地上最強の生物のラクーン観光記 (ケプラー星人)
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鬼と神
邂逅ッッッ!


 ラクーンシティ

 

 

 

 国際的ガリバー企業である製薬会社アンブレラ社の庇護の元、発展を遂げた人口10万人の都市である。四方を山に囲まれ、ラクーンシティに行くには一本の道を通るしかない交通の便の悪さはあるものの、アークレイ山脈の美しさのお陰で観光地としても有名だ。そのラクーンシティに入る為の唯一の道にあるガソリンスタンド店内に一人の女子大生が入ろうとしていた。

 

 

 

「誰か……居ませんか……」

 

 

 

 クレア・レッドフィールド、一般の女子大生である。音信不通となった兄、クリス・レッドフィールドを探す為、彼女は兄が居るラクーンシティに向う道中に立ち寄ったガソリンスタンドに不穏な空気を感じていた。

 

 

 クレアは懐中電灯を片手に店内を見回す、夥しい量の血が床に飛び散り、商品が散乱していた。更に奥に進むと首に怪我を負った店員らしき人物が床に座っていた。息も荒く、応急措置が必要な様子だったが、クレアはこの事態を引き起こした元凶をどうにかするのが先と判断し、奥に進む。店内奥のドアを開けると信じられない光景が飛び込んで来た。

 

 

 

「ムシャ、グニュ」

 

 

 

 人が人を食べている……貪っている。まるで映画等に登場するゾンビの様…… いやゾンビそのものだった。

 

 

 

「こ、これは……」

 

 

 

 クレアが惨状を目の当たりにし、呟くとゾンビはクレアの方へ向かっていく。息を荒く皮膚が所々剥がれた怪物は次なる獲物を食する為、拙い足取りで獲物に襲い掛かる。

 

 

 

「近寄らないで!」

 

 

 

 クレアは来た道を戻るが、扉は閉まっていた。ゾンビは目前に迫っている。

 

 

 

「くっ!」

 

 

 

 クレアは已む無く、護身用に所持していた小型のハンドガンでゾンビの足に数発の銃弾を撃ち込んだ。ゾンビは断末魔の様な呻き声を上げながら倒れ込んだ。クレアはその隙に事務所内を見渡す、壁に銀色の光が見えた。

 

 

「あれは鍵?」

 

 

 

 クレアは咄嗟に鍵を手に取ると近くの扉に駆け寄る。ゾンビは這いつくばって此方に向かって来る、クレアは願いながら鍵をドアノブに差し込む。

 

 

「開いた!」

 

 

 クレアは一目散に入り口まで走った。店内に居るゾンビ達は獲物を視界に入れた事により、雄叫びを上げる。クレアが入り口のドアを開けると一人の男がこちらに銃口を向けて来た。クレアは思わず叫ぶ。

 

 

 

「撃たないで!」

 

 

 

「しゃがめ!」

 

 

 男の忠告通りにすると、後方に居たゾンビの頭に銃弾が撃ち込まれ、怪物はダウンする。

 

 

「早く車へ乗り込め!」

 

 

 男の掛け声と共にクレアは車に駆け寄る。しかしいつの間にかゾンビに周りを囲まれてしまった。二人で応戦するが多勢に無勢、あっという間に弾切れに追い込まれた。

 

 

 

「万事休すか……」

 

 

 男が生存を諦めかけたその時、暗闇から一人の人物が現れた。

 

 

 

「フン、ストライダムの戯言を真に受けて来てみればこの様だ」

 

 

 尋常ではない筋肉量、それでいて肥満とは程遠い筋密量、まるで悪魔のような顔つき。漆黒のカンフー胴着を纏った男から発せられる覇気はクレア達のみならず、ゾンビの歩みも止めていた。

 

 

 

「デマではなかったか……いいぜ、来な。死すらも克服するその力、堪能させて貰うッッッ!」

 

 

 男の悪魔の如き顔が笑みに変わると凄まじい覇気は更に勢いを増す。

 

 

 

 起きてはならない事がその時起こったッ!

 

 

 なんとゾンビ達は自分で自分達を殴り始めた。他のゾンビに噛みつくゾンビすら居る。クレア達は怪物達の豹変した行動に唖然とするしかなかった。

 

 

「やめい」

 

 

 男が一言呟くとゾンビ達は動きを止める。全てのゾンビは震えながら男の方を向く。

 

 

 

「貴様らの選択は正しい。仮に……闘おうともせず一人でも逃走だしたならその場で屠り去っていた。かと言って俺に向かってきても同じ運命、ならば苦肉の策、自らを殺傷し合う……自らを殺傷する、それでいい、それがいい。許してやろう」

 

 

 

 男の笑みを視界に入れたゾンビ達は倒れ込む様に座り込む。人としての自我を失い、怪物と成り果てた現在でも目の前の人間?と戦えば必ず死ぬと分かる程度の最低限の生存本能は失われてはいなかった。

 

 

 

「お前ら、ラクーンシティに行くんだろ?俺も乗せな」

 

 

 

「よ、よし車を出そう!」

 

 

 

 もう一人の男がエンジンを掛ける、クレアとカンフー胴着の男が車に乗り込むと車は急発進した。

 

 

 

「さっきはありがとう。私はクレア・レッドフィールド」

 

 

「俺はレオン・S・ケネディ。いや、俺も助かった、あんたのお陰で……」

 

 

 レオンとクレアが目を尻目にして後部座席を見る。カンフー胴着の男は腕と足を組み、この緊急事態でも特に緊張した様子もなかった。

 

 

「あんたの」

 

「範馬勇次郎」

 

 

 レオンが言い終わる前に勇次郎は自分の名前を告げる。レオンの額から冷や汗が止まらない。勇次郎と名乗るこの男の戦闘をしている場面を見た訳でも、身体能力を見た訳でもない。ただこの男の常軌を逸脱した存在感がレオンの五臓六腑に圧力を掛けていた。

 

 

「しかし、さっきの化物達は一体何だったんだ?集団洗脳のせいか、危険薬物のせいか」

 

 

 クレアは疑問点をぶつける。

 

 

「でも全員白目だったし、皮膚も爛れていた。そう……信じられないけどあれはゾンビそのもの……」

 

 

「馬鹿な、と言いたい所だが今のところはそうとしか考えられない。全くとんだ着任日になっちまった」

 

 

「着任日?レオン、あなたまさか警察官?」

 

 

「ああ、そうだが?」

 

 

 クレアはその情報を聞き、落ち着いては居られない様子だ。

 

 

「私、兄を探しているの!その兄はラクーン市警の特殊部隊の隊員、クリス・レッドフィールド!貴方知らない!?」

 

 

「いや待ってくれ、警察官と言っても今日が初めてなんだ。詳しい情報は分からないんだ」

 

 

 レオンはクレアを宥める様に言葉を返した。クレアは肩をすくめる。

 

 

「そう……よね」

 

 

「と、取り敢えずラクーン警察署に行けば何か分かる筈だ。落ち込むな、クレア」

 

 

(レッドフィールド。この名、どこかで……)

 

 

 勇次郎が自らの記憶と格闘していると車はその動きを止める。ラクーンシティに到着した様だ。前方にはバリケードが張り巡らしている、四方八方を見渡すとゾンビが獲物を貪っていた。

 

 

「この状況は不味いな……車を出て警察署を目指すしか……ん?」

 

 

 レオンがふとバックミラーを見ると大型トレーラーがこちらを目掛けてくる様を視界に入れた。一難去らずにまた一難、レオンは叫んだ。

 

 

「トレーラーが突っ込んで来るぞ!皆、早く車を出るんだ!」

 

 

 三人が車を出た瞬間、周辺は凄まじい衝撃に襲われ、車やゾンビはまるで重力がないかの様に吹き飛び、火の海と化す。

 

 

 勇次郎はその最中でも表情を全く変えず、平然としていた。火の海から声が聞こえる。

 

 

「ゆ、勇次郎……生きてるか?」

 

 

「ああ」

 

 

「良かった、俺とクレアは警察署に向かう。勇次郎も来てくれ!」

 

 

「フン」

 

 

 

 勇次郎は当たり障りのある返事をするとハンドポケット状態でラクーンシティを闊歩する。炎上した車、死体を無我夢中で食するゾンビ、朽ち果てたバリケード。まるで地獄のような光景だったが、数え切れない程の戦場を経験した勇次郎にとっては遊園地を闊歩するのと同等だった。ゾンビはこの男に襲い掛からない、見て見ぬフリをするのが関の山だ。知性と引き換えに得た常人を超越した腕力と食欲もこの男の前には何ら効力を為さない事位はゾンビ達にすら理解出来た。

 

 

「あれが警察署か」

 

 

 目標を視野に入れた勇次郎は足取りを早める。自分が楽しめる雰囲気を感じ取ったからだ。

 

 

 門を開け、続けて玄関を開けるとそこは広いホールだった。左右にある二階に繋がる階段と中央に存在する女神像が目につく。勇次郎が前に進むと一人の怪我を負った黒人男性が現れた。

 

 

「生存者か……良かった。しかしここも危ない」

 

 

「あんた、ここの警官か?」

 

 

「ああ、俺はマービン。今では唯一の生き残りだ。俺以外の警官は全滅してしまった、来て貰って悪いがここは安全地帯としての機能を失ってしまっている。一人でも多く救う為に他に脱出経路を探さないと……」

 

 

「何か手掛かりは?」

 

 

「ある警官が残したこの手帳にそこの女神像から抜け道がある事が記されているが、この傷では探索も出来ない。二階にあるライオン像の仕掛けと何か関係がある様だが、良ければライオン像を調べてくれな」

 

 

「アホウ」

 

 

 

 勇次郎はマービンにそう告げると女神像の前に立つ。片手を掲げると金属の如き力瘤を発生させる、その表情はまるで伝説上の生物『オーガ』を彷彿とさせた。

 

 

 

「ッチェリァァァァァァ!」

 

 

 勇次郎の放った拳撃は女神像、下にある台を瞬時に粉々に粉砕、ホールの壁には亀裂が所狭しと入った。破壊したお陰で隠し階段が見える様になった。マービンはゾンビ達の惨状以上に驚愕を隠せない。

 

 

「入るぜ」

 

 

「脱出経路など興味もねえが、この先は面白そうだ」

 

 

 オーガは高鳴る鼓動と共に階段を降りていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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G生物ッッッ!

 

 階段を降りた先には事務室の様な部屋があった。奥には古いエレベーターがある。古き良きアメリカのデザインであるが現在の状況では不気味さをより際立ている事に一役買っている。勇次郎はボタンを押し、エレベーターに乗り込む。下への片道切符だ。

 

 エレベーターが止まる、辿り着いたのは工事現場の様な空間だった。下に行く為の階段があり一つ目の踊場に光が照らされている、奥に通路が在るようだ。とても警察署の地下に存在していい空間とは思えないが勇次郎は笑みが止まらない。

 

 

「フフ……何か、居るぜ」

 

 勇次郎はゾンビ達とも違う気配を感じ取っていた。今まで屠ってきた兵士や獣達とも違う異様かつ異常なる気配を。

 

 通路の天井と床は金網で出来ていた。足を進める度に金属音が鳴り、下からは機械音が響く。下の階は機械室の様だ。やがて上からも金属音が鳴り響いて来る、足音、しかも二人分の足音だ。

 

 

「ゾンビじゃねえようだな」

 

 勇次郎は足音の間隔から足音の主達が化物ではない事を看破する。勇次郎の推察は正解だった。進んだ先にアジア系の女性と白人の少女が居た。二人は倒れたロッカーの先に体を丸くして潜む様にしていた。

 

「生存者か」

 

 勇次郎の一言にアジア系の女性は安堵の表情を浮かべる。一方、白人の少女は脅えたままだ。

 

「良かった、私達以外にも意外と生き残った人間がいるのね。もっともお嬢ちゃんとは出会ったばかりだけど」

 

「あ、あ、あ……」

 

 少女が恐怖に歪めた顔で指を指すより早く勇次郎が後ろを振り返る。そこには人為らざる者が居た!

 

 一見すると金髪蒼眼の白人だが、ゾンビと同じく全身の皮膚が爛れていた。そして身長や体格はゾンビや人間の比ではなかった。2mは優に超えるであろう身長に、最早霊長類というより巨大肉食獣に近い肩幅を有している。そして目につくのは巨大な身躯と比べても肥大化した左手である。黒く変色し、その筋密度は見るからに人間の限界を超えている。そしてその超筋密度の腕が勇次郎に向けて振り上げられた。

 

 バキィ!

 

 勇次郎は当然の如く攻撃を回避するが、怪物の振り上げられた腕は金網の床に直撃する。床は崩壊し、勇次郎と怪物は下の階に放り出される。強靭な脚を強く踏み着地した勇次郎と違い、怪物は床に叩き付けられる様に落下した。怪物は鉄パイプに捕まりながら立ち上がる。

 

「ヴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」

 

 醜い姿に変わり果てた故か、身体の痛み故か、怪物は雄叫びを上げる。鉄パイプを難なく引きちぎり、勇次郎の方へ足を進める。肥大化した左腕から花が開化する様に巨大な目玉が出現し、怪物は標的を殲滅せんと更なる雄叫びを上げる。

 

 

「面白い!跳ねっ返りとは即ち鮮度ッ!」

 

 

「ぬん!」

 

 怪物が凶器を真上に振り上げ、放った一閃を勇次郎は両手をクロスしたガードで受け止める。大抵の攻撃はものともしないオーガの身体が軋む、勇次郎は悪魔の微笑みを浮かべる。

 

「この怪力……オリバ並、いやそれ以上ッッッ!」

 

 

 化物の筋力はオーガも認める米国最強の筋肉魔人ビスケット・オリバすら凌駕している、勇次郎は最初の一撃でそう確信する。バイクを片手で投げ飛ばし、ヘリ相手でも力負けしない、散弾銃の銃弾ですら致命的ダメージには及ばない筋肉を極めし者よりも上等な筋肉、勇次郎はそそられていた。

 

「ヴォォォォォォォォ!」

 

 怪物は狂った様に見境無く周囲を鉄パイプで殴打していく。機械から蒸気が漏れ出す、視界が徐々に失われていった。

 

「この様子だと自我はもうほぼねえか……」

 

 勇次郎の言葉と同時に怪物はその姿を消す。雄叫びは聞こえるが醜悪な姿は見えない。勇次郎は髪を逆立てて警戒する。

 

「身を隠して機先を取る、アメリカの喧嘩は遅れているぜ。と言いたい所だが闘争に関しての知能は失われていない様だな」

 

 

 その時!

 

 高く舞い上がる醜悪の一閃が勇次郎目掛けて落下してくる。勇次郎は口元を緩めた。

 

 

 グシャ!

 

 勇次郎は上からの攻撃のカウンターとして胴回し蹴りを敢行する。落下中という最も無防備な体勢ではまともに防御など出来なかった。怪物は悲鳴にも似た雄叫びを上げ、震えながらよろめる。この期を逃すオーガではなかった、綺麗な型のストレートを左肩の大目玉に食らわす。格闘技の中では極めて基本的な技だが、パンチ一つで構造物を破壊するこの男が放てば、スタンダードな技でもどんな生物をも屠り去る凶悪兵器へと変貌する。

 

「ヴォォォォォォォォン!」

 

 勇次郎の放った左ストレートは怪物の大目玉を破壊し、肩の奥まで拳が入り込んでいた。黄色に近い血液の様な液体が溢れんばかりに垂れ流れていく。怪物は体勢を崩し、鉄パイプで出来た仮囲いに倒れかかると底の見えない谷間に吸い込まれるか如く落下していった。断末魔の様な雄叫びだけが機械室内に虚しく響く。

 

「この高さ、生きてはいまい」

 

(普通ならば……な)

 

 一般常識で考えたならばこの高さから落ちて生きている生物などほぼ居ないであろう。たとえ生きていたとしても数ヶ月は再起不能の筈だ。しかし勇次郎は本能的にこの戦いはまだ終わっていない事を悟る。

 

「良かった、生きていたのね」

 

 アジア系の女性が勇次郎に声を掛けると同時に梯子を下ろす。勇次郎は余計なお世話と言わんばかりにジャンプで二階に上がった。

 

「進みながら話す。お前らは?」

 

「私はFBI捜査官、エイダ・ウォン。ラクーンシティでの不穏な動きを知って捜査しに来たの。まさかこんな事態になるとはね。お嬢ちゃんは?」

 

「私はシ、シェリー。お母さんに言われて警察署に来たんだけど……」

 

「この有り様だったって訳ね。で貴方は? ラクーンシティの住人でも無さそうね」

 

 勇次郎はフンとエイダを軽くあしらい、ただ前に進む。途中橋を動かすレバーがある部屋を通過したが勇次郎は目もくれない。エイダは勇次郎を押し退ける様にレバーを倒す。橋が移動するとエイダは再び口を開く。

 

「しかし、あの化物は何だったのかしらね?ゾンビ達とも違う感じだったし」

 

「ゾンビどもは逆立ちしたってあの強さは手に入れられねぇ。発生源は別と見るべきだろうな」

 

「しかしアンブレラがあんな生物まで作っていたとすれば……大問題ね」

 

 アンブレラ

 

 勇次郎はその一言に微かに反応するが、表情は変わらなかった、いや変えなかった。エイダは何かを感じ取るがそれ以上は追及しない。

 

 三人は道の終着点にある梯子の先にあるマンホールを開けた。そこはラクーン警察署の駐車場だった。十数台は止められる広さで、外界と行き来出来る唯一の入り口はシャッターで閉まったままだ。エイダはシャッター前の機械に近寄ると軽く溜息を付く。

 

「駄目だわ。このシャッターを開けるにはカードキーが必要ね。カードキーを探さないと……」

 

「アホウ」

 

 

 勇次郎は不敵な笑みを浮かべると同時にシャッターの前に立つ。

 

「ジャァ!」

 

 蹴りを放った様だが比喩無く、その動作は二人の目に止まらなかった。気付いた時には一人分入れる位の穴がシャッターに開いていた。

 

 エイダ(ジャ、ジャブより早えぇぇ!)

 

 二人が勇次郎に驚嘆したのと同時に駐車場内に足音が鳴り響く。まるで濡れた靴で歩いているかの様な音だ。その数は段々と増えていく。数十分の足音が三人に迫り来る。

 

「今度は何?」

 

 

「キャアァァァァ!」

 

 シェリーが悲鳴を上げた先には異質を極めた者が居た。

 

 

 脳が剥き出しになっており、目はなかった。全身皮膚が無く、脳同様に筋肉構造が剥き出しである。前足に生えた巨大化した爪は人体を容易に切り裂く事が出来るであろう。天井にまで届かんとする長き舌を縦横無尽に振り回すその姿は『舐める者』と呼ぶに相応しかった。『舐める者』の数は数十体にも及んだ。

 

「お前ら先に行けッッッ!」

 

 勇次郎が叫ぶとほぼ同時に怪物は勇次郎に襲い掛かる!しかしオーガの振る舞いは動揺の欠片もなかった。鬼は三度不敵に笑う!

