして18歳になった今、固有結界の展開だけでなく、長時間の維持も可能になった。

 

「聖杯戦争、ねぇ……」

 

無論、この様な逸材を他所が放っておく訳もなく、特に魔術師協会からは何度も使者が送られてきた。

中には実力行使をする者もいたが、皆、圧倒的な実力差の前に歯が立たなかった。

齢一桁の時ならともかく、今や一介の魔術師はおろか、それなりに冠位のある者ですら相手にならない。

それ故か、魔術師がサーヴァントを従え、競い合う「聖杯戦争」というものに少なからず興味を抱いていた。

 

「……参加、してみようかな」

 

パタン、と本を閉じて誰に言うわけでもなく呟く。

 

「丁度、()()()()()もいらっしゃったことだし」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

手が届きそうなほど満ち足りた月の下。

木々の隙間からは、月が青白く輝いているのが見える碧空の如き夜。

既に、夜は始まっていた。

 

「……シャアッ!」

 

草木の影から、男が飛び出してきた。

髑髏の仮面を身に付け、黒装束に身を包んでいる。

手元には、得物と思わしきナイフが逆手に握られていた。

 

「ランサー!」

「分かってる!」

 

仮面が向いている先には、二人の女性がいた。

一人は、数歩離れた場所から「ランサー」と呼んだ女性に指示を出している。

ランサーと呼ばれたもう一人の女性は、その声の主を守るよう立ち塞がり、手にしている槍で横薙ぎを放つ。

男は咄嗟に踏み止まり、ナイフで身を守る。

勢いのついた槍を受け止めるのは難しいと判断したのか、衝撃の伝わる直前で後ろに跳んだ。

ナイフがクッション代わりになったことと、後ろに跳んだことで大したダメージは入っていない。

そして、そのまま後方の草影に再度身を隠した。

 

「チッ……遮蔽物が多い。気を付けて、どこかで隙を窺っているはずよ」

「ヤツのテリトリーってことね、わかった」

 

『……左様』

 

どこからともなく、返答が返ってきた。

山が言葉を発している様にも感じられるが、すぐに考えを改めて気を引き閉める。

仮面によってくぐもった声は、木々によって反響することで発生源を掴むことができない。

 

『森こそ正に勝手知ったる我が庭よ。風は音をかき消し、木は影を眩ませる』

 

「……」

「誘い込まれたってワケ?」

 

『ふふ……荒々しい送迎、感謝しよう。そして━━━』

 

ランサーと呼ばれた女性の背後から、黒い布切れが飛び出してきた。

仮面によって視線を窺うことは出来ないが、その殺意は確実にランサーの命を見据えている。

いくら正面切っての戦いには不向きなサーヴァントといえども、相手は英霊、凡才しか持たぬ魔術師では視界の端に留めることで精一杯だ。

気付いた瞬間には時既に遅し、令呪によるサポートも間に合わない。

 

「死ね!!」

 

(サーヴァントの居ないマスターなんてムシケラ同然。私、殺されるんだ……)

「……マスター」

 

ランサーが呼びかけてくる。

声には焦った様子は微塵も感じられない、落ち着き払った普段通り(共に過ごしたのは1ヶ月もないが)のトーン。

ランサーには、悪いことをした。

英霊である以上聖杯に対して何かしらの望みを抱いているだろうに、こんなハズレもいいところのマスターに当たってしまった。

死の未来が確定したという事実に打ちのめされた私は、脚の力が抜けて膝を付いた。

 

「……ナイス、マスター」

 

「ナイス」なんて慰めの言葉は要らない、そう言おうと思った。

英雄という非凡人からの慰めなんて、欲しくなかったから。

 

刺し穿つ(ガエ・)━━━』

 

言い返してやろうと顔を向けると、ランサーの手元には、今までの何の変哲も無さそうな質素な鉄槍ではない、血のように真紅に染まり、見たこともないほど強力な魔力の渦を作り出す魔槍があった。

