ゲンジツダイバー (ふりかけ)
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さあとびだそう

 ポートボール。

 それは、非常にマイナーな競技でありながら、それでいて多く者が小学生時代に経験したことがあるスポーツである。

 ルールはバスケットボールに似ているが、最大の違いはリングの代わりにゴールポストに立っている人(仮称ゴールマン)にパスすれば点数が入るという者である。

 

 このポートボールには真っ当な楽しみ方と、歪んだ愉しみ方がある。

 前者は堂々と相手に勝つために最善を尽くすこと。

 後者は、――――――ゴールマンに全力で取れないパスをぶつけることだ。

 

 先ず、ゴールマンにボールをぶつけて痛がっているのが面白い。

 そして、ボールを取れなかったゴールマンに文句を言うのが面白い。

 実に一粒で二度美味しい遊びになる。

 

 いじめっ子である津代方は、クラスでも一際立場の低い夜和田をポートボールのゴールマンにすると、それから30分クラスのお友達と心の底から愉しんだ。

 勿論、そのクラスのお友達の中には夜和田はいない。

 夜和田はクラスの玩具の立ち位置だ。

 

 しかし夜和田に原因が無いとは言えない。

 常日頃から何をしても失敗する夜和田は、常々クラスのみんなに多大なるご迷惑をかけているのに、その自覚が全くない。

 しかも、それについて責任を追及すると不機嫌な顔を隠さない。

 それは当然嫌われてしまうというものだった。

 

 

 夜和田は現実に居場所が無く、これからも出来ないことは自覚していた。

 しかし、自殺するのは恐い。

 ただそれだけが理由で生きていた。

 

 そんな夜和田だったが、漫画や小説を読むことやゲームをすることは好きだった。

 現実でどんなに優秀だろうと無能だろうと、人気者だろうと嫌われ者だろうと、読者でいること、プレイヤーでいることでは平等。

 現実での出来事や能力は、漫画や小説やゲームの世界には持ち込まれない。

 

 

 

 

 

 …だと思っていたのは、夜和田の思い込みに近い願望だった。

 時は西暦2040年。

 

 大学受験どころか、高校受験も興味が無い勉強に本気になれず、漫画やゲームばかりをしていたために失敗し、滑り止めに漸くといった結果。

 地元でも有名な馬鹿校でヤンキーが多い高校に馴染めず、遅れて大学受験に奮起したりヤンキー持ち前の行動力で就職したりする同級生とは違い、熱意を持てないまま何もしなかった夜和田は、真面目系の取り柄といわれるようになった大学進学の機会を失った。

 そして、パッとしない人間でも入れる代わりに、お世辞にも良い環境とは言えない職場に入り、後悔しつつも転職する自信もなく、遂には40歳にもなって平社員のひとつだけ上というポジションになった。

 勿論上司からは、彼よりも平社員に対しての方が期待が厚い。

 

 西暦2040年になる頃、世界では様々な社会問題をも引き起こした、バーチャル世界へ没入するゲーム。

 『ファンタジーダイバー』が世界中を熱狂と困惑に陥れていた。

 ファンタジー世界でもう一つの日常!! を売り言葉に、明晰夢を利用したシステムのゲーム。

 機械を付けて強制睡眠に落ちた各々の明晰夢を読み取り、サーバーで統合し、その情報を再び各人の夢の中に落とし込むゲームだった。

 

 現実のスペックがこのゲームの中で生かされるのは脳の優秀さだけ。

 ここでなら、夜和田にもきっとやり直しの機会が生まれる。

 

 