 

 

 その時の様子をシェリー・バーキン(12)はこう語る。

 

 

「は、はい。あの人は怪物が飛び掛かって爪を振り上げた時にもまるで避ける様子はありませんでした。私はあの人が殺されると思って思わず目を手で塞いでしまったんです」

 

「ただ数秒後、様子が変だなと少し目を開けたら……そうです。怪物が真っ二つになっていたんです。ええ、あの人は重火器はおろかナイフ一本も持っていませんでした。エイダさんは『やっぱりジャブより早えぇ』って小さい声で呟いていました」

 

「そしたら、怪物達は全員声を合わせた様に数歩後退りしたんです。まるで目の前の男には絶対敵わないと悟る様に……

 あの怪物、リッカーって呼ぶんですよね。リッカー達は長い舌で威嚇するのが精一杯でした。でも一体のリッカーがあの人に飛び掛かったんです。ここでコケにされてたまるかと言わんばかりに」

 

「ええ、そうです。あの人はリッカーの後ろ足を掴みました。は、はい、私も驚きました。まるでヌンチャクの様に怪物は振り回されました。あまりに速度が早すぎて振り回されている筈の怪物の姿が全く見えませんでした。血が飛び出して、あの人がまるで赤い『ドレス』を着ているかの様な錯覚に陥りました。その後はエイダさんに手を連れられて、そ、その場から逃げました……遠くから見た限りではリッカー達は沈没船から逃げるが如く、我先に逃げたしていた様に見えたんです……ええ、あの人は鬼の様に仁王立ちしたままでした」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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とある米軍大佐の日記

 

 1998.6/11

 

 全く彼といると驚嘆ばかりが押し寄せてくる。昨日は突然変異した巨大ライオンを十分も掛からずに葬り去った。ライオンから見れば他の生物は全て餌でしかないが、勇次郎にとってはそのライオンも餌の一種でしかない。彼にライバルは居ない、これを悲しむべきか、喜ぶべきかは私には分からない。

 

 

 

 

 

 

 1998.6/28

 

 オーガは今日は武装団体を壊滅させた、1日も掛からずにだ。徒手空拳で軍隊を倒す。まるで出来の悪い都市伝説の様な『神話』を私は毎回目の当たりにしている。

 

 

 

 

 

 

 1998.7/5

 

 ああ、もう耐えられない。オーガの知己、地上最強の側近でありながら勇次郎を真に満足させる事が出来ない自分に私は耐えられない。年に一度私が相手しても毎回爆笑されて終わりなのだ。確かに米国と勇次郎が同盟を結んで私がオーガの側近になった当初は監視の意味合いもあった。しかし彼の側にいる内に畏れは尊敬に変化した。どんな生物もどんな軍隊もどんな格闘家も敵わない、葬り去るその姿に私はいつの間にか心酔していた様だ。

 

 

 

 

 1998.8/18

 

 今日はホワイトハウスに定期報告にしに行く。お偉方のご機嫌取りも楽ではない。

 

 

 

 1998.8/20

 

 ある旧知の政治家に私の悩みを打ち明けた。彼は米軍に所属していて私が新兵の頃から親しくしていた。彼は米軍を辞めたが、米軍と政治家、道は違えど交流は続いていた。地上最強を満足させる者、そんな者は存在しないと絶望していたが、彼は『ある情報』を知っている政治家を明日私に紹介してくれるという。しかしこの事はオーガ以外には絶対他言無用だ、破ればオーガの側近でも絶対安心とは言えないかもしれないと彼に釘を打たれた。一体どんな情報だと言うのだ。

 

 

 1998.8/21

 

 驚きを隠せなかった。情報提供者はなんとあの国際巨大製薬企業であるアンブレラが非道な人体実験を繰り返しているというのだ。しかもアンブレラは各種人体実験を成功をさせていて、生物兵器を製造、販売までしているらしいのだ。そしてあろうことか国はアンブレラの活動を黙認しているらしい。それもその筈、アンブレラは公開されているランキングでロビー活動に使った資金が最も多い企業と判明している。裏での活動を含めれば世界中の企業が足元にも及ばない程、国に資金を渡しているだろう。アンブレラが製造した生物兵器達は人類を遥かに超越した力と戦闘能力を有しているという。しかもアンブレラは既存の「T-ウイルス」以上の性能を持つ新型ウイルスを製造しているというのだ。噂によれば『神』如き力を発揮出来るウイルスらしい。この話が本当なら勇次郎を満足させる事がもしかしたら出来るかもしれない。

 

 

 1998.8/29

 

 私も独自の情報網を使い調べた結果、アンブレラが開発している新型ウイルスはラクーンシティという田舎都市で作られている事が分かった。ラクーンシティはアンブレラの支援の元、急速に発展したらしい。しかしこれで私の心の荷が降りる事を願う。オーガにもライバルが出来れば真の満足を得る事が出来る。それが私の切なる願いだ。

 



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タイラントッッッ!

 

 ラクーン警察署の駐車場は血に染まった。しかし駐車場に唯一いる男には一筋の傷すらない。ドレスによってズタズタにされたリッカーの死骸を蹴り飛ばすと勇次郎は立ち止まる。このまま先に進もうとも考えたが、マービンの事が頭を過る。一人でも多くの人を救いたいと言ったあの警官が、弱者の為に国家や体制と立ち向かい、自らの夢を犠牲にした友人と重なったのだ。考えを改めた勇次郎は近くの扉を開ける。奥にはエレベーターがあった、署長専用のエレベーターの様だ。上に行き、着いた先から道なりに進むとそこは署長室だった。高級感漂う机に多種多様な剥製が目につく、一署長室としては余りに豪華過ぎる部屋だ。緻密な頭脳を持つ勇次郎は直ぐ様真相に辿り着く。

 

 

「アンブレラか……警察署までこのザマかッ」

 

 机を見渡すと一枚の紙が置いてあった。オーガは目を細めて手に取る。

 

 

 ******

 

 

 ユージローへ

 

 警察署は安全だと思っていたが、ここも化物の巣窟になっていた。俺とクレアの事はいいから早く脱出するんだ。俺達は一人でも多く生存者を見つけ出して脱出する。

 

 レオン

 

 *****

 

 

「アイツら……人の事を心配している場合かッッッ!」

 

 勇次郎は軽く昂る。怒りからではない、一般人なら誰もが恐怖のどん底に陥る状況でも他人の事を考える二人の精神性に揺さぶられたからだ。軽く舌打ちをしてオーガは部屋を後にする。鍵は掛かっていなかった、恐らくレオン達が開けたのだろう。廊下を進んだ先にあるスペードのマークが描かれてあった扉も同様だった。事務室は特に変わった所はない、事務室の扉を開けるとそこは目的地のホールだった。勇次郎は二階から飛び降り、一階に着地する。

 

「手遅れか」

 

 そこには白目を剥きながら獣の様な呻き声を上げるマービンの姿があった。最早自我は失われていた。

 

「せめてもの餞別だ、静かに逝かせてやろう」

 

 しかしそれは叶わなかった。

 

 

 グシャ!

 

 

 マービンは潰された。二階から降りて来た巨人の重圧はゾンビ一体を潰すには十分過ぎるものだった。

 

 巨人は3メートルに迫る身長、筋肉質という言葉では言い表せない程の体格、勇次郎が見てきた数々の格闘家をも超越した肉体を有している。そして人間とは明らかに違う不気味な皺と人間には到底真似出来ない冷酷極まりない眼光が、巨人が人間ではないと断定するに値する証拠であった。全身を漆黒のコートに身を包み、帽子を被った巨人は勇次郎の覇気にも全く臆する事無く、襲い掛かる。

 

「なんという夜だ……」

 

 オーガが喜びを露にすると巨人の拳が顔前に迫る。空振りに終わったその拳はコンクリート製の壁を楽々と破壊する。巨人は再び勇次郎に近付く。

 

「クックックッ……ストライダムが君を真に満足させる事が出来る場所があるとのたまった時はどうしてくれようと思ったが」

 

 巨人は数発のパンチを放つが標的には当たらない、しかし机、壁、床が跡形もなく吹き飛び、警察署のホールは滅茶苦茶に破壊されていく。周囲を全て破壊し尽くす様は『暴君』と呼ぶに相応しかった。

 

「あの野郎ッ!たまには当てやがるッッッ!」

 

 巨人の攻撃が目前に迫ろうと言うのに勇次郎は突然立ち止まる。最早オーガの心中にはこの怪物を、この攻撃を堪能したい、その思いしかなかった。

 

 暴君の大きく振りかぶった一撃が鬼の頭を直撃する!その音は最早生物が生物を殴打した音でなかった。鈍重な金属同士が激しくぶつかり合った如き音がホール内に響く。鬼は大きく仰け反る、しかしダウンする事は無い。鬼面毒笑、勇次郎はこの世のものとは思えない笑みを浮かべる。息つく暇もなく巨人の一撃が目前に迫る。

 

 抜刀ッ!

 

 ハンドポケット状態からポケット内で拳を加速し、外に出し、その捻りの力で相手を撃ち抜く。言うは易し行うは難し、達人クラスしか会得出来ない高等技術、そんな代物が巨人の顔面を撃ち抜いた!

 

 決着ッッッ、巨人は壁にめり込んでピクリとも動かなかった。勇次郎は珍しく一息付く。地上最強の生物としても満足を通り越した感覚を得た一戦だった。

 

 

 *******

 

 

 駐車場まで戻って来た勇次郎は先へ進む。外は相変わらず酷い有り様だ。近くにガンショップが見える、勇次郎はガンショップの扉の前に近付くと手刀一閃、扉の鍵を切り裂いた。

 

「誰だ!?」

 

 店内の奥から散弾銃を持った中年男性が現れた。男性は手元にある武器で勇次郎を威嚇する。

 

「一体何者だ?今すぐここから立ち去れ!」

 

 

「ほう、この範馬に銃口を向けるとは……」

 

 すると女の子が奥から現れた。虚ろな目、おぼつかない足取り。勇次郎は察する。

 

「そのガキ、感染しているぜ」

 

「黙れ、この子は……娘は……私はどうなってもこの子と……」

 

 

「自らの人生……好きにするがいい」

 

 

 男性と女の子は家に入っていった。ゾンビ達が蔓延るこの状況では寧ろあの親子の様になってしまう方が自然であろう。勇次郎は先へ急ぐ。裏通路を抜けた先に下水道への入り口が見える。工事中なのか、この騒動で崩壊して見える様になったのかは定かではない。下水道内は意外に整備されていた、まるで定期的に地下通路として使用している様だった。進むと地響きが起こる、地震とも錯覚するが勇次郎は違った。

 

「クックックッ……また何か居やがるッ」

 

 更に進むと行き止まりだった。しかし高台から下へ降りられる。

 勇次郎は何の戸惑いもなく飛び降りる。咆哮と地響きが近付く、それが何を意味しているかはオーガにはよく理解出来た。

 

「つくづく……なんという夜だッッッ!」

 

 その瞬間、怪物の噛み付きが勇次郎を襲う。常人なら喰らえば跡形もなく消滅するであろう一撃だ。

 

 怪物の正体は巨大な鰐だった。最も巨大な鰐であるイリエワニとも比べ物にならない程巨大、巨大、巨大だった。まるでその姿はかつての地球の支配者、恐竜そのものだった。アンブレラ、そしてこの騒動がこの様な怪物が生まれる原因になった事は想像するに難くなかった。

 

 怪物の二連撃を容易く回避すると勇次郎は後ろに下がる。恐怖からではない、そもそもこの男に恐怖や畏れといった感情は一切無い。どちらが最強に相応しいか、試す為に下がったのだ。

 

 怪物はその巨大な口を限界まで開ける、あとは閉じるだけで目前の敵はただの肉塊になれ果てる筈だった。

 

 筈だった……

 

 オーガは上顎を左手、下顎を右手で押さえ込む。怪物はそれ以上口を閉じられない。オーガはその凄まじい力で上顎、下顎を反対方向に回していく。鰐の顎がまるでねじり鉢巻の如く変化する。一応怪物も抵抗を試みるが焼け石に水だった。

 

 怪物は知る、時既に遅いが知る。自分は地上最強からは程遠い存在であった事、自慢の怪力は目の前の『鬼』には赤子同然に等しい力である事、そして目の前にいる男こそ地球上で最も強き生物である事を……

 

 怪力は全力で後退りする。この通路では自らの巨体もあり、方向転換出来ない。絶対に『鬼』からは逃れられないと知りながらも全力で後方に逃げる。ウイルスに犯されても生存本能という根幹は残っていた。勇次郎の上に向けての蹴りは地下廊下すら切断する。強き鰐も同様の運命だった。断末魔をあげる猶予も無く、怪物の躯は真っ二つに切り裂かれた。

 

 

 

 



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再戦ッッッ!

 

 下水道内部はやはり常時使用されていた様だ、各通路に資材が置いてある。アンブレラ社が整備して各用途に使用していたのだろう。巨大鰐を倒した勇次郎はエレベーターで下に降り、道なりに進む。階段を降り高台から、迷宮の様な下水道地下に飛び降りる。凄まじい匂いだが数多の戦場の香りに比べればあってないようなものだった。下水道を進むと階段を見つける。赤に塗装された階段には特殊部隊らしき遺体が数体あった。どこの国の装備とも違う遺体の様子から勇次郎は結論を導きだす。

 

「またアンブレラか」

 

 隊員の遺体は噛まれた様子は無く、鋭い巨大な爪の様なもので切り裂かれたようだ。勇次郎は先へ進む。途中ゾンビがいたが、勇次郎にとっては空気も同然だ。階段を降り、下水道の斜面を滑り落ちる。奥に進み、扉を開けると広い部屋に辿り着く。そこにはケーブルカーがあった。どう考えても公共の施設である下水道内にあるべき物ではなかったが、アンブレラとラクーンシティの只ならぬ繋がりを見れば寧ろ当然と言えば当然とも言えた。勇次郎は梯子を使わずジャンプで高台に乗る。扉を開け、部屋の中にある吹き抜け穴を飛び降りる。降りた先の部屋の窓から見覚えのある姿が見えた。

 

 

「ここに居たか」

 

 エイダとシェリーはゴミ集積所で倒れていた。ゴミ集積所に行くには近くにある強固な鉄製の扉をチェスのギミックを解いて開ける必要があるが、この男は謎解きを解く必要はない。

 

 グシャ!

 

 鉄製の扉は勇次郎の打撃数発を喰らい、吹き飛ばされた。階段を降りて、ゴミ集積所のこれまた頑丈なシャッターの前に向かう。ラクーン警察署の駐車場の時と同じく、蹴り一つで人が通れる位の穴が空いた。勇次郎は二人に近付くと軽く地面を踏む。その衝撃で二人は目を覚ました。

 

「ん……こ、ここは……」

 

「起きたか」

 

 エイダとシェリーが目を擦り、意識を覚まそうとしている時、鈍重な足音が近付いて来た。勇次郎はとっさにゴミ集積所から飛び出す。

 

「やはり生きていたか……」

 

 勇次郎の目の前にいる存在はあのラクーン警察署の地下にある機械室で闘った怪物であった。しかしその姿は変化、いや進化した様だ。あの巨大な目玉が発生し肥大化した右腕には先程はなかった長き禍々しい爪が生えていた。辛うじて『人間』を保っていた顔は腹部に押し込まれ、新たな顔が生まれている。その顔は最早人間のそれとはかけ離れていた。紅き丸い眼に皮を剥ぎ、筋肉質剥き出しの如き顔面、人間から『神』へ順調に進化している証左だった。

 

 怪物は雄叫びを上げる、敵の臨戦状態を確認した勇次郎は後方へ走り出す。地上最強の生物は如何なる生物が相手であっても、如何なる軍隊が相手であっても逃げる事は無い。後ろへ下がったのはエイダとシェリーから怪物を引き離す為だ。勇次郎の読み通り、怪物は標的に付いてくる。扉やシャッターを吹き飛ばしながら勇次郎は進む、その先にはコンテナを釣っているクレーン機械があった。コンテナを置くであろう地面は四方を底の見えない谷間に囲まれている。勇次郎は足場から地面に降りるとクレーンを操作する機械のボタンを押す。するとクレーンとコンテナは遠くに離れていく。警報音が広き空間に鳴り響く。

 

「広い方がいいだろ。いいぜ、来なッ!」

 

 勇次郎の言葉が理解出来たのか、怪物はその言葉と同時に足場が飛び降りながら巨大な爪を振りかぶる、しかし攻撃は空を斬る。地面に降り立つと直ぐ様、連撃を放つ。相手を真っ正面から叩き潰す、地上最強という称号―避けたのはいつ以来か。オーガですら回避するその斬撃はコンクリート製の地面を抉りに抉っていた。今度はオーガの腹部を狙った斬撃が放たれる。当然避けるがオーガは瀬戸際、奈落の底寸前まで追い込まれた。

 

「面白いッ!」

 

 怪物の敵を谷底に突き落とそうとする突きは勇次郎の横転により、空を斬る。その後の追撃で操作機械のボタンを図らずも押す。クレーンとコンテナが此方に向かって来る。

 

「小細工は俺の流儀じゃねぇ……」

 

 コンテナが二人を吹き飛ばさんとする刹那―勇次郎の筋肉質は人間のそれから『鬼』のそれへと変質する。

 

 

 それは蹴りと呼ぶには余りにも強力、余りの衝撃、一般的知見としての蹴りとは余りにもかけ離れていた。コンテナは勇次郎と怪物の居る反対方向に吹き飛ばされ、奈落の底に落ちた。理性の無い筈の怪物が狼狽えている様だった。

 

「どうした?間合いだぜ?」

 

 いつの間にか勇次郎は怪物の懐に移動していた。慌てるように爪での斬撃を放たんとするが、足払いされる。怪物の巨大な躯が宙に浮く、この絶好のチャンスに攻撃をしない程、怪物の敵は甘くはない。強烈なアッパーがクリーンヒットする。怪物は瀬戸際に辛うじて着地するが、全身が震えとても反撃の狼煙は上げられなかった。

 

 抜き手ッ!

 

 オーガの抜き手は刃物の殺傷能力をも凌駕する。巨大な目玉というウィークポイントにそんな代物が貫かれる。谷底に落下するのは必然であった。しかし勝利した筈のオーガに安堵や慢心、余裕は一切無かった。

 

「また交えるか......」

 

 再々度の開戦は不回避と見た勇次郎はエイダとシェリーの元へ戻る。エイダは横たわっているシェリーの側にいる。

 

「勇次郎、シェリーの様子がおかしいの……呼び掛けても返事はしないし、顔も変わって……まさか」

 

「奴に何らかのウイルスでも仕込まれたか」

 

「だとしたらワクチンが無いと治療出来ないわね。ケーブルカーの先にアンブレラの研究所があるのは掴んでいる。その研究所に行けば……」

 

 二人はシェリーを抱え、ケーブルカーの前まで来た。しかしケーブルカーに付けられている端末機は侵入を許さなかった。

 

「チッ、こればかりは力づくという訳にもいくまいか。何らかのキーがねえと移動に必要な電力は供給されねぇ様だしな」

 

「シェリーが付けていたブレスレットがそのキーかもしれない。今は付けていないわよね。怪物達から逃げてる途中で落としたのかもしれない。警察署駐車場までは付けていたと思うからきっとこの下水道内に」

 

「お前はここを確保しておけ」

 

 鬼はエイダにそう告げるとケーブルカーのある広き部屋を後にした。

 

 



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死神ッッッ!&豆腐ッッッ!&豆腐レンジャーズッッッ!