襲いかかるタイミングを分かっていたかのように振り返り、そのまま槍を引く。

まさかこれが……

 

「くっ、宝具か!?」

 

死翔の(ボル)「愉しそうなことやってるね、君たち」ッ!!」

 

「……!」

「……ッ!マスター!!」

「きゃっ!?」

 

魔槍がランサーの手元を離れようとした、その時だ。

突然服を掴まれたと思ったら、聞き覚えの無い声と共に横槍が入れられた。

文字通り、先程までランサーが手にしていた朱槍とよく似た真紅の槍が。

武具を奪われたのではとランサーを見るが、その手にはまだ朱槍がしっかりと握られている。

ホッとしたのも束の間、ランサーが槍の飛んできた方向を睨み付け、重苦しい雰囲気で口を開く。

 

「貴様は何者……いや、()()()()()だ?」

 

口調はいつもの現代人チックなモノではなく、高度で難しい言語を流暢に繰る英雄のそれだ。

矛先を向け溢れだす殺気を抑えようともせず、未だ姿を見せない何者かに問いかける。

言葉の中には、「答えなければ殺す」とも含まれているようだ。

 

「……なんでそう思ったのかな?理由は?」

「惚ける腹積もりか?では聞くが、あれほどの宝具を扱う者が英霊でなくして何とする」

「英霊にも生きた時があるだろう?英雄として名を馳せた時代が。後付けではあれ、いずれ宝具と成りうる()()を持って生を全うした時が」

「……何が言いたい?「自分こそ現代に生ける英雄だ」と、そう言いたいのか?」

「さぁ?英雄は人に認められてこそ、違う?」

「ッ…………!」

 

何か思う所があるのか、それとも別の意図があるのかは分からないが、ランサーはそのまま黙りこんでしまった。

ランサーの真名が判れば何かしらの言葉を掛けてやれるのかもしれないが、それが判らない現状では私はどうすることも出来ない。

私は声のしていた方向を向いて、頭の片隅に突っ掛かっていた自らの疑問をぶつける。

 

「いい加減に姿を見せたらどうなの?そのつもりで出てきたんじゃなくて?」

「そうだね、でも……」

 

すんなりと了承はするものの、ハッキリとしない様子で言葉を濁らせた。

姿を見せることに対して、何か問題があるのだろうか?

 

「そこの黒い御方が姿を見せたら、ね?」

「黒い?……あ!!」

「マスター……」

 

黒男の存在を素で忘れるマスターに対し、ランサーは呆れた顔で溜め息をつく。

指摘されて居辛くなったのか、はたまた何か企みがあるのか、木の上に隠れていた黒装束に髑髏の仮面を纏った男が姿を現す。

 

「やはり、姿を見せるのは殺す時に限るべきか……」

「そうだね、第三者の存在に気付けなかったそちらの落ち度だ」

 

仮面男が姿を見せたことにより、中性的な低いとも高いとも取れる声と枯れ葉を踏む一つの足音が近付いてくる。

葉の間から差し込んだ月光に照らされることで、ついにその全貌が明らかにッ!

二重どころか三重にもなった時間相応な眠気を感じさせるお目々、手入れもされていないようなボサボサなのにツヤッツヤなロングヘアー、血色の良い肌をした()()()には傷ひとつ無い。

特徴だけ挙げれば完全に女性だが、骨格や顔付き、女声にしては少々低い声からして男性のようだ。

うっわ、睫毛なげぇ……。

 

「しかし解せぬな。仮に貴様が魔術師だと言うのなら、サーヴァントはどうした?よもや英霊無しで横槍を入れたわけではあるまい?」

Congratulations!!(素晴らしい) パチパチパチ~!」

「……」

 

この場に立ち会わせた一同、全員が呆気に取られた。

この場面だけをピックアップすれば、偶々居合わせた一般人が戦闘を見せ物か何かと勘違いして拍手を贈っている様にも見える。

 

