僕は“キャラ”じゃない (■■)
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転生者は、大抵間違え()

馬鹿な奴がヤベェ奴を持ちこんで死ぬほど後悔するお話です(念押し)


 

 

――最初。

自分がクサイ創作物の使い古されたテンプレに遭遇したあの時。顔は素知らぬ顔をしていても――歓喜に震えたのを未だに覚えている。

 

『貴方は死んでしまった。しかし、それは予定には無かった。お詫びとして、貴方の世界とは違う異世界に転生させよう』

 

そう言ったのは女の人だったか、はたまた男の人だったか……それともそういう表現も出来ない人外だったか。細部はもうボヤけてしまった。……まあ、そんな事はどうでもいい事だろう。

彼かそれとも彼女は――そう言った。それだけで十分だ。

 

自分はそれに否応なく頷いたのを覚えている。

死んだ情景は忘れたが、死ぬ寸前までの生き方に――反吐が出ていたから。

何事も無い灰色のような単調な人生。友達はそれなりに、勉学も運動もそれなりに。恋人は居ないけど、代わりの創作物には事足りない――有り触れた誰か。自分の名前の所を、知らない誰かに変えたとしてもまかり通ってしまうような日常。

自分はそれが大嫌いだった。いつか人とは違う――有り触れない日々を過ごしたいと願っていた。

 

そうだからこそ――その提案は、自分にとって福音に等しかった。

 

自分が頷いたのを確認したその人は、様式美を弁えているとでも言うように『何か力を与えよう』と言ってきた。たとえアニメやゲームの登場人物の力だろうと何でも良いと。

 

此処で自分は直ぐに頭の中で欲しい能力をピックアップした。

黄金の王の財宝庫、無限の剣を内胞した男、それとも単に凄まじい魔力とか筋力とか――ああ、いっその事全て強い事にしてしまおうか。

あれにしようか、これにしようか………。

十数年生きてきた脳味噌の中から溢れ出る青少年の妄想に浸っていた自分は――ある事を思いついた。……()()()()()()()()()

 

――それじゃあテンプレ過ぎではないか。そんな物、自分が大嫌いな物じゃないかと。

 

そう思った自分は直ぐに奇を衒った物を考えた。

考えて、考えて、考えて……そうだ――最近見つけたあのゲームの能力にしよう、と決めた。

日本での知名度は正直無いようなモノだが――海外では、大手RPGとタメを張れるような伝説的な個人製作のインディーズゲーム――その能力にしようと。

さて、そのゲームの登場人物の誰の能力にしようかと頭を捻る。どれも汎用性は抜群で、たとえどの異世界に飛ばされようとも大丈夫だ。

そこで、さらにズル賢い事を思いついてしまったのだ。そう、その人は――対象を限定していなかった。つまり、一言で纏めれるなら幾らでも良いんだ。

 

だから、そのゲームの説明を軽くしてから――こう言った。

 

 

「――そのゲームの()()()の全てが欲しい」

 

 

……間違いに気付いたのは、自分の言葉を快諾して――直ぐに能力を授けてくれた瞬間からだった。

 

自分じゃない――誰かの鼓動。耳の奥でくすくすと聞こえる嗤い声。囁くように身体全体に伝わってくるある衝動。

 

そして――何時の間にやら手に収められている、無骨で綺麗なナイフ。

 

そう、自分は馬鹿だった。

日ノ本語の難しさなど一時期ラノベ小説家になろうとした時に、良く知ったはずなのに。

 

自分は――僕は、()は……。

飛ばされる世界の名前や、『どうせなら色んな女の子に愛されるようにしてあげよう』とか、『オリジナルではつまらない。既存のキャラの誰かにしよう』とか優しい事を言ってくれているソイツの言葉など、どうでもいいので聞き流して、思った。

 

 

 

 

―――邪 魔 ダ カ ラ 殺 ソ ウ―――

 

 

――() () () () ()――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………

……

 

ごぉ……ごぉ……と唸るモーター音を聞きながら。

自分は――()は、ネットサーフィンの中で、3ちゃんねるというモノを発見した。

生前にあった2ちゃんねるに良く似たモノで、匿名の誰かと趣味の話や議論を交わしたりするコミュケーションサイトだ。

……いや、似たじゃない。むしろソレだ。やる夫とやらない夫が逆だったり、ゆっくりのキャラクターが違う作品のになっていたりと、違和感は所々あったが――それでも、生前と一緒で落ち着ける場所だった。

 

「……懐かしいな」

 

未だに慣れない鈴の音のような声を掠らせて呟きながら、カチカチとマウスを操作する。

僕が、生前に良く居たのはオカルト系のスレ。どっぷりホラーなのも好きだったが、ほんわかな話も好きだった。創作やら何やら興が削げるような事と言う人もいたが――それも含めて面白いというのが何故わからないのか。

人の想像力こそ超常現象なんだから、創作もオカルトの内に入るだろうと屁理屈を返すと――違うそうじゃない、なんてわんやかんやと返ってくる。

そんな当たり前の事。……何処か泣けてきてしまう。

ていうか、僕が()()になってしまっているのだからやはりオカルトというのは実現したんだ!と……現実逃避で何度も思った事だ。

 

そうして数スレ巡っている内に――ふと、思い出した。

 

 

「ヤバイ……忘れてた……!」

 

今日は何処か夢見が悪かったからかボーとしてしまって――今の自分になった時から欠かさず行なっている日課をまだやっていない。

もう日は天辺だ。気付いた時にやらなくちゃ不安になってしまう。実際、もう……不安だ。

そう思って、直ぐに買って貰った綺麗な鏡を手に――

 

 

――コンッ、コンッ、コンッ。

 

 

そこで。

規則正しい、マナーも正しいノック音が聞こえた。二回ノックはトイレだもんね、流石色々変わってるとはいえ、貴族の淑女だ。

僕は鏡を取るのを中断して、ノックが響いた豪華な装飾のある扉の前に立つ。灯り取りの小さな窓以外に外を見る所が無い僕の部屋だけど――扉の外に立っている人の表情は容易に想像できた。

僕みたいなどうしようもない奴の衣食住を担ってくれている人だ。僕の力目的というのもあるんだろうけど、わがままを聞いてくれたりもするお人好しな人。

 

「……なんですか?」

 

僕のその問いに――少し怯んだような感じが外から感じた。

……そりゃあ、あまり声を出さないから擦れているってのもあるし、ちょっと演出で不機嫌っぽく声を出してるからしょうがないのかもしれないけど――声自体は人畜無害を形にしたようなおどおど声なんだから、もっと堂々とすれば良いのに。ちょっとこの人の将来が心配になってくる。

 

……少しして。

ようやく決心したのか、一歩足を踏み締めたかと思えば――

 

「ねぇ……その、一緒にお昼ご飯食べない……?」

 

そう不安そうに聞いてきた。

ついに追い出されるか、と内心ヒヤヒヤしていたが――なんだそんな事か、と安堵とも落胆とも言える溜息が出るのを堪える。……あの人は結構豆腐メンタルで、溜息一つで涙目になるから困る。

ともかく――僕の答えは決まっていた。

 

「今日、朱乃がね。美味しい日本の料理を持ってきてくれたのよ。最近凝ってるからって、手作りのお菓子も作ってきてるの。祐斗も小猫も待ってるわ。だから――」

「――お断りします」

「……っっ!」

 

僕は何の感慨も無いさらりとした言葉に、さっきよりも怯んだらしく――ゴトッと壁にぶつかる音が聞こえた。……後ろの壁にでもぶつかっちゃったのかな。大丈夫かな、頭ぶつけてないかな。

……いや、僕なんかが心配しても迷惑だろう。ていうか、元々僕のせいだ。

 

