魔法少年リリカルけもの (さにり)
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はじめに
当作品についての注意と登場人物設定 ※随時更新予定


はじめに

そういえば獣殿がメインの作品は多々あるけど魔法少女やってるのないな~とかいうあほみたいなテンションで書いています。
酒飲みながらIQ3にして書いているので細かいところは気にせずIQ3にしてお読み頂けますと幸いです。
取り敢えず一通りの配役と何となくの流れは決めていますが基本的には行き当たりばったりで進めます。
キャラ崩壊が酷いです。

リリカル世界のキャラも出していきますがあらかたディエス勢にポジション取られています。
アニメ見返したりディエスプレイし直したりしながら不定期に進めていきます。

投稿初心者ですがよろしくお願い致します。


登場人物設定

※各キャラの名前はややこしくなるのと考えるのが面倒なので前世と変わらず。

本編の進行に合わせて随時更新予定です。

 

■ラインハルト・ハイドリヒ

ポジション:高町なのは

言わずと知れた我らが黄金の獣殿。ただし自ら神格を封印している状態のため前世の記憶もなければ力もほぼ失っている。が、神格抜きの基本スペックからしてチートのため今生でもチートは変わらず。自分の力に振り回されながらも黄金の獣が目覚めないように頑張る主人公。

家がどうというわけでもないがハイドリヒと呼ばれるのが嫌いで周りからは愛称のライニで呼ばれることが多い。まだ小学生のため口調には幼さが残っている頃。

現在水銀のストーカー被害にあっているが本人は気付いてないため実質無害。

たまに寝惚けた獣がやらかしたりしなかったり。

 

 

■綾瀬香純

ポジション:月村すずか

皆の太陽さん。何度目かの転生は不明だが記憶はない。

ライニとは遠縁の親戚で幼い頃から面識があった。司狼とライニを引き合わせたのも香純。

 

 

■遊佐司狼

ポジション:アリサ・バニングス

香純とライニの幼馴染。香純と同じく前世の記憶は皆無。ちなみに未だ子供の為彼がアレかどうかは確かめる術がない。前世の役割が同じだった為なのかライニとは気が合う模様。後先考えずに気の向くまま行動するところは変わっていない。

 

 

■エリー・ストライフ

司狼のデバイスに搭載されたAI。普段はブレスレットの形で司狼の左腕につけられている。

開発者の人格をコピーしているらしく他のデバイスより圧倒的にお喋り。型番で呼ぶと拗ねて言う事を聞かなくなる悪癖があるのに加え軍属らしからぬ性格も相まって使用者が見つかっていなかった。

機能色々。使用者が見つからない間は管理局の研究対象でもありエレオノーレの会話相手になっていた。意外と仲良し。

制作当初からカートリッジシステムを組み込まれていたミッドチルダ式とベルカ式のハイブリット筐体だが今のところエリーがそれを教えてくれる気配はない。

 

 

■ユーノ・スクライア

ジュエルシードの発見者。

輸送船が墜落したことによりライニを巻き込んだことに責任を感じているが時々ライニについていけなくなる。人選を間違ったのではないかとよく悩む。

常識人故に色々と苦労することも多いがライニの友人として頑張っている。獣のブレーキ係。彼がいなければ地球は早々にグラズヘイムになっていた。

 

 

■アンナ・シュライバー

ポジション:フェイト

僕っ娘女の子。母に作られたクローン人間。

ヴィルヘルムのことは友人でもあり兄のようにも思っている。普段の性格は特典ドラマCD時空に近い。

屑ぱぱがいないため触れられたくないという願いは渇望には至らないが、虐待を受けていたため他人に触れられるのが怖い。また母から愛されなかったこともあり抱きしめられたいという想いは健在。

 

 

■ヴィルヘルム

ポジション:アルフ

アンナの使い魔。拾われたから渋々協力しているが、世話を焼くのは嫌いじゃないためまんざらではない様子。

アンナのことは妹のように思っている。性格は特典ドラマCD時空の姉妹に改造されてちょっととがっていた時期に近い。

母親という存在が嫌いでアンナを虐待するプレシアもまた例外ではないどころか嫌いな母親筆頭。

人型はチンピラ。誰がどう見てもチンピラ。

 

 

■エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ

ポジション:リンディ・ハラオウン

時空管理局提督でありアースラ艦長。

殉死した部下の一人息子を引き取って育てている。母親役もしているおかげか性格も大分丸くなった。

クロノに「義母(かあ)さん」と呼ばれると複雑な気もするが実は嬉しい。

大人として子供達には厳しく接することも多いが自身が認めた相手には年齢を問わず対等に接する。

砲撃魔法が得意で獲物は絶対に逃がさないことから管理局内では『魔操砲兵』や『狩猟の魔王』と恐れられているとかなんとか。

 

 

■クロノ・ハラオウン

両親も時空管理局局員だったが幼いころに殉死。両親の上司であったエレオノーレに引き取られた。

両親のことはうろ覚えだが今でも大事に想っている。それはそれとしてエレオノーレの事も母として敬っているためよく「義母(かあ)さん」と呼んでしまうが私生活以外で呼ぶと怒られるので気を付けている。

エレオノーレの事は母としても上司としても尊敬しており彼の目標でもある。

 

 

■氷室玲愛

ポジション:八神はやて

ヴォルケンリッターからはテレジアの愛称で呼ばれている。

香純達より一年先輩。時折tokoyo_teresiaになったりならなかったり。

守護者を下僕と勘違いしている節があるらしい。

 

 

■ベアトリス・キルヒアイゼン

ポジション:シグナム

恋する戦乙女なベルカの騎士。

残念ながらその恋は今生でも14歳神の呪いで実らない。

 

 

■櫻井戒

ポジション:シャマル

前衛ばっちこい屑兄さん。

クラールヴィントの形状はペンデュラムからヴェヴェルスブルグ・ロンギヌスに変更された。

掃除洗濯料理諸々家事全般は全部兄さん担当。家政婦と間違われているのではと最近漸く気が付いた。

 

 

■ルサルカ・シュヴェーゲリン

ポジション:ヴィータ

ポジション的には前衛だけど基本は後衛。役割的にはシャマルに近い。

マレウス・マレフィカムは仲間からつけられた嫌な仇名。

誰もルサルカって呼んでくれなくてちょっとへこんでる。

 

 

■マキナ

ポジション:ザフィーラ

ルサルカによく絡まれている。

人型は目立つので黒い大型犬に擬態していることが多い。

シグナムポジが戦乙女の為ヴォルケンリッターのリーダー格は実質マキナ。

攻撃は最大の防御なので盾役で間違いない。

 

 

■マリィ

第五天を統べる黄昏の女神。

触覚を作りだし蓮と一緒に世界中を回っている。

世界には干渉せずに蓮といちゃつきながら時折知り合いの転生者と出会い、別れを繰り返し世界を見守っている。刹那の日常や黒円卓の転生者たちが少しずつ成長している姿を見るのが好き。もはや我が子のように思っている節がある。母性本能の塊。

 

 

■藤井蓮

第五天の守護者。永遠の刹那。

マリィの触覚と旅をしながら世界に仇なす者を見つけては処刑している断頭台。

水銀のストーカー行為から女神を守っていたらストーカー対象がかつての宿敵になった。絵面的にアウトだが女神への害が減ったのと宿敵相手には見てるだけで手を出していない様子なので取り敢えず犠牲になってもらっている。

転生したラインハルトがかつての自分がいた場所に収まっていることに思うことはあれど日常の尊さを知ってもらいため我慢してる。ラインハルトが力を手にすることには反対だがマリィと水銀に説得された。説得はされたが獣が目を覚ませば即処刑するつもりである。宿敵が人として成長するのには肯定しているためおっかなびっくり見守っている。

 

 

■カール・クラフト=メルクリウス

第五天の守護者兼黄昏のストーカーでもある水銀の蛇。

女神の触覚をストーカーしていたが刹那のガードが固すぎて転生した親友のストーカーにシフトチェンジした。気が向いたら黒円卓の転生者も見に行って未知を噛みしめている。

いつもふらふらしているが女神の治世を乱す輩は見つけ次第滅尽滅相。

最近の趣味は魔法少女もとい魔法少年になった親友を鑑賞しながら腹を抱えて笑うこと。

 

 



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第一章
第一話


 夢を見る。

 数年前から毎日のように見る夢だ。

 見る場面はいつも違うが、そこに居るのはただ一人。

 白い軍服に黒い外套をマントのように羽織ったその姿。

 首に掛けた黄金のストラが揺れる。

 人体の黄金律と言っていいほど均整の取れた完璧な身体に、笑みを浮かべたその麗貌。

 鬣の如く靡く髪は黄金。

 総てを見下す瞳もまた黄金。

 手には神殺しの聖槍。

 一目で誰もが彼に跪く程の圧倒的なカリスマ。

 目前に広がるのは、蹂躙とも言える程の戦火の炎。

 鉤の十字に燃える炎に黄金の獣は笑みを深めた。

 

「…………」

 

 そこで少年は夢から覚める。目覚めはいつも最悪だが、数年前から毎日繰り返せば慣れてしまうのが人間だ。溜め息を飲み込んで、少年はベッドから起き上がると学校の制服に腕を通した。

 

 彼の名前はライニ。本名をラインハルト・ハイドリヒ。名前から分かる通りドイツ人の彼が日本にいるのは母親が日本人だったからだ。母を溺愛している父が日本に移住して、ドイツにある自身の企業グループからは実質隠居し喫茶店なんかを開いている。

 つまり、彼は日本人とドイツ人のハーフなのだが父の血が濃いのか、金髪碧眼と誰がどう見ても白人の姿をしていた。その見た目からややこしいだろうから、とドイツ人の名前を付けたと聞いている。

 そんなライニは小学三年生。ありふれた日常を送るごくごく一般的な少年(自称)だ。彼の一日は騒がしい。何せ友人からして普通じゃない。彼の世間一般が常人とズレているのはこの友人たちにも責任の一端があるのかもしれないが、彼がそれに気付くことは恐らく一生ないだろう。

 

「おっはよーライニ!」

「ああ、おはよう香純」

「ちーっす、相変らず喧しいなコロポックル」

「誰がコロポックルよ!」

「おはよう、司狼。卿は相変わらず香純を弄るのが好きだな」

 

 同じ制服に身を包んだ二人の友人は綾瀬香純と遊佐司狼。香純と司狼は所謂幼馴染という奴で、香純とライニの家が遠い親戚筋という繋がりから自然と三人一緒に居ることが多くなった。

 さて、そこで問題なのが一つ。悪童と名高い司狼とどんな無茶ぶりでも平然とこなす完璧超人のライニが組み合わされると何が起こるかと言うと。端的に言えば手に負えなくなる。優等生を絵に描いたようなライニだが、香純曰く『ノリが良すぎる』らしい。つまり司狼の悪戯にライニが乗るのだ。悪童と超人が手を組めばどうなるか。察しの良いものは分かるだろう。小学生とは思えぬ悪逆非道な計画に超人が加わると完全犯罪が成立してしまうのだ。以前など実験と称して放課後に三人で理科室を爆発させた経緯がある。真っ先に疑われた司狼だがライニと手を組んで完璧なアリバイをでっちあげ未だに犯人は不明。一見共通点のない三人組だが、これで案外相性が良いのだ。

 学校が終われば再び三人で帰路につく。今日の授業は特に問題もなく、司狼の悪戯もなかったため比較的平和な日だった。

 

「ただいま帰りました」

「ああ、お帰りライニ」

 

 家に帰ってまず出迎えたのは、兄の恭也だった。ライニと違い純日本風の名前なのは、彼が母に似て見た目が完全に日本人だから。道場着を着ているということは稽古終わりだったのだろう。

 母の旧姓は高町。父が日本への移住を決めたのも、母の家の事情が大きく影響を与えている。彼女の実家は小太刀二刀御神流という剣術を代々継承している家であり、伝統を重んじる父は跡継ぎである母の事情を顧みて日本に住むことを決めたのだ。

 現在は兄と姉が家のすぐ隣にある道場で稽古に励んでいる。ライニはまだ身体が出来ていないからという理由で稽古を受けたことはないが、成長すればいずれ兄姉と同じく入門することが決まっていた。三人のうちの誰かが父の後を継ぎ、残った二人のうちどちらかに母の後を継がせるつもりなのだろう。ライニも二人の稽古を見るのは嫌いではなく、いずれ自分も入門することに否はない。どころか今から楽しみにしているほどだ。

 

「姉上は?」

「彼女はまだ道場にいるよ。そろそろ帰って来る頃だと思うけど」

「そうですか。それは残念です」

 

 出来れば稽古を見ていたかったのだが、二人も学生の身。遅くまで稽古はできないだろう。軽く兄と世間話に興じてから、ライニは自室に向かう。宿題は出ていないが、予習と復習は最早日課だ。

 あらかたの勉強を終わらせれば、夕食を知らせる母の呼び声。それに答えて部屋を後にした。食卓を囲むのは父と母に、兄と姉。そこにライニを加えた五人。

 変わらない、ありふれた日常。

 いつも通りの日常を終えて、ライニはベッドに潜り込む。目を閉じる寸前、今日こそあの悪夢を見ることがないようにと祈りながら。誰に祈っているのかはわからないが。

 

◆◇◆◇

 

 そんな祈りが通じたのか、その日見た夢は初めて見るものだった。そこに悪夢の象徴であるあの獣の姿は見えない。それにどこかで安堵しつつ、夢とは思えぬ程鮮明な光景に釘付けになった。

 

 どこかの林道だろうか。木々に囲まれた場所で、見慣れぬ服を着た少年が『何か』と対峙していた。懐から取り出した小さな赤い球が光ったかと思えば、緑色の魔法陣が展開される。

 

(魔導……いや、少し違う……?)

 

 それに、どこか懐かしさと違和感を感じてしまう。ああ、知ってる。ライニはこれを知っている。だが、知っているモノよりもはるかに弱い。これではいけない。力が足りない。

 

『妙なる響き 光となれ』

 

 黒い『何か』が向かってくるのと同時に少年が呪文のようなものを唱えだす。魔法陣が更に輝きだした。

 

(たえ)なる……? いや、あってる。あってる、はず……?)

 

 その呪文に疑問を覚えてしまうのは何故なのか。夢とは絶対関係ないと言い切れる。それに何度考えても読みは合っているはずだ。ならいいだろうと脱線してしまった思考を引き戻す。これは夢なのだから、きっとそのせいだと言い聞かせて。

 

『ジュエルシード、封印!!』

 

 一際大きく輝いた魔法陣に『何か』が衝突した瞬間、辺りは赤い光に包まれた。魔力の衝突に懐かしさを覚えながらも、これでは足りないと再び先ほどと同じ思いを抱く。手傷を負わせることは可能だろうが、おそらくこれでは倒しきれないだろう。

 予想通り、黒い『何か』は身体を引き摺りながらどこかへ姿を消してしまった。一方、少年の方は力尽きたのか、膝をついてそのまま地面に倒れ込む。

 

『逃がし、ちゃった……』

 

 追いかけなくちゃ、と言いながらも少年の身体からは力が抜けて行く。最後の力を振り絞るように掠れる声で祈る。

 

『誰か……僕の声を聞いて……力を貸して……』

 

 途端に少年の身体は光に包まれ、その姿は小動物に。傍らに先ほどの赤い宝石が転がった。

 

◆◇◆◇

 

「で、二人は将来の夢とかってあるの?」

 

 昼休み。屋上で三人そろって昼食をとるのは最早日常だ。そんな中で香純が問いかけていたのは先ほどの授業で出された課題について。将来の夢についての事だろう。

 

「夢、ねぇ~。俺は別にそんなもんどうでもいいっつーか。人生楽しく生きたモン勝ちだろ? 計画なんか立てたってつまんねぇっての」

「ま~たアンタはそういう……。ライニはどう? やっぱりお父さんの会社継ぐの?」

「僕も司狼と同じで、特には決めてないな。会社を継ぐのは兄上だろうし。将来なりたいものも……」

 

 そこで思い出すのは毎日のように見るあの夢だ。

 獣皇とも呼べる人ならざる者。

 愛すべからざる光(メフィストフェレス)

 破壊公(ハガル・ヘルツォーク)

 あれは、駄目だ。

 あれはなってはいけないものだ。

 この世に産まれてはならないものだ。

 目覚めるべきではない、忌むべき黄金だ。

 思い浮かべるだけでも怖気が走る。

 魂の底から拒否反応が出る。

 あれは己ではないのだと言い聞かせる。

 

「ライニ?」

「え、あ……」

「お前、たまーにどっか飛んでるときあるよな」

 

 香純に声をかけられて、漸く意識が戻ってきた。ああ、そうだ。自分はここにいた。戦火の中ではない。これが自分の日常だ。そのことに安堵して、苦笑する司狼に謝る。

 

「すまない。将来のことなんて、考えたことなかったから……」

「そりゃ確かにな。つか、今から考えろって言われてもなァ」

「えー。二人共将来の夢とかないの?」

「んじゃお前はあるのかよ」

「そりゃ勿論。お嫁さんとか?」

「ねーわ」

 

 途端に怒り出す香純と飄々とあしらう司狼。それを見て苦笑するライニ。これが今のライニの日常。守るべき陽だまりの日々。どこか物足りないと感じることもあるが、これは満たされてはいけない渇望だと理解している。

 

(ああ、ツァラトゥストラはこれを守りたかったのか)

 

 理解しているからこそ、今感じた思いが誰のものであるのか。そこに疑問を挟むことすら許されない。

 彼はライニ。黄金の獣には成り得ない、ただ一人の人間だから。

 

 

 その日の帰り道、司狼が最近見つけた近道があると二人を引っ張って見知らぬ道へと入って行った。

 

「ちょっと司狼、ほんとに大丈夫なの~?」

「大丈夫だって。もう何回も通ってるし」

 

 昼とは言え薄暗く人通りの少ない道に香純が怯えたようにライニの腕を掴むが司狼はどこ吹く風で、足取り軽く道を進んでいく。ライニはライニで初めての道というのが新鮮なのか、興味深くあたりを見渡しながら司狼の後に続いていた。

 

(この道、知っている……?)

 

 どこかで見たような道。歩いたことはないはずなのに。事実ここに『既知』は感じない。初めて歩く道。初めて踏む土。初めて見る場所。だが確かに、見たことがある。それは『既知』ではなく、『既視』。当然だろう。永劫回帰は既に幕を下ろしたのだから。

 思考の波にのまれかけていたその瞬間に。

 

(……けて。……たすけて!)

 

「え?」

 

 不意に聞こえてきた声に、足を止める。どこかで聞いたような声だが、どこで聞いたのだったか。

 

「ライニ? どうしたの?」

「おい、どうした?」

 

 ライニの腕を掴んでいた香純が異常に気付き、ライニを見上げるが彼は黙って虚空を見つめていた。二人が足を止めたことに気付いた司狼も振り返って二人の元に戻って来る。

 

「こっちか」

 

 再び聞こえた声に方向を確定すると、ライニは香純の腕からすり抜けるように駆けていた。まるで何かに呼ばれるように。

 

 彼の『日常』が崩れ出す。

 『彼』の日常が戻って来る。

 今宵の恐怖劇の、幕が上がる。

 

「これはこれは。さてどうするべきか。貴方はどうされる、幼い獣殿。我が友よ」

 

 それを見ていた蛇が笑う。

 かつてのように。

 獣を見て笑い出す。

 楽し気に、愉し気に。

 さあ、我が友よ。

 私に未知を見せてくれ。

 




(あとがき)
やってしまったリリカルけもの。
既に何度か転生しているため普通()の少年なので口調は若干幼いです。
今生での獣殿は蓮にとってのロートスポジション。
ライニは獣殿と根っこは同じだけど半分別人みたいに思って頂ければ。
基本的に本質の獣は寝てます。
反省はしてる。後悔もしてるけど投稿したからには続けます。


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第二話

「これは……」

 

 夢で見たのと、同じ場所。同じフェレット。傷だらけのこの子をどうしようか決めあぐねていれば、後ろから香純と司狼が駆けてきた。

 

「ちょっとライニ! どうしたの……て、その子!!」

「あ? なんだ、動物か?」

「あ、ああ。怪我、してるみたいで……」

 

 二人にも見えやすいように身体を退かせば、血だらけのフェレットに香純が息を飲み、司狼も顔を顰めた。香純は大量の血に怯えてのことだろうが、司狼は違う。そこらの動物にやられた傷ではないと即座に看破したからだろう。

 

「ちょ、ちょっと大変、どうしよう!?」

「落ち着けバ香純。取り敢えず病院連れてくぞ」

「そうだな。この辺りで一番近い動物病院は……」

 

 傷に響かないようにそっとフェレットを抱き上げて、三人は近くの動物病院へと急いで向かう。

 

「傷は深くないから、もう大丈夫よ。ただ、すごく衰弱しているみたい」

 

 三人で動物病院に駆け込めば、槙原はすぐに治療してくれた。もう心配しなくて良いと言われて、特に香純は大きく安堵した様子を見せる。呼ばれて治療台に集まれば、包帯を巻かれたフェレットがそこに眠っていた。

 

「これ、フェレットですよね?」

「ええ。そう、なのかしら? あまり見たことのない種類だけど……」

 

 香純の問いに歯切れ悪く応えつつ、目が覚めたフェレットに視線が集中した。フェレットは何度か瞬きを繰り返し、辺りを見渡すとやがてその視線が一点に注がれる。

 

「ライニ」

「え、ああ……」

 

 フェレットがライニを見ていることに気付いた香純がライニを促す。恐る恐る手を伸ばし、フェレットを撫でようとした手は不自然に宙で止まった。そんなライニの様子に香純と司狼は顔を見合わせて苦笑する。

 迷うライニに気付いたのか、フェレットはライニの指先に鼻を寄せてヒクつかせると、ぺろりと指先を舐めた。

 

「あ……」

「ヒュゥ~! すげぇな。ライニに懐く動物とか、初めてじゃねぇ?」

「あれ、ライニどしたの? ……って、感動しすぎて固まってるし」

 

 今までライニが近づいた動物は軒並みライニに怯えて逃げるのが常で、自ら近づく動物すら稀だった。実は動物好きのライニにとってそれは酷く複雑なもので、触れることもできず遠くから見守ることしか出来なかったライニが初めて触れられた動物。

 感動しすぎて固まったライニとは裏腹に、力尽きたのかそのまま寝落ちたフェレットにその場は解散となった。ライニに懐いているから、また明日も来て欲しいと槙原に頼まれて三人は快く了解した。

 

「つっても、どうするかねぇ」

「何が?」

「あのフェレット。引き取るにしたって、俺の家にはもう犬がいるし、そもそも俺が問題起こせばジジババ共がうるせぇし」

「あ~……。私の家も猫がいるしな」

「僕の家は父が飲食店を経営しているから、基本動物は飼えない。けど……」

 

 司狼の問いにそういえば何も決めていなかったと三人そろって頭を悩ませる。既に犬猫を飼っている二人は論外だろう。仲良くできればいいが、怪我をしたフェレットを群れの中に入れれば襲われる可能性も高い。危険すぎる。

 かといってライニの家は飲食店。衛生面的にも厳しいところがあるだろう。が、ライニ自身は初めて懐いた動物ということもあり後ろ髪を引かれる思いがあるのも事実。

 

「預かるだけなら、相談してみようと思う」

「いいの、ライニ?」

「ああ。あのままにしておくわけにもいかないだろうし、見つけた責任もある」

「ていうか、お前は初めて懐かれて嬉しいだけだろ」

「それもある」

 

 一先ず相談してみるところからだと話は纏まって、この件はライニに一任された。ライニの家が無理だった場合は、なんとか里親を探してみようと。

 その日の夕飯の席で、早速ライニは両親にフェレットのことを相談してみた。

 

「父上、折り入って相談があるのですが、フェレットを預かりたくて……」

「フェレットかぁ……」

 

 事の経緯を説明してそのフェレットを暫く家で預かれないか、と話しを切り出してみたのだが、やはり父の反応はよろしくない。家で預かるのは難しいのだろうか、と肩を落としたのだが。

 

「フェレットって、なんだ?」

「もう、父さんったら」

「小動物だよ、父さん」

 

 砕けた口調で呆れるのは兄と姉。何故ライニだけ口調が堅苦しいのか、と言えば。ライニが生まれる前から日本に住んでいたハイドリヒ家だがライニが生まれたときは父の事業の関係でドイツに居たからだ。ドイツ語で育てられていたライニが日本に戻る際に独学で日本語を学んだのだが、どうやら参考にするものを間違えたらしい。とは言え妙に様になる口調に最早家族からのツッコミは無くなって久しい。

 

「いいんじゃないかしら。ライニが頼み事をするのも珍しいし。ライニがしっかりお世話するのなら構わないわよ」

「そうだなぁ。母さんがそういうのなら大丈夫だろう」

「本当ですか!?」

 

 瞬間、花が咲いたように笑顔になるライニに少なからず家族は驚いた。普段から笑わないと言う訳でもないが、ライニの笑みは愛想笑いじみた微笑が多い。心の底から笑ったところなど、それこそ家族である彼らもまだライニが幼いころに数度見たことがあった程度。友人である香純や司狼ならばもう少し見る機会も多いのだろうが。

 そんな、よく言えば大人びているライニが子供の様に心を躍らせるほどなのだ。悪いようにはならないだろう。

 

『というわけで、フェレットは僕の家で預かれることになった。明日放課後に迎えに行くつもりだ』

 

「送信、っと」

 

 三人のグループラインにこの件については問題ないとメッセージを入れれば即座に既読が付く。次いで二人から了解の返事。それを見てライニは一度携帯を充電器に繋げるとベッドに向かう。

 

「──っ!!」

 

 瞬間、頭に響いてきた不協和音に頭を押さえて蹲る。一体何が起きたのか。耳鳴りのような音が収まって来ると閉じていた目をゆっくり開ける。

 

「いまの、は……? ──ぃった!」

(……けて、助けて! 誰か、僕の声を聞いてる誰か……!)

 

 頭に響いてくるのは、夢と、昼間に聞いた少年の声。再び頭に響く妙な音に頭を抑えながら、ゆっくりと立ち上がる。なぜか、この声の主の元へ行かなければと使命感のようなものが沸き上がってくる。

 ライニの行動は早かった。家人にバレぬようにそっと家を抜け出して、声が聞こえる方向へ駆け出した。場所は分かっている。あの動物病院だ。あのフェレットが呼んでいるのだと何故か確信していた。

 なんとか動物病院に辿り付いた瞬間、言いようのない悪寒がライニを襲う。再び先ほどの耳鳴りのような音が頭に響き、空気が変わった。まるで、異世界にでも足を踏み入れたような、妙な感覚。

 嫌な予感に、病院に入るべきか否か思案していれば、院内からフェレットが飛び出してきた。

 

「あ……!」

 

 駆け寄ろうとした瞬間に本能的に動きを止める。直後、フェレットを追うようにして飛び出してきたのは夢でみたあの黒い『何か』だ。庭に植えられた木に激突して、半ばから木が折れる。圧倒的な物量に息を飲んだ。

 それと同時にそこから吹き飛ばされたフェレットを見つけてそちらに手を伸ばす。

 

「あぶないっ!」

 

 フェレットを抱きかかえて芝生を転がる。アレはどうなったのかと顔を上げれば、木の下敷きになったそれは暫く抜け出しそうにない。それに安堵しながら、不思議と命の危険に晒されている恐怖はなかった。

 

「あれは……」

「きてくれたの?」

「……卿、喋れるのか?」

 

 あれはなんなのか。目を凝らそうとした瞬間、腕の中のフェレットが声を出した。自分を呼んでいたあの声だ。驚いてフェレットを見るが、考えてみれば当然か。このフェレットがライニを呼んだのならば人語を介することに不思議はない。

 こうして話せるのであれば好都合。状況を判断して、ここでは被害が大きくなってしまうとフェレットを抱きかかえて病院から駆け出した。

 

「さて、逃げている間にいくつか聞いても?」

「え、あ、うん。説明する。というか、あんまり驚いてない、ね……?」

「ああ。どういうわけか、僕は昔から危機感というものが希薄でね。まあそれは追々話すとして、今は先ほどのあの黒い物体についてが先決じゃないのかな」

 

 走りながら淡々と告げるライニに面食らいながらもフェレットは矢継ぎ早に状況の説明を行う。

 曰く、彼はこの世界ではない別の世界から来たこと。

 曰く、彼はある物を探していること。

 曰く、ライニには資質があるため協力して欲しい。

 曰く、資質とは魔法のことだという。

 そこまで説明し終えた瞬間、空から黒い『何か』が降ってきた。再び地面を転がるようにそれを避けたライニはフェレットが無事であることを確認する。

 

「お礼は必ずします! だから、どうかお願いです!」

「……」

 

 必死に懇願するフェレットにため息を吐く。人道的に、これを放っておくわけにはいかないだろう。彼の幼馴染ならどうするか。簡単だ。香純ならば無条件で手を貸すと言うだろう。司狼ならば面白そうだと話に乗るだろう。ならばライニも、二人の幼馴染に準じよう。

 

「わかった。礼はいらない。僕は僕の意思で卿の力になろう。それに何より、未知が見れる気がする」

「え……?」

 

 一瞬、ライニの蒼い瞳が金色に光ったような気がしたのだが、気のせいだろうか?

