ちょっと面倒くさがりの提督と艦娘たち (Koki6425)
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提督が鎮守府へ着任しました

最近艦これアーケードを始めたのでそれと同時に書き始めました



「…ここが俺の鎮守府だな」

今日から俺は提督として鎮守府を任された。あこがれの職業だった提督になることができた。研修期間を過ぎてついに俺は鎮守府に入ることがかなった。これから俺は国のために働く公務員になる。

だが実際はそんなことは本音ではなく建前だ。俺は自分のためにこの職に就いた。国を守るためではなく皆を守るため。俺はここに足を踏み入れたのである。聞いたところよりいい鎮守府でよかった。ここの子たちはどんな子たちなのだろうか。それが気になって胸の鼓動が収まらない。

提督室に行ってここの説明をしてもらおうと思って提督室へと向かう。それまで廊下を歩いたわけだがびっくりした。ここまできれいな廊下は見たことがないほどに。確かに研修所や、元帥殿がいるような大本営の近くは確かに片付いていた。だがやはりここほどではなかったように思える。前の提督は掃除とかは徹底していたのだろう。その割には雑草が生えている気がするが。まあ雑草なんて誰も気にしないだろう。

「それじゃあ失礼しま~す…」

提督室に入るといたのは正規空母加賀型一番艦、加賀だった。おそらく前提督の秘書官を務めていたのだろう。しかし、その顔はなんというのだろう。絶望?のようなものがうかがえた。何があったのだろうか。とりあえず気まずいので何か話しかけてみよう。

「えっと…加賀は秘書官なのか?」

「ええ。しばらくはあなたの秘書官を務めることになります」

「よろしく…それで…一つ、気になったことがある」

「なんでしょう」

「おい、そこに隠れてないで出て来い」

俺は扉の方に向かってそう声を発する。すると扉の方からそそくさと走って逃げていく足音。提督室を覗きに来ていたようだ。まあ逃げてしまったものは仕方ない。あとで読んで話を聞くとしよう。それで加賀との話に戻ろうとしたとき加賀の顔が豹変した。しびれを切らして怒りに満ち溢れたような俺の母親に似ていた。でも俺の母と違って優しさなんてものはみじんも存在しないただ怒りの表情だけがうかがえた。加賀は「少し退室します」といって部屋を出て行った。はじめて会ったがここの艦娘はそういう感じなのか。説明されたときに「難あり」といわれる理由はこれなのだろうか。なんかその怒りの表情の加賀が心配になって俺は荷物を置いた後加賀の後を追った。

 

 

 

 

「このあたりだと思うんだけど…」

階段を下りていたので下の階に行ったはずだ。上の階は存在しないから下を探せば出てくると思うが。

ガシャン!

「なんだ今の音!?」

下に降りて探そうと思っていたらいきなり物が割れた音がした。何かガラスが割れたというより焼き物が割れたような音だ。湯呑とかを勢いよく投げつけるとこんな感じの音が出る。落としてしまったのかと思い俺はその音のする方向へと向かった。その音のした場所は食堂だ。数人の人影が見える。それと見覚えのある髪形。左に流して縛っているのは加賀だけだったはずだ。加賀がいるのかと思い開けてみた。

「おーい加賀…」

その中はとんでもない絵面だった。弓を構えている加賀。そして床に落ちた紅茶を飲む用のティーカップや湯呑。下にはクッキー?のような洋菓子が転がっていて、お茶なども少しこぼれたせいで床が少し濡れていた。そして加賀のほかにもう一人。少し大人びてはいるもののだいたい中学生か高校入ったばかりのような見た目をした人がいる。しかし加賀と似たところがある。同じ空母だろうか。加賀は一航戦。たぶん、彼女は五航戦だ。

「どういうつもりですか?提督室を覗き見するなんて」

「あ、あんたには関係ないでしょ!」

「…ちっ」

舌打ちと一緒に発射される矢。その矢はその五航戦、瑞鶴の頭の横に刺さる。あと少しずれてれば確実に当たっていたところだ。何をしているのかと思って話を聞いた。

「何してるんだ!」

「提督ですか…少々お待ちを…この無礼者を…」

「瑞鶴だな?俺が今日からここに着任した提督だ。二人とも今すぐ提督室へ来い」

俺は加賀と瑞鶴を提督室へと連れてきた。初日から喧嘩かと思うと気分が悪くなる。確かに上の人とかが一航戦と五航戦は仲が悪いという。加賀と瑞鶴なんて最悪だとか。まさかとは思っていたが本当にこんな事態に直面するとは思っていなかった。

提督室に二人を入れて、俺は椅子に座った。そして俺はペンと紙を用意して俺の前に立たせた。

「それじゃあ話を聞かせてもらおう。加賀、お前はなんで瑞鶴に向けて弓を構えていた」

「瑞鶴が提督室を覗き見していたからです」

「そうか、じゃあ次。瑞鶴、お前はなんで提督室を覗き見していた?」

「新しい提督がどんな人か見に来た」

「そうか…」

聞いた話を少しずつ紙に記載していく。いちいち問題ごとに口を突っ込みたくはないが加賀に関しては傷害未遂だ。本来なら憲兵ものだが、俺の責任にされても困る。着任初日から問題起こしたなんて言われたら完全に信用を失う。

「加賀、お前のとった行動は立派な傷害未遂。犯罪だ。それに対して何か言うことは?」

「ありません」

しらっとここまで言えるのはすごいと思う。でも、やはり初日から信用されるわけはない。話したくないことでもあるのかもしれない。そこを聞かないことには真相はわからない。だから…。

「とりあえず今日言いたいことはそれだけだ。二人とも提督室を出ろ」

「…わかりました」

そういって加賀と瑞鶴は部屋の外に出て行った。そして残された俺。明日から始める仕事のため準備を色々としないといけない。ここの地図はたまたま提督室の机の引き出しの中にあって、知ることができた。自分の自室に荷物を運びこんで準備をしよう。

私室に行くと、恐ろしいまでに片付いている。やはり掃除好きか整頓好きの提督だったようだ。布団もしっかり整えられていて埃一つない。でも確かに俺も埃があったら気になって掃除し始めるだろう。

 

 

「これで終わりだな」

もってきたものをすべて部屋に置いて私室から提督室へと戻る。まあ寝るだけならあれくらいの広さで十分だ。というかあれ以上の広さを用意できないのだ。そんなことに金や資材を使うくらいならと上の判断だろう。まあ確かに考えていることは適切だ。

窓から見える景色は既に赤く染まっている。こんなに時間をかけてしまったのだろうか。まあいい、とりあえずできるだけ執務を済ませるとしよう。

「ん?誰だ?」

ドアをたたく音が聞こえる。誰かはわからない。

「加賀です。入ります」

入ってきたのは加賀だ。正直今日は顔も見たくなかったが用があるなら聞かないわけにはいかない。

「なんか用か?」

「そろそろ執務を開始しているころかと思いまして」

「ああ、そうだ。今から執務を始めるところだ」

「秘書官として手伝わせていただきます」

俺は加賀に書類を渡して少し手伝ってもらうことにしたできることならできるだけやっておいた方が個人的にも楽だし明日に仕事を回さないで済む。加賀は書類にとんでもない集中力で挑んでいく。俺も負けじと書類に手を付ける。この時間からキリのいいところまでやればだいたい…21時くらいまでは続けることになるだろう。面倒くさがりの俺としては、こういったことは小さいころから好きではない。俺はため息をついて仕事に取り掛かった。

 

 

「加賀、飯はどうするんだ?」

執務がキリのいいところまで進んだので加賀に言った。すると加賀は手を走らせながら言った。

「私はまだ結構です。提督はお先にどうぞ」

「おいおい冷たいな…だが、命令だ。休憩しろ。こんな時間までどれだけ休まずに仕事したと思っている。出撃時の事も考えろ」

そういって俺は加賀のペンを取り上げる。そして俺の机の上に置いて加賀を部屋から出した。そういえば通った時にあったやつにはあいさつしたけど他はまだだったな。他の奴らにも明日声かけてみるとしようか。

こんな時間に飯は食わねえだろうと食堂に行くと何人かが座っていた。夜だから小腹でもすいたのだろうか。いたのは…戦艦?特徴的な髪のまとめ方をしている奴が一人いる。さっき書類をやっているときに見たからわかるが…彼女は金剛型一番艦、金剛とその姉妹。比叡、榛名、霧島の三人だ。優雅な夜のティータイムといったところだろうか。

「君たちが金剛型の姉妹だな?」

「Yes!帰国子女の金剛デース!」

「比叡です」「榛名です」「霧島です」

「俺が今日着任した提督だ。以後よろしく頼む」

とりあえず加賀を座らせる。誰かいるかなと思ったが誰もいない。本来食堂に鳳翔さんか間宮さんがいるはずだ。彼女らがいないということはもうすでに寝たということだろう。仕方ないので何か作るとしよう。

「金剛、お前たちは飯を食べたのか?」

「No…お腹がすいてるネー…」

「…そうか…じゃあなんか作るか?」

「提督がデスカー?」

「そうだが?」

「…それじゃあありがたくいただくデース」

というわけで金剛姉妹の分も作ることになった。何があるかなと思ったけど、結構まともにものがあった。肉もあるし、米もあるし、もう最高だ。それじゃあとりあえずできそうなものを作るとしよう。魚があったし焼き魚でもしよう。味噌汁を作って明日の朝飲めるようにしよう。

 

 

 

 

「Delicious!」

「おお、そりゃあよかったよ」

金剛は和食を食べるかどうか不安だったが俺が作れるのは和食関係だけだ。とりあえずおにぎりと焼き魚を作った。味噌汁も同時に出した。あとはお茶くらいだ。

「本当においしいですね…」

「それはどうも」

皆おいしそうに食べている。作った本人としてはとても嬉しいことだ。それからは特に何かあるわけではなく黙々と食事を続けた。話をあまりしていなかったせいで結構早く食べ終わった。飯を食った金剛たちと加賀は帰ろうとしていた。確かに何もなかったが加賀の顔の計り知れない怖さがあってちょっとびくびくしていた。なんであんななのか。金剛たちはなぜご飯を食べていなかったのか。とにかくいろいろ気になった。彼女らに聞けば教えてくれるだろうか。俺も帰ろうとしていたがやはり気になって呼び止めた。

「霧島…少しいいか?」

「はい…なんでしょう司令」

「なんでここってこんな空気悪いんだ?」

そう、一番聞きたいのはそこだった。他にもいろいろ気になったことはあった。なんでこんなに整備がちゃんとしているのか、なんで晩御飯を食べていなかったのか。その他指の数以上のものがあったけど一番はそれだ。この中で加賀以上に話してくれそうだったのが霧島だったため呼び止めたのである。

「…それは必ず言わないといけない話なんでしょうか?」

「…できることなら言ってほしいけど…言いたくないなら言わなくてもいい」

「…すみません。それならあまり言いたくないです」

霧島の顔は、昼間の瑞鶴のような顔をしていた。恐れとか不安とかといった負の感情を乗せた顔だった。「難あり」という意味がやっと分かった。霧島が言いたくなかった話の内容がその「難あり」の理由なのだろう。霧島は扉を閉めたが扉の奥でため息をしているのが聞こえた。本当に何があったのかと思うとちょっと怖くて嫌だった。



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鎮守府の過去

昨日の夜は霧島の言っていた意味があまり理解できず、それを考えていたせいで寝れなかった。だが仕事を休むことは大きな怪我でもしない限りは不可能なので今日も憂鬱な仕事の開始だ。普通に仕事をするなら、期待なり色々あるが俺の場合は違う。確かに研修中は早く鎮守府をもちたいと思っていた。だが、昨日の加賀のことと言い、榛名のことと言いイレギュラーが重なって気疲れしている。

起きてすぐに身支度を済ませ、俺は眠気を吹き飛ばすためにコーヒーを入れた。執務机に座って今日の仕事の一覧を見ていると誰かが扉を叩いた。ちなみに今の時刻は午前5時30分。こんな時間に何のようだ。まだ寝ていても良いはずの時間だというのに。

早起きは三文の徳という言葉もあるので少し褒めようかなと思っていると扉が開いた。許可していないのに入るなと言いたいところだけど寝起きでそんな気力は無かった。

「あら、提督。起きていらしたのですね」

「赤城か。初めましてだな」

入ってきたのは正規空母赤城。加賀と列んで多くの鎮守府で主戦力として運用されている艦娘の一人だ。そして多くの鎮守府で提督を困らせる要因を作る艦娘でもある。多くの鎮守府で提督達を悩ませる理由というのは、空母なら誰しもそうなのかも知れないが、物資のことである。

多くの提督は物資を集めたり支給されたり、色々と入手する手段をもっている。だがそれでもその多く…20%が赤城や加賀と言った正規空母に食われているそうだ。艦娘達の燃料、弾薬、修復。それらに9割方使われている。その中の20%と言ったら相当な量だ。

話がずれている。赤城はまだ挨拶に来ていなかったから挨拶をしに来たらしい。俺は赤城に緑茶を入れる。「いただきます」と言って飲んでいる赤城の姿は正直なところとても美しく、たくさんの人から信頼されそれらを引きつける何かをもっている。

