ガンダムビルドダイバーズ外伝 〜方舟の少女〜 (楽雁つばさ)
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第1話「…えっと、『エルダイバー』…です」

それは、今から半年ほど前の出来事。

 

第2次有志連合戦。

アヴァロンのフォースネストに囚われたサラを奪還すべく、ビルドダイバーズが有志連合に戦いを挑んだ時。

俺は、有志連合の一員として、ビルドダイバーズを敵に回した。

 

有志連合は、負けた。

圧倒的な戦力差を持ってしても、俺達は負けたんだ。

サラと、リクや彼の仲間達。

その間にあった強い思いが成し遂げた、彼らの勝利。

その瞬間を、俺は目の前で見ていた。

あれほど固くて強い絆を、その思いが形となった奇跡を見て。

とても感動した。

 

あんなことができたら、俺も、変われるだろうか。

大切な誰かを守るために、全力を惜しまない。

そうすれば、何も失わないで済むのだろうか。

弱い自分を、乗り越えていけるのだろうか。

 

漠然と、そんな風に思っていたのだろう。

だから、あの日の俺は最後まで諦めなかった。

あの日。

それは、俺が初めて、彼女と出会った日のことだ…。

 

 

 

「…まずいな、コレは」

思わず、俺の口からそんな言葉が漏れた。

連戦ミッションバトルに挑んだのは良かったのだが、その7番目に差し掛かる現在、非常に苦戦している。

正直、かなり厳しい状況だ。

「…! そっちか!」

警告音に振り向くと、大型剣を振り上げている敵機がいた。

対応するべく腕を向けるが…ダメだ、間に合わない!

「ぐあぁっ!」

真っ二つにされた俺のガンプラが、粒子となってこの空間から消えた。

アバターとしての姿の俺だけが宙に残され、それも徐々に、眼下の森林地帯に落ちていく。

-MISSION FAILED-

眼前に浮かぶ半透明の文字が、俺の力不足を証明した。

 

「なるほどな…」

改めて詳細な戦績を確認したが、最期のミッションバトルは、完敗といっても過言ではない結果だった。

6戦目までは順調だったようだが…。

「…ま、俺一人じゃこんなもの、ってことか」

己の実力を思い知りながら、ミッションエリアからのログアウトを図る。

「…ん?」

その時、妙な気配を感じた。

誰かが、近くに居る。

周辺マップを開いてみると、やはり、少しずつ近付いている反応がある。

まるで、歩み寄るかのように。

「…誰だ?」

反応のある方角を見て、声をかけると、

「あっ…はじめまして」

そこには、少女の姿をしたダイバーが居た。

「わたしは、リナリア」

小さくお辞儀をして、

「えっと、一応『エルダイバー』です」

そう答えた。

 

 

エルダイバー。

かつて、このGBNの世界全体が存亡の危機に陥った時、その原因たるバグの一種、もしくは根源とまで称された存在。

その実態は、ダイバーがGBNにガンプラをスキャンしたことで生まれた、余剰データの集合が自ら意思を持ったもの。

その存在は、ダイバーネーム「サラ」を名乗り、ビルドダイバーズというフォースに所属していた。

 

一度は、存在そのものがGBNの危機とされ、運営は、その存在を消去しようとした。

これに対し、「ビルドダイバーズ」の面々は、サラの存在とGBNの両立を実現させる方法を発見。

ただ、成功確率の低く、当初は否定されていた。

しかし、その実現のために奮闘する彼らの言動は、数多のダイバーの心を動かし、やがて運営をも味方につけ、見事に、サラとGBNの両立を実現させた。

結果、彼女の存在は意志を持つガンプラとして現実世界に進出。

GBNで生まれた新たな命として、ビルドダイバーズの面々と共に、現実とGBNの二つの世界で、その生命を謳歌している。

…と、聴いている。

 

「…じゃあ、お前は『サラ』とは違う『エルダイバー』…ということか?」

俺の質問に、リナリアと名乗った少女は頷いた。

信じられない、と言いたいところだが、あながちそうでもない。

あの壮大な事件からは、まだ一年も経っていない。それ以前からGBNに居るダイバーにとって、エルダイバーの存在は周知の事実だ。

サラ以外のエルダイバーも、確認されているだけで100人近く存在する…なんて話も聞いたことがある。

「なるほどな…。世界は広いってわけだ」

そう納得する俺に、リナリアは不思議そうな目を向けた。

「…えっと、信じてくれるの?」

まぁ、完璧に信じたわけじゃないが、特に疑うようなことでもない。

「ああ。信じるよ」

答えると、彼女はニコリと笑って。

「ありがとう。信じてくれて」

俺の手を握った。

「お、おう。とりあえず、な」

その純粋な瞳に、こちらもなんだか少し気恥ずかしくなり、思わず目をそらす。

そうして、ふと気付いた。

「ところで、お前はどうしてこんな場所に居るんだ?」

俺達が今いるここは、ついさっきまで俺がミッションバトルをしていたエリアだ。

ガンプラでの移動と戦闘のみを想定して、作られたフィールド。

木々は簡単な遮蔽物として、地面はフィールドの端としてしか作られておらず、ガンプラバトル以外には、せいぜいダイバーが立って歩く事が出来る程度の仕様。

言うなれば『最低限の森林地帯』。

そんな場所に、何故エルダイバーである彼女が現れたのか。

「あっ、それは…ええと」

リナリアはすこし言い淀んでいたが、何故か俺をじっと見つめている。

「…ひょっとして、俺に何か理由があるのか?」

聞いてみた、その直後。

突然、俺とリナリアとの間に、黒い影が射した。

「ん?」

見上げると、頭上には見覚えのあるシルエットが…って、

「まじかッ!」

慌てて、繋がれたままの彼女の手を引き、その場から少し離れる。

直後に、俺たちが立っていた場所に、ガンプラが落下してきた。

着地と同時に姿勢を崩し、地面に倒れこむ。

あれは…、

「ガードフレーム…?」

GBNの運営が、この世界を管理するために使用するガンプラだ。

しかし、何でこんなところに、突然こんなものが…。

「…っ!」

隣で息を飲む音と共に、繋がれた手が離れた。

リナリアの方を見ると、なぜかとても震えている。

「リナリア、どうした?」

引きつった彼女の視線は、ガードフレームを捉えている。

まるで、怯えるかのように。

「この感じ…あのガンプラだ…っ!」

そんなリナリアを前に、ガードフレームは上半身を大きく捻りながら立ち上がった。

ゆっくりとこちらに顔を向け、そのバイザーに怪しげな光を灯す。

まるでゾンビだ。

「チッ…なんなんだ、こいつ!」

俺も本能的に危険だと判断し、今一度リナリアの手を取り、ガードフレームから遠ざかるべく走り出した。

少し距離を取ってから、ガンプラを出そうと思い、ウインドウを開く。

しかし、出現したのはガンプラではなく、単なるエラー表示だった。

「なんだ、どうなってんだ?」

何度試してもエラーしか出ない。

そんなことをしているうちに、ガードフレームはこちらに追いつこうとしている。

「クソっ、こっちだ!」

俺はリナリアの手を引いて、今度はガードフレームの足の間を駆け抜けた。

それを無理に捕まえようとしたガードフレームは、姿勢を崩し、また倒れる。

「とにかく、逃げるぞ!」

「う、うんっ!」

リナリアが俺の言葉に頷くのを確認してから、俺は彼女の手を引いて、森林地帯の木々の中に飛び込んだ。

 

 

夢中で走ること数分ほどして、やがてガードフレームの足音が聞こえなくなった。

見上げても、その姿はどこにもない。

「…とりあえず、撒いたようだな」

「…はぁ、はぁ、…う、うんっ、…はぁ、はぁっ」

俺の言葉に、リナリアが荒い息と共に答える。

「しかし…、なんだったんだ、アレは…」

改めて思い返すと、ガードフレームの行動は異常だった。

まるで、俺たちを捕らえようとしたかのようで。

「…俺、運営に追われるようなこと、何かしたっけかな…」

なんてぼやくと、

「…たぶん、あなたは関係ないと思う」

リナリアが、真剣な表情で答えた。

「わたし、たまに、さっきみたいなガンプラに、捕まえられそうになるの」

「…そうなのか?」

「うん。…多分」

いや…だとしても、それはそれで疑問だ。

ガードフレームは、文字通りGBNの平和を守るためにある。

一度はエルダイバーの捜索に使われていたという話も聞くが、それはブレイクデカールを発端とした事件の時のことだ。

修正プログラムが完成し、バグの脅威が完全に去った今、彼女がエルダイバーだとして、そうであること自体が、運営にとって不都合であるとは考えにくい。

「何か、運営に狙われるようなことをしたのか?」

不正なプログラムやツールを使ったのだろうか。そう思ってリナリアに聞いてみたが、彼女は首を横に振る。心当たりがないのだろう。

運営に直接聞ければいいのだが、そういうわけにも…。

「…そういえば」

考えていて思い出した。

数日前にログインした時、全ダイバーを対象とした運営からの通知があったんだ。

メールボックスを開き、ログを遡る。

「そうだ、これだ」

やっぱりそうか。

「何かわかったの?」

覗き込むリナリアに、メッセージ画面を向けてやる。

「これを見てくれ。数日前に運営から来たメッセージだ。

「ええっと…『ガードフレームの盗難被害について』…?」

リナリアが読み上げた表題のメッセージには、10日ほど前に、何者かによってガードフレームが盗まれている、ということが書いてある。

そして。

「この通知に記載されているタイプは、さっき俺たちが見たガードフレームと、同じタイプだった。…つまり、同じ個体の可能性も高い」

説明する俺だが、リナリアはイマイチよくわかっていない様子。

「…ええっと、要するに、今俺たちを襲ったのは運営じゃなくて、他の誰かが、運営のガードフレームを使って、俺たちに襲いかかってきた、ってことだ」

あくまでも可能性の話に過ぎないが。

「…そっか」

リナリアは理解してくれたのか、表情を暗くする。

…ひょっとして、運営ではない他の誰かには、狙われる心当たりがあるのだろうか。

それを聞こうとしたその時。

「あっ!」

「おわぁっ!」

リナリアが突然俺の腕を引いた。

手前によろける俺の背後で、大きな音がする。

「な、なんだ!?」

振り返ると、そこには大きな手が叩きつけられていた。

先程までそこにいた俺を、潰そうとしたかのように。

見上げると、先程のガードフレームが、正確に俺たちを捉えていた。

くそッ、もう見つかったのか。

「行くぞ、リナリア!」

今度は返事を待たず、彼女の手を引いて逃げ出す。

 

 

木の合間を数分走って、今度こそガードフレームから大きな距離を取った。

まだ彼方にその姿が見えるが、こちらを完全に見失っているらしく、辺りを見回している。

今のうちに、俺はこのミッションエリアからの脱出方法を探ることにしたが…

「…ダメだ、バトルを中断してロビーに戻ることもできない」

色々試してみたが、どの方法もエラーになってしまう。

「…ねぇ、ちょっと見せて」

そうしていると、リナリアがウィンドウを覗いていた。

「ん? ああ」

画面を向けると、彼女はそれを少し操作してから、俺に返す。

「…やっぱり。これで大丈夫だよ、たぶん」

返されたウィンドウには、-READY?- の文字が表示されていた。

このまま下のOKを押せば、ログアウトできるらしい。

「えっ…どうやったんだ?」

言いつつ確認すると、1項目だけ、俺の入力していたものが消されていた。

リナリアの名前だ。

「やっぱり、狙われてるのはわたしだけ、みたいだから」

言って、笑う。

「いいよ。大丈夫。わたしならきっと、なんとかなるから」

大丈夫って、お前…。

「さ、早くログアウトして」

そう言って、数歩後ずさりするリナリア。

いや、そんなことされてもな。

「そういう訳には行かないだろ」

言って、俺はログアウトのウィンドウを閉じた。

「自分だけ逃げ帰っちゃ、あとで飯が不味くなるじゃないか」

そんな見捨てるような真似、今の俺にはできない。

「でも…」

彼女が言いかけたその時、視界の隅で何かが輝いた。

「やべっ!」

慌てて数歩前に出ると、ビームの柱が眼前を通過する。

その先には、ライフルを構えたガードフレームがいた。

痺れを切らして、木々を破壊しながら探し始めたのか。

「ほら、このままじゃ、あなたも危険だよ!」

…あなた『も』、ねぇ。

やっぱりこの子、何か、狙われる心当たりがあるのだろう。

…けど、

「だからって、放っとけるかよ」

そう呟いた直後、再びライフルが視界の隅で輝き、銃口がリナリアを捉える。

見つかったのか!

「くそッ!」

今度はリナリアの肩を押して、間一髪で射線上から逃れる…

「ぐあっ!」

いや、少し背中に掠ったらしい。

仮想空間なので痛みはないが、衝撃ですこし視界がブれ、体が倒れた。

すぐさま立ち上がり、次の射撃に備えて、リナリアとライフルの間に入る。

「どうしてそこまで、わたしを守ってくれるの…?」

そんなことを聞かれた。

「守る…?」

そんな大した事じゃない。

「俺はただ、ここで諦めたくないだけさ」

答えた直後、目の前でライフルが、俺を捉えて光った。

撃たれる。そう思った時。

「…そっか」

後ろから、リナリアの声が聞こえて。

「わたし、あなたのこと、信じてみたい」

その手が、俺の肩に触れた。

途端、

「なっ!」

突然正面にウィンドウが表示された。

それは先程、何度試しても出てこなかった、求めていた表記だ。

ガンプラを、この空間に出現させるための確認表示。

何も操作していないのに出てきた事に驚いたが、その向こうでビームの輝き、つまり銃撃がこちらに発射された事に気付く。

迷う時間はない。慌ててOKをタッチした。

 

 

俺とリナリアは、コックピットの中に転送されていた。

そこは、俺のガンプラの機体の中。

どうやら、射撃が当たるよりも早く、ガンプラの呼び出しに成功したらしい。

「良しッ!」

ガンプラさえ出せれば、こっちのものだ。

「行くぞ、クリスタイル・オーガンダム!」

コンソールパネルを操作してグリップを出し、握った。カメラアイが点灯し、全周囲モニターに森林地帯とガードフレームが映し出される。

「まずは、こいつだ!」

左手のグリップでコマンドを入力し、両腕を突き出した。

腕の銃口からビームが放たれ、前方を進む。

その先端が、ガードフレームの足元に届いた。

今だ!

「硬化ッ!」

叫ぶと同時、トリガーを引く。

途端、ビームが実体となって硬化し、ガードフレームの動きを封じた。

これぞ、俺のガンプラ「クリスタイルオーガンダム」の特殊性能。

その名も「クラフタル・システム」。

通常のGN粒子に、自己流で編み出した特殊粒子「硬化粒子」を混ぜ込むことで、射出後に硬化する「融合粒子」を精製することができる。

結構な出力なので、そう何度も乱用はできないが…

「…よし、機体番号が一致してる」

念のため確認したところ、やはり眼前のガードフレームは、運営のメッセージに書かれていた盗難機そのもので間違いないようだ。

相手が運営そのものじゃないのなら、遠慮する必要はない。

「誰だか知らないが、丸腰の俺たちを散々痛めつけやがって…」

言いつつ、身動きの取れないガードフレームに、俺のビームライフルを構える。

「お返しだ、このヤロゥッ!」

その腹をめがけて、ライフルを放った。

ビームはガードフレームを貫通し、大きな穴を開けて爆発。

ガードフレームは撃墜した。

 

 

「ありがとう、守ってくれて」

リナリアが俺に頭を下げた。

「そんな、大したことじゃないさ」

言いつつ、無意識に背中を掻こうとして、そういえばダメージを受けていたことを思い出す。

「…ん?」

しかし、背中は何ともない。ガンプラの攻撃を受けても、ダイバールックには視覚的ダメージはないのだろうか。

「ねぇ」

背中を見ていた俺に、リナリアが何やら画面を向けてくれている。

「わたしとフレンドになってほしいな」

ああ、なるほど。

「そうだな、そうしようか」

そう言って自分のフレンド画面を開き、ふと気づく。

「…そういえば、俺はまだお前に名乗ってない…のか?」

聞いてみると、リナリアは少し考えてから、こくりと頷いた。

「あぁ、やっぱりか。…ごめんな」

一度謝ってから、俺のダイバーとしてのステータス画面を、彼女に見せる。

「俺はジン。よろしくな」

言うと、リナリアも微笑む。

「うん、よろしくね、ジン」

まもなくして、リナリアからフレンド申請が届いた。

 

 

 

オイ!あいつ普通にガンプラ出してきたぞ!どうなってんだ!

確かに。ヴィラーエフェクトは正常に機能していたはずだ。

落ち着いて下さい。その件は既に調査中です。

なによ、そっちにもわからないの?

チッ、手っ取り早く捕まえるためにヴィラーフレームを使ってやってんのによォ!

これでは自分のガンプラを使った方が早い、かもしれないな。

めんどくさいわねぇ…。

…いいえ、次もヴィラーフレームを使ってください。

ハァ? なんでだよ!

今回の原因を究明するためです。もう少しデータを集めさせて下さい。

なによ、つまらないわねぇ。

その意見には同意だ。…が、オーナー様の意見なら仕方ない。

わーったよ。メンテしときゃいいんだろ?

ええ。よろしくお願いします。

 




方舟の少女 ガンプラデータファイル01

【クリスタイルオーガンダム】

ジンが製作し、操るガンプラ。
オーガンダムをベースとして、ビルドファイターズの機体と組み合わせた徹底改修が施されている。
その最大の特徴は「クラフタル・システム」。
両肩のクラフタルジェネレーターから、数々の製作実験で偶発的に生まれた「GN粒子を硬化させる粒子」が生成される。
これと、胸部の太陽炉から生成されるGN粒子を混ぜることで「融合粒子」となり、ビームに実体としての応用性を持たせることができる。
あらかじめインジェクターにはいくつかのパターンが記憶されており、状況に応じて様々な形状の物質を具現化、これらを使い分けることが可能。
しかし、相応の出力を消費するため、これとは別に通常のビームライフルとビームサーベルを装備しており、基本的にはそれらの武装で戦闘を行う。


【ヴィラーフレーム】
何者かによって運営の手から盗まれたガードフレーム。本来はGBNの治安維持などに使用される。
ヴィラーエフェクトと呼ばれる謎のプログラムが追加されており、これによって運営の管理から抜け出しているらしい。


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第2話「今はそれだけで」

暗い天井。

遠くて、忙しない声。

わたしは、まだ、ここにいる。

ちがう。

わたしは、また、ここにいる。

ここにはいたくない。

わたしのいたい場所は、ここじゃない。

ここにわたしはいない。

わたしがいる意味はない。

だから、いきたい。

もどりたい。

あの世界に。

彼のいるところに。

 

 

エルダイバーを名乗る少女『リナリア』と出会ってから、数日が過ぎた。

ここは、とある非戦闘区域にある、小さなカフェの中。

ダイバー同士の交流が盛んに行われている場所だ。

俺は少し前から、この場所で、とある情報を探している。

「あっ、ジン!」

俺を呼ぶ声が聞こえたのは、そんな時だった。

「うん?」

声がしたほうを見ると、少し離れたところに、リナリアの姿が見える。

「やぁ、リナリア」

「えへへ、こんにちはっ」

俺が言葉を返すと、リナリアはこちらに歩み寄ってきた。

「ジン、それはなぁに?」

近くまで来ると、彼女は俺の持っているものを見る。

「これか? モカコーヒーだ」

「おいしい?」

「えっ? …いやぁ、どうだろうな」

いくら現実に近い仮想空間とはいえ、ここは所詮現実ではない。飲むという動作を取ることはできても、何の意味もなさないのだ。

俺のダイブ環境、つまり、リアルの世界からGBNに入るための機器や設備は、極めて簡素なもの。

そのためか、味覚情報までは、リアルの俺にはフィードバックされない。

その場に合わせたファッションアイテム、みたいな気持ちで持っていたのだ。

「うーん…小さい頃は苦くて飲めなかったけど…今なら飲めるかな…」

コーヒーをじっと見つめながら、そう言うリナリア。

「…飲んでみるか?」

そう聞いて差し出すと、頷いて受け取る。

少し見つめていたが、

「…えいっ」

思い切って、グイッと飲んだ。

「うわぁああ、にっがーい!」

ダメだったらしい。

「ははは、お前にはまだ早いって事さ」

笑いながら、残ったコーヒーを受け取る。

「ひどいよ、ジン。飲めって言ったのはジンじゃんかさ。…うぇえ…喉が気持ち悪い…」

「悪かったよ。…ちょっと待ってろ」

軽くパネルを操作して、アイテムリストから棒付きキャンディを取り出す。

ちなみにこれは、少し前のミッションバトルで、報酬として手に入れたもの。

「ほら、これで少しはマシになるだろ」

リナリアは俺の手から奪うように受け取り、口に入れる。

「むぅ…」

唸りながら、棒を持って口の中を行ったり来たりさせる。

そんな様子を尻目に、俺もコーヒーを飲んでみた。

…うん、やはり「飲む」という行為が出来ても、特に何かを感じることはない。

リナリアは現実のコーヒーであるかのような反応をしたが、やはりそれも、彼女がエルダイバーだから、なのだろう。

「ジンには、苦くないの?」

「そうだな、なんとも感じない」

こればかりは苦い苦くない以前の問題なのだが、それを言うのは少し野暮か。

「へぇ…。ジンって、大人なんだね」

そう言うリナリアも、ようやく苦味に慣れてきたのか、キャンディは口に加えたまま、その手だけを棒から離した。

そうして、カフェの中を見渡す。

様々な姿のダイバーが、それぞれ異なるカップを持ち、何かを飲んだり、会話したりしている。

それを、彼女はじっと見つめている。

「みんな、楽しそうだなぁ…」

そんな言葉が漏れた横顔は、何かを悟っているかのように見えた。

遠い世界を見つめるような、どこか大人びた視線。

それを見ていて、ふと思う。

「なぁ、リナリア」

「うん?」

振り向く彼女の口には、未だにキャンディの棒が付いている。

「お前、なんか…タバコふかしてる大人みたいだな」

場所の雰囲気も相まって、そう見えたのだろう。思わず口に出していた。

「へっ? …ふぅん、そっか…」

一度驚くリナリアだったが、ニヤリと笑ってキャンディを口から抜いた。

「ふーっ…」

舐めかけの部分に軽く息を吹いて、また口に戻す。

そしてまた抜き、一言。

「…『しゃばのくうきは、うまいぜよ』」

……。

「…どう? わたし、大人っぽい?」

……ッ!

「あははははははは!」

思わず笑ってしまった。

「なっ、なんだお前それッ、ぜよって、ぜよってなんだよ!あははははは!」

妙な土佐弁がツボに入ってしまう。

「しかも全ッ然大人っぽくないぞ! むしろ、キャンディだから子どもじゃないか!あははははは!」

おかしくて腹が割れそうだ。

「うっ、ひ、ひどいよ、ジン! わたし、ジンが大人みたいって言うから、乗ってあげたんじゃん!」

顔を真っ赤にして怒るリナリア。

「い、いや、悪い、ごめん、まさかそう来るとは思わなかったからッ、さ!」

そう言いつつ、とりあえず腹を抑える。

「はー、はー腹いてぇ、…ククッ」

一度視線を床に落として、呼吸を整えて、再び顔を上げる。

そこに、キャンディを加えたままのリナリアの顔が映る。

『しゃばのくうきは、うまいぜよ』

「ブフゥ!」

ダメだ、思い出してしまった。

「ッもう! ジンのバカ!」

リナリアはダンッと地団駄を踏んで、俺に踵を返した。

そのまま歩いてカフェから出ようとする。

「あっ、待てよリナリア! 悪かったって!」

慌てて追いかけ、その肩を掴んだ。

すると、彼女がこちらを振り向く。

…キャンディを咥えたまま。

「ぐふゥッ!」

ダメだ、また…!

「もう!もうもう!」

リナリアは俺の手を振りほどいて、

「ジンのバカ!ぼくねんじん!むしんけい!もう知らないもん! ばーかばーか!」

そんな捨てゼリフを残して、カフェを飛び出してしまった。

一人、取り残される俺。

そして冷静になり、ようやく気づいた。

周りの視線が集まっている。

さて、どうするか…。

…どうするもなにも、追いかけないとな。

こちらを見る多くの視線と向き合い、一人の男を探し出す。

「おじさん、お会計頼みますよ」

 

少し出遅れたが、俺もカフェを出た。

さて、リナリアはどこに行ったのか。フレンド画面からマップを開き、所在を確かめる。

…あまり遠くに行ったわけではないらしい。同じエリアの少し離れた場所で、止まっていた。

今回は完全に俺が悪い。ちゃんと謝ろう。

そう決めて、リナリアの元に向かう。

 

リナリアは、道の隅でうずくまっていた。

走って出て行ったから、先日のように疲れてしまったのだろう。

「悪かったよ、リナリア」

言いつつ、彼女の肩に軽く手を置く。

「…ジン…」

振り向いた彼女は、俺の手を振りほどいた。

「…なんで付いて来たの?」

睨みつけるような視線。

「なんで、って…」

思わず引き下がると、リナリアは立ち上がる。

「もう知らないって言ったじゃん! 付いて来ないでよ!」

彼女の突然の大声に、思わず耳を塞いだ。

まいったな…。思っていた以上に怒っている。

「そ、そんなこと言わないでくれよ。せっかくフレンドになったばかりじゃないか。…俺が悪かったよ。ごめんな」

頭を下げて謝るが、リナリアはそっぽを向いている。

「ふんっ! そうやってまた隙を探して、わたしのことバカにするつもりなんでしょ! そうはいかないんだから!」

言って、こちらに背を向けた。

「ちょっ、待ってくれよ!」

今一度その肩を掴んだが、

「離してっ!」

「うわっ!」

思い切り振りほどかれ、体勢を崩した俺は地面に倒れた。

「くっ…何すんだよ!」

思わずこちらも声を荒げた。

「そ、そっちが悪いんじゃん! ばーか!」

リナリアはべーっと舌を出して見せてきた。

…流石にこっちも、腹が立ってきたぞ。

「お前なぁ…人が謝ってんのに、その態度はないんじゃないか?」

すこしからかっただけじゃないか。

「なにそれ! 謝ってるジンの方がえらいみたいじゃん! そっちが先にバカにしたんでしょ!」

「ちょっと笑っただけだろうが」

「ちょっとでも、バカにしたのは本当じゃん!ちゃんと謝ってよ!」

「謝ったじゃないか。ごめんって」

「そんな態度じゃ信用できないもん! ちゃんと頭下げてよ!」

「いや、さっきも下げたじゃないか」

「知らないもん。みてなかったし。…ほら、今ここでちゃんと頭下げて見せてよ!」

…あんまり調子に乗るなよ。

「わかったよ! そらっ!」

自分の膝に鼻をぶつけるくらいの勢いで、思いっきり頭をさげてやった。

「わぁっ!」

リナリアは驚いて、尻餅をついてしまう。

グスッ!

…なんか、随分鈍い音がしたぞ。

「っくぅ! …うぅ…っ」

うめき声のようなものを上げる彼女の下には、大きめの石がある。

打ち所が悪かったのか。

思わず謝ろうとしたが、

「もうっ!」

リナリアが大声を上げて遮った。

「もう…やだ…」

その目がすこし潤んで。

「もう…ジンなんて…知らないもん…」

フッ、と、その姿が揺らいだ。

そのエフェクトは、通常のダイバーがログアウトを行う時のものと同じで。

「ま、待てよ、リナリア!」

呼び止めようとしたのも遅く、リナリアの姿は消えてしまった。

「…行っちまったか…」

流石に、ログアウトしたダイバーの行方は知りようがないので、追うこともできない。

…いや、彼女がエルダイバーだとしたら、リアルの世界を介しているわけではないので、本当の意味でGBNから出ることは、できないのかもしれないが…。

それとも、リアルで活動するための、モビルドールがあるのか…。

「まいったな…」

どちらにしても、今の俺にできる事はない。

リナリアが再びアクションを起こすまでは、待つしかない…か。

 

一人でカフェに戻るわけにもいかないので、俺は4キロくらい離れた、大きめの広場にやってきた。

「ちょっと休むか…」

いくら肉体的疲労がない世界とはいえ、現実に限りなく近い環境で、4キロも歩けば、気疲れする。

近くのベンチまで行き、腰を下ろした。

「ふぅ…」

息をついて、辺りを見る。

スワークル。それが、このエリアの名前。

非戦闘区域なのでガンプラバトルはできないが、数ヶ所の広場を起点として、エリア内各所に様々な施設がある。

なので、バトル以外のダイバー同士の交流が、とても盛んに行われている。

聖地ペリシアほどではないが、それでも、俺のログインしているサーバー近隣では、最も賑わっている交流用エリアだ。

故に、様々な特徴のダイバーと、そのガンプラが視界いっぱいに写っている。

見知らぬダイバーに、個性的なガンプラ。ただ見ているだけでも、しばらくは楽しめる。

…なんて思いながら、広場の光景をぼんやり見つめていたが、

「…あれは…」

そのうちに、知っている姿が、遠巻きに見えた。

あの姿、間違いない。

「おーい、セイゴ!」

俺の声に、セイゴが振り向いた。

「ジン…?」

「ああ、久しぶりだな!」

懐かしいその姿に、思わず駆け寄る。

彼はセイゴ。以前、同じフォースで活動していた仲間だ。

「ずっとログイン形跡がなかったから、心配してたんだぞ!」

言いつつ肩を組むと、セイゴは顔を曇らせる。

「ちょっと、リアルの方で、事情があって…」

「あっ…、そうなのか」

リアルでのことは、あまり聞かない方が良い…か。

「とにかく、無事でよかった。…こっちの世界じゃ、リアルでの安否もわからないからな…」

言うまでもないが、GBNでの繋がりは、所詮オンライン上での繋がりでしかない。

ログイン履歴が途絶えるということは、消息不明状態になってしまうことを意味するのだ。

「うん、それは大丈夫。…ありがとう、心配してくれて」

セイゴはそう言って、俺の腕を解いた。

「ジンはどう? 最近、何か変わった事はある?」

それを聞いてくれるか。思わず鼻息が漏れる。

「こいつを見てくれよ」

言って、俺は俺自身のダイバーステータス画面を、セイゴに向けた。

「えっ…、あっ! ダイバーランクが上がってる!」

気付いてくれたようだ。

「そうさ! 今の俺には、必殺技スキルだってあるんだぜ!」

セイゴと最後に会った時から、今の俺は二段階昇格している。

「いやぁ…すごいね。半年くらい会ってなかったから、変わっているとは思ったけど、ここまでなんて…。流石だよ、ジン」

「いやぁ…まぁ、な…」

いざ褒められると、妙に恥ずかしくなる。

「…そうか、あれから半年も経つのか…」

セイゴのログインが途絶えたのは、俺たちの所属していたフォースが解散してすぐの頃。

懐かしい気持ちになり、思わずフレンド画面を開いた。

「みんな、元気でやってるかな…」

フレンド画面から、かつて、共に活動していたフォースメンバーを確認する。

…ん?

「あれ?」

異変に気付いた。

「セイゴの名前がない…?」

フレンド一覧に、セイゴの名前がない。

「あー、ほら。…多分、僕がずっとログインしてなかったから、じゃないかな」

と、セイゴも自分のフレンドリストを開く。

「ほら。僕のフレンドリスト、真っ白になってるし」

本当だ。彼のリストには、他の元フォースメンバーの名前どころか、ダイバーネームそのものが載っていない。

「…そういうものなのか…?」

とはいえ、少し不思議だ。

これでも俺は、GBN歴が数年あるし、その分ある程度は他者と交流している。

ログインが途絶えたからといって、フレンドリストが勝手に消えた、なんて話は聞いてことがない。

「うん、だってほら、僕、そのために今スワークルに来てるんだよ。消えたフレンドリストを治すために、他のダイバーから、みんなの情報を集めようと思って」

「あー…なるほど。そういうことだったのか」

まぁ、GBNのシステムを不可解に思っていても仕方がないか…。

「わかった。じゃあ、せっかく会えたわけだし、改めてフレンド登録しようぜ」

「あ…うん、そうだね」

二人して登録画面を操作し、互いの名前をフレンドリストに追加する。

「…うん、じゃあジン、僕は他のみんなを探しに行くから」

そう言って、セイゴはログアウトの画面を開いた。

「ここで情報を集めるんじゃなかったのか?」

「そのつもりだったけど、もうあらかた聞いて回ったし、次のサーバーに行くよ」

俺の問いにそう答えて、セイゴは軽く手を振る。

「じゃあ、またね、ジン」

「ああ、またな」

セイゴは一度頷いて、このエリアから消えた。

「…セイゴ、か」

改めて、その名前を呟く。

何よりも、無事でよかった。

半年会っていなかったとはいえ、ずっと一緒に戦っていた仲間だ。

彼がGBNに帰ってきてくれたのは、素直に嬉しい。

…って、あれ?

「他の奴のことも、俺に聞けば早かったんじゃねぇか…?」

今更気づいたが、セイゴはログアウトしてしまったので、追いかけようがない。

仕方ない。セイゴのことは、次にログインのタイミングが合った時にしよう。

…そういえば、リナリアはそろそろ再ログインしているだろうか。

「…そんなに早く、帰ってきてはいないかな…」

なんて言いつつも、フレンドリストからリナリアのオンライン状況を調べる。

「あ、居る」

スワークルの外に、彼女の反応があった。

…この広場からだと、まず反対方向の境界線からスワークルの外に出て、 ガンプラに乗ってから、スワークル全体を迂回するようにして向かうのが、一番早いだろう。

少し面倒だが…。

「…こういう事は、早めに解決しないとな」

自分に言い聞かせる意味も込めて、俺はそう呟き、彼女のいる位置へ向かうことにした。

 

適度にマップを確認しながら、ガンプラに乗って、リナリアの位置を示す場所まで来た。

森林地帯の上空。前回とは違い、今回は非戦闘エリアの付近ということもあって、川や道など、よりリアルの世界のそれに近い姿をしている。

上空から見る限りではわからないが、細かい高低差もあるはずだ。

「この辺のハズだが…」

マップの示した場所に着いた。マップを拡大して、詳細を確認する。

だが、その瞬間。

「ん?」

一瞬、なにやら奇妙な違和感が訪れた。間も無くして、俺自身が落下していることに気づく。

「なっ!」

周囲の景色が、全周囲モニター越しではなくなっていた。

つまり、ガンプラが消えたのだ。

「嘘だろオイっ!」

なんて言葉を発しているうちに、やがて俺は地面に激突した。

「痛ッ…てぇ…」

本当に痛覚に刺激があるわけではないが、思わずそう言ってしまう。

…というか、この高低差なら現実では死んでいたな…。

「何が起きたんだ…?」

起き上がり、状況を確認する。…やはり、俺のガンプラはそこに存在せず、持ち物の中に戻されている。

そもそも、ダイバーが自分の意思でガンプラを戻した場合、ダイバーはゆっくりと地面に「降下」するのが基本だ。

しかし今回は、その補正がかからず、俺はいわば「落下」した。

つまり、なんらかの要因で、ガンプラを強制的に戻された、ということになる。

考えられる理由としては、ガンプラの性能上活動できない環境に来た場合や、ガンプラでの移動そのものが制限されている区域に入った場合のどちらか、だろうか。

…とはいえ、この辺りは幾度となく、俺自身がガンプラで移動したことのある区域だ。

そんな可能性は考えにくい…

「…ん?」

待てよ?

ガンプラでの移動、というより、ガンプラの操作そのものができない環境だとしたら、どうだ?

それが、つい最近身に覚えがある要因だと仮定した場合…。

それは、リナリアと初めて会って、リナリアを狙った盗難ガードフレームが現れた時で…

つまり、今また、例のガードフレームが、近くに居るのか?

「…ッ!」

思わずマップを確認した。まだこの近くに、リナリアの反応がある。

そして、いつのまにか、正体不明のガンプラの反応も映っていた。

つまり。

「やばいぞ…!」

今まさに、リナリアの近くに、例のガードフレームが迫っている。

いや、もしかしたら既に遭遇しているのかも…。

「リナリアっ!」

思わず、俺は駆け出した。

 

いた。

良かった、まだ無事だ。盗難ガードフレームの姿も見えない。

「リナリア!」

名前を叫ぶと、彼女は驚いてこっちを見た。

「ジン…?」

駆け寄ろうとしている俺をみて、リナリアは逃げようとした。

「ちょっと、待ってくれよ!」

慌てて足を早め、なんとか追いついて腕を掴む。

「放してよ。もうジンのことなんて知らないって言ったじゃん!」

「え? …ああ、それは…」

しまった、何を言うべきか考えてから来るべきだった。

…って、そうじゃない。

「待ってくれ、それよりも今はここから離れないと。…近くにアイツが居る」

「アイツって…?」

「前にお前を狙ってきたガンプラ、盗まれたガードフレームだ」

その単語で、リナリアの顔は一気に青ざめた。

前回もそうだったが、この事になると、彼女は急に怯える。

俺と会う以前に、よほど怖い思いをしたのだろうか。

「とにかく、今はまず、ここから出よう!」

言って、リナリアの手を取った。

これで、このエリアから二人同時にログアウトできるはずだ。

…通常なら。

「…ちっ、またダメか」

しかし、エラーが出てしまう。

前と同じだ。このエリアから離脱ができない。

となれば、やはりガンプラで一気に移動するのが手っ取り早い、のだが…。

「…こっちもか」

こちらも、エラー表示に邪魔される。

一度強制的に戻されたから、察しはついていたが…。

やはり、あのガードフレームが近くにいると、ガンプラを使うことができないようだ。

一体なぜ…。

…って、そんなことはあとでいい。

「とにかく今は、アイツに見つからないうちに、このエリアを出ないと…」

ログアウトができないなら移動するしかない。しかし、ガンプラは出せない。

ここは…

「こいつの出番だ」

俺だって前回とは違う。こんなこともあろうかと、ガンプラではない移動手段を用意しておいた。

これもダメなら手詰まりだったが…よし、大丈夫。無事に出現する。

なるべく目立たないサイズで、二人で、高速で移動するための手段。

「これって…バイク?」

そう。前回襲われた後、有り合わせのダイパーボイントで購入した、バイクだ。

「ああ。これなら前みたいに、たくさん走る必要はないからな」

取ったままだったリナリアの手を引いて、バイクに跨ろうとする。

しかし、彼女の手が、俺の手からするりと抜けた。

「…ん、どうした?」

振り返ると、リナリアは俯いていた。

「早くしないとアイツに見つかるぞ」

再びその手を取ろうとした俺を、

「…っ!」

彼女は、一歩踏み下がって、避けた。

「わたし、もうジンのことなんて知らないもん」

首をブンブンと横に振り、さらに一歩踏み下がる。

「いや、今はそんなことを言ってる場合じゃ…」

そういって聞かせようとした俺だったが、やめた。

リナリアの手が、震えている。

「リナリア、お前…」

彼女はただ、考えなしに聞き分けのない事を言っているんじゃない。

状況を理解した上で、この結論を出したんだ。

「…そうか」

正直、『そんなこと』かと思わないと言えば、嘘になる。

だが、それは俺の、彼女を笑った人間の理屈だ。それは彼女の決断に関係ない。

今、リナリアは怯えるほどに怖い相手を前にして、それでも俺を否定している。

それが事実であり、彼女の本気なんだ。

そして、彼女にそれをさせているのは、…他でもない、俺自身。

「リナリア、聞いてくれ」

彼女が俺を見てくれるのを待って。

「…ごめん。俺が悪かった」

大きく、ゆっくりと頭を下げた。

経緯はどうであれ、俺は彼女を笑った。

それが、彼女の心を傷つけた。

どんなに些細なことだとしても、それを些細だと感じるかどうかは、人それぞれだ。

だから、それは言い訳にしていいことじゃない。

「すまなかった。この通りだ。…どうか、許してくれ」

言って、リナリアの反応を待つ。

そのまま少しの時間が経って。

「…あの、あのね、ジン」

呼ばれて、頭を上げた俺は、リナリアと目があった。

「その、わたし…」

その、視界の隅で、何か動くものが見えた。

直後、

「きゃあっ!」

リナリアが視界から消える。

「リナリア!?」

慌てて辺りを見回すと、彼方の方角へ、彼女の姿が急速に遠のいていた。

その姿は、同じく彼方へと遠のいていき、屋根のない車の中に引きずり込まれる。

あの車が、リナリアを連れ去ったんだ。

「待てっ!」

俺は急いで、自分の出したバイクに乗り、車を追った。

相手は森林地帯を想定していたのか、屋根のない四輪のオフロードカーのようで、満足に舗装されていない道を、構わず進んでいく。

対してこちらは、あり合わせのポイントで購入した簡単なバイクだ。路面の凹凸が邪魔をして、うまくスピードが出ない。

「くそっ、このままじゃ…」

何か手はないのか。そう思い、片手でマップを開き、現在地を確認した。

このままだと、あの車は大きなカーブに差し掛かる。

「だったら!」

俺は道を外れ、木々の間に飛び込んだ。

カーブの終了地点まで、最短距離を直線上に進むんだ。

勿論そこに道はないので、木々の間を縫って進むしかない。

どうせ仮想空間だ。ダイバーであるこの体が、木に衝突したところで、痛みなんて感じない。

「っ、よし!」

再び道に出たところで、わずかに車の前に出た。

こちらの姿に驚いたのか、車は減速し始める…のだが。

…ダメだ、制動距離が足りない。

衝突する!

「ぐあっ!」

バイクの後部に車が衝突した。俺の体が弾き飛ばされ、地面に倒れる。

一方、ぶつかった衝撃で車は軌道を逸らし、道の側面の木に再度衝突して、完全に停止した。

乗っていた男は弾き飛ばされるが、リナリアは座席に体を弾かれ、中に留まっている。

「っ、リナリア!」

一足先に立ち上がった俺は、車と彼女の元に駆け寄った。

「リナリア、大丈夫か? 立てるか?」

「う…、ジン…」

俺を確認して手を伸ばしてきたので、それを握る。

「この…クソっ!」

声に振り向くと、運転していた男が立ち上がって、こっちを睨みつけていた。

「お前、なんでリナリアを!」

思わず叫ぶ俺を、男は怪訝な顔で見る。

「リナリアぁ? …そのガキのことか」

なんて笑い、男は手招きをした。

「おい、そのガキをこっちに渡せ」

言われるが、俺は奴とリナリアの間に立つ。

「…リナリアをどうする気だ?」

「そんな事、お前に教える道理はねぇな!」

俺の問いには答えず、男はパネルを操作した。

途端に背後にガンプラが現れる。

例の盗まれたガードフレームだ。

「くっ…!」

俺もガンプラを出そうとするが、先程エラーが出たばかりだということを思い出し、辺りを見回す。

俺のバイクは遥か彼方に吹き飛ばされていた。道の側面の木々をいくつか倒し、その幹や枝が絡まっている。すぐには動かせない。

どちらにせよ、リナリアが車の中から動けない。

となれば…、

「リナリア、しっかり掴まってろ!」

握っていた彼女の手を開き、代わりに助手席の手すりを握らせ、俺は車の運転席に飛び込む。

この車を使うしかない。

「動いてくれッ!」

ギアをバックに入れてアクセルを踏んだ。

車は後方に急発進し、今度は後方の木々にぶつかる。

そして、眼前をライフルの射撃が通り過ぎた。

「チィッ…このっ!」

すぐに二発目が向けられるが、俺は急いでギアとハンドルを操作し、それを避けた。

そのまま道なりに車を進める。…前回のように車を降りて木々に隠れながら進む方法もあるが、車を降りる一瞬を狙われたら逃げれない。

とりあえず、この車で距離を取る。その後で逃げ切るか、ガンプラで応戦するか…

「…ジン…」

対策を考えていると、リナリアが少し弱々しい声で俺を呼んだ。

「怪我はないか?」

「う、うん…」

運転しながら、横目で彼女の様子を確認する。

よかった。とりあえずなんともなさそうだ。

「すまなかった。お前にまた痛い思いをさせて。…でも、今はとにかく、アイツから逃げることが先決だ。俺を見限るのはその後にして…」

そこまで言った時、ふと。

俺の腰に、温もりのようなものを感じて。

「…怖かった」

リナリアが、俺の腰にしがみついていた。

「ジンはね、わたしが初めて、わたしの言葉で、仲良くなってくれたひと。なんだ」

その声は、辿々しくも、確かに俺に聞こえる。

「初めてなの。わたしを、わたしだけで見てくれるひと。リナリア、って呼んで、優しくしてくれたひと。…だから、わたし、とってもうれしくて…」

何を言っているのか、よくわからない。

でも、今それを聞き返すのは、なぜか気が引けた。

「だから、だからね、わたし、ジンのこと信じたんだ。でも、わたし、ジンに笑われて…。わたし、怒ったけど、ほんとは、すっごく怖かったんだ。なにか、間違えたのかなって。…なにを間違えたのか、全然わからなくて、不安で、怖かった…」

ぎゅっ、と、俺の腰を強く握る。

「だからわたし、強がって、ジンのこと、知らないっ、って、言っちゃって…。それで、どんどん、へんなことに、なっちゃって…」

腰に濡れるかのような感覚を感じて、ふと見る。

リナリアは泣いていた。

「ねぇジン、わたしね、ほんとはただ、ジンと一緒にいたいだけなの。それだけなの。…だからお願い、わたしの…、わたしを…」

聞き取れたのは、そこまで。

その先は言葉になっておらず、リナリアは静かに泣いている。

…なんだか、よくわからないが。

「えっと…要するに、リナリアは俺のこと、許してくれるのか?」

チラリと見ながらそう聞くと、彼女も俺を見上げた。

「うん。許す。許すから。…ジンも、わたしのことを、許して…」

それなら、話が早い。

「ありがとな、リナリア」

俺は、彼女の頭に片手を乗せる。

「正直、よくわからないが、お前が許してくれるなら、今の俺にはそれでいい」

せっかく仲良くなれたんだ。ケンカ別れなんてしたくない。

「お前がいいなら、俺はこれからも、お前のフレンドだ」

それだけは確かにしておきたい。そう思って言うと、

「…ありがと、ジン」

リナリアは、俺の体から離れる。

横目で確認すると、涙目に笑顔を作ってくれていた。

その直後、頭上を大きな影が通り過ぎる。

「逃げ切れると思うんじゃねェよ!」

盗まれたガードフレームが、俺たちの乗る車を通り過ぎたんだ。

理解と同時、ガードフレームは車の前に、膝を付けて着陸する。

これでは前回のように、足の間を縫って避けることができない。

「くっ!」

ハンドルを切ってUターンしようにも、それほどの道幅はなく、一時的に停車する。

そこにガードフレームの腕が伸びてきた。

ダメだ、今度は降車も間に合わない!

と思った途端、

「ぐがっ!?」

突如、目の前のガードフレームが倒れた。

その横には、いつのまにか俺のガンプラが居る。

まるで、その拳でガードフレームの不意を突いたかのような姿勢で。

「お前…」

呼び出せないハズじゃ…と思ったが、

「…いや、今は好都合だ!」

ひとまず、理由を考えるのは後だ。

「行くぞ、リナリア」

「うんっ」

ガードフレームが怯んでいるスキに、俺はリナリアの手を引いて、ガンプラに飛び込んだ。

リナリアの手が肩に触れたのを確認して、両手をコンソールに添え、愛機であるクリスタイル・オーガンダムを起動させる。

「てめェ、何しやがる!」

声に驚いてモニターを見ると、体勢を立て直したガードフレームが、俺たちにライフルを向けていた。

その銃口をクリスタイルの腕で弾き、射線そのものをずらす。

「こっちのセリフだ、ドロボー野郎」

そう言いつつ、背中からビームサーベルを引き抜いた。

腹を貫こうとする俺だったが、相手もそれを悟り、大きく距離をとった。

「もう一度聞くぞ。お前、なんでリナリアを狙うんだ?」

牽制のために、俺も左手でライフルを構えるが、

「うるせェよ!」

奴の答えは新たな射撃だった。横に飛んでそれを避ける。

「答える気はない、ってか」

どういうつもりか知らないが、それならそれで、俺にも考えがある。

「…あの後、運営に呼び出されて、大変だったんだからな」

前回、俺はこのガードフレームを撃墜した。

しかし、その状況を側から見れば、ダイバーが運営の機体を攻撃する、つまり「一種の反逆行為」と捉えられても仕方ないことなのだ。

…なんてことを、運営に散々言い聞かされてな。

状況が状況だから、具体的な処罰があったわけではないが、その話を受けた時間は、決して有意義なものなんかではなかった。

要するに。

「俺も、これ以上お前の相手をしたくないんだ」

運営に渡されたプログラムを、クリスタイル・オーガンダムに組み込む。

「かかってこい。もう逃げも隠れもしないぞ」

ライフルを捨てて、その手で手招きをしてみせる。

「ナメやがって…調子に乗るんじゃねェ!」

思った通り、奴はライフルを撃った。

それでいい。

「プロテクションッ!」

ボイスコマンドで、左腕のインジェクターから六角形状の障壁を生成する。

弾くほどの強度はないが、防ぐのには充分だ。

「オラオラどうしたァ!」

相手は構わず、連続で銃撃を行う。GNフィールドを突き破るつもりだろうか。

だが、その間にも俺の用意は整っている。

「たッ!」

素早く横に飛んで射線上からずれ、俺は右手で持ったままだったビームサーベルを、ガードフレームのいる方向へ投げた。

「フン、そんなモン!」

ガードフレームはライフルの銃口を俺のビームサーベルに合わせるが、俺の目的はそうじゃない。

「ジャベリンクラフト!」

ボイスコマンドを叫ぶと、右腕のジェネレーターから融合粒子が飛び出した。螺旋を描きつつ直線上に伸びた二本の粒子が、サーベルに追いついたところで硬化し、一本の棒になる。

つまり、擬似的なビームジャベリンを形成したのだ。

「せいッ!」

それを、素早く持ち替えて、ガードフレームに投げる。

「なっ、ぐッ!」

意表を突くことに成功したらしい。

相手はライフルで迎撃せず、腕ではたき落した。

その隙に、

「そこだッ!」

左腕で形成したもう一本のビームジャベリンを投げる。

「がッ!」

ガードフレームの左肩に突き刺さった。

「こんなモン…ッ!?」

ガードフレームは右腕でそれを引き抜こうとするが、その動きが突然停止する。

「な、なんだ!? なんで止まるンだよ!? 動けッ!」

男の声は聞こえるが、ガードフレームは右腕を左肩に伸ばした姿勢のまま、ピクリとも動かない。

そのはずだ。

「…盗まれていても、所詮は運営の機体、ってことさ」

俺が先程組み込んだプログラムは、どうやら正常に機能したらしい。

運営に呼び出され、長い説教の後に渡されたプログラム。

「ガードフレーム専用のワクチンプログラムを打ち込んだ。もうお前に、そのガンプラは使えない」

詳しい原理はわからないが、そういうものらしい。

事実、目の前のガードフレームは全く動かない。

それどころか、ついにエリアから消え始めた。

「なっ…くそッ!」

男性ダイバーが、ガードフレームから降りてきた。間も無くしてガードフレームは完全に消えてしまう。

「テメェ…ッ! これ以上オレの邪魔しやがったら、タダじゃすまねぇからな!」

言って、男性は小さな球を上に掲げた。

あれは…まさか、

「待てッ!」

俺の声より少し早く、男性ダイバーが小さな球を地面に叩きつけた。

辺り一面に強い光が差す。

やはり、閃光弾だ。

「くっ!」

「わぁっ!」

俺とリナリアは思わず目を閉じてしまう。

光が止み、再び目を開けた時にはもう、男性ダイバーの姿は見当たらなかった。

「…逃げられたか…」

 

 

 

少し経って、運営からの通知が来た。

俺がワクチンプログラムを打ち込んだガードフレームは、話に聞いていた通り、正常に運営の元へ戻ったそうだ。

「…これで、とりあえずは一安心だな」

「うん」

声をかけると、リナリアも頷く。

「ありがとう、ジン。また助けてもらっちゃって」

「いいさ。お前が無事で何よりだよ」

今はそれだけで充分だ。

なんて思っていると、リナリアは少し言いづらそうに、

「あのね、ジン…」

俺を見て、ゆっくり頭を下げた。

「…ごめんなさい」

そして、また上げる。

「わたし、まだちゃんと、ジンに謝ってなかったから…」

…いや、リナリアが謝るようなことはない…と言おうとしたが、

「…わたしね、あんまり人とお話しするの、慣れてないんだ。…うまく言えないけど、今までずっと、そうだったから…」

…ふむ。

「だからね、えっと…ジンにとっては軽い気持ちだったのかもしれないけど、わたしにとっては…、って、そうじゃなくて…」

リナリアは、なんだか辿々しく、それでも何かを言おうとする。

「あの、わたし、わからないの。…どんな言葉が冗談なのか、とか、どんな言葉で答えていいのか、とか、普通の人が、どんな話をするのか、とか…」

…うん。

「だから、わたしの答え方で、余計にジンを困らせちゃったり、するかもしれない。ジンを怒らせちゃうかもしれない。…でも、わたしはそんなつもりじゃなくて…だから、その…」

…ああ、まどろっこしい。

「…すまん、もうちょっと簡潔に言ってくれるか?」

俺がそう答えると、リナリアはハッとして、

「あっ、ご、ごめん…」

そう言ったきり、少し黙ってしまう。

…なんだろう、妙に気まずい沈黙が流れる。

こういう時はどうするか。とりあえずリナリアの言葉を思い出す。

「…ええと、リナリア」

「あっ、うん」

俺を見るその目は、不安そうで、何かを期待するようで。

「お前、さっき俺がフレンドでもいい、って言ってくれた…よな?」

「う、うん。それは、もちろん!」

俺の言葉に力強く頷く。その目はとても真剣で。

「…じゃあ、今はそれだけでも、いいんじゃないか?」

そんな言葉が出た。

「…えっ?」

「なんていうか、さ。…要するに、お前は人付き合いは苦手だけど、それでも俺がフレンドに居てもいいって、思ってくれてるんだろ?」

聞くと、頷く。

「だったら、とりあえず今はそれだけでいいんじゃないかなって」

俺だって、人付き合いは得意な方じゃない。

でも、誰かと繋がっていたいという気持ちはよくわかる。

だからこそ。

「その先のことは、俺たち同士で、少しずつ積み上げていけば、いいんじゃないかな」

今は、それでいいと思うんだ。

「…そう、なのかな」

リナリアはそう言って、俺の手を握った。

「それじゃあ、ジンはわたしとフレンドでいてくれるの?」

「ああ。俺はそう思ってる。…リナリアは?」

その手を握り返しつつ、聞き返してみると、

「わたしも同じ」

彼女は、少しずつ笑顔になり、

「わたしも、ジンのフレンドでいたいな」

そう答えてくれた。

だったら。

今は、それだけでいい。

それだけが、確かであれば。

 

 

 

 

ヴィラーフレームを回収されたようね?

