この素晴らしい世界に英雄を! (P.P.)
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0.転生

息抜き且つネタを先取されないうちに突発的に書いてみた。



 ――不意に気がつくと、僕はどことも知れぬ場所で、椅子に座り込んでいた。

 

 見たところこの場所は何らかの部屋のようで、目の前には簡素な事務机と椅子があり、その椅子には背中に白い翼を生やした女性……比喩でもなく、正しく天使のような女が座っていた。

 どう考えてもおかしい状況であるにも拘わらず、僕が冷静でいられるのは、単に突然の事態に思考が追い付いていないからだ。

 

「死後の世界へようこそ、ライゼル・S・ブリタニアさん。残念ながらつい先ほど貴方の生は終わりを迎えました」

「……は?」

 

 こちらをまっすぐに見つめる天使は、口を開いたかと思えばそんな突拍子もないことを言い出した。

 ……ちょっと待て。僕が、死んだ?

 

「待ってくれ。それはあり得ない」

「確かに、ご自身の死を受け止められないのは仕方のないことです。ですが、理解してもらわなければ話を進める事も出来ません」

「違う、そうじゃない」

 

 別に、自分が絶対に死なないなどと思っているわけではない。

 人はいずれ死ぬ。そんなことは分かっているし、自分の命が残り少ない(・・・・・・・・・)ことも理解している。

 だが、それでも僕が死ぬのはありえない。

 だって――

 

「僕は遺跡で――神根島の遺跡で眠りに就いていたはずだ。あの場所は世界と切り離されている。そこで眠っていた僕が目覚めてもいないのに死ぬ事などありえないだろう」

「崩壊しました」

「……は?」

 

 簡潔に、それでいて淡々と、目前の天使は口を開いた。

 

「貴方が眠っていた遺跡ですが、あの場所は()()にて起こった出来事により機能を停止し、それによって眠っていたライゼルさんも外へと弾き出され、眠っていたところを崩壊した遺跡の瓦礫によって押し潰されました」

「随分と間抜けな死に方を……」

 

 と言うか僕が眠りに就いてから外で何があったと言うのか。

 確かに戦乱の真っただ中ではあったが、遺跡のある場所は無人島だ。進攻の際の中継ポイントに適しているわけでもないだろうに。

 とは言え……自分が死んだ、という事実に納得は出来た。いや、正直に言えばまだ腑に落ちないのだが、それはひとまず置いておく。

 

「それで? これから僕はどうなるんだ? ……大方、地獄かどこかに連れて行かれるんだろうが」

「いいえ。ライゼルさん。貴方には三つの選択肢があります」

「……とりあえず、ライゼルさんは止めてくれ。不快だ。呼ぶなら『ライ』と呼んでくれ」

「失礼しました」

 

 と、小さく頭を下げる天使。

 表情が変わらないので何を考えているのかはいまいち読み取れないが……悪意は感じない。

 しかし選択肢、とは何だろうか。死人の行く先は天国か地獄の二択ではないのか。いや、そもそもそれは選択権を与えてもいいのだろうか。

 

「一つは人間として生まれ変わり、今の貴方と変わらぬ生をもう一度生きる道。もう一つは、天国へ行き、そこで永遠に暮らす道。そして最後に、貴方が生きた世界とは違う世界で、魔王を倒すためにそのままの姿で異世界へ行く道」

「……」

 

 ……なんとも、反応に困る選択肢だ。

 未だに理解が追い付かないが、天使の言葉をあるがままに受け止めて、一応考えてみる。

 まず一つ目。

 これは、ない。記憶を失うにしろそうでないにしろ、もう一度人生をやり直すことは出来ない。

 ただでさえ決して許されない事をした。記憶を失ったところで、歴史をやり直したところで、犯した罪の重さが消えるわけはない。それに、今の僕の記憶が消えてしまうのなら、それは――あの、奇跡のような光り輝く出会いを全てなかったことにする、という事だ。

 それは……それだけは出来ない。こんな事を望める立場でも身分でもないが、それだけは、決して。

 なら二つ目。

 天国、とだけ聞くと不満は浮かびそうにないのだが……

 

「質問をいいだろうか」

「なんなりと」

「天国、と言ったが、それはどういうところなんだ?」

「一言で語るなら、何もありません。天国へ行けるのは既に死んだ者のみ。死んでいるので食事の必要も、食料もなく、何もないので何かを作ることもできません。肉体もないため性交もできません。その他テレビ、漫画、ゲームなどと言った娯楽もありません。することと言えば……先人たちと日向ぼっこをしながら世間話、ぐらいでしょうか」

 

 ある意味それは地獄のような気もするが、仏教的に言う天国に近い。キリスト教であるなら一人につき一人、妻となる天使が迎えられる、とは言うが。

 宗教にはあまりいい思い出はないのでそれほど詳しくはないのだが。

 無意味なほどに無駄な知識を刷り込んだバトレーも、その辺りの知識は刷り込まなかったらしい。

 では最後、三つ目、なのだが……

 これは意味が分からない。

 異世界、というのはまだいい。そもそも元の世界の時点で似たような物なら既に体感済みだ。

 

「三つ目の異世界について詳しく聞いてもいいだろうか?」

「はい」

 

 そうして得られた情報を要約すると、その異世界には魔王がいて、その魔王率いる魔王軍の進行によって多くの人々が死に、現在異世界では右肩下がりに人口が激減中、らしい。その異世界で死んだ者たちは魔王軍によって殺された事でトラウマになっており、死者のほとんどがその世界での生まれ変わりを拒否しているらしく、このままでは子供が生まれない世界になってしまう危機に陥っているらしい。

 そこで、その異世界以外の異世界――つまり、僕が生まれた元の世界や、それに類似する世界から若くして死に、未練が残る者たちを異世界に送り込んで世界の崩壊を防ぐことになったらしい。

 ざっくりと、分かりやすくまとめると、次元を跨いだ移民計画、とでも言うべきか。

 だが――

 

「それはいいが、そうやって送り込まれた人たちはその……使い物になるのか?」

「仰りたい事は理解できます。勿論、肉体と記憶をそのままに送るだけ、ではありません」

 

 自分で言うのもなんだが、僕はそれなりに特殊な経歴を持っている。異世界、とやらがどれほど危険なのかは分からないが、そう簡単には殺されない自信は、ある。だが、僕のような人間はほんの一握り……その大半が争いとは無縁の平和な暮らしを送っていた少年少女であるなら……

 

「異世界へ向っていただく際、彼らには一人につき一つ、好きなものを持って行ける権利があります。強力な特殊能力であったり、なんらかの才能であったり、神器級の武具であったりと様々です。それらによって即戦力として異世界へ行ってもらいます」

「それはそれで問題があるような……」

「当然メリットばかりでもありません。異世界へ送られた際に神々の力で脳に負荷をかけ、異世界の言語を習得することができます。が、その負荷に耐え切れず、頭がパーになる可能性もあります。更に――」

 

 とつとつと、天使は本当に異世界へ向かわせる気があるのか疑いを向けてしまうほど、言語習得のデメリットに留まらず、これまで送られた人たち……大半が日本人との事だが、彼らの末路や生存率、異世界の世知辛さなどを洗いざらいに語り聞かされた。

 誠実、と言えばそうなのだろうが、これでは話を聞いた人は例え望む力を手に入れたとしても異世界へ行こうとするのかどうか。

 

「――以上となりますが、考えは決まりましたか?」

「……少し、考えさせてくれ」

 

 自分の命に未練はない。――いや、はっきりと言えば、死んでよかったとすら思っている。

 それでも迷ってしまうのは、天使の言葉を聞いたからだろう。

 

『魔王を倒した暁には、その偉業に見合った贈り物を授けましょう。たとえどんな願いでも、一つだけ叶えると言う、贈り物を』

 

 僕は……どうするべきなのだろうか。

 幸いにして、制限時間などはないらしい。

 好きなだけ考えてくれと言わんばかりに天使は黙したまま僕の決断を待っている。

 ……目を、閉じる。

 

『――ライ』

『――兄様』

 

 記憶の底で、響く声に目を開く。

 ああ、そうだ。

 

「異世界にいる魔王を倒せば、本当にどんな願いでも叶えてくれるのか?」

「神に誓って」

「それがたとえ――死者を蘇らせるという願いでも?」

「かの世界に既に蘇生魔法は存在しますが……ええ、勿論。魔王の再来となる願いでなければ、可能です」

「そう、か」

 

 そうか。それなら、僕の願いは決まっている。

 どうすべきかも、分かった。

 きっと、そのために僕は死んだのだろう。

 

「分かった。僕は、その異世界とやらに行くよ」

「ありがとうございます、ライさん。それでは、異世界に持って行くものを選んでください」

 

 参考としてどうぞ、と手渡されたのは机の引き出しから取り出したファイル。

 ファイルをめくり、中の書類に隅々まで目を通す。

 《怪力》、《超魔力》、《再生》《魔剣ムラマサ》、《聖剣アロンダイト》……などなど、よく分からないものから神話に名高き伝説の宝具などの名前が整然と記されていた。

 名称からして凄まじい能力、性能なのは分かる。だが、どうにもしっくりとこない。

 一部が強力なだけで勝利できるほど、戦いは甘くはない。

 強力な能力に浮かれて死ぬ、なんて無様をさらすつもりは、ない。

 

「……ん?」

 

 ふと、数々の名前が並ぶ中の一つに目が留まる。

 

「この、《クラスカード》って言うのは、何なんだ?」

「クラスカード、ですか? それは英霊……神話や伝承などで語られる英雄などの一側面を切り取った者、『サーヴァント』の力を自由に使用するための媒体、とでも言いましょうか」

「ふ、む……?」

 

 分かるような、分からないような。

 反応から考えて、この天使自身もこれらを全て完璧に把握しているというわけではないのか。

 

「元々は『Fate』という創作に登場する物だったと思いますが……申し訳ありません。少々お時間をいただければ詳しい内容をお調べしますが」

「……いや、いい。使い方と注意点が分かれば十分だ」

 

 一通り見てみても、目ぼしいものは見つかりそうにない。なら、唯一注意を惹かれた物にするべきか。

 恩人曰く、僕は難しく考えすぎてしまうらしい。たまには直感任せに決めてみるのもいいだろう。

 役に立たないものを進めて来たりはしないだろうし、好みに任せているだけで性能に大差はないはずだ。

 

「了解しました。それではライさん。貴方をこれから異世界へと送ります」

 

 瞬間、僕の足下から青い光が放たれる。

 驚いて下を向くと、青く光る魔法陣が展開されていた。

 この魔法陣で異世界に送るらしい。

 

「……そう言えば、礼を言ってなかったな」

「それが仕事ですので」

「それでも――ありがとう」

「ええ――数多の勇者候補の中から貴方が魔王を打ち倒す事を祈っています。……さあ、旅立ちの時です!」

 

 一際強く輝く魔法陣の光が、僕の体を、意識を包んで行く――

 




クラスカードを特典に選ぶってあんまり見ないよね。


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1.クラスカード

メッセージで感想を送ってもらって舞い上がった結果の一話です。
ちょっとやりすぎたような気もする。



 さあっ、と風が吹き抜け草木を揺らす。

 周囲を見回してもアスファルトの地面もコンクリートの建築物もない。頭上に張り巡らされた電線も見当たらない。

 見知らぬ景色のはずなのに、どこか懐かしさを感じる場所に、僕はいた。

 

「ここが、異世界……」

 

 ――思っていたよりも、平穏だ。

 魔王によって人口が減り続けていると聞かされた身としては、もっと荒廃した世界を想像していたのだが。あるいは、この場所がまだそうなっていないだけなのか。

 異世界に到着した瞬間に何者かに襲われるよりはマシか。

 周囲に人の気配も姿も見当たらない。ひとまずは安全な場所、と思っていいだろう。

 あの天使の女性が気を利かせたのかもしれない。

 周囲の状況はとりあえず後回しに、手早く自身の状態を確認する。

 

「……ない、な」

 

 着ている服はすっかり馴染んだアッシュフォード学園の学生服だ。これは眠りに就く前と変わらない。が、制服の内側に隠しておいたハンドガンや軍用ナイフなど、所持していた物が何一つ残っていない。代わりに、長方形のカードケース、のような物とこれは……長財布、だろうか。

 カードケースの方にはタロットカードのようなカードが計十一枚。おそらくこれが僕が選んだ特典のクラスカード、なのだろう。そう言えばこれはどうやって使う物なのだろ――ッ!?

 

「ぐっ、おっ……ッ!?」

 

 ずきり、と頭を鈍器で殴りつけられたような鈍い痛みが襲う。同時に、僕が知らない情報が好き勝手に頭の中に流れ込んでくる。

 実際に殴られたわけでもなければ片頭痛持ちのわけでもない。となるとまさかこれが知識の刷り込みなのか。

 幸いにしてそれらの現象は数秒で治まったが、あの天使、丁寧な物腰の割に仕事が雑ではないだろうか。

 

「とりあえず……使い方は、分かった。はあ……」

 

 未だに残っているような痛みに息を吐く。

 知りたい事は知れた。言語習得の副作用も、今のところ感じられない。切り替えよう。

 次は財布だが、中を覗くと紙幣が五枚ほど入っていた。

 異世界での貨幣価値など分かるはずもないが、これが僕の全財産だ。掏られないように気を付けよう。

 所持品は以上だ。あとやるべき事と言えば、手にした力の実践と、住居、職の確保か。

 後者は街へ行けばどうにかなるとして、今はクラスカードを実際に使ってみるべきか。

 ケースに入っていた十一枚のカードを取り出し、手の平の中で広げる。

 カードにはそれぞれ異なる絵柄が描かれており、これが対応する能力を教えているのだろう。

 与えられた知識によれば、カードに対応する英霊はランダム。更に、これから対応する英霊を変更することは不可能。つまり、何を引いたとしても文句は受け付けられない、ということか。

 カードを一度全てケースに戻し、そのケースをベルトに通して固定する。

 どうやらこのケースも特別製らしく、自身が望むカードが自動的に一番上に来るようになっているらしい。試しに一枚引き抜くと、カードに描かれていたのは弓を構えた兵士の姿が。弓兵(アーチャー)のカードだ。

 

「やってみるか……夢幻召喚(インストール)――弓兵(アーチャー)

 

 瞬間、絶大な力が奔流となって体の中に流れ込む。

 膨大な力は全身へと巡り、形を変えて顕現する。

 これが、英霊。これが、神話に名を刻んだ者の力。

 身に纏う装束すら変化して、自らを英霊へと昇華する――

 

「これは……凄まじいな」

 

 手には深紅の弓。アッシュフォードの制服は軽鎧へと変わっていた。

 夢幻召喚、アーチャー。これがその姿。

 体の底から力が湧き出る……いや、力と言うプールに身を浸しているかのような感覚。

 それと同時に、僕の中から何かが抜けていくような不思議な感覚を覚えた。

 おそらく、これがこの世界で言うところの魔力、なのだろう。英霊、サーヴァントと一体化している間は常時魔力を消費するらしい。

 

「しかし弓はあっても矢がないとは……うん?」

 

 脳裏に湧き出る知らない知識。

 それは、この英霊の力とその使い方。刷り込まれた物ではなく、カードと繋がった英霊が教えてくれているのか……

 知識に従い、力を使う。

 

 ――弓矢作成 A

 

 魔力を消費し、空いた片手に一本の矢が生成される。

 魔力、という未知の力を行使するのに迷う必要はない。カードと繋がる英霊が、自然とその使い方を示してくれる。

 自分でも不思議に思えるほど、能力の行使に不安がない。

 あとはこの弓を試し撃ちしたいところではあるが、周囲に敵影がない以上はそれもできない。

 

 ――千里眼 A

 

「う、わ……っ!」

 

 急激に視界が広がる。今まで見えなかった彼方の景色すらはっきりと見渡す事が出来る。

 その景色の中に、奇妙な二人組の姿を見た。

 というのも、僕とそう変わらない年頃の男女が、目測三メートルほどの大きさのカエルに挑もうとしていたからだ。あのカエルの巨体から推察するに、あれがこの異世界にいると言うモンスター、なのだろう。危険性があるのかどうかは微妙だが、知識がないので何とも言えない。

 あのカエルがモンスターだとすれば、あの二人はそれを討伐しに来たのだろうが……見るからに素人だ。

 男の方は防具の一つも身に着けておらず、ジャージ姿で得物はショートソードが一本。しかもへっぴり腰でカエルに正面から挑もうとしてあっけなく逆襲されて必死に逃げ惑っている。視力がよくなっても流石に聴覚までは強化されなかったか、声は聞こえないが、何を言っているかは分かる。どうも、もう一人の女の方に助けを求めているらしい。

 その女の方だが……これもまた妙だ。青い長髪の中々類を見ない美少女、なのだがこちらは何も手にしていない。天女が纏うような羽衣を身に着けているが、あれにどれほどの効果があるのだろう。僕には分からないが、逃げ惑う男の方とは違って彼女の顔には余裕が見える。と、言うか、必死にカエルから逃げる男を見て爆笑していた。仲間ではないのだろうか……あ、食われた。

 先刻まで男の方を追っていたカエルが不意に標的を変え、助力を乞われて調子に乗っていた女の方へと向かい、丸呑みにするというコントのような一連の流れはもしやネタなのだろうか。

 

「助けなくてもいいような気もするけど……」

 

 矢を番える。

 弓に心得はあるが、数キロ離れた場所から正確に射抜けるほどの技術は僕にはない。だけど、胸の奥に――いや、一体化したこの英霊には確信があった。

 自信とは違う。まるでその程度の事は難しくもないと言うような感覚。

 誰に言われずとも、()()()と理解していた。

 

 呼吸を止め、矢を引き、そして離す。

 

 淀みのない一連の動作には、思考を挟む隙間もない。

 気付けば、矢を放っていた。

 放たれた矢は空を切り、風を裂いて飛翔し――女を呑み込んだカエルの頭をいとも容易く粉砕した。

 慣れない剣を携え女を助け出そうとしていた男は突然頭を粉砕されたカエルにポカン、と間の抜けた表情をさらし、きょろきょろと周囲を見回していた。カエルの口から投げ出された女には注意を向けていない辺り、彼もいい根性している。

 自分でやった――いや、違う。

 これは、僕の力ではない。

 僕ではなく、僕に力を貸している英霊が凄まじいのだ。

 決して、驕ってはいけない。

 

「……自惚れるなよ、ライ」

 

 声に出して、戒める。

 手にした力に驕り、強大な力に溺れた結果が――あの忌まわしき惨劇を生み出した。

 それを、忘れてはいけない。

 

「……あ、また食われた」

 

 気付けば先程カエルに食われた女がまたしても捕食されていた。学習しないのだろうか。

 見捨ててしまうわけにもいかない。

 再度矢を生成し、即座に二射目を放った。

 一射目よりも早く、無駄なく、放たれた矢は寸分の狂いもなくカエルの頭にコインサイズの穴を空けた。

 先刻は盛大にカエルの頭を粉砕したせいで、女が投げ出されてしまった。見たところ怪我はないだろうが、威力の調整を怠ったのは確かだ。それらを踏まえた二射目はものの見事に貫通した。

