鬼の娘と鬼の腕 (あじぽんぽん)
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冒険者ギルドの風景

この話は飛ばしても問題ありません
ふんいき(何故か変換できる)で書いたので!


 メルタの街にある冒険者ギルドは今日も賑わいを見せていた。

 ぼろいと、味わいがあるの境目ほどの古びた依頼ボード。

 その前に立つ小柄な影は倭人の娘であった。

 雪のように白い肌に兎のように赤い瞳。

 額には二本、角が生えている。

 だが、その姿に異なことはない、倭人とはそういう者たちだから。

 見た目の年は両手の指よりは多く、足の指を足すには少々幼いといったところだろうか。

 前あわせの民族衣装……着物を着けており、裾は股座が見えそうなほど短い。

 倭人の娘に下穿きを履く習慣はなく、普通、年が上がれば纏う着物の裾も長くなるものだ。

 当然である、痴女でもない限り、自分の秘部を晒したいとおもう娘はいないのだから。

 そのような物を着るのは、年がら年中、外を走り回る性の曖昧な童子くらいのもので、それ故に娘の正確な年齢を余計に把握しずらくしていた。

 表情の薄い娘……だが、美童である。

 卵型の輪郭、その顔に描かれているのは、ともすれば浅いと言える目鼻と小さな唇。

 しかし、その配置は恐ろしいほどに絶妙で、儚げなのに同時に凛とした美しさを持っていた。

 濡れ羽色の黒髪は、おかっぱという、やはり倭人の童子がするような髪型。

 二本の倭人角と、ちんまい両手で抱きかかえる大きな刀が無ければ、メルタの冒険者ギルドの中でも乱暴者たちが怖い顔を作って追いだしていただろう。

 やがて娘は、望みの依頼を発見したのかそれを取ろうとした。

 手を伸ばす、だが背が足りない。

 絶望的に足りなく、爪先立ちになり、一生懸命に手で伸ばしても届かなかった。

 刀を片手に抱きかかえたまま、跳ねて頑張ったが、無理だった。

 薄かった娘の表情に初めて感情が、焦りのようなものが浮かんだ……寸動いた、微量に動いたといった感じだったが。

 娘はくるりと振り向く。

 後ろには、依頼ボードを見ていた中年の男がいた。

 鍛え上げられた筋肉には年による劣化はまったく見られない。

 男は中堅の冒険者であり、そして乱暴者だ。

 西大陸に多い人種である男の顔は彫りが深くて鼻が高く、倭人の童子らが見れば恐ろしさに泣きだすものであった。

 しかし、娘は物おじする様子もなく彼の服を引っ張ると、刀の鞘の先で依頼ボードを指さした。

 

「届かんのか?」

 

 その問いかけに娘はうなずく。

 男は娘の望む依頼書を取ってやることにした。 

 聞くまでもなく、娘の状況は後ろから見ていた男には分かっていた。

 だがまあ、無言で取ってやるのも何だか空気読めないようで嫌だし、かと言って、これが欲しいのかと聞いて取ってあげるのも恩の押しつけみたいで格好が悪い。

 あと、カエルみたいにぴょんぴょん跳ねる娘が微笑ましかったのだ。

 そんな中年冒険者の繊細な男心が発した言葉がそれである。

 正直どうでもいい。

 男から皮紙製の依頼書を受け取ると、無表情だった娘がニヒルに微笑み親指を立てた。

 いわゆる西大陸のサムズアップサイン。

 男もニヒルに笑うとサムズアップを返した。

 その頬が少し染まっていたのが、中年男の照れを感じさせて、何ともまあである。

 そして、娘が受付カウンターにトテトテ走って行くのを見送って、男は自分の望む依頼を探すことにしたのだ。

 

 男はメルタの冒険者ギルドに数多くいる、子供好きでお節介焼きな乱暴者の冒険者であった。



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鬼の娘と鬼の腕

 彼が降りたとき目にしたのは、それはそれは色鮮やかな紅であった。

 

 まず天井が紅だった。

 壁にも床にも、木材で作られた部屋を紅が覆いつくしていた。

 それだけではない、移った身と服さえも紅に染まっている。

 彼は仰向けで、だらしなく足を広げて寝ころんでいた。

 手の平が貫かれたように痛んだ。

 股が裂かれたかのように痛んだ。

 首が折れたかのように痛んだ。

 胸が抉られたように痛んだ。

 そのどれも心当たりのある痛みに、赤子のように身を縮めてしくしくと涙を流した。

 痛みには慣れている。

 それ故に、痛みを逃がすのに涙が有効であることも知っていた。

 

