ごちゃまぜドルフロ短編集 (なぁのいも)
しおりを挟む

『ST AR-15』Only U

 この前、私のこだわりの問題でROを入手しなければならなかったのです。

 その時に、彼女を喪失したショックで書いた作品なのです……。


 うん……。どうしたの……あなた……?こんな夜中に目が覚めるなんて珍しい……。

 

 ……あなた?どうして震えてるの?……大丈夫?

 

 あっ……、あなた……、泣いて、いるのね。

 

 どうしたの?あなたが泣くなんて珍しい。

 

 大丈夫。私は、あなたのコルトAR-15はあなたの傍に居るわ。ほら、ぎゅっと……。ねっ?私はここに居るでしょ。

 

 きゃっ!?あなた……、今日は抱きしめる力が強いわね。フレームに歪みが入ってしまいそうよ。

 

 ……!?じょ、冗談よ!ごめんなさい……。ほんの冗談だったの。泣いてるあなたをみたく無かったから……。

 

 ほ、ほら!?私からも抱きしめ返してあげる。ぎゅうう、って。ふふっ、こんなに力を入れても私のフレームは歪みなんてしないわ。

 

 だから、あなたももっと私を抱きしめて、さっきみたいに強く。強く。

 

 苦しくないか?ううん。苦しくなんかないわ。あなたに抱きしめられて不快に思う事なんて全く。

 

 よしよし……。私の腕の中でいっぱい泣いて……。大丈夫よ。ここには私以外誰もいない。だから、たくさん泣いて、私に想いを全部ぶつけて大丈夫……。

 

 よしよし……。あなたの髪の毛、いつもは固いのに、今の髪はとっても柔らかい。萎びた植物のよう……。いいのよ……。無理して元気な振りをしてなんて言わないわ、いいの、私があなたを受け止めるから。

 

 うん……。よしよし、怖がらなくて平気、私はここに居るから。指揮官の傍に居るから。

 

 …………怖い夢を見たの?私が居なくなる夢?

 

 確かに私は戦術人形。いつかあなたの傍から居なくなるかもしれないわ。

 

 だ、だから、泣かないで!怯えた目で私のことを見ないで平気だから!!!

 

 こ、コホン!私は戦術人形です。IOP社製のそれも特別なモデル。役割を果たす過程であなたの傍から離れることになるかもしれない。人間から与えられた役割を果たす。それが戦術人形の、いや、人形達の役目です。

 

 でも、私はペルシカから一つだけ、あなたと誓約をしたお祝いに自分で自分に命令を刻むことを許されたの。最優先の命令として。

 

 何って命令したと思う?

 

 わからない?ふふっ、そうでしょうね。あなたにはわからないでしょう。

 

 正解はどんなことがあっても最後にはあなたの傍に戻ってくること。

 

 たとえ手足が無くなろうとも、例えコアだけになっても。どんなになっても、最後にはあなたの元に戻ってくること。

 

 うん?コアだけになっても困る?

 

 だ、だから、そう言うのは冗談ですって!

 

 ……あなた、泣いた振りをして楽しんでないかしら?

 

 ふふ、これも冗談よ。だから、怯えないで。

 

 コアだけになっても、メンタルモデルだけの存在になっても、私が私であるために必要なモノが残ってれば、元の姿であなたのもとに戻れるわ。

 

 あなたが大好きな。わたしに。

 

 あなたが送ってくれたこの指輪がその証。この指輪が私達を繋ぎとめてくれる。そう、人間の言葉を借りるなら、愛の結晶ね。

 

 ……私もあなたに絆されたものね。昔だったら、こんなこと絶対に言わなかったのに。恥ずかしくて言えなかったのに。

 

 あなたのせいよ。いえ、あなたのおかげよ。あなたが私に愛を教えてくれた。

 

 私は変ってしまった。M4を補佐するだけの存在であった私は、あなたを愛する存在に変わってしまった。

 

 何度も定期検査でペルシカに笑われたわ。AR-15がそういう悩みをもって、そんな顔をするようになるなんて、って。

 

 だから、あなたには私の仕様を変えた責任をとって貰うわ。私をあなた好みの仕様にずっと書き換えて貰うことで。だから、私はどんなんことがあってもあなたのもとに帰ってくる。絶対に。

 

 ……やっと、安心できた?

 

 ……よかった。

 

 弱ったあなたの顔も嫌いじゃないけれど、あなたにはやっぱり笑って欲しいわ。

 

 っ!?そう、そういう笑顔!私が好きなのはその笑顔!

 

 んっ……笑顔が好きだっていう時の、私の笑顔も好きだって?ふふっ、ありがとう指揮官。

 

 安心出来た?眠くなってきた?

 

 ふふっ、自分勝手なんだから。でも、そう言うところも好きです。あなたはそうやって私達を引っ張ってきたくれたんですから。

 

 ぎゅうっと、今日はぎゅっとあなたのことを抱きしめてあげる。頭もたくさん撫でてあげる。ずっとずっと、私があなたの傍に居るんだって、あなたの夢の世界でも私が出てきてあなたを安心させてあげるために。

 

 だから、安心しておやすみなさい……。

 

 私はどんなことがあっても、あなたの傍に帰ってくるから。

 

 ありがとう、あなた。こんなにも私を想ってくれて―――

 

 

 

 ――寝た、かしら?

 

 ――……あなたが寝ている間はいつも、長時間寝顔を眺めてることがバレたのかと思ったわ

 

 ――仕方無いじゃない……。誰も知らないあなたの表情の一つを独占できる時間なんだから。

 

 ――心配してくれてありがとう、あなた。

 

 ――大丈夫。わたしは何があっても、たとえ、この体が砕け散っても、パーツの一欠片になっても、またこの姿に戻ってあなたのもとに帰るから

 

 ――んっ……。今日のあなたの唇はしょっぱいわね。

 

 ――あんなに泣いてたんだもの仕方ないわ。

 

 ――あなたに泣き顔は似合わない。だから、あなたの笑顔は私が守ってみせる。あなたが、私の笑顔を引き出してくれたように。あなたの傍で笑える喜びを教えてくれたように

 

 ――ありがとうあなた。

 

 ――これ以上起きてると明日に支障を来すわね。私のこと、あなたの夢の世界にちゃんと連れて行って貰えてる?

 

 ――……心配する必要ないわね。そんなにも安らかな寝顔を浮べている理由、私以外の要因だったら許さないわ。

 

 ――ふふっ、おやすみあなた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 愛してるわ――――

 

 

 

 

 




 AR-15……。頼むから幸せになって……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

自称恋愛も完璧な戦術人形416のドキュメンタリー『完璧なる私の指揮官籠絡作戦』

 ベースはいつもの彼ですけど、あのシリーズに入れちゃうと凄い齟齬が発生するのでこっちで……


皆さんはHK416と言う戦術人形をご存じであろうか?

 

銀髪碧眼、スタイル抜群、頭脳明晰の三拍子が揃った完璧な戦術人形である。彼女は完璧なだけには収まらず、日々完璧より更に完璧になるように研鑽しているのだ。

 

そんな彼女は最近指揮官にお熱。所謂、ほの字なのである。

 

彼女が指揮官に惚れた理由は色々とある。例えば、自分の完璧さを深く理解してくれていたり、ヤツラを越えるための方法を一緒に考えてくれたり、完璧な作戦を立案してくれたり、彼女が間違っている箇所があれば臆さずに伝えてくれたり――とにかく完璧な彼女が好きになら無い理由が無いのだ。完璧な彼女が指揮官の事になると小一時間話し込む位なのだから間違いない。

 

完璧な416。そんな彼女が、ついに指揮官を籠絡するために動き出したのだ。

 

名付けて、『完璧なる私の指揮官籠絡作戦』。

 

プランはこうだ。

 

指揮官に朝の挨拶をして好印象を持たせる

朝の作戦を完璧にこなして指揮官に実力を認めさせる

昼食に誘い親睦を深める

夕方の作戦をこなして416は外せない存在だと認識させる

夜のお世話をして自分のスタイルと気配りの完璧さを認めさせる

指揮官「やっぱり君は完璧だった!誓約をして欲しい416!」

二人は幸せなキスをして終了

 

完璧。完璧すぎる作戦である。

 

これを見事に遂行されたあかつきには、指揮官は416にゾッコンだろう。我ながら完璧な作戦を思い付いた416は、1日ニヤニヤとしていたため、色んな人形からキモいとの誉め言葉を頂いた位に完璧だ。

 

今回の物語は、彼女が完璧な作戦を完璧に遂行する様子をただただ描いたドキュメンタリーである。

 

果たして彼女の作戦は無事遂行されるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

挨拶は大事。かつて東の島国にあったという古の書物に記載されていたであろう言葉。

 

そんな名言の通り、朝の挨拶というのはコミュニケーションのきっかけとなるので、とても重要なものである。

 

日課である朝のトレーニングをこなし、掻いた汗をシャワーで流し、簡単にメイクを済ませた416は準備万端。食堂にて朝食を食べ終えた指揮官が、これからこれから通るであろうルートも完璧に予測してある。そのルート上で待ち伏せて、416は指揮官に挨拶をするつもりなのだ。

 

416の完璧な予測の通り、指揮官がやってきた。このまま何気なく出会ったふりをして、「指揮官、おはようございます」と、完璧な微笑と共に挨拶をして、指揮官に好印象を与えつつハートを掴むという算段だ。

 

指揮官との距離は残り10m。416も歩くことで距離を縮めお互いの距離が2mになった。緊張で口を引き絞っていた416が、朝の挨拶を言うために口を開く。

 

「しき――」

 

「おはよう416」

 

が、それより先に指揮官が挨拶をして来た。まだ眠気が抜けきってないようで、普段以上に柔和な笑みを浮かべる指揮官が。

 

確かに指揮官は普段からよく笑ってる印象はある。だけど、今浮かべる彼の微笑みには馴染みが無くて、416の胸は驚愕と困惑と喜びによって大きく跳ねて、

 

「し、しししき、おおおはよはは――」

 

熱暴走を起こしたように顔を真っ赤にし、発声機が不調を起こしたかのように言葉が詰まってしまう。

 

おかしな416を見て指揮官は首を傾げながらも、

 

「無理はしなくていいんだからな?不調なら工廠にいっていいからな?」

 

と宥め、彼女の頭を帽子越しにポンと叩いて、彼女の横を通りすぎる。

 

排熱の限界を迎えた416は、顔から真っ白な煙を吹き出しながら強制冷却を行うのであった。

 

 

 

 基地において416は重要な戦力だ。最適化と改良が進んだARとして重宝されている。

 

残念ながら隊長を任せられることは少ないが、隊に置いて頼れる参謀、相談役として欠かせない存在。

更に彼女は、彼女だけが使える技能によって莫大な戦果をあげることだってよくあることだ。

 

朝のミーティングが終わり、指揮官の命令通りに戦地に赴いき、鉄血を蹴散らして本日も莫大な戦果をあげたお手柄な416。

作戦の報告書を指揮官に手渡し、自分の有用性・必要性・完璧さを指揮官にアピールする腹積もり――だったのだが、

 

「……45、頼めるかしら」

 

416は苦虫を噛み潰したような顔付きで、同じ隊の隊長を務める45へ書類を手渡そうとする。

 

「なんでよ……」

 

訝しむように416をジロジロと見てくる45。

 

それもその筈、前日の416は

 

「明日の報告書は私が指揮官に渡すわ」

 

と意気込んでいたのだから。

 

腐れ縁である45は、友人(?)の恋を煽り囃し立てながらも応援しているのだから、416から切っ掛けとなるものを突き返されるのは不審に思うのも仕方ないだろう。

 

仕方あるまい。416は朝の挨拶に失敗し、そのことを指揮官から宥められたことで生まれた恥ずかしさが引いてくれないので、指揮官の顔をまともに見ることが出来なさそうなのだ。

 

そのことを思い出したせいで頬に赤みが差す416。そんな彼女の様子に、45は何かを察したように、或いは面白い玩具を見つけたかのようにニタニタと意地の悪い笑みを浮かべると、

 

「ふ~ん。完璧じゃなかったの、作戦は?」

 

「私は完璧よ……」

 

渋い表情で決め台詞を口にする416。そんな彼女にはぁ……と一つため息をつくと、45は416の手に持った書類をぶんどる。

 

「まぁ、いいよ。だけど、私が指揮官に気に入られても知らないから」

 

ヒラヒラと手を降って司令室へと向かう45の後ろ姿を、416は悔しさと無念さを受け入れるように拳を震わせて見送るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘以外の仕事をこなしているうちに、昼になってしまった416。

 

 彼女は朝の作戦の失敗を、この昼食の時間で巻き返すために動こうとしていた。

 具体的には、指揮官に『一緒に昼食を食べませんか?』と誘い、昼食中に話し込むことで、疑似的に二人だけの空間を作り出し、他の戦術人形を寄せ付けないようにし、その光景を見せつけるようにして牽制をかけると同時に指揮官との親睦を深めようとする完璧な作戦だ。

 

 416は指揮官を誘うために朝のお仕事は早めに終わらせてある。指揮官の通るルートも把握済み。後は偶然を装って指揮官と鉢合わせ、食事に誘うのみ。

 

 しかし、416は悩んでいた。完璧な彼女は誘い文句も完璧でなければいけないからだ。

 

『指揮官、私と昼食をとりませんか?』

 

『指揮官、一緒に昼食を食べませんか?』

 

 と言ったシンプルなモノから。

 

『指揮官、私と完璧なランチを堪能しませんか?』

 

 と言った、自分の個性を活かした誘い文句を考え、どれがいいのかと迷っていた。

 

 少しでも彼に良い印象を与えようと言葉を選ぶ416。

 

 そのうち、指揮官からの返答も予測し始め、その後の展開もシミュレートすることに夢中になっている間に、

 

「指揮官、一緒にお昼御飯食べようよ!」

 

「おっ、9か。じゃあ、一緒に食べようか」

 

 9が指揮官を誘って食堂に向かったことに、シミュレーションの世界に旅立った416は気づかず置いてけぼりとなり、ついでに昼食も摂れずに昼の時間を終えてしまったのであった。

 

 

 

 

 

 挽回のチャンスは段々と無くなって来ている。

 

 416は自分の立てたパーフェクトなプランが思い通りに進まない鬱憤を、午後の任務で交戦した鉄血の人形達を板金行きコースにする事で発散するついでに、また莫大な戦果を挙げたのだ。

 

 そして、今度こそ自分から報告することで、朝に自分から出来なかった分を取り戻そうとしていた。

 

 416の中にあるのは焦りの感情。自分の立てた完璧な計画が、最初に躓いたことでなだれ込むように失敗し続けていることへの焦燥。

 

 416の苦悩を察してか、彼女のことを経由せずに指揮官へと報告書を渡そうとした45の手から書類を取り上げ、汗ばんだ顔と髪を伝って滴る汗と共に指揮官の待つ司令室へと向かう416。

 

 彼女の中には、今朝の挨拶で失敗した恥ずかしさなど微塵も残っていなかった。あるのは期待。今度こそ、自分の戦果を指揮官に認められるだろうと言う喜び。

 

「指揮官っ!」

 

 肩で息をしながら薄暗い司令室に入るとそこには、

 

「お帰り。お疲れ416」

 

 労いの言葉と溜まった疲れを癒してくれるような笑顔を向けてくれる指揮官と

 

「くー……くー……」

 

 椅子に座る彼の膝を枕に、猫のように丸まって寝入ってるG11の姿が。

 

 彼の膝の上が余りにも寝心地がいいのか、涎を垂らして頬を擦りつけながら眠りこけている。

 

 その瞬間、416の感情の海は大時化となり、指揮官の膝上という416すら体験した事が無い聖域を堪能、独り占めするG11への嫉妬という大波で理性の防波堤を奪い去った。

 

 ――私には出来ないことを、どうしてコイツはいとも簡単に出来るのよ!!!

 

 そんな羨ましさと理不尽さを孕んだ嫉妬の大波が、彼女の思考回路を汚染した。416は、指揮官に無言で書類を手渡す。彼から称賛されることを散々望んでいたのにも関わらず。

 

 嫉妬の緑を大きく見開いてG11の首根っこを掴む416。

 

「帰るわよ」

 

 息苦しさで『ふわぁ……』と気の抜けた声をあげて目覚めるG11。彼女の目が完全に覚めた頃には、416と彼女の身体は司令室から完全に出て、司令室の扉が閉まる寸前のこと。

 

「あっ……待ってよ!あたしまだ寝足り――」

 

 肩を怒らせてG11のを引きずる416。G11の言おうとした言葉が閉まる扉に遮られて、指揮官はG11の言葉を最後まで聞くは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 416は更に焦っていた。

 

 夕方の作戦報告にてアピールする事も(個人的な感情を優先して)失敗し、残る作戦はあと一つになってしまったから。あんなに完璧であった作戦が、五つの完璧な作戦が、残りたった一つになってしまったのだ。

 

 最後の作戦とは、指揮官の夜のお世話をして、自分の完璧さ知らしめること。

 

 つまり、指揮官の背中を流してあげることだ。決してイヤらしい意味はありなどしないのだ!!

 

 416は指揮官の背中を流すことで、自らのグラマラスなスタイルを見せつけ、気遣いの細やかさもアピールすることで、指揮官を視覚から心まで虜にする総仕上げ、になる筈だった作戦だ。

 

 そう、本来なら仕上げになる筈の作戦だったのだ。段階をちゃんと踏めていない時点で本来なら中止するべきなのかも知れないが、彼女の作戦に中止の二文字は無い。だから作戦は続行する。それに終わり良ければ総て良しと言う言葉もある。これが成功すれば、今までのミスなど帳消しに等しいのだから。

 

 指揮官が入浴する時間帯は、戦術人形や基地の人員ほぼ全てが入浴を終えた時間帯。その時間に入浴施設を指揮官の権限でロックをかけて、一人で堪能することはリサーチ済み。

 

 彼が入浴する時間帯になり、416は予め製造を頼んでおいた45お手製の偽造カードキーを使って脱衣所に潜入。こそこそと中を伺うと、綺麗に畳まれた服が入った籠が一つだけ。間違いなく指揮官だろう。416のリサーチは完璧だ。

 

 彼の籠の隣の籠に自らの衣服を投入する416。彼女自体の入浴は、戦術人形達の入浴の時間に終えている。風呂場で指揮官から汗臭いと言われる心配は無し。416に抜かりはない。

 

 一応持ってきた水着に着替え、その上からタオルを巻いて準備は万端。タオルの上からでも豊かな膨らみがわかる魅力的な416ロールの完成だ。

 

 曇りガラスで出来た入り口に手をかける416。果たして指揮官はどんなリアクションをとるのだろうか。驚愕?それとも身体に見とれて――

 

 入り口をスライドさせて侵入しようとした所で―—

 

 自動的に戸が開いた。否、この戸は自動じゃないので勝手に開くことは無い。開いた理由はただ一つ。

 

「あー……タオル忘れた……」

 

 反対側から力がかけられたからだ。

 

 戸を開けたのは勿論、指揮官。その指揮官が、一糸纏わぬ指揮官が416と対面した。

 

「うん……?うん!?オワァ416!!」

 

 相当驚いたのか、指揮官は普段は見せないようなオーバーなリアクションをとる指揮官。

 

 そんな驚きの表情を向けられた416はと言うと、爪先から頭の天辺まで赤くしてプルプルとバイブレーション機能でもついたかのように震えていた。

 

 だって、今目の前に居るのは、何一つ身に付けて無い。タオルすら巻いてない指揮官。

 

 416の目に映るのは、トレーニングを欠かして無いのか良く鍛えられた筋肉の鎧を纏う指揮官の肉体と色っぽく水蒸気に濡れた髪。それと、指揮官の下半身に装備された、それはそれは立派なジュピター――

 

 覚悟を決めてない状態で指揮官のジュピターを拝んだことで処理限界を迎えたのか。

 

「きゅー…………」

 

「よ、416-!!!」

 

 可愛らしい悲鳴をあげて416のOSはシャットダウンしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に416が目を覚ましたのは、反発力の強い安物のベッドのスプリングに廃部を悲鳴をあげた状態。

 

 416が居る宿舎のベッドも余り質は良くないが、ここまで酷いものでは無い。

 

「うん……」

 

 薄らとグリーンの瞳を開く416。彼女の目が捉える光の量はごくごく少ない。

 

 上半身を持ち上げて光源を探してみると、そこにはカーテンの隙間から差し込む月の光。それが、彼女が今いる部屋にある数少ない光源。

 

 ぐるりと周囲を見渡す416。周囲にあるのは、タンスとクローゼットと姿見と、ハンガーにかけられたグリフィン支給の赤を基調とした制服。

 

 その制服を見た瞬間、416は今いる部屋の主が誰なのかを理解。自分が居た部屋の扉を開けるとそこには、

 

「すー……」

 

 シーツを床に直接敷き、縮こまるように丸めた身体を薄手のタオルケットに包んで眠っている家主――指揮官が。

 

 その瞬間、416は何故自分が彼の部屋に居るのかを理解した。自分が見る覚悟を決めてないときに彼のジュピターを見てしまった為に画像処理が間に合わなくなってシャットダウンしてしまったのだと。

 

「……」

 

 指揮官は倒れてしまった416を介抱していたのだろう。他の人員に任せればいいのに、彼の事だ。他の人員が休みの時間に余計な仕事を増やしたく無かったんだろう。自分の入浴も切り上げて、私室に連れてきて介抱してくれたのだろう。

 

 416は自分の服の中を見てみる。下着類は付けて無いが、あの時着ていた水着を着たままになっていて、その上にいつもの服を着た状態をなっている。彼なりに配慮した結果、という事だろう。

 

 指揮官は――自分の身体の事をどう思ってくれたのだろうか。彼の事だ。そう簡単に肌を見せるなと怒ってくるかも知れない。この指揮官は貞操観念が強いから。

 

 416は寝室から先程まで自分の身体を温めてくれていた布団を持ってくると、彼の隣に寝そべり、二人の身体を覆うようにして包む。

 

 目と鼻の先にあるのは、寝入った指揮官。皆、中々見ることのできないレアな姿。

 

 そんなレアな彼を毎日拝むことが出来るようになるのだろうか。それは416の努力にかかっている。

 

「指揮官」

 

 今日は沢山失敗した。あれもこれも、色んな不幸と指揮官が完璧すぎるのが悪い。416はそう思い込むことにした。

 

 でも、失敗ばかりではいられない。失敗で終るのは『HK416』という戦術人形らしくないのだから。

 

「明日は負けません」

 

 そう、自分にも、眠る指揮官にも決意を表明して、明日こそは指揮官を篭絡出来るように、作戦を実行できるように決心して、彼女もスリープモードへと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 以上が今回のドキュメンタリーの内容である。

 

 彼女の完璧さが遺憾なく発揮された内容だと思われる。

 

 今回は色んな要因と運悪く遭遇して作戦は失敗したが、次は完璧にこなしてくれるだろう。

 

 これからの416の『完璧なる指揮官籠絡術』に乞うご期待!