 ……段々と、この力の事が分かってきた気がする。

 遠方の二人から視線を外し、遠くの街を見つける。

 あの街がここから一番近い街、か。クラスカードの使い方は大体把握した。残りのカードについては追々確かめていけばいいだろう。

 遠くへ見える街を目指して、僕は勢いよく地面を蹴った。

 

 §

 

 ――結論から言って、僕は英霊を未だ過小評価していたらしい。

 歩いても走っても最低一時間はかかるだろうと予想していた道を、わずか数分で走破した僕は、英霊への認識を改めるしかなかった。

 あるいは、この英霊が特別凄まじいだけなのか。

 いずれにせよ、このクラスカードが後の戦いで十二分に役立つ事は身に染みて理解出来た。

 街も近付いて来たので、怪しまれないように変身を解除する。

 先程の男がジャージを着ていたのなら、現在僕が着ている制服も不自然ではないだろう。下手に武装している姿を見られて敵対などされてしまえば最悪だ。

 体内から排出されたクラスカードに一言謝辞を述べ、ケースへと戻す。ここから先は徒歩で行こう。

 ほどなくして街へ到着した僕は――何故か目立っていた。

 いや、何故か、ではないか。

 街へは簡単に入る事が出来たのだが、明らかに僕の服装は浮いていた。

 石造りの街中に、音を立てて走る馬車。並ぶ家々はレンガ製。文化レベルが中世程度だったこの世界では、当然学生服など見当たらない。

 よくよく考えてみれば、先程の男はこの世界の住人ではなく僕より前にこの異世界へとやってきた人間だったのだろう。あまりにも目立った点がなかったのでその可能性を失念していた。

 これでは先刻までの変身した状態の方がまだこの街の風景に馴染めただろう。

 さて、どうしようか。注目を集めてはいるが、あからさまな敵対感情は感じられない。興味と……好奇、だろうか。青い髪の女がいた時点で僕の髪色程度に不思議がるとは思えないので、やはり学生服が目立つのだろう。収入源も確保出来ていない状態で、出費を抑えるに越したことはないが……諦めが肝心か。

 害があるわけでもないのなら、放置していて構わないだろう。見ず知らずの赤の他人にどう思われようと興味はない。

 とは言っても、情報も何もない事にはどうする事も出来ない。

 

「すみません、お聞きしたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」

 

 なるべく柔らかく、優しい表情を心がけて、先刻から呆けたように僕を見ていた女性に話しかけた。

 

「ひゃいっ!? な、ななななにゃんでせうか!?」

「実は旅をしていてこの街へはつい先程着いたのですが……恥ずかしながら路銀が心許なく、旅費を集めるまでの収入源を探しているのです。どこか、仕事を斡旋してくれる場所を教えていただけないでしょうか?」

「しゅごとでしゅきゃっ!?」

 

 ……方言か? 聞き取れないほどではないので気にはしないでおこう。

 それよりも言葉が通じてよかった。言語習得のデメリットがないのではなく、そもそも習得していない、とかだったら出先から躓くところだった。

 

「し、しゅごとにゃらギルドに行けばあると思いもす!」

「ギルド、ね……ありがとうございます。よろしければ、ギルドまでの道を教えていただけませんか?」

「私が案内します」

「あ、はい」

 

 急に標準語になった女性に手を引かれ、『ギルド』とやらに向かう道すがら、この街について色々と尋ねてみた。

 この街の名前はアクセル。通称駆け出し冒険者の街、と言われ、街周辺の危険なモンスターはとうの昔に軒並み討伐され、子供も普通に森へ遊びに行けるほど安全かつ平穏な街らしい。この街では魔王軍による侵攻など遠い異国の出来事にしか思えないのだろう。

 平和ボケ、とも言えるが逆に言えばアクセルはそれほど治安がいいとも言える。

 

「きょっ! ここが、冒険者ギルドになります」

 

 案内されたのはそれなりに大きな建物で、中からは食べ物の匂いやアルコールの匂いが香る。レストラン……雰囲気からして酒場が併設されているのだろう。

 大した距離を移動したわけでもないのに何故か顔を真っ赤に染めた女性に向き直り、なるべく自然に見えるよう心がけて笑顔を浮かべた。

 

「親切にありがとうございます。今はまだ持ち合わせが心許ないですが……いつかこのお礼に食事でもご馳走させてください」

「食、事……ふ」

「……ふ?」

「ふもっふーーーーーーーーーッ!!」

「ッ!?」

 

 謎の奇声を上げて、親切に案内してくれた女性はどこかへと去って行ってしまった……

 ふもっふとは何だ。いや、違う。体調でも悪かったのだろうか。ずっと顔も赤かったし。

 周囲の人たちが何事か、とこちらを振り向き何故か「ああ……」と納得したように頷いて顔を背けた。僕は何一つ納得できていないが。

 それほど自分は奇特な風貌をしているのだろうか。

 

「まあ……いいか」

 

 何はともあれ今は冒険者ギルドだ。手に職を着けない限りは先に進めない。

 意識を切り替えて、僕はギルドの中へと足を踏み入れた。

 

「あ、いらっしゃいま……せ……」

 

 店員らしき赤毛の女性からの挨拶が、僕の顔を見た瞬間に尻つぼみに消えて行く。……だから、先刻から一体何なんだ。僕の顔に一体何が付いていると言うんだ。

 そしてどうしてだか僕が入店するまでは喧騒に包まれていたギルド内が物音一つ聞こえないほどシンと静まり返ってしまっていた。

 ……誰も彼も人の顔を見るなり呆けた顔をしてくれる。何かの嫌がらせだろうか。

 いや、いい。これらは気にしない事にする。

 とりあえず、最初に見かけた赤毛の女性にギルドで仕事を斡旋してもらうにはどうすればいいのか尋ねてみよう。

 

「すみません、一つ、お聞きしても?」

「ふぁいっ! にゃんでしょうかっ!?」

「ギルドで仕事を紹介してもらえると聞いて来たのですが、その手続きはどこで行えばいいのでしょうか?」

「あ、お、お仕事案内なら奥のカウンターへどうぞ! 今すぐ案内しますね!」

「いや、見えているので別に――」

「案内、しますねっ!」

「……はい。お願いします」

 

 妙に迫力のある女性の態度に思わず頷いてしまったが、別に害があるわけでもない、か。これで不当にチップを要求されなければいいのだけれど。

 周囲からやけに視線を集めている気もするが……やはり害意は感じられない。

 どう言う対応を取るのが正解なのか……とりあえず、愛想を振りまいておくことにした。

 恩人――ミレイさんに言われ、鏡の前で日々練習した成果を今こそここに。

 頬の筋肉が引きつらないように気を付けて、渾身の笑顔を向けた。愛想よく、なので手を振る事も忘れずに。

 ――瞬間、音が爆発した。

 

『きゃああああああああああああああっ!!』

『うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!』

「な、何だっ!?」

 

 一体何が起きた!? 僕が何をしたと言うんだ!?

 困惑する僕を置き去りに僕の周囲にギルド内にたむろしていた人たちが餌に群がる鯉のごとく殺到する。ちょっとした恐怖映像だ。

 

「ふぁあああああああっ! イケメン! イケメンだわっ!」

「きゃわいしゅぎるぅうううううっ! 尊しゅぎるよぉおおおおおおおおっ!」

「なんなんだよぉおおおおおおおっ! イケメンすぎるだろうがよぉおおおおおおおっ!」

「お、俺男だけど君ならイケると思うんだ!」

「――答えは得た。俺は、君に会うために生まれて来たんだ……」

「天使だ! むさい男女しかいないアクセルのギルドに天使が降臨したぞ!」

「おうお前表出ろや」

 

 約一名が数名の女性冒険者(でいいのだろうか)に引きずられて外へと出て行った。

 ……現実逃避は止めよう。いや、現実を見据えたところでどう対応すればいいのか。正直これは想定外だ。

 一人の人間に大勢の人が殺到する姿は以前にTVで見た人気アイドルのようだ。ここに立っているのがアイドルだったのなら、僕も他人事でいられるのだが。

 まさか異世界に来てファンが殺到するアイドルの気持ちが分かるとは思わなかった。……出来れば知らないままでいたかったかな、とも思う。

 

「え、え~と、その、まずは僕の用事を済ませてからでもいいでしょうか?」

『はいっ! すみませんっ!』

「お、おお……」

 

 ザッ、と一斉に離れた。

 そこらの軍隊より統制が執れている気がする。

 

「はい! 終わったら髪撫でていいですか!?」

「え、あ、うん。それくらいなら」

「はい! 終わったらほっぺた触ってもいいですか!?」

「え、あ、まあ……はい」

「はい! 終わったら耳舐めていいですか!?」

「いや、それはちょっと」

『ぶっ殺せ! 追放じゃあああああああっ!』

 

 ……仲いいなあ。

 これも治安のいいアクセルの街ならではの風景なのだろう。きっと。

 みんな優しく人がいいので他所から来たであろう僕が早くこの街に馴染めるように気を使って騒いでいるのだろう。多分。

 うん。きっと。多分。そうなのだろう。

 

「……え、何この騒ぎ?」

 

 ――と、疲れた顔でギルドに入って来た少年が店内の騒ぎを唖然と見つめていた。

 




クラスカードの説明は大分簡略化しています。長々と説明するよりはざっくりと大雑把にした方が読みやすいかな、と。


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2.冒険者

凄く久しぶりに一人称で小説を書いているので、見にくかったり読みにくかったりするかもしれません。
でも三人称ばっか書いてて不意に一人称で小説を書くと物凄く筆が進むのよね……クオリティのことは触れんといてください。


「うええええええええええええっ!? な、何なんですかこの数値!? 生命力が最低レベルなのと幸運が平均より低い事を除けば軒並み平均値を大幅に超えちゃってますよ!? あ、貴方一体何者なんですか!? 天使でしたね、分かります! 今晩お食事どうですか!?」

「すみません、お断りします」

 

 冒険者に関しての説明を受け、渡された書類に必要事項を記入した僕は現在、受け付けの人に目を剥いて叫ばれていた。

 何にそんなに驚いているのかは分からないが、反応を見る限り悪い事ではないらしい。さりげなく誘われたので、丁重にお断りさせてもらったが。

 彼女が凝視しているのは免許証ほどの大きさのカード。話によればこのカードに僕の数値化された情報が記載されているらしい。

 

「よく分からないんですが……それって凄い事なんですか?」

「物凄い事です!」

 

 ずいっ、とカウンターから身を乗り出して断言されてしまった。

 

「これなら最初からほぼ全ての上級職になれるんですよ? 凄い……こんなの見たことないわ……」

 

 そう言われても、いまいちピンと来ない。

 数値が高いに越したことはないのだろうが、僕の主戦力となるのはクラスカードだ。カードの力を最大限に生かすためには何か一つに特化した職業より、万事に手が届く万能型の職業の方が都合がいい。周囲に集まった先輩冒険者たちから我先にと自身の職業を説明付きで進めてくれるので聞く手間が省けた。

 とはいえここは……やはり()()に尋ねてみよう。

 

「――君は、何かお勧めの職業とかはある?」

「……え? も、もしかして、俺に言ってるのか?」

「勿論。僕はまだ右も左も分からない状態だから……ここは()()にご教授いただければな、と」

 

 先輩、という単語をわざわざ強調して、彼――先程巨大カエルから逃げ惑っていた同い年ほどの少年に尋ねる。

 彼はおそらく僕と同じ異世界からこの世界に来た勇者候補。彼も僕の恰好を見て察することが出来ただろう。……僕が話しかけた瞬間、周りから視線の集中砲火を浴びる事になったのは申し訳なく思うけど。

 ここへ来た、と言う事はやはり彼も冒険者のはず。僕よりも前にこの世界に来ているのなら僕よりも知識量は多いだろう。言ってしまえば僕とは競争相手になるわけだが、これだけの注目の中で蹴落とそうとは出来ないだろう。

 彼もまた僕と同じなら……何かしら強力な力を授かっているはずだ。使えそうなら迎合し、今後の対策を立てて置きたい。

 

「いやいやいや、ライさん。あいつは止めた方がいいっすよ!」

「どうして?」

「あいつはつい二週間前に冒険者になった新人なんですがね、職業が最弱職との呼び名も高い《冒険者》なんですよ!」

 

 ……冒険者の職業が、冒険者?

 文字の上では間違っていないけど、意味としては間違っているような気もする。

 

「冒険者って言うのは、どんな特性が?」

「ぼ、冒険者ですか? ええと、冒険者とはその名が示す通り、あらゆる職業をまとめた職業、といいますか……ただ、スキル習得のためのスキルポイントも各職業よりも多く必要になりますし、職業による補正もないから同じスキルでも効果は落ちますので器用貧乏といいますか……」

「あ、じゃあ僕の職業は冒険者でお願いします」

『ええ!?』

 

 僕がそう言うと、全員に驚かれた。

 説明を聞いて冒険者の職業特性は把握したし、その驚きもよく分かるが……僕に必要なのは万能性だ。状況によってはクラスカードの力を使えない場合もあるだろう。その時臨機応変に対応できる能力が必要になる。

 全職業のスキルを習得可能と言うこの職業は広く浅くやるには最適だろう。

 

「ま、まあでもライさんのステータスならいつでも転職が可能ですからね。色々なスキルを試して自分に合った職業が見つかるかもしれませんし!」

 

 冒険者と言う職業になるのはそこまで不安になるものなのか。

 職業《冒険者》と書かれたカードを受け取り、ポケットに納める。

 しきりに話しかけようとしてくる人たちにやんわりと断りを入れて、僕は複雑そうな眼差しでこちらを見つめる先輩に近付いた。

 

「こんにちは。少し、話さないか? 先輩から色々と話を聞きたくてね」

「……ああ、いいぜ。俺も、あんたとは話がしたいと思ってたんだ」

 

 じろりと僕を睨むような視線には、多少の悪感情が……これは、嫉妬……だろうか。先程教えてくれた人の話によれば彼は僕と異なり職業選択肢がなかったのだろう。その事を考えれば僕に対する悪感情もやむを得ないか。

 大げさなほどの騒ぎも今は鳴りを潜め、ちらちらと遠巻きに視線を送ってくる程度に落ち着いた。強引に話しかけて来たり、近付いて来たりはしない辺り、こちらの邪魔をするつもりはないのだろう。

 とりあえず、落ち着いて話は出来そうだ。

 酒場の方へと移り、手近な席に向かい合って腰を下ろす。

 

「僕の名前はライ。君も察しているとは思うけど、『地球』から来た地球人だ」

「やっぱりあんたもか……その制服でそうじゃないかとは思ってたけどな。俺はカズマ。本名は佐藤和真だが、普通にカズマって呼んでくれ」

「ああ。よろしく、カズマ」

 

 同郷の人間、と僕がはっきりと告げたからか、若干警戒心を緩めたように見える。嫉妬心はそのままだが。

 

「一ついいか?」

「どうぞ」

「なんでわざわざ俺に話しかけて来たんだ? さっきの騒ぎであんたのステータスがとんでもないってのは分かる。だけど、俺のはほんと最弱何で注目しないで欲しいんだけど」

 

 ――最弱? この世界へ来る際に何かしらの特典を授かっておきながら?

 先刻の冒険者の話はあくまで彼の主観に基づく情報で、真実とは限らない。カズマが僕と同じように力を隠している、とそう思ったから接近したのだが……卑屈な表情を浮かべるカズマからはそう言った秘めた自信は見受けられない。

 僕の観察力を騙せるほどの演技派か、あるいは授かった力がこの世界では役に立たないものだったか。

 

「いや、特に深い意味はないよ。ただ、僕は今右も左も分からないからね。少しでも気の置けない友人を作っておきたかったんだ」

 

 内心の思いを悟られないように柔和な表情を浮かべておく。

 少なくとも僕と事情を共有する相手だ。なるべく警戒されないようにしておかなければ。

 

「それに、カズマは冒険者として僕の先輩なんだろう? 色々、冒険のいろはとかを教えてもらいたくてね」

「ふ~ん……なら、俺たちとパーティー組むか? ちょうど、俺たちだけじゃ無理だと思ってたんだ」

()()?」

 

 聞くまでもなく、あの巨大カエルに捕食されていた青い髪の女の事だろうが、僕が知っているのは明らかに不自然だ。恩を着せても問題はなさそうだが……ここは、情報を秘匿する、という意味でも知らない振りをしておこう。利用するつもりが利用されていた、なんて、笑い話にもならない。

 少なくとも、僕がクラスカードの性能を完全に把握するまでは隠しておこう。

 

「ああ……俺ともう一人、アクアって奴がいるんだ。アークプリーストなんだけどな……」

「へえ。上級職って奴か?」

「そうなんだけどな……そのはずなんだけどな……はあ」

 

 何を思い出しているか(十中八九カエルの件だろう)、暗い顔で大きなため息を吐き出すカズマ。

 どうも青い髪の女は余程の問題児らしい。カエルに追い立てられていたカズマの姿を見て爆笑していた辺り、今更のように思えるけど。

 

「カズマー! ちょっとー! どこにいる――って、そんなところにいたのね。あんたただでさえ影が薄いんだからそんな隅っこにいたら見つからないじゃない」

 

 姿を見せるなり失礼な暴言を吐き出したのは、青い髪の、同い年程度の少女――彼女がアクア、なのだろう。

 見た目は文句なしに美少女だ。間違えなく美人なのだが……何故だろう、ちょっと、こう……言い方は悪いが馬鹿っぽい、というか。近寄りがたい雰囲気を微塵も感じないのは、確かに美点かもしれない。

 

「アクア……お前な、今ちょっと大事な話してるから、静かに待ってなさい」

「何よ、大事な話って。私を抜きにして大事な事なんてないでしょ。それより、私たち二人だけじゃ無理よ、無理。仲間を募集しましょう」

「だから、今その事をライと話してたんだよ」

「誰よ、ライって……んんっ!?」

 

 カズマの事を気にしているのかいないのか、マイペースに話を続けていたアクアがようやく僕の方へと視線を向け、目を剥いて凝視してきた。

 彼女の目から見て僕の顔は不自然な代物なのか。

 たっぷり五秒ほど僕の顔を凝視していたアクアがポッと頬を赤く染めた。

 

「やだ。何このイケメン。私の好みドストライクなんですけど」

「……はい?」

「お前今何て言ったの?」

「ちょ、ちょちょちょちょーっと、こっちへ来なさいカズマ!」

「えっ? あ、おいっ! 引っ張るな!」

 

 ガシッ! と力強く腕を鷲掴みにされたカズマが椅子から引きずり降ろされアクアによって連れ去られる。大体五メートルぐらい先に。

 そして顔を寄せ合ってひそひそと話し始めた。

 諸事情により人より鋭い五感を持つ僕であっても、この距離からでは周りの喧騒の方が大きくて彼らの話の内容は聞き取れない。読唇術で読み取れない事もないが……止めておこう。流石にそれは良識に反する。

 彼らの話し合いが終わるまで、つい先程受け取った冒険者カードを詳しく見てみる。

 ……色々書いてあるな。見た事はない文字だが、不思議と読める。カード作成の際の記入事項も問題なく書く事が出来たので読み書きに不自由する事はないか。便利ではあるが、不気味でもある。

 さて、そんな思考はひとまず置いておいて、カードに書かれた文字を追っていく。

 ステータス、と書かれた部分には筋力、生命力、魔力、器用度、敏捷性……と並んでいるが、そもそもの平均値を知らないので捨て置く。そしてスキル、と書かれている部分には既に一つ、スキルが記載されていた。

 

「《ギアス》……ね」

 

 ――ギアス。

 人の運命を狂わせる悪魔の力。死してなお、この力は僕に付きまとうのか。

 いや……これも業か。

 僕が僕である限り、これは背負い続けなければならないものなのだ。僕がかつて犯した、許されざる罪の象徴……過去から逃れる事など許されない。許されていいはずもない。

 ギアスの力は……過去からの戒めだ。

 

「悪い、待たせた」

「……いや、全然構わないよ。僕から誘ったしね」

 

 カードをポケットに戻し、カズマたちと向き直る。

 カズマの隣に座ったアクアはにこにこと愛想よく笑顔を浮かべている。

 

「あー……いきなり悪いな。こいつはアクア。さっきも言った俺の……仲間だ」

「カズマから聞いているかもしれないけど、僕はライ。気軽に呼んでくれて構わない」

「ちょっとカズマ! 紹介するならちゃんと紹介しなさいよ! 私はアクア。アクシズ教団の崇めるご神体、女神アクアなのよ!」

「め、女神……?」

 

 何を言っているのだろうか、と助けを求めてカズマへと視線を向けると、こくりと頷きを以て返された。

 

「アクアの言ってる事はマジだ。そんでもって俺が特典として選んだのがこの女神サマだ」

「そうよ! カズマのせいで私がこんな目に……っ! で、でもまあ? ライと出会えた事にだけは感謝して上げてもいいわよ?」

「いや、意味分かんねえよ」

 

 ……特典として受け取ったのが、女神? それはありなのだろうか……?