「たぶん、僕が行った所で皆さんに迷惑が掛かるだけです。お昼の憩いなのに、気を使わせたくありません」

「そんな事ないわ!私達はそんな……!!」

 

あの人の声が震えている。

それは怒りのせいか、それとも――図星だったからかも。

………傷つけるくせに、傷付きたくないなんて馬鹿な考えを頭から追い出して、僕は努めて大きく足を踏み鳴らして扉から離れる。

 

それを聞いたからか、扉越しからどんよりしたオーラが漏れ出してきた。

そうして――

 

「……朱乃のお菓子。扉のとこに置いておくから食べて」

「………」

「お願い返事をして……貴方、もう一カ月も何も食べてないでしょう?お願いだから……食べるって言って……」

「………」

 

なんか引きこもりの息子に対する母親みたいな言葉だな、なんて。他人事のような最低な考えが頭を過る。

返事をする訳には行かない――これが僕の出来る、()()()()()()()()()

 

……足音が聞こえて、それがゆっくりと遠ざかっていく。時よりそれが途切れるのは、扉を振り返っているのかもしれない。

でも、足音は直ぐに消えた。

 

「………」

 

あの人の気配が完全に無くなった事を確認した後。

僕は最近重くなってしまった扉を少し開けて――床に置いてあるソレを見る。

 

それは――とっても美味しそうなカップケーキ。二つ、綺麗なお皿に乗せられていた。

一つはまるで、料理本から飛び出して来たような精緻な一品だけど――もう片方は、正直上手いとは言えない。所々ポロポロしてるし、ちょこっと焦げてる所もある。不格好なモノ。

……なんでかな。泣けてくるくらいの温かみを感じる。

美味しさで言えば、前者の方が絶対に美味しいって確信を以て言えるけど、後者はきっと――お腹じゃない所が満たされるものだ。

 

そこで僕は――右手がケーキへと伸びているのに気が付いた。

 

「……ッッ!!」

 

誘惑を振り切るように扉を閉める。

バタンッ!と鋭い音が、僕を現実に戻すのに丁度良かった。

直ぐに胸に湧いてくるのは後悔と罪悪感。……きっとあんなの作った事も無いのに頑張ってくれたあの人の好意を踏み躙った僕への怒り。

 

でも、我慢しなきゃ。

僕は――()()()()()()()()()()()()

でも、自殺も他殺も駄目だ。緩やかに気絶にするように死ぬ必要がある。

それが――アンナモノをこの世界に持ち込んでしまった僕が、唯一出来る贖罪なんだ。

 

「………」

 

部屋に転がっていた鏡を手に取る。

そこに映っているのは――痩せこけた金髪の美少女に見える美少年とその胸に光るハート型のロケット。その後ろには埃の被った汚い部屋と、無造作に転がっているナイフ。

それを確認した後、僕は鏡に映る自分と目を合わせて、確固たる意志を持って呟く。

 

僕は――ギャスパー・ヴラディ

 

あの人――リアス・グレモリーさんの眷属。

悪魔だったり吸血鬼だったりする――()()()()()

 

それ以上でも、それ以下でもないんだ。それが当たり前なんだ。僕は私じゃない。

――絶対に、それを覆させるもんか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………

……

 

「……ッッ!!」

 

バタンッ!と叩きつけられるように扉が閉まる。

束の間垣間見えた『彼』の顔は、記憶よりもさらに酷く痩せこけていて、カップケーキへ伸びようとしていた手もまるで棒きれのよう。今でも折れそうだった。

 

そんな『彼』――ギャスパー・ヴラディの様子を、死角になっている所で見ていたリアス・グレモリーは泣きだしそうになるのを抑えていた。

緋色の髪で誰が見ているでも無いのに顔を俯かせ、口元を手で抑える。……その綺麗な手の指には数か所ほど絆創膏が貼ってあった。

 

 

――今日も駄目だった。

 

 

それが彼女の脳裏に駆け巡っていた。

何が駄目だったのだろう。自分よりも比較的に仲が良いあの三人が居ると嘘を吐いたからなのか?それとも今日は特段機嫌が悪かったのか、それとも言葉選びが悪かったのか。

それとも、それとも、それとも――

そんな彼女の堂々巡りは直ぐに収まったが、それでも後悔は引き摺っていた。しかし、少しでも気分を上向けさせるべく、勢い良く顔を上げる。

不意に、目に入った窓に反射する自分を見て――栄えあるグレモリー家の子女とは到底思えない顔だな、と苦笑した。

 

とはいえ。

リアス自身、絶対に諦めない。彼女は決意に燃えていた。

自分がノックした時に話に応じたという事は、今日は話したくないという日ではないのが分かるし、カップケーキに手を伸ばし掛けたという事はお腹が減ってないという訳でもない。

つまり――希望はあるのだ。諦める必要は毛頭ない。

 

『彼』は――あの子は、あんな顔をするべき人間……いや、悪魔……ああ、いや吸血鬼……?――もうなんでもいい。ともかく、あんな悲しい顔をするべきじゃないのだ。

あんな可愛い顔を痩せこけさせる必要は無いし、お日様から逃げるように部屋に籠る必要だってないのだ。

それを分からせたいのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

……ただ、笑って欲しいだけなのだ。美味しいモノ食べて、一杯のお友達に囲まれて、幸せに生きて欲しい。

 

リアスは直ぐに踵を返して、次の説得に備えるべく、英気を養うのだ。お昼ご飯をお腹一杯食べて、午後の授業中に説得の言葉をうんうんと考えるんだ。

今度こそあの部屋から自律的に出させるのだ。……もう、あの子の泣き顔は見たくない。

 

そうして、『彼』のいた――旧部室棟から出る。

お日様は今日も綺麗に輝いて、リアスの身体をジリジリと焼いている。……痛い。

 

さっさと教室に戻ろうとちょっと駆け足で校舎に向かう。キンコンカーン、と昼休みが始まる予鈴が響きだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………

……

 

……キンコーンカーンコーン……

 

くぐもったチャイムが聞こえた。

これでお昼のリアスさん襲来から二回目。もう今日の授業は終わった頃だな、と――僕はパソコンから目を背けずにぼんやりと思った。

……生前よりも時代が少し前なのか、デスクトップのディスプレイはブラウン管テレビ並みに分厚く、見づらいが――それでもリアスさんが「暇なのはいけないわ」と本と一緒に買い与えてくれたモノだ。大切に使うべきだ。

 

「………」

 

カチリ、カチリ、とネットの海を彷徨い続ける。

基本的な部分は生前と変わらないが、それでもやっぱり何処か違うこの世界は――娯楽面もその微妙な、喉に魚の骨が突き刺さったみたいな違和感がある。

たとえば大手RPGがあるのだが、その題名が一文字違いだったり、男主人公物のはずだったのに女主人公になっていたり、ストーリー展開が完全に逆だったりと。

気になるけど、そこまで……という何とも嫌らしい嫌がらせに満ちた世界なのだ。

……こんなのを考えているのはこの世界で僕だけだろう、たぶん。

 

そんな風にいつものように生前のゲーム内容と比較してツッコミを入れるという何とも不毛な作業を続けていると――あるゲームタイトルが目に入った。

それは生前には無かった格闘ゲームで、登場人物の凛々しさとか可愛さとかで結構気になっていたモノだ。

そのゲームの発売日――それが、今日だった。

 

「……えっ」

 

ちょっと待て。

これって発売日まで後一週間無かったっけ。

えっ、ちょっと待って嘘だよね、と調べてみると――どうやら早めにマスターアップが済んでしまったので早めて発売しますね☆みたいなムカツク文体で公式サイトに書かれていた。

 

「……どうしよう」

 

