M@gica デレマス×魔法少女 (心技休)
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プロローグ

 ー都内某港ー

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁああ!!!」

 

 

 

 気合いの入った正中線突き。

 薄明かりが照らす宵闇の倉庫街、その一角で幻想的な光が迸る。

 ノースリーブにホットパンツ、ニーハイ、ヘッドセット、各所に菱形の模様が施された、正にサイバネティックという言葉がしっくりくるようなステージ衣装を纏ったツインテールの少女。

 その拳1つで黒い“影”のような物体を吹き飛ばした。

 

 吹き飛んだ影は後ろに連なる同族を更に5・6体巻き込み、50メートル程飛んだところでまとめて地に落ち霧散する。

 

 

 

「相変わらず豪快ですね」

 

 

「私の持っている力だと、これが一番効率がいいんです」

 

 

「ふふっ。まゆも負けていられませんね」

 

 

 

 後ろから声をかけたのは真紅のドレス衣装を纏った少女。

 両腕には棘の付いた薔薇の茎が巻き付いており、大胆に露出した柔肌に痛々しくも魅力的に食い込んでいる。

 

 トンッと地面を蹴るとまるで“魔法”のようにふわりと宙に浮き上がり、その両手にピンクの光の粒子が纏われた。

 空に掲げた右手を振り下ろせば纏った光の中から紅いリボンが、まるで鞭のようにしなやかに放たれる。

 

 倉庫街にはまだ多くの“影”が徘徊している。

 パッと見ただけでも30体はゆうに越えているだろう。

 その1体1体に鋭くも綺麗なリボンが強打していき、順に霧散していった。

 

 当の少女は右、左、右、とステージでダンスを踊るかの如く軽快に、そして流麗に、ファンを虜にする“アイドル”のように舞っていた。

 

 

 

「さすがに数が多くて面倒だね。ボクと蘭子で60体は倒したっていうのに……まゆ、コイツらを一カ所に集めてくれないか?」

 

 

「束ばk…リボンの乙女よ、さすれば魂を通わせた我と飛鳥で、彼の者たちに至高の鎮魂歌(レクイエム)を捧げようぞ!」

 

 

 

 先に声を掛けたのは長いエクステを付けたクールな少女。

 青いフリルが特徴的な紺色のステージ衣装を身に纏っており、その右手には蒼く光る宝石がはめ込まれた西洋剣が握られている。

 対になる少女と合わせるなら衣装の色は青紫と言った方が良いのだろうか。

 

 そして分かる人には解る熊本弁を話す少女。

 赤紫のフリルが際立つ紫色のステージ衣装を身に纏い、同じく右手には西洋剣。

 こちらは紅く光る宝石がはめられている。

 エクステの少女と比べると、こちらの衣装は赤が強めの紫色。

 

 

 

「まゆちゃん、目が怖いですよ。蘭子ちゃんもちゃんと言い直したんですから、許してあげましょう?」

 

 

「ぁ……あらやだ。しょうがないですね、今回は有香さんに免じて許してあげます。でも、お2人はまゆのおかげで実力を発揮出来ているんですよ? ですから、一番にプロデューサーさんに誉めてもらうのはまゆですからねっ」

 

 

「無論!」

 

 

「……いつものことじゃないか」

 

 

 

 束縛、と言い掛けたところでリボンの乙女ことまゆの目からハイライトが消えた。

 蘭子は慌てて言い直しいつもの調子でビシッと決めるが、額には冷や汗が見える。

 

 見かねた有香が間に入り制止を呼び掛け、ハッと我に帰るまゆ。

 こちらもいつも通りのお淑やかさを取り戻し、飛鳥いわく毎度の誓約を交わしたところで、まゆは両手をクロスさせつつ空へと掲げた。

 再び両手に纏われたピンクの光の粒子から幾多の紅いリボンが放たれ、東西南北に拡散していった。

 

 今度は掲げた両手を広げながら華麗にターンを決めると、飛び散っていったリボンが無数の影を拘束した状態で舞い戻ってくる。

 飛鳥のオーダー通り一カ所に集め、リボンを操りひとまとめに縛り上げた後地面に落とした。

 40体程の影が抜け出そうと(うごめ)いている。勿論、簡単に逃れられるものではない。

 

 

 

「さぁ、いこうか」

 

 

「解放の時!」

 

 

 

 まゆと同じ様にふわりと並んで飛び上がる2人。

 蘭子には漆黒の左翼が、飛鳥には白銀の右翼が現出し、互いの持つ剣を交差させて掲げた。

 それぞれのパーソナルカラーである赤紫と青紫のオーラが己の剣に纏われ、満ちた力を解き放つように一気に振り放った。

 

 

 

「「裁きの十字架(クロス・ジャッジメント)!!」」

 

 

 

 ×字に振るった剣閃から紫色の波動が勢いよく放たれ、リボンで拘束された影たちに向かって一直線に突き進む。

 強烈な波動に影たちは文字通り“一撃”で消滅した。

 

 

 

 

 

 ━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

「今回は数ばかり多くて、正直退屈だったよ」

 

 

「うむ。我が闇の魂も力を持て余している」

 

 

「2人とも、私たちはゲームをしている訳じゃないんですよ?」

 

 

 

 戦いを終えた少女たちは普段着に戻り、事務所への帰路についていた。

 暗い夜道を歩いていく中、年少組2人がつまらなさそうにボヤいていると最年長の少女が叱責する。

 

 

 

「おう、みんなお疲れさん」

 

 

「プロデューサーさん!」

 

 

「おうっふ!? まゆ、そういうのは帰ってからな?」

 

 

 

 声をかけたのは若い男性、物陰に隠れていたのかひょこっと顔を出した。

 迎えにきたであろうその手には夜道を照らす懐中電灯が握られている。

 

 しかし、そんな事はお構いなしと言わんばかりにまゆはプロデューサーの姿を見るや否や、全速力で駆け出し熱い包容という名のダイビングタックルをかました。

 

 それなりにガタイがいいプロデューサーは驚きながらも少女を受け止め、苦笑いしながら宥めるように頭を撫でる。

 まゆも満足げな表情でプロデューサーを抱き締める。

 後ろの3人にとってもこれが日常の風景、安堵して2人を眺めていた。

 

 

 

 

 

 彼女たちは“マギカ”と呼ばれる、いわゆる魔法少女。

 そのほとんどが現役のアイドルである為、マギカアイドルと呼ばれる事もある。

 そんな彼女たちは日夜異界から襲来する謎の怪物“ゴースト”から人々を守る為に戦っている。

 

 彼女たち4人は、数多く存在するマギカの内の一端に過ぎない。

 

 

 

 本当の物語は、これから始まる━━

 

 

 



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第1章 少女たちの覚醒
憧れのヒーロー


 -都内某マンション-

 

 

 

 

 

「ただいま……」

 

 

 

 意気消沈、そんな一言で表せそうな帰宅の挨拶をしながら男性はマンションの玄関を潜る。

 表札に【芦原】とかかれているその一室は正にスイートルーム、12階建て最上階の角部屋、広いリビング、使い勝手抜群のシステムキッチン、48インチの大型テレビ、窓から見渡せる都内の夜景、どれをとっても申し分ない。

 

 しかし、帰宅した彼は浮かない顔をしていた。

 

 

 

「おかえりー」

 

 

「あれ、姉さん帰ってたの?」

 

 

「今日は少し無理言って早く終わらせたの」

 

 

 

 リビングまで入っていくとスーツ姿の栗色ロングヘアの女性がキッチンで料理をしていた。

 否、しようとしていた。完全に料理をする体ではない、手に持った包丁が特殊部隊の持つナイフに見える程度に。

 見かねた弟は荷物をリビングに置き、すぐさま危ない持ち方をしている包丁を慣れた手付きで取り上げる。

 

 

 

「慣れない事しなくていいから、社長さんはテレビでも見てて」

 

 

「はぁい……せっかく恭二に手料理作ってあげようと思ったのに……」

 

 

「食材がもったいない」

 

 

「ぐぬぬ……」

 

 

 

 社長さんと言われた通り、彼女はアイドルプロダクション“328(みつば)プロ”のCEOである。

 若くして上京し、アイドルを中心とした芸能事務所を立ち上げ大成功を収めた。

 この高級マンションの一室はその副産物といったところか。

 ちなみにプロダクション名は彼女の名前

三葉(みつば)”からきている。

 

 そんな姉に憧れて、

自分も上京していっぱつ当てる!

と意気込んできたはいいものの、具体的な目標も持たずに出てきてしまった為、いっぱつ当てるどころか毎日バイトに追われる日々。

 挙げ句に家賃が払えずアパートからも追い出され、姉の暮らすマンションに転がり込んだという訳である。

 

 幸い料理はできたので、毎日仕事で忙しく夜も遅い姉の為に晩ご飯を作って待っているのが、今の彼の日常となった。

 

 

 膨れっ面になりながらも渋々リビングに向けて1歩踏み出し、恭二の横を通り過ぎるその時、

 

 

 

━━ピロリロピロリロ……ピロリロピロリロ━━

 

 

 

 彼には聞き慣れない電子音が流れた。

 

 

 

「姉さんのスマホ?」

 

 

「うん、多分メール」

 

 

 

 振り返る事なくリビングのソファーまで歩いていき、恭二に背中を向けて腰掛ける。

 キッチンに残された恭二は一旦包丁を置いて手を洗い、まな板の上に置かれた皮の剥かれていない玉ねぎの皮むきに取りかかった。

 

 そして、三葉はスーツのポケットから電子音を鳴らした端末を取り出す。

 無論、スマホではない。

 

 

 

(やっぱり恭二にも才能がある、あとはどうやってうちの事務所に入れるか……)

 

 

 

 取り出された端末には緑色の点が2つ灯っていた。

 元あったポケットに端末をしまい、ソファーの背もたれに肘をかけながら玉ねぎを切り始めている恭二に話を切り出した。

 

 

 

「恭二、またバイト辞めさせられたの?」

 

 

「え? あぁ……辞めさせられたと言うか、自分から辞めた。何でわかったの?」

 

 

「何か帰ってきてから雰囲気暗かったし、今泣いてるし」

 

 

「それは玉ねぎのせいだから」

 

 

 

 話し掛けられ一旦包丁を握る手は止まるも、苦笑いを見せまたすぐに動き出す。

 ストン、ストンと包丁がまな板を叩く音がキッチンに響く。

 

 

 

「今回は自分で辞めるって切り出したけど、この1年で7回もバイト辞めさせられてるって、俺も大概不幸体質かもな」

 

 

「じゃあ私が勧誘するのも7回目になるのかな?」

 

 

「勿論今回も断る。アイドルはもっと若くて格好いい子がやるべき」

 

 

「断るの早くな~い? 絶対人気出ると思うんだけどなぁ」

 

 

 

 くるんと回って両肘を背もたれにかけ、まるで玩具をねだる子供のような態度を見せる。

 が、その思いは届かず玉ねぎと一緒に輪切りにされてしまった様子。

 恭二も美人な姉と並んでも変色がない程度には整った顔立ちをしており、体力も十二分にある。

 しかし、当の本人のやる気は見ての通り、年齢も27まで重ねてきてしまっている。

 

 だが今回の三葉の目的は恭二をアイドルにする事ではない。

 

 

 

「じゃあさ、うちの事務仕事手伝ってよ。アイドルとしてじゃなく従業員として」

 

 

「従業員? 何でまた急に?」

 

 

「プロダクションが大きくなったのはいいんだけどね、仕事もアイドルも増えて慢性的な人手不足なのよ。何かしらできる人が1人でも多く必要なの。だからお願い!」

 

 

 

 ソファーの背もたれに肘をかけたまま両手を合わせ懇願する三葉。

 お鍋に水を張りコンロに乗せ火にかけつつ、大きく溜め息を零す恭二。

 自分をアイドルにしたいというのは姉のわがままだというのは恭二自身分かっていた。

 しかし今回は自分の運営する事務所の人員確保、それも裏方で働く人たちの負担を少しでも軽減したいと願う経営者の鏡のような考えから。

 次のバイトのアテがある訳でもなく、住まわせてもらっている恩もあり、恭二は断る理由を見つけ出せなかった。

 

 

 

「まぁ……裏方なら……」

 

 

「! ホント!?」

 

 

「新しいとこ探すより、身内がいるところに就いた方が気も楽かなって。コネだ何だって言われそうだけど」

 

 

「そんな事言う奴は私が片っ端から首飛ばすから大丈夫だよ!」

 

 

「それ職権乱用だからマジでやめてね」

 

 

 

 思いの外すんなり話が進み喜びを隠しきれないようで、三葉はソファーの上で脚をバタバタさせ狂喜乱舞、本当に子供のようである。

 片や恭二は姉の口から出た怖い言葉に一抹の不安を覚えながらも、喜ぶ姿を見て安堵の表情を浮かべていた。

 冷蔵庫からウインナー、ピーマン、ケチャップを、戸棚からパスタを取り出し食材を切っていると、三葉が立ち上がりスマホを取り出して電話をかけた。

 

 

 

「もしもしまきのん? 今朝言ってたの通ったから明日その手筈でよろしくねー!」

 

 

「……あれ、俺もしかして踊らされてる?」

 

 

 

 恭二の中で別の不安事項ができてしまった。

 

 

 

「恭二、今日の晩ご飯は?」

 

 

「ナポリタン」

 

 

「やったー!」

 

 

 

 

 

 ━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

「では最初のお仕事……この子をアイドルとしてスカウトしてきて」

 

 

「聞いてた話と違ぁぁぁう!!!」

 

 

 

 翌日、都内の一等地にある328プロダクションに出勤した2人。

 新人という事で大方の要人たちに挨拶を済ませ、今は面談室にいる。

 

 

 

「何よ大きい声出して、これも立派な裏方の仕事でしょ?」

 

 

「こういうのはスカウトマンとかの仕事だろ!? 俺にできる事なんて掃除とか資料整理とか、そんなもんだと思ってたから……とにかくこれは聞いてない!」

 

 

「代わりに即採用でクビになる心配はほぼ皆無。悪い話じゃないでしょう? うふふ♪」

 

 

「……断っときゃ良かった」

 

 

 

 うなだれてソファーに崩れ落ちる恭二。

 勝ち誇ったように胸を張る三葉。

 そして机の上にはスカウト対象となる少女の写真が1枚。

 事情を知らなければ意味の分からない光景である。

 

 

 

「往生際が悪いですね」

 

 

 

 廊下側ではなく隣の事務室から繋がっているであろう扉から、眼鏡とロングヘアが特徴的な少女が顔を出した。

 歩く振動で僅かに下がった眼鏡をクイッと上げ直し、更に言葉を投げかける。

 

 

 

「男なら一度受けた仕事は最後までやり通すものでしょう?」

 

 

「そうそう、まきのんの言うとおりだよ」

 

 

「いきなり出てきて何なんですか。あと姉さん便乗しないで」

 

 

 

 後悔の念が強いのか最早溜め息しか出ない恭二。

 そんな態度を見て不思議に思ったのか眼鏡の少女は三葉に問い掛ける。

 

 

 

「社長、私の事彼に説明していないんですか?」

 

 

「あぁ……えっと……夕飯のナポリタンがすっっっごく美味しくて頭から飛んじゃってた、てへ♪」

 

 

「はぁ……こればかりは弟さんに同情します」

 

 

「どうも……?」

 

 

 

 笑って誤魔化そうとする三葉を見て頭を抱える眼鏡の少女。

 呆れてものも言えないそんな表情で恭二の方をチラッと見ると、恭二も同意するような応答をするも小さく首を傾げる。

 

 咳払いをして仕切り直す空気を作り、ソファーに座っている恭二の横まで歩いていくと、胸元から自分の名刺を1枚取り出し両手で持って丁寧に差し出す。

 

 

 

「328プロで経理を総括しております、八神 マキノと申します。以後お見知り置きを」

 

 

「ああ、ご丁寧にどうも」

 

 

 

 さすがに座ったままはマズいと思ったようで、慌てて立ち上がると恭二も両手で丁寧に受け取った。

 間髪入れずにマキノは更にポケットから名刺ケースを取り出し恭二に手渡した。

 

 

 

「こちらがあなたの名刺になります」

 

 

「何から何までありがとうございます」

 

 

 

 受け取った名刺ケースを胸ポケットにしまったところで大人しくしていた三葉が口を開いた。

 

 

 

「さて、話を戻すわよ。恭二にスカウトしてきてほしいこの子なんだけど、今日の午前中ほぼ間違いなく都内デパートの屋上に出没するはずよ」

 

 

「アイドル候補をレアモンスターみたいな言い方していいのかよ」

 

 

「正確には午前10時、○○デパートの屋上です。確率は98%」

 

 

「残りの2%は?」

 

 

「この子が体調を崩して行けなかった場合です。」

 

 

 

 眼鏡をクイッと上げ、データ収集は完璧だと言いたげな表情を見せるマキノ。

 気圧されて言葉を失ってしまった恭二は、小さく溜め息を漏らした後机の上の写真に手を伸ばした。

 

 

 

「○○デパートの屋上にいるこの子をスカウトして来ればいいんだろ? んじゃさっさと行ってくるわ」

 

 

「ちょ、色々説明しなきゃいけない事g」

「帰ってきたらこの子と一緒に聞くわ、行ってきます」

 

 

 

━━バタンッ━━

 

 

 

 写真と名刺ケースだけ持って恭二は面談室から出て行ってしまった。

 扉の閉まる音が虚しく響き渡る。

 

 

 

「……大丈夫なんですか、彼」

 

 

「そりゃバイトもクビになるわよ……」

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

 -○○デパート屋上-

 

 

 

 

 

「さすが土曜日のデパート、子供連れが多いな」

 

 

 

 事務室にいた時はスーツ姿だったが今は私服、グレーのパーカーに紺のジーンズと些か地味だが風景には溶け込めているだろう。

 ポケットには先程の写真と名刺ケースが入っており、早速写真を取り出して目的の少女を探し始める。

 

 屋上はよくある子供向けの小さなテーマパークのような場所になっており、汽車や動物の乗り物、メリーゴーランドなどが立ち並んでいる。

 スイーツ系の売店もあり、子供だけでなく甘いもの好きの女子高生が集まる場でもある。

 

 

 

「午前10時開演……なるほど、これを見に来る訳か。でもこれ男の子向けのヒーローショーだよな? 写真の子はどう見ても女の子だし……」

 

 

 

 勿論男の子向けの特撮ヒーローや女の子向けの魔法少女のショーをする舞台セットもある。

 指定された時間からはこの特撮ヒーローショーが行われる。

 これには恭二も首を傾げた。

 

 

 

「……そもそもなんでこの子の正面からの綺麗な写真があるんだよ、盗撮じゃ絶対撮れないぞこれ」

 

 

 

 疑問からまた別の疑問が湧き上がってくるが、これ以上考えても埒があかないと考えた恭二は、素直にステージから一番遠い隅の席に座って開演を待つ事にした。

 親子で見に来る人たちが多く、子供も小学生以下がほとんど。

 30分前に恭二が座った時には帽子を被った子供1人しかいなかったが、開演時間が近付くにつれ人の数も増えてくる。

 だが、写真の少女どころか女の子の姿さえ見受けられない。

 

 そうこうしている間に開演時間を迎えた。

 

 

 

 

『良い子のみんな! 今日は集まってくれてありがとう!』

 

 

 

 舞台袖から現れたヒーローの最初の言葉で観客席の子供たちは大盛り上がり。

 テレビでしか見たことのないヒーローが目の前にいるのだから当然だろう。

 

 内容は至極単純、ヒーローと司会のアイドルが子供たちと仲良く遊ぼうとしたところ、悪の怪人が現れてアイドルの子を人質に取ってヒーローを困らせる。そして観客席の子供たちの中から何人か選んでステージに上がってもらい一緒に怪人を倒す、というものだ。

 

 

 

「この子を魔王様に献上すれば、俺様にも魔王様の力を分け与えてくれるはずだぁ! 何が何でも連れてかえるぜぇ!」

 

 

「キャー! みんな、ヒーローと一緒にまゆを助けてくださーい!」

 

 

『俺1人の力じゃ、まゆさんを助け出す事ができない! みんな、俺と一緒に戦ってくれ!』

 

 

 

 恭二は複数の違和感を感じた。

 ヒーローの声が演者からではなくステージセットのスピーカーから出ている事。

 声に対して動きが完全に後出しだという事。

 そして、ヒーローを演じている人の体格が男性のものではないという事。

 細過ぎるウエスト、大きなヒップ、胸部も心なしか膨らんで見える。

 

 

 

(アイドルはステージの上にだけ、か。こりゃ残りの2%が当たったかな。不幸は続くもんだ)

 

 

 

 スカウトを諦め事務所に戻ってどう言い訳しようかと考えていたその時、ステージに上がる子供を選出しようというところだった。

 

 

 

「はい! はいはいはーい! アタシが一緒に戦う!」

 

 

 

 紛れもない少女の声。

 男の子しか見かけていなかったはずの観客席で上がった少女の声は一際目立つものだった。

 まさかと思い恭二もその方向へと目を向けると、そこには恭二が来た時から観客席に座っていた帽子の子の姿があった。

 少年だと思い込んでいたその子こそが、恭二がスカウトすべき少女だったのだ。

 

 

 

(嘘だろ? 俺開演30分前に来たんだぞ。その時にあの子はもう既に1番いい席を取って、開演までずっと待ってたってのかよ)

 

 

 

 驚きを隠しきれない恭二、ショーの真っ最中に目的の少女を見つけたがここはショーが終わるまで我慢。

 とにかく見失わないように少女に注目していると、舞台上のヒーローが少女に声をかけに行った。

 

 

 

「小さいお友達が沢山いるから、ごめんね?」

 

 

「は、はい……え、女の人?」

 

 

 

 少女がヒーローに窘められると、その声がヒーローのものではない事に気づいた。

 少女の問い掛けに対し、ヒーローは人差し指を口元へ運び内緒にしておいてほしい意図を伝えた。

 

 程なくして小さい男の子が2人、一緒に戦う代表としてステージに上がり、ヒーローの左右に立って元気よく必殺技の構えをとっている。

 

 

 

『さぁ、観客席のみんなも一緒に! せーの!』

 

 

「「『シャイニング! バスター!!!』」」

 

 

「ぐわぁぁぁ!!!」

 

 

 

 ヒーローと子供たちが両手を怪人に向けて突き出すと、ステージセットのライトが点滅し必殺技を表現、怪人はそれを喰らった体でやられた演技をし、人質にしていたアイドルをヒーローの元へと投げ放った後舞台袖に消えていった。

 元気に必殺技を叫ぶ子供たちであったが、その中でも少女の声は映えた。

 声質の違いは勿論、声量も他の子供たちを圧倒していた。

 

 

 

『みんなのおかげで無事にまゆさんを救い出す事ができた。本当にありがとう! それじゃあみんな、また明日テレビで会おう!』

 

 

 

 手を振りながら退場していくヒーローに、子供たちも手を振りながら純粋無垢な声援を送っている。

 子供たちと同じようにヒーローに向かって手を振って送り出した後、今度はまゆが子供たちに呼び掛ける。

 

 

 

「良い子の皆さぁん、まゆを助けてくれてありがとうございますぅ。お礼に皆さんにお歌をプレゼントしますよぉ♪」

 

 

 

 ヒーローの時程ではないが子供たちは湧いてくれている様子。

 

 

 

「今日皆さんにプレゼントするお歌は、機巧戦士シャイニンガーの新しいエンディングテーマなんです♪ 明日から変わるんですけど、今日来てくれた皆さんに1足先にお披露目しちゃいます!」

 

 

「新しいヒーローソング!!」

 

 

 

 エンディングテーマと聞いてテンションが上がったのか、目を輝かせてステージ上のアイドルを眺めている。

 それが可愛らしく映ったのかまゆもニッコリと笑顔を返した。

 他の子供たちも心なしか元気が増している。

 

 

 

「それでは、一緒に歌ってくれるメンバーをステージに呼びたいと思います。皆さんも一緒に“ゆかちゃん”と呼んでくださいねぇ♪ いきますよぉ、せーの!」

 

 

 

「「「ゆかちゃーーん!!」」」

 

 

「はぁーい!!」

 

 

 

 子供たちとまゆの呼びかけで舞台袖から姿を現したのはツインテールが特徴的な少女、有香。

 まゆとお揃いのステージ衣装を纏って舞台に上がる。

 観客席の子供たちに手を振って笑顔を振りまいているが、額からは少量の汗が光って見える。

 既にライブで1曲歌ってきた後かのようだ。

 

 

 

「みんなはじめまして! ゆかちゃんこと、straight lover(ストレート・ラヴァー)の中野 有香です! 押忍!」

 

 

 

「改めまして、まゆさんこと、straight loverの佐久間 まゆです♪」

 

 

 

「みんなを待たせちゃうのもいけないから、早速歌いましょうか、まゆちゃん!」

 

 

 

「そうですね、有香さん♪」

 

 

 

「私たち2人のユニット“straight lover”が歌う、機巧戦士シャイニンガー新エンディングテーマ、聞いてください」

 

 

 

「「愛の撃鉄」」

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

「最後の歌かっこよかった!」

「狙い撃~つぜ~♪」

「アイドルの歌だからいかがわしいものかと思ってたけど、普通に子供受けする歌だったわね」

「2人とも可愛かったなぁ、お父さんファンになりそうだよ」

「まゆすき」

 

 

 

 ミニライブも含めたヒーローショーは終わり、会場を後にしていく親子たち。

 帽子を被った少女が満足げな表情を浮かべているのが恭二のいる場所からでも分かった。

 いざスカウトに、と動き出そうとした時だった。

 先程ステージに上がっていた小さな少年が、帽子の少女を指差した。

 

 

 

「ママ、何であのお姉ちゃん女の子なのにシャイニンガー見に来てるの?」

 

 

「こら! 人を指差しちゃいけません! ほら、向こうでシャイニンガーのゲームしましょうね」

 

 

 

