機動戦士ガンダム外伝 ~焔翼の黒騎士~ (夕焼け坂道症候群)
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登場人物紹介
登場人物 ジオン編 Ver.2.3


https://mobile.twitter.com/i/moments/1107214943223320576
↑MSのカラーリングやキャラクターデザインを載せています。
読者の中にキャラクターデザインをやって下さる絵師さんいたら喜びます。感想欄でもTwitterでも声かけてください(小声)


シュヴァルツ・グリーンウッド(Schwarz Greenwood)

少尉→大尉 0055年生まれ 23→24 175cm

宇宙攻撃軍所属→突撃機動軍所属

撃墜スコア:MS80機 艦船7隻 車両47両

 

出世を望む父の差し金で士官学校に送られ、優秀な成績で卒業。後方に配属されていたが前線に転属となる。ルウム戦役で戦艦1隻、巡洋艦3隻を撃沈。大尉に昇進。昇進後、黒い第2種戦闘服を着用している。尚、黒い三連星との混同を避けるため、胸章や肩章は銀色となっている。ノーマルスーツ、ヘルメットは黒、バイザー、チューブは深緑というカラーリングの物を使用。

ブラックマンバ隊に配属され、『ジオンの黒騎士』の異名を持った。

日系の祖母譲りの黒髪で、柔らかくも深みの有る声を持つ混血美男子である。

 

《乗機》

・MS-06C

彼は当機を駆り、ルウム戦役で戦艦1隻と巡洋艦3隻を轟沈せしめた。この頃はまだ無名で、機体も通常仕様だった。出撃時の装備はM120A1ライフルとH&L-SB25K/280mmA-Pバズーカ。南極条約締結後、F型に改修され、頭部にブレードアンテナを設置。腿と足の甲はアイスブルー、その他の部分は後の機体と共通するパーソナルカラーである、黒と深緑で塗装された。

 

・MS-06F

上記のC型を改修したもの。初めてパーソナルカラーが施された。この機体での戦闘記録は存在しない。

 

・MS-06S

ブラックマンバ隊配属と同時に受領。F型と同様のカラーリングで、メカニックであるエミール・ヒューゲル技術中尉の手によりチューニングを受けている。

 

 

 

 

 

フランツ・デュポン(Franz Dupont)

曹長 0045年生まれ 33→34 168cm

宇宙攻撃軍所属→突撃機動軍所属

撃墜スコア:MS27機 艦船3隻 車両24両

 

元砲兵。国防隊時代から身を置いている。ルウム戦役後、シュヴァルツと共にブラックマンバ隊に配属。癖の有る茶髪に眼鏡をかけ、真面目で優しい印象を与えるが、適当で酒呑み、口が悪い。モビルスーツの開発直後にパイロットに転換しているために練度は高く、ルウムから戦ったシュヴァルツから一番信頼されている。ムードメーカーとして、ベテランパイロットとして隊を支える。

実は妻子持ちであり面倒見がいい。愛妻家で、妻以外の女性関係は作っていない。家族の為に生還するという強い信条を持つ。

MSパイロットは無帽の者が多いが、彼はパトロールキャップを好んで被っている。

 

 

《乗機》

・MS-06C

ルウム戦役での乗機。M120A1ライフルとH&L-SB25K/280mmA-Pバズーカを装備していた。彼は本機でシュヴァルツ・グリーンウッドの戦いを目にした。

 

・MS-06F

南極条約締結後、彼の乗るC型はこのF型に改修された。高い技量を遺憾なく発揮できるよう、ヒューゲル技術中尉によりチューンが施されている。

 

 

 

 

 

ケニー・デルガード(Kenny Delgado)

伍長 0060年生まれ 18→19 170cm

宇宙攻撃軍所属→突撃機動軍所属

撃墜スコア:MS0機 艦船0隻 車両6両

 

高校卒業と同時に入軍。ルウム戦役の後、シュヴァルツらと共にブラックマンバ隊に配属となる。

中性的な顔立ちで肌は白く、艶の有る黒髪を持つ。その為性別を間違われることは少なくない。同性愛者やシーメールと思われたこともあり、学生時代は男子に告白されたこともあった。見た目が原因でいじめられた経験もあるために容姿にコンプレックスを感じており、男らしくなりたいという願望で軍人を志した。

真面目で臆病な性格で、戦闘中もかなり緊張してしまう。フランツは彼の気をほぐすために冗談を言うのだが、気遣いとは分からない模様で、毎度振り回されている。

女性との交際経験がなく、童貞である。

第一次地球降下作戦の際の任務で戦死。

 

《乗機》

・MS-06C

この機体でシュヴァルツ、フランツ両名とルウムを駆け抜けた。M120A1ライフルとH&L-SB25K/280mmA-Pバズーカを装備していたが、専らライフルを使用した。

 

・MS-06F

南極条約締結と共にC型から改修されたもの。彼のザクもチューニングが為されている。

 

 

 

 

 

クラーラ・スミルノーヴァ(Klara Smirnova)

少尉 0058年生まれ 20→21 167cm

突撃機動軍所属

撃墜スコア:MS36機 艦船2隻 車両24両

 

ブロンドヘアを後ろで大きな三つ編みにした髪型が特徴。

士官学校を卒業したばかりの新米パイロットだが、シミュレーションでの成績は非常に良く、特にMS同士の白兵戦を得意としている。

穏和な性格だが気が強く、大胆な行動を取ることがある。小学生の頃から周囲に馴染めず家にこもりがちだった。穏やかなのはその為で、強い人間になりたいという理由で士官学校に入った。

胸はCカップと大きくないがスタイルは良い。軍服からラインが浮かび上がる程度にヒップが大きめ。

第2種戦闘服を着用。

 

 

《乗機》

・MS-06F

彼女が初めて受領したMS。パイロットとしてのポテンシャルを解放すべく、他のパイロットのザク同様手が加えられている。

 

 

 

 

 

ショーン・フレッチャー(Shawn Fletcher)

中尉 0053年生まれ 25→26 179cm

突撃機動軍所属

撃墜スコア:MS51機 艦船3隻 車両34両

 

大学で人文学を学んでいたが、ジオンが独立戦争を起こすことを予期し、中退して士官学校に入学。シュヴァルツと同期で、寮では相部屋だった。

癖毛気味の金髪をマッシュヘアーに整えている。そよ風のような爽やかな美声を持ち、柔和な顔立ちをした好青年だが、瞳の奥に冷たさを持つ。シュヴァルツは彼のことを「温め損ねた冷凍食品」と評した。

MSの操縦だけでなく生身で戦う白兵戦も得意としている。

エース級だが目立つことを嫌い、パーソナルカラーを持っていない。所謂シークレットエースである。

第3種戦闘服を着用。

 

 

《乗機》

・MS-06F

ブラックマンバ隊の副隊長であり、分隊長も兼任する為、ブレードアンテナを設けている。敏腕メカニックとエース並の実力で、本機は連邦にとって脅威になるだろう。

 

 

 

 

 

ティーガー・クラウゼ(Tiger Krause)

軍曹 0048年生まれ 30→31 183cm

突撃機動軍所属

撃墜スコア:MS10機 艦船0隻 車両22両

 

元戦車兵。国防隊時代から籍を置いている。MSパイロットに転向する以前はマゼラ・アイン空挺戦車のドライバーだった。その為自らをMSパイロットではなくMSドライバーと称している。

ギャリソンキャップの下に茶髪のベリーショートヘアーを隠した小太りの男で、見た目通り酒豪で大食漢。MSのコクピットにはアダルト雑誌のピンナップが貼られている。

ブラックマンバ隊に配属以前からフレッチャー中尉の部下だった。年齢が近く、また性格も似ているフランツとはすぐに友人となり、暇を見つけては彼と酒盛りをしている。

 

《乗機》

・MS-06F

このザクも漏れなく技術中尉によってチューンが計られている。本機を操る軍曹はベテランであり、正に鬼に金棒といった所だ。

 

 

 

 

 

ディルク・モーリス(Dirk Morris)

大佐 0022年生まれ 56→57 181cm

突撃機動軍所属

撃墜スコア:MS16機 艦船6隻 車両0両

 

ブラックマンバ隊創設者。それ以前はMS大隊隊長だった。

還暦近いがMSパイロットとして現役で、一部ではエース並みの腕前だと囁かれている。

眉と髪は白く老成し、前髪を中央で分けたツーブロックに仕立てている。官帽にコートを着用することがある。コートの下にはアイスブルーの第2種戦闘服を着込んでいる。

ノーマルスーツはアイスブルーを基調にチューブやベルトにブルーグレー、バイザーにスカーレットが配色されている。

ピッケルハウベを被った髑髏がパーソナルマーク。

 