 浮かんだ笑みは、到底子供が浮かべる笑みではないような……。

 そんなことを考えている間にも、体勢を立て直した黒い『何か』が向かってくる。それに気付いたフェレットは慌てて首についている赤い宝石を差し出した。

 

「これを! それを手に、目を閉じて心を澄ませて! 僕の後に続いて!!」

「わかった」

 

 受け取った赤い宝石を握りしめ、言われた通り目を閉じる。心を澄ます、というのはよくわからないが、無心になれということだろうと解釈した。フェレットの声に耳を傾け、同じように繰り返す。

 

「我、使命を受けしものなり」

 

「契約のもと、その力を解き放て」

 

「風は空に、星は天に」

 

「そして、不屈の心は──この胸に!」

 

「この手に魔法を!」

 

「レイジングハート Set up!」

 

≪Standby ready≫

 

 

 最後の一説を唱えた瞬間、黄金の魔力が爆発した。

 

 

「……っ!?」

「な、なんだこれ!?」

 

 ライニの身体から立ち上る圧倒的な魔力に、フェレットは瞑目し振り落とされないようにライニの肩にしがみ付く。彼の魔力はただひたすらに圧倒的で、天を穿ち大地を揺るがした。それがどれほどの衝撃なのか、フェレットはそれを表す言葉を持たない。

 いつかどこかの魔術師はこう語った。『究極に近くなるほど、言葉は陳腐になるものだ』と。これはそういうものだった。そう、ただひたすらに、陳腐なまでに凄まじかったのだ。

 我に返ったフェレットは、呆然と自らを中心に天まで届く、否、天を超える程の光の柱を見上げるライニに叫ぶ。

 

「イメージして! 魔法の杖の姿と、君の身を守る強い衣服の姿を!!」

「強い、姿……?」

 

 そう言われて、真っ先に思い浮かべてしまったのは毎夜夢で見る悪魔の姿。

 白い軍服に黒い外套をマントのように羽織ったその姿。

 首に掛けた黄金のストラが揺れる。

 人体の黄金律と言っていいほど均整の取れた完璧な身体に、笑みを浮かべたその麗貌。

 鬣の如く靡く髪は黄金。

 総てを見下す瞳もまた黄金。

 手には神殺しの聖槍。

 そう、彼はイメージしてしまった。決してなってはならない、この世に存在してはならない獣の姿を。総てを灰燼とかす神殺しの槍を。破壊公(ハガル・ヘルツォーク)愛すべからざる光(メフィストフェレス)を。

 その瞬間、立ち上るばかりだった魔力が収束する。

 

「まて! 違う、今のは……!!」

 

 そこに言いようのない恐怖を感じて、慌てて違うと叫ぶが既に遅い。赤い宝石から放たれる光がライニを包み、先程の姿を具現した。

 

「す、すごい……」

 

 その姿に、フェレットは感嘆する。こんなこと、見たことも聞いたこともない。

 白い軍服に黒い外套をマントのように羽織ったその姿。

 首に掛けた黄金のストラが揺れる。

 切りそろえられていた黄金の髪は、溢れる魔力が鬣となり肩ほど長く伸びている。

 蒼い瞳もまた、魔力と同じ黄金に。

 手には神気すら感じられる程の黄金の聖槍。

 まるで聖剣に槍の柄を付けたかのような、突きよりも斬ることに特化したその槍の、刃の根本にはレイジングハートが煌めいていた。

 それでも尚、ライニから溢れる魔力は留まることを知らない。その場にいるだけで他者を圧倒する魔力は、紛うことなき覇者のそれだ。

 素質はあると思っていた。恐らく、自分よりも強くなるのだろうと予感していた。だが、これは余りにも凄まじい。まるで……そう、まるで、生まれてくる世界を間違えたような存在だった。

 

「これ、は……。ちがう、だめだ、これは……!」

 

 自分の身体を見下ろして、ライニは困惑する。

 これは、本来なってはいけない姿だったはずだ。自ら封じた力のはずだ。今すぐこの力は捨てるべきだ。

 しかし、状況がそれを許さない。ライニの魔力に圧し潰されながらも、黒い『何か』はライニに敵意を向ける。

 

「来ます!」

「……迷っている暇はない、か」

 

 フェレットの声に今は諦めて、こちらに飛びかかって来る黒い『何か』に向かって手にした槍を横に薙ぐように振るった途端、それは轟音と共に四散した。その衝撃たるや、余波で近くの電柱が半ばから折れるほど。

 

「…………え?」

 

 一瞬、何が起きたのか分からずフェレットは瞬きを繰り返す。飛び散った黒い物体とライニを見比べて、次いでレイジングハートを見る。

 恐らく、今、魔法は発動していない。レイジングハートは沈黙している。

 つまり、素の力だけでアレをやったのだろうか。いや、これほどの魔力を持っているのだから、無意識に身体強化をしていたのだろう、そうだ、そのはずだ、そうでなくてはおかしい。

 

「ここは不味い。場所を移そう」

「え? え!?」

 

 無理矢理自分を納得させようと思考を巡らせていたフェレットを他所に、何てことの無いように困惑するフェレットを抱きかかえてライニは再び走りだす。

 勘だが、今の一撃では殺しきれていない。恐らくアレを倒すにはもっと別の方法があるのだろう。そう結論付けて、走りながらフェレットに問いかけた。

 

「つまり、魔法とは魔力を原動力にした科学、という事か?」

「は、はい。デバイスに与まれたプログラムを発動させて魔法を扱っています。必要なのは、術者の精神エネルギーなので使用者によって威力も変わります」

「なるほど。それで、アレの正体は? 正攻法では倒しきれないと踏んでいるんだが……」

「アレは思念体。倒すにはその杖……というか槍で封印する必要があります!」

 

 説明を受けている間にも、妙な気配に振り返れば四散していたはずの塊が寄り集まって身体を再生し始めている。これだけ圧倒的な戦力差を見せつけて尚ライニを狙うのは、アレが思念体であり恐怖という概念すら知らない存在だからだろう。まともな思考ができる生物であれば普通は逃げ出すものだ。だが、今は都合が良い。こちらを目標と定めてくれるのなら被害を最小限に抑え込める。

 

「封印の手順は?」

「呪文が必要です! 心を澄ませて、そうすれば自然と貴方の呪文が浮かんできます!」

「……心を?」

 

 またよくわからないことを、と呆れてしまうが先ほど宝石を起動させることはできたのだから、同じ要領で行えば良いのだろうとライニは目を閉じる。呪文と言うのは、よく司狼や香純とやるゲームにでてくるようなものだろうか?

 意識を集中させれば、脳裏に浮かび上がるのは知らない言葉。だが、どこか懐かしい。

 

 

その男は墓に住み(Dieser Mann wohnte in den Gruften, ) あらゆる者も あらゆる鎖も(und niemand konnte ihm keine mehr,)

 

 

あらゆる総てをもってしても(nicht sogar mit einer)繋ぎ止めることが出来ない(einer Kette, binden.)

 

 

彼は縛鎖を千切り 枷を壊し(Er ris die Ketten auseinander) 狂い泣き叫ぶ墓の主(und brach die Eisen auf seinen Fusen.)

 

 

「……いや、ないな」

 

 浮かんだ言葉をそのまま続けようとして、目を開く。この姿と同じだ。その言葉は忌避の対象になる。それに明らかに、封印とかそういう優しい呪文じゃないと確信した。なんというか、これを唱えてしまったら辺り一面荒野になる未来しか見えないのは何故なのか。そもそも、こんな長い詠唱を唱える程悠長な場合でもないだろう。

 

「もっと短いのは……」

 

 先ほどのイメージを払拭するように再び目を閉じて、無心になる。今度は忌まわしい悪夢を思い出さないように徹底的に。

 

「…………」

 

 脳裏に浮かんだ呪文は、確かに短い。短い、が。なんだかこれを唱えてはいけない気がする。キャラ的に。

 

「ほか、何か他の呪文は……?」

「危ない!!」

 

 が、迷っている暇もない。フェレットの言葉に顔を上げれば、こちらに飛びかかってきた黒い『何か』は既に目前に迫っていた。

 さて、どうする?

 片方は論外だ。これは絶対に唱えてはいけない。しかしもう片方は色々とアウトだ。沽券に関わる。万が一司狼なんかに見られたら生きていけなくなる気がする。迷いながらも飛びかかってきたそれを槍の柄で弾き飛ばしておく。が、手加減をし過ぎたのか即座にそれは体勢を立て直し、再びこちらに飛びかかろうとしていた。

 

「はやく封印を! 急いでください!!」

「そうは言っても……、いや、『私』のキャラ的にこれは……、ある意味未知ではあるが、しかし……」

 

 どちらを選ぶか。どちらを選んでも地獄だ。最初の呪文は文字通り地獄を作り出す未来しか見えない。かと言っても次の呪文では社会的な意味で地獄だ。前者の地獄は許容できる。まだ許そう。むしろこの選択肢ならば歓迎すらできる。後者はいろんな意味でアウトだ。もし『友人』に見られたら『彼』は絶対この先これをネタにする。そんなこと、キャラ的に許されるわけがない。守るべきキャラというものがある。

 ならば選ぶ地獄は一つしかない。選択の余地はない。はずなのだが……。

 

「敗者の矜持……か」

 

 ふ、と諦めにも似た笑みを浮かべて、ライニは槍を構えた。男なら腹を括るべきだろう。半ば自棄になって、飛びかかってきた『何か』に向かって槍を振り下ろしながら呪文を叫んだ。

 

「……かる……っ。リリカルマジカルっ! ジュエルシード封印!!」

 

 本人はやけくそで羞恥に死にそうになっていたが、これは紛れもなく英断だろう。万が一彼が最初の呪文を使用していたら、今頃地球はグラズヘイムになっていた。ここに彼の爪牙がいたのなら喝采するほどの英断だったのだが、彼には知る由もないことだ。現実逃避のように無心になっていれば、意識の奥底にいる誰かが声を上げて笑っているような気がしたのだが気のせいだろうか……。

 黒い『何か』は黄金の光に包まれ、一瞬で霧散してしまった。後に残ったのは青い宝石。どういう原理か地面から浮いた状態で輝きを放っている。

 

「…………」

「アレがジュエルシードです。レイジングハートで触れて」

 

 意気消沈しているライニを促すように、フェレットは青い宝石に駆け寄る。漸く我に返ったライニも宝石に近づくと槍の穂先で宝石に触れた。途端に黄金の光が辺りを包み、青い宝石は槍に吸収されたかと思えば槍は消え、衣服も軍服から元の服に戻りだす。光が収まったとき槍を持っていた手には赤い宝石が一つだけ収まっていた。

 

「これで終わりかな?」

「はい。貴方のおかげです。ありがとう」

 

 そう言って、フェレットは力尽きたようにその場に倒れ込む。怪我をしていながらこんな戦闘に巻き込まれたのだから当然か。

 

「さて、僕も帰ろうかな」

 

 このままここに居ては色々と面倒だ。既に騒ぎを聞きつけたのか近隣住民が通報したのか、パトカーや救急車のサイレンの音が近づいてきていた。

 

「いくら敗者の矜持があるとは言え、この『私』が、か。ふふふっ! 中々の未知ではないか。ああ、悪くない」

 

 苦笑しながら呟かれたのは誰のモノだったのか。腕の中で眠るフェレットを撫でながら、ライニは小走りに帰路につく。

 



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閑話

 一夜限りの恐怖劇だろう、なんて楽観して観客に徹することに決めていたのだが。

 天を穿ち、大地を揺るがした黄金に成り行きを見守っていた水銀の蛇は僅かに顔を顰める。笑みを貼り付けた彼の些細な変化に気付ける者などそれこそ今はいない彼の盟友くらいであろうが、この蛇が僅かながらも笑みを崩すのは珍しい。この事態はその程度には悩ましい事態だと言える。

 

「ふむ。これは、少々厄介なことになりそうだ」

 

 以前ならばここで一石投じるのが彼のやり方ではあったのだが、ここは女神の治世。故に下手な騒ぎは起こせない。何せ今回は主演が主演だ。敗者の矜持に準じる彼のことだから、簡単に目は覚めないだろうが器に問題がある。今の彼は力の制御も碌にできていない幼子だ。今は自らの力に振り回されてしまう。彼が力を持つには早すぎる。今の彼はいつ暴走するかもわからない爆弾に等しい状況なのだ。

 その証拠に、幼いながらも彼が模った姿は黄金の獣そのもの。今までは刹那の日常を楽しんでいたから暴走の兆しは見えなかった。だが、軍神とも呼べる彼の獣皇が、戦の日常を取り戻してしまえばどうなるか。未知ではあるが、女神の脅威に成り得てしまう。

 ここは裏で手を回して適当なところで切り上げさせるべきだろう。

 そう結論付けた瞬間に。眼下で起きていた戦闘も佳境を迎えていた。

 

「……かる……っ。リリカルマジカルっ! ジュエルシード封印!!」

「ブフォッ!!」

 

 羞恥に顔を赤く染め上げて、やけくそ気味に叫ばれた台詞の何と可愛らしい事か。

 さて、ここで問題なのは今現在の彼の姿だ。幼い美少年が叫んでいれば愛らしい姿であっただろう。しかし、美少年と言えども彼はただの可愛らしい魔法少女……魔法少年ではない。

 白い軍服に黒い外套を肩から羽織り、首には黄金のストラ。

 手に持つ武器は聖槍そのもの。

 溢れる魔力により鬣と化した靡く髪はいくらか短く肩より少し長い程度だが、豪奢な黄金。

 敵を見据える双眼もまた、黄金。

 かつての盟友をそのまま縮めたようなその姿に、水銀は吹き出した。吹き出した状態で時が止まった。まるでここだけツァラトゥストラが流出したかのように、完璧に時が止まった。

 

「ふ、ふふ……ふはははははははは!」

 

 再び時が動き出したのは、戦闘が終わり彼らがその場を逃げた後。パトカーやら救急車やらが現場に到着して更に経ってからだ。既に白み始めた空に水銀の笑い声が響き渡る。

 

 一夜限りの恐怖劇?

 

 いつ暴走するかもわからない爆弾に等しい?

 

 未知ではあるが、女神の脅威に成り得てしまう?

 

 ここは裏で手を回して適当なところで切り上げさせるべき?

 

「否! 断じて否!!」

 

 先程まで考えていたことを愚考と断じて切り捨てる。そのような愚かな行為、どうしてできようか。

 

「流石は我が愛しの女神の治世! 流石は我が友!! まさかこれほどまでの未知を魅せてくれるとは!! 一夜限りの恐怖劇にするなど、勿体なくて私にはできない。できるはずがないのだ。ああ、すまないねマルグリット。我が愛しの女神よ。だが許してほしい。これは必要なことなのだ。我が友が成長するには、どうしても必要なことだと私は判断した。無論、この責は私が負おう。この世界は必ず私が守るとも」

 

 だから、だからどうか、許してほしい。彼がこの先どうなるのかを、見届けさせて欲しい。

 今もこの世界を抱いているであろう愛しの女神に語りかける。言い訳のように聞こえただろうか。真実これは言い訳なのだろう。自身のエゴで、危険分子に成り得る者を放っておくなど、守護者失格と言われても仕方ない。

 だが、それでも可能性を見てしまった。この世界で、かつての盟友が人として成長する可能性を見てしまったのだ。だからどうか、貴方にも見ていて欲しい。退屈はさせぬから、と。

 

 ──うん。いいよ。私も彼を見守りたい。彼のことも抱きしめたいから。

 

 風に乗って、聞こえてきたその声は幻聴だろうか。

 

「ああ。ありがとう、マルグリット。私の女神よ」

 

 さあ、恐怖劇を始めよう。

 脚本はなく総てが即興。

 演出もまた決まっていない。

 何もかもが想定外で進んでいく。

 それは劇と言うには纏まりのない話かもしれない。

 三文小説にも劣る脚本になってしまうかもしれない。

 しかし、役者がいい。

 至高と信ずる。

 

「故に、面白くなると思うよ」

 

 かつて怒りの日を演じた演者達が、再び集う。

 彼らが奏でる新たな歌劇。

 彼らならば、至高の未知を魅せてくれるだろう。

 

 笑いながら、蛇はその場から影のように消え去った。

 




「と、言う訳でね、ツァラトゥストラ。暫く我が友を見守ろうと思う」
「はあ!? ふざけんなよメルクリウス! ただでさえラインハルトに力は与えられないってのに、まだ子供で、それも、何だ、魔法少年? 冗談じゃない。今すぐ俺達でその問題解決させて、一刻も早くアイツは日常に帰すべきだ」
「でもレン。私もカリオストロに賛成だよ? きっとこれは、彼らに必要なことだから」
「マリィ……。そうは言っても、これは……」
「まったく。我が息子ながら頭が固いな。まあ取り敢えず、ここに事の経緯を録画したデータがある。これを見てからでも遅くはないだろう?」

 言ってメルクリウスは空間にとある場面を映し出す。流石ストーカーと言うべきか、そこには先の戦闘が総て収められていた。黒円卓の軍服を纏ったラインハルトの姿に蓮の目に剣呑な光が宿った次の瞬間。

『……かる……っ。リリカルマジカルっ! ジュエルシード封印!!』
「ブフォッ!!」

 父と全く同じ反応をしていた。

「素晴らしい未知だろう? ん?? これを摘んでしまうのは余りにも勿体ないと思わぬかね?」
「ちょ、ちょっと待て……! なんだこれ、こんな未知いらねぇ……!!」
「わー、可愛いね~」

 ツボに入ったのか悶絶しながら腹を抱えて痙攣する蓮に、幼いラインハルトの姿に笑顔を見せるマリィ。顔を背けて笑うのを堪えるメルクリウス。何ともカオスな空間になってしまったが、その後二人の説得で蓮はしぶしぶ傍観の道に頷いた。

「言っておくが、アイツが暴走しそうになったら即止めるぞ。それこそ、殺してでも、な」
「無論。それは承知の上だ。責は総て私が負おう」
 
 いくら未知とは言えこれが危険な綱渡りであることに変わりない。蓮の条件も当然だと水銀は受け入れる。

「ねえカリオストロ。この子たちのお話、私も見たいな」
「ああ、分かっているとも。友を始めとし、今後彼に関わるであろう人物の監視体制は整っている。これで24時間365日いつでもどこでもどの世界にいたとしても好きな時に様子を見れるよ」
「……言っておくけど、お前それ普通に犯罪だからな」

 傍から見ればショタコンストーカー変態野郎にしか見えないことを自覚しているのだろうか。などとツッコミを入れながらも、愛しい女神へのストーカー行為が減るのであれば背に腹は代えられないだろうと割り切った。

「……くしゅっ!」
「どうしたの? もしかして、風邪?」
「いや、違う……と思うけど。何故かな、何か悪寒が……」

(すまん、ラインハルト……。まあお前ら友達だし、自分の友達の暴走は自分でなんとかしてくれよ……)

かつての宿敵に見放されたことをライニは知らない。


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第三話

 家に帰るなり抜け出したことがバレていたのか、兄には怒られたが姉がフォローを入れてくれた。その後すぐに両親にフェレットを紹介して、一通り即席で考えた言い訳と事情を説明し今後フェレットをどう飼育するのか家族会議が終わったところで漸く解放される。

 

「乱暴に扱ってすまない。怪我は平気か?」

 

 部屋に戻るとフェレットをベッドに寝かせる。起き上がったフェレットにそのままで良いと声をかけて傍らに腰かけた。

 

「さて、色々と聞きたいことはあるけど、まずは自己紹介をさせてもらおう。僕はラインハルト。ラインハルト・ハイドリヒ。長いから、周りにはライニと呼ばれている。卿もそう呼んでくれると助かる」

「僕はユーノ・スクライア。よろしく、ライニ」

「よろしく、ユーノ」

 

 漸くお互いの名前が分かって、今まで名前も知らなかったことに思わず笑ってしまった。

 

「ごめんね、ライニ。君を巻き込んでしまって……」

「気にしなくて良い。それなりに楽しめたから、僕はむしろお礼を言うべきなんだと思う」

「た、楽しめた……って、あんな目にあったのに……?」

 

 ライニの言葉にユーノは困惑する。ここは巻き込んでしまったことを怒られても仕方ないことだと思っていたから。

 

「ああ、あの時も少しだけ話しただろう。僕は危機感というものが希薄でね。まあ僕の友人にも似たようなのが居るから、それの影響なのかもしれないけど……。とにかく、色々と想定外もあったが僕は楽しかった。驚いてくれ、ユーノ。今まで僕はあまり物事を楽しめたことがないのだけど、この先もっと面白いことがあると予感した。今、僕は心を躍らせているんだ。まるで無垢な子供の様に」

「…………」

 

 この先も自分に関われば先ほどのような危機に直面すると理解しているだろうに、子供らしく笑う姿に邪気はない。本当に、この事態を面白い遊びとしか捉えていないのだ。まるで、新しい玩具を見つけた子供の様に。

 色々と規格外な少年だとは薄々感じてはいたのだが、小学生にしては少々人格に問題がある気が……。

 

(いやいや、助けてもらったんだし、それに彼の力は本物だし……!)

「さて、僕は明日も学校だから、そろそろ眠らないと。明日また、色々と話そう」

「あ、うん……」

 

 ユーノの為に即席の簡易ベッドを作り、そこにユーノを移動させる。おやすみ、と互いに挨拶を交わして部屋の電気を消すと揃って眠りについた。

 

 翌朝。学校に行く準備をする傍らライニはユーノに今後について話しだす。

 

「学校から帰ったら、ジュエルシードのこととか色々と聞きたいんだけど、体調の方は大丈夫かな?」

「うん。ライニのおかげで魔力を治療に回せたからもうばっちり。それに、ライニが望むなら念話もできるから、空いた時間に話すこともできるよ」

 

 ユーノが説得しなければ学校を休むとまで言っていたライニに、そんなに気になるなら空いた時間を使って話し合おうと提案してみる。当然ライニはそれに二つ返事で頷いた。

 

◆◇◆◇

 

「ねえ、ちょっと聞いた!? 昨日の夜、あの動物病院の近くで事故があったって!」

「あ、ああ。今朝、ニュースで見たよ」

「あのフェレット、大丈夫かなぁ……」

「それなら心配いらない」

 

 学校に着くなり香純から振られた話題に歯切れが悪くなってしまうが、香純はそれよりもフェレットを心配しているようだ。安心させるように適当な話をでっちあげる。

 

「ほんと!? よかったぁ……」

「ふーん。つまりお前は? 『偶然』夜中に外出していたときに、『偶然』病院を抜け出していたあのフェレットを、『偶然』見つけて保護した、と。なるほどねぇ」

 

 素直に安堵する香純と違い、司狼はニヤニヤと笑いながらライニを見る。強調される『偶然』という言葉に思わずライニの笑みも引きつった。

 

「司狼、今度一つだけ言う事聞くから、ここは合わせてくれ……」

「りょーかい。貸し一つな」

 

 おそらくライニが司狼曰く『面白い事』に片足突っ込んでいるのをかぎ分けたのだろう。今は香純にまで疑われることは避けたいから小声で司狼に釘を刺す。代価は痛いが背に腹は代えられない。

 

 片手間に授業を受けながら、早速ユーノと連絡を取った。授業の妨げになるのでは、と心配するユーノに問題ないと答えて、知りたいことを全て話してもらう。

 

 曰く、ジュエルシードとはユーノの世界の古代遺産であること。

 曰く、ジュエルシードとは持ち主の願いを叶える宝石であること。

 曰く、ジュエルシードは単体では不安定で、昨夜のように暴走する可能性があること。

 曰く、ジュエルシードを発見したのはユーノであり、運んでいた船が墜落してこの世界にばら撒かれたこと。

 曰く、ジュエルシードは21個あるという事。

 曰く、今見つかっているのは2つだけであるという事。

 

(なるほど。それで発見者である卿は責任を感じてそれを探している、と)

(……うん。昨日は本当に、ありがとう。この先、君に迷惑はかけないよ。あと五日もあれば完全に魔力が戻ると思う。だから……)

(卿は何を言っている?)

(え?)

 

 それまで休ませてくれれば、すぐに出て行くというユーノにライニは不思議そうに僅かに首を傾げてユーノの言葉を遮った。

 

(昨日言ったばかりだろう。僕はこの先、もっと面白くなると予感した、と。当然この先も手伝わせてもらう。異論は認めない。『私』が今そう決めた)

(ら、ライニ!? わかってるの!? 昨日みたいに危ない目に……)

(正直昨日、危ないと思った場面はなかったと思うのだけど、僕の思い違いかな)

(あう……。でも、この先もっと危なくなることだって……!)

(願ってもいない)

 

 小さく笑ったライニに、ユーノはもう何を言っても無駄なのだと悟ってしまった。有難い申し出であるのは確かなのだが……。何故だろう。なぜかとんでもない人選ミスをしたような気がしてしまうのは。

 

 帰り道、香純と別れて司狼と二人きりになった途端に司狼は悪い笑みを浮かべてライニを見る。

 

「そんで? 俺らに内緒で何やってんだよ、お前」

「まだ何も。これから始まるかもしれない、というものだよ」

「それにしちゃ楽しそうじゃねぇの? 俺、お前がそんなに楽しそうにしてるの見るの初めてだぜ、多分」

 

 わざと人通りの少ない道を通りながら、司狼は飾ることなく直球でライニに問う。下手に隠しても躱されるのがオチだと理解しているからだ。

 

「今は正直、僕も事態の全容を把握しきれていないから、話せることも少ないんだ」

「そうかよ。んじゃ約束しろよ。マジに面白い展開になったら、香純はともかく俺を除け者扱いは許さねえ」

「当然。分かっているとも。というより、卿は自分から首を突っ込んでくるだろう?」

「当たり前だろ。なんだかわかんねぇけど、面白くなりそうなのに傍観なんて俺のキャラじゃねぇっての」

 

 身の安全より命を危険に晒してでも面白いことを優先するのは二人とも変わらない。一見正反対にも見える二人が今まで友人として上手く付き合っていたのは、そういうところが同じだからだろう。二人で笑い合って約束すると、司狼とライニはそこで別れた。

 

(それで、ユーノ。散らばったジュエルシードを探すにはどうすればいい?)

(発動していないジュエルシードを見つけるのはとても難しいんだ。魔力を振りまいて無理やりジュエルシードを起動させることもできなくはないけど……)

(効率が悪すぎる上に被害も大きくなる、か)

(うん。この方法は、最後の手段にしたい)

(僕もあまり目立ちたくはないから、できるだけ穏便に済ませよう)

 

 正直なところ被害についてはどうでも良いところだが、人前であの姿になりたくもないし、あの呪文を唱えるのにもかなりの抵抗がある。面白そうではあるが、なるべく隠れて楽しみたいものだ。

 

(司狼には、どう説明するかな……)

(え? どうしたの?)