うるせェ!あんなワクチンがあったなんて聞いてねぇぞ!

そうですね、運営の対処がこれほどとは…少々甘く見ていたようです。

それで、今後どうするんだ。

ヴィラーフレームを使えない…ってことはやっぱり、あたしら自身のガンプラにエフェクトを組み込むしかないのかしら?

いえ、あのガードフレームの他にも、試験的にヴィラーエフェクトを組み込んだ機体がいくつかあります。それらを皆さんに差し上げましょう。

あら、差し上げる、ってことは、自由に改造していいのかしら?

ええ、そこはお任せします。

意外と気前が良いのだな。

いえ。我々の目的はただ一つ。ガンプラなど、その手段に過ぎませんから。

ふぅん。やけに嫌な言い方ね。

我々も、それを言える立場ではないがな。

…冗談じゃねェ。オレはオレのガンプラで行かせてもらうぜ。

なんだと?

どういうつもりよ、タク。

他人からの貰い物をベースに急造したって、アイツには勝てねェよ。

…急造? 別に急がなくてもいいんじゃないの?

お前らはそうでも、オレはそうじゃねェ。…オレに残された時間は、そんなに多くねェんだよ…。




方舟の少女 ガンプラデータファイル02

【クリスタイル・オーガンダム】

両腕に装着された融合粒子インジェクターは、それぞれ二門の射出砲塔が存在し、同時射出も可能。
GN粒子と硬化粒子を同時に射出すると、それらは長細い糸のように生成される。これを「融合粒子ワイヤー」と呼ぶ。
更に、同時に射出した二本の融合粒子ワイヤーを、螺旋状に束ねることもある。
より高密度で硬化された融合粒子は、 ワイヤーではなく取り回しの良い棒、いわば「融合粒子ロッド」となる。

「ジャベリンクラフト」
融合粒子ロッドの生成時、先端にビームサーベルが来るように硬化する事で「擬似的なビームジャベリンを作り出す」という融合粒子射出のパターン、及びそれを意味するボイスコマンド。
この際に生成される武器は「融合粒子ジャベリン」となり、広範囲攻撃や投擲などに使用される。

「プロテクション」
前方に融合粒子を広範囲射出して生成される障壁の名称、及びそのボイスコマンド。
正六角形型の障壁を作り出す。その様は、まるで傘を開くかのようにも見える。
物理、射撃問わず防御可能だが、ほんの数秒しか形状を維持できず、粒子消費量も激しいので、多用はできない。


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第3話「連れてってやるよ」

大切なものを失った。

かけがえのない仲間たちと、散り散りになった。

 

あれからずいぶん経ったけど。

みんな元気だろうか。

その有無を知る資格は…。

俺には、きっと、ない。

そう思っていた。

諦めていた。

でも。

セイゴと再開したせいだろうか。

また、すがろうとしている。

全て俺の勝手な、悪い思い込みだという可能性に。

まだ、逃げようとしている。

自分の犯した、とても大きな罪から。

 

「…ジン、ジンってばっ!」

ぼんやりと左腕を見つめていた俺。

そのとなりに、いつのまにかリナリアが来ていた。

「ん…、あ、ああ。…リナリアか」

俺が顔を合わせると、彼女はムスッと頬を膨らませている。

「もう! やっと聞いてくれた。…ずっと呼んでたんだよ?」

「…そうだったのか?」

全然気が付かなかった。

「うん。…本当に、気付いてなかったの?」

「ああ、ごめんな。ちょっと、考え事をしていた」

そういえば、リナリアが来た以外にも、いつのまにか辺りの様子が少し変わっている。

どうやら相当思いふけっていたらしい。

「…なにか、悩みごとでもあるの?」

リナリアが、心配そうな顔で聞いてくれる。

「いや、大したことじゃないさ」

自分に言い聞かせるように言った。

深めに呼吸をして、気持ちを切り替える。

「さて。…それで、どこに行きたいんだっけか?」

そう。今日はログイン直後に、リナリアからメールが届いたのだ。

曰く、連れて行ってほしい場所がある、とのこと。

具体的な場所は会ってから…という話だったのだが。

「うん、…あのね」

言いつつ、リナリアはパネルを操作して、俺に見せてくれた。

「ここだよ」

書いてあったのは…

「…へぇ、エペランサスか」

エペランサス。

北欧サーバーの奥地、高度5000メートル地点にある、遺跡地帯の観光地だ。

「知ってるの?」

「ああ。前に一度だけ、行ったことがある」

リナリアの問いに答えつつ、記憶を呼び覚ます。

元々は、あの一帯を使用するミッションバトルのインターバルエリアとして設けられた施設だった。

ところが、場所特有の独特の雰囲気に感化されたダイバーが続出し、その意見を聞き入れて、運営が観光スポットに改造されたんだとか。

「ここ、ガンプラじゃないと行けないところだから、ジンに連れて行ってほしいなって」

「…なるほど」

そういえば、あそこはそういう場所だったな。

「…わかった、連れてってやるよ」

そう答えると、リナリアは笑顔を見せてくれた。

「ありがとう、ジン! …じゃあ早速、ハンガーへゴー!」

行って、俺の右腕を引っ張る。

そんなに行ってみたかったのか。

「ははは、わかったよ」

はしゃぐ声に流されるように、俺はパネルを操作して、リナリアと共にハンガーへと向かった。

 

 

エペランサスは、俺のいるサーバーから、二つのサーバーを経由しなければならない。

その二つ目を超えたところで、

「うわっ」

コックピットの中、俺の隣にいたリナリアは、外の光景に声を漏らした。

「すごい霧だね…」

そう。このエリアは、とても霧が濃い。

「ああ。元々は、常に霧が発生しているミッションバトルの舞台だったからな」

モニター越しの景色は、ほとんど白い霧で塞がれ、見通しが悪い。

しかし、足元の霧は少し薄く、よく見ると山岳地帯が広がっている。

「あの山の陰から、狙撃でこちらを狙ってくる五機のガンプラを倒す…っていうミッションだったんだ」

「へぇ…。難しそう」

足元を指差してそう言うと、リナリアがそんな感想を漏らす。

「ジンは、クリアできたの?」

「いや、俺が前に来た時は、もう観光地になった後だからな…」

それに、俺のファイトスタイルとは相性が悪いから、挑戦しないだろう。

「ふぅん。…でも、これだと確かに、ガンプラ以外の移動はできなさそう…」

横や後ろをキョロキョロするリナリア。

それを横目に見つつ、俺は再び視線を正面に向ける。

すると、すこしずつ霧が晴れてきた。

遺跡地帯に近づいてきた証拠だろう。

「おっ、見えてきたぞ」

間も無くして、巨大な影が見えてきた。

「えっ、どこどこ?」

はしゃぐリナリアの視線が、前方のそれを捉える。

「うわぁ…。すごい! これって、ガイドブックの表紙に載ってた…ええと、なんだっけ?」

「『トパンクル天貫塔』だな」

かつて、エペランサスの古代文明人が残した『天を貫かんとする塔』。

つまり、作りかけの軌道エレベーターだ。

ただ、エペランサスが栄えていたのは、今から数千年前。そんな大昔に『軌道エレベーター』なんて概念は存在しない。

つまるところ、塔そのものが、この遺跡の『オーパーツ』なのだ。

…ああ、もちろん、野暮なことを言えば、あくまでも『そういう設定の建造物』でしかないが。

「…あれ? ジン、なんか上の方で光ってるよ?」

リナリアの声に、俺もトパンクル天貫塔を見上げた。

確かに、黄色い光が右から左へ繰り返し流れている。

「ああ、トパンクル天貫塔は、遺跡全体の管理施設でもあるんだ。…で、あの光が見えた今、俺たちはその通信圏内に入ったってわけさ」

言いつつ、思い出した。

「…おっと、そうだ。このあたりで入場申請をしないと…」

一度クリスタイル・オーガンダムを静止させ、通信接続を試みる。

『はい、こちら、エペランサス総合管理室です。入場希望の方ですか?』

「ええ。今、そちらの第一空中ゲート付近に居ます。誘導をお願いできますか?」

『…はい、機体を確認しました。ガイドレーンに沿ってご入場ください』

短いやり取りの末、通信を切る。

それから数秒した頃、

「あっ! なんか、伸びてきたよ」

リナリアが言うように、トパンクル天貫塔の隣の建物から、等間隔の点線のようなものが二本伸びてきた。

「あれがガイドレーンだな」

俺はガンプラを動かして、両足のかかとを、二本の線に合わせる。

ほんの少しの衝撃の後、機体は俺が操作するまでもなく、ゆっくりとゲートへ侵入し始めた。

「わっ、ジンのガンプラ、勝手に動いてる…」

リナリアが心配して俺を見るが、問題ない。

「管理室にコントロールを渡したんだ。あとは向こうが、空いているハンガーへ運んでくれる」

この場所がそういうシステムだと言うことは、以前来た時に教えてもらった。

「ふぅん…。お出迎えをしてくれるんだね」

リナリアはそんな風に言い表すが…、なるほど、お出迎え、か。

不定期で開催されるイベント時に、混雑を避けるためのシステムだと聞いていたが、『出迎え』と捉えるのも、一興かもしれないな。

「楽しみだね、ジン!」

「…ああ」

言葉通り上機嫌な様子のリナリアに、俺は微笑んで答えた。

 

 

遺跡地帯の内部では、全面的にガンプラの使用が禁止されている。

元々「ガンプラバトルで使われていた場所を観光地に変えた」ということもあってか、その管理体制は徹底しており、まず第一に、入場時にガンプラをハンガーに預けなければならない。

加えて、そもそも遺跡エリア全体で、ガンプラの出現はできない。

運営によって直々に、そうプログラムされているからだ。

しかも、万が一にも備えており、観光客がブレイクデカールなどの不正ツールを用いて、強引にガンプラを出現させた場合、この遺跡の管理団体には、「出現したガンプラを一方的に無力化させる」権限が発生する。

これに対し、観光客となるダイバーは、入場時点で了承しなければならない。

 

…という説明を、前回受けた記憶があったので、俺は対して確認せずに了承し、リナリアと共に、エペランサス内部へ入場した。

 

 

『ようこそ、エペランサスへ!』

ゲートを潜ると、どこからかハロが寄ってきた。

「わぁ、ハロだ! こんにちはっ」

リナリアが嬉しそうに、ハロを持ち上げる。

「こんにちは。わたしはガイドAIのハロップ。わからないことはなんでも聞いてください」

ガイドAI…。前に来た時、そんなものはなかったが…。

「ありがとう。わたしはリナリア。よろしくね」

「はい。よろしくお願いします! リナリアさん、ジンさん」

二人が挨拶を交わした。…って、

「ん? 俺のことを知ってるのか?」

名乗る前から名前を呼ばれたので、少し驚いた。

「はい。過去の来場記録と照合しましたから」

「…あー、なるほどな」

そんなものまで残っているのか。どうやら以前より随分と施設が発展しているらしい。

感心していると、ハロップはリナリアの手から飛び出して、俺たちを振り向いた。

「それでは早速、神秘とロマンの巨大遺跡、エペランサスをご案内いたしましょう! わたしについてきてください!」

ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、ゲートの先の大通りへと進んでいく。

「あっ、待ってよ、ハロップ!」

それを追って歩き出すリナリアに、俺も黙ってついて行く。

 

 

ハロップの案内に沿って、俺とリナリアは二箇所の名所を巡った。

何故か傾いている塔やら、道具商人の倉庫やら。

そして今、エペランサス最大の名所に着いた。

…いや、俺たちは最初からずっとそこにいた、とも言えるだろう。

この遺跡において、常に視界の一角に見えている、弧を描くように膨らんだ巨大な壁。

俺たちが今居るのは、その奥へと続く小さな通路だ。

「では、改めまして。…ここがエペランサスにおける最大級の名所、その名も『コルオタス闘技場』です」

ハロップの声と共に、俺とリナリアは揃って、壁をまじまじと見た。

エペランサスのあらゆる地点から外壁が見える、遺跡中央の闘技場。

その全域は極めて広く、遺跡の規模の半分は、この闘技場が占めている。

「近くで見ると、本当に大きいね…」

「ああ…」

呟くリナリアに、俺も頷く。

横幅もそうだが、高さも40メートルほどある。

あまりに大きすぎるのには、もちろん理由があって。

「ここが、古代エペランサス文明にとって最も重要なファクター、『製木巨人闘技』が行なわれていたんですよ」

ハロップが解説してくれた通り、ここは『製木巨人闘技』…つまりは『木で作られた巨大な人形を用いた格闘試合』のための闘技場だったのだ。

古代文明の人々は、ここで頻繁に行われる迫力溢れる試合に、心を躍らせていた。

そして、その『製木巨人闘技』というのが、現在のガンプラバトルの原点となったのではないか、とも言われているらしい。

「中に入りましょうか」

ハロップに言われるままついて行くと、そこは闘技場の名に相応しく、広い武舞台があった。

それを円形に取り囲んでいる堀があり、さらにその外側に観覧席がある。その裏が外から見た時の壁なのだろう。

「うわぁ…。こんなに広いんだ…」

リナリアが感嘆の声を上げている。

俺も、二度目とはいえ、この大きさには圧倒される。

「当時の人々は、建築機械のない時代に、こんな規模の闘技場を作りました。…一説によると、完成までには60年以上かかっているとか」

60年…。途方もないな。

…いや勿論、全てがあくまで『そういう設定』なんだろうが、そんな無粋なことは黙っておこう。

…それにしても、広い闘技場だ。

「ここでガンプラの写真が撮れたら、もっと楽しいだろうな…」

時代を越えた巨人闘技!といったような雰囲気の、いい写真が撮れそうだ。

…なんて思っていると、

「じゃあ、出してみますか?」

ハロップが隣に来て、俺に声をかけた。

「…えっ、できるのか?」

「はい。…ここだけの話、なんですけどね」

ハロップは俺の耳元の高さまで浮遊して、ヒソヒソと囁きはじめる。

「実は今、近日開催予定のイベントの準備をしているのですが、その項目の1つに、この闘技場でガンプラの写真を撮ってもらおう、というのがありまして。ちょうど明日、設備の確認を兼ねて、試しにガンプラを出してみようとしていたところなんです」

ふむふむ。それはまたタイミングが良い。

「設備の確認のために、数分ほど協力してほしいのですが、その条件さえ飲んで貰えれば…。どうですか?」

…うーん、そうだな。

イベントがあるなら撮影はその時でもいいが…折角話を持ち込んでくれたんだから、ここはその言葉にあやかってもいいかもな。

「わかった。飲むよ、その条件」

「ありがとうございます! では、少々お待ちを…」

言うと、ハロップは一度地面に着地してから、コンソールを出して何やら入力している。…おそらく準備が必要なのだろう。

「ジン、ハロップ、どうしたの?」

俺たちの様子が気になったらしく、部舞台を眺めていたリナリアが、こちらに駆け寄ってきた。

「ああ。…ハロップが、俺のガンプラをここに呼べるようにしてくれるらしい」

簡潔に説明すると、リナリアは不思議そうな顔をする。

「えっ…? でも、ここにガンプラは呼べないんじゃ…」

ちょっと端折り過ぎたか。ハロップの話を付け足そうとしたところで、

「ジンさん、準備できましたよ!」

俺の眼前に、ガンプラを呼び出すモニターが出現した。YESを押せば、部舞台の上に現れるのだろう。

「…まぁ、見てなって」

リナリアにそう言って、俺はYESの表示を…、

「ッ! 待ってジン! 押しちゃダメ!」

リナリアが叫ぶようにそう言った。

「ん?」

思わず俺の手が止まる。ギリギリで押していない。

「…リナリア、どうした?」

画面から目をそらして、リナリアを見る。

その隙に、視界の隅でハロップの影が見えて。

「もう遅いわ」

その声に振り返ると、ハロップのマニピュレータが俺の指を取り、そのままYESを押させた。

武舞台に俺のガンプラ、クリスタイル・オーガンダムが現れる。

「あはっ、大成功」

ハロップが、今までの声とはちがう、人間味のある声でそう言うと、直後に闘技場に警告音が鳴り響いた。

「な、なんだ!? どうなってるんだ!?」

驚く俺と、その背中に隠れるリナリア。

「教えてあげるわ、野次馬のジン」

答えるハロップ。

「いいえ『フダツキ』のジン、と呼ぶべきかしら」

その背後から、武装したダイバーの集団が駆け寄ってきた。

 

 

武装したダイバーの集団は、気付けば全方位に居た。

それぞれ一人ずつ、背中に大型のバッテリーを背負い、両腕で電気ショック用のワイヤーガンのようなもの抱えている。

「そこのガンプラ、及びダイバーに告ぐ!」

拡声器越しのような声が、闘技場中に響く。

「この遺跡内でのガンプラの呼び出しは禁止されている! ただちにそのガンプラをしまいなさい! 従わないのであれば、入場規約に則り、このガンプラを破壊する!」

武装したダイバーたちが、電気ショック銃を掲げた。

「ま、待ってくれ! これはどういうことなんだ!?」

俺の声は聞こえていないのか、闘技場に響く声がさらに続ける。

「抵抗するな! 大人しく指示に従え!」

威圧的な物言いに少し気圧されるが、俺はガンプラのスピーカーと自身の通信装置を接続した。

「何だってんだよ、おい!」

拡声器に対抗して、声を張り上げる。

「俺はただ、ハロップの誘いに乗っただけじゃないか!」

「『ハロップ』…?」

声の主に聞こえたらしい。俺の言葉に応じた単語が出る。

「ハロップだよ、ハロップ! この遺跡のガイドAIなんだろ?」

「…『ガイドAI』?」

言葉は、なぜか疑問形で帰ってきた。

ふと見れば、眼前では武装したダイバーたちが顔を見合わせている。

「そんなもの、この遺跡にはない! テキトーな事を言うな!」

少し待って、そう帰ってきた。

テキトーって…!

「そこにいるじゃないか!」

俺は正面に向き直り、目の前のハロを指差…そうとしたが、

「…あれ?」

いない。

いつのまにか、ハロップは闘技場から消えている。

「…わけのわからないことを言うな! とにかく、そのガンプラを今すぐ戻せ!」

…くそッ、何が何だかサッパリだが、ここは従ったほうが良さそうだ。

俺は画面を操作して、ガンプラの収納を試みる。

…のだが、

「…ッ! なんでだ?」

ガンプラは消えず、エラー表示が出るだけだった。

いくつかの方法を試してみたが、どれもエラーとなり、俺のガンプラは武舞台から消えない。

「従わないのか? ならばそのガンプラを破壊するぞ!」

「い、いや、消せないんだよ! さっきから何を試してもエラーばかりで…」

声に急かされてそう答えつつも、一度試したやり方全てを、更にもう一度試してみる…が、やはり全部エラーになる。

…なんだ、一体どうなっているんだ?

そうして何度かリトライとエラーを繰り返して、数十秒経った頃。

「…電撃部隊、構え!」

拡声器越しの声と共に、ダイバー達が俺のガンプラに向けてワイヤーガンを構えた。

「最後の警告だ!そのガンプラを即刻ハンガーに戻しなさい! でなければ入場規約に則り、この場で破壊する! あと10秒だ! …9! 8! 7!…」

「なっ! ちょ、ちょっと待てって!」

カウントダウンの中、改めて大急ぎで色々試す。

相変わらずエラーしか出ない。

「…ゼロ! 電撃部隊、ワイヤー射出!」

武装したダイバー達は、一斉にワイヤーガンを放った。

それらはクリスタイルの両足に絡みつき、固定される。

ダメだ、消せない。

間に合わない!

「やめろォ!」

「電撃始め!」

俺の叫びは拡声器の声にかき消され、クリスタイル・オーガンダムに、全方位から大量の電撃が流し込まれた。

「あぁっ! ジンのガンプラが!」

リナリアの声も俺にしか届かない。

電流の強烈な音が闘技場全体に響き、その発光で視界が強く点滅する。

「お前ら、俺のガンプラに何すんだァ!」

俺も必死で声を張り上げるが、電撃は止まらない。

やがて、右足の膝関節が奇妙な音と共に大きく割れた。そのまま砕け散り、片足を失ったことで、全身が転倒する。

「やめろォ!」

今度は転倒する音に、俺の叫びがかき消され、間も無くして左の膝関節も、右と同じように砕け散った。

「くそッ、なんて事しやがる! 俺もこいつも、何もしてないじゃないか!」

足を失い、無造作に倒れたクリスタイル・オーガンダム。

武装したダイバー達は、徐々にそのワイヤーを切り捨て、新しいワイヤーを、今度は本体に絡みつけていく。

「いい加減にしろォ!」

我慢の限界だ。俺は目の前にいたダイバーをブン殴り、そのワイヤーガンを奪い取った。

両腕で抱え、交換された新しいワイヤーを打ち出す。

鞭のようにしならせて、俺から見て直線上に並んでいる、一部の武装ダイバー達を薙ぎ払った。

よし、これならやめさせられる。

そう思い、同じようにもう一度薙ぎ払おうとしたが、

「ダメだよ! ジン!」

リナリアが俺の前に立って、それを止めた。

「ダイバーを直接傷つけるなんて、ダメだよ!」

言いつつ、両腕を広げて、俺の視線上のダイバー達を庇う。

「そりゃそうだけど…」

思わず手を止めてしまった俺。

その背後に、別のダイバーがいることに気付かずに。

「ぐあっ!?」

背中に奔る衝撃。

なんだこれ! 俺のダイブ環境じゃ、痛みなんて感じないはずなのに…っ!

「ジンっ!」

リナリアが駆け寄るのが見えた俺の視界が暗転する。

「り、ナリ…」

その名前を口にすることもできず、ダイバー『ジン』は、そのまま気絶。

その意識である『俺』は、強制的に現実世界に戻された。

 

 

サーバーを二つ経由しているせいか、再ログインし、ログアウトした場所をロードして転送されるまでに、約20分程度の時間がかかった。

ガンプラがないと辿り着けない場所なので、待っているだけで再ログインできたのは良かったのだが、そこで俺を待っていたのは…、

「じ、ジン…」

うなだれているリナリア。

彼女と俺を取り囲むように広がる、鉄格子の檻。

そして、両足の先を電流で砕かれ、仰向けに転がった、クリスタイル・オーガンダムだった。

「…帰ってきたか」

檻越しに、見知らぬ男がいる。

だが、その声には聞き覚えがあった。

さっきまで、拡声器越しに武装ダイバー達に指令を送っていた声だ。

「お前…よくも俺のガンプラを!」

思わず詰め寄ろうとするが、腕を引かれるような感覚と共に、その場で動けなくなった。

「…ッ!?」

「ログイン時のデータを書き換えておいたからな。俺の許しがない限り、その鎖は離れないぞ」

「鎖…?」

振り向くと、俺の両手は背中の後ろで手錠をかけられていた。

更に、手錠からは鎖が伸びて、鉄格子の檻と繋がれている。

「なんだよ、これ

まるで猛獣か凶悪犯じゃないか。

「少々手荒なのは悪いと思っている。しかし、これも施設を守る為だ」

男は俺のステータスを開き、見せつける。

一般のダイバーが開く画面より、やけに細かく映されている…と思ったら、

「なぁ、マスダイバーよ」

…そんなログまで載っていた。

やめてくれ。リナリアが驚いてるじゃないか。

「…『元』だ。とっくに足は洗ってる」

そう答える。

アレを使っていたのは、ずっと前の話だ。

「足を洗う、か。よく言ったものだ。…おおかた修正パッチの完成で怖気付いた身だろうに」

男の言葉に、反論を堪える。

「…そんなことより、コレ、外せよな」

代わりに、手錠を見せつけた。

「なに、ちゃんと話し合って分かり合えれば、いずれ外してやるさ」

「…ちゃんと話し合う、ねぇ…」

男の奥には、クリスタイル・オーガンダムの痛々しい姿が見える。

また、怒りがこみ上げてくる。

「先に俺のガンプラを壊したのは、お前らじゃないか!」

思わず、大声で叫んだ。

「俺はちゃんと言ったぞ! 試しに出してみろと言われたからガンプラを出した、そしたらお前ら管理団体に銃を向けられた、言われるままガンプラを消そうとしても消えないんだって。…全部、まるで聞く耳を持たなかったのは、お前らの方じゃないか!」

叫んで睨み付けると、男は息をつく。

「まぁ待て。…まず、そこから話をしよう」

そして、なにやらコンソールを開いた。会話の記録でもするのだろう。

「っと、その前に名乗っておこうか。私の名はパードス。このコルオタス闘技場の責任者を務めている」

責任者…。それで観光客にこんな仕打ちができるってわけか。

先ほどの妙に詳細なステータス画面も、その特権といったところだろう。

「君はジン。あの子はリナリア。…そこは、間違っていないね?」

「ああ」

入場時にそう記入したはずだ。

「ふむ。…では、前提を確認できたので、改めて本題に入ろう。まず『ハロップ』という存在についてだが…」

「ここのガイドAIじゃないのかよ」

食い気味に返してやると、パードスは俺に指を差した。

「それだ。…そもそも『ガイドAI』なんてものは、このエペランサスには存在しない」

「は?」

…どういうことだ? 俺がそう聞き返すまでもなく、パードスは続ける。

「では聞くが、お前はこの遺跡で、ハロップという奴以外の『ガイドAI』を見たのか?」

えっ。

…いや、言われてみれば、思い返すと答えはノーだ。

俺とリナリア以外の観光客は、ちらほら見かけていたが、この遺跡に入ってから、ハロップ以外のNPDらしきものを見た記憶がない。

それに、俺自身の過去の記憶でも、ここにはそんなものはなかった。

考えれば考えるほど『ガイドAI』の存在自体が胡散臭くなってきた。

「…じゃあ、ここに『ガイドAI』なんてモノは存在しない。確かに、そう…なんだな?」

目の前の男、パードスに聞き返すと、黙って頷く。

そうか…

「俺は、アイツに嵌められた、ってことだな…」

「…えっ、どういうこと?」

なんとなく察しが付いた俺に、リナリアが問いかける、

説明するとすれば…、

「…おそらく『ハロップ』っていう存在そのものが、ハロップ自身のウソなんだ」

GBNでは、ダイバールックの一つとして、ハロを選択することもできる。

要するに。

「ハロップはNPDじゃない。『ハロップ』という、一人のダイバーなんだ。…元からここに居たんじゃなく、俺たちと同じで、自分の意志をもって、何らかの理由でここに来た」

そこまで言うと、リナリアはようやくハッとする。

「じゃあ…ハロップは、わたしたちを騙してた、ってこと?」

その言葉を肯定しようとする俺。

だが、それよりも早く、

「ご明察ね」

突如、女性ダイバーの声が聞こえた。

声がした方角を見ると、そこにはいつの間にか、一体のハロが居る。

そいつは自らAIを名乗り、NPDのフリで俺たちを騙していた張本人、ハロップだ。

「ハロップ、お前…!」

俺が睨み付けると、ハロップも睨み返してくる。

「何よ、その目。フダツキのくせに生意気ね?」

「なんだと?」

誰のせいでこんな目に合ったと思っているんだ、と言い返そうとしたが、その瞬間、ハロップか視界から消えた。

「別に、アンタなんかに用はないのよ」

いつのまにか俺の隣に現れた、と認識した直後、

「ぐはぁっ!」

とても強い衝撃を受けて、俺の体が吹き飛んだ。すぐさま手錠の鎖に引っ張られ、体が地面に倒れる。

「ジン!」

リナリアが俺を呼ぶ声で、立ち上がろうとするが、

「あら? 随分フダツキにご執心ね、オヒメサマ?」

その視界の先で、ハロップは宙に浮いて、その手でリナリアの手を取った。

「ハロップ…?」

驚いて見上げるリナリアの前で、

「ああ、そうそう」

ハロップは、球状の肉体を縦に伸ばした。

「その名前も、もう用済みね」

底面が地面に着くと、球体の表面が割れ、中から人影が現れる。

「あたしはミカ。あなたを迎えに来たの」

言いながら、彼女は人差し指を立て、リナリアの手錠を軽く叩いた。

途端、手錠は砂のように細分化し、崩れ落ちる。

「なっ…お前、何を…、」

パードスが驚いて、ミカに拳銃のようなものを向けるが、

「物騒ねぇ」

ミカは何かをパードスに投げた。

「くっ!」

パードスの手から、拳銃が弾かれて地に落ちる。

「あたしはただ、オヒメサマを迎えに来ただけよ」

言うと、今度はその手で檻に触れた。

こちらも手錠と同じく、砂のように消してしまう。

そのまま、手首をくるりと翻すと、今度は車を出現させた。

…待て、あの車、見覚えが…、

「さ、行くわよ、オヒメサマ」

ミカは改めてリナリアの手を引き、車に向かおうとする。

…いや、ダメだ!

「待て!」

思わず大声を上げて止めた。

「…なによフダツキ、まだ居たの? 」

いまいち状況がつかめないが、嫌な予感がする。

「…お前、リナリアをどうする気だ?」

あの車。

前に、リナリアを連れ去ろうとした男性ダイバーが乗っていたのと、同じだ。

「そんなこと、フダツキに教える義理はないわよ」

ミカは肩をすくめてみせる。

「ッ!」

その一瞬の隙に、俺は立ち上がって全力で走り、リナリアとミカの間に割って入った。

「…あら、まだ動けたのね」

「お陰様で、な」

理屈はわからないが、ミカは檻を消した。

それだけじゃない。檻と繋がれていた、俺の手錠も消えていたのだ。

「じ、ジン…?」

戸惑いながら俺を呼ぶリナリアを、俺は背中を寄せて後退させる。

とにかく今は、彼女をミカから遠ざけないと。

「下がれリナリア。こいつの狙いはお前だ」

「…『狙い』…って、じゃあ、この人もわたしを…!」

リナリアは震えて、俺の背中に身を寄せた。

「…ふぅん? フダツキ、あんたはあくまでも、あたしの邪魔をするってことね…」

ミカは、自身の背後にガンプラを出現させる。

あれは…ガンダムSEEDに登場する可変量産機、ムラサメだ。

「じゃあ、ちょっと痛い目にあってもらおうかしらね!」

ミカの姿がムラサメの中に消えた。そのカメラアイが灯ると、ライフルの銃口がこちらに向けられる。

くそッ、またこうなるのか!

「来い、リナリア!」

俺は彼女の手を取って、ムラサメから逃げ出した。

だが今回は闇雲に逃げるだけじゃない。これまでは何故か出せなかった俺のガンプラが、今は目の前にある。

問題は、動くかどうか…。

「頼むぜ、相棒!」

言いながら、俺はリナリアと共に、愛機クリスタイル・オーガンダムに乗り込んだ。

コンソールに触れて、軽く状態を確認する。損傷は激しいが…大丈夫、動く!

「飛べッ!」

叫ぶと同時、俺のガンプラは背面から大量の粒子を排出した。

粒子が地面を押し、ガンプラを強引に天高く飛ばす

「うわっ!?」

俺の挙動に驚いたのか、ミカは思わずライフルを取りこぼした。

機体はあっという間にムラサメを越え、上空高くに舞い上がっていく。

この隙に、機体ダメージの詳細を確認した。四肢はかなりの損傷だが、胴体は思ってたほどではない。

「このっ、脅かすんじゃないわよ!」

眼下で、ムラサメが飛行形態に変わり、急上昇してきた。

突進してくる気だろうか。

防御…はムリだ。背後に背負っていたビームサーベルは、電撃による破損で、基部から欠落している。

ならば…、

「こうだッ!」

左腕のインジェクターから、融合粒子をワイヤーとして射出した。

それをトパンクル天貫塔に巻きつけて支点とし、弧を描くようにして、軌道を大きく右に逸らす。

「なッ!?」

天貫塔を挟んで反対側まで回り込んだところで、ムラサメが俺たちの高度を通り過ぎた。

よし、今のうちだ!

「トランザム!」

叫んで、機体の出力を上げた。

トランザムとは、GNドライヴを搭載した機体に共通する、一定時間の機体性能を向上させるシステム。

だが…俺の場合は少し違う。

クリスタイル・オーガンダムには、機体の主な原動力となるGN粒子を発生させる「GNドライヴ」の他に、『GN粒子を硬化する粒子』を生成する独自のシステム『クラフタルシステム』を搭載している。

これは、GNドライヴによる動力の供給がある前提での装置なのだが、対応しているのは、あくまでもGNドライヴが『通常の出力』である場合の話。

GNドライヴが出力を向上させたトランザム状態では、本来想定されている以上の動力で駆動する。

つまり。

「…オーバーフロー!」

数秒のラグの後、硬化粒子は本体内部に収まらず、溢れ出す。

そしてそれは、トランザムによって大量排出されるGN粒子と結合し、実体を作り出す。

電撃によって失われた、自身の足として。

「…っ、良し」

輝く両足が生まれたことで、ようやく機体のバランスが保てるようになった。

空中で静止し、体勢を整える。

「…さぁ、行くぞ!」

言って、俺は機体をムラサメに突進させた。

 

 

トランザム・オーバーフロー。

それは、俺のクリスタイル・オーガンダムに搭載された切り札であり、最後の手段でもある。

まず、発動すると、それまで受けていた機体のダメージが修復される。

これは、溢れ出す融合粒子が実体を形成する上で、その機体にある「このガンプラは本来こういう形である」というデータを参照とするためだ。

硬化する融合粒子で、万全の状態を再現する…といったところだ。

加えて、通常のトランザム同様に、機体性能が全体的に向上する。

ただし、クラフタルシステムを安定させるために、あえて性能を落としたGNドライヴを搭載しているため、トランザムによる性能向上率は低く、赤色の発光もしない。

活動限界までの時間も、通常の何倍も早い。

しかも、GNドライヴでクラフタルシステムを動かす、というシステムの都合上、双方が同じ出力に至るまでには、どうしても数秒のタイムラグが発生する。

その分、発動から機能安定までに数秒かかる。

また、トランザムの活動限界が来ると、一時的に硬化粒子の生成量がGN粒子のそれを上回る。

すると、硬化粒子は機体内に逆流し、全身を循環するGN粒子と融合して、硬化させてしまうのだ。

少しずつ関節が動かなくなり、最終的にはGNドライヴの可動そのものが止まる。

つまり、トランザム・オーバーフローの活動限界を迎えることは、そのまま「完全な戦闘不能状態」に陥ることを示している。

 

だからこそ、それよりも早く、コイツを仕留めなければ。

「このぉ!」

ムラサメが飛行形態のまま、ライフルを放ってきた。俺も応戦してライフルを…と思ったが、

「そこっ!」

それよりも早く、ムラサメが胴体腹部に突進してきた。

「ぐあっ!」

少し遅れて出現したライフルを取りこぼし、機体が大きく打ち上げられる。

「その光る足は見掛け倒し?」

追撃を試みるムラサメを前に、俺は空中で姿勢制御を行い、

「どうかなッ!」

その突進を、右足で蹴り返した。

「なっ…」

ムラサメの機首が大きくへし折れた。

トランザム・オーバーフローの効果だ…と言いたいところだが、それよりも、思った以上にムラサメの耐久度が低い。

あまり作り込まれていないのだろうか。

「このっ、よくも!」

ムラサメは機首となっているシールドを切り捨てて、モビルスーツ形態に変形しようとする。

今の俺に、その隙を逃すほど、余裕はない。

「でやっ!」

すぐさまもう一発の蹴りを、ムラサメの股関節部分に打ち込んだ。

「ぐっ、この…!」

ムラサメは大きく吹き飛ぶ。

「まだだっ!」

それを追い、今度は腹部にドロップキックを打ち込んだ。

「もぅ! 変形中に攻撃するなんて卑怯でしょ!?」

ミカは言い訳じみたことを言うが、

「秘境はお互い様だろうがッ!」

そう答えつつ、さらなる蹴りを繰り出した。

しかし、その瞬間にムラサメは受け身を取り、蹴りの衝撃を利用して、大きく距離を取る。

追撃のために追いかけた俺の前で、ムラサメはモビルスーツ形態への変形を完了した。

「こンのォ! やってくれるじゃない!」

すぐさまビームライフルを放ってくる。

ここは回避を…と思って身を逸らしたが、

「ぐ!」

わずかに反応が遅れ、左足を貫かれた。

こうなると、オーバーフローで生成した擬似手足は弱い。

硬化粒子で完全硬化させてあるのは、あくまでも表面だけ。

その内部では、関節の可動域を殺さないよう、常に粒子が動き回っている。

例えるなら、コンクリートミキサーの内部のような状態なのだ。

その中に少しでも不純物が混ざると、粒子同士のバランスが取れなくなって、GN粒子が隙間から溢れ出す。

しかも、その衝撃で左足そのものが、本体から切り離されてしまう。

更に、GN粒子が溢れたまま硬化粒子が作用し、足は原型を失ったまま、突起だらけの不定形な物質として完全に硬化する。

この現象を平たく言えば「鉱石化」だ。

こうなるともう、左足は使えない。

体の一部としては。

「くそッ!」

俺は機体を回転させ、鉱石化した左足を、右足で蹴り飛ばした。

オーバーヘッドキックの要領で、鉱石となった左足が、ムラサメへ飛んで行く。

「チッ!」

これを、ムラサメはライフルで撃墜しようとする。

が、鉱石は砕けない。

「何よこれ!?」

俺が普段使う融合粒子は、専用のインジェクターによって適正な比率で安定させているもの。

対してこの結晶は、本来想定してない出力で、尚且つ不安定な状態によって硬化したものだ。

扱いにくい分、単純な「固体」としての硬度だけはある。

「このっ!」

それでも、迫る勢いを弱めることはできたようだ。

ムラサメは、ギリギリで鉱石を回避した。

しかし、そこにまた隙ができる。

「オラァ!」

蹴りの直後、俺は右腕から融合粒子ワイヤーを放っていた。

オーバーフロー状態のワイヤーは、その太さも強度も桁違いで、ほとんど槍のような状態だ。

「え、ウソっ!?」

鉱石の回避に気を取られていたムラサメは、槍となった融合粒子に大腿部を貫かれた。

その瞬間、機体の右腕からアラートが鳴る。関節が固まりはじめたのだ。

いつもより早い。先の電撃のダメージが効いているのだろう。

こうなると、オーバーフローの限界までは、残り数秒。

放てるのは、あと一撃。

ならば、この一撃に全ての粒子を注ぐ!

「うおおおおっ!」

左腕を大きく振りかぶり、突き出すと同時に融合粒子を射出した。こちらも槍となって、ムラサメの腹部に迫る。

「い、いやぁっ!」

ミカの叫びは虚しく、俺の融合粒子は、ムラサメの腹部を貫き、大きな穴を開けた。

勝負が付いた。

 

 

ムラサメの機能は完全に停止した。

…のは、いいんだが…。

「…ダメだ、墜落する!」

オーバーフローを終えたクリスタイル・オーガンダムは、機能を停止し、最早飛ぶこともできない。

空中戦で制御不能に陥れば、突然、機体は落下してしまう。

着地する手段もない。コックピットの中にいても、安全ではない。

「わあぁっ!」

「しっかり掴まってろ!」

叫ぶリナリアを抱きしめて、俺はアイテム一覧からパラシュートを選び、機体から飛び降りた。

これでとりあえず、落下の衝撃からは身を守ることが…と思ったが、

「じ、ジン! うしろ!」

「えっ?」

リナリアに言われて振り向いた時にはもう遅かった。

破損したムラサメの主翼の一部が、パラシュートに突き刺さり…、

破れた。

「マジかよォ!」

再び自由落下する俺たち。頭から地面に向かって行く。

俺はともかく、リナリアはエルダイバーだ。この高さから落ちたら、どうなってしまうのかわからない。

ここは少しでも、彼女への衝撃を和らげないと。

俺はリナリアの体を押しのけるようにして、身を乗り出した。

「ジン?」

「じっとしてろ」

俺を見ようとするリナリアの頭を、強引に胸の中に抱え込む。

「これなら地面にぶつかる時、俺の体がクッションになる」

気休めにしかならないが…。

「えっ、そんなのダメだよ!」

身動ぐリナリアだが、それでも俺は抑えつける。

「大丈夫、俺は何度でも戻ってこれる。…ちょっと時間はかかるが、その間待っててくれ」

言ってる側から、眼前には地面が見えてくる。

死にはしないし痛みもないが、事実上の臨死体験だ。覚悟は決めないとな。

そう思ったが、

「ダメぇっ!」

リナリアがそう叫んだ直後、真下を見ていた俺の視界に、緑の床が現れた。

「!? これは…!」

見覚えがある、なんてレベルのものじゃない。俺が普段から幾度となく使ってきたもの…融合粒子だ。

見れば、重量の差で先に落下していたクリスタイル・オーガンダムの右腕から、かすかだが融合粒子ワイヤーが伸びている。

それが、俺の真下で網状に広がっているのだ。

「「うわぁっ!」」

思わず声が重なる俺とリナリアは、その網に飛び込むように落下した。

網が衝撃を吸収し、手を伸ばせば地面に触れられる、という距離で、俺たちの体を静止させる。

「相棒、お前…」

思わず語りかけてしまった俺の目の前で、愛機クリスタイル・オーガンダムは、カメラアイを消灯させた。

まるで、俺たちの無事を確認し、安心したかのように。

同じく、融合粒子の網も消えた。

落下の勢いを完全に失っていた俺たちは、地面から数センチ、という距離の軽い衝撃だけを受ける。

「…助かったの?」

「…そう、らしいな」

抱き寄せていたリナリアを離して、立ち上がった。

俺はすぐにステータス画面を開き、機体の状態を確認する。

やはり、機体は指一本すら動かすことはできない状態だ。

…ただ、これは本来、オーバーフローの時間切れの時点で、こうなっていたはずなんだ。

網を作り、俺たちを守るような余力なんて、このガンプラにはなかった。そのはずなんだが…。

「…っ、ジン!」

突然のリナリアの声。呼ばれて振り返ると、

「っ、お前!」

いつのまにか、ミカがリナリアの腕を取り、そこに立っていた。

「捕まえたわよ、オヒメサマ」

「いやっ! 離してっ!」

リナリアは抵抗するが、その手を解くことはできないらしく、ミカは得意げに笑う。

「フダツキ、アンタ、大したものね。あたしを倒すなんて」

そう言いながら、俺を睨んだ。

「でも、調子に乗らないで。今回のムラサメは、貰い物をそのまま使っただけ。あたしの本当の実力じゃない。…本気だったら、アンタなんかに遅れは取らないわ」

そんなことを言うが…それは俺も同じだ。

エペランサスの連中から受けた電撃のダメージがなければ、そもそもオーバーフローなんて、しないで済んだ。

それを言ってやろうかとも思ったが、リナリアが捕まったままだ。下手なことを言ってアイツを刺激させるわけにはいかない。

「…なによ、反論しないわけ?」

黙っていると、ミカは逆に聞き返してきた。

「…悔しいが、お前の言う通りだと思ってさ」

そんな風に答えてやるが、彼女の目は俺を疑っている。

「…ふぅん? 本心ではそう思ってなさそうね!」

言いながら、リナリアを握る手に力を込めた。

「ううっ!」

痛みでリナリアの顔が歪む。

「やめろ! リナリアを離せ!」

叫んだ直後に後悔する。ミカが拳を振り上げた。

「その言い方がムカつくのよ!」

拳はリナリアに向けて振り下ろされる。

が、その時、

「うっ!」

声を漏らしたのは、ミカ自身だった。

何かが、ミカの振り上げた腕を擦ったのだ。

「そこまでだ、不届き者め」

声と共に、ミカの背後からパードスが現れる。

その手に拳銃をもって、ミカに向けていた。

状況から察するに、ミカの背後からその手を狙って撃ったのだろう。

「遺跡のガンプラ制限プログラムを書き換えたのは、お前のようだな。…事情を聞かせてもらおうか」

その背後には、先ほど俺のガンプラを痛めつけてくれた、武装ダイバーの集団がいる。

「アンタたち…よくもあたしをッ」

ミカは弾丸のこすった部分を、もう片方の手で抑えた。

それは、ついさっきまでリナリアの腕を握っていた手。

「ジン!」

その隙に、リナリアは俺の元に走り出していた。

「しまっー!」

「動くな」

慌ててリナリアに手を伸ばそうとするミカを、パードスが威嚇射撃で制する。

「リナリア!」

駆け寄った彼女を背後に隠し、俺も改めてミカに向き直った。

「くっ…、ムカつくわね」

悔しそうに言うと、彼女もまた、改めて俺を睨みつける。

が、その表情が急に変わった。

「…ああ、そういえば、そうだったわね」

彼女の視線が捉えているのは、俺の目ではなく…俺の左腕。

そこにつけていたはずのブレスレットがない。

…そうか、俺がログアウトしている間、手錠をかけるために外されたのか。

「…『フューチャーコンパス』、いい名前なのに…残念ね」

その名前を他人の口から聞いたのは久々だ。

聞かなくても良いように、意図的に隠し続けていたから。

「…余計なお世話だ」

彼女は、知っているのだろうか。

この名前の意味も、その顛末も。

「…それもそうね」

ミカは、どこからか見覚えのあるものを取り出す。

あの男性ダイバーが持っていた、閃光弾だ。

「覚えてなさい。次に会うときは本気で潰すから」

そう言い残し、ミカは閃光弾を地面に投げて、光と共に消えた。

 

 

ミカが消えたことで、安心してしゃがみこんでしまうリナリアと、思わず溜息が出る俺。

「手を上げろ」

その背中に銃口が向けられた。

パードスだ。

「質問に答えろ。今消えた女はどこに行った」

…おいおい、また尋問かよ。

「知るかよ」

答えつつ、念のため両手をあげる。

「仲間じゃないのか?」

ふざけんな。

「見てなかったのかよ。俺たちはアイツに狙われたんだぞ? 仲間なわけないだろ」

「…では、あの女の素性も、何故このエリアでガンプラを出したのかも、お前たちにはわからない、ということだな」

「ああ」

そこまで答えて、ようやく銃口が下された。

「…わかった。今回はお前の言葉を信じよう」

やけに素直だな。そう聞き返すよりも前に、パードスはこちらに歩み寄る。

「ある者から指示があってな。…いささか不愉快だが、お前が遺跡内でガンプラを出現させたこと、そのまま空中戦を行なった事、その両方を、我々は見なかったことにする」

パードスは画面を操作して、俺に向ける。

「それと、お前のガンプラを一度預りたい。応急処置程度だが、機体の損傷を修復してやる」

「…いいのか?」

願ってもみない申し出だったが、やはりそこには裏があるようで。

「ああ。修理が終わったら、すぐハンガーに向かってくれ。それが条件だ」

そう言っていたパードスの目は、未だに俺を警戒している。

…ふむ、そういうことか。

「…面倒な客はとっとと帰れ、ってことか」

俺がそういうと、パードスは首を縦に振った。

「…えっ? ジン、どういうこと?」

聞き返すリナリアに、振り向いて答える。

「ガンプラを飛べるようにしてやるから、さっさとここから出てけ、ってことさ」

この遺跡では、本来「ガンプラは出現できない」というプログラムが施されている。

今の俺は、この遺跡にとっては「そのプログラムを無視してガンプラを出現させた、危険なダイバー」でしかないのだ。

例えそれが、誰かに嵌められて、狙われて、ただ仲間を守っただけだとしても。

「そういうことだろ?」

聞き返すと、パードスは少し考えてから答える。

「そこまでは言っていないが、そういうことだ」

…腹の立つ言い方だ。

とはいえ、奴の立場を考えれば、妥当な判断だろう。

「…やれやれ」

俺はパードスの出した画面を見て、一度読んでからOKを押した。

振り返って確認すると、俺のガンプラがドッグに転送されていく。

「お言葉に甘えさせてもらうぜ」

ここで抵抗しても、彼らの警戒心を煽るだけ。

言われた通りに大人しく、ガンプラの修復を待って、遺跡を出よう。

「…話が早くて助かる。修理が終わったらメールを送ろう」

そう言って、立ち去ろうと俺に背を向けるパードス」

「ちょっと待った」

俺はその肩に左手を置いて、引き止めた。

「俺のブレスレット、返してくれ」

 

 

10分もしないうちにメールが届き、俺たちはハンガーに移動して、ガンプラに乗ってエペランサスを飛び立った。

「…なんか、変な旅になっちゃったね」

隣でリナリア呟く。

「…悪いな。楽しみにしてたのに」

思わず謝る俺だったが、

「そんな、ジンは悪くないよ!」

リナリアがそれを否定した。

「わたしが悪いの。…わたしが、狙われているから…」

…それは、そうなのかもしれない。

ミカの狙いは、リナリアだった。

自らをハロップと偽り、俺たちに近付いたのも、リナリアを連れ去るため、だったのだろう。

そして、もしもミカが居なければ、俺は彼女に騙されてガンプラを出すことも、それによってパードス率いる遺跡全体の反感を買うこともなかっただろう。

…けれど。

「…まぁ、誰だって生きてりゃ、誰かに逆恨みされることもあるだろうさ」

俺はとぼけてみせた。

「今日はきっと、運がなかったんだな」

本当はわかっている。

リナリアには間違いなく、誰かに狙われる理由となる『何か』がある。

けれど、それを聞き出すのは気が引ける。

今日もそうだったが、彼女は明確に自分が狙われていることを自覚した瞬間、明確な恐怖を表してきた。

その恐怖は『連れ去られる』という、漠然としたものではない。

まるで、捕まった後に何が待っているのかを知っているかのような、特定の対象に恐怖を覚えているかのような、そういう怯え方をするのだ。

だから、知りたくても、聞くことはできない。

それを聞く、という行為そのものが、彼女の心を傷つけかねない。

「…なぁ、リナリア」

落ち込む彼女の手を握り、微笑んで見せる。

「ケーキでも、食いに行こうか」

 

誰にでも、聞かれたくないことはある。

俺だって、な。

 

 

 

威勢良く出ていったわりに、随分あっさり帰ってきたじゃないか、ミカ。

ダメね、一朝一夕のガンプラじゃ、太刀打ちできないわ

む? 珍しいな。お前が弱音を吐くなんて

なんかおかしいと思ったら、あのフダツキ、元フューチャーコンパスの一員らしいわ。

…それは本当か?