 小さな子供の素直な疑問。

 ヒーローは男の子が見るもの、偏見のようだが実際ほとんどの女の子は午後からの魔法少女ショーを見に来る。

 純粋故に、その言葉は少女の心に突き刺さる。

 

 少女はその場に座り込んで俯いてしまった。

 

 

 

「ヒーローが好きならそれでいい、周りの言うことなんて気にすんな」

 

 

 

 恭二は気付けば少女の隣まで来て声をかけていた。

 どう声をかけようかとか、そういった事は一切考えず自然と言葉が出てきたのだ。

 しかし今のご時世、いくら励ましの言葉をもらったとはいえ、知らない大人に急に声を掛けられては怪しまずにはいられない。

 

 

 

「……誰? はっ、まさか悪の怪人か!?」

 

 

「まずは不審者かどうかを疑えよ」

 

 

 

 恭二の顔を見上げ不思議そうな顔をした後、バッと席から立ち上がり臨戦態勢を取る少女。

 予想の斜め上の反応にツッコミざるをえない恭二、少々呆れはしたがこれも引き受けた仕事だと思い、ポケットに入れていた名刺ケースを取り出した。

 

 

 

「とりあえず自己紹介だな。俺は芦原 恭二、この328プロダクションってところでプロデューサーをやって……プロデューサー!?」

 

 

「ど、どうした?」

 

 

「いや、何でもない、大丈夫だ(スカウトマンじゃねぇのかよ!)」

 

 

 

 ケースから1枚名刺を取り出し内容を読みながら渡そうとした恭二だったが、“プロデューサー”の文字を声に出した後思わず2度見。

 少し困惑しながらも少女は差し出された名刺を受け取りしばらく眺めた後、カバンの中にしまい被っている帽子のツバを掴んで顔を隠すように引き下げる。

 

 

 

「まぁ、悪い奴じゃなさそうだな。でも、何でアイドルのプロデューサーがアタシに声かけるんだ? アタシがなりたいのはアイドルじゃなくてヒーローなんだ。正反対で向いてないと思うし、ただ慰めにきたのなら……」

 

 

「向いてないと思ってたらスカウトになんか来ねえよ。」

 

 

「アタシが、アイドルに向いてるって? 何の冗談だよ」

 

 

「冗談でこんな事は言わない。俺は君ならできると思ってる。それに君だって、さっきのアイドルのミニライブ見ただろ? 今はアイドルだってヒーローソングを歌う時代だ。惹かれるものがあるだろ?」

 

 

「う……それは……」

 

 

 

 少女は視線を斜め下に落とし、より一層顔を伏せる。

 少女の返答を待っているとポンポンと誰かが恭二の肩を叩いた。

 振り向くとそこには先程額に汗を輝かせながらステージで歌い踊っていたアイドルの笑顔があった。

 

 

 

「事と次第によっては通報して鉄拳制裁ですが、そちらの返答は?」

 

 

「うん、これが正しい反応だよな」

 

 

「ふざけているんですか!」

 

 

 

 拳を振り上げたアイドルにさすがの恭二も身の危険を感じたのか、慌てて名刺を1枚取り出し両手で持ち、これまた丁寧にお辞儀をしながら差し出した。

 

 

 

「328プロダクションの新米プロデューサーでございます決して怪しい者でも怪人でもございません!」

 

 

「あぁ、三葉さんのところの新人さんでしたか。これは失礼しました……怪人?」

 

 

「あ、いえ、気にしないでください」

 

 

 

 真摯(?)な対応と328プロの名前を聞いて安心したようで、振り上げた拳を下ろし謝罪の言葉を述べる。

 怪人という言葉に引っ掛かり首を傾げるが、先程のショーの影響だろうと自分の中で答えを出した様子。

 

 恭二の姿で隠れていた少女の元へ歩み寄ると、目線を合わせる為少し前に屈んで笑って見せた。

 そしてステージの上にいた時と同じように、人差し指を立てて口元へ運ぶ

 

 

 

「黙っていてくれてありがとう」

 

 

「! ヒーローの中の人!」

 

 

「こらこら、ヒーローを目指しているんでしょう? なら、そういう夢のない事は言わないの」

 

 

「あ……ごめんなさい……」

 

 

 

 好きな事となるとすぐにテンションが上がる性格のようで、ヒーロー(の中の人)を目の前にしてまた声が大きくなってしまう。

 再びそのヒーローに窘められるとシュンと落ち込んだような態度を見せるが、ワクワクを抑えきれていないようで、すぐにソワソワし出して落ち着きがない。

 

 中の人と聞いて恭二も察したようで、抱いていた疑問をアイドルにぶつけた。

 

 

 

「今日、どうして有香さんがヒーロー役を?」

 

 

「本来の役者さんが今朝急に熱を出したらしくて……昨日のリハーサルの時は元気だったんですけどね。私もまゆちゃんと一緒に捕まる役だったんですけど、他に代役でできる人がいなくて。すぐ後にライブもあって、結構てんてこ舞いでした」

 

 

「じゃあ、お姉さんはヒーローソングを歌ってヒーローにもなったってこと?」

 

 

「うーん、そういう事になるかな」

 

 

 

 少女の目は憧れの眼差しで有香を見上げていた。

 しかし、キラキラとしたその目もすぐに陰りを見せる。

 

 

 

「でも、アタシにはアイドルなんて……」

 

 

「可愛いだけがアイドルじゃないんですよぉ♪」

 

 

「まゆちゃん!? いつの間に?」

 

 

「うふ♪ まゆはドコにでも現れますよぉ♪」

 

 

 

 神出鬼没という言葉がこれほどしっくりくるアイドルはいないだろう、ここにいた3人全員が有香の後ろにいたまゆに気付かなかったのだから。

 皆驚いてまゆも満足そうに笑顔を浮かべている。

 

 話を戻すため再びまゆが切り出す。

 

 

 

「アイドル=可愛いという時代はもう終わりました。勿論王道の可愛い路線で売り出している私たちみたいな子も沢山います。ですが、今はかっこいいアイドルも、面白いアイドルもいっぱいいるんですよぉ。要は個性が大事なんです」

 

 

「個性……」

 

 

「確かに、ヒーローを目指してるアイドルなんて他にいないよな。他にいないってことはアイドルやる上で十分武器になりうる! ほらな? やっぱ俺の目に狂いはなかっただろ?」

 

 

(まゆちゃんの力説に乗っかっただけのように聞こえますが……ここは黙っておきましょう)

 

 

 

 ニカッと笑って少女に手を差し伸べる恭二。

 その手を掴もうか否か、少女の手は迷う。

 少しの間を挟んだ後、少女はギュッと両手で握り拳を作り胸元に置いて恭二を見上げた。

 帽子に隠れていた少女の素顔を、恭二はようやく間近で見ることができた。

 

 

 

「アタシ、やってみるよ、アイドル。アタシの目指すヒーローに少しでも近づけるなら……!」

 

 

「契約成立だな!」

 

 

 

 恭二の手を両手でバッと力強く掴み、元気に笑って見せる少女。

 微笑ましい光景に先輩アイドル2人も優しげな表情で見守っていた。

 

 

 

「私たちのステージを見た子がアイドルになるなんて、何だか嬉しくなっちゃいますねぇ♪」

 

 

「可愛い後輩ができましたね」

 

 

 

 

 

「そう言えばまだ君の名前聞いてなかったな」

 

 

「アタシは南条 光。これからよろしくな、プロデューサー!」

 

 

 

 被っていた帽子を取り屈託のない笑顔で名乗って見せる光。

 これからヒーローアイドルになる、そんな少女がプロデューサーに見せた夢と希望に満ち溢れた最初の笑顔だった。

 

 

 

「まぁ、本物のヒーローはテレビの中にしかいないんだけどね」

 

 

「ヒーロー目指してる奴がそれ言っちゃいかんだろおい……」

 

 

 

 元も子もない発言に恭二が苦笑いを返した、刹那。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 影が空を覆った。

 

 

 

 それと同時にあちこちから悲鳴が聞こえてくる。

 皆が皆空から降ってくる複数の影を指差し、恐怖に駆られ逃げ惑っていた。

 

 

 

「か、怪人……本物!?」

 

 

「ヒーローの話してたからってこれは唐突過ぎるし非現実的過ぎるぞ!?」

 

 

 

 一般人と同じように慌てふためく恭二と光、光は若干喜んでいるようにも見えなくもないが。

 それとは対照的な様子のアイドル2人は状況を把握すべく周りを見渡していた。

 

 

 

「どうしてこんな真っ昼間に……」

 

 

「前例が無かった訳ではありませんから……これなら私たちだけで何とかなりそうですね」

 

 

「2人とも何冷静な顔してんの! アイドルなんだから真っ先に逃げなきゃ!」

 

 

 

 避難を勧める恭二に対し、有香は笑顔で言葉を返した。

 それは正しく、

 

 

 

「アイドルだから」

 

 

「え? いや、どういう事だよ!?」

 

 

「アイドルだから、逃げないんです」

 

 

「新人さんなら知らなくても無理ないですねぇ」

 

 

 

 状況が全く飲み込めない恭二をよそに、有香は不安そうにしている光にも声をかけた。

 

 

 

「さっき“本物のヒーローはテレビの中にしかいない”って言いましたよね?」

 

 

「う、うん」

 

 

「その言葉、すぐに撤回したくなりますよ」

 

 

 

 今日何度目になるだろうか、有香は光に笑顔を見せた。

 だがその笑顔は今日初めて見せる、優しいアイドルの笑顔でありつつも、かっこいいヒーローの笑顔でもあった。

 

 

 

「スタージュエル、コンバート!」

 

 

 

 掌を空へと掲げ呪文のような言葉を叫ぶ。

 その掌の上に虹色に輝く星形の結晶体が現出し、掌から一定の間隔をあけてふわりと浮かんでいる。

 

 

 

「セルフ・イグニッション!」

 

 

 

 天に掲げ揺らめく結晶体を握り締めるように掴み取ると、パリンッと綺麗な音を立ててそれは砕け散り、虹色の粒子になって有香の身体を包み込んだ。

 

 そして、“マギカ”へと変身を遂げた。

 

 

 



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魔法少女(ヒーローアイドル)、誕生!

「変身した……すごい! 本物だ! 本物のヒーローだ!!」

 

 

「空から降ってくる黒い化け物に、ヒーローに変身するアイドル……もう、何がなんだか……」

 

 

 

 2人の目の前で有香は眩い光に包まれる。

 視界が晴れた時、そこにはサイバネティックなステージ衣装を身に纏ったアイドルの姿があった。

 心なしか、表情も凛々しく見える。

 

 

 

 

「まぁ、有香さんかっこいいですねぇ♪ 可愛い後輩ができて浮かれているんですかぁ?」

 

 

「う、うるさいですよまゆちゃん!」

 

 

「うふふ♪ それじゃあまゆも♪」

 

 

 

 ポーズまでしっかり決めている有香の横にそろりと近寄り、耳元で囁くまゆ。

 完全に図星だったようで、顔を真っ赤にしながら両腕をパタパタさせている。

 思わず出た反論も、囁き声に対しては全く意味のない正反対の内容で、余計に可愛らしさが増している。

 

 相方をからかい満足した様子のまゆ、自らもと愛しい人に贈り物をするように両手を前に掲げ、有香と同じ呪文のような言葉を唱える。

 

 

 

「スタージュエル、コンバート。セルフ・イグニッション」

 

 

 

 両手の中に虹色に輝く星形の結晶体、有香の掌に現れたのと同じ物が現出。

 まゆはこれを抱きしめ自分の中に取り込み、こちらも同じく眩い光に包まれた。

 真紅の薔薇を模したステージ衣装を身に纏い、光の中から現れる。

 

 

 

「まゆさんもヒーローだったの!?」

 

 

「うふふ♪ そうですよぉ♪」

 

 

「詳しい話は後でしますので、2人はここから避難してください」

 

 

「わ、わかりました」

 

 

 

 光にとっては夢のような光景であろう、目の前で2人のアイドルが憧れのヒーローに変身し、人々を守る為悪と戦おうとしているのだから。

 

 しかし、悪の存在は待ってはくれない。

 空を覆った黒い影は小さな影を点々とデパートの屋上へと降下させ、着地した小さな影は徐々に4足歩行の動物のような形へと姿を変えていく。

 

 嬉々としてまゆに話し掛ける光であったが、有香に避難を指示されると渋々恭二と共に出口の方へ駆けていった。

 

 

 

「タイプドッグを複数確認、凡そ30体」

 

 

「わんちゃんならまゆにお任せですよぉ」

 

 

「一般の人たちの避難が最優先です。私が先導しますから、まゆちゃんはフォローと遊撃をお願いします」

 

 

「了解です」

 

 

 

 答えてすぐさまトンッと地面を蹴りふわりと宙に浮き上がったまゆ、ピンク色の粒子がその腕に纏われる。

 勢いよく両腕を振るえば粒子の中から真紅のリボンが放たれ、乗り物やステージを上手く避けながら黒い犬たちを叩いていく。

 リボンに打たれた犬たちは順々に霧散し、数を減らしていく

 

 片や有香は怯える一般人に避難を呼び掛けながら出口へと誘導していた。

 

 

 

「皆さん、ここは危険です! 早く避難してください! 出口はこちらです!」

 

 

「ママー!!」

 

 

 

 母親とはぐれてしまった子供が必死に助けを求め叫ぶ。

 母親はそれに気付くが距離が遠く、しかもすぐ後ろに黒い犬が1匹猛スピードで近付いてくる光景が見えてしまった。

 懇願するように母親は子供の名前を呼んだ。

 

 

 

「たっくん!!」

 

 

「グルァ!」

 

 

「わぁぁぁあ!!」

 

 

 

 黒い犬は咆哮を上げて勢いをつけ、大口をあけて子供を飲み込もうと飛びかかった。

 恐怖のあまり腰を抜かしてしまい、その場にへたり込んでしまった子供は絶望の叫びを上げ目を瞑った。

 

 しかし、体のどこにも痛みは無かった。

 それどころか暖かな腕に抱かれ安心感を覚えた。

 伏せていた顔を上げると、不思議な障壁に阻まれ身動きがとれなくなっている黒い犬と、自らを包み込む優しいアイドルの姿が目に入った。

 

 

 

「もう大丈夫です、安心してください」

 

 

「アイドルの……お姉ちゃん?」

 

 

「はい♪」

 

 

 

 助けを求める叫びを聞いて一目散に駆け出していた有香、怯えてへたり込む子供を抱きかかえつつ片手を突き出し魔法の障壁を作り出していた。

 子供を安心させる為アイドルらしい可愛い笑顔を見せると、子供も自然と笑っていた。

 

 

 

「はぁっ!」

 

 

 

 障壁を発生させている手を一旦引いて拳を作り、黒い犬に向かって改めて撃ち放つ。

 拳から出た衝撃は自らが出した障壁ごと黒い犬を空へと吹き飛ばし、障壁が砕けると同時に影を霧散させた。

 

 

 

「ありがとう! アイドルのお姉ちゃん!」

 

 

「ありがとうございます! このご恩は一生……!」

 

 

「お礼は後で伺いますので、今はお子さんと逃げる事を優先してください。」

 

 

「……はい!」

 

 

 

 子供をお姫様抱っこで抱え上げ母親の所まで送り届ける有香。

 まだ恐怖の感情は拭いきれていないようだが、子供は尊敬の眼差しで有香にお礼を言った。

 母親は我が子の無事に涙を浮かべながら何度も頭を下げようとするが有香に制止され、1度だけ深くお辞儀をすると子供の手を引いて出口へと走っていった。

 

 走りながらも振り向いて有香に手を振る子供、その姿が見えなくなるまで有香も答えるように手を振り笑顔で見送った。

 

 

 

「ハァ……ハァ………ふぅ……よし」

 

 

 

 まだ戦いは始まったばかり、しかし有香は自分の息が思いの外上がってる事に違和感を覚えた。

 戦えるのは自分とまゆの2人だけ、音を上げる訳にはいかないと気合いを入れ直し呼吸を整えると、残っている一般人がいないか探す為再び走り出した。

 

 

 

「くぅぅぅ!! 有香さんめちゃくちゃかっこいい! やっぱり本物のヒーローはかっこよさが段違いだ!!」

 

 

「テンション上がってる場合か! 避難しろって言われただろ!?」

 

 

「ここに隠れてれば大丈夫だって。それに本物のヒーローの活躍がこんなに近くで見れるなんて滅多にないんだ。ここで逃げるなんてもったいないよ!」

 

 

「少しは身の危険も考えた方がいいと思うんだが……」

 

 

 

 有香の救出活動の一部始終を出口付近の物陰から見ていた光、相変わらず憧れのヒーローの活躍に目を輝かせて一向にその場から離れようとしない。

 スカウトしてこいと言われた手前放っていく訳にもいかず、同じように物陰に隠れて説得しようと試みるが光の心は揺れ動かない。

 

 1体、また1体と迫り来る黒い犬を蹴散らしていく有香。

 まゆの援護もあり順調に事が進んでいるように見えたが、

 

 

 

「なぁプロデューサー、有香さんの動き……どんどん鈍くなっていってないか?」

 

 

「え?」

 

 

 

 光の言う通り、有香の動きにはキレがなくなっていた。

 まるで全身に重りでも巻いてあるかのようや鈍重な動き、素早い黒い犬に徐々に翻弄され始める。

 

 

 

「くっ……何とか、しないと………あれ……ピントが、合わ……」

 

 

 

 有香の視界はぼやけ意識も朦朧としだした時、黒い犬はその隙を見逃さずタックルを繰り出した。

 

 

 

「! 有香さん!!」

 

 

 

 光が叫んだ声は届かず、ダンッと鈍い音と共にタックルを喰らった有香は無惨に地面に転がった。

 

 ピンク色の光が有香を包んだ後ボワンと湯気のように立ち上ると、先程までのサイバネティックな衣装が消え私服姿に戻っていた。

 

 

 

「変身が……解けた……? マズいよプロデューサー!」

 

 

「いや俺に言われても!?」

 

 

 

 恭二の胸元掴んでブンブン振り回す光、慌てた表情で誰にもぶつけようのない不安をぶつける。

 有香を倒した黒い犬は勝ち誇ったように咆哮を上げ、倒れている有香を眺め舌なめずりしている。

 

 咆哮に呼応してか空に浮かんでいる影から更に小さな影が多数投入され、順々に黒い犬に変化していく。

 

 

 

(有香さんの変身が解けている!? しかもこの状況で増援なんて……まゆは有香さんのパートナーなのに!)

 

 

 

 空中からリボンを操り出口から遠い敵を優先して各個撃破していたまゆ、有香の変身が解けた事に気付くも敵の増援で避難中の一般人に襲い掛かる数が増え、援護に手が回らない様子。

 多くの悲鳴が上がる中上空にいるまゆの焦りの色を見て光も状況を察したのか、プロデューサーを掴んでいた手を離し駆け出そうとした。

 

 その手を恭二が掴む。

 

 

 

「バカかお前は! この状況で出て行ってどうすんだよ!」

 

 

「どうするって助けるに決まってるだろ!」

 

 

「あんな化け物相手に何ができんだよ!」

 

 

「何か、何かしらできるはず!」

 

 

「何かしらって何だよ! お前は“変身”できねぇだろうが!」

 

 

 

 背中を向けたまま激しい口論を繰り広げ何度も腕を振り解こうと足掻いていたが、“変身できない”という言葉を聞いて動きが止まった。

 掴まれていない方の手に握り拳を作り、もどかしい感情を抑えて言葉を絞り出す。

 

 

 

「アタシを……ヒーローにしてくれるんじゃ……なかったのか……?」

 

 

「それは……アイドルとして活動する為の方針がそうなんであって……」

 

 

「アタシはアイドルじゃなくてヒーローになりたいんだ! 困っている人を助けて、悪い奴らをやっつける。今行かなきゃヒーローを目指してるって胸を張って言えなくなる、アタシ自身が許せなくなる!」

 

 

 

 瞳にうっすら涙を浮かべながら恭二の方へ振り向いて熱く訴えかける光、恭二もその気迫に圧倒され言葉を見失う。

 

 

 

「アタシはアタシのヒーロー精神を貫く! たとえそれで……死んでしまっても構わない!!」

 

 

「! 待っ、光!?」

 

 

 

 掴む力が緩んだ手を振り解き、光は駆け出した。

 

 舌なめずりをしていた黒い犬がついに大口を開け有香を飲み込もうと襲い掛かった。

 

 

 

「でぇぇやぁぁぁぁああ!!!」

 

 

 

 気合いの入った掛け声と共に走り込んで来た光、単身かと思いきや両手で買い物カートを押しながら猛突進、ガシャーンッ! と大きな音を鳴らし有香を飲み込もうとしていた黒い犬をカートごと吹き飛ばした。

 カートと一緒に転がっていった黒い犬は全身を打ちつけられ、ぐったりと横たわっている。

 相手を吹き飛ばしたのを確認するとすぐさま有香の元へ駆け寄った。

 

 

 

「有香さん! 大丈夫ですか?」

 

 

「光、ちゃん……どうして……?」

 

 

「アタシも有香さんみたいなヒーローになりたくて……だから来ました!」

 

 

「早、く……逃げ、て……」

 

 

「逃げるなら有香さんも一緒に連れて行きます!」

 

 

 

 普段から鍛えているのだろう、自分より大きい有香を軽々と抱きかかえ出口に向かって脚を伸ばしていく。

 

 だが黒い犬もゴーストの端くれ、現代兵器では対処できない奴らに対しただの物理攻撃ではほんの僅かな時間稼ぎにしかならない。

 身体に乗っかったカートを振り払い顔をブルブル震わせた後、背を向けて逃げ出そうとしている2人に再接近する。

 

 

 

「速い……追い付かれる……!」

 

 

 

 光も足は速い方だが有香を抱えて走っている為、ハイエナのように猛スピードで走ってくる黒い犬にあっという間に距離を縮められた。

 2人いっぺんに飲み込もうと更に大口を開け、本能の赴くままに飛びかかった。

 

 

 

(嗚呼……アタシ、ここで死んじゃうんだな……でも、いいや……これがアタシの目指したヒーローの……)

 

 

 

 

 

 

 

「うちの新人にぃ! 手ェ出すなぁぁぁああ!!!」

 

 

 

 まるで(ヒーロー)の再来だった。

 2人を飲み込もうとした黒い犬の横っ腹に買い物カートで突撃、当たると同時にカートを蹴り上げもろとも遠くへ吹き飛ばした。

 

 

 

「ハァ……ハァ……俺だって男だよ……ヒーローに憧れた事くらいあるに決まってんだろ……!」

 

 

「プロデューサー!」

 

 

 

 つい1・2分前まで一緒にいた、自分はヒーローになれると言ってくれた(ような気がする)人物がピンチを救ってくれた。

 光はその事実に歓喜の声でその相手を呼んだ。

 

 プロデューサー、芦原 恭二である。

 

 光の呼び掛けに応えニッと笑って見せるが、相当な覚悟と気合いを入れて飛び込んで来たのであろう、肩が激しく上下するほど息が上がっている。

 胸に手を当てながら何とか呼吸を整えると、吹っ飛んだ黒い犬に注意を払いながら言葉を絞り出す。

 

 

 

「……27年生きた俺だって、死ぬのは怖ぇんだ。たとえ考えた上でも、死んでいいなんて言うな」

 

 

「……うん……わかった」

 

 

 

 光は恭二のその言葉に確かな重みを、実感が籠もっているのを感じた。

 命を粗末にしてはいけない、そう考えを改めるような体験をしたのか、或いは死の淵に直面したことがあるのか、何となく察する事はできた。

 

 

 

「よし! じゃあ有香さんを連れて早く出口へ!」

 

 

「プロデューサーは?」

 

 

「2人が逃げる時間を稼ぎながらまゆさんの援護を待つ、かな」

 

 

「……急いで戻ってくるから!」

 

 

「そうじゃねぇだろ! ったく……」

 

 

 

 近くにあったパイプイスを拾い構えながら光に逃げるように言うが明後日の方向に捉えられたようで、有香をおんぶする態勢に変え出口へ向かって全力疾走しながら叫ぶ形で光からの答えが返ってきた。

 小さく溜め息を零した後、被さったカートを思いっきり吹き飛ばしこちらを睨み付けてくる黒い犬と対峙する。

 2度も同じ手で邪魔をされ相当怒り狂っているようで、牙を剥き出しにし口から湯気が溢れ出ている。

 

 頼みの綱であるまゆは増援に手こずっているようで、恭二と光の姿は確認できても余裕がないように見える。

 更に不運な事にカートをぶつけて吹き飛ばしてしまったせいで、黒い犬はライブステージの陰に隠れる形でまゆからは死角になってしまっていた。

 

 

 

「こりゃ、終わったかもな。ははっ、ホント不運も不幸も続くもんだ……まぁでも、アイドル2人を助ける為にこの3年間生かされてたんなら……悪くはない、か」

 

 

 

 運良く黒い犬たちに見つからず出口まで辿り着けた光と有香。

 買い物カート置き場の近くに有香を下ろし恭二の元へ戻ろうとするが、制止するように有香が口を開く。

 

 

 

「ダメ……光、ちゃん……」

 

 

「有香さん!?」

 

 

「今、戻った、ら……共倒れ……新人さん、の意志を……無碍に、しちゃ……」

 

 

「そんな……すぐ戻るって約束したんだ、アタシは行くよ!」

 

 

 

 外に出ようとする光の手を今度は恭二ではなく有香が掴み止める。

 

 

 

「ダメ……!」

 

 

「有香さん離して!!」

 

 

 

 恭二と黒い犬の姿は2人のいる出口からでも見えた。

 怒り狂った黒い犬は恭二の構えたパイプイスに喰らいつき、1回の噛み付きでへの字にへし折った後持ち手から奪って放り投げた。

 一瞬で武器を失った恭二には最早勝ち目はなく、戦意も喪失していた。

 死を悟ったような表情が光にも見えた。

 

 

 

「……いい訳、ないよな……」

 