 

 完璧な彼女が全力で指揮官を追い求める姿が、それこそが『完璧な指揮官籠絡術』なのだから――



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『WA2000』四つの鏡

 

戦術人形はストレスを溜めるだろうか?

 

答えは簡単。溜める。溜まる。

 

植物が環境の変化でストレスを受けて枯れるように、製品にするにあたって様々な負荷を与えて環境に耐えれるかをチェックするストレステストがあるように。生物に、人間に近い構造と心理を持つ戦術人形もストレスを感じるし、発散できなければ溜め込む事となる。

 

戦術人形がストレスを溜め込むとわかって次に考えることはこうだろう。『そのストレスはどう発散するのか』。そう興味が移ることだろう。

 

その疑問に与えれる答えも単純だ。人間と同じように自分の趣味をこなしたり、自分の好きなことをしたり、歌ってみたり、寝てみたり。或いは、自分の好きな人と一緒にいることで発散することが可能だ。

 

ここまで語ると納得する者と、更に疑問を得る者が出てくることだろう。

更に疑問を抱く者はこう言ったことに興味が移ることだろう。

 

『ストレスを溜めすぎた場合にはどうなってしまうのか?』と。

 

その答えは、ストレスはダミーへと流れる、だ。

 

戦術人形は人間と同じように精神を病むことはある。そう言った場合は全てを消去し、OSから再インストールするのだが、それをするには手間と費用がかかる。だから、本体に追従するのが基本の消耗品として扱われているダミーへそのストレスが流れていく処理が適応される。優先されるべきことは、メインフレームのパフォーマンスを維持することなのだから。厄介ごとという汚泥がメインフレームというダムに溜まったら、解放されて下流にあるダミーというダムに流れてまた溜まっていく。ただ、それだけのことなのだ。

 

最後に、こう言った疑問を得るかもしれない。『ダミーにストレスが蓄積され過ぎたらどうなるか?』と。

 

ダミーには更に下流に流す方法はない。メインフレームとは違いダミーは最下流の存在なのだから。つまり、ストレスを溜めすぎるとダミーというダムは決壊するのだ。ストレスのダムが決壊したダミーはどうなるか?簡単に言えば勝手に起動して自分に溜まったストレスを発散しようとする。

 

突如感情を得て、それを自由に振るう為ではない。ダミーは確かに消耗品ではあるが、『高級な』消耗品だ。おいそれと簡単に作れるものではないし、補充するたびに莫大な費用がかかる。本体と同じようにパフォーマンスを維持しようとするのだ。

 

具体的に言えば、

 

「指揮官、私とカフェに行きましょう?」

 

「射撃訓練するからスコアが良かったら褒めてよ」

 

「頭を撫でて!」

 

「散歩に行くわよ」

 

と指揮官に擦り寄る四人のダミーと、

 

「あ、あんた達!何してるのよ!」

 

と声を荒げるWA2000の構図が出来上がる訳だ。

 

何でWA2000のダミーがそれぞれ指揮官に抱きついているのか?その答えは先程説明した通り、ダミーたちに蓄積されるストレス値が上限へと達したから。溜まったストレス値を発散するための方法が、指揮官に抱きついたり擦り寄ったりして甘えることが、ダミーたちの演算によって導き出された一番効率のよい解決策であったから。

 

本当にそれが一番効率的なのか?それは、指揮官に擦り寄るダミーたちをワナワナと羨ましそうに見ているWA2000の姿を見れば納得できると言うものだろう。

 

自分のダミー達が謎の信号を発していると思い、信号の発生源を辿ってみたら、勝手に起動したダミー達が指揮官に甘えていたのだ。自分と同じ姿をしたものがそんなことをしている姿をみて、何も感じないWA2000ではない。

 

WA2000の荒げた声で自分たちの本体がいることに気づいたダミー達は声のした方向に顔を向ける。

 

「何って」

「カフェに」

「射撃訓練をみて貰おうと」

「頭を撫でて」

「散歩をして」

「貰おうと」

「「「「しているだけよ?」」」」

 

何のこともない、まるでWA2000という戦術人形が普段からすると言わんばかりに首を傾げて言ってのけるダミー達。

 

「だーかーらー!何でそんなことをしようとしてるかって言ってるでしょっ!!」

 

あっけらかんと言い放つダミー達にはたまた声を荒げるWA2000。

 

「あ、アンタもなにデレデレとしてんのよ!さっさと引っぺがしなさいよ!」

 

「そ、そう言われてもなぁ…」

 

WA2000の矛先はダミー達だけでなく、そんなダミーにされるがままで、少しばかり口端を持ち上げて満更でもなさそうな指揮官にも向けられている。

 

指揮官がダミー達を引き剥がせないのは、部下と同じ姿を持つダミー達を乱暴に扱っていいのかという悩みと、ダミー達とはいえ肌触りなどはメインフレームと遜色ないのでこのままの状態でいるのもいいのでは?という男の悩みと、ダミーもまた戦闘のプロではあるので、両腕に纏わり付かれてることと両脇を抱きつかれて固められている状態で何も出来ない等、色んな要因が重なっているのだが、WA2000には知ったことではないのである。

 

「指揮官、メンフレームの言い方、キツイと思わない?」

 

「それは……」

 

「メインフレームに構おうとしても、向こうはすぐに拒絶しちゃうもんねー」

 

「し、しかし…」

 

「やっぱり、メインフレームの態度、よく無いわよねー」

 

「だ、だけど」

 

「指揮官も素直な方がいいでしょ?」

 

ダミー達は自分はメインフレームとは違うと言うように、指揮官を抱きしめる。力を込めて、自分の体を押しつけるようにして、指揮官の両腕を抱きしめるダミーは指揮官の耳元で、誘惑するように囁いてくるのだ。素直な方がいいのでしょうと。

 

確かにWA2000という戦術人形は指揮官に対して当たりが強い。だからか、

 

「…そうかも知れないな。当たりがつよいと私もどうやって対応してあげればいいか」

 

 指揮官はダミー達からの甘い言葉に乗ってしまうのも、わかるというものだろう。

 

 その言葉を聞いたWA2000は項垂れ、自分の拳を強く握り締める。自分の中から溢れそうな指揮官へ強く当たってしまったことへの後悔の感情と、自分と同じ姿をしたそれも自分よりも低性能なダミーに自分は負けたのだという悔しさで。

 

ダミー達は俯いて悔しさを堪えるWA2000を一瞥すると、指揮官を引っ張ってそのまま連れ攫おうとする。

 

指揮官達の背中が少しずつ遠ざかる。それは自分と指揮官との心的な距離が離されていくよう。自分であって、自分じゃ無い誰かに。あるいは、彼が理想とする自分の手によって本当の自分との距離が開いていくかのよう。

 

彼は素直なWA2000の方がいいらしい。そして、それはダミー達が実演している。メインフレームは指を加えてその様を見ているだけ。

 

本当にそれでいいのだろうか?否、何もよくは無い。

 

 だって、

 

「とらないで…」

 

彼女にとって

 

「とらないでよ…!」

 

指揮官は、

 

「私の指揮官をとらないで!!!」

 

素直でない自分でも認めてくれた、掛け替えのない大切な存在なのだから。

 

こんな時にしか素直な言葉を口に出来ない自分にWA2000は嫌気が差す。だってもう遅いのだ。指揮官の目の前には、素直になった自分がいて、素直でない自分は指揮官からすれば価値が低いだろう。

 

その場でへたり込み顔を手で覆うWA2000。もう、自分の中の感情が抑えられなかった。悔しくって、悲しくって、今の自分が嫌で嫌で。だから、溢れてしまった。彼女の疑似涙腺から一筋の雫が。

 

「ひっぐ……うわあああ……」

 

一度決壊した感情のダムは簡単には修復できない。最初の一雫に続いて、二つ目、三つ目とドンドンと溢れ落ちていく。

 

どうして自分は指揮官にそう思われてることに気づけなかったのだろう。そう思われるまで、そんな態度を取ってしまったのだろう。もっと素直になれていれば。そう思わずには居られない。

 

溢れる悔恨の涙。それを流し続けるWA2000の肩に誰かの手が触れた。

 

「えっ……?」

 

顔を覆っていた手を放し、その隙間から外の様子を伺うと、そこには先程まで指揮官に抱きついてた四人のダミー達が、自分に微笑みかけていた。

 

「それでいいのよ」

 

「そう、そうやって自分の言葉をちゃんと口にしてよね」

 

「あまり抱え込まないでよ」

 

「困るのはメインフレームなんだからね?」

 

 優しく微笑みかけるダミー達。先ほどまでのようなメインフレームを蔑ろにしてまで、指揮官に甘えようとしていた彼女たちが、豹変してしまったかのよう。

 

 思わず涙を引っ込めて、困惑からオロオロと葡萄色の瞳だけを動かすWA2000。ダミー達はそんな彼女に真意を伝える。

 

 彼女の中の強いストレス――指揮官へ強く当たってしまう事への後悔から来たストレスが、メインフレームだけでは納め切れなくなりパフォーマンス維持プロセスへと移ってダミーに流れ込んでいたこと。

 

 ダミーに貯まったストレス値は、メインフレームと同じように段々と穏やかに減少していく筈だが、WA2000のはそのストレスを感じる頻度が高すぎて、ダミーという器にも収まらなくなっていたこと。

 

 そのため、ダミーにもパフォーマンス維持の為のプロトコルが適応され、自動で起動したこと。これが、WA2000がダミー達が変な信号を発していると感じた正体。説明したように、ダミー達は自分のストレス値を下げるために行動を始めたのだ。

 

 しかし、この話はここで終わりでは無い。ダミー達の真意はストレスの大元を取り除くことだった。ダミー達はメインフレームが出来なかった指揮官に甘えるという行動をしたのなら、ストレス値を下げる事はもちろん出来ただろう。一時的にだが。

 

 それも納得出来るだろう。ダミー達にストレスという汚泥を注ぐ大元は何も変わっていない。すぐにまたダミー達というストレスを受け止める器はいっぱいになってしまう。いっぱいになっては甘えてを繰り返す。そんな化かし合いは繰り返すだけ無駄なこと。

 

 だから、大元をどうにかする必要があった。メインフレームの状態をどうにかする必要があった。彼女たちはWA2000のダミーだ。どうしてストレス値が限界値近くまで達したのか手に取るようにわかる。確かにメインフレームのように複雑な行動も思考も出来ないが、それでも彼女たちはWA2000なのだから。

 

 なので、ダミー達はメインフレームを誘い出し、彼女の目の前で『素直になった自分』を見せつけ、自分と無理矢理にでも向き合わせたのだ。自分が素直になった時の選択肢は、こんなにもあるのだと。今のままの自分でいいのかと、視覚的にも言葉にも訴える形で。

 

 ダミー達が指揮官の耳に顔を寄せたとき、指揮官にもこう言ったのだ。『今は乗って欲しい』と。

 

 その言葉を聞いたWA2000は指揮官のことをキッと強くにらみつける。状況はわからないがダミーからの真剣な声に気圧されて乗った指揮官は、困ったように苦笑いを浮かべていた。

 

「そういう風に睨まない」

 

「ちょっとは変わろうって思ったんでしょ?」

 

 ダミーの言葉に、WA2000はゆっくりと力強く頷く。自分はこれからは変わってみせるのだと、自分に言い聞かせるように。

 

「じゃあ、大丈夫よね?」

 

「うんうん……!」

 

「これからはもっと素直になりなさいよね?じゃないと、今度こそ私達が指揮官をとっちゃうからね」

 

「わかってるわよ……!」

 

 いつものようなWA2000の強気な言葉に安心感を得たのか、四人のダミー達はまたWA2000に微笑みかける。糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。

 

 ダミー達の目的はストレスを解消すること。ダミーの中にあったストレスは、『ストレスの大元を解消する』という発散方法で許容量の規定値未満になったのだ。

 

 WA2000はダミー達にリンクを要請する。無事に接続。ダミー達は追従モードに移行。今はまだ崩れ落ちた姿勢のままだが、WA2000の命令があればいつも通りにダミーとしての活動を始めることだろう。

 

「……ありがとう」

 

 自分を見つめ返すきっかけをくれたダミー達、新たな可能性を示してくれた自分の分け身達に、WA2000は独りごちるように礼の言葉を口にする。

 

 今一状況が飲み込めない指揮官であったが、とりあえずの決着がついたのだと判断する。

 

 そして、WA2000に近づき、片膝をついて彼女と目線を合わせた。

 

「私はその……いつものWA2000も悪いとは思ってない。でも……もうちょっとキツくない方がいいかな」

 

「うん……そうよね……」

 

 遠慮がちに口にした指揮官の本音をWA2000は素直に飲み込む。

 

「指揮官」

 

「うん」

 

「私、素直になれるように頑張るから……!」

 

「ああ、応援している」

 

 指揮官の励ますような背中を押すような朗らかな笑み。それが伝染し、WA2000も素直な微笑みを彼に返すのであった。

 

 

 

 

 

 後日

 

 これから昼食をとろうと食堂に向かう指揮官の前にWA2000が現れた。

 

「一緒に昼食を食べる相手が居ないそうだから、私が一緒に食べてあげても――」

 

 その先の言葉を言いそうになったWA2000は一瞬ダミー格納庫の方向に顔を向ける。先日のストレス値の限界でダミーが起動したことを彼女なりに反省しているようだ。

 

 そんなWA2000の様子に指揮官も何かを察したようで、苦笑いを一度浮かべながらも彼女の言葉の続きを待つ。

 

「コホン、い、一緒にお昼ご飯を食べない指揮官?」

 

 顔を逸らし、頬から鼻先にかけて真っ赤にしながらも、確かに素直な言葉で指揮官を誘うWA2000。

 

 彼女からの確かな、素直な誘いに指揮官も笑顔で応じる。

 

「もちろんだ。一緒に食べよう」

 

「ええ、行くわよ」

 

 言葉遣いや性格は簡単には変われない。まだ、彼女の言葉遣いにはトゲがあることが多い。でも、だからと言って、変わるというのに遅いなんてことはない。いつでも、どんな時でも、変わるという意思は大切なのだから。

 

 少しずつ少しずつ歩んでいけばいいのだ。彼女のように、できるだけ柔らかい言葉を使おうとしたり。

 

 本当は指揮官の手を握って見たいが勇気が無くて出来ない代わりに、

 

「うぅ……」

 

 指揮官の袖を掴んで食堂へと向かう、自分に素直になろうとする今の彼女のように。

 

 少しずつ少しずつ、変わろうと思えば変われる。人もおそらく戦術人形も。

 

 少しずつ素直になろうとするWA2000の毎日はこれから続くことだろう。

 

 そして、いつの日か、きっと、よい実りとなることだろう。

 

 

 

 

 




 オマケと言う名の蛇足……皆さんがそろそろ『アレ』をやってくれといってくるので……

 夜、指揮官の私室にて

指揮官「いやうん。寝られないとわざわざ部屋に来てまで言うのものだから、招き入れたのはいんだけど。なんで私は押し倒されてるんだ?」

WA2000「私、ね少しずつ素直になろうって思ったの」

指揮官「それはいいことだと思うけどね?」

WA2000「それでね、何をしたいかなと思ったら、し、指揮官とエッチなことをしたいなぁって//」

指揮官「素直って性欲に素直にだったのか!?」

WA2000「そうしたら身体が熱くなって寝られなってここに来たの……指揮官♡」

指揮官「いや、ちょっと待って欲しい!それはさすがに色々とすっ飛ばし――アー!!」

 その日の夜のわーちゃんはとても素直であったとか。

 ザ・END


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

シュタイアー、パンツを見せて欲しい

なんでシュタイアーちゃん、いつもパンツをみせてるんですか?
素晴らしい!!


「シュタイアー、パンツを見せて欲しい」

 

なぜそんなことを思い言ったのかは、指揮官にもわからない。それでも、理由をつけるとするならば、雨が降ったことで気温がジメジメとした気持ちの悪い温かさであるからか、鉄血との戦いが均衡状態のため戦況を優位に傾けろと焦れた上層部からのお達しにイライラとしてるからか。

 

いや、本心のままに言うとしたら、興味と気の迷いだ。シュタイアーのスカートの丈はあまりにも短く、立ち姿次第では彼女の黒の下着を常に拝めてしまう。

 

だから口から出てしまった。いつも下着を見せる様な佇まいだからと邪な心が表に出てしまった。

 

余りにもイライラしているため、倫理に反したことをしてみて、人道に反することをして一気に心にあったら不満感を解放したかっただけなのだ。

 

そんな邪な心から出てきたのが、その言葉だった。

 

自分で最後まで口にしておきながら、指揮官は自分の口を手で覆った。すでに出切ってしまった言葉だが、これ以上余計なことをしてしまわないように。

指揮官は品行方正な人物として信頼を受けている。上層部からも、目の前にあるシュタイアーことIWS2000からも。

 

シュタイアーは戦術人形の中でも、特に指揮官には品行方正であり、正しくあり続けることを望んでいる。

 

今の発言はシュタイアーの願いを、これまで築いてきた彼女からの信頼を全て失ってもおかしくない発言だ。

 

それを恐れた指揮官は、口を覆っていた手を外し、

 

「ち、違うんだこれは!!」

 

つい反射的に言い訳を連ねようとしてしまう。こんなことしても、シュタイアーから『指揮官、あなたはそんな人だったのですね…』と、更に信頼を失う結果になると、わかってはいても、だ。

 

だが、奇跡が起きた。否、起きてはいけない災厄が舞い降りてしまった。

 

指揮官の唐突なお願いにフリーズしていたシュタイアー。彼女は、指揮官が失言を撤回する前に、そのお願いを『指揮官が自分を頼りにしてくれた!』という思考パターンで理解し、既にスカートに手をかけていたのだ。

 

頼られた喜びにシュタイアーは、サプライズプレゼントを披露する子供のような無邪気な笑顔を浮かべて、

 

「はい、わかりました!」

 

元気いっぱいな声と笑顔を浮かべて一息にスカートを捲りあげ、レースのセクシーな黒いランジェリーを指揮官に披露したのだ。

 

 完全なる不意打ち。ノーガードであった指揮官に、シュタイアーのセクシーな下着という、男の本能を縛る理性という鎖を壊すような衝撃を食らう。しかし、理性の鎖は最後の抵抗にでた。鎖の破片が突き刺さるように、指揮官の鼻腔の血管に亀裂を走らせ。

 

「ぶっ!!!」

 

 右の鼻の穴から赤黒い崩壊液を放出させる最終手段をとり、頭に回る血液を減少させる最終手段を取ることで、指揮官の名誉を守った。

 

 普段は品行方正を望むシュタイアーが、そんなことをしてしまったのは、指揮官が深刻そうな声色で言ったからだろうか。

 

 指揮官の思考に深刻なバグが発生する。なぜお願いを聞いてくれたのかという困惑と、清廉潔白が服を着て歩いてる様な性格のシュタイアーが喜びの表情で下着を見せてくれているのだ。

 

何が起きてるかわからない。どうしたらいいかわからない。謝るか?謝ればいいのか?それとも言わなければいいのか?言わずになんとか彼女のスカートを下させればいいのか?

 

だが、指揮官の雄としての本能がこう訴えかける。もうちょっと拝んでも、まま、ええやろ、と。

 

謝るか?スカートを持つ手を離させるようにいうか?それとも目の前に露わになった白い太腿と黒いパンツが織りなす白い夜拝み続けるか?それともなんでそんなに攻めた下着をいま穿いているのかを聞いてみるか?