ホントよ。フダツキはフダツキでも、筋金入りのフダツキだったってワケ。

ふむ…。そんな奴と、こんな依頼で出会うことになるとはな…。

…ところで、タクは?

アイツはガンプラの最終調整をしている。次で決着を付ける気のようだ。

へぇ。…ラグザは、タクがフダツキに勝てると思う?

…さぁな。




方舟の少女 ガンプラデータファイル03

【ミカのムラサメ】
謎の存在『オーナー』から受け取ったガンプラ。
ヴィラーフレーム同様に『ヴィラーエフェクト』というものを搭載しているが、それ以外はほぼ素組みの状態で、基本性能は決して高くない。


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第4話「勝てる気がしねぇ」

つめたい手。

わたしの手も、その先にあるものも。

ぼんやりとわかる。

わたしの手を取る、だれか。

だれかはわからない。

でも、きっと、『だれか』。

わたしをすきなひとじゃない。

わたしが、手を取ってほしいひとじゃない。

ただ、わたしの手を、取りたいひと。

そこに、わたしはいらない。

わたしの手、それだけを取るひと。

わたしのことが、ほしいひと。

わたしの、いらないひと。

いつもそう。

こんなに近くに、だれかが居ても。

わたしは、いつも、ひとり。

 

 

 

「なんだ、これ…?」

リナリアの行動履歴を、確認できる範囲で確認していた俺。

その中には、見たことのない文字列が記されていた。

リナリアはこの数ヶ月間、人気の多い場所には、ほとんど行っていない。

記録が残っているのは、ほとんど俺が直接関わってきた案件ばかり。

そして、それ以外のログには謎の文字列が繰り返し表示されている。

「どっかのフォースネストか…?」

文字列をみつめながら、考え込む。

識別番号とも位置座標とも異なる、なんだか奇妙な文字と番号の羅列。

まあ、何者かに狙われている以上、安全な場所に留まるのは当然だが…、これは本当に「GBN内の位置情報」なんだろうか。

それとも、エルダイバー特有のなにかを意味する表示なのか…?

「…いや、やめよう」

自分に言い聞かせるように呟いて、俺はフレンドの情報画面を閉じた。

あまり個人の詮索をするのは良くない。

「…誰にだって、聞かれたくないことはあるだろうさ」

また、そんなことを自分に言い聞かせて…。

…ともあれ。

安全な場所にいる彼女を、わざわざ呼び出して危険に晒すほどの用事もない。

今日は一人で行動しよう。

「…よし」

改めて、エントランスロビーからハンガーへ向かう。

行先は、いつかリナリアとばったり会った、スワークルの喫茶店。

中断していた情報収集の続きをしよう。

正直、あまり気の向かないことだが…それでも「気になること」ではある。

いやはや、人の感情とは複雑なものさ。

 

 

リビルドコンパス。

その名前を最初に聞いたのは、リナリアと出会う数日前のこと。

とあるミッションバトルで、一時的にパーティを組んだダイバーの口から「そういうフォースがある」ということだけを聞いた。

彼も詳しくは知らないようだったが、どうにも気になる。

何か、関連性がありそうなんだ。

かつて俺が居て、今は解散してしまった「フューチャーコンパス」というフォースに。

 

人伝いに情報を集めるにつれ、近くのサーバーに、リビルドコンパスに所属しているダイバーがいる、という情報を掴んだ。

俺はガンプラに乗り、スワークルを出て、そこに向かう。

その途中で。

「ん?」

フレンド回線から通信が入った。リナリアだ。

「やぁ、リナリア。どうかしたか?」

音声通信なので、飛行しながら応答する。

しかし、リナリアは何も言わない。

「…ん? 何かあったのか?」

聞き返してから、さらに数秒の間があって。

「…ジン、あのね」

リナリアはようやく答える。

「わたし、ジンに言わなきゃいけないこと、あるんだ」

それは、いつになく真剣な声で。

「だから、顔を合わせて話がしたいの。…ねぇジン、今日はこれから、時間ある?」

…様子から察するに、彼女はとても大事な話をしようとしているのだろう。

相応の覚悟をもって。

「…ああ、大丈夫だ」

リビルドコンパスのことは、後日改めて調べればいい。

今は彼女の覚悟に答えよう。

「…ありがとう。じゃあ…うん。今、位置情報をメールで送ったから、そこに来てくれる?」

「ああ」

答えつつ、一度ガンプラを止めて、メール画面を確認した。リナリアから送られてきた座標を確認する。

公園風のエリアだ。偶然にも、俺が向かっていたサーバーに近い。

「数分くらいでつきそうだ」

「わかった。それじゃ、現地で待ってるね」

そう言って、リナリアは通信を切った。

俺も通信画面を閉じて、改めてガンプラを動かす。

 

 

「こんにちは、ジン」

ガンプラから出て公園に降り立つと、既にリナリアが居た。

「ああ。待たせたな、リナリア」

「ううん、大丈夫。…じゃあ、とりあえずこっちに来て」

彼女の指差す先にはベンチがあった。

言われた通りに付き添い、二人でベンチに座る。

「えっと…、まず、この前は、ありがとうね」

彼女の言葉は、その一言から始まった。

一瞬、なんのことかわからなかったが、

「美味しかったよ、ケーキ」

そう付け足され、理解する。

エペランサスから追い出された後、二人でケーキを食べた時のことだろう。

「ああ、それならよかった」

俺も…まぁ味は感じられなかったが、共にケーキを楽しむことが出来たのは嬉しかった。

「あのケーキ屋さんもそうだったけど、ジンっていろんなことを知ってるよね…」

「まぁ、伊達に何年もこの世界を楽しんでるわけじゃないさ」

実を言うと、まだ世間的にはGPDが主流だった頃から、俺はGBNで活動している。

その分、色々と経験してきた。

良いことも、悪いことも。

…なんて、すこし感傷に浸りかけたところで、ふとリナリアが言葉に詰まっていることに気付く。

更にそれから十数秒ほど経過して、

「…じゃあさ」

改めて言葉が紡がれた。

「わたし…っていうか、『エルダイバー』についても、色々と知ってるの?」

そんなふうに聞かれた。

「えっ? うーん…」

エルダイバー。改めて単語を聞いて、少し思い返してみる。

かつては、GBNにおける大事件になったこともあったから、「リアルの世界に実体がない存在で、この世界が育んだ命だとさえ言える」ということは知っている。

が、実際のところ、詳しい生態…もとい、外見以外の特徴なんて、全く知らない。

「あんまり知らないかもな…」

「…そっか」

俺の返答に、リナリアは少し安心するように、息をついて答えた。

そして、また真剣な表情になって、俺を見る。

「あのね、ジン。…実は、そのことなんだけど…」

と、そこまで言って、視線を逸らした。

「あの…えっと…」

すこし泳がせてから俯き、やがて沈黙。

「…ん? どうした?」

聞き返してみるも、返事はない。

…それだけ、言いにくいことなのだろうか。

じっと見つめるのもプレッシャーになるかと思い、とりあえず俺も視線を逸らしておく。

……

…………。

……長い沈黙。

「…なぁ、リナリア」

我慢できず、彼女を見つめ直して、気付いた。

震えている。 何かに怯えるかように。

「おい、どうした?」

まさか、また彼女を狙う奴が来たのか?

そう思い、辺りを見回した。

しかし今この付近にいるのは、俺とリナリアだけのようで。

「…何か、感じるのか?」

より詳しく周辺を警戒するために、立ち上がろうとして。

「待って、ジン!」

ぐい、と服の袖を引かれた。

見ると、リナリアが俺に掴まっている。

震えたまま、涙まで浮かべて。

「ど、どうしたリナリア。どこか、痛いのか?」

その様子に動揺する俺だが、リナリアはブンブンと首を横に振って。

「…行かないで…」

と、一言。

「…おねがい…行かないで…」

絞り出すように、もう一度言われた。

…意図は全くわからないが…。

「…ああ。わかった」

俺はとりあえず、ベンチに座り直した。

ともかく、リナリアは何故か、ひどく動揺している。

そんな状態で、行かないでという言葉だけが、確かな意思と共に伝ってきた。

なら、今は言われた通りにしよう。

「…大丈夫、そばにいるからな」

言いながら、リナリアの肩を軽くさすってやる。

今は慌てず、彼女が落ち着くのを待とう。

 

 

少しの時間が過ぎて、リナリアは随分落ち着いてきた。

「…大丈夫か?」

聞いてみると、彼女はこくりと頷いて、少し泣き跡の残っている顔で、俺を見る。

「…ごめんね、わたし、また、泣いちゃって。…こんなつもりじゃ、なかったんだけど…」

「気にするな。何か訳があるんだろ?」

そう言った途端、リナリアの顔がまた少し翳る。

「ああ、いや、すまん。今のは『訳を聞きたい』って意味じゃなくてだな…」

慌てて訂正。

しかし…なんとなく察しがついた。

リナリアはおそらく、俺に何かを伝えようとして、それが怖くなって泣いたんだ。

何を伝えようとしたのか。気になるところではあるが…。

「…そういうのは、お前のペースでいい。お前が、俺に伝えられると確信した時でいいんだ。…俺は、あんまり気にしないからさ」

半ば自分に言い聞かせるように、とぼけてみせる。

「そんなに思い込むなよ。前にも言ったが、俺はお前が俺と居たいって思ってくれるなら、それだけで充分だからさ」

そう、今は、それでいい。

それ以上のことを求めて、彼女の心が壊れてしまうくらいなら。

俺は、何も知らないままでもいい。

「…うん、ありがとう、ジン」

リナリアは微笑んで見せてくれた。

「…でも、いつかは話すね。…これは、話さなきゃいけないことだから…」

そして、俺に右手の小指を向ける。

「だから、やくそく。わたし、ジンに絶対、わたしのこと、話すから」

ゆびきりをしよう、ということだろうか。

「…ああ、約束だ」

俺は頷き、リナリアの小指に自分の小指を絡めた。

「その時が来るまで、俺はお前のそばにいるよ」

俺が彼女にできるのは、それくらいだ。

そう思っていった言葉だが、リナリアはすこしキョトンとした。

「…ん? 俺、何か変なことを言ったか?」

聞き返すと、リナリアはすこし笑って。

「ううん、わたし、嬉しくって」

ゆびきりを解いて、そのまま俺の手を握った。

「ジン、ありがとう。わたしに優しくしてくれて」

ぎゅっと、力強く。

それでも、どこか優しく。

彼女の手のぬくもりは、俺の心まで届いた。

 

 

「ところで、ジンはどうしてこの近くに居たの?」

「ん? あー…」

ふとそう聞かれ、俺は言葉に詰まる。

「…散策、かな。…ほら、ここは俺のサーバーから近いし、最近あんまり来てなかったから、何かしら面白いものがあるかも…と思ってさ、…とくに用事があったわけじゃないんだ」

思わず、嘘をついてしまった。

「なんだ、そっか」

しかし、リナリアは疑問に思わなかったようで、すくりとベンチから立ち上がった。

そのまま俺の前に来て、向き直る。

「じゃあ、せっかく会えたし、今日はわたしも、ジンといっしょに居てもいい?」

えっ?

「いいけど、別に何も面白くないかもしれないぞ?」

リナリアがそばにいるうちは、リビルドコンパスについて調べるつもりはない。

だから、本当にあてのない散策をするだけになるが…

「うん、いいよ」

言うと、リナリアはにこりと微笑んだ。

「わたしは、ジンと一緒に居たいだけ、だから」

言ってから照れ臭くなったのか、リナリアは少し顔をそらす。

…そんなふうに言われたら、無下に断ることも出来ないな。

「…じゃあ、一緒に行くか」

言って、俺は立ち上がり、リナリアに手を伸ば…そうとして、

「…そうだ、じゃあ、ちょっと面白いことをしようか」

一つ、名案が浮かぶ。

「少し待ってろよ」

首をかしげるリナリアを他所に、俺はクリスタイル・オーガンダムを出現させ、乗り込んだ。

 

 

「わあっ! すごーい!」

コックピット越しに、リナリアの声が聞こえた。

「すごいね、これ! すっごく気持ちいい!」

「ははっ、だろ?」

振り向いたリナリアに、俺も笑って見せる。

俺たちは今、ガンプラに乗って空を飛んでいる。

いつもと違うのは、コックピットには俺一人が乗っていて、リナリアはクリスタイル・オーガンダムの右手の中に居る、ということ。

「ジン! わたし、風になったみたい!」

嬉しそうに言うリナリアは、満面の笑みを見せてくれる。

「そうか、喜んでもらえて嬉しいよ…っと!」

言いながら、俺は機体を旋回させた。

「うわぁっ! …あははっ、びっくりしたぁ」

リナリアは機体の親指にしがみついているので、簡単に落ちはしない。

「ははは、それっ!」

「わあっ!」

更に機体を旋回させて、リナリアを驚かせる。

「も、もう! ジンってば!」

彼女は笑顔を絶やさない。

相当楽しんでくれているようだ。

「…よし、次はこうだ!」

「えっ…わああーっ!」

急上昇、からの急降下。念のために左手を添えながら、リナリアを楽しませてやる。

つもりだったが、

「じ、ジン! わたし、ちょっと…」

リナリアの笑顔が曇った。

しまった、今のはやり過ぎたか。

「あ、ああ。ごめんな」

言いつつ、俺は機体の速度を緩めて、ゆっくりと着地させた。

右手を下ろすと、リナリアは指から離れて、地面に降り立つ。

「ごめん。大丈夫か?」

すぐさまガンプラから降りて、彼女の元に駆け寄る。

「うー… なんか、ちょっと気持ち悪い…」

リナリアは姿勢を低くして、やがて地面に手をついた。

「ごめんな…」

言いながら、その背中をさすってやる。

しまった、すっかり失念していた。

リナリアはエルダイバー。感覚のフィードバックは俺よりも強い。

というか、彼女にとってはリアルな感覚なんだ。

「本当にごめんな…」

猛省し、頭を下げる。

「う、ううん、大丈夫。…わたし、ああいうの、慣れてなくて…」

言いつつも、リナリアは少し楽になったのか、改めて立ち上がった。

「…でも、楽しかったよ、ありがとう」

そう言ってはくれるが、まだ少し辛そうだ。

俺は辺りを見渡した。

大きな草原だ。この先に、このエリアサーバーの中心地となる都市部がある。

しかし、歩いて行くには遠い。なにか、もう少し落ち着いて休めるところは…。

なんて思っていると、視界の端で光が反射した。

よく見ると水面のようで、耳をすませば水の流れる音も聞こえる。どうやら小川があるらしい。

「リナリア、そこの川まで行こうか。水が飲めるかもしれない」

彼女のペースに合わせ、ゆっくりと小川に歩み寄った。

 

 

とても綺麗な川だ。

水は穏やかに流れ、ところどころに魚が泳いでいる。

「きれいな川だね…」

リナリアはそう言って、手で川の水をすくった。

少し見つめてから、それを口に運ぶ。

「…うん、おいしい」

彼女の顔に笑顔が戻った。

「それなら良かった…」

言いつつ、俺も手で水をすくおうとして、ふと気づく。

「…ん?」

水面が、一瞬だけ暗くなったかと思えば、すぐ元に戻った。

まるで、俺の頭上を何かが通り過ぎたようで…。

次の瞬間、俺の背後で爆発音がした。

「うわっ!」

「なんだ!?」

リナリアと共に背後を見ると、膝をついた姿勢でいた俺のガンプラの前で、爆発が起きている。

「マジかよっ!?」

思わず駆け寄ったが…大丈夫だ。

どうやら爆発したのは機体ではなく、その直前の地面のほうで、機体は少し爆風を浴びただけらしい。

とはいえ、ひとまずガンプラに乗り込んで、爆心地から距離を取る。

「一体何が起きたんだ…?」

呟きながら、モニター越しに爆発した部分を調べようとする。

しかし、それは警告音に邪魔された。

「…っ!?」

とっさに機体の姿勢を変えると、そのすれすれをビームが通り過ぎた。

これは…狙撃か!

「ジン!」

「リナリア、乗れ!」

小川の側にいたリナリアを、機体の右手ですくい上げ、同時にコックピット内へ転送させる。

その直後、次の狙撃が来た。今度は避けきれない。

「くそッ!」

左腕のインジェクターからプロテクションを生成し、これを防ぐ。

…いや、ダメだ、防ぎきれない!

「くっ!」

開いた右腕を正面に向けて、瞬間的に多量の硬化粒子を射出した。

プロテクションが完全に硬化して、遮蔽物となる。

その瞬間の隙を見つけ、大きくジャンプした。

間も無くして遮蔽物がビームに負けて爆散、その爆風に乗る形で、俺のガンプラは大きく空へ飛躍する。

「どこだ…!?」

上空から、ビームの飛んできた先を見るが、その先にビームの発生源らしきものはない。

…いや、相手が狙撃を行ったということは、何かが居るのは間違いない。

このガンプラ、クリスタイル・オーガンダムでは捕捉できないだけだ。

「また来るよ!」

リナリアの声と共に警告音が鳴った。新しいビームの柱が向かってくる。

「くそッ!」

プロテクションの耐えられない射撃なら、避けるしかない。

なんとか射線上から逃れる。

「ジン、反撃しようよ!」

リナリアにそう言われるが、

「そういわれてもな…」

そんな風に答えるしかない。

俺のガンプラ、クリスタイル・オーガンダムは、クラフタルシステムを搭載し、戦況に応じて戦い方を変えることができる機体だ。

…しかし、それは敵が視認できて、どんな武装をしているかが判明した時点で、ようやく真価を発揮する。

加えて、所持している中型のビームライフルの射程が、この機体の最大射程距離となっている。

言うなれば、近〜中距離戦特化型。

今、敵に俺が見えていても、俺に敵は見えない距離にいる。

反撃するなら、距離を詰めなければ…。

「…行くしかないかッ!」

言いながらも、俺は機体を前進させた。

カメラが敵機を捉える距離まで行けば、こちらのライフルも射程圏内に入る。

不規則な動きを心がけながら、連射される射撃を掻い潜り、前に進む。

やがて、カメラに何かが映った。

「そこだっ!」

威嚇で構わないと判断し、ロックオンよりも早くライフルを放つ。

思った通り、敵機はそれを警戒したらしく、連射が止まった。

「お前! 突然狙撃してくるなんて、一体なんのつもりだ!」

スピーカーを使って、眼前に問いかけた。

しかし、帰ってきたのは人の声ではなく、新たな射撃。

「なんか答えろよ!」

言いながらも射撃を回避し、接近すると、やがてその姿が明らかになる。

…って、

「何っ!?」

「うわぁ、なにあれ!?」

その姿を見て、俺とリナリアは同時に驚いた。

本体中央上部にジェガンの頭部。

それとはアンバランスに、モビルスーツ三体くらいは簡単に格納できそうな、巨大な胴体。

両端には四本の腕と、二本の砲身。

本体下部には脚が四つ。しかし関節らしき部分は少なく、あくまでも足先が四つ並んでいるだけ、のようにも見える。

そんな全体像を一言で表すなら、『宇宙世紀の機体で再現されたグランドガンダム』だ。

「アレが俺達を狙ったのか…?」

思わず呟く俺に、そいつは砲門を輝かせ、新たな射撃を放ってきた。

やはり、こいつで間違いない。とにかく回避する。

「っぐ!」

いや、少し間に合わなかった。こちらが持っていたビームライフルにかすめてしまう。

咄嗟にライフルを投げ捨てた。案の定誘爆し、ライフルは粉々に砕け散る。

これでは、遠距離からの攻撃手段が断たれてしまった。

「ジャベリンクラフト!」

ボイスコマンドで擬似ビームジャベリンを生成し、持ち替えて投げる。

その間に懐に飛び込むつもりだったが、先行したジャベリンは真っ直ぐ敵の装甲に命中したにもかかわらず、簡単に弾かれてしまう。

「固いな…!」

ならば関節部を直接攻撃し、巨体を順番に崩していくべきか。そう判断し、加速して敵機に急接近する。

しかし、敵も俺の接近を許したくないのか、射撃で妨害してきた。

俺もこれを回避しつつ、敵の後ろへ回り込む。

どんなに巨大でも、必ずどこかに弱点がある。それを探していたが、

「鬱陶しいんだよォ!」

敵の声らしきものが聞こえたかと思えば、その胴体装甲の一部が開き、奥から足が飛び出した。

「ぐあっ!」

とても重い蹴り。まともに食らった俺のガンプラは、大きく吹き飛ばされてしまう。

すぐに体制を整えて着地したが、またしても大きく距離を取られてしまった。

「チョロチョロとハエみたいに動き回りやがって!」

その声と共に、敵機は二基の砲塔をこちらに向けた。

それまでビーム砲を放っていた砲身が、それぞれ四方に開き、粒子を収束している。

マズい、あの光り方はメガ粒子砲だ。

まともに受けたら致命傷になってしまう。

「かっ消えろ!」

叫びと共に、敵機からメガ粒子砲が発射された。

俺は全力で横に飛び、間一髪のところでギリギリ回避する。

「チィッ!」

擬似グランドガンダムは、砲撃が回避されたのを確認すると、今度は両腕をこちらに向けて、拳を分離して射出した。

まっすぐこちらに向かって飛んでくる。捕縛してから確実に撃ち抜くつもりだろう。

「だぁっ!」

対して俺は、機体の背中からもう一本のビームサーベルを引き抜き、飛んできた両腕を斬りつける。

しかし、

「なっ!?」

それは拳ではなく、拳の形をした煙幕弾だった。

切り裂いた先から大量の煙が放出され、視界を奪われる。

マズい、この隙に射撃が来たら、避けられない。

「くそッ!」

煙を晴らすのではなく、煙から逃げるように、その場から大きく後退した。

直後、背中が壁に当たり、機体が衝撃を受ける。

…壁? ここは草原フィールドのはずじゃ…

「…ッ! ジン! 跳んで!」

リナリアの声。条件反射でジャンプすると、真下を拳が通り過ぎた。

ついさっき俺が見間違えた、煙幕弾と同じ形の拳。

じゃあ、この壁はまさか!

「逃すかよォ!」

空に逃げようとしたが、機体の左足を別の腕に掴まれ、地面に引きずり落とされた。

「がはっ!」

衝撃と共に理解する。

俺が壁と間違えたのは、擬似グランドガンダムの胴体だった。

つまり、コイツは俺の背後に回り込んでいたのだ。

煙幕弾を発射してから、それを俺が『煙幕』と判断してバックステップを踏むまでの、とても短い時間に。

「いつの間に…ッ!?」

なんて言う間にも、擬似グランドガンダムは、二本目の腕で俺の機体の右腕を掴んだ。

こちらが左足と共に二箇所を固定されて動けない中、敵機は三本目と四本目の腕を伸ばし、胴体を左右から挟み込む。

マズい、完全に捕まってしまった。

そのまま吊るし上げられ、敵機の右側の砲門前まで誘導された。

「消えちまいな!!」

またメガ粒子砲だ。なんとかしなければ!

「このォ!」

背面スラスターからGN粒子を最大出力で噴射するが、敵の拘束力は強く、メガ粒子砲の射線上から逸れることが出来ない。

だったら!

「撃たせねェ!」

左腕のインジェクターから融合粒子を射出し、砲門に注ぎ込んだ。

粒子収束を妨害されたことで、メガ粒子砲の輝きが陰る。

しかも、性質上こちらの融合粒子も収束してしまい、砲門が塞がった。

不完全な収束と出口の封鎖で、粒子砲の砲門が膨れ上がる。

マズい、暴発する!

「クソッ!」

これに対して、擬似グランドガンダムは、砲身ごとハイメガ粒子砲を切り離した。

さらに、その巨体からは全く想像がつかないスピードで、眼前から後退する。

なんだあれは。そう驚く一瞬が、俺の反応を遅らせた。

「ジンっ!」

リナリアの声で我に帰った。俺のガンプラは敵機の後退によって拘束を解かれている。

慌ててバックステップを踏んだが、充分な距離が取れないまま、メガ粒子砲が暴発した。

「うわっ!」

機体が爆風に飲まれて、吹き飛ばされた。

同時にメガ粒子砲を形成していたパーツが飛び散り、無数の瓦礫となって、俺のガンプラの装甲に襲いかかる。

「くっ…!」

防御姿勢が取れず、機体の各部に損傷を負ってしまった。

何とか着地して体制を整えようとするが…、

「このォ!」

こちらがそうしている間にも、擬似グランドガンダムが新たな射撃を放った。

メガ粒子砲ではなく、これまで何度も避けてきた長射程射撃。

しかし、こちらは各部の損傷が激しく、挙動が安定しない。

避けられない!

「ぐぁッ!」

機体の左腕を持っていかれた。

肘先は完全に吹き飛ばされ、肩のクラフタルジェネレーターも大破する。

「くっ…そォ!」

全周囲を確認して、ジャベリンとして投げたままだったビームサーベルを見つけた。

融合粒子ワイヤーを射出し、引き寄せようとする。

しかし、インジェクターの出力が安定せず、ワイヤーが途切れてしまった。

ダメだ、やっぱり左肩のジェネレーターが機能していない。

融合粒子の生成能力が半減している。

「何か手は…!」

それでもなんとかならないかと、機体のステータスを確認した。

持っていたビームサーベルも、地面に叩きつけられた際に取りこぼしており、クラフタルシステムも半分が機能しない。

機体そのものはまだ動くが、ほぼ丸腰状態だ。

対して、敵機は長距離射撃と高機動性を兼ね備えている。

仮に懐に飛び込んだとしても、四本の腕によって手数の差でねじ伏せられてしまうだろう。

つまり。

「まいったな…勝てる気がしねぇ」

満身創痍、とでも言うのか。

どうする、考えろ…考えるんだ。

何か手があるはず…。

「消えちまえ!」

考えているうちにも、擬似グランドガンダムはもう一発を放ってきた。

回避…ダメだ、間に合わないッ!

「クソォッ!」

悔しさに叫ぶ俺の眼前に、敵の射撃が迫る。

その時だ。

突如、目の前に黒い何かが現れた。

俺がそれに気付くと同時に、黒い何かは俺めがけて放たれた射撃を受けて…。

「っな!?」

敵の驚く声。それも無理はない。

奴の長距離射撃は、黒いパーツの眼前で消え去ってしまったのだ。

まるで、黒いパーツに吸引されたかのように。

「これは…」

バウンスアブソーバー…だ。

粒子による射撃や砲撃を、吸引できる武装。

自律飛行はできず、使用時は投擲する必要があるが、ワイヤーで繋がれており、吸引後は本体に帰還して予備エネルギーとなる。

俺はこの武装を知っている。

この光景を見るのは、初めてじゃない。

この武装に助けられたことも。

「誰だッ!」

バウンスアブソーバーが帰還した先を見て、敵が声を上げる。

その視線の先には、一機のガンプラが立っていた。

ガンダムデュナメスのような外見と、多数の重火器を装備した、SD体型のガンプラ。

ガンダムウティエル。

かつて、幾度となく俺と共に戦った機体。

「セイゴ!」

俺は思わず、それを所持するダイバーの名前を叫んだ。

 

 

「テメェ、何モンだ!?」

擬似グランドガンダムから発せられる声に答えず、ウティエルは右肩からバズーカを引き抜き、放った。

小柄な体型とは不釣り合いな高火力射撃を前に、擬似グランドガンダムは回避運動を行う。

こちらも、相変わらず巨体からは想像もつかないスピードだが、こうして客観的に見ることで、一つ気づいた。

この擬似グランドガンダム、四本の足が全て地面に接しておらず、機体が少しだけ浮いている。

「…なるほど、ミノフスキークラフトだったのか」

ミノフスキークラフトとは、ホバークラフトの原理で宙に浮く機能だ。

あくまでも「浮く」だけなので、推進力を別で用意する必要がある…など、得られる効果に対して必要なリソースが大きすぎるため、常人は滅多に組み込まない機能ではある。

しかし…なるほど、浮遊している物体の射撃姿勢を安定させるほどの出力があれば、瞬間的な超スピードでの移動も不可能ではない。

それだけ高い技術を持ったビルダーが作ったガンプラ…ということか。

「答えねェなら、ぶっ壊しても文句はねぇな!?」

言いながら、擬似グランドガンダムは上二本の腕をウティエルに向けた。

それらの手首が下に垂れ、中からミサイルがせり出す。

あんな機能まであるのか…。

「消えちまえ!」

声と共に放たれるミサイル。

対して、ウティエルは両腰にマウントされたGNピストルを引き抜いた。

その射撃でミサイルの弾頭を逸らしつつ、自らも横に飛んで回避行動を取る。

「チィッ!」

それでも、擬似グランドガンダムは負けじと、更にミサイルを連射した。全てがウティエルを狙って飛んで行くが、どれも当たらない。

GNピストルによる『いなし』と、自身の機動性を活かした立ち回りで避け回っているのだ。

まるで、ダンスのステップを踏むかのように。

「踊ってんじゃねェ!」

擬似グランドガンダムは、ミサイルの連射を止めると、今度は胴体ごと下二本の腕をウティエルに向けた。

手首が下に垂れると、ガトリングがせり出す。

「これでどうだァ!」

ウティエルへと前進しながら、ガトリングが火を吹いた。

「…ッ!」

その巨体に気圧されたのか、ウティエルはついに後退しはじめる。

「逃すかよォ!」

それを追い、擬似グランドガンダムは、ガトリングを乱射しながら前進する。

やがて、先ほどまでウティエルがミサイルを回避していたポイントまで来た。

その瞬間だ。

「ぐおっ!?」

突然、擬似グランドガンダムが動きを止めた。

違う、止められたんだ。

「な、なんだこれ!? 動かねェ!」

機体の異常を叫ぶ声。そこでようやく、ミサイルとガトリングで巻き上がっていた煙が晴れてきた。

擬似グランドガンダムの外装に、細かな緑の光。

あれも、俺には見覚えがある。

「硬化粒子…カプセルを使ったのか」

ウティエルの両腕に搭載された、「GN粒子を硬化させる粒子」を凝縮したカプセル。

ウティエルがミサイルを掻い潜っていた時に、ウティエル自身が排出したGN粒子。

おそらく、それが滞留している地点に、硬化粒子カプセルを放ったんだ。

よって、GN粒子の中に飛び込む形になった擬似グランドガンダムは、粒子同士の融合による硬化に囚われ、一時的に動きを封じられている。

ということは。

「…終わりだよ」

遥か彼方で、両肩のバズーカとバスターライフルを引き抜く、ウティエル。

それらを前後に連結させ、更にバウンスアブソーバーを取り付け、巨大な砲身を作った。

来る。究極の一撃が。

「トランザム・ブレイカー!」

一瞬、ウティエルの全身が赤く輝いた。

かと思えば、その輝きは合体した砲身に吸収されていく。

「ティーロ・デル・テンペスタ!!」

叫びと共に、合体した砲身が火を吹いた。

その砲撃はウティエルの体躯はおろか、擬似グランドガンダムのそれすらを軽く超えるほどに巨大なものとなる。

避けようのない、強大な砲撃。

「なっ…くそォ!」

擬似グランドガンダムは融合粒子諸共、砲撃が作る光の柱の中へ消えていく。

「…すごい…」

リナリアが漏らす声を横に、俺も密かに驚いていた。

以前よりチャージの時間が短縮され、砲撃の威力も上がっている。

「…かなり、改良されてるみたいだな…」

それもそうか。

俺の知ってる数値は、半年以上前のものだ。

「ジン、あのガンプラ、知ってるの?」

俺の言葉が気になったのか、リナリアが聞いてきた。

「…ああ、あの機体の名は、ガンダムウティエル」

知っているさ、誰よりも。

何故なら。

「数年前、俺が作ったガンプラだ」

 

 

擬似グランドガンダムは、完全に機能を停止した。

それを確認し、俺はガンプラに乗ったまま、ウティエルに歩み寄る。

「助かったよ、セイゴ」

俺がウティエルを譲渡した、友達ともいうべきダイバーの名前を口にする。

しかし、ウティエルは背を向けると、立ち去ろうとした。

「なっ、ちょっと待てよ」

思わずガンプラの右手で、ウティエルの肩に触れる。

すると、映像通信が入ってきた。ウティエルからだ。

「あの、人違いですよ」

その声と共に映されたのは、見知らぬダイバーの姿。

セイゴじゃない。

「…えっ?」

予想だにしない光景に、思わずその機体から手を離してしまった。

直後、映像通信は途絶え、ウティエルは大きく跳躍し、俺から距離を取る。

「ま、待ってくれ!」

追いかけようとした俺だったが、ガンプラが姿勢を崩して倒れそうになった。

「きゃっ!」

リナリアが声を漏らす。

そうだ、うっかりしていたが、今俺のガンプラは満身創痍だった。

「おっ…と!」

とっさにコンソールを操作して、機体の体勢を立て直す。

だが、その間にウティエルは視認できないほど遠くへと行ってしまった。

「…なんで…」

なぜ、セイゴ以外の人間がウティエルに乗っているんだ。

「…ジン?」

気づけば、リナリアが不思議そうな顔で、俺を見ている。

「ああ…」

そうだ、まだリナリアには、何も話していない。

少しだけ話しておこう。

「ガンダムウティエルは、俺がセイゴの…友達のために作った機体なんだ」

 

 

始まりは、もう何年も前の話。

俺とセイゴは、GBNとは関係のない、とあるオンラインシューティングゲームで知り合った。

そのゲームで協力するうちに、ガンダム作品の話で意気投合して、俺が彼をGBNに誘った。

彼自身、元々興味はあったが、訳あって彼のリアルではガンプラを作ることができないので、無念に思っていたらしい。

そんなセイゴのために、俺がガンプラを用意した。

それこそが、先のガンダムウティエルだ。

 

GBNでは、ガンプラの所有権をダイバー同士によって譲渡し合うことができる。

ダイバーとしての所有権さえ持っていれば、リアルで同じガンプラを持っている必要はない。

ただし、所有権を譲ってしまえば、ガンプラをリアルで持っていても、GBN内で自分の機体として扱うことはできなくなる。

それでも俺は、自ら作ったウティエルの所有権を、セイゴに渡した。

セイゴと共に、GBNを楽しみたかったからだ。

 

セイゴは喜んでくれた。これで自分もGBNを楽しめると、笑ってくれた。

それから俺たちは、互いに競い合い、助け合い、少しずつダイバーとしての腕を上げていった。

互いに互いを高め合いながら、楽しい日々を過ごしていた。

 

その頃、俺は自分の機体だけでなく、譲渡後のウティエルを、リアルで改修する役割も担当していた。

最初は狙撃を得意としていたものを、出会いの原点であるシューティングゲームでできたことを踏襲した形に変更する…など、機体の特性を、可能な限りセイゴの要望に合わせていった。

一方で、俺が改修に専念できるよう、セイゴはあらゆるミッションを事前に分析し、戦術的にクリアするための作戦を立ててくれた。

前線に立つ俺と、射撃で援護するセイゴ。

二人のコンビネーションで、さまざまなミッションを攻略していった。

 

やがて俺たちは、当時、超難関フォースミッション攻略のために、勢力を拡大していたフォース「フューチャーコンパス」に勧誘された。

俺たちはフューチャーコンパスの一員となり、難関ミッションに挑戦。その戦果を買われ、攻略後もフォースの一員となった。

その証であるタトゥーは、今も左腕に刻まれている。

俺たちは、沢山の仲間と、多くのミッションを攻略していった…。

 

 

「…じゃあ、あのガンプラは、ジンが友達にあげたものだから、あの時ジンは、友達が助けてくれた、って思ったんだね」

「ああ。…でも、違った…」

リナリアの言葉に、俺は頷いて答える。

あの機体がウティエルであることに間違いはない。

あれはリアルでは俺が所持し、今も大切に保管しているガンプラだ。間違える要素はない。

…でも、だとしたら何故、セイゴ以外のダイバーが乗っていたのか。

「…まさか、セイゴはウティエルの所有権を、誰かに譲ったのか…?」

自分で言って、思い直す。

ありえない。

仮に今、セイゴが別の機体に乗っているとしても、ずっと一緒に戦ってきたウティエルを簡単に手放すわけがない。

セイゴはそんなことはしない。それは、長い間彼と共に居た俺自身が、よく知っている。

でも、じゃあ何故…、なんて考えていると、リナリアが口を開く。

「うーん、ひょっとして、何か理由があるのかな」

「えっ? …そういえば…」

言われて、思い出す。

以前、久しぶりにセイゴに会った時、彼は自分のフレンドデータが消えている、と言っていた。

もしや…と思い、フレンドリストを確認してみる。

「…登録ガンプラが空白になってる…」

予感は的中した。セイゴのダイバーデータには、ダイバールックなどの最低限のステータスしか記載されていない。

彼がログインしていないうちに消えてしまったのは、フレンドリストだけじゃなかったんだ。

「…セイゴが『ウティエルを使用している』というデータそのものが、GBNから消えているのか…」

そして、なぜか今、そのデータを持っているのは、先ほど見た初対面のダイバー。

「…だとすれば、さっきの奴に事情を話して、ウティエルを返してもらわないと…」

なんて呟いてみるが、ウティエルはとっくに捕捉できない位置に居る。

あるいは、このディメンションから出てしまったかもしれない。

けれど、飛んで行った方角は分かる。

俺は機体をウティエルが消えた方角に向けて、飛行させた。

 

 

「…いないね、さっきのガンプラ」

「…そうだな」

リナリアと共に、コックピットから草原を見渡す。

しかし、数十秒飛んだあたりで、機体の異常を示すアラートが鳴った。

バスン、という爆発音のあと、高度が低下しはじめる。

「うわっ、ジン! 墜落しちゃう!」

「おわっ、限界か!」

驚くリナリアを背に、コンソールを操作して、なんとか着陸姿勢をとる。

クリスタイル・オーガンダムは、墜落…とまではいかないが、草原を掻き乱しながら強引に緊急着陸した。

「きゃっ!」

着地の衝撃で、隣にいたリナリアが倒れる。

「大丈夫か?」

「う、うん、平気」

俺の言葉に頷いてから、彼女はゆっくり立ち上がる。

その後、俺はパネルを操作して、機体の損傷状況を確認した。

「…ダメだ、これ以上は飛べないな…」

脚部スラスターの駆動系に、擬似グランドガンダムのメガ粒子砲の破片が、入り込んでしまっている。

これ以上の捜索は無理だ。

「…仕方ない、一旦このディメンションから抜けるか…」

近隣のエリアにガンプラを修理できる設備はない。

一度ロビーに戻って、ハンガーエリアで修復しよう。

リナリアも一緒に来るか?

それを聞くために、口を開きかけた直後。

「逃さねェ!」

彼方から聞こえた叫び声。

同時に、俺のガンプラの右肩が吹き飛んだ。

「なっ!?」

「えっ!?」

リナリアと共に驚きの声を漏らし、俺は思わず背後を振り返る。

そこから迫ってくるのは…、

「な、何だアレ!?」

ジェガンだ。

ジェガンが、まっすぐこちらへ飛んでくる。

その右手にはビームライフルを持ち、銃口がこちらを向いている。あいつが撃って来たのか。

というか、あのジェガン、見覚えが…。

「ジン! あれって、さっきの!」

「っ、あいつか!」

リナリアの言葉で気がつく。

あのジェガン、おそらく先程、ウティエルの砲撃をモロに受けたはずの「擬似グランドガンダム」だ。

よくみると下半身はなく、推進装置のようなものを、左腕で機体後部にあてがっている。

まさか…あの巨体をパージして、あんな不安定な状態でここまで飛んできたというのか。

「逃がさねぇぞ!!」

声と共に放たれる、更なる射撃。

「くっ!」

回避のため跳躍しようとするが、やはり挙動が安定せず、姿勢が崩れて機体が大きくよろけた。

その動きによって射線上から少し逸れたが、今度は頭部が丸ごと射抜かれる。

コックピット内の全周囲モニターが消灯した。

メインカメラをやられたんだ。

すぐさま胴体のサブカメラに切り替わるが、それが写した更なる射撃は、あまりにも近くに迫りすぎていて。

「ぐああっ!」

機体の右足が射抜かれた。機体が草原に倒れこむ。

「く、くそっ!」

横転してサブカメラの向きをジェガンに向けると、既にジェガンはかなりの距離まで肉薄していた。

「逃がさねェ! テメェも! ガキも!」

ライフルを投げ捨てて、推進装置の側面から長方形の武器を取り外すジェガン。

その先端からはビームの刃が出現した。ビームサーベルだ。

「お前を連れて行かなきゃ、オレは前に進めねェんだ!」

ついに、ジェガンが俺のガンプラの上に覆い被さった。

手に持ったビームサーベルを持ち替え、胴体を狙って大きく振り上げる。

ダメだ、機体が動かない!

避けられない!

「させないのですよ!」

瞬間、突然聞こえた声と共に、ジェガンの姿が、サブカメラの視界から消えた。

「なにィ!」

驚く声を漏らすジェガンは、いつのまにか遠くに移動している。

その機体は、網のようなものに拘束されていた。

「これ以上、キミに好き勝手はさせないのですよ」

ジェガンが囚われた反対側には、別のガンプラの姿がある。

その姿は初めて見たが、そいつが響かせる声には聞き覚えがあった。

いや、声というか、喋り方なのだが。

「ダイバー・タク。ガードフレームを盗んだ罪で、運営から令状が出ているのですよ。よってこのまま、身柄を運営に送るのですよ」

行ってる最中にも、ジェガンはデータ化し、このディメンションから消えはじめる。

「さよならですよー」

なんて言葉をかけられながら、ジェガンは完全に消えてしまった。

「…さて、お手柄ですよ、ジンくん」

そんな言葉を発するガンプラから、一人の女性ダイバーが現れる。

「キミを尾行していてよかったのですよ」

どうやら俺は、この女に救われたらしい。

「ジン、この人は…?」

ふと見ると、リナリアが不思議そうにこっちを見ている。

「ああ、そうか。リナリアは初めて会うんだっけ」

彼女と知り合ったのは、まだつい最近の話。

俺が最初に、盗まれたガードフレームを撃破した時のことだ。

「彼女はロコモ。…よくは知らないけど、GBNの運営サイドにいるダイバー、だそうだ」

 

 




方舟の少女 ガンプラデータファイル04

【フォートレス・ターク・ジェガン】
ダイバー・タクが操るガンプラ。
元々はスタークジェガンをベースにカスタムしたものだが、決戦機としての武装強化を図った結果、要塞のような規模になった。
実は機体の大半が、サイコガンダムのモビルアーマー形態をベースに作成されており、ガイアガンダムのシルエットに似ているのは『偶然』である。

【ガンダムウティエル】
射撃性能と機動性に特化したガンプラ。
多数の銃器を巧みに使い分け、敵を翻弄する。
ミノフスキー粒子を吸引して己の砲撃の威力に加算する『バウンスアブソーバー』や、トランザムで上げた出力の全てを射撃の威力に変える『トランザム・ブレイカー』などにより、強力な射撃が可能。
製作したのはジンだが、使用者は…




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第5話「約束してくれ」

ロコモは、クリスタイル・オーガンダムの脚部に触れた。

途端、それはデータ化して俺のアイテムリストに収納され、俺とリナリアはロコモの前に転送される。

そんな権限を持った存在なのだ。この少女は。

「どうもですよ、ジンくん。…それから、はじめましてですよ、リナリアちゃん」

なんて言いつつ、ロコモはわざとらしく頭を下げる。

「ボクはロコモ。フォース:特潜機勇隊のエージェントでもあり、GBNの特殊捜査官でもある、ハイブリッドなベテランハーフダイバーなのですよ」

えへん、と胸を貼るロコモだが、

「…えっ?」

その情報量の多い発言に、リナリアは思わず聞き返していた。

「うーんと、まぁ『半分くらい運営に携わっているダイバー』って感じに思ってくれたらいいのですよ」

ロコモがそう付け足す。

しかし、リナリアは俺の背中に隠れた。何故か少し警戒しているようだ。

「…どうした?」

問いかける俺を、リナリアは少し不安そうな目で見る。

「…ジン、この人とは、どういう関係なの?」

そう聞かれた。

「どうって…、特にどうということもない関係…だよな?」

俺も、ロコモに出会うのはまだ二度目で、これといって友好関係があるわけでもない。同意を求めてロコモを見るが、

「恩人に対して、それは失礼なのですよ?」

ロコモは頬を膨らませた。

「ジンくんが今ここにいることも、ボクがいたおかげなのですよ」

「…そうなの?」

ロコモの言葉を真に受けるリナリア。

…まぁ、それはそうなのだが…。

「リナリアと初めて会ったあの日、俺はガードフレームに危害を加えたことで、あやうく運営からログイン制限を受けるところだったんだ」

「そこでボクが談判して、ジンくんはお咎めナシ、ってことになったのですよ」

「あっ、そうなんだ…」

俺の説明をロコモがフォローする形となり、リナリアはこくりと頷く。

「…それにしても、リナリアちゃんっ」

直後、ロコモは俺の背中に手を伸ばし、そこに居たリナリアの手を取った。

「わっ!」

驚くリナリアを、ロコモは自分の元に引き寄せる。

「とぉーっても、かわいいのですよ!」

キラキラした目でリナリアを見るロコモ。

「妖精みたいなそのおみみ! きれいな長い髪! おめめも、間近で見ると吸い込まれそうなくらい、透き通ってて綺麗なのですよー!」

「わっ、わわっ」

リナリアは困惑しながらも、その手を引き抜いて、また俺の背中に隠れる。

「そんな、怖がらなくてもいいのですよ! ボクはただ、キミのことが気になるだけなのですよー」

「うう…」

別角度から再び触れようとするロコモと、 それを警戒して俺の陰に隠れるリナリア。

「もっと近くで見たいだけなのですよー」

ロコモが角度を変え、リナリアは俺で自分を隠す。

「何もしないのですよー」

「…いやっ」

角度を変えるロコモ、俺の背後に隠れるリナリア。

「見せてですよー」

また別角度からロコモ、隠れるリナリア。

「ちょっとだけですよー」

また移動する二人。

「少しだけなのですよー」

動く、動く。

「見るだけなのですよー」

ずいっ。ささっ。

「何もしないのですよー」

ずっ。さっ。

「ちょっとだけ…」

「もういいだろ」

流石に鬱陶しいので、動こうとしたロコモを、俺が手で制した。

「邪魔ですよ、ジンくん」

ムッとするロコモだが、

「それくらいにしてくれ。リナリアが怖がってる」

俺はリナリアを後ろに追いやる。

俺もこれ以上、盾のような扱いをされたくない。

「…わかったのですよ。ボクも嫌われたくはないので、もうやめるですよ」

言って、ロコモは息をついた。…しかし、まだ意識はリナリアに向いているのか、チラチラと彼女を見ている。

「なぁ、ロコモ」

その注意をそらす意味も兼ねて、俺はフレンドリストを開いた。

彼女の前に、セイゴのデータを見せる。

「こいつ、データが消えてしまって困ってるらしいんだ。…何か知らないか?」

運営との繋がりがあるロコモなら、何か事情を知っているかもしれない。

そう思ったが、

「そんなこと、知らないのですよ」

一蹴された。

「ダイバーなんて星の数ほどいるのですよ? いくらボクが半分運営だからって、個々のダイバーの状況を、わざわざ把握していたらキリがないのですよ」

…それは、そうかもしれないが。

「でも、なんかこう…聞いてないか? 長期間ログインしてないダイバーのデータが突然消えた…とか、似たような事例が他にもある…とか」

「そんな事、聞いた事ないのですよ」

もう一押ししてみたが、答えは変わらない。

…それなら。

「じゃあ、調べてみてくれないか? …もちろん、タダでとは言わないからさ」

俺のような一般ダイバーが直接運営に問い合わせるより、運営との繋がりがあるロコモに頼った方が、まだ希望はある。

そう思って提案すると、彼女は少し考え込んで、

「…わかったのですよ。そこまで言うのなら、調べてあげるのですよ」

頷いてくれた。

だがその直後、突然ロコモの前に、音声通信のウインドウが開く。

「あっ、ちょっと失礼するですよ」

言って、回線を繋ぐと、

『おいロコモ! お前が突然送ってきたダイバー、こっちで暴れてるぞ! 早くコイツをなんとかしろ!』

大きな声が画面越しに聞こえた。

「よよっ!? ご、ごめんなさいですよ! すぐ戻るですよ!」

言って、ロコモは慌てて通信画面を閉じた。

「ごめんなさいですよ、ジンくん、リナリアちゃん。上司に怒られるから、ボクはここで失礼するですよ!」

焦りを見せつつ、移動のための画面を開く。

「とりあえず、何かわかったら、また連絡するのですよ! じゃあまた、なのですよ!」

その言葉を最後に、ロコモはこのディメンションから消えてしまった。

「…なんか、忙しない人だったね…」

「そうだな…」

苦笑するリナリアに、俺も頷いた。

 

 