 

「プロデューサァァァァァ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正義の心は奇跡を呼んだ。

 

 光の身体から虹色の輝きが迸り、溢れ出す。

 放たれた輝きは一直線に恭二の元へ突き進み、更に輝きを増す。

 黒い犬はこれを嫌い距離をとるため何度も後ろに跳び退いた。

 

 恭二の元へ辿り着いた輝きはゆっくりと収束し携帯端末の姿に、三葉が持っていたあの端末と同じ形へと変化した。

 

 

 

「な、何だこれ……PHS? 玩具か何かか? とりあえずあの化け物は嫌がってるみたいだけど……」

 

 

「アタシの中から何か光るものが、ええ!?」

 

 

「あれ、は……マギ、デバイス……!」

 

 

 

 何が起きているのかさっぱり理解できず困惑している恭二と光。

 ぼやける視界の中で一瞬だけピントが合い、その端末を目にした有香は“マギデバイス”と言葉に表した。

 有香はその形をよく知っていた。

 

 

 

「マギデバイス?」

 

 

「光ちゃん……今な、ら……“本物のヒーロー”、に……」

 

 

 

 弱っている身体に鞭をうち、更に言葉を振り絞る。

 

 

 

「新人さん、を……助けて……あげて……」

 

 

 

 

 

 

 

『IGNITION』

 

 

「今度はなんだ!?」

 

 

 

 恭二が目の前に届いた端末を手に取るや否や、端末から音声が流れ虹色の輝きが放出され光の元へ戻っていく。

 光の腰に巻き付くように輝きが纏われ、光の憧れるヒーロー御用達の変身ベルトに形を成した。

 驚きとワクワク、そして正義のヒーローとしての使命感が入り混じった感情。

 複雑だがこれが光の大好きな気持ち、高ぶっているのが一目でわかる。

 

 

 

「これが……アタシの力……!」

 

 

「光……ちゃ……」

 

 

「! 有香さん!」

 

 

 

 意識も体力も限界が近いのか、最後の力を振り絞って光の名前を呼ぶと少し態勢を崩しよろけてしまう。

 素早く有香を支えると有香の胸元からピンク色の粒子が滲み出て小さな玩具のような形を成した。

 光はこれを手に取ると有香と視線が合い少し不安そうな顔をするが、有香は優しげな表情で頷いた。

 あなたなら大丈夫、そう言っているかのようだった。

 

 

 

「今のアタシにはこれの使い方がわかる……! 有香さん、拳の力、お借りします!」

 

 

 

 有香を楽な態勢に持ち直し、安心させるように今度は光が笑顔を見せた。

 

 立ち上がった光は有香から授かった玩具、変身アイテムであるそのボタンを押した。

 

 

 

『ラァヴナッコォウ!!』

 

 

「変身!」

 

 

『ステージオン、フォームサバイヴ!』

 

 

 

 今時喋る変身アイテムやベルトは珍しいものではない。

 シリアスなシーンでもやかましく叫ぶ事はザラにある。

 

 音声を発した変身アイテム、ややドスの聞いた声が流れ淡く輝きだす。

 光の腰に巻かれたベルトにはいかにも此処に差し込んでくださいと言わんばかりに挿入口が付いていた。

 決めポーズと同時に変身アイテムをベルトに装填、ピンク色に輝く粒子が溢れ出し光の身体を包んでいく。

 

 バァンッと纏った光が弾けると、中から出てきたのはマギカとして覚醒した光の姿。

 トリコロールカラーのステージ衣装、各所に施されたサイバネティックな発光体、眉間の赤いV字が特徴的なゴーグル、そして風に靡く青いマフラー。

 光の思い描いていたヒーロー像そのものであった。

 

 

 

「光が……変身した……?」

 

 

「プロデューサー、後ろ!」

 

 

 

 呆気に取られていた恭二の背後から諦めの悪い黒い犬が4度目の襲撃をかける。

 光の叫び声に気づいて振り返ると、もう目の前に狂暴な牙が迫っていた。

 咄嗟に両腕で顔を守ると、手に持ったままのマギデバイスが再度輝きを放ち、黒い犬はこれに弾き飛ばされ今回の攻撃もまた失敗に終わった。

 

 

 

「プロデューサー、無事か?」

 

 

「何とかな……わかんねえ事だらけでまだ混乱してっけど」

 

 

 

 駆け寄ってくる光に対し、恭二は頭を掻きながら苦笑いを浮かべる。

 

 

 

「じゃあ選手交代だ。プロデューサーは有香さんの傍についていてあげてよ」

 

 

「あぁ、わかった。頼んだぞ、ヒーロー!」

 

 

「! おう!!」

 

 

 

 空いている左手で握り拳を作って光の前へと突き出し、ニッと笑って見せる恭二。

 その笑顔に期待と信頼が乗っている事を光は感じ取った。

 応えるように光は右手の拳を恭二の拳とかち合わせ、同じく笑顔で返す。

 マギデバイスも少し輝きを増したように見える。

 

 出口へ駆け出す恭二を背に、光は決めポーズを取りながら名乗りを上げた。

 

 

 

「正義のヒーロー、南条 光! ただいま参上! ここからはアタシが相手だ!」

 

 

「光ちゃん?」

 

 

 

 宙に浮いて迎撃していたまゆも、一般人の避難がほぼほぼ終わり多少の余裕ができたようで、その声と姿に気付いた様子。

 

 声量は申し分なく高らかな雄叫びは屋上一帯に響き渡り、残存している黒い犬たちの視線が一手に集まった。

 カートにパイプイスに謎の輝きと何度も吹っ飛ばされた正面の個体が合図すると、呼応した同族たちが次々と光に飛びかかっていく。

 

 

 

「てい! はぁ! せぇやぁぁ!!」

 

 

 

 脇を締めて気合いを入れると両の拳にピンク色の粒子が纏われる。

 ゴーストに有効な魔力を伴った打撃が繰り出せる拳になり、迫り来る黒い犬たち1匹ずつに、正拳突き、手刀打ち、掌打、と空手の演舞を披露しているかの如く流れるように打ち出し撃破していった。

 

 合図を出した黒い犬は1匹その場に取り残され、牙を剥き出しにして悔しさを露わにし唸っていた。

 

 

 

「さぁ、後はお前だけだぞ、犬っころ!」

 

 

 

 もう勝負は着いたも同然、追加で動員したゴーストたちも光の拳が全て打ち砕き、圧倒的な力の差を見せ付けた。

 最後は1対1で決着をつけるのかと思いきや、再び天へと咆哮を上げるリーダー格の黒い犬。

 それに呼応したかのように空を覆う巨大な影が蠢き、螺旋を描きながら黒い犬の元へと落下してくる。

 太陽の光がデパートの屋上に舞い戻ってくるが、光の前には黒い犬を取り込んだ巨大な影の塊が、バチバチと稲妻を走らせながら鎮座していた。

 

 その稲妻は辺りに飛び散りライブステージや乗り物などを直撃、吹き飛ばしたり部分的に破壊したりと危険なのは火を見るよりも明らかだった。

 

 

 

「きゃっ!」

 

 

「まゆさん!」

 

 

 

 稲妻の一筋が浮遊しているまゆを掠め、態勢を崩したまゆは屋上のコンクリートに叩きつけられる……事はなく、ヒーロー根性全開の光が咄嗟の判断で滑り込み、意図せずスライディングお姫様抱っこという稀有な形をとって事なきを得た。

 

 

 

「ぁ……ありがとうございます」

 

 

「へへっ、ヒーローとして当たり前の事をしたまでだよ」

 

 

 

 王子様にお姫様抱っこをしてもらう、少女であれば1度くらいはそんなシチュエーションに憧れたりもするだろう。

 自分の危機を救ってくれる笑顔の素敵な王子様、今まゆはそんな夢のような体験をしている。

 残念ながら相手は王子様ではなく新米のヒーローで、そもそも自分より年下の少女であるのだが。

 

 1人の少女の危機は去ったものの、大元の危機は去っていない。

 稲妻を帯びていた巨大な影は姿を変え、腕の大きな人の形を成していく。

 腕の大きさに反して脚は短く、身体は岩肌のようにゴツゴツしている。

 

 

 

「犬っころから人型に……!」

 

 

「タイプゴーレム……鈍足大型は有香さんの領分なのに……」

 

 

 

 名は体を表す。

 その剛腕を振り上げて地面に叩き付け、ギロリと光を睨み付ける。

 落ちてきたまゆにはまるで興味がない様子。

 

 スッとまゆを降ろすとゴーレムの方に向き直り、再び拳を構える光。

 隣に立つまゆも戦う姿勢をとるが、何かを感じ取ったのか申し訳なさそうに口を開いた。

 

 

 

「光ちゃん……どうやら私はここまでみたいです」

 

 

「えぇ!? 何で急に!?」

 

 

「スタージュエルで供給できる魔力には限りがあります。いつもなら大丈夫なんですけど、有香さんの離脱、想定以上の援軍で、もうほとんど使い切ってしまいました。プロデューサーさんがいれば話は別なんですけど……」

 

 

「プロデューサーならいるぞ?」

 

 

 

 光は出口の方を指差した。

 有香を介抱しながら光を見守っていた恭二は、突然指を指され少々困惑している様子。

 

 

 

 

「誰でもいい訳じゃないんです! 自分のパートナーになったプロデューサーさんがいないと継続的に魔力の供給を受けれないんです」

 

 

「なるほど」

 

 

「……単刀直入に言います。今の状況、光ちゃんだけが頼りです。私たちを、守ってください」

 

 

 

 そう言い終わるとほぼ同時にまゆの変身も解けてしまい、ピンク色の粒子が霧散し変身する前の私服姿に戻った。

 

 

 

「ああ! 任せてくれ!」

 

 

 

 光は心も身体も滾っていた。誰が見ても一目瞭然と言えるほどに。

 

 

 

「待たせたなゴツいの。ヒーロー側が話してる間待つのはいい悪役だ。でも、悪い奴には変わりない……だから、ここでお前を倒す! このアタシ、正義のヒーロー、南条 光が!」

 

 

 

 数歩前に出て再び拳を構え、お得意のヒーロー名乗りを上げたところでゴーレムも動き出す。

 剛腕を振り上げ、アームハンマーの如く光目掛け振り下ろす。

 対する光は左手で受け止めるように掲げバリアを展開、ガキンッと金属同士がぶつかるような音を立てながら剛腕を受け止める。

 しかし威力は相当なもので、光の足下のコンクリートに入ったヒビ、受け止めた光の少し歪んだ表情と小刻みに震える左手、それらがこの一撃の重さを物語っている。

 

 

 

(こんなのが何発も打ち付けられたら建物が崩れる……有香さんもまゆさんも、プロデューサーも、下の階にだってまだ人が残っているかもしれない……なら)

 

 

 

 右手を引いて拳を作り魔力を集中させる。

 ピンク色の粒子がその拳に纏われ、更に輝きを増していく。

 

 

 

「一撃で、決める!」

 

 

 

 ただ支えるだけでもキツいであろう左手、それでもヒーローとしての使命がその手と光の心を突き動かす。

 剛腕を受け止めていたバリアをその腕ごと突き飛ばし、役目を終えたバリアは空中で砕け散った。

 自慢の剛腕を返されたゴーレムは、短足でアンバランスなのも相まって大きく仰け反り、尻餅をつくような形で態勢を崩し、膨大な隙間を晒してしまう。

 

 

 

「今だ! いっけぇ光!!」

 

 

「はぁぁぁぁああ!!」

 

 

 

 これだけ大きくあからさまな隙なら素人にでもわかる。

 見守っていた恭二も同様、ここぞとばかりに光にエールを送った。

 それに反応してかマギデバイスの輝きが少し増し、光の拳に纏われた粒子も膨張していく。

 

 ヒビの入ったコンクリートを蹴り、破片を散らしながらゴーレムの懐に飛び込む。

 纏った力を解き放つべく、ゴーレムの胸元に勢いよく拳を撃ち放った。

 

 

 

「グルァァァ!!」

 

 

 

 己の持つ剛腕よりも強力な全身全霊の一撃に耐える術もなく、岩のような身体はバラバラに砕け地面に落ちた後、他のゴーストと同じように霧散した。

 

 スタッと地に降りた光はほんの少し余韻に浸った後、ゴーレムを倒した拳を空に突き上げ恭二の方へ振り向き、満面の笑みで勝ち誇った。

 

 

 

「正義は、必ず勝つ! だよな、プロデューサー!」

 

 

 

 



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入隊? 328プロダクション

 ボロボロになったライブステージ。

 ゴーストの撒き散らしていた稲妻が各所を焦がし、遊具や乗り物からも煙が上がっている。

 火事になるような大きなものは見当たらないが、この状況が無事とは到底言い難い。

 

 しかし幸いにも人的被害は無く、こちらはまゆの的確な処理と光の活躍の賜物と言えよう。

 

 戦いを終えた2人は出口で待っている恭二と有香の元へ走る。

 光の勝利を見納めた有香は、一安心して緊張が解けたのかぐったりとしていて、倒れそうになる体を恭二に支えられていた。

 

 

 

「有香さん! 大丈夫ですか!?」

 

 

「私、は……大丈夫……光ちゃん………頑張った、ね……」

 

 

「光ちゃんを誉めるよりも自分の心配をしてください!」

 

 

「……やっぱり。結構な熱ある。昨日のリハーサルの時にでも、ヒーロー役の人から風邪もらってたんだろうな。」

 

 

 

 有香の額に手を当て熱がある事を確認した恭二、ある程度は推測していたようで慌てる2人よりも冷静な態度を見せている。

 

 

 

「ヒーローでも……風邪、ひくのか?」

 

 

「そりゃひくだろ、ヒーローだって人間だし」

 

 

「ショーやライブの時はそんな風には見えませんでしたけど……」

 

 

「プロ根性、それか自分でも気付いてなかったのかもな。そんな状態で戦ってたんだ、無理もない。」

 

 

「なら早く有香さんを病院へ!」

 

 

 

 光がそう言いかけるとベルトに刺さっていた変身アイテムが自らの意志で外れ、ゆっくりと光の手の中に収まった。

 それと同時に、光もベルト付きの私服姿に戻った。

 

 

 

「返し忘れるところだった……有香さんの力、お返しします。ありがとうございました」

 

 

 

 そう言って変身アイテムを有香に差し出すと、変身アイテムはピンク色の光球に形を変え、有香の胸の中に吸い込まれていった。

 

 

 

「光ちゃんの、力ですよ」

 

 

「え……?」

 

 

「光ちゃんが、ヒーローになりたいって、強く願ったから……変身できたんですよ」

 

 

 

 変身アイテムが有香の中に戻ってから、少しだけ元気を取り戻したようで笑顔で光に答える。

 肩を大きく上下するほどキツそうだった呼吸も、今は深く落ち着き始めている様子。

 

 

 

「風邪も心配だが、あの黒い狼みたいなやつに一発もらってるからな、ぱっと見わかんねえだけでどっか怪我してるかもしれない。救急車呼ぶか?」

 

 

「私のプロデューサーを呼びます。これ以上余所の事務所の方にご迷惑はお掛けする訳にはいきませんから」

 

 

「そうか。でもまゆさんもガス欠状態だし、またさっきの黒いのが襲ってこないとも限らないからな。そっちのプロデューサーが来るまで俺たちもついてるよ。光、いいよな?」

 

 

「ああ、もちろん! 何度だってアタシがやっつけてやるさ!」

 

 

 

 救急車を呼ぶ為スマホを取り出そうとするが、まゆの一言で手は止まりもう一度有香を支えに戻る。

 状況を見て残った方がいいと判断した恭二は、光にも同意を求め言葉を投げかける。

 ノリノリな光は頼りがいのある笑顔で元気に答えた。

 

 

 

「光ちゃん、新人さん、ありがとうございます」

 

 

「芦原 恭二。好きに呼んでくれて構わないよ」

 

 

「芦原……どうりでよく似ている訳ですねぇ」

 

 

 

 小声で呟きながらクスッとまゆは含み笑いを零した。

 

 

 

 

 

 

 

「急いては来ましたが、どうやらわたくしの出る幕では無かったようですね。この姿での出番が少ないのは良い事です」

 

 

 

 一方、大きな道を挟んだ向かいのビルの屋上から、光たちの様子を窺っている1人の少女の姿があった。

 フェンスの上に立ち和装テイストの衣服が風に煽られているにも関わらず、微動だにしない様は凄腕エージェントの風格すら感じさせる。

 

 

 

「さて、報告を終えたら皆と合流しましょうか」

 

 

 

 トンッとフェンスを蹴る金属音、大通りに落下するのかと思いきや、その姿は風が吹くと同時に消え去っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 十数分経ったところで有香とまゆのプロデューサーがやってきた。

 幸いゴーストの追撃は無く、無事に有香を引き渡す事ができた。

 ほぼ同時に救急隊員も駆けつけ、現場の処理にあたっている。

 

 

 

「頑張りすぎるのはお前の悪い癖だぞ?」

 

 

「……すみません」

 

 

「有香がご迷惑をおかけしました」

 

 

「あぁいえ、とんでもないです」

 

 

「有香さんかっこよかったぞ! 悪い犬っころに食べられそうになった子供を助けたんだ!」

 

 

 

 有香を軽々とおんぶし、そのまま有香に衝撃がいかないようゆっくりとお辞儀をして謝罪、隣に移動したまゆも合わせるように頭を下げた。

 恭二は困惑気味だったが、光は怒られている有香を見て少々不服だったのか、弁明を図ろうと有香の活躍を語ろうとした。

 

 

 

「確かにかっこいいな。でも、今のこの弱り切った状態はどうだ? お世辞にもかっこいいとは言い難いだろう?」

 

 

「そ、それは……」

 

 

「別に怒ってる訳じゃない、心配してるだけだ。担当アイドルを思いやるのは、プロデューサーとして当たり前の事だからな」

 

 

 

 徐々に声色を柔らかくしていき、光を安心させるように語りかけるプロデューサー。

 それを聞いて反応したのは隣にいたまゆだった。

 

 

 

「まゆも風邪、ひこうかな……」

 

 

「そしたらまゆの看病で他のアイドルをプロデュースできなくなる。俺の給料が減るからやめてくれ」

 

 

「プロデューサーさん……」

 

 

 

 ボソッと零れた心の声をプロデューサーは逃さずすくい上げ、淡々とそれに答えた。

 感情がほとんど籠もっていないように聞こえる言葉だったが、それを聞いたまゆは頬を赤らめ、嬉しそうにプロデューサーに寄り添った。

 おぶられたままの有香は小さく溜め息をつく。

 

 

 

「なんて今度ないちゃつきなんだ……」

 

 

「え、あれいちゃついてるの?」

 

 

「まぁ、わかんなくても大丈夫だ」

 

 

 

 2人の言動が理解出来ず恭二に疑問を投げかける光。

 この年頃の少女に理解させるものではないと思った恭二は、苦笑いしながらはぐらかした。

 

 

 

「それでは私たちはこれで失礼します。マギカやゴーストの詳しいお話は、お姉さんがしてくれると思いますよ」

 

 

「はい、また……え、姉さん?」

 

 

 

 去り際にクスッと含み笑いを落としていったまゆは、有香をおぶったプロデューサーと共に非常階段を降りていった。

 手を振って見送る光、恭二はまゆの言葉で何かを察した様子。

 そこにまるでタイミングを見計らったかのように恭二のスマホが鳴った。

 ポケットから取り出したスマホの画面には 姉 の文字が表示されている。

 

 

 

『ハーイ恭二、プロデューサーになった感想はどう?』

 

 

「一周まわって冷静だわ」

 

 

 

 スマホ越しでも三葉のウキウキ気分が伝わってくるのに対し、恭二の声には怒りがこもっているように聞こえる。

 

 

 

 

『あら、もっと混乱してテンパってるものだと思ってたわ』

 

 

「最初はビビったし訳わかんなかったよ。今は自分でも驚くくらい現実を受け入れてる……ちゃんと説明してくれるんだよな?」

 

 

『もちろん、事務所に帰ってきたらまきのんがね』

 

 

「人任せかよ」

 

 

『まぁでもちょうどお昼時だし、昼食代経費で落としてあげるから、2人で好きなとこで食べてきてちょうだい』

 

 

「回らない寿司でも?」

 

 

『高級フランス料理でも可。ちゃんと光ちゃんを連れてくるのが条件よ。あと領収書忘れたら経費出ないからね』

 

 

「了解。じゃあまたあとで」

 

 

 

 通話を切ったところで光が話し掛けてくる。

 

 

 

「相手の人、誰? 女の人の声が聞こえたけど……彼女さんとか?」

 

 

「姉さんだよ、うちの事務所の社長。彼女とか生まれてこの方できた事ねぇわ」

 

 

「そっか……何かごめん」

 

 

「別に今のは謝らなくていいんじゃね? 恋人同士の会話には聞こえないけど、だいぶ砕けた話し方だったと思うし、勘違いしてもしょうがないって」

 

 

 

 スマホをポケットにしまい、気まずそうにしている光を安心させるべく頭をポフポフと撫でる。

 すると光はキューッと縮こまっていき顔を伏せていく。

 あっ、と小さく声を漏らすと恭二はすぐさま撫でていた手をどける。

 

 

 

「嫌、だったか?」

 

 

 

 光は俯き加減のままゆっくり首を横に振った。

 

 

 

「その……頭撫でられるの、すごい久しぶりだったから……ちょっと反応に困っただけ。だから……大丈夫」

 

 

 

 撫でられた頭に両手を添え、髪型を直すような素振りを見せる光。

 さほど乱れていない髪を直す仕草は、年頃の女子がよくする照れ隠しの1つ。

 それは恭二もよく知っている。

 

 大丈夫 の言葉と共にニカッと笑って見せた光は、電話の内容を聞き出すべく話を切り出す。

 

 

 

「それで、お姉さんは何て?」

 

 

「ああ、昼飯代出すからテキトーに飯食って、光と一緒に事務所に帰ってこいって。午後から何か予定あるか?」

 

 

「人助けする予定だった!」

 

 

「さすがはヒーロー志望、感動したからお昼を奢ってあげよう。何食べたい?」

 

 

「ハンバーガー! 今キッズセット頼むとシャイニンガーの限定変身アイテムが貰えるんだ!」

 

 

「ブレねえなぁ。よし、じゃあ行くか」

 

 

「うん!」

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

「う~ん……やっぱ高級フランス料理は言い過ぎだったかなぁ……光ちゃんも一緒だろうしファミレスでハンバーグとかにしておけば……」

 

 

「今更何言ってるんですか、社長」

 

 

 

 所変わって328プロダクションの事務室、時計の針はもう直ぐ1時を指そうというところ。

 社内食堂でお昼を済ませた三葉とマキノは、戻ってくる2人にマギカ関連の説明をすべく資料をまとめている。

 と言っても、マギカ関連の資料はマキノがほぼ全てノートパソコンで入力しており、三葉は光が事務所のアイドルとして所属するための書類を作成(マキノが打ち込んだ書類データを印刷)している。

 そんな中、三葉がブツブツと先程の電話の内容を後悔するような事を言い出し、マキノからは辛辣な返答が飛んでくる。

 

 当の恭二と光はハンバーガーにポテトにジュースと、2人で1000円弱の領収書を持って事務所に向かっている。

 高級フランスに回らない寿司とは何だったのか。

 

 

 

「必要書類、全部書き終わりました」

 

 

「お疲れ様ー。うんうん、印鑑もちゃんと押してあるし、これで今日からあなたも我が社の一員です!」

 

 

 

 事務室にはもう1人少女がいた。

 正確には少女ではなく立派な大人の女性なのだが、外見的にはマキノと同年代に見え、10代と言われれば信じてしまうような童顔と小柄な背丈。

 150㎝にも満たない身長に似合わず出るところはしっかり出ている為、身に着けているスーツの張りからボディラインがクッキリ見えてしまう。同じスーツ姿のマキノや三葉とはまた違ったセクシーさを醸し出している。

 ポニーテールを括る大きな白いリボンが特徴的なその少女、否女性は入社用の書類に印鑑を押し三葉に手渡す。

 速読術でも習得しているのか、三葉は書類を見るや否や指をピシッと立てて女性を指差し歓迎の笑みを見せる。

 

 

 

「あの……私も何かお手伝いしたほうが……」

 

 

「お仕事は恭二たちが戻ってきてからで大丈夫よ。事務員って形とは言え、うちに来てくれただけでも十分だもの。それに……私より恭二の方が喜ぶと思うわ」

 

 

 

 実の弟へのサプライズ、半ば強引にプロデューサーにしてしまった事への償いの気持ちもあるのかもしれない。

 しかし恭二の喜ぶ顔を想像すると自分も嬉しくなっている、三葉はそんな自分を姉バカだと思いながらも楽しげに微笑んでいた。

 

 片やリボンの女性は何のことなのかさっぱりといった感じで首を傾げている。

 

 

 

「噂をすれば……2人、戻ってきたみたいですよ」

 

 

 

 マキノはキーボードをカタカタッと2、3度操作してディスプレイを2人の方へ向ける。

 そこには受付を通り過ぎ、談笑しながら廊下を歩く恭二と光の姿が映っていた。

 角度的におそらく監視カメラの映像だろう。

 

 

 

「それじゃあ、私たちも移動しましょうか」

 

 

 

 三葉はプリンターから出てきた書類を持ち、リボンの女性の手を引いて面談室に繋がる扉へ向かう。

 ノートパソコンを閉じてスリープ状態にし、脇に抱えて持ったマキノはその後を追った。

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

 

 

 まるで自宅のようなノリで面談室の扉を開け、光と連なって入ってくる恭二。

 ハンバーガーを食べながらヒーロー談義で盛り上がったのだろう、2人とも子供のように話に花を咲かせている。

 目に余る光景に三葉はすかさず喝を入れる。

 

 

 

「部屋に入ってくる時はただいまじゃなくて失礼します! あとノックしてから入ってきなさい! それから担当との楽しいコミュニケーションは時と場合を弁えて! わかった!?」