 この二人が嘘をついているようには見えないが、事実なのだろうか。となるとカズマの言っていた事も謙遜ではなくそのまま事実になるのか。

 どういう経緯を辿ればそうなるのか、聞いてみたいような気もするが、聞くだけ時間の無駄のような気もする。

 ……まあ、いいか。過去の事へ目を向けるより、今は今後について目を向けた方が建設的だ。

 

「とりあえず、僕も君たちのパーティーに加えてくれるって事でいいのかな?」

「ええ! 勿論よ! なんならカズマとトレードしてもいいぐらいだわ!」

「おう、お前俺の特典としてこの世界にいるって理解してる?」

 

 満面の笑みで胸を張るアクアを、カズマが半目になって睨む。仲がいいかどうかは別として、二人の相性は悪くはなさそうだ。

 僕がどうなのかはこれから共に行動して見極めるしかないが、ある程度彼らに合わせておこう。不必要に和を乱す事もない。

 

「じゃあ、さっそくだけど、武器を取り扱っているところを教えてくれないか? 流石に無手でモンスターと戦うのはキツイ」

「あ、ああ、そうだな。俺も防具くらい買い揃えて置きたいし、一緒に行くか」

「それはいいけどあんたお金あるの?」

「……」

 

 アクアの素朴な言葉にカズマは沈黙した。……そうか。お金、ないのか……

 さて、どうしよう。ここは、円滑な人間関係のために手を貸しておくべきか?

 

「あー……カズマ、よかったら出せる分だけでも立て替えようか? 代金は追々返してもらえればいいからさ」

「駄目よ。カズマは甘やかすとすぐに調子に乗るんだから」

「それはお前だろうが! あっさりカエルに食われたくせに!」

「お、思い出させないでよ! 折角忘れかけてたのに……っ! うぅ、カエルの粘液の感触が……」

「……大丈夫?」

 

 色んな意味で。

 

「大丈夫だ。問題ない。……それより、折角だけど金はいい。俺たちの間に貸し借りはなしで行こう。自分の分は自分で何とかする」

「そう。それならいいけど……メンバーはどうする? この三人だけで依頼(クエスト)を受ける?」

「いや……もう一人くらいは欲しい。ライはどうかは分からんけど、俺は素人だしアクアは戦力外だ」

「ちょっとそれどういう事よ」

「遠距離から攻撃出来る、魔法使いとか弓を使える人がいてくれればいいんだけどな」

「……なるほど」

 

 クラスカードを使用しない僕の戦闘技術がどこまでこの世界で通用するかは分からない。カズマの言う通り、この世界固有の戦闘術を修めた人が仲間に加われば助かるに違いない。

 問題は、それらの人物がどこまで信用出来るのか、だが。

 なるべくこちらの持つ手札は伏せておくにせよ、いざという時不意打ちで殺されてしまえば元も子もない。

 

「仲間を募集しましょう!」

 

 と、唐突にアクアがそう言った。

 胡散臭そうに、カズマはやけに自信満々な彼女の顔を見つめていた。

 

「仲間って言ったってなあ……俺たちは新人素人の集まりだぞ? そんなパーティーに入ってくれる奴なんているのかよ」

「何を言ってるのよカズマ。忘れたの? 私は最上級職のアークプリーストよ? あらゆる回復魔法が使えるし、補助魔法に毒や麻痺なんかの治癒、蘇生だってお手の物。どこのパーティーも喉から手が出るほど欲しい人材に決まってるじゃない。カズマのせいで地上に墜とされて本来の力とは程遠いとは言え、仮にも女神よ? 私が募集をかければ『ぜひともパーティーに入れてください』って輩が山ほど迫って来るわよ!」

 

 ……不安だなあ。

 二人によればアクアは正真正銘の『女神』との事だが、この何とも言えない言動のせいでいまいち信用出来ない。

 これは……早まった真似をしてしまったか?

 

「……どう思う?」

「……募集をかけるのは妥当だと思うよ」

 

 来るかどうかは別として。

 

「募集はかけておくとして、カズマ」

「ん? なんだ?」

「ギルドで済ませておく用事があったんじゃないのか? 僕もすっかり忘れてたんだけど、用があって来たんじゃ?」

「……ああっ!? カエルの事報告してなかった!?」

 

 慌てて立ち上がり、受付へと走って行くカズマを見送って、僕は「何やってるのよ、カズマは」と呆れながらぼやくアクアに話しかけた。

 

「アクア……様と付けた方がいいか?」

「呼び捨てで呼んで? 私たちは同じパーティーの仲間じゃない! 上下関係なんて気にしなくていいのよ!」

「あ、うん。じゃあ遠慮なく……アクアはパーティーの募集をかけておいてくれないか? 僕はこれから武器を見に行くけど、今日はこのままお開きにしよう」

「んー……そうね。分かったわ。それじゃあ明日またここで集合しましょう」

「ああ。カズマにもそう伝えておいてくれ。……じゃあ、また明日」

「また明日ね!」

 

 アクアと別れ、向かう先は勿論武具店。

 あとは……適当に服を買おう。アクセルの街に入ってから気付いたが、学生服は目立ちすぎる。

 カズマは自身が転生前とほぼ変わらない状態だからか無用に突っかかって来るような事はなかったが、他の転生者たちが彼のように大人しい性格とは限らない。他者を蹴落としてでも願いを叶える権利を手にしたい……あるいは、この世界で好き勝手に生きるため、障害となり得る他転生者を抹殺しようとする者もいるだろう。

 それらに気取られ返り討ちに出来たのならば問題はない。が、逃げられた時に対応策を講じられると厄介だ。

 僕の持つ力は神話・歴史に名を刻んだ過去の英霊たちの能力を我が身に宿し、自在に扱うクラスカード。そして彼らには大抵()()()()()()()

 英霊は過去の存在。故に、()()()()()()()()

 勿論僕はその英霊本人ではない。クラスカード使用時にその英霊の死因を特定され、実際に死因を突かれたところで同じように死ぬ事はない。――だが、同化している以上、大ダメージは免れない。最悪、それが原因で死ぬ、と言う事も十分考えられる。

 クラスカードは強力だが、()()()()使()()()()()()()()()()相手も、強力なのだから。

 リスクは可能な限り避けるべきだ。……カズマやアクアには騙すようでいささか以上に心が痛むが、必要以上に弱みを握られるわけにはいかない。転生時に得た力の事はなるべく話題に出さないよう注意しておこう。そう思えばパーティーの仲間をもう一人増やすのは僕にとって都合がよかった。

 同じ事情を共有する三人だけなら話題に上がる可能性も高いが、第三者がいれば二人も迂闊に話題には出さないだろう。出したところで頭の様子を心配されるだけだろうし。

 

 §

 

 ――そして、翌日。

 

「我が名はめぐみん! アークウィザードを生業とし、最強の攻撃魔法、爆裂魔法を操る者……!」

 

 ……本格的に選択を間違えたかもしれない。

 




個人的に読みやすくなるよう、本文中に何かしらの詳しい説明や解説を載せるような事はあえてしていません。
知識がある事前提、と言うより説明を入れるとごちゃっとするんですよね。自分が説明下手なせいかもしれませんが。
あとがきとかに本文に載せなかった解説とか説明とか書いた方がいいですかね? 活動報告でもいいですけど。


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3.クエスト

みなさん小説の文字数についてはどの程度が妥当だと思います?
この作品は五千字を目安にしていますが、これが短いのか長いのかよく分からぬのですよね。



「我が名はめぐみん! アークウィザードを生業とし、最強の攻撃魔法、爆裂魔法を操る者……!」

 

 めぐみん、そう名乗った彼女を一言で表すのなら――『魔女』という言葉以外に見つからない。

 とんがり帽子に黒装束、手に杖を持った姿は御伽噺に出てくる魔女の姿に他ならない。……魔女、と聞くとどうしても僕の脳裏にはソファーに寝転がりながら行儀悪くピザを食べるどこぞの魔女の姿が思い浮かんでしまうのだけど。

 

「……冷やかしに来たのか?」

「ち、ちがわい!」

 

 白い目で少女を眺めながらカズマがそう言うが、無理もない。

 小柄で華奢な彼女の年齢は、僕らよりも下――見た限りでは十二~十三歳程度だ。この世界ではそう珍しい事ではないとはいえ、芝居がかった所作での件の自己紹介は冷やかしだと思われても仕方ないのかもしれない。僕も正直そう思う。

 カズマたちから探りを入れられないための隠れ蓑が僕の主な目的だが、戦力増強も兼ねての人材スカウトだ。

 アクアによって書かれた求人は上級職限定……それを見て来たという事は驚くべき事に彼女も上級職、それも彼女の言葉が真実なら魔法使いの上級職であるアークウィザードだ。大幅な戦力強化には違いない。――が、それなら何故僕らのところへ来た?

 自分の美醜の感覚が正常であるならば、彼女は幼いがかなり可愛らしい顔立ちをしている。先程の奇怪な自己紹介も、自身を強く見せようとしての事なら可愛げもある。しかも上級職だ。

 この年齢で、既にアークウィザードともなれば相当の才能の持ち主と見て間違いないだろう。パーティーに加入すれば大幅な戦力強化になるだろう。

 死と隣り合わせの冒険者家業。リスクを減らすために戦力となる者は一人でも多くいた方がいいに決まっている。

 

「……その赤い瞳。貴女、もしかして紅魔族?」

 

 と、彼女の顔をじっと見ていたアクアが問う。

 ……紅魔族? 種族名だろうか?

 昨日装備を整えるついでに行った情報収集では聞かなかった名称だ。

 

「いかにも。我は紅魔族随一の魔法の使い手、めぐみん! 我が必殺の魔法は山をも崩し、岩をも砕く……! ……という、優秀な魔法使いはいりませんか? ……そして図々しいお願いなのですが、もう三日も何も食べていないのです。できれば、面接の前に何か食べさせてもらえませんか……?」

 

 彼女――もうめぐみんでいいか。めぐみんはそう言って切なそうな表情でこちらを見つめてきた。

 キュー、と彼女の腹から空腹を訴える鳴き声が聞こえる。

 ……なんだろうな。警戒するのも馬鹿馬鹿しくなってくる。

 

「……とりあえず、座ったら? ご飯なら奢るから」

「なんと……! 見た目だけでなく心まで美しいとはこれこそまさに天使……お隣よろしいですか?」

「どうぞ」

 

 椅子を引いてめぐみんが座れるようにしてから店員に適当に軽食をいくつか注文する。

 昨日僕がギルドに来た時真っ先に出迎えてくれた店員が今度も愛想よく注文を取りに来てくれた。愛想も良く、他の冒険者たちからの評判もよさそうな彼女とは、今後も仲良くしていた方が得かもしれない。

 店員と言う立場でなら冒険者たちの愚痴を聞いて思いがけない情報を持っていたりする事もあったりする、かもしれない。

 

「……ところで、その眼帯はどうしたんだ? 怪我しているならこいつに治してもらったらどうだ? 一応、アークプリーストだから大抵の傷は治せるらしいぞ」

「一応とは何かしら、失礼ね。私はれっきとしたアークプリーストよ! カードにもそう書いてあるじゃない!」

「フッ……これは、我が強大なる魔力を抑えるマジックアイテム……もしこれが外されるような事があれば……この世に大いなる混沌と災いが訪れるであろう……」

 

 それは普通に暗殺要件ではないだろうか。

 内心首を傾げた僕とは違って、カズマはそこはかとなく感心したような眼差しをめぐみんに送った。

 

「へえ、封印みたいなものか」

「まあ嘘ですけど。単にオシャレで着けているただの眼帯……あっ、あっ、ごめんなさい、止めて下さい引っ張らないで下さい!」

「……ええとね、ライ。説明するとね、紅魔族は生まれつき高い知力と強い魔力を持ってて、大抵は魔法使いのエキスパートになる素質を秘めてるの。それでね、彼女たち紅魔族はその名の通り赤い目と、それぞれ変な名前を持っているの」

「……まあ、確かに変わった名前ではあるな」

 

 名前のおかしさでは僕も人を言える立場ではないのだが。

 それはともかく、アクアの説明によれば紅魔族であるめぐみんはやはり相当優秀な魔法使いらしい。

 ますます他の冒険者パーティーではなく僕らのような初心者駆け出しパーティーに入ろうとしたのかが分からない。性格を加味しても放って置くような人材ではないと思うのだが。

 何者かからの間諜だったり……は、ないか。うん。ないな。

 

「変な名前とは失礼な。私から言わせれば、街の人たちの名前の方が変なのです」

「その辺りは文化の違いだろう。気にするような事じゃない。……ちなみに、ご両親のお名前は?」

「母はゆいゆい。父はひょいざぶろー」

「……こ、個性的な名前だね」

「無理して褒めようとしなくていいと思うぞ」

 

 めぐみんの眼帯を引っ張る事を止めたカズマが席に座りなおしてそう言った。

 そうは言っても人の名前はからかっていいものではないだろう。先程も言ったが、文化の違いはどこにでもある事だ。

 名前の一つや二つ、別に大したことではないだろう。異世界だし。

 

「アクアから聞いたけど、紅魔族は魔法の扱いに長けた一族らしい。僕は仲間に加えてもいいと思うけど……二人は?」

「そうだな……ひとまず様子見って事で、今俺たちが受けてるクエストでお前を含めて実力を見せてもらおうか」

「いいんじゃない? 紅魔族を騙ったところでメリットなんてないし、その子の言う通り爆裂魔法が使えるなら、それは凄い事よ? 爆裂魔法は、習得が極めて難しいとされる爆発系、その最上級クラスの魔法だもの」

「決まりだな。僕はライ。彼女はアクアで、彼がこのパーティーのリーダーであるカズマだ。よろしく、めぐみん」

「うむ。この私の最強の力を見せてやろうではないか。……あ、ご飯食べてもいいですか?」

「……お好きにどうぞ。よく噛んで食べてね」

 

 店員が運んできた軽食を次々口に放り込んでいくめぐみんの姿を横目に見つつ、僕は言葉にならない不安を感じていた。

 アクアの言う通りなら、ますます他の冒険者たちから勧誘が来ないのかが不思議でならないのだ。

 

 ――そして、そんな僕の疑問はすぐに氷解することとなる。

 

 §

 

 腹を満たしためぐみんを引き連れ、僕たちは街の外に広がる平原地帯へと足を運んでいた。

 目的はこの世界に来て初めて目にした巨大なカエル……ジャイアントトードの討伐だ。

 ……一応、僕にとっては初めて目にするモンスターと言う事になっているので、驚いているように見せておこう。

 

「爆裂魔法は最強魔法。その分、魔法を使うのに準備時間が結構かかります。準備が整うまで、あのカエルの足止めをお願いします」

 

 遠くにいたカエルが一匹、こちらに気付いたのか向かって来ていた。更に逆の方向からもカエルが向かって来ていた。

 こちらに向かって来ているカエルの姿を見たカズマが、僕たちに顔を向けた。

 

「遠い方のカエルを魔法で仕留めてくれ。近い方は……ライ、頼めるか?」

「了解。採用されるように頑張るよ」

「ああ、是非とも頑張ってくれ。……まあ、怪我してもこっちには元なんちゃらのアークプリーストがいるからすぐに治してもらえるさ」

「元ってなによぉっ! 私は現在進行形で女神なのよぉっ!」

「……女神?」

「あー……気にするな。こいつはたまに女神を自称する可哀そうな奴なんだ。なるべくそっとしてやってくれ」

 

 カズマの適当な言葉に納得したのかめぐみんは同情するような眼差しをアクアへと送る。

 予想通りと言うべきか、カズマは事情を知るアクアや僕以外には自身の事は秘密にするようだ。言ったところで誰も信じないと考えているのかどうかは分からないが、僕としては都合がいい。あとは、僕がなるべく三人、あるいは二人きりにならないように気を付けよう。

 などと、僕が考えているうちに涙目になったアクアが拳を握り、何を思ったかカエルへと向かって駆け出して行った。

 

「何よ、打撃が効き辛いカエルだけど、今度こそ女神の力を見せてやるわよ! 見てなさいよ、今のところ活躍してない私だけど、今度こそ!」

 

 勇ましく向かって行ったアクアは特にカエルに傷を負わせる事もなく捕食された。

 

「学習能力ないのか、あの馬鹿……」

「あー……ちょっと、助けに行って来るよ」

 

 呆れたように頭を抱えるカズマに一声かけて、僕はアクアを呑み込むためにその場から動かなくなったカエルを目指して地面を蹴る。

 この日のために制服から服を変え、防具として籠手と脛当てを購入した。

 重すぎず、軽すぎず、僕が全力で走っても邪魔にはならないが、安物なので防御力は気休め程度と思った方がいいだろう。鉄製なので強度はそれなりだが、魔法なんてものがある世界だ。純粋な物理防御力をどこまで信じればいいのか……

 武器は腰に巻いた剣帯に吊り下げた細身のロングソード。こちらも安物だ。

 僕の特典を隠すための装備でしかないので、金をかける必要もない。――っと、

 

「全然動かないな……助かるけ、どっ!」

 

 剣を抜き、カエルの口から垂れ下がったアクアの足の長さで大まかな位置を割り出し、うっかり彼女ごと斬らないように注意しつつ、カエルの腹を切り裂いた。

 痛覚が鈍いのか、腹を裂かれたと言うのにカエルは身じろぎ一つしない。一体どんな神経してるんだ。

 ぱっくり開いたカエルの腹に手を突っ込み、ちらりと覗くアクアの手を掴んで引きずり出し、抱き留める。

 

「うええええええええええええっ……女神なのにぃ……ぐすっ……わだじめぎゃみなのにぃいいいいいいいいっ……びええええええええええっ」

 

 号泣だった。

 思わず見惚れるほどの美少女がカエルの粘液まみれで大号泣していた。

 どうしよう。凄く帰りたい。

 とは言えまさか本当に放置して行く事も出来ない。……なんだろう。こう、地雷原に足を踏み入れてしまったような気がしてきた。

 

「……よしよし。アクアは十分頑張ってるから……」

「えぐっ、うぐっ……ありがとねぇ……ありがとうねぇ……帰ったらカエルの唐揚げ一つ上げるからねぇ……えぐっ」

「泣かない泣かない。せっかくの綺麗な顔が涙で……涙? で、台無しになってるよ。ほら、拭いてあげるから手を退けて」

 

 泣きじゃくるアクアをどうにか宥めてハンカチでどろどろになった顔を拭く。

 なんでだろう。見た目は同い年ほどに見えるのに、まるでそうは思えない。

 年下の童子にそうするように頭を撫でていると、泣きながら縋り付かれた。……ああ、この服買ったばかりなのに。

 ちなみにカエルは腹を切り裂かれた時点で絶命していた。一体どんな生態なんだ。よく絶滅しなかったな。

 

 ――瞬間、轟音と衝撃。

 

「っ!? なんだ、今の……っ!?」

 

 泣きながら縋り付いて来たアクアをそのままに、衝撃の起こった方向へと視線を向ける。

 爆煙が立ち込めるその場所が、徐々に晴れて行くと――そこには二十メートル以上ものクレーターが出来ていた。

 今の凄まじい衝撃は、まさかめぐみんの言っていた爆裂魔法なのか……?