 

 勇次郎は下水道内を隈無く探索する。数え切れない程のゴミ、流れるゆく汚水、 探しているシェリーのブレスレットを見つけるのは容易でなかった。しかし勇次郎は探索を止めない。あの少女の為だけではない。地上最強の生物の直感はあのケーブルカーの先に行けば自らが望む真の満足を果たせる、そう感じ取っていた。

 

 

「BOWか、イレギュラーミュータントか……どちらでもいい。任務の邪魔になる障害物は……」

 

 下水道の隅に居る影が拳銃を構える。その構える動作だけ見てもその人物が超一流である事を伺わせる。影は慎重に狙いを定める、標的は此方に気付いていない。勝負は決していたも同然だった。しかし起きてはならない事がその時起こった!

 

 なんと標的は狙撃を避けたのだ!銃弾は汚水に呑み込まれた。絶対に成功する狙撃、並みの狙撃主なら動揺を隠せない所だが影は動じる様子は無い。

 

「エフッエフッ……狙撃の腕、場所取り、タイミング、どれを取っても申し分無いッ!しかしその殺気は頂けねえな。漏れに漏れて隠れている意味がねえぜ。まあどうせ俺を怪物と勘違いしたからこそのミスなんだろうが」

 

 狙撃主は自らの間違いを全て言い当てられても苛立つ様子も、落ち込む様子も微塵も無かった。男の胸中にあるのは任務の達成、ただ其だけだった。影は動き出す。物陰から飛び出すと先ずはショットガンを三連射する。闇雲に撃っているのではない、避けられる又は致命傷にはなり得ないと知っての三連射だ。男の狙い通り、勇次郎は壁際に誘導された。そのあるかないかの絶妙のタイミングでデザートイーグルで射撃する!マグナム弾が命中して全くの無傷で居られる生物は居ない。地球上に存在する殆どの生物ならば喰らっていた筈の流れる様なコンボは地上最強の生物には通用しなかった。勇次郎は高く飛び、敵に蹴りを放つ。男は軽く避け、カウンターとしてナイフでの斬撃を与える。オーガの腕に一筋の切り傷が刻まれる。

 

「ほう……」

 

 勇次郎は敵の姿を初めてまともに見る。男は全身黒色の武装に身を包んでいた。装備は見る限りではショットガン、ハンドガン、アサルトライフル、デザートイーグル、手榴弾、コンバットナイフが確認出来る。そして一番特徴的なのがガスマスクである。眼部分のガラスは赤色で本当の眼の姿は伺い知る事が出来ない。まるで『死神』の様だった。

 

「ハンク!無事か!?一体何があった!?」

 

 男の無線機から仲間であろう者の声が鳴り響く、ハンクと呼ばれた男の返事は冷徹であった。

 

「ここは戦場だ、運命は自ら切り開け」

 

 ハンクは勇次郎の足を目掛けてアサルトライフルでの射撃を行った。横一列の射撃は普通ならば足を撃ち抜き、行動不能、若しくは行動を著しく制限させるだろう。しかし相手は普通という概念から最も離れた存在だった。勇次郎は壁を使い、目にも止まらぬ早さで縦横無尽に飛び回る。ハンクは背後を取られる、鬼の手刀が死神を襲う!しかし手刀は止まる。振り向きもせずコンバットナイフで勇次郎の手刀を止めた。勇次郎は喜びを隠せないのか、震えに震えた。ハンクは距離を取りながらハンドガンを乱れ撃ちする。敵は地上最強の生物、銃弾すら回避しながら距離を詰めた。ハンクはもう片手でショットガンを放つ、勇次郎の躯に無数の散弾が埋め込まれた。

 

「俺を殺すには不十分だな」

 

 勇次郎が全身を力ませると散弾が体から飛び出す。これには死神も唖然とした。

 

「喋るから人間だと思っていたんだがな」

 

「人呼んで地上最強の生物……らしいわ」

 

 勇次郎の返答にハンクはハッとする。風の噂で日本に地上最強の生物と呼ばれる人物がいる、その人物は徒手空拳で軍隊を倒し、北極熊をも素手で屠り去る、という話を聞いた事があった。余りに滑稽無糖な話なのでハンクは信じてはいなかったが今此処で確信する。

 

「成る程、本物だ」

 

 ハンクは三度ショットガンを構える。しかし狙いは勇次郎ではなかった。

 

 バシャ!

 

 ハンクは汚水を撃つ!汚物の入った水飛沫が勇次郎の目に入る。この僅かの視界の停止こそハンクが欲しかったものだ。死神は素早く勇次郎の懐に入りナイフでの一撃を腹部に入れる。しかしそこはオーガ、視界をいち早く回復し、カウンター気味に前蹴りをハンクの腹部に入れる、ハンクは壁に叩き付けられた。

 

 死神は認識を改める。この男は今までの任務の中で遭遇したどんな怪物よりも脅威であると。

 

 

「さあ、まだ戦いはこれからだぜ」

 

 勇次郎がハンクに襲い掛かろうとした矢先、不思議な足音が聞こえてくる。ペタペタとその音は近付いてくる。

 

 

「久しぶりやで~」

 

 

 滅多な事では動じる事はない勇次郎も口を開けて唖然とするしかなかった。豆腐である、木綿豆腐である。紛れもない豆腐が此方に向かって歩いてくる。豆腐は帽子を被っていて、手にはコンバットナイフが握られている。ウイルスのせいで生まれた生物なのか、アンブレラが製造した生物兵器なのかは定かではないが、それが寸分の違いもない豆腐である事は確かである。

 

 

「ほないこか~」

 

 気の抜けた掛け声と同時に豆腐は勇次郎に向けて突きを連発する。その姿からは想像出来ない程の素早い連撃だ。勇次郎の頬にかすり傷が出来る。この期を逃さんとばかりにハンクはショットガンを連発する。散弾は数発、勇次郎の足に食い込む。散弾を回避する為に高くジャンプした勇次郎に今度はグレネードランチャー弾が襲い掛かる。体を回転させ、辛うじて避ける。火炎弾は少し後ろで火炎を撒き散らした。

 

 

「おつかれさまでーす」

 

「オーケーです」

 

「さあああこいぃ!」

 

「おぅし!いくぞ!」

 

 勇次郎は更に唖然を重ねる。豆腐どころではない。目の前に動く、いや生きているプリン、コンニャク、ういろう、杏仁豆腐が現れた。全員豆腐の同族なのか、個性が強い。プリンはロケットランチャー、ミニガン、スパークショット、コンニャクはグレネードランチャー、ういろうは大量の手榴弾、杏仁豆腐はリボルバーをそれぞれ装備していた。

 

 真っ先に動いたのはプリンだった。ミニガンを水平に構え、鬼に対して大量の銃弾をばら蒔く。ジグザグに高速移動する勇次郎に杏仁豆腐は素早くリボルバーを全弾放つ!回避され、杏仁豆腐はリロードを開始する。そのリロードの間もグレネードランチャー、手榴弾を連発するコンニャクとういろうにより勇次郎は徐々に行動を狭められる。その瞬間、前門の虎、後門の狼の如く、ハンクと豆腐がナイフ攻撃で挟み撃ちにする。超手練れ二人の止まらぬ連撃にオーガの肉体は徐々に鮮血を見せる。二人の攻撃が突然止む、勇次郎は全てを察した。オーガ達が居た周辺が大爆発に包まれる。壁や汚水が全て吹き飛び、辺りは爆煙に覆われる。

 

 プリンはこの程度では標的を仕留めていないと言わんばかりにミニガンを乱射する。コンニャクや杏仁豆腐も続いた。コンニャクの下で汚水が泡たつ。気付いた時には遅し、鬼はコンニャクの前に現れ、裏拳を喰らわす。一命は取り止めたがコンニャクのみずみずしい躯の一部が弾け飛ぶ。プリンはとっさに銃口を勇次郎に向ける。

 

 しかし重きミニガンの性、取り回しは早くない。鬼がその遅さを見逃す筈がなかった。しかし勇次郎はプリンに一撃を与える事無く再び走り出す。杏仁豆腐とハンクの一斉射撃が開始されたからだ。ういろうは半ば出鱈目に手榴弾を投げまくる。しかし杏仁豆腐のリボルバー、プリンのミニガン、ハンクのショットガンにより嫌が応にも手榴弾に当たる。勇次郎はより回避速度を上げるしかなかった。

 

「なにすんねん!」

 

 豆腐は怒りの連斬撃を放つ!オーガの躯に切り傷がより刻まれる。

 

 ドン!

 

 ハンクのデザートイーグルが放ったマグナム弾が勇次郎の腹部に当たる。完全なる直撃ではなかったが、オーガの腹部が血で滲む。しかしオーガは笑みを浮かべる。

 

「皆の衆、感謝するッ。ここまで血が滾ったのは久方ぶりだ」

 

 そう語るとオーガは両手を上に構える。このファイティングポーズは勇次郎が本気になったシグナル、真の開戦の合図だ。

 

 

「これが貴様達に贈る最大の賛辞だッッッ!」

 

 勇次郎の姿が瞬間的に消える。その瞬間、豆腐、プリン、ういろうの体の一部が弾け飛ぶ。ハンクも突然吹き飛ばれる。ハンクは何が起こったのか分からず混乱するが、豆腐が再び吹き飛ばれる様を見てようやく理解出来た。鬼は姿を消したのではない、目にも止まらぬ、いや目にも写らぬ早さで移動し、攻撃を加えているのだと。豆腐五人衆の躯が徐々に削り取られる。この状況を打開するには自らもあの早さに付いていくしかなかった。

 

 ハンクは神経を極限まで研ぎ澄ます。音が入ってこない。ハンクはゾーンを超えた領域へと突入した。

 

 

「ここだ!」

 

 マグナム弾が勇次郎に炸裂する!血が舞うが攻撃は止まらない!豆腐達もこの状況を打開すべく体の限界を振り絞り、勇次郎の動きを捉えんとする。受ける攻撃の方が多くとも少しずつ反撃が通じる様になる。しかし鬼の移動攻撃速度は更に早くなる!

 

「面白いッ!」

 

 ここにいる七人の攻撃と移動速度は最早人間のそれではなかった。暴虐の嵐が吹き荒れる。しかしその中でもハンク、豆腐、プリン、ういろう、杏仁豆腐、コンニャクの躯は徐々に損傷し、限界に達しつつあったのに対して勇次郎の動きは鋭さを増すばかりだ。

 

 シンクロニシティ

 

 ハンク達の脳内に共通の戦略が浮かぶ。言葉も交わしてなければ、コンタクトを交わしてもいない。歴然の戦士達が生き延びる為に辿り着いた必然であった。

 

 手榴弾が数個投げられる。勇次郎は更に動きを加速させ、回避しようとするが真意を気付いた時には遅かった。

 

 閃光手榴弾―ハンク達が唯一勇次郎に見せていなかった武器である。激しい閃光が数発周辺を包み込んだ。流石の勇次郎も動きを鈍らせる。しかしこの状態でも殺気のある攻撃には対応出来た。

 

 ただ光が止んだ時には敵は一人も居なかった。

 

 逃走―それは時に恥と言われながらも生存するという生物の根幹を崩さぬ戦略の一つである。勇次郎は軽く地団駄を踏んだ。

 

 

 

 逃げる道中でハンクは呟く。

 

 

「煮えたぎる闘争は嫌いではないが、任務が最優先なのでな」

 

 

 *****

 

 

 

 勇次郎は一人激戦の地で立つ。ふっと地面を見ると白いブレスレットが落ちていた。大方あの六人の誰が持っていたのだろう。目当ての物を拾いながら勇次郎は口を開く。

 

「クックックッ……武器使いの手練れとやり合ったせいで思い出しちまった」

 

「レッドフィールドと言う名、あの時のアイツだッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 



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シークレットウォー・イン・XXX

 

 19XX

 

 某国、某所

 

 

 冷戦時、資本主義陣営と共産主義陣営が全面戦争を避け、発展途上国を通じて代理戦争を行っていた。そこでも超大国の威信を懸けての執念は凄まじかった。

 

 

 民主主義の定着ッ! 資本主義の拡大ッ! 

 

 自らのテーゼ、対する敵の信念。勝つためには合法、非合法、手段は問わなかった。

 

 

 それは僅かの敵に対しての攻撃戦略ではなかった。

 

 一つの山に対しての爆弾量、実に100トン。それで終わりではない。山が丸裸になるまで火炎放射器での掃討、周辺の村に対しての尋問―とは聞こえはいいが実態はほぼ略奪であった。

 

 

 作戦終了と共に米陸軍が徐々に集結する。数々の車輌、数々のヘリ、しかし彼らの様子は明るい。戦争をするというよりまるで観光気分であった。その中に於いて暗い表情を浮かべる兵士がヘリ内に居た。

 

「クライフ、まだ拗ねているのか? そうしていても無くなったものは元には戻らないぜ?」

 

 クライフと呼ばれた兵士は手を振り、そうではないというジェスチャーを行う。

 

「拗ねるとかそういう問題ではない。これは……正義ではない」

 

「現実はこんなもんさ、大義名分の裏ではこうなっちまう。人間の性さ」

 

「この戦いで俺はもう軍を辞める。こんな事をしていては未来の世代にも顔向けが出来ない」

 

 ヘリは地上に降り立つ。米兵が続々と禿げた山へ登っていく。談笑、タバコ、中には酒を飲みながら行軍している者すらいる。さながらピクニックの様だ。クライフも山へ登っていく、目前の惨状に目を細めるしかなかった。

 

 

「未来の世代? クライフ、まさか」

 

 

「ああ、妊娠三ヶ月らしい」

 

「やったな、お前も父親か……名前はもう決めているのか?」

 

「ああ、男ならクリス、女ならクレアと名付けようと思っている」

 

 ふっとクライフは近くの焦げた木を見る。何が動いた気がするが何らおかしい所はない。下から大名行列の如き群れが上がって来た。

 

「ストーム中佐だ。ああやって部下を引き連れては破壊した敵陣地や敵の死骸を見るのが趣味なんだと。まあ控えめに言ってもサディストだな」

 

 ストーム中佐は山にいる全ての米兵達の先頭に立つと後ろを振り返る。その声は図太くよく響いた。

 

 

「いいか、お前ら! これが我ら米軍、いや米国だけに許された光景だ! 我らには敵を滅する義務がある! 我らには悪を滅ぼす責務がある! もし罪の意識や疑問があるのならそんなもんは直ぐに捨てろ!」

 

 クライフは歯軋りする。正義を突き通す為に、世の中を少しでも良くする為に軍隊に入った。だが現実はこのザマだ。

 

「これが勝利だ! これが栄光だ! これが世界最強の力だ! 我ら米軍に敵う存在はいない! 我々が地球上の全ての生物の生殺与奪権を握っているも同然だ! これが人類の叡知の極致―」

 

 ストーム中佐の演説は突然止まる。と同時に周囲の米兵は唖然とする。年端も行かぬ東洋人の少年がストーム中佐の首を掴み、堂々と立ち尽くしていたからだ。筋密度、筋肉量、どれをとっても超一級品である事は誰が見ても理解出来た。

 

 

 

 範馬勇次郎 12歳と148日

 

 

 

 

「ファ────ク!」

 

 

 ストーム中佐の直ぐ後ろに居た米兵達はアサルトライフルを勇次郎に向ける。しかし引き金を引くより早く勇次郎は中佐を兵の群れに投げ込んだ。米兵達は数秒間混乱する。その数秒間の思考停止が生死を分けた。

 

 ある兵士は目玉を抉られ、ある兵士は金玉を潰され、ある兵士は内臓を引きずり出された。足が飛び、腕が飛び、脳が飛ぶ。瞬く間にホラー映画の様な大量殺戮が為される。米兵達は目の前の少年に向けてアサルトライフルを闇雲に発射する。

 

 しかし少年は素早くしゃがみ、数人の兵士の脚を蹴りでへし折る。肉が裂け、骨が粉砕させる。その攻撃は最早人間の打撃というより重火器の威力に近かった。

 

 クライフは固まる。まるで出来の悪い三流スプラッタ映画を見ている様だった。その間にも一人の兵士が少年に近付き、ナイフで応戦する。少年はあろうことか、ナイフごと腕をぶん殴って吹き飛ばす。近くにいた手榴弾を投げようとした兵士は顎をハイキックで無きものにされた。味方が次々と肉塊にされる、気づいたら山の麓にいる兵士達を除けば味方はほぼ全滅している事態だった。クライフは雄叫びを上げた。

 

 

「オオオオオオオオオオオオォォォォォォ!」

 

 

 アサルトライフルの銃弾が少年の足元に放たれる、勇次郎は後ろのジャンプして回避する。その隙にクライフは敵の懐に入り強烈なストレートを喰らわす。勇次郎はガードするも後方に飛ばされる。もう片手で放たれたハンドガンの玉はベアナックルアーミーの躯に数ヶ所の傷を付ける。多少クライフが油断した刹那、勇次郎の飛び蹴りがクライフの胸にクリーンヒットする。クライフは焼かれた木に叩き付けられ吐血する。

 

 勇次郎はクライフの落としたアサルトライフルを手に取るとその腕力だけでひん曲げた。強固な鉄製の重火器を飴細工や粘土の如く自由自在に曲げる。人間離れした所業にクライフは戦慄する。

 

「見れば分かる、貴様の本気はこんなものではない筈だ。さあ、本領を見せてみろッッッ!」

 

 クライフは立ち上がる。愛する我が子の顔をこの目で見るまでは死ねない。その思いがクライフに本来の力を発揮させた。

 

 ハンドガンを乱れ撃ちする。勇次郎は当然の如く避けるが、集中の極致にいるクライフは勇次郎の移動を読み、ストレートを頬に当てる。しかし反撃として腹に前蹴りを喰らう。クライフは悶絶しそうになるが、その最中でも軽めのタックルを当てる事には成功する。目の前の敵がこの程度で参る筈もない、クライフはコンバットナイフを取り出し、追撃に入る。一撃、一撃が確実に少年の躯に流血をさせる。敵の連撃を中断せんと放った勇次郎のアッパーに対してカウンター気味にアッパーを放つ。

 

 打! 

 

 流石の勇次郎も膝を付いた。少年は笑う、しかしその笑みは決して諦めや敗北を認める類いのものではなかった。

 

「クックックッ……面白いッ! ならば見せてやろう、俺の本領をッッッ!」

 

「何か来るぞ!」

 

 脚を折られて戦闘不能になっていたクライフの友人が注意を促す。忠告通り、敵は両手を上にあげ、全身を力ませる。見えてはいないが、背中の筋肉が変化しつつある様だ! クライフはコンバットナイフとハンドガンを構える。

 

 しかし戦闘はここで終わった。戦闘ヘリが十数機到着し、勇次郎に向けて威嚇射撃を行う。そして麓や横に展開していた米兵が異変を察知して集結してきたのだ。勇次郎は戦闘体勢を解く。

 

「楽しみはとっておくものだ。貴様、名は?」

 

「クライフ、クライフ・レッドフィールドだ」

 

 誇らしい敵の名を聞いた勇次郎はその場から消える様に立ち去った。

 

 



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三度ッッッ!