赤城はお茶を長机の上に置くと一息。そして再び口を開いた。

「本日はどのようなご予定で?」

俺は赤城に今日やる予定の仕事を書いた一覧表を見せる。とは言っても明石にはすでにこの資料を送ってもらうよう妖精さんに頼んでもらったので何個か終わっている。いくつか資料に印をつけ、机においたときふと目についた物があった。

それは俺も見たことのない書類であった。大本営に送るための書類でないことはなんとなく勘でわかった。だがその書類の内容がやはり気になって俺はその書類を手に取った。

「あっ!提督それは!」

赤城が何かを言っているような気がしたのだがその時にはすでに俺は書類を見ていた。

だがその書類に書かれていたのは俺には考えられない物だった。

「なんだこれ…」

書かれていたのは艦娘の名前。それと一緒に書かれていた数字。的を轟沈させた数だろうか、最初はそう思った。だが、それにしては数が少ない。10とか20とかその程度なはずがない。この鎮守府は数年前から動いているがそれならその年数に相当する轟沈数であっても良いはずだ。少なくても50とかあってもおかしくない。その中人一倍大きい数字の持ち主がいた。

加賀だ。加賀の数字だけ300を超えていた。それと列んで書かれていた赤城の数は0。他にも駆逐艦全体で20。軽巡で30、重巡で総和で200ほど。軽空母は0だったが戦艦は軽巡や重巡。ましてや駆逐艦より少ない5だった。総和が一番多いのは空母。その中でも軽空母ではなく正規空母達。加賀の数字が総和を跳ね上げて500という数字を出していた。

「提督、悪いことは言いません。その数字は見ない方が良いと思います」

「…?なんで…」

「それはおそらく榛名さんが書いた物です。字が彼女の物です」

榛名が書いた物が何故今ここにあるのかは気になる。昨日の夜は鍵を閉めたし誰も入ってこれるはずはない。そして朝に鍵を開けたから朝でもない。可能性があるとすれば昨日だが昨日の記憶があまりない。ぐっすり寝てしまったせいでほとんど忘れているようだった。

俺は赤城に聞いた。「この数字は何か」と。赤城はしばらくなんとしても言わない姿勢をとっていた。だが、俺が何度も言ったからかため息をついて話してくれることになった。

とても真剣な表情なのでさっきの湯飲みにお茶を再び入れて応接用のソファに座らせる。そして俺はその書類を机の上に置き話を聞くことにした。

「自分から頼んでおいておかしいかも知れないが本当に大丈夫か?」

「大丈夫です」

__________

私は一航戦赤城。この鎮守府に在籍している艦娘の一人。今の提督の二つ前の提督の時からこの鎮守府にいる。周りの練度が高い中この鎮守府の防衛を主として活動していた艦娘。とても楽しく充実した日々を過ごしていた。そう、あの人が来るまでは。

二つ前の提督がある日突然行方不明になった。何があったのか艦娘達は必死に調べた。そして私達はその提督が交通事故に遭ったと言うことを知った。そのことをすぐに大本営に問い合わせたら、トラックにひかれ即死したと言うことを告げられた。

その話を聞いた艦娘達は号泣。私も号泣まではしなかったものの涙を流した。その話を聞いたのと同時にある人物が鎮守府を訪れた。

新しい提督。ここの鎮守府の戦績を高く評価した司令長官が上手く運用してくれるだろうと送ってきた人物であった。本人に確認をとったり大本営に確認をとったりしたらその話は事実らしく、とても成績がよかったとして知られている。

私達も最初は1度気持ちを切り替えて仕事をした。だけどその気持ちもすぐに絶望へと変化してしまった。

ある日のこと、ある一人の艦娘が提督の部屋に行こうとした。ただその途中でその提督と遭遇。ここまではよかった。だがその提督は事もあろうにその艦娘を提督室へ連れ込んだ。それを見た艦娘の証言によると「普通だった」らしいが現状を知っている人物は少ない。というか話をしていない。

その提督は連れ込んだ艦娘に対して性的暴行を加えた。理由は気まぐれ。あの資料に書かれていた数字はすべて艦種別の「回数」の数字だった。特に多かった正規空母。その中でもさらに大きかった加賀さん。

そう、加賀さんが一番その被害を受けている。3年間その所業は続いた。艦娘達もその鎮守府の状況を嫌になって憲兵のところまで自分の足で報告しに行った艦娘がいた。その艦娘の働きかけによりその提督は追放。つい先日死刑判決が下り、即座に執行された。

__________

「もうやめろ!」

赤城の話を聞いていた俺は話を聞くのが嫌になって途中で勢いよく立ち上がり叫んだ。その時の赤城の表情ときたらもう見ていられない。そんな状態で3年間もの間苦痛を味わい続けてきた艦娘達のことを考えると胸が痛くなるなんて話ではない。心臓発作が起きたときのように苦しかった。

涙を流しかけていた赤城に俺はハンカチを渡す。赤城はそのハンカチで目を拭うと俺にハンカチを返してきた。

「すみません。取り乱してしまいました…」

「聞いてよかったよ。やっとここに来た意味を見いだすことができた。後は俺に任せてくれ」

赤城はお茶を飲み終えるとそれを机において一礼し部屋を出て行った。その赤城の顔はとてもすっきりとした顔をしていた。すこしだけではあるが彼女たち艦娘の役に立つことができたと思って嬉しかった。これから俺の提督業務は一段と忙しくなりそうだ。そう思い憂鬱になる俺であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

三時間ほどぶっ続けで執務をした。秘書官として加賀に仕事を手伝ってもらったというのに相当な量だった。引き継ぎの書類がほとんどを占めていたのと長期の任務に関する途中報告書的な書類に目を通したりと色々時間を食われた。現在少し休憩をしようと加賀にお茶を入れたところだった。

「提督、現在はお昼です。休憩されては?」

「ん?ああ、そういえばそうだったな…」

「Heyテイトク!Lunch timeにするデース!」

お茶を飲んでいると部屋に勢いよく入ってきたのは金剛だ。どこの金剛もこんな感じで提督という人物に対して考えられないほど激しい愛情を向けている場合も多い。詳しい事情は知らないが前の提督の時は違ったのだろうと思う。

ちょうど腹が減っていた俺は加賀も連れて食堂に向かった。いつも間宮さんだが今日は鳳翔さんが作っているようだ。うちの鎮守府では間宮さんたち給料艦の事を考えているのか偶に鳳翔さんが料理をしていることがあるようだ。だけどその実態は…考えたくもない。

定食を頼んで俺はそれをテーブルへと運ぶ。そしてその昼食を俺は口へと運ぶ。だがその瞬間。俺はとてつもない違和感を感じた。それは味だった。確かにおいしい。それは確実だ。だが、何やら味わったことのない感覚が全身を襲った。

「……テイトク……しっかり…」

金剛の声が少しずつ遠のいていくのがわかる。何が起きたのかわからないまま俺はそのまま時の流れに身を任せた。



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事件発生

私は特型駆逐艦吹雪型一番艦、吹雪。この鎮守府には初期艦娘として着任して一番長くこの鎮守府にいる。そんな鎮守府で今現在事件が発生していた。

「ちょっと!これはどういうことデスカ!?」

金剛さんたちが司令官の周りに集まっている。何があったのかと聞いてみたら司令官が倒れたという。詳しい事情を聴いたところ急に倒れてしまったらしい。何が原因かわからず慌てふためく艦娘たち。その理由は今の司令官の状況にある。

何が原因なのかはやはりわからないがピクピクと痙攣している。金剛さんもいきなりの出来事で持っていた紅茶を投げ捨てるほど。その痙攣が治まるとどうしようと崩れ落ちる金剛さん。

しかしそれと同時に食堂の扉を開ける一人の艦娘。それは明石さんだった。どうやら夕立ちゃんが大急ぎで明石さんを読んできたらしい。だが明石さんは艦娘には詳しいが人間には艦娘ほど詳しくない。だけど明石さんはそれをものともしなかった。

「応急処置をする!誰でもいいから紅茶と救護室にある薬全部持ってきて!」

どこかで聞いたことがある。蜂に刺されたとき血清がない場合は紅茶に含まれる成分でどうにかできるのだとか。違っただろうか。まあ何人かの艦娘が救護室に行って薬とかを色々もってきた。明石さんはそれをいくつか混ぜて司令官に飲ませる。すでに痙攣は収まっていたので特に何か反応するわけではなかったのだが。何人かの艦娘たちで担架を持ってくるとそれに司令官を乗せると救護室へと連れて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでどういうことデスカ?」

「おそらくですが提督が口にした何かの中に毒物が仕込まれていたとみるべきですね」

何人かの艦娘たちで会議場に集まり話をしている。なぜ私が呼ばれたのかはわからない。でも確かに一番この鎮守府にいる時間が長い私なら何かわかるかもと思ったんだと思う。

長門さんを議長として会議。議題はもちろん提督がいきなり倒れた件についてだ。長門さんが私たちにも渡してきた書類は提督の容態について。明石さんの調べによるとやはり毒物。毒素の名前はテトロドトキシン。フグなどに含まれる毒素で大量に体に取り入れると体が嘔吐や下痢を起こし、体が拒絶反応を起こして痙攣。最悪の場合死に至る。

一番の問題点は何が原因で毒を摂取してしまったのかということ。明石さんが言った通り食事に入れられていたとみるべき。だが、それなら毒が回るのは食事終わってすぐであるはず。しかし今回の場合違った。

「どうでしょう…私はそういった類には疎いので…」

私も鳳翔さんがやったとは思えない。他の誰かだと思うのはみんな同じだった。だとすれば他に誰が…。

その時瑞鶴さんが口を開いた。

「そういえば加賀さん。あなたは前の提督に散々と遊ばれたそうじゃない。その仕返しとかしたんじゃないの?」

「何を言い出すかと思えば…確かに被害は受けていますが無関係の人を攻撃するほどあなたみたいに頭はおかしくありません」

「なんですって!」

「黙れ!ここは言い争う場ではない!」

長門さんの怒号が部屋全体に響き渡る。それを聞いた二人はふんっとそっぽを向いて黙った。

そこから長門さんの話が続き一時間ほど話した後会議は終了。解散した。結局何も聞かれず話だけを聞く状態だったけどそれを聞いた私はどうにかしたいと思って少し司令官の部屋を調べてみることにした。長門さんに許可を取って部屋に入った。昨日来たばかりなので机の上は書類でいっぱい。部屋の隅には段ボールが積まれていた。おそらく司令官の私物だ。入ってすぐに目に入ったのはそれ以外にもあった。

それは応接用の机の上に置いてあった湯呑だった。その中に入っていたのはお茶。すべて飲み終えたわけではなかったようでほんの少しだけ中に入っている。

「司令官…洗っとかないと」

そこで私は会議での明石さんの発言を思い出した。「飲食物に混入されていた可能性が高い」と明石さんは言っていた。飲食物…このお茶も可能性としては考えられる。でもまだ確証はないし、そもそもこのお茶を誰がいれたのかという問題もある。気にはなったが念のため報告しておくということでその湯飲みはそのままにしておいた。

執務室を出て階段を降りようとしたとき榛名さんに会った。

「こんにちは榛名さん。どちらへ行かれるんですか?」

「提督の部屋ですよ。書類をやるために一応すべての書類を持ってこようかと」

「見ましたけど凄い量でしたよ」

「あの中にはいくつか機密文書もあるそうですし、それに半分近くは終わっていると加賀さんが言っていました。なので大丈夫です」

「わかりました。何か手伝えることがあったら教えてください」

 

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

 

「どうするの?またこんなことになったら問題よ」

「わかっている。だが犯人が分からないからうかつに手が出せない」

「ですがこのままだと…」

「いや、ここは私にお任せを」

 

 

 

 

 

__________

(ここは…どこだろう)

目を覚ましたら見知らぬ天井。周りにあるのはただ白いカーテン。乗っているのはただのベッド…いや、医療用のベッドとも見える。窓から見る景色にも見覚えがない。ただ朝に見た海の景色が少し遠ざかっているようにも思えた。

起き上がろうとするがうまく体が動かない。なんというか体全体がしびれている。喉も乾いたし腹も減ったしとりあえず何か食べたい。近くに何かないかとできる範囲で探してみるが何もない。

だが別の物体が俺のそばにあった。それは艦隊の頭脳と呼ばれた艦娘。金剛型4番艦、霧島。眼鏡でショートカットというどこかの学生にいそうな見た目をしている艦娘だ。

しかし彼女は寝ているようで目を閉じている。撫でてみたいと思ったがそもそも体が動かないのでどうしようもない。はあ、とため息をつくとその声に反応したのか霧島が目を覚ました。

「司令!?大丈夫ですか!?」

「叫ぶな耳がうるさい」

体が麻痺している影響か声も枯れていてうまく声が出せなかった。霧島はその声の状態を見て少し近づいてきた。そしてようやく普通に聞こえてくる距離まで近づいて軽く話ができる程度にはなったので何があったのか霧島に聞いた。

どうやら俺は鳳翔さんの料理を食べた後に倒れて気を失ったらしい。出来る限りの処置をした後救護室に運ばれたのだがやはり設備の問題があり病院に連れてきたそうだ。そして交代で俺の世話をしていたらしい。主に二人体制で。だが本来ここにもう1人来るはずの赤城さんは昼食中でもう少ししたら来るといっていた。もちろん食費は鎮守府のお金(というのは嘘で俺のポケットマネー)らしい。なくなっていそうで怖い。