 言葉にならないほどの圧倒的な攻撃力。こんなものを、わずか十三歳程度の女の子が自由に扱えるのか。

 これほどの力。もし人間に向けて放たれたとしたら――仮に僕が敵対する事になったら。

 僕がクラスカードを使ったとして、果たして生きていられるだろうか……?

 内心の戦慄を表情に出さないように息を吐き出し、僕はカズマとめぐみんの姿を探した。

 爆裂魔法(おそらく)の跡地を唖然と見つめるカズマのすぐ傍で、めぐみんは――地に伏していた。

 ……うん?

 思わず首を傾げた僕の視線の先で、先程の爆発の衝撃に驚いたのか、倒れためぐみんのすぐ近くからもう一匹のカエルが這い出ようとしていた。

 

「ぐすっ……爆裂魔法は人類が行える中で最も威力のある攻撃手段なの。でも、その威力と引き換えに消費魔力も絶大で……」

「……つまり?」

「誰も使わないネタ魔法って言われてるのよ」

 

 どうにか落ち着いて来たらしいアクアの説明を聞く僕の視線の先で、地面からのそのそと這い出て来たもはや見慣れたカエルがめぐみんに顔を向けた。

 ……あ、食われた。

 半ばやけくそのようにショートソードを引き抜いたカズマが、カエルの頭を砕いて絶命させ、口の端から伸びためぐみんの足首を掴んで引きずり出している。

 ……アクアから聞いた話をまとめると、だ。

 めぐみんの爆裂魔法は人類最強の攻撃である半面、魔力消費もシャレにならず。

 結果、一度使用すれば魔力切れになり、動けなくなったのが今のめぐみん、と言う事か。

 なんだろう。なんと評すればいいのかちょっと僕には分からない。

 

 未だ泣き止まないアクアの手を引き(離してくれなかった)、僕はカズマたちの元へ向かう。

 合流したカズマは、酷く疲れた顔をしていた。

 

「……帰るか」

「……そうだね」

 

 ――こうして、僕の異世界における初めてのクエストは、なんとも反応に困る幕引きとなった。

もしかしたら僕は早まった真似をしてしまったかもしれない。……はぁ。

 




シリアスなどさせぬぅっ!


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4.スキル

文字数は5000以上10000以内を目安に書く事にしました。



「カエルの体内って、いい感じに生温かいんですね……知りたくもない情報が増えました……」

 

 と、僕の背に背負われためぐみんが暗く沈んだ声でそう言った。

 ちなみに、何故僕がめぐみんを背負っているのかと言うと、爆裂魔法を使用した影響で一歩も動けなくなった彼女をカズマが運ぶ事を渋ったからだ。……まあ、カエルの粘液まみれになっためぐみんに触りたくないと思うのは分かる。

 

「うえっ……ぐすっ……生臭いよぉ……生臭いよぉ……」

 

 そしてアクアは未だ泣き止む事なく僕の服の裾を掴んで離してくれない。別にいいのだけど、せめて泣き止んで欲しい。何もしていないのに僕が泣かせてしまったような気になって来る。

 街までの道すがらめぐみんに聞いたのだが、魔法を使う者は自身の限界を超えて魔力を使うと、魔力の代わりに生命力を消費する事になってしまうらしい。

 ……ステータスを見る限り、他の項目に比べて生命力の値が極端に低い。魔力が高いからそうそう生命力を消耗する事はないとは思うが、注意しておこう。特に、僕が得たクラスカードは使用している間常時魔力を消費してしまうようだし。

 ゲームのような世界のこの異世界も、死んでしまえばそれまでの現実なのだから。

 

「今後は、緊急時以外爆裂魔法は使用禁止だな。これからは、他の魔法で頑張ってくれよ、めぐみん」

 

 別に構わないのだけど、僕に色々と押し付けて手が空いているカズマがめぐみんにそう言った。別に気にしてはいないのだけれど。

 

「……ません」

 

 首に回されためぐみんの腕が締まり、起伏に乏しい彼女の体が更に背中に押し付けられた。

 

「え? なんだって?」

 

 離れていた聞き取れなかったらしいカズマに、めぐみんは言い辛そうに口を開いた。

 

「……私には、爆裂魔法以外の魔法は使えません」

「……マジか」

「…………マジです」

 

 カズマとめぐみんが沈黙する中、疑問を覚えたからかようやく泣き止んでくれたアクアが会話に参加する。

 

「どういう事? 爆裂魔法を習得出来るほどのスキルポイントがあれば、他の魔法だって習得出来るはずよ?」

「……スキルポイントって?」

「……すまん。俺も知らん」

 

 聞き覚えはある。冒険者ギルドの受付の女性が確かに口にしていた。が、詳しい話を聞く事を失念していた。

 冒険者としても転生者としても先輩となるカズマも、スキルポイントに関しては知らないらしい。

 なんとなく気になり始めたのだが、カズマも微妙に――いや、何も言うまい。

 疑問を顔に浮かべる僕たちを見て、アクアが得意気に説明を口にし始めた。

 

「スキルポイントっていうのはね、職業に就いた時に貰える、スキルを習得するために必要なポイントよ。優秀な者ほど初期ポイントは多くて、このポイントを振り分けて色々なスキルを習得するの。例えば、超優秀な私なんかはまず初めに宴会芸スキルを全部習得して、それからアークプリーストのスキルを全部習得したわ」

「へえ……流石、と言うか、凄いんだね、アクアは」

「ふふん。そうでしょう? やっぱりライはカズマなんかとは違って優秀ね。もっと私の偉大さを称えてもいいのよ?」

「あとでね」

 

 つまりそれだけポイントに余裕があると言う事なのだと思うのだが……宴会芸スキルとはどこで使うのだろう。

 将来的に大道芸で生きて行くつもりなのだろうか、この女神は。

 

「ところで、宴会芸スキルってのは何に使うものなんだ?」

「スキルは、職業や個人によって習得できる種類が限られてくるわ。例えば、水が苦手な人は氷結や水属性のスキルを習得する際に通常よりも多くのポイントを消費したり、最悪習得事態ができなかったり。……で、爆発系の魔法は複合魔法って言って、火や風系列の魔法の深い知識が必要な魔法なの。つまり、爆発系の魔法を習得できるくらいなら、他の属性の魔法なんて簡単に習得できるはずなのよ」

 

 カズマの質問をさらりと流している辺り、聞かない方がいいんだろうな。

 聞かない方がいい気もする。

 

「つまり、爆裂魔法なんて高位の魔法が使えるのなら、下位の魔法が使えないわけがない、と」

「そう言う事。やっぱりライは優秀ね。どこかの誰かさんとは大違いよ」

「そうだな。俺もカエルに三度も食われたどこかの誰かさんよりもライの方がいいわ。……で、宴会芸スキルはどこで使うんだ?」

 

 微妙に僕の首を締めつつ、めぐみんがぽつりと呟いた。

 

「……私は爆裂魔法をこよなく愛するアークウィザード。爆発系統の魔法が好きなんじゃないんです。爆裂魔法だけが好きなのです」

 

 僕からすれば爆発も爆裂も同じに思えるのだが……彼女にとっては明確に違うものらしい。

 こだわり、というやつか。魔法使いにはそう言ったこだわりがあるのかもしれない。不用意に突っ込むのは止めておこう。

 ……まだ僕は、魔法に対する対抗手段を有していない。敵対は可能な限り避けなければならない。

 

「確かに、他のスキルを取れば楽に冒険ができるでしょう。火、水、土、風。この基本属性のスキルを取っておくだけでも違うでしょう。……でも、駄目なのです。私は、爆裂魔法しか愛せない。例え、今の魔力では一日一発が限界だとしても。例え、魔法を使った後に倒れるとしても。それでも私は、爆裂魔法しか愛せない! だって私は、爆裂魔法を使うためにアークウィザードになったのだから!」

「素晴らしい! 素晴らしいわ! 非効率的でもロマンを追い求める姿に、私は感動したわ!」

 

 感動したのか……

 どうやらアクアとめぐみんは互いに気が合う様子だ。多分駄目な方向だと思うが、仲良くなる事はいいことだ。

 それはそうとめぐみんだ。

 彼女が熱弁を奮うだけあって、確かに爆裂魔法は強力無比。あれほどの大威力なら大抵の相手は仕留められるに違いない。例えば――魔王ですら、直撃を喰らって無事でいられるかどうか。直接魔王と相対したわけではないが、めぐみんの爆裂魔法にはそう思わせるだけの説得力があった。

 だが、問題は一日一度の回数制限だ。

 はっきり言って、いくら強力な魔法であろうと、一日一度きりでは話にならない。おそらく、めぐみんがアークウィザードという上級職でありながらどのパーティーにも所属していなかった理由はそれだ。爆裂魔法がいかに強力だろうと――いや、強力だからこそその用途は限られる。

 広い場所で、攻撃範囲内に味方がおらず、相手が一歩も動かない状況。……群れた雑魚相手ぐらいにしか使い道がない。しかも、それで決め切れなかったら一気にお荷物だ。

 これで採用する方がどうかしている。

 僕の隣を歩くカズマも同様の結論に達したのか、妙に晴れやかな笑顔をめぐみんに向けていた。

 

「そっか。多分茨の道だろうけど頑張れよ。応援しているからさ。おっ、街が見えて来たな。じゃあギルドに着いたら今回の報酬を山分けにしよう。うん。まあ、機会があればまた会う事もあるだろう」

「ふっ。我の願いは爆裂魔法を放つ事のみ。報酬はおまけにすぎず、なんなら山分けではなく食事とお風呂とその他雑費を出して貰えるのなら我は無報酬ですらいいと思っている」

 

 それは実質僕たちが全て負担している事にならないだろうか。

 

「いやいや。めぐみんの強力な力は俺たちみたいな弱小パーティーには宝の持ち腐れすぎる。俺たちには普通の魔法使いで十分すぎる。ほら、俺とライなんて最弱の冒険者だしさ。なあ、ライ!」

 

 いや、そこで僕に同意を求められても。

 そしてめぐみん。気持ちは分かるけど縋るように腕に力を込めないで欲しい。首が締まる。

 ……うん。

 カズマの言いたい事はよく分かる。多分それが正しい選択なんだと思う。

 普通なら、めぐみんのような極端にすぎる戦力など編成しない。戦力外もいいとこだ。けど――カズマには悪いが、そもそも僕は戦力を期待していたわけじゃない。

 僕が必要としていたのは、あくまでカズマの注目を、詮索を、僕に向けさせないための壁役だ。

 カズマも、アクアも、めぐみんも。僕が魔王を下し、願いを叶えるための踏み台にすぎない。

 だから、僕は意識した笑みを浮かべて、口を開いた。

 

「いいじゃないか、カズマ。めぐみんはこのままで」

「……えっ?」

 

 僕の言葉が余程予想外だったのか、カズマは唖然とした表情で僕を見ていた。

 ……気持ちはよく分かる。僕だって何を言っているのかと、逆の立場であれば同じ事を考えただろう。

 

「いやいやいや。えっ? マジで言ってるの?」

「マジだ。……よく考えてみてくれ、カズマ」

 

 さて、ここからが腕の見せ所。いかにしてカズマを納得させるかが重要だ。

 まあ、これまでのカズマを見ている限り、争い事とは無縁に、平和に暮らして来たのだろう。命をかけた交渉など経験したこともないのだろう。

 何が言いたいのかと言えば――僕の特技の一つは弁論だ。

 

「――そうか……そう言われればそうだな! 確かにめぐみんがいてくれれば今後どんなモンスターが来ても安全確実に倒せるしな! めぐみん、これからよろしくな!」

 

 ――と、まあカズマはちょろかった。

 めぐみんの爆裂魔法の火力は文字通り最強であり、その特性もあって他に習得している人はほぼいないであろうこと。

 めぐみんがいた場合といない場合では討伐における危険度がどれだけ違うかという事。

 爆裂魔法使用後のデメリットについてはレベルが上がればある程度緩和されるであろうこと。

 これらを多少過剰に盛り上げつつ熱弁を揮えばカズマはあっさり納得した。

 そして――

 

「ふっ、ふふっ、ふははっははははははっ! 流石だな、白銀(しろがね)の騎士よ! 我が最強の爆裂魔法の有用性を見破るとは! その慧眼、恐れ入ったわ! ぬわっははははははははははっ!」

 

 僕の背中でめぐみんが呵々大笑していた。

 自分の爆裂魔法が認められた事が余程嬉しかったのだろうか。

 利用するための方便にすぎない言葉でこうも喜ばれると罪悪感で――いや、違う。寝惚けるな。そんな思考は切り捨てろ。

 心を偽れ。本音を隠せ。痛みなど塗り潰せ。

 出来るはずだ。得意だったはずだ。僕の名前はライ。――嘘つきなのだから。

 

「あー、うん。そこまで喜ぶとは思ってなかったんだけど、耳元で大きな声を出さないでくれ」

「あっ、すみません。嬉しくて、つい」

「分かってくれて何より。……ところで、白銀の騎士って?」

「ライの通り名です。色々悩んだ結果、今回はシンプルに名付けてみました。かっこいいでしょう?」

「恥ずかしいんだけど」

 

 至極当然と言った顔で言われたのだが、何故急にそんな中学生が考えたような通り名を……ああ、年齢的にはちょうどか。

 僕のささやかな抗議の声は聞き入れられる事はなく、めぐみんは強く、僕に体を預けて来た。

 そっと、顔を寄せて、彼女が囁く。

 

「……ありがとうございます」

「…………うん。これから、よろしく」

 

 僕は、今、どんな顔をしているのだろうか。

 上手く、表情を作れているだろうか。

 肩に顔を沈めためぐみんの、心の底から嬉しそうな声に。

 僕は、どうにかそんな言葉を絞り出した。

 

 §

 

「そう言えば聞くのを忘れてたんだけどさ、スキルってのはどうやって習得するんだ?」

 

 カエル討伐の翌日、ギルド内に集合し遅めの昼食をとっていた僕たちは、カズマのふとした疑問の言葉に手を止めた。

 スキル――そう言えばあったな、そんなものも。

 僕のギアスも、分類上はスキルになっていた。この世界に来た影響でギアスの力が変異している可能性もあるが……生憎、それを検証する気にはなれない。

 それはそうと、冒険者登録をした時にも言われていた。確か、僕とカズマの職業……《冒険者》は他の全てのスキルを習得出来るのだと。そうなると、僕のギアスをカズマが習得できる可能性もあるのか……? 危険だ。クラスカード以上にギアスに関しては秘密にしなければ。

 場合によっては、対象の殺害も視野に入れなければならない。

 

「スキルの習得ですか? そんなもの、カードに出ている現在習得可能なスキルってところから……ああ、カズマの職業は冒険者でしたね。そう言えば、ライの職業はなんなのですか?」

「僕の職業も冒険者、カズマと同じだよ。……それよりめぐみん、こっち向いて」

「うむっ?」

 

 お金がなく、僕たちと出会う前まではろくな食事を取れていなかったらしいめぐみんはテーブルマナーそっちのけで定食を貪るように食べていた。そのせいで口元が食べカスやらソースやらでべとべとだ。

 呼びかけて振り向かせためぐみんの口元をハンカチで拭う。

 ちなみにアクアは手近な店員を捕まえておかわりを要求していた。宗教家ではないが、こう……女神の威厳とかはいいのだろうか。

 人の気も知らないで暢気なものだ……いや、知られても困るか。

 

「ぷはっ……ありがとうございます。ええと、初期職業と言われる冒険者は、誰かにスキルを教えてもらうのです。目で見て、スキルの使用方法を教えてもらうとカードに習得可能スキルという項目が現れるので、そこからポイントを使ってそれを選べば習得完了なのです」

「へえ……つまり、僕らがめぐみんから爆裂魔法を教えてもらえば習得出来る、と」

「その通りです!」

 

 うっかり僕がそんな事を口にしてしまったせいで、めぐみんが赤い瞳を輝かせて詰め寄った。失策だ。

 一体何が彼女をここまで駆り立てるのか……めぐみんの爆裂魔法へのこだわりには並々ならぬものを感じる。

 

「その通りですよライ! それでこそ我が盟友! 深淵なる白夜の騎士! 習得に必要なポイントは馬鹿にみたいに食いますが、冒険者はアークウィザード以外で唯一爆裂魔法を習得出来る職業です! 爆裂魔法を覚えたいのなら幾らでも教えて上げましょう。いえ、むしろ爆裂魔法以外に覚える必要のある魔法などあるのでしょうか? いや、ない!」

「反語を使ってまで強調するほどか……」

 

 僕の隣からカズマの呟きが聞こえるが、予想以上にぐいぐいくるめぐみんを落ち着かせる気はまるでないらしい。

 昨日ギルドへの報告を押し付けた恨みでもあるのか。どちらかといえば恨みがあるのは僕の方なのだが。

 いや、それはともかく近い。とても近い。ほんの少し唇を突き出せば口づけを交わせるほどに近い。

 慄くように顔を引きながら、僕は苦笑を浮かべた。

 

「いや……せっかくだけど遠慮しておくよ。めぐみんは僕らの切り札。いざという時の決戦戦力だ。職業冒険者の僕たちが爆裂魔法を習得したところで威力が落ちるなら、パーティーに足りない部分を補う事にポイントを使った方が利口だろう?」

「む……確かに一理ありますね。……決戦戦力……切り札……ふふっ、ふふふふふふふふふっ……」

 

 苦し紛れの僕の言葉がめぐみんの何かしらの琴線に触れたのか、納得したように着席した後にやけながらぶつぶつと何やら呟いている。

 何を言っているかは聞こえない。僕には聞こえない。ああ、聞こえないとも。

 なにやら再び恥ずかしい二つ名を恥ずかしげもなく与えられた気もするが、それも僕には聞こえなかった。

 

「つーかさ、爆裂魔法を習得するにしたって、俺のスキルポイントは3なんだけど、これで足りるのか?」

「冒険者が爆裂魔法を習得しようとするならスキルポイントの10や20じゃきかないわよ。十年ぐらいかけてレベルを上げて、その間一切他のスキルにポイントを振らなかったら……多分習得出来るんじゃない?」

「待てるかそんなもん」

 

 まあ、実用的でない事は確かだ。

 しかし、カズマのスキルポイントが3……? 僕のポイントはカズマのそれを優に超えているが、レベルは変わらず1のままだ。これもまた個人差があるのか?