 

 勇次郎はケーブルカーのある広い空間まで戻って来た。切り傷、銃痕、数々の傷が増えた事をエイダは驚く。

 

「どうしたの? その傷……」

 

「フン」

 

 エイダの疑問を軽くあしらうとケーブルカーの隣にある台の上の紙が目に止まる。勇次郎は手に取り、黙読する。

 

 

 ******

 

 ユージローへ

 

 俺達はこの先にあるアンブレラの研究所に向かう。この事態を起こした元凶はアンブレラだ。確かめないは訳にはいかない。君はなんとか脱出してくれ

 

 レオン

 

 ******

 

「アイツら……」

 

 三人はケーブルカーに入る。エイダがレバーを動かすとケーブルカーは移動を始める。10分後、アンブレラ研究所に辿り着く。しかしエイダは動かなかった。

 

「勇次郎、私はまだダメージが残っているからここに残るわ。気を付けてね」

 

 勇次郎は違和感を感じるもシェリーを抱え先へ進む。アンブレラ研究所の入り口は厳重な巨大な扉で閉ざされていた。しかし勇次郎が所持していたブレスレットに反応して扉は開く、二重、三重に重なっていた扉は全て解放された。と同時に研究所内の電気がつく。勇次郎はロビーの近くにある部屋に入る。中にはベットがあった、そこにシェリーを寝かせると勇次郎は部屋を後にする。奥に行くための扉はブレスレットでは反応しなかった。そういった時、この男が起こす行動はただひとつ。

 

「邪ァッ!」

 

 

 扉は一撃で吹き飛ぶ。奥の空間は中央にエレベーターがあり、二つの入り口が左右にあった。入り口と中央エレベーターは空中通路で繋がっている。勇次郎は紫の色の液晶モニターがある右の入り口に進む。空中通路は閉じる事も可能な様だが、通路は繋がっていた。恐らくレオンとクレア達の仕業だろう。一研究所にしては余りに巨大過ぎる空間、ここで重要な研究がなされていた事は火を見る明らかだった。例の如く、紫の色の液晶画面がある扉を粉砕し、中に入る。

 

 中には特殊部隊の兵士の遺体があった。装備は下水道のあった遺体と同様だった。奥に進むと黄色い防護服が大量に置いてある部屋がある。それと連なる様にあった除菌室を抜けると広い空間に出る。どうやら一階もあるようだ。その奥が目的地のウイルス開発室だ。ウイルス保管庫に新型ウイルスがない代わりにウイルスワクチンがあった。これでシェリーを治療出来る。勇次郎は続けて近くにあったレポートに目を通す。新型ウイルスはどうやら『Gウイルス』と呼ぶらしい。増殖するため新たな宿主を探す性質がある様だ、シェリーが感染したのもこの性質の為だろう。

 

 勇次郎はシェリーの元へ向かう。広い空間を抜けようとした矢先、何かが天井をぶち破り、この地に降り立つ。それは勇次郎と二回戦った怪物であった。怪物が勇次郎に向かうとした瞬間、怪物は硫酸が直撃する! 怪物はうつ伏せに倒れ込んだ。一人の女性が怪物に近付く、女性の目から涙が流れる。

 

「ウィリアム、ごめんなさい……」

 

「お前は誰だ?」

 

「私はアネット、このウィリアム、いえG生物の妻よ。ウィリアムはアンブレラに追い詰められ、自らGウイルスを投与した。そして」

 

「このザマになった訳だな」

 

「ええ、もう苦しみも終わり、安らかに眠って。ウィリアム…………」

 

「避けろ!」

 

 勇次郎の呼び掛けも虚しく、アネットは吹き飛ばれ、壁に叩き付けられる。大量の吐血は多大なるダメージを示していた。

 

『G』は変化、いや進化する。顔はより禍々しい形相になり、背中から新たな傷な腕が生えてくる。まるで翼を携えた悪魔の様だ。体格も一回りも大きくなり、特徴の目玉は左脚、右の巨大な腕、背中に付いている。その姿はホモサピエンスから『神』へ進化完了した如きだ。Gは雄叫びを上げる、勇次郎は近付くにあるボタンを押し、素早くアネットとワクチンを渡す。警報が空間に鳴り響き、今ある地面が下がる。勇次郎とGが地獄へ落ちていく様にも見えた。

 

 

「察するにシェリーはお前の娘だろう。ロビー近くの部屋に避難させている。先にいってワクチンを打ってやれ」

 

「貴方はどうするの!? どうにか出来ると思っているの!?」

 

「生憎、これより強いもんは知らんものでな」

 

 勇次郎が親指で自分を指すと同時に、地面は一階に降り立つ。

 

 悪魔の雄叫びは鉄製の研究物すら震わす。Gは背にある巨大な右手で突きを繰り出す。勇次郎は後ろに飛び、回避する。

 

 左、右、左の順で横払いが繰り出される。前回の闘いより鋭さと力がより増した攻撃だ。

 

 勇次郎は小手調べでハイキックを繰り出す。怪物は三回目の闘いで初めてオーガの攻撃をガードした! カウンターで繰り出したアッパー気味の斬撃は空をきる。

 

「自我も無く、格闘技術が進化するとは……楽しませてくれるッ!」

 

 Gは勇次郎に背を向けて部屋に数ヶ所ある燃料タンクを引きちぎりに掛かる。たとえ専門の機械があっても取り出すのに時間が掛かるであろう物を怪物は五体のみ、筋肉のみで引きちぎり、取り出す。燃料タンクが尋常ではないスピードで投げ飛ばされる。辺りは火の海と化した。怪物は背後に立つ気配を察すると裏拳を放つ。敵は人間離れした反射速度でしゃかみ、弱点であろう左脚の目玉を手刀で潰す。Gはたまらず膝を付く。巨大な右腕に付いている巨大な目玉にストレートパンチの追撃が入る。怪物は暴れる様に爪を振り回す。連撃を回避しながら勇次郎は残された最後の弱点である背中の目玉を飛び蹴りで潰す。全ての弱点を潰されたGは両膝を付く、そして胸から巨大な目玉が姿を表す。これこそ真の弱点であろう。ジャブより早い踵落としが真の弱点を切り裂く。

 

 Gは暴れまわるかと思いきや躯を丸める。すると躯が真紅に染まる。憤怒、覚醒、絶望、様々な状況を一辺に表しているかの様だ。怪物は発狂すると室内で最も大きい柱を掴む。柱は激しく軋み、通常では決して見る事が出来ない『分離』という状態に変化する。

 

「他者の筋力を見て震えたのは初めてか……いつ以来か」

 

 地上最強の生物―あらゆる兵器を、あらゆる生物を五体の肉体のみという条件下で潰し、破壊し、屠り去る。最強の肉体が誇り、最強の筋力が勲章、その自負は常にあった。しかし目の前の筋肉はその自負を少しだけでも揺るがせるに値するものだ。勇次郎は首を思わず横に振る。現実を逃避した訳ではない。Gの尋常ではない怪力を見て、一瞬だけ父・範馬勇一郎を思い出してしまったからだ。戦艦アイオワを腕力だけで制圧した父、自分より先に筋肉だけで米国に勝利した父、生き方、思想、戦闘スタイル、自分とはまるで正反対の父、そんな父の姿と目の前の『神』の姿が重なる。極限まで極めた筋肉は最強まで驚嘆させる。

 

 

 絶対にあり得ない光景、巨大な柱が宙を舞う! 落下すると火炎が部屋を包んだ。『鬼』は自分の欲望を抑える事はもう出来なかった。オーガはGの前に立つ。

 

「言葉が分からぬなら分からぬまま聞けッ! 無限に進化する、たとえ負けても勝っても進化する。たとえ無傷でもズタボロにされても進化する、称賛に値する」

 

「殴り合おう……小細工なしでだ」

 

 オーガは完全に間合いに入る。しかしGは攻撃も警戒もしない。崩壊した自我、劣化した知性、言語を理解出来る筈もなかった。だがGはその言葉が持つ言葉の意味を理解していた。度重なるこの男との激闘はどんな言語よりも強烈な言語として成立していたのだ。

 

 

 

 勇次郎とGは同時に膝を落とす。片方は顔面が潰れ、片方は体に大きな爪痕が残る。それでも両者は一切の怯みを見せない。

 

 打! 

 

 怪物の顔の大半が滅茶苦茶になる。全身が震え、全身が思う通りに動かない。しかしGは戦闘体勢を崩さない。目の前の敵も血だらけである。

 

 打! 

 

 ノーガードで撃ち合う、敵の攻撃を避けない、ダメージ覚悟の我慢比べ、腕力比べ。現代格闘技というダメージを可能な限り軽減し敵を倒す技術概念、そして生存本能という生存を何より一番とする本能からは程遠い概念ッッッ! 程遠い愚行ッッッ! しかし両超雄はその時代遅れというべき愚行を止めなかった。敵の攻撃を堪能したいッッッ! 自分の攻撃を堪能させたいッッッ! 極限の闘争を通じて生まれた欲望はあらゆる概念を過去のものにした。

 

 打! 

 

 勇次郎は血塗れ、Gの躯はオウトツが激しくなる。鬼の笑顔、それは連撃の加速を意味していた。もうダメージを受けたくないからという軟弱な考えからではない。全身から溢れ出る闘争本能が、より濃厚な戦を望む想いが打撃の加速を促進させた。Gの躯は破損を極める。背中から生える二腕をガードに使う、初めて『神』は闘争本能より生存を、自らの保身を優先させた。その差が勝敗を分けた。

 

 決! 

 

 勇次郎の渾身の一撃は怪物のガードごと弱点である胸の大目玉を粉砕した。Gはうつ伏せに倒れ込む、しかし勝利者は無言である。それは激戦を物語るものでもあり、更なる激戦をまた堪能出来るという喜びも示していた。

 

 

 

 *******

 

 

 

「「勇次郎!」」

 

 

 勇次郎がシェリーの元に戻るとそこにはレオンとクレアの姿があった。二人共、体に包帯が巻かれ無傷ではない。しかし二人は生き延びた。あの地獄を生き残った。数時間ぶりの再会とは思えない程の濃い、濃い時間であったが数時間ぶりの再会を喜ぶ。

 

「生きていたか」

 

「あんたこそ。生きていて良かった」

 

「マ……マ?」

 

 シェリーは目を覚ます。アネットがワクチンを打って容体が良くなった様だ。しかし娘を救った筈の母の命は尽きようとしていた。

 

「シ、シェリー……あなたに構ってあげらなくて本当にごめんね。良いママでは無かったけれどシェリーの事は愛しているわ。あなた方、シェリーをどうか救って……お、おね……が」

 

 アネットは息絶える。Gという怪物を作り上げてしまった責任の一端はあるものの最期はひとりの母として、娘を愛する母として逝った。少女の叫びが部屋を包む。鬼に出来る事はただ悲痛な想いを吐き出させてやる事だけだった。

 

 



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二対一ッッッ!

 

 研究所は桁ましい警報が鳴り響いていた。先程の激闘のせいか、誰が操作したせいか、研究所内の爆破装置が作動している。あと僅かの時間を迎えると研究所は跡形もなく、吹き飛ぶ。勇次郎、レオン、クレア、シェリーはアネットが所持していたマスターカードキーをブレスレットに嵌め込んで研究所の中央エレベーターに乗り込む。研究所が崩壊していく様が見える。諸常無常、最強の生物を生み出す最新の研究をしていた研究所は因果応報という言葉に相応しい結末を迎えつつあった。

 

「勇次郎、エイダは裏切った。警察署でも俺達と遭遇していたが、俺達の入手したGウイルスを見た途端、奪い去ろうとした。最後は色々あって空中通路から落下した、あれでは助からないだろう……」

 

 

「そうか……ところでクレア、父親はどうしている?」

 

「急にどうしたの? 勇次郎」

 

 忘却の彼方にあった記憶、強敵達と闘った事で復活した記憶、昔の強敵の現在を勇次郎は知りたかった。

 

「父は亡くなったわ。私が11歳の時に、病気で……」

 

「そうか……」

 

 エレベーターは停止する。目的地に着いたからだ。着いた先のモニター室の奥には扉がある。三人は先を急ぐ、しかしオーガは立ち止まり、呟く。

 

「惜しいッ」

 

「どうしたの?」

 

「フン、何でもない」

 

 研究所内全体に爆破までの猶予を伝えるアナウンスが流れる。残り時間はあと10分。あと僅かで研究所は瓦礫の山となる、その事実が四人の足を早める。階段を降り、近くの扉を開け、部屋の中にある小さいエレベーターに乗り、下に降りる。修羅場をくぐった四人は慎重かつ素早く動く。下の階には植物と人間が融合したかの様な怪人が待ち受けていたが、勇次郎に瞬く間に手刀で微塵にされた。現在、地球上で一番危険な地帯であるラクーンシティであるがレオン、クレア、シェリーにとってはある意味、一番安全な地帯にもなっていた。四人は先へ進み、再び梯子を降りる。

 開かない扉は例の如く粉々になる、その瞬間、背後から巨人が迫ってくるのが見えた。ラクーン警察署で拳を交えたあの巨人である。

 

「くっ……あいつか、散々俺達をつけ狙ってきやがって……」

 

 

「お前らも奴と対峙したか」

 

 

「ああ、あのしつこさはギネスブックもんだ」

 

 四人、特にシェリーの足より素早い巨人の移動速度が一行に追い付く要因となった。勇次郎は振り返り、臨戦体勢を取る。

 

「いいぜ、来なッ!」

 

 勇次郎と暴君の闘いが始まるか否かという瞬間、通路内で爆発が起こる。床が底抜け、巨人は大火炎と爆発と共に飲み込まれる。レオンとクレアが居た床も人間では到底立つ事が出来ない角度に変化していた。勇次郎が手を差し伸べようとしたのも遅し、二人に下に落下する。

 

「チッ! しかし奴らなら生き延びるだろう。ついてこいッ!」

 

 最後の通路を抜けた先にあったのは列車の先端を乗せた巨大なターンテーブルだった。恐らく今回の様な爆破装置の作動時用の脱出経路だろう。勇次郎とシェリーは列車に乗り込む。勇次郎は列車の操縦席の床に落ちていたプラグを拾うとシェリーに命令を下す。

 

「お前は此処に居ろ。何があっても外に出るな」

 

 頷く少女を後にし、勇次郎はターンテーブルの操縦室に入る。目に付いたのはミニガンと呼ばれるガトリングガンだが、この男にとっては無用の長物であった。地上最強の生物以上の兵器など存在しない―自他共に認める事実だ。プラグを差し込み口に挿入すると警報が鳴る。動力を得たターンテーブルは拘束具を解除され、動き出す。ターンテーブルに乗った勇次郎は感じる。狂気か、殺気か、破壊衝動か。周囲を漂うただ為らぬ『それ』はオーガをも周囲を確認させるに至らせた。

 

 

 ガシャン! 

 

 四度、『神』は鬼の前に現れる。何度敗北しても、何度殺害されてもその度に進化する。史上最強の生物兵器と化した史上最悪のウイルスの製作者は胚の生殖と敵の排除以外の目的は有しない。

 

「エフッ、エフッ。死ねないというのもなかなかどうして……」

 

 Gの躯は第三形態から一回りも巨大化していた。上半身、特に両腕が肥大化し、下半身とのバランスは悪化したもののまるで野生の獣の様に四足歩行するには適している。実際、今、列車の上で獣如き構えを見せている。今までと比較にならない程の狂気の雄叫びを上げ、標的を滅ぼさんとしていた。

 

 

 ガシャン! 

 

 勇次郎が目の前の敵と四度の楽しみを開始しようと構えた瞬間、二回目の激しい金属音がターンテーブル内に轟く。勇次郎が目にした姿はあの暴君―巨人の姿だった。しかし右腕はまるで剣の様な爪が生え、上半身のコートが破損している。炎を纏った巨人は雄叫びを上げる。暴君の叫びと神の叫び、その筆舌につくしがたい共鳴は地上最強の生物の幸悦を極限まで高めた。

 

 

 

 神と化した研究者は敵を八つ裂きにする為、飛び掛かる。しかし敵は姿を消す。勇次郎は目にも止まらない早さで暴君に近付き、ハイキックを喰らわす。しかし暴君は怯まず、右腕で突きを敵に目掛ける。攻撃を避けた勇次郎にGの連撃が迫る! ターンテーブルと列車が攻撃の度に削られる! その消し飛ぶ量は生物が作り出す量ではなかった。神の連撃に応答するかの様に暴君も爪をこれでもかと言わんばかりに振り回す。流石のオーガも列車の上に飛び乗り、退避する。人を思うがままに改造するというアンブレラの狂気は地上最強の生物の本能まで揺さぶる快挙を成し遂げる。

 

 二体の攻撃の嵐が止むと勇次郎は下に降り立つ。鬼の最初の標的はGだった。胸部に無数に発生した目玉を世界最速の技、ジャブで一つずつ破壊した。来ると理解していても必ず当たる、どんな人間でも、いや如何なる生物でも必ず喰らう技を勇次郎が放つ。回避出来る理由はなかった。時間にして二秒―全ての弱点を潰されたGは黄色い液体を垂れ流した。

 

 復活

 

 あからさまな弱点であろう無数の目玉は瞬時に甦る。無限の進化を促すウイルスは度重なる激闘の末、此処までの回復領域に辿り着く。

 

 暴君の突きが勇次郎の背後から迫るが振り向きもしないまま、オーガは足払いをする。巨人の爪がGに突き刺さるとその反動を利用してソバットを繰り出し、勇次郎の腹部にクリーンヒットする。Gは暴れ出し、暴君は振り落とされる。タイラントが立ち上がった瞬間、オーガは敵二体同時にラリアットを喰らわす! 体重差など無いが如く、Gとタイラントは吹き飛ばされる。壁にぶつかり、更なるダメージを負った。

 

 Gは二足歩行を止め、四足歩行に移行する。距離が離れた敵、獣如く体勢、結論は一つ。凄まじい猛スピードで鬼に突っ込む、まるで重戦車の突撃の様な攻撃にも勇次郎は避ける様子は微塵もなかった。

 

「グオオオオォォォォォォォォォォォォォ!」

 

 この状況以上にがっぷり四つと呼ぶに相応しい状況はない。神の突進を受け止めた鬼、人間を超越せし二者の筋力は拮抗する。二者の筋肉に走るエッジは尋常ではない程の筋肉活動を意味していた。

 

 しかし拮抗は終了する。合気に近い技を使用し、Gを後方に投げ飛ばす! 再び背後を襲うとしたタイラントの企みは失敗に終わった。

 

 

「俺に技を使わせるとはッッッ! 褒めてやるッッッ!」

 

 

 

 二体同時の攻撃も臆する事はない。

 

 強者は我慢する事はない。真に強ければ己を曲げる事はしない。

 

 見失ってはいけない、己の意思を突き通す事。己の我儘を押し通す事、それが、それこそが強さの最小単位ッ! 

 

 

 鬼は鬼以外の地球上に存在する全ての生物が絶望する状況下でも我儘を押し通す。オーガの一撃は二体の二撃を真っ向から突き通す! 生物という形態を取る存在ならば絶命は間逃れないであろう神と暴君の一撃をオーガは一回のパンチで吹き飛ばした。

 

 

 

 断! 