それから数日が過ぎたある日、ロコモからメールが届いた。

それによると、セイゴのデータが消えた理由はわからないが、ウティエルを現在所持しているダイバーには、連絡が取れたのだとか。

事情を説明したところ、そのダイバーも悪気があったわけではないらしく、ウティエルをセイゴの元に返すことを約束してくれた。

ただ、その前にもう一度だけ、ウティエルを使ってガンプラバトルをしたい。

そして、俺にその相手をしてほしい、と言っていたそうだ。

彼にとってはウティエルの使い納めとなるバトル。

それを受けられるのは、セイゴのフレンドであり、ウティエルの生みの親である俺しかいない。

そう思い、俺は喜んで相手をすると伝えた。

 

約束の日が訪れるまで、そう長くはかからなかった。

 

 

「ジン」

ガンプラの最終調整をしていると、リナリアが姿を現した。

「今日だったよね、試合」

「…ああ」

答えつつも、俺はガンプラの動きを確認する。

…よし、大丈夫。問題はない。

「あっ…、ジンのガンプラ、いつもと違う…?」

その様子を見て、リナリアが気付いた。

そう、俺はこの日のために、機体を改造していた。

「ああ。…そのまま挑むには、相性の悪い相手だからな」

ウティエルは遠距離戦に長けた機体だ。

一定の距離を保ちつつ、多彩な射撃で敵を襲うのが主な戦術となる。

一方で、クリスタイル・オーガンダムは遠距離からの攻撃に弱く、中距離以上の間合いを保たれると、打つ手がなくなってしまう。

そこで。

「遠距離戦用に、ライフルとシールドを用意したのさ」

右腕には「融合粒子弾ライフル」。

これは、銃身の下部に蓄えたGN粒子を、腕から直接供給される硬化粒子と混ぜ合わせ、実弾に限りなく近い性質の「弾丸」を発射する装備だ。

射程距離が長く、以前装備していたビームライフルの、倍以上の距離まで届く。

発射速度にも優れているが、その分銃身が大きく、取り回しには優れない。

左腕には「融合粒子ディフェンサー」。

こちらは、ビームシールドを発展させた武装で、状況に応じて内側から硬化粒子を散布し、物理的強度を高めることができるものだ。

「すごい…。これ、ジンが作ったの?」

「ああ。…その名も『type.SH』。これでウティエルともマトモに戦える」

「えすえいち?」

「語源は『SHOOTER』、『射撃型』って意味さ」

このほかにも、右腰には予備のディフェンサー、左腰には小型ビームガンを装備。

脚部も高機動型のパーツに換装した。

これでウティエルの動きにも付いていけるハズだ。

「へぇ…」

リナリアは改めて俺のガンプラをじっくり見てから、

「なんだか、かっこいいね」

笑顔でそう言ってくれた。

 

 

約束の時間になった。

「たしか、ここであってるハズだが…」

呟きながら、俺はメールにあった座標と、今自分がいる場所を確認する。

前にウティエルと遭遇したサーバーの管轄下にある、市街地を模したフリーバトルエリア。

バトル用のレンタルスペースみたいなもので、事前予約さえ済ませておけば、あらゆるダイバーが自由に使える場所だ。

性質的にはミッションバトルエリアに近く、事前に登録されたダイバーのみが入退場でき、NPDすら存在しない。

言うなれば、ガンプラバトルのためだけの、試合会場みたいなものだ。

そのため、都心とすら言える量の建造物の量に反して、エリア全域がとても静かな環境となっている。

その中で、俺たちは事前に打ち合わせ、約束の時間に、同時に互いのスタートポイントにログインする。

そういう手筈だったのだが…、

「…敵機の反応がないね…」

リナリアが呟くように、打ち合わせで聞いていたポイントに、ウティエルの反応が現れないのだ。

俺のガンプラでも捕捉できる範囲に現れるハズなのだが…

なんて思っていた直後、

「…っ、ジン、後ろ!」

リナリアの叫ぶ声。振り向いた俺の眼前で、警告表示が現れた。

「何っ!?」

即座に機体を上方に跳躍。眼下にはビームの柱が通り過ぎる。

「一体どこから…!」

ビームが放たれた先をズームするが、敵機の姿はない。

かと思えば、次は全く異なる方向からの警告音が鳴った。

新たな射撃だ。

「くそっ!」

左腕のディフェンサーからビームシールドを展開し、それを正面から防ぐ。

…大丈夫、ディフェンサーの整備は万端だ。早速の使用だったが、問題なく凌ぎ切った。

と、思った直後に、またしても違う方向からの警告音。

今度は射撃ではなく、砲撃だ。

「ちっ!」

同じくディフェンサーで防ぐが、砲撃がビームの壁をかき消そうとする。

「耐えてくれよ…っ!」

ビームシールドの内側から硬化粒子を散布し、シールドとしての強度を上げた。

なんとか砲撃は防ぎきったが、硬化したシールドには多数の亀裂が入っている。次の射撃は耐えられない。

新しいシールドを展開するために、左膝で硬化したシールドを叩き割る。

そしてまた、新たな射撃が別方向から来た。

「くそッ!」

脚部のスラスターを最大出力にして、横に回避運動を取る。

「そこだッ!」

その間にこちらも、射撃が飛んできた方向へ、ライフルから融合粒子弾を放った。

何かに当たった手ごたえはあった。しかし、それは敵機というには、あまりにも軽い。

「…違う、あっち!」

リナリアが指し示す方向に顔を向ける。

そこでようやく、俺はウティエルの姿を目にした。

手に持ったライフルをこちらに向けようとしていたが、それより先に俺がライフルを放つ。

大丈夫、融合粒子弾ライフルの発射速度は、ウティエルの基本装備ビームライフルよりも早い。

「ッ!?」

向こうもそれに気付いたのか、咄嗟にライフルを手放して回避運動を取った。

俺の射撃は敵のライフルに着弾。破壊するほどの威力はないが、それを大きく吹き飛ばす。

反して、ウティエルは傷一つ追う事なく、そのまま建造物の影に隠れてしまった。

「なんてやつだ…!」

ようやく姿を捉えたと思いきや、また見失ってしまった。

早い。反応速度も、行動も。

いや、わかってきる。ウティエルは遠距離射撃と高機動をウリにした機体。

他でもない俺自身が、セイゴに合わせて、そう作ったガンプラだ。

しかし。

「まさか、ここまでウティエルを使いこなすなんてな…」

機動性と遠距離射撃。一つのガンプラに双方の要素を盛り込むのは、そんなに難しくはない。

ただし、それが可能かどうかは、操縦しているダイバー自身の技量の問題になる。

ピーキーな性能であるが故に、慣れていないと扱いにくい機体なのだ。

そんなウティエルの性能を、ここまで引き出して戦えるとは…。相手はかなり腕の立つダイバーらしい。

「…おもしろいじゃないか!」

なんて言葉を漏らしつつ、俺も機体を後退させ、遮蔽物の中に紛れ始めた。

こうして互いに動いていれば、相手の狙いも定まりにくい。

たが、それはもちろん俺もだ。

先に相手を捕捉した方が有利な、遭遇戦に近い状況となる。

こういう時は鉢合わせに備え、近接武器を用意するべきだ。そう判断し、左手にビームサーベルを引き抜く。

そうして数秒後、

「ッ! そこだっ!」

視界の隅でわずかに反射した緑の光を、俺は見逃さなかった。おそらくあれはウティエルの装甲だ。

確信を持って、サーベルで斬りかかり、相手の装甲に切り込みを入れる。

しかし、次の瞬間、

「ッ!?」

一瞬、眼前に広がる濃い緑色の光。

それが収まると、いつのまにか、俺のガンプラは動きを封じられていた。

「ッ、これは!」

融合粒子だ。

クリスタイル・オーガンダムは、融合粒子の硬化に巻き込まれる形で、動きを封じられたんだ。

いつの間に。そう思う眼前では、ウティエルの装甲がよりハッキリと見えるようになる。

ケルディムガンダムのシールドビットのような形状と、その外周には粒子カプセルの破片。

…まさか。

「これは…粒子融合機雷…!?」

俺が切断したのは、ウティエルの装甲なんかじゃない。

このシールドビットのような装甲板にはGN粒子が凝縮され、その周囲には、あらかじめ硬化粒子カプセルを貼り付けてあった。

その名も「粒子融合機雷」。俺が斬りつけたのは、まさにそれだ。

「その通り」

頭上から声がする。ウティエルだ。

「この勝負、貰ったよ」

言いながら、左右のバスターライフルとバズーカを直列させる。

擬似グランドガンダムの時と同じく、バスターライフルを後方、バズーカを前方に。

「トランザム・ブレイカー!」

更に一瞬だけ全身を覆う赤い輝き。それは合体した砲身に飲み込まれていく。

マズい、あれをマトモに食らったら…!

「やらせねぇ!」

言いつつ、ディフェンサーから最大出力でビームシールドを展開した。

基部で回転させ、ローターのようにして左腕周辺の融合粒子による拘束を破壊する。

「ティーロ・デル・テンペスタ!」

ウティエルから、叫びと共に砲撃が発せられた。

「くっ!」

何とか動けるようになった左腕とディフェンサーで、これを防ぐ。

やはり砲撃の有効範囲が広い。ディフェンサーは最大出力で展開し、硬化粒子で強度を上げ、更に基部で高速回転して防御面積を広げて、対抗する。

やがて砲撃が止み、なんとか耐えたディフェンサーだったが、かなりの損傷を負った。もう出力も安定しない。

だが、衝撃でクリスタイル・オーガンダムを覆う融合粒子が脆くなっていた。

俺は改めて頭上のウティエルを見上げる。トランザムを使用したウティエルは、その砲撃直後の数秒間、反動で最低限の姿勢制御を行うくらいしか動けなくなる。

そのデメリットは健在のようだ。

「ジン、今のうちに!」

「ああ!」

リナリアに言われるまでもなく、俺は機体を纏う融合粒子を振り解き、後方に大きく跳躍させ、ウティエルから距離をとった。

 

 

…どうも、おかしい。

「…どうしたの、ジン?」

遮蔽物に紛れながらウティエルから距離を取る俺に、リナリアが聞いてきた。

「こんなに離れて大丈夫なの?」

その質問は、おそらく俺が、意図的にウティエルから距離を取るように動いていることに気付いたからだろう。

いくら武装を射撃型にしても、離れすぎてしまうと、手数の多いウティエルの方が有利だ。

それでも何故、ウティエルから俺が距離をとっているのか。

それには理由がある。

「粒子融合機雷、…さっきの、俺が引っかかったトラップ…」

あれは確かに、ウティエル用に俺が製作した武装だ。

ただし。

「あれは、随分前に別の武装と換装したものなんだ…」

まだウティエルに「機動性を求める」という方向性が定まってなかった頃、試行錯誤のために用意したが、機体の機動性を重視するために、一度オミットしている。

「…えっと、さっきのは、今は使っていないハズのトラップ、ってこと?」

リナリアの言葉に頷いてみせる。

「でも、それならさっきのジンみたいに、今回のバトルのために整備してきたとか…」

その可能性を考えると、余計不可解だ。

ウティエルはセイゴのガンプラである一方で、そのカスタマイズは殆ど俺が担当していた特殊なガンプラでもある。

その戦術が狙撃型から大きく変わったように、それだけの回数の仕様変更や武器換装を行なってきた。

その量は膨大で、全てGBNに読み込むには、『一体のガンプラとして記録できる最大データ量』が足りない。

だからこそ、予備武装としての使用頻度が、消費するデータ容量の割に合わない装備から、その登録データを消していた。

…つまり。

「…ウティエルにはもう『融合粒子機雷が換装パーツである』というデータは、残ってない。…だから、単に『ウティエルのデータを持っている』だけでは、粒子融合機雷は使用できない…ハズなんだ」

答えると、リナリアも首をかしげる。

「…えっ、でも、さっき…」

言いたいことはわかる。

そう、いくら使えないハズだと言っても、まさに今、俺はそれに引っかかった。

可能性があるとすれば…。

「ああ。…だから一つ、試したくてな」

言いつつ、機体を一度停止させた。

振り返ると、ウティエルはかなり離れた所にいた。

吹き飛ばされたライフルを回収していたのか、向こうもこちらから距離を取っていたらしい。

遮蔽物の少ない上空から、こちらを補足しようと、全周囲を見渡している。

…思ったより遠くにいるが…大丈夫、ギリギリで届く距離だ。

俺は融合粒子弾ライフルを構えた。

狙いはウティエルの左手、そのマニピュレーターだ。

「行けっ!」

引き金を引く。

融合粒子弾は少し逸れたが、ウティエルの左手首に当たった。

ただ、至近距離で撃ってもライフルを破壊できない弾丸による、射程距離ギリギリの場所での着弾だ。結果として何かが起こるわけでもない。

言うなれば『当たった』という、ただそれだけのこと。

にも関わらず、

「…っ!」

すぐさま、ウティエルはビームライフルを撃ってきた。続けてバスターライフルと、バズーカも。

息つく間もない連続射撃だが、俺は融合粒子弾を発射してすぐに移動していたので、当たらない。

むしろ、連続射撃を行っていた時間だけ、密かにウティエルに近付いていた。

向こうはそれに気付いていないのか、連続射撃の着弾点を見つめ、さらに数秒の隙が生まれる。

「…っ! 何処だッ!」

やがて、そんな言葉と共に、ウティエルは全方位を見回した。

まるで、我を忘れていたことに、気付いたかのように。

…やっぱり、そうなんだな。

いや、そう考えるのが自然だったんだ。

ウティエルの扱いの上手さ、必殺技の発言、粒子融合機雷の使用ときて、この反応。

間違いない。

確信を持って、俺は堂々とウティエルの眼前に出た。

「お前…」

両腰からビームピストルを引き抜くウティエルに、俺は言葉で問いかける。

「お前、セイゴだよな…?」

 

 

「…は? 人違いですよ。前にも言ったじゃないですか」

通信回線から聞こえるウティエルのダイバーの声には、聞き覚えがある。

むしろ、今まで気付かなかった自分が鈍感だった。

この声は、ずっと前から知っているものだ。

「とぼけるな、セイゴなんだろ?」

聞き返すと、向こうから画像データが送られてきた。これは…ダイバーのプロフィール画面のスクリーンショットだ。

そこに載っているダイバーネームは…『ケジュン』。

「これでわかりましたか? 人違いって」

たしかに、載っているアイコン画像共々、そのプロフィールデータは、見知らぬダイバーの姿をしている。

しかし。

「…『レパッショーナ空域』での空戦、『リフィケイノス輸送任務』、それから…『ウォゼッタ』での施設破壊ミッションの時もそうだったな」

記憶を辿りつつ、俺は言葉を続ける。

「どれもお前が、機体の左手の損傷を気にしたことで、不利になった戦いだ」

ウティエルは、反射的に機体の左手に触れた。

先ほど、俺の融合粒子弾が当たった場所。

「お前は昔から、左手の損傷を妙に気にする癖があるんだよ。…自覚はないのかもしれないけどな」

そう。

俺が確かめたかったのは、セイゴの癖。

粒子融合機雷も、そんなに複雑な機構ではないので、知っていれば再現することはできる。

これだけ条件が揃っているんだ。

外見や名前を自由に変えられる、ネットワークの世界において、それらが異なることは、大して意味をなさない。

つまり、

「お前がセイゴじゃなくても、お前とセイゴは、リアルでの同一人物…。そういうことなんだろ?」

しばらくの沈黙。

しかし、それは溜息で破られた。

俺でもリナリアでもない、目の前のダイバーによって。

「…違う」

続いて届いた言葉は、否定。

「僕は、セイゴじゃない」

更にライフルの銃口が、こちらを向く。

「僕はセイゴじゃない! ケジュンだ!」

放たれる連続射撃。俺は回避行動を取る。

しかし、その動きは最低限で済んだ。

知っているんだ。どう動けば、その銃撃を避けられるのか。

奴の動きは、俺の知っているウティエルと変わらない。

「なんでシラを切るんだよ!」

確信を持ったことで、俺は前に出た。

これを迎撃しようとするウティエルだが、奴の射撃は当たらない。

「お前の戦い方、何も変わってないぞ!」

一瞬のうちに距離を詰め、左手でビームサーベルを構えた。

ライフルを切り裂く。そのまま右腕を切断しようとする。

しかし、

「…どの口がッ!」

サーベルの軌道が逸れ、空を切った。

敵のGNピストルが、サーベルの起点を連射し、動きを逸らしたんだ。

「そんなことを言えるんだよ!」

次の瞬間、ウティエルの脚部が、こちらの腹部を強く蹴りつける。

「ぐあっ!」

「きゃっ!」

コックピットへの強い衝撃。リナリアと共に声を漏らしつつ、俺は地上に蹴り落とされた。更に墜落の衝撃が機体を襲う。

「く、くそっ…!」

なんとか機体を立て直そうとする俺の前に、

「…もう、いい」

ウティエルが降下してくる。

「約束してくれ、ジン」

差し伸べられる右手。

「この戦い、僕が勝ったら、僕のことを忘れる、って」

そこには、GNピストルが握られていた。

 

 

「ど、どういうことだ…?」

彼の発言が全く理解できない。

彼はセイゴであることに間違いはない。

が、なぜそのセイゴが、自分を忘れてくれと。言うんだ。

なぜ今、俺に銃口を向けるんだ。

「おい、セイゴ…」

言いかけた言葉に、ウティエルはGNピストルを構え直して答える。

「立てよ、ジン。今はバトル中だよ」

言われるまま、機体を立たせるが、

「そう、それでいいんだ!」

ウティエルはバックステップを踏み、大きく後退した。

「ま、待てよ、セイゴ!」

思わず伸ばした右腕を、

「僕はケジュンだと言っている!」

ウティエルのバスターライフルが狙う。

「ぐあっ!」

射撃。少し逸れたが、ダメージを受ける。

「ほらほら、次行くよッ!」

続いてバズーカが向けられた。

何故だ。

何故俺に銃を向けるんだ。

何故名前を否定するんだ。

何故俺を憎むんだ。

「ジンっ!」

隣でする声。間髪入れず、機体に衝撃が奔った。

いつのまにか、砲撃がこちらに届いており、それは機体左腕のディフェンサーによって防がれていた。

しかし砲撃が止むと、ディフェンサーは軋み、爆散する。

「戦って、ジン!」

リナリアの声。彼女が防いでくれたのか。

「今はバトル中だよ、戦わなきゃ!」

それは、そうなのだが…。

「俺には、セイゴと戦う理由が…」

ない、そう言おうとして、

「何度言わせるんだ、ジン!」

眼前から迫ってくるウティエルを捉えるが、

「僕はケジュンだ! セイゴじゃないッ!」

融合粒子弾ライフルを構える暇もなく、その頭突きをモロに受けた。

「ぐあっ!」

こちらは吹き飛び、ビルに衝突する。

そこにまた、ウティエルが接近してきた。

「…戦えよ、ジン」

両手にGNピストルを構える。

「戦ってくれよ! そうでなきゃ意味がない!」

本気だ。

その声も、表情も、戦い方も。

こいつは本気で、俺と戦おうとしている。

俺を倒そうとしている。

…バトルが終わるまで、話す気はない、ということか。

「…わかった」

コンソールを操作し、左腰の小型ビームガンを向けた。

「ッ!」

咄嗟に飛び退くウティエル。ビームガンは宙を射抜く。

「やっとその気になったんだね…」

言いながら、ウティエルがバスターライフルを構えた。

「君を、越えさせてもらう!」

射撃。

「当たるかよ!」

もちろん横に飛んで回避する。

「どうかな!」

「何ッ!?」

しかし、移動した先でGNピストルの連射を食らった。

「ぐうっ!」

俺が回避する方角を理解して、それに合わせて攻撃してきたのか。

「このォ!」

融合粒子弾ライフルを向けるが、

「遅いッ!」

その銃口がウティエルを捉えるより早く、ウティエルは眼前から消えた。

直後、背後からGNピストルの連射を食らう。

「ぐ! まだ…」

すぐに左腰のビームガンを向けるが、

「そんな使い回しのパーツで!」

その射角を、蹴りによってずらされた。

「僕に勝てると思うなよ!」

更に腹部に回し蹴りを食らい、俺はまた吹き飛ばされる。

「く、くそッ!」

すぐさま姿勢を立て直すと、ウティエルも迫ってきた。

「うおおおおっ!」

GNピストルの連射で、威嚇しながら接近してくる。

こいつめ…ッ!

「調子に乗ってんじゃねぇ!」

構わず、俺も接近した。

GNピストルの射撃は、あくまで牽制だ。

数発当たったところで、大したダメージではない。

「ッ!」

驚くウティエルのGNピストルを、右腕ではたき落とし、左の拳を敵の腹に打ち付けた。

「がはっ!」

吹き飛ぶウティエルに、融合粒子弾ライフルの銃口を向ける。

「こっのォ!」

だがそれは、何かに当たって軌道を逸らされた。

GNピストルだ。射撃ではなく、そのものを投擲することで、こちらの注意を逸らしたんだ。

勿論、こちらもすぐに構え直し、ライフルの銃口をウティエル向け直す。

その間にも、ウティエルはバスターライフルをこちらに構えていた。

早撃ちはこちらに利がある。確実に当てるなら、敵の動きを見てからでも遅くはない。

ウティエルもそれをわかっているのか、引き金を引かない。

故に、互いに銃を向けあったまま、数秒の沈黙。

「…ふぅ」

しかしそれは、ウティエルからの声で破られた。

「やっぱり強いね、ジンはさ」

バスターライフルの銃口が、下に向く。

話をしてくれる気になったのだろうか。

そう思った一瞬、こちらも戦う気が抜けた。

「だからこそ!」

その隙を、狙われる。

「そんな君を、僕は越えるッ!」

こちらにビームバズーカを放ってきた。

手に取らず、肩に懸架したまま。

「何ッ!?」

構造上できないはずの行動を前に、さらに俺の反応が遅れる。

狙われたのは左腕。これまで何度も砲撃を凌いできたこともあり、ついに吹き飛ばされてしまった。

「ぐうっ!」

なんとか、左腕だけで被害を済ませる。

その間、ウティエルはまた距離を取った。

射撃武器の多い、自身にとって有利な距離へと一気に遠ざかる。

「これで、君を越えて見せるッ!」

その距離から、改めてバスターライフルを放ってきた。

「やらせねえっ!」

俺は機体の右腰から、予備のディフェンサーを取り出し、バスターライフルの斜線上へ投げつけた。

固定するための左腕を失っているので、そうするしかなかった。

バスターライフルの軌道をそらすのには成功したものの、射撃が収まると、ディフェンサーも爆散する。

「…どうしてさ」

と、ウティエルの声。

「どうして君は、僕に越えさせてくれないんだ! ジン!」

その声からは、憤りのようなもの感じて。

「お前こそ、どうしてそこまで俺を越えたがるんだ!」

俺も思わず声を上げた。

「認めてもらうためだよ! あの人にね!」

あの人。その言葉に一瞬、嫌な予感が過ぎる。

先程、彼がケジュンだと名乗った際に、見せられたダイバーデータのスクリーンショットの、一文を思い出して。

「…誰のことだ?」

絞り出た言葉に、ウティエルは一瞬動きを止める。

かと思いきや、今度は笑い声をあげた。

その声は、妙に乾いていて。

「今更何を言っているのさ! おおかた検討はついているんだろう?」

…………。

「なんの、ことだよ?」

意図せずそんな言葉を返す。

違う。そんなわけがない。

俺の考えすぎだ。

「そこまで言うなら、教えてあげるよ!」

映像回線が開く。

気のせいだと信じたかったことが、真実として映される。

「元フューチャーコンパスのリーダー…、リビルドコンパスのリーダーに、だ!」

そこには、俺の知らないフォース名が記載されていた。

「…リビルド…コンパス」

やっぱり、存在していたんだ。

俺がかつて所属していた、フューチャーコンパスの後継フォース。

「…いつから、そんなフォースがあったんだ?」

「半年前さ。フューチャーコンパスが解散してすぐ…いや、解散が決まった時には、もうたくさんの人が移動してたけどね」

そんなに前からあったのか。

俺はそれを、つい最近まで知らなかった。

そんなことは、誰にも聞かされてなかった。

「…なんで…? 誰もそんなこと、俺には一言も…」

そんな想いから出た言葉。

わかっている。

その存在を知ったあの日から、察しは付いている。

けれど、信じたくない。

「本当は、わかっているんだろう?」

ウティエルから聞こえるため息。

「フューチャーコンパスの解散は、フォースリーダーが、あるダイバーと縁を切るために行ったことさ。…フォースの中に亀裂を入れて、サブリーダー脱退のきっかけを作ってしまった一人のダイバー…」

認めたくない、聞きたくない。

「キミだよ、ジン。リーダーはフォースごと、キミを切り捨てたんだ」

 

 

 

それは、今から一年以上前の話。

その頃、GBNには『ブレイクデカール』という非公式ツールが蔓延していた。

ガンプラの性能を飛躍的に向上させるツール。

その実は、一種のバグを強制的に発現させるようなものだった。

 

ブレイクデカールの恐ろしい要素の一つに、その秘匿性の高さがある。

まず、ブレイクデカールが組み込まれているかどうかは、実際に発現するまでわからない。

それだけではなく、プログラム異常や数値改竄の痕跡などのログデータは一切残らず、使用後のガンプラにも異常が検知されない。

よって、運営側も証拠不十分で明確な対処を行えず、その存在が周知のものになってから、無効化するためのパッチが完成するまで、かなりの時間を有した。

その間にも、ブレイクデカールは急速な勢いで、GBN内に浸透してしまっていた。

秘匿性の高さ故に『それ自体が危険なツール』ということを知っていたのは、ごく少数。

ほとんどのダイバーは、システムに悪影響を及ぼすツールだということを、知らなかった。

当時の俺も、その「ほとんどのダイバー」の一人だった。

しかも、ブレイクデカールに興味を示した仲間に、その良さと受け取り方を教えて回っていた。

 

ブレイクデカールの明確な危険性を知ったのは、アヴァロンやビルドダイバーズなど有名フォースが筆頭となり、後に「第一次有志連合」と呼ばれる大型アライアンスによる、マスダイバー討伐戦の後。

俺は慌てて、ブレイクデカールを使うことをやめた。

俺を介してブレイクデカールに魅了されたメンバーにも、それを捨てるように言って回った。

 

けれど、一度強さの味を占めた人間は、そう簡単にそれを手放せない。

俺の言葉を聞かず、ブレイクデカールを使い続けるメンバーは多く居た。

 

そんなある日、ブレイクデカールを使用したサブリーダーが、無効化パッチを完成させた運営に、捕まった。

 

それ以来、彼のログイン履歴が更新されることは、なかった。

 

ブレイクデカールという後ろ盾と、サブリーダーという主力の一角を失ったフューチャーコンパス。

その士気を維持することは難しく、やがてフォースリーダーが、フォースの解散を宣言した…。

 

 

これは、俺の知っている、フューチャーコンパス解散までの顛末だ。

けれど、これは事実の断片に過ぎない。

そのことを、俺は今、明確に理解した。

「…じゃあ俺は今、フューチャーコンパスのみんなにハブられてるわけか」

フューチャーコンパス解散の理由は、単なる士気の低下じゃない。

士気を低下させる原因を作った、俺というダイバーを事実上の追放処分にするため。

フォースにブレイクデカールなんてものを持ち込んだ、俺という根源をを排除するため。

認めたくない。そんなわけがない。

何度も自分に言い聞かせてきた。

その可能性に気付くたびに、そうではないかと思うたびに。

でも。

「その通りさ」

彼の言葉は、俺の疑念を確信に導いた。

「やっぱり、わかってたんじゃないか」

言いながらも、ウティエルはバスターライフルを構え直す。

「そして、僕は君のフレンドだった。…だから今、僕はリーダーから疑われているんだよ。僕を介して、君がリビルドコンパスを壊そうとしているんじゃないか、ってね」

…そうか。

俺と敵対したログデータがあれば、リーダーへの無実の証明になる。

そう考えたのだろう。

ならば…。

「わかったよ」

言って、俺は失った機体の手足を広げた。

「…なんのつもりだい、ジン?」

「撃ってくれ。それでお前の…お前たちの気が済むなら…」

俺に勝った、という事実だけが、彼にとっては大事なんだ。

この戦いそのものを長引かせることに、意味はない。

なのに。

「…バカにするな!」

ウティエルは、こちらに突進してきた。

かと思えば、そのまま一度通り過ぎてから、また戻ってくる。

「君なんかに、情けなんてかけられたくないんだよ!」

その手に、吹き飛ばされた俺の左腕を持っていた。

「それとも君は、僕に怖気づいたのかい!? 僕には勝てないと悟ったから、わざと負けを認めたのか!? 知らないうちに随分ヘナチョコになったんだね! ジン!」

なっ…!

「なんだとォ!」

俺は滾った感情に任せ、ウティエルの腕から自機の左腕をひったくった。

「それでいいんだよ! ジン!」

ウティエルは距離を取りながら、バスターライフルを連続で射出する。

対して俺はその全てを回避しつつ、融合粒子を使って、左腕を応急処置で再接合させた。ダメージが大きくてほとんど動かないが、姿勢制御という点で、ないよりマシだ。

「さぁ! 全力で僕をねじ伏せてみせろよ!」

「言ったな!」

続いて迫ってきたビームバズーカを、機動性に任せて回避する。

「そっちがその気なら、俺も本気で相手してやるよ!」

 

…この時、俺が滾らせた感情は、なんだったんだろう。

ウティエルからの煽りに対する怒りなのか。

自分が除け者にされていたことを知った悲しみなのか。

フューチャーコンパスのフォースリーダーへの恨みなのか。

或いは、過去の俺自身の行いへの自己嫌悪だったのか。

わからないが、その感情は俺を戦いへと突き動かした。

図らずもそれが、彼の言う「俺の本気」を出させたのだ。

そして…。

 

「…これで、終わりだ」

激しい戦いの末、俺の機体が、ウティエルに肉薄した。

殆どの武装が壊され、唯一残ったビームサーベルの先端が、ウティエルのツインアイの中心に向けられる。

決め手は、ここ一番での俺の突進だった。

両足も左腕も失ったが、奴の懐に飛び込んだのだ。

バスターライフルもバズーカも、砲身の長さ故の『近すぎて届かない距離』まで迫った。

GNピストルは弾き飛ばし、奴にはもう、この距離で有効な武装はない。

…しかし、勝利を確信した俺は、そこでようやく冷静になれた。

ここで俺が勝っては、セイゴのためにならない。

俺は、セイゴのために、負けたほうがいい。

「…このバトルは棄権させてもらう」

言いながら、そのための画面を開こうとする。

「…待てよ、ジン」

しかし、俺は一瞬、真正面で輝く光に目を奪われた。

ウティエルの額から、ガンカメラが露出している。光の反射だろうか。

「僕は知ったんだよ」

…いや、この光り方は…!

「ガンプラの改造は、GBNの中でも出来るんだってこと!」

ハイメガ粒子砲だ!

慌てて飛びのこうとするが、そのための足はもうない。

「しまっ…!」

「貰ったァァ!」

一瞬、モニターを覆う強い光。

気づけば俺は、かなり遠くまで飛ばされていた。

「くっ!」

慌てて機体の破損状況の確認…だめだ、残っていたビームサーベルは取りこぼし、腕もダメージで全く動かない。

「終わりだ! ジン!」

眼前では、ウティエルがバズーカとバスターライフルを連結させる。

今度は、バスターライフルを前に、バズーカを後ろに。

「ティーロ・デル・フールミネ!」

叫びと同時に放たれる、超長距離高威力貫通射撃。

その威力はとても高く、狙いも正確だ。

「ぐああああああっ!!」

その射撃は、クリスタイル・オーガンダムの胴体を、完全に貫いた。

 

 

俺のガンプラがエリアから消えた。

同時にバトル終了の表示も浮かぶ。完全な敗北だ。

俺は負けたんだ。ウティエルに。

セイゴに。

「…僕の勝ちだよ、ジン」

ウティエルが消え、中からダイバーが出てきた。

「約束だ。ウティエルは返す。その代わりに僕のことは忘れてくれ」

ガンプラの所有権が、強制的に送られてくる。

「…セイゴ」

かろうじて出た俺の声。

その視界に映ったのは。

「言ったはずだ。僕はケジュンだと」

見知らぬ、ダイバーの姿だった。

 

 

どれくらい、そうしていたのかわからない。

気がつけば、フリーバトルエリアの使用許可時間ギリギリになっていた。

「…出なきゃ」

呟き、画面を開く。

ログアウト対象を確認する画面まで進んで、ようやく。

「…リナリア?」

彼女が、そばにいることを思い出した。

「…うん」

リナリアは俺と目が合うと、寂しそうな顔で無理やり笑顔を作る。

「…ごめんな、俺、お前がいるってこと、ずっと忘れてたみたいで…」

…ずっと、一緒にいた。

ということは、全部、見てたんだな。

「…ごめん、リナリア」

俺はログアウト対象に、リナリアだけを選んだ。

「少し…一人にさせてくれ」

確定を押す。

リナリアは何も言わずに、ただ頷いて、エリアから消えた。

 

 

 




方舟の少女 ガンプラデータファイル05

【クリスタイル・オーガンダム type:SH】
ジンの愛機『クリスタイル・オーガンダム』が、機動力と射撃性能を求めて改造された姿。
融合粒子によって盾と弾丸を形成できるようになったが、反面、融合粒子インジェクターをオミットしてあり、融合粒子の柔軟な生成ができなくなっている。
また、SHとは『SHOOTER(射撃型)』という意味ではあるが、機動性の向上と反応速度の速い射撃武器を持っているというだけで、実は「一定以上の距離がある相手に対しては、届く距離まで近づいて攻撃する」という戦闘スタイルは変わらない。


【ガンダムウティエル】
ジンが作り、セイゴが操り、ケジュンによって返されたガンプラ。
ビルダーとダイバーが異なるため、一度完成してから、ダイバーに合わせた改修が幾度となく行われ、現在の姿となった。



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第6話「わたしができること」

交流エリア、スワークル。

多数の広場と娯楽施設が並び、数多くのダイバーで賑わう街。

その一角で、道の隅に佇む、一人の少女の姿があった。

いつか、小さなカフェで、少しだけ注目の的になった少女。

その名を、リナリアという。

「…やっぱり、今日もいないのかな…」

彼女にとって、ここは特別な場所だった。

初めて『彼』とケンカして、彼から逃げた場所。

彼が最初に、自分を迎えに来てくれた場所。

「…ふぅ」

求めている面影を見つけられず、少女はため息をつく。

「ジン…」

ぼんやりと、彼の名前を呟く。

その先に言葉は続かず、少女の視線は広場に向けられた。

互いのガンプラを称え合い、笑い合うダイバーたち。

その光景は、彼女にとって素敵なもので、遠いものでもある。

だからこそ。

「…わたしじゃ、ダメなのかな…」

少女は、彼を求める。

彼と共に、あの光景の中に行きたいと。

「こんにちは、ですよーっ!」

「うわっ!?」

感情に浸る少女は、背後から突然聞こえた声に驚いて、尻餅をついた。

グスッ!という鈍い音。

「ッくぅ! …うう…っ」

あまりの痛みに声が漏れる。

「よよっ! ごめんなさいですよ!」

聞こえる声に、触れた手。

既視感を覚えて見上げると、少女の前には、見知った別の少女がいた。

彼女の名はロコモ。

自警組織『特潜機勇隊』でありながら、運営認可の『特殊捜査官』でもある、特殊なダイバーである。

「今、痛みを消してあげるのですよ」

いうや否や、ロコモの触れた手は、少女から痛みを消していった。

「…すごい。ロコモって、こんなこともできるんだ…」

完全に痛みが引いた少女は、ロコモを見つめる。

「えへへ、リナリアちゃんにそう言われると、照れるのですよー…」

ロコモはくしくしと軽く頭を掻いた。

リナリアは自分が転んだ場所を確認し、気がつく。

「あっ…」

思わず、声を漏らした。

彼女が尻餅をついたのは、あの日と同じ石の上だった。

些細なことで言い合いをして、彼が頭を下げる勢いに驚いて、転んでしまった時の、石の上。

「…ジン…」

あの日のことを、思い出してしまった。

自分があの日、彼に告げた言葉を。

『もう、ジンなんて知らない』。

その一言は、頭の中に反芻して。

「…ねぇ、ロコモ…」

「はいです…よよっ!?」

ロコモは、リナリアの顔を見て、驚く。

彼女が涙を流し始めていたからだ。

「ど、どうしたのですよ!? リナリアちゃん!?」

慌てるロコモに、リナリアは声を上げる。

「わたし… ジンのこと、本当に、何も知らなかった…」

いつかの自身の発言が、彼女の気持ちを言葉にしていく。

「ジンは…、わたしのことは、わたしのペースで良いって…。でも、わたしも、いつかは自分の事を…って…ずっと、そればっかりで…わたし…わたしのことだけ…」

一度涙を拭って。

「わたしは…ジンのこと、何も知らなかった。…知ろうとも、しなかった…」

うろたえるロコモの手にすがる。

「もしわたしが、ジンのことをなにか知ってたら…っ! あの時わたしは、ジンに…何か言えたかな…っ」

リナリアの頭に浮かぶのは、最後に見た彼の顔。

「ジンはずっと、わたしのそばにいてくれた…。 わたしのこと、わたしがそばにいるだけでいい、って、言ってくれた…のに…っ」

それを明確に思い出して、項垂れる。

「わたし…、あの時、ジンに何も言えなかった…。あんなに悲しそうな顔をしたジンに、わたしは何も言えなかった…っ!」

今一度、頭を上げた。

「ねぇ、ロコモ。…ジンは、もうこの世界には来てくれないのかな…。もうわたしは、ジンに会えないのかな…」

けれど、また下がる。

「わたしの手は、ジンに届かないのかな…っ」

そこから先は、言葉にならなかった。

ただ、涙に任せて喉を鳴らす音だけが、ぽつぽつと小さく漏れて。

少しの間、沈黙が流れる。

「…羨ましいなぁ、ジンくんは」

やがて、ロコモが言葉を切り出した。

「こんなに真剣に、リナリアちゃんに心配してもらえて。…ボクなら、リナリアちゃんに会うためだけにでも、戻って来るのに…」

「…ふざけてるの…っ?」

思わず顔を上げたリナリアを、ロコモは優しく抱きしめる。

「大丈夫」

ロコモは、胸にリナリアの頭を押し付けた。

「大丈夫。ジンくんはきっと帰ってくる。…だから、今は信じて待っててあげよう?」

一度リナリアを離して、微笑みを見せるロコモ。

「リナリアちゃんが待ってることは、ジンくんもわかってるはずだから」 

その手にハンカチを持って、リナリアに渡した。

「…うん…っ」

頷いて、涙を拭うリナリア。

そんな彼女を、ロコモは優しく抱き直した。

 

 

それから、少しの時間が経って。

リナリアは、ロコモの腕からゆっくりと抜け出した。

「リナリアちゃん、落ち着いた?」

「…うん」

ロコモの優しい声に、リナリアは頷いて答える。

「そっか…」

言うと、ロコモは一度、リナリアに背を向けた。

「それじゃ、改めまして…」

が、すぐに向き直る。

その表情からは、先ほどまでの優しい笑顔は消えていて。

「リ〜ナリアちゃぁ〜ん!」

「え…わっ!」

だらしない声を上げて、またリナリアを抱きしめた。

先ほどまでとは違い、強引で、少し乱暴に。

「はぅあ〜! リナリアちゃん、やっぱり、とても、とぉ〜っても! かわいいッ! のですよぉ〜!」

「えっ? ええっ!? ロコモ! あなた、どうして…あれえっ!?」

先ほどまでの優しい態度とは、打って変わって興奮した様子のロコモ。

その豹変ぶりに驚くリナリアに、ロコモはにへへと笑う。

「ボク、おセンチな雰囲気は苦手なのですよー」

などと言いつつ、ロコモはリナリアの手を引いて、歩き出した。

「さ、リナリアちゃんっ! ボクと遊びに行くのですよ!」

「えっ、ちょっ、ちょっと!」

つられてリナリアも歩き出す。

「素敵なものを見て、美味しいもの食べて、楽しいことをするのですよー!」

「待って、ロコモ! ロコモってば!」

ロコモはリナリアの手を強引に引いて、街の広場に向かって行く。

軽快な足取りと、爽やかな笑顔で。

「…もうっ」

その様子があまりにもおかしくて、リナリアは思わず笑ってしまった。

「よよっ!? リナリアちゃんがボクを見て笑ってる!? つまりボクはリナリアちゃんに好かれてる!? 惚れられてる!?」

などと言いながら、改めて抱き着こうとするロコモを、

「してないからっ!」

リナリアは両手で押し退ける。

「よよ、残念ですよ…」

ロコモは言葉通りに少し落ち込む…が、

「とまぁ、それはさておき…」

すぐに気を取り直し、改めてリナリアに手を伸ばした。

「リナリアちゃん、ボクと一緒に遊ぶですよー」

また、優しい笑顔に戻って。

「…うんっ」

リナリアは頷いて、その手を取り、再び歩き出した。

 

 

それから2人は、しばらくスワークルを見て回った。

たくさんのガンプラを見ながら、その感想を言い合ったり、スイーツを食べたり、買い物をしたり。

そうして数時間が過ぎた今、二人は広場のベンチに腰掛けていた。

「はい、ですよ」

「ありがとう」

ロコモは、両手に持っていた二つのココアのうち、片方をリナリアに渡した。

「…いやー、リナリアちゃんと遊べて、ボクはとっても嬉しいのですよ」

言葉通りに笑顔を浮かべるロコモに、リナリアはふと思う。

「…そういえば、ロコモはどうして、わたしのことを知ってたの?」

「よよ?」

「えっと、この前会った時のことなんだけど、あの時初めて会ったのに…って思って」

その時、ジンは、リナリアにロコモの紹介をした。

しかし、その逆が行われるよりも早く、ロコモはリナリアに声をかけた。

まるで、前もってリナリアの存在を知っていたかのように。

「ああ、それはもちろん、ジンくんから聞いていたから、ですよ」

その旨が通じたのか、ロコモはそう答えた。

「そもそも、ジンくんが初めてガードフレームを撃破した直後、彼と一番最初にコンタクトを取ったのは、何を隠そうこのボク、ロコモなのですよ」

えへんと胸を張り、言葉を続ける。

「運営の機密事項もあるから、詳しくは説明できないですけど…、その時、ボクはちょうど『エルダイバーに関する事件や問題が発生した場合、それを調べて報告する係』みたいな立場に居て、ジンくんに事情聴取を行ったのですよ。リナリアちゃんのことは、その時にジンくんから聞いていたのですよー」

「…そっか」

納得するリナリア。

「うんうん。…あれ?」

頷き返すロコモだったが、何かに気がついて、考え込み始めた。

「…うーん…と…」

「…ロコモ?」

彼女はしばらく考え込んだが、

「…そういえば、ちょっと気になるのですけど」

やがて顔を上げる。

「確かにボクは、あの時ジンくんから、エルダイバーのリナリアちゃんって子を守るために、仕方なく交戦した…って聞いたのですよ。…だから、ボクはその裏付けを探して…」

言いながら、何かしらの画面を開いた。

それは、通常のダイバーには縁のない、運営の関係者だけが開けるステータス画面。

「実際、ジンくんのログデータには『正体不明のガンプラと戦った』という記録が残っていた。でも、それはともかく…」

画面を操作して表示を切り替え、何度かそれを繰り返したところで、ロコモは文字の一覧を開き、それをリナリアに向けた、

「…リナリアちゃんは、この画面に見覚えは、ないですか?」

「…えっ?」

見せられた画面を数秒見つめるが、リナリアは首を横に振る。

「…見たこと、ないですね?」

「うん…。この表が、どうかしたの?」

ロコモは一つ息をつくと、表をスクロールして、一番下の名前をタッチして、新たな画面を開いた。

そこに映るのは、エルダイバー『サラ』の、最低限のパーソナルデータ。

「…これは、エルダイバーだけをリストアップした一覧なのですよ。開けるのは運営権限を持つダイバーと、実際にこのリストに載っているダイバーだけ…」

言って、ロコモはリナリアに向き直る。

「そして、この中にリナリアちゃんの名前は、なかった」

その一言で、リナリアは顔を曇らせた。

「…わたし、運営に、自分がエルダイバーだって、名乗り出てないから…」

「…何か、名乗り出るとまずい理由でも、あるのですか?」

「ううん、…特に、ないけど…」

その様子に、ロコモは数秒黙っていたが、

「…なぁーんだ、それならよかったのですよ!」

突如大きな声を出して、笑って見せた。

「実は、ボクがジンくんの無実を証明するために、上の人に、リナリアちゃんがエルダイバーって教えちゃって。その時まだ上の人は知らなかったみたいだったから、もしかしてボク、言っちゃいけないコトを言ったのかなって…」

そう言って、全ての画面を閉じる。

「違うのなら、良かったのですよー」

「う、うん。…名乗り出るタイミングが、なかっただけだから…」

リナリアは頷いて、改めてココアに口をつけた。

「…おいしい」

「当然なのですよ」

驚くリナリアに、ロコモはふふんと鼻を鳴らす。

「このココアは、GBN全体で、五本の指に入るくらいおいしいのですよ! あらゆる場所でいろんなココアを飲んだボクが言うのだから、間違いないのですよー」

「へぇ…。ロコモは、ココアが好きなの?」

「はいですよ。実は、ボクはココア愛好家として、ちょっぴり有名だったりもするのですよー」

「そうなんだ…」

「その証拠に…ほら!」

言うと、ロコモはまた一つ、画面を開いた。

「これは、ちょっと前に開催された、GBN内のココア品種当てコンテストの表彰状ですよ」

「そんなコンテストもあるんだ…。…って」

言いながら、リナリアは画面に表示された一つの文に目が行く。

「…『第3位』…」

「よよっ!?」

気まずい表情のリナリアを前に、ロコモは慌てて画面を確認した。

「あっ、ち、違う、間違えたのですよ! これは、たまたま3位になっちゃった時のやつで、ちゃんと優勝したこともあるのですよ!」

「…そんな、何回も開かれてるコンテストなんだね…」

すこし呆れるリナリアをよそに、ロコモは優勝した時の記録を探し、画面をいじる。

「…わたしは、コーヒーのほうが、いいな」

リナリアの呟きはとても小さく、ロコモの耳には入らない。

が、次の瞬間、

「見つけたわよ、オヒメサマ!」

声が響き、二人のすぐ近くで、爆発が起きた。

「わあっ!」

「よよっ!?」

驚く二人に銃口を向けて、ガンプラが降りてくる。

「さぁ、今度こそあたしについてきてもらうわ!」

それは、前にエペランサスでリナリアを狙った、ムラサメの改造機だった。

 

 

 

腕時計を買った。中古の安物だ。

なんでも良かった。

どうでも良かった。

ただ、その時目に入った金額が、そこにあった、というだけ。

 

気がつけば俺は、腕に巻いたそれと、軽くなった財布だけを持って、街を歩いていた。

「…何してるんだろうな、俺…」

自分でも驚いていた。

オシャレというものにほとんど頓着のない自分が、こんなものを買って、身に付けるなんて。

我ながら、自分の言動が理解できない。

だが不思議と、これで良かったような気もしている。

自分に呆れていても、この腕時計を買ったことを後悔はしていない。

まるで、本能的に全てを行ったかのような…。

「本能…か」

腕時計を見つめる。

そこには時計がある。ただそれだけ。

なんの関心もないが、あることに安堵のようなものを感じている自分がいる。

「…ははっ」

自分の思考に我ながら呆れ、思わず、声が出てしまった。

安堵か。

確かにこの感情は、その言葉が一番相応しい。

漠然とした不安が、すこし弱まっている不思議な感覚。

わけはわからないが…。

「…いいや、わかってるさ」

そう、本当はわかっている。

俺が腕時計を買ったのは、腕に何かをつけたかったから。

何もついていない左腕を見るのが、怖かったんだ。

エペランサスで一度没収されたブレスレットも。

フューチャーコンパスのメンバーであった証の、羅針盤のタトゥーも。

どちらも、今の『俺』にはない。

だから、心の落ち着きを求めて、腕時計を買ったんだ。

「なんてこった…」

認めたくない。

俺という存在が、あちらで除け者にされている『ジン』だということを。

自分が、仲間に亀裂を作った結果、仲間に除け者にされている事実を。

だから、あの日から一度もGBNにダイブしていない。

なのに。

「…結局、俺は『ジン』だってことかよ…」

俺は自分の腕一つ、認めることができない。

ゲームと自分の姿が違う、そんな当たり前のことが、心で受け止められない。

ジンという存在を否定したいはずなのに、ジンと違う自分が怖い。

「…これじゃ、どっちの世界にいても、一緒だな…」

改めて腕時計を見つめる。

そこにはただ、時間だけが刻まれていた。

 

 

 

「おい、なんだよあのガンプラ!」

「今、ライフルを撃ったぞ!?」

「スワークルの中じゃ武器は使えないんじゃなかったのか!?」

名も知らぬダイバーたちが、驚きの声を上げながら、頭上でライフルを構えるムラサメを見る。

「何よ、うるさいモブ共ねぇ。…ほらほら、あんたたちに用はないから、どっか行きなさいよ!」

ムラサメはライフルを数発撃った。どれもダイバーには当たらないが、もとより威嚇のつもりなのだろう。

事実、名も知らぬダイバーたちは散り散りに逃げていく。

「リナリアちゃん、ボクたちも…」

言って、彼女の手を握るロコモだったが、

「あっ、こら! あんたはダメよ!」

その眼前を射撃が通った。

「よよっ!?」

ロコモは思わず立ち止まり、事なきを得る。

「あたしにはオヒメサマが必要なの」

ムラサメは、ロコモとリナリアの眼前に降りてきた。

「さぁ、痛い目に会いたくなかったら、とっととオヒメサマを渡しなさい?」

銃口を向けられるロコモ。しかし、

「…なるほどー」

彼女はそれをみて、不適にも笑った。

「キミもあの、タクというダイバーみたいに、リナリアちゃんを狙うのですね」

「フン、だったら何よ?」

更に銃口を近付けられるが、ロコモは恐怖を感じていない。

「簡単なことですよ」

それどころか、

「キミをこれ以上、野放しにはできない」

銃口ごと、ムラサメを睨みつけた。

しかし、すぐに優しい顔になって、リナリアを見る。

「ちょっと待ってて欲しいのですよ」

言って、アイテム画面を開いた。

「倒す? 面白いわね。まさか、今のあんたがガンプラを出せる状況だとでも思う?」

ムラサメ越しにミカがそう言うが、

「ふふん、心配ご無用っ」

ロコモが選択したのは、ガンプラではなかった。

故に、空間に具現化される。

「キミなんて、ガンプラを出すまでもないのですよ」

それは、銃型の武器のようなもの。

「そんな小さな銃で、何ができるのよ!」

言いつつ、ムラサメのビームライフルが更に近づいた。ロコモの額に銃口が触れかかる。

が、

「鬱陶しいのですよ」

『sabel mode!』

その銃身が、ポキリと折れた。

「はぁッ!?」

何が起きたのか分からず、思わずライフルを手元に引き寄せるムラサメ。

ロコモはまた、ふふんと鼻を鳴らした。

「解説してあげるのですよ」

その手に持った銃型の武器を、胸の前に構える。

しかしそれは、いつのまにか銃ではなくなっていた。銃身とグリップが一直線上に整列され、その先端からはビームの刃が出ている。

「キミのライフルは、このビームサーベルで斬られたのですよ。ボクの手によって」

一度、汚れを振り払うかのような仕草をして、

「そう! これが、特務捜査官としての権限を、特潜機勇隊の技術で顕現する、ボクの最強の発明品!」

その切っ先を、ムラサメの頭に向ける。

その名も『潜士の銃・ロコモドラグーン』!」

名前を呼ばれて答えるかのように、ロコモドラグーンが光を反射した。

 

 

 

町外れの古ぼけたアパートに、俺が住居としている部屋がある。

開けると軋み、大きく音を立てる扉。

その隙間に、出かける前には見かけなかった、真新しい簡素な封筒が挟まっていた。

宛名には、日頃利用している通信会社の名前。

「…今回は安く済みそうだな…」

呟きつつ自室に入り、封筒をテーブルに置いて、上着を脱ぎ、布団に寝転がる。

「ふぅ…」

息をついて、ぼんやりと天井を見上げた。

今日は休日ということもあり、朝遅くに起きたからか、特に眠気も来ない。

軽く体を回すと、視線には飾り棚が入った。

そこには、俺がこれまで作ってきた、多くのガンプラがある。

もちろん、ウティエルも。

「…はぁ」

立ち上がり、それを手に取り、頭部のパーツを確認する。

ガンカメラが露出した。ハイメガ粒子砲ではない。

「そりゃ、そうだよな…」

ウティエルを棚に戻し、椅子に座った。

その前には、GBNにダイブするための機材が、一式揃えて置いてある。

いつでもあの世界に行けるように。

最後にダイブしたあの日、無造作に机に置いたまま、一切触っていない。

片付けてしまおう。そう思い、一番手元に近かった、ダイバーギアを手に取る。

ふいに、思い出してしまった。

セイゴや、フューチャーコンパスのみんなと、楽しく過ごしていた日々。

あの日々にはもう、戻れない。

わかっている。

わかっているさ、そんなこと。

でも、じゃあなんで俺は、今手を止めてしまったんだ?