《乗機》

・MS-05B

戦前、彼はこのザクⅠでゲリラ戦に参加し、MS運用論を確立してきた。ノーマルスーツ同様の3色をパーソナルカラーとし、胸部とニーアーマーの朱が、アイスブルーとダークグレーとの対比で印象的になっている。

 

 

 

 

 

ミーナ・タッシェン(Mina Taschen)

大尉 0053年生まれ 25→26 177cm

突撃機動軍所属

 

名の有る軍人家系出身。父はモーリス大佐と親しかったが、3年前に病気で他界。

彼女は秘書官ではない為、特有の青い制服ではなく緑色の第3種戦闘服を着用しており、下もスカートではなくパンツである。

眼鏡とセンターパートショートボブの黒髪が出来る女を匂わせる。スレンダーで胸も控えめ。

上官であるモーリス大佐がパイロットとしてMSで前線に出た時は、彼女が指揮官や艦長の代役となる。

実はレズビアン寄りのバイセクシュアルであり、女性との関係を多く持っていた模様。

 

 

 

 

 

エミール・ヒューゲル(Emil Hügel)

技術中尉 0051年生まれ 27→28 176cm

ツィマット社所属

 

ブラックマンバ隊のメカニックとしてツィマット社から中尉待遇で出向。元々推進器のエンジニアであるため、MSの動力系に関して造詣が深い。

癖毛な黒髪をマッシュヘアーにしている。眼鏡を掛けている上かなりの痩せ型で頬も痩けているためか、前向きな性格に驚かれることが多い。

パイロット達を尊敬しており、メカニックという役割に誇りを持っている。

軍属として第3種戦闘服を着ているが、体型の為か様になっておらず、クラウゼ軍曹から食事量を増やせと言われている。尚、少食ではない。




要望があったキャラクター紹介です。
物語の進行と共に逐一更新する予定です。


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一年戦争編
第01話 ファンファーレは密かに鳴り出す


「我々の祖先は、希望を胸に宇宙へと飛び立った。目に見えぬ背の翼が、無垢なる白鳥(しらとり)のものだと信じて。しかし、彼らは知らぬ間に首輪を嵌められていたのだ。白と思い込んでいた翼は、鵜の黒翼だったのだ。」

 

とある宇宙移民者の子孫が残した演説から抜粋した言葉である。

人間がテラを離れ、宇宙に重力を作り出して生きる文明の果てには、いったい何があるのだろうか。

その答えは、短い一生の中で生きた証を残したいと、節目を適当に定めた人間が発し、時と共に更新され続けるだろう。

一世紀も経たずに導かれた答え。それを導いた大事の一部始終を、中途半端な日陰者の生き様と共に語るとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人類が地球の周りに巨大なスペースコロニーを数多浮かべ、増やしすぎた人口を移住させた年、紀年を《宇宙世紀(Universal Century)》と改めた。それら宇宙都市は地球を中心とした地球連邦政府の管理下に置かれた。この体制が生んだ《エレズム》思想により、地球の人間《アースノイド》と、宇宙の人間《スペースノイド》との間に壁が生じていた。

 

 

 

U.C.0058

宇宙都市サイド3《ムンゾ》独立宣言。ジオン・ズム・ダイクン、《ジオン共和国》建国。

 

 

U.C.0068

ジオン共和国首相ジオン・ダイクン死去。次期首相にデギン・ソド・ザビ。翌年、ジオン公国宣言。デギン・ザビ、公王に就任。

 

 

 

 

 

───そして

 

 

 

 

 

U.C.0079.01.03

ジオン公国、地球連邦政府に宣戦を布告。一年に及ぶ独立戦争の火蓋が切って落とされた。地球連邦軍はミノフスキー粒子を用いた対電子戦と新兵器《MS(モビルスーツ)》の投入に敗れ去り、勝利したジオン軍は五日後、制圧したスペースコロニーを地球連邦軍本部《ジャブロー》に向け落下させた。その二日後、コロニーが地球に落着。連邦軍の必死の抵抗により、コースを外れシドニーへ。都市を湾に作り変えた。この一週間続いた初戦は《一週間戦争》と呼称された。

 

 

 

 

 

MS80機 艦船7隻 車両47両

これは、後に《一年戦争》と呼ばれる戦争で打ち立てた、とあるジオン公国軍士官の撃墜記録である。後世まで名が残る元ジオン公国軍のエースパイロットの中では見劣りする数値かもしれない。しかし一年戦争の激しさを知る者も知らない者も、そのパイロットに確かに実力があった事は分かる筈だ。彼の活躍は、後に《ルウム戦役》と名付けられた戦いから始まった。

 

 

 

 

 

U.C.0079.01.15

数あるスペースコロニー郡の一つ、宇宙都市サイド5《ルウム》。ここを臨む宙域で、ジオン公国軍と地球連邦軍はこれまでに類を見ない宇宙空間での大規模艦隊戦を繰り広げていた。

 

 

 

弾雨光林の網目をくぐり、無重力の闇を駆ける緑の巨人《MS-06C ザクⅡ》。その中の一機に、彼は乗っていた。

シュヴァルツ・グリーンウッド。ジオン公国軍宇宙攻撃軍所属の士官である。0055年生まれで階級は少尉。サイド3の名家出身で、父はジオン公国の議員である。ダイクン派であったが、保身の為ザビ家派閥に身を置き、さらに家を立てるため長男シュヴァルツを士官学校に追いやった。日系の祖母から続く黒髪から、マツナガ議員等一部政府関係者から裏で“日和見烏(ひよりみからす)”と呼ばれていた。シュヴァルツはそんな父が嫌いだったが、皮肉にも彼は、祖母、父と同じ黒髪であった。士官学校で優秀な成績を修め、特にMSの操縦能力は突出していた。彼は名家の出ということで、先の一週間戦争では後方に配置されていたが、出世のために面子を立たせたい父の根回しで第一線部隊に転属になった。きっかけは、先日のこんなやりとりである。

 

 

 

「ぐっ!」

「なぜ前線を希望しなかった!?それで功を得られる訳なかろうが!」

国中が戦勝に沸き、ジオン兵皆英雄の風潮の中、その若者は玄関先で実父に殴られた。シュヴァルツは勢いで倒れ込む。地面に打ち付けた両手と左脚が冷たく鈍く、左頬が熱く痛む。彼はまだ拳を握る父親を、まるで敵対心を剥き出した狼の目つきで睨み上げていた。なにがいけなかったのか。言葉の通りである。

「出世のために子を軍にやった家は予想以上に多かったのだ!前に出なければ出し抜けないだろう!殺されないよう後ろにまわした私の判断が裏目に出たが、どうして前に行かない?私の出世を邪魔する気か?」

「そんなものはいい!豪勢な暮らしをするために人に媚びるより、質素でも気楽に暮らせる方がマシだ!」

「なんだと!私のおかげで今のお前があるのだぞ!」

シュヴァルツは(おもむろ)に立ち上がり、目の前の男に反論する。普段は穏やかで淡々としゃべる彼が、いつになく声に感情を込めて怒鳴った。その彼の内側が特に激しいことは、同じ場にいる母と二人の弟も理解していた。父は息子の物言いにさらに怒りを激しくする。

「声を大にして言おう!烏の子になぞ生まれるべきではなかったと!」

烏とは父のことを意味するスラングである。本人はその事実は知っているが、黙認している節がある。そのようなことで他人に突っかかっても無意味だからだ。

「こんのっ!」

「あなた!」

「父さん!止めてくれ!」

「後方だとしても、シュヴァルツ兄さんは命を懸けて戦ったんだ!」

「離せ!お前達もヤツの肩を持つのか!?」

再び拳をふるおうとしたその男は、シュヴァルツの弟達に取り押さえられた。ふりほどこうと暴れるが、若者二人の力にはかなわない。諦めたのか身動(みじろ)ぎを止めると、眼前のシュヴァルツに父は不気味に微笑む。

「ジオンは再び仕掛けるらしい。お前は火線送りだ。大戦果を挙げて名を馳せればある程度の自由は許してやる。」

「そんな!」

母は泣き崩れ、末子は静かに唾を飲む。

それは我が子を死にに行かせると言っているようなものだ。仮にルウムの英雄と称えられても、ジオン公国と公国軍からは逃げられない事も意味している。自分の手から離れようとも、稼ぎ道具としては手放さない、父の人格をよく意味する言葉だ。

「分かった。自由にさせてもらうよ。」

シュヴァルツは落ち着いた口調で暗に生還を約束し、力任せにドアを開けてその場を後にする。家の奥に上がることもなく。胸を張り、するシュヴァルツを、四人は彼の姿が扉に隠されるまで見つめていた。