 

 

「は、はい……」

 

 

 

 家にいる時の疲れきった姉の姿しか基本見たことがなかった恭二は、親に叱られる子供の気分を十数年ぶりに味わいながら、途端に豹変した三葉の叱責を受け畏縮した。

 隣にいた光も同じく縮こまっていた。あの時の電話の声の人物だということを認識した様子。

 第一印象はとても大事、それは芸能界をそれなりに生き抜いてきた三葉なら当然理解しているはずなのだが、これからアイドルになろうという少女を前に、身内とは言えいきなり怒鳴ったりして大丈夫なのだろうか。

 それを心配してかマキノが宥めに入った。

 

 

 

「社長、弟さんが大人としてのマナーがなっていないのは私にもわかります。ですがここは抑えてください」

 

 

「……大人気なかったわね、ごめんなさい。それじゃあ気を取り直して、新しい子を紹介します!」

 

 

 

 荒げた息を整えて、三葉は自分の後ろに隠れていたリボンの女性に前に出るよう促した。

 マギカの説明は? とツッコミたかった恭二だったが、強く叱られた後ではそんなことを言う勇気は出なかった。

 少し遠慮がちに皆の前に出てきた女性は、ゆっくりと顔を上げ口を開いた。

 

 

 

「今日からお二人をサポートします、安部 菜々です。よろしくお願いします」

 

 

 

 リボンの女性は持ち前の明るく元気な声で挨拶し、深々とお辞儀をした後ニコッと愛らしく恭二と光に笑顔を見せた。

 

 

 

「アタシは南条 光だ。こちらこそよろしく!」

 

 

 

 負けじと元気に挨拶を返す光、こちらの笑顔はイキイキとした活力が感じられる笑顔である。

 片や恭二はと言うと、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして固まっていた。

 しかし数秒後にその硬直は解かれ、瞳から一滴の涙が頬を伝っていた。

 

 

 

「菜々……さん……」

 

 

「社長の弟さんで、恭二さん、ですよね? ほんの少しですがお話を伺いました、これからよろしくお願いしますね。……?」

 

 

 

 2人の元に歩み寄りまずは光と握手を交わす菜々、すぐ隣に立つ恭二にも同じように握手しようと手を差し伸べる。

 光とはさほど身長差は無いが、恭二は175㎝と一般男性よりやや高い。

 見上げる形で恭二の表情を見ると、頬を伝う雫が蛍光灯の明かりを反射し、菜々の目にくっきりと映った。

 何事かと首を小さく傾ける菜々、彼女が差し伸べた手を握った恭二の両手は小刻みに震えていた。

 

 

 

「去年事務所から電撃引退の発表があって、それ以降テレビでもネットでも菜々さんの姿見なくなって、声も聞けなくて、ブログも更新無くて……俺、めちゃくちゃ心配してたんですよ………でも……元気そうで、良かったです。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 

 

 引退した後も追っかけ続ける熱烈ないちファン、憧れのアイドルを前にして思わず泣き出してしまう人は少なくない。

 最初は菜々の目にも、恭二の姿はそんなファンの1人としてしか映っていなかった。

 しかし、零れた涙は自分を本気で心配して、そして今この瞬間に安堵して溢れてしまったものなのだと、菜々は悟った。

 一度流れてしまってはいるが、それでも涙を堪え笑顔を取り繕おうとしている恭二の姿を見て、その考えはより確信を得たものになっていた。

 

 恭二は深々と頭を下げる。

 

 

 

「大袈裟ですよ、プロデューサーさん。少し表舞台に立つのを控えていただけですから。ナナは大丈夫です」

 

 

 

 恭二の真っ直ぐで暖かい誠意に答えるべく、菜々も子供をあやすように言葉を紡ぎ、優しげな笑みを浮かべた。

 元アイドルとしてではなく、1人の女性として。

 

 

 

「ところで光ちゃん、その変身ベルトずっと付けていたんですか?」

 

 

「うん! いつまた黒い奴が襲ってくるかわからないからな。いつでも戦えるようにしておかないと」

 

 

「あぁ、それえらく気に入っちゃってて、周りの視線はイタいししまい方もわからないしで……」

 

 

「ん? ベルトなら簡単に外せるぞ。解除」

 

 

 

 菜々の何気ない質問に意気揚々と答える光。お気に入りのベルトに関心が向けられて嬉しくなったようで、ドヤッと見せ付けるようにポーズをとる。

 恭二の疑問の声を聞いて、今度はまるで当たり前だと言わんばかりにキョトンとし、解除の発声と共にベルトは外れ黄色い粒子となって光の中に溶け込んでいった。

 光は無邪気に笑っている。

 

 

 

「……もう少し早く言えば良かった」

 

 

「あはは……」

 

 

 

 うなだれる恭二に苦笑いを浮かべる菜々であった。

 

 

 

「菜々ちゃんともある程度打ち解けたみたいだし、私たちも改めて自己紹介しましょうか、まきのん♪」

 

 

「……そうですね」

 

 

 

 感慨無量の恭二を見てご満悦の三葉。ここからが本番と話を持ちかける。

 マキノは相変わらず落ち着いた返事をするが、どこか気だるそうにも聞こえる。

 

 

 

「恭二も、今朝のデータを上書きする準備をしておくように!」

 

 

 

 人差し指をピシッと立てて決めポーズをとり、ドヤ顔に近い表情を見せる三葉。菜々を紹介してからずっとテンションが上がりっ放しである。

 

 指差された恭二は驚愕と困惑の入り混じった複雑な顔をしていた。

 

 

 

「私、芦原 三葉は、芸能事務所328プロダクションCEOであり、328プロゴースト対策室室長でもあるのです!」

 

 

「八神 マキノです。328プロ経理総轄兼同ゴースト対策室マギカ技術顧問をしております。改めて、以後お見知り置きを」

 

 

「そしてナナが、2人が新しく立ち上げるプロジェクトの専属事務員で、ゴースト対策室では2人の専属オペレーターになります。こっちでもよろしくお願いしますね♪」

 

 

 

 三葉のテンションはそのままに三者三様の自己紹介。光に負けず劣らずの元気いっぱいなもの、本当に10代かと疑うような丁寧なもの、安心感をもたらす優しく愛らしいもの。

 いよいよ夢見ていた事が現実味を帯びてきて、光は目をキラキラと輝かせていた。

 隣の恭二は今日、驚いてばかりである。

 

 

 

「ではまず、隊員の証としてこれを授けよう」

 

 

 

 ここまで来ると特撮俳優顔負け、いや顔でも遅れはとらないであろう。ヒーロー物でよくある博士風の物言いで、三葉は2人に三つ葉のクローバーの形をしたブローチを手渡した。

 

 

 

「おお! 何か、何かそれっぽい! ヒーローの秘密結社みたいだ! かっこいい!」

 

 

「えっと……つまり、これを付けてる人間はマギカやゴーストの事を知ってる、と?」

 

 

「そゆこと。ま、うちの事務所のなかでは、だけどね」

 

 

 

 受け取ったブローチを両手で持ち天に仰げば最早有頂天、純粋に輝く目は切れ込みの入った椎茸と言って差し支えない。

 歓喜の声を上げながらワクワクが止まらない様子の光。ベッドの上ならスプリングは壊れているだろう。

 恭二の方はというと、純粋な疑問を、しかし少し考えればすぐわかる事を三葉に訪ねる。

 肯定の言葉を投げ返すと、首から掛けていた同じ形の装飾品が付いたネックレスを指で摘まんで見せた。

 その行動を見てマキノは左手中指にはめられた指輪を、菜々は胸元に付けられた恭二たちが受け取った物と同じブローチを、それぞれアピールするように見せる。

 

 

 

「これでアタシたちもヒーローの仲間入りだな!」

 

 

「そうだな」

 

 

 

 お揃いのブローチ。

 通信機能が付いているとか、みんなで(かざ)せば黄金に輝いてすごいパワーが出るとか、決してそんな夢のある物ではない。

 それでも、光にとってはそれと同じくらいの夢が詰まったアイテムなのである。

 そんな夢いっぱいのアイテムを受け取った13歳の少女が見せる笑顔に、恭二も自然と頬が緩んでいた。

 

 



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マギカとプロデューサー

 ゴースト。

 約5年前から都内を中心に各地で出没するようになった怪物。

 影のように全身真っ黒な身体を持ち、姿形は個体によって多種多様である。主に夜間に行動し、黒い身体は天然の迷彩服として宵闇に溶け込み、肉眼では捉えにくいものになっている。

 起源や目的ははっきりしていないが、人類に害を為す存在であるという事は判明している。

 知能の低い個体はシンプルに捕食と破壊の欲求に従って行動している。捕食と言っても、ゴーストが食べているのは人間の肉体そのものではなく、人の持つ心。感情や記憶といった、科学的に説くのが難しい精神的なものである。

 知能の高い個体の中には人に取り憑いて悪事を働き、取り憑いた人間も含め多くの人間の負の感情を増長させ、まとめて取り込み捕食するものもいる。

 ゴーストに心を食べられた人間は様々な症状を引き起こす。意識不明、植物状態、記憶喪失、精神崩壊。

 

 現在、これらの治療法は見つかっていない。

 

 そして、マギカ。

 ゴーストの出現とほぼ同時期に、その力に目覚めた数人の少女たち。

 核弾頭さえ無傷で凌ぐ怪物を、彼女たちは不思議な力でいとも簡単に倒してしまったのだ。

 そして彼女たちは全員例外なく、時代をときめくアイドルであった。

 その不思議な力の源は、アイドルを担当しているプロデューサーから受け取っている事が判明。

 同時に、プロデューサーと仲の良いアイドルは他のアイドルよりも多くの力を受け取っており、マギカとしても強力だという情報も得られた。

 ゴースト同様、マギカの起源もわかっていない。

 アイドルだからと言って誰でもマギカになれる訳ではない。マギカの絶対数は少なくないが、決して多くもない。

 故に、マギカとしての才能を持つ少女たちの存在は希少なのである。

 

 また、プロデューサーも誰でもいい訳ではない。

 アイドルを思う気持ちや相性は勿論、マギカの力を引き出す才能も必要となってくる。

 最初期のマギカとプロデューサーは、これらの条件が偶然重なって出現したものである。

 

 

 

 

 

「……つまり、光はマギカとしての才能を持っていて、俺はそのプロデューサーとしての才能を持っていた、と」

 

 

「そゆこと♪」

 

 

 

 マキノのノートパソコンに映し出された報告書のようなデータを見ながら、恭二はポツリと零す。

 向かいの席に座っている三葉は、菜々の淹れたコーヒーを片手に肯定の意を示した。

 データをまとめたのも解説したのも、隣にいるマキノなのだが。

 

 恭二の隣で一緒に見ていた光が、元気に手を挙げた。

 

 

 

「はい! しつもーん!」

 

 

「何だね光くん?」

 

 

 

 ヒーローの秘密兵器を作ってくれそうな博士風の返答をした三葉は、どこからともなく取り出した眼鏡を掛け、クイッとフレームを持ち上げる。

 笑いを取る為に小道具を準備していた、という訳でもなく、しっかりと度の入った普段使いの眼鏡である。

 

 

 

「有香さんもまゆさんも、光る石? みたいので変身してた。でも、アタシはプロデューサーからベルトを受け取って変身したんだ。これって有香さんたちが特別なの?」

 

 

「……スタージュエルの解説がまだでしたね」

 

 

 

 三葉の眼鏡越しからの熱い視線、言葉に出さずともマキノはその意図を汲み取り、三葉に代わって答えを返す。

 それなりに長い付き合いとなると、アイコンタクトだけで互いの意思疎通ができると言うが、汲みたくない意思を汲んでしまったマキノは、いつもの気だるそうな表情で溜め息混じりに答えていた。

 

 

 

「プロデューサーはその仕事上、常にアイドルであるマギカと共に行動出来る訳ではありません。プロデューサーからの魔力供給が期待出来ない状況でも変身を可能にする、それがスタージュエルです」

 

 

「じゃあそのスタージュエルがあれば、プロデューサーっていらなくない?」

 

 

「あくまでスタージュエルは非常用です。マギカとして100%の力は発揮できませんし、時間制限もつきます。何より、スタージュエルを生成できるのはプロデューサーだけです。不要という結論には至りません」

 

 

「なるほど、切っても切れない関係……相棒って事だな!」

 

 

「……そうですね」

 

 

 

 淡々と説明してきたマキノがほんの一瞬、表情に影を落とした。

 しかし、ここまで知的でクールな印象しかなかった彼女のそんな微々たる変化は、今日会ったばかりの人間が気付けるほど分かりやすいものではない。ただ淡白な反応をした、そう受け取られるだけである。

 気付いたのは三葉だけ。机が死角となって3人には見えない所でスッと手を重ねた。

 三葉の手の温もりを感じ、少しだけ口角が上がる。

 それでも、どこか憂いを帯びた表情は変わらなかった。

 

 光のプロデューサーいらない発言にさり気なくダメージを受けていた恭二は、隣で立って聞いていた菜々にコーヒーのおかわりを貰い、心にできた小さな傷を癒やしていた。

 傷心状態の恭二を見て哀れんだのか、菜々がフォローを入れるべく新しい話題を切り出した。

 

 

 

「光ちゃん、プロデューサーさんと仲良くなっておけば、変身した時により強いパワーを発揮できますよ」

 

 

「ホント!?」

 

 

「最初の資料にも記載していますが、プロデューサーと友好的であったり親密であったりしたマギカは、他のマギカより強力だったというデータがあります。数値として見る事もできますよ。恭二さん、マギデバイスを」

 

 

「あ、はい」

 

 

 

 より強いヒーローになれると聞いて目を輝かせている光。

 ニッコリと笑顔を見せる菜々であったが、内心は上手く誘導できてホッとしていた。

 すかさずマキノが補足説明を入れ、恭二は言われた通りマギデバイスをポケットから取り出す。

 

 

 

「操作パネル右上の“i”ボタンを押してください。現在のPRPが表示されます」

 

 

「PRP?」

 

 

Producer(プロデューサー) Relationship(リレーションシップ) Power(パワー)の略ですね。プロデューサーさんとマギカの仲良し度みたいなもので、信頼関係を築いていくとドンドン上がっていきますよ」

 

 

「菜々さん、随分詳しいですね。俺たちと同じで今日から328に……」

 

 

「あー! ナナはお二人が帰ってくるまでに沢山マギカの事をお聞きしましたので!」

 

 

 

 指示通りiボタンを押すと“PRP 315”とディスプレイに表示される。

 ひょこっと覗き込んで「サイコー…」と呟く光をよそに、恭二は素朴な疑問をぶつける。

 今度は菜々が補足説明を入れるが、変に疑われてしまう結果に。

 現役時代、自ら墓穴を掘って自爆する事が1つの個性であり売りであったが、今回のやり取りで素であると分かり少し嬉しそうにのほほんと表情を緩める恭二であった。

 このままだとドデカいボロが出そうだと感じたようで、今度はマキノが助け船を出した。

 

 

 

「他にもマギデバイスにはレーダー機能が付いています。近くにいるマギカやプロデューサー、ゴーストの存在も捉える事ができます。試しに操作パネル左上のメニューボタンを押して、多機能レーダーを起動してみてください」

 

 

「何か、ゲームのチュートリアルみたいだな。マギデバイスとやらは昔流行った携帯ゲーム機みたいだし」

 

 

 

 恭二は要領が分かればできるタイプの人間なので、最早慣れた手つきで素早く多機能レーダーを起動する。

 ディスプレイには緑と黄色の光球が1つずつ並んで表示されている。

 

 

 

「真ん中の緑がプロデューサーだとすると、隣の黄色いのがアタシ?」

 

 

「そう。プロデューサーは緑、マギカは黄色・ピンク色・青色、ゴーストは赤色で表示されるわ」

 

 

「黄色だけじゃないの?」

 

 

「マギカにも属性があるの。別に強弱があったり相性があったりする訳じゃなくて、マギカの才能の種類を表しているのよ。ピンク色は憧れ、青色は熱情、黄色は信念。光ちゃんは黄色だから、強い信念でマギカになれたって事ね」

 

 

 

 いつの間にか眼鏡はしまわれており、話し方もいつもの三葉に戻っていた。

 声色の変化に気付き光も真面目に、しかし興味津々といった様子で話を聞いている。

 

 

 

「何に憧れているか、何に熱情を注いでいるか、どんな信念を掲げているかで、マギカとしてのおおよその姿形が決まるの。その子の特技や個性なんかも少し影響してくるわね」

 

 

「それなら光はヒーローへの憧れが強いから、反応はピンク色にならないか?」

 

 

 

 当然の疑問を恭二がぶつける。

 

 

 

「憧れと一口に言っても全てがこれに当てはまる訳じゃないの。主にアイドルやそれに紐付いた事柄に対する憧れがこれに該当するのよ。んーそうね……例えば可愛くなりたいとか、綺麗な衣装を着たいとか、舞台に立ちたいとか」

 

 

「ヒーローショーには出たいと思うけど、綺麗な衣装よりカッコいい衣装がいいな、アタシは」

 

 

「アイドルへの憧れは皆無、か」

 

 

 

 1つ疑問が解決したところで、マキノが更に話を広げていく。

 

 

 

「光ちゃんの強い正義の心とアイドルの素質、マギカとしての素養は十分にありました。ですが、マギカは1人では覚醒できません。その素養を引き出してくれるプロデューサー、恭二さんの存在が必要でした」

 

 

「俺と光、それぞれの素養を持ってる者同士を会わせて覚醒を促した、と。それならそうと最初に」

「話半端で飛び出してったのは恭二でしょうが!!」

 

 

「……はい、すみません」

 

 

 

 恭二の自分の行動を棚に上げたような発言に、間髪入れずに鋭く尖った指摘。

 家事全般を担っているとは言え、住まわせてもらっている手前姉には頭が上がらない様子。

 光と菜々は苦笑いを浮かべ、マキノは変わらず冷静であった。

 

 

 

「本来なら、まずはアイドルと担当プロデューサーとして信頼関係を築いていき、ゴーストのいない状況下で自然に覚醒させる予定でした。しかし2人の相性が思いの外良く、そこに想定外のゴーストの襲撃、偶然居合わせたマギカの不調と劣勢が重なり覚醒に至りました。このケースはマギカ全体で見ても例がありません。2人を会わせたのは私たちですが、出会うべくして出会った、という感じでしょうか」

 

 

「珍しー。まきのんって運命とか信じないタイプでしょ?」

 

 

「科学や理屈だけで説明できない事象があることもまた事実。それに、マギカという魔法の存在を私たちは知ってしまった。今更運命や奇跡を否定する気はありませんよ」

 

 

 

 328プロのブレインとも言えるマキノ、数式やデジタル関係には滅法強くあらゆる事柄を計算出来てしまいそうな、そんな彼女が今回の光の覚醒について事細かく説明している最中に夢見る少女のような発言を繰り出し、周りはキョトンと固まってしまっていた。

 三葉の問い掛けにも表情を変えず、さも当然のように答えていた。

 その返答に三葉はうっすら笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

「さて、マギカの説明は粗方終わったし、光ちゃんは所属手続きを……今から親御さん呼べるかな?」

 

 

「うん、多分大丈夫」

 

 

「で、恭二はもう一働きね」

 

 

「おう、今度こそ書類整理に事務室の掃除を」

「光ちゃんのパートナーになるマギカを見つけてきてちょうだい」

 

 

「………はぁぁぁぁああ!!?」

 

 

 

 三葉が意気揚々と光と恭二に次の指示、親を事務所に連れてくるのと新たにマギカを見つけ出す。

 2人の年齢は倍近くあるが、提示された仕事の難易度は倍どころの話ではなかった。

 度重なる三葉の無茶ぶりに恭二もたまらず大声が出てしまう。

 

 

 

「いやいやいや、無茶にも程があんだろ!? 何かアテあんのかよ!?」

 

 

「ないわよ? 何の為にセンサー機能を教えたとおもってるの」

 

 

「マジで言ってんのか……」

 

 

 

 立ち上がり抗議するも行き当たりばったりのNOプラン、そう捉えられる返答に唖然とする恭二。

 軽く絶望感を感じているところにマキノが補足という名の追撃を繰り出す。

 

 

 

「有香とまゆはデュオユニットを組んでいたでしょう? アイドルとして共に売り出すのはもちろん、マギカとして互いに背中を守りあうパートナーのような存在なんです。私たちのようなマギカに関わる人間のほとんどが、バディとなるマギカと2人1組で行動する事を推奨しています。……相性が良ければ合体技も出せます」

 

 

「合体技!? アタシもやりたい!」

 

 

「最後の合体技がどうのって、光を乗せる為に今考えたろ!?」

 

 

「紛れもない事実です。光ちゃんが好きそうな要素を選んだのは確かですが」

 

 

 

 光の目、そしてマキノの眼鏡が光る。

 光の期待を煽る事で外堀を埋め、恭二の逃げ道を塞いでいく。

 運命や奇跡を否定しないだけで、科学や数式には滅法強い事に変わりはなく、こういった心理戦も勿論得意分野。

 今日1日で恭二は断れない性格だと判断したマキノは、周りの人間全てを味方につけて押し切る事に成功した。

 

 

 

「断れる雰囲気じゃねぇよなぁ……」

 

 

「じゃ、頼んだわよ♪」

 

 

「運の無さには自信があるからな。あんまり期待しないで待っててくれ」

 

 

 

 溜め息の数だけ幸せは逃げると言う。

 今日1日でいったいどれほどの幸せが恭二から逃げていっただろうか。

 今また1つ、恭二から零れ落ちていく。

 

 マギデバイス片手に出口に向かって歩き出す恭二。

 そんな彼の哀愁さえ感じられる後ろ姿を見て、光も立ち上がりエールを送る。

 

 

 

「頑張れ、プロデューサー!」

 

 

「おう、光の相方だからな。何とかして見つけてくるわ」

 

 

 

 背中を向けたまま覇気のない返事をする恭二、だらしなく上げられた手がやる気の無さを感じさせる。

 光のエールもあまり功を成していない様子。

 これを見た三葉は菜々に合図を送った。

 意図を読み取った菜々はすぐさま行動に移す。

 

 

 

「頑張ってくださいね、プロデューサーさん。美味しいコーヒーを淹れてお待ちしていますから」

 

 

「任せてください菜々さん! マギカの1人や10人速攻で見つけてきてみせますよ!!」

 

 

 

 菜々のエール、元アイドルの実力と言うよりもメイド喫茶のバイトで培ったご奉仕の心意気。

 そんな気持ちが籠もった言葉に恭二は即反転、今までで一番やる気と元気に満ちた笑顔でサムズアップすると、勢いよい面談室の扉を開け飛び出していった。

 

 菜々に応援された時の恭二の喜びっぷり、自分とのあからさまなテンションの違いに、光は不服そうな顔をしている。

 

 

 

「何か納得いかない……」

 

 

「こればっかりはしょうがないわよ光ちゃん。3年前から大ファンの子と今日出会ったばかりの子とじゃ、比べるまでもないでしょ?」

 

 

「ナナにはプロデューサーさんの動力源としての役目もあるんですね……」

 

 

 

 三葉のフォローに菜々も思わず苦笑い。

 一瞬の静寂の後、光のポケットから電子音が鳴る。

 

 

 

「あ、母さんからだ。最寄りの駅まで来てるみたいだから迎えにいってくる!」

 

 

「いつの間にメールを!? て言うかお母さん早っ!」

 

 

「恭二さんが発狂していた時に送っていましたよ、社長」

 

 

 

 ポケットからスマホを取り出しメールを確認した光は、元気よく面談室を飛び出していった。

 すぐ横にいた菜々も気付いていなかったようで、冷静なマキノをよそに2人は光が出て行った扉を眺めてぽかんとしていた。

 

 

 

「社長、菜々さん、わかっているとは思いますが、今日お渡ししたアクセは肌身離さず付けていてください。入浴時は仕方ありませんが、就寝時も可能な限り」

 

 

 

 停止している2人を再起動すべく、恭二と光がいなくなったのを確認した上でマキノは話を切り出す。

 

 

 

「兎に角、ずっと付けていればいいんですよね?」

 

 

「ええ」

 

 

「心配性ねぇ、まきのんは。大事なものなんだから当然でしょ」

 

 

「私は菜々さんより社長の方が圧倒的に不安です」

 

 

「なんですと!?」

 

 

 

 皆が飲み終わったコーヒーのカップを片付けながら確認する菜々、マキノは肯定の意を返す。

 片や三葉はさも当たり前といった態度で返答するが、即座に一蹴され困惑気味に声が零れる。

 

 

「社長が恭二さんと同居している以上、1番ボロを出す可能性が高いんです。不安にもなります」

 

 

「私は完璧な美人女社長よ! そんなヘマをするなんて万が一にも有り得ないわ!」

 

 

「万が一程度なら有り得る話ですから不安なんです。あと自分で完璧とか美人とか言うと残念な人みたいになりますからやめてください……いっそへそピアスにでも変えますか?」

 

 

「おへそぉ!? それはやめてぇ!!」

 

 

「楽しい職場ですねぇ~」

 

 

 

 事務所のトップが経理総轄にへそピアスを迫られキャーキャーと騒ぎ立てる、そんな斜め上の日常的な光景を見て、目を細め和む菜々であった。

 



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パートナー探し

 

 

 

 

 

 ー都内某繁華街-

 

 

 

 

 

「昼下がりの繁華街、休日を満喫している学生たちや親子連れが沢山いる訳だが……全く反応がない、まるで壊れたストップウォッチのようだ」

 

 

 

 と、説明口調で呟く恭二。実際恭二の言う通り街を行く人たちは沢山いる。

 電信柱にもたれながらマギデバイスのレーダーを確認しているが、無情にも中央に灯る緑の光球が1つ。赤色の反応がないのが唯一の救いだろうか。

 

 思わず溜め息が零れる。

 

 

 

「今朝の爆発音聞いた?」

「聞いた聞いた、ドカーン! ってめっちゃおっきかったよね」

「女の子が戦ってたって噂で聞いたぞ」

「空から化け物が降ってきたって話もあるらしいな」

 

 

(マギカやゴーストの存在は一般的には認知されてないっぽいな。でも今朝のはさすがに演出ですって誤魔化しはきかないだろうし……どうすんだろ)

 

 

 

 聞こえてくる会話の内容の半数は、今朝自分が体験したデパートの屋上にゴーストが襲撃してきた事件の話。

 戦う少女に黒い影、細かな情報は伝わっていないがその存在が明るみに出始めている。

 一抹の不安を感じながら、恭二は電信柱から離れマギデバイス片手に歩き出す。

 

 

 

「今度は駅前とビル街にでも行ってみるか」

 

 

 

 

 

 ー駅近のビル街-

 

 

 

 

 

「……うんともすんともいわねぇよコイツ」

 

 

 

 休日とは言え街の人たちはせかせかと歩いていく。しかし、レーダーには今も虚しく1つ、緑色の光球。

 信号のある十字路、角のカフェ前で待ち合わせをしている風を装いながらマギカの卵を探しかれこれ1時間、繁華街の時と同じく全く反応がない。

 

 

 

「絶対数は少ないって言ってたし、都内にはもういないんじゃね? そもそも見つかると思ってんのかな姉さんたち……見つからない前提で代替案用意してそうだし、もうそっちで勘弁してもら……お、ん!?」

 

 

 

 どうせ期待はしていないだろう、そう思いあれこれ愚痴をこぼしつつ踵を翻した瞬間だった。

 レーダーが反応した。恭二は目を見開き反応があった方向に視線を移す。

 遠目でもわかる幸薄そうな雰囲気、藍色にも見える黒髪のボブ、フリルシャツとスカート、白黒灰と色使いは男性が選ぶような無難な配色、パッと見アイドル向きの少女には見えない。

 だが、マギデバイスは反応を示している。憧れの才を表すピンク色に。

 

 問題は少女のいる場所。恭二から見て斜向かい、信号を二回渡らなければいけない。

 恭二は慌てて青になっている方の信号を渡るが、少女は恭二から離れるように歩を進めていく。

 

 

 

(千載一遇のチャンスだってのに……どうやって呼び止める? そもそもこっから叫んであの子に気付いてもらえるのか? ああもう早く信号変われ!)