 

 罪悪感と、威厳と、本能と、好奇心の板挟みになった指揮官の思考は短絡を起こし、直立の姿勢で背後に倒れた。

 

「指揮官!?」

 

 突如、倒れた指揮官にシュタイアーが近寄る。指揮官の肩口に座り込み、鼻から生者の証である赤黒い崩壊液を垂れ流しながら天井の照明を見つめて無心になろうとしている指揮官の顔をのぞき込む。心配そうに瞳を潤ませ、表情をこわばらせながら。

 

 数秒間、ぼうっと照明を見つめて平常心を取り戻した指揮官は、顔をシュタイアー側に動かして、

 

「だいじょ――」

 

 大丈夫だ。心配をかけてすまない、と彼女にそう声をかけようとした瞬間、指揮官の冷静な観察眼は目敏く異常を発見した。

 

 それは、シュタイアーの白いスカートが何故か彼女のほどよく実った西瓜に付かんとばかりに持ち上がっていることに。情緒も風情も無い言い方をしてしまえば、彼女のスカートは未だに彼女の意思で捲りあげられたままだったのだ。

 

 つまりは、だ。指揮官が少し視線を彼女の方向にむけるだけで、再びセクシーな黒い秘密の花園が目に入ってしまうのだ。

 

 悲しい男の性か、それとも見目麗しい戦術人形に囲まれながらも理性的であろうとした代償からか、彼の双眸はシュタイアーの女性としての機能を守る最後の砦に茎付けになってしまう。

 

 どこからどこまでが透けているかとか、下着のゴムが食い込んでムッチリとしているのが何ともけしからんとか、よく見たら少々はみ出した臀部がみえてるではないか!とか、もはや理性が残した最後のセーフティも機能しなくなっている。

 

 シュタイアーのイヤらしいランジェリーから視線を1フレームでも早く目を離すべきなのはわかっている。でも、彼の押さえつけていた獣はその場所に釘付けになってしまっていた。

 

 指揮官の理性をゴリゴリと削る要因はもう一つある。それは、彼女から漂う香り。

 

 指揮官の鼻孔は一つが自分の体液に塞がれた状態だ。だが、生物としての生存本能からか、片方が塞がれた分、もう片方の鼻孔が二つ分の役割を果たそうと普段より嗅覚を過敏に鋭敏にさせてきたのだ。

 

 指揮官の生物としての本能と、彼女が至近距離にいることが相乗効果を生み、彼女のまとう香りが、熟れた桃のような甘い香りが、よく感じ取れるようになってしまったのだ。

 

 シュタイアーが香水を付けているのか、或いは匂いを消す薬剤がそういう匂いを出すようになっているのかはわからない。指揮官にわかるのは、彼女の香りが自分の中の獣欲の覚醒を促していることだ。

 

 さらにさらに指揮官の中の獣欲を擽るのは、嗅覚に弱体化パッチが入ったことで、視力に強化パッチが入ったこと。これの何がいけないのかというと、彼女の足の疑似汗腺が開き彼女の黒いランジェリー周りを水晶のような汗が浮かび上がっていること。執務室の中が蒸し暑いからか、それもともシュタイアーが足に高負荷をかけていたのかはわからない。血液が体内から逃げていく思考回路の中で指揮官がわかるのは、汗の輝きが彼女の研磨がかけられた真珠のようなおみ足を彩っているのが、なんとも艶めかしいと言うことだ。

 

 ここで止めを差すと言わんばかりの現実を指揮官は実感する。ここまで満身創痍なのに思考だけは続けているのはさすが指揮官と言うべきだろうか。話を戻そう。その現実に気づいた瞬間、指揮官の体は震え始めたのだ。

 

 先ほどあげた三つの要素、それはシュタイアーが指揮官の様子を見ようと身を乗り出すたびに、彼の視界に先ほどより拡大して映る。彼女の色気に満ちた太股と、下着が、彼の視界に接近してくる現実に彼は気がついたのだ。

 

 シュタイアーが心配そうに声をかけるたびに、香水の甘ったるい香りを纏いじんわりと汗を滲ませた程よい肉付きの太腿と、黒い下着に包まれた少女の秘密の楽園が近づいてくる。

 

 今度は鼻血を流して無かった鼻孔からも、頭に血が上りすぎないようにと緊急措置を図って片方と同じように鼻から赤黒い冷却液を噴出させてきた。

 

「指揮官っ!?」

 

 シュタイアーが驚きの声を上げる。でも、指揮官の聴覚へと割かれるリソースは全て視覚へと回ってしまったため、彼の耳に届くことは無い。

 

 段々と頭に血が上らなくなり、血眼になってシュタイアー汗ばんだ太腿と黒く上部が透けているセクシーランジェリーに意識が吸い込まれる中、考えることだけは止めてなかった指揮官は一つの真実へとたどり着いた。否!たどり着いてしまった!

 

 人間のお願いは優先度次第では人形側の判断で拒否出来る。それは、人間を守る、人間の生活を豊かにするためには、人間の命令やお願いを却下しないといけない場合がある。例えば、重傷人が他のけが人を優先させる為に拒絶するように。

 

 今の指揮官はある種危機と言ってもおかしくはないだろう。指揮官の生命を維持させるためのプロトコルが発令してもいい状況だ。

 

 それなのに続けているということは、最初こそは指揮官のお願いを聞いていただけかも知れないが、危機的状況にある中でもスカートを捲って黒いパンツを見せつける行為は、シュタイアーが自らの根幹に組み込まれたプログラムに抗ってまで、彼女の意思で見せつけることを続けているということ。

 

 あくまで推測でしか無いがその答えに行き着いた瞬間に、指揮官の思考回路はそれに支配され、頭の中でぐるぐると駆け巡ることに。

 

 シュタイアーが自分の意思で進んでパンツを見せてくれる優越感と背徳感と罪悪感に支配された結果、指揮官の頭脳は過渡現象を起こして、

 

「がふっ……」

 

「しきかーん!!」

 

 指揮官は小さく吐血し、満足そうな微笑みを浮かべて意識を手放したのであった。

 

 

 

 その後、シュタイアーは目まぐるしく変わる状況にいっぱいいっぱいになりながらも気を失った指揮官に何度も声をかけ、その声で異常を察したG36が駆けつけて医務室に運び指揮官は一命を取り留めた。

 

 G36に指摘されてシュタイアーは初めて自分が指揮官に下着を見せ続けていることを理解し、顔を真夏の太陽のように真っ赤にしてスカートを押さえたとのこと。

 

 数十分後、指揮官が意識を取り戻したとき、傍らで看病していたシュタイアーは彼の背骨と肋骨がギシギシと悲鳴を上げるくらいに強い力で抱きしめたと言う。

 

「は、はしたないマネをしてごめんなさい!」

 

 と。元はと言えば、指揮官の気の迷いのせいなので指揮官はシュタイアーを許し、自分も「変なことをいってすまなかった……」と謝罪し、二人の仲は無事修復された。

 

 ちなみにシュタイアーが、

 

「仕事があるので、失礼します……」

 

 と立ち上がったとき勢いがあったのか、シュタイアーのスカートが大きく宙に持ち上がり、シュタイアーのセクシーな黒い下着が見えたため、指揮官が再び気絶しそうになったのは、指揮官だけの秘密。

 

 そして、

 

「指揮官……うふふっ♡」

 

 医務室を出る直前、シュタイアーが跳ねる胸を押さえ、何処か艶のある笑声を漏しながら退室していったのはシュタイアーだけの秘密である。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『NTW-20』素直クールってこんな感じでいいのでしょうか?

地表を照らす陽が落ち、基地に注がれる光が照明の人工的な光だけとなった時間帯。翌日の朝から業務がある人員、戦術人形が柔らかなベッドに身を預け、温かい布団に身を包むに相応しい時間帯。

 

夜間の警備や整備を任された人員が1日の疲れを癒そうとする中、料理人が居なくなった食堂、その一角だけまるでスポットライトのように灯りがつけられていた。

そんな心細い灯りの中にいるのは、

 

「ングング……」

 

両手でビール風味の発泡アルコールの缶を手に持ち、大きく傾けて流し込んでいる戦術人形達の統括者、指揮官と、

 

「ハムハム」

 

その横で野菜と人工肉と水で煮込んでガラムマサラとスパイスを入れるだけであら不思議、いつの時代もお手軽にできるご馳走ことカレーライスを味わっている萩色の髪の対物スナイパーライフルNTW-20ことダネルであった。

 

 何故この二人が夜の遅い時間に食堂に居るのか?その理由は至極簡単、二人の仕事が朝の八時始業からの仕事が諸々のアクシデントで短針が一周し、勢い余って二回ほど回った時間にやっと終わったからだ。

 

 その間に二人がとったの昼食のみ、お腹を空かせた二人は食堂へと向かうが、食堂は開いているだけで基地に居る料理人は全員休息中。料理人達が食堂にまた来るのは、明日の朝日が昇る頃と言ったところだ。

 

 幸い食堂には自販機で飲み物や食べ物は売り出されているので、こうして二人で食べてい訳だ。

 

 ダネルが自動販売機で買ったのは先ほど言ったとおりカレー。食堂で作られたものをそのまま売り出しているので、味は折り紙付き。タマネギが無くなるまで煮込まれた具材達と、歯で押すだけでほぐれる人工肉、そこに加わるピリ辛のアクセントが隠し味のリンゴと蜂蜜を引き立たせる。

 

 表情をあまり変えないダネルも、頬を持ち上げてご満悦だ。

 

 そして、ダネルと共にやってきた指揮官が購入したのは、

 

「プハー!!」

 

 発泡酒。それだけ、だ。

 

 そう、指揮官はずっと発泡酒だけを飲んでいる。飽きもせず、懲りもせず、ずっとずっと。ちなみに今は三本目を飲み終わったところで、次の一本にプルタブにてをかけて、プシュッと音を立てまた一つ開けたところである。

 

 確かに本日の仕事は忙しかった。順調に進んでいたと思ってた作戦が第三者からの妨害を受けて大幅軌道修正、それによる被害の拡大と報告のために増える書類。突如乱入するG41への対処と、MP5から逃げ回るUMP40を匿ったり、SOPⅡの頑張ったからと言う抱っこ要求に応えたりと、遣ること尽くめでこの時間になったのだ。

 

 その疲れは計り知れない。酒に溺れたくもなるだろう。アルコールの成分で思考能力を飛ばして全てを忘れたくもなるだろう。

 

 ――最初こそは。

 

「ングング」

 

 今の指揮官は違った。酒を飲むたび目頭が熱くなり、それを誤魔化すように血中を巡るアルコールに身を委ねていたのだが、それももう誤魔化せなくなった。

 

「あぁー……」

 

 彼が衝動的に酒を飲む理由、それは

 

「モ゙デだい゙!゙!゙!゙」

 

 酒に酔って浮上した彼の密かな願望兼コンプレックスを誤魔化すためであった。

 

 ダネルが指揮官のことを心配することも無くカレーを食べ進めていたのは、この台詞をここに来てから何度も聞いているから。もはや聞き飽きたレベルである。少なくとも就業を告げるチャイム並には、M16に突っかかる416のことなみには見飽きた。

 

 指揮官は発泡酒の缶を強く握りしめ、机に一度拳をたたきつける。強く叩きつけると缶の中身が出てしまうのでそれなりに手加減して。願望を口に出す理性は無いのにダネルの迷惑を気にする理性は残っているようである。

 

「いいよなぁ!?他の基地の指揮官は人形達からモテモテと聞くぞ!?」

 

 指揮官だって男だ。彼の顔がいいとはお世辞にも言えないが、見目麗しい人形に慕われたい(?)と言う願望は存在する。だって、指揮官が集まる定例会での余談を聞く限り、他の指揮官は人形達から大層慕われているようである。

 

 そんな指揮官の叫びを聞きながら、ダネルはまた一口カレーを口に含む。よく煮込まれた肉の繊維がホロホロと口の中でほどける感覚がたまらない。

 

「ある基地は戦術人形全員と誓約してるって聞くし!!」

 

 一応誓約というのは指揮官から人形に対して一方的に突きつけることは可能だ。だが、全員誓約しているという指揮官の話を聞く限りでは、その指揮官は迫った訳では無く全員を純粋に愛し愛されているようだ。

 

 そんな話を聞きながらダネルはジャガイモを口に含む。が思ったより熱かったらしく、ハフハフとかわいいらしい悲鳴を上げながら水を口に含んで口内の温度を下げて舌を冷やしている。彼女の舌にある温度センサーは高温に強くない様子。

 

「ある基地は逆に全戦術人形から押し倒されてるって聞くし!!!」

 

 そう、ある基地にいる極東の血を引くという指揮官は何の因果か戦術人形全員から押し倒された経験があるという。世界が荒廃し、出生率も大幅に減少しているこの時勢だから許されることだろう。果たして本当に許されるか知らないが。

 

 そんな指揮官の嘆きを聞きながら、ダネルは残ったルーをご飯と混ぜていく。どうやらラストスパートをかける様子。味わうのはここまでという事らしい。

 

「いいなぁ……。なんでオレはモテないんだ…………」

 

 人形からモテてどうするのか?と言う話はあるかも知れないが、美女の様相を呈し、性格も各々個性的で一様で無く、『中身』以外本物の女性と変わらない存在から慕われてるとなればうらやみもするだろう。

 

 人間には好意的に接するようにプログラムされているが、彼らはそれらの垣根を越えた存在として認め合っているのだ。憧れもするだろう。羨みもするだろう。それらの様がモテてるという言葉以外にどう表現できるのだろうか!否!無い!!あるはずが無い!!

 

 指揮官は普段は寡黙だ。必要な事以外は喋らないというイメージがあって、近寄りがたく感じている戦術人形は確かに存在している。こうやってお酒が入ると饒舌になることは知らなくて、ダネルすら内心驚いている位だ。

 

 でも、近寄りがたいと感じている戦術人形が全てではない。現にこうしてダネルが彼の側に居るのだから。ずっと聞き流すかのように応対していたダネルだが、スナイパーらしく状況の機微はしっかりと感じ取っている。

 

 彼は素直に自分の想いを口にしたのだ。今度は自分の気持ちを素直に口にすべきだろう。

 

 ダネルも多くの事を語ろうとはしない。口下手なイメージが一部から付いている。それは、長距離狙撃手らしくチャンスを伺うストイックさが現れているとも言えるが、それは今は置いておく。

 

 ダネルは発生器に命令を送る。唇の端に先ほどまで食べていたカレーを付けながら。

 

「そうか?私は指揮官のこと、好きだ」

 

 さも、当然の様にあっけらかんと言い放つダネル。

 

「そっかー。オレのこと好きかー…………はっ?」

 

 一瞬だけ否定の言葉として受け止めオウム返しをし、そのままネガティブ思考へと還ってしまおうとした指揮官だが、発言の意味に気がつき固まる。

 

 ――今、ダネルはなんと言った?聞き間違えでなければ

 

「もう一度言おう。指揮官、私はあなたのことが好きだ!!」

 

 ダネルはもう一度言った。発泡酒が入った缶を握ってない方の手を、彼女のしなやかな両手の指で包み込み、彼と目を合わせて、はっきりと。

 

「…………えっ?」

 

 指揮官はもう一度発せられた彼女からの告白に目を丸くした後、遅れて回路のスイッチが入ったのかのごとく、指揮官の顔が赤く熱せられていく。

 

「私は指揮官が好きだ。普段の冷静な一面も好きだし、私が頑張ったときにねぎらってくれる指揮官が好きだし、皆と遊んでいるときに浮かべている優しい笑顔も好きだ。後、確かに口数は少ないが、そこから指揮官の想いは感じてるよ。あなたは人を確かに思いやる優しさを持っているだから――」

 

「わー!!!わああああああああああ!!!!!!!!!!」

 

 突然降ってきたダネルからの愛の告白という雨あられに打たれた指揮官は、耐えきれなくなって絶叫する。今の酒に酔って自虐モードとなっていた指揮官にとって、ダネルからの言葉は完全に奇襲だ。想定外だ。プランの修正が必要になったらすぐに代案を出せる指揮官といえど、思考能力が鈍った今ではどうしようもない現実をなんとか受け止めるしか無い。それが、指揮官の叫びだった。

 

 ダネルの顔は段々と指揮官に迫っていく。微かに開け放たれた口からガラムマサラの香りを漂わせながら。

 

「不安なのか……?」

 

 ダネルの瞳が不安に揺れる。標的を逃さないようにいつもは大きく張っている目が、潤んで揺れている。

 

「いや、その……」

 

 そうじゃない。嬉しい。そう返そうとした指揮官であるが、ダネルが与えてくれた感情の処理が出来なくて視線を泳がせてしまう。

 

「そうか……」

 

 だが、

 

「なら」

 

 ダネルという戦術人形の性質を忘れてはいけない。

 

「そうだな」

 

 彼女は与えられた仕事は忠実に果たす仕事人、

 

「じゃあ」

 

 つまり、

 

「私の全てを使って証明してあげよう」

 

 狙った獲物は逃さない。

 

 ダネルは突如立ち上がり、指揮官の手を一気に引く。

 

「うぉっ!?」

 

 よろめきながら立ち上がる指揮官。そんな指揮官の膝に手を入れ、肩を抱くようにして彼を持ち上げるダネル。いわゆるお姫様抱っこの体勢だ。ダネルは戦術人形。筋骨がそれなりにある指揮官であっても楽々と持ち上げられる。

 

 予想外の出来事に、指揮官は思わず身を縮める。そんな彼の姿が愛らしくて、ダネルは小さく口角を持ち上げる。

 

「指揮官」

 

「な、なんだ……?」

 

「今日は朝まで狙撃地点で待機だ」

 

「え……えぇ……?」

 

 ダネルから発せられた謎の決め台詞に困惑する指揮官。そんな指揮官に一度小さく微笑みかけて、ダネルは食堂の出口へと向かう。

 

 ――ああ、食べたら片付けないと怒られるのに

 

 そんな場違いの事を考える指揮官。そんなどこか余裕のあった思考は食堂の自動ドアが閉まったと同時に完全に遮断されることとなった。

 

 

 

 

 

 翌日の指揮官は腰を押さえて痛そうな様子を見ていたが、その表情は今までで一番澄み切っていた様である。

 

 一方ダネルは、普段の変化が乏しい彼女何処へやら、話しかけられれば饒舌に話すし、よく笑顔を見せていたという。

 

 一つ言えるとしたら、普段は寡黙な方である二人がどこかか明るくなっているのが共通点であるという事だろう。

 

「ふふふっ」

 

 ダネルは右手で手袋によって隠された左手をさすりながら微笑むのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

カリーナ「最近、売上が良くないわね……」

「うーん……」

 

ショップのレジにてタブレットと睨めっこしながら唸るカリーナ。

 

カリーナは後方幕僚として指揮官の秘書を務める以外にも、グリフィン基地内にある購買部の販売員兼運営も兼任している。何故こんなに役割を兼任してるのと言えば、グリフィンの人手不足が原因なのだが、その点に関しては今置いておこう。

 

カリーナがタブレットを見て唸っている理由、それは、

 

「売上がよくないわねぇ……」

 

自分が経営を任されているこのショップの売上が最近伸びないこと。

 

このショップには食品や雑誌、生活必需品などが置いてあるが、それ以外にも販売しているものがある。それはこの基地の設備拡張の為の許可証。例えば、人形の保有数を増やしたり宿舎を増やしたり。そう言った施設を拡張する為の許可・権利もこのショップで販売している。

 

本当にグリフィンからは必要最低限の設備と保有権しか与えられず、拡張を申請すると『自腹でどうにかしろ(要約)』とのお達しが来るシステムなので、施設の拡張は基本的に指揮官の自腹という何とも違和感が残るやり方になっている。

 

それ以外にも資材や、人形達を強化する為の装備が売られている。それも、本来なら指揮官のポケットマネーじゃなくてグリフィンの本部が補填しないといけないものだと思うが、グリフィンの財布の紐は固結びした後に金庫に入れられている為、このような事情になっている。

 

話を戻そう。最近はショップの売上が良くないのだ。ショップの売上はカリーナの給料にも大きく響く。普段の後方幕僚としての給料も少なくはないのだが、ある種の副業であるショップの売上によってカリーナの収入が増えるのだ。

 

一時期は指揮官が施設を拡張するために大量のお買い物をしてくれてたので、面白いくらいに給料が増えていたのだが、その拡張が終われば収入を示すグラフはもちろん下り坂となる。

資材は基本的には後方支援をこなせば増える。無茶な出撃を繰り返したりや、戦術人形の建造を一気にしない限りは、まず買うような事態は訪れない。

 

それとこの基地の指揮官は人形を強化するために必要なものは手堅く集めているため、そちらも買うことは無い。

 

なので、カリーナの収入は少しずつ減る事態に陥っている。

 

純粋にお金を貯めこむのが趣味のようなものになってるカリーナにとって、収入が減ることは見逃せない。彼女にとっては死活問題だ。

 

貯めこむだけ貯めこむというなんとも守銭奴な趣味を持つカリーナ。それ以外に気になることがあるとしたらーー

 

「お疲れ様、カリーナ」

 

自分を労う言葉に反応して、タブレットに向けていた視線をそちらに向けると、

 

「あっ、指揮官さま!」

 

彼女の上司であり、彼女が支えるべき相手である指揮官が小さく手を挙げて気さくに挨拶をしていた。

 

彼の労いと挨拶に、快活な笑みを浮かべて返すカリーナ。しかし、その表情は太陽が流れる雲に隠されるようにまた暗く落ち込んだものになる。

 

「うん、どうした?」

 

カリーナの変化を察した指揮官は彼女に問いかける。

 

カリーナは顎に手を置いて少しばかり考え込むような動作を取る。

 

指揮官はこのショップで一番のお客様だ。今はもう拡張のために必要なものは買い込むことが少ないが、戦術人形の訓練に必要なものや、イベントの景品と交換するために足繁く通いつめてもらっている。

 

だけれど、それを抜きにしても、カリーナにとっての指揮官は、一番の自分の理解者であり、上司でありながら掛け替えのない相棒のような存在である。

 

言っていいのだろうか?この指揮官は無駄にお人好しだから、カリーナが頼めば確かに商品を買って貰えるだろう。

 

けれど、そうやって買わせても良いのだろうかと、彼女の良心が語りかけてくる。彼は大事な客だ。少なくともカリーナにとっては一番お金を落としてくれるという意味でも、自分の運営するショップを支えてもらってるという意味でも、そして彼女個人としても、大事なお客様だ。その大事な客の心につけ込むようなことをして良いのかと、彼女の心は訴えかけてくる。

 

ぐるぐると頭の中を駆け巡る良心の呵責を何とか収めようとしていると。

 

「あーその……私には言いづらいことか?」

 

指揮官が苦笑を浮かべながらそのセリフを口にする。

 

その瞬間、混然としていたカリーナの思考が一気に真っ白に塗りつぶされ、彼のいった言葉を否定する台詞が真っ白な頭の中に浮かび上がった。

 

「そんなことありません!」

 

思わずカウンターから身を乗り出して、彼の言葉を全力で否定するカリーナ。急激に接近されたからか、彼女にぶつからないように指揮官は身体を逸らして避ける。

 

「そ、そうか?」

 

動揺で声を詰まらせながら返事をする指揮官。

 

自分が身を乗り出したせいとは言え、彼との距離が物理的に縮まった事に気付いたカリーナは、今更ながら距離の近さを実感し、顔を紅潮させながら、手に持っていたタブレットで口元を隠しながら再びカウンターの中へと身を戻す。

 

「あっ、ご、ごめんなさい!興奮しすぎちゃいました……」

 

「いや、いいんだ……。そういう事ってたまにあるよな!」

 

言い訳になってない言い訳とフォローになってないフォローを返し合う二人。暫く、二人の間には沈黙令が敷かれたが、顔の赤みが引き、顔に白さが戻っていくと、一つ咳払いをして、その政令を破棄する。

 

「その……最近、ショップの売上がよくなくって……」

 

「……なるほど」

 

カリーナからの告白に指揮官も思うところがあるようで、腕を組んで顔を伏せる。

 

「いえ!指揮官さまを責めてるわけじゃありませんわ!」

 

「んっそうか……。最近、ここで買ってないから」

 

「確かに…指揮官さまが拡張の許可証を購入してくださいましたから、一時期売上が跳ね上がりましたけど……」

 

「…………」

 

「あぁ!落ち込まないでください!」

 

度々肩を落として、顔が地面と水平になるくらい俯かせる指揮官の機嫌を取りつつ、カリーナは自分の想いを吐露する。

 

「売上が減るということは、私のお給料に響くということですけど。実は…今はどうでもいいんです」

 

ショップの売上が減って自分の給料も減る。そのことをどうでもいいと切り捨てたカリーナだが、内心彼女自身がその言葉を口にしたことを驚いていた。

 

「うん?お金に目がないカリーナの言葉とは思えないな」

 

「もう!そんなにがめつく無いですわ!」

 

「ホントかー?私がショップに来るたびに、『何を買いますか?』とか、『今日はコレがオススメですよ!』とか、悪徳業者のように勧めてきた記憶があるが?」

 

「そんなにいってませんし、私が扱うのは良品だけです!」

 

指揮官のモノマネをしながらの言い分に、全力でカリーナは否定する。

 

「ははっ、そうだったか?でも、カリーナの扱う品が良いものって言うのはその通りだと思う」

 

指揮官は軽く笑って受け流しながらも、カリーナの売店から買ったものは不良品が無いことを思い出しうむうむとうなづいて納得する。

 

そんな指揮官の反応に満足したのか、カリーナは大きく鼻息を出しながら誇らしげに胸を張る。

 

「ええ、輸送されるまでの管理までも徹底してますもの。当然です」

 

「頑張ってくれてたんだな……ありがとう」

 

「い、いえ!それほどでも……」

 

「でも、何で売上が減るのはどうでもよく感じ出るんだ?お金を貯めるのが趣味だっただろう?」

 

「それは……」

 

カリーナは一度視線を逸らして、自分の頭の中を少しずつ整理する。何でそんなことを言ったの彼女自身にもわからないから。

 

そのセリフが出たことには理由があるはず、自分の脳内に収まった記憶を再生しながら、その言葉のルーツを探して、少しずつ繋ぎ合わせ、自分なりに噛み砕きながら言葉にする。

 

「確かに…売上が減ったらお給料は減ります。それは本当です。今はちょっと困るくらいで…」

 

カリーナは自分と言う人間の特性を思い出しながら想いを口にしてみる。お金を貯めこむのはそれ以外の趣味や興味があることを見つけられないから。将来のことだけを見据えて貯めているわけでは決してない。

 

だから、給料が減るのは、自分の趣味と言えることを全う出来なくなるわけで。それでも、ちょっと困るとしか言葉に出来なかったのは何故だろうか?