「あの子、家を出てしまうのではないかしら?」

「あんな低俗なヤツ、このグリーンウッド家には要らん!」

低俗。良くシュヴァルツに父が放った言葉である。カジュアルな服装で街に繰り出し、格下の家柄のガールフレンドといるのを見られたときも、旧世紀のギタリストに憧れ、黒いモッズスーツを着込んで鋭いカッティングを真似したときもだ。そうやってシュヴァルツから気に入らないことを排していた。今度はシュヴァルツ自身を追いやろうとしている。

彼が自由になるか名誉の戦死を遂げるかすれば、次弟にその役が回ってくるのだが、当の本人には気にするなと言われていた。シュヴァルツは三兄弟の中で一番独立心が強かった。次男は従順な性格だったために父との関係も良好で、かなり気に入られていた。そんな弟の方が我が侭が通るというのも皮肉な話である。0058年生まれで成人しているが、病弱なことと、父に可愛がられたことで入隊は免れ、大学で機械工学を専攻している。将来はエンジニアとして国に軍に貢献することを望まれている。

気にするなと言われても、大事な弟である。謝罪と感謝の念が、シュヴァルツから宿舎へ向かう時間を退屈から守っていた。

 

 

「既にサラミスを三隻。昇進間違いなしですなぁ。エースパイロットさんよ?」

「その言い方は止めてくれ、デュポン曹長。」

「隊長が出世すれば、部下の我々も安泰。うれしいことですよ。」

束の間の補給を終え、再び出撃する。彼の機体の青いスラスター光を頼りに、僚機のザクが左右に随伴。三機は綺麗な三角形を形成している。

彼の右後方から追従するのが軍歴の最も浅いケニー・デルガード伍長。華奢で中性的な顔立ち、更に白磁の様な肌とそれを引き立てる黒漆のような髪と、そのルックスから性別を判断するのは困難で、誰もが股間を確認しないと男性だと確証が持てないだろう。この容姿を本人はかなり気にしており、男らしくありたいと常に思っていた。このコンプレックスが彼を入軍に導いたのだ。

左後方に位置するのが砲兵上がりのフランツ・デュポン曹長。軽い天然パーマのかかった茶髪に眼鏡で、一見優しい草食系の印象を与えるが、実際はお喋りで酒呑み、適当という人間像。彼は0045年生まれでシュヴァルツよりも一回り年上であり、MSの開発以前から軍に籍を置いている。パイロットとしての練度も高い故に左側にいるのだ。この配置は、ザクが武器を持つ腕と、シールドが装備されている肩が右側だからで、若い新兵の生存率を上げるためである。

デルガード伍長は度々新兵と呼ばれるが、デュポン曹長と共に《第一次ブリティッシュ作戦》の頃から参加し、死線をくぐり抜けてきたので、真新しい訳ではない。しかし言動はまだ青臭く、その点はヒヨッコそのものである。グリーンウッド少尉は戦死した前小隊長の後釜としてやってきた。前任者は腕が良く、一人で立てた戦功は多かったもののチームワークを重視しなかったらしい。そのせいかシミュレーションで上位のスコアを修めたグリーンウッド少尉のことも似たような上官とみなし、当初はあまり信頼を置いていなかった。が、小隊行動を視野に入れた戦い方を見て認めるようになった。

「他力本願のつもりだな。別に怒りはしないが、嫌な言い方をしなくてもいいんだぞ?」

「卑屈なもんでねぇ。いいかケニー、俺達は隊長のケツを追ってれば良いんだ。」

「は、はい!曹長!」

モニターに表示されるフランツの気の抜けた表情とは対照的に、デルガード伍長は緊張で強ばっている。ミノフスキー粒子のせいで画像も音声も粗いが、さしたる程のものではない。

「伍長、そんなに固くなるな。俺と違って実戦に出てるんだろう?」

「ま、まぁ…。」

「隊長、こいつは兵としてウブという以前に、男としてウブなんですよ。」

「なっ!」

ケニーの赤面が二機のモニターに映る。それを見たフランツが、風船が割れるかの如く大笑いを破裂させた。

「はっはっは!当たりかよ!戦闘は経験してるが、女は経験してないってなぁ!」

「出征前に捨てなかったのか?帰ったらガールフレンドの作り方とワンナイトの誘い方を教えてやる。」

「黙っててください!」

「はっはっは!」

「ふっ。」

まさか隊長までふざけるなんて。ケニーの悔しさと恥ずかしさが遂に爆発した。その姿が滑稽で、かえって二人の笑いを誘ってしまう。

これはデュポン曹長なりの気遣いであった。殺し合いは気を抜いてするものではないが、体が満足に動かない程張り詰めるのはかえって身を滅ぼす。結果として恥をかかせることになってしまったが、彼が生還したのなら褒美に何かやろうとも考えている。

「おふざけも良いが、仕事もしてくれよ?次はアレを墜とす。」

軽すぎる空気を少尉が変える。敵は目前だ。彼等はお喋りのためにここに来たのではない。

「分かってますよ。マゼランですかい?あんな砲の塊、逆に墜とされても知りませんよ?」

《サラミス級宇宙巡洋艦》を三隻撃破した少尉が次なる獲物に選んだのは、《マゼラン級宇宙戦艦》。2連装メガ粒子砲塔計7基に加え、無数の対空機銃を艦体の各所に配置。全方向から高い火力を発揮する地球連邦軍が誇る戦艦である。

「手土産をどっさり持ち帰る必要があってな。へっぴり腰じゃいけないのさ。」

「いいとこのボンボンも楽じゃないんですなぁ。さては女ですかな?」

「あ、英雄になって帰ってくるって約束したとかですか?」

「二人は俺をロマンチストだと思っているのか?」

女性絡みではないことをぼかして答える。本当の理由を明かす必要はないが、否定しないとネタにされ、後々厄介になるのではないか。まわりくどい言い方をしたのはそういう訳である。

「ま、気は乗らないけどお供しますぜ。」

「足手まといにならないように頑張ります!」

「お前がヘマしても俺達は死なないからな。心配するなケニー。」

「ひどいですよ曹長!」

「新米をいじめるなデュポン曹長。」

「へいへいっと。」

ケニーを振り回すデュポン曹長をたしなめるが、全く手応えがない。パイロットとして、小隊長として信頼されていても、人間としてはケニーと同様若造と見られている。だから態度を緩めたままなのか、そもそもの人格なのか、シュヴァルツはまだ掴めずにいた。だがこの人間は自分にとって不快な存在ではない。それは確かな手応えだった。

彼等の視界前方に並ぶ地球連邦軍の艦艇の砲は本来オートで動くのだが、ミノフスキー粒子の阻害効果で真価を発揮できずにいる。そのため手動に切り替えて応戦しているのだが、銃座の連邦兵はMSの機動力に目が追いつかず、敵機の軌跡をなぞることが精一杯だった。

大艦巨砲主義の権化である地球連邦軍艦艇の見かけ倒しの弱さが、先の戦闘での大敗を招いてしまった。旧世紀、同様の思想が機動兵器の前に敗れ去った海戦があったにも関わらず、連邦軍はミノフスキー粒子の利用を想定せず、新兵器のMSは電子制御された砲や誘導兵器で撃墜できると軽んじていた。

しかしミノフスキー粒子といえど勝手にビームを防いでくれる撹乱膜とは別物。近づくほど命中率が上がることに変わりはない。その事ならMSパイロット養成過程でしっかりと叩き込まれた。むさ苦しい教官の顔が脳裏を掠める。邪念を捨て、艦砲の死角に入るためにマゼラン級戦艦に接近する。彼等の進撃を阻むべく、宇宙戦闘機《FF-3S セイバーフィッシュ》が目の前に躍り出るが、時代遅れの戦闘機等、彼等の相手ではない。ザクの120mmライフルが吼える。セイバーフィッシュは少尉の射撃をすれすれで回避。モニターの外へ消えていく。彼等はトライアングルを変形させながら、敵航宙機と戯れる。接近する右側の敵機が、中枢部をグリーンウッド機の数発目に穿たれ、鉄屑に生まれ変わる。続いてデルガード伍長が、左の機体に発砲する。片翼に命中し、弾の勢いであらぬ方向へと飛ばされ、直後に流れ弾に止めを刺された。

「行くぜ!」

曹長のザクがバズーカを構え、マゼランに接近。それに気づいた敵機が彼を追う。

「曹長、下です!二機!」

「任せろ!」

伍長が敵機を発見。だが曹長機の真下にいるため、同士討ちにならないよう発砲はしない。即座に反応した少尉機の三点射撃がそれを穿つ。残りは隊長機。先程友軍機を撃墜した青い機体と同じだろうか。グリーンウッド少尉とデルガード伍長で追い込むが、しぶとい。ここまで滑らかな回避運動をするパイロットがいたとは。見切りをつけた連邦兵は、機体を反転させ、攻勢に出る。