「それで…みんなは?」

「大丈夫ですよ。みんなは何も起きていません。艦娘には効果をなさなかったようです」

しばらく霧島の話を聞いていると赤城が部屋に入ってきた。霧島が軽く話に行くといってカーテンを開けるとそこにもう一人艦娘がいた。榛名だ。だが榛名を見た時俺は硬直した。得体のしれない恐怖が体全体を包み込み後ろに下がろうとしたが後ろは壁と窓しかない。なぜ榛名に恐怖感を抱いているのかはわからない。だが俺の体が無意識に危険信号を出していた。それに加えそもそも体が動かないので逃げることはできなかった。

「大丈夫ですか?」

「あ、ああ…大丈夫」

体を硬直させ、背筋までも凍らせるほどの恐怖をごまかすのに精いっぱいでまともに会話ができるか心配だ。                   



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ささやかな日常

鎮守府に戻ってきて3日。入院していた期間は赤城たち曰く1か月。その間艦娘たちが頑張って書類をやってくれていた。礼を言ってから俺は執務に取り掛かっていたのだが大本営からついに書類が届いた。しかもそれは俺という人間に対してあてた手紙だった。『機密』と大きく書かれていたので開けてみた。

中身はやはり手紙。それと一緒に俺が病院にいたことに関する書類も入っていた。手紙を手に取って封を切り中から手紙を取り出し読んだ。

軽く読んでいたがほとんどが雑談とかだった。いや、そんなの書く暇があったら待遇改善を要求する。手紙は封筒にしまおうと思ったのだが手紙を入れようとした時何かにつっかえた。その中にはまた別の手紙。マトリョーシカかと突っ込みたくなったがそれをおさえてその手紙を開いた。

こっちに関しては結構まじめな内容だった。そう、無視はできない内容だった。

「提督、大丈夫ですか?」

「ああ、すまん」

今日は榛名が秘書艦だ。ここは交代制で日ごとに秘書艦を変えて仕事をしているらしい。まあ別に俺がそれに従う義理はないのであるがそういったことを気にしている暇と余裕は今のところはないからまた別の機会にする。

書類整理をしていると誰かが扉をたたいた。入ってきたのは霧島だった。出撃の報告書を書いてきたらしくその提出に来たらしい。書類を受け取ると霧島が話しかけてきた。内容はやはり以前の事件に関すること。一部の艦娘、長門たちだけこの案に関わっていて霧島もそのうちの一人。

しばらく話をした後また別の書類を渡され霧島は部屋を出て行った。再び榛名と二人きりになったのだが榛名が書類以外のことで珍しく話しかけてきた。

「提督はもう以前の提督の話を聞きましたか?」

「ああ、赤城から聞いたよ。胸糞悪くなる話だったけどな」

「その時書類ありましたよね?あれ読んでますか?」

その書類とは恐らく数字が書かれた書類だ。赤城が「榛名さんが書いたもの」といっていたやつだ。ちょうどいま引き出しの中に入っている。それがどうしたのかと思って聞き返した。「なぜそれを今言うのか」と。榛名はそばにあったお茶を飲んでいった。

「私…どうすればいいかわからなくて…ただただ見ていることしかできなくて…私は…助けを必要としている人を助けなかった…」

「いや、仕方のないことだと俺は思う。仮にも上官だから手を出せばどうなるかわからない。助けられる勇気も必要かもしれないが無理にやろうとして失敗でもすれば大変だしな。俺も男だがその男に勇気を出してそのことを言ってくれたんだから十分勇気のある人だよ」

「ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

榛名に感じた恐怖は居間では全く感じなくなっていた。気にすることもなく順調に進み時間は経過。現在は午後の5時。出撃した艦娘たちも全員戻ってきて入渠中。流石に執務をし続けるのは俺でも疲れるので現在は休憩している。偶にはお茶を飲みながらのんびり本を読むのもいいものだ。

それにここから見える外の景色はきれい。ちょうど日が沈むのが見れる場所だ。ちょうどいま水平線にさしかかっているところだった。赤い光が執務室に入り込む。そういえば昔読んだ小説に夕日に照らされた仕事部屋で告白するなんてシーンがあったな。まあそんなことは今後一切起きることはない。それにあれは俺にとっても黒歴史だからあまり触れたくない。

下の演習場では何人もの艦娘が演習をしている。少し遠いが弓道場から出ていく二航戦の二人。交渉からちょっぴり聞こえてくる作業音。どれもなぜか俺の心を癒してくれる。

気づけばそれだけで20分ほど経過していた。時間の流れというのはとても速いもので太陽の光ももう少しで届かなくなるまで沈んでいた。

そろそろ休憩も終わりにして晩飯の時間になるまで執務をしようかと机に向き直るといつものように扉を叩き艦娘が入ってくる。誰かと思うと鳳翔さんだった。曰く、今日は満月なので早めに晩ご飯にして月見をしようかと思ったらしい。確かに艦娘とあまり関わっていない俺にとっては良い機会だ。鳳翔さんに言って早めに晩ご飯にすることニした。鳳翔さんは鎮守府内に放送でその情報を流していた。俺も片付けて食堂へ向かう。

食堂にはすでに何人かの艦娘が集まっていた。その中でも一番早かったのは島風。やはり口癖の通りだ。その他には酒豪と言われている那智という人もいた。とりあえず席に座って時間になるのを待つ。

「バーニングラーブ!」

扉を勢いよく開け金剛が飛びついてくる。まあ軌道が見えているのでよけることはできるのだがよけると比叡になんか言われそうな気がしたので仕方なくそれを受ける…と思ったら大間違いだ。たとえそうなろうとも俺の命の安全が保証できないからよけた。抱きつく先がなくなった金剛はそのまま床に激突。金剛の3姉妹が「大丈夫ですかお姉様!」と走り寄ってくる。それだけ仲の良い姉妹なのはうらやましい。

その後比叡にめっちゃ言われた。というか上官に対してここまで言うようになったというのはそれだけ信用されていると捉えても良いと思いたいところだ。金剛が入れてくれた紅茶を飲みながら話をしていると鳳翔さんが話しかけてきた。内容は食費に関すること。こういったイベントもののお金は基本ポケットマネーらしく二つ前の提督の時もそうだったらしい。確かにお金のことを全く考えていなかったので万事休す。だが俺も男だ。女所帯であるならそこで奢るのも男というものだろう。

「…よし!今回の食費はすべて俺が払う!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんなこと言わなければよかった」

今回の月見の食費は俺がもつと言ったばかりに俺は不幸な思いをした。なぜなら周りの普段酒を飲まない奴も飲むようになったからだった。隼鷹はもとからだし、那智も普段通りらしいのだが問題は金剛だった。二つ前の提督の時そういったイベントをやってよく酔い潰れていたと教えてくれた。俺も最近お酒を飲んでおらず飢えていたのでそれに付き合うことにした。

そして今現在俺の座っているすぐ左隣に金剛、右隣に榛名。正面で比叡と霧島がいる。そして一番の問題は全員酔っ払っていることでもう大変な状況だった。酔っ払っているが故に動くと服がはだけて胸元があらわになり目のあて先に困る。

「早く飲むデーステイトク~」

「勝手は!榛名が!許しません!」

飲ませようとしてくる二人をどうにかしようと正面の二人に視線を送ったがよく考えてみれば二人とも酔っ払っているから絶対助けてくれそうにない。それどころか…。

「気合い!いれて!イキます!」

「やめろ」

「この後司令が私を襲う確率は100%です!さあ!どうぞ!」

「いや襲わないから」

マジでやばい。この状況を脱する方法を探すがあまり言い案が思いつかない。それに加えてまだこの鎮守府で数日しか経っていないというのに何か起きると俺のイメージはがた落ちするし、俺の集中力も続かなくなる。

周りに目を向けるとあまり気にしていないようだ。以前のことを知っているせいだろうがちょっとホントにやばくなってきた。飲まないと暴れそうだから飲んでいたが俺もそれほど酒が強いわけではないので意識が少しずつ遠のいていくのがわかる。

そしてある時点で飲んだ酒を最後に俺の記憶は吹き飛んだ。だが最後に金剛達が「それじゃあ運ぶしかないデスね」といっていたような気がしないでもないがそれを気にする余裕も俺にはなかった。

 



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暴走

散々飲んだせいで二日酔い。頭が痛くて執務に集中できないので赤城と霧島に執務を任せて俺は寝ることにしたのであるが今現在寝れない状況にある。その理由は今俺の布団に入っている物体が原因だ。

布団にいるのは金剛と榛名。昨日の夜飲んだせいでこの二人も二日酔いをしたらしい。それに加えて俺に対してあれだけの醜態をさらしたことが恥ずかしかったのだろう。でもそれなら俺の寝室にいないで自分たちの部屋に戻れば良いと思うのだが…何故そうしない。金剛に関してはなんとなくだが理由がわからないでもない。榛名の方がわからない。

二人を起こすわけにはいかないので布団がない時用にもってきたもう一つの布団を床に敷いて寝ることにした。でもほとんどベッドに占領されている上に机とかもあるので布団を一つ敷けば本当に何もできなくなる。でも今は眠気の方が強いので仕方なく狭いスペースに布団を敷いて横になった。

だがここで再び問題発生。寝付けないのだ。いつも使っている布団ではないので何故か寝付けない。休むことができないと感じた俺は仕方なく私室から出てきた。入ってから出るまでものの数分しか経っていないため2人にはすごい心配された。何枚か書類を受け取り執務をする。だがしかしやはり集中力は続かず度々うつらうつらすることがあった。そのたびに2人にたたき起こされている。別にたたき起こす理由はないのだがそれをとやかく言う理由も俺にはない。

しばらく執務をやり出来る限り終わらせた。まだ少し残っているが午前中はこのくらいで良いだろう。執務を辞めて二人にも午後のことを話し執務室を出てもらった。少々話さないといけない内容が艦娘にもなるべく秘密にしたいものなのだ。

「こちら鎮守府の提督です」

『少々お待ちください』

受付嬢の応答の後しばらく待つ。そして電話の相手が出た。相手は元帥だ。

「わざわざお時間を割いてくださりありがとうございます」

『気にするな。それで…おそらくだがそこ鎮守府の事情についてだろう?』

「はい、もしよろしければ以前のこの鎮守府の戦績や状態。前の提督の素性とかを見せてほしいのです」

『…素性に関してはプライバシーがある。調べてわかった状態だけ送る』

そう、元帥に問いたかったのはこの鎮守府の状況だ。それらがなければ俺がこの鎮守府でやっていくことは出来ないと思っている。そして口頭で軽く説明を受けた。10分ほど話をして、そろそろ電話を切ろうかと思っていたとき元帥が今度は話題を持ち出してきた。

『ところで君は奥さんとかはいるのか?』

俺は独身だ。それにまだ二十歳にもなっていないのに結婚するわけ無いだろう。それくらい元帥が知っていてもおかしくないはずだ。

『君にはまだ早いかも知れないが「ケッコンカッコカリ」というのを知っているか?』

ケッコンカッコカリ。元帥曰く、艦娘との絆を深めて練度を高めろという。その名の通り結婚(仮)。その艦娘と提督が民間に戻ったとき婚姻しているものとして扱うものであるらしい。戦略や安全のためにケッコンカッコカリをする人たちもいるそうだが俺はそれを聞いて少し嫌になった。もしかしてという状況でも重婚はしたくない。不倫という扱いを受けたくないのだ。まずそんなことをするつもりもない。

『まあ決まったら教えてくれ』

そう言って電話は切れた。いくつか他にも聞きたいことはあったのだが、まあメインの話が聞けただけでも儲けものだ。受話器を置くと、俺はすぐに昼食を食べに行った。

軽く食事を済ませた俺は執務室へ戻り執務を再開する。本当なら今日の秘書官は霧島だけだったのだ。霧島には金剛達とお茶会でもして休憩してこいと言ってあるので暫くは来ない。あの二人布団直さずに出て行きやがったよ。

執務をしている間俺は考え事をしていた。それはここの艦娘達のことについて。俺が来る前の提督のことについて色々聞きたいところだけれどそれは昔のトラウマを掘り返すようなものなのでなかなか聞き出せない。赤城や榛名がそうであったのだから他の奴だってそうなるはずだ。話してくれそうな奴と言ったらおおらかな奴。龍驤とかなら教えてくれそうなものではあるがどんな奴でも心に闇を抱えている。傷口に塩を塗って開くようなことはしたくない。

「なんや、えらく重苦しい雰囲気やな」

「!?」

扉の前にいるのは龍驤だ。いきなり現れたのでびっくりして立ち上がる。

「そんな驚かなくてもええやないか」

用件は何かと思ったら暇だから執務でも手伝おうかと思ったそうだ。正直なところ他の提督の話を聞いているからわかるがあまり龍驤が執務をしている光景を知らない。だから別にする理由はないのである。まあ確かに量が量なので手伝ってもらおうかと思ったけどやはりそこで俺の心が勝ち、手伝わなくて良いと言った。それに今は見せられない書類に手をつけていた。

龍驤は「そうやな。それじゃあまた来るわ」といって執務室を出て行った。本当に何しに来たんだ。まあ龍驤を返してから再び執務に向き直る。だが神様は集中させてくれない。また誰か入ってきた。正直疲れた。今度は誰だと目を向けると榛名が立っていた。