普通なら、それでもまあいいかと流してしまうとこだ。

しかし、このゲーム。初回限定版として発売前から気に入っていたキャラクターのフィギュアが同梱されているのだ。それでも値段は通常版と変わらない。ああ、何と言うお得か。

リアスさんにお小遣いを貰っている身なので、無駄遣いは憚られる僕にとってとてもありがたい。

しかし、問題がある。なんとその初回限定版は――発売日当日以降、販売されなくなる。当日を過ぎれば、たとえゲーム屋さんで在庫が残っていても処分するという徹底ぶりだ。

もし、今日を逃したらいつ手に入るだろう。オークションに流されたモノなど、きっと高くて手に入る事など叶うまい。

 

「…………」

 

いつもなら恥を忍んでリアスさん達にお使いを頼むのだが――お昼の誘いを断った手前、無理だ。流石にそこまで厚顔無恥な事出来る訳がない。

それにこのゲーム……その、結構萌え要素というか、少しエッチな感じのがあるのだ。R18という訳ではないが、それでもR17だ。

女の子にそんなモノ買わせるとか無理。てか、そもそも「えー、ギャスパーくんってこんなのやってるんだー」とか密かに思われるとか耐え切れない。死にたくなる。いや、死ぬつもりではいるんだけどね。

 

「……むっ、むっ……!」

 

欲しい、でも無理、欲しい、でも無理……!

そんな僕の頭の中で加速していった結論は――なんて事は無い。

 

――僕自身が、ゲーム屋に行って買えばいい。

 

……正直。

僕が外に出る事――それ自体、比喩無しにこの世界に危機が起こる可能性がある。これが厨二の妄想ならどれほど良かったか。

そしてこれは――過去、僕がやってしまった事で証明されている。もし……アイツが戯れじゃなかったら……。

 

「………」

 

買いに行くなんて駄目だ。

でも……でも――欲しい。あの子の可愛いコンボとか使いたい。なにあのPVのコンボ、見えそうで見えないスカートのヒラヒラ竜巻旋風脚とか舐めてんのかどれだけ購買意欲を刺激するつもりだ。

 

「………………………良し」

 

うん、決めた――今日ぐらい大丈夫だろ。うん、大丈夫大丈夫。ちょっと此処から出て買いに行くだけだ。ここから結構近い所にあるし、お金もある。

すっ、と買ってさっ、と帰れば――危険も無いはず。

うん、大丈夫。大丈夫。

 

僕は直ぐに支度に取りかかった。いつもの通りなら、リアスさんがお昼に襲来したらその日の放課後は天の岩戸宜しく色んな事を試しに来る。

その時までに帰って来なくては行けない。……だって、お昼にあんな事行った手前、普通に外出てるとこみられるとか恥ずかしくて死ねる。むしろそれで死ねるんなら堂々とリアスさんの前に出るけど、死ねないし。

 

冬の木の枝みたいになっている腕を隠すように制服の上に長袖のセーターを来て、スカートから見える足もブカブカのストッキングを履いて誤魔化す。

美少年なのに、女装をしているのは何て事は無い――僕の顔。女の子に見えるぐらい可愛いのだ。主観無しに客観的に。だから男の恰好の方が逆に目立つ。

男装している美少女に見えるぐらいなら、普通の美少女を選ぶ。

 

リアスさんからのお小遣いをコツコツ貯めたサイフ……良し。

ゲーム屋への脳内カーナビの準備……良し。

服も……うん、普通の美少女。

 

「大丈夫……大丈夫……!」

 

僕はそう自分に言い聞かせて。

直ぐに帰って来るだけと、危険は無いんだと――決意をして、扉を開けた。

 

 

 

「……あっ、と」

 

直ぐに勢い良く出ようとした所で、置きっぱなしになっているカップケーキを踏みそうになる。……時間が経ったからか少し表面がカサカサしている。

……少し動くし、栄養がいるかな?いや、此処で食べずに出かけた方が死ぬ可能性が上がるかな……んにゃ、直ぐに通報されてリアスさん達に迷惑が掛かるだけの可能性も……?

 

迷いは一瞬――僕は直ぐに二つのカップケーキの内の一つを手に取った。無論、恐らくリアスさんが作ったであろうちょっと不格好な方のだ。

これならまだ恰好が付く……はず。

味の感想は地平線の彼方まで投げ捨てて、僕は直ぐにコソコソと行動を開始する。

 

丁度良くホームルームが終わったからか、疎らながら帰っている人が見える。

 

「うぅ……この中を行くのか……」

 

僕も一応、この学校の生徒では……あるはず。

だからもしかしたらクラスメイトの人と鉢合わせして大変な事に……!

でも、でも……スカートひらひら竜巻旋風脚の為にも……この機会を逃す訳には……!

 

「……っっ!」

 

僕は「ぬぁああああ、今日も学校つかれたもぉぉあああん」とばかりにそれに紛れて、校門を目指す。……この美貌のせいか、やはり少し注目というかヒソヒソ声は耳に入るが、それでも直ぐに校門を脱出。

おおよそ半年か一年振りの外に繰り出す事が出来た。

 

 

 

「………」

 

空気が澄み渡っている。僕の部屋みたいにカビ臭くない。

夕日だって綺麗で、なんだか目に痛いくらいに清々しい。

ちゅんちゅんって小鳥が家に帰るのか仲良く空を飛んでるし、コンクリートに負けないで生えてるタンポポが僕の行く末を見守るように風に揺れている。

ありがとう、と思う反面――申し訳ない気持ちで一杯になる。

 

なんでだって?――道、迷ったからである。

 

「………………………」

 

完全な判断ミスである。

なんで僕は町の風景が半年か一年間、変わらずにあると思っていたのだろうか。アホなのだろうか、いや実際アホなのは生前のアレで証明されている。うん、僕はアホでトンマでドジマヌケだ。

見慣れない住宅だらけだ。空き地もあったはずなのに、僕の身体を覆うように家の影だけが支配している。

……サイフしか持ってきていない僕。ていうかケータイすらも無いのでメーデーを送る事も不可能。その辺の住宅に泣きつく?ふん、万年コミュ障を甘く見るな。そんな事するぐらいなら野宿した方がマシだ。そしてそのままのたれ死ぬ。

 

「………ぐずっ」

 

率直な話、泣きそう。

こんな事考えなきゃよかった。スカートヒラヒラ竜巻旋風脚とかどうでもいいじゃん。馬鹿なのだろうか、いや実際馬鹿なのは以下略。

 

ともかく、何とかして町の地図とかそういう……現在地が分かるモノを。

……そろそろ僕の貧弱フットが悲鳴を上げている。もう棒きれが針がねになりそう。

 

そう焦燥に駆られていると――

 

「ねぇ……?」

 

後ろから声を掛けられる。

ビクッッ!と背筋がピンッと張りつめてしまった。ヤバッ、笑われる……!

しかし、「あっ。驚かせちゃったかな。ごめんね」と後ろの人はさらに声を掛けてくる。

……誰だろうと振り向いてみると、

 

「あっ、えっと……うちと同じ制服着てるけど……迷子?だよね。たぶん」

 

茶色の髪をした同じ制服を着た女の子が心配気に見下ろしてきた。

……アレ。違和感しかない。どういうのかは分からないけど、まるで――()()()()()()()()()?みたいな違和感……いや、普通に可愛いんだけどね?何故だかそんな違和感を覚えてしまった。

……あっ、不躾に顔を見るのは失礼だな。なんか、なんか言わなきゃ……!

 

「えっ、えっと、あの僕……その、あっと……!!」

「大丈夫、大丈夫だから落ちついて?」

 

……苦笑で返されてしまった。

ちくせう。こんなはずではないのに。生前の僕は一応女友達もいたはずなのに。コミュ障に近かったけど、まだ少しは話せたのに……!