戻れないから行かなくなった場所に、なんの未練を持っている?

求めても手に入らないものしかないと知りながら、何故俺はこれを片付けられない?

疑問が疑問を呼び、心がざわつく。

「…馬鹿だな、俺は」

なんて呟きながら。

自分に呆れながら。

それでも俺は、GBNにダイブした。

わずかばかりでも、ほんの少しでも。

あちらの世界に、希望を求めて。

 

 

 

「…なっ、なによそれ! そんなバカみたいなアイテムで、このあたしのガンプラを傷付けたって言うの!?」

驚くミカに、

「そう…、その通りッ!」

ロコモは笑顔を見せた。

「そんなチートアイテム、あっていいの!?」

「キミに言われたくないのですよ」

『rifle mode!』

ロコモドラグーンを再び銃型に変形させつつ、ロコモはべーっと舌を出す。

「さぁ、大人しくボクに捕まるか、抵抗してガンプラごとボクに捕まるか、どっちか選ばせてあげるのですよ」

その銃口を、ムラサメに向けた。

「…こっちのライフルを破壊したからって、いい気になるんじゃないわよ!」

対して、憤りを見せたミカは、ムラサメでロコモを踏み潰そうとする。

「無駄ですよッ!」

しかし、ロコモはこれを軽々と避けた。

更にロコモドラグーンで、降りてきた足を撃つ。

その大きさからは想像もつかない威力で、ムサラメの足を貫いた。

「嘘でしょッ!?」

バランスを崩すムラサメは、転倒を防ぐために一度空へ舞い上がる。

「逃さないのですよ!」

そこへ、ロコモは銃口を向けた。

『shooter mode!』

左手で下部に触れると、本体からスコープが飛び出す。

「いけえっ!」

ロコモはスコープを覗いて、上昇していくムラサメを撃った。

「チッ!」

ムラサメはこれらを避け、更に上へと舞い上がっていく。

「そんな小さな武器で!」

ある程度の距離を取ると、飛行形態に変形し、機首をロコモに向けた。

「勝てるわけないでしょうが!」

その両翼から、ありったけのミサイルを放つ。

「よよっ!? 生身のダイバーに向ける武器じゃないのですよッ!」

ロコモは近くのリナリアを引き寄せ、ロコモドラグーンを一度ビームサーベルに戻した。

更に、グリップの下部を膝で叩き、その切っ先をミサイルが迫る空へと向ける。

『Unbrella!』

ビームの刃が大きく広がり、半球状の障壁となって、二人の少女を包み込んだ。

そこに、ミサイルの雨が降り注ぐ。

やがて爆風が止むと、中には無傷の二人が居た。

「そんな…そんな!」

あまりにも常識から外れたロコモドラグーンの性能に、ミカは驚きを隠せない。

「だったら…これはどうするのかしら!?」

やがて、ムサラメを急降下させてきた。ロコモに体当たりするつもりなのだろう。

しかし。

「それはですね!」

『rod mode!』

ロコモはロコモドラグーンの先端の筒を引き伸ばし、これを受け止めた。

「う、嘘っ!? ガンプラ一機の突撃を、たった一本の棒で!」

更に驚くミカを、

「こうするのですよォー!」

ムラサメごと、真上に大きく吹き飛ばす。

「とどめですよ!」

ロコモドラグーンを銃型に戻しつつ、更にスコープを立てて、銃身を伸ばした。

『Last Shooting!!』

伸びた銃身の先端に、エネルギーが収束する。

『Denger! I will shout now!! Be careful to the my flash!! Denger! I will shout now!! Be careful to the my flash!! …』

二言の英文が繰り返し鳴り響く中、ロコモは真上に打ち上がっていくムラサメに、狙いをつける。

引き金を引く。

「シュートォォオオ!!」

『FIRE!!!』

爆音と、閃光。

放たれた射撃は、ムラサメの胴体を撃ち抜いた。

 

 

 

所属フォースのない俺にとって、GBNの中で一番落ち着くのは、ガンプラをメンテナンスできるハンガーエリアだった。

実寸大となった自分のガンプラを見上げながら、ふと思う。

type:SH。

リナリアにはああ言ったが、実はこれらの武装は、かつて俺が別の機体のために用意し、結局使わなかったものを転用している。

融合粒子弾ライフル、融合粒子ディフェンサー、元はブースターだった長い足…。

『そんな使い回しのパーツで、僕に勝てると思うなよ!』

あの日の、セイゴのセリフを思い出してしまう。

「…誰のために作った武装だよ、ってな」

思わず、愚痴とため息が漏れた。

その時。

「…ん?」

システム異常を知らせる警告音が鳴った。

同時に、強制的に出現する画面。

表示された文字は…、

「…『所有権の侵害警告…』?」

初めて見る表示だったが、端的に言えば「あなたのガンプラの所有権が、何者かによって奪われようとしています」とのこと。

「どういうことだ?」

言いながら愛機を見つめると、そのカメラアイが点灯した。

そのまま、目の前で膝をつき、右手を俺に差し出して、止まる。

無論、俺はそんな操作をしていない。

勝手に動いたんだ。愛機、クリスタイル・オーガンダムが。

「相棒…?」

思わず呼びかけると、その頭部が少しだけ上下に揺れる。

まるで…

「俺に、乗れって言ってんのか…?」

 

 

 

ムラサメを破壊され、身柄を捕らえられたミカは、四肢を縛られ、床に座らされていた。

「じきに運営からのお迎えが来るので、それまでの間、ボクの質問に答えてもらうのですよ」

ロコモは、そんなミカを警戒し、ロコモドラグーンをライフルモードにして、銃口を向けている。

「答えるとも思う?」

「答えなければ、GBNに二度と来れなくなるだけですよ」

「そんなことが本当にできるのかしら?」

「それができちゃうのですよ、ボクにはね」

ロコモは一つの画面を開いて、それを読み上げる。

「ダイバー名:ミカ。登録ガンプラは『戦乙女の涙雨(ワルキュレイン)』、所属フォースなし、ダイバーランクC。初ダイブは五年前の7月16日、その時のガンプラは『ノーベルフルカラット』…。うわ、随分派手なガンプラなのですよ…」

ミカ自身にも見えるように映し出されたガンプラは、ノーベルガンダムをベースに、ジェルシールやマニキュアなどで煌びやかに彩られたガンプラだった。

派手ではあるものの、装飾類は可動部や武器にまで施されている。

作品としての評価はともかく、実際に扱う機体としては、お世辞にも良いとは言えない仕上がりだ。

「うわっ! なんで!? それのデータは全部消したはずなのに!」

本人も恥ずかしいのか、ミカはその画面から目を背ける。

「ログデータを消しても、『消した』というデータは残るのですよ。通常のダイバーのログ削除は、ボクらからすれば『ゴミ箱に入れる』くらいの意味しかないのですよー」

画面を消し、得意げに胸を張るロコモ。

「あんた…一体何者なのよ?」

明らかに異質なロコモの言動に、ミカは観念するかのように、改めて聞き返した。

「ボクはロコモ。フォース:特潜機勇隊のエージェントでもあり、GBNの特殊捜査官でもある、ハイブリッドなベテランハーフダイバーなのですよ」

ロコモは、いつかリナリアの前で言ったセリフを、全く同じように口にする。

「ま、要するに、普通の人にはできないことができちゃう、特殊なダイバーなのですよ」

言いながら、ロコモドラグーンの銃口を、改めてミカに向ける。

「さぁ、ボクのことよりキミのことですよ。まずはなんでリナリアちゃんを狙ったのか。それから、どうしてこの場所で、ガンプラを出して武器を使うことができたのかを、説明してもらうのですよ」

ミカは銃口をすこし睨んだあと、やがて一つため息をつく。

「オヒメサマを狙った理由…か」

ようやく観念したのか、口を開いた。

「そうねぇ… 『愛』、かしら」

「…ほえ?」

「愛よ、愛。あたしの愛。あたしの愛のために、そのオヒメサマが必要なのよ」

ミカの言葉がピンとこない様子のロコモ。

次の瞬間、

「余計なことを言うな、ミカ」

声と共に、上空にもう一機、ガンプラが現れた。

ザクの改造機らしきそのガンプラは、ゆっくりと地面に降りてくる。

「よよっ!? もう一人いたのですか!?」

ロコモは驚きつつ、ロコモドラグーンをザクに向けた。

「…ほう、ずいぶん面白いアイテムを持っているな」

ザクのモノアイがロコモを捉えて、妖しく光る。

瞬間、

「わわっ!?」

ロコモドラグーンは、細い光の柱によって貫かれた。

ザクの胸部から、レーザー光線が放たれたのだ。

「あーっ! ボクの『潜士の銃・ロコモドラグーン』が…!」

驚くロコモの前に、ザクは手に持った銃器を向ける。小型化されたビームマグナムだ。

「女よ。その少女をこちらに引き渡せ。言う通りにすれば、我々も何もしない」

その一方で、

「あら、ラグザ。…助けならいらないわよ」

ミカが、いつのまにか拘束機器を外し、立ち上がっていた。

いつかのエペランサスの時のように、砂にして消してしまったのだ。

「自惚れるな。様子を見に来ただけだ」

ラグザと呼ばれたダイバーは、ザク越しにそう答える。

「よよ…よよよ…」

二人の様子に、ロコモは焦っていた。

向こうには五体満足のガンプラと、拘束を解いてしまう女性ダイバー。

対して、こちらはロコモドラグーンを失い、なぜかガンプラも出せない。

「こうなったら、最後の手段!」

意を決して、ロコモは声を張り上げる。

「行くのですよ、ボクの必殺奥義ッ!」

大きく一歩、前に踏み出した。

二人が一瞬警戒する。

その隙にぐるんと後ろを向き、

「レッツラ・とんずらァーー!」

「え、ええっ!?」

驚くリナリアの手を引いて、全力で走り抜けた。

「「……」」

意表を突かれ、数秒固まる二人。

「…はっ! 追うぞ、ミカ!」

「言われなくても!」

やがて、ロコモとリナリアを追って、ミカは走り、ザクは飛んだ。

 

 

 

コックピットには、俺以外は誰もいない。

なのに、俺を乗せた途端、クリスタイル・オーガンダムはハンガーから飛び出した。

もちろんこれも、俺の操縦ではない。

外部から操られているのか、あるいは…。

「相棒、お前は…」

意図せず、機体に語りかける。

思い返せば、不思議なことは何度もあった。

エペランサスで墜落した時、粒子残量がないにも関わらず、こいつは融合粒子で俺とリナリアを受け止める網を作った。

盗まれたガードフレームにワクチンプログラムを打ち込んだ時も、その直前に、呼んでもいないのに俺たちの前に現れた。

…そういえば、初めてリナリアと会い、彼女を狙うガードフレームと戦った時も、何度試してもできなかった呼び出しが、突然できるようになった…。

そして今、この機体は飛行している。

ただ闇雲に飛んでいるわけではなく、真っ直ぐにエリアを突っ切っているのだ。

まるで、明確に何処かを目指しているかのように。

「俺を、どこに連れて行こうとしているんだ…?」

クリスタイル・オーガンダムは、答える言葉を返さず、駆動音だけをコックピットに響かせていた。

 

 

 

「なんでですよーっ!」

常人の脚力では到底追いつけない、まるで列車のようなスピードで走るロコモは、そうしつつも、たくさんの画面を操作していた。

「ガンプラ…出せない! ログアウト…できない! 特潜機勇隊の緊急権限…ダメ! 特務捜査官としての運営権限…ダメ! 何をどう試しても、うまくいかないのですよーっ!」

片手でリナリアを掴みつつ、もう片方の手が彼女に追従する画面を更新する。

「潜士の銃・ロコモドラグーンも治ってないし…、このままじゃヤバめにヤバいのですよ!」

振り向くと、先ほどのザクが視界に入っている。いくらロコモが早く走っても、ダイバーとガンプラの差は大きいらしく、ジリジリと距離を詰められていた。

それに加え、

「ろ、ロコモ! わたし、もう…」

腕を引かれ続けていたリナリアの表情が引きつっている。

それもそのはず、今のリナリアは地に足がついておらず、まるで鯉のぼりのように、体を揺らされて続けているのだ。

その不快感は、乗り物酔い、なんてレベルではない。

「ご、ごめんですよ! もうちょっとだけ耐えて!」

言いながらも走り続けるロコモ。

その先には、大きなトンネルがある。

数秒もしないうちに、ロコモはリナリアを引いてトンネルの中に飛び込んだ。

やがて少しずつ減速し、進行方向に背を向けて、引っ張っていたリナリアを、体で受け止める。

「ううっ…」

気持ち悪そうに口元を押さえるリナリアと、その背中をさするロコモ。

リナリアの気分が落ち着くのを待って、ロコモは改めていろんなことを試すが、やはりログアウトも、ガンプラの出現もできない。

「よよ…いったい何がどうなっているのですよ…?」

「多分、あの人たちが何か、不正なツールを使ってるんだと思う…。ジンも、最初はガンプラを出せなかったから…」

困惑するロコモにリナリアが答える。

「うん。そこは、そうなんですよ。そうなんですけど…」

ジンから話を聞いていたロコモは、こういう状況になることは、事前に知っていた。

知っていた上で、現在困惑しているのだ。

自分ですら、その影響を受けていることに。

「ボクの場合、特潜機勇隊と、特務捜査官の、二つの肩書きがあるのですよ。これらはそれぞれ、異なる条件下で、特別な権限を発動できる。…その気になれば、一つのサーバーを丸ごとジャックするくらいのことはできるのですよ」

「…えっ?」

突然の危険な発言に、リナリアは言葉を失ってしまった。

「…ああ、今のは例えで、もちろんそんな事するつもりはないのですよ。要するに、それだけ、ボクは特別な存在だ、というだけで」

リナリアが頷くのを待ってから、ロコモは続ける。

「で、問題なのは、そんなボクですら、彼らの不正ツールの影響を受けている、ということ…」

真剣な顔でそういうが、リナリアはまだピンときていないのか、首を傾げる。

「つまり、彼らの使ってる不正ツールは、もしかしたら…」

だが、そこまで推察を進めたところで、

「追い詰めたわよ!」

二人の眼前に、ミカが現れた。

「わっ!」

「くっ!」

すぐさま反対側の出口に逃げようとする二人を、

「追い詰めた、と言っている」

反対側から現れた男性ダイバーが遮る。

先程、ザクの改造機に乗っていたダイバー、ラグザだ。

「さぁ、少女をこちらに渡してもらおう」

「抵抗しないでくれるかしら?」

詰め寄る二人を見て、ロコモはリナリアの耳に口を近づけた。

「ボクが注意を引きつける。その隙にリナリアちゃんはトンネルを出て」

「えっ、ロコモ!」

「やぁーっ!」

いうと、ロコモはラグザにタックルをかました。

「なっ!」

思わず両手で受け止めたラグザだが、

「きゃーっ!痴漢! エッチなところ触ったーッ!」

その耳元に、ロコモは大声で叫んだ。

「ぐおっ!?」

ラグザは発言と声量に驚き、大きくよろける。

「今ですよ! リナリアちゃんッ!」

振り向いて叫ぶロコモ。頷いて走り出したリナリアだったが、

「させるわけないでしょ!」

「わっ!」

その両肩を、ミカが押さえつけた。

「手間かけさせてくれたわね」

「いや! 離してッ!」

暴れるリナリアは、偶然にも、ミカの足を強く踏んだ。

「いったァ!」

思わず両手を離してしまうミカ。その隙に、リナリアはミカを振り解き、トンネルの出口へと一目散に駆け抜けた。

「もうっ! オヒメサマだからって!」

慌てて後を追おうとするミカを、

「いかせないですよッ!」

「ぐえっ!?」

ロコモが押し倒した。

「ちょ、ちょっとラグザ! なんでこの女抑えてないのよ!?」

ミカはラグザを責めるが、彼は足を抑えている。

リナリアの行動を見て、ロコモも同じように、ラグザ足を踏み付けていたのだ。

「女…舐めたことを!」

言って、ラグザはロコモの腕を掴む。

「よよっ!?」

途端、ロコモの手首には、手錠のようなものが掛けられた。

その先端から伸びたチェーンを、ラグザが岩場に括り付ける。

「これでしばらくは動けまい」

「くっ、こんなの…!」

ロコモは強引に切り抜けようと、いくつかの画面を操作する。

が、やはり上手くいかない。

「逃げられはしないぞ。お前も、あの少女も」

言うと、ラグザは指を鳴らした。

同じ頃、トンネルの出口にたどり着くリナリア。

しかし、その眼前に、ラグザのザクが立ち塞がる。

遠隔操作で移動させたのだ。

「そんな…っ!」

リナリアは思わず、一歩足を戻す。

「抵抗するな、とも言ったはずだ」

「さぁ、大人しくついて来てもらうわよ」

声に振り向くと、ラグザとミカも、トンネルから出てきていた。

ロコモは、まだ手錠に囚われたまま、姿を見せない。

前後を経たれ、逃げることもできない。

「いや…」

絶対絶命。そう悟ったリナリアは、思わず体を震わせた。

自分が、二人に捕まった後のことを考えたのだ。

「やだ…」

その瞳に映るのは、いつかの記憶。

「わたし…まだ『ここ』に居たい…」

その中に居る、何もできない自分。

「わたし、ここで生きて行きたい… あっちに行きたくない!」

それらを否定するリナリアに、ラグザはため息をついて、また指を鳴らした。

途端、ザクの改造機がリナリアに手を伸ばし、その体を捕まえる。

「やだ! やめて! 離して! 助けて!」

その叫びは、やがて『彼』を求める声に変わった。

 

 

「ジン!!」

 

 

「うおおおおおおおっ!」

名前を呼ぶ小さな姿をとらえた腕へ、俺は銃口を向けて引き金を引いた。

融合粒子によって実弾化した銃撃は、ザクの手首に直撃する。

衝撃で手のひらが開き、中からリナリアが飛び出した。

「わぁっ!?」

手のひらから解放されたリナリアへ、俺は機体を急速接近させる。

「リナリアぁッ!」

名前を呼びながら、ライフルを投げ捨て、両手で彼女を受け止めた。

同時に推力を反転させ、機体を静止状態にする。

「リナリア、大丈夫か?」

「う、うん! 大丈夫!」

手の中で頷くリナリアを確認してから、俺は改めて、ザクの姿を確認する。

「あいつよ! エペランサスであたしの邪魔をしたフダツキ!」

近くには、エペランサスで交戦したミカというダイバーと、もう一人。男性のダイバーが居た。

「ほう…お前が、オヒメサマを守るフダツキ、とやらか」

そいつが不適に笑う。

初めて見るダイバーだが、こいつもリナリアを狙っているのだろうか。

そう思って警戒したのだが、

「面白い。次に会う時が楽しみだ」

そんな言葉を残して、男性ダイバーはザクと共に、このディメンションからログアウトしてしまった。

「は? ちょ、ええっ!?」

その行動はミカにも予想外だったのか、キョロキョロと辺りを見回して、

「…もぅ! 覚えてなさいよ!」

やがて彼女も、ログアウトした。

 

 

機体を地面に着陸させ、リナリアを手の中から下ろす。

「無事でよかったよ、リナリア」

言いつつ、俺もガンプラから降りた。

「ありがとう、ジン」

そう言って微笑んでくれる。

しかし、冷静になった俺は、思わず彼女から目を逸らした。

「あ…えっと…」

何を言えばいいんだろう。

あの日から、およそ三週間。ずっとGBNにダイブしないでいた。

もちろんその間、彼女とは一切連絡を取っていない。

流石に気まずい。…いや、俺が一方的に悪いのだが…。

ここはとりあえず、無難に「久しぶり」とでも言うべきか…?

そう思った時だ。

リナリアが、俺に抱きついてきた。

「り、リナリア?」

驚く俺を見上げて、彼女は口を開く。

「おかえり、ジン」

そして、微笑む。

「…えっ?」

想定してない言葉に、思わず、聞き返してしまった。

そんな俺に構わず、リナリアはまた口を開く。

「…わたし、ずっと考えてたんだ。次にジンに会ったら、何を話せばいいかな、って」

ぎゅっ、と、俺の体を抱きしめる。

「でもね、よく考えたらわたし、ジンのこと、何も知らなくって」

それは…そうだろう。

俺は意図的に、自分のことを彼女に話さないようにしていた。

俺自身が、ずっと気付きたくない真実から目を背け、話さないようにしていた。

だから、彼女は何も知らない。

「でもね。だからこそ、わたし、ジンのために、わたしができることをしようって決めたの」

それでも、リナリアは俺を真剣な目で見ている。

「わたしがジンにしてもらったことで、一番嬉しかったことを…って。それでね」

言いながら、一度俺の体から離れて。

「それで、そばにいようって決めたの。…ジンがずっと、わたしのそばにいてくれたみたいに。…だから」

やがて、微笑む。

「おかえり、ジン」

そしてまた、俺に抱きついた。

「ジンが、わたしのそばに帰って来てくれて、嬉しいな」

そんな言葉をくれる。

優しい声と共に。

それが、俺の胸には不思議なまでに染み渡って…。

…ああ、そうか。

「リナリア」

思わず、その名前を呼んだ。

彼女は俺に抱きついたまま、俺を見上げる。

その顔が、俺の気付きを確信に変えた。

「…ありがとう」

リナリアという存在が、俺を待っていてくれるということ。

それこそが、俺がダイブする時に求めた、希望そのものだったんだ。

俺が俺であることを。

俺という存在、『ジン』という存在を、認めてくれる『誰か』。

俺の求めていた希望は、これだったんだ。

「それと、」

だから、答えよう。

彼女が、俺のために用意してくれた言葉に。

「…ただいま」

彼女の目を見て、もう一度。

「ただいま、リナリア」

その言葉が、俺とリナリアをもう一度、繋いでくれる。

そう確信して。

「うんっ」

リナリアは素敵な笑顔で、俺の胸に頭を預ける。

「おかえり、ジン」

そんな彼女の頭に、俺はそっと手を載せた。

 

 

やがて、リナリアがゆっくりと俺の体から離れた頃。

「リナリアちゃん、無事ですかっ!?」

ロコモが、トンネルから飛び出してきた。

「あっ、うん、大丈夫だよ、ロコモ」

「て、敵はっ!?」

「帰っちゃったみたい」

ロコモはキョロキョロと辺りを見回して、

「って、ジンくん! 帰ってきてたのですか!」

俺がいることにも気がついた。

「じゃあ、ジンくんが、リナリアちゃんを狙ってた奴らを追い払った…ってことなのですか?」

「…そう、なるのかもな」

答えると、ロコモは胸を撫で下ろした。

「そっか…。それなら、よかったのですよ…」

よほど心配をかけたらしい。

「悪かったな…」

彼女に向き直って謝る俺だが、

「よよ? 勘違いしないで欲しいのですよ」

ロコモは頬を膨らませた。

「ボクは安心してるのは、リナリアちゃんが無事だからですよ。それに比べたらジンくんのことなんて、オマケみたいなものですよー」

おっ…、

「オマケって…」

なかなかの言い様だな…。

「じゃあ、ジンくんはリナリアちゃんのピンチを察知して、ここに来たってことですか?」

えっ。

「いや…、わかったから来たというより、来てみたらピンチだったと言うか…」

なんで答えながらも、思う。

そんな偶然があるだろうか。

「よよー…」

ロコモは何を思ったのか、少し考え込む。

「まぁ、いいのですよ。リナリアちゃんが無事なら、他のことはどうでも」

やがてにこりと微笑んだ。

「…お前なぁ…」

呆れる俺の隣で、リナリアがロコモに向き直る。

「ロコモ、ありがとう。…わたしのことを、守ってくれて」

そう言って、彼女に微笑んで見せた。

途端、ロコモはその場で顔をしかめる。

「…どうしたの、ロコモ?」

その様子を不思議に思ったリナリアが、彼女に歩み寄ろうとすると、

「…ダメなのですよッ!」

突然、ロコモは両手を前に突き出し、一歩引いた。

「これ以上、ボクに近づいちゃダメなのですよッ!」

突然の拒否反応に、リナリアは俺と顔を見合わせる。

「これ以上、リナリアちゃんがボクに近づいたら…」

そんな中、ロコモは体を震わせて。

「ボクは理性を保てなくなるのですよ…ッ!」

とても、気持ち悪い笑顔をしていた。

「わっ…」

思わず言葉を失ったリナリアが、黙って俺の元に寄ってくる。

「あー…。…そいや、そうだったな…」

呟きつつ、俺はログアウト画面を開いて、リナリアと自分を選択した。

どうやらまだここには、リナリアを狙うダイバーがいる…らしい。

「じゃあな、ロコモ」

一応、一言だけ残す形で、俺とリナリアはスワークルというディメンションからログアウトした。

 

 

「…ねぇ、ジン」

俺のサーバーにある、ガンプラのハンガーエリア。

とりあえずの転送先に選んだ場所だったが、そこに着いて間も無く、リナリアが俺に改めて声をかけた。

「ん?」

「あのね、…さっき、ロコモには言ったんだけど、まだジンには言ってなかったから…」

といいつつ、リナリアは俺の目を見る。

「ジン。わたしを守ってくれて、ありがとう」

…なんだ、そんなことか。

「ああ、気にするな。俺はただ、あの場で出来ることをしただけさ」

なんで答えると、リナリアは笑ってくれる。

…ところで、やはり考えてみると、妙だ。

そもそも俺は、リナリアを助けるために、スワークルに行ったわけじゃない。

たまたまスワークルに来たら、リナリアがピンチだった。だから助けた。

…本当に偶然なのだろうか。

…いや、もしかしたら

「…相棒…」

思わず、愛機のクリスタイル・オーガンダムを振り向く。

こいつは先ほどまで、俺が操作するまでもなく、スワークルまで飛んで行った。

まるで、リナリアのピンチを予見したかのように…。

「俺は…お前に導かれたのか…?」

答える言葉を持たない愛機に、思わず語りかけてしまう。

すると、リナリアが俺のガンプラに歩み寄った。

機体に少し触れ、そっと目を閉じる。

「…リナリア?」

声をかけても、じっとしたまま動かない。

そのまま、少し待ってみると。

「…そっか。そうだったんだね」

何かを納得したように、リナリアは俺のガンプラから離れた。

「あなたが、ジンをわたしのところに、連れてきてくれたんだね。…ありがとう」

そう言って、微笑む。

その様子は、まるで会話をしているかのようで。

…そうか。

「…お前、ガンダムの…俺のガンプラの意思が、わかるのか…」

忘れていたが、確かに『エルダイバーにはそういう不思議なチカラがある』という話は、どこかで聞いたことがある。

それは、存在の成り立ちが『数多のガンプラに込められた想いが結集し、意志を持った生命体となったもの』であるが故、なのだろう。

「うん。そうみたい」

リナリアは微笑んで答える。

…ん?

「…『みたい』?」

なんだか引っかかる言い方だが…。

「いま、初めてできたの。…なんだか、できそうな気がして。…きっと、ジンのガンプラが、わたしにそういうチカラをくれたんだよ」

リナリアは少し恥ずかしそうに答える。

「…そういうものなのか」

なんだかよくわからないが…。

「うん、きっと」

リナリアは、少し嬉しそうだ。

「ガンプラの意思…か…」

リナリアを助けることができたのは、良いことだ。

しかし、そのために自分のガンプラが勝手に動いたことは、やはり心にひっかかる。

ガンプラは作品だ。情熱を持って作り込んでいれば、それなりに愛着は湧くし、ふとした弾みに語りかけてしまう…なんてことも、ビルダーとしては不思議なことじゃない。

俺は日頃からそう思っている。

だが、本当に『ガンプラにも意志がある』と考えたことは、今まで一度もなかった。

もちろん、勝手に動く、なんてことも、今回が初めてだ。

それに、俺のガンプラが勝手に動き始める少し前、自分の前に現れた『所有権の侵害警告』という表示も気になる…。

「…ジン?」

名前を呼ばれて振り向くと、リナリアが俺を見ている。

そういえば、クリスタイル・オーガンダムが勝手に動いた時は、全てリナリアが危機に陥った時ばかりだ。

これは…偶然なのだろうか…。

「わたしの顔、何かついてる?」

言いながら、不思議そうな顔をするリナリア。

いけない、また一人で考え込んでしまった。

「いや…そういうわけじゃないさ」

考えてもわからないことだってある。そのうち、ロコモにでも相談してみるか。

そう決めて、気持ちを切り替えるために、一度深呼吸をする。

「…さて、じゃあまた、ケーキでも食いに行くか」

俺がそう言うと、リナリアは笑顔で頷いた。

 

 

 

ちょっとラグザ!あんた何考えてんのよ!もうちょっとでオヒメサマを捕まえられたのに!

…本当にそう思うか?

そりゃそうでしょ! あんたがあのまま戦って勝てば…

あの時、お前のガンプラはもう戦えなかった。それに、手錠で一時的に凌いだとはいえ、奇妙な権限を持つ女も居た。…分が悪いと判断したのだ。

だとしても、諦めが早すぎるわよ!

当たり前だ。お前がどうかは知らんが、俺には慎重に動かなければならない事情がある。

…なによ、その、事情って。

お前の知った事ではないだろう。

その辺にしておいてください。

…オーナー? 何しにきたのよ。

簡潔に申しますと、お二人にハッパをかけに来ました。

なんだと?

このままでは、我々の目的が果たせません。そうなると、あなた方に用意した報酬も与えられなくなります。

は? どういうことよ?

こちらの事態が想定以上に悪化していましてね…。早急にあの子を確保していただけますか。

焦る様でも出来たのか?

それはこちらの事情です。お二人が気にすることではありません。

随分な言い草ね。こっちは目的も提示してるっていうのに。

とにかく、お急ぎ下さい。我々の目的が達成できなければ、お二人を雇った意味がないので。

 

 




方舟の少女 ガンプラデータファイル06

【戦乙女の涙雨(ワルキュレイン)】
オーナーが製作し、ミカがカスタムして使用するガンプラ。
ムラサメをベースとし、エペランサスでの戦闘の後、チューンナップされたもの。
武装の変更は少ないが、作り込みによって機体性能が大幅に上がっている。


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Missing link『だから、あの日の僕は。』

「…じゃあ、もうスナイパーライフルは、使う気がないってことか」

寂しそうに言う彼の前で、僕は大きく頷いて見せた。

「…わかった」

言葉ではそう言えど、声色からは、納得がいっていなさそうに聞こえる。

「ごめんね、ジン」

謝るしかない。

彼なりに、僕のためにしてくれたこと。

僕が、彼に頼んでさせてもらっていたこと。

それをまた一つ、僕は否定してしまったのだ。

それでも。

「僕は、僕にできることを、もっと伸ばしたいんだ」

僕は、僕の強さを求めた。

僕だけの強さを。

 

 

ガンダムウティエル。

親友のジンが、僕のために作ってくれた、僕専用のガンプラだ。

シューティングゲームが得意な僕のために、ジンが作ってくれた、狙撃特化型の機体。

 

最初は、単にデュナメスという狙撃型の機体を、少し改造しただけのものだった。

けれど、僕が慣れ親しんでいたゲームと、GBNでは、操作感覚が違っていた。

 

特に大きな差は、反応速度と射撃補正率。

GBNでは、以前のゲームに比べて、標準的な移動速度と反応速度が遅い。

代わりに、射撃時にかかる補正が強い。

だから、僕が持つ『ゲームのテクニック』を、この世界で活かすために、この二点を修正する形での改造を、ジンに依頼した。

僕の求める「回避運動」を行うために、機動力と反応速度を向上させる機構を。

その分の『ワリ』は、不要な射撃能力から削る。

そのため、機体の機動性と反応速度の向上を、ジンに依頼した。

本当は、自分で改造できたら良かったんだけど。

そもそも僕は、リアルでガンプラを作ることができないんだ。

 

この頃、僕は焦っていた。

普段から仲が良く、入隊も同時だったから、ジンと僕は、フォース内でも比べられることが多かった。

 

ジンは、融合粒子の研究を重ねて、それを使いこなすことで、メキメキと成長していった。

あっという間に、重要な戦力として、フォースのみんなに信頼されるようになった。

 

一方で、僕の戦績は伸び悩んでいた。

後方支援部隊として、ジンや他の前線で戦うみんなを支える。

それが自分の役割だと思っていた。

けれど、僕はいつも、あと一歩のところで撃墜され、そのせいでフォースの足を引っ張ってしまっていた。

 

誰に言われたかは、もう覚えていない。

遠巻きに聞こえた、フォースメンバーのとある声。

その言葉は、当時の僕の心に深く突き刺さった。

『セイゴは、ジンの連れてきたオニモツ』。

 

僕は努力した。以前やっていたシューティングゲームの感覚を、改めてこの身に叩き込んだ。

自分の実力を発揮できるよう、ジンに細かい改造の依頼もしていた。

彼の作った、融合粒子を応用した試作武装も、すべて試した。

できることは、全部やった。

フォースの力になるために。

自分が、ジンのオニモツなんかじゃないって、証明するために。

 

結果として、僕は狙撃を捨てた。

…より厳密に言えば『GBNで狙撃手と呼ばれるポジションに求められるバトルスタイル』を捨てた。

狙撃型だったウティエルは、射撃重視の中距離型になった。

それから僕は、やっと、ウティエルを自分の機体だと、胸を張って言えるようになった。

 

僕は強くなった。

フォースの中での評価も変わった。

ジンはジン、セイゴはセイゴ。

そうやって、別々に見てもらえるようになった。

 

でも。

僕は気付いていなかった。

ジンと僕が別々に評価される、ということ。

それはつまり、僕が、僕個人として、フォースの戦力になっていた、ということ。

僕が『ジンのオニモツ』という言葉から逃げようとするあまり、自分一人の力を強くすることにばかり、拘っていたこと。

 

いつのまにか忘れていた。

フューチャーコンパスである以前に、僕とジンはフレンドであり、相棒だった。

前衛と後衛に分かれた、抜群なコンビネーションでいたことを。

 

僕とジンは、分かれて戦うようになって。

少しずつ。本当に少しずつ。 

僕らはどんどん、互いに、互いとの距離を感じるようになっていった。

 

だから、いつからなのかはわからない。

ジンが、ブレイクデカールを使い始めたのは。

 

あのツールが、GBNのシステムを壊してしまう、なんてことは、まだ分かっていなかった。

誰でも簡単に、飛躍的に強くなれる。

不正ツールだけど、ログが残らないから咎められる心配もない。

その二点だけでも、あれは脅威的だった。

 

使い方は簡単だ。『デカール』という名前のように、ガンプラに組み込むだけ。

ただし、そのためには現実で組み込まなければいけない、という制限もあった。

僕は、自分のガンプラを自分で持ってはいない。

だから僕は、ジンに頼んだ。

僕のガンプラにも、ブレイクデカールを組み込んでほしい、と。

でも、ジンは首を横に振った。

不正ツールの使用は禁じられている。

だから、使うかどうかは本人の責任だ。

俺は受け取り方を教える。ただそれだけ。

それ以上のことをしてしまったら、俺はそいつに、責任を持てない。

…と、言っていた。

 

最初、その言葉に渋々納得した僕だったが、やがて他のメンバーも、ブレイクデカールを使用するようになっていった。

僕は歯痒かった。

 

こんな気持ちがなかったといえば、嘘になる。

やっと君に追いついたのに。

やっと僕は、『フューチャーコンパスのセイゴ』になれたのに。

なんで君は、また強くなったんだ。

なんで君は、みんなを強くしたんだ。

僕だけを置いて。

 

また僕は、『ジンのオニモツ』に戻るのか。

僕は君のオニモツにしようというのか。

君は、僕のことを嫌いだと思っているのか。

そんな風に、疑心暗鬼にも陥った。

 

それでも。

僕は、ジンを嫌いには、ならなかった。

ウティエルを見るたびに。

融合粒子の研究と並行して、僕に合わせてカスタマイズしてくれた、僕のためのガンプラを見るたびに。

僕はいつも思い出していた。

どんなに怒っていても。

どんなにお互い変わってしまっても。 

僕は、ジンの優しさを信じることができた。

僕は、ジンを嫌いに、なれなかった。

 

ただ、少し気まずかっただけ、なんだ。

 

やがて、マスダイバー討伐戦が起きて。

フューチャーコンパスは有志連合に加わらなかったけど。

あの場で起きた大規模なシステム障害と、それらを修復した光の翼。

僕らは、ライブ映像で、その瞬間を見守っていた。

 

あれからジンは、ブレイクデカールの使用をやめて、他のメンバーにもやめるように言い回っていた。

それはきっと、ブレイクデカールを使い続け、GBNに負担を与え続けた彼なりの、贖罪だったんだろう。

でもそれは、ジン伝いでマスダイバーとなったフォースメンバーに、反感を買わせることにしかならなかった。

 

そしてある日、ブレイクデカールを使い続けていたサブリーダーが、運営に捕まった。

その後、彼は「フューチャーコンパスのサブリーダーとして」のログインを、一切しなかった。

その頃から既に発足していたんだ。

全員が、違う名義で参加する、フューチャーコンパスの後継フォース。

リビルドコンパスが。

 

僕も、周りの言葉に流されるように、リビルドコンパスの一員として、ケジュンというアカウントを製作した。

 

そして、驚いた。

そこでは、ブレイクデカールを持ち込んだ、という原因のせいで、ジンが、みんなの中で、諸悪の根源にされていた。

サブリーダーはジンに通報された。

元マスダイバー達は、ジンに脅されてブレイクデカールを使っていた。

フューチャーコンパスは、ジンのせいで解散まで追い込まれた。

そういうことにされているのがわかった。

 

フューチャーコンパスは、その全てのわだかまりの原因を、ジン一人に背負わせる形で、また一つになろうとしていた。

ジンという存在を共通の敵にして、ジンを憎み合うことで共感し合い、再び繋がり合っていたんだ。

 

なんて残酷なんだろう、と思った。

同時に、この状況をジンが知ったら、どう思うだろう、とも思った。

彼は、いつかきっと、このフォースの存在に気づく。

その時、僕に何が出来るんだろう。

 

その結論が出るよりも早く、僕は、リビルドコンパスの一員としての自分を、失いたくないと思い始めていた。

ジンのいないフォース。それは、僕にとってはもう「ジンだけがいないフォース」だったんだ。

ひたすらに「ジン以外の人間に認められたい」という気持ちだけで成長してきた僕が、ようやく認めてくれた彼らを敵視することは、出来なかった。

ジンと、他のメンバー全員。

どちらかを選ぶことは、僕には、できなかった。

 

とはいえ、このままじゃ、いけない。

彼の抱いた疑問の全てが確信に変われば、彼はきっと、リビルドコンパスに何かしらのコンタクトを取るだろう。

でも、それがどんなコンタクトだったとしても、リビルドコンパスにとっては、ジンというダイバーを、ますます警戒させる結果にしかならない。

 

僕は、彼の友達でありつつ、リビルドコンパスの一員でもありたかった。

そんな中途半端な考え方だったから、大切な友達に寄り添うことも、大切な仲間と心から笑い合うことも、できなかった。

 

だから。

ケジメをつけよう。

ジンのために。

どちらを選ぶこともできなかった、弱い自分のために。

 

僕が、彼にとっての「リビルドコンパス」そのものになる。

かつて彼と共に高め合い、今は彼の敵になったすべての存在の代表として、彼と敵対する。

そうすれば、彼がどんな感情を抱いたとしても、その矛先が、リビルドコンパスに向くことはなくなるだろう。

僕が、僕だけが、彼の敵になる。

それこそが、僕に出来る、贖罪。

 

だから、あの日の僕は。

 

 

「…『レパッショーナ空域』での空戦、『リフィケイノス輸送任務』、それから…『ウォゼッタ』での施設破壊ミッションの時もそうだったな。…どれもお前が、機体の左手の損傷を気にしたことで、不利になった戦いだ」

…やっぱり、気付いていたか。

「お前は昔から、左手の損傷を妙に気にする癖があるんだよ。…自覚はないのかもしれないけどな」

あるさ。自覚くらい。

その理由もわかっている。

「お前がセイゴじゃなくても、お前とセイゴは、リアルでの同一人物…。そういうことなんだろ?」

ヒントは、いっぱい与えた。

その中で、よりによってこんな事が確信になってしまうなんて。

彼には一度も話していない、僕のリアルの秘密。

わかっていて、君は聞かなかったんだね…。

ため息が漏れた。

また一つ、君の優しさを知った。

思わず、そうだよ、と答えてしまいそうになる。

「違う」

そうじゃない。

僕は、彼に嫌われなきゃいけないんだ。

「僕はセイゴじゃない」

だから、否定しなきゃ。

正解を確実に否定して、示さなきゃ。

僕の敵意を。

「僕はセイゴじゃない! ケジュンだ!」

「なんでシラを切るんだよ!」

僕の連続射撃は、ジンに当たらない。

もとより、当てる気はない。

ただ、彼の知っている『セイゴ』を演じるだけでいい。

「お前の戦い方、何も変わってないぞ!」

その言葉は、

「…どの口がッ、そんなことを言えるんだよ!」

否定しなきゃ。

僕は、ジンを嫌っているんだ。

「ぐあっ!」

「きゃっ!」

クリスタイル・オーガンダムから、ジンと、女性ダイバーの声が聞こえる。

なんとなく察していたけど、確信を得た。

ジンのコックピットには、もう一人、別のダイバーが乗っている。

僕やフューチャーコンパスのみんなじゃない、全く別のダイバー。

「…もう、いい」

安心した。

君には、君のそばにいてくれる友人が、他にもいるんだね。

「約束してくれ、ジン」

これで僕は、心置きなく君の敵になれる。

「この戦い、僕が勝ったら、僕のことを忘れる、って」

 

その後のことは、あまり覚えていない。

ジンの敵として、彼を困らせる言動を考えるのと、本気のジンに勝つための戦いで、精一杯だった。

 

 

「…僕の勝ちだよ、ジン」

項垂れるジン。

僕の敵意が本物だと思い込んでいるんだ。

それでいい。そのためのバトルだったんだから。

僕にとって、最後の。

「約束だ。ウティエルは返す。その代わりに僕のことは忘れてくれ」

所有権を返した僕を、ジンが見る。

「…セイゴ」

今まで、数えきれないほどたくさん、その名前で呼ばれてきた。

けれど。スワークルでばったり会った後、気が付いたんだ。

「言ったはずだ。僕はケジュンだと」

僕はとっくに、セイゴの名前で呼ばれる資格を、失っているんだと。

 

 

数日後。

僕は、リビルドコンパスのリーダーから、プレゼントを貰った。

羅針盤を模したレリーフのついた、一個の指輪。

「気軽に取り外せるアクセサリーのほうが、みんな気に入るかな、と思ってさ」

リーダーは、そんな風に言っていた。

「タトゥーだと、ガラの悪い連中って思われちゃいますよね」

皮肉で答えて、僕は指輪を手に取る。

「今後は、左手の中指につけてくれ。それが仲間の印だ」

左手…。

また、左手なのか。

「気付いてくれたのは、彼だけってことか…」

どこまでなのかはわからないけど。

「何か言ったか?」

「…いえ、何も」

答えながらも、僕はアイテムリストから紐を取り出した。

それを指輪に通して、自分の首に掛ける。

「…おい、左手につけてくれ、って言ったじゃないか」

フォースリーダーが不思議そうな顔をする。

「いいんですよ、これで」

僕は笑って、自分に言い聞かせる。

これでいい。

セイゴの腕に、タトゥーを入れることができても。

ケジュンの手に、指輪をつけることができても。

「僕には、これがお似合いなんです」

リアルの『僕』の左手は、事故で失われているのだから。

 



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第7話「良い趣味をしているのですよ」

行きたいところには、いつでも行けた。

食べたいものは、いつでも食べられた。

知りたいことも。

見たいものも。

触れたいものも。

いろんなものが、いつでもそこにあった。

けどそれは、全部じゃない。

足りなかった。

貰えなかった。

作れなかった。

大切なもの。

みんなが、大切にしているもの。

わたしには、なかった。

ないままだった。

わたしは、それが一番ほしかった。

 

 

 

リナリアとの再会から数日後。

俺は、ハンガーエリアでコックピットに乗り込み、ガンプラの最終調整を行っていた。

「…よし、とりあえずこれで…」

呟いて、ガンプラから降りる。

「あっ、やっほー、ジン」

すると、下にはリナリアが居た。

「やぁ、リナリア。…随分早いな」

彼女とはこの場所で待ち合わせをしていたが、それにしても、決めた時間より30分以上早い。

「えへへ。…なんだか、ワクワクしちゃって」

笑ってくれるリナリアは、やがて俺のガンプラを見上げる。

「ところで、どうして今日は、いつもと違うガンプラなの?」

そう、実は今回、普段と違うガンプラをスキャンしているのだ。

「クリスタイル・オーガンダムは、宇宙空間に適応してないんだ。そこで、前の機体を用意したのさ」

俺が、クリスタイル・オーガンダムを完成させるまで使っていた、先代の愛機。

「その名も『ガンダムアヴァンシェル』。ガンダムハルートがベースの、可変機構を持つガンプラだ」

「へぇ…」

リナリアは、アヴァンシェルをじっくり眺めてから、

「なんか、ちょっとヤンチャそう…」

そんなふうに言葉を漏らした。

「ヤンチャって…」

…まぁ、間違ってはいないか。

このガンプラを主に使っていた時期は、俺がマスダイバーだった時期と重なっている。

「…まぁとにかく、このガンプラなら、ここから直接行けるんだよ」

俺はパンフレットを取り出して、リナリアに渡す。

「今日の目的地、『グレーヒー・リボン』に、さ」

 

 

グレーヒー・リボン。

とあるサーバーの管轄にある、アミューズメント施設だ。

小型のスペースコロニーと、それを取り巻く無数の小惑星群から出来ており、一帯が娯楽施設のみで構成されている。

言うなれば、スペースコロニーのテーマパーク。

今回、俺はこのエリアに、リナリアを誘った。

自分の都合を何も話さずに、彼女に心配をかけてしまったことへの、お詫びだ。

 

 

俺たちを乗せたアヴァンシェルが、ハンガーから、宇宙行きのカタパルトへと移送される。

「ジン、リナリア、ガンダムアヴァンシェル! 発進っ!」

掛け声と共に、機体を発進させた。

少し飛行し、出力の安定を待ってから、高速巡航形態に変形させる。

…よし、この速度なら数分で到着するだろう。

そんな風に思っていると、

「ねぇ、ジン」

リナリアが話しかけてきた。

「ん?」

返事をして彼女を見ると、その視線はどこか遠くを捉えていて…。

「…なんか、あっちのほう、チカチカしてない?」

「えっ?」

つられて見ると、たしかに右前方、かなり遠くで、いくつかの光が点滅していた。

銃撃戦の爆発だろうか。

「どうやら、フリーバトルが行われているらしいな…」

更によくみると、爆発の中を飛び交う、二つの機体があった。

他の爆発によって、それぞれ金色と水色に照らされる。

「…ッ、ジン! あっちに向かって!」

突然、リナリアが叫んだ。

「ど、どうした…?」

聞き返すと、リナリアは胸に手を当てて、きゅっと握る。

「感じる…。助けて、って。…金のガンプラが、助けてほしいって、叫んでる…!」

「な、何…?」

よくわからないが、リナリアの目は真剣だ。

…そういえば、この前はクリスタイル・オーガンダムと話をした、と言っていた。

彼女はエルダイバーだ。ガンプラの声を聞く、不思議な力がある…のかもしれない。

「ジン!」

もう一度、俺の名前を呼ぶ声。

ここは、信じるしかない。

「…わかった。金色の方を助ければいいんだな?」

「うん!」

確認してから、アヴァンシェルの進路を変更する。

「しっかり捕まってろよ!」

言って、俺達は二機の飛び交う宙域へ向かった。

 

水色の機体は、ズゴックの改造機だった。

背面と下半身がブースターに換装され、下部には大型のロングライフルを付けている。

ズゴックというより、まるでゼーゴックだ。

「お前のダイバーポイントを寄越せって言ってんだよ!」

そんな言葉を叫びながら、ゼーゴックはロングライフルを乱射した。

「やらぬと言っている!」

一方、金のガンプラは、ゼーゴックに背を向けたまま、射線から逸れた。

デルタガンダムのウェブライダー形態…のようだが、その前方には巨大な輸送用コンテナが付いている。

可変機というより『デルタガンダムの足が突き出ているコンテナ』とでもいうべきか。

「ええい、仕入れ時でなければ…っ!」

コンテナは、不規則な軌道で射撃を回避し続けているが、なにせコンテナが大きすぎる。

あれでは、射撃に当たるのも時間の問題だろう。

「そこまでだ!」

タイミングを見計らって、俺はアヴァンシェルで、二機の間に飛び込んだ。

「ん!? なんだお前! 邪魔すんな!」

ゼーゴックが軌道を変える。

アヴァンシェルを避けて行くつもりか。

「そこまでだって言ってんだよ!」

ゼーゴックの眼前に、威嚇射撃を放った。

ゼーゴックが制止する。

一方で、アヴァンシェルには金のコンテナから音声通信が入った。

「誰だか知らないが、恩にきる!」

乗っているダイバーの声。

金のコンテナはぐんぐん遠ざかっていく。

「…チッ、よくも邪魔しやがったな!」

ゼーゴックが両腕を広げた。

「こうなったら、先にテメェのポイントを頂いてやる!」

「させるかッ!」

ゼーゴックのクローが届く前に、アヴァンシェルは急加速して回避。

モビルスーツ形態に変形して、両手にライフルを持つ。

「オラぁ!」

ゼーゴックは両手のクローを開いて、中央のメガ粒子砲を放ってきた。

それらを避けて、俺もライフルを放つ。

…つもりだったが、少し間に合わず、メガ粒子砲に、左の翼を撃ち抜かれた。

「ッ!?」

メガ粒子砲の挙動はしっかり見えていた。避けられない射速ではなかったハズだ。

「オラァ!」

ゼーゴックはメガ粒子砲を連射してくる。

なんとか避けるが、今度は右の翼も撃ち抜かれた。

向こうの射撃も速いが、それ以上に、こちらの反応速度が鈍い。

「オイオイ、威勢がいいのは口だけか?」

そんな事まで言われてしまう。

「そんなはずは…」

俺はステータスを確認するが、機体に異常はない。

「…いや、そうか!」

アヴァンシェルの反応速度は、クリスタイル・オーガンダムより遅い。

あちらでは難なく避けられる射撃も、同じ感覚で扱うと、機体が遅れているように感じるんだ。

俺は、それを忘れていた。

「ジン、上!」

リナリアの声に上を向くと、二発のロケット弾が迫って来ている。

「くっ!」

ライフルで迎撃…いや、間に合わない。

落ち着け。アヴァンシェルなら、こういうときは…、

「こうだッ!」

上体を大きく逸らして、膝を上に突き出した。

膝の中には、ビームサーベルが格納されている。

これを手に取らず、直接刀身を出して、ロケット弾を切り裂いた。

「…よし!」

大丈夫だ。

クリスタイル・オーガンダムでなくても、アヴァンシェルにしかできないことはある。

例え、ブレイクデカールを搭載していなくても…。

「行くぞッ!」

ビームサーベルを膝から射出して、両手に持ち、ゼーゴックに接近する。

「こいつめ!」

ゼーゴックは腕をこちらに向けて、またメガ粒子砲を放とうとする。

だが、それは収束途中で霧散してしまった。

「何ッ!?」

ゼーゴックが一瞬、怯む。

「そこッ!」

その隙を突いて、アヴァンシェルのビームサーベルが、ゼーゴックの右肘から下を切り落とした。

「チィッ!」

飛び退くゼーゴック。

「まともにやり合うなら、燃料が足りねぇか…。命拾いさせてやるよ!」

そんな言葉と共に、頭上からロケット弾を打ち出してきた。

しかし、それらは破裂し、中からスモークが大量に溢れ出す。

「うわっ!」

俺が怯む隙に、ゼーゴックは機体を反転させて、こちらに背を向け、一目散に飛び去っていく。

一瞬、追いかけようかと思ったが、こちらも両翼を失っている。

深追いは禁物だ。俺は機体を変形させて、念のため、金のコンテナが離脱した方へと向かった。

 

「すまない。助かった」

金のコンテナに追い付くと、向こうから通信が入った。

「あそこで撃墜されていたら、私はとても困ったことになっていたよ…。感謝する」

映像通信なので、相手のダイバーが映される。

体躯の良い男性だ。黒い体毛はとても濃く、肌も暗い色をしている。

まるで、

「ゴリラ…?」

同じことを思ったのか、リナリアが呟いた。

「ああ。このダイバールックは、客受けが良いのさ」

答えるゴリラは、胸を張る。

「自己紹介がまだだったな。私はクッタロ。グレーヒー・リボンで、チョコバナナの屋台を経営している」

チョコバナナの屋台…。

なるほど、それでゴリラなのか。

「俺は、ジン。…こっちは、フレンドのリナリアだ」

俺も名乗り、リナリアも会釈する。

「ふむ。…では、ジンとリナリア。改めて、助けてくれたこと、感謝する」

クッタロは頭を下げた。

「そうだ、助けてくれたお礼に、私のチョコバナナを差し上げよう。このまま私と一緒に来てくれないか?」

「チョコバナナ…」

クッタロの言葉に、リナリアが目を輝かせる。

「もらうか?」

一応聞くと、彼女はこくこくと頷いてみせた。

「じゃあ、お言葉に甘えようかな…」

そう答えると、クッタロも微笑む。

「よし、なら、是非ついてきてくれ」

言われるまま、俺たちはクッタロについていった。

 

 

グレーヒー・リボンの中心地ともいえる、小型コロニーの内部。

宇宙港から娯楽施設へ続く大通りには、多くの屋台がひしめき合っている。

そのなかの一つに、クッタロの屋台があった。

「…できた。待たせたな、二人とも」

待っていた俺とリナリアに、クッタロがチョコバナナを手渡した。

「わぁっ、おいしそう… いただきます!」

リナリアは上機嫌で、それを口に運ぶ。

「…んーっ! おいしー!」

頬を抑えるその仕草は、本当に嬉しそうだ。

「そう言ってもらえると、私も嬉しいよ」

クッタロがリナリアに微笑む。

俺も食べてみた。

「んんっ!?」

思わず声が出た。甘い。

いや、当然だ。チョコバナナなんだから。

…って、そうじゃない。

おかしい。

俺のダイブ環境は、食べ物アイテムの味が、リアルの俺の味覚にフィードバックされるほど、整っていない。

現に、以前スワークルで飲んだコーヒーは、味を感じなかった。

幻覚…か?