 それは当初だけの話だった。

 ファンタジーダイバーの親会社R&FのCEOが代わり、ゲームの中にもリアリティを持ち込む方針へと変わったのだ。

 2040年の日本では、マイナンバーに個人のあらゆる能力が登録されるようになっていた。

 そう、ファンタジー世界でよくあるステータスチェックそのものに現実が追いついたのだ。

 許可を得てナンバーから個人を参照すれば、学歴から容姿、運動テストの結果や家族構成まで全て明らかになる。

 ネット社会での匿名性に裏打ちされた残酷な言動のように、現実では決して行わない悪行をする危険なユーザーへの対策として、日本とアメリカで規制を求める声が上がったのが主な理由だ。

 その他にも、ゲーム内では現実でも使われる電子通貨をそのまま使う仕組みになっていたことも、ゲーム内の犯罪を生む原因となっていた。

 R&FのCEOは、その声を受けてファンタジーダイバーを匿名性を大幅になくした仕様に変更することにした。

 これにより、現実での肩書きや人間関係を守りたければ、迂闊なことは出来なくなった。

 

 キャラクターの容姿だけは、手描きで描くことも出来るが、周りが現実と同じ容姿をしている世界でアニメキャラは浮く。

 それはツイッターのアニメアイコンと同じようなものだった。

 それに夜和田は萌えキャラは好きだが、自分で絵を描くのは全く上手くない。

 試しに描いてみたが顔のバランスさえおかしい変な出来だった。

 色塗りに辿り着くまでもない。

 

 

 夜和田はそれでも現実の惨めさを少しでも隠すために手描きのキャラクターを使った。

 そして、それを子供たちに馬鹿にされた。

 

 

「キッモ、何アレ、俺だったら恥ずかしくて自殺してるわ」

「あはは、津代方くん酷いね」

 

 夜和田はその名前に聞き覚えがあった。

 忘れるはずもない。

 

 夜和田が悲惨な人生を送った全ての原因は、津代方にある。

 実際はそればかりではないが、夜和田の主観ではそうなっていた。

 夜和田は、津代方の面影のある子供を意思で殴り倒し、仲の良さそうだった一緒にいた少女を押さえつけて服を脱がせようとしたとき、その意識が落ちた。

 夜和田は危険な犯罪者として、強制的にログアウトされたのだ。

 

 公式ホームページから見られる、強制退会者一覧の一番上に、夜和田の名前と強制退会理由が載っていた。

 夜和田はやられたからやり返そうとしただけ。

 そう主張しているのは夜和田だけで、夜和田以外の誰も、夜和田が津代方の子供とそのガールフレンドに暴行することに正義を感じはしなかった。

 

 夜和田は現実に居場所が無く、これからも出来ないことは自覚していた。

 夜和田はファンタジーダイバーにも居場所が無く、これからも出来ないことは自覚していた。

 しかし、自殺するのは恐い。

 ただそれだけが理由で生きていた。

 しかし、遂にその勇気がここで出来た。

 

 現実で否定されても生きてきたのに、ゲームの中で否定されただけで生きるのが嫌になった。

 何と情けないことだろう。

 しかし、それでも夜和田にはそれしかなかった。

 

 

 アパートの屋上に上り、靴を脱いで揃え――――

 夜和田は現実をログアウトした――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜和田は、ロールプレイングプレイヤーである。

 夜和田はどうしようもない自分というキャラクターをエディットして、ファンタジーダイバーというゲームが流行るという設定の現実に酷似したゲームをやっていた。

 西暦2080年の今から約100年前の現実に酷似した世界を体験するゲームだった。

 

 何をやっても何も出来ない、何の成功体験もない。

 そんなキャラクターに自分を投影して、暗い自虐心を愉しむのだ。

 ネットワークと現実が一体化し、他者どころか自分を傷つけることさえも、現実でもネットの世界でも許されないこの2080年の世界。

 常に監視され、自分に傷を付けようとすれば、脳内に埋め込まれた物質性を持たない制御器が、強制的に行動を停止させる。

 

 この世界で、唯一許される人間に傷を付ける娯楽。

 

 

 それは、自分をとことん貶めてその人生を嘲笑うシュミレーションソフト『ゲンジツダイバー』だけ。



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