 

 

 

 歩行者信号は赤に変わっても自動車信号はまだ青のまま。

 大通りの交差点の為更に矢印信号も控えている。

 慌てる気持ちを抑えつつ、目標の少女を見失わないように視界に捉え続ける。

 

 漸く信号が変わり他の歩行者や自動車がゆっくりと進み出す中、恭二は陸上選手並のロケットスタートをきり少女の元へ全力疾走で向かう。

 少女は立ち止まって小さな雑居ビルを見上げていた。

 

 

 

「君! えっと、白と黒の服着たそこの!」

 

 

 

 恭二の呼び掛けに気付いた少女は、ビルを見上げていた顔を恭二の方へ向ける。

 人が沢山行き来する場所とは言え、服装の色合いが白黒の人物はそう多くない。

 たとえ他にいたとしても、服の色以外に何か特徴的なものを身に付けている場合が多い。帽子であったりポーチであったり。

 服の色くらいでしか自分を認識してくれる人間はいない、そんなネガティブ思考の持ち主である少女は、自分に向かって走ってくる恭二が視界に入り、呼ばれたのは自分かもしれないと気付いたのだ。

 

 少女の前に辿り着いた恭二は、肩で息をしながらも懐から名刺を1枚取り出し、向かい合った少女に差し出した。

 

 

 

「アイドルに……興味、ない……ですか?」

 

 

「あ、えっと……スカウトさん、ですか?」

 

 

「兼プロデューサー……です」

 

 

 

 少女が名刺を受け取ったのを確認した恭二は、両手を膝に乗せて上半身を支えながら荒げた息を落ち着かせる為1度深呼吸。

 呼吸を整えて改めて少女の方へ向き直ると、少女は名刺を持ったまま困惑した表情を浮かべていた。

 

 

 

「あぁ……突然過ぎて困るよな。今すぐ答えは出さなくてもいいから、時間ができた時にでも連絡を……」

 

 

「あの! ……その、私、もうアイドルなんです。一応」

 

 

「……へ?」

 

 

「このビルの3階が私の所属してる事務所で、えっと……昨日から、ですけど……すみません」

 

 

 

 少女は自身が見上げていたビルの看板を指差し恭二に伝える。

 間抜けな声を零した恭二は示された看板に目をやると“830プロモーション”と書かれていた。

 困惑した少女の表情に申し訳なさが混じる。

 

 

 

「……はっぴゃくさんじゅう?」

 

 

「“矢沢(やざわ)”と読むそうです」

 

 

「あ、そうなんすか」

 

 

 

 自分の半分程度しか生きていない少女に読み方を指摘され、業界の勉強不足が露呈したように感じた恭二は、思わず三下のような言葉遣いに。

 何とも気まずい雰囲気が漂っている。

 

 少女が先に切り出すかと思いきや、口を開いたのは恭二だった。

 表情も切り替えて姉譲りの明るい笑顔で。

 

 

 

「でも良かった。君はもう、ちゃんとアイドルになってたんだな」

 

 

「え?」

 

 

「うちにスカウトできなかったのは残念だけど、ちゃんと君の才能を見抜いてる人がいて、アイドルって舞台に立たせてくれる場所もある。ダイヤの原石が埋もれずに済んだんだから、良いことだよ。俺はそう思う事にする」

 

 

「ダイヤの原石なんて……私、そんな大それた人間じゃ……」

 

 

 

 恭二の前向きな発言とは真逆の発想、常に後ろ向きで遠慮がちな態度の少女。

 才能があると持て囃されても浮かない表情は変わらないまま、寧ろ暗くなっているようにも見える。

 

 

 

「私服は控えめみたいだけど、綺麗なドレスとか着たら絶対似合うって。もう少しくらい自信持ってもいいと思うよ?」

 

 

「そう……言われても……」

 

 

「まぁ、何か悩みとかあったら相談乗るからさ。さっき渡した名刺に俺の携帯番号も載ってるし、気軽に電話してくれていいから」

 

 

「………はい」

 

 

「っと、呼び止めてごめんよ。もし俺のせいで遅刻しちゃってたら今度何か奢るから。それじゃあ“またどこかで”」

 

 

 

 一方的に別れの挨拶をされた少女は、さっきよりも人通りが増えた交差点に戻っていく恭二の背中を見つめていた。

 信号を渡り角を曲がって姿が見えなくなるまで、ずっと。

 

 

 

(優しそうな人……初めて出会ったかもしれない、とてもあったかい感じ)

 

 

 

 少女は自分の事務所があるビルに入り、階段を登っていく。

 

 

 

(芦原 恭二、さん……プロデューサーって言ってたから、アイドルを続けてたらまた会えるかな……“またどこかで”って、きっとそういう意味だよね)

 

 

 

 受け取った名刺で恭二の名前を確認し、ポーチの中にしまう。

 

 

 

(少し……ほんの少しだけ勇気をもらえた気がする。だから、もしまた会えたら……“ありがとう”って、伝えたいな)

 

 

 

 3階の扉の前まで少女は辿り着いた。

 扉のすぐ横には【830プロ】の札。

 ドアノブに手をかけ少女は事務所の中へ入った。

 

 

 

「……お、おはようございますっ」

 

 

「ん? ああおはよう。時間通りだねぇ、結構結構」

 

 

「初日から遅刻するかもってヒヤヒヤしたのよ? あんまり心配かけないでちょうだい」

 

 

「す、すみませんっ」

 

 

「ああゴメンね!? 別に責めた訳じゃないのよ? ささっ、こっちにきて座ってちょうだい。とりあえず一休みしてから明日のミーティング始めましょうね?」

 

 

 

 小さな事務所。入ってすぐに事務員デスクと社長デスクが見える。応接室と給湯室だけ個別にあり、トイレは1階の共用のものしかない。

 社長と思しき40前後のやや小太りの男性、雰囲気だけはいかにもといった感じ。

 プロデューサーと思しき此方も男性、口調から読み取れる通りオカマであり30代前半の細身体型。伊達眼鏡が光る。

 

 諫なわれるまま事務員デスクに腰掛けた少女、給湯室からお茶を淹れて持ってきたプロデューサーがデスクにそれを置く。

 

 

 

「君のように芸能界での経験がある若い人材は、起業したての我が社にとっては嬉しい即戦力だ。期待しているよ、白菊 ほたる君」

 

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ━━━━━━━━━━

 

 

 

「定時報告。目標、1人の少女と接触。しかしスカウトには失敗した模様。どうやらすぐ近くの芸能事務所に所属していたようです。近くにゴーストの気配なし。以上です」

 

 

『嘘、マジで見つけたの!? いやぁあの子やっぱ持ってるわぁ』

 

 

『報告ご苦労様です。引き続き任務を続行してください』

 

 

「了解です」

 

 

 

 恭二の歩くすぐそばのビル、そのフェンスの上に立ち和風テイストの衣装を風に靡かせながら佇む少女。

 片耳に収まる程度の大きさの小型通信機のボタンを押し通信を終了させると、恭二を追従するようにビルのフェンスを渡り飛んでいく。

 

 

 

「尾行と言えばあんぱんと牛乳。しかし、わたくしの格好からして刑事の真似事は似合いません。おやつ時ですし、ここはやはりお団子でしょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

 あれから数時間。恭二は駅前広場、住宅街、郊外にある団地へも足を運び探し回った。

 しかし、ビル街で出会ったあの少女以外でマギデバイスが反応する事はなかった。

 陽も沈み始めた頃、恭二は団地が傍らに見える人気のない公園のベンチに座り意気消沈していた。

 

 

 

「疲れた、もう歩けん。そもそもそんな簡単に見つかるんなら姉さんたちだって苦労してねぇわな。駅近にいたあの子との出会いが奇跡だったんだ、きっと。……そういや名前聞くの忘れてたな……まぁその内会えるだろう、アイドルやるって言ってたし」

 

 

 

 恭二はふと物思いに耽る。ビル街で出会った少女の事を思い出し、再開する時を願って。

 陽と同じように沈んでいた表情も、少し浮かんできたように見える。

 

 

 

「しかしこうも無反応だとなぁ……壊れたりしてないよな?」

 

 

 

 徐にマギデバイスを取り出して今一度レーダーを起動する。

 相も変わらずレーダーの中心に緑色の光球が1つ、他には何も反応がなかった。

 

 1人の少女がこの公園に入ってくるまでは。

 

 

 

「……見つけた」

 

 

 

 無反応のマギデバイスを手に溜め息を零していた恭二、その姿、否、手に持った“それ”を見つけた少女は物凄い剣幕で恭二に迫っていく。

 光と同じ黄色の光球が指し示した方へ恭二が振り向いた時、既に少女は目の前まで迫っており、マギデバイスへ手を伸ばしていた。

 恭二は本能的にマギデバイスを持った手を上へと掲げ、少女の手の届かない位置へと持っていった。

 お目当ての“それ”が手には入らなかった少女は恭二を睨み付け口を開いた。

 

 

 

「それをアタシに寄越しなさい! さもないと……えっと、あ、このクラッカーをアンタの目の前で炸裂させるわよ!」

 

 

「地味に嫌な脅迫だな」

 

 

 

 ポケットに入っていたクラッカーを恭二の顔に向けて構え、意地悪そうな表情で恭二の様相を伺う少女。

 たかがクラッカーと言えど顔面に向けて発射すればただでは済まない。

 だが恭二もマギデバイスを手放す訳にはいかない。そして何より相手はマギカの才を持った少女。上手く折り合いをつけようと思考を巡らせる。

 

 

 

「君はこれが何か知ってるのか?」

 

 

「いいから寄越しなさいよ!」

 

 

「これは俺が持っていないと効力を発揮しない、君が手にしたところでただのガラクタだ」

 

 

「つべこべ言わずにとっとと……!」

 

 

「戦いたいのか、君は」

 

 

「!!」

 

 

 

 その一言で少女は静止した。

 構えていたクラッカーを下ろし、顔を俯かせる。

 敵意が見えなくなったところで、恭二はマギデバイスを持った腕を下ろし、真剣な面持ちで少女の返答を待った。

 少しの間を経て、少女は語りだす。

 

 

 

「それがあれば、あの化け物と戦える。変身して戦えるようになる。沢山倒していけばいずれは……アタシ、を慕う人間が沢山現れる。その人間たちでアタシのアタシによるアタシの為の帝国を作るのよ!」

 

 

「……ちょっと期待して損した」

 

 

「悪かったわね小物っぽくて!」

 

 

 

 先程の剣幕からは想像もつかない、年相応の少女の反応だった。

 何か事情があると踏んでいた恭二は拍子抜けしたように、少し強張っていた身体から力が抜けてしまった様子。

 しかし恭二も鈍感系主人公の類ではない。あくまで打ち解けやすくするため自分と場の緊張を解いたのであり、何かある事は察していた。

 

 

 

「目的はどうあれ、変身する為の条件が3つある。

1つ、変身する才能がある事。

2つ、変身させてくれる人間がいる事。

3つ、その人間と一定以上の信頼関係にある事。

全て満たして初めて、君は変身し戦う事ができる」

 

 

「面倒ねぇ、1つにしなさいよ」

 

 

「いや無茶言うなよ」

 

 

 

 左手の指を3本立て説明する恭二に対し、じれったいと言わんばかりに目を細め無理難題を押し付けてくる少女。恭二は秒で突っ込む。

 

 

 

「ま、このアタシに才能がないなんて事はないわ!」

 

 

「そうだな。素質ありだ」

 

 

「……ホントに?」

 

 

「変身させる側の俺が言うんだから間違いない」

 

 

 

 さも当然のように言い張っていたはずなのに、それを認められた途端真実に驚くような素振り。

 

 

 

マギデバイス(こいつ)に反応があった。これは素質のある人間にしか反応しない。俺と君で、2つだ」

 

 

 

 レーダーモードのままのマギデバイスを少女に提示し、光球が2つあることを確認させる。

 先程の恭二から強引に奪おうとした荒っぽい手とは違う、ヒンヤリとはしているが優しい感覚が恭二の手を包む。

 

 

 

「あとは……わかるな?」

 

 

「ええ」

 

 

 

 2人の目線が重なる。

 

 

 

「アンタを服従させて手下にすれば、アタシも変身できるってことね!」

 

 

「あーこれ方向性の違いで揉める奴だわ」

 

 

 

 少女はニヤリと不敵な笑みを見せた後、恭二に向け指をビシッと突き立てより一層悪役じみた笑みを見せ付ける。

 恭二はもう何かの境地にでもたどり着きそうな雰囲気である。

 

 

 

 -ピピピッ、ピピピッ-

 

 

 

 マギデバイスが鳴る。

 恭二も初めて聞く音を不思議に思い目線をやると同時に、公園の街灯も点灯した。

 恭二は息を飲んだ。

 

 

 

「どうしたの? あ、もしかしてアタシ以外にも変身出来そうな奴がいるの? 手下候補が増えてアタシは大歓迎よ!」

 

 

「んな悠長な事言ってる場合じゃないぞ、これは」

 

 

 

 少女はどういう事かと首を傾げる。

 夕陽は沈み辺りは薄暗く、街灯の灯りがほんのりと公園を照らす。

 奴らが動き始めてもおかしくない時間。

 

 

 

「未覚醒のマギカとゴーストはセットになりますってか……冗談キツいぜ……」

 

 

 

 円柱状の胴体に両腕が生えたような形状、接地している部分は地を這うナメクジのようにウネウネと動いていた。

 振り向きその姿を見た少女は、成人男性よりも一回り大きい図体と禍々しい形容に恐怖を抱き、恭二の後ろに隠れてしまう。

 

 

 

「ば、化け物!? あ、ああアンタ! 変身させる力持ってるんでしょ! 早くアタシを変身させなさいよ!!」

 

 

「無茶ばっか言うなって!」

 

 

 

 レーダーモードを解除しても、マギデバイスにこれといった反応はない。

 マギカ候補を探して街中を歩き回っていた時と何も変わりがない。

 ジリジリと近づいてくるゴースト、恭二の頭の中に最悪の事態が過る。

 

 

 

(光があの時変身出来たのは、偶然俺との相性が異常なくらい良かったから。普通はこうなんだ、出会ったばかりのマギカ候補がいきなり変身して戦える訳がない……にしても、何でこの子は逃げないんだ? 俺の背中に隠れちゃいるが、シャツ掴んだままずっと震えて……)

 

 

「早くアタシに戦わせ…危ない!」

 

 

「っ! おいバカ!!」

 

 

 

 もう目の前までゴーストは迫っており、その魔の手を恭二に向け伸ばしていた。

 恭二が振り向いた時には目と鼻の先の距離だった。

 が、恭二にしがみついていた少女は、恭二をベンチとは反対方向へ押しのけ魔の手から遠ざける。

 無論、その手は止まる事なく少女へと向かう。

 

 

 

(頼む! あの子を、名前もまだ聞いていないあの子を、どうか光と同じように……戦わせてやってくれ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「忍法、霞斬り!」

 

 

 

 魔の手は少女に触れるすんでのところで止まった。

 そして次の瞬間、黒い胴体に垂直に一筋光りが通るとその体は真っ二つに裂かれ綺麗に霧散していった。

 その先にあった姿、和装テイストの衣装に身を包み忍者刀を持った少女が屈んでいた。

 

 

 

「この姿での出番は少ないに越した事はありませんが、いざ出番となるとテンションが上がりますね」

 

 

「ア、アンタは?」

 

 

 

 立ち上がりながら忍者刀をクルクルと回転させ、腰の後ろに携えた鞘にジャキンッと華麗に納刀する。

 少女の問いに“忍者”は答える。

 

 

 

「ある時は忍者アイドルこと忍ドル、またある時は要警護人物の隠密護衛エージェント、しかしてその実態は……!

 

 “くノ一マギカ”浜口 あやめ、ここに推参!

 

 ニンッ♪」

 



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母親

 

 

 自らを“くノ一マギカ”と称した少女ことあやめは、言いたかっただけであろうお決まりの名乗りを上げ、殺伐としたアサシンのような雰囲気から一転、にこりと2人に微笑んで見せた。

 それを見て安心したのか、はたまたただ腰が抜けていたのか、恭二を庇った少女はその場にへたり込んでしまった。

 

 

「お、おい、大丈夫か?」

 

 

「……助けてあげたのに、バカはないでしょ」

 

 

「バカはバカだよ……俺の知ってるバカと同じくらいは」

 

 

 

 恭二は衣服についた土埃を払いつつ立ち上がり、マギデバイスのレーダーを確認する。他にゴーストの反応がない事を確かめた後、へたり込んだ少女の元へ行き肩を支える。

 少女からは辛辣な返答を貰うが、恭二は虚勢を張った少女の笑顔を見てひとまずは安堵したようだった。

 

 

 

「こちらあやめ、目標が新たなマギカ候補と思しき少女と接触、途中ゴーストの反応があり、ギリギリまで覚醒の予兆がないかと様子を見ましたが兆しなし、こちらで排除しました」

 

 

『何その運命力、私たちは1人見つけるのに半年かかったのに、恭二は5時間足らずで2人? もう恭二1人に人事任せてよくない? てか恭二を引き入れた私スゴくない?』

 

 

『社長、通信の時くらい静かにしてください。…コホン、マギカ候補の少女と話がつき次第、恭二さんと一緒に事務所に帰投してください』

 

 

「了解です」

 

 

 

 あやめは2人の前で堂々と通信を始める。隠れる必要がなくなったからだ。

 通信機から僅かに漏れ出た音、聞き覚えどころか毎日聞いて耳から離れない声、それを聞いた恭二は少女を支えたままあやめに問い掛ける。

 

 

 

「今の声……姉さん?」

 

 

「御名答♪ 光ちゃんがいない状況でゴーストと出会(でくわ)したら大変ですからね。わたくしが密かに護衛任務を請け負っていたのです」

 

 

「何でそういう大事な事言っといてくれないんだ」

 

 

「バラしてしまっては忍びの意味がありません」

 

 

「いや味方には存在知らせるべきだろうよ」

 

 

 

 得意気に忍びへのこだわりを話すあやめ。同じ事務所のアイドルだと分かり恭二のツッコミもフレンドリー、というよりは容赦ないものに。

 

 

 

「……もしかして忍者にならないと変身出来ないとか?」

 

 

「そんなことないから安心していいぞ」

 

 

「ほほう、忍術に興味がおありと」

 

 

「話をややこしくしないでくれ」

 

 

 

 ふと純粋な疑問を抱いた少女の問いに答えるが、隙あらば忍者の話をしようとするあやめに、恭二は呆れ半分になりながら制止する。

 残念そうにするかと思いきや、何故かあやめは嬉しそうに微笑んでいた。

 

 

 

「忍術の話はこれからいくらでもする機会があります。それよりも今は、お互いの自己紹介とこれからの事を話すべきではありませんか?」

 

 

「あ、ああ、そうだな……いや語り出したのは君だろ」

 

 

「これは失敬♪」

 

 

 

 先程まで兎に角忍者を推しまくっていた女の子が、突然普通の女の子になって真っ当な事を話してくる。

 恭二はなんとも不思議な感覚に陥っていた。

 

 突っ込みどころはあったものの真っ当である事に変わりはない。

 少女と向き合い、懐から取り出したいつもの名刺ケースから1枚手に取り、改めて話を切り出した。

 

 

 

「俺は芦原 恭二、この328プロダクションって所でアイドルのプロデューサーをやってる。つっても今日なったばっかだけどな。そういう訳で君をスカウトしたい。名前を聞いてもいいかな?」

 

 

「アタシは小関 麗奈よ。ちゃんと名刺を渡してスカウトなんてアンタ分かってるわね……え、スカウト? アイドル? どゆこと!?」

 

 

 

 名刺を受け取った麗奈は満足げな表情を浮かべるが、まさかアイドルにスカウトされるとは夢にも思っていなかったようで、すぐさま困惑した表情に変わる。

 

 恭二はこれまでの経緯を説明した。

 三葉やマキノから教わった事も含め、ゴーストやマギカの存在と覚醒した者が為すべき事を。

 

 

 

 

 

 

 

「つまり、アイドルとして活動しながらマギカとして世界を守る為に戦ってほしい、そういう事?」

 

 

「ああ。理解が早くて助かるよ」

 

 

 

 中学生とは思えない理解の早さ、直前にゴーストと遭遇しているとはいえ最初から幾分か知っていたようにも感じられる。初対面でいきなりマギデバイスを奪おうとしていた事もあり、恭二は心のどこかに引っかかりを覚えた。

 しばらく思案していた麗奈が徐に口を開く。

 

 

 

「アイドルになるって事はギャラが貰えるって事よね?」

 

 

「そりゃあアイドルだってれっきとした職業だからな。仕事をした分だけお給料は貰えるさ」

 

 

「それってアタシみたいな中学生以下の未成年でも貰えるの?」

 

 

「勿論。まぁ親御さんの許可が必要な歳だから、麗奈に直接じゃなくて親御さんのとこにいくだろうけどな」

 

 

 

 麗奈は小さくガッツポーズをした。同時に口角も少し上がり喜んでいるのがわかる。純粋な少女の顔だ。

 

 

 

「結局お金かよ……ギャラは全部親御さんのとこいくんだぞ?」

 

 

「問題ないわ! 後で小遣いをせびればいいだけの話よ!」

 

 

「小物感半端ねぇな」

 

 

 

 打って変わって、今度は悪戯を考えている小悪魔のような笑みを浮かべ堂々と宣言する麗奈。

 その宣言ぶりに反してあまりの事の小ささに、恭二は呆れながらもいつも通りテンポ良くツッコミを入れていく。

 

 

 

「まぁ理由はどうあれ概ね了承してくれてるみたいだから、親御さんの都合のいい日がわかったら名刺の番号に連絡してくれ。芦原 恭二にスカウトされたって言えば伝わるようにしとくから」

 

 

「明日ママは仕事お休みだったはずだから明日の朝速攻で行くわ。善は急げよ!」

 

 

「お、おう……説得するのもそうだけど、あんま親御さんに無茶言うなよ?」

 

 

 

 乱高下する麗奈の声色、勢いづいた言葉に恭二はやや気圧されながらも会話を続けていく。

 再び意気揚々と答えていた麗奈だったが、親への負担を指摘されスッと表情に小さな陰を落とした。本当に小さな小さな、注意深く見ていないと見落としてしまいそうな僅かな陰。

 

 

 

「当たり前じゃない。アタシそんな親不孝者じゃないわよ」

 

 

「そっか、なら安心だな」

 

 

 

 小悪魔的なイメージからは想像できない台詞。

 だがその言葉に嘘はない。恭二はそれを読み取る事ができた。

 最初から麗奈の一言一言を注意深く聞いていたからだ。

 

 

 

「そろそろママが家に帰ってくる時間だわ。アタシ帰らないと」

 

 

「おう、また明日な」

 

 

「絶対遅刻するんじゃないわよ? 遅刻したら顔面クラッカーの刑だからね!」

 

 

「はいはい……」

 

 

 

 公園の時計を見れば時刻は6時半を回った頃。

 遠目に見える山のてっぺんをうっすらと縁取っていた太陽の明かりは、時間の経過と共に徐々に薄れ消えていく。辺りはすっかり暗くなっており、街灯の光りが照らしている場所以外は視界が悪いと言わざるを得ない。

 

 

「辺りも暗いし、家まで送ろうか?」

 

 

「大丈夫よ。アタシの家この近くだし」

 

 

 

 スタスタと公園の出口に小走りで向かい、見えづらくなっている公園の車止めの上にヒョイと飛び乗り、それを踏み台にして勢いよくジャンプして公園を後にした。まるでアスレチックを楽しんでいるようだ。

 

