園田海未生誕祭2019 (『シュウヤ』)
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園田海未生誕祭2019
「海未ちゃん、お誕生日おめでとう〜っ!」
「毎年毎年、抱きつかないと祝えないのですかあなたは」
部室のドアを開けるなりハグをかましてきた元気な幼なじみを引き剥がし、海未は鞄を置く。
「大体、朝の待ち合わせ、教室、お昼休みと何度も言ってきたじゃないですか」
「え〜だって海未ちゃんの誕生日だよ? 何度だってお祝いしたいじゃん! 何なら、毎日お祝いしちゃおう!」
「誕生日の意味分かってますか?」
海未は小さくため息をつくと、椅子に座る。
「あ、海未ちゃん──」
「そのくらい分かっていますよ」
「ぅえ?」
何かを言おうとした穂乃果を遮って、海未は少しだけ笑う。
「何故か教室で穂乃果が引き止める上に、ことりはさっさと出て行ってしまう。放課後になってそれなりに時間が経つのに、何故か誰も来ない。練習する為に着替えないといけないのに、何故か穂乃果は隣の部室のドアを開けようとしない。散々引き止めておいて、今日を出た瞬間ダッシュで先に行ってしまう。……どうしてでしょうね?」
「うっ……海未ちゃん、もしかして全部お見通しなんじゃ……?」
「さあ、何の事ですか?」
あくまで澄ました顔の海未に、穂乃果は頬を膨らませる。
「ぶー! 海未ちゃん絶対分かってるじゃん! 頑張ってコッソリ準備してたのに!」
その発言で確信へ変わったのだが、海未はあえて苦笑するだけに留める。
「──穂乃果が隠し事なんて、できるはずないじゃないですか」
「またそうやって分からない声で何か言ってるしー!」
聞こえないような小声は、穂乃果の頬をさらに膨らませる。
「何年あなたの幼なじみやってるんだ、って話ですよ」
限界まで膨らんだ穂乃果の頬に指を突き刺し、プスー、と空気を抜く。
「あなたはいつも突拍子もない事をしでかしますからね。少なからず予測して、制止する必要があるんです。……止められる事の方が稀ですが」
「えー何それ酷いよ! 穂乃果を暴走族みたいに言って!」
「それは使い方違いますよ」
余裕綽々な態度の海未に、穂乃果はせっかく抜けた頬の空気をもう一度溜め込む。
「ふーんだ。せっかく海未ちゃんの為にいい物持ってきてあげたのに、そんな事言うならあげないもんね!」
“いい物”? と海未は首を傾げる。
穂乃果はカバンの中を漁り、何やら小さな紙袋を取り出す。
「お父さん、昨日から張り切って仕込みしてたんだけどな〜」
「ま、まさかそれはおじさま特製の穂むらの和菓子……⁉︎」
顔色が変わった海未を見て、形成逆転と言わんばかりに穂乃果はニヤニヤする。
「お店で売るのとは別の、海未ちゃんの為だけに作ったお饅頭かもね〜。穂乃果も詳しく知らないくらいだもん」
「非売品の、お饅頭……!」
「せっかく海未ちゃんの為に持ってきたのに、海未ちゃんったら穂乃果の事からかうんだもんな〜」
「くっ……卑怯ですよ穂乃果っ。お饅頭を人質に取るなんて……!」
「食べたい? お饅頭食べたい?」
「くぅ……っ! ──私が悪かったです! 調子に乗りました……」
「おお、お饅頭効果、凄い……!」
悔しそうに頭を下げた海未を見て、穂乃果は思わず目を丸くする。
意地悪はこの辺で、と素直に紙袋を差し出す穂乃果。海未もホッとしたような表情で、それを受け取る。
「大事にいただきます。おじさまに、ご馳走様ですと伝えて下さい」
おっけー、と穂乃果は頷く。
「それにしても海未ちゃん、ホントにうちの和菓子好きだよね〜」
「当たり前じゃないですか。昔から受け継がれる伝統の味、そこに織り交ぜられた飽くなき探究心の味。何故穂乃果が飽きるのか、理解できませんよ」
「毎日食べてたら飽きるんだってば〜」
「そうですか? 幼き頃からずっとご馳走になっていますが、『飽きた』と思った事はないですよ」
「海未ちゃん変なのー」
「穂乃果に言われたくはないですよ」
二人して小さく吹き出すと、穂乃果は小さく震えたケータイの画面を見やる。
「そろそろ準備が終わったようですね」
穂乃果が何か言う前に、海未は立ち上がる。
「海未ちゃん全部分かってるから、サプライズにならない!」
「穂乃果が分かりやす過ぎるんです。希にでも頼んだ方が良かったんじゃないですか?」
「むむむ……。──でもどんなになってるかまでは分からないでしょ⁉︎」
「それは、まあ……」
「海未ちゃんの想像を超えるようなパーティーを計画したんだから! ビックリしてお饅頭落とさないでよ?」
「そ、それは絶対にしません」
そう言いつつ、両手で紙袋を大事そうに抱える海未。
穂乃果は奥の部室のドアの前へ移動すると、ドアノブに手をかける。
「──それじゃ海未ちゃん、お誕生日おめでとう! 楽しいパーティー、始めるよ!」
そして、勢いよく開け放つ。
「ええ、ありがとうございます。忘れられない思い出、作りたいですね」
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