「じゃ、改めて自己紹介をば。綾目 筑紫(あやめ つくし)、この庭の主だ」

 




どうも、ひきさんです。

何となくの思い付きで書いてみたFateの二次創作でございますよ。
設定という土台が雷電 為衛門並みにしっかりと作り込まれているのでね、作るのスゲー大変でしたよ、えぇ……。

(作者は型月作品に関して微妙にニワカな所があります。原作未プレイですし、アニメもUBWルートしか見てないですし。なので、ポカやらかしたり「ここ違うじゃねぇかボケェ!!」という点がありましたら遠慮無く指摘してください)

ともあれ、始まってしまいましたこのシリーズ。
不定期になるかもですが、連載頑張っていきたいと思います。
では!


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鼠浄土

綾目 筑紫(あやめ つくし)、この庭の主だ」

 

容姿的女子力53万の男は、名前を綾目 筑紫と名乗った。

どうやら、ランサーのマスターにはその名前に聞き覚えがあるようで、「あやめ……どこかで……う~ん」と、これでもかと言うほど露骨にウンウン唸りながら顎に手を当てている。

 

「あっ!もしかして!?」

「……あいつを知っているの、マスター?」

「う、うん。前にチラッと聞いたことがあって、なんでも無所属で普通の血筋なのに稀代の天才魔術師だとかどうとか……」

「まぁ否定はしないよ。血筋云々(うんぬん)も含めて」

 

人の口に戸は立てられぬ。

逸材の噂は伝わるよ、どこまでも。

口伝えの口伝えでしか聞いたことのない情報だったので半信半疑だったが、あの登場の仕方だ、どうやら噂通りの非凡人のようだ。

現にランサーの朱槍を複製し、こちらに放ってみせた。

まだ真名解放はしていないのに、だ。

起動しただけの宝具を模倣する様は、紛う事なき鬼才。

二流もいいとこな私とは、正に桁違いだ。

 

「さて、自己紹介はこれまで。質疑応答のある人~?」

 

「はーい」と左手を掲げ、間抜けた雰囲気で将来的に敵対するかもしれない相手に質問させる。

貼り付けた様な、それこそ仮面の様な笑顔ではなく、心の奥底から生まれた笑顔だ。

才能故の余裕か、はたまた何か考えがあるのか、こちらには知る由もない。

 

「う~ん、今のところは無いかな」

「……特に」

「では、此方から聞かせてもらおう」

 

黒男がズイと一歩前に踏み出した。

髑髏の仮面によって表情を窺うことは出来ないが、どこか嘲りを含んだ声のトーンをしている。

恐らく、仮面の下に隠れた口元は歪んでいるだろう。

 

「どうぞ」

「貴様が仮に件の魔術師だとして、姿を見せた目的はなんだ?我々の視察目的であるのなら、わざわざ姿を見せる必要もあるまい」

「庭で何か楽しそうなことやってるし、面白そうだから見てこよう、っていうのが七割かな~」

「じゃあ、残りの三割は?」

「皆さん折角いらっしゃった訳だし、ゆっくりお茶でもと思って。今からでもいかが?」

「……私たちに拒否権はあるの?」

「勿論あるとも。何なら外までの帰路の無事も約束しよう」

 

怪しい、怪しすぎる。

理由の七割が野次馬根性というのはこの際置いとくとして、問題は残りの三割だ。

あちらからすれば、私たちは侵入者と言ってもいい。

人の庭に無断で入り込み、あまつさえ争いを起こしている不審者。

しかしそれを排除するどころか、むしろ持て成してさえいる。

信用していない目付きを見た彼は、何を思い違ったのか「なんならタクシー代も出すよ」と言った。

別に私たち、飲み会に来た訳じゃないんだけど……。

うむ、やっぱり怪しい。

 

「ランサー、どうしよう?」

「アイツの目的がなんであれ、私は反対。お茶会といえば聞こえはいい、けどそれはアイツのテリトリーに誘い込まれているという事でもある。確かにリターンは大きいけど、それ以上にリスクが大きすぎるし、アイツの言葉を信用するだけの根拠が無いのよ」

「成る程……ちなみに、具体的にどんなリターンがあるの?」

「まず1つ、不干渉協定の取りつけ。最後の二組になるまで互いに干渉しないという協定を取りつける」

 

ランサーの話を要約すると、「天才魔術師であればそうそう負けることはないだろう。あわよくば、アイツにある程度他の参加者を潰してもらおう」とのことだ。

汚い!我がサーヴァントながら、汚い!

この話をしていた時、ランサーの顔はすっごく生き生きとした悪い顔だった。

こいつ、ホントに英霊か?

 

「もう1つ、共闘関係を築く。最後の二組になるまで互いに協力する」

 

ランサー曰く、「アレを味方につけることができれば、これ程頼りになる者もいない。更に言えば、最終的にやり合う際にある程度手の内が分かるので、此方としては有利になる」とのこと。

私としては、やっぱり共闘が一番望ましい。

此方は「私がマスター」というマイナスを背負っているので、それを埋めるだけのプラスが欲しい。

ランサーがプラスにならないって訳ではないが、未だに真名が分からないので少なからず不安がある。

ランサーに滅茶苦茶睨み付けられてる気がするけど、知らない。

……知らないったら知らない。

 

「なら、我は遠慮しておこう。(みだ)りに人と触れ合うこともあるまいて」

「まぁ、残念だけど仕方ない、か。じゃあ━━━」

 

と言ってポケットを漁り、懐中時計の様な形をした古風なコンパスを取り出した。

造りは古めかしいが、まるで新品のように手垢1つ付いてない。

そして、それを黒男に投げ渡した。

 

「この森には人を惑わせる魔術が仕込んであってね、ちょっとやそっとじゃ出られないようになってるんだ。このコンパスは常に森の出口を示す。危険察知のおまけ付きだ。これを使うといいよ」

「……礼は言っておこう。だが次に合間見える時は、聖杯を狙う敵同士。精々、夜道には気を付けることだな」

「ご忠告感謝するよ。またね~」

「ふっ……」

 

仮面の下で鼻笑いを1つ残して、針の刺す方角へ姿を消した。

そしてこの場には三人が残され、静かな森に吹き抜ける風の唸り声だけが響く。

影から命を狙う見えない危険は去ったはずなのに、未だに緊張と背筋の冷や汗が止まらないのは、目の前でヘラヘラと笑っている男のせいだろうか。

クソッ、見れば見るほど羨ましい見た目してるなこの野郎!

 

「さてさて、君たちはどうする?」

「私はあくまでサーヴァント。マスターに従うだけよ」

「……よし、決めた」

 

ランサーは言った、ハイリスクハイリターンだと。

見返りは大きいが、それ以上に危険すぎると。

リターンはさっき聞いた通り。

リスクとしては、罠に嵌められる可能性。

この辺りはヤツの庭だと言っていた。

対してこちらは、この場所について全く知らない。

自分の陣地に誘い込んで殺す可能性や、お茶に毒を盛られる可能性などが考えられる。

落ちる穴はアリジゴクか、はたまた鼠浄土か。

それなら私は……

 

「行くよ、私は」

 

リターンを選ぶ。

相手は不可能を可能にしてきた英雄たち。

肉体で負けようとも、せめて心は負けない努力をしなければ、勝ち抜き生き残ることなど到底不可能だ。

私は未熟だから、その分、危険を犯さなければ。

 

「……そう」

「ふふふ……歓迎するよ。改めて、ようこそ我が庭へ!」

 

両手を大きく広げた天才魔術師の顔は子供の様に眩しく、そして無垢だった。




どうも、ひきさんです。

無心で書いてたら長くなりすぎて、切りのいい所で切った始末。
そのせいで今回やたらと短いかも。
許して、長すぎると途中から迷走するタイプなので……。


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