「曹長、ミサイルだ!下!」

「ビームに機銃にミサイルかよ!」

ブースターパックに搭載されたミサイルを二段階に発射。まずは上方のデュポン機。発射と共に翻し、少尉と伍長を狙う。各機がAMBACを利用し機体を傾け、ミサイルをやり過ごす。機銃を右肩のシールドで受けながら、少尉のザクは肉薄する。そしてライフルの台尻を、セイバーフィッシュの中枢部に叩き付けた。真っ二つに折れた敵機は、コクピット側の細長い部分とエンジン側の広い部分とで別方向に飛散した。

「やれ!」

「おうともよ!」

狙いを定めた曹長のバズーカが炸裂。弾頭は曲がることなく突撃していく。

「面舵20!」

艦長の号令でマゼランは回避。反撃の対空砲火が曹長機に向けられる。

「ちっ!」

射線に重ならないよう曹長は機体を小刻みに動かし、厚い砲撃の隙間を縫い射程外に退避する。

「やはり突っ込めるのは隊長しかおらんようですなぁ。」

「分かった。」

「援護しますぜ。」

デュポン曹長とデルガード伍長が再びセイバーフィッシュと交戦。少尉は二人の仲間に背を預け、進む。ザクが両手で持っていたライフルから右手を離し、腰のバズーカを構える。

「人型、来ます!」

「近すぎる!避けきれない!」

「総員、退避!」

絶望の退艦命令。忙しく移動するマゼラン級のクルー達。生にしがみつこうとも、できることは一呼吸だ。

「二人とも、離れろ!」

火の迷路をくぐり抜け、目睫(もくしょう)の間に迫って艦橋下に弾頭を撃ち込む。三機はブーストし、すぐさまマゼランから離れた。敵艦は中央部で起爆、エンジンに引火して爆散した。

「流石です隊長!」

「表彰間違い無しですな!楽しみにしてますぜ。」

「よせ。持ち上げられるのは好きじゃない。」

シュヴァルツは彼等とまだ壁を感じているも、ここは自分の居場所にしてもいいのではないかと思い始めていた。他人にここまで親しみを感じたことは少ない。この心地良さに殺されるな。彼は自分に言い聞かせた。

1月16日標準時○四二四。

やがて連邦軍艦隊は彼等から遠のいていく。満身創痍の艦も少なくはない。その有様には敗走という単語がふさわしい。

「敵が撤退を開始したようですね。」

「じきに追撃命令が出るでしょうなぁ。」

「恐らくな。今のうちに補給を済ませるぞ。」

三人は戦場に背を向ける。真空の戦場にフィナーレが流れ出す頃だろう。

 

 

 

 

 

U.C.0079.01.16

ルウムでの戦いは、ジオン軍が勝利を飾った。しかし、連邦軍の猛攻がジオン側の大きな痛手となり、艦艇、MS、なにより熟練のパイロットを多く失ってしまった。二度目のコロニー落としは阻止され、連邦軍は惨敗を喫すも目標を達成するという奇妙な結果に幕を閉じた。

ジオンに残された切り札は、黒い三連星が捕らえた名将、ヨハン・イブラヒム・レビル中将の解放を条件に連邦に降伏を認めさせることである。

捕虜となった中将が放映されたとき、公国民誰もが勝利を確信していたであろう。彼がジオンに兵なしの演説を行うまでは。




初めまして。夕焼け坂道症候群と申します。お気に召していただいたら嬉しいです。
構想はずっと前からありましたがあーでもないこーでもないと文章を練り続けたら1話書くまでに1、2ヶ月かかりました(笑)
因みに、シュヴァルツが真似したギタリストは某ギターの鬼です。分かる人だけで良いです。
クール主人公、陽気なおっさん、男の娘と出てきましたが、男の娘好きな人には残念なお知らせですが伍長は早々に退場予定です…。
登場人物の入れ替わりが激しく、相当オリキャラが出てくる予定ですので、主人公の名前だけ覚えておいてください(笑)
また、読者からキャラクターを募集する予定もあるので、その時はドシドシ応募してくれるとうれしいです!
それではまた次回(・ω・)ノシ


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第02話 猛蛇の目覚め

ジオン公国の首都《ズム・シティ》。デギン・ソド・ザビ公王が建国者ジオン・ズム・ダイクンに由来する名前を付けたこの場所には、公王庁やギレン・ザビ総帥の官邸が置かれ施政の中心となっている。官僚や高級軍人、名のある家々が居を構える事からも、国民からは特別な場所とされていた。ルウム戦役におけるマゼラン級宇宙戦艦1隻、サラミス級宇宙巡洋艦3隻撃沈の功で二階級昇進し、大尉となったジオン公国軍士官シュヴァルツ•グリーンウッドもここに暮らしていた。彼は今、真新しい黒の制服に身を包み、キシリア・ザビ少将揮下の《突撃機動軍》の施設の中でとある部屋を探していた。

ドズル・ザビ中将率いる《宇宙攻撃軍》所属だった彼がその場所にいる理由。それは転属である。突撃機動軍に新設される特殊部隊の隊長に抜擢されたのだ。南極において両首脳陣が会談し、ジオン独立承認という宇宙世紀史に残るだろう大事が成されようというその時、連邦軍の特殊部隊がレビル中将奪還を果たした。この報で形勢が一変し、会談内容は大量破壊兵器使用禁止や攻撃禁止対象指定、捕虜の扱いに関する取り決め等幾つかの戦時条約締結に留まった。通称《南極条約》。しかし地球連邦軍に彼の帰還を喜ぶ者はそう多くはいなかった。レビルの帰還は戦争の継続を意味しているからだ。これに鼓舞されたのは殺された親しい者の仇討ちとか、故郷を失くした事への復讐とか、出世のために名を馳せたい等といった戦う理由を持つ者達だけで、戦争のない世の中で殉職という概念が消えつつあった中、楽な仕事と入軍した兵士達にとっては有り難くない。モビルスーツとかいうあの恐ろしい一つ目の巨人を再び相手にしなければいけないのだから。南米の堅固な洞窟で椅子を温めているお偉い方は良い。だが命令一つで敵前に放り出される兵士達はどうだ。彼等は宇宙のように広く、黒々とした絶望を誤魔化すように娯楽にふけ、モノクロの景色を辛うじて細い筆で彩色する日々を送っていた。対するジオンはギレン•ザビ総帥が世論を煽動。継戦の声が強まり、来るべき地球降下作戦に向け着々と準備が進んでいた。宇宙攻撃軍、突撃機動軍双方から降下部隊が駆り出され、《地球方面軍》を編成。そのような状況のため、人事異動はいつにも増して盛んなのだが、国中に宣伝された英雄に話が来るというのは特異的だった。地球連邦軍に比べ国力が乏しいジオン軍は、人的資源に関しては最も重きを置いている。故に空間戦闘において絶対的な強さを見せるエースパイロット達を、環境の過酷な地球へ送るという非現実的な判断は下さない。しかしグリーンウッド大尉だけはどうやら適材適所の理念が通らないらしい。何者かが裏で動いたというのなら、脳裏を()ぎる男が一人いる。その男が用意させたパーソナルカラーの軍服を着用していることを再認識し、不機嫌を催して彼の大股がやや荒くなる。そんな彼にすれ違う軍人達の奇異の視線が刺さる。黒い第二種戦闘服にルウム戦役シールドを付けた士官なんてそこら中にいるものではない。少し前に出くわした下士官二人組が、通り過ぎた後に小声で彼を話題にしているのを耳にした。不快感と格闘すること暫く、ようやく指定の部屋の前に立った頃には誰もいなかった。安堵感に緩んだのか、辿り着くまでに溜まったストレスをふぅ、と一息で捨てる。

「シュヴァルツ・グリーンウッド大尉、出頭いたしました。」

彼の対応に出たのは、副官と思わしき女性士官だった。眼鏡をかけた知的美人の印象で、ショートボブの滑らかな黒髪が彼の男をくすぐる。階級は彼女の第三種戦闘服のマントから察するに、彼と同じ大尉だ。

「大佐、シュヴァルツ•グリーンウッド大尉がお見えです。……はい。了解しました。」

インターフォンで大佐と思わしき人物とのやり取りを終えた彼女が振り向くと同時に、ふわっと広がる髪から目を逸らす。彼女が取り込んでいる最中、ずっと髪を眺めていたのを悟られると淑女と坊やの構図がこの先ついてまわると感じたからだ。