 

「とにかく、迷子だよね。安心して?私だけじゃあ心細いかもしれないけど、さっき出来たお友達もいるから」

 

えっ、この期に及んでもう一人追加はもう僕は単に像とかになりますよ!?良いんですか!?迷子の迷子の子猫ちゃんじゃなくてモアイ像になりますよっ!?

 

女の人はたぶん顔にも混乱が書いてあったのだろう僕に安心させるように笑みを浮かべる。頭も撫でるのも追加だ。……この子、子供の扱い手慣れてんな。

そうこうしている内に、女の人の後ろから……足、音……が……

 

――えっ。

 

「もう、一誠ちゃん。いきなり走らないでよびっくりするじゃない!」

「あっ、ごめんね。夕麻ちゃん。やっぱり心配で……」

「…………そう。その子一人?」

「うん、迷子みたいなんだ」

「……………へぇ」

 

……えっ、なんで。

なんでこんな場所に――あっ、危ないッッ!

 

 

「なら、丁度良いわ――纏めて死んで」

 

 

僕は直ぐに棒きれ腕で、何とか女の人を押し退ける。

それと同じくらいに、そのお友達とやら――堕天使が投げてきた不浄を焼き尽くす光の槍が迫って来た。たぶん女の人もろとも僕も殺そうとしたんだろう。

でも、残念だったな。僕ぐらいなら――死んでも後悔ないんだよ!

 

「へっ……?」

「うぐぁっっ!!」

 

投げられた光の槍は、寸分無く僕の心臓部分を突き抜けて行った。ポッカリと穴が空いた胸を見下ろす。その穴の中心に、首に下げているハート型のロケットがぶらぶらしていて、何となく間抜けだな――って思いながら倒れた。

ぐぼり、と喉の奥から血が溢れてくる。

 

「えっ、へっ……あ、夕麻ちゃん?」

「ちっ、ガキが。手間取らせて。でも勇気があるのは良い事よ?死んだら天国に行けるかもね、良かったわねぇ?」

 

茫然とする女の人を尻目に、堕天使は嘲るように僕を見下ろしてきた。

……どうやら僕をただの人間と勘違いしているらしい。きっと僕が悪魔だと気づいていれば、もっと何か言ってくるはず。お里が知れる。単に下級堕天使みたいだ。

これなら……リアスさん達も大丈夫、だ……ろう……。

 

「に、げて……」

 

僕、は……な…とか、そう言…………

 

 

「――ギャスパー!!」

 

 

リ…スさ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――決意(コンティニュー)――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あっ、と」

 

直ぐに勢い良く出ようとした所で、置きっぱなしになっているカップケーキを踏みそうになる。……時間が経ったからか少し表面がカサカサしている。

……少し動くし、栄養がいるかな?いや、此処で食べずに出かけた方が死ぬ可能性が上がるかな……んにゃ、直ぐに通報されてリアスさん達に迷惑が掛かるだけの可能性も……?

 

迷いは一瞬――僕は直ぐに二つのカップケーキの内の一つを手に取っ…て………………えっ?

 

これ――前も無かった?

 

注目されたけど、直ぐに外に出れて、迷って、助けられて――殺されて。

 

「あっ……」

 

綺麗な夕日。小鳥の声、タンポポ。迷子、女の人。その友達――堕天使、光の槍。リアスさんが駆け寄ってきてくれて――

 

 

「…あっ……あっ………あっ……!!」

 

 

嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ!

僕は≪決意≫なんて…………待って。もしかして――こんな、下らない事でも適用するの?こんな、馬鹿みたいな事で……?

あり得ない。ふざけるな、こんな事こんな事こんな事……!

 

――くすくすと、嗤い声が耳の奥から響いてきた。

 

 

「僕は、僕は、僕は僕は僕は私は僕は僕は……!」

 

部屋……部屋に戻らないと誰にも会わないようにしなきゃ、誰も見ないように、誰も考えないように!!

鏡を見るんだ。鏡を見ればあんなのと違う顔がある。僕はギャスパー・ヴラディだ。僕はギャスパー・ヴラディ僕はギャスパー・ヴラディ僕はギャスパー・ヴラディ僕はギャスパー・ヴラディアイツじゃないあんなのじゃない僕は私じゃないッッ!

 

 

「……ギャスパー……?」

 

 

声が聞こえた――獲物だ――リアスさんだ。信じられなさそうな顔をしてる。そりゃあ僕が出ていれば驚くかな――EXPだ――違うッッ!はっ、早く!早く戻らないと。

僕は手に持っていた何かを直ぐに手放して、急いで扉を閉めて鏡を手にベッドに潜り込む。落ちつけ、大丈夫。僕はギャスパーだ。ギャスパーなんだ……!私はギャスパー・ヴラディなんだ……!

 

「ギャスパー!ごめんなさい、驚かせちゃったわよね!これ、食べていいのよ!」

 

扉の外から何か音が聞こえてくる。

分からない。いや、そんな事どうでもいい。私は、抑えなくちゃ……!

 

「……あっ、その……良かったらちゃんと温め直すから!大丈夫よっ!一応、私の――じゃない!朱乃のお菓子の追加。さっき授業で作っ――いや、貰ってきたからね!」

 

私は――僕は、聞こえる雑音が収まるのを待ちながら、布団の中で鏡を見続ける。

その端に、ナイフがあって……それに反射されるはずの無い私の顔が――嗤いながら僕を見ているのをただ怯えるしかなかった。

 

 

くすくすと、嘲る嗤い声が収まるまで。

 

 

 

 

 

 

 

 




人気そうなら続きます。


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転生者は、大抵変な異名がある

人気そうだから続きます。
ていうか、人気でびっくりしました。

出来る限りご期待に添えるよう頑張ります。


 

――ふと、意識が奥から起き上がってくるのを感じた。

 

薄く目を開ける。

掠れた視界に、側で立てかけていた鏡があって――今にも死にそうな青白い僕の顔と目が合った。

 

 

「ん……んぅ……?」

 

 

頭が朦朧とする。鈍痛が身体中から響いてきた。

身動き一つで、骨の何処かが軋むように小さく鳴るのが聞こえてきた。良くある小気味良いポキポキ音じゃない。どう聞いてもグルコサミンが足りてないヤバい音がミシミシと、痛みと一緒に鳴っている。

……まあ。いつもの事だからこれらはどうでもいいとして。

 

「……寝ちゃ、ってたのか」

 

……あの後から数日ほど時間が過ぎた、と思う。

 

なんだか記憶が曖昧だ。

 

必死で僕は僕なのだと言い続けてはいたろうけど……疲れて気絶するみたいに寝てしまったのが妥当な真相だろう。吸血鬼とはいえ、一カ月何も食べていない摂食ボーイな僕の身体だ。過度なストレスに耐えれる訳がない。

それから起きてはいるんだけどなんだかずっと意識は寝ていたような気がする。リアスさんとまた扉越しで話した記憶はぼんやりと頭に残っている。

つまり、今日になって何とか回復した、という事だろう。何も入れてない身体のせいかな。

 

のっそりと頭を持ち上げると、灯り取りの窓から朝日の輝きが差しこんでいた。未だ一度も役目を果たしていない目覚まし時計を掴めば、七時ちょいを指している。実に健康的な起床時間だ。

 

少しぼぅ……としていると、意識が段々とはっきりしてくる。脳裏に焼き付く数日前の事を、夢と思わないくらいには。

 

 

「………」

 

起きる気になれなくて――ていうか、起きる元気(カロリー)が僕の身体に無くて。

力が抜けるように布団の中に倒れ込んだ。日に干してすらない少しカビ臭い、そして安心する匂いに包まれながら――顔を顰める。

 