 

 あの友人のことだから、きっと首を突っ込んでくるだろうし実際に暴走したジュエルシードを見たいとも言いだすだろう。そうなれば、どうしても司狼に見せたくない姿まで見せる羽目になる。

 不思議そうに聞き返してくるユーノに独り言だと返して、今は散らばったジュエルシードをどう探すかという事について意見を出し合う。

 商店街を歩いていたときに、それは起こった。

 

(──っ!!)

 

 魔法を扱い始めたばかりのライニでもわかる程の異常。これは、覚えがある。病院で感じたジュエルシードの暴走体と同じ気配。それも、あの夜のモノよりはるかに気配が濃い。

 

(ライニ!)

(わかっている!)

 

 即座に踵を返してライニは駆け出した。まるでジュエルシードがライニを呼んでいるように、その気配の元が分かっていた。

 

◆◇◆◇

 

「もしこれでアイツが暴走しそうになったら、即座に力を取り上げる。そういうことでいいんだな?」

「無論。しかし力が安定しているようであれば、この件は今しばらく彼に任せる」

 

 駆け出したライニを見下ろしながら、二人の男は言葉を交わす。驚いたことにその顔は親子のように瓜二つ。しかし親子というには剣呑な雰囲気で話す二人の間で、一人の少女が困ったように笑っていた。

 

「あ、みて、二人共。ユーノと合流できたみたいだよ」

 

 女神の声に二人の視線は再び一人の少年へ。神社の石段を駆けあがっていくところだった。

 

 鳥居をくぐった瞬間に、それはこちらの存在に気付いた。昨夜の不定形な『何か』ではなく、明確に犬とわかるが、犬よりも凶悪なその巨体と内に秘めた狂暴性にライニは僅かに顔を顰める。

 

「いけない! 原生生物に憑りついている! 昨日の思念体よりも強くなっている!」

「なるほど、それで……」

 

 道理で気配が濃いわけだと納得して、ネックレスにして持っていたレイジングハートを手に取った。

 

「これ、起動方法は?」

「昨日と同じ呪文を繰り返して!」

 

 ユーノの言葉に呪文を唱えようとした瞬間に、その犬がこちらに飛びかかって来る。

 

(速い!)

 

 獣の身体を得たそれは昨日とは比べ物にならない程に速い。後ろは階段。横に避けるにしても境内の外にこれを出すことは望ましくない。呪文を唱えている暇もなく、万事休すと思われたのだが。

 

形成(Yetzirah)──レイジングハート」

≪Standby ready≫

 

 自然と脳裏に浮かんだ言葉を口にしていた。

 手にしていたレイジングハートが黄金の輝きを放ち、ライニの手には聖槍が握られ、衣服は制服から軍服へと変わる。黄金の髪が伸び鬣となり、瞳もまた黄金へ。

 目前の獣に視線を移せば、獣は慌てて飛びずさりその場にひれ伏した。怯えるように耳を垂れ下げて鼻を鳴らす。

 

「良い子だ」

「…………」

 

 大人しくなった獣に笑いかけるライニの肩で、どこからツッコめば良いのかユーノは困惑する。そもそも起動パスワードの変更・短縮など聞いたこともないし、いくら元が生物だとしても暴走したジュエルシードが怯えるなど有り得ないはず。だというのにライニは全て当然のように動くものだからなんだか一々驚いている自分が可笑しいのではないかと思えてきてしまう。

 

「ユーノ。封印の手順も昨日と同じか?」

「あ、うん。お願い」

 

 大人しく伏せった獣の鼻先を撫でてやるライニと、撫でられるたびにビクビクと哀れにも身体を震わせる獣に同情しながら頷いた。

 

「時に、封印の呪文の変更とかは……?」

≪…………≫

「つれないな」

 

 無言のレイジングハートにそんな無茶は一度だけ、と言われている気がして肩を竦める。既に腹をくくったのだからこれは我慢するしかあるまい。

 

「あー、コホン。……リリカルマジカル、ジュエルシード封印」

 

 僅かに羞恥を残しながらも、呪文を唱えて獣の鼻先に槍の穂先を当てたとたんに黄金の光が辺りを包む。光が収まったそこには、元通りになった犬が一匹と蒼い宝石が一つ。浮かんでいる宝石に再び穂先を向ければそれは槍に解けるように消えていく。

 

「これで二つ、か」

「すごいよライニ! こんなに順調に進むなんて……!」

「僕は僕にできることをやっているだけだよ」

 

 槍と軍服を宝石に戻しながらライニは苦笑する。自分はそう大した人間ではないのだ、と。

 

「そんなことない! ライニがいなかったら、僕は一つもジュエルシードを回収することが出来なかった。僕の責任なのに……」

「ユーノ。卿は些か責任感が強すぎる。それはある意味美徳なのだろうけど、だからと言っていらない責を負う必要はない。今の卿が行きつく先は破滅しか見えぬよ。つまり、端的に言えば肩の力を抜いたらどうかな?」

「ライニ……」

「先に言った通り、僕は僕にできることをやっているだけにすぎない。それで卿の力になれるのなら身に余る光栄だよ」

「確かに、僕は分不相応な重荷を背負おうとしているのかもしれない。君の言う事も、多分間違っていないんだと思う。だけどライニ。君は君で自己評価が低すぎると思うよ」

「……そうかな?」

 

 自己を戒めるようにライニの言葉を噛みしめながら、苦笑気味にユーノは告げる。その台詞にライニは本気で意味が分からないと言わんばかりに首を傾げるものだからユーノは彼を諭すように、ライニの肩から飛び降りて蒼い瞳をまっすぐに見据えて強く頷いた。

 

「そうだよ! 君の力は本当にすごい! 僕は今まで、君ほど凄い人には出会ったことがなかったんだ! ライニは僕の命の恩人だよ。だから、そんなことを言わないで。自分を嫌うようなことしないで。きっと僕らが出会ったのも、偶然なんかじゃない。君の力は、きっとこの世界を守る為にあるんだよ!」

「……世界の、ため?」

 

 笑いながら告げられた言葉に、目を瞬かせる。ライニは自らを詰まらない人間だと定義しながら、自分の持つそれが常人の規格から外れていることもまた自覚していた。故にこれは封じ、御するべきものだと。この力を使おうなど、今まで一度たりとも考えたことがなかった。

 しかし、ああ、しかし、だ。もしこの力がユーノの言う通り、世界の為に与えられたものだというのならば。恐れるだけでは何もできない。

 

「ありがとう、ユーノ。世界を守る、か。それも良い」

 

 壊すためではなく、この世界を守るために使うべきだろう。それが力を持つ者の責任であり、刹那に敗れた黄金が誇る矜持。

 不思議と胸に嵌ったその言葉に、ライニは深く瞑目する。

 

「卿に出会えてよかった、ユーノ・スクライア。改めて、『私』は卿に敬意を示したい。卿の友人になりたいと思う」

「大袈裟だよ、ライニ。僕も君と出会えてよかった。君の友人として、とても、とても嬉しく思うよ」

 

 再びライニの肩に駆け上って、すり寄るユーノにライニも口元を綻ばせる。

 

(どっちの君も、君なんだよね、ライニ……?)

 

 『僕』と『私』。

 時折混ざる一人称は、傍から見れば子供が口調だけでも大人になろうと背伸びをした結果の混同にも見えるかもしれない。だがライニのそれは根本からして違うとユーノは理解していた。理解した上で、彼の友人でありたいと願った。

 黄昏に染まる空の下、二人は笑い合いながら帰路につく。

 

◆◇◆◇

 

「それで、此度の歌劇はどうであったかな?」

「……取り敢えず、もう少しは様子見だ。ラインハルトはともかく、あのフェレットは信用できる。それに、アイツらもいるんだし悪い影響にはならないだろ」

 

 予想していた最悪の事態になる心配は一先ずなさそうだと息を吐く。まだ少年の彼に黄金の力は負担が大きすぎるかと思っていたのだが、黄金もまた自ら出張る気はないらしい。その潔さはまさに彼らしいとも言える。

 何よりも今の彼は周りに恵まれている。狂気に誘う蛇は大人しくしているし、刹那の陽だまりが近くにいる。快楽主義者とも言える親友がいるのは若干の不安要素ではあるのだが、まあ大丈夫だろう。

 誰も彼も皆黄昏の女神に抱かれている。愛する女神を信じているからこそ、彼らの行く末も信じて見守れる。

 

「言うまでもないだろうが、変なちょっかいかけてやるなよ。マリィの世界だ。お前も馬鹿はやらないと思いたいんだけどな」

 

 例外は動く特異点となった蛇一人。自覚があるのかないのか定かではないが、マリィが一番だとすれば黄金は二番目。それなりの情はあるのだろう。その二番目がかつての親友の言葉を借りれば楽しそうなことに巻き込まれているのだ。いついらない手を出すか分かったものじゃない。大人しくしていろと釘を刺せば蛇は心外とばかりに大仰に肩を竦めてみせる。

 

「無論。私とて当然弁えているとも。なにより私が出張れば物語はつまらぬ様相を帯びてしまう。今まで通り、私は一歩離れたところで彼らの歌劇を肴にさせてもらうとしよう」

 

 クツクツと笑い始める蛇を横目に、そんなんだから黒円卓の連中に嫌われるんだと呆れてしまった。

 

「ねえカリオストロ。あの子たちも、逢えるかな?」

「さあ、どうだろうね。だが、ああ、きっと。彼らは再び集うだろう」

「……?」

 

 蓮にはわからない二人の会話。嫌な予感がしないわけでもないのだが、マリィが嬉しそうに笑っているからきっと大丈夫だろう。

 




(あとがき)
書いてて何ですが司狼と獣殿の組み合わせは色々とやばい気がします。主に周りの被害が。


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閑話

今回とても短いです。
ディエスキャラの顔見せ回。
あわせて登場人物ページを更新してます。


 

「アンナー。飯買って来たぞ」

「あ、お帰りヴィル!」

 

 白い髪に、白い肌。サングラスをかけた白貌の男に、こちらも負けず劣らず白い少女が出迎えた。一見して兄妹のようにも見えるのだが、少女の男に対する態度は兄に接するものとは少し違う気もする。

 

「で、どうだった?」

「ああ。次の獲物の位置は分かった。だが、とかく気に食わねぇ。俺らパシリに使っときながら、アイツは引き篭もって遅いだの手際がわりぃだのと文句しか言いやがらねぇ。お前もお前だ。このまま逃げちまえばいいだろうが」

「ダメだよ。お母さん(ムッター)が困っちゃう。お母さん(ムッター)の為にも僕が頑張らないと」

お母さん(ムッター)、ねぇ……。俺はあの婆、全っ然好きになれねぇけどな」

 

 頬を膨らませる少女に対して、男は思い切り顔を顰めて舌を打つ。男にとって彼女の母親がどうというわけではなく、『母親』という存在がそもそも気に入らないのだ。それは、アルビノ故に親から見放され、群れからも追放された身の上であるからではなく、魂の根源に染み付いた嫌悪感。『母親』というものは忌むべき存在だと生まれる前から感じている事柄だった。

 

「ヴィル。お母さん(ムッター)のこと悪く言うのはやめてよね」

 

 しかし、彼とは反対に彼の主たるこの少女は『母親』とはある種特別な存在だ。母に求められることはなんでもしたい。母を喜ばせるためならばなんでもする。献身的すぎるそれは依存にも等しい。何が少女をそこまで駆り立てるのか。分からないと男はため息を吐きながら少女の頭を乱暴に撫でた。

 

「へいへい。いいから、とっとと終わらせんぞ」

「うん。これが終わったらお母さん(ムッター)も褒めてくれるかな」

「さあな。興味もねぇが、テメェがあのクソババァに愛想尽きたって言うときは俺が喰らってやるよ」

「もー。またヴィルはそういう」

 

 何度注意しても治らない男の悪態に、少女は仕方ないと怒りながらも頭を撫でてくれるその手に笑みを見せた。

 

◆◇◆◇

 

 幾多の宇宙を飛び回るその艦内に、警報器が鳴り響く。けたたましいアラート音に少年は部屋を飛び出し艦橋へと足を速めた。

 

義母(かあ)さん、何事ですか!?」

「騒がしいぞ、ハラオウン。緊急事態だ」

「は、失礼致しましたヴィッテンブルグ艦長……! この騒ぎは一体……?」

 

 母と呼んだ人物からの叱責を受けて、少年は居住まいを正すと呼称を改める。それに艦長と呼ばれた女性は小さく頷いてモニターを示した。

 

「管理外世界から異常なほどの魔力反応を観測した。ここまで届くほどの魔力など、本来有り得ない」

「管理外世界……というと魔力技術は発展していないはずですが……」

「そうだ。だからこその異常事態とも言える。何よりこの数値を見てみろ。観測できた魔力だけでもここまでの数値は我々の中でもそうは持っていまい。この場所でなんらかの問題が起きているのは確実だ」

 

 凛とした声は異常事態というには落ち着き払っていて、彼女が司令官としてどれだけ優秀かは一目瞭然だろう。この騒ぎも、彼女が指揮を執っているからこそ騒ぎだけで済んでいる。皆忙しなく動いているが混乱しているものは一人としていない。それを見渡して、少年は気を引き締める。であれば、自分もまた毅然として事態に構えなくては彼女の顔に泥を塗る。

 

「では、我々が行くのですね?」

「そうだ。本部からの許可も得た。此度の我々の任務は問題の発見と早期の解決。そのためにお前にも働いてもらう。期待しているぞ、クロノ・ハラオウン」

「……はいっ!」

 

 毅然とした態度はそのままに、名前を呼び激励するように肩に手を置いてくれたその一瞬。僅かに和らいだその視線にクロノと呼ばれた少年は必ず期待に応えて見せると誓うように大きく頷いた。




マリィルートで幸せをつかみ取ったアンナちゃんをまた屑親の元に送ってしまったのは大変反省しております。
この先幸せが待っているので許してほしい……。
本来黄昏の転生で出会うはずのない赤騎士が黄金と出会うポジションにいるのは私の趣味です。エレ姐さんも龍明姐さんも報われていいと思う……。


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第四話

推奨BGM等設定する予定はこの先もないのですが、この話に限り後半部分の推奨BGMは"Mephistopheles"です。お察し。


 

「ユーノ。朝食まで時間があるから、少し外に行こう」

「……ライニ、今日は予定があるんでしょ? 休日だし、休んだ方が……」

 

 ジュエルシードを探しに行こう、と手を差し伸べるライニにユーノもそれに頷きかけるがすぐに首を振る。ライニとユーノが出会って一週間。既に集めたジュエルシードは5つ。順調すぎるほど順調だが、その分ライニの日常が崩されている。本人は余り堪えていないようだが、どれだけライニの負担になっているか、ユーノには想像できない。あれだけの魔力を御するのには相当負担がかかっているのではないか。

 

「しかし……」

「もう5つも集めてもらっているし、たまには休憩しないと」

「……わかった。卿の言う通りだな。香純や司狼に勘付かれるわけにもいかないし、今日は休ませてもらおう」

 

 ユーノの不安が伝わったのか、ライニは苦笑して休息に同意してくれた。それに安堵して、笑みをこぼす。

 

「ところで、今日はこれから何をするの?」

「ああ。父上がオーナーとコーチを務めているサッカーチームの応援。司狼と香純も一緒にね」

「サッカー?」

「スポーツの一種だよ。僕と司狼も父上に誘われたんだけど、どうにも団体競技は肌に合わなくって」

 

 司狼もライニも個人主義が強すぎるし、何より周りが二人の能力について来られない。率いるのには向いているかもしれないが、チームを重視する競技において強すぎる個は和を乱す原因にもなってしまう。それを自覚して辞退した。司狼は単に練習が面倒なだけだったかもしれないが。

 司狼と香純と合流すると三人と一匹で応援席のベンチに座る。観客はチームメンバーの家族や友人でそれなりに賑わっていた。

 

「二人も試合に出てたら私も応援のしがいがあるのになぁ……。二人共全然スポーツやらないんだもん」

「あー。俺はパス。こういうの全然向いてねぇし。ルールは破ってなんぼだろ」

「言いたいことは分かるが、卿はもう少しスポーツマンシップというものを学んだ方が良いんじゃないか?」

「アンタ昔っからそうだもんね。そういうライニは? 絶対活躍できると思うんだけど」

「僕はどうにも協調性に欠けている。やるのなら個人種目の方が好ましいよ。卿はどうなんだ? 剣道を続けていると聞いているが」

「まあね。身体動かすのは好きだし、剣道選んだのは、恭也さんと美由紀さんの影響かな」

 

 話している間に試合は開始されて、応援のしがいがない、なんて嘯いていた香純が一番声を張り上げているのには司狼もライニも慣れたとは言え苦笑してしまう。こちらのチームが勝った時など、我がことのように飛び上がって喜ぶものだから。

 

「もー、ライニ嬉しくないの? お父さんのチームが勝ったのに!」

「ああ、いや、すまない。嬉しいことには嬉しいんだが、ふふっ!」

 

 思わず笑ってしまったライニに香純は頬を膨らませる。それに謝罪しながらも再び笑ってしまう。全く、彼女はなんというか……。

 

「お前が愉快すぎて笑っちまうんだよ、こっちは」

「ちょっとなによそれ!!」

「そう怒るな。卿は全く、本当に……」

 

 彼らが彼女を遠ざけた理由がよくわかる。彼女は関わらせてはいけない。太陽が陰ってしまえば皆が悲しむ。陽だまりの下で笑っていて欲しい。

 ああ、よくわかる。今の私にも、理解できる。

 

「ほら、行こう。昼食は父上の奢りだ」

「よっしゃ! いやぁ、応援しといてよかったぜ」

「アンタ殆ど見てただけじゃん!」

「応援席が空席ってのも寂しいだろ? それだけでも貢献してんだよ」

 

 チームが勝てばチームメンバー全員翠屋で快勝祝いというのが通例だ。本日も例に漏れず、三人もご相伴にあずかるのもいつもの事だ。

 テラス席でデザートを頬張りながら、時折ライニがユーノにも分け与えていれば香純が興味深そうにユーノを見る。

 

「にしても、この子本当にフェレットなのかな?」

「さあ。僕はあまり動物には詳しくないから……。まあ何でもいいんじゃないかな」

「んー……、でも、気になるなぁ……」

 

 香純がユーノを凝視するものだから、さてどう躱そうかと思っていたところに思わぬところから助け船が入って来る。

 

「ユーノ、だっけ? ほれ、お手」

「きゅ」

「かわいー! 私も私も!」

 

 差し出された司狼の手にユーノが片手を乗せれば、香純は笑顔を見せてユーノを撫でまわす。

 

「ま、何にせよ賢いフェレットってことでいいんじゃね? 今は、な」

「……そうだな」

 

 香純がユーノと戯れだしたのを横目に司狼がこちらに視線を寄越す。これはそろそろ話してしまった方が良さそうだ。

 

「っと、悪い。俺この後ちょっと用事あるんだった。ライニ、忘れんなよあれ」

「無論。近い内に、と約束しよう」

「何なに? なんの話?」

「なんでもねぇよ。それよかお前も今日は何か用事あるって言ってなかったか?」

「あ、そうだった! もうこんな時間! じゃあライニ、おじさんによろしくね!」

「ああ。それじゃあまた学校で」

 

 慌ただし気に身支度を整えて去っていく二人の背中を見送って一息つく。サッカーチームの子供達もお開きとなって各々帰路についていくところだった。

 

「……?」

 

 そのうちの一人。キーパーを務めていた少年が手に持っていた何かをポケットにしまう。さして気にする仕草でもないだろうに、どうにも何か気になった。

 

「……すまない司狼。先に僕一人で面白いことになりそうだ」

 

 もしかすると、ああ、なにやらとても嫌な予感がする。漸く楽しくなりそうだ。

 

「ライニ? どうしたの?」

「なんでもないよ、ユーノ。少し疲れたから、帰ったら夕食まで寝させてもらうよ」

「うん? ゆっくり休んでね」

 

 どうにも上機嫌なライニに首を傾げながらも、ユーノは定位置となったライニの肩に飛び乗った。

 

 ◆◇◆◇

 

 眠るライニの傍らで丸くなりながら、やはり慣れない魔法は相当負担になっているのだろうかとユーノは不安気にライニを見つめる。

 膨大すぎるほどのその魔力もそうだが、何よりもあの姿。軍服のようにも見える、見たことのない衣服。それから、神気すら感じるほどのあの槍。本来魔法使いの姿は持ち主がイメージした姿を元にデバイスが形成するもの。だとすればあの姿はライニがイメージした姿ということになるのだが、一体どこで見た姿なのか。見たところライニの私生活にはそれに該当するものが見当たらない。本やテレビで見た物という可能性が高いのだが、どうしてだかそうは思えなかった。

 

(今度、ライニに聞いてみようかな……)

 

 機会があれば、聞いてみよう。それが一番早いし、勝手に詮索するのも気が引ける。

 そう決めて、ユーノも休息の為に目を閉じた。たまには休むのも悪くない。

 

 眠りを妨げたのは、今まで感じたどのジュエルシードよりも膨大な魔力。ただの暴走とは思えないそれに二人は飛び起きる。

 

「ライニ!」

「行こうユーノ!」

 

 ユーノがライニの肩に乗れば、ライニはそのまま部屋を飛び出して外に駆ける。ライニの肩に乗ったユーノからは、ライニが嬉しそうに笑っているその表情を伺うことはできなかった。

 

「これは……!」

「凄いな。ジュエルシードはこんなこともできるのか?」

 

 街を覆う程の大樹に、ユーノは息を飲む。街全体を見渡せるように学校の屋上に登ってきたが、それでも大樹全体を視界に収めるには無理がある程だ。

 

「多分、人間が発動させちゃったんだ……。強い想いを持つ人が使うと、ジュエルシードは最大の力を発揮するから……」

「なるほど。……面白い」

「え?」

 

 小さく呟かれたその言葉に、ユーノは瞑目する。今、彼は一体何と言ったのだろう? 街を覆うこの惨事を前に、どうして笑っていられるのだろう?

 

「ちょ、ちょっとライニ、何を……?」

「無論、封印する。規模が大きくとも手順は変わらぬのだろう?」

「そうだけど、でも、これだけ大きいのをどうやって……核を見つけるのだってどれだけ大変か、」

 

 レイジングハートを取り出すライニに何をするのかと聞けば、ライニは笑いながら起動させる。

 

形成(Yetzirah)──レイジングハート」

 

 軍服を纏い、聖槍を手にしたライニは槍の穂先を街へ向ける。既に変身は終えていると言うのに魔力の奔流は増すばかりで、肩に羽織った外套と伸びた黄金の鬣を靡かせた。

 

「ライニ……?」

「案ずるな。加減はする。諸共吹き飛ばせば核は残ろう。ならばそれを封じれば手間も省ける」

「え、は? ま、え、ふき、街を!?」

「加減すると言っただろう。大樹のみ吹き飛ばせば問題あるまい?」

「まってライニ! だってそれ、そんなこといくら何でも……!!」

 

 どれだけ魔力が膨大であろうと、そんな無茶ができるはずない。叫ぶユーノを無視してライニは聖槍へと魔力を注ぎこむ。

 

「Drei, Zwei, Eins──」

 

 カウントダウンを始めれば聖槍が黄金に輝きだす。神気に満ちた黄金の聖槍は、まさに神威そのもの。絶句するユーノの前で、ライニはそれを解き放った。

 

「Feuer」

 

 黄金一閃。何者より速く、絶対に的を逃さぬ一撃必殺の黄金光。総てを焼き尽くす破壊の黄金は、しかし宣言通り、大樹だけを狙い打つ。その様は凄絶の一言に尽きる。街を覆う大樹は一瞬で文字通り吹き飛ばされ、後に残るは核となっていたジュエルシードとそれに守られた二人の子供。

 

「見つけた」

 

 少年の手に握られたジュエルシードに、そこにあったのか、と楽し気に口元を綻ばせて街に向けていた切っ先の向きをそちらに変える。

 

「さて、この距離でもいけるな?」

≪Jawohl,Mein herr≫

 

 当然できるだろう、と確認するライニに呼応するようにレイジングハートが煌めく。それに満足気に目を細めて、封印の呪文を唱える前に。

 

「なら呪文の変更は?」

≪…………≫

「卿、わざとやっているのか……?」

 

 従順なレイジングハートに今ならいけるのでは、と持ち掛けてみるが返ってきたのは沈黙のみ。それに苦笑して既に馴染んでしまった呪文を唱えた。

 

「リリカルマジカル ジュエルシード封印」

 

 遠く浮かんでいたジュエルシードを無理やりこちらに引き寄せて、槍に封じる。後に残るのは壊れた街並みだけで住人には何が起こったのか何も分からないだろう。

 

「うそ……。僕にも使えない遠距離魔法で、それも、こんな威力……」

 

 いや、そもそもこれは魔法と呼んで良いものなのか? 大樹による破壊の跡が残る街を見下ろしてユーノは呆然とライニを見る。これで加減をしたというのなら、全力を出せばどうなるのか。

 

「ユーノ。ありがとう」

「え?」

 

 唐突に礼を告げられてユーノは困惑する。

 

「僕は今まで、この力は表に出してはいけないと、ずっとそう思っていた。だが、卿の言葉で初めて知ったんだ。この力は、守るために使えると。今日、それを試して確信した。実を言うと街ごと吹き飛ばしてしまったらどうしようかと思っていたのだけど、どうやらそれも杞憂だったみたいだ」

「え、」

「だから、ありがとう。この力は破壊以外にも使えると教えてくれて」

「ライニ……」

 

 今更彼がどこまで外れていようと、驚くことはないだろう。初めから彼の力は規格外だと見せつけられていたではないか。そう思い直して、ユーノは笑う。

 

「僕からも、ありがとうライニ。君が善い人で本当に良かった。すべてを破壊してしまうような、恐ろしい人じゃなくて、その力を守ることに使ってくれて、ありがとう」

「それはお礼を言われることじゃないよ、ユーノ。卿のおかげでそれを知れたのだから」

 

 苦笑しながらユーノの頭を撫でる。ユーノがいなければ、おそらく同じ状況に陥った時、ライニは構わず街ごと吹き飛ばしていただろう。それをとどめてくれたのは、ユーノの言葉だ。この力は守るために存在するのだと教えてくれたのはユーノ自身ではないか。

 

(すまないユーノ。卿は僕を『善い人』と言ってくれたけど、これを楽しむために彼の暴走を見逃したと言えば卿は失望するのかな)

 

 それは、少し嫌だ。被害も思った以上に大きくなってしまったし、今後はもう少し気を付けよう。

 今日の出来事は戒めとして覚えておくと心に誓う。どうにも自分を慕ってくれているらしい友人に失望されたくはないと思ったから。

 それから、ユーノに言われた言葉に頭が冷えた。

 

(恐ろしい人、か……。ああ、本来は、そうなのだろうな)

 

 破壊公(ハガル・ヘルツォーク)

 愛すべからざる光(メフィストフェレス)

 自分のあの姿はまさにそれで、本来なら恐れられるものなのだろう。すべてを破壊する黄金の獣。それがアレだ。自らの姿の元となったその姿を思い出して頭を振る。

 

(そういえば、最近はあまりあの夢を見なくなったな……)

 

 夢を見なくなるほど疲れているのだろうか。自覚はないが、ユーノの言う通り少し休むべきなのかもしれない。

 




ジュエルシードが無傷だったのは街を壊さないように手加減に手加減を重ねたおかげです。


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第五話

 その日は先日香純の家で飼っている猫が仔猫を産んだということで、司狼とライニが彼女の家に遊びに来ていた。庭で放し飼い同然となっている猫たちは自由気ままに過ごしていて、飼い主の人柄故か人懐こい猫たちは香純の膝で眠っていたり、司狼に遊ばれていたりする中。

 

「お前ほんっと相変わらず動物に好かれねぇのな」

「あは、あはははは……、ごめんねライニ?」

「…………いいんだ。僕にはユーノがいるから」

 

 猫たちに怯えられてあからさまに避けられているライニは、内心の落胆を隠しもせずに慰めるようにすり寄ってくれるユーノを撫でながらいじけだす。年相応の仕草に司狼と香純は苦笑を漏らすがそちらの方が好ましいと笑い合った。

 恨めしそうに膝上の猫を撫でている香純を眺めながらユーノの頭を撫でていれば、仔猫が一匹草むらの中に入って行く。それを横目に、猫じゃらしを取り出した司狼にライニを迂回するように集まっていく仔猫たちに深いため息を吐いた瞬間。

 

「──っ!」

(ライニ……!)