しかしその目は俺の知る榛名の目ではない。あの時感じた得体の知れない恐怖がまた襲ってきた。なんか危険を感じた俺は執務を取りやめる。本当にどうしたのか聞いてみたかったけど恐怖に打ち倒され俺は開いた口が塞がらない状態だった。その間にも近づいてくる榛名から俺は少しずつ離れようして後ろに下がる。

手を前に出し止まるように指示するが榛名は無視して近づいてくる。

「は、榛名…」

「ハヤク…ハヤクコロサナイト…」

本当に危険を感じた俺は走ってその場を去った。

「アアアアアアアアアア!」

とんでもない絶叫とともに俺を追ってくる榛名。確実にころされる未来を悟った俺は同じように走って逃げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はとある艦娘の部屋へと逃げ込んだ。そこは赤城が普段生活している部屋だ。いきなり入ったので散々言われたが事情を説明。金剛達にも協力してもらうため赤城に金剛達を呼びに行ってもらった。俺がそのまま金剛型の部屋に行ったらどうなるかわからないからだ。酔っ払っていたことに関してこうなっているのでは無いと思う。

「どういうことですか…」

「それは見てもらった方が速いと俺は思う。しばらく待ってくれ…もう少しで榛名が来る」

その時扉を叩く音。扉から入ってきたのは赤城…ではなかった。なんと艤装をつけた榛名だった。こんな狭い部屋に入ってこれるはずはなかったのだがなんと榛名、部屋の扉を模擬弾で撃って破壊した。破壊して艤装が通れるくらいになって榛名は中へと入ってくる。ここにいるのは危険だと判断した俺はその場を去った。

そしてなるべく艦娘達が少ないところまで来た。そこは倉庫だ。ものは多いが相手の暴発で自滅に追い込める場所だ。人間では艦娘と深海棲艦に勝つことは出来ない。同じ力を持つもの同士で戦わせるか自滅させるという方法でしか人間達に勝ち目はなかったのだから。

榛名が工廠に入った時俺は扉を閉めた。鍵を掛けて外から誰もは行ってこれないようにした。確かに人間では艦娘と深海棲艦に勝つことは不可能。だが逆に言ってしまえば艦娘と深海棲艦は互いを殺し合うことが出来てしまうという意味でもある。目の前の榛名が本当に榛名なのかは今はどうでも良い。この状態になった理由もなんとなく想像できる。別に俺がころされようが文句は言えないだろう。助けられる身かも知れなかったのに助けなかったのは事実だし、その前の提督は俺と同じ人間だ。俺の目的のためにも今俺は一人で榛名と話をしなければならない。

「榛名!落ち着くんだ!」

叫ぶがやはり反応がない…というより無視している。今の榛名の行動理念はおそらく「人間をころす」こと。深海棲艦が艦娘を沈めるのを目的としているのと同じだ。破壊衝動などに支配された生物ははっきり言って生き物ではない。俺がどこに隠れているのかわからないので榛名はでたらめに模擬弾を撃ってくる。たとえ模擬弾でも人間に当たれば簡単に吹き飛ばせるほどの威力を持つ。当然だ。艦娘相手に考えられたものだから。

だが俺はここで大きな過ちを犯した。倉庫に連れてきたのは自爆させるため。しかしよく考えてみれば榛名はその押さえ込んでいた負の感情を抑え込めなくなっているだけで中身は本当は榛名だと言うこと。いくら榛名でもこれだけの物資が積まれているところでその崩壊に巻き込まれれば無事では済まないと言うことだ。それに鍵を掛けているから簡単には抜け出せない。彼女の相手をしていれば鍵を外す時間はない。

頭を悩ませ他の解決法を探すが全く浮かばず万事休す。その通りついに倉庫の崩壊が始まった。天井が落ちてきたりものが落ちてきたりと俺も危ない。

ふと天井に目をやると照明が落ちてきた。しかもそれは榛名の頭上。俺が今隠れている場所の天井も支えがなくなりまとめて落ちてくる。さっきより強い死を確信して俺は飛び出した。榛名の格好の標的ではあるがそれよりは彼女のことが心配だった。上に摘まれていた資材もまとめて降ってきた。

「榛名!」

俺は咄嗟に榛名に手を伸ばす。つかんで引き寄せるとすぐにかばった。艤装付きなのでダメージは少ないだろうがそれでも守らない男はいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっぶねえ…」

俺たちのところに落ちてきた柱がちょうど人の字のように支えになって天井を止めていた。だがそれもそろそろ崩れそうだった。逃げようかと思ったけど周りががれきで埋もれているため身動きが取れない。それに加えて俺の足にものが落ちてきて軽く打ってしまった。歩けるには歩けるが走って逃げる余裕はない。

「んん…」

榛名が起きたようだ。死ぬことも覚悟の上での行動。

「て、提督!?これは一体…」

「まさか覚えていないのか?」

それではさっきの榛名は一体何なのだろう。とりあえず元に戻ったのならよかった。とにかく万事休すなのは変わらない。榛名の艤装で辺りを吹き飛ばすことは出来るがそれだと俺も吹き飛ぶ羽目になる。仕方ないからこのまま誰か来るのを待つしか無い。

それまでの間榛名に何があったのか聞いてみることにした。だけどやはり彼女は何も覚えていないらしい。まあこれ以上聞くのも酷かと思って聞かないことにした。

どこからか声が聞こえてくる。金剛の声だ。俺たちはとりあえず叫んで位置を知らせる。そして金剛達のおかげで俺たち2人は無事脱出することが出来たのである。それから榛名を提督室(執務室)に呼び、何人かで話をする。

混乱に加え何があったのか覚えていないのはとても不可解な現象だったが、まず無事だったことを祝った。そして榛名の話は続く。

榛名曰く、たまに意識がふっと消えることがあるらしい。そして意識を取り戻すと周りにあるのはただ崩壊した景色のみ。さっきもそうだったらしい。最初は夢でも見ていたと思っていたらしいが現実だと言うことを今知った。でもこれが続くとなれば取り返しのつかないことになってしまう。しばらく榛名には混乱していることもあるだろうから休むよう命令して自室に戻した。

とりあえず深い内情を知っていそうな艦娘。赤城や霧島、加賀といった何人かに残ってもらい話を続けることにした。彼女らに知っている限りの情報を教えてもらいその現状を知ることが出来た。だが解決策はあまり思いつかず時間だけが過ぎていった。赤城も訓練をしたいだろうから帰すことも考えたけど内容が内容だし、赤城本人が「私も当事者なので」といって引き下がらなかった。

会議をしている間本当にこれでいいのかと迷う俺であった。



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人々の裏

「恥をかかせおって…」

「何も問題はありません。もう少しすれば『鼠』から連絡が」

Prrrrr

『こちら鎮守府の…です』

「失敗したようじゃないか」

『申し訳ありません』

「まあいい。君に次の仕事を言い渡す」

『はい』

「君の次の仕事は…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『提督の暗殺』だ」

__________

「?…はい…はい。了解しました」

執務の途中、ある1本の電話が鎮守府にかかってきた。それは元帥からで彼曰く、「君たちの上司が君の戦績に興味を持って視察に行く」らしい。来る日も同時に教えてもらった。それはだいたい1週間後。その日までに色々と準備しないといけない。主に接待だが、それは艦娘達にやらせようとは思わない。その提督の心の中が覗ける訳では無いから何を考えているかわからない。主には俺が飲み物なり色々用意することにしよう。

それは置いておくとして、その知らせを俺は全艦娘に伝えるため張り紙を作り、食堂の前の廊下にある掲示板に掲載しておいた。そして軽く軽食を取ろうと思って食堂に入ろうとした時食堂の中から気になるものが聞こえてきた。

それは誰かの話し声2人以上声がしないから電話でもしているのだろう。その電話の相手の正体が無性に気になった俺は聞こうと思って食堂に入ると、そこに居たのは金剛だった。彼の手に握られた受話器。既に置かれていて通話は終了していた。俺がそれを見ているのを金剛も見たらしく、俺に向かってこう言ってきた。「あまり首を突っ込まないで欲しい」と。何をしようとしているのか分からないがその金剛の目には迷いが見られた。でも、俺が首を突っ込んでいいかどうか分からないし、面倒ごとは嫌いなので俺は金剛に「長電話はするなよ」とだけ言って食堂を出た。

提督室に戻ってきた俺は執務を再開するのだが、俺は面倒事を運んでくる疫病神なのかと言いたくなる。再び大本営から電話。その電話に応答すると、相手は元帥ではなく司令長官だった。司令長官が直々に個別の鎮守府に電話してくるのは何某重要な話の時だ。作戦に関することだったり、大本営で何かあるときだったり理由は様々。今回は後者だったのだが、司令長官の話したい相手は俺ではなかった。相手は赤城だった。赤城を読んでしばらく話をしていたら、彼女は受話器を置いた。話が終わったようだ。だが赤城は受話器を置くのと同時に大きなため息をつき、提督室を出ていった。金剛といい、一体なんだっだろうか。

「提督!もう一度電話をお借りしても!?」

金剛、と口を開いたその瞬間赤城は即座に反応。その後電話に手をかけ、先程と同じように司令長官に電話をかけている。そして繋がった同時に話し始めたのだが、その内容は俺の知らないものだった。

「今回、金剛さんの可能性が高いです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は?司令長官殿もこられるのですか?」

『そうだ。気にしなくてもいつも通りにしてくれて構わない』

そうは言われても仮にも上官。いつも通りとなったら真面目に仕事をしていないのがバレる。俺は昔から面倒臭がりなのは彼も知っているだろうが、あまり俺としてはそれを他の提督も来ている中で見せるのは嫌だ。親しき仲にも礼儀ありだ。

曰く、上では俺はそこそこ有名らしいのだ。最近の出撃で被害を被った回数が減り、大破艦も出ていない。出撃した海域にも関係するが、ほとんどの確率で中破、もしくは大破していたのが今では運が悪ければ中破。基本小破で済ませている。普通に考えれば難しいことであるらしいが俺にはまだよく分からない。それに俺は何もしていない。戦っているのは彼女ら艦娘だ。俺達人間は高みの見物をしているに過ぎない。

「はぁ~あの人とあまり会いたくないんだよなぁ」

俺が司令長官に会いたくない理由はいくつかある。その1つは…

「司令」

っとまた今度にするとしよう。今は仕事が優先だ。提督室に入ってきたのは霧島だった。最近は主に霧島が秘書官として仕事を手伝ってくれている。今日も執務を手伝ってもらおう。

「それじゃあよろしくな」

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

司令長官が来るまであと三日。接待の準備など色々済ませてある程度いい状態になり、執務も連続で続けていた俺は少し休んだ。10分ほど横になった後また起きて執務を繰り返す。出撃していた艦隊も戻ってきてすることが8割程終わった今、俺は霧島がお茶をするというので金剛たちと一緒に紅茶を飲んでいる。金剛の紅茶は大本営で飲んだお茶と同レベルの…いやそれ以上の美味しさだ。多くの提督が金剛の紅茶を好きになる理由がよくわかる。

普通ならのんびり1時間ほど飲むところだが今回はそうはいかなかった。俺に話しかけてきた奴がいた。大淀だ。彼女は「お電話が入っております」と言っていたのて仕方なく俺はお茶を中断し提督室へと向かう。

提督室に着いた後受話器を取り話をする。

「お電話代わりました」

『私だ』

「なんですか」

電話をかけてきたのは司令長官だ。この前だってかけてきたのにまたかけてくるとは一体何があったというのか。

曰く、『お前のところの金剛と話がしたい』と言う。今からかと思ったらどうやら視察に来た時に会わせてほしいらしい。俺は構わないのでそれを金剛に伝えとく旨だけ告げた。

それから話は俺が入院した時の話になった。だが、その話は俺があまり聞きたくない感じの内容だった。

『お前…良かったな殺されなくて』

この言葉を聞いた時は耳を疑った。俺が倒れた理由を詳しくは聞いていなかったが、どうやら俺は毒に当たったらしいのだ。毒素の名前とかそういった細かい話は置いておくとして、みんなが解決できていないのが「どこで毒に当たったのか」という事。鳳翔さんの料理や、間宮さんの甘味。金剛の紅茶や加賀に入れたお茶。色々なものが要因だと考えられているそうなのだがまだはっきりしていないらしい。司令長官が来るのはそれを調べたいからというのもあるそうだ。昔からそうだが面倒ごとはあまり手を出したくない。だが、俺の事なので関わらないというのはできないから嫌だ。

そんな話をして電話を切った。以前から知っているとはいえ、未だになれない。もう少し慣れてもいいのではと本人から言われるがやはり無理だ。苦手なものはいつまでたっても苦手だし、嫌いなものはいつまでたっても嫌いだ。