試しに、もう一口食べてみる。

「…美味い」

間違いない。俺の味覚は、チョコバナナの味を感じている。

どういうことなんだ…?

「クッタロ、ありがとう! とっても美味しかった!」

俺が疑問を持っている間に、リナリアは全部食べてしまったらしい。

「ね、ジン!」

彼女は同意を求めて、俺に微笑んでくれる。

「…ああ、絶品だ」

俺は答えてから、また一口。

やはり、そのチョコバナナはとても美味しかった。

 

 

「あれぇっ? ジンくん!」

名前を呼ばれて振り返ると、そこには見知った顔が…、

「ということは…はうわっ! リ〜ナリアちゃ〜んッ!」

視界からすぐに消えて、

「わわっ!?」

リナリアの手を取った。

「こんな所で会うなんて、偶然、必然、いや、運命ですよー!」

早口でそんなことを言うのは、やはり、ロコモだ。

ブンブンと腕を振り、満面の笑みを浮かべている。

「こ、こんにちは、ロコモ…」

対して、腕を振られるリナリアは、苦笑いを浮かべていた。

「こんな所、とはご挨拶じゃないか、ロコモ」

そこに、クッタロが声を掛ける。

「あー、大尉。元気そうで何よりですよー」

「今日も『いつもの』を飲みに来たのか?」

「もちろん! …あっ、二人分でお願いするのですよ」

「わかった。少し待っていてくれ」

二人は知り合いなのか、なめらかに言葉を交わし、やがてクッタロは屋台の後ろから手鍋を取り出す。

何かを作るのだろうか。

「さて、リナリアちゃんっ! どこに行きたいですか? 何をしたいですか? なんでも、ボクがご一緒するのですよーっ」

ロコモは、マップを開いてリナリアに見せている。

「ご、ごめん、ロコモ。わたし、今日は先に約束が…」

リナリアが俺をみた。

「ほえ?」

つられてロコモも俺を見る。

「あー…、なるほど、そういうことですか」

その視線が鋭くなる。

「じゃあ、ボクとジンくんでフリーバトルをして、買った方がリナリアちゃんと遊ぶ権利を得る、というのはどうですか?」

なんでそうなるんだよ…。

「わざわざそんなことをしなくても、折角なんだから三人で遊べばいいじゃないか」

俺がそう提案しても、

「それじゃジンくんが邪魔なのですよ」

間髪入れずに答える。

こいつ…。よっぽどリナリアに興味があるんだな。

「…もしかして、ジンくんはボクに負けるのが怖いのですか?」

ニヤニヤと聞いてくる。

「そんな安い挑発には…」

乗らないぞ、なんて言葉を続けようとして、ふと考え直す。

「…いや、そうだな…」

さっきのゼーゴックとの戦闘で分かったが、俺は、アヴァンシェルの操作感覚を忘れていた。

それを思い出すためには、もう少し実戦が必要だ。

幸いにも、ここはバトル前にガンプラのダメージをリセットできるシステムがある。

ゼーゴックにやられた傷を修復して、五体満足で戦えそうだ。

「…わかった。バトルしようか」

「そうこなくっちゃ、ですよっ」

俺の答えに、ロコモは不適に笑った。

 

 

グレーヒー・リボンでフリーバトルを行う場合、対戦者は、専用のバトルエリアに転送される。

内装は、施設のアミューズメントを模してこそいるが、無人かつ安全。

以前俺がウティエルと対戦した、フリーバトルエリアによく似た場所だ。

前回同様、いくつかあるスタート地点にランダムで転送され、互いの機体を探して戦う、遭遇戦形のバトルとなる。

アヴァンシェルに乗った俺とリナリアも、バトル開始と共に、ロコモの機体を探した。

…そういえば、あいつはどんな機体を使うのかすら、俺は知らないな。

「リナリア、ロコモがどんなガンプラを使うか、わかるか?」

一応聞いてみたが、彼女は首を横に振る。

「そうか…」

まぁ、レーダーの反応さえ気にしていれば、見逃すということはないと思うが…、

なんて考えた、その時。

「っ!」

前方、二時の方角からアラート。

慌てて機体を急上昇させると、眼下を弾丸が通り過ぎる。

「そこかっ!」

俺は弾丸の放たれた元へ、アヴァンシェルを向かわせた。

敵機を有視界で捉えておきたい。

そう思って進んでいると、青い光とすれ違う。

「こっちですよっ!」

「ぐあっ!」

直後、背後からマシンガンを食らった。

「隙あり!」

間髪入れず、ヒートホークが迫る。

「っこのォ!」

アヴァンシェルの機首を軸に、機体を横回転させた。

主翼で弾くようにして、敵機ごとヒートホークを退ける。

「よよっ!?」

そうして少しの距離を取り、ようやく敵機の姿が判別できた。

相手のガンプラは…、

「…ヅダか」

ザクと正規採用の座を争ったモビルスーツ。

武装は普遍的だが、手数が多く、機動性も高いので、侮れない機体だ。

「そう! イグルーのヅダ、なのですよ」

通信で答えてくれたのは、やはりロコモだった。

「かっこいいでしょう?」

マシンガンを構え、ポーズを見せつけてくる。

「…ああ、確かに」

濃い藍色に塗装され、バックパックが見たことのないものに換装されている。

その他、元は対艦ライフルだったものが、銃身を短縮化されて右肩に懸下されていた。性能を削って取り回しを良くしたのか。

「…良いガンプラじゃないか」

機体の特徴を踏まえた上で、ダイバー好みにアレンジされた、実直なカスタマイズ…といったところか。

「えへへー。…って、そういうジンくんも、見慣れないガンプラなのですよ?」

ロコモも気付いてくれたか。

「ああ。ガンダムアヴァンシェルっていうのさ」

「新作なら、少し手を抜いてあげましょうか?」

ヅダのモノアイが強く光って、

「…なんていうほど、ボクは甘くないですよっ!」

マシンガンをこちらに向けた。

「そうかよ!」

対してこちらも、本体後部からGNミサイルを発射し、視界を奪う。

「よよっ!?」

ロコモが怯んでいる隙に、俺は彼女から少し距離を取った。

飛行形態の高速飛行で敵機を翻弄しつつ、隙を見て突撃しよう。

そう思ったのだが、

「逃がさないですよッ!」

ロコモは真っ直ぐに追いかけてきた。

速い。高速飛行形態で進むアヴァンシェルを、引けを取らないスピードで追いかけてくる。

ヅダの機動性は機体強度を度外視したものなので、無茶をすると空中分解を引き起こす。

しかしロコモは速度を上げ、ついにこちらに追いつき、更に追い抜いた。

「嘘だろッ!?」

眼前で急停止したヅダは、シールドのグリップを握って打撃用ピックを展開し、振りかぶる。

「こなくそッ!」

可変機構を活用し、変形しながら姿勢を反転。アヴァンシェルに急ブレーキをかける。

ヅダの攻撃は空振りに終わった。

「おお、上手いのですよ」

なんて言うロコモだが、

「でも、まだまだ!」

すぐさま、左足で回し蹴りをかましてきた。

「ですよっ!」

こちらは姿勢制御に気を取られて、その攻撃を回避できない。

「チぃっ!」

「わあっ!」

強い衝撃で、俺とリナリアが声を上げる。

シンプルな蹴りだが、その分威力も凄まじい。

とにかく、姿勢制御だ。

スラスターを反転させて機体を静止、ライフルで牽制射撃を…、

などと思ったその時、

「はうあっ!?」

ヅダの眼前すれすれを、銃撃が通り過ぎた。

「何事ですか!?」

ヅダがモノアイを向ける先。

その彼方から、更に弾丸が飛んでくる。

今度の狙いは…こっちか!

「くっ!」

避けると同時、視界にガンプラが映った。

遠方からビームマグナムを構えて、高速で迫ってくる、ザク。

あれは…スワークルの郊外エリアで見た機体だ。

「しっかり当てなさいよ!」

「ならば飛行を安定させろ!」

その足元には、戦闘機がいる。

Gアルケインの改造機だろうか。こちらは見覚えがないが、声に覚えがある。

ハロップ…いや、ミカだ。

「…っ!」

俺が悟るのと同時に、リナリアが俺の背中に隠れる。

間違いない。

この二機に乗っているのは、リナリアを狙うダイバー達だ。

 

 

「タイマンのフリーバトルに乱入するなんて、良い趣味をしているのですよ」

ロコモのヅダがマシンガンを構える。

「そんなの、知った事じゃないわよ!」

そこへ、ミカのGアルケインが接近した。

「アンタに用もないわ。とっとと堕ちなさい!」

「嫌に決まってるのですよ!」

射撃を行いながら近づくGアルケインを、ヅダがひらりと避け続ける。

一方で。

「我々の目的は、貴様が乗せているその少女だけだ」

ザクは俺たちを見ていた。

「貴様、ジンといったな」

「…ああ」

「やはり、その少女を素直に渡す気は、ないか?」

「当たり前だ」

こいつらが、何を思ってリナリアを狙うのか。

そんなことは知らないが、怯える彼女を渡すことはできない。

「ならば仕方ないな…」

ザクがヒートホークを手に取る。

「俺はラグザ。訳あって、力づくでもその少女を連れ帰らせてもらう!」

振り下ろされたヒートホークに、右膝の先を向けた。

「させねぇよ!」

膝に格納されているビームサーベルの柄から、直接刀身を出現させ、膝蹴りでヒートホークを受け止める。

「…ほう、面白い動きをするじゃないか!」

数秒の鍔迫り合いの末、ザクは自らこちらのサーベルに、わざと押し飛ばされた。

勢いを利用して素早く退け反り、軽快な足捌きで姿勢を整える。

「ならば、こうだ!」

その手には既に、ビームマグナムを構えていた。

「なっ…!」

思わず、左腕を構える。

しかし、ダメだ。今乗っているのはクリスタイル・オーガンダムじゃない。

プロテクションやディフェンサーは、搭載していない。

「ぐああっ!」

左腕が焼かれた。

「くそっ!」

後部のスラスターで機体を射線上から逸らし、なんとか被害を抑える。

左腕と左翼、持っていた片方のライフルを失い、飛行制御システムにもエラーが出た。

これでは、高速飛行ができない。

「くっ…!」

ダメだ。

やはりまだ、アヴァンシェルの操作感覚が取り戻せていない。

「タクを倒し、ミカを退けた男。どれほどのものかと期待していたが…、この程度なのか?」

ザクはビームマグナムのマガジンを交換し、改めてこちらに狙いを定めた。

「拍子抜けだな」

あのビームマグナム、反動による自壊を回避するために、出力を抑えてあるらしい。

耐久性と威力の最大妥協点を突き詰めたのだろう。

今一度まともに受ければ、致命傷は免れない。

「今一度言う。少女を渡せ。これ以上の戦いは無意味だ」

ともあれ、このダメージでは、次の射撃が避けられるかすら、わからない。

…これは、マズい。

「ロコモ!」

通信回線を入れ、彼女の名を呼ぶ。

「何ですかジンくん! こっちも手が離せないのですよ!」

ロコモは、もう一人のダイバーが乗る、Gアルケインと戦っていた。

「お前の特殊な権限で、俺たちを強制ログアウトできないか!?」

「そんなこと、やってみないとわかんないのですよ!」

「なら、試してくれ!」

認めたくないが、認めるしかない。

「今の俺じゃ、こいつには勝てない!」

「っ!?」

ロコモは一度、顔を合わせるかのように、アヴァンシェルの姿を見て、

「…了解ですよッ!」

ロングライフルをこちらに向けた。

「強制リスポーンプログラムを仕込んだ弾丸を撃つのですよ! これに当たれば、ハンガーに転送されるハズ!」

「わかった!」

ヅダが弾丸を放ち、アヴァンシェルに直撃した。

…の、だが。

「…ダメか!」

アヴァンシェルには何も起こらない。

ヅダからの弾丸がヒットした判定すら起こらない。

「お前たちの道理は通らん」

ザクがビームマグナムを構え直す。

「そのための、このガンプラだ」

ダメだ、やられる! 覚悟を決めたその時。

「させないわよ!」

ザクのビームマグナムは、遠方からの射撃を受けて誘爆した。

その射撃を放ったのは、なんと、ミカのGアルケインだ。

「…なんの真似だ、ミカ!」

「アンタに先を越されるわけにもいかないのよ、あたしはね!」

その上、わざわざアヴァンシェルとザクの間に飛び込み、銃口をラグザに向けてさえ居る。

「お前ら、仲間じゃないのか…?」

思わずそんな疑問が口から出た。

「はぁ? そんなわけないでしょ?」

ミカの言葉に、俺とリナリアは顔を見合わせる。

「…フダツキ、あんた本当に、何も知らないでオヒメサマを守ってるのね…」

何も知らない…?

「どういうことだ…?」

「…ふん。いいわ。この際だからひとつだけ教えてあげる!」

アルケインの指が、こちらを向く。

「そのオヒメサマには懸賞金が掛かってるのよ。ダイバーポイントじゃない本物の、現実のお金がね!」

 

 

懸賞金…?

「オヒメサマを連れて帰れば、あたしは莫大なお金を手に入れられるのよ!」

そんなものが、リナリアに掛けられていたのか。

じゃあコイツらは、その金が目当てでリナリアを…。

「そんな、つまらないことが…」

思わず出た言葉。

「つまらないって何よ!」

それを聞いた途端、Gアルケインはアヴァンシェルに突進してきた。

急加速に不意を突かれ、吹き飛ばされてしまう。

「こ、このっ!」

振り解こうとすると、Gアルケインは飛行形態のまま腕だけを出し、こちらの足を抑えてきた。

「ただの野次馬のクセに!」

ミカは叫びながら、アヴァンシェルをグレーヒー・リボンのコロニーの外壁に叩き付けた。

「ぐあっ!」

「きゃっ!」

俺とリナリアが声を漏らすのと同時、アヴァンシェルの右翼が、衝撃で外れてしまう。

「何の信念もないクセに! あたしの愛の邪魔、しないでよ!」

さらに、Gアルケインはアヴァンシェルをコロニーの外壁に押し当て続ける。

「ちぃッ!」

機体への負荷が大きい。早く体勢を整えなければ。

アヴァンシェルの膝を立て、ビームサーベルを突き刺そうとする。

しかし、それより早く、Gアルケインは脚部を展開して、アヴァンシェルを蹴り付けた。

反動で距離を取り、Gアルケインはライフルを手に取る。

「とっとと堕ちなさいッ!」

射撃が放たれた。

「くっ!」

俺はアヴァンシェルの背面にマウントしていた、飛行形態の機首を分離する。

これを前方に投げて、障壁として活用した。

あっけなく破壊されてしまうが、その隙に右翼からライフルを取り、爆炎の側面からGアルケインを狙う。

「愛とか信念とか、それがリナリアを連れて行く言い訳になるのかよ!」

数発撃つ。

が、どれも避けられた。

「言い訳、なんかじゃないッ!」

それどころか、向こうも射撃を返してくる。

両端の機銃からのビーム。これまでのライフルより射速が早い!

「クソッ!」

翼と後部を失い、出力が大幅に低下したアヴァンシェルには、避けられなかった。

右肩と左足に被弾。衝撃で動きが鈍る。

「あたしはあいつを助ける…」

その隙に、Gアルケインはまた肉薄した。

ビームサーベルを取り出し、振りかぶる。

「チッ!」

対してこちらも、膝先からビームサーベルの刃を出現させた。

「あたしが、あいつを助けるの!」

衝突。

「あいつはそれを待ってる!」

…ダメだ、出力差が大きすぎる!

「あいつは、あたしを待ってンのッ!」

アヴァンシェルは鍔迫り合いに負け、両足の太腿を切断された。

「ぐあああっ!」

「きゃあああっ!」

機体が大きく揺れ、俺とリナリアが声を上げる。

その先で。

「だから、あたしは負けられないッ!」

Gアルケインが、ライフルの銃口をアヴァンシェルの装甲に当てた。

引き金が引かれる。

…しかし、

「ッ!?」

ビームは出なかった。

しめた、弾切れだ!

「こなくそっ!」

アヴァンシェルは、切り落とされた右足から、ビームサーベルの基部を射出した。

これを握り、Gアルケインの左腕を切り付ける。

「ぐっ!」

Gアルケインは飛び退いたが、装甲にダメージは与えられた。

「どこまでもあたしの邪魔をするってワケ!?」

その腕と足を全て収納し、Gアルケインは機首をこちらに向ける。

「いい加減、観念しなさい! フダツキっ!」

回転しながら、こちらに突っ込んできた。

マズい、速すぎる。

今のアヴァンシェルでは、回避できない!

「ぐああああっ!」

Gアルケインが、アヴァンシェルの胴体に突き刺さり、貫く。

「くそぉぉぉおおお!」

俺の叫びは虚しく、アヴァンシェルは撃墜された。

 

 

バトルエンド。

俺の負けだ。

フィールドからアヴァンシェルが消え、俺は眼下の地面に転送される。

しかし。

「…リナリア?」

近くに、リナリアがいない。

まさか、もう連れ去られてしまったのか?

そう思って辺りを見渡す。ザクはまだ、遠くでロコモのヅダと戦っている。

そして、

「フダツキ!」

Gアルケインが、手足を展開して、眼前に降下してきた。

思わず身構えた俺は、その左手に捕まってしまう。

「さぁ、観念してオヒメサマを渡しなさい!

そう怒鳴りつけてきた。

…ということは、リナリアは、まだ捕まったわけではないのか。

どこかに隠れているのだろうか…。

「オヒメサマはどこなのよ!?」

今一度、訊かれる。

そんな事は、俺も知らないが…

「知ってても、教えねぇよ!」

そう答え、腕から抜け出そうとした。

しかし、

「ふざけんじゃないわよ!」

力強く握られ、抜け出せなかった。

「ぐあああっ!」

縛り上げられるような痛み。

痛覚のフィードバックはないのだが、視界がぼやける。

「さぁ! はやく言いなさい!」

眼前にエラー表示が出た。

ダイバールックへの不正なアクセス。

ジンというダイバーのデータそのものが、外部から書き換えられている、といった内容だ。

こいつらやっぱり、何か不正なツールを使っているんだ。

「二度とGBNにダイブできなくしてあげてもいいのよ!?」

その言葉通り、俺の前には何重ものエラー表示が出現してくる。

マズい、このままじゃ…。

そう思った時。

「そんなこと、させない!」

リナリアの声。

それと共に、Gアルケインの左腕に、何かがぶつかった。

「何っ!?」

先ほどビームサーベルで与えたダメージもあり、Gアルケインは、左腕の肘先をはたき落とされた。

そこに囚われていた俺は、ぶつかってきた「何か」に引っかかり、上に載っかる。

これは…。

「アヴァンシェル…!?」

ベース機同様、股関節に配置されていた、アヴァンシェルのGNドライヴ。

それが、単独で飛行し、Gアルケインの左腕を弾き落としたんだ。

「なんで残ってるんだ…?」

アヴァンシェルは胴体を貫かれ、フィールドから消えた。

当然、そのGNドライヴも消えたと思っていたが…。

「ジン、大丈夫!?」

また、リナリアの声がする。

どうやらその声は、このGNドライヴから聞こえるらしい。

「リナリア、これは一体…」

なんて言葉を口にすると同時、俺の目の前に、新たなエラー表示が浮かんだ。

「ごめん、ジン」

それは、少し前に一度見たことがあるもの。

ガンプラの、所有権の侵害警告。

「ジンのガンプラ、ちょっと借りるね!」

リナリアの言葉と共に、エラー表示が消える。

「借りるって…まさか!」

慌てて俺は、自分のダイバーステータスを確認した。

アヴァンシェルの名前が消えている。

俺は、ガンプラなしでダイブした時のステータスに変化していた。

「リナリア、お前、何を…うおっ!?」

言い切る前に、俺は言葉を失う。

眼下のGNドライヴから溢れた粒子が、俺の体を押し出したんだ。

地面に落ちる俺。しかし、それよりも早く地面に向かった粒子の糸が、俺を越えて、地面付近で網状に広がった。

その中に受け止められる形で、ゆっくりと地面に下ろされる。

いつかの、エペランサスでのように。

「トランザム・オーバーフロー!」

リナリアの声。

見上げると、GNドライヴは膨大な量の粒子を噴射していた。

それらは人を象り、輝きを放ちながらも、見知った姿に変わってゆく。

やがて、その変化が治まった時。

「…俺の…ガンダム…?」

融合粒子は、クリスタイル・オーガンダムの姿になった。 

 

 




方舟の少女 ガンプラデータファイル07

【ガンダムアヴァンシェル】
ジンが、フューチャーコンパスに在籍していたころに制作、使用していたガンプラ。
融合粒子の研究以前から使用していたため、この機体にはクラフタルシステムを搭載していない。

【ラグザ専用ザク】
オーナーが製作し、ラグザがカスタムして使用するガンプラ。
高機動型ザク2ベースとし、武装の強化を行ったガンプラ。
ユニコーンガンダムのビームマグナムなど、強力な武装をザクに合わせてデチューンしている。

【激・戦乙女の涙雨(ジー・ワルキュレイン)】
ミカが製作し、使用するガンプラ。
Gアルケインをベースとした機体で、それまでのムラサメとは異なり、彼女自身が一から製作したもの。
ベース機の対艦ライフルの他、通常のビームライフルと、機首に機銃を備えている。
反面、ビームワイヤーとシールドはオミットされ、近接戦闘には向かない機体となった。
また、変形機構が簡略化され、完全なMS形態にはならない特異な機体になっている。
これは、エペランサスで変形の隙を狙われた事に起因しているらしい。


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第8話「なんだか気持ちが落ち着くの」

トランザム・オーバーフロー。

以前、エペランサスで使用した、クリスタイル・オーガンダムの奥の手だ。

GNドライヴと、それに対応しているクラフタルシステムの出力を上げる。

それによって溢れ出した融合粒子が、機体の損傷を擬似的に修復し、更にごく短時間だけ、機体出力を向上させる。

しかし…。

「なんで今、ここに…?」

俺は今回、クリスタイル・オーガンダムを使っていない。

この姿を形成したのは、アヴァンシェルのGNドライヴなのだ。

しかも、アヴァンシェルにはクラフタルシステムを搭載していない。

つまり、今この場に、融合粒子とクリスタイル・オーガンダムが顕現していることは、おかしい。

「いくよッ!」

リナリアの声が、俺を我に帰らせる。

粒子で構成されたクリスタイル・オーガンダムが、Gアルケインに肉薄した。

「このッ!」

Gアルケインは身構えようとする。

しかし、

「…!? うそ、動かない…!?」

その途中で、不格好のまま動きを止められた。

よく見ると、融合粒子が外側からGアルケインを抑え付けている。

しかしそれは、俺が普段使用している濃度とは、比べ物にならないほど薄い。

見慣れている俺ですら、目を凝らさなければ把握できなかったほどだ。

「でやっ!」

不格好なGアルケインに、擬似クリスタイル・オーガンダムの拳が届く。

更にもう一撃、Gアルケインはアッパーを食らった。

空高くに打ち上げられるも、その後を追う擬似クリスタイル・オーガンダムが近付くことで、その機体は空中で動かなくなる。

融合粒子が、機体から一定範囲にある敵機の動きを封じているんだ。

「なんて出力だ…」

思わず、そんな言葉が漏れる。

俺の想定したトランザム・オーバーフローは、溢れ出す融合粒子で、機体の修復を行うことができる。

しかし今は、オーバーフロー状態のまま「融合粒子で構成した装甲」から、更に融合粒子が溢れ出している。

それが、機体から一定距離の空間に充満することで、一定距離に入った他の機体の動きを封じているんだ。

自機どころか、敵機すらをも覆い被せる、融合粒子の空間領域。

オーバーフローいうより、「オーバーレイ」とでも言い表すべきか…。

「このっ! このっ!」

リナリアの操る擬似クリスタイル・オーガンダムは、その手で何度も、無防備なGアルケインを殴りつける。

「このおっ!」

やがて両腕を使い、Gアルケインを地面に叩き落とした。

「くっ!」

Gアルケインは地面に触れる直前、逆噴射で静止した。

「ブレーキが効いた? …ってことは!」

オーバーレイの仕組みに、ミカも気付いたのだろうか。

Gアルケインの手足を収納し、最大出力で遠ざかる。

「待てッ!」

追いかけるリナリア。

「待たないわよ!」

対してGアルケインは、本体後方から小さなカプセルをばらまいた。

これが融合粒子の領域に入ると同時に、黒い煙を拡散する。

スモーク弾か。

「そんなのッ!」

構わずに突破する、擬似クリスタイル・オーガンダム。

しかし、その先にはもう、Gアルケインがいない。

「どこ!?」

「ここよ!」

その上方、遙か高くからミカの声。

飛行形態のまま手足を展開し、Gアルケインの主装備である対艦ビームライフルが、その銃口をリナリアに向けていた。

「これでどう!?」

照射。

「わああっ!」

リナリアの反応は遅れ、擬似クリスタイル・オーガンダムは、左腕と両足を失う。

しかし。

「…まだまだッ!」

失われた四肢は、ビームの照射が終わって間もなく、融合粒子によって修復された。

「うそっ!?」

驚くミカ。

声こそ出なかったが、俺も驚いた。

オーバーフローによる機体の修復は、本来発動時の一回きり。

その後何度も直せるほど万能じゃないし、だからこその奥の手だった。

しかし、それが今、目の前で覆された。

「何よ…。そんなのチートじゃない!?」

ミカはそう言いつつも、また距離を取るべく、手足を収納して飛び去っていく。

「逃がさないッ!」

それを追い、擬似クリスタイル・オーガンダムが飛んでいく。

…って、これじゃ俺も置いてけぼりじゃないか。

「待てよ、おい!」

俺はアイテムリストから、いつか使ったバイクを取り出して、二機を追いかけた。

 

 

先頭を飛ぶ、Gアルケイン。

その後ろを追う、擬似クリスタイル・オーガンダム。

更にその後ろから、俺はバイクで二機を追っていた。

しかし。

「…もうッ!」

Gアルケインは空中で静止した。

更に手足を展開し、対艦ビーム・ライフルを構える。

その銃口には、すでにエネルギーが充填されていた。

リロードのために逃げていたのか。

「止まりなさい! それ以上近づいたら撃つわよ!」

その言葉に、リナリアは機体を静止させる。

オーバーレイによる融合粒子領域が、ギリギリ届かない距離。

互いに動けず、二機は、膠着状態に陥った。

「…聞いて、オヒメサマ」

そんな中、ミカは口を開いた。

「あたしね。好きな男がいるの」

その言葉から、彼女は語り始める。

「すごい男なの。映画監督になるんだ、っていう夢を持って。…それに向かって、がむしゃらに努力してる。…今はまだ、全然世の中に認められてないけど、それでもずっと諦めないで、まっすぐに前を見てるの」

ミカの言葉には、それまであった苛立ちを感じない。

「でもね、映画って、たくさんの人を動かして、たくさんの場所に行って作るものなの。…その分、ものすごいお金がかかるのよ。…だから今、あいつはとっても困ってる。次の作品を作りたくても、そのためのお金がないから…」

…そうか。

だから彼女は。

「あたしはね、アンタをオーナーに引き渡して、そのお金で、あいつに映画を作ってほしいのよ」

愛する男に、夢を追わせるため。

それが、彼女が金を求める理由だったんだ。

「だから、ね? …あたしと一緒に来てよ」

Gアルケインが、ライフルに添えていた左手を、擬似クリスタイル・オーガンダムに向けた。

「お願い。あたしに、あいつを救わせて」

彼女が求めていたもの。

それは、愛する人のためになる力、だったんだ。

俺はそれを、「つまらないこと」と言ってしまった。

ミカの気持ちも知らないで。

思わず、反省する。

…けれど。

「ねぇ…それって」

リナリアの声。

「それって本当に、その人の願いなの?」

擬似クリスタイル・オーガンダムは、オーバーレイを止めない。

「…どういう意味よ?」

「あなたが好きな人に、そう頼まれたのか、って聞いてるの」

問われて、リナリアは聞き返す。

ミカは少し黙ったが、

「違う。あたしの意思よ。あいつのためになる金を、手に入れるために」

そう答える。

「そのためなら、関係のない人は不幸になっていいの?」

すぐに、リナリアが問い返したが、

「不幸? 誰が不幸になるっていうのよ」

ミカはそれを、鼻で笑った。

「家出したオヒメサマを連れて帰るだけよ? オヒメサマの家族は喜ぶ。あいつはお金を手に入れられる。あたしは、あいつの救いになれる!」

Gアルケインの左手が、またライフルに添えられた。

「みんな、幸せになるじゃない!」

マズい、撃つ気か!?

「リナリアっ!」

その名を俺が呼ぶのと同時、Gアルケインは対艦ライフルの引き金を引いた。

擬似クリスタイル・オーガンダムは、巨大なビームの中に飲まれる。

けれど。

「そんなことない」

リナリアの声。

「そんなわけない」

それを発する、擬似クリスタイル・オーガンダムの影は、壊れない。

「そんなの、違う!」

影が大きく縮んで。

「わたしはそんなの望んでない!」

擬似クリスタイル・オーガンダムが、その身を大きく広げた。

対艦ビームライフルの射撃を、たったそれだけの動きで、かき消したんだ。

「はぁッ!?」

驚くミカの前には、もう何もない。

「あそこに、わたしの幸せなんてない!」

一瞬にして、擬似クリスタイル・オーガンダムは、Gアルケインの背後に回り込んでいた。

「だからわたしは、ここにいる!」

その機体が輝いて、更に大量の粒子を溢れ出す。

「わたしはここで、生きている!」

膨大、なんで言葉すらも不相応なほどの、粒子の奔流。

それは、巨大な羽のようにも見える。

GNフェザー…いや、月光蝶だろうか。

「その邪魔は、誰にもさせないッ!」

そこに飲まれたGアルケインは、粉々に分解された。

 

 

バトルエンドの表示が出る。

しかしそれは、何かに改竄されたかのような、ノイズ混じりの表示だった。

「な、なによ、今の…っ」

ミカが地面に降り立ち、上空の擬似クリスタイル・オーガンダムを見上げる。

溢れ出す融合粒子が、巨大な羽のような姿を象り、中に浮かんでいる、その機体。

「ミカっ!」

声に振り向くと、ザクがこちらに迫っていた。

「想定外だ。一旦引くぞ!」

ザクは一瞬だけ消え、ラグザの姿になると、ミカの手を取り、またザクの姿に戻る。

「行かせないのですよ!」

そこへ、ロコモのヅダが迫っていた。

特殊権限を弾丸として撃ち込めるロングライフルを向けていたが、

「良いのか? 我々に気を取られていて」

ラグザの声には余裕を感じた。

「どういう意味ですよ!?」

ロコモが問い返すと、

「こういう意味だッ!」

その答えと共に、画面を操作する音が聞こえた。

何かを選択し、決定した時の音。

「くあっ!?」

直後、上空でリナリアの声が聞こえる。

見上げると、疑似クリスタイル・オーガンダムを中心として、空間に大きな亀裂が入った。

「きゃぁぁぁあああああ!!」

同時に、リナリアの悲鳴が響き渡る。

「リナリア!?」

「よよっ!?」

彼女を乗せていた擬似クリスタイル・オーガンダムは、唯一実体を持っていたGNドライヴごと、その姿が粒子となって弾け飛んでしまう。

しかし尚、融合粒子が更に勢いを増していく。

出所を失ったはずの粒子。

それは、リナリアの体から、直接出ているようにさえ見える。

「な、なんで、リナリアの体から、融合粒子が…!?」

呆気にとられる俺の目の前で、やがて緑色の粒子は、次第に紫色のオーラを帯びる。

紫色のオーラが溢れ出すこの現象、俺は見覚えがあった。

「これって…ブレイクブースト…!?」

ロコモが気付いて声を上げる。

そう、この現象は、ブレイクデカールを使用した際の『ブレイクブースト』に近い。

というより、そうでないとは思えないほど、それに酷似している。

そして、それを放っているのは、ガンプラではなく、リナリア自身。

「ロコモ! 俺をそのヅダに乗せてくれ!」

なにが起きているのかは、わからない。

けれど、本能的に感じる。

「リナリアを、あのままにしておけない!」

それだけはマズい。

一刻も早く、彼女をなんとかしないと!

「はいですよ!」

ヅダが俺の体を機体に納め、リナリアに向かって飛び立つ。

しかし、少し近付いたところで、オーラの奔流の勢いが強くなった。

まるで、ヅダの推進を妨害するかのように。

「これじゃ押し返されるぞ!」

「わかってるのですよ!」

ロコモはそう言いながら、画面を操作した。

「行くですよ! 土星エンジン、フルパワー!」

機体がうねりを上げ、ヅダはオーラの奔流の中を、強引に突き破り始めた。

「お前、そんなことしたらこの機体が!」

空中分解を引き起こすのではないか、そう思ったが、

「大丈夫!」

ロコモはそう答えて、俺の体に触れた。

途端、俺の意識はコックピットから消え、どこか狭い所に移動した。

「行くですよ、ジンくん!」

眼前には円形の穴があり、そこから外が見える。

「待てロコモ! ここは一体…」

「待たないのですよ! 待ったら分解しちゃうので!」

円形の外観に、少女の影をとらえる。

まさか、この中って…

「おい、ここってまさか、お前のロングライフルの中…」

「行っけェー! ジンくんバレットぉー!」

察すると同時、俺の体は高速で打ち出された。

「嘘だろォォオ!?」

まさに、人間弾丸となった俺。

文句を言うべくヅダを確認すると、とっくに視界の隅へ消え、地面に着地していた。

「…ッ、このままいくしかないか!」

幸いにも、俺の体はしっかりと、リナリアの元に向かっている。

大丈夫、彼女の体に届く。

「リナリアぁぁぁあああッ!」

叫んで、彼女に両腕を伸ばした。

届いた瞬間、その体を抱きしめる。

「ジン…っ」

「ああ。もう大丈夫だ」

リナリアは俺の顔を確かめて、力の抜けた笑顔を浮かべ、気絶する。

俺達は、発射された時の勢いのまま、オーラの中心から遠ざかっていく。

リナリアを失ったためか、やがてオーラの奔流が途絶えた。

次第に、空間の亀裂も塞がっていく。

「よし…!」

なんて呟く俺の体も、射出の勢いを失い、落下を始めた。

「今回は破れないでくれよ…ッ!」

俺はリナリアを抱えたまま、アイテムリストからパラシュートを選択する。

無事に展開し、俺たちはゆっくりと降下して、地面に着陸した。

その時にはもう、ミカとラグザは居なかった。

 

 

「…原因は、これみたいですよ」

気を失っているリナリアのアイテムリストを漁って、ロコモは小さな物体を取り出した。

「…それは…?」

紫色の小さな水晶。

その表面には、幾何学模様のようなものが描かれていた。

「さぁ? ボクも初めて見たのですよ。…でも、リナリアちゃんの所持アイテムの中で、これだけが、入手ログが存在しない…」

言いながら、ロコモはダイバーギアのような形のアイテムを取り出し、その上に水晶を置く。

「めちゃくちゃ怪しいので、解析機を使うのですよ」

数秒後に、解析機と呼ばれたその機械から、水晶の情報が表示された。

「…なるほど、これは…遠隔操作でブレイクブーストを発動させる、ブレイクデカールの応用ツール…って感じですよ」

ブレイクデカール…?

「でも、アレはとっくに修正パッチができているはずじゃ…」

「そうなのですよ。そうなのですけど、コレはその『修正パッチの修正パッチ』が施されているというか。しかも遠隔操作機能付き。めちゃくちゃ厄介なシロモノですよ」

ロコモは水晶を解析機から離し、まじまじと見つめる。

「ブレイクデカールの水晶…、仮に『ブレイクオーツ』とでも呼ぶのですよ」

ブレイクオーツ…ねぇ。

「そんなものがあるんだな…」

ロコモの手元を見ていると、彼女はそれを俺に渡す。

指先でつまめるサイズだ。全方位に突起が飛び出ている。

なんというか…金平糖のようだ。

「こんなもの、どうやって作ったんだ…?」

ロコモに聞いてみる。

「うーん、詳しいことは運営の機密に関わるので、説明出来ないのですけど…」

そう言いながら、彼女は白い紐のようなものを取り出した。

「比喩表現で説明するのですよ」

両端を左右の手で持ち、俺に向ける。

「たとえば、この紐が『修正パッチが完成する前のGBN』の一部だとするのですよ」

俺が頷いて見せると、ロコモは紐を左右から引っ張った。

「で、今この紐にかけられている力が、ブレイクデカールの影響…と言った具合ですね」

やがて、紐はプツンと切れてしまう。

「こうやって、システムに負荷を与えて、千切れた隙間から不正なアクセスをするのが、以前までのブレイクデカールなのですよ」

言うと、今度は千切れた糸の先端を持って、結び直した。

糸はまた、一本の糸になる。

「ブレイクデカールは、こうやって自分でデータの異常を直してしまうから、ログに残らず、対処に長い時間がかかった…。でも、見ての通り、紐には結び目が出来ている…」

ロコモは、結ばれた紐をもう一度引っ張った。

今度は別の部分で千切れてしまうが、彼女はすぐにまた結ぶ。

「こうやって、ブレイクデカールが使用されるたびに、結び目、つまりシステムへの負荷が増えて、例の第二次有志連合戦、エルダイバー:サラをめぐる一連の事件が起こった。…まぁ、これは例えなので、実際はもっと複雑なのですけど。…とりあえず、この前提は理解できましたか?」

「…ああ」

答えて、頷いてみせると、ロコモはまた別の紐を取り出した。

今度の紐は、赤い色をしている。

「さて、じゃあこれが、修正パッチを完成させた後…、つまり、今のGBNの一部だとするのですよ。…この赤い色が、紐を頑丈にしているのですよ」

ふむふむ。

「だから、これは引っ張っても千切れない。でも…。あっ、ちょっとコレ持ってほしいのですよ」

ロコモは紐の片方を、俺に持たせた。

開いた手でアイテムリストを開き、針のようなものを取り出した。

「これを、こうすると…?」

言いながら、針を紐に近づける。

触れた場所だけ、紐が白色になった。

「こうやって、ピンポイントでシステムを弱らせて、改めて…」

ロコモが紐を引っ張る。

紐は、白くなった部分で千切れた。

「…とまぁ、こんな感じで。…わざわざシステムの一部を『ブレイクデカールの影響を受けてしまう状態』に戻してから、改めてブレイクブーストを行う。…それが、このブレイクオーツの簡単な仕組み…なのですよ」

……なるほどな。

「…でも、わざわざこんな回りくどいことをする必要があるのか…? もっと強引にシステムを侵害してしまえば、手っ取り早いんじゃ…」

俺がそう思うのと同時、

「そう、そこなのですよ」

と、ロコモも頷いた。

「こらの厄介なところは、『わざわざ回りくどい方法で』ブレイクデカールを使用させること。…これがどういうことか、分かりますか?」

いまいちわからないので、首を横に振ってみせる。

「…本来、俗に不正アクセスやハッキングなんて呼ばれる行為は、対象に侵入して、データを盗み取ったり、システムを掌握したりする。…これはこれで常識外れの技術なのですが、変な話、相手のセキュリティを上回ることさえできれば、あとは自己流で良いのですよ」

ロコモは、千切れた紐をひらひらと掲げる。

「この紐で言うなら、力で強引に千切らなくても、刃物で切ったり、火で焼き切ったり、方法はたくさんある…」

続いて、今度は先ほどの針を掲げて見せた。

「けど、これはわざわざ『修正パッチを無効化した上で』ブレイクデカールの持つ元来の方法で、システムに影響を与えている…。『修正パッチを無効にするためのデータ』が搭載されているのですよ」

「…ええと、つまり?」

ややこしくなってきたので、結論を急かす。

ロコモもそれに気づいたのか、こほんと咳払いをして、簡潔に答えた。

「要するに、これを作った人物は、『ブライクデカールの修正パッチがどうやって作られているのか』を知っている存在、ってことになるのですよ」

……えっ?

「じゃあ、もしかして…」

「ええ。おそらく」

ロコモは、俺が持ったままのブレイクオーツを見ながら、こう結論付けた。

「リナリアちゃんを狙っている連中の背後に、GBNの運営に浅からぬ繋がりを持っている存在がいる、と考えて、間違いないのですよ」

 

 

「…マジか…」

なんて言葉が思わず出る。

が…考えてみれば、おかしくはない。

奴らは前々から、あらゆるディメンジョンでガンプラの使用制限を書き換えていた。

俺がガンプラを呼び出せなかったり、呼び出したガンプラを戻せなかったり。

背後にそんな奴がいるのなら、全て、不可能な話ではない。

「…こうなってくると、特務捜査官のボクも、本格的に探らないとマズいかもですね。…まさか、運営の一部と繋がっていたとは…」

ロコモの言葉を聞いて、一つの疑問が出る。

「…そういえば、どうしてそれを『繋がりを持っている存在』って言い切れるんだ?」

あまり考えたくないが、運営全体がリナリアを狙っている可能性もある。

そう言おうとしたが、

「もし、運営全体が狙っているとしたら、わざわざ自分たちのガードフレームを盗んだり、盗まれたことを一般のダイバーに公開したりはしないのですよ」

ロコモの言葉に納得する。

「それに、運営とのつながりを持ちながら、それと相反するブレイクデカールや、一般ダイバーの力を借りている。…これは、GBNの運営全体に知られたくないから、と考えるのが妥当かと思うのですよ」

「…なるほどな」

連中の背後にいる存在は、運営の権限を持ちつつ、それを直接行使できない事情がある。

だから一般のダイバーを雇ったり、ブレイクデカールを『足の付かない状態に戻して』流用したりしているんだ。

…なんか、ここに来てようやく、連中のことがわかってきたな。

「…さて。じゃあボクは、一度この事を仲間に報告しに行くのですよ」

そう言って、気絶したままのリナリアの頭を、軽く撫でる。

「ホントは今すぐ保護してあげたいのですけど…」

優しい笑顔を浮かべて、やがてその手を離す。

「今は、誰がどう繋がっているかもわからないから…。リナリアちゃんのことは、ジンくんに任せるのですよ」

そう言って、俺を振り向く。

「あ、もちろん、何かあったらすぐにボクを呼ぶのですよ?」

その手が俺の肩に触れた。

「ジンくんのアイテムリストの中に、緊急呼び出しスイッチを入れておくので」

やがて、俺のアイテムリストが勝手に開き、謎のアイテム『ロコモブザー』が追加される。

「押せばボクが、ジンくんのいるところに直接ワープするので。ちょっとでも『ヤバい』と思うことがあったら、躊躇わずにポチッとして下さいですよ」

ポチッと…ねぇ。

俺は彼女の背後に立つヅダを見上げる。

その装甲には、傷一つ付いていなかった。

 

 

去っていったロコモを見送り、俺もフリーバトルエリアから抜ける。

気絶したままのリナリアを抱えて、人目につかない物陰に来た。

何処か安全な場所で、彼女を休ませてあげないと…。

そう思ってマップを見ていると、それを遮るように、映像通信の呼び出し画面が出てきた。

数時間前のリダイヤル…ってことは、クッタロだろうか。

「やぁ、ジン」

開いてみると、やはりそこに、ゴリラのような外見が映される。

「ロコモから事情は聞いたよ。大変なことになったね…」

言いながら、彼はこちらに向かって、何かをスワイプした。

「今、私のフォースネストへの案内データを、君に送った。今は誰も使っていない場所だから、リナリアをゆっくり休ませてあげるといい」

確認すると、たしかに招待状のようなデータが届いている。

「…いいのか?」

「ああ。君らには世話になったからね。…代わりと言ってはなんだが…」

クッタロは親指を立てて見せる。

「元気になったら、また二人で私の店に来てくれ」

…そういうことか。

「ああ、そうするよ」

俺も笑顔で返し、軽く手を振った。

 

クッタロから貰ったデータを開き、彼のフォースネストに来た。

無機質な部屋だ。宇宙戦艦の居住空間、と言ったところだろう。

備え付けのベッドにリナリアを寝かせ、俺は近くのデスクに腰掛けた。

「ふぅ…」

落ち着いたところで、息が漏れる。

コーヒーでも飲みたいところだ。

「…さて」

今日は、いろんなことが起きた。

一度、状況を整理しよう。

まず、リナリアを狙う連中の謎が、少しわかった。

彼らの目的は、リナリアにかけられた懸賞金だった。

そして、それを用意し、彼らにリナリアを狙わせる存在がいることも、わかった。

リナリアを連れ去るために、周到な用意をしている存在。

おそらくそいつが、この一件の発端となっているのだろう。

厄介なのは、運営との繋がりを持っていること…。

「どんな奴なんだろうな、その黒幕ってのは」

呟いて、息をつく。

少しずつ、連中のことがわかってきたのは良いことなんだが、だからこそ、一層深まった謎もある。

それは今、俺の隣で眠っている存在。

リナリアのことだ。

なぜ、運営とのつながりを持つような存在が、彼女をを狙うのだろうか。

考えられる可能性としては…。

「…エルダイバー…だからか?」

現在、GBNでは百人近いエルダイバーの存在が確認されている。

とはいえ、GBNのダイバーの総数は、億にも達するくらいとさえ言われるほどだ。

そんな数字に比べたら、百という数も珍しい存在であることに変わりはないだろう。

しかし、だからと言ってエルダイバーであることが何か特別なのかと言われると、案外そうでもない。

要するに「リアルでの体を持たない」というだけなので、自己申告や、モビルドールの存在を確認でもしない限り、エルダイバーか否かすら、一般のダイバーにはわからない。

フォースにいるだけで明確なバフを受けられる、というわけでもないので、言ってしまえば、ただ「珍しい」という、それだけの話なのだ。

興味本位で会ってみたいと思うことこそありすれ、わざわざ回りくどい手段を使って連れて行くほどの意味があるとは、思いにくい。

もちろん、俺が知らないだけで、何かあるのかもしれないが…。

「…俺が知らないだけ…か」

思い起こせば、リナリアにも不可解な要素が、いくつかある。

突然俺のガンプラを借りると言って、アヴァンシェルから疑似的にクリスタイル・オーガンダムを生成した。

その後の月光蝶や、ガンプラを介さない、彼女自身のブレイクブースト…。

今日起きたことだけでも、謎は多い。

…そういえば、いつか、魔改造されたジェガンと戦う前に。

俺はリナリアに呼び出されて、彼女の待つエリアまで行った。

確かあの時も、何か重大な事を話そうとしていたはずだ。

「…リナリア…か」

疑問が募ったせいか、その名前すら、不思議な響きに思えてしまう。

何か、意味があるダイバー名なのだろうか…。

なんで思った時。

「…うん…ジン?」

リナリアが目を覚ました。

「お、気がついたか」

彼女はきょろきょろと辺りを見回して、

「…ここは?」

俺を見る。

「クッタロのフォースネストだ。お前が気を失っていたから、休ませてもらっていたんだよ」

「わたしが…?」

リナリアは少し考えて、やがてビクッと身を縮めた。

「そうだ、わたし、あの時…ッ!」

小さく震えはじめる。

「おい、大丈夫か?」

その肩に手を乗せようとすると、

「きゃっ!」

リナリアは、それを払い除けた。

「…あっ…」

が、すぐに俺を見上げて、

「ち、違うの、ジン、あの、わたし…」

震える声で、俺を見つめる。

…どうやら混乱しているらしい。

無理もないか。あんなことがあったんだからな。

「…大丈夫。ちょっとビックリしただけ…だろ?」

俺は笑ってみせる。

「落ち着けって。俺は別に何もしない」

改めて、控えめに手を差し出す。

「俺はただ、そばにいるだけさ」

いつかと同じような事を言って、彼女が落ち着くのを待つ。

「…うん」

リナリアは、頷きつつも、まだ少し何かを怖がっているようで。

やがてゆっくり、本当にゆっくりと、ではあるけれど。

それでも確かに、俺の手を取った。

 

 

「…あのね、ジン」

やがて、リナリアが話し始めた。

「わたし、何だかすっごく怖い夢を見たの。わたしがわたしじゃなくなって、わたしを壊してしまう夢…」

その手は、また震えている。

「わたしの中の、わたしじゃない何かが、わたしの全部を壊してしまう夢だった。…うまく言えないけど、なんだかとっても、とっても怖かった…」

…おそらく、ブレイクブーストさせられた時のことだろう。

ブレイクブーストは、あまりバトルに慣れていないダイバーが行うと、自らの手で止められず、暴走状態に陥ることもある。

ガンプラをそうさせる何かが、エルダイバーである彼女に、精神的なダメージを負わせてしまったのだろう。

「でもね、あの時、聞こえたの」

言うと、リナリアは俺の手をぎゅっと握る。

「ジンの声。わたしの、わたしを呼ぶ声。ちゃんと聞こえたよ。…だから、わたしは手を伸ばして。…そしたら、ジンは受け止めてくれた…」

やがて、彼女の手の震えが収まった。

「ねぇ、ジン」

両手で握り、目を細める。

「あなたの手を握っていると、なんだか気持ちが落ち着くの」

柔らかい笑顔で、俺を見つめる。

「わたし、ずっとこの手を握っていたい。…リナリアとして、ずっとジンのそばにいたい…」

真剣な瞳。

「ジンには、迷惑…かな…?」

その瞳は、期待と不安で鬩ぎ合っていて。

俺の答えを、じっと待つ。

「…迷惑、なんかじゃないさ」

答えは、決まっている。

「俺は、お前のそばにいる。…お前が望んでくれる限り、ずっとお前のフレンドでい続ける」

いつか、彼女とケンカして、仲直りした時の言葉を、思い出しながら。

「俺たちは、お互いに、そばに居たいと思い合っている。…それで、いいじゃないか」

更に、俺が落ち込んだ時に、彼女がかけてくれた言葉を思い出して。

「俺は、お前が俺と一緒に居たいと思ってくれることが、一番嬉しいよ」

そう付け足した。

リナリアは、俺の言葉をじっと聞いていた。

「…ありがとう、ジン」

やがて、彼女は俺の手を離す。

「ジンが、わたしと一緒に居たいって、思ってくれること…」

目尻に涙を浮かべながら、それでも綺麗な笑顔で。

「わたしも、それが一番、とっても、嬉しい…」

ぎゅっと、俺の体を抱きしめた。

 

 

 

ついに、アレを使ってしまったのですね。ラグザさん。

ああしなければ、我々も特務捜査官に捕まっていたからな。

っていうか、あのアヴァンシェルとかいうガンプラに仕込んだのに、何でオヒメサマがブレイクブーストしたのよ? そもそもオヒメサマがガンプラを出してたし…。

それだけ事態が深刻化している、と言わざるを得ませんね。

では、次こそ俺も本気を…。

はい。ですが、お二人に頼りきっていられる状況でもありません。次は、僕が直接出向きます。

俺達は用済み、ということか?