 

 ジュエルシードの気配に飛び起きる。司狼と香純はそれぞれ猫とじゃれていて何も気付いている様子はない。

 

(どうしよう、すぐ近くだよ!)

(……いい機会、なのかな。ユーノ、頼めるか?)

(任せて!)

 

 前半はともかく、ライニの言わんとしていることを理解したユーノは素早く身を翻すとジュエルシードの気配を追って草むらに飛び込んだ。

 

「あ、ユーノ?」

「何か見つけたのかもしれない。迷子になると困るから、探してくるよ」

「でも、一人で平気?」

 

 足元を駆けて行ったユーノに香純が慌てて立ち上がるがそれをライニが制する。なおも心配そうな香純に微笑んで、司狼に視線を送れば彼は楽し気に笑ってみせた。

 

「そうだな。司狼、悪いが手伝ってくれるか?」

「おう、いいぜ。んじゃ香純。悪いけどこいつらの世話しといてくれよ」

「え、あ、ちょっと!?」

 

 遊んでいた仔猫たちを香純の方へ押しやって、ライニに続いて司狼も立ち上がる。さっさとユーノを追って森に入り込んでしまった二人に、取り残された香純は猫を抱きかかえながら頬を膨らませた。

 

「なによ、もう。また私だけ除け者にしちゃってさー……。いいもん、いいもん。どーせ私は足手まといだもん。慣れてるもん」

 

 待っているのは慣れてしまったと、涙ぐんだ声で呟いてテーブルに放置されたままだったクッキーを頬張りだした。

 

◆◇◆◇

 

「さて、ユーノ。もう隠さなくていいよ」

(え、でもライニ、彼は……)

 

 香純から見えないところまできてユーノと合流すると、ライニは傍らの司狼を気にせずユーノに話しかける。それに本当に良いのかと確認してから、ユーノは戸惑いがちに口を開いた。

 

「え、えと……はじめ、まして。なのかな? 僕はユーノ。よろしく司狼」

「なんだ、やっぱ普通のフェレットじゃねぇのか」

「……えっと、驚かない、の?」

 

 人語を話し始めたユーノに、司狼はさして驚く様子も見せずに納得していることにユーノは困惑しながら司狼を見上げる。

 

「あー? まあ時期的に、こいつが面白いことやり始めたのお前見つけてからだし。何か関係あるってのは分かるだろ。んで、ライニ。隠してるのはこれだけじゃねぇんだろ?」

「当然だろう? これだけなら、隠す必要もなかったよ」

 

 ジュエルシードや魔法のことを話し始めるライニにユーノは慌ててしまうが、ライニの言葉を妄言ではなく現実として受け止めいている司狼にも衝撃を受けてしまう。この世界に来て日が浅いユーノではあるが、ここは管理外世界。魔法の存在など誰も知らないはずなのに。

 

「で、そのジュエルシードってのは使いようによっちゃ前にあった大樹みたいに危険なことになるから回収してる、と」

「然りだ。まあ、前回は人間が使ったためにあれだけ被害が大きくなったようだし、集めてきたジュエルシードの中で人間が発動させたのはあれ一度きりだから。次にまた面白い展開になるのは少し先の話になるかもしれないが」

「ふーん。ところでよ、ライニ。これもそのジュエルシードって奴のせいなんだよな?」

「……まあ、そうなるだろうな」

「俺にはどうも、なんつーか、面白いことには面白いんだが? こいつがそこまで危険なものに感じられないってのは対象がアレだからかね?」

「……ふむ。まあ、今回はハズレだったようだ」

 

 家ほど巨大化してしまった仔猫を見上げながら、司狼とライニは落胆を滲ませながらも苦笑する。折角面白くなってきたと思った矢先にこれでは、幸先はあまりよろしくないだろう。

 

「って、そうじゃないよライニ! 早く封印を……って、ああ!?」

 

 遊びに行こうと動き出した仔猫にユーノが慌ててそれを追う。二人もそれに続くが途端にユーノが立ち止まった。

 

「ユーノ?」

「これだけ大きいと、人に見られちゃう。結界を張るから、少し待って」

「結界?」

「うん。結界の外からはここで起きてることは知覚できなくなる。僕が少しは、得意な魔法」

 

 ユーノを中心に展開された魔法陣に、司狼とライニは興味深げに見守っていれば異様な空間が辺りを包む。これが結界という奴なのだろう。感嘆するライニの傍らで司狼もまた口笛を吹く。

 

「これが魔法? お前もできるのか、これ?」

「いいや。正直僕が使ったことがあるのはジュエルシードの封印と、大樹を吹き飛ばしたあれくらいかな」

 

 そういえばまともな魔法は今まで使ったことがないと今更気が付く。レイジングハートにはそれなりの魔法が登録されていると聞いているが、試してみるのも面白い。

 そんなことを考えながら、まずはあの仔猫をどうにかしなければとレイジングハートを取り出した。

 

「そいつが例のレイジングハートって奴か」

「ああ。卿は見ているだけで、少し退屈をさせてしまうかもな」

「次回に期待するさ」

 

 今回は不調法を詫びようと告げれば司狼は肩を竦める。彼も早々に面白い事になると考えるほど楽観的でもない。ライニが秘密を共有しただけでも満足らしい。

 

形成(Yetzirah)──レイジングハート」

≪Standby ready≫

 

 軍服を身にまとったライニに司狼が僅かに目を丸くする。姿が変わるとは言え、髪の長さや瞳の色まで変わるとは思っていなかったのか。凝視されていることに居心地が悪くなって、ライニは苦笑しながら司狼を振り返った。

 

「僕もこの姿はあまり好ましくないんだ。デザインの変更を忘れていたな……」

「あー、確かにな。なんつーかそれ、ゲームのラスボスとかにいそうだぜ。悪の親玉って感じ? それも18禁の」

「む……」

 

 茶化すように肩を叩いてくる司狼の台詞に、今度はライニが顔を顰めた。確かに、正義の味方とは言えないような見た目だろうし、元になったのはあの夢にみる愛すべからざる光(メフィストフェレス)だ。分かってはいたが、他人から見てもそう見えるというのは中々複雑なものがある。

 

「ライニ。早くしないとあの子がまたどこかに行っちゃうよ。追いかけないと!」

「そうだな。行こうか、司狼」

「おう」

 

 ユーノに急かされて、二人は仔猫の後を追って走り出す。大きさ故に仔猫を見失うことはないが、自由気ままに闊歩する様は中々に壮観だ。早く追いつかなければ結界の外に出てしまうかもしれない。

 漸く追いついたと思った瞬間に、それは来た。

 

「イィィィィイヤッハアアアアアアアアア!!」

 

 叫び声と共に、何かが風を切って飛んでくる。音速の数倍の早さで飛び回るソレは最早目で追うことなど不可能だ。

 

「おいおい、こりゃちょっと不味そうだぜ?」

「みたいだな」

「こ、これは……!?」

 

 空気の層を蹴って飛び回るそれは白い軌跡を描き、三次元的に空間を跳ねまわる。辛うじてわかるのはそれが少女の声をしている白い姿ということか。

 

「ヒャハハハハハハハハ!! ジュエルシード、見つけたぁ!!」

 

「おいライニ。あれお前の友達?」

「いや。生憎と魔法少女の友達は持っていないな」

「って二人共そんな悠長な……! 危ないよ!!」

 

 呆然と、半ば暴走しているような少女を見守りながら若干引き気味に司狼はライニに訪ねる。それに心外だとばかりにライニは首を横に振るが、ユーノは慌てて二人に退くように告げる。と言っても、この二人がそれを大人しく聞いてくれるとはユーノ自身思っていないが。現に二人の顔に浮かんでいるのは笑みだ。

 

「僕とユーノ以外の魔法の使い手。興味深いな」

「どうやら狙いは同じみたいだな。どうする、ライニ?」

「丁度良い。彼女がどうアレを封じるのか、観覧させてもらおうか」

 

 司狼の前であの屈辱的な呪文を唱える手間も省ける。というのは口にはできないが。このまま見学するという方針に司狼も否はないらしい。

 

「バルディッシュ!!」

≪Jawohl≫

 

 漸く姿を見せた少女は、白い髪に、白いドレスのような戦闘服(バリアジャケット)を身にまとっていた。歳はライニと司狼と同じ程か。狂気に染まった蒼い瞳はこちらを認識しているのか定かではない。少女の呼びかけに答えたデバイスは杖というより斧に近い形状をしている。少女のあの速さといい、接近戦ではかなりの実力を発揮するのだろう。この速さでは接近戦と言っていいかもわからないが。

 

「ジュエルシード、封印!」

「ニャッ!?」

 

 少女と同じ白い魔力が仔猫を覆う。魔力に囚われた仔猫の苦しそうな声に少女は僅かに表情を歪めたが封印をやめる気配はない。ジュエルシードと切り離されたことにより大きさが元に戻った仔猫はぐったりと地面に倒れ伏した。死んではいないが、気絶したのだろう。仔猫の傍らに浮かぶジュエルシードを手に入れる為、少女は地に降り立つと淀みない動作でジュエルシードをバルディッシュで捕獲した。

 それを見届けて、ライニは少女に拍手を送る。その音に漸く彼らに気が付いたらしい少女は慌てて振り返るとバルディッシュを構えた。

 

「なんだお前!?」

「いや、素晴らしいな。随分と魔法に詳しいらしいが、さて、卿は他に何ができるのかな。知りたいな」

 

 空を飛んでいた魔法に、あの速さも魔法とみて良いだろう。それに封印。手順はライニと同じだが、仔猫に痛みを伴っていたのは魔法の質に関係があるのか。ああ、興味深い。是非他にも見せて欲しいと槍を構えるライニに、少女は怯えたように僅かに後ずさった。先程までの狂気を感じないことにライニは不思議そうに首を傾げる。

 

「どうした狂犬。何故吠えない?」

 

 先の威勢はなんだったのかと一歩ずつ少女に向かって歩き出す。

 

「そちらからこないなら、こちらから行かせてもらうが?」

「……あいつ、やっぱラスボスだよな」

「あ、ははは……」

 

 楽し気に少女に槍を向けるライニを見ながら司狼もまた仕方ないと言いつつどこか楽し気に笑いながら彼らを見守る。それに対してユーノはただ乾いた笑いを漏らすのみ。

 ライニもライニで中々人格が飛んでいると常々感じるユーノだが、その友人である司狼も相当ぶっ飛んでいると言わざるを得ない。ライニだけでも時折手が付けられないのに、彼まで関わってしまってはこの先ユーノに何ができるのだろうか。

 

「……っ!! 舐めるなぁっ!!」

 

 怯えていた少女がライニの言葉に我に返る。半ば自棄だろうが逃げ切れないと悟ったのか。正面からライニに向かってデバイスを構える様に思わず司狼とユーノは拍手を送る。

 音速を超えた速度でライニを囲むように再び飛び回る少女にライニはただ嬉しそうに目を細めたのみで動く気配はない。

 

「イィィィヤッハァアアアアアアアア!!」

 

 声すら遅れて届くその速度。少女は自らが最速であるという自負から誰にも捕らえられないと確信している。

 ああ、そうだ。誰も私に触れられない。私は負けない。触らないで。

 その想いの一心で更に速く。速く。音を超えて光にすら届く程の速度まで魔力を上げて速度を上げる。白い軌跡すら見えなくなる程の速さを得て、彼女は背後からライニの首に向かってバルディッシュを振り下ろした。

 

「なるほど、速いな。だが、それだけか?」

「な、あ……あ、ぁああ、」

 

 振り下ろしたバルディッシュは間違いなく彼の首元を捉えていた。何が起きたのかもわからず轢殺されたはずの少年は、ただ笑いながら自らの槍でバルディッシュをこともなげに受け止める。

 

「恐れで私は倒せぬよ」

「ガァっ!?」

 

 軽く槍を払えば衝撃で少女が後方へと吹き飛ばされる。木に叩きつけられるようにして動きを止めた少女は、呻きながらもバルディッシュを支えになんとか立ち上がろうともがきだすが、それよりもライニが彼女のもとに辿り付くのが早い。

 

「ひっ!?」

「案ずるな。殺しはしない。ただ、卿と少し話を……」

「逃げるぞアンナ!!」

 

 少女に興味があるだけなのだと言い切る前に、少女と同じ真っ白な巨大な狼が割って入って来る。アンナと呼ばれた少女を背に、ライニを一瞥もせず空に逃げる。瞬く間に見えなくなるその白い姿に、ライニは残念そうに肩を竦めた。

 

「ふむ。逃げられてしまったか……」

「よぉ、ライニ。思った以上に面白くなりそうじゃねぇか」

「ああ。すまない司狼。退屈させてしまったな」

 

 声をかけられて漸く思い出したのか。ユーノを抱えた司狼に除け者にしてしまったことを詫びる。

 

「いんや。流石にあの中に入ってけねぇし、そこはいいさ。……なあライニ。俺も混ぜろよ」

「無論。僕も卿がいてくれると助かる。ああも逃げられては、捕らえるのに苦労しそうだ」

「……なんだろう、絶対なにか可笑しいよ。可笑しいはずなんだよ……。いや、でもライニも司狼も普通だし、可笑しいのは僕……? この世界じゃこれが普通なの……?」

 

 悪戯を思いついた子供の様に笑う二人とは裏腹に、ユーノはただただ困惑しながら頭を悩ませた。

 

◆◇◆◇

 

「もー。あの二人遅すぎない!?」

 

 一方で、取り残された香純は最後の一枚となったクッキーを口に放り込むと温くなってしまった紅茶を飲み干した。

 

「戻ってきたら説教してやる……!!」

 




(あとがき)
原作クラッシャー、参戦。


解散の報告に困惑を隠しきれません。
パンテオン、いつか必ず日の目を見ることを信じて課金用貯金は継続します……。


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第六話

まったり温泉回。
視点がコロコロ変わります。


 綾瀬家とハイドリヒ家は遠縁ではあるが親戚であることに違いなく、特にライニの父親が日本に移住する際に色々と世話になった縁もあるため一年のうちに家族ぐるみで旅行に行くことはさして珍しくもない。そこに幼馴染でもある司狼が加わるのも、数年前から当然の行事になっていた。

 今回の旅行は温泉旅館。少し遠出することになるのだが、羽を伸ばすには丁度良い場所だろう。

 久々の旅行に香純は浮かれ気味で、普段は司狼とライニもそれなりに楽しんでいるところではあるのだが今回ばかりは事情が異なる。現在二人に感心があるのはあの魔法少女と狼をどう捕まえるかであり、この旅行は計画を立てるにはそこそこ有効な時間になるだろう、という認識でしかない。温泉であれば当然女湯と男湯に分かれるわけで、必然的に香純は司狼とライニと別れることも多くなる。香純を巻き込みたくないというのは双方同じ考えを持っているために違和感なく行動を別にできるのは僥倖だった。

 

 保護者組の両親や兄姉は少し外を散歩してくるということで──十中八九デートと変わりないのだろう──三人は先に温泉の方へ揃って歩いていた。美由紀は兄や両親の邪魔にならないように、と早々に温泉に浸かりに行っている。

 

「じゃ、また後でね。二人共」

「きゅっ!?」

「ああ。姉上がいるはずだから大丈夫だとは思うが、何かあれば呼んでくれ」

「大丈夫だよ。ライニ、たまに変に心配性なとこあるよね」

「まあお前相手じゃ心配すんのもわかるけどな。過保護すぎんぜ、たまに」

「そうかな?」

「きゅー! きゅ、きゅー!?」

(待ってライニ、これ、え、僕こっち? こっちなの!?)

(ユーノも今日は休息すると良い。温泉は初めてか?)

(いや、僕の世界にも共有浴場はあったけど……いやそうじゃなくて僕おとこ……!)

(?。フェレットならば問題あるまい)

(僕が問題あるんだよ!!)

 

 廊下で別れる際に他愛もない会話を終えて、三人と一匹は二手に分かれた。その際に何故かユーノが騒いでいたが、問題ないだろう。流石に誰が入って来るかもわからない大浴場で司狼とユーノの三人でジュエルシードの対策について話はできない。四六時中ライニと一緒ではユーノも気が休まらないだろうというライニなりの気遣いだったのだが、それがユーノにとって有難迷惑でしかなかったことに気付くのはもっと後の事だ。

 

「今後についてはともかく、事の経緯くらいは教えてくれんだろ?」

「ああ。人に聞かれたくはないから、詳しい話はできないが」

「まあいいさ。いざとなりゃ適当にごまかせるし、大まかなとこだけわかりゃ十分だ」

 

 旅館について早々温泉に行くことを選んだのは、家族の邪魔をしたくなかったという事もそうだが何より人が少ないと踏んだからだ。夜になれば家人の目を盗んで二人と一匹で話し合う手筈になっている。

 ふと足元に転がってきた十円玉に、ライニは一度足を止める。拾い上げて辺りを見渡せば、自販機の前で財布を持っている青年が一人。兄と同じくらいの年だろうか。ライニが十円玉を拾ったことに気付いたのか、彼もこちらを見る。

 

「お、悪いな。ありがとう」

「いえ……」

 

 彼が落としたものだろうと差し出せば、彼は笑いながら十円玉を受け取った。初めて会う人のはずなのに、どうにも懐かしさを覚えるのはどうしてなのか。困惑するライニを他所に、青年はライニについでとばかりに問いかける。

 

「なあ。お前、日常は好きか?」

「……? 好き、と聞かれると……。それなりに楽しませてもらっていますが、」

「そっか。ならいいんだ」

「それは……」

「ライニ、おいてくぞー」

 

 安心したように笑う青年とは裏腹に質問の意図がつかめず首を傾げていると、後ろから司狼が呼ぶ声が聞こえて振り返る。

 

「すまない、すぐに行く。……申し訳ないのですが、友人に呼ばれているので、これで」

「ああ。あんまり馬鹿やって周りを困らせるなよ」

「……卿、私をなんだと思っている? 心配せずとも、女神の治世は乱さぬよ。それが卿に負けた、私の務めだ」

 

 全くそんなに心配することでもないだろう。そう肩を竦めて心外だと言わんばかりに苦笑する少年の瞳は、黄金。それにぎょっとして再び少年を見れば、先程と同じ蒼い瞳と目があった。

 

「大丈夫ですか?」

「あ、ああ……。なんでもないよ。大丈夫。ほら、友達が呼んでるんだろ?」

「……?」

 

 どうやら少年は、自分が何を言ったのかは理解していないらしい。それに安堵の溜め息を吐きつつも、懐かしい姿となったかつての幼馴染と男湯の暖簾をくぐる後ろ姿を見送って再び息を吐く。

 

「胃が痛い……」

 

 今後不用意な接触は控えようと誓った蓮は、先程渡された十円を自販機の中へと投入した。

 

◆◇◆◇

 

「ユーノは私が洗ってあげるね~」

「きゅ、きゅ~~!!」

(ライニ!? ちょっとライニ! 助けてよ~!!)

 

 香純に抱きかかえられながら女湯へ連行されるユーノは暴れながらライニの背中に助けを求めるが、ライニはそれすら面白がっているようでそのまま司狼と共に男湯の方へと去ってしまった。

 暴れるユーノを抱え直しながら香純が女湯の暖簾をくぐる瞬間に、出てきた女性とぶつかってしまう。

 

「わっ! ご、ごめんなさい!」

「ううん。私もごめんね。怪我はない?」

「はい!……うわ、美人さん」

 

 顔を上げた香純が見たのは、腰まで届く柔らかな金髪に碧の瞳。日本語が随分と上手いから、ライニと同じハーフなのだろうか。

 見惚れていれば、女性は香純の目線に合わせて屈みこむ。

 

「可愛いフェレットだね。貴方の子?」

「ううん。この子は友達の子で、ユーノ君って言うんです」

「そっか」

 

 ユーノの頭を撫でていた女性はそのまま香純の頭も撫でると優しく微笑んだ。

 

「皆のこと、よろしくね。香純、ユーノ」

「え……?」

 

 名前を呼ばれたことに困惑して、去っていく女性を振り返れば彼女は廊下の角を曲がって香純の視界から消えてしまった。

 

「なんだろう、あの人……。不思議な人……」

 

 教えた覚えのない名前を呼ばれたことに警戒してもいいはずなのに。彼女からは悪意のようなものは微塵も感じない。それどころか、むしろこれは……。

 

「お母さん、みたいな、ううん。ちょっと、違う、けど……」

 

 守られていると、そう感じられた。傍に居るだけで感じる暖かさと安心感。

 撫でられた頭に温もりを思い出すように触れて、微笑んだ。

 

「いこっか、ユーノ」

「きゅぅ……」

 

◆◇◆◇

 

「あ~……、偶にはこんな休息も悪かねぇな」

 

 人型になったヴィルヘルムは、広い浴場で影になる場所を陣取って束の間の休息を楽しんでいた。ジュエルシードがこの近辺にあるというのが分かって、先日の化け物との戦闘で傷ついたアンナにも丁度良いだろうと療養も兼ねてこの旅館に宿を取ったのだ。

 あの街から遠いこの場所なら、あの化け物も容易にここには来れないだろう、と踏んでいたのだが。

 

「うわ、すげぇぞライニ。ここめちゃくちゃ広いぜ」

「司狼。人が少なくとも大声を出すのはあまり感心しない」

「ぶふぉっ!?」

 

 とても、すごく聞き覚えのある、というより忘れたくとも忘れられない声と名前。思わず滑ってそのまま湯銭の中にダイブしかけたがここで目立つのはかなり不味い。慌てて辺りを見渡して入り口から影になる場所へそっと移動しながら二人の子供を目で追った。

 どうやら片方はまず間違いなくあの時の化け物と一緒にいた少年で間違いない。もう一人は、何やら少しばかり見た目が違うようだが間違えるわけがない。あの化け物だ。

 

(おいおいおいおいちょっとまてぇ!? なんで、あれがここに、まさか狙いは同じか!? ふざけんなよ、あんなの相手にしてられっか!!)

 

 二人が入り口から遠ざかったのを見送って、ヴィルヘルムは急いで彼らの視界から外れるように最短ルートで脱衣所に戻る。水気を拭くのもそこそこに浴衣を羽織ると荷物を纏めて足早に男湯を後にした。

 その間にも同じく女湯でくつろいでいるであろうアンナに念話を送る。

 

(アンナ! アンナやべぇぞ急いで逃げろ! 作戦変更だ! ……おい、おいアンナ? アンナどうした!?)

 

◆◇◆◇

 

「へぇ~。アンナちゃんって言うんだ。私は香純。よろしくね」

「よ、よろしく……えと、香純」

「も~! アンナちゃんかわいい~~!!」

「へ? あ、うわっ! か、香純!!」

 

 湯船に浸かってゆっくりと休んでいれば、同い年程の少女が入ってきた。外人というのが珍しかったのか話しかけてきた彼女とアンナはすぐに友人となって、並んで湯銭に浸かっていたのだがついに香純の我慢の限界が来たのか唐突にアンナに抱き着いてくる。

 

「お肌白い~! すべすべ~!! ねえねえ、あとで髪結わせて!」

「う、うん……」

 

 今までヴィルヘルム以外に友人と呼べる存在がいなかったアンナにとって、同年代というだけでも未知の相手だと言うのに。初めて抱きしめられた感覚に顔に熱が集まってしまう。触れ合った肌の暖かさは温泉に浸かっているからだけではないだろう。慣れない温もりだが同時にとても安心できる、不思議な感覚。そこに言いようのないむず痒さも感じて、アンナもまた同じように香純の背中に手を回そうとしたところで湯船の縁で倒れているそれに気が付いた。

 

「香純、大変! その子逆上せてるよ!」

「へ? あ、ああっ! ごめんユーノ!!」

 

 慌てて香純がユーノを抱き上げる前に、別の手がユーノを抱き上げた。それに合わせて顔を上げれば見知った女性がユーノを抱いていた。

 

「あ、美由紀さん」

「私も逆上せちゃったからさ。ユーノ連れて先上がってるよ。香純ちゃんはお友達と一緒にもう少しゆっくりしておいで」

「ありがとうございます!」

 

 気を利かせてくれた美由紀に頭を下げて、すっかり茹だってしまったユーノと一緒に美由紀は脱衣所に戻っていく。それを見送って、香純はアンナに向き直った。

 

「ね、露天風呂行ってみよ! きっとすっごく気持ち良いよ!」

「うん!」

 

(アンナー!?)