「Heyテイトク!Tea timeにするネー!」

金剛がはいってきた。確かにさっき途中で終わったから続きをしてもいいとは思う。だが執務もあるので紅茶だけ頂く事にした。そう思いそう返答しようと金剛を見た。だけどその時だった。以前の榛名のような身の毛もよだつような恐怖に襲われた。今回は前回よりも酷かった。榛名の時はビクッとなる程度で済んだのだが、金剛が今目の前にいるこの状況では体の震えが全く止まらなかった。震える体を止める方法がわからなかった俺はその場に倒れ込んだ。後退りをして提督用の机にぶつかる。その様子を変に思った霧島が声を掛けてくる。大丈夫だと言ったがそれは嘘だ。金剛が今は全く別のものに見えた。この世のものとは思えない様な悪魔のようなものに見えてしまった。金剛に「お茶はまた明日貰う」と言ったら金剛は部屋を出ていった。司令長官達が来るまであと三日。まだこの震えは止まりそうにない。

__________

いつもと同じ一日。そう、いつも通りの1日が今日も始まる。窓から陽の光が差し込み、自分の顔を照らしつける。その眩しさに私の目は開かれる。洗面台で顔を洗い、歯を磨き、うがいをしてその場を離れる。そして来たのは自分の部屋。まだ周りには自分の仲間たちが寝ている。

別に何をする訳でもなく、身支度をして部屋を出る。廊下は前後左右から光が差し込んでいるので自室より眩しい。その眩しさに耐えながら私はその場を後にする。この時間はまだここは開いていない。あくまでの時間、私はその中でのんびりとお茶を飲む。他の子達を起こしてもよかったが起こすのも酷かと思った。ここにいる期間にさほどの違いはないけど、まだ私より歴史は短い。

いつも飲むように紅茶を入れる。朝一番に飲むものは日によって異なるが今日は紅茶だ。朝昼晩結構な頻度で紅茶を飲むがそれは飲みたいからではなく何となく飲んでいるだけだ。

その部屋の入口の扉を開けて入ってきたのは鎮守府の母こと鳳翔さんだ。私たちもいつもお世話になっている。

みんなはまだ起きてこないので一足先に朝食をとることにした。鳳翔さんの作るものはなんでも美味しい。自分の度々入れる紅茶と同じくらい美味しい。比べる対象はおかしいがそれくらいしか比べられるものがない。

 

 

 

 

 

食事を終えた私が向かうのは仲間たちが寝ている部屋。とても気持ちよさそうに寝ている彼女らを見ると気にしてしまう。いつまでたっても彼女らを「妹として見てあげられていない」。過去に妹として見ていた時期があったのが懐かしく思えてくるほどだ。

「私は…どうすればいいの…」

まだ迷う。1時は妹たちのためと割り切っていた筈なのに今はどちらも捨てられない存在となってしまった。

 



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犯人

今日は司令長官達がこの鎮守府を訪問してくる。鳳翔さんの達の尽力によってなんとか準備を間に合わせることが出来て、艦隊運用に支障が出ることもなかった。今は午前9時。正門の前でそろって待っているところだ。遠征に出している艦隊のことを上の人たちに伝えてあるのでそっちのことに関しては何も言わないでほしいと思う。

「来たぞ」

正門に二台ほど車が入ってくる。それに向かって敬礼し、車が止まると中から5人ほど出てきた。1人は司令長官、他は大将とか中将とか結構実力者の人たちだ。俺たちは軽く挨拶をした後、早速運用中の状態や鎮守府の状況について説明した。この鎮守府の特徴は自主性を持つことにしている。自分で何かをするというのが重要だと思っている。だが実際は、面倒くさがりな俺に仕事をあまり回したくないというのもある。

それはさておき特徴が自主性と言ったが、それは俺のサボりたいという欲求以外にいくつか理由がある。一つは緊急時の行動だ。鎮守府ではほぼ毎日出撃をして、偵察や制圧作戦を繰り返している。だがそれはあちら側も同じ。深海棲艦が鎮守府に攻めてこないとも限らない。そういったとき、俺は近くの住民の避難等でその場を離れる可能性がある。妖精さん達もいるし下手に離れるわけにはいかない。別に艦娘達を道具としてみるわけではないが、本分は「深海棲艦を倒す」事ではなく「海を守り、人類を守る」事だと思っている。そのためなら俺はたとえ面倒なことでも力を尽くすと決めている。そのために協力してもらっているようなものだ。

もう一つは、緊急時と言えば中身はほとんど同じだが場所が違う。出撃中、イレギュラーな事態が起きたときその場の状況判断も重要になってくる。ほとんどは俺が指揮するがその場その場の判断の方が正確だ。それを考えると自分たちで砲雷撃戦の指揮を執れるようになればさらに安全性は上がると思う。

上の人たちからは「独特だな」と口をそろえて言われたが、なんと言われようとこれが俺の手法だ。こうしろあーしろ言われたとしてもそれを曲げるつもりはない。国家反逆罪?知ったことか。俺たちがしているのは国やそこに住む人々を守るための戦い。国家反逆罪程度でそれが閉ざされるのなら大本営の奴らを全員力でねじ伏せることも覚悟の上だ。もちろん口に出したりしないが…。

艦隊指揮を視察した後、俺は上官達を連れて食道へと向かう。そこには給僚艦勢が用意してくれた料理やお酒がたくさん列んでいた。上官達も普段見ない光景に開いた口が塞がらないようだ。ちょっと面白い。

それらの料理に俺たちは手をつける。そこからは仕事のことから離れて普段の生活についての雑談などをしていた。

だがその時の俺は気づきはしなかっただろう。上官達とこの鎮守府を取り巻く闇を。

__________

「ついに…これで終わる…」

私の手にあるのはある粉状のもの。そして目の前にあるのは上官達と提督に出す予定の紅茶。これを出してくれとあの人に言われて私は今準備をしている。誰にも見られないように台所の陰ではなくその隣の部屋で。そこなら基本誰も来ないし指示を遂行することが出来る。

だけどその粉をその紅茶に入れようとしたとき私は手を止めた。なんで止めてしまったのかわからない。あんな人たちより、妹や仲間の方が大切なはずなのに何で止めてしまったのだろうか。その手はすごく震えている。まだ迷っている。迷っているはずはなかった。それなのに私は…。

「見つけましたよ。何をしているんですか金剛さん」

「えっ!?」

__________

「そろそろか…」

「?」

「いやこっちの話だ。それよりこれを食べないか?君の実力は私達上層部でも捨て置けない存在だからな」

そういって大将が紙袋から出したのは洋菓子のようだ。しかも俺も知っている結構高級な奴。最初は受け取る気は無かったのだが、押しが強く結局全員で食べることになってしまった。でも確かに買ってもらったようなものなのでありがたくいただくとしよう。

その時食堂の扉から金剛が紅茶をもって入ってきた。ちょうど頼もうとしていたのでよかった。金剛は俺たちに紅茶を出すとそそくさと食堂を出て行ってしまった。みんなで紅茶を飲んだ後、司令長官が口を開いた。

「少し真面目な話なのだが…以前ここで起きた毒物混入について。君は何かしら無いか?」

「いいえ…僕も何が何だか…」

俺は以前テトロドトキシンというフグの毒をいれられてしまい倒れたことがあった。俺を含め多くの提督勢は艦娘の誰かがやったと思っている。もちろん俺もそうなのだが、それの信憑性が全くなくて、それに加えて仮に艦娘がやったとして誰がやったのか絞り込めない。俺は赤城や霧島と一緒に探したのだがわからなかった。もちろん2人にもアリバイはあるので可能性は低い。

そこで絞り込んで出てきた証拠…その毒が入っていた可能性が一番高いのは鳳翔さんの料理ではなく、俺がその前に加賀と飲んだお茶だった。吹雪が飲食物に混入されているという明石の言葉をヒントに見つけ出した答えだったがそれの信憑性が高い理由は、基本そのお茶っ葉や湯飲みは俺しか触らないからだ。そこで触ったことのある奴が容疑者と言うことになる。

そこでまた問題がある。どうやって毒をいれたのかということだがそれも吹雪の発案で見つかった。湯飲みだ。俺がもってきた湯飲みの縁につけられていてそれを俺がお茶と一緒に飲んでしまったと言うことだそうだ。

わかっている情報をあらかた説明した後、司令長官は誰かに電話をしていた。するとそれと同時に食堂の扉が勢いよく開く。入ってきたのは赤城と金剛。そして憲兵たちだった。司令長官が指示をすると彼らは上官達に近づいて手錠を掛けていた。状況がわからず司令長官に聞くと赤城が口を開いた。

「以前ここで提督をしていた人は交通事故で死んでしまいました。ですがそれは事故ではなく事件であることがわかったんです。司令長官にその話をしたところ協力してくれることになりました。そして以前の提督が死刑になりあなたが来た。以前のようなことを防止するため、私は司令長官の指示でこの鎮守府に在籍。内情を探っているところであなたが倒れ、それを報告しました。そしてやっと犯人がつかめました。それが金剛さんです」

金剛は涙を流しながら泣いている。そこで金剛ははっきりと話してくれた。妹を人質にして脅された。もし上官達の命令に逆らえば妹たちは解体し海に流す。…つまり殺すと言うことだ。

「申し訳ありませんデシタ…!」

「というわけだ。お前をだしに犯人を捕まえたようなものだがやっと捕まえられた。主犯格がこいつらだったからな…。連れて行け」

「はっ!」

「金剛…貴様ァ!」

「早く来い!」

半ば、いや強引に憲兵はその上官達を連れて行った。そこへまるで見ているかのように一本の電話がかかってくる。それに出るとそれはどうやら元帥のようであった。司令長官から元帥に対して連絡をいれたらしい。俺に話したいことがあるなら代わってくれてもよかったのだがまあそれはあちらの都合と言うことだろう。元帥もこの鎮守府の事件は気になっていたらしい。加えて殺されたのは自分の息子ともなれば当たり前だろう。

これで俺たちは一件落着と言うことだ。話がどんどん進んでいくのでちょっと疲れた。金剛もどうやら落ち着いたようで普通に立てている。

「赤城、ありがとう」

「いえ、任務ですから」ニコッ

「本当にありがとうございました」

「気にするな。旧友の事だから気に掛けてるだけだったし」

「金剛も申し訳ないと思うなら前みたいに楽しく過ごしてくれ」

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

「疲れた…」

「お疲れ様です」

司令長官達が帰った後、俺は榛名と一緒に執務をしていた。金剛の疲れが取れ比叡とぐっすり寝ているらしい。榛名は寝ないのかと聞いたら「秘書官ですから」と返された。確かによく考えてみればそうだった。今日の秘書官は彼女だったのだ。

「少し良いでしょうか…」

執務も終わりそろそろ寝ようかと思っていたとき、榛名が話題を出してきた。どうせこの後は寝るだけだし、暇と言えば暇なので聞くことにした。榛名を座らせてお茶を出すと榛名はそれを飲んで口を開いたのだが…第一声は全く予想も出来ないものだった。

「ごめんなさい!」

榛名の話を聞いたところ、どうやら犯人は金剛ではなく榛名なのだという。最初に脅迫されたらしく、以前俺の湯飲みにテトロドトキシンを付着させたのは彼女。そして…艦隊の艦娘を大破させるように仕向けたのも榛名だった。俺はその話を聞いて口を塞ぐことが出来なかった。とても不思議な気持ちだった。怒りと絶望が入り交じっていてとてもいつも通りでいることは出来なかった。

だが、そこでいつも通りでいようとするのが提督というものだと思う。なんとか押さえ込み、俺は榛名の話の続きを聞いた。榛名が苦しんでいることに気づけず、金剛がその苦しみを肩代わりし、結果として2人を苦しめるだけになってしまった。

こんなことをする資格はない。彼女らの罪は俺の罪より軽い。普通なら逆、俺が許してもらわないといけない内容。俺は榛名に頭を下げて言った。

「すまなかった!」

「そんな…悪いのは私で…」

「違う…俺が気づけなかったんだ。こんな俺だが許してほしい」

「提督…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「テイトクゥ!ティータイムにするデース!」

あの日から一週間、俺たちは少し変わった。接し方やいる時間、仕事に対する態度までたくさん変わっていった。平和ではない。制海権もまだ取り戻せていない。だけどそれでもひとときの幸せを感じることが出来ていた。面倒くさがりな俺の性格は全く変わらず、よく加賀とかに言われている。「もっとまともに仕事してください」と。艦娘に上から目線に言われる提督というのも普通に考えれば無いが悪い話ではない。

「ああ、今行くよ」



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空母の反乱

艦娘には現代の軍艦と同じでいくつもの名前がある。そしていくつもの種類がある。駆逐艦、潜水艦、軽巡洋艦、重巡洋艦、軽空母、正規空母、戦艦。とにかくたくさんの種類がある。この鎮守府の中で今俺と仲が悪くないのは駆逐艦の一部と、金剛型姉妹。あとは赤城だ。ただそれ以外の人員とは未だに話すことが少ない。だからちょっと関わるのが怖いというのもある。

「そろそろ少しは接点をもたないといけないんだが…」

「それは難しいかも知れないですね」

榛名が「難しい」というのでさらに話す気が無くなった。難しい理由を知りたいというのもあるがそれは会ってみるしか無いのかもしれない。面倒ではあるがこういった内容は提督室に来いというのではなく、こちらから行かないとあまり好印象を持たれないと思っている。面倒ごとでもそれくらいの判断はする。

なんか身の危険をなんとなく感じたので榛名には悪いが着いてきてもらうとしよう。拒否はしなかったのでそこそこ信頼されていると思って良いのだろうか。思い上がっているだけか。思い上がりは戦場で死を招く。普段の生活でも気をつけないといけないな。