「大尉、中へどうぞ。」

この時見せた彼女の笑顔に特別な意味はないだろう。しかし男を刺激する破壊力は備えている。大佐と長い付き合いになれば、彼女とも度々顔を合わせることになる。俺は勘違いしない。自らに言い聞かせた。

自動ドアの奥に座る初老の佐官を確認する。白銀に老熟した頭髪が歴戦の将校の風格を醸し出す。

ディルク・モーリス。戦前よりMSを駆り、ゲリラ戦に参加してきた古株である。MSに関して彼より造詣が深い者はなかなかいないだろう。齢57。こんな老人まで人型の棺桶に押し込む程公国は逼迫(ひっぱく)しているのか。否、流石にジオンも誰彼構わずMSに乗せている訳ではない。彼には適正がある上、部下が命を預ける兵器を体で理解する為にもコクピットに座ったのだ。一説ではその技量はエースに匹敵するらしいが、彼の佇まいに圧倒された誰かが流した只の噂なのではないかとも言われている。

彼の執務室には特にめぼしいものがなく、大した広さもない。大体はこんなものだ。故に対比で割に大きく見える机とその端に積まれた書類、角のコートハンガーに掛けられた官帽とコートに視線が移る。

「待っていたぞ。君の活躍は私も知っている。」

痩せた体の割に重みのある、渋く落ち着いた声で話し始める。

「知っての通り我がジオン公国軍は、二度に渡り勝利を収めた。しかしブリティッシュ作戦は失敗に終わり、レビルには逃げられた。連邦軍だけでなく、我が軍も損耗は激しい。にも関わらず彼が演説をばらまいたおかげで戦争は続く。地球制圧を迅速に達成させ、勝利を掴み取る為に、私は特殊部隊を設立した。ブラックマンバ隊だ。」

ブラックマンバ。サバンナに生息し、様々な環境で生きることのできる大型の毒蛇だ。毒性、攻撃性共に高く、地球上で最も恐れられた蛇の一つ。だがスペースノイドというのは元来動植物への知識は希薄なので、部隊名から大佐が博識なことぐらいしかこの青年には分からなかった。

「このブラックマンバ隊はMSの攻撃力、機動力を活かし、MSを主軸とする様々な任務の遂行及び戦術の実践を行う。和平による実質的勝利が非現実となった今、ジオン軍の地球制圧の成功による唯一の勝利は我々の双肩ににかかっている。貴官らの活躍に期待する。」

「はっ!」

モーリス大佐のゆったりとした綺麗な敬礼の所作が、大尉にプレッシャーを与える。それに負けぬよう、素早く且つ美しく、精一杯の礼を返す。

「しかし、小官だけを呼んだのにはなにか理由がおありなのですか?」

「ふふ、目敏いな大尉。勿論貴官一人なのにはワケがあるのだよ。君に新しいMSが来ていてな。ついてきたまえ。」

「は。」

大佐の後について基地内を歩くグリーンウッド大尉は再び注目を浴びたが、来たときの不愉快さは不思議と感じなかった。大佐の美しい副官が視線を集めてくれているからだろうか?いや、大佐自身の力だろう。この老将に守られている感覚が、まだ若い士官には有り難かった。

 

 

 

「これは、ザクですよね?ぱっと見では違いが分かりませんが……。」

格納庫に移動したグリーンウッド大尉の目の前のモビルスーツは、今の乗機と殆ど変わらなかった。南極条約締結後、彼は対核装備を外されたF型と呼ばれるザクを受領。頭部にブレードアンテナを設置した機体は黒と深緑で塗装された。宇宙空間での有視界戦闘でのカモフラージュ効果を狙った着色だが、裏を返せば味方に誤射される恐れがあり、技量がなければ扱いにくいカラーリングでもある。よって脚部にはアイスブルーを塗り、後続機の視認性を高めている。この配色は黒い三連星と酷似しており、彼等の片割れとしばしば間違えられることがある。

また、彼の制服も彼等と混同しかねないので、胸章や肩章を銀色にすることで区別を計っている。

「これは06のS型です。今貴官が乗っているF型と比較して30%推力が向上しています。」

彼の左から一人の士官が近づいてくる。眼鏡をかけた細身の男。頬もこけており、骨に皮を貼っただけのように見える。軍人には不相応な体格だ。

「エミール•ヒューゲル技術中尉です。ツィマット社から出向致しました。」

彼はそう名乗った。ツィマット社は《MS-05 ザクⅠ》を開発したジオニック社とMSの制式採用を巡って争った民間の企業で、競合機種《EMS-04 ヅダ》はザクを凌ぐ高性能機だったが飛行試験で事故を起こし、お蔵入りになった。汚名返上のチャンスとばかりに彼が新設の部隊に配属されたのである。

「彼が我々のメカニックを担当するヒューゲル技術中尉だ。」

この男が整備班を束ね、機体のチューンや武装の吟味をするようだ。MSにはジオンのマークや機種番号、撃墜スコアを表す五芒星、パイロットやメーカーの名前等が書かれている。このMSデッキのザクにはそれに加えて『ZIMMAD』のロゴがある。ツィマット社は推進機類の技術力が高く、試験機は機体の設計にもっと余裕があれば制式採用を勝ち取っていてもおかしくないものだった。ザクの開発に携わったエリオット・レムに、試合に勝って勝負に負けたと言わしめた程である。

「よろしく頼む、中尉。」

「こちらこそ!エースの顔に泥を塗らないよう、尽力させていただきますので。」

中尉の敬礼は、どこか素人臭さがあった。彼は軍人ではなく、軍属。民間人が軍服を着て中尉という肩書きを名乗っているだけなのだ。喋り方は堅苦しいがハキハキとしていて、案外前向きな性格らしい。技術に関しては真っ直ぐで熱い男なのだろう。彼は信頼できる。シュヴァルツは確信した。

「我々はこのS型及び現在主力機として配備が進められているF型の地上運用の適性について評価する。得られるデータは、地上用MSの開発に必要なものとなる。貴官なら機体の性能を引き出し、適切な評価に貢献してくれよう。」

二人の邂逅が本題ではないと、大佐が割って入る。元々ザクは《MS-05》と呼ばれていた時代から1G下での運用は考慮されており、コロニー内での使用も可能なのだが、地球の劣悪な環境に対してどれだけ性能を発揮できるかが未知数なのだ。

「まあ、貴官はとりあえず、任務をこなすために動けば良い。ザクの地上運用の評価は技術中尉が担当する。」

「了解しました。最善を尽くします。」

教科書通りの敬礼に、モーリス大佐が徐に返礼する。

「そして彼女がミーナ•タッシェン大尉だ。私同様長い付き合いになるだろう。」

「よろしくお願いしますね、グリーンウッド大尉。」

「こちらこそ。」

彼女の微笑みに、また心を揺さぶられそうになる。自分はこの女性に敵わないのではないかと、無意識の領域が認識し始めているかもしれない。僅かに速まる鼓動が警告音に聴こえた。女というのは恐ろしい。

「今日の所は以上だ。宿舎に戻って羽を伸ばすと良い。」

「では、失礼します。」

大佐から書類を受け取り、元来た方へ引き返す。自分が特殊部隊の隊長を務めるという実感は、いまいち湧かない。が、例え理解できていなくとも、その意識が頭に染み込む日は自ずとやってくる。モーリス大佐とタッシェン大尉に見られていると思うと、より背筋が伸びるシュヴァルツであった。

 

 

 

グリーンウッド大尉は日を改めてモーリス大佐に呼び出された。今回は一人ではない。フランツ・デュポン曹長とケニー・デルガード伍長を引き連れている。正式に命令が下り、隊として動き出すのだろう。彼等は大尉と会った時、共通してまず彼の胸のワッペンのことを聞いてきた。デュポン曹長に同じものを渡すと、説明がなくとも理解したかのように「そういうことですね。」と顔に書いて大尉同様胸に付けた。対してデルガード伍長は、反射的に「これは?」と聞いてきた。簡単に事情を話すと嬉しそうにワッペンを取り付けた。彼にとって特殊部隊への転属は、実力が認められたことにイコールしているらしく、喜ばしいことのようである。そもそも戦線を共に駆けてきた部下ごと転属なんていうのはありきたりな話なので実力で選ばれたとは限らないのだが、少なくとも彼等には選抜から弾かれないだけの腕があった。

「シュヴァルツ・グリーンウッド大尉以下2名、入ります。」

インターフォンに声を張り、ブリーフィングルームに入室。先客は一人の女性士官。白雪のような色味の肌の美女で、ブロンドヘアーを後ろで大きな三つ編みでまとめている。制服が象る上半身のカーブが悩ましく、ボトムスがぼかした脚線美に興味を抱かせる。かろうじて分かるのは、幅の有るアーミーパンツでも隠せない臀部の丸みだ。そのスタイルはシュヴァルツを魅了した。