 

「うん……」

 

指揮官はカリーナと目を合わせて静かに頷いてくれる。多くの言葉を口にせず、自分の言葉を聞き入れてくれようとしてくれる彼のことが今はとても嬉しい。

 

「どちらかというと、最近は皆んなの為を思って商品を仕入れているので。だから、こんな商品を仕入れたら、皆んなが喜ぶかなぁと思いながら、商品を選んで入荷してるので……」

 

それもまたカリーナの本心。指揮官がこの基地に来てから、少しずつ変わった彼女の想い。

 

この商品を仕入れたら、みんなは喜ぶだろうか?どの商品を仕入れるのが戦術人形も喜ぶのか?ーー指揮官さまは私が選んで仕入れた商品を買ってくれるだろうか。

 

思考に何かノイズが走った。そのノイズは不快感や違和感を感じるようなものではなく、寧ろぬるま湯に浸るような多幸感を与えてくれるようなーー

 

そのノイズとカリーナは向き合う。すると雑音によって正しく受信できなかった想いが、今度は正しく受け取ることが出来た。

 

「だからーー寂しいなぁ、って」

 

その言葉は自然と指揮官の瞳を見つめ返しながら言っていた。

 

その瞬間、カリーナは自分の想いを、今まで完全に向き合えなかったそれの全貌を見つめることが出来た。

 

その瞬間、カリーナの顔は紅葉のように紅に染まっていき、指揮官から顔を逸らしてタブレットで顔を隠す。

 

――そっか、私……寂しかったんだ……

 

彼女の心は寂しがっていたのだ。指揮官と会えないことが。

 

最近は仕事も板に付いてきたようで、指揮官のサポートは余り必要なくなっている。日常業務なら、彼と彼の副官を務める戦術人形だけで十分なほどに。少し前まで書類仕事から、戦術人形を指揮する機器の手解きまでしていたのに。

 

今、彼女が指揮官に会える機会があるのは、本部から重要な任務が回された時か、このショップでのみ。重要な任務も毎回来るわけでも無いし、最近は近辺の警備が中心になるくらいには平和だ。

 

だから、カリーナが指揮官に会えるのはこのショップのみになる。それも、指揮官とカリーナの二人っきりの状況で会えるのが。

 

それと同時に、カリーナは自分の本心にも気づいてしまったのだ。また、昔のように指揮官と一緒にいたい。商品の大半だって指揮官が喜びそうなものをラインナップに置くようにしている。割引だって、お得意様な彼の為、兼彼が少しでも長くここに留まってくれるようにする為で。つまり、これは彼女なりの回りくどい愛情表現だったわけでーー。

 

それに気づいた瞬間、彼女の羞恥は頂点に達したのだ。

 

「うぅ……」

 

唸りを上げながらチラリと指揮官を見つめるカリーナ。指揮官は軽く握った拳に顎を乗せながら相変わらず、自分のことを真摯に見つめてくれていてーー

 

「だ、だから、たくさん買ってもらえると嬉しいです!指揮官さまはお得意様ですから、今日は好きなものを原価でお売りしますわ!だ、だから是非是非好きなものを買ってください!」

 

そんな彼の視線が眩しくて、誤魔化すように手をパタパタと振りながら口走るカリーナ。原価で売ってしまったら利益は増えないのだが、それでもいっぱい買い物をして喜ぶ指揮官の姿が見れるのなら、とついつい口に出してしまったのだ。

 

「そうか……。なら、欲しいものがあるんだ」

 

軽く握った拳から人差し指を起き上がらせて、欲しいものがあると言う指揮官。

 

「はい!何でしょうか!?」

 

彼の欲しいもの。それには興味がある。それを知れば、彼が喜ぶ商品がまた入荷しやすくなるから。原価だからこそ買える高級品だろうか?それなら、次から廉価版や値下げ交渉をしてみる価値がーー

 

そういった算段を立てる中、指揮官が指差したものは、

 

「ふえっ!?」

 

「カリーナ、君かな」

 

彼が微笑みながら欲しいと指差したのはカリーナのことでーー

 

「え、えぇ!!??」

 

真紅の薔薇色に顔を染めて思わず手に持っていたタブレットを宙に放り投げてしまうカリーナ。そこまで驚いてしまうのも仕方がないだろう。

 

今さっき自分の中にあった秘めた感情と向き合ったばかりで、彼のアクションは完全に予想外のもので、何より彼は生真面目でこう言った軟派な冗談を言わないタイプでーー

 

そこまで思い立ったところでカリーナは放り投げたタブレットに気がついて慌ててキャッチ。胸で抱きとめるようにキャッチしたため、柔らかさをアピールするように押し潰れる胸元が何とも色っぽいが、指揮官はそっちには目を向けずカリーナの瞳だけに目を向けている。

 

「し、指揮官さま!?ご冗談はーー」

 

自分を元気づけようとして、珍しく冗談を言ったのだろう。カリーナはそう判断し(と言うか今は感情の処理が追い付かないのでそう思い込みたくて)、冗談はやめて欲しいと言おうとしたが、

 

「でも、流石に原価で貰うのは気が引けるな……」

 

指揮官はそれを遮るようにして気がひけると嘯きながら内ポケットを漁り、掌サイズの藍色の箱を取り出す。

 

そこに何があるのかと、カリーナは思わず生唾を飲み込んでると、指揮官は箱を開きながら、

 

「じゃあ、原石と交換でいいかな?」

 

と中に入ってたダイヤモンドが付いた指輪を見せてきてーー

 

「ふぇぇっ!?」

 

ダイヤモンドの指輪。指揮官が原石と言ってきた位だから、そ恐らく人間の合成技術で出来た人工のダイヤモンドじゃなくて、天然の貴重なダイヤモンドで。

 

グリフィン内にて貨幣の代わりに使われてるダイヤモンドを模したポイント以外でダイヤモンドを見たのはカリーナは初めてで、そして、今指揮官が見せてくれた、自分に捧げようとしてくれてるであろうダイヤモンドが人生で初めて見たダイヤモンドでーー。

 

カリーナは目に映る現実の処理が間に合わなくって、茹だったように全身を赤らめながら、指揮官とダイヤモンドの指輪を交互に見る事しか出来ない。

 

そんなカリーナとは対象的に、指揮官は気恥ずかしそうな頬を赤らめながら鼻先を掻くだけで、それが何ともカリーナにとっては不公平に感じる。でも、今は自分のことだけで手一杯だから指揮官の顔が赤くなってることとか、照れてることをからかうことが出来ない。

 

だって、ダイヤの指輪の意味がわからないほど、カリーナは無知ではないから。この指輪を贈られると言う意味は、

 

――指揮官さまは私のことを

 

「はわわ……」

 

手に持ったタブレットと掌で左右の頬をそれぞれ包み込む。手の方は緊張感からかじっとりと汗ばんでいるのに、タブレットの方はヒンヤリとしているのが何とも心地よい。けれど、頭の中は相変わらず色んな考えと思いが羅列していて、自分の言葉が出てこない。

 

「……流石に困るよな」

 

そんなカリーナの状態を察してか、指揮官は苦笑を浮かべる。

 

カリーナはこう言いたかった。

 

 ――違います!その……もうなんか嬉しいやら、驚きやらで言葉に出来ないだけで、決して嫌なわけでは……

 

けど、その言葉も口にすることが出来ない。声帯が震えてくれなくて、音の波を形成出来ないから。

 

「だから、これはここに置いておくよ。予約みたいな感じでな。もし、売れなくなったのなら、その時はまた私に言って欲しいな」

 

そう言って指揮官は踵を返してショップから去っていく。軽く手を振りながら。

 

「あっ……」

 

名残惜しそうな声をあげながら、去っていく指揮官を見て少々余裕を取り戻したカリーナは彼の耳が真っ赤であることに気づく。

 

――そっか、指揮官さま。本当は凄く緊張して

 

もしかしたら、ずっと彼は先ほどの言葉を言う機会を待っていたのかもしれない。生真面目で冗談を言うことがないなりに、先程のような慣れない口説き文句を精一杯考えて。

 

そう考えると、彼のことがより一層愛おしくなってくると言うものだ。

 

カリーナは指揮官が置いていったダイヤモンドの指輪を眺める。職人の技によって加工されたダイヤモンドはショップの灯りを反射、屈折させて目が眩むような輝きを放っている。

 

いつ用意したのだろう。いったいお値段はいくらししたんだろう。指輪のサイズはちゃんとあってるのだろうか?

 

そんな、指輪に関する疑問から、

 

いつから私のことを好きになってくれたのだろう。私のどこが好きなのだろう。ショップに通ってくれるのはもしかして私に会うためだろうか?

 

彼に関する疑問がカリーナの脳裏に浮かんでくる。

 

自分の想いを自覚したカリーナはもっともっと指揮官という人間についてたくさん知りたくなった。

 

――もっとあなたのことを好きになりたいから

 

だから、この指輪は一旦彼に返品だ。彼には良品だけを贈りたいから。

 

ーー自分のことをもっと知って貰って、あなたの事を私がもっと知って。その上で、あなたに相応しい良品だと判断したのなら、この指輪を送ってくださいね。

 

恐らく今思い浮かんだ言葉はすんなりと言うことが出来ないだろう。彼みたいに耳まで真っ赤にしながら言うことになるに違いない。

 

「ふふっ」

 

そんな、らしくない自分を想像して、可笑しくて笑みが漏れる。

 

次に彼と会った時、その言葉とともに彼に指輪を返そう。そして、お互いのことをもっと知っておこう。

 

――だから

 

今だけはこの指輪の輝きを、彼が贈ってくれた、もしかしたら未来にちゃんと贈ってくれるかもしれないそれのことをキチンと記憶に焼き付けておこう。

 

「うふふっ♪」

 

指揮官のことを思って自然と頬を緩ませるカリーナの微笑みは、ダイヤの輝きに負けないくらいの輝度を放っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

PARA・EVOL

PARAとはギリシャ後で『逆』と言う意味なのです。


‪指揮官がソファで寝ている。‬

 

‪ 仕方のないことだ。なんせ彼は連日働きづくめなのだから。ずっと疲れが溜まって、それを抱えきれなくなったのだろう。

 

‪ 彼の睡眠時間は、最近多くはない。ある日からずっと一緒に寝る約束を取り付けたはしたが、起きる時間までは拘束していない。‬

 

‪ 彼が長時間寝れない理由は一つ。最近また、鉄血の大規模な攻勢があったからだ。

 

彼はその応対に追われて、ずっと起きて、彼は『指揮官としての責任』を果たし続けて……。‬

 

‪ そして、微かに得られた余裕で、本当に微かな時間に憩いを求めて眠りについている。‬

 

‪ 最近は忙しくて眉間にずっと寄っていたシワは解けて、キュッと結ばれていた口は微かに開いて浅い呼吸を繰り返してる。

 

‪ 普段の凛々しい指揮官も好きだけど、こういう時ばかりには出てしまう普段とのギャップを感じる愛らしくて緩みきった寝姿も、凛々しい彼と同じくらい、私は好きだ。‬

 

‪「んん……えーあーる……じゅうごぉ……」‬

 

‪彼は……夢の世界でも私と共にいることを望んでくれているよう。

 

‪ そのことが嬉しくて、私は指揮官の頭にゆっくりと手を乗せて、わしゃわしゃと撫でる。感謝の意味を込めて。私と離れようとしないでくれてありがとう。夢を見れない私をあなたの夢の世界に連れて行ってくれてありがとう、と。

 

‪ 彼の髪は……最近忙しくて、シャワーもおざなりに浴びているから、あまり手触りが良くない。

 

リンスをしていない頭髪は艶がなく、彼の短い髪がチクチクと手のひらの触覚センサーに刺さるよう。

 

‪けれど、そこには痛みは全くなくて、擽ったいくらいの感覚。

‪ そんなんだから、私を拒絶せず、私の手の中で遊んでくれているかのようにも思えて、また胸に何かが込み上げてくる。嬉しさと、それだけでなく何かが混じった感情が、私の頭脳回路に幸福感を届けてくれる。

 

‪そうやって、彼の髪を撫でつつ遊んでいた私。‬

 

‪ だけど、そうやって彼を愛でている中で、私の中で生まれた一つの影が、私の頭脳に染み入るように侵入しようとしてくる。自分のファイアーウォールを突破しようとするウィルスのように、じわりじわりと私の頭脳部を守る防壁を喰らい、穴を開けて、私の頭脳部に一つの疑問を注入してくる。

 

‪それは、『ST AR-15は指揮官へ愛を返せているのか?』という疑問。‬

 

‪指揮官は私のことを愛してくれている。人間ではなく、人形である私を。1人のパートナーとして。最愛の存在として。‬

 

‪それは、私にもよくわかるし、他の人間、人形も何かを察して、指揮官に手を出そうとしないくらいに、確かなもの。誓約をしているのは私だけで、他の誰ともする気が無いことから分かるように。彼の一途で真摯な想いは私が一番よくわかってる。

 

‪ 彼は、私のことを愛してくれている。深く、深く、無償の愛と言えるものを私に注いでくれる。‬

 

‪いや……私『だけ』にその愛を与えてくれている。‬

 

‪ 博愛主義なところがある彼だけど、私に向けるそれが他の皆とは違うのは、誰が見ても一目瞭然な位に。‬

 

私には特別な愛を向けてくれる指揮官。私だけを深く愛してくれるあなた。

 

ーー私は、あなたに愛に返せているだろうか?

 

私が得意なのは、彼に一番報いてるものがあるとしたら、それは戦闘。当たり前だ。私達は戦術人形。戦うためだけに、人間の代わりに武器を手に取り、戦地へと赴き、敵を討ち滅ぼす為に造られた存在なのだから。

 

それだけで見れば、私は彼にしっかりと愛を返せていると言えるだろう。彼が出来ないことを、私が成し遂げる形で。

 

けど、私はそれだけしか返せないのだろうか?

 

書類仕事はーー残念だけどあまり得意ではない。カリーナにも手伝って貰うことがかなりある位には……。これでも、少しずつ学んでるから、少しずつ進歩してると私は信じてる。

 

料理はーーそれは今もまだ勉強中だけど、彼に心から美味しいと言わせることが出来る料理は、まだ作れたことはない。最近、紅茶の淹れ方が上達して、頭を撫でて褒めてくれたことは記録に新しい。もちろん、それだけで満足できない。私は指揮官から与えられる栄誉がもっと、もっともっと欲しいと、努力を重ねているから。

 

掃除はーーそれも出来なくは無いレベルだ。今でこそ指揮官と同じ部屋に暮らしているが、私が1人の部屋にいた時はベッドと本棚と机くらいしか無い質素な部屋だった。他の戦術人形の部屋はもっと可愛らしかったり、趣味嗜好が現れてたりするけど、私にはそう言ったものは指揮官を好きになるまでーー。

……とにかく、指揮官の部屋は私よりモノは多いが、頻繁に掃除するレベルでもない。基本的に寝床としてしか私も指揮官も使わない無いから、部屋汚れる条件が揃わない。

 

つまり、そもそも掃除をする機会が無いのと、部屋が汚れたと思ったら指揮官がすでに掃除をしてしまうから、その機会が訪れない。

 

他にはーーそう思ったところで、私は一つのことに思い至った……。

 

「私……」

 

指揮官に好きだと、愛していると全然伝えることが出来てない。行動に移せてない。

 

何かを返せてないか、そう思ってすぐに言葉と行動が出てこない時点で、私は察するべきだった。

 

指揮官はよく私に愛を伝えてくれる。私が心細いと思った時、励ましてくれるとき、私が欲しいと思った時。例えそれが、今のように疲れ切った状態であってもだ。

 

私が欲しいと思っていても、それがいつも唐突だから、『好きだ』、『君を愛してるよ』と伝えられても、俯きながら、『あ、ありがとうございます…』と、赤く発熱した顔を隠しながら礼を返すだけしか出来てない。

 

手を握るのも、口付けを交わすのも、何かに誘ってくれる時も指揮官からでーー私は彼から与えられるばかりで、何も、なんにも返せてあげていない。

 

「私だってーー」

 

ーーあなたのことを愛しているのに。

 

その言葉が自分の中で導出された瞬間、私の擬似感情モジュールから様々な演算結果が溢れ出た。

 

彼の笑った顔が好き。彼が楽しそうに話す姿が好き。彼が私の淹れた紅茶を美味しいと言ってくれる顔が好き。出撃から帰ると私を抱きしめて労ってくれる彼が好き。私を好きだと言ってくれる指揮官が愛おしい。

 

好き。大好き。愛おしい。愛してる。そう締めくくる文言ばかりが、自分の中から溢れ出てくる。

 

「私……」

 

ーーこんなにも指揮官のことが好きで、こんなにも彼のことを愛しているんだ。

 

私の体を構成する配線から発火してしまったのかのように、体温が急上昇する。でも、その割には自分の中のアラートは鳴らず、感情はドンドンと昂ぶっていくばかり。

 

わかってる。これは不調などではない。それに、擬似感情モジュールの暴走などでもない。寧ろ、これは答え。

 

『ST AR-15は指揮官のことがこんなにも大好きで、愛している』

 

そんな単純で、何よりも大切な答えが、私の中から出て来たのだ。

 

そんなこと私もよくわかってる。その答えにはだいぶ前に辿り着いていた。

 

けれど、問題があるのだ。私はこの想いを、この言葉達を、ちゃんと彼に伝えるとこが出来てない。

 

ーー彼はこんなにも私を想って、私を愛してくれているのに!

 

ならば、彼が目を覚ましたら、一番にぶつければいい。自分の思いを、擬似感情モジュールから溢れ出て短絡してしまいそうな私の全てを。

 

でもーー私はもう抑えられない。この体を、内側から真っ黒に焦がしていくような愛欲を、もう秘めることが出来ない。

 

意識してしまったから。彼が自分を深く愛してくれていることを。気づいてしまったから、擬似で本物とは言えないかもしれないが、私の中にこんなにも愛情が渦巻いてることを理解してしまったから。

 

私は指揮官のお腹に馬乗りになる。お腹が圧迫されたからか、指揮官は小さく「うぐぅ…」と呻く。

 

ーーごめんなさい指揮官。今の私は

 

「指揮官」

 

自分の顔の位置を彼の顔の位置へと合わせる。

普段は口付けをされる側でじっくりと見ることが無かった彼の顔が、鼻先がくっついてしまいそうな位に自分から近づける。

 

「あなたを」

 

あなたの顔に近づくに連れて、私の顔から出火しそうなくらいに熱くなって、あなたと一つなれると思うとこんなにも幸せな気持ちになって、

 

「愛しています」

 

唇が重なって私の中の気持ちが、貴方に対する愛情を渡せたことが、こんなにも私に幸福感を与えてくれるなんて、今までの私では知ることも出来なかった。

 

これは予行演習。彼が起きたら、この言葉を彼へと捧げて、愛を行動で伝えるための練習。

 

そうしたかったのだけど、私の気持ちを塞いでた抵抗装置は壊れてしまって、

 

「指揮官……!」

 

また彼へと口付ける。

 

止まらない。止まれない。止め方を知らない。知る必要もない。

 

卑怯だと言うのはわかってる。でも、私は、今まで彼が私にくれた分の愛情を、それ以上を返したい。いま、ここで!