榛名と一緒に来たのは空母寮だ。空母に関しては放っておけばとんでもないことをやらかしかねない。赤城がいるにしても制御が効かないなんて事になったら対空射撃をいくら積んでも難しいことは変わりない。空母と戦艦は優先したい。

「入るぞ」

「どうぞ」

部屋の扉が開くといたのは赤城。その奥には正規空母勢が座っていた。1人は俺に対してニコッと笑顔を向けたが、他の加賀を除く全員は俺に向かってとんでもなく殺意に満ちた視線を送っている。履歴書というわけではないが所属等の書類をすべて見てきたからわかるが、俺に対して殺意の視線を向けていなかったのは翔鶴だ。

その他、瑞鶴、飛龍、蒼龍は俺が視線を向けるとそっぽを向いてしまった。ちょっと悔しかった。それと悲しかった。

「ほら、二航戦と瑞鶴さんも提督に…」

「いくら一航戦の先輩のお言葉でもこればかりは受け入れられません」

「なんでこんな奴と…」

「言い過ぎよ蒼龍…でも赤城先輩。私もこの人を受け入れられません」

「みなさん…」

「気にするな赤城。最初はそんなもんさ。榛名だってそうだったしな」

「恥ずかしいです」

俺は空母達に軽く挨拶をした後部屋を出たのだが…異常なほど強いさっきに足がすくみそうだった。というか正直なところ今足がガクガクしてる。榛名も予想以上に怖かったようで、ちょっと冷や汗をかいている。平然を保てているだけすごい。保ててない俺はちょっと、いや普通に情けない。ただ…なんと言うべきなのだろうか…。以前榛名が書いたという書類。あの書類を見たとき、空母の部分だけ数字が異常に大きかった。加賀がほとんどを占めていたが翔鶴の数字もすごかったような記憶がある。

まあ、それを知っているから飛龍達は俺のことを信頼してくれないのだろう。俺は別に恨まれるようなことはしていない。良い迷惑だ。だが、おそらくは俺が標的になっているのもそうだが「人間」や「男」に恐怖と絶望をもっているのだと思って良いはず…。わかり合えるまでにどれだけ必要なのか想像もつかない。

だがそれをなるべく早く済ませるのが提督というものだろう。なんとか頑張ろう。一人ずつでも良い。一人ずつわかり合えればそれでいい。面倒だが人間関係はとても重要だ。

「何でみんなこんな感じなのかなぁ…」

「仕方ない…ではすみませんけど、以前の提督のことがありますからね…。主には戦艦がとても強力な戦力として重宝されていましたから、空母の方々は被弾すると結構な確率で中破しますからね…」

正規空母の奴らは被弾すると結構な確率で大きなダメージをくらい、そのたびに多くの資材が持って行かれる。燃料、鋼材、弾薬、ボーキサイト。大破なんぞしたときは普段より多くの物資が消える。そう、被弾しなければとんでもなく強いのだ。被弾するたびに責任の押し付け合い。主には一航戦が責任をとっていた。だけどその時一航戦がいないばあいは、五航戦。つまり翔鶴がその責任を負っていたのだろう。だからあの表は二人の数字が極端に多かったのだ。

だがそれもすべて以前の提督の仕業。俺に罪をかぶせるなと言いたいところではあるがトラウマというのは消えないものだ。仮に消えるとしても克服するのはとんでもなく難しく、時間と労力を消費する。だからこそ直しにくいのだ。それこそきっかけでも無い限り…。

「榛名、少し聞きたいことがあるんだが大丈夫か?」

「内容にはよりますが大丈夫です」

「そうか…嫌だったらすぐ行ってくれ。榛名は前の提督に何かされたとかあるか?」

「ッ…」

榛名はそう言うと顔をしかめていた。ちょっと古い傷を開くような発言をしてしまったことを後悔した。別に言わなくても良いと入ったが榛名はその制止を聞かず、話を続けた。

最初は覚悟したが話された内容は特に何かあるわけではなく、というか何もされていないような内容だった。ちょっと怖かった。でもやはり嫌いな人を思い出させたのは失敗だった。次から気をつけるとしよう。

そう、榛名は大丈夫だった。だが問題は榛名では無かった。金剛姉妹は被弾率が極端に低い。高速戦艦という名に恥じない働きをしていたおかげで鎮守府内でも成績はよかったそうだ。でも運悪く被弾したことも少なからずあり、その時は…おそらく榛名ではなく金剛がその責任をとっていたのだろう。なんとなく始めてあった時に目に光がないような気がしたのはそれだと思う。とは言っても金剛は「時間と場所を…」だのなんだの色々言っているけど、ほとんどの鎮守府で提督に対してそう言うことが多いと聞いているので、無理矢理なのは苦手そうだがそこで適当に言い訳をして言っていた可能性もある。…というかそれしか考えられない。それを考えると金剛が榛名の代わりに俺を殺そうとしたのもなんとなくあり得る話かも知れない。

「なんかごめんよ…」

「お気になさらず。昔のこと…で片付けられる問題ではありませんがもう死んでいるのですから。あんな人のことは放っておけば良いんですよ」

榛名も言うので俺もこれ以上なるべくは前の提督のことを聞こうとするのはやめようと思う。榛名達がかわいそうというのもあるが俺としてもあまり暗い雰囲気で話をするのは疲れる。榛名は大丈夫だったとしても俺が大丈夫じゃないし、俺が大丈夫だったとしても榛名が大丈夫じゃ無いかもしれない。彼女らのためにも気になってはいるが諦めた方が良さそうだ。

__________

「何なのよあいつ…」

なんて言えば良いのかわからないけど私は提督が嫌いだ…というか人間という存在が嫌いだ。理由は色々あるのかも知れないが一番の理由はやはり先輩のことだった。自分の先輩があれだけのことをされているのに新しい提督を受け入れろというのもおかしい話だ。それに加え、自分の姉が被害者であるのだ。姉の方は「気にしなくていい」といっているけど姉の願いでも聞けないことはあるし、仮に聞いたとしてもそれを聞き入れるわけではない。

「瑞鶴…」

「蒼龍じゃない…何か用?」

「まさかとは思うけどあの提督に復讐しようなんて考えていないよね?」

それも良いかもしれない。姉の痛みを人間に知らしめてやるのもこれから私達が存在する中で必要な工程なのかもと思うととても実行に移したくなる。だがその寸前で私の手は止まる。いくら私といえど感情は抑えることが出来る。それに無関係の人間に『直接』危害を加えるほど馬鹿なことはしない。復習するならあの前の提督だけどすでに死んでいるからそれは出来ない。この怒りを誰かにぶつけたいのだが仲間にぶつけたいと思ったことはあってもそれを実行したことはない。

「そう…ならいいわ」

「そっちこそどうなの?」

「そうだね…さすがにやらないと思う…」

__________

「どういうつもりですか…」

「どいてください…私はあなたに用はない」

「これは一体どういう状況だ」

俺の目の前にいるのは榛名。そしてその奥にいるのは弓を構えた蒼龍。榛名も艤装をつけて対抗しようとしたみたいだがこんなところで暴れられたら俺もろとも榛名もやられてしまう。咄嗟に命の危険を感じたので俺は二人を止めようと間に入る。しかし蒼龍はそんな俺へ弓を向けてくる。榛名は咄嗟に俺の前へ出てくるが俺は榛名をよけて蒼龍の前へといって立った。

「自ら殺されに来るなんてとんだ馬鹿ですね。でも今回は感謝します」

「提督!」

もしも蒼龍が弓を向けている相手が俺ならば喜んで受けよう。だがそれがもしそれが艦娘を、自分たちの仲間を苦しめるようなものなら俺はそれを止めないといけない責任がある。それは自分の命を守ることにも繋がるんじゃないかと思う。俺しか出来ないことをする。それだけだ。

蒼龍の腕に少しずつ力がこもっているのがわかる。俺は榛名を下がらせようとするが榛名は俺を押しのけてでも前に行こうとする。そこで仕方なく無理矢理腕の袖?を机の脚に縛り付けた。「ほどいてください!」といっているがこればっかりは聞き入れられない。俺はそこで榛名に言った。「提督命令だ」と。提督の命令は基本逆らえない。普通ならこれに関しては受け入れてくれるはずなのだが榛名は「いくら提督でもその命令は受けません!」と袖を引きちぎろうとしている。

「さあ!俺で気が済むなら打てば良い!」

そう言って蒼龍はついに矢を放った。この至近距離だ。確実に当たる。艤装をつける必要は無い。普通の弓で十分に殺せるからだ。放ってから一秒しないうちにその矢は俺に刺さった。ただ、胸だったというのに死んでいない。心臓に刺さってはいないようだった。心臓の少し上肺の間辺りを通過したのだ。少しよろけるがまだ生きている。生きている間にしないといけないことが俺にはある。

蒼龍は心臓に当たらなかったことで気がぶれたのか何度か打ってきた。その矢は心臓には当たらなかったものの俺の体中に刺さった。約3発、腹と足だ。腹を打てば人間廃棄が出来なくなるとかなんとか言われているらしいし、足を刺せば逃げることも出来ない。ここで確実にとどめを刺せる状況だ。

そしてさらにもう一本矢が放たれる。その矢は今度は俺の手のひらを貫通してそのままの勢いで壁へと刺さった。もちろんそれに引きずられるように壁に激突する。何故手のひらを狙ったのかはわからない。俺を痛めつけたかったのか拘束したかったのか、あるいはそのどちらでもないのかは知らないが。そう考えている内に今度は左手を矢が貫いた。そういえばどこかで見たな。キリスト教の神様、キリストが処刑されたときも十字架に貼り付けになった時に両手に杭だか釘だか打ち付けられていたな。これはそれ関連なのかな…。そう思った。

「ゲホッゲホッ!」

気道を含む場所を貫かれたおかげでなんか意識が遠のいてきた。ああ、そういえば前にもこんなことがあったな。その時の記憶がはっきり鮮明に思い出される。いわゆる死人が死ぬ前に見る走馬灯というものなのだろうと初めてわかった。

「あなたも終わりですね」

__________

「提督…嘘…ですよね…?」

「」

提督は反応しない。手と胸から血を流し、白い軍服は血で赤く染まっている。まだ袖はほどけないし、引きちぎることも出来ていない。早くしないと本当に間に合わなくなってしまう。

「あなたも今から彼の元へ連れて行ってあげますよ」

そう言って目の前で弓矢を引く蒼龍さん…いや、こんな人殺しさん付けする意味は無い。

「あなたも1度はこいつを殺そうとしたんです。当然の報い…というのもおかしいですがまあ、そうですね。同じように死ぬのが一番ですかね」

すると蒼龍は懐から一つの袋を取り出す。それには見覚えのある白い粉状のものが入っていた。それを見て私はすぐに思い出した。それは私と金剛姉様が以前提督の飲食物に混入したことのあるテトロドトキシンを改良して作った毒薬だった。彼女曰く「深海棲艦用に明石さんに作ってもらった」らしい。だが実際はこの人を殺すためだけに作ったのだろうと思う。それを今私に飲ませようとしている。

「いやっ…やめてください」

「やめろといわれて素直に止めるとでも?」

すると蒼龍はそれをちょうど私がさっきいれたお茶にいれてかき混ぜる。溶けたのを確認して彼女はそれを手に取った。そしてそれを持ちながら私の口を強引に開き、口内へそのまま注ぎ込んだ。普通に飲んでいるわけではないのでむせてしまう。咳き込む前に少し飲んでしまった。その少しも量としては半分ほど。だけどその薬は前に私が使った物とは少し違ってすぐに効いてきた。体から力が抜けていき視界がかすみ始める。袖をほどいたり引きちぎったりするつもりだったのにそれも出来ず、刻一刻と自分の終わりが近づいているような感じがした。

蒼龍は私の方へ近づいてくると口を開いて言った。

「どうですか薬の気分は」

「あ…う…」

声が出せない。

(なんで…どうして…)

手を伸ばそうとしても伸ばせない。そのもどかしさと一緒に私はとても深く暗い海の底へ沈む。



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空母の反乱2(解決)

「提督、本日秘書官の翔鶴です」

今日、私は秘書官で提督の手伝いをすることになっている。何人かを試しに秘書官にしてみたらしいのだけど未だに緊張させたり、仕事はしていても明らかな敵意を見せている場合があるそうだ。金剛型の4人に関しては以前の出来事が理由で打ち解けてくれるようになったらしいのだがそれ以外で敵意を見せずに話をしてくれるのは駆逐艦の一部と赤城先輩だけだという。

そして昨日の午後提督に呼び出され、明日。つまり今日の秘書官をしてくれと頼まれた。今はそのために提督室の前に立っている。基本返事があるまで入らないようにしてくれと言われている。それに加えて緊急の場合は呼び鈴を何度か叩いてくれとも言われていた。それを試してはみたのだが反応がなかった。

仕方が無いので多少強引ではあるけれど扉を叩いて開けてみようと思い手を掛ける。すると鍵は閉まっていなかった。前の提督がつけた鍵はそのまま使わず新しく鍵を付け替えたのだという。だがその鍵が開いていると言うことは提督はすでに起きていると言うことだ。