「やっちゃったなぁ……」

 

欲望に負けた結果があの様である。うかつに“決意”を使って、私に隙を見せてしまった。その隙が――取り返しのつかない事態に陥る事はもう知っているはずなのに。

僕は、いつになったら懲りるのだろう。

 

「はぁーあ………」

 

――僕が、神様っぽいナニカから貰った力は強大だ。

上手く使えばどんな事にも応用できる。

全教科テストで百点は余裕で取れるだろうし、エッチで最低な事をしたって自殺出来るメンタルがあれば問題無い。戦いだって……イカレた根性があればどんな奴にもいつかは勝てる。

 

――そんな力。

 

……端から見れば、誰もが欲しがる代物だろう。僕がなんで使わないのかと思う人はいるだろう。

強大な力は責任を伴うと色んな人は言う。持っている君は特別なんだ。その特別な君は皆の為に、平和の為に、戦わなきゃいけない義務がある!……なんて。昔の自分なら、感動した。

でも、今の僕からすれば――んな事知るかならこれ使って滅茶苦茶になったらテメェで責任取れんのか!って口汚く罵倒するだろう。

 

……()()()()()

感覚で分かる。ゲームで知っているから分かる。この力を使えば使うほど――()()()()()()()()()

 

そして完全に私になった時――どう、なるか。僕はそれを知っている。

 

 

「……まっさか、典型的な厨二病みたいになるなんてなぁ……」

 

ううっ!俺の右腕に封印された邪龍が暴れている!俺に近づくな!今近づかれたら俺は……俺はァ……!!――を、僕は素で行なっている。

もう彼らを見て笑えない。真顔だ真顔。君らほんとそうなったら僕みたいに笑えないぞ!マジで!

 

「……ふぅ」

 

――そろそろ起きようかな。

僕は軋む身体を無視しながら、布団から抜けだそうとする。二度寝してもいいんだけど――必ずって言っていいほど、朝に訪問者がやってくる。

引きこもりを外に出そうとする家族みたいに懲りもせず。……本当に優しい人達だ。

せめて、声を掛けられるまでは起きてないと。返事が無くて死んでるんじゃって思わせて、朝から不快にさせるのは僕の本意ではない。

よっこらせっ、と何とか上体を起こしていると、

 

「――むっ」

 

――視界の端に、ナイフが床に突き刺さっているのが見えた。

少ない朝日に照らされてピカピカと、実に鬱陶しく光っている。刃の腹がこっちに向いていて、不気味なくらい綺麗な刀身が僕の顔を映していた。

 

「……なにさ」

 

ナイフを睨み付ける。少しの迫力も無い三白眼が見つめてくる。

すると、映った僕の顔が――ニコリと、張り付けた満面の笑みを僕に向けてきた

 

 

「――ッッ!!」

 

 

反射的に側にあった目覚まし時計を投げつける。

ガッシャンッッ!!とぶつかった音が辺りに響く。ナイフはぶつかった拍子で倒れて、無機質な天井を反射させるだけになった。

 

「……まったく、まだ寝ぼけてるの……?」

 

――勿論そうではない事を僕は知っている。

白々しく呟いたのは単に、そう信じたいだけだ。

 

 

――ジリリリリリリリリリッッッ!!

 

投げ付けた拍子に、スイッチが入ってしまったのか。

目覚まし時計が、騒々しい爆音を響かせ始める。一度も仕事をしていない腹いせか、伸び伸びとやかましく。

 

「……はぁ、もうっ……!!」

 

溜息もそこそこに僕は、目覚まし時計へと手を伸ばす。

しかし、腕を伸ばせば届くか届かないかという実に微妙な距離を保っている時計に中々届かない。その間にも、僕の脆弱な耳は、耳鳴りを起こしている。頭痛もキテる。早くしないと。ただでさえもう不快な僕の体調がさらに不快になる。

 

 

「んー……!」

 

――ジリリリリリリリリリッッッ!!

 

「あとちょっ……とぉ……!」

 

――ジリリリリリリリリリッッッ!!

 

「むむむっっ……!」

 

――ジリリリリリリリリリッッッ!!

 

「…………ふぅ」

 

――ジリリリリリリリリリッッッ!!

 

「…………――むり」

 

――ジリリリリリリリリリッッッ!!

 

「………」

 

――ジリリリリリリリリリッッッ!!

 

「……もう、いいや。ほっとけばその内消えるでしょもう……」

 

――ジリリリリリリリリリッッッ!!

 

 

僕は敗北した。時計に負けたのだ。

もう二度と目覚まし時計様には逆らうまい。長いものに巻かれろというがまさにその通りなのだ。初めて鳴らす事が出来た目覚まし時計様の歓喜の叫びを止めようとした僕が愚かだったのだ。だから出来ればもう少し音量を下げて欲しいですはい。

 

僕は、起きるのを止めて布団を頭から被る。それだけでだいぶ音が薄れた。

もう今日は厄日だから寝てよう。目を閉じる。幸いな事に万年栄養失調である僕の身体は、常に疲労困憊なのでいつでも寝る事が出来る。

 

直ぐに意識が薄れ始める。

 

 

――ジリリリリリリリリリッッッ!!

 

――ジリリリリリリリリリッッッ!!

 

――ジリリリリリリリリリッッッ!!

 

――ジリリリリリリリリリッッッ!!

 

――ジリリリリ「うるさいです」

 

 

カチッ。

目覚まし時計様の歓喜の叫びは、無慈悲な声とともに掻き消された。

なんて不遜な人がいたものだ。

 

「……狸寝入りなのは分かってます。さっさと起きなさい――ギャーくん」

 

僕をそんな風に呼ぶのは一人しかいない。

無駄な抵抗を図り、お饅頭になろうとする前に布団を引っぺがされ――琥珀色の綺麗な瞳と目が合った。

 

「……おはよう、小猫ちゃん。時計様のお怒りを鎮めてくれてありがとう」

 

必要な事しか喋らない僕にしてはウィットに富んだジョークはお気に召さなかったらしく、呆れた目をされて、溜息も吐かれてしまった。

解せぬ。

 

小猫ちゃんは、僕と同じく()()()()()()()()()()でリアスさんに拾われた眷属の一人だ。年が近いせいか他の人よりかは仲が良いとは思う。……僕に容赦が無さ過ぎるのかもしれないけど。

因みに僕の部屋の扉には、別に鍵とか封印とかは無い。何の変哲もないただの扉。だからこうして小猫ちゃんはノックも無しに入ってくる。リアスさんは僕が自発的に出てくる事に何かしらの幻想を抱いているらしく入ってはこない。……まあ、ありがたいけど。

そういう面で見れば、小猫ちゃんは――ありがたいけど迷惑な人だった。

 

「――で」

 

しょうがないからよいしょよいしょとあぐらの体勢になろうとする僕に、ひんやりと冷たい声が掛けられる。布団をはがされたからか余計にくる。

 

「……で、って?」

「外にあったカップケーキ。どうして食べなかったの?」

「………」

 

……また置いといてくれたんだ、リアスさん。

…………っ。

 

「……食べる必要がないからだよ」

「――八か所」

「……へっ?」

「部長が慣れない包丁で指を切ったのと、熱くなった生地とかチョコを触った火傷の数」

「………」

「朱乃さんに教えてもらいながら、ギャーくんが食べてくれるようにって頑張って作ってた。――それでも食べる必要はない?」

「……っ。無いね。そんなの、リアスさんが勝手にやった事じゃないか」

 

声とは裏腹に、僕の顔は自然と横にそれていくのを感じた。

――そんな僕の顔は小猫ちゃんの両手で挟まれて、強引に前を向かされる。グキリッと急な動きで痛む首が気にならないほど――真剣な眼差しが僕に突き刺さってくる。

 