 走り去っていく麗奈の後ろ姿を見送りながらしんみりしていた恭二。振り返ってあやめに声を掛けようとしたが、姿が見当たらない。辺りをグルッと、ついでに上や下も見てみたがやはりどこにもいなかった。

 

 

 

「えっと、あやめさん?」

 

 

「お話終わったみたいですね」

 

 

「うわっ!? どっから!?」

 

 

「忍び、ですからね」

 

 

 

 名前を呼んだ途端真後ろから声が聞こえ、振り返ればさっきまでそこにはいなかったあやめの姿が。

 ホラーチックな演出に流石の恭二も驚きを隠せず、思わず飛び退いてしまう。

 対してあやめは忍びとしての領分を思う存分発揮できたと満足げな表情で、恭二のリアクションに笑みを零していた。

 

 

 

「さぁ、わたくしたちも事務所に帰りましょう。事務所に帰るまでがスカウト、ではなくわたくしの請け負った護衛任務ですから」

 

 

「楽しそうで何よりなこった」

 

 

「はい!」

 

 

 

 呆れ気味で言った恭二だが、あやめは満面の笑みを返してきた。

 よほど忍びが好きなのだろうと、恭二も親心にもにた感情を抱きながら小さく笑って見せた。

 

 2人も公園を後にして、街灯や店の明かりが照らす道を歩いていく。

 あやめも変身を解き私服姿に、お気に入りであろうパーカーの胸元にはクローバーのブローチが付けられている。

 その道中、他愛もない世間話で盛り上がったりもしたが、意外にもあやめはマギカに関する話もためらいなく恭二に話していた。

 

 

 

「先輩2人に同期が1人、その子たちもみんなマギカで1人のプロデューサーが担当してるのか」

 

 

「はい。先輩はお2人とも頼りになって、プロデューサーはとってもお優しい方なんです」

 

 

「同期の子は?」

 

 

「我が生涯の友です」

 

 

 

 自分の周りを取り囲む人物を話すあやめはとても嬉しそうで、恭二も次々と質問を繰り返していった。

 その度あやめは嫌な顔1つせず丁寧にあれこれと、なんなら不要な情報まで快調に喋っていた。

 

 

 

「そう言えば、街でマギデバイスのレーダー開いてる時は全然反応なかったけど、本当に近くにいたのか?」

 

 

「無論です。マキノさんから頂いたレーダーに感知されない装飾品を身に着けていましたから」

 

 

「マキノさん、マジで何者……未来の猫型ロボットみたいな道具まで作り出して」

 

 

「ほとんど知人の方が作ってくださってるそうですよ。それをわたくしたちが使ってデータを取って粗を見つけて、それを修正していくのが自分の仕事だとマキノさんは仰っていました」

 

 

「その知人ってのはなにえもんなんだろうな……つかそんなトンデモアイテムを調整できるだけでも十分すげぇよ」

 

 

 

 たった1人の少女から多くの情報を聞き出した恭二。と言うよりは話してくれたが正しいのだが。

 

 そうこう話しているうちに事務所に着いた。

 暗くなった空には三日月が浮かんでいるが、街の明かりが強く星はあまり見えない都会の夜空だ。

 

 光と戻ってきた時と同じように面談室へと向かう2人。

 同じ轍を踏まないよう扉の前で一呼吸置き身体をシャキッとさせた恭二は、ノックをして扉を開き面談室の中へと足を踏み入れる。

 

 

 

「失礼します。芦原 恭二、ただいま戻りました」

 

 

 

 面談室に入ると、ソファーに腰掛け事務所の資料らしきファイルに目を通している女性が恭二の目に入った。

 肩甲骨辺りまで伸ばした黒髪のロング、真剣な横顔に透き通った肌艶、落ち着いた大人の雰囲気を醸し出している。

 自分より確実に年上だと恭二が感じていると、女性も恭二に気付いたようで小さく会釈し、持っていた資料を机に置いて立ち上がり歩み寄ってきた。

 華奢で小柄な体格で、恭二と並ぶとその身長差は顕著に現れる。

 

 

 

「あなたが恭二さんですか? 思っていたよりお若くて凛々しい方ですね」

 

 

「ああ、どうも……えっと、どちら様で?」

 

 

「これは失礼致しました。南条 光の母の陽子(ようこ)と申します。これから娘がお世話になるという事で、一言ご挨拶をと思いまして」

 

 

「これはご丁寧に……」

 

 

 

 ぎこちない会話になかなか合わない視線、一抹の不安を覚える光の母こと陽子だったが、緊張しているのだろうと思い恭二の手を両手で包みニッコリと微笑んで見せた。

 夜風に当たった恭二の手は少し冷えており、屋内で待っていた陽子の手が温かくそれを包み込む。

 恭二はどこか懐かしい感覚を覚え、少し強張っていた表情も緩んでいく。

 

 

 

「失礼します。お疲れ様で……母さん、まだ帰ってなかったの?」

 

 

「まだとは随分な言い種ですね。遅くなると分かっているなら、その時間まで待つか迎えに来るのが普通でしょう?」

 

 

 

 恭二が入ってきた方と同じ側の扉から、ノックと同時に光が入ってきた。

 それと同時に母親の姿を見つけスタスタと恭二の隣に駆け寄り、呆れ半分な物言いで喰ってかかる。

 それに対して陽子はまるでいつもの事かのように粛々と言葉を返していた。

 

 

 

「じゃあ1回家に帰ったの?」

 

 

「いいえ、この事務所の事を色々教えてもらいましたよ。これから光がお世話になる所ですもの、知っておきたいと思うのは当然でしょう」

 

 

「にしたってもう4時間以上経ってるじゃん!」

 

 

「それでも足りないくらいですよ。魅力的なアイドルが沢山いらっしゃって、スタッフも皆さん優秀で、コーヒーも美味しくて」

 

 

「ハッ、菜々さんのコーヒー……!」

 

 

「それでも4時間は居すぎだって! 家の事色々放り出してきたんでしょ?」

 

 

「お掃除戸締まり火の用心は完璧ですし、お洗濯はあと取り込むだけです。晩ご飯の仕込みも済んでいます」

 

 

「っ……何でそこまでして」

 

 

「娘がアイドルになると、スカウトされたと言ったのですよ。親として当然の行動です」

 

 

 

 間髪入れず繰り広げられる親子間のラリー。

 光は終始不服そうに、陽子は終始淡々と言葉を投げかける。

 恭二が入り込む隙間はなかなか見つからなかったが、光が少し声を詰まらせたところですかさず割って入った。

 

 

 

「まあまあ、この辺でお互い一度収めて。それで光はどうしてここに?」

 

 

「あ、そうだった。見学と体験レッスンが終わったらまたここに来るように言われてたんだ」

 

 

 

 そう光が零すとタイミング良く事務室側の扉が開き、三葉が姿を見せた。

 

 

 

「恭二、光ちゃん、2人ともお疲れ様。陽子さんもこんな時間までお待たせしてしまって申し訳ありません」

 

 

「いえ、お気になさらずに。ここで待っていたのは私の意思ですから。色々教えてくださって感謝したいくらいです」

 

 

 

 三葉と陽子はすでに面識があるようで、机の上の資料も三葉の用意したものたという事が読みとれる。

 

 

 

「はい光ちゃん。今日の体験レッスンの総評よ」

 

 

「え、体験レッスンなのにこんなの出るの!?」

 

 

「うちのトレーナーたちは優秀だからね♪」

 

 

 

 プリントを1枚光に手渡した。

 そこには歌、ダンス、演技、それぞれの評価と総評、そしてトレーナーの一言が書かれていた。

 多少の点数の差はあれど、どれもセンスありと評価を受けていた。

 

 

 

「……アタシ、アイドル向いてるのかも」

 

 

「良かったわね光」

 

 

 

 予想以上の高評価に思わずにやけ顔になる光。

 陽子も嬉しそうな娘を見て穏やかな表情になっていた。

 

 

 

「どうか光を“女の子らしい”アイドルにしてやってください、恭二さん」

 

 

「ちょ、母さん! アタシは……」

 

 

 

 せっかく親子の雰囲気が良くなったと思いきや、光の思うアイドル像とは反対の“女の子らしい”、いわゆる有香やまゆのような王道可愛い路線で売り出してほしいという要望を、陽子は今一度恭二の前に立ち頭を下げながら申し出た。

 光もこれに割って入ろうとしたが、またもや言葉に詰まってしまい上手く切り出せなかった。

 

 三葉が見守る中、恭二は意を決して思っている事を伝える。

 

 

 

「光の事は任せてください。陽子さんも光も納得する形に仕上げて見せます」

 

 

「どうか、よろしくお願い致します」

 

 

 

 堂々と宣言した恭二に、陽子はもう一度深々と頭を下げた。

 三葉が少し驚いた顔をしていたが、クスッと小さく含み笑いをした後に恭二の背中をポンと叩いて耳打ちする。

 

 

 

「言うじゃない」

 

 

「これも仕事の内、なんだろ?」

 

 

「ふふっ、頼もしい限りだわ」

 

 

 

 ひそひそと話していると隣にいた光が恭二の袖を引いた。

 自分に恭二の視線が向いたのを確認すると、光は口を開いた。

 

 

 

「プロデューサー……アタシ、フリフリの衣装とかあんまり……」

 

 

「心配すんな。2人とも納得する形にって言ったろ?」

 

 

 

 優しげな笑みを見せた恭二は、光を安心させるように頭をポフポフと撫でてやった。

 不安は拭いきれていないようだが、ひとまず飲みこんで光は頷いて見せる。

 

 

 

「さぁて、7時も回ったし今日はお開きにしましょ。光ちゃん、また明日ね」

 

 

「うん! プロデューサーも、また明日!」

 

 

「おう。シャイニンガー観てて遅刻とかすんなよ」

 

 

「大丈夫。録画してるから帰ってからゆっくり観るよ」

 

 

 

 それぞれ別れの挨拶(?)をしていると、

 

 

 

「光、もう帰りますよ。荷物をまとめてきなさい」

 

 

「……はぁい」

 

 

 陽子が会話を遮るように光に声をかけた。

 少しピリピリしている雰囲気で、“シャイニンガー”の名前を聞いて明らかに不機嫌になったのが恭二たちにも分かった。

 

 せっかく自分の好きな話題になったのところを母親に邪魔をされ、光もあからさまに不機嫌そうは返事をした。

 これには恭二も苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 

 

「今日は本当にありがとうございました。これから娘をよろしくお願い致します」

 

 

「こちらこそ、ご足労頂きありがとうございます」

 

 

「暗くなったら悪い奴が出てくるからな。アタシが母さんを守ってあげないと」

 

 

「またそんな非現実的な……あなたが私を守るなんて10年早いです。子供を守るのは親の務めですよ」

 

 

 

 面談室を出ようと歩きだした光、おそらく自分の正義感に素直に従っているのだろう、ボソッと零した言葉を陽子が否定する。

 

 その後も平行線の押し問答が繰り返され、事が収まらぬまま親子は面談室を後にした。

 残された芦原姉弟は親子の怒涛の口喧嘩を目の当たりにして呆然としていた。

 

 

 

「……噛み合ってない親子だな」

 

 

「年頃の女の子であの個性だからね。難しいでしょう」

 

 

「あ、そうだ、菜々さんの愛情たっぷりのコーヒーを──」

 

 

「菜々ちゃんならもう帰ったわよ」

 

 

「そんな……俺めっちゃ頑張ったのに……それだけを楽しみにしてここまで……」

 

 

 

 ショックでうなだれる恭二。崩れ落ちたその場でブツブツ言っていると三葉がポンと肩に手を乗せる。

 

 

 

「明日も菜々ちゃん来るから、その時に淹れてもらえばいいじゃない。て言うか同僚になったんだから、これからほぼ毎日会えるでしょ?」

 

 

「あ、そっか。そう言えばそうだ。その通りだ」

 

 

 

 落ち込んだかと思えば急に元気になったり、他者からの一言で一喜一憂している姿は情緒不安定にも見える。

 今にも小躍りしそうなにやけ顔を尻目に、三葉は更に言葉を綴る。

 

 

 

「それじゃ、私たちも帰ろっか」

 

 

「え、私たちって事は姉さんも? いつも帰り遅いのに」

 

 

「今日初仕事で歩き回ったでしょ? 恭二に何かあるといけないから、今日も無理言って早上がりさせてもらうの」

 

 

 

 三葉はさも当然のように言うが、恭二は決して守られるようなか弱い人間ではないし、極度の方向音痴という訳でもない。

 一般男性と同程度かそれ以上の体力もある。

 三葉が気にしているのは恭二の“身体”だ。

 それは恭二自身も自覚しており、三葉の言葉の意味もすぐさま理解した。

 

 

 

「心配し過ぎだって。もう3年も前の話だろ? 体力も戻ったし、経過も順調だって──」

 

 

「これから恭二には色んな仕事を振っていく。プロデューサーとして、マギカのパートナーとして。その仕事がどこまで出来るのか、どの程度なら大丈夫なのか、姉としても社長としても、ちゃんと見ておきたいの。……分かって」

 

 

 

 心配無用とはぐらかすように言う恭二に対して、三葉はその言葉を遮り真面目に語り出す。

 自分より少し背の高い恭二の頭に手を伸ばしそっと触れると、懇願する言葉と共に不安げな表情をしながら恭二と目線を合わせた。

 さすがの恭二もいつもの飄々とした姉の言葉ではなく、弟の身を案ずる姉の言葉なのだと受け止め方を変え、表情も軟らかくなっていた。

 

 

 

「分かったよ。俺ももう少しだけ自分の事大事にする。だから、安心して」

 

 

「うん」

 

 

 

 不安げな表情は緩やかに安堵の表情に変わっていった。

 その変化に恭二も一安心し、自然と笑みが零れていた。

 

 

 

 

 

「そう言えばあやめさんは?」

 

 

「あやめちゃんなら事務室にいるまきのんに今日の報告した後、女子寮に帰ってったわよ」

 

 

「え、俺と面談室に入ったはずじゃ……」

 

 

「私がこっちに来る前から事務室にいたけど?」

 

 

「ア、アイエェ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

 ー郊外の小さなアパートー

 

 

 

 カンカンカンと金属製の階段を駆け上がる音が静かな郊外に響き渡る。

 まだ夜は肌寒い。しかし階段を駆け上がる少女の姿は薄黄色と桃色の袖無しボーダーシャツに暗めの緑色をした襟着きベスト、紺の短パンとこれまたボーダー柄のニーハイとやや薄着。

 走ってきたから体は暖まっているのだろうか、肩甲骨辺りまで伸ばした栗色のロングヘアを左右に揺らしながら、少女こと小関 麗奈は階段を登ってすぐの201号室の扉を勢いよく開き中に入った。

 

 

 

「ただいまー! ママ、アタシ明日からアイドル、に……」

 

 

 

 乱雑に靴を脱ぎ捨てて玄関を駆け抜け居間へと向かう。

 と言っても1Kのアパートなので玄関を上がればすぐなのだが。

 そこには机に突っ伏して寝息をたてている麗奈の母親の姿があった。

 眠っている母親の姿を見た麗奈に帰ってきた時の勢いはなく、舞い上がっていた心を落ち着かせるよう一度深く深呼吸していた。

 

 

 

「11連勤、だっけ。お疲れ様」

 

 

 

 鞄を部屋の隅に置き押し入れから2人分の布団を静かに引き出し、起こさないよう掛け布団をそっと母親に被せる。

 労いの言葉を呟くと母親の対面に座り、今度は自らの思いを零していった。

 

 

 

「明日からアタシも働くよ。中学生でもお給料が貰える仕事があって、ついさっきその仕事にスカウトされたの。もうママ1人が頑張らなくていいから、アタシも頑張るから……ママ………」

 

 

 

 年相応の少女の、心からの声だった。

 

 その後しばらくしてキッチンに赴いた麗奈は、塩おむすびを1つ仕立てて手早く食べ、2人分の布団を敷いた後母親を布団の上に移動させ、仲良く並んで眠りについた。

 痩せこけた母親を運ぶのは麗奈の力でも十分可能であり、疲れきった母親は深い眠りについており動かしても起きる事はなかった。

 

 

 




投稿が大変遅くなり申し訳ありません(汗)
時間がとれなかった事、精神状態が不安定だった事、スランプ気味だった事など、色々と重なりなかなか筆が進みませんでした。
次話以降はなるべく早く投稿出来るように心掛けたいと思います。


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対面する正義と悪(偽)

 ー翌日ー

 

 

 

「菜々さん」

 

 

「は、はいっ」

 

 

 

 跪いて菜々よりも目線を低くし、紳士的な面持ちで菜々の手を取り恭二は甘く囁く。

 元々ルックスはいい方なので様になっている。

 目線が合った菜々は予想以上の紳士ぶりに思わず上擦った声で返事をし、どぎまぎと小恥ずかしい様子。

 

 

 

「これから毎日、俺の為にコーヒーを淹れてくれますか……?」

 

 

「えっと……はい、それがナナのお仕事ですので」

 

 

「っしゃぁぁぁぁあ!!──いてっ」

 

 

 

 拳を握り締め歓喜の声を上げる恭二の脳天に、三葉の鋭い手刀が振り下ろされる。

 朝の事務室、いわゆる仕事場で堂々とアタックしに行く弟の姿に我慢ならなかったのだろう。

 どことなく不機嫌そうにも見える。

 手刀を喰らった頭を両手で押さえながら背後に立つ三葉の方に振り向き、理不尽な暴力に意を唱えるべく恭二は口を開いた。

 

 

 

「ちょ、頭はダメだって知っ──」

 

 

「加減はしたわよ。まったくいちいち大袈裟なんだから」

 

 

「……ホントだ、痛くない」

 

 

「ほら、分かったらさっさとこれ種類別に分けて」

 

 

 

 鋭いと言ってもあくまで見た目だけで、頭部に当たった後その衝撃が伝わらないように放たれたある意味キレのある手刀であり、恭二の頭部には柔らかい何かが軽く当たった程度の事だった。

 痛みがない事に気付いた恭二は途端に冷静になり、三葉に促されるまま書類整理を始める。

 その温度差に菜々は苦笑いしながら珈琲を淹れに向かった。

 

 

 

「菜々さん、私にも一杯ブラックでお願いします。そこのコーヒーサーバーのもので構いませんので」

 

 

「はい、わかりました」

 

 

 

 その途中マキノから追加注文が入り、せっせと準備を進めていく菜々。

 お給仕の仕事が楽しいのか、心なしか浮かれているように見える。

 対してマキノは小さく溜め息を零し、やや疲れがたまっている様子だった。

 

 

 

「寝不足?」

 

 

「少し。昨日の騒動は思った以上にネットに広まっていましたから、対応に時間が掛かりました」

 

 

「まきのんにしか出来ない事とは言え、いつも任せっきりで悪いわね。何か手伝える事があればいいんだけど……」

 

 

「それが私の仕事ですから、お気になさらず。それよりも今回の件、余りにも多くの人の目についてしまいました。ネット上のデータは処理できても人の記憶までは改竄出来ませんから」

 

 

 

 マキノの元に歩みより声をかける三葉。

 

 小さな変化や違和感などにすぐ気が付けるのは三葉の長所であり、このプロダクションの成功と拡大の要因でもある。

 実際プロダクション内で彼女を嫌う人間は1人もおらず、お気楽そうに見えても皆からは信頼され慕われている。

 マキノも辛辣な態度を取る事も多いが、互いの信頼関係があるからこそ出来る事なのである。

 

 おそらく今日に日付が変わってもまだ行っていたであろう昨日のゴースト騒動の隠蔽工作、取り出したノートパソコンの画面にはマギカとして戦う光や有香の姿が写った画像が映し出されていた。

 総画像数が表示される場所に3桁の数字が並んでいる事からも、事態の大きさとマキノの苦労が見てとれる。

 

 

 

「現場の処理は国防省のおっさんに任せてるけど、さすがに隠し通すのも限界が近いわね」

 

 

「公表に踏み切りますか?」

 

 

「とりあえず要相談ね。あのおっさんと話すのホント嫌だけど……どうやったらあの頑固じじいから出来のいい優男君が生まれるのかしら」

 

 

「同意はしますが、一応仕事場ですので抑えてください、社長」

 

 

 

 国防省絡みの話をせざるを得ない状況になると三葉はあからさまに不機嫌になり、マキノがそれを諫めようと冷静に言葉をかける。

 

 

 

「書類整理終わりましたー」

 

 

 

 恭二のダルそうな一声で三葉はマキノの元を離れ書類の回収に向かう。

 

 

 

「私の事務所だからってだらけないの。もう少しシャキッとしなさいよシャキッと」

 

 

「え、あ、はい……」

 

 

 

 少し乱暴に書類をかっさらうと本当に見ているのか疑わしい速度で確認していく三葉。

 機嫌が悪かったのは事実、タイミングが悪かったと言えばそうなのだが、恭二に当たっているように見えなくもない。

 恭二の自覚が足りないのもまた事実ではある。

 当の本人も困惑しながらも反省はしている様子。

 

 

 

「んじゃ次なんだけど……移動するわよ、菜々ちゃんも付いて来て」

 

 

「あ、はい。分かりました」

 

 

「移動ってどこに?」

 

 

「いわゆる“プロジェクトルーム”ってやつよ。あんた中心のね」

 

 

 

 促されるままデスクから立ち三葉の後について行く恭二。

 先に入ったブラックコーヒーをマキノに届けた後、菜々は三葉の呼び掛けに答え事務室を出る2人に追従する。

 廊下を歩いて移動する最中、記憶に新しい小柄な少女の姿が恭二の目に入り、相手も気付いたようで3人の元へ駆け寄ってきた。

 

 

 

「光? おはよう、ずいぶん早いな。予定の時間までまだ30分以上あるのに」

 

 

「おはようプロデューサー。なんだかじっとしてらんなくて」

 

 

 

 えへへ と照れ笑いを浮かべる光に父性本能をくすぐられたのか、恭二も笑顔を返し自然と頭を撫でていた。

 微笑ましい光景に後ろの2人も和んでいる様子。

 

 

 

「じゃあ光ちゃんも一緒に行こっか、秘密結社のブリーフィングルームに」

 

 

「うん! 行く!」

 

 

「え、プロジェクトルームじゃ……?」

 

 

「似たようなもんよ」

 

 

 

 合流した光に同行するよう求める三葉、やはりと言うか光が好きそうな言い回しで、まるで扱い慣れていると言わんばかり。

 自分の立場や地位を驕らず、誰とでも分け隔てなく接する事が出来るのも三葉の長所である。

 飄々とした態度を取るのも新人たちに接しやすい人物だとアピールしているのだろう。

 第一印象こそあれだったが、翌日の今日で既に懐いている。

 

 そして疑問符を投げ掛ける恭二に対して、首から下げたクローバーのネックレスを摘まみ上げマギカ関係だと暗に伝える。

 察した恭二も ああ と納得の声を漏らし、歩を進める三葉の後を皆と共について行く。

 

 

 

「プロジェクトルーム(仮)……まんまだな」

 

 

「プロジェクト名、と言うかユニット名ね。光ちゃんと、あと麗奈ちゃんだっけ? 2人と相談して決めてね」

 

 

「りょーかい」

 

 

 

 件のプロジェクトルーム前、(仮)の部屋名プレートが入り口横に差し込まれていた。

 近くで見ると縁にうっすら埃が積もっており、随分前からこのルームを確保していたのが分かる。

 

 恭二の返答を聞いた三葉はプロジェクトルーム(仮)の扉を開き、3人を中へ招き入れた。

 

 

 

「今日からここが恭二たちの拠点になるルームよ。設備もバッチリ整えておいたから好きに使ってちょうだい」

 

 

 

 3人は驚愕していた。

 プロデューサーとアシスタントのデスク、団欒用の大きなテーブルが2つとそれを囲うように置かれたソファー、50インチは優に超える大型液晶テレビ。これだけでも十分な設備にも関わらず、メーカー違いの最新ゲーム機が各2台ずつとコントローラーはそれぞれ4人分、ウォーターサーバー・コーヒーサーバー・ドリンクサーバーに至っては2台、そして3ドア冷蔵庫にオーブンレンジに流し台、パーティションの向こう側には折り畳まれた卓球台とそれを広げるフリースペースらしき空間、もはやひと家族が生活していけるありとあらゆる物が揃っていた。

 

 

 

「わぁ……ホントにこれ全部好きに使っていいの?」

 

 

「もちろんっ」

 

 

 

 これだけの設備を見れば萎縮しそうにもなるが、光はワクワクの方が勝っているようで、三葉に確認を取ると二つ返事で返ってきた事でより一層目を輝かせている。

 

 

 

「私ここに住みたいです」

 

 

「住み込みはちょっとねぇ……泊まりでお仕事もさせたくないし」

 

 

 

 菜々はこのルームの住人になる気満々の様子。

 1人暮らしのアパート等と比べれば正に雲泥の差、ぶっちゃけ一流ホテルと一流マンションを足して2で割ったようなルームなのだから、住みたいと思うのも仕方ない。

 

 

 

「経費の使い方間違ってねぇか? ドリンクサーバーとかゲーム機とかいらんだろ」

 

 

「飲み物の種類は多い方がいいし、アイドルと交流を深めるのにゲーム機があってもいいでしょ? あ、飲みたいドリンクがあったら言ってね、発注しとくから」

 

 

「アタシ、ファンタオレンジ!」

 

 

「ナナは桃の天然水が欲しいです」

 

 

「りょーかい♪」

 

 

「順応すんの早過ぎだろ」

 

 

 

 最早恭二のツッコミは追い付かない。

 光は嬉々としてゲーム機と大型液晶テレビの方に向かい、菜々は流し台や冷蔵庫のある給湯室チックな場所へ、恭二はあれやこれやと疑問をぶつけてみるがそれっぽい理由でサラリと受け流され、三葉がドリンクのオーダーを聞けば2人は即答、昨日の時点で姉から無茶ぶりを受けたり常識から外れた発言や行動を見てきた恭二は、悟りに近い何かを感じていた。