「クラーラ・スミルノーヴァ少尉であります。未熟者ではありますが、気持ちでは誰にも負けません。よろしくお願いします、隊長!」

「よろしく。左がフランツ・デュポン曹長、右がケニー・デルガード伍長だ。」

彼女はかなり早くにここに来たのだろう。やや気疲れしているようだ。蜂蜜のように甘く柔らかな声と敬礼に力みがある。そこまで気負いすることもなかろうに。彼女は士官学校を卒業したばかりで実戦経験がなく、デルガード伍長とは違い正真正銘の新人だ。なので彼に比べるとぎこちなさが垣間見える。

彼等はタイトに返礼を済まし、控えていた二人を紹介する。

「よろしく頼みますぜ、お嬢さん。」

デュポン曹長が小馬鹿にして言う。彼は階級よりも実力を評価し、向き合う軍人だ。この男が自分をヒヨッコだと下に見ているのを、スミルノーヴァ少尉はしっかり感じ取っていた。

「上官に向かってその呼び方は如何なものかと。」

彼女は素早くホルスターに手をかけ、ハンドガンを構える。柔らかな声色は冷えており、場の男達が圧倒された。

「撤回します、少尉殿……。」

「くくくっ!」

シュヴァルツはタジタジなデュポン曹長をこの時初めて見た。笑いが漏れてしまう。ケニーも俯いているが、恐らく笑っていることだろう。

「お見苦しい所をすみません。」

「いや、面白いものを見させてもらった。」

目の前で女神のような笑顔を見せる女性が、先程の雪女と同じだと認めたくはなかった。やはり女というのは恐ろしい。彼女の怖さをまだ知らないのは、これからやってくる二人のパイロットと整備班、そしてモーリス大佐もだろうか。タッシェン大尉は同じ女だから分かるだろう。残りのパイロットも間もなくやって来た。

「ショーン・フレッチャー中尉、ティーガー・クラウゼ軍曹入ります。」

そよ風のような爽やかな美声と共に入ってきたのはカールのかかった金髪と柔和な顔が印象的な細身の士官と、対称的にベリーショートヘアーの恰幅の良い下士官だった。彼等も大尉達同様部隊ごと引き抜かれたが、中尉の部下の一人は負傷して入院中の為配属されなかった。

「久しぶりだな、ショーン。」

「シュヴァルツ!まさか君と同じ隊とはね。」

フレッチャー中尉はシュヴァルツと士官学校の同級生だった。二人は相部屋であり、無二の親友。

ショーンは大学で人文学を学んでいたが、独立戦争開戦を予期し、中退して士官学校に入学した。シュヴァルツは初対面で、彼が瞳の奥に冷たさを潜ませていることに気付いた。軍人になったときに表に出てくるのだろう、と予感したのを覚えている。温め損ねた冷凍食品。例えるならそれが妥当だと、当時のシュヴァルツは感じた。

「中尉のお知り合いだったんですな。お世話になります、大尉。」

「こちらこそ。」

クラウゼ軍曹は外見から想像がつく野太い声をしていた。彼はMSの概念が生まれていない頃から軍人をしており、かつてはマゼラ・アイン空挺戦車を駆る戦車兵であった。外見通り、大食漢で酒呑みの快男児。その情報を耳にした訳ではないが、彼の印象がシュヴァルツに連想させた。デュポン曹長とは年齢も近く、うまが合うのではないか。そんな気がした。

「エミール・ヒューゲル技術中尉、入ります!」

肉が足りない男がやってきた。軍服を着ているが、場違いな人間では?薄い胸板から張り上げられた声に、敬礼しながら彼を知らない者達はそう考える。

「彼は我が隊のメカニックだ。仲良くして欲しい。」

グリーンウッド大尉が、奇妙な状況を理解させる。ブラックマンバ隊のブリーフィングには、メカニックも参加するようだ。作戦に合わせてMSを微調整する為だろうか。

「私が皆さんのMSを完璧に仕上げて見せます。よろしくお願いします!」

初対面の人間は基本彼の元気に驚く。隊員達も例外ではなかった。

技術中尉が下の階級のパイロットにも敬語を使うのは、彼等をプロフェッショナルとしてリスペクトしているからだ。自分の情熱を無駄にしない人間だと信頼している。

彼等が集結して間もなく、白髪の老人が美女を連れて現れた。

「ディルク・モーリス大佐に敬礼!」

グリーンウッド大尉の声で、顔を合わせたばかりの彼等が揃った敬礼を見せる。その光景に圧倒されることなく、男が礼を返す。

「私が指揮官のディルク・モーリスだ。早速我が隊の初任務について説明する。……」

ブラックマンバ隊のメンバーが一堂に会した。場にいる誰の目にも、地球侵攻作戦と隊の始動が見え始める。

人類を育んできた魅惑の青い惑星は、なるほど恵みをもたらす天国なのか。はたまた気候によって我々を振り回す地獄なのか。降り立ってみれば自ずと解る。

 

 

 

 

 

U.C.0079.02.21

地球降下作戦開始までおよそ1週間のこの日。眠れる猛蛇が目を覚ます。




遅筆ですみません。夕焼け坂道症候群です。
登場人物が一気に増えました!唐突ですみません……。
老人にガリガリ、癒し系親友にデブ、そして美女が二人!
黒髪ショートと金髪三つ編み。皆さんはどちら派ですか?
因みにクラーラのモデルはミッシングリンクのクロエ・クローチェです。ガンダムの女性キャラでは一番好きですね。声といい、ノーマルスーツがなぞるドスケベボディといい……うっ!……ふぅ。
そもそもジオンは魅力的な女性が多いですよね。主観ですがモニク・キャディラック、ヒルデ・ニーチェ、シャルロッテ・へープナー、ユウキ・ナカサト、サキ・グラハム、クラウレ・ハモン、リリア・フローベール、シンシア……また元気になってきました(笑)
彼女たちに劣らぬ素敵な女性キャラクターを演出できたらいいです。

キャラクター募集については後書きで告知、活動報告で受け付けという形をとります。募集する際は呼びかけます。沢山の応募があったら嬉しいです。
また次回~(・ω・)ノシ


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第03話 鷲の露払い

0079.03.01.

二基のHLVが地球軌道上に乗ろうとしていた。それらには《ムサイ級宇宙軽巡洋艦》が随伴していることから、地球に向けて大気圏に突入する予定のジオンのものだと推定できる。積み荷はMSとそのパイロット、整備兵達の他、工兵隊と彼等の物資だ。

いよいよジオン軍による地球降下作戦が開始される。それは周知の事実であり、連邦軍もこれに備えて既存の対空兵器やMSに対抗できうる戦車や航空機をかき集め、降下が予想されるエリアに配備を進めていた。

勿論ジオン軍は砲弾のシャワーを浴びながら地球に降り立つ事に抵抗がない訳ではない。なので月面のマスドライバーを使用し、対空網を叩き続けた。しかし連邦に破壊されてしまった為、完全に無力化することはできなかった。よって撃ち漏らしを片付ける任務を与えられ、本隊に先駆けて降下する部隊が見られた。ブラックマンバ隊である。

彼等を運ぶHLVは敵から発見されにくいよう、幾重にも対策を施されていた。塗料は太陽光反射を抑えるものと電波を吸収する対レーダー用のものが重ねられ、降下角度も目標地点までは夜空を背に、目標地点で日の出に重なるよう計算されていた。

間もなく無重力とはお別れになるのだが、その心地よさを惜しむ人間はそこにはいなかった。多くの乗員達は自室にて睡眠をとっている。眠らずに作業を続けているのは、HLVの操縦士やブラックマンバ隊の指揮官であるディルク・モーリス大佐と、副官のミーナ・タッシェン大尉ぐらいである。

二人は作戦指揮の関係上別々のHLVに乗っていた。モーリス大佐はグリーンウッド大尉、デュポン曹長、デルガード伍長の第一分隊、タッシェン大尉はフレッチャー中尉、スミルノーヴァ少尉、クラウゼ軍曹の第二分隊と共に分乗している。