 

「カズマのレベルは今どのくらいなんだ?」

「俺? 俺は今4だけど……そう言うお前はどうなんだよ」

「……僕はまだレベル1だよ」

「1!? おいおい、冒険者はレベルが上がりやすくて、あのカエルも駆け出し冒険者がレベルを上げやすい部類のモンスターなんだぜ? それが全然上がってないってどういう事だよ」

「僕に言われても……なんでだろう?」

 

 カズマと二人、首を傾げたが答えが分かるはずもない。

 答えの分からない問題を延々と考えるのも建設的ではない。レベルはそのうち上がるだろうと結論付けて、僕たちはまず手頃に使えそうなスキルを覚えているであろうアクア――爆裂道を突き進むめぐみんは選択肢から除外する――にご教授していただく事にした。

 

「というわけですまないが、アクア。何か手頃なスキルを教えてくれないか? 初めてだからなるべくポイントを使わないもので頼む」

「ふふん。まあ、ライがどうしてもと言うなら教えてあげるわ。このアクア様の半端ないスキルを()()()教えて上げる!」

「なんかお前俺とライとで対応違いすぎねえ?」

 

 特別に、をやけに強調して得意気に胸を張るアクア。彼女の耳にカズマの声は果たして届いているのだろうか。

 そして彼女は僕の話を聞いていてくれたのだろうか。()()()スキルで十分なのだが。……まあ、僕のポイントはカズマと違って随分と余裕がある。実際に習得するかどうかは見てから決めるとして、ここは彼女を持ち上げておこう。

 身近い付き合いだが、扱い方はなんとなく掴めて来た。

 

「いい? まずはこのコップを見ててね。この水の入ったコップを自分の頭の上に落ちないように載せる。ほら、やってみて」

 

 周囲の目を気にしつつも、カズマはアクアがやったようにコップを頭の上に載せた。これがどんなスキルかは分からないが、僕もカズマに習ってコップを頭の上に載せようと――って、ちょっと待て。よく思い出せ、僕。昨日アクアはなんて言っていたかを思い出せ。

 頬が引きつるのを自覚しながら、一縷の望みをかけて僕は本人に尋ねてみる事にした。

 

「ねえ、これもしかして宴会芸スキルなんじゃないか?」

「ええ、そうよ?」

「誰が宴会芸スキル教えろっつったこの駄女神!」

「ええーーーーーー!?」

 

 僕の問いかけにさも当然のように肯定したアクアはカズマの罵声にショックを受けたのか、いじけたように次の工程で使う予定だったのだろう植物の種をテーブルの上で転がしている。それでも頭の上のコップは落ちない。……どうなっているのだろうか。

 ちょっと宴会芸スキルに興味が湧いたがそれはそれ。流石にこれはフォローする気も起きない。

 ため息をつきながら僕は手にしたコップをテーブルに置いた。

 

「あっはっは! 面白いね君たち。ねえ、君たちがダクネスの入りたがってるパーティーの人? 有用なスキルが欲しいのなら、盗賊スキルなんかがお勧めだよ?」

 

 明らかに僕たちへ向けられた言葉に、カズマ共々視線を動かす。

 声の発生源は隣のテーブル。そこに、二人の女性がいた。

 声をかけて来たのは頬に小さな刀傷のある、快活そうな銀髪の女の子。歳は……見た限り僕たちとそう変わらないように見える。その隣には僕にとって馴染みのある金属鎧を身に付けた長い金髪の女の子。凛々しい顔立ちの彼女は、その装備も相まって騎士を思わせる。

 ふと隣を見れば、カズマがその女騎士を見て驚いたように小さく目を見開いていた。

 昨日、僕たちと別れた後、ギルドで知り合ったのだろうか……?

 

「えっと、教えてくれるのはありがたいんですけど、盗賊スキルにはどんなのがあるんでしょう?」

 

 盗賊スキル、という言葉には不穏な物しか感じないのだが。

 カズマの問いに銀髪の少女は上機嫌に笑って答えた。

 

「よくぞ聞いてくれました。盗賊スキルは使えるよー。罠の解除に敵感知。潜伏窃盗、とにかく持ってるだけで役立つスキルが盛りだくさん!」

「でもお高いんでしょう?」

「ノンノン。今ならなんとクリムゾンビア一杯でお買い得! 初期職業の冒険者なら習得にかかるポイントも少ない盗賊スキルはお得だよ? さあ、どうする!?」

「買った!」

 

 ……なんだろう、この茶番。

 カズマには分かっているらしいこのやり取りはもしかしてこの世界における常識か何かだろうか。正直僕は置いてけぼりだ。

 カズマが近くにいた店員を捕まえ少女の要求通り注文しているのを尻目に、僕はなんとなくスキルを教えてくれるという彼女に目を向けた。

 

「おや? そこの銀髪のイケメンお兄さん。あたしに何かご用かな?」

「……いや、すまない。不躾だった。不快に感じたのなら謝罪する」

「あははっ! お兄さんは真面目さんだねえ。いいよいいよ。こーんなイケメン紳士を間近に見れるなんてこれこそお得だからね!」

 

 少女の言葉に愛想笑いで返し、僕は視線を未だにいじけるアクアに向けた。

 何故だろうか。

 顔も、性格も、雰囲気も何もかもがまるで違うのに――どうしてだか僕には眼前の少女とアクアが似通って見えた。

 




作中、ライのレベルが上がっていないのはきちんとした理由があります。
このすばの設定を知ってて、察しのいい人は気付くかも?


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5.スキル獲得

実は最初主人公の特典を仮面ライダーにするかどうか迷ってた。



 冒険者ギルドの裏手の広場。

 そこに、僕たちは移動していた。

 

「まずは、お互い自己紹介しとこうか。あたしはクリス。見ての通り盗賊だよ。で、こっちの無愛想なのがダクネス。そっちの君は昨日ちょっと話してたんだっけ? ダクネスの職業はクルセイダーだから、君たちに有用そうなスキルはないと思うよ」

「ご丁寧にどうも。僕はライ。知っていると思うけど、職業は冒険者。よろしく頼む」

「えー、俺はカズマって言います。よろしくお願いします!」

 

 クリス、と名乗った銀髪の女とダクネス、と言うらしい金髪の女騎士。そして僕とカズマの四人が人気のない広場に立っていた。

 アクアはいじけていてめぐみんは恍惚として話を聞いていなかったので置いて来た。

 

「ではまずは手始めに《敵感知》と《潜伏》をいってみようか。《罠感知》とかは、こんな街中に罠なんてないからまた今度ね。……ダクネス、ちょっとむこう向いてて」

「……ん? ……分かった」

 

 言われた通りダクネスが反対を向き、その間にクリスは少し離れた場所にある樽の中へ入り、上半身だけを出す。

 そして、事前に拾っていたらしい小石を何を思ったかダクネスの頭に投げつけ樽の中に身を隠す。

 

「…………」

 

 石をぶつけられたダクネスは無言のままクリスが隠れた一つしかない樽へと歩いて行く。

 

「敵感知……敵感知……! ダクネスが怒っている気配をピリピリ感じるよ! ねえダクネス!? 分かってると思うけどこれはスキルを教えるために仕方なくやってる事だからね!? ちょっ、まっ、ああああああああああっ!? やめてええええええええええっ!」

 

 クリスが中に入ったまま樽を倒されそのままゴロゴロと転がされる。

 中から憐みを誘う悲痛な叫びが響き渡る……一連の流れを見ているとただ芸人のコントを見ている気にしかならないのだが。

 これで本当にスキルを覚えられるのだろうか……?

 

「さ、さて、じゃあ次はあたし一押しのスキル、窃盗をやってみようか! これは、対象の持ち物を何でも一つ、ランダムで奪い取るスキルだよ。相手がしっかり握っていようが鞄の奥に隠しておこうが、関係なく、ね。スキルの成功確率はステータスの幸運値に依存するんだけどね」

 

 ダクネスに転がされ、目を回していたクリスが回復した後、教えてくれるというのは盗賊らしいスキルだった。

 先程の光景を見ている限り不安しかないのだが……まあ、今のところ「金を出せ」と言われる気配もないし、純粋な好意であると思っておこう。

 問題は窃盗、だ。

 クリスによればこのスキルはステータスの幸運値に依存する。となると幸運の値が平均より低いと言われた僕には余り使いどころのないスキルかもしれない。カズマはどうか分からないが、どことなく自信ありげな表情をしている辺り、彼の幸運値はそれなりに高いのかもしれない。

 と、クリスがカズマの方へと手を向けた。

 

「じゃあ、試しに君に使ってみるからね? ――『スティール』!」

 

 クリスが力強く叫ぶやその手の中に光が瞬き、小さな何かが握られていた。

 僕に見覚えはないから、間違えなくあれはカズマの物なのだろう。

 

「あっ!? 俺の財布!?」

「おっ! 当たりだね! っとまあ、こんな感じで使うわけさ」

 

 ――危なかった。

 馬鹿か、僕は。スキルの説明を聞いていたのに何を暢気にしていたんだ。

 財布を奪われ慌てているカズマを尻目に、僕は今更のように冷や汗をかいていた。

 もし、クリスがカズマではなく僕に対してスティール発動し、奪われていたのがクラスカードだったら財布を取られたどころではない。彼女の気まぐれ一つでカードを奪われたままになるのかもしれない。そうなると多少ステータスが高いらしい僕では魔王を倒すどころではなくなってしまう。

 カズマには悪いが、実験台になったのが僕ではなくてよかった。あとで何か奢ることにしよう。

 

「それじゃ、この財布は返し――いや、ちょっと待った。ねえ、あたしと勝負しない?」

 

 カズマに財布を返そうとしていたクリスが、不意にそう言ってにんまりと笑った。

 その笑みに、悪意は感じない。

 

「君たち、早速窃盗スキルを覚えてみなよ。それで、あたしから何か一つ、スティールで奪っていいよ。それが、あたしの財布でも武器でも文句は言わない。この軽い財布の中身だと間違いなくあたしの財布と武器の方が価値はあると思うけど、何を取られてもあたしは文句を言わないからさ。君たち二人でチャンスは二回。どんな物でもこの財布と引き換え。……どう? 勝負してみない?」

 

 勝負しない。する意味がない。

 一攫千金は夢があるが背負わなくてもいいリスクを背負うのはただの馬鹿がやることだ。

 

「カズマ。分かってると思うけどこの勝負」

「いいぜ、やってやる!」

「……ええ?」

 

 もしかしなくても馬鹿なのか。

 思わずじと目で見つめる僕に、カズマは無駄に活力にあふれた顔で振り返った。

 

「まあ見てなって。俺、こういう荒くれ冒険者の賭けごとみたいなイベントに憧れてたんだ」

「……まあ、そこまで言うなら止めないけど。あとで泣いても知らないぞ?」

「大丈夫だって。こういう時こそ俺の幸運が仕事してくれるはずだ!」

 

 何やらウキウキとカズマは自身の冒険者カードを取り出し操作を始めている。クリスとの勝負に乗るべく早速スキルを獲得しているのだろう。

 ……仕方ない。ここでカズマが路傍の石を掴まされたら不憫でならない。少しでも確立を上げるために僕も協力しておこう。恩も縁も努力も積み重ねておけば後々役に立つ。塵も積もれば山となる、だ。

 スキルを習得したカズマに習い、僕も自身のカードを取り出し、スキルを習得すべく目を通す。

 めぐみんが言っていたように習得可能スキルと言う欄が新たに追加されており、そこを指でタップすると三つのスキルが表示された。

 表示されたのは、《敵感知》、《潜伏》、《窃盗》。各1ポイントで習得出来るようだ。

 迷わずそれらのスキルを習得すると、どういうわけか膨大な僕のスキルポイントから3ポイントが消費される。蚊に刺された程度にもならない消費だな……この分だとめぐみんの爆裂魔法も習得出来るんじゃないか?

 

「よーし、早速覚えたぞ。勝負だ、クリス! 何を盗られても泣くんじゃねえぞ!」

「あはっ! いいね、そのノリの良さ! いいとも、盗れるものなら盗ってみなよ! 今なら敢闘賞がこの財布。当たりはこの魔法のかけられたダガーだよ! こいつは四十万エリスは下らない一品だからね! そして残念賞はさっきダクネスに当てるために一杯拾っておいた石だよ!」

「ああっ! きったねえっ! そんなのアリかよ!?」

「だから言ったのに……」

 

 まあ、カズマの幸運値は高いらしいので、目も当てられない結果にはならない、とは思うが……

 

「一応言っておくけど、僕も今お金に余裕はないからね」

「うぐっ……あ、ああ? 別に? 俺はしっかりばっちりお宝ゲットするし?」

「声が震えてるよ、君」

「やかましいぞクリス!」

「あははっ! どんなスキルも決して万能じゃない。効果が分かれば対策だって取れる。一つ勉強になったね? カズマ君」

 

 ……なるほど。

 つまり、彼女は正しく冒険者の先輩として、僕たちに教授してくれたわけか。

 ……いい人だな。こういう人とは今後も関係を持っておいた方がいいか。

 ああ、本当に、自分で自分が嫌になる。

 

「こうなったらやってやる! 昔から運だけはいいんだ、俺は! 『スティール』!」

 

 叫ぶと同時、何もなかったはずのカズマの手に何やら布らしき物が握られる。

 スキルを使うのは今回が初めてのはずだが、一発で成功させるあたり、本当にカズマの幸運値は高いらしい。

 問題は、カズマが何を盗ったか、なのだが……

 それは、白い布だった。

 カズマはその布切れを広げ、両端を摘まんで陽にかざす。その布の正体は……僕は黙って顔を反らした。

 

「ヒャッハー! 当たりも当たり! 大当たりだあああああああああああっ!」

「いやああああああああっ! ぱ、ぱんつ返してえええええええええええっ!」

 

 ああ、もう、いい関係を築こうとしていたのに! なんでピンポイントにそんな物を!?

 頭を抱えて項垂れたい気持ちに駆られるが、ひとまず耐える。

 スカートの裾を押さえて顔を真っ赤に絶叫するクリスと、そんな彼女の下着を高々と掲げ、タオルのようにぶんぶんと振り回しているカズマ。

 …………今すぐ、他人のふりをして帰りたい……っ!

 

「うぇへへへへへへ! さーて、こいつをどうしてやろうかなー、んん?」

「変態! どうしてスティールであたしのぱんつを剥ぎとれるのさ!?」

 

 同感だ。

 

「ねえ君!? あなたはそっちの子の仲間なんでしょ!? どうにかしてくれないかな!?」

「凄く否定したいんだけど……まあ、やってみるよ」

「おおっと、ライ。いくらお前でも今の俺は止められないぜ!」

 

 実に分かりやすく調子に乗っている。

 そのにやけた顔を引っ叩いてやりたいが、今は自制する。

 その代わり、僕は片手をカズマに突き出した。――ちょうど、クリスとカズマがやっていたように。

 

「『スティール』」

「ああっ!?」

「おおっ!」

 

 カズマの手から下着が消え、入れ替わりに僕の手の中に布の感触。

 若干の不安はあったが、無事成功してくれたらしい。ほっと安堵の息を吐き、ついでに手の中から伝わる仄かな温もりを意識から弾き出す。カズマが余程大事に握り締めていたのだろう。いや、握り締めていたんだ。

 

「流石は今話題の天使様だね! ところで、あの、そろそろあたしのぱんつ返してほしいなー、って」

「……勝負してみる?」

「ごめんなさいっ! あたしが悪かったからホントにぱんつ返してええええええええええっ!」

 

 §

 

 取り合えず、下着は返した。

 そしてクリスはカズマを警戒しているのか僕の影に隠れるように歩き、そのカズマは下着を手放したことで正気に戻ったのかバツが悪そうな顔をしている。

 当初の目的から大分脱線してしまっていたが、目的そのものは果たされていたので僕たちはギルドに戻って来た。のだが――

 

「アクア様!、もう一度! 金なら払いますから、どうかもう一度だけ《花鳥風月》を!」

「馬鹿野郎! アクアさんには金より食い物に決まってるだろ! ですよね!? アクアさん、好きな物を奢りますからどうか《花鳥風月》を!」

 

 なにやらアクアの周りに大勢の人だかりが出来ていた。

 なにかやらかした……ようには見えない。一体どういうことなのだろうか。花鳥風月? 風流と何の関係が?