 やがて、鈍痛をまとわせたまま、彼は起きあがる。

 着ていた前あわせの服……着物の裾が重なり剥きだしになっていた足を隠した。

 彼は紅の世界を見渡してあるものに気がつく。

 

 一振りの刀。

 

 抜き身の刃で垂直に、板間の床に深く刺さる紅色の刀剣。

 奇異なことに、その刀の柄には人のものらしき右腕が掴まりぶら下がっていた。

 刀を振るおうとして、肩口から切られて落されてしまったような、そんな有様だった。

 筋肉隆々としていて太くて長い、この腕の持ち主はよほどの大男だったと予想できた。

 そんな刀をしばらくジッと眺め、そして彼は柄頭に手のひらを乗せた。

 途端に、付属(・・)していた腕があっという間に蒸発していく。

 彼はその変異に構わずに刀の柄を握ると片手で易々と引き抜いた。

 ほうっ、と声をだす。

 その刀身の何とも見事な在り方に感動を覚えたのだ。

 美術品としての刀の良し悪しは分からない。

 彼にとって刀剣とは武器であり、武器とは使えるか否か、そのようなものだから。

 だがしかし、この刀に宿る確かな魔性は感じとれた。

 打ち手が、あるいは使い手が、己が命すべて注いで完成させた魔剣の類であると。

 故に、その不退転の決意……覚悟を見事なり、と感じたのだ。

 顔の前にかざした紅の刃に今世の姿が映った。

 紅色の眼……それは十の年を数えたかくらいの少女。

 額に二本の角を生やした、濡れ羽色の黒髪をもつ、美しき少女であった。

 服の裾をはだけて股間を見下ろす。

 なにもない丘を見て改めて認識した……今度の生はやはりおなごであったかと。

 角が生えている……問題にならない。

 女になった……問題にならない。

 化生も、男も女も同じくらいに経験して、出産までしている。

 そして、どうやら今回もやることは変わらんようだと溜息を一つ。

 ならば、存分に生きることを楽しむべきだろう。

 どうせ死ねば今世の記憶も大半は消えるのだから。

 そうさな、まずは……飲んで、打って、抱いて、そんで……。

 彼は……彼女は己のふっくらとした頬を、ちまっこい手で撫で叩きながら呟いた。

 

「なぁ、わしが手伝ってやる、そん代わり使わせてもらうぞ?」

 

 少女の言葉に、紅色の……血を吸った刀身がギラリと光った。



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賢者……目(1)

なんか続きが書けそう……前話を少し改変してます


 魔神……それはかつて、世界を混沌の渦に飲み込もうと異界から現れた正体不明の悪魔。

 世界各地に散らばった魔神の配下は、その邪悪な力で暴虐と破壊の限りを尽くした。

 後の世に魔神戦争と呼ばれる凄惨を極めた戦い。

 多くの犠牲を払いながらも、多くの人々の協力により、魔神をようやく魔神城まで追い詰めた。

 その中に、恐るべき強さで魔物の群を蹴散らし、魔神を討ち取らんと迫る者たちがいた。

 死闘の果てに彼らは、異界の法則に生きる魔神を……この世界の法則では傷一つ付けることすら叶わなかったその首を切り落とすことに成功したのである。

 魔神討伐をなした彼らを敬意と畏怖をもって魔神殺しと呼ぶようになった。

 

 その一人、賢者と名高いミダスはほとほと困り果てていた。

 

 場所はメルタの街の高級娼館。

 娼館という名だが、貴族や高級商人の会合などにも利用される格式のある店だ。

 畳の間……と呼ばれる、風変わりな部屋に賢者はいた。

 素足で入り、乾いた草の香りのする室内を見回し「まいったなぁ」と彼は呟く。

 ミダスは魔神戦争のあと、復興のためにあちこちを飛び回って知恵を貸し、魔神配下の生き残りを見つけては討伐し、冒険者ギルドでは後身の育成に務めるなど忙しい日々を送っていた。