「本当に?」

「………っ」

「朱乃さんは今のギャーくんでも食べられるような料理を練習しているし、祐斗先輩はギャーくんと趣味を合わせようとしている。部長もギャーくんの為に隈すら作って頑張ってる。なのに――必要ないの?勝手にやった事?」

 

――これだから小猫ちゃんは苦手だ。

 

リアスさん達は迂闊に僕の心に踏み込まないように気を掛けてくれている。僕から歩み寄って欲しいからだ。でも、小猫ちゃんは違う。顔を合わせる度にこうして――無理やり心を向き合わせる。

だからありがたいけど、迷惑なんだ。

 

「僕はっ……死ななくちゃいけないの。お願いだから分かってよ……」

「………」

 

僕はこれしか言えない。

申し訳無さと怒りと悲しみと色々。全部が混ざるとそれしか出なくなる。

僕だって――ほんとはそうしたいんだよ。だからこうして此処にいるんだ。僕だってわかってる。

 

「私はギャーくんの事が嫌い」

「………」

「手を差し伸べられてるのに受け入れないとこ。ほんとは手を取りたいのに取らないとこ。そのくせ本気で死のうとしているとこ。――そういうの全部ひっくるめて大嫌い」

「……そう言うけどほぼ毎日来――いたたっ、いたたっ!」

「そうやって気まずくなると茶化すとこも嫌い」

 

何とか和ませようとしたが、頬を引っ張られて中断させられる。

……でも、そうは言うけど――小猫ちゃんの苦しそうな顔と目が、それを僕以外にも言っているように思えてくる。

僕は小猫ちゃんの過去は知らない。どういう経緯でリアスさんの眷属になったかを。でもきっと――僕みたいになったんだ。一人になりたいけど手を差し伸べてくれた優しい人がいたんだ。

――過去の自分を見ているようで嫌なんだろう。

だから、無理やりこじ開けようとしている。それが一番早い事が彼女自身が知っているんだ。

 

パッ、と引っ張られた手が離れた。

顔がヒリヒリと痛む。これは数日は赤みが取れなさそうだ。

 

「今日はこれで許してあげる」

「……うぅ、なんて傲岸不遜」

「自業自得」

 

小猫ちゃんはすっと立ち上がると扉へと歩いて行く。

……確かにもうそろそろ始業時間が近い。時間に追われるなんて学生は大変だ。ある意味死刑囚みたいに暮らしてる僕とは大違いだ。

 

「……ギャーくん」

 

――不意に小猫ちゃんが立ち止まる。

変な事考えている事がバレたのかと思ったが――声色がそうではないと言っている。

 

 

「私はギャーくんの過去は知ってる。……だから、ギャーくんがこうしてるのも分かるの」

「………」

「でも……だから……っ、皆はギャーくんを助けようとしてる事はちゃんと理解していて。あれはギャーくんのせいじゃない。神器の暴走なんだからそれは――」

「――小猫ちゃん」

 

――それ以上は言わないで。

詳しい事を言わない僕が悪いのは分かってる。でも、あれは僕のせいなんだ。それは変わらない。私のせいでも、やったのは僕なんだ。

 

「…………それと」

 

小猫ちゃんは、ばつが悪くなると強引に話を変えようとしてくる。

言外に止めて、と言ったのが伝わって良かった。

 

「最近、新しい眷属の人が入ったから。部長が挨拶に来るだろうから、外行きの用意だけはしておいてね」

 

そう言うと部屋から出て行った。

 

 

しんっ……と部屋が余計に静まるのを感じる。

どうにも騒がしい後の静けさは嫌いだ。さっきの事を余計に考えさせられる。

 

「ふぅ……」

 

それよりも。

新しい眷属、か。いったいどんな人だろう。ていうか――何処で拾って来たんだろうリアスさん。

僕たちを拾った時はまだフットワークが軽い時期だったから分かるけど、今はあまりこの地を動けないはずなのに。

 

「あっ――」

 

そこで。

今は無かった事になっている、堕天使から庇った女の人を思い出した。

 

「………」

 

僕が途中まで通った道は、大体決定事項だ。そこに僕が居ないという前提で進んで行く。

つまり、僕に会わなかったあの人はあの後……。

 

「……でも、リアスさんが来たんだよな」

 

あれが死に際の走馬灯じゃなければ、たぶんアレも決定事項のはず。

とすると――

 

「………」

 

小骨が喉に突き刺さる。

どの道、僕が庇ったところであの人は殺されそうになるだろう。でも、あの後すぐにリアスさんが来たのなら――助かった、だろう。

僕が居なかったら、死ぬ時間は早まる。リアスさんが間に合うかどうかは微妙なとこで、リアスさんには――死んだ人を復活させるアイテムがある。

 

まあ、結局。時はもう過ぎて。

そうなっては僕にも私にもどうにも出来ないのは必定で。

 

「……よっこいせ」

 

僕はそれを忘れるように布団を頭から被った。

安穏な人生を送っていた人を救えたかもしれないという一縷の希望を掻き消すように、眠気は直ぐに僕を包みこんでくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

――()()()()

 

兵藤一誠は、よく男じゃないかと言われる事がある。

 

だが――()()である。まごう事無く、生物学上、女性である。

 

 

男っぽい名前なのは、産まれるその瞬間まで男の子だと医者が勘違いしていて、そう聞かされていた両親が男の子の名前しか用意していなかったから。

……キラキラネームかと言われれば微妙なとこだが、一誠自身はこの名前を気に入っていた。何とは無しに身体に合っている気がするからだ。……自分の名前なのだから当然と言われればそうなのだが。

また男と言われる一因は、出るとこが余り出てないスレンダー体型である事と、女という事をカマ掛けて、他の女子にセクハラをかましていたというのもある。

 

しかし、それでも兵藤一誠は――()()である。これは自他とも認める事実だ。

 

 

 

そんな兵藤一誠――イッセーは、最近悪魔になった。

……いや、女性にセクハラをしまくる悪魔のような奴という意味ではなく、比喩なしに“悪魔”になってしまった。

 

経緯を言ってしまえばなんて事はない。綺麗な女の子にホイホイ付いて行ったのがこの様である。その女性は堕天使で、イッセー自身に眠っていた超常的な力を持つ武器――神器を発現される前に殺されたのだ。

まあ、これらは後から知った話である。

殺された時のイッセーは正直ワケワカメだった。ただ眠るように意識が落ち、二度を起き上がらないその瞬間――赤い髪をした女性、リアス・グレモリーに助けて貰ったのだ。

 

彼女は悪魔であり、自分の力になってくれるなら貴女を助けます、と言った。その文字通りの悪魔の誘いにイッセーは飛び付いた。余計な事を考えるまでもなく、生きたいという気持ちが強まったからだ。

ふと意識が覚醒して、慌てて起き上がると殺された傷はもう無くて。

 

 

『此処に契約は成ったわ。私はリアス・グレモリー。今日から兵藤さん。貴女は私の眷属――家族よ。これから宜しくね?』

 

 

そう、ちょっとキメ顔で告げられた。

……その手にビニール袋が無くて、そのビニール袋からその日発売された美少女格闘ゲーの初回限定版が透けてなければもっとカッコ良かったのは秘密だ。

 

 

――そうして。なんやかんや数日が経てば、イッセーは悪魔としての生活に慣れつつあった。

その間に、堕天使をぶちのめしたり、堕天使に利用されていた美少女シスターであるアーシア・アルジェントを何とか助けたり、自分の持つ神器がドライグとかいうなんだか凄い奴という事を知ったり。

 

急速に流れる時間の中で、イッセーは“悪魔”としての自分を確立しつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕日が学校の廊下を照らしている。