 

 当然、初めてできた同年代の、それも女の子の友人にアンナが浮かれないはずもなく。ヴィルヘルムからの呼びかけなど右から左で聞こえてすらいなかった。

 

◆◇◆◇

 

「レン! お待たせ!」

「マリィ。丁度良かった。牛乳、飲むか?」

「あ、これ……」

 

 休憩スペースで見つけた恋人に女神が駆け寄る。何かを買っていたらしい彼は持っていた瓶をマリィに差し出した。

 何の変哲もない牛乳瓶。

 それでもマリィは何かそれを特別なものであるように大事そうに両手で受け取った。

 

「懐かしいだろ? 固めの盃。今は俺達二人だけど」

「ふふ。そうだね、懐かしいね」

 

 サンドイッチはないけれど。今は二人しかいないけれど。

 懐かしむ様に蓋を開けて冷えた牛乳で喉を潤す。

 

「櫻井の奴も、この世界のどこかにいるんだよな」

「うん。ケイもセンパイも、それにエリーも、皆いるよ」

「そっか。なら、良かった」

 

 他の黒円卓の面々も。全員女神の愛に抱かれている。それを聞いて蓮は満足そうに頷いた。そんな恋人の様子にマリィも嬉しかったのか。無邪気な笑みを浮かべて悪気なく一言告げる。

 

「もしかしたら皆、ライニたちと会えるかもね」

「…………え?」

 




今後太陽さんは百合フラグをたくさん立てて行く予定です。
次回はおそらく自滅因子による白コンビ蹂躙回になります。予定は未定。


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第七話

 

「はぁ~、気持ち良かったね、アンナちゃん!」

「うん!」

 

 浴衣を着て並んで歩く二人は上機嫌で、アンナなどヴィルヘルムの声も聞こえない程懐いてしまう始末。香純も香純で妹のような存在が出来たのが嬉しいのか、アンナの手を離そうとしない。

 

「アンナちゃん、この後予定ある?」

「え? えっと……ヴィルを待たせてるけど、ちょっとくらいならいいかな?」

「ホント!? 折角だからあの二人にも紹介したいな!」

「ふたり……?」

 

 この後も一緒に遊ぼうと誘う香純にヴィルに悪いと思いつつも頷こうとした途端、男湯側から一人の男性が走って来る。

 

「アンナ! 行くぞ!!」

「え? ちょ、ちょっとヴィル!? どうしたの?」

「あ、アンナちゃん!?」

「ごめん、香純! また今度!」

「え、あ、うん?」

 

 男性に連れられて去っていくアンナに手を振りながら呆然と立ち尽くす。アンナの知り合いの様だから、誘拐ではないのだろう。

 

「何してんだ、バカスミ」

 

 訳も分からず二人が去って行った廊下の先を見つめていれば、後ろから声を掛けられた。振り返れば、先程別れた二人の幼馴染。

 

「あ、司狼、ライニ」

「誰か一緒に居たのか?」

「うん。可愛い子と友達になったんだけど、何か急いでたみたい。ここに泊まってるって言ってたから、また会えるんじゃないかな?」

 

 まだ困惑を残しながらも、折角の旅行だからと思い直して二人の手を取った。

 

「まだ夕飯まで時間あるし、あそぼっか!」

「へいへい」

「そういえば、ユーノは?」

「逆上せちゃって、美由紀さんと一緒に先に上がったよ」

 

 

「ねえ、ちょっと待ってよヴィル! ヴィルどうしたの!?」

「どうしたもこうしたもねぇ! あの化け物共もここにいるんだよ! 鉢合わせたらやべぇ。ジュエルシード手に入れたらとっとと帰るぞ!」

「え、あの人たち、が……?」

 

 騒ぐアンナを部屋の中に引きずり込んで、先程見たあの二人の事を告げればアンナの目が見開かれる。小さく震えるアンナの肩に手を置いて、諭すようにヴィルヘルムは屈みこんだ。

 

「あいつら探知魔法はまだ持ってねぇ。俺達が先にジュエルシード見つけてさっさと逃げれば鉢合わせずに済む!」

「あの、今から、出るの……?」

「あ? どうしたアンナ。いつもならお前の方から急かす癖によ」

「うん、あの、でも、香純が……。ううん、何でもない。行こうヴィル。お母さん(ムッター)のためだもんね」

「アンナ……?」

 

◆◇◆◇

 

「漸く寝たか、このコロポックル」

 どこか呆れたように、布団で熟睡する香純を見て司狼は苦笑する。ずれてしまった布団を被せ直すライニに視線を移すとふと以前から気になっていたことを聞いてみた。

「お前さ、香純のこと好きなの?」

「……? すき、というのはどういう意味でかな?」

「恋愛感情って意味だよ」

 

 言っている意味が分からない、とでも言いたげに首をかしげるライニに間髪入れずに続けて告げれば、彼は苦笑して肩を竦めた。有り得ないとでも言いたげに、それでいて香純を見る目は優しい。

 普段とどこか違う二人の様子にユーノはただ心配そうに二人の顔を見上げていた。

 

「残念ながら、それはないな。僕はそういうのには疎いから。卿の言うように僕が過保護に見えるのは、彼女を預かっている身故に、だからだろう」

「預かる? 誰から?」

「さあ? それに、香純は僕にとって妹や娘に近い存在だからかな。今までもこれからも、僕が誰かを愛することはないし、してはいけない」

「……ふーん。まあいいや。それより早く行こうぜ。バレたら後が面倒だ」

 

 傍らで眠っている香純や家族を起こさぬように、ライニと司狼はユーノを連れてそっと部屋を抜け出すと昼間と違い人気のないフロントを通り宿の外に出る。月明りを頼りに歩きながら、現在二人の感心事であるあの白い魔法少女と白い狼について話しはじめた。そこに先ほどのような違和感はなく、今の二人はこれから悪戯を仕出かす子供でしかない。

 

「さて、司狼。彼女達の狙いはジュエルシードで間違いないと思っているのだが、卿はどう思う?」

「俺もそこは同意見。ってことは、こっちから探す手間は省けるってことだな」

「厄介なのは、僕と違いあちらは魔法に長けていることだ」

「お前の知らない魔法で、ジュエルシードを探すことができるってことか」

「多分、探知魔法も使えるんだと思う。人によって得意な魔法は変わるから、あの子か、使い魔の狼の方が探してるんじゃないかな」

 

 変わらない二人に安堵しながら、ユーノもまた思っていたことを二人に告げる。ユーノの見立てではあの狼は少女に造られた使い魔だ。それはそれだけ少女が優れた魔導士という証明でもある。

 

「相手が二人組ってのも面倒だな。前回みたいに逃げられる可能性もあるってわけだ」

「ああ。正面から相手にするときは分散させる必要がありそうだ。司狼、頼めるか?」

「おうよ。犬っころの相手は慣れてるぜ」

「え、ちょ、ちょっと待ってライニ! 司狼にも戦わせるの!? 危ないよ!!」

「司狼なら問題ない。でも、そうだな。魔法が必要になる場合もあるだろうし、その時はユーノがサポートについてくれると助かるよ」

「僕がサポート!? 逆じゃなくて? いやそうじゃなくて……!」

「あ? フェレットに心配される程弱くねぇっての。流石にあの暴走娘とサシで勝負ってのは笑えねぇけどな」

 

 てっきりサポートに回るかと思っていた司狼があの狼と戦うと聞いて慌てて止めるが、どうやらこの配役は二人にとって既に決定事項だったらしい。一体どこでそこまで話し込んでいたのかと瞑目するが、話を聞く限り話し合うまでもなく決まっていたのだと理解する。

 

「な、なんなのこの二人……」

 

 魔法使いですらない司狼を当然のように前線に立たせるライニも、当然のように前線に立とうとする司狼も理解できない。辛うじてわかるのは、ユーノの常識に照らし合わせてもこの世界においてもこの二人が普通じゃない、ということくらいだ。

 

◆◇◆◇

 

「見つけた。ジュエルシード。これでお母さん(ムッター)も喜んでくれるかな」

「……とっとと封印して終わらせようぜ」

「うん。そうだね、ヴィル」

 

形成(Yetzirah)──バルディッシュ」

≪Jawohl≫

 

 変形したデバイスを手に、アンナがジュエルシードを封印する。一先ず無事に終わったことに二人が安堵しかけた瞬間に。感じた魔力に二人の身体が強張った。

 

「逃げろアンナ。俺がやる」

「ヴィル!? ダメだよ、ヴィルも逃げて!!」

 

 振り返れば、先日であった規格外の魔力を持った少年と、その仲間であろう別の少年と一匹のフェレット。絶望的な状況に、アンナを守るようにヴィルヘルムが前に出る。

 

「なんか展開的に俺らの方が悪者みたいで、どうも納得いかねぇぞ」

「仕方ないだろう。魔力だけで見れば勝敗は既に見えているのだから。警戒するのは当然だ」

「ふ、二人共やりすぎないでね? 穏便に……」

 

 ユーノの制止を軽く聞き流して未だ警戒を解かない二人に視線を向ける。既に臨戦態勢に入っている二人に苦笑してしまった。とって食おうとしているわけでもないのに、そこまで警戒しなくても良いではないか。特に今にも飛びかかろうとしているヴィルヘルムを見て、使い魔にすら嫌われてしまう自分には流石に落胆してしまう。

 

「さて、僕は卿と話しがしたいのだけど、信じては、もらえなさそうかな」

 

 出会いが出会いだったせいだろう。殺気を飛ばすヴィルヘルムにライニは仕方ないとレイジングハートを取り出した。

 

「させるかよォ!!」

「危ない!」

 

 狼に変身しながら飛びかかって来るヴィルヘルムに、ライニの肩から飛び降りたユーノが結界を張る。防御結界に阻まれながらもヴィルヘルムは退こうとしない。

 

「はっ! その程度の結界が、俺に効くわけねぇだろうが!!」

「まさか、抗バリア魔法!?」

 

 ヒビが入る結界にユーノが目を丸くするが、すぐに気を引き締めて結界に魔力を注ぐ。せめてライニがデバイスを起動するまでの時間は稼がなくては自分がいる意味がない。

 

「ありがとう、ユーノ。 形成(Yetzirah)──レイジングハート」

≪Standby ready≫

 

 ライニの声にレイジングハートが答える。

 靡く黄金の鬣に、黄金の瞳。その手に握られた黄金の聖槍。

 その姿に、ヴィルヘルムが僅かに怯む。

 

「ユーノ、行くぜ」

「任せて!」

「しまっ……!?」

 

 司狼がその隙を見逃すはずもなく。結界とは別の魔法陣が展開された瞬間に司狼とユーノ、それにヴィルヘルムの姿が掻き消えた。

 

「転移魔法……!」

「さて、これで二人きりだな。卿にも事情があるのだろう。素直に話してくれるとは思っていない。そこでどうだろう。僕は卿から情報を得る代わりにジュエルシードを賭ける、というのは」

「……っ! お母さん(ムッター)の為に、頑張らないといけないんだ!」

お母さん(ムッター)……?」

 

◆◇◆◇

 

「舐めた真似してくれるじゃねぇか。魔法もろくに使えねぇ劣等人種野郎が……!」

「はっ! なんだよ犬っころ。ライニ相手じゃなくなった途端急にイキってきやがって。そんなにアイツが怖かったのか?」

「司狼、煽らないで! 彼、かなり強そうだよ」

 

 ライニ達とは離れた森の中に転送された三人は互いに睨み合う。先に動いたのはヴィルヘルムだ。

 狼の姿のまま、魔力で強化された獣の脚力で飛びかかる。咄嗟にユーノを抱えて司狼が飛びのくが、地面を抉ったその爪の威力に思わず口笛を吹いてしまう。

 

「ヴィルヘルム・エーレンブルグだ。名乗れよクソ餓鬼。戦の作法も知らねぇか!?」

「遊佐司狼ってんだ。こいつはユーノ。忘れていいぜ? どうせお前、すぐにくたばっちまうんだからよ」

「カハッ! 言うじゃねぇか!! 悪いが遊んでやる時間はねぇんだぜ!?」

「連れないねぇ。遊んでやるから楽しもうぜ犬っころ! 取ってこいくらいはできるんだろ?」

「だから煽らないでってば~!」

 

 

 遠くの森から響いてくる轟音は、司狼が遊んでいる音だろう。先日と違い友人も楽しめている様子に安堵して少女に向き直った。

 

「自己紹介が遅れたな。僕はラインハルト。ラインハルト・ハイドリヒ。共にいたのは友人の遊佐司狼とユーノ・スクライアだ。縁あってユーノの手伝いでジュエルシードを集めているのだが、卿は何故ジュエルシードを狙っている?」

「煩い! お母さん(ムッター)の邪魔しないで!!」

 

 音速の数倍の速度でバルディッシュを打ち付けてくるアンナをこともなげにいなしながら、ライニはアンナに声をかけ続ける。先に言ったようにライニはただ彼女と話しがしたいだけであり、攻撃の意思はない。

 

「そうだな。ではまず、卿の名前が知りたい。目的が同じならば今後また顔を合わせることも少なくなかろう? 呼び名が分からなければ不便だ」

「……。僕はアンナ・てすた──ううん。アンナ・シュライバー。大魔導士プレシア・テスタロッサの、お母さん(ムッター)の娘だ!! 僕はお母さん(ムッター)の娘だから、お前なんかに、負けるわけにはいかないんだ!!」

 

 名前を答えることに思巡するが、それも一瞬。彼の言う通り、今後の事を考えれば名前を教えていた方が都合も良い。ただそれだけだと、答えてしまった言い訳のように続けて叫ぶ。

 アンナの答えにライニは笑みを深めて続けて問う。

 

「なるほど、どうやら、そのお母さん(ムッター)とやらがジュエルシードを求めているらしいな。では何故? 何故卿の母君はジュエルシードを求めている?」

「知らない。知らないけど、お母さん(ムッター)の目的には必要なんだ。だから……っ!」

「相分かった。ならば最後の質問としよう。娘と言いつつ何故母君と同じ姓を名乗らない?」

「──ッ!!」

 

 振り下ろされたバルディッシュの刃を受け止めたライニがアンナを見据える。これ以上の情報は聞けなさそうだと判断して、最後は個人的に気になったことを気紛れに問い質す。

 先程の名乗り、確かに一度テスタロッサを名乗りかけたのに、何故シュライバーと名を変えたのか。ただの好奇心。それだけだったのだが、何かの琴線に触れたのか。飛びのいたアンナは顔を俯かせて、涙声で話し出す。

 

「……だって、だって仕方ないじゃないか! お母さん(ムッター)が名前を付けてくれたんだ。お母さん(ムッター)が僕を作ってくれたんだ。 お母さん(ムッター)が僕を娘にしたんだ。なのに、なのに可笑しいよね……? 私はお母さん(ムッター)の娘なのに。私がテスタロッサを名乗るとお母さん(ムッター)すごく怒るんだ。私をぶつんだ。何度も何度も。『アンナ、アンナ。気持ち悪い出来損ないが。折角アリシアの記憶をあげたのに。お前は出来損ない。お前は人間ですらない、化け物なんだよぉっ!! そうだよ、僕は化け物だ!! 大魔導士に造られた人造生命! 使い魔を超える、お母さん(ムッター)の道具! お母さん(ムッター)の為なら何でもする! お母さん(ムッター)の為なら何でもできる!! それが僕の存在理由だから!!」

「……なるほど」

 

 震える声は徐々に叫びに変わり、狂乱したように再び襲い来るアンナの速度は先ほどの比ではない。音すら置いて飛び回るアンナに、レイジングハートでバルディッシュを防げば音が数秒遅れて響く。

 

「哀しい子だ。だけどどうしてかな。この感情は、なんと名付ければ良いのかわからないのだけど。……どうしようもなく卿が愛おしく感じるよ」

 

『私はすべてを■■■いる』

 

 脳裏に過った言葉は誰の言葉だったか。

 

「抱きしめたい。■■■やりたい」

 

『故にすべてを■■する』

 

 名状し難い想いのままに、初めてライニが攻撃に転じる。レイジングハートで受け止めたバルディッシュを軽く払い、アンナ諸共地面にたたきつける。

 

「あっ!」

 

 衝撃でバルディッシュを手放したアンナの首元に刃を突き付けて、レイジングハートに魔力を注ぐ。後はアンナをその槍で貫けばチェックメイト。何の躊躇いもなく怯えているアンナを壊そうとした瞬間に。

 

『君が善い人で本当に良かった。すべてを破壊してしまうような、恐ろしい人じゃなくて、その力を守ることに使ってくれて、ありがとう』

 

「…………いや、やめておこう。レイジングハート」

≪Jawohl≫

 

 思い出すのはいつかユーノに言われた言葉。今の自分はまるであの夢に見る愛すべからざる光(メフィストフェレス)そのものではないか。苦笑して、魔力を放つ代わりにレイジングハートから集めたジュエルシードの一つを取り出した。

 

「持っていくといい。そういう約束であっただろう?」

「え……?」

「情報を得る代わりにジュエルシードを賭ける。卿は僕に包み隠さず卿の事を話してくれた。元より僕には卿と戦う意思はない。何より卿の母君にはこれが必要なのだろう?」

「あ、ありが、とう……」

 

 アンナがジュエルシードを受け取ったのを確認すると、ライニは槍を収めて変身を解く。そのまま背を向けるライニに、アンナは慌てて声をかけた。

 

「待って!」

「何かな?」

「あの、僕……僕も、ライニって、呼んでもいい?」

 

 思わぬ言葉にライニは少しばかり目を丸くして、次いで無邪気に破顔した。

 

「その呼び名、気に入っているんだ。だから、そうしてくれると助かるよ、アンナ」

 

 今度こそアンナと別れたライニは三人が飛んだであろう森に向かって歩き出す。あの悪友の事だから上手くやっているだろうが、魔法に関してはライニと司狼はあまりにも知識がなさすぎる。その辺りはユーノがサポートしてくれるだろうが、先の攻防を見る限りユーノとヴィルヘルムの相性は悪そうだ。

 

「さて、司狼とユーノは生きているかな」

 

 友人の危機だというのに、どこか楽しそうに足取り軽く夜の森へと足を踏み入れた。

 




(あとがき)
白アンナちゃんは優しさに慣れていないので絆されやすいです。
チンピラコンビは次回になります。


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閑話

最近お酒を飲む時間がなくて更新大分放置していました。
時間が空いた割に閑話です。短いです。


 さて、現在ライニ達は旅館のすぐそばの森で随分と騒いでいるわけだが、黄昏の守護者たる彼が止めに入れないのには理由があった。

 無論、当初よりこの件はライニに任せると判断を下したのは刹那本人でもあるのだが、様子見すら来ないとは明らかな異常事態と言っても差し支えないだろう。

 そして、彼をもってして異常と判断するとなれば事は随分と深刻なものであるということに他ならない。そう、これは黄昏の守護者として絶対に見過ごしてはいけないことであり許してはいけない、場合によっては断頭台としての役目を果たさねばならないことでもある。

 これは、黄昏の守護者──否、黄昏の恋人として、絶対に看過することはできないのだ。

 

「まさかと思って見張っていたが……どうやら杞憂じゃなかったようだな。──メルクリウス!」

「これはこれは。このようなところで会うとは奇遇だな愚息よ。しかし、こんなところで油を売っている暇が君にあるのかね? ほら、すぐそこでは彼らが暴れている。いけないなぁ。女神の睡眠を妨害するやもしれん。止めに行ったほうが良いのではないかな?」

 

 旅館から出てすぐ裏手。横手には露天風呂の柵が聳え立ち反対側の森からはライニ達の魔力が否応なしに流れてくるのだが、蓮はそちらに目をくれることもせず、ただ目の前の覇道神を睨み付ける。

 覇道神同士のいがみ合いに比べれば、彼らの戦闘など児戯にも過ぎない。仮にも守護者として同盟相手と言っても差し支えない彼らが何故この場で睨み合っているのか。答えは単純明快である。それは刹那が相対している覇道神が水銀の蛇でありここが温泉であるからだ。ただの温泉ではない。女神のいる温泉。それだけで、彼がここにいる理由としては充分すぎた。

 

「てめぇ、まさかマリィのこと覗いてたりなんかはしてないよなぁ……?」

「笑止な。女神の沐浴を邪魔することなどどうしてできようか。彼女の裸体など、眩しすぎて目が潰れてしまう。逆に感謝して欲しいくらいだぞ。私は日がな一日ここでずっと女神の美しい玉体を覗き見ようとする不審者が出ないようここで番犬の如く見張っていたのだから」

「なら聞くが、もう露天風呂は入浴禁止時間なんだが何をしようとしていた?」

 

 心底心外だという態度の水銀に、どうやらそこまで馬鹿な真似には走っていないのだと安堵するのも束の間。次の瞬間、蓮は彼の目的を問うたことを本気で後悔した。

 

「無論。女神の浸かった湯など史上至高の聖遺物! 悪用する輩が現れる前に私が回収するなど当然の義務であろう! あわよくばその湯をこの世界から切り離し留めておきたいものだが断腸の思いでそれを諦めているのだが、ああ、一口、いや一滴でいい、せめて味見を……」

「ふざけんな!! つーかお前分かってんのか、それアンナとか香純とか、他にもいろんな奴が入ってるんだぞ! 変態行為もいい加減にしやがれ! くそ、最近はストーカーの対象がラインハルトに移ったから安心できると思ったかと思えば……」

 

 予想通り、というよりも予想以上の気色悪さに鳥肌が止まない。黄昏の懐の広さは蓮が一番わかっているがどうしてこの変態を野放しにしているのかだけは理解に苦しむ。

 

「まったく、お前は私を誰だと思っているのかね? 女神の湯から不純物を取り除くなど造作もない」

「よし分かった。お前にはもう言葉は通じないみたいだ。一発と言わず何発でも殴ってやるから歯ぁ喰いしばりやがれ」

「短気は損気だぞ、息子よ。しかし、まあ良いだろう。我が使命の邪魔をするというのなら私も少々本気にならざるを得ない」

 

 まさに一触即発。

 ここに刹那と水銀という覇道が激突しようとした瞬間に、感じた魔力に刹那は息を飲み水銀は笑みを浮かべた。

 

「──っ!」

「これはこれは……」

 

 懐かしい白騎士の気配と、それを凌駕する黄金の獣。

 一瞬とは言え確かに感じたその魔力に、蓮は舌打ち混じりに握った拳を降ろして背を向ける。

 

「悪いがお前に構っている暇はない。これ以上馬鹿やったら今度こそマリィに伝えるぞ」

「残念ではあるが、ああ……実に残念で仕方ないが、今回ばかりは身を引こう。全く、そんな心配などしなくて良いと思うのだがね……」

 

 どうにも信用しきれていないらしい蓮の様子に肩を竦めながら、興が削がれたとばかりに水銀も踵を返す。森に向かって走り出した蓮を見送って、そういえば女神は今部屋で一人なのだろうかと思い至る。

 

「いけないなぁ……。初夏とは言え夜は冷える。これはいけないなぁ」

 

 クツクツと笑いながら向かった先は……言うまでもないだろう。

 




(あとがき)
この後危険を察知して戻ってきた蓮によって水銀は殴られました。
水銀の変態具合を文章に起こすのはかなり大変だと学びました。ちょっと水銀の変態度が低すぎたかもしれない……。


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第八話

「オラオラどうしたぁ!? 逃げるだけか劣等野郎!!」

「はっ! マジ笑えねぇ……!」

「司狼危ない!!」

 

 人型になったヴィルヘルムの猛攻に辛うじて躱せてはいるが、既に司狼の身体は傷だらけでところどころ血が滲んでいた。笑えないと言いつつ笑みを浮かべる司狼に、ユーノは呆れる余裕も無くしている。

 振りかぶったヴィルヘルムの腕に収縮したその魔力に、躱しきれないと踏んだユーノが慌てて結界を張るが既に結界は罅が広がっている。

 

「くっ……!」

「馬鹿の一つ覚えみてぇにちょこまかとうざってぇ鼠だ。テメェから喰い殺してやるよォ!」

「逃げるぜユーノ! ぼさっとすんな、マジに喰われちまうぞ!!」

 

 委縮するユーノを抱き上げるのと、ヴィルヘルムが結界を破るのはほぼ同時。そのまま振りぬかれた腕は地面を砕き、土煙が辺りを覆う。軽く腕を払って土煙を割って顔を出せば既に近場に二人はいなくなっている様子だ。軽く空気の匂いを嗅いでみるが、温泉地ということが災いしたか硫黄の匂いが邪魔をしてはっきりとした居場所は突き止められない。

 

「逃げ足だけは一級品ってか。ま、俺も狩りは嫌いじゃねぇが、生憎今は遊んでやる時間もねぇしなァ……」

 

 アンナがいるであろう方向を振り向けば、あちらもまだ決着はついていないらしい。先程からアンナの魔力が肌を突き刺すようにビリビリと流れてくる。こちらは幸いにもあの化け物が加減をしてくれているようで今のところはなんとか凌げそうではあるが、時間は掛けられない。

 

「っとに狂犬じみてるなァ。いってー……!」

「司狼、血が……!」

 

 なんとかヴィルヘルムを撒けたはいいが、避け切れなかったのか左腕から止めどなく血を流す司狼を見上げてユーノが狼狽する。傷はかなり深いようで、司狼の衣服を赤く染め上げる。

 

「あ? 大丈夫だよ、こんなもん。ライニと馬鹿やるときはもっとやべぇ怪我したりもするしな」

「取り敢えず僕にも、君たちは非常識ってことだけは分かったよ。じっとしてて。止血くらいならすぐできるから」

 

 目を閉じて意識を集中させる。あまり強力な魔法ではあの狼に見つかってしまう可能性もあるが怪我をそのままにはできないだろう。極力魔力を抑えながら治療魔法を発動させた。

 淡い光が司狼を包み、傷口を閉じていく。身体中のかすり傷はほぼこれで治っただろう。左腕の傷は流石に完治とまではいかないが、血は止まって痛みも大分マシになった。

 

「……なあユーノ。あの狼野郎とお前の結界、相性最悪なんだよな?」

「え? うん。抗バリア魔法……というよりも、なんというか結界の魔力を吸収されている感じだった」

「吸収、ねぇ……。なんつーか、狼男ってよりも吸血鬼じみてるな」

 

 何度か結界を破られて感じた違和感を告げれば、司狼は軽く目を伏せる。考えれば考えるほど、あの男には狼よりも吸血鬼が似合うようで思わず笑ってしまった。

 

「司狼?」

「いや、なんでも。ユーノ。いくつか聞きたいんだが、お前の使える魔法を教えてくれ」

「僕が使える魔法は殆ど後方支援用だ。一番得意な結界魔法は、彼相手には殆ど意味がない……。あとは治療魔法と、捕縛魔法、それからさっきもやって見せた転送魔法。こんなところ、かな……」

「捕縛?」

「魔力で作った鎖なんかで拘束したりするんだけど、多分これも結界と同じで彼相手には悪手になると思う」

「なるほどな。ついでに転送魔法なんだけどよ。それって生き物限定?」

「え?」

 

 恐らく一番役立ちそうにない転送魔法について聞かれて、ユーノは一度司狼を見上げる。そこには悪戯を思いついた子供じみた笑みを浮かべた司狼が、ある一点を見つめていた。

 

◆◇◆◇

 

「ほらどうした犬っころ! 鬼ごっこはもう終わりか!?」

「言ってくれるなぁ、クソガキがァ!!」

 

 再び始まった鬼ごっこを見届けて、ユーノは素早く身を翻す。司狼の作戦が上手く行くかは分からないが、とにかく今はそれに賭けるしかないだろう。先程からライニの魔力ではなく白い少女の魔力ばかりが届く。ライニの事だから心配はしていないが、時折たがが外れたように魔力を出力させるライニだ。大事になる可能性も否めない。

 

『司狼、こっちは準備できたよ』

 

 念話で告げれば司狼が笑うのがわかった。近くから聞こえる轟音は次第に目的地へと近づいている様子で、どうやら司狼の方も順調らしい。

 ユーノの前には、この森の中でも一際大な大木が悠然と聳えていた。

 

 木々を抜けて僅かに開けた場所に出ると立ち止まって真正面からヴィルヘルムを見据える。

 

「どうした? もう諦めたか」

「まさか。犬っころに丁度良い小屋が漸く見つかってな。てなわけで、ハウス!」

 

 司狼の合図を聞いて、ユーノは転送魔法を発動させる。準備は総て整っているから、ありったけの魔力を使って目の前の大木をヴィルヘルムの真上へと転送させた。

 

「なっ!?」

 

 突如振ってきた大木に、完全に虚をつかれたヴィルヘルムは対処が遅れる。轟音と共に、ヴィルヘルムは大木に押しつぶされる。

 

「司狼!!」

「よくやったユーノ!」

 

 走り寄ってきたユーノを抱え上げると、ヴィルヘルムの状態を確認することもせずに司狼はそのまま走り去る。そろそろライニの方も終わる頃合いだろう。なんにでも興味を持つくせに案外飽きるのが早い友人を思い出して、白い少女に僅かに同情した。

 

◆◇◆◇

 

「やってくれたじゃねぇか、クソガキ共が……」

 

 大木に押しつぶされたヴィルヘルムにほぼ傷はないが、大木の根は地面にめり込んで、間に挟まれたヴィルヘルムは大木の重さ故に動くことも儘ならない。これが捕縛魔法であれば魔力を吸い取って檻を壊すこともできたのだが。

 とは言え、だ。言ってしまえばただの大木に過ぎない。魔力で強化されたわけでもない木など檻にすらならない。狼に姿を変えると力任せに大木と地面を抉ってその檻から抜け出した。

 逃げた二人を追いかけようと足に力を込めた、瞬間に。

 

「──ッ!!」

 

 アンナの魔力が膨れ上がったかと思えば、それすら掻き消す黄金の魔力に身体中の毛が逆立った。圧倒的な強者の魔力に本能が恐怖を訴える。ともすれば地に伏せてしまいたくなるようなその魔力は一瞬で、次の瞬間にはどちらの魔力も霧散していた。

 

「アンナ!!」

 

 動けると気付いた瞬間、先程まで追っていた獲物のことなど忘れて少女の元へと駆け出していた。

 

「アンナ、無事か!?」

「ヴィル……。うん、平気。ヴィルも大丈夫そうだね」

「お、おう……?」

 

 地面に座り込みながら笑みを浮かべるアンナの姿に、思わず鼻白む。どこか嬉しそうなアンナに、どう見ても負けたようにしか見えないのだが何か良いことでもあったのかと首をかしげるばかりだ。

 

「帰ろ、ヴィル。お母さん(ムッター)が待ってる」

 

◆◇◆◇

 

 司狼とユーノが森を抜ければ、丁度ライニもこちらに向かってきていた様子で。合流を果たすと司狼とライニは互いに笑い合う。

 

「それで、此度のゲームは楽しんでくれたかな?」

「まあな。とは言え武器無しってのはハンデでかすぎね? 死ぬかと思ったぜ」

「二人共無茶がすぎるよ……」

 

 血塗れの司狼を見てもライニは顔色を変えないどころか楽しかったか、と聞く始末でユーノはただただ呆れるしかない。

 

「ライニ、怪我はない?」

「僕は見ての通り、平気だよ。それよりも、司狼。随分と男前が上がったな?」

「そうだった。怪我の治療をするから、じっとしてて」

「おう、悪いな」

 

 先程は応急処置しかできなかったから、と。再び治療魔法をかければ司狼の傷は瞬く間に塞がっていく。その様を感心したように眺めながら、ライニは何かを考え込む。

 