 人々の感謝だけを報酬とし、酒も飲まず、女も抱かず、わずかな楽しみにすら目を向けない。

 この十年、唯々、何かに追われるように、そんな激務に励んでいた。

 そのように己が身すら顧みないミダスの姿は修行僧より高潔で、同時にひどく捨身であった。

 あまりの我欲のなさに、ギルド長からは「他の者ばかり構わず、お前も嫁でも貰って、自らの幸せを考えたらどうだ?」と言われる始末。

 今日ここにいるのも、その彼女に「たまにはカビの生えたパンではなく、まともな人間らしい飯を食え」と無理やり呼び出されたからだ。

 そしてきてみればギルド長はおらず、部屋には座布団が二つだけ置かれていた。

 ミダスは思う、自分に女でもあてがう気なのだろうかと? 

 彼は女を知らなかった……興味がないわけではないが、ある意味で理想が高すぎた。

 ギルド長が家庭をもてなどと言うのも、賢者としての彼の力と知恵を継承した子孫を残してもらい、ギルドの運営に関わってほしいという希望もあるからだろう。

 ギルド長は長寿の種族故に、人間である彼より遥かに長い視野で刻を見ている。

 そのためにも、まずは女遊びでも……という彼女のお節介な思惑なのかもしれない。

 ふうっ、と、ミダスは溜息をついて座布団に腰を下ろした。

 ギルド長の要望に応えることはおそらくない。

 ミダスの理想の女性は、もうこの世には存在しないのだから。

 さりとて、このまま何も告げずに帰るのはギルド長の顔を潰しかねない。

 そこでミダスは取り敢えず、これからくるだろう高級娼婦……あるいは見合い相手を待つことにしたのだ。

 

 部屋の隅に置かれた虫篭から、風流な虫の音色が響く、それを聞きしばらくして。

 

「もし……もし、賢者ミダスさま、入ってもよろしいでありんすか?」

「…………あ、ええ、どうぞお入りください」

 

 涼やかな声だった。

 明瞭な思考をもつミダスの返答が遅れたのは、その声に動かされるものがあったからだ。

 引き戸の扉が静かに開けられる。

 そこには濡れ羽色の黒髪があった。

 長い髪をゆるやかに巻くのは煌びやかな数本のかんざし。

 床にしっとりと正座し、深々とお辞儀をする艶やかな着物を着た女がいた。

 ミダスは息を飲んだ。

 女がゆっくりと顔をあげる。

 白粉の化粧を施された顔、紅の引かれた目のふちと小さい唇、ともすれば浅いといえる造形。

 だが、その配置は絶妙であった。

 女はひどく儚げなのに同時に凛とした美しさをもっていた。

 なにより目を引いたのは。

 

「…………倭人」

 

 ミダスの口から唖然としたような言葉が洩れる。

 女の形の良い額から突き出るのは二本の角。

 

「はい、その通りでありんす」

 

 紅色の瞳をしていた。

 美しい女は雅に微笑み、酒を乗せた膳をもって部屋にしゃなりしゃなりと入ってきた。

 そうしてミダスの隣にすっと座ると、彼に杯を渡して淑やかな仕草でお酌をしだしたのだ。

 甘い、良い香りがした。

 

 

 賢者ミダスは酔っていた。

 酒にではない。

 ミダスは酒に酔ったという経験が人生で一度もなかった。

 いわゆる底なしの大ざる。

 魔神戦争の旅の際にも、仲間たちと何度も酒盛りをしたがまったく酔わず、最終的には「貴様は水でも飲んでろ、酒に対して失礼だ」と呆れられるほどであった。

 ならば自分は、目の前の美女に酔っているということになる。

 それはミダスにとって新鮮な驚きであった。

 絹ずれの音と共に、倭人の女に軽く寄り掛かられる。

 不快でない柔らかな重さ、女の胸元からは香料とも違う、何ともたまらない香りがした。

 とくとく、と、杯に酒を注がれる。

 ミダスは頬の熱を冷ますかのように一気に煽った。

 酔わないが味は分かる……美味い酒であった。

 再びお代わりを注いでもらいながら、ミダスは横目で女を覗き見る。

 体の線が出にくい着物を着ているが、胸から腰への砂時計のようなくびれ、そして尻周りにつながるふくよかな豊かさは、女を知らぬミダスにも容易に想像することができた。

 顔立ちの美麗さは言うに及ばず、身にまとう匂い立つような雰囲気と香りが、ミダスの忘れかけ、掠れていた情欲に訴えかけてくるようだ。

 