モーリス大佐とタッシェン大尉は、HLV間の通信で作戦の再確認を行っていた。

「他に確認事項はないな。そろそろ大気圏に突入する。切るぞ。」

「はい。また地上で会いましょう。」

モニターが途切れると同時に、ふぅ、とため息をついてモーリス大佐は椅子にもたれかかる。かつてMSの大隊長だった時、自分は前線の指揮を取っていた。それは上から送られた作戦を遂行することが仕事だった。しかし今の彼は作戦を立案する立場に有る。彼とて大佐という階級を持つのでそれなりの戦略眼は持ち合わせている。その上MSパイロットとしての経験を積んでいて、他の指揮官にはない強みだと自負しているし、MSのみで編成された特殊部隊を任された理由の一つであると踏んでいる。故に自ら立てた作戦が駄作だとは思っていないのだが、不慣れな為に心配を払拭できないでいる。作戦書に穴が開くほど何度も目を通して、いつの間にやら大気圏に突入しようという時間になっていた。

大佐は最古参のMSパイロットの一人としてドクトリンの確立に携わってきた身だ。幾多もの修羅場を潜り抜けてきたからこそ、予想外の事態への対処には自信がある。しかしMSを駆り、前線で部下を率いるポジションは、まだ23の若者。更に英雄として讃えられた、国と軍にとっての宝物なのだ。生半可な気持ちで彼等の命を預かる事はできない。疲労による頭痛と格闘してまで神経を尖らせていたのは、こういった考えのもと動いているからなのだ。それを汲み取ったタッシェン大尉も彼に共感し、遅くまで付き合ってくれた。

──もう寝てもよかろう。

目を閉じる彼の瞼の裏に、1週間ほど前のブリーフィングの記憶が投影される。それは部隊の顔合わせの日でもあった。

 

 

 

「私が指揮官のディルク・モーリスだ。早速我が隊の初任務について説明する。」

モーリス大佐は部下の熱い視線をものともせず、淡々と話し始める。MSパイロット達は皆、初めて経験する“特殊部隊”の作戦を前に、度合いは違えど緊張していた。

「3月1日、地球降下作戦が実行される。目的は中東及び黒海沿岸部の占領とバイコヌール宇宙基地の奪取だ。我々の任務は、降下作戦の本隊を迎撃する為の拠点となる敵基地の制圧である。ここには主に航空機が多数配備されていることが判明した。本隊の被害を減らす為、航空戦力を封印するのが狙いだ。」

降下するHLVやコムサイには対空装備が搭載されていない。つまり航空戦力は大きな驚異なのだ。仮にザクが迎撃に出たとしても、三次元機動には航空機に分がある。この勝負の優劣は想像に容易いだろう。

「敵司令部制圧を第一目標、管制塔の破壊及び航空戦力の無力化を第二目標、基地防衛部隊の排除を第三目標とする。基地制圧後、ここは我が軍の拠点として使用される。故になるべく無傷で手に入れる必要がある。無駄な施設破壊は工作隊を困らせるだけだ。」

航空機は管制塔の指示によって離着陸を行う。管制塔を破壊すれば航空機の飛行は一気に困難になる。これは敵機の鹵獲に繋がるので、優先目標に定めるのは論理的だ。地上用兵器のノウハウを持たないジオン軍にとって、連邦の技術を詰め込んだそれらは貴重な戦力になる。経済面でもメリットがあるし、弱点を把握すれば交戦したときに戦闘を有利に運ぶことができる。

「この作戦ではスピードが鍵を握る。司令部を迅速に無力化すれば指揮系統を寸断し、任務達成がスムーズに行えよう。司令部さえ抑えれば降伏する筈だ。もたついていると61式戦車に群がられるぞ。ザクの装甲を抜けなくとも、主砲を受ければ無傷では済まない。」

彼等に任された基地は比較的大きい。付近から戦力が集められ、いつ降下作戦が実行されても迎撃に出られるよう体制が整えられていた。故に司令部の予想を超える戦力を保有しているかもしれない。物量で押し返されぬよう、短時間で片を付ける必要があった。よって司令部をより迅速に制圧し、降伏させることに主眼を置いている。

長年大規模な武力衝突が起きず、連邦軍は平和ボケしていた。地上軍は顕著で、サイド3の動きに備えた宇宙軍とは違い、地球に警戒すべき勢力が存在しなかったからだ。故に徹底抗戦の意志を持つ人間は稀で、無駄死にするより投降した方がましだ、という合理的な考えが強かった。

「滑走路の破壊は許可されますか?」

フレッチャー中尉が質問する。滑走路が使用不可能になるというのは、航空機が飛べなくなることに等しい。破壊せずに無力化できるということは、敵機を鹵獲する可能性が大きくなるということだ。

「状況によっては、破壊することも致し方ないだろう。しかし飛行機を飛ばせないほどの損傷というと、かなり大規模な破壊になる。それは工作隊の手を煩わせることになるから、推奨はできない。」

「了解しました。」

ブリーフィングは手短に終わった。顔合わせとしては、些か無機質だった気がしなくもない。しかし指揮官たるもの、馴れ合いはすべきでないとモーリス大佐は考えていた。指揮官とは孤独な存在なのだ。

 

 

 

降下10分前。MSパイロットは格納庫に移動していた。

()()()が張り切っているのは珍しいな。」

「その呼び方、慣れませんな。」

「わ、悪いです!?」

新しい機体に、新しいヘルメットとノーマルスーツ。ケニーは、おもちゃを貰った子供のように高揚している。

ブラックマンバ隊に支給されたヘルメットとノーマルスーツは改良型のもので、ヘルメットは技術試験隊等に、ノーマルスーツは海兵隊等に支給されているらしい。彼はこれを着るだけで、パイロットとしての腕が上がったような気分になった。

からかいを振り切るように、そそくさとザクに乗り込む。脳はすぐに弄られっ子のケニーから、ブラックマンバ隊のデルガード伍長に切り替わる。内部のモニターに外部の光景は映っていない。殺風景な格納庫を映す気にならないからだ。計器や文字列のみが光っていて、彼にオールグリーンを伝えていた。パイロット用の流動食を少量口にし、目の前に表示された大尉と曹長に目を向ける。

「各機、機体状況を報告せよ。」

「デュポン機、オールグリーン!」

「デルガード機、異常ありません!」

「もう一度確認するぞ。我々第一分隊は司令部の制圧、フレッチャー中尉率いる第二分隊は管制塔の制圧に当たる。任務達成後、友軍の到着まで基地の警備だ。一人も欠けないことを願う。以上。」

「デュポン了解!さっさと終わらせましょう!」

大尉の淡々とした口調も、曹長の陽気も変わらない。一拍置いて、

「デルガード了解!」

ほどなくして、下から引かれる感覚と振動が彼等を襲う。回転による遠心力で作り出されるコロニーの擬似重力よりも、心なしか重い。地球は大きく、美しい姿をしているが、決して寛大ではなかった。

 

 

 

ザクの単眼には、目にしたことのなかった果てしない荒野が映っている。その光景だけで地球がコロニーとは異質なものだということは、スペースノイドなら誰もが認識できるだろう。

通信越しのグリーンウッド大尉が、クラーラを戦争の現実に引き戻す。

「HLVの偽装のおかげか、敵は接近に気づくのに時間がかかった。準備ができるまで待つ必要はない。ブラックマンバ隊、突入開始!第一分隊、俺についてこい。」

「第二分隊も続く。」

大尉率いる第一分隊がザクを走らせる。中尉と軍曹に後れを取らぬよう、話半ばで機体を動かそうとしていた彼女のザクは、彼等より先に一歩踏み出していた。

基地の警報が鳴り、ぞろぞろと戦車隊が出撃する。しかし突然の会敵に混乱しているようで、配置に着いたとは言い難い、ばらまいただけのような有様だ。今攻めればたちまち崩壊するだろう。

「敵さん、素人なんですかねぇ?」

「地上は平和続きだったからね。戦争を教えてあげようか。」

「へへっ、了解ぃ!」

ザクの120mmライフルが容赦なく61式戦車部隊を襲い、スクラップに変えていく。一方的にやられる味方を見て、戦車を乗り捨てる者も見られる。

「こりゃあ楽な仕事かもしれませんなぁ。」

「敵航空機が発進!上空警戒を厳に!」

気が緩んだクラウゼ軍曹を叱責するかのように、第二分隊のオペレーター、ミーナ•タッシェン大尉が声色鋭く通信を入れる。

彼等の視界前方に、戦闘爆撃機《フライマンタ》や地上攻撃機《AF-01B マングース》が出現。

「敵航空隊の準備が整いつつある。僕と軍曹は対空戦。少尉は格納庫と管制塔を制圧。」

「了解ぃ!ヘマせんでくれませんよ少尉殿!」

「しないわよ。バレバレな視姦をするような軍曹と違ってね。」

「ぐぅ……。」

モノアイをギラッと光らせ軍曹機を一瞥し、スミルノーヴァ少尉のザクがその場を離れた。

「さあ、君達の相手は僕らだよ。」

中尉のザクが、旋回するフライ・マンタに発砲。敵機は挑発してきたツノ付きに反応し、ミサイルで反撃に出る。しかしミノフスキー粒子により誘導が阻害され、有効弾にはならなかった。フライ・マンタは軍曹が撃ったバースト射撃の餌食になり、空中で砕かれる。