 

 

 Gの左腕とタイラントの右腕は跡形も無く消滅した。武器は無くなり、相手は地上最強の生物、普通ならばここで試合終了である。しかし再び同時にオーガに襲い掛かる! 寸分の狂いもないタイミング、寸分の狂いもない速度、神と暴君は完全に波長を合わせていた。本来ならば二体とも遭遇した瞬間、殺し合う様な解り合えない存在であろう。しかし地上最強の生物の前ではそれは命取りになる事は知性を失った今でも理解出来ていた。

 

 隻腕という名のオリジナル――――――そして人間を超越した味方

 

 

 不完全に見えて最強の存在の前にも渡り合える状況ッッッ! 

 

 狂気、狂喜、強気

 

 二体の溢れんばかりの感情を乗せた連撃が勇次郎を際まで追い詰めた。

 

 が連撃は終結した。勇次郎は両手で神と暴君の攻撃を受け止める。勇次郎の腕の筋肉の張りが極限を迎える。最早有機物の限界を超えた筋力を発した筋肉は二体の隻腕を捻り、一つの捻りにする。二体は擬似的に融合する、身動きは出来ない。

 

「仕舞いだぜ」

 

 勇次郎はタイラントを掴み、無理矢理Gに押し付ける。肉が、骨が互いの肉と骨と徐々に混じり合う。抵抗するだけの力は二体にはもうなかった。

 

 赤き血と黄色い血、大量に流れる血は川の様に流れ、止まらない。肉と肉が融合する、骨と骨が連結する、内臓と内臓が一つになる。地上最強の力は怪物と怪物を力付くで一つの塊にした。最早悲鳴も、断末魔もない。神と暴君は鬼の前に肉塊と化し、屍となった。しかし狂気は一帯からは失われてはいなかった。



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鬼ッッッ!

 ターンテーブルは終着地に着く。後部にある列車と連結し、発車準備は完了した様だ。勇次郎はターンテーブルから列車内に入るとシェリーと再会する。勇次郎は操縦席に目を向けるがまだ操作レバーに手を掛けない。

 

「何を手こずっているッッッ!」

 

 瓦礫が降り注ぎ、至るところで爆発が起こる。研究所の寿命も残り僅か、その様はアンブレラの栄華の終焉にも見える。

 

 何かが乗っかった音がする、勇次郎は姿を見るまでもなく察する。地上最強の生物は気配でその存在の大体の様子が理解出来る。

 

 

「「勇次郎!」」

 

「フッ……やはり生きていたか」

 

 

 

 レオンとクレアの無事を確認すると勇次郎はレバーを引く。列車は動き出し、加速する。あの地獄、あの修羅場、前代未聞、空前絶後の災厄から離れる事実はレオン、クレア、シェリーを安堵させ、床に座らせる。

 

 

「お、終わったのよね……」

 

「ああ、なんとか生き延びた、まるで夢、悪夢だった……」

 

 レオンとクレアは項垂れる。疲れや安心感、その姿は戦場から帰還した兵士の様にも見える。列車は地下道を猛スピードで駆け抜ける、終点は恐らくラクーンシティ郊外であろう。災厄から逃れられるのは間違いない。しかしその時―――――――

 

 

 

 

 ガシャ! 

 

 

 列車が大きく揺れる程の衝撃と凄まじい金属音が三人の安堵感を粉々に破壊する。一体何が起きたのか、思考停止するのは必然であろう。しかし地上最強の生物にはその必然は通用しない。この男の心中にあるのは喜び、ただそれだけだった。

 

 

「い、一体何なんだ!」

 

「わ、私、様子を見てくるわ!」

 

 

「お前らは此処にいろ」

 

 勇次郎はハンドポケット状態で歩き出す。高鳴る鼓動、行幸の予感、二つの先の車両に着くとそれは最高潮に達した。

 

「ここまでやらせてくれるとは……感謝……」

 

 列車後部にある強固な扉が歪む、また歪む。扉の向こうに何がいるか、勇次郎には火を見るより明らかだった。

 

 鉄製の壁と扉をズタズタに切り裂き五度、それは現れる。

 

 今までの姿とはかけ離れた姿、まるで軟体生物の様に柔らかく、尚且つ190センチ超の勇次郎が見上げる程の巨体、横幅も列車の幅とほぼ同じである。四つの触手を駆使し、巨体を前進させている。よく観察すると躯の至るところに腕や足が生えている。研究所内のゾンビを吸収したのだろう、この巨体も恐らくそのせいであろう事は想像に難くない。躯の中央にある巨大な口は有機物、無機物関係無く原型を留めない程に破壊する。最早人間から遠く離れた白く邪悪な面は無限の進化の可能性すら感じさせる。

 

 五回目の鬼との対面、五回目の死闘、それだけで驚愕に値する。ノーベル戦闘賞なるものが仮にあれば勇次郎の次に相応しい存在だ。その進化の権現は悲鳴をも超越した悲鳴を散らし、地上最強の生物に迫る。勇次郎は応答するが如く、神に向かって走り出す。

 

 オーガのストレートパンチ――――――その威力は格闘という戦闘の一形態の範疇を遥かに超えている。実際、G第一形態との戦闘はそれで決着をつけている。

 

 だが今、勇次郎の前にいるGには決定打になる様子はない。悲鳴は止まる気配はないが、前進も止まる気配はない。それだけで今までの形態とは比較にならない耐久力を有している事が理解出来る。

 

 巨大なる口での噛み付きを恐れる事無く、勇次郎は次々と打撃を繰り出していく。飛び蹴り、裏拳、回し蹴り、アッパー、ハイキック、フリッカージャブ、踵落とし。

 

 戦車やヘリコプターすら喰らったら跡形も無くなるであろう地上最強の生物の放つ連撃を真っ正面から受け止めてもG第五形態は前へ前へ進んでいく、敵を滅する為に――――――

 

 今まで人生、大抵の敵は一撃で屠り去ってきた。最強の筋肉、最強の格闘センス、オーガの打撃を耐えられる生物など居ない筈、自他共に認めるところだろう。しかし眼前にいる敵には致命傷に程遠い。初めての体験―鬼面毒笑、オーガは嗤う、嗤って嗤って嗤ってまた嗤う。

 

「よくぞ此処まで練り上げた……よくぞ此処まで辿り着いた」

 

 列車の扉が開く、そこにはレオンとクレアの姿があった。しかし二人は前代未聞の怪物の姿より驚嘆するものを見せられる。

 

 

「勇次郎、無事か……あ……」

 

「レ、レオン、見て! あ、あれ……」

 

「ああ、あれはまるで……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「鬼の形相のような……」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 範馬勇次郎がオーガと呼ばれる所以、範馬が鬼と呼ばれる所以。打撃の要である背中の筋肉、打撃を行う事で発達するとも言われているが、数えるのも馬鹿らしいくなる程の戦闘、他者への打撃を経てそれは極限を迎える。魅せる筋肉でも余計な筋肉でもない純粋なるヒッティングマッスル―その最高峰、到達点がこの鬼の形相である。背中の筋肉がまるで鬼の形相に見える、そしてこの姿を拝んだ相手は必ず死ぬ。人間を超越せし鬼―オーガはただ目の前の敵をぶん殴るッッッ! 

 

 肉が弾け飛ぶッ! 神の躯が消し飛ぶッ! 

 

 先程とはうってかわってGは蠢き、苦しんでいる様子だ。自慢の巨体は一撃ごとに大量な損失を見せ、悲鳴も最大に達した。しかしその状況に抗うが如く、巨大な口から弱点でもあり、G生物のシンボルでもある目玉が出現する。勇次郎はこの至高なる闘いに終止符を打つべく両手を天に掲げる。

 

 

「勇次郎の背中、いや鬼……鬼が」

 

 

 

「「鬼が哭いている!?」」

 

 

 

 究極を超えた究極、最強より強い最強、極限のその先

 

 

 背中の鬼が発達の限界を超えた事により哭いている様に見える。勇次郎は両手を後ろに移動させる。

 

 

 放たれたのはパンチそのものである。しかしタイミング、速度、威力、どれを取っても人間の域を遥かに超えた悪魔の打撃だ。

 

 悪魔の打撃は神の中枢を完全に破壊した。触手を暴れられる限り振り回す。だが最後の足掻き、足掻きにもならなかった。

 

 レオンか、クレアかはわからない。列車を連結を切り離し、Gは研究所爆破による火炎に投げ込まれる。それは地獄の完全なる終演を意味している様にも見える。レオン、クレア、シェリーは互いの顔を見て笑顔を浮かべる。勇次郎はただ火炎、そして友を見つめるだけだった。

 

 

 

 

 



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神vs鬼 究極の対決

最終回ッ!


 

 列車の終着点は予想通り、ラクーンシティ郊外だった。日の光が眩しく、空は青い。地獄から生還した実感、確かな安全圏への一歩はレオン、クレア、シェリーに笑みを浮かべさせる。地平線まで広がる大地を四人はゆっくりと歩き出す。シェリーはレオンとクレアと手を繋ぐ。まるで親子の様だ。勇次郎はハンドポケット状態でその様子を和やかに眺めていた。

 

「ねえ、クレアとレオンって付き合っているの?」

 

「いや、そんなんじゃない、出会ったばかりだ。きのうね」

 

「そう、でもとんだ初デートになった」

 

「ああ、ほんと、ぶっとんでた」

 

 

 シェリーの表情はどこか悲しみがあった。それもその筈、昨日、両親を一辺に失ったのだ。十二歳の少女には余りにも辛い現実だった。

 

「居なくなっちゃった……パパも、ママも…… 私、一人ぼっちになっちゃった……」

 

「シェリー……」

 

 

「クレアとレオンに……パパとママに……なって貰おうかな?」

 

 

「俺達が?」

 

「勇次郎の方がパパっぽくない?」

 

「恐いパパは嫌……かな」

 

 

「クス、クス」

 

 

 クレアの笑いに勇次郎は軽く頬を膨らませる。オーガがこうした動作をするのも珍しい。流石にシェリーに同情の念があったのだろう。

 

 勇次郎の心の中にも人生で初めてといってもいい真の満足感があった。強者のオンパレード、強敵の津波、如何なる戦場にもなかった高揚感を得た。地上最強の生物の躯も無傷では無い、銃創、切り傷、多数の勲章が激戦を物語っていた。だからこそ勇次郎は満足である。苦戦する事にすら苦戦するこの男にはうってつけの地獄であった。

 

 オーガの笑み、それは満足を得たと同時に自らを脅かす者が居ない退屈な日々に戻るというある種の諦めを表すものでもあった。悲しくも笑い合う三人を見て、その思いをより強くする。

 

 

 

 がそれは誤りだった。

 

 

 

 

 オーガの髪が逆立つ。勇次郎の意識は特に危険を察知はしていない。しかしより深い意識の中から最大最強の危険シグナルが勇次郎の細胞を半自動的に作動させる。勇次郎は振り向く。

 

 

 

「ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ……!」

 

 

 それは居たッ! 範馬勇次郎の背後にそれは現れたッ! 

 

 3メートル超の身長、勇次郎より一回り、いや二回りも巨大い。全身は赤茶色、四肢の先端は黒く、まるで武具を装着しているかの様だ。白き顔は魔王如き形相だったが、何処と無く女性の様にも見える。そして筋肉ッッッ! 

 

 筋密度、筋肉量と共に人型生物の限界、許容範囲を遥かに超えていた。異常なる張り、尋常ならざるエッジ、肉の宮は地上最強の生物を見下ろす。背の差だけではない、勇次郎を前にして自分の方が格上という絶対なる自負から敵を睨み付けている。

 

 緻密な頭脳を持つ勇次郎は思考を巡らす。自らが思っている存在とは違う化物である可能性も考えた。何せ『奴』は列車の爆発及び研究所の爆発に巻き込まれたのだ、どんな生物でも間違いなく無事では済まない。よってこの場に居る筈がなかった。がその推察は外れた。

 

 

 

 誕

 

 

 

 怪物の胸から巨大な目玉が姿を表す。目玉は四方八方に動き、最終的に勇次郎を凝視する。凝視、凝視、凝視、五度自らを負かした存在を捉えて離さなかった。

 

 

 

 

 

 G第六形態

 

 

 

 

 神は六度、鬼と対峙する。しかしその様子は今までの形態とまるで違っている。眼前に敵がいるにも関わらず、襲い掛かる様子はない。ただ鬼を見下すだけ、とても自我がない様には見えない。

 

 

「お前ら、早く行けッッッ!」

 

 勇次郎は叫ぶ。レオンとクレアは銃を構える。

 

「わ、私達も戦うわ!」

 

 

「逃げろッッッ!」

 

 勇次郎の鬼気せまる言葉に二人は構えを解いた。目の前の怪物の強さは自分達の想像の遥か先にある。それが実感出来る。

 

 

「クレア、シェリー、行くぞ!」

 

 レオンはシェリーを抱き抱え、走り出す。クレアも勇次郎の方を見つつ後に続く。しかしGは微動だにしない、それは本来有り得ない事である。G生物は胚を適応可能な対象に植え付ける事を第一とする。生物としての最優先事項である。

 

 

 超越

 

 

 

 五回に渡る激闘、五回の死闘により『G』のプライオリティは変更された。種を増やすという自己保存より、闘争を優先させる。生殖より生存より、如何なる本能よりもッッッッッッッッッッ! 

 

 闘争本能が勝るッッッ! 

 

 目の前の敵、目の前の鬼を滅する事が最優先事項、無限の進化の果ては皮肉にも五回もGを撃破した勇次郎と同じ域に達した。

 

 

 

(お前を……お前を殺して、ワタシは……『神』になる)

 

 

 

 言葉でもテレパシーでもない、Gの念、想いがダイレクトに伝わる気が勇次郎にはした。

 

 

 

 撃! 

 

 

 勇次郎は弾け飛ぶッ! 地面は抉れ、オーガは何回も地面にバウンドしながら300メートルは吹き飛んだッ! 

 

 まるで見えなかったッ! 敵の行動がまるで察知出来なかったッ! 地上最強の生物である範馬勇次郎にとって、それは初体験であった。そして190センチ超、120キロ超の超緊密肉体がピンポン玉の様に弾き飛ばされるのもまた初の出来事であった。困惑、憤怒、歓喜、勇次郎の心中に多様な感情が共存していた。

 

 

 強烈な蹴りが勇次郎に炸裂する! 辛うじて勇次郎はガードするものの又もやGの行動を感知すら出来ない。300メートルの距離の移動を地上最強に感知させず行う―驚愕という言葉では言い表せなかった。範馬勇次郎の躯が数回転する、怪物は間髪いれずに又もやパンチを喰らわす。何の変哲もないパンチであるが、G第六形態から繰り出される普通の打撃は地上最強の生物の表情を歪ませる。勇次郎は再び数百メートル吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 全ての生物の強さを凌駕する

 

 

 

 

 全ての格闘家の技を凌駕する

 

 

 

 

 全ての軍隊の暴力を凌駕する

 

 

 

 

 地上最強の生物という称号ッッッッッッ! 

 

 

 

 地上最強の生物という誇りッッッッッッ! 

 

 

 勇次郎の中で自分の自己像が崩れ去っていく、範馬勇次郎という型を作り上げている前提条件が崩れ去っていく。それは初めての体験であった。

 

 慣れがない。自分の筋力が相手より下回る経験、自分が防戦一方になる経験、全く免疫がない事態に陥った勇次郎は嗤っていた。

 

 圧倒される事に対する圧倒的不馴れ、しかし勇次郎は嗤う。強すぎて手こずれない悲劇は今、ここで終焉を迎えた。あとは自らの全力を目の前の敵にぶつけるだけである。

 

 オーガはG第六形態に向かって走り出す。両手を上に上げて構える本気の体勢を取る。背中の鬼を浮かべ、勇次郎は攻撃を繰り出す。

 

「北極熊を葬り去った猛獣の連撃、とくと味わうがいいッッッ!」

 

 

 凄まじい速度で凄まじい威力を誇る連撃がG第六形態を襲う! 四方八方から打撃が繰り出される。ガード、回避と共にする暇が無い。あらゆる種類の打撃を受けながら、G第六形態は構えを取る。勇次郎が気付いた時にはそれは放たれていた。

 

 

 

 神の連撃ッッッ! 

 

 

 

 無限の進化を続ける怪物から放たれた連撃は勇次郎の猛獣の連撃を上回る速度、攻撃力でオーガの身体を削りとっていく。勇次郎は負けまいと連撃を止めないが、Gの連撃を前に徐々に勢いを弱める。

 

 

「チィッッッッ!」

 

 

 範馬勇次郎が打撃の撃ち合いで競り負ける。前代未聞の事態であるが、勇次郎には分かっていた。このままではジリ損だと……

 

 数回のバックステップで勇次郎は攻撃の嵐から逃れると両手を上に完全に上げる。鬼の哭き形相、通称鬼哭拳の準備である。背の筋肉が極限まで高められる―全ての敵を葬り去る範馬勇次郎最強の技だ。

 

 最強の攻撃がG第六形態の眼前に迫ったその時! 

 

 

 

 

 

 

 受け止められた。勇次郎最強の攻撃が赤子のパンチを掴む様に掴まれた。神は笑顔を浮かべる。五回の敗北は自らの糧にしかならなかった、勇次郎にとっては五回の勝利は自らの首を絞める行為でしかなかった、そう言いたげな笑顔だった。

 

 勇次郎は力んで抵抗するが握られた拳は第六形態の超握力によって今にも破裂しそうだった。範馬勇次郎が一切通用しない、地上最強の生物が一切通用しない。生物史を塗り替える快挙である。

 Gのボディブローにより、勇次郎は吹き飛ばされ、膝を付く。その姿は敗北を認めたかの様にも見えた。

 

 

 

 

 

 

(質問)

 

 

 

 

 

 

(強ければ強いほど)

 

 

 

 

 

 勇次郎は腹に前蹴りを喰らう。地上最強の悶絶が歴史に刻まれる。

 

 

 

 

 

(手に入らないものってなァ~んだ)

 

 

 

 

 

(答え)

 

 

 

 

 オーガは今度はアッパーを顎に喰らう。顎の骨に亀裂が入る。カウンターのアッパーも空振りに終わる。

 

 

 

 

(栄光)

 

 

 

 

 

 G第六形態の手刀をガードで受け止めるが、肉は切れ、骨にもダメージが入った。勇次郎がよろめく、確実に敗北の時は近付いていた。

 

 

 

 

 

 

(まるで……)

 

 

 

 

 

 

 

(缶ジュースでも買いに出掛けるように)

 

 

 

 

 勇次郎は回転まわし蹴りを放つ、しかし敵に当たる事はなかった。カウンターによる回転まわし蹴りにより勇次郎は再び膝を付く。

 

 

 

 

 

(その)

 

 

 

 

 

 

 

(栄光とやらの場所まで歩いて行き)

 

 

 

 

 再びの神の連撃ッッッ! オーガは必死にガードするが、常人なら致死量の肉体が削られ、血が川のように流れる。

 

 

 

 

(自販機で缶ジュースを入手するように栄光を手にする)

 

 

 

 

 

 

 

(手にした缶ジュースに達成感はあるかい……?)

 

 

 

 

 最早勇次郎の足取りは覚束無い。Gは一歩ずつ、一歩ずつ、好敵手に近付く。野生ならば、いや野生でなくとももう決着は付いたも同然──────―しかしGは歩みを止めない。地上最強の生物に止めを差す。強さを拠り所にしている生物ならば至福の刻だからだ。

 

 

 

 

(そのジュースを栄光と呼べるかい……!!?)

