その音の意味が知りたくて (カゼミーロ)
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第1話
よろしくお願いします。
今日もいつもと変わらなかったな。
風上輝夜やそんなことを思いながら学校の階段を降りていた。
放課後の学校には部活に励む生徒の掛け声や友達同士で喋りながら居座っている生徒の声が聞こえてくる。
輝夜はその音を遮断するかのようにヘッドホンを鞄から出し耳に当てた。
「何がそんなに楽しいんだ。」
輝夜は他人には聞こえないような声で呟き学校を出た。
今日もいつも通り同じ時間に起きて、同じ時間に家を出て
同じ教室に入り 同じような内容の授業を聞き 帰宅する。
輝夜は自分のそんな人生がくだらないものだと感じていた。
昔からそうだった。同じクラスの生徒と遊んでも何が楽しいかわからなかった。何かやりたいものを見つけることができなかった。
ただただ時間だけが過ぎてしまった。
そんな自分が嫌いだった。
いつも通りの道で帰宅した輝夜はいつもとは違う自分の失敗に気がついたのは自宅の前だった。
「家の鍵忘れた…。」
朝、家を出るときに鍵を持つのを忘れてしまったのだ。
風上家はだいたい輝夜が一番はやく家を出て、一番はやく家に帰ってくるのだ。
自分ではどうすることもできず、輝夜は母親に連絡を入れる。
するとしばらくして母から返事が返ってきた。
「私は今お姉ちゃんと向日葵のレッスンの付き添いに行ってるから
帰れるのはあと2時間後ぐらいよ。お父さんも帰りは遅いし。
待つのが嫌だったら友達と遊ぶなり時間を潰してなさい。」
その連絡を受けとった輝夜は返事を返さずスマホの画面を消した。
まあこう返ってくることは想像ができた。
あの人が姉や妹ではなく、俺を優先することは絶対にありえないことだ。
輝夜には真昼という姉と向日葵という妹がいる。高2の輝夜とはどちらも年子で高3と高1だ。輝夜とは違い、やりたいことを全力でやっていて輝いている。輝夜はそんな2人に劣等感のようなものを感じながら時間を潰すため歩き出した。
輝夜はどこに向かうかも決めずブラブラと歩きながら昔のことを思い出していた。
輝夜の母親はヴァイオリニストだった。そんな母親を真似するように
子供たちもヴァイオリンをやり始めた。小さい頃はまだよかった。
俺たちにそんなに差がなかったから。しかし大きくなるにつれて姉と妹との差が現れ始めた。姉と妹はコンクールで1位や2位を取るのが当たり前になるのに対して輝夜は入賞すら一回もできなかった。
周りは天才姉妹と騒ぎ立て両親もそんな娘たちを誇りに思い褒め称えた。まるで輝夜は存在していないかのように…
輝夜はそれでも頑張って練習した。自分も1位をとってあの中に入れてもらえるようにと。
しかしその成果はでなかった。
そしてある日いつも通りに輝夜が練習していると部屋の外から話し声が聞こえてきた。外ではの母親がママ友たちと話をしていた。
「風上さんの娘さんたちはすごいですね〜2人とも天才ですね。
でも息子さんは…その…気の毒だけど…」
1人のママ友が嫌味っぽく言った。
そしてその言葉に母親は
「いえいえ大丈夫ですよ。娘たちと違って最初から
輝夜には期待していませんから。」
笑いながら母はそう言ったのだ。幼い輝夜にはその言葉は聞きたくないものだった。親だけは、輝夜を見てくれると信じていた。
しかし最初から母は輝夜なんておまけのようなものだったのだ。
その夜ショックで部屋にこもっていた輝夜に父はずっと練習していたと思ったのか
「お前はそんなに頑張んなくてもいいんだぞ」
と言った。父は優しさのつもりで言ったのかもしれないが輝夜はそんな言葉は欲しくなかった。
それからしばらくして輝夜はヴァイオリンを辞めた。
あんなに好きだったヴァイオリンが怖くなってしまったのだ。
辞める時は特に何も言われなかった。
それから輝夜は何をするにも楽しむということができなかった。
何をするにもこんなことやったって無駄だと思うようになった。
それからというもの家族との会話も少なくなった。
「バッカみてぇ」
輝夜はそこで考えるのを辞めた。今さらこんなこと考えても意味がない。どうせこれからもくだらない人生のままだ。だったら考えるなんて必要ないことだ。
しばらく歩いていると輝夜はとあるライブハウスに着いてきた。
「こんなとこにライブハウスなんてあったか?」
無意識のうちに歩いて知らないところに来てしまった輝夜がこれからどうするか迷っているとライブハウスから1人の女性が出て来た。
「そこの君‼︎ライブ見に来たならはやく入りな‼︎もう始まっちゃってるよ‼︎」
「は?」
その女性は輝夜の手を引っ張りながらライブハウスへと進んで行った。
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