悪魔になってからやけにまぶしくなった太陽の光に目を細ませながら、イッセーは少し古ぼけた旧校舎へと足を進ませていた。

旧校舎にはイッセーの主になったリアスが根城としている“オカルト研究部”がある。いつもは特に何も無くても足を運んでいたが、今日はリアス自身から「放課後に来て、会わせたい人がいる」と言われていた。

 

『そういえばよぉ相棒』

「――うわっ!なによ、ドライグいきなり話さないでよ、びっくりするじゃん」

『わりぃわりぃ。でも、人が居ねぇ時に話しかけてるから安心しろよ』

「……そういう問題じゃないんだけどなぁ」

 

ふと、いきなり左腕が――真紅の篭手に変わる。

それは“赤龍帝の篭手(ブーステッド・ギア)”と呼ばれる神器の上位版である神滅具(ロンギヌス)の一つで、かなり強いらしいとイッセーは聞いていた。……らしいというのは、まだイッセーは非日常に足を突っ込んで間もないので、何出されても「すげぇー」としか言えない語彙力低下状態にあるからだ。

でも、そのおかげか“赤龍帝の篭手”に封印されていた二天龍の比翼として、多くの者を震え上がらせるドライグという赤き龍ともそこまで物怖じせずに接する事が出来た為、仲は結構良好になっていた。

 

イッセーはキョロキョロと周りを見渡して、本当に人が居ないか確かめる。

下手すれば、学校で仮面ライダーのオモチャっぽいものを付ける女だ。女性へのセクハラの為に、変な評判を定着させる訳には行かなかった。……もう結構手遅れな事はイッセーは知らない。

 

「で、どうしたのドライグ」

『いやよ。良くあのアーシアっていう女を助けられたよなって。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ああ、アレね……正直、良く身体が動いたと思った。なんでだろ、妙に胸騒ぎって言うか」

『あれじゃねぇか。火事場の馬鹿力ってやつ』

「そうかなぁ……」

 

思い出すのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

堕天使に攫われた、最近仲良くなったアーシアの下に向かう前。

何故だか――妙に胸騒ぎがしたのだ。こう……表現のしづらい感覚に。

早く行かないと、()()、目の前で誰か死んでしまうかもしれないと。

またもなにも、自分が死んだ事はあったが誰かが死ぬとこは幸いな事に見ていないのに――妙にその考えが頭から離れず。

 

イッセーは、行く手を遮る敵を――完璧に無視した。

悪役が良く言う戦う前の口上はガン無視で、とにかくアーシアの下へと走った。

 

おかげで、あのクソ堕天使がアーシアを殺すその瞬間に――ギリギリ。ほっんとギリギリで間に合った。

その後、アーシアを守りながらというハンデを背負いながら、後を追ってきた他の眷属達と、ひたむきに立ち向かった高潔な姿が気に入ったドライグが手を貸した事によって、堕天使を倒し、アーシアを()()に救出する事が出来たのだ。

 

イッセーの、人生の中でかなり無い胸を張れる出来事の一つだ。

 

 

「アーシア元気かなぁ。あっちでも元気にやれてるかな?」

『どうだろうなぁ。まっ、リアスとかいう悪魔が、信頼出来る所に預けたって言うから心配しなくてもいいんじゃねぇか?力は弱いが信用出来そうだぞ』

「……ドライグにとってはリアス先輩も弱いのね」

『ああ、激弱だね。アレが数十万居ても蹴散らせる自信あるぞオレ』

「ほんとぉ~?」

 

アーシアは、イッセーのように強い神器を持った人間だった。

リアスは「……出来れば眷属にしたかったけど……無理強いはしたくないわ」と言って、アーシアにこのまま私達と一緒に来るか、“教会”に戻るかを訊ねた。イッセーは出来れば一緒に来て欲しかった。“教会”はイッセーにとっては少女誘拐魔でしかなく、そんな奴らの下に行かせたくなかったからだ。

 

でも――アーシアは断った。

 

「イッセーさんの姿を見て、私ももう一度だけ頑張ってみたい」と強い意思を込めて、リアスに告げたのだ。

イッセーとしては残念だった。……でも、落ち込んでいた少女が自分のおかげで立ち直れたというのは気分が良かった。

 

リアスはその後、兄に頼んで、高名な天使の下に預けたという。……込み入った事情を知らないイッセーは信じるしかなかった。

 

 

――それにしても、アーシア結構胸あったなぁ。別れる前に一回くらい触っときゃよかった。

 

と、実に最低な事をイッセーが考えていると、

 

 

『――む?』

 

 

ドライグが小さく呻いた。

それに気付いたイッセーが「どったの?」と聞くと、

 

『んにゃ、部室……だったか?そこに知らない魔力を感じるぞ』

「知らない魔力?」

『ああ。結構あるのと、まあまああるのが一つずつだな。……ほら、そろそろ相棒もわかるだろ』

「んー……?」

 

部室の扉が見えてきた。

イッセーはそこで何やら騒がしく誰かと誰かが言い合っているのが分かった。

一人は知らない男の声。たぶんドライグが言っていたどっちかだろう。もう一人は……

 

「……リアス先輩?」

 

知り合う前からお淑やかで聡明、知り合ってからもそのイメージのままで親しみやすいお茶目な人……というか、悪魔っていう感じだった。それが廊下まで聞こえるほど声を荒げるとはよっぽどの事があったのかもしれない。

 

「……よっと」

 

いきなり扉を開けて入る事は忍びなく。

取り敢えず、扉に耳を当ててみると――

 

『ライザー!以前にも言ったつもりだけど、もう一度言うわ――貴方と結婚する気なんて毛頭ないわ!』

『リアス……それは君の感情だろう?だが、リアスじゃなくて、リアス・グレモリーとしてお家事情というのは理解するべきじゃないか?』

『余計なお世話よ!それに―――』

 

「うーん、お家事情?もしかしてリアス先輩ってこう、お貴族様的な?」

『そうじゃないのか?グレモリーってのは、オレの時にもあったしな』

「……ドライグ今何歳?」

『さぁ……三千は超えてる』

「ドライグおじいちゃん」

『やめろ』

 

――ともかく。

呼ばれた以上、入らない訳には行かない。

……でも、怖いので気付かれないくらいもそぉ……と開けると――

 

「――兵藤一誠様ですね」

 

――白銀の瞳と目が合った。

 

「うひぃ!?」

「お嬢様からお話は伺っております。どうぞ中へ」

 

遠慮無く扉は開かれる。開いたのはイッセーの知らないメイド美人。巨乳ランクA。中々の人だ。この人がドライグの言うどっちかのもう片方という事か。

 

 

「「「「「…………」」」」」

 

 

というか、なんだこの状況は、とイッセーは瞠目する。

まあまあ狭い部屋にいつもの面子であるオカルト研究部の眷属である朱乃、祐斗、子猫、リアスの四人に、多種多様の美少女を侍らすスカした金髪男とメイド美人。実にカオスな光景だった。

 

急にイッセーが招き入れられたからか、口論を忘れてこっちを見る二人と……それに続くその他大勢。

イッセーはこういう場合、頭を下げればいいのか、自己紹介をすればいいのか、一発ギャグを披露すればいいのか、良く分からない。

 

「――さて。これで全員集まりました。お嬢様、ライザー様、一回冷静になりましょう」

 

静まり返った場を仕切りだすメイド美人。

色々察しの悪いイッセーも、場を仕切り直させるダシに使われた事は理解した。

リアスと金髪男――ライザーは、白けるように溜息を吐いた。双方の顔には不満という字が見えた。

 

イッセーはまた注目される前に、そそくさとオカルト研究部の面々の下に行く。

 