 ツッコミたい気持ちはあるが文句や不満がある訳ではない。

 寧ろこの好待遇を恭二は有り難く思っていた。

 

 

 

「それじゃ早速、恭二はあっちのフリースペースに行って特訓ね」

 

 

「特訓って何の?」

 

 

「昨日説明したスタージュエルの生成よ。コツを掴めばポンポン出せるようになるけど、そこまでが難しいから余裕がある時に練習しておかないとね。それに光ちゃんに1つは渡しておきたいし」

 

 

 

 人差し指を立てスタージュエルについて説明しながら三葉はフリースペースに向かい、恭二にもこちらに来るよう手招きする。

 意図を理解した恭二は なるほど と頷きながらその後をついて行く。

 

 

 

「アタシも見てていい?」

 

 

「いいわよ。ただ時間になったらレッスンに行ってね」

 

 

「うん!」

 

 

「よし、光が見てるって言うんなら、いっちょカッコいいとこ見せますか!」

 

 

 

 特訓と聞いてすぐさま踵を(ひるがえ)し2人のいる場所に駆け寄ってきた光は、目を輝かせいつものワクワク顔を見せていた。

 表情をキリッとさせ気合いを入れた恭二は、右腕を伸ばし掌を上にして開くとその掌に先程の気合いを集中させていく。

 

 

 

「おぉ……!」

 

 

「来たわよ来たわよ」

 

 

「何か光ってる! すごい!」

 

 

 

 伸ばした恭二の掌に虹色の光りを発する光球がフワフワと漂いだした。恭二は驚きと期待の声を上げ、三葉は順調に事が運んでいる事に喜び、光は興味津々に恭二の掌と光球を眺めていた。

 

 

 

 

 

 -30分後-

 

 

 

 

 

「だぁーー! 全然できん!」

 

 

「魔力は出てるから、後は結晶化させるだけなんだけど……まぁセンスはあるっぽいから、その内出来るようになるわよ」

 

 

 

 あれからひたすらスタージュエル生成の特訓をしていた恭二だったが、光球は毎回出てくるものの一向に固まる気配が無く、ただただ魔力を放出し続けただけに終わってしまう。

 全く進展のない結果に恭二は思わず溜め息を零した。また幸せが逃げてしまう。

 光もずっと声援を送っていたが、その甲斐虚しく時間が来てしまった。

 

 

 

「ごめんプロデューサー、アタシそろそろレッスンに行かないと」

 

 

「ああ……悪いな、あんな大見得切っといてこの有り様で」

 

 

「いいって、最初から上手くいく事の方が少ないし。出来るようになったらちゃんとアタシにも見せてくれよな!」

 

 

「……おう、約束だ!」

 

 

 

 落ち込んでいた恭二に光は励ましの言葉を送り、ニッと笑って見せ右拳を恭二の前に突き出す。

 担当アイドルに気を使わせてしまった事を心の中で悔やみつつ、向けられた厚意を有り難く受け取り同じように右拳を突き出し、コツンと互いのそれを軽くぶつけ合う。

 

 

 

「あんたたち、昨日会ったばっかなのにすごく仲良いわよね」

 

 

「「ヒーロー好きに悪い奴はいないからな!!」」

 

 

「あはは……何か納得したわ」

 

 

 

 三葉の問い掛けに2人は息ぴったりの返答。

 さすがの三葉もこれには何も言い返せない様子。

 

 

 

「じゃあそろそろ行くね」

 

 

「おう、また後でな」

 

 

 

 恭二に声を掛けた後ルームを出ようと出入り口まで駆けていく光。

 もうすぐといったところで出入り口の扉が勢い良く開き、光は驚いて急ブレーキをかけぶつかる直前で停止した。

 

 

 

「レイナサマの重役出勤よ! みんな崇め讃えなさい!」

 

 

 

 レイナサマのお声がルームに響き渡る。

 しかし、麗奈の求める讃美の言葉は聞こえてこず、辺りは静寂に包まれていた。

 光は驚きのあまりその場に固まってしまい全く状況を飲み込めずにいた。

 

 

 

「だ、誰?」

 

 

 

 そう思うのも無理はない。

 突然ルームに入ってきて讃えろだの何だの言ってふんぞり返っている同年代の少女がいきなり目の前に現れたのだから。

 三葉と菜々は何となく察してはいるようだが、突拍子もない行動に呆気にとられ、目を点にして同じく固まっていた。

 

 顔も声も知っている恭二は深く溜め息を零し呆れかえっている様子。

 無論、最初に静寂を破ったのは恭二だ。

 

 

 

「重役出勤って良い意味の言葉じゃないからな、むやみやたらに使うなよ」

 

 

「遅くなったのを偉そうに言いたかっただけだし、意味もちゃんと分かってるから問題ないわ!」

 

 

「お前の態度には問題あるけどな」

 

 

 

 恭二のツッコミが冴え渡る。

 

 

 

「レイナサマって事は君がアタシの相棒になる小関 麗奈ちゃん?」

 

 

「ちゃん付けなんてやめなさいよ気持ち悪い、呼ぶなら様付けよサ・マ・付・け。で、相棒って何の話?」

 

 

 

 恭二が話し掛けた事で空気が和らぎ、光も勇気を出して声を掛ける。

 初っ端からそうだったが麗奈のやたら傲慢な態度と口振りに、さすがの光も眉間に皺を寄せていた。

 

 

 

「あぁ、アンタがアタシの手下候補のマギカなのね。これからアタシの野望の為に働ける事を光栄に思いなさい! アーッハッハッハ……ゲホッゲホッ」

 

 

「なっ、手下だって!? アタシはヒーローを目指してるんだ! 悪い奴の手下になんかならないぞ!」

 

 

「ちょっと恭二、麗奈ちゃんはいい子って言ってなかった?」

 

 

「性根はいい子なんだよ、いやホントに。ただここまで悪役キャラ立ててくるなんて思わなかったんだよ」

 

 

 

 昨日恭二からマギカ関連の話を聞いていた麗奈は、相棒 という言葉からその事だと察し、これでもかと言わんばかりの悪人面をしながらまたふんぞり返って高笑いを上げた。勿論むせた。

 手下と言えば悪の組織しか出てこないであろう、光はこれに猛反発。高笑いする麗奈を睨み付けた。

 2人の視線はバチバチにぶつかり合う。

 

 聞いていた話と違うと三葉が恭二に問い詰めるも、恭二もこの展開は予想外だったようで、額に手を当てながら困り果てている様子。

 

 光と麗奈、2人の第一印象は互いに最悪だった。

 

 

 

「まあまあ皆さん落ち着いてください。クッキーを焼きましたから、この辺りで少し休憩にしませんか?」

 

 

 

 ここまでずっとなりを潜めていた菜々が、焼き立てクッキーを盛り付けた大皿を手にキッチンスペースから姿を現した。

 場の雰囲気なぞ知らんと言わんばかりの満面の笑顔、まさに空気など読むなを体現しているかのようだ。

 

 

 

「アタシの為にお菓子を用意するなんて殊勝な心掛けね。アンタも手下にしてあげるわ!」

 

 

「お菓子はみんなで食べるんですよ。その方が美味しいですし」

 

 

「他のヤツらはアタシが食べきれなかった分をひもじく分ければいいのよ!」

 

 

「じゃあ麗奈ちゃんの分は無しですね」

 

 

「えぇ!? ちょ、待ちなさいよ!」

 

 

 

 こんがりと焼けたバターの香り。そしてふわりと漂う甘い匂いに誘われて皆が集まってくる。

 恭二と三葉はピリピリとした空気を変えてくれた菜々に心の中で感謝していた。

 

 お菓子となれば子どもたちは食らいつくもの。

 麗奈は我先にと菜々の元に一番にたどり着き、相も変わらず傲慢な態度をとった。

 が、菜々はこれに一歩も退かず、まるでクッキーを人質にとるような言い回しで麗奈を翻弄。自分の分だけ無くなると聞き慌てふためいて、麗奈は菜々に食い下がった。

 

 

 

「分かったわよ! みんなで分ければいいんでしょ!」

 

 

「分かればよろしいっ」

 

 

 

 この反応に菜々も満足した様子。

 麗奈は納得していないようだが、思いの外すんなりと菜々の要望を受け入れている。

 

 

 

「……と、まぁ、ちゃんと話せば分かってくれる子なんだよ」

 

 

「いや、あれは菜々ちゃんがすごいんだと思うわよ」

 

 

「……俺もそう思う」

 

 

 

 改めて菜々のスペックの高さを実感した2人は、菜々に誘われるがまま団欒スペースへと歩いていく。

 これからレッスンと言った手前、光は素直に向かう事が出来ず、しかし鼻孔を擽る甘い匂いに足は固まったまま動こうとしなかった。

 その表情からも誘惑と戦っている事が見て取れる。

 

 

 

「光ちゃんも一緒に。トレーナーさんには私の方から事情を伝えておきますから、安心してください」

 

 

「え……いいの?」

 

 

「もちろんですよ♪」

 

 

 

 ここで菜々から助け船が出され、光の表情は明るいものに変わり、固まっていた足も床から剥がれ皆の元へと駆けていった。

 

 テーブルに出されたクッキーを囲むように各々ソファーに腰掛け、思い思いに手を伸ばし安らぎの時間と甘いお菓子を食していく。

 その間にも菜々はお給仕を率先して行っていた。

 光と麗奈にはオレンジジュースを、恭二と三葉にはコーヒーをそれぞれいれて配給していった。

 コーヒーサーバーから淹れたコーヒーだったので、恭二は少し不満げだったが、この時間を思えば些細な事であろう。

 

 

 

「ほら、アンタもチョコ味のヤツ食べなさいよ」

 

 

「え? あ、ありがとう……」

 

 

 

 向かい側のソファーに座っている光に、麗奈はダイヤの形をしたチョコ味のクッキーを差し出す。

 光は戸惑いながらそれを受け取り、頬張った。

 

 

 

「アンタ蜂蜜バター味ばっか食べ過ぎなのよ。アタシだってそれ食べたいんだから」

 

 

「ご、ごめん……」

 

 

「分かったら1つよこしなさい」

 

 

 光の戸惑いは増すばかり。言葉は刺々しいが先程までの悪役ぶりがまるで嘘のよう。

 同じように光もハート型の蜂蜜バター味のクッキーを1つ取り、麗奈に差し出した。

 その様相に満足したのか、麗奈はニマッと妖しげな表情を浮かべながら、差し出されたクッキーをかすめ取り口の中に放り込んだ。

 

 

 

「やっぱり手下から献上されたクッキーは格別に美味しいわね!」

 

 

「なっ!? だからアタシは手下になんて!」

 

 

 

 クッキー1つで大騒ぎである。

 

 

 

「あっという間に仲良しさんですねぇ」

 

 

「さすが菜々さん、オカン力が高い」

 

 

「だぁれがオカンですかぁ!!」

 

 

 

 手下だヒーローだと騒ぎ立てる2人を見て、目を細めて和む菜々。

 そこに恭二がポツリと一言零す。

 歳を気にしている菜々にとって聞き捨てならない台詞に、持っているお盆を振り上げて怒りを露わにしていた。

 

 勿論本気で怒っている訳ではない。冗談だと分かった上でリアクションを取っているに過ぎない。

 だが恭二にとっては嬉しい反応だった。

 普段ツッコミばかりの恭二がボケに回ったのは、菜々との距離を縮める為。

 いきなりデリケートな部分に触れてしまったかと、不安に思っていた様子も伺えたが、以前テレビで見た菜々のキレ芸(?)を拝む事ができ、それも杞憂に終わったようだ。

 

 



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武士(もののふ)の血統

1年以上お待たせしてしまい、本当に申し訳ありませんでした。
調子の良い日に少しずつ書き進め、ようやく納得のいくところまで書き上がりました。
今後も長い間お待たせする事があると思います。
どうか首を長くして待っていていただければ幸いです。

また、アイドルたちの年齢や学年を都合上前後しております。
ご了承ください。


「「ごちそうさまでした!」」

 

 

「お粗末様でした」

 

 

 

 沢山あったクッキーも、皆で談笑しながら食べていればあっという間になくなっていた。

 光と麗奈はお行儀良く両手を合わせ、美味しいお菓子と作ってくれた菜々に感謝の言葉を贈った。

 妙なところで息ピッタリな2人である。

 

 

 

「ちょっと、マネしないでよ」

 

 

「食べたらごちそうさまって言うのは当たり前だろ?」

 

 

 

 そして再びいがみ合う2人。

 お皿やコップを片付けながら、菜々がまたお節介を焼きにいく。

 

 

 

「一緒にお菓子を食べた仲なんですから、些細な事で喧嘩しないの。2人とも、お腹が落ち着いたらレッスンに向かってくださいね」

 

 

「「はーい」」

 

 

 

 2人の間に割って入り注意喚起を促す菜々からは、兄弟喧嘩を宥める母親のような雰囲気が感じ取られ、2人は大人しく身を引いた。

 光は無用な争いはすべきではないと納得している様子だが、麗奈は相変わらず菜々の言う事に従うのは不服なようだ。

 

 

 

 

 

 そして数分後、三葉のスマホが鳴った。

 着信相手を確認した三葉は、ソファーから立ち上がって電話に出る。

 何とかスタージュエルを生成出来ないかと、ソファーに座ったまま試行錯誤していた恭二だったが、姉のスマホから漏れた少し高めの男性の声が耳に入り、少しばかり集中力を欠いていた。

 

 

 

「姉さん、今の電話の相手……もしかして彼氏?」

 

 

 

 通話が終わり戻ってきた三葉に、恭二は恐る恐る、しかして僅かな希望も持ちつつ訪ねた。

 

 

 

「んな訳ないでしょー。うちのプロデューサーで、あんたの先輩に当たる子よ」

 

 

「何だ違うのか」

 

 

「ん、何よ?」

 

 

「いや、姉さんもいい歳なんだしそろそろいい人見つけ──」

「シバくわよ?」

 

 

「……はい」

 

 

 

 最初は笑顔で受け答えしていた三葉だったが、年齢の話になった途端冷酷とも言えるオーラを放ちながら恭二を威圧する。

 反省したのか恐怖したのか、恭二は萎縮せざるを得なかった。

 恭二は27、三葉はその姉。あまり触れてはいけない。

 

 

 

「話戻すけど、今話してた子はあやめちゃんのプロデューサーなのよ。今日ちょうど担当の子たちのレッスンを見る日で、上の階のレッスンルームにいるみたいだから、あんたも光ちゃんたちと一緒に行って挨拶してきなさい」

 

 

「分かった。けどスタージュエルを出す練習はもういいのか?」

 

 

「実際に見た方が参考になるでしょう?」

 

 

「なるほど、確かに」

 

 

「挨拶ついでに色々教えてもらいなさいな」

 

 

 

 スマホを片した後上の階と言って天井を指差し、世話焼きの姉っぷりを発揮する三葉。

 こういった率直な厚意は恭二も有り難く思っており、素直に受け入れるようにしている。

 

 

 

「ねぇ、社長のアンタ」

 

 

「ん、何麗奈ちゃん?」

 

 

 

 姉弟2人の間に割って入る麗奈。

 2人の話の内容が気になった、という訳ではなさそうで、その視線は三葉にのみ向けられていた。

 

 

 

「アタシたち、どっかで会った事ない?」

 

 

「ん? 今日が初対面だと思うけど……」

 

 

「そう……ならアタシの気のせいかしらね」

 

 

 

 三葉の答えを聞いてアテが外れたのか、麗奈はすんなり引き下がった。

 この問い掛けと反応に三葉は一瞬眉を寄せた。

 

 

 

「それじゃアタシたちはそろそろレッスンに行くわ。ほら、アンタたちもこのレイナサマに続きなさい!」

 

 

「何でお前が仕切ってんだよ、てか場所わかんねーだろ」

 

 

 

 恐ろしい切り替えの早さ、真剣な目で話をしていたかと思えばルームに入ってきた時と同じようなノリで見栄をきる。さすがはレイナサマ。

 菜々と談笑していた光はソファーから立ち上がり、行って来ます と一言伝え麗奈について行く。

 恭二も不服そうにツッコミを入れながらも、同じように麗奈に続き、結局麗奈が先頭のまま3人はルームを後にした。

 

 2人になったところで菜々が三葉に訪ねた。

 

 

 

「三葉さん、本当に麗奈ちゃんとは?」

 

 

「ええ、今日が初対面よ。メディアにはそんなに顔を出してないからテレビや雑誌で見たって事もないでしょうし、何より麗奈ちゃん自身“会った”って言ってたから、偶然街ですれ違ったとも考えにくいわ」

 

 

「麗奈ちゃんは一般の方ですから、芸能関係でもないですよね。だとすると……」

 

 

「またまきのんに頼るしかなさそうね」

 

 

 

 

 

 ━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

 -328プロ3階レッスンルーム-

 

 

 

「失礼しまーす」

 

 

「レイナサマのご登場よ! みんな跪きなさい!」

 

 

「部屋入る度毎回やんのかそれ……」

 

 

 

 一応3人揃ってレッスンルームに入るが、麗奈は相変わらずの態度のデカさ、恭二も呆れ半分である。

 

 レッスンルームにはダンスレッスンに励む2人のアイドルと、それを後方から眺める細身の男性の姿があった。

 恭二はその男性が先ほど三葉が話していた電話の相手だとすぐに分かった。

 

 

 

「いらっしゃい。光ちゃんに麗奈ちゃん、それから恭二君、だね。三葉さんから話は聞いているよ」

 

 

 

 その男性は3人に気付くと笑顔で迎え入れてくれた。

 スラッとした体型に爽やかなルックス、焦げ茶色の整ったショートヘアと真っ直ぐな黒い瞳、もう彼がアイドルなのではないかと疑ってしまうくらいだが、残念ながらプロデューサーである。そして胸元には三つ葉のブローチが煌めいていた。

 

 

 

「僕は上杉 景一。恭二君と同じマギカのパートナーだよ。よろしく」

 

 

「ああどうも、芦原 恭二です、恐縮です。……上杉……?」

 

 

 

 差し出された手を握り返したところで、恭二は彼の苗字に興味を示した。

 言葉が一瞬途絶えた事で、景一は少し顔を俯かせる。

 

 

 

「上杉って、あの上杉謙信の血統ッスか!?」

 

 

「……え?」

 

 

「いや、“けいいち”って事は多分上杉景勝の“(かげ)”って字ですよね!? 俺戦国系のゲームめっちゃ好きで!」

 

 

 

 景一が浮かない表情をしている事に目もくれず、1人で子供のように大はしゃぎしていた恭二だったが、キョトンとした景一の反応に気が付いたようで、冷や汗を流しながら目を泳がせていた。

 恭二のやらかした感満載のリアクションを見た途端、景一は耐えきれず笑い出した。

 ヤバいと思い一歩身を引く恭二だったが、景一からキツい言葉は返ってこなかった。

 

 

 

「大丈夫、怒ってないよ。それにしても景勝まで出てくるなんて驚いた、その名前は久しぶりに聞いたよ。よほど戦国時代が好きなんだね」

 

 

「はい! 学生時代はそりゃもう朝日が登るまで夜通しやり込んでました! あ、1人で盛り上がってすみません」

 

 

「いいよ気にしなくて、周りにはそういう子多いし慣れてるから。それに、そっち方面で来てくれた方が僕もありがたい」

 

 

「? どういうことですか?」

 

 

 

 景一は少し考え込んだ後、恭二に訪ねた

 

 

 

「恭二君、政治……公民の成績ってどんな感じだった?」

 

 

「公民、ですか? えっと、政治とか貿易とかそういうのは苦手分野でしたね」

 

 

「そっか、ならいいんだ。気にしないで」

 

 

 

 そう言われても恭二は気になって仕方がない様子で、首を傾げて考えるも答えは出ないままであった。

 

 一方、光と麗奈はダンスレッスンをしていた2人のアイドルの元へ向かっていた。

 1人はあやめ、もう1人は光と同じくらいの身長の小柄な少女。

 

 

 

「あ、昨日の忍者かぶれ」

 

 

「かぶれではありません、れっきとした忍者です」

 

 

 

 麗奈があやめを指差し少しばかり驚いているところ、光ともう1人の少女は元気にハイタッチしていた。

 

 

 

「光ちゃん、昨日ぶりですな!」

 

 

「珠美ちゃん、昨日はありがとうな!」

 

 

「あれくらいお安い御用です」

 

 

「何アンタたち、知り合い?」

 

 

「昨日の体験レッスンで色々教えてくれた珠美ちゃん。ダンスが上手で演技もすごいんだ!」

 

 

 

 麗奈が2人に訪ねると、何故か光は自分の事かのように嬉しそうに紹介する。

 珠美と呼ばれた少女は改めて自己紹介する為、フンッと胸を張った。

 そこにあやめも並び立つ。

 

 

 

「私は脇山 珠美です。お2人の先輩アイドルに当たる16歳の高校2年生ですぞ」

 

 

「わたくしも改めて。浜口 あやめです。珠美殿とは同期で、学年は高校1年生です」

 

 

 

 2人は笑顔で光と麗奈を迎え入れた。

 光は目を輝かせていたが、麗奈は珠美を怪訝な目で見ていた。

 

 

 

「こっちの忍者モドキはともかく、

「忍者です」

 アンタ本当に高2? アタシや光と大して身長変わんないのに」

 

 

「身長と年齢は関係ありません! 珠美はれっきとした高校2年生です!」

 

 

「アタシからすれば年下の小学生にしか見えないわね!」

 

 

「な、ななな、なんですとぉー!!」

 

 

 

 たった3㎝の差だが、自分より背の低い珠美をこれ見よがしと煽り、ご満悦なレイナサマ。

 どう見ても安い挑発だが、身長を誰よりも気にしている珠美にとっては、どうしても聞き捨てならない模様。

 一触即発の空気にそれぞれの相方が制止を促す。

 

 

 

「珠美殿、落ち着いてください。見え透いた挑発に乗るのはらしくないですよ」

 

 

「ぐぬぬ……」

 

 

「麗奈も、先輩相手にいきなり失礼だろ?」

 

 

「フンッ、どいつもこいつもいい子ちゃんばっかりね」

 

 

 

 ひとまず場が落ち着いたところで、今度は光たちが自己紹介を始める。

 

 

 

「アタシは南条 光だ。13歳の中学2年生、昨日からこの事務所にお世話になってる。2人ともよろしくな! あ、よろしくお願いします」

 

 

「アンタ、アタシと同い年だったのね。アタシは小関 麗奈。コイツと同じ13歳の中学2年生よ。レイナサマと呼んで跪くといいわ!」

 

 

 

 いつも通りだがちゃんと先輩への敬意を忘れないように意識した光、それに対し麗奈はそんな気遣いの欠片も感じられず、変わらず傲慢な態度をとり続けていた。

 

 

 

「言葉遣いは気にしなくて構いませんよ。歳もそこまで離れている訳ではありませんし」

 

 

「てすがそこの生意気なレイナサマとやらは再教育が必要だと思いますぞ、あやめ殿」

 

 

「まあまあ珠美殿、そこは大目に見ましょう。わたくしたちは先輩アイドルなのですから、寛大に」

 

 

 

 珠美は納得いっていない様子だったが、あやめが馬を鎮めるかの如く宥め荒事にはならずに済んだ。

 そして4人は当初の予定通りレッスンを始めた。

 自然と珠美が光を、あやめが麗奈を見る形になった。

 

 

 

「じゃあ僕たちも始めようか。何か困っている事があるんだよね?」

 

 

「あ、はい……実は……」

 

 

 

 恭二は景一に事情を説明し、2人もパートナーとしての特訓を開始した。

 

 

 

 

 

 そして、1時間と少しが経った頃。

 

 アイドル4人はレッスンに一段落つき、汗を拭きながら談笑していた。

 普段から鍛えている光と違い、麗奈は息が上がっている様子。

 それでも珠美と口喧嘩をする余裕はあるようだ。

 

 そしてプロデューサー組はと言うと、相変わらず恭二が頭を抱えて唸っていた。

 景一が息をするようにスタージュエルを生成出来るのに対し、恭二の手からはただ魔力が溢れ出す一方だった。

 

 

 

「景一さんのを見れば俺も何かコツみたいなの掴めると思ったんだけどな……」

 

 

 

「こればかりは感覚の問題だから、手から出た魔力を掌の上で固めるイメージで何度もやってみるしかない、かな」

 

 

 

 うなだれる恭二を前にしても、景一は苦笑いを浮かべながらアドバイスする事しか出来なかった。

 

 ふと、腕時計に目をやる景一。どこかのブランド物っぽく高価そうに見えるがそれは置いておくとして、時間を確認した景一は珠美とあやめに声をかける。

 

 

 

「2人とも、そろそろ移動しようか」

 

 

「もうそんな時間ですか。光ちゃんたちと一緒ですと時間の流れを早く感じますね」

 

 

「何々? 別のレッスンしにいくの?」

 

 

「お仕事だよ。お昼過ぎからドキュメンタリー番組のロケがあるんだ」

 

 

 

 あやめが感慨に浸っていると、光が楽しげに話し掛けてくる。普段から鍛えているとは言え、まだまだ底が見えないスタミナである。

 そこに景一がアイドルたちに歩み寄り簡単に説明を入れた。恭二もそれに続く形で皆の輪に溶け込む。

 

 

 

「“江戸の下町、幕末を駆け抜けた武士たちの軌跡”という番組です。珠美にとっては夢のようなお仕事なんですよ!」

 

 

「でももうすぐ正午よ、お昼ご飯どうすんのよ?」

 

 

「少し早めに現場入りして、むこうでロケ弁を頂くんです」

 

 

「おお、ロケ弁! すごく芸能界っぽい!」

 

 

「間違いなく芸能界だけどな。いずれ光たちも食えるぞ、ロケ弁」

 

 

「余ったやつは持って帰っていいのよね!?」

 

 

「お、おう……許可が貰えたらな」

 

 

 

 最初にロケ弁に反応したのは光だったが、そこからがっついてきたのは麗奈だった。あまりの気迫に恭二も一歩二歩と後ろにたじろいだ。

 