 

 

 

 

 

 

 

(この強過ぎる腕っぷしが 全てに手が届いちまう)

 

 

 

 Gは拳を掲げる

 

 

 

 

(強過ぎちまって 俺は 手こずれねェんだぞ!!?)

 

 

 

 

 範馬勇次郎、倒れる。

 

 

 G第六形態の一撃を喰らった勇次郎は倒れる。

 

 

 

 断言するッッ! あの倒れ方は絶対に起き上がれないッッッ! 

 

 

 G第六形態は仁王立ちしながら倒れ込んだ範馬勇次郎を見下す。地上最強の生物は今、この『神』に変わった。

 

 

 ******

 

 

 

 

 

 

 

 

(駄目だ……)

 

 

 

 

 

 

 

(お前を……)

 

 

 

 

 

 

(解き放つのは……)

 

 

 

 

 

(反則だ……)

 

 

 

 

 

(真の俺……)

 

 

 

 

 

 

(真の範馬……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(真の鬼……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(解き放つのは……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 G第六形態は歩き出す、六度の闘いの末、遂に破った強敵を残して。地球上に自らを超える生物

 は居ない、その自信、いや確信がこの怪物を笑顔にする。しかしその笑顔は長くは続かなかった。

 

 

 

 

 

 

 ! 

 

 

 

 

 

 

 絶対に起き上がれないダウンをした筈の敵が立ち上がっていた。その足取りは覚束無い、しかし一歩ずつGに近付いていく。

 

 

 

 

「こ、この範馬が……ここまで追い詰められるとは……」

 

 

「よくやった……」

 

 

「地上最強の生物の称号はお前のものだ……」

 

 

 

「俺は今から……」

 

 

 

「生物を……」

 

 

 

 

 

 

 

「辞めるッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 勇次郎の全身の筋肉が隆起する! 弾けんばかりの筋肉の発達は皮膚をも突き破る勢いだッ! しかし隆起は止まる、全身の筋肉という筋肉がまるで別の生物の様に蠢いていた。

 

 

 勇次郎は両手を前に突き出してクロスさせる。すると……

 

 

 

 

 

 鬼ッ! 

 

 

 

 鬼ッ! 

 

 

 

 鬼ッ! 

 

 

 

 鬼ッ! 

 

 

 

 鬼ッ! 

 

 

 

 鬼ッ! 

 

 

 

 鬼ッ! 

 

 

 

 鬼ッ! 

 

 

 

 鬼ッ! 

 

 

 頬、額、胸、脚、腕、そして背中に無数の鬼の形相が生まれていた。背中にしか出来ない筈の鬼の形相はオーガの全身を埋め尽くしている。そしてその表情は最早人類のものではなかった。

 

 

 

 

 範馬勇次郎復活ッ! 

 

 

 

 

 

 範馬勇次郎復活ッ! 

 

 

 

 

 範馬勇次郎復活ッ! 

 

 

 

 

 範馬勇次郎復活ッ! 

 

 

 

 

 範馬勇次郎復活ッ! 

 

 

 

 

 範馬勇次郎復活ッ! 

 

 

 

 

 範馬勇次郎復活ッ! 

 

 

 

 

 範馬勇次郎復活ッ! 

 

 

 

 

 範馬勇次郎復活ッ! 

 

 

 

 

 範馬勇次郎復活ッ! 

 

 

 

 範馬勇次郎復活ッ! 

 

 

 

 

 範馬勇次郎復活ッ! 

 

 

 

 

 

 範馬勇次郎復活ッ! 

 

 

 

 

 範馬勇次郎復活ッ! 

 

 

 

 

 

 闘争本能―それは無限の可能性を秘めるッッッ! 自らより遥かに強い敵と対峙しても無限の闘争本能がある限り、進化は無限ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ! 

 

 

 今までの人生、強すぎて決して本気を出す事は無かった範馬勇次郎は今ここで初めて本気を出すッッッ! 

 

 

 

 

 人類から鬼種へ進化を遂げた勇次郎は瞬時に距離を詰めるッッッ! 

 

 

 

 

 

 飛! 

 

 

 

 Gは弾け飛ぶッッッ! 数百メートルは弾け飛んだ! 

 

 

 

 数百メートルの距離を瞬時に詰めた勇次郎のハイキックが炸裂する。怪物は両膝を付き倒れる瞬間、鬼のアッパーが神の顎を砕く。追撃のボディブローへのカウンターのストレートで神は守勢を止める。

 

 

 両者は互いを前にして笑みが溢れる。相手以外は決して本気を出す事が出来ない者同士、人類、ホモサピエンスを超越した者同士、敵対心以上に嬉しさが上回っていた。

 

 両者はまるで合わせたかの様に動き出すッ! 神と鬼が拳をぶつけ合った瞬間、地面が抉れに抉れるッッッ! その衝撃波だけでクレーターが出来た。Gは勇次郎を掴んで空中に放り投げると自らも空中へとジャンプする。

 

 勇次郎の蹴りから始まる神と鬼の連撃ッ! 連撃ッ! 連撃ッ! 打つ度に大気が振動するッ! 蹴る度に大地が震えるッ! 超雄同士の空中戦はまるで神々の闘いを思わせる。

 

「邪ァァァ!」

 

 

 鬼の放ったダブルスレッジハンマーがGに直撃する。激しく地面に叩き付けられた神は意識朦朧とする。辛うじて落下中の勇次郎の手刀を避けるが、その衝撃で地面は数キロの亀裂を見る。そのお陰でGはよろめく、その隙を見逃す勇次郎ではなかった。

 

「グオオォォォォォォォォォォォォォォ!」

 

 

 

 本気の勇次郎の放ったパンチはG第六形態の顔面を半壊させた。神となった怪物は悲鳴とも取れる雄叫びを上げる。

 

 見えない攻撃程恐いものはない。目前に相手が居るにも関わらず見えない場合は尚更である。猛獣の連撃を超えた鬼の連撃は超高速で好敵手の躯をズタズタに切り裂く。Gは辛うじて勇次郎を突き飛ばすと構えを取る。

 

 

 

 無限の進化ッッッ! 

 

 

 進化を遂げた敵にGは更なる進化を以て答える。

 

 

 第三形態の様に腕が四本になり、四肢は延びている。特筆すべきは顔面、角が二本生えてまるで鬼が如きだ。

 

 応答するかの様に勇次郎の躯は真紅に染まる。そして筋肉発達が凄まじいせいかGと同じく角が二本生えた様に見える。

 

 

 

 鬼神、鬼の神と化した範馬勇次郎

 

 

 

 

 

 鬼と化した神、Gウィリアム

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 究極の一撃と究極の一撃が交差するッッッッ! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鬼神勇次郎はダウンする。満足した表情で大の字に地面に倒れる。

 

 

 

 

 

 

 地上最強の生物の夢が叶った瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 最強という孤独、並び立つ者が居ないという悲しみ

 

 

 それらから解放されたオーガは至福を得る。

 

 

 

 

 

 生まれて初めて出来たライバルは上半身を粉砕され、二度と立つ事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 

 

 

 

 

 1998 11.1

 

 

 

 

 

 あれから一ヶ月半経とうとしている。ラクーンシティは核攻撃により地図から消滅し、アンブレラ社は一連の事件の責任を連日連夜問われている。

 

 勇次郎はあの時の詳細を私に語る事はない。ただ笑みを浮かべるだけだ。彼の中の何かが変わったのかは分からない。ただ言えるのは何かがオーガの中で変化したという事と鬼はこれからも闘争を続けるという事だけだ。

 

 まだ幾つか勇次郎を満足させられる可能性を持つ情報はある。私に出来るのは極上の闘争を地上最強の生物に提供する事だけなのだから……

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 某国

 

 

 

 

 

 数多の兵士の死骸が積まれている、しかし敵は仁王立ちする男を前に後退りするしかない。

 

 

 

 地上最強の生物、範馬勇次郎は今日も闘うッッッ! 自らの命が尽きるその日までッッッ! 

 

 

「行くぜッッッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地上最強のラクーン観光記 完

 

 

 

 

 

 





今までご愛読ありがとうございましたッッッ!


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End of Raccoon City
帰還ッッッ!


 

 

 凄まじい衝撃だった。まるで大地震が瞬間的にこの街を襲ったかの様だった。その場に展開していた隊員達は「ソレ」に近付く。足並みは慎重かつ鈍重である。戦士達は一歩一歩踏みしめながら前に進む。

 特殊部隊のライトで照らし出されたのはコンテナだった。赤色の巨大なサイズで見るからに普通のコンテナにはない強固度を持っていた。先ほどこの場を去っていたヘリコプターから落とされたせいで地面に無数の亀裂が入り、クレーターが出来ていた。

 

「例のアレか?」

 

 隊員の一人がコンテナに限りなく近付く。コンテナには壊滅的な破損は無かった。中に居る筈の存在の動きも感じられない。隊員が首を傾げたその時ッッッ! 

 

「うわああああああああ」

 

 無数の赤黒い触手が地面を這いながら特殊部隊を襲う。アサルトライフルの銃弾が縦横無尽に放たれるも触手は何ら怯む事無く餌を捉えていく。

 

「こいつッッッ!」

 

 仲間の援護射撃も空しく、特殊部隊の隊員達は触手に飲み込まれていく。そして前線に居た戦士達を平らげると触手はコンテナに退いていく。

 

「なんだ!?」

 

 コンテナの中にいる存在の不可解な行動に困惑するのも束の間、ハイウェイの端に巨大な爪が引っ掛かる。爪の持ち主は瞬く間に反動を用いて空中へ飛び上がり、戦地へ着地する。

 

 

 タイラントR

 

 

 T-0400TP タイラントがラクーン市民との闘いによって傷付き、リミッターを解除した姿。上半身の肌はまるで岩石の如きに硬化している。左右五本づつある爪は地球上最大の肉食動物である北極熊と比べても比較にならない程巨大だ。

 

「なんだ! こいつは!」

 

「くそ! 撃てッッッ! 撃てぇぇ!」

 

 撃てど撃てど暴君の足取りを止めるには至らない。最新鋭の装備でも最強の生物兵器を痛め付けるには程遠い。隊員達は狼狽える他なかった。

 

「ちぃ! まるで効かん……」

 

 迷える子羊達にトドメを刺すべく暴君が鋭き凶器を振り上げたその時! 

 

 バァァァァァァァン! 

 

 頑丈極まる紅きコンテナが吹き飛ぶッッッ! そしてそれは瞬時にタイラントRの裏に回り込んだ。

 

「グォォォォォォォォォォ!」

 

 敵を全て破壊する暴君、自身を脅かす者が居ない無敵の暴君、そのB.O.Wの絶対王者が為す術も無く、無形の巨大なる肉塊に呑まれていく。その雄叫びは上には上がいるという厳然たる現実を受け入れざるを得ない王者の絶望を表現していた。

 肉塊はまるで液体の様に変質しながら姿を変えていく。型が無かった禍々しい肉は右腕、上半身が肥大した、そして左半身にタイラントRを宿した極めてアンバランスな人型へと変化、いや進化した。

 

 

 コードネーム ニュクス

 

 製造過程、創造目的、進化の上限

 

 この生物兵器に関わる情報全てが謎に包まれたB.O.Wである。しかしこの夜の女神と対峙した者だけが理解出来る事がある。こいつにはッッッ! こいつにはッッッ! 

 

 絶対に誰も勝てないッッッ! 

 

 その直感が正しかった事を証明するかの様に特殊部隊の攻撃──────アサルトライフル、手榴弾、マグナム弾、ショットガン等の銃弾、爆撃の嵐ですら暖簾に腕押し、手応えが皆無だった。

「どうなっている!? さっきのタイラントの比ではない、まるで液体に銃撃を食らわしているようで効果がない!」

 一人、また一人と歴然の強者が凶悪なる触手に捕捉され、捕食されていく。隊員達はただ闇雲に銃弾を対象に打ち込む無意味な行動しか出来なかった。

 

「ここまでか……」

 

 誰もが生存を諦めかけたその時! 

 

 その時の様子をU.B.C.S.所属の傭兵ダイソン・タッカー(41)はこう語る。

 

「そりゃ、もう無理だと思ったさ。俺も結構アンブレラ、B.O.W絡みのミッションはこなして来たんだがね……あれは別次元だった。いやね、あの代物がヤバいとは小耳には挟んだんだが聞くのと見るとは訳が違う。こういうのってジャパンでは百聞は一見にしかずっていうんだっけ? はは、極東の島国の諺を良く知ってるだろ? 俺はジャパンに居た事があるんだ。三ヶ月だけだけど」

 

「でもさ、もう生き抜くのは無理かなって思った瞬間さ、急に背筋が凍りついたのよ、まるで北極か南極にいるみたいにさ。俺は頭を過ったね、もう一匹とんでもねえB.O.Wが来たんじゃないかってな。振り向きたくもなかったが覚悟を決めて振り向いた訳さ」

 

「そしたら居たんだよ、上半身裸の男がさ。全身傷だらけなその男がさ、歩いていく訳よ、あのニュクスに向かってさ! 止めようとしなかったのかだって!? 馬鹿言うんじゃねえよッッッ! 

 だ、だってよ、まずあの筋肉、尋常じゃねえんだよ。俺だってよこんな裏商売長くやってるから筋肉隆々な奴なんか腐る程見てきてるけどよ……奴さんのあの筋肉を見たらなんかよ、今まで見てきた奴らの筋肉はああ、お遊びみたいなもんだったんだなって感じまってよ。正直、霊長類の筋肉を見てる気が起こらなかった。例えるならそう、キリンやサイ、奴らの胸板をそのまま人類に搭載したようなさ、そして腕よ。あの太さライオンの脚に匹敵するあの馬鹿げた太さ。もうそれだけで俺はたじろいだよ。人も化け物共も殺した数は百じゃ効かねえ俺がだぜ? あとあの身のこなし。俺の見立てじゃ奴さんの体重は100キロはゆうに超えている筈、なのに移動の軽やかさはまるで猫科の猛獣を思わせたよ。ありゃたとえ不意に雷に打たれても避けるだろうよ。

 そしてあの顔。あの顔を見た瞬間、俺とは違う次元に奴さんはいると確信したね。あ、何でかって? さっきも言ったけど俺は散々人も化け物も殺して来てるし、周りもそんな連中ばかりだった。でもよあの悪魔の如き顔、あれは殺した数は数百や数千じゃ効かねえ。俺も分かるんだよ、顔見りゃあよ。何人殺したかなんてよ。なあ、理解出来たろ? これが俺が奴さんに声を掛けれなかった理由よ。でよそのまま奴さん、ニュクスに向かっていったのよ、そしたらよ」

 

 第二の目撃者 U・B・C・S所属 キャサリン・コール(31)はこう語る。

「ええ、最初は絶望しましたよ。たとえ焼け石に水でも援軍は嬉しいですからね。でもニュクスの近くに居た私が見たのはアサルトライフルも拳銃もそれどころかナイフ一本も、何も持たない男。私も傭兵の端くれとしてある程度は覚悟は出来ていましたが出来れば私も生きたいですからね、はは」

 

「ええ、目の前にです。あのニュクスの前に黒色のカンフー胴着のポケットに手を突っ込んだまま、笑みを浮かべながらです。ニュクスは当然右腕を振り上げます、ええ、あの大木みたいな腕をです。私は終わったなって思いましたね。だって一撃で道路を滅茶苦茶するんですよ? それをあの男は避ける動作も、いや避ける気もきっとなかった。誰でも終わったと思いますよね?」

 

「ええ、仰る通りです。私の見通しは間違いでした。そうです、片手です。片手でニュクスの一撃を受け止めたんです。ええ、この目が信じられませんでした。そしてニュクスです。人間の様な自我がない筈のニュクスが困惑するかの様にあの巨体を震わせていたんです」

 

「ええ、一回転です。あれが『アイキ』と呼ばれる技だったのか力技だったのかを判断出来る領域に私は居ません。ただあの男の動作でニュクスが一回転して倒れ込んだんです。信じられますか!? タイラントより一回りも二回りもデカいニュクスがですよ? 重火器の嵐をモノともしなかったニュクスがですよ? 何はともあれ私の心は助かったという思いで許容範囲を超えていてその後の事は覚えてません」

 

 最後の目撃者、U・B・C・S所属 マックス・ザックス(38)はこう語る。

 

「ああ、凄まじい音だったね。何せあの巨体が凄まじい勢いで叩きつけられたんだから。ニュクスも暫くは動けなかったよ。ああ、あの男は追撃しなかった、まるでまだ闘いを楽しみたいから終わらせないと言わんばかりだった。

 

 肉

 

 ああ、ニュクスは自らの肉を飛ばして遠距離戦を展開した。肉に当たった隊員は瞬く間にゾンビになった。ウイルス濃度が尋常ではなかったのだろうね。しかし彼は意に介する事無くニュクスに近付いていく。

 肉の直撃、いや正解には彼が瞬時に粉砕したんだけど、彼に異常はまるで無かった。ああ、抗体があるとか最早そんなレベルではない。ウイルスだろうがどんな生物だろうが自分に勝てる存在は居ない、そんな感じだったよ」

「いや、そうじゃない。違う。私が一番驚いたのはハイキック一閃でニュクスの左半身にいるタイラントの頭を蹴り飛ばして切断した事じゃない。いやいや違う。ニュクスの振り上げた腕による打撃に拳で対抗しようした事でもない。

 

 鬼

 

 私達の文化圏ではオーガと呼ばれる日本の伝承上の怪物だ。怪力無双―その空想の中だけにいる生物が実際にッッッ! 私の目の前にッッッ! 現れたという曲げ難い事実ッッッ! 目の前にいる男の背中に鬼がいるッッッ! その事だよ、一番驚いたのは。

 私の脳はその時、片隅にあった記憶を再生させた。米軍に纏わる都市伝説。その大半は、いやその殆どは聞くにも値しない馬鹿げた話ばかり。しかし太平洋戦争終戦直後、ONIにあの戦艦アイオワがジャックされたというお伽噺。この話を耳にすると極一部の米軍OB達はあろう事か失禁してしまうという滑稽無糖を極めた話。

 本当だったッッッ! あの話は実話だったッッッ! 私は粉々になったニュクスの残骸を仁王立ちで眺めるONIの姿を見てそれを確信したんだよ」

 

 

「ユージロー・ハンマ」

 

「七回進化したG生物を滅し、ニュクスをも葬り去った男……一度ラクーンシティを脱出したにも関わらず、またこの地獄を楽しみたいが為にまた戻って来たか」

 

 ハイウェイから離れた建屋から最新型の双眼鏡で激闘を眺めている黒ずくめの戦闘服を来た二人組の一人は装備しているインカムを作動させる。

 

「ええ、想定以上どころではありません。ええ、空前絶後、前代未聞という言葉は正に今の状況の為にあります。ええ、了解致しました。引き続き監視を続けます」

 

 

 

「アルバート・ウェスカー様……」

 

 

 

 

 



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とある研究員の日記

 

 1998 2.14

 

 確かに最初は戸惑いもあったが私はここに配属されて正解だったようだ。NESTに居た時はウィリアムス・バーキンという類い稀なる研究者の助手に抜擢された喜びの裏で多大なプレッシャーもあったのは事実だ。あの忌々しいリサ・トレヴァーから生まれたウイルスを元に発展を遂げたGウイルス。あの神のウイルスとも言える最強のウイルスを助手とは言え作り上げる重圧程辛いものはなかった。しかしここもここで重要な最新研究を行っている様だ。明日は説明会だ、早く寝ねば。

 

 1998 2.15

 

 しかしながらアンブレラも罪深い企業である。いや、企業と言っていいかも疑問符が付くが。まさかB.O.Wを、しかもB.O.Wの中でもその並外れた力で制御が困難な部類であろうタイラントをあそこまで制御可能だとは知らなかった。Ne-aとか言った所謂寄生ウイルスをタイラントの体内に入れ知性を復活させる。散々Gウイルスを研究した私が言えた義理ではないが考えた人間は中々の悪趣味だ。私が今日見たのは三体だけだったがどれも醜悪極まりない姿をしていた。タイラントをベースしているので巨体かつ怪力だ。各部屋に一匹づつ、アンブレラが秘密裏に開発した特殊アクリルガラスで密封された部屋に隔離されていた。驚いた事に奴らは簡単な単語位ならば言葉を発する事が出来る。部屋には子供用の単語集が置いてある。自我がなく暴れるしか能がないB.O.Wに一石を投じたと言ってもいいだろう。しかしこれだと自我が生まれたりしないだろうか? 