「ふむ……。僕もそろそろ魔法とやらを覚えた方が良いのかな……」

「ライニの魔力なら使えない魔法は無いと思う。僕が使える魔法は後方支援ばかりだけど、レイジングハートにはもっとたくさんの魔法が登録されているから。ライニが望むなら僕でも少しは教えることができるかも」

「それはありがたい。僕も司狼も、魔法については疎すぎる」

「それよか俺もデバイスっての? それ欲しいんだけど予備とかねぇの?」

「ごめん……」

 

 ユーノの言葉に司狼は落胆するでもなく、軽く肩を竦めて仕方ないと笑う。

 

「そちらも近いうちに見つけないとな」

「んじゃ俺はそれまでにカッコいい戦闘服のデザインでも考えとくよ」

「とにかく、今夜は帰ろう。見つかったら怒られちゃうよ」

 

 ユーノの言葉にそれもそうかと頷いて、司狼の汚れた衣服もどうにかしないといけないと急いで部屋に戻りだす。万が一香純が起きていたら面倒じゃ済まないだろう。

 

◆◇◆◇

 

「さて、一先ずは順調、といったところか。かつての爪牙も集いつつあるが果たしてこの先どうなるか……。あちらも順調に進んでいるようで何より。彼女と会うのも時間の問題といったところか。ああ、楽しみで仕方がないよ、獣殿。やはり貴方は素晴らしい」

 

 旅館に戻る二人と一匹を見届けて、水銀の蛇は楽し気に笑う。こことは別に進みつつあるもう一つの未知にも想いを馳せて。

 未知に溢れたこの世界に、再び女神に心よりの感謝を込めて。

 

「ああ、未知を見る度、思うのだ。私は再び、何度でも、貴女に恋をする。愛しのマルグリット。我が女神。全く本当に、黒円卓(君たち)は私を飽きさせない」

 



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第九話

 珍しく、香純は一人で図書館へと足を運んでいた。

 別段香純は読書が好きというわけではない。比べるべくもなく好きなものは小説ではなく漫画の類で、しかしだからと言って初めてここへ来るわけでもない。ライニの付き添いで来ることも多いし、料理の本や飼っている猫について調べるのは好きだ。

 が、今日ここに足を運んだのは何か調べたいことがあるわけでもなく、一人なのだから当然ライニの付き添いでは断じてない。

 ならば何故、と問われれば、一人になれる静かな場所を探していたのだ。とは言え本当に人気のない場所に行けば余計なことばかり考えてしまうから、別の何かに没頭できないか、とここに来た次第である。

 そしてもちろん、図書館に来たからには読む本を探さねばならない。蚊帳の外にされることの多い香純が見つけた暇つぶしと言えば料理で、ここに来るときもよく料理本を見ていた。

 今日は少し趣向を変えてお菓子作りの本なんてどうだろう。今度ライニと司狼を家に招いたとき、振る舞ってやろう。そうしてどんなものかと二人に感想を求めるのも良い。それで美味しいと言ってくれればうれしいし、香純を除け者にしたことを多少は許してやらなくもない。

 最近は輪をかけて二人は香純を遠ざけるようになった。その寂しさを紛らわすように考えながら本棚の間を歩いていれば、とある少女が目に入った。

 

「…………」

 

 車椅子に座りながら、必死に手を伸ばすが僅かなところで届かない。指先が背表紙に触れはするのだが、本棚からは抜き出せない。若干頬を膨らませながら、もう一度。そう思って手を伸ばした瞬間に、別の手がその本を取った。

 

「はい、どうぞ。これですよね? 取ろうとしてたの」

「……ありがと」

 

 銀色の髪に、紫苑の瞳。加えて車椅子。否応もなくこの日本において目立ち無意識に忌避される見た目も顧みず、いたって好意に満ちたその行為と頓着することのないその視線に、氷室玲愛は目を丸くした。

 

◆◇◆◇

 

「それでねー、聞いてくださいよ玲愛さーん」

「君がその幼馴染二人にハブられてるのはもう五回は聞いてるよ」

 

 その後仲良くなった二人は図書館内に併設されているカフェに入って、香純の愚痴を聞き始めて早1時間。いい加減飽きてもいい頃合いなのだが、玲愛もこれはこれでまんざらではないようでところどころツッコミはいれども香純の話に付き合ってくれている。

 

「綾瀬さんは、その……ライニ、と遊佐君? その二人の事が好きなの?」

 

 玲愛の問いに一瞬香純は意味が分からない、と目を丸くして。彼女のいう『好き』の意味が恋愛の意味を持つと理解した途端に笑い飛ばしてしまった。

 

「……へ? あはは、冗談キツイですよ、玲愛さん。司狼にとって私なんてペットのコロポックルですし、ライニに至っては……、なんていうか、アイツは違うんですよ。私のこと対等に見てくれてないっていうか、自分はお前らとは違うんだーみたいな? 常に一線引いてて、でも私たちから目は離さない。なんていうか、保護者とか先生、みたいな。仕事だから守ってます、みたいな。いつもそんな感じで……」

 

 だから、自分が彼らを好きになることはないのだ、と続けて答える。そもそもあの二人に恋愛ができるかは甚だ疑問でもあるし、絶対に無理だとも断言できる。その程度には付き合いが長いし、まかり間違ってあの二人に恋人なんて存在が出来ても相手は相当男運がないと同情するレベルで、三日も持たないだろうというのが香純の見解だ。それほどまでにあの二人は人間として破綻しすぎている。

 

「二人のことは家族としては大好きだし、大切だって思ってます。だから、余計に嫌なんです。こうして私だけ蚊帳の外っていうの。そりゃ、私は足手まといになるってわかってますけど……。だったらせめて説明して欲しい。二人が今どんなことに首突っ込んでるのか、どんな馬鹿やってるのか。心配くらいは、させて欲しいから。全然平気、何もしてないです、みたいな、そんな見え見えの嘘、ついてほしくないんです。ほら、私こうして待ってることくらいしかできないし」

「君、ほんと貧乏くじな役割だね」

「むぅ……。わかってますよぉ……」

 

 むくれてつっぷしてしまった香純に玲愛は仕方ない子だと頭を撫でてやる。なんだか妹が出来たみたいで、少しだけ楽しい。

 

「ほら、よしよし」

「玲愛さ~ん」

 

 涙を浮かべてぐずりだした香純に玲愛は微笑む。

 結局一日、本を読むことなくカフェで過ごした二人は閉館時間が近づいてきたから、と二人そろってカフェを後にして出口に向かう。

 玲愛の車椅子を後ろから押しながら、出口に向かうまでの間にも香純はコロコロと表情を変えながら玲愛に話し続けていた。そんな香純の顔を見上げながら、玲愛も微笑む。

 

「あ、もうここまででいいよ。お迎えが来たから」

「はい。今日はありがとうございました、玲愛さん」

「ううん。私も。楽しかったよ、綾瀬さん」

 

 丁度出口に差し掛かったところで見知った顔を見つけて顔を上げる。あちらもこちらに気付いたのか、こちらを向くと傍らにいる香純に僅かに驚いたような顔をして、次いでどこか嬉しそうに微笑んだ。

 

「それじゃあ玲愛さん、また今度」

「うん。またね、綾瀬さん。今度、君の幼馴染にも会ってみたいな」

「もっちろん! 一緒にぶん殴ってくださいよ」

 

 手を振って別れると、玲愛は迎えだという青年の元へ自分で車椅子を進めだす。香純と替わるように青年が玲愛の車椅子の後ろへ回ると、図書館を出る前に一度だけ振り返って香純に会釈して二人で去って行った。

 

◆◇◆◇

 

 青年が玲愛の車椅子を押し始めて、周りに人が少なくなると漸く玲愛が振り返ることなく口を開く。

 

「カイン。お迎え、頼んでないけどありがとう」

「うん。テレジアも友達ができたみたいで安心したよ。いつも一人でいたから」

「……カイン」

 

 お節介のような青年の言葉に玲愛は少しむくれながら振り返ってカインと呼んだ青年を睨む。それに悪びれることもなく苦笑して謝る彼は好青年を絵にかいたような人物だ。

 

「あはは、ごめんごめん。でも安心したのは事実だよ。ベアトリスに教えてあげれば喜ぶんじゃないのかな」

「嫌だよ。あの人、無駄に騒いでパーティしよう、とか言い出しそうだし」

「確かにそうかもしれないね。でも楽しいのはいい事じゃないか」

「騒がしすぎるのは嫌いなの」

 

 そっぽを向いてしまった玲愛に苦笑して、さてどうしようかとしたところで助け船。噂をすればなんとやら。

 

「あ、戒~! テレジアも!!」

「ベアトリス。今帰りかい?」

「ええ。戒に頼まれてた食材、買ってきたところ」

 

 金髪のポニーテールと両手にぶら下げた買い物袋を揺らしながら、小走りにカインと並んだ女性は買い物袋に詰まった食材を見せる。

 

「ありがとう。二人共、今夜は何が食べたい?」

「「美味しいもの」」

「う~ん、それは困ったなぁ……」

 




今更ぽけGO始めました。
ハイドリヒ卿のお膝にうぱーとかすぼみーを乗せたい今日この頃。

この配役決めてからA'sに入りたくて仕方ありません。
登場人物設定更新しました。


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第十話

前半ほのぼの、後半胸糞です。
痛い表現があります。
アンナちゃん本当にごめん。


「うーん、どうしようかなぁ……」

「おいアンナ。何悩んでんだよ。今夜戻れって命令されてんだろ」

 

 部屋の中でグルメ雑誌なんかを広げて唸るアンナに、人型になったヴィルヘルムが近づいて散らばった一冊を手に取った。適当に捲れば癖がついてしまったそのページが開く。

 

「んだこれ。諏訪原お土産ランキング?」

「うん。お母さん(ムッター)に何かお土産でもって思ってるんだけど、いいのが思いつかなくって」

「土産、ねぇ……」

 

 下らないと言わんばかりに雑誌を投げ捨てるヴィルヘルムは、興味がないらしくカーテンを閉めるとソファに寝そべってしまった。

 

「もー。それじゃヴィル、ちょっと出かけてくるから留守番しててね。ヴィルにもお土産買ってくるから!」

「へいへい。気ぃ付けてな」

「うん、行ってきます」

 

 言葉も態度も悪いが、それでもアンナを心配してくれているヴィルヘルムにアンナは笑って外に出た。

 

「とは言っても、お土産、かぁ。お母さん(ムッター)は何が好きかなぁ……」

 

 観光雑誌やグルメ雑誌で調べたとは言え、諏訪原市は広い。土産物には事欠かないだろうが喜んでもらえる物が良いだろう。どうしようかといくつか店を覗いたところで。

 

「あれ、アンナちゃん!?」

「え? ……香純!」

 

 声を掛けられて振り返れば、あの旅館で出会った少女がこちらに駆け寄ってきた。

 

「アンナちゃん久しぶり! あの後会えなくって、ずっと気になってたんだ。この辺りに住んでたの? 今日はお出かけ?」

「う、うん。お土産を買いに来たんだけど……」

「お土産? アンナちゃん、この街詳しくないなら案内したげよっか?」

「ほんと!?」

 

 手伝ってくれるという申し出に有難くお願いして、二人の少女は並んで街を歩きだす。

 

「それで、誰に買うお土産だったの?」

「僕のお母さん(ムッター)。とっても優しくて、とっても綺麗な人なんだ」

「そっか。アンナちゃんはお母さんのこと、大好きなんだね」

「うん!」

 

 今は少し、忙しいみたいだけど。記憶の中のお母さん(ムッター)はいつもアンナに笑いかけてくれた。一緒に遊んでくれた。時折お菓子を作ってくれた。

 一緒に食べたケーキを思い出して、もしかしたら甘いものが好きなのかもしれないと気が付いた。それを香純に相談すればすぐに案内してくれると言う。

 

「お菓子屋さん? そうだなぁ、いっぱいあるけど、個人的なオススメとしては──翠屋かな! 美味しいケーキがたくさんあるの!」

 

 ◆◇◆◇

 

 香純の案内で連れられた喫茶翠屋は、どうやら随分と有名な喫茶店らしく女性客でにぎわっていた。列になったその店先を見て香純が苦笑する。

 

「うわっちゃー。ちょっとタイミング悪かったかなー」

「すごい人気だね……」

「んー。まあ確かに人気なお店だけど、ここまで客層偏ってるってことは……」

 

「ご来店ありがとうございました。またお越しください。……お待たせいたしました。次にお並びの方、ご案内いたします」

 

 客の見送りと次の案内に店先に出てきたのは、まるで人形のように整った容姿の金髪碧眼の少年だ。アルバイトにしては若すぎる年齢に、家族経営ということからお手伝いに来ている店主の子供だということはすぐにわかる。

 シュークリームをはじめ評判の高いデザート目当ての客は勿論、この少年目当てに来る女性客の多さと言えば、この列を見れば明らかだろう。

 

「あ、ライニ?」

「あれ、アンナちゃんあいつと知り合い?」

「えっと……」

 

 なんて説明しようか、言い淀んでいれば視線に気付いたのかライニと目があった。相手は少しばかり驚いたようだが傍らの香純を見ると小さく苦笑を漏らして、一度仕事に戻って店に入ると今度はエプロンを外して外に出てきた。

 

「いらっしゃい、と言えば良いのかな? 見たところ香純の紹介かな」

「まあね。アンナちゃん、お母さんに持っていくお土産探してたんだって。というか、いつの間にこんな可愛い子と友達だったわけ!? あんたと知り合いってことは司狼とももう会ってるの? まさか、アンナちゃんのこと虐めてたりしないでしょうね!?」

「か、香純、僕はその……」

 

 友達、と言っていいか分からず狼狽するアンナに笑いかけて、ライニはそのまま香純に謝罪する。

 

「すまない。近いうちに紹介したかったんだが、中々都合が合わなくてね。それより折角だし、お土産だけじゃなくて何か食べて行くと良い。色々と話したいこともあるだろう?」

「それじゃ、お言葉に甘えちゃおうかな。ね、アンナちゃん!」

「う、うん」

 

 こちらを伺いみるアンナにライニは香純にバレないように人差し指を口元に持っていくと念話を飛ばす。目の前にいながらの念話に首をかしげるがその理由はすぐにわかった。

 

(香純にはジュエルシードのことも、魔法の事も秘密にしているんだ。卿もそうしてくれると、助かる)

(うん。僕も、香純を危険なことに巻き込みたくない、から……)

(ありがとう。今日はただの観光、なのだろう? ならば僕も卿の邪魔をするつもりはないから、安心して欲しい)

 

「そういえばライニ、ユーノは?」

「司狼に預かってもらっているよ。姉上の試験が近いから、僕が手伝いに来たんだけど。流石に厨房にフェレットを連れてはまずいから」

「そっかー。残念だなぁ。アンナちゃんにも触らせてあげたかったのに……」

 

 本当は手が離せないライニの代わりに二人でジュエルシードの捜索に当たってもらっているのだけど。

 そんな気配はおくびにも出さず、ライニは自然と話題を変える。諏訪原市の観光スポットはもう案内したのか、とか。この時期ならどこが良い、とか。アンナに街について教えながらどこか行きたいところはないか、と。アンナを話題の中心に置けば香純が放っておくわけがない。

 

「二人共、今日はありがとう。でも、本当にいいの?」

「ああ。卿の母君にもよろしく」

「楽しかったよ、アンナちゃん。また遊ぼうね!」

 

 結局、その日は夕方まで三人で話し込んで。次は司狼やユーノと一緒に街の観光をしようと約束をする。

 お土産に、翠屋のケーキを箱に詰めて。代金はいらないというライニにアンナは不安そうに首をかしげるが構わない、とライニは言う。

 

「うん、ありがとう。本当に……」

 

 大事に箱を抱えたアンナははにかむように微笑んで、二人と別れると帰路につく。たくさんケーキを貰ったから、帰ったらヴィルヘルムとお母さんと、三人で一緒に食べようと心を躍らせて。

 

 ◆◇◆◇

 

 次元空間に悠然と漂う時の庭園。

 広大な敷地の中心部に位置する主の居城には、しなる鞭の音と少女の悲鳴が響き渡る。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……! もっとちゃんとしたお母さん(ムッター)の娘になるから……っ!」

 

 バインドで拘束され、張り付けにされた少女は傷だらけだが痛みよりも母の期待に応えられなかったことに涙を流して謝罪の言葉を繰り返す。しかし鞭を持った女性は母と呼ばれたにも関わらず、どこまでも冷酷な瞳で少女を見据えていた。

 少女を助けようとした使い魔の狼は口輪を嵌めて檻に入れられ、少女よりも厳重に拘束されては最早唸り声をあげることしかできない。

 少女がお土産にと持ってきたケーキは箱に入ったまま、床に転がっていた。

 

「アンナ。母さんは悲しいわ。貴方が任せてと言うから信じて送り出したのに。集めたジュエルシードはたったこれだけ? 話にならないわ」

「ごめん、なさい……」

「貴方は私の、テスタロッサの娘にならないといけないの。自覚なさい」

「あぅっ!!」

 

 鞭が風を切って少女を嬲る。飛び散る血に白狼が拘束されたまま檻に身体をぶつけるが大魔導士の檻はその程度では揺らぎもしない。

 

「母さんには時間がないの。ジュエルシードがないと、母さんは困るのよ。分かるわね、アンナ?」

「はい……」

「本当にわかっているの? わかっていたら、もっと頑張れるわよね? ああ、これは少し教育が必要なのかしら」

 

 呆れたように溜息を吐いて。手にした鞭を振り上げた。

 一層激しくなる鞭は無慈悲に少女の身体を引き裂いて傷を増やす。

 

「わかってる、わかってるよお母さん(ムッター)……! 私はお母さん(ムッター)の娘だから、もっと強くなるから、ちゃんとした娘になるから……! だからおねがい、ぶたないで……!!」

 

 泣き叫ぶ少女の懇願も虚しく、ひと際大きく振りぬかれた鞭は少女の顔を容赦なく叩き右目を抉る。同時にバインドが解除され、白いドレスを真っ赤に染めた少女が床に転がった。

 

「──ぁあ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」

 

 潰れた右目を抑えて痛みにのたうつ少女を見下ろして、魔導士は背を向けて部屋から出て行く。

 

「時間がないのよアンナ。残りのジュエルシード、早く母さんの元にもってきて頂戴」

 

 返事も聞かずに扉を閉めて、残された少女は血に塗れながら嗚咽を漏らす。拘束を解こうとしていたのか、使い魔の白狼もまた血だらけで檻の中で倒れていた。

 




(あとがき)
ごめんなさい。
アンナちゃんの白騎士化が進んでいきます。
あと地味に出してなかった設定。舞台は鳴海市ではなく諏訪原市です。
今後この設定が生かされるかは不明。


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第十一話

一年以上空けていましたが続いてしまったので……。
空けていた分長くなってます。
彼のデバイスは彼女しかいないと最初から決めていました。


 目標の星まであと1時間もせずに到着する。クロノを派遣する準備も整った。その段階まで来るとエレオノーレは艦橋を後にすると迷うことなく艦内のとある一室へと足を向けた。

 生体認証で厳重にロックがされているその扉を容易く開けて、中に入る。それと同時に薄暗い室内に仄かな明りが灯る。

 部屋の中央にはエレオノーレの腰ほどまである円柱と、その上に無色の液体が球体の形を保ちつつ浮いている。その中に納められたブレスレットが青い光を放ち明滅した。

 傍らの計測用モニターに文字の羅列が走り出す。

 

≪珍しいね、艦長。私に会いに来てくれるなんて≫

「ああ。ここしばらくここには来てやれなかったからな。お前の使用者候補を見つけたかもしれん」

 

 若い女の声は部屋に設置されたスピーカーから流れているが、話しているのは目の前のブレスレットだ。時空管理局が使用するどのデバイスとも仕様が異なっているが紛うことなくこれもデバイスの一つである。

 

≪そりゃまた。わざわざ艦長自ら先に伝えに来てくれるなんて、今度は期待してもいいのかな≫

「きっと気に入るだろうよ。お前と似てとかく破天荒な気質のようだからな、ストライフ」

≪そう。上手く使ってくれる人だったらいいなあ≫

「そこはお前が教育してやれ」

 

 おしゃべりなデバイスに笑って、地球につくまでの残り数分彼女らは談笑に興じることにした。これから出会うだろう少年たちへ期待しながら。

 

◆◇◆◇

 

 ジュエルシードの魔力を感じてライニとユーノ、それに司狼が赴いた場所には先客がいた。既にジュエルシードの暴走は収まっているようで、その傍らに佇むのは白いドレスに身を包んだ少女だった。

 

「久しいな、アンナ」

「ライニ……」

 

 ジュエルシードを巡って邂逅するのは、これで三度目だったか。しばらく顔を見ていなかった、と親しみさえ籠る口調で声を掛けるライニに、アンナはびくりと身体を硬直させる。封印する前のジュエルシードを挟んで、アンナは静かにバルディッシュをライニに向ける。

 

「おいちょっと待て。あの犬どうした? つーかお前の右目も……」

「ヴィル、は……」

 

 異変に気付いた司狼の問いにアンナは肩を震わせる。彼女のそばにいた使い魔の気配がないことに加え、痛々しくその顔の右半分を覆う包帯。只ならぬ様子にライニも歩を止めた。

 

「アンナ……?」

「ごめん、ごめんね、ライニ。でも、僕はお母さん(ムッター)の役に立たないといけないから、だから……っ!」

「…………」

 

 続く台詞は、音速を軽く超えた斬撃によってかき消された。

 飛びかかってきたアンナのバルディッシュを事も無げにさばきながら、音を置き去りにして速度を上げていくアンナにどうしたものかと背後で傍観を決め込む友人へと視線を移す。助けを求めるようなライニの視線にしかし、司狼はもう手が出せないと言わんばかりに肩を竦めて苦笑で返してくる。手を貸してくれるつもりはないらしい。

 

「アンナ。以前にも言った通り、僕は卿と戦いたいわけじゃ……」

「わかってる! わかってるけどもうどうしようも無いんだよ!! だって私はお母さん(ムッター)の娘だから! お母さん(ムッター)には私が必要なんだ! ジュエルシードを全部集めれば、きっと優しいお母さん(ムッター)に戻ってくれる!!」

 

 埒が明かないと悟ったアンナが空に飛び、バルディッシュに魔力を集める。砲撃魔法か、それに近い何かを撃つつもりらしいアンナにこちらも迎撃のためにレイジングハートを構える。

 白い魔力と黄金の魔力が放たれる、寸前に。

 

「そこまでだ! ここでの戦闘は禁じさせてもらう! 時空管理局執務官クロノ・ハラオウンだ。詳しい事情を聞かせてもらおうか」

 

 突如二人の間に人影が現れる。

 

「管理局っ!?」

「…………」

 

 黒い戦闘服を纏った少年の介入に、ライニは魔力を収めて槍を降ろす。対照的にアンナは警戒心を強め魔力を貯めたバルディッシュをクロノと名乗った少年へと向けた。

 

「邪魔を、するなあああああああっ!!」

「く……っ!」

 

 躊躇なく打ち出された魔法にクロノが防御魔法を展開し身動きが取れなくなった隙に、アンナは一瞬でジュエルシードを手に入れるとその場から逃げるように再び空に飛ぶ。視界の端でそれを捉えたクロノの杖がアンナへ向けられた。

 

「逃がすか! ──っ!?」

「ライニ!?」

 

 アンナに放たれた魔弾を咄嗟に割り込んだライニが弾く。そのまま背後のアンナに逃げろと視線で促せば、僅かな逡巡の後転移魔法で姿を消した。それを見届けることなくこちらに杖を向けるクロノに苦笑する。

 

「卿、女性に対して些か乱暴がすぎるのでは?」

「なんのつもりだ」

「そりゃこっちのセリフだぜ、えーと、なんだっけ。クロノちゃん?」

「君は……」

「待ってライニ、司狼! 今は彼の話を聞こう!」

 

 離れたところから歩み寄ってきた司狼とその肩に乗ったユーノ。一触即発な雰囲気に慌ててユーノが待ったをかけた。

 ユーノのセリフにライニと司狼は軽く顔を見合わせると、仕方ないと肩を竦める。ライニが変身を解いて地面に戻ってくるとクロノも杖を降ろしてそれに続く。

 一人逃がしたのは痛いがこの三人は抵抗するつもりはなさそうだ。ならばそれで良いだろう。クロノは悠然と佇むライニに向き直ると改めて要件を伝えるために口を開く。

 

「抵抗の意思がないのなら、暫く僕に従ってもらう。それと、君は一般人か? 巻き込まれただけなのなら君に用はないんだが」

 

 横にいる司狼に視線をよこすと、クロノは訝しむように司狼を観察する。素質はあるようだが、見たところデバイスは持っていない。親しげな様子から仲間と判断したのだがそれにしては先ほどから彼は傍観者に徹しているのが気になった。

 

「おいおい。ここまで来て俺だけハブるなよ、寂しいだろ」

「司狼は僕の友人で協力者だ。魔法使いでなければならないというわけでもないのだろう? であれば、僕としても彼には共に来て頂きたいのだけど」

「それに一般人ってわけでもないしね……」

「どーいう意味だよ、ユーノ」

 

 ライニの行動に驚くどころか当然だと言わんばかりの態度を崩さぬ司狼にユーノは知れずため息を吐きだして呆れてみせる。司狼の問いにはそののままの意味だと返しておいた。

 

「……わかった。ならこちらに。僕の上官が君たちに会いたがっている。心配せずとも危害を加えるつもりはない」

「だろうな。だったらわざわざライニとアイツのドンパチ止めねえだろ」

「その通りだよ。それより、質問は後で受け付けるから早くこっちに来てくれないか」

 

 クロノが展開した転送魔方陣の上に、なんの迷いも無くライニと司狼は足を踏み入れる。時空管理局という組織を元より知っているユーノはともかく、何も知らないどころか魔法だって手に入れて間もない二人まで、警戒心というものを持っていない。そのことに、クロノは説明の手間が省けたことに安堵しながら内心呆れてしまう。

 普通、もう少し罠というものを警戒するだろうし、こちらが敵ではないと告げているとは言え怯えや不安が無いとはどういう料簡だ。知らぬとはいえ、まさか時空管理局が万が一敵に回っても自分たちは大丈夫、などと思っているわけでもあるまい。もしそうであれば、それは無知という罪だろう。巨大な組織に対して一個人が何をできると言うのか。同年代の自分がそれなりの地位を得ているのがその甘い考えを持たせる原因だというのなら、それはこちらの不徳の致すところではあるから諫める気は起きないが。ともあれそれらすべて、時空管理局という組織がどういう物かを知れば彼らも自身の無知を恥じるだろう。どうやら頭は悪くないようだから。

 クロノはその時そう結論付けたのだが、わかっていないのは自分の方だったと後にこの時の判断を恥じることになる。

 

「すっげー。なんだこりゃ。B級SF映画かよ」

「司狼。はしゃぐのはいいけど、あまり恥ずかしい真似はしてくれるなよ」

「へいへい。優等生の顔に泥は塗らねえから安心しろって」

 

 通されたそこは艦長室らしい。無駄なものが一切置かれていない執務室は事務的で、しかし揃えられた調度品は華美にならず武骨でもない。程よく色を付けるそれらの配置は見事なもので、適度に人間味も感じさせる。知れず背筋が伸びる空気があるが、それが苦ではない。この部屋の主の気性をそのまま表しているかのようでもある。

 そんな中、ひと際異彩を放つそれに目が向いた。

 入って目の前の壁、執務机の背後に当たる壁に額縁に入れられたそれ。横文字のそれは地球上のどの言語とも違い読むことはできなかったが、何故だろう。その文字の一つ一つから並々ならぬ決意のようなものが感じられるのは。

 

「すまない、艦長は今席を外していてね。すぐに来るから楽にしていてくれ」

 

 来客用に誂えているのだろう、ソファを進められてライニと司狼、それに人型になったユーノが並んで腰かける。

 