いえ、彼が話し合いに応じなかった場合に備えておいて下さい。

話し合い…ねぇ。成功するのかしら。

そうさせるつもりです。仮にそうならなかったとしたら、お二人には全力で、彼を捕らえ、彼女を保護して頂きます。その次はありませんので、そのつもりで頼みますよ。

随分と追い込まれているようだな。

他人事ではありませんよ。既定の契約通り、あの子に最悪の事態が訪れてしまえば、お二人が得るはずのお金を、僕が払えなくなりますからね。

…わかったわ。次が最後ね。

気を引き締めよう。

頼みますよ、お二人とも。

 

なんとしても、僕はあの子を救わなければいけないのだから…。

 




方舟の少女 ガンプラデータファイル08

【ロコモ専用ヅダ】
ロコモが製作し、使用するガンプラ。
ヅダをベースとしつつ、彼女好みにアレンジされている。
大きな点として、対艦ライフルをロングライフルに改造。
懸下することで主兵装として運用可能にした。
通常の弾薬のほか、彼女の持つ特殊な権限を弾丸化したものや、物資及びダイバーそのものを打ち出す能力も備えている。
また、バックパックには未知の機能が搭載されている。


【擬似クリスタイル・オーガンダム】
リナリアが、アヴァンシェルのGNドライブを媒体として、『ジンのガンプラ』というデータそのものを、融合粒子によって実体化させたもの。
一種のバグのような存在らしいが、はたして…?


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第9話「それだけじゃ、ダメなのかな」

リナリアとグレービー・リボンに行って、その数日後。

「どうもですよ、ジンくん」

GBNにログインして間もなく、エントランスロビーで声をかけられた。

見ると、ロコモが俺を見つけて、歩み寄ってくる。

「…奇遇だな、こんなところで会うなんて」

「いいえ、そろそろ来るかなと思って、待っていたのですよ」

そういうロコモは、一つの画面を開いた。

「連れて行きたい場所があるのですよ」

「連れてくって、どこに?」

「行けばわかるのですよ」

その一言と共に、俺とロコモは、どこかに転送された。

 

「…ここは…?」

フォースネスト…だろうか。

少し広い室内。カウンターテーブルを境に、右側には椅子の列、左側には所狭しと食器や食品が陳列された棚がある。

照明が少し暗めで、なんというか、バーのような雰囲気だ。

「ようこそ。ジンさん」

棚と棚の間から、一人の男が現れた。

「…いえ、プライベートルームですし、ここではあえて、『カケガワ・ジンヤ』さん、とお呼びしましょうか」

…驚いたな。

まさかこの世界で、本名を呼ばれることがあるとは。

「誰だ。どうしてその名前を知っている?」

俺の覚えている限り、GBNのダイバーには、本名を教えたことはない。

ましてや、初対面の相手が、なぜそれを知っているのか。

「はじめまして。僕はマエザキ・ケイスケ。…この世界では、オーナー・ケイと名乗っています」

男はそう名乗り、軽く頭を下げる。

そして。

「簡潔に申しますと、タクさん、ミカさん、ラグザさん計3名の、雇い主です」

……。

「えっ? 今、なんて?」

一瞬、言葉を失い、思わず聞き返した。

「タクさん、ミカさん、ラグザさん計3人の、雇い主です」

同じ言葉が返される。

聞き間違い…じゃなさそうだな。

「マジか…」

つい、常套句が出る。

確かに俺は、先日ロコモと話して『そういう存在がいる』という可能性に確信を持っていた。

とはいえ、まさか当の本人が前触れもなく姿を現すとは。

青天の霹靂…とでもいうのだろうか。

「驚かせてしまってすみません。ですが、今や一刻の猶予もない状態…。そこで今回は、僕が直接話をしに来ました」

ケイと名乗った男性は、一度咳払いをしてから、改めて俺を見る。

「単刀直入に申し上げます。リナリア様を僕らに引き渡してください」

……。

まぁ、そういう話になるよな。

こいつは、それが目的の男なのだから。

「タダで、とは言いません。お望みとあれば、どんな謝礼でもお支払い致します。勿論、リアルの世界でお支払いしても構いません」

ケイは頭を下げた。

「どうか。どうかあの子を、僕に引き渡してくれませんか」

なんだか、随分と丁寧な態度だ。

「…なんというか、状況が飲み込めないな。どうしてそこまで…?」

面食らってしまう俺。

「ええと…。そうですね。どこから説明すればいいのやら…。そもそも、あなたはどこまでご存知なのですか?」

対して、ケイと名乗った男は、そう聞き返してきた。

「どこって…」

以前にも考えたが、俺はリナリアのことを、ほとんど何も知らない。

「とりあえず、リナリアがエルダイバーだってことくらいは…」

歯切れ悪くそう答えると、ケイは首を傾げた。

「…『エルダイバー』…?」

その単語を反芻して、

「…なるほど。確かに、現状を簡潔に言い表すなら、最適な単語ですね…」

納得するように何度か頷き、少し考える。

「…わかりました。では、まずそこからご説明しましょう。…少々特殊ではありますが、あの子は現実世界に肉体を持ち、現実世界から、この世界にダイブしています」

「……は?」

間抜けな顔で聞き返す俺に、ダイは頷いて見せた。

「あの子、『リナリア』は、エルダイバーではありません」

…いや。

いやいやいや。

「ちょ、ちょっと、待ってくれ」

今一度、奴の言葉を反芻する。

「リナリアはエルダイバーじゃない、だって…?」

そんなバカな。

「ってか、あれ…ええっ?」

これまで起きた不可解な事件。

その全ての前提に、リナリアがエルダイバーであることを置いて、今まで納得してきたんだ。  

彼女がエルダイバーでないとすれば、それらを疑わなければいけなくなる。

…マズい、色々と混乱してきた。

「ジンくん、ちょっと落ち着くのですよ」

俺が余程取り乱していたのか、隣にいたロコモがアイテムリストを開き、コーヒーを取り出して、俺に渡した。

「あ、ああ…」

それを受け取り、飲む。

苦い。だが美味い。

普遍的な味だが、それがまた良い。

おかげで、少し落ち着いたような気になる。

「すみません。僕も、あなた方がどこまで、どのように把握しているのか、わからなかったもので…」

ケイは頭を下げる。

「だったら、とりあえず一度、最初から全てを話してほしいのですよ」

一方で、ロコモが肩をすくめて見せた。

「…そうしたほうが、よさそうですね」

ケイはカウンターのイスに、俺たちを促す。

「どうぞ、座って下さい。少し長い話になりますので」

「は、はぁ…」

よくわからないが、このままではいられない。

ひとまず、彼の話を聞こう。

 

 

マエザキ・ケイスケ。

この世界でケイと名乗る彼は、普段は資産家の使用人をしている。

ケイの遣える資産家は、GBNのスポンサーの一つでもある。

ある日、ケイは資産家からの依頼で、一つの話をGBN運営に持ちかけた。

プロジェクト・シナト

簡単に言えば、かなり高度なダイブ環境で、GBNにダイブする、というものだ。

専用のデバイス『シナト』を介することで、あらゆる感覚を脳内に再現し、まるで生きているかのように、GBNにいられるシステム。

 

ただ、シナトを一般流通させるには、莫大な予算と長い時間が必要になる。

プロジェクトは却下され、シナトの話は消えた。

資産家が作らせた、試作機を残して。

 

それから数ヶ月後、一つの事件が発生した。

資産家の娘が、病床に伏してしまったのだ。

彼女の体を治すには、とても難しい治療が必要だった。

請け負ってくれる医者が見つかるか否か。

それすらもわからぬ、危うい状況だった。

 

医者が見つかり、病状が回復するその日まで。

せめて心だけは、肉体を蝕む病魔から解放させてやりたい。

そう願った資産家は、娘の少女にGBNを勧めた。

試作型のシナトと共に。

 

シナトによるダイブ中は、現実でのあらゆる感覚を、GBNでの感覚で上書きできる。

それはつまり、病状の苦しみから、少女の意識を切り離すことができる、とも言える。

その少女の名は、ナライア。

この世界では、リナリアと名乗っている。

 

 

「…マジかよ…」

全てを聴き、理解した上で出た俺の言葉は、やはり陳腐だった。

「…じゃあ、あなたや例の三人が、リナリアを狙っていたのは…」

「治療を引き受けてくれる医者が、見つかったらからです」

俺からの確認の問いに、ケイは頷く。

「それで、リナリアを現実に引き戻そうとしてる、ということか…」

俺が頷く一方で、

「…いや、ちょっと待つのですよ」

ロコモは意を唱えた。

「仮に、あなたの言ってることが真実だとしても、GBNの中なんて、所詮は仮想世界でしかないのですよ? わざわざGBNを介さなくても、リナリアちゃんがリアルの世界にいるタイミングを狙えばいいじゃないですか」

…確かに、ロコモの言う通りだ。

リナリアがエルダイバーじゃないとしたら、どんなに長い時間をGBNにいることが出来ても、睡眠や食事は現実世界で行う必要があるはずだ。

「そのタイミングが、ないのです」

しかし、ケイはこれを否定した。

「ナライア様が最後にこの世界にダイブしてから、そろそろ半年が経ちます。…が、その間、あの子は現実世界には一度も帰ってきていません」

…そんなバカな。

「じゃあ、今のリナリアちゃんは、リアルの世界では事実上の昏睡状態だとでも言うのですか…?」

「その通りです」

ロコモの聞き返しに、ケイは頷いた。

「そして、おそらくあの子は、自分がリアルの人間だということを、忘れてしまっています」

…は?

「人間を、忘れる…?」

あまりにも非現実的な言葉に、俺は思わず反芻してしまう。

けれど、ケイの目は真剣だ。

「そうですね…。例えば、この世界を一種の『明晰夢』のような状態だとしましょう」

明晰夢…。

夢の中で『夢を見ている』という自覚を持つ夢…だったか。

「僕らダイバーは、自分が『現実世界からGBNにダイブしている』という事を認識している。しかし、今のナライア様は、夢を見ている自覚を忘れてしまった状態。リアルの世界に存在する自分自身を、全く自覚していない状態なのです」

…ええと。

「つまり、リナリアちゃんは、リアルの世界の自分を覚えていないから、『自分がエルダイバーだと思い込んでいる』…ってことですか?」

ロコモが簡潔に言い換えると、ケイは頷いた。

「ええ。…だから、あの子には今一度、現実世界の自分を、自覚してもらわなければならないのです」

「それで、わざわざ回りくどい方法を使って、リナリアを連れて行こうとしたんだな…」

リナリアの意識を、ナライアとして現実に戻すために。

彼女自身に『現実世界に帰る』という認識をさせるため、だったんだ。

 

 

「ご理解頂けたでしょうか」

ケイはそう言って、俺の返答を待つ。

リナリアの経緯。ケイの行動の意味。

確かに、この二つの結びつきはよくわかる。

が…。

「理解はしたが…。いまいち、納得できないな」

俺はまだ、根本的なところが引っ掛かっていた。

「そもそも俺は、リナリアがエルダイバーらしき言動をしているところを、何度も見ている」

彼女がエルダイバーでなければ、成り立たないことが何度もあった。

「ここまで話してもらって悪いんだが、今の俺には、リナリアが『自分をエルダイバーだと思い込んでいるだけ』だとは思えない」

「…実を言いますと、それについては我々も頭を抱えていまして…」

俺の結論に、ケイはは目を逸らす。

一方で、

「…どうやら、ここからはボクの補足が必要みたいですね」

ロコモが身を乗り出した。

「実は、ボクもリナリアちゃんについて、前々からボクなりに調べていたのですよ」

そう言って、一つの画面を開く。

ログデータ画面のようだが、見たことのない表示だ。

「そこには不審な点が多かったのですけど、今、ケイさんの話を聞いて、全部繋がったのですよ」

ロコモは画面の中から二つの項目をタッチして、俺とケイに見えるように向けた。

「まずこれは、運営に登録されていた試作型シナトの型式番号。…こっちが、リナリアちゃんのログイン履歴に残っているホスト番号。…見ての通り、完全に一致しているのですよ」

二つの英数字の羅列は、確かに同じものだ。

というか…この文字の羅列、俺は以前に見た記憶がある。

あれは確か…ウティエルとの再会や、擬似グランドガンダムとの交戦があった日だ。

その日の俺は、ログインしてすぐに、リナリアのログデータを確認した。

あの時見た奇妙な文字の羅列が、まさに今見ている英数字と一致している。

「…じゃあ、やっぱりリナリアは、普通のダイバーだってことなのか…」

これが位置情報ではなく、リナリアの存在をリアルと結びつけるものだったとは。

「…だとしたら、リナリアが起こしたいくつかの不可解なことは、一体なぜ…」

「そう、そこなのですよ」

ロコモは指を鳴らした。

「確かに、リナリアちゃんは通常のダイバーにはできないことを、何度もやってのけているのですよ。…けど、ケイさんが言うように、リナリアちゃんはエルダイバーじゃない。そこで重要なのが…」

鳴らした後に残った人差し指を、俺に向ける。

「…俺、か?」

思わず胸に手を当てると、俺を指していたロコモの指がくるりと彼女自身に向けられる。

その動きに呼応するように、俺からステータス画面が呼び出され、彼女の元で大きく開いた。

あれは…、エペランサスでパードスが開いていたものと同じだ

「ダイバー:ジン。元フューチャーコンパスの重要戦力であり、元マスダイバー」

当然、俺の過去についても記されている。

「そして…」

更に、ステータス画面の奥から、登録ガンプラのステータスが開かれた。

アヴァンシェルではなく、クリスタイル・オーガンダムのほうだ。

「クラフタルシステム。…GN粒子に特殊な粒子を混ぜ込んで、ビームエフェクトを限りなく実体に近い状態にするもの。…これらが鍵になっているのですよ」

俺と、俺のガンプラ…?

「それが、どう関係するんだ?」

「ジンくん。キミは、クラフタルシステム…というか、あれの肝になる『硬化粒子』が、どういうアルゴリズムで成り立っているのか、理解していますか?」

…あるごりずむ?

なんか、どこかで聞いたことのあるような単語だが、ピンとこない。

「…その様子だと、やっぱり理解してプログラムを組み立てたわけではないのですね」

俺が余程変な顔をしていたのか、ロコモは息をついて、言葉を続ける。

「どうせ偶然起きた現象に興味を持って、同じ条件で似たような現象を再現できたから、様々なトライ&エラーで実験を繰り返しつつ、独自に実戦レベルまで持ってきた…って感じでしょう?」

「まぁ…そうだな」

頷くと、ロコモは息をつく。

「まったく。馬鹿正直って言うか、なんていうか…。まぁその努力と、結果を実らせたことは称賛に値するのですけれど」

…褒められてるのか、貶されてるのか、わからない。

「で、そんな硬化粒子ですけどね。…実はこれ、GBNを構成する膨大なプログラムの中から、いくつもの『粗』の隙間を掻い潜って、やっと成立しているものなのですよ」

…なんだって?

「特定の条件が重なって、初めて成り立っている、偶発的な現象にすぎないのですよ」

「…どういう意味だ?」

いまいちピンとこない俺。そこに、

「…そうか」

それまで黙っていたケイが、急に声を発した。

「バグ、ですね」

「ご明察ですよ」

ロコモがケイの方を向いて、また指を鳴らす。

「…すまん、俺にもわかるように説明してくれ」

運営に関係する二人には分かっても、俺には分からない。

「…ジンさんは、無意識とはいえ、バグを活用していたのです。ですが、貴方は『そういう機能』だと思い込んでいた…とでも言いますか」

「極端な話、クラフタルシステムの実態とは、硬化粒子によって『強引にバグを引き起こすプログラム』なのですよ」

ケイの解説に、ロコモが付け足してくれる。

…って、

「クラフタルシステムが、バグだって…?」

そんなバカな。

いくらなんでも、それはないはずだ。

現在の愛機クリスタイル・オーガンダムが完成したのは、フューチャーコンパス解散の後。

しかし、これはクラフタルシステムを、モビルスーツ単体で扱えるようにした、一種の到達点のような存在だ。

それ以前から、クラフタルシステムを搭載した大型の武装を、モビルスーツとは別で運用していた。

その起源を遡れば、数年前にまで遡る。

「もしそうだとしたら、とっくにGBN運営が対処して、使えなくなっていなければおかしいじゃないか」

ログすら残さないブレイクデカールでさえ、今や修正パッチが存在している。GBN運営の管理能力は、決して低くはない。

そんな中で、素人が偶然発見しただけのものが、何年も野放しにされているわけがない。

そう思う俺だったが…。

「ジンくん。…いつか、キミがボクに、セイゴくんについて聞いた時、ボクがなんて返したか、覚えているですか?」

ロコモはそんな問いを投げかけた。

「…えっ? いや、ええと…」

言葉に詰まる俺の前に、ロコモは新しくサブの画面を開き、ザッとスクロールして一つの項目を選ぶ。

『ダイバーなんて星の数ほどいるのですよ? いくらボクが半分運営だからって、個々のダイバーの状況を、わざわざ把握していたらキリがないのですよ』

画面から、あの日の彼女のセリフが再生された。

「要するに、こういうことなのですよ」

と、ロコモはサブ画面を閉じた。

「じゃあ、単に運営が、バグだと気付いてないだけ、って言いたいのか?」

「ええ。…まぁ、GBNのシステムそのものに影響を与えるわけでもなければ、ゲーム的なパワーバランスを崩すほどの性能でもないから、『優先的に対処すべき案件ではない』と判断されている可能性もあるのですけど」

…ふむ。

確かに、クラフタルシステムは決して万能じゃない。

長い時間をかけて実戦レベルに到達できたが、それでも『必要とする粒子出力が激しい』という大きな問題だけは、未だに解決できていない。

…しかし。

「待ってくれ」

今回の本題は、そこじゃない。

「仮に、お前の言う通り、クラフタルシステムの実態がバグだとしたら、それはリナリアの件と、どう関係あるんだ?」

俺の事より、今はリナリアのことだ。

「それが、大きく関係しているのですよ」

ロコモはそう答える。

「クラフタルシステムは、それ単体ではGBNのシステムデータにはほとんど影響を及ぼさない。けれど『もう一つの特別な存在』と交わることで、一種の化学反応のように、明確な影響を及ぼし始めたのですよ」

「…もう一つの、特別な存在…?」

俺がその言葉を反芻すると、ケイがハッとした。

「…そうか。その特別な存在というのが、シナトなのですね」

「そう。…クラフタルシステムと、シナト。これらが共に在ることで、共鳴するかのように、絡み合い、一つの結果を作り出しているのですよ」

彼の言葉に、ロコモが頷く。

「…なるほど。その相乗効果が、今のナライア様に変化を齎している、と…」

ケイは理解したようだが、俺はまた、いまいちピンとこない。

「要するに」

そんな俺の様子を見て、ロコモは簡潔な答えをくれた。

「リナリアちゃんは、ジンくんのガンプラと関わり、絡み合うことで、『本物のエルダイバー』に、なりかけているのですよ」

 

 

…いやいや。

そんなバカな。

そんなわけないじゃないか。

咄嗟に思いついた言葉は、すべて詰まり、出てこない。

それほどの衝撃と、驚愕。

なによりも。

「そうか…」

納得。

ロコモの結論が現実離れしているのは分かっている。

しかしそれ以上に、俺の中にあった様々な疑問が、ロコモの答えに結びついていた。

「そういう…ことだったんだな…」

スワークルの外れでリナリアを助けたあの日から、俺は既に気付いていた。

俺のガンプラ、クリスタイル・オーガンダムが、不可解な現象を起こす時。

それは決まって、リナリアが関わる時だった。

一方で、リナリアがエルダイバーらしき仕草を見せるのも、やはりクリスタイル・オーガンダムがそばにある時だった。

つまり、二つの条件が揃うことで、リナリアの意識は、徐々にエルダイバーへと近づいていたんだ。

その結果が、つい先日のオーバーレイと、ブレイクブースト。

彼女自身がガンプラになったかのような、現象。

「全部、俺のせいだったのか…」

リナリアが『エルダイバーだから』不思議なことができたんじゃない。

それを誘発させていたのは、俺だったんだ。

「…いや、そこまでは言ってないのですよ」

と、ロコモは俺の肩を軽く叩く。

「ジンくんとリナリアちゃん。お互いが特殊な事例を抱えていて、それらが絡み合うことで、一つの事態が進行している。…言ってしまえば、単なる『偶然』に過ぎないのですよ、こんなこと」

ロコモはそう言ってくれるが、

「偶然…。そうでしょう。…しかし、それが長く続いたせいで、事態が深刻になっている事に、変わりはありません」

その奥で、ケイは顔をしかめている。

「昏睡状態が長く続けば、その分、ナライア様の治療も難しくなる…」

やがて、彼は俺の前に立った。

「ジンさん。こんなことを言うのは、大変心苦しいですが…、これ以上、ナライア様に関わらないでください」

頭を下げる。

「もし、このまま貴方と関わり続けていれば、あの子は我々の手の届かない所に行ってしまう。…どうか、あの子の命を守るためにも、これ以上のことは…」

そこから先は、言葉にならない。

けれど、わかる。

わかっている。

俺の存在が。リナリアをリアルから遠ざけるのなら。

俺が関わることは、リナリアの命を削る事でもある。

「…わかった」

そう、答えるしかない。

他に、どうしようもない。

「…ちょっと待つのですよ、ジンくん」

しかし、ロコモが俺の肩に手を置いた。

「ケイさん。ボクはまだ、あなたの言うことを完璧に信じているわけじゃない。…リナリアちゃんが昏睡状態だっていうなら、その証拠の一つくらい、あっても良いのではないですか?」

まだロコモには、何か引っかかることがあるのだろうか。

ケイはその言葉を聞いて、少し考えてから、画面を操作する。

「…今、あなた方宛に、ナライア様が居る病院の情報と、その住所をお送りしました。僕を疑うのであれば、ご自身の目で見てきて下さい。…無論、関係者各位には、僕から話を付けておきますので」

確認すると、確かに俺のメッセージリストの中に、病院の住所が送られていた。

「ご理解頂けたら、文末の宛先までご連絡下さい。…今後については、それからお話ししましょう」

「…わかったのですよ」

ケイの言葉に、ロコモが頷く。

俺も黙って頷くと、程なくして、俺たちはエントランスロビーに戻された。

 

 

翌日。

俺は仕事を休んで、リナリアのいる病院に行った。

そこで、様々な管を繋がれて、眠ったままの少女の姿を見た。

うまく言えないが、一目で理解した。

この子が、ナライア。

GBNでリナリアを名乗り、俺のそばに居る少女だということ。

そして。

このままでは、その命は長くないのだろう、ということも。

 

 

更に、数日後。

俺は、エントランスロビーの付近にある、公園のような場所で、一人佇んでいた。

「リナリア、か…」

その名を呟いて、思い耽る。

彼女は、エルダイバーではなかった。

ただ、ダイブ環境が少し特殊、というだけ。

そこに、俺という存在が関わってしまったことで、彼女はエルダイバーに近付いている。

自分が、リアルの肉体を持っていることを、忘れてしまっている。

それはまるで、GBNが彼女を閉じ込めているかのようで。

「…ジン?」

ふと、名前を呼ばれた。

振り返ると、そこにリナリアがいる。

「今、わたしのこと、呼んだ?」

いつのまにか、俺の側に来ていたようだ。

前触れがなかったので少し驚いたが…丁度いい。

「…ああ。お前の事を考えていたのさ」

伝えよう。

そう決めて、俺は彼女に向き直った。

「わたしの…こと?」

「お前の、お前自身のことについて、だけどな」

真剣な目でそう言うと、彼女の顔が曇る。

「わたし自身の…こと…」

「…ああ。落ち着いて聞いてくれ」

お前は、本当は、エルダイバーじゃない。

れっきとした人間で、俺たちと同じく、現実世界に肉体を持っているダイバーなんだ。

そう、伝えるんだ。

伝えなきゃ。

「お前は…」

けれど…。

本当に、それで良いのだろうか。

今ここで、彼女にそれを伝えることが、本当に正しいのだろうか。

何か、まだ俺の中で、引っかかるものがある。

それが、俺に先の言葉を詰まらせた。

故に、長い沈黙が訪れる。

「…わたしは」

先にそれを破ったのは、リナリアだった。

「…わたしは、エルダイバー。『エルダイバー:リナリア』、だよ。この世界に住んで、この世界で暮らしてる」

少しずつ力強くなっていく声。

「ここが、わたしの生きる世界。わたしはここに生きる、エルダイバーという存在…」

その言葉を紡ぐ表情は、前に見たことがある。

スワークルの喫茶店で、周りの客を見ていた時の表情だ。

「だから、わたしはここで生きている」

どこか大人びている顔。

「それじゃ…だめなのかな」

諦めていたものを、求めるような視線。

「ねぇ、ジン」

それが、俺を捉える。

「それだけじゃ、ダメ、なのかな」

俺の答えを待つ。

エルダイバーである少女、リナリア。

…違う。

彼女は、自分がそうだと思い込んでいるだけ。

リアルの自分を、忘れているだけ。

だから、思い出さなきゃいけない。

彼女自身が、それを自覚しなければ、いけない。

そのための答えは。

「…ダメだ」

否定。

「お前は、エルダイバーじゃない」

俺が、否定すること。

それは、彼女の命のためでもある。

「思い出すんだ、リナリア。お前は俺と同じ、リアルに本当の自分を持つ、れっきとした人間なんだ」

何度も、同じ時間を共に過ごした俺だから。

事態の片棒を担いだ俺だからこそ。

この口から、言わなきゃいけない。

「お前は、エルダイバー、なんかじゃ、ないんだ」

念を押すように、伝える。

またすこし、沈黙。

…やがて。

「…そっか」

リナリアは、笑った。

「そうだよね。…うん、そう…なんだよね」

乾いた声。

「わたしは、エルダイバーじゃ、ないんだよね」

その瞳に浮かべたのは。

「ジンも、それじゃダメ、って、思うんだね…」

涙。

リナリアは、泣きはじめていた。

「り、リナリア…?」

その表情は、あまりにも…。

「お前、なんでそんな顔を…?」

苦しそうな笑顔。

なにか、とても強い感情を、押し殺したような顔。

「…ごめんね、ジン」

リナリアの姿が。

その輪郭が、歪む。

「今まで、ありがとう」

そう一言を残して。

彼女は、このエリアから消えた。

 

 

「えっ…?」

リナリアは当然、俺の前から消えた。

いつか、スワークルのはずれで、彼女を怒らせてしまった時と同じだ。

俺はまた、彼女を怒らせてしまったのだろうか。

追いかけようと画面を操作するが、エラーが出てしまう。

「どういうことだよ…?」

…いや、落ち着け。

思い出せ。

なにか、ヒントがあるはずだ。

リナリアの行動を、改めて振り返る。

すると、

「…ん?」

一つ、妙なことに気が付いた。

先程俺が言い淀んだ時、彼女は自分から、エルダイバーだと名乗った。

リナリアはエルダイバーじゃない。しかし、エルダイバーに近付いている。

俺が言おうとして、言えなかったこと。

それを伝えるより早く、彼女はそれを予測した。

つまり…。

「…あいつは、もう気が付いていたのか…?」

自分がエルダイバーになりかけていること。

リアルの世界で、自分が昏睡状態であること。

どちらも、既に彼女は気付いている。

だからこそ、俺が言おうとしたことを、推測できたんだ。

「そういえば…」

また一つ、思い出す。

いつか、擬似グランドガンダムと戦った時。

あの直前、俺はリナリアに『大事な話がある』と、呼び出された。

あの後、彼女が俺に切り出したのは、エルダイバーという存在についての話。

『そのことなんだけど』と言って、その先は言葉にならなかった。

あの時も、彼女は怯えて、泣いていた。

あの時には、もう気付いていたんだ。

「…いいや」

違う。

思い返せば、初めて会った時。

ガードフレームに追い回されて、逃げ回っていた時から。

彼女はずっと、それに怯えていた。

その先にある未来、リアルに戻る事への、明確な恐怖をもっていた。

つまり。

「あいつは、最初から全部わかっていたのか…」

彼女がエルダイバーに近づいていること。

それは、システムやバクが、勝手に引き起こしていることかもしれない。

けれど、彼女自身も、それを知り、それを理解している。

そして、そうなることを拒んでいない。

むしろ、そうなることを、望んでいる。

リアルの世界を、忘れているんじゃない。

完全なエルダイバーになることで、『忘れようとしている』んだ。

だからずっと、ケイの差し向けた刺客から逃げていた。

そして、俺を頼った。

けれど。

その俺が、さっき彼女に言った言葉。

現実から逃げて、この世界に生きようとする彼女に、俺が送った答えは…。

「…『ダメだ』、か…」

思わず抱えた頭。

「はぁ…」

それがやけに重くて、溜息が漏れた。

 

 

とりあえず、わかったことを伝えるために、ロコモと合流した。

「…なるほど、ですよ」

先の推察をすべて話した俺に、ロコモはうんうんと頷いてみせる。

「要するに、問題は二つ、ですね」

そして、指を二本立てた。

「ひとつは、ジンくんが馬鹿で朴念仁で無神経だから、リナリアちゃんの信頼を裏切ってしまった、ということ」

…もうちょっと柔らかい言葉にしてほしいものだ。

「まあこれは、ジンくんが土下座して泣き喚きながら赦しを乞いつつ腹を切れば良いとして」

「もうちょっと柔らかい言葉にしてほしいものだな」

「不服ですか? 介錯はボクがしてあげるのに」

「そもそも切腹をしねぇよ」

「すればいいのに…。そうしたら、ボクとリナリアちゃんで二人になれるのに…」

ロコモはやれやれと肩をすくめる。

どこまで本気なんだ、こいつは。

「…冗談はさておき、話を戻すですよ」

そうしてくれ。

「もう一つの問題は、リナリアちゃんが、最初から全部わかっていたこと。…しかも、その上でエルダイバーになろうとしていること、ですね…」

そう。

それが大きな問題なんだ。

「理由まではわからないにしろ、その意思を無視して強引にリアルへ導くのは、やっぱり気が引けるのですよ」

「ああ…」

このままリナリアをリアルの世界に戻さなければ、彼女の命は病気に蝕まれ続けていく。

しかし、彼女自身がそれを理解し、その上で『戻りたくない』という意思をみせていた。

俺と出会った最初から、これまで、ずっと…。

「正直、どうしていいかわからないんだよな…」

思わず弱音が漏れてしまう。

「考えうる手段は二つ、ですね」

対して、ロコモは険しい顔で答えた。

「まず一つは、ケイに賛同して、リナリアちゃんを強引にリアルの世界へ戻すこと」

「だがら、それは本人が嫌がって…」

「ええ。…だから。今まで以上に強引、場合によっては『非人道的』なことすら視野に入れないと、難しいのですよ」

非人道的…か…。

本人の意思を無視して強行するのだから、言葉相応の行為も視野に入るのかもしれないな…。

「そして、もうひとつの方法は」

と、ロコモは身を乗り出した。

「このまま、リナリアちゃんを完全なエルダイバーとして確立させること、ですよ」

心なしか、前者よりも口調が強くなっている。

「本人の意思を尊重するのなら、これが一番良い。…そう思いませんか?」

それは…そうなのかもしれない。

とはいえ…、

「…可能なのか? そんなことが」

俺にはいまひとつ、それが現実的なことのようには思えないでいる。

「そんな前例、聞いたことがないぞ」

だからそう付け足したのだが、

「でも、それが進行しているからこそ、ケイは焦って、ボクらに事態を説明したのですよ」

ロコモはそう答えた。

「これは、言い換えればそれこそが『現時点で既にほとんど上手くいっている』ことの証明でもあると思いませんか?」

…ふむ。

「それに。他のエルダイバーがリアルの世界で生きている以上、その逆が不可能だとも言い切れないでしょう?」

…そう言われると、そんな気がしてくる。

「だから、そうする手段もありえる、と思うわけですよ」

ロコモは深く頷いてみせた。

それが、彼女自身の決断であると言わんばかりに。

だが。

「…しかし、なぁ…」

どうも、俺の腑には落ちない。

ロコモの意図を否定したいわけじゃないが、それに賛同することは、どうにも気が引けるんだ。

リナリアをエルダイバーにする。

それは、はたして本当に正しいことなのだろうか…。

「うーん…」

悩み耽り、口に出す言葉を失う俺。

ロコモは少し待っていたが、

「ジンくんが悩む気持ちもわかるので、今すぐ決めろ、とは言えないですよ。…でも、結論は早い方が良いですね」

と、息をついて、続けた。

「こうしている間にも、リアルのリナリアちゃんは、病気で命をすり減らしているのだから」

 

その日。

それ以降は、有益な会話にならなかった。

 



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第10話「いちばんたいせつなこと」

リナリアへのメッセージ送信も、ログへのアクセスも拒絶されたまま、数日が経過したある日。

「ジンくん。タイムリミットですよ」

そう言うロコモに連れられて、俺はスワークルに連れて来られた。

そこに広がる光景は…。

「これは…!」

広場の噴水。

普段は水が湧き出ているそこから、禍々しい紫のオーラを纏った、濃い緑色の粒子が湧き出していた。

いつか、リナリアの体から溢れていたものだ。

クラフタルシステムの暴走による、融合粒子の奔流。

それが、ブレイクブーストによって加速させられているかのような状態。

「いや、だが俺は…」

思わず、自分のステータスを確認した。

しかし、俺が今日登録したのは、クリスタイル・オーガンダムではなく、ガンタムアヴァンシェルのほうだ。

クラフタルシステムは搭載していない。

「おそらくこれは、クラフタルシステムの暴走ではなく、『それっぽい形で具現化して進行しているバグ』ですね」

戸惑う俺に、ロコモはそう説明した。

「…どういうことだ?」

「リナリアちゃん…というか、『エルダイバー:リナリア』を構成するデータの半分は、クラフタルシステムのバグによって構成されているわけですからね。…その進行が『クラフタルシステムっぽい形』で現れるのは、そんなに不思議じゃないことですよ」

「じゃあ、これはリナリアが、エルダイバーに近付いてる証拠、ってことか?」

「ええ。しかも、目に見えるほど確かに、激しく。…このままだと、数時間もあれば、リナリアちゃんは完全にエルダイバーになってしまうでしょうね…」

…タイムリミット、というのは、そういうことか。

「どうしますか? ジンくん。今ここで結論を出せますか?」

エルダイバーになるのを見守るか。

リアルの世界に連れて帰るのか。

その答えを、今ここで出せ、というわけか。

「…目一杯、悩んだけどな」

もちろん、ずっと考えていたことだ。

考えていたからこそ。

「俺は、今はどっちも選ばない」

今、この瞬間で、俺は答えを出せない。

「本人が嫌がっていることを、強制したくはない。けれど、だからと言って俺は、リナリアにエルダイバーになって欲しいとも思わない」

だから。

「俺はまず、俺自身がそう思っていることを、リナリアに伝えたい。リナリアと話をしたいんだ」

そう言うと、ロコモはため息を吐いた。

「ジンくん。キミはお人好しですよ」

眉間に皺を寄せて、言葉を続ける。

「リナリアちゃんは、自分がエルダイバーになりかけていることを知っていた。…それがジンくんの影響を受けているからだと、最初から全部わかっていて、その上でジンくんのそばに居た。…それってつまり、ジンくんはずっと騙されていたとも言えるのですよ?」

…その可能性は、俺も考えた。

けれど。

「違うな」

確かに、リナリアはずっと、自分が人間だということを隠していた。

けれど、隠したくて隠していたわけじゃなかった。

「リナリアは、俺を騙してなんかいない」

最後に彼女に会った時。

俺が言い淀んでいるうちに、彼女は自分のことを、俺に問いかけた。

俺が『リナリアというダイバーの在り様に気付いている相手』であることを確信して。

俺の答えを、彼女自身から促したんだ。

本当に言いたくない事だったら、そんなことはできない。

「言いたくないけど、いつか言わなきゃいけない、ってことは、あいつ自身がずっとわかっていたんだ」

だからこそ、ずっと言えなかった。

言おうとして、泣いてしまって、言えなかったあの日も。

『これは、話さなきゃいけないことだから』と言っていた。

そして。

「それに、約束しちまったんだ。…『その時が来るまで、俺はお前のそばにいるよ』…って」

あの時は、何も知らなかったけれど。

それでも、約束は約束だ。

「だから、俺はリナリアのそばに行く。リナリアの言葉で全てを聞く。結論は、そこで出すさ」

中途半端な答えかもしれないけれど。

それでも、俺はそうするべきだと確信している。

そんな俺の様子を見て、ロコモは。

「…なら、ボクが言えることは、何もなさそうですね」

ため息をついて、何やら画面を開いた。

「…で? 行くってどうやって行くんですか? まさか、この前ミカに負けたガンプラで、リナリアちゃんに会いに行こうって言うんじゃないでしょうね?」

そう言われると、少し自信を無くすが…。

「…そのつもりだ」

クラフタルシステムを使えば、リナリアのエルダイバー化を進行させてしまう。

だから、アヴァンシェルを使うしかない。

「…やれやれ。そんなことだと思ったのですよ」

ロコモはため息をついた。

画面を開き、何かのデータを俺に送りつける。

「これは?」

「いいから、とっとと開けるのですよ」

言われるがままにデータを開くと、中にはガンプラのデータが入っていた。

これは…。

「クリスタイル・オーガンダムの機体データ…か…?」

似ているが、なんか…ちょっと違う。

「ジンくんのオーガンダムのデータを、ボクなりにアレンジしたものですよ」

と、ロコモは言う。

「クラフタルシステムの代わりに、ボクお手製の『それっぽいことができるシステム』を搭載したガンプラ。『Ver.ジェマイユ』とでも呼んでくださいですよ」

「ジェマイユ…?」

「これなら、リナリアちゃんのエルダイバー化を促進する危険性もなく、ジンくんオリジナルに限りなく近い感覚で扱えるのですよ」

…そんなことが可能なのか。

いや、それよりも。

「お前、…俺に力を貸してくれるのか?」

ロコモは、リナリアがエルダイバーになることを望んでいるようだったが…。

「ボクにも立場があるのでね。…今回のことに関しては、ジンくんにお任せするのが手っ取り早いのですよ」

「立場…?」

「そう。あまり表立って動くより、『フレンドにガンプラを貸しただけ』って事にしておけば、後々融通が効きそうなので」

「フレンドって、俺とお前はまだ…」

と、言いかけて己のフレンドリストを開く。

いつの間にか、ロコモの名前が登録されていた。

「…なんでもアリだな、お前」

「そんな事もないですよ。立場がある分、こう言う時にジンくんほど自由に動けないですし」

ロコモは苦笑する。

その様子から、なんとなく分かった。

彼女も、きっと色々と葛藤したのだろう。

その上の決断で、俺にこれを託したんだ。

ならば、今は彼女を信じよう。

「さ、とっとと行くのですよ」

軽く背中を押される。

「…ああ。ありがたく使わせてもらうぜ」

俺は受け取ったデータを認証し、ジェマイユを自分の所持ガンプラに上書きした。

「それに乗って、噴水の中に飛び込むのですよ。…バグの奔流の先を辿れば、きっとそこに、リナリアちゃんがいるハズ」

「なるほどな」

答えつつ、ガンプラを呼び出して搭乗する。

…すごい。外見だけでなく、操作系や操縦間隔までほとんど同じだ。

「ジンくん、気をつけるのですよ」

足元でロコモの声。

「ああ、ありがとな!」

改めて礼を言い、俺はVer.ジェマイユと共に、粒子の奔流に飛び込んだ。

待ってろよ、リナリア…!

 

 

バグの奔流。

それに逆らって進むのは、決して容易ではなかった。

「これは、結構キツイな…っ 」

損傷こそ起こらないものの、ガンプラを通じて俺の全身に伝わる振動。

流れというより、もはや爆風に晒されているかのようだ。

しかも進めば進むほど、激しく、大きくなる。

「行けるのか…?」

辛うじて『進んでいる』と言えるかのような状況。

そんな時、アラートが鳴った。

正面から壁が迫っている。

「うおっ…と!」

機体の姿勢を変え、一度壁に足をつけた。

横に飛んで回避し、事なきを得る。

「今のって…」

見覚えがあったので、後方カメラをズームして確認した。

…やはりそうか。

アレは壁ではなく、百里というガンプラの、背後に突出したブースターパーツだ。

外見のインパクトが強いので、よく覚えている。

「…まさか」

ズーム箇所を適当な方角にずらしてみる。

捉えきれない無数の塵の中に、ΖΖガンダムの砲身を見つけた。

更に、ザク改のバックパック、マグアナックの肩、ドムの足先、ガンダムNT-1の胸など、特徴が強く残っているものが多く見つけられた。

よくみると、辛うじて部位がわかるもの、原型を留めていない破片のようなもの、壊れたパーツ、細かいジョイント、削りカス同然のもの…など。

リアルの世界における「ガンプラに関連する物」の全てが、不規則にバグに流されていく。

まるでリアルの世界から、ガンプラの製作の過程で生まれたものを、片っ端からスキャンしてGBNに送っているかのようだ。

「ッ!」

またアラートが鳴った。

余所見をしていたうちに、ジェマイユの前方に、大きめのパーツが迫って来る。

「プロテクションッ!」

機体の左腕から、融合粒子にのる六角形状の障壁を生成した。

大きな衝撃はあったが、機体への損傷は防ぐことができた。

「ふぅ…」

一息をつく。今のは…ガンダムヴァーチェの脚部だろうか。

しかし…ジェマイユに確かな衝撃があったことを考えると、やはりこれらは、この仮想空間内で「質量のある物体」として具現化していることになる。

GBNとは本来、ガンプラの「完成したものを持ち込む世界」。

なので、こんな状況はとても妙だ。

「…本当に、この先にリナリアがいるのか…?」

思わず口を出た不安。

それに答える口を持たず、数多のパーツやゴミ達は、流れに乗って過ぎ去って行く…。

 

数分、そうしていると。

「うわっ!」

突如差し込んだ強い光に、思わす目を閉じてしまった。

直後、真正面にアラートが鳴るも、視界が奪われて何も見えない。

「ッ、プロテクション!」

大きめの障壁を生成して、自らの機体をぶつけるような形で、ジェマイユは大きく減速した。

姿勢を制御し、機体を止める。

ふと、どこかに機体の足が付いた。

「…ん?」

俺はそんな操作をしていない。

機体のオートバランサーが働き、自動で足を付けたんだ。

ということは…。

「重力があるのか…?」

軽い跳躍動作を行う。

やはり、1/6Gほどの重力があるようだ。

「ここは…」

周囲を細かく見渡してみる。

一面が灰色の空間。所々に濃淡の差があり、まるで曇り空を眺めているかのようだ。

俺のガンプラが立っているのは、一際暗い色をした床。

形状は不定形で、境界部分がうねうねと動いている。

雨雲の上にでも立っているのだろうか。

「…ん?」

気付けば、バグの奔流も収まっている。

振動の音は完全に消え、むしろ耳鳴りすら覚えている。

…或いは、「耳鳴りに思えるような音」が、ずっと響いているのか…?