 

 1998 2.17

 

 Ne-aを投与されたタイラントの件だがやはり何匹か自我が目覚め、逃亡を図った事件があったらしい。この事はアンブレラ本社でも問題になった様で早急に対策が必要との事だ。しかし対策と言ってもNe-aを改良し好戦的かつ命令を厳守する様にするしかないように思える。私は好奇心から寄生されたタイラントと会話を試みる事にした。飼育室や研究所は本社の突き上げもあってか空気がピリピリしている。おいそれと会話が出来る状況ではないが着任して間もない事もあってかタイラント達の記録係を任された幸運を生かして接触を試みる。記録係は基本一人で、タイラント達の行動を記録する。監視カメラもあるが、侵入の心配のない研究所深部だからか一台しかない。これなら死角を使い接触出来る。私はカメラに映らない一番左端の飼育室にいるno.6に話掛けた。意外にもno.6は「こんにちは」という挨拶に反応を示した。しかも会釈付きでだ。abcもhまで言える。これは生物兵器の歴史の転換期と言っても過言ではない。

 

 1998 2.20

 

 no.6の成長速度は素晴らしい。製造されて二ヶ月らしいが私と居たこの数日だけでも学習進化は目覚ましい。 私の妻と子の写真を見せたら可愛いと拙いながらも言ってきた。寄生タイラントの見た目はお世辞にも愛着の湧くものではないが、 段々親近感が湧かないでもない。しかしながら私にもアンブレラ研究者としての残酷性があるようでとあるアイディアが閃いた。明日、上に許可を取りに行く。

 

 1998 2.21

 

 私の提案は却下された。石頭どもめ。あそこまでにB.O.Wに自我に目覚めさせる寄生ウイルス及び寄生タイラントにGウイルスを投入したらどうなるかを見たくないのか。勿論、厳密にはGウイルスではない。真の意味でのGウイルスはバーキン博士が開発中であと数ヶ月もあれば完成させるだろう。 私が投入しようとしたのはあの忌々しいリサ・トレヴァーから取れたウイルスを多少改変したものだ。 バーキン博士から正式に許可を得て持ち出したものだ。無限に進化するという「神」の性質を寄生体が制御出来たらどんな事態になるか。しかし不安要素もある。Gウイルスが寄生体まで取り込んでしまう可能性は多分にある。実際Tウイルスは取り込んでしまうのだ。あと一つ、あともう一つ「ファクター」があれば私の目論見は成立する。 Gウイルスと寄生体を仲介、若しくは上手く融和させる何かがあれば……



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不死身ッッッ!

 

 屍──────それは本来、動く筈がない人の生きた証でもあり、人の終わりを示す標でもある。合衆国中西部に位置する人口10万人程度の小規模の都市であるラクーンは今、動く屍という本来あり得ない存在が跋扈する悪夢が顕在化した地獄に変貌していた。

 

 映画館、ガソリンスタンド、玩具店、レストラン、駅、医療品店、本屋、役所。この都市の至る場所がリビングデッドが埋め尽くされる。数少ない生存者も逃亡を図る者か、悲鳴を上げる者、死者に貪られる者しか居ない。都市機能は完全に麻痺し、警察は化物達に対しての応戦能力を失っていた。その証拠に制服姿のゾンビも珍しくはない。

 ゾンビの群れは肉の匂い、特に生きた肉を好む。元は同種同属だった事実は無かったか如く、生存者は動く死者に見つかり次第、肉塊にされる。地獄と言う以外形容しようがないラクーンシティの中に於いて、異様極まりない男が居る。

 

 上半身裸、この時点で一般的考えから遠く離れている。どんな良質な防護服を来ても安心とは言えないこの都市で衣服を纏わない事は自殺とほぼ等しい。武器も何一つ所持していない、ナイフすら持っていない。これも自殺志願者とほぼ等しい。そして男はハンドポケット状態で悠々自適にラクーンシティを闊歩している。いかなる歴然の強者でも最大限の注意を払うこの局面で男はまるで遊園地を堪能するかの様に振る舞う。

 一体のゾンビが人間の臭い、筆舌にし難い強烈な衝動を醸し出す臭いを感知する。となると必然的に生きた死者は獲物を刈るべく動く! 

 

 しかし「それ」と対面した瞬間、リビングデッドはフリーズする。皮膚機能などとうの昔に失った筈、しかし汗が滝の如く流れる。

 

 範 馬 勇 次 郎

 

 地上最強の生物、オーガ、ベアナックルアーミー、鬼、歩く核弾頭

 

 数多くの諢名を持つこの男を前にしてはTウイルスで変貌した怪物も小動物と何ら変わらなかった。

 

「どうした? 間合いだぜ?」

 

 見えなかったッッッ! 目に写らなかったッッッ! 感じる事すら出来なかったッッッ! 

 

 ゾンビが察知したのはただ目の前の「鬼」が蹴りの様な動作をしたという事だけであった。と同時にゾンビは自らの身体が切断されてはいないかを必死に感覚で察知する。人間の知能が失われたゾンビでも鬼の一撃が自らを瞬時に葬り去る威力がある事が理解出来る。知能という積み重ねた脳の働きより直感という原始から備え付けられている感覚の方が現状を知るのには優れている場合がある。今は正にその場合だった。ゾンビは自ら身体が正常に結合されている事を感じ、安堵する。しかしッッッ! 

 

 

 ドォォォォォォォォォォン! 

 

 ゾンビが背にしていた三階建てのビルが突如右に倒れ込む! 炎上して脆くなっているせいでもあるが、主因は間違いなく勇次郎の放った蹴りだ。ビルはゾンビ数体を巻き込んで完全に崩壊した。恐怖心も感情も無い筈のゾンビの股から尿が大量に漏れ出す。それは知性を超越した恐怖の現れだった。

「フン」

 勇次郎は最早興味が無いと言わんばかりに動作を止めた。ゾンビは笑みを浮かべる、それは安堵の証であった。

 が勇次郎が踵を返した瞬間、ゾンビは爆ぜる。上半身、下半身残さず木端微塵に砕け散った。

 

 鬼の神にまで進化したGウィリアムズを撃破し、最大の満足感を得た筈の範馬勇次郎がまたラクーンシティに戻って来た理由はただ一つッッッ! 

 

 更なる満足感を得る為ッッッ! 

 

 更なる闘争の底を知る為ッッッ! 

 

 確かに七回進化したG生物を上回る怪物はこのラクーンシティと言えど居ないかもしれない。しかしウイルスの感染拡大、多数のクリーチャーの跋扈、何も起きない筈も無い。

 微かな希望を胸に勇次郎は時計塔に到着する。ラクーン市役所と共にラクーンシティのシンボルとも言える場所だ。付近にはバリケードの残骸があるが既に突破されている。まるでビッグベンをも思わす立派な時計塔だ。表向きは一地方都市に過ぎないラクーンシティには見合わない代物とも言えるがそれもアンブレラの財力を窺わせる建造物とも言える。

 

 

 ジャリ、ジャリ

 

 時計塔を見上げる勇次郎は直ぐに後ろから発せられるアスファルトと金属が擦れる音を感知し、振り向く。

 死体の山、千切れた四肢、飛び出した五臓六腑。

 そのような地獄を山ほど見てきた勇次郎でも一瞬の刹那だけ背筋が凍った。

 

 その者は女性の顔面の皮を何枚も繋ぎ合わせたマスクを被っている。いずれの皮も苦痛の声と悲鳴が今にも聞こえるかの様に苦悶の表情を浮かべている。しかしそのせいでこの奇怪な者の顔自体は伺えない。両手は木製の手錠が嵌められている。ボロボロになった服を見るに長年どこかに閉じ込められていたのだろう。身体のサイズ自体は平均的な女性と何ら変わりない。胸もある。しかしうめき声ばかりで言葉は発せられない様だ。

 異様なる女性は勇次郎に向かっていく。その辺の化物ならばオーガの気迫を感じとれば直ぐ様戦意喪失する筈だがこの女性には通じない。

 両手を振り上げスレッジハンマーを繰り出すが空を切る。勇次郎はカウンターとしてストレートパンチをお見舞いする。七割位の勢いで放ったが奇怪な女性は入り口の壁にめり込んだ。

 が女性は何も無かったの如く、壁から飛び出した。まるでダメージが効いてないかの動きだ。オーガのストレートパンチは格闘技の基本形にも関わらず大抵の生物は一撃で逝かせる威力がある、それがノーダメージとは考え辛い。だがここはラクーンシティ。都市がそっくりそのままアンブレラの実験場と言っても決して過言でも虚勢でもない。その莫大なリソースで行われる実験、そしてその研究結果は緻密な勇次郎の頭脳を持ってしても想像の埒外の領域に行っていても可笑しくはない。

 女性の横薙ぎが連続して勇次郎を襲う。今まで戦った怪物達と比べても動きや攻撃速度は早い方ではない。地上最強の生物に当たる可能性はほぼ無い。

 

 蹴! 

 

 何回転したか分からない程、女性は空高く舞いながら回転する。地面に着地した時、クレーターで出来たのは当然である。

 しかし女性はまた何事も無かったかの様に歩き出す。勇次郎は下を向く。

 

「エフッエフッエフッ」

「つくづくこの街は」

 

「楽しみませてくれる!」

 

 勇次郎をこれ迄に無い前代未聞の強敵と判断したのか、女性の攻撃が加速する! 振り下ろし、横薙ぎ、袈裟懸け、多種多様な両手攻撃が鬼の身体に少しずつ、少しずつ傷を作っていく。勇次郎も連撃の合間に打撃を喰らわしているが攻撃が止まる気配が毛頭感じられない。

「なら、こいつはどうだ?」

 勇次郎は回避を止め、両手を広げ上げる。オーガの本気を示すファイティングポーズである。勇次郎の身体が自身の血で染まる中、それは浮き出る。

 

 鬼の形相

 

 先程ニュクスを葬り去った最強の筋肉体勢は再びその姿を表す。その危険性を皮膚感覚で感じ取ったのか、女性の攻撃速度は更に更に加速する。ここで仕留めねば、ここでやらねば、やられるッッッ! その思いが行動に出たが遅かった。

 

 奇怪なマスクを被る怪物の身体は超高速度で宙を駆け抜け、巨大な時計の下にめり込んだ。

 

「どう出る?」

 

 勇次郎もこれで仕留めたとは努々思ってもなかった。ただ闘争が出来る狂喜で一杯だ。

「ん?」

 突如、時計塔の屋根に人影が現れる。後ろから飛び移ったのか、とすれば尋常ではない身体能力だ。

 

「リサ・トレヴァー。あの館の爆発程度では死なんとは思っていたがやはり生きていたか……」

 

 その人物は金髪のオールバックでサングラスをしている。漆黒の戦闘服に身を包んだその姿は見る者を威圧する。

 

「ユージロー・ハンマ」

「お前の身体、細胞。この私が貰い受ける」

 



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饗宴ッッッ!

すまねえ!出会っちまった!描きてえヤツに!


 

 

 ラクーンシティ 特殊部隊S.T.A.R.S.所属、ジル・バレンタインは自宅からの脱出を試みた。燃え盛る建屋、増える事はあっても減る事はない生きた死者。最早待機している事自体が危険であった。非常階段を素早く駆ける。装備は非常時に備えて用意したハンドガンとナイフだけである。弾数もこの死者の波を考えると心許ない。ジルは階段を降りると警察署方面に走る。この状況では警察署も安全地帯としての機能を有しているかは微妙、署長を始めとした上層部も信頼が置けない。しかし他に頼れる場所が無いのも事実である。道にはまだ生存者もいるが誘導している暇もなく各々で逃げ惑う。暫く道を走ると見慣れた顔を見る。同じS.T.A.R.S.隊員のブラッド・ヴィッカーズだ。アルファチームのリア・セキュリティ兼パイロット、洋館事件では最後のいぶし銀の活躍を見せた隊員である。黄色いジャケットとS.T.A.R.S.の特別支給品であるサムライエッジを装備している。その表情は疲労困憊と言ったところだ。

 

「ジル! 無事だったか?」

 

「ブラッド! 私はなんとか……それよりこの状況は……」

 

「分からん、何故こうなったかも……上層部も何も情報を寄越さない。ただ言えるのはこうなった原因は恐らくアンブレラのせいだという事だ。ジル、取り敢えず警察署に向かおう」

 

「ええ」

 

 二人は片側二車線の道路をひたすら進む。各所のバリケードが大量のゾンビによって決壊するが、二人には対処する時間も余裕も無い。

「ジル、ラクーン警察署が見えて来たぞ」

 

 警察署周りのバリケードは半壊している。しかし頼れる施設というと他に見当たらない。その事実と警察署を視界に入れた事がジルの心にほんの僅かながらの安堵をもたらす。しかしその安堵は直ぐに壊された。

 

「ブラッド!」

 

 突如ビルから大男が降り立ち、その衝撃でアスファルト路層が割れる。その存在は黒ずくめの拘束具を装着し身長は2mを遥かに超えている。顔面は焼けだたれた様になっており歯茎が剥き出しである。それだけでアンブレラの生物兵器だと分かる。大男はブラッドを片手で悠々と持ち上げるともう一つの手をブラッドの顔に当てた! 

 

 ドシュ! 

 

「ブラッド!」

 

 ブラッドは大男の掌から突き出された触手によって顔面を貫かれ絶命した。ブラッドをゴミの様に投げ捨てると大男はもう一人の標的に向かい、ゆっくりと確実に歩き始める。

 

「スタァァァァァァァァァァズ!」

 

 ジルは素早く回転するとブラッドの腰のホルダーからサムライエッジを取り出す。サムライエッジの二挺射撃で怪物の顔を何度も撃ち抜く! 

 サムライエッジは S.T.A.R.S.の為だけに改良された特別のハンドガンである。更に隊員ごとにカスタマイズが施された代物である。威力、精度共に並みのハンドガンの比では無い。そんな拳銃から放たれる銃弾の嵐、無類の耐久力を誇るであろう大男も膝をつく。しかしジルは油断をしない。

「やっては……ないわよね。今の内に逃げないと!」

 ジルは警察署へ向かって走り出す! が残り数十メートルという所でジルは止まる。突如の爆発がジルを襲ったからだ。重症ではないが爆発の余波で吹き飛ばされ、倒れる。

「い、一体、何?」

 

 ジルが立ち上がると視界に入ったのはロケットランチャーを装備した大男の姿だった。しかし先程ダウンさせた大男はまだダウンしたままだ。悪夢の二体目である。

「ち、ちょっと冗談でしょ? 早く中に入らないと!」

 無我夢中で走り、警察署の門まで来た瞬間、更なる悪夢が襲う。警察署の屋根から三体目が下りて来た。

「嘘でしょ?」

 

 ジルが戸惑っている内に先の二体が尋常ならざる跳躍力でジルの背後に回った。怪物三体に包囲されたジルは覚悟を決める。

「ここまでか……」

 

「スタァァァァァァァァァァズ!」

 

 怪物の一体が標的にトドメを差そうと拳を振り上げたその時! 

 

 

 怪物は吹き飛ばされた。飛び蹴りで吹き飛ばされたッッッ! 何が起きたか理解が追い付かないジルは周りを見渡し、それを目にする。

 

 髪は長く、顔は整っていた。しかしその身体は怪物達と勝るとも劣らない程、巨大であった。見ただけで分かる筋密度の異常さはその人物が人ならざる者であると物語る。胸もあり、女性の様だ。服は一応着ているが最大サイズであろう服もところどころ破れ、明らかに合っていない。そしてその行動はこの女性、いや雌が野人であるという決定的な証左になった。

 

 喰っているッッッ! 倒れた怪物を食しているッッッ! 

 怪物は抵抗する余裕もなく、顔面、そして頭部全体を食された。あまりの出来事にジルは唖然とする。この人物がウイルスに犯された怪物ではない事は雰囲気で分かる。ウイルス怪物がただの生物に食われるという前代未聞空前絶後の出来事だ。

 残りの二体はこの野人にロケットランチャーを向ける。

 

「喰らえ!」

 

 二体の怪物は数回の爆発に巻き込まれた。その衝撃に怪物達は膝をつき、倒れる。ジルが後ろに視界を動かすとグレネードランチャーを持った迷彩服の男性が居た。

 

「さあ、此方だ」

 

 男性に催促されるとジルと野人は男性と共に警察署内に入る。扉に貫木を入れると男性は一息付く。

 

「ふう。危ない所だったな」

 

「助けてくれてありがとう。私はジル。ジル・バレンタイン。このラクーン警察署の特殊部隊S.T.A.R.S.の隊員よ」

「警察官だったか。俺はアンブレラ特殊部隊U・B・C・S隊員のカルロスだ。宜しく」

 

「アンブレラ……」

 

「どうかしたか?」

 

 アンブレラの名を聞いたとたん、ジルの表情は曇る。現時点で確証はないが十中八九、この状況の元凶はアンブレラだ。その特殊部隊となると警戒の対象になる。しかしジルは探りを入れる。

 

「貴方達は何の任務で来たの?」

 

「俺達は市民の救助を目的として派遣された。まだ生存者はいる、俺達は諦めちゃいない。取り敢えず時計塔に集合する事になっている。時計塔に行くには電車を動かす必要があるが、あと特殊なオイルが必要だ。どこか心当たりがないか?」

 

「街のガソリンスタンドならあるかもしれない。品揃えがいいの、あそこは。飛行機の燃料まであるんだから」

「よし。悪いが同行してくれないか? どちらにしろここも危ない。電車で一緒に脱出しよう」

 

 察するにカルロスはアンブレラの暗部を知らない様だ。単純に市民救助を目的にしている。カルロスの言う通り、ここも危ない。ジルは同行する事にした。

 

「分かったわ、付いていく。電車を動かしましょう」

「理解してくれて助かる。ところでこいつはどうする?」

 

 二人の視線の先に野人が佇む。二人に襲い掛かる様子も敵意を抱いている様子もない。

 

「連れて行きましょう。仲間は多い程助かるもの」

 

「大丈夫か? さっき見ただろう? あの怪物を食べる姿を……こいつもウイルス製の怪物なんじゃ……」

 

「それなら私達はとっくに食べられているわよ。さあ、私達についてきて!」

 

 何者かの仕業か、ラクーンシティ警察官のシンボルである女神像が粉々に破壊されている。中に入れる様だ。

 

「ここを行きましょう」

 

 三人は緊張感に包まれながら階段を降りた。




とある新聞記事




アメリカ・コロラド州にある核廃棄物隔離施設内地下に存在する岩塩層からジュラ紀時代に生存していたホミニンが発見された事は人類史上最大級の発見として記憶に新しいが、ホミニンが見つかった更に一キロ下の岩塩層から同種の雌の姿が見つかった。先の個体と同じくティラノサウルスと闘っていた瞬間に塩漬けになったようだ。そして精鋭学者プロジェクトチームがこの奇跡の新種の蘇生に成功したのも記憶に新しいところだが、雌の蘇生プロジェクトをなんとあの製薬業界第一位のアンブレラ社が請け負う事になったのだ。

幹部の一人は取材に対して「人類史上、いや生物史上に残る奇跡の種の蘇生プロジェクトに携われるのはこれ以上ない喜びだ。我々は製薬や人体のケアに対して膨大なノウハウがある。是非、アルバートペイン博士率いる研究チームの偉大な業績に続いて行きたい」と意気込みを語った。


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乱舞ッッッ!