「うふふ、ミダスさまは、とてもお酒がお強いんでありんすねぇ」

「ええ、まあ……」

 

 ミダスは、女の潤んだ赤い瞳に見つめられて喉を鳴らす。

 酒のつまみを箸でそっと差しだされ、彼は照れながら口に含んだ。

 

 魔神殺しの名をもつ賢者ミダスには様々な美女が誘いをかけてきた。

 その中にはこの倭人の女より美しい者もいた。

 しかし、ミダスが興味を引かれる女などは今まで現れなかった。

 その異性に対しては唐変木といえるミダスが請われるままに、封印していた昔話をしようとしている……それはやはり女に酔っていたからだろうか。

 あるいは倭人角をもつ女に、彼女との共通点を見出していたのかもしれない。

 そう、あの禁忌といえる、魔神戦争の話を口にだそうとしているのだから……。



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賢者……目(2)

 賢者ミダスは杯の酒で舌を湿らすと、倭人の女に語りだす。

 

 

 そうですね、まずは何から話すべきでしょうか。

 魔神戦争がどのような戦いかは……当然ご存知ですよね?

 その発端となった魔神は異界から現れた正体不明な悪魔……と、されています。

 実際にどこから来たのか、どうやって来たのか、どうして来たのか……それらすべて不明。

 戦い、倒した私たちですら、奴が何者であるのかを最後まで知ることができなかった。

 おかしな話だと思われますか?

 ですが、嘘を言っているわけではないのですよ。

 あれが男なのか女なのか……それとも若者なのか老人なのか、それすらも分からなかった……まるで人の体を邪悪に歪めて、その影だけを模したような、そんな曖昧な姿でしたから。

 あるいは魔神が、自らの影だけを私たちの世界に飛ばしてきたのかもしれませんね。

 まあでも……それらのことも、まったく大した問題ではなかったのですよ。

 

 魔神がこの世界の武器で殺せないことに比べれば……。

 

 それが発覚したのは魔神配下の眷属との戦いでした。

 最初に気がついたのはガルドだったと思います。

 ええ、あのカランの撤退戦で有名な大戦士長ガルドです。

 彼がぽつりっと呟いたのです、硬い……と。

 ガルドは私たちの仲間の中で一番の剛力を誇っていまして。

 その彼が、鋼鉄の塊であるメタルゴーレムを戦斧一本で易々と切り裂ける男が「硬い」と言ったんですよ。

 そのときの私たちはガルドの言葉に、魔神とは容易ならざる相手だと、ただそう思いました。

 しかし、実際にはそんな単純な話ではなかった。

 奴らと戦えば戦うほど理解させられましたよ……魔神に近い異質さをもつ眷属ほど、傷をつけるのすら困難だということに。

 ええ、強さなどは関係なしに、歪んだ影のようなものほど殺しにくかったのです。

 奴らがこの世界とは違う法則で生きる存在だと、そこで初めて判明したのですよ。

 それからの戦いは魔神たちの正体を探る戦いでもありました。

 何しろこの世界の法則では眷属ですら倒すことが容易ではない。

 そのくせ、向こうの攻撃はこちらに有効と、そんな不公平な状況でしたからね。

 魔神ともなれば攻撃そのものが効かない恐れがある……まあ、実際にそうだったのですが。

 いくつもの国と、多くの人々と、それこそ敵対していた種族とすらもやり取りをして連携していきました。

 協力して戦いながら様々な地を巡って伝承を調べました。

 少しでも打倒の手がかりはないか、私たちは血眼になって探したのです。

 魔神は強大です……しかし、この世界に現界している以上、何かしらの弱点はあるはずだと。

 

 ………………。

 

 ああ、すいません、いただきます。

 ふぅ、美味しい酒ですね……これは倭国の物ですか?