「提督、入りますよ」

私は手を掛け扉を開ける。すると中に存在した異様な光景に私は口を押えてしまった。何も見たくなくなるような光景であった。

壁に打ち付けられている提督に両手を縛られて身動き一つ取れない状態で倒れている榛名さん。昨日の秘書官は彼女であったのを覚えているが何故こうなってしまっているのか全く見当がつかない。この状態の彼らを放っておく訳にもいかず、すぐに救出することにした。榛名さんの手の布のようなものを外すとそのまま榛名さんは崩れるように倒れた。そして次に提督の手のひらを貫く少し太めの2本の釘を引き抜く。榛名さんと同じように倒れていく提督を私はすぐに支える。

胸に耳を当てるとまだ心拍があった。それに息もまだある。だがとても細い。急がないと間に合わなくなるのはよくわかっていた。

何度か習った応急処置手当のおかげでなんとか一命を取り留めることが出来た。途中で部屋に入ってきた金剛さんの協力もあって提督は無事病院へと移送された。以前の毒物混入事件の時も金剛さんの力もあって解決したようなものだった。

そして再びこの事件について鎮守府内の会議が開かれる。私は第一発見者として話を聞かれた。だが私は何も知らないので知らないとしか言えなかった。これ以上憲兵の人に来られるとこの鎮守府の評判もそうだが提督に迷惑がかかってしまう。そう言うこともあってか長門さん達の案で憲兵への報告はしないことになったのだけれど…。

犯人はすでにわかっていたようなものだった。釘が刺さる前に何かが刺さっていたのがわかった。そして刺せる、というか貫けるものと言ったら矢くらいしか思いつかない。それに昨日の会話で明らか不自然な発言をしていた人がいた。それは…

「話していただけますね?蒼龍さん」

今目の前には拘束された蒼龍さんがいる。何故拘束されているのかというと瑞鶴の進言でその可能性が高かったのと榛名さんの発言によってそれが確証付いたとのことであった。

蒼龍さんは最初はなにも話さなかったのだが赤城さんが問い詰めていくと少しずつ話していった。彼女曰く、「恨みを晴らすため」だったらしい。確かにもっともな動機であった。蒼龍さんは以前の提督に散々辱められていた。私もその被害者でこの鎮守府に在籍している艦娘の3割かそれ以上はその被害を受けている。気持ちはわからないでもなかった。私も以前何度も提督を殺そうと考えた。だが今の提督に罪はないのにその憂さ晴らしをするのは非人道的というものだ。昔のこととして受け入れることは出来なくてもその怒りを抑えることは出来た。蒼龍さんは何度も待遇改善を願って提督に進言していた。そのたびに被害に遭っていたと考えれば相当な回数であることは容易に想像できた。

榛名さんはこの話を聞いたら蒼龍さんを殴るどころか殺そうとしてしまうだろう。今いなかったことがとても幸いであると言うべきだろうか。…などと安心している場合ではなかった。榛名さんではなく金剛さんがその怒りを抑えられていなかった。蒼龍さんに殴りかかろうとするのを比叡さんと霧島さんが抑えている。それに追加で長門さんが割って鎮めるようとしていた。

「あんな生き物の風上にも置けないような奴を殺したって何の問題も無いでしょう?」

この発言が金剛さんの怒りに火に油を注ぐような結果になってしまった。彼女は抑えていた比叡さん達を突き飛ばし、さらには目の前にいたはずの長門さんを背負い投げ、蒼龍さんに向かって歩み寄っていく。金剛さんの手は強く握りしめたせいで真っ赤になっていた。彼女も殺すほどまではしないにしても散々痛めつけようとしていた。

金剛さんの手が振りかぶられて蒼龍さんに向かっていく。みんなが手を伸ばしてもギリギリ届かない距離にいて誰も助けることが出来ない。蒼龍さんはついに目をつぶった。私達も殴られる瞬間を見たくないあまり目をつぶってしまった。

だけど殴られた音がしなかった。恐る恐る目を開けてみるとそこには…。

「何をするデース…榛名」

榛名さんが金剛さんの手をつかんでいた。蒼龍さんまで後数cmの距離で止めていたのである。

「抑えてくださいお姉様。確かにお気持ちはわかります。ですが彼女を裁く権限は私達にはありません。それに艦娘を艦娘が傷つけては国家反逆罪と見なされる可能性があります」

「離しなさい榛名!それを言うならこいつだって同じデス!」

「うるさいぞ…お前ら…ここはそう言うことをするための場所じゃないぞ」

その声に私を含む全員がその声の方向を見た。なんとそこには提督がいるではないか。両手に包帯を巻いて、足にはギプスのようなものをつけている。服は血のシミがついた軍服だった。

皆がどうしてここにといわんばかりに提督に歩み寄る。金剛さんに至っては抱きつく始末だ。蒼龍さんはというと確かに殺したはずなのにと言う感じの驚きの表情だった。

提督は金剛さんを榛名に預けると蒼龍さんの方へと向かっていった。そして彼女の前に立つと軍帽を投げ捨てて彼女の前で―土下座した。その光景に誰もが驚いた。蒼龍さんでさえ開いた口が塞がっていない。

「すまなかった。だが後1度だけでいい。俺にチャンスをくれ!」

「」

「もちろんいやなら断ってくれて構わない。許してくれとも言わない。前の提督にどんな仕打ちを受けたかは俺には想像できなししたくもないが…それでも後1度だけでいいんだ!」

蒼龍さんは目尻に涙を浮かべていた。やっと自分が何をしていたのか理解したのだろう。金剛さんは呆れたようにため息をついていた。提督の指示で長門さんは蒼龍さんの拘束を外すと提督は「ありがとう」と一言言って蒼龍さんに再び頭を下げていた。

蒼龍さんも同じように、いや提督以上に頭を下げていた。金剛さんもこの状態で殴るのは非常識だと思ったのかただその状況を見てうつむいていた。

ついには泣き始めた蒼龍を提督はまるで小さい子をあやすかのように、だがそれでも抱き枕を抱きしめるように強く、そして優しく抱きしめていた。私を除く艦娘はこの情景を見て何を思ったのだろうか。蒼龍さんの気持ちの整理がついてこの鎮守府も少しずつではあるけれど復興へと向かっているように見えた。

あの提督が着任してから今回で二回目となる殺人未遂事件。一応上には報告したが赤城さんのパイプつながりと提督の懇願書により蒼龍さんの処分は提督に一任されることとなった。前の提督のこともあり大目に見てくれていたのかも知れない。

だけど提督は蒼龍さんに何か罰を与えるようなことはしなかった。それに対して金剛さんが不満そうな顔をしていたのは新しい。

「第二艦隊、ただいま帰投しました」

「お帰り、守備がよくてよかったよ」

日常会話による報告でみんなも少しずつ和むようになっていった。でも日に日に提督は金剛さんに執着されていっているような気がした。



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駆逐艦を助け出せ

空母達から少なからず警戒されたりすることは少なくなった。飛龍だけは未だに警戒しているようだが、それも少しずつ柔らかくなっていき今では日常で普通に話せる程度にはなっていた。

相手にしたら面倒くさい…というわけではないにしてもまだ危険分子とまでは言わないがそういった艦娘がまだこの鎮守府には何人かいると思っていいと思う。私的になんとかしたいと思っているのが駆逐艦の子達だ。彼女らは装甲が薄いので空母や戦艦の砲撃を食らうと一撃で大破するし、軽巡ですら大破することもある。だが魚雷による攻撃は戦艦や空母には効果が抜群で戦艦がたくさん出てくるところで駆逐艦を戦わせて損傷なく帰ってきたという事例を聞いたことがある。

「そういえば…」

俺は机の上にあった書類を見る。その書類に書かれているのは以前榛名が書いたと言っていた被害数だ。駆逐艦の欄にも少なからず数字が書かれていた。だけど俺はさすがにそれは冗談だろうと思って重要視していなかった。それも俺の面倒くさがりな性格が招いた結果なのだろうと思う。

そんなことはさておき、金剛達戦艦勢や蒼龍達空母勢にその被害者がいたように、軽巡、重巡、駆逐にいてもおかしくはないと何故わからなかったのか。否、認めようとしなかったのか。駆逐艦も艦隊戦闘においては重要な戦力として役立つ。なのにそれを無視していたのはとんでもないミスをした。だがもう後悔しても遅い。後の祭りならこれからのことを考えるしかない。

だけど具体的な案が浮かばない。ただ呼んで仕事をさせるだけならまだしも、私的な用事で呼んでしまっては怖がらせてしまうのではなかろうかという不安が残る。良い方法を考えるのも提督の仕事だがそれをしようとせず面倒くさがっているのはただのくずだ。いくら面倒くさがりでもやることはやる。それくらいはわきまえる。

「失礼します」

扉から入ってきたのは榛名だ。そういえば今日は秘書艦だったなと思い出す。榛名に少し書類を渡して手伝ってもらう。その時間違えてその書類を渡してしまった。榛名はそれを見て「まだとっておいてあるのですね」とだけ言って机の上に置いた。榛名にとっては思い出したくないようだったようだ。これからはどこかにしまっておくとしよう。

だけど榛名はそれに続けてもう一言言ってきた。

「その書類をどうするおつもりですか」

どうしようか迷っていたところだった。駆逐、軽巡、重巡とまだあまり関わっていないことが多い艦もいるのでまだ捨てるわけにはいかないのだが俺にとっては今は彼女らとの細いパイプのようなものなのだ。

「ちょっと駆逐艦の子達について聞きたいんだけど…」

「聞かなくてもわかるのではありませんか?」

榛名の言うとおりだった。日常で見る―主に見るとしても食堂とかで見る―駆逐艦の子達を見るたびに何やらおびえている様子だった。それを見て何度申し訳ない気持ちになったか覚えていないほどだ。榛名の言うとおり効かなくても自分自身で理解していた。だがその中でも少しだけ変わった艦娘がいたのを覚えている。金髪だったので結構見分けはつきやすかった。

彼女の名前は夕立。白露型駆逐艦の子だ。周りには以前同じ艦隊に所属していたと思われる艦娘達がいた。ほとんど同じ艦隊で出撃することが多かったから一緒にいた方が効率がよかったというのが見受けられた。それもそうだが他の艦娘達と違った点は仕事ですら会うことを好まないような艦娘であったと言うことである。視界に入れたくない、生理的に無理と言ったような感じだと思われる。確かにここの艦娘はほとんどがそうだ。戦艦や空母達は私情で任務を失敗させるようなことはなかったので良いのだが駆逐艦の中でも夕立だけは出撃させたら失敗するのではないかという考えが抜けない。夕立だけではない。もしかしたら他の艦娘もそうなのかも知れない。

そういえば…夕立はいつも妙なものを首につけていたような覚えがある。犬がつけるような首輪だっただろうか。とにかくそんな感じだったはずだ。それをつけられていると言うことはおそらく「鎮守府の犬」みたいな感じで差別されることはなかったにしてもカーストの下の方に見られていたのだろう。ここの鎮守府の子達は少なくとも心の底では仲間を大切にしていることが多いように思えるので提督がそう見ていたと言うことであろう。

無性に気になりだした俺は夕立を呼び出すことにした。だが一人で会うのは嫌がるだろうから誰か一人一緒に連れてくるように行った。別に一人でも来て良いのだがそこは俺の配慮…というかなんとなくの考えだった。

しばらく待っていると夕立が入ってきた。だが夕立はもう一人を連れてきていた。それは同じく白露型の制服を着ていた。特徴的だったので忘れることはない、時雨だ。アホ毛が目立つ同じくらいの少女だ。だが二人とももちろんのこと改二になっている。さすが二つ前の提督だ。

夕立の首にはやはり首輪のようなものがついていたがそれは時雨も同様だった。俺はそれがなんなのか二人に問いただした。二人はそろって「首輪」だといっていた。そんなものは見ればわかる。外さないのか聞いたら「外せない」といっているではないか。確かに普通の首輪とは訳が違うのはわかっていた。

「なるほど…ちなみに榛名はこのことを…」

「もちろん知っていました。ですが知識の無い者が触れるのはどうかと思いまして…」

「今度からちゃんと俺に言えよ」

俺はおもむろに工具箱を取り出すと、夕立達をソファに座らせる。そして髪をまくし上げてもらいそれをはずそうとする。外見からして金属で出来ているのは明らかだったのでおそらく加圧式の爆弾か何かなのだろうと考えたのだ。だがもちろんのこと俺はそう言うものには詳しい。なぜなら軍で爆弾処理を習ったからだ。実習でやるのは初めてだが命がかかっているのに失敗するわけにはいかない。

しばらくして二人の首輪を外すことに成功した。その二つの首輪は海へ投げ捨てた。夕立達はその首輪が外れたことで緊張が解けたのかその場に崩れ去るように座っていった。無理もないだろう。常時死ぬ恐怖を感じていないといけないなんて海に出て何時死ぬかわからないのに日常でもそんなことを考えないといけないなんておかしい。以前の提督に感じていた殺気が三度も襲ってきたがなんとか押さえ込む。首輪をしているのは二人だけだったのでよかった。二人は首輪のことに関して礼をして部屋を出て行った。

爆弾処理を誰かが見ている中のとんでもない緊張の中でやったので俺は心臓が破裂しそうだった。さすがにこれは比喩だったけどとにかく緊張した。榛名はそんな俺にお疲れ様でしたと労いの言葉を掛けてくる。すごく嬉しかった。労いの言葉を掛けられたのは何時ぶりだろうかという感じだった。