改めて見渡す。

雄大に広がる、無彩色。

その照度差からは、時折「歪み」のようなものが生まれては、どこかへと流れ去って行く。

まるで、虫にでも成ったかのように。

「なんなんだ、ここは…」

無機質ながら、生物的な空間。

どこか恐怖を覚えてしまう。

これは本当に、GBNの中なのだろうか…。

改めて、あたりを見渡す。

「…ん?」

すると、妙な光の反射を見つけた。

何かあるのだろうか。

光を目指して、ジェマイユを歩行させる。

やがて、その先に、タワーのような建造物があることに気づいた。

よく見ると、周りには細長い建造物があり、更にそれを、アリジゴクのような大きな窪みに囲まれている。

さながら、機械仕掛けの巨大な花が、雲の中に埋もれているかのようだ。

タワーが花柱、それを囲う細長い建造物が花糸、窪みは花弁…といったところか。

「まるでラビアンローズだな…」

宇宙ドッグ艦を思わせるほどに大きなそれは、花弁の形が六方向に広がっている。

ラビアンローズが「バラ」だとするならば、こちらの形状は、試作3号機の名前の由来にもなっている「デンドロビウム」という花に近いだろうか。

ともあれ、慎重に近づき、機体越しに花びらの先端に触れてみる。

『…だれ…?』

ふと聞こえる声。

それは、見知った声だった。

「リナリア!?」

思わず周りを見渡したが、その姿はどこにもない。

『…ジン、なの…?』

篭ったようなその声は、まるで空間全域から聞こえるかのようだった。

「そうだ、俺だ。…お前はどこにいるんだ?」

声の元を探る。

ふと、タワーの中心が光ったように見えた。

『ジン…、どうして来たの?』

あの先端から声が響いているのだろうか。

「どうして、って…。お前と話をしに来たんだよ」

『…「はなし」…?』

タワーの先端が切り離された。

『でも、ジンはダメって言ったじゃん』

それは人の姿を象る。

あれは…ガンプラだろうか。

とても生物的な、曲線の多いデザインだ。

エルダイバーの持つ、モビルドールに近い気がする。

『わたしがここで生きること、ダメって、言ったじゃん!』

モビルドールは、ジェマイユに斬りかかってきた。

「それは違う! 俺もあの時は、お前のことを知らなかったんだ!」

慌ててビームサーベルを引き抜き、防御する。

『そんなのウソだよ!』

凌ぎきれない。

ジェマイユは、大きく後ろに弾かれてしまった。

『ジンが言ったんじゃん! お前はエルダイバーなんかじゃない、って!』

そこに、モビルドールの腕が向けられた。

『ジンは知ってたんだ! それなのに、わたしにダメって言ったんだ!』

腕先の形状が変化して、銃口が現れる。

『だからジンは、わたしをあっちに戻すために、ここに来たんでしょ!?』

銃撃が放たれた。

プロテクションを展開して防御する。

「違う! 確かにあの時、お前がエルダイバーじゃないことは知っていたが…」

『じゃあ、何も違わないじゃん!』

右からのアラート。

見ればモビルドールは、既に右側からジェマイユに迫っていた。

「ぐあっ!」

強烈な蹴り。

更に大きく吹き飛ばされる。

『わたしは戻るつもりなんてない! あそこに、わたしの幸せなんて、ないの!』

…幸せなんてない、か。

「…その言葉、グレーヒー・リボンでも聞いたな…」

機体の姿勢を制御して、モビルドールに向き直る。

「わかった。…お前はもう、GBNで生きていく事にしたんだな?」

ビームサーベルを背中に戻しながら。

「お前の幸せは、このGBNの中にあるんだな?」

なんて問いかけるが、俺は内心、そうは思えていない。

俺もこの数日間、ずっとリナリアのことを考えていた。

今まで彼女と過ごしてきた時間。

その仕草や表情。

いろんなことを、一つ一つ思い出して。

一つの可能性に気がついたんだ。

…リナリアは、先の問いに答えない。

その反応は、俺の気付いた可能性を、より確信に近付けるものだ。

更に数秒、沈黙が流れて。

『…違う…』

帰って来たのは、否定。

『そうじゃ、ないの…』

モビルドールが、銃となった腕を変形させて。

『やっぱり、ジンは何もわかってないッ!』

今度はバズーカになり、それを放ってきた。

「ああ、わかってないさ!」

ビームサーベルの居合抜きで、それを切り裂き、事なきを得る。

「だから、わかりに来たんだよ! お前と話して、お前の言葉を聞きに来た!」

ビームサーベルの切先を、モビルドールに向けてやる。

「来いよ! お前が俺と話す気になるまで、俺は退かないぞ!」

 

 

 

とある、宇宙空間のバトルフィールド。

ここでは少し前から、大きな戦闘が繰り広げられていた。

「このっ! 急造兵器のクセに!」

そう発するのは、Gアルケインという機体を改造したガンプラ、その名も「激・戦乙女の涙雨(ジー・ワルキュレイン)」。

操縦するのは、ミカというダイバーだ。

「なんなのよ、この数! キリがないじゃない!」

彼女らの周りには、巨大なドラム缶のようなものが、無数に浮いている。

コレらは全て、「オッゴ」と呼ばれるガンプラである。

単機の性能は決して高くなく、既にかなりの数が撃墜されている。

しかし、その度に何処からか、次から次へと現れているのだ。

「これでは全く前に進めないな…」

ジー・ワルキュレインの傍では、もう一機のガンプラが、愚痴を漏らす。

こちらは、高機動型と呼ばれるザクを、カスタマイズした機体。

操っているのは、ラグザというダイバーである。

二人と二機は、かれこれ数十分、このエリアでオッゴの編隊と戦闘しているのだ。

「そもそも、こんな強行手段じゃないと入れない、ってのがおかしいのよ!」

「仕方ないだろう。こればかりは」

二人が目指しているのは、交流エリア「スワークル」。

現在「バグによるシステムエラー」が発生しており、その広がりを抑えるため、各ゲートが運営によって閉鎖されている。

それでも中に入ろうとするならば、隣接するエリア、つまり「外側の宇宙」であるここから、外壁を突き破って強引に侵入するしかない。

そのため、二人はここを押し通ろうとしたが、オッゴに邪魔されているのだ。

「ッ!」

ジー・ワルキュレインがシールドを構える。

そこに、間髪入れずにバズーカの砲弾が激突した。

「ああ、もうッ!」

ミカは苛立ちの声を上げて、砲撃してきたオッゴに接近し、ビームサーベルで切り裂く。

しかし、その背後にはもう一機のオッゴが隠れていた。

「しまった!」

既にシュツルムファウストが向けられている。この距離では外れようがない。

そう悟ったミカは衝撃に備えたが、

「ええい!」

発射の直前、オッゴの側面にヒートホークが突き刺さり、大きく姿勢を変えられた。

それによって射角が変わり、シュツルムファウストは彼方へと飛んでいく。

少し遅れて、オッゴ本体も爆散した。

ヒートホークは柄のワイヤーを手繰られ、ラグザのザクの手元に帰還する。

「生き急ぐな、ミカ」

「わ、わかってるわよっ!」

その首元に、ジーワルキュレインの機銃が向けられた。

数発、放たれたビームはザクを通り過ぎて、その背後に迫っていた別のオッゴを撃ち落とす。

「アンタこそ、気を抜かないでよね!」

「…言ってくれる!」

ジー・ワルキュレインはザクに接近し、その背後に立った。

二機は互いの背中を合わせるようにして、改めてオッゴの編隊と向き直る。

同時に、どこからか新たなオッゴが三機現れた。

「…本当に、キリがないな」

援軍の到着というより「増殖」に近い増え方をするオッゴを前に、ラグザはミカの言葉を反芻する。

しかし、その直後。

「ッ!?」

「新手!?」

二人の期待にアラートが鳴り、その彼方を見る。

桃色の閃光。一瞬でこちらに迫ったそれは、二機の付近を通り過ぎ、オッゴ編隊の約半分を焼き払った。

「メガ粒子砲…?」

閃光の正体を推測するミカ。

「にしては出力が高すぎるな…」

少し遅れて、ラグザがそう呟くと、

「フォトンブラスターキャノンです」

二機に通信が入った。

画面には、二人がオーナーと呼ぶ人物、ケイの姿が映る。

その間に、戦場には雄大な宇宙戦艦が現れた。

「強襲揚陸モードのディーヴァ…。これまた、とんでもないものを用意してきたな…」

「アンタ、こんなのも作れるのね…」

あまりにも綿密に作られた艦体に、ラグザとミカは感心の声を漏らす。

「お褒めに預かり光栄です。…が、今は時間が惜しい。お二人とも、こちらに来てください」

ケイの言葉に従うように、二機はディーヴァの艦橋に接近した。

「僕の次の射撃で、スワークルの外壁に穴を開けます。お二人は、先に中へ行ってください。僕はモビルスーツに乗り換えて、追いかけます」

「ああ。…なら、俺達は次弾装填までの間、艦の防衛に徹しよう」

ケイの言葉に、ラグザが役割を悟る。

「いえ、そんなに待たせませんよ」

しかし、ケイはそれを否定した。

途端、ディーヴァの艦体中央の砲身が、軽い爆発によって切り離された。

艦体右側のカタパルトが、前方にスライドする。

内部から巨大な円柱が露出し、切り離された砲身の代わりに、艦体中央に移動した。

それが接続されると、カタパルトが元の位置に戻る。

「…カートリッジ式に改造してあるのか」

さながら、弾倉を交換するかのような一連の動きに、ラグザはまた感心した。

「ええ。では、撃ちます…!」

ケイの言葉の直後に、再度、フォトンブラスターキャノンが放たれる。

標的は、スワークルの外壁。まともに当たれば大穴が開くだろう。

しかし。

「ッ!?」

それは直前で、無数の線に分かれ、様々な角度に逸れた。

スワークルの外壁には、傷一つ付いていない。

「何故…」

前方をズームするケイ。

その画面には、細かい粉が大量に映っていた。

「ビーム撹乱幕…?」

「ただのビーム撹乱幕じゃないわね、これ…」

ケイとミカの推察。

ラグザはザクを駆り、粉の領域に侵入した。

「成程…。ビーム撹乱幕に、ナノラミネートアーマーの破片が混ぜ込んであるようだ」

その実態を理解したところで。

「ご明察ですよ!」

という声と共に、指を鳴らす音。

途端、ディーヴァの真横に、大型輸送機がが現れた。

「クタン参型…!? いつからそんな所に!」

「最初からですよー」

接近してきたラグザのザクを、滑空砲の射撃で牽制する輸送機。

それはクタン参型を改造した機体…なのだが、

「…おっと、こっちもステルス解除しないとですよ」

その下部からも、何やら大きな物体が現れた。

それは「ラング」と呼ばれるモビルアーマーに近い形をしている。

「何よアレ! ビグ・ラング!?」

「ビグロの代わりにクタンを使ったビグ・ラング…『クタン・ラング』とでも言ったところか」

ミカとラグザが驚く中、

「違うのですよ! このガンプラの名は『大列車ホウキ星』ッ!」

機体の主が、高らかに答える。

「そしてボク…私は! 謎の美少女ダイバー『ぽっぽちゃん』ッ!」

映像通信が、フルフェイスヘルメットを被った、小柄の女性ダイバーを映し出した。

「友のため、この世界のため、キミたち不正ダイバーを、懲らしめに来たのですよ!」

妙に大きな身振りをしながら、高らかに宣言する。

…のだが。

「…ロコモさんですよね?」

「ぎくうっ!」

その正体は、ケイによって、すぐに見抜かれてしまった。

「ち、違うのですよ! ぼ…私は謎の美少女ぽっぽちゃん! ロコモなんて名前は知らないのですよ!」

取り繕うとする『ぽっぽちゃん』だが、

「…いや、さすがに無理があるわよ…」

「別人を主張したいのなら、その鼻に付く口調や、ちんちくりんのダイバールックを変えるべきだ」

他の二人にも、既に正体がバレている。

「…ちぇっ。じゃあ、もういいですよ」

ぽっぽちゃん改め、ロコモは、諦めてヘルメットを外した。

「えーえーそうですよ、そうですとも。ボクはロコモ。フォース:特潜機勇隊のエージェントでもあり、GBNの特殊捜査官でもある、ハイブリッドなベテランハーフダイバーですよーだ」

不貞腐れる様子の彼女だが、ケイは全く気に留めない。

「どういうつもりですか? 僕らの邪魔をするなんて。…まさか、ナライア様が帰れなくても、良いというのですか?」

「そうじゃないですよ。…まぁ、本当はボクはそれでも良いと思ってますけど」

「…ふざけないで下さいッ!」

ロコモの返答に、ケイは怒りを示した。

「貴女もその目で見たのでしょう!? ナライア様の、あの痛々しい姿を!」

ディーヴァが回頭し、大列車ホウキ星に前を向ける。

機体越しに、ロコモを睨みつけるかのように。

「今こうしている間にも、ナライア様はどんどん衰弱している。貴女のおふざけに付き合っている暇はないんです!」

先のように、フォトンブラスターの砲身が切り替わった。

「最後の警告です。これ以上、僕らの邪魔をしないで!」

その様子に、ロコモは。

「…まぁ、おふざけを混ぜたのは、一応謝っておくのですよ。…けどね」

残っていたオッゴ部隊を、改めてディーヴァ周囲に集結させる。

「ケイさん。…やっぱり、あなたは一つ、大切なことがわかっていない」

「大切なこと…?」

「ええ。…それが分からない、分かろうとしない限り、ボクは貴方を通すわけには行かないのですよ」

「…なんだというのですか? その『大切なこと』とは」

ロコモを睨みつけるケイ。

対して、ロコモは小さなため息を付いた。

「それが残念なことに、ボクにもわからないのですよ。…きっと、リナリアちゃんはボクには教えてくれない。…もちろん、貴方にも…ね」

ケイも呆れたように、鼻を鳴らす。

「…何を、訳のわからないことを」

ディーヴァの左カタパルトが、そのハッチを開いた。

「もう、良いです。応じてくれないのなら、話す必要もありません」

カタパルトから、大量の何かが発進する。

モビルポッド、ボールと呼ばれるガンプラたちだ。

「貴女をねじ伏せてでも、この場を通らせて貰います」

ボールは隊列を成し、オッゴの隊に襲いかかっていく。

「…やっぱり、貴方は『そういう手段』を取るのですね」

対するロコモは、最後のステルスを解除した。

大列車ホウキ星は、ようやくその全貌を表す。

ラングとクタン参型、その後ろには、さらに巨大なコンテナと、ブースターが接続されていた。

「…じゃあ、ボクは時間を稼がせてもらうのですよ!」

コンテナから、新たなオッゴが多数出撃する。

戦闘が、より激しくなっていく。

 

ーーリナリアちゃん。

ボクはあの日、二人でスワークルを見て回った時から。

キミがエルダイバーじゃないということ、なんとなく、察していた。

けど、ボクにとってはそんなこと、どっちでも良かったのですよ。

ボクは、キミのことが好きだから。

キミがこの世界で笑っていられるなら、それ以外のことは、どうでも良かった。

でもね。

グレーヒー・リボンで戦った時に、わかったのですよ。

リナリアちゃんには、この世界にこだわる理由があるってこと。

キミには、その命をすり減らしてまで、この世界にこだわる理由が、あるのですね。

でも、それを知るには、ボクとキミとが過ごした時間は、きっとまだ、足りない。

だから、ボクは託すことにしたのですよ。

ボクより長く、キミのそばに居た彼なら。

きっと、全てを知る権利がある。

キミを思い、キミのそばに居続けていた彼になら。

キミもきっと、もっと素直になれる。

 

そのための時間は、ボクが作ってあげるのですよ。ーー

 

 

 

最初から、そこにヒントがあった。

ただ、その時はまだ、それに気付けるほど、彼女のことを知らなかった。

俺も、自分の境遇もあって、あえて触れないようにしていた。

結果、気がついてみれば、いつのまにか忘れていたんだ。

 

『戻れないの!』

叫ぶリナリア。

『わたしはもう、戻れない!』

モビルドールの猛攻が、ジェマイユを襲い続ける。

『戻る場所も、帰るところもない!』

対して俺は、それを受け止め続けた。

『だからわたしは、この世界で生きていくの!』

彼女の声を聞くために。

『それしかないのッ!』

彼女の、本当の気持ちを知るために。

「本当に、そうなのか!?」

叫ぶように、聞き返す。

「そんなこと、誰が決めたんだ!?」

俺の問いに、モビルドールの動きが止まった。

『それは…』

躊躇う声。

…今がチャンスだ。

「なぁ、リナリア」

伝えなければ。

まだ、彼女に伝えていないこと。

「覚えてるか? スワークルで、久しぶりに俺とお前が会った、あの日のこと」

答えは返ってこないが、続ける。

「お前は、何も聞かないでくれたよな」

あの日。

リナリアは、俺が居なくなった理由を、問わなかった。

「俺は…さ。信じていた友達や仲間が、知らないところで、俺だけを仲間外れにしている、ってことを知ったんだ」

フューチャーコンパスと、セイゴ。

あれからもずっと、俺は自分の過去を、振り切れていない。

「原因は、俺の過去の間違った行動にあるから、仲間たちが悪いとは思えない。…けど、それでも、何も言わないで仲間外れにされたことや、一番信頼していた友達に、ずっと教えてもらえていなかったことが、なんていうか…悲しくて、悔しかったんだ」

だから、俺はあの日から、長い間GBNを遠ざけていた。

でも。

「そんな時に、お前は俺に、『帰ってきてくれて嬉しい』って言ってくれた」

…恥ずかしい話だけどな。

「俺は…さ、その言葉が、めちゃくちゃ嬉しかったんだ」

あれがなかったら、きっと俺は、別れだけを告げて、また逃げてしまっただろう。

そうして二度と、GBNに来ることはなく、一人でずっと、塞ぎ込んでいただろう。

そして。

「それだけじゃない。…何も知らないまま、俺のために伝える言葉をずっと考えてくれていたことや、お前がその言葉を選んだ理由を伝えてくれたことも…」

少し、大袈裟かもしれないが。

「俺はあの日、お前がくれた全ての言葉に、救われたんだよ」

こんな俺にも、待っていてくれる人がいた。

その事実が、どれほどに俺を、安心させてくれたことか。

「リナリア」

今一度その名を呼び、話を戻す。

「この数日間、俺はずっと考えてた。…お前はエルダイバーになるべきなのか、そうじゃないのか」

モビルドールが少し動いた。

リナリアが、心構えをしたかのように。

「で、一つの答えが出た」

深呼吸をしてから、伝える。

「そんなこと、どうでもいい!」

そう。

どうでもいいんだ、そんなことは。

『…………えっ……?』

リナリアが驚いている。

余程想定外の言葉だったのだろうか。

「だって、仮にお前がエルダイバーになったとしても、俺は元々お前のことをエルダイバーだと思ってたわけで」

最初からずっと、俺たちはそうやって過ごしてきたんだ。

「一番大切なことさえ何も変わらなければ、お前がエルダイバーなるかどうかなんて、俺にとっちゃ、どっちでもいいんだよ」

『えっと…』

先程までの激しい口調は何処へやら、リナリアは困惑したかのような声をしている。

『わ、わたし、本当はエルダイバーじゃないんだよ? だからエルダイバーになろうとしてて…』

「いや、だからどっちでもいいんだって。そもそも俺は、お前がエルダイバーだから一緒にいるわけじゃないし」

なんで答えるが、リナリアはまだピンとこない様子だ。

『で、でもじゃあ、なんでここに来たの? わたしを現実世界に戻そうとしてたんじゃあ…』

「違うって。最初に言ったじゃないか。俺はお前と話をしに来たんだよ」

『はなし…って、まさか、これが…?』

これ、とはご挨拶じゃないか。

「そうだ。お前の言葉が聞きたかったのと、お前に伝えなきゃいけないと思うことがあった。だから来た」

これでも結構恥ずかしいことを言ったんだ。それなりに覚悟を決めて来ているつもりだったが…。

『で、でも、そんな、…じゃあ、何で…あれっ?』

リナリアは、まだ困惑している。

「繰り返すようで悪いんだが、俺は一番大切なことが変わらないのなら、お前がエルダイバーになろうがなるまいが、どうでもいい。…ここまで、わかるか?」

復唱して確認する。

『…いちばんたいせつなこと…?』

「そう。それをお前に伝えたくて、お前にわかってほしくて、だからここまで来たんだよ」

それ以上の事は、後で考える。

ロコモにもちゃんとそう言って、ここに来た。

『じゃあ、その、一番大切なことって…?』

…いや、あのな。

「さっき、俺はお前に救われた、って話、しただろ。…それは、わかってくれたか?」

察してくれ。そう思って聞き返したが。

『うん。…でも、えっと、それが『大切なこと』と、関係あるの?』

…ダメだ。わかってもらえていない。

「…ああ、クソッ、察しが悪いな…」

恥ずかしいが、しかたない。

こうなったら、はっきり言ってやる。

「リナリア!」

思わず大声が出てしまった。

『は、はいっ!』

つられて彼女も、大声で返事をくれる。

何だか余計に緊張するが…言うしかあるまい。

「俺はお前に救われて、お前のそばにいたくて。そんな俺にお前は、俺と一緒で嬉しい、って言ってくれて、俺はそれも嬉しくて…」

言い淀んでしまったので、

「だから、俺はッ!」

言い直す。

「俺は! お前と一緒にいたいッ!」

エルダイバーだろうが、そうじゃなかろうが。

「俺はお前に、俺のそばにいてほしい!」

ただ、それだけのこと。

「それが、俺にとっては一番大切なことなんだよ!」

強く、言い切る。

『ジン…』

リナリアが、俺の名を呼ぶ。

『嬉しいな…。わたし、そこまでジンに、大切に思われてたなんて…』

眼前のモビルドールが、姿を変える。

『でも…わたし、ホントはただ、ジンに甘えてただけなの』

それは球体に集約して。

『ジンに甘えて、頼って、縋って…。あなたを盾にして、ずっと逃げてた…』

その中から、少女の姿が現れる。

『ジンが、歩み寄ってくれたから。手を差し伸べてくれたから…』

見知った姿だ。

何度も、何度も共に過ごした。

『だからわたしは、それを失いたくなくて、あなたを思ってる、みたいな言葉を掛けて…』

己をエルダイバーだと名乗り、俺の前に現れた時と、変わらない姿。

『それが、ジンにとって嬉しいものになっただけ。…ぐうぜん、たまたま…なの』

リナリア。

「わたしは、あなたを利用しただけ…」

その表情は、困惑に満ちていて。

「わたし自身のために、あなたの近くにいただけなの」

…違う。

「だからわたしは、あなたのそばにいる資格なんてない」

そうじゃない。

そんなことない。

「だから、わたしは…」

ああ、もう!

「うるせぇ!」

思わず、俺はジェマイユから飛び出した。

「確かに、俺がお前に救われたのは偶然かもしれない。お前にとって俺は、ただ都合の良い存在だっただけかもしれない。…けどな、そんなことはどうでもいいんだ!」

下手に理由や根拠を探すから、ややこしくなるんだ。

大切なのは、そんなことじゃない。

「俺はお前に救われた! お前がいたから、今、俺はここにいる!」

確かなのは、俺の気持ちは最初から変わっていないということ。

「俺はこれからも、お前にそばにいてほしいんだよ!」

何も変わらないんだ。

初めて喧嘩して、仲直りした時からずっと。

「理屈や正論なんてどうでもいい! 俺はお前と一緒にいたい! この気持ちだけが、今の俺の全部なんだよ!」

俺は両腕を、リナリアに伸ばした。

「だから、来いッ! リナリア!」

叫ぶ。

「これからも、俺と一緒に居てくれッ!」

真っ直ぐに彼女を見つめる。

リナリアは、俺の言葉に頷いて。

「…うん」

涙を流しながら。

「うん…ッ!」

この腕の中に、飛び込んだ。

 



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最終話「あなたといっしょにいたいから」

数分くらい、リナリアはただ、俺の腕の中に居た。

やがて、その顔を上げて、俺を見る。

「…わたしね、リアルの世界では、いじめられているの」

すごく辛そうに、そんな言葉を紡いだ。

「…言いたくないことなら。無理に言わなくていいぞ」

そう言ってあげると、リナリアは苦笑する。

「ジン、前にもそう言ってくれたよね」

…そうだったな。

「でも、聞いてほしいの。…ジンに知ってもらいたい。…ジンになら、きっと全部、言えるから」

リナリアはそう答えて、さらに言葉を続けた。

それは、とても歯切れの悪い話で。

彼女自身、上手くまとめられないでいた。

それでも、全部を伝えようとするリナリアは、とても一生懸命で。

俺は、理解に努めた。

 

 

リナリアの家庭は裕福で、とても大切に育てられていた。

新しいもの、流行りの物には必ず触れられる。

同年代の子供達が憧れるような高価な物も、ほとんど買い与えられる。

そんな恵まれた存在を、誰もが最初は羨んだ。

しかし、それもしばらくすると、嫉みに変わっていった。

皮肉なことに、リナリアが恵まれていることが、リナリアと周りの子供達との壁を、作ってしまった。

 

リナリアは、誰にも構ってもらえず、寂しい日々を送っていた。

だからこそ、リナリアは人一倍努力した。

頑張ったら褒めてもらえる。きっとみんなからも頼られる、素敵な存在になれる。

そう思って努力した彼女は、勉強もスポーツも上達し、その才を発揮していった。

 

しかし、現実はそんなに甘くなかった。

リナリアが頑張れば頑張るほど、その実力が、大人たちに認められれば認められるほど、周りの子供たちは、リナリアを憎むようになっていった。

どんな事をしても、リナリアには敵わない。

そんな状況は、リナリアを孤立させてしまっていた。

 

そうして、いつからか。

リナリアは学校で、いじめられるようになっていた。

 

やがて、彼女は今の病気にかかった。

学校にも通えなくなり、病院で静かな時を過ごすだけの日々になった。

けれど彼女は、それが嬉しかった。

理由はどうあれ、リナリアはいじめから解放されたのだから。

 

その後、GBNとシナトについての話を聞いて。

リナリアはシナトを使い、GBNで遊ぶようになった。

そこはとても自由な世界だ。

生まれも育ちも関係ない。

ただ、個々の「好き」を表現し合い、競い合い、認め合う世界。

「好き」という気持ちさえあれば、何でも出来る。

それ以外のことは関係なく、誰も興味を持たない。

そんな魅力的な「別の世界」に、リナリアは完全に没頭した。

 

でも。

いくら世界が違っていても、別人になれるわけではない。

それまでずっといじめられていた彼女はもう、どんな言葉で人と接するのが正しいのか、わからなくなっていた。

羨まれ、妬まれ、憎まれて。

何をしても、否定され続けて来たことで。

リナリアはもう、人を信じる事が、できなくなっていた。

 

それでも。

GBNは、身も心もすり減ってしまった現実世界よりは、はるかに自由だった。

だからリナリアは、GBNにこだわった。

こちらにいれば、いつかは誰かと仲良くなれる。

そう、信じて。

 

 

「最初はね、なんとなく、だったの」

リナリアはそう言って、ジェマイユを見上げる。

「ジンの、クラフタルシステムを見た時に、直感で思ったの。…このガンプラと、そのダイバーと一緒にいたら、わたしはもっと自由になれるんじゃないかな、って。…それが、わたしがジンに近づいた、最初の理由」

最初…。

初めて会った時のことか。

「でもわたし、自分のことをうまく話せなくて…。普通の人と違う自分を、どんな風に説明しようかなって…。それでとっさに思いついたのが、『エルダイバー』っていう言葉だったの」

…ふむ。

「じゃあ、俺にエルダイバーだと名乗ったあの時こそまさに、リナリアにとって初めて、エルダイバーという存在を意識し始めた時だったわけか…」

なんて言いつつ、俺も考えてみる。

確かに、最初の頃は、普通のダイバーより少し感覚的な発言が多い程度だった。

おそらくそれは、エルダイバーだからではなく、シナトによる特殊な環境が成せた事、なのだろう。

「…じゃあ、リナリア。…お前が『本当のエルダイバーになりかけている』のは、いつからなんだ?」

問いかけると、リナリアは首を横に振る。

「わたしも、どこまでがシナトの性能なのか、わからないから。…でも」

と言って、ジェマイユに手を伸ばした。

「わたし自身がそれに気がついたのは、あの日、ジンと久しぶりに会って、このガンプラに触れた時、かな」

…そういえば、あの時のリナリアは『初めてできた』と言っていた。

ジェマイユに触れたまま、リナリアは俺に向き直る。

「あれ? このガンプラ、見た目は似てるけど、いままでのジンのガンプラと全然違う…」

…やはり、触れるだけでわかるのか。

「…ああ。それはロコモが、俺のために用意してくれたのさ」

「ロコモが?」

「俺のガンプラじゃ、バグを促進しかねいからな。話をする時間を少しでも作ろうと…」

と、説明していて、思い出す。

「そうだな。時間がないんだ。…決めなきゃな」

俺は改めて、リナリアに向き直った。

「さて、どうする? リナリア。…お前本当に、このままエルダイバーになるつもりか?」

その問いに、リナリアは少し考えてから、

「…ねぇ、ジン」

俺の手を握った。

「あっちの世界のわたしはね、みんなに嫌われてるし、病気にもかかってるの」

その手を見つめる目が潤んで。

「あっちの世界は、わたしにとって良いことなんて、何もない。…だからわたしは、自分が、エルダイバーに近付いてることを知った時、このままそうなってしまうことを望んだの。…でも」

涙が溢れた。

「なんでかな…。ジンがそばに居てくれて、ジンの手を握ったら…。今になって、すっごく、怖くなってきちゃった…っ」

声と共に、その体も震え始める。

「この前、わたしがジンのガンプラを借りたあとも、ね」

…ブレイクブーストで、暴走した時のことか。

「あの時、わたしの意識が、この世界のシステムデータに飲み込まれていったの。わたしという存在、わたしの意思の全部が、大きな大きな世界の中に、散り散りに飛ばされそうになって…。すごく、こわかった…」

あの時も、悪い夢を見た、って、言ってたな。

「現実に戻ってもいい事なんてないのに、エルダイバーになっちゃうのも、怖いよ…」

…そう、だろうな。

こちらの世界がどんなに美しくても、自分が自分でなくなることが、怖くないわけがない。

「ジン…。わたし…どうしたら、いいのかな…?」

だからきっと、本当にわからないのだろう。

自分がどうしたいのか。

どうしたらいいのか。

どうするのが、本当にいいことなのか。

「…そうだな…」

ずっと心の奥に閉じ込めていた、リナリア自身の本音。

それが今になって出てきた、ということは、その理由はやはり、俺にあるのだろう。

俺がこうして、リナリアに一緒にいたいと伝えたから。

リナリアは、その言葉に応えてくれた。

だから今、俺を信頼して、不安を教えてくれているんだ。

「あのさ、実は俺、お前が入院している病院まで、見舞いに行った事があるんだ。だから、リアルのお前に会いに行くまでの道のりも、だいたい把握してるんだけどさ」

…こういう時、気の利いた答えが言えたらいいんだけどな。

俺はそんなに器用じゃない。

「道中に、評判の良いケーキ屋があるんだが、店の雰囲気がこう…可愛らしいというか。流石に男一人で入るのは、気まずいんだ」

リナリアの目を見つめて。

「お前と一緒なら、行けそうな気もする」

繋がれたままの手を、優しく握り返す。

「だから、俺とケーキ、食べに行かないか?」

それは、とてもささやかな誘いかもしれない。

リナリアを待ち受ける現実の辛さに比べたら、ほんの些細な幸せなのかもしれない。

でも。

「…あのね、ジン」

リナリアは、涙を拭う。

「わたし、病気だから…、きっと、好きな物を食べられるようになるまで、時間がかかると思うの…」

一度俺を見上げて、でもまた、涙を浮かべて。

「外に出られるようになるのも、お店で食事ができるようになるのも、きっと、もっとたくさんの、時間がかかると思う。…だから」

また、涙を拭って。

「それまで、待っててくれる…?」

改めて、俺を見上げる。

「それまでずっと、わたしのそばに、居てくれる…?」

…そうだな。

現実に帰ったとしても、すぐに普通のことができるようになるわけじゃないよな。

「わかった。待つよ。約束だ」

俺は、リナリアに小指を向けた。

「その時が来るまで、俺はお前のそばにいる」

それは、いつかのゆびきりと同じ言葉。

けれど、何も知らなかったあの時と、今は違う。

「勿論、それからもずっと、な」

だから、そう付け足した。

「…ありがとう、ジン」

リナリアは俺の指に、自分の指を絡める。

「じゃあ、やくそく」

そして。

「わたしも、現実の世界、頑張ってみる」

笑ってくれた。

 

 

程なくして。

俺たちは、いつのまにか地震が起きていることに気がついた。

…いや、地震というか、今立っている黒い雲が揺れている、というのか。

「…何が起こってるんだ…?」

辺りを見渡すと、機会じかけの巨大な花が、雲の中から浮き上がっている。

「あれが原因なのか…?」

俺の視線を追う形で、リナリアもそれに気がついた。

「ガトレアが、変わろうとしてる…」

「…ガトレア? アレのことか?」

俺が花を指さすと、リナリアは頷く。

名前があったのか。

「あれは、バグの集合体みたいなもの。わたしは、あれ招かれて、あの中にいた…」

…なんだかよくわからないが、確かに、ガトレアと呼ばれたその花は、中心の建造物群の姿を変え始めている。

「…わたしが、エルダイバーになってもいい、なりたいって思ったから、わたしをエルダイバーにしようとするバクが、わたしと一つになって、実体になったもの。…わたしはあの中で、モビルドールのモンタージュを貰って、それを使ってジンを追い出そうとした…んだけど…」

そのリナリアは、エルダイバーになることを拒み、現実に帰ると決めてくれた。

つまり…もしかして。

「対象を失ったから、バグが暴走し始めているのか…?」

俺の推測が言葉になった時、ガトレアは、その花柱と花糸を、人の形に変え終わった。

よく見れば、それは様々なガンプラのパーツを、強引に接着したかのような姿をしている。

花弁が一度閉じかけて、さらに大きく広がると、その動きに乗って、ガトレアは大きく上昇した。

まるで、花弁を羽として空を飛ぶかのように。

そうして俺達を見下ろすと、やがてその羽を輝かせる。

…なんか、ヤバそうだぞ。

「リナリア!」

直感的に危機を感じた俺は、リナリアの手を引いて、ジェマイユの中に戻った。

すぐさまプロテクションを前面に展開すると、ガトレアの光は線となって、こちらに降り注ぐ。

プロテクションに衝突。すると…、

「な、なんだ!?」

プロテクションは、その形を保ったまま小さくなり、やがてコロリと暗い雲の上に落ちた。

その様子はさながら、リアルでガンプラのパーツを落とした時のようで。

「まさか…!」

などと言っているうちに、また新たな光の線が伸びてきた。

「ジャベリンクラフト!」

ビームサーベルを引き抜き、ビームジャベリンを作り出して、投げる。

それは光の線に触れると、収縮化して、落ちた。

やはりこれも、リアルでの「ガンプラのパーツ」のように。

「あの光の線、ガンプラを「リアルでの姿」にすることができるのか…!?」

GBNでは実物のように扱えるガンプラを、ただのプラモデルとしての姿に戻してしまう。

言うなれば、ガンプラの『無力化』といったところだろう。

「あんなものにジェマイユ本体が当たったら、俺たちはここから出られなくなるんじゃないか…!?」

逃げるしかない。そう思って、機体をガトレアから遠ざける。

「ライフルで牽制射撃を…」

と言いながら、機体の武装スロットを確認したが、なんてことだ。ライフルのデータがない。

流石のロコモも、完全に再現できたわけではなかったのか…。

「そうだ、ロコモといえば…!」

考えていて思い出す。アレがあった。

アイテムリストを開く。

しかし、それはアラート表示によって遮られた。

「ジン、上!」

リナリアの声。確認すると。真上からガトレアの光の線が近づいている。

「うおっ!」

緊急回避。なんとか避けられたが、光の線は次から次へとこちらに伸びていた。

まるで連続射撃。回避するのが精一杯だ。

「リナリア!」

俺は、開いたままのアイテムリストをリナリアに向けた。

「中に『ロコモブザー』ってのがあるはずだ。それを探して、取り出してくれ!」

言いながらも、機体の回避運動を続ける。

光の線は休みなく振り下ろされ続けている。

「え、えっと…、あ、あったよ!」

取り出しに成功した…らしいが、確認している余裕はない。

「そのブザーを押してくれ! ロコモが来てくれるハズだ!」

「う、うん、わかった!」

リナリアの返事と共に、

『ぽちっ!』

妙にわざとらしい、ロコモの声が鳴る。

それは…押した、って事でいいんだよな…?

不安になること数秒、やがて眼前の空間が、強引に捻じ曲げられた。

穴のようなものが出来て、中に宇宙空間が見えた…かと思えば、

「うおっ!?」

そこから、大量のオッゴとボールが流れ込んできた。

急停止して衝突を避ける。

オッゴとボールは、勢いよくこちらの空間内に広がった。

そのうちの一部は、ガトレアの光の線に当たって、無力化されていく。

「何が起きた!?」

「何よコレぇ!?」

そして、オッゴとボールに流されるように、見覚えのあるガンプラが飛び込んできた。

Gアルケインと高機動型ザクのカスタム機。

ミカと、ラグザだ。

更に。

「よよーっ!! ボクの、ボクの大列車ホウキ星があーっ!?」

なんか、クタン参型の改造機と、でかいコンテナと、よくわからないモビルアーマーが見えて…穴に詰まった。

かと思えば、クタン参型だけが取り込まれ、他の2機は更に大きなものに押しのけられる。

なんだアレ。宇宙戦艦か…?

横たわった状態で空間の穴にひっかかり、艦橋だけがこちらに入り込んでいる。

「って、ジンくん!? もしかしてブザーを使ったのですか!?」

クタンからロコモの声がする。

あそこにロコモがいるのか。

「せっかく時間稼ぎしてあげてたのに、これじゃみんな呼び込んだみたいになっちゃったのですよ!?」

なんで叫ぶが、その間に、俺たちの間にあったオッゴが、光の線に焼かれて無力化される。

「…って、ええ!? なんですか!? あのでっかいガンプラ!?」

驚くロコモ。

「コイツ、さっきから変な光撃ってくるんだけど!?」

怒り散らすミカ。

「どういうことだ!? 何故あの光に当たったガンプラたちが、ただのプラモに戻っていくんだ!?」

慌てるラグザ。

「ジンさん、そこに居るのですか!? ナライア様は!?」

艦橋から声を響かせる、ケイ。

「ジンくん! これ、どういう状況なんですか!?」

…いや、それは俺も聞きたい。

向こうで何があったのか知らないが、どうやらかなりの取り込み中だったものを、強制的に呼び出してしまったらしい。

現れた四人が、それぞれ混乱している。

誰に何から説明するべきか。そう考える俺の横で、

「みんな!」

リナリアが、叫んだ。

「わたし、ジンと一緒にいるよ!」

ジェマイユを操作する俺の手に、彼女は自分の手を乗せる。

そうして、ジェマイユの腕をガトレアに向けた。

「アレは、わたしをエルダイバーにしようとするバグの塊で、アレがある限り、わたしは現実世界に戻れないの! だから!」

リナリアは、俺に一度笑ってみせる。

「みんな、お願い! アレ、やっつけて!」

ただ、それだけの言葉。

それが。

「…わかったのですよ!」

「オーケー!」

「アレを倒せば良いんだな?」

「お任せ下さい、ナライア様!」

この場にいる全員の意識を、ガトレアに向けさせた。

「リナリア、お前って奴は…」

俺は驚きつつも、納得する。

そうだ。

今ここに居る全員、立場や理由が違っても。

みんな、これまでずっとリナリアのために戦ってきたんだ。

リナリア自身の言葉で、動かないわけがない。

「…よし、みんな、やるぞ!」

俺だって、その一人だからな。

 

 

「ジンくん、コレを!」

ロコモに呼ばれて振り返ると、クタンから滑空砲が撃たれた。

それに被弾すると、ジェマイユは、オリジナルのクリスタイル・オーガンダムの換装形態「Ver.SH」の姿に変わる。

こっちも用意してたのか。

「助かった。これでまともに戦える!」

再現された融合粒子弾ライフルを構える。

その間にも、ミカとラグザが先行していた。

「このォ!」

アルケインの対艦ライフルが、ガトレアの右の羽を撃ち抜く。

「そこだッ!」

大きく怯んだその隙を突いて、ザクのバズーカが火を吹いた。

ガトレアの左足に連続で命中し、破壊する。

これに対して、ガトレアは両腕を左右に広げた。

肘から先が分離し、それぞれがザクとGアルケインに迫る。

その動きはジオングの腕のようだが、大きさが桁違いだ。

指から放たれるメガ粒子砲は、ザクの右腕と左足、Gアルケインの左腕と両翼を焼き尽くした。

「ぐあああっ!」

「嘘でしょッ!?」

一撃で大破まで追い詰められた二人。

しかし。

「露払いご苦労、なのですよ!」

その隙を突いたのは、ロコモだった。

「行くですよ! 土星エンジン、フルパワー!」

クタンが大きく開いたかと思えば、信じられないスピードで、ヅダが飛び出している。

ノズルから溢れ出す青白い光は、やがて機体の全てを包み込んだ。

アレじゃ自爆特攻みたいなものじゃないか、そう思ったのも束の間、よくみるとヅダの周りには、光の円のようなものが浮かんでいる。

その姿は、まさに『土星』。

あの円は…サイコフレームだろうか。

円の内側に居るヅダの光は、サイコフレームに吸収されている。

臨界に達したエネルギーを吸い取り、外側に増幅して放出しているんだ。

なんで無茶な改造を…。

「食らうのですよ! ヅダの出力と! サイコシャードのオカルトパワー! 相乗効果でスーパー威力のォ…必殺!『マルノコ・オブ・サターン』!!」

発言と同時にサイコフレームが高速回転し、ガトレアに襲いかかる。

まさに丸鋸を押し付けられたかのように、ガトレアは火花を散らして削られ始めた。

「このまま削り切ってやるのですよ!」

と、ロコモが言った直後、ガトレアは残った羽から光の線を撃ち、ヅダに当てる。

「よよっ!?」

ヅダはどんどん縮小し、やがて完全に無力化された。

「そんなァ! そんなのってないのですよぉー!」

弾き出されたロコモは、傘のようなものを持って、ふわふわと降下してくる。

一方で、ガトレアにもダメージはあったようだ。

身動きが鈍い。

「今だ!」

俺はロコモの残したクタンに近づいた。

両端の巨大なアームが、ロコモが飛び出した衝撃で切り離されている。

それを拾い上げ、ガトレアに向けて放り投げた。

対して、ガトレアは胴体から複数の銃口を露出させ、それらからメガ粒子砲を斉射。

投げたクタンのパーツは、跡形もなく砕かれてしまう。

が。

「うおおおおっ!」

実は、その影に隠れて、俺も接近していた。

クタンのパーツが砕かれた隙に、融合粒子弾を構え、連射する。

狙ったのは、ロコモが付けた傷。

数発逸れたが、半数以上がヒットした。

ガトレアは大きく身を反り、ミカのGアルケイン、ラグザのザクを狙っていた腕を呼び戻して、ロコモが付けた傷元に手を当てていた。

まるで、傷を庇うかのように。

「…よし、効いてる!」

確認した俺に、

「どいてください、ジンさん!」

背後から届く通信。

振り向いた先には、先ほど開いた空間の穴がある。

宇宙戦艦が引っかかっていたそこには、2本のカタパルトデッキが強引に押し込まれ、中央の砲身をこちらに向けていた。

ものすごい質量の光が、その中心に集まっている。

言われた通り、俺はその斜線上からずれた。

「フォトンブラスターキャノン、発射ァッ!」

途端、巨大な砲撃が放たれて、ガトレアに当たる。

あまりにも大きなその砲撃は、ガトレアを大きく吹き飛ばした。

全身を焼き尽くす巨大な砲撃を浴びても尚、ガトレアはまだ、ゆっくりと動いている。

まだ足りていないようだが、相当効いているハズだ。

あと一撃、大きな技を当てれば…!

「トランザム!」

それが、できる。

俺の、必殺技なら!

「…オーバーフロー!」

ジェマイユは融合粒子弾ライフルを頭上に構え、それを起点とし、高速回転を始めた。

更に左腕の融合粒子ディフェンサーを展開し、オーバーフローで溢れ出した融合粒子が、回転の軌跡で一つに繋がり、幕のように、壁のように重なっていく。

やがてジェマイユは、巨大な円錐のような形になった。

「必殺!」

円錐となったジェマイユで、きりもみを描いてから、真っ直ぐにガトレアへと向かう。

「ダイナミックリスタイル!」

狙うは、ガトレアの傷口。

大きく弱ったその体は、抵抗することもできず。

ジェマイユは、ガトレアを貫いた。

やがて、謎の空間も崩れ始め、それを埋めるように、宇宙エリアが広がり始める。

「…やった、んだな…」

「…うん」

隣に居るリナリアは、崩れ行くガトレアを見つめている。

「今までありがとう、ガトレア」

その言葉を最後にかけられて。

ガトレアは、完全に消滅した。

 

 

その後、お互いに話すべきことを話し、状況を充分に理解して。

俺は、リナリアの身柄をケイに託した。

彼女自身も、それを決意していた。

事態は一刻を争う。俺は最後に、もう一つだけ約束をして、リナリアと別れた。

次に会うのは、リアルの世界で、と。

 

 

それから、一ヶ月くらいが経過して。

「…で、結局ボクらがケイたちと戦った意味って、何だったんですよ?」

ここは、グレーヒー・リボンの、クッタロの屋台付近。

共に一服をしていたロコモが、俺にそんなことを言った。

「なんだ、急に?」

見ると、彼女は難しい顔をしている。

「だって、そうでしょう? ボクらはずっと、リナリアちゃんがケイたちを拒むから、ケイたちと敵対し続けたのに、結果的にケイの意思だけが達成された。…ボクたちは、なんの意味もなく戦っていたことになりませんか?」

それが不服なのか。

…まぁ確かに、リナリアが出した選択と、その結果を考えれば、それまで俺たちがしていたことは、単なる邪魔でしかなかったのかもしれない。

「…そうじゃない、とは言い切れないけどな」

そうだ、とも言えない。

「俺は、良かったと思ってる。リナリアを守って戦った意味は、確かにあった、ってな」

そう答える俺には、確信があった。

「…どうしてですよ?」

「簡単な話さ」

俺と出会う前のリナリアは、リアルに戻ることを、怯えるくらいに嫌がっていた。

でも、ガトレアを倒してケイについて行った時のリナリアは、もう覚悟を決めていた。

「これまで、あいつは俺といろんなところに行って、いろんな戦いをしてきた。…俺の過去に触れたり、お前の優しさに触れたり。…そうやってリナリアは、この世界でいろんなことを経験した」

だから、あの時はもう、震えていなかった。

「成長したんだ、リナリアは。俺たちがあいつを守って過ごした時間が、あいつに覚悟を決めさせた。リアルの世界に向き合う勇気を与えた。…俺の戦いは、その時間を作るためにあったのさ」

そう。

俺の戦いの意味は、そこにあったんだ。

「…なぁんだ。わかってたんですね。ジンくんも」

と、ロコモは笑う。

「なんだ? それじゃ、俺を試したかのような言い草じゃないか」

「その通りですよ。ボクは、ジンくんが結果だけを意識して、自分が戦っていた意味がわからなくなっているんじゃないかって思ったから、わざと言わせたのですよ」

…マジかよ。

「食えない奴だな、お前は」

「心配してあげたのですよ?」

「余計なお世話だ」

少し苛立つが、まぁいい。

気を落ち着かせるために、俺もココアに口を付ける。

「…うん、やっぱり、味を感じないな…」

元より、俺は味覚までフィードバックされないはずだった。

そういう意味では、これで正しいのだが…。

「前に来た時は、味を感じられたんだが…」

「うん? ああ、それは多分、バグの影響なのですよ」

と、ロコモ。

「バグって、リナリアをエルダイバーにしようとしていた、ガトレアのことか?」

「もちろん。…あのバグは、もともとジンくんのクラフタルシステムと、リナリアちゃんのシナトの相乗効果で引き起こされたものですからね。その影響がリナリアちゃんに『だけ』現れていた、とは限らないでしょう?」

…言われてみれば、確かにそうだ。

「…じゃあ、あのまま放っておいたら、俺もエルダイバーになったかもしれない…のか?」

「いやいや。リナリアちゃんがクラフタルシステムの近くに居ても、ジンくんはシナトでダイブしてるわけじゃないので。…なんていうか『余波』みたいなものだと思うのですよー」

余波…ねぇ。

まぁ、それでクッタロのチョコバナナが本当に美味いと知れたのは、良いことだったのかもしれないな。

「念のため、あとでボクがジンくんのダイバーデータを検査しておくのですよ」

「…いいのか?」

「はいですよ。…どっちみち、ボクの立場上、いずれ今回の件に関わったダイバーと、そのガンプラの検査をしろ、っていう命令が来るでしょうからね。厄介事は先に片付けておきたいのですよ」

なんて言いながら、ロコモはため息をつく。

よくわからないが、彼女も大変なのだろう。

俺のダイバーデータか…。

「…そういえば、まだジェマイユのデータを返してなかったな」

そう思い、俺は自分のステータスを開こうとして。

「…あ、やばい」

時計が目に入った。思ったより時間が進んでいる。

「すまん、ロコモ。そろそろリアルに帰るよ」

約束の時間が近い。

「またですか? 最近付き合い悪いですよ。ジンくん」

「前にも言ったじゃないか。リアルが色々と忙しいんだ」

そんな風に答えつつ、席を立つ。

「で、今日は何の約束ですか?」

俺はログアウト画面を開き、

「一番大切なヤツ、さ」

そう答えて、GBNを出た。

…結局、ジェマイユは返し忘れた。

 

 

それから、数十分後。

やがて、俺はリナリアの病室に着いた。

「やぁ。久しぶりだな、リナリア」

声をかけると、

「…ジン?」

彼女は不思議そうに、俺を見る。

「…びっくりした。向こうの世界と、あんまり変わらないんだね」

…ああ、そうか。

リナリアにとっては、これがリアルでの初対面だったな。

「もっとイケメンかと思ったか?」

つい、軽い皮肉を返してしまうが、

「ううん、むしろ安心しちゃった」

リナリアは微笑んでくれる。

「ジンは、ジンなんだね。…向こうでも。こっちでも」

「…そうかもな」

ダイバールックを派手に弄っていないだけなのだが、まぁ…それは良しとして。

「…それで、その…どうなんだ? 病気のほうは」

気の進まない問いだが、聞かないわけにはいかない。

リナリアは少し俯いた。

「…実は、ちょっと前に、大きな手術を受けたの。…経過を見ながら、まだ何回か、手術を受けなきゃいけないみたい」

「やっぱり、相当悪いのか」

「うん。…上手くいっても、完治までは一年くらいかかるって、言われちゃった…」

一年…か。

思ったより長いな…。

「…そりゃあ、一ヶ月も面会謝絶なわけだ…」

思わず呟いた俺。

「あっ、それは違うの」

これに対して、リナリアは、俺に手を伸ばした。

「ほら、見て」

言われた通り、俺は彼女の手を見つめる。

とても細い腕だ。真っ白で、毛も生えていない。

それは綺麗というより、生気を感じられないものだ。

「ずっと寝たきりだったから、筋肉が衰退しているんだって。…だから、こんな姿をジンに見せたくなくて…」

…そういうことだったのか。

俺は前に来た時も見たから、あまり気にならない。

「なんだ、そんなことを気にしてたのか」

だから、そんな風に軽く言ってしまう。

「気にするよ。…わたしだって、女の子だもん」

リナリアは、その細すぎる手を、自分の胸に当てた。

「…本当はね、もうちょっと良くなってから、ジンに会おうと思ったんだけど…。やっぱり、不安になっちゃって…」

そして、その手を俺に伸ばした。

「ねぇジン、わたしのこと、本当に待っててくれる…?」

思うように力が入らないのか、伸びきる前に垂れ下がってしまう。

「本当に、わたしのそばに、いてくれる?」

それでも、もう一度。

諦めずに、伸ばされた手を、

「当たり前だ」

俺は、しっかりと握る。

「約束したじゃないか。大丈夫、ずっとそばにいる」

俺だって、この一ヶ月、何もしていなかったわけじゃない。

リナリアを現実に戻せば、全てが終わると思っていたわけじゃ、ない。

「これを見てくれ」

俺はリナリアに見えるように、一枚の紙を掲げた。

「これは…?」

それは、アパートの情報をプリントアウトした紙。

「ちょっと古い建物だが、景観は悪くない。自転車があれば、この病院から10分前後の距離なんだ。スーパーはちょっと遠いけど、近くにコンビニもある…」

言いながら、さらに一つのものを取り出した。

それは、ストラップがついた鍵。

「俺は一週間前から、ここに住んでる」

そう。

この一ヶ月で、俺の生活環境は大きく変わった。

「仕事は、マエザキさん…ケイに紹介してもらってさ。…まぁ、なんて言うか」

リナリアの目を見て、微笑んでみせる。

「俺だって、何も考えずに『ずっとそばにいる』って言ったわけじゃない、ってことさ」

鍵と紙をテーブルに置いてから、改めてリナリアの手を握った。

「だから、安心してくれ。俺は本当に、お前のそばにいる。…お前のためになること、俺にできることなら、俺は何だってやってやるさ」

「ジン…。どうして、わたしのために、そこまで…」

どうして…か。

「言ったじゃないか」

その答え、今ならハッキリと言える。

「俺は、お前と一緒に居たいんだ」

下手な理屈や根拠なんて要らないんだ。

一番大切なことなら、尚更。

「…ありがとう、ジン。わたし、がんばるね」

リナリアは笑ってくれる。

「わたしも、あなたといっしょにいたいから」

それはとても、穏やかな笑顔だった。

 

 

 

こうして、俺の『リナリアを守るための戦い』は、幕を閉じた。

けれどまだ、戦いそのものが終わったわけじゃない。

俺たちの戦いは、これからも続いていく。

それは、この世界で生きていくための戦いだ。

 

それはきっと、とても辛いものになるだろう。

もしかしたら、一年では終わらないのかもしれない。

それでも。

リナリアが前を向くのなら。

俺が、そのための力になれるのなら。

俺はずっと、リナリアのそばに居続ける。

 

俺もリナリアも、もう、一人じゃない。

 

俺たちは、二人だ。

 

 

 

 

ーー 完 ーー

 

 



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