 

「何これ?」

「俺にも分からん」

 

 アクアとの付き合いも長いカズマに尋ねてみたが、カズマはそう言って首を左右に振った。

 

「分かってないわねー。いい? 芸って言うのはね、請われたからって何度もやるものじゃないの! 一度ウケたからって同じジョークを何度も繰り返すのは三流のすることよ。そして私は芸人じゃないから芸でお金を貰うわけにはいかないの! これは芸を嗜む者の最低限の覚悟よ。それに花鳥風月は元々あなたたちに見せるための物でもなく――あっ! ようやく戻って来たのね、ライ!」

「おい。俺もいるだけど」

「馬鹿ね。カズマとライとじゃどっちを優先するかなんて決まり切ったことじゃない。……あれ? その人どうしたの?」

 

 眉をひそめたカズマの苦言をさも当然と言いたげな態度であっさり流したアクアは不思議そうに涙目のクリスを見ていた。

 さて……どう説明したものか。

 今後のことも考えてあまりカズマの悪評を広めることは望ましくない。スティールで女性の下着を剥ぎ取ったなんてどんな性犯罪者だ。

 どうアクアを誤魔化すかと思慮する僕のことなどお構いなしに、ダクネスが誰より早く口を開いた。

 

「ああ、クリスはカズマにぱんつを剥がれて辱められたことで落ち込んでるんだ」

「ちょおっ!?」

「間違ってないのがなんとも……」

 

 ダクネスの言葉にギルドにいた女性冒険者たちから汚物を見るような眼を向けられたカズマが哀れだ。

 

「待て、待ってくれ! そもそもあれは事故みたいなもんだろ!? あんたの言い方だと誤解されるだろ!」

「誤解……?」

「ライ! 変に煽らないで! 頼むから!」

 

 スティールはランダムなのでカズマが下着を剥ぎ取ったのは、まあ、事故なのだろうけど。その後の行動は故意ではないのだろうか。

 思わず首を傾げた僕に、カズマが必死に取り縋って来た。

 気がつけば女性冒険者のみならず側に来ていたアクアとめぐみんのカズマを見る目が冷やかになっていた。

 

「あー……ごめん?」

「軽い!」

「公の場でぱんつ脱がされたからって、落ち込んでちゃ駄目だよね! よし、ダクネス。あたし、悪いけど今から臨時で稼ぎのいいダンジョン探索に参加してくるよ! 盗られた下着の分のお金も必要だしね!」

「おいちょっと待ってくれ! ぱんつはライが返しただろ!?」

 

 あ、視線に殺意が混じった。

 高まる周囲の女性冒険者たちからの殺意混じりの視線に恐々とするカズマに向けて、クリスが悪戯っぽく笑った。

 

「これくらいの逆襲はさせてもらうよ? あ、それからさっきはありがとね、ライさん! じゃあ、ちょっと稼いで来るからダクネスは適当に遊んでいてね!」

 

 などと手を振りながら言うクリスに苦笑しつつ手を振り返し、冒険仲間募集の掲示板に向かうクリスの後ろ姿を見送り、僕はダクネスに向き直った。

 

「……君は一緒に行かないのか?」

「……うむ。私は前衛職だからな。前衛職はどこにでも有り余っている。でも盗賊はダンジョン探索に必須な割に成り手が少ないからな。クリスの需要は幾らでもある」

 

 まあ、前衛職は戦いの花形と言っていい。それに比べれば盗賊は目立たず地味に思えるのだろう。

 アクアも言っていたが、職業によって需要に差もあるのなら、冒険者と言う職業はスキル獲得の手間を惜しまなければ八面六臂の活躍が期待出来る。

 やりようによってはクラスカードなしでもある程度強敵と渡り合うことも不可能ではない、か。

 

「ところで、もうすぐ夕方なのに今からダンジョン探索に向かうのか?」

「通常、ダンジョン探索は朝一からが望ましいのす。なので、前日の内に出発してダンジョンの近くで朝までキャンプをして待機するのです。ダンジョン前にはそういった冒険者を相手にしている商売だって成り立ってますし。それで? ライたちは無事にスキルを覚えられたのですか?」

「ああ、習得自体は滞りなく。ただ……カズマの性欲が爆発してね」

「言い方ぁッ!」

 

 いよいよ周囲の女性たちからの冷たい目線に耐え切れなくなったカズマが崩れ落ちた。自業自得なので反省してほしい。

 

「……ええと、それで、だ。クリスが言うには君は僕たちのパーティーに入りたいんだっけ?」

「うん? ……ああ、そうだ。是非とも私をこのパーティーに入れてほしい。攻撃に自信はないが、防御力にはなにより自信はある。戦闘中は私を盾にしてくれて構わない。いやむしろ盾として馬車馬のように使ってくれて構わない」

「前衛で、盾……僕は特に断る理由はないと思うけ――え? カズマ? どうしたんだ?」

 

 不意に服の裾を引っ張られたのでそちらを見ると、何故かカズマが必死に顔を左右に振っていた。

 ええと……ダクネスをパーティーにいれることに反対なのだろうか。確かに駆け出し冒険者の街、と言われている割にダクネスの身に着けている装備は見るからに一級品だ。立ち振る舞いにも気品のようなものを感じさせる。

 王族……は、ないとしても、貴族ではあるかもしれない。もしやカズマもダクネスの素性に勘付いたのか?

 

「この人だれなの? 昨日カズマが言ってた人?」

「おや? この方クルセイダーではないですか。パーティーのタンクとしてこれ以上ない職業ですよ。断る理由はないのでは?」

 

 アクアもめぐみんも、ダクネスがパーティーに加入することに関して特に抵抗はないらしい。むしろ、前向きに捉えているようだ。

 僕としても、パーティーの人数が増えることは喜ばしいことだ。その分、カズマたちからの注意が僕から逸れるのだし。とはいえ余り我を通して下手な不信感をカズマに抱かせたくない。

 ここはめぐみんの時と同じように、何かクエストを受注する形でダクネスの方からカズマに売り込んでくれることが理想だが……

 

『緊急クエスト! 緊急クエスト! この街にいる冒険者の各員は、至急冒険者ギルドに集まってください! 繰り返します。この街にいる冒険者の各員は、至急冒険者ギルドに集まってください!』

 

 街中に大音量でギルドのアナウンスが響き渡る。

 緊急クエスト、とは予想外だが好都合だ。

 ここでさりげなくダクネスの補佐をしつつ、適度に活躍させることが出来ればカズマもパーティーへの加入を認めてくれるだろう。

 

「ちょうどいいし、このクエストでダクネスの力を見せてもらおう。カズマも、それでいいか?」

「あ、ああ。まあ、それなら別に……ところで、緊急クエストってのはなんだ? 街にモンスターが襲撃に来たのか?」

 

 確かに、それは気になる。

 僕たちの現存戦力で到底敵わない相手が襲いかかって来たとしたら、僕も手札を切るしかなくなる。そうなればダクネスがどうこう、といった段階ではなくなってしまう。

 それぞれの理由で、不安を募らせる僕とカズマだったが、どういうわけか他の人たちは嬉しそうだ。

 危機感が感じられないのはどういうことだ……? 街の危機、というわけではないのか?

 

「……ああ、多分、キャベツの収穫だろう。もうそろそろ収穫の時期だしな」

「「……は?」」

 

 僕とカズマは、そろって目を丸くした。

 




主人公の特典候補は他二つ。
・ライブメタル(口調が合わないと思って断念)
・牙狼系統(主人公の前世を大幅に改編することになるので断念)

気が向いたら外伝という形で書くかもしれません。


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6.クエストに向けて

お待たせしました。

長らく待たせた割に低クオリティの手抜きですが……つ、次は大丈夫! 原作に描写がないのは極力カットしているだけだから! 次からが本番だから!



「皆さん! 突然のお呼び出しすいません! もうすでに気付いている方もいるとは思いますが、キャベツです! 今年もキャベツの収穫時期がやってきました! 今年のキャベツは出来がよく、一玉の収穫に付き一万エリスです! すでに街中の住人は家に避難していただいてます。では皆さん、出来るだけ多くのキャベツを捕まえ、ここに納品してください! くれぐれもキャベツに逆襲されて怪我をしないようにお願いします! なお、人数が人数、額が額なので、報酬は後日、お支払いとなりますので!」

 

 キャベツ──アブラナ科アブラナ属の多年草。主に野菜として多く食され、栽培上は一年生植物として扱われる。ちなみに、よく似たレタスはキク科の野菜なのでキャベツとは親類でも何でもない。見た目が似ているだけだ。

 キャベツの親類種はケールやブロッコリー、カリフラワーなどが該当する。

 野菜なのでてっきり畑に生えてくる物と思っていたが……そうか。キャベツは飛ぶのか。

 

「……なあ、カズマ」

「……なんだ、ライ?」

「キャベツって、空飛ぶ野菜だったんだな。これからは農家の方々に敬意を持って接することにするよ」

「落ち着け! キャベツは普通飛ばないぞ! お前が正気を失ったら俺が大変なんだよ!」

 

 カズマは涙目だった。

 歓声を上げる人々の視線の先には、大空を悠々と飛び回る緑色の丸い物体……キャベツだった。紛うことなきキャベツだった。

 

「そう言えば、二人は知らなかったわね」

 

 空飛ぶキャベツと言う摩訶不思議な減少に呆然と立ち尽くしていると、いつの間にか側に来ていたアクアが厳かな雰囲気を醸し出していた。

 それはあたかも、神託を告げるがごとく。

 

「この世界のキャベツは──飛ぶわ。味が濃縮してきて収穫時期が近付くと簡単に食われてたまるかとばかりに。街や草原を疾走する彼らは大陸を渡り海を越え、最後には人知れぬ秘境の奥で誰にも食べられず、ひっそりと息を引き取ると言われているの。それならば、私たちは彼らを一玉でも多く捕まえて美味しく食べてあげようってことよ」

「……そっか。きっとキャベツも喜んでくれるよ」

「帰って来いライ! 俺を一人にしないでくれぇ!」

 

 僕はしばらく一人になりたいかな……

 馬小屋に帰って寝たい、と現実逃避するように項垂れるカズマはひとまず置いておいて、だ。

 僕もいつまでも呆然としているわけにもいかない。

 冒険者たちがここまで気勢を上げているのはこのキャベツ収穫の報酬が格別だからだろう。僕としても参加しない理由はない。

 ……キャベツっぽい鳥を捕まえているのだと思えば、うん。大丈夫。何がどう大丈夫なのかは自分でも分からないけど。

 

 §

 

「私の名はダクネス。職業はクルセイダー。一応両手剣を使ってはいるが、戦力としては期待しないでくれ。なにせ、不器用すぎて攻撃はほとんど当たらん。だが、壁になることは得意だ。頑丈さだけが取り柄でな。むしろ、堅牢な肉壁として遠慮なく盾にして欲しい」

「そうですね」

「アークプリーストのアクアにアークウィザードの私、そしてクルセイダーのダクネス。上級職が三人とは、我々のパーティーも大分豪華な顔触れになってきましたね」

「そうだね」

 

 新たに加入した前衛職のダクネスに盛り上がるアクアとめぐみんをよそに、僕とカズマは死んだ目で採れたてキャベツを口に運ぶ作業を続けていた。

 摩訶不思議に美味しいキャベツが悲しかった。

 キャベツ採集の際、ダクネスと意気投合したアクアとめぐみんがパーティーに加えようと提案して、元々そのつもりだった僕も賛同したのだが……正直後悔している。

 なにせ彼女、防御系スキルにスキルポイントを全て注ぎ込んでいるため攻撃が一切当たらないのだ。前衛職なら習得して当たり前と言う、《両手剣》などを初めとする武器の扱いが上達する攻撃スキルを一切習得していないらしい。

 武器系統のスキルを習得していないのは僕も同じだが、スキルを習得するまでもなく大抵の武具なら扱える。が、ダクネスは元々武器を扱えるわけでもなく、見ていた限りでは力任せに剣を振り回しているだけのように思える。

 

「ああ……先程のキャベツやモンスターの群れに蹂躙された時は堪らなかったなぁ……」

 

 これがなぁ……

 カズマはうつろな目でキャベツを咀嚼しながら「美人なのになぁ……見た目はクール系美女なのになぁ……」と呟いている。哀愁を誘うその姿に僕は罪悪感から皿に残っていた肉を二切れほど贈呈しておく。

 今はなにやら煤けているが、カズマは先程のキャベツ収穫にて八面六臂の活躍だったのだ。

 空飛ぶキャベツを追って街に迫っていたモンスターの群れを爆裂魔法で粉砕──した後恒例の魔力切れで倒れためぐみんを素早く回収し、キャベツやモンスターたちのど真ん中に自分から突っ込んで行き案の定囲まれ袋叩きにされるダクネスをキャベツを的確に収穫して救出。

 潜伏スキルで気配を消し、敵感知でキャベツたちの動きを捕捉し、スティールで背後から強襲する姿はまるで暗殺者のごとし。

 動きが的確と言うか、素の能力が低い分それを補うための創意工夫は僕自身、目を見張るものがある。いい意味で常識に囚われていない……いや、僕と違ってカズマはこの世界に早くも順応しつつあるのだろう。侮っていてはいずれ思わぬところで足下を掬われるかもしれない。

 

「このパーティーでは本格的な前衛職は私だけのようだから、遠慮なく私を囮や壁代わりに使ってくれ。なんなら、危険と判断したら捨て駒として見捨ててもらってもいい。……んんっ! そ、想像しただけで、む、武者震いが……っ!」

 

 頬を赤く染め、息を荒げるその姿は、傍から見ていると官能的に映ったりするのだろうか。

 僕の目には被虐的趣味の変態にしか映らないのだが。

 

「あらゆる回復魔法を操るアークプリーストに、最強の攻撃魔法を使うアークウィザード。そして、鉄壁の守りを誇るクルセイダーか……」

 

 凄いな。完璧な布陣だ。

 支援職なのに前に出てモンスターに捕食されるアクアに、一日一発一種類の魔法しか使えないめぐみん。そして、攻撃が一切当たらない前衛職のダクネス。

 凄いな。苦労しかしなさそうだ。

 

「というわけで、だ。これから多分……というか確実に足を引っ張ることになるだろうが、そんな時は是非遠慮なく罵ってくれて構わない。むしろ強い口調で罵倒されると興奮す──んんっ! 反省できるからなっ!」

「今興奮するって言ったか?」

「言ってない」

 

 とりあえずこれから先カズマには優しくしよう──僕は密かに心にそう誓った。

 

 §

 

 そんな一幕もあって、無事に……無事に? 僕たちのパーティーに仲間が一人増えることになった。

 いずれこのパーティーは切り捨てる算段ではあるが、それまではパーティーの一員として影に日向に彼らを支えよう。……いや、本当に、自分で企てておいてこんなことを思うのも変な話だが、流石にカズマが不憫すぎる。

 それはそうと、キャベツ狩りを経てカズマの冒険者レベルが6になった。何故、普通にモンスターを倒すよりキャベツを捕まえただけでレベルが上がるのか理解に苦しむが、そう言うものだと受け入れよう。ここは異世界。いちいち僕の常識と照らし合わせていたら胃が荒れる。

 聞いたところによると、新鮮なキャベツを食べると経験値が貰えるらしい。つまり、資金力のある冒険者ならわざわざ危険を冒してモンスターを狩るよりも安全にレベルが上げられることになる。キャベツ襲来であそこまで士気が高かったのも、そういった事情もあるのだろう。

 なのに、僕のレベルは相も変わらず1のままだ。

 これは何らかの不具合を疑った方がいいのだろうか……? 幸い、と言うべきか、僕のステータスは十分に高い。女神であるアクアには流石に及ばないが、それでもダクネスとめぐみんには総合力で勝っている。ここ、アクセルの街は駆け出し冒険者が多い街。駆け出しが多いということは危険度も比較的低い、と言うことに他ならない。

 余程のことがない限り、そうそうやられることはないだろう。現状、どうにもならなかったらクラスカードをしようすれば対処出来るだろう。出来なければ諦めるしかない。

 レベルが上がったことにより得られたスキルポイントでカズマはキャベツ狩りの際に仲良くなったという他パーティーの魔法使いと剣士からそれぞれ《初級魔法》と《片手剣》のスキルを教えて貰ったらしい。

 抜け目がないというか、機を見るに敏とするべきか……

 そんなカズマはアクアと共に装備を整えに武具ショップに行っている。流石にジャージで冒険はキツイと感じたのだろう。僕は既に必要な装備は整えているので現在はギルドでダクネス、めぐみんと共に二人を待って待機中だ。

 ……ちなみに、僕がこの世界に来た時ある程度の資金を渡されたと言った時、カズマは物凄い表情でアクアを睨みつけていたが、あれはどういう意味だったのだろうか。まさか、無一文で異世界に放り出されるわけはないだろうし。

 

「カズマたちを待っている間何もしないと言うのもな……私たちで稼ぎのいいクエストをいくつか探しておくか?」

「ああ……まあ、装備を新調したら試したくなるだろうしね。いいよ、探そうか」

「出来れば私の爆裂魔法が活躍するクエストがあればよいのですが……」

「……この辺りだと過剰戦力じゃないかな」

 

 言いつつ、僕たちは手頃なクエストを探すべく掲示板まで移動する。

 

「ふむ……今の時期だとジャイアントトードが繁殖期に入っているからな。街の近くまで出没している奴を討伐するクエストが──」

「カエルは止めましょう!」

 

 ダクネスに最後まで言わせず、強い口調でめぐみんが拒絶した。

 

「……なぜだ? カエルは刃物が通りやすくて倒しやすいし、攻撃も舌による捕食しかしてこない。倒したカエルは食用として売れるから稼ぎもいい。パーティーの試運転には十分だと思うのだが……」

「ああ……めぐみんは前にそのカエルに食われた事があって、それがちょっとトラウマになってるみたいなんだよ」

「カエルに食われた……きっとカエルの粘液まみれになって胃液で衣類を溶かされてあられもない姿に……そしてその姿に欲情したならず者たちに……ああっ! 駄目だっ、そんなっ!」

「……あの、ライ? なぜ私の目を塞いでいるのです?」

「ちょっと……情操教育に悪い光景が広がっていてね」

「いえ、私はもう十分に大人なのですが……と言うか前から思っていたのですがライは私を妙に子供扱いしていませんか?」

「ソンナコトナイヨ」

「何故カタコトなのですか!? 