 

「指揮官…!愛してます…!!」

 

一度離してまた口付けて、彼の乾燥した唇と繋がる。

 

彼が起きたらリップクリームを塗ることを進言するべきだろうか?

 

そんなどうでもいい事を思考回路の片隅に残して、また口付けを捧げる。

 

足りない。何度しても足りない。何度も何度もしてるのに、また彼と繋がる幸福感を、彼へと愛情を捧げる幸せを味わおうとしてる。私は中毒者だ。彼の愛に飢え、私から彼へと捧げることで快楽を得る中毒者と成り果ててしまって。

 

彼へと愛を捧げてるうちに、自分だけが愛を捧げることに満足できなくなってしまった。

 

あなたの愛を私に捧げて欲しい。私に愛の言葉を与えて欲しい。私へ口付けを贈って欲しい!このまま廃れゆく動物みたいに、あなたと一つに交わってしまいたい!

 

普段から彼にあんなにも愛されているのに、まだ求めるなんて、私はなんて強欲なのだろうか。

 

でも、そうやって諌める余裕は今の私には存在しない。彼への愛を溢れさせ、彼への愛を求めている私には。

 

ーー目を覚まして私を愛していると言って欲しい

 

ーー嫌!はしたない私をあなたには見て欲しくない!

 

相反する私の思い。矛盾に処理が停滞するコンソール。嫌だと私の演算結果が、これから先の行動を提案する予測部が電流で伝えてくるが、それでも止めるつもりも、止まるつまりも無いくらい、私がよくわかっていた。

 

この想いを止める、そのための行動の優先度は最下層にあるのだから。

 

けれど、私は我儘で、何処かで今の私を止めて欲しいとも望んでいる。

 

「指揮官……!」

 

私は助けを求めるように、不安定になった音声を発する。

 

ーー私を愛して(とめて)!

 

「聞こえてるよSTAR」

 

聴覚センサーが波形を解析し、答えを導出する。彼だけが呼ぶ、私の呼び方であると。声紋解析の結果、今の音波は一寸の狂いもなく彼の声であると。

 

私の眼下には、薄っすらと目蓋を持ち上げて、緩く微笑み彼がーー私の愛する人が、そこにはいた。

 

起きてしまったの?それとも、ずっと起きていたの?そんな素朴な疑問を口にすることはない。今の私は彼からの愛情を待ち望んでいるから。

 

彼は腕を持ち上げて、私の後頭部に手を添えて軽く撫ぜる。彼から与えられる優しい刺激。包むような愛情。それだけで脱力しそうにる身体をなんとか持ち堪えさせて、何とか体勢を維持する。

 

彼が唇を開く。

 

「愛してる、STAR」

 

その言葉を受けて、また顔の熱が上昇していくのを感じながら、彼から差し出された唇を私は受け入れた。

 

あぁ、なんて私は幸せなのだろう。どうして今まで知らなかったのだろう。愛の言葉を囀り合って、お互いの愛を行動で示し合うのが、こんなにも幸せだったなんて。

 

なんで私は今まで知ろうとしなかったのだろうか。こんなにも手軽に、愛を返せる方法を、彼の愛をより強く感じられる方法を。

 

「あなた……!」

 

彼の唇が離れて、私は彼を逃さないように頬に手を添える。彼は一瞬だけ、驚いたように目を大きく見開いたが、すぐにまた細めて私を受け入れてくれる。

 

ーー指揮官も私からの愛を望んでいるんだ。

 

そう確信するまでに、微かな時間すら要さなかった。

 

私は彼との距離を再び縮めて、

 

「愛しています、あなたのことを」

 

中々面と向かって言えなかったその言葉を彼へと贈ってから、また唇を重ねた。

 

 

 

 

 

あの後、一体いつまで愛の言葉を交わしながら口付けを交わしたのか覚えていない。けれど、あの時に、指揮官から伝えられた言葉の一つ一つは、全て記憶領域に留めてある。それと、お互いに顔を赤くしながら愛を囁くのに疲れ果ててしまって、最後にはお互いに身体を寄せ合って、眠りについたことも。後方支援の報告に来たSOPが言うには、2人ともすごく気持ちよさそうに寝てたから起こせなかった、と。

 

その姿をSOPに見られたのが何とも恥ずかしかったが、それ以上の収穫を得れたから、今は満足だ。

 

「あなた」

 

「なんだ、STAR?」

 

「愛しています」

 

「ありがとう。オレも愛しているよ」

 

「ふふっ。ありがとう、あなた」

 

だって、今の私は彼と愛を交わす幸せを、深く深く理解できて、実行することが出来るようになったから。




『PARA』とはギリシャ後で逆という意味なのです。
なので、『EVOL』を逆から読むと、真のタイトルが見え手来るはずです。
ですが、このタイトルはそれだけでなく、逆という事は戻る、或いは『返す』ともとれるはずです。
つまり、この作品の真のタイトルは――


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『スオミ、モシン・ナガン』スオミが飲酒してモシン・ナガンに本音を言うだけの話

グリフィン基地には主な飲食スペースが二つある。

 

一つは食堂。昼と夜の時間帯には人間、人形問わず溢れかえる位になるメインの飲食スペース。

 

もう一つは戦術人形スプリングフィールドが経営を任されているカフェスペース。食堂よりも多少値段は高いが、食堂と違って営業時間が長いため時間帯問わず客が入る人気の飲食スペースだ。こちらは、主に戦術人形にとっての憩いの場となっている。

 

そんな風にスプリングフィールドの経営するカフェスペースは昼も夜も憩いの場となっているのだが、夜になるとカフェからバーへと変わる特徴がある。こうなると、見かけ年齢が低い戦術人形は製造時の制約によって飲酒が出来なくなる者もいるが、今度は飲酒の出来る戦術人形達の集う場となり、昼間とは違った人気を博している。

 

今は夜の時間帯。スプリングフィールドの経営するのはカフェでなくバーとなっている時間帯。そのテーブル席に腰掛けているのは、

 

「もう!聞いてますか!!」

 

常温のビールを片手に対面に座る戦術人形を頬を膨らませて可愛らしく睨む彼女の祖国の名を冠している戦術人形、KP-31ことスオミと、

 

「はいはい。聞いているわよ」

 

と、グラスに入ったウォッカを呷りつつ、彼女の話に耳を傾けているのは、モシン・ナガン。

 

モシン・ナガンはスオミとって因縁深い国が生産している銃ではあるのだが、

 

「なら、良かったです。高潔で野蛮な人」

 

と、百年ほど前に彼女達を愛用した人物の関係からか、同国の銃でもモシン・ナガンにはある程度心を開いている様子だ。もっとも、彼女の

モシン・ナガンへの愛称は矛盾に満ちたもの言えるのだが、それはスオミなりに譲歩し、受け入れた結果だろう。この愛称で呼ばれるモシン・ナガンは、最初こそ戸惑ったが彼女の心境も理解をできることと、付き合いが長いためにもう慣れている様子である。

 

スオミは何処か安心した様子でグラスに口をつけ、チビチビとビールに口に含む。そんなちょっとした仕草の愛らしさが、彼女が色な基地で人気を誇ってる理由なのだろうかと、モシン・ナガンはスオミにならって、チビチビとウォッカを口に含みながら考える。

 

「あなたも大変なのね。副官なのに」

 

「そうですよ。私にも色々と悩みはあるんです。副官で一番指揮官の側に居ますけど!」

 

スオミはこの基地で指揮官の副官を務める戦術人形だ。何でも、指揮官の元に初めて着任した高性能機で、彼も彼女の誠実(音楽に関しての事と某国への応対の仕方はそうであるかは判断しかねるが……)なキャラクターと期待に応えようとする努力家な側面を良く評価していて、彼女を副官に起き続けてるわけだ。

 

因みにモシン・ナガンはこの基地に初めて着任したライフルで、彼女も彼にとっては馴染み深い存在だ。

 

話を戻そう。この戦術人形にとって一番重要な人物である指揮官を支えているスオミはとある悩みを抱えているのであった。

 

それは、

 

「指揮官が、私の好意に気づいてくれないんですよ!」

 

彼女が彼に抱いている恋愛感情に対するものであった。

 

その一言と共にスオミは手に持ってたグラスを傾け、黄金色の液体を飲み干す。

 

「お代わり!!」

 

アルコールが入ってメンタルが揺らぎ気が強くなったのか、いつもの囁くような物静かな口調ではなく、溌剌とした口調でアルバイトのWA2000に注文するスオミ。

 

「あ、アンタ……早すぎない?十分で五杯目よ?!」

 

人形によってはアルコールの摂取量の限度がある。その限度を超えたら、自分のに与えられたキャラクターとはかけ離れた行動をとったり、突然怒り出したり、寝始めたりする。人間に当てはめるとしたら、泥酔状態というやつだ。

 

あまりのハイペースさにWAもその状態にならないか心配したらしい。

 

「いいから、ジャンジャン持ってきてください!!」

 

「はぁ……わかったわよ……」

 

微かに顔を赤くしたスオミがWAにグラスを突き出す。その様子からまだ大丈夫であること、ここで断ったら相当面倒なことになると判断して、WAはグラスを受け取って厨房に入り、そそくさと常温のビールを注いで、スオミに手渡した。

 

「ありがとうございます!」

「……気をつけるのよ」

「わかってます!」

 

ふにゃりと浮かべられたスオミの笑顔。アルコールが入っても滲まないそれを直視して、WAも自然と微笑み返すと、ほかのテーブルからの注文を受け付けに戻った。

 

「どこまで話しましたっけ?」

「……指揮官が好意に気づいてくれないってところね」

「……そうです!気づいてくれないんです!」

 

モシン・ナガンの言葉にその通りだと言わんばかりに指を指して反応するスオミ。祖国に関すること以外では比較的大人しい彼女が、こんなに激しいリアクションを取るのだと知る者はどれだけいることだろう。……結構居そうである。

 

「私、頑張ってアピールしてるんですよ!」

「ふむふむ」

「水着を買ってきて指揮官に見せてみたり」

「あれね。すごく愛らしかったわ」

「クリスマスの時もお洋服を見繕ってみたり」

「あの服、可愛かったわねぇ。指揮官も妖精みたいだって褒めてたわね」

「それで、私の祖国の音楽を紹介してみたり」

「あれはちょっとやりすぎね……」

「他にも……指揮官のお膝に座ってみたり」

「あなた、結構大胆なことしてたのね」

「指揮官のために歌を歌ってみてあげたり」

「うん。あなたの歌声凄く透き通ってるものね」

「他にも……お料理を作ってあげたりとか、指揮官のために一生懸命お仕事を頑張ったり……」

「昔から、頑張ってるものね」

「なのになのに……」

 

スオミは手に持っていたグラスを傾けて一気にまた中身を飲み干してーー

 

「どうして気づいてくれないのですか指揮官!!」

 

溜まりに溜まったその思いを一息に吐き出した。

 

「ひっぐ……うぅ……」

 

その一言が、彼女の我慢の決壊を促すものだったらしい。スオミはテーブルに顔を伏せて小さく肩を震わせて、静かに涙を流した。妖精の奏でるメロディーのような、可憐な声を震わせて。

 

「よしよし、あなたの頑張りは、私がよくわかってるから……」

 

机に伏して静かに涙を零すスオミの頭に手を置いて、モシン・ナガンは彼女を慰める。

 

何を隠そうモシン・ナガンが彼女へとアドバイスをした事が多々あるからだ。いつの日かは覚えてないが、今のようにバーにてスオミの相談に乗ったのがそのきっかけだ。

 

『私、指揮官が好きなのですけど、どうすればいいのでしょうか?』

 

と、ストレートに相談されたことは、記録階層の中にキチンと残っている。

 

モシン・ナガンは何故自分に?とも思ったが、スオミと彼女のとある関係上、ある意味で言えば深く親近感を覚える者同士であるので、他の誰よりも相談しやすかったのだろう。

 

そこから、モシン・ナガンはスオミに助言を与えた。一緒に出かけてみては?おめかしをしてみては?SOPやG41達のように甘えてみるのも良いかもしれない。

 

まるで、スオミの姉になったかのように親身に相談に乗ったのだ。

 

けれど、それら全ては身を結ばなかったようで、スオミは今はこうしてーー

 

撫でられているうちに落ち着いたのと、人間のように泣き疲れたのか、スオミは感情の処理が間に合わなくなって鼻から換気することで内部の冷却を始め、あらゆる処理を最小限に出来るスリープモードに移行。

 

「大好きです……指揮官……」

 

その言葉を何とか残して。モシン・ナガンはWAを呼び止めてお手拭きを受け取ると、彼女の顔を拭う。このままだと折角の可愛い顔が台無しであると、彼女のことを思いやりながら。

 

そして、スオミの顔を再び綺麗にしてやった後に、モシン・ナガンは背後を振り向く。

 

「で、わかったでしょ?この子には素直にぶつけないとダメだって」

 

独りごちたかのようなモシン・ナガン。けれど、それはたしかに誰かへの、『特定の人物』へと投げかけた言葉。その証拠に、彼女の背後の壁が歪み、ノイズが走り、剥がれ落ち、

 

「……みたいだな」

 

モシン・ナガンの意見を肯定するような低い男声が。

 

壁が剥がれ、否、壁に沿うようにして展開していた光学迷彩マントの電源を落として、その中から現れたのは、指揮官。スオミの意中の相手だ。

 

「まさか……あそこまで気づかれてないとは……」

「まぁ、その……この子、堅物で生真面目だから……。で、いい加減理解したでしょ」

「……まぁ、な」

 

肩を落として重く息を吐く指揮官と、指揮官に哀れみの目を向けつつ、スオミの上質な糸のように手触りのよい髪を撫でるモシン・ナガン。

 

指揮官はモシン・ナガンの指示を受けて、バーの中で待機していたのだ。彼女から手渡された高性能装備、光学迷彩を使って。

 

スオミから重要な言葉が出るだろうから、そこで待機して話を聞いていて欲しいと。盗み聞きするような真似は出来ないと、当初は断った指揮官であるが、スオミの本心を聞いて欲しいと言われーースオミを好いていた彼は断れなくなってしまい、モシン・ナガンの言葉を飲んで、潜伏してた訳だ。

 

それからの流れは、お察しの通り。スオミの悩みは想い人であった指揮官に全て聞かれ、指揮官はスオミの本心を知ることになった。

 

「……結構アピールしてたつもりだが」

「まぁその……心中お察しするわ……」

 

指揮官がスオミと違うのは、指揮官はスオミの想いに気づいてたという事。

 

だから、彼女のお願いに付き合ったり、彼女のためにヘヴィメタルの勉強をしたり、他の子よりも優先してプレゼントをあげたり、挙げ句の果てには彼女の誕生日と言える日には薔薇の花束を贈ったりと、他所から見れば猛烈にアタックしていたのだが、

 

『ありがとうございます!嬉しいです!』

 

スオミのその一言で全てが終わってしまい、指揮官は『本当にスオミは自分のことが好きなのだろうか?』と疑心暗鬼に駆られる結果となってしまったのだ。スオミからの好意を受け取るたびに、そう思うループに入ってしまい、スオミからのアピールが『そういうアピールでなく、妹が兄に戯れるようなものなのでは?』と考えるようになって、自信を失い、今のような面倒くさい事態に陥ることになったのだ。

 

スオミという戦術人形は真面目で誠実な良い性格をしてるのだが、いかんせん固すぎた。指揮官のアピールを普段のような褒め言葉や自分のことを気を遣って言ってるのかと捉えて、先程のような微笑みとお礼だけで終わる結果ばかりとなってしまったのである。

そんな二人の膠着状態を打開するために、モシン・ナガンはまだ考えを直させるのが楽な指揮官にスオミの本心を聞かせる事にしたのだ。

 

彼女の目論見は無事成功。指揮官は顎に手を置いて「なるほどなぁ……」と小さく頷いて納得しながら、スオミの性格を改めて再認識し、モシン・ナガンの言葉を噛み締めている様子。

 

モシン・ナガンはウォッカが注がれたグラスを傾けて口腔を冷却し、指揮官に視線を投げかける。

 

「やるべきこと、わかったでしょ?」

「あぁ、やってみせるよ。準備は整ってるから」

 

その言葉にモシン・ナガンは満足したように首を縦に振った。

 

「じゃ、頑張りなさいね。こういう堅物には素直に真っ直ぐが一番よ」

 

「ははっ、だな。……やってみせるさ」

 

指揮官はテーブルの上に伏して眠っているスオミを背負うと、

 

「ありがとう。これは私からの気持ちだ」

 

そう言って、二人が飲んだ金額より明らかに多い枚数の紙幣を置いて、バーから立ち去っていった。

 

「ふぅ〜。これでキューピットごっこもおしまい、になるのかしら」

 

どこか寂しそうに無色透明な液体が入ったグラスを揺らすモシン・ナガン。本当に亀の歩みの如き進展ではあったが、スオミから指揮官と何があったのかを聞くのは楽しみにしていたところはある。

 

指揮官とスオミが結ばれたら、彼女から二人の仲についての話を聞く機会が減ってしまうかもしれない。

 

でも、それで良いのだ。

 

モシン・ナガンにとってかけがえのない同志達が結ばれるのだから。

 

モシン・ナガンは指揮官が机に置いていった、紙幣に目をやる。この紙幣は、二人のことを祝うためのお酒を買う資金にすることを決めて。

 

明日、二人の関係がどうなるかはモシン・ナガンには正確に予想がつかない。彼女には未来のことを予測するモジュールは無いから。

 

でも、指揮官が言った準備が整っているという言葉を信じれば、擬似的に未来予測をすることは可能だ。

 

「んふふ〜♪仲良くやりなさいよ〜♪」

 

モシン・ナガンは透明なグラスに指揮官とスオミが寄り添っている姿を投影しながら、二人が迎え入れるだろう良き未来を思って頬を緩ませたのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

子猫は独りで丸まらない

人間には何かしらの習慣があるものだろう。

 

例えば、朝起きたら体操をしたり、食事のときには決まったものを必ず食べたり、誰かと会ったら必ず挨拶をしたりだとか。

 

習慣と言うのは、その人物を構成する重大な要素で、それがこなせないとその日の気分が悪くなったり、調子も落ちたりすることもある。逆にその習慣をこなせることで、その日のコンディションを確かめたり、リラックス効果を得れたりもする。

 

つまり、自分の習慣と言うものは、こなせられる限りではこなした方がいいものだ。

 

何故こんな話をしているのかと言うと、とある基地の指揮官にはある『習慣』があるのだ。それはーー

 

「スー……スー……」

 

夜の冷気が朝の暖気へと変わる夜明けの時間帯。まだ少し寒いのか、布団を掴んで眠っているのは戦術人形のG11と、

 

「スー……」

 

彼女を窓から差し込む光から守るように抱きしめて眠る指揮官の姿が、そこにはあった。

 

指揮官の習慣、それは『G11を抱き枕にして寝ること』だ。

 

何故、これが習慣になったのかと言うと、ある日指揮官が仕事に一区切りをつけ仮眠室で仮眠を取っていたところ、仮眠室にあるふかふかのクッションを使った上質なベッドがお気に入りなG11は指揮官を起こさないように端に押しやって眠りに就いたのだ。

 

起床時間となり、自然と起きた指揮官は自分の寝床の中にG11がいることに驚き、そして、自分がG11を抱きしめていることに更に驚いた。いつのまにかこんなことをしていたのか。G11はそこまでして寝たいのか。色々と思うところはあったが、今だに寝ているG11を起こすわけには行かないので、彼女に布団をかけ直し、仕事へと戻った。

、仕事へと戻った。

 

その後、指揮官は気づいたのだ。普段より自分の調子がいいことに。身体にはダル重さが無く、思考の回転は早く、見える世界はくっきりと映る。こんな感覚久しぶりだと、指揮官は感動したものだ。

 

好調の要因となったのは何か、そう考えた時、普段と違うのはG11と一緒に寝てたこと。彼女を抱きしめながら寝ていたことだった。

 

そう思い至ったらもう止まらなかった。寝ても寝ても取れなかった疲労感を無くす術を知ったのだ。今までの睡眠にはもう戻れなかった。一度便利な道具を手に入れたら元の不便なそれに戻りたいとは思はないのと同じで。

 

仕事を終えた指揮官はG11の元に赴き、彼女へ地面へ頭を擦り付けんばかりに頭を垂れ、

 

「G11!私と一緒に寝て欲しい!!」

「ふぁっ!?」

 

と色々と語弊があるお願いをしたのであった。

 

その後、細かく説明をし、自分と一緒に寝てる時は416やほかの戦術人形に文句をつけさせず、睡眠の邪魔はさせないと言う条件でG11は同意した。

 

最初こそは、

 

「あたし一人でじっくりと寝たいのに……」

 

とブツブツと不満げにボヤいていた。彼女は一人気ままに好きな時に寝たいのだ。だけれど、一人で寝るには邪魔が多すぎる。好きな時に寝れるのと、確実に寝れることを天秤にかけた結果、彼女がとったのは後者であった。

 

それにーー今の彼女にはそんな不満はもう無い。それは、指揮官の背に短く小さい手を大きく回してシャツを掴み、緩みきった寝顔で涎を垂らして、指揮官の胸元を大洪水にしてる様から見て納得できるだろう。

 

当初こそは暑苦しいやら寝息がうるさいやら不平不満は沢山あったが、今ではこの通り、G11にとってもベストスリープスポットとなった訳だ。

 

快眠したい指揮官と、誰にも邪魔されることなく眠りたいG11。一方的であった欲望は、こうして双方向のものとなり、win-winの関係と相成った。

 

就寝、昼寝の時間は指揮官に完全に合わせる形となったが、快適な睡眠と確実な昼寝時間と睡眠時間を得たG11はもう元の睡眠生活には戻れない。戻るつもりはない。

 

「くー……くー……」

 

「スー……スー……」

 

これは、快適な睡眠を手に入れた二人の、ちょっとした日の小話であるーー

 

 

 

 

 

ある日の出撃の後、G11は報告を部隊の隊長に任せ、自分はいつもの様に指揮官と昼寝の準備をーーする事はなく、一目散にシャワールームに駆け込み、シャンプーを泡立てて頭髪を一心不乱に洗っていた。

 

「うわわわ……」

 

何故寝ることと、G11が髪を一心不乱に洗っていることが結びつくのか?