「気になっていたのだけど、あれは?」

「ああ、あれは義母さんと僕の……ヴィッテンブルグ家の家訓のようなものだよ。『栄えある黄金の爪牙たれ』。僕はまだ『黄金』というものが何なのかはわからないけど、いずれ見つかる『黄金』のために爪と牙を砥ぎ続けろと言われている」

「黄金、か……」

 

 向かいに腰かけたクロノに額縁の文字を聞けば、彼らの世界の共通言語らしい。書かれている意味は先に告げられた通り。クロノの上官でありこのアースラの艦長でもある人は養母だという話だ。

 その艦長が来るまでの間、クロノから時空管理局という組織の説明を受ける。ライニはまだしも、司狼がまともに聞いているかは疑問しかないのだが、とにかく彼らも時空管理局と彼らの住んでいる世界について多少は理解してくれたらしい。

 あらかたの説明を終えたころに丁度ノックと共に扉が開く。そちらに目を向ければ、軍服を着こんだ赤髪の女性が部屋に入ってきたところだった。

 

「失礼。こちらから招きながらお待たせして申し訳ない。私がこのアースラ艦長であるエレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグだ。歓迎するよ、お客人方」

「この度はお招きいただきありがとうございます。僕はラインハルト・ハイドリヒ。こっちは友人の……」

「遊佐司狼。よろしく」

「ユーノ・スクライアです!」

 

 優雅とさえ取れるライニに砕けた調子の司狼。二人に比べて随分緊張しているユーノと三者三様。エレオノーレはそのどれもに反応を示さず、ユーノの自己紹介までを終えると笑みを作る。

 

「さて、ではどこから話そうか、それとも話してもらう方が早いか……。時空管理局についてはそこのハラオウンから聞きましたかな?」

「ええ。あらかたは」

「よろしい。であれば、まずはそちらの事情を聴いたほうが早いようです。君が何故地球に来たのか。君たちが関わっている事について、教えてくれるかな」

 

 理解が早くて助かると頷いて、今度はそちらの番だとエレオノーレはユーノを見る。彼らがこの件に関わるきっかけはどうやらこの少年のようだ。

 

「はい。始まりは、僕がとある古代遺産を発掘したことにあります」

 

 自らが発掘したジュエルシード、乗っていた艦が墜落事故を起こし地球にばら撒かれたそれを責任者として回収する際に怪我をし、ライニに保護されたこと、そして彼らにジュエルシードの回収を手伝ってもらうことになったこと、それから、あの白い少女のこと。包み隠さず全てを話すユーノをライニと司狼は止めることなくエレオノーレの言葉を待つ。

 

「なるほど。どうやら我々が危惧していた通りの厄介ごとになっているようだ。しかし事態を放置せず解決に動いた君の判断は称賛しよう。よくやった」

「いえ、そんな、僕は何も……集めてくれたのはライニです」

「僕はただ、ユーノに言われた通り動いただけだよ」

 

 萎縮してしまうユーノに苦笑して、エレオノーレは三人に向き直る。どうやらこれは時空管理局の領分らしい。であれば、とるべき道は限られる。

 

「ここから先は時空管理局の仕事になるだろう。そこで我々は、君たちに二つの選択肢を与えることができる」

 

 す、と指を一本立てて、一つ目の選択肢。

 

「まず一つ。魔法の力を手放し後は我々に任せてもらい、君たちは日常へと帰る。ユーノのことも心配はいらない。我々が責任をもって送り届けよう」

 

 そうして二つ目。指を二本に増やして提示する。

 

「二つ目。我々の協力者としてジュエルシードの回収を続行する。無論、私の部下という形になる以上、ある程度の指示には従ってもらうが危険であることに変わりない。さて、どうする?」

「考えるまでもないな」

「トーゼン。選ぶなら一つだろ」

 

 当然、選ぶのは前者だ。これ以上日常を壊されたくないし、命の危険すらあるのだから。

 クロノは当たり前の様にそれを信じていたし、ユーノもそれを選ぶつもりであった。管理局が動いてくれるのなら、彼らと別れるのは少し寂しくもあるが心配はない。

 だから、そう、だから、ライニと司狼は当然の様に笑って答えた。

 

「このまま続ける。貴方の指揮下に加わろう」

「首輪つけられるみてえで不満が無いってわけでもねえが。バックにでかい組織がいてくれるってんなら派手に遊べるしな」

「なっ!? 君達、何を言ってるのかわかっているのか!? 今の説明を聞いていなかったのか? ジュエルシードの危険性は理解しただろう! それに、管理局は遊び半分でできる仕事じゃない! 今まで単独でジュエルシードの収集を続けていたのは素直に関心するけど、これはそんな単純な話じゃ……」

「口を噤め、ハラオウン。客人に対しそれは無礼であるし、無粋というものだろうよ」

「か、義母(かあ)さん……」

 

 エレオノーレに窘められてクロノは鼻白むが、ユーノがそれを引き継いだ。ロストロギアであるジュエルシード。その危険性はユーノの想像をはるかに超えていた。これ以上巻き込むわけにはいかないだろう。

 

「でもライニ、司狼、クロノの言う通りだよ。何言ってるのかわかってる!? せっかく日常に戻れるのにこんな……せめてもっとよく考えた方が……」

「お前今まで俺らの何見てきたんだよ。一体いつ誰が、日常を続けたいなんて言ったよ? なんの変わり映えのしない一日を死ぬまでずっと繰り返したいなんて、ただの変態じゃねえか」

「言っただろう、ユーノ。僕は心を躍らせている、と。こんなにも面白そうな事なのに、卿は僕に用済みだから帰れと言うのか? それはあまりにも冷たいじゃないか」

「そ、そういうわけじゃないけど、でもやっぱり危ないしそれに……」

「変わらないな、貴方は……」

 

 苦笑交じりに呟かれた言葉に、彼らは何のことかとエレオノーレを見るが彼女は最初に浮かべた微笑のままこちらを見据える。

 

「即断結構。まあ君たちならこちらを選ぶと半ば確信もしていたがね。しかし司狼と言ったか。君はデバイスを持っていないだろう。どうするつもりだ?」

「ああ、だから貸してくれよ。部下の装備整えるのも上官の役目なんじゃねえの?」

 

 元より快諾したのはそれを狙ってのこともある。玩具が無ければ遊べないと言うのなら、どの道どこかで調達せねばならないだろう。

 

「お前、なんて口の利き方を……!」

「すまない。司狼はなんというか、その、子供なんだ。精神的に。大目に見てやってくれ。何より行儀の良い司狼なんて気持ち悪いから見たくないし」

「おいライニ、せめて俺に聞こえねえようにしとけよ」

「構わんよ。君たちはあくまで協力者であり管理局の局員でもないのだから、我々の立場は対等であるべきだ。しかしそういう事なら丁度良い。一つ、余っているデバイスがあるのだがね。彼女に気に入られるかどうかは君次第だが」

 

◆◇◆◇

 

≪お帰り、艦長。待ってたよ。その子たちが例のお客さんかな?≫

「ああ、そうだ。彼に合うデバイスを探しているのだが、軍用のものより君とのほうが彼もやりやすかろうよ。彼に使われるか否かは君の判断に任せるがね」

 

 エレオノーレに連れられて入った小さな部屋の真ん中。展示されているようなそのデバイスが明滅する。部屋に響くその声がデバイスに組み込まれているAIだと気付くのに少し時間がかかった。

 

「こいつが俺のデバイス?」

≪まだそうなるとは言ってないよ。私はエリー・ストライフ。ちゃんとした型番もあるんだけど、味気ないからエリーって呼んでよ。君は?≫

「遊佐司狼ってんだ。よろしくなエリー」

≪よろしく司狼。って、ちょっと勝手に取らないでって!≫

 

 なんの疑問も無く液体の中に手を突っ込んで、浮かんでいるエリーの本体を掴むとそのまま引き出す。抗議の声も無視して左手に嵌めれば、ブレスレットはピタリと司狼の腕に収まった。

 

≪ねえ、君のデバイスになるなんて一言も言ってないんだけど?≫

「でもその気だったろ? 安心しろよ退屈なんてさせねえからよ」

≪あーあ。艦長が言うから期待してたけど、こりゃ期待以上の馬鹿だったかなあ≫

「嬉しいこと言ってくれんじゃねえか。男に馬鹿ってのは最高の誉め言葉だぜ?」

≪何それ。まあいいや。君たち面白そうだしね。改めてよろしく≫

 

「彼女は?」

 

 随分とおしゃべり……というよりも、明らかに自我と知性を備えているデバイスにユーノは面食らいながらもクロノに問う。

 

「ああ、彼女はある開発者が最後に作ったデバイスでね。開発者の人格をコピーして作り出したAIを搭載しているんだ。そのせいか我が強くて、管理局内で彼女を使える魔導士がいない。僕らの任務のうちの一つに素質のある人間のスカウトするっていうのも含まれているのだけど、彼女のパートナーを見つけるというのもその一環だよ」

 

 よりにもよって司狼が彼女のパートナーになるとは思わなかった、とクロノは呆れたように肩を竦めてみせる。義母の考えは時折意図が読めないが、今回程納得できないことはなかった。何故ここまでド素人同然の彼らに肩入れするのか。

 

「どうやら双方気に入ってもらえたようで何よりだよ。とはいえストライフが時空管理局の管理下であることに変わりはないから、君がもし管理局を離れたいと言うのなら返却してもらうことになるが」

「んだよ、マジで首輪じゃねえか。まあいいや。そっちにつく方が楽しそうだしな」

「僕はラインハルト。ライニと呼ばれているし君もそうしてくれると嬉しい。よろしくエリー」

≪よろしくライニ。レイジングハートもよろしくね。君らとは仲良くできそうだ≫

≪Nice to meet you too.≫

 

 ライニの首にかけられていたレイジングハートも赤い光を明滅させてエリーと言葉を交わす。この先本格的に司狼が戦いに参加するとなると色々と大変そうだとユーノは今から頭を抱えてしまいたくなる。

 

「魔法が使えるようになると言っても、無茶は絶対しちゃだめだからね!」

「わーってるって。お前は俺の母親か?」

「それより司狼。武器と戦闘服は何か考えているのか?」

「おー、ばっちりな」

「ならば丁度良い。君とストライフの相性確認も含めて君たちの戦力を計測したい。つまり模擬戦だな。相手はハラオウンが務めるが、よろしいか」

 

◆◇◆◇

 

 派手な赤いコートにデザートイーグルを模した大型拳銃。ライニの軍服に近い戦闘服とはだいぶ趣が違うが妙に様になっている。

 

「よっしゃ行くぜエリー! ぶちかますぞ!!」

≪りょーかい。派手に遊ぼうか≫

 

 三つ巴の模擬戦は司狼とエリーの準備運動も兼ねている。それを踏まえ、初手を務めたのは司狼とエリー。魔法など使ったことが無いはずだと言うのに、放たれた魔力弾は宙でいくつもの弾丸に分裂し雨の如くにライニとクロノに降り注ぐ。

 

「流石、やはり卿は面白い」

「これは……っ!」

 

 手にしたレイジングハートの一振りで降りかかる弾丸全てを撃ち落としたライニが切っ先を二人に向けて魔力を集める。防御呪文でやり過ごしたクロノは続くライニの攻撃に瞠目した。

 司狼が手数で攻めるトリックスターならば、ライニは力で全てをねじ伏せるパワータイプとでも言うべきか。しかしその魔力の質も量も尋常じゃない。

 

「さて、これはどう凌ぐ?」

 

 二人の反応を楽しむように、ライニが撃ち込んだ砲撃魔法は辺り一帯を焼き尽くす威力を伴っている。飛行魔法を駆使して躱した二人はそれでも余波で体勢を崩され吹き飛ばされたほどだ。天地が逆になった状態で吹き飛ばれながら、それでも司狼は気にせず銃口をライニに向けると続けて引き金を引き絞る。狙いは雑でろくな体勢ではないと言うのに、エリーがサポートするまでも無く命中率は神憑り的で正確だ。加えエリーの補助で弾道は直線だけに及ばない。四方八方から狙う弾丸は、それでもライニは躱すことなく槍を軽く翻すことで受け止めてみせる。

 正面からの弾丸を柄と刃をもって三発防ぎ、その勢いを利用して槍を後ろ手に回せば背後から迫っていた二発も受け止める。槍を正面に構える次いでに振り下ろせば斬撃の形を保った魔力弾が落下する司狼に向かって放たれる。

 たった一呼吸の内にこちらの攻撃は全て防がれ仕返しの一撃まで来るのだから呆れてしまうでたらめ具合だ。

 

≪うっわマジ?≫

「アイツ化け物だからな。ラスボス級だぜ?」

≪さしずめあたし等はやられ役って?≫

「まさか。魔王を打ち倒す勇者様だよ。主役は俺らだ」

 

 軽口を叩きながら漸く体勢を整えた司狼は銃口に集めた魔力を撃ち出すことはせず、刃の様に薄く鋭く形を変えると迎え撃つように振り下ろした。

 

「っおらぁ!!」

 

 轟音と衝撃に意識が丸ごともっていかれそうになるが、気合で持ちこたえて形成した刃の向きを僅かに変えて斬撃を逸らす。逸れたそれが背後の壁を破壊する音を聞きながら、そういえばクロノは何処に行ったのかと思った瞬間。

 

「これは……」

「うお!?」

 

 彼方より飛んできた魔法が彼らの手足を拘束し磔にする。視線を移せば遥か上空に逃げていたクロノがこちらにデバイスを構えていた。

 

「少し驚いたけど、これで大人しく……」

「こういう魔法もあるのか。なるほど、しかし……脆いな」

「は!?」

「エリー、頼んだ」

≪りょーかい≫

「え!?」

 

 片や初めから拘束などされていなかったかのように、簡単に拘束を砕いて磔から解放されてしまうし、もう片方は打ち出した一発の弾丸が蛇の様な軌道を描いて全ての拘束を打ち破る。

 司狼は、まだいい。初めて使うとは思えぬ程の技術は確かに驚愕するが、デバイスを持つ手を自由にしていたのは失策という他無い。

 問題は、ライニだ。素人相手と侮っていたのは認めよう。しかしそれは彼らの初撃を見て認識を改めた。故に今の拘束魔法に手抜きなど一切ない。間違いなく彼らの動きを封じるために発動したそれが、蜘蛛の糸でも払う程の気軽さで突破されるとはどういう事だ。

 

「ああ、なんだか少し楽しくなってきた。司狼、それにエリー。卿らはどんな魔法が使える? どんな使い方をしてくるのかな。クロノ、僕の知らない魔法を知っているのなら是非見せてもらいたいな。なあ、私を楽しませてくれよ」

「全部試してやるからお前こそへばるなよ。萎える展開はごめんだぜ?」

≪あっちゃー。ヤバい人たち選んじゃったかな、これ≫

「嘘だろう……?」

 

 楽し気に笑う黄金に、挑発的な笑みを浮かべる司狼。模擬戦とは思えぬ魔力の昂ぶりにクロノは顔を引きつらせた。

 

◆◇◆◇

 

「さて、様子はどうだ?」

「艦長、この、この子たち、何なんですかこの子たちは!? なんですかこの数値あり得ないですよ!!」

「早く止めないとトレーニングルームが保ちませんってこれ!!」

「クロノ君大丈夫!? 非殺設定本当に設定されてるんだよね!?」

 

 オペレータールームはモニターから流れてくる映像と音声に加え計測されている結果に阿鼻叫喚。慌てふためく彼らに対しエレオノーレはまるで気にしていない。計測された数値すら予想通りと言わんばかりだ。

 

「司狼って子、あのエリーをもう使いこなしてますよ。これが天才って奴ですか? 訓練を受けてないなんて嘘でしょう。初めての戦闘とは思えない」

「魔力だってAAクラスは難くないですよこれ。成長期に入ればAAAクラスまで行くかも……」

「それよりなにより、問題はこの子でしょう。魔力がどんどん上がっていく。瞬間的な数値はSクラスを軽く突破してます。化け物か……?」

「魔力もそうだけど、僕はこの二人が末恐ろしい。模擬とはいえ、普通友人相手にあんなにも簡単に銃口向けたり刃向けたりできるもんなんですかね? 攻撃一つ一つに躊躇がないし、殺す気だって言われても信じますよ。それが全て遊び感覚だと言うのだから、無邪気というかなんというか……」

 

 興奮も冷めやらぬ口調で各々上げてくる報告にエレオノーレは満足そうに頷いた。やはり自分の目に狂いはなかったようだ。

 

「どうやらとんだ原石を発掘できたようだな。さて、彼らの本気を引き出せなかったのは惜しいがそろそろクロノが死にそうだ。止めてやれ」

「はい!」

 

 苦笑と共に命令されたそれは呆れが混じっているが、やはり母として息子が心配なのだろう。勤務中だと言うのに呼び名が変わっていることに気付きながらも、それを指摘する者は誰もいない。何よりもクロノが心配なのは全員同じだったのだから。

 

「なんなんだ君たちは!? 本当に今まで訓練を受けてこなかったのか!? 特にライニ、君だよ!! 拘束魔法を素手で破るなんてふざけてるのか!?」

「何、と言われても」

「俺たち平和な日本で暮らしてた小学生だし。んな物騒な訓練受けねえっての」

「わかる。君の気持ちすっごくわかるよクロノ」

 

 医務室で手当てを受けながらクロノは司狼とライニを睨みつける。同じく手当を受けている司狼はまだしもかすり傷一つ負っていないライニは何なのだ。戦闘服に加え自然と溢れ出す魔力がそのまま装甲として機能しているなんて反則もいいところだ。これでは生半可な攻撃魔法は効かないどころか物理攻撃だって効くか怪しいものであるし、拘束魔法は先の通り。まずその装甲を剥がさなければ拘束魔法の方が破壊される。常時強化魔法を纏っているに等しい状態でもあるから軽く殴られただけでもたまったものではないだろう。

 戦闘中にライニはパワータイプに近いと分析していたのだがこれは違う。ただのチートだ。タイプなんてものはない。というよりもそんなもの関係ないのだろう。なまじ強すぎる魔力のせいで、戦略などそもそも必要としていない。誰だって羽虫を潰すのに作戦を考えたりなどしないだろう。それでもライニの戦闘スタイルを定義するのなら蹂躙。その一言に尽きる。

 

「エリーとの相性も良いみたいだし、これからは前線に出て貰っても構わないな、司狼」

「おう任せとけ。これで美味しいとこ取りはされなくて済みそうだしな」

「今までも結構前に出てたよね……?」

 

 まさかアレがただのサポートだったなんて言いださないだろうな、とユーノは突っ込まずにいられない。

 ああ、きっとこれからもっと被害が増えるのだろう。なにせ時空管理局なんてバックが付いてしまったのだ。今まではユーノが隠蔽できる範囲で、という制約が付いていたのだがその心配がなくなったのだから。

 

「ユーノ。君の苦労も察するよ……」

「ありがと……」

 



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番外

今回は番外編です。
司狼とライニが友達になった日の話。


 

 ──人を殺したことがある。

 

 殺した数はライニのほうが多かったし、彼は素手で殴ったら死んだ、なんてあっけらかんと言ってきたものだから呆れてしまうが。

 対して司狼は銃を使った。ライニと違うのは司狼の場合初めから殺すつもりでそれを使ったという事くらいで、結果に大差はない。引き金を引いたら死んだ。それだけだ。

 そんなものだから、互いに今に至るも罪悪感など感じたことはない。

 エリーを手に入れた時、武器の形に銃を選んだのも、その形状になんら忌避感を感じなかったのも、つまるところその経験が大きいのだろう。

 実際に人の頭を撃ち抜いて、脳髄が破裂する様を見ている。一度見てしまえば案外慣れてしまうもので、汚れる心配のないデバイスなら尚の事、引き金を引くのに戸惑いなど微塵も無い。

 当時のことは既に懐かしい思い出の一つになってしまっているが、血まみれになって互いに苦笑した時のことは今でも鮮明に覚えている。思えばあの時、彼らは友人(共犯者)になったのだろう。

 

◆◇◆◇

 

 家族間の仲が良かったから、香純は転校してきたばかりのライニの世話をよく焼いていた。司狼はそれに付き合わされる形で、けれども友達の友達という一線は保ったまま。香純が居なければ恐らく会話すら交わさない仲だったろう。

 それが変わったのは、ライニが来て二ヶ月程経った頃。

 家柄、三人が三人とも誘拐に慣れてしまっていたから特に恐怖など感じていなかったし、またこうなったのか、なんて呆れてすらいたくらい。本当におびえていたのは香純一人。

 

「なんつーか……飽きたな、この展開」

「そうかな。僕は日本に来て初めての誘拐だから、少し楽しみなのだけど」

「二人ともなんでそんなに落ち着いてるのよ~……」

 

 現状は、三人揃って座った状態で柱に縛られている。正面は香純、その左右にライニと司狼。そのせいで互いの顔は見えないが、香純の声は泣いていた。それにライニが苦笑して、香純を宥めようと何か声を掛けていた。

 周りを見渡してみれば、時折遊びに来る裏山に廃棄された解体途中の工事現場だと気が付いた。何度か忍び込んだことがあるから覚えている。という事は、助けは期待できないだろう。不良のたまり場になっていたこともあってか滅多なことではここに地元民は近づいてこないことも知っている。

 さて、どうしようか。迷っていれば外から大型の車か、トラックの音。次いで大勢の足音が聞こえてきたかと思えば誘拐犯らしき男たちが入ってきた。十人前後の男たちは全員銃を手に三人を取り囲む。

 リーダーと思しき一人が前に出てきて、香純を見下ろすと下卑た笑みを浮かべる。

 

「嬢ちゃんが夜の一族だって? 見た目は普通の人間なんだな」

「──っ、わたし、は……」

「夜の一族? 何それ、ちょーウケる。ギャグがきついぜおっさん」

「血統など関係ない。彼女は皆の太陽なのだから」

 

 蔑んだ男の目に、引き攣ったような香純の声。聞きなれない名称に失笑してしまう。香純の様子からそれが冗談や揶揄ではないことは見て取れたが、あまりにも似合っていないものだから。

 香純自身はそのことを隠したい様子だが、そもそも仮に彼女がその一族だったとして何の問題があるのだろうか。

 二人が何もわかっていないと知ると男は面白そうに笑うだけで不快感が募る。

 

「なんだ、お友達に何も言ってないのか」

「お願い、やめて! 私、私は……」

 

 香純の懇願も聞かず、男は夜の一族のことを二人に語って聞かせる。曰く吸血鬼。おとぎ話に出てくるそれの様に太陽で灰にはならないが、人間とは全く違う種族。その本家の血筋が香純であり、彼の雇い主もまたそれだという。

 

「要するに、化け物だよ」

「いやああああああ!!」

 

 香純の絶叫を嘲うように、告げられた言葉は彼女の心を打ち砕く。

 夜の一族。初めて聞いたが、聞けば聞くほどなんて似合わない。似合わな過ぎて笑ってしまう程だ。

 香純も一体何を怯えているのだろうか。わかっていないのは彼女と周りの方で、司狼もライニもまるで気にしていないという事に気付いていないのか。

 

「ああ、すまない香純。もっと早くこうするべきだった」

「え……?」

 

 すぐ横にいる香純の身体が糸を切られたようにかくりと落ちた。意識を失った香純を抱き留めて、ライニはそっと香純を柱に寄りかからせると立ち上がる。気付けば彼らを縛るロープは千切れていた。

 

「太陽を陰らせてくれるなよ」

 

 目で追えたわけではないが、恐らく一歩。踏み込んで跳んだ彼は無造作に相手の顔を殴りつけた。

 子供に殴られた衝撃じゃないだろう。まるで大型トラックに追突でもされたのか、なんて勢いで吹き飛んだ男は声も上げられず壁に激突して、ああ、なんだろう。デッサン人形をハンマーで殴れば同じポーズが再現できるのではないか。上から赤いペンキをぶちまければ完璧。

 そんな、スプラッタ映画の死体が一つ出来上がっていた。

 

「おや」

 

 それをやったライニは驚くこともなく、ただ少々加減を間違えたと言わんばかりに自身の握った拳を見つめて小首をかしげていた。

 何が起きたのかまるで分らない男たちはただ茫然と少年と死体を見比べるばかりで、そんな男たちを後目に司狼は足下に転がってきた銃を手に取って、とりあえず一発、近くに居た男の頭を吹き飛ばしてみる。

 

「うわ、きたねえ」

 

 腕がしびれるのは覚悟の上だったが、少々距離が近すぎた。頭から相手の血を被ってしまって気分は最悪だ。

 銃声に振り向いたライニと目が合って、笑ったのはどちらが先だっただろう。

 

「よお。遊ぶなら俺も混ぜろや」

「それはすまない。どうやら僕は、少し怒っていたらしい」

 

 そこから先は単純作業。殴る、蹴る、撃つ。たったそれだけで人が死ぬ。司狼はともかくライニの膂力はあり得ないだろう。人間業じゃない。それでも特に驚きも恐怖もしなかったのは、もしかしたら初めから彼はそういう物だとどこかで感じていたからなのかもしれない。

 それに人間業じゃないと言えば司狼もあまり人のことは言えない。初めて扱う銃。子供には大きすぎるそれは、百発百中。「化け物」「助けてくれ」「こんな話聞いてない」「死にたくない」なんて、恥も捨てて叫びながら恐慌状態で逃げ惑う男たちの方へ、特に照準も合わせず引き金を引いているだけにも拘わらず。弾丸は吸い込まれるように彼らの頭を撃ち抜いていく。

 十数人の犯人グループを殺すのに5分もいらなかっただろう。カップラーメンでも作るような気安さで気付けば彼らは連続殺人犯になっていた。

 

「司狼。これ、どうすれば良いと思う?」

「どうって、お前なぁ……」

「卿、こういうの考えるの得意だろう」

「いいけど、お前も手伝えよ。俺大人運ぶとか無理だから」

 

 死体の山を見下ろしながら、いたずらを隠すような調子で話を振られて司狼は笑う。

 なんだ、つまらない奴かと思っていたが、これは中々楽しめそうだ。

 彼らが友人になったのはこの時で。

 彼らが共犯者となったのもこの時。

 

「バカスミどうすんだ」

「記憶を失くしてくれてると助かるんだが、適当に誤魔化そう」

「別に隠すようなもんでもないだろ」

「私は構わんが、彼が許してくれそうに無いのでね」

 

 そういって肩を竦めたライニは何処か雰囲気が違っていて。『彼』とは誰のことかと思ったのだが、確かに『彼』は怒るだろうと妙に納得してしまったので言及はしない。

 原形が無くなった死体は外にあったトラックに轢かれたように見せかけて、銃殺された死体は同士討ちに見せかける。少々おざなりな隠蔽工作だが、幸いにもここにはあまり人は来ないし、そもそもこれらの死体が子供に作れるとは思われないだろう。

 仕上げにガソリンを撒いて、今夜あたりにでも火を付けてしまえば多少の不自然さは燃えて無くなる。上手くいけば彼らの雇い主だという相手とも会えるかもしれない。その時は死体が一体増えるだけで労力としては変わらない。

 

「っと、こんなもんか。最後は俺らの服だな。顔とか髪とかはそこの川で洗えば良いとして、これ落ちんのか?」

「無理だろうな。捨てるしかないか……」

 

 買ってもらったばかりなのに、とライニは白い制服にべったりと張り付いた血を見て嘆く。

 

「ライニ、お前説教喰らったことあるか?」

「いや、そういう経験はないな」

「んじゃ楽しみしておけ。大目玉喰らうぜ、きっと」

 

 にやりと笑った司狼の顔は悪童のそれで。つられてライニもそれは楽しみだと笑って答えた。

 

◆◇◆◇

 

「ん……あ、あれ……?」

「お、起きたか、香純」

「司狼……? 私……」

 

 ぼんやりとした目をこすって香純は起き上がる。一体何があったのか。辺りを見渡すと時折遊びに来る裏山で、どうやら日陰で寝ていたらしい。

 いつここに来たのだろう。確か三人で学校を出て、それから、それから……。

 

「──ぃたっ!!」

 

 何かを思い出しかけて、慌てて身体を起こそうとしたのだが首筋に走った痛みに再びその場に倒れこみそうになる。支えてくれたのはライニだった。

 

「ライニ……」

「無理をするな。いきなり倒れたから心配したんだ。熱中症じゃないかな」

「そう、だっけ……?」

「覚えてなくても無理ねぇよ。派手に倒れたからなあ」

 

 べしりと顔に冷えたタオルを押し付けられて素直に受け取る。そこの川で濡らしたのだろう。冷たい感触が火照った目元に心地よい。やはり彼らの言う通り熱中症で倒れたのだろう。

 ならば、あれは……? 