 

 

「では、珠美たちはそろそろ行きます故。2人ともまたどこかで会いましょう!」

 

 

「いってらっしゃい、珠美ちゃん! あやめさん!」

 

 

「……あやめ殿はさん付けなのですね……」

 

 

「ロケ弁、沢山貰えるといいですね、麗奈ちゃん」

 

 

「なっ、別にアタシがお腹いっぱいになるまで食べたい訳じゃないんだからね!」

 

 

 

 笑顔で手を振り2人を見送る光、しかし放たれた台詞から後輩からの評価に相方との格差を感じてしまった珠美は、溢した言葉こそ小さく周りに聞こえない程度だったが表情にはしっかりと現れてしまっていた。

 一方麗奈はツンデレ食いしん坊キャラのテンプレのような台詞をあやめに返し、まるでそんなキャラとして定着させようとしているようだった。無論そんなキャラではないのだが。その意図を知ってか知らずか、あやめは終始ニコニコと楽しそうに笑っていた。

 

 

 

「お疲れ様です、先輩」

 

 

「そんな急に畏まらなくてもさっきみたいに景一でいいよ。諦めずに頑張ってね、恭二君」

 

 

「! はい!」

 

 

 

 ここは礼儀正しくするべきだと判断した恭二は姿勢を正しお辞儀をするが、対する景一はくすりと笑みを溢し温かい言葉と共に歩み寄り小さく拳をつきだした。感極まった恭二はそれに応えプロデューサー同士熱いグータッチを交わし、景一たち一行はレッスンルームを後にした。

 

 

 

「ねぇ、いい時間だしアタシたちもお昼にしない?」

 

 

 

 そう切り出したのは麗奈。実際正午を回ったところだ。

 

 

 

「そうだな。社内食堂とやらもどんな所か気になるし、俺たちも飯にしようか」

 

 

「やったー!」

 

 

「ここ、ハンバーガーあるかな?」

 

 

「あるとは思うがシャイニンガーのオマケは無いと思うぞ」

 

 

 

 ササッと後片付けを済ませレッスンルームを後にした3人は、何が食べたい、あれが好きこれが嫌い、などなど話に花を咲かせながら1階の社内食堂へと向かっていた。

 

 

 

「いっそマックリアが事務所の中に入ってくれないかなぁ」

 

 

「どんだけそのヒーローの玩具が好きなのよ、くだらないわね」

 

 

「麗奈からすればくだらない玩具かもしれないけど、アタシにとっては思い入れの強いアイテムなんだ。これだってプロデューサーとヒーローについて語り合った思い出が詰まってるんだ」

 

 

 

 光はおもむろにウエストポーチからそのヒーローの玩具を取り出し、掲げ眺めた。自分の好きを見たり語ったりする時、いつだって少女の目は輝いている。

 

 

 

「それ、昨日のか。いや、好きなのは分かるけど、さすがに荷物にしかならなくないか? 大事なものなら家に置いといた方がいいだろ?」

 

 

「大事なものだからこそ、肌身離さず持っていたいんだ。家に置いておくのが不安って訳じゃないんだけど、アタシがヒーローになったあの日に、アタシをヒーローにしてくれたプロデューサーがくれた、初めてのプレゼントだから……だからこれは“特別”なんだ」

 

 

 

 眺めていたヒーロー玩具を胸元まで降ろし両手で大事そうに握りしめると、思いのうちを語った後に顔を上げ少し気恥ずかしそうにしながら、その“特別”をくれた相手にはにかんで見せた。

 

 

 

「そっか。その考え方、俺は嫌いじゃないぞ」

 

 

「子供っぽいわね……」

 

 

「いずれはプロデューサーと一緒に全種類集めたいって思ってるんだ。それに、最初の1個目はこれって決めてたんだ! 本編第1話で初めてシャイニンガーが変身した時にベルトに装填された変身アイテムで、以降も長きに渡って使われるいわゆる基本フォームの――」

「ああもう! アタシの理解できないヒーローバカ話はやめなさいよね! さっさとお昼ご飯行くわよ!」

 

 

 

 1度高揚した気持ちを抑えるのはなかなか難しい事で、光が自分の気持ちや考え方を肯定され嬉しくなり熱く語りだしたところで、麗奈が強引に話をぶったぎる。先程よりも大きくドスドスと足音を立て先々進んでいく様から、よほど2人だけの話が気に入らなかったのだろう事がみてとれる。顔を合わせた恭二と光は、互いに苦笑いを交わし麗奈の後をついていった。

 

 

 

 



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初出撃(ファースト・スクランブル)! 昼下がりに迫る影

 

 

「……何これ、神……舌がとろけてどうにかなりそうだわ」

 

 

「普通の牛丼温玉乗せでそこまで喜んでくれんのか、こりゃ奢った甲斐があるな」

 

 

 

 麗奈の提案通り社内食堂で昼食を取る恭二たち。麗奈は牛丼、光はオムライス、恭二はラーメンと三者三様だ。

 まるでこんな美味しい物は初めて食べたと言わんばかりに、今日一番の笑顔を見せる麗奈。レッスンで疲れた体にはより一層染み渡るだろう。それは光も同様で華麗なスプーン捌きから見てとれる。

 

 

 

「麗奈って牛丼が好きなのか?」

 

 

「牛丼はコスパ最強なのよ! 何より肉よ肉! そこに日本の誇りである米、ピリッとアクセントを効かせる紅生姜、更には温玉まで乗ってるのよ! これが人の金で食べられるとか最高じゃない!」

 

 

「おい言い方」

 

 

「そう言うあんたはオムライス? お子ちゃまね。せっかく奢ってもらえるんだから、もっと良いもの頼みなさいよ」

 

 

「今日はオムライスの気分だったからいいんだよ。……値段は同じくらいだったような……」

 

 

 

 牛丼について語る麗奈からは言葉は悪いながらも、ヒーローを語る光に勝るとも劣らない熱量を感じ取れる。しかし、そこからオムライスをディスりにいったのはよろしくない流れ。牛丼を食べている割りばしで差された光は少し不機嫌そうにオムライスを口に運ぶ。ちなみに大盛オムライス、温玉乗せ牛丼、共に380円(税込)である。

 

 

 

「飯ん時くらい喧嘩すんなよ。飯の時間は“旨いもん腹一杯食って幸せになる時間”なんだぞ」

 

 

「しょうがないわね、最高に美味しいこの温玉乗せ牛丼に免じて、今日……は……っ!」

 

 

 

 恭二がラーメンをすすりながら古臭い台詞を吐き捨てると、麗奈は満足げに納得したかに思えた。だが何を思ったのか、両手をダンッとテーブルに叩き付け身を乗り出し恭二に詰め寄った。

 

 

 

「何、で、パパの口癖……いつ、どこで!」

 

 

「どうしたんだよ急に、まぁ落ち着けって。これは俺のじいちゃんが昔からよく言ってた台詞で、俺もたまに使うんだよ。所謂受け売りってやつ。古臭い大人ならだいたい似たような事言うだろ?」

 

 

「……まぁ、そうね……またアタシの勘違いみたい、悪かったわね……」

 

 

 

 しおらしくどこか寂しげに身を引いた麗奈は再び牛丼に箸をつける。淡々と、そしていつも以上に冷静に説き伏せる恭二。思うところはあったのだろうが、自分が打ち出した矜持に則りこちらも再びラーメンに舌鼓を打つ。しかし2人のやり取りを見ていた光は少し気まずそうだった。

 

 

 

「なぁプロデューサー、大丈夫なのか?」

 

 

「何も心配しなくていい、台詞が被ったのはただの偶然だからな。それよりもほら、飯が冷める前に食べちまおうぜ」

 

 

 

 うん と不安げに返事をする光。恭二はそんなうつむき加減な彼女の頭をそっと撫でてやり、食事を続けるよう促した。

 

 

 

 

 

 ━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

「いや~、カップ麺なんて久々の贅沢です~」

 

 

「恭二のナポリタンも美味しいけど、こっちも捨てがたいわねぇ」

 

 

「……簡単に済ませるなら大豆バーが至高です」

 

 

「あら、今日はまきのんが大人しいわね。いつもならちゃんとした食事をー、とか言ってきそうだけど」

 

 

「このルームで昼食を済ませなければいけない以上、インスタント食品には感謝せざるを得ませんから」

 

 

 

 所変わって恭二たちのプロジェクトルーム。麗奈の所属手続きも終わってマキノも合流し、三葉・菜々の3人で昼食をとっていた。カップ麺をすする2人を尻目に大豆バーを頬張りながら、片手でノートPCをカタカタと操作するマキノ。昼休憩の時間でも彼女の手が止まる気配はない。

 

 

 

「それで、麗奈ちゃんのお母さんは?」

 

 

「お疲れのようでしたので、今は別室でお休みいただいています。所属手続きは完了しました」

 

 

「ありがとう。私と麗奈ちゃんの接点で何か分かった事は?」

 

 

「確定事項ではありませんが可能性として1つ……」

 

 

 

 大豆バーを食べ終えたマキノは両手でノートPCを操作し、麗奈に関する情報をまとめたページを画面に映し出す。カップ麺をすすりながらマキノの左右に三葉と菜々が移動する。

 

 

 

「いつの間にマキノちゃんに麗奈ちゃんの事伝えてたんですか?」

 

 

「菜々ちゃんが事務仕事してる間にちゃちゃっとメールでね。まきのんなら所属手続きしながらの情報集めなんて造作もない事よ」

 

 

「ほぇ~、三葉さんもマキノちゃんもすごいですねぇ」

 

 

「2人とも食べるか話すかどちらかにしてください」

 

 

「すみません……」

「ごめんねまきのん」

 

 

 

 2人の謝罪の言葉がマキノに向けられるが、しおらしく反省しているのは1人だけの様子。どちらが、とは言うまでもない。

 ほぼほぼ食べ終わったカップ麺を机の端に揃えて置き、2人が改めてマキノのノートPCの画面を覗き込もうとした、その時だった。

 

 

 

 -ヴィーン、ヴィーン、ヴィーン-

 

 

 

 警報のようなはたまたサイレンのような、危機感のある音がプロジェクトルームに鳴り響いた。

 

 

 

「な、なんですか!? 火事ですか地震ですか不審者ですかぁ!?」

 

 

「菜々ちゃん落ち着いて。それでまきのん、この警報音は?」

 

 

「今朝届いた“博士”の新作、広域探知レーダーの音です。ここから出来るマギカへのサポートを手厚くする為にと頼んでおいたのですが……音とこの画面から察するに恐らく……」

 

 

 

 慌てふためく菜々の両肩を掴んで宥めた後、三葉は事を知っていそうなマキノに問い掛けた。マキノはどこぞのなにえもんこと“博士”の新しい秘密道具を簡潔に説明した後、ノートPCにデカデカと赤く表示されたALERTの文字を見せ表情を引き締めた。

 

 

 

「ゴースト……!」

 

 

「まきのん、景一君たちの居場所わかる?」

 

 

「珠美、あやめの2人はロケの最中で景一さんも付き添う形で一緒にいます。しかし、ゴーストの出現位置からは少し遠いですね……後の2人はこの土日で地元に帰省中、東京に戻ってくるのは夕方頃の予定です」

 

 

「敵の数は?」

 

 

「推定40弱、強力な個体はいないようですが、これから数を増やす可能性があります」

 

 

「光ちゃん1人で40はさすがに不安ね、昨日の今日だし……景一君には隙を見て抜け出すように伝えて。あと念のため伏見さんとサイバーさんのところに応援要請お願い」

 

 

「了解です」

 

 

 

 ゴーストの出現を確信した2人は、アイドル事務所の社長と経理から対ゴースト対策室の戦う女性へと雰囲気が変わった。三葉は必要な情報をマキノから聞き出すと的確に指示を出し、マキノはそれを迅速にこなしていく。2人の変貌っぷりとゴーストの出現にその数を聞いてアワアワと困惑している菜々。それでも自分はこの人たちと同じ土俵で活動するのだからと改めて気を引き締めると、スマホ片手にノートPCを操作するマキノを横目に菜々は三葉に尋ねた。

 

 

 

「あの三葉さん、伏見さんとサイバーさんっていうのは……」

 

 

「うち以外でマギカアイドルが所属してる事務所よ。伏見(243)芸能事務所さんとサイバーエンターテイメント(318ENT)さん。伏見さんはここ1年くらいで一気に知名度上がったところだし、サイバーさんは出来て間もない新進気鋭の事務所だから、菜々ちゃんが知らないのも無理ないわね」

 

 

「なるほど……」

 

 

 

 と、他事務所の説明をしつつポケットからスマホを取り出しタタタッと操作した三葉は、それを菜々に手渡すべく差し出した。

 

 

 

「菜々ちゃん、恭二とは連絡先交換してなかったわよね? 私のスマホ使っていいから、光ちゃんたちとここに来るよう伝えてくれる?」

 

 

「はい、わかりました!」

 

 

 

 スマホを受け取った菜々はハキハキと芯のある意志が感じられる声で返事をし、そのまま通話アイコンをタップして恭二に電話をかけた。

 

 

 

 

 

 ━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

 社内食堂で昼食を済ませた3人は、席に座ったまましばしの歓談タイムを楽しんでいた。

 

 

「午後からもやっぱりレッスンなのかな?」

 

 

「多分な。しばらくはレッスン漬けになるだろう。アイドルとしてデビューする訳だし、少なくとも人様に見せれるレベルまでは仕上げないとな」

 

 

「デビュー前でもちゃんとお給料出るわよね?」

 

 

「おう、ちゃんと出るぞ金の亡者よ」

 

 

 

 先輩たちはロケに出て自分たちは午後からどうするのだろうと気になった光は、恭二になんとなくの予想も含めて尋ねてみた。だいたい予想通りの回答が返ってきたところに麗奈ががめつい質問を被せていく。ぶれない麗奈に恭二はフッと小さく笑みを溢すと、冗談交じりに正しい情報を伝えた。そんな折に恭二のスマホが鳴った。“姉”と表示された画面を見た恭二は通話アイコンをタップしフランクな態度で電話に出た。

 

 

 

「あ、姉さん? 次どうしたらいいか今から聞きに行こうかと思ってたんだけど──」

 

 

『あの、ナナです』

 

 

「菜々さん!? え、何で姉さんのスマホから!?」

 

 

『緊急招集です、プロデューサーさん。光ちゃんを連れて一度戻ってきてください』

 

 

 

 姉が出てくるはずのスマホから菜々の声が聞こえ、恭二は驚いた勢いで思わず立ち上がってしまい、光と麗奈から怪奇の目で見られてしまう。しかし、スピーカーの向こうから聞こえてくる真剣で少し焦りも混じる菜々の言葉を聞き、恭二は凡その事態を察した。

 

 

 

「出たんですね」

 

 

『はい』

 

 

「わかりました、すぐ戻ります」

 

 

「プロデューサー、今の……」

 

 

「俺たちにしか出来ない仕事だ。行くぞ、ヒーロー」

 

 

「! おう!」

 

 

「ちょ、アタシも連れていきなさいよ!」

 

 

 

 恭二が菜々との通話を終えると、光がゆっくりと席から立ち上がり恭二の方へ向き直る。答えを待つ光に、恭二は真剣な面持ちで求められている言葉を投げ掛けた。意気が合ったところで2人はプロジェクトルームへと走り出す。ここで置いてきぼりになるまいと、麗奈も勢いよく席を立ち後を追った。

 

 そしてプロジェクトルーム。恭二と光がほぼ同時に、少し遅れて麗奈が入室した。麗奈はやや息切れしている様子。

 

 

 

「ゴーストの出現場所は!?」

 

 

 

 入ってきた恭二の開口一番がこの台詞である。

 

 

 

「ここから北西約4㎞地点、決して人通りは少なくないビル街です」

 

 

「4㎞……走っていくにはさすがに遠いし、タクシー呼ぶってのも……」

 

 

「それなら大丈夫。みんな付いてきて」

 

 

 

 マキノが冷静に受け答えすると、恭二は顎に手を添えて困ったように思考を巡らせる。そこに三葉が一声。何をすれば、どうしたらいいかと蚊帳の外気味だった他の面々にも目配せし、プロジェクトルームの奥、その片隅に用意されたパーティションで囲われている小さな会議スペースへと誘導した。

 

 

 

「ここなら入り口からは見えないし、絶好の隠し場所なのよ」

 

 

 

 会議スペースに入ってすぐの壁に小さくて白黒のシンプルな壁掛け時計があった。その前に移動した三葉はそれを両手で掴むと、左に90°、右に30°、そして最後に左に180°回転させた。

 マキノ以外の全員が驚いていた。会議スペースにあったテーブルと椅子は床ごと地下へ沈んでいき、更にそこへガコンッと地下に降りる階段が現れたのだ。そして地下からは電脳空間を彷彿とさせる青白い光が溢れ出ている。

 

 

 

「すごい、本物の秘密基地だ!」

 

 

「アンタたちが好きそうな仕掛けだけど、これは素直にすごいとしか言いようがないわね……」

 

 

「まだまだここからよ」

 

 

 

 カンコンカンコンと足早に階段を降りていく三葉。マキノを先頭に他の皆も続いていく。

 現れたのはまさにヒーローたちの秘密基地。全体的に青白い光に照らされているその場所には、街全体が映し出された巨大なディスプレイと何かしらの機能が入っていそうな長いカウンターテーブル、そして小型ディスプレイとヘッドセットにバーチャルキーボードまで完備したデスクが2台置かれていた。

 三葉は全員が降りた事を確認すると、カウンターテーブルの側面に付いているタッチパネルに触れる。すると先程下ってきた階段の一部が沈んでいき、奥に収用されていたであろう会議スペースセットが入れ替わる形で現れ、元あった場所へと戻っていった。

 

 

 

「328プロゴースト対策室、ここがその地下本部よ。本当はアイドルのレッスンと並行して順々に説明していきたかったんだけど、今は急ぎよ。恭二、マギデバイスをマキノに渡して」

 

 

「お、おう、わかった」

 

 

 

 いつにも増して真剣な態度を取る三葉に対し、やや押され気味になったのかしどろもどろな返答をしてしまう恭二。言われた通りマキノにマギデバイスを渡すと、マキノはデスクの1つに腰掛けバーチャルキーボードを起動。受け取ったマギデバイスをデスクに置き、テテテテと素早いタイピングで更に何らかのプログラムを起動すると、マギデバイスにレーザー照射が行われた。

 

 

 

『OPERATION-LINK.SET UP』

 

 

 

 マギデバイスから流れた音声を確認したマキノは、デスクに座ったまま恭二の方へ向き直りそれを返却すべく差し出した。

 

 

 

「本部の通信システムとリンクさせました。これでここからのオペレートと相互通信が可能です」

 

 

「おぉ……! ありがとうマキノさん!」

 

 

「これが私の“仕事”ですから」

 

 

 

 恭二は何だか少しバージョンアップしたように感じるマギデバイスを受け取った。オペレートやら相互通信やら、男子の好きそうな言葉が並び恭二もテンションが上がっている様子。お礼を言われたマキノはこれくらいさも当然と言わんばかりにクールに眼鏡を持ち上げたが、その表情はどこか誇らしげにも見えた。

 

 

 

「それで、ここからゴーストのところへはどうやって行くんだ?」

 

 

「恭二って中型バイクの免許持ってたわよね」

 

 

「え? ああ、うん。持ってるけど……乗り回してたの上京する前だし、麗奈も連れていくとなると定員オーバーだろ?」

 

 

「定員は大丈夫よ。ブランクは気合いで何とかしなさい」

 

 

「えぇ……」

 

 

 

 恭二が改めて三葉に移動手段を尋ねるとバイクがどうのと言う話になり、乗らなくなって久しい恭二は三葉の無茶振りにも思える台詞に不安げな表情を浮かべた。

 デスクに座ったまま話に耳を傾けていたマキノは、再びバーチャルキーボードを操作し始めた。

 

 

 

「ガレージB-2M、接続します」

 

 

「さすがまきのん、わかってるぅ♪」

 

 

 

 三葉の指示を先読みし基地内のシステムを操作するマキノ。降りてきた階段とは反対側の壁が自動ドアのように左右にスライドして開き、機械的で物々しいシャッターが姿を現した。ガレージとやらが繋がったのかガコンッと音が鳴り、ゆっくりとシャッターが開いていく。

 その先にあったのは黒基調に渋く輝くサイドカー付きの中型バイク。型は古そうに感じるが随所にチューンナップした形跡が見て取れる。

 

 

 

「おぉ! かっこいい! ここから出撃するんだな!」

 

 

「なかなか厳ついバイクじゃない。アタシはこっちのサイドカーに乗るわ」

 

 

「カワサキ 350SS マッハⅡ メタルブラックカラー サイドカー付きバージョン……!!」

 

 

「……アンタ、バイクも詳しいの?」

 

 

「いや、ちょっとかじった程度だぞ」

 

 

 

 ヒーローと言えばお約束のバイク。今風ではないレトロな雰囲気を醸し出しているバイクだが、新旧全てのヒーローを愛する光にはそのレトロ感さえかっこいいと感じるようだ。いの一番に駆け出した光とサイドカーを指差しどこか満足げな麗奈。その後ろでやや説明口調気味にバイクの型番を口に出し、宝物を見つけた少年のような表情を見せる恭二。詳しくはないと答えた事から、この型番のバイクに特別な思い入れがある事は想像に容易い。

 

 

 

「3人共ヘルメットを着用しバイクに搭乗してください。準備が出来次第発車シークエンスを開始します」

 

 

「了解!」

「わかった!」

「わかったわ」

 

 

 マキノが冷静に指示を飛ばすと3人共元気よく返事をした。

 ガレージの壁には多種多様なヘルメットが掛けられており、恭二はバイクと同じ色のフルフェイス、光は銀色のシールド付きジェットヘルメットをそれぞれ被りバイクに跨がる。麗奈は白いオフロードヘルメットを一度被るが、余りの重さに体がふらつきバタンッと倒れてしまう。さすがに体に見合わないと自覚したようで、不機嫌そうにしながら被っていたヘルメットを元に戻し、グレーのスモールジェットヘルメットを被りサイドカーに乗り込んだ。

 

 

 

「菜々ちゃん、もうすぐ出番だからデスクに座ってシステム起動しておいて」

 

 

「あ、はい!」

 

 

 

 地下に降りても手持ち無沙汰だった菜々がお茶でも淹れようかと考えていた時、三葉が菜々に準備するよう指示を出し菜々もそれに従い空いているデスクに腰掛ける。

 

 

 

「シャッター閉鎖確認。ガレージを発車レーンに移動、接続。正面ゲート開放。ガイドライト点灯。異常無し」

 

 

 

 ヘッドセットを装着したマキノは今一度バーチャルキーボードでシステムを操作する。マキノの声はヘッドセットを通してガレージ内にも響いている。

 シャッターが閉まりガレージと地下本部が隔たれたところで、恭二たちのいるガレージが動き出す。バイクの正面の壁がこれまたスライドして開き、その先にある発車レーンは薄暗いトンネルのようだった。しかしすぐにライトが点いた事で視界は良くなり、地上へ出る為に途中から登り坂になっているのも確認できる。光と麗奈は動くもの、光るもの全てに目を奪われていた。

 

 

 

『恭二さん、エンジンをかけた後ハンドル中央の端子にマギデバイスを填めてください』

 

 

「了解。ハンドル中央の端子……これか」

 

 

『NAVIGATION-MODE』

 

 

 

 マキノの指示通りエンジン点火後にマギデバイスを接続、レーダーが起動され辺り一帯の地形が表示される。それと同時にヘルメットの中から声が聞こえてきた。

 

 

 

『これで本部からバイクの位置が確認できるようになり、ヘルメットに備え付けのマイクとスピーカーで通信も出来るようになりました。これなら運転の邪魔にはなりませんから』

 

 

「何から何までありがとうございますっと」

 

 

『発車シークエンスを再開します。ハッチ開放。追加スロープ展開、ロック確認。遮蔽物無し。進路クリア。システムオールグリーン。ホイールロック解除。発車どうぞ』

 

 

 

 発車レーンの到達点と思われる場所の天井が開き、昼下がりの太陽の光が差し込んでくる。機械的な明るさと自然の明るさで、発車レーンはより一層はっきりと見える。足りない分の道が足され出口まで繋がると発車の許可が降りた。

 

 

 

「光、しっかり掴まってろよ」

 

 

「う、うん」

 

 

 

 恭二の呼び掛けに答えるも光だって年頃の女子中学生。相手がプロデューサーと言えども男性の腰に手を回すとなるとやはり意識してしまう。少し遠慮がちだが光がちゃんと掴まった事を確認した恭二は、スロットルを握り締めた後これが言いたかったと分かるくらい高らかに宣言した。

 

 

 

「芦原 恭二、マッハⅡ、行きます!!」

 

 

 

 どこかで聞いたことのあるような台詞を吐いた恭二はスロットルをゆっくり回していき、それに合わせてバイクも徐々に加速していく。スロープを登りきった頃には十分なスピードに達し、特撮ヒーロー顔負けの出撃シーンを演出して見せたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 -カッチッカッチッカッチッカッチッ-

 

 

 

「あれだけ格好つけといて何公道出る前に一旦停止して指示器出してんのよ!」

 

 

「交通ルールは守んなきゃダメだろ! それに急いで事故ったらどうすんだよ!? ブランクあんだよこっちはぁ!」

 

 

「あはは……締まらないなぁ………」

 

 

 




更新に約2年もかかってしまい、もはや謝罪の言葉も見付かりません。
持病、身内の不幸、介護生活など、心も身体も時間さえも余裕がありませんでした。正直今もそうです。
書き始めた当初から完結までいかなくともキリの良いところまで進めるまでは失踪しない事を目標にしていたので、更新出来た事自体は嬉しく思っています。
また数ヶ月もしくは年単位でお待たせする可能性が高いですが、ここまで読んで下さった方々には以降も気長にお待ち頂けると幸いです。


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