 

それは、寝てる間は清潔感を保ちたいーーというような思いは多少あるのかもしれないが、それ以上にG11もまた少女のメンタルを持っている事に起因する。

 

G11は髪についたシャンプーを注がれるシャワーで落とすと、一房摘んで鼻先に持っていき嗅覚センサーを作動させる。

 

センサーの分析結果から出たのは、石鹸の香りと微かに鼻をつくような刺激臭。

 

「うぅぅ……」

 

この刺激臭こそが、G11を悩ませているものであった。

 

 

G11はつい先程まで戦場に出ていた。戦場と言っても、グリフィンが警備を担当している区域の哨戒任務ではあるのだが。任務中に会敵し、部隊の仲間と共に無事敵機を撃破。任務も終了時間に近づき、一欠伸していた所に、鉄血機リッパーの奇襲を受けた。

 

「チィッ!!」

 

咄嗟に反撃、撃破出来たのだからまだ良かったが、突如飛びかかってきたリッパーに応対するために胴部を撃ってしまったのが、彼女の苦悩の始まり。

 

どうやら、オイルを循環させる為の重要な機関かパイプを撃ち抜いてしまったらしく、

 

「わぷっ!?」

 

引火はしなかった代わりに運動の法則に従って落水してきたオイルを浴びる結果になってしまったのだ。

 

その結果が、戦場から帰って洗浄に精を出すG11。迎撃したリッパーのオイルは汚泥の様に濁っていて、鼻を摘んでもまだわかるような刺激臭を放っていた。それはもう、彼女達の迎えにきた輸送機の乗員や、先程まで背中を預けていた仲間達も近くに寄り付こうとしない程に。機内で拭える限りは拭ったが、それでも臭いというものは強く残ってしまう。

 

だらしが無い所のあるG11も羞恥心と乙女心と言うのはちゃんとあるので、『このまま指揮官と寝るわけにはいかない』と基地に帰るなりシャワーに一目散に行った訳だ。

 

何度もシャンプーをし、何度も石鹸を使って身体を洗うが、体からも髪からも微かに異臭が検出される……。

 

「うぅ……」

 

G11は唸りながら、また一から身体を洗浄する作業に戻ったのだ。

 

 

 

 

 

結局、何度も身体を洗っても、刺激臭は検出されてしまう結果となった。

 

「ううぅ……」

 

憂鬱な気分で、力無い足取りで自分の宿舎へと向かうG11。出撃から帰ったら指揮官と昼寝をするのが日課だが、今の臭いが残った状態で指揮官と昼寝をするのは嫌だった。

 

指揮官から臭いと言われてしまったら、自分は大きなショックを受けてしまうだろうと簡単に想像ができたから。

 

だから、指揮官には会う確率が低いルートを導き出し、彼には会わないようにしていたのだが、今日はとことんLUCKに割り振られた値が低いらしい。

 

「おっ、G11!探したぞ!」

 

彼女に対して清々しい笑みを浮かべる指揮官に出会ってしまった。

 

彼の笑顔は太陽のように煌めいていて、どこか子供っぽい。昼寝に誘うときだけ見せる重圧から解放された彼の笑顔。G11の好きな笑顔だが、その笑顔が今は重い。

 

「じゃあ、昼寝するか」

 

魅力的な提案。G11にとっての日課。その提案を彼女は、

 

「や、ヤダ!!」

 

全力で拒否した。浮かべていた笑みが凍りつく指揮官。それも、そうだろう。いつものように、当たり前となっていたことを突如拒否されたのだ。

 

「な、何で……?」

 

指揮官からの縋るような視線。その目を向けられると、彼女の電脳にアラートが鳴り響く。どうして拒絶するのか?人間からのお願いなのに、と。機械としての原則が、彼女を追い立ててくる。それでも、

 

「今日は一人で寝るから!!」

 

人間で言えば、反抗期の娘のように指揮官を拒絶するG11。指揮官は臭いの事に気付いてないはず。けれど、寝るときは嫌が応にも密着状態になるので、その時に気づかれてしまう。指揮官に臭いなんて言われたら、G11は立ち直るのにかなり時間がかかってしまうだろう。

 

しかし、G11の事情を詳しく知らない指揮官は素直に引く様子はない。

 

「頼む!」

「やだ!」

「本当に頼む!」

「無理!」

「G11と寝ると快適にねれるんだ!」

「一人で寝る!」

「昼寝の時間、いつもより伸ばしていいから!」

「お断り!!」

 

そのまま数分間、条件付けと断りのラッシュが続いてーー

 

「わかった……無理に誘ってすまなかった……」

 

指揮官は項垂れながら、G11に背を向けて去っていく。

 

……これでいいのだ。自分が指揮官に何か言われるのも嫌だが、指揮官の眠りを妨げる要因に自分がなってしまうのも嫌だから。

 

そう、自分の電脳に結論づけてアラートを無理矢理止めさせる。この選択が一番指揮官の為になるのだと、自分に言い聞かせて。先程まで煩わしかったアラートも止まり、彼女の脳内に平穏が訪れる。

 

しかし、小さく丸まって自分から去っていく指揮官を見ると、彼女のメンタルにノイズが発生する。

 

G11は自分の髪をひとふさ摘んで、鼻先に押し当てて嗅ぐ。彼女の嗅覚センサーは、やはり微かに異臭を捉えていて、彼女のメンタルに寂寥感を募らせた。

 

 

 

 

 

 

その後、G11は自室に戻り、ベッドの上に一目散に寝転んだ。

 

――そう言えば、一人で寝るなんて久しぶり

 

最近は同意の上とは言え、ずっと指揮官と一緒に寝ていた。彼の抱き枕になる形で。

 

そう、今日は一人で気ままに好きなように寝れる。もしかしたら416が起こしに来るかもしれないが、自分の思った寝相で好きなようにしながら寝れる。そう思ったら、幸せでは無いか!

 

G11はゴロンと横向きになる。そして、そのまま、何かを抱きしめるかのようにーー

 

「あっ……」

 

ふと、彼女は気づいた。指揮官は快眠するためにはG11が必要だと言った。そしてその言葉は、自分にも当てはまっているのだと。G11が心地よく眠るためには、指揮官という抱き枕が、あの筋肉という弾力と温かさに富んだ彼が必要なのだと。

 

それに気づいた瞬間、彼女の胸の内には寂しさが募ってーー

 

「ああ!もう!」

 

そのひと時の感情を押し込めるために強制的にスリープモードになろうとしたところで、彼女の頭脳にアラートが鳴り響いた。

 

「むぅ……!」

 

虚空を睨むG11。今度のアラートは人形の規則に違反するかもしれないという警告ではなくて、自分のダミーから発せられたもの。コードの色はレッド。異常事態が発生したという証拠。それは、メインフレームかダミーの意思にそぐわない事態が起こったという警告。

 

そんな危険信号すら、今は無視したかったのだが、ダミーから頭脳部に直接送られてくる『助けてー!』という声と、何故か妙な胸騒ぎを感じて、G11はベッドから跳ね起きて信号源へと駆けつけることにした。

 

 

「……ここ?」

 

ダミーの信号を辿って辿り着いたのは、指揮官の部屋。G11にとっていつもの睡眠スポットで、もはや彼女にとって第二の生活の拠点と化した場所。

 

この部屋に入れるのは指揮官か、指揮官からカードキーを渡されてるG11か、マスターキーの保有者か、よく出回ってる偽造キーを持ってる者だけだ。

 

つい先ほどまで、指揮官はいつものようにG11を昼寝に誘っていた。そして、自分のダミーから発せられた『意にそぐわない』というアラート。

 

この二つの要素から、G11はある結論へと至り、カードキーを通して入室し、自然と肩を怒らせながら寝室へと向かってみると。

 

「うーん……。なんか足りない……」

 

満足がいかないと言いたげな表情の指揮官と、

 

「あっ!メインフレーム!助けてー!!」

 

ピーンと体を伸ばした状態で目を渦巻き状にし、いっぱいいっぱいと言いたげな表情をしたG11のダミーが、布団に寝っ転がって指揮官に抱きしめられていた。

 

どうしてこんな状況になってるのか、それはこの部屋に入った途端にG11が想定してたそれだったとした言いようがない。

 

ダミーの叫びで指揮官もG11の本体がやって来たことに気づき、仰天の表情を浮かべている。

 

「ち、違うんだG11!?これは、G11が抱き枕になってくれないからダミーで代用しようとかそんな邪なことは考えてなくてだな!?」

 

指揮官は人形のように嘘がつけないのか、それとも慌てすぎてて思考回路が正常に働いてないのか、まるで浮気現場を抑えられた夫のように言い連ねる指揮官。指揮官が語ったこの言葉が、ダミーがアラートを鳴らして助けを求めてきた理由だろう。

 

G11が何度も断って指揮官は、たしかに諦めようとしたのだろう。しかし、それでも諦めきれず、こう思い至ったのだろう。『そうだ!ダミーを利用しよう!』と。確かに本体と同じような質感をダミーは持ってる。それなら、指揮官の悩みは無事に解決出来ることだろう。だから、整備士に袖の下をするなり、言いくるめるなりして、ダミーを連れ出せば問題無し。

 

ただ、予想外だったのは、ダミーがメインフレームの意図しない起動の仕方をして、アラートを鳴らしてG11本体に助けを求め始めたのと、ダミーでは何故か指揮官が満足できないことか。

 

けど、そんなことは、今のG11にとってどうでもよかった。ダミーを持ち出されたことも、指揮官が言い訳をずっと連ねてることも。

 

ただ一つ、気に入らないことがあったとすれば、それはーー自分がいつも居るはずのポジションに収まってるのが、自分じゃなくてダミーだということ。

 

その事が、G11のメンタルに黒い渦を作り上げ、ここに来るまでに抱いていた困惑や疑念、焦燥などのすべての感情を飲み込む。そして、真っ黒に染まったメンタルの赴くままに、ダミーの腕を引っ張って、

 

「退いて」

 

普段の寝起きで浮かれたような声がデフォルトのG11が発したとは思えないような、臓腑に響くような低い声で、ダミーに命令した。

 

メインフレームの命令には逆らえないダミーは腕を強く引かれたのもあって、まるで同じ極の磁石をつけられたかのように弾かれて布団から退散する。

 

「帰って」

 

続けて、低い声色で発せられたのは手短な命令。ダミー人形はその声に萎縮ーーすることは全く無く、『ありがとうメインフレーム〜!』とふにゃりとした笑みを浮かべながら、指揮官を部屋に去る。

 

ダミーは萎縮しなかったが、彼女から発せられるには聞き慣れない声色に怖気付いたのは、指揮官であった。

 

「じ、G11……?」

威圧的な雰囲気を纏うG11に思わず気圧されてしまう指揮官。

 

そんな指揮官を無視してG11は先程まで自分のダミーがいた指揮官の隣に寝っ転がる。

 

短い腕を背中に回してシャツを掴み、彼の胸元に収まる。いつものように。

 

もう彼女の中には、自分に微かに残った異臭の事など頭の本当の隅にしか無かった。今はただ、ダミーを使ってまで寝ようとした指揮官への呆れと、一時的に自分のポジションを奪われた怒りとーーやっぱり、変な意地を張らなかった方が良かったという後悔が混じり合って、

 

ぽすん

 

と、G11は膨れっ面を披露して、指揮官の胸に軽く頭突きをかました。

 

「G11……?」

 

ぽすぽす。

 

「じーじゅーいちー?」

 

ぽすぽすぽすぽす。

 

指揮官からの困惑の声を無視して、G11は指揮官に頭突きをかます。

 

ぽすぽすぽすぽすぽすぽすぽすぽす。

 

何度も何度も、自分の中から湧き出る感情をぶつけるようにして、

 

ぽすぽすぽすぽすぽすぽすぽすぽすぽすぽすぽすぽす

 

と指揮官の胸に額を打ち付けた。

 

流石の指揮官も何かを察したようで、G11の小さい体躯を抱きしめる。

 

「……ごめんな」

 

そう一言を添えて。

 

「……いいよ」

 

だからG11も一言で彼を許すことにして、彼の大きな体を抱きしめる。

 

全身で自分を守ってくれるような逞しさと、温かな彼の体温。その二つがG11に安らぎをもたらしてくれる。

 

ーーなんだ。あたしも指揮官無しじゃ寝れなくなってるんだ

 

そんな、些細で重要なことをG11は改めて気づかされて、どこか高揚感が生まれた。

 

指揮官が蜜の香りに誘われた虫のように鼻先をG11の髪に近づけ、無意識に鼻で空気を吸い込み始める。

 

「あっ、だーー」

 

頭の片隅にあった懸念事項、オイルの臭いが取れないことを急に思い出し指揮官を止めようとするが、

 

「んっ……今日のG11はいい匂いがする……」

 

と、どこかふんわりと微笑みながら言った。彼の鼻腔をくすぐるのはG11 が散々髪に使ったシャンプーの清涼感のある香り。ただ、それだけ。

 

「へんたい……」

 

指揮官からの一言にG11は安心したのと同時に、人間の嗅覚というものは、自分たち戦術人形と比べてなんとも不正確であると、彼女の記憶領域に刻みこむ。

 

その作業が終わったら、何だから今まで過剰に気にしていたのが気恥ずかしくなって、G11はその気持ちを誤魔化すように、指揮官の胸を額でまた一度だけ叩いた。

 

「ははっ、どうした?」

 

自分のちょっとした事も笑って許してくれる指揮官。何処か自信を感じさせる、頼り甲斐のある指揮官の声を近くで聞けることが何とも心地よい。

 

「……何でもない」

 

けれど、今までのことは口に出すつもりはない。最初は一緒に寝ようとしなかった理由も、今はこうやって一緒に寝ようとしている理由も。彼が知らない方が、気にし過ぎていたG11 にとって好都合だから。

 

G11は甘えるように指揮官の胸に擦り寄る。

 

「おやすみぃ……」

 

そして、その一言だけを発すると、腕から指先まで込める力を強めて、彼の体を抱きしめる。

 

「おやすみG11…」

 

それに答えるように指揮官も彼女を守るように抱きしめる。今日は、清潔感のある石鹸の香りを鼻腔いっぱいに感じながら。

 

太陽が折り返し地点から降りてきた昼下がり。いつもとはちょっと遅れて、二人の昼寝の時間という日課が今日も無事に迎えられたのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

UMP40「45!大変だよ!」

えー……皆さまお集まり頂きありがとうございます。
本日はえー……UMP40セカンドライフ保障会立ち上げに際して、あー……こんなにも多くの方にお集まり頂きえー……誠に恐縮でございます。
うーんと、この会はDDにて失われた筈の機体UMP40が現世に再び舞い降りた事を祝いあー……彼女の二度目の生、うー……その幸福を保障するという志の元に集まったあー……人員による会でございます……らー……その……。なんて書いてあんだこの字……あっ、なるほど、現在もその……会員を募集中であり、みんなでUMP40の幸せを願い……幸せが続く事を祈り、その実現をーー
んあああ!!!
こんな原稿いらねぇ!!(バリバリザリバリィ
私は!私たちは40の二度目の生命を幸福に満たすんだよ!そのために頑張るんだ!!
幸せになれ 40!!二度目の生を謳歌しろ 40!!! 嫌と言っても絶対に幸福で満たしてやるかなぁあああ!!!

UMP40セカンドライフ名誉会長の創設記者会見(通称、盛大な放送事故)より抜粋した映像です。
会員は随時募集中であります。皆様も40の二度目の生を幸福で満たそうと思いませんか?会員は随時募集中であります!今なら創設者の一人、UMP45の直筆サイン色紙も貰えちゃいますよ!
UMP40セカンドライフ保障会をよろしくお願いしまーす!


「45!大変だよ!」

 

昼下がり、グリフィン基地にある戦術人形スプリングフィールドに運営が任されたカフェ施設で、一人の戦術人形が厨房にも聞こえるような大音量を発した。

 

自然と席を立ち、手をテーブルの上に乗せて、鼻息荒く興奮した面持ちを隠せないのはUMP40。様々偶然と奇跡が重なって、この基地に着任することになった戦術人形。

 

彼女の星を浮かばせた瞳に映るのは、彼女の姉妹であるUMP45。ブラウンの瞳を瞼で覆って、呆れたようにため息を吐いている。

 

「はいはい。取り敢えず座って、後、ボリューム下げて」

 

「あっ、ごめん」

 

45に指摘されて苦笑を浮かべて40は席に着く。

 

席に着いた40を一瞥する45。組んでた腕を解いて頬杖をつくと、どこか疲れたように息を吐く。

 

一見辛辣に見える態度を45が実の姉妹分である40に取っているのには理由がある。

 

こういう風に40が言い寄ってくる時は、大抵が40の思いつきで発せられるロクでもないことか、しょーもないこと、或いはどうでもいいようなことばかりなのだ。

 

最初こそは、慣れてない事と彼女のお茶目さを忘れかけてたとことと甘く見てたことが災いして、無駄にオーバーなリアクションを披露していたが、今はもう完全に慣れてしまった。

 

どうせ、また、その三つに分類される何かだろう。とは、思っても、45にとってかけがえない。本当に掛け替えのない、代わりなどいない大切な存在が話すしてくれることなのだ。彼女に甘いという自覚はあるが、心の内では楽しみにしながら、45は聞いている。

 

「で、言いたいことはなんだったの?」

「大変だよ45!あたい、気づいちゃったんだよ!」

 

大変だと彼女がいうくらいなのだから、本当に大変なのだろう。一体何に気づいたのだろうか?パフェに乗ったプリンにスプーンを差し込みながら、45は横目で胸を張って次の一言を発しようとする40を見つめる。

 

「あたいね、指揮官に惚れられてるみたい!」

「…………………はっ?」

 

指揮官に惚れられている?その言葉が理解できず、45は思わず呆けたような声を出す。

 

指揮官に惚れられている?40が指揮官に惚れてる、と言うのならわかるが、惚れられているとは……?

 

40は指揮官に惚れられてるという心当たりを思い出してか、ぽっと頬を桜色に染めて小麦色の両手を当てている。

 

「なんで、そういう風に思ったのよ?」

 

45の口から頭脳部に溜め込んだ質問が排出される。

 

先程述べたように、惚れたならわかるが、惚れられたとなるとわからない。

 

45から出た疑問に、40はふふんと鼻を鳴らすと、頬を緩ませながら答える。

 

「だって、食堂では近くの席に座ってくれるし」

 

それは、この基地に入って日が浅い40を指揮官が気にかけてるからであり、良くも悪くも指揮官は誰にでもやる。

 

が、45は敢えて口に出さない。そうした方が面白いからと言う悪戯心で無く、その発言を嬉しそうにする40に真実を伝えるのは酷であると判断したから。

 

「訓練を終えたら凄く褒めてくれるし」

 

確かにこの基地の指揮官はよく褒める。それは、確かに実力をつけたと言う自信を持ってもらう為だと言うのを45はよく知っている。そして、それは誰にでもやることも。

 

が、45は口に出すことはしない。真実とは時に残酷なものであるからだ。

 

「この前、挨拶のつもりで頬っぺたにキスしてみたら、指揮官も返してくれたし」

 

頬を両手に当てたまま気恥ずかしそうに顔を振る40。何とも乙女チックな仕草だろうか。

 

もうお分りかもしれないが、そういうことをあの指揮官は誰にでもやーー待て、そんな場面見たことない。と言うか、そういうことは45でもしたことはない。

 

あざとい、流石40あざとい。

 

だが、そんな事は口に出すことは45は口に出すことはしない。40の緩み切った表情を見ればそう言うことは余計な一言であることくらい、誰にだってわかることだ。

 

ちょっと羨ましく思って、机の下で手のひらを握りしめたりなんてしてない。

 

UMP45は特殊部隊『404小隊』の隊長なのだ。いくらこの基地の指揮官の情に惹かれたからと言ってこの程度の事で揺らいだりはしない。彼女の名を冠する銃の祖国の人だって言っていた。『ドイツ軍人は狼狽えない』と。だから45も狼狽えない。彼女の手に持ったティーカップが揺れて、中に入っていたコーヒーが溢れてなんかいない。

 

40の話を『ふーん』と言った様子で、興味なさげに聞き流していた45であるが、流石に今の40の発言にはかなり思うところがあったのは、もうお分かりだろう。

 

が、自分の世界にトリップしてる40には、45の気持ちを汲み取る余剰領域は無かったようだ。彼女は相変わらず頬を染めて、記録の中に旅立っている。

 

「あっ……!」

 

が、トリップしていたはずの40が突如として正気を取り戻した。

 

「なに?」

 

唐突にあげた大きな声に、45も吹き出していた感情を抑えることに成功して、40に問いかける。

 

「指揮官が呼んでる気がする!」

 

やはり、40の行動と発言は45の数歩先を言っている。全く予想出来ない言葉が彼女の口から出てきたのだ。

 

これには45も唖然。開いた口が塞がらないと言った感じでポカンとよく磨かれた白い歯と桃色の舌を露わにした。

 

45の記録が確かなら、確かにこの時刻に指揮官がやっている会議が終わるのだ。40はそのことを知っていたのか、或いはメンタルモデルの中にある『オトメゴコロ』から出力された勘の様なものなのか。その答えを知るのは目の前の40のみだ。

 

「じゃあ、あたいは行ってくるから!」

 

40は親指を立てて45にウィンクをすると、勘定を机に置いて、スキップをしながらカフェから出て行った。

 

嵐のような激しい印象を45に植え付けて去って行った40。唯一わかるのは、40が置いて行った勘定は彼女の頼んだ分だけで無く、45の分の勘定を入れてもまだ余ると言うくらい。

 

話を聞いてもらったお礼と言うことだろうか。抜け目ない。流石40抜け目ない、と45は思ったが、その言葉を伝える相手はもういない。

 

「はぁ……」

 

45は疲れた様に息を吐く。が、その仕草には合わず45は小さく頬をあげて笑みを浮かべていた。

 

UMP40の生涯。それはUMP45のために捧げられたものであった。 45を破滅の運命から救うために自分の全てを投げ出して、最後には40が居なくても生きれる様に諭して送り出して。

 

それが彼女の1回目の生。 自分の全てを犠牲にして、 45を救い出した人生。

 

でも、今の彼女はどうだろうか?45と指揮官の奔走と重なり合った奇跡によって、40が得れた二度目の生はどんな感じなのだろうか?