 

 

 勇次郎は笑みを浮かべる。

 

 神──────と化したウィリアム博士を始めとしたラクーンシティに跋扈する怪物達は別にしても自分に、地上最強の生物である自分にこれ程までの高圧的態度を取れる事自体、稀中の稀であり称賛に値する。塔の上に居る男から感じ取れる自信、そして自らの強さに対しての確信。勇次郎は喜びを隠せなかった。

 

「何処の誰かは知らんが跳ねっ返りとは即ち鮮度。その活きの良さを堪能させて貰う」

 

「ユージロー・ハンマ。貴様には私の覇道の糧になって貰うのだから名乗ってやろう」

 

 金髪オールバックの男は優に高さ30メートルはあろうかという塔の頂上からジャンプする。普通に考えれば見投げにしか見えない行為である。芝生や地面は粉々になりながらもしかし男は何事も無く着地する。勇次郎は思わすヒューと口笛を吹いた。

 

「私の名はアルバートウェスカー。ユージロー・ハンマ、お前の類い稀なる細胞を頂く。私の野望の為にな。一緒に来て貰おうか」

「エフ、エフ、エフ……世を知らぬとは中々どうして」

「ふむ、やはり交渉は通じぬか……ならば力づくで来て貰うしかないな」

 

 自信しか見えない自己紹介も束の間、ウェスカーは目にも止まらぬ高速移動を開始する。その表現は決して比喩ではなく人の眼には写らず、人の動体視力では姿を捕らえる事は不可能である。ただ透明な何かが見えるだけだ。

「フンッ!」

 ウェスカーが繰り出した手刀は地上最強の生物の頬を掠める。と同時に宙に鮮血が舞う。カウンターで放たれた勇次郎のハイキックはスウェーバックで回避された。すさかず勇次郎はハイキックで浮いた足を急激に地面に落とすが地面が抉れただけだった。瞬時に数メートル離れたウェスカーは手で埃を払う。

 

「こんなもんのか、ユージロー・ハンマ」

「少しは楽しめそうか」

 勇次郎が動きだそうとしたその時、後方で爆発音が鳴り響いた。その衝撃はこの公園中央広場を少なからず揺らす。

「なんだ?」

 

 ウェスカーの言葉に被せる様に今度は中央広場に数発のロケット弾が撃ち込まれる。二人いや、二匹の超獣の遊び場は炎に包まれた。

 

 勇次郎は後ろを振り返る。どんな小さな気配でも地上最強の生物は察する事が出来る。そこに居たのは傷だらけの女性と迷彩服を着た男性、そして人間とは思えない程の筋肉量、筋密量を持った女性? の姿だった。傷だらけの女性と迷彩服の男性はハンドガンとアサルトライフルを高台に向かって放っている。高台に居たのは皮膚の爛れた大男だった。片手にロケットランチャーを装備しており、銃弾をモノともせず標的を仕留めるべくロケット弾を放つ。ターゲットはあの三人、いや行動を見るにあの特殊なハンドガンを持っている女性の様だ。

 

「ジル、生きていたか。そしてネメシス……噂には聞いていたが本当に製造していたとはな。まあ、いい。ついでにNe-aも頂くとしよう」

 

 宝が増え、喜びを隠せないウェスカーに無数の銃弾が降り注ぐ。しかし超人に傷はなく、漆黒のコートに数ヶ所の穴が空いただけだった。

 

「スペクター、あれがアルバートウェスカーか?」

「そうだ、HQの情報通り。があそこまでの身体能力を備えているとは聞いてはないな」

「まあ、出来る限りのサブミッションだ。なるべく仕留めようじゃないか」

 

「U.U.Sか。アンブレラに私の裏切りがばれた様だな」

 ウェスカーにU.U.Sと呼ばれた集団は標的を蜂の巣にしまいと銃を構えた瞬間! 

「散れ!」

 

 一人の隊員が叫ぶと爆発が起きる。二体目の巨人がロケット弾を放ったのだ、二体目の後ろに三体目もいる。U.U.Sは一斉射撃で応戦する。

 

「フン、ネメシスは数体製造に成功していたか。まあ、いい。私は」

 ウェスカーのセリフを遮るハイキックが顔面を直撃せんと迫る! この一撃はなんとかガードするが、追撃のボディブローはクリーンヒットする。ウェスカーの口から血が流れ落ちる。

「随分、散漫だな」

「チッ」

 

 勇次郎は瞬時に距離を詰めた。このスピードは自らの行動も含め、かつて体験した事のないものだった。だからこそ勇次郎の抜き手はウェスカーの脇に突き刺さる。がウェスカーが放ったカウンターの抜き手も勇次郎の身体に有効打撃として刻まれる。

 

 投げ

 

 主に打撃を好む勇次郎にしては珍しい攻撃方法である。足払いをするでもなく、ただ力まかせにウェスカーを投げつける。地面に叩きつけられたウェスカーの受け身は地上最強の生物が繰り出す投げ速度前には意味をなさなかった。

「どうした? 間合いだぜ?」

「!」

 

 殺気を感じた勇次郎はウェスカーへの追撃を直ぐ様中止し、素早くしゃがむ。ネメシスのロケットランチャーによる横薙ぎは空を切った。とウェスカーはネメシスの足を薙ぐ。軽く宙を舞ったネメシスの脚を掴む。ネメシスをその中肉に見合わぬ超腕力で自身の周りを三周回した。

「フン!」

 弾丸に勝るとも劣らない速度てネメシスの体が勇次郎に目掛け、飛ぶ。彼は避ける気は毛頭も無い。

 

 粉砕

 

 背中に鬼の顔を浮かべた勇次郎が繰り出した拳はネメシスの醜悪な顔面を粉々にした。それだけではない、シーソーの如く、今度はウェスカーに目掛けてネメシスの体が飛んで来る。彼はすんでの所で回避する。

「フフ、確かに予想以上だ。私の想像は稚拙であったと言わざるを得ない。ユージロー・ハンマ、益々お前の細胞を欲しくなったぞ」

「フッ……夢は叶わぬから夢なのだ」

「スタァァァァァァァァァズ!」

 

 もう一体のネメシスがウェスカーに触手を放つ。足に絡めついた触手は標的の素早い動きを奪う。

「ウェスカーァァァ。カルロス、アイツごと怪物を撃って!」

「あ、ああ」

 

 ジルとカルロスは二つのターゲットに向かい、乱射撃を行う。ネメシスは二人の動きを止めようと反転するが的確にウィークポイントである顔に銃弾がめり込む為、前進すら出来ない。

「ジル、ちょうど良い。ここで葬ってやる」

 ウェスカーはまたネメシスを持ち上げると盾とした。銃撃を防ぎながらジル達に接近する。

「フン」

 ネメシスをカルロスに投げつけるとカルロスはギリギリで回避する。ウェスカーはソバットをジルに放つ。ガードするも遠くに吹き飛ばされた。

「こんなものでは済まさん。更なる地獄を見せて……」

 その刹那、ウェスカーの顔面は大きく歪み、体は吹き飛ばされる。

「あ、あなた……」

 ネメシスすら捕食する超雌の飛び蹴り、まともに食らえばこうなるのは必然的だ。超雌は興奮が覚めぬのか、ただ鳴く。

「グルルルルルルルルルルルルルッ」

 超雌と超雄、引かれ合うのは世の理であった。彼女は勇次郎に向かい翔んだ。

「だ、駄目よ! その人は味方! (たぶん……)」

 

 ジルの声も虚しく、超雌の蹴りは勇次郎の身体に接触する、ガード越しにもダメージを与える蹴りの余波で勇次郎は数メートル飛ばされる。

「エフッ、エフッ、エフッ」

「今夜はなんという夜だ」

 余韻に浸るのも束の間、勇次郎は後ろ回し蹴りを放つ。真後ろに居たウェスカーは高速スウェーバックをまたもや披露する。その不利な体勢から放たれたアッパーカットは勇次郎のズボンを切り裂く。

「ベクター!」

 

 U.U.S隊員達からベクターと呼ばれた隊員は超雄二匹の懐に飛び込む。回し斬りで両雄の腹を浅く切ると素早く場から抜け出す。ハンドガンによる銃撃は回避された。

「流石。二人ともマスターが言っていた通り、化け物だ」

「なんだ?」

 この場で戦闘を繰り広げていた全員がその異変に気付いた。時計塔が徐々に崩れ去っていく。それは見る見る、巨大化、肥大化していった。

 

「リサ・トレヴァー……」

 

 勇次郎によって時計塔に埋められていたリサ・トレヴァーの身体は巨大化していく。推定5メートル以上ッッッ! 先程とはうって変わってその動きも激しくかつ俊敏なものに変化している。

「なんだ? あれは? 撃て、撃てぇぇぇぇ」

 ジル、カルロス、U.U.S勢揃いの一斉射撃もまるで効いている様子はない。ウェスカーは何か納得した表情だ。

「フッ、リサ・トレヴァー。ここまでだったか。ユージロー・ハンマ、今回はここまでにしといてやろう。さらばだ」

 

 勇次郎にそう告げるとウェスカーは人間ではまず跳べない飛躍でその場を後にした。超雄を逃がしたといっても勇次郎の満足感は消えなかった。

「エフッ、エフッ。怪獣退治と洒落込むか」

 

 

 勇次郎はハンドポケット状態で巨大化したリサ・トレヴァーに向かっていく。ジルにはそれが自殺行為に見えた。

「止めなさい、死ぬわよ!」

 がその言葉を無下にする一撃がリサ・トレヴァーの弁慶の泣き所に入った。

「あの子、どこまで無茶苦茶するつもりなの?」

 

 超雌の空気を読まない素晴らしき一撃に答える蹴りを勇次郎も反対側の泣き所に入れる。リサ・トレヴァーは悲鳴を上げながらダウンする、その際、ネメシスの一体が下敷きになった。あれでは助からないだろう。

 

 超雌は巨大化した怪物の頭にかぶりつく。強力な顎の力はリサのキテレツなマスクを引き剥がすには十分だ。連鎖する様に勇次郎が傷口に下段正拳突きを叩き込む。リサはたまらず暴れ、二人を地面に落とす。立ち上がると敵を威嚇する為か雄叫びを上げる。不死身の自分をこれ以上傷付ける事は許さないという意思表示でもあった。

 今まで暴れに暴れた超雌が突然黙る。見てはいけないもの、自分の生きてきたあの強烈な時代にも居なかった怪物がそこに居たからだ。

「ベクター見て」

「ああ、フォーアイズ……」

「鬼が……」

「鬼が……」

 

「鬼が哭いているッッッ!」

 

 生物としての範馬勇次郎最強の技、いや形態。生物の頂点かつ特異点。ヒッティングマッスルを極限まで鍛えた結果、背中に鬼の形相を浮かべた先にある領域──────最強の存在である鬼を泣かせるという暴挙かつ快挙。

 筋肉の極限から離れた拳二撃はリサ・トレヴァーの足を粉砕し、継ぎ接ぎの人面マスクごと怪物の頭を吹き飛ばした。口が開けっ放しにならなかった者は誰も居なかった。



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超ッッッ!

随分お待たせしました。何とか近場で終わらせたいと思います。


 

 気付いた時にはU.U.Sやネメシスの一体はその場には居なかった。宴も闌、兵が夢の跡。ラクーンシティが誇る時計台が破壊されたその場に居るのは地上最強の生物、ジル・バレンタイン、カルロス・オリヴェイラ、そしてコロラド州にある核廃棄物隔離施設内地下に存在する岩塩層から発見された原人だけだった。

「な、なんだか知らんが助かった、ありがとう」

 カルロスの礼にも何ら反応を示さない勇次郎はジルに視線を向けている。

「そいつ、感染してるぜ」

 カルロスは目の前の屈強過ぎる男の言葉を上手く飲み込めなかったが、ジルが突然地面に膝を付くとその真意が理解出来た。

「ジル!」

 ジルの顔面は蒼白で至るところに青黒い筋が浮かび上がっている。呼吸も荒い。このパンデミック下ではそれは感染を意味していた。

「不味い……早く手を打たないと。近くに病院がある、そこへジルを運ぼう」

 カルロスに先導され、一行は足を進める。勇次郎は振り返って顔が吹き飛んだ巨大化したリサ・トレヴァーを眺める。

 これで終わりではない、勇次郎の頭の中に巡るこの考えは自信でも無く、経験から来るものでも無い。戦闘をこよなく愛する者特有の直感である。

 

 ラクーンシティ唯一の総合病院の中は例によって荒らされていた。市が誇る外観も設備も滅茶苦茶に破壊されていた。近くにある事務室のベッドにジルを寝かせるとカルロスはホールに居る勇次郎に告げる。

「俺はワクチンを手に入れる。この病院内にあるという情報は手に入れた。あんたはここを確保してくれ」

 カルロスがその場を立ち去ると、勇次郎は笑みを浮かべる。そもそもこの男に安全確保の為の行動等必要無い。

 

 そうッッッ! ここに居る超雌ッッッ! コロラド州にある核廃棄物隔離施設内地下に存在する岩塩層から発見された巨大なホミニン──ピクルと同種の原人ッッッ! 

 恐らくピクルと同じく数多くの恐竜を葬って来たであろう最強の原人がここにッッッ! 地上最強の生物の目の前に居るッッッ! 

 夜の病院、最強が二人

 

 勝負以外に何も始まる訳は無かった。まず超雌が仕掛ける、一般人の背丈程あろうかと思われる極太の脚から上段前蹴りが放たれるッッッ! 

 

 が勇次郎は予測していたが如くしゃがみ、超雌の足元を薙ぎ払う。130キロ超はあるであろう重巨体が軽く宙に浮く。その状況下では地上最強の生物のアッパーが超雌の顎にクリーンヒットするのは必然だった。

 原人の身体が二回転、三回転、四回転と何重もの回転を重ねながら勢い良く地面に落下する。常人がその光景を見たのなら、間違い無くまず立ち上がれないと判断するだろう。

 が超雌は着地とほぼ同時に地面を蹴り、勇次郎に近付く。たった一蹴りの力で十メートル以上離れていた勇次郎の眼前に移動すると拳を振り上げる。拳は宙を切るものの地上最強の生物の頬は鮮血で真っ赤に染まった。勇次郎が満足げな表情を見せたのも束の間、前蹴りが勇次郎を襲う。その速度、威力共に人智を遥かに超えたものだ。勇次郎は瞬間的に超雌の反対側壁に叩きつけられた。彼には珍しく口からの吐血を見る。

 

「喰うだけの事ならば幾らでも手段はあったものの、態々恐竜を捕食するという一見すると愚行、が愚行にあらず」

 勇次郎は前に出る。大概の敵を数発で仕留めて来た超雌にとってそれは喜び以外の何物でも無い。彼女の居た時代には決して居なかったタイプの敵、存在し得なかった敵、いや友。超雌は狂喜の微笑みを浮かべた。

 

 打! 

 

 超雌のパンチを勇次郎は全身に血管を浮かべ上がらせながら受け止める。ギシギシと肉と肉が擦れ合う音がホール内に響く。暫くは均衡を保っていたものの原人が徐々に握り拳を前に押し出している。G3との正面切っての殴りあいすら制した範馬勇次郎が力負けをする。その事実に勇次郎は嬉しさが五臓六腑に込み上げて来る。だからこそそれは姿を表した。

 

 鬼の貌ッッッ! 

 

 背の肉は打撃に最も重要な筋肉。度重なる戦闘によって浮かんだ鬼の形相から生じる攻撃は全てを葬り去る。

「!」

 原人の腕が少しずつ後ろに押される。如何なる恐竜に対しても力負けする事など無かった原人は今、初めて敗北を味わう。しかしそれで気落ちする種族ではなかった。勇次郎の手を振りほどき、バックスッテプで後退し、仕切り直しを図る。 

 

 超雄と超雌、両名が筋肉を最大限まで隆起し、最大限の幸福を得ようとする。そんな肉の宮達にゾンビ達の襲来など蚊がやって来る様なものだった。病院はゾンビや寄生体、ハンターで溢れかえっていた。

 

 

 が一行は一向に先に進まなかった、いや進めなかった。

 

「ッッッ~~~…………」

 

 勇次郎と原人の動きは最早生物の眼球で追える速度を凌駕していた。それはtウイルスの感染者も例外ではない。

 ここに入ったら死ぬ。その事実は知能を無くしても理解出来る程に皮膚感覚で敏感に感じる事が出来る。

「キェェェェェェェェ」

 意気がったハンターが一匹、ホールの中に入って行ったがあっという間に肉塊にされた。まるでホール全域に一撃必殺の攻撃の膜が張っているかの様だ。

 

(こ、これじゃマシンガンの方がマシでぇ~~~)

 

 そんなゾンビの悲痛な叫びを他所に超雄と超雌の移動速度と攻撃速度は更に加速していく。原人は地面を蹴り、天井へと激突する瞬間、天井を蹴り、勇次郎へと向かう。上下運動の加速が付いた巨体を受け止める気は流石の勇次郎も無かったが、避ける余裕も無かった。

 

「ッッッチャリァァァァァァァ!」

 

 鬼の打撃と原人落下タックルの相殺により両者は吹き飛ぶ。そこにカルロスが帰還した。

 

「おいおい、何だこりゃ?」

 カルロスはふと窓に目をやるとゾンビ達に包囲されている事に気付く。思わず叫ばずには居られなかった。

「おい、来るぞ!」

 

 しかしそんなカルロスの懸念とは裏腹にゾンビ達は病院を後にする。彼ら彼女らは知ってしまったのだ。自分達が何万居ても到底敵わない『暴』がこの世には在るのだと……

 

「何だ? 奴ら去って行く。まあ、いい。早くジルにワクチンを打たないと」

 

 事務室の中にカルロスが入って行くと両者は臨戦体制を解く。満足感を満たすのは今ではない。時期が直ぐ側まで来ている。超雄と超雌の期待感と予言は外れてはいなかった。



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