 思いだしますね……あの美しい地のことを。

 貴女には言わずもがなことかもしれませんが、一口に倭人といっても様々な者がいますね。

 貴女のように角付きの者もいれば、獣人のように獣の耳を持つ者、かと思えばトロールのような大男やホビットのような小人。

 それこそ西大陸の者からしてみれば、あの東の小さな島国に、よくぞそれほど様々な者たちが共存できると驚いて感心させられるばかりです。

 近頃では転移門の発達で、この大陸でも倭人を見かけることは珍しくありませんが、百年前まででは考えられなかったことだと、冒険者ギルドのギルド長もよくこぼしていますよ。

 

 ……ええ、そう、倭国……その倭国に存在したんです……魔神を切る手段が。

 

 実はね、東大陸の歴史を調べて分かったのですが、魔神と同じような特性をもつ者は古来からこの世界に何度も現れているらしいのです。

 ははっ、流石に魔神ほどの力をもつ者はそうそう現界しなかったと思いたいですが。

 それでもその性質から下手なドラゴンよりも厄介で、並みの者たちでは相手にならなかったのでしょう……でもね、そんな怪物を、とある一族が必ず最後には打破していたんですよ。

 

 その一族とは……貴女と同じ……角付きの倭人たちでした。

 

 彼らから魔神を倒すことのできる術を手に入れることができるかもしれない。

 そう考え、私たちはすぐさま、その一族の元へと向かいました。

 山奥深くの隠れ里だったのですが、なんとか場所を突き止めて、ね。

 ふもとの村々ではその一族のことを真祖の血族と呼んでいて……ああ、周辺の住人たちも一族の血をひく角付きでしたが、彼らは香りが薄く(・・・・・)、この世界の者となんら変わりのない普通の倭人でしたよ……くふ、ふふふ。

 ええっと、その真祖の里ですが、最初は歓迎されませんでした。

 それも当然でしょう、突然の来訪者、しかも西大陸の異人とくれば怪しまれて当然です。

 それでも私とシューイチの二人で粘り強く交渉しまして……。

 ああ、シューイチとは神聖帝国の現皇帝シューイチ・ササキ・カミュ十六世ですね。

 彼は勇者……の通り名の方が有名ですかね?

 本来ならその手の突発的な交渉はエリーゼ……聖女のほうが向いていたと思うのですが、シューイチに「お前は、黙っていても説得力あるから来い」と引っ張りだされまして……。

 え、凄く理解できる? そうですか……あはは……。

 まあ、交渉は殆どシューイチが行いましたが、彼の説得の仕方は実に破天荒でハラハラするようなものでした。

 

 それから現存する古文書などの書物を閲覧するだけ……という条件で、私たちは角付きの真祖の里に入ることを許されたのです。



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賢者……目(3)

 里に入ってから、私たちは早速調査を開始しました。

 私のように書物を調べる者たちと、里人と交流して話を聞きだすシューイチやエリーゼのような社交性の高い者たちに別れてね。

 え、古文書を見るだけでは?

 ふふ、シューイチいわく、ちょっと旅先で世間話するくらいは良いだろうと。

 その調査に関していえばですが、目新しい情報はすぐには発見できず、話を聞きに行った者たちも警戒心の強い里人に苦戦していたようです。

 気がついたらいつの間にか相手の懐に入っている、不思議な魅力をもつシューイチでさえ、まともに話が聞けなかったというのはよほどでしたね。

 それから里で滞在してしばらくがすぎ、里人とも徐々に交流が生まれてきた頃でした……。

 いくつかの書物を読み解き、私が今まで得た情報と照らし合わせることで、彼ら角付きの真祖たちと魔神との関連性が分かってきたのです。

 角付きとは……遥か古代に、見知らぬ異界からこの世界に渡ってきた来訪種族であることに。

 

 それ故に異界の異質な法則に囚われず、異界から来た者たちを打破することができると……!

 

 …………。

 信じられない話だと思いますか?

 私もその結論に至ったときは信じられませんでした。

 でも、紛れもない事実なんです……。

 ああ、大丈夫、安心してください。

 貴女の血は、貴女の祖先がこの世界の住人と交わって世代を重ねたのでしょう。

 一部を除いて非常に香りが薄い……貴女は、この世界の法則にしたがうただの倭人ですよ。

 