 

それは、先程見てもらった通り。

 

誰かのためでは無く、自分のために、自分の好きなように生きる道。

 

45から見ても、自由奔放な彼女らしい生き方。

 

そうやって誰かのためにでは無く、自分のため、いや、自分の好きなように生きている今を見て、45は胸に暖かさを募らせる。

 

そして、同時に40は40だと、45に意識させてくれる。彼女は昔と変わらず45の度肝を抜いてくる。

 

40の話は、最初こそはどう聞いても40が指揮官に惚れてるだけだと思ったが、もしかしたら指揮官も40のことを、と 45を焦らせるには十分であった。

 

45と40は姉妹機であるが、あまり似てないと言う自負があった。まさか、同じ相手を意識することによって姉妹機であることを再認識することになるとは思わなかった。

 

「はぁ……全く……」

 

ーーやられっぱなしは、今の私の性に合わないわ

 

そう言いたげな45の表情は、強力なライバルの出現に焦りを覚えながらも、40がライバルとなったことを喜んでいる様にも見える。

 

彼女の抱えている苦悩。深く根の張る筈のそれは、何故か彼女の中では、自分らしく生きる40の姿を見て幸福なものである分類されていた。

 

 

 

 

数日後、

 

「45、大変だよ!」

「なぁに40?」

「あたい、指揮官に惚れてるみたいだよ!」

「……はぁ」

 

45の幸せな苦悩は暫く続く事になりそうだ。




読んだ方は強制入会です。
拒否は聞いてない!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

‪UMP40セラピーのすゝめ ホットハンドアイマスク編

疲れには UMP40がよく効くのです。皆様知っていましたか?知らない?おや、もったいない。ここで是非効果を体験してくださいな。


長ソファに座って、長時間PCとにらめっこするあなた。メールの確認に表の作成、支出の計算の打ち込みと、提出された申請の承認。ずっとずっと、画面から目が離せない状態。

 

目をこすったり、周囲を揉んだり、何度も何度も瞬きをしたり……。あなたの眼球は酷使をされて悲鳴をあげています。

 

あと少し、あと少しで休みをとるから、終わるから。自分を誤魔化し、騙し騙し作業を続行してます。

 

その甲斐あってか、計算の打ち込みは終わり。だけど、何度あくびをして目を擦ったかわかりません。お仕事だって、まだまだ残ってます。休憩なんて、とる暇がありません。

 

ため息をつきつつマグカップに手をかけます。が、先程まで飲んでたコーヒーがなくなってる事に気がつきました。

 

……仕方ない。

 

座ってた為に凝り固まって悲鳴をあげる筋肉を伸ばして立ち上がります。

 

コーヒーを淹れたら、すぐに作業を再開しないと……。

 

仕事に追われて悲観的に、迫られるように終わらせることを目標に、無理矢理垂直に伸ばした脚を動かそうとすると、

 

「よっと!」

 

背後からを肩を掴まれて強い力に引かれて、ソファに寝そべる形になりました。先程まで壁と平行の関係になってたのに、今は天井と平行に。驚愕と困惑に体を強張らせていると、自分の顔にかかる灰色の髪と、呆れたように笑う二つの星。

 

「ダメだよ指揮官。ちゃんと休まないと」

 

頭側から顔を覗いてきたのはUMP40。 404小隊に所属するUMP45とUMP9の姉妹機に当たる戦術人形。

 

40が何故ここに?いや、いつの間に居たのか?それとも自分が気づいてなかったのか?様々な疑問が頭の中を瞬時に過ぎりますが、今は仕事を続行するのが優先だ。プログラム通りに動くロボットよりロボットな単純思考で、あなたはまた立ち上がろうとします。

 

「あっ!だからダメだって!」

 

しかし、40は立つことを許してくれません。頬を膨らませながら、肩に手を置いて動きを封じられてしまいます。

 

人間は肩を押さえられると起き上がることが出来なくなります。それを40も理解してるからこその対処でしょう。

 

それでも首から下に力を入れて立ち上がろうとしてみますが、頬を膨らませて対抗する40の力には敵うはずもなく、諦めた様に力を抜きます。40が起こしてくれないのを、脳の奥底から理解したからです。

 

抵抗が弱まったのを感じて、40も肩に置いた手の力を抜き、膨らませてた頬を萎ませると、ふぅと一息をついて微笑みます。

 

「うん。休もうよ指揮官」

 

40がソファに座りなおした勢いで体が弾んで、ソファと頭の間に隙間が出来ます。その隙間に手を入れて40は頭を持ち上げると、彼女の腿の上に乗せて来ます。所謂、膝枕の体勢です。

 

40は髪の毛に手を置くとそのまま髪質を確かめるような優しい手つきで撫ぜ上げます。疲れ果てささくれ立った心を癒すような穏やかな撫で方と彼女の温かい手は、指揮官の体の隅々にまで彼女の試合を伝えるかのようです。

 

「お疲れ様、指揮官」

 

労うように微笑みかけてくれる40。彼女の笑顔と優しい手つきに安心感を覚えて、今まで押さえつけていた倦怠感が体から吹き出してしまいます。

 

無理もありません。1日大した休憩も取らずに働き続けた結果です。安らぎを得て、押さえつけていた疲労感を意識することになってしまったのです。

 

特に、ずっと画面を見ていたからか、眼球はまるで針に刺されたかのような鋭い痛みを発します。

 

その痛みを誤魔化すために目を擦ります。ゴシゴシと強く、他の痛みで上書きするように。

 

しかし、その手は40に掴まれて目を擦るのを阻まれてしまいます。

 

何をするのだと抗議の視線を送ると、40はニッと口元を持ち上げると、

 

「はいっ!」

 

彼女の手によって目元が覆われてしまいました。彼女の柔らかな手はお湯に浸かる時のような程よい温かさを発しています。その心地よさに思わず、ほぅっ、と息を漏らしてしまいます。どうやら彼女は、体温を操作して程よい温かさを提供してくれているようです。

 

「あたい特製、ホットアイマスクだよ!」

 

自分で言ってて気恥ずかしかったのか、思わず語尾が跳ね上がっています。そんな彼女が愛らしくて、思わず口元を緩めてしまうのも仕方なのないことでしょう。

 

40特製のホットアイマスクの効果は絶大です。目の周りを温められたことにより、体中がポカポカと温まって、力が自然と抜けたリラックス状態に。それに、先程まであんなに意識せざるを得なかった目の痛みもすっかりと無くなっています。

 

「どう?どうかな?」

 

自信と期待、それとほんの少しだけ不安を声に乗せて加減を聞く40。

 

答えはもう決まったようなものでしょう。脳に命令を送り、言葉にして出す前に、体は反射的に動いて頷いてました。

 

「はあ……やったー!」

 

40は声を弾ませて喜んでいます。彼女の元気が伝染したように、思わず笑ってしまうのは自然の事だと言えるでしょう。

 

目元を温められてリラックスした状態と、溜まっていた疲労感を意識してしまったせいか、酷い眠気が襲って来ます。

 

でも、自分には仕事が、そう長くは休めない。そんな風に葛藤してると、目元を覆っていた手に隙間が開き、彼女の顔が疲れた瞳に投射されました。

 

雲の隙間から漏れる太陽光の様に、彼女は明るく朗らかで、至福を与えてくれる様な微笑みを向けてくれていたのです。

 

「いいんだよ、寝ちゃっても。あたいも、手伝ってあげるから」

 

胸を張って微笑む40。その堂々とした様相に、笑みを返してあげます。

 

40が再び指の隙間を埋めます。眠りに向かう意識を妨げない様に。

 

40がもたらしてくれた闇に埋もれていく視界。光が差し込む隙間が無くなる寸前、優しい闇をもたらしてくれた彼女にありがとうと一言を伝えます。

 

「いいんだよ。おやすみ、指揮官」

 

慈しむ様な優しい声に送り出され、意識は優しくて温かい闇の中に溶けていくのでした。




因みにホットハンドアイマスク編とか言ってますが、他のは思い浮かんでません。誰かアイディアください(切実)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

疲れた夜の添い寝 ST-AR-15

太陽の代わりに月が昇った夜の時間帯。あなたは歯を磨き、保湿クリームを塗り、明日のための身支度を整えて、寝室へと向かっています。

 

本日の仕事もとても気を張るものでした。それもそのはず、あなたは戦術人形を指揮する指揮官。常に戦況の変化に気を配り、資材の増減に目を張り、某団体からの抗議をヒラリヒラリと躱し、顧客との交渉に勤しみました。あなたの所属するグリフィンという会社は人手不足なので、仕方のないところもありますが、オーバーワーク気味です。

 

休暇の時も、溜まった疲れを和らげるのに手一杯で、自分の趣味を全うすることもままなりませんでした。

 

そう。それは今は過去の話。あなたは誓約を交わしており、今は一人ではありません。あなたは、あなただけのパートナーとなった存在と、一つ屋根の下で暮らしております。パートナーと一緒に寝ることが、あなたにとって一番の楽しみなのです。

 

寝室のドアを開くあなた。ベッドにあなたのパートナーが腰掛けています。

 

あなたのパートナーの名前はなんだったでしょうか?

 

いや、あなたならわかるはずです。

 

あなたのパートナーの名前は――

 

「お疲れ様、あなた」

 

労いの微笑を浮かべてくれるパートナー。

 

あなたのお相手の名前はST AR-15。

 

普段はクールで冷静、でも、あなたに対する情熱は溢れ出んばかりの可憐な花びらのようなお相手です。

 

 あなたのことを認めると、AR-15は自分の隣をポンポンと叩きます。

 

「どうぞ」

 

 短い言葉であなたのことを誘導します。あなたはその導きに従って、彼女の隣に腰を下ろします。勢いよくあなたの体がベッドに沈み込んだため、AR-15の体は微かな時を中空で過ごします。

 

「もう、お行儀が悪いですよ?」

 

 注意を促す彼女の言葉。でも、その言葉からは嫌みの一つすら感じず、はしゃぐ子供に諭すような母親のような慈愛を感じさせます。その証拠に、彼女の頬は持ち上がっていて、口元に手を当てて喉を鳴らして見守ってくれています。

 

 疲れたんだ、仕方ないだろう。そう言うかのように、あなたは瞳を細めます。

 

 あなたの眉の動きでAR-15は全てを察したようで、否、あなたの想いは彼女にはとっくにお見通しです。それを体現するかのように、彼女の表情からは余裕が消えていません。

 

 だから、

 

「ええ、お疲れ様です、あなた」

 

 あなたの髪を撫でてきます。幼い子供を褒めるかのように、一日頑張ったご褒美をあなたへと捧げます。

 

「よしよし」

 

 AR-15の言葉は、指揮官に対する労いと愛情に溢れています。彼女の声色は、指揮官のプライドに抵触することは無く、真夏日に奏でられる風鈴のような、一日の疲れを流すような清涼感と安らぎに満ちています。

 

 思わずあくびが吹き出てしまうあなた。体から緊張感が抜け、心からリラックス出来ている証拠でしょう。

 

 気の抜けたあなたの姿を見て、AR-15は笑みを漏すと同時にほっと一息をつきます。

 

 彼女は真面目な戦術人形なのです。常に戦場に身を置きながら、かけがえのないパートナーであるあなたのことを気に掛けているのです。彼女も、指揮官の業務については熟知しています。

 

 だから、心配なのです。今日はご飯をちゃんと食べているか、無理に仕事を請け負っていないか、無茶はしすぎていないか。あなたは戦術人形達にとってただ一人の指揮官であり、かけがえのない人材で、AR-15にとっては代わりなどいないこの世にただ一人のあなたです。

 

 彼女は情熱的で慈しみ深いのです。せめて、あなたが眠りに落ちる前は安寧な心持ちで寝て欲しいと、リラックスさせることにしたのです。

 

 それに、この行為はAR-15にとって与えられるだけのものではありません。あなたのあくびが自然と出てしまうようなリラックスする姿は誰もが見られるわけではありません。彼のパートナーだから、AR-15だから拝むことが出来るのです。

 

 唯一見せてくれると言うのが彼女のメンタルに優越感と、自分の与えられる癒やしに満足してくれる歓喜を刻み込んでくれるのです。なので、彼女にとってwin-winな行為なのです。

 

 頭を撫で続けられていると、貴方は自分の体を彼女へと寄せます。唐突にバランスを崩したかのように、或いは重力というモノが大地の奥底からでは無く彼女の中から発生したかのように。

 

 甘えるかのような不器用な動作。そんなあなたの動作にAR-15は微笑み、そっとあなたの頭を細腕で包み込んで、ベッドの柔らかなマットレスに共に倒れ込みます。

 

 二人分の体重が一気にかかった安物のマットレスはスプリングを収縮させて、二人の体を跳ねさせます。その小さな揺れが疲れた体には面白いと捉えさせあなたは眉を緩めてしまうのです。

 

 子供みたいな喜びを露わにするあなた。AR-15はふふっと愛おしさから声を漏し、またあなたの頭を撫でてくれます。

 

 ほんのりとした暖かさを纏った白魚のような指先が、あなたの毛並みの中で泳ぎます。そんな微かに擽ったさを感じる意地悪な行為が、不思議と安心感を与えてくれるのです。

 

 彼女の指先から、溢れ出んばかりの想いを感じるからでしょうか?あなたの髪の毛は陽気な日差しに晒された時のように温まっていきます。

 

 それだけではありません。彼女と密着してるからこそ得られる感覚があります。

 

 その感覚とは嗅覚。すなわち匂い。

 

 あなたと同じ部屋で過ごすAR-15ですが、使用している石鹸などは違います。AR-15は心地よい香りがついたする石鹸を使用しているのです。甘い桃の香りがあなたの鼻孔を包み込みます。うんざりするような甘ったるさでは無く、AR-15のような清涼感のある甘さが、あなたの脳からセロトニンを分泌させ、思わずほっと息を漏してしまうような安心感を与えてくれるのです。

 

「うん……」

 

 あなたの安らぎに満ちた息を感じて、AR-15は小さく声を漏します。彼がリラックス出来ていることを感じられて、彼女は眉尻を下げます。

 

 段々と瞼が重くなっていくあなた。疲れが遠のいていってほどよくリラックスし、体の緊張が無くなっていった結果でしょう。安心感が疲れに勝ったのです。

 

 今は黒が蔓延る夜の時間帯。睡眠を憚る理由はありません。

 

 断続的に花で小さく呼吸を繰り返すあなた。

 

 あなたに眠りが訪れていることを悟ったAR-15は、あなたを抱きしめ頭を撫でていた手を一度離します。あなたの心に寂寥感と不安感の暗雲がかかりますが、その黒は一番星の放つ白に即座に塗りつぶします。

 

 なぜなら、AR-15はあなたの手を握ったから。クリームによって冷めた手を、温かくて柔かな彼女の手が包み込んでくれたから。

 

 あなたの心の中に不安はまだありますか?少しだけ残っていますか?

 

 そんなあなたの心境を察して、あなたの不安を塗りつぶす最後の一筆を彼女は加えてくれます。

 

「大丈夫ですよ。私はここに、あなたの傍に居ますから」

 

 優しい彼女の確かな言葉。それと温もりが相乗効果を生み出して、あなたに幸福感を与えてくれます。

 

 瞼は重りをつけられたように閉じようとし、起きようとする意識を阻害してきます。

 

 意識を闇へと持って行かれそうになる刹那、あなたは一言を口にします。

 

 ――ありがとう

 

 あなたのお礼の言葉を受けて、AR-15は疑似感情モジュールの深部から満足という感情を算出し、あなたに満面の笑みを返します。

 

「はい!」

 

 あなたの口元が微かに持ち上がりました。AR-15はあなたにとって一番の安らぎなのですから。

 

「おやすみなさい、あなた」

 

 最愛のパートナーから最大の労いを受けて、あなたは瞼を閉ざし、自分の身を包むような心地よさに身を委ねて眠りにおちていきました――



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『ST AR-15』 君と

あけましておめでとうございます


‪‬

 

‪年末、自室でAR-15と過ごす指揮官。

 

‪二人きりで年越し蕎麦などの名物料理を食べ、一枚の布団で二人を包み寄り添い会いながらテレビを視聴する。‬

 

アナログ時計の動作音がやけに大きく消え、今まで微かにしか聞こえなかった100式の突く鐘の音も基地によく響き、音が鳴るたびに歓声も上がる。

 

‪テレビに映るアナウンサーが、年越しのカウントダウンを始め、指揮官の胸に一年が終わる寂寥感が漂う。

 

そんな中で、

 

‪「んっ……」‬

 

‪AR-15が、指揮官の腕を抱き寄せた。

彼女がわかりやすく甘えるなんて珍しい。

 

小首を傾げながら、どうしたんだ?と問う指揮官。

‪「いいじゃないですか…。こんなことできるのも今年で最後ですから」‬

 

‪なんて、赤らんだ顔を隠すようにそっぽを向く。

 

‪「今年だけしかしてくれないのか?」‬

と冗談めかして言うと、AR-15は首を左右に振って否定する。

 

‪「そんなわけない…!来年もこれからもずっと、ずっとこうして居たい……!」‬

涙で潤んだ上目遣いで指揮官を見つめる彼女。指揮官の腕を一段と強く抱きしめながら。‬

 

彼女の潤んだ瞳は確かな決意、信念に溢れている。あなたのそばにずっと居たいのだと

だから、指揮官も返事を返すのだ。心からの本音を。彼女が伝えてくれた確かな愛情に報いるようにして。

 

‪「そうだな。私も、君とずっとこうやっていたいな」‬

わかりきった返事だ。指揮官がそう言ってくれるのは、AR-15はいとも簡単に想像して居た。

 

でも、何故だろうか。そう言ってくれると分かっていても、彼が、自分の言葉で伝えてくれたことが、嬉しくて、胸の内を焦がすようだ。

 

指揮官は左腕で彼女の頭を包み込む。二人で温まってたからか、それとも彼女の決意からか、熱くなった頭を。‬ この先も一緒だと行動で伝えるように。

 

‪「指揮官……」‬

 

‪AR-15は指揮官の腕を抱きしめるのをやめると、彼の両頬を包み込むように手を添える。‬

 

‪「AR-15」‬

可憐な微笑みを浮かべながら、火傷しそうな位に熱ってた手。‬

その行動の意味がわからないほど、指揮官は鈍感ではない。‬

 

‪「ありがとう、あなた」‬

AR-15の顔が寄せられる。‬

 

‪彼女との距離がゼロになった瞬間、どこか遠くで、『ゼロ』という音声が聞こえた。‬

 

けれど、二人の耳に届くことはない。二人はお互いが生み出した世界の中に居るのだから。‬

微かな、否、永遠とも言える時間を共有した二人。

 

だが、息という制約には敵わず二人の距離は少しずつまた広がる。‬

 

‪「あけましておめでとうございます、あなた」‬

‪「あけましておめでとうSTAR」‬

 

‪二人のゼロはここから動き出し、新年が今、この時から始まったーー‬



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『RPK-16』今日も俺はRPK-16に勝てそうにない

RPK-16にボイスが実装された頃に書いたお話です。



 どこに惹かれたなんて正直な話答えられそうに無い。

 

 ――指揮官様

 

 抑揚を感じさせないどこか涼やかに感じる彼女の声音?

 

 ――指揮官様、どうしましたか?不意打ちを食らった鉄血みたいな顔をして。

 

 瞳に色が籠もってないのに、豊かに変わる彼女の口元?難解な彼女の例え?

 

 ――指揮官様。ふふ、なんでもないですよ。

 

 それとも、もっと別の何か?

 

 ――指揮官様。

 

 わからない。オレには全くわからない。何故、ここまで彼女に惹かれたのか。

 

 ――指揮官様。

 

 何故、彼女の微笑みがこうも胸を高鳴らせるのか。

 

 ――指揮官様。

 

 わからない。本当にわけもわからず、彼女に惹かれ続けている。

 

 ――指揮官様

 

 だから、だから、オレは――

 

 

 

 

「あなたか私、どちらが炎と蛾なのでしょう。もう少し特別な関係になってくださいね、指揮官様」

 

 そんな不思議な返事で、オレからの誓約の申し出はRPK-16に受け入れられた。

 

 視線を奪われて、聴覚を支配されて、心を埋め尽くしてきた彼女に、指揮官であるオレは彼女に誓約を申し込んだ。

 

 どんなに考えても、答えは出ない。

 

 だからオレは、RPK-16と誓約した。

 

 

 

 RPK-16と誓約してから数日が経った。

 

 オレの気持ちに答えは出てないが、誓約という判断は間違っていなかっただろう。

 

 いや、いい加減認める。オレはRPK-16が、人形、部下という垣根を越えてRPK-16という『存在』が好きだと言うことがよくわかった。

 

 彼女の声が好き。難解なたとえ話を自慢げに言う彼女も好き。時折発する心臓に悪い冗談も好き。

 

 振り返ってみると、オレの気持ちは彼女へとベクトルを向けられた好意で溢れていた。

 

 そんな気持ちに気がついたオレはどうなったか?どこぞの女性を見かけたらナンパをしまくる国の人間のように情熱的になったのか?

 

 答えはノーだ。

 

 オレ自身の気持ちに決着がついて落ち着きはしたが、特別な変化はない。

 

 自分で自分を顧みても大きな変化と言えるモノは存在しない。

 

 踏み込んだスキンシップは増えたが、それだけだ。

 

 だが、RPK-16はどうだ?