これからあの二人を起点に駆逐艦の子達と仲良くなれれば良いなと思う。時間はまだ余裕がある。俺が戦時中の今死ぬことがなければ死ぬまで余裕がある。まだ難しい道では歩けれど進んでいこうと思う。

 



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翔鶴の暴走

先日、夕立達の首輪を外したことで少なくとも夕立からは気に入られた。気に入られたというか警戒されたりすることはなくなっていたのである。それだけでも大きな進歩と言えるのではないだろうか。他の駆逐艦の子達の中でもまだ一部から怖がられているもののほぼ駆逐艦全員からは軽蔑されることはなくなった。

そんな夕立も俺にとっては少し面倒くさい艦娘に当たる。何故かというとそれは夕立の性格にある。別に口癖がどうとか髪型がどうとかその他諸々は自由なのだが、何より面倒くさいのは…

「提督さーん!」

そう、これだ。毎度のことではあるのでもうなれたが首輪を外してからと言うもの夕立の戦績がめまぐるしくよくなっている。そのおかげでなんどかMVPを取るようになってそのたびに「褒めて褒めて」と抱きついてくるのである。俺としては微笑ましい限りだがそれを端から見たらただのロリコンだ。夕立は見た目としては歳は16くらいなのかも知れないが精神は他の駆逐艦の子達と比べてそう大差はない。未だに艦娘を異性として意識したことはない訳ではないので少し恥ずかしいと思ってしまう自分がいる

「夕立…びっくりするから飛びつくのは止めてくれ」

「えーでも夕立MVPとったっぽい!」

「最近の夕立はすごいな」

そう言いながら俺は頭をなでる。夕立はまるで首の辺りをなでられた犬のように顔を緩めていた。それを俺の視界の奥の方から見ていた金剛がムスッとした表情をしていたので少しなでて止める。金剛を放っておくとなにしでかすかわかったものではない。まあそれはまだ彼女らのことをわかりきっていない証拠でもあるのであるが。

しばらく報告を聞き艦娘達は部屋を出て行った。その報告書が来るまで俺は別の仕事をする。だが何故はかどらないのかがわからない。いつものように面倒くさがりな性格が出ているだけなら無理矢理にでも動かすことは出来ないでもないのだが今回は何というか別の理由があるように思えてきた。それもただの思い過ごしであれば良いのだが…。

何というかだるい。その言葉が俺の体を支配している。

「すまない、翔鶴。少し休ませてくれ。なんだか体がだるい」

「わかりました。1時間ほどしたら声を掛けます」

「助かる」

そう言って俺は自室の布団に横になった。風邪を引いたというわけではない。俺が風邪を引いたときに出る特有の咳やくしゃみがでないし、何よりからだが熱くならない。風邪を引いていたならもう少し熱が出るはずなのだ。最近働きづめだったし、殺され掛けたりもしたので気疲れでもしたんだと思い、しばらく休むことにした。

小一時間ほど休むと少し体が軽くなった気がした。翔鶴は声を掛けるとか言っていたがどうやら忘れているようだ。でも短時間でも休めたので執務を再開しようと思い私室の扉を開けて執務室に入ると翔鶴はまだ仕事をしていた。時計を見るともう昼休憩の時間になっていた。何故休憩しないのか聞いたら「私はまだ空腹ではありませんので」というではないか。まあ確かに俺も似たようなものだ腹が減っていれば飯を食うがそうでないなら何かしらの暇つぶしをするものだ。翔鶴ばかりに執務をさせておく訳にはいかないので俺も手伝う。…というかもとは俺の仕事だ。秘書官はつけるかどうかは提督の自由だが俺にとってはとんでもない戦力の一つだ。

翔鶴は俺が初めて会ったときから気になっていた艦娘の一人だった。気になっていたというのは別に女性としてではなく、艦娘としてであった。周りの艦娘の空気とはほぼ正反対と言っても良いのではないかとも思える彼女は俺の意識をそれに引き寄せた。そう、他とは違う空気をもつ艦娘は俺の意識を向かせる対象だったのである。はじめてあったばかりならほぼすべての艦がそれにあたるが今現時点で気になっているのは彼女だ。

「翔鶴、一つ良いか?」

「はい、何でしょうか」

「別に言いたくないなら言わなくても良いんだけどさ…どうして俺が部屋に行ったとき他みたいに追い出そうとしなかったんだ?」

翔鶴は少し顔をしかめるとどこかそっぽを向きながら考えて口を開いた。

「私は以前の提督のおかげ…というのもおかしいですがそれが理由で周りの人々の発言が嘘かホントか見抜けるようになりました。あなたはなにも言わなくても『この人なら大丈夫』というのがわかったんです」

人の心を見抜くような能力を手に入れた翔鶴…これはよい産物とみるべきか悪い産物とみるべきか…それは俺次第なのかも知れない。もしも良い産物と捉えるなら前の提督を支持していることと同じだ。だが悪い産物と捉えてしまうと俺は彼女をどう言うように捉えるのかわからなくなってしまう。

面倒くさがりなはずの俺がここまで物事を真剣に考えるなんてあり得ないと自分で理解していた。だけどどうしても気になったのである。時間の無駄、そんなことをする暇があったら執務をしろ、なんてここの前の提督なら言っていたのではないだろうか。俺は言うつもりはない。

「そうか…嬉しい限りだよ」

「それにギブアンドテイクなんて言いますしね。もしそれをあなたがよいこととして捉えるなら私は後でテイクされても良いと言うことでもありますから」

どこの商売屋だよとつっこんでやりたい。他と違うというのはまさにこのことであったのだろう。

「ははは、冗談だろう。まあでも俺は受け入れてもらえただけでも大きなGiveだ。何かTake出来るものがあるならしようか」

「ありがとうございます…では早速…」

翔鶴は何やら近づいてくる。何をしようというのだろうか。まあ誰かに聞かれているかも知れないという不安もあるから耳打ちで言いたいのかも知れないと思い、俺は耳を傾けると翔鶴は俺が予想もしないであろう事に手を出したのである。

翔鶴は俺の椅子を自分の方へと向ける。もちろん俺も座っているので翔鶴の方へと体が向く。「目をつぶってください」というので目をつぶる。そしてしばらくすると何やら唇にとても柔らかい感触のものが当たったのを感じた。それがなんなのかは理解するのにそんなに時間はかからなかった。端的に言えば口づけをされたのである。それを理解した瞬間に俺の顔は朱色に染まる。

「な、何を…」

「少しお相手願います」

すると翔鶴は俺の膝の上に俺の方を向いて座った。俺の足を挟むように股を開いて手を俺の首の後ろへと伸ばそうとする。さすがにこれはまずいと思い剥がそうとしたが予想以上に力が強く引き剥がせなかった。なんかどこかの小説で読んだような展開…などとうつつを抜かしている場合ではない。この後の展開は容易に想像できる。

「ま、待て翔鶴!気をしっかり…」

「私はいつでも気を保っています」

そう言いながら顔を近づけてくる翔鶴。まさにヤンデレとでも言うべきものである。だが翔鶴があってすぐに俺のことを好きになってくれるはずはない前の提督の影響が強いのだろう。翔鶴は加賀の次に空母の中で多く被害を受けている艦でもある。強姦されているのであれば官能小説ではよくある展開…欲求不満とでも言えば良いだろう。艦の心を持つといえども肉体をもてば欲求が出てくる。軍艦という「もの」から艦娘という「生き物」に変わったのだ。生物がもつ三大欲求「食欲・性欲・睡眠欲」はもちろんもっている。特に艦娘は生き残ろうとする意志が強いからこれらの欲求は普通の人間より強いと言われている。

「あっ…」

途端に翔鶴が倒れる。背後に現れたのは瑞鶴だった。

「どうしてここに」

「こんなことだろうと思ったわ。みんな、とりあえず翔鶴姉を連れて行くわよ」

そう言うと飛龍と蒼龍が執務室の扉を開けて入ってくると翔鶴を担いで部屋を出て行った。途端に色々な出来事が起きて混乱している。瑞鶴はそれをわかっているかのように俺に言ってきた。

「翔鶴姉はね、前の提督に散々犯されたせいで単純に言えば頭がおかしくなったの。ああやって体が自分の制御を離れて行動することがあるらしいから気をつけてね」

「あ、ああ。助かったよ。ありがとう」

部屋を出る瑞鶴を見届けた後俺は乱れた服を整えて再び椅子に座り直す。翔鶴の物と思われる唾液が床に落ちていたのが気になった俺はちり紙で拭き取る。そして翔鶴が正気を取り戻すまで執務をするのである。もちろん一人で執務をするのは面倒くさかった…というのは建前であの後だったので少し寂しかった。誰か空いている奴はいないかと思ってスケジュール表を見ると金剛達が空いていたので金剛達を呼び出してお茶をするがてら執務を手伝ってもらうことにした。「わかりました。テイトクのために頑張るデース!」と意気込んでいる金剛がなんだか微笑ましかった。

そこで一つの疑問が生じる。戦艦で「被害」にあったのが金剛であるというのなら他の三人はどんな感じだったのだろうか。そして金剛はどう思っていたのだろうかと。なにも今気にする必要はないのだがもしその「被害」を度々受けていたのなら金剛にだって翔鶴みたいな現象があるのではないかと。

「さっきの翔鶴は大変だった…」

そう口を滑らせたことがこの後の俺の不幸を呼び寄せると言っても良いであろう。

それを聞いた金剛がピクッと反応したのである。別に気にすることでもなかったのだがよく考えてみれば艦娘達はこの翔鶴の異常を知っているはずだ。ということであればもちろん俺が何をされたのかもわかるはず…。

「テイトク…ついに浮気デスカ?」

「いや、そもそもそんな関係じゃないからそう言われる理由もないはずなんだが…」

「提督…姉様のためです…受け入れてください」

「少しは助けようよ…」

そんな俺の願いもむなしく金剛に翔鶴に何をされたのか聞いてきた。俺はキスされて襲われ掛けたとこまではなす。すると金剛達の表情が一変。俺と真逆の方向を向いて何やらひそひそと話している。すごい話している内容について気にはなったが別にそこまでして聞きたいわけではないし聞くとしても面倒だから別に聞かなくてもいいや。

だがその面倒くさいという思いが伝わったのか金剛達は何やら話が終わったらしく俺の方へ向き直ると口を開いた。

「よければお相手してm…」

「断る」

その一言で金剛型全員轟沈。その後はほぼ話すこともなく執務に没頭した。霧島と榛名は普通に手伝ってくれているのだが金剛と比叡がまるで沈んだ艦のように意気消沈していた。縁起でもないことを言ってしまったので少し後悔したがもう遅い。発した言葉は取り消すことは出来ないのだ。

だが何故か金剛だけすぐに復活して「ならば力尽くデース!」といいながら俺に飛びついてきた。もちろん俺はよける。そして金剛は後ろの提督机に激突した。きゅ~とまるでゲームのように倒れていく金剛はちょっとかわいらしかった。

そんなこんなで執務を終えて俺はある人物だけを部屋に残した。それは比叡だ。金剛、榛名、霧島は何かと縁が出来ているから良いのだが比叡と面と向かって話をした覚えがない。別にする必要もないのだがわざわざ戻った後に呼ぶのは俺も比叡としても面倒くさいだろうと思い残して話をしようと思ったのである。

俺は話の初めに一番気になることを聞いた。それはこれからの艦隊運用に関わってくるそこそこ重要な話だ。

「比叡、俺のことは嫌いか?」

金剛型で聞いていないのは比叡だけだったので同じように質問した。すると比叡は少し悩んだような顔をしていたがすぐに向き直っていった。「別に嫌いではありませんよ」と。まずこれだけで嬉しいと感じたがそれに続けて「ですが…好きかどうかと言われたらそうとは思いませんね」とも言われた。まあ別に好きになってもらう必要はない。一緒に仕事をする上で仲が悪いのでは話にならない。そうなってしまっては俺の面倒くさがりな性格が仕事中ににじみ出てしまう。それは艦娘達の士気を下げて俺に仕事が回ってくるようになると言うことでもある。それだけは避けたいのだ。

「わかった。もう戻って良いよ」

「わかりました。失礼します」

比叡を部屋から出すとそれと入れ替わりのように金剛が入ってきた。金剛は何やら紙のような物をもっている。その封筒はなにやら券のような物が入っているようだった。金剛はそれを俺の机の上に置いて「今週末Movieを見に行くデース!」といってきた。今やっている映画はほとんど恋愛物かホラー物だったのを覚えている。金剛にとってはどちらに転んでも良い結果しか残らない。正直外に出るのが面倒くさい上にその後にためた仕事をやらないといけない二重の面倒くささがある。だが誘われたのもせっかくの機会だし最近は金剛達も働きづめだったしお誘いに乗るとしよう。

「ヤリマシタ」

「加賀かお前は」

すごいウキウキしている金剛。

「それって俺と金剛二人だけか?」

「ハイ!二人だけデース!」

「…ちょっと待て…?まさかとは思うがその最後に俺を襲おうなんて魂胆じゃないよな?」

金剛は「違いマス!」といっているけど顔が引きつっている上に冷や汗のような物をかいているのがバレバレだ。行くときは少し気をつけないといけないとため息をつくのであった。



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