 私たちは里長に、異界の力をもつ純血の鬼に必死で頼み込みました。

 西大陸を救うために、その力を貸してくれと。

 ……しかし、あっさりと断られましたよ。

 この力を振るうべき、その刻はまだ来ていないと、ね。

 理由は……ええ、そのときはまったく分かりませんでした。

 ただ、予想はしていたのです……私たちの望みは、きっと叶えられることはないだろうと。

 彼ら真祖の鬼たちが異界殺しの力を使うのは、古文書に記されている限り……いつだって多くの命が失われた、そのあとなのですから。

 …………。

 時間がなかったのですよ……。

 神聖帝国には魔神の軍勢が侵攻していました……。

 そこにはシューイチの婚約者である皇女がいました。

 聖女エリーゼの所属する教会の信徒が数多くいました。

 大戦士長ガルドの同胞たちが戦支度をして待機していました。

 私の兄弟弟子たちが……仲間たちの家族がいました。

 多くの西大陸の民が、私たちが朗報をもって帰るのを信じて待っていたのです。

 …………。

 く、ふふふ……。

 私が書物からあの一節を見つけなければ……シューイチが親しくなった里の娘から、その話を聞きだして確認しなければ……私たちは諦めて帰国し、魔神との絶望的な戦いに挑んだでしょう。

 

 しかし、私たちは知ってしまったのです! 

 角付きの……鬼の力は他者に譲渡できることを!!

 

 あの日のことは今でも忘れません。

 紅蓮でした……里は紅に染まり、あちこちで火がつけられ、空が黒煙で覆われました。

 私たちは里長に迫ったのです……その異界の力を私たちに渡すようにと……!!

 異界の力は強引に奪うことができません……その力をもつ鬼が、認めた相手にだけ譲渡することが可能なのです。

 異界殺しの力を受け継ぐため、奪われないように編みだされた彼らの秘術なのでしょう。

 手足の健を切った里長の前で、一人、また一人と里人を殺していきました。

 老人から若者、そして女子供を……。

 それでも里長は首を縦に振りません。

 里長の孫娘が最後に残りました。

 恐らく血に狂っていたのでしょう……私たちは。

 そして、あの幼い鬼の娘の美しさに……異界の……魔性の美貌に囚われていたのでしょう。

 勇者シューイチが、聖女エリーゼが、大戦士長ガルドが、今は死んで消えた仲間たちが……鬼の娘を犯し、なぶり、むさぼりました。

 山奥に鬼の娘の叫び声が響きわたりました。

 何度も刃を突き刺し、魔術で治癒して生かし、延々と苦しめ続けましたよ。

 真祖の鬼が、もう止めてくれと泣きながら懇願するまでね……。

 鬼は私たちに、足を、腕を、背骨を、心臓を、体のありとあらゆる部位を譲渡しました。

 私もね……この右目を貰いまして……ほら、これ鬼の目なんですよ?

 ほらほら、左目と少しだけ色が違うでしょう?

 …………。

 そして最後に鬼の右腕が残って……それが譲渡される前に……鬼の娘は息絶えました。

 

 ………………。

 

 そのあとは貴女も知っている通り、仲間たちの犠牲をだしながらも魔神の首を取ることに成功し、西大陸は救われたのです……。

 

 ………………。

 

 後悔……しているのですよ。

 私はあの日以来ずっと後悔をし続けているのですよ。

 私は、鬼の娘がいたぶられるのを、皆から一歩離れて見ていました。

 何もできず、ただ見続けていたのです。

 私以外にも虐殺に参加してない者は何人かいました。

 たぶん、彼らも私と同じ気分をあとから味わったことでしょう。

 …………。

 え……違いますよ?

 その虐殺を止められなかったことが悔いだったのでありません。

 あれは西大陸を救うための仕方のない、そう、必然な犠牲だったのですから?

 私が後悔しているのは……。

 

 私は……何故、あの美しい鬼の娘を……彼女を犯さなかったのか……!

 

 何故、あの華奢な体に刃を突き入れなかったのか……!!

 何故、あの細い首を絞めなかったのか……!!

 何故、あの薄い胸から、綺麗な心臓を取りださなかったのかと!!

 

 ええ、ええ、私は激しく後悔しているのですよ!!

 

 …………。

 しかし、すべては終わってしまったことです……彼女は死んで……私の理想は、唯一愛した女性は永遠に消えてしまった。

 …………。

 そういえば貴女も角付きの倭人のせいか、どことなく彼女と雰囲気が似ていますね?

 おや、震えているのですか?

 大丈夫、なにもしませんよ、怖いことはなにもね……。

 逃げられませんよ……この鬼の目は相手を縛る異能がありますから……。

 

 ねえ、倭人のお嬢さん、夜は長い……もっと……私と楽しみましょう……ね?

 

 

 

 そうして賢者ミダスは唇を舌で濡らし、倭人の女に語り終えたのである。



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