 

 それはそうとダクネス。勝手に想像して勝手に悶えないでほしい。

 頬を染めて息を荒げるダクネスは……なんと言うか、思春期なのだろう。

 被虐趣味で思春期を拗らせるのは止めてほしい。

 

「……お前ら何やってんの?」

 

 ダクネスの奇行に僕が心の底から引いていると、買い物を終えたらしいカズマが呆れを多分に含んだ眼差しを送ってきていた。

 見れば見慣れたジャージではなくこの世界の服の上に革製の胸当てと金属製の籠手と脛当てを身に着けていた。武器も新調したのか片刃の剣を一振り、腰に差していた。ちょうど、僕と似たような格好だ。

 ひとしきり妄想して気が済んだらしいダクネスがカズマに視線を送り、ほう、と感心したように頷いた。

 

「見違えたな、カズマ。ようやく冒険者らしく見えるぞ」

「今まで俺ってどういう風に見られてたの?」

 

 不審者とでも思われてたのだろう。

 

「ま、まあいい。とにかく、緊急クエストのキャベツ狩りは除くとして、このメンツでは初めてのクエストだ。幸先良く行くためになるべく楽なクエストがいいな」

「まったく……これだから内向的なヒキ二ートは。そりゃああんたは最弱職で、同じ最弱職のライとは天と地ほどの差があるから慎重になるのは分かるけど、この私を初め、上級職ばかりが集まったのよ? もっと難易度の高いクエストをバシバシこなして、ガンガンお金稼いで、どんどんレベルを上げて、それで魔王をサクッと討伐するの! というわけで、一番難易度の高い高いヤツに行きましょう!」

 

 至極真っ当なことを言っているカズマを小馬鹿にするようにアクアがそんな無茶なことを言う。

 いや、アクアの言っていることも間違いではないのだ。間違いでは。ただ、このメンバーを普通の上級職の面々と同格に扱っていいのだろうか。

 多分、よくないと思うのだが。

 そんなことをつらつらと考えていると、カズマは妙に据わった眼差しをアクアに送っていた。

 

「……お前、言いたくないけど……まだ何の役にも立ってないよな」

「!?」

 

 カズマの言葉にアクアがびくりと肩を震わせた。

 

「本来なら俺はお前からチートな能力か装備かを貰って、ここでの生活には困らなかったわけだ。まあ、俺も? その場の勢いで? チートな能力や装備よりもお前を選んだわけだし? ケチなんて付けたくないよ? でもさぁ、本来俺が貰えるはずだったチートの代わりにお前を貰ったのに、お前は今のところそのチート並みに役に立っているのかと俺は問いたい。どうなんだ? 最初は自信たっぷりで偉そうだった割に、ちっとも役に立ってない自称元なんとかさん?」

「う、うぅ……元じゃなくて、その……い、一応、今も女神、です……」

「女神!? 女神ってあの!? 勇者を導いてみたり、勇者が一人前になるまで魔王を封印して時間を稼いだりする!? 今回のキャベツ狩りのクエストで、お前がやったことってなんだ!? キャベツに翻弄されて転んで泣いてただけだろ? お前、野菜に泣かされといてそれで本当に女神なの?」

「うう……で、でも最終的にはいっぱい捕まえたし……」

「お前ライに手伝ってもらってただろうがあああああああああああああああああああああっ! そんなんで女神名乗っていいと思ってるのか!? この、カエルに食われるしか脳のない、宴会芸しか取り柄のない穀潰しがぁああああああああああああああああああああっ!」

「う、うわぁああああああああああんっ!」

 

 カズマの容赦の欠片もない言葉攻めに精神に大ダメージを受けたアクアは泣きながら崩れ落ちた。

 勝った……と、カズマが生産性のない勝利に浸っている間、僕はダクネスに助言を貰いながら、クエストを見繕っていた。

 

「あー、カズマ。そっちは終わったのか?」

「うん? ああ、ライ。どうした? なにかいいクエストでも見つかったのか?」

「それなんだが、これはどう──えふっ!?」

「ライぃいいいいいいいっ! カジュマがぁ! カジュマがぁあああああっ!」

 

 カズマに見つけたクエストのことを離そうとした矢先、飛びついて来たアクアの頭頂部が僕の腹部にめり込んだ。

 完全な不意打ちを急所に受け、鈍い鈍痛に脂汗がにじむ。

 

「お、おい、大丈夫か? 私が変わってやれたらいいのだが」

「……僕も、変われるのなら、変わりたいね」

「本当に大丈夫ですか……? 脂汗が凄いですよ……?」

 

 正直、ギリギリだ。

 出来れば直ぐにでも座って一息つきたいところなのだが……ショックのあまり号泣しているアクアを放っておくのも気が引ける。いや、同情の余地はあまりないのだが。

 

「な、なんとか。……こっちは落ち着かせておくから、説明を……ぐっ」

「聞いてよ! カズマが酷いのよ! 引きこもりの二ートのくせに! 二ートのくせにぃっ!」

「……ええ、では、カズマの方はこちらで説明しておくので、アクアは任せました」

 

 さて、まずは女神を慰めよう。

 ……今更だが、カズマと組んだのは失策だったかもしれない。




更新は気まぐれ、遅執ですが、とりあえず一巻までの内容はやるつもりですので。
二巻からは……どうしようかな。

次回もよろしくお願いします。


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7.共同墓地

遅くなりましたぁッ!

ソシャゲのイベントやらアニメやらゲームやらリアルの仕事やらで忙しくてずるずると執筆を先延ばしにしていたらいつの間にかここまで間が空き……いや、アイディア自体はふつふつと湧いてくるんですけどね。
なんかこう……執筆のモチベーションが上がらないと言うか。

そういうことってあるよね。



 街から外れた丘の上。僕たちは今、そこにある共同墓地に来ていた。

 理由は勿論、クエストのためだ。

 この世界の埋葬方法はほぼ土葬のみ。そしてこの共同墓地はお金がなかったり身寄りがなかったりでロクに葬式もしてもらえず、天に還ることも出来ずに夜な夜な彷徨うモンスターが湧くのだとか。

 上級職が大半であるとはいえ、ほぼ初心者のみで構成されたこのパーティーに合う、手頃なクエストはないのかとギルドの受付嬢に尋ねたところ、このクエストを紹介された。

 クエストの内容は、共同墓地に湧いたアンデッドモンスターの討伐。

 アンデッド、と聞くとどうにも専用の装備を整えなければ対抗できないような気がするのだが……別にそういうわけではないらしい。

 そもそも今回はプリーストで、他の職業と比べレベルが上がりづらいアクアのレベル上げのために受けた依頼だ。なんでも、神の理に反したアンデッド系モンスターは神の力が全て逆に働くのだとか。要するに、プリーストの回復魔法であればアンデッドは回復することなく肉体が崩壊してしまう……らしい。

 そして今回のモンスター討伐の対象になっているのが、ゾンビメーカーと呼ばれるモンスター。

 その名の通りゾンビを操る悪霊の一種であり、自らは質のいい死体に乗り移り、手下代わりに数体のゾンビを操るのだとか。アクアのレベル上げに妙な積極性を発揮したカズマと話し合った結果、駆け出しの冒険者パーティーでも討伐出来るらしいこのゾンビメーカーの討伐クエストを受けることにした。

 で、そのゾンビメーカーは昼間には出てこず、深夜を回った頃に出没する。

 そのため、僕らは墓地近くに腰を下ろし、鉄板を敷き、バーベキューを行っていた。

 

「ちょっとカズマ! そのお肉は私が目を付けてたお肉よ! あんたはこっちの野菜が焼けてるんだからこっちを食べなさいよ!」

「俺はキャベツ狩り以来どうも野菜が苦手なんだよ。焼いてる最中に跳ねたりしないか不安になる」

「それはちょっと分かるな……」

 

 分かりたくはなかったが。

 ともあれ、相も変わらず賑やかな……賑やか? な、アクアを宥めるべく確保していた肉を献上しつつ、炭を動かして火力を調節する。ついでに減っている肉を補給しておく。

 アクアもカズマも野菜そっちのけで肉ばかり食べるので消耗が偏ってしまっている。少しはめぐみんやダクネスを見習ってバランスよく食べてほしい。

 なお、めぐみんに好き嫌いはないのか、と聞いたところ、「好き嫌いが出来る程選り好みできませんでしたから」との返答が返って来た。……とりあえず、めぐみんには優先的に食料を渡しておくことにした。

 

「ライ、これをどうぞ。先程から焼いてばかりでほとんど食べていないでしょう?」

「そうだな。そちらは私が変わろう。こういう下働きは新参者の私がするべきだしな」

「僕は気にしないが……いや、そうだな。その言葉に甘えよう」

 

 火の番をダクネスと交代し、めぐみんから器を受け取る。……野菜が山となっている。いや、肉は少し苦手だからいいのだけれど。

 外でこうして火を囲み、仲間と同じ食事を摂る、と言うのは思いのほか新鮮だった。

 この行為を僕は楽しいと感じている。そんなことを思えるような、思っていいような人間ではないのに。

 

「……あっ、ごめん。カズマ、水を貰えるか?」

「ああ、いいぜ」

「……すみません。私にも水を貰えますか? というかカズマは何気に私よりも魔法を使いこなしていますね。初級魔法なんてほとんど誰も使わないような物なのですが、カズマを見ているとなんだか便利そうです」

 

 感心したようなめぐみんに、内心で同意する。

 このバーベキューで一番役に立っているのは、実はカズマだ。

 先日のキャベツ襲来でレベルが上がったカズマはその際に親しくなった魔法使いに初級魔法を教えて貰ったらしい。めぐみんが言ったように初級魔法は攻撃力はほぼないに等しく、大勢の魔法使い職は初級魔法を獲得せずにスキルポイントを貯め、中級魔法などの習得にポイントを宛てるのだとか。

 攻撃力だけを見れば、初級魔法を習得するメリットはない、ということなのだろう。が、カズマはその辺りに囚われない思考をしているようだ。

 本人のスキルポイントとの兼ね合いもあるのだろうが、例えば、ライターの代わりに『ティンダー』という着火に使う魔法で火をおこしたり、今しているように『クリエイト・ウォーター』で水を生み出したり。

 戦闘に直接役立つことは少ないだろうが、些細な労力を軽減したりと縁の下の力持ちと言う存在になりつつあるな、カズマは。

 僕も先日の一件で知り合った盗賊の人にいくつかスキルを教えて貰ったのだが、今回のクエストで使うことはなさそうだ。

 

「いや、元々そういう使い方をするんじゃないのか? 初級魔法って。あ、そうそう。『クリエイト・アース』! ……なあ、これってどういう使い方をすればいいんだ?」

 

 カズマが今使った魔法、『クリエイト・アース』はさらさらの土を創り出す土属性の魔法らしい。土、と言うよりは砂、と言った方が適切かもしれない。

 

「……畑に混ぜるんじゃないのか? 排水性は良くなりそうだ」

「ええと……ライの言う通り、そう言う使われ方をするそうです。畑などに使用すると良い作物が取れるそうで……それだけです」

 

 僕らの言葉に、カズマより先にアクアが反応した。

 

「やっだー、カズマさんったら農家に転職ですかー? クリエイト・アースで畑を作ってクリエイト・ウォーターで水も撒ける! カズマさんの天職じゃないですか! プークスクス!」

 

 アクアの煽りに、カズマは手の平に乗った土をアクアに向け、魔法を唱えた。

 

「『ウインドブレス』!」

「ぶああああああっ! いぎゃああああああっ! 目がっ! 目がぁああああっ! ぺっ! ぺっ! ううぇええ、口の中がじゃりじゃりするぅうううう!」

 

 盛大なしっぺ返しを食らったアクアがもんどりうって地面を転がる。

 スカートがめくれ、割と際どい絵面になっていると言うのに、どうしてこんなにも色気を感じないのか。見た目は本当に、目も覚める程の美人だと言うのに。……残念だ。色々と。

 

「なるほど。こうやって使うのか」

「多分、違うと思う」

 

 とりあえずカズマから貰った水を使って、アクアの回復を図ることにした。

 

 §

 

 腹ごなしも済み、時刻も深夜を回った頃。

 ちょうどいい時刻になったことで僕たちは依頼をこなすべく準備を整えていた。

 

「……ねえ、ライ。今日ここにいるのって、ゾンビメーカーなのよね? 私、そんな小物じゃなくてもっと大物のアンデッドが出そうな予感がするんですけど」

 

 そんなアクアの不穏な言葉に、実に嫌そうな顔をしたカズマが真っ先に反応した。

 

「おい止めろ。フラグになったらどうするんだよ。……いいか? 今回俺たちはゾンビメーカーを討伐して、取り巻きのゾンビたちもちゃんと土に還してやるんだ。そして、終わったらとっとと帰って馬小屋で寝る。予定にないイレギュラーが起きたら即刻帰る。いいな?」

 

 カズマの言葉に、僕たちはそろって頷く。

 彼の言葉に異論はない。だが、アクアは仮にも女神だ。本人いわく物凄く弱体化しているらしいが、それでも神は神。

 気を付けておくに越したことはないだろう。……アクアが本当に女神なのか、彼女を見ていると時折不安になるのだけど。

 敵感知を持つカズマを先頭に、墓地を目指して進む。同じく敵感知を持つ僕は殿だ。

 腰に差した剣の柄に手をかけつつ、空いた片方の手で懐に忍ばせておいたクラスカードのケースの感触を確かめる。

 アクアの言葉通り、この先にとんでもない怪物がいたとすれば、もはや情報の秘匿云々を言っている場合ではない。僕はここで死ぬわけにはいかないのだから。

 使うべき時を見誤らないようにしないと……ん? 

 

「カズマ」

「分かってる。敵感知に反応ありだ。数は……一体、二体、三体、四……?」

 

 取り巻きの数が多い……? 

 ゾンビメーカーの取り巻きはせいぜいが二、三体程度だと聞いていたのだが……誤差、だろうか? 

 カズマも似たようなことを考えているのか、怪訝な表情で首を傾げている。このまま予定通りに向かうかどうか決めあぐねているのだろう。

 と、そんな時、遠くから墓場の中央で青白い光が走った。

 どこか妖しくも幻想的な青い光は大きな円形の魔法陣、だろうか? その魔法陣の隣には、黒いローブの人影が見えた。

 

「……あの……あれはゾンビメーカー、には……見えないのですが……」

 

 自信なさげにめぐみんが言う。

 更に注視して見ると、ローブの周りにはゆらゆらと蠢く人影が数体集まっているように見える。

 

「どうする? 突っ込むか? ゾンビメーカーではないにせよ、こんな時間に墓場にいると言うことはアンデッドに違いはないだろう。なら、アークプリーストのアクアがいれば問題はない」

 

 と、大剣を胸に抱えたダクネスがそわそわワクワクしている。

 見なかったことにした僕は、更によく情報を得ようと黒いローブの人影を注視し──

 

「あーーーーーーっ!!」

 

 僕の隣にいたアクアが突如として声を上げ、わき目も振らずに走り出した。

 向かう先は──黒いローブの人物の下だ。

 

「ちょっ!?」

「おい待てっ!」

 

 カズマの制止も聞こえていないのか、アクアはローブの人影の前にまで一直線に駆け寄ると、ビシッと指を突き付けて叫んだ。

 

「リッチーがこんなとこに現れるとは不届きな! 成敗してやるわっ!」

 

 リッチー。

 確か、魔法を極めた大魔法使いが、魔道の奥義によって人の体を捨て去り、アンデッドの王として転生したモンスター。

 強い未練や恨みで自然にアンデッドになってしまったモンスターとは違い、自らの意思で自然の摂理を捻じ曲げて、神の敵対者となった者……らしい。受付嬢さんが教えてくれた。

 そんな、恐ろしげな文言が並ぶ最強クラスのモンスターが、

 

「や、やや、やめてえええええええっ! 誰!? 誰なの!? どうしていきなり現れて私の魔法陣を壊そうとするの!? やめて! やめてください!」

「うっさい、このアンデッド! どうせこの魔法陣でろくでもないこと企んでるんでしょ! こんな物! こんな物ぉっ!」

 

 鬼の形相で地面に描かれた魔法陣をぐりぐりと踏みにじるアクアと、そんなアクアの腰に泣きながら縋り付いて必死に止めようとしているリッチー(多分)。

 どう見てもいじめっ子といじめられっ子の構図だ。

 その風景は、どうも、こう……昔の記憶を刺激されるというか……あまりいい気分はしない。

 

「……なにあれ?」

「僕に聞かれても」

 

 何とも言えない表情で両名を指差しながら尋ねるカズマに僕はそう答えた。

 

「やめてー! やめてー! そ、その魔法陣は未だ成仏できない迷える魂を天に還すためのものです! ほら、たくさんの魂たちが天へと昇って行くでしょう!?」

 

 リッチーの言葉通り、どこからともなく現れた青白い人魂のような物がふわふわと誘われるように魔法陣の中に入り、そのまま魔法陣の青い光と共に天へと吸い込まれるように消えて行く。

 彼女の言葉に嘘はなさそうだが、アクアには気に入られなかったようだ。

 眉尻をキッと吊り上げた。

 

「リッチーの癖に生意気よ! そんな善行はアークプリーストのこの私がやるからあんたは引っ込んでなさい! 見てなさいよ、この共同墓地ごとまとめて浄化してやるわ!」

「えっ!? ちょっ、やめっ!?」

 

 アクアの宣言に、これまでにないほどに慌てるリッチー。

 アクアは一応女神なのだし、彼女の魔法の前には如何に最強クラスのアンデッドモンスターといえど成す術はないのかもしれない。

 モンスターなのだから、と言われてしまえばそれまでだが……あのリッチーの言葉に嘘はなかった。悪い人、もといモンスターではないのかもしれない。そんなものがいるのかどうかは別としても。

 話も通じるわけだし、彼女とそれなりに親しくなれれば、最終目標である魔王に関する情報も得られるかもしれない。

 懐に手を忍ばせ、今にも魔法を唱えようとしているアクアに向けて、僕は指を伸ばした。

 

「『スキル・バインド』」

「『ターンアンデッド』! ……あれ?」

 

 大きな声で叫んだアクアの魔法は発動することなく不発に終わる。

 いざという時のために習得した僕の新しいスキル。キャベツの一件の際、親しくなった盗賊職の人に教えてもらったスキルだ。……まさか、初使用がモンスターなどではなく人、それも同じパーティーメンバーだとは思いもしなかったが。

 

「あ、あれ? なんともない? 助かった!?」

「ちょっと! これライの仕業ね!? そこを退きなさい、そいつ浄化できない!」

 

 ぺたぺたと自身の体を触り、安堵の声を上げるリッチーとは正反対に、キシャー! とアクアは吠える。

 やはり役割を間違えてはいないだろうか。いや、僕が間違えているんだろうけど。

 そしてアクアの浄化宣言にすっかり怯えたリッチーはプルプルと哀れに震えながら僕の服の裾を掴んで隠れる。……リッチーとは一体……? 