スミルノーヴァ少尉機が格納庫から出ようとしていたフライ・マンタを破壊。残骸が扉の前に居座るせいで、後続の身動きがとれなくなった。彼女のザクはバズーカを高く構え、モノアイがスコープを覗く。狙いは管制塔。しかし警告音が水を差す。敵の飛行機が邪魔しにくるらしい。小型戦闘機《FF-6 TINコッド》を確認。放たれたミサイルがクラーラに襲い来る。

そのミサイルは対空用であることと、ミノフスキー粒子の影響を受けていることから、誘導は期待できなかった。

ザクは跳躍。ミサイルは先程まで巨人が踏んでいた地面を抉る。TINコッドに接近した少尉機のライフルが、片翼をもぎ取った。黒煙を上げながら片肺飛行をするも、間もなく墜落。

管制塔はすぐに制圧され、航空部隊は白旗を揚げた。

 

 

 

「レーダーに反応。二時方向。デカいぞ。」

彼等の前に姿を現したのは、《ヘヴィ・フォーク級陸上戦艦》。大艦巨砲主義が地球に産み落としたこの兵器は艦首が二股に分かれ、左右と分かれ目に一基ずつ三連装砲を搭載。連邦軍地上兵器としては最大級の火力を誇る。対空機銃も充実しており、まさに地上のマゼランといったところだ。ホバーで移動する為、水上を含む多様な環境での活動が可能である。

「僕達だけでやれるでしょうか?」

「分からん。が、やるしかないだろうぜ。」

「ええっ!?」

大尉は言葉を発せず、彼等の《スモール・トーク(パイロット間の通信回線の通称)》を耳にしながら大佐との通信回線を開く。

「あれを野放しにしたら、本隊に甚大な被害が出ます。やるなら準備の整っていない今しかありません。大佐、交戦許可を。」

大佐は返答に慎重だった。彼を悩ませる大きな要因は二つ。まず地球という環境だ。重力に引かれる為、ザクの機動性が宇宙空間に比べて著しく低下する。そしてパイロット達の前に立ちはだかる陸上戦艦という兵器。対艦戦闘は養成過程で習うのだが、ジオン軍に敵のデータがない故に手を出すのには危険が高い。しかし戦闘準備を整えられ、先制攻撃をされる不利な状況に動かないためにも、彼は決断した。

「戦闘続行。陸戦艇を破壊せよ。」

「ブラックマンバ隊の威信に懸けて、大物を仕留める。フランツ、ケニー行くぞ。」

三機は砲撃の嵐の中を進む。三連装砲の威力は伊達じゃない。土煙と轟音が、その脅威を目に、耳に刻みつける。

「奴の狙いは俺だ。囮をやる。二人で砲を潰してくれ。」

「了解!ケニー、まずは機銃からだ。」

「はい!曹長!」

艦艇の右足に伍長機がバズーカを撃ち込む。密集した連装機銃が沈黙。彼のザクが突出した、その時だった。

「うわああああっ!」

破壊したと思われた一基の機関砲が煙の中からザクの胸部装甲を貫いた。ケニーの断末魔が二人の耳をつんざく。

「ケニー!」

「なんだと!?」

ザクの上半身が力なく倒れ込み、モノアイから光が消えていく。

その一部始終を見たシュヴァルツを、悪寒と冷や汗が襲う。脳内が凍り付いたような感覚。震えそうな手足に力を込める。操縦だけはまともにやれ。どこからともなく出された指令が、全身の神経を駆け巡る。

「フランツ、俺がケニーを救出する!援護を頼む!」

「無茶です!」

ザクに埃にまみれたワルツを踊らせながら、若年士官が思いついたことがそれであった。戦場では情に流されるなと意識してきたつもりだ。しかし眼前の出来事は、彼の判断を狂わせる程の威力を持っていた。

「だがこのままでは!」

「そんな事をしたら、あのデカブツの的になるだけですぜ!死にたくなけりゃ、感情は抑えて下さい!」

「くっ……行くぞ。」

「了解。」

フランツの声からはいつもの軽さは消えていた。彼は誰よりもケニーに愛着があったのだから。ケニーは彼にとって弟、もしくは息子、家族同然の存在だったのだ。しかしシュヴァルツと違う点は、思考を惑わされない精神を持っているところだ。彼は軍人として、男として、人として、シュヴァルツよりも一回り大きい部分がある。

「そこだ!」

大尉がバズーカで右側の主砲を吹き飛ばした。これで彼を襲う弾幕は一気に減る。

「隊長に気を取られやがって!」

曹長が中央の主砲を狙撃。飛散した金属片が艦橋を襲い、乗員を死傷させる。

「あとは!」

基地は防衛戦力を失った。デュポン曹長はザクを跳躍させ、司令部の前に着地。モノアイとバズーカの砲口を司令部を向ける。

「撃たないでくれ!降伏する!」

基地指令の降伏宣言は弱々しく、焦りの色をしていた。この司令官も、多くの連邦軍人同様()()()な思考の持ち主らしい。

「撃つな、フランツ。」

「くっ……。」

戦闘中は冷静だったフランツだが、怒りが鎮まった訳ではなかった。今度は立場が変わり、シュヴァルツが彼の激情を抑える。

「敵の降伏を受諾する。」

シュヴァルツは自らの感情を押し殺すように、降伏を受け入れた。彼等は速やかに武装解除を始める。

「作戦終了だ。……よくやった。」

大佐の労いの言葉は、彼等が目的を達成したこと、仲間の死を目にしながらも戦い抜いたこと、それらに関してかけた言葉だった。目を閉じ、一人の若者の未来を奪ってしまったことに黙祷する。今できる手向けは、その程度だったからだ。

 

 

 

フランツが死体となったケニーを抱き上げる。ケニーの冷たさが、掌から自らを侵食していくのを感じる。

直撃弾はなかった。が、砕かれたザクの金属片が全身に突き刺さり、緑色のノーマルスーツを血で染めていた。しかし彼等には、抱えられた死体を不気味だとは思えなかった。それは美しすぎたのだ。目に溜まる涙で、視界のケニーがぼやけていく。

「ケニー……。」

「嘘だろ……起きてくれ……。」

唇の端から垂れた一筋の紅を、シュヴァルツの指が拭う。もう血液は固まっていて、赤黒い粉がグローブに付着した。彼のノーマルスーツは黒くてそれが見づらいので、指をこすって確かめてみると、ジャリジャリという感触がした。分かっていた。が、人は認めたくない事実を幻だと信じてしまう癖がある。

「すまなかった……。」

シュヴァルツは跪き、俯いてそう呟いた。ケニーに言ったのか、フランツに言ったのか、自分か、他の誰かか。彼自身よく分からなかった。だが言わずにはいられなかった。自然に口から出たのだ。

判断が間違っていたのだろうか。どうすれば戦争の犠牲にならずに済んだのか。落ち度は自分にあった筈だ。

死は、一人の若者を果てしない自責の闇に引きずり込んだ。

 

 

 

 

 

 

彼等の任務は成功し、迎撃部隊に大打撃を与えた。しかしそれでも完全に無力化する事はできず、本隊は連邦軍の手厚い歓迎を受けながら、決死の降下を行った。

モビルスーツは地上でも威力を発揮し、連邦軍は大地を蹂躙する巨人に為す術なく敗退。ジオン本国では地球降下作戦の成功が大々的に宣伝された。国民の戦意向上に貪欲な総帥府は、ルウムでも活躍し、国民に知られたエースパイロット、シュヴァルツ・グリーンウッドを祭り上げた。

遂に地球で、ジオンの軍靴の足音が鳴り始めた。




ASIAN KUNG-FU GENERATIONの響きが名前の由来だとか由来じゃないとか。夕焼け坂道症候群です。
ケニーィィィィ!
惜しい人を亡くしてしまいました。主犯は私ですけども。

というわけで、ブラックマンバ隊の補充パイロットを募集します。
活動報告に貼るので興味がある方は是非確認してみて下さいね。
名前、容姿、年齢(何年生まれ)、性格等の特徴を書いてください。
4月1日までに応募があれば抽選、なければ早い者勝ちです。
沢山の応募お待ちしております。

しかしネタを考えるのが中々難しいですね。第一次降下作戦の前にこんな戦闘があったかは分かりませんが、違和感なく仕上がったでしょうか?
本編の始まりが9月なので、いくつか考えることになるかな(笑)頑張ります!
また次回~(・ω・)ノシ


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