 

 彼女は

 

「うふふ♪」

 

 変わった。

 

 何が変わったか?それは簡単だ。

 

 彼女はオレにベッタリとなった。

 

 今オレとRPK-16は一日の訓練を設定するために訓練所に向かっているのだが、彼女はオレの腕に身体を巻き付けるようにして抱きしめている。ご丁寧に手の方はオレとRPK-16の指を絡ませてしっかりと結合されている。

 

 RPK-16はスタイルがいいから、彼女の豊かな胸部がオレに押しつけられる形になっている。最初こそは唐突にこんなコトされたからどぎまぎとしていたし、その度に「かわいいですよ」なんてからかって来たものだ。

 

 が、今はある程度日にちは経ったし、この行為も何度もしてきた。良くも悪くも今は馴れてしまった。反応が薄くなったオレに「残念。指揮官様は毒への耐性をつけてしまったのですね」なんて拗ねられたものだが。

 

 けど、彼女はオレの反応を主目的としてこの行為をしていた訳では無い。

 

「指揮官様」

 

 彼女がオレのことを呼ぶ。オレはそれに応えるように彼女に視線を預ける。

 

 彼女は口元を緩めて満足すると、また前を向いて一緒に歩き出す。オレの手を握る力と、オレの腕を抱きしめる力を強めて。

 

 ここ数日で気づいた。

 

 彼女は、心を許した人物の傍に常に居たがるのだ。ソーシャルディスタンスなんて気にしないと言わんばかりに、物理的に隙間を埋めて。

 

 そんな彼女が愛おしくて、オレは彼女の手を強く握り返した。

 

 

 

 

 誓約してから気づいたことがもう一つある。

 

 正直に言うと、誓約してから彼女の態度が想像の斜め上に変わりすぎてて脳の処理が追いついて無い。

 

 ただ、確実に気づいて驚いたことを言わせて欲しい。

 

 今度は執務室。執務室なんて言ってるが、オレの作業用のデスクのある部屋だ。仰々しくて絢爛な部屋なんかじゃ無い。

 

 そのソファ席にオレとRPK-16は隣り合う形で座っている。ここも大きな違いの一つ。

 

 誓約する前なら隣同士のデスクでお互いの作業をやるだけだったが今はこのようになっている。これも彼女からの要望に押し切られる形だ。

 

 ヘリアンさんや他の職員達の目が怖いが、RPK-16のために我慢することに決めた。オレもこうしてるのは悪くないし、不思議と仕事の効率は上がった気がした。

 

 RPK-16は優秀だから、書類作成は人間より正確で尚且つ早い。デスクが隣だった時は、もしかしてオレに合わせてペースダウンして作業していたのではと勘ぐってしまう。

 

 オレより仕事を早く終えたRPK-16はオレの肩に頭を預けている。オレのミスを見つけては指摘したり、改善の提案をしてくれたり。

 

 同じモノを二人で見てるから、すぐに間違いも修正できる。それが横並びの利点。

 

 時折寝息が聞こえるから彼女の顔を覗き込もうとすると、彼女は『ひっかかりましたね』と言わんばかりに自慢げに微笑んでたりする。

 

 作戦の時はこういった露骨な罠には引っかからないのに、RPK-16が仕掛けると簡単に引っかかってしまう。

 

「ダメですよ指揮官。そんなんでは食虫植物に捕食されるハエと同じです」

 

 なんて、意地悪な笑みと共にダメ出しを食らう。

 

 参ったな……。なんて返しに困ってると、職員の誰かが強めにエンターキーを叩く音で現実に戻されて、活を入れ直す。

 

 そんな風に右往左往するオレの姿を見てRPK-16はまた笑う。

 

 どうやっても、オレは彼女の術中からは逃れられないようだ。

 

 ……すまない。無駄話が長くなった。

 

 でも、ここからがオレの言いたいことが出てくる状況になる……筈……。

 

 仕事はすっかり長引き、部屋に残ってるのはオレとRPK-16だけになってしまった。

 

 そんなオレ達、と言うよりもオレは仕事をなんとか終わり、ノートPCの電源をOFFにした。

 

 仕事が終わり、ふうと一息を付く。

 

 吐き出した吐息と共に緊張感から解放され、身体は脱力してソファーに沈んでいく。

 

「指揮官様」

 

 鈴の音の様な凜と済ました声色。

 

 RPK-16がソファに沈むオレの身体を留まらせる。オレの身体を抱きしめる形で。

 

「お疲れー」

 

 気の抜けた声で、オレはRPK-16に礼を言う。彼女の背中をぽんぽんと叩きながら。彼女の仕事はとうの昔に終わっていた。先に帰っても誰も文句は言わなかった。

 

 でも、彼女は残ってくれた。

 

 ああ、うん。言われなくてもわかってる。彼女はオレにべったりだ。オレと一緒にいたかった事くらい、よくわかってる。

 

「はい、お疲れ様でした」

 

 オレの労いに同じく労いで返してくれるRPK-16。彼女の声色は若干あがっていて、喜色に満ちてるのがわかる。表情も多分緩んでいる事だろう。彼女は、以外と感情豊かなのだ。

 

 そのまま動くことも、かといって離れようとすることも無いオレとRPK-16。

 

 お互いの温もりを分かち合うこの時間は疲れた身体を少しずつ癒やしてくれる。

 

 RPK-16の息づかいがよく聞こえる。あ、鼻を鳴らしてる。匂いを嗅いでるな。変な匂いはしないと思うが少し恥ずかしい。

 

「ふふっ」

 

 匂いを嗅ぐのにも満足した彼女は、体重を全てオレに預けてくる。オレの身体は彼女の体重を支えきれず、ソファに仰向けで倒される形となる。

 

 ソファに身体が沈む寸前にRPK-16の頭を胸に抱え込む。怪我なんてするはず無いのに、ついついやってしまうのは、動物としての本能だろうか?

 

 ソファに二人で倒れ込む。RPK-16はオレの胸に顔をぐりぐりと愛玩動物が甘えるように押しつける。

 

 その姿は誰もがこういうことだろう。愛らしい、と。

 

 RPK-16の気が済むまで頭を撫でていると、彼女は顔を上げて、オレに目を合わせてきた。

 

「指揮官さま」

 

 甘えるような、少しだけ不安感を滲ませた、オレだけに向けてくれる声の音階。

 

 違う。オレのうぬぼれで無ければ、オレだけが今の声に不安を忍ばせている事がわかる。

 

 少しだけ、本当に少しだけ震えた声で、RPK-16はオレに問う。

 

「私達の関係は、どのようなものですか?」

 

 と。

 

 これが気づいたこと。

 

 RPK-16は案外心配性だと言うこと。

 

 オレはRPK-16に指輪を贈った。オレなりの誠意と愛を込めて。

 

 でも、彼女は指輪だけでは信じられないのだ。

 

 彼女は指輪をこう表現した。

 

「お互いの信頼があるのなら、こんなもので縛らなくてもいいですし、逆に壊れているのなら、こんな指輪に頼っても維持できません」

 

 と。

 

 ああ、確かにその通りだ。

 

 指輪というのはかっこたる愛の証明にはなり得ない。

 

 モノによる関係というのはいつだって希薄で、当人達の都合によって簡単に切れる。

 

 彼女のような例えをマネするのなら『金の切れ目が縁の切れ目』といったものだろうか?

 

 いや、少し違う。彼女は動物を使ったたとえを好むから。そうなると……いや、今は置いておこう。

 

 RPK-16はモノによって縛る関係を信頼していない。

 

 だから、さっきの言葉の後に、

 

「指揮官様、私達の関係ってどっちだと思いますか?」

 

 と問いかけた。

 

 答えは決まっている。

 

 かつてオレに投げかけた問いに対しても、今のRPK-16が聞いた問いに関してだろうと、オレからの答えは決まっている。

 

「夫婦だろ。お互いの事を確かに好き合って愛し合ってる。指輪で信頼できないなら、オレは言葉にして伝える。オレはRPK-16の事が好きだ」

 

 ああ、そういえばその時だったか。オレがRPK-16の事が好きだって気づいたの。順番がおかしいな。

 

 RPK-16にバレたら「指揮官は繭になることなく蝶になれるのですね」ってからかって来そうだ。

 

 今のところはバレてないから、墓場まで持って行く予定だ。

 

「ふふっ」

 

 オレのお決まりの答えにRPK-16は満面の笑みを浮かべる。

 

 確かに決まり切った言葉だが、彼女にとってはこれ以上無い完璧な答えだった様だ。

 

 実は、別の日に『私達の関係ってどうなんですかね?』って聞かれたときに別解をしてみたのだが、彼女は唇を尖らせた。苦言を呈さなかったことから、外れでも無いが完全な当たりでも無かったのだろう。

  

 それからはあの答えだ。

 

 RPK-16が満足してくれる上に、笑顔を見せてくれるなら、オレは何度だって言おう。

 

 意外と心配性な愛おしい存在のために。

 

「好きだぞ、RPK-16」

 

「私もです」

 

 ああ、そうだった。オレには一つ課題がある。

 

「RPK-16の言葉で想いをきかせて欲しいんだが?」

 

 実は、RPK-16の方から、『好き』とか『愛してる』と伝えられたことが無い。

 

 今日こそはなんとか言わせたいが、

 

「んっ」

 

 オレが文句を言う前に、RPK-16の唇がオレに重なった。

 

 オレの身体はRPK-16が唇を奪うタイミングを覚えてしまったらしい。彼女の整った顔が近づいてきたときには条件反射で瞼を閉じていて、そこから間を置かずに彼女の瑞々しい唇の感触が、乾ききったオレの唇に伝わる。

 

 RPK-16はオレの頭を掻き抱く。逃がさないように。

 

 彼女の唇が微かに震えてるのを感じる。視界が真っ暗闇のおかげで触覚が一時的に過敏になってるからわかってしまう。

 

 もしかしたら、彼女は何か言葉を発しているのかも知れない。けど、言葉というのは口から出さないと伝わらないモノだ。

 

 だから、はっきりと伝えて欲しい。そう言った文句をつけようとしたが、残念ながらその言葉はオレの口から出なかった。

 

 オレ達が一つになっていた時間はどのくらいだったのだろうか。一分?三分?それとも十秒?

 

 わからないし、気にしても無い。RPK-16が満足した頃に、オレ達はまた二つの独立した存在として現実世界に舞い戻った。

 

「伝わりましたか?」

 

「言葉で言って欲しいんだが」

 

「うふふっ」

 

 オレの文句はRPK-16の唇を指で押さえた色っぽい笑顔で打ち消されてしまう。

 

 決まり切った台詞から始まる決まり切ったやりとり。

 

 この決まり切った穏やかさと、彼女が唯一素直にならない行いが、何とも心地よくて愛おしい。

 

 笑みを浮かべたまま、彼女はまた顔を寄せる。

 

 彼女の動きに反応して、オレはまた瞳を閉じる。

 

 いつもこんな風に押し切られてばっかりだ。

 

 彼女の要望ばっかり通って、オレの要望は通らない。

 

 でも、それに文句をつけることはしない。

 

 素直に気持ちを伝えないRPK-16も大好きだから。

 

 そう、こんな甘いオレだから、

 

 RPK-16という存在が好きで愛おしくて仕方が無いオレだから、

 

 だから、だからオレは――

 

 今日もオレはRPK-16に勝てそうにない。




彼女には色々な背景がありますが、実装を楽しみにしています。
私好みのキャラクターなので(笑)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『HK416』被 害 甚 大

※本気でキャラ崩壊注意です。それと、今回は台本形式です。素面で即興で書いた話なので注意。
いや、テーマはもらい物だったのですが、なんでこうなったんでしょうね(知らんぷり)


(存在しない)前回までのあらすじ、指揮官の右腕たるHK416はパラデウスの主導で起こしたテロの実行犯、その主犯格を追い詰めたのだ!

 

416「ついに追い詰めたわよ!」

犯人(以下犯)「クソ!こうなったら妙に威圧感がある幼女が入れてきた認識誤認アプリで!」ポチッ

416「な、なに…!?あ、頭に何かが入ってくる!」

犯「くそったれぇ!!」

416「いやああああああ!!!!」

犯「う、上手くやれたか…」

416「……」

犯「ど、どうなったんだ…?」

416「…指揮官?」

犯「や、やったか?オレは指揮官だオマエのボスだ!」

416「何を当たり前のことを言ってるのですか?」

犯「ははは!やったぞ!最強の手駒を手に入れたぞ!はははは!!!」

416「ごめんなさい指揮官。少し意識を失ってたみたい…」

犯「すまない…えーと」

416「416よ。忘れたなんて言わせないわ」ムスッ

犯「あーごめんよ416。忘れるわけないじゃないか」

416「そうよね。私の指揮官だもの。それよりここは?」

犯「ここか?あー、ここはセーフハウスだ。安心してくれ」

416「セーフハウス?ずいぶんみずぼらしい所ね」

犯「悪かったな。今はここしか見つからなかった」

416「そう。なら仕方ないわね」

犯「あぁ、ここでゆっくりと休もう」(コイツを人質にするのもよし、ボディーガードにするもよし…くくくっ。新興宗教様様だぜ!)

416「ここならいわね。指揮官、今日は何の日か覚えてますか?」

犯「き、今日!?」(わ、わかるわけないだろ!)

犯「君の誕生日かな?」

416「違います」ムスッ

犯「け、結婚記念日かな?!」

416「それも違うわ」プクー

犯(何の日だよ!)「な、何の日だったかな?」

416「忘れたの?今日はーー」

 

 

416「ママの日よ」

犯「…は?」

416「ママの日なのよ!」

犯「マ、ママの日?オレの母さんの誕生日だったか?」

416「違うわ。ママの日よ」

犯「だ、誰のママかな?」

416「指揮官のよ」

犯(おいまさかウソだろ!?)「だ、誰『が』ママなのかな?」

416「私よ」

犯(どうなってるんだコイツの指揮官は!?)「い、今じゃなくていいんじゃないか!?」

416「ダメよ。今ママの日ができなきゃしばらく出来ないわ。だから今やるわよ」

犯(そんなのやりたくない!)「いやぁそれでも…なぁ?」

416「何を言ってるの。これは私の為でもあるのはわかってるでしょ」

犯「はっ?」

416「私だって最初は指揮官のママをやるのなんて嫌だったわよ。でも、指揮官があんなに熱心に説得してきたのよ、『僕のママになって欲しい!』『一時だけでも君の母性を感じたい』って!」

犯(変態指揮官が!)「えっえぇ……」

416「あんな熱心に言われたら断れないわ。それにあの指揮官の蕩けた顔、私のことを無邪気に『ままっままっ』て呼ぶ甘えた声、純真な眼差し…その全てが私の母性を目覚めさせたのよ!この母性を発散しなきゃ私はもう…あぁ!!」

犯(グリフィンとか言う所は変態しかいないのかよ!!)「さ、流石に状況が――」

416「いえ、絶対にやります。これが私達の望み。ママの日の決まり」

犯(何でこんなに生真面目なんだよ!くそっ!少し付き合うしかねぇか…)「わ、わかった!やろうか!『ママの日』」

416「わかればいいの。大切な日の邪魔は誰にもさせないわ」

犯(適当に子供のふりをしてやり過ごせばいいんだろ!やってやる!)「ママー!」

16「はっ?」ギロ

犯「ひっ!?」

416「違うでしょ?」

犯「ち、違ったかなぁ〜?」(何を求めてんだよ!)

416「正装に着替えないと」(リュックゴソゴソ)

犯(正装…?)

416「ほら、このおむつと涎掛けを早く着けて」

犯(くそ!この変態共がやってるのは赤ちゃんプレイかよ!)「い、いやあ…」

416「そうね。ママがつけてあげるものね。今日もやってあげるわね」ギラリ

犯「ひ、ひぇ!?」

416「逃げるな!」グォッ

犯「ひっ!」

416「うふふ。いい子よ。ばぶちゃんはママの言うことをききましょうね〜❤」ニンマリ

犯「……」ガクガクブルブルプシャー

416「あら?お漏らししちゃったの?じゃあ、全部ヌギヌギしましょう?」

犯「それはは自分で…」

416「ママの言うこと聞きなさい!」カッ

犯「ば、ばぶぅ…」(怖い…このママ怖い…元カミさんと母ちゃんより怖い……)ガクブル

416「はぁい、いい子よ❤じゃあお着替えしましょうね❤」

 

――

 

416(エプロンとガラガラ装備)「お着替え上手に出来たね」

犯(涎掛けとオムツにスタイルチェンジ)「ば、ばぶ……」

416「いい子よ」なでなでニコニコ

犯「うぅ…」(怖い…笑顔と撫でる手が妙に優しくて尚更怖い…)

416「じゃあ、バブちゃんはミルクを飲みましょうね❤」

犯「ひぅ!?」

416「怖がらなくても大丈夫よ。ちゃんと人肌に温めた粉ミルクがあるから」哺乳瓶ふりふり

犯「い、いや、今はそんな気分じゃ…」

416「赤ちゃんが意味のある言葉を話すな!」クワッ!

犯「ひぅ…」(何なんだよこれ!)

416「あ、ごめんね…こんなつもりじゃないかっの。よしよし」なでなで

犯(優位になってたはずなのに何でこうなるんだよ…)グスン

416「それに違ったわね。バブちゃんは直接がいいのよねよ❤」ヌギヌギ

犯(こ、コイツまさか!)「ばぶっ!?」

416「直接召し上がれよ❤」

犯(コイツの指揮官は人形を何だと思ってるんだよ!母性を求めるなよ!)「バブゥ!?」ブンブン

16「……なに?」

犯(ひっ?!)ビクン

416「私のお乳が飲めないって言うの!?」

犯「ひぃ!!」

416「あなたが気持ちよさそうにミルクを飲むから、粉ミルクにばかりあんな顔を浮かべるから私からもお乳が出るようにしたのよ!ほら!みなさい!このお乳を!」タプン

犯(ま、マジでミルクが!?人形になんて改造させてるんだよコイツの指揮官は!!!)

416「これも全て、あなたの完璧なママになるためよ!それなのにあなたはーー」プルプル

犯「ご、ごめんなs」

416「赤ちゃんが言葉を喋るなッ!!!!」クワッ!

犯「ば、バブゥ…」(なんなんだよこいつの指揮官の性癖は……!!なんでオレがこんな目に!)

16「……違うわね」

犯「…ちゃ、ちゃー?」ガクブル

416「私のママの演じ方が悪いのよね?」

犯「…は?」

416「ねぇ、なにが足りないの?教えて?バブちゃんはどんなママが望みなの?優しいママ?お乳が出るママ?厳しいママ?それともお世話が上手なママ?」ハイライトオフ

犯「ひぃ!?」

416「ねぇ、教えてばぶちゃん?あなたの望みはなぁに?あなた望む完璧なママに私がなってあげる。私ならどんなあなたの望みも叶えてあげられる。だから、教えて?あなたのために、あなただけの完璧なママになってあげるからーーねっ?」

犯(なんなんだよ!なんなんだよコイツら!!)「も、もうやめy――」

416「赤ちゃんが!!!!!言葉を!!!!喋るなぁぁああ!!!!!!」グワッッッ!!!!

犯「ば、バブゥーー!!!!」(なんなんだよこのクソモンペはああああああ!!!!!)

この4時間後、救出隊を編成した指揮官が416を救出し、犯人を逮捕したと言う。

指揮官達が犯人のセーフハウスに突入した時、涎掛けとオムツの犯人が死んだ魚のような目で「きゃっきゃっ」と喚き、416が光が宿ってない目で聖母のような笑みを浮かべて抱っこしていたらしい。

犯人は指揮官を見るやいなや正気を取り戻し、『もう楽にしてください……』とか細い声で投降したという。

犯人逮捕後、指揮官は二ヶ月ほど基地の人間から侮蔑が籠った目で見られるようになり、416は気恥ずかしさから『ママの日』を長期禁止――にしようとしたが、416が我慢出来ず、犯人逮捕の二日後に執り行われたらしい。

今日も何処かで、指揮官はおぎゃらせられていることだろう。




ある日の留置場の面会部屋にて
指揮官(以下指)「……よう」
犯「ち、近寄るな変態!!!」
指「……そう言いたいのはわかる。けど、話を聞いて欲しい……」
犯「は、はぁ!?」
指「最初は……416にちょっと母性を求めただけだったんだ……」
犯「当たり前のように言ってるが、それも十分おかしいぞ」
指「おかしいのはわかってるが聞いて欲しい……。仕事に疲れて誰かに甘えたかったんだ……。それであの子に416に母性を求めてしまったんだ」
犯「……おう」
指「頭を撫でてくれたり、褒めてくれたり、ハグしてくれるだけでよかったんだ……」
犯「オレは何を聞かされてるんだ」
指「だけど、それのせいであの子の母性の扉を開いてしまったみたいで……」
犯「突っ込んだら負けかこれ」
指「オレ自身は頭を撫でたりしてくれるだけでよかったんだ。それなのにあの子の母性が大暴走してそれで……」
犯「……」
指「自分の事をママと呼ぶように強制してきたり、『ママの日』を作ると宣言したり」
犯「……」
指「それで、子供のような振る舞いを求めてきて、最終的には――」
犯「赤ちゃんプレイを要求してきたと」
指「……」コクコク
犯「なぁ、本当にアンタの趣味じゃないのか?」
指「あんなの求めてない!」
犯「赤ちゃんになりきるのが好きじゃないのか?」
指「アンタも見ただろ!ママモードの時のあの子の剣幕を!そして拒否を許さない思考回路も!!」
犯「……あぁ」
指「あれは……オレが望んだことじゃないんだ……」
犯「……オレが云うのはおかしいかも知れないが、あいつとは手を切った方がいいと思うぞ」
指「……無理だろ。拒否したらどうなるか、アンタも味わっただろ……?」
犯「……」
指「…………」
犯「……なぁ」
指「……なんだ」
犯「生きるのって、難しいな……」
指「だな……」


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。