 

「あー……ほら、彼女も別に悪いことをしていたわけじゃないし、今回は見逃してもいいんじゃないか?」

「甘いわ! 神に背き、自然の摂理に反したアンデッドは浄化してしまった方が世のため人のため、つまりは私のためなのよ!」

 

 暴論が過ぎる……

 

「というか! 何ライにくっついてるのよ! アンデッド臭が移るでしょ! 離れなさいよ! 浄化するわよ!?」

「ひぃいいいいっ!」

 

 アクアの脅し文句にますます縮こまるリッチー。

 最強のアンデッドという謳い文句が掠れて見える。

 

「ライもライよ! そんな腐ったミカンみたいな奴と一緒にいたらあなたまでアンデッドになってしまうわ! ただちにターンアンデッドさせ──あっ! ちょっとカズマ! 離しなさい! はーなーしーなーさーいー!」

「話が進まないから黙ってろって。ここはライに任せろよ──って力強っ!? くそっ! ダクネス! めぐみん! ちょっとこっち来てくれー!」

 

 暴れるアクアをカズマが後ろから羽交い絞めにして押さえ──られずに、ダクネスとめぐみんに助力を乞うている。

 向こうはカズマに任せるとして、僕はこの……リッチーから話を聞くことにした。

 これで彼女が邪悪な存在だったら……切腹だな。切る腹が残っているかは別として。

 

「えぇと……大丈夫? リッチー……で、いいんだよね?」

「は、はい。だ、だだ、大丈夫です。あ、危ないところを助けていただき、ありがとうございました」

 

 ぷるぷると哀れに震えながらも立ち上がり、彼女は目深に被っていたフードを取った。

 月明かりに照らされた素顔は、とてもモンスターだとは思えない目鼻立ちの整った茶色い髪の美女。

 ただ、アンデッドだからなのか肌は白、というよりは青白かったが。

 そんな彼女は何故だか僕の顔を見てポッと頬を赤くした。

 

「あの……?」

「……はっ! あっ、その、すみません。仰る通り私はリッチーです。リッチーのウィズと申します。えっと、あの、貴方は……?」

「冒険者の、ライ、だ」

「ライさん、ですね」

 

 妙に真剣な顔で彼女、ウィズは頷いた。

 

「ウィズさんは」

「ウィズと呼び捨てで及び下さい」

「あ、はい。じゃあウィズ。君はこんなところで何を? 魂を天に還すと言っていたけど、リッチーがすることか? いや、別に悪いわけじゃないけど」

「ライー! その女から離れなさい! アンデッドがうつるわ!」

「アンデッドがうつるって何だよ! いいから大人しくしてろって!」

 

 いきり立つアクアにウィズが怯えたように身を竦ませる。

 恐ろしげなモンスターの割に気が小さい……やはり、そう悪い人(と言っていいかは疑問だが)ではないのかもしれない。

 

「そ、その、私は見ての通りリッチーでノーライフキングなんてやっています。アンデッドの王なんて呼ばれているくらいですから、私には迷える魂たちの話が聞けるんです。この共同墓地の魂の多くはお金がないためにロクに葬式すらしてもらえず、天に還ることなく毎晩墓地を彷徨っています。それで、一応はアンデッドの王な私としては、定期的にここを訪れ、天に還りたがっている子たちを送って上げているんです」

 

 ……どうしよう。普通に善人で反応に困るんだが。

 

「アクアじゃないけど、そういうことって普通は街のプリーストがやることなんじゃないのか?」

「えっ……と、その……この街のプリーストさんたちは、拝金主義、と言いますか……お金がない人は後回し、と言いますか……そのぉ……」

「……なるほど」

 

 まあ、事実お金がなければ生活できないのだし、考え方としては間違ってはいないのだろう。聖職者としては間違っているけど。

 そういう意味では、やはりウィズは異端なのだろう。

 

「君のやっていることは良いことだとは思うけど、せめてゾンビを呼び起こすのはどうにかならないのか? 僕たちも、ここへはゾンビメーカーの討伐と聞いて来たんだが」

「あ……その、それは私が呼び起こしているわけじゃなくてですね……私がここへ来ると、まだ形が残っている死体は私の魔力に反応して勝手に目覚めちゃうんです。……私としては、この墓地で彷徨っている魂たちが、迷うことなく天に還ってくれさえすれば、ここへ来る理由もなくなるんですけど……」

 

 えっと、どうしましょうか? と、困った風な表情を浮かべるウィズ。

 どうしたものかと視線を巡らせた僕の視界に、憮然とした表情を浮かべてようやく落ち着いたらしいアクアの姿が写り込んだ。

 




いつになったらクラスカード使うんだよ! って思われる方がいるかもしれませんが、カードをまともに使用するタイミングは既に決まっています。そこから変更する気は一切ないのでご容赦ください。


それはそうとつい先日ついに我が人生初となる据え置きゲームハード、PS4を購入しました。メルカリで送料込みで1万9000円。
最近のゲームって、三色配線じゃないのね……しょうがないので買いました。モニター1万6000円。
PS4、5が出るとか何とか言われてますが、まだまだ先の話なのでこれから遊んで行こうと思います。

あっ、ソフトはアズレン、コードヴェイン、ニーアを買いました。


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8.影響

気付けば前回の更新から四ヵ月も経ってる事に驚いた。
リアルが忙しいのが悪い、という事で此処は一つ。

最近はコロナだ緊急事態だと騒がしくなっていますが、ぶっちゃけ休みは無い。いやまあ、今はそんなに忙しくは無いのですが。

みなさんも外出の際には気を付けて下さいね。



 結論から言えば、僕たちはリッチーであるウィズを見逃すことにした。

 最後までアクアは反対していたのだが……僕が肩代わりしているアクアのツケをチャラにすることを条件に懐柔した。

 必要経費と割り切ろう。

 そして、ウィズが行っていた共同墓地のアンデッドや迷える魂の浄化はこれからアクアが引き継いで行うこととなった。何せ毎日飲んで食って寝るという自堕落生活を送っているのだ。時間は無駄に余っている。腐っても女神と言うべきか、共同墓地の浄化に関しては自分の仕事だときちんと認識しているようで、睡眠時間が減ると駄々こそこねたが一応の納得はしていた。

 モンスターを見逃すことに初めは難色を示していためぐみん、ダクネスの両名も、ウィズが今までに人を襲ったことが無いと知り、彼女を見逃すことに同意してくれた。

 

「しっかしリッチーが普通に街で生活してるとか、警備はどうなってるんだろうな?」

 

 別れ際にウィズから渡された名刺を覗き込みつつ、カズマが半ば呆れたように言った。

 

「……控え目に言って、ザル警備だね」

 

 僕が街に行った時も何一つ質問されなかったし。

 持ち物を探られたり、身分の提示を求められたりするものと思っていたのだが、それらも一切なかった。

 勤務意識が不足しすぎではないだろうか。

 

「ですが、戦闘にならないでよかったです。相手はリッチーですから、アークプリーストのアクアがいるとは言え、もし戦うことになっていたら、私やカズマは確実に死んでいたでしょう」

 

 何気ないめぐみんの言葉に、僕とカズマは揃って目を剥いた。

 

「……そんなに凄いのか、リッチーって?」

「はい。リッチーは強力な魔法防御、魔法のかかった武器以外の攻撃の無効化、更には触れるだけで様々な状態異常を引き起こし、その魔力や生命力を吸収する伝説のアンデッドモンスター。現状の我々の戦力ではどうあっても勝ち目はないでしょうね」

「……俺、今生きてて良かったって実感してるわ」

「……僕もだよ」

 

 僕たちは互いに安堵の息を吐いた。

 あの和やかな雰囲気にすっかり騙されていたが、あの時僕たちの生殺与奪の権を彼女が握っていたのだと知らされると背筋が凍る思いだ。

 

「ライ、貰った名刺渡しなさい。ちょっとあの女よりも先に家に行って、家の周りに神聖な結界を張って涙目にして来てやるから」

「カズマ。行く時はアクアにばれないようにね」

「おう。分かった」

 

 納得はしても、女神とアンデッドではやはり相容れないのだろう。

 今後は彼女と会う際にアクアと鉢合わせにならないように気を付けておこう。

 

「ところで、ゾンビメーカーの討伐クエストはどうなるのだ?」

『……あっ』

 

 かくして、僕たちパーティーの初めてのクエストは失敗に終わった。

 

 §

 

 悪夢のようなキャベツ襲来から数日。

 件のキャベツたちは軒並み売りに出され、冒険者たちには報酬が支払われた。

 

「ちょっと見てくれ。報酬が良かったから修理を頼んでいた鎧を少し強化してみたんだが……どうだ?」

「なんか成金趣味の貴族のボンボンが着けてる鎧みたいだ」

「……カズマはどんな時でも容赦がないな。私だってたまには素直に褒められたい時もあるのだが……」

 

 などというカズマとダクネスの会話を余所に、僕は一人クエストが貼り出されている掲示板を見ていたのだが……

 

(……無理だな)

 

 目の当たりにしたクエストに僕は断念せざるを得なかった。

 普段であれば所狭しと大量の紙が貼り出されている掲示板には現在、数枚が貼り出されているのみ。

 しかも、その数枚が軒並み高難易度のクエストであり、少なくとも現状の僕たちでは死にに行くだけだろう。

 今日受けられるクエストはない、と判断した僕はひとまずカズマたちの下へ戻る事にした。

 

「ふ、ふふ……はあぁぁぁ……っ! この魔力溢れるマナタイト製の杖の色艶……たまらない……たまらないのです!」

 

 新調した杖を抱きかかえ、めぐみんが恍惚と杖に頬ずりしていた。

 マナタイトとは杖に混ぜると魔法の威力が向上する性質を持った希少金属らしい。受付嬢さんが言っていた。

 キャベツ狩りで得た高額報酬で杖を強化しためぐみんは今日、朝からずっとこの調子だ。

 嬉しそうにしている人を見ていると、僕も嬉しい気持ちが湧き上がってくるようだ──ただでさえ過剰な威力を持つ爆裂魔法が更に何割か上昇するという事に目を瞑れば。

 あれ以上威力を上昇させてどうするのだろうか。最終的に同じパーティーの僕たち諸共に吹き飛ばしはしないかと不安になる。

 出来れば今のめぐみんには関わりたくは無いのでそっとして置くとして、先程キャベツ狩りの報酬を受け取りに行ったアクアはどうしているのかと視線を巡らせた。

 

「な、なんですってえええええええええええっ!? ちょっとあんたっ! これはどういう事よっ!」

 

 瞬間、ギルドに響き渡るアクアの声。

 ふと視線を感じてそちらを向けば、苦虫を噛み潰したかのような渋面を作ったカズマと目が合う。

 

 ──お前行けよ。

 ──いや、僕だって関わりたくないんだけど。

 

 ああ、言葉を介さずとも会話が成立してしまうほどに、僕たちは考えを等しくしていた。

 したくは無かったが。

 耳を塞いで塞ぎ込んでしまったカズマはどうあっても無関係を貫く姿勢を崩す気はないようで、結局面倒事を押し付けられてしまった。

 ……パーティーの脱退予定を早めるべきかなぁ。

 考えても仕方ない。不承不承ながらアクアの様子を窺うと、どうやらキャベツ狩りの報酬に納得が出来ないらしく、受付カウンターで揉めていた。

 

「なんでキャベツ狩りの報酬が十万ちょっとなのよ!? どれだけ捕まえたと思ってるの!? ライにも手伝って貰ってたのよっ!?」

「そ、それがその、申し上げ難いのですが……」

「何よ!」

「アクアさんが捕まえて来たのはほとんどがレタスで……」

「……何でレタスが混じってるのよ!」

「わわ、私に申されましてもっ!」

 

 受付嬢の胸倉を掴み上げて難癖付けているアクアの姿は、控え目に言って、チンピラにしか見えなかった。

 少なくとも女神の姿ではない。

 深くため息を吐いて、僕はそろそろアクアを止めるべく彼女に歩み寄った。

 

「受付の人も困ってるし、変に目立ってるからそろそろ落ち着いてくれ」

「ライぃいいいいいいいっ! 私、クエスト報酬が相当な額になるって踏んで、ここ数日で持ってたお金全部使っちゃったのよぉおおおおおおお!」

「いや……全部って……ツケは僕が払ったんだし、問題無いだろう?」

 

 僕が至極当たり前の事を言うと、何故かアクアは青褪めた表情で顔を反らした。

 駆け出し冒険者の街、と言われるだけあって、アクセルの物価は安い。目立った危険が無いからか治安もそこまで悪いわけではなく、街の人たちも親切だ。

 アクアの溜まりに溜まった酒場のツケは僕が全額肩代わりし、その負債もチャラにした。代わりに僕の所持金がほぼ全額消えたが……それは今回のクエスト報酬で十分以上に取り戻せた。というか、収入の当てもないのにツケの肩代わりなど取引材料にしない。

 なので、アクアが困るような事は無いはずなのだ。それこそ、懲りずにまた後先考えない散財でもしなければ……いや……まさか……

 

「まさか……またツケを……?」

「う、うぅ……だって、だってぇ! 大金が入る見込みだったんだもん! キャベツがレタスだったなんて予定に無いわよぉおおおおおおおおっ!」

 

 慟哭の叫びを上げるアクア。自業自得過ぎて欠片も同情を抱けない。

 ああ……縋り付かれた……重いので離して欲しい。

 

「ライさぁん! これじゃツケを払ったら私無一文になっちゃう!」

「まあ、仕方ないんじゃない?」

「そんなぁああああああああっ! 嫌よっ! 馬小屋で隣にケダモノがいる状態で寝るのはもう嫌なのよぉっ!」

「馬小屋……?」

「おいちょっと待て! ケダモノって俺の事か!? って言うかお前熟睡してただろうが!」

 

 泣き縋るアクアの魂の叫びに流石に黙っていられなかったらしいカズマが憤怒の表情で立ち上がる。

 肩を怒らせつつアクアに詰め寄ったカズマはそのままの勢いで捲し立てた。

 

「大体なぁ! 今回の報酬はお前が『それぞれが手に入れた報酬はそのままに』って言い出したんだろうが! しかもお前、ライにツケの肩代わりさせてるだろ! その上更にたかるとかプライドとか無いのか! 仮にも女神だろ、ええ!?」

「う、うわぁああああああああああんっ!」

(馬小屋……?)

 

 馬小屋……馬小屋とはあの馬小屋なのだろうか? 

 アクセルの住人はみんな優しく気のいい人たちだ。金が無くとも事情を話せばかなり割引して貰えるのでは……? 少なくとも僕は宿屋に行った時大分割引して貰えたが。

 その後髪とか耳とか頬とか腕とか触られたが。「ふひひ……」とか鼻息荒く息を吹きかけられたりもしたが。

 ……馬小屋と独房はどちらが居心地がいいのだろうか。

 

「はあ……はあ……まあいい。アクアの事は置いといて、依頼を受けようぜ」

「ではカズマ! 雑魚モンスターがたくさんいる討伐依頼を受けましょう! 早くこの新調した杖の威力を試したいのです!」

「お金! とにかく報酬が高額な依頼を受けるの! 私今日の晩御飯のお金もないんだから!」

「いや、ここは強敵を打倒してこその冒険者だ! なるべく一撃が重くて気持ちいい相手を……!」

「君、とうとう性癖を隠さなくなって来たな……」

 

 いや、そうではなく。

 

「それなんだけど、カズマ」

「どうした?」

「依頼、ろくなのが無いぞ」

「はっ!?」

 

 僕の言葉に目を剥いたカズマは慌てて掲示板に張り付き、そこへ貼り出された依頼書を眺める。

 といっても、数えるほどしかないのだが。

 

「マジかよ……どれもこれも高難易度のクエストばっかじゃねえか」

「カズマカズマ! これよこれ、マンティコアとグリフォンの討伐依頼! 二体まとめて一か所に集めたら後はめぐみんの爆裂魔法でドーン! 完璧よ。しかも報酬は五十万エリス!」

「アホか! 却下だ却下! くそっ、一体どうなってんだ!?」

 

 ガシガシと頭を掻き毟るカズマを見かねてか、それとも単に僕たちが騒がしかったのか、ギルド職員がやって来た。

 

「ええと……申し訳ありません。最近、魔王軍の幹部らしき者が街の近くの古城に住み着きまして……その影響か近場の弱いモンスターが隠れてしまい、仕事が激減してしまっているのです。来月には国の首都から幹部討伐のために騎士団が派遣されるのですが、それまではそこに残った高難易度のお仕事しか……」

「な、何でよぉおおおおおおおっ!?」

 

 職員の言葉に、一文無しのアクアが悲鳴を上げた。

 流石に……哀れだ。

 

 §

 

 手頃なモンスター討伐などが出来なくとも、生活のために資金は必要不可欠。

 一夜にして大金を手にしたカズマは理想のスローライフを送るんだっ! と言って手頃な値段の物件を探しに街を回り、ダクネスはしばらく実家で筋トレをするといい、無一文のアクアは僕が転生して来るまでやっていたらしいアルバイトに復帰した。

 魔王軍幹部の影響で来月までまともな仕事が出来ない以上、基本的にはみんな暇になる。

 駆け出し冒険者が集まる街、と言われるこの場所を、魔王軍の幹部ともあろう者がわざわざ襲いに来る理由もない。藪をつつかなければ蛇は出ないのだ。

 そして、現在の僕はめぐみんと共に街の外へ出ていた。

 当たり前だが、ギルドの仕事を受けて、ではない。力を隠しているのにそんな目立つ事はしない。無論、件の魔王軍幹部を騎士団到着より先に討伐する、などというわけでもない。

 レベルが1から上がらない現在の僕では、例えクラスカードを駆使したとしても討伐出来るかどうか……相手を知らないので何とも言えないのだが。

 では何をしに外出しているのかと言うと、めぐみんの付き添いだ。

 何でもめぐみんは一日一回は爆裂魔法を撃つことを日課にしているらしい。そんな彼女にとって、クエストを受けられず、爆裂魔法を放つ機会の無い現状は大変ストレスが溜まるそうで、今日はそのストレス発散のための外出だ。

 適当なところで撃てば? と尋ねてみたところ、「街から離れた所で無いと、また守衛さんに叱られてしまいます」とのこと。

 既に実行していたとは恐れ入る。

 

「……あれ?」

「……? どうしましたか、ライ?」

 

 モンスターの影も無く、至って平和な道中に手持無沙汰になった僕は何気なく視線を彷徨わせていると、遠く離れた場所に気になる建物を見付けた。

 

「あれ、何かな?」

「はい? ……ああ、確かに。丘の向こうに建物が見えますね……しかも相当古い……」

 

 遠く離れた丘の上にぽつんと建った古い建物。

 手入れはされていないのかボロボロに朽ちかけた、古い城のようだ。

 幽霊屋敷、という言葉が頭に浮かんだ。

 

「あれです! あれにしましょう、ライ!」

 

 ──と、何を思ったか、目をキラキラと輝かせためぐみんが、遠く離れた古城へ向けて人差し指を伸ばしていた。

 ……いや、まあ、そうなるだろうとは思ったけど。

 

「一応聞くけど……あの城を爆裂魔法の標的にするの?」

「勿論です! あのボロ城ならば爆裂魔法で破壊し尽くしても誰も文句は言わないでしょう! まさに私のためにあるような城!」

「それは違うような……まあ、いいか。好きにするといい。帰りは背負って行くよ」

「ええ、お願いします。では早速──『エクスプロージョン』ッ!」

 

 今にも崩れ落ちそうな古城に、最大最強の魔法が放たれた──

 




いよいよ一巻も折り返し。進行は遅い、更新も遅い拙作ですが、見捨てずに見ていただければ幸いです。

次回、「可哀そうなデュラハン」。
更新は……なるべく、早く書き上げられるよう頑張ります。


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