 

「どうかしたのか? まだ気分が悪いかな」

「ううん。ちょっと嫌な夢見ちゃって。もう少し休めば大丈夫そう」

 

 ありがとう、と告げてから、ふと二人の違和感に漸く気付く。

 

「って、なんでアンタたち上半身裸なわけ!?」

「あ? しょうがねえだろ、お前倒れたのにビビッてライニがずっこけたんだよ」

「先に転んだのは卿だろ? 僕は巻き込まれた側だよ。おかげで制服が泥だらけだ」

 

 言われて首を回せばすぐ近くの木に二人の制服がかけられていた。川で洗ったのだろうが、白い制服に黒い泥がこびりついてしまっていて、洗濯しても落ちそうにない。あれはもう捨てるしかないだろう。

 

「お前が先。驚いて俺まで転んだ」

「僕は転んでない」

「あはははは! もー、結局どっちも転んでるんだから、先なんて関係ないじゃない。変なところで子供なんだから」

 

 いつまでもどっちが先に転んだかで言い争っている二人が可笑しくて、夢のことなど忘れて思わず笑ってしまった。

 そんな香純に二人はきょとんとした顔をして、次いで揃って笑いだす。

 なんて事の無い、夏の思い出。

 

◆◇◆◇

 

 目立つ血は泥で上塗りし、隠しきれない箇所は破いて捨てた。当然制服はボロボロで着れたものじゃなくなっていたのでその惨状を見て家族から悲鳴を上げられたものだ。

 その日の夜に家を抜け出し、思惑通り連絡の途絶えた手下を不信に思ったのか、現場に来ていた雇い主とやらはライニが片付けた。何か喚いていたのだが、くだらなすぎて最初から聞いていないので当然覚えていない。後は当初の予定通り死体の山に火を付けた。夜中に起きた山火事に街は騒然となったが、これで後始末も完了だ。

 

「どーよ、この完全犯罪」

「完全かどうかは置いとくとして、助かったよ司狼」

「はあ? 完璧だったろ、この隠蔽工作。流石俺。明日のニュース楽しみにしてろよ。ヤクザの抗争で同士討ちとかそんな感じになってるから」

「それは楽しみだ。上手くいっていたら今後も卿に頼むとしよう」

「任せとけ。その代わり、俺にも付き合ってもらうし面白いことあったら絶対俺も混ぜろよ」

「ああ、約束しよう。卿がいれば僕も退屈しなさそうだ」

 

 以来彼らは共犯者として、今に続くも友人として手を組んでいる。

 それを友情というのかはさて置いて、互いに今の関係性を気に入っているからこそこうして揃って非日常に足を踏み入れた。

 恐らくこの先もこの関係は変わらないだろうし、それで良い。

 それが世界にどんな影響を与えていくのか、彼らは何も知らずまたそれを気にすることも無いのだろう。

 ただ、『彼』はこの惨状を見て胃を痛めているのだろうが。

 



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第十二話

長らく放置していましたが色々と落ち着いてきたのでゆっくり再開していこうと思います。
相変わらずの不定期亀更新となりますがゆるくお付き合い頂けますと幸いです。


 

「プログラムが書き換えられている?」

 

 呼び出された室内で、メンテナンスとして預けていたレイジングハートを受け取りながらライニは告げられた言葉を反芻する。それは一体どういう意味だろう。

 

「ええ。ライニ君の魔力に充てられて、レイジングハートにプログラムされている機能が少し変化しているみたいなの。そうね、例えばレイジングハートにインストールされている言語プログラムは、地球で言うところの英語だけのはずだったのに、本来備え付けられていないはずの言語プログラムが追加されている。ドイツ語……だったかしら? 一番わかりやすいのはそこだけど、他にもたくさん改竄の跡が見えるわ。こんなこと初めてよ。今まで使っていて何か違和感を感じたことは?」

「……いえ、僕には何も」

 

 問われて返答に困ってしまう。違和感も何も、ライニの基準はレイジングハートだ。この宝玉を手にするまで魔法と言う物の存在すら知らなかった。

 時折レイジングハートの言語が統一されていない様子は知っていたが、それはライニ自身が多数の言語を修めていたからそれに合わせてくれようとしていたのだとばかり思っていた。おそらくレイジングハートの起動詠唱にドイツ語を用いた影響かと思っていたのだが。

 デバイスだってレイジングハート以外使ったことがないのだから、他と比べてどうかと言われても答えられないのは当然だろう。

 強いて言えば、そう。

 

「違和感、ではありませんが。懐かしいと感じます。どうしてかはわからないけれど。ユーノに初めて渡された時は感じなかったのに、最初に起動してからはずっと」

「懐かしい? それはどういうことかしら」

「僕にもわからないのですが、再び手にすることが、戻ってきてくれたことが、嬉しい……? すみません。うまく説明できなくて」

 

 宝玉の形を保っているレイジングハートを手の平で転がしながら、言葉を探す。

 懐かしい。嬉しい。それに近いがそうではない。無事でよかった、良く戻ってきた、とまるで迷子になっていた子供の帰りを迎える親のような、それでいて必ず戻ってくると確信していたような。待たせてすまない、見つけてくれてありがとう、と長年共に居た友人に対する謝意に近いものもあって余計に混乱してしまう。

 それともう一つ。これは胸に秘めておくつもりだが、レイジングハートは完全ではない。多くの力を失っている、と言うよりも、本体が別にあるのだろう。これは本体から一部を切り離した欠片、分身のようなものか。その欠片だけでもあの威力。ユーノや管理局員の反応を見ればレイジングハートが規格外のデバイスだという事は理解している。それがさらに彼らの常識の埒外であるとわざわざ告げることも無いだろう。何よりも、これは完成させてはいけないと本能で感じている。

 

「君とはあれが初対面だったと思うのだけど。僕の知らないところでどこかで会っていたのかな」

≪…………≫

 

 沈黙するレイジングハートに困ったように笑いかける姿は年相応の幼さが覗く。自分の感情に置き去りにされて困惑しているライニを見かねたのか、技術者の女性は安心させるように笑いかけた。

 

「大丈夫よ。ごめんなさいね、混乱させちゃって。初めて見る現象だから私もちょっと興奮しちゃった。今のところは問題ないみたいだし、レイジングハートが君に使いやすいように頑張ってくれてるのかな。これからも定期メンテナンスは続けるけど、もし使っているうちに少しでもおかしなところがあったらすぐに教えてね」

「はい。ありがとうございます」

 

 一礼して退室したライニを見送って息を吐く。

 少年の手前ああは言ったが、これは一体どういうことだ? 

 

「おかしいわよ、あり得ない。だって、これ、ミッドチルダ式でも、ベルカ式でもないじゃない……!」

 

 コンソールに映し出したレイジングハートの内部プログラム。書き換えられた箇所に目を走らせて、震える声を絞り出す。本来のプログラムが多少変更されている程度であれば納得はできないが理解はできた。言語が変わっているだけなら前例がないだけでおかしいことではないだろう。

 言った通り、レイジングハートがライニの魔力によって変換(コンバート)されたのだと。あり得ないが、不可能な話じゃない。

 ああ、だがこれは? 

 五割以上のコードが全く別物のプログラムに書き換わっているなど、あり得ないだろう。

 本部のデータベースにアクセスして漁ったが、ミッドチルダどころか古代ベルカ式ですらない。ならば他の、もっとマイナーな式なのかと調べてみたがどれも違う。

 

「これは、一体……」

 

 特に核となるプログラムに至っては、完全なブラックボックスと化している。時空管理局の最新鋭の機材を用いても解析できず、文字化けを起こして無意味な文字と記号の羅列と化したコードを見ると何故だか背筋が寒くなる。悪寒を隠すように画面を閉じると背もたれに体重を預けて天井を仰ぎ見た。

 

「君は、何者なの……?」

 

 艦長にこのことを報告すれば、本部には絶対に報告するなと釘を刺されてしまった。報告すれば彼は即刻本部に送られる。有望な人材を本部に取られるくらいなら隠蔽するのもわからなくはない。何より本部では実験に使われる可能性もあるのだから、少年を守る為にもその命令には従うつもりだ。

 ただ、あの時の艦長はどこか良く知っている彼女ではなかったような気もしてしまって。それだけが何やら胸をざわつかせるのだ。

 地球に来てから楽しいのだか恐ろしのだかわからない事態が続いている。

 

「これからどうなっちゃうんだろう……」

 

 この一件が落ち着けば、ライニと司狼は地球に残すわけにもいかないだろう。艦長はどうするつもりなのか。

 呟いた瞬間艦内に鳴り響くアラートに、椅子から落ちてしまった。

 



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第十三話

 艦内に鳴り響くアラートに、艦橋に続く廊下でライニ達は合流するとそのままエレオノーレが居るはずの艦橋へとなだれ込む。

 

義母(かあ)さん、何事ですか?」

「お前達も良く知る娘が何やら大がかりな魔法を使うらしい。海中のジュエルシードを探すつもりなのだろう」

「そんなことできんの?」

「ただの探索魔法では無理だ。故に海中に魔力を放出しジュエルシードを無理やり覚醒させるつもりだろう。無論、被害は甚大なものとなる。海上とは言えこれだけ街に近い。大災害を引き起こすだろうし、術者が耐えられるかどうか」

「そんな!? 急いで止めないと!!」

 

 司狼の疑問に対する答えに、クロノとユーノは息を飲む。特にユーノは顔を青くしてライニを急かすが、当のライニと司狼は慌てる様子もなく、世間話でもしているかのような気安さで肩を竦めるのみ。

 

「海中のジュエルシードを探すなら一番それが手っ取り早いってか。どうする、ライニ?」

「いずれは海も探さなくてはいけないけれど、それが早そうだ。とはいえアンナに負担させるわけにもいかないな」

「んじゃ決まりか?」

「ああ。艦長、出撃許可を」

 

 聞かれるまでもないだろうというライニに司狼は笑って、一体何をするつもりなのかさっさと進んでいく二人の会話に、クロノとユーノは顔を見合わせた。何をするつもりなのかは知らないが、エレオノーレが許可を出すわけがないだろうと彼女を見ると、彼女は楽しそうに笑みすら浮かべている。

 

「もう出してあるよ。海上に結界魔法の準備も終わっているが、お手柔らかに頼む。君に本気を出されては、管理局の結界魔法もさてどこまで保たせられるやら。節度を弁えてくれるのなら文句はないさ。後はどうぞ、君のお好きなように」

「ありがとう」

「…………」

 

 そのまま司狼と困惑しているユーノを連れて艦橋を後にするライニを見送り、クロノはエレオノーレを凝視してしまう。

 大規模魔法に加え暴走するジュエルシードの封印。どう考えても一人の手に負える物ではない。ならばアンナの自滅を待ち、彼女が倒れるかジュエルシードが全て封印されるタイミングを狙った方が効率的だ。ライニ達の出撃許可など出すまでもないだろう。

 

 確かに彼女は年齢や人種で他者を判断するような人ではないし、相応の相手であれば年下であろうが階級が低かろうが敬意を払う人だと知っている。知っているが、それにしてもライニへの態度はおかしくないか。そしてそれを当然のように受け入れるライニもまた、肝が据わっているという話ではない。

 彼らのやり取りはまるで、主従のそれだ。訳が分からないし納得できない。

 そんなクロノに気付いたのか、エレオノーレは苦笑と共にクロノの背を押す。

 

「何をしているハラオウン。彼らだけに任せるわけにはいかないだろう。サポートしてやれ」

「……はい」

 

 釈然としない思いを抱えたまま、クロノもまたライニ達を追って艦橋を後にした。

 

◆◇◆◇

 

「すごい規模だな。この魔法はどれほどの範囲で発動させるつもりなのかな」

「ライニ……!」

 

 上空に展開された巨大な魔方陣を見上げながら、ライニはいつものようにアンナに声をかけた。彼女はライニ達に気付いていなかったようで、驚いたように振り返ると僅かに後ずさる。傍らのヴィルヘルムも威嚇するように牙を剥く。

 

「ライニ! 何を悠長にしているんだ!」

「まあ落ち着けよクロノ。下手に刺激してもあのお嬢ちゃん何するかわかんねぇだろ?」

 

 漸く追いついたクロノがデバイスを構えるのを司狼が抑える。クロノとユーノはまだライニが何をするつもりなのかを理解していないらしい。というよりも、理解したくないのか。

 

「……お母さん(ムッター)にはジュエルシードが必要なんだ。街の中はもうほとんど探したけど残りのジュエルシードは見つからなかった。後はもう、海の中しか考えられない。だからライニ、お願い。邪魔をしないで……!」

 

 今からやる魔法がどれだけの被害を出すのか理解しているのだろう。懇願するようにバルディッシュを構えるアンナに、ライニは気にすることもなく未だ上空の魔方陣を興味深そうに眺めている。やがてその視線が上空から海面へと移された。

 

「……なるほど、こうかな?」

「え?」

「エリー、防御魔法」

≪らじゃ≫

 

 海中に沈んだジュエルシードの探索方。魔力を放出し無理やり起動させるという話だったが、一体どうするつもりだったのかずっと気になっていたのだが。こうして大規模魔法の存在を知れたのは僥倖と言える。

 魔方陣から読み取れた必要な魔力量とその範囲。それらを理解した途端、ライニはレイジングハートの穂先を海面に向け軽い調子で魔力を流し込んだ。

 いつもの砲撃魔法の威力と範囲を少しばかり上げただけ。

 つまりこういうことだろう。わざわざ大規模魔法など使うまでもない。探索範囲に必要分の魔力が流れれば十分ならば、これで起動するだろう。

 

 瞬間、波が荒れ狂いジュエルシードを中心に渦潮の柱が立ち昇る。続けて晴天だったのが嘘の様に天は分厚く暗い雲が覆い尽くし、風は吹き荒れ雷を伴う豪雨となって瞬く間に大嵐。

 

「え……?」

「アンナ、退け!! 巻き込まれるぞ!!」

 

 展開していた魔方陣すらかき消すジュエルシードの暴走に、放心しているアンナを乗せてヴィルヘルムがさらに上空へと退避する。

 

「な、なにしてるんだ君は!? 過剰供給で大暴走してるじゃないか! というかこんな広範囲の無差別放出で過剰ってなんだよ!?」

「おー、すっげ楽ちん~。これでユーノがばら撒いたのは全部っぽいな」

 

 頭を抱えて騒ぐクロノと違い、ライニならやるだろうと信じていた司狼は呑気なもので起動されたジュエルシードの数を数えているほどだ。

 

 ユーノが元から持っていたジュエルシードが1つ。そこからライニが集めた6つのうち1つはアンナに譲られて、5つ。更に時空管理局の協力を得てから司狼とライニが集めたものが3つの計9つ。管理局によるとアンナが集めたものが既に6つ。

 残りのジュエルシードは6つという話だったが、天を穿つ渦潮の柱も同じく6つ。

 どうやらこれで21すべてのジュエルシードが揃ったことになる。

 

「街中と違い、海上であれば多少騒ぎになっても問題ないだろう? 時空管理局が居てくれて助かった。流石にこの範囲の結界をユーノ一人に頼むわけにもいかなかったから」

 

 悪びれもしないライニの様子にクロノは先ほどからあー、とかうー、とか唸りながら髪をかきむしっている。その気持ちが分かってしまって、ライニの肩の上でユーノは苦笑することしかできない。

 司狼が張った防御魔法のおかげでこの嵐の中でも飛行魔法が乱れることはないが、常識的に考えて戦闘服(バリアジャケット)も意味を失くすほどの嵐を引き起こす暴走など、どれほどの魔力を注いだのか考えることすら恐ろしい。

 

「さて、司狼。卿はそちらのジュエルシードを頼む。クロノ、卿にも手伝ってもらいたい。他は私が鎮めよう」

「──おう。まかせとけよ、ライニ」

「司狼?」

 

 ライニの指示は当然のもので、わかっていたはずなのに一瞬だけ司狼の返事に間があった。ほんの一瞬。それでもそれは初めて感じた違和感で、ライニが確認するより早く司狼はさっさとここから一番遠いジュエルシードに向かっていた。

 

◆◇◆◇

 

≪どしたの? なんかアンタ、いきなり不機嫌じゃん≫

「そうでもねぇよ」

 

 ジュエルシードに向かいながら、エリーの声に何でもないと司狼は首を振る。原因などわかり切っている。ライニだ。命令されたのが気に食わない。どこか上から目線のライニの指示などいつもの事なのに、今回ばかりは癪に障った。

 

 俺の共犯者はライニであって獣じゃない。俺はお前の共犯者であって部下じゃない。あいつらのように扱うのはやめてくれよ。反吐が出そうだ。そんな超越者みたいな口調、似合いすぎてて似合って無いんだ。殴りたくなってくるだろう。

 

 なんて、自分でも意味が分からない。理不尽な苛立ちだと思う。そんな理解できない苛立ちを抱えたまま、司狼は小さく吹き出した。

 

「なんだかねえ。俺も焼きが回ったかな」

≪なーに一人でぶつぶつ言ってんのさ。これ、どうするつもり?≫

「なんでもねーよ。そうだな、抑えるのは無理だし魔力を放出させ続けるってのはどうよ。電気の放電と一緒だよ。こいつらライニの魔力喰って暴走してるだけなら喰らった分吐き出せば落ち着くだろ、多分」

≪そんな電化製品じゃないんだからさあ。って、まあ他にできる手も無いし、やるしかないか。補助魔法の重ね掛けでどう? そっちにリソース裂くから命中させるのは完全に司狼の腕前次第だけど≫

「お、いいねえ。射撃は得意だぜ」

 

 失敗すれば大暴走、最悪次元振に巻き込まれて命を落とす可能性すらあるというのに、どこまでも軽い調子でジェルシードの鎮圧に取り掛かる。

 横目に確認すればクロノとライニも既に各々のやり方で始めていた。アンナもまた離れた場所のジュエルシードに向かっているが、まずは放置でいいだろう。封印を手伝ってくれると言うのなら文句はない。取り分に関してはここを収めてからの問題だ。

 

◆◇◆◇

 

 嵐の中を悠然と泳ぐように飛びながら、暴走するジュエルシードに近づくとライニは無造作に手を伸ばす。魔力の奔流など物ともせず、ジュエルシードを握り込めばそれだけで渦潮の柱は消え去り即座に暴走が止まる。何をしているという事でもない。ただ単純に、先ほどよりも少し強い魔力を使った封印魔法を流しこんで無理やり鎮圧させただけにすぎないのだ。

 

「ああ、良い子だ。大人しくて助かるよ」

「……僕さ、今度辞書で大人しいの意味調べて来るよ」

 

 ライニの肩の上、彼の魔力で守られているユーノは同じように3つ目の回収を終えたライニに引き攣った笑みをこぼす。

 司狼とクロノ、それにアンナもそれぞれ1つずつジュエルシードの封印に成功したようで、漸く嵐が収まると息をつく。たった1つの封印で三人は既に疲労困憊といった様子だ。

 

「皆無事で何よりだよ」

「無茶苦茶だ君は! やりすぎだよ!!」

「ちゃんと集まったし、結果オーライって奴だろ」

 

 同じく疲弊しているはずの司狼は面白かったと笑ってばかりで、クロノは恨みがまし気にライニと司狼を睨みつける。

 

「お疲れ、二人とも」

 

 ライニの肩から飛び降りたユーノがせめてもの労りとして司狼とクロノに回復魔法をかけるが、多少の疲労回復程度にしかならないだろう。

 

「ライニ。その……」

「ああ、すまない。卿にも手伝ってもらったのに、1対5では取り分として平等ではないな」

 

 バルディッシュを構えながらも、遠慮がちに声をかけてきたアンナにクロノは警戒するが、ライニは微笑を浮かべて振り返る。なんの躊躇もなく自ら封印したジュエルシードのうち2つをアンナへと差し出した。

 

「3対3になればお互い文句もなかろう」

「でも、僕が封印したのは……」

「卿のおかげで大規模魔法について知ることができた。これはそのお礼だよ」

「……ありがとう」

 

 ライニから受け取った2つのジュエルシードと合わせて3つ、アンナはその場で母の元へと転送する。これできっと、母も喜んでくれるはず。

 そう思っていたのに。

 

「ライニ危ない!!」

 

 上空からの巨大な魔力反応にユーノが叫ぶ。避ける間もなく、ライニとアンナに向かって迸る雷撃に二人が呑み込まれた。

 

◆◇◆◇

 

お母さん(ムッター)、どうして……」

 

 真上から落ちてくる雷に抗うこともせず、アンナは茫然と涙を流して呟いた。

 ああ、母は不出来な自分にそんなにも怒っていたのか。

 これは、母の娘であれなかった自分への罰だ。

 

 目を閉じて来るべき衝撃に耐えていたのだが、いつまで経っても予想していた衝撃が来ない。それどころか、痛みとは正反対のこれは……温もり……? 

 

「え……?」

「何を驚く。卿、ずっとこうされたかったのであろう?」

 

 目を開ければ、ライニがアンナを守るように抱きしめていた。未だ二人を襲う雷はライニの魔力に阻まれて、二人に掠ることすらしない。

 

「ああ、良いさ。卿の渇望もその寂しさも、全て私が抱きしめてやろう」

「ライ、ニ……」

 

 細められた黄金の瞳は慈愛に満ちている。まるで我が子を守るかのようなその視線に、アンナは頬を染める。

 

「僕を……抱きしめて、くれるの?」

「無論、卿が望むなら」

 

 言葉通り、アンナを抱く腕に力が籠る。

 母からは決して与えられなかった温もり。以前香純に抱かれた時よりも強い抱擁にアンナはただただ茫然と、この時ばかりは母のことすら忘れて彼に縋ってしまった。

 

「ああ、僕は……」

 

 であれば、自分は。

 彼のための騎士となろう。

 白い騎士に。

 最速の騎士に。

 彼の前に立ちはだかる有象無象を、最速の願いをもって轍としよう。

 それが白騎士の務めなれば。

 

「ラインハルト・ハイドリヒ」

 

 貴方に変わらぬ忠誠を。

 

◆◇◆◇

 

「ライニ!!」

「アンナ!!」

 

 雷が収まったとき、そこには無傷のライニと彼に守られたアンナがいた。それに安堵したユーノとヴィルヘルムが彼らの元へ走り寄る。

 しかし油断はできない。再び集まる上空の魔力にライニはレイジングハートを構える。

 

「エリー。防御魔法の重ね掛けだ。ライニ以外の全員にな」

≪了解。気休めだろうけどね≫

「生身でとばっちりよりマシだろ」

 

 ライニのやろうとしていることをいち早く理解した司狼が防御魔法を乗せた弾丸を打ち出すのと、ライニの砲撃魔法が打ち出されるのはほぼ同時。

 落ちてくる雷全てを打ち払いながら、黄金光は天を引き裂き次元の裂け目に現れたその場所へと打ち込まれた。

 




白騎士ログイン。
次回は閑話の予定。登場キャラが増えます。


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閑話

 

「何をしている、マレウス」

「べっつにー。ただ、最近この街、騒がしいなって思っただけよ」

 

 遠くを見つめて動かぬ少女に、黒い大型犬が声を掛ける。

 少女はそれに答えながらも視線は未だ遠くの空。そこだけゲリラ豪雨でも来ているのか、暗雲が立ち込めている。結界に阻まれて上手く視ることはできないが、これだけの魔力、この程度の結界で隠しきれるわけも無いだろう。

 

「マレウス」

「わかってるわよ。テレジアちゃんとの約束は守りますぅ~。そりゃこれだけの魔力、美味しそうだしちょーっと味見くらいしてもいいんじゃないかな? って思ったりしちゃったりしなくもないけど? 私だって騎士の矜持は持ってるわよ。テレジアちゃんに言われてるもんね。蒐集はだめーって。ご主人様の命令は守るわ」

 

 窘めるように名前を呼ばれ、少女は頬を膨らませる。それこそ少女の様に可憐な見た目で。しかし次の瞬間、少女の目は妖しく光り口元が歪みだす。

 

「でもさあ、これ、相当強い奴が来てるよ。放っておいたら、私たちも目つけられちゃうんじゃなあい?」

「……手は出さない。狙いが俺たちでないのなら、わざわざ姿を見せる必要はないだろう」

「はいは~い。それじゃ、ちょっと様子見、行ってみよっか!」

 

 ぱちん、と指を鳴らして転移魔法。瞬きの間に少女と黒犬の姿は消えてしまった。

 

◆◇◆◇

 

「お~、やってるやってる。あは、あの赤い服の子、随分美味しそうじゃない。あっちの黒い子も悪くないわ。そっちの白いお兄さんは使い魔かしら。あっちの小動物は、ねずみ? 可愛いけど、美味しくはなさそうね」

 

 結界に触れるか触れないか。ギリギリの境界線から見た中の様子にルサルカは楽しそうに口元に笑みを作る。透視魔法と遠視魔法の応用で結界内を盗み見るのは魔女の異名を持つ彼女だからこそできる技だ。

 流石に声は聞こえないし、大規模魔法でも使われているのか巨大な雷と渦巻く魔力でよく見えないが、蒐集欲を掻き立てられるのが数名。目を凝らして値踏みを始めるルサルカはともすれば中に入っていきそうな勢いすらある。

 それに呆れてため息を飲み込もうとして、不意に感じた異質な魔力にマキナは僅かに首を傾げ即座に行動に移した。

 

「…………」

「うわきゃぁ!?」

 

 次の瞬間にはルサルカの襟を噛んで一瞬でその場から転移魔法。元居た場所に戻ってくると、喚くルサルカを無造作に地面に落とした。

 

「ちょっとマキナ~。もっと見てても良かったじゃない!」

「あれ以上あの場に居たら、お前は見ているだけでは済まさない」

「ぶ~~」

 

 何よりあそこには危険があるような気がしてならないのだ。尚も喚くルサルカにそれを伝えるため黙らせようと口を開いた瞬間──。

 

 

 結界すら意に介さず、黄金の魔力が爆発した。

 

 

 空どころか結界ごと次元の壁まで引き裂く黄金光を見上げて、ルサルカは驚愕と呆れに声を震わせる。

 

「ちょ、ちょっとちょっとちょっと、相手が誰だか知らないけど、地球であんな兵器使うなんて何考えてるわけ!?」

「あれは危険すぎる。俺たちの手にも負えるかどうか」

 

 見たところ魔導砲の一種のようだが、あんなものを白昼堂々使用するとは。管理局が使ったのか、対峙している相手の方か。ここが管理外世界ということを考えると管理局が使用するとは考えにくい。つまり後者の方がそれだけの兵器を有しているのだろう。あんなものを使用してくる相手だ。管理局がわざわざこの世界に来ているというのも納得できる。

 

「これは暫く大人しくしていた方がよさそうね」

「だから、初めからそうしろと言っている」

 

 重ねて苦言を呈するマキナにルサルカはぺろりと舌を出してまるで誠意の籠らない謝罪をすると、悪びれる様子も無く言ってのけた。

 

「まあでも、近いうちに蒐集が必要になった時に良い餌の目星もついたし結果オーライ? あの赤いのと黒いの、一人でも結構なページ埋まりそうじゃない。……テレジアちゃん、いつまでもあのままにはさせておけないでしょ」

「……そうだな」

 

 小さく呟かれたそれは少女の本音か。先ほどまでの茶化したような雰囲気はなく、真剣に主の身を案じているその声にマキナも低い声で頷いた。

 主を守るのが騎士の本懐。

 主の(めい)を守るか、主の(いのち)を守るか。

 どちらを取るのが忠誠と呼べるのだろうか。

 





タイミング悪く黄金と白騎士は見れませんでした。
黄金が蒐集されたら余裕で完成するでしょうに。


登場人物設定更新しました。


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