「……ナイスタイミングですイッセーさん」

「……ナイスタイミングだったよ、イッセー」

「……ナイスタイミングでしたよ、イッセー先輩」

 

「うるさいですぅ。で、これはどういう状況?」

 

イッセーが尋ねると、オカルト研究部の三人はひそひそと教えてくれた。

リアスとライザーは婚約者同士。でも、親が勝手に決めた事でそこに本人達の同意は無く、ライザーはリアスの家の権力とリアス自身の美貌だけを求めているのが透けて見える為、リアスが断っている――という図だった。

イッセーは即座にリアス側に付く事が選んだ。ていうか、美少女達を侍らす輩など言語道断である。

 

「お嬢様。ライザー様。正直、こうなる事は両家の方々は予想しておりました。その為、いっそ“レーティング・ゲーム”で決着を付けるというのはいかがでしょう」

 

メイド美人(ひそひそと聞けば、リアスの義理の姉らしい)が何やら決闘らしきものを提案している。

なんなのそれ、ってイッセーが三人に目を向ければ、平たく言えば「自分達をチェスの駒に見立てて戦う」というものらしい。そういえば、自分が悪魔になる時に、駒っぽいのを埋め込まれたけどそれか、とイッセーは勘づいた。

 

問われたリアスは、少し考えるように沈黙すると、

 

「いいわ。やってやろうじゃない。どうせ、そうしなきゃ、お父様達も納得しないんでしょう?」

 

溜息混じり、しかし強い意思を込めたその言葉にライザーはふっ、と鼻で笑った。……いちいち鼻に付く男だとイッセーは毒づく。リア充は地獄に落ちるべきなのだ。

 

「まあ。リアスがそういうならいいが……良いのか?リアスと違ってこっちは数もいるし、場数だって踏んでいる。それに比べて数もないし、やった事すらない。痛い目を見る前に、諦めたらどうだ?」

 

「ふんっ……」とまた鼻で笑うライザー。もう勝ちましたよっと言っているような顔で、イッセー含めた全員の頬がひくついた。出る出ないはともかく、友人がコケにされているのは鼻に付く。

 

「三人は無名で、さっき入って来たのは“赤龍帝”だが――まだ成ったばかりの低級だろう?栄えあるフェニックス家である俺に敵うと思わないがなぁ?」

 

横の顔色を窺うと皆が皆、ぐぬぬという顔だった。事実らしい。

やってみないとわからない、というのはイッセーの持論だったが、成ったばかりなのは本当なので、あまり反論の言葉が見つからず、押し黙る。

リアスは平静を取り繕ってはいた。

 

そんな面々を眺めて悦に浸っていたライザーは「ん?」と首を傾げる。

 

「おい、リアス。そういえば、お前の所にもう一人居なかったか?」

 

「「「「………っ!」」」」

 

イッセーを除いた四人の顔色が変わった。

それに気付かないのか、ライザーは悦に浸ったまま、喋り続ける。

 

 

「そう確かぁ……“吸血鬼殺しの吸血鬼”――」

 

 

その瞬間をイッセーは見る事は出来なかった。

だが、メイド美人が一瞬でリアスの下に近づき、腕を掴みあげていた。リアスの手には形状しがたい魔力が渦巻いていた。

 

リアスが何かをしたのは、直ぐに分かった。

ライザーの顔の横、ほんの数センチにほどずれた所。その後ろの壁が――()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

「お嬢様、落ち付いて下さい」

「離して」

「――リアス」

「………わかったわ」

 

義理の姉らしく、名を呼ぶとリアスは手に渦巻いていた魔力を消した。

 

「ライザー。貴方はいけすかないし嫌いだけど同じ悪魔のよしみよ。最低限の礼儀は尽くすし、レーティング・ゲームにも全力を尽くすわ」

 

そう告げるリアスの顔は、イッセーからは見えなかった。

だが、さっきまで余裕綽々だったライザーとその後ろにいた美少女達の顔が恐怖に引き攣っているのを見て、こっち側で良かったんだなと――現実逃避するしかなかった。

それほどまでに――怖い。

 

 

けど――

 

 

――次にギャスパーをその名で呼んだら殺すわ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライザー達はほどなくして帰って行った。

というか、メイド美人に帰らされた、という方が正しいだろう。それほどまでにリアスの言葉は彼らを震え上がらせた。

その次に、メイド美人も帰った。リアスに「報告はしないが、自制を覚えなさい」と告げて。

 

 

「……ちょっと頭冷やしてくるわ」

 

 

客が居なくなった部室。

何を喋ったらいいのか分からずとまどっていたイッセー達に、リアスはそう言って立ち上がる。

 

「イッセー」

「へっ?……ああ、はいっ!」

「この部屋からもう少し奥に行った所にある扉の前で待っててくれないかしら。前に言ったと思うけど、会わせたい子がいるの」

「えっ、あっ、はい。わかりました」

「ごめんなさいね、十五分後くらいには私も行くから」

 

リアスはそのまま部室から出て行った。

重苦しい空気が、部室を支配する。イッセーは気が付いていた。リアスがライザーを一瞬殺そうとしたあの瞬間、三人も同様な事をしようとしていた事は。

 

「んっ、んじゃあちょっと私行ってきますね!」

 

この空気に耐え切れず、イッセーはリアスの言付け通りの場所に向かおうと足を向ける。逃げるのではない、戦略的撤退なのだ。

 

「……イッセー先輩」

 

――その背中に。小猫が声を掛けた。

声を掛けられるとは思わなかったイッセーは少し肩を震わせた後、おそるおそる「なっ、なにかな」と尋ねる。

 

「……どうか、ギャーくんの事を色眼鏡で見ないであげて下さい」

「えっ……?」

「イッセー先輩が訳分からないのは分かってます。でも……お願いします」

「……うん、わかった」

 

茶化す訳にも行かず、小猫の真剣な声色にイッセーは強く頷き返した。

 

 

 

 

「部室を出て奥、か。行ってみた事ないなぁ」

 

廊下に出て、少し。電灯がまばらで暗くなっている廊下を進むイッセー。

その頭にさっきの事でいっぱいだった。

 

『……“吸血鬼殺しの吸血鬼”ねぇ』

「ドライグ……居たの?」

『居たわ。余計な事になりそうだったから黙ってただけだよ』

 

今迄黙っていたドライグに、イッセーは少し、考え込むように口を開く。

 

「どう思う?」

『どう、ってぇ?』

「その、ギャスパーくんって子の事」

『知るか。だが、異名で大体わかる。同族殺しだ。忌み嫌われるのは人間も悪魔も一緒だろ』

「………」

 

同族殺し。分かりやすく言えば、人間で言う所の殺人だ。許されない、罪の一つ。

でも――リアスや他の皆があんなに過剰に反応するって事は、

 

「事情があるんだね、きっと」

 

……小猫が言った通り、その異名だけを聞くと確かに色眼鏡で見てしまう。

そういうのを無しにフラットに会おう、とイッセーを肝に銘じる。……もし、危なくてもリアスがいれば大丈夫というちょっとの保身もあるが。

 

 

ほどなくして着いた奥の扉。

それはずいぶん重厚だが、それ以上に何処か重苦しい陰鬱な雰囲気を漂わせている扉だった。

 

「………」

 

この中にギャスパー――“吸血鬼殺しの吸血鬼”が居る。

イッセーは努めて、その異名を頭の外に追いやりながら、リアスを待つ。

 

 

……時計も無く、まるで一時間くらい待ったんじゃないかってくらい重苦しい時間の中で。

 

ふと、

 

 

『……リアスさん?』

 

 

今にも消えそうな、小さく擦れた声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 




長くなってすいません。

感想は読ませて貰っています。
もう少ししたら、返信していきます。

なにか疑